いろは都々逸研究

菊池真一

 いろは四十八文字を頭に据えた都々逸集を翻刻紹介する。都々逸をいろは部類に編纂したものは対象外とする。
 配列は、幕末年代不明分、幕末年代明記分、明治初期年代不明分、明治年代明記分、の順である。
 国会図書館・関西大学図書館蔵本については、著作権消滅のものは翻刻許可を願うことなく、自由に翻刻してよいとのことである。
 次の図書館の蔵書については、個別に翻刻許可を得た。該書の部分で注記してある。上田市立上田図書館・大阪市立中央図書館・大阪大学附属図書館・國學院高等学校・名古屋市蓬左文庫・西尾市岩瀬文庫。


一『〔どゝいつ〕葉唄節用集』
(幕末刊。金龍山人編。菊池所蔵)
金龍山人こと歌沢能六斎(萩原乙彦)は、文政九年(1826)生れ、明治十九年(1886)没で、著作権は消滅している。
艶道伊呂波度独逸」(二十ウ)

いろになるみのゆかたもぬいですはだじまんの夏の富じ

ろんよりせうこをとられてないていひわけするとはばからしい

はかないゑにしとてんからしれてむすぶもふとしたできごゝろ

にしも東もしらないものをつれてうわきな旅かせぎ」(二十一オ)

ほれた女房のあるその人になんでこんなにほれたろう

へびに女房がなられちゃこわいいろはしないとあきらめた

とうから心にほれてはゐれどどふもいひよるしほがない

ちわがつのつて根もないくぜつはらをたつたりたゝせたり
」(二十一ウ)

利口だと思つてかゝるはおまへがばかよそばの二はいもくつたやつ

ぬれてあふ夜はねてから崎のまつにかひなき明がらす

るすをねらつてどろばう猫が来てはちよこちよこぬすみぐい

おまへじや気をもみ女房にやきがね是じやいのちもつゞくまひ」(二十二オ)

わたしも女子じやいひたいこともぬしのためだとがまんする

かわゆがりじついつくしたわたしのかほを今さらふみつけられては腹がたつ

よそふと思へど又かほ見ればどふもみれんで立かへる

たまにあふゆへはなしがのこるしみじみだきねがして見たい」(二十二ウ)

礼義てあつきお屋しきさんはけつくわけなくとりみだし

それほどあのこがかわいゝならばわたしにみれんはあるまひに

つれてにげろとおまへはいふが女房をすてゝはいかれない

ねる間もないほどおふいそがしや金の勘定でかたがはる」(二十三オ)

なんぼほれても見すかされてもばかにされてははらがたつ

羅漢さまでもきものはまとふはだかじや道中もできまいよ

むりなくぜつになかせておいて寝るとはあんまりむしがいゝ

うたゝねのさめてためいき心のもつれ人にやはなせぬ此しだら」(二十三ウ)

いけんするほどなほやけになりかんしやくおこしてやつあたり

のろけてみんなになぶられながら思はずしらず口へでる

おにのやうでも心のうちはべんてんさまでもかなやせぬ

くろうするのはてんからかくごいきなていしゆをもつからは」(二十四オ)

やみとおまへにかういれあげてすへはどふせうとうしさき

まわしべうぶのたをれたゑんでとなりどうしのおちかづき

拳もぐんしをしようといふはかねてむほんの下ごゝろ

ふとしたことからついのりがきて今じやかた時わすられぬ
」(二十四ウ)

こんななげきも思へばほんにむすぶの神がうらめしい

えんがありやこそ高峯のさくら折て手いけの花にする

てまへがつてのわがまゝいふもなこどひらずの夫婦中

あどけないのがかわゆいけれど初心すぎるもじれつたい」(二十五オ)

三味せんまくらの身のふしだらはわがみながらもはづかしい

きがねくろうもみなおまへゆへそれに今さら切ことば

ゆふしごけんとたゞひと筆につなぎとめたる初会文

めつきでしらせてさとれといへどさとつてゐながらしらぬかほ」(二十五ウ)

みれんらしいがたゞひとことをいつてやりたいことがある

しみじみとあへぬつらさのつくかんしやくよかうもじれつたくなるものか

えん切榎でさこうとしてもほれたどしにやきゝはせぬ

人にやいろかといはれてゐれど義理をかゝぬがたのもしい」(二十六オ)

もとをたゞせば他人と他人あらひだてすりやぬしのうち

せなかそむけていゝたいこともがまんしてねる其つらさ

炭をつぎつぎ火ばしを筆にあつい男のかしらもじ

けふとけふねがいも協ひはれて是からともしらが
○京はきよう也けふはかなちがひヲツトそこらはせうちせうち


二『新作しりとり都々逸 二編』
(幕末刊。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
新作しりとり都々逸 二編」(表紙)
しりとりとゝ逸 二編」(見返し)
尻もせぬ
取しまりとて
都ぎまぎと
どうかまとめて
一さつにせん
作者の名代 さく丸」(一オ)
いやなかぜにもなびくがつとめやなぎのこゝろもそふであろ
ろんはむやくといゝわけきかずあいそづかしのすてことば
はなしもとぎれてたゞぼうぜんとふさぐこゝろのせつなさ(ママ)」(一ウ)
にかいせかれてかうしへきてはくもまがくれのつきのかほ
ほれたよくめかそのかんしやくのはらたつおまへがすいて見へ
へいきなふうでもこゝろのくらうはてをうはべがこひのさと」(二オ)
としもゆかないかむろでさへもぬしをさつしてなみだがち
ちぎることばにまことがあらばわたしもたてぬくいぢとぎり
りんきぶかいはほれたのせうこうはきなこゝろじやりんきせぬ」(二ウ)
ぬしのことではおへやのゐけんぬかにくびだけ身がつまる
るいはともとてともだちまでもぐるでつぶすかわしが身を
をゝいお客へみなうそいふてぬしへまことのふたせ川」(三オ)
わらふてかなしいざしきもあればないてうれしいよぎの中
かつらぎのかみもみだれたくぜつに?かぶつならしづかにおぶちなよ
よひのさはぎのざしきもひけてふけてさびしきとふぎぬた」(三ウ)
たぬきねいりもやぼとはしれどちよいとあやなすねやのしやれ
れんじがしらめばおへやへきがねやうじがくれのよぎのすそ
そふしたうはきがあるとはしらずたてゝまことがはらがたつ」(四オ)
つゆのころび寝あのくさまくらはなしもせぬうちあけのかね
ねんのあるのはせうちのおまへつれてにげるとかくごしな
ならのはたごや身はたびあるきのやまこへてもひとつはら」(四ウ)
らくな身ぶんをたのしむならばしよてからおまへにほれはせぬ
むりをいふほどかわいゝおまへいのちとられりやうかぶだらう
うたがいぶかいももつともながらつとめのまことはさてつらゐ」(五オ)
ゐつゞけがつもりつもりしこの大ゆきにうちじやにようぼが二本づの
のんだむりざけまたかんしやくのどくとなるのはあほいかを
おへやへきがねもせかれりやいらぬしれりやまゝよと茶やのおく」(五ウ)
くがいくらうも十ねんあまりすいもあまいもしつたぞや
やつれすがたを見るまじないのくもるかゞみにかほの隈」(六オ)
まち人のくるかこぬかとつじうらよんで見ればくるとのかみのつげ
けんくわしてせなかあはせる半時ばかりなかをなをすもれいの?ぶ」(六ウ)
ふる雪のつもりつもりしふたりがおもひこよひとげたるおしのとこ
こがれしんだらこのくるしみはしらぬほとけじやはすのうえ
江戸もいなかもかはらぬいろがひいてなびくは恋のそで」(七オ)
てくだてれんはむかしのたとへじつでよんでもこぬはまあ
あの人ばかりはあきらめられぬまぶでわするゝうさつらさ」(七ウ)
さかりの桜もちるのはぢきよすへにやきれるがはなのさきざき
きぬぎぬのわかれはかなきしのゝめがらすおちるなみだにそでのつゆ
ゆうべのゆめ見がさてきにかゝりこよひ見なをすなたのゆめ」(八オ)
めぐるえにしがくらがへしてもまたもあふせのぬしがつみ
みがくいきじにたてぬくまことうちはにかゝるはさとのはじ」(八ウ)
しらぬかほしてつらあてらしくうたにそゝりはぬしのこゑ
ゑんはいなもの初かひにいやなぬしにほれるもおつなしゆび」(九オ)
ひらきかゝりしあのふゆの梅つぼみのうちこそいろも香も
もん日もの日のしまひのふだもぬしはたのまぬわしが?せ」(九ウ)


三『新版いろはうた四十八文字上文句あんだそれよしこのぶし』
(幕末刊。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
新版いろはうた
四十八文字
上文句
あんだそれよしこのぶし
八町堀七軒丁
しんみち
角伝板」(一オ)
▲いのちかけてもそはねばならぬひとにいわれた事がある
▲ろんはないぞへおまゑのうわさしてはわたしはなぶられる
▲はらのたつまゝすねては見れどあとであやまるほれたなか
▲にくひながらもぢやうづをゆふもみんなおまへの身のためよ」(一ウ)
▲ほれてほれられてあいぼれとやらしぬとわかれがなけりやよひ
▲へたなしうちといわんすけれどそこがしよしんのあとやさき
▲とめてわるいとしりつゝけふもとめてきかねばほれたぢやう
▲ちゑのない子にわる知へつけてわしをじらして嬉しがる」(二オ)
▲りんきするよにいわんすけれどいわねばわたしが身のつまり
▲ぬしをしのばせのきばにたゝせうちのしまつできがもめる
▲るすをつけこみしのんでくるはうまひやうでも身にならぬ
▲をやをふりすてこきやうをはなれぬしをしとふてきたものを」(二ウ)
新板いろは哥
四十八文字
あんだそれよしこのふし
角伝板」(三オ)
▲わしがわるくばあやまるほどにすねずとこちらをむかしやんせ
▲かわらしやんすなおまへのこゝろうわきされてはわしやたらぬ
▲よこくずまひもおまゑがたよりそれにじやけんな事ばかり
▲たてひきづくならなまづめもはなすほれりや五本のゆびもきる」(三ウ)
▲れいのかんしやくおまへの気しつしりつゝいうのがわしがむり
▲そつとしのばせ二かひへあげて玉にあふ夜のみじかさよ
▲つよひ事をばゆうては見れどぢきにあやまるほれたなか
▲ねんのあくのをゆびおりかぞへはやくいきたやぬしのそば」(四オ)
▲なまじなま中あわぬがましよあへばみれんでおもひだす
▲らんきものじやといわんすけれどわたしやぬしゆへきもちがう
▲むすびあふたるふたりが中をさくはきじんじやおやぢやない
▲うそじやうそじやといわんすけれどうそもつのればぢつになる」(四ウ)
新版いろはうた
あんだそれよしこの
中上
八町堀七軒丁
角伝板」(五オ)
▲ゐやなつとめもおまへがたよりたまにやなさけもかけさんせ
▲のりむをとめたがわたしがむりかのめばおまへはしだらなし
▲おもふおまゑをひとりでねかしいやな御客をわしやつとめ
▲くぜつするまにつゐよがあけたわたしゑかゑしちやきがすまぬ」(五ウ)
▲やめてくんなよつきやひ酒をつのりやわたしが身のつまり
▲まゝにならぬをしやうちでほれてまゝにしやうとはぬしのむり
▲けさもけさとてない所へよばれとてもよぶにはいのちがけ
▲ふでを手にもちまきがみだしてぬしの名をかきわらはれる」(六オ)
▲こゝろさだめてわたしはよべどぬしがうわきで気がもめる
▲えてにほをあげおまへのうわきわしをおもわばやめなんせ
▲てれんてくだでとめたむかし今は女房よこちのひと
▲あいそづかしはわたしはきらゐならばすべよくわかれたや」(六ウ)
四十八文字中下
▲くぜつとぎれてもふひけすぎよかみもみだれて
手まくらでやつれはてたよすやすやとねひりし女のかほつくづくとうちながめ引かわひやくろうをさせたやら
角伝」(七オ)
▲さつしてくだんせわたしがこゝろぬしをたよりにこのつとめ
▲きしやうせゐしはほぐにもなろが四本半にはたれがした
▲ゆふべわかれてかゑして見たがこよひあわねば気がすまぬ
▲めもとはなもとこの子の顔を見れば見るほどおもひだす」(七ウ)


四『いろは都々逸』
(幕末刊。西尾市岩瀬文庫蔵。81函26号)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、西尾市岩瀬文庫の許可を得た。(平成二三年一月二一日付)
 表紙題簽欠。「いろは都々逸」は仮題。同じ内容で「手島先生いろは歌」の手書き題簽付きの本(『いろは歌』84函55号)が同文庫にある。心学教訓都々逸。
い いぢがわるうは生れはつかぬ直が元来(もとより)うまれつき
ろ ろくなこゝろを思案でまげるまげねばまがらぬわがこゝろ」(一オ)
は はぢをしれかしはぢをばしらねば恥のかきあきするものじや
に にくむはづない不忠と不忠ほかはにくまふやうがない」(一ウ)
ほ ほしやをしやの思案は鬼よらくなこゝろをくるしめる
へ へちた事には善事はないぞしれた通がみなよいぞ」(二オ)
と とにもかくにも親孝行と主へ忠義をわすれやんな
ち ちかい親子にむごいを見ればあかの他人はおそろしや」(二ウ)
り 利口ぶるのは大かたあほうしれた通りでよい事を
ぬ ぬかるまいぞや思案の鬼がといと地獄へつれてゆく」(三オ)
る 留守といはれぬおのれがこゝろよいもわるいもおぼえあり
を 男女の行義が大事あくしやうものめは人のくず」(三ウ)
わ われをたてねば悪事は出来ぬしれよ心に我はない
か かねをほしがるそこいがいやよ人を見くだす天狗ずき」(四オ)
よ よだれ八尺ながすは色よまよへばとろさもおぼえなし
た ためによい事いふものはいやで毒をあてがふ人がすき」(四ウ)
れ 礼義だてこそをかしうござるたてのないのがれいであろ
そ 損をかけたり無理をばするは得じやござらぬ毒じやまで」(五オ)
つ つねに主をば大事におもへばしごとするのも手がかるい
ね ねてもさめても立ても居ても無理をいふまいむりせまい」(五ウ)
な ないとおもふはそれははや思案あるのないのはみなまよひ
ら らくがしたくば心を知りやれらくがこゝろのうまれつき」(六オ)
む むごい事をばいふたりしたりすれば我身にみなむくふ
う うそは心におぼえがあるぞ人はともあれ我かしら」(六ウ)
ゐ ゐでの玉川円うも見えぬ何所がながれじやはてがない
の のめやうたへや一寸さきは遠いさわぐおのれが円でやみ」(七オ)
お おくの奥までさがしてみてもかぎりしられぬ我こゝろ
く 久米の仙人をかしいことようそのかは見てだまされた」(七ウ)
や 灸をすやれ孝行ものじや親もよろこぶ身も無事な
ま まける事をばきらやるげながなぜに欲にはようかたん」(八オ)
け けはひ化粧で外からぬれどむさいこゝろはぬられまい
ふ ふるい物ほど重宝ならばはじめしられぬ我こゝろ」(八ウ)
こ こくうむてんにおひろいすまゐ柱なければやねもなし
え 縁にひかれて心はうつるわるい事にはまじるまい」(九オ)
て 天のめぐみでないものはないに恩にきせねば恩にきぬ
あ あたらこゝろに思案のそへ木それがつかへてうごかれぬ」(九ウ)
さ さても心は奇妙なものじやおぼえしらねど覚えしる
き きたらきたまゝ去ればさつたまゝとかく思案はみなくずじや」(十オ)
ゆ 夢の世じやとは口にはいへど寝言いふのがものほしや
め 目にもみえねば音にもきかずされどなしともおもはれず」(十ウ)
み みたいしりたいそのこゝろざしあればしらるゝわがこゝろ
し 知らばしらるゝ心をしらでくらす人こそはかなけれ」(十一オ)
ゑ 得たる心をうしなひなりで死んでしまふはあんまりじや
ひ 貧と福とは天命なればわれがまゝにはどもならぬ」(十一ウ)
も もがき貧乏する人多しならぬもふけをしたがつて
せ 世智でかねをば持ても慈悲で人を救はねばかねのばん」(十二オ)
す すまば住よし赤子の心これぞめでたききしの松
京 京の太平楽々の身で外の願はみな栄曜」(十二ウ)


五『伊呂波四十八文字しり取文句都々いつぶし』
(幕末刊。関西大学図書館蔵。H911.91/15/1)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 文句は蓬左文庫本(尾19-178)と同じだが、スタイルは異なる。
伊呂波四十八文字しり取都々いつぶし 上
八丁堀 松坂屋板」(一オ)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひじもはやしれたらまゝのかは
はだかにんぎやうとなるわしがみもみんなおまへがかはいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ」(一ウ)
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといゝならべ
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とをざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちはがこうじてせなかとせなかあけのからすがなかなおり」(二オ)
りんきせまいとたしなみながらなぜかこゝろがやすまらぬ
ぬしのこいかとまただまされせて出てはみんなにわらわれる
るすをめがけてくるまをとこもねこのしやうやらぬすみぐひを
おもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかは」(二ウ)
伊呂波しり取どゝ一ぶし 下
八丁堀 松坂屋板」(三オ)
わたしやこれほど思ふてゐるにかうもじやけんになるものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ
よいにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへのゝすへ山のおくまでも手に手を取あふてふたりづれ」(三ウ)
れいのやぼめがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てついおこされてあとをみたさにはらがたつ
つきにむらくもはなにはかぜよぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬ日とてはないわいな」(四オ)
ないてわかれてついそれなりにひとりぬるよのあだまくら
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよと酒ものむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(四ウ)
<以下欠>


六『伊呂波しり取どゝ一ぶし』
(幕末刊。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
伊呂波しり取どゝ一ぶし 下
八丁堀 松坂屋板」(三オ)
わたしやこれほど思ふてゐるにかうもじやけんになるものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ
よいにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへのゝすへ山のおくまでも手に手を取あふてふたりづれ」(三ウ)
れいのやぼめがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てついおこされてあとをみたさにはらがたつ
つきにむらくもはなにはかぜよぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬ日とてはないわいな」(四オ)
ないてわかれてついそれなりにひとりぬるよのあだまくら
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよと酒ものむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(四ウ)
<欠アリ>
やがてふうふといふてはゐれどむねのけむりがあさまやま
まゝにならぬがうきよといへどあまりしんきとちやわんざけ
けさもけさとておまへのうわさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのとこ」(五オ?)
こひしこひしとおもふてゐた?ゆめじやないかやぬしのこえ
ゑんのつなかやたよりがありてぬしのところへふみのつて
ていしゆきどりのぬしよりほかにうはきどころかなんのまあ
あいのおさいとのむさけよりもふたりねざけのおもしろさ」(五ウ?)
いろはしり取どゝ一ぶし 下」(三オ)
さいたさくらもみだれりやちるよしんぼうさんせやちらぬさき
きづよいおかたとうらみつないつおつるなみだのそでのつゆ
ゆうべあふたにまたかほ見たくふみにおもひをふうじこめ
めがほしのんでうきなをたてゝまよふふたりがこひのやみ」(三ウ)
みゑもかざりもなくほれぬいてぬしのことばかりいひくらし
しのびあふよはみじかふてならぬにくやよあけのかねのこゑ
ゑきもないことさきぐりをしてぬしをあんじてものおもひ
ひとめしのぶははじめのうちよいまじやひとめもよのぎりも」(四オ)
<四ウは判読不能>


七『伊呂波四十八文字しり取文句都々いつぶし』
(幕末刊。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
伊呂波四十八文字しり取文句都々いつぶし 上
八丁堀岡崎丁 あづま清吉板」(一オ)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひじもはやしれたらまゝのかは
はだかにんぎやうとなるわしが身もみんなおまへがかわいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ」(一ウ)
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといゝならべ
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とほざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちわがこうじてせなかとせなかあけのからすがなかなおり」(二オ)
りんきせまいとたしなみながらなぜかこゝろがやすまらぬ
ぬしのこいかとまただまされて出てはみんなにわらわれる
るすをめがけてくるまをとこもねこのしやうやらぬすみぐひを
おもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ」(二ウ)
伊呂波しり取どゝ一ぶし 下
東清はん」(三オ)
わたしやこれほど思ふてゐるにかうもじやけんにするものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ
よいにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへ野のすへ山のおくまでも手にても取あふてふたりづれ」(三ウ)
れいのやぼめがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てつひおこされてあとをみたさにはらがたつ
つきにむらくもはなにはかぜよぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬ日とてはないわいな」(四オ)
ないてわかれてつひそれなりにひとりぬるよのあだまくら
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよと酒ものむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢがこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(四ウ)


八『いろはしりとりよし此』
(幕末刊。名古屋市蓬左文庫蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、名古屋市蓬左文庫の許可を得た。(22指令教蓬第19号の2)
いろはしりとりよし此」(一オ)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひじもはやしれたらまゝのかは」(一ウ)
はだかにんぎやうとなるわしが身もみんなおまへがかわいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといひならべ」(二オ)
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とほざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちわがこうじてせなかとせなかあけのからすがなかなおり」(二ウ)
りんきせまいとたしなみながらなぜか心がやすまらぬ
ぬしのこゑかとまただまされて出てはみんなにわらはれる」(三オ)
るすをめがけて来るまをとこもすこしはきがねをするものを
をもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ
わたしやこれほどおもふてゐるにこうもじやけんにするものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ」(三ウ・四オ)
よひにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへ野のすへ山おくまでも手にてもひかれてふたりづれ」(四ウ)
いろはしりとりどゝいつよしこの 中の巻」(五オ)
れいの野暮めがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てついおこされてあとをみたさにはらがたつ」(五ウ)
つきにむらくもはなにはあらしぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬひとてはないわいな
ないてわかれてつひそれなりに一人ぬるよのあだまくら」(六オ)
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよとさけをのむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢがこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(六ウ)
ゐかにつとめのわたしぢやとてもこうもうたがふものかいの
のやまこへてもおまへとふたりくらそと思ふてゐるものお」(七オ)
おもひつめたがふたりのいんぐわまゝにならねばつれてゆく
くるかくるかとまつ身のつらさあへばわかれのまたつらや」(七ウ)
やがてふうふといふてはゐれどむねのけぶりがあさまやま
まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきとちやわんざけ」(八オ)
けさもけさとておまへのうはさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのこと」(八ウ)
いろは尻とりどゝ一よしこの 下の巻」(九オ)
こひしこひしとおもふてゐたにゆめじやないかやぬしのこえ
えんのつなかやたよりがありてぬしのところへふみのつて」(九ウ)
ていしゆきどりのぬしよりほかにうはきどころかなんのまあ
あいのおさへとのむさけよりもふたりねざけのおもしろさ
さいたさくらも乱れりやちるよしんぼさんせやちらぬさき」(十オ)
きづよいおかたとうらみのなきつおつるなみだのそでのつゆ
ゆふべあふたにまたかほ見たくふみにおもひをふうじこめ」(十ウ)
めかほしのんでうきなをたてゝまよふ二人がこひのやみ
みえもかざりもなくほれぬいてぬしのことばかりをいひくらし
忍びあふよはみじこふてならぬにくや夜明のかねのこゑ」(十一オ)
ゑきもないことさきぐりをしてぬしをあんじてものおもひ
ひとめしのぶははじめのうちよ今じやひとめもよのぎりも」(十一ウ)
もとはたがひのこゝろやすだてよすねずとこちらをむかしやんせ
せなかあはせてけんくわもすれどこちらむひたら明がらす」(十二オ)
すゑのやくそくながながしいもまつにかひあるきのふけふ
けふはめでたくいもせもまなびかはらしやんすなかはるまい」(十二ウ)


