光盛舎さく丸の「どどいつ」本

菊池真一

 光盛舎さく丸は、幕末に活躍した、都々逸・端唄・大津絵節等の作者である。都々逸連・端唄連を組織していたらしい。架蔵の都々逸本を中心に、さく丸の編著を紹介する。
 さく丸の関係した都々逸本等には、次の十三種がある。

 一、『都々一はうた節用集』甲本
 二、『どゝいつ葉唄節用集』乙本
 三、『どゝいつ葉唄節用集』丙本
 四、〔文句入都々逸〕(仮題)
 五、『都々逸種瓢箪』
 六、『どゝゐつづけ 一へん』
 七、『端唄のよせ本 月の巻』
 八、『端うたとゝ逸もんく入大一座』
 九、『都々逸大一座』
 十、『新撰大津絵ぶし』甲本
 十一、『新撰大津絵ぶし』乙本
 十二、『女大學絵抄』
 十三、『一トつふ撰はうたの玉緒』

 以下、詳細に記述する。


一、『都々一はうた節用集』甲本(別名:都々逸図会)

 菊池所蔵本には題簽を欠くが、大阪大学忍頂寺文庫蔵本(G212)には、「〔都々一〕はうた節用集」の題簽がある。〔 〕内は角書。蓬左文庫蔵本(尾19-160)には、「都々逸図会〔初編より五編〕全」とあるが、手書き題簽である。〔 〕内は割書。万延元年(1860)序。
 二編の自序等に「都々逸図会」とあることから、本書を「都々逸図会」とするのも間違いではない。
 中味は三本ほとんど同じである。いずれも柱に「どゞ一初へん」「どゞ一二へん」「どゞ一三へん」「どゞ一四へん」「どゞ一五へん」とある。ただし、蓬左文庫本には途中一丁分破損がある(三編五丁目)。
 初編四丁表に三遊亭円朝の都々逸が載っているのは特筆される。
 以下、菊池蔵本によって翻刻する。< >内は柱による仮表示。
<初へん>
自序
四海波静けき御代の御恩徳。年々歳々日増に流布なす。都々逸節。二郎さん松さんがらくたさんまて。朝寝の床もそれ成に。欠(あくび)しながら両房の。楊枝くわへて飛込一ト風呂。入るや入らぬに高声で。独りが唄へば此方でも。サツコラサノサヱ引濁声をば振立て。又もやうなる其文に曰
万延と改る夏日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
(絵)名月にふた筋三すじ柳かな」(一ウ)
(絵)」(二オ)
おまへみづしやうわたしはきしやうぬしにたゞよひなみのうへ(上広はる女)
やきもちらしいがいわねばならぬぬしはみつしやうきがおゝい(上広鎌太郎)」(二ウ)
うめはきむすめさくらはごてんいきはしやくやくゆりのはな(上広みよ女)
ひとのゐけんをなにきくものかおやにいわれたことでさへ(行田ふさ女)」(三オ)
ぜひがなくなりやひとにもばかにされらたれゆへてめへゆへ(行田さは女)
すへのとけないくろうはいやよしんほうするにもかひがない」(三ウ)
おまへゆへならういつらいめも〔はうた〕(みやまのおくのわびずまゐしばかるてわざいとぐるまほそだにがはのぬのさらし)いとやせぬぞへともかせぎ(浅草円朝)」(四オ)
つきはさゆれどわたしのむねがはれぬ思ひでくろうする(光盛舎さく丸)
思ふとうりにふうふになればおれいまいりにふたりづれ(上広さし菊つくる)」(四ウ)
うちをせかれてわかれたあとでおもひだすたびあんじられ(上広さしきく)
ほかにたよりがあることならばいまゝでかみにもたのみやせぬ(大茂いく女)」(五オ)
わたしばかりにくろうをさせて〔清元梅川〕(それそのよふにいわんすけれどこのうめ川がみのつらさ)おまへのこゝろがしれかねる(下谷可山人)」(五ウ)
こひのむまみはまたべつなものやぼにやいれまいこのあじを(三味せん堀大定)
ぎりもせけんもぬしゆへならばおやゝけうだいむかふづら(上広なか女)」(六オ)
うれしがらせてわかれたあとでまたもくろうをまさせるか(上広はる女)
しやかにやだいばよ菅家にやしへいぬしもまのさすものがある(仝)」(六ウ)
からかさのほねのかづほどかよはにやならぬ〔こはいろ〕(ハアヽたれあろふ清水寺の清玄ともあろふ身がこのすがたこれもたれゆへさくら姫ゆへさくらひめヤアイさくらひめヤアイ引)どうでやぶれたみじやものを(池の端錦光)」(七オ)
ふじとつくばはなににるものか思ひ思ひのやまのなり(下谷もゝいろ)
くろふ駿河の甲斐あるせいか冨士にわいたるみのくわほう(下谷一庭)」(七ウ)
いやなかぜにもなびかにやならぬつらひくがいのおみなへし(よし盛)
こはめしすてゝもやきばのかへりまつこうくさいであらわれる(升や勝蔵)」(八オ)
おやのめからはまだきむすめの〔清元おそめ〕(うちをしのんでやうやうとこゝでたがひのやくそくとこゝろもほんにすみだがは)はなれぬおしのめうとづれ(尾花や露吉)」(八ウ)
さみせんのどうなるものかこちやすてばちにこひに高ねのうはでうし(下谷の住人ムチヤ)
うめの香はしはのよるほとあのすひさんめ鶯さおひてもさゝごのみ(仝)」(九オ)
つらいわかれをこゝろでないてきづよくかへすもぬしのため(下谷きんし)
そつとかへしてためいきついておへやでしらぬけさのしゆび(仝)」(九ウ)
じせつきたつてさいたるはなの〔二上りくづし〕(うめにうぐひすなかのよさゑだぶりよいのにとまりきてなかせるしんせつをたつときやはなをちらしゆく)みをばもたせぬこゝろかへ(下や木久清)」(十オ)
(絵)さく丸撰
芳盛画
地本山〔口〕藤兵衛」(十ウ)
<二へん>
過(さき)の日。都々逸図会と題号し。顕わしたる作名入りの小冊は。奇々妙々と落が来て。実大都会の繁栄と。亦もやこゝに二偏をは撰めよと。梓元(はんもと)の進めによりヲツト承知と早呑込。すぐに通家(せけん)へ散しを出し撰み出して書の如し
万延初の夏日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
(絵)吉例
光盛舎の南窓に集人都々逸図会をゑらむ」(一ウ)
(絵)しのふ川ほとりに鳴や行々子(一庭閑人)」(二オ)
いちどあふたが思ひのたねよねてもわすれるひまがない(大和やいく女)
あれほどたしかなやくそくしたになにがふそくでうはきする(仝)」(二ウ)
あさがほのはなはうはきですへたのまれぬ思ひ思ひのいろにさく(上広鎌太郎)
ひと日あはねばじびやうのしやくがよふけてさしこむまとのつき(仝)」(三オ)
おもふおとこになぞかけられてとかざなるまいしゆすのおび(いけのはた錦光)
おまへひとりがおとこじやないといふてこゝろでないている(上広はる女)」(三ウ)
たとへしうとがおにでもじやでも〔常わつげん太〕(たでくふむしもすきずきとやらことしやかぼちやのあたりどしなぞとゆつたもきはづかしい)ほれたいきぢですはりこむ(池のはた錦光)」(四オ)
おまへゆへならわしやなになりとねるめねないでちんしごと(上広たか女)
なつやせと人にこたへてめにもつなみだむねのふかくさかほへあて(下谷の住人ムチヤ)」(四ウ)
にようぼもつならしんぞはよしなとしまざかりのむまいあじ(泉通舎房○)
あふてうれしきわかれのつらさあけのからすのつらにくや(下谷可山人)」(五オ)
しらがはへてもごますりやろうしほのからいのでめがまはる(下谷無名)
にようぼもちとはもとよりかくごそれにほれるもばからしい(下谷もゝ色)」(五ウ)
そらははるれどまだはれやらぬ〔三代記〕(あすをかぎりのおつとのいのちうたがはれてもそはれいでも思ひきはめたおつとはひとりあのよのゑつのみくらさま)むねのくもりはきのまよひ(上広ます女)」(六オ)
たがひに一人リでしんぼうしたらはれてめうとになるがよい(大和やの主人)
なま木をさくよなこんどのしまつこれがなかづにいられうか(すきや丁美佐吉)」(六ウ)
やきもちやよしなよそれほどさきでおもややかせることはせぬ(かうじ丁十のじ)
とけやらむすめごゝろのはるかぜゆへにほころびそめしいとざくら(泉通舎房○)」(七オ)
うちをせかれてあはれぬこのみ〔清元おさんも兵へ〕(なむとかくごはしながらもまたもやぐちをくるじゆずのたまもおさんのきにかゝる)またのごげんもかみだのみ(上広さし菊)」(七ウ)
りんきでこゞとをいふのじやないがたまにやうちへもねるがよい(上広ます女)
ゑゝもじれつたいまたゆめにまできるにきられぬむねのうち(すきや丁唄女きく女)」(八オ)
まつにかひなきおまへのじやけんもとよりしやうちじやほれはせぬ(上広はる女)
もゝよかよへどなこりはつきぬほんにこのみがまゝならぬ(上広なか女)」(八ウ)
ぬしあるわたしをとやかういふは〔常わづ五人はやし〕(ヱヽおかしやんせあつかはな)かぼちややろうのくせとして(泉通舎房まる)
たてばすはるしすはればたつしゑゝもあくまてじらすのか(仝)」(九オ)
けふはくるかとこゝろのしたくまつにかひなききざな人(上広みよ女)
ゆきもつもればこひぢもつもるまつにおそしとおきごたつ(行田ふさ女)」(九ウ)
うきみやつせしあの女郎ぐもこひかぜゆへにみをやつす(行田さわ女)
ぎりもにんじやうもつまこもいらぬさけとしんじうするかくご(下谷さく○)」(十オ)
眠けさす書写の机やとゝ?空(泉通舎房丸誌)
さく丸撰
よし盛画」(十ウ)
<三へん>
自序
さても引当ツたりナ当ツたりナ。既に引此小冊も。三編と成ツたりナ成ツたりナ。なかよ引なツかなか。そふ引じやぞや左様じやぞや。いかにも古今の大当り。撰者はもとより。梓元の。其よろこびは如何ばかり。時に望み気にしやうじ。追々編を続穂のさくら木。世間の人情こゝろ意気。穿文句のブツざらい。続いて出ましやう出ましやう
卍延初の夏日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
(絵)吉例
どゝいつ三べん初日ぜんよみたてのづ」(一ウ)
(絵)」(二オ)
うらやましいぞへあれみやしやんせおしはつがひのなみまくら
かれしばのもゆる思ひのわたしがこゝろそれにおまへはうはのそら(?谷鎌太郎)」(二ウ)
きむすめのかはゆらしさはやえなでしこよはうらにむしめがつきたがる(泉通舎房○)
すがたみへねどあの一トこゑはきいたおぼへのほとゝぎす(仝)」(三オ)
ひごろ思ひしこゝろのやみもはれてうれしきけふのしゆび(文の仲○)
おまへのなさけはうれしいけれどぎりといふじがじやまをする(中ばしうた女)」(三ウ)
たなばたさんではわしやなけれども〔冨本ごん八〕(そのかさゝぎのかりねにもみづももらさぬあまのがはそれもおよばぬことながらたゞのおなごのこゝろから)あふた一トよがうらめしい(上広なか女)」(四オ)
いまゝで思つたねがひもみづと〔常はづいな川〕(まりしてんにもみはなされ)こんなつまらぬことはない(上広さし菊)
人がどのよにいわふとまゝよみんなわたしがしつてゐる(大茂きん女)」(四ウ)
そらははれてもわたしのむねがはれずなみだのあめがふる(河瀬よし女)
しよかいぼれしてわしやはづかしいおまへにやたしかにいろがある(池のはた錦光)」(五オ)
ぬしのふぎりはくやしいけれど〔〕はうたけさの雨(かみをひきさきまゆげをおさへもうしこちの人ヱわたしのかいなをなんとしよふ)のろけしことばをみこまれて(泉通舎房○)」(五ウ)
こゝろさだめてかくきれぶみもなみださきだちじがにじむ(さく丸)
おまへやぼならくろふはしないすいがみをくふふしあはせ(本郷ほり蝶)」(六オ)
いなづまできやつととびつきついそれなりニいもせかたらふむすびかみ(さしもん)
かぜにちらされくさばのつゆがあじきないぞへいじらしい(ゆしまおろか)」(六ウ)
このさけとめづとのましておくれ〔常はづ角兵へ〕(すねりやたがひに思ふこといわきならねばはづかしのもりのからすかさぎならせめて一ツねぐらにヲヽうれし)しらふじやいわれぬことがある(池のはた錦光)」(七オ)
かりたかねならかへしもしやうがあけのかねならかへしやせぬ(下のはた錦光)
まめをまくのもひいらげさすもじやまなおにめがこぬよふに(仝)」(七ウ)
ゆきのよかぜがみにしみじみとおもはずよりそふはだとはだ(上広はる女)
はなはひらけどきはうつうつとなぜかひらかぬむねのうち(行田さわ女)」(八オ)
うめがあねならさくらはいもと〔とみ本まつかぜ〕(ゆきひらさまはこのわしがいへいへなんぼあねさんでもこればつかりはめんめんしがち)ふたりあらそふいろくらべ(上広なか女)」(八ウ)
おまへ思ふてくろうをするもわたしやすこしもいとやせぬ(田中はん女)
あふよみじかしまつよはながしあけのからすのつらにくや(田中もと女)」(九オ)
すゞめのせんこへゐけんはいやよぬしの一トこへつるときく(行田ふさ女)
ひるはせつないぢごくのせめもよるはうれしきぬしのそば(下谷きんし)」(九ウ)
あつさしのぎのゆうすゞみぶねこがれこがれしけふのしゆび(上広なか)
ひとよふたよのなさけのみづにうかとさいたる女郎花(可山人)」(十オ)
都々一図会三編
光盛舎作丸撰
一光斎芳盛画」(十ウ)
<四へん>
自序
善哉善哉僕机上に向ツて。つらつら都々逸の世に行わるさまをみるに。年移り時替にしたがい。いよいよ流行は此一ト節に際(かぎ)るべし。夫は亦如何となれば。だみたる声にて浅湯から。一ト風呂四文の長松とんまで。ポワイポワイと。唄ゆるならんかあなめでたし
卍延初の夏日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
(絵)吉例
文句いりどゞいつ集人稽古のづ」(一ウ)
(絵)」(二オ)
かたくこゝろをうちあけあふてはなしやかへらぬかごのとり(上広なか女)
あふてわかれたわたしのこゝろなかぬざしきのきりぎりす(仝)」(二ウ)
あたまはげてもおさけはやめぬのまなきやひるまのほたるかご(上広鎌太郎)
ないてふさいでまたちやわんざけまたもやまひのたねをまく(上広はる女)」(三オ)
ほどもよければよくきもつくがなにをいふにもぜにがない(上広さし菊)
うめがぬしならわしやうぐひすよさかぬうちからまつてゐる(下谷ます女)」(三ウ)
ちわがこふじて背中とせなか〔はうた〕(おくのざしきのつめびきがついなかだちてそれなりにみだるゝかみののしろぐし)わかれともなきあけのかね(上広たか女)」(四オ)
にようぼたゝきだせこはふみころせあとのしまつはおれがする(池のはた錦光)
くるといつでもまたながざけでもどりにきがつくげたのきう(上広一星)」(四ウ)
ひとのうはさも七十五にちいまじやわたしもたすきがけ(上広一星)
よたかといふてもばかにはならぬおそでつきさよなぞをみな(外?田すみ女)」(五オ)
思ひきつてもあきらめられぬこゝろでこゝろがうらめしい(下谷一庭)
くもりがちなるわたしがこゝろはれていわれぬむねのうち(下谷可山人)」(五ウ)
いまじやどういふこゝろでゐるか〔はうた〕(かはいゝおかたをはるばるといなかへやつてあんじられおかはりないかごぶじなか)きいておくれよきさのむね(上広たか女)」(六オ)
とゞかぬこひぢにわしやあこがれてばからしいほどかみいぢり(上広たか女)
わたしばかりにくろふをさせてかはいのじやないにくいのじや(仝)」(六ウ)
うはきよするやつアふだんでしれるつねにていしゆをしりにひく(泉通舎房○)
いろはしあんのほかとはいへどつまみぐひしてくちをやく(仝)」(七オ)
ひとのそしりとないしよのてまへ〔常はづ関の戸〕(まがきのうちよりこてまねぎふいときせたるうちかけのすそへかくれてながろうかどくじやのくちをのがれしこゝち)ぬしにあふよのやるせなさ(上広なか女)」(七ウ)
のきにぶらりとさがりしものはひとがみてさへしのぶぐさ(泉通舎房○)
ぬしがきたらばどくづくつもりかほみりやあげたくなるばかり(仝)」(八オ)
ひごろ思ひしこゝろがとゞきじつにうれしいにいまくら(下谷きんし)
さきじやさほどに思ひはせねどなぜかこちらでわすられぬ(上広もゝ色)」(八ウ)
はなはさけどもきはうつうつと〔はうた〕(こひしこひしとせいげんがまいちどあいたいさくらひめ目さきはなれぬわすられぬ)こひゆへはてるほとゝぎす(上広なか女)」(九オ)
ふみにさへみひろよひろじやまだかきたらぬあふたそのよをおもひやる(すきや丁唄女わか)
おとこよいとてほれまいものようはさをきけばくひちらし(同きく)」(九ウ)
こひかぜとひとのこゝろにさとられながらおまへにやこゝろがわからぬか(すきや丁唄女やま)
はやふこのみをおまへにまかせうちのにようぼといわれたい(すきや丁宇治よね)」(十オ)
(絵)光盛舎さく○撰
いつ光さいよし盛ゑがく」(十ウ)
<五へん>
自序
牛の小便十八丁。錦魚の糞の永々と。跡引上戸のモウ壱合。二合二合四合となり。またもおかはり五合目。ふじよりこゑも高てらしまだまだ六合七合と。跡から追て編を続。意気なお方の作り給ふを。撰むと言では更になし。唯書抜て梓に載のみ
卍延初の夏日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
(絵)吉例
光盛舎におゐてどゞ一あたりふる舞の図
梅みるやまづ盃をとりあげて(よし盛)
さくらから桜へ行や千どりあし(さく○)」(一ウ)
(絵)」(二オ)
よどまりひどまりふじつをつくしほんによのめもあいはせぬ(上広なか女)
うつゝぬかしてひかづをわすれかへりやさゞゐのつのたらけ(仝)」(二ウ)
うれしのやまのもみぢでさへもあきがくりやこそいろをます(上広はる女)
こちらでおもへばあちらでじやけんいやなひとほどじつがある(上広鎌太郎)」(三オ)
うはきするのも人まへばかりこゝろでこゝろへぜうおろし(大茂内いく女)
人もたのまぬこひぢのくろふこゝろでやまひのたねをまく(上広みよ女)」(三ウ)
まちくたびれたるかうしのさきへ〔常わづ大江山〕(すねてみせてもあひたつのむねにはあれどそしらぬかほさすがにつきもなきところへ)くればみれんでかへされぬ(上広さし菊)」(四オ)
あきれはてるよおまへのさけにそばにゐてさへふつかゑひ(上広歌沢うめ)
さみだれの一人リしよんぼりたゞうつうつとあいてほしさのひとりごと(上広一庭)」(四ウ)
はなれてくらせとこゝろはひとつうれしいせたいはいつのこと(泉通舎房○)
あきはわびしきかれのにすまひはるをこいしとまつわいな(光盛舎さく○)」(五オ)
かのこかけるよなおぼこでさへも〔常はづお半〕(ちいさいときからおまへにだかれてならいせいといはしやんしておてほんかいてもらふたり)いろできをもむしゆすのおび(上広なか女)」(五ウ)
ぬしのしやうわるわたしのかたぎにてもにつかぬゆきとすみ(上広越惣)
あへばいつでもたくさんそうにきずいきまゝもほどがある(上広なを女)」(六オ)
つきはさへゆくよはしんしんときたかとでゝみりやわがすがた(下谷木ぐ清)
あんまりなかぜもあらふにはら辰巳とはぬしが北風東風(こち)はよい(仝)」(六ウ)
くろうするのもぬしゆへならば〔清元ごん八〕(すひなうきよのなんなんなかをやぼにくらしてまちまちの)九しやく二けんがたまのこし(上広芳盛)」(七オ)
げいしやづとめもけふこのごろはぬしがあるので上でうし(すきや丁唄女わか)
ないてわかれしやまほとゝぎすつきのかほみりやおもひだす(さく○)」(七ウ)
さけでまきらしざしきをつとめ客のきげんをとりどりに(すきや丁唄女伊之助)
わらひがほしてつらき日もあるがないてうれしきよはもあり(すきや丁唄女きく)」(八オ)
きみはいまごろこまかたあたりないてわかれしほとゝきす(出子山人)
なまじなさけについほだされておもひきるせがないわいな(上広さしもん)」(八ウ)
ゆきのよかせがみにしみじみと〔はうたゆきは巴〕(ひやうぶがこひのなかだちにてうとちどりのみつぶとん)おもはずよりそふはだとはだ(下谷可山人)」(九オ)
すきしくぜつをふと思ひだしねるにねられぬうつゝぜめ(すきや丁唄女いと)
またのあふせとなごりをおしみかへるみちみちうしろがみ(上広鎌太郎)」(九ウ)
やけのゝきゞすやつまこふしかもわしがこゝろにやまだおろか(上広はる女)
とんなひんくなせたいをもちもぬしとゝもならくにやならぬ(ゆしまおろか)」(十オ)
(絵)」(十ウ)



