平家物語 高野本 凡例

【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033
東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本(市古貞次氏編集。1973)に拠りました。


章段名は、前に空白2文字分をあけ、『 』にくくり、その後に、S+巻(上2桁)+章段(下2桁)で表記しました。例:
  『祇園精舎(ぎをんしやうじや)』S0101
それぞれの巻頭に目録を掲げていますが、(本文中のものと表記が異なるものが有ります)各巻の1,2ページに掲げ(1ページのみの場合有り)、本文は3ページからです。底本は、1行に二つずつですが、1行に一つずつ掲げました。
行ごとに改行し、ページ数を表示しました。
底本は、章段の始めで改行せず、冒頭に○を付し、そのまま続けていますが、その通りにしました。例:
  殿上(てんじやうの)闇討(やみうち)S0102
をばいまだゆるされず。 ○しかるを忠盛(ただもり)(タダモリ)備

仮名に漢字を充てた場合や現代の表記は、【 】に入れました。
【*  】は、小学館の全集や、岩波の大系本で訂正してある表記(本来の正式の表記)です。
[*  ]は、注釈です。

振り仮名は、漢字の後に( )に入れました。
私が付したものは、歴史的仮名遣いを主としてひらがなで表記しました。
底本の振り仮名が、歴史的仮名遣いと同じ場合は、( )が一つで、ひらがなで表示してあります。*一部、カタカナでも表示してあります。
   本文漢字(歴史的仮名遣い振り仮名)
例: 境節(をりふし)(ヲリフシ) → 境節(をりふし)
底本の振り仮名が、歴史的仮名遣いと異なる場合は、( )が二つ並び、始めの()には、歴史的仮名遣いを主としてひらがなで表記し、あとの( )には、底本の振り仮名をカタカナで残し、他は、ひらがなで表示しました。
   本文漢字(歴史的仮名遣い振り仮名)(底本振り仮名を含む)
例: 大二条殿(おほにでうどの)(ヲホにでうどの)
本文の仮名が、歴史的仮名遣いと異なる場合は、その後に( )に歴史的仮名遣いを表示しました。
   本文仮名(歴史的仮名遣い)【振り漢字】
例: まゑん(まえん)【魔縁】にてはなかりけり。 

句読点は、(主に)底本にある朱点を元に付けました。
会話や心中思惟の部分には、「 」を付けました。
反復記号、重ね字は、一字の漢字の「々」のみ使用し、他は全て、文字に置き換えました。
底本に表記されていない促音「つ」、発音「ん」等は、(ッ)(ン)と補入しました。
濁点は、適宜施しました。

ミセケチ(見せ消ち)は、[M ]または[M 「」とあり「」をミセケチ「」と傍書]と記しました。
傍書は、[B  ]または[B 「」とあり「」に「」と傍書]と記しました。

覚一本には、和歌が100首有りますので、最初から番号を振り和歌の後に W○○○ と表記しました。
今様の後に I と表記しました。


文責:荒山慶一・菊池真一


平家物語 高野本 巻一

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【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家一(表紙)