九『いろはしりとりどゝいつ』
(幕末刊。上田市立上田図書館花月文庫蔵。音楽/391/花月文庫)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、上田市立上田図書館の許可を得た。(22上図第70号)
いろはしりとりどゝいつ
初へん
馬喰町三丁目
吉田屋小吉板」(一オ)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひじもはやしれたらまゝのかは」(一ウ)
はだかにんぎやうとなるわしが身もみんなおまへがかわいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといひならべ」(二オ)
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とほざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちわがこうじてせなかとせなかあけのからすがなかなおり」(二ウ)
りんきせまいとたしなみながらなぜか心がやすまらぬ
ぬしのこゑかとまただまされて出てはみんなにわらはれる」(三オ)
るすをめがけて来るまをとこもすこしはきがねをするものを
をもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ
わたしやこれほどおもふてゐるにこうもじやけんにするものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ」(三ウ・四オ)
よひにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへ野のすへ山おくまでも手にてもひかれてふたりづれ」(四ウ)
都々一 二編
杉丘画
馬喰町三丁目
吉田屋小吉板」(五オ)
れいの野暮めがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てつひおこされてあとをみたさにはらがたつ」(五ウ)
つきにむらくもはなにはあらしぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬひとてはないわいな
ないてわかれてつひそれなりに一人ぬるよのあだまくら」(六オ)
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよとさけをのむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢがこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(六ウ)
ゐかにつとめのわたしぢやとてもこうもうたがふものかいの
のやまこへてもおまへとふたりくらそと思ふてゐるものお」(七オ)
おもひつめたがふたりのいんぐわまゝにならねばつれてゆく
くるかくるかとまつ身のつらさあへばわかれのまたつらや」(七ウ)
やがてふうふといふてはいれどむねのけぶりがあさまやま
まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきとちやわんざけ」(八オ)
けさもけさとておまへのうはさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのとこ」(八ウ)
いろはしりとり都々一
三へん
杉丘画
馬喰町三丁目
吉田屋小吉版」(九オ)
こひしこひしとおもふてゐたにゆめじやないかやぬしのこえ
えんのつなかやたよりがありてぬしのところへふみのつて」(九ウ)
ていしゆきどりのぬしよりほかにうはきどころかなんのまあ
あいのおさへとのむさけよりもふたりねざけのおもしろさ
さいたさくらも乱れりやちるよしんぼさんせやちらぬさき」(十オ)
きづよいおかたとうらみつなきつおつるなみだのそでのつゆ
ゆふべあふたにまたかほ見たくふみにおもひをふうじこめ」(十ウ)
めかほしのんでうきなをたててまよふ二人がこひのやみ
みへもかざりもなくほれぬいてぬしのうはさをいひくらし
忍びあふよはみじかふてならぬにくや夜明のかねのこゑ」(十一オ)
ゑきもないことさきぐりをしてぬしをあんじてものおもひ
ひとめしのぶははじめのうちよいまじやひとめもよのぎりも」(十一ウ)
もとはたがひのこゝろやすだてよすねずとこちらをむかしやんせ
せなかあはせてけんくわもすれどこちらむひたら明がらす」(十二オ)
すゑのやくそくながながしいもまつにかひあるきのふけふ
けふはめでたくいもせもまなびかはらしやんすなかはるまい」(十二ウ)


十『いろはしりとりどゝいつ』
(幕末刊。大阪大学図書館小野文庫蔵。918.5/ONO/46)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、大阪大学附属図書館の許可を得た。(No.1041)
 文句は関西大学本(H911.91/15/1)蓬左文庫本(尾19-178)大阪大学小野文庫本(918.5/ONO/45)と同じ。菊池所蔵は初編・三編のみ。
いろはしりとりどゝいつ
初へん
馬喰町三丁目
吉田屋小吉板」(初一オ)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひぢもはやしれたらまゝのかは」(初一ウ)
はだかにんぎやうとなるわしが身もみんなおまへがかわいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといひならべ」(初二オ)
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とほざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちわがこうじてせなかとせなかあけのからすがなかなおり」(初二ウ)
りんきせまいとたしなみながらなぜか心がやすまらぬ
ぬしのこゑかとまただまされて出てはみんなにわらはれる」(初三オ)
るすをめがけて来るまをとこもすこしはきがねをするものを
をもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ
わたしやこれほどおもふてゐるにこうもじやけんにするものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ」(初三ウ・初四オ)
よひにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへ野のすへ山おくまでも手にてもひかれてふたりづれ」(初四ウ)
都々一 二編
馬喰町三丁目
吉田屋小吉板」(二ノ一オ)
れいの野暮めがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てつひおこされてあとをみたさにはらがたつ」(二ノ一ウ)
つきにむらくもはなにはあらしぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬひとてはないわいな
ないてわかれてつひそれなりに一人ぬるよのあだまくら」(二ノ二オ)
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよとさけをのむ
むねにしあんはさだめてあれどぐちがこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ」(二ノ二ウ)
ゐかにつとめのわたしぢやとてもこうもうたがふものかいの
のやまこへてもおまへとふたりくらそと思ふてゐるものお」(二ノ三オ)
おもひつめたがふたりのいんぐわまゝにならねばつれてゆく
くるかくるかとまつ身のつらさあへばわかれのまたつらや」(二ノ三ウ)
やがてふうふといふてはいれどむねのけぶりがあさまやま
まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきとちやわんざけ」(二ノ四オ)
けさもけさとておまへのうはさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのとこ」(二ノ四ウ)
いろはしりとり都々一
三べん
馬喰町三丁目
吉田屋小吉版」(三ノ一オ)
こひしこひしとおもふてゐたにゆめじやないかやぬしのこえ
えんのつなかやたよりがありてぬしのところへふみのつて」(三ノ一ウ)
ていしゆきどりのぬしよりほかにうはきどころかなんのまあ
あいのおさへとのむさけぶりもふたりねざけのおもしろさ
さいたさくらも乱れりやちるよしんぼさんせやちらぬさき」(三ノ二オ)
きづよいおかたとうらみつなきつおつるなみだのそでのつゆ
ゆふべあふたにまたかほ見たくふみにおもひをふうじこめ」(三ノ二ウ)
めがほしのんでうきなをたてゝまよふ二人がこひのやみ
みへもかざりもなくほれぬいてぬしのことばかりをいひくらし
忍びあふよはみじかふてならぬにくや夜明のかねのこゑ」(三ノ三オ)
ゑきもないことさきぐりをしてぬしをあんじてものおもひ
ひとめしのぶははじめのうちよ今じやひとめもよのぎりも」(三ノ三ウ)
もとはたがひのこゝろやすだてよすねずとこちらをむかしやんせ
せなかあはせてけんくわもすれどこちらむひたら明がらす」(三ノ四オ)
すゑのやくそくながながしいもまつにかひあるきのふけふ
けふはめでたくいもせもまなびかはらしやんすなかはるまい」(三ノ四ウ)


十一『いろは四十八しり取どゝいつ』
(幕末刊。玉恒板。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
いろは四十八しり取どゝいつ 上
玉つねはん」(一オ)
い いつか二人りがみやうとにならばてなべさげてもうれしかろ
ろ ろん?ないぞいいやじやといふがそめてゆくぞいこのしらは
は はだかにんきやうとなるわしがみはみんなおまへがかわいさに
に にくやからすがまうきの/\でしかとだきしめかほとかほ」(一ウ)
ほ ほんにおまへはやきもちぶかひおぼいもないこといゝならへ
へ へんなうわきをわしやきくたひにあんじくらすはぬしのこと
と とうざかるのはすいさく花よしんほしやんせよちとのうち
ち ちわがかうじてせなかとせなかあけのからすのなかなおり」(二オ)
り りんきせまいとたしなみながらなぜかこゝろかさたまらぬ
ぬ ぬしのこゑかと又だまされてでゝはみんなにわらはれる
る るすを目がけてくるまごとこもしれりやどきやうのさめとこお
を おもひおもまわれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ」(二ウ)
花見もとりいろは四十八しりとり掛合しんばんとゝいつ 下
両国 玉恒板」(三オ)
わ わたしやこれほどおもふているにかうもじやけんになるものか
か かみやほとけにねがひがとゞきけうのごゑんのうれしさよ
よ よいにしのはせよふよのことてあふてかいしてほつとした
た たとひ野ゝすいやまおくまでもてをとりあふて二人りつれ」(三ウ)


十二『いろはしりとり都々一』
(幕末刊。大阪大学図書館小野文庫蔵。918.5/ONO/45)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、大阪大学附属図書館の許可を得た。(No.1041)
 文句は関西大学本(H911.91/15/1)蓬左文庫本(尾19-178)大阪大学小野文庫本(918.5/ONO/46)と同じ。
いろはしりとり都々一 二編
中ばし 松坂屋板」(一オ)
れいの野暮めがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てつひおこされてあとをみたさにはらがたつ」(一ウ)
つきにむらくもはなにはあらしぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬひとてはないわいな
ないてわかれてつひそれなりに一人リぬるよのあだまくら」(二オ)
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよとさけをのむ
むねにしあんはさだめてあれどぐちがこうじてものおもう」(二ウ)
うはきなおまゑにしみじみほれてわたしやあはびのかたおもゐ
ゐかにつとめのわたしぢやとてもこうもうたがふ物かいの
野やまこへてもおまへとふたりくらそとおもふてゐるものお」(三オ)
おもひつめたがふたりのいんぐはまゝにならねばつれてのく
くるかくるかとまつ身のつらさあへばわかれのまたつらや」(三ウ)
やがてふうふといふてはゐれどむねのけぶりがあさまやま
まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきとちやわんざけ」(四オ)
けさもけさとておまへのうはさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのとこ」(四ウ)


十三『新作こゝろいき文句四十八文字大一座しりとり都々一』
(幕末刊。両国屋百板。菊池所蔵)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
新作こゝろいき文句四十八文字大一座しりとり都々一 上
両国屋百板」(一オ)
いへばくぜつのたねとはなれどよそに花あるふたごゝろ
ろくにはいふまいせけんの人が二度のつとめのこのしらは
はかないすがたとわしやなりふりもみんなたれゆへぬしゆへに
にくいしうちとうらみつないつなみだかくしてまたしんぼ
ほぐにはなるまいあのことのははすへのすへまでじやうくらべ」(一ウ)
へんなゆめ見てふとめをさましおもいすごしもぬしのこと
とふざかりやこふもじやけんとわしやなくばかりおんなごゝろでせまいぐち
ちかいたてたよおもわぬ人にかいたきせうもときのぎり
りかいりづめでこいじがなろかこうなりやいきじできれはせぬ
ぬかにくぎうつおへやのいけんむだなことだよそいとげる」(二オ)
るらうさせたもみなわたしゆへたてづはなるまいぬしのかを
をつなはづみからついのりがきていまじやかへらぬあすかがわ
伊呂波四十八文字しり取心いき都々一 下
わけはこふだとこゝろのそこをゆふてきかせちやわるいのか
かみにねがいもほかではないがはれてあいたいたゞひとよ」(二ウ)
よもすがらねやのひまさへつれなき人とおもいだしたるうたがるた
たまにきづとはおまへのことよすこしはしんぼうしておくれ
れんがはいかいうたよむひともまよふちやとけまいこいのなぞ
そえるゑんならいくちよかけてともにじせつのすへをまつ
つまづく小いしにあと見かへりてにくいながらもなでるむね」(三オ)
ねづみなきしてついだまされてぬしのてくだにかゝるわな
ながめ見あかぬつきよもやみとよわりやすいはあきのそら
らくなむかしにさてひきかへていまはかへなきみをくやむ
むすぶいづもでむすばぬゑんはあふたしよてからこのくろう
うきなたゝずのまもりがあらばかけてうわきがしてみたゐ」(三ウ)
新作伊呂波四十八文字大一座しり取都々一 上之巻
こゝろいきもん句
両国屋百板」(四オ)
ゐやなかぜにもなびくはやなぎして見りやくがいはつらいもの
のきばづたへのつばめでさへもめうとぐらしでいるものお
およばぬことじやとわしやしりながらそふて見たいはこいのよく
くみわけて見ればしうとが何にくかろういとしいをまいをうみのおや
やくじやなけれどたらわぬわしをむまくだましたくちぐるま」(四ウ)
まゝにならねどこふなるからはあさいこゝろのおよぶたけ
けさのわかれがわしやきにかゝるつがいはなれぬこのびやうぶ
ふかくなるほど人めのせきをこへてゆきたやぬしのとこ
こゝろうちとけやうやうねたらもはやあけがたとりのこえ
えんのあさせとわしや白波のおとにもきゝたいふみのつて」(五オ)
てなべさげてもそうきでいるにいまのくがいがなんのまあ
あはぬむかしにくらべてみればたよりをまつよのじれつたさ
いろは四十八文字しりとり心いきどゝ一ツ 下
さへたつきよにじやまするくもがあるかこよひのむなさわぎ
きれてみれんで又おもいだし人にいわれぬそでのつゆ」(五ウ)
ゆきつもどりつしあんにあまりねぐらさだめぬむらすゞめ
めいかこうさへかほみめぐりとむりなねがいのかみだのみ
みづにうつりしそのつきかげにとゞかぬこひじにみをやつし
しのびあふよはふさいだかほゝみせてうきなのたゝぬちゑ
ゑんもゆかりもないしよへせじをゆうてつくろうけうのしゆび」(六オ)
ひんすりやどんすのやくとはいへどぬしにはしかけもかんざしも
もつれかゝりし此くろかみをとけてやうきにならしやんせ
せけんはれてのわたしが人といふをたよりに日をくらす
すへにむすばるゑにしのあやかとけでうれしいいきのふ京
京はめでたいさて四かいなみはれてふうふのわびずまい」(六ウ)


十四『新作さわりよしこの咄し』
(幕末刊。四代目桂文治著。関西大学図書館蔵。911.65/S5/1)
 四代目桂文治は生没年不詳だが、江戸時代に亡くなったと考えられる。よって著作権は消滅している。
「い」から「う」まで。
新作さわりよしこの咄し」(表紙)
(絵)」(見返し)
(絵)
鶯のにくや初音を障子こし
四代目桂文治」(口絵オ)
(絵)」(口絵ウ)
酒は燗肴は気どり酌は髪長とは宜なるかな。名座玉席に山海の珍味を集金燭の光ますとも酌人は石部金吉も御辞宜仕そふな堅者が出て気どりもせねば其味有て無に似たり破れ無し路の上に。鯡かずの子の●り燗も心あきうま合同士は気どりは」(序オ)
せねども気のとり様こゝに出せし我等が戯作味無き安肴のこつこつなれども諸君子の読とりにて少しはむまく聞ゆるどふり御酌人の髪長達に弾かして諷ひ給へる事を希而已
新作いろはよしこの咄し 四代目桂文治」(序ウ)
今をさかりと咲イたるさくら〔(はうたはる風)はる風もしばし花のあたりをよきてふけふけ(詞)きたない哥じやネヱカ鼻のあたりをよきてふいたら水ばながおちる。ナアニ其はなじやネヱ。ダケド水ばなに違ネイナゼ。ハテこぼれてかゝる〕鼻の露ではないかいナア」(一オ)
炉のそばで人の手まへはまじめで居たが〔口とりどりの其うわさきくほどゑんのうす茶かとふかひこい茶の中とはいへど〕水さゝれたが杓のたね」(一ウ)
はれてあはれぬ恋路のやみに〔(詞)ヱヽじれつてい一ツすむとてうちんたゝだやうに成たソリヤおまつりがすんだらてうちんたゝんだやうになるはづた。ヲヤヲヤおまつりがすんだにまたてうちんがひろがつた〕ヱヽソリヤ煩悩じやないかいナア」(二オ)
荷もちすれども義は堅親父〔(浄るり沼づ)申旦那様むかふのたて場にどじやうの名物が厶り升。ソレハよいがこなたのあしもとを狂言師に見せたいのハイけさからまだ一文も銭のかほ見ませぬによつてあしもひよろつき〕喰ズ沼津で厶り升」(二ウ)
ほめられたさに子を先立テ〔(詞)申白太夫さん桜丸が死んだのでおまへをやしなふものがネヱカ。イヱイヱ〕のこる二人が三ツ子と申升」(三オ)
下手な芸者をそだてる客は〔(つるべ)かほのもみじもくみてしるつなでにかよふ涙のしづく(詞)ソリヤつるべじやネヱカ。ソウサ旦那はたとへていおふならつるべサ。ナニつるべドコジヤネイ井戸の神サ。ナゼ〕ハテ酔人ではないかいナア」(三ウ)
時ぎりの御飛脚トみちづれになりて〔申おひやくさん大そふお早い御あしダネイ。ナニゆがんだ松の木でかないませんおまへさんのあしはまつゝぐダガゆがんだ松の木とはハテ時ぎりだからゆがんだ松の木サナゼ〕ヱヽはしらにやならぬとしやれて行」(四オ)
ちいさい時からおまへをまはし〔(かつら川しん内)あはれをあとにとふざかるまちをはなれてやうやうとせなをおろしてとりどりに(詞)ヱヽコせなをおろしてト言カアリヤおふているからおびや長右衛門ソンナラしんじうしないうちは〕ソリヤ死んのやじやないかいナ」(四ウ)
りんきするきはさらさらないが〔(しん内)こゝろの苧がせむすぼれてほどけもやらずうつとりともたれかゝりしとこばしらすやすやねむる気くたびれ(詞)コレ尾上さん酒でものんでうきうきさんせおまへさんがふさいでいるとかわひそふにかむろまでかアノやうにもの思ひイヱアノ子はわたしの身の上しるこだから〕あんしるのじやないかいナア」(五オ)
盗みするのも皆主の為〔(浄るり)あはれみあつて国次の刀のせんぎすむ迄は夫の命をたすけてたべ(詞)アリヤ刀のせんぎしていにや小判の十両ももらうダロ。ナゼ阿波の十両兵衛と云じやネヱカ。ナニせいぜいもらつた所が四十三分サナゼハテほんとうわ〕銀十両じやないかいナア」(五ウ)
瑠璃色につけたなすびの見かけはヨイガ〔アイツワじつらしう見へても妻にしてみな根がアクダカラ〕色もさめるじやないかいナア」(六オ)
思ひ寝の夢おどろかすまだ初夜のかね〔(詞)ヱヽコ大晦日はせはしい物だそれに久松メガ帳箱にもたれて夢を見るとは大そふひまな質やダネヱナニアリヤ質おきにくるのをまつて居るのだから名が〕質屋待ではないかいナア」(六ウ)
わけもきかずにうちてうちやくは〔(しん内)ヱヽこゝろづよやどうよくなにくやトひざに引よせてさすりつないつかほを上げ(詞)ソレみなはれうちかけのきんしがほつけて親方がなき升ワイナ。イヤヲレハ七百メ目のしやくきんおふて居るがソチノ親かたがなくかきんしがなくかしらんが〕コチノ銀主もないて居る」(七オ)
唐と日本でくらうをなさる〔(詞)老一管は韃靼国をほろぼして大そふおもい身に成つた。一貫がおもい身になつたら。トウシテイ〕ソリヤ弐朱と銭トニすればよい」(七ウ)
夜討する気で黒装束は〔(詞)由良之介もあてがちがつて居ぜ。ナゼやみのばんかたきを討つもりでくろしやうぞくをこしらへたがアイニク雪が降やガツテ白い所へくろいものが着タカラヨケ眼立て白しやうぞくに仕たらよかつたニコリヤ由良の介が〕衣装のあやまりじやないかいナア」(八オ)
たしか啼タトしやうじをひらき〔(詞)今時鳥がないたと思ふてみれば月ばかりサ。ナアニ月ニワ鴨サ。バカイヱ月に時鳥といふことはどこでもきまつた事サ。ソレジヤ奈良で出る月は鴨ダ。ナゼ仲麿の歌ニモ三かさの山に〕出し月鴨デワないかいナア」(八ウ)
歴々の御方々さへくろうをなさる〔(身かはりおんど)いにし多田まんぢうゆめまぼろしの世を観じ(詞)ヱヽコ大そふあまいものがすきと見ゆる。ナゼたゞの饅頭ダト思ふてムヤミニ喰
ぢがおこつダロ。バカイヱあまいもの喰てぢがおこるといふことがあるカヱ。ダケドあまいぢにちがいネイナゼ。ハテゆめまぼろしの〕ようかんじではないかいナア」(九オ)
そらもよいのにぴかぴかひかる〔(詞)申旦那様此比は毎ばん光り升ネヱアリヤ稲光りといふて光るたびたび稲に実が入てよく成ノジヤソリヤ私もまくらをはづさないやうになつたはづさナゼおまへさんがまいばんひかるので私も〕居寝がよく成のじやないかいナア」(九ウ)
月はさゆれどわたしの胸は〔(ゆかりの月)せもふたのしむまこととまことこんなゑにしがからにもあろか(詞)ヨウホドヨイにしんを喰たと見へるナゼこんなヱヽにしんがからにもあろかとイツテイヤガル。バカイヱ赤縄とは女夫中むつまじい事サソレジヤにしんにちがひネイナゼハテ中むつまじケレヤ〕数の子も出来るじやないかいナア」(十オ)
ねてもさめてもたゞわすられぬ〔(詞)横蔵メガ?の巻を仕てヤラウト思ふてイヤガル。ダガアイツワ眼一ジヤネヱカ。ナアニひがらめだナゼハテいつでも〕籔をにらんでおり升る」(十ウ)
縄もかけずにたゞぎりずくめ〔(浄るり)おまへがたも精出しておせめなさるが身のおつとめつとめといふ字に二つはないアヽうきよでは有ぞいナア。(詞)ぽんといふたは〕チツト阿古屋じやないかいナア」(十一オ)
羅刹女とはみな鬼の子よ〔(詞)浜のはかへ参つて見ば鬼の姿で脇立ワナらせつ女ダチヲ此間だ参たがくらくて見へなんだがアリヤ金仏かナアニ木ぶつかアヤ石仏かナアニ土でして土仏かバカイヱソレジヤ仏ぶつだ。アリヤ浜のはかの〕米櫃じやないかいナア」(十一ウ)
梅にとまりし小とりをさせば〔(詞)ソコヱ老僧がとふりかゝつていつも愚僧が念仏をとなへてやると助るにけふはナゼとられたと見れば小とりが。ほかのとりなら念仏でたすかりませふがわたしは念仏では行升ぬナゼハテ鶯ダカラ〕ホウ法花きやうでござり升」(十二オ)
うしにひかれて善光寺まいり〔(詞)アレヤ何をいつたものだ。思はずもけつかうな所へまいるといふたとへササ。ソレジヤお七はぢごくへいつたろ。ナゼ〕馬にひかれて行わいナ」(十二ウ)