二、『どゝいつ葉唄節用集』乙本

 菊池所蔵本。題簽に「〔どゝいつ〕葉唄節用集」の題簽がある。〔 〕内は角書。万延元年(1860)序。
 類似本に、国文学研究資料館蔵本(ナ1/16)と大阪大学忍頂寺文庫蔵本(G247)とがある。国文学研究資料館蔵本には外題なし。大阪大学忍頂寺文庫蔵本には「〔都々一〕はうた節用集」の題簽がある。
 菊池本は十丁ずつ五編合冊であるが、国文学研究資料館蔵本は十丁ずつ四編合冊、忍頂寺文庫蔵本は十丁ずつ六編合冊である。どれが初編でどれが二編という表示がなく、柱は丁付けだけであり、三本とも綴じの順序が違う。国文学研究資料館蔵本のすべては菊池本と同じく、菊池本のすべては大阪大学蔵本と同じものであり、丁の並び方が違うだけである。
 菊池本二編九丁裏に三遊亭円朝の都々逸が載っているのは特筆される。
 以下、菊池本の翻刻。
自序
盛んなる哉都々逸節は。元深川にて専はら行わるところの。よしこのぶしにて〔よしこの〕「お手がなるから銚子の替りめとあがつてみたればお客が三人庄家こんこん狐拳」夫を扇歌といふ大僧正。常州より顕はれ出。一流都々逸と題号して。世上に流行らしむるは。彼僧正が大徳ならんか云々
万延庚申夏の日  光盛舎さく丸誌」(一オ)
都々逸の元唄よしこのぶしの意をこゝにあらわす
よしこのぶし「世の中にさむしきものはしよぼしよぼあめに寒念仏山中一人旅
△まいごのまいごの三太郎や
「アヽこのさむいのにきのどくなことだなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶカンカンカンカン」(一ウ)
仝?チンチチンチロリン
遠寺の鐘合図に△
「まいごのまいごののろまつヤアーイのろまつヤアーイドヾドンドヾドンドヾドンチヤカチヤンチヤカチヤンチヤカチヤン
「おんでんでもくればいゝいつはいやりたくなつたへらぼうにさむいもんだまいごヤアーイやくまいごヤアーイ」(二オ)
ほつとひといきうれしやゆめとさめてとゞろくむねのうち(上広ます女)
ゆめでなりともこゝろのたけをつふじさせたやわかおもひ(本郷琴二)」(二ウ)
さきじやまほごにとするのはかくごせめてまくらのかみになと(下谷きんし)
ふでにやつくせずくちではいへぬおぼこごゝろのやるせなや(上広たか女)」(三オ)
そらははれてもまだはれやらぬむねのくもりはきのまよひ(下谷の山人)
つらいわかれをこゝろでないてわらふてかへすもぬしのため(上広なか女)」(三ウ)
いきなおかたにやほれまいものよほかでもこんなにほれるだろ(上広はる女)
ゆくへもしれないわたしのこひはいとめのきれたるとんびだこ(仝)」(四オ)
おまへのてくだについのせられておとこぎらいをほごにする(上広なか女)
ぬしとみめくりきはすみだがはそばにいとざきまくらばし(仝)」(四ウ)
三日なりともそはねばならぬこれもおんなのいぢじやもの(上広なか女)
かたいかたいといまゝでいわれおまへゆへではこのしだら(上広相まつ)」(五オ)
まただまされたかヱヽはらのたつつらのにくさよあのくひな(房○)
二せとちかひしおまへとわたしむねきなあくまがみづをさす(さく○)」(五ウ)
すひのすひほどはまりがふかい〔しん内あけがらす〕(けいせいにまことないとはそりやわけしらぬやぼなくちからいきすぎた)ねんきよいれてもよびとげる(よし盛)」(六オ)
うちとそとでのいもせのちぎりあがるはしごのだんがない(上広さし紋)
かみもほとけももうたのまないどうせそはれざむふんべつ(下谷木ぐせい)」(六ウ)
ひとにや奴といわれしわたしいまじやおまへゆへまるぼうづ(上広指もん)
げいしやせうばい女ろうにやおとるしやみせんまくらですみぐい(上広藤茂キ)」(七オ)
ほれたふりよすりやあのしやツつらでかゞみとそうだんすればよい(大茂きん女)
のろけたふりをすりやあのどたふくめきざなみぶりのざまをみろ(大茂いく女)」(七ウ)
いやなおかたとそはせるよふなどんないつものむねき神(上広鎌太郎)
たまのごてんでもひとりねはいやよぬしとそひねのしやくやがり(上広はる女)」(八オ)
かねはわきものおとこにやかへぬびんぼうするほどなをかへぬ(上広さしきく)
おまへ思ふもわたしのいんがおもわれさんすもまたいんぐわ(上広越惣)」(八ウ)
やるせないほどほれたがいんぐわ〔冨本なるかみ〕(こひしいわいなさりとてはしばしのうちもわすられぬこひすてうもはやふツつとおもひきりさりとてもなさけなや)とてもそはれざいのちがけ(池のはたさや亀)」(九オ)
いまねたばかりにてもにくらしいかねとからすにちや屋むかい(上広すみとち)
やなぎにうければなをつけあがりこうもりくつがいゝたいか(仝)」(九ウ)
うめにやうぐひすたけにはすゞめおもひあふたるなかじやもの(下谷木ぐ清)
かへうた魚づくし
さめにやふぐきす鮭にはするめうごいぼうだらさばじやもの(仝)」(十オ)
(絵)作丸校合/房丸撰/芳盛画」(十ウ)
序文にかへて
みつまたになかれ寄る身や郭公
光斎画讃」(一オ)
たがひにとびたつおもひをかくししらをきるほどあらわれる(上広さしきく)
すいたおかたにやわしやいのちでもなんのいとをぞつゆよほども(みはし大茂ゐく)」(一ウ)
ふさくふりをしてはしごのだんでばんにきつとゝしたをだす(仝内きん)
ながいねんきをゆびおりかぞへまてばすぽんとふいとくじ(上広住とら)」(二オ)
うはきなおまへとしりつゝほれていまじやこうかいするわいな(上広なを女)
すへはどふでもとうじのところどふまアあわずにくらされう(上広はる女)」(二ウ)
まつがつらいとそなたにいふが〔清元おそめ〕(うちをしのんでよふよふとこゝでたがひのやくそくはこゝろもほんにすみたがはひとめづゝみのかはぎしをたどりたどりてきたりける)むりなしゆびしてでるつらさ(上広みよ女)」(三オ)
たにまをばみればさかりのあのおそざくらやまがそだちとみさげられ(上広相まつ)
馬く猪卯象へ虎川獺よ牛の狐にやばかされぬ(仝相まつ)」(三ウ)
うぐひすのうれしなみだかあのむらさめははなをちらさぬようにふれ(相まつ)
かごのとりとはようなをつけたないてもてなすとこのうち(すきや丁小間きん)」(四オ)
ひざにもたれてかほうちながめ〔冨本〕(小ひな)どうすりやうたがひはれるだろ(上広なを女)」(四ウ)
ひとめしのんではなしをしたもいまじやたがひにおもてむき(同唄女きく)
ひとめおゝけりやはなしもできずどうすりやそはれることじややら(同唄女伊のすけ)」(五オ)
ほようがてらといゝこしらへてあへばなをますしやくのたね(すきや丁唄女とら)
はるの日ながにつひうつとりとたからふねこぐひめはじめ(同唄女やま)」(五ウ)
すへのすへまであかしておいてきれるおまへのぎりしらず(上広たか女)
すだれおろせしあのやねがふねはこいにわたしのかぢまくら(上広住とら)」(六オ)
しんではなみはよしさかずとも〔清元〕(あけがらす)わるいしあんもほれりやでる(上広住与三)」(六ウ)
にかいせかれてあわれぬこのみまたのごげんはかみだのみ(うたさはうめ)
どてをみめぐりあれみやこどりふうふなかよくみやこどり(仝)」(七オ)
うはきせうばいたがひにすれば〔おしゆん〕(よのなかをなにゝたとへんあすかがはきのふのふちはけうのせとかはりやすさよひとごゝろ)かたときこゝろがゆるされぬ(上広ます女)」(七ウ)
おまへひとりとおみこしをすへて〔常はづ大江山〕(おかほをみねばきにかゝりひとのそしりもあだくちもぬしのうはさがうれしうて)ひとにやかつがれはやされる(すきや丁小間きん)」(八オ)
あだなすがたについほれこんでのぼりつめたるだんばしご(うた沢うめ)
にかいをばいまはせかれてアノうちぢややでちよつとしゆびしてあふられし(上広ます女)」(八ウ)
うはきらしいがまアきかしやんせ〔冨本うす雪ひめ〕(あひみしときはすぎしはるじしゆのさくらもはなざかりほんに思へばきよみづのくわんおんさまのおなかうどたがひにひとめつゝましく)おもひいだすもうさはらし(上広なか女)」(九オ)
こひのしんくにあきかぜもれてこゑもほそるよきりぎりす(三遊亭円朝)
おやもとくしんあれならよいといへどねんきがまゝならぬ(三ますやかつ?)」(九ウ)
おまへいやでもこちらじやすいたほかのとのごはもちはせぬ(泉通舎房○)
ことばとがめはよしてもおくれそちのうはきをかくすため(上広越惣)」(十オ)
(絵)光盛舎作丸撰/?光斎芳盛/山口梓」(十ウ)
序文にかへて折句
どうづこえ/とんな野郎が/いつしんに/つまらぬことに/ふしづけをして」(一ウ)
せくなせきやるなうきよはくるま〔五大力〕(たとへせかれてほどふるとてもゑんとじせつのすへをまつなんとしよう)めぐるつきひをまつがよい(上広なを女)」(一ウ)
そでをしぼりしあのあさがほもけさはひらいてわらいがほ(上広まつ公)
こゑはすれどもすがたはみへぬほんににくいよほとゝぎす(仝)」(二オ)
ほどもおとこもこゝろもぐずで女ぼうにりえんができかねる(くず要)
こまにみすじのたづなをつけてこひのおもにをひかせたい(歌さわきらく)」(二ウ)
つきもくもりのせきじをこへて〔長うた老まつ〕(いろかにふけしはなもすぎつきにうそにきみはつなかるゝ)はれてあふひをまつのかぜ(上広越惣)」(三オ)
かはいゝおかたとみづがめへおとししひやくなければあけられぬ(上広鎌太郎)
うたゝねをおこせどおこせどたぬきでおきぬ〔同〕(はつくせう)かぜのとがではないかいな(上広きんし)」(三ウ)
みちならぬことゝしりつゝほれたがいんぐわどくくやさらまでしてとげる(上広一庭)
こゝろせきやでしゆびまつよひはへだてられてもまつちやま(上広越宗)」(四オ)
うきなたてじと思へどじやまな〔長うたまくらじゝ〕(ひとにうたわれゆいたてのくしのはにまでかけられしひらもとゆいのゆいわげも)みゝとくちとがなけりやよい(上広越宗)」(四ウ)
にはのまつがへあやかりものよいつもかはらずあをあをと(すきや丁唄女いと)
三ぜんせかいにおまへをのけてほかのおとこはめにつかぬ(仝唄女みつ)」(五オ)
さけものまんせうはきもさんせあとでおんりよのないように(光盛舎さく○)
さぎをからすといふたがむりかゆきといふじもすみでかく(すきや丁唄女きみ)」(五ウ)
くどきじやうずにつひのせられて〔はうた〕(だまされぬきてだまされてすへはのとなれやまとなれ)いまじやきれるにきれられぬ(上広たか女)」(六オ)
つきのあかりにふねつけさせておもひあふたるしゆびのまつ(上広はる女)
あめのふる日はまたひとしほになをも思ひがますかゞみ(上広鎌太郎)」(六ウ)
よべばふためとしつてはゐれどあわづに〔詞〕(アレサゐられないんでありますからサかんにんしてくんなましよ)
たまにあふのにもうあけのかねなさけしらずの〔詞〕(ヱヽモしれつたいむちやぼうづのじんすや引)」(七オ)
おふたそのよはたかいにくせつ〔冨本夕ぎり〕(わしがあんじはうつりぎのほかにもしやといゝがゝりしまいつかねばさよふけてせなかあはせてねてみてもつゐそれなりにはりよはく)わかれいとしやあけのかね(本石ほりいは)」(七ウ)
すへのとけないあくゑんならばむすぶいづもがうらめしい(中ばししん)
わたしがいやならつんつんしやんせこちじやあくまでじやうたてる(仝)」(八オ)
かぜがもてくるあのつまおとはぬしとふたりのつぢうらか(常はづみつ女)
ふじゆうがちでもくろうにやならぬことはたりてもどらはいや(清元さと女)」(八ウ)
りんきぶかひをよくつもらんせぐちになつたもおまへゆへ(上広一庭)
とりかげにねづみなきしてわしやなぶらるゝこれもくがひのうさはらし(ゆしまおろか)」(九オ)
てなべさげよがつゞれをきよが〔義太夫しちみせ〕(たかいもひくいもひめごぜのはだふれるのはたゞ一人リおやけうだいをふりすてゝとのごにつくがよのおしへ)そひとげないでおくものか(上広みよ女)」(九ウ)
とうが九ツおまへの女ぼうひとつたらねばくろうする(橘や円太郎)
あがるはしごはくろうのさかにのぼりつめてはなんとしやう(橘や円六)」(十オ)
(絵)文句入/都々逸著作所/光盛舎さく丸」(十ウ)