P01001
平家一之巻 目録
一 祇園精舎
二 殿上闇討

禿髪
吾身栄花
祗王
二代の后
額打論
清水寺炎上 付東宮立
殿下ののりあひ
ししの谷 俊寛僧都沙汰
鵜川いくさ
願立
御こしぶり
内裏炎上
P01002

P01003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一(だいいち)
  祇園精舎(ぎをんしやうじや)S0101
 ○祇園精舎(ぎをんしやうじや)(ギヲンシヤウジヤ)の鐘(かね)(カネ)の声(こゑ)(コヱ)、諸行無常(しよぎやうむじやう)(シヨギヤウムジヤウ)の響(ひびき)(ヒビキ)
あり。娑羅双樹(しやらさうじゆ)(シヤラサウジユ)の花(はな)(ハナ)の色(いろ)(イロ)、盛者必衰(じやうしやひつすい)(ジヤウシヤヒツスイ)の
ことはり(ことわり)【理】をあらはす。おご【奢】れる人(ひと)も久(ひさ)しからず。
唯(ただ)(タダ)春(はる)の夜(よ)の夢(ゆめ)(ユメ)のごとし。たけき者(もの)も遂(つひ)(ツイ)に
はほろびぬ、偏(ひとへ)(ヒトヘ)に風(かぜ)の前(まへ)(マヘ)の塵(ちり)(チリ)に同(おな)(ヲナ)じ。
遠(とほ)(トヲ)く異朝(いてう)(イテウ)をとぶらへば、秦(しん)(シン)の趙高(てうかう)(テウカウ)、漢(かん)(カン)の
王莽(わうまう)(ワウマウ)、梁(りやう)(リヤウ)の周伊(しうい)(シウイ)、唐(たう)(タウ)の禄山(ろくさん)(ロクサン)、是等(これら)(コレラ)は皆(みな)(ミナ)、旧主(きうしゆ)(キウシユ)
先皇(せんくわう)(センクハウ)の政(まつりごと)(マツリゴト)にもしたがはず、楽(たのし)(タノシ)みをきはめ、
P01004
諫(いさめ)(イサメ)をもおもひいれ【思ひ入れ】ず、天下(てんが)のみだれむ事(こと)を
さとらずして、民間(みんかん)(ミンカン)の愁(うれふ)(ウレウ)る所(ところ)をしらざ(ッ)し
かば、久(ひさ)しからずして、亡(ばう)(バウ)じにし者(もの)ども也(なり)。
近(ちか)(チカ)く本朝(ほんてう)(ホンテウ)をうかがふに、承平(しようへい)(セウヘイ)の将門(まさかど)(マサカド)、天慶(てんぎやう)(テンキヤウ)
の純友(すみとも)(スミトモ)、康和(かうわ)(カウワ)の義親(ぎしん)(ギシン)、平治(へいぢ)(ヘイヂ)の信頼(のぶより)(ノブヨリ [*左に「シンライ」])、此等(これら)(コレラ)は
おご【奢】れる心(こころ)もたけき事(こと)も、皆(みな)とりどりに
こそありしかども、まぢかくは六波羅(ろくはら)(ろくハラ)の入道(にふだう)
前(さきの)(サキノ)太政大臣(だいじやうだいじん)平(たひらの)(たひらノ)朝臣(あつそん)(アツソン)清盛公(きよもりこう)(キヨモリこう)と申(まうし)し人(ひと)の
ありさま、伝(つたへ)(ツタヘ)うけ給(たまは)【承】るこそ、心(こころ)も詞(ことば)(コトバ)も及(およ)(ヲヨ)
P01005
ばれね。其(その)先祖(せんぞ)(センゾ)を尋(たづ)ぬれば、桓武天皇(くわんむてんわう)(クワンムてんわう)第
五(だいご)の皇子(わうじ)(ワウジ)、一品式部卿(いつぽんしきぶきやう)(イツポンシキブキヤウ)葛原親王(かづらはらのしんわう)(カヅラハラノシンワウ)、九代(くだい)の
後胤(こういん)(コウイン)、讃岐守(さぬきのかみ)(サヌキノカミ)正盛(まさもり)(マサモリ)が孫(そん)(ソン)、刑部卿(ぎやうぶきやう)(キヤウブキヤウ)忠盛(ただもりの)(タダモリノ)朝臣(あつそん)(アソン)の
嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)なり。彼(かの)(カノ)親王(しんわう)(シンワウ)の御子(みこ)(ミコ)、高視【*高見】(たかみ)(タカミ)の王(わう)、無官(むくわん)(ムクワン)
無位(むゐ)(ムイ)にしてうせ給(たまひ)ぬ。其(その)御子(おんこ)(ヲンこ)、高望(たかもち)(タカモチ)の王(わう)
の時(とき)、始(はじめ)(ハジメ)て平(たひら)(タイラ)の姓(しやう)(シヤウ)を給(たまは)(ツ)て、上総介(かづさのすけ)(カヅサノスケ)になり
給(たまひ)しより、忽(たちまち)(タチマチ)に王氏(わうし)(わうシ)を出(いで)て人臣(じんしん)(ジンシン)につら
なる。其(その)子(こ)鎮守府将軍(ちんじゆふのしやうぐん)(チンジユフノシヤウグン)義茂【*良望】(よしもち)(ヨシモチ)、後(のち)(ノチ)には国香(くにか)(クニカ)
とあらたむ。国香(くにか)(クニカ)より正盛(まさもり)(マサモリ)にいたる迄(まで)(マデ)、六代(ろくだい)は、
P01006
諸国(しよこく)(シヨコク)の受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)たりしかども、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の仙藉【*仙籍】(せんせき)(センセキ)
  殿上(てんじやうの)闇討(やみうち)S0102
をばいまだゆるされず。 ○しかるを忠盛(ただもり)(タダモリ)備
前守(びぜんのかみ)(ビゼンノかみ)たりし時(とき)(トキ)、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)、得長寿院(とくぢやうじゆゐん)(トクヂヤウジユヰン)
を造進(ざうしん)(ザウシン)して、三十三間(さんじふさんげん)の御堂(みだう)(ミダウ)をたて、一千
一体(いつせんいつたい)(いつせんいつタイ)の御仏(おんほとけ)(おんホトケ)をす【据】[B 居]へ(すゑ)奉(たてまつ)る。供養(くやう)(クヤウ)は天承(てんしよう)(テンセウ)元
年(ぐわんねん)(グワンねん)三月(さんぐわつ)十三日(じふさんにち)なり。勧賞(けんじやう)(ケンジヤウ)には闕国(けつこく)(ケツコク)を給(たま)
ふべき由(よし)仰下(おほせくだ)(ヲホセクダ)されける。境節(をりふし)(ヲリフシ)但馬国(たじまのくに)(タジマノクニ)の
あきたりけるを給(たまひ)にけり。上皇(しやうくわう)御感(ぎよかん)(ギヨカン)の
あまりに内(うち)(ウチ)の昇殿(しようでん)(セウデン)をゆるさる。忠盛(ただもり)(タダモリ)三十
P01007
六(さんじふろく)にて始(はじめ)て昇殿(しようでん)(セウデン)す。雲(くも)(クモ)の上人(うへびと)(ウヘビト)是(これ)を猜(そね)(ソネ)み、
同(おなじ)(オナジ)き年(とし)の十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、五節豊明(ごせつとよのあかり)(ごセツトヨノアカリ)の
節会(せちゑ)(セチヱ)の夜(よ)、忠盛(ただもり)を闇打(やみうち)(ヤミウチ)にせむとぞ擬(ぎ)(ギ)せ
られける。忠盛(ただもり)(タダモリ)是(これ)を伝聞(つたへきい)(ツタヘキイ)て、「われ右筆(いうひつ)(ユウヒツ)の
身(み)にあらず、武勇(ぶよう)(ブヨウ)の家(いへ)(イヱ)に生(むま)れて、今(いま)不慮(ふりよ)(フリヨ)
の恥(はぢ)(ハヂ)にあはむ事(こと)、家(いへ)(イヱ)の為(ため)(タメ)身(み)の為(ため)こころ【心】
うかるべし。せむずる(せんずる)ところ【所】、身(み)(ミ)を全(まつたう)(マツタウ)して
君(きみ)(キミ)に仕(つかふ)(ツカウ)といふ本文(ほんもん)(ほんモン)あり」とて、兼(かね)(カネ)て用意(ようい)(ヨウイ)
をいたす。参内(さんだい)(サンダイ)のはじめより、大(おほき)(オホキ)なる鞘巻(さやまき)(サヤマキ)を
P01008
用意(ようい)(ヨウイ)して、束帯(そくたい)(ソクタイ)のしたにしどけなげに
さし、火(ひ)(ヒ)のほのぐらき方(かた)(カタ)にむか(ッ)て、やはら
此(この)刀(かたな)(カタナ)をぬき出(いだ)(イダ)し、鬢(びん)(ビン)にひきあてられけるが、
氷(こほり)(コホリ)な(ン)どの様(やう)(ヤウ)にぞみえける。諸人(しよにん)(シヨニン)目(め)(メ)をすまし
けり。其上(そのうへ)(ソノウヘ)忠盛(ただもり)(タダモリ)の郎等(らうどう)(ラウドウ)、もとは一門(いちもん)(イチモン)たりし、
木工助(もくのすけ)(モクノスケ)平貞光(たひらのさだみつ)(タイラノサダミツ)が孫(まご)(マゴ)、しん【進】の三郎大夫(さぶらうだいふ)家房(いへふさ)(イヱフサ)【*季房(すゑふさ) 】が
子(こ)、左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(サヒヤウヱノゼウ)家貞(いへさだ)(イヱサダ)といふ者(もの)(モノ)ありけり。薄
青(うすあを)(ウスアヲ)のかりぎぬ【狩衣】のしたに萠黄威(もえぎをどし)(モヱギヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)
をき、弦袋(つるぶくろ)(ツルブクロ)つけたる太刀(たち)(タチ)脇(わき)(ワキ)ばさむ(ばさん)で、
P01009
殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の小庭(こには)(コニハ)に畏(かしこまつ)(カシコマツ)てぞ候(さぶらひ)ける。貫首(くわんじゆ)(クワンジユ)以下(いげ)
あやしみをなし、「うつほ柱(ばしら)(バシラ)よりうち、鈴(すず)(スズ)の
綱(つな)(ツナ)のへんに、布衣(ほうい)(ホウイ)の者(もの)の候(さうらふ)はなにもの【何者】ぞ。
狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)なり。罷出(まかりいで)(マカリイデ)よ」と六位(ろくゐ)をも(ッ)てい【言】はせ
ければ、家貞(いへさだ)申(まうし)けるは、「相伝(さうでん)(サウデン)の主(しゆ)(シユ)、備前守
殿(びぜんのかうのとの)(ビゼンノカウのトノ)、今夜(こんや)(コンヤ)闇打(やみうち)(ヤミウチ)にせられ給(たまふ)べき由(よし)承(うけたまはり)(ウケタマワリ)候(さうらふ)あひだ【間】、
其(その)(ソノ)ならむ様(やう)(ヤウ)を見(み)むとて、かくて候(さうらふ)。えこそ
罷出(まかりいづ)まじけれ」とて、畏(かしこまつ)(カシコマツ)て候(さうらひ)ければ、是等(これら)を
よしなしとやおもは【思は】れけん、其(その)夜(よ)の闇(やみ)(ヤミ)うち
P01010
なかりけり。忠盛(ただもり)(タダモリ)御前(ごぜん)(ゴゼン)のめしにま【舞】はれければ、
人々(ひとびと)拍子(ひやうし)(ヒヤウシ)をかへて、「伊勢平氏(いせへいじ)(イセヘイジ)はすがめ
なりけり」とぞはやされける。此(この)(コノ)人々(ひとびと)はかけ
まくもかたじけなく、柏原天皇(かしはばらのてんわう)(カシハバラノテンワウ)の御末(おんすゑ)(ヲンスヱ)
とは申(まうし)ながら、中比(なかごろ)(ナカゴロ)は都(みやこ)(ミヤコ)のすまゐ(すまひ)もうと
うとしく、地下(ぢげ)(ヂゲ)にのみ振舞(ふるまひ)(フルマイ)な(ッ)て、伊勢国(いせのくに)(いせノクニ)
に住国(ぢゆうこく)(ヂウコク)ふか【深】かりしかば、其(その)国(くに)のうつは物(もの)(モノ)に
事(こと)よせて、伊勢平氏(いせへいじ)(いせヘイジ)とぞ申(まうし)ける。其(その)うへ
忠盛(ただもり)目(め)のすがまれたりければ、加様(かやう)には
P01011
はやされけり。いかにすべき様(やう)もなくして、
御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)もいまだをはらざるに、偸(ひそか)(ヒソカ)に罷出(まかりいで)
らるるとて、よこ【横】だへさされたりける刀(かたな)(カタナ)をば、
紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)(シシデン)の御後(ごご)(ゴゴ)にして、かたえ(かたへ)の殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)
のみ【見】られけるところ【所】にて、主殿司(とのもづかさ)(トノモヅカサ)をめし
てあづけ置(おき)てぞ出(いで)られける。家貞(いへさだ)(イヱサダ)待(まち)(マチ)
うけたてま(ッ)て、「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まうし)
ければ、かくともいはまほしう思(おも)(オモ)はれけれ
ども、いひつるものならば、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)までも頓而(やがて)
P01012
きりのぼらんずる者(もの)(モノ)にてある間(あひだ)(アイダ)、別(べち)(ベチ)の
事(こと)なし」とぞ答(こたへ)(コタヘ)られける。五節(ごせつ)(ごセツ)には、
「白薄様(しろうすやう)(シロウスヤウ)、こぜむじ(こぜんじ)の紙(かみ)、巻上(まきあげ)(マキアゲ)の筆(ふで)(フデ)、鞆
絵(ともゑ)(トモヱ)かいたる筆(ふで)(フデ)の軸(ぢく)(ヂク)」なんど(など)、さまざま面
白事(おもしろき)(ヲモシロキ)事(こと)をのみこそうた【歌】ひまはるるに、中比(なかごろ)(ナカゴロ)
太宰権帥(ださいのごんのそつ)(ダサイノゴンノソツ)季仲卿(すゑなかのきやう)(スヱナカノキヤウ)といふ人(ひと)ありけり。
あまりに色(いろ)(イロ)のくろ【黒】かりければ、みる人(ひと)
黒帥(こくそつ)(コクソツ)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)いまだ蔵人頭(くらんどのとう)(クラドノトウ)
なりし時(とき)、五節(ごせつ)(ごセツ)にまはれければ、それも
P01013
拍子(ひやうし)(ヒヤウシ)をかへて、「あなくろぐろ、くろき
頭(とう)(トウ)かな。いかなる人(ひと)のうるしぬりけむ」
とぞはやされける。又(また)花山院(くわさんのゐんの)(クワサンノヰンノ)前(さきの)(サキノ)太政大臣(だいじやうだいじん)
忠雅(ただまさ)(タダマサ)公(こう)、いまだ十歳(じつさい)(じつサイ)と申(まうし)し時(とき)、父(ちち)(チチ)中納言(ちゆうなごん)
忠宗卿(ただむねのきやう)(タダムネノキヤウ)にをく(おく)【遅】れたてま(ッ)て、みなし子(ご)にて
おはしけるを、故中御門(こなかのみかどの)(コナカノミカドの)藤中納言(とうぢゆうなごん)(トウぢゆうなごん)家成
卿(かせいのきやう)(カセイノきやう)、いまだ播磨守(はりまのかみ)(ハリマノカミ)たりし時(とき)(トキ)、聟(むこ)(ムコ)に取(とつ)(トツ)て
声花(はなやか)(ハナヤカ)にもてなされければ、それも
五節(ごせつ)(ごセツ)に、「播磨(はりま)(ハリマ)よねはとくさ【木賊】か、むくの
P01014
葉(は)(ハ)か、人(ひと)のきらをみがくは」とぞはやされ
ける。「上古(しやうこ)(シヤウコ)にはか様(やう)(ヤウ)にありしかども事(こと)
いでこず、末代(まつだい)(マツダイ)いかがあらんずらむ。おぼ
つかなし」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。案(あん)(アン)のごとく、五
節(ごせつ)(ごセツ)はてにしかば、殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)一同(いちどう)(いちドウ)に申(まう)され
けるは、「夫(それ)(ソレ)雄剣(ゆうけん)(イウケン)を帯(たい)(タイ)して公宴(くえん)(クヱン)に列(れつ)(レツ)し、
兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)を給(たまはつ)(タマハツ)て宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)を出入(しゆつにふ)(シユツニウ)するは、みな[B 是(これ)]
格式(きやくしき)(キヤクシキ)の礼(れい)(レイ)をまもる。綸命(りんめい)(リンメイ)よしある先
規(せんぎ)(センギ)なり。しかるを忠盛(ただもりの)(タダモリノ)朝臣(あつそん)、或(あるい)(アルイ)は相伝(さうでん)(サウデン)の
P01015
郎従(らうじゆう)(ラウジウ)と号(かう)(ガウ)して、布衣(ほうい)(ホウイ)の兵(つはもの)(ツハモノ)を殿上(てんじやう)
の小庭(こには)(コニハ)にめしをき(おき)、或(あるい)は腰(こし)(コシ)の刀(かたな)を横(よこだ)(ヨコダ)へ
さいて、節会(せちゑ)(セチヱ)の座(ざ)(ザ)につらなる。両条希
代(りやうでうきたい)(リヤウデウキタイ)いまだきかざる狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)也(なり)。事(こと)既(すで)(スデ)に重
畳(ちようでふ)(テウデウ)せり、罪科(ざいくわ)(ザイクワ)尤(もつとも)(モトモ)のがれがたし。早(はや)(ハヤ)く
御札(みふだ)(ミフダ)をけづ(ッ)て、闕官(けつくわん)(ケツクワン)停任(ちやうにん)(チヤウニン)せらるべき」由(よし)、
おのおの訴(うつた)(ウツタ)へ申(まう)されければ、上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)大(おほき)に驚(おどろき)(ヲドロキ)
おぼしめし、忠盛(ただもり)をめして御尋(おんたづね)(おんタヅネ)あり。
陳(ちん)(チン)じ申(まうし)けるは、「まづ郎従(らうじゆう)(ラウジウ)小庭(こには)(コニハ)に祗候(しこう)(シコウ)
P01016
の由(よし)、全(まつた)(マタ)く覚悟(かくご)(カクゴ)仕(つかまつら)(ツカマツラ)ず。但(ただし)(タダシ)近日(きんじつ)(キンジツ)人々(ひとびと)あひ
たくまるる旨(むね)(ムネ)子細(しさい)(シサイ)ある歟(か)(カ)の間(あひだ)、年来(ねんらい)(ネンライ)
の家人(けにん)(ケニン)事(こと)をつたへきくかによ(ッ)て、其(その)(ソノ)恥(はぢ)(ハヂ)
をたすけむが為(ため)(タメ)に、忠盛(ただもり)(タダモリ)にしら【知ら】れずして
偸(ひそか)(ヒソカ)に参候(さんこう)(サンコウ)の条(でう)(デウ)、ちから及(およ)(オヨバ)[* 「バ」は重複 ]ばざる次第(しだい)(シダイ)
なり。若(もし)(モシ)なを(なほ)【猶】其(その)咎(とが)(トガ)あるべくは、彼(かの)(カノ)身(み)(ミ)を
めし進(しん)(シン)ずべき歟(か)(カ)。次(つぎ)(ツギ)に刀(かたな)(カタナ)の事(こと)、主殿司(とのもづかさ)(トノモヅカサ)
にあづけをき(おき)をは(ン)ぬ(をはんぬ)。是(これ)(コレ)をめし出(いだ)(イダ)され、
刀(かたな)(カタナ)の実否(じつぷ)(ジツプ)について咎(とが)(トガ)の左右(さう)(サウ)有(ある)(アル)べき歟(か)」
P01017
と申(まうす)。[B 此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)]しかるべしとて、其(その)刀(かたな)をめし出(いだ)して
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あれば、うへは鞘巻(さやまき)(サヤマキ)のくろ【黒】く
ぬりたりけるが、中(なか)(ナカ)は木刀(きがたな)(キガタナ)に銀薄(ぎんぱく)(ギンパク)をぞ
おしたりける。「当座(たうざ)(タウザ)の恥辱(ちじよく)(チジヨク)をのがれんが
為(ため)に、刀(かたな)を帯(たい)(タイ)する由(よし)あらはすといへども
後日(ごにち)(ゴニチ)の訴訟(そしよう)(ソセウ)を存知(ぞんぢ)して、木刀(きがたな)を帯(たい)(タイ)し
ける用意(ようい)(ヨウイ)のほどこそ神妙(しんべう)(シンベウ)なれ。弓箭(きゆうせん)(キウセン)
に携(たづさは)(タヅサハ)らむ者(もの)のはかりことは、尤(もつとも)かうこそ
あらまほしけれ。兼(かねては)(カネテハ)又(また)(マタ)郎従(らうじゆう)(ラウジウ)小庭(こには)(コニハ)に祇候(しこう)(シコウ)
P01018
の条(でう)(デウ)、且(かつう)(カツウ)は武士(ぶし)(ブシ)の郎等(らうどう)(ラウドウ)のならひ【習】なり。忠盛(ただもり)(タダモリ)が
咎(とが)(トガ)にあらず」とて、還而(かへつて)(カヘテ)叡感(えいかん)(ヱイカン)にあづか(ッ)し
うへは、敢(あへ)(アヘ)て罪科(ざいくわ)(ザイクワ)の沙汰(さた)(サタ)もなかりけり。
  鱸(すずき)S0103
 ○其(その)子(こ)どもは、諸衛(しよゑ)(シヨヱ)の佐(すけ)(スケ)になる。昇殿(しようでん)(セウデン)せし
に、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)のまじはりを人(ひと)きらふに及(およ)ばず。
其比(そのころ)忠盛(ただもり)、備前国(びぜんのくに)(ビゼンノくに)より都(みやこ)(ミヤコ)へのぼりたり
けるに、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)「明石浦(あかしのうら)(アカシノウラ)はいかに」と、[B 御(おん)]尋(たづね)(タヅネ)
ありければ、
有明(ありあけ)(アリアケ)の月(つき)も明石(あかし)のうら風(かぜ)に
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浪(なみ)ばかりこそよるとみえしか W001
と申(まうし)たりければ、御感(ぎよかん)(ギヨカン)ありけり。此(この)歌(うた)(ウタ)は
金葉集(きんえふしふ)(キンエウシウ)にぞ入(いれ)られける。忠盛(ただもり)(タダモリ)又(また)(マタ)仙洞(せんとう)(セントウ)に
最愛(さいあい)(サイアイ)の女房(にようばう)(ネウバウ)をも【持】(ッ)てかよはれけるが、ある
時(とき)其(その)女房(にようばう)(ネウバウ)のつぼねに、妻(つま)(ツマ)に月(つき)出(いだ)(イダ)したる
扇(あふぎ)(アフギ)をわすれて出(いで)られたりければ、かたえ(かたへ)の
女房(にようばう)たち、「是(これ)はいづくよりの月影(つきかげ)(つきカゲ)ぞや。
出(いで)(イデ)どころおぼつかなし」な(ン)どわらひあはれ
ければ、彼(かの)(カノ)女房(にようばう)、
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雲井(くもゐ)よりただもりきたる月(つき)なれば
おぼろけにてはい【言】はじとぞ思(おも)ふ W002
とよみたりければ、いとどあさからずぞ
おもは【思は】れける。薩摩守(さつまのかみ)(サツマノカミ)忠教【*忠度】(ただのり)(タダノリ)の母(はは)(ハハ)是(これ)(コレ)なり。
にるを友(とも)(トモ)とかやの風情(ふぜい)(フゼイ)に、忠盛(ただもり)(タダモリ)も[M も→の]すいたり
ければ、彼(かの)(カノ)女房(にようばう)(ネウバウ)もゆう(いう)【優】なりけり。かくて
忠盛(ただもり)(タダモリ)刑部卿(ぎやうぶのきやう)(キヤウブキヤウ)にな(ッ)て、仁平(にんぺい)(ニンペイ)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)十
五日(じふごにち)、歳(とし)(トシ)五十八(ごじふはち)にてう【失】せにき。清盛(きよもり)(キヨモリ)嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)
たるによ(ッ)て、其(その)跡(あと)(アト)をつぐ。保元(ほうげん)(ホウゲン)元年(ぐわんねん)(グワンねん)七月(しちぐわつ)
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に宇治(うぢ)(ウヂ)の左府(さふ)(サフ)代(よ)(ヨ)をみだり給(たまひ)(タマヒ)し時(とき)(トキ)、安芸(あき)(アキ)
のかみとて御方(みかた)(ミカタ)にて勲功(くんこう)(クンコウ)ありしかば、播
磨守(はりまのかみ)(ハリマノカミ)にうつ(ッ)て、同(おなじき)(ヲナジキ)三年(さんねん)太宰大弐(ダサイノだいニ)になる。
次(つぎ)(ツギ)に平治(へいぢ)(ヘイヂ)元年(ぐわんねん)(グワンねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼卿(ノブヨリノキヤウ)が謀叛(ムホン)の時(とき)、
御方(みかた)(ミカタ)にて賊徒(ぞくと)(ゾクト)をうちたいら(たひら)【平】げ、勲功(くんこう)(クンコウ)一(ひとつ)(ヒトツ)に
あらず、恩賞(おんしやう)(ヲンシヤウ)是(これ)(コレ)おもかるべしとて、次(つぎ)(ツギ)の年(とし)
正三位(じやうざんみ)(ジヤウざんみ)[*「三」に濁点 ]に叙(じよ)(ジヨ)せられ、うちつづき宰相(さいしやう)(サイシヤウ)、衛府督(ゑふのかみ)(エフノスケ)、
検非違使別当(けんびゐしのべつたう)(ケンビイシノベツタウ)、中納言(ちゆうなごん)、大納言(だいなごん)に経(ヘ)あが(ッ)て、
剰(あまつさ)(アマサ)へ烝相【丞相】(しようじやう)(セウジヤウ)の位(くらゐ)(クライ)にいたり、さ【左】右(う)(ウ)を経(へ)ずして
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内大臣(ないだいじん)(ナイダイジン)より太政大臣(だいじやうだいじん)従一位(じゆいちゐ)(ジユいちゐ)にあがる。大将(だいしやう)
にあらねども、兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)を給(たまはつ)(タマハツ)て随身(ずいじん)(ズイジン)をめし
具(ぐ)(グ)す。牛車輦車(ぎつしやれんじや)(ギツシヤレンジヤ)の宣旨(せんじ)(センジ)を蒙(かうぶつ)(カウフツ)て、のり
ながら宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)を出入(しゆつにふ)す。偏(ひとへ)(ヒトヘ)に執政(しつせい)(シツセイ)の臣(しん)の
ごとし。「太政大臣(だいじやうだいじん)は一人(いちじん)(いちジン)に師範(しはん)(シハン)として、四海(しかい)(しカイ)に
儀(ぎ)(ギ)けい【刑】せり。国(くに)(クニ)をおさめ(をさめ)道(みち)(ミチ)を論(ろん)(ロン)じ、陰陽(いんやう)(インヤウ)
をやはらげおさ(をさ)む。其(その)人(ひと)にあらずは則(すなはち)(スナハチ)かけよ」
といへり。されば即闕(そくけつ)(ソツケツ)の官(くわん)(クワン)とも名付(なづけ)(ナヅケ)たり。
其(その)人(ひと)ならではけがすべき官(くわん)ならねども、一天(いつてん)
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四海(しかい)を掌(たなごころ)(タナゴコロ)の内(うち)(ウチ)ににぎられしうへは、子細(しさい)
に及(およ)ばず。平家(へいけ)かやうに繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)せられける
も、熊野権現(くまののごんげん)(クマノノゴンゲン)の御利生(ごりしやう)(ゴリシヤウ)とぞきこえし。
其(その)(ソノ)故(ゆゑ)(ユヘ)は、古(いにし)(イニシ)へ清盛公(きよもりこう)(キヨモリこう)いまだ安芸守(あきのかみ)(アキノかみ)たりし
時(とき)、伊勢(いせ)(イセ)の[B 国(くに)安濃の津(あののつ)イ]海(うみ)(ウミ)より船(ふね)(フネ)にて熊野(くまの)(クマノ)へまい(まゐ)【参】られ
けるに、おほきなる鱸(すずき)(スズキ)の船(ふね)(フネ)におどり(をどり)入(いり)
たりけるを、先達(せんだつ)(センダツ)申(まうし)けるは、「是(これ)(コレ)は権現(ごんげん)(ゴンゲン)の
御利生(ごりしやう)(ゴリシヤウ)なり。いそぎまい(まゐ)【参】るべし」と申(まうし)ければ、
清盛(きよもり)の給(たま)ひけるは、「昔(むかし)(ムカシ)、周(しう)(シウ)の武王(ぶわう)(ブワウ)の船(ふね)(フネ)にこそ
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白魚(はくぎよ)は躍入(をどりいり)(ヲドリいり)たりけるなれ。是(これ)吉事(きちじ)(キチジ)なり」
とて、さばかり十戒(じつかい)(ジツカイ)をたもち、精進潔斎(しやうじんけつさい)(シヤウジンケツサイ)
の道(みち)なれども、調味(てうみ)(テウミ)して家子侍共(いへのこさぶらひども)(イヱノコサブライども)にくはせ
られけり。其(その)故(ゆゑ)(ユヘ)にや、吉事(きちじ)(キチジ)のみうちつづいて、
太政大臣(だいじやうだいじん)まできはめ給(たま)へり。子孫(しそん)(シソン)の官途(くわんど)(クワンド)
も竜(りよう)(レウ)の雲(くも)(クモ)に昇(のぼ)(ノボ)るよりは猶(なほ)すみやか也(なり)。
  禿髪(かぶろ)S0104
九代(くだい)の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をこえ給(たま)ふこそ目出(めでた)(メデタ)けれ。 ○角(かく)(カク)
て清盛(きよもり)公(こう)、仁安(にんあん)(ニンアン)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)十一日(じふいちにち)、年(とし)五十一(ごじふいち)
にてやまひにをかされ、存命(ぞんめい)(ゾンメイ)の為(ため)に忽(たちまち)(タチマチ)に
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出家入道(しゆつけにふだう)(シユツケニウダウ)す。法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)は浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)とこそなのら【名乗ら】れけれ。
其(その)しるしにや、宿病(しゆくびやう)(シユクビヤウ)たちどころにいへ(いえ)て、
天命(てんめい)(テンメイ)を全(まつたう)(マツタウ)す。人(ひと)のしたがひつく事(こと)、吹(ふく)(フク)風(かぜ)
の草木(くさき)(クサキ)をなびかすがごとし。世(よ)のあまねく
仰(あふ)(アフ)げる事(こと)、ふる雨(あめ)の国土(こくど)(コクド)をうるほすに
同(おな)じ。六波羅殿(ろくはらどの)(ろくハラドノ)の御一家(ごいつけ)(ゴいつケ)の君達(きんだち)(キンダチ)といひてン
しかば、花族(くわそく)(クワソク)[M「クワシヨク」と振り「シヨ」を非とし「ソ」と傍書]も栄耀(えいゆう)(エイヨウ)も面(おもて)(ヲモテ)をむかへ肩(かた)(カタ)を
ならぶる人(ひと)なし。されば入道相国(にふだうしやうこく)のこじうと、
平(へい)(ヘイ)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノキヤウ)ののたまひけるは、「此(この)一門(いちもん)に
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あらざらむ人(ひと)は皆(みな)(ミナ)人非人(にんぴにん)(ニンピニン)なるべし」とぞのた
まひける。かかりしかば、いかなる人(ひと)も相構(あひかまへ)(アヒカマヘ)て
其(その)ゆかりにむすぼほれむとぞしける。衣文(えもん)(ヱモン)
のかきやう、鳥帽子(えぼし)(ヱボシ)のためやうよりはじめ
て、何事(なにごと)も六波羅様(ろくはらやう)(ろくはらヤウ)といひて(ン)げれば、一天
四海(いつてんしかい)の人(ひと)皆(みな)是(これ)をまなぶ。又(また)いかなる賢王(けんわう)(ケンワウ)
賢主(けんしゆ)(ケンシユ)の御政(おんまつりごと)(ヲンマツリコト)も、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)の御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)も、世(よ)に
あまされたるいたづら者(もの)な(ン)どの、人(ひと)のきか
ぬ所(ところ)にて、なにとなうそしり傾(かたぶ)(カタフ)け申(まうす)事(こと)は
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つねの習(ならひ)(ナラヒ)なれども、此(この)禅門(ぜんもん)(ゼンモン)世(よ)ざかりのほどは、
聊(いささか)(イササカ)いるかせにも申(まうす)者(もの)なし。其(その)故(ゆゑ)(ユヘ)は、入道相国(にふだうしやうこく)(にふだうシヤウコク)
のはかりことに、十四五六(じふしごろく)の童部(わらんべ)(ハランベ)を三百人(さんびやくにん)
そろへて、髪(かみ)(カミ)をかぶろにきりまはし、あかき
直垂(ひたたれ)(ヒタタレ)をきせて、めしつかはれけるが、京中(きやうぢゆう)
にみちみちて往反(わうへん)(ワウヘン)[*「ヘン」の右傍に「バン」]しけり。をのづから(おのづから)平家(へいけ)
の事(こと)あしざまに申(まうす)者(もの)あれば、一人(いちにん)きき出(いだ)さ
ぬほどこそありけれ、余党(よたう)(ヨタウ)に触廻(ふれめぐら)(フレメグラ)して、
其(その)(ソノ)家(いへ)(イヱ)に乱入(らんにふ)(ランニウ)し、資財(しざい)(シザイ)雑具(ざふぐ)(ザウグ)を追捕(ついふく)(ツイフく)し、
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其(その)奴(やつ)(ヤツ)を搦(からめ)(カラメ)と(ッ)て、六波羅(ろくはら)へゐてまい(まゐ)【参】る。されば
目(め)に見(み)、心(こころ)にしる【知る】といへど、詞(ことば)(コトバ)にあらはれ[B しイ]て
申(まうす)者(もの)なし。六波羅殿(ろくはらどの)の禿(かぶろ)(カブロ)といひて(ン)しかば、
道(みち)をすぐる馬(むま)(ムマ)車(くるま)(クルマ)もよぎてぞとをり(とほり)
ける。禁門(きんもん)(キンモン)を出入(しゆつにふ)(シユツニウ)すといへども姓名(しやうみやう)(シヤウミヤウ)を
尋(たづね)(タヅネ)らるるに及(およ)ばず京師(けいし)(ケイシ)の長吏(ちやうり)(チヤウリ)これ【是】が
  吾身(わがみの)栄花(えいぐわ)S0105
為(ため)に目(め)を側(そばむ)(ソバム)とみえたり。 ○吾身(わがみ)(ワガミ)の栄花(えいぐわ)(ヱイクワ)
を極(きはむ)(キハム)るのみならず、一門(いちもん)共(とも)に繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)して、
嫡子(ちやくし)(チヤクシ)重盛(しげもり)(シゲモリ)、内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)、次男(じなん)(ジナン)宗盛(むねもり)(ムネモリ)、中納言(ちゆうなごん)
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の右大将(うだいしやう)、三男(さんなん)具盛【*知盛】(とももり)(トモモリ)、三位中将(さんみのちゆうじやう)(さんみノちゆうじやう)、嫡孫(ちやくそん)(チヤクソン)維盛(これもり)(コレモリ)、四位
少将(しゐのせうしやう)(しゐノせうしやう)、すべて一門(いちもん)の公卿(くぎやう)(クギヤウ)十六人(じふろくにん)、殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)卅(さんじふ)余(よ)(ヨ)
人(にん)、諸国(しよこく)(シヨコク)の受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)、衛府(ゑふ)(エフ)、諸司(しよし)(シヨシ)、都合(つがふ)(ツガウ)六十(ろくじふ)余(よ)(ヨ)人(にん)
なり。世(よ)には又(また)人(ひと)なくぞ見(み)えられける。
昔(むかし)(ムカシ)奈良(なら)(ナラ)の御門(みかど)(ミカド)の御時(おんとき)、神亀(じんき)(ジンキ)五年(ごねん)、朝家(てうか)(テウカ)に
中衛(ちゆうゑ)(チウヱ)の大将(だいしやう)(ダイシヤウ)をはじめをか(おか)【置か】れ、大同(だいどう)(ダイドウ)四年(しねん)(シねん)に、
中衛(ちゆうゑ)を近衛(こんゑ)(コンヱ)と改(あらため)(アラタメ)られしよりこのかた、兄弟(きやうだい)(キヤウダイ)
左右(さう)(サウ)に相並(あひならぶ)(アイナラブ)事(こと)纔(わづか)(ワヅカ)に三四箇度(さんしかど)(さんしカド)なり。文
徳天皇(もんどくてんわう)(モンドクてんワウ)の御時(おんとき)は、左(ひだん)(ヒダン)に良房(よしふさ)(ヨシフサ)、右大臣(うだいじん)の左大将(さだいしやう)、
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右(みぎ)に良相(よしあふ)(ヨシアウ)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)、是(これ)は閑院(かんゐん)(カンヰン)の左
大臣(さだいじん)冬嗣(ふゆつぎ)(フユツギ)の御子(おんこ)なり。朱雀院(しゆしやくゐん)(シユシヤクヰン)の御宇(ぎよう)(ギヨウ)
には、左(ひだり)に実頼(さねより)(サネヨリ)、小野宮殿(をののみやどの)(ヲノノミヤドノ)、右(みぎ)に師資(もろすけ)(モロスケ)、九条
殿(くでうどの)、貞仁【*貞信】(ていじん)(テイジン)公(こう)の御子(おんこ)なり。後冷泉院(ごれいぜいのゐん)(ゴレイゼイのヰン)の御時(おんとき)は、
左(ひだり)に教通(のりみち)(ノリミチ)、大二条殿(おほにでうどの)(ヲホにでうどの)、右(みぎ)に頼宗(よりむね)(ヨリムネ)、堀河殿(ほりかはどの)(ホリカハドノ)、
御堂(みだう)(ミダウ)の関白(くわんばく)(クワンバク)の御子(おんこ)なり。二条院(にでうのゐん)の御宇(ぎよう)(ギヨウ)
には、左(ひだり)に基房(もとふさ)(モトフサ)、松殿(まつどの)(マツドノ)、右(みぎ)に兼実(かねざね)(カネザネ)、月輪殿(つきのわどの)(ツキノワドノ)、
法性寺殿(ほふしやうじどの)(ホウシヤウジドノ)の御子(おんこ)なり。是(これ)皆(みな)摂禄(せふろく)(セウロク)の臣(しん)の
御子息(ごしそく)(ゴシソク)、凡人(はんじん)(バンジン)にとりては其(その)例(れい)(レイ)なし。殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の
P01031
交(まじはり)(マジハリ)をだにきらはれし人(ひと)の子孫(しそん)(シソン)にて、禁色
雑袍(きんじきざつぱう)(キンジキザツパウ)をゆり、綾羅錦繍(りようらきんしう)(レウラキンシウ)を身(み)にまとひ、
大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にな(ッ)て兄弟(きやうだい)左右(さう)に相並(あひならぶ)(アヒナラブ)事(こと)、
末代(まつだい)(マツダイ)とはいひながら不思議(ふしぎ)(フシギ)なりし事(こと)ども
なり。其外(そのほか)御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)八人(はちにん)おはしき。皆(みな)(ミナ)とりどりに、
幸(さいはひ)(サイハイ)給(たま)へり。一人(いちにん)は桜町(さくらまち)(サクラマチ)の中納言(ちゆうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)(シゲノリノキヤウ)の
北(きた)の方(かた)にておはすべかりしが、八歳(はつさい)(はつサイ)の時(とき)約
束(やくそく)(ヤクソク)計(ばかり)(バカリ)にて、平治(へいぢ)のみだれ以後(いご)ひきちがへられ、
花山院(くわさんのゐん)(クワサンノヰン)の左大臣殿(さだいじんどの)の御台盤所(みだいばんどころ)(ミダイハンドコロ)にならせ給(たまひ)て、
P01032
君達(きんだち)(キンダチ)あまたましましけり。抑(そもそも)(ソモソモ)此(この)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)(シゲノリノキヤウ)を、
桜町(さくらまち)(サクラマチ)の中納言(ちゆうなごん)と申(まうし)ける事(こと)は、すぐれて心(こころ)
数奇(すき)(スキ)給(たま)へる人(ひと)にて、つねは吉野山(よしのやま)を
こひ、町(ちやう)(チヤウ)に桜(さくら)をうへ(うゑ)ならべ、其内(そのうち)に屋(や)を立(たて)
てすみ給(たま)ひしかば、来(く)る年(とし)の春(はる)ごとに
みる人(ひと)桜町(さくらまち)とぞ申(まうし)ける。桜(さくら)はさいて七箇
日(しちかにち)(しちカにち)にちるを、余波(なごり)(ナゴリ)を惜(をし)(ヲシ)み、あまてる【天照】御神(おほんがみ)(ヲヲンガミ)
に祈(いのり)(イノリ)申(まう)されければ、三七(さんしち)日(にち)まで余波(なごり)(ナゴリ)あり
けり。君(きみ)も賢王(けんわう)(ケンワウ)にてましませば、神(かみ)[*右に「カミ」、左に「シン」 ]も神
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徳(しんとく)(シントク)を耀(かかや)(カカヤ)かし、花(はな)も心(こころ)ありければ、廿日(はつか)(ハツカ)の齢(よはひ)(ヨハイ)
をたもちけり。一人(いちにん)は后(きさき)(キサキ)にたたせたまふ。
王子(わうじ)(ワウジ)御誕生(ごたんじやう)(ゴタンジヤウ)ありて皇太子(くわうたいし)(クワウたいし)にたち、位(くらゐ)に
つかせ給(たまひ)しかば、院号(ゐんがう)(ヰンガウ)かうぶらせ給(たま)ひて、
建礼門院(けんれいもんゐん)(ケンレイモンヰン)とぞ申(まうし)ける。入道相国(にふだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)(おんムスメ)なる
うへ、天下(てんが)の国母(こくも)(コクモ)にてましましければ、とかう
申(まうす)に及(およ)ばず。一人(いちにん)は六条(ろくでう)の摂政殿(せつしやうどの)(セツシヤウドノ)の北政所(きたのまんどころ)(きたノマンドコロ)
にならせ給(たま)ふ。高倉院(たかくらのゐん)御在位(ございゐ)(ゴザイヰ)の時(とき)、御母代(おんぱはしろ)[「ゴボダイ」としてすり消し、その上に「ハハシロ」とあり]
とて准三后(じゆんさんごう)(ジユンサンゴウ)の宣旨(せんじ)(センジ)をかうぶり、白河殿(しらかはどの)(シラカハドノ)とて
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おもき人(ひと)にてましましけり。一人(いちにん)は普賢寺
殿(ふげんじどの)(フゲンジどの)の北(きた)の政所(まんどころ)にならせ給(たま)ふ。一人(いちにん)は冷泉大
納言(れいぜいのだいなごん)(レイゼイノだいなごん)隆房卿(りゆうはうのきやう)(リウハウノキヤウ)の北方(きたのかた)、一人(いちにん)は七条修理大夫(しつでうのしゆりのだいぶ)(しつでうのシユリノだいぶ)信
隆卿(のぶたかのきやう)(ノブタカノきやう)に相具(あひぐ)(アイグ)し給(たま)へり。又(また)安芸国(あきのくに)(アキノクニ)厳島(いつくしま)(イツクシマ)の
内侍(ないし)(ナイシ)が腹(はら)(ハラ)に一人(いちにん)おはせしは、後白河(ごしらかは)の法皇(ほふわう)(ホウワウ)へ
まい(まゐ)【参】らせ給(たま)ひて、女御(にようご)(ネウゴ)のやうにてぞましまし
ける。其外(そのほか)九条院(くでうのゐん)の雑仕(ざふし)(ザウシ)常葉(ときは)(トキハ)が腹(はら)(ハラ)に
一人(いちにん)、是(これ)は花山院殿(くわさんのゐんどの)(クワサンノヰンドノ)に上臈女房(じやうらうにようばう)(ジヤウラウネウバウ)にて、廊(らう)の
御方(おんかた)(ヲカタ)とぞ申(まうし)ける。日本秋津島(につぽんあきつしま)(ニツポンアキツシマ)は纔(わづか)(ワヅカ)に六十
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六箇国(ろくじふろくかこく)(ろくじふろくカこく)、平家知行(へいけちぎやう)の国(くに)卅(さんじふ)余箇国(よかこく)(ヨカこく)、既(すで)(スデ)に半国(はんごく)(ハンゴク)
にこえたり。其外(そのほか)庄園(しやうゑん)(シヤウエン)田畠(でんばく)(デンバク)いくらといふ数(かず)(カズ)
をしらず。綺羅(きら)(キラ)充満(じゆうまん)(ジウマン)して、堂上(たうしやう)(タウシヤウ)花(はな)(ハナ)の如(ごと)(ゴト)し。
軒騎(けんき)(ケンキ)群集(くんじふ)(クンジウ)して、門前(もんぜん)(モンゼン)市(いち)(イチ)をなす。楊州(やうしう)(ヤウジウ)
の金(こがね)(コガネ)、荊州(けいしう)(ケイジウ)の珠(たま)(タマ)、呉郡(ごきん)(ゴキン)の綾(あや)(アヤ)、蜀江(しよくかう)(シヨツカウ)の錦(にしき)(ニシキ)、七
珍万宝(しつちんまんぼう)(シツチンマンボウ)一(ひとつ)(ヒトツ)として闕(かけ)(カケ)たる事(こと)なし。歌堂舞
閣(かたうぶかく)(カタウブカク)の基(もとゐ)(モトイ)、魚竜爵馬(ぎよりようしやくば)(ギヨレウシヤクバ)の翫(もてあそび)(モテアソビ)もの、恐(おそら)(ヲソラ)くは帝闕(ていけつ)(テイケツ)
も仙洞(せんとう)(セントウ)も是(これ)(コレ)にはすぎじとぞみえし。
  祇王(ぎわう)S0106
 ○入道相国(にふだうしやうこく)、一天(いつてん)四海(しかい)をたなごころ【掌】のうちににぎ【握】り
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給(たま)ひしあひだ【間】、世(よ)のそしりをもはばからず、人(ひと)
の嘲(あざけり)(アザケリ)をもかへり見(み)ず、不思議(ふしぎ)(フシギ)の事(こと)をのみ
し給(たま)へり。たとへば、其比(そのころ)(ソノコロ)都(みやこ)(ミヤコ)に聞(きこ)えたる白
拍子(しらびやうし)(シラビヤウシ)の上手(じやうず)(ジヤウズ)、祇王(ぎわう)(ギワウ)祇女(ぎによ)(ギニヨ)とておとといあり。とぢ
といふ白拍子(しらびやうし)がむすめなり。あね【姉】の祇王(ぎわう)を入
道相国(にふだうしやうこく)さいあひ【最愛】せられければ、是(これ)によつていもう
と【妹】の祇女(ぎによ)をも、よの人(ひと)もてなす事(こと)なのめなら
ず。母(はは)とぢにもよき屋(や)つく【造】つてとらせ、毎月(まいぐわつ)(マイグワツ)
に百石(ひやくこく)百貫(ひやくくわん)(ひやくクワン)ををく(おく)【送】られければ、けないふつき【家内富貴】
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してたのしい事(こと)なのめならず。抑(そもそも)(ソモソモ)我(わが)(ワガ)朝(てう)(テウ)に、
しら拍子(びやうし)(ビヤウシ)のはじまりける事(こと)は、むかし鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)
の御宇(ぎよう)(ギヨウ)に、しま【島】のせんざい【千歳】、わか【和歌】のまひ【前】とて、これら
二人(ににん)がま【舞】ひいだしたりけるなり。はじめは
すいかん【水干】に、たて烏帽子(えぼし)(ヱボシ)、白(しろ)ざやまきをさ【挿】いて
まひければ、おとこ(をとこ)まひ【男舞】とぞ申(まうし)ける。しかる
を、中比(なかごろ)(ナカゴロ)より烏帽子(えぼし)(ヱボシ)刀(かたな)(カタナ)をのけられて、すいかん【水干】
ばかりをもちい(もちゐ)【用】たり。扨(さて)(サテ)こそ白拍子(しらびやうし)(シラビヤウシ)とは名付(なづけ)(ナヅケ)
けれ。京中(きやうぢゆう)の白拍子(しらびやうし)ども、祇王(ぎわう)がさいはゐ(さいはひ)【幸】の
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めでたいやうをきいて、うらやむものもあり、そね
む者(もの)もありけり。うらやむ者共(ものども)は、「あなめでたの
祇王(ぎわう)御前(ごぜん)(ゴゼン)の幸(さいはひ)(サイハイ)や。おなじあそび女(をんな)とならば、
誰(たれ)(タレ)もみな、あのやうでこそありたけれ。いかさま
是(これ)は祇(ぎ)といふ文字(もじ)(モジ)を名(な)(ナ)について、かくはめで
たきやらむ。いざ我等(われら)(ワレラ)もついて見(み)む」とて、或(ある)は
祇一(ぎいち)とつき、ぎに【祇二】とつき、或(ある)はぎふく【祇福】・ぎとく【祇徳】
な(ン)どいふものもありけり。そねむものどもは、
「なんでう名(な)により文字(もじ)にはよるべき。さいはゐ(さいはひ)【幸】は
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ただ前世(ぜんぜ)の生(むま)れつきでこそあんなれ」とて、
つかぬものもおほかりけり。かくて三年(みとせ)(ミトセ)と
申(まうす)に、又(また)都(みやこ)にきこえたるしら拍子(びやうし)の上手(じやうず)、
一人(いちにん)出(いで)来(き)たり。加賀国(かがのくに)のものなり。名(な)をば
仏(ほとけ)(ホトケ)とぞ申(まうし)ける。年(とし)十六(じふろく)とぞきこえし。「昔(むかし)(ムカシ)
よりおほくの白拍子(しらびやうし)ありしが、かかるは[*この「は」衍字]まひ【舞】は
いまだ見(み)ず」とて、京中(きやうぢゆう)の上下(じやうげ)もてなす事(こと)
なのめならず。仏御前(ほとけごぜん)(ホトケゴゼン)申(まうし)けるは、「我(われ)天下(てんが)に聞(きこ)え
たれ共(ども)、当時(たうじ)(タウジ)さしもめでたうさか【栄】へ(さかえ)させ給(たま)ふ
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平家(へいけ)太政(だいじやう)の入道(にふだう)どのへ、めされぬ事(こと)こそほ
い【本意】なけれ。あそびもののならひ、なにかくる【苦】しかる
べき。推参(すいさん)(スイサン)して見(み)む」とて、ある時(とき)西八条(にしはつでう)(ニシはつでう)へぞ
まい(まゐ)【参】りたる。人(ひと)まい(まゐ)【参】つて、「当時(たうじ)(タウジ)都(みやこ)にきこえ候(さうらふ)仏
御前(ほとけごぜん)こそまい(まゐ)【参】つて候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「なん
でう、さやうのあそびものは人(ひと)のめし【召】にしたがふ(したがう)
てこそ参(まゐ)れ、さう【左右】なふ(なう)すいさん【推参】するやうやある。
[B 其上(そのうへ)]祇王(ぎわう)があらん所(ところ)へは、神(かみ)ともいへ、ほとけ【仏】とも
いへ、かなふまじきぞ。とふとふ(とうとう)【疾う疾う】罷出(まかりいで)よ」とぞの給(たま)ひ
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ける。ほとけ御(ご)ぜんはすげなふ(すげなう)い【言】はれたてまつ
つて、既(すで)(スデ)にいでんとしけるを、祇王(ぎわう)(ギワウ)入道殿(にふだうどの)(ニウダウドノ)に
申(まうし)けるは、「あそびもののすいさん【推参】はつねのならひ
でこそさぶらへ。其上(そのうへ)年(とし)もいまだをさなふ(をさなう)【幼】さぶ
らふなるが、適々(たまたま)(タマタマ)思(おもひ)(オモヒ)たつてまい(まゐ)【参】りてさぶらふを、
すげなふ(すげなう)仰(おほせ)(オホセ)られてかへさせ給(たま)はん事(こと)こそ不便(ふびん)
なれ。いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶら
ふらむ。わが[M 「われ」とあり、「れ」を非とし、「か」と傍書 ]たてしみちなれば、人(ひと)の上(うへ)(ウヘ)ともおぼ
えず。たとひ舞(まひ)(マイ)を御覧(ごらん)(ゴラン)じ、歌(うた)(ウタ)をきこし
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めさずとも、御対面(ごたいめん)(ゴタイメン)ばかりさぶらふ(さぶらう)てかへ【帰】させ
給(たま)ひたらば、ありがたき御情(おんなさけ)(ヲンナサケ)でこそさぶらはん
ずれ。唯(ただ)(タダ)理(り)(リ)をまげて、めしかへして御対面(ごたいめん)(ゴタイメン)さぶ
らへ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)(ニウダウ)「いでいでわごぜ【我御前】があまりに
いふ事(こと)なれば、見参(げんざん)(ゲンザン)してかへさむ」とて、つかひを
たててめされけり。ほとけごぜん【仏御前】はすげなふ(すげなう)い【言】はれ
たてまつつて、車(くるま)(クルマ)にのつて既(すで)(スデ)にい【出】でんとしけるが、
め【召】されて帰(かへり)(カヘリ)まい(まゐ)【参】りたり。入道(にふだう)(ニウダウ)出(いで)あひたいめん【対面】
して、「けふの見参(げんざん)はあるまじかりつる[M もの]を、
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祇王(ぎわう)がなにと思(おも)(オモ)ふやらん、余(あまり)(アマリ)に申(まうし)すすむる
間(あひだ)、加様(かやう)にげんざん【見参】しつ。見参(げんざん)(ゲンザン)するほどにては、
いかでか声(こゑ)(コヱ)をもきかであるべき。いまやう【今様】一つ
うたへかし」との給(たま)へば、仏御前(ほとけごぜん)「承(うけたまはり)(ウケタマハリ)さぶらふ」とて、
今(いま)(イマ)やう【様】ひとつぞうたふ(うたう)たる。君(きみ)(キミ)をはじめて
みるおり(をり)【折】は千代(ちよ)(チヨ)も経(へ)(ヘ)ぬべしひめこ松(まつ)、
おまへの池(いけ)(イケ)なるかめをかに鶴(つる)(ツル)こそむれゐ
てあそぶめれ Iと、おし返(かへ)しおし返(かへ)し三返(さんべん)(さんベン)うたひす
ましたりければ、けんもん【見聞】の人々(ひとびと)みな耳目(じぼく)(ジボク)
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ををどろか(おどろか)す。入道(にふだう)もおもしろげにおもひ【思ひ】
給(たま)ひて、「わごぜは今(いま)やう【様】は上手(じやうず)(ジヤウズ)でありける
よ。このぢやう【定】では舞(まひ)(マイ)もさだめてよかるらむ。
一番(いちばん)(イチバン)見(み)ばや。つづみ【鼓】うち【打】めせ」とてめされけり。
う【打】たせて一(いち)ばんまふ(まう)【舞う】たりけり。仏御前(ほとけごぜん)(ホトケゴゼン)は、かみ
すがた【髪姿】よりはじめて、みめかたちうつくしく、
声(こゑ)(コヱ)よく節(ふし)(フシ)も上手(じやうず)(ジヤウズ)でありければ、なじかは
まひ【舞】もそんずべき。心(こころ)もをよば(およば)【及ば】ずま【舞】ひすま
したりければ、入道相国(にふだうしやうこく)まひにめで給(たま)ひて、
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仏(ほとけ)に心(こころ)をうつされけり。仏御前(ほとけごぜん)「こはされば
なに事(ごと)さぶらふぞや。もとよりわらははすい
さん【推参】のものにて、いだされまい(まゐ)【参】らせさぶらひしを、
祇王御前(ぎわうごぜん)の申(まう)しやう[B 状(じやう)イ]によつてこそ、めしかへさ
れてもさぶらふに、[B かやうにめしをか(おか)【置か】れなば、妓王御前(ぎわうごぜん)の思(おも)ひ給(たま)はん心(こころ)のうちはづかしうさぶらふ。]はやはやいとまをたふ(たう)でいだ
させおはしませ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「すべてその儀(ぎ)
あるまじ。但(ただし)(タダシ)祇王(ぎわう)があるをはばかるか。その儀(ぎ)
ならばぎわう【祇王】をこそいだ【出】さめ」とぞの給(たま)ひ
ける。仏御前(ほとけごぜん)「それ又(また)いかでかさる御事(おんこと)さぶらふ
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べき。諸共(もろとも)(モロトモ)にめしをか(おか)【置か】れんだにも、心(こころ)うふ(うう)【憂う】さぶらふ
べきに、まして祇王(ぎわう)ごぜんを出(いだ)させ給(たま)ひて、
わらはを一人(いちにん)めしをか(おか)【置か】れなば、ぎわうごぜんの
心(こころ)のうち、はづかしうさぶらふべし。をのづから(おのづから)
後迄(のちまで)(ノチマデ)わすれぬ御事(おんこと)ならば、めされて又(また)は
まい(まゐ)【参】るとも、けふは暇(いとま)(イトマ)をたまはらむ」とぞ申(まうし)ける。
入道(にふだう)「なんでう其(その)儀(ぎ)あるまじ。祇王(ぎわう)とうとう
罷出(まかりいで)よ」と、お使(つかひ)(ツカヒ)かさねて三(さん)どまでこそた【立】て
られけれ[M る→れ ]。祇王(ぎわう)もとよりおもひ【思ひ】まふけ(まうけ)【設け】たる
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道(みち)(ミチ)なれども、さすがに昨日(きのふ)(キノフ)けふとは思(おもひ)よらず。
いそぎ出(いづ)べき由(よし)、しきりにのたまふあひだ【間】、
は【掃】きのご【拭】ひちり【塵】ひろはせ、見(み)ぐるしき物共(ものども)
とりしたためて、出(いづ)べきにこそさだまりけれ。
一樹(いちじゆ)(いちジユ)のかげにやどりあひ、おなじなが【流】れをむすぶ
だに、別(わかれ)(ワカレ)はかなしきならひぞかし。まして此(この)三(み)
とせが間(あひだ)住(すみ)なれし所(ところ)なれば、名残(なごり)(ナゴリ)もおし(をし)【惜】う
かなしくて、かひなきなみだぞこぼれける。扨(さて)(サテ)
もあるべき事(こと)ならねば、祇王(ぎわう)すでに、いまは
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かうとて出(いで)けるが、なからん跡(あと)(アト)のわすれがたみに
もとやおもひ【思ひ】けむ、しやうじ【障子】にな【泣】くな【泣】く一首(いつしゆ)(いつシユ)
の歌(うた)をぞかきつけける。もえ出(いづ)るもか【枯】るる
もおなじ野辺(のべ)の草(くさ)いづれか秋(あき)にあはで
はつべき、 W003 さて車(くるま)に乗(のつ)(ノツ)て宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)に帰(かへ)り、障子(しやうじ)(シヤウジ)
のうちにたを(たふ)【倒】れふし、唯(ただ)(タダ)な【泣】くより外(ほか)の事(こと)ぞ
なき。母(はは)やいもうと是(これ)をみて、「いかにやいかに」と
とひけれ共(ども)、とかうの返事(へんじ)にも及(およ)ばず。倶(ぐ)(グ)し
たる女(をんな)に尋(たづね)(タヅネ)てぞ、去事(さること)(サルコト)ありともしりてん
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げれ。さるほどに、毎月(まいぐわつ)にをく(おく)【送】られたりける、
百石(ひやくこく)百貫(ひやくくわん)(ひやくクワン)をも、いまはとどめられて、仏御前(ほとけごぜん)が
所縁(ゆかり)(ユカリ)の者共(ものども)ぞ、始而(はじめて)楽(たのし)(タノシ)み栄(さかえ)(サカヘ)ける。京中(きやうぢゆう)の
上下(じやうげ)、「祇王(ぎわう)こそ入道殿(にふだうどの)よりいとま給(たま)はつて出(いで)
たんなれ。誘(いざ)(イザ)見参(げんざん)(ゲンザン)してあそばむ」とて、或(あるい)(アルイ)は
文(ふみ)をつかはす人(ひと)もあり、或(あるい)は使(つかひ)(ツカヒ)をたつる者(もの)
もあり。祇王(ぎわう)さればとて、今更(いまさら)(イマサラ)人(ひと)に対面(たいめん)(タイメン)して
あそびたはぶるべきにもあらねば、文(ふみ)をとり
いるる事(こと)もなく、まして使(つかひ)にあひしらふ迄(まで)も
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なかりけり。これ【是】につけてもかなしくて、
いとど涙(なみだ)(ナミダ)にのみぞしづみにける。かくてこと
しもくれぬ。あくる春(はる)(ハル)の比(ころ)、入道相国(にふだうしやうこく)、祇王(ぎわう)が
もとへししや【使者】をたてて、「いかに其後(そののち)何事(なにごと)かある。
仏御前(ほとけごぜん)が余(あまり)(アマリ)につれづれげに見(み)ゆるに、まい(まゐ)【参】つて
今(いま)やうをもうたひ、まひなどをもまふ(まう)【舞う】て仏(ほとけ)なぐ
さめよ」とぞの給(たま)ひける。祇王(ぎわう)とかふ(とかう)の御返事(おんぺんじ)
にも及(およ)ばず。入道(にふだう)「など祇王(ぎわう)は返事(へんじ)はせぬぞ。
まい(まゐ)【参】るまじひ(まじい)か。参(まゐ)(マイ)るまじくはそのやうをまふ(まう)【申う】せ。
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浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)もはからふむねあり」とぞの給(たま)ひける。
母(はは)とぢ是(これ)をきくにかなしくて、いかなるべし
ともおぼえず。な【泣】くな【泣】くけうくん【教訓】しけるは、
「いかに祇王御前(ぎわうごぜん)、ともかうも御返事(おんぺんじ)を申(まう)せ
かし。左様(さやう)(サヤウ)にしかられまい(まゐ)【参】らせんよりは」といへば、
祇王(ぎわう)「まい(まゐ)【参】らんとおもふ【思ふ】道(みち)ならばこそ、軈而(やがて)(ヤガテ)参(まゐ)る
とも申(まう)さめ、まい(まゐ)【参】らざらむ物故(ものゆゑ)(モノユヘ)に、何(なに)と御返事(おんぺんじ)
を申(まうす)べしともおぼえず。此度(このたび)めさんにまい(まゐ)【参】ら
ずは、はからふむねありと仰(おほせ)(ヲホセ)らるるは、都(みやこ)(ミヤコ)の外(ほか)(ホカ)へ
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出(いだ)さるるか、さらずは命(いのち)(イノチ)をめさるるか、是(この)二(ふたつ)には
よも過(すぎ)じ。縦(たとひ)(タトヒ)都(みやこ)をいださるるとも、歎(なげく)(ナゲク)べき道(みち)
にあらず。たとひ命(いのち)(イノチ)をめさるるとも、おし(をし)【惜】か
るべき又(また)我身(わがみ)(ワガミ)かは。一度(ひとたび)(ヒトタビ)うき物(もの)におも【思】はれ
まい(まゐ)【参】らせて、二(ふた)たびおもてをむかふべきにもあら
ず」とて、なを(なほ)【猶】御返事(おんぺんじ)をも申(まう)さざりけるを、
母(はは)とぢ重而(かさねて)けうくん【教訓】しけるは、「天(あめ)(アメ)が下(した)(シタ)にす
まん程(ほど)は、ともかうも入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)(ヲホセ)をば背(そむく)(ソムク)
まじき事(こと)にてあるぞとよ。男(をとこ)女(をんな)のえん【縁】
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しゆくせ【宿世】、今(いま)(イマ)にはじめぬ事(こと)ぞかし。千年(せんねん)
万年(まんねん)とちぎれども、やがてはな【離】るる中(なか)もあり。
白地(あからさま)(アカラサマ)とは思(おも)(ヲモ)へども、存生果(ながらへはつ)(ナガラヘハツ)る事(こと)もあり。世(よ)に
定(さだめ)(サダメ)なきものは[M 事(こと)→ものはイ]、おとこ(をとこ)女(をんな)のならひなり。それに
わごぜは、此(この)みとせまでおも【思】はれまい(まゐ)【参】らせたれ
ば、ありがたき御情(おんなさけ)(おんナサケ)でこそあれ、め【召】さんに
まい(まゐ)【参】らねばとて、命(いのち)(イノチ)をうしなはるるまでは
よもあらじ。唯(ただ)(タダ)都(みやこ)の外(ほか)へぞ出(いだ)されんずらん。縦(たとひ)(タトヒ)
都(みやこ)を出(いだ)さるとも、わごぜたちは年(とし)若(わか)(ワカ)ければ、
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いかならん岩木(いはき)(イハキ)のはざまにてもすごさん事(こと)
やすかるべし。年(とし)老(おい)(ヲヒ)をとろへ(おとろへ)たる母(はは)、都(みやこ)の外(ほか)
へぞ出(いだ)されんずらむ。ならはぬひな【鄙】のすまゐ(すまひ)
こそ、かねておもふ【思ふ】もかなしけれ。唯(ただ)(タダ)われを都(みやこ)
のうちにて住果(すみはて)(スミハテ)させよ。それぞ今生(こんじやう)(コンジヤウ)後生(ごしやう)(ゴシヤウ)
のけうやう【孝養】と思(おも)はむずる」といへば、祇王(ぎわう)、うし
とおもひ【思ひ】し道(みち)なれども、おやのめい【命】をそむかじと、
な【泣】くな【泣】く又(また)出立(いでたち)ける心(こころ)のうちこそむざん【無慚】なれ。
独(ひとり)(ヒトリ)参(まゐ)(マイ)らむは余(あまり)(アマリ)に物(もの)うしとて、いもうとの祇女(ぎによ)
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をもあひぐしけり。其外(そのほか)白拍子(しらびやうし)二人(ににん)、そう【総・惣】じて
四人(しにん)、ひとつ車(くるま)にとりのつて、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐ)り
たる。さきざきめされける所(ところ)へはい【入】れられず、
遥(はるか)(ハルカ)にさがりたる所(ところ)にざしき【座敷】しつらふ(しつらう)てをか(おか)【置か】れ
たり。祇王(ぎわう)「こはさればなに事(ごと)さぶらふぞや。わが
身(み)にあやまつ事(こと)はなけれ共(ども)、すてられたてまつる
だにあるに、座敷(ざしき)(ザシキ)をさへさげらるることの心(こころ)う
さよ。いかにせむ」とおもふ【思ふ】に、しら【知ら】せじとおさふる
袖(そで)(ソデ)のひまよりも、あまりて涙(なみだ)(ナミダ)ぞこぼれける。
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仏御前(ほとけごぜん)是(これ)をみて、あまりにあはれにおもひ【思ひ】
ければ、「あれはいかに、日比(ひごろ)(ヒゴロ)めされぬところ【所】
でもさぶらはばこそ、是(これ)へめされさぶらへかし。さら
ずはわらはにいとまをたべ。出(いで)て見参(げんざん)(ゲンザン)せん」
と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「すべて其(その)儀(ぎ)あるまじ」と
のたまふ間(あひだ)、ちからをよ(およ)【及】ばで出(いで)ざりけり。其
後(そののち)入道(にふだう)、ぎわう【祇王】が心(こころ)のうちをばしり【知り】給(たま)はず、
「いかに、其後(そののち)何事(なにごと)かある。さては仏御前(ほとけごぜん)があまりに
つれづれげに見(み)ゆるに、いまやう【今様】ひと【一】つうたへかし」と
P01057
の給(たま)へば、祇王(ぎわう)、まい(まゐ)【参】る程(ほど)では、ともかうも
入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)をば背(そむく)(ソムク)まじとおもひ【思ひ】ければ、
おつるなみだ【涙】をおさへて、今(いま)やうひとつぞ
うたふ(うたう)たる。仏(ほとけ)もむかしはぼんぶ【凡夫】なり我等(われら)も
終(つひ)(ツイ)には仏(ほとけ)なり、いづれも仏性(ぶつしやう)(ブツシヤウ)具(ぐ)(グ)せる身(み)を、
へだつるのみこそかなしけれ I と、な【泣】くな【泣】く二
返(にへん)うたふ(うたう)たりければ、其(その)座(ざ)にいくらもなみ
ゐたまへる平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)(クギヤウ)・殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)・諸大夫(しよだいぶ)(シヨダイブ)・
侍(さぶらひ)(サブライ)に至(いた)るまで、皆(みな)(ミナ)感涙(かんるい)(カンルイ)をぞなが【流】されける。
P01058
入道(にふだう)もおもしろげにおもひ【思ひ】給(たま)ひて、「時(とき)にとつ
ては神妙(しんべう)(シンベウ)に申(まうし)たり。さては舞(まひ)(マイ)も見(み)たけれども、
けふはまぎるる事(こと)いできたり。此後(こののち)(コノノチ)はめさ
ずともつねにまい(まゐ)【参】つて、今(いま)やうをもうたひ、まひ
などをもまふ(まう)【舞う】て、仏(ほとけ)なぐさめよ」とぞの給(たま)ひ
ける。祇王(ぎわう)とかうの御返事(おんぺんじ)にも及(およ)ばず、涙(なみだ)(ナミダ)
をおさへて出(いで)にけり。「親(おや)(ヲヤ)のめい【命】をそむかじと、
つらきみちにおもむひ(おもむい)て、二(ふた)たびうきめを見(み)
つることの心(こころ)うさよ。かくて此(この)世(よ)にあるならば、
P01059
又(また)うきめをも見(み)むずらん。いまはただ身(み)をな
げんとおもふ【思ふ】なり」といへば、いもうとの祇女(ぎによ)も、
「あね【姉】身(み)をなげば、われもともに身(み)をなげん」と
いふ。母(はは)とぢ是(これ)をきくにかなしくて、いかなるべし
ともおぼえず。な【泣】くな【泣】く又(また)けうくん【教訓】しけるは、
「まことにわごぜのうらむるもことはり(ことわり)【理】なり。さやう
の事(こと)あるべしともしらずして、けうくん【教訓】して
まい(まゐ)【参】らせつる事(こと)の心(こころ)うさよ。但(ただし)(タダシ)わごぜ身(み)を
な【投】げば、いもうと【妹】もともに身(み)をなげんといふ。
P01060
二人(ににん)のむすめ共(ども)にをく(おく)【遅】れなん後(のち)、年(とし)(トシ)老(おい)(ヲヒ)をと
ろへ(おとろへ)たる母(はは)、命(いのち)(イノチ)いきてもなににかはせむなれば、
我(われ)もともに身(み)をなげむとおもふ【思ふ】なり。いまだ
死期(しご)(シゴ)も来(きた)らぬおやに身(み)をなげさせん事(こと)、
五逆罪(ごぎやくざい)(ごギヤクザイ)にやあらんずらむ。此(この)世(よ)はかりのやどり
なり。はぢてもはぢでも何(なに)ならず。唯(ただ)(タダ)ながき
世(よ)のやみ【闇】こそ心(こころ)うけれ。今生(こんじやう)(コンジヤウ)でこそあらめ、
後生(ごしやう)(ゴシヤウ)でだにあくだう【悪道】へおもむかんずる事(こと)の
かなしさよ」と、さめざめとかきくどきければ、
P01061
祇王(ぎわう)なみだをおさへて、「げにもさやうにさぶら
はば、五逆罪(ごぎやくざい)(ごギヤクザイ)うたがひなし。さらば自害(じがい)(ジガイ)は
おもひ【思ひ】とどまりさぶらひぬ。かくて宮古【都】(みやこ)に
あるならば、又(また)うきめをもみむずらん。いまは
ただ都(みやこ)の外(ほか)(ホカ)へ出(いで)ん」とて、祇王(ぎわう)廿一(にじふいち)にて尼(あま)(アマ)に
なり、嵯峨(さが)(サガ)の奥(おく)(オク)なる山里(やまざと)に、柴(しば)(シバ)の庵(いほり)(イヲリ)を
ひきむすび、念仏(ねんぶつ)してこそゐたりけれ。いもうと
のぎによ【祇女】も、「あね身(み)をなげば、我(われ)(ワレ)もともに
身(み)をなげんとこそ契(ちぎり)(チギリ)しか。まして世(よ)をいと
P01062
はむに誰(たれ)(タレ)かはをとる(おとる)べき」とて、十九(じふく)にてさまを
かへ、あねと一所(いつしよ)に籠居(こもりゐ)(コモリヰ)て、後世(ごせ)(ゴセ)をねがふぞ
あはれなる。母(はは)とぢ是(これ)を見(み)て、「わかきむすめ
どもだにさまをかふる世中(よのなか)に、年(とし)(トシ)老(おい)(ヲヒ)をとろへ(おとろへ)
たる母(はは)、しらが【白髪】をつけてもなににかはせむ」とて、
四十五(しじふご)にてかみをそり、二人(ににん)のむすめ諸共(もろとも)(モロトモ)に、
いつかうせんじゆ【一向専修】に念仏(ねんぶつ)して、ひとへに後世(ごせ)(ゴセ)を
ぞねがひける。かくて春(はる)すぎ夏(なつ)闌(たけ)(タケ)ぬ。秋(あき)(アキ)
の初風(はつかぜ)(ハツカゼ)吹(ふき)(フキ)ぬれば、星合(ほしあひ)(ホシアイ)の空(そら)(ソラ)をながめつつ、
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あま【天】のとわた【渡】るかぢの葉(は)(ハ)に、おもふ【思ふ】事(こと)かく
比(ころ)(コロ)なれや。夕日(ゆふひ)のかげの西(にし)の山(やま)のはにかく【隠】るる
を見(み)ても、日(ひ)の入(いり)給(たま)ふ所(ところ)は西方浄土(さいはうじやうど)(サイハウジヤウド)にてあん
なり、いつかわれらもかしこに生(むま)(ムマ)れて、物(もの)をおも
はですぐさむずらんと、かかるにつけても過(すぎ)(スギ)
にしかたのうき事(こと)共(ども)おもひ【思ひ】つづけて、唯(ただ)(タダ)つき
せぬ物(もの)は涙(なみだ)(ナミダ)なり。たそかれ時(どき)(トキ)も過(すぎ)ぬれば、竹(たけ)
のあみ戸(ど)をとぢふさぎ、灯(ともしび)(トモシビ)かすかにかきたてて、
親子(おやこ)(ヲヤコ)三人(さんにん)念仏(ねんぶつ)してゐたる処(ところ)(トコロ)に、竹(たけ)のあみ戸(ど)を
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ほとほととうちたたくもの出来(いでき)(イデキ)たり。其時(そのとき)尼(あま)(アマ)
どもきもをけし、「あはれ、是(これ)(コレ)はいふかひなき
我等(われら)(ワレラ)が、念仏(ねんぶつ)して居(ゐ)(ヰ)たるを妨(さまたげ)(サマタゲ)んとて、まゑん(まえん)【魔縁】
の来(き)たるにてぞあるらむ。昼(ひる)(ヒル)だにも人(ひと)もとひ
こぬ山里(やまざと)の、柴(しば)の庵(いほり)(イホリ)の内(うち)なれば、夜(よ)ふけて
誰(たれ)(タレ)かは尋(たづ)(タヅ)ぬべき。わづかの竹(たけ)のあみ戸(ど)なれば、
あけずともおしやぶらん事(こと)やすかるべし。中
々(なかなか)ただあけていれ【入れ】んとおもふ【思ふ】なり。それに
情(なさけ)(ナサケ)をかけずして、命(いのち)(イノチ)をうしなふものならば、
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年比(としごろ)頼(たのみ)(タノミ)たてまつる弥陀(みだ)の本願(ほんぐわん)(ホングワン)をつよく
信(しん)(シン)じて、隙(ひま)(ヒマ)なく名号(みやうがう)(ミヤウガウ)をとなへ奉(たてまつ)るべし。
声(こゑ)(コヱ)を尋(たづね)てむかへ給(たま)ふなる聖主(しやうじゆ)(シヤウジユ)の来迎(らいかう)(ライカウ)
にてましませば、などかいんぜう【引摂】なかるべき。相(あひ)
かまへて念仏(ねんぶつ)おこたり給(たま)ふな」と、たがひに
心(こころ)をいましめて、竹(たけ)のあみ戸(ど)をあけたれば、
まゑん(まえん)【魔縁】にてはなかりけり。仏御前(ほとけごぜん)ぞ出(いで)来(きた)る。祇王(ぎわう)
「あれはいかに、仏御前(ほとけごぜん)と見(み)たてまつるは。夢(ゆめ)(ユメ)かや
うつつか」といひければ、仏御前(ほとけごぜん)涙(なみだ)(ナミダ)をおさへて、「か様(やう)
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の事(こと)申(まう)せば、事(こと)あたらしうさぶらへ共(ども)、申(まう)
さずは又(また)おもひ【思ひ】しらぬ身(み)ともなりぬべければ、
はじめよりして申(まうす)なり。もとよりわらはは
推参(すいさん)(スイサン)のものにて、出(いだ)されまい(まゐ)【参】らせさぶらひしを、
祇王御前(ぎわうごぜん)の申(まうし)やう[B 状(じやう)イ]によつてこそめしかへされ
てもさぶらふに、女(をんな)のはかなき[B いふかひなきイ]こと、わが身(み)を心(こころ)
にまかせずして、おしとどめられまい(まゐ)【参】らせし事(こと)、
心(こころ)ううこそさぶらひしか。いつぞや又(また)めされまい(まゐ)【参】
らせて、いまやう【今様】うたひ給(たま)ひしにも、思(おもひ)しられて
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こそさぶらへ。いつかわが身(み)のうへならんと思(おも)
ひしかば、嬉(うれ)(ウレ)しとはさらに思(おも)はず。障子(しやうじ)(シヤウジ)に又(また)
「いづれか秋(あき)にあはではつべき」と書置(かきおき)(カキヲキ)給(たま)ひし
筆(ふで)(フデ)の跡(あと)(アト)、げにもとおもひ【思ひ】さぶらひしぞや。其
後(そののち)はざいしよ【在所】を焉(いづく)(イヅク)ともしりまい(まゐ)【参】らせざりつる
に、かやうにさまをかへて、ひと所(ところ)にとうけ給(たま)はつ
てのちは、あまりに浦山(うらやま)(ウラヤマ)しくて、つねは暇(いとま)(イトマ)を
申(まうし)しかども、入道殿(にふだうどの)さらに御(ご)もちい(もちゐ)【用】ましまさず。
つくづく物(もの)を案(あん)(アン)ずるに、娑婆(しやば)(シヤバ)の栄花(えいぐわ)(ヱイグワ)は夢(ゆめ)(ユメ)の
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ゆめ、楽(たのし)(タノシ)みさかえ【栄】て何(なに)(ナニ)かせむ。人身(にんじん)(ニンジン)は請(うけ)(ウケ)がたく、
仏教(ぶつけう)(ブツケウ)にはあひがたし。比度(このたび)(コノタビ)ないり【泥犁】にしづみ
なば、たしやうくはうごう【多生曠劫】をばへだ(隔)つとも、うかび
あがらん事(こと)かたし。年(とし)のわかきをたのむべき
にあらず、老少不定(らうせうふぢやう)(ラウセウフヂヤウ)のさかい(さかひ)なり。出(いづ)るいきの
い【入】るをもまつべからず、かげろふいなづま【稲妻】より
なを(なほ)【猶】はかなし。一旦(いつたん)(イツタン)の楽(たのし)(タノシ)みにほこつて、後生(ごしやう)(ゴシヤウ)を
しらざらん事(こと)のかなしさに、けさ【今朝】まぎれ出(いで)て、かく
なつてこそまい(まゐ)【参】りたれ」とて、かづきたるきぬ【衣】を
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うちのけたるをみれば、あまになつてぞ出
来(いできた)る。「かやうに様(さま)(サマ)をかへてまい(まゐ)【参】りたれば、日比(ひごろ)の
科(とが)(トガ)をばゆるし給(たま)へ。ゆるさんと仰(おほ)せられば、諸共(もろとも)
に念仏(ねんぶつ)して、ひとつはちす【蓮】の身(み)とならん。それに
なを(なほ)【猶】心(こころ)ゆかずは、是(これ)よりいづちへもまよひゆき、
いかならん苔(こけ)(コケ)のむしろ、松(まつ)がね【根】にもたほ(たふ)【倒】れふし、
命(いのち)のあらんかぎり念仏(ねんぶつ)して、往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】
をとげんとおもふ【思ふ】なり」と小雨小雨(さめざめ)(サメザメ)とかきくどき
ければ、祇王(ぎわう)なみだをおさへて、「誠(まこと)(マコト)にわごぜ【我御世】の
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是(これ)ほどに思給(おもひたまひ)けるとは夢(ゆめ)(ユメ)にだにしらず。うき
世中(よのなか)のさがなれば、身(み)のうきとこそおもふ【思ふ】
べきに、ともすればわごぜ【我御前】の事(こと)のみうらめし
くて、往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】をとげん事(こと)かなふべし
ともおぼえず。今生(こんじやう)(コンジヤウ)も後生(ごしやう)(ゴシヤウ)も、なまじゐ(なまじひ)に
しそんじたる心(ここ)(ココ)ちにてありつるに、かやうに
さまをかへておはしたれば、日比(ひごろ)(ヒゴロ)のとがは露(つゆ)(ツユ)ちり
ほどものこらず。いまは往生(わうじやう)(ワウジヤウ)うたがひなし。比度(このたび)
そくはい(そくわい)【素懐】をとげんこそ、何(なに)(ナニ)よりも又(また)うれしけれ。
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我等(われら)が尼(あま)(アマ)になりしをこそ、世(よ)にためしなき
事(こと)のやうに人(ひと)もいひ、我身(わがみ)(ワガミ)にも又(また)思(おもひ)しか、
さまをかふるもことはり(ことわり)【理】なり。いまわごぜ【我御前】の
出家(しゆつけ)にくらぶれば、事(こと)のかずにもあらざりけり。
わごぜ【我御前】はうらみもなし、なげきもなし。ことしは
纔(わづか)(ワヅカ)に十七(じふしち)にこそなる人(ひと)の、かやうにゑど【穢土】をいと
ひ浄土(じやうど)(ジヤウド)をねがはんと、ふかくおもひ【思ひ】いれ【入れ】給(たま)ふこそ、
まことの大(だい)だうしん【道心】とはおぼえたれ。うれしかり
けるぜんぢしき【善知識】かな。いざもろともにねがはん」とて、
P01072
四人(しにん)一所(いつしよ)にこもりゐて、あさゆふ仏前(ぶつぜん)(ブツゼン)に花香(はなかう)(ハナカウ)
をそなへ、よねん【余念】なくねがひければ、ちそく【遅速】こそ
ありけれ、四人(しにん)のあまども皆(みな)往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】を
とげけるとぞ聞(きこ)えし。されば後白河(ごしらかは)の法皇(ほふわう)
のちやうがうだう【長講堂】のくはこちやう(くわこちやう)【過去帳】にも、祇王(ぎわう)・祇女(ぎによ)・
ほとけ・とぢらが尊霊(そんりやう)(ソンリヤウ)と、四人(しにん)一所(いつしよ)に入(いれ)られ
けり。あはれなりし[B 「はれな」に「りかたか」 ありかたかりし]事(こと)どもなり。
  二代后(にだいのきさき)S0107
 ○昔(むかし)(ムカシ)より今(いま)(イマ)に至(いた)(イタ)るまで、源平(げんぺい)両氏(りやうし)(リヤウシ)朝家(てうか)(テウカ)に
召(めし)(メシ)つかはれて、王化(わうくわ)(ワウクワ)にしたがはず、をのづから(おのづから)朝
P01073
権(てうけん)(テウケン)をかろむずる(かろんずる)者(もの)(モノ)には、互(たがひ)(タガヒ)にいましめを
くはへしかば、代(よ)(ヨ)の乱(みだ)(ミダ)れもなかりしに、保元(ほうげん)(ホウゲン)
に為義(ためよし)(タメヨシ)きられ、平治(へいぢ)に義朝(よしとも)(ヨシトモ)誅(ちゆう)(チウ)せられて後(のち)は、
すゑずゑの源氏(げんじ)ども或(あるい)(アルヒ)は流(なが)(ナガ)され、或(あるい)(アルヒ)はうしなはれ、
今(いま)は平家(へいけ)の一類(いちるい)(いちルイ)のみ繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)して、かしら【頭】を
さし出(いだ)すもの【者】なし。いかならん末(すゑ)の代(よ)までも
何事(なにごと)かあらむとぞみえし。されども、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)
御晏駕(ごあんか)(ゴアンカ)の後(のち)(ノチ)は、兵革(ひやうがく)(ヒヤウガク)うちつづき、死罪(しざい)(シザイ)・流
刑(るけい)(ルケイ)・闕官(けつくわん)(ケツクワン)・停任(ちやうにん)(チヤウニン)つねにおこなはれて、海内(かいだい)(カイダイ)も
P01074
しづかならず、世間(せけん)(セケン)もいまだ落居(らつきよ)(ラツキヨ)せず。就中(なかんづく)(ナカンヅク)に
永暦(えいりやく)(ヱイリヤク)応保(おうほう)(ヲウホウ)の比(ころ)(コロ)よりして、院(ゐん)(ヰン)の近習者(きんじゆしや)(キンジユシヤ)をば
内(うち)(ウチ)より御(おん)いましめあり、内(うち)(ウチ)の近習者(きんじゆしや)(キンジユシヤ)をば院(ゐん)(ヰン)より
いましめらるる間(あひだ)、上下(じやうげ)おそれをののいてやすい
心(こころ)もなし。ただ深淵(しんゑん)(シンヱン)にのぞむ(のぞん)で薄氷(はくひよう)(ハクヘウ)をふむ
に同(おな)(ヲナ)じ。主上(しゆしやう)(シユシヤウ)上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)、父子(ふし)(フシ)の御(おん)(ヲン)あひだ【間】には、なに【何】
事(ごと)の御(おん)へだてかあるべきなれども、思(おもひ)(オモヒ)の外(ほか)
の事(こと)どもありけり。是(これ)も世(よ)澆季(げうき)(ゲウキ)に及(およん)(オヨン)で、
人(ひと)(ヒト)梟悪(けうあく)(ケウアク)をさきとする故(ゆゑ)(ユヘ)也(なり)。主上(しゆしやう)、院(ゐん)の仰(おほせ)を
P01075
つねに申(まうし)かへさせおはしましける中(なか)にも、人(ひと)
耳目(じぼく)(ジボク)を驚(おどろ)(ヲドロ)かし、世(よ)も(ッ)て大(おほき)(ヲホキ)にかたぶけ申(まうす)事(こと)
ありけり。故近衛院(ここんゑのゐん)(ココンヱノヰン)の后(きさき)(キサキ)、太皇太后宮(たいくわうたいこうくう)(ダイクワウダイコクウ)と申(まうし)し
は、大炊御門(おほいのみかど)(オホヰノミカド)の右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)(キンヨシこう)の御娘(おんむすめ)(おんムスメ)也(なり)。先帝(せんてい)(センテイ)
にをく(おく)【遅】れたてまつらせ給(たま)ひて後(のち)は、九重(ここのへ)(ココノヱ)の
外(そと)、近衛河原(このゑかはら)(コノヱカハラ)の御所(ごしよ)(ゴシヨ)にぞうつりすませ給(たまひ)
ける。さきのきさいの宮(みや)(ミヤ)にて、幽(かすか)(カスカ)なる御(おん)あり
さまにてわたらせ給(たまひ)しが、永暦(えいりやく)(ヱイリヤク)のころほひは、
御年(おんとし)廿二三(にじふにさん)にもやならせ給(たまひ)けむ、御(おん)さかりも
P01076
すこし過(すぎ)させおはしますほどなり。しかれ
ども、天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)(ビジン)のきこえましまし
ければ、主上(しゆしやう)色(いろ)(イロ)にのみそ【染】める御心(おんこころ)にて、偸(ひそか)(ヒソカ)
に行力使【*高力士】(かうりよくし)(カウリヨクシ)に詔(ぜう)(ゼウ)じて、外宮(ぐわいきゆう)(グワイキウ)にひき求(もと)(モト)めし
むるに及(およん)(オヨン)で、比(この)大宮(おほみや)へ御艶書(ごえんしよ)(ゴヱンシヨ)あり。大宮(おほみや)敢(あへ)(アヘ)
てきこしめしもいれ【入れ】ず。さればひたすら早(はや)(ハヤ)
ほにあらはれて、后(きさき)(キサキ)御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)あるべき由(よし)、右大臣
家(うだいじんげ)(うだいじんゲ)に宣旨(せんじ)(センジ)を下(くだ)さる。此(この)事(こと)天下(てんが)にをいて(おいて)
ことなる勝事(せうし)(セウシ)なれば、公卿僉議(くぎやうせんぎ)(クギヤウセンギ)あり。各(おのおの)(オノオノ)
P01077
意見(いけん)(イケン)をいふ。「先(まづ)(マヅ)異朝(いてう)(イテウ)の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をとぶらふに、
震旦(しんだん)(シンダン)の則天皇后(そくてんくわうこう)(ソクテンクワウゴウ)は唐(たう)(タウ)の太宗(たいそう)(タイソウ)のきさき、高
宗皇帝(かうそうくわうてい)(カウソウクワウテイ)の継母(けいぼ)(ケイボ)なり。太宗(たいそう)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)の後(のち)(ノチ)、高宗(かうそう)(カウソウ)
の后(きさき)(キサキ)にたち給(たま)へる事(こと)あり。是(これ)(コレ)は異朝(いてう)(イテウ)の先
規(せんぎ)(センキ)たるうへ、別段(べつだん)(ベツダン)の事(こと)なり。しかれども吾(わが)(ワガ)朝(てう)(テウ)
には、神武天皇(じんむてんわう)(ジンムてんわう)より以降(このかた)(コノカタ)人皇(にんわう)(ニンワウ)七十(しちじふ)余代(よだい)に及(およぶ)
まで、いまだ二代(にだい)の后(きさき)(キサキ)にたたせ給(たま)へる例(れい)(レイ)を
きかず」と、諸卿(しよきやう)(シヨキヤウ)一同(いちどう)(いちドウ)に申(まう)されけり。上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)も
しかるべからざる由(よし)、こしらへ申(まう)させ給(たま)へば、主上(しゆしやう)
P01078
仰(おほせ)(オホセ)なりけるは、「天子(てんし)(テンシ)に父母(ふぼ)(フボ)なし。吾(われ)(ワレ)十善(じふぜん)(ジウゼン)の
戒功(かいこう)(カイコウ)によ(ッ)て、万乗(ばんじよう)(バンゼウ)の宝位(ほうゐ)(ホウヰ)をたもつ。是(これ)
程(ほど)の事(こと)、などか叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)に任(まか)(マカ)せざるべき」とて、
やがて御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)の日(ひ)、宣下(せんげ)(センゲ)せられけるうへは、力(ちから)(チカラ)及(およ)
ばせ給(たま)はず。大宮(おほみや)(オホミヤ)かくときこしめされける
より、御涙(おんなみだ)(オンナミダ)にしづませおはします。先帝(せんてい)(センテイ)
にをく(おく)【遅】れまい(まゐ)【参】らせにし久寿(きうじゆ)(キウジユ)の秋(あき)のはじめ、
おなじ【同じ】野原(のばら)(ノバラ)の露(つゆ)(ツユ)ともきえ、家(いへ)(イヱ)をもいで
世(よ)をものがれたりせば、今(いま)かかるうき耳(みみ)をばきか
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ざらましとぞ、御歎(おんなげき)(おんナゲキ)ありける。父(ちち)(チチ)のおとどこし
らへ申(まう)させ給(たまひ)けるは、「「世(よ)にしたがはざるを
も(ッ)て狂人(きやうじん)(キヤウジン)とす」とみえたり。既(すで)(スデ)に詔命(ぜうめい)(ゼウメイ)を下(くだ)
さる。子細(しさい)(シサイ)を申(まうす)にところ【所】なし。ただすみやかに
まい(まゐ)【参】らせ給(たまふ)べきなり。もし王子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)(ごタンジヤウ)あり
て、君(きみ)(キミ)も国母(こくも)(コクモ)といはれ、愚老(ぐらう)(グラウ)も外祖(ぐわいそ)(グワイソ)とあふ
がるべき瑞相(ずいさう)(ズイサウ)にてもや候(さうらふ)らむ。是(これ)偏(ひとへ)(ヒトヘ)に愚老(ぐらう)(グラウ)
をたすけさせおはします御孝行(ごかうかう)(ゴカウカウ)の御(おん)(ヲン)いたり
なるべし」と申(まう)させ給(たま)へども、御返事(おんぺんじ)もなかり
P01080
けり。大宮(おほみや)其比(そのころ)なにとなき御手習(おんてならひ)(ヲンテナラヒ)の次(ついで)(ツイデ)に、
うきふしにしづみもやらでかは竹(たけ)の
世(よ)にためしなき名(な)をやながさん W004
世(よ)にはいかにしてもれけるやらむ、哀(あはれ)(アハレ)にやさ
しきためしにぞ、人々(ひとびと)申(まうし)あへりける。既(すで)(スデ)に
御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)の日(ひ)になりしかば、父(ちち)のおとど、供奉(ぐぶ)(グブ)
のかんだちめ、出車(しゆつしや)(シユツシヤ)の儀式(ぎしき)(ギシキ)な(ン)どこころ【心】ことに
だしたてまい(まゐ)【参】らせ給(たまひ)けり。大宮(おほみや)物(もの)うき御(おん)
いでたちなれば、とみにもたてまつらず。はるかに
P01081
夜(よ)もふけ、さ夜(よ)もなかばにな(ッ)て後(のち)、御車(おんくるま)に
たすけのせられ給(たまひ)けり。御入内(ごじゆだい)の後(のち)は麗景
殿(れいけいでん)(レイケイデン)にぞましましける。ひたすらあさまつりごと
をすすめ申(まう)させ給(たま)ふ御(おん)ありさま也(なり)。彼(かの)(カノ)紫
震殿【*紫宸殿】(ししんでん)(シシデン)の皇居(くわうきよ)(クワウキヨ)には、賢聖(げんじやう)(ゲンジヤウ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)をたてられ
たり。伊尹(いいん)(イイン)・鄭伍倫(ていごりん)(テイゴリン)・虞世南(ぐせいなん)(グセイナン)、太公望(たいこうばう)(タイコウバウ)・角里先
生(ろくりせんせい)(ロクリセンセイ)・李勣(りせき)(リセキ)・司馬(しば)(シバ)、手(て)なが足(あし)なが・馬形(むまがた)(ムマガタ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)、鬼(おに)(ヲニ)
の間(ま)(マ)、季将軍(りしやうぐん)(リシヤウグン)がすがたをさながらうつせる障子(しやうじ)(シヤウジ)
もあり。尾張守(をはりのかみ)(ヲハリノカミ)小野道風(をののたうふう)(ヲノノタウフウ)が、七廻賢聖(しちくわいげんじやう)(シチクワイゲンジヤウ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)
P01082
とかけるもことはり(ことわり)【理】とぞみえし。彼(かの)(カノ)清凉
殿(せいりやうでん)(セイリヤウデン)の画図(ぐわと)(グワト)の御障子(みしやうじ)(ミシヤウジ)には、むかし【昔】金岡(かなをか)(カナヲカ)がかき
たりし遠山(ゑんざん)(ヱンザン)の在明(ありあけ)(アリアケ)の月(つき)もありとかや。
故院(こゐん)(コヰン)のいまだ幼主(えうしゆ)(ヨウシユ)[B にて]ましましけるそのかみ、なに
となき御手(おんて)(ヲンて)まさぐりの次(ついで)(ツイデ)に、かきくもらか
させ給(たまひ)しが、ありしながらにすこしもたが
はぬを御覧(ごらん)じて、先帝(せんてい)のむかし【昔】もや御恋(おんこひ)(おんコヒ)
しくおぼしめされけむ、
おもひ【思ひ】きやうき身(み)ながらにめぐりきて
P01083
おなじ雲井(くもゐ)の月(つき)を見(み)むとは W005
其(その)間(あひだ)の御(おん)なからへ、いひしらず哀(あはれ)(アハレ)にやさし
かりし御事(おんこと)なり。
  額打論(がくうちろん)S0108
 ○さる程(ほど)に、永万(えいまん)(ヱイマン)元年(ぐわんねん)(グワンねん)の春(はる)の比(ころ)より、主上(しゆしやう)
御不予(ごふよ)(ゴフヨ)の御事(おんこと)と聞(きこ)えさせ給(たまひ)しが、夏(なつ)(ナツ)の
はじめになりしかば、事(こと)の外(ほか)におもらせ
給(たま)ふ。是(これ)によ(ッ)て、大蔵大輔(おほくらのたいふ)(オホクラノタイウ)伊吉兼盛(いきつのかねもり)(イキツノカネモリ)[B 「キツ」に「キイ」と傍書]が娘(むすめ)(ムスメ)の
腹(はら)(ハラ)に、今上(こんじやう)(コンジヤウ)一宮(いちのみや)(いちノミヤ)の二歳(にさい)(にサイ)にならせ給(たま)ふがましまし
けるを、太子(たいし)にたてまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふべしと聞(きこ)えし
P01084
ほど【程】に、同(おなじき)六月(ろくぐわつ)廿五日(にじふごにち)、俄(にはか)(ニハカ)に親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)下(くだ)
されて、やがて其(その)夜(よ)受禅(じゆぜん)(ジユゼン)ありしかば、天
下(てんが)なにとなうあはて(あわて)たるさま也(なり)。其時(そのとき)の有
職(いうしよく)(イウシヨク)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれけるは、本朝(ほんてう)に童体(とうたい)(トウタイ)の
例(れい)(レイ)を尋(たづぬ)れば、清和天皇(せいわてんわう)(セイワてんわう)九歳(くさい)にして文徳
天皇(もんどくてんわう)(モンドクてんわう)の御禅(おんゆづり)(おんユヅリ)をうけさせ給(たま)ふ。是(これ)は彼(かの)(カノ)周公
旦(しうこうたん)(シウコウタン)[*「周公」の左に「シユク」の振り仮名あり]の成王(せいわう)(セイワウ)にかはり、南面(なんめん)(ナンメン)にして一日(いちじつ)(イチジツ)万機(ばんき)(バンキ)の
政(まつりごと)(マツリコト)をおさめ(をさめ)【治め】給(たまひ)しに准(なぞら)(ナゾラ)へて、外祖(ぐわいそ)(グワイソ)忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)幼主(えうしゆ)(ユウシユ)
を扶持(ふち)(フチ)し給(たま)へり。是(これ)(コレ)ぞ摂政(せつしやう)(セツシヤウ)のはじめなる。
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鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)五歳(ごさい)、近衛院(こんゑのゐん)(コンヱノヰン)三歳(さんざい)にて践祚(せんそ)(センソ)あり。
かれをこそいつしかなりと申(まうし)しに、是(これ)は二歳(にさい)
にならせ給(たま)ふ。先例(せんれい)(センレイ)なし。物(もの)さは(さわ)【騒】がしともおろか
なり。さる程(ほど)に、同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、上皇(しやうくわう)つゐに(つひに)【遂に】
崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)なりぬ。御歳(おんとし)(おんトシ)廿三(にじふさん)、つぼめる花(はな)の
ちれるがごとし。玉(たま)(タマ)の簾(すだれ)(スダレ)、錦(にしき)(ニシキ)の帳(ちやう)(チヤウ)のうち、皆(みな)(ミナ)
御涙(おんなみだ)(おんナミダ)にむせばせ給(たま)ふ。やがて其(その)夜(よ)、香隆寺(かうりゆうじ)(カウリウジ)
のうしとら、蓮台野(れんだいの)(レンダイノ)の奥(おく)(ヲク)、船岡山(ふなをかやま)(フナヲカヤマ)におさめ(をさめ)【納め】
奉(たてまつ)る。御葬送(ごさうそう)(ゴサウソウ)の時(とき)(トキ)、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)・興福(こうぶく)(コウブク)両寺(りやうじ)(リヤウジ)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、額(がく)(ガク)
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うち論(ろん)(ロン)と云(いふ)事(こと)しいだして、互(たがひ)(タガヒ)に狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)に
及(およ)ぶ。一天(いつてん)の君(きみ)(キミ)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)な(ッ)て後(のち)(ノチ)、御墓所(ごむしよ)(ゴムシヨ)へわたし
奉(たてまつ)る時(とき)の作法(さほう)(サホウ)は、南北(なんぼく)(ナンボク)二京(にきやう)(にキヤウ)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)ことごと
く【悉く】供奉(ぐぶ)(グブ)して、御墓所(ごむしよ)(ゴムシヨ)のめぐりにわが寺々(てらでら)
の額(がく)(ガク)をうつ事(こと)あり。まづ聖武天皇(しやうむてんわう)(シヤウムテンワウ)の御
願(ごぐわん)(ゴグワン)、あらそふべき寺(てら)(テラ)なければ、東大寺(とうだいじ)(トウダイジ)の額(がく)(ガク)
をうつ。次(つぎ)(ツギ)に淡海公(たんかいこう)(タンカイコウ)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)とて、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の
額(がく)(ガク)をうつ。北京(ほつきやう)(ホツキヤウ)には、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)にむかへて延
暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)をうつ。次(つぎ)(ツギ)に天武天皇(てんむてんわう)(テンムテンワウ)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)、教
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大【*教待】和尚(けうだいくわしやう)(ケウダイクワシヤウ)・智証大師(ちしようだいし)(チセウダイシ)の草創(さうさう)(サウサウ)とて、園城寺(をんじやうじ)(ヲンジヤウジ)の
額(がく)(ガク)をうつ。しかるを、山門(さんもん)(サンモン)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)いかがおもひ【思ひ】けん、
先例(せんれい)(センレイ)を背(そむい)(ソムイ)て、東大寺(とうだいじ)(トウダイジ)の次(つぎ)(ツギ)、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)のうへに、
延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)をうつあひだ【間】、南都(なんと)(ナント)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、とや
せまし、かうやせましと僉議(せんぎ)(センギ)するところ【所】に、
興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の西金堂衆(さいこんだうのしゆ)(サイコンダウノシユ)、観音房(くわんおんばう)(クワンヲンバウ)・勢至房(せいしばう)(セイシバウ)とて
きこえたる大悪僧(だいあくそう)(ダイアクソウ)二人(ににん)ありけり。観音房(くわんおんばう)(クワンヲンバウ)
は黒糸威(くろいとをどし)(クロイトヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)に、しら柄(え)(ヱ)の長刀(なぎなた)(ナギナタ)くきみじ
かにとり、勢至房(せいしばう)(セイシバウ)は萠黄威(もえぎをどし)(モエギヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)に、黒漆(こくしつ)(コクシツ)
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の大太刀(おほだち)(オホダチ)も(ッ)て、二人(ににん)つ(ッ)と走出(はしりいで)(ハシリイデ)、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)
をき【切】(ッ)ておとし、散々(さんざん)(サンザン)にうちわり、「うれしや
水(みづ)、なるは滝(たき)(タキ)の水(みづ)、日(ひ)はて【照】るともたえずと
うたへ」とはやしつつ、南都(なんと)(ナント)の衆徒(しゆと)(シユト)の中(なか)(ナカ)へぞ
入(いり)にける。
  清水寺(きよみづでら)炎上(えんしやう)S0109
 ○山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)をいたさば手(て)(テ)むかへすべき処(ところ)(トコロ)に、
心(こころ)(ココロ)ふかうねらう(ねらふ)方(かた)(カタ)もやありけん、ひと詞(ことば)(コトバ)も
いださず。御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)ては、心(こころ)なき草
木(くさき)までも愁(うれへ)(ウレヘ)たる色(いろ)(イロ)にてこそあるべきに、
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此(この)騒動(さうどう)(サウドウ)のあさましさに、高(たかき)(タカキ)も賎(いやしき)(イヤシキ)も、肝(きも)(キモ)魂(たましひ)(タマシイ)
をうしな(ッ)て、四方(しはう)へ皆(みな)退散(たいさん)(タイサン)す。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)の
午剋(むまのこく)(ムマノコク)ばかり、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)緩(おびたたし)(ヲヒタタシ)う下洛(げらく)(ゲラク)すと
聞(きこ)えしかば、武士(ぶし)(ブシ)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)、西坂下(にしざかもと)(ニシサカモト)に、馳向(はせむかつ)(ハセムカツ)
て防(ふせき)(フセキ)けれ共(ども)、事(こと)ともせず、おしやぶ(ッ)て乱
入(らんにふ)(ランニウ)す。何者(なにもの)(ナニモノ)の申出(まうしいだ)したりけるやらむ、「一院(いちゐん)
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、平家(へいけ)を追討(ついたう)(ツイタウ)せらるべ
し」ときこえしほどに、軍兵(ぐんびやう)(グンビヤウ)内裏(だいり)(ダイリ)に参(さん)(サン)じ
て、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)を警固(けいご)(ケイゴ)す。平氏(へいじ)の一類(いちるい)(いちルイ)、
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皆(みな)六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へ馳集(はせあつま)(ハセアツマ)る。一院(いちゐん)(いちヰン)もいそぎ六波羅(ろくはら)(ろくハラ)