十五『よしこのいろは廻し 冠の巻』
(嘉永四年序。大阪市立中央図書館蔵。911.6/100/1851)
 本書は作者不明であり、時代からして著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、大阪市立中央図書館の許可を得た。(平成二三年一月一一日付)
よしこのいろはまはし 冠の巻」(表紙)
発記 好仙亭長東
都にも時をつくりこの鶏がなくあづまのふしをう?のひろめつ
好此亭玉助著」(見返し)
浄家の四十八願はしらず。義士が四十八人は。彼いろはの仮名文字の。一字を各頭にいたゞき。山々川々のあひ言葉。素懐を遂し美談を残す。そのいろは廻の四十八首は。一首を折々唱ふていただき。山はあらねど川の字を。横に三すじの呂律にかなひ。おひ??うけ?余慶をのぞむ。よしや童戯のいろは譬へ」(一オ)イロハ講釈いろは歌。是等の仲まははぶかれても。いろは廻しはよしこの天狗。粋なとこへは以て来ひ。此上なからはな高き。御評判にあつからんと。序に書そへて??ふ四十八。
嘉亥の秋   好文亭狸●」(一ウ)
附言
百済の王仁がよめる。難波津に開や云々の歌を。浅香山の歌に併せて。これを手習ふ幼児に。教し昔の風俗は。色葉雖匂の歌に変り。仮字の書体も。昔々は甚かはりぬ。かはるといへば好此百々一。此名目も当初。ヨシコノコシヨシコノコシ ドドイツドイドドイツドイ。などゝはやし余波ながら。難波津に咲く此花の。此といふ字に蒹葭の。よしといふ言を添て。よしこのの名を更ざるも。恋の手習情の清書。いろは廻の縁による。牽強附会をな咎給ひそ。
買山人玉助」(二オ)
(絵)」(二ウ・三オ)
よしこの
逢ぬつらさに寝ぬ夜もあるか〔(一中ぶし)あだに粟津の晴嵐と心でとめしゐつゞけにあらしははれて一時雨ぬれてあふ夜は寝てからさきよ〕あへばやつぱり寝らりやせん
よしみ連には夜ごとの茶話ありてそのむつみ???深しとなん其人々の心のほどをあだなもんくにいふて見ればこんな琴でもあらんかと
連外一個の戯客 狂蝶亭花升述」(三ウ)
よしこのかけあひうた 以呂波廻し
玉屋玉助作
  ○
いろといふ字にまよふてからはは字をかくのもいとやせぬ
  ○
ろには嫌はれ櫂にはふられたよりなぎさのすて小舟」(四オ)
  ○
はなれまいぞへ柳に乙鳥どんな嵐がふくとても
  ○
にどの勤に身をくだくのもかねがかたきの火打石
  ○
ほれたお客に背中をむけてゐるはざしきのうら表」(四ウ)
  ○
へんじ聞かねば放さぬ手先恋もひとつはちからわざ
  ○
とかくおまへの心がしれぬ初手はこゝろに惚ながら
  ○
ちがひ棚とはこゝろもつかず床でくよくよまち明す」(五オ)
  ○
りんきしたとて浮気は止ぬじやといふて悋気もやめられぬ
  ○
ぬしの寝言に耳そばだてゝこゝろあたりの物おもひ
  ○
るすはわたしに任せておいてぬしは気まかせ足まかせ」(五ウ)
  ○
をしき筆とめ候とは書ていくつもいくつも返すがき
  ○
わたしや三絃ぬしや南草盆酒がとりもつかりまくら
  ○
かりた挑灯あやしい家名とてもあかりが立はせぬ」(六オ)
  ○
よじやう半でも所帯は所帯金をすてたは初むかし
  ○
たれに逢ふやら気もひやひやと雪にふたりがもやひ傘
  ○
れいのひとつも言れぬ事で苦労するのも誰ゆへぞ」(六ウ)
  ○
そへばどれやひそはねば不実どのみち奇麗に言はれやせぬ
  ○
つるべ放さぬアノ朝がほはわづか一夜の縁のつる
  ○
ねぐらはなれてとぶ鶯を梅が見おくるさらば垣」(七オ)
  ○
なにをいふてもさはがぬ硯墨はひとりでくろうする
  ○
らくがしたけりや是程までにぬしに憂身をやつしやせぬ
  ○
むねが家なら苦労は煤よそれを掃にはさゝがよい」(七ウ)
  ○
うれしさうだよつがひの蝶は花の露をば口うつし
  ○
ゐなか育のアノ姫百合も今はみやこの床の花
  ○
のいた当座に腕を見れば文字の手前もはづかしい」(八オ)
  ○
おやの網をばふたりで抜て不自由ながらも魚と水
  ○
くぜつなかばにアレほとゝぎすないてすねたもひやうしぬけ
  ○
やまの奥にも妹背の道はあると妻こふ鹿がなく」(八ウ)
  ○
まてば甘露の日よりとやらをしんきくさゝの不了簡
  ○
けにもはれにもひとりの男見立違ふてなるものか
  ○
ふみを丸めて品玉つかひ見つけられまい恋のたね」(九オ)
  ○
こひの手習はじめてからはとかく逢ふのをまちづくし
  ○
江戸の男に真実ほれて東まくらも気はこゝろ
  ○
てがみ封じて又一思案たれにもたせてやらうやう」(九ウ)
  ○
あはぬむかしがますかけ筋よ手には小皺の苦労性
  ○
さゝを過して無理いふ竹を粋で寝させる夜半の雪
  ○
きずい気儘を互にいふて泣て笑ふて中がよい」(十オ)
  ○
ゆきのふるにも通ふじやないかちつとは積つて見たがよい
  ○
めさき利して銚子を替に立たあとにはさしむかい
  ○
みづの出ばなのおまへが浮気いつも見流し聞ながし」(十ウ)
  ○
しのぶ戸口に尾をふる犬は義理にあしたはみやげ物
  ○
ゑんは結んでまだ帯解ぬ籠のうぐひす室のむめ
  ○
ひとの手前ですげなうするをまさか腹たつぬしじやない」(十一オ)
  ○
もとは浮気で連そひながらうはきさんすりや腹がたつ
  ○
せじと器量と扨心いき恋の目利も上手下手
  ○
すへのつまりを案じる胸に好なたばこも通りやせぬ」(十一ウ)
  ○
京と難波になじみをもちて心ひかるゝ淀のふね
  いろは廻し畢」(十二オ)
<以下省略>


十六『いろはかな冠どゝ逸』
(嘉永七年序。菊池所蔵)
 野狐庵こと仮名垣魯文は明治二十七年に没している。
 國學院高藤田小林文庫に同じものがある。菊池本は五ウ・六オの一丁欠。國學院高本にて補う。上田市立上田図書館花月文庫『都々逸合本』(音楽386)、東京都立中央図書館東京誌料『辻うら都々逸』にも同じものがある。
いろはかな冠どゝ逸
野狐庵編
一盛斎画」(表紙)
いろはかなかむりとゝいつ」(見返し)
倭歌を吟で。猛鬼神の心を和らげし。雲上人は。侍人に会て詩を献じ酒呑に。剣菱の酒札をあたへし。不意の幸福なり。雅俗今昔の人情を察すに雅人俗人をもなごりて。文盲と呼は俗人詩人を嘲て。偏屈と称ふ大鵬燕雀を笑へども。藪蚊の眼毛に巣を喰ふ●●に。へこまされたるためしもあり。過たるは猶不及と。吾輩の田夫へひく無益論。餅はもちやと発客の。主人が目ざす堕落者四十八字のとゝ一を。足下述意はなゐかいなと鼻唄交りの注もんちやく。おつときたさと請合拍子例のずるけの催促も。まゝよまゝよで半月計り横たにかぶりを振ながら。意趣とか何とか顕号て。金針の折倉卒にやうやく??た。仮字の清書蚯蚓のかたくり涎童。頭上とゝもに。かくのごとし
嘉永甲寅仲秋葉月
恋岱麓 野狐庵主人記」(一オ)
虚八百の粋個等浄談泊の遊戯堂に会合して度々一の新案を著作なすところ」(一ウ)
つもりにしかずかきつめて言の葉のにしきの衣つゞりあげけり
半可通人
初桜天狗の書たふみ見せん 晋子」(二オ)

いろのとりもちやなぜこのやうにひとの恋路に気がもめる
いつかいつかと人目をかねておもふばかりも小半とし

ろうかとんびとわらはばわらへたまやしやくりにやのるものか
ろうかづたひに人めのせきをあげてあふ夜はほつといき」(二ウ)

はやくがゐをめでたくかしく返々のなきやうに
はれてあふ夜はあすあることゝおもふ間もなきあだざくら

につこりわらつてさすさかづきをおさへつけるもしやくのたね
にくいしまつとふつふつすれどあへばかわゆくなるいんぐわ」(三オ)

ほどもきりやうもすぐれたおまへほかにあなでもなけりやよい
ほぐにする気のせいしじやないがやぶれかぶれも恋のいぢ

平家一門みなかにとなるわたしやりんきで鬼となる
へいぜいわたしがいけんもしたがわかれのつらさに今のしぎ」(三ウ)

とらと見て石にたつ矢はわたしの心かたい気性を立とふし
とふにやおちいでかたるにおちるなんでこんなにのろかろふ

ちよいとおまちよ着ものをおくれびやうぶの唐子が見るわいな
ちわもくぜつももふいゝつくししんのはなしに夜があける」(四オ)

利非はともかく女のじやうにしゞうそわずにおくものか
りくつづくめにいけんをしてもまがりかゝつた恋のいぢ

ぬるま湯をぐつと一と口口からくちへあかいばんだとほつといき」(四ウ)

るゐは友とて身につまされてのろけばなしにきゝ上手

をかめから見ればわらふもせうちでのろけちわがくぜつのたねとなる
をもひ唐さき時節をまつち首尾をまつ身のながしぶね」(五オ)

わたしやくれ竹おまへはすゞめ雨のねぐらが縁となる
わたしが思ひの十ぶんいちもおもふてくれたら嬉しかろ

かむろだちからはねつくむすめどこの男にそふであろ
かごの鳥とはまがきのおしよくわたしや小見世のきりぎりす」(五ウ)

よくじやなけれどなる事ならばあだでまじめな人がよい
よくよくこゝろでりやうけんしてもきれる心はでぬわいな

宝船して二日のまくら夢のうれしやみな目ざめ
たにんのせじにはのられぬものよしんせつごかしで舌を出す」(六オ)

れんじがしらめばお部屋へ気がねすそにかくるゝ長ろうか
れいのやぼめとおまへのこゞとくぜつするのも恋のよく

それからして夜明からすについおこされてあかぬわかれの時鳥」(六ウ)

つきのまるさと恋路の道はどこのいづくもおなじ事
つきぬなごりにたゞぼうぜんとあとできのつくたばこいれ

ねじめさだめてお部やへすわり年のますのもおまへゆへ
ねんのあく日をまつほどならばお部屋でおまへをせかしやせぬ」(七オ)

ないてうれしいゆふべにかわりわらつてせつない此ざしき
ながい浮世にみじかい命けふも内へはかへしやせぬ

らちもないことさもぎやうさんにないてじれたりわらつたり
らくなくらしものぞみはないがくがゐはなれて友かせぎ」(七ウ)

むすんだまゝなるかれ野のすゝきにくゐ夜風が身にしみる
むねにくぎうつてかはつたおへやのいけんぎりとなさけはつらいもの

うたぐりぶかいとさげすまるゝもみんなおまへのためばかり
ういたつとめでなさけはうれど心にかけがねしやうもある」(八オ)

居つゞけもたまのことだとひと夜がふた夜つもるおもひが身のつまり

のちはたがひに心とこゝろ初てはうはきが小たのしみ
のこりおしさにあと見をくりて月をあいてにひとりごと」(八ウ)

おしのうき寝はくがひのふちせやがてくもゐのめうとづれ
おつなはりからつゐかふなつて今じや人にもきがねする

くろふするがのふじの雪とけぬおもひに身をこがす」(九オ)

やくやもしほに身をこがれつゝぬしをまつをのうらの茶や

まゝになるよでならないからは出雲にもめでもできたのか」(九ウ)

けん番の札をけづられどきやうのねじめどふかいとみちつくだらう
けんくわしてせなかあわせも夜風がしみて寒くなつたとなかなをり

ふられながらもまだうぬぼれてたまにやひとりでねるもいゝ
ふたつならべしこのまくらばしわたりにふねとはこゝのこと」(十オ)

小なべだて雪のあしたのいつゞけ酒もかぶるどきやうの三つぶとん
こゝろにかわりはゆめさらないがすねて見たいが恋のよく

江戸の夜たかはなにわのそうかそわぬながらもひとよづま」(十ウ)

てつぽうの玉のおとづれ気も飛道具ぬしのはなしはからばかり
てづるもとめておくりしふみがいまはうき名の評判記

あげる花火とうわきな恋路によりましたるあとがない
あかるひしあんにがついでるならばこいのやもぢにやまよやせぬ」(十一オ)

さゐけんをとつてなげだす女房のりんき文なら角でもはへるだろ
里のいきぢで今までよんでなんで浮気をだす物か

きくたびにもしやぬしかとかうしにすがりきけばすけんのそゝりぶし
きりぎりすなくや霜夜にはる長見せもおまへゆゑじやと目になみだ」(十一ウ)

ゆめでみめぐりくるかとまつちあへばこゝろもすみだ川
ゆきつもどりつこゝろでしあんうちのぶしゆびもあんじられ

めくらへびぢやと世のくちなわもすへの手だての山かゞし
めはしきかしてそのばをはづしたれしもこいぢはおなじこと」(十二オ)

道をみちで立る気なればなにいまゝでもよこへそれたる恋はせぬ
みれんらしいがきれたはほんのとうざのがれのくちふさぎ

しあんするほどしやんはでずにたまにでるのはぐちばかり
しゞうそうしたりやうけんならばいまがしあんのきめどころ」(十二ウ)

酔ざめの水にすましたくぜつのもつれはらのさうじのかんびよウする
ゑりにつくのもみさほのひとつつまるところはぬしのため

久しくあわねばすがたもかほもかわるものかよ心まで
ひろひせかゐがせまくもなろがよこにくるまも恋のいぢ」(十三オ)

もつれかゝつたこひじのいきぢうでやちからでいくものか
もくさんがかうもはづれてせんてをこされ人の助言もうつてがへ

せがれたぬしよりくがいのふちのわたしやねんきの水がます
せめてひと夜はふじのゆきつもるおもひをうちとける」(十三ウ)

すへのすへまでもつれてとけてむねの柳に恋のかぜ
すぐる月日をかぞへて見ればねんがあければ九十九髪

けふといふけふはれてのめうとありのおもひも天しや日
けふからは世帯かためてめうとのかため水をつる瓶のむつましく」(十四オ)
今昔人情不同
古調賀曲又新
度々逸居士
めでためでたが三ツかさなりて庭に鶴亀五葉の松
野狐庵主人著述」(十四ウ)
<以下は辻占都々逸となっている。省略>


十七『大一座しりとり都々一』
(安政三年序。國學院高校藤田小林文庫蔵。174/1-244)
 作者鈍通子こと仮名垣魯文は、明治二十七年に没している。
 本書の翻刻については、國學院高等学校の許可を得た。(平成二三年一月一三日付)
 同じものが上田市立図書館花月文庫(音楽/384/花月文庫)にある。ただし、他本と合冊のため表紙欠。
大一座しりとり都々一」(表紙)
おほいち坐しりとりととといつ」(見返し)
京町の猫揚屋町に通ひたりし元禄の五元集は花街のさまをよく写せし宝晋斎が滑稽なり仮宅の心意気を都々一に模ぎせしは安政の放心斎が洒落なり余はその机下に属していろはの尻取を綴なせしは謂所尻馬に乗類ひにして似た山の嘲をまぬかれがたししかはあれども美声の君たちが三筋の糸にかけたらましかば拙き文唱もさらに仇めくことのあらんかしも
  安政三たつの初春   出放台 多和琴誌」(一オ)
遊女菩薩黛と化して乏民を賑はす図 画賛曰」(一ウ)
傾城の賢なるはこの柳腰色香もふかき花のまゆずみ
恋岱 鈍通子」(二オ)
い いきじたてぬくわたしをおいてほかへうはきのあだごゝろ
ろ ろうかばたばたくぜつのもつれあいそづかしのすてことば
は はなしもとぎれてたゞぼうぜんととをざかるみのせつなさに
に にかいせかれてまがきのそとに雪間がくれの月のかほ」(二ウ)
ほ ほかへきがねでかへしちやみたがあとでこゝろのわびをのべ
へ へだてられたでけふこのごろはつねのつとめもよそのこと
と とけぬおもひはいづものかみがむすびすぎたるこひの意地
ち ちよつとだましてさかせたはなもはるはいろかゞふかくなり」(三オ)
り りんきするのもにようぼうきどりかごのとりだけまゝならぬ
ぬ ぬれてうれしいなみだのしぐれかわくまもなくそでしぼる
る るいはともとてとうしたゑんのゐんぐわどうしのくるしみを
を をほいくらうがますのもせうちこれがくがいじやまゝのかわ」(三ウ)
わ わけをきけとはまたきやすめよきれるにみれんがあるものか
か からかさにねぐらかすみのあのぬれつばめはがいならべてたゞひと夜
よ よるのゆきつもるおもひはたゞしんしんととけてねるよのはだとはだ
た たてしちかひにあのかみなぶりおれいまゐりはふたりづれ」(四オ)
れ れんじがしらめばおへやへきがねすそにかくるゝ身にはさぞ
そ それとしらずにふかみへはまりいまとつまりてはらがたつ
つ つきがないたかあのほとゝぎすまつよかひなきあけのかね
ね ねじめはわるいがつないでひとにきれたみすじのえんのつな」(四ウ)
な ないりつぱにいふては見たがあとのしあんをきめてから
ら らちもあかずまだひとだのみどうなることかと身をくやむ
む むねにてをあてこれからさきのとげるしあんの一ト工風
う ういたつとめにこゝろのしづみはでなとちざけくのせかい」(五オ)
ゐ ゐつゞけにゆきをかこつけながしちやみたがあとであはれざひよんなもの
の のびあがりかへるすがたを見おくるたびにとをくへだゝるかほとかほ
お おもふいちづにやてなべもまゝよふるいもんくのやまのおく
く くるくるとまいておさめてしめたとかいたふでにちかいのふみのあや」(五ウ)
や やぶれかぶれとかよふたばちかつゞれひとへのいまのざま
ま まてどきはせずつひかんしやくのどくとしりつゝちやわんざけ
け けんむほろゝな一ぱいきげんのむとじれるがぬしのかぶ
ふ ふとしたことからつひとをざかりにかいせかれてだんばしご」(六オ)
こ こらへじやうなくつひいひだしてきいたもおまへをおもふゆゑ
え 絵馬へおろしたこゝろの錠をあけていはれぬちかひだて
て てづめとなるほどどきやうがすはりどうなることかよこれがまア
あ 青柳のいとにつながれまたたぐられてだまやしやくりがなほつらさ」(六ウ)
さ さけのきげんでいふては見たがさめりやひとりでくやみなき
き きれもせずあいもならずの身でいるならばしほれすがたにそでのつゆ
ゆ ゆめでなりともたゞひとことのわけをいわふとおもひつめ
め めのふちもはれてあはれぬそのぢれつたさしのぶくぜつのもつれがみ」(七オ)
み みかへられたと思ふちやゐれどどうすりやくるかとものあんじ
し しつぶからしいが夜あけぬくにでおちおちねたいとしのびごゑ
ゑ ゑがほつくりていちざへせじもはやくきゝたいぬしのしゆび
ひ ひとめかねるははじめのことようきながたつたらあくまでも」(七ウ)
も もろともにしつぽりたのしむかりねのゆめがさめてくやしいたきのあせ
せ せけんみぬとてまたそのやうになぶらしやんすなとしのかず
す すんだす井戸でこのどろみづをあらふてそいたいみのねがひ」(八オ)
<以下省略。奥付ナシ>


十八『いろはどどいつ』(仮題)
(安政三年序。名古屋市蓬左文庫蔵。『どゝ一合本』のうち、第一。尾19-156)
 一筆斎英寿こと景斎英寿は生没年不詳だが、幕末に生きた人であり、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、名古屋市蓬左文庫の許可を得た。(22指令教蓬第22号の2)
(表紙欠)
江戸にもてはやす。どゝいつぶしといふものは。京大坂。其余の国に。可是節と云。尾張辺にてなごやぶしといふ。東北国にてはにいがたぶしといふ。西国にてはぶんごぶしと云。其名おのおの。かはるといへども。章句は皆此手尓於葉を以。三弦の曲をそゆるものなり。夫いろいろ。端哥の流行。不絶といへども。しばしの口ずさみにして。往古より。今に愛して。捨ざるものは。此よし此ぶしに及ぶものなし。されば。今いろは文字鎖の新芽を吹出し。ときはの松のいつことも。さかへん事をねがふ。幸に高評をたまはらば。板元作者のよろこび。此上やあらんかし
安政三辰春新刻  一筆斎英寿誌」(一オ)
いまにくるかとおまへのうはさうかうかはなして夜あけごろ
ろじをたゝかれきもいそぎあしげたとせつたのかたちんば
はれてこよひはふうふのちぎりねがひかなふてこのやうに」(一ウ)
にげてそおうとやくそくしたがすへをあんじてひとしんぼ
ほうばい女郎やおへやでせかれきるかきらぬかこんくらべ
へいぜい他人とおもふていたがこふなりや女房よこちの人」(二オ)
とにもかくにもおまへのかををたてたわたしがむねのうち
ちからづくにもいかぬはこいぢそれをつのるはさきのむり
りづめかけられきれては見たがいまじやかたときわすられぬ」(二ウ)
ぬしのかほ見りやうれしさあまりちわがこふじてぐちが出る
留すを目がけてしのんできなよほぐにやさせないかのことを
おつなことからついふかくなりもしやしれたらまゝのかは」(三オ)
わるひことだとしりつゝほれてのぼりつめたるこいのさか
かたきどうしのすへかもしれぬあへばくろうがなをますよ
よくよくおもへば身のつじうらかとなりざしきであのはうた」(三ウ)
たがひのいきぢでそひとげたもの義理の二字からいきわかれ
れいのしやくじやときやくおばだましぬしにそひねはつみなうそ
そんな心とゆめさらしらずまことあかしてはらがたつ」(四オ)
つまとさだめてもふあきのそらかはりやすひはぬしのむね
ねじめきめてもてうしがくるひあはなきや思ひがますはひな
なさけないほどじやけんなぬしにほれたわたしが心から」(四ウ)
らちもしだらもないせうのくろうわすれて見たいとやけでのむ
むねにいちもつありあけ月よぬしがいはなけりやわしがいふ
うそをうるのがせうばいがらとうたぐらしやんすかわしやつらひ」(五オ)
ゐかりおろしてついとまり舟ながれわたりはいきなもの
のめばこゝろはわしやすみだ川はなにもいろかのあるものを
おまへとそふならてなべをさげてたとへ野のすへ山のおく」(五ウ)
くがひのつとめもみなわれゆへと人のそしりもはづかしや
やさしひことばはおまへの手事たづなゆるさぬむねのこま
まぶをせかれてふさぐをしらずうはきどふしがわるふざけ」(六オ)
けふのやくそくおいでもあろがもしやさはりと気がまよふ
ふみでいはしたおもひのたけがとゞいてうれしけふの床
こゝろのこしてたてきるせうじまたもひかるゝぬしのこへ」(六ウ)
えふてできぬといはんすけれどかくしげいこそぬしの得手
亭主にやうぼとさだまるうへは此身はおしまぬなんのまあ
あさのわかれはかくごでいれどけふのおもひの其つらさ」(七オ)
さすがいやしひあまの身なれど恋に上下のへだてなき
きがねくろうは恋ぢのやみよはれていろますはなのつゆ
夢さめてみればあとなくたゞばうぜんとひとりさびしきのきのあめ」(七ウ)
目おばむき出しはらたてさんすわけをきかんせこりやよしみ
しのゝめがらすをにくひといへどかはひかはひとすいなこゑ
ゑんがありやこそまたあいおひのまつのかひあるけふのしゆび」(八オ)
人のねがひもとゞけばかなふ思ひはれたるけふの雲
もしやくるかとゆさへもいそぎどこかあらつたとおもはんせ
せかれなぶられわしやかごのとりこよひもひとりでなきあかす」(八ウ)
すいたどうしが世にあふかさでせたひするのはきのふけう
けふといふけふたがひのむねがはれためうとでおめでたい
《以下省略》」(九オ)