二上りに唄ふ唱歌は。都々逸の。仇な文句も世の中に。連て曳出す糸道の。あいたる口に〆りなく。うなり出したる声太(だみ)ごえは。調子や節にかまいなく延る日数に帖数の。ふゑか通人(すいしや)の新作は。義利人情の二タ筋三筋。引手数多の艶女が」(一オ)情の底を掻さがし。人丸(すひ)のすひたる一ト節は。身にしみじみ嬉しさの。さわり文句の乗が来て。欠来る山口(とひや)の催促に。醜男寄合(あつまりぜい)の速吟を小刀迷(ほりや)に何さて売出しを。求めて全盛をまよはせ給へと云々
万延初めといふ皐月   泉通舎房丸述」(一ウ)
あへばたがひのとくとはしれど〔常わつ関の戸下〕(しゆびと思へどやりてがみるめまつたぞやヲヽよふきなんしたあいたかつたもめでしらせ)せかれりや思ひのますかゞみ(泉通舎房○)」(二オ)
ひらくこよみのゑはうはうれしあきのかたとはきにかゝる(本郷琴二)
かはりやせぬぞへわかばのみどりぬれるたびたびいろをます(中ばしまつ女)」(二ウ)
たよりないみにたよりができてもとめましたよひとくろう(上広鎌太郎)
きれてしまへどいぜんのことを思ひだしてはなみたぐむ(下谷可山人)」(三オ)
たまにあふよにわかれのからす〔たつみ八けい〕(きぬきぬならぬやまがねもこんとつくだのつぢらに)まつばかんざしたゝみざん(上広なを女)」(三ウ)
おもひあまりしおなごのこゝろ〔京うた〕(こひがうきよかうきよがこひかちよときゝたいまつのかぜとへどこたへも山時鳥)こへになかねどめになみだ(上広なを女)」(四オ)
ぬしをおもへばまたなをさらによるもねられぬかやのうち(すきや丁唄女わか)
かぜにもまれてわしやふはふはとめだしやなぎじやあるまいし(同唄女いと)」(四ウ)
さきのこゝろもしれないうちに〔清元山かへり〕(よつやではじめてあふたときすいたらしいと思ふたがいんぐわなゑんのいとぐるま)ほれるわたしはふかくもの(光盛舎さく○)」(五オ)
きりといふどのふたすじなはでつなぎやとけまいこひのみち(上広越宗)
わたしのきゞくをぬしやしらぎくとそばをのぎくはあきのきく(上広指きく)」(五ウ)
はおりぬがせるそのうれしさは〔一中ぶしあさま〕(むねのとけいのくるまのはめぐりめぐりてあけ六ツのわかれにたてしせいもんのせんも二千も三ぜんもせかいにひとりのおとこじやとたのしむなかのふかみどり)きせる思ひがなけりやよい(泉通舎房○)」(六オ)
わたしやのにさくたんぽのはなよひとにふまれて〔詞〕(よこのほふへちよいとさいた)(すきや丁唄女わか)
むもれ木じやとてこばかにするなむかしははなよ〔そゝり〕(こりやなすびのたねじやない)(仝唄女きく(仝唄女きく)」(六ウ)
うかれはなしについみがいつて思はずあかすあけがらす(中ばしため女)
よひのさはぎがくぜつとなつてなにかたがひにてもちなさ(上広さく○)」(七オ)
すへのとりぜんたのしむよりも〔はうた〕(二かいせかれてしのびあふよるはむねさへくろぬりの)とうざのだきねがしてみたい(上広たか女)」(七ウ)
とうざかるのもみなぎりづくよひとめのせきにへだてられ(田丁さわ女)
あれみやしやんせこのふるゆきにどうしてぬしがかへされう」(八オ)
思ふおとこになぞかけられてへんじするのもくちごもる(下谷木ぐ清)
わたしのこゝろをおまへはさとりヱヽもくやしいじらしよふ」(八ウ)
むまがおやせはまごまでおやす〔はやりもん〕(ちよんきなちよんきなちよんちよんきなきなちよんがなんのそれちよちよんがよい)むまとまごとのきつねけん」(てらや丁斎徳)」(九オ)
あきもあかれもせぬなかなれどぎりといふじはぜひもなや(上広さし菊)
さだめかねたるおまへのこゝろあきのそらではあるまいし(大茂いく)」(九ウ)
みの茄子とがとて木瓜をきられそのうへおまへにや漬こまれ(上広さく○)
うちじやまじめでそとではいきな素人苦労人のうらおもて(上広すみ与三)」(十オ)
(絵)山口屋板/光盛舎作丸撰/一光斎芳盛画」(十ウ)

夫詩は有声の画なり。画は亦無声の詩なりと。古語に曰。大津絵端唄の文作も。さとれぬところは絵にて詠と。ほこりなからに。諸君の案事大盃に引請て。酒盛主人が管(ふて)まかせヨンヤまかせと。序文もおなじく。傍若無人の呑仲間すましの文をすゝりにくみて
書子庵酔人述」(一オ)
もとうた
けいはうはしごずりかみなりたいことつるべつかおわかしゆはたかをすへぬりがさおやまはふじむすめざとうのふんとしをいぬくわへてぎやうてんしつえをばふりまはすあらきのおにもほつきしてかねしゆもくひようたんなまつをおさへましよやつこのぎやうれつつかがねへんけいやのね五郎」(一ウ)
四季
しきのながめのふうけいは人のこゝろもはるがすみはなのくもたなびきていづるつぼみのいろざかりひくてあまたのすゞみぶね猪牙の音はしるさゞなみにあつさのこしていりしほのあきはさらしなしたのつきくさにはあさがほはぎきゝやうかれのにゆきみはふぐとさけとでふゆごもり(泉通舎房○)」(二オ)
春はるかぜにさそわれてうめみもどりのすいづゝやきさらぎのはださむきはつねゆかしきうぐひすもまたむすめぎのあどけなくもゝとさくらのいろくらべ人のめにつくいとざくらとけてねまきのまくら紙引さいて眉げをかくしモシにますかへヲヤおまへの口には紅がついててるこれはのぼせのましないよ(泉通舎房○)」(二ウ)

めにあをば初がつをうる一トこへはてつぺんにぱつといふほとゝぎすとんでゆくへやふじつくばうのはなくだしはなみどうあまちやに濡てさみだれのかはくまもなきのほりざほのきのしやうぶにかぜかほるざしきにはきやくのきげんにあいさゝも夕立まもなくはれてきかくのものがたり(仝)」(三オ)
あき
あさがほにつるべとられてとなりでもらふけしやうみづつくりあけしはなのつやしろいゑりあしぱつちりとさきしはうすべにみづあさぎかのこしぼりのべにざきもいまはてぞめのいろざきにからみついたるつるのてをときかねしいろもやさしき紫のてことにからみてきまゝにさかせしぬしのはな(仝)」(三ウ)
ふゆ
厂わたるあさ寒に人のこゝろもわざずまゐきゞのははあめとふりきのふのふちはけふのせとかはるみやまのくらしにもしばかるわざもぬしゆへにやてなべさげてもいとやせぬ何のおしかろいのちをも人がみるアレはづかしいこのこたつふとんかければアアレくすぐつたいようれしいネ(仝)」(四オ)
流行もの
このごろのはやりものてうれんたいこやほらのかいふきやにはやうきかばしまだのしんなしぶどうねづみあめりかさんぶつ保字こばんにこはまけんぶついき人げうひゐさいたのすけ成駒やむすめあきんどてんぐれんりやうりやはいきなたかそで〔付〕やつてるねうたさはけいこじよこはいろものまね〔詞〕ぱいぱい」(四ウ)
天神記
かいちうわきかれかたかれとあれはどなたのおとふりじやふじわらのしへいこう〔詞うめ〕なんときいたかさくらまるいまそんぶんいわふじやあるまいかあとからあにきがずつとでゝ〔詞?〕このまつわうがひきかけたみくるまをならばてがらにとめてみよしへいがにらんでうめまつさくらのチヨンチヨンひようしまく」(五オ)
曽我
さみだれのくらきよにたいまつてらしてそがけうだいかたきくどうをうかゞへはしるべのかたはこなたぞとすなまちゑたるうどんげの十八ねんのくもはれてたがひにみかはすかほとかほはじめてひらくゑこまゆいさめどもいまはわかれのにしのそらたけきこゝろもなみだにぬれたるとらがあめ(上広鎌太郎)」(五ウ)
艶色
よのなかをいきにくらすかうしづくりのひとすまゐあらいかみいなせふうしやうじのうちはうたさはのしのびごまさへあたなぐさおんなごゝろはまはりぎなよそのおかたもこのよふにほれすきるほどぐちなきもおまへゆへアレにくらしい人じらしさゝはおよしよそれでもいつでもいけないよ(上広さしきく)」(六オ)
国石?
みちのくをなくなくもおやのかたきをうちたさに江戸へでゝなにたかきゆ井せうせつがなさけにてあねのみやぎのしのぶさへぢんがたなぎなたしゆれんしてこけうへかざる二人リづれかたきだん七うちとめてうれしやとゑがほまもなく黒かみのもとゞりはらつてもへきよたゝいてびくとなる(上広越宗)」(六ウ)