へ御幸(ごかう)(ゴカウ)なる。清盛公(きよもりこう)(キヨモリコウ)其比(そのころ)いまだ大納言(だいなごん)にて
おはしけるが、大(おほき)に恐(おそ)(ヲソ)れさは(さわ)【騒】がれけり。小松殿(こまつどの)
「なにによ(ッ)てか唯今(ただいま)(タダイマ)さる事(こと)あるべき」としづ
められけれども、上下(じやうげ)ののしりさは(さわ)【騒】ぐ事(こと)
緩(おびたた)(オビタタ)し。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、六波羅(ろくはら)へはよせずして、すぞ
ろなる清水寺(せいすいじ)(セイスイジ)におしよせて、仏閣(ぶつかく)(ブツカク)僧坊(そうばう)(ソウバウ)
一宇(いちう)(イチウ)ものこさず焼(やき)(ヤキ)はらふ。是(これ)はさんぬる御葬
送(ごさうそう)(ごサウソウ)の夜(よ)の会稽(くわいけい)(クワイケイ)の恥(はぢ)(ハヂ)を雪(きよ)(キヨ)めんが為(ため)とぞ聞(きこ)えし。
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清水寺(せいすいじ)(セイスイジ)は興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の末寺(まつじ)(マツジ)なるによ(ッ)てなり。
清水寺(せいすいじ)やけたりける朝(あした)(アシタ)、「や、観音(くわんおん)(クワンヲン)火坑(くわきやう)(クワキヤウ)変
成池(へんじやうち)(ヘンジヤウチ)はいかに」と札(ふだ)(フダ)に書(かい)(カイ)て、大門(だいもん)(ダイモン)の前(まへ)(マヘ)にたて
たりければ、次日(つぎのひ)(ツギノヒ)又(また)、「歴劫(りやつこふ)(リヤツコウ)不思議(ふしぎ)(フシギ)力(ちから)(チカラ)及(およ)(ヲヨ)ばず」と、
かへしの札(ふだ)(フダ)をぞう(ッ)たりける。衆徒(しゆと)(シユト)かへりのぼり
にければ、一院(いちゐん)六波羅(ろくはら)より還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)なる。重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)
計(ばかり)(バカリ)ぞ御(おん)ともにはまい(まゐ)【参】られける。父(ちち)の卿(きやう)(キヤウ)は
まい(まゐ)【参】られず。猶(なほ)(ナヲ)用心(ようじん)(ヨウジン)の為(ため)歟(か)とぞ聞(きこ)えし。重盛(しげもり)(シゲモリ)
の卿(きやう)(キヤウ)御送(おんおく)(おんヲク)りよりかへられたりければ、父(ちち)の
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大納言(だいなごん)の給(たま)ひけるは、「[B 扨(さて)も]一院(いちゐん)の御幸(ごかう)(ゴカウ)こそ大(おほき)(ヲヲキ)に
恐(おそ)(ヲソ)れおぼゆれ。かねても思食(おぼしめし)(オボシメシ)より仰(おほせ)らるる
旨(むね)(ムネ)のあればこそ、かうはきこゆらめ。それにも
うちとけ給(たまふ)まじ」とのたまへば、重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)申(まう)され
ける、「此(この)事(こと)ゆめゆめ御(おん)けしきにも、御詞(おんことば)(おんコトバ)にも
出(いだ)(イダ)させ給(たまふ)べからず。人(ひと)に心(こころ)つけがほに、中々(なかなか)
あしき御事(おんこと)也(なり)。それにつけても、叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)に
背(そむき)(ソムキ)給(たま)はで、人(ひと)の為(ため)に御情(おんなさけ)(おんナサケ)をほどこさせまし
まさば、神明(しんめい)(シンメイ)三宝(さんぼう)(サンボウ)加護(かご)(カゴ)あるべし。さらむに
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と(ッ)ては、御身(おんみ)(おんミ)の恐(おそ)(ヲソ)れ候(さうらふ)まじ」とてたたれければ、
「重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)はゆゆしく大様(おほやう)(オホヤウ)なるものかな」とぞ、
父(ちち)(チチ)の卿(きやう)(キヤウ)ものたまひける。一院(いちゐん)還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)の後(のち)、御前(ごぜん)(ゴゼン)
にうとからぬ近習者達(きんじゆしやたち)(キンジユシヤタチ)あまた候(さうら)はれけるに、
「さても不思議(ふしぎ)(フシギ)の事(こと)を申出(まうしいだ)したるものかな。
露(つゆ)もおぼしめし【思食】よらぬものを」と仰(おほせ)ければ、
院中(ゐんぢゆう)(ヰンヂウ)のきりものに西光法師(さいくわうほふし)(サイクワウほふし)といふもの【者】
あり。境節(をりふし)(オリフシ)御前(ごぜん)(ゴゼン)ちかう候(さうらひ)けるが、「天(てん)(テン)に口(くち)(クチ)なし、
にん【人】をも(ッ)ていはせよと申(まうす)。平家(へいけ)以外(もつてのほか)(もつてノホカ)に過分(くわぶん)(クワブン)
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に候(さうらふ)あひだ【間】、天(てん)の御(おん)ぱからひにや」とぞ申(まうし)ける。
人々(ひとびと)「此(この)事(こと)よしなし。壁(かべ)(カベ)に耳(みみ)(ミミ)あり。おそろし
  東宮立(とうぐうだち)S0110
おそろし」とぞ、申(まうし)あはれける。 ○さる程(ほど)に、其(その)年(とし)は
諒闇(りやうあん)(リヤウアン)なりければ、御禊(ごけい)(ごケイ)大嘗会(だいじやうゑ)(ダイジヤウヱ)もおこな
はれず。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)(じふ(にン)ぐわつ)廿四日(にじふしにち)、建春門院(けんしゆんもんゐん)(ケンシユンモンヰン)、其比(そのころ)はいまだ
東(ひがし)(ヒガシ)の御方(おんかた)と申(まうし)ける、御腹(おんぱら)(おんハラ)に一院(いちゐん)の宮(みや)まし
ましけるが、親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)下(くだ)され給(たま)ふ。あくれば
改元(かいげん)(カイゲン)あ(ッ)て仁安(にんあん)(ニンアン)と号(かう)(ガウ)す。同(おなじき)(おなじキ)年(とし)の十月(じふぐわつ)八日(やうかのひ)(やうかのヒ)、
去年(きよねん)(キヨネン)親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)蒙(かうぶ)(カウブ)らせ給(たまひ)し皇子(わうじ)(ワウジ)、東
P01095
三条(とうさんでう)(トウさんでう)にて春宮(とうぐう)(トウグウ)にたたせ給(たま)ふ。春宮(とうぐう)(トウグウ)は御
伯父(おんをぢ)(ヲンヲヂ)六歳(ろくさい)、主上(しゆしやう)(シユシヤウ)は御甥(おんをひ)(ヲンヲイ)三歳(さんざい)、詔目(ぜうもく)(ゼウモク)にあひ
かなはず。但(ただし)(タダシ)寛和(くわんわ)(クワンワ)二年(にねん)に一条院(いちでうのゐん)七歳(しちさい)にて
御即位(ごそくゐ)、三条院(さんでうのゐん)十一(じふいつ)歳(さい)にて春宮(とうぐう)(トウグウ)にたたせ
給(たま)ふ。先例(せんれい)(センレイ)なきにあらず。主上(しゆしやう)は二歳(にさい)にて
御禅(おんゆづり)(おんユヅリ)をうけさせ給(たま)ひ、纔(わづか)(ワヅカ)に五歳(ごさい)と、申(まうす)二
月(にぐわつ)十九日(じふくにち)、東宮(とうぐう)(トウグウ)践祚(せんそ)(センソ)ありしかば、位(くらゐ)(クラヰ)をすべらせ
給(たまひ)て、新院(しんゐん)(シンヰン)とぞ申(まうし)ける。いまだ御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)も
なくして、太上天皇(だいじやうてんわう)(ダイジヤウてんわう)の尊号(そんがう)(ソンガウ)あり。漢家(かんか)(カンカ)本朝(ほんてう)(ホンテウ)
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是(これ)やはじめならむ。仁安(にんあん)(ニンアン)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)(はつかノヒ)、新帝(しんてい)(シンテイ)
大極殿(だいこくでん)(ダイコクデン)にして御即位(ごそくゐ)(ゴソクヰ)あり。此(この)君(きみ)の位(くらゐ)(クラヰ)につか
せ給(たまひ)ぬるは、いよいよ平家(へいけ)の栄花(えいぐわ)(エイグワ)とぞ
みえし。御母儀(おぼぎ)(ヲボギ)建春門院(けんしゆんもんゐん)(ケンシユンモンヰン)と申(まうす)は、平家(へいけ)の一
門(いちもん)にてましますうへ、とりわき入道相国(にふだうしやうこく)
の北方(きたのかた)(きたノかた)、二位殿(にゐどの)の御妹(おんいもうと)(ヲンイモウト)也(なり)。又(また)平大納言(へいだいなごん)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)と
申(まうす)も女院(にようゐん)(ネウヰン)の御(おん)せうと【兄】なれば、内(うち)(ウチ)の御外戚(ごぐわいせき)(ごグワイセキ)なり。
内外(ないげ)(ナイゲ)につけたる執権(しつけん)(シツケン)の臣(しん)とぞみえし。叙
位(じよゐ)(ジヨヰ)除目(ぢもく)(ヂモク)と申(まうす)も偏(ひとへ)(ヒトヘ)に此(この)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)のまま也(なり)。楊貴妃(やうきひ)(ヤウキヒ)が
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幸(さいはひ)(サイハイ)し時(とき)、楊国忠(やうこくちゆう)(ヤウコクチウ)がさかへ(さかえ)【栄】しが如(ごと)(ゴト)し。世(よ)のおぼえ、
時(とき)のきら、めでたかりき。入道相国(にふだうしやうこく)天下(てんが)の大
小事(だいせうじ)をのたまひあはせられければ、時(とき)の人(ひと)、
  殿下(てんがの)乗合(のりあひ)S0111
平関白(へいくわんばく)(ヘイクワンバク)とぞ申(まうし)ける。 ○さる程(ほど)に、嘉応(かおう)(カヲウ)元年(ぐわんねん)
七月(しちぐわつ)十六日(じふろくにち)、一院(いちゐん)御出家(ごしゆつけ)あり。御出家(ごしゆつけ)の後(のち)も
万機(ばんき)(バンキ)の政(まつりごと)(マツリコト)をきこしめされし[B 「き」に「シロ」と傍書]あひだ【間】、院内(ゐんうち)(ヰンウチ)わく
方(かた)(カタ)なし。院中(ゐんぢゆう)(ヰンヂウ)にちかくめしつかはるる公卿
殿上人(くぎやうてんじやうびと)(クギヤウテンジヤウビト)、上下(じやうげ)の北面(ほくめん)(ホクメン)にいたるまで、官位(くわんゐ)(クワンヰ)捧禄【俸禄】(ほうろく)(ホウロク)
皆(みな)(ミナ)身(み)(ミ)にあまる計(ばかり)(バカリ)なり。されども人(ひと)のこころ【心】の
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ならひなれば、猶(なほ)あきだらで、「あッぱれ(あつぱれ)、其(その)(ソノ)人(ひと)の
ほろびたらば其(その)国(くに)はあきなむ。其(その)人(ひと)うせ
たらば其(その)官(くわん)(クワン)にはなりなん」な(ン)ど、うとからぬ
どちはよりあひよりあひささやきあへり。法皇(ほふわう)
も内々(ないない)仰(おほせ)なりけるは、「昔(むかし)(ムカシ)より代々(だいだい)の朝敵(てうてき)(テウテキ)
をたいら(たひら)【平】ぐる者(もの)(モノ)おほしといへども、いまだ
加様(かやう)(カヤウ)の事(こと)なし。貞盛(さだもり)(サダモリ)・秀里【*秀郷】(ひでさと)(ヒデサト)が将門(まさかど)(マサカド)をうち、
頼義(らいぎ)(ライギ)が貞任(さだたふ)(サダタウ)・宗任(むねたふ)(ムネタウ)をほろぼし、義家(ぎか)(ギカ)が武平【*武衡】(たけひら)(タケヒラ)・
家平【*家衡】(いへひら)(イヱヒラ)をせめたりしも、勧賞(けんじやう)(ケンジヤウ)おこなはれし
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事(こと)、受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)にはすぎざりき。清盛(きよもり)(キヨモリ)がかく心(こころ)の
ままにふるまふこそしかるべからね。是(これ)も世(よ)
末(すゑ)にな(ッ)て王法(わうぼふ)(ワウボウ)のつきぬる故(ゆゑ)(ユヘ)なり」と仰(おほせ)(オホセ)
なりけれども、つゐで(ついで)なければ御(おん)いましめも
なし。平家(へいけ)(ヘイケ)も又(また)別(べつ)(ベツ)して、朝家(てうか)(テウカ)を恨(うらみ)(ウラミ)奉(たてまつ)る事(こと)
もなかりしほどに、世(よ)のみだれそめける根本(こんぼん)(コンボン)は、
去(いん)(イン)じ嘉応(かおう)(カヲウ)二年(にねん)十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)、小松殿(こまつどの)の次男(じなん)新
三位中将(しんざんみのちゆうじやう)(しんざんみのちうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)(スケモリノキヤウ)、其時(そのとき)はいまだ越前守(ゑちぜんのかみ)(ヱチゼンノカミ)とて
十三(じふさん)になられけるが、雪(ゆき)(ユキ)ははだれにふ(ッ)たりけり、
P01100
枯野(かれの)(カレノ)のけしき誠(まこと)(マコト)に面白(おもしろ)かりければ、わかき
侍(さぶらひ)(サブライ)ども卅(さんじつ)騎(き)(キ)ばかりめし具(ぐ)(グ)して、蓮台野(れんだいの)(レンダイノ)や、
紫野(むらさきの)(ムラサキノ)、右近馬場(うこんのばば)(ウコンノババ)にうち出(いで)て、鷹(たか)(タカ)どもあまたす【据】へ(すゑ)
させ、うづら【鶉】雲雀(ひばり)(ヒバリ)をお(ッ)たて【追つ立て】お(ッ)たて【追つ立て】、終日(ひめもそ)(ヒメモソ)にかり
暮(くら)し、薄暮(はくぼ)(ハクボ)に及(およん)(オヨン)で六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へこそ帰(かへ)(カヘ)られけれ。
其時(そのとき)(そのトキ)の御摂禄(ごせふろく)(ゴセウロク)は松殿(まつどの)(マツドノ)にてましましけるが、中御
門(なかのみかど)(ナカノミカド)東洞院(ひがしのとうゐん)(ヒガシノトウヰン)の御所(ごしよ)(ゴシヨ)より御参内(ごさんだい)(ゴサンダイ)ありけり。郁芳
門(いうはうもん)(ユウハウモン)より入御(じゆぎよ)(ジユギヨ)あるべきにて、東洞院(ひがしのとうゐん)(ヒガシノトウヰン)を南(みなみ)(ミナミ)へ、大炊
御門(おほいのみかど)(オオイノミカド)を西(にし)へ御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)なる。資盛朝臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)、大炊御門
P01101
猪熊(おほいのみかどゐのくま)(オホイノミカドイノクマ)にて、殿下(てんが)(テンガ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)にはなづき【鼻突】にまい(まゐ)【参】り
あふ。御(お)ともの人々(ひとびと)「なに者(もの)ぞ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)なり。御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
のなるに、のりものよりおり候(さうら)へおり候(さうら)へ」といら(ッ)て
けれ共(ども)、余(あまり)(アマリ)にほこりいさみ、世(よ)を世(よ)ともせざり
けるうへ、めし具(ぐ)(グ)したる侍(さぶらひ)(サブライ)ども、皆(みな)廿(にじふ)より内(うち)の
わか者(もの)どもなり。礼儀(れいぎ)(レイギ)骨法(こつぱふ)(コツパウ)弁(わきま)(ハキマ)へたる者(もの)(モノ)一人(いちにん)
もなし。殿下(てんが)(テンガ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)ともいはず、一切(いつせつ)(イツセツ)下馬(げば)(ゲバ)の
礼儀(れいぎ)(レイギ)にも及(およ)ばず、かけやぶ(ッ)てとをら(とほら)むと
するあひだ【間】、くらさは闇(くら)(クラ)し、つやつや入道(にふだう)の孫(まご)(マゴ)とも
P01102
しらず、又(また)少々(せうせう)は知(しつ)(シツ)たれ共(ども)そらしらずして、
資盛朝臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)をはじめとして、侍(さぶらひ)(サブライ)ども皆(みな)馬(むま)(ムマ)より
と(ッ)【取つ】て引(ひき)(ヒキ)おとし[B 「し」に「す」と傍書]、頗(すこぶ)(スコブ)る恥辱(ちじよく)(チジヨク)に及(および)けり。資盛朝
臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)はうはう(はふはふ)六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へおはして、おほぢの相国
禅門(しやうこくぜんもん)(しやうこくゼンモン)に此(この)由(よし)う(ッ)た【訴】へ申(まう)されければ、入道(にふだう)大(おほき)に
いか(ッ)て、「たとひ殿下(てんが)(テンガ)なりとも、浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)があたり
をばはばかり給(たま)ふべきに、おさなき(をさなき)【幼き】もの【者】に左右(さう)(サウ)
なく恥辱(ちじよく)(チジヨク)をあたへられけるこそ遺恨(ゐこん)(イコン)の
次第(しだい)(シダイ)なれ。かかる事(こと)よりして、人(ひと)にはあざむか
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るるぞ。此(この)事(こと)おもひ【思ひ】しらせたてまつらでは、
えこそあるまじけれ。殿下(てんが)(テンガ)を恨(うらみ)(ウラミ)奉(たてまつ)らばや」
との給(たま)へば、重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)申(まう)されけるは、「是(これ)は少(すこし)(スコシ)も
くる【苦】しう候(さうらふ)まじ。頼政(よりまさ)(ヨリマサ)・光基(みつもと)(ミツモト)な(ン)ど申(まうす)源氏共(げんじども)(ゲンジドモ)に
あざむかれて候(さうら)はんには、誠(まこと)(マコト)に一門(いちもん)の恥辱(ちじよく)(チジヨク)でも
候(さうらふ)べし。重盛(しげもり)(シゲモリ)が子(こ)どもとて候(さうら)はんずる者(もの)の、
殿(との)(トノ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)にまい(まゐ)【参】りあひて、のりものよりおり
候(さうら)はぬこそ尾籠(びろう)(ビロウ)に候(さうら)へ」とて、其時(そのとき)(ソノトキ)事(こと)にあふ(あう)
たる侍(さぶらひ)(サブライ)どもめしよせ、「自今以後(じごんいご)(ジゴンイゴ)も、汝等(なんぢら)(ナンヂラ)能々(よくよく)(ヨクヨク)
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心(こころ)うべし。あやま(ッ)て殿下(てんが)(テンガ)へ無礼(ぶれい)(ブレイ)の由(よし)(ヨシ)を申(まう)
さばやとこそおもへ【思へ】」とて帰(かへ)(カヘ)られけり。其後(そののち)
入道相国(にふだうしやうこく)、小松殿(こまつどの)には仰(おほせ)られもあはせず、片
田舎(かたゐなか)(カタイナカ)の侍(さぶらひ)(サブライ)どもの、こはらかにて入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)より
外(ほか)は、又(また)おそろしき事(こと)なしと思(おも)ふ者(もの)ども、
難波(なんば)(ナンバ)・瀬尾(せのを)(セノヲ)をはじめとして、都合(つがふ)(ツガウ)六十(ろくじふ)余人(よにん)
召(めし)(メシ)よせ、「来(きたる)廿一日(にじふいちにち)、主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)(ゴゲンブク)の御(おん)(ヲン)さだめの為(ため)
に、殿下(てんが)(テンガ)御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)あるべかむなり。いづくにても
待(まち)(マチ)うけ奉(たてまつ)り、前駆(せんぐ)(セング)御随身(みずいじん)(ミズイジン)どもがもとどり
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き(ッ)て、資盛(すけもり)(スケモリ)が恥(はぢ)(ハヂ)すすげ」とぞのたまひける。殿下(てんが)(テンガ)
是(これ)をば夢(ゆめ)(ユメ)にもしろしめさず、主上(しゆしやう)明年(みやうねん)(ミヤウネン)
御元服(ごげんぶく)(ゴゲンブク)、御加冠(ごかくわん)(ゴカクワン)拝官(はいくわん)(ハイクワン)の御(おん)さだめの為(ため)に、御
直盧(ごちよくろ)(ゴチヨクロ)に暫(しばら)(シバラ)く御座(ござ)(ゴザ)あるべきにて、常(つね)(ツネ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
よりもひきつくろはせ給(たま)ひ、今度(こんど)(コンド)は待賢
門(たいけんもん)(タイケンモン)より入御(じゆぎよ)(ジユギヨ)あるべきにて、中御門(なかのみかど)(ナカノミカド)を西(にし)(ニシ)へ御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
なる。猪熊堀河(ゐのくまほりかは)(イノクマホリカハ)の返(へん)(ヘン)に、六波羅(ろくはら)(ろくハラ)の兵(つはもの)(ツハモノ)ども、ひた【直】
甲(かぶと)(カブト)三百余騎(さんびやくよき)(さんびやくヨキ)待(まち)(マチ)うけ奉(たてまつ)り、殿下(てんが)(テンガ)を中(なか)にとり
籠(こめ)(コメ)まい(まゐ)【参】らせて、前後(ぜんご)(ゼンゴ)より一度(いちど)(イチド)に、時(とき)(トキ)をど(ッ)とぞ
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つくりける。前駆(せんぐ)(ゼング)御随身(みずいじん)(ミズイジン)どもが、けふをはれと
しやうぞい【装束い】たるを、あそこに追(おつ)(ヲツ)かけ爰(ここ)(ココ)に追(おつ)(ヲツ)つめ、
馬(むま)(ムマ)よりと(ッ)て引(ひき)(ヒキ)おとし、散々(さんざん)(サンザン)に陵礫(りようりやく)(レウリヤク)して、一々(いちいち)
にもとどりをきる。随身(ずいじん)(ズイジン)十人(じふにん)がうち、右(みぎ)(ミギ)の府生(ふしやう)(フシヤウ)
武基(たけもと)(タケモト)がもとどりもきられにけり。其中(そのなか)に、
藤蔵人大夫(とうくらんどのたいふ)(トウクランドノタユウ)隆教(たかのり)(タカノリ)がもとどりをきるとて、「是(これ)は
汝(なんぢ)(ナンヂ)がもとどりとおもふ【思ふ】べからず。主(しゆう)(シユウ)のもとどり
とおもふ【思ふ】べし」といひふくめてき(ッ)て(ン)げり。其後(そののち)
は、御車(おんくるま)の内(うち)へも弓(ゆみ)のはずつ【突】きいれ【入れ】な(ン)どして、
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すだれ【簾】かなぐりおとし、御牛(おうし)の鞦(しりがい)(シリガヒ)・胸懸(むながけ)(ムナガケ)きり
はなち、かく散々(さんざん)(サンザン)にしちらして、悦(よろこび)(ヨロコビ)の時(とき)を
つくり、六波羅(ろくはら)へこそまい(まゐ)【参】りけれ。入道(にふだう)「神妙(しんべう)(シンベウ)
なり」とぞのたまひける。御車(おんくるま)ぞひには、
因幡(いなば)(イナバ)のさい【先】使(づかひ)(ヅカヒ)、鳥羽(とば)(トバ)の国久丸(くにひさまる)(クニヒサマル)と云(いふ)おのこ(をのこ)【男】、下
臈(げらう)(ゲラウ)なれどもなさけある者(もの)(モノ)にて、泣々(なくなく)(ナクなく)[B ヤウヤウニシツラヒイ]御車(おんくるま)
つか【仕】ま(ッ)て、中御門(なかのみかど)(なかノみかど)の御所(ごしよ)へ還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)なし奉(たてまつ)る。束
帯(そくたい)(ソクタイ)の御袖(おんそで)(おんソデ)にて御涙(おんなみだ)(おんナミダ)をおさへつつ、還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)の
儀式(ぎしき)(ギシキ)あさま(ッ)しさ、申(まうす)も中々(なかなか)おろかなり。大織
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冠(たいしよくわん)(タイシヨクワン)・淡海公(たんかいこう)(タンカイコウ)の御事(おんこと)はあげて申(まうす)にをよば(およば)【及ば】ず、
忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)・昭宣公(せうぜんこう)(セウゼンコウ)より以降(このかた)(コノカタ)、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)のかかる御
目(おんめ)(ヲンメ)にあはせ給(たま)ふ事(こと)、いまだ承及(うけたまはりおよ)ばず。これ【是】
こそ平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)(アクギヤウ)のはじめなれ。小松殿(こまつどの)[M こそ]
大(おほき)(オホキ)にさは(さわ)【騒】いで其時(そのとき)[M がれけれ。→いで其時(そのとき)]ゆきむかひたる侍(さぶらひ)(サブライ)ども皆(みな)
勘当(かんだう)(カンダウ)せらる。「たとひ入道(にふだう)いかなる不思議(ふしぎ)(フシギ)を
下地(げぢ)(ゲヂ)し給(たま)ふとも、など重盛(しげもり)(シゲモリ)に夢(ゆめ)(ユメ)をばみせ
ざりけるぞ。凡(およそ)(オヨソ)は資盛(すけもり)(スケモリ)奇怪(きつくわい)(キクワイ)なり。栴檀(せんだん)(センダン)は
二葉(ふたば)(フタバ)よりかうばしとこそ見(み)えたれ。既(すで)(スデ)に十二三(じふにさん)
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にならむずる者(もの)が、今(いま)は礼儀(れいぎ)(レイギ)を存知(ぞんぢ)して
こそふるまう(ふるまふ)べきに、加様(かやう)に尾籠(びろう)(ビロウ)を現(げん)(ゲン)じ
て、入道(にふだう)の悪名(あくみやう)(アクミヤウ)をたつ。不孝(ふかう)(フカウ)のいたり、汝(なんぢ)(ナンヂ)独(ひとり)(ヒトリ)
にあり」とて、暫(しばら)(シハラク)く伊勢国(いせのくに)(イセノくに)にをひ(おひ)【追ひ】下(くだ)さる。
されば此(この)大将(だいしやう)をば、君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)(ギヨカン)あり
  鹿谷(ししのたに)S0112
けるとぞきこえし。 ○是(これ)によ(ッ)て、主上(しゆしやう)御元
服(ごげんぶく)(ごゲンブク)の御(おん)さだめ、其(その)日(ひ)はのびさせ給(たまひ)ぬ。同(おなじき)
廿五日(にじふごにち)、院(ゐん)(ヰン)の殿上(てんじやう)(テンジヤウ)にてぞ御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)のさだめは
ありける。摂政殿(せつしやうどの)(セツシヤウドノ)さてもわたらせ給(たまふ)べき
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ならねば、同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)九日(ここのかのひ)(ここのかノヒ)、兼宣旨(かねてせんじ)(カネテゼンジ)をかうぶり、
十四日(じふしにち)太政大臣(だいじやうだいじん)にあがらせ給(たま)ふ。やがて同(おなじき)
十七日(じふしちにち)、慶申(よろこびまうし)(ヨロコビまうし)ありしかども、世中(よのなか)は猶(なほ)にがにが
しうぞみえし。さるほどにことしも暮(くれ)(クレ)ぬ。
あくれば嘉応(かおう)(カヲウ)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)(いつかノヒ)、主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)
あッて、同(おなじき)十三日(じふさんにち)、朝覲(てうきん)(テウキン)の行幸(ぎやうがう)(ギヤウガウ)ありけり。法
皇(ほふわう)(ホウワウ)・女院(にようゐん)(ネウヰン)待(まち)(マチ)うけまい(まゐ)【参】らつさせ給(たまひ)て、叙爵(うひかうぶり)(ジヨシヤク)の
御粧(おんよそほひ)(ヲンヨソヲヒ)いかばかりらうたくおぼしめされけん。
入道相国(にふだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)、女御(にようご)(ネウゴ)にまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ひけり。
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御年(おんとし)十五歳(じふごさい)、法皇(ほふわう)(ホウワウ)御猶子(ごゆうし)(ごユウシ)の儀(ぎ)(ギ)なり。其比(そのころ)、妙
音院(めうおんゐん)(メウヲンヰン)の太政(だいじやう)のおほいどの、其時(そのとき)は未(いまだ)(イマダ)内大臣(ないだいじん)の左
大将(さだいしやう)にてましましけるが、大将(だいしやう)を辞(じ)(ジ)し申(まう)させ
給(たま)ふこと【事】ありけり。時(とき)に徳大寺(とくだいじ)(トクダイジ)の大納言(だいなごん)実
定卿(しつていのきやう)(シツテイノきやう)、其(その)仁(じん)(ジン)にあたり給(たま)ふ由(よし)きこゆ。又(また)花山院(くわさんのゐん)
の中納言(ちゆうなごん)兼雅卿(かねまさのきやう)(カネマサノきやう)も所望(しよまう)あり。其外(そのほか)、故中
御門(こなかのみかど)の藤(とうの)中納言(ぢゆうなごん)[M 大→中]家成卿(かせいのきやう)(カセイノきやう)の三男(さんなん)、新大納言(しんだいなごん)(シンだいなごん)成親
卿(なりちかのきやう)(ナリチカノきやう)もひらに申(まう)されけり。院(ゐん)の御気色(ごきしよく)(ゴキシヨク)よかり
ければ、さまざまの祈(いのり)(イノリ)をぞはじめられける。
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八幡(やはた)(ヤハタ)に百人(ひやくにん)の僧(そう)(ソウ)をこめて、信読(しんどく)(シンドク)の大般
若(だいはんにや)(ダイハンニヤ)を七日(しちにち)よませられける最中(さいちゆう)(サイチウ)に、甲良(かうら)(カウラ)[B 「ウ」に「ハ」と傍書 カハラ]の
大明神(だいみやうじん)(ダイミヤウジン)の御(お)(ヲ)まへなる橘(たちばな)(タチバナ)の木(き)に、男山(をとこやま)(ヲトコやま)の方(かた)(カタ)
より山鳩(やまばと)(ヤマバト)三(みつ)(みツ)飛来(とびきたつ)(トビきたつ)て、くい(くひ)あひてぞ死(しに)(シニ)にける。
鳩(はと)(ハト)は八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)(ハチマンダイボサツ)の第一(だいいち)(ダイいち)の仕者(ししや)(シシヤ)なり。宮寺(みやてら)(ミヤテラ)に
かかる不思議(ふしぎ)(フシギ)なしとて、時(とき)(トキ)の検校(けんげう)(ケンゲウ)、匡清法印(きやうせいほふいん)(キヤウセイホウイン)、
[B 此(この)由(よし)内裏(だいり)へイ]奏聞(そうもん)(ソウモン)す。神祇官(じんぎくわん)(ジンギクワン)にして御占(みうら)(ミウラ)あり。天下(てんが)の
さはき(さわぎ)【騒ぎ】とうらなひ申(まうす)。但(ただし)(タダシ)、君(きみ)(キミ)の御(おん)つつしみに
あらず、臣下(しんか)(シンカ)の御(おん)つつしみとぞ申(まうし)ける。新大納言(しんだいなごん)
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是(これ)におそれをもいたさ[B れ]ず、昼(ひる)(ヒル)は人目(ひとめ)のしげ
ければ、夜(よ)なよな歩行(ほかう)(ホカウ)にて、中御門烏丸(なかのみかどからすまる)(ナカノミカドカラスマル)の
宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)より賀茂(かも)(カモ)のかみ【上】の社(やしろ)(ヤシロ)へ、なな夜(よ)つづけ
てまい(まゐ)【参】られけり。七夜(ななよ)に満(まん)(マン)ずる夜(よ)、宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)に
下向(げかう)(ゲカウ)して、くる【苦】しさにうちふし、ち(ッ)とまどろみ
給(たま)へる夢(ゆめ)(ユメ)に、賀茂(かも)(カモ)の上(かみ)(カミ)の社(やしろ)(ヤシロ)へまい(まゐ)【参】りたると
おぼしくて、御宝殿(ごほうでん)(ゴホウデン)の御戸(みと)(ミト)おしひらき、ゆゆ
しくけだかげなる御声(おんこゑ)(ヲンコヱ)にて、
さくら花(ばな)かもの河風(かはかぜ)うらむなよ
P01114
ちるをばえこそとどめざりけれ W006
新大納言(しんだいなごん)(シンだいなごん)猶(なほ)おそれをもいたさ[B れ]ず、賀茂(かも)(カモ)の上(かみ)(カミ)の
社(やしろ)(ヤシロ)に、ある聖(ひじり)(ヒジリ)をこめて、御宝殿(ごほうでん)(ゴホウデン)の御(おん)(ヲン)うしろ
なる杉(すぎ)(スギ)の洞(ほら)(ホラ)に壇(だん)(ダン)をたてて、拏吉尼(だぎに)(ダギニ)の法(ほふ)(ホウ)を、
百日(ひやくにち)おこなはせられけるほどに、彼(かの)(カノ)大椙(おほすぎ)(ヲホスギ)に雷(いかづち)(イカヅチ)
おちかかり、雷火(らいくわ)(ライクワ)緩(おびたたし)(ヲヒタタシ)うもえあが(ッ)て、宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)既(すで)(スデ)に
あやうく(あやふく)みえけるを、宮人(みやうど)(ミヤウド)どもおほく走(はしり)(ハシリ)あつ
ま(ッ)て、是(これ)をうちけつ。さて彼(かの)(カノ)外法(げほう)(ゲホウ)おこなひ
ける聖(ひじり)(ヒジリ)を追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せむとしければ、「われ当社(たうしや)(タウシヤ)に
P01115
百日(ひやくにち)参籠(さんろう)(サンロウ)の大願(だいぐわん)(ダイグワン)あり。けふは七十五日(しちじふご−にち)になる。
ま(ッ)たくいづまじ」とてはたらかず。此(この)由(よし)を社
家(しやけ)(シヤケ)より内裏(だいり)(ダイリ)へ奏聞(そうもん)(ソウモン)しければ、「唯(ただ)(タダ)法(ほふ)(ハウ)にまかせ
て追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せよ」と宣旨(せんじ)(センジ)を下(くだ)(クダ)さる。其時(そのとき)神人(じんにん)(ジンニン)
しら杖(つゑ)(ツヱ)をも(ッ)て、彼(かの)(カノ)聖(ひじり)(ヒジリ)がうなじをしらげ、一条(いちでう)の
大路(おほち)(ヲホチ)より南(みなみ)(ミナミ)へをひたし(おひだし)【追ひ出し】て(ン)げり。[B 「ひた」に「つこ」と傍書]神(かみ)は非礼(ひれい)(ヒレイ)を
享(うけ)(ウケ)給(たま)はずと申(まうす)に、此(この)大納言(だいなごん)非分(ひぶん)(ビブン)の大将(だいしやう)を祈(いのり)(イノリ)
申(まう)されければにや、かかる不思議(ふしぎ)もいできに
けり[B 「り」の右に「む」と傍書]。其比(そのころ)の叙位(じよゐ)(ジヨヰ)除目(ぢもく)(ヂモク)と申(まうす)は、院内(ゐんうち)(ヰンウチ)の御(おん)ぱからひ
P01116
にもあらず、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)の御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)にも及(およ)ばず。
唯(ただ)(タダ)一向(いつかう)(イツカウ)平家(へいけ)のままにてありしかば、徳大寺(とくだいじ)(トクダイジ)・
花山院(くわさんのゐん)(クワサンノゐん)もなり給(たま)はず。入道相国(にふだうしやうこく)の嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)小
松殿(こまつどの)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるが、左(さ)にうつ
りて、次男(じなん)(ジナン)宗盛(むねもり)(ムネモリ)中納言(ちゆうなごん)にておはせしが、数
輩(すはい)(スハイ)の上臈(じやうらう)(ジヤウラウ)を超越(てうをつ)(テウヲツ)して、右(みぎ)(ミギ)にくははられける
こそ、申(まうす)計(はかり)もなかりしか。中(なか)にも徳大寺殿(とくだいじどの)は一(いち)の
大納言(だいなごん)にて、花族(くわそく)(クワソク)栄耀(えいゆう)(エイヨウ)、才学(さいかく)(サイカク)雄長(ゆうちやう)(イウチヤウ)、家嫡(けちやく)(ケチヤク)にて
ましましけるが、[B 加階(かかい)]こえ【超え】られ給(たまひ)けるこそ遺恨(ゐこん)(イコン)なれ。
P01117
「さだめて御出家(ごしゆつけ)な(ン)どやあらむずらむ」と、人々(ひとびと)
内々(ないない)は申(まうし)あへりしかども、暫(しばらく)(シハラク)世(よ)のならむ様(やう)(ヤウ)を
も見(み)むとて、大納言(だいなごん)を辞(じ)(ジ)し申(まうし)て、籠居(ろうきよ)(ロウキヨ)とぞ
きこえし。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)(ナリチカノきやう)のたまひけるは、
「徳大寺(とくだいじ)・花山院(くわさんのゐん)に超(こえ)(コエ)られたらむはいかがせむ。平
家(へいけ)の次男(じなん)(ジナン)に超(こえ)(コエ)らるるこそやすからね。是(これ)も
万(よろづ)(ヨロヅ)おもふ【思ふ】さまなるがいたす所(ところ)也(なり)。いかにもして
平家(へいけ)をほろぼし、本望(ほんまう)をとげむ」との給(たまひ)
けるこそおそろしけれ。父(ちち)の卿(きやう)(キヤウ)は[B 讒(ざん)にイ]中納言(ちゆうなごん)迄(まで)(マデ)
P01118
こそいたられしか、其(その)末子(ばつし)(バツシ)にて位(くらゐ)(クラヰ)正二位(じやうにゐ)(ジヤウにゐ)、官(くわん)(クワン)大納
言(だいなごん)にあがり、大国(だいこく)(ダイこく)あまた給(たま)は(ッ)て、子息(しそく)所従(しよじゆう)(シヨジウ)朝恩(てうおん)(テウヲン)
にほこれり。何(なに)の不足(ふそく)(フソク)にかかる心(こころ)つかれけん。
是(これ)偏(ひとへ)に天魔(てんま)(テンマ)の所為(しよゐ)(シヨイ)とぞみえし。平治(へいぢ)に
も[M は→も]越後中将(ゑちごのちゆうじやう)とて、信頼卿(のぶよりのきやう)(ノブヨリのきやう)に同心(どうしん)のあひだ【間】、既(すでに)
誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを、小松殿(こまつどの)やうやうに申(まうし)て頸(くび)(クビ)を
つぎ給(たま)へり。しかるに其(その)恩(おん)(ヲン)を忘(わす)(ワス)れて、外人(ぐわいじん)も
なき所(ところ)に兵具(ひやうぐ)をととのへ、軍兵(ぐんびやう)をかたらひ
をき(おき)、其(その)営(いとな)(イトナ)みの外(ほか)は他事(たじ)なし。東山(ひがしやま)の麓(ふもと)(フモト)
P01119
鹿(しし)(シシ)の谷(たに)(タニ)と云(いふ)所(ところ)は、うしろは三井寺(みゐでら)につづいて、
ゆゆしき城郭(じやうくわく)(ジヤウクワク)にてぞありける。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)
の山庄(さんざう)(サンザウ)あり。かれにつねはよりあひよりあひ、平家(へいけ)
ほろぼさむずるはかりことをぞ廻(めぐ)(メグ)らしける。
或時(あるとき)(アルトキ)法皇(ほふわう)も御幸(ごかう)(ゴカウ)なる。故少納言入道(こせうなごんにふだう)信西(しんせい)(シンセイ)が
子息(しそく)、浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)御供(おんとも)仕(つかまつ)る。其(その)夜(よ)の酒宴(しゆえん)(シユエン)に、
此(この)由(よし)を浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)に仰(おほせ)あはせられければ、「あな
あさまし。人(ひと)あまた承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ。唯今(ただいま)(タダいま)もれきこえて、
天下(てんが)の大事(だいじ)に及(および)候(さうらひ)なんず」と、大(おほき)にさはき(さわぎ)【騒ぎ】
P01120
申(まうし)ければ、新大納言(しんだいなごん)けしきかはりて、さ(ッ)とたた
れけるが、御前(ごぜん)に候(さうらひ)ける瓶子(へいじ)(ヘイジ)を狩衣(かりぎぬ)(カリキヌ)の袖(そで)(ソデ)
にかけて引(ひき)たう(たふ)【倒ふ】されたりけるを、法皇(ほふわう)「あれ
はいかに」と仰(おほせ)ければ、大納言(だいなごん)立帰(たちかへつ)(タチカヘツ)て、「平氏(へいじ)
たはれ候(さうらひ)ぬ」とぞ申(まう)されける。法皇(ほふわう)ゑつぼに
いらせおはしまして、「者(もの)どもまい(まゐ)【参】(ッ)て猿楽(さるがく)(サルガク)つか
まつれ」と仰(おほせ)ければ、平判官(へいはうぐわん)(ヘイハウクワン)康頼(やすより)(ヤスヨリ)まい(まゐ)【参】りて、
「あら、あまりに平氏(へいじ)のおほう候(さうらふ)に、もて酔(ゑひ)(ヱヒ)て
候(さうらふ)」と申(まうす)。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)「さてそれをばいかが仕(つかまつ)らむ
P01121
ずる」と申(まう)されければ、西光法師(さいくわうほふし)(サイクワウほふし)「頸(くび)(クビ)をとる
にしかじ」とて、瓶子(へいじ)(ヘイジ)のくびをと(ッ)てぞ入(いり)にける。
浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)あまりのあさま(ッ)しさに、つや
つや物(もの)を申(まう)されず。返々(かへすがへす)もおそろしかりし
事(こと)どもなり。与力(よりき)(ヨリキ)の輩(ともがら)(トモガラ)誰々(たれたれ)(タレタレ)ぞ。近江中将(あふみのちゆうじやう)
入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)(レンジヤウ)俗名(ぞくみやう)(ゾクミヤウ)成正(なりまさ)(ナリマサ)、法勝寺執行(ほつしようじのしゆぎやう)(ホツセウジノシユキヤウ)俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)、
山城守(やましろのかみ)(ヤマシロノカミ)基兼(もとかぬ)(モトカヌ)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノタユウ)雅綱(まさつな)(マサツナ)、平判官(へいはうぐわん)(ヘイハウグワン)康頼(やすより)(ヤスヨリ)、宗判
官(そうはうぐわん)(ソウハウグワン)信房(のぶふさ)(ノブフサ)、新平判官(しんぺいはうぐわん)(シンヘイハウグワン)資行(すけゆき)(スケユキ)、摂津国(つのくにの)(ツノクニの)源氏(げんじ)多田蔵人(ただのくらんど)(タダノクラド)
行綱(ゆきつな)(ユキツナ)を始(はじめ)(ハジメ)として、北面(ほくめん)(ホクメン)の輩(ともがら)(トモガラ)おほく与力(よりき)(ヨリキ)したり
P01122
  俊寛(しゆんくわんの)沙汰(さた)
  鵜川軍(うがはいくさ)S0113
けり。 ○此(この)法勝寺(ほつしようじ)(ホツセウジ)の執行(しゆぎやう)(シユギヤウ)と申(まうす)は、京極(きやうごく)の源(げん)大納言(だいなごん)
雅俊(がしゆん)(ガシユン)の卿(きやう)の孫(まご)(マゴ)、木寺(きでら)(キデラ)の法印(ほふいん)(ホウイン)寛雅(くわんが)(クハンガ)には子(こ)なり
けり。祖父(そぶ)(ソブ)大納言(だいなごん)させる弓箭(ゆみや)(ユミヤ)をとる家(いへ)(イヱ)には
あらねども、余(あまり)(アマリ)に腹(はら)(ハラ)あしき人(ひと)にて、三条坊門
京極(さんでうばうもんきやうごく)(さんでうバウモンきやうごく)の宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)のまへをば、人(ひと)をもやすくとを
さ(とほさ)ず、つねは中門(ちゆうもん)にたたずみ、歯(は)(ハ)をくひし
ばり、いか(ッ)てぞおはしける。かかる人(ひと)の孫(まご)なれ
ばにや、此(この)俊寛(しゆんくわん)(シユンクワン)も僧(そう)なれども、心(こころ)もたけく、
おご【奢】れる人(ひと)にて、よしなき謀叛(むほん)(ムホン)にもくみ
P01123
しけるにこそ。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)(ナリチカのきやう)は、多田蔵人(ただのくらんど)(タダノくらんど)
行綱(ゆきつな)(ユキツナ)をよふ(よう)【呼う】で、「御(ご)へんをば一方(いつぱう)(いつぽう)の大将(たいしやう)に
憑(たのむ)(タノム)なり。此(この)事(こと)しおほせつるものならば、
国(くに)(クニ)をも庄(しやう)(シヤウ)をも所望(しよまう)によるべし。先(まづ)(マヅ)弓袋(ゆぶくろ)(ユブクロ)
の料(れう)(レウ)に」とて、白布(しろぬの)五十(ごじつ)端(たん)送(おく)られたり。安元(あんげん)
三年(さんねん)三月(さんぐわつ)五日(いつかのひ)(いつかノヒ)、妙音院殿(めうおんゐんどの)(メウヲンヰンどの)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)に転(てん)(テン)じ
給(たま)へるかはりに、大納言(だいなごん)定房卿(さだふさのきやう)(サダフサノきやう)をこえて、
小松殿(こまつどの)、内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ふ。大臣(だいじん)の大将(だいしやう)めでた
かりき。やがて大饗(たいきやう)(タイキヤウ)おこなはる。尊者(そんじや)(ソンジヤ)には、
P01124
大炊御門右大臣(おほいのみかどのうだいじん)(ヲホイノミカドノうだいじん)経宗公(つねむねこう)(ツネムネこう)とぞきこえし。
一(いち)(イチ)のかみ【上】こそ先途(せんど)[M 達→途 ]なれども、父(ちち)宇治(うぢ)の悪左
府(あくさふ)(アクサフ)の御例(ごれい)(ゴレイ)其(その)軽【*憚】(はばかり)(ハバカリ)あり。北面(ほくめん)(ホクメン)は上古(しやうこ)(シヤウコ)にはなかり
けり。白河院(しらかはのゐん)の御時(おんとき)はじめをか(おか)【置か】れてより
以降(このかた)(コノカタ)、衛府(ゑふ)(ヱフ)どもあまた候(さうらひ)けり。為俊(ためとし)(タメトシ)・盛重(もりしげ)[B 「重盛」をこすり消し「盛重」と改]
童(わらは)(ワラハ)より千手丸(せんじゆまる)(センジユまる)・今犬丸(いまいぬまる)(イマイヌまる)とて、是等(これら)は左右(さう)なき
きり物(もの)にてぞありける。鳥羽院(とばのゐん)の御時(おんとき)も、
季教(すゑのり)(スヱノリ)・季頼(すゑより)(スヱヨリ)父子(ふし)ともに朝家(てうか)(テウカ)にめしつか
はれ、伝奏(てんそう)(テンソウ)するおり(をり)もありな(ン)どきこえし
P01125
かども、皆(みな)身(み)のほどをばふるまふ(ふるまう)てこそ
ありしに、此(この)御時(おんとき)の北面(ほくめん)の輩(ともがら)(トモガラ)は、以外(もつてのほか)(もつてノほか)に過分(くわぶん)
にて、公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)(クギヤウてんじやうびと)をも者(もの)ともせず、礼儀(れいぎ)
礼節(れいせつ)(れいセツ)もなし。下北面(げほくめん)より上北面(じやうほくめん)にあがり、
上北面(じやうほくめん)より殿上(てんじやう)のまじはりをゆるさるる者(もの)
もあり。かくのみおこなはるるあひだ【間】、おご【奢】れる
心(こころ)どもも出(いで)きて、よしなき謀叛(むほん)(ムホン)にもくみ
しけるにこそ。中(なか)にも故少納言(こせうなごん)(コせうなごん)信西(しんせい)(シンセイ)がもとに
めしつかひける師光(もろみつ)(モロミツ)・成景(なりかげ)(ナリカゲ)といふ【云ふ】者(もの)あり。師
P01126
光(もろみつ)(モロミツ)は阿波国(あはのくに)の在庁(ざいちやう)(ザイチヤウ)、成景(なりかげ)(ナリカゲ)は京(きやう)(キヤウ)のもの【者】、熟根(じゆつこん)(ジユツコン)
いやしき下臈(げらう)(ゲラウ)なり。こんでい【健児】童(わらは)(ワラハ)もし【若】は
格勤者(かくごんしや)(カクゴンシヤ)な(ン)どにて召(めし)(メシ)つかはれけるが、さかざか
しかりしによ(ッ)て、師光(もろみつ)(モロミツ)は左衛門尉(さゑもんのじよう)、成景(なりかげ)は右衛門
尉(うゑもんのじよう)とて、二人(ににん)一度(いちど)に靭負尉(ゆぎへのじよう)(ユキヱノセウ)になりぬ。信西(しんせい)(シンセイ)
事(こと)にあひし時(とき)、二人(ににん)ともに出家(しゆつけ)して、左衛門
入道(さゑもんにふだう)西光(さいくわう)・右衛門入道(うゑもんにふだう)西敬(さいけい)(サイケイ)とて、是等(これら)は出家(しゆつけ)の
後(のち)も院(ゐん)の御倉(みくら)(ミクラ)あづかりにてぞありける。彼(かの)
西光(さいくわう)が子(こ)に師高(もろたか)(モロタカ)と云(いふ)者(もの)あり。是(これ)もきり者(もの)
P01127
にて、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)五位尉(ごゐのじよう)(ごゐノセウ)に経(へ)(ヘ)あが(ッ)て、安元(あんげん)元年(ぐわんねん)
十二月(じふにぐわつ)二十九日(にじふくにち)、追儺(ついな)(ツイナ)の除目(ぢもく)(ヂモク)に加賀守(かがのかみ)(カガノかみ)にぞな
されける。国務(こくむ)(コクモ)をおこなふ間(あひだ)、非法(ひほふ)(ヒハウ)非例(ひれい)(ヒレイ)を
張行(ちやうぎやう)(チヤウギヤウ)し、神社(じんじや)(ジンジヤ)仏寺(ぶつじ)(ブツジ)、権門(けんもん)(ケンモン)勢家(せいけ)(セイケ)の庄領(しやうりやう)(シヤウリヤウ)を没
倒(もつたう)(モツタウ)し、散々(さんざん)(サンザン)の事(こと)どもにてぞありける。縦(たとひ)(タトヒ)
せう【召】公(こう)があとをへだつといふ【云ふ】とも、穏便(をんびん)(ヲンビン)の政(まつりごと)(マツリコト)
をおこなふべかりしが、かく心(こころ)のままにふる
まひしほどに、同(おなじき)二年(にねん)夏(なつ)の比(ころ)、国司(こくし)(コクシ)師高(もろたか)(モロタカ)が
弟(おとうと)(ヲトヲト)、近藤判官(こんどうはうぐわん)(コンドウハウクワン)師経(もろつね)(モロツネ)、加賀(かが)の目代(もくだい)(モクダイ)に補(ふ)(フ)せらる。
P01128
目代(もくだい)下着(げちやく)のはじめ【始】、国府(こう)(コウ)のへんに鵜河(うがは)(ウがは)[*「河」に濁点 ]と云(いふ)
山寺(やまでら)あり。寺僧(じそう)(ジソウ)どもが境節(をりふし)(ヲリフシ)湯(ゆ)(ユ)をわかひ(わかい)て
あびけるを、乱入(らんにふ)(ランニウ)してをひ(おひ)あげ、わが身(み)あび、
雑人(ざふにん)(ザウにん)どもおろし、馬(むま)あらはせな(ン)どしけり。
寺僧(じそう)いかりをなして、「昔(むかし)より、此(この)所(ところ)は国方(くにがた)(クニガタ)の
者(もの)入部(にふぶ)(ニウブ)する事(こと)なし。すみやかに先例(せんれい)(センレイ)に
任(まかせ)(マカセ)て、入部(にふぶ)の押妨(あふばう)(アウバウ)をとどめよ」とぞ申(まうし)ける。
「先々(ぜんぜん)(ゼンゼン)の目代(もくだい)は不覚(ふかく)(フカク)でこそいやしまれ
たれ。当目代(たうもくだい)は、[B すべて]其(その)儀(ぎ)(ギ)あるまじ。唯(ただ)(タダ)法(ほふ)(ハウ)に任(まかせ)
P01129
よ」と云(いふ)程(ほど)こそありけれ、寺僧(じそう)(ジソウ)どもは国(くに)がたの
者(もの)を追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せむとす、国方(くにがた)の者(もの)どもは次(ついで)(ツイデ)を
も(ッ)て乱入(らんにふ)(ランニウ)せんとす、うちあひはりあひし
けるほどに、目代(もくだい)師経(もろつね)(モロツネ)が秘蔵(ひさう)(ヒサウ)しける馬(むま)の足(あし)
をぞうちおり(をり)ける。其後(そののち)は互(たがひ)(タガヒ)に弓箭(きゆうせん)(キウセン)兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)
を帯(たい)(タイ)して、射(い)(イ)あひきりあひ数剋(すこく)(スコク)たたかふ。
目代(もくだい)かなはじとやおもひ【思ひ】けむ、夜(よ)に入(いり)て引退(ひきしりぞ)(ヒキシリゾ)く。
其後(そののち)当国(たうごく)の在庁(ざいちやう)(ザイチヤウ)ども催(もよほ)(モヨホ)しあつめ、其(その)勢(せい)
一千余騎(いつせんよき)、鵜川(うがは)[*「川」に濁点 ]におしよせて、坊舎(ばうじや)(バウジヤ)一宇(いちう)(イチウ)も
P01130
残(のこ)さず焼(やき)はらふ。鵜河(うがは)[*「河」に濁点 ]と云(いふ)は白山(はくさん)(ハクサン)の末寺(まつじ)(マツジ)
なり。此(この)事(こと)う(ッ)たへんとてすすむ老僧(らうそう)(ラウソウ)誰々(たれたれ)(タレタレ)ぞ。
智釈(ちしやく)(チシヤク)・学明(がくめい)(カクメイ)・宝台坊(ほうだいばう)(ホウダイハウ)、正智(しやうち)(シヤウチ)・学音(がくおん)(ガクヲン)・土佐阿闍梨(とさのあじやり)(トサノアジヤリ)
ぞすすみける。白山(はくさん)三社(さんじや)(さんジヤ)八院(はちゐん)の大衆(だいしゆ)ことごとく【悉く】
起(おこ)(ヲコ)りあひ、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千余(にせんよ)人(にん)、同(おなじき)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)
の暮方(くれがた)に、目代(もくだい)師経(もろつね)(モロツネ)が館(たち)(タチ)ちかうこそおし
よせたれ。けふは日(ひ)暮(くれ)ぬ、あすのいくさと
さだめて、其(その)日(ひ)はよせでゆらへたり。露(つゆ)ふき
むすぶ秋風(あきかぜ)は、ゐむけ(いむけ)【射向け】の袖(そで)を翻(ひるがへ)(ヒルガヘ)し、雲(くも)ゐ【井】を
P01131
てらすいなづまは、甲(かぶと)(カブト)の星(ほし)(ホシ)をかかやかす。目代(もくだい)かな
はじとや思(おもひ)けん、夜(よ)にげにして京(きやう)へのぼる。
あくる卯剋(うのこく)(ウノコク)におしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。
城(じやう)(ジヤウ)のうちにはをと(おと)【音】もせず。人(ひと)をいれ【入れ】てみせければ、
「皆(みな)落(おち)(ヲチ)て候(さうらふ)」と申(まうす)。大衆(だいしゆ)力(ちから)及(およ)ばで引退(ひきしりぞ)(ヒキシリゾ)く。さら
ば山門(さんもん)へう(ッ)たへんとて、白山中宮(はくさんちゆうぐう)の神輿(しんよ)(シンヨ)を
賁(かざ)(カザリ)り奉(たてまつ)り、比叡山(ひえいさん)(ヒヱイサン)へふりあげ奉(たてまつ)る。同(おなじき)八月(はちぐわつ)
十二日(じふににち)の午刻(むまのこく)(ムマノこく)計(ばかり)、白山(はくさん)の神輿(しんよ)既(すで)に比叡山(ひえいさん)(ヒエイさん)
東坂本(ひがしざかもと)につかせ給(たま)ふと云(いふ)程(ほど)こそありけれ、
P01132
北国(ほつこく)の方(かた)より雷(らい)(ライ)緩(おびたたし)(ヲビタタシ)く鳴(なつ)て、都(みやこ)をさして
なりのぼる。白雪(はくせつ)くだりて地(ち)をうづみ、山
上(さんじやう)洛中(らくちゆう)おしなべて、常葉(ときは)(トキハ)の山(やま)の梢(こずゑ)(コスヱ)まで
皆(みな)白妙(しろたへ)になりにけり。
  願立(ぐわんだて)S0114
 ○神輿(しんよ)(シンヨ)をば客人(まらうと)(マラウト)の宮(みや)へいれ【入れ】たてまつる。客人(まらうと)
と申(まうす)は白山妙利権現(はくさんめうりごんげん)(はくさんメウリゴンゲン)にておはします。
申(まう)せば父子(ふし)(フシ)の御中(おんなか)なり。先(まづ)(マヅ)沙汰(さた)(サタ)の成否(じやうふ)(ジヤウフ)[M セイヒ→ジヤウフ ]は
しらず、生前(しやうぜん)(シヤウゼン)の御悦(おんよろこび)(ヲンヨロコビ)、只(ただ)(タダ)此(この)事(こと)にあり。浦島(うらしま)(ウラシマ)が子(こ)
の七世(しつせ)(シツセ)の孫(まご)(マゴ)にあへりしにもすぎ、胎内(たいない)(タイタイ)の者(もの)の
P01133
霊山(りやうぜん)(リヤウゼン)の父(ちち)(チチ)を見(み)しにもこえたり。三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)
踵(くびす)(クビス)を継(つ)(ツ)ぎ、七社(しちしや)の神人(じんにん)(ジンニン)袖(そで)をつらね[M ぬ→ね]、時々剋々(じじこくこく)(ジジコクコク)
の法施(ほつせ)(ホツセ)祈念(きねん)(キネン)、言語道断(ごんごだうだん)(ゴンゴダウダン)の事(こと)ども也(なり)。山門(さんもん)
の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)(モロタカ)を流罪(るざい)(ルザイ)に処(しよ)(シヨ)せられ、
目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)を禁獄(きんごく)(キンゴク)せらるべき由(よし)
奏聞(そうもん)(ソウモン)す[B といへども]、御裁断(ごさいだん)(ゴサイダン)なかり[M おそ→な]ければ、さも然(しか)る
べき公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)は、「あはれとく御裁許(ごさいきよ)(ゴサイキヨ)ある
べきものを。昔(むかし)(ムカシ)より山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)は他(た)に異(こと)(コト)也(なり)。
大蔵卿(おほくらのきやう)(ヲホクラノきやう)為房(ためふさ)(タメフサ)・太宰権帥(ださいのごんのそつ)(ダサイノゴンノソツ)季仲(すゑなか)(スエナカ)は、さしも朝家(てうか)(テウカ)の
P01134
重臣(てうしん)(テウシン)なりしかども、山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)によ(ッ)て流
罪(るざい)(ルザイ)せられにき。况(いはん)(イハン)や師高(もろたか)(モロタカ)な(ン)どは事(こと)の数(かず)(カズ)
にやはあるべきに、子細(しさい)にや及(およぶ)べき」と申(まうし)あ
はれけれ共(ども)、「大臣(たいしん)は禄(ろく)(ロク)を重(おもん)(ヲモン)じて諫(いさ)(イサ)めず、小臣(せうしん)は
罪(つみ)(ツミ)に恐(おそ)(ヲソ)れて申(まう)さず」と云(いふ)事(こと)なれば、をのをの(おのおの)
口(くち)をとぢ給(たま)へり。「賀茂河(かもがは)(カモがは)の水(みづ)、双六(すぐろく)(スグロク)の賽(さい)(サイ)、
山法師(やまぼふし)(ヤマボウシ)、是(これ)ぞわが心(こころ)にかなはぬもの」と、白河
院(しらかはのゐん)も仰(おほせ)なりけるとかや。鳥羽院(とばのゐん)ノ御時(おんとき)[B もイ]、越前(ゑちぜん)
の平泉寺(へいせんじ)(ヘイセンジ)を山門(さんもん)へつけられけるには、当山(たうざん)(タウザン)
P01135
を御帰依(ごきえ)(ゴキエ)あさからざるによつて、「非(ひ)をも(ッ)て
理(り)とす」とこそ宣下(せんげ)(センゲ)せられて、院宣(ゐんぜん)(ヰンゼン)をば
下(くだ)されけれ。江帥(がうぞつ)(ガウゾツ)匡房卿(きやうばうのきやう)(キヤウバウノきやう)の申(まう)されし様(やう)に、
「神輿(しんよ)(シンヨ)を陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)へふり奉(たてまつり)てう(ッ)たへ申(まう)さん
には、君(きみ)はいかが御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べき」と申(まう)され
ければ、「げにも山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)はもだしがたし」
とぞ仰(おほせ)ける。去(いん)(イン)じ嘉保(かほう)(カホウ)二年(にねん)三月(さんぐわつ)二日(ふつかのひ)(ふつかノヒ)、美
濃守(みののかみ)(ミノノかみ)源義綱朝臣(みなもとのよしつなのあつそん)(みなもとノヨシツナノアソン)、当国(たうごく)新立(しんりふ)(シンリウ)の庄(しやう)(シヤウ)をたを(たふ)【倒】す
あひだ【間】、山(やま)の久住者(くぢゆうしや)(クジウシヤ)円応(ゑんおう)(ヱンヲウ)を殺害(せつがい)(セツガイ)す。是(これ)によ(ッ)て
P01136
日吉(ひよし)(ヒヨシ)の社司(しやし)(シヤシ)、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の寺官(じくわん)(ジクワン)、都合(つがふ)(ツガウ)卅(さんじふ)余(よ)人(にん)、申
文(まうしぶみ)をささげて陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)へ参(さん)(サン)じけるを、後二条
関白殿(ごにでうのくわんばくどの)(ゴにでうのくわんばくどの)、大和源氏(やまとげんじ)(ヤマトげんじ)中務権少輔(なかつかさのごんのせう)(ナカツカサノゴンノセウ)頼春(よりはる)(ヨリハル)に仰(おほせ)て
ふせ【防】かせらる。頼春(よりはる)(ヨリハル)が郎等(らうどう)(ラウドウ)箭(や)(ヤ)をはなつ。
やにはにゐころ(いころ)【射殺】さるる者(もの)八人(はちにん)、疵(きず)(キズ)を蒙(かうむ)(カウム)る者(もの)
十(じふ)余(よ)人(にん)、社司(しやし)(シヤシ)諸司(しよし)(シヨシ)四方(しはう)へちりぬ。山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)(ジヤウカウラ)、
子細(しさい)を奏聞(そうもん)(ソウモン)の為(ため)に下洛(げらく)(ゲラク)すときこえし
かば、武士(ぶし)(ブシ)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)、西坂本(にしざかもと)に馳向(はせむかつ)(ハセムカツ)て、皆(みな)を[B ッ](おつ)
かへす。山門(さんもん)には御裁断(ごさいだん)(ゴサイダン)遅々(ちち)(チチ)のあひだ【間】、七社(しちしや)の
P01137
神輿(しんよ)(シンヨ)を根本中堂(こんぼんちゆうだう)(コンボンチウダウ)にふりあげ奉(たてまつ)り、其(その)御
前(おんまへ)にて信読(しんどく)(シンドク)の大般若(だいはんにや)(ダイハンニヤ)を七日(しちにち)よふ(よう)【読う】で、関白殿(くわんばくどの)
を呪咀(しゆそ)(シユソ)し奉(たてまつ)る。結願(けつぐわん)(ケツグワン)の導師(だうし)(ダウシ)には仲胤法印(ちゆういんほふいん)(チウインほふいん)、
其比(そのころ)はいまだ仲胤供奉(ちゆういんぐぶ)(チウイングブ)と申(まうし)しが、高座(かうざ)(カウザ)に
のぼりかねうちならし、表白(へうびやく)(ヘウビヤク)[B 左に「啓(ケイ)敬 上に同 新刊の分」と傍書]の詞(ことば)(コトバ)にいはく、
「我等(われら)なたねの二葉(ふたば)(ふたバ)よりおほしたて給(たま)ふ神(かみ)たち、
後(ご)二条(にでう)の関白殿(くわんばくどの)に鏑箭(かぶらや)(カブラヤ)一(ひとつ)はなちあて給(たま)へ。
大八王子権現(だいはちわうじごんげん)(だいはちわうじゴンゲン)」と、たからかにぞ祈誓(きせい)(キセイ)したり
ける。やがて其(その)夜(よ)不思議(ふしぎ)の事(こと)あり。八王子(はちわうじ)の
P01138
御殿(ごてん)(ゴテン)より鏑箭(かぶらや)(カブラヤ)の声(こゑ)(コヱ)いでて、王城(わうじやう)(ワウジヤウ)をさして、
な【鳴】(ッ)てゆく【行く】とぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)(ユメ)にはみたりける。其(その)
朝(あした)、関白殿(くわんばくどの)の御所(ごしよ)の御格子(みかうし)(ミカウシ)をあけけるに、唯
今(ただいま)(タダいま)山(やま)よりと(ッ)てきたるやうに、露(つゆ)にぬれたる
樒(しきみ)(シキミ)一枝(ひとえだ)(ひとエダ)、た(ッ)たりけるこそおそろしけれ。やがて
山王(さんわう)の御(おん)とがめとて、後二条(ごにでう)の関白殿(くわんばくどの)、をもき(おもき)
御病(おんやまひ)(おんヤマイ)をうけさせ給(たまひ)しかば、母(はは)うへ、大殿(おほとの)の北(きた)
の政所(まんどころ)、大(おほき)になげかせ給(たまひ)つつ、御(おん)さまをやつし、
いやしき下臈(げらう)(ゲラウ)のまねをして、日吉社(ひよしのやしろ)(ひよしノヤシロ)に御
P01139
参籠(ごさんろう)(ごサンロウ)あ(ッ)て、七日七夜(なぬかななよ)が間(あひだ)祈(いのり)申(まう)させ給(たまひ)けり。
あらはれての御祈(おんいのり)(おんイノリ)には、百番(ひやくばん)の芝田楽(しばでんがく)(シバデンガク)、百番(ひやくばん)
のひとつ物(もの)、競馬(けいば)(ケイバ)・流鏑馬(やぶさめ)(ヤブサメ)・相撲(すまふ)(スマウ)をのをの(おのおの)百番(ひやくばん)、
百座(ひやくざ)(ひやくザ)の仁王講(にんわうかう)(ニンワウカウ)、百座(ひやくざ)の薬師講(やくしかう)(ヤクシカウ)、一■手半(いつちやくしゆはん)(イツチヤクシユハン)の
薬師(やくし)(ヤクシ)百体(ひやくたい)、等身(とうじん)(トウジン)の薬師(やくし)(ヤクシ)一体(いつたい)、並(ならび)(ナラビ)に釈迦(しやか)(シヤカ)阿
弥陀(あみだ)の像(ざう)(ザウ)、をのをの(おのおの)造立供養(ざうりふくやう)(ザウリウクヤウ)せられけり。又(また)
御心中(ごしんぢゆう)に三(みつ)の御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)あり。御心(おんこころ)のうちの事(こと)
なれば、人(ひと)いかでかしり【知り】奉(たてまつ)るべき。それに不思
議(ふしぎ)なりし事(こと)は、七日(なぬか)に満(まん)(マン)ずる夜(よ)、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)に
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いくらもありけるまいりうど(まゐりうど)【参人】共(ども)の中(なか)に、陸奥(みちのく)(ミチノク)
よりはるばるとのぼりたりける童神子(わらはみこ)(ワラハミコ)、
夜半(やはん)計(ばかり)にはかにたえ入(いり)にけり。はるかにかき
出(いだ)して祈(いのり)ければ、程(ほど)なくいきいでて、やがて立(た)(ッ)
てまひかな【奏】づ。人(ひと)奇特(きどく)(キドク)のおもひ【思】をなして是(これ)
をみる。半時(はんじ)ばかり舞(まう)て後(のち)、山王(さんわう)おりさせ
給(たまひ)て、やうやうの御詫宣(ごたくせん)(ゴタクせん)こそおそろしけれ。
「衆生等(しゆじやうら)(シユジヤウラ)慥(たしか)(タシカ)にうけ給(たま)はれ。大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)、けふ
七日(なぬか)わが御前(おんまへ)に籠(こも)(コモ)らせ給(たまひ)たり。御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)三(みつ)
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あり。一(ひとつ)には、今度(こんど)殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)(ジユミヤウ)をたすけて
たべ。さも候(さぶら)はば、したどの【下殿】に候(さぶらふ)もろもろのかたは人(うど)(ウど)
にまじは(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)朝夕(てうせき)みやづかひ申(まう)さん
となり。大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)にて、世(よ)を世(よ)とも
おぼしめさですごさせ給(たま)ふ御心(おんこころ)に、子(こ)を
思(おも)ふ道(みち)にまよひぬれば、いぶせき事(こと)もわす
られて、あさましげなるかたはうどにまじ
は(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)、朝夕(てうせき)みやづかひ申(まう)さむと仰(おほせ)
らるるこそ、誠(まこと)(マコト)に哀(あはれ)(アハレ)におぼしめせ。二(ふたつ)には、
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大宮(おほみや)の波止土濃(はしどの)(ハシドノ)より八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)(ヲンヤシロ)まで、
廻廊(くわいらう)(クワイラウ)つく(ッ)てまい(まゐ)【参】らせむとなり。三千(さんぜん)人(にん)
の大衆(だいしゆ)、ふ【降】るにもて【照】るにも、社参(しやさん)(シヤサン)の時(とき)いたは
しうおぼゆるに、廻廊(くわいらう)(クワイラウ)つくられたらば、いかに
めでたからむ。三(みつ)には、今度(こんど)殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)(ジユミヤウ)をた
すけさせ給(たま)はば、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)(ヲンヤシロ)にて、法花問
答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)毎日(まいにち)退転(たいてん)(タイテン)なくおこなはすべしとなり。
いづれもおろかならねども、かみ二(ふたつ)はさなくとも
ありなむ。毎日(まいにち)法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)は、誠(まこと)(マコト)にあらまほ
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しうこそおぼしめせ。但(ただし)(タダシ)、今度(こんど)の訴訟(そしよう)(ソセウ)は無下(むげ)(ムゲ)
にやすかりぬべき事(こと)にてありつるを、
御裁許(ごさいきよ)(ゴサイキヨ)なくして、神人(じんにん)(ジンニン)・宮仕(みやじ)(ミヤジ)射(い)(イ)ころされ、疵(きず)(キズ)
を蒙(かうぶ)(カウブ)り、泣々(なくなく)(ナクなく)まい(まゐ)【参】(ッ)て訴(うつたへ)(ウタヘ)申(まうす)事(こと)の余(あまり)(アマリ)に心(こころ)うく
て、いかならむ世(よ)までも忘(わす)るべしともおぼえず。
其上(そのうへ)かれらにあたる所(ところ)の箭(や)(ヤ)は、しかしながら和
光垂跡(わくわうすいしやく)(ワクワウスイシヤク)の御膚(おんはだへ)(ヲンハダヘ)にた【立】(ッ)たるなり。まことそらごとは
是(これ)をみよ」とて、肩(かた)(カタ)ぬいだるをみれば、左(ひだり)の脇(わき)(ワキ)の
した、大(おほき)なるかはらけの口(くち)ばかりうげのいてぞ
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みえたりける。「是(これ)が余(あまり)(アマリ)に心(こころ)うければ、いかに申(まうす)
とも始終(しじゆう)(シジウ)の事(こと)はかなふまじ。法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)一
定(いちぢやう)(いちジヤウ)あるべくは、三(み)とせが命(いのち)(イノチ)をのべてたて
まつらむ。それを不足(ふそく)におぼしめさば力(ちから)及(およ)
ばず」とて、山王(さんわう)あがらせ給(たまひ)けり。母(はは)うへは御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)
の事(こと)人(ひと)にもかたらせ給(たま)はねば、誰(たれ)(タレ)もらし
つらむと、すこしもうたがふ方(かた)もましまさず。
御心(おんこころ)の内(うち)の事共(ことども)をありのままに御詫宣(ごたくせん)(ゴタクセン)有(あり)
ければ、心肝(しんかん)(シンカン)にそうて、ことにた(ッ)とくおぼしめし、
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泣々(なくなく)申(まう)させ給(たまひ)けるは、「縦(たとひ)(タトヒ)ひと日(ひ)かた時(とき)にて
さぶらふとも、ありがたふ(ありがたう)こそさぶらふべきに、
まして三(み)とせが命(いのち)をのべて給(たまは)らむ事(こと)、し
かるべうさぶらふ」とて、泣々(なくなく)(ナクなく)御下向(おんげかう)(ヲンゲカウ)あり。いそぎ
都(みやこ)へい【入】らせ給(たまひ)て、殿下(てんが)(テンガ)の御領(ごりやう)(ゴリヤウ)紀伊国(きのくに)に田中
庄(たなかのしやう)(たなかのシヤウ)と云(いふ)所(ところ)を、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)へ寄進(きしん)(キシン)せらる。それ
よりして法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)、今(いま)の世(よ)にいたるまで、
毎日(まいにち)退転(たいてん)(タイテン)なしとぞ承(うけたまは)る。かかりし程(ほど)に、後二
条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)御病(おんやまひ)(おんヤマイ)かろませ給(たまひ)て、もとのごとくに
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ならせ給(たま)ふ。上下(じやうげ)悦(よろこび)あはれしほどに、三(み)とせの
すぐるは夢(ゆめ)なれや、永長(えいちやう)二年(にねん)になりにけり。
六月(ろくぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、又(また)後二条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)、御(おん)ぐし【髪】のきはに悪(あしき)(アシキ)
御瘡(おんかさ)(ヲンカサ)いでさせ給(たまひ)て、うちふ【臥】させ給(たま)ひしが、
同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、御年(おんとし)卅八(さんじふはち)にて遂(つひ)(ツイ)にかくれさせ給(たまひ)ぬ。
御心(おんこころ)のたけさ、理(り)(リ)のつよさ、さしもゆゆしき
人(ひと)にてましましけれ共(ども)、まめやかに事(こと)のきう(きふ)【急】に
なりしかば、御命(おんいのち)(おんイノチ)を惜(をし)(ヲシ)ませ給(たまひ)ける也(なり)。誠(まこと)(マコト)に
惜(をし)(ヲシ)かるべし。四十(しじふ)にだにもみたせ給(たま)はで、大殿(おほとの)に
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先立(さきだち)まい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふこそ悲(かな)(カナ)しけれ。必(かならず)(カナラズ)しも
父(ちち)を先立(さきだつ)べしと云(いふ)事(こと)はなけれ共(ども)、生死(しやうじ)(シヤウジ)の
をきて(おきて)にしたがふならひ、万徳円満(まんどくゑんまん)(マンドクヱンマン)の世尊(せそん)(セソン)、
十地究竟(じふぢくきやう)(ジウヂクキヤウ)の大士(だいじ)(ダイジ)たちも、力(ちから)及(およ)び給(たま)はぬ事(こと)
どもなり。慈悲具足(じひぐそく)(ジヒグソク)の山王(さんわう)、利物(りもつ)(リモツ)の方便(はうべん)(ハウベン)にて
ましませば、御(おん)とがめなかるべしとも覚(おぼえ)(ヲボヘ)ず。
  御輿振(みこしぶり)S0115
 ○さる程(ほど)に、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)(モロタカ)を流
罪(るざい)(ルザイ)に処(しよ)(シヨ)せられ、目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)を禁獄(きんごく)(キンゴク)
せらるべき由(よし)、奏聞(そうもん)(ソウモン)度々(どど)(ドド)に及(およぶ)といへども、御
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裁許(ごさいきよ)(ごサイキヨ)なかりければ、日吉(ひよし)の祭礼(さいれい)(サイレイ)をうちとどめて、
安元(あんげん)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)辰(たつ)(タツ)の一点(いつてん)(いつテン)に、十禅師(じふぜんじ)(じふゼンジ)・客
人(まらうと)(マラウト)・八王子(はちわうじ)三社(さんじや)(さんジヤ)の神輿(しんよ)(シンヨ)賁(かざ)(カザリ)り奉(たてまつ)て、陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)へ
振(ふり)(フリ)奉(たてまつ)る。さがり松(まつ)・きれ堤(づつみ)(ヅツミ)・賀茂(かも)(カモ)の河原(かはら)(カハラ)、糺(ただす)(タダス)・梅(むめ)(ムメ)
ただ・柳原(やなぎはら)(ヤナギハラ)・東福院(とうぶくゐん)(トウブクヰン)【*東北院(とうぼくゐん) 】の辺(へん)に、しら大衆(だいしゆ)・神人(じんにん)(ジンニン)・
宮仕(みやじ)(ミヤジ)・専当(せんだう)(センダウ)みちみちて、いくらと云(いふ)数(かず)(カズ)をしらず。
神輿(しんよ)(シンヨ)は一条(いちでう)を西(にし)へいらせ給(たま)ふ。御神宝(ごじんぼう)(ごジンボウ)天(てん)に
かかや【輝】いて、日月(じつげつ)地(ち)に落(おち)(ヲチ)給(たま)ふかとおどろかる。是(これ)
によ(ッ)て、源平(げんぺい)両家(りやうか)(りやうカ)の大将軍(たいしやうぐん)、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)を
P01149
かためて、大衆(だいしゆ)ふせ【拒】くべき由(よし)仰下(おほせくだ)さる。平家(へいけ)
には、小松(こまつ)の内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、其(その)勢(せい)三千
余騎(さんぜんよき)にて大宮面(おほみやおもて)(ヲホミヤヲモテ)の陽明(やうめい)(ヤウメイ)・待賢(たいけん)(タイケン)・郁芳(いうはう)(イウハウ)三(みつ)の
門(もん)をかため給(たま)ふ。弟(おとうと)(ヲトヲト)宗盛(むねもり)・具盛【*知盛】(とももり)(トモモリ)・重衡(しげひら)(シゲヒラ)、伯父(をぢ)(ヲヂ)頼盛(よりもり)(ヨリモリ)・教盛(のりもり)・
経盛(つねもり)(ツネモリ)な(ン)どは、にし南(みなみ)の陣(ぢん)(ヂン)をかためられけり。
源氏(げんじ)には、大内守護(たいだいしゆご)(タイダイジユゴ)の源三位(げんざんみ)(ゲンザンミ)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)、渡辺(わたなべ)(ワタナベ)の
はぶく【省】・さづく【授】をむね[B サキイ]として、其(その)勢(せい)纔(わづか)(ワヅカ)に三
百余騎(さんびやくよき)、北(きた)の門(もん)、縫殿(ぬいどの)(ヌイドノ)の陣(ぢん)をかため給(たま)ふ。所(ところ)はひろし
勢(せい)は少(すくな)(スクナ)し、まばらにこそみえたりけれ。大衆(だいしゆ)
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無勢(ぶせい)(ブセイ)たるによ(ッ)て、北(きた)の門(もん)、縫殿(ぬいどの)(ヌイドノ)の陣(ぢん)より神
輿(しんよ)(シンヨ)をいれ【入れ】奉(たてまつ)らむとす。頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)さる人(ひと)にて、
馬(むま)よりおり、甲(かぶと)(カブト)をぬいで、神輿(しんよ)(シンヨ)を拝(はい)(ハイ)し
奉(たてまつ)る。兵(つはもの)(ツハモノ)ども皆(みな)かくのごとし。[B 頼政(よりまさ)、]衆徒(しゆと)(シユト)の中(なか)へ、
使者(ししや)(シシヤ)をたてて、申(まうし)送(おく)(ヲク)る旨(むね)あり。其(その)使(つかひ)は渡辺(わたなべ)(ワタナベ)
の長七(ちやうじつ)[*「七」に濁点 ]唱(となふ)(トナウ)と云(いふ)者(もの)なり。唱(となふ)(トナウ)、其(その)日(ひ)はきちん【麹麈】の直
垂(ひたたれ)(ヒタタレ)に、小桜(こざくら)(コザクラ)を黄(き)(キ)にかへ【返】いたる鎧(よろひ)(ヨロヒ)きて、赤銅(しやくどう)(シヤクドウ)
づくりの太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さいたる白羽(しらは)(シラハ)の箭(や)(ヤ)
おひ、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)(ワキ)にはさみ、甲(かぶと)(カブト)をばぬぎ、
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たかひも【高紐】にかけ、神輿(しんよ)(シンヨ)の御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)(カシコマツ)て申(まうし)けるは、
「衆徒(しゆと)(シユト)の御中(おんなか)へ源三位殿(げんざんみどの)の申(まう)せと候(ざうらふ)。今度(こんど)
山門(さんもん)の御訴訟(ごそしよう)(ごソセウ)、理運(りうん)(リウン)の条(でう)勿論(もちろん)(モチロン)に候(さうらふ)。御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)
遅々(ちち)(チチ)こそ、よそにても遺恨(ゐこん)(イコン)に覚(おぼえ)(ヲボえ)候(さうら)へ。さては
神輿(しんよ)(シンヨ)入(いれ)奉(たてまつ)らむ事(こと)、子細(しさい)に及(および)候(さうら)はず。但(ただし)(タダシ)頼政(よりまさ)
無勢(ぶせい)(ブセイ)に候(さうらふ)。其上(そのうへ)あけて入(いれ)奉(たてまつ)る陣(ぢん)(ヂン)よりいらせ
給(たまひ)て候(さうら)はば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)は目(め)だりがほしけり
な(ン)ど、京童部(きやうわらんべ)(きやうワランベ)が申(まうし)候(さうら)はむ事(こと)、後日(ごにち)の難(なん)(ナン)にや
候(さうら)はんずらむ。神輿(しんよ)(シンヨ)を入(いれ)奉(たてまつ)らば、宣旨(せんじ)(センジ)を背(そむく)(ソムク)
P01152
に似(に)(ニ)たり。又(また)ふせ【防】き奉(たてまつ)らば、年来(としごろ)医王山王(いわうさんわう)(イワウさんわう)に
首(かうべ)(カウベ)をかたぶけ奉(たてまつ)て候(さうらふ)身(み)が、けふより後(のち)、
ながく弓箭(ゆみや)(ユミヤ)の道(みち)にわかれ候(さうらひ)なむず。かれと
いひ是(これ)といひ、かたがた難治(なんぢ)(ナンヂ)の様(やう)に候(さうらふ)。東(ひがし)の
陣(ぢん)は小松殿(こまつどの)大勢(おほぜい)でかためられて候(さうらふ)。其(その)陣(ぢん)
よりいらせ給(たまふ)べうもや候(さうらふ)らむ」といひ送(おく)りたり
ければ、唱(となふ)(トナウ)がかく申(まうす)にふせかれて、神人(じんにん)(ジンニン)・宮仕(みやじ)(ミヤジ)
しばらくゆらへたり。若大衆(わかだいしゆ)(ワカだいしゆ)どもは、「何条(なんでう)
其(その)儀(ぎ)(ギ)あるべき。ただ此(この)門(もん)より神輿(しんよ)(シンヨ)を入(いれ)奉(たてまつ)れ」と
P01153
云(いふ)族(やから)(ヤカラ)おほかりけれども、老僧(らうそう)(ラウソウ)のなかに三
塔(さんたふ)(サンタウ)一(いち)の僉議者(せんぎしや)(センギシヤ)ときこえし摂津(つの)(ツノ)竪者(りつしや)(リツシヤ)
豪運(がううん)(ガウウン)、すすみ【進み】出(いで)て申(まうし)けるは、「尤(もつと)もさい【言】はれ
たり。神輿(しんよ)(シンヨ)をさきだてまい(まゐ)【参】らせて訴訟(そしよう)(ソセウ)を
致(いた)(イタ)さば、大勢(おほぜい)(ヲホゼイ)の中(なか)をうち破(やぶつ)(ヤブツ)てこそ後代(こうたい)(コウタイ)の
きこえもあらむずれ。就中(なかんづく)(ナカンヅク)に此(この)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)は、
六孫王(ろくそんわう)(ロクゾンワウ)より以降(このかた)(コノカタ)、源氏(げんじ)嫡々(ちやくちやく)(チヤクチヤク)の正棟(しやうとう)(シヤウトウ)、弓箭(ゆみや)(ユミヤ)を
と(ッ)ていまだ其(その)不覚(ふかく)をきかず。凡(およそ)武芸(ぶげい)(ブゲイ)にも
かぎらず、歌道(かだう)(ガダウ)にもすぐれたり。近衛院(こんゑのゐん)(コンヱノゐん)御
P01154
在位(ございゐ)(ごザイヰ)の時(とき)、当座(たうざ)(タウザ)の御会(ごくわい)(ゴクワイ)ありしに、「深山花(しんざんのはな)(シンザンノはな)」と
いふ【云ふ】題(だい)(ダイ)を出(いだ)(イダ)されたりけるを、人々(ひとびと)よみわづ
らひたりしに、此(この)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)、
深山木(みやまぎ)(ミヤマギ)のその梢(こずゑ)(コスヱ)とも見(み)えざりし
さくらは花(はな)にあらはれにけり W007
と云(いふ)名歌(めいか)(メイカ)仕(つかまつ)(ツカマツ)て御感(ぎよかん)(ギヨカン)にあづかるほどの
やさ男(をとこ)(ヲトコ)に、時(とき)に臨(のぞん)(ノゾン)で、いかがなさけなう恥
辱(ちじよく)(チジヨク)をばあたふべき。此(この)(コノ)神輿(しんよ)(シンヨ)かきかへし奉(たてまつれ)や」
と僉議(せんぎ)(センギ)しければ、数千人(すせんにん)(スせんにん)の大衆(だいしゆ)先陣(せんぢん)(センヂン)より
P01155
後陣(ごぢん)(ゴぢん)まで、皆(みな)尤々(もつとももつとも)とぞ同(どう)じける。さて神
輿(しんよ)(シンヨ)を先立(さきだて)まい(まゐ)【参】らせて、東(ひがし)の陣頭(ぢんどう)(チントウ)、待賢門(たいけんもん)(タイケンモン)
より入(いれ)奉(たてまつ)らむとしければ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)忽(たちまち)(タチマチ)に出来(いでき)
て、武士(ぶし)(ブシ)ども散々(さんざん)(サンザン)に射(い)(イ)奉(たてまつ)る。十禅師(じふぜんじ)(ジウゼンジ)の御
輿(みこし)(ミコシ)にも箭(や)(ヤ)どもあまた射(い)(イ)たてたり。神人(じんにん)(ジンニン)・宮
仕(みやじ)(ミヤジ)射(い)(イ)ころされ、衆徒(しゆと)(シユト)おほく疵(きず)(キズ)を蒙(かうぶ)(カウブ)る。おめき(をめき)
さけぶ声(こゑ)(コヱ)梵天(ぼんでん)(ボンデン)までもきこえ、堅牢地
神(けんらうぢじん)(ケンラウヂジン)も驚(おどろく)(ヲドロク)らむとぞおぼえける。大衆(だいしゆ)(ダイシユ)神輿(しんよ)(シンヨ)を
ば陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)にふりすて奉(たてまつ)り、泣々(なくなく)(ナクなく)本山(ほんざん)(ホンザン)へ
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かへりのぼる。
内裏炎上(だいりえんしやう)S0116
[B 夕(ゆふべ)におよんで、 ]○蔵人左少弁(くらんどのさせうべん)(クランドノサセウベン)兼光(かねみつ)(カネミツ)に仰(おほせ)て、殿上(てんじやう)にて俄(にはか)(ニハカ)に
公卿僉議(くぎやうせんぎ)(クギヤウセンギ)あり。保安(ほうあん)(ホウアン)四年(しねん)七月(しちぐわつ)に神輿(しんよ)(シンヨ)入洛(じゆらく)(ジユラク)
の時(とき)は、座主(ざす)(ザス)に仰(おほせ)て赤山(せきさん)(セキサン)の社(やしろ)(ヤシロ)へいれ【入れ】奉(たてまつ)る。
又(また)保延(ほうえん)(ホウエン)四年(しねん)四月(しぐわつ)に神輿(しんよ)(シンヨ)入洛(じゆらく)(ジユラク)の時(とき)は、祇園
別当(ぎをんべつたう)(ギヲンベツタウ)に仰(おほせ)て祇園社(ぎをんのやしろ)(ギヲンノヤシロ)へいれ【入れ】奉(たてまつ)る。今度(こんど)は保
延(ほうえん)(ホウヘン)の例(れい)(レイ)たるべしとて、祇園(ぎをん)(ギヲン)の別当(べつたう)(ベツタウ)権大僧
都(ごんだいそうづ)(ゴンダイソウヅ)澄兼【*澄憲】(ちようけん)(テウケン)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、秉燭(へいしよく)(へいシヨク)に及(およん)で祇園(ぎをん)(ギヲン)の社(やしろ)(ヤシロ)へ
入(いれ)奉(たてまつ)る。神輿(しんよ)(シンヨ)にたつところ【所】の箭(や)(ヤ)をば、神
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人(じんにん)(ジンニン)して是(これ)をぬかせらる。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、日吉(ひよし)の
神輿(しんよ)(シンヨ)を陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)へ振(ふり)(フリ)奉(たてまつ)る事(こと)、永久(えいきう)より以降(このかた)(コノカタ)、
治承(ぢしよう)(ヂセウ)までは六箇度(ろくかど)なり。毎度(まいど)に武士(ぶし)(ブシ)を召(めし)(メシ)
てこそふせ【防】かるれども、神輿(しんよ)射(い)(イ)奉(たてまつ)る事(こと)是(これ)
はじめ【始】とぞうけ給(たまはる)【承】。「霊神(れいしん)(レイシン)怒(いかり)(イカリ)をなせば、災
害(さいがい)(サイガイ)岐(ちまた)(チマタ)にみ【満】つといへり。おそろしおそろし」とぞ人
々(ひとびと)申(まうし)あはれける。同(おなじき)十四日(じふしにち)ノ夜半(やはん)計(ばかり)、山門(さんもん)の
大衆(だいしゆ)又(また)[B おびたたしう]下洛(げらく)すときこえしかば、夜中(やちゆう)に
主上(しゆしやう)要輿(えうよ)(ヨウヨ)にめして、院御所(ゐんのごしよ)(ゐんノごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジドノ)へ行幸(ぎやうがう)(ギヤウガウ)
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なる。中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)は御車(おんくるま)にたてまつて行啓(ぎやうげい)(ギヤウゲイ)あり。
小松(こまつ)のおとど、直衣(なほし)(ナヲシ)に箭(や)(ヤ)おう【負う】て供奉(ぐぶ)(グブ)せらる。
嫡子(ちやくし)(チヤクシ)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)(ゴンノスケセウシヤウ)維盛(これもり)(コレモリ)、束帯(そくたい)(ソクタイ)にひらやなぐひ
おふ(おう)【負う】てまい(まゐ)【参】られけり。関白殿(くわんばくどの)をはじめ【始】奉(たてまつ)て、
太政大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)、我(われ)もわれ【我】もとは【馳】せ
まい(まゐ)【参】る。凡(およそ)(ヲヨソ)京中(きやうぢゆう)の貴賎(きせん)(キセン)、禁中(きんちゆう)(キンチウ)の上下(じやうげ)、さはき(さわぎ)【騒ぎ】
ののしる事(こと)緩(おびたた)(ヲビタタ)し。山門(さんもん)には、神輿(しんよ)(シンヨ)に箭(や)(ヤ)たち、
神人(じんにん)(ジンニン)宮仕(みやじ)(みやジ)射(い)(イ)ころされ、衆徒(しゆと)(シユト)おほく疵(きず)(キズ)を
かうぶりしかば、大宮(おほみや)二宮(にのみや)(にノみや)以下(いげ)、講堂(かうだう)(カウダウ)中堂(ちゆうだう)(チウダウ)
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すべて諸堂(しよだう)(シヨダウ)一宇(いちう)ものこさず焼払(やきはらつ)(ヤキハラツ)て、
山野(さんや)(サンヤ)にまじはるべき由(よし)、三千(さんぜん)一同(いちどう)に僉議(せんぎ)(センギ)
しけり。是(これ)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)の申(まうす)所(ところ)、[B 法皇(ほふわう)]御(おん)ぱからひ
あるべしときこえしかば、山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)(ジヤウカウラ)、子細(しさい)
を衆徒(しゆと)にふれむとて登山(とうざん)しけるを、大
衆(だいしゆ)おこ(ッ)て西坂本(にしざかもと)より皆(みな)お(ッ)かへす。平(へい)大納言(だいなごん)
時忠卿(ときただのきやう)、其時(そのとき)はいまだ左衛門督(さゑもんのかみ)(さゑもんノカミ)にておはし
けるが、上卿(しやうけい)(シヤウケイ)にたつ。大講堂(だいかうだう)(ダイカウダウ)の庭(には)(ニハ)に三塔(さんたふ)(サンタウ)
会合(くわいがふ)(クワイガウ)して、上卿(しやうけい)(シヤウケイ)をと(ッ)てひつぱり、「しや
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冠(かむり)(カムリ)うちおとせ。其(その)身(み)を搦(からめ)(カラメ)て湖(みづうみ)(ミヅウミ)にしづめ
よ」な(ン)どぞ僉議(せんぎ)(センギ)しける。既(すで)(スデ)にかうとみえられ
けるに、時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)「暫(しばらく)(シバラク)しづまられ候(さうら)へ。衆徒(しゆと)(シユト)の御
中(おんなか)へ申(まうす)べき事(こと)あり」とて、懐(ふところ)(フトコロ)より小硯(こすずり)(コスズリ)たた
うがみをとり出(いだ)し、一筆(ひとふで)(ひとフデ)かいて大衆(だいしゆ)の中(なか)へ
つかはす。是(これ)をひらい【披い】てみれば、「衆徒(しゆと)(シユト)の
濫悪(らんあく)(ランアク)を致(いた)(イタ)すは魔縁(まえん)(マヱン)の所行(しよぎやう)(シヨギヤウ)也(なり)。明王(めうわう)(メウワウ)の制
止(せいし)(セイシ)を加(くはふ)(クハウ)るは善政(ぜんぜい)(ゼンゼイ)の加護(かご)(カゴ)也(なり)」とこそかかれたれ。
是(これ)をみてひ(ッ)ぱるに及(およ)ばず。大衆(だいしゆ)皆(みな)尤々(もつとももつとも)と
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同(どう)じて、谷々(たにだに)(タニだに)へおり、坊々(ばうばう)(バウバウ)へぞ入(いり)にける。一紙(いつし)(いつシ)
一句(いつく)(いつク)をも(ッ)て三塔(さんたふ)(さんタウ)三千(さんぜん)の憤(いきどほり)(イキドヲリ)をやすめ、公私(こうし)(コウシ)
の恥(はぢ)(ハヂ)をのがれ給(たま)へる時忠卿(ときただのきやう)こそゆゆし
けれ。人々(ひとびと)も、山門(さんもん)の衆徒(しゆと)は発向(はつかう)(ハツカウ)のかまびすし
き計(ばかり)かと思(おもひ)たれば、ことはり(ことわり)【理】も存知(ぞんぢ)し
たりけりとぞ、感(かん)(カン)ぜられける。同(おなじき)廿日(はつかのひ)、花山
院権中納言(くわさんのゐんのごんちゆうなごん)忠親卿(ただちかのきやう)(タダチカノきやう)を上卿(しやうけい)(シヤウケイ)にて、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)
師高(もろたか)遂(つひ)(ツイ)に闕官(けつくわん)(ケツクワン)せられて、尾張(をはり)(ヲハリ)の井戸田(ゐどた)へ
ながされけり。目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)禁獄(きんごく)(キンゴク)
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せらる。又(また)去(さんぬ)(サンヌ)る十三日(じふさんにち)、神輿(しんよ)(シンヨ)射(い)(イ)奉(たてまつり)し武士(ぶし)(ブシ)
六人(ろくにん)獄定(ごくぢやう)(ゴクヂヤウ)せらる。左衛門尉(さゑもんのじよう)藤原正純(ふぢはらのまさずみ)(フヂハラノマサズミ)、右衛
門尉(うゑもんのじよう)正季(まさすゑ)(マサスヱ)、左衛門尉(さゑもんのじよう)大江家兼(おほえのいへかね)(おほえノイヱカヌ)、右衛門尉(うゑもんのじよう)同(おなじく)家国(いへくに)(イヱクニ)、
左兵衛尉(さひやうゑのじよう)清原康家(きよはらのやすいへ)(きよはらノヤスイヱ)、右兵衛尉(うひやうゑのじよう)(うひやうゑノじよう)同(おなじく)康友(やすとも)(ヤストモ)、是等(これら)
は皆(みな)小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)(さぶらい)なり。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿八日(にじふはちにち)亥剋(ゐのこく)(イノこく)
ばかり、樋口富小路(ひぐちとみのこうぢ)(ヒグチトミノコウヂ)より火(ひ)出来(いでき)て、辰巳(たつみ)(タツミ)の風
はげしう吹(ふき)ければ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)おほく焼(やけ)(ヤケ)にけり。
大(おほき)なる車輪(しやりん)(シヤリン)の如(ごと)くなるほむらが、三町(さんぢやう)五
町(ごちやう)へだてて戌亥(いぬゐ)(イヌイ)のかたへすぢかへに、とび
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こえとびこえやけゆけば、おそろしな(ン)どもおろか
なり。或(あるい)(アルイ)は具平親王(ぐへいしんわう)(グヘイシンワウ)の千種殿(ちくさどの)(チクサドノ)、或(あるい)(アルイ)は北野(きたの)(キタノ)の
天神(てんじん)の紅梅殿(こうばいどの)(コウバイドノ)、橘逸成(きついつせい)(キツイツセイ)のはひ松殿(まつどの)(まつドノ)、鬼殿(おにどの)(ヲニドノ)・高
松殿(たかまつどの)(タカまつどの)・鴨居殿(かもゐどの)(カモヰドノ)・東三条(とうさんでう)、冬嗣(ふゆつぎ)(フユツギ)のおとどの閑院殿(かんゐんどの)(カンインどの)、
昭宣公(せうぜんこう)(セウゼンこう)の堀河殿(ほりかはどの)(ホリカハどの)、是(これ)を始(はじめ)(ハジメ)て、昔今(むかしいま)(ムカシイマ)の名所(めいしよ)(メイシヨ)卅(さんじふ)
余箇所(よかしよ)、公卿(くぎやう)の家(いへ)だにも十六(じふろく)箇所(かしよ)まで
焼(やけ)(ヤケ)にけり。其外(そのほか)、殿上人(てんじやうびと)諸大夫(しよだいぶ)の家々(いへいへ)は
しるすに及(およ)ばず。はては大内(たいだい)(タイダイ)にふきつけ
て、朱雀門(しゆしやくもん)(シユシヤクもん)より始(はじめ)(ハジメ)て、応田門【*応天門】(おうでんもん)(ヲウデンもん)・会昌門(くわいしやうもん)(クワイシヤウもん)、大極殿(だいこくでん)・
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豊楽院(ぶらくゐん)[*「豊」に濁点 ]、諸司(しよし)(シヨシ)八省(はつしやう)(ハツシヤウ)・朝所(あいたんどころ)(アイタントコロ)、一時(いちじ)(いちシ)がうち【内】に炭
燼【*灰燼】(くわいじん)(クハイジン)の地(ち)とぞなりにける。家々(いへいへ)の日記(につき)、代々(だいだい)
の文書(もんじよ)(モンジヨ)、七珍万宝(しつちんまんぼう)(シツチンマンボウ)さながら麈炭【*麈灰】(ちりはい)(チリハイ)となり
ぬ。其(その)間(あひだ)の費(ツイ)へ(つひえ)いか計(ばかり)ぞ。人(ひと)のやけしぬる
事(こと)数百人(すひやくにん)(スひやくにん)、牛馬(ぎうば)のたぐひは数(かず)(カズ)をしら【知ら】ず。
是(これ)ただことにあらず、山王(さんわう)の御(おん)とがめとて、
比叡山(ひえいさん)(ヒヱイさん)より大(おほき)なる猿(さる)(サル)どもが二三千(にさんぜん)おり
くだり、手々(てんで)に松火(まつび)をともひ(ともい)て京中(きやうぢゆう)を
やくとぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)(ユメ)には見(み)えたりける。大極
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殿(だいこくでん)は清和天皇(せいわてんわう)の御宇(ぎよう)、貞観(ぢやうぐわん)(ヂヤウグワン)十八年(じふはちねん)に始而(はじめて)
やけたりければ、同(おなじき)十九(じふく)年(ねん)正月(しやうぐわつ)三日(みつかのひ)、陽成院(やうぜいゐん)(ヤウゼイヰン)
の御即位(ごそくゐ)(ゴソクイ)は豊楽院(ぶらくゐん)(ブらくゐん)にてぞありける。元
慶(ぐわんきやう)(グハンキヤウ)元年(ぐわんねん)四月(しぐわつ)九日(ここのかのひ)(ここのかノひ)、事始(ことはじめ)あ(ッ)て、同(おなじき)二年(にねん)十月(じふぐわつ)
八日(やうかのひ)にぞつくり出(いだ)されたりける。後冷泉院(ごれいぜいゐん)(ゴレイゼイヰン)の
御宇(ぎよう)(ギヨウ)、天喜(てんき)(テンキ)五年(ごねん)二月(にぐわつ)廿六日(にじふろくにち)、又(また)やけにけり。治
暦(ぢりやく)(ヂリヤク)四年(しねん)八月(はちぐわつ)十四日(じふしにち)、事始(ことはじめ)ありしかども、[B 未(いまだ)イ]造(つく)り[B も]
出(いだ)されずして、後冷泉院(ごれいぜいゐん)(ゴレイゼイヰン)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)なりぬ。後三
条院(ごさんでうのゐん)の御宇(ぎよう)、延久(えんきう)(ヱンきう)四年(しねん)四月(しぐわつ)十五日(じふごにち)作(つく)り出(いだ)して、
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文人(ぶんじん)(ブンジン)詩(し)(シ)を奉(たてまつ)り、伶人(れいじん)(レイジン)楽(がく)(ガク)を奏(そう)(ソウ)して遷幸(せんかう)(センカウ)
なし奉(たてまつ)る。今(いま)は世(よ)末(すゑ)にな(ッ)て、国(くに)の力(ちから)も衰(おとろ)(ヲトロ)へ
たれば、其後(そののち)は遂(つひ)(ツイ)につくられず。
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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一(だいいち)