十九『端唄部類 二編』
(万延元年序。歌沢能六斎序・編。菊池所蔵)
 歌沢能六斎(萩原乙彦)は、文政九年(1826)生れ、明治十九年(1886)没で、著作権は消滅している。
端唄部類二編どゞ逸の部
歌沢能六斎集
○いろはしりとり
いつかほころぶ莟の花のかほにほんのりさくらいろ
ろんはないぞへさつしなさんせぬしゆへけふびの此しらは
はづかしいとていはずにゐればゑゝもじれつたいおたがひに
にくい秋風まよひの果はあなめあなめのすゝきの穂
ほれた中でもがまんはできぬよぎをかぶつてすかしの屁」(四オ)
へんなことからつい遠ざかりしらぬかほとはつみなひと
としまざかりをしらはのまゝでくろふするのも親のばち
ちゑんちかづき皆かりたをしこゝろがらからこのふぎり
りんきらしいがいはずにゐればすへがどふやらおぼつかぬ
ぬしに二日もあはずにゐれば風のくさめも気にかゝる
るいがともとてあの子と君はもゝとさくらの顔とかを
をもひまはせば此身の泣(なき)もめくるいんぐわの車の輪
わざとけなして又あるときは」(四ウ)むねてのろける深い中
かほりゆかしき莟の梅もやがてひらけばちる浮世
よしあしを定めがたなき身のなりゆきと水の流や浪花潟
たにんがましいおまへのしうち心おきなくしておくれ
れいのかんしやくもう是切(これきり)といふは出たらめみんな嘘
そふてふたりがくらせぬならば死んであのよでうちをもつ
つらいつとめの座しきをひいて今じやしうとで又きがね
ねんがとゞいて手いけとなれば朝ばんたのしむ床の花」(五オ)
なさけしらずが待身をしらでけふも来ぬとは何じややら
らくなやうでも多くの客のきげんとる身は気がいたむ
むりな義りづめむたいなくどきいやといはれずとふしよう
うそか誠かさつぱりしれぬさきでもしれまいわが底井
ゐどばたの桜あぶなしおちてはいけぬしめてからんださらしぬの
のんでのまるゝくせなしにしな捨てしまをうこの酒を
おし鳥と人にいはれた二人が中もひよんなことからひとりなく」(五ウ)
くやしい思も男のふじつほんにもつれたむねの綾
やかましい世間しらすがおかやきもちでなんの益ない人の邪魔
まてど来ぬ夜はついかんしやくでどくとしりつゝ茶わん酒
けさの別はいつよりつらいなぜかじれつたいきのふけふ
ふくささばきに手かげんおぼゑほれたこゝろを茶通箱(さつうばこ)
こゝろがらじやとせけんのひとにゆびさしされるもおまへゆえ」(六オ)
ゑんりよするのははしめのうちよいつか心もうち明て
てんにいやならなぜかうなつた今さらいやとはほんにまあ
あきもあかれもせぬ其中を義理でわかれる其つらさ
さらりと切たと人にはいへどかげじやみれんでしのびなき
きいて北野の梅とはおろかさても見事な花の眉
ゆふべのうつりがまださめやらで又寝うれしきけさの雪
めなみやさしき小いその浜へじれてぶつかるあだを波
身から出たさびつきはなされて」(六ウ)今は野中の破(やれ)かゞし
しみじみとつらいつとめのしんぼうするも心がらだかおまへゆゑ
ゑんと時節をまつともしらずさきは平気なかた思ひ
ひさしいものだがむしづがはしるかつておくれよさつま芋
もしひよつとかはりやせぬかとあんじてゐれどわざとじらしてうたぐらせ
せたいかためてかた気になつて酒ものまねばいろもせず
すへにかうした世間へかざる花もたがひの実意づく」(七オ)


二十『ひとつぶゑりどといつ』
(松島庵主人序。文久二年。関西大学図書館蔵。WAS911.655/M1/1-3)
 松島庵主人は正体・生没年不詳だが、幕末の人であり、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
『とゝいつ図会』後半が本書と全く同じものである。また文句のほとんどが『端唄部類四編』に載るものと同じである。
ひとつぶゑりどといつ 三編」(表紙)
花のくも鐘はうへのか浅草か。趣向つくえにのしかゝり。これをかうしてあゝしてと。むねのやりくりもくさんも。つかひはたしたすりこぎの。筆ならなくにはゆ料を。むさぼらんとて急げども。元来が遅筆のそのうへに。まだ書つけぬしごとゆへ。案のほかに日も延れば。道駄先生まだかいのと。伊勢庄さんのさいそくに。やつと書上たるどゝいつぶし。草や上野の花ならで。ぽつぽにかねを入相や。これでこゝろもすみだ川。とうかれだしたる都々一ぶし。其ため稿料さゆ?
文久戌の終春  松島庵主人記」(一オ)
いつかいつかとひとめをかねておもふばかりもこはんとし
ろうかづかひに人めのせきをあげてあふよはほつといき」(一ウ)
はやくくがひをめでたくかしくかへすがへすのないやうに
にくひしまつとぶつぶつすれどあへばかはゆくなるいんぐわ」(二オ)
ほどもきりやうもすぐれたおまへほかにあなでもなけりやよい
へいぜいわたしがいけんもしたがわかれのつらさにいまのしぎ
とうにやおちいでかたるにおちるなんでこんなにのろかろう」(二ウ)
ちよひとおまちよきものをおくれびやうぶのから子が見るわいな
りひはともかくおんなのじやうでしゞうそはずにおくものか」(三オ)
ぬるまゆをぐつとひと口くちからくちへあつひばんだとほつといき
るいはともとて身につまされてのろけばなしにきゝ上手
をもひからさきじせつをまつちしゆびをまつみのながしぶね」(三ウ)
わたしが思ひの十ぶんいちも思ふてくれたらうれしかろ
かごのとりとはまがきのおしよくわたしやこみせのきりぎりす」(四オ)
よくよくこゝろでりやうけんしてもきれるこゝろはでぬわいな
たにんのせじにはのられぬものよしんせつごかしでしたをだす
れんじがしらめばおへやへきがねすそにかくるゝながろうか」(四ウ)
それよりしてよあけがらすにつひおこされてあかぬわかれのほとゝぎす
つきぬゑんかよ恋しきひとにめぐりあふたる高やさん」(五オ)
ねぐらいづこぞのずへの雁よ月もてらすにふたりづれ
ないてうれしいゆふべにかわりわらつてせつないこのざしき
らちもないことさもぎやうさんにないてじれたりわらつたり」(五ウ)
むすんだまゝなるかれのゝすゝきにくひよかぜがみにしみる
うたぐりぶかひとさげすまるゝもみんなおまへのためばかり」(六オ)
ゐつゞけもたまのことだとひとよがふたよつもる思ひがみのつまり
のちはたがひに心とこゝろしよてはうはきが小だのしみ
おつなはりからついかふなつて今じやひとにもきがねする」(六ウ)
くらひいゝわけはれたときいてすこしあんどの明りさす
やくやもしほにみをこがれつゝぬしをまつをのうらの茶や
まゝになるよでならぬがうきよかさきてくらしなひとごゝろ」(七オ)
けんばんのふだをけづられどきやうのねじめどふかいとみちつくだろう
ふられながらもまだうぬぼれてたまにやひとりでねるもいゝ
こゝろにかわりはゆめさらないがすねてみたひが恋のよく」(七ウ)
江どのよたかはなにはのそうかそはぬながらもひとよづま
てづるもとめておくりしふみがいまはうきなのひやうばんき
あげる花火とうわきな恋じによりましたよあとがなひ」(八オ)
さとのいきぢでいまゝでよんでなんでうはきをだすものか
きくたびにもしやぬしかとかうしにすがりきけばすけんのそゝりぶし
ゆきつもどりつこゝろでしあんうちのふしゆびもあんじられ」(八ウ)
めはしきかしてそのばをはづしたれしも恋路はおなじこと
みれんらしいかきれたいほんのとふざのがれのくちふさぎ
しあんするほどしあんはでずにたまにでるのはぐちばかり」(九オ)
ゑいざめの水にすましたくぜつのもつれはらのさうじのかんびやうする
ひろひせかひに三つのめいしよふじにまつしますみだがは
もつれかゝつた恋路のいきぢうでやちからでいくものか」(九ウ)
せめてひとよはふじのゆきつもるおもひをうちとける
すへのすへまでもつれてとけてむねのやなぎに恋のかぜ
けふといふけふはれてのめうとありの思ひもてんしやにち」(十オ)
《以下省略》


二十一『しん作いろはしりとり並に五十三次都々逸』
(矢倉山人。明治初年。関西大学図書館蔵。H911.91/S9/1)
 矢倉山人は、正体・生没年不詳だが、時代から考えて、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
しん作いろはしりとり並に五十三次都々逸」(表紙)
しんさくいろはしりとりどゝいつ
五拾三次沓冠都々逸
矢倉山人画作筆」(見返し)
こゝろいきいろはしりとりどゝいつぶし
いろをするなとおやたちやいふがわたしはどふしてうまれたろ
ろうそくのしんをきらねばあかりがたゝぬくらい所でちよつとちは
はだしまいりはおろかなことよどふぞおまへとそふよふに」(一オ)
にくいしうちとおもふがぐちよわちきやむりでもよこれんぼ
ほどのよいのについほれこんでけふもふうふでひとつなべ
へたなすまふじやわしやなけれどもいれておくれよぐゝるきと」(一オ)
とこをよくしてもしたゝみがへ内証咄しもとこのうち
りくついつてもいけんをしてもはやいかへりであいたゝぬ
ぬしのくるよはなをさらさびしこひゆへなにかにくろうする
ちよくでのむのはすこしはよいがまたもできるよさけのかり」(二オ)
るすをするみのわたしじやものをおそいかへりでまたくろを
をいらんになつてあげやへそとはちもんじこれもくがいのひとくるわ
わたしばかにぜうたてさせておまへうわきですむものか」(二ウ)
かんどうさせたはわたしがわるい今にもふうふになりますよ
よめにゆくのはわたしはいやよぬしがあるゆへよしにした
たんのふするほどおまへとねたいけふものろけで出るよだれ」(三オ)
れうけんのせまいむねからついてるこゞとわたしのいふことみんなうそ
そそふしんしたツイぬしゆへにつきのおびしめうむはいつ
つめつたりつめられたりなかのいゝふうふひのくれるのをまつておね
ねられないばんだとにやうぼなぞをかけおきておくれよモシだんな」(三ウ)
なじみのふみさへかくてはもたぬおやのばちかやあきめくら
らしやめんになるのもみんなおかねがほしいなさけないからみをくやむ
むめ川でつかいのこしを二分花にやりやなぎばしからゆくはつう」(四オ)
うそをうるなかでまことにかいあたりしやわせものだようらめしゐ
ゐうにいわれぬこのもつれがみとけぬはわたしがたりないの
のびるはるのひだいしへまいりおふもりみやげのうめびしお」(四ウ)
おくのざしきでおもしろそふにきやくはすまふのあのぢんく
くろふするのはおまへのゆへよらくなうちでもわたしやいや
やさしくされてもほかへはゆかぬぢやけんなおまへのわたしやつま」(五オ)
まつみなりやこそこのたゝみざんぬしがこぬよはどふせやけ
けさのさむさにかへされましよかゆきのやまやのこのとうふ
ふみはやつてもへんじはこないいづれだんなはふところご」(五ウ)
ことしやみせんてならいしこみふみをしたゝめおんもと江
江戸のげいしやはみないきななりふねでうかせてねるかゑて
てれんてくだでおきやくはよべどいまはふうふだナアかゝあ」(六オ)
あめのふるよもかぜひくよにもかよいくるはでさしたかさ
さだめなきよにさだまるゑんはいづもへゆくのもあとやさき
きまゝそだちのやぶうぐひすよかごをはなれてぬれるつゆ」(六ウ)
ゆめに見てさへよいふじびたいとけてねたよのみなめざめ
めしをばらふにこがした下女はこれはぼさつのふかいつみ
みゝずのよふなるおふみをかいてきやくをつるからおみなんし」(七オ)
じんすけおんなはなをはなつまみじつにていしゆもこまるぞゑ
ゑびすやへいつて見たてるあのごふくものかつておくれとねだるおひ
ひとがどのよにやかふがまゝよわたしのすいたはさつまいも
もときにまさるうらきはないとまたもはなさくことを見せ」(七ウ)
せけんしらずといわんすけれどうちばなわたしでぬしはるす
すまのうらべでしほくむあまもやがてむかいでのぼる京
京げんで見てもきれいなふわなごやいつもひいきでくるお客
いろは四十八文字終」(八オ)
<以下省略>


二十二『新撰志里取伊呂波都々一ツ』
(明治初年。菊池蔵)
 本書は作者不明であり、時代から考えて、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 文句は万延元年刊『端唄部類 二編』所収の「○いろはしりとり」と同じ。筑波大学附属図書館に同じものがある。
新撰志里取伊呂波都々一ツ 全」(表紙)
新せむしり取いろはどゝ一ツ」(見返し)
いろはしりとりどゝいつ
いつかほころぶつぼみの花のかほにほんのりさくらいろ」(一オ)
ろんはないぞへさつしなさんせぬしゆゑけふびのこのしらは
はづかしいとていわずにゐればゑゝもじれつたいおたがいに」(一ウ)
にくい秋風まよいのはてはあなめあなめのすゝきの穂
ほれた中でもがまんはできぬよぎをかぶつてすかしの屁」(二オ)
へんなことからつい遠ざかりしらぬかほとはつみなひと
としまざかりをしらはのまゝでくろふするのも親のばち」(二ウ)
ちゑんちかづき皆かりたをしこゝろがらからこのふぎり
りんきらしいがいわずにゐればすゑがどふやらおぼつかぬ」(三オ)
ぬしに二日もあわずにゐれば風のくさめも気にかゝる
るいがともとてあの子と君はもゝとさくらの顔とかほ」(三ウ)
をもいまはせば此身の泣もめぐるいんぐわの車の輪
わざとけなして又あるときはむねでのろける深いなか」(四オ)
かほりゆかしきつぼみの梅もやがてひらけばちる浮世
よしあしを定めがたなき身のなりゆきと水の流や浪花がた」(四ウ)
たにんがましいおまへのしうち心なきなくしておくれ
れいのかんしやくもうこれ切といふは出たらめみんなうそ」(五オ)
そふてふたりがくらせぬならば死んであのよでうちをもつ
つらいつとめのざしきをひいて今じやしうとでまたきがね」(五ウ)
ねんがとゞいて手いけとならば朝ばんたのしむ床の花
なさけしらずがまつ身をしらでけふも来ぬとは何じややら」(六オ)
らくなやうでも多く(ママ)客のきげんとる身は気がいたむ
むりな義りづめむたいなくどきいやといわれぬどふしよう」(六ウ)
うそかまことかさつぱりしれぬさきでもしれまいわが?
ゐどばたの桜あぶなしおちてはいけぬしかとからんでさらしぬの」(七オ)
のんでのまるゝくせならよしな捨てしまをうこの酒を
おし鳥と人にいわれた二人が中もひよんなことからひとりなく」(七ウ)
くやしい思ひも男のふじつほんにもつれたむねのあや
やかましい世間しらずがおかやきもちでなんのゑきない人のじやま」(八オ)
まてど来ぬ夜はついかんしやくでどくとしりつゝ茶わん酒
けさのわかれはいつよりつらいなぜかじれつたいきのふけふ」(八ウ)
ふくささばきに手かげんおぼへほれたこゝろを茶通箱
こゝろがらじやとせけんのひとにゆびさしされるもおまへゆゑ」(九オ)
えんりよするのははじめのうちよいつか心もうちあけて
てんにいやならなぜかうなつた今さらいやとはほんにまあ」(九ウ)
あきもあかれぬ(ママ)せぬ其中を義理でわかれる其つらさ
さらりと切たと人にはいへどかげじやみれんでしのびなき」(十オ)
きいて北野の梅とはおろかさても見事な花のまゆ
ゆふべのうつりがまださめやらで又ねうれしきけさのゆめ」(十ウ)
めなみやさしき小いその浜へじれてぶつかるあだをなみ
身から出たさびつきはなされて今は野中の破からし」(十一オ)
しみじみとつらいつとめのしんぼうするも心がらだかおまへゆゑ
ゑんと時せつをまつともしらずさきは平気なかたおもひ」(十一ウ)
ひさしいものだがむしづがはしるかつておくれよさつまいも
もしひよつとかはりやせぬかとあんじてゐれどわざとじらしてうたぐらせ」(十二オ)
せたゐかためてかたぎになつて酒ものまねばいろもせず
すへにかうした世間へかざる花もたがひの実意づく」(十二ウ)


二十三『いろは尻取集』
(明治初年。名古屋市蓬左文庫蔵。尾19-170)
 作者弦月楼西夕は正体・生没年不明であり、時代から考えて、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。
 本書の翻刻については、名古屋市蓬左文庫の許可を得た。(22指令教蓬第19号の2)
風流都々一
いろはしりとりしふ
雪舎ゑらみ
春近筆」(表紙)
いろは尻取集序
夫都々一の言葉の花のもとには狂ひ出る意の駒を誰か繋がざらんと??を?して引出す其三味線の調よき工風は万国一の糸きれてつながるいろはのしり取是?粋家の新趣向とすゝまぬ筆に鞭をあて思はず知らず人なみに三本足らぬ智恵をふるひこゝろの猿の?昇り高くとまつて序するものは
   三河   弦月楼 西夕」(見返し)
い いろもかほりもモウさめはてゝちるは当座の花ごゝろ(トヨハシ 緑水)
ろ ろんはなひぞへコレこのやうに身をば落してそひまつば(トヨハシ 道み)」(一オ)
は はまりこんだる身は恋地ごくどうで邪見なぬしはおに(トヨハシ 緑水)
に にげてばつかりアレにくらしやいつかわたしにあきとんぼ(トヨハシ 出たらめ)」(一ウ)
ほ ほんに流れのけふあすか川淵瀬定めぬ身のゆくへ(トヨハシ 鳥声)
へ へだてごゝろのあるゆへまゝにならぬまがきの内と外(トヨハシ みそじ)」(二オ)
と とかく邪見ナ後家蓋どびん添はせまひとのさしでぐち(トヨハシ 緑水)
ち ちからつけられ気をはりがねのたより今やとまつばかり(白スカ 一笑)」(二ウ)
り りん気しみづのわきたつ胸はくめど思ひがつくされぬ(トヨハシ 青山)
ぬ ぬしの性わるしたぢの嘘がはげて地金の出るきせる(トヨハシ 一玉)」(三オ)
る るすの上首尾三味せんまくらつみな恋ぢをしたんざを(トヨハシ 緑水)
を をしき別れにきえ入おもひ泪ながれの水のあわ(トヨハシ 西夕)」(三ウ)
わ わたしやおまへにさびつき刀おもひ切るにもきれぬ中(ニカハ 思顔)
か かゝる辛苦のそのかずかずをぬしにあかしてほし月夜(トヨハシ 緑水)」(四オ)
よ よくにすがつてきれないなぞとうそのかわ緒の薄情下駄(トヨハシ 一瓢)
た たよりなくなく心もくもりはれぬ涙の袖しぐれ(トヨハシ 一玉)」(四ウ)
れ れんじしらみてあくる夜うらむ廓(サト)の手くだのくろいうそ(トヨハシ 道少)
そ そこのしれたるこゝろのうちは浮気流れの浅瀬みづ(トヨハシ 出たらめ)」(五オ)
つ つらき流れに身はこひこがれ浮てたゞよふまよひぶね(トヨハシ 緑水)
ね んが明けたらモウしめだいこぬしの気まゝになるわひな(トヨハシ 出たらめ)」(五ウ)
な ないて真事をうちあけからす声もなみだにくもりぞら(トヨハシ 緑水)
ら らちのあかない年季にねんをましてぜひなく身をうらむ(トヨハシ 鳥声)」(六オ)
む むりな恋じのすへとげたいとおもひわづらふしやくのきう(トヨハシ 雄子)
う うき名たちまちくちはにつきのはれて添われぬわび住ゐ(白スカ 一笑)」(六ウ)
ゐ ゐてもたつてもわすれぬおまへそへりやひん苦もなんのその(トヨハシ 鳥声)
の のろけこんだるうどんナ客をいやとふりかけ花かつお(トヨハシ 出たらめ)」(七オ)
お おしのつよ弓ひく気でゐても客は落武者逃じたく(トヨハシ 緑水)
く くろふする身のひとつのねがひふたつ枕にしてほしや(トヨハシ 緑水)」(七ウ)
や やける思ひに辛抱もをれてまとにならくの火のくるま(トヨハシ 西夕)
ま まがり根性の我まゝそだちいづれきり出す若妓(トヨハシ 緑水)」(八オ)
け けふかあすかとまつ身をつるゝほんにたよりは玉しのぶ」(トヨハシ 道み)
ふ ふつとこゝろの恋風かわりうしろみせたるやつこだこ(トヨハシ 鎗安)」(八ウ)
こ こゝろ細さよひと夜のちぎりよそになり行竹のふえ(トヨハシ 西夕)
え えりについたる此身のあかをぬしにあかしてあらひたて(トヨハシ 緑水)」(九オ)
て てなべさげてもそいたいこの身思ひきらりよかなんのまあ(トヨハシ 出たらめ)
あ あきのけしきかたよりも今は遠くなるこの身のつらさ(トヨハシ 鳥声)」(九ウ)
さ さそふあらしに気もそわついてなびき初たるいとすゝき(トヨハシ 一玉)
き きざな音づれ秋たつ雁にちるは尾花の袖の露(トヨハシ 山毛)」(十オ)
ゆ ゆすりとられて姿も今は思ひやつるゝ若木むめ(トヨハシ 一玉)
め めうと結びにこゝろをこめて送る恋じの封じ文(トヨハシ 松風)」(十ウ)
み みをば恨みてきへーいりたいはつらき浮名のながれぼし(トヨハシ 一瓢)
し しみじみかなしくまつ夜の床へしんとひゞきしかねのこゑ(トヨハシ 魚口)」(十一オ)
ゑ ゑがほどころか日にましすねてにくやわたしに秋なすび(トヨハシ 一玉)
ひ ひゞのしんくに姿もやせて身はゞあまりし恋ごろも(トヨハシ 鳥声)」(十一ウ)
<以下欠>


二十四『こゞろいきいろはしりとりとゝいつふし』
(明治六年。写本。山形の人から購入した。山形訛りのようである。菊池所蔵)
 本書は先行書を書写したものであり、著作権はない。
 本文は『しん作いろはしりとり並に五十三次都々逸』とほとんど同じ。
こゞろいきいろはしりとりどゝいつぶし
いろをするなとおやたぢやいふがわだしはどふしてうまれたろ
ろうそくのしんをきらねばあかりがたゞぬくらい所でちよつとつは
はだしまいりはおろがなことよどふぞおまへどぞふよふに」(一オ)
にぐいしうぢとおもふがぐつよわぢきやむりでもよごれんぼ
ほどのよいのについほれごんでけふもふうふでひとづなべ
へだなすまふじやわしやなげれどもいれでおぐれよくゞるきど
ちよくでのむのはすこしはよいがまだもでぎるよさけのかり」(一ウ)
とごをよくしてもしだゞみがへないせうはなしもとごのうぢ
りぐついつてもいけんをしてもはやいがへりであいたゞぬ
ぬしのくるよはなをさらさびしこいゆへなにかにぐろうする
わだしばかりにぜうたでさせでおまへうわきですむものか」(二オ)
るすをするみのわだしじやものをおそいかへりでまだくろを
をいらんになつてあげやへそとはちもんじこれもくがいのひとくるも(ママ)
かんどうさせたはわだしがわるいいまにもふうふになりますよ
よめにゆぐのはわだしはいやよぬしがあるゆへよしにした」(二ウ)
たんのふするほどおまへとねだいけふものろけで出るよだれ
れうけんのせまいむねからちいでるこゞとわだしのいふことみんなうそ
そそふしんしたちいぬしゆへにつきのおびしめうむはいつ
ねられないばんだとにやうぼなぞをかけおきておくれよもしだんな」(三オ)
なじみのふみさへかぐてはもだぬおやのばぢかやあきめぐら
らしやめんになるのもみんなおがねがほしいなさけないからみをぐやむ
むめがはでつがいのこしをにぶばなにやりやなぎばしからゆくはつう
うそをうるなかでまことにかいあたりしやわせものだようらめしゐ」(三ウ)
ゐうにいわれぬこのもづれがみとげぬはわだしがたりないの
のびるはるのひだいしへまいりおふもりみやげのうめびしお
おぐのざしきでおもしろそふにきやぐはすまふのあのぢんく
くろふするのはおまへのゆへよらぐなうぢでもわただやいや」(四オ)
やさしぐされてもほかへはゆがぬぢやげんなおまへのわだしやつま
まつみなりやこそこのたゝみざんぬしがこぬよはどふせやけ
けさのさむさにかへされましよかゆきのやまやのこのとうふ
ふみはやつてもへんじはこないいづれだんなはふところご」(四ウ)
ことやしやみせんてならいしこみふみをしたゝめおんもとへ
へどのげいしやはみないきななりふねでうがせてねるがへで
てれんてくだでおきやくはよべどいまはふうふだなふかゝあ
あめのふるよもかぜふくよにもかよいくるはでさしたがさ」(五オ)
さだめなきよにさだまるへんはいづもへよぐのもあどやさぎ
きまゝそだぢのやぶうぐひすよかごをはなれでぬれるつゆ
ゆめに見てさへよいふじびたいとげてねだよのみなめざめ
めしをばゞふにこがしたげぢよつはこれはぼさつのふかいつみ」(五ウ)
みゝずのよふなるおふみをかいできやくをつるがらおみなんし
じんすけおんなはなをはなつまみじつにていしゆもこまるぞへ
ゑびすやへいつて見だでるあのごふぐものかつておくれとねだるおび
ひとがどのよにやがふがまゝよわだしのすいだはさづまいも」(六オ)
もときにまさるうらきはないとまだもはなさじことを見せ
せけんしらずといわんすけれどうぢばなわたしでぬしはるす
すまのうらべでしほくむあまもやがてむかいでのぼるきよふ
きよふげんで見でもきれいなふわなごやいづもひいきでくるおきやく」(六ウ)
《以下省略》