かたきうちすけだちをなのりもならぬそう六がどふこふとむねのうちみやぎのけうだいあはれみてながいねんきをまいてやるこれぞおとこのかゞみかよけうだいふたりはてをあはせありがたなみだうれしさとそのまゝにくるわをいでゝよふよふとさがしあたりてほんもふとげるじやないかいな(上広なを女)」(七オ)
六歌仙
おくらやまそのなかによくもそろいし六かせんありわらのなりひらははなもいろよい小のゝ小まちわがみよにふる人だのみふみのぶんやもあきのそらむべやまかぜをあらすほどこれぎりおまへ喜せんかへわがいほはみやこのたつみひとりすむそうぜうへんぜうきかぬときはじつに一人リてくろう主(上広うた沢うめ)」(七ウ)
侘住居
よをすねてむかふじまへんへ二人リこつそりわびずまひたれにきかねもあらばこそゆきはしきりとふりつもるしんにさむいとおきごたつすいたどうしのくせかして思ひすごしのぐちがでゝちはとくぜつを夕げしやうあかねさすしばししらけたざしきをはしやくがとりもちうけてうれしきゆきのはだ(上広たか女)」(八オ)
口舌
くるとくぜつでいゝがゝりわたしのこゝろはそうじやないせけばせくほどなをつのるあへばうきなをたてられておんなごゝろのやるせなやかみがみさんへぐわんかけてはやふめうとになるやうにほんによのめもろくろくにねむられぬそれにいつまでうかうかとうはきのやまいでほんにおまへはつみなひと(上広たか女)」(八ウ)
夏げしき
ゆうだちのふりだしは人さまざまなかぶりものこめだはらやぶれがさははだしでかけだす人もありのきのしたでのあまやどりよふゐにかやをつるごろごろなりだすかみなりのあとからはれゆくなつのそらきすゞしなんの雲なくつき一ツひるまのあつさをわすれてしまふたすゞみぶね(下谷可山人)」(九オ)
盛衰記
さてもやしまのそのかつせんは思ひがけなきさかおとしべんけいかさきにたちかめ井かたおかいせするがなかにも大せうよしつねはござぶねめがけてはしりゆきもんいんさんをちよいとゝらへしなだれかゝるうしろよりのりつねがまおとこみつけたとこへをかけきいてひつくりきかうてん八艘飛でよふよふのこつて助かつた(下谷木具清)」(九ウ)
あこや
はんざは六郎めしうどあこやのなはをときさまざまいたわりてふびんをくわへ思ひかくれどなにぶんかけきよゆくへはそんせぬとほかにもらすことはござりませんいわせもはてず岩永左衛門しぶとい女とたちかゝる重忠ちやツとおしとめてこれあこやそれなる三きかへしらべよや五言のはつしで四相をさとりち仁勇(上広はる女)」(十オ)
(絵)光盛舎ゑらむ/?光斉芳盛画図」(十ウ)



三、『どゝいつ葉唄節用集』丙本

 菊池所蔵本には題簽がないが、玉川大学蔵本(W768.5/ド)には、「〔どゝいつ〕葉唄節用集」の題簽がある。〔 〕内は角書。菊池本は近江八景のうち一丁を欠くが、あとは玉川大学本と同じである。
初編・二編合冊で、初編序には「丁巳はつ春 金龍山人述」とあり、その後に「さく丸ゑかく」とある。さく丸は挿絵担当である。丁巳は安政四年。金龍山人は梅暮里谷峨二世で、歌沢能六斎・萩原乙彦とも称した。初編末尾には「金龍山人編/光盛舎佐久丸画」とある。「哇節用集二編叙」には「金龍山人述」とあるのみ。挿絵の人物が、初編と二編とでは雰囲気を異にする。二編の画家はさく丸ではないかもしれない。さく丸が初編の挿絵を担当したことは明らかであるが、本文内容にどれほどかかわったのかは不明である。
本文内容は、次のとおり。
 初編
  十二月異名
  三保浦冨士山之景図
  色紙短冊書様并寸法
  ちらし文のかきやう
  男女相性度独逸(頭書)
  年中用文章書様替唱
  七小町詠歌度独逸
  女日用製服の心得(頭書)
  和歌三神生酔
  近江八景度独逸
 二編
  十●香葉唄
  銘香名寄大都会
  葉唄三夕
  文の書様替唄
  教訓手鞠唄(頭書)
  六歌仙度独逸(頭書)
  三十六歌仙度独逸(頭書)
  六玉川哇合
  伊呂波文字之起源(頭書)
  艶道伊呂波度独逸
以下、菊池蔵本により、「色紙短冊書様并寸法」「男女相性度独逸」「七小町詠歌度独逸」「和歌三神生酔」「近江八景度独逸」「六歌仙度独逸」「三十六歌仙度独逸」「艶道伊呂波度独逸」の「どどいつ」を翻刻する。
色紙短冊書様并寸法
ふとした事からついのりがきていまは片ときわすられぬ」(六ウ)
男女相性度独逸
男木女木は子五人あり内三人よしはじめくぜつあれどものち冨貴なり命もつとも長し
思ふとほりにねがひもかなひ」(七ウ)すへもたのしきかみの加護
男木女火はじめよしのちわろし子二人か五人あるべし盆にしてとりわけはら悪き也
」(八オ)
○神もあはれにおぼすとならばたすけ給へやこのくろふ
男木女土子三人ありたゞしじやけんなれば子にえんなしつねに」(八ウ)思ふことたゑず
○人にすぐれた人じやと人にいはれるもみなかねしだい」(九オ)
男木女金はじめはよしのちわろし子二人あるべしことにせいじんしてくぜつおゝし
○ゑんがなければいまこのやうにつらいおもひもしなかろふ」(九ウ)
男木女水うまるゝ子五人冨貴にして命ながし
○夫婦なかよくふじゆもせずにたのしく暮すみのくわほう」(十オ)
男火女火おゝいにわろし子はあれどもいしよくともニたらずしてくぜつごとあり
○むねのほむらでなみだのみづのあつくなるほどものおもひ」(十ウ)
男火女土大によし子二人かまた九人あり冨貴にして命ながし
○すへのすえまでたがいのじついまことあかしてともしらが」(十一オ)
男火女木はよし子二人もしは八人あるべしふつきにしていのちながしうしむまにゑんあり
○このよはおろかよまたさきの世と」(十一ウ)二世をねがふもこひのよく
男火女金はわろし但し半吉のちに人にしらるゝこと有
○くらうするのがうきよのつねかむねにたへないうきおもひ」(十二オ)
男火女水大にわろし子あれどもひんなりくぜつおゝし
○ういめつらいめよにあるかひもなさけないみのふしあわせ」(十二ウ)
男土女土半吉なにことも思ふようにならぬが浮世なり
○笠を心にきてよをくらせうへみりやおよばぬことばかり」(十三オ)
男土女金大によし子五人ありこゝろのごとくにてめでたし
○ねがひどふりに思ひもはれてこんなうれしいことはない」(十三ウ)
男土女水大にわろし子なし何事も心ならねどのちはよし
○心ぼそさよ子のないからだとしがよつたらどふしよふ」(十四オ)
男土女木はんきち也のちはよし子は五人もあるべし
○すてる神ありやたすける神をいのればめぐみのあるものさ」(十四ウ)
男土女火大によし子五人何事も心のまゝにて無病にしていのちながし
○ほれたどうしで何不足なくらくにうれしき世をくらす」(十五オ)
男金女金大にわろし子三人あり病おゝし
○さわりありがちよいことゝてはとかくすくなきよのならい」(十五ウ)
男金女木大にわろしとかくこゝろにまかせずくぜつことたゑず
○しよてからかういふなげきをするとしれてゐたならほれもせじ」(十六オ)
男金女水大によし子五人ありふつきにしていのちながし
○いまもむかしもうれしいことは思ひあふたるふうふなか」(十六ウ)
男金女火大にわろし子一人あれどもいのちみじかしひんにして思ふことかなわず
○なくにやなかれずふさいでばかりゑゝもじれつたいしやばせかい」(十七オ)
男金女土大によし子五人ありなにごともこゝろのまゝなり
○たいけのくらしはきがねがおほひぬしとふたりでらくいんきよ」(十七ウ)
男水女木子三人か七人ありふつきにしてばんじ大吉なり
○ありがたいぞへうれしいゑんをむすんでくれたマ神ほとけ」(十八オ)
男水女水半吉子八人なるべしひんにしてのちわろし
○あめはふりくるひはくれかゝるこゝろせきやのさとつゞき」(十八ウ)
男水女土大にわろし子四人ありひんにしてくぜつことたへず
○これぎりしんだらみはぼんのうのいぬとなるかよこひのぐち」(十九オ)
男水女火は大ニわろし子あれどもそだゝず二人りのなかにはらたつことあり
○ひとにうちあけわたしのくらふはなせばおまへのはじばかり」(十九ウ)
男水女金大によし子七人ありゆうふくにしてけんぞくおゝし
○かないそろうてむつまし月のかづのこだからさんばそう」(二十オ)
七小町詠歌度独逸
小町は出羽の郡司小野良実が女又当澄が女ともいふ絶世の美婦歌道の達人なり老たることは玉造といふ書にあるよしつれづれ艸にみえたり
草子洗
まかぬたねとてあのうきくさのところさだめずまよひざき」(廿一ウ)
雨乞
ぎりにからまれわかれてみればあとでなみだのあめがした
百夜通
かよふよみちのあしはかどらずゆきよりつもるものおもひ」(廿二オ)
関寺
さそふみづとはみのないこひじこゝろうきくさしやうねなし
卒塔婆
そとはかてにかせぐもよいがうちへくる子はおしでない」(廿二ウ)
鸚鵡
うちぞゆかしきたまだれごしにはなのかほばせゆきのはだ
清水
おちてくだけてゆくたきみづのすへのあふせをたのしみに」(廿三オ)
和歌三神生酔
まつたかひなくよもほのぼのとあだにあかしのうらちどり(小てふ女)」(廿五オ)
近江八景度独逸
唐さきよるの雨
○ちわが募りてくぜつの果の(あらしははれてひとしぐれぬれてあふよはよはねてからさきの)まつにかひなきあけがらす」(廿五ウ)
三井の晩鐘
○なかさきじたてのしかけをきせて(さとにうつして三井てらやくれてはなさきかねのこゑ)きやうのじよろしゆのしなかたち」(廿六オ)
石山の秋の月
○よもやこゝろがかわりもせまい(いろの最中かすがたみもてるつきなみのもん日とてやくそくかたきいしやまや)ほんにまつみのじれつたさ」(廿六ウ)
矢場瀬の帰帆
○あふたうれしさわかれのつらさ(あゝなんとしやう帰帆もしらで朝むかひはやき矢ばせのきぬきぬも)どうぞしみしみねてみたい」(廿七オ)
比良の暮雪
○こひがまよひかまよひがこひか(げにはつさくのしろがさねひらの暮せつをさなからに)そしてものいふむつのはな」(廿七ウ)
堅田の落雁
○もしや田面のあのかりかねは(きみがかたゝのふみづかひふけてあを田にこがるゝほたる)なかでくるしきむねのうち」(廿八オ)
粟津の晴嵐
○またいつおいでかしれないおまへ(あだにあはづのせいらんとこゝろでとめしいつゞけに)のろけられたりのろけたり」(廿八ウ)
瀬田の夕照
○はなもよしはらくるのさかえ(せたのせきしやういまこゝにゆふぐれてらすなかのちやう)はりといきじのいちもんじ」(廿九オ)
六歌仙度独逸
ねてもさめてもおまへのかほが目さきにちらちらゆめうつゝ
をれるばかりぞ其名にめでゝつゆをふくめるおみなへし
なま木ふきさくむねきなあらし秋といふじがにくらしい」(七ウ)
思ひまわせばこひしきつらさ雁はなけどもたよりなし
あへぬほどならいつそのくされ世をうぢ山の山ごもり
花のいろかはうつろひやすしどふぞ末まで見すてずに
三十六歌仙度独逸」(八オ)
柿本人麿
ほのぼのとあかしの浦の朝ぎりにしまかくれ行く
ふたつまくらをならべたまゝで一夜あかしのうらみごと
紀貫之
さくらちる木の下風はさむからで空にしられぬ雪ぞふりける
さくら色ますうれしいゑにし空にしられぬ雪の肌」(八ウ)
凡河内躬恒
いづくとも春のひかりはわかなくにまだみよしのゝ山は雪ふる
春の淡雪つとめのからだ肌身よしのも解易い
伊勢
三輪の山いかに待みんとしふれともたづぬる人もあらじと思へば
人にヤきかれずゆくさきヤしれずたずぬるたよりもなくばかり」(九オ)
中納言家持
はるの野にあさるきゞすのつまこひにをのがありかを人にしれつゝ
とぼけてゐたとてわけある中が人にしれずにゐるものか
山辺赤人
わかの浦にしほみちくればかたをなみあしべをさしてたつ鳴わたる
潮もみつれば又ひく道理恋もつのるがわかれぎは」(九ウ)
在原業平
世の中にたえてさくらのなかりせば春のこゝろはのとけからまし
咲たさくらの色香にまよひ心がらとて此くろう
僧正遍照
たらちねはかゝれとてしもぬば玉のわがくろかみはなでずやありけむ
親にもらふた此くろかみを切て男の胸をすえ」(十オ)
素性法師
見わたせばやなぎさくらをこきまぜて都そはるのにしきなりける
柳さくらをみやこのけしきさかへさかふる君が御代
紀友則
夕さればさほの河原の川風に友まどはしてちどり鳴なり
寒い夜風に身をすりよせてうれしなきにかなく千鳥」(十ウ)
猿丸太夫
をちこちのたつきもしらぬ山中におぼつかなくもよふこ鳥かな
たつきしられぬ旅路にまよひ心ぼそさよよぶこ鳥
小野小町
わびぬれば身をうき草の根をたへてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ
今は後悔根もたへだへにさそふ水まつ浮水草」(十一オ)
中納言兼輔
みじか夜のふけゆくまゝに高砂の峯の松風吹かとぞきく
君を松風ふけゆくまゝに夏も夜長のうきおもひ
中納言朝友
あふことのたえてしなくは中々に人をも身をも恨みざらまし
なまじ首尾してあひひきせずはたがひに袖はぬらすまい」(十一ウ)
権中納言敦忠
伊勢の海ちいろの浦にひろふとも今はなにてふかひかあるべき
不実としらすにほれたが悔しゑんをむすんだかひもない
藤原高光
かくばかりへがたく見ゆる世の中にうら山しくもすめる月かな
恋にやつれた二人りがなかを見るもいぶせき月のかげ」(十二オ)
藤原敏行
秋きぬとめにはさやかに見へねども風のおとにぞおどろかれぬる
つき出されるのもしらずにのろけ今さらおどろく人ごゝろ
源重之
風をいたみ岩うつ浪のをのれのみくだけてものをおもふころかな
ほれた思ひを岩うつ浪のわれからくだけてものおもひ」(十二ウ)
斎宮女御
琴のねに峯の松風かよふらしいづれの緒よりしらべそめけん
琴をしらべてこよひも早く君のかよふを松の風
大中臣頼基
一ふしに千代をこめたるつえなればつくともつきじ君がよはひは
かう成るからには此すへかけてぬしを杖ともはしらとも」(十三オ)
源公忠
ゆきやらで山路くらしつほとゝぎすいさひとこへのきかまほしさに
たつた一ト声おもはせぶりなあのほとゝぎすの罪つくり
壬生忠岑
子の日するのべに小松のなかりせば千代のためしに何をひかまし
千代もかわらぬ契りをこめて君と子の日の小松ひき」(十三ウ)
源宗于
ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり
春はなほさらみどりも深くみさほめでたき松の色
源信明
こひしさはなれじこゝろにあらねどもこよひの月を君見ざらめや
義理にせかれてこよひの月をわかれわかれに見るつらさ」(十四オ)
藤原清正
天津風ふけ井のうらにゐるたづのなどか雲ゐにうつらざるべき
別れてゐたとて又もともとになるはたかひの実と実
源順
水のおもにてる月みをかぞふればこよひぞ秋のもなかなりける
水にてりそふ月かげ見ても秋のもなかは気にかゝる」(十四ウ)
藤原興風
誰をかもしる人にせん高砂の松もむかしの友ならなくに
わかれになるとも手きれはとらす兄や妹となるがよい
清原元輔
秋の野の萩のにしきをふる郷に鹿のねなからうつしてしかな
萩のにしきのうつくしづくに秋になるのでやがて散る」(十五オ)
坂上是則
みよしのゝ山のしら雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり
人はしら雪わたしの思ひ日をふるまゝになほつもる
藤原元真
咲にけりわが山里の卯の花はかきねにきへぬ雪と見るまで
おもふにまかせぬ世を卯の花は咲どひらかぬ胸のうち」(十五ウ)
三条院女蔵人左近
岩はしのよるのちぎりもたへぬべしあくるわびしきかつらきの神
何と岩はしちぎりもたえてあふもわびしき顔とかほ
藤原仲文
有明の月の光をまつほどにわかよのいたく更にけるかな
待もせぬ月は有明こよひもひとりまろねするのかじれつたい」(十六オ)
大中臣能宣
ちとせまでかぎれる松もけふよりは君にひかれて万代やへん
ぬしと二人で百年千年万代までもくらしたい
壬生忠見
やかずとも草はもえなむかすがのをたゞ春の日にまかせたらなん
今に切るよあの浮気いろやかずと捨ておくがよい」(十六ウ)
平兼盛
くれて行秋のかたみにとく物はわがもとゆひの霜にぞありける
元結(もとい)ぎわからふつつり切て秋のかたみと投てやる
中務
秋風のふくにつけてもとはぬかなをぎの葉ならば音はしてまし
おとづれせぬのはもう秋風か荻の葉ならで声もせず」(十七オ)
艶道伊呂波度独逸」(二十ウ)
いろになるみのゆかたもぬいてすはだじまんの夏の冨し
ろんよりせうこをとられてないていひわけするとはばからしい
はかないゑにしとてんからしれてむすぶもふとしできごゝろ
にしも東もしらないものをつれてうわきな旅かせぎ」(二十一オ)
ほれた女房のあるその人になんでこんなにほれたろう
へびに女房がなられちやこわいいろはしないとあきらめた
とふから心にほれてはゐれどどふもいひよるしほがない
ちわがつのつて根もないくぜつはらをたつたりたゝせたり」(二十一ウ)
利口だと思ツてかゝるはおまへがばかよそばの二はいもくツたやつ
ぬれてあふ夜はねてから崎のまつにかひなき明がらす
るすをねらツてとろばう猫が来てはちよこちよこぬすみぐい
おまへじや気をもみ女房にヤきがね是しやいのちもつゞくまひ」(二十二オ)
わたしも女子じやいひたいこともぬしのためだとがまんする
かわゆかりじついつくしたわたしのかほを今さらふみつけられては腹がたつ
よそふと思へど又かほ見ればどふみもみれんで立かへる
たまにあふゆへはなしがのこるしみじみだきねがして見たい」(二十二ウ)
礼義てあつきお屋しきさんはけつくわけなくとりみだし
それほどあのこがかわいゝならばわたしにみれんはあるまひに
つれてにけろとおまへはいふが女房をすてゝはいかれない
ねる間もないほどおふいそがしや金の勘定でかたがはる」(二十三オ)
なんぼほれても見すかされてもばかにされてははらがたつ
羅漢さまでもきものはまとふはだかじや道中もできまいよ
むりなくぜつになかせておいて寝るとはあんまりむしがいゝ
うたゝねのさめてためいき心のもつれ人にヤはなせぬ此しだら」(二十三ウ)
いけんするほどなほやけになりかんしやくおこしてやつあたり
のろけてみんなになぶられながら思はずしらず口へでる
おにのやうでも心のうちはべんてんさまでもかなやせぬ
くろうするのはてんからかくごいきなていしゆをもつからは」(二十四オ)
やみとおまへにかういれあけてすへはどふせうこうしさき
まわしべうぶのたをれたゑんでとなりどうしのおちかづき
拳もぐんしをしようといふはかねてむほんの下ごゝろ
ふとしたことからついのりがきて今じやかた時わすられぬ」(二十四ウ)
こんななげきも思へばほんにむすぶの神がうらめしい
えんがありやこそ高峯のさくら折て手いけの花にする
てまへがつてのわがまゝいふもなこどひらずの夫婦中
あどけないのがかわゆいけれど初心すぎるもじれつたい」(二十五オ)
三味せんまくらの身のふしだらはわがみなからもはづかしい
きがねくろうもみなおまへゆへそれに今さら切ことば
ゆふしごけんとたゞひと筆につなぎとめたる初会文
めつきでしらせてさとれといへどさとつてゐながらしらぬかほ」(二十五ウ)
みれんらしいかたゞひとことをいつてやりたいことかある
しみしみとあへぬつらさのつくかんしやくよかうもじれつたくなるものか
えん切榎でさこうとしてもほれたどうしにやきゝはせぬ
人にやいろかといはれてゐれど義理をかゝぬがたのもしい」(二十六オ)
もとをたゞせば他人と他人あらひだてすりやぬしのうち
せなかそむけていゝたいこともがまんしてねる其つらさ
炭をつぎつぎ火ばしを筆にあつい男のかしらもし
けふとけふねがいも協(かな)ひはれて是からともしらが」(二十六ウ)