平家物語 高野本 巻第二
平家 二(表紙)
P02001
平家二之巻 目録
座主流     一行阿闍梨之沙汰
西光被斬    小教訓
少将乞請    教訓状
烽火之沙汰   新大納言流罪
阿古屋の松   成親死去
徳大寺厳島詣  山門滅亡
善光寺炎上   康頼祝
卒都婆流    蘇武
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P02003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
  『座主流(ざすながし)』S0201
○治承(ぢしよう)(ヂセウ)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)五日[B ノヒ](いつかのひ)、天台座主(てんだいざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)、
公請(くじやう)を停止(ちやうじ)せらるるうへ、蔵人(くらんど)を御使(おんつかひ)(おんツカイ)にて、
如意輪(によいりん)の御本尊(ごほんぞん)をめし【召し】かへひ(かへい)【返い】て、御持僧(ごぢそう)を
改易(かいえき)(カイエキ)せらる。則(すなはち)使庁(しちやう)の使(つかひ)(ツカイ)をつけて、今度(こんど)神
輿(しんよ)内裏(だいり)へ振(ふり)たてまつる【奉る】衆徒(しゆと)の張本(ちやうぼん)をめさ
れける。加賀国(かがのくに)(カガノくに)に座主(ざす)の御坊領(ごばうりやう)あり【有り】。国司(こくし)
師高(もろたか)是(これ)を停廃(ちやうはい)の間(あひだ)、その宿意(しゆくい)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)
をかたらひ、訴詔【*訴訟】(そしよう)(ソセウ)をいたさる。すでに朝家(てうか)の御
P02004
大事(おんだいじ)に及(およぶ)(ヲヨブ)よし、西光(さいくわう)(サイクハウ)法師(ほふし)(ホウシ)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、法
皇(ほふわう)(ホウワウ)大(おほき)(ヲホキ)に逆鱗(げきりん)あり【有り】けり。ことに重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)におこなは
るべしときこゆ。明雲(めいうん)は法皇(ほふわう)の御気色(ごきしよく)(ごキソク)あしかり【悪しかり】
ければ、印鑰(いんやく)をかへしたてま(ッ)【奉つ】て、座主(ざす)を辞(じ)し
申(まう)さる。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、鳥羽院(とばのゐん)(トバノイン)の七(しち)の宮(みや)、覚快(かつくわい)法親
王(ほつしんわう)天台座主(てんだいざす)にならせ給(たま)ふ。これは青連院(しやうれんゐん)の
大僧正(だいそうじやう)行玄(ぎやうげん)の御弟子(おんでし)也(なり)。おなじき【同じき】十二日(じふににち)、先座主(せんざす)所
職(しよしよく)をとどめ【留め】らるるうへ、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)二人(ににん)をつけて、
井(ゐ)に蓋(ふた)をし、火(ひ)に水(みづ)をかけ、水火(すいくわ)のせめに
P02005
およぶ【及ぶ】。これによ(ッ)て、大衆(だいしゆ)なを(なほ)【猶】参洛(さんらく)すべきよし【由】聞(きこ)え
しかば、京中(きやうぢゆう)又(また)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以
下(いげ)の公卿(くぎやう)十三人(じふさんにん)参内(さんだい)して、陣(ぢん)の座(ざ)につき、先(さき)の
座主(ざす)罪科(ざいくわ)の事(こと)儀定(ぎぢやう)あり【有り】。八条(はつでうの)中納言(ちゆうなごん)長方卿(ながかたのきやう)、
其(その)時(とき)はいまだ左大弁(さだいべん)宰相(さいしやう)(サイノシヤウ)にて、末座(ばつざ)に候(さうら)はれ
けるが、申(まう)されけるは、「法家(ほつけ)の勘状(かんじやう)にまかせて、死
罪(しざい)一等(いつとう)を減(げん)じて遠流(をんる)せらるべしとみえ【見え】て候(さうら)へ
共(ども)、前座主(せんざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)は顕密(けんみつ)兼学(けんがく)して、浄
行(じやうぎやう)持律(ぢりつ)のうへ、大乗妙経(だいじようめうきやう)(だいジヨウメウキヤウ)を公家(くげ)にさづけたて
P02006
まつり【奉り】、菩薩浄戒(ぼさつじやうかい)を法皇(ほふわう)にたもた【保た】せ奉(たてまつ)る。御経(おんきやう)の
師(し)、御戒(おんかい)の師(し)、重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)におこなはれん事(こと)、冥(みやう)の照覧(せうらん)
はかりがたし。還俗(げんぞく)(ゲンゾク)遠流(をんる)(ヲンル)をなだめ【宥め】らるべきか」と、はば
かるところ【所】もなう申(まう)されければ、当座(たうざ)の公卿(くぎやう)みな
長方(ながかた)の義(ぎ)に同(どう)ずと申(まうし)あはれけれ共(ども)、法皇(ほふわう)の
御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】ふかかり【深かり】しかば、猶(なほ)遠流(をんる)に定(さだめ)らる。太政(だいじやう)
入道(にふだう)も此(この)事(こと)申(まう)さんとて、院参(ゐんざん)(インザン)せられたりけれ共(ども)、
法皇(ほふわう)御風(おんかぜ)の気(け)とて御前(ごぜん)へもめされ給(たま)はねば、
ほいなげにて退出(たいしゆつ)せらる。僧(そう)を罪(つみ)する習(ならひ)とて、土
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円(どえん)をめし【召し】返(かへ)し、還俗(げんぞく)せさせたてまつり【奉り】、大納言(だいなごんの)大
輔(たいふ)(タユウ)藤井(ふぢゐ)(フヂイ)の松枝(まつえだ)(マツエダ)と俗名(ぞくみやう)をぞつけられける。此(この)明
雲(めいうん)と申(まうす)は、村上天皇(むらかみてんわう)第七(だいしち)の皇子(わうじ)、具平親王(ぐへいしんわう)より
六代(ろくだい)の御(おん)(ヲン)すゑ【末】、久我(こがの)大納言(だいなごん)顕通卿(あきみちのきやう)の御子(おんこ)也(なり)。まこ
と【誠】に無双(ぶさう)の磧徳(せきとく)、天下(てんが)第一(だいいち)の高僧(かうそう)にておはし
ければ、君(きみ)も臣(しん)もた(ッ)とみ給(たま)ひて、天王寺(てんわうじ)・六勝寺(ろくしようじ)(ロクセウジ)
の別当(べつたう)をもかけ給(たま)へり。されども陰陽頭(おんやうのかみ)(ヲンヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべの)
泰親(やすちか)が申(まうし)けるは、「さばかりの智者(ちしや)の明雲(めいうん)となのり【名乗り】
たまふこそ心(こころ)えね。うへに日月(じつげつ)の光(ひかり)をならべて、した【下】に
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雲(くも)あり【有り】」とぞ難(なん)じける。仁安(にんあん)元年(ぐわんねん)弐月(にぐわつ)廿日(はつかのひ)、天台座
主(てんだいざす)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)、御拝堂(ごはいだう)(ゴハイタウ)あり【有り】。中堂(ちゆうだう)の
宝蔵(ほうざう)をひらかれけるに、種々(しゆじゆ)の重宝共(ちようほうども)(テウホウども)の中(なか)に、ほ
う(はう)【方】一尺(いつしやく)の箱(はこ)あり【有り】。しろひ(しろい)【白い】布(ぬの)でつつまれたり。一生
不犯(いつしやうふぼん)の座主(ざす)、彼(かの)箱(はこ)をあけて見(み)給(たま)ふに、黄紙(わうし)にか
けるふみ一巻(いつくわん)(いちくわん)あり【有り】。伝教大師(でんげうだいし)未来(みらい)の座主(ざす)の
名字(みやうじ)を兼(かね)てしるしをか(おか)【置か】れたり。我(わが)名(な)のある所(ところ)ま
でみて、それより奥(おく)をば、見(み)ず、もとのごとくにまき
返(かへ)してをか(おか)【置か】るる習(ならひ)也(なり)。されば此(この)僧正(そうじやう)もさこそおは
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しけめ。かかるた(ッ)とき人(ひと)なれ共(ども)、先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)を
ばまぬかれ給(たま)はず。哀(あはれ)なりし事(こと)ども【共】也(なり)。同(おなじき)廿一日(にじふいちにち)、
配所(はいしよ)伊豆国(いづのくに)と定(さだめ)らる。人々(ひとびと)様々(やうやう)(ヤウやう)に申(まうし)あはれけれ
共、西光(さいくわう)法師(ほふし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、かやうにおこな
はれけり。やがてけふ都(みやこ)のうち【内】をおひ【追ひ】出(いだ)さるべし
とて、追立(おつたて)(ヲツタテ)の官人(くわんにん)白河(しらかは)の御房【*御坊】(ごばう)にむか(ッ)【向つ】て、おひ【追ひ】
奉(たてまつ)る。僧正(そうじやう)なくなく【泣く泣く】御坊(ごばう)を出(いで)て、粟田口(あはたぐち)のほとり、
一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)へいらせ給(たま)ふ。山門(さんもん)には、せんずる処(ところ)
我等(われら)が敵(てき)は西光(さいくわう)父子(ふし)に過(すぎ)たる者(もの)なしとて、彼等(かれら)親
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子(おやこ)(ヲヤコ)が名字(みやうじ)をかひ(かい)【書い】て、根本中堂(こんぼんちゆうだう)(コンボンチウダウ)におはします十二(じふに)神
将(じんじやう)のうち、金毘羅大将(こんびらだいじやう)の左(ひだり)の御足(みあし)のした【下】にふま
せ奉(たてまつ)り、「十二(じふに)神将(じんじやう)・七千夜叉(しちせんやしや)、時刻(じこく)をめぐらさず西光(さいくわう)
父子(ふし)が命(いのち)をめし【召し】とり給(たま)へや」と、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で呪
咀(しゆそ)しけるこそ聞(きく)もおそろしけれ【恐ろしけれ】。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、一切経(いつさいきやう)の
別所(べつしよ)より配所(はいしよ)へおもむき【赴き】給(たま)ひけり。さばかんの法
務(ほふむ)(ホウム)の大僧正(だいそうじやう)程(ほど)の人(ひと)を、追立(おつたて)(ヲツタテ)の鬱使(うつし)がさき【先】に
けたて【蹴立て】させ、けふ【今日】をかぎりに都(みやこ)を出(いで)て、関(せき)の
東(ひがし)へおもむか【赴か】れけん心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)
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也(なり)。大津(おほつ)(ヲホツ)の打出(うちで)の浜(はま)にもなりしかば、文殊楼(もんじゆろう)の軒端(のきば)
のしろじろとして見(み)えけるを、ふため【二目】とも見(み)給(たま)はず、
袖(そで)をかほにおし【押し】あてて、涙(なみだ)にむせび給(たま)ひけり。山門(さんもん)
に、宿老(しゆくらう)磧徳(せきとく)をほし(おほし)【多し】といへども、澄憲(ちようけん)(テウケン)法印(ほふいん)、其(その)時(とき)は
いまだ僧都(そうづ)にておはしけるが、余(あまり)に名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつ)り、
粟津(あはづ)まで送(おく)りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、さてもあるべきならねば、
それよりいとま申(まうし)てかへられけるに、僧正(そうじやう)心(こころ)ざしの
切(せつ)なる事(こと)を感(かん)じて、年来(ねんらい)狐心中(こしんちゆう)[M 「御」を非とし「狐(コ)」と傍書]に秘(ひ)せられた
りし一心(いつしん)三観(さんくわん)(さんクハン)の血脈(けつみやく)相承(さうじよう)をさづけらる。此(この)法(ほふ)は釈
P02012
尊(しやくそん)の附属(ふぞく)、波羅奈国(はらないこく)の馬鳴(めみやう)比丘(びく)、南天竺(なんてんぢく)の竜
樹(りゆうじゆ)(リユウジユ)菩薩(ぼさつ)(ボサツ)より次第(しだい)に相伝(さうでん)しきたれるを、けふの
なさけにさづけらる。さすが我(わが)朝(てう)は粟散(そくさん)辺
地(へんぢ)の境(さかひ)(サカイ)、濁世(じよくせ)末代(まつだい)といひながら、澄憲(ちようけん)(テウケン)これを附属(ふぞく)
して、法衣(ほふえ)(ホウエ)の袂(たもと)をしぼりつつ、宮(みや)こ【都】へ帰(かへり)のぼられける
心(こころ)のうちこそた(ッ)とけれ。山門(さんもん)には大衆(だいしゆ)おこ[B ッ]て僉議(せんぎ)
す。「[B 抑(そもそも)]義真(ぎしん)和尚(くわしやう)よりこのかた、天台座主(てんだいざす)はじめ【*はじま(ッ)】て五
十五代(ごじふごだい)に至(いた)るまで、いまだ流罪(るざい)の例(れい)をきかず。倩(つらつら)
事(こと)の心(こころ)を案(あん)ずるに、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)の比(ころ)ほひ、皇帝(くわうてい)は帝都(ていと)
P02013
をたて、大師(だいし)は当山(たうざん)によぢのぼ(ッ)【上つ】て四明(しめい)の教法(けうぼふ)(ケウボウ)を
此(この)所(ところ)にひろめ給(たま)ひしよりこのかた、五障(ごしやう)の女人(によにん)跡(あと)
たえ【絶え】て、三千(さんぜん)の浄侶(じやうりよ)居(きよ)[M を]しめたり。峰(みね)には一乗(いちじよう)(いちゼウ)
読誦(どくじゆ)年(とし)ふりて、麓(ふもと)には七社(しちしや)の霊験(れいげん)日(ひに)(ヒニ)新(あらた)なり。
彼(かの)月氏(ぐわつし)(グワツシ)の霊山(りやうぜん)は王城(わうじやう)の東北(とうぼく)、大聖(だいしやう)の幽崛(いうくつ)(ユウクツ)也(なり)。この
日域(じちいき)の叡岳(えいがく)も帝都(ていと)の鬼門(きもん)に峙(そばだ)(ッ)て、護国(ごこく)の霊地(れいち)
也(なり)。代々(だいだい)の賢王(けんわう)智臣(ちしん)、此(この)所(ところ)に壇場(だんぢやう)をしむ。末代(まつだい)なら
んがらに、いかんが当山(たうざん)に瑕(きず)をばつくべき。心(こころ)うし」とて、
おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】といふ程(ほど)こそあり【有り】けれ、満山(まんざん)の大衆(だいしゆ)
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  『一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)之(の)沙汰(さた)』S0202
みな東坂本(ひがしざかもと)(ヒンガシサカモト)へおり下(くだ)る。 ○[B 十禅師権現(じふぜんじごんげん)の御前(おんまへ)にて、大衆(だいしゆ)又(また)僉議(せんぎ)す。]「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)に行(ゆき)むか(ッ)【向つ】て、
貫首(くわんじゆ)をうばひとどめ【留め】奉(たてまつ)るべし。但(ただし)追立(おつたて)(ヲツタテ)の鬱使(うつし)・両
送使【*令送使】(りやうそうし)あんなれば、事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なくとりえ【取得】たてまつら【奉ら】ん
事(こと)ありがたし。山王大師(さんわうだいし)の御力(おんちから)の外(ほか)はたのむ【頼む】方(かた)
なし。誠(まこと)に別(べち)の子細(しさい)なく取(とり)え【得】奉(たてまつ)るべくは、ここ【爰】にて
まづ瑞相(ずいさう)をみせ【見せ】しめ給(たま)へ」と、老僧(らうそう)共(ども)肝胆(かんたん)をくだ
いて祈念(きねん)しけり。ここに無動寺(むどうじ)法師(ぼふし)(ボウし)乗円(じようゑん)(ジヨウエン)律師(りつし)
が童(わらは)、鶴丸(つるまる)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になるが、身心(しんじん)をくるしめ【苦しめ】
五体(ごたい)に汗(あせ)をながひ(ながい)【流い】て、俄(にはか)にくるひ出(いで)たり。「われ十禅
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師権現(じふぜんじごんげん)のりゐさせ給(たま)へり。末代(まつだい)といふ共(とも)、争(いかで)か我(わが)山(やま)の
貫首(くわんじゆ)をば、他国(たこく)へはうつさるべき。生々世々(しやうじやうせせ)に心(こころ)うし。
さらむにと(ッ)ては、われこのふもと【麓】に跡(あと)をとどめ【留め】て
もなににかはせん」とて、左右(さう)の袖(そで)をかほにおし【押し】
あてて、涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)これをあやしみ
て、「誠(まこと)に十禅(じふぜん)じ【十禅師】権現(ごんげん)の御詫宣(ごたくせん)にて在(ましま)さば、我等(われら)しる
しをまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん。すこし【少し】もたがへ【違へ】ずもとのぬしに返(かへ)した
べ」とて、老僧(らうそう)共(ども)四五百人(しごひやくにん)、手々(てんで)(テデ)にも(ッ)【持つ】たる数珠共(じゆずども)を、十
禅師(じふぜんじ)の大床(おほゆか)(ヲホユカ)のうへへぞなげ【投げ】あげたる。此(この)物(もの)ぐるひはし
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り【走り】まは(ッ)てひろひ【拾ひ】あつめ【集め】、すこし【少し】もたがへ【違へ】ず一々(いちいち)にもと
のぬしにぞくばりける。大衆(だいしゆ)神明(しんめい)の霊験(れいげん)あら
たなる事(こと)のた(ッ)とさに、みなたな心(ごころ)をあはせ【合はせ】て随
喜(ずいき)の感涙(かんるい)をぞもよほし[M 「もよをし」とあり「を」をミセケチ「ほ」と傍書]ける。「其(その)儀(ぎ)ならば、ゆきむ
か(ッ)【向つ】てうばひとどめ【留め】たてまつれ【奉れ】」といふ程(ほど)こそあり【有り】
けれ、雲霞(うんか)の如(ごと)くに発向(はつかう)す。或(あるい)(アルイ)は志賀(しが)辛崎(からさき)の
浜路(はまぢ)にあゆみ【歩み】つづける大衆(だいしゆ)もあり【有り】、或(あるいは)山田(やまだ)矢(や)ばせの
湖上(こしやう)に舟(ふね)おしいだす衆徒(しゆと)もあり【有り】。是(これ)をみ【見】て、さしもき
びしげなりつる追立(おつたて)の鬱使(うつし)・両送使【*令送使】(りやうそうし)、四方(しはう)へ皆(みな)逃(にげ)
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さりぬ。大衆(だいしゆ)国分寺(こくぶんじ)へまいり(まゐり)【参り】むかふ【向ふ】。前座主(せんざす)大(おほき)(ヲホキ)におどろ
ひ(おどろい)て、「勅勘(ちよつかん)の者(もの)は月日(つきひ)の光(ひかり)にだにもあたらずとこ
そ申(まう)せ。何(いかに)况(いはん)や、いそぎ都(みやこ)のうちを追出(おひいだ)(ヲイいだ)さるべしと、
院宣(ゐんぜん)・宣旨(せんじ)のなりたるに、しばしもやすらふべから
ず。衆徒(しゆと)とうとう【疾う疾う】かへり【帰り】のぼり給(たま)へ」とて、はしちかうゐ出(いで)て
の給(たま)ひけるは、「三台(さんだい)槐門(くわいもん)の家(いへ)をいで【出で】て、四明(しめい)幽渓(いうけい)(ユウケイ)の窓(まど)
に入(いり)しよりこのかた、ひろく円宗(ゑんじゆう)(エンジウ)の教法(けうぼふ)(ケウぼふ)を学(がく)して、顕
密(けんみつ)両宗(りやうしゆう)(りやうシウ)をまなびき。ただ吾(わが)山(やま)の興隆(こうりゆう)(コウリウ)をのみおも
へ【思へ】り。又(また)国家(こくか)を祈(いのり)奉(たてまつ)る事(こと)おろそかならず。衆徒(しゆと)をは
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ぐくむ心(こころ)ざし【志】もふかかり【深かり】き。両所(りやうしよ)(リヤウしよ)山王(さんわう)[B 「王」に「上イ」と傍書]定(さだめ)て照覧(せうらん)し給(たま)
ふらん。身(み)にあやまつ事(こと)なし。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)をかうぶれば、世(よ)をも人(ひと)をも神(かみ)をも仏(ほとけ)をも
恨(うら)み奉(たてまつ)ること【事】なし。これまでとぶらひ【訪ひ】来(き)給(たま)ふ衆徒(しゆと)の
芳志(はうし)こそ報(ほうじ)つくしがたけれ」とて、香染(かうぞめ)の御衣(おんころも)の
袖(そで)しぼりもあへ給(たま)はねば、大衆(だいしゆ)もみな涙(なみだ)をぞながし
ける。御輿(おんこし)さしよせて、「とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
「昔(むかし)こそ三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)の貫首(くわんじゆ)たりしか、いまはかかる流人(るにん)
の身(み)にな(ッ)て、いかんがや(ン)ごとなき修学者(しゆがくしや)、智恵(ちゑ)(チエ)ふか
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き大衆達(だいしゆたち)には、かきささげられてのぼるべき。縦(たとひ)の
ぼるべき[M 「縦のぼるべき縦のぼるべき」とあり、後の「縦のぼるべき」をミセケチ]なり共(とも)、わらんづな(ン)ど(など)いふ物(もの)し
ばりはき、おなじ様(やう)にあゆみ【歩み】つづい【続い】てこそのぼらめ」と
てのり給(たま)はず。ここに西塔(さいたふ)(サイタウ)の住侶(ぢゆうりよ)(ヂウリヨ)、戒浄坊(かいじやうばう)の阿闍
梨(あじやり)祐慶(いうけい)(ユウケイ)といふ悪僧(あくそう)あり【有り】。たけ七尺(しちしやく)ばかりあり【有り】ける
が、黒革威(くろかはをどし)(クロカハヲドシ)の鎧(よろひ)(ヨロイ)の大荒目(おほあらめ)(ヲホアラメ)にかね【鉄】まぜたるを、草摺(くさずり)
なが【草摺長】にきなして、甲(かぶと)をばぬぎ、法師原(ほふしばら)(ホウシばら)にもたせつつ、
しら柄(ヘ)(しらえ)【白柄】の大長刀(おほなぎなた)(ヲホナギナタ)杖(つゑ)(ツヘ)につき、「あけ【開け】られ候(さうら)へ」とて、大衆(だいしゆ)
の中(なか)をおし分(わけ)おし分(わけ)、先座主(せんざす)のおはしける所(ところ)へつ(ッ)とまいり(まゐり)【参り】
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たり。だい【大】の眼(まなこ)を見(み)いからかし、しばしにらまへ奉(たてまつ)り、「その御心(おんこころ)
でこそかかる御目(おんめ)にもあはせ給(たま)へ。とうとうめさるべう候(さうらふ)」
と申(まうし)ければ、おそろしさ【恐ろしさ】にいそぎのり給(たまふ)。大衆(だいしゆ)とり
え【取得】奉(たてまつ)るうれしさに、いやしき法師原(ほふしばら)にはあらで、や(ン)ごと
なき修学者(しゆがくしや)どもかきささげ奉(たてまつ)り、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)【叫ん】での
ぼりけるに、人(ひと)はかはれ共(ども)祐慶(いうけい)(ユウケイ)はかはらず、さきごし【前輿】かひ(かい)【舁い】
て、長刀(なぎなた)の柄(え)もこし【輿】の轅(ながえ)もくだけよととる【執る】ままに、
さしもさがしき東坂(ひがしさか)(ヒンガシサカ)、平地(へいぢ)を行(ゆく)が如(ごと)く也(なり)。大講堂(だいかうだう)の
庭(には)に輿(こし)かきすへ(すゑ)【据ゑ】て、僉議(せんぎ)しけるは、「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)(アワヅ)に
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行向(ゆきむかつ)て、貫首(くわんじゆ)をばうばい(うばひ)【奪ひ】とどめ【留め】奉(たてまつ)りぬ。既(すで)に勅勘(ちよつかん)を
蒙(かうぶ)(ッ)て流罪(るざい)せられ給(たま)ふ人(ひと)を、とりとどめ【留め】奉(たてまつり)て貫首(くわんじゆ)
にもちひ(もちゐ)【用ひ】申(まう)さん事(こと)、いかが有(ある)べからん」と僉議(せんぎ)す。戒
浄房(かいじやうばう)ノ阿闍梨(あじやり)、又(また)先(さき)のごとくにすすみ出(いで)て僉議(せんぎ)
しけるは、「夫(それ)当山(たうざん)は日本(につぽん)無双(ぶさう)の霊地(れいち)、鎮護(ちんご)国家(こつか)
の道場(だうぢやう)(ダウジヤウ)、山王(さんわう)の御威光(ごいくわう)(ごイくわう)盛(さかん)にして、仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)王法(わうぼふ)(わうポウ)牛角(ごかく)也(なり)。
されば衆徒(しゆと)の意趣(いしゆ)に至(いた)るまでならびなく、いや
しき法師原(ほふしばら)までも世(よ)も(ッ)てかろしめず。况(いはん)や智恵(ちゑ)高
貴(かうき)にして三千(さんぜん)の貫首(くわんじゆ)たり。今(いま)は徳行(とくぎやう)おもう【重う】して一山(いつさん)
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の和尚(わじやう)たり。罪(つみ)なくしてつみをかうぶる、是(これ)山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)(ラクちゆう)の
いきどほり【憤り】、興福(こうぶく)・園城(をんじやう)のあざけり【嘲】にあらずや。此(この)時(とき)顕
密(けんみつ)のあるじをうしな(ッ)【失つ】て、数輩(すはい)の学侶(がくりよ)、蛍雪(けいせつ)のつとめ
おこたらむこと【事】心(こころ)うかるべし。せんずる【詮ずる】所(ところ)、祐慶(いうけい)(ユウケイ)張本(ちやうぼん)に
称(しよう)(セウ)ぜられて、禁獄(きんごく)[B 流]罪(るざい)もせられ、か[B う]べをはね【刎ね】られ
ん事(こと)、今生(こんじやう)の面目(めんぼく)、冥途(めいど)の思出(おもひで)(ヲモイデ)なるべし」とて、双
眼(さうがん)より涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)尤(もつと)も尤(もつと)もとぞ同(どう)
じける。それよりしてこそ、祐慶(いうけい)(ユウケイ)はいかめ房(ばう)とはいは
れけれ。其(その)弟子(でし)に恵慶【*慧恵】(ゑけい)律師(りつし)[M 「法師」とあり、「法」を非とし「律」と傍書]をば、時(とき)の人(ひと)こいかめ
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房(ばう)とぞ申(まうし)ける。大衆(だいしゆ)、先座主(せんざす)をば東塔(とうだふ)(トウダウ)の南谷(みなみだに)妙
光坊(めうくわうばう)(メウクワウバウ)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。時(とき)の横災(わうざい)は権化(ごんげ)の人(ひと)ものがれ給(たま)はざ
るやらん。昔(むかし)大唐(だいたう)の一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は、玄宗(げんそう)皇帝(くわうてい)の
御持僧【護持僧】(ごぢそう)にておはしけるが、玄宗(げんそう)の后(きさき)楊貴妃(やうきひ)に名(な)
をたち【立ち】給(たま)へり。昔(むかし)もいまも、大国(だいこく)も小国(せうこく)も、人(ひと)の口(くち)の
さがなさは、跡(あと)かたなき事(こと)なりしか共(ども)、其(その)疑(うたがひ)(ウタガイ)によ(ッ)て
果羅国(くわらこく)へながされ給(たま)ふ。件(くだん)の国(くに)へは三(みつ)の道(みち)あり【有り】。
輪池道(りんちだう)とて御幸道(ごかうみち)、幽地道(いうちだう)(ユウチだう)とて雑人(ざふにん)(ザウニン)のかよふ
道(みち)、暗穴道(あんけつだう)とて重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)の者(もの)をつかはす【遣す】道(みち)也(なり)。されば
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彼(かの)一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は大犯(だいぼん)の人(ひと)なればとて、暗穴道(あんけつだう)へぞ
つかはし【遣し】ける。七日七夜(しちにちしちや)が間(あひだ)、月日(つきひ)の光(ひかり)をみ【見】ずして行(ゆく)道(みち)
也(なり)。冥々(みやうみやう)として人(ひと)もなく、行歩(かうほ)に前途(せんど)まよひ、深々(しんしん)と
して山(やま)ふかし。只(ただ)澗谷(かんこく)に鳥(とり)の一声(ひとこゑ)(ひとコエ)ばかりにて、苔(こけ)の
ぬれ衣(ぎぬ)ほしあへず。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)の重
科(ぢゆうくわ)をかうむる[M 「かゝむる」とあり「ゝ」をミセケチ「う」と傍書]事(こと)を、天道(てんだう)あはれみ給(たま)ひて、九耀(くえう)(クヨウ)
のかたちを現(げん)じつつ、一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)をまぼり【守り】給(たま)ふ。
時(とき)に一行(いちぎやう)右(みぎ)(ミキノ)の指(ゆび)をくひき(ッ)て、左(ひだん)のたもと【袂】に九耀(くえう)(クヨウ)
のかたちをうつさ【写さ】れけり。和漢(わかん)両朝(りやうてう)に真言(しんごん)の本
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  『西光(さいくわうが)被斬(きられ)』S0203
尊(ほんぞん)たる九耀(くえう)(くヨウ)の曼陀羅(まんだら)是(これ)也(なり)。 ○[B 去(さる)程(ほど)に山門(さんもん)の]大衆(だいしゆ)、先座主(せんざす)をとり【取り】とど
むるよし【由】、法皇(ほふわう)きこしめし【聞し召し】て、いとどやすからずぞおぼし
めされける。西光法師(さいくわうほふし)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)みだり
がはしきう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】仕(つかまつる)事(こと)、今(いま)にはじめずと申(まうし)ながら、今度(こんど)
は以外(もつてのほか)に覚(おぼえ)(ヲボヘ)候(さうらふ)。これ程(ほど)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)いまだ承(うけたまは)り及(および)候(さうら)はず。
よくよく御(おん)いましめ候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。身(み)のただいま【只今】ほろ
び【亡び】んずるをもかへりみず、山王大師(さんわうだいし)の神慮(しんりよ)にもはば
からず、か様(やう)【斯様】に申(まうし)て神禁(しんきん)をなやまし奉(たてまつ)る。讒臣(ざんしん)は
国(くに)をみだるといへり。実(まことなる)哉(かな)。叢蘭(そうらん)茂(も)か覧(らん)とすれども、
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秋(あきの)風(かぜ)これをやぶり、王者(わうしや)明(あきら)かな覧(らん)とすれば、讒臣(ざんしん)こ
れをくらう【暗う】す共(とも)、かやうの事(こと)をや申(まうす)べき。此(この)事(こと)、新(しん)
大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)近習(きんじゆ)(キンジウ)の人々(ひとびと)に仰(おほせ)(ヲホセ)あはせ【合はせ】られ
て、山(やま)せめ【攻め】らるべしと聞(きこ)えしかば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、「さのみ
王地(わうぢ)にはらまれて、詔命(ぜうめい)をそむくべきにあらず」と
て、内々(ないない)院宣(ゐんぜん)(インゼン)に随(したが)ひ奉(たてまつ)る衆徒(しゆと)もあり【有り】な(ン)ど(など)聞(きこ)えし
かば、前座主(せんざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)は妙光房(めうくわうばう)(メウクワウバウ)におはしける
が、大衆(だいしゆ)ふた心(ごころ)あり【有り】ときい【聞い】て、「つゐに(つひに)【遂に】いかなる目(め)にか
あはむず覧(らん)」と、心(こころ)ぼそげにぞの給(たま)ひける。され
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共(ども)流罪(るざい)の沙汰(さた)はなかりけり。新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)は、山門(さんもん)
の騒動(さうどう)によ(ッ)て、私(わたくし)の宿意(しゆくい)をばしばらくおさへられ
けり。そも内義(ないぎ)したく【支度】はさまざまなりしか共(ども)、義勢(ぎせい)ばかり
では此(この)謀反(むほん)かなふ【適ふ】べうも見(み)えざりしかば、さしもたのま【頼ま】
れたりける多田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)、此(この)事(こと)無益(むやく)なりとお
もふ【思ふ】心(こころ)つきにけり。弓袋(ゆぶくろ)のれう【料】におくら【送ら】れたりけ
る布共(ぬのども)をば、直垂(ひたたれ)かたびらに裁(たち)ぬはせて、家子(いへのこ)郎
等(らうどう)どもにきせつつ、目(め)うちしばだたいてゐたりけるが、倩(つらつら)
平家(へいけ)の繁昌(はんじやう)する有様(ありさま)をみる【見る】に、当時(たうじ)たやすく
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かたぶけ【傾け】がたし。よし【由】なき事(こと)にくみして(ン)げり。若(もし)此(この)事(こと)
もれ【漏れ】ぬる物(もの)ならば、行綱(ゆきつな)まづうしなは【失は】れなんず。他人(たにん)
の口(くち)よりもれ【漏れ】ぬ先(さき)にかへり忠(チウ)(かへりちゆう)【返り忠】して、命(いのち)いか【生か】うどおもふ【思ふ】
心(こころ)ぞつきにける。同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿九日(にじふくにち)のさ夜(よ)ふけがたに、多
田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)に参(まゐ)(マイ)(ッ)て、「行
綱(ゆきつな)こそ申(まうす)べき事(こと)候(さうらふ)間(あひだ)、まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ」といはせければ、入
道(にふだう)「つねにもまいら(まゐら)【参ら】ぬ者(もの)が参(さん)じたるは何事(なにごと)(なにこと)ぞ。あれき
け」とて、主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)盛国(もりくに)をいださ【出ださ】れたり。「人伝(ひとづて)には
申(まうす)まじき事(こと)なり」といふ間(あひだ)、さらばとて、入道(にふだう)みづから
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中門(ちゆうもん)の廊(らう)へ出(いで)られたり。「夜(よ)ははるかにふけぬらむ。ただ
今(いま)【只今】いかに、何事(なにごと)ぞや」との給(たま)へ【宣へ】ば、「昼(ひる)は人目(ひとめ)のしげう候(さうらふ)
間(あひだ)、夜(よ)にまぎれてまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。此(この)程(ほど)院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)の人々(ひとびと)の兵
具(ひやうぐ)をととのへ、軍兵(ぐんびやう)をめされ候(さうらふ)をば、何(なに)とかきこし
めさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それは山(やま)攻(せめ)らるべしとこそきけ」と、いと事(こと)
もなげにぞの給(たま)ひける。行綱(ゆきつな)ちかう【近う】より、小声(こごゑ)に
な(ッ)て申(まうし)けるは、「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。一向(いつかう)御一家(ごいつけ)の御(おん)上(うへ)とこそ
承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「さてそれをば法皇(ほふわう)もしろしめさ【知ろし召さ】れたるか」。「子細(しさい)
にやおよび【及び】候(さうらふ)。成親卿(なりちかのきやう)の軍兵(ぐんびやう)めされ候(さうらふ)も、院宣(ゐんぜん)と
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てこそめさ【召さ】れ候(さうら)へ。俊寛(しゆんくわん)がとふるまう【振舞】て、康頼(やすより)がかう申(まうし)
て、西光(さいくわう)(さいくはう)がと申(まうし)て」な(ン)ど(など)いふ事共(ことども)、はじめ【始め】よりあり【有り】
のままにはさし過(すぎ)ていひ散(ちら)し、「いとま申(まうし)て」とて出(いで)に
けり。入道(にふだう)大(おほき)に驚(おどろ)(ヲドロ)き、大声(おほごゑ)(ヲホゴエ)をも(ッ)て侍(さぶらひ)(サブライ)共(ども)よびのの
しり給(たま)ふ[B 事]、聞(きく)もおびたたし【夥し】。行綱(ゆきつな)なまじひなる事(こと)
申出(まうしいだ)して、証人(しようにん)(セウニン)にやひかれんず覧(らん)とおそろ(ッ)しさ【恐ろしさ】
に、大野(おほの)(ヲホノ)に火(ひ)をはな(ッ)たる心(ここ)ち【心地】して、人(ひと)もおは【追は】ぬに
とり袴(ばかま)して、いそぎ門外(もんぐわい)へぞにげ【逃げ】出(いで)ける。入道(にふだう)、ま
づ【先】貞能(さだよし)をめし【召し】て、「当家(たうけ)かたぶけ【傾け】うどする謀反(むほん)
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のともがら【輩】、京中(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)にみちみちたん也(なり)。一門(いちもん)の人々(ひとびと)にもふ
れ申(まう)せ。侍共(さぶらひども)(サブライども)もよをせ(もよほせ)」との給(たま)へば、馳(はせ)まは(ッ)てもよをす(もよほす)。
右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、三位中将(さんみのちゆうじやう)知盛[M 「具盛」とあり「具」をミセケチ「知」と傍書](とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左馬
頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)以下(いげ)の人々(ひとびと)、甲胃(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(キウセン)を帯(たい)し
馳集(はせあつま)る。其(その)外(ほか)軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)の如(ごと)くに馳(はせ)つどふ【集ふ】。其(その)
夜(よ)のうちに西八条(にしはつでう)には、兵共(つはものども)六七千騎(ろくしちせんぎ)もあるら
むとこそ見(み)えたりけれ。あくれば六月(ろくぐわつ)一日(ついたち)[B ノ]也(なり)。いま
だくらかり【暗かり】けるに、入道(にふだう)、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)安陪資成(あべのすけなり)を
めし【召し】て、「き(ッ)と院(ゐん)(イン)の御所(ごしよ)へまいれ(まゐれ)【参れ】。信成【*信業】(のぶなり)をまねひ(まねい)【招い】
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て申(まう)さ[B ン]ずるやうはよな、「近習(きんじゆ)(キンジユウ)の人々(ひとびと)、此(この)一門(いちもん)をほろぼ
して天下(てんが)をみだらんとするくわたて(くはたて)【企て】あり【有り】。一々(いちいち)にめし【召し】
と(ッ)て尋(たづ)ね沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。それをば君(きみ)もしろしめさ【知ろし召さ】る
まじう候(さうらふ)」と申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。資成(すけなり)いそぎ
御所(ごしよ)へはせまいり(まゐり)【参り】、大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)信成【*信業】(のぶなり)よびいだひ(いだい)【出だい】て此(この)
由(よし)申(まうす)に、色(いろ)をうしなふ【失ふ】。御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)奏聞(そうもん)
しければ、法皇(ほふわう)(ほふワウ)「あは、これらが内々(ないない)はかりし事(こと)の
もれ【漏れ】にけるよ」とおぼしめす【思し召す】にあさまし。さる
にても、「こは何事(なにごと)ぞ」とばかり仰(おほせ)られて、分明(ふんみやう)の御
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返事(おんペんじ)もなかりけり。資成(すけなり)いそぎ馳帰(はせかへつ)て、入道(にふだう)相国(しやうこく)に
此(この)由(よし)申(まう)せば、「さればこそ。行綱(ゆきつな)はまことをいひけり。こ
の事(こと)行綱(ゆきつな)しらせずは、浄海(じやうかい)安穏(あんをん)にある【有る】べしや」とて、
飛弾【*飛騨】守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイエ)・筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、謀反(むほん)の輩(ともがら)
からめとるべき由(よし)下知(げぢ)せらる。仍(よつて)二百余(にひやく)余騎(よき)、三百(さんびやく)余(よ)き、
あそこここにおし【押し】よせおし【押し】よせからめとる。太政(だいじやう)入道(にふだう)まづ雑
色(ざうしき)をも(ッ)て、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の許(もと)
へ、「申(まうし)あはす【合はす】べき事(こと)あり【有り】。き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たま)ひ
つかはさ【遣さ】れたりければ、大納言(だいなごん)我(わが)身(み)のうへ【上】とは露(つゆ)
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しら【知ら】ず、「あはれ、是(これ)は法皇(ほふわう)(ホウワウ)の山(やま)攻(せめ)らるべきよし御結構(ごけつこう)あ
るを、申(まうし)とどめられんずるにこそ。御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】ふか
げなり。いかにもかなう(かなふ)【叶ふ】まじき物(もの)を」とて、ないきよげ【萎清気】
なる布衣(ほうい)たをやかにきなし、あざやかなる車(くるま)に
のり、侍(さぶらひ)(サブライ)三四人(さんしにん)めし【召し】具(ぐ)して、雑色(ざうしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、つ
ねよりもひき【引き】つくろは【繕は】れたり。そも最後(さいご)とは後(のち)
にこそおもひ【思ひ】しられけれ。西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)てみ【見】給(たま)
へば、四五町(しごちやう)に軍兵(ぐんびやう)みちみちたり。「あなおびたたし【夥し】。
何事(なにごと)やらん」と、むねうちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、車(くるま)よりおり、門(もん)の
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うち【内】にさし入(い)(ッ)て見(み)給(たま)へば、うち【内】にも兵(つはもの)(ツワモノ)共(ども)ひま【隙】はざま
もなうぞみちみちたる。中門(ちゆうもん)の口(くち)におそろしげ【恐ろし気】なる
武士共(ぶしども)あまた待(まち)うけて、大納言(だいなごん)の左右(さう)の手(て)をと(ッ)
てひ(ッ)【引つ】ぱり、「いましむべう候(さうらふ)哉覧(やらん)」と申(まうす)。入道(にふだう)相国(しやうこく)(シヤウコク)簾
中(れんちゆう)より見出(みいだ)して、「ある【有る】べうもなし」との給(たま)へば、武士共(ぶしども)
十四五人(じふしごにん)、前後(ぜんご)左右(さう)に立(たち)かこみ、ゑん(えん)【縁】のうへ【上】にひき
のぼせ【上せ】て、ひとまなる所(ところ)におし【押し】こめて(ン)げり。大納言(だいなごん)
夢(ゆめ)の心地(ここち)して、つやつや物(もの)もおぼえ【覚え】給(たま)はず。供(とも)なり
つる侍共(さぶらひども)(サブライども)おし【押し】へだてられて、ちりぢりになりぬ。雑色(ざうしき)・
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牛飼(うしかひ)(ウシカイ)いろ【色】をうしなひ【失ひ】、牛(うし)・車(くるま)をすてて逃(にげ)さりぬ。さる
程(ほど)に、近江(あふみの)(アウミノ)中将(ちゆうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)、法勝寺(ほつしようじの)(ホツセウジノ)執行(しゆぎやう)俊寛(しゆんくわん)僧
都(そうづ)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノタユウ)正綱(まさつな)、平(へい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)康頼(やすより)、
宗(そう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)信房(のぶふさ)、新平(しんぺい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)資行(すけゆき)もとらはれて
出来(いでき)たり。西光法師(さいくわうほつし)此(この)事(こと)きい【聞い】て、我(わが)身(み)のうゑ(うへ)【上】とや
思(おもひ)けん、鞭(ぶち)をあげ、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)へ馳(はせ)ま
いる(まゐる)【参る】。平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)(サブライども)道(みち)にて馳(はせ)むかひ【向ひ】、「西八条(にしはつでう)へめさ
るるぞ。き(ッ)とまいれ(まゐれ)【参れ】」といひければ、「奏(そう)すべき事(こと)が
あ(ッ)て法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウぢゆうじどの)へまいる(まゐる)【参る】。やがてこそまいら(まゐら)【参ら】め」といひけ
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れ共(ども)、「に(ッ)くひ(につくい)入道(にふだう)かな、何事(なにごと)をか奏(そう)すべかんなる。さな
いはせそ」とて、馬(むま)よりと(ッ)てひきおとし【落し】、ちう【宙】にくく(ッ)【括つ】て西
八条(にしはつでう)へさげてまいる(まゐる)【参る】。日(ひ)のはじめより根元(こんげん)よりき【与力】の
者(もの)なりければ、殊(こと)につよう【強う】いましめて、坪(つぼ)の内(うち)にぞ
ひ(ッ)すへ(ひつすゑ)【引つ据ゑ】たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)大床(おほゆか)(ヲホユカ)にた(ッ)て、「入道(にふだう)かたぶけ【傾け】う
どするやつがなれるすがたよ。しやつここへひき【引き】よせ
よ」とて、ゑん(えん)【縁】のきはにひき【引き】よせさせ、物(もの)はき【履】なが
らしや(ッ)つらをむずむずとぞふまれける。「本(もと)よりを[B の]
れら(おのれら)【己等】がやうなる下臈(げらふ)(ゲラウ)のはてを、君(きみ)のめし【召し】つかは【使は】せ
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給(たま)ひて、なさるまじき官職(くわんしよく)をなしたび、父子(ふし)共(とも)に過分(くわぶん)
のふるまひすると見(み)しにあはせて、あやまたぬ天
台(てんだい)の座主(ざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、天下(てんが)の大事(だいじ)ひき【引き】出(いだ)い
て、剰(あまつさへ)此(この)一門(いちもん)ほろぼす【亡ぼす】べき謀反(むほん)にくみして(ン)げるや
つなり。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。西光(さいくわう)(サイクワウ)
もとよりすぐれたる大剛(だいかう)の者(もの)なりければ、ち(ッ)とも
色(いろ)も変(へん)ぜず、わろびれたる気(け)いき[B 「い」に「シ」と傍書]【景色】もなし。ゐ【居】なを
り(なほり)【直り】あざわら(ッ)【笑つ】て[* 「あざわれて」と有るのを他本により訂正]申(まうし)けるは、「さもさうず。入道殿(にふだうどの)こそ
過分(くわぶん)の事(こと)をばの給(たま)へ。他人(たにん)の前(まへ)はしら【知ら】ず、西光(さいくわう)(サイクワウ)が
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きかんところ【所】にさやうの事(こと)をば、えこその給(たま)ふまじけれ。
院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)にめしつかは【使は】るる身(み)なれば、執事(しつし)の別当(べつたう)成親
卿(なりちかのきやう)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)とてもよをさ(もよほさ)【催さ】れし事(こと)に、くみせずとは
申(まうす)べき様(やう)なし。それはくみしたり。但(ただし)、耳(みみ)にとどまる事(こと)
をもの給(たま)ふ物(もの)かな。御辺(ごへん)は故(こ)刑部卿(ぎやうぶきやう)忠盛(ただもり)の子(こ)で
おはせしかども、十四五(じふしご)までは出仕(しゆつし)もし給(たま)はず。故(こ)中
御門(なかのみかどの)藤中納言(とうぢゆうなごん)家成卿(かせいのきやう)の辺(へん)にたち【立ち】入(いり)給(たまひ)しをば、京
童部(きやうわらんべ)は高平太(たかへいだ)とこそいひしか。保延(ほうえん)(ホウヱン)の比(ころ)、大将軍(たいしやうぐん)
承(うけたまは)り、海賊(かいぞく)の張本(ちやうぼん)卅(さんじふ)余人(よにん)からめ進(しん)ぜられし[B 勧]賞(けんじやう)
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に、四品(しほん)して四位(しゐ)(シイ)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)と申(まう)ししをだに、過分(くわぶん)と
こそ時(とき)の人々(ひとびと)は申(まうし)あはれしか。殿上(てんじやう)のまじはりをだ
にきらわれ(きらはれ)し人(ひと)の子(こ)で、太政(だいじやう)大臣(だいじん)までなりあが(ッ)【上がつ】た
るや過分(くわぶん)なるらむ。侍品(さぶらひほん)(サブライホン)の者(もの)の受領(じゆりやう)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)
になる事(こと)、先例(せんれい)傍例(ほうれい)(ハウレイ)なきにあらず。なじかは過分(くわぶん)
なるべき」と、はばかる所(ところ)もなう申(まうし)ければ、入道(にふだう)あま
りにいか(ッ)て物(もの)も[B の]給(たま)はず。しばしあ(ッ)て「しやつが頸(くび)さ
う【左右】なうきるな。よくよくいましめよ」とぞの給(たま)ひける。
松浦(まつらの)太郎(たらう)重俊(しげとし)承(うけたまはつ)て、足手(あして)をはさみ【鋏み】、さまざまに
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いためとふ。もとよりあらがひ申(まう)さぬうゑ(うへ)【上】、糾問(きうもん)はき
びしかりけり、残(のこり)なうこそ申(まうし)けれ。白状(はくじやう)四五牧(しごまい)に記(き)
せられ、やがて、「しやつが口(くち)をさけ」とて口(くち)をさかれ、五
条(ごでう)西朱雀(にしのしゆしやか)にしてきられにけり。嫡子(ちやくし)前(さきの)加賀守(かがのかみ)
師高(もろたか)、尾張(をはり)(ヲワリ)の井戸田(ゐどた)(イドタ)へながされたりけるを、同国(どうこく)
の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)小胡麻郡司(をぐまのぐんじ)維季(これすゑ)(コレスエ)に仰(おほせ)(ヲホセ)てうた【討た】れぬ。次
男(じなん)近藤(こんどう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)師経(もろつね)禁獄(きんごく)せられたりけるを、獄(ごく)
より引(ひき)いださ【出ださ】れ、六条河原(ろくでうがはら)(ろくでうガワラ)にて誅(ちゆう)(チウ)せらる。其(その)弟(おとと)(ヲトト)左
衛門尉(さゑもんのじよう)(サゑもんノゼウ)師平(もろひら)、郎等(らうどう)三人(さんにん)、同(おなじ)(ヲナジ)く首(かうべ)をはねられけり。
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これら【是等】はいふかい(かひ)【甲斐】なき物(もの)の秀(ひいで)て、いろう(いろふ)【綺ふ】まじき事(こと)に
いろひ【綺ひ】、あやまたぬ天台座主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、
果報(くわはう)(クワホウ)やつきにけん、山王大師(さんわうだいし)の神罰(しんばつ)冥罰(みやうばつ)を
  『小教訓(こげうくん)』S0204
立(たち)どころにかうぶ(ッ)て、かかる目(め)にあへりけり。○新(しん)大納
言(だいなごん)は、ひと間(ま)【一間】なる所(ところ)におし【押し】こめられ、あせ水(みづ)になり
つつ、「あはれ、是(これ)は日比(ひごろ)のあらまし事(ごと)のもれ【漏れ】聞(きこ)え
けるにこそ。誰(たれ)もらし【洩らし】つらん。定(さだめ)て北面(ほくめん)の者共(ものども)
が中(なか)にこそある【有る】らむ」な(ン)ど(など)、おもは【思は】じ事(こと)なうあんじ【案じ】
つづけておはしけるに、うしろのかたより足(あし)をと(おと)【音】
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のたからかにしければ、すはただ今(いま)【只今】わがいのち【命】をうし
なは【失は】んとて、物(もの)のふ【武士】共(ども)がまいる(まゐる)【参る】にこそと待(まち)給(たま)ふに、入
道(にふだう)みづからいたじき【板敷】たからか【高らか】にふみならし、大納言(だいなごん)の
おはしけるうしろの障子(しやうじ)をさ(ッ)とあけられたり。そ
けん【素絹】の衣(ころも)のみじからかなるに、しろき【白き】大口(おほくち)ふみくくみ、
ひじりづかの刀(かたな)おし【押し】くつろげてさすままに、以外(もつてのほか)に
いかれるけしき【気色】にて、大納言(だいなごん)をしばしにらまへ、「抑(そもそも)御
辺(ごへん)は平治(へいぢ)にもすでに誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを、内府(だいふ)が
身(み)にかへて申(まうし)なだめ【宥め】、頸(くび)をつぎたてま(ッ)【奉つ】しはいかに。何(なに)の
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遺恨(ゐこん)(イコン)をも(ッ)て、此(この)一門(いちもん)(いちモン)ほろぼすべき由(よし)[B の][M 御]結構(ごけつこう)は候(さうらひ)
けるやらん。恩(おん)(ヲン)をしるを人(ひと)とはいふぞ。恩(おん)(ヲン)をしらぬ
をば畜生(ちくしやう)とこそいへ。しかれ共(ども)当家(たうけ)の運命(うんめい)つき
ぬによ(ッ)て、むかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】たり。日比(ひごろ)のあらまし[M 「御結構(ゴケツコウ)」をミセケチ、左に「あらまし」と傍書]の次第(しだい)、
直(ぢき)にうけ給(たまは)ら【承ら】ん」とぞの給(たま)ひける。大納言(だいなごん)「ま(ッ)たくさ
る事(こと)候(さうら)はず。人(ひと)の讒言(ざんげん)にてぞ候(さうらふ)らむ。よくよく御
尋(おんたづね)候(さうら)へ」と申(まう)されければ、入道(にふだう)いはせもはてず、「人(ひと)
やある、人(ひと)やある」とめされければ、貞能(さだよし)まいり(まゐり)【参り】たり。「西光(さいくわう)めが
白状(はくじやう)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)られければ、も(ッ)【持つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。是(これ)を
P02045
と(ッ)て二三遍(にさんべん)おし【押し】返(かへ)しおし【押し】返(かへ)し読(よみ)きかせ、「あなにくや。此(この)うへ【上】
をば何(なに)と陳(ちん)ずべき」とて、大納言(だいなごん)のかほにさ(ッ)となげ【投げ】
かけ、障子(しやうじ)をちやうどたててぞ出(いで)られける。入道(にふだう)、なを(なほ)【猶】
腹(はら)をすゑ【据ゑ】かねて、「経遠(つねとほ)(ツネトヲ)・兼康(かねやす)」とめせば、瀬尾(せのをの)(セノヲノ)太郎(たらう)・難
波(なんばの)次郎(じらう)、まいり(まゐり)【参り】たり。「あの男(をとこ)と(ッ)て庭(には)へ引(ひき)おとせ【落せ】」と
の給(たま)へば、これらはさう【左右】なくもしたてまつら【奉ら】ず。[M 畏(かしこまつ)て]、「小
松殿(こまつどの)の御気色(ごきしよく)いかが候(さうら)はんず覧(らん)」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)
相国(しやうこく)大(おほき)(ヲホキ)にいか(ッ)て、「よしよし、を[B の]れら(おのれら)【己等】は内府(だいふ)が命(めい)をばおもう【重う】
して、入道(にふだう)が仰(おほせ)をばかろう【軽う】しけるごさんなれ。其上(そのうへ)は
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ちから【力】をよば(およば)【及ば】ず」との給(たま)へば、此(この)事(こと)あしかり【悪しかり】なんとや思(おも)ひ
けん、二人(ににん)の者(もの)共(ども)たち【立ち】あが(ッ)【上がつ】て、大納言(だいなごん)を庭(には)へひき【引き】
おとし【落し】奉(たてまつ)る。其(その)時(とき)入道(にふだう)心地(ここち)よげにて、「と(ッ)てふせておめ
か(をめか)【喚か】せよ」とぞの給(たま)ひける。二人(ににん)の者共(ものども)、大納言(だいなごん)の左右(さう)
の耳(みみ)に口(くち)をあてて、「いかさまにも御声(おんこゑ)のいづべう
候(さうらふ)」とささやいてひきふせ奉(たてまつ)れば、二声(ふたこゑ)三声(みこゑ)ぞ
おめか(をめか)【喚か】れける。其(その)体(てい)冥途(めいど)にて、娑婆(しやば)世界(せかい)の罪人(ざいにん)
を、或(あるいは)業(ごふ)(ゴウ)のはかりにかけ、或(あるいは)(あるいハ)浄頗梨(じやうはり)の鏡(かがみ)にひき
むけて、罪(つみ)の軽重(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)に任(まか)せつつ、阿防羅刹(あはうらせつ)が呵嘖(かしやく)
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すらんも、これには過(すぎ)じとぞ見(み)えし。蕭樊(せうはん)とらは
れとらはれて、韓彭(かんぽう)(カンハウ)にらぎすされたり。兆錯[B 「兆措」とあり「措」に「錯」と傍書、「ソ」「サク」両様の振り仮名あり]【*■錯】(てうそ)戮(りく)をうけて、
周儀【*周魏】(しうぎ)つみせらる。喩(たとへ)ば、蕭何(せうが)・樊噌(はんくわい)・韓信(かんしん)・彭越(はうゑつ)(ハウエツ)、是
等(これら)は高祖(かうそ)の忠臣(ちゆうしん)(チウシン)なりしか共(ども)、小人(せうじん)の讒(ざん)によ(ッ)て過
敗(くわはい)の恥(はぢ)をうく共(とも)、か様(やう)【斯様】の事(こと)をや申(まうす)べき。新(しん)大納言(だいなごん)は
我(わが)身(み)のかくなるにつけても、子息(しそく)丹波(たんば)の少将(せうしやう)成経(なりつね)
以下(いげ)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)、いかなる目(め)にかあふらむと、おもひ【思ひ】や
るにもおぼつかなし。さばかりあつき六月(ろくぐわつ)に、装束(しやうぞく)だに
もくつろげず、あつさ【暑さ】もたへ【堪へ】がたければ、むね【胸】せき
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あぐる心地(ここち)して、汗(あせ)も涙(なみだ)もあらそひてぞながれ【流れ】ける。「さ
り共(とも)小松殿(こまつどの)は思食(おぼしめし)(ヲボシメシ)はなたじ物(もの)を」と思はれけれども、誰(たれ)
して申(まうす)べし共(とも)おぼえ【覚え】給(たま)はず。小松(こまつ)のおとどは、其(その)後(のち)遥(はるか)
に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけせうしやう)[B 維盛(これもり)を]車(くるま)のしりにのせ【乗せ】つつ、衛
府(ゑふ)(エフ)四五人(しごにん)、随身(ずいじん)(ズンジン)二三人(にさんにん)めし【召し】ぐし【具し】て、兵(つはもの)一人(いちにん)もめし【召し】ぐせ【具せ】
られず、殊(こと)に大様(おほやう)げでおはしたり。入道(にふだう)をはじめ奉(たてまつ)て、
人々(ひとびと)皆(みな)おもは【思は】ずげにぞ見(み)給(たま)ひける。車(くるま)よりおり
給(たま)ふ処(ところ)に、貞能(さだよし)つ(ッ)と参(まゐ)(ッ)て、「など是(これ)程(ほど)の御大事(おんだいじ)に、
軍兵共(ぐんびやうども)をばめし【召し】ぐせ【具せ】られ候(さうら)はぬぞ」と申(まう)せば、「大事(だいじ)とは
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天下(てんが)の大事(だいじ)をこそいへ。かやうの私事(わたくしごと)を大事(だいじ)と云(いふ)
様(やう)やある」との給(たま)へば、兵杖(ひやうぢやう)を帯(たい)したる者共(ものども)も、皆(みな)そ
ぞろいてぞ見(み)えける。「そも大納言(だいなごん)をばいづくにを
か(おか)【置か】れたるやらん」とて、ここかしこの障子(しやうじ)引(ひき)あけ引(ひき)あけ見(み)
給(たま)へば、ある障子(しやうじ)のうへに、蛛手(くもで)ゆう【結う】たる所(ところ)あり【有り】。ここや
らんとてあけられたれば、大納言(だいなごん)おはしけり。涙(なみだ)に
むせびうつぶして、目(め)も見(み)あはせ給(たま)はず。「いかにや」との
給(たま)へば、其(その)時(とき)みつけ【見付け】奉(たてまつ)り、うれしげにおもは【思は】れたるけし
き、地獄(ぢごく)にて罪人(ざいにん)共(ども)が地蔵菩薩(ぢざうぼさつ)を見(み)奉(たてまつ)るらんも、
P02050
かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)やらん、かかる目(め)に
あひ候(さうらふ)。さてわたらせ給(たま)へば、さり共(とも)とこそたのみま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へ。平治(へいぢ)にも既(すでに)誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを[M 「べきで候しが」とあり「きで候しが」をミセケチ「かりしを」と傍書]、御恩(ごおん)(ごヲン)
をも(ッ)て頸(くび)をつがれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、正二位(じやうにゐ)(ジヤウにイ)の大納言(だいなごん)にあがつ[M 「あり」とあり「り」をミセケチ「がつ」と傍書]【上がつ】
て、歳(とし)既(すでに)四十(しじふ)にあまり候(さうらふ)。御恩(ごおん)こそ生々世々(しやうじやうせせ)にも報(ほう)じ
つくしがたう候(さうら)へ。今度(こんど)も同(おなじく)はかひなき命(いのち)をたす
け【助け】させおはしませ。命(いのち)だにいき【生き】て候(さうら)はば、出家(しゆつけ)入道(にふだう)
して高野(かうや)粉河(こかは)(コカワ)に閉籠(とぢこも)り、一向(いつかう)後世(ごせ)菩提(ぼだい)の
つとめをいとなみ候(さうら)はん」と申(まう)されければ、[M さは候(さうらふ)共(とも)、]
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[B 大臣(おとど)、「誠(まこと)にさこそはおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。さ候(さうら)へばとて、」御命(おんいのち)うしなひ【失ひ】奉(たてまつ)るまではよも候(さうら)はじ。縦(たとひ)さは候(さうらふ)共(とも)、重盛(しげもり)
かうて候(さうら)へば、御命(おんいのち)にもかはり奉(たてまつ)るべし]とて出(いで)られけり。
父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの成親卿(なりちかのきやう)うしなは【失は】れん
事(こと)、よくよく御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べし。先祖(せんぞ)修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)、
白河院(しらかはのゐん)にめし【召し】つかは【使は】れてよりこのかた、家(いへ)に其(その)例(れい)なき
正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にあが(ッ)【上がつ】て、当時(たうじ)君(きみ)無双(ぶさう)の御(おん)いとをし
み(いとほしみ)なり。やがて首(かうべ)をはねられん事(こと)、いかが候(さうらふ)べからん。
都(みやこ)の外(ほか)へ出(いだ)されたらんに事(こと)たり候(さうらひ)なん。北野[B ノ]天神(きたののてんじん)
は時平(しへい)のおとどの讒奏(ざんそう)にてうき名(な)を西海(さいかい)の浪(なみ)に
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ながし、西宮(にしのみや)の大臣(おとど)は多田(ただ)の満仲(まんぢゆう)(マンヂウ)が讒言(ざんげん)にて恨(うらみ)を
山陽(せんやう)の雲(くも)によす。おのおの【各々】無実(むじつ)なりしか共(ども)、流罪(るざい)せ
られ給(たま)ひにき。これ皆(みな)延喜(えんぎ)(ヱンギ)の聖代(せいたい)、安和(あんわ)の御門(みかど)
の御(おん)ひが事(こと)【僻事】とぞ申(まうし)伝(つたへ)たる。上古(しやうこ)猶(なほ)かくのごとし、況(いはん)(イワン)
哉(や)末代(まつだい)にをいて(おいて)をや。賢王(けんわう)猶(なほ)御(おん)あやまりあり【有り】、況(いはん)(イワン)や
凡人(ぼんにん)にをいて(おいて)をや。既(すでに)めし【召し】をか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、いそぎう
しなは【失は】れず共(とも)、なんのくるしみか候(さうらふ)べき。「刑(けい)の疑(うたが)はし
きをばかろんぜよ。功(こう)の疑(うたが)はしきをばおもんぜよ【重んぜよ】」と
こそみえ【見え】て候(さうら)へ。事(こと)あたらしく候(さうら)へども、重盛(しげもり)彼(かの)大納言(だいなごん)
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が妹(いもうと)(イモト)に相(あひ)ぐして候(さうらふ)。維盛(これもり)又(また)聟(むこ)なり。か様(やう)【斯様】にしたしくな(ッ)【成つ】
て候(さうら)へば申(まうす)とや、おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らん。其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。世(よ)
のため、君(きみ)のため、家(いへ)のための事(こと)をも(ッ)て申(まうし)候(さうらふ)。一(ひと)と
せ、故(こ)少納言(せうなごんの)入道(にふだう)信西(しんせい)が執権(しつけん)の時(とき)にあひ【相】あた(ッ)て、
我(わが)朝(てう)には嵯峨皇帝(さがのくわうてい)の御時(おんとき)、右兵衛督(うひやうゑのかみ)(うひやうエノカミ)藤原仲
成(ふぢはらのなかなり)(フヂワラノナカナリ)を誅(ちゆう)(チウ)せられてよりこのかた、保元(ほうげん)までは君(きみ)廿五代(にじふごだい)
の間(あひだ)行(おこなは)(ヲコナハ)れざりし死罪(しざい)をはじめてとり行(おこな)ひ、宇治(うぢ)
の悪左府(あくさふ)の死骸(しがい)をほりおこいて実験【*実検】(じつけん)せられし
事(こと)な(ン)ど(など)は、あまりなる御政(おんまつりごと)とこそおぼえ【覚え】候(さうらひ)しか。されば
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いにしへの人々(ひとびと)も、「死罪(しざい)をおこなへば海内(かいだい)に謀反(むほん)の輩(ともがら)
たえ【絶え】ず」とこそ申伝(まうしつたへ)て候(さうら)へ。此(この)詞(ことば)について、中(なか)二年(にねん)あ(ッ)て、
平治(へいぢ)に又(また)信西(しんせい)がうづま【埋ま】れたりしをほり出(いだ)し、首(かうべ)をは
ね【刎ね】て大路(おほち)(ヲホチ)をわたされ候(さうらひ)にき。保元(ほうげん)に申行(まうしおこな)(まうしヲコナ)ひし事(こと)、
幾程(いくほど)もなく身(み)の上(うへ)にむかはり【向はり】にきとおもへ【思へ】ば、おそ
ろしう【恐ろしう】こそ候(さうらひ)しか。是(これ)はさせる朝敵(てうてき)にもあらず。かたがた
おそれ【恐れ】ある【有る】べし。御栄花(ごえいぐわ)残(のこ)る所(ところ)なければ、おぼしめす【思し召す】
事(こと)ある【有る】まじけれ共(ども)、子々孫々(ししそんぞん)までも繁昌(はんじやう)こそあら
まほしう候(さうら)へ。父祖(ふそ)の善悪(ぜんあく)は必(かならず)子孫(しそん)に及(およぶ)(ヲヨブ)と見(み)えて候(さうらふ)。
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積善(しやくぜん)の家(いへ)に余慶(よけい)あり【有り】、積悪(せきあく)の門(かど)に余殃(よわう)とどまる
とこそ承(うけたま)はれ。いかさまにも今夜(こよひ)首(かうべ)をはね【刎ね】られんこ
と【事】、しかる【然る】べうも候(さうら)はず」と申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)げに
もとやおもは【思は】れけん、死罪(しざい)はおもひ【思ひ】とどまり給(たま)ひぬ。其(その)
後(のち)おとど中門(ちゆうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、「仰(おほせ)なれ
ばとて、大納言(だいなごん)左右(さう)なう失(うしな)ふ事(こと)ある【有る】べからず。入道(にふだう)
腹(はら)のたちのままに、もの【物】さはがしき(さわがしき)【騒がしき】事(こと)し給(たま)ひては、
後(のち)に必(かならず)くやしみ給(たま)ふべし。僻事(ひがこと)してわれうらむ【恨む】
な」との給(たま)へば、兵共(つはものども)(ツワモノども)皆(みな)舌(した)をふ(ッ)ておそれ【恐れ】おののく(をののく)。「さて
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も経遠(つねとほ)(ツネトヲ)・兼康(かねやす)がけさ大納言(だいなごん)に情(なさけ)なうあたりける
事(こと)、返々(かへすがへす)も奇怪(きつくわい)(キクワイ)也(なり)。重盛(しげもり)がかへり聞(きか)ん所(ところ)をば、などかははば
からざるべき。片田舎(かたゐなか)(かたイナカ)の者(もの)共(ども)はかかるぞとよ」との給(たま)へ
ば、難波(なんば)も瀬尾(せのを)(セノヲ)もともにおそれ【恐れ】入(いり)たりけり。おとどはか
様(やう)【斯様】にの給(たま)ひて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。さる程(ほど)に、大
納言(だいなごん)のとも【供】なりつる侍共(さぶらひども)(サブライども)、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の宿所(しゆくしよ)へはし
り【走り】帰(かへり)て、此(この)由(よし)申(まう)せば、北方(きたのかた)以下(いげ)の女房達(にようばうたち)、声(こゑ)もおし
ま(をしま)【惜しま】ずなき【泣き】さけぶ【叫ぶ】。「既(すでに)武士(ぶし)のむかひ【向ひ】候(さうらふ)。少将殿(せうしやうどの)をはじ
め【始め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、君達(きんだち)も皆(みな)とられさせ給(たま)ふべしと
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こそ聞(きこ)え候(さうら)へ。いそぎ【急ぎ】いづ方(かた)へもしのば【忍ば】せ給(たま)へ」と申(まうし)けれ
ば、「今(いま)は是程(これほど)の身(み)にな(ッ)【成つ】て、残(のこ)りとどまる身(み)とても、安
穏(あんをん)にて何(なに)にかはせん。ただ【只】同(おな)じ一夜(ひとよ)の露(つゆ)ともきえん
事(こと)こそ本意(ほんい)なれ。さても今朝(けさ)をかぎりとしら【知ら】ざ
りけるかなしさよ」とて、ふしまろびてぞなか【泣か】れけ
る。既(すでに)武士共(ぶしども)のちかづく【近付く】よし【由】聞(きこ)えしかば、かくて又(また)はぢ【恥】
がましく、うたてき目(め)を見(み)んもさすがなればとて、
十(とを)になり【成り】給(たま)ふ女子(によし)、八歳[B ノ](はつさいの)男子(なんし)、車(くるま)にとり【取り】のせ【乗せ】、いづ
くをさすともなくやり【遣り】出(いだ)す。さてもある【有る】べきならねば、
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大宮(おほみや)をのぼりに、北山(きたやま)の辺(へん)雲林院(うんりんゐん)(ウンリンイン)へぞおはしける。
其(その)辺(へん)なる僧坊(そうばう)におろしをき(おき)奉(たてまつ)て、をくり(おくり)【送り】の者(もの)ど
も【共】も、身々(みみ)の捨(すて)がたさにいとま申(まうし)て帰(かへり)けり。今(いま)はいと
けなきおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)ばかりのこり【残り】ゐて、又(また)こと【事】とふ
人(ひと)もなくしておはしけむ北方(きたのかた)の心(こころ)のうち、おしは
から【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。暮行(くれゆく)陰(かげ)[B 「陰」に「景」と傍書]を見(み)給(たま)ふにつけては、大
納言(だいなごん)の露(つゆ)の命(いのち)、此(この)夕(ゆふべ)(ユウベ)をかぎりなりとおもひ【思ひ】やるに
も、きえぬべし。[B 宿所(しゆくしよ)には]女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかり【多かり】けれ共(ども)、物(もの)をだにと
りしたためず、門(かど)をだにおし【押し】も立(たて)ず。馬(むま)どもは厩(むまや)に
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なみ【並み】たちたれ共(ども)、草(くさ)かふ【飼ふ】者(もの)一人(いちにん)もなし。夜(よ)明(あく)れば、馬(むま)・車(くるま)
門(かど)にたちなみ、賓客(ひんかく)座(ざ)につらな(ッ)て、あそびたはぶれ、
舞(まひ)おどり(をどり)【踊り】、世(よ)を世(よ)とも思(おも)ひ給(たま)はず、ちかき【近き】あたりの
人(ひと)は物(もの)をだにたかく【高く】いはず、おぢおそれ【恐れ】てこそ昨日(きのふ)
までもあり【有り】しに、夜(よ)の間(ま)にかはるありさま、盛者必
衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)(コトハリ)は目(め)の前(まへ)にこそ顕(あらはれ)けれ。楽(たのしみ)つきて悲(かなしみ)来(きた)
るとかかれたる江相公(がうしやうこう)の筆(ふで)の跡(あと)、今(いま)こそ思(おもひ)しら
  『少将(せうしやう)乞請(こひうけ)』S0205
れけれ。○丹波少将(たんばのせうしよう)(たんハノせうしよう)成経(なりつね)は、其(その)夜(よ)しも院(ゐん)の御所(ごしよ)法
住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほふヂウジどの)にうへぶし【上臥し】して、いまだ出(いで)られざりけるに、
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大納言(だいなごん)の侍共(さぶらひども)、いそぎ御所(ごしよ)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、少将殿(せうしやうどの)[B を]よび
出(いだ)し奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうす)に、「などや宰相(さいしやう)の許(もと)より、今(いま)まで
しらせざるらん」との給(たま)ひも[B 「の給ひし」とあり「し」に「も」と傍書]はてねば、宰相殿(さいしやうどの)より
とて使(つかひ)あり【有り】。此(この)宰相(さいしやう)と申(まうす)は、入道(にふだう)相国(しやうこく)の弟(おとと)(ヲトト)也(なり)。宿
所(しゆくしよ)は六波羅(ろくはら)の惣門(そうもん)の内(うち)なれば、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)とぞ
申(まうし)ける。丹波(たんばの)少将(せうしやう)にはしうと【舅】也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)やらん、
入道(にふだう)相国(しやうこく)のき(ッ)と西八条(にしはつでう)へ具(ぐ)し奉(たてまつ)れと候(さうらふ)」といは
せられたりければ、少将(せうしやう)此(この)事(こと)心得(こころえ)て、近習(きんじゆ)の女房
達(にようばうたち)よび出(いだ)し奉(たてまつ)り、「夜部(よべ)何(なに)となう世(よ)の物(もの)さはがしう(さわがしう)【騒がしう】
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候(さうらひ)しを、例(れい)の山法師(やまぼふし)(ヤマボウシ)の下(くだ)るかな(ン)ど(など)、よそにおもひ【思ひ】て候(さうら)へ
ば、はや成経(なりつね)が身(み)の上(うへ)にて候(さうらひ)けり。大納言(だいなごん)よさりき
らるべう候(さうらふ)なれば、成経(なりつね)も同(おなじ)(ヲナジ)罪(つみ)にてこそ候(さうら)はんずら
め。今(いま)一度(いちど)御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうら)へ
共(ども)、既(すでに)かかる身(み)に罷(まかり)な(ッ)【成つ】て候(さうら)へば、憚存(はばかりぞんじ)候(さうらふ)」とぞ申(まう)され
ける。女房達(にようばうたち)御前(ごぜん)ヘまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)奏(そう)せられけれ
ば、法皇(ほふわう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、「さればこそ。けさの
入道(にふだう)相国(しやうこく)が使(つかひ)にはや御心得(おんこころえ)あり【有り】。あは、これらが内々(ないない)
はかりし事(こと)のもれ【漏れ】にけるよ」とおぼしめす【思し召す】にあさ
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まし。「さるにてもこれへ」と御気色(ごきしよく)あり【有り】ければ、まいら(まゐら)【参ら】
れたり。法皇(ほふわう)(ホウワウ)も御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ひて、仰下(おほせくだ)(ヲホセクダ)さる
る旨(むね)もなし。少将(せうしやう)も涙(なみだ)に咽(むせん)で、申(まうし)あぐる旨(むね)もなし。
良(やや)有(あり)て、さてもある【有る】べきならねば、少将(せうしやう)袖(そで)をかほに
おし【押し】あてて、泣(なく)なく罷出(まかりいで)られけり。法皇(ほふわう)はうしろを
遥(はるか)に御覧(ごらん)じをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひて、「末代(まつだい)こそ心(こころ)うけれ。
これかぎりで又(また)御覧(ごらん)ぜぬ事(こと)もやあらんずらん」
とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)の
人々(ひとびと)、少将(せうしやう)の袖(そで)をひかへ、袂(たもと)にすが(ッ)て名残(なごり)ををし
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み【惜しみ】、涙(なみだ)をながさぬはなかりけり。しうとの宰相(さいしやう)の許(もと)
へ出(いで)られたれば、北方(きたのかた)はちかう産(さん)すべき人(ひと)にておは
しけるが、今朝(けさ)より此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)も
たえ【絶え】入(いる)心地(ここち)ぞせられける。少将(せうしやう)御所(ごしよ)を罷(まかり)出(い)づるより、
ながるる涙(なみだ)つきせぬに、北方(きたのかた)のあり様(さま)【有様】を見(み)給(たま)ひ
ては、いとどせんかたなげにぞ見(み)えられける。少将(せうしやう)〔の〕
めのとに、六条(ろくでう)と云(いふ)女房(にようばう)あり。「御(おん)ち【乳】にまいり(まゐり)【参り】はじめ
さぶらひて、君(きみ)をち【血】のなかよりいだきあげま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、月日(つきひ)の重(かさなる)にしたがひ【従ひ】て、我(わが)身(み)の年(とし)のゆく
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事(こと)をば歎(なげか)ずして、君(きみ)のおとなしうならせ給(たま)ふ事(こと)
をのみうれしうおもひ【思ひ】奉(たてまつ)り、あからさまとはおもへ【思へ】共(ども)、
既(すでに)廿一(にじふいち)年(ねん)はなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず。院(ゐん)内(うち)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ
て、遅(おそ)う出(いで)させ給(たま)ふだにも、おぼつかなう思(おも)ひまい
らする(まゐらする)【参らする】に、いかなる御目(おんめ)にかあはせ給(たま)はんずらん」と
なく【泣く】。少将(せうしやう)「いたうななげい【歎い】そ。宰相(さいしやう)さておはす
れば、命(いのち)ばかりはさり共(とも)こひ【乞ひ】うけ【請け】給(たま)はんずらん」と
なぐさめ給(たま)へども【共】、人目(ひとめ)もしら【知ら】ずなきもだへ(もだえ)【悶え】けり。
西八条(にしはつでう)より使(つかひ)しきなみにあり【有り】ければ、宰相(さいしやう)
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「ゆきむかう【向う】てこそ、ともかうもならめ」とて出(いで)給(たま)へば、
少将(せうしやう)も宰相(さいしやう)の車(くるま)のしりにの(ッ)てぞ出(いで)られける。
保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、平家(へいけ)の人々(ひとびと)楽(たのし)み栄(さか)
へ(さかえ)のみあ(ッ)て、愁(うれ)へ歎(なげき)はなかりしに、此(この)宰相(さいしやう)ばかりこ
そ、よしなき聟(むこ)ゆへ(ゆゑ)【故】にかかる歎(なげき)をばせられけれ。
西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)て車(くるま)をとどめ【留め】、まづ案内(あんない)を申
入(まうしいれ)られければ、太政(だいじやう)入道(にふだう)「丹波(たんばの)少将(せうしやう)をば、此(この)内(うち)へ
はいれ【入れ】らるべからず」との給(たま)ふ間(あひだ)、其(その)辺(へん)ちかき【近き】侍(さぶらひ)の
家(いへ)におろしをき(おき)つつ、宰相(さいしやう)ばかりぞ門(かど)のうち【内】へは
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入(いり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)をば、いつしか兵共(つはものども)うち【打ち】かこん【囲ん】で、守護(しゆご)
し奉(たてまつ)る。たのま【頼ま】れたりつる宰相殿(さいしやうどの)にははなれ【離れ】給(たま)
ひぬ。少将(せうしやう)の心(こころ)のうち、さこそは便(たより)なかりけめ。宰相(さいしやう)
中門(ちゆうもん)に居(ゐ)給(たま)ひたれば、入道(にふだう)対面(たいめん)もし給(たま)はず、源(げん)
大夫(だいふ)(ダイウ)判官(はんぐわん)(ハウグワン)季貞(すゑさだ)(スエサダ)をも(ッ)て申入(まうしいれ)られけるは、「[B 教盛(のりもり)こそ、]よし【由】な
き者(もの)にしたしうな(ッ)【成つ】て、返々(かへすがへす)くやしう候(さうら)へども、かひも
候(さうら)はず。あひ【相】ぐし【具し】させて候(さうらふ)ものが、此(この)程(ほど)なやむ事(こと)の候(さうらふ)
なるが、けさよりこの【此の】歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もた
え【絶え】なんず。何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。少将(せうしやう)をばしばら
P02067
く教盛(のりもり)に預(あづけ)させおはしませ。教盛(のりもり)かうて候(さうら)へば、なじか
はひが事(こと)せさせ候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、季貞(すゑさだ)
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まうす)。[B 入道(にふだう)、]「あはれ、例(れい)の宰相(さいしやう)が、物(もの)に心(こころ)えぬ」と
て、とみに返事(へんじ)もし給(たま)はず。ややあ(ッ)【有つ】て、入道(にふだう)の
給(たま)ひけるは、「新(しん)大納言(だいなごん)成親(なりちか)、此(この)一門(いちもん)をほろぼして、
天下(てんが)を乱(みだ)らむとする企(くはたて)あり【有り】。この【此の】少将(せうしやう)は既(すでに)彼(かの)
大納言(だいなごん)が嫡子(ちやくし)也(なり)。うとうもあれしたしうもあれ、ゑ(え)
こそ申宥(まうしなだ)むまじけれ。若(もし)此(この)謀反(むほん)とげましかば、
御(ご)へん【御辺】とてもおだしう【穏しう】やおはすべきと申(まう)せ」とこ
P02068
その給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)(スエサダ)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)宰相(さいしやう)に申(まうし)
ければ、誠(まことに)ほい【本意】な【無】げ[B に]て、重(かさね)て申(まう)されけるは、「保元(ほうげん)
平治(へいぢ)よりこのかた、度々(どど)の合戦(かつせん)にも、御命(おんいのち)にかは
りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。此(この)後(のち)も荒(あら)(アラキ)き風(かぜ)をば
まづふせき【防き】まいら(まゐら)【参ら】せ候(さうら)はんずるに、たとひ教盛(のりもり)こ
そ年老(としおい)て候(さうらふ)共(とも)、わかき子共(こども)あまた候(さうら)へば、一方(いつぱう)の御
固(おんかため)にはなどかなら【成ら】で候(さうらふ)べき。それに成経(なりつね)しばらくあづ
からうど申(まうす)を御(おん)ゆるされ【許され】なきは、教盛(のりもり)を一向(いつかう)ふた
心(ごころ)【二心】ある者(もの)とおぼしめす【思し召す】にこそ。是(これ)程(ほど)うしろめ
P02069
たうおもは【思は】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ては、世(よ)にあ(ッ)ても何(なに)にかはし候(さうらふ)べ
き。今(いま)はただ身(み)のいとまを給(たまは)(ッ)て、出家(しゆつけ)入道(にふだう)し、片
山里(かたやまざと)にこもり居(ゐ)て、一(ひと)すぢに後世(ごせ)菩提(ぼだい)のつと
めを営(いとな)み候(さうら)はん。よし【由】なき浮世(うきよ)のまじはり也(なり)。世(よ)にあ
ればこそ望(のぞみ)もあれ、望(のぞみ)のかなは【叶は】ねばこそ恨(うらみ)もあれ。
しかじ、うき世(よ)をいとひ、実(まこと)のみち【道】に入(いり)なんには」と
ぞの給(たま)ひける。季貞(すゑさだ)(スエサダ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「宰相殿(さいしやうどの)ははやおぼ
しめし【思し召し】き(ッ)て候(さうらふ)。ともかうもよき様(やう)に御(おん)ぱからひ
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、其(その)時(とき)入道(にふだう)大(おほき)におどろゐ(おどろい)【驚い】て、「されば
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とて出家(しゆつけ)入道(にふだう)まではあまりにけしからず。其(その)儀(ぎ)
ならば、少将(せうしやう)をばしばらく御辺(ごへん)に預(あづけ)奉(たてまつ)ると云(いふ)べし」
とこその給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)(スエサダ)帰(かへり)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、宰相(さいしやう)[B 殿(どの)イ]に此(この)
よし【由】申(まう)せば、「あはれ、人(ひと)の子(こ)をば持(もつ)まじかりける
もの【物】かな。我(わが)子(こ)の縁(えん)にむすぼほれざらむには、
是(これ)程(ほど)心(こころ)をばくだかじ物(もの)を」とて出(いで)られけり。少
将(せうしやう)まち【待ち】うけ奉(たてまつり)て、「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まう)されければ、
「入道(にふだう)あまりに腹(はら)をたてて、教盛(のりもり)には終(つひ)に対面(たいめん)も
し給(たま)はず。かなふ【叶ふ】まじき由(よし)頻(しきり)にの給(たま)ひつれ共(ども)、出
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家(しゆつけ)入道(にふだう)まで申(まうし)たればにやらん、しばらく宿所(しゆくしよ)に
をき(おき)奉(たてまつ)れとの給(たま)ひつれ共(ども)、始終(しじゆう)(シジウ)よかるべしと
もおぼえず」。少将(せうしやう)「さ候(さうら)へばこそ、成経(なりつね)は御恩(ごおん)(ごヲン)をも(ッ)て
しばしの命(いのち)ものび候(さうら)はんずるにこそ。其(それ)につき候(さうらひ)ては、
大納言(だいなごん)が事(こと)をばいかがきこしめさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それまではお
もひ【思ひ】もよらず」との給(たま)へば、其(その)時(とき)涙(なみだ)をはらはらとなが
い【流い】て、「誠(まこと)に御恩(ごおん)をも(ッ)てしばしの命(いのち)もいき【生き】候(さうら)はんず
る事(こと)は、しかる【然る】べう候(さうら)へ共(ども)、命(いのち)のおしう(をしう)【惜しう】候(さうらふ)も、ちち【父】を今(いま)
一度(いちど)(いちド)見(み)ばやとおもふ【思ふ】ため【為】也(なり)。大納言(だいなごん)がきられ候(さうら)はん
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にをいて(おいて)は、成経(なりつね)とてもかひなき命(いのち)をいきて何(なに)に
かはし候(さうらふ)べき。ただ一所(いつしよ)でいかにもなる様(やう)に申(まうし)てた
ばせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されければ、宰相(さいしやう)よに
も心(こころ)くるしげ【苦し気】にて、「いさとよ。御辺(ごへん)の事(こと)をこそと
かう申(まうし)つれ。それまではおもひ【思ひ】もよらねども【共】、大
納言殿(だいなごんどの)の御事(おんこと)をば、今朝(けさ)内(うち)のおとどのやうやう
に申(まう)されければ、それもしばしは心安(こころやす)いやうにこ
そ承(うけたま)はれ」との給(たま)へば、少将(せうしやう)泣々(なくなく)手(て)を合(あはせ)てぞ
悦(よろこ)ばれける。子(こ)ならざらむ者(もの)は、誰(たれ)かただ今(いま)【只今】我(わが)
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身(み)の上(うへ)をさしをひ(おい)【置い】て、是(これ)ほどまでは悦(よろこぶ)べき。まこ
と【誠】の契(ちぎり)はおや子(こ)【親子】のなか【中】にぞあり【有り】ける。子(こ)をば
人(ひと)のもつべかりける物(もの)哉(かな)とぞ、やがて思(おも)ひ返(かへ)され
ける。さて今朝(けさ)のごとくに同車(どうしや)[* 「同」に清点、「車」に濁点あり。]して帰(かへ)られけり。
宿所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、しん【死ん】だる人(ひと)のいきかへりたる
心(こころ)して、さしつどひ【集ひ】て皆(みな)悦(よろこび)なき【悦泣】共(ども)せられけり。
  『教訓状(けうくんじやう)』S0206
○太政入道(だいじやうのにふだう)(だいジヤウのにふダウ)は、か様(やう)【斯様】に人々(ひとびと)あまた警(いましめ)をい(おい)ても、なを(なほ)【猶】
心(こころ)ゆかずやおもは【思は】れけん、既(すでに)赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)
に、黒糸威(くろいとをどし)(クロイトヲドシ)の腹巻(はらまき)の白(しろ)かな物(もの)う(ッ)たるむな板(いた)せめ
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て、先年(せんねん)安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、神拝(じんばい)の次(ついで)(ツイデ)に、霊夢(れいむ)
を蒙(かうぶり)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつ【現】に給(たま)はられ
たりし銀(しろかね)のひるまき【蛭巻】したる小長刀(こなぎなた)、常(つね)の枕(まくら)を
はなたず立(たて)られたりしを脇(わき)ばさみ【鋏み】、中門(ちゆうもん)(チウもん)の廊(らう)
へぞ出(いで)られける。そのきそく【気色】大方(おほかた)ゆゆしうぞみ
え【見え】し。貞能(さだよし)をめす。筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)、木蘭地(むくらんぢ)の直
垂(ひたたれ)にひおどし(ひをどし)の鎧(よろひ)きて、御(おん)まへ【前】に畏(かしこまつ)て[B ぞ]候(さうらひ)[B ける]。ややあ(ッ)て
入道(にふだう)の給(たま)ひけるは、「貞能(さだよし)、此(この)事(こと)いかが思(おも)ふ。保元(ほうげん)
に平(へい)〔右〕馬助(むまのすけ)をはじめとして、一門(いちもん)半(なかば)過(すぎ)て新院(しんゐん)
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のみかた【御方】へ[B 「へ」に「に」と傍書]まいり(まゐり)【参り】にき。一宮(いちのみや)の御事(おんこと)は、故(こ)刑部卿
殿(ぎやうぶきやうのとの)の養君(やうくん)にてましまいしかば、かたがたみ【見】はなち【放ち】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】がたか(ッ)しか共(ども)、故院(こゐん)の御遺誡(ごゆいかい)に任(まかせ)て、み
かた【御方】にて先(さき)をかけ【駆け】たりき。是(これ)一(ひとつ)の奉公(ほうこう)(ホウコウ)也(なり)。次(つぎに)平
治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼(のぶより)・義朝(よしとも)が院(ゐん)(イン)内(うち)をとり奉(たてまつ)り、
大内(おほうち)にたてごもり、天下(てんが)くらやみとな(ッ)【成つ】たりしに、入
道(にふだう)身(み)を捨(すて)て凶徒(きようど)(ケウド)を追落(おひおと)(ヲイヲト)し、経宗(つねむね)・惟方(これかた)をめし【召し】
警(いましめ)しに至(いた)るまで、既(すでに)君(きみ)の御(おん)ため【為】に命(いのち)をうしな
は【失は】んとする事(こと)、度々(どど)に及(およ)(ヲヨ)ぶ。縦(たとひ)人(ひと)なんと申(まうす)共(とも)、七代(しちだい)
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までは此(この)一門(いちもん)をば争(いかで)か捨(すて)させ給(たま)ふべき。それに、成親(なりちか)
と云(いふ)無用(むよう)のいたづら者(もの)、西光(さいくわう)(サイクワウ)と云(いふ)下賎(げせん)の不当人(ふたうじん)め
が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、この【此の】一門(いちもん)亡(ほろぼ)すべき由(よし)、法皇(ほふわう)
の御結構(ごけつこう)こそ遺恨(ゐこん)(イコン)の次第(しだい)なれ。此(この)後(のち)も讒奏(ざんそう)
する者(もの)あらば、当家(たうけ)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)下(くだ)されつと覚(おぼゆ)
るぞ。朝敵(てうてき)とな(ッ)【成つ】てはいかにくゆとも【共】益(えき)ある【有る】まじ。世(よ)
をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ホウワウ)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)る
か、しから【然ら】ずは、是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふ
はいかに。其(その)儀(ぎ)ならば、北面(ほくめん)の輩(ともがら)、矢(や)をも一(ひとつ)い【射】て(ン)ず[B ら]ん。
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侍共(さぶらひども)(サブライども)に其(その)用意(ようい)せよと触(ふる)べし。大方(おほかた)(ヲホかた)は入道(にふだう)、院(ゐん)(イン)がたの
奉公(ほうこう)おもひ【思ひ】き(ッ)たり。馬(むま)に鞍(くら)をか(おか)【置か】せよ。きせなが【着背長】とり【取り】
出(いだ)せ」とぞの給(たま)ひける。主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)(ハングワン)盛国(もりくに)、いそぎ小松
殿(こまつどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「世(よ)は既(すでに)かう候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、おとど聞(きき)
もあへず、「あははや、成親卿(なりちかのきやう)が首(かうべ)をはね【刎ね】られたる
な」との給(たま)へば、「さは候(さうら)はね共(ども)、入道殿(にふだうどの)きせながめさ【召さ】れ
候(さうらふ)。侍共(さぶらひども)皆(みな)う(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、只今(ただいま)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)へよせんと出(いで)たち
候(さうらふ)。法皇(ほふわう)をば鳥羽殿(とばどの)へおし【押し】こめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど候(さうらふ)が、内々(ないない)は
鎮西(ちんぜい)のかた【方】へながしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど擬(ぎ)せられ候(さうらふ)」と申(まうし)
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ければ、おとど争(いかで)かさる事(こと)ある【有る】べきとおもへ【思へ】共(ども)、今朝(けさ)の
禅門(ぜんもん)のきそく【気色】、さる物(もの)ぐるはしき事(こと)もある【有る】らむ
とて、車(くるま)をとばして西八条(にしはつでう)へぞおはしたる。門前(もんぜん)にて
車(くるま)よりおり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)て見(み)給(たま)へば、入道(にふだう)腹
巻(はらまき)をき給(たま)ふ上(うへ)は、一門(いちもん)の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)数十人(すじふにん)(スじふにん)、お
のおの【各々】色々(いろいろ)の直垂(ひたたれ)に思(おも)ひ思(おも)ひの鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、中門(ちゆうもん)の
廊(らう)に二行(にぎやう)(ニゲウ)に着座(ちやくざ)せられたり。其(その)外(ほか)諸国(しよこく)の受
領(じゆりやう)・衛府(ゑふ)(ゑウ)・諸司(しよし)な(ン)ど(など)は、縁(えん)に居(ゐ)こぼれ、庭(には)にもひしと
なみ居(ゐ)たり。旗(はた)ざほ(ざを)共(ども)ひきそばめひきそばめ、馬(むま)の腹帯(はるび)
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をかため、甲(かぶと)の緒(を)(ヲ)をしめ、只今(ただいま)皆(みな)う(ッ)【打つ】たた【立た】んずるけし
きども【気色共】なるに、小松殿(こまつどの)烏帽子(えぼし)(エボシ)直衣(なほし)に、大文(だいもん)の指
貫(さしぬき)そばと(ッ)て、ざやめき入(いり)給(たま)へば、事(こと)の外(ほか)にぞみえ【見え】
られける。入道(にふだう)ふし目(め)【伏目】にな(ッ)て、あはれ、例(れい)の内府(だいふ)が
世(よ)をへうする様(やう)にふるまう(ふるまふ)【振舞ふ】、大(おほい)に諫(いさめ)ばやとこそおも
は【思は】れけめども、さすが子(こ)ながらも、内(うち)には五戒(ごかい)をたも(ッ)て
慈悲(じひ)を先(さき)とし、外(ほか)には五常(ごじやう)をみだらず、礼義(れいぎ)をただ
しうし給(たま)ふ人(ひと)なれば、あのすがたに腹巻(はらまき)をきて向(むか)
はむ事(こと)、おもばゆう【面映う】はづかしうやおもは【思は】れけむ、障子(しやうじ)
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をすこし【少し】引(ひき)たてて、素絹(そけん)の衣(ころも)を腹巻(はらまき)の上(うへ)にあは
てぎ(あわてぎ)【慌着】にき【着】給(たま)ひたりけるが、むないたの金物(かなもの)のす
こし【少し】はづれて見(み)えけるを、かくさ【隠さ】うど、頻(しきり)に衣(ころも)の
むねを引(ひき)ちがへ引(ひき)ちがへぞし給(たま)ひける。おとどは舎弟(しやてい)
宗盛卿(むねもりのきやう)の座上(ざしやう)につき給(たま)ふ。入道(にふだう)もの給(たま)ひいだす【出だす】
旨(むね)もなし。おとども申(まうし)いださ【出ださ】るる事(こと)もなし。良(やや)あ(ッ)て入
道(にふだう)の給(たま)ひけるは、「成親卿(なりちかのきやう)が謀反(むほん)は事(こと)の数(かず)にもあら
ず。一向(いつかう)法皇(ほふわう)の御結構(ごけつこう)にてあり【有り】けるぞや。世(よ)をし
づめん程(ほど)、法皇(ほふわう)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)るか、しから【然ら】
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ずは是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふはいかに」と
の給(たま)へ【宣へ】ば、おとどきき【聞き】もあへずはらはらとぞなかれ
ける。入道(にふだう)「いかにいかに」とあきれ給(たま)ふ。おとど涙(なみだ)をおさへ【抑へ】
て申(まう)されけるは、「此(この)仰(おほせ)承(うけたまはり)候(さうらふ)に、御運(ごうん)ははや末(すゑ)(スエ)になり【成り】ぬ
と覚(おぼえ)候(さうらふ)。人(ひと)の運命(うんめい)の傾(かたぶ)かんとては、必(かならず)悪事(あくじ)をお
もひ【思ひ】たち【立ち】候(さうらふ)也(なり)。又(また)御(おん)ありさま、更(さらに)うつつ共(とも)おぼえ【覚え】候(さうら)は
ず。さすが我(わが)朝(てう)は辺地[B 「地」に「里イ」と傍書](へんぢ)粟散(そくさん)の境(さかひ)(サカイ)と申(まうし)ながら、天
照大神(てんせうだいじん)の御子孫(ごしそん)、国(くに)のあるじとして、天(あま)の児屋根(こやね)
の尊(みこと)の御(おん)すゑ【末】、朝(てう)の政(まつりごと)をつかさどり給(たま)ひしより
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このかた【以来】、太政(だいじやう)大臣(だいじん)の官(くわん)に至(いた)る人(ひと)の甲冑(かつちう)をよろ
ふ事(こと)、礼義(れいぎ)を背(そむく)にあらずや。就中(なかんづく)御出家(ごしゆつけ)の御
身(おんみ)なり。夫(それ)三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)、解脱(げだつ)幢相(どうさう)の法衣(ほふえ)(ホウエ)をぬ
ぎ捨(すて)て、忽(たちまち)に甲冑(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(キウセン)を帯(たい)し
ましまさむ事(こと)、内(うち)には既(すでに)破戒無慙(はかいむざん)の罪(つみ)をまね
くのみならず、外(ほか)には又(また)仁義礼智信(じんぎれいちしん)の法(ほふ)にもそ
むき候(さうらひ)なんず。かたがた【旁々】恐(おそれ)ある申事(まうしごと)にて候(さうら)へ共(ども)、心(こころ)
の底(そこ)に旨趣(しいしゆ)(シイシユ)を残(のこ)すべきにあらず。まづ世(よ)に四
恩(しおん)候(さうらふ)。天地(てんち)の恩(おん)、国王(こくわう)の恩(おん)(ヲン)、父母(ぶも)(フホ)の恩(おん)(ヲン)、衆生(しゆじやう)の恩(おん)
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是(これ)也(なり)。其(その)なか【中】に尤(もつとも)重(おも)(ヲモ)きは朝恩(てうおん)(テウヲン)也(なり)。普天(ふてん)のした【下】、王地(わうぢ)
にあらずと云(いふ)事(こと)なし。されば彼(かの)潁川(えいせん)(エイセン)の水(みづ)に耳(みみ)を
洗(あら)ひ、首陽山(しゆやうざん)に薇(わらび)をお(ッ)(をつ)【折つ】し賢人(けんじん)も、勅命(ちよくめい)そむき
がたき礼義(れいぎ)をば存知(ぞんぢ)すとこそ承(うけたま)はれ。何(いかに)况哉(いはんや)(イワンヤ)先
祖(せんぞ)にもいまだきか【聞か】ざ(ッ)し太政(だいじやう)大臣(だいじん)をきはめさせ給(たま)ふ。
いはゆる重盛(しげもり)が無才(むさい)愚闇(ぐあん)の身(み)をも(ッ)て、蓮府槐
門(れんぷくわいもん)の位(くらゐ)にいたる【至る】。しかのみならず、国郡(こくぐん)半(なかば)は過(すぎ)て一門(いちもん)の
所領(しよりやう)となり、田園(でんをん)(デンヲン)悉(ことごとく)一家(いつか)の進止(しんじ)たり。これ希代[M 「き代」とあり「き」をミセケチ「希」と傍書](きたい)の
朝恩(てうおん)(テウヲン)にあらずや。今(いま)これらの莫太(ばくたい)の御恩(ごおん)(ゴヲン)を[B 思召(おぼしめし)]忘(わすれ)て、
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みだりがはしく法皇(ほふわう)を傾(かたぶ)け奉(たてまつ)らせ給(たま)はん事(こと)、天照
大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)の神慮(しんりよ)にも背(そむき)候(さうらひ)なんず。日本(につぽん)は是(これ)
神国(しんこく)なり。神(かみ)は非礼(ひれい)を享(うけ)給(たま)はず。しかれば君(きみ)のおぼ
しめし【思し召し】立(たつ)ところ【所】、道理(だうり)なかばなきにあらず。なか【中】に
も此(この)一門(いちもん)は、[B 代々(だいだい)ノ]朝敵(てうてき)を平(たひら)(タイラ)げて四海(しかい)の逆浪(げきらう)をし
づむる事(こと)は無双(ぶさう)の忠(ちゆう)(チウ)なれども、其(その)賞(しやう)に誇(ほこ)る
事(こと)は傍若無人(ばうじやくぶじん)共(とも)申(まうし)つべし。聖徳太子(しやうとくたいし)十七(じふしち)ケ条(かでう)
の御憲法(ごけんぼふ)(ごケンバウ)に、「人(ひと)皆(みな)心(こころ)あり【有り】。心(こころ)おのおの【各々】執(しゆ)あり【有り】。彼(かれ)を是(ぜ)
し我(われ)を非(ひ)し、我(われ)を是(ぜ)し彼(かれ)を非(ひ)す、是非(ぜひ)の理(り)誰(たれ)
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かよくさだむ【定む】べき。相共(あひとも)に賢愚(けんぐ)也(なり)。環(たまき)のごとく【如く】して端(はし)
なし。ここをも(ッ)て設(たとひ)人(ひと)いかる【怒る】と云(いふ)共(とも)、かへ(ッ)て【却つて】我(わが)とがを
おそれよ【恐れよ】」とこそみえ【見え】て候(さうら)へ。しかれ共(ども)、御運(ごうん)つきぬ
によ(ッ)て、[B 御(ご)]謀反(むほん)既(すでに)あらはれ【現はれ】ぬ。其上(そのうへ)仰合(おほせあはせ)らるる成親
卿(なりちかのきやう)めし【召し】をか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、設(たとひ)君(きみ)いかなる不思議(ふしぎ)をおぼ