二十五『〔開化〕教訓いろは都々逸』
(明治十年。菊池所蔵)
同じものが国会図書館にもある。文化庁長官裁定のもと、「近代デジタルライブラリー」で公開されている。菊池本は三ウ・四オの一丁欠。国会本にて補う。
〔開化〕教訓いろは都々逸
吉田小吉編輯」(表紙)
いろは都々一の序
それ都々一は恋事の寄太鼓なりと児守する童までよく唄ひぬれど十が十皆恋にして色の?し淫事の媒なるをあやしま?唄わしめぬるはあたら生娘を鼓舞して淫事を習はしめ見る穴に陥しいるの害あるをうらみ今教訓のうた四十八を作りていろは都々一とし裁縫学の生徒等が遊歩に?て此うたを唄はしめ水の器に随ふ如く朱に交りて赤衣を着る子供等ものゝさまは尊きものと」(一オ)
知る如くしらずしらずに人たる道にも入るの追分と書集ぬれど浮世に流行るそのふしの右左りさへ白髪のあわれ開化の道の通人をたのむ矢立の筆もてなりと其足らざるを補ひて本調子の道に乗せ世の子供等をして悪るがしこき道に迷はしめさらば所謂教訓の一つともいふべけれ
みちの奥伊達の茂庭
明治十年といふ九月
焼臼しるす」(一ウ)

一日に一字なろふて一年たてば三百いくらのぬしのため

論より証拠ぢや勉強さんせ稼に追つく貧乏なし」(二オ)

花は上野に咲花よりもしんぼする木の花がよひ

濁り水でも澄みさへすればしがらき濃茶の花も咲」(二ウ)

本を読だり手習したり朝夕おそばにいて見たひ

返辞よくして教の風になびけ心の糸柳」(三オ)

友だち持つにも気をつけさんせ朱にもまじれば赤くなる

智恵はつけもの習へばしぜん山がら小がらもうたがるた」(三ウ)

りんきするなと昔の人のかたかたおしへの立田山

縫よ針目によく気をつけて堪忍袋に智恵ぶくろ」(四オ)

留守居大せつ火のもと大事夢にもわすれぬぬしのかほ

親の御恩は袂にあまりゆきたけ五尺の立すがた」(四ウ)

若ひうち何の気もなくなまけるものは老て便りもないわいな

かゆゐとこまでまふ手がとゞきかけば愉快なかな手本」(五オ)

夜る昼るひまなく流るゝ水を見さんせ氷のはる間なし

たとへ地織の木綿じやとても染りや赤くも茶にもなる」(五ウ)

連理とちぎりしおぬしの帯は人にや縫せぬわしがぬふ

そだちよければ野菊でさへも鉢の植木の花仲間」(六オ)

常の気侭か其身のあやめ花に恥辱をかきつばた

寝たり起たりぶらつくよりは足袋の底でもさすがよひ」(六ウ)

泣て居るより文でも書て友だち集めて読がよひ

楽は苦の種苦は楽の種見さんせ夕べの二日酔」(七オ)

無理なよふじやが呑む冷酒と親のいけんはあとできく

恨みつらみは気の持ちよふでなるぞ鬼にも仏にも」(七ウ)

井戸の蛙は此大空を四角なものじやと議論する

呑だ酒ゆへ酔たはよいが醒めしあしたのはづかしさ」(八オ)

大きなからだになつたが証拠親の御恩の見へどころ

口は猥をあくよなあけび口から五臓をなめられる」(八ウ)

和らかに靡く柳の糸長々と野辺に織こむ横霞

実尽して世渡りすれば万国世界に鬼がない」(九オ)

けんに負けても縫針業が出来りや恥てもありやせまひ

文の文句はめでたくかしくまへらせそろばん習わんせ」(九ウ)

こちらから丸くさへ出りやあちらはいかで角に出はせぬ窓の月

襟垢のつかぬうちから気に気をつけてころばぬ先きから杖をつけ」(十オ)

天狗のつもりで鼻高ふれば愚品(ばか)な人じやといわれます

あほげ団扇の骨おしまずに親の御恩のこのあつさ」(十ウ)

三味線の引手ありとて心の駒の三筋の手綱はゆるすまひ

気短に腹はたつまい短気は損よ卵も切よで角になる」(十一オ)

雪の中から取る竹の子は月より花よりまた見事

明月の空に曇らぬ心を持てば広い世界に隈もない」(十一ウ)

身の程を更にしらみてぶらつくものは恥をかくなり事もかく

しんぼしなんせ雪間のわか菘やがてよめ菘の花がさく」(十ニオ)

縁は出雲にたのんだよりも早く結ぶは針の糸

人の人たる道ふみわけて磨き上れば玉のこし」(十二ウ)

もちやくちややみだれて捨たる糸も織ば綾にも錦にも

せめていろはの歌でもよんでちりぬる心をおさめたい」(十三オ)

すきとすきなりや泥田の中で稲をかるともいとやせん

今日から心の帯引しめて行儀直してぬしのそば」(十三ウ)
明治十年九月一日御届
編輯兼出版人
東京第一大区十二小区
馬喰町三丁目十四番地
吉田小吉」(裏見返し)


二十六『〔情哥〕恋のすがた見』
(明治十五年刊。国会図書館蔵)
 本書は、文化庁長官裁定のもと、「近代デジタルライブラリー」において公開されている。
〔情哥(よしこの)〕恋のすがた見」(表紙)
東の都々一西京の俚うた浪花のよし此名古屋の情哥所かわれは名こそかわれど変らぬは恋かわらぬはこの作意にして恋情真肉の深きを穿粋者にして必用の恋器なるを衆静堂主人の需に依りいろのいろはの新弟子か四十八手合点のゆかぬ拙き文も四方通人の幸に三筋に掛玉わん事只一ト筋に願ふもの仮名
不見廼家あるじ述」(見返し)
いろは四十八文字しり取都々一
い気地と張とでたて切る障子こゝがしあんの立どころ
ろんより証拠と写真をだして是でも嘘かと詰言ば
はなを合せて口をば合せへそをあはせてはてはなに」(一オ)
にくらしいほどやさしい好とひとり蕩気て見る寝顔
ほれた惚ぬのその元たゞしやすいな鶺鴒が来ておしへ
へんな様子と立ぎゝしてもわからぬ硝子の内とそと
とふからわたしは秋風なれどきれるはお金を取てのち」(一ウ)
ちわや口舌で夜があけるほどあるぞへ言たい事ばかり
りんき言すぎ背寝されておしやこの首尾まゝならぬ
ぬしをまつ夜は他の足おともあたにやきかぬよ耳たてる
るすと見こんできた此首尾と手拭とつたる好のかを」(二オ)
をもはぬ首尾したそのうれしさにまけて恨もきゆる契わ
わが身ながらも我身のまゝにならぬ我身のこのいんが
かどの人目の途ぎれぬうちはしのんで這入れぬ宵月よ
よふにた声じやと思案のむねのさはぐ二かいへ気がういた」(二ウ)
たれでもおいでのいか物ぐいで時なし馳走のはらふくれ
れい酒かわらけこよいぞふたり添へるも親御のじひゆゑぞ
そへにやもらふたこのかんざしの玉をお数珠の粒にもつ
つくしあふたる苦労をそつた当座の二人がはなしだね」(三オ)
ねづみとらずの若旦ときゝ猫がねらいをかけそふな
ならべ立たる朱ぬりに照れて嫁のあからむ新まくら
らくを末でと今このくろういつはりあるまい神たのむ
むねに手をあて心をくだきおもひ廻せば夢のよう」(三ウ)
うその涙にぬれ手で粟の金のめうががおそろしゐ
ゐひわけくらしと女房が傘の借処値問いにいだすつの
のせて世わたるわたしの舟へさしてあまたにかはくさお
おちかい内にと着せかけながら出す舌羽おりに唾がつく」(四オ)
くろうしたかひ今日はればれて添るはなしも粋な親
やいてつのだす蝸牛女房いきなりぶちわるなべやかま
まゆ毛につばとは知りつゝかよひ知りつゝはな毛とツイのろけ
けふもけふとてゆふべの首尾のうれしかつたとのろけいふ」(四ウ)
ふたりこふして喰ツてるとこを女房が見たらし胸団子
こふも夜ふけてまだこぬぬしにむねのおどろく犬のこえ
えんと月日をまてよとのばしいやといふまでするてだて
てくだの車にツイのせられてくやむためいきまたもああ」(五オ)
あへばうらみをいふ気でいたがあへばうらみも出ぬものさ
さけの上でのツイでき心おもはず乗ツたるくちのさき
きれるきれぬのはなしもいつかかわつてうれしいおとすまゆ
ゆめではないかとゆめみながらも夢に夢見るめうなゆめ」(五ウ)
めだつくろうのこのやせ顔をそつと鏡へしまいこみ
み巾のふとんにまくらを二ツならべて寝もせずまちあかし
じつと寄そいなんにもいはずふたりして見る写真のゑ
ゑがほ作つて寄添見てもかねをくれねばつらにくひ」(六オ)
ひとにいふなとかむろの口へ一寸ふたするさつまいも
もとは相応に金有松も絞りとられて不仕あわせ
せなか合せの素根寝もいつかとけてうれしいはら合す
すへは夫婦と願ひしことも叶ふて嬉しいそへる京」(六ウ)
追加
いろと始にならひしものをせすと心のとめどころ
不見廼家可越?述
(以下省略)
明治十五年一月十日御届
明治十五年一月十日出版
編輯兼出版人
 愛知県士族
 伊藤兼道
 尾張国名古屋区前塚町七十五番地
売弘所
 名古屋下新地若松町
 塚崎藤八
 同本町通七丁目
 百架堂吉三郎
 同南呉服町
 新聞売新助
製本所
 同日置手代町
 団扇屋衆静堂」(奥付)


二十七『〔いろは尻とり〕即席浮世都々一』
(明治十六年刊。菊池所蔵。同じものが国会図書館・東京都立中央図書館特別文庫東京誌料にあり)
 本書は、文化庁長官裁定のもと、「近代デジタルライブラリー」において公開されている。
〔いろは尻取〕即席浮世都々一」(表紙)
〔いろは尻とり〕即席浮世都々一序(序題)
<序文省略>
〔いろは尻とり〕即席浮世都々一(内題)
い いろと欲とでまろめた世界いけんするやつは気がしれぬ
ろ 論の出ぬよふに証券印紙はつて起証をとりかはし」(十四オ)
は 花の小てふはしほらしけれどもとはけむしのばけたもの
に 西のさじきと東のさじきあばたをかくした遠見あひ
ほ ほれたほの字はひの字にまの字ひまにあかしてときおとし
へ 返事しだいでわたしもむねをすゑの思あんをせにやならぬ」(十四ウ)
と としやよつても此みちばかりせがれは伜にまけはせぬ
ち 千筋の縄にてしばつたよりもとくにとかれぬ義理のなわ
り りんきするより紅かねつけてほかにいゝひと見つけよふ
ぬ ぬらりくらりと出た鯰をばねこがおさへた日やう日」(十五オ)
る る浪させたるもとはといへばみんなわたしと目になみだ
を おまへゆへならわしや命でもといふてはもおまへもとりやせまひ
わ わたしが生れは神田ときいて戸籍しらべりや越後もの
か かはいかはいが度かさなりてこのごろおなかゞふくれつら」(十五ウ)
よ よせばよかつたあいつのおかげのむもうるさゐさんきらい
た たよりすくないわたしのからだ相談するのはぬしばかり
れ れんじ開いて身につまされてはなして遣つたるかごの鳥
そ そふかそふかとまじめにうけてのせたつもりでのせられる」(十六オ)
つ つんとしてせなかそむけてすました顔もこそぐりやふきだす脇のした
ね ねんが明たらおまへの妻とあちらこちらへくちをかけ
な なんといふたらおまへのむねがとけて逢やら三重の帯
ら 楽に見へてもあの水鳥もあしにひまなきながれの身」(十六ウ)
む むねに一物ありとはしらずうつかりのつたるくちぐるま
う うゐもつらいもおまへのためと二度のつとめのひきまゆげ
ゐ いへばつんつんだまつて居ればのほうずもないあさねぼう
の のむならおのみよわたしものむよ人間一升五十ねん」(十七オ)
お おつにひねつて利くつをいへばこつちもひねつてのむたばこ
く くされえんやら毎日けんくわ近所もあきれてとめにこず
や やけで呑酒うまくもなかろそれより下駄でも買ておくれ
ま 待宵にじれつたいぞへあの月の雲晴ておかほを見せなんし」(十七ウ)
け けしやうかゞみにやつれた顔を見るもやつぱり癪のたね
ふ 夫婦なかよく能子も出来て出雲のかみにもおよろこび
こ こけの一しんかねをばためてとふともらつた恋女房
え えてに帆かけてすゝめた米の相場がさがつてともつぶれ」(十八オ)
て てんのたすけかけふ此ごろは女にほれられかねもでき
あ あさなゆふなにおまへのかほを見てもやつぱりあばたづら
さ さきがさきならこつちもこつちほれつくらならまけはせぬ
き 起証せいしを活字にすらせ証券印紙もはつてやり」(十八ウ)
ゆ ゆやで見たらばおつかあのうでにちやんの名まへがほつてある
め 目さきへちらちら道中すがた帳づらあはぬも無理はない
み 見たりきいたりかむろも嘘を月夜がらすと言まはし
し 初手は浮気で手くだとてくだそれがこふじてじつとなる」(十九オ)
茶丸并画
都々いつの」(十九ウ)
いまのもんくはこゝろいきそこらにお気のつかれやせんか」(二十オ)
ゑ ゑんやらうんやらみなそれぞれに恋のおも荷でくろふする
ひ ひる日中なんのことだと笑ふた声の跡は無言でねだのおと
も 紋もひよくにぬはせた羽おり一寸着て見てくんなんし
せ 背中あはせも口ぜつのはじめいつの間にやらはらあはせ」(二十ウ)
す すいたおかたとこゝろでほめて人に聞かれりやあんなやつ
京 けふから目出度晴ての夫婦眉毛すらせて御新造」(二十一オ)
    <中略>
  ○又々いろは付都々一
い 言ふも恥かしいはぬもつらし先から何とかいへばよい
ろ 廊下ばたばたきやつ来たわへとおもへばとなりへつまらねへ」(三十六ウ)
は はしたないとはしつてはいれどやきもちややかずにゐられない
に にしも東もしらなゐわたしたよりにおもふはぬしばかり
ほ ほれたよわみにつひつけこまれむりとはしりつゝとる気げん
へ 別品ぞろひの道中すがた見れば目のどく目のくすり」(三十七オ)
と とりのまちからくるわへまはりくまでのおかめに引かゝり
ち 一寸一筆まいらせ候とまさか代書もたのまれぬ
り りんきするのは女の常とすこしの事までやくやつさ
ぬ ぬしの来ぬ日は写真を出して見てはいつでもなぶられる」(三十七ウ)
る るゐは友をとたとへのとほりさつをなくなす友会社
を 親のやくめでこゞとはいへど無分別でも出さにやよい
わ 悪いとしりつゝつひうかうかと渡りそめたよ恋のはし
か かんにんしなましわたしがわろひむりどめしたゆゑこのしまつ」(三十八オ)
よ よその女へやさしくせじをいふのがおまへの玉にきづ
た だんまりの忍びすがたでおさんと旦那けどつて女房がつらあかり
れ れんじでひきあけあなたの空を見ては思はずそでぬらす
そ そふかそんならそふしておけと馬鹿かおゝやうか気がしれぬ」(三十八ウ)
つ つまる所は手前のためといやな小言もおやのやく
ね ねづみ衣の出家の身さへはなのいろ香はすてられぬ
な なまづが来たとてどふいふわけかねこがちうちうねづみなき
ら 蘭のかほりのうつりし小そでそつとそのまゝそでだゝみ」(三十九オ)
む むりとはおもはぬおまへの異見とはいへどふでもわすられぬ
う うきなたゝせた新聞記者を恨むどころかわしやうれし
ゐ ゐきな世帯をくろ板塀で囲つておいても梅かほる
の 軒のしのぶにすゞしさ見えてうちやゆかしきあと簾」(三十九ウ)
お おぢやちゞみに見へすく雪のはだに小意気なうで守り
く くりからほつてもすなほな気質女のほれるは無理はない
や やつかいもつかい此恋衣こんなにぬらしちや干あがらぬ
ま 眉毛おさへてなすびの皮で一寸おはぐろ見ておくれ」(四十オ)
け けどられまいぞと目がほでしらせしらをきるほどなほしれる
ふ 夫婦のなかにも名はさまざまようちのやど六やまの神
こ 恋のちかひは苦界のせかい浅い深いはむねのうち
え 縁をむすぶの出雲の神へ亭主にうはきの出ぬよふに」(四十ウ)
て てれんの蒸気にてくだの器械ふしぎになくなるかどやしき
あ あゝいやこふだとりくつをつけてやきもちやくにもゆきとゞく
さ 五月雨のかはくまもなき此物思ひやつれたすがたをみづかゞみ
き 君にあふ夜はうれしの森の月のくまさへたのもしき」(四十一オ)
ゆ ゆめに見てさへうれしいものをまして今宵のこのおゝせ
め 目さきへちらちらおまへの顔がわすれたふとてもわすられぬ
み 見えをしたのもそりや初手のうち内証あかして深いなか
し 自分のむかしをかんがへ見ればいまのわかいものはおとなしい」(四十一ウ)
ゑ ゑだに付たる此たんざくも花によそへしこひのうた
ひ 人のせんきをづゝうにやまざ新聞記者にはならさまい
も もしほやく海士も恋路に皆やつれがみむねにたつ火かくろけぶり
せ せじでほめればまうけにうけて自分できめたるいろおとこ」(四十二オ)
す 隅田の堤もいまはなざかりけふか飛鳥もひとのやま
京 京と田舎と名はかはれどもかはりやないぞへ恋のみち」(四十四オ)
<以下省略>
明治十六年四月十日御届
同   年同月出版
定価拾八銭
編述兼出版人 東京府平民
       山崎勝太郎
       深川区御船蔵前町三十二番地
発兌人 本所区横網町一丁目五番地
    山崎惣次郎」(奥付)


二十八『いろはしり取よしこの』
(明治十九年刊。国会図書館蔵『〔俗謡絵本〕』所収)
 本書は、文化庁長官裁定のもと、「近代デジタルライブラリー」において公開されている。
いろはしり取よしこの」(表紙)
い いのちまかすとあかした外にわたしの誠がなんのあろ
ろ 廊下づたいの忍びの恋路人にしられたまゝのかは」(一オ)
は 咄しもさせずに泣せた計り夜明の鳥でもあるよふに
に にくやからすでモウきぬぎぬとじつと引よせ顔とかほ」(一ウ)
ほ ほんにおまへは焼もち深い覚のないこといひならべ
へ へんな噂をわしや聞たびにおもひすぐしてぬしのこと」(二オ)
と とほざかるのはすへ咲花よしんぼさんせやちとのうち
ち ちはがこうじて背中とせなか明のからすがなかなをり」(二ウ)
り りんきせまいとたしなみながらなぜに心がやすまらぬ
ぬ ぬしの声かとまただまされて出てはみんなにわらはれる」(三オ)
る るすをめがけて来るどら猫もすこしはきがねをするものを
を をもひ思はれかうなるからは義理もせけんもまゝのかわ」(三ウ)
わ わたしやこれほど思ふているにそうも邪見にする物か
か かみやほとけに願ひをかけてけふのごげんの嬉しさよ」(四オ)
よ よいにしのばせ漸々の事で逢てかへしてほつとした
た たとへ野のすへ山奥までも手にてをひかれて二人づれ」(四ウ)
れ れいの野暮めが又しげしげとうるさいことだよどうしやうぞ
そ そふた夢見りやゆりおこされて覚てくやしいはらのたつ」(五オ)
つ つきにむら雲花にはあらしぬしにあふよの明のかね
ね ねてもさめてもおまへのことをおもわぬ日とてはないわいな」(五ウ)
な ないて別れてついそれなりに一人寝るよの仇まくら
ら らくなお客とねさしておいてぬしと隠れて酒をのむ」(六オ)
む むねにしあんは定めてあれどぐちがこうじて物おもう
う うはきなおまへにしみじみほれてわたしや鮑のかたおもゐ」(六ウ)
ゐ ゐかに勤のわたしじやとても斯もうたがふものかいの
の のやまこへてもおまへとふたりくらそと思ふてゐるものを」(七オ)
お おもひつめたが二人のいんぐわまゝにならねば連てゆく
く くるかくるかとまつ身のつらさ逢ば別れのまたつらや」(七ウ)
や やがてふうふといふてはいれどむねのけむりが浅間やま
ま まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきで茶わんざけ」(八オ)
け けさもけさとておまへのうわさあんじすごしてものおもふ
ふ ふかくなるほどおもひがますよはやく行たやぬしのとこ」(八ウ)
こ こいしこいしと思ふてゐるに夢じやないかやぬしのこえ
え えんのつなかや便りがありてぬしの所へ文のつて」(九オ)
て ていしゆきどりのぬしより外にうはきどころか何のまあ
あ あいのおさへとのむさけよりも二人寝ざけがおもしろさ」(九ウ)
さ さいた桜も乱れりやちるよしんぼさんせよちらぬさき
き きづよいおかたとうらみつなきつおつる涙は袖のつゆ」(十オ)
ゆ ゆふべ逢たにまた顔見たく文におもひをふうじこめ
め めがほしのんでうきなをたてゝまよふ二人が恋のやみ」(十ウ)
み みなとにおろしたいかりの舟をつれ出すおまへがあさあらし
し 忍び逢ふ夜は短ふてならぬにくや夜明のかねのこゑ」(十一オ)
ゑ ゑきもない事さきぐりをしてぬしをあんじて物おもひ
ひ ひとめ忍ぶははじめのうちよ今じや人目も世の義理も」(十一ウ)
も もめた其夜は腹立まぎれすねづとこちらをむかしやんせ
せ 背中合せてけんくわもすれどこちらむいたら明がらす」(十二オ)
す すへのやくそくながながしくもいまにかいあるきのふけふ
京 けふは目出たく妹背をまなびかわりやしやんすなかはるまい」(十二ウ)
(以下省略)
明治十九年十一月廿四日
編輯兼出板人
愛知県下平民
鍋野長三郎
名古屋八百屋町壱丁目百三番邸」(奥付)