四、〔文句入都々逸〕(仮題)

 菊池所蔵本は表紙・裏表紙とも欠けており、本文十丁を紙撚で綴じたもの。書名は不明。蓬左文庫『どゝ一合本』(尾19-156)は、五種類の本を合わせたものだが、その最後の「文句入どどいつ(作丸撰)」は菊池所蔵本とほとんど同じである。相違点は、蓬左文庫本の末尾には十三書肆連名の刊記がある点のみ。
また、上田市立図書館花月文庫蔵『五十三次都々逸節用集』(381-1)の中の十丁が菊池所蔵本と全く同じである。
以下、菊池本の翻刻。原本に丁付けがある。
どうかして/どうぞあの子と/いつまでも/つがひはなれず/ふしどをともに/序にかへて折句」(一オ)
はなのづえにあのうぐひすがきてはちらちらまよわする(すきや丁唄女ちよ)
あたらさくらのあれあのはなをむねきなことりがちらすそへ(仝唄女いの)」(一ウ)
思ひごとしてついひじまくられんじのかねのねにむねせまる(仝唄女ます玉)
つゝめどもたへぬ思ひをしのぶの乱なにかよふすであらはれる(仝唄女わか)」(二オ)
さみだれにぬれてこゑますあの時鳥ないてくらすがいとしらし(仝唄女ろく)
つとめするみともへぎのかやはひとにつられてよをあかす(仝唄女かね吉)」(二ウ)
ふさぐやさきにきたよといへば〔常わづ大江山〕(すねてみせてもあいたさのむねにはあれどそしらぬかほ)きげんなをしてわらひがほ(常盤津小松太夫)」(三オ)
ひのしかたてにこそでのしわをそれといわずにあてこする(下谷木ぐせい)
おやのかんどうかねてのかくごこうなるうへはぜひがない(泉通舎房○)」(三ウ)
おまへ思へばてる日もくもるはれてあはれぬかさのじやう(上房さらさ忠)
さけといろとのうきよじやないかすひにくらすがみのかはふ(仝きんし)」(四オ)
おまへもかせぐしわたしもともに〔はうた〕(すひなうきよをこひゆへにやぼにくらすもこゝろがら)せたいじみたもぜひがない(下谷木具清)」(四ウ)
ひとりねをむしとかねとがりんきでおこすゆめのかよひじさめさする(下谷△千ヤ)
ひろいせかいに五しやくのからだとんなことでもするがよい(上広さし菊)」(五オ)
つきのまるさとこひぢのみちはゑどもいなかもおなじこと(上広はる女)
二せといふことたがさだめしぞそんなことではあいたらぬ(上広鎌太郎)」(五ウ)
とにもかくにもおいへのだいじ〔清元おかる〕(それそのときのうろたへものにはたれがしたみんなわたしのこゝろからしぬるとのみをながらへて)ほるにしあんはないかいな(上広なを女)」(六オ)
ひとめなければなにこのやうにこがれあはづにゐるものか(一庭閑人)
まつよふけゆくあのほとゝぎすないてあかすのつぢうらか(仝)」(六ウ)
ぬしのためならこれさきどんなくろうしんくもいとやせぬ(上広相まつ)
うきくさのたへてねもなきおまへのこゝろみづにあはづにくらさりよか(すきや丁小間きん)」(七オ)
おまへゆへならてなべはおろか〔詞〕(おはなかうじんまつのりやひめのりせんかうふのりはよろしふト)いうてもいつしやうそひとげる(光盛舎さく○)」(七ウ)
ぐちはおんなのくせとはいへどそれじやとぼでもできはせぬ(秋さはかめ女)
せけんのうはさとおまへはいふがひとがないこといゝはせぬ(仝)」(八オ)
どこまでもしらをきらんすおまへのこゝろそれじやわたしがいやなのか(中ばしさだ公)
ほれたふりをすりやうぬぼれがつよいていしゆきどりでてめへづけ(仝)」(八ウ)
いやだよいやだよおきうはいやだ〔二上り〕(でんでんたいこもねだるまいせうじのかみもやぶるまい)そしてはなくそもとりやせまい(よし盛)
かへうた
いやだよいやだよおんりようはいやだ〔同二上り〕(さけものむまいおはなもよそふ)そしてじんすけもやめにしよう」(九オ)
おへやじやしかられおまへにやぶたれむりもたいがいほどがある(宇治よね)
ひとのしやくりにぐつぐついふなてめへをみすてることじやない(ふじ間なか)」(九ウ)
くぜつしらけてものをもいはずぐつとだきしめかほとかほ(京ばし?女)
ぼうづぎらいとくちではいへどまるいくちにてころがされ(本は某)」(十オ)
さく丸ゑらむ
よし盛ゑがく」(十ウ)