しめし【思し召し】たたせ給(たま)ふ共(とも)、なんのおそれ【恐れ】か候(さうらふ)べき。所当(しよたう)
の罪科(ざいくわ)おこなはれん上(うへ)は、退(しりぞ)いて事(こと)の由(よし)を陳(ちん)じ
申(まう)させ給(たま)ひて、君(きみ)の御(おん)ためには弥(いよいよ)奉公(ほうこう)の忠勤(ちゆうきん)(ちゆうキン)
をつくし、民(たみ)のためにはますます撫育(ぶいく)の哀憐(あいれん)
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をいたさせ給(たま)はば、神明(しんめい)の加護(かご)にあづかり【預り】、仏陀(ぶつだ)の
冥慮(みやうりよ)にそむくべからず。神明仏陀(しんめいぶつだ)感応(かんおう)(カンヲウ)あらば、君(きみ)も
おぼしめしなをす(なほす)事(こと)、などか候(さうら)はざるべき。君(きみ)と臣(しん)
とならぶるに親疎(しんそ)わく【分く】かたなし。道理(だうり)と僻事(ひがこと)をな
  『烽火(ほうくわ)之(の)沙汰(さた)』S0207
らべんに、争(いかで)か道理(だうり)につかざるべき」。○「是(これ)は君(きみ)の御(おん)こと
はり(ことわり)【理】にて候(さうら)へば、かなは【叶は】ざらむまでも、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住
寺殿(ほふぢゆうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べし。其(その)故(ゆゑ)は、重盛(しげもり)叙爵(じよしやく)
より今(いま)大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいたるまで、併(しかしながら)君(きみ)の御恩(ごおん)なら
ずと[B 云(いふ)]事(こと)なし。其(その)恩(おん)(ヲン)の重(おも)(ヲモ)き事(こと)をおもへ【思へ】ば、千顆(せんくわ)(センクハ)万顆(ばんくわ)
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の玉(たま)にもこえ、其(その)恩(おん)の深(ふか)き事(こと)[M 「事」をミセケチ「色イ」と傍書]を案(あん)ずれば、一
入(いちじふ)(いちジウ)再入(さいじふ)(サイじふ)の紅(くれなゐ)にも[B 猶(なほ)]過(すぎ)たらん。しかれば、院中(ゐんぢゆう)(インぢゆう)にま
いり(まゐり)【参り】こもり候(さうらふ)べし。其(その)儀(ぎ)にて候(さうら)はば、重盛(しげもり)が身(み)にか
はり、命(いのち)にかはらんと契(ちぎり)たる侍共(さぶらひども)少々(せうせう)候(さうらふ)らん。こ
れらをめし【召し】ぐし【具し】て、院(ゐんの)(インノ)御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)を守護(しゆご)
しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はば、さすが以外(もつてのほか)の御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はん
ずらめ。悲(かなしき)哉(かな)、君(きみ)の御(おん)ために奉公(ほうこう)の忠(ちゆう)をいたさん
とすれば、迷慮【*迷盧】(めいろ)八万(はちまん)の頂(いただき)より猶(なほ)たかき父(ちち)の
恩(おん)、忽(たちまち)にわすれんとす。痛(いたましき)哉(かな)、不孝(ふけう)の罪(つみ)をの
P02088
がれ【逃れ】んとおもへ【思へ】ば、君(きみ)の御(おん)ために既(すでに)不忠(ふちゆう)(フチウ)の逆臣(ぎやくしん)と
なりぬべし。進退(しんだい)惟(これ)谷(きはま)れり、是非(ぜひ)いかにも弁(わきまへ)
がたし。申(まうし)うくるところ〔の〕詮(せん)は、ただ重盛(しげもり)が頸(くび)をめされ
候(さうら)へ。[B さ候(さうら)はば、]院中(ゐんぢゆう)をも守護(しゆご)しまいらす(まゐらす)【参らす】べからず、院参(ゐんざん)(インザン)の
御供(おんとも)をも仕(つかまつ)るべからず。かの蕭何(せうが)は大功(たいこう)かたへにこ
えたるによ(ッ)て、官(くわん)大相国(たいしやうこく)に至(いた)り、剣(けん)を帯(たい)し沓(くつ)を
はきながら殿上(てんじやう)[* 「殿」に清点、「上」に濁点あり。]にのぼる事(こと)をゆるさ【許さ】れしか共(ども)、
叡慮(えいりよ)(エイリヨ)にそむく事(こと)あれば、高祖(かうそ)おもう【重う】警(いましめ)てふ
かう【深う】罪(つみ)せられにき。か様(やう)【斯様】の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をおもふにも、富
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貴(ふつき)といひ栄花(えいぐわ)といひ、朝恩(てうおん)(テウヲン)といひ重職(ちようじよく)(テウヂヨク)といひ、
旁(かたがた)きはめさせ給(たま)ひぬれば、御運(ごうん)のつきんこ
ともかたかるべきにあらず。富貴(ふつき)の家(いへ)には
禄位(ろくゐ)(ロクイ)重畳(ちようでふ)(テウデウ)せり、ふたたび実(み)なる木(き)は其(その)根(ね)必(かならず)い
たむとみえ【見え】て候(さうらふ)。心(こころ)ぼそうこそおぼえ候(さうら)へ。いつま
でか命(いのち)いきて、みだれむ世(よ)をも見(み)候(さうらふ)べき。只(ただ)末代(まつだい)
に生(しやう)をうけて、かかるうき目(め)にあひ候(さうらふ)重盛(しげもり)が果
報(くわはう)(クワホウ)の程(ほど)こそ拙(つたな)う候(さうら)へ。ただ今(いま)侍(さぶらひ)一人(いちにん)に仰付(おほせつけ)(ヲホセツケ)て、御坪(おつぼ)
のうちに引出(ひきいだ)されて、重盛(しげもり)が首(かうべ)のはねられん事(こと)
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は、安(やす)い程(ほど)の事(こと)でこそ候(さうら)へ。是(これ)をおのおの聞(きき)給(たま)へ」とて、直
衣(なほし)(ナヲシ)の袖(そで)もしぼる[B 「しぼり」とあり「り」に「る」と傍書]ばかりに涙(なみだ)をながしかきくどかれけ
れば、一門(いちもん)の人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、皆(みな)[B よろひ【鎧】の]袖(そで)をぞぬ
らされける。太政(だいじやう)入道(にふだう)も、たのみ【頼み】き(ッ)たる内府(だいふ)はかや
うにの給(たま)ふ、力(ちから)もなげにて、「いやいや、これまでは思(おもひ)も
よりさうず。悪党共(あくたうども)が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、
僻事(ひがこと)な(ン)どやいでこむずらんと思(おも)ふばかりでこそ
候(さうら)へ」との給(たま)へ【宣へ】ば、[B 大臣(おとど)、]「縦(たとひ)いかなるひが事(こと)【僻事】出(いで)き候(さうらふ)とも、君(きみ)をば
何(なに)とかしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふべき」とて、ついた(ッ)て中門(ちゆうもん)に
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出(いで)て、侍共(さぶらひども)に仰(おほせ)られけるは、「只今(ただいま)重盛(しげもり)が申(まうし)つる事共(ことども)を
ば、汝等(なんぢら)承(うけたま)はらずや。今朝(けさ)よりこれに候(さうら)うて、かやうの
事共(ことども)申(まうし)しづめむと存(ぞん)じつれ共(ども)、あまりにひたさ
はぎ(さわぎ)【騒ぎ】に見(み)えつる間(あひだ)、帰(かへ)りたりつるなり。院参(ゐんざん)(インザン)の
御供(おんとも)にをいて(おいて)は、重盛(しげもり)が頸(くび)のめさ【召さ】れむを見(み)て仕(つかまつ)
れ。さらば人(ひと)まいれ(まゐれ)【参れ】」とて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。主
馬(しゆめの)判官(はんぐわん)(ハウグワン)盛国(もりくに)をめし【召し】て、「重盛(しげもり)こそ天下(てんが)の大事(だいじ)
を別(べつ)して聞出(ききいだ)したれ。「我(われ)を我(われ)とおもは【思は】ん者共(ものども)
は、皆(みな)物(ものの)ぐ【具】して馳(はせ)まいれ(まゐれ)【参れ】」と披露(ひろう)(ヒラウ)せよ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
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此(この)由(よし)ひろう【披露】す。おぼろけにてはさはが(さわが)【騒が】せ給(たま)はぬ人(ひと)の、
かかる披露(ひろう)のあるは別(べつ)の子細(しさい)のあるにこそとて、
皆(みな)物具(もののぐ)して我(われ)も我(われ)もと馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。淀(よど)・はづかし[B 「はづかし」に「羽束瀬(ハツカセ)」と傍書]【羽束師】・宇治(うぢ)・
岡(をか)の屋(や)、日野(ひの)・勧条寺【*勧修寺】(くわんじゆじ)(クワンジユウジ)・醍醐(だいご)・小黒栖(をぐるす)(ヲグルス)、梅津(むめず)・桂(かつら)・大
原(おほはら)(ヲホハラ)・しづ原(はら)、せれう【芹生】の里(さと)に、あぶれゐたる兵共(つはものども)、或(あるいは)
よろい(よろひ)【鎧】きていまだ甲(かぶと)をきぬもあり【有り】、或(あるい)は矢(や)お
うていまだ弓(ゆみ)をもたぬもあり【有り】。片鐙(かたあぶみ)ふむやふ
まずにて、あはて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。小松殿(こまつどの)に
さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)あり【有り】と聞(きこ)えしかば、西八条(にしはつでう)に数千騎(すせんぎ)あり【有り】
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ける兵共(つはものども)、入道(にふだう)にかうとも申(まうし)も入(いれ)ず、ざざめき[M 「ざざめてき」とあり「て」をミセケチ]つ
れて、皆(みな)小松殿(こまつどの)へぞ馳(はせ)たりける。すこし【少し】も弓箭(きゆうせん)(キウセン)
に携(たづさは)る程(ほど)の者(もの)、一人(いちにん)も残(のこ)らず。其(その)時(とき)入道(にふだう)大(おほき)に
驚(おどろ)(ヲドロ)き、貞能(さだよし)をめし【召し】て、「内府(だいふ)は何(なに)とおもひ【思ひ】て、これ
らをばよび【呼び】とるやらん。是(これ)でいひつる様(やう)に、入道(にふだう)が
許(もと)へ討手(うつて)な(ン)ど(など)やむかへ【向へ】んずらん」との給(たま)へ【宣へ】ば、貞能(さだよし)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「人(ひと)も人(ひと)にこそよらせ給(たま)ひ
候(さうら)へ。争(いかで)かさる御事(おんこと)候(さうらふ)べき。[B 今朝(けさ)是(これ)にて]申(まう)させ給(たま)ひつる事
共(ことども)も、みな御後悔(ごこうくわい)ぞ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)内府(だいふ)
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に中(なか)たがふ(たがう)【違う】てはあしかり【悪しかり】なんとやおもは【思は】れけん、法
皇(ほふわう)(ホウワウ)むかへ【向へ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んずる事(こと)も、はや思(おもひ)とどまり、腹
巻(はらまき)ぬぎをき(おき)、素絹(そけん)の衣(ころも)にけさ【袈裟】うちかけて、い
と心(こころ)にもおこらぬ念珠(ねんじゆ)してこそおはしけれ。小松
殿(こまつどの)には、盛国(もりくに)承(うけたまは)(ッ)て着到(ちやくたう)つけけり。馳参(はせまゐり)(ハセマイリ)たる勢(せい)ど
も、一万(いちまん)余騎(よき)とぞしるいたる。着到(ちやくたう)披見(ひけん)の後(のち)、
おとど中門(ちゆうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)(サブライども)にの給(たま)ひけるは、「日来(ひごろ)の
契約(けいやく)をたがへ【違へ】ず、まいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。異
国(いこく)にさるためし【例】あり【有り】。周(しゆうの)(シウノ)幽王(いうわう)(ユウわう)、褒■[女+以](ほうじ)と云(いふ)最愛(さいあい)の
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后(きさき)をもち給(たま)へり。天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)也(なり)。されども幽
王(いうわう)(ユウワウ)の心(こころ)にかなは【叶は】ざりける事(こと)は、褒■[女+以](ほうじ)咲(ゑみ)(エミ)をふくまず
とて、すべて此(この)后(きさき)わらう(わらふ)【笑ふ】事(こと)をし給(たま)はず。異国(いこく)の習(ならひ)に
は、天下(てんが)に兵革(ひやうがく)おこる時(とき)、所々(しよしよ)に火(ひ)をあげ、大鼓(たいこ)をう(ッ)
て兵(つはもの)をめすはかり事(こと)あり【有り】。是(これ)を烽火(ほうくわ)と名(な)づけ
たり。或(ある)時(とき)天下(てんが)に兵乱(ひやうらん)おこ(ッ)て、烽火(ほうくわ)をあげたり
ければ、后(きさき)これを見(み)給(たま)ひて、「あなふしぎ【不思議】、火(ひ)もあれ
程(ほど)おほかり【多かり】けるな」とて、其(その)時(とき)初(はじめ)てわらひ【笑ひ】給(たま)へり。
この后(きさき)一(ひと)たびゑめば百(もも)の媚(こび)あり【有り】けり。幽王(いうわう)(ユウワウ)うれし
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き事(こと)にして、其(その)事(こと)となうつねに烽火(ほうくわ)をあげ
給(たま)ふ。諸(しよ)こう【侯】来(きた)るにあた【仇】なし。あた【仇】なければ則(すなはち)さん【去ん】
ぬ。かやうにする事(こと)度々(どど)に及(およ)べば、まいる(まゐる)【参る】者(もの)もなかり
けり。或(ある)時(とき)隣国(りんごく)より凶賊(きようぞく)(ケウゾク)おこ(ッ)て、幽王(いうわう)の都(みやこ)をせ
め【攻め】けるに、烽火(ほうくわ)をあぐれども、例(れい)の后(きさき)の火(ひ)になら(ッ)
て兵(つはもの)もまいら(まゐら)【参ら】ず。其(その)時(とき)都(みやこ)かたむいて、幽王(いうわう)(ユウワウ)終(つひ)に亡(ほろび)
にき。さてこの后(きさき)は野干(やかん)とな(ッ)てはしり【走り】うせける
ぞおそろしき【恐ろしき】。か様(やう)【斯様】の事(こと)がある時(とき)わ(は)、自今(じごん)以後(いご)も
これよりめさんには、かくのごとくまいる(まゐる)【参る】べし。重盛(しげもり)
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不思議(ふしぎ)の事(こと)を聞出(ききいだ)してめし【召し】つるなり。されども
其(その)事(こと)聞(きき)なをし(なほし)【直し】つ。僻事(ひがこと)にてあり【有り】けり。とうとう帰(かへ)
れ」とて皆(みな)帰(かへ)されけり。実(まこと)にはさせる事(こと)をも聞
出(ききいだ)されざりけれども、父(ちち)をいさめ申(まう)されつる詞(ことば)
にしたがひ【従ひ】、我(わが)身(み)に勢(せい)のつくかつかぬかの程(ほど)をも
しり、又(また)父子(ふし)軍(いくさ)[M 「戦」をミセケチ「軍(イクサ)」と傍書]をせんとにはあらね共(ども)、かうして入道(にふだう)
相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をもや、やはらげ給(たま)ふとの策(はかりこと)也(なり)。
君(きみ)君(きみ)たらずと云(いふ)とも、臣(しん)も(ッ)て臣(しん)たらず(ン)ばある【有る】べからず。
父(ちち)父(ちち)たらずと云(いふ)共(とも)、子(こ)も(ッ)て子(こ)たらず(ン)ば有(ある)べからず。君(きみ)
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のためには忠(ちゆう)(チウ)あ(ッ)て、父(ちち)のためには孝(かう)あり【有り】[B と]、文宣王(ぶんせんわう)の
の給(たま)ひけるにたがは【違は】ず。君(きみ)も此(この)よしきこしめし【聞し召し】て、
「今(いま)にはじめぬ事(こと)なれ共(ども)、内府(だいふ)が心(こころ)のうちこそは
づかしけれ。怨(あた)をば恩(おん)(ヲン)をも(ッ)て報(ほう)ぜられたり」とぞ
仰(おほせ)ける。「果報(くわはう)(クワホウ)こそめでたうて、大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいた
ら【至ら】め、容儀(ようぎ)体(たい)はい人(ひと)に勝(すぐ)れ、才智(さいち)才学(さいかく)さへ世(よ)に
こえたるべしやは」とぞ、時(とき)の人々(ひとびと)感(かん)じあはれける。
「国(くに)に諫(いさむ)る臣(しん)あれば其(その)国(くに)必(かならず)やすく、家(いへ)に諫(いさむ)る
子(こ)あれば其(その)家(いへ)必(かならず)ただし」といへり。上古(しやうこ)にも末代(まつだい)
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  『大納言(だいなごん)流罪(るざい)』S0208
にもありがたかりし大臣(おとど)也(なり)。○同(おなじき)(ヲナジキ)六月(ろくぐわつ)二日[B ノヒ](ふつかのひ)、新(しん)大納言(だいなごん)
成親卿(なりちかのきやう)をば公卿(くぎやう)の座(ざ)へ出(いだ)し奉(たてまつ)り、御物(おんもの)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり
けれども、むねせきふさが(ッ)て御(おん)はしをだにもたて
られず。御車(おんくるま)をよせて、とうとうと申(まう)せば、心(こころ)なら
ずのり給(たま)ふ。軍兵(ぐんびやう)共(ども)前後(ぜんご)左右(さう)にうちかこみた
り。我(わが)方(かた)の者(もの)は一人(いちにん)もなし。「今(いま)一度(いちど)小松殿(こまつどの)に見(み)
え奉(たてまつ)らばや」との給(たま)へ【宣へ】ども【共】、それもかなは【叶は】ず。「縦(たとひ)重
科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)を蒙(かうぶ)(ッ)て遠国(ゑんごく)へゆく者(もの)も、人(ひと)一人(いちにん)身(み)にそへぬ
者(もの)やある」と、車(くるま)のうちにてかきくどか【口説か】れければ、
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守護(しゆご)の武士共(ぶしども)も皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらしける。西(にし)
の朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)へゆけば、大内山(おほうちやま)も今(いま)はよそにぞ
見(み)給(たまひ)ける。としごろ【年比】見(み)なれ奉(たてまつ)[B り]し雑色(ざうしき)牛飼(うしかひ)(ウシカイ)
に至(いた)るまで、涙(なみだ)をながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけ
り。まして都(みやこ)に残(のこり)とどまり給(たま)ふ北方(きたのかた)、おさな
き(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。鳥
羽殿(とばどの)をすぎ給(たま)ふにも、此(この)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)(コガウ)なりし
には、一度(いちど)も御供(おんとも)にははづれざりし物(もの)をとて
わが山庄(さんざう)すはま【州浜】殿(どの)とてあり【有り】しをも、よそに
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みてこそとおら(とほら)【通ら】れけれ。[B 肩に「鳥羽(とば)のイ」と傍書]南(みなみ)(ミンナミ)の門(もん)に出(いで)て、舟(ふね)をそ
し(おそし)【遅し】とぞいそがせける。「こはいづちへやらん。おな
じううしなは【失は】るべくは、都(みやこ)ちかき【近き】此(この)辺(へん)にてもあれ
かし」との給(たま)ひけるぞせめての事(こと)なる。ちかう
そひたる武士(ぶし)を「た【誰】そ」ととひ給(たま)へば、「難波(なんばの)次
郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)」と申(まうす)。「若(もし)此(この)辺(へん)に我(わが)方(かた)さまのものや
ある。舟(ふね)にのらぬ先(さき)にいひをく(おく)【置く】べき事(こと)あり【有り】。
尋(たづね)てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、其(その)辺(へん)をはしり【走り】
まは(ッ)て尋(たづね)けれども【共】、我(われ)こそ大納言殿(だいなごんどの)の方(かた)と云(いふ)
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者(もの)一人(いちにん)もなし。「我(わが)世(よ)なりし時(とき)は、したがひ【従ひ】ついたりし
者(もの)ども【共】、一二千人(いちにせんにん)もあり【有り】つらん。いまはよそにて
だにも、此(この)有(あり)さまを見(み)をくる(おくる)【送る】者(もの)のなかりける
かなしさよ」とてなか【泣か】れければ、たけき【猛き】もののふ
共(ども)もみな袖(そで)をぞぬらしける。身(み)にそふ物(もの)とては、
ただつきせぬ涙(なみだ)ばかり也(なり)。熊野(くまの)まうで、天王寺
詣(てんわうじまうで)な(ン)ど(など)には、ふたつがはら【二龍骨】の、三棟(みつむね)につく(ッ)たる舟(ふね)に
のり、次(つぎ)の舟(ふね)二三十艘(にさんじつさう)(にさんじつソウ)漕(こぎ)つづけてこそあり【有り】し
に、今(いま)はけしかる[B 「けしかり」とあり「り」に「る」と傍書]かきすゑ【舁き据え】屋形舟(やかたぶね)に大幕(おほまく)ひ
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かせ、見(み)もなれぬ兵共(つはものども)(ツワモノども)にぐせ【具せ】られて、けふをかぎ
りに都(みやこ)を出(いで)て、浪路(なみぢ)はるかにおもむか【赴か】れけん
心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。其(その)日(ひ)は摂津国(つのくに)
大(だい)もつ【大物】の浦(うら)に着(つき)給(たま)ふ。新(しん)大納言(だいなごん)、既(すでに)死罪(しざい)
に行(おこな)(ヲコナ)はるべかりし人(ひと)の、流罪(るざい)に宥(なだめ)られけるこ
とは、小松殿(こまつどの)のやうやうに申(まう)されけるによ(ッ)て也(なり)。
此(この)人(ひと)いまだ中納言(ちゆうなごん)にておはしける時(とき)、美濃国(みののくに)
を知行(ちぎやう)し給(たま)ひしに、嘉応(かおう)(カヲウ)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)、目代(もくだい)
右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのゼウ)正友(まさとも)がもとへ、山門(さんもん)の領(りやう)、平野庄(ひらののしやう)
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の神人(じんにん)が葛(くず)を売(うつ)てきたりけるに、目代(もくだい)酒(さけ)に
飲酔(のみゑひ)(ノミエイ)て、くずに墨(すみ)をぞ付(つけ)たりける。神人(じんにん)悪
口(あつこう)に及(およ)ぶ間(あひだ)、さないは【言は】せそとてさむざむ(さんざん)【散々】にれう
りやく(りようりやく)【陵轢、陵礫】す。さる程(ほど)に神人共(じんにんども)数百人(すひやくにん)、目代(もくだい)が許(もと)
へ乱入(らんにふ)(ランニウ)す。目代(もくだい)法(ほふ)(ハウ)にまかせ【任せ】て防(ふせき)ければ、神人等(じんにんら)
十(じふ)余人(よにん)うちころさ【殺さ】る[M 「うちころされ」とあり「れ」をミセケチ「る」と傍書]。是(これ)によ(ッ)て同(おなじき)(ヲナジキ)年(とし)の十一
月(じふいちぐわつ)三日(みつかのひ)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(だいシユウ)飫(おびたた)(ヲビタタ)しう蜂起(ほうき)して、国司(こくし)成
親卿(なりちかのきやう)を流罪(るざい)に処(しよ)せられ、目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(ウエもんノゼウ)正友(まさとも)
を禁獄(きんごく)せらるべき由(よし)奏聞(そうもん)す。既(すでに)成親卿(なりちかのきやう)
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備中国(びつちゆうのくに)(ビツチウノくに)へながさるべきにて、西(にし)の七条(しちでう)までいださ
れたりしを、君(きみ)いかがおぼしめさ【思し召さ】れけん、中(なか)五日(いつか)
あ(ッ)てめし【召し】かへさ【返さ】る。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)(ヲビタタ)しう呪咀(しゆそ)すと
聞(きこ)えしか共(ども)、同(おなじき)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)、右衛門督(うゑもんのかみ)(ウエもんノカミ)を兼(けん)じ
て、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)の別当(べつたう)になり給(たま)ふ。其(その)時(とき)資方【*資賢】(すけかた)・
兼雅卿(かねまさのきやう)こえられ給(たま)へり。資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)はふるい【古い】人(ひと)、おとな
にておはしき。兼雅卿(かねまさのきやう)は栄花(えいぐわ)の人(ひと)也(なり)。家嫡(けちやく)にて
こえられ給(たま)ひけるこそ遺恨(ゐこん)なれ。是(これ)は三条殿(さんでうどの)
造進(ざうしん)の賞(しやう)也(なり)。同(おなじき)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)、正(じやう)二位(にゐ)に叙(じよ)せ
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らる。其(その)時(とき)は中御門[B ノ](なかのみかどの)中納言(ちゆうなごん)宗家卿(むねいへのきやう)(ムネイエノきやう)こえられ給(たま)
へり。安元(あんげん)元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、前(さきの)中納言(ちゆうなごん)より権大
納言(ごんだいなごん)にあがり【上がり】給(たま)ふ。人(ひと)あざけ[B ッ]て、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)に
は、のろはるべかりける物(もの)を」とぞ申(まうし)ける。され
ども今(いま)はそのゆへ(ゆゑ)【故】にや、かかるうき目(め)にあひ給(たま)
へり。凡(およそ)(ヲヨソ)は神明(しんめい)の罰(ばつ)も人(ひと)の呪咀(しゆそ)も、とき【疾き】も
あり【有り】遅(おそき)(ヲソキ)もあり【有り】、不同(ふどう)なる事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)(ヲナジキ)三日(みつかのひ)、大(だい)もつ【大物】
の浦(うら)へ京(きやう)より御使(おんつかひ)(おんツカヒ)あり【有り】とてひしめきけり。新(しん)
大納言(だいなごん)「是(これ)にて失(うしな)へとにや」と聞(きき)給(たま)へば、さはな
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くして、備前(びぜん)の児島(こじま)へながすべしとの御使(おんつかひ)なり。
小松殿(こまつどの)より御(おん)ふみ【文】あり【有り】。「いかにもして、都(みやこ)ちかき【近き】
片山里(かたやまざと)にをき(おき)奉(たてまつ)らばやと、さしも申(まうし)つれど
もかなは【叶は】ぬ事(こと)こそ、世(よ)にあるかひも候(さうら)はね。さ
りながらも、御命(おんいのち)ばかりは申(まうし)うけて候(さうらふ)」とて、難波(なんば)
がもとへも「かまへてよくよく宮仕(みやづか)へ御心(おんこころ)にたが
う(たがふ)【違ふ】な」と仰(おほせ)られつかはし【遣し】、旅(たび)のよそほい(よそほひ)【粧】こまごま
と沙汰(さた)しをくら(おくら)【送ら】れたり。新(しん)大納言(だいなごん)はさしも
忝(かたじけな)うおぼしめさ【思し召さ】れける君(きみ)にもはなれま
P02108
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、つかのまもさりがたうおもは【思は】れける北方(きたのかた)
おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)にも別(わかれ)はてて、「こはいづちへとて行(ゆく)
やらん。二度(ふたたび)こきやう【故郷】に帰(かへり)て、さいし[M 「さひし」とあり「さひ」をミセケチ「さい」と傍書]【妻子】を相(あひ)みん事(こと)
も有(あり)がたし。一(ひと)とせ山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(ソセウ)によ(ッ)てながさ
れしを、君(きみ)おしま(をしま)【惜しま】せ給(たま)ひて、西(にし)の七条(しつでう)よりめし【召し】
帰(かへ)されぬ。これはされば君(きみ)の御警(おんいましめ)にもあらず。
こはいかにしつる事(こと)ぞや」と、天(てん)にあふぎ地(ち)に
ふして、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。明(あけ)ぬれば既(すでに)
舟(ふね)おしいだいて下(くだ)り給(たま)ふに、みちすがらもただ
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涙(なみだ)に咽(むせん)で、ながらふ【永らふ】べしとはおぼえねど、さすが
露(つゆ)の命(いのち)はきえやらず、跡(あと)のしら浪(なみ)【白浪】へだつれ
ば、都(みやこ)は次第(しだい)に遠(とほ)(トヲ)ざかり、日数(ひかず)やうやう重(かさな)れば、
遠国(ゑんごく)は既(すでに)近付(ちかづき)けり。備前(びぜん)の児島(こじま)に漕(こぎ)よせて、
民(たみ)の家(いへ)(イヱ)のあさましげなる柴(しば)の庵(いほり)(イヲリ)にをき(おき)
奉(たてまつ)る。島(しま)のならひ【習ひ】、うしろは山(やま)、前(まへ)はうみ、磯(いそ)の
  『阿古屋(あこや)之(の)松(まつ)』S0209
松風(まつかぜ)浪(なみ)の音(おと)、いづれも哀(あはれ)はつきせず。○大納言(だいなごん)
一人(いちにん)にもかぎらず、警(いましめ)を蒙(かうぶ)る輩(ともがら)おほかり【多かり】けり。
近江(あふみの)中将(ちゆうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)佐渡国(さどのくに)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)伯
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耆国(はうきのくに)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノたユウ)正綱(まさつな)播磨国(はりまのくに)、宗(そう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)信房(のぶふさ)、阿
波国(あはのくに)、新平(しんぺい)判官(はんぐわん)(ハウぐわん)資行(すけゆき)は美作国(みまさかのくに)とぞ聞(きこ)えし。其(その)
比(ころ)入道(にふだう)相国(しやうこく)、福原(ふくはら)(フクワラ)の別業(べつげふ)(べつゲウ)におはしけるが、同(おなじき)廿日[B ノヒ](はつかのひ)、摂
津左衛門(せつつのさゑもん)盛澄(もりずみ)を使者(ししや)で、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)の許(もと)へ、「存(ぞんず)
る旨(むね)あり【有り】。丹波(たんばの)少将(せうしやう)いそぎ是(これ)へたべ」との給(たま)ひつ
かはさ【遣さ】れたりければ、宰相(さいしやう)「さらば、只(ただ)あり【有り】し時(とき)、とも
かくもなりたりせばいかがせむ。今更(いまさら)物(もの)をお
もは【思は】せんこそかなしけれ」とて、福原(ふくはら)(フクワラ)へ下(くだ)り給(たま)ふ
べきよし【由】の給(たま)へ【宣へ】ば、少将(せうしやう)なくなく【泣く泣く】出[B 立](いでたち)給(たま)ひけり。
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女房達(にようばうたち)は、「かなは【叶は】ぬ物(もの)ゆへ(ゆゑ)【故】、なを(なほ)【猶】もただ宰相(さいしやう)の申(まう)
されよかし」とぞ歎(なげか)れける。宰相(さいしやう)「存(ぞんず)る程(ほど)の
事(こと)は申(まうし)つ。世(よ)を捨(すつ)るより外(ほか)は、今(いま)は何事(なにごと)をか
申(まうす)べき。され共(ども)、縦(たとひ)いづくの浦(うら)におはす共(とも)、我(わが)命(いのち)
のあらんかぎりはとぶらひ【訪ひ】奉(たてまつ)るべし」とぞの
給(たま)ひける。少将(せうしやう)は今年(こんねん)三(みつ)になり給(たま)ふおさな
き(をさなき)【幼き】人(ひと)を持(もち)給(たま)へり。日(ひ)ごろはわかき人(ひと)にて、君達(きんだち)
な(ン)ど(など)の事(こと)も、さしもこまやかにもおはせざりし
か共(ども)、今(いま)はの時(とき)になりしかば、さすが心(こころ)にやかか
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られけん、「此(この)おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)を今(いま)一度(ひとたび)見(み)ばや」と
こその給(たま)ひけれ。めのと【乳母】いだい【抱い】てまいり(まゐり)【参り】たり。少
将(せうしやう)ひざのうへにをき(おき)、かみかきなで、涙(なみだ)をはら
はらとながい【流い】て、「あはれ、汝(なんぢ)七歳(しちさい)にならば男(をとこ)(ヲトコ)にな
して、君(きみ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそおもひ【思ひ】つれ。され
共(ども)、今(いま)は云(いふ)(ユウ)かひなし。若(もし)命(いのち)いきておひたちた
らば、法師(ほふし)(ホウシ)になり、我(わが)後(のち)の世(よ)とぶらへよ」との給(たま)
へ【宣へ】ば、いまだいとけなき心(こころ)に何事(なにごと)をか聞(きき)わ
き給(たま)ふべきなれ共(ども)、うちうなづき給(たま)へば、少
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将(せうしやう)をはじめ奉(たてまつり)て、母(はは)うへ【母上】めのとの女房(にようばう)、其(その)座(ざ)に
なみゐたる人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、皆(みな)袖(そで)をぞ
ぬらしける。福原(ふくはら)(フクワラ)の御使(おんつかひ)(おんツカヒ)、やがて今夜(こんや)鳥羽(とば)まで出(いで)
させ給(たま)ふべきよし申(まうし)ければ、「幾程(いくほど)ものびざら
む物(もの)ゆへ(ゆゑ)【故】に、こよひばかりは都(みやこ)のうちにてあかさ
ばや」との給(たま)へ【宣へ】共(ども)、頻(しきり)に申(まう)せば、其(その)夜(よ)鳥羽(とば)へ出(いで)ら
れける。宰相(さいしやう)あまりにうらめしさ【恨めしさ】に、今度(こんど)はのり
も具(ぐ)し給(たま)はず。おなじき廿二日(にじふににち)、福原(ふくはら)(フクワラ)へ下(くだ)りつ
き給(たま)ひたりければ、太政(だいじやう)入道(にふだう)、瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼
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康(かねやす)に仰(おほせ)て、備中国(びつちゆうのくに)(ビツチウノくに)へぞ下(くだ)されける。兼康(かねやす)は宰
相(さいしやう)のかへり聞(きき)給(たま)はん所(ところ)をおそれ【恐れ】て、道(みち)すがらも
やうやうにいたはりなぐさめ奉(たてまつ)る。され共(ども)少将(せうしやう)なぐ
さみ給(たま)ふ事(こと)もなし。よる昼(ひる)【夜昼】ただ仏(ほとけ)の御名(みな)を
のみ唱(となへ)て、父(ちち)の事(こと)をぞ歎(なげか)れける。新(しん)大納言(だいなごん)
は備前(びぜん)の児島(こじま)におはしけるを、あづかり【預り】の武士(ぶし)
難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)「これは猶(なほ)舟津(ふなつ)近(ちか)うてあしかり【悪しかり】
なん」とて地(ち)へわたし奉(たてまつ)り、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)両国(りやうごく)の
堺(さかひ)、にはせ[B 「は」に「ワ」と傍書]【庭瀬】の郷(がう)有木(ありき)の別所(べつしよ)と云(いふ)山寺(やまでら)にをき(おき)
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奉(たてまつ)る。備中(びつちゆう)(ビツちゆう)の瀬尾(せのを)(セノヲ)と備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)の
間(あひだ)は、纔(はつかに)五十町(ごじつちやう)にたらぬ所(ところ)なれば、丹波(たんばの)少将(せうしやう)、そなた
の風(かぜ)もさすがなつかしう【懐しう】やおもは【思は】れけむ。或(ある)時(とき)
兼康(かねやす)をめし【召し】て、「是(これ)より大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おんわたり)あんな
る備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)へは、いか程(ほど)の道(みち)ぞ」とと
ひ給(たま)へば、すぐにしらせ奉(たてまつ)てはあしかり【悪しかり】なんとや
おもひ【思ひ】けむ、「かたみち十二三日(じふにさんにち)で候(さうらふ)」と申(まうす)。其(その)時(とき)少
将(せうしやう)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「日本(につぽん)は昔(むかし)三十三(さんじふさん)ケ
国(かこく)にてあり【有り】けるを、中比(なかごろ)六十六(ろくじふろく)ケ国(かこく)に分(わけ)られ
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たんなり。さ云(いふ)備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)・備後(びんご)も、もとは一国(いつこく)に
てあり【有り】ける也(なり)。又(また)あづまに聞(きこ)ゆる出羽(では)(デワ)・陸奥(みちのく)両
国(りやうごく)も、昔(むかし)は六十六(ろくじふろく)郡(ぐん)が一国(いつこく)にてあり【有り】けるを、其(その)時(とき)
十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て、出羽国(ではのくに)(デワノくに)とはたてられたり。
されば実方(さねかたの)中将(ちゆうじやう)、奥州(あうしう)へながされたりける時(とき)、
此(この)国(くに)の名所(めいしよ)にあこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)と云(いふ)所(ところ)を見(み)ばやとて、
国(くに)のうちを尋(たづね)ありき【歩き】けるが、尋(たづね)かねて帰(かへ)りける
道(みち)に、老翁(らうおう)(ラウヲウ)の一人(いちにん)逢(あう)たりければ、「やや、御辺(ごへん)は
ふるい【古い】人(ひと)とこそ見(み)奉(たてまつ)れ。当国(たうごく)の名所(めいしよ)にあこ
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や【阿古屋】の松(まつ)と云(いふ)所(ところ)やしりたる」ととふに、「ま(ッ)たく当国(たうごく)
のうちには候(さうら)はず。出羽国(ではのくに)(デワノくに)にや候(さうらふ)らん」。「さては
御辺(ごへん)しらざりけり。世(よ)はすゑにな(ッ)て、名所(めいしよ)をも
はやよびうしなひ【失ひ】たるにこそ」とて、むなしく
過(すぎ)んとしければ、老翁(らうおう)(ラウヲウ)、中将(ちゆうじやう)の袖(そで)をひかへ
て、「あはれ君(きみ)はみちのくのあこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)に木(こ)
がくれていづべき月(つき)のいでもやらぬか W008といふ
歌(うた)の心(こころ)をも(ッ)て、当国(たうごく)の名所(めいしよ)あこや【阿古屋】の松(まつ)とは
仰(おほせ)られ候(さうらふ)か、それは両国(りやうごく)が一国(いつこく)なりし時(とき)読(よみ)侍(はべ)る
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歌(うた)也(なり)。十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て後(のち)は、出羽国(ではのくに)(デワノくに)にや候(さうらふ)らん」
と申(まうし)ければ、さらばとて、実方(さねかたの)中将(ちゆうじやう)も出羽国(ではのくに)(デワノくに)に
こえてこそ、あこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)をば見(み)たりけれ。筑
紫(つくし)の太宰府(ださいふ)(ダサイノフ)より都(みやこ)へ■[魚+宣](はらか)の使(つかひ)ののぼるこ
そ、かた路(みち)十五日(じふごにち)とはさだめたれ。既(すでに)十二三日(じふにさんにち)と云(いふ)は、
これより殆(ほとんど)鎮西(ちんぜい)へ下向(げかう)ごさむなれ(ごさんなれ)。遠(とほ)しと云(いふ)
とも、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)の間(あひだ)(アイダ)、両(りやう)三日(さんにち)にはよも過(すぎ)じ。近(ちか)きを
とをう(とほう)【遠う】申(まう)すは、大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おんわたり)(ヲンワタリ)あんなる所(ところ)を、成
経(なりつね)にしらせじとてこそ申(まうす)らめ」とて、其(その)後(のち)は恋(こひ)(コイ)
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  『大納言(だいなごんの)死去(しきよ)』S0210
しけれ共(ども)とひ給(たま)はず。○さる程(ほど)に、法勝寺(ほつしようじ)(ホツセウじ)の執
行(しゆぎやう)俊寛(しゆんくわん)(シユンクワン)僧都(そうづ)、平(へい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)康頼(やすより)、この少将(せうしやう)相(あひ)(アイ)ぐし
て、三人(さんにん)薩摩潟(さつまがた)鬼界(きかい)が島(しま)へぞながされける。
彼(かの)島(しま)は、都(みやこ)を出(いで)てはるばると浪路(なみぢ)をしのいで行(ゆく)
所(ところ)也(なり)。おぼろけにては舟(ふね)もかよはず。島(しま)にも人(ひと)
まれなり。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれども、此(この)土(ど)の人(ひと)に
も似(に)ず。色(いろ)黒(くろ)うして牛(うし)の如(ごと)し。身(み)には頻(しきり)に毛(け)
おひつつ、云(いふ)詞(ことば)も聞(きき)しら【知ら】ず。男(をとこ)は鳥帽子(えぼし)(ヱボシ)もせず、
女(をうな)は髪(かみ)もさげざりけり。衣裳(いしやう)なければ人(ひと)にも
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似(に)ず。食(しよく)する物(もの)もなければ、只(ただ)殺生(せつしやう)をのみ先(さき)と
す。しづが山田(やまだ)を返(かへ)さねば、米穀(べいこく)のるいもなく、
園(その)の桑(くは)(クワ)をとらざれば、絹帛(けんぱく)のたぐひもなかり
けり。島(しま)のなかにはたかき山(やま)あり【有り】。鎮(とこしなへ)に火(ひ)もゆ。
硫黄(いわう)(ユワウ)[B 「ユ」に「イ」と傍書]と云(いふ)物(もの)みちみてり。かるがゆへに(かるがゆゑに)硫黄(いわう)が
島(しま)とも名付(なづけ)たり。いかづちつねになりあがり【上がり】、なり
くだり、麓(ふもと)には雨(あめ)しげし。一日(いちにち)片時(へんし)、人(ひと)の命(いのち)たえ(たへ)【堪へ】
てあるべき様(やう)もなし。さる程(ほど)に、新(しん)大納言(だいなごん)はすこ
し【少し】くつろぐ【寛ぐ】事(こと)もやとおもは【思は】れけるに、子息(しそく)
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丹波(たんばの)少将(せうしやう)成経(なりつね)も、はや鬼界(きかい)が島(しま)へながされ給(たま)
ひぬときい【聞い】て、今(いま)はさのみつれなく何事(なにごと)をか
期(ご)すべきとて、出家(しゆつけ)の志(こころざし)の候(さうらふ)よし、便(たより)に付(つけ)て
小松殿(こまつどの)へ申(まう)されければ、此(この)由(よし)法皇(ほふわう)(ホウわう)へ伺(うかがひ)(ウカガイ)申(まうし)て
御免(ごめん)あり【有り】けり。やがて出家(しゆつけ)し給(たま)ひぬ。栄花(えいぐわ)
の袂(たもと)を引(ひき)かへて、浮世(うきよ)をよそに[M 「よその」とあり「の」をミセケチ「に」と傍書]すみぞめ
の袖(そで)にぞやつれ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の北方(きたのかた)は、都(みやこ)の
北山(きたやま)雲林院(うんりんゐん)(ウンリンイン)の辺(へん)にしのび【忍び】てぞおはしける。
さらぬだに住(すみ)なれぬ所(ところ)は物(もの)うきに、いとどしの
P02122
ば【忍ば】れければ、過行(すぎゆく)月日(つきひ)もあかしかね、くらしわづ
らふさまなりけり。女房(にようばう)侍(さぶらひ)(サブライ)おほかり【多かり】けれども、
或(あるいは)世(よ)をおそれ【恐れ】、或(あるいは)人目(ひとめ)をつつむほど【程】に、とひと
ぶらふ者(もの)一人(いちにん)もなし。され共(ども)其(その)中(なか)に、源(げん)左衛
門尉(ざゑもんのじよう)(ザエもんノゼウ)信俊(のぶとし)と云(いふ)侍(さぶらひ)一人(いちにん)、情(なさけ)ことにふかかり【深かり】ければ、
つねはとぶらひ【訪ひ】奉(たてまつ)る。或(ある)時(とき)北方(きたのかた)、信俊(のぶとし)をめ
し【召し】て、「まことや、これには備前(びぜん)のこじまにと聞(きこ)
えしが、此(この)程(ほど)きけば有木(ありき)の別所(べつしよ)とかやにおは
す也(なり)。いかにもして今(いま)一度(いちど)、はかなき筆(ふで)のあと【跡】
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をも奉(たてまつ)り、御(おん)をとづれ(おとづれ)をもきかばや」とこその
給(たま)ひけれ。信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】申(まうし)けるは、「幼少(えうせう)(ヨウセウ)より
御憐(おんあはれみ)を蒙(かうぶつ)て、かた時(とき)もはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。
御下(おんくだ)りの時(とき)も、何(なに)共(とも)して御供(おんとも)仕(つかまつら)うど申(まうし)候(さうらひ)しか
共(ども)、六波羅(ろくはら)よりゆるさ【許さ】れねば力(ちから)及(および)(ヲヨビ)候(さうら)はず。めされ
候(さうらひ)[*「候」は「か」とも読める 「候」と傍書]し御声(おんこゑ)も耳(みみ)にとどまり、諫(いさめ)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】し御
詞(おんことば)も肝(きも)に銘(めい)じて、かた時(とき)も忘(わすれ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。縦(たとひ)
此(この)身(み)はいかなる目(め)にもあひ候(さうら)へ、とうとう御(おん)ふみ【文】給(たま)
は(ッ)てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とぞ申(まうし)ける。北方(きたのかた)なのめなら
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ず悦(よろこん)で、やがてかい【書い】てぞたうだりける。おさなき(をさなき)【幼き】
人々(ひとびと)も面々(めんめん)に御(おん)ふみ【文】あり【有り】。信俊(のぶとし)これを給(たま)は(ッ)て、
はるばると備前国(びぜんのくに)有木(ありき)の別所(べつしよ)へ尋下(たづねくだ)る。[B 先(まづ)]あ
づかり【預り】の武士(ぶし)難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)に案内(あんない)をいひけ
れば、心(こころ)ざしの程(ほど)を感(かん)じて、やがて見参(げんざん)にいれ【入れ】
たりけり。大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)は、只今(ただいま)も都(みやこ)の事(こと)
をの給(たま)ひ[B い]だし【出し】、歎(なげ)きしづんでおはしける処(ところ)に、
「京(きやう)より信俊(のぶとし)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申入(まうしいれ)たりければ、「ゆ
めかや」とて、ききもあへずおきなをり(なほり)、「是(これ)へ
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是(これ)へ」とめされければ、信俊(のぶとし)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)奉(たてまつ)るに、
まづ御(おん)すまひ【住ひ】の心(こころ)うさもさる事(こと)にて、墨染(すみぞめ)
の御袂(おんたもと)を見(み)奉(たてまつ)るにぞ、信俊(のぶとし)目(め)もくれ心(こころ)もき
えて覚(おぼえ)ける。北方(きたのかた)の仰(おほせ)かうむ(ッ)【蒙つ】し次第(しだい)、こまごま
と申(まうし)て、御(おん)ふみ【文】とりいだいて奉(たてまつ)る。是(これ)をあけて
見(み)給(たま)へば、水(みづ)ぐきの跡(あと)は涙(なみだ)にかきくれて、そ
こはかとはみえ【見え】ねども、「おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)のあまり
に恋(こひ)かなしみ給(たま)ふありさま、我(わが)身(み)もつき
せぬもの思(おもひ)にたへ【堪へ】しのぶ【忍ぶ】べうもなし」な(ン)ど(など)かか
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れたれば、日来(ひごろ)の恋(こひ)しさは事(こと)の数(かず)ならずと
ぞかなしみ給(たま)ふ。かくて四五日(しごにち)過(すぎ)ければ、信俊(のぶとし)
「これに候(さうらひ)て、[B 御]最後(ごさいご)の御(おん)有(あり)さま【有様】見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と
申(まうし)ければ、あづかり【預り】の武士(ぶし)難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)、か
なう(かなふ)【叶ふ】まじきよし【由】頻(しきり)に申(まう)せば、力(ちから)及(およ)(ヲヨ)ばで、「さらば
上(のぼ)れ」とこその給(たま)ひけれ。「我(われ)は近(ちか)ううしなは【失は】れん
ずらむ。此(この)世(よ)になき者(もの)ときかば、相構(あひかまへ)(アイカマヘ)て我(わが)後世(ごせ)
とぶらへ」とぞの給(たま)ひける。御返事(おんぺんじ)かいてたう
だりければ、信俊(のぶとし)これを給(たまは)(ッ)て、「又(また)こそ参(まゐ)り候(さうら)
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はめ」とて、いとま申(まうし)て出(いで)ければ、[B 大納言(だいなごん)、]「汝(なんぢ)が又(また)こ【来】んたびを
待(まち)つくべしともおぼえぬぞ。あまりにしたはし
くおぼゆる【覚ゆる】に、しばししばし」との給(たま)ひて、たびたび
よびぞかへさ【返さ】れける。さてもあるべきならねば、
信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】つつ、都(みやこ)へ帰(かへり)のぼり【上り】けり。北
方(きたのかた)に御(おん)ふみ【文】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、是(これ)をあけて
御覧(ごらん)ずるに、はや出家(しゆつけ)し給(たま)ひたるとおぼしく
て、御(おん)ぐし【髪】の一(ひと)ふさ、ふみのおくにあり【有り】けるを、
ふた目(め)とも見(み)給(たま)はず。かたみこそ中々(なかなか)今(いま)は
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あたなれとて、ふしまろびてぞなか【泣か】れける。お
さなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も、声々(こゑごゑ)(コエごゑ)になきかなしみ給(たま)ひけり。
さる程(ほど)に、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)をば、同(おなじき)(ヲナジキ)八月(はちぐわつ)十九日(じふくにち)、
備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)両国(りやうごく)の堺(さかひ)(サカイ)、にはせ[B 「は」に「ワ」と傍書]【庭瀬】の郷(がう)吉備(きび)の
中山(なかやま)と云(いふ)所(ところ)にて、つゐに(つひに)【遂に】うしなひ【失ひ】奉(たてまつ)る。其(その)さひ
ご(さいご)【最後】の有様(ありさま)、やうやうに聞(きこ)えけり。酒(さけ)に毒(どく)を入(いれ)て
すすめたりけれ共(ども)、かなは【叶は】ざりければ、岸(きし)の二
丈(にぢやう)ばかりあり【有り】ける下(した)にひしをうへ(うゑ)【植ゑ】て、うへより
つきおとし【落し】奉(たてまつ)れば、ひしにつらぬ【貫ぬ】か(ッ)てうせ給(たま)ひ
P02129
ぬ。無下(むげ)にうたてき事共(ことども)也(なり)。ためし【例】すくなうぞおぼ
えける。大納言(だいなごん)[B の]北方(きたのかた)は、此(この)世(よ)になき人(ひと)と聞(きき)たま
ひて、「いかにもして今(いま)一度(いちど)、かはらぬすがたを見(み)も
し、見(み)えんとてこそ、けふまでさまをもかへざり
つれ。今(いま)は何(なに)にかはせん」とて、菩提院(ぼだいゐん)(ボダイイン)と云(いふ)寺(てら)に
おはし、さまをかへ、かたのごとく[B の]仏事(ぶつじ)をいとなみ、
後世(ごせ)をぞとぶらひ【弔ひ】給(たま)ひける。此(この)北方(きたのかた)と申(まうす)は、
山城守(やましろのかみ)敦方(あつかた)の娘(むすめ)なり。勝(すぐれ)たる美人(びじん)にて、後白河
法皇(ごしらかはのほふわう)(ゴシラカワホウワウ)の御最愛(ごさいあい)ならびなき御(おん)おもひ【思ひ】人(びと)にてお
P02130
はしけるを、成親卿(なりちかのきやう)ありがたき寵愛(ちようあい)(テウアイ)の人(ひと)にて、給(たま)
はられたりけるとぞ聞(きこ)えし。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も
花(はな)を手折(たをり)、閼伽(あか)の水(みづ)を結(むす)んで、父(ちち)の後世(ごせ)を
とぶらひ【弔ひ】給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。さる程(ほど)に[B 「さる程」に「かくて」と傍書]時(とき)うつり
事(こと)さ(ッ)て、世(よ)のかはりゆくありさまは、ただ天人(てんにん)の五
  『徳大寺(とくだいじ)之(の)沙汰(さた)』S0211
衰(ごすい)にことならず。○ここに徳大寺(とくだいじ)の大納言(だいなごん)実
定卿(しつていのきやう)は、平家(へいけ)の次男(じなん)宗盛卿(むねもりのきやう)に大将(だいしやう)をこえられ
て、しばらく寵居(ろうきよ)し給(たま)へり。出家(しゆつけ)せんとの給(たま)へ【宣へ】ば、
諸大夫(しよだいぶ)侍共(さぶらひども)(さぶらイども)[M 「諸大夫侍共」をミセケチ、左に「御内の上下」と傍書]、いかがせんと歎(なげき)あへり。其(その)中(なか)に藤(とう)蔵
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人(くらんどの)[B 大夫(たいふ)]重兼(しげかぬ)と云(いふ)諸大夫(しよだいぶ)あり【有り】。諸事(しよじ)に心(こころ)えたる者(もの)[M 「人」をミセケチ「者」と傍書]にて[B 有(あり)けるが]、
ある月(つき)の夜(よ)、実定卿(しつていのきやう)南面(なんめん)の御格子(みかうし)あげさせ、
只(ただ)ひとり月(つき)に嘯(うそむい)ておはしける処(ところ)に、なぐさめ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとやおもひ【思ひ】けん、藤蔵人(とうくらんど)まいり(まゐり)【参り】
たり。「たそ」[B とのたまへ【宣へ】ば、]「重兼(しげかぬ)候(ざうらふ)(ザフラウ)」。「いかに何事(なにごと)ぞ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
「今夜(こよひ)は殊(こと)に月(つき)さえ【冴え】て、よろづ心(こころ)のすみ候(さうらふ)まま
にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)「神妙(しんべう)にま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】たり。余(あまり)に何(なに)とやらん心(こころ)ぼそうて徒然(とぜん)なる
に」とぞ仰(おほせ)られける。其(その)後(のち)何(なに)となひ(ない)【無い】事共(ことども)申(まうし)て
P02132
なぐさめ奉(たてまつ)る。大納言(だいなごん)の給(たま)ひけるは、「倩(つらつら)此(この)世(よ)の
中(なか)のありさまを見(み)るに、平家(へいけ)の世(よ)はいよいよ
さかん【盛】なり。入道(にふだう)相国(しやうこく)の嫡子(ちやくし)次男(じなん)、左右(さう)の大将(だいしやう)
にてあり【有り】。やがて三男(さんなん)知盛(とももり)、嫡孫(ちやくそん)維盛(これもり)もある【有る】ぞ
かし。かれも是(これ)も次第(しだい)にならば、他家(たけ)の人々(ひとびと)、大将(だいしやう)
に[M 「を」をミセケチ「に」と傍書]いつあたりつくべし共(とも)おぼえ【覚え】ず。さればつゐ(つひ)
の事(こと)也(なり)。出家(しゆつけ)せん」とぞの給(たま)ひける。重兼(しげかぬ)涙(なみだ)
をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)けるは、「君(きみ)の御出家(ごしゆつけ)候(さうらひ)
なば、御内(みうち)の上下(じやうげ)皆(みな)まどひ者(もの)になり[B 候(さうら)ひ]なんず。
P02133
重兼(しげかぬ)めづらしい事(こと)をこそ案(あん)じ出(いだ)して候(さうら)へ。喩(たとへ)ば安
芸(あき)の厳島(いつくしま)をば、平家(へいけ)なのめならずあがめ敬(うやまは)れ
候(さうらふ)に、何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき、彼(かの)社(やしろ)へ御(おん)まいり(まゐり)【参り】あ(ッ)て、御
祈誓(ごきせい)候(さうら)へかし。七日(なぬか)ばかり御参籠(ごさんろう)候(さうら)はば、彼(かの)社(やしろ)には
内侍(ないし)とて、ゆう(いう)【優】なる舞姫共(まひびめども)(マイビメども)おほく【多く】[B 「く」に「う」と傍書]候(さうらふ)。めづら
しう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、もてなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん
ずらん。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)候(さうらふ)やらんと申(まうし)
候(さうら)はば、あり【有り】のままに仰(おほせ)候(さうら)へ。さて御(おん)のぼりの時(とき)、御
名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜しみ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらん。むねとの内侍共(ないしども)
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をめし【召し】具(ぐ)して、都(みやこ)まで御(おん)のぼり候(さうら)へ。都(みやこ)へのぼり候(さうらひ)
なば、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐり)(マイリ)候(さうら)はんずらん。徳大寺殿(とくだいじどの)は
何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に厳島(いつくしま)へはまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたり
けるやらんと尋(たづね)られ候(さうら)はば、内侍(ないし)共(ども)あり【有り】のままに
ぞ申(まうし)候(さうら)はむずらん。入道(にふだう)相国(しやうこく)はことに物(もの)めで
し給(たま)ふ人(ひと)にて、わが崇(あがめ)給(たま)ふ御神(おんがみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
祈(いのり)申(まう)されけるこそうれしけれとて、よきやう
なるはからひもあんぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
徳大寺殿(とくだいじどの)「これこそおもひ【思ひ】もよらざりつれ。
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ありがたき策(はかりこと)かな。やがてまいら(まゐら)【参ら】む」とて、俄(にはか)に精
進(しやうじん)はじめつつ、厳島(いつくしま)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。誠(まこと)に彼(かの)
社(やしろ)には内侍(ないし)とてゆう(いう)【優】なる女(をんな)どもおほかり【多かり】けり。
七日(なぬか)参籠(さんろう)せられけるに、よるひる【夜昼】つきそひ奉(たてまつ)
り、もてなす事(こと)かぎりなし。七日(なぬか)七夜(ななよ)の間(あひだ)(アイダ)に、舞
楽(ぶがく)も三度(さんど)まであり【有り】けり。琵琶(びは)(ビワ)琴(こと)ひき、神楽(かぐら)
うたひ【歌ひ】な(ン)ど(など)遊(あそび)ければ、実定卿(しつていのきやう)も面白(おもしろき)(ヲモシロキ)事(こと)におぼ
しめし【思し召し】、神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ホウラク)のために、いまやう【今様】朗詠(らうえい)(ラウエイ)うたひ【歌ひ】、
風俗(ふうぞく)催馬楽(さいばら)な(ン)ど(など)、ありがたき郢曲(えいきよく)どもあり【有り】けり。
P02136
内侍共(ないしども)「当社(たうしや)へは平家(へいけ)の公達(きんだち)こそ御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶら
ふに、この御(おん)まいり(まゐり)【参り】こそめづらしうさぶらへ【候へ】。何事(なにごと)の
御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)さぶらふ【候ふ】やらん」と申(まうし)ければ、
「大将(だいしやう)を人(ひと)にこえられたる間(あひだ)、その祈(いのり)のため也(なり)」と
ぞ仰(おほせ)られける。さて七日(なぬか)参籠(さんろう)おは(ッ)(をはつ)て、大明神(だいみやうじん)に
暇(いとま)申(まうし)て都(みやこ)へのぼらせ給(たま)ふに、名残(なごり)ををしみ奉(たてまつ)
り、むねとのわかき内侍(ないし)十(じふ)余人(よにん)、舟(ふね)をしたて【仕立て】て一
日路(ひとひぢ)ををくり(おくり)【送り】奉(たてまつ)る。いとま申(まうし)けれ共(ども)、さりとては
あまりに名(な)ごりのおしき(をしき)【惜しき】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)、今(いま)二日
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路(ふつかぢ)と仰(おほせ)られて、都(みやこ)までこそ具(ぐ)せられけれ。徳大
寺殿(とくだいじどの)の亭(てい)へいれ【入れ】させ給(たま)ひて、やうやうにもてなし、
さまざまの御引出物共(おんひきでものども)たうでかへさ【返さ】れけり。内侍
共(ないしども)「これまでのぼる程(ほど)では、我等(われら)がしう(しゆう)【主】の太政(だいじやう)入道
殿(にふだうどの)へ、いかでまいら(まゐら)【参ら】である【有る】べき」とて、西八条(にしはつでう)へぞ参(さん)じ
たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)いそぎ出(いで)あひ給(たま)ひて、「いかに内侍共(ないしども)は
何事(なにごと)の列参(れつさん)ぞ」。「徳大寺殿(とくだいじどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふ(さぶらう)て、七
日(なぬか)こもらせ給(たま)ひて御(おん)のぼりさぶらふ【候ふ】を、一日路(ひとひぢ)をく
り(おくり)【送り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てさぶらへ【候へ】ば、さりとてはあまりに名残(なごり)の
P02138
おしき(をしき)【惜しき】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)(ヲホセ)られて、是(これ)までめし【召し】
ぐせ【具せ】られてさぶらふ【候ふ】」。「徳大寺(とくだいじ)は何事(なにごと)の祈誓(きせい)
に厳島(いつくしま)まではまいら(まゐら)【参ら】れたりけるやらん」との給(たま)
へば、「大将(だいしやう)の御祈(おんいのり)のためとこそ仰(おほせ)られさぶらひ
しか」。其(その)時(とき)入道(にふだう)うちうなづいて、「あないとをし(いとほし)。王
城(わうじやう)にさしもた(ッ)とき霊仏(れいぶつ)霊社(れいしや)のいくらもまし
ますをさしをい(おい)て、我(わが)崇(あがめ)奉(たてまつ)る御神(おんがみ)(ヲンガミ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
祈(いのり)申(まう)されけるこそ有(あり)がたけれ。是(これ)ほど心(こころ)ざし切(せつ)
ならむ上(うへ)は」とて、嫡子(ちやくし)小松殿(こまつどの)内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にて
P02139
ましましけるを辞(じ)せさせ奉(たてまつ)り、次男(じなん)宗盛(むねもり)大納
言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるをこえさせて、徳大寺(とくだいじ)
を左大将(さだいしやう)にぞなされける。あはれ、めでたかりけ
るはかりこと【策】かな。新大納言(しんだいなごん)も、か様(やう)【斯様】に賢(かしこ)きはから
ひをばし給(たま)はで、よしなき謀反(むほん)おこいて、我(わが)身(み)も
亡(ほろび)、子息(しそく)所従(しよじゆう)[*「従」は「徒」とも読める]に至(いた)るまで、かかるうき目(め)をみせ【見せ】
  『山門滅亡(さんもんめつばう)堂衆合戦(だうしゆかつせん)』S0212
給(たま)ふこそうたてけれ。○さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ホウワウ)は三井
寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)を御師範(ごしはん)として、真言(しんごん)の秘
法(ひほふ)(ヒホウ)を伝受(でんじゆ)せさせましましけるが、大日経(だいにちきやう)・金剛
P02140
頂経(こんがうちやうきやう)・蘇悉地経(そしつぢぎやう)(ソシツヂキヤウ)、此(この)三部(さんぶ)の秘法(ひほふ)(ヒホウ)[B 「法」に「経」と傍書]をうけさせ給(たま)
ひて、九月(くぐわつ)四日[B ノヒ](よつかのひ)三井寺(みゐでら)にて御灌頂(ごくわんぢやう)(ゴクワンヂヤウ)あるべしと
ぞ聞(きこ)えける。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)憤(いきどほり)(イキドヲリ)申(まうし)、「昔(むかし)より御灌頂(ごくわんぢやう)(ごクワンヂヤウ)
御受戒(おんじゆかい)(ヲンジユカイ)、みな当山(たうざん)にしてとげさせまします
事(こと)先規(せんぎ)也(なり)。就中(なかんづく)に山王(さんわう)の化導(けだう)は受戒(じゆかい)灌
頂(くわんぢやう)(クワンヂヤウ)のためなり。しかる【然る】を今(いま)三井寺(みゐでら)にてとげ
させましまさば、寺(てら)を一向(いつかう)焼払(やきはら)ふべしとぞ」
申(まうし)ける。[B 法皇(ほふわう)、]「是(これ)無益(むやく)なり」とて、御加行(おんけぎやう)(ヲンケギヤウ)を結願(けつぐわん)して、
おぼしめし【思し召し】とどまら【留まら】せ給(たま)ひぬ。さりながらも猶(なほ)
P02141
御本意(ごほんい)なればとて、三井寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)をめ
し【召し】具(ぐ)して、天王寺(てんわうじ)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、五智光院(ごちくわうゐん)(ゴチクワウイン)を
たて、亀井(かめゐ)(カメイ)の水(みづ)を五瓶(ごびやう)の智水(ちすい)として、仏
法(ぶつぽふ)(ブツポウ)最初(さいしよ)の霊地(れいち)にてぞ、伝法(でんぼふ)(デンボウ)灌頂(くわんぢやう)(クワンヂヤウ)はとげさせ
ましましける。山門(さんもん)の騒動(さうどう)をしづめられんが
ために、三井寺(みゐでら)にて御灌頂(ごくわんぢやう)(ごクワンヂヤウ)はなかりしか共(ども)、山
上(さんじやう)には、堂衆(だうじゆ)学生(がくしやう)不快(ふくわい)の事(こと)いできて、かつ
せん【合戦】度々(どど)に及(およぶ)(ヲヨブ)。毎度(まいど)に学侶(がくりよ)うちおとされて、
山門(さんもん)の滅亡(めつばう)、朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)とぞ見(み)えし。堂衆(だうじゆ)
P02142
と申(まうす)は、学生(がくしやう)の所従(しよじゆう)(シヨジウ)也(なり)ける童部(わらんべ)が法師(ほふし)(ホウシ)にな(ッ)
たるや、若(もし)は中間(ちゆうげん)(チウゲン)法師原(ぼふしばら)(ぼうしばら)にてあり【有り】けるが、[B 一(ひと)とせ]金剛
寿院(こんがうじゆゐん)(コンガウジユイン)の座主(ざす)覚尋権僧正(かくじんごんそうじやう)(カクシンゴンソウジヤウ)治山(ぢさん)の時(とき)より、三
塔(さんたふ)(さんタウ)に結番(けつばん)して、夏衆(げしゆ)と号(かう)して、仏(ほとけ)に花(はな)ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】し者共(ものども)也(なり)。近年(きんねん)行人(ぎやうにん)とて、大衆(だいしゆ)をも事(こと)
共(とも)せざりしが、かく度々(どど)の軍(いくさ)[M 「戦(イクサ)」をミセケチ「軍」と傍書]にうちかちぬ。堂衆
等(だうじゆら)師主(ししゆ)の命(めい)をそむいて合戦(かつせん)を企(くはたつ)(クワタツ)。すみやか
に誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)せらるべきよし、大衆(だいしゆ)公家(くげ)に奏聞(そうもん)
し、武家(ぶけ)に触(ふれ)う(ッ)たう(うつたふ)【訴ふ】。これによ(ッ)て太政(だいじやう)入道(にふだう)院
P02143
宣(ゐんぜん)(インゼン)を承(うけたまは)り、紀伊国(きのくに)の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)湯浅権守(ゆあさのごんのかみ)宗重(むねしげ)以
下(いげ)、畿内(きない)の兵(つはもの)二千(にせん)余騎(よき)、大衆(だいしゆ)にさしそへて堂
衆(だうじゆ)を攻(せめ)らる。堂衆(だうじゆ)日(ひ)ごろは東陽坊(とうやうばう)にあり【有り】しが、
近江国(あふみのくに)三ケ(さんが)【三箇】の庄(しやう)に下向(げかう)して、数多(すた)の勢(せい)を率(そつ)
し、又(また)登山(とうざん)して、さう井坂(ゐざか)【早尾坂】に城[B 槨](じやうくわく)(ジヤウクハク)を構(かまへ)[M 「し」をミセケチ「構(カマヘ)」と傍書]てたて
ごもる[M 「たてごもり」とあり「り」を非とし「る」と傍書]。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿日[B ノヒ](はつかのひ)辰(たつ)の一点(いつてん)に、大衆(だいしゆ)三千人(さんぜんにん)、官
軍(くわんぐん)二千(にせん)余騎(よき)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)五千(ごせん)余人(よにん)、さう井坂(ゐざか)【早尾坂】
におしよせたり。今度(こんど)はさり共(とも)とおもひ【思ひ】けるに、
大衆(だいしゆ)は官軍(くわんぐん)をさきだてんとし、官軍(くわんぐん)は又(また)大
P02144
衆(だいしゆ)をさきだて【先立て】んとあらそふ程(ほど)に、心々(こころごころ)にて
はかばかしうもたたかはず。城(じやう)の内(うち)より石弓(いしゆみ)
はづし【外し】かけたりければ、大衆(だいしゆ)官軍(くわんぐん)かずをつく
いてうた【討た】れにけり。堂衆(だうじゆ)に語(かた)らふ悪党(あくたう)と云(いふ)は、
諸国(しよこく)の窃盜(せつたう)・強盜(がうだう)・山賊(さんぞく)・海賊等(かいぞくとう)也(なり)。欲心(よくしん)熾盛(しじやう)
にして、死生(ししやう)不知(ふち)の奴原(やつばら)なれば、我(われ)一人(いちにん)と思(おもひ)き(ッ)て
たたかふ【戦ふ】程(ほど)に、今度(こんど)も又(また)学生(がくしやう)いくさ【軍】にまけにけ
  『山門滅亡(さんもんめつばう)』S0213
り。○其(その)後(のち)は山門(さんもん)いよいよ荒(あれ)はてて、十二禅衆(じふにぜんじゆ)の
ほかは、止住(しぢゆう)(シヂウ)の僧侶(そうりよ)も希(まれ)也(なり)。谷々(たにだに)の講演(こうえん)(カウエン)磨滅(まめつ)
P02145
して、堂々(だうだう)の行法(ぎやうぼふ)(ギヤウボウ)も退転(たいてん)す。修学(しゆがく)の窓(まど)を閉(とぢ)、
坐禅(ざぜん)の床(ゆか)をむなしう【空しう】せり。四教(しけう)五時(ごじ)の春[B ノ](はるの)花(はな)
もにほはず、三諦(さんだい)即是(そくぜ)の秋(あき)の月(つき)もくもれり。
三百(さんびやく)余歳(よさい)の法燈(ほつとう)(ホツトウ)を挑(かかぐ)る人(ひと)もなく、六時(ろくじ)不断(ふだん)の
香(かう)の煙(けぶり)もたえ【絶え】やしぬらん。堂舎(たうじや)高(たか)くそびへ(そびえ)【聳え】て、
三重(さんぢゆう)の構(かまへ)を青漢(せいかん)の内(うち)に挿(さしはさ)み、棟梁(とうりやう)遥(はるか)に
秀(ひいで)て、四面(しめん)の椽(たるき)を白霧(はくぶ)の間(あひだ)にかけたりき。
され共(ども)、今(いま)は供仏(くぶつ)を嶺(みね)の嵐(あらし)にまかせ【任せ】、金容(きんよう)を
紅瀝(こうれき)にうるほす。夜(よる)の月(つき)灯(ともしび)をかかげて、簷(のき)
P02146
のひまよりもり、暁(あかつき)の露(つゆ)珠(たま)を垂(たれ)て、蓮座(れんざ)
の粧(よそほひ)(ヨソヲヒ)をそふとかや。夫(それ)末代(まつだい)の俗(ぞく)に至(いたつ)ては、三国(さんごく)の
仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)も次第(しだい)に衰微(すいび)せり。遠(とほ)(トヲ)く天竺(てんぢく)に仏跡(ぶつせき)を
とぶらへば、昔(むかし)仏(ほとけ)の法(のり)を説(とき)給(たま)ひし竹林精舎(ちくりんしやうじや)・給
孤独園(ぎつこどくをん)も、此比(このごろ)は狐狼(こらう)野干(やかん)の栖(すみか)とな(ッ)て、礎(いしずゑ)(イシズヘ)のみ
や残(のこる)らん。白鷺池(はくろち)には水(みづ)たえ【絶え】て、草(くさ)のみふかく
しげれり。退梵(たいぼん)下乗(げじよう)(ゲゼウ)の卒都婆(そとば)も苔(こけ)のみ
むして傾(かたぶき)ぬ。震旦(しんだん)にも天台山(てんだいさん)・五台山(ごだいさん)【御台山】・白馬寺(はくばじ)・
玉泉寺(ぎよくせんじ)も、今(いま)は住侶(ぢゆうりよ)(ヂウリヨ)なきさまに荒(あれ)はてて、大小
P02147
乗(だいせうじよう)(だいセウゼウ)の法門(ほふもん)(ホウモン)も箱(はこ)の底(そこ)にや朽(くち)ぬらん。我(わが)朝(てう)にも[M 「には」とあり「は」をミセケチ「も」と傍書]、
南都(なんと)の七大寺(しちだいじ)荒(あれ)はてて、八宗(はつしゆう)(はつシウ)九宗(くしゆう)(くシウ)も跡(あと)たえ【絶え】、
愛宕護(あたご)・高雄(たかを)(たかヲ)も、昔(むかし)は堂塔(だうたふ)(ダウタウ)軒(のき)をならべたり
しか共(ども)、一夜(ひとよ)のうちに荒(あれ)にしかば、天狗(てんぐ)の棲(すみか)と
なりはてぬ。さればにや、さしもや(ン)ごとなかりつる
天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)も、治承(ぢしよう)(ヂセウ)の今(いま)に及(およん)(ヲヨン)で、亡(ほろび)はてぬる
にや。心(こころ)ある人(ひと)嘆(なげき)かなしまずと云(いふ)事(こと)なし。離山(りさん)
しける僧(そう)の坊(ばう)の柱(はしら)に、歌(うた)をぞ一首(いつしゆ)かい【書い】たりける。
いのりこし我(わが)たつ杣(そま)のひき【引き】かへて
P02148
人(ひと)なきみねとなりやはてなむ W009
これは、伝教大師(でんげうだいし)当山(たうざん)草創(さうさう)の昔(むかし)、阿耨多羅
三藐三菩提[*「藐」は底本は「(草冠に狼)」](あのくたらさんみやくさんぼだい)の仏(ほとけ)たちにいのり申(まう)されける
事(こと)をおもひ【思ひ】出(いで)て、読(よみ)たりけるにや。いとやさしう
ぞ聞(きこ)えし。八日(やうか)は薬師(やくし)の日(ひ)なれ共(ども)、南無(なむ)と唱(となふ)るこゑ【声】
もせず、卯月(うづき)は垂跡(すいしやく)の月(つき)なれ共(ども)、幣帛(へいはく)を捧(ささぐ)る
人(ひと)もなし。あけの玉墻(たまがき)かみさびて、しめなは【注連縄】のみや
  『善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)』S0214
残(のこる)らん。○其(その)比(ころ)善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)の由(よし)其(その)聞(きこえ)(キコヘ)あり【有り】。彼(かの)如
来(によらい)と申(まうす)は、昔(むかし)中天竺(ちゆうてんぢく)(チウテンヂク)舎衛国(しやゑこく)(シヤエコク)に五種(ごしゆ)の悪病(あくびやう)
P02149
おこ(ッ)て人庶(にんそ)おほく【多く】亡(ほろび)しに、月蓋長者(ぐわつかいちやうじや)が致請(ちせい)によ(ッ)
て、竜宮城(りゆうぐうじやう)(リウグウじやう)より閻浮檀金(えんぶだんごん)をえて、釈尊(しやくそん)、目蓮(もくれん)
長者(ちやうじや)、心(こころ)をひとつ【一つ】にして鋳(い)(ヰ)あらはし給(たま)へる一(いつ)ちや
く手半(しゆはん)の弥陀(みだ)の三尊(さんぞん)、閻浮提(えんぶだい)第一(だいいち)の霊像(れいざう)也(なり)。
仏滅度(ぶつめつど)の後(のち)、天竺(てんぢく)にとどまら【留まら】せ給(たまふ)事(こと)五百(ごひやく)余歳(よさい)、
仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)東漸(とうぜん)の理(ことわり)(コトハリ)にて、百済国(はくさいこく)にうつらせ給(たま)ひて、
一千歳(いつせんざい)の後(のち)、百済(はくさい)の御門(みかど)斉明王【*聖明王】(せいめいわう)、吾(わが)朝(てう)の御門(みかど)
欽明天皇(きんめいてんわう)の御宇(ぎよう)に及(およん)(ヲヨン)で、彼(かの)国(くに)よりこの【此の】国(くに)へうつ
らせ給(たま)ひて、摂津国(つのくに)難波(なんば)の浦(うら)にして星霜(せいざう)を
P02150
をくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけり。つねは金色(こんじき)の光(ひかり)をはなたせ
ましましければ、これによ(ッ)て年号(ねんがう)を金光(こんくわう)と号(かう)(ガウ)す。
同(おなじき)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、信濃国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)おうみ【麻績】の本
太善光(ほんだよしみつ)と云(いふ)(ユウ)者(もの)、都(みやこ)へのぼりたりけるが、彼(かの)如来(によらい)に
逢(あひ)(アイ)奉(たてまつ)りたりけるに、やがていざなひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ひ
るは善光(よしみつ)、如来(によらい)ををい(おひ)【負ひ】奉(たてまつ)り、夜(よる)は善光(よしみつ)、如来(によらい)
におはれたてま(ッ)【奉つ】て、信濃国(しなののくに)へ下(くだ)り、みのち【水内】の郡[* 「都」と有るのを他本により訂正](こほり)
に安置(あんぢ)したてま(ッ)【奉つ】しよりこのかた、星霜(せいざう)既(すで)に
五百八十(ごひやくはちじふ)余歳(よさい)、炎上(えんしやう)の例(れい)はこれはじめとぞ承(うけたまは)
P02151
る。「王法(わうぼふ)(ワウボウ)つきんとては仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)まづ亡(ばう)ず」といへり。さ
ればにや、「さしもや(ン)ごとなかりつる霊寺(れいじ)霊山(れいさん)の
おほく【多く】ほろびうせぬるは、平家(へいけ)[M 「平家(ヘイケ)」をミセケチ「王法」と傍書]の末(すゑ)(スエ)になり
  『康頼(やすより)祝言(のつと)』S0215
ぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ申(まうし)ける。○さるほど【程】に、
鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)、露(つゆ)の命(いのち)草葉(くさば)のす
ゑにかか(ッ)て、おしむ(をしむ)【惜しむ】べきとにはあらね共(ども)、丹波(たんばの)
少将(せうしやう)のしうと平宰相(へいざいしやう)の領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)
より、衣食(いしよく)を常(つね)にをくら(おくら)【送ら】れければ、それにて
ぞ俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)も康頼(やすより)も、命(いのち)をいきて過(すご)しける。
P02152
康頼(やすより)はながされける時(とき)、周防(すはうの)室(むろ)づみ【室積】にて出家(しゆつけ)
して(ン)げれば、法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)は性照(しやうせう)とこそついたりけれ。
出家(しゆつけ)はもとよりの望(のぞみ)なりければ、
つゐに(つひに)【遂に】かくそむきはてける世間(よのなか)を
とく捨(すて)ざりしことぞくやしき W010
丹波(たんばの)少将(せうしやう)・康頼(やすより)入道(にふだう)は、もとより熊野信(くまのしん)じの
人々(ひとびと)なれば、「いかにもして此(この)島(しま)のうちに」熊野(くまの)の
三所権現(さんじよごんげん)を勧請(くわんじやう)し奉(たてまつ)て、帰洛(きらく)の事(こと)を祈(いのり)
申(まう)さばやと云(いふ)に、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)は天姓【*天性】(てんぜい)不信(ふしん)第一(だいいち)
P02153
の人(ひと)にて、是(これ)をもちい(もちゐ)【用】ず。二人(ににん)はおなじ心(こころ)に、もし熊
野(くまの)に似(に)たる所(ところ)やあると、島(しま)のうちを尋(たづね)まはる
に、或(あるいは)林塘(りんたう)の妙(たへ)なるあり【有り】、紅錦繍(こうきんしう)の粧(よそほひ)(ヨソヲイ)しな
じなに、或(あるいは)雲嶺(うんれい)のあやしきあり【有り】、碧羅綾(へきらりよう)(ヘキラレウ)の色(いろ)一(ひとつ)
にあらず。山(やま)のけしき【景色】、木(き)のこだちに至(いた)るまで、外(ほか)
よりもなを(なほ)【猶】勝(すぐれ)たり。南(みなみ)を望(のぞ)めば、海(かい)漫々(まんまん)として、
雲(くも)の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)ふかく、北(きた)をかへり見(み)れば、又(また)山岳(さんがく)
の峨々(がが)たるより、百尺(はくせき)の滝水(りゆうすい)(リウスイ)[M 「レウスイ」とあり「レ」をミセケチ「リ」と傍書]漲落(みなぎりおち)(ミナギリヲチ)たり。滝(たき)の
音(おと)ことにすさまじく、松風(まつかぜ)神(かみ)さびたるすまひ【住ひ】、
P02154
飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)権現(ごんげん)のおはします那智(なち)のお山(やま)にさに【似】た
りけり。さてこそやがてそこをば、那智(なち)のお山(やま)と
は名(な)づけけれ。此(この)峯(みね)は本宮(ほんぐう)、かれは新宮(しんぐう)、是(これ)は
そんぢやう其(その)王子(わうじ)、彼(かの)王子(わうじ)な(ン)ど(など)、王子(わうじ)王子(わうじ)の名(な)を
申(まうし)て、康頼(やすより)入道(にふだう)先達(せんだつ)にて、丹波(たんばの)少将(せうしやう)相(あひ)(アイ)ぐしつ
つ、日(ひ)ごとに熊野(くまの)まうでのまねをして、帰洛(きらく)の
事(こと)をぞ祈(いのり)ける。「南無(なむ)権現(ごんげん)金剛童子(こんがうどうじ)、ねが
は【願は】くは憐(あはれ)みをたれさせおはしまして、古郷(こきやう)へ
かへし入(いれ)させ給(たま)ひて[M 「給へ」とあり「へ」をミセケチ「ひて」と傍書]妻子(さいし)[M 共(ども)]をも今(いま)一度(いちど)みせ【見せ】給(たま)
P02155
へ」とぞ祈(いのり)ける。日数(ひかず)つもり【積り】てたちかふ【裁替】べき浄
衣(じやうえ)(ジヤウエ)もなければ、麻(あさ)の衣(ころも)を身(み)にまとひ、沢
辺(さはべ)の水(みづ)をこりにかいては、岩田河(いはだがは)のきよき
流(ながれ)とおもひ【思ひ】やり、高(たか)き所(ところ)にのぼ(ッ)【上つ】[B 「のほ」に「上」と傍書]ては、発心
門(ほつしんもん)とぞ観(くわん)じける。まいる(まゐる)【参る】たびごとには、康頼(やすより)
入道(にふだう)の(ッ)と【祝言】を申(まうす)に、御幣紙(ごへいかみ)もなかれ【*なけれ】ば、花(はな)を
手折(たをり)てささげつつ、
維(ゐ)(イ)あたれる歳次(さいし)、治承(ぢしよう)(ヂセウ)元年(ぐわんねん)丁酉(ひのとのとり)、月(つき)のなら
び十月(とつき)二月(ふたつき)、日(ひ)の数(かず)三百五十(さんびやくごじふ)余ケ日(よかにち)、吉日(きちにち)良
P02156
辰(りやうしん)を択(えらん)で、かけまくも忝(かたじけな)く、日本(にほん)第一(だいいち)大領験(だいりやうげん)、熊
野(ゆや)三所権現(さんじよごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)大薩■(だいさつた)の教(けう)りやう【教令】、宇
豆(うづ)の広前(ひろまへ)にして、信心(しんじん)の大施主(だいせしゆ)、羽林(うりん)藤原(ふぢはらの)
成経(なりつね)、并(ならび)に沙弥(しやみ)性照(しやうせう)、一心(いつしん)清浄(しやうじやう)の誠(まこと)を致(いた)し、三
業(さんごふ)(さんゴウ)相応(さうおう)(サウヲウ)の志(こころざし)を抽(ぬきんで)て、謹(つつしん)でも(ッ)て敬(うやまつて)白(まうす)。夫(それ)証誠(しようじやう)(セウジヤウ)
大菩薩(だいぼさつ)は、済度(さいど)苦海(くかい)の教主(けうしゆ)、三身(さんじん)円満(ゑんまん)(エンマン)の覚
王(かくわう)也(なり)。或(あるいは)東方(とうばう)浄瑠璃医王(じやうるりいわう)(ジヤウルリイハウ)の主(しゆう)(シユ)、衆病(しゆびやう)悉除(しつじよ)(シツヂヨ)
の如来(によらい)也(なり)。或(あるいは)南方(なんばう)補堕落(ふだらく)能化(のうけ)の主(しゆう)(シユ)、入重(にふぢゆう)(ニウヂウ)玄
門(げんもん)の大士(だいじ)。若王子(にやくわうじ)は娑婆(しやば)世界(せかい)の本主(ほんじゆ)、施無
P02157
畏者(せむいしや)の大士(だいじ)(ダイシン)、頂上(ちやうじやう)の仏面(ぶつめん)を現(げん)じて、衆生(しゆじやう)の所願(しよぐわん)を
みて給(たま)へり。是(これ)によ(ッ)て、かみ【上】一人(いちにん)よりしも【下】万民(ばんみん)
に至(いた)るまで、或(あるいは)現世(げんぜ)安穏(あんをん)のため、或(あるいは)後生(ごしやう)善
処(ぜんしよ)のために、朝(あした)には浄水(じやうすい)を結(むすん)で煩悩(ぼんなう)のあか【垢】を
すすぎ、夕(ゆふべ)には深山(しんざん)に向(むかつ)て宝号(ほうがう)を唱(となふ)るに、感応(かんおう)(カンヲウ)
おこたる事(こと)なし。峨々(がが)たる嶺(みね)のたかきをば、神徳(しんとく)
のたかきに喩(たと)へ、嶮々(けんけん)たる谷(たに)のふかきをば、弘
誓(ぐぜい)のふかきに准(なぞら)へて、雲(くも)を分(わき)てのぼり、露(つゆ)をし
のいで下(くだ)る。爰(ここ)に利益(りやく)の地(ち)をたのま【頼ま】ずむ(ずん)ば、
P02158
いかんが歩(あゆみ)を嶮難(けんなん)の路(みち)にはこばん。権現(ごんげん)の徳(とく)をあ
ふがずんば、何(なんぞ)必(かならず)しも幽遠(いうえん)(ユウエン)の境(さかひ)(サカイ)にましまさむ。仍(よつて)
証誠(しようじやう)(セウジヤウ)大権現(だいごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)大薩■(だいさつた)、青蓮(しやうれん)(シヤウレン)慈悲(じひ)の眸(まなじり)を
相(あひ)ならべ、さをしか【小牡鹿】の御耳(おんみみ)をふりたてて、我等(われら)が無二(むに)の
丹城(たんぜい)を知見(ちけん)して、一々(いちいち)の懇志(こんし)を納受(なふじゆ)(ナウジユ)し給(たま)へ。然(しかれば)
則(すなはち)、むすぶ【結】・はや玉(たま)【早玉】の両所権現(りやうじよごんげん)、おのおの機(き)に随(したがつ)
て、有縁(うえん)の衆生(しゆじやう)をみちびき、無縁(むえん)の群類(ぐんるい)を
すくはんがために、七宝(しつぽう)(しつホウ)荘厳(しやうごん)のすみか【栖】をすてて、
八万四千(はちまんしせん)の光(ひかり)を和(やはら)げ、六道(ろくだう)三有(さんう)の塵(ちり)に同(どう)じ
P02159
給(たま)へり。故(かるがゆへ)(かるがゆゑ)に定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)亦能転(やくのうてん)、求長寿(ぐぢやうじゆ)得長寿(とくぢやうじゆ)の
礼拝(らいはい)、袖(そで)をつらね、幣帛(へいはく)礼奠(れいてん)を捧(ささぐ)る事(こと)ひ
まなし。忍辱(にんにく)の衣(ころも)を重(かさね)、覚道(かくだう)の花(はな)を捧(ささげ)て、神
殿(じんでん)の床(ゆか)を動(うごか)し、信心(しんじん)の水(みづ)をすまして、利生(りしやう)の池(いけ)を
湛(たたへ)たり。神明(しんめい)納受(なふじゆ)(ナウジユ)し給(たま)はば、所願(しよぐわん)なんぞ成就(じやうじゆ)せざ
らん。仰願(あふぎねがはく)は、十二所権現(じふにしよごんげん)、利生(りしやう)の翅(つばさ)を並(ならべ)て、遥(はるか)
に苦海(くかい)の空(そら)にかけり、左遷(させん)の愁(うれへ)をやすめて、帰
洛(きらく)の本懐(ほんぐわい)をとげしめ給(たま)へ。再拝(さいはい)。とぞ、康頼(やすより)の(ッ)
  『卒都婆流(そとばながし)』S0216
と【祝詞】をば申(まうし)ける。○丹波(たんばの)少将(せうしやう)・康頼(やすより)入道(にふだう)、つねは三所
P02160
権現(さんじよごんげん)の御前(おんまへ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、通夜(つや)するおり(をり)【折】もありけり。
或(ある)時(とき)二人(ににん)通夜(つや)して、夜(よ)もすがらいまやう【今様】をぞ
うたひ【歌ひ】ける。暁(あかつき)がたに、康頼(やすより)入道(にふだう)ち(ッ)とまどろみ
たる夢(ゆめ)に、おきより白(しろ)い帆(ほ)かけたる小船(こぶね)を一
艘(いつさう)(いつソウ)こぎよせて、舟(ふね)のうちより紅(くれなゐ)(クレナイ)の袴(はかま)きたる
女房達(にようばうたち)二三十人(にさんじふにん)あがり【上がり】、皷(つづみ)をうち、こゑ【声】を調(ととのへ)て、
よろづの仏(ほとけ)の願(ぐわん)よりも千手(せんじゆ)の誓(ちかひ)(チカイ)ぞたのも
しき【頼もしき】枯(かれ)たる草木【くさき】も忽(たちまち)に花(はな)さき実(み)なるとこ
そきけ K013 I と、三(さん)べんうたひ【歌ひ】すまし【澄まし】て、かきけつ【消つ】
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やうにぞうせにける。夢(ゆめ)さめて後(のち)、奇異(きい)の思(おもひ)
をなし、康頼(やすより)入道(にふだう)申(まうし)けるは、「是(これ)は竜神(りゆうじん)(リウジン)の化現(けげん)
とおぼえたり。三所権現(さんじよごんげん)のうちに、西(にし)の御前(ごぜん)(ごゼン)
と申(まうす)は、本地(ほんぢ)千手観音(せんじゆくわんおん)(センジユクワンおん)にておはします。竜
神(りゆうじん)(リウジン)は則(すなはち)千手(せんじゆ)の廿八(にじふはち)部衆(ぶしゆ)の其(その)一(ひとつ)なれば、も(ッ)て
御納受(ごなふじゆ)(ごナウジユ)こそたのもしけれ【頼もしけれ】」。又(また)或(ある)夜(よ)二人(ににん)通夜(つや)
して、おなじうまどろみたりける夢(ゆめ)に、おき
より吹(ふき)くる風(かぜ)の、二人(ににん)が袂(たもと)に木(こ)の葉(は)をふたつ【二つ】
ふきかけたりけるを、何(なに)となうと(ッ)【取つ】て見(み)ければ、
P02162
御熊野(みくまの)の南木(なぎ)の葉(は)にてぞ有(あり)ける。彼(かの)二(ふたつ)の南
木(なぎ)の葉(は)に、一首(いつしゆ)の歌(うた)を虫(むし)くひにこそしたりけれ。
千(ち)はやふる神(かみ)にいのりのしるけれ[M 「しげけれ」とあり「げけ」をミセケチ「るけ」と傍書]ば
などか都(みやこ)へ帰(かへ)らざるべき W011
康頼(やすより)入道(にふだう)、古郷(こきやう)の恋(こひ)(コイ)しきままに、せめてのはかりこと【策】
に、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)を作(つく)り、■字(あじ)の梵字(ぼじ)・年
号(ねんがう)・月日(つきひ)、仮名(けみやう)実名(じうみやう)、二首(にしゆ)の歌(うた)をぞかいたりけり【*ける】。
さつまがたおきのこじまに我(われ)あり【有り】と
おやにはつげよやへ【八重】のしほかぜ W012
P02163
おもひ【思ひ】やれしばしとおもふ【思ふ】旅(たび)だにも
なを(なほ)【猶】ふるさとはこひしきものを W013
是(これ)を浦(うら)にも[B ッ]て出(いで)て、「南無(なむ)帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)、梵天(ぼんでん)帝
尺(たいしやく)、四大天王(しだいてんわう)、けんらふ(けんらう)【堅牢】地神(ぢじん)、[B 王城(わうじやう)ノ]鎮守(ちんじゆ)諸大明神(しよだいみやうじん)、殊(こと)
には熊野権現(くまのごんげん)、厳島大明神(いつくしまだいみやうじん)、せめては一本(いつぽん)成(なり)共(とも)
都(みやこ)へ伝(つたへ)てたべ」とて、奥津(おきつ)(ヲキツ)しら浪(なみ)【白浪】のよせてはかへ
るたびごとに、卒都婆(そとば)を海(うみ)にぞ浮(うか)べける。卒
都婆(そとば)を作(つく)り出(いだ)すに随(したがつ)て、海(うみ)に入(いれ)ければ、日数(ひかず)つ
もれば卒都婆(そとば)のかずもつもり【積り】、そのおもふ【思ふ】心(こころ)や
P02164
便(たより)の風(かぜ)ともなりたりけむ、又(また)神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)もやを
くら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけむ、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)のなかに一本(いつぽん)、
安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)の御(おん)まへの渚(なぎさ)にうち
あげたり。康頼(やすより)がゆかりあり【有り】ける僧(そう)、しかる【然る】べ
き便(たより)もあらば、いかにもして彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、[M 其(その)]
其(その) 行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】をきかむとて、西国(さいこく)修行(しゆぎやう)に出(いで)たりけるが
[M が]、先(まづ)厳島(いつくしま)へぞまいり(まゐり)【参り】たりける。爰(ここ)に宮人(みやうど)と
おぼしくて、狩衣(かりぎぬ)装束(しやうぞく)なる俗(ぞく)一人(いちにん)いで【出で】きたり。
此(この)僧(そう)何(なに)となき物語(ものがたり)しけるに、「夫(それ)、和光同塵(わくわうどうぢん)(ワクワウドウヂン)の
P02165
利生(りしやう)さまざまなりと申(まう)せども、いかなりける因縁(いんえん)(インエン)
をも(ッ)て、此(この)御神(おんがみ)(ヲンがみ)は海漫(かいまん)の鱗(いろくづ)に縁(えん)(ヱン)をむすばせ給(たま)
ふらん」ととひ奉(たてまつ)る。宮人(みやうど)答(こたへ)けるは、「是(これ)はよな、娑
竭羅竜王(しやかつらりゆうわう)(シヤカツラリウワウ)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)、胎蔵界(たいざうかい)の垂跡(すいしやく)
也(なり)」。此(この)島(しま)に御影向(ごやうがう)あり【有り】し初(はじめ)より、済度(さいど)利生(りしやう)の
今(いま)に至(いた)るまで、甚深(じんじん)奇特(きどく)の事共(ことども)をぞかたり
ける。さればにや、八社(はつしや)の御殿(ごてん)甍(いらか)をならべ、社(やしろ)はわ
だづみのほとりなれば、塩(しほ)のみちひに月(つき)[M こ]
ぞ[M 「こそ」の「こ」をミセケチ]すむ。しほみちくれば、大鳥居(おほどりゐ)(ヲホドリイ)あけ【朱】の玉
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墻(たまがき)瑠璃(るり)の如(ごと)し。塩(しほ)引(ひき)ぬれば、夏(なつ)の夜(よ)なれど、御(おん)
まへのしら州(す)に霜(しも)ぞをく(おく)【置く】。いよいよた(ッ)とく【尊く】おぼえ【覚え】
て、法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て居(ゐ)たりけるに、やうやう日(ひ)く
れ、月(つき)さし出(いで)て、塩(しほ)のみちけるが、そこはかと
なき藻(も)くづ共(ども)のゆられよりけるなかに、卒
都婆(そとば)のかたのみえ【見え】けるを、何(なに)となうと(ッ)て見(み)ければ、
奥(おき)のこじまに我(われ)あり【有り】と、かきながせることのは也(なり)。
文字(もじ)をばゑり入(いれ)きざみ付(つけ)たりければ、浪(なみ)に
もあらは【洗は】れず、あざあざとしてぞみえ【見え】たりける。「あ
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なふしぎ【不思議】」とて、これを取(とり)て笈(おひ)(ヲイ)のかた【肩】にさし、都(みやこ)への
ぼり、康頼(やすより)が老母(らうぼ)の尼公(にこう)妻子共(さいしども)が、一条(いちでう)の北(きた)、紫
野(むらさきの)と云(いふ)所(ところ)に忍(しのび)つつすみけるに、見(み)せたり
ければ、「さらば、此(この)卒都婆(そとば)がもろこしのかたへもゆ
られゆかで、なにしにこれまでつたひ来(き)て、今
更(いまさら)物(もの)をおもは【思は】すらん」とぞかなしみける。遥(はるか)の
叡聞(えいぶん)(エイブン)に及(およん)(ヲヨン)で、法皇(ほふわう)(ホウワウ)これを御覧(ごらん)じて、「あなむざん
や。さればいままで此(この)者共(ものども)は、命(いのち)のいきてあるに
こそ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。小松(こまつ)の
P02168
おとどのもとへをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひたりければ、是(これ)
を父(ちち)の入道(にふだう)相国(しやうこく)に見(み)せ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。柿本(かきのもとの)人
丸(ひとまる)は島(しま)がくれゆく【島隠れ行く】船(ふね)をおもひ【思ひ】、山辺(やまのべ)(やまノヘン)の赤人(あかひと)は
あしべのたづをながめ給(たま)ふ。住吉(すみよし)の明神(みやうじん)はかた
そぎの思(おもひ)をなし、三輪(みわ)の明神(みやうじん)は杉(すぎ)たてる門(かど)
をさす。昔(むかし)素盞烏尊(そさのをのみこと)、三十一字(さんじふいちじ)のやまと
うたをはじめをき(おき)給(たま)ひしよりこのかた、もろもろ
の神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)も、彼(かの)詠吟(えいぎん)(エイギン)をも(ッ)て百千万端(ひやくせんばんたん)の
思(おも)ひをのべ給(たま)ふ。入道(にふだう)も石木(いはき)ならねば、さすが
P02169
  『蘇武(そぶ)』S0217
哀(あはれ)げにぞの給(たま)ひける。○入道(にふだう)相国(しやうこく)のあはれみた
まふうへは、京中(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)の上下(じやうげ)、老(おい)(ヲイ)たるもわかきも、鬼界(きかい)
が[M 「かの」とあり「の」をミセケチ]島(しま)の流人(るにん)の歌(うた)とて、口(くち)ずさまぬはなかり
けり。さても千本(せんぼん)まで作(つく)りたりける卒都
婆(そとば)なれば、さこそはちいさう(ちひさう)【小さう】もあり【有り】けめ、薩摩潟(さつまがた)
よりはるばると都(みやこ)までつたはりけるこそふし
ぎ【不思議】なれ。あまりにおもふ【思ふ】事(こと)はかくしるし【徴】あるにや。
いにしへ漢王(かんわう)胡国(ここく)を攻(せめ)られけるに、はじめは李少
卿(りせうけい)を大将軍(たいしやうぐん)にて、三十万騎(さんじふまんぎ)むけられたりけるが、
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漢王(かんわう)のいくさ【軍】よはく(よわく)【弱く】、胡国(ここく)のたたかひ【戦ひ】こはくして、
官軍(くわんぐん)みなうちほろぼさる。剰(あまつさへ)大将軍(たいしやうぐん)李少卿(りせうけい)、
胡王(こわう)のためにいけどら【生捕ら】る。次(つぎ)に蘇武(そぶ)を大将軍(たいしやうぐん)に
て、五十万騎(ごじふまんぎ)をむけらる。猶(なほ)(ナヲ)漢(かん)のいくさ【軍】よはく(よわく)【弱く】、
えびすのたたかひ【戦ひ】こはくして、官軍(くわんぐん)(くわんグン)皆(みな)亡(ほろび)にけり。
兵(つはもの)六千余人(ろくせんよにん)[M 「六十」の「十」を非とし「千」と傍書]いけどら【生捕ら】る。その【其の】なか【中】に、大将軍(たいしやうぐん)蘇
武(そぶ)をはじめとして、宗(むね)との兵(つはもの)六百三十(ろつぴやくさんじふ)余人(よにん)すぐり
出(いだ)して、一々(いちいち)にかた足(あし)をき(ッ)てお(ッ)【追つ】ぱなつ【放つ】。則(すなはち)死(し)する
者(もの)もあり【有り】、程(ほど)へて死(し)ぬる者(もの)もあり【有り】。其(その)なかにされ共(ども)
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蘇武(そぶ)はしなざりけり。かた足(あし)なき身(み)とな(ッ)て、山(やま)に
のぼ(ッ)【上つ】ては木(こ)の実(み)をひろひ、春(はる)は沢(さは)の根芹(ねぜり)を
摘(つみ)、秋(あき)は田(た)づら【田面】のおち穂(ぼ)【落ち穂】ひろひ【拾ひ】な(ン)ど(など)してぞ、露(つゆ)
の命(いのち)を過(すご)しける。田(た)にいくらもあり【有り】ける鴈(かり)ども、
蘇武(そぶ)に見(み)なれ【馴れ】ておそれ【恐れ】ざりければ、これはみな
我(わが)古郷(ふるさと)へかよふものぞかしとなつかしさ【懐しさ】に、おもふ【思ふ】
事(こと)を一筆(ひとふで)かいて、「相(あひ)(アイ)かまへて是(これ)漢王(かんわう)に奉(たてまつ)れ」と
云(いひ)ふくめ、鴈(かり)の翅(つばさ)にむすび付(つけ)てぞはなち【放ち】け
る。かひがひしくもたのむ【田面】の鴈(かり)、秋(あき)は必(かならず)こし地(ぢ)【越路】より
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都(みやこ)へ来(きた)るものなれば、漢(かんの)昭帝(せうてい)上林苑(しやうりんえん)に御遊(ぎよいう)(ぎよユウ)
あり【有り】しに、夕(ゆふ)ざれの空(そら)薄(うす)ぐもり、何(なに)となう物
哀(ものあはれ)なりけるおりふし(をりふし)【折節】、一行(ひとつら)の鴈(かり)とびわたる。その
中(なか)に鴈(かり)一(ひとつ)とびさが(ッ)て、をの(おの)【己】が翅(つばさ)に結付(むすびつけ)たる玉
章(たまづさ)をくひき(ッ)てぞおとし【落し】ける。官人(くわんにん)是(これ)をと(ッ)て、御
門(みかど)に奉(たてまつ)る。披(ひらい)て叡覧(えいらん)(エイラン)あれば、「昔(むかし)は巌崛(がんくつ)の洞(ほら)に
こめられて、三春(さんしゆん)の愁歎(しうたん)ををくり(おくり)【送り】、今(いま)は曠田(くわうでん)の
畝(うね)に捨(すて)られて、胡敵(こてき)の一足(いつそく)となれり。設(たとひ)(タトイ)かばね
は胡(こ)の地(ち)にちらす[B 「地(チ)ら」の左に「散」と傍書]と云(いふ)共(とも)、魂(たましひ)(タマシイ)は二(ふた)たび【二度】君辺(くんべん)
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につかへん」とぞかいたりける。それよりしてぞ、
ふみをば鴈書(がんしよ)ともいひ、鴈札(がんさつ)とも名付(なづけ)たる。
「あなむざんや、蘇武(そぶ)がほまれの跡(あと)なりけり。いま
だ胡国(ここく)にあるにこそ」とて、今度(こんど)は李広(りくわう)と云(いふ)
将軍(しやうぐん)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、百万騎(ひやくまんぎ)をさしつかはす【遣す】。今度(こんど)は
漢(かん)の戦(たたかひ)(タタカイ)こはく[B 「はく」に「強」と傍書]して、胡国(ここく)のいくさ【軍】破(やぶれ)にけり。
御方(みかた)たたかひ【戦ひ】かちぬと聞(きこ)えしかば、蘇武(そぶ)は曠野(くわうや)の
なかよりはい(はひ)【這ひ】出(いで)て、「是(これ)こそいにしへの蘇武(そぶ)よ」
とぞなのる【名乗る】。十九年(じふくねん)の星霜(せいざう)を送(おくり)て、かた足(あし)は
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きられながら、輿(こし)にかかれて古郷(こきやう)へぞ帰(かへ)りける。
蘇武(そぶ)は十六(じふろく)の歳(とし)、胡国(ここく)へむけられけるに、御門(みかど)
より給(たまは)りたりける旗(はた)を、何(なに)としてかかくした
りけん、身(み)をはなたずも(ッ)【持つ】たりけり。今(いま)取出(とりいだ)
して御門(みかど)のげむざん(げんざん)【見参】にいれ【入れ】たりければ、き
みも臣(しん)も感嘆(かんたん)なのめならず。君(きみ)のため大
功(たいこう)ならびなかりしかば、大国(だいこく)あまた給(たま)はり、其
上(そのうへ)天俗国(てんしよつこく)[B 「天俗(テンシヨツ)」に「典属」と傍書]と云(いふ)司(つかさ)を下(くだ)されけるとぞ聞(きこ)え
し。李少卿(りせうけい)は胡国(ここく)にとどま(ッ)【留まつ】て終(つひ)(ツイ)に帰(かへ)らず。い
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かにもして、漢朝(かんてう)へ帰(かへ)らんとのみなげけども、胡
王(こわう)ゆるさねばかなは【叶は】ず。漢王(かんわう)これをしり給(たま)
はず。君(きみ)のため不忠(ふちゆう)(フチウ)のものなりとて、はか
なく【果敢く】なれる二親(にしん)が死骸(しがい)をほりおこい【起い】てうた【打た】
せらる。其(その)外(ほか)六親(ろくしん)をみなつみせらる。李少卿(りせうけい)
是(これ)を伝(つたへ)きい【聞い】て、恨(うらみ)ふかう【深う】ぞなりにける。さり
ながらも猶(なほ)古郷(ふるさと)を恋(こひ)つつ、君(きみ)に不忠(ふちゆう)(フチウ)なき様(やう)
を一巻(いちくわん)の書(しよ)に作(つくつ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「さ
ては不便(ふびん)の事(こと)ごさんなれ」とて、父母(ふぼ)がかばね
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を堀【*掘】(ほり)いだいてうたせられたる事(こと)をぞ、くやし
み給(たま)ひける。漢家(かんか)の蘇武(そぶ)は書(しよ)を鴈(かり)の
翅(つばさ)につけ【付け】て旧里(きうり)へ送(おく)り、本朝(ほんてう)の康頼(やすより)は浪(なみ)の
たよりに歌(うた)を故郷(こきやう)に伝(つた)ふ。かれは一筆(ひとふで)のすさみ、
これは二首(にしゆ)の歌(うた)、かれは上代(じやうだい)、これは末代(まつだい)、胡国(ここく)
鬼界(きかい)が島(しま)、さかひをへだて、世々(よよ)はかはれ共(ども)、風
情(ふぜい)はおなじふぜい、ありがたかりし事(こと)ども也(なり)。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
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平家物語 高野本 巻第三