二十九『いろはしりとり都々逸』
(明治二十一年刊。国会図書館蔵)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
いろは都々逸しりとり」(表紙)
こゝろいきいろはしりとりとゞ逸ぶし
いろといふじを学校でおぼへ今じやたがいにこいのいろ」(壱オ)
ろふじんこどもはあぶないみやこ馬車人力くるまのは
はだしまいりはをろかなことよどふぞおまへとそふよふに」(壱ウ)
につぽん人でも英語をおぼへ今じや横文字しつたかほ
ほどのよいのについほれこんでけふもふたりで一ツなべ」(二オ)
へいたいさんこそ御国の人よ実地ゑんしう玉のをと」(二ウ)
とそのきげんではいへてみればこれは失敬よそのうち」(三オ)
ちよとおまちとそで引をさへなぜかをまへはうるさがり
りんきしつとゝゆうならをいゝいわなきやわたしのみがたゝぬ」(三ウ)
ぬしのくるよはなをさらさびしこひゆへなにかにくろうする
るすいするみのわたしじやものをおそいかへりでまたくろを」(四オ)
をいらんになつてあげやへそとはちもんにじこれもくがいのひとくるわ」(四ウ)
わたしばかりに情たてさせておまへわうわきですむものか」(五オ)
かんどうさせたは私しがわるい今にもふうふになりますよ」(五ウ)
よめにゆくのはわたしはいやよぬしがあるゆへやめにした」(六オ)
たんのふするほどおまへとねたいけふものろけてでるよだれ
れんじまどからのぞいて見ればゆうべのはなしはみんなうそ」(六ウ)
そをかへうれしい芝居のるすはこんだの日曜きつとまつ
つめりつねられなかいゝふうふ日のくれるのをまつておね」(七オ)
ねんがとゞいて泥水はなれわたしや一人でいるわいな」(七ウ)
なじみのふみさへ書ては持たぬおやのばちかやあきめくら」(八オ)
らせうもんより三十日がこわい金札のないのでみをくやむ」(八ウ)
むかしは鼠をとつたるねこが今じや鯰とゆくはつう」(九オ)
うらんでおくれな夜の鐘わわたしはねむたいうらめしゐ
ゐぢとがまんでとふした中は死んでもわたしはたりなゐの」(九ウ)
のびる春の日大師へ参り大森土産の梅びしお
おくのざしきでおもしろそふにきやくはすもふのあのじんく」(十オ)
くろふするのはおまへのゆへさらくでもラシヤノンわわたしやいや」(十ウ)
やさしくされてもほかへはゆかぬぢやけんなおまへのわたしやつま」(十一オ)
まつみならこそこのたゝみざんぬしがこぬよりどふせやけ」(十一ウ)
けさのさむさにかへされましよかゆきのやまやのこのとうふ」(十二オ)
ふみはやつても返事はこないいづれだんなはふところご」(十二ウ)
ことしも試験はきうだいしたとふみをしたゝめ国元え」(十三オ)
えんはいなものあじなものおたふくづらでもいろはえて」(十三ウ)
てれんてくだでよばれた客も今じやふうふだナアかゝあ」(十四オ)
あめのふるよもかぜのよもかよいくるわでさしたかさ
さだめなきよにさだまるゑんは出雲へゆくのもあとやさき」(十四ウ)
きまゝそだちのやぶうぐいすもかごをはなれてぬれるつゆ
ゆめに見てさへよいふじびたいとけてねたよのみなめざめ」(十五オ)
めかしたてゞも白歯のまゝでくろふするのもふかいつみ」(十五ウ)
みゝずのよふなるお文をかいて客をつるからをみなんし」(十六オ)
じんすけおんなははなつまみじつにていしゆもこまるぞゑ
ゑもんつくろいよふすをさぐりかつておくれとねだるおび」(十六ウ)
ひとかどのよふにやこふがまゝよ私しのすいたは甘藷(さつまいも)
もと木にまさるうら木はないとまたも花さき灰をみせ」(十七オ)
せけんしらずといわんすけれどうちばにわたしでぬしはるす」(十七ウ)
すまの浦辺で潮くむあまもやがてむかひでのぼる京」(十八オ)
京都大坂東京の地でも芝居びゐきとお客いゝ
明治廿一年二月一日印刷
仝     月八日出版
日本橋区吉川町五番地
著作印刷兼発行者 堤吉兵衛」(十八ウ)


三十『新板どゝ逸』
(明治二十一年刊。国会図書館蔵)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
新板どゝ逸」(表紙)
   ○いろは尻取の部
色のいの字に能似た姿二人でふざけて居るところ
論より証拠にや少しのことを直にからんで切れ詞
はれて夫婦に成れぬならば私しや死にたい諸共に
睨める目にさへ愛敬もつて怖さわするゝぬしの顔」(八)
ほんに呆れた浮性な始末出してやりたい新ぶんへ
へん辞するさへ人目が有ば目顔で知せる格子そと
とうから妾しは寝返りなれど切るはお金を取て後
智恵の袋はおほきひ程が邪魔に成らずに身の便利
立派にやるならお金をお呉れ起証誓紙は私や入ぬ
ぬしを待日にや車の音がする度それかと飛で出る
留守にト一をそと引き入れてきつたよ二布の忍緒
押せども引ども動かぬぬしは泥へはまつた車の輪
われと我気で求めた苦労今さらうらみが言れうか
かどの往来の途断ぬうちは忍んで入られぬ宵月夜」(九)
よしあし言なら言はせて置な頓て奇麗に返すあだ
たのむ牛乳玉子も利ずわたしや腎虚で身の疲つれ
れいの是さと母指を出され天窓かきかき解たなぞ
そつと掛鉄はづしておいて細目に戸を明主をまつ
積るはなしは一割ほども済ぬとおもふにあけの鐘
ねこと言はれて腹たつならば鯰とるのは止にしな
何程流行におくれぬ気でも厭だよ肺病税コレラ
らくに成たと澄しはすれどこゝろ掛りのする地震
むねの算ばん●(いすか)のはしよ免と言ふ字を着た鰌ぜう
嬉しい返事を端書でよこし配達さんには恥かしゐ」(十)
ゐけん聞ほど猶更つのるわが身ながらも因果もの
のせて世渡る妾しの船へさしておくれよ水馴ざを
おこり散して飲むやけ酒が沸立て居たので舌を焼
火事にかみなり地震に暴風雨何だか此秋滅茶苦茶
やめて仕舞ば遣つた金銭が惜く成たよ今日のいま
またの逢瀬の何のと言て猫がそろそろ抜くはなげ
怪我をせぬようひぢ鉄砲で惚るをんなを打はらう
ふけて扉をたゝくはぬしと明りや隣家の孳尾(さかり)ねこ
こひの暗路についふみ迷ひ行ほど消るよ身の栄え
えんは異なもの妾しがフツと主に惚たは何をあて」(十一)
てんから夫婦と極たる二人今さら世間が何のまあ
あめも降ぬに真白な鬼はひとに背負せて帰すかさ
さきが先なら妾しぢやとても角に出やせぬ窓の月
きみよ近ごろ失敬ながら水性はわるいとする説ゆ
ゆきのはだへも今朝吹風にとけて莞爾ねらふうめ
めに立疲れと縋つた肩に思はず二人で見るかゞみ
みえや飾りがなにいる物か心から惚合ふ好た同し
死んでも地獄へ形見に持て妾しや行ぞへ写真のゑ
ゑんきり榎を根こぎにもつて惚た奴等を打ぱらひ
非も理も聞ずに踏だり蹴たり何ぼしが無身邪迚も」(十二)
もてないお客と人力ひきは帰る帰ると言ふがくせ
せかれて逢ねば見る夢にまで主の浮気の根を正す
すいた同志で世帯を持つて此様な嬉しい事はない」(十三)

明治廿一年七月卅日印刷
同   年八月一日出版
編纂兼発行者 中西惣次郎
       浅草区八幡町四番地
印刷者 宮本敦
    京橋区銀座弐丁目拾弐番地
発兌元 大川屋錠吉
    浅草区三好町七番地」(奥付)


三十一『〔明治新選〕都々逸粋の近道』
(明治二十二年。菊池所蔵。国会図書館にもあり)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
滑稽三世相 五九道士閲
〔明治新選〕都々逸粋の近道
浅見鉦太郎著
文昌堂蔵」(表紙)
名古屋名勝八景
〔明治大新板〕滑稽三世相
都々逸粋の近道」(見返し)
都々逸三世相の序
旧習腐と打遣は文明開化を生噛にしてゐる奴が仕業にて実日本の通人は古を温て新きを素人玄人おしなべて之に寄らざる物はなし因て今度撰だ都々逸浮気でない故しんとして須弥るは元より覚悟の前南千部集の売口よく山ほどつもれと爾云
明治廿二の春 五九道士」(一オ)
《途中省略》
いろはうかれどゝいつ
い いろになるみのゆかたもぬいですはだじまんのなつの不二
ろ ろんよりせうこをとられてないていひわけするとはばからしい
は はかないゑにしとてんからしれてむすぶもふとしたできごゝろ
に にしも東もしらないものをつれてうわきなたびかせぎ」(十四ウ)
ほ ほれた女房のあるそのひとになんでこんなにほれたらう
へ へびに女房がなられちやこわいいろはしないとあきらめた
と とふからこゝろにほれてはゐれどどふもいひよるしほがない
ち ちわがつのつてねもなないくぜつはらをたつたりたゝせたり」(十五オ)
り りかうだと思つてかゝるがおまへがばかよそばの二はいもくつたやつ
ぬ ぬれてあふよはねてからさきのまつにかひなきあけがらす
る るすをねらつてどろぼふ猫がきてはちよこちよこぬすみぐひ
を おまへじやきをもみ女房にやきがね是じや命もつゞくまい」(十五ウ)
わ わたしも女子じやいひたい事もぬしのためじやとがまんする
か かわゆがりじついつくしてわたしのかほをふみつけられてはらがたつ
よ よそふと思へどまたかほみればどふもみれんで立かへる
た たまにあふゆへはなにしがのこるしみじみだきねがしてみたい」(十六オ)
れ れいぎたゞしききやうゐんさんもけつくわけなくとりみだし
そ それほどあのこがかあいならばわたしにみれんはあるまいに
つ つれてにげろとおまへはいふが女房すてゝはゆかれない
ね ねるまもないほどおふいそがしや金のかんじようでかたがはる」(十六ウ)
な なんぼほれてもみすかされてもばかにされてははらがたつ
ら らかんさまでもきものはまとふはだかぢや道中もできまいよ
む むりなくぜつになかしておいてねるとはあんまりむしがいゝ
う うたゝねのさめてためいきこゝろのもつれ人にやはなせぬこのしだら」(十七オ)
ゐ ゐけんするほどなをやけになりかんしやくおこしてやつあたり
の のろけてみんなになぶられながらおもはずしらず口すべる
お おにのやうでもこゝろのうちはべんてんさまでもかなやせぬ
く くろうするのはてんからかくごいきなていしゆをもつからは」(十七ウ)
や やみとおまへにかういりあげてすゑはどふしやうかうしさき
ま まはし屏風のたをれたゑんでとなりどうしのおちかづき
け けんもぐんしをしやうといふはかねてむほんの下ごゝろ
ふ ふとしたことからついのりがきて今じやかたときわすられぬ」(十八オ)
こ こんななげきもおもへばほんにむすぶのかみがうらめしひ
え ゑんがありやこそたかねのさくらおつて手いけの花にする
て てまへがつてのわがまゝいふもなかう人いらずのふうふなか
あ あどけないのがかわゆひけれどしよ心すぎるもじれつたい」(十八ウ)
さ 三味線まくらの身のふしだらはわがみながらもはづかしい
き きがねくろうもみなおまへゆへそれに今更きれことば
ゆ ゆかしごげんとたゞひと筆につなぎとめたる初会文」(十九オ)
め めつきでしらせてさとれといへどさとつてゐながらしらぬかほ
み みれんらしいがたゞひとことをいつてやりたいことがある
し しみじみとあへぬつらさのつくかんしやくよかうもじれたくなるものか」(十九ウ)
ゑ ゑんきりゑの木でさかうとしてもほれたどうしにきゝはせぬ
ひ 人にやいろかといはれてゐれどぎりをかゝぬがたのもしい
も もとをたゞせば他人とた人あらひだてすりやぬしのはぢ」(二十オ)
せ せなかそむけていひたひこともがまんして寝るそのつらさ
す すみをつぎつぎ火箸をふでにあつい男のかしら文字
京 きやうに田舎もあるゆへわたし見たような女もぬしのつま
都々一終」(二十ウ)
明治廿二年三月十日印刷
同   年同月十五日出版
定価拾銭
版権所有
著作兼発行者 愛知県名古屋区門前町七十四番戸
       浅見鉦太郎
印刷者 愛知県名古屋区新柳町八十二番戸
    吉田鏡輔
売捌所 同門前町三丁目
    文昌堂
画工 同県同区住吉町
   今江春近」(裏見返し)


三十二『東都々逸五百題』
(明治二十二年。草廼舎蝴蝶編。活版本。菊池所蔵。国会図書館にもあり)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
  いろは尻取都々一
如何なるお医者も解剖(ふわけ)は出来ぬ色と欲との有どころ
論より証拠だ是マア御覧羽織と衣服(きもの)に侵染(しみ)としは
葉唄文句の口説ぢやないが帰りやしやんすか此雪に」(十三頁)
二世とちぎりし写真をながめ思ひ出しては片ゑくぼ
反古にしやんすな妾の苦労みんな誰故おまへゆへ
返事するさへ猶はづかしくモシと呼のは猶のこと
床の番する振れた客はみんな出雲の神のばち
千歳までもと契りしものを今更切るたそれは無理
悋気で妾は云ふではないが主の浮気なぜ止まぬ
主と二人でいま此の苦労寝物がたりのこともある
るの字の頭へこの字とがの字附てくだくよ此胸を
をそい帰りを待つゝじれて思はず引さく水うちわ
わけも云はずにたゞ口小言愛想づかしかじれるのか」(十四頁)
かずかずうらみは積つて居れど主の話しの後にしよ
よせと云はれりやまた猶更に折て見たいよ花の枝
たまさか逢たに短い夏の夜あけに悲しきあさわかれ
れこがないゆへ見初たけれど振れたお客はさぞや嘸
そしらぬ素振は人前ゆへと承知しながら腹が立つ
つなぎどころのない身のつらさホンに私はすて小舟
寝ても覚ても苦労の夜中悪や戸たゝく那(あ)の水鶏
何から先云ふて宜やら二人しばし莞爾にら目くら
らくな務めぢやないとは知ど主の為なら厭やせむ
むりや邪見も苦労だけれど可愛がられりや又苦労」(十五頁)
うしろ姿は確にそれと思へどまさかに呼悪ゐ
ゐまも今とて貴君のうはさなどゝ取なす喰せもの
飲ならお待よ燗してあげる夜更ぢやお止よ冷酒を
おしき筆止めまづあらあらと用事許りに候かしく
くもる月影辻占わるく思ひむすべる胸のあや
やさしい気立にツイうかうかと迷心のくるひごま
まさか夫とも云ひ出しかねて一寸とつなぎの茶碗酒
げいしや娼妓の家業と主はまこと三分にうそ七分
ふるい文句の気証を書もたがいに浮気をせぬ証拠
こゐし焦れてやうやう逢ば儘にならない人のまへ」(十六頁)
えらひえらひと無暗(むやみ)に褒て人をおだてる主のゑて
手管と知りつゝツイ欺されて何(どう)すりや宜(よか)らふ是はまめ
あの時あアして是からしたも今ぢや互に笑ひぐさ
さへたやうでも又すぐ曇る心ぼそさの秋のつき
きれない姿も恃みにやならぬ溢(こぼ)れ易いよ花のつゆ
夢はさかゆめ当にはならぬトハ云へ気になる今の夢
めを出しや剪取り花咲アはさむホンニ不実な花挟(はなばさみ)
身には覚への無いではないが余計な世話だよ新聞紙
しつかり固めの比翼の紋も末は合ふとの三つどもゑ
ゑんを繋ぎの屏風の中は切にきれない蝶つがひ」(十七頁)
ひとりくよくよ案じて待ば永く思ふよ夏の夜も
もしや夫かと戸を開け見れば悪い辻占秋のかぜ
せけば急ほどアレ憎らしい人をぢらすよほとゝぎす
すいた同志で夫婦になつて意気な処に暮したい
色のいの字に能く似た姿二人ふざけて居るところ
論より証拠は少しの事も直に何だとつめことば
鼻を合せて口をも合せ臍をあはせた後はなに
にらめる目にさへ愛敬以て怖さ忘るゝ主のかほ
惚たほれぬの其源は粋な鶺鴒が来て教へ」(十八頁)
返事するさへ人目があれば目顔で知らせる格子外
疾(とう)から私は寝返りなれど切るはお金を取たのち
智恵の袋は大いほどが邪魔にならずに身の便利
立派に遣るならお金をお呉れ起証誓紙は私や入らぬ
主を待つ日は車の音がする度其かと飛で出る
留守にト一を密(そ)と引入れて切たよゆもじの忍緒(しのびのを)
押ども引ども動ぬ主ははまつた車の輪
妾やおまへに任せた身体(からだ)ぎりも世間も入るものか
門に人目の途ぎれぬ内は忍んで這入れぬ宵月夜
算(よま)れた鼻毛で貸たる紙幣(ぺら)が身代かぎりになつて来た」(十九頁)
頼む牛乳玉子もきかず妾も腎虚で身がやつれ
れんぼ為るのを明して云へば白痴でもお金がある故ぞ
密(そつ)と鍵金外しておいて細目に戸を明け主をまつ
積る話しは一割ほども済ぬと思ふに明のかね
猫と云はれて腹立つならば鯰取るのを止(やめ)にしな
何ぼ流行に後れぬ気でも厭だよ肺病税コレラ
楽になつたと澄して見ても心憎いは此の地震
胸の算ばん●(いすか)の嘴よ免といふ字を着た鰌(どぜう)
移る尻取り都々逸いろは案じて自分でコリヤ旨(うま)い
異見聞ほど猶更つのる我が身ながらも因果者」(二十頁)
乗て世渡る妾の船へ棹(さし)ておくれよ水馴ざを
怒り散して飲む焼酒が煮立て居たので舌を焼く
火事に雷地震に雪に此の春ア何だか滅茶苦茶
山ほど積りし思ひのたけを雪の朝の向ひ酒
儘になるなら紙幣を造り廃業届けがして見たい
今朝も今朝とてお部屋の小言寝言とお尻を気をつけろ
二つない気で迷ふたものを心知らずの水の月
心と心と心と心合ふて心が増すこゝろ
襟につくのも桜の一つ積る心はぬしのため
手鍋下よと口では云へど実は乗たい玉の輿」(二十一頁)
逢ふ夜途絶へて肌寒くとも妾や重ぬ小夜衣
酒は醒るし娼妓(きやつ)ア往たぎり生憎煙草の粉もない
切るなんぞとアレ無理ばかり手出したのは主が先
油断しやんすな箱入じや迚堅い名計石炭油
雌(めんどり)が時を啼(つく)つて雄鳥(おんどり)啼(なか)ば私や主故泣明す
水に縁ある彼屋根船も人に漕れる浮気性
静に成(なさい)な那(あ)のお査公(まはり)に聞れちや宜無(よくない)痴話喧嘩
縁はいな物彼(あの)別品は主に惚たは何があて
低い花嫁見て婿さんは吉野山より高く誉(ほめ)
若エ貴君(あなた)と背中を叩襟のゴールは最(もう)何時」(二十二頁)
娼妓渡世と玉ころがしは穴を見当に客が来る
炭に譬へりやお前は堅木をこりや妾もあつくなる
いつかほころぶ蕾の花の顔にほんのり桜いろ
論はないぞへ察しなさんせ主ゆへ今日びの此白歯
恥かしいとて云ずに居ればエヽモじれつたいお互に
悪い秋風まよひの論はあなめあなめのすゝきのほ
惚た中でも我慢は出来ぬ今日を限りの運のすへ
へんな事からツイ遠ざかり知らぬ顔とはつみな人
としま盛りに白歯で浮れ苦労するのも親のばち」(二十三頁)
血(ち)ゑん近づき皆な借倒し心いらいら此の不義理
悋気らしいが言ずに居れば末か如何(どう)やら覚束ぬ
主に二日も逢ずに居れば風邪のくしやみも気にかゝる
類が共とて那(あ)の子と君は桃と桜の顔とかほ
思ひ廻せば此身の泣も廻る因果のくるまの輪
態(わざ)とけなして又或時は胸で褒合ふ深ひなか
香りゆかしき蕾の梅もやがて開けば散る浮世
よし悪は定めがたいが何処から見もホンに程よき那のお方
他人構(がま)しいお前の仕打心置なくしておくれ
例の癇癪モー是ぎりと云ふは出鱈目みんな虚(うそ)」(二十四頁)
添て二人が暮せぬならば死であの世で家を持つ
つらい勤めの浮川竹を出ればしうとに又気がね
念がとゞいて手活となれば朝晩楽しむ床の花
情け知らずの待身を知らで今日も来とは何ぢややら
楽なやうでも多の客の機嫌取る身は気が痛む
無理な義理づめ無体な身受ホンに困つた此苦労
虚か誠かサツパリ知れぬ先でも知れまい我底意
異見しやんすな妾の気性知つてするとは不実者
飲でお前はくだ巻ならば捨てしまをう此の酒を
鴛鴦と人に云はれた二人が中をヒヨンな事から一人泣く」(二十五頁)
口惜い思ひも男の不実ホンにもつれた胸のあや
八釜しい世間知らずか岡焼もちか何の益なき人の邪魔
待ど来ぬ夜はツイ癇しやくで毒と知りつゝ茶碗酒
今朝の別れは何時よりツライ何故かジレツタイ昨日今日
ふくさゝばきに手加減覚へ惚た心を茶道ばこ
心がらとはソリヤ情ない苦労するのはお前ゆへ
遠慮するのは始めの中よ何時か心もうち開て
テンに嫌なら何故爾(こ)うなつた今更嫌(いや)とはホンニまア
厭(あき)も厭(あか)れもせぬ其中を義理で別れる其つらさ
サツパリ切たと人には云へど影ぢや未練の忍び泣」(二十六頁)
聞て北野の梅とはおろか偖も見事な花の眉
昨夜(ゆうべ)の移香まださめぬのに又も嬉しき今朝の夢
女波やさしき小磯の浜へじれて打込む仇男波
身から出た錆つき離されて今は野中のやぶからし
しみじみとツライ勤の辛抱するも心がらだかお前ゆへ
縁と時節を待とも知らず先は平気で片思ひ
久しいものだが虫づが走る買てお呉よさつまいも
若しヒヨツト変りやせぬかと案じて居れど態と知らしてうたぐらせ
世帯かためて気質になつて酒も飲ねば色もせず」(二十七頁)
吸つけ煙草にツイ浮されて人の意見で此目まい