五、『都々逸種瓢箪』

 菊池所蔵。表紙欠。見返しに「どゝいつ種本/光斎」とあり、序題に「都々逸種瓢箪(ひさご)」とある。序記に「酉の秋 さく丸述」とある。酉は文久元年(1861)か。
関西大学図書館に『どゝいつたね本』がある。911.65/K7/26。表紙に「どゝいつたね本/さく丸撰/芳盛画/福忠板」とあり、見返しに「どゝいつ種本/光斎」とあるが、中味は菊池本と全く異なる。
蓬左文庫に『都々逸種瓢箪』がある。(これは序題によるもの)尾19-162。序丁と第一丁及び最終丁は同じだが、他は全く異なる。この本の表紙には「どゝいつづけ 初へん 了古画」とある。次項の「どゝゐつづけ 一へん」とは中味が異なる。
以下菊池本の翻刻。丁付けナシ。数字は仮。
(表紙欠)
どゝいつ種本 光斎」(見返し)
都々逸種瓢箪(ひさご)
今世の中に専ら流行る。端唄の一ト節。そが中に。一寸たれにも取付安きは。都々逸の一ト節也。頓声(どみたるこへ)でどなつても。先で調子をあわせてくれ。おまはん誠にお上手だよ。廻りうたひにいたいまほう。今度はおまはんの番だよト調子を直して。トンツンヱヽきたまだヱヽハツヤツチヨルネコリヤサヽサヱヽ
酉の秋    さく丸述」(序オ)
(絵)」(序ウ)
(絵)」(一オ)
つもるこひぢのこゝろをあかしとけてうれしきゆきのはだ
うそとしりつゝきやすめじやうずふわとのりますくちぐるま
ぼたもちのくせにこてこてきなこをつけてしかもよくみりやしゝツぱな」(一ウ)
うるさからうがいわねばならぬいわざおまへのみのふため
ちよツとごらんなあのおしどりかこれみよがしのめうとづれ
つばめたのんでことづてすればかりがもてくるそのへんじ
おかやきもちだとわらはばわらへきけばもちもちむねがこげ」(二オ)
むかふかゞみにたばこのけむがちよツとなかをばとふりぐも
人がしやくろがわしやきれはせぬやつこだこをばみるにつけ
かうなるからにはどけうをすへなかみなりかみなりやらうはふりつける
てうとちどりはけうだいなれどやんまとんぼはかたきどし」(二ウ)
いりあいをかねてまつみはのきばのくものいとのもつれもきにかゝり
いとのもつれもいひとけしなくあえばくもなしうさもない
けさもけさとてはしらであたまあいたかつたとめになみだ」(三オ)
ひとすじとばかりおもひしあのあさがほもいつかとなりへかくれざき
あさがほのかくれざきしてつゆにはぬきていつかとなりがたねをもち
いつそりんきのつのでもはやしついてやりたいひとがある
ぬしにりんきのつのでもはへりやいつそどうせう道成寺」(三ウ)
たつしやものでものろけがやまひいしやとおなじくかこで出る
むかし馬道いまかごのみちかよひくるわにこひのみち
うちのくろうやきかねもわすれせかいちがいへよつでかこ
人のかよふをばかだといふていまははかたといふだろう
いろのしよわけをしらねへいけんかよいだしてはやめられぬ」(四オ)
そわれない事としあんにしあんをしてもなぜかしあんにまだしあん
しあんづくにてそはれることかぐちにまよふもこゝろから
おやはにしきをきる身といえどぬしと手なべでくらしたい」(四ウ)
三味せんのあだなるいとについひきこまれみすじみすぎもわすれはて
みすぎよわたりそれではひかぬほれたにばちもあたるまい
かんがへて見てもわからぬよるひるかよふこひはしあんのほかのもの」(五オ)
まつのたいふといわるゝ身でももとはかむろのみどりから
梅にうぐいすぬしにはわたしはなれぬなかだとあきらめな
二世とちかいてむすびしえんのきれたゆめ見てしやくのたね
あきのおふぎと身はすてられてつらひくろうにほねををる
ひとりつくづくざしきにひとりこゝろぼそさにちやわんざけ」(五ウ)
手なべぐらしをいとわぬきならふたりかまわぬくらしせう
あくえんといふはたがいにたらはぬしあんそうてそわれぬことはない
そうてそはれぬなかてもないがねんのながいがまちどふい
ひとをのろわばあなふたつだとおもひきられぬほれぬいて」(六オ)
ひとのはなとてとるまいものかとられたおまへがいくぢなし
いくじあるとて物にもよるがあつかましいぞひとのはな
見さだめたまことがなければこゝろのまとになんぼやたけにおもふても
わしがまことをしらぬかなんぞほかに見せたいまとはない」(六ウ)
女ふたりがはなすをきくにいつもおとこのさたばかり
さたをするともおとこのやうにせけんかまはずいゝもせぬ
わがほれりやひともかうかとじやすいのぐちでかた時はなれることはいや
あふてのちおもひまはせばいよいよぐちよふかくなるほど人よりも」(七オ)
むすほれしえにしのいとほどふしぎはないよいまはからまるとこのうち
よのあけぬ国があるならふたりがすんでつもるはなしがして見たい
千のきせうでからすをころしぬしとあさねがして見たい
あさいとのよれつもつれつもつれつよれつすえはほどけぬえんとなり」(七ウ)
なみだもろひとわさびにまでもあまく見られる身のひごろ
せうじぴつしゆやり出ていたあとはとがなききせるをたゝきたて
やぼにしていきじをはるのあはゆきならでまぶにとけるではらがたつ
はりつめて見れはいくぢで身はなつごふりとけてしまへばたゞの水」(八オ)
したえだのまゝなるはなはこゝろになくてとゞかぬこずえにくろうする
こずえとてまゝにならぬでわしやなけれどもまこととゞかぬそのわけさ
ゆきくれしひとにやどかすあるじのはなもあさのわかれはそでのつゆ」(八ウ)
<七丁・八丁は『どゝゐつづけ 一へん』の五丁・六丁と同じ>
あふさいあふさいよろこびありや〔長うた舌出し〕(と?はひとへにありがたき花のお江戸の御ひゐきをかしらにおもき立ゑぼし)ほかへやらじとだきしめた(三門やてる女)
ぶたれたゞかれその手にすがり〔しんないふちかつら〕(わたしがつよくさからはゞすいなおまへのお心がかはらしやんすであらふがの)わけをいはねばわかりやせぬ(とこ藤)」(九オ)
ほれてわたしがほめるじやないが〔清元おちうど〕(こんなゑにしがからやうのおしのつがひのたのしみに)なふられたいのが身のねがい(八尾松)
そもやふたりがそのなれそめは〔常はづおふさ〕(ふみてくどかず人たのまず心のじつをうちつけに)思ひに思ふてけふのしゆび(栄次)」(九ウ)
<八丁は『どゝゐつづけ 一へん』の一丁と同じ>
きんとき
きんとふがきんとふが馬をとばせてふんどしよかけて二ふはくさいとかいで取さしこめぎんきやうししやなりのいみ玉の王さまあやまらせじゆん王国王かくうちのしんいくさしようぎもまけからしますしようぶがたきがあつまりて(八尾源)
りんきふかいかやきもちなのか〔とみ元松かぜ〕(ことはとがめ?むなづくしとりがうたへばわかれがいやではなれともないなかなとりそれがこいじのつねかいナ)ほれりやたれしもぐちがでる(芋かつ)」(十オ)
雪はともへ
さいとつぼざらぽんとふせしよふぶとこゑが中たがへてふとでられてみのふとんあんかはもたれぬむられぬまだくちがないではないかいな(栄次)
たよりない身にたよりができて〔長うた〕(あかますがりのふですさみこゝにつよさをしるしけり)(八尾源)」(十ウ)
むねに手をおきふでとりなをし〔とみ元こいな?みへ〕(ふみのたよりですましてもあはずにいればきにかゝり)とふかきやまことがとゞやら(八尾源)
はなのさかりは向じまさして〔長うた〕(野辺のあそびもよねんなくこりやたがめいきちゝちやなもちやか??の葉ちんがちがちがちんがらこはしりはしりついてさきへゆくのはさかやのおてんば)あとへさがるはおまはりきつねけん(?金)」(十一オ)
じつとたき〆めとめをみ合〔常はづ新??ま〕(ぬいでは?ぐたびころもうすきちきりの????)こゝろでないてもわらいがほ(紺?)
わたしのしよふばい朝からばんまでおしゝをかぶつて〔とみ元くらま〕(大みそかもがんじつももゝ引がけのたびかぐらわれとうかれる道しはに)しゝのまねしてよをわたる(三門やでん女)」(十一ウ)
<十一オは『どゝゐつづけ 一へん』の二丁と同じ>
おとこなきとてこのマアくろふ〔しんないらんてふ〕(しようばいごとはうはのそら)どふかしあんがあるまいか(紺政)
いろになれとはそりやうそらしい〔ときはづせきのと〕(いつたいそさまのふうぞくははなにもまさるなりかたちかつらのまゆずみあほふして又とあるまいおすがたで)じつにま事とおもはれぬ(とこ藤)」(十二オ)
たなのだるま
あまりしんきくさゝにしきのはなふだちよいとまいて手やくとつたりマヽわらつても見たり(芋かつ)
あまりしんきくさゝにあなのなままめちよいとたづねはつものしめたりマヽくさいのも見たり(紙栄)
あまりしんきくさゝにかりたくのおいらんをちよいとかいにげいしやあげたりマヽおとらせても見たり(三河やでん女)
あまりしんきくさゝにうちの山神をちよいとねかしちやうすさせたりマヽうしろからのしたり(大金)」(十二ウ)
ま事あかすにうたぐりぶかい〔常はづ〕(まくらの下へやる手さへつとめにはなればからしく)これでもうたがいしやんすのか(大金)
たもとにすがつてなみだをおさへ〔一トこへ〕(男心はむごらしい女心はそふじやない)ひとことわけをきかさんせ(紺政)」(十三オ)
すいたどふしはめもとでしれる(これはしたりめんぼくないモウこれ迄はいくたびかもふいはふかいはふかと口まではぞろぞろでたけれどいゝだしかねておりましたどふぞおまへにゆめになとしらせたいと思ふからマアマアしかきやのばんとふ様ともとわれる?があさくさのお地蔵様へ七日のあいたはだしまいりをいたしましたわいなイヤもふもふお地蔵様へこれは私がいんぐはてござりますどふぞこのこいかなひますよふにたつたいちどてよござりますがまたは少々はんぶんても四半ぶんでもかんにんいたしまするといつしんかけてねがふたらサアサアお地蔵様のこりやこりやといふものはイヤもふトントあらそはれぬものじやはいおまへさまが私にそれほどまでしんじうたつてこんやのむこがいやじやとはこれマアうれしいぞへかたじけないわたしがわるけりやあやまろふすねずにおこまさんこつちやのほふをむいて下さんせ??いナアナアアヽわたしやさつきにから手をあはせておがんでばかりおりますはいナア)くどくよふではできはせぬ(八尾源)」(十三ウ)
いろのいのじをふたりでおぼへ〔清元おそめ〕(なにやらそうしへかいたのをそなたに見せてとふたらばこいといふじといふたのをむすびはじめのとのごじやと)思ふまもなくけふかぎり(栄次)
はたでどのよにわらふとまゝよ〔清元山がへり〕(おやがしかろがせかんしよがまゝよのふこれほれたとのさがすてらりよか)〔常はづうつぼ〕(をく山のさいかちばらのなかまでもおまへとならばどこまでも)そふて見かはす人のかほ(八尾源)」(十四オ)
百たびいふてもぬしある身では〔とみ元〕(くどふいふのがおまへのくせよなんぼそのよにせかしやんしても)みさをたてたいこゝろざし(芋かつ)
はなのつぼみとこいじのふみは〔長きよ〕(一寸あさぎにふでそめていとしいいのじをかゝんすかあはでこがれていさんすかそれでもいろますたますさを)ひらくあしたをまちかねる(八尾松)」(十四ウ)
<十四丁は『どゝゐつづけ 一へん』の三丁と同じ>
きやすめきいてもうれしく思ひ〔とみ本〕(どふで女ぼにやもたさんすまいわたしばかりがほれていてうそのへんじをま事とおもひ)かげしやさだめしきらふたろ(芋かつ)
めうとやくそくおよびもないが〔常はづ〕(ありの思ひもてんとやらどふで女房にやなられぬけれど)せめておそばでみやづかひ(紙栄)」(十五オ)
もゝようたへたさてなさけなや〔しんない〕(たとへこの身はあは雪とともにきゆるはいとはぬがこのよのなごりにいまいちど)あふてうよみがきかせたい(八尾松)
このよでそはれぬあくゑんなれば〔常はづ〕(あのてらまちをでぬさきはわたしとりもしぬかくご)はすのうてなであらぜたい(栄次)」(十五ウ)
<十五丁は『どゝゐつづけ 一へん』の四丁と同じ>
わたしのねがひをきいてもおくれ〔常はづ〕(おまへとだかれてねるならばおさつやすきないしいしをたちものしだにくひかへ)恋ゆへくひけもこらへます(八百松)
ふではかはひやはなれていても〔しん内夕ぎり〕(しらかみにかくふみのつてへんじとるてもこゝろせき)こいしゆよかのたよりきく(とこ藤)」(十六オ)
大こうりまぐそさらつていろ事するか〔わかもの〕(こいのおもにをかたにかけ)これでもばんにやおきやくさん(紙栄)
心さだめてあはさつさんせ〔しん内明からす〕(とふてしなんすかくごなら三づの川もこれこのよふにふたり手をとりもろともに)〔おはん〕(ほれたがいんぐはかんにんしていつ所にころしてくださんせ)それぢやおとこもをよばせぬ(芋かつ)」(十六ウ)
うはきものじやといわりよとまゝよ〔清元山がへり〕(よつやではじめてあふたときすいたらしいと思ふたがいんがなゑんのいとぐるま)めくりあふたもいんぐはどし(八尾松)
くがひのわたしにま事をいはせ〔ときはつ忠信〕(まことあかしのうらみなくそしてあかすがじつのじつの)うそはおまへにせんこされ(高松八)」(十七オ)
小ぐらの野辺のひともとすゝき〔露はをばな〕(露はをばなとねたといふをばなはつゆとねぬといふあれねたといふねぬといふ)いつかほにでゝあらはれた(とこ藤)
あゝもしれつたやそらとぶとりは〔清元松風〕(あのとりさへも女夫女夫のもろつばさ)ゆくにやゆかれづかごのとり(三河やでん女)」(十七ウ)
へのやうなねがひなんぞとわらわばわらへおさつでしよくせうがしてみたい
みぎとひだりにとうなすおさつおいていつせうくらしたい
さけもやめよがたばこもよさうやめてやまぬがいものみち
うめぼしのやうなおやぢもそのまへかたははなをさかせしすひのはて」(十八オ)
(絵)さく丸撰」(十八ウ)
<十八丁は『どゝゐつづけ 一へん』の七丁と同じ>



六、『どゝゐつづけ 一へん』

菊池所蔵。表紙に「了古画」とあり、巻末に「さく丸撰」とある。本文七丁、丁付けナシ。
東北大学図書館狩野文庫に『どゝいつづけ 二へん』がある。本文七丁、丁付けナシ。表紙に「了古画」とあり、巻末に「さく丸撰」とある。東北大学本の一丁めは菊池本の一丁めと同じであり、東北大学本の二丁めは菊池本の四丁めと同じであり、東北大学本の七丁めは菊池本の七丁めと同じである。
以下、菊池本の翻刻。(丁付けは仮のもの)
どゝゐつづけ 一へん 了古画」(表紙)
あふさいあふさいよろこびありや〔長うた舌出し〕(と?はひとへにありがたき花のお江戸の御ひゐきをかしらにおもき立ゑぼし)ほかへやらじとだきしめ?(三門やてる女)
ぶたれたゞかれその手にすがり〔しんないふちかつら〕(わたしがつよくさからはゞすいなおまへのお心がかはらしやんすであらふがの)わけをいはねばわかりやせぬ(とこ藤)」(一オ)
ほれてわたしがほめるじやないが〔清元おちうど〕(こんなゑにしがからやうのおしのつがひのたのしみに)なふられたいのが身のねがい(八尾松)
そもやふたりがそのなれそめは〔常はづおふさ〕(ふみてくどかず人たのまず心のじつをうちつけに)思ひに思ふてけふのしゆび(??)」(一ウ)
むねに手をおきふでとりなをし〔とみ元こいな?みへ〕(ふみのたよりですましてもあはずにいればきにかゝり)とふかきやまことがとゞやら(八尾源)
はなのさかりは向じまさして〔長うた〕(野辺のあそびもよねんなくこりやたがめいきちゝちやなもちやか??の葉ちんがちがちがちんがらこはしりはしりついてさきへゆくのはさかやのおてんば)あとへさがるはおまはりきつねけん(?金)」(二オ)
じつとたき〆めとめをみ合〔常はづ新??ま〕(ぬいでは?ぐたびころもうすきちきりの????)こゝろでないてもわらいがほ(紺?)
わたしのしよふばい朝からばんまでおしゝをかぶつて〔とみ元くらま〕(大みそかもがんじつももゝ引がけのたびかぐらわれとうかれる道しはに)しゝのまねしてよをわたる(三門やでん女)」(二ウ)
いろのいのじをふたりでおぼへ〔清元おそめ〕(なにやらそうしへかいたのをそなたに見せてとふたらばこいといふじといふたのをむすびはじめのとのごじやと)思ふまもなくけふかぎり(栄次)
はたでどのよにわらふとまゝよ〔清元山がへり〕(おやがしかろがせかんしよがまゝよのふこれほれたとのさがすてらりよか)〔常はづうつぼ〕(をく山のさいかちばらのなかまでもおまへとならばどこまでも)そふて見かはす人のかほ(八尾源)」(三オ)
百たびいふてもぬしある身では〔とみ元〕(くどふいふのがおまへのくせよなんぼそのよにせかしやんしても)みさをたてたいこゝろざし(芋かつ)
はなのつぼみとこいじのふみは〔長きよ〕(一寸あさぎにふでそめていとしいいのじをかゝんすかあはでこがれていさんすかそれでもいろますたますさを)ひらくあしたをまちかねる(八尾松)」(三ウ)
きやすめきいてもうれしく思ひ〔とみ本〕(どふで女ぼにやもたさんすまいわたしばかりがほれていてうそのへんじをま事とおもひ)かげしやさだめしきらふたろ(芋かつ)
めうとやくそくおよびもないが〔常はづ〕(ありの思ひもてんとやらどふで女房にやなられぬけれど)せめておそばでみやづかひ(紙栄)」(四オ)
もゝようたへたさてなさけなや〔しんない〕(たとへこの身はあは雪とともにきゆるはいとはぬがこのよのなごりにいまいちど)あふてうよみがきかせたい(八尾松)
このよでそはれぬあくゑんなれば〔常はづ〕(あのてらまちをでぬさきはわたしとりもしぬかくご)はすのうてなであらぜたい(栄次)」(四ウ)
女ふたりがはなすをきくにいつもおとこのさたばかり
さたをするともおとこのやうにせけんかまはずいゝもせぬ
わがほれりやひともかうかとじやすいのぐちでかた時はなれることはいや
あふてのちおもひまはせばいよいよぐちよふかくなるほど人よりも」(五オ)
むすほれしえにしのいとほどふしぎはないよいまはからまるとこのうち
よのあけぬ国があるならふたりがすんでつもるはなしがして見たい
千のきせうでからすをころしぬしとあさねがして見たい
あさいとのよれつもつれつもつれつよれつすえはほどけぬえんとなり」(五ウ)
なみだもろひとわさびにまでもあまく見られる身のひごろ
せうじぴつしゆやり出ていたあとはとがなききせるをたゝきたて
やぼにしていきじをはるのあはゆきならでまぶにとけるではらがたつ
はりつめて見れはいくぢで身はなつごふりとけてしまへばたゞの水」(六オ)
したえだのまゝなるはなはこゝろになくてとゞかぬこずえにくろうする
こずえとてまゝにならぬでわしやなけれどもまこととゞかぬそのわけさ
ゆきくれしひとにやどかすあるじのはなもあさのわかれはそでのつゆ」(六ウ)
へのやうなねがひなんぞとわらわばわらへおさつでしよくせうがしてみたい
みぎとひだりにとうなすおさつおいていつせうくらしたい
さけもやめよがたばこもよさうやめてやまぬがいものみち
うめぼしのやうなおやぢもそのまへかたははなをさかせしすひのはて」(七オ)
(絵)さく丸撰」(七ウ)