【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家 三(表紙)
P03001
平家三之巻 目録
赦文     足摺
御産     公卿揃
大塔建立   頼豪
少将都帰   有王 僧都死去
辻風     医師問答
無文     燈炉之沙汰
金渡     法印問答
大臣流罪   行隆沙汰
P03002
法皇被流   城南離宮
P03003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)
『赦文(ゆるしぶみ)』S0301
○治承(ぢしよう)(ヂセウ)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)一日[B ノヒ](ひとひのひ)、院(ゐんの)御所(ごしよ)には拝礼(はいらい)おこなは【行なは】
れて、四日[B ノヒ](よつかのひ)朝覲(てうきん)の行幸(ぎやうがう)有(あり)けり。O[BH 何事(なにごと)も]例(れい)にかはりたる
事(こと)はなけれ共(ども)、去年(こぞ)の夏(なつ)新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、
近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)多(おほ)くうしなは【失は】れし事(こと)、法皇(ほふわう)御憤(おんいきどほり)(オンイキドヲリ)
いまだやまず、世(よ)の政(まつりごと)も物(もの)うくおぼしめさ【思し召さ】れて、御
心(おんこころ)よからぬことにてぞ有(あり)ける。太政(だいじやうの)入道(にふだう)も、多田(ただの)蔵
人(くらんど)行綱(ゆきつな)が告(つげ)しらせて後(のち)は、君(きみ)をも御(おん)うしろめたき
事(こと)に思(おも)ひ奉(たてまつり)て、うへには事(こと)なき様(やう)なれ共(ども)、下(した)には
P03004
用心(ようじん)して、にがわらひ【苦笑ひ】てのみぞあり【有り】ける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)七日[B ノヒ](なぬかのひ)、
彗星(せいせい)(セイセイ)東方(とうばう)にいづ。蚩尤気(しいうき)(シユウキ)とも申(まうす)。又(また)赤気(せきき)共(とも)
申(まうす)。十八日(じふはちにち)光(ひかり)をます。去(さる)程(ほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)の御(おん)むす
め建礼門院(けんれいもんゐん)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)と聞(きこ)えさせ給(たまひ)しが、
御悩(ごなう)とて、雲(くも)のうへ【上】天(あめ)が下(した)の歎(なげ)きにてぞ有(あり)け
る。諸寺(しよじ)に御読経(みどつきやう)始(はじ)まり、諸社(しよしや)へ官幣使(くわんべいし)を立(たて)らる。
医家(いけ)薬(くすり)をつくし、陰陽術(おんやうじゆつ)(ヲンヤウジユツ)をきはめ、大法(だいほふ)(ダイホウ)秘
法(ひほふ)(ヒホウ)一[B ツ](ひとつ)として残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。されども【共】、
御悩(ごなう)ただにもわたら【渡ら】せ給(たま)はず、御懐妊(ごくわいにん)とぞ聞(きこ)えし。
P03005
主上(しゆしやう)今年(こんねん)十八(じふはち)、中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)は廿二(にじふに)にならせ給(たま)ふ。しかれ共(ども)、
いまだ皇子(わうじ)も姫宮(ひめみや)も出(いで)きさせ給(たま)はず。もし皇
子(わうじ)にてわたらせ給(たま)はばいかに目出(めで)たからんとて、平家(へいけ)
の人々(ひとびと)はただ今(いま)皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)のある様(やう)に、いさみ悦(よろこ)
びあはれけり。他家(たけ)の人々(ひとびと)も、「平氏(へいじ)の繁昌(はんじやう)おり(をり)【折】
をえたり。皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)疑(うたがひ)なし」とぞ申(まうし)あはれける。
御懐妊(ごくわいにん)さだまら【定まら】せ給(たまひ)しかば、有験(うげん)の高僧(かうそう)貴僧(きそう)
に仰(おほ)せて、大法(だいほふ)秘法(ひほふ)を修(しゆ)し、星宿仏菩薩(しやうしゆくぶつぼさつ)につけ
て、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)と祈誓(きせい)せらる。六月(ろくぐわつ)一日[B ノヒ](ひとひのひ)、中宮(ちゆうぐう)
P03006
御着帯(ごちやくたい)あり【有り】けり。仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)(ヲムロ)守覚(しゆうかく)法親王(ほつしんわう)(ホツシンワウ)、
御参内(ごさんだい)あ(ッ)て、孔雀経(くじやくきやう)(クジヤツキヤウ)の法(ほふ)(ホウ)をも(ッ)て御加持(おんかぢ)(ヲンカヂ)あり【有り】。天
台座主(てんだいざす)覚快(かつくわい)法親王(ほつしんわう)(ホツシンワウ)、おなじうまいら(まゐら)【参ら】せ給(たまひ)て、変
成男子(へんじやうなんし)の法(ほふ)(ホウ)を修(しゆ)せらる。かかりし程(ほど)に、中宮(ちゆうぐう)は
月(つき)のかさなるに随(したがつ)て、御身(おんみ)をくるしう【苦しう】せさせ給(たま)ふ。
一(ひと)たびゑめば百(もも)の媚(こび)あり【有り】けん漢(かん)の李夫人(りふじん)の、承
陽殿【*昭陽殿】(せうやうでん)の病(やまひ)(ヤマイ)のゆか【床】もかくやとおぼえ、唐(たう)の楊貴妃(やうきひ)、
李花(りくわ)一枝(いつし)春(はる)の雨(あめ)ををび(おび)【帯び】、芙蓉(ふよう)の風(かぜ)にしほれ(しをれ)【萎れ】、女
郎花(ぢよらうくわ)(ヂヨラウクハ)の露(つゆ)おもげなるよりも、猶(なほ)いたはしき御(おん)さま
P03007
なり。かかる御悩(ごなう)の折節(をりふし)にあはせ【合はせ】て、こはき御物気共(おんもののけども)(ヲンモノノケども)、
取(とり)いり奉(たてまつ)る。よりまし明王(みやうわう)の縛(ばく)にかけて、霊(れい)あら
はれ【現はれ】たり。殊(こと)には讃岐院(さぬきのゐん)の御霊(ごれい)、宇治(うぢの)悪左府(あくさふ)の
憶念(おくねん)(ヲクネン)、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の死霊(しりやう)、西光(さいくわう)法師(ほふし)が悪霊(あくりやう)、
鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)が生霊(しやうりやう)な(ン)ど(など)ぞ申(まうし)ける。是(これ)に
よ[B ッ]て、太政(だいじやう)入道(にふだう)生霊(しやうりやう)も死霊(しりやう)もなだめ【宥め】らるべしと
て、其(その)比(ころ)やがて讃岐院(さぬきのゐん)御追号(ごついがう)あ(ッ)て、崇徳天皇(しゆとくてんわう)と
号(かう)す。宇治(うぢの)悪左府(あくさふ)、贈官(ぞうくわん)贈位(ぞうゐ)おこなは【行なは】れて、太政(だいじやう)大
臣(だいじん)正(じやう)一位(いちゐ)ををくら(おくら)【送ら】る。勅使(ちよくし)は少内記(せうないき)維基(これもと)とぞ
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聞(きこ)えし。件(くだん)の墓所(むしよ)は大和国(やまとのくに)そうのかん[* 「そう」に「添」、「かん」に「上」と振り漢字]の郡(こほり)、川上(かはかみ)の
村(むら)、般若野(はんにやの)の五三昧(ごさんまい)也(なり)。保元(ほうげん)の秋(あき)ほり【掘り】おこし【起こし】て捨(すて)
られし後(のち)は、死骸(しがい)路(みち)の辺(ほとり)の土(つち)とな(ッ)て、年々(ねんねん)にただ
春(はる)の草(くさ)のみ茂(しげ)れり。今(いま)勅使(ちよくし)尋来(たづねきた)(ッ)て宣命(せんみやう)を
読(よみ)けるに、亡魂(ばうこん)いかにうれしとおぼしけん。怨霊(をんりやう)は
昔(むかし)もかくおそろしき【恐ろしき】こと也(なり)。されば早良(さはらの)廃太子(はいたいし)
をば崇道天皇(しゆだうてんわう)と号(かう)し、井上(ゐがみ)の内親王(ないしんわう)をば皇后(くわうごう)(クワウコウ)
の職位(しきゐ)にふくす。是(これ)みな怨霊(をんりやう)を寛【*宥】(なだ)められしはかり
こと也(なり)。冷泉院(れいぜいゐん)の御物(おんもの)ぐるはしうましまし、花山(くわさん)の
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法皇(ほふわう)の十禅(じふぜん)万乗(ばんじよう)(バンゼウ)の帝位(ていゐ)をすべらせ給(たまひ)しは、基方
民部卿(もとかたのみんぶきやう)が霊(れい)なり[M 「とかや」をミセケチ「なり」と傍書]。三条院(さんでうのゐん)の御目(おんめ)も御覧(ごらん)ぜざりしは、
観算供奉(くわんざんぐぶ)が霊(れい)とかや[M 「也(なり)」をミセケチ「とかや」と傍書]。門脇宰相(かどわきのさいしやう)か様(やう)【斯様】の事共(ことども)伝(つた)へ
きい【聞い】て、小松殿(こまつどの)に申(まう)されけるは、「中宮(ちゆうぐう)御産(ごさん)の御祈(おんいのり)(ヲンイノリ)さま
ざまに候(さうらふ)也(なり)。なにと申(まうし)候(さうらふ)共(とも)、非常(ひじやう)の赦(しや)に過(すぎ)たる
事(こと)あるべしともおぼえ候(さうら)はず。中(なか)にも、鬼界(きかい)が島(しま)
の流人共(るにんども)めし【召し】かへさ【返さ】れたらんほどの功徳(くどく)善根(ぜんごん)、争(いかで)か
候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、小松殿(こまつどの)父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへに
おはして、「あの丹波(たんばの)少将(せうしやう)が事(こと)を、宰相(さいしやう)のあながちに
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歎(なげき)申(まうし)候(さうらふ)が不便(ふびん)に候(さうらふ)。中宮(ちゆうぐう)御悩(ごなう)の御(おん)こと、承(うけたまはり)及(およぶ)(ヲヨブ)ごとくんば、殊更(ことさら)
成親卿(なりちかのきやう)が死霊(しりやう)な(ン)ど(など)聞(きこ)え候(さうらふ)。大納言(だいなごん)が死霊(しりやう)をなだ
め【宥め】んとおぼしめさ【思し召さ】んにつけても、生(いき)て候(さうらふ)少将(せうしやう)をこそ
めし【召し】かへさ【返さ】れ候(さうら)はめ。人(ひと)のおもひ【思ひ】をやめさせ給(たま)はば、おぼ
しめす【思し召す】事(こと)もかなひ【叶ひ】、人(ひと)の願(ねが)ひをかなへ【適へ】させ給(たま)はば、
御願(ごぐわん)もすなはち成就(じやうじゆ)して、中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)やがて皇子(わうじ)御
誕生(ごたんじやう)あ[B ッ]て、家門(かもん)の栄花(えいぐわ)弥(いよいよ)さかん【盛】に候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)
申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)、日(ひ)ごろ【日比】にもに【似】ず事(こと)の外(ほか)
にやはらひ(やはらい)【和らい】で、「さてさて、俊寛(しゆんくわん)と康頼(やすより)法師(ぼふし)が事(こと)は
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いかに」。「それもおなじうめし【召し】こそかへさ【返さ】れ候(さうら)はめ。若(もし)一
人(いちにん)も留(とど)められんは、中々(なかなか)罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)たるべう候(さうらふ)」と申(まう)さ
れければ、「康頼(やすより)法師(ぼふし)が事(こと)はさる事(こと)なれ共(ども)、俊
寛(しゆんくわん)(シユンクハン)は随分(ずいぶん)入道(にふだう)が口入(こうじゆ)(コウジウ)をも[B ッ]て人(ひと)とな(ッ)たる物(もの)ぞかし。そ
れに所(ところ)しもこそ多(おほ)けれ、わが山庄(さんざう)鹿(しし)の谷(たに)に城
郭(じやうくわく)をかまへて、事(こと)にふれて奇怪(きつくわい)(キツクハイ)のふるまひ【振舞】共(ども)が
有(あり)けんなれば、俊寛(しゆんくわん)をば思(おも)ひもよらず」とぞの給(たまひ)
ける。小松殿(こまつどの)かへ[B ッ]【帰つ】て、叔父(をぢ)の宰相殿(さいしやうどの)よび奉(たてまつ)り、「少将(せうしやう)は
すでに赦免(しやめん)候(さうら)はんずるぞ。御心(おんこころ)やすうおぼしめさ【思し召さ】れ
P03012
候(さうら)へ」とのたまへば、宰相(さいしやう)手(て)をあはせ【合はせ】てぞ悦(よろこば)れける。
「下(くだ)りし時(とき)も、などか申(まうし)うけ【請け】ざらんと思(おも)ひたりげにて、
教盛(のりもり)を見(み)候(さうらふ)度(たび)ごとには涙(なみだ)をながし候(さうらひ)しが不便(ふびん)に候(さうらふ)」
と申(まう)されければ、小松殿(こまつどの)「まこと【誠】にさこそおぼしめさ【思し召さ】れ
候(さうらふ)らめ。子(こ)は誰(たれ)とてもかなしければ、能々(よくよく)申(まうし)候(さうら)はん」
とて入(いり)給(たまひ)ぬ。去(さる)程(ほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)めし【召し】かへさ【返さ】る
べき事(こと)さだめ【定め】られて、入道(にふだう)相国(しやうこく)ゆるし文(ぶみ)【赦文】下(くだ)されけ
り。御使(おんつかひ)すでに都(みやこ)をたつ。宰相(さいしやう)あまりのうれし
さに、御使(おんつかひ)に私(わたくし)の使(つかひ)をそへてぞ下(くだ)されける。よるを
P03013
昼(ひる)にしていそぎ下(くだ)れとありしか共(ども)、心(こころ)にまかせぬ海
路(かいろ)なれば、浪風(なみかぜ)をしのいで行(ゆく)程(ほど)に、都(みやこ)をば七月(しちぐわつ)下旬(じゆん)に
出(いで)たれ共(ども)、長月(ながつき)(ナガヅキ)廿日(はつか)比(ごろ)にぞ、鬼界(きかい)が島(しま)には着(つき)にける。
『足摺(あしずり)』S0302
○御使(おんつかひ)(ヲツカヒ)は丹左衛門尉(たんざゑもんのじよう)基康(もとやす)といふ者(もの)也(なり)。舟(ふね)よりあが(ッ)【上がつ】て、
「是(これ)に都(みやこ)よりながされ給(たま)ひし丹波少将殿(たんばのせうしやうどの)、[M 法勝
寺(ほつしようじの)(ホツセウジノ)執行(しゆぎやう)御房(ごばう)、]平判官(へいはうぐわん)入道殿(にふだうどの)やおはする」と、声々(こゑごゑ)
にぞ尋(たづね)ける。二人(ににん)の人々(ひとびと)は、例(れい)の熊野(くまの)まうでして
なかりけり。俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)一人(いちにん)のこ(ッ)【残つ】たりけるが、是(これ)を聞(きき)、
「あまりに思(おも)へば夢(ゆめ)やらん。又(また)天魔波旬(てんまはじゆん)の我(わが)心(こころ)をた
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ぶらかさんとていふやらん。うつつ共(とも)覚(おぼえ)(ヲボヘ)ぬ物(もの)かな」と
て、あはて(あわて)【慌て】ふためき、はしる【走る】ともなく、たをるる(たふるる)【倒るる】共(とも)な
く、いそぎ御使(おんつかひ)のまへに走(はしり)むかひ【向ひ】、「何事(なにごと)ぞ。是(これ)こそ
京(きやう)よりながされたる俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)よ」と名乗(なのり)給(たま)へば、雑色(ざつしき)が
頸(くび)にかけ【懸け】させたる文袋(ふぶくろ)より、入道(にふだう)相国(しやうこく)のゆるし文(ぶみ)【赦文】
取(とり)出(いだ)いて奉(たてまつ)る。ひらいてみれ【見れ】ば、「重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)は遠流(をんる)に
めんず【免ず】。はやく帰洛(きらく)の思(おも)ひをなすべし。中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)御
産(ごさん)の御祈(おんいのり)(ヲンイノリ)によ[B ッ]て、非常(ひじやう)の赦(しや)おこなは【行なは】る。然(しかる)間(あひだ)(アイダ)鬼
界(きかい)が島(しま)の流人(るにん)、少将(せうしやう)成経(なりつね)、康頼(やすより)法師(ぼふし)(ボウシ)赦免(しやめん)」とばかり
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かか【書か】れて、俊寛(しゆんくわん)と云(いふ)文字(もじ)はなし。らいし【礼紙】にぞあるらん
とて、礼紙(らいし)をみる【見る】にも見(み)えず。奥(おく)(ヲク)よりはし【端】へよみ、
端(はし)より奥(おく)へ読(よみ)けれ共(ども)、二人(ににん)とばかりかか【書か】れて、三人(さんにん)
とはかかれず。さる程(ほど)に、少将(せうしやう)や判官(はうぐわん)入道(にふだう)も出(いで)きたり。
少将(せうしやう)のと(ッ)【取つ】てよむにも、康頼(やすより)入道(にふだう)が読(よみ)けるにも、二人(ににん)
とばかりかか【書か】れて三人(さんにん)とはかかれざりけり。夢(ゆめ)にこそ
かかる事(こと)はあれ、夢(ゆめ)かと思(おも)ひなさんとすればうつつ
也(なり)。うつつかと思(おも)へば又(また)夢(ゆめ)のごとし【如し】。其(その)うへ二人(ににん)の人々(ひとびと)
のもとへは、都(みやこ)よりことづけ文(ぶみ)【言付文】共(ども)いくらもあり【有り】けれ
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共(ども)、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)のもとへは、事(こと)とふ文(ふみ)一(ひとつ)もなし。されば
わがゆかりの物(もの)どもは、宮(みや)このうちにあとをとど
めず成(なり)にけりと、おもひやるにもしのびがたし。「抑(そもそも)
われら【我等】三人(さんにん)は罪(つみ)もおなじ罪(つみ)、配所(はいしよ)も一所(ひとつところ)也(なり)。いかなれ
ば赦免(しやめん)の時(とき)、二人(ににん)はめし【召し】かへさ【返さ】れて、一人(いちにん)ここに残(のこ)るべ
き。平家(へいけ)の思(おも)ひわすれかや、執筆(しゆひつ)のあやまりか。
こはいかにしつる事共(ことども)ぞや」と、天(てん)にあふぎ地(ち)に臥(ふし)
て、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。少将(せうしやう)の袂(たもと)にすが(ッ)て、
「俊寛(しゆんくわん)がかく成(なる)といふも、御(ご)へんの父(ちち)、故(こ)大納言殿(だいなごんどの)
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よしなき謀反(むほん)ゆへ(ゆゑ)【故】也(なり)。さればよその事(こと)とおぼすべ
からず。ゆるされ【許され】なければ、都(みやこ)までこそかなは【叶は】ず[M と云(いふ)]
共(とも)、此(この)舟(ふね)にのせ【乗せ】て、九国(くこく)の地(ち)へつけO[BH て]給(た)べ。をのをの(おのおの)【各々】の是(これ)
におはしつる程(ほど)こそ、春(はる)はつばくらめ、秋(あき)は田(た)のも[M 「田のむ」とあり「む」をミセケチ「も」と傍書]【田面】の
鴈(かり)の音(おと)づるる様(やう)に、をのづから(おのづから)古郷(こきやう)の事(こと)をも
伝(つた)へきい【聞い】つれ。今(いま)より後(のち)、何(なに)としてかは聞(きく)べき」と
て、もだえ【悶え】こがれ給(たま)ひけり。少将(せうしやう)「まこと【誠】にさこそは
おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。我等(われら)がめし【召し】かへさ【返さ】るるうれし
さは、さる事(こと)なれ共(ども)、御有様(おんありさま)を見(み)をき(おき)奉(たてまつ)るに、
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[B さらに]行(ゆく)べき空(そら)も覚(おぼえ)ず。うちのせ【乗せ】たてま[B ッ]【奉つ】ても上(のぼ)り
たう候(さうらふ)が、都(みやこ)の御使(おんつかひ)もかなふ【叶ふ】まじき由(よし)申(まうす)うへ【上】、ゆる
されもないに、三人(さんにん)ながら島(しま)を出(いで)たりな(ン)ど(など)聞(きこ)えば、
中々(なかなか)あしう【悪しう】候(さうらひ)なん。成経(なりつね)まづ罷(まかり)のぼ[B ッ]【上つ】て、人々(ひとびと)にも
申(まうし)あはせ【合はせ】、入道(にふだう)相国(しやうこく)の気色(きしよく)をもうかがう【伺う】て、むかへに
人(ひと)を奉(たてまつ)らん。其(その)間(あひだ)は、此(この)日(ひ)ごろ【日比】おはしつる様(やう)に
おもひ【思ひ】なして待(まち)給(たま)へ。何(なに)としても命(いのち)は大切(たいせつ)の事(こと)
なれば、今(この)度(たび)こそもれ【漏れ】させ給(たま)ふ共(とも)、つゐに(つひに)【遂に】はなどか
赦免(しやめん)なうて候(さうらふ)べき」となぐさめたまへ共(ども)、人目(ひとめ)もし
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ら【知ら】ず泣(なき)もだえ【悶え】けり。既(すで)に船(ふね)出(いだ)すべしとてひしめき
あへば、僧都(そうづ)の[B ッ]【乗つ】てはおりつ、おり【降り】てはの(ッ)【乗つ】つ、あらまし
事(ごと)をぞし給(たま)ひける。少将(せうしやう)の形見(かたみ)にはよるの衾(ふすま)、
康頼(やすより)入道(にふだう)が形見(かたみ)には一部(いちぶ)の法花経(ほけきやう)をぞとどめ【留め】
ける。ともづなとい【解い】てをし(おし)出(いだ)せば、僧都(そうづ)綱(つな)に取(とり)つき、
腰(こし)になり、脇(わき)になり、たけの立(たつ)まではひか【引か】れて
出(いで)、たけも及(およ)ばず成(なり)ければ、舟(ふね)に取(とり)つき、「さていか
にをのをの(おのおの)【各々】、俊寛(しゆんくわん)をば遂(つひ)(ツイ)に捨(すて)はて給(たま)ふか。是(これ)程(ほど)とこそ
おもはざりつれ。日比(ひごろ)の情(なさけ)も今(いま)は何(なに)ならず。ただ理(り)を
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まげてのせ【乗せ】給(たま)へ。せめては九国(くこく)の地(ち)まで」とくど
か【口説か】れけれ共(ども)、都(みやこ)の御使(おんつかひ)「いかにもかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじ」とて、
取(とり)つき給(たま)へる手(て)を引(ひき)のけて、船(ふね)をばつゐに(つひに)【遂に】漕
出(こぎいだ)す。僧都(そうづ)せん方(かた)なさに、渚(なぎさ)にあがりたふれ【倒れ】ふし、
おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)のめのとや母(はは)な(ン)ど(など)をしたふやうに、足(あし)
ずりをして、「是(これ)のせ【乗せ】てゆけ、具(ぐ)してゆけ」と、おめき(をめき)【喚き】
さけべ【叫べ】共(ども)、漕行(こぎゆく)舟(ふね)の習(ならひ)(ナライ)にて、跡(あと)はしら浪(なみ)【白浪】ばかり也(なり)。
いまだ遠(とほ)(トヲ)からぬ舟(ふね)なれ共(ども)、涙(なみだ)に暮(くれ)て見(み)えざりけ
れば、僧都(そうづ)たかき【高き】所(ところ)に走(はしり)あがり【上がり】、澳(おき)(ヲキ)の方(かた)をぞま
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ねきける。彼(かの)松浦(まつら)さよ姫(ひめ)【松浦佐用姫】がもろこし舟(ぶね)をしたひ
つつ、ひれ【領布】ふりけんも、是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。舟(ふね)も
漕(こぎ)かくれ、日(ひ)も暮(くる)れ共(ども)、あやしのふしど【臥処】へも帰(かへ)らず。
浪(なみ)に足(あし)うちあらはせて、露(つゆ)にしほれ(しをれ)【萎れ】て、其(その)夜(よ)は
そこにぞあかされける。さり共(とも)少将(せうしやう)はなさけ【情】ふかき
人(ひと)なれば、よき様(やう)に申(まう)す事(こと)もあらんずらん
と憑(たのみ)をかけ、その瀬(せ)に身(み)をもなげざりける心(こころ)の
程(ほど)こそはかなけれ。昔(むかし)壮里【*早離】(さうり)(サウリ)・息里【*速離】(そくり)(ソクリ)が海岳山[B 「岳」に「巌(ガン)」と傍書](かいがくせん)(カイガクザン)へはな
『御産(ごさん)』S0303
たれけんかなしみも、今(いま)こそ思(おも)ひしられけれ。○去(さる)
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程(ほど)に、此(この)人々(ひとびと)は鬼界(きかい)が島(しま)を出(いで)て、平宰相(へいざいしやう)の領(りやう)、肥
前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)に着(つき)給(たま)ふ。宰相(さいしやう)、京(きやう)より人(ひと)を下(くだ)して、
「年(とし)の内(うち)は浪風(なみかぜ)はげしう、道(みち)の間(あひだ)もおぼつかなう
候(さうらふ)に、それにて能々(よくよく)身(み)いたは[B ッ]て、春(はる)にな[B ッ]て上(のぼ)り給(たま)へ」
とあり【有り】ければ、少将(せうしやう)鹿瀬庄(かせのしやう)にて、年(とし)を暮(くら)す。さる
程(ほど)に、同(おなじき)年(とし)の十一月(じふいちぐわつ)十二日[B ノ](じふににちの)寅剋(とらのこく)より、中宮(ちゆうぐう)御産(ごさん)
の気(け)ましますとて、京中(きやうぢゆう)六波羅(ろくはら)ひしめきあへ
り。御産所(ごさんじよ)は六波羅(ろくはら)池殿(いけどの)にて有(あり)けるに、法皇(ほふわう)も
御幸(ごかう)なる。関白殿(くわんばくどの)を始(はじ)め奉(たてまつり)て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以下(いげ)の
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公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、すべて世(よ)に人(ひと)とかぞへられ、官(くわん)加階(かかい)に
のぞみをかけ、所帯(しよたい)・所職(しよしよく)を帯(たい)する程(ほど)の人(ひと)の、一
人(いちにん)ももるる【洩るる】はなかりけり。先例(せんれい)O[BH も]女御(にようご)后(きさき)御産(ごさん)の時(とき)に
のぞんで、大赦(だいしや)おこなは【行なは】るる事(こと)あり【有り】。大治(だいぢ)二年(にねん)九
月(くぐわつ)十一日(じふいちにち)、待賢門院(たいけんもんゐん)御産(ごさん)の時(とき)、大赦(だいしや)あり【有り】き。其(その)例(れい)
とて、今度(こんど)も重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)の輩(ともがら)おほく【多く】ゆるさ【許さ】れける中(なか)
に、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。
御産(ごさん)平安(ペいあん)(ヘイアン)、王子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)ましまさば[M 「平安にあるならば」とあり「にあるならば」をミセケチ「王子御誕生ましまさば」と傍書]、八幡(やはた)・平野(ひらの)・大原野(おほはらの)(ヲホハラノ)などへ
行啓(ぎやうげい)なるべしと、御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)有(あり)けり。仙源【*全玄】(せんげん)法印(ほふいん)(ホウイン)是(これ)を
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敬白(けいひやく)す。神社(じんじや)は太神宮(だいじんぐう)を始(はじめ)奉(たてまつり)て廿(にじふ)余ケ所(よかしよ)、仏寺(ぶつじ)は
東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)以下(いげ)十六ケ所(じふろくかしよ)に御誦経(みじゆぎやう)あり【有り】。御
誦経(みじゆぎやう)の御使(おんつかひ)は、宮(みや)の侍(さぶらひ)(サブライ)の中(なか)に有官(うくわん)の[M 侍(さぶらひ)]輩(ともがら)是(これ)を
つとむ。ひやうもん【平文】の狩衣(かりぎぬ)に帯剣(たいけん)したる者共(ものども)が、色
色(いろいろ)の御誦経物(みじゆぎやうもつ)、御剣(ぎよけん)御衣(ぎよい)を持(もち)つづいて、東(ひんがし)の台(たい)よ
り南庭(なんてい)をわた[B ッ]【渡つ】て、西(にし)の中門(ちゆうもん)にいづ。目出(めで)たかりし
見物(けんぶつ)也(なり)。小松(こまつ)のおとど【大臣】は、例(れい)の善悪(ぜんあく)にさはが(さわが)【騒が】ぬ人(ひと)にて
おはしければ、其(その)後(のち)遥(はるか)に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)
以下(いげ)公達(きんだち)の車共(くるまども)みなやり【遣り】つづけさせ、色々(いろいろ)の御衣(ぎよい)
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四十(しじふ)領(りやう)、銀剣(ぎんけん)七[B ツ](ななつ)、広(ひろ)ぶたにをか(おか)【置か】せ、御馬(おんむま)十二疋(じふにひき)ひか【牽か】せ
てまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。O[BH 是(これ)は]寛弘(くわんこう)に上東門院(しやうとうもんゐん)御産(ごさん)の時(とき)、御堂殿(みだうどの)
御馬(おんむま)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られし其(その)例(れい)とぞ聞(きこ)えし。このお
とど【大臣】は、中宮(ちゆうぐう)の御(おん)せうと【兄】にておはしけるうへ【上】、父子(ふし)の
御契(おんちぎり)(ヲンチギリ)なれば、御馬(おんむま)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふもことはり(ことわり)【理】也(なり)。五条(ごでうの)
大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、御馬(おんむま)二疋(にひき)進(しん)ぜらる。「心(こころ)ざしのいたりか、
徳(とく)のあまりか」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。なを(なほ)【猶】伊勢(いせ)より始(はじめ)
て、安芸(あき)の厳島(いつくしま)にいたるまで、七十(しちじふ)余ケ所(よかしよ)へ神馬(じんめ)を、
立(たて)らる。内裏(だいり)[M 「大内(おほうち)」をミセケチ「内裏」と傍書]にも、竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)に四手(しで)つけて、数十疋(すじつぴき)
P03026
ひ(ッ)【引つ】たて【立て】たり。仁和寺[B ノ](にんわじの)御室(おむろ)(ヲムロ)は孔雀経(くじやくきやう)の法(ほふ)、天台座
主(てんだいざす)覚快(かくくわい)法親王(ほつしんわう)(ホツシンワウ)は七仏薬師(しちぶつやくし)の法(ほふ)、寺(てら)の長吏(ちやうり)円
慶【*円恵】(ゑんけい)法親王(ほつしんわう)は金剛童子(こんがうどうじ)の法(ほふ)、其(その)外(ほか)五大虚空蔵(ごだいこくうざう)・
六観音(ろくくわんおん)(ろくクワンヲン)、一字金輪(いちじきんりん)・O[BH 五壇(ごだん)の法(ほふ)(ほう)、六字加輪(ろくじかりん)・]八字文殊(はちじもんじゆ)、普賢延命(ふげんえんめい)(フゲンヱンメイ)にいたる
まで、残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。護摩(ごま)の煙(けぶり)御所
中(ごしよぢゆう)にみち、鈴(れい)の音(おと)(ヲト)雲(くも)をひびかし、修法(しゆほふ)(シユホウ)の声(こゑ)身(み)
の毛(け)よだ(ッ)て、いかなる御物(おんもの)(ヲンモノ)の気(け)なり共(とも)、面(おもて)(ヲモテ)をむかふ【向ふ】
べしとも見(み)えざりけり。猶(なほ)仏所(ぶつしよ)の法印(ほふいん)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、
御身(ごしん)等身(とうじん)の七仏薬師(しちぶつやくし)、并(ならび)に五大尊(ごだいそん)の像(ざう)を
P03027
つくり始(はじ)めらる。かかりしか共(ども)、中宮(ちゆうぐう)はひまなく
しきらせ給(たま)ふばかりにて、御産(ごさん)もとみに成(なり)やら
ず。入道(にふだう)相国(しやうこく)・二位殿(にゐどの)、胸(むね)に手(て)ををい(おい)【置い】て、「こはいかにせん、
いかにせん」とぞあきれ給(たま)ふ。人(ひと)の物(もの)申(まうし)けれ共(ども)、ただ「とも
かうも能(よき)様(やう)に、能(よき)様(やう)に」とぞの給(たまひ)ける。「さり共(とも)いくさ【軍】の陣(ぢん)
ならば、是(これ)程(ほど)浄海(じやうかい)は臆(おく)(ヲク)せじ物(もの)を」とぞ、後(のち)には仰(おほせ)られ[B 「仰られ」に「のたまひ」と傍書]
ける。御験者(ごげんじや)は、房覚(ばうかく)・性雲【*昌雲】(しやううん)両僧正(りやうそうじやう)、春尭【*俊堯】(しゆんげう)法印(ほふいん)、豪禅(がうぜん)・
実専【*実全】(じちせん)両僧都(りやうそうづ)、をのをの(おのおの)【各々】僧加【*僧伽】(そうが)の句共(くども)あげ、本寺(ほんじ)本山(ほんざん)の
三宝(さんぼう)、年来(ねんらい)所持(しよぢ)の本尊達(ほんぞんたち)、責(せめ)ふせ【伏せ】責(せめ)ふせ【伏せ】もま【揉ま】れ
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けり。誠(まこと)にさこそはと覚(おぼ)えてた(ッ)とかりける中(なか)に、
法皇(ほふわう)は折(をり)しも、新熊野(いまぐまの)へ御幸(ごかう)なるべきにて、御
精進(おんしやうじん)(ヲンシヤウジン)の次(つい)でなりける間(あひだ)、錦帳(きんちやう)ちかく【近く】御座(ござ)あ(ッ)て、
千手経(せんじゆきやう)をうちあげ【上げ】うちあげ【上げ】あそばさ【遊ばさ】れけるにこそ、今(いま)
一(ひと)きは事(こと)かは(ッ)【変つ】て、さしも踊(をど)りくるふ御(おん)よりまし共(ども)
が縛(ばく)も、しばらくうちしづめ【鎮め】けれ。法皇(ほふわう)仰(おほせ)なりけるは、
「いかなる御物気(おんもののけ)なり共(とも)、この老法師(おいぼふし)(ヲイボウシ)がかくて候(さうら)はん
には、争(いかで)かちかづき【近付き】奉(たてまつ)るべき。就中(なかんづく)[M に]今(いま)あらはるる
処(ところ)の怨霊共(をんりやうども)は、みなわが朝恩(てうおん)(テウヲン)によ[B (ッ)]て人(ひと)とな[B (ッ)]し物共(ものども)
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ぞかし。たとひ報謝(はうしや)(ホウシヤ)の心(こころ)をこそ存(ぞん)ぜず共(とも)、豈(あに)障碍[*底本 石ヘン無し](しやうげ)を
なすべきや。速(すみやか)にまかり【罷り】退(しりぞ)き候(さうら)へ」とて「女人(によにん)生産(しやうさん)し
がたからん時(とき)にのぞんで、邪魔遮生(じやましやしやう)し、苦(く)忍(しのび)がた
からんにも、心(こころ)をいたして大悲呪(だいひじゆ)(ダイヒシユ)を称誦(しようじゆ)(セウジユ)せば、鬼神(きじん)
退散(たいさん)して、安楽(あんらく)に生(しやう)ぜん」とあそばい【遊ばい】て、皆(みな)水精(ずいしやう)【水晶】の
御数珠(おんじゆず)(ヲンジユズ)をし(おし)【押し】もませ給(たま)へば、御産(ごさん)平安(ぺいあん)のみならず、
皇子(わうじ)にてこそましましけれ。頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、其(その)時(とき)は
いまだ中宮亮(ちゆうぐうのすけ)にておはしけるが、御簾(ぎよれん)の内(うち)よりつ(ッ)と
出(いで)て、「御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)候(さうらふ)ぞや」と、たからかに
P03030
申(まう)されければ、法皇(ほふわう)を始(はじめ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、関白殿(くわんばくどの)以下(いげ)の
大臣(だいじん)、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、をのをの(おのおの)【各々】の助修(じよじゆ)(ヂヨシユ)、数輩(すはい)の御験者(おんげんじや)(ヲンゲンジヤ)、陰
陽頭(おんやうのかみ)・典薬頭(てんやくのかみ)、すべて堂上(たうしやう)堂下(たうか)一同(いちどう)にあ[B ッ]と悦(よろこび)あへる
声(こゑ)、門外(もんぐわい)(モングハイ)までどよみて、しばし【暫し】はしづまり【静まり】やらざりけり。
入道(にふだう)相国(しやうこく)あまりのうれしさに、声(こゑ)をあげてぞなか【泣か】れ
ける。悦(よろこび)なき【悦び泣き】とは是(これ)をいふべきにや。小松殿(こまつどの)、中宮(ちゆうぐう)
の御方(おんかた)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、金銭(きんせん)九十九文(くじふくもん)、皇子(わうじ)の
御枕(おんまくら)にをき(おき)、「天(てん)をも(ッ)てO[BH は]父(ちち)とし、地(ち)をも(ッ)て[B は]母(はは)とさだ
め給(たま)へ。御命(おんいのち)は方士(はうじ)東方朔(とうばうさく)が齢(よはひ)(ヨハイ)をたもち【保ち】、御心(おんこころ)には
P03031
天照大神(てんせうだいじん)入(いり)かはらせ給(たま)へ」とて、桑(くは)(クワ)の弓(ゆみ)・蓬(よもぎ)の矢(や)にて、
『公卿揃(くぎやうぞろへ)』S0304
天地(てんち)四方(しはう)を射(い)させらる。○御乳(おんち)(ヲンチ)には、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)の
北方(きたのかた)と定(さだめ)られたりしが、去(さんぬる)七月(しちぐわつ)に難産(なんざん)をしてうせ
給(たまひ)しかば、[M 御(おん)めのと]平(へい)大納言(だいなごん)時忠[B ノ]卿(ときただのきやう)の北方(きたのかた)、O[BH 帥佐殿(そつのすけどの)]御乳(おんち)に
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。後(のち)には帥(そつ)の典侍(ないし)とぞ申(まうし)ける。法
皇(ほふわう)やがて還御(くわんぎよの)(クハンギヨ)[B ノ]御車(おんくるま)を門前(もんぜん)に立(たて)られたり。入道(にふだう)相国(しやうこく)
うれしさのあまりに、砂金(しやきん)一千両(いつせんりやう)、富士(ふじ)の綿(わた)二千
両(にせんりやう)、法皇(ほふわう)へ進上(しんじやう)せらる。しかる【然る】べからずとぞ人々(ひとびと)[M 内々(ないない)]ささ
やきあはれける。今度(こんど)の御産(ごさん)に勝事(しようし)(セウシ)あまたあり【有り】。
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まづ法皇(ほふわう)の御験者(おんげんじや)(ヲンゲンジヤ)。次(つぎ)に后(きさき)御産(ごさん)の時(とき)、御殿(ごてん)の棟(むね)より
甑(こしき)をまろばかす事(こと)あり【有り】。皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)には南(みなみ)へお
とし【落し】、皇女(くわうによ)誕生(たんじやう)には北(きた)[B 「南」に「北」と傍書]へおとす【落す】を、是(これ)は北(きた)へ落(おと)したり
ければ、「こはいかに」とさはが(さわが)【騒が】れて、取(とり)あげて落(おと)しなをし(なほし)【直し】
たりけれ共(ども)、あしき御事(おんこと)に人々(ひとびと)申(まうし)あへり。おかしかり(をかしかり)
しは入道(にふだう)相国(しやうこく)のあきれざま、目出(めで)たかりしは小松(こまつ)の
おとど【大臣】のふるまひ【振舞】。ほい【本意】なかりしはO[BH 前ノ(さきの)]右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)の最
愛(さいあい)の北方(きたのかた)にをくれ(おくれ)【遅れ】給(たまひ)[M 「奉」をミセケチ「給」と傍書]て、大納言[B ノ](だいなごんの)大将(だいしやう)両職(りやうしよく)を辞(じ)して
籠居(ろうきよ)せられたりし事(こと)。兄弟(きやうだい)共(とも)に出仕(しゆつし)あらば、いかに
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目出(めで)たからん。次(つぎ)には、七人(しちにん)の陰陽師(おんやうじ)(ヲンヤウジ)をめさ【召さ】れて、千度(せんど)の
御祓(おはらひ)(ヲハラヒ)仕(つかまつ)るに、其(その)中(なか)に掃部頭(かもんのかみ)時晴(ときはれ)といふ老者(らうしや)あり【有り】。
所従(しよじゆう)(シヨジウ)な(ン)ど(など)も乏少(ぼくせう)なりけり。余(あまり)に人(ひと)まいり(まゐり)【参り】つどひ【集ひ】て、た
かんなをこみ、稲麻竹葦(たうまちくゐ)(タウマチクイ)の如(ごと)し。「役人(やくにん)ぞ。あけ【明け】られよ」とて、
をし(おし)【押し】分(わけ)をし(おし)【押し】分(わけ)まいる(まゐる)【参る】程(ほど)に、右(みぎ)の沓(くつ)をふみ【踏み】ぬか【抜か】れて、[M 「ぬ」をミセケチ「て」と傍書]そこに
てち(ッ)と立(たち)やすらふが、冠(かぶり)をさへつきおとさ【落さ】れぬ。さばかり
の砌(みぎり)に、束帯(そくたい)ただしき老者(らうしや)が、もとどり【髻】はな(ッ)(はなつ)てねり
出(いで)たりければ、わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)こらへずして、一同(いちどう)に
ど[B ッ]とわらひ【笑ひ】あへり。陰陽師(おんやうじ)(ヲンヤウジ)な(ン)ど(など)いふは、反陪(へんばい)とて
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足(あし)をもあだにふまずとこそ承(うけたまは)れ。それにかかる不
思儀(ふしぎ)の有(あり)けるO[BH を]、其(その)時(とき)はなにとも覚(おぼ)えざりしか共(ども)、
後(のち)にこそ思(おも)ひあはする事共(ことども)も多(おほ)かりけれ。御
産(ごさん)によ(ッ)て六波羅(ろくはら)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ人々(ひとびと)、関白(くわんばく)松殿(まつどの)、太
政(だいじやう)大臣(だいじん)妙音院(めうおんゐん)(メウヲンゐん)、左大臣(さだいじん)大炊御門(おほいのみかど)(ヲヲイノミカド)、右大臣(うだいじん)月輪殿(つきのわどの)、内
大臣(ないだいじん)小松殿(こまつどの)、左大将(さだいしやう)実定(さねさだ)、源(みなもとの)大納言(だいなごん)定房(さだふさ)、三条(さんでうの)大納言(だいなごん)
実房(さねふさ)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】(くにつな)、藤(とう)大納言[M 「中納言」とあり「中」をミセケチ「大」と傍書](だいなごん)実国(さねくに)、按察使(あぜつし)(アンゼツシ)資
方【*資賢】(すけかた)、中[B ノ]御門[B ノ](なかのみかどの)中納言(ちゆうなごん)宗家(むねいへ)(ムネイヱ)、花山院(くわさんのゐんの)中納言(ちゆうなごん)兼雅(かねまさ)、源(げん)中
納言(ぢゆうなごん)雅頼(がらい)、権(ごん)中納言(ぢゆうなごん)実綱(さねつな)、藤(とう)中納言(ぢゆうなごん)資長(すけなが)、池[B ノ](いけの)中納言(ちゆうなごん)
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頼盛(よりもり)、左衛門[B ノ]督(さゑもんのかみ)時忠(ときただ)、別当(べつたう)忠親(ただちか)、左(さ)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)実家(さねいへ)(サネイヱ)、右(みぎ)
の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)実宗(さねむね)。新宰相(しんさいしやうの)中将(ちゆうじやう)通親(みちちか)、平(へい)宰相(ざいしやう)教盛(のりもり)、
六角(ろくかくの)宰相(さいしやう)家通(いへみち)、堀河宰相(ほりかはのさいしやう)頼定(よりさだ)、左大弁宰相(さだいべんのさいしやう)長方(ながかた)、右
大弁(うだいべんの)三位(さんみ)俊経(としつね)、左兵衛督(さひやうゑのかみ)重教【*成範】(しげのり)、右兵衛督(うひやうゑのかみ)光能(みつよし)、皇太
后宮(くわうだいこうくうの)(クハウダイコクウノ)大夫(だいぶ)朝方(ともかた)、左京[B ノ]大夫(さきやうのだいぶ)長教【*脩範】(ながのり)、太宰大弐(ださいのだいに)親宣【*親信】(ちかのぶ)、新三
位(しんざんみ)実清(さねきよ)、已上(いじやう)三十三人(さんじふさんにん)、右大弁(うだいべん)の外(ほか)は直衣(ちよくい)也(なり)。不参(ふさん)の人
人(ひとびと)には、花山院[B ノ](くわさんのゐんの)前[B ノ](さきの)太政(だいじやう)大臣(だいじん)忠雅公(ただまさこう)、大宮[B ノ](おほみやの)大納言(だいなごん)隆季卿(たかすゑのきやう)
以下(いげ)十(じふ)余人(よにん)、後日(ごにち)に布衣(ほうい)着(ちやく)して、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条[B ノ](にしはつでうの)
『大塔建立(だいたふこんりふ)』S0305
亭(てい)へむかは【向は】れけるとぞ聞(きこ)えし。○御修法(みしゆほふ)(ミシユヲウ)の結願(けつぐわん)(ケツグハン)に勧賞
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共(けんじやうども)おこなは【行なは】る。仁和寺[B ノ](にんわじの)御室(おむろ)(ヲムロ)は東寺[B ノ](とうじの)修造(しゆざう)せらるべし、并(ならび)に
後七日(ごしちにち)の御修法(みしゆほふ)(ミシユヲウ)、大眼[B 「眼」の左に「元」と傍書]【*大元】(たいげん)の法(ほふ)(ホウ)、灌頂(くわんぢやう)(クハンヂヤウ)興行(こうぎやう)せらるべき由(よし)
仰下(おほせくだ)さる。御弟子(おんでし)(ヲンデシ)覚誓[B 「誓」の左に「成」と傍書]【*覚成】(かくせい)(カクセイ)僧都(そうづ)、法印(ほふいん)に挙(きよ)せらる。座
主宮(ざすのみや)は、二品(にほん)并(ならび)に牛車(ぎつしや)(ギツシヤ)の宣旨(せんじ)を申(まう)させ給(たま)ふ。仁和寺[B ノ](にんわじの)
御室(おむろ)(ヲムロ)ささへ【支へ】申(まう)させ給(たま)ふによ[B ッ]て、法眼(ほふげん)(ホウゲン)円良(ゑんりやう)、法印(ほふいん)にな
さる。其(その)外(ほか)の勧賞共(けんじやうども)毛挙(もうきよ)にいとまあらずとぞ
きこえ【聞え】し。中宮(ちゆうぐう)は日数(ひかず)へ【経】にければ、六波羅(ろくはら)より内裏(だいり)へ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。此(この)御(おん)むすめ后(きさき)にたた【立た】せ給(たまひ)しかば、
入道(にふだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)共(とも)に、「あはれ、いかにもして皇子(わうじ)御誕
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生(ごたんじやう)あれかし。位(くらゐ)につけ奉(たてまつ)り、外祖父(ぐわいそぶ)、外祖母(ぐわいそぼ)とあふが
れん」とぞねがは【願は】れける。わがあがめ奉(たてまつ)る安芸(あき)の厳島(いつくしま)
に申(まう)さんとて、月(つき)まうでを始(はじめ)て、祈(いの)り申(まう)されけれ
ば、中宮(ちゆうぐう)やがて御懐妊(ごくわいにん)あ(ッ)て、思(おも)ひのごとく皇子(わうじ)
にてましましけるこそ目出(めで)たけれ。抑(そもそも)平家(へいけ)[M の]安芸(あき)
の厳島(いつくしま)を信(しん)じ始(はじめ)られける事(こと)はいかにといふに、鳥羽
院(とばのゐん)の御宇(ぎよう)に、清盛公(きよもりこう)いまだ安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、安芸
国(あきのくに)をも(ッ)て、高野(かうや)の大塔(だいたふ)(ダイタウ)を修理(しゆり)せよとて、渡辺(わたなべ)の遠
藤(ゑんどう)六郎(ろくらう)頼方(よりかた)を雑掌(ざつしやう)に付(つけ)られ、六年(ろくねん)に修理(しゆり)をは[B ン]【終ん】
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ぬ。修理(しゆり)をは[B ッ]て後(のち)、清盛(きよもり)高野(かうや)へのぼり、大塔(だいたふ)(ダイタウ)おがみ(をがみ)【拝み】、奥
院(おくのゐん)(ヲクノイン)へまいら(まゐら)【参ら】れたりければ、いづくより来(きた)る共(とも)なき老
僧(らうそう)の、眉(まゆ)には霜(しも)をたれ、額(ひたひ)(ヒタイ)に浪(なみ)をたたみ、かせ杖(づゑ)(ヅエ)【鹿杖】の
ふたまたなるにすが[B ッ]ていでき【出来】給(たま)へり。良(やや)久(ひさ)しう
御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。「昔(むかし)よりいまにいたるまで、此(この)山(やま)
は密宗(みつしゆう)(ミツシウ)をひかへて退転(たいてん)なし。天下(てんが)に又(また)も候(さうら)はず。
大塔(だいたふ)すでに修理(しゆり)おはり(をはり)候(さうらひ)たり。さては安芸(あき)の厳島(いつくしま)、
越前(ゑちぜん)の気比(けい)の宮(みや)は、両界(りやうがい)の垂跡(すいしやく)で候(さうらふ)が、気比(けい)の
宮(みや)はさかへ(さかえ)【栄へ】たれ共(ども)、厳島(いつくしま)はなきが如(ごとく)に荒(あれ)はて【果て】て候(さうらふ)。此(この)
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次(ついで)に奏聞(そうもん)して修理(しゆり)せさせ給(たま)へ。さだにも候(さうら)はば、官(くわん)(クハン)加
階(かかい)は肩(かた)をならぶる人(ひと)もあるまじきぞ」とて立(たた)
れけり。此(この)老僧(らうそう)の居(ゐ)給(たま)へる所(ところ)、異香(いきやう)すなはち
薫(くん)じたり。人(ひと)を付(つけ)てみせ【見せ】給(たま)へば、三町(さんぢやう)ばかりはみ
え【見え】給[B ヒ](たまひ)て、其(その)後(のち)はかきけつ【消つ】やうに失(うせ)給[B ヒ](たまひ)ぬ。ただ人[*「人」に濁点 ](びと)
にあらず、大師(だいし)にてましましけりと、弥(いよいよ)た[B ッ]とくおぼ
えて[M 「おぼしめし」とあり「しめし」をミセケチ「えて」と傍書]、娑婆(しやば)世界(せかい)の思出(おもひで)(オモイデ)にとて、高野(かうや)の金堂(こんだう)
に曼陀羅(まんだら)をかか【書か】れけるが、西曼陀羅(さいまんだら)をば常明(じやうみやう)法
印(ほふいん)(ホウヰン)といふ絵師(ゑし)に書(かか)せらる。東曼陀羅(とうまんだら)をば清盛(きよもり)
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かかんとて、自筆(じひつ)にかか【書か】れけるが、何(なに)とかおもは【思は】れけん、
八葉(はちえふ)(ハチヨウ)の中尊(ちゆうぞん)(チウゾン)の宝冠(ほうくわん)(ホウクハン)をばわが首(かうべ)の血(ち)をいだい【出い】て
かかれけるとぞ聞(きこ)えし。さて都(みやこ)へのぼり、院参(ゐんざん)して
此(この)由(よし)奏聞(そうもん)せられければ、君(きみ)もなのめならず御感(ぎよかん)
あ[B ッ]て、猶(なほ)任(にん)をのべ【延べ】られ、厳島(いつくしま)を修理(しゆり)せらる。鳥居(とりゐ)を
立(たて)かへ、社々(やしろやしろ)を作(つく)りかへ、百八十間(ひやくはちじつけん)の廻廊(くわいらう)(クハイラウ)をぞ造(つく)(ツクラ)ら
れける。修理(しゆり)をは[B ッ]て、清盛(きよもり)厳島(いつくしま)へまいり(まゐり)【参り】、通夜(つや)せられ
たりける夢(ゆめ)に、御宝殿(ごほうでん)の内(うち)より鬟(びんづら)ゆふ(ゆう)【結う】たる天
童(てんどう)の出(いで)て、「これは大明神(だいみやうじん)の御使(おんつかひ)也(なり)。汝(なんぢ)この剣(けん)をも(ッ)て
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一天四海(いつてんしかい)をしづめ、朝家(てうか)の御(おん)まもりたるべし」とて、
銀(しろかね)のひるまき【蛭巻】したる小長刀(こなぎなた)を給(たま)はるといふ夢(ゆめ)を
みて、覚(さめ)て後(のち)見(み)給(たま)へば、うつつに枕(まくら)がみ【枕上】にぞた(ッ)【立つ】たりける。
大明神(だいみやうじん)御詫宣(ごたくせん)あ(ッ)て、「汝(なんぢ)しれ【知れ】りや、忘(わす)れりや、ある
聖(ひじり)をも(ッ)ていはせし事(こと)は。但(ただし)悪行(あくぎやう)あらば、子孫(しそん)までは
かなふ【叶ふ】まじきぞ」とて、大明神(だいみやうじん)あがら【上がら】せ給(たまひ)ぬ。目出(めで)た
『頼豪(らいがう)』S0306
かりし[M 御]事(おんこと)[B 共(ども)]也(なり)。○白河[B ノ]院(しらかはのゐん)御在位(ございゐ)の御時(おんとき)、京極大殿(きやうごくのおほとの)
の御(おん)むすめ后(きさき)にたたせ給(たまひ)て、兼子【*賢子】(けんし)の中宮(ちゆうぐう)とて、御
最愛(ごさいあい)有(あり)けり。主上(しゆしやう)此(この)御腹(おんぱら)(おんハラ)に皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あら
P03042
まほしうおぼしめし【思し召し】、其(その)比(ころ)有験(うげん)の僧(そう)と聞(きこ)えし三
井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)をめし【召し】て、「汝(なんぢ)此(この)后(きさき)の腹(はら)に、皇
子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)祈(いのり)申(まう)せ。御願(ごぐわん)(ゴグハン)成就(じやうじゆ)せば、勧賞(けんじやう)はこふ【乞ふ】に
よるべし」とぞ仰(おほせ)ける。「やすう候(さうらふ)」とて三井寺(みゐでら)にかへり、
百日(ひやくにち)肝胆(かんたん)を摧(くだい)て祈(いのり)申(まうし)ければ、中宮(ちゆうぐう)やがて百日(ひやくにち)の
うちに御懐妊(ごくわいにん)あ(ッ)て、承保(しようほう)(セウホウ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)十六日(じふろくにち)、御
産(ごさん)平安(ぺいあん)(ヘイアン)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。君(きみ)なのめならず
御感(ぎよかん)あ(ッ)て、三井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)をめし【召し】て、「汝(なんぢ)が所
望(しよまう)の事(こと)はいかに」と仰下(おほせくだ)されければ、三井寺(みゐでら)に戒壇(かいだん)
P03043
建立(こんりふ)(コンリウ)の事(こと)を奏(そう)す。主上(しゆしやう)「これこそ存(ぞん)の外(ほか)の所望(しよまう)
なれ。一階僧正(いつかいそうじやう)な(ン)ど(など)をも申(まうす)べきかとこそおぼしめし【思し召し】
つれ。凡(およそ)(ヲヨソ)は皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あ(ッ)て、祚(そ)をつが【継が】しめん事(こと)も、
海内(かいだい)無為(ぶゐ)(ブイ)を思(おも)ふため也(なり)。今(いま)汝(なんぢ)が所望(しよまう)達(たつ)せば、山門(さんもん)
いきどほ(ッ)【憤つ】て世上(せじやう)しづかなるべからず。両門(りやうもん)合戦(かつせん)して、
天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)ほろびなんず」とて、御(おん)ゆるされ【許され】もな
かりけり。頼豪(らいがう)口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)也(なり)とて、三井寺(みゐでら)にか
へ(ッ)【帰つ】て、ひ死(じに)【干死】にせんとす。主上(しゆしやう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、
江帥(がうぞつ)匡房卿(きやうばうのきやう)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)美作守(みまさかのかみ)と聞(きこ)えしを召(めし)て、
P03044
「汝(なんぢ)は頼豪(らいがう)と師檀(しだん)の契(ちぎり)あんなり。ゆい【行い】てこしらへ
て見(み)よ」と仰(おほせ)ければ、美作守(みまさかのかみ)綸言(りんげん)を蒙(かうぶ)(ッ)て頼豪(らいがう)が
宿坊(しゆくばう)に行(ゆき)むかひ【向ひ】、勅定(ちよくぢやう)の趣(おもむき)(ヲモムキ)を仰含(おほせふく)(ヲホセフク)めんとする
に、以[B ノ]外(もつてのほか)にふすぼ(ッ)たる持仏堂(ぢぶつだう)にたてごも(ッ)て、おそろ
しげ【恐ろし気】なるこゑ【声】して、「天子(てんし)には戯(たはぶれ)の詞(ことば)なし、綸言(りんげん)汗(あせ)
のごとし【如し】とこそ承(うけたまは)れ。是(これ)程(ほど)の所望(しよまう)かなは【叶は】ざらんに
をいて(おいて)は、わが祈(いの)りだし【出し】たる皇子(わうじ)なれば、取(とり)奉(たてまつり)て
魔道(まだう)へこそゆかんずらめ」とて、遂(つひ)(ツイ)に対面(たいめん)もせざり
けり。美作守(みまさかのかみ)帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)を奏聞(そうもん)す。頼豪(らいがう)は
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やがてひ死(じに)【干死】に死(しに)にけり。君(きみ)いかがせんずると、叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)を
おどろかさせおはします。皇子(わうじ)やがて御悩(ごなう)つかせ給(たまひ)
て、さまざまの御祈共(おんいのりども)有(あり)しか共(ども)、かなふ【叶ふ】べしともみえ【見え】
させ給(たま)はず。白髪(はくはつ)なりける老僧(らうそう)の、錫杖(しやくぢやう)も(ッ)【持つ】て皇
子(わうじ)の御枕(おんまくら)にたたずむと[M 「たたずみ」とあり「み」をミセケチ「むと」と傍書]、人々(ひとびと)の夢(ゆめ)にも見(み)え、まぼろし
にも立(たち)けり。おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もをろか(おろか)【愚】なり。去(さる)程(ほど)に、
承暦(しようりやく)(セウリヤク)元年(ぐわんねん)八月(はちぐわつ)六日[B ノヒ](むゆかのひ)、皇子(わうじ)御年(おんとし)四歳(しさい)にて遂(つひ)に
かくれさせ給(たまひ)ぬ。敦文(あつふん)の親王(しんわう)是(これ)也(なり)。主上(しゆしやう)なのめな
らず御歎(おんなげき)あり【有り】けり。山門(さんもん)に又(また)西京(さいきやう)の座主(ざす)、良信【*良真】(りやうしん)大
P03046
僧正(だいそうじやう)、其(その)比(ころ)は円融房(ゑんゆうばう)(エンユウバウ)の僧都(そうづ)とて、有験(うげん)の僧(そう)と
聞(きこ)えしを、内裏(だいり)へめし【召し】て、「こはいかがせんずる」と仰(おほせ)け
れば、「いつも我(わが)山(やま)の力(ちから)にてこそか様(やう)【斯様】の御願(ごぐわん)は成就(じやうじゆ)
する事(こと)で候(さうら)へ。九条[B ノ](くでうの)右丞相(うしようじやう)(ユウセウジヤウ)O[BH 師輔公(もろすけこう)も イ]、慈恵大僧正(じゑだいそうじやう)に契(ちぎり)申(まう)
させ給(たまひ)しによ(ッ)てこそ、冷泉院(れいぜいゐん)の皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)は
候(さうらひ)しか。やすい程(ほど)の御事(おんこと)候(ざうらふ)」とて、比叡山(ひえいさん)(ヒヱイサン)にかへりの
ぼり、山王大師(さんわうだいし)に百日(ひやくにち)肝胆(かんたん)を摧(くだい)て祈(いのり)申(まうし)ければ、
中宮(ちゆうぐう)やがて百日(ひやくにち)の内(うち)に御懐妊(ごくわいにん)(ごクハイニン)あ(ッ)て、承暦(しようりやく)(セウリヤク)三年(さんねん)
七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)、御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。堀河
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天皇(ほりかはのてんわう)是(これ)也(なり)。怨霊(をんりやう)は昔(むかし)もおそろしき【恐ろしき】事(こと)也(なり)。今度(こんど)
さしも目出(めで)たき御産(ごさん)に、O[BH 非常(ひじやう)の イ]大赦(だいしや)はおこなは【行なは】れたりといへ
共(ども)、俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)僧都(そうづ)一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。
同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)八日(やうかのひ)、皇子(わうじ)東宮(とうぐう)にたたせ給(たま)ふ。傅(ふ)には、小松(こまつの)内
『少将(せうしやう)都帰(みやこがへり)』S0307
大臣(ないだいじん)、大夫(だいぶ)には池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)とぞ聞(きこ)えし。○明(あく)
れば治承(ぢしよう)(ヂセウ)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)下旬(げじゆん)に、丹羽(たんばの)少将(せうしやう)成経(なりつね)、O[BH 平(へい)判官(はんぐわん)康頼(やすより)、]肥前
国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)をた(ッ)【発つ】て、都(みやこ)へといそがれけれ共(ども)、余寒(よかん)猶(なほ)
はげしく、海上(かいしやう)もいたく荒(あれ)ければ、浦(うら)づたひ【浦伝ひ】O[BH 島(しま)づたひ【島伝ひ】]して、
きさらぎ【二月】十日比(とをかごろ)にぞ備前(びぜんの)児島(こじま)(コジマ)に着(つき)給(たま)ふ。それ
P03048
より父(ちち)大納言殿(だいなごんどの)のすみ【住み】給(たまひ)ける所(ところ)を尋(たづね)いり【入り】て見(み)
給(たま)ふに、竹(たけ)の柱(はしら)、ふりたる障子(しやうじ)なんど(など)にかき【書き】をか(おか)【置か】れ
たる筆(ふで)のすさみを見(み)給(たまひ)て、「人(ひと)の形見(かたみ)には手跡(しゆせき)に
過(すぎ)たる物(もの)ぞなき。書(かき)をき(おき)給(たま)はずは、いかでかこれを
みる【見る】べき」とて、康頼(やすより)入道(にふだう)と二人(ににん)、よう【読う】ではなき【泣き】、ないて
はよむ。「安元(あんげん)三年(さんねん)七月(しちぐわつ)廿日[B ノヒ](はつかのひ)出家(しゆつけ)、同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)信俊(のぶとし)下
向(げかう)」とかか【書か】れたり。さてこそ源(げん)左衛門尉(ざゑもんのじよう)信俊(のぶとし)がまいり(まゐり)【参り】
たりけるも知(しら)れけれ。そばなる壁(かべ)には、「三尊(さんぞん)来迎(らいかう)便(たより)
あり。九品(くほん)往生(わうじやう)無(レ)疑(うたがひなし)」ともかか【書か】れたり。此(この)形見(かたみ)を見(み)給(たまひ)
P03049
てこそ、さすが欣求浄土(ごんぐじやうど)ののぞみもおはしけりと、限(かぎり)
なき歎(なげき)の中(なか)にも、いささかたのもしげ【頼もし気】にはの給(たま)ひけれ。
其(その)墓(はか)を尋(たづね)て見(み)給(たま)へば、松(まつ)の一(ひと)むらある中(なか)に、
かひがひしう壇(だん)をついたる事(こと)もなし。土(つち)のすこし【少し】高(たか)
き所(ところ)に少将(せうしやう)袖(そで)かきあはせ【合はせ】、いき【生き】たる人(ひと)に物(もの)を申(まうす)やう
に、泣々(なくなく)申(まう)されけるは、「遠(とほ)(トヲ)き御(おん)まもり【守り】とならせおはし
まして候(さうらふ)事(こと)をば、島(しま)にてかすか【幽】に伝(つた)へ承(うけたまは)りしか
共(ども)、心(こころ)にまかせ【任せ】ぬうき身(み)なれば、いそぎまいる(まゐる)【参る】事(こと)も
候(さうら)はず。成経(なりつね)彼(かの)島(しま)へながされてO[BH のちの便(たより)なさ、一日(いちにち)片時(へんし)の有(あり)がたふ(ありがたう)こそ候(さうら)ひしか。さすが]露(つゆ)の命(いのち)消(きえ)やらず
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して、二(ふた)とせ【年】ををく(ッ)(おくつ)【送つ】てめし【召し】かへさるるうれしさは、さる
事(こと)にて候(さうら)へ共(ども)、この世(よ)にわたらせ給(たま)ふをも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て候(さうらは)ばこそ、命(いのち)のながき【長き】かひもあらめ。是(これ)まではいそ
がれつれ共(ども)、いまより後(のち)はいそぐべし共(とも)おぼえず」
と、かきくどゐ(くどい)てぞなか【泣か】れける。誠(まこと)に存生(ぞんじやう)の時(とき)なら
ば、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)こそ、いかに共(とも)の給(たま)ふべきに、生(しやう)を
へだてたる習(なら)ひ程(ほど)うらめしかり【恨めしかり】ける物(もの)はなし。苔(こけ)
の下(した)には誰(たれ)かこたふべき。ただ嵐(あらし)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】松(まつ)の響(ひびき)ば
かりなり。其(その)夜(よ)はよ【夜】もすがら、康頼(やすより)入道(にふだう)と二人(ににん)、墓(はか)
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のまはりを行道(ぎやうだう)して念仏(ねんぶつ)申(まうし)、明(あけ)ぬればあたらしう
壇(だん)つき、くぎぬき【釘貫】せさせ、まへに仮屋(かりや)つくり、七日(しちにち)七夜(しちや)
念仏(ねんぶつ)申(まうし)経(きやう)書(かい)て、結願(けつぐわん)(ケツグハン)には大(おほき)なる卒兜婆(そとば)をたて、
「過去(くわこ)(クハコ)聖霊(しやうりやう)、出離生死(しゆつりしやうじ)、証大菩提(しようだいぼだい)(セウダイボタイ)」とかいて、年号(ねんがう)月日(つきひ)
の下(した)には、「孝子(かうし)[* 孝の左に(ケウ)の振り仮名]成経(なりつね)」とかか【書か】れたれば、しづ山(やま)がつの心(こころ)なき
も、子(こ)に過(すぎ)たる宝(たから)なしとて、泪(なみだ)をながし袖(そで)をしぼら
ぬはなかりけり。年(とし)去(さり)(サリ)年(とし)来(きた)れ共(ども)、忘(わすれ)がたきは撫育(ぶいく)
の昔(むかし)の恩(おん)(ヲン)、夢(ゆめ)のごとく【如く】幻(まぼろし)のごとし。尽(つき)がたきは恋慕(れんぼ)
のいまの涙(なみだ)也(なり)。三世(さんぜ)十方(じつぱう)の仏陀(ぶつだ)の聖衆(しやうじゆ)もあはれみ
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給(たま)ひ、亡魂(ばうこん)尊霊(そんりやう)もいかにうれしとおぼしけん。「今(いま)しばらく念仏(ねんぶつ)の功(こう)をもつむ【積む】べう候(さうら)へ共(ども)、都(みやこ)に待(まつ)
人共(ひとども)も心(こころ)もとなう候(さうらふ)らん。又(また)こそまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」とて、
亡者(まうじや)にいとま申(まうし)つつ、泣々(なくなく)そこをぞ立(たた)れける。草(くさ)
の陰(かげ)にても余波(なごり)おしう(をしう)【惜しう】やおもは【思は】れけん。O[BH 同(おなじき)]三月(さんぐわつ)十
六日(じふろくにち)、少将(せうしやう)鳥羽(とば)へあかう【明かう】ぞ付(つき)給(たま)ふ。故(こ)大納言(だいなごん)の山
庄(さんざう)、すはま【州浜】殿(どの)とて[M 「にて」とあり「に」をミセケチ「ト」と傍書]鳥羽(とば)にあり【有り】。住(すみ)あらして年(とし)
へ【経】にければ、築地(ついぢ)はあれどもおほい(おほひ)【覆ひ】もなく、門(もん)はあ
れ共(ども)扉(とびら)もなし。庭(には)に立入(たちいり)見(み)給(たま)へば、人跡(じんせき)たえ【絶え】て
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苔(こけ)ふかし。池(いけ)の辺(ほとり)を見(み)まはせば、秋(あき)の山(やま)の春風(はるかぜ)に白波(しらなみ)し
きりにおり【織り】かけて、紫鴛(しゑん)白鴎(はくおう)(ハクヲウ)逍遥(せうよう)す。興(きよう)(ケウ)ぜし人(ひと)の
恋(こひ)しさに、尽(つき)せぬ物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。家(いへ)はあれ共(ども)、らんもん【羅文】
破(やぶれ)て、蔀(しとみ)やり戸(ど)もたえ【絶え】てなし。「爰(ここ)には大納言(だいなごん)O[BH 殿(どの)]のと
こそおはせしか、此(この)妻戸(つまど)をばかうこそ出入(いでいり)給(たまひ)しか。あの
木(き)をば、みづからこそうへ(うゑ)【植ゑ】給(たまひ)しか」な(ン)ど(など)いひて、ことの
葉(は)につけて、ちち【父】の事(こと)を恋(こひ)しげにこその給(たま)ひけ
れ。弥生(やよひ)(ヤヨイ)なかの六日(むゆか)なれば、花(はな)はいまだ名残(なごり)あり【有り】。楊
梅(やうばい)桃李(たうり)の梢(こずゑ)こそ、折(をり)しりがほ【折知顔】に色々(いろいろ)なれ。昔(むかし)の
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あるじはなけれ共(ども)、春(はる)を忘(わす)れぬ花(はな)なれや。少将(せうしやう)花(はな)
のもとに立(たち)よ(ッ)【寄つ】て、桃李(たうり)不(レ)言(ものいはず)春(はる)幾(いくばくか)暮(くれぬる)煙霞(えんか)(ヱンカ)無(レ)跡(あとなし)
昔(むかし)誰(たれか)栖(すんじ) K017ふるさとの花(はな)の物(もの)いふ世(よ)なりせばいかにむ
かし【昔】のことをとは【問は】まし W014この古(ふる)き詩歌(しいか)を口(くち)ずさみ
給(たま)へば、康頼(やすより)入道(にふだう)も折節(をりふし)あはれ【哀】に覚(おぼ)えて、墨染(すみぞめ)の
袖(そで)をぞぬらしける。暮(くる)る程(ほど)とは待(また)れけれ共(ども)、あまり
に名残(なごり)おしく(をしく)【惜しく】て、夜(よ)ふくるまでこそおはしけれ。深
行(ふけゆく)ままには、荒(あれ)たる宿(やど)のならひ【習ひ】とて、ふるき軒(のき)の板
間(いたま)より、もる月影(つきかげ)ぞくまもなき。鶏籠(けいろう)の山(やま)明(あけ)なん
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とすれ共(ども)、家路(いへぢ)はさらにいそがれず。さても有(ある)べき
ならねば、むかへ【向へ】に乗物共(のりものども)つかはし【遣し】て待(まつ)らんも心(こころ)なし
とて、泣々(なくなく)すはま【州浜】殿(どの)を出(いで)つつ、都(みやこ)へかへり入[B レ](いられ)けん心(こころ)の
中共(うちども)、さこそはあはれ【哀】にもうれしう【嬉しう】も有(あり)けめ。康頼(やすより)入
道(にふだう)がむかへ【向へ】にも乗物(のりもの)あり【有り】けれ共(ども)、それにはのら【乗ら】で、「今(いま)
さら名残(なごり)の惜(をし)きに」とて、少将(せうしやう)の車(くるま)の尻(しり)にの(ッ)【乗つ】て、七
条河原(しつでうかはら)まではゆく【行く】。其(それ)より行別(ゆきわかれ)けるに、猶(なほ)行(ゆき)もやら
ざりけり。花(はな)の下(もと)の半日(はんじつ)の客(かく)、月[B ノ](つきの)前(まへ)の一夜(いちや)の友(とも)、旅
人(りよじん)が一村雨(ひとむらさめ)の過行(すぎゆく)に、一樹(いちじゆ)の陰(かげ)に立(たち)よ(ッ)【寄つ】て、わかるる
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余波(なごり)もおしき(をしき)【惜しき】ぞかし。况(いはん)や是(これ)はうかり【憂かり】し島(しま)のす
まひ【住ひ】、船(ふね)のうち、浪(なみ)のうへ【上】、一業(いちごふ)(イチゴウ)所感(しよかん)の身(み)なれば、先
世(ぜんぜ)の芳縁(はうえん)も浅(あさ)からずや思(おも)ひしられけん。少将(せうしやう)は
しうと【舅】平宰相(へいざいしやう)の宿所(しゆくしよ)へ立入(たちいり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)の母(はは)うへは
霊山(りやうぜん)におはしけるが、昨日(きのふ)より宰相(さいしやう)の宿所(しゆくしよ)におはし
てまた【待た】れけり。少将(せうしやう)の立入(たちいり)給(たま)ふ姿(すがた)を一目(ひとめ)みて、「命(いのち)あ
れば」とばかり[M ぞ]の給(たまひ)て、引(ひき)かづいてぞ臥(ふし)給(たま)ふ。宰相(さいしやう)の
内(うち)の女房(にようばう)、侍共(さぶらひども)(サブライども)さしつどひ【集ひ】て、みな悦(よろこび)なき【悦び泣き】共(ども)しけり。
まして少将(せうしやう)の北方(きたのかた)、めのとの六条(ろくでう)が心(こころ)のうち、さこそは
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うれしかりけめ。六条(ろくでう)は尽(つき)せぬ物(もの)おもひ【思ひ】に、黒(くろ)かりし髪(かみ)
もみなしろく【白く】なり、北方(きたのかた)さしも花(はな)やかにうつくしう
おはせしか共(ども)、いつしかやせ【痩せ】おとろへて、其(その)人(ひと)共(とも)みえ【見え】給(たま)は
ず。ながされ給(たまひ)し時(とき)、三歳(さんざい)にて別(わかれ)しおさなき(をさなき)【幼き】[B 「おさな」に「若君(わかぎみ) イ」と傍書]人(ひと)、お
となしうな(ッ)て、髪(かみ)ゆふ【結ふ】程(ほど)也(なり)。又(また)其(その)[M 御(おん)]そばに、三(みつ)ばかり
なるおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)のおはしけるを、少将(せうしやう)「あれはいかに」と
の給(たま)へ【宣へ】ば、六条(ろくでう)「是(これ)こそ」とばかり申(まうし)て、袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】
あてて涙(なみだ)をながしけるにこそ、さては下(くだ)りし時(とき)、心(こころ)く
るしげなる有(あり)さまを見(み)をき(おき)【置き】しが、事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なくそ
P03058
立(だち)【育ち】けるよと、思(おも)ひ出(いで)てもかなしかり【悲しかり】けり。少将(せうしやう)はも
とのごとく院(ゐん)にめし【召し】つかは【使は】れて、宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)にあがり
給(たま)ふ。康頼(やすより)入道(にふだう)は、東山(ひがしやま)双林寺(さうりんじ)にわが山庄(さんざう)のあり【有り】
ければ、それに落(おち)(ヲチ)つい【着い】て、先(まづ)おもひ【思ひ】つづけけり。
ふる里(さと)の軒(のき)のいたま【板間】に苔(こけ)むして
おもひ【思ひ】しほどはもら【漏ら】ぬ月(つき)かな W015
やがてそこに籠居(ろうきよ)して、うかり【憂かり】し昔(むかし)を思(おも)ひつづ
『有王(ありわう)』S0308
け、宝物集(ほうぶつしふ)(ホウブツシウ)といふ物語(ものがたり)を書(かき)けるとぞ聞(きこ)えし。○去(さる)
程(ほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)へ三人(さんにん)ながさ【流さ】れたりし流人(るにん)、二人(ににん)は
P03059
めし【召し】かへさ【返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)僧都(そうづ)一人(いちにん)、うかり【憂かり】
しO[BH 島(しま)の] 島守(しまもり)に成(なり)にけるこそうたてけれ。僧都(そうづ)のおさなう(をさなう)【幼う】
より不便(ふびん)にして、めし【召し】つかは【使は】れける童(わらは)あり【有り】。名(な)をば
有王(ありわう)とぞ申(まうし)ける。鬼界(きかい)が島(しま)の流人(るにん)、今日(けふ)すでに
都(みやこ)へ入(いる)と聞(きこ)えしかば、鳥羽(とば)まで行(ゆき)むかふ(むかう)【向う】て見(み)けれ
共(ども)、わがしう(しゆう)【主】は見(み)え給(たま)はず。いかにと問(とへ)ば、「それは猶(なほ)つみ【罪】
ふかしとて、島(しま)にのこされ給(たまひ)ぬ」ときい【聞い】て、心(こころ)うし
な(ン)ど(など)もをろか(おろか)【愚】也(なり)。常(つね)は六波羅辺(ろくはらへん)にたたずみありい【歩い】て
聞(きき)けれ共(ども)、O[BH いつ]赦免(しやめん)あるべし共(とも)聞(きき)いださ【出さ】ず。僧都(そうづ)の御(おん)
P03060
むすめのしのび【忍び】ておはしける所(ところ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「このせ【瀬】にも
もれ【漏れ】させ給(たまひ)て、御(おん)のぼりも候(さうら)はず。いかにもして
彼(かの)島(しま)へわた(ッ)【渡つ】て、御(おん)行衛(ゆくへ)【行方】を尋(たづね)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそ思(おも)ひ
な(ッ)て候(さうら)へ。御(おん)ふみ【文】給(たま)はらん」と申(まうし)ければ、泣々(なくなく)かいてたう【給う】
だりけり。いとまをこふ【乞ふ】共(とも)、よもゆるさ【許さ】じとて、父(ちち)にも
母(はは)にもしらせず、もろこし船(ぶね)のともづなは、卯月(うづき)さ月(つき)【五月】
にとく【解く】なれば、夏衣(なつごろも)たつ【裁つ】を遅(おそ)(ヲソ)くや思(おもひ)けん、やよひ【弥生】
の末(すゑ)に都(みやこ)を出(いで)て、多(おほ)くの浪路(なみぢ)を凌(しの)ぎつつ、薩摩潟(さつまがた)
へぞ下(くだ)りける。薩摩(さつま)より彼(かの)島(しま)へわたる船津(ふなつ)にて、
P03061
人(ひと)あやしみ、き【着】たる物(もの)をはぎ【剥ぎ】とりな(ン)ど(など)しけれ共(ども)、すこ
し【少し】も後悔(こうくわい)(コウクハイ)せず。姫御前(ひめごぜん)の御文(おんふみ)ばかりぞ人(ひと)に見(み)せじ
とて、もとゆひ【元結】の中(なか)に隠(かく)したりける。さて商人船(あきんどぶね)に
の(ッ)【乗つ】て、件(くだん)の島(しま)へわた(ッ)【渡つ】てみる【見る】に、都(みやこ)にてかすか【幽】につたへ
聞(きき)しは事(こと)のかずにもあらず。田(た)もなし、畠(はたけ)もなし。村(むら)
もなし、里(さと)もなし。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれ共(ども)、いふ詞(ことば)も聞(きき)
しら【知ら】ず。有王(ありわう)島(しま)の者(もの)にゆきむか(ッ)て[M 「もしか様(やう)【斯様】の者共(ものども)の中(なか)に、わがしう(しゆう)【主】の行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】や
しり【知り】たるものやあらんと」をミセケチ「有王(ありわう)島(しま)の者(もの)にゆきむか(ッ)て」と傍書]、「物(もの)まうさう」どいへば、「何事(なにごと)」と
こたふ。「是(これ)に都(みやこ)よりながされ給(たまひ)し、法勝寺(ほつしようじの)(ホツセウジノ)執行(しゆぎやうの)御房(ごばう)
P03062
と申(まうす)人(ひと)の御(おん)行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】やしり【知り】たる」と問(とふ)に、法勝寺(ほつしようじ)共(とも)、執
行(しゆぎやう)共(とも)し(ッ)【知つ】たらばこそ返事(へんじ)もせめ。頭(かしら)をふ(ッ)て知(しら)ずといふ。
其(その)中(なか)にある者(もの)が心得(こころえ)て、「いさとよ、さ様(やう)の人(ひと)は三人(さんにん)
是(これ)に有(あり)しが、二人(ににん)はめし【召し】かへさ【返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。今(いま)一
人(いちにん)はのこされて、あそこ爰(ここ)にまどひありけ【歩け】共(ども)、行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】
もしら【知ら】ず」とぞいひける。山(やま)のかたのおぼつかなさに、はる
かに分入(わけいり)、峯(みね)によぢ、谷(たに)に下(くだ)れ共(ども)、白雲(はくうん)跡(あと)を埋(うづん)で、ゆき
来(き)の道(みち)もさだかならず。青嵐(せいらん)夢(ゆめ)を破(やぶつ)て、その面影(おもかげ)(ヲモカゲ)も
見(み)えざりけり。山(やま)にては遂(つひ)(ツイ)に尋(たづね)もあはず。海(うみ)の辺(ほとり)に
P03063
ついて尋(たづぬ)るに、沙頭(さとう)に印(いん)を刻(きざ)む鴎(かもめ)、澳(おき)(ヲキ)のしら州(す)【白州】に
すだく浜千鳥(はまちどり)の外(ほか)は、跡(あと)とふ物(もの)もなかりけり。ある
朝[B タ](あした)、いその方(かた)よりかげろふ【蜻蛉】[* 「かげろふ」に「蜻蛉」と振り漢字]な(ン)ど(など)のやうにやせ【痩せ】おとろへ
たる者(もの)一人(いちにん)よろぼひ出(いで)きたり。もとは法師(ほふし)にて有(あり)
けりと覚(おぼ)えて、髪(かみ)は空(そら)さま【空様】へおひ【生ひ】あがり、よろづの
藻(も)くづとりつい【付い】て、おどろ【棘】をいただいたるがごとし【如し】。つぎ
目(め)【継ぎ目】[B 「つき」に「節(ツギメ)」と傍書]あらはれ【現はれ】て皮(かは)ゆたひ、身(み)にき【着】たる物(もの)は絹(きぬ)布(ぬの)のわ
き【別】も見(み)えず。片手(かたて)にはあらめを[M ひろい(ひろひ)【拾ひ】]もち、片手(かたて)
には[M 網(あみ)うど【人】に]魚(うを)を[M もらふて]もち、歩(あよ)むやうにはしけ
P03064
れ共(ども)、はかもゆかず、よろよろとして出(いで)きたり。「都(みやこ)に
て多(おほ)くの乞丐人(こつがいにん)(コツガイニン)み【見】しか共(ども)、かかる者(もの)をばいまだみ
ず。「諸阿修羅等居在大海辺(しよあしゆらとうこざいだいかいへん)」とて、修羅(しゆら)の三悪四趣(さんあくししゆ)
は深山(しんざん)大海(だいかい)のほとりにありと、仏(ほとけ)の解(とき)をき(おき)給(たま)ひた
れば、しら【知ら】ず、われ餓鬼道(がきだう)に迷(まよい)[B 「尋(たづね)(タツネ)」の左に「迷(マヨイ)」と傍書]来(きた)るか」と思(おも)ふ程(ほど)に、
かれも是(これ)も次第(しだい)にあゆみ【歩み】ちかづく【近付く】。もしか様(やう)【斯様】のもの
も、わがしう(しゆう)【主】の御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】知(しり)たる事(こと)やあらんと、「物(もの)まう
さう」どいへば、「何(なに)ごと」とこたふ。是(これ)に都(みやこ)よりながされ給(たまひ)
し、法勝寺(ほつしようじの)(ホツセウジノ)執行(しゆぎやうの)御房(ごばう)と申(まうす)人(ひと)の、御(おん)行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】や知(しり)たる」と
P03065
問(とふ)(トウ)に、童(わらは)は見忘(みわす)れたれ共(ども)、僧都(そうづ)は争(いかで)[M 「何(なに)とてか」をミセケチ「争(イカデ)」と傍書]忘(わする)べきなれば、
「是(これ)こそそよ」といひもあへず、手(て)にもて【持て】る物(もの)をなげ
捨(すて)て、いさご[M 「すなご」とあり「すな」をミセケチ「いさ」と傍書]【砂子】の上(うへ)にたふれ【倒れ】ふす。さてこそわがしう(しゆう)【主】の
O[BH 御(おん)]行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】は[M 「も」をミセケチ「は」と傍書]しり【知り】て(ン)げれ。O[BH 僧都(そうづ)]やがてきえ入(いり)給(たま)ふを、ひざの上(うへ)
にかきのせ【掻き乗せ】奉(たてまつ)り、「有王(ありわう)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。多(おほ)くの浪路(なみぢ)を
しのいで、是(これ)まで尋(たづね)まいり(まゐり)【参り】たるかひもなく、いかに
やがてうき目(め)をば見(み)せさせ給(たま)ふぞ」と泣々(なくなく)申(まうし)けれ
ば、ややあ(ッ)て、すこし【少し】人心(ひとごこ)ち出(いで)き、たすけ【助け】おこされて、
「誠(まこと)に汝(なんぢ)が是(これ)まで尋来(たづねき)たる心(こころ)ざしの程(ほど)こそ神妙(しんべう)なれ。
P03066
明(あけ)ても暮(くれ)ても、都(みやこ)の事(こと)のみ思(おも)ひゐ【居】たれば、恋(こひ)しき
者共(ものども)が面影(おもかげ)は、夢(ゆめ)にみる【見る】おり(をり)【折】もあり【有り】、まぼろしに
たつ時(とき)もあり【有り】。身(み)もいたくつかれ【疲れ】よは(ッ)(よわつ)【弱つ】て後(のち)は、夢(ゆめ)も
うつつもおもひ【思ひ】わかず。されば汝(なんぢ)が来(きた)れるも、ただ夢(ゆめ)と
のみこそおぼゆれ。もし此(この)事(こと)の夢(ゆめ)ならば、さめての後(のち)
はいかがせん」。有王(ありわう)「うつつにて候(さうらふ)也(なり)。此(この)御(おん)ありさまにて、
今(いま)まで御命(おんいのち)ののび【延び】させ給(たまひ)て候(さうらふ)こそ、不思儀(ふしぎ)には
覚(おぼ)(ヲボ)え候(さうら)へ」と申(まう)せば、「さればこそ。去年(こぞ)少将(せうしやう)や判官(はんぐわん)入道(にふだう)
に捨(すて)られて後(のち)のたよりなさ、心(こころ)の中(うち)をばただをし
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はかる(おしはかる)【推し量る】べし。そのせ【瀬】に身(み)をもなげんとせしを、よしなき
少将(せうしやう)の「今(いま)一度(いちど)都(みやこ)の音(おと)づれをもまて【待て】かし」な(ン)ど(など)、なぐ
さめをき(おき)【置き】しを、をろか(おろか)【愚】にもし【若し】やとたのみ【頼み】つつ、ながらへ【永らへ】ん
とはせしか共(ども)、此(この)島(しま)には人(ひと)のくい物(もの)(くひもの)【食ひ物】たへ(たえ)【絶え】てなき所(ところ)な
れば、身(み)に力(ちから)の有(あり)し程(ほど)は、山(やま)にのぼ(ッ)【上つ】て湯黄(いわう)(ユハウ)[B 「湯」に「硫」と傍書]と云(いふ)物(もの)を
とり、九国(くこく)よりかよふ商人(あきんど)にあひ、くい物(もの)(くひもの)【食ひ物】にかへな(ン)ど(など)
せしか共(ども)、日(ひ)にそへてよはり(よわり)【弱り】ゆけば、今(いま)はその態(わざ)もせず。
かやうに日(ひ)ののどかなる時(とき)は、磯(いそ)に出(いで)て網人(あみうど)・釣人(つりうど)に、
手(て)をすりひざをかがめて、魚(うを)をもらい(もらひ)、塩干(しほひ)の時(とき)は
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貝(かひ)(カイ)をひろひ【拾ひ】、あらめをとり、磯(いそ)の苔(こけ)に露(つゆ)の命(いのち)を
かけてこそ、けふ【今日】までもながらへ【永らへ】たれ。さらでは浮世(うきよ)を
渡(わた)るよすがをば、いかにしつらんとか思(おも)ふらん。爰(ここ)
にて何事(なにごと)もいはばやとはおもへ【思へ】共(ども)、いざわが家(いへ)へ」との
給(たま)へ【宣へ】ば、此(この)御(おん)ありさまにても家(いへ)をもち給(たま)へるふし
ぎさ【不思議さ】よと思(おもひ)て行(ゆく)程(ほど)に、松(まつ)の一村(ひとむら)ある中(なか)により竹(たけ)【寄竹】
を柱(はしら)にして、葦(あし)をゆひ、けた【桁】はり【梁】にわたし、上(うへ)にもした【下】
にも、松(まつ)の葉(は)をひしと取(とり)かけたり。雨風(あめかぜ)たまるべう
もなし。昔(むかし)は、法勝寺(ほつしようじ)(ホツセウジ)の寺務職(じむしき)にて、八十(はちじふ)余ケ所(よかしよ)の
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庄務(しやうむ)をつかさどられしかば、棟門(むねかど)平門(ひらかど)の内(うち)に、四五百
人(しごひやくにん)の所従(しよじゆう)(シヨジウ)眷属(けんぞく)に囲饒(ゐねう)(イネウ)せられてこそおはせしが、ま【目】
のあたりかかるうき目(め)を見(み)給(たま)ひけるこそふしぎ【不思議】なれ。
業(ごふ)(ゴウ)にさまざまあり【有り】。順現(じゆんげん)・順生(じゆんしやう)・順後業(じゆんごごふ)(ジユンゴゴウ)といへり。僧都(そうづ)
一期(いちご)の間(あひだ)、身(み)にもちゐる処(ところ)、大伽藍(だいがらん)の寺物(じもつ)仏物(ぶつもつ)に
あらずと云(いふ)事(こと)なし。さればかの信施無慙(しんぜむざん)の罪(つみ)によ(ッ)て、
『僧都(そうづ)死去(しきよ)』S0309
今生(こんじやう)にはや感(かん)ぜられけりとぞ見(み)えたりける。○僧都(そうづ)
うつつ【現】にてあり【有り】とおもひ【思ひ】定(さだめ)て、「抑(そもそも)去年(こぞ)少将(せうしやう)や判
官(はんぐわん)入道(にふだう)がむかへ【向へ】にも、是等(これら)が文(ふみ)と云(いふ)事(こと)もなし。今(いま)汝(なんぢ)がた
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よりにも音(おと)づれのなきは、かう共(とも)いはざりけるか」。有王(ありわう)
涙(なみだ)にむせびうつぶして、しばしはものも申(まう)さず。やや
あ(ッ)【有つ】ておきあがり、泪(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て申(まうし)けるは、「君(きみ)の西八条(にしはつでう)
へ出(いで)させ給(たまひ)しかば、やがて追捕(ついふくの)官人(くわんにん)(クハンニン)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、御内(みうち)の人々(ひとびと)
搦取(からめとり)、御謀反(ごむほん)の次第(しだい)を尋(たづね)て、うしなひ【失ひ】はて候(さうらひ)ぬ。北
方(きたのかた)はおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)を隠(かく)しかねまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひて、鞍馬(くらま)
の奥(おく)(ヲク)にしのば【忍ば】せ給(たまひ)て候(さうらひ)しに、此(この)童(わらは)ばかりこそ時々(ときどき)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て宮仕(みやづかへ)つかまつり候(さうらひ)しか。いづれも御歎(おんなげき)のをろか(おろか)【愚】なる事(こと)
は候(さうら)はざO[BH り]しか共(ども)、おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)はあまりに恋(こひ)まいら(まゐら)【参ら】させ
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給(たまひ)て、まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)たび毎(ごと)に、「有王(ありわう)よ、鬼界(きかい)が島(しま)とかやへわれ
ぐし【具し】てまいれ(まゐれ)【参れ】」とむつからせ給(たまひ)候(さうらひ)しが、過(すぎ)候(さうらひ)し二月(きさらぎ)に、
もがさ[* 「もがさ」に「痘」と振り漢字]と申(まうす)事(こと)に失(うせ)させ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。北方(きたのかた)は其(その)御歎(おんなげき)と
申(まうし)、是(これ)の御事(おんこと)と申(まうし)、一(ひと)かたならぬ御思(おんおもひ)にしづませ
給(たま)ひ、日(ひ)にそへてよはら(よわら)【弱ら】せ給(たまひ)候(さうらひ)しが、同(おなじき)三月(さんぐわつ)二日(ふつか)の
ひ、つゐに(つひに)【遂に】はかなく【果敢く】ならせ給(たまひ)ぬ。いま姫御前(ひめごぜん)ばかり、
奈良(なら)の姑御前(おばごぜん)(ヲバゴゼン)の御(おん)もとに御(おん)わたり候(さうらふ)。是(これ)に御文(おんふみ)
給(たま)は(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とて、取(とり)いだいて奉(たてまつ)る。あけて見(み)給(たま)へ
ば、有王(ありわう)が申(まうす)にたがは【違は】ず書(かか)れたり。奥(おく)(ヲク)には、「などや、
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三人(さんにん)ながされたる人(ひと)の、二人(ににん)はめし【召し】かへさ【返さ】れてさぶらふ【候ふ】に、
今(いま)まで御(おん)のぼりさぶらはぬぞ。あはれ、高(たかき)もいやしき
も、女(をんな)の身(み)ばかり心(こころ)うかり【憂かり】ける物(もの)はなし。おのこ(をのこ)【男】[M 「おのこゝ(をのこご)【男子】」とあり「ゝ」をミセケチ]の身(み)にて
さぶらはば、わたらせ給(たま)ふ島(しま)へも、などかまいら(まゐら)【参ら】でさぶ
らふ【候ふ】べき。この有王(ありわう)御供(おんとも)にて、いそぎのぼらせ給(たま)へ」と
ぞかか【書か】れたる。O[BH 僧都(そうづ)此(この)文(ふみ)をかほにをし(おし)【押し】あてて、しばしは物(もの)ものたまは【宣は】ず。良(やや)あつて、]「是(これ)見(み)よ有王(ありわう)、この子(こ)が文(ふみ)の書(かき)やうのは
かなさよ。をのれ(おのれ)【己】を供(とも)にて、いそぎのぼれと書(かき)たる事(こと)
こそうらめしけれ【恨めしけれ】。心(こころ)にまかせ【任せ】たる俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)が身(み)ならば、
何(なに)とてかO[BH 此(この)島(しま)にて]三(み)とせ【三年】の春秋(はるあき)をば送(おく)るべき。今年(ことし)は十二(じふに)
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になるとこそ思(おも)ふに、是(これ)程(ほど)はかなく【果敢く】ては、人(ひと)にも見(み)え、
宮仕(みやづかへ)をもして、身(み)をもたすく【助く】べきか」とてなか【泣か】れける
にぞ、人(ひと)の親(おや)(ヲヤ)の心(こころ)は闇(やみ)にあらね共(ども)、子(こ)を思(おも)ふ道(みち)にま
よふ程(ほど)もしら【知ら】れける。「此(この)島(しま)へながされて後(のち)は、暦(こよみ)もな
ければ、月日(つきひ)のかはり行(ゆく)をもしら【知ら】ず。ただをのづから(おのづから)【自】花(はな)