三十三『〔笑楽〕滑稽玉手箱』
(明治二十三年刊。痩々亭骨皮道人西森武城編。国会図書館蔵)
 西森武城は大正二(一九一三)年に没している。
〔笑楽〕滑稽玉手箱」(表紙)
(省略)
   ○いろは頭づけ都々一
い 家を出る時や別れて出ても郵便嚢で逢ふ手紙
ろ 論よりや負るがコレマア御覧証拠は羽織に紅の色
は 腹も立まい立せもすまい四海兄弟自主の権
に 憎らしいよと背中を叩き莞爾笑ふてのぞく顔」(四十八)
ほ 惚た同士はこゝろも空にのぼり詰たる軽気球
へ 返事するさへ猶ほ口籠る况てモシとは呼びにくひ
と とけぬ紛れに切ては見たが後ぢや矢張りつなぐ糸
ち 一寸途中で降こめられて腰をかけたが縁の端
り 悋気で私しは云ふのぢやないが浮気するにも程がある
ぬ 主の浮気を主にも云はずト云ツて人にも云ぬ義理
る 流浪するのも今更思やみんな自分の心から
を 折つて見たりと心の中で思や主ある女郎花
わ 私しばかりかアレ洋犬までが下駄をくわへて留る足
か 帰り支度の乙鳥にかへて初会なじみの雁のふみ
よ 他所に巣籠る主とは知らず待夜は長いよ鶴の脛
た 偶にやお早くお帰りなどゝ悋気離れて粋異見
れ レコが無いゆゑ見切たけれど振られたお客は嘸や嘸」(四十九)
そ 夫と云はねどさゝれた猪口に浮ぶ情を汲み交す
つ 露と尾花とそのいさかひの縺れ吹き解く朝あらし
ね ねても覚ても苦労の夜中にくや戸叩くあの水鶏
な 鳴て暮すも素より承知斯なりや二人で共かせぎ
む むりや邪見も苦労だけれど可愛がられりや又苦労
う 浮気に跳出し硯の海に身をば投たる粋な蚤
ゐ ゐつそ断たら気が安かろと云ふは迷はぬ人の事
の 咽を鳴して最来る頃となでゝ待つ夜の猫火鉢
お 己が羽風に鳴子をならし独りで気をもむむら鴉
く 来るかと思へば又た行く燕なんで気をもむ上の空
や 山家そだちの山葵も漬りや酸味で泣せる三ばいず
ま 迷ふ烏羽玉恋路のやみを照すランプはなぜ出来ぬ」(五十)
け けむい仕打の主や巻たばこ呑こむ振して口ばかり
ふ 不図した事からコツソリ稲の穂の字に実が入り飯となる
こ 怖いが序幕で嬉しい濡れ場末は目出度夫婦中
ゑ 栄燿栄花に暮さうよりも二人自由の小なべ立
て 手広く地面をとつては居るが店借して居る藤の花
あ 逢ふは別れの種とは知れどいつも別れに翻す愚痴
さ 酒も豆腐も自由な廓で聞くは果報か時鳥
き 切はせぬかと案じる鼻緒調べて揃へる主の下駄
ゆ 夢の浮世に長らへ居れば五臓病よな事ばかり
め 芽を出しや剪とり花咲やはさむホンに不実な花剪刀
み 身に引あてたる絵入の続き余計な苦労を新聞紙
し 自烈た紛れに引裂文が破れかぶれの事はじめ
ゑ 縁を繋ぎの屏風の中は切にきられぬ蝶つがひ」(五十一)
ひ 広い世間も束縛されりや啼てあかすよ籠の鳥
も もやひ繋ぎし橋間の小船浮た端唄の水調子
せ せけば堰ほどアレ憎らしや人を待せるほとゝぎす
す 墨に思ひの恋ぢを籠て薫り洩さぬ状袋
(以下省略)
明治二十三年十一月六日印刷
同    年十一月十五日出版
版権所有
著者  浅草区御蔵前片町二十番地
    西森武城
発行者 京橋区南紺屋町一番地
    井上勝五郎
印刷者 浅草区左衛門町一番地
    三好守雄」(奥付)


三十四『〔新版大和魂支那国征伐〕いろは都々逸』
(明治二十八年刊。肥熊山人編。国会図書館蔵)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
肥熊山人作
〔新版大和魂支那国征伐〕いろは都々逸
風雲堂」(表紙)
   いろは都々逸
い いつも変らぬ日本の兵士死するを尊ぶ頼もしや
ろ 論語作りし孔子の顔に●がどろぬる情なや
は 薄情極るチヤンチヤン坊主軍のお役にたつものか
に 逃るが名誉か豚尾の国は逃げて李鴻章とほめられる
ほ ほんに憐れな豚尾の頭石原見たよにころころと
へ 平降したなら兵器を収め四百余州を明け渡せ
と 迚もだめだよ清国政府加勢西洋とは松に虎
ち 力も無ひのに軍は六理だ支那で勝れる訳じやない
り 李鴻章迚名はよいけれど軍に掛けては馬鹿の馬鹿
ぬ 盗みする程軍を思やそんな敗軍せまゐもの
る 類ない日本に手向ふよりも首にのしつけ進上せよ」(一)
わ 和睦しよ迚今更をそい降参するならさしてやる
か 神か仏けか日本の情け●さへ六やみにや殺しやせぬ
よ 読んで見なされ此新聞紙北京間近くおしよせた
た たまらぬたまらぬ日本の兵士命しらずに進むもの
れ 連戦連捷愉快でないか最早手向ひ支那の国
そ それ程弱ひと始めに知らば刃物もたずにかゝるもの
つ つれない各国うらみな公使中裁裁談判取合はぬ
ね ねても眠らぬ天津北京水鳥の羽音も大和兵
な 成らぬ金でも出さやきや成らぬ成らぬですむよな事じやない
ら らつぱ吹くのと白帯見れば書生らしいじやないかいな
む むごい償金殺して置けば後であだせぬけしのむし
う 嬉しや我兵羆の様だ●を殺して居るわいな
ゐ いまいましいぞへ清国狐狡猾一法で義理知らず
の 呑めやさわげ北京落城の大捷祝賀しばし待たんせ花見まで」(二)
お 御前の云ふのも無理ではないが百億万弗そりや不足
く 国と君とに捧げし命生て帰るの心なし
や 大和魂の剣を磨きチヤンチヤン頭をなでぎりに
ま まて暫し迂活に出来ない講和の談由断するならだまされる
け けたてはね立て荒浪の間に見ゆる軍艦朝日旗
ふ 文も手紙もよめなゐわたし忠君愛国只一つ
こ 虎列剌病より大和の兵は恐ろしいぞへ皆殺し
え ゑんま顔しておころとまゝよ清底見限る上からは
て 手のない蟹だよ清国政府まゝ成らぬぞへ可愛そに
あ 後の難義は露程知らず馬鹿にしたのが身のつまり
さ させて被下百億万で後生だ降参頼み升」(三)
き きつい人だよ大鳥公使日本広めの発起人
ゆ 夢か現かチヤンチヤン坊主親玉変るも知らぬのか
め めつたに逃るなチヤンチヤン●よ熊に見られば捕われる
み 見たへか大和の腕なみならば御金出しても見せてやる
し 死するは大和人士の習ひ大筒小筒は蛙の声
ゑ 遠慮会釈も荒くれ男軍したがる日本兵
ひ ひどい仕打ちだ後而已見せてはねで飛ぶよな豚尾漢
も もしもし●さん一生の願軍を後生だしてをくれ
せ 勢揃ひすりや青物廛だ南瓜頭の品評会
す すてゝ置かれぬ今度の軍共にゆるさぬ四千万」(四)

明治廿八年三月二十日印刷
明治廿八年三月二十五日発行
熊本県合志郡大津町八百拾九番地士族
当時
北海道渡島国函館九西川町六番地止宿
編集兼発行者  宮崎伝喜
印刷所  北海道函館区弁天町五十三番地
     合資会社 巴港社」(奥付)


三十五『日清戦争いろは都々逸』
(和田庄蔵編。明治二十八年刊。国会図書館蔵)
 本書は、文化庁長官裁定により「近代デジタルライブラリー」で公開されている。
日本大勝利 全」(表紙)
秀逸抜擢
日清戦争いろは都々逸
い いつでもかつたる今度のいくさひとりで角力をとるやうに
ろ ろでもかぢでも動かぬものは沈められたる運輸船
は はらをたつのは向ふのむりよ日本じや今まくでがまんした」(1)
に にげる矢さきへてつぽううたれ腰がぬけたでにげられぬ
ほ ほらを吹きよせちやんちやん政府木のは天狗の無駄軍議
へ 閉口したなら尻尾をまいて命ごひでもするがよひ
と とても日本にかたれぬからは早く降参するがよい」(2)
ち ちやんちやんあたまへ両手をかけてぶらんこ運動してみたい
り 李鴻章でもだれでもおいでどうで歯の立国じやない
ぬ ぬしは条?をばきつたるからはどうでも勝手に支那の国
る 留守か逃たか旅順のだいば鉄砲うちだすものもない」(3)
を 男らしいよ日本の兵は一人もにげたるものもない
わ わぼくきかぬといふではないがはぢを知るならせめてこい
か かつは日本軍艦まけるは支那よ同じ流れの上ながら
よ よせばよかつたちやんちやんいじめ今じやとりこが邪魔になる」(4)
た 退屈するほど待せておゐて今にでゝこぬ支那の兵
れ れうけんするから償金だしな近江の湖水のうまるほど
そ それほど馬鹿とはしらずにいたが朝鮮まで出てはぢをかく
つ つもるうらみのとけないうちは百年たつてもいくさする」(5)
ね ねのないことから枝葉がさいて風におらるゝ芥子の花
な ないしよですむのを仰山らしくはぢを世間へさらすのか
ら らつぱふきふきでゝくるさまはあめうりらしいじやないかいな
む むごいやうでもころしてしまやあとでねざめがよいわいな」(6)
う うらみつらみをきく耳やもたぬあやまりやしたといふがよい
ゐ ゐながら勝たうとおもふはむりよ威海衛まで出ておいで
の 野こへ山こへにげてはきたがもはやあるけぬひとあしも
お おにのやうでも日本の人はなさけこゝろはあるわいな」(7)
く くにが広いとて高慢するな兵がよわけりやかたれない
や 山の上から義州のはてへせめておとした支那の兵
ま まけて逃るはおまへのすきよ勝ておふのはわしがすき
け けんつけでつぽうだてにはもたぬちやんちやん坊主をうつがため」(8)
ふ ふるひ恐るゝ清兵隊は日本の兵士にかつものか
こ こんどばかりか此のちとてもしづめてやるぞへしなのふね
江 江戸や長崎はなれてとほくいくさに出のも国のため
て てだししたのは豊島沖よしづんで黄海するがよい」(9)
あ あんなやつでもてきかとおもやまさか見捨ちやおかれない
さ さだめし日本をおそれてゐやうたゞの一度もかたぬわゐ
き 黄色な竜奴もとんぼの赤に眼を白黒に青い息
ゆ ゆだんするなよちやんちやんとても顔に目もあるくちもある」(10)
め めくらへびにおぢぬといふが又も日本にむかふきか
み 見ればみるほどおかしなものはちやんちやんあたまにさげたかみ
し しまつておいたる鉄砲だしてみがいて来るとは気が長い
ゑ 営所営所につめたる人はさぞやさむかろつらかろう」(11)
ひ 人目ばかりはりきんでゐれど実はこわがる日本兵
も もとめていくさをするではないがさきで引ねばぜひがない
せ せつ生ながらもころさにやをかぬあとで四の五のいわぬやう
す すこしのうちだとしんぼうしやんせ今にとります支那のくに」(12)

版権所有
明治廿八年四月二日印刷
同   年四月六日発行
編輯兼発行者 東京市京橋区水谷町四番地
       和田庄蔵
印刷者  東京市赤坂溜池榎坂町二番地」(奥付)


三十六『歌曲花園 音曲博士』
(明治二十八年刊。春の屋若葉編。菊池所蔵)
 奥付から、春の屋若葉は池村鶴吉と考えられる。同人の著作は、『現行願届書式手続大全』『名流美文大観』の二点が近代デジタルライブラリーで文化庁長官裁定のもと、公開されている。したがって、著作権消滅扱いと考えられる。
春の家わかは編
歌曲花園
音曲博士」(表紙)
   いろは尻取都々一
如何なるお医者も解剖は出来ぬ色と欲との有どころ
論より証拠だ是マア御覧羽織と衣服にしみとしは
葉唄文句の口説ぢやないが帰りやしやんすか此雪に
二世とちぎりし写真をながめ思ひ出しては片ゑくぼ」(五十八)
反古にしやんすな妾の苦労みんな誰故おまへゆへ
返事するさへ猶はづかしくモシと呼のは猶のこと
疾から私は寝返りなれど切るお金を取たのち
千歳までもと契りしものを今更切るたそれは無理
悋気で妾は云ふではないが主の浮気はなぜ止まぬ
主と二人で今此苦労寝ものがたりのこともある
るの字の頭へこの字とがの字附てくだくよ此胸を
をそい帰りを待つゝじれて思はず引さく水うちわ
わけも云はずにたゞ口小言愛想づかしかじれるのか
かずかずうらみは積つて居れど主の話しの後にしよ」(五十九)
よせと云はれりやまた猶更に折て見たいよ花の枝
たまさか逢たに短い夏の夜あけに悲しきあさ別れ
れこがないゆへ見切たけれど振れたお客はさぞや嘸
そしらぬ素振は人前ゆへと承知しながら腹が立つ
つなぎどころのない身のつらさホンニ私はすて小舟
寝ても覚ても苦労の夜中悪や戸たゝく那の水鶏
何から先云ふて宜やら二人しばし莞爾にら目くら
らくな務めぢやないとは知と主の為なら厭やせむ
むりや邪見も苦労だけれど可愛がられりや又苦労
うしろ姿は確にそれと思へどまさかに呼び悪ゐ」(六十)
ゐまも今とて貴君のうはさなどゝ取なす喰せもの
飲ならお待よ燗してあげる夜更ちやお止よ冷酒を
おしき筆止めまづあらあらと用事許りに候かしく
くもる月影辻占わるく思ひむすべる胸のあや
やさしい気立にツイうかうかと迷心のくるひ駒
まさか夫とも云ひ出かねて一寸とつなぎの茶碗酒
げいしや娼妓の家業と主はまこと三分にうそ七分
ふるい文句の気証を書もたがひに浮気をせぬ証拠
こゐし焦れてやうやう逢ば儘にならない人のまへ
えらひえらひと無暗に褒て人をおだてる主のゑて」(六十一)
手管と知りつゝツイ欺されて何すりや宜ろふ是はまあ
あの時あアして是からしたも今ぢや互に笑ひぐさ
さへたやうでも又すぐ曇る心ぼそさの秋のつき
きれいな姿も恃みにやならぬ溢れ安いも花の露
夢はさかゆめ当にはならぬトハ云へ気になる今の夢
めを出しや剪取り花咲アはさむホンニ不実な花挟
身には覚への無いではないが余計な世話だよ新聞紙
しつかり固めの比翼の紋も末は合ふとの三つどもゑ
ゑんを繋ぎの屏風の中は切にきれない蝶つがひ
ひとりくよくよ案じて待ば永く思ふよ夏の夜も」(六十二)
もしや夫かと戸を開け見れば悪い辻占秋のかぜ
せけば急ほどアレ憎らしい人をぢらすよほとゝぎす
すいた同志で夫婦になつて意気な処に暮したい」(六十三)
明治二十八年六月二日印刷
明治二十八年六月七日発行
明治卅五年六月廿五日十八版
版権所有
編輯兼発行者 東京市浅草区福井町一丁目一番地
       池村鶴吉
印刷者 東京市浅草区左衛門町一番地
    田附平次郎
印刷所 東京市浅草区左衛門町一番地
    今泉堂
発行所 東京市浅草区福井町一丁目一番地
    松陽堂」(奥付)


三十七『歌曲花園 東都々逸五百題』
(明治二十八年刊。夢の家蝴てふ編。菊池所蔵)
奥付から、夢の家蝴てふは池村鶴吉と考えられる。同人の著作は、『現行願届書式手続大全』『名流美文大観』の二点が近代デジタルライブラリーで文化庁長官裁定のもと、公開されている。したがって、著作権消滅扱いと考えられる。
歌曲花園
東都々逸五百題
夢の家蝴てふ編」(表紙)
   いろは尻取都々一
如何なるお医者も解剖は出来ぬ色と欲との有どころ
論より証拠だ是マア御覧羽織と衣服に侵染としは
葉唄文句の口説ぢやないが帰りやしやんすか此雪に」(十三)
二世とちぎりし写真をながめ思ひ出しては片ゑくぼ
反古にしやんすな妾の苦労みんな誰故おまへゆへ
返事するさへ猶はづかしくモシと呼のは猶のこと
床の番する振れた客はみんな出雲の神のばち
千歳までもと契りしものを今更切るたそれは無理
悋気で妾は云ふではないが主の浮気はなぜ止まぬ
主と二人で今此の苦労寝物がたりのこともある
るの字の頭へこの字とがの字附てくだくよ此胸を
をそい帰りを待つゝじれて思はず引さく水うちわ
わけも云はずにたゞ口小言愛想づかしかじれるのか」(十四)
かずかずうらみは積つて居れど主の話しの後にしよ
よせと云はれりやまた猶更に折て見たいよ花の枝
たまさか逢たに短い夏の夜あけに悲しきあさわかれ
れこがないゆへ見切たけれど振れたお客はさぞや嘸
そしらぬ素振は人前ゆへと承知しながら腹が立つ
つなぎどころのない身のつらさホンニ私はすて小舟
寝ても覚ても苦労の夜中悪や戸たゝく那の水鶏
何から先云ふて宜やら二人しばし莞爾にら目くら
らくな務めぢやないとは知ど主の為なら厭やせむ
むりや邪見も苦労だけれど可愛がられりや又苦労」(十五)
うしろ姿は確にそれと思へどまさかに呼び悪ゐ
いまも今とて貴君のうはさなどゝ取なす喰せもの
飲ならお待よ燗してあげる夜更ちやお止よ冷酒を
おしき筆止めまづあらあらと用事許りに候かしく
くもる月影辻占わるく思ひむすべる胸のあや
やさしい気立にツイうかうかと迷心のくるひごま
まさか夫とも云ひ出かねて一寸とつなぎの茶碗酒
げいしや娼妓の家業と主はまこと三分にうそ七分
ふるい文句の気証を書もたがひに浮気をせぬ証拠
こひし焦れてやうやう逢ば儘にならない人のまへ」(十六)
えらひえらひと無暗に褒て人をおだてる主のゑて
手管と知りつゝツイ欺されて何すりや宜らふ是はやめ
あの時あアして是からしたも今ぢや互に笑ひぐさ
さへたやうでも又すぐ曇る心ぼそさの秋のつき
きれいな姿も恃みにやならぬ溢れ易いよ花のつゆ
夢はさかゆめ当にはならぬトハ云へ気になる今の夢
めを出しや剪取り花咲アはさむホンニ不実な花挟
身には覚への無いではないが余計な世話だよ新聞紙
しつかり固めの比翼の紋も末は合ふとの三つどもゑ
ゑんを繋ぎの屏風の中は切にきれない蝶つがひ」(十七)
ひとりくよくよ案じて待ば永く思ふよ夏の夜も
もしや夫かと戸を開け見れば悪い辻占秋のかぜ
せけば急ほどアレ憎らしい人をぢらすよほとゝぎす
すいた同志で夫婦になつて意気な処に暮したい」(十八)
明治二十八年六月二日印刷
明治二十八年六月七日発行
明治卅五年六月廿五日十八版
版権所有
編輯兼発行者 東京市浅草区福井町一丁目一番地
       池村鶴吉
印刷者 東京市浅草区左衛門町一番地
    田附平次郎
印刷所 東京市浅草区左衛門町一番地
    今泉堂
発行所 東京市浅草区福井町一丁目一番地
    松陽堂」(奥付)


三十八『都々逸の栞』
(明治三十四年。鶯亭金升著)
 鶯亭金升こと長井惣太郎は昭和二十九(一九五四)年に没している。
いろは冠乱題
                   青森左亭道升
                     香亭声升
                     雨亭雲升
(い)今は苦労に身をくだくとも末は炭団の丸い中 左
(ろ)路次を行くのも世間へ気がね表向には成ぬ連 香
(は)晴て迎の出れるからは然程留守居も苦に成ぬ 仝
(に)苦い顔するつらさも主へ少や薬にならうかと 左」(一六七)
(ほ)外にたよりの無い此身には筆はせめての力竹 雨
(へ)へだつ日数に重なる苦労胸にへだては無迚も 仝
(と)兎角人目につく姿より高いうはさのかげ法師 仝
(ち)猪牙とやらとも読ない身には胸に波打夜半斗 左
(り)離魂とか云ふ病となつて添て行たい朝もある 仝
(ぬ)主は今宵も砧に更てひとり寝ざめの里の夜半 仝
(る)類であつまるとは憎らしい皆浮気のぬしの友 仝
(を)惜しい夢だと思へばいつか明て現に後の首尾 雨
(わ)わざと世間へ切ると見る其処が人目を飾太刀 香
(か)書た文句はよめねどうれし届いた郵便夷がみ 仝
(よ)嫁と斗りじや願ひが足らぬ欲にや親とも成心 仝
(た)たれがきいてもかまはぬ話添ふて隔の無世帯 左」(一六八)
(れ)レール見たよに新婚旅行汽車でうれしい差向 雨
(そ)添ふて世間へ肩巾までが広い風呂敷配りもの 雨
(つ)月に忍んだ二人の影が高いうはさに成た今日 左
(ね)眠かけたる眼もパツチリと明て嬉い首尾の門 仝
(な)余波惜さに気もあちこちへ明る戸迄がつかへ勝 香
(ら)楽書してさへつひ筆走る絶ぬ思ひの主の名が 仝
(む)無理な願と思へば神の灯迄かぶりを振らしい 雨
(う)うづむ炭火も笑くぼと見る添て早起した朝は 仝
(ゐ)居続けさす気で降のか今朝は帰す矢先へ強雨 香
(の)軒の氷柱の雫に今朝はいとど袂の濡れまさる 雨
(お)同じ心で看て居る月か昼の便りの文見れば  仝
(く)国と郡をへだてゝ居ても据て並ぶるかげの膳 仝」(一六九)
(や)やくといふのは肴の外に無てうれしい此夕餉 左
(ま)曲る小路の有るかと思や出先聞く眼に立る角 仝
(け)今日もたよりの封緘はがき二枚合が身に嬉し 雨
(ふ)不足税ほど嬉しい主の文に目方の有るなさけ 仝
(こ)恋といふ風身にしみじみと盗み覗の隙間から 仝
(え)得手に帆をあげ今宵は主を泊て嬉しき床の海 香
(て)天秤かついで働らく主に負ぬ積りの針仕ごと 左
(あ)仇に釣れて衣紋の竹の同じ思ひを夜もすがら 左
(さ)さげて見るのも嬉しい手桶水も心も踊るやう 香
(き)切てかけたる其願までが届いて嬉しい結び髪 仝
(ゆ)夢の通い路はつきりせぬは矢張迷の闇らしい 雨
(め)眼から降り出す涙の雨の晴れて虹とも成吐息 仝」(一七〇)
(み)見せてやりたい今日丸髷を沢山言れた面当に 左
(し)知れぬ出先が気にかゝり船誰が引汐らしい振 仝
(ゑ)画くこゝろの儘にはならずいつか恨の文と成 雨
(ひ)ひとり寝る夜はかゞやく様な主の面影眼に映 仝
(も)もれぬ先こそ穴をも厭へ破れかぶれに成た中 仝
(せ)膳の中にもうれしさ並ぶ木地も揃ひの箸と箸 香
(す)住めばすみよし都と違ひ出先の気兼も入ぬ里 雨
(京)京の流れの水見て来たい今は番ひのみやこ鳥 筆」(一七一)

   いろは短歌附会評
                      宝山人
互ひに嬉う気も合乗のやつとはなしも着た船 恋亭居升
 評「犬もあるけば棒」に当ると云ふもよい辻占
かなしい別れに袖をば挟む何も知ない格子迄 甘亭魯升
 評「論より証拠」口に言ねど門口でわかる
墨田のつゝみに船をば繋ぎ二人して見る桜花 品川楼高尾
 評「花より団子」で御坐いませう
千筋ひいてる電話の線も主にや一筋かける糸 高松春立園」(二四四)
 評「憎まれもの世に」はゞかりも無きたより
外へ結ぶの御心なるか祈れどしるしの見ぬ神 高松馬彦
 評「骨折損の」草臥儲けにならねばよいが
うかり声かけ思へばをかし姿見とめた望遠鏡 誉雪召小豊
 評「屁をひつて尻」の譬口走つたが浮名のもと
浅く見えてもこゝろの底は深く澄でる春の川 中米楼若竹
 評「年寄の冷水」だと悪く言てもすまして居がよし
笑もお酒もこぼるゝ計愚痴は翻さぬ今日首尾 板見射利升
 評「塵つもつて山」となる話こそ楽しけれ 
神に茶断をしたのは昔今はたがひにしぶい中 於芳喃史
 評「律義者の子沢山」と言れて見たし
胸につゝんで開かぬうちが花に見染た恋の種 南品亭若尾」(二四五)
 評「ぬす人の昼寝」当のあるところが恐ろしい
池の蓮は夜明にひらくわたしや別にふさぐ胸 首尾粋士
 評「瑠璃も針も照せば」光る露の間の首尾
苔のむす迄かはらぬ誓ひ堅いこゝろの小れ石 樵亭林升
 評「老ては子にしたがふ」時がたのしみ
いつか末には嬉うあへる離れ離れの歌かるた 板見射利升
 評「割れなべにとぢ蓋」合せて置けばよし
逢へば探つて見気のむねを主に却て探らるゝ 松久亭操
 評「かつたいの瘡うらみ」愚痴も出るもの
烟になるまで手管をしかけうまく妾を釣花火 楽亭娯升
 評「葭のずゐから天井」を見せるも程がある
蘆が角を出さうとまゝよ好た川辺に狂ふ蝶 新橋亭五猿」(二四六)
 評「旅は道づれ」むつましい中
不実にやせたる体にかへて涙に太つた泣黒子 大野屋小秀
 評「良薬は口に苦し」兎角お歯に合ず
主の心は角ない故に寄ると触るとうごきがち 久留神棒
 評「総領の甚六」でもなからうが
つきぬはなしに夜を更しつゝ聞て驚く明の鐘 青亭松升
 評「月夜に」油断をしたがあやまり
苦界の勤も妾や苦にしない主と約束為からは 小樽利亭
 評「念には念を入れ」た約束ならばよし
寒さこらえて待夜の閨にいつか火種も消て行 長崎月人
 評「泣きつらに蜂」お火の毒か
義理で主をば帰してしまひ独り淋しい閨の月 禿魯平凡」(二四七)
 評「楽あれば苦あり」まゝならぬ
二度と来られぬ此世で早ふ一度添度あの主と 板見射利升
 評「むりが通れば」道理と聞ゆる願ひなり
植たさくらもまだきが若い主の心が汲かねる 稲本楼しのぶ
 評「嘘から出た誠」廓の花にも実は生るものを
うたぐる中にも嬉しい思ひ遅なつたの一語が 欣亭吉升
 評「芋の煮たも御存じない」と思つてゐるやら
是から浮名は千本桜抔といつでもばかされる 志林泉
 評「咽喉もと過れば」熱さを忘れるには困る
曲りなりにもあの鉄管はおふも一筋かよふ水 松乃亭操
 評「鬼に鉄棒」破裂は大丈夫
思あきらめ障子をたてりや憎や影さす人来鳥 蛎殻町美香」(二四八)
 評「くさいものには」蓋をして置け
仮令郵税上ろが主にや三度出す処五たび出す 喜美のや
 評「安もの買ひの銭失ひ」では無し
あらひ波さへやさしく受て心動かぬ沖のいし 無名氏
 評「まけるが勝」下から出るが肝心
もれた浮名は少しの隙間破れかぶれと成障子 桐の家主人
 評「喧嘩過ぎての」棒で入らぬ事入らぬ事
まつ夜時刻がのびるに付て辛い此身は縮む様 愛亭嬌升
 評「文はやりたし」夫では遅し
猿の手遊も今ではうれし忌だ其日に引かへて 喋亭喃升
 評「子は三界の」首枷でも罪はなし
願ひかなふて二人で立るあかい心の朱の鳥居 一目散史」(二四九)
 評「得手に帆」をあげるとは目出度
浅い帽子で忍びの姿深い仔さいの有る出さき 島のや辰龍
 評「亭主の好な」若い帽子は怪しいぞ
思ひ染たる心の色が言はぬさきから顔へ出る 樵亭林升
 評「天窓かくしても」尻かくされず
思ふ湊へ届いて見れば波風たてたもいまは夢 無門庵
 評「三遍まはつて」巻莨の味はひは佳かるべし
なみだ片手に笑顔を見せるつらい勤の影日向 待里庵文一
 評「聞て極楽見て」地獄の責め
添ふてうれしい日は二三日後は浮気で又苦労 板見射利升
 評「由断大敵」悋気の火が燃る
ヱキスの光を借ない迄も主は見すく嘘を言ふ 無紋庵」(二五〇)
 評「眼の上の瘤」外にあり
筆にかけない思ひの数を胸に画いて居る辛さ 愛多甘兵衛
 評「身から出た錆」いたし方無し
道の様子は冊子で知どいまだふみ見ぬ恋の山 高松馬彦
 評「知らぬが仏」出雲の神も知らぬ間が命
笑顔ならべた二人の傍に立る屏風も蝶つがひ 朝亭鳥升
 評「縁は異なもの」蝶番ひに花の顔とは
まゝにならぬで幾その苦労儘に成たら又苦労 樵亭林升
 評「貧乏ひまなし」なれども楽み其中にあり
主の着ものを縫たい計り辛さこらへて針仕事 野呂馬山人
 評「門前の小僧」習はぬでも馴て上達
細る縁を保たせたさに求めぬ苦労がつひ太る 上田伊勢桃太」(二五一)
 評「背に腹はかへられぬ」胸に手を置き一思案
大事筧のはなしが漏て流す浮名にぬらすそで 高松馬彦
 評「粋が身を喰ふ」住居なるべし
    「京の夢大阪の夢」に寄て
淀の夜船のこがれて斗り幾度伏見に苦労する 宝山人」(二五二)

明治三十四年八月廿六日印刷
明治三十四年八月廿九日発行
定価金弐拾銭
不許複製
著者  長井惣太郎
発行者 大橋新太郎
    東京市日本橋区本町三丁目八番地
印刷社 佐久間衡治
    東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地
印刷所 株式会社秀英社第一工場
    東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地
発兌元 東京市日本橋区本町三丁目 博文館」(奥付)


三十九『〔袖珍〕都々逸集』
(大正五年刊。花の家主人著。菊池所蔵)
「花の家主人」の著書『ストライキ節』が、近代デジタルライブラリーで文化庁長官裁定のもと公開されている。したがって、本書も著作権消滅同然と考えられる。
〔袖珍〕都々逸集 付二上り新内
流行文庫」(表紙)
新流行都々逸集
付 二上り新内」(扉)
いろは尻取
いつか綻ぶ蕾の花の顔にほんとりさくら色
論は無いぞへ察しなさんせ主故今日びの此白歯
葉歌文句の口舌じや無が帰りやしやんす此雪に
二世と契りし写真を眺め思出しては片笑くぼ
ほんに思へば苦を忘らるゝ苦労するのもお前故
返事するさへ人目があれば眼顔で報せる格子外」(44)
年増盛りに白歯で浮れ苦労するのも親のばち
千歳迄もと契りしものを今更切れるは主が無理
主に二日も逢ずに居れば風のくしやみも気にかゝる
留守は命の洗濯日和ソツと持出す紫檀ざほ
折々詠めちや心でのろけ主と交した此指輪
妾や自分で心が知れぬ何すりや斯なになるものか
薫り床しき蕾の梅も頓て開けば散る浮世
よせと言れにや又猶更に折て覧たいよ花の枝
他人がしまいお前の仕打心置なくしておくれ」(45)
例の気休めモウ聞き飽たお前の言ふのはみんな嘘
素知らぬ素振は人前故と知つて居れ共腹が立つ
積る話しが口舌となつて中直すりや明の鐘
寝ても覚ても苦労の夜中憎や戸たゝくアノ水鶏
何是マア爾なに疑ぐり深い心の底迄知りながら
楽な様でも多くの人の機嫌取る身は気がいたむ
無理や邪慳も苦労だけれど可愛がられりや又苦労
憂もつらいも皆心から求める他国のわび住居
意見も聞くまい斯なる柄は義理も世間も何の其」(46)
軒の忍ぶの釣れて居てはじれツたいぞホンにモウ
奥の座敷で弾く新内につまされ思はず涙拭く
口に云れぬ娘の願ひ乳母が結ぶの糸のあや
喧しい世間知らずか岡悋気か役に立ない人の邪魔
待ど来ぬ夜はツイ疳癪で毒と知つゝ茶碗酒
傾城に誠ないとはソリヤ嘘の皮真ありやこそ嘘も云ふ
古い文句の起請を書くも互に浮気をせぬ証拠
今宵一夜は曇つて欲しい忍ぶ折戸の月のさえ
枝に搦みしアノ凧さへも煽動じや切ぬと得手勝手」(47)
転気に嫌なら何故斯なつた今更嫌とはホンにまあ
飽も飽れもせぬ其中を義理で分れる身のつらさ
さツぱり切たと人には云ど蔭ぢや未練の忍び泣
きいて北野の梅とは愚さても見事な花のまゆ
夕べの移り香まだ覚ぬのに又も嬉しき今朝の夢
芽を出や切取り花咲やはさむホンに邪見な花鋏
水をさゝれた氷でさへも今じや思ひを口うつし
染々と辛い勤の辛棒するも心がらだがお前ゆへ
縁をつなぎの屏風の中は切るに切ない蝶づかひ」(48)
独りくよくよ案じて待ば永く思ふよ夏の夜も
若や夫かと戸を明け見れば悪い辻占秋の風
狭い心も女の一途斯なりや意気地を立て通す
好た同士で夫婦になつて粋な処で暮したい
いろは冠り
色の味をばモウ噛わけて思ひ切ます唐がらし
云ばぢれるし言ねば募る何処が異見の仕処やら」(49)
廊下伝に人目を忍び互ひにこゝろを奥座しき
露次の細道暗がりまぎれたどる心は恋の暗
花の色香のツイ覚め果て仇な浮名が散のこる
羽織着た儘ツイ転寝の皺が悋気の種となる
庭の雪間のアノ梅さへも寒苦凌で花が咲く
憎い中にも気休云ふて誑す気丈が実らしい
反古にする気の誓紙じや無が破被れの恋の意地
程の好い言聞せて置て跡は沙汰なき不如帰
隔つ座敷で弾く三味線も君を待つ夜は忍び駒」(50)
下手な手前も愛想と出し薄い茶の湯も濃く立つ
鳥が鳴ても若やと出てこぼす葉末の露の玉
燈火の暗く成のは出雲の神か但や苦労の仕初か
痴話が高じて喧嘩で帰し跡で案じる今朝の雪
散は素より予ての覚悟仇に咲せし花じやもの
悋気らしいと言んすけれど誰が斯なに愚痴にした
理を非に曲ても女の意気地添なきや妾の気が済
脱だ羽織を行燈に掛て人目包みし忍びあし
主の実意は嬉いけれど余所へも斯かと気が揉る」(51)
瑠璃や浅黄に咲く朝顔も色は変れど根は一つ
留守居する身の心も知らず連子よりさす月の影
思ひ紛れと爪弾しても葉歌の文句で又ふさぐ
帯も解いで逢ふ身が嬉し添ば何んでもない女房
妾やお前の下着の小褄肌にや着ども蔭のつま
別れに汚した涙の顔を鳥渡直して出る座敷
帰らしやんせと口では言へど胸に嬉き今朝の雪
籠に飼れて啼く虫よりも妾や気儘の野のほたる
宵は待せて連子の月の更てさし込む胸の癪」(52)
寄辺定めぬ妾や浮草で何処で花をば咲すやら
便り少い此身の上と知て居ながら憎らしい
たとへ嵐がよしあるとても他へ香るな庭の梅
連子明ては待乳の山に心がらすのなくばかり
礼は言ふし話もしたし而して聞たい主の胸
添ふて苦労は世間の習ひ添ぬ先から此苦労
袖にとまりし此梅が香は東風の便りか今朝の春
包むかすみの袖綻びてかほりこぼした峰の花
月夜鴉と止めては見たが嘘のつけない暁の鐘」(53)
寝顔に見惚て首尾案じつゝ明きる今まで起しかね
念が届いてアレ嬉しやと思やお前のまた浮気
永い浮世に短い命今日も一日かへりやせぬ
なびく心の柳をすてゝ水にうつりし月の影
埒もない事又言つのり夫を手にして切れる気か
楽は望まぬ苦労は承知苦労し甲斐のあるように
無理を云のが私の無理か無理を云せる主が無理
虫が好たかお前の嘘を実にしてまで嬉しとは
浮れ騒ぐは千鳥のくせよ鴛鴦は番ひの浪枕」(54)
嘘と知りつゝ若やと思ひ又誑さるゝも恋の情
意見位で恋路が止りや落る夕日を呼もどす
意見聞くたび身を持直し花も浮気の枝を折る
残おしさに跡見送りて月を相手にひとり言
野辺の千草と仮寝の床に恋のなさけに迷ふ蝶
奥歯きりきり我慢をしても何時覚たか癪とやら
訝な調子で心の駒の狂つてつないだ三の糸
苦労するのも覚悟の前さ意気な男を持からは
愚痴を言ふのもお前の為よ知らずば仏で暮たい」(55)
やがて女夫に鳴海の浴衣思ひ染たも無理はない
野暮はやつぱり妾に薬粋な主ゆゑ身もやせる
枕引きよせ又寝の床に主の姿の夢うつゝ
誠一ツの二人が中も痴話の手管に嘘も云ふ
喧嘩して背中合も夜風が染て寒くなつたと中直
今日か明日かと待たる花も咲ば苦になる雨と風
不図した事からツイ乗が来て今は片時忘られぬ
文を引き裂き丸めて噛で恨みも奥歯の内で云ふ
心に嬉しい首尾したとても笑顔で帰せる朝は無」(56)
是が惚たと言ふのか知ん糸しなつかし気が揉る
襟につくのも操の一つ結る所は主の為め
笑顔で逢ふたる嬉しい首尾も朝は別るゝ忍び泣
手鍋提てもアノ人ならば欲を離れて恋の欲
照す心で居るのが憎い硝子障子の窓の月
洗ひ髪ほど心をといて主に誠をつげの櫛
雨が取り持つ相合傘の柄漏のしづくで濡る恋
小夜更て月を待間のアノ郭公逢たい見度と焦泣
左程お前に実あるならば愛想づかしも程がある」(57)
義理も人情も今日此頃はすてゝ逢たい事ばかり
来たとの報に飛立つ思ひ隠せど笑顔が承知せぬ
雪の化粧をした梅よりも実は素顔が頼母しい
夕べ結んだ此揚巻も今朝は口舌のもつれ髪
目顔で思を見せ度けれどきまり悪いが先に立つ
雌鳥が時を作つて雄鳥なくが妾や主故泣明す
水を手まくら楽しい女夫粋な隅田のみやこ鳥
見れば見る程思がつのり見ねば見ぬので恋病
忍び逢ふ夜はきぬたの音もいつか乱れし月の空」(58)
しめる障子に面影のこす寝屋に嬉しき月の梅
縁も時節も真誠がたより仇や浮気で添れうか
絵にも書れぬ互の誠一緒にならひでおくものか
月にせかれて明りを消して月に見らるゝ隠し文
人知れず思初しがモウ兎や角と浮名が立ては猶止ぬ
もつれかゝりし此黒髪を解て結ぶも折がある
元々浮気で斯なりながら浮気するなも能出来た
せゝる火さへも蛍となりて逢ぬ夜毎にこがす胸
世間の手前で切れるも然り而して又出会茶屋」(59)
酸も甘いも承知の上でそんな別らぬ無理ばかり
末の末までもつれて解て胸のやなぎの恋の風」(60)
大正五年四月廿五日印刷
大正五年四月三十日再版発行
不許複製
著者 花の家主人
発行者 大阪市南区北長屋町四十九番屋敷
    岡本増次郎
印刷者 大阪市西区阿波座中通二丁目四番地
    荒木佐兵衛
大売捌所 大阪市南区四ツ橋東南詰南へ入
     岡本増進堂
     電話南四一弐弐振替阪八四四九」(奥付)


四十『意気な端唄と都々逸』
(大正十三年。小玉暁村編。菊池所蔵)
 小玉暁村は昭和十七(一九四二)年に没している。
意気な端唄と都々逸」(表紙)
意気な端唄と都々逸
欽英堂発行」(扉)
はしがき
《省略》
都々一! は普遍的勢力に於て、俗曲界の勇将である詩形の短小と、調節の平易とは、自然的に斯界の隆運を来たしたのである。終始一貫したる都々一の生命は思慕恋愛の情調である。真摯の気人に逼り、率直の情掬すべきは、此の歌詞本来の真価である。
暁村識」(序ウ)
《省略》
いろは尽し
い、いろはづいたるあの鬼灯の、いつか目につきちぎられる。
ろ、ろくにはなしもきかない内に、夫と悟るも恋の道。
は、早く苦界を目出度かしく、かへすがへすのにないやうに。」(236)
に、逃した籔蚊のあれ憎らしい、打に打れぬあの寝顔。
ほ、惚れちやゐれども言出し憎い、何うか先から言ばよい。
へ、平家の一門皆蟹となる、わたしや悋気で鬼となる。
と、遠ざからせて辛抱させて、末にや一つになる覚悟。
ち、痴話も口ぜつも最ういひ尽し、しんの話に夜が明る。
り、りかうなやうでもをんなは女、もしやさうかと欺される。
ぬ、濡れて色増す若葉の紅葉、末にや浮名の龍田川。
る、るりやあさぎに咲く朝顔も、色は変れど根は一つ。
を、をしい人目の関所を越して、主にあふ夜は嵐山。
わ、悪い心をさらりとやめて、鬼も仏になる習ひ。」(237)
か、かつらをとこに此の身を任せ、胸を明石の浦住居。
よ、他所で解せる帯とも知らず、くけて遣たが口惜しい。
た、たゝく水鶏か待つ吹く風が、更けて妻戸におとづるゝ。
れ、れいのやぼめとお前の小言、口舌するのも恋の欲。
そ、添寝した夜の寝まきのおびは、とくにとかれぬ縁結び。
つ、尽ぬ名残にただぼんやりと、あとで気の附烟草入。
ね、年の明くのを指折数へ、ほつと一いき眼に涙。
な、泣くもぢれるもふさぐもお前、機嫌直すもまたお前。
ら、楽を振り捨て我心がら、知らぬ他国で苦労する。
む、むかふ鏡の烟草の煙、一寸中をば通りぐも。」(238)
う、鶯の声を聞かねば月日も知ぬ、深山住居も主故に。
ゐ、井戸の蛙と言れるとても、やがて世に出るときがある。
の、残り惜しやとあと見送りて、月を合手に独り言。
お、おつな張りからついかうなつて、今ぢや人にも気兼する。
く、暗い言ひ訳晴れたと聞いて、すこしあんどの明さす。
や、軈て夫婦と鳴海の浴衣、思ひ染めたも無理はない。
ま、待がつらひか待たるゝ身にも、辛い吹雪の四つ手駕。
け、今朝も今朝とてはしらで頭、あいたかつたと眼に涙。
ふ、降らば降らせんお前の癖よ、わしが涙の五月雨。
こ、恋し床しいお前の姿、寝ても覚めても夢うつゝ。」(239)
え、江戸の夜鷹に難波の惣嫁、添ぬながらもひと夜づま。
て、天気やはれても私の心、主を思へば曇り勝。
あ、青柳のいとの乱がさらりと解て、嬉しさうだよ月の顔。
さ、咲た花なら散らねばならぬ、怨むまいぞへ小夜嵐。
き、聞も話すも人目をかねて、背中合せの涼み台。
ゆ、雪を被つて寝てゐる竹を、来ては雀が揺り起す。
め、めん鳥がときをつくつて雄鳥なかす、妾しや主故泣き明す。
み、見捨てさんすな私や蔦紅葉、からむたよりは主斗り。
し、偲びあしゝて閨の戸あけて、そつと立ちぎく虫の声。
ゑ、ゑゝもぢれつたい隣の三味よ、人がふさぐに彼騒ぎ。」(240)
ひ、人も斯うかと身に引くらべ、涙もろいも恋の情。
も、もしもこのまゝ逢れぬならば、外の殿御の顔も見ぬ。
せ、世帯かためてやれ嬉しやと、思やお前はまた浮気。
す、すねた梢を手管にやらで、おつに搦んだ藤の花。(241)

大正十三年一月五日第十版印刷
大正十三年一月十日第十版発行
定価金参拾銭
複製不許
意気な端歌と都々逸
編者 暁村生
発行者 大阪市南区横堀七丁目二十一番地
    此村庄助
印刷者 大阪市南区北炭屋町二十番地
    八十島米次郎
発行所 大阪市南区安堂寺町西横堀南入
    此村欽英堂
    振替口座大阪千☆☆六番」(裏見返し)

以上は「甲南国文」第58号(平成23年3月)に発表したものである。脱稿後、下記『いろはしりとりどゞいつ』を入手したので、これを翻刻しておく。刊行は明治初年と考えられる。菊池眞一
しんもんく
いろはしりとりどゞいつ
年種画」(表紙)
いつかふたりがめうとにならば手なべさげてもうれしかろ
ろうかづたいのしのびのこひぢもはやしれたらまゝのかは」(一オ)
はだかにんぎやうとなるわしが身もみんなおまへがかわいさに
にくやからすでモウきぬぎぬとじつとひきよせかほとかほ
ほんにおまへもやきもちぶかいおぼへもないこといひならべ」(一ウ)
へんなうはさをわしやきくたびにおもひすぐしてぬしのこと
とほざかるのはすへさくはなよしんぼさんせやちとのうち
ちわがこうじてせなかとせなか」(二オ)あけのからすがなかなほり
りんきせまいとたしなみながらなぜか心がやすまらぬ
ぬしのこゑかとまただまされて出てはみんなにわらはれる」(二ウ)
るすをめがけて来るまをとこもすこしはきがねをするものを
をもひおもはれかうなるからはぎりもせけんもまゝのかわ
わたしやこれほどおもふてゐるにこうもじやけんにするものか
かみやほとけにねがひがとゞきけふのごげんのうれしさよ」(三オ・三ウ)
よひにしのばせやうやうのことであふてかへしてほつとした
たとへ野のすへ山おくまでも手にてもひかれてふたりづれ」(四オ)
れいの野暮めがまたしげしげにうるさいことだよどうしやうぞ
そふたゆめ見てついおこされてあとをみたさにはらがたつ」(四ウ)
つきにむらくもはなにはあらしぬしにあふよのあけのかね
ねてもさめてもおまへのことをおもはぬひとてはないわいな
ないてわかれてつひそれなりに一人ぬるよのあだまくら」(五オ)
らくなせかいにくがいのつとめしばしわすりよとさけをのむ
むねにしあんはさだめてあれどぐぢがこうじてものおもう
うはきなおまへにしみじみほれて」(五ウ)わたしやあはびのかたおもゐ
ゐかにつとめのわたしぢやとてもこうもうたがふものかいの
のやまこへてもおまへとふたりくらそと思ふてゐるものお」(六オ)
おもひつめたがふたりのいんぐわまゝにならねばつれてゆく
くるかくるかとまつ身のつらさあへばわかれのまたつらや」(六ウ)
やがてふうふといふてはゐれどむねのけぶりがあさまやま
まゝにならぬがうき世といへどあまりしんきとちやわんざけ」(七オ)
けさもけさとておまへのうはさあんじすごしてものおもふ
ふかくなるほどおもひがますよはやくゆきたやぬしのとこ」(七ウ)
こひしこひしとおもふてゐたにゆめじやないかやぬしのこえ
えんのつなかやたよりがありてぬしのところへふみのつて」(八オ)
ていしゆきどりのぬしよりほかにうはきどころかなんのまあ
あいのおさへとのむさけよりもふたりねざけのおもしろさ
さいたさくらも乱れりやちるよしんぼさんせやちらぬさき」(八ウ)
きづよいおかたとうらみつなきつおつるなみだのそでのつゆ
ゆふべあふたにまたかほ見たくふみにおもひをふうじこめ」(九ウ)
めかほしのんでうきなをたてゝまよふ二人がこひのやみ
みえもかざりもなくほれぬいてぬしのことばかりをいひくらし
忍びあふよはみじこふてならぬにくや夜明のかねのこゑ」(九オ)
ゑきもないことさきぐりをしてぬしをあんじてものおもひ
ひとめしのぶははじめのうちよ今じやひとめもよのぎりも」(十オ)
もとはたがひのこゝろやすだてよすねずとこちらをむかしやんせ
せなかあはせてけんくわもすれどこちらむひたら明がらす」(十ウ)
すゑのやくそくながながしいもまつにかひあるきのふけふ
けふはめでたくいもせもまなびかはらしやんすなかはるまい
横浜 佐野屋冨五郎板」(十二ウ)