七、『端唄のよせ本 月の巻』

菊池所蔵。表紙には、右から「さく丸撰」「さか盛画」「端唄のよせ本 月の巻」「初篇」「福忠板」とある。見返しには「はうたのよせ本 光斎」とある。「自序」には「酉の初秋 光盛舎主人 さく丸述」とある。酉は文久元年(1861)か。該本には乱丁・落丁があり、次の順番で綴じてある。十・十三・三・七・十二・十一・九・八・四・六・五・十四・序。少なくとも、一・二丁は欠けている。丁付けの順にしたがって翻刻すると、次のようになる。都々逸を含む。
端唄のよせ本 月の巻
さく丸撰 さか盛画 初篇 福忠板」(表紙)
自序
書物(もの)読者は。孔子の道を学び。仏法は釈伽を師と尊み。手習ふ童(こども)は天神様。何れか其教の有ざらめや。既に今流行の歌沢ぶし。一寸酒宴(おさけ)の其座敷(ところ)で。謡ふ唱歌のいと手みじから。人情こもりし一流(ひとふし)の。其元うたに替唄を。添て顕わす一小冊。追々跡を続穂(つきほ)の桜木。の世々出すを待かねて。御覧の程を。梓主に替りて書のごとし/酉の初秋 光盛舎の主人 さく丸述」(序)
同かへうた
ぬれてこそつゆをもいとへ/いまはなにいのちにかけて/こひしさのきみはいまごろ/ふねのうちこまかたあたり/ほとゝぎすないてわかれの/くちずさみほれてゐりや/こそいのちまですてゝ/とのゝおためになるわいなサアぎりを/たてぬくけいせいはサッサたかをにかきります」(三オ)
同かへうた
つきひがいあふようれしとまて/がいにこがるゝむねのやるせ/なさあはびのかいのかた/思ひいつかとゞいてはまぐりの/あふてはなれぬやくそくも/つもるはなしのあとやさき/こひのなかをしらない/からすがいサアにくらしいじや/ないかいなサッサどうでもはなりやせぬ」(三ウ)

またいつとしのびあふよの/みじかさにいつしかしらむ/とりのこへあけていわれぬ/むねのうちおやとおやとのぎり/づめになくなくたてしけふの/ひはおやはなみだのたね/あぶらいとしつぼみをなんと/なさけなやサアはなのつゆと/するわいなサッサいけんもやすだいじ」(四オ)
夕ぐれ本てうし
ゆうぐれにながめ/見あかぬすみだ/がはつきにふぜいは/まつちやまほかけた/ふねがみゆるぞへアレ/とりがなくとりのなの/みやこにめいしよがあるわいな」(四ウ)
同かへうた
あめのよにひとり/さびしきかどのとを/おとなふおとはぬし/さんがきたかとゝんで/とあくればアレにくら/しいくひなづらなに/ゆへわたしをだますのじや」(五オ)
同かへうた
ゆあがりにむかふ/かゞみのふたとつて/うかぬおもひをゆうげしやうしみじみ/ほれゝばぜひがないアレ/ぬしゆへにこのやうにやせ/たがめにはかゝらぬか」(五ウ)
同かへうた
さくらどきいろか/あらそふむかふじま/すがたまばゆき/ふりそでのひとしく/思ひますかゞみアレ/こひかぜにさそわれてわかれ/ともなきみやこどり」(六オ)
大つゑ
夕くれにうかうかと土てをまはりて/まつちやまたけや人とよぶこへを/さきのこゝろはすみだ川こひのせ/きやをしらひげでわしをあきはで/はづかしく人のみるめをかねが/ふちおもひはしばのわたしぶね/いつまでもそばにいほざきま/くらばしみやうぎのはなしを/だまつてあやせばだい??か」(六ウ)
同くるまづくし
たかなはでうしぐるまゑんさか/ほうはだいはちぐるまこども/しゆはかざぐるまいなかの/はさまはいとぐるまたゞのぶは/げんじぐるまかたはぐるまは/京のまちいざりのゝるのがぢ/ぐるまで三人けうだいはごゝよ/ぐるまみづぐるまびんぼう人しんせうはひの車/かけとりのかほをみてはいつでもいゝわけくちぐるま」(七オ)
同げんじ
おまへとゑんをきりつぼともしもなる/かときはもみぢのがわかなくらうも/はしひめはゆめのうきはしもわすら/れずはゝきゞをすてるともわたしや/おまへにまきばしらはやくおなかにやどり/ぎとにおふみやへとぐわんをかけ/はなのゑんむすびめかたきあ/げまきのこゝろのうきふね/さわらびやめてくださんせ」(七ウ)
??(二文字ほど破損)むらさきたゞ一トすじに人めの/せきやらちこへてたがひのこゝろをあかし/がたほんにこゝろもすまのうらまた/あふことをまつかぜとみをつくし/たるむつごともかはるこゝろのつれな/さにむねにほむらはかゝりびや/かげらうのなかぬほたるじやな/けれどもひとりくよくよはなち/るさとだときはみの里」(八オ)
ドヽ一
かけろふのつきもさやけきあのあやなみにふねでゆられてゆくわいな
すだのかはかぜにかいのすだれはりといきぢのみやこどり」(八ウ)

さきじやこよりにするふみなれどひとのめかほにたゝぬやう

たよりするにもかみかくこともならぬひとめのもじのせき」(九オ)
ドヾ一
うわきらしいがまあきかしやんせ〔冨本うす雪〕(あいみしときはすぎしはるじしゆのさくらもはなざかりほんに思へばきよみづのくわんおんさまのおなかうどたがひに人めつゝましく)おもひいだすもうさはらし」(九ウ)

ひとのそしりもないしよのてまへ〔常はつせきの戸〕(まがきのうちよりことまねきふはときせたるうちかけのすそへかくれてなかろうかとくじやの口をのがれしこゝち)ぬしにあふよのやるせなさ」(十オ)

たとへしうとがおにでもじやでも〔常はづげんだ〕(たでくふむしもすきずきとやらことしやかぼちやのあたりどしなぞとゆつたもきはづかしいつきだされぬうちこつちから)ほれたいきぢですわりこむ」(十ウ)
めぐる日本てうし
めぐる日にはるにちかい/とておいきのうめも/わかやぎてそろしほらしや/かほりゆかしとまちわびつれて/さゝやぎたてるうぐひすの/きてはあさねをおこしけり/さりとてはきみじかないま/おびしめてゆくわいなさつても/けふをいひとさんじや」(十一オ)
同かへうた
めぐる日にはるがきたとて/なにきがうかふくろふの/ねんがあきはせぬむご/らしやかほにいださぬ/そのせつなさはおく/さんさうに思われて日がな/一チ日やるせなしさりとは/きみじかないまさけかいにゆく/わいなおそいとそれからあばれます」(十一ウ)
本てうしかきおくる
かきおくるふみもしど/なきかながはでだいて/ねよとのおきこへて/いわにせかるゝちるなみの/ゆきかみぞれかみぞれか/ゆきかとけてなみじの二ツ/もじつまをこひしとしたふてくらすヱ」(十二オ)
同かへうた
まちわびしねやもつれ/なきしのびなきたより/なきみのぜひもなや/あわでこのよにあるならば/ゆきときへたきこゝろぞと/こひにくちなんはてまでも/思ふがむりかへ」(十二ウ)
同かへうた
かきならすうたの/もんくのみにつれて/こゝろそゞろにさみ/だれのすがたはみへぬ/ほとゝぎすないて/くらすと思ひをつけよとりも/ものかはかわゆらしはてしないのをさツさんせ」(十三オ)
同かへうた
うかれくるはなのさかりを/くよくよとおもひこがるゝ/みながらもひとめを/しのぶはかなさはあらしに/ちらでかのとりのちらしは/せぬかとむなさはぎさけで/しのがにやぜひがない」(十三ウ)
同かへうた
あきくればもみぢいろ/づくよじやものをおもひ/おもひのひとごゝろ/あふはわかれのもとひ/ぞとおもひあきらめさりと/てもヱヽもこゝろのまゝ/ならぬこひのくせじやと思わんせ」(十四オ)
どゞ一
ちわがつのりてくぜつのはてのまつたかひなきあけがらす

すねてかたよるふとんのはづれほれたはうからきげんとる」(十四ウ)
※蓬左文庫に『端唄のよせ本 花の巻』を所蔵する。図書番号は尾19-92。表紙に「さく丸撰」「酒盛画」「花の巻」「端唄のよせ本」とあり、見返しに「光斎」「はうたのよせ本」とある。端唄のみで都々逸はない。