のちり【散り】葉(は)の落(おつ)るを見(み)て春秋(はるあき)をわきまへ、蝉(せみ)の
声(こゑ)(コヘ)麦秋(ばくしう)を送(おく)(ヲク)れば夏(なつ)とおもひ【思ひ】、雪(ゆき)のつもるを冬(ふゆ)と
しる。白月(びやくぐわつ)(ビヤクグハツ)黒月(こくぐわつ)(コクグハツ)のかはり行(ゆく)をみて、卅日(さんじふにち)をわきまへ、
指(ゆび)をお(ッ)(をつ)【折つ】てかぞふれば、今年(ことし)は六(むつ)になるとおもひ【思ひ】つるお
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さなき(をさなき)【幼き】者(もの)も、はや先立(さきだち)けるごさんなれ。西八条(にしはつでう)へ出(いで)
し時(とき)、この子(こ)が、「我(われ)もゆかう」どしたひ【慕ひ】しを、やがて帰(かへ)らふ
ずる(うずる)ぞとこしらへをき(おき)【置き】しが、今(いま)の様(やう)におぼゆる【覚ゆる】ぞや。
其(それ)を限(かぎ)りと思(おも)はましかば、今(いま)しばしもなどか見(み)ざら
ん。親(おや)となり、子(こ)となり、夫婦(ふうふ)の縁(えん)をむすぶも、みな
此(この)世(よ)ひとつ【一つ】にかぎらぬ契(ちぎり)ぞかし。などさらば、それらが
さ様(やう)に先立(さきだち)けるを、今(いま)まで夢(ゆめ)まぼろしにもしら【知ら】
ざりけるぞ。人目(ひとめ)も恥(はぢ)ず、いかにもして命(いのち)いか【生か】うど思(おもひ)し
も、これらを今(いま)一度(いちど)見(み)ばやと思(おも)ふためなり。姫(ひめ)が事(こと)計(ばかり)[M 「こ姫(ひめ)が事(こと)」をミセケチ「計(ばかり)」と傍書]
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こそ心(こころ)ぐるしけれ共(ども)、それは[M 「も」をミセケチ「は」と傍書]いき身(み)【生き身】なれば、
歎(なげ)きながらもすごさ【過さ】んずらん。さのみながらへ【永らへ】て、を
のれ(おのれ)【己】にうき目(め)を見(み)せんも、我(わが)身(み)ながらつれなかるべし」
とて、をのづから(おのづから)の食事(しよくじ)を[M も]とどめ【留め】、偏(ひとへ)に弥陀(みだ)の名
号(みやうがう)をとなへて、臨終(りんじゆう)(リンジウ)正念(しやうねん)をぞいのら【祈ら】れける。有王(ありわう)わ
た(ッ)【渡つ】て廿三日(にじふさんにち)と云(いふ)に、其(その)庵(いほ)りのうちにて遂(つひ)(ツイ)におはり(をはり)
給(たまひ)ぬ。年(とし)卅七(さんじふしち)とぞ聞(きこ)えし。有王(ありわう)むなしき【空しき】姿(すがた)に取(とり)
つき、天(てん)に仰(あふ)(アヲ)ぎ地(ち)に伏(ふし)て、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。
心(こころ)の行(ゆく)程(ほど)泣(なき)あき【飽き】て、「やがて後世(ごせ)の御供(おんとも)仕(つかまつる)べう候(さうら)へ共(ども)、
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此(この)世(よ)には姫御前(ひめごぜん)ばかりこそ御渡(おんわたり)候(さうら)へ、後世(ごせ)訪(とぶら)ひまいら
す(まゐらす)【参らす】べき人(ひと)も候(さうら)はず。しばしながらへ【永らへ】て御菩提(ごぼだい)[M 「後世(ごせ)」をミセケチ「御菩提(ゴボダイ)」と傍書]訪(とぶら)ひまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、ふしどをあらため【改め】ず、庵(いほり)(イヲリ)をきり【切り】かけ、
松(まつ)のかれ枝(えだ)【枯れ枝】、蘆(あし)の枯葉(かれば)を取(とり)おほひ【覆ひ】、藻塩(もしほ)のけぶりと
なし奉(たてまつ)り、荼■[田+比]事(だびごと)をへ[* 「を」に「終」と振り漢字]【終へ】にければ、白骨(はつこつ)をひろひ【拾ひ】、
頸(くび)にかけ、又(また)商人船(あきんどぶね)のたよりに九国(くこく)の地(ち)へぞ着(つき)にけ
る。O[BH それよりいそぎ都(みやこ)へのぼり、]僧都(そうづ)の御(おん)むすめのおはしける所(ところ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、有(あり)し様(やう)、
始(はじめ)よりこまごまと申(まうす)。「中々(なかなか)御文(おんふみ)を御覧(ごらん)じてこそ、
いとど御(おん)思(おも)ひはまさらせ給(たまひ)て候(さうらひ)しか。O[BH 件(くだん)の島(しま)には]硯(すずり)も紙(かみ)も候(さうら)はね
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ば、御返事(おんぺんじ)にも及(およ)ばず。おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらひ)し御心(おんこころ)の内(うち)、
さながらむなしうてやみ候(さうらひ)にき。今(いま)は生々世々(しやうじやうせせ)を送(おくり)、
他生曠劫(たしやうくわうごふ)(タシヤウクハウゴウ)をへだつ共(とも)、いかでか御声(おんこゑ)をもきき、御姿(おんすがた)を
も見(み)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふべき」と申(まうし)ければ、ふしまろび、こゑ
も惜(をしま)ずなか【泣か】れけり。やがて十二(じふに)の年(とし)尼(あま)になり、奈良(なら)
の法華寺(ほつけじ)に勤(つとめ)[* 左に(ヲコナヒ)の振り仮名]すまし【澄まし】て、父母(ぶも)の後世(ごせ)を訪(とぶら)ひ給(たま)ふぞ
哀(あはれ)なる。有王(ありわう)は俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)僧都(そうづ)の遺骨(ゆいこつ)を頸(くび)にかけ、高
野(かうや)へのぼり、奥院(おくのゐん)(ヲクノゐん)に納(をさ)めつつ、蓮花谷(れんげだに)にて法師(ほふし)(ホウシ)になり、
諸国(しよこく)七道(しちだう)修行(しゆぎやう)して、しう(しゆう)【主】の後世(ごせ)をぞ訪(とぶらひ)ける。か様(やう)【斯様】に
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人(ひと)の思歎(おもひなげ)(ヲモイナゲ)きのつもり【積り】ぬる平家(へいけ)の末(すゑ)こそおそろし
『飆(つぢかぜ)』S0310
けれ【恐ろしけれ】。○同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)ばかり、京中(きやうぢゆう)には辻風(つぢかぜ)おびたた
しう【夥しう】吹(ふい)[* 「明」と有るのを他本により訂正]て、人屋(じんをく)おほく【多く】顛到(てんだう)す。風(かぜ)は中御門(なかのみかど)京極(きやうごく)より
おこ(ッ)【起こつ】て、末申(ひつじさる)の方(かた)へ吹(ふい)[* 「明」と有るのを他本により訂正]て行(ゆく)に、棟門(むねかど)平門(ひらかど)を吹(ふき)ぬ
い[M 「ぬき」とあり「き」をミセケチ「い」と傍書]て、四五町(しごちやう)十町(じつちやう)吹(ふき)もてゆき、けた【桁】・なげし【長押】・柱(はしら)な(ン)ど(など)は
虚空(こくう)に散在(さんざい)す。桧皮(ひはだ)ふき板(いた)【葺板】のたぐひ、冬(ふゆ)の木葉(このは)の
風(かぜ)にみだるるが如(ごと)し。おびたたしう【夥しう】なり【鳴り】どよむ音(おと)[M 「事(こと)」をミセケチ「音(おと)」と傍書]、
彼(かの)地獄(ぢごく)の業風(ごふふう)(ゴウフウ)なり共(とも)、これには過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。ただ
舎屋(しやをく)の破損(はそん)するのみならず、命(いのち)を失(うし)なふ人(ひと)も多(おほ)
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し。牛(うし)馬(むま)のたぐひ数(かず)を尽(つく)して打(うち)ころさ【殺さ】る。是(これ)ただ
事(こと)にあらず、御占(みうら)(ミウラ)あるべしとて、神祇官(じんぎくわん)(ジンギクハン)にして
御占(みうら)あり【有り】。「今(いま)百日(ひやくにち)のうちに、禄(ろく)ををもんずる(おもんずる)【重んずる】大臣(おとど)の
慎(つつし)み別(べつ)しては天下(てんが)の大事(だいじ)、並(ならび)に仏法(ぶつぽふ)王法(わうぼふ)共(とも)に傾(かたぶい)
て、兵革(ひやうがく)相続(さうぞく)すべし」とぞ、神祇官(じんぎくわん)陰陽寮(おんやうれう)(ヲンヤウリヤウ)共(とも)に
『医師問答(いしもんだふ)』S0311
うらなひ申(まうし)ける。○小松(こまつ)のおとど、か様(やう)【斯様】の事共(ことども)を聞(きき)給(たまひ)
て、よろづ心(こころ)ぼそうやおもは【思は】れけん、其(その)比(ころ)熊野参
詣(くまのさんけい)の事(こと)有(あり)けり。本宮(ほんぐう)証誠殿(しようじやうでん)(セウジヤウデン)の御前(おんまへ)にて、夜(よ)も
すがら敬白(けいひやく)せられけるは、「親父(しんぶ)入道(にふだう)相国(しやうこく)の体(てい)をみる【見る】に、
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悪逆無道(あくぎやくむだう)にして、ややもすれば君(きみ)をなやまし奉(たてまつ)る。
重盛(しげもり)長子(ちやうし)として、頻(しきり)に諫(いさめ)をいたすといへ共(ども)、身(み)
不肖(ふせう)の間(あひだ)、かれも(ッ)て服膺(ふくよう)せず。そのふるまひ【振舞】をみる【見る】
に、一期(いちご)の栄花(えいぐわ)(ヱイグハ)猶(なほ)あやうし(あやふし)。枝葉(しえふ)(シヨウ)連続(れんぞく)して、親(しん)を
顕(あらは)し名(な)を揚(あ)(アゲ)げん事(こと)かたし。此(この)時(とき)に当(あたつ)て、重盛(しげもり)い
やしうも思(おも)へり。なまじい(なまじひ)に列(れつ)して世(よ)に浮沈(ふちん)せん
事(こと)、敢(あへ)て良臣(りやうしん)孝子(かうし)の法(ほふ)(ハウ)にあらず。しかじ、名(な)を逃(のが)れ
身(み)を退(しりぞい)て、今生(こんじやう)の名望(めいばう)を抛(なげす)て、来世(らいせ)の菩提(ぼだい)を求(もと)
めんには。但(ただし)凡夫(ぼんぶ)薄地(はくぢ)、是非(ぜひ)にまどへるが故(ゆゑ)に、猶(なほ)心(こころ)ざし
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を恣(ほしいまま)にせず。南無(なむ)権現(ごんげん)金剛童子(ごんがうどうじ)、願(ねがは)くは子孫(しそん)繁栄(はんえい)(ハンヱイ)
たえ【絶え】ずして、仕(つかへ)て朝廷(てうてい)にまじはるべくは、入道(にふだう)の悪心(あくしん)
を和(やはら)げて、天下(てんが)の安全(あんせん)を得(え)しめ給(たま)へ。栄耀(えいえう)(ヱイヨウ)又(また)一期(いちご)
をかぎ[B ッ]【限つ】て、後混(こうこん)恥(はぢ)に及(およぶ)(ヲヨブ)べくは、重盛(しげもり)が運命(うんめい)をつづめて、
来世(らいせ)の苦輪(くりん)を助(たす)け給(たま)へ。両ケ(りやうか)の求願(ぐぐわん)(ググハン)、ひとへに冥助(めいじよ)
を仰(あふ)(アヲ)ぐ」と肝胆(かんたん)を摧(くだい)て祈念(きねん)せられけるに、燈籠(とうろ)
の火(ひ)のやうなる物(もの)の、おとどの御身(おんみ)より出(いで)て、ば(ッ)と消(きゆ)
るがごとく【如く】して失(うせ)にけり。人(ひと)あまた見(み)奉(たてまつ)りけれ共(ども)、
恐(おそ)(ヲソ)れて是(これ)を申(まう)さず。又(また)下向(げかう)の時(とき)、岩田川(いはだがは)を渡(わた)られ
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けるに、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)以下(いげ)の公達(きんだち)、浄衣(じやうえ)のした【下】
に薄色(うすいろ)のきぬを着(き)て、夏(なつ)の事(こと)なれば、なにとな
う河(かは)の水(みづ)に戯(たはぶれ)給(たま)ふ程(ほど)に、浄衣(じやうえ)のぬれて、きぬ【衣】に
うつ(ッ)【移つ】たるが、偏(ひとへ)に色(いろ)のごとくに見(み)えければ、筑後守(ちくごのかみ)貞
能(さだよし)これを見(み)とがめて、「何(なに)と候(さうらふ)やらん、あの御浄衣(おんじやうえ)(ヲンジヤウヱ)の
よにいまはしき【忌はしき】やうに見(み)えさせおはしまし候(さうらふ)。めし【召し】
かへらるべうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、おとど、「わが所願(しよぐわん)(シヨグハン)既(すで)に
成就(じやうじゆ)しにけり。其(その)浄衣(じやうえ)敢(あへ)てあらたむべからず」とて、
別(べつ)して岩田川(いはだがは)より、熊野(くまの)へ悦(よろこび)の奉幣(ほうへい)をぞ
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立(たて)られける。人(ひと)あやしと思(おも)ひけれ共(ども)、其(その)心(こころ)をえず。
しかる【然る】に此(この)公達(きんだち)、程(ほど)なくまこと【誠】の色(いろ)をき【着】給(たまひ)けるこそ
ふしぎ【不思議】なれ。下向(げかう)の後(のち)、いくばくの日数(につしゆ)を経(へ)ずして、
病付(やまひつき)(ヤマイツキ)給(たま)ふ。権現(ごんげん)すでに御納受(ごなふじゆ)(ゴナウジユ)あるにこそとて、療
治(れうぢ)もし給(たま)はず、祈祷(きたう)をもいたされず。其(その)比(ころ)宋朝(そうてう)より
すぐれたる名医(めいい)わた[B ッ]【渡つ】て、本朝(ほんてう)にやすらふことあり【有り】。境
節(をりふし)入道(にふだう)相国(しやうこく)、福原(ふくはら)の別業(べつげふ)(ベツギヨウ)におはしけるが、越中守(ゑつちゆうのかみ)[B 「守」に「前司(せんじ)」と傍書]盛
俊(もりとし)を使者(ししや)で、小松殿(こまつどの)へ仰(おほせ)られけるは、「所労(しよらう)弥(いよいよ)大事(だいじ)
なる由(よし)其(その)聞(きこ)えあり【有り】。兼(かねては)又(また)宋朝(そうてう)より勝(すぐれ)たる名医(めいい)
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わたれり。折節(をりふし)悦(よろこび)とす。是(これ)をめし【召し】請(しやう)じて医療(いれう)
をくはへ【加へ】しめ給(たま)へ」と、の給(たま)ひつかはさ【遣さ】れたりければ、小
松殿(こまつどの)たすけ【助け】おこされ、盛俊(もりとし)を御前(おんまへ)へめし【召し】て、「まづ
「医療(いれう)の事(こと)、畏(かしこまつ)て承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ」と申(まうす)べし。但(ただし)汝(なんぢ)も承(うけたまは)
れ。延喜御門(えんぎのみかど)(ヱンギのみかど)はさばか(ン)の賢王(けんわう)にてましましけれ
共(ども)、異国(いこく)の相人(さうにん)を都(みやこ)のうちへ入(いれ)させ給(たまひ)たりけるをば、
末代(まつだい)までも賢王(けんわう)の御誤(おんあやまり)、本朝(ほんてう)の恥(はぢ)とこそみえ【見え】けれ。
况(いはん)や重盛(しげもり)ほどの凡人(ぼんにん)が、異国(いこく)の医師(いし)を王城(わうじやう)へ
いれ【入れ】ん事(こと)、国(くに)の辱(はぢ)にあらずや。漢(かんの)高祖(かうそ)は三尺(さんじやく)の剣(けん)
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を提(ひつさげ)て天下(てんが)を治(をさめ)しかども、淮南(わいなん)[* (ワイ)の右に(クハイ)の振り仮名]の黥布(げいふ)(ケイフ)を討(うち)し時(とき)、
流矢(りうし)にあた(ッ)て疵(きず)を蒙(かうむ)る。后(きさき)呂太后(りよたいこう)、良医(りやうい)をむかへ【向へ】て
見(み)せしむるに、医(い)のいはく、「此(この)疵(きず)治(ぢ)しつべし。但(ただし)五十
斤(ごじふこん)(ごシウコン)[* 「十」に圏濁点]の金(きん)をあたへば治(ぢ)せん」といふ。高祖(かうそ)の給(たま)はく、「われ
まもり【守り】のつよか[B ッ]【強かつ】し程(ほど)は、多(おほ)くのたたかひ【戦ひ】にあひ[* 「あひ」に「逢」と振り漢字]て疵(きず)
を蒙(かうむ)りしか共(ども)、そのいたみなし。運(うん)すでに尽(つき)ぬ。命(めい)
はすなはち天(てん)にあり【有り】。縦(たとひ)(タトイ)偏鵲(へんじやく)といふ共(とも)、なんの益(えき)(ヱキ)か
あらん。しかれ[M 「しから」とあり「ら」をミセケチ「れ」と傍書]ば又(また)かねを惜(をし)むに似(に)たり」とて、五十(ごじふ)こむ(こん)【斤】
の金(きん)を医師(いし)にあたへながら、つゐに(つひに)【遂に】治(ぢ)せざりき。先
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言(せんげん)耳(みみ)にあり【有り】、今(いま)も(ッ)て甘心(かんじん)す。重盛(しげもり)いやしくも九卿(きうけい)に
列(れつ)して三台(さんたい)にのぼる。其(その)運命(うんめい)をはかるに、も(ッ)て天心(てんしん)に
あり【有り】。なんぞ天心(てんしん)を察(さつせ)ずして、をろか(おろか)【愚】に医療(いれう)をいた
はしうせむや。所労(しよらう)もし定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)たらば、いれう【医療】をくはう(くはふ)【加ふ】
共(とも)ゑき(えき)【益】なからんか。又(また)非業(ひごふ)(ヒゴウ)たらば、療治(れうぢ)をくはへ【加へ】ず共(とも)たすかる事(こと)をうべし。彼(かの)耆婆(ぎば)が医術(いじゆつ)及(およ)(ヲヨ)ばずして、
大覚世尊(だいかくせそん)、滅度(めつど)を抜提河(ばつだいが)の辺(ほとり)に唱(とな)ふ。是(これ)則(すなはち)、定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)
の病(やまひ)(ヤマイ)いやさ【癒さ】ざる事(こと)をしめさ【示さ】んが為(ため)也(なり)。定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)猶(なほ)(ナヲ)医療(いれう)
にかかはる【拘はる】べう候(さうらは)ば、豈(あに)尺尊【*釈尊】(しやくそん)入滅(にふめつ)(ニウメツ)あらんや。定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)又(また)[M 治]
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治(ぢ)するに堪(たへ)ざる旨(むね)あきらけし。治(ぢ)するは仏体(ぶつたい)也(なり)、療(れう)
するは耆婆(ぎば)也(なり)。しかれば重盛(しげもり)が身(み)仏体(ぶつたい)にあらず、
名医(めいい)又(また)耆婆(ぎば)に及(およぶ)べからず。たとひ四部(しぶ)の書(しよ)をかが
みて、百療(はくれう)に長(ちやう)ずといふ共(とも)、いかでか有待(うだい)の穢身(えしん)(ヱシン)を救
療(くれう)せん。たとひ五経(ごきやう)の説(せつ)を詳(つまびらか)にして、衆病(しゆびやう)をいや
すと云(いふ)共(とも)、豈(あに)先世(ぜんぜ)の業病(ごふびやう)(ゴウビヤウ)を治(ぢ)せんや。もしかの医術(いじゆつ)
によ(ッ)て存命(ぞんめい)せば、本朝(ほんてう)の医道(いだう)なきに似(に)たり。医術(いじゆつ)
効験(かうげん)なくんば、面謁(めんえつ)(メンヱツ)所詮(しよせん)なし。就中(なかんづく)本朝(ほんてう)鼎臣(ていしん)の外
相(げさう)をも[B ッ]て、異朝(いてう)富有(ふいう)(フウ)の来客(らいかく)にまみえ【見え】ん事(こと)、
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且(かつう)は国(くに)の恥(はぢ)、且(かつう)は道(みち)の陵遅(りようち)(レウチ)也(なり)。たとひ重盛(しげもり)命(いのち)は
亡(ばう)ずといふ共(とも)、いかでか国(くに)の恥(はぢ)をおもふ【思ふ】心(こころ)を存(ぞん)ぜざらん。
此(この)由(よし)を申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。盛俊(もりとし)福原(ふくはら)に帰(かへ)り
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)泣々(なくなく)申(まうし)ければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)「是(これ)程(ほど)国(くに)の恥(はぢ)
を思(おも)ふ大臣(だいじん)、上古(しやうこ)にもいまだきかず。まして末代(まつだい)に
あるべし共(とも)覚(おぼ)えず。日本(につぽん)に相応(さうおう)(サウヲウ)せぬ大臣(だいじん)なれば、
いかさまにも今度(こんど)うせ【失せ】なんず」とて、なくなく【泣く泣く】急(いそ)ぎ都(みやこ)
へ上(のぼ)られけり。同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、小松殿(こまつどの)出家(しゆつけ)し給(たまひ)ぬ。法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)は
浄蓮(じやうれん)とこそつき【付き】給(たま)へ。やがて八月(はちぐわつ)一日[B ノヒ](ひとひのひ)、臨終(りんじゆう)(リンジウ)正念(しやうねん)に住(ぢゆう)(ヂウ)
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して遂(つひ)(ツイ)に失(うせ)給(たまひ)ぬ。御年(おんとし)四十三(しじふさん)、世(よ)はさかりとみえ【見え】つるに、
哀(あはれ)なりし事共(ことども)也(なり)。「入道(にふだう)相国(しやうこく)のさしもよこ紙(がみ)をやら【破ら】れ
つるも、此(この)人(ひと)のなをし(なほし)【直し】なだめ【宥め】られつればこそ、世(よ)もお
だしかり【隠しかり】つれ。此(この)後(のち)天下(てんが)にいかなる事(こと)か出(いで)こ【来】んず
らむ」とて、京中(きやうぢゆう)の上下(じやうげ)歎(なげ)きあへり。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛
卿(むねもりのきやう)のかた様(さま)の人(ひと)は、「世(よ)は只今(ただいま)大将殿(だいしやうどの)へまいり(まゐり)【参り】なん
ず」とぞ悦(よろこび)ける。人(ひと)の親(おや)の子(こ)を思(おも)ふならひはをろ
か(おろか)【愚】なるが、先立(さきだつ[M 「サキダチ」とあり「チ」をミセケチ「ツ」と傍書])だにもかなしき【悲しき】ぞかし。いはんや是(これ)は
当家(たうけ)の棟梁(とうりやう)、当世(たうせい)の賢人(けんじん)にておはしければ、恩愛(おんあい)(ヲンアイ)
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の別(わかれ)、家(いへ)の衰微(すいび)、悲(かなしん)でも猶(なほ)余(あまり)あり【有り】。されば世(よ)には
良臣(りやうしん)をうしなへ【失へ】る事(こと)を歎(なげ)き、家(いへ)には武略(ぶりやく)のすた
れ【廃れ】ぬる事(こと)をかなしむ。凡(およそ)(ヲヨソ)は此(この)おとど【大臣】文章(ぶんしやう)うるはし
うして、心(こころ)に忠(ちゆう)(チウ)を存(ぞん)じ、才芸(さいげい)すぐれて、詞(ことば)に徳(とく)を兼(かね)
『無文(むもん)』S0312
給(たま)へり。○天性(てんぜい)このおとど【大臣】は不思議(ふしぎ)の人(ひと)にて、未来(みらい)の
事(こと)をもかねて【予て】さとり給(たまひ)けるにや。去(さんぬる)四月(しぐわつ)七日(しちにち)の夢(ゆめ)
に、見(み)給(たまひ)けるこそふしぎ【不思議】なれ。たとへば、いづく共(とも)しらぬ
浜路(はまぢ)を遥々(はるばる)とあゆみ【歩み】行(ゆき)給(たま)ふ程(ほど)に、道(みち)の傍(かたはら)に大(おほき)なる
鳥居(とりゐ)の有(あり)けるを、「あれはいかなる鳥居(とりゐ)やらん」と、問(とひ)
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給(たま)へば、「春日大明神(かすがだいみやうじん)の御鳥井(おんとりゐ)也(なり)」と申(まうす)。人(ひと)多(おほ)く群集(くんじう)
したり。其(その)中(なか)に法師(ほふし)の頸(くび)を一(ひとつ)さしあげ【差し上げ】たり。「さてあの
くびはいかに」と問(とひ)給(たま)へば、「是(これ)は平家(へいけ)太政入道殿(だいじやうのにふだうどの)[M の御
頸(おんくび)を]、悪行(あくぎやう)超過(てうくわ)(テウクハ)し給(たま)へるによ(ッ)て、当社(たうしや)大明神(だいみやうじん)のめし【召し】
とらせ給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)と覚(おぼ)えて、夢(ゆめ)うちさめ、当家(たうけ)は
保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、度々(どど)の朝敵(てうてき)をたひらげて、
勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、かたじけなく一天(いつてん)の君(きみ)の御外
戚(ごぐわいせき)(ごグハイセキ)として、一族(いちぞく)の昇進(しようじん)(セウジン)六十(ろくじふ)余人(よにん)。廿(にじふ)余年(よねん)のこのかた
は、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】、申(まうす)はかりもなかりつるに、入道(にふだう)の悪行(あくぎやう)
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超過(てうくわ)(テウクハ)せるによ(ッ)て、一門(いちもん)の運命(うんめい)すでにつき【尽き】んずる
にこそと、こし方(かた)行末(ゆくすゑ)の事共(ことども)、おぼしめし【思し召し】つづけ
て、御涙(おんなみだ)にむせばせ給(たま)ふ。折節(をりふし)妻戸(つまど)をほとほとと打(うち)
たたく。「た【誰】そ。あれきけ【聞け】」との給(たま)へ【宣へ】ば、「瀬尾(せのをの)(セノヲノ)太郎(たらう)兼
康(かねやす)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申(まうす)。「いかに、何事(なにごと)ぞ」との給(たま)へ【宣へ】ば、「只(ただ)
今(いま)不思議(ふしぎ)の事(こと)候(さうらひ)て、夜(よ)の明(あけ)候(さうら)はんがをそう(おそう)【遅う】覚(おぼ)え
候(さうらふ)間(あひだ)、申(まう)さんが為(ため)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。御(おん)まへの人(ひと)をのけ【除け】ら
れ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、おとど【大臣】人(ひと)を遥(はるか)にのけて御対面(ごたいめん)
あり【有り】。さて兼康(かねやす)見(み)たりける夢(ゆめ)のやうを、始(はじめ)より終(をはり)〔まで〕
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くはしう【詳しう】語(かた)り申(まうし)けるが、おとど【大臣】の御覧(ごらん)じたりける御
夢(おんゆめ)にすこし【少し】もたがは【違は】ず。さてこそ、瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼
康(かねやす)をば、「神(しん)にも通(つう)じたる物(もの)にて有(あり)けり」と、おとど【大臣】
も感(かん)じ給(たま)ひけれ。其(その)朝(あした)嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、院[B ノ](ゐんの)
御所(ごしよ)へまいら(まゐら)【参ら】んとて出(いで)させ給(たまひ)たりけるを、おとど【大臣】よ
び奉(たてまつり)て、「人(ひと)の親(おや)(ヲヤ)の身(み)としてか様(やう)【斯様】の事(こと)を申(まう)せば、
きはめておこがましけれ(をこがましけれ)共(ども)、御辺(ごへん)は人(ひと)の子共(こども)の中(なか)
には勝(すぐれ)てみえ【見え】給(たま)ふ也(なり)。但(ただし)此(この)世(よ)の中(なか)の有様(ありさま)、いかがあ
らむずらんと、心(こころ)ぼそうこそ覚(おぼゆ)(ヲボユ)れ。貞能(さだよし)はないか。
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少将(せうしやう)に酒(さけ)すすめよ」との給(たま)へば、貞能(さだよし)御酌(おんしやく)(ヲンシヤク)にまいり(まゐり)【参り】
たり。「この盃(さかづき)をば、先(まづ)少将(せうしやう)にこそとら【取ら】せたけれ共(ども)、
親(おや)(ヲヤ)より先(さき)にはよものみ【飲み】給(たま)はじなれば、重盛(しげもり)まづ取(とり)あ
げて、少将(せうしやう)にささん」とて、三度(さんど)うけ【受け】て、少将(せうしやう)にぞさされ
ける。少将(せうしやう)又(また)三度(さんど)うけ給(たま)ふ時(とき)、「いかに貞能(さだよし)、引出物(ひきでもの)せ
よ」との給(たま)へ【宣へ】ば、畏(かしこまつ)て承(うけたまは)り、錦(にしき)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】たる御太刀(おんたち)
を取出(とりいだ)す。「あはれ、是(これ)は家(いへ)に伝(つた)はれる小烏(こがらす)といふ太刀(たち)
やらん」な(ン)ど(など)、よにうれしげに思(おも)ひて見(み)給(たま)ふ処(ところ)に、
さはなくして、大臣葬(だいじんさう)の時(とき)もちゐる無文(むもん)の太刀(たち)に
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てぞ有(あり)ける。其(その)時(とき)少将(せうしやう)けしき【気色】[M は(ッ)と]かは(ッ)て、よにいま
はしげ【忌はし気】にみ【見】給(たまひ)ければ、おとど【大臣】涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、
「いかに少将(せうしやう)、それは貞能(さだよし)がとが【咎】にもあらず。其(その)故(ゆゑ)は
如何(いか)にといふに、此(この)太刀(たち)は大臣葬(だいじんさう)の時(とき)もちゐる無文(むもん)
の太刀(たち)也(なり)。入道(にふだう)いかにもおはせん時(とき)、重盛(しげもり)がはい【佩い】て供(とも)せん
とて持(もち)たりつれ共(ども)、今(いま)は重盛(しげもり)、入道殿(にふだうどの)に先立(さきだち)奉(たてまつ)らん
ずれば、御辺(ごへん)に奉(たてまつ)るなり」とぞの給(たま)ひける。少将(せうしやう)是(これ)
を聞(きき)給(たまひ)て、とかうの返事(へんじ)にも及(およ)ばず。涙(なみだ)にむせびう
つぶして、其(その)日(ひ)は出仕(しゆつし)もし給(たま)はず、引(ひき)かづきてぞふし
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給(たま)ふ。其(その)後(のち)おとど【大臣】熊野(くまの)へまいり(まゐり)【参り】、下向(げかう)して病(やまひ)つき、幾
程(いくほど)もなくして遂(つひ)(ツイ)に失(うせ)給(たま)ひけるにこそ、げにもと思(おも)ひ
『燈炉(とうろ)之(の)沙汰(さた)』S0313
しられけれ。○すべて此(この)大臣(おとど)(ヲトド)は、滅罪生善(めつざいしやうぜん)の御心(おんこころ)ざしふ
かう【深う】おはしければ、当来(たうらい)の浮沈(ふちん)をなげいて、東山(ひがしやま)(ヒンガシやま)の麓(ふもと)
に、六八弘誓(ろくはつぐぜい)の願(ぐわん)(グハン)になぞらへて、四十八間(しじふはつけん)の精舎(しやうじや)をたて、
一間(いつけん)にひとつ【一つ】づつ、四十八間(しじふはつけん)に四十八(しじふはち)の燈籠(とうろ)をかけ【懸け】られ
たりければ、九品(くほん)の台(うてな)、目(め)の前(まへ)にかかやき【輝き】、光耀(くわうえう)(クハウヨウ)鸞
鏡(らんけい)をみがいて、浄土(じやうど)の砌(みぎり)にのぞめるがごとし。毎月(まいげつ)十
四O[BH 日十]五O[BH 日](じふしにちじふごにち)を点(てん)じて、当家(たうけ)他家(たけ)の人々(ひとびと)の御方(おんかた)より、みめ【眉目】
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ようわかう【若う】さかむ(さかん)【壮】なる女房達(にようばうたち)を多(おほ)く請(しやう)じ集(あつ)め、
一間(いつけん)に六人(ろくにん)づつ、四十八間(しじふはつけん)に二百八十八人(にひやくはちじふはちにん)、時衆(じしゆ)にさだ
め、彼(かの)両日(りやうにち)が間(あひだ)は一心(いつしん)O[BH 果報(くわはう)の]称名(しようみやうの)(セウミヤウの)声(こゑ)絶(たえ)ず。誠(まこと)に来迎(らいかう)引摂(いんぜふ)(インゼウ)
のO[BH 悲(ヒ)]願(ぐわん)(グハン)もこの所(ところ)に影向(やうがう)をたれ、摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)の光(ひかり)も此(この)大臣(おとど)(ヲトド)
を照(てら)し給(たま)ふらんとぞみえ【見え】し。十五日(じふごにち)の日中(につちゆう)(ニツチウ)を結願(けつぐわん)(ケツグハン)と
して大念仏(だいねんぶつ)有(あり)しに、大臣(おとど)みづから彼(かの)行道(ぎやうだう)の中(なか)に
まじは[B ッ]て、西方(さいはう)にむかひ【向ひ】、「南無(なむ)安養教主(あんやうけうしゆ)弥陀善逝(みだぜんぜい)、三
界(さんがい)六道(ろくだう)の衆生(しゆじやう)を普(あまね)く済度(さいど)し給(たま)へ」と、廻向発願(ゑかうほつぐわん)(ヱカウホツグハン)
せられければ、みる【見る】人(ひと)慈悲(じひ)をおこし、きく物(もの)感涙(かんるい)を
P03098
もよほしけり。かかりしかば、此(この)大臣(おとど)をば燈籠大臣(とうろのだいじん)と
『金渡(かねわたし)』S0314
ぞ人(ひと)申(まうし)ける。○又(また)おとど【大臣】、「我(わが)朝(てう)にはいかなる大善根(だいぜんごん)をしを
い(おい)【置い】たり共(とも)、子孫(しそん)あひついでとぶらはむ[M 「う」をミセケチ「む」と傍書]事(こと)有(あり)がたし。他
国(たこく)にいかなる善根(ぜんごん)をもして、後世(ごせ)を訪(とぶら)はればや」とて、
安元(あんげん)の此(ころ)ほひ、鎮西(ちんぜい)より妙典(めうでん)といふ船頭(せんどう)をめし【召し】の
ぼせ【上せ】、人(ひと)を遥(はるか)にのけ【除け】て御対面(ごたいめん)あり【有り】。金(こがね)を三千五
百両(さんぜんごひやくりやう)めし【召し】よせて、「汝(なんぢ)は大正直(だいしやうぢき)の者(もの)であんなれば、五百
両(ごひやくりやう)をば汝(なんぢ)にたぶ。三千両(さんぜんりやう)を宋朝(そうてう)へ渡(わた)し、育王山(いわうさん)へまい
らせ(まゐらせ)【参らせ】て、千両(せんりやう)を僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へまいら
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せ(まゐらせ)【参らせ】、田代(でんだい)を育王山(いわうさん)へ申(まうし)よせて、我(わが)後世(ごせ)とぶらはせよ」
とぞの給(たまひ)ける。妙典(めうでん)是(これ)を給(たま)は(ッ)て、万里(ばんり)の煙浪(えんらう)(ヱンラウ)を凌(しの)
ぎつつ、大宋国(たいそうこく)へぞ渡(わた)りける。育王山(いわうさん)の方丈(はうぢやう)(ホウヂヤウ)仏照
禅師(ぶつせうぜんじ)徳光(とくくわう)(トククハウ)にあひ奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうし)たりければ、随喜(ずいき)
感嘆(かんたん)して、千両(せんりやう)を僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、おとど【大臣】の申(まう)されける旨(むね)を具(つぶさ)に奏聞(そうもん)せられ
たりければ、御門(みかど)大(おほき)に感(かん)じおぼしめし【思し召し】て、五百町(ごひやくちやう)
の田代(でんだい)を育王山(いわうさん)へぞよせ【寄せ】られける。されば日本(につぽん)の大
臣(だいじん)平[B ノ](たひらの)朝O[BH 臣](あつそん)重盛公(しげもりこう)の後生(ごしやう)善処(ぜんしよ)と祈(いの)る事(こと)、いまに絶(たえ)(タヘ)ず
P03100
『法印問答(ほふいんもんだふ)』S0315
とぞ承(うけたまは)る。○入道(にふだう)相国(しやうこく)、小松殿(こまつどの)にをくれ(おくれ)【遅れ】給(たまひ)て、よろづ心(こころ)
ぼそうや思(おも)はれけん、福原(ふくはら)へ馳下(はせくだ)り、閉門(へいもん)してこそ
おはしけれ。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)七日(なぬか)の夜(よ)戌剋(いぬのこく)ばかり、大地(だいぢ)おびたた
しう動(うごい)てやや久(ひさ)し。陰陽頭(おんやうのかみ)(インヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべの)泰親(たいしん)、いそぎ内裏(だいり)
へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「今度(こんど)の地震(ぢしん)、占文(せんもん)のさす所(ところ)、其(その)慎(つつし)みかろ
から【軽から】ず。当道(たうだう)三経(さんぎやう)の中(なか)に、根器経(こんききやう)の説(せつ)を見(み)候(さうらふ)に、
「年(とし)をえ【得】ては年(とし)を出(いで)ず、月(つき)をえ【得】ては月(つき)を出(いで)ず、日(ひ)を
え【得】ては日(ひ)を出(いで)ず」とみえ【見え】て候(さうらふ)。以外(もつてのほか)に火急(くわきふ)(クハキウ)候(ざうらふ)」とて、はら
はらとぞ泣(なき)ける。伝奏(てんそう)の人(ひと)も色(いろ)をうしなひ【失ひ】、君(きみ)も
P03101
叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)をおどろかさせおはします。わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、
「けしからぬ泰親(やすちか)が今(いま)の泣(なき)やうや。何事(なにごと)の有(ある)べき」
とて、わらひ【笑ひ】あはれけり。され共(ども)、この【此の】泰親(やすちか)は晴明(せいめい)五代(ごだい)の
苗裔(べうえい)(ベウヱイ)をうけて、天文(てんもん)は淵源(えんげん)(ヱンゲン)をきはめ、推条(すいでう)掌(たなごころ)をさす
が如(ごと)し。一事(いちじ)もたがは【違は】ざりければ、さす【指】の神子(みこ)とぞ
申(まうし)ける。いかづち【雷】の落(おち)かかりたりしか共(ども)、雷火(らいくわ)(ライクハ)の為(ため)に
狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)は焼(やけ)ながら、其(その)身(み)はつつが【恙】もなかりけり。上代(じやうだい)
にも末代(まつだい)にも、有(あり)がたかりし泰親(やすちか)也(なり)。同(おなじき)十四日(じふしにち)、相国
禅門(しやうこくぜんもん)、此(この)日(ひ)ごろ福原(ふくはら)におはしけるが、何(なに)とかおもひ【思ひ】なられ
P03102
たりけむ、数千騎(すせんぎ)の軍兵(ぐんびやう)をたなびいて、都(みやこ)へ入(いり)
給(たま)ふ由(よし)聞(きこ)えしかば、京中(きやうぢゆう)何(なに)と聞(きき)わきたる事(こと)は
なけれ共(ども)、上下(じやうげ)恐(おそ)(ヲソ)れおののく(をののく)。何(なに)ものの申出(まうしいだ)したり
けるやらん、「入道(にふだう)相国(しやうこく)、朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべし」と披
露(ひろう)をなす。関白殿(くわんばくどの)内々(ないない)きこしめさ【聞し召さ】るる旨(むね)や有(あり)けん、
急(いそ)ぎ御参内(ごさんだい)あ(ッ)て、「今度(こんど)相国禅門(しやうこくぜんもん)入洛(じゆらく)の事(こと)は、
ひとへに基房(もとふさ)亡(ほろぼ)すべき結構(けつこう)(ケツカウ)にて候(さうらふ)也(なり)。いかなる目(め)に逢(あふ)
べきにて候(さうらふ)やらん」と奏(そう)せさせ給(たま)へば、主上(しゆしやう)大(おほき)におどろ
かせ給(たまひ)て、「そこにいかなる目(め)にもあはむは、ひとへにただ
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わがあふにてこそあらんずらめ」とて、御涙(おんなみだ)をながさ
せ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。誠(まこと)に天下(てんが)の御政(おんまつりごと)は、主上(しゆしやう)摂録(せつろく)の
御(おん)ぱからひにてこそあるに、こはいかにしつる事共(ことども)ぞや。
天照大神(てんせうだいじん)・春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)の神慮(しんりよ)の程(ほど)も計(はかり)がたし。同(おなじき)
十五日(じふごにち)、入道(にふだう)相国(しやうこく)朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべき事(こと)必定(ひつぢやう)と
聞(きこ)えしかば、法皇(ほふわう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、故(こ)少納言(せうなごん)入道(にふだう)信
西(しんせい)の子息(しそく)、静憲法印(じやうけんほふいん)を御使(おんつかひ)(ヲつかひ)にて、入道(にふだう)相国(しやうこく)のもとへ
つかはさ【遣さ】る。「近年(きんねん)、朝廷(てうてい)しづかならずして、人(ひと)の心(こころ)も
ととのほら【整のほら】ず。世間(せけん)もO[BH 未(いまだ)]落居(らつきよ)せぬさまに成行(なりゆく)事(こと)、
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惣別(そうべつ)につけて歎(なげ)きおぼしめせ【思し召せ】共(ども)、さてそこにあれば、
万事(ばんじ)はたのみ【頼み】おぼしめし【思し召し】てこそあるに、天下(てんが)をしづむ
るまでこそなからめ、嗷々(がうがう)なる体(てい)にて、あま[B ッ]さへ(あまつさへ)【剰へ】朝家(てうか)
を恨(うら)むべしな(ン)ど(など)きこしめす【聞し召す】は、何事(なにごと)ぞ」と仰(おほせ)つかはさ【遣さ】
る。静憲法印(じやうけんほふいん)、御使(おんつかひ)に西八条(にしはつでう)の亭(てい)へむかふ【向ふ】。朝(あした)より夕(ゆふべ)
に及(およ)ぶまで待(また)れけれ共(ども)、無音(ぶいん)也(なり)ければ、さればこそ
と無益(むやく)に覚(おぼ)(ヲボ)えて、源(げん)大夫判官(たいふはんぐわん)季貞(すゑさだ)をも(ッ)て、勅定(ちよくぢやう)
の趣(おもむ)(ヲモム)きいひ入(いれ)させ、「いとま申(まうし)て」とて出(いで)られければ、其(その)時(とき)
入道(にふだう)「法印(ほふいん)よべ」とて出(いで)られたり。喚(よび)かへい【返い】て、「やや法印(ほふいん)御
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房(おんばう)(ヲンばう)、浄海(じやうかい)が申(まうす)処(ところ)は僻事(ひがこと)か。まづ内府(だいふ)が身(み)まかり【罷り】候(さうらひ)
ぬる事(こと)、当家(たうけ)の運命(うんめい)をはかるにも、入道(にふだう)随分(ずいぶん)悲
涙(ひるい)ををさへ(おさへ)【抑へ】てこそ罷過(まかりすぎ)候(さうら)へ。御辺(ごへん)の心(こころ)にも推察(すいさつ)し
給(たま)へ。保元(ほうげん)以後(いご)は、乱逆(らんげき)打(うち)つづいて、君(きみ)やすい御心(おんこころ)もわた
らせ給(たま)はざりしに、入道(にふだう)はただ大方(おほかた)を取(とり)おこなふ【行ふ】ばかりで
こそ候(さうら)へ、内府(だいふ)こそ手(て)をおろし、身(み)を摧(くだい)(クダヒ)て、度々(どど)の逆
鱗(げきりん)をばやすめ【休め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へ。其(その)外(ほか)臨時(りんじ)の御大事(おんだいじ)、
朝夕(てうせき)の政務(せいむ)、内府(だいふ)程(ほど)の功臣(こうしん)有(あり)がたうこそ候(さうらふ)らめ。爰(ここ)
をも(ッ)て古(いにしへ)を思(おも)ふに、唐(たう)の太宗(たいそう)は魏徴(ぎてう)にをくれ(おくれ)【遅れ】て、
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かなしみのあまりに、「昔(むかし)の殷宗(いんそう)は夢(ゆめ)のうちに良
弼(りやうひつ)をえ、今(いま)の朕(ちん)はさめ〔て〕の後(のち)賢臣(けんしん)を失(うしな)ふ」といふ
碑(ひ)の文(もん)をみづから書(かい)て、廟(べう)(ビヨウ)に立(たて)てだにこそかなし
み給(たま)ひけるなれ。我(わが)朝(てう)にも、ま近(ぢか)く見(み)候(さうらひ)し事(こと)ぞ
かし。顕頼民部卿(あきよりのみんぶきやう)が逝去(せいきよ)したりしをば、故院(こゐん)殊(こと)に
御歎(おんなげき)あ[B ッ]て、八幡(やはたの)行幸(ぎやうがう)延引(えんいん)(ヱンイン)し、御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)なかりき。惣(そうじ)[* 左に(スベ)の振り仮名]て臣下(しんか)
の卒(しゆつ)するをば、代々(だいだい)〔の〕御門(みかど)みな御歎(おんなげき)ある事(こと)でこそ
候(さうら)へ。さればこそ、親(おや)(ヲヤ)よりもなつかしう【懐しう】、子(こ)よりもむつまし
きは、君(きみ)と臣(しん)との中(なか)とは申(まうす)事(こと)にて候(さうらふ)らめ。され共(ども)、内
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府(だいふ)が中陰(ちゆういん)(チウイン)に八幡(やはた)の御幸(ごかう)あ(ッ)て御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)あり【有り】き。御歎(おんなげき)の
色(いろ)、一事(いちじ)も是(これ)をみず。たとひ入道(にふだう)がかなしみを御(おん)
あはれみなく共(とも)、などか内府(だいふ)が忠(ちゆう)をおぼしめし【思し召し】忘(わす)れ
させ給(たま)ふべき。たとひ内府(だいふ)が忠(ちゆう)をおぼしめし【思し召し】忘(わす)
れさせ給(たまふ)共(とも)、いかでか入道(にふだう)が歎(なげき)を御(おん)あはれみなから
む。父子(ふし)共(とも)に叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)に背(そむき)候(さうらひ)ぬる事(こと)、今(いま)にをいて(おいて)面
目(めんぼく)を失(うしな)ふ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、越前[B ノ]国(ゑちぜんのくに)をば子々孫々(ししそんぞん)まで御
変改(ごへんがい)あるまじき由(よし)、御約束(おんやくそく)あ[B ッ]てO[BH 下(くだし)]給(たま)は[B ッ]て候(さうらひ)しを、
内府(だいふ)にをくれ(おくれ)【遅れ】て後(のち)、やがてめO[BH しかへ]され候(さうらふ)事(こと)は、なむ(なん)【何】の
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過怠(くわたい)(クハタイ)にて候(さうらふ)やらむ、是(これ)一[B ツ](ひとつ)。次(つぎ)に、中納言(ちゆうなごん)闕(けつ)の候(さうらひ)し
時(とき)、二位[B ノ](にゐの)中将(ちゆうじやう)の所望(しよまう)候(さうらひ)しを、入道(にふだう)随分(ずいぶん)執(とり)申(まうし)し
か共(ども)、遂(つひ)(ツイ)に御承引(ごしよういん)(ごセウイン)なくして、関白(くわんばく)の息(そく)をなさるる
事(こと)はいかに。たとひ入道(にふだう)非拠(ひきよ)を申(まうし)おこなふ【行ふ】共(とも)、一度(いちど)
はなどかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざるべき。申(まうし)候(さうら)はんや、家嫡(けちやく)
といひ、位階(ゐかい)(イカイ)といひ、理運(りうん)左右(さう)に及(およ)ばぬ事(こと)を引(ひき)ち
がへさせ給(たま)ふは、ほい【本意】なき御(おん)ぱからひとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ、是(これ)
一[B ツ](ひとつ)。次(つぎ)に、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、鹿谷(ししのたに)により【寄り】あひ
て、謀反(むほん)の企(くはたて)候(さうらひ)し事(こと)、ま[B ッ]たく私(わたくし)の計略(けいりやく)にあらず。
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併(しかしながら)君(きみ)御許容(ごきよよう)あるによ(ッ)て也(なり)。事(こと)新(あたらし)き[M 「いまめかしき」をミセケチ「事新き」と傍書]申事(まうしごと)にて候(さうら)へ共(ども)、七代(しちだい)までは此(この)一門(いちもん)をば、いかでか捨(すて)させ給(たま)ふべき。それに入道(にふだう)七旬(しつしゆん)に及(および)て、余命(よめい)いくばくならぬ一期(いちご)の内(うち)にだにも、ややもすれば、亡(ほろぼ)すべき由(よし)御(おん)ぱからひあり【有り】。申(まうし)候(さうら)はんや、子孫(しそん)あひついで朝家(てうか)にめしつかは【使は】れん事(こと)有(あり)がたし。凡(およそ)(ヲヨソ)老(おい)(ヲヒ)て子(こ)を失(うしなふ)は、枯木(こぼく)の枝(えだ)(ヱダ)なきにことならず。今(いま)は程(ほど)なき浮世(うきよ)に、心(こころ)を費(つひや)(ツイヤ)しても何(なに)かはせんなれば、いかでも有(あり)なんとこそ思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ」とて、且(かつう)は腹立(ふくりふ)(フクリウ)し、且(かつう)は落涙(らくるい)し
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給(たま)へば、法印(ほふいん)おそろしう【恐ろしう】も又(また)哀(あはれ)にも覚(おぼ)(ヲボ)えて、汗水(あせみづ)
になり給(たまひ)ぬ。此(この)時(とき)はいかなる人(ひと)も、一言(いちごん)の返事(へんじ)に及(および)
がたき事(こと)ぞかし。其上(そのうへ)我(わが)身(み)も近習(きんじゆ)の仁(じん)也(なり)、鹿谷(ししのたに)に
より【寄り】あひたりし事(こと)は、まさしう見(み)きか【聞か】れしかば、其(その)
人数(にんじゆ)とて、只今(ただいま)もめし【召し】や籠(こめ)られむずらんと思(おも)ふ
に、竜(りよう)(レウ)の鬚(ひげ)をなで、虎(とら)の尾(を)をふむ心(ここ)ち【心地】はせられけ
れ共(ども)、法印(ほふいん)もさるおそろしい【恐ろしい】人(ひと)で、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず。
申(まう)されけるは、「誠(まこと)に度々(どど)の御奉公(ごほうこう)浅(あさ)からず。一旦(いつたん)
恨(うら)み申(まう)させまします旨(むね)、其(その)謂(いはれ)候(さうらふ)。但(ただし)、官位(くわんゐ)(クハンイ)といひ
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俸禄(ほうろく)といひ、御身(おんみ)にと(ッ)ては悉(ことごと)く満足(まんぞく)す。しかれば
功(こう)の莫大(ばくたい)なるを、君(きみ)御感(ぎよかん)あるでこそ候(さうら)へ。しかる【然る】を
近臣(きんしん)事(こと)をみだり、君(きみ)御許容(ごきよよう)あり【有り】といふ事(こと)は、
謀臣(ぼうしん)の凶害(きようがい)(ケウガイ)にてぞ候(さうらふ)らん。耳(みみ)を信(しん)じて目(め)を疑(うたが)ふ
は、俗(しよく)の常(つね)のへい【弊】也(なり)。少人(せうじん)の浮言(ふげん)を重(おも)(ヲモ)うして、朝
恩(てうおん)(てうヲン)の他(た)にことなるに、君(きみ)を背(そむ)きまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)はん
事(こと)、冥顕(みやうけん)につけて其(その)恐(おそれ)すくなからず候(さうらふ)。凡(およそ)(ヲヨソ)天心(てんしん)は
蒼々(さうさう)としてはかりがたし。叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)さだめて其(その)儀(ぎ)
でぞ候(さうらふ)らん。下(しも)として上(かみ)にさかふる【逆ふる】事(こと)、豈(あに)人臣(じんしん)
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の礼(れい)たらんや。能々(よくよく)御思惟(ごしゆい)候(さうらふ)べし。詮(せん)ずるところ【所】、
此(この)趣(おもむき)(ヲモムキ)をこそ披露(ひろう)仕(つかまつり)候(さうら)はめ」とて出(いで)られければ、いく
らもなみゐ【居】たる人々(ひとびと)、「あなおそろし【恐ろし】。入道(にふだう)のあれ程(ほど)
いかり給(たま)へるに、ち(ッ)とも恐(おそ)れず、返事(へんじ)うちしてたた【立た】
るる事(こと)よ」とて、法印(ほふいん)をほめぬ人(ひと)こそなかりけれ。
『大臣(だいじん)流罪(るざい)』S0316
法印(ほふいん)御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)奏聞(そうもん)せられ[M 「し」○を非とし「せられ」と改める]ければ、法皇(ほふわう)も道
理(だうり)至極(しごく)して、仰下(おほせくだ)さるる方(かた)[B 「方」に「旨」と傍書]もなし。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、入道(にふだう)
相国(しやうこく)此(この)日(ひ)ごろ【日比】思立(おもひたち)給(たま)へる事(こと)なれば、関白殿(くわんばくどの)を始(はじ)
め奉(たてまつり)て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)已下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、四十三人(しじふさんにん)が
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官職(くわんしよく)(クハンシヨク)をとどめ【留め】て、追籠(おつこめ)(ヲツコメ)らる。関白殿(くわんばくどの)をば大宰帥(ださいのそつ)に
うつして、鎮西(ちんぜい)へながし奉(たてまつ)る。「かからん世(よ)には、とてもかく
ても有(あり)なん」とて、鳥羽(とば)の辺(へん)ふる河(かは)【古河】といふ所(ところ)にて
御出家(ごしゆつけ)あり【有り】。御年(おんとし)卅五(さんじふご)。「礼儀(れいぎ)よくしろしめし【知ろし召し】、く
もり【曇り】なき鏡(かがみ)にてわたらせ給(たま)ひつる物(もの)を」とて、
世(よ)の惜(をし)み奉(たてまつ)る事(こと)なのめならず。遠流(をんる)の人(ひと)の道(みち)
にて出家(しゆつけ)しつるをば、約束(やくそく)の国(くに)へはつかはさぬ事(こと)で
ある間(あひだ)、始(はじめ)は日向国(ひうがのくに)へと定(さだめ)られたりしか共(ども)、御出
家(ごしゆつけ)の間(あひだ)、備前(びぜんの)国O[BH 府ノ](こふの)辺(へん)、井(ゐ)ばさまといふ所(ところ)に留(とど)め奉(たてまつ)る。
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大臣(だいじん)流罪(るざい)の例(れい)は、左大臣(さだいじん)曾我(そが)のあかえ【赤兄】、右大臣(うだいじん)豊
成(とよなり)、左大臣(さだいじん)魚名(うをな)、右大臣(うだいじん)菅原(すがはら)、かけまくも忝(かたじけな)く北野(きたの)
の天神(てんじん)の御事(おんこと)也(なり)。左大臣(さだいじん)高明公(たかあきらこう)、内大臣(ないだいじん)藤原[B ノ](ふぢはらの)伊周公(いしうこう)
に至(いた)るまで、既(すで)に六人(ろくにん)。され共(ども)摂政(せつしやう)関白(くわんばく)流罪(るざい)の例(れい)は
是(これ)始(はじ)めとぞ承(うけたまは)る。故(こ)中殿(なかどのの)御子(おんこ)二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)基通(もとみち)は、入
道(にふだう)の聟(むこ)にておはしければ、大臣(だいじん)関白(くわんばく)になし奉(たてまつ)る。去(さんぬる)
円融院(ゑんゆうゐん)の御宇(ぎよう)、天禄(てんろく)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)一日(ひとひのひ)、一条摂政(いちでうのせつしやう)謙徳公(けんとくこう)
うせ【失せ】給(たまひ)しかば、御弟(おんおとと)堀河(ほりかはの)関白(くわんばく)仲義【*忠義】(なかよし)、其(その)時(とき)は未(いまだ)従(じゆ)二位[B ノ](にゐの)
中納言(ちゆうなごん)にてましましけり。其(その)御弟(おんおとと)ほご院(ゐん)【法興院】の大入道殿(おほにふだうどの)、
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其(その)比(ころ)は大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしける間(あひだ)、仲義【*忠義】公(なかよしこう)は
御弟(おんおとと)に越(こえ)られ給(たま)ひしか共(ども)、今(いま)又(また)越(こえ)かへし奉(たてまつ)り、内
大臣(ないだいじん)正二位(じやうにゐ)にあが(ッ)【上がつ】て、内覧(ないらんの)宣旨(せんじ)蒙(かうぶ)らせ給(たま)ひたり
しをこそ、人(ひと)耳目(じぼく)をおどろかしたる御昇進(ごしようじん)(ごセウジン)とは申(まうし)
しに、是(これ)はそれには猶(なほ)超過(てうくわ)(テウクハ)せり。非参儀(ひさんぎ)二位[B ノ](にゐの)中将(ちゆうじやう)
より大中納言(だいちゆうなごん)を経(へ)ずして、大臣(だいじん)関白(くわんばく)になり給(たま)ふ
事(こと)、いまだ承(うけたまは)り及(およ)ばず。普賢寺殿(ふげんじどの)の御事(おんこと)也(なり)。上卿(しやうけい)
の宰相(さいしやう)・大外記(だいげき)・大夫史(だいぶのし)にいたるまで、みなあきれたる
さまにぞみえ【見え】たりける。太政(だいじやう)大臣(だいじん)師長(もろなが)は、つかさをとど
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め【留め】て、あづまの方(かた)へながされ給(たま)ふ。去(さんぬる)保元(ほうげん)に父(ちち)悪(あく)(アシ)左[B ノ](ひだんの)
おほい【大臣】殿(どの)の縁座(えんざ)(ヱンザ)によ(ッ)て、兄弟(キヤウダイ)四人(しにん)流罪(るざい)せられ給(たまひ)
しが、御兄[* 左に(あに)の振り仮名](おんせうと)(ヲンセウト)右大将(うだいしやう)兼長(かねなが)、御弟(おんおとと)(おんヲトト)左(さ)[M の]中将(ちゆうじやう)隆長(たかなが)、範長
禅師(はんちやうぜんじ)三人(さんにん)は帰洛[* 「帰路」と有るのを他本により訂正](きらく)を待(また)ず、配所(はいしよ)にてうせ【失せ】給(たまひ)ぬ。是(これ)は
土佐(とさ)の畑(はた)にて九(ここの)かへりの春秋(はるあき)を送(おく)りむかへ【向へ】、長寛(ちやうくわん)(チヤウクハン)二
年(にねん)八月(はちぐわつ)にめし【召し】かへさ【返さ】れて、本位(ほんゐ)に復(ふく)す[M 「復(ふく)し」とあり「し」をミセケチ「す」と傍書]。次(つぎ)の年(とし)正二位(じやうにゐ)
して、仁安(にんあん)元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)に前(さきの)中納言(ちゆうなごん)より権大納言(ごんだいなごん)に
あがり給(たま)ふ。折節(をりふし)大納言(だいなごん)あか【空か】ざりければ、員(かず)の外(ほか)にぞ
くははら【加はら】れける。大納言(だいなごん)六人(ろくにん)になること是(これ)始(はじめ)也(なり)。又(また)前(さきの)
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中納言(ちゆうなごん)より権大納言(ごんだいなごん)になる事(こと)も、後山階大臣(ごやましなのだいじん)躬守【*三守】
公(みもりこう)、宇治[B ノ]大納言(うぢのだいなごん)隆国卿(たかくにのきよう)[* 隆国の左に(リウコクノ)の振り仮名]の外(ほか)は未(いまだ)承(うけたまは)り及(およ)ばず。管絃(くわんげん)(クハンゲン)の
道(みち)に達(たつ)し、才芸(さいげい)勝(すぐ)れてましましければ、次第(しだい)の昇進(しようじん)(セウジン)
とどこほらず、太政(だいじやう)大臣(だいじん)まできはめさせ給(たまひ)て、又(また)いか
なる罪(つみ)の報(むくひ)にや、かさね【重ね】てながされ給(たま)ふらん。保元(ほうげん)
の昔(むかし)は南海(なんかい)土佐(とさ)へうつされ、治承(ぢしよう)(ヂセウ)の今(いま)は東関(とうくわん)(トウクハン)[M 尾張]
尾張国(をはりのくに)とかや。もとよりつみ【罪】なくして配所(はいしよ)の月(つき)を
みんといふ事(こと)は、心(こころ)あるきはの人(ひと)の願(ねが)ふ事(こと)なれば、
おとど【大臣】あへて事(こと)共(とも)し給(たま)はず。彼(かの)唐(たうの)太子[B ノ](たいしの)賓客(ひんかく)白楽
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天(はくらくてん)、潯陽江(しんやうのえ)の辺(ほとり)にやすらひ給(たまひ)けん其(その)古(いにしへ)を思遣(おもひやり)(ヲモヒヤリ)、鳴
海潟(なるみがた)、O[BH 塩]路(しほぢ)遥(はるか)に遠見(ゑんけん)して、常(つね)は朗月(らうげつ)を望(のぞ)み、浦風(うらかぜ)に
嘯(うそむき)、琵琶(びは)を弾(たん)じ、和歌(わか)を詠(えい)(ヱイ)じて、なをざり(なほざり)【等閑】がてらに
月日(つきひ)を送(おく)らせ給(たま)ひけり。ある時(とき)、当国(たうごく)第三(だいさん)の宮(みや)
熱田明神(あつたのみやうじん)に参詣(さんけい)あり【有り】。その夜(よ)神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ホウラク)のため
に、琵琶(びは)引(ひき)、朗詠(らうえい)(ラウヱイ)し給(たま)ふに、所(ところ)もとより無智(むち)の境(さかひ)(サカイ)
なれば、情(なさけ)をしれ【知れ】るものなし。邑老(いふらう)(ユウラウ)・村女(そんぢよ)(ソンジヨ)・漁人(ぎよじん)・野叟(やそう)、
首(かうべ)をうなたれ、耳(みみ)を峙(そばだつ)といへども【共】、更(さら)に清濁(せいだく)をわか
ち、呂律(りよりつ)をしる事(こと)なし。され共(ども)、胡巴琴【*瓠巴琴】(こはきん)を弾(たん)ぜしかば、
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魚鱗(ぎよりん)踊(をどり)ほどばしる[B 「る」に「り」と傍書]。虞公(ぐこう)歌(うた)を発(はつ)せしかば、梁麈(りやうぢん)う
ごきうごく。物(もの)の妙(めう)を究(きはむ)る時(とき)には、自然(じねん)に感(かん)を催(もよほ)(モヨヲ)す理(ことわり)(コトハリ)
なれば、諸人(しよにん)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、満座(まんざ)奇異(きい)の思(おもひ)をなす。
やうやう深更(しんかう)に及(およん)で、ふがうでう【風香調】の内(うち)には、花(はな)芬馥(ふんぷく)(フンリ)の
気(き)を含(ふく)み、流泉(りうせん)の曲(きよく)の間(あひだ)には、月(つき)清明(せいめい)の光(ひかり)をあら
そふ。「願(ねがは)くは今生(こんじやう)世俗(せぞく)文字(もじ)の業(げう)、狂言(きやうげん)綺語(きぎよの)誤(あやまり)をも(ッ)
て」といふ朗詠(らうえい)(ラウヱイ)をして、秘曲(ひきよく)を引(ひき)給(たま)へば、神明(しんめい)感応(かんおう)(カンヲウ)
に堪(た)へずして、宝殿(ほうでん)大(おほき)に震動(しんどう)す。「平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)
なかりせば、今(いま)此(この)瑞相(ずいさう)をいかでか拝(をが)むべき」とて、
20
おとど【大臣】感涙(かんるい)をぞながされける。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】
卿[B ノ](すけかたのきやうの)子息(しそく)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)兼(けん)讃岐守(さぬきのかみ)源[B ノ](みなもとの)資時(すけとき)、両(ふたつ)の官(くわん)(クハン)を
留(とど)めらる。参議(さんぎ)皇太后宮(くわうだいこうくうの)(クハウダイコクウノ)O[BH 左に「権(ごんの)」]大夫(だいぶ)兼(けん)右兵衛[B ノ]督(うひやうゑのかみ)藤原[B ノ](ふぢはらの)
光能(みつよし)、大蔵卿(おほくらのきやう)右京大夫(うきやうのだいぶ)兼(けん)伊予守(いよのかみ)高階(たかしなの)康経【*泰経】(やすつね)、蔵
人左少弁(くらんどのさせうべん)兼(けん)中宮[B ノ](ちゆうぐうの)権大進(ごんのだいしん)藤原[B ノ](ふぢはらの)基親(もとちか)、三官(さんくわん)(さんクハン)共(とも)に
留(とどめ)らる。「按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、子息(しそく)右近衛[B ノ]少将(うこんゑのせうしやう)、孫(まご)
の右少将(うせうしやう)雅方【*雅賢】(まさかた)、是(これ)三人(さんにん)をばやがて都(みやこ)の内(うち)を追出(おひいだ)
さるべし」とて、上卿(しやうけい)藤(とう)大納言(だいなごん)実国(さねくに)、博士判官(はかせのはうぐわん)(ハカセノハウグハン)中原[B ノ](なかはらの)
範貞(のりさだ)に仰(おほせ)て、やがて其(その)日(ひ)都(みやこ)のうちを追出(おひいだ)(ヲイイダ)さる。
P03121
大納言(だいなごん)の給(たまひ)けるは、「三界(さんがい)広(ひろ)しといへ共(ども)、五尺(ごしやく)の身(み)をき
所(どころ)(おきどころ)【置き所】なし。一生(いつしやう)程(ほど)なしといへ共(ども)、一日(いちにち)暮(くら)しがたし」とて、
夜中(やちゆう)(ヤチウ)に九重(ここのへ)の内(うち)をまぎれ出(いで)て、八重(やへ)たつ雲(くも)の
外(ほか)へぞおもむか【赴か】れける。彼(かの)大江山(おほえやま)や、いく野(の)【生野】の道(みち)に
かかりつつ、丹波国(たんばのくに)村雲(むらくも)と云(いふ)所(ところ)にぞ、しばしはやすらひ
給(たまひ)ける。其(それ)より遂(つひ)(ツイ)には尋出(たづねいだ)されて、信濃[B ノ]国(しなののくに)とぞ
『行隆(ゆきたか)之(の)沙汰(さた)』S0317
聞(きこ)えし。○前[B ノ](さきの)関白(くわんばく)松殿(まつどの)の侍(さぶらひ)に江[B ノ](がうの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)遠成(とほなり)(トヲナリ)といふ
ものあり【有り】。是(これ)も平家(へいけ)心(こころ)よからざりければ、既(すで)に六波羅(ろくはら)
より押寄(おしよせ)(ヲシヨセ)て搦取(からめと)らるべしと聞(きこ)えし間(あひだ)、子息(しそく)江(がう)
P03122
左衛門尉(さゑもんのじよう)家成(いへなり)打具(うちぐ)して、いづち共(とも)なく落行(おちゆき)けるが、
稲荷山(いなりやま)にうちあがり、馬(むま)より下(おり)て、親子(おやこ)いひ合(あは)せ
けるは、「東国(とうごく)の方(かた)へ落(おち)くだり、伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)、前[B ノ](さきの)右兵
衛[B ノ]佐(うひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)をたのま【頼ま】ばやとは思(おも)へ共(ども)、それも当時(たうじ)は
勅勘(ちよつかん)の人(ひと)で、身(み)ひとつ【一つ】だにもかなひ【叶ひ】がたうおはす
也(なり)。日本国(につぽんごく)に、平家(へいけ)の庄園(しやうゑん)ならぬ所(ところ)やある。とても
のがれ【逃れ】ざらんもの【物】ゆへ(ゆゑ)【故】に、年来(ねんらい)住(すみ)なれたる所(ところ)を人(ひと)に
みせ【見せ】んも恥(はぢ)がましかるべし。ただ是(これ)よりかへ(ッ)て、六波
羅(ろくはら)よりめし【召し】使(つかひ)(ヅカイ)あらば、腹(はら)かき切(きつ)て死(し)なんにはしかじ」
P03123
とて、川原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)へとて取(と)(ッ)て返(かへ)す。あん【案】のごとく、
六波羅(ろくはら)より源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)季定【*季貞】(すゑさだ)、摂津(つの)判官(はうぐわん)(ハウグハン)盛澄(もりずみ)、ひ
た甲(かぶと)三百(さんびやく)余騎(よき)、河原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)へ押寄(おしよせ)(ヲシヨセ)て、時(とき)をど(ッ)
とぞつくりける。江(がう)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)えん【縁】に立出(たちいで)て、「是(これ)御
覧(ごらん)ぜよ、をのをの(おのおの)【各々】。六波羅(ろくはら)ではこの様(やう)申(まう)させ給(たま)へ」とて、
館(たち)に火(ひ)かけ、父子(ふし)共(とも)に腹(はら)かききり【切り】、ほのほ【炎】の中(なか)にて
焼死(やけしに)ぬ。抑(そもそも)か様(やう)【斯様】に上下(じやうげ)多(おほ)く亡損(ほろびそん)ずる事(こと)をいかにと
いふに、当時(そのかみ)関白(くわんばく)にならせ給(たま)へる二位[B ノ](にゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)と、前(さき)
の殿(との)の御子(おんこ)三位[B ノ](さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)と、中納言(ちゆうなごん)御相論(ごさうろん)の
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故(ゆゑ)と申(まう)す。さらば関白殿(くわんばくどの)御一所(ごいつしよ)こそ、いかなる御目(おんめ)に
もあはせ【合はせ】給(たま)はめ、四十(しじふ)余人(よにん)までの、人々(ひとびと)の事(こと)に逢(あふ)
べしやは。去年(こぞ)讃岐院(さぬきのゐん)の御追号(ごついがう)、宇治(うぢ)の悪左
府(あくさふ)の贈官(ぞうくわん)(ゾウクハン)贈位(ぞうゐ)有(あり)しか共(ども)、世間(せけん)は猶(なほ)しづか【静か】ならず。
凡(およそ)是(これ)にも限(かぎ)るまじかんなり。「入道(にふだう)相国(しやうこく)の心(こころ)に天
魔(てんま)入(いり)かは(ッ)て、腹(はら)をすへ(すゑ)【据ゑ】かね給(たま)へり」と聞(きこ)えしかば、「又(また)
天下(てんが)いかなる事(こと)か出(いで)こ【来】んずらん」とて、京中(きやうぢゆう)上下(じやうげ)
おそれ【恐れ】おののく(をののく)。其(その)比(ころ)前[B ノ](さきの)左少弁(させうべん)行高【*行隆】(ゆきたか)と聞(きこ)えしは、
故(こ)中山(なかやまの)中納言(ちゆうなごん)顕時卿(あきときのきやう)の長男(ちやうなん)也(なり)。二条院(にでうのゐん)の御世(みよ)には、
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弁官(べんくわん)(ベンクハン)にくはは(ッ)てゆゆしかりしか共(ども)、此(この)十余年(じふよねん)は
官(くわん)(クハン)を留(とど)められて、夏冬(なつふゆ)の衣(ころも)がへ【衣更】にも及(およ)ばず、朝暮(てうぼ)
の■(さん)も心(こころ)にまかせ【任せ】ず。有(ある)かなきかの体(てい)にておはし
けるを、太政(だいじやう)入道(にふだう)「申(まうす)べき事(こと)あり【有り】。き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」
との給(たまひ)つかはさ【遣さ】れたりければ、行高【*行隆】(ゆきたか)「此(この)十余年(じふよねん)は何
事(なにごと)にもまじはらざりつる物(もの)を。人(ひと)の讒言(ざんげん)したる
旨(むね)あるにこそ」とて、大(おほき)におそれ【恐れ】さはが(さわが)【騒が】れけり。北方(きたのかた)公
達(きんだち)も「いかなる目(め)にかあはんずらん」と泣(なき)かなしみ給(たま)ふ
に、西八条(にしはつでう)より使(つかひ)(ツカイ)しきなみに有(あり)ければ、力(ちから)及(およ)ばで、
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人(ひと)に車(くるま)か(ッ)【借つ】て西八条(にしはつでう)へ出(いで)られたり。思(おも)ふには似(に)ず、入
道(にふだう)やがて出(いで)むかふ(むかう)【向う】て対面(たいめん)あり【有り】。「御辺(ごへん)の父(ちち)の卿(きやう)は、
大小事(だいせうじ)申(まうし)あはせ【合はせ】し人(ひと)なれば、をろか(おろか)【愚】に思(おも)ひ奉(たてまつ)らず。
年来(としごろ)籠居(ろうきよ)の事(こと)も、いとおしう(いとほしう)おもひ【思ひ】たてま(ッ)【奉つ】し
か共(ども)、法皇(ほふわう)御政務(ごせいむ)のうへ【上】は力(ちから)及(およ)ばず。今(いま)は出仕(しゆつし)し給(たま)へ。
官途(くわんど)(クハンド)の事(こと)も申(まうし)沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。さらばとう帰(かへ)られ
よ」とて、入(いり)給(たまひ)ぬ。帰(かへ)られたれば、宿所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、しん【死ん】
だる人(ひと)の生(いき)かへりたる心(ここ)ち【心地】して、さしつどひ【集ひ】てみな
悦泣(よろこびなき)共(ども)せられけり。太政(だいじやう)入道(にふだう)、源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)季貞(すゑさだ)を
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も(ッ)て、知行(ちぎやう)し給(たまふ)べき庄園状共(しやうゑんのじやうども)あまた遣(つか)はす。まづ
さこそ有(ある)らめとて、百疋(ひやつぴき)百両(ひやくりやう)に米(よね)をつむ(つん)でぞ送(おく)
られける。出仕(しゆつし)の料(れう)にとて、雑色(ざふしき)(ザウシキ)・牛飼(うしかひ)(ウシカイ)・牛(うし)・車(くるま)まで
沙汰(さた)しつかはさ【遣さ】る。行高【*行隆】(ゆきたか)手(て)の舞(まひ)(マイ)足(あし)の踏(ふみ)どころ【所】も
覚(おぼ)(ヲボ)えず。「是(これ)はされば夢(ゆめ)かや、夢(ゆめ)か」とぞ驚(おどろ)(ヲドロ)かれける。
同(おなじき)十七日(じふしちにち)、五位(ごゐ)の侍中(じちゆう)(ジチウ)に補(ふ)せられて、左少弁(させうべん)になり
帰(かへ)り給(たま)ふ。今年(こんねん)五十一(ごじふいち)、今更(いまさら)わかやぎ給(たま)ひけり。
『法皇(ほふわう)被流(ながされ)』S0318
ただ片時(へんし)の栄花(えいぐわ)(ヱイグハ)とぞみえ【見え】し。○同(おなじき)廿日(はつかのひ)、院[B ノ](ゐんの)御所(ごしよ)
法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)には、軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)を打(うち)かこむ。「平治(へいぢ)に信頼(のぶより)が
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したりし様(やう)に、火(ひ)をかけて人(ひと)をばみな焼殺(やきころ)さるべ
し」と聞(きこ)えし間(あひだ)、上下(じやうげ)の女房(にようばう)めのわらは、物(もの)をだに
うちかづかず、あはて(あわて)【慌て】騒(さわい)(サハイ)で走(はし)りいづ。法皇(ほふわう)も大(おほき)にお
どろかせおはします。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)御車(おんくるま)を
よせて、「とうとうめさ【召さ】るべう候(さうらふ)」と奏(そう)せられければ、法
皇(ほふわう)「こはされば何事(なにごと)ぞや。御(おん)とがあるべし共(とも)おぼし
めさ【思し召さ】ず。成親(なりちか)・俊寛(しゆんくわん)(シユンクハン)が様(やう)に、遠(とほ)(トヲ)き国(くに)遥(はる)かの島(しま)へも
うつし【移し】やらんずるにこそ。主上(しゆしやう)さて渡(わたら)せ給(たま)へば、政務(せいむ)
に口入(こうじゆ)(コウジウ)する計(ばかり)也(なり)。それもさるべからずは、自今(じごん)以後(いご)さらで
P03129
こそあらめ」と仰(おほせ)ければ、宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。
世(よ)をしづめん程(ほど)、鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)なしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと、
父(ちち)の入道(にふだう)申(まうし)候(さうらふ)」。「さらば宗盛(むねもり)やがて御供(おんとも)にまいれ(まゐれ)【参れ】」と
仰(おほせ)けれ共(ども)、父(ちち)の禅門(ぜんもん)の気色(きしよく)に恐(おそ)(ヲソ)れをなしてまいら(まゐら)【参ら】
れず。「あはれ、是(これ)につけても兄(あに)の内府(だいふ)には事[B ノ]外(ことのほか)に
おとりたりける物(もの)かな。一年(ひととせ)もかかる御目(おんめ)にあふべ
かりしを、内府(だいふ)が身(み)にかへて制(せい)しとどめ【留め】てこそ、今
日(けふ)までも心安(こころやす)かりつれ。いさむる者(もの)もなしとて、か
やうにするにこそ。行末(ゆくすゑ)とてもたのもしから【頼もしから】ず」と
P03130
て、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけ)なき。さて御車(おんくるま)にめさ【召さ】
れけり。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、一人(いちにん)も供奉(ぐぶ)せられず。ただ北
面(ほくめん)の下臈(げらふ)(ゲラウ)、さては金行(かねゆき)(カネユキ)といふ御力者(おんりきしや)ばかりぞまいり(まゐり)【参り】
ける。御車(おんくるま)の尻(しり)には、あまぜ【尼前】一人(いちにん)まいら(まゐら)【参ら】れたり。この
尼(あま)ぜ【尼前】と申(まうす)は、やがて法皇(ほふわう)の御乳(おんち)の人(ひと)、紀伊[B ノ]二位(きのにゐ)の
事(こと)也(なり)。七条(しつでう)を西(にし)へ、朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)へ御幸(ごかう)なる。あやしの
しづのを【賎男】賎女(しづのめ)にいたるまで、「あはや法皇(ほふわう)のながさ【流さ】れ
させましますぞや」とて、泪(なみだ)をながし、袖(そで)をしぼらぬは
なかりけり。「去(さんぬる)七日(なぬか)の夜(よ)の大地震(おほぢしん)も、かかるべかりける
P03131
先表(ぜんべう)にて、十六(じふろく)洛叉(らくしや)の底(そこ)までもこたへ、乾牢地神(けんらうぢじん)の[B 「の」に「も」と傍書]
驚(おどろ)(ヲドロ)きさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ひけんも理(ことわり)(コトハリ)かな」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。さて
鳥羽殿(とばどの)へ入(いら)せ給(たまひ)たるに、大膳[B ノ](だいぜんの)大夫(だいぶ)信成【*信業】(のぶなり)が、何(なに)として
まぎれ【紛れ】まいり(まゐり)【参り】たりけるやらむ、御前(ごぜん)ちかう候(さうらひ)けるを
めし【召し】て、「いかさまにも今夜(こよひ)うしなは【失なは】れなんずとおぼし
めす【思し召す】ぞ。O[BH 御行水(おんぎやうずい)をめさばやとおぼしめす【思し召す】は]いかがせんずる」と仰(おほせ)ければ、さらぬだに
信成【*信業】(のぶなり)、けさより肝(きも)たましい(たましひ)【魂】も身(み)にそはず、あきれ
たるさまにて有(あり)けるが、此(この)仰(おほせ)承(うけたまは)る忝(かたじけ)なさに、狩衣(かりぎぬ)
に玉(たま)だすきあげ、小柴墻(こしばがき)壊(やぶり)、大床(おほゆか)(ヲホユカ)のつか柱(ばしら)わり
P03132
などして、水(みづ)くみ【汲み】入(いれ)、かたのごとく御湯(おんゆ)しだい【仕出い】てまい
らせ(まゐらせ)【参らせ】たり。又(また)静憲法印(じやうけんほふいん)、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)に
ゆいて、「法皇(ほふわう)の鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)な(ッ)て候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)
に人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はぬ由(よし)承(うけたまは)るが、余(あまり)にあさましう覚(おぼ)(ヲボ)え
候(さうらふ)。何(なに)かは苦(くる)しう候(さうらふ)べき。静憲(じやうけん)ばかりは御(おん)ゆるされ【許され】候(さうら)
へかし。まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まう)されければ、「とうとう。御房(ごばう)は
事(こと)あやまつまじき人(ひと)なれば」とてゆるさ【許さ】れけり。法
印(ほふいん)鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門前(もんぜん)にて車(くるま)よりおり、門(もん)の
内(うち)へさし入(いり)給(たま)へば、折(をり)しも法皇(ほふわう)、御経(おんきやう)(ヲンキヤウ)をうちあげうちあげ
P03133
あそばさ【遊ばさ】れける。御声(おんこゑ)もことにすごう【凄う】〔ぞ〕聞(きこ)えさせ給(たまひ)ける。
法印(ほふいん)のつ(ッ)とまいら(まゐら)【参ら】れたれば、あそばさ【遊ばさ】れける御経(おんきやう)(ヲンキヤウ)に
御涙(おんなみだ)のはらはらとかからせ給(たま)ふを見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
法印(ほふいん)あまりのかなしさに、旧苔(きうたい)【裘苔】の袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】
あてて、泣々(なくなく)御前(ごぜん)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。御前(ごぜん)にはあま
ぜ【尼前】ばかり候(さうら)はれけり。「いかにや法印(ほふいん)御房(ごばう)、君(きみ)は昨日(きのふ)
のあした【旦】、法住寺(ほふぢゆうじ)にて供御(ぐご)きこしめさ【聞し召さ】れて後(のち)は、よべも今朝(けさ)もきこしめし【聞し召し】も入(いれ)ず。長(ながき)夜(よ)すがら御
寝(ぎよしん)もならず。御命(おんいのち)も既(すで)にあやうく(あやふく)こそ見(み)え
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させおはしませ」との給(たま)へ【宣へ】ば、法印(ほふいん)涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て申(まう)
されけるは、「何事(なにごと)も限(かぎ)りある事(こと)にて候(さうら)へば、平
家(へいけ)たのしみさかへ(さかえ)【栄え】て廿(にじふ)余年(よねん)、され共(ども)悪行(あくぎやう)法(ほふ)(ハウ)に
過(すぎ)て、既(すで)に亡(ほろ)び候(さうらひ)なんず。天照大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)いかで
か捨(すて)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふべき。中(なか)にも君(きみ)の御憑(おんたのみ)あ
る日吉山王(ひよしさんわう)七社(しちしや)、一乗(いちじよう)(いちゼウ)守護(しゆご)の御(おん)ちかひあらたま【改ま】
らずは、彼(かの)法華(ほつけ)八軸(はちぢく)に立(たち)かけてこそ、君(きみ)をばま
もり【守り】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふらめ。しかれば政務(せいむ)は君(きみ)の
御代(おんよ)となり、凶徒(きようど)(ケウド)は水(みづ)の泡(あは)ときえ【消え】うせ候(さうらふ)べし」
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な(ン)ど(など)申(まう)されければ、此(この)詞(ことば)にすこし【少し】なぐさま【慰さま】せおはし
ます。主上(しゆしやう)は関白(くわんばく)のながされ給(たま)ひ、臣下(しんか)の多(おほ)く
亡(ほろび)ぬる事(こと)をこそ御歎(おんなげき)あり【有り】けるに、剰(あまつさへ)法皇(ほふわう)鳥羽
殿(とばどの)にをし(おし)【押し】籠(こめ)られさせ給(たま)ふときこしめさ【聞し召さ】れて後(のち)は、
つやつや供御(ぐご)もきこしめさ【聞し召さ】れず。御悩(ごなう)とて常(つね)は
よるのおとどにのみぞいら【入ら】せ給(たまひ)ける。きさいの宮(みや)【后の宮】
をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御前(おまへ)の女房(にようばう)たち、いかなるべし
共(とも)覚(おぼ)え給(たま)はず。法皇(ほふわう)鳥羽殿(とばどの)へ押籠(おしこめ)(ヲシコメ)られさせ
給(たまひ)て後(のち)は、内裏(だいり)には臨時(りんじ)の御神事(ごじんじ)とて、主上(しゆしやう)
P03136
夜(よ)ごとに清凉殿(せいりやうでん)の石灰壇(いしばひのだん)(イシバイノダン)にて、伊勢太神宮(いせのだいじんぐう)を
ぞ御拝(ごはい)あり【有り】ける。是(これ)はただ一向(いつかう)法皇(ほふわう)の御祈(おんいのり)也(なり)。二
条[B ノ]院(にでうのゐん)は賢王(けんわう)にて渡(わた)らせ給(たまひ)しか共(ども)、天子(てんし)に父母(ぶも)
なしとて、常(つね)は法皇(ほふわう)の仰(おほせ)をも申(まうし)かへさ【返さ】せましまし
ける故(ゆゑ)にや、継体(けいてい)の君(きみ)にてもましまさず。されば
御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひたりし六条院(ろくでうのゐん)も、安元(あんげん)二
年(にねん)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、御年(おんとし)十三(じふさん)にて崩御(ほうぎよ)なりぬ。あさ
『城南之離宮(せいなんのりきゆう)』S0319
ましかりし御事(おんこと)也(なり)。○「百行(はくかう)(はくカウ)の中(なか)には孝行(かうかう)をも(ッ)て
先(さき)とす。明王(めいわう)は孝(かう)をも(ッ)て天下(てんが)を治(をさむ)」といへり。されば
P03137
唐堯(たうげう)は老衰(おいおとろ)(ヲイヲトロ)へたる母(はは)をた[B ッ]とび、虞舜(ぐしゆん)はかたくなな
る父(ちち)をうやまふとみえたり。彼(かの)賢王(けんわう)聖主(せいしゆ)の先
規(せんぎ)を追(お)(ヲ)はせましましけむ叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)の程(ほど)こそ目出(めでた)け
れ。其(その)比(ころ)、内裏(だいり)よりひそかに鳥羽殿(とばどの)へ御書(ごしよ)あり【有り】。
「かからむ世(よ)には、雲井(くもゐ)に跡(あと)をとどめ【留め】ても何(なに)かはし候(さうらふ)べき。
寛平(くわんぺい)の昔(むかし)をもとぶらひ【訪ひ】、花山(くわさん)(クハサン)の古(いにしへ)をも尋(たづね)て、
家(いへ)を出(いで)、世(よ)をのがれ【逃れ】、山林(さんりん)流浪(るらう)の行者(ぎやうじや)共(とも)なりぬ
べうこそ候(さうら)へ」とあそばさ【遊ばさ】れたりければ、法皇(ほふわう)の御返事(おんぺんじ)
には、「さなおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらひ)そ。さて渡(わた)らせ給(たま)ふこそ、
P03138
ひとつ【一つ】のたのみ【頼み】にても候(さうら)へ。跡(あと)なくおぼしめし【思し召し】なら
せ給(たま)ひなん後(のち)は、なんのたのみか候(さうらふ)べき。ただ愚老(ぐらう)
がともかうもなら【成ら】むやうをきこしめし【聞し召し】はて【果て】させ給(たま)
ふべし」とあそばさ【遊ばさ】れたりければ、主上(しゆしやう)此(この)御返事(おんぺんじ)
を竜顔(りようがん)(レウガン)にをし(おし)【押し】あてて、いとど御涙(おんなみだ)にしづませ給(たま)ふ。
君(きみ)は舟(ふね)、臣(しん)は水(みづ)、水(みづ)よく船(ふね)をうかべ【浮べ】、水(みづ)又(また)船(ふね)をくつがへ
す。臣(しん)よく君(きみ)をたもち【保ち】、臣(しん)又(また)君(きみ)を覆(くつがへ)す。保元(ほうげん)平
治(へいぢ)の比(ころ)は、入道(にふだう)相国(しやうこく)君(きみ)をたもち【保ち】奉(たてまつ)るといへ共(ども)、安
元(あんげん)治承(ぢしよう)(ヂセウ)のいまは又(また)君(きみ)をなみしたてまつる【奉る】。史
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書(ししよ)の文(もん)にたがは【違は】ず。大宮[B ノ](おほみやの)大相国(たいしやうこく)、三条[B ノ](さんでうの)内大臣(ないだいじん)、葉室(はむろの)
大納言(だいなごん)、中山[B ノ](なかやまの)中納言(ちゆうなごん)も失(うせ)られぬ。今(いま)はふるき人(ひと)と
ては成頼(せいらい)・親範(しんぱん)ばかり也(なり)。この人々(ひとびと)も、「かからむ世(よ)には、
朝(てう)につかへ身(み)をたて、大中納言(だいちゆうなごん)を経(へ)ても何(なに)かはせ
ん」とて、いまださかむ(さかん)【盛】な(ッ)し人々(ひとびと)の、家(いへ)を出(いで)、よ【世】を
のがれ【逃れ】、民部卿(みんぶきやう)入道(にふだう)親範(しんぱん)は大原(おはら)の霜(しも)にともな
ひ、宰相(さいしやう)入道(にふだう)成頼(せいらい)は高野(かうや)の霧(きり)にまじはり、一向(いつかう)
後世(ごせ)菩提(ぼだい)のいとなみの外(ほか)は他事(たじ)なしとぞき
こえ【聞え】し。昔(むかし)も商山(しやうざん)の雲(くも)にかくれ、潁川(えいせん)(ヱイセン)の月(つき)に心(こころ)を
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すます【澄ます】人(ひと)もあり【有り】ければ、これ豈(あに)博覧清潔(はくらんせいけつ)に
して世(よ)を遁(のがれ)たるにあらずや。中(なか)にも高野(かうや)にお
はしける宰相(さいしやう)入道(にふだう)成頼(せいらい)、か様(やう)【斯様】の事共(ことども)を伝(つた)へきい【聞い】
て、「あはれ、心(こころ)どう【利う】も世(よ)をばのがれ【逃れ】たる物(もの)かな。かくて
聞(きく)も同(おなじ)事(こと)なれ共(ども)、まのあたり立(たち)まじは(ッ)て見(み)
ましかば、いかに心(こころ)うからん。保元(ほうげん)平治(へいぢ)のみだれを
こそ浅(あさ)ましと思(おもひ)しに、世(よ)すゑ【末】になればかかる事(こと)
も有(あり)けり。此(この)後(のち)猶(なほ)いか計(ばかり)の事(こと)か出(いで)こ【来】むずらむ。
雲(くも)を分(わけ)てものぼり、山(やま)を隔(へだて)ても入(いり)なばや」とぞの
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給(たまひ)ける。げに心(こころ)あらん程(ほど)の人(ひと)の、跡(あと)をとどむべき世(よ)
共(とも)みえ【見え】ず。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、天台座主(てんだいざす)覚快(かつくわい)(カツクハイ)法親王(ほつしんわう)(ホツシンワウ)、頻(しきり)に御
辞退(ごじたい)あるによ(ッ)て、前(さきの)座主(ざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)還着(くわんぢやく)(クハンヂヤク)せら
る。入道(にふだう)相国(しやうこく)はかくさんざん【散々】にし散(ちら)されたれ共(ども)、御女(おんむすめ)
中宮(ちゆうぐう)にてまします、関白殿(くわんばくどの)と申(まうす)も聟(むこ)也(なり)。よろづ
心(こころ)やすう【安う】や思(おも)はれけむ、「政務(せいむ)はただ一向(いつかう)主上(しゆしやう)の御(おん)
ぱからひたるべし」とて、福原(ふくはら)へ下(くだ)られけり。前[B ノ](さきの)右大
将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ参内(さんだい)して此(この)由(よし)奏聞(そうもん)せられけ
れば、主上(しゆしやう)は「法皇(ほふわう)のゆづりましましたる世(よ)ならば
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こそ。ただとうとう執柄(しつぺい)にいひ【言ひ】あはせ【合はせ】て、宗盛(むねもり)とも
かうもはからへ【計らへ】」とて、きこしめし【聞し召し】も入(いれ)ざりけり。法皇(ほふわう)
は城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(リキウ)にして、冬(ふゆ)もなかばすごさ【過さ】せ給(たま)へ
ば、野山(やさん)の嵐(あらし)の音(おと)のみはげしく【烈しく】て、寒庭(かんてい)の月(つき)
のひかり【光り】ぞさやけき。庭(には)には雪(ゆき)のみ降(ふり)つもれ共(ども)、跡(あと)
ふみつくる人(ひと)もなく、池(いけ)にはつららとぢ【閉ぢ】かさね【重ね】て、
むれ【群れ】ゐし鳥(とり)もみえ【見え】ざりけり。おほ寺(てら)【大寺】の鐘(かね)の
声(こゑ)、遺愛寺(ゐあいじ)(イヤイジ)のきき【聞き】を驚(おどろ)(ヲドロ)かし、西山(にしやま)の雪(ゆき)の色(いろ)、
香炉峯(かうろほう)(キヤウロホウ)[* 香の左に(カウ)の振り仮名]の望(のぞみ)をもよほす。よる【夜】霜(しも)に寒(さむけ)き砧(きぬた)の
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ひびき、かすか【幽】に御枕(おんまくら)につたひ、暁(あかつき)氷(こほり)(コヲリ)をきしる
車(くるま)の跡(あと)、遥(はるか)に門前(もんぜん)によこ【横】たはれり。巷(ちまた)を過(すぐ)る
行人(かうじん)征馬(せいば)のいそがはし【忙がはし】げなる気色(けしき)、浮世(うきよ)を渡(わた)る有
様(ありさま)もおぼしめし【思し召し】しら【知ら】れて哀(あはれ)也(なり)。「宮門(きゆうもん)(キウモン)をまもる【守る】蛮
夷(ばんい)のよるひる警衛(けいゑい)をつとむるも、先(さき)の世(よ)のいか
なる契(ちぎり)にて今(いま)縁(えん)(ヱン)を結(むす)ぶらん」と仰(おほせ)なりけるぞ
忝(かたじけ)なき。凡(およそ)(ヲヨソ)物(もの)にふれ事(こと)にしたが(ッ)て、御心(おんこころ)をいた
ま【痛ま】しめずといふ事(こと)なし。さるままにはかの折々(をりをり)
の御遊覧(ごいうらん)、ところどころ【所々】の御参詣(ごさんけい)、御賀(おんが)のめで
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たかりし事共(ことども)、おぼしめし【思し召し】つづけて、懐旧(くわいきう)(クハイキウ)の
御泪(おんなみだ)をさへ(おさへ)【抑へ】がたし。年(とし)さり年(とし)来(きたつ)て、治承(ぢしよう)も四年(しねん)
になり【成り】にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)


平家物語 高野本 巻第四


【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家 四(表紙)
P04001
平家四之巻目録
厳島御幸付還幸   源氏揃
熊野合戦      鼬之沙汰
信連        競
山門牒状      南都牒状〈 同返牒 付永僉議 〉
大衆揃       橋合戦
宮乃御最期     若宮出家
■[* 空+鳥]  三井寺炎上
P04002

P04003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
『厳島御幸(いつくしまごかう)』S0401
○治承(ぢしよう)(ヂセウ)四年(しねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひ)(ヒトイ)のひ、鳥羽殿(とばどの)には相国(しやうこく)もゆる
さ【許さ】ず、法皇(ほふわう)もおそれ【恐れ】させ在(まし)ましければ、元日(ぐわんにち)(グハンニチ)元三(ぐわんざん)の
間(あひだ)、参入(さんにふ)(サンニウ)する人(ひと)もなし。されども【共】故(こ)少納言(せうなごん)入道(にふだう)信西(しんせい)
の子息(しそく)、桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)、其(その)弟(おとと)(ヲトト)左京大夫(さきやうのだいぶ)
長教【*脩範】(ながのり)ばかりぞゆるさ【許さ】れてまいら(まゐら)【参ら】れける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)廿日(はつか)
のひ、東宮(とうぐう)御袴着(おんはかまぎ)(ヲンハカマギ)ならびに御(おん)まなはじめ【真魚始め】とて、
めでたき事(こと)ども【共】あり【有り】しかども、法皇(ほふわう)は鳥羽殿(とばどの)
にて御耳(おんみみ)のよそにぞきこしめす【聞し召す】。二月(にぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、
P04004
主上(しゆしやう)ことなる御(おん)つつが【恙】もわたらせ給(たま)はぬを、をし(おし)【押し】
おろし【下し】たてまつり【奉り】、春宮(とうぐう)践祚(せんそ)あり【有り】。これは入道(にふだう)
相国(しやうこく)よろづおもふ【思ふ】さまなるが致(いた)すところ【所】なり。
時(とき)よくなりぬとてひしめきあへり。内侍所(ないしどころ)・神璽(しんじ)・
宝剣(ほうけん)わたしたてまつる【奉る】。上達部(かんだちめ)陣(ぢん)にあつま(ッ)【集まつ】て、
ふるき事(こと)ども【共】先例(せんれい)にまかせ【任せ】ておこなひし
に、弁内侍(べんのないし)御剣(ぎよけん)と(ッ)てあゆみ【歩み】いづ。清涼殿(せいりやうでん)の西(にし)おも
て【西面】にて、泰通(やすみち)の中将(ちゆうじやう)うけ【受け】とる。備中(びつちゆう)の内侍(ないし)しるし【璽】の
御箱(おんはこ)とりいづ。隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)うけ【受け】とる【取る】。内侍所(ないしどころ)しるし【璽】の
P04005
御箱(おんはこ)(ヲンハコ)、こよひばかりや手(て)をもかけんとおもひ【思ひ】あへり
けむ内侍(ないし)の心(こころ)のうちども【共】、さこそはとおぼえて
あはれ【哀】おほかり【多かり】けるなかに、しるし【璽】の御箱(おんはこ)をば
少納言(せうなごん)の内侍(ないし)とりいづべかりしを、こよひこれに
手(て)をもかけては、ながくあたらしき内侍(ないし)には
なるまじきよし、人(ひと)の申(まうし)けるをきい【聞い】て、其(その)期(ご)に
辞(じ)し申(まうし)てとりいで【出で】ざりけり。年(とし)すでにたけ
たり、二(ふた)たび【二度】さかりを期(ご)すべきにもあらずとて、
人々(ひとびと)にくみ【憎み】あへりしに、備中(びつちゆう)の内侍(ないし)とて生年(しやうねん)
P04006
十六歳(じふろくさい)、いまだいとけなき身(み)ながら、その【其の】期(ご)にわざと
のぞみ申(まうし)てとりいでける、やさしかりしためし【例】
なり。つたはれる御物(ごもつ)ども【共】、しなじなつかさづかさうけ【受け】と(ッ)【取つ】て、
新帝(しんてい)の皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)五条内裏(ごでうだいり)へわたしたてまつる【奉る】。閑院殿(かんゐんどの)(カンインドノ)
には、火(ひ)の影(かげ)もかすか【幽】に、鶏人(けいじん)の声(こゑ)もとどまり、
滝口(たきぐち)の文爵(もんじやく)(モンシヤク)もたえ【絶え】にければ、ふるき人々(ひとびと)こころ【心】
ぼそくおぼえて、めでたきいわい(いはひ)【祝】のなかに涙(なみだ)を
ながし、心(こころ)をいたま【痛ま】しむ。左大臣(さだいじん)陣(ぢん)にいで【出で】て、御位(おんくらゐ)ゆづり
の事(こと)ども仰(おほ)せしをきい【聞い】て、心(こころ)ある人々(ひとびと)は涙(なんだ)を
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ながし袖(そで)をうるほす。われと御位(おんくらゐ)を儲(まうけ)の君(きみ)にゆづり
たてまつり【奉り】、麻姑射(はこや)の山(やま)のうちの閑(しづか)にな(ン)ど(など)おぼし
めす【思し召す】さきざきだにも、哀(あはれ)はおほき【多き】習(ならひ)ぞかし。況(いはん)
やこれは、御心(おんこころ)ならずをし(おし)【押し】おろさ【下さ】れさせ給(たま)ひけん
あはれ【哀】さ、申(まうす)もなかなかおろかなり。新帝(しんてい)今年(ことし)は
三歳(さんざい)、あはれ、いつしかなる譲位(じやうゐ)(ジヤウイ)かなと、時(とき)の人々(ひとびと)申(まうし)
あはれけり。平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)は、内(うち)の御(おん)めのと【乳母】帥(そつ)の
すけ【帥の典侍】の夫(おつと)(ヲツト)たるによ(ッ)て、「今度(こんど)の譲位(じやうゐ)いつしかなりと、
誰(たれ)かかたむけ申(まうす)べき。異国(いこく)には、周(しうの)成王(せいわう)三歳(さんざい)、晋(しんの)穆帝(ぼくてい)
P04008
二歳(にさい)、我(わが)朝(てう)には、近衛院(こんゑのゐん)三歳(さんざい)、六条院(ろくでうのゐん)二歳(にさい)、これみな
襁褓(きやうほう)のなかにつつま【包ま】れて、衣帯(えたい)(ヱタイ)をただしう【正しう】せざ(ッ)し
かども【共】、或(あるい)は摂政(せつしやう)おふ(おう)【負う】て位(くらゐ)につけ、或(あるい)は母后(ぼこう)いだい【抱い】
て朝(てう)にのぞむとみえ【見え】たり。後漢(ごかん)の高上【*孝殤】(かうしやう)皇帝(くわうてい)(クハウテイ)は、
むまれ【生れ】て百日(ひやくにち)といふに践祚(せんそ)あり【有り】。天子(てんし)位(くらゐ)をふむ先
蹤(せんじよう)(センゼウ)、和漢(わかん