八、『端うたとゝ逸もんく入大一座』

関西大学図書館所蔵。図書番号は、H911.93/S14/1。序題は「小唱(はうた)大一坐」。序記に「丙辰の初夏 光盛舎の南窓に さく丸述」とある。丙辰は安政三年(1856)。
十三丁めまではさく丸撰の『端うたとゝ逸もんく入大一座』だが、それ以降は別本を取り合わせたものである。別本とは、万延元年(1860)刊の『とゝいつ図会』の一部である。
以下、関西大学図書館蔵本の翻刻。
端うたとゝ逸もんく入大一座
了古画」(表紙)
(絵)本家/さくらもち/大こくや」(見返し)
小唱(はうた)大一坐の序
李白は酒で詩を造り雲上人(てんじやうびと)は月に寄(より)花にめでゝは歌を詠ず僕(われ)も真似して今流行(はやる)書肆(ふみや)の求に小唱(はうた)を撰む唐(から)も倭(やまと)もおしなめて華の明日(あした)に月の昨夜(ゆうべ)雪の降日(ふるひ)は一ト塩に辛きも甘気きもうち連て火燵を入れし家根船でしつぽり唱(うた)ふ一ト節は実(げに)に格磬(かくけい)の閑楽なるべし
丙辰の初夏 光盛舎の南窓に さく丸述」(一オ)
人めありやこそわたしのこゝろめかほでしらせるそのつらさ
はれてあわれぬふたりがこのみ〔うばたま〕(にかいせかれてしのびあふ)つらいこいじもこゝろがら(江戸ばしてつ作)」(一ウ)
〔夕ぐれかへうた〕こうばいやむすめしのばすべつざしきかげもゆかしきせうじごししらぶる琴のつきじるしアレこへがする人じらししみじみ人めがにくいぞへ(桜川我幸)」(二オ)
〔あだなゑがほ本てうし〕ゆきのよふけをたゞすごすごと小町のもとへせうせうはうらみつわびつこりずまにかよいもなれし深草みちにやつれしなりも妹(いも)ゆへにいとひはせじと九十九(つくも)みつこゝろのそこゐわきいづる水にぞさそふこひのみち(上広光盛連さし紋)」(二ウ)
〔よどの車本てうし〕おもいきれとはむねきないけんじつじやあろふがはらがたつそれはわたしのこゝろからじつじつやるせがないぞへ(上広光盛連さし吉)」(三オ)
〔きんとき〕まんざいがまんざいがゑぼしすわふでつゞみをうつてとそのきげんでたかでうしさいそうなんぞもしほからごへでみろく十ねん辰のとししゆじんのたてたるおいへははんじやう」(三ウ)いわいまふたるなりふりおかしかどは松竹しめかざり(上広光盛連さし菊)
ふつてくるとはいゝつじうらよどうぞぬれたいわがおもい(本二久作)」(四オ)
どてらかゝへてしちやのうちへ
詞「コウばんとうさん一寸二朱かしてくんな
 「なにこれはそうはつきません「マアむりでもどうぞかしてくんねへ「マアおまちなさい
「ばん頭はじつと品をみてアレまたあんなむりいふてこんなどてらは弐朱はつかぬ
詞「どうあつてもか「そでより
わきがきれているひどいものをもつてきておまへの心はそうしたものか」(四ウ)
どこもやけあなこげている(江戸ばしてつ)
〔さくらへ〕
だづゝヱだづゝヱきりようわるしやれるはかんばんのどぶつかみやうげかあれぎやうさんなこへどうまごへあひるぶんこをしよつたよふ
たんとさせさせてへけなものさせしやれにほいがすきならはつたほうぺたがあかいぶんだよ(江戸ばしてつ)」(五オ)
〔はる雨二上り〕
中将のあつまのかたへゆく雲のつきよのはなにいやまさるこひのおもにをおきみやげかへりあふみのかたよりすがた影さすかゞみやまびわのうみべをたどりつゝやがてみかはやつはしかきつばたサアきつゝなれにし旅衣サツサいそいでまいりませう(上広光盛連さし安)」(五ウ)
あれきかしやんせわたしがむりか〔山がへり〕(よつやではじめておうたときすいたらしいとおもうたがいんぐわなゑんのいとくるま)あくまでおまへにじようたてる(上広光盛連なか女)」(六オ)
きりぎりすきうりきられてさてかごのなか〔冨本むしうり〕(ちぐさにすだくむさしのゝあぶみにあらぬくつはむしいなごすゞむしこがねむし馬をひむしのやるせなやわれはおよばぬみのむしなれどちゝよとなかでこひに身をやつれはてたるきりぎりす)はゝはくさばのかげでなく(光盛舎さく丸)」(六ウ)
くわせものとはしりつゝほれて〔清元きせん〕(せゝでまるめてうわきでこねてこまちざくらの詠(ながめ)にあかぬ)あきがきたらばてきれ金(がね)(和泉ばし通り房丸)
ぬしあるおまへとしりつゝほれて〔常はづ角兵へ〕(とてもいろにはなられぬけれどせめてやさしいおことばを)きいてたのしむ胸のうち(光盛連房丸)」(七オ)
〔わかのうら本てうし〕
はなのあさくさなところいへば一にごんげん二ににわふもんさんに三社さま四にしくどくやだいじくわんおんしよにんにりやく四季のおくやまはなやしきおちややにうつくしたぼぞろいサツサどうらせうにやアかねしだい(上広光盛連よね丸)」(七ウ)
いまはたがいに人めをしのび〔清元おちうど〕(やぼないなかのくらしでもはたもおりそろちんしごとつねのおなごといわれてもとりみだしたるしんじつが)やがてはれたるみやうとなか(江戸ばしてつ)」(八オ)
あれみやしやんせあのかりかねもいとしかはいのみやうとつれ
つきもほのかにくもまをもれてはれてふたゝびぬしのかほ(光盛連なか女)」(八ウ)
もしもこのまゝおわれぬならば〔常わづ関の戸〕(いやとよわれはこひごろもはやぬきすてたらばたまのすみのころものたらちねの後のよねこふほたいしんかうきのみちでさむろふぞや)ほかのおとこのかほもみづ(上広ぬし平)」(九オ)
〔大つゑぶし道成寺〕
きのくにのどうしやうじかねのくよふがごささりますきむすめかしらびやうしなんでもおんなはいれられぬないしようでこつそりとおがませてくださんせおれいにはまいをまふおもへばうらめしこのかねやとなりうごかねばおしようさんはのうまへといのればきれいなあねさんじやになつた」(九ウ)
〔大つゑふしふたつてうてう〕
はなれごま蝶吉はこめやのむすこでけんくわずきぬれ髪とたてひきにあとへはひかれぬおとこづくふじやのあづまをばおたかいにたのまれてみうけのしりをもちしらはのうへでのもんくいひきあねおせきしけんきいたか二人りともこれからなかよくきやうだいかためのさかづしき」(十オ)
はつねなかせたおまへをすてゝ〔常わづしづか〕(みわたせばよものこずへもほころびてむめがへうとふうたひめのさとのおなごははるははねつくてまりうたひとごにふたごみはよをしのぶいつかむかしのさゝめごと)なんでとまろふもゝのゑだ(光盛連中女)」(十ウ)
〔うぢをちやどころ本てうし〕
さけはし?川さまざまのなかにうわさのかじまのうろこひとのきにあふくちにあふいろもみもあるすいたさけさゝがこうじてきつねけんいち二イとりやうばらい(京ばし酒長)」(十一オ)
じぶんのこゝろがじぶんでしれぬ〔あけがらす〕(あふたしよ手からかわいさが身にしみじみとほれぬいて)もとめてくろうをするわいな(さくらもち大黒や内ひさ)
ふればふらんせおまゑのくせよわしがなみだのさつき雨」(十一ウ)
〔うそとまこと本てうし〕
ゆきつもどりつ五じやうざかさむさにつけてちやちやひとつそれがたがいにゑんとなりたしかあみがさかげきよさんときよみづでらのわかれじははかないゑんと御さつし(しほ善作)」(十二オ)
くるかくるかとまつみはほんに〔ひとこゑ本てうし〕(いつしかしらむみじかよにまだねもたらぬたまくらにおとこごゝろはむごらしいおなご心はそふしやないかたときあはねばくよくよとぐちなこゝろでないてゐるわいな)さめりやひとこゑほとゝきす(墨田人作)」(十二ウ)
〔夕ぐれ本てうし〕
しののめにむこふ見わたすそでがうらおきにふぜいのかゝりぶねすさきのはなが見ゆるぞへあれしほがひるしほひぶねやよひのくせのくもりがち(かみつね作)」(十三オ)
ひとのめかほをようようしのび〔義太夫〕(つりどうろうのあかりをてらしよむながぶみはみだいよりかたきのやふすこまごまと)あいた手くだをゑんのした(すみだれん年かげさく)」(十三ウ)
鳩墻桃叟撰  五十点之部
どふて届かぬわたしがこゝろかぜの尾花のうたまねき(三味センボリ ある磨夫)
秋の夜寒を身にうちよせてあわぬきぬたのむら拍子(竹木)
ぬしに逢ふたらどふ庵崎とはなの顔見りやすみだ川(小ナキ川 田女)
しのぶ恋路もいつしか洩れてぱつとうき名の立田姫(玉屋内 美なめ)」(十四オ)
露の情につゐほだされて月も宿かるくさまくら(神田 はま女)
鏡ぶとんにまことをうつしぬしをちからにうきづとめ(清元 寿磨太夫)
くやし泪と雨夜のほたるわすれかねては身をこがす(蜑の家 おか女)
花にゆふべは寝たれどあけのかねにわかるゝ八重霞(小アミ三 二兵)
切れる覚悟でかぶりはふれどいつかむすばる凧の糸(小アミ みよし)」(十四ウ)
ふたりがゑにしはアノ輪飾りよ丸くむすんでとけはせぬ(小アミ 幾世吉)
雪が降てもぬしさへ来ればさほどつらゐとおもやせぬ(すり本 児もと)
寒苦凌ゐではる花さゐてすへは実をもつ谷の梅(芝カナ杉 秋江)
月に誠がうつらふならばぬしに見せたゐ胸のうち(バクロ丁 従駒)
こたつやぐらで恋路の角力あしと人眼の関が邪魔(藤?り)」(十五オ)
紫陽花(あぢさゆ)のはなに能(よく)似たお前のこゝろ替り安さの色ぐるひ(六けんぼり 元蝶)
ぬしは秋風わしや気をもみぢ色にやもえたつ胸の内(イヽグラ 三友)
ふらばふらんせおまへの癖よわしが泪の皐月雨(遠藤)
はれて逢れぬ二人りが中をむすぶの神かや朧月(柳園 喜彦)」(十五ウ)
おなじ花でも秋さくはなはじみでまことを立とをす(清元 徳造)
すゐたお前とわしや早乙女の二畝もさんせも替りやせぬ(外カンダ 寿喜)
つらきうきめにわしやあふみがやぬしにつられて夜を明す(善ケ野 万事馬)
ふられた計りか雪にもふられうちじや親父が首をふる(青梅 家満)
来てはわたしに無理いふ紅葉鹿とさだめたこともなく(ヲトワ 里江)」(十六オ)
余所へ引かるゝ事共しらでひとり子の日のぬしをまつ(赤サカ かつら子)
ふつと濃茶のくちきりそめてむねのふくさがさばかれぬ(三味センボリ 出たら女)
ぬしに近江は美濃たのしみよ寝ものがたりは●(かや)の中(うち)(シバ 巴馬)
人眼石洲芦屋の釜に首尾をまつ風茶立虫(松寿斎)
夏草の腐縁かよ姿を替て沢のほたるが身をこがす(さくら田 文字竹)」(十六ウ)
月と柳の影おく池にあそぶおし鳥りや鞠の沓(青梅ゝ 雨川)
賤が伏家にさす月よりもしのぶ恋路はもれやすい(下谷 権政女)
?華文略
番外之歌(五十五点より八十五点まで)
つらい悲しい年季のうちを辛抱する気にや花が咲(羽衣連 巴馬)
撫ツさすりつ大事にされてうちに寝るときや柏餅(紫連 梅春)」(十七オ)
結ぼれた胸の思ひもさらりととけてぬしに扇の凧のいと(シバ 巴藤)
底の冷たいこゝろとしらで迷ひましたよ雪の肌(下谷 芝扇)
炭にたとへりやお前はかたぎおこりやわたしもあつくなる(青扇斎)
わたしの眼当は奈須野々扇ぬしをはづしてなるものか(トキハ丁 彫長)」(十七ウ)
浮名辰巳と八幡がねも余所にとめたよ朝しぐれ(かつしか 楽桃)
引よせて●(じつ)と見つめる柳の芽からぱらりと落せしひと雫(青梅々 静女)
浮て花さへ水艸なれどそこのあふ根はきれはせぬ(小あみ 角伝)
遊びながらに此しん生姜のびるわたしの茗荷竹(青梅々 梅八)」(十八オ)
三光之部
○九十点
気骨苦労も逢ふ楽しみとおもへばさむさもいとやせぬ(東両国 岩吉)
○九十点
今じやひかれぬ六日のあやめのぼりつめたる恋の意地(東ばし 綾女)
○百点
木の実や木のもともまれておちてぬしの情にひろはれる(品川 袖丸)」(十八ウ)
柳亭光彦撰  二十五点より七十点まで
秋の来たの歟おまゑのそぶりうはの空なる月のいろ(三味センボリ 餅好)
梅にうぐひす竹にはすゞめわたしやおまゑをまつ計り(小ナギ川 出来内)
秋の夜寒を身に打よせてあわぬきぬたのむら拍子(三味線ボリ 竹木)
雪がとりもつ今宵の首尾はぬしとちん/\鴨の鍋(水道橋 糸安)」(十九オ)
ぬしのこゝろは井筒のさくらうつり安イニ気がもめる(岩井 小志津)
それと悟ツて小耳をたてりやまたも水鶏がヱヽ馬鹿な(水道橋 春笑)
水のながれとわたしが恋は海の月かえ果がない(小ナキ川 もみぢ)
逢れぬ事かとまた呑酒に来ない知らせかつもる雪(村雨)
逢へば別れとさて知りながらかえしともなや雪の朝(三谷ボリ よね女)」(十九ウ)
はなはもたねど山椒をおみなまことなりやこそ実を結ぶ(小ナキ川 まさ)
のぼりつめたをしやくりにのツてきれてくやしき凧の糸(糸竹)
浮て花さく水艸なれど底のあふ根はきれはせぬ(角伝)
逃した薮蚊のアレ憎らしい打にうたれぬあの寝顔(平の丁 三原)
切れる覚悟でかぶりはふれどいつかむすばる凧のいと(みよし)」(二十オ)
娘ごゝろのたゞひとすじに星へ手向の恋のいと(本郷 三眉)
さとの桜も見倦てはやく見たいおまへの寮の菊(四ツ谷 夢足)
しのぶ約束誰が水さして氷る妻戸のうらめしい(芝神明丁 栄扇)
かゞみ蒲団に誠をうつしぬしをちからにうきつとめ(清元 寿磨太夫)
鴬の声もきかねば月日も知レぬ深山住居(ずまゐ)もぬしゆへに(よし原 嵐雅)」(二十ウ)
おつなかげんでむすんだ中をかぜが邪魔するいと柳(モリ本 とん馬)
ぬしが来たかと雨戸を明ケりや月がわらふかゆれるみづ(小ナギ川 津寝)
月は晴てもおまへの心やみの礫であてはない(下谷 鶴福女)
心せかずにさめなひやうに松と竹とのすへながく(深川 かつ金)
かやにふく浪まくらの舟にのるもすゞしき床の海(ヲトハ 里江)」(二十一オ)
茶にする心はさらさらなゐがぬしはちやにする雪の水(?丸子)
番外十客之部  七十五点より八十五点迄
すねた梢を手くだとやらでおつにからんだ藤の花(小あみ 花見吉)
旅のなさけに契りし恋は星のひと夜の根なし草(紫レン 梅春)」(二十一ウ)
聞も咄すも人眼をかねて背中あわせのすゞみ台(青梅々 梅の戸)
頓て夫婦となるみの浴衣おもひそめたもむりはない(柳ばし 菊女)
しのび足して閨の戸あけてそつとたちぎく虫の声(横山三 小松兼)
主に近江は美濃たのしみよ寝もの語はかやのうち(司馬 ともへ)」(二十二オ)
露の情の色香にそみていつか逢瀬を菊の花(三味センボリ 餅々)
氷る硯にゐきふきかけてこぼす泪にしめる筆(二ツ目 あきら女)
五月雨の闇に迷ふもいつか恋路のならいはれ間を松の月(水道ばし 朝寝)
こたつ櫓で恋路の角力アレサ人目の関が邪魔(シバ 夢暮里)」(二十二ウ)
三光之部
九十点
色気づゐたよあのほうづきも人目なければちぎられる(御舟蔵前 ゆたか)
九十五点
ぬれて色ますわか葉のもみぢすえにやうき名のたつた川(小アミ 梅中)
百点
露の葉ことに照りそふ月はどこへ誠をうつすやら(二つ目 つばめ)」(二十三オ)
紫連補助之部
硝子(びいどろ)の中におよぎし金魚でさえもぬしにつられて気がもめる(菊の屋 秋月)
山吹の色に迷ふてうき名はたてど当座の花には実がならぬ(香琳舎 春?)
青いすだれのうちからのぞく花がめにつくさくら艸(さう)(春道 楽成)
風の便りに任せて逢ふてうれし泪の落葉川(江左庵 花船)」(二十三ウ)
泥にや咲ても江戸紫はいろに根づよひかきつばた(山泉舎 彫長)
ぬしに逢ふのはよい緋ざくらよつもるはなしも山ざくら(後見 蓬斎 東琳)
玉章のあつまりたるを見て
余所の恋路と浮気な花をよせてながめて気をはらす(催主 梅の家 梅春)」(二十四オ)

はなし声さえかすかになりて更行閨にきりきりす(東都 柳亭 光彦)
二タツ来たよりひとつがゆかし花にゆらるゝ蝶の夢(鳩垣 桃叟)
はたからおまへの噂をきけば逢ふたはじめをおもひ出す(梅素亭 玄魚)
東琳書画」(二十四ウ)
※関西大学図書館蔵書については、著作権の切れたものであれば、翻刻許可を求めることなく、自由に翻刻してよいとのことである。光盛舎さく丸の生没年は不明だが、本書は安政三年(1856)の出版であり、今から一五四年前のものであって、著作権は消滅していると考えるのが常識的判断である。



九、『都々逸大一座』

関西大学図書館所蔵。図書番号は、911.65/K7/30。刊年不明。見返しに「どゝいつ大いちざ 光斎」とある。さく丸の撰という確証はないが、中にさく丸作の都々逸が二首ある。
どゝ一
きりぎりすきうりきられてさてかごのなか〔冨本むしうり〕(ちぐさにすだくむさし野のあぶみにあらぬくつはむしいなごすゞむしこがねむしうまおひむしのやるせなやわれはおよばぬみのむしなれどちゝよとなかでこひにみをやつれはてたるきりぎりす)おやはくさばのかけでなく(光盛舎さく丸)
どゞ一
かんどふのみとはとうとうなりひらさんでこまちたもんだあくたかは(下谷さく丸)



十、『新撰大津絵ぶし』甲本

関西大学図書館所蔵。図書番号は、H911.92/K2/1。表紙に「さく丸作/芳盛画」とある。見返しには「光斎」とある。泉通舎房丸の「代序」に「辛酉のはつ春」とある。辛酉は文久元年(1861)。本文末尾に「光盛舎さく丸作 一好斎酒盛画」とある。吉田屋文三郎板。大津絵節のみで、都々逸はない。



十一、『新撰大津絵ぶし』乙本

関西大学図書館所蔵。図書番号は、911.65/K8/40。表紙に「さく丸作/芳盛画」とある。見返しには「光斎」とある。刊年不明。大津絵節のみで、都々逸はない。



十二、『女大學絵抄』

光盛舎作丸著・一光斎芳盛図
東京学芸大学所蔵。
「東京学芸大学リポジトリ」で画像が公開されている。
http://ir.u-gakugei.ac.jp/
http://ir.u-gakugei.ac.jp/images/EP20001807/kmview.html
「甲子の孟夏 光盛舎記」とする「女大学序」がある。甲子は元治元年(1864)。内題下には「光盛舎作丸著/一光斎芳盛図」とある。吉田屋文三郎板。



十三、『一トつふ撰はうたの玉緒』

菊池所蔵本は本文十丁。東京大学総合図書館に二編二冊本がある。前半(初編?)が菊池蔵本と同じもののようだが、六丁のみで七丁以下を欠く。東京大学蔵本後半(二編)は本文九丁。
菊池蔵本表紙には「一トつふ撰はうたの玉緒」「一ツよりしいのみ」「ハウタ」とある。東京大学蔵本前半(初編)も同じ。序には「序にかえて/折句/はなさくや/うちぞゆかしき/たかわらい/光盛舎さく丸」とある。本文は端唄のみで、都々逸はない。
東京大学蔵本後半(二編)は、表紙は「一ト粒撰葉唄の玉緒」となっている。一丁から八丁までは端唄だが、九丁のみが都々逸である。
みづあけのしよてはわけなくあのはな生もいまはたのしむ床の上(西の久保はる)
つきもほのかにくもまをもれてはれてふたゝびぬしのかほ(麻布岩)」(九オ)
おゝいひとめをしのんだふたりあだな嵐じやちりはせぬ(無名)
あやめもわかぬよもいとわずにあふたわたしのみのくらさ(下谷道具熊)」(九ウ)

※著作権について
光盛舎さく丸の生没年は不明だが、万延元年(1860)ころを中心に活躍していた人。今から一五〇年ほど前のことである。百歳まで生きたとしても著作権は消滅している。さく丸については著作権は切れていると考えるのが常識的判断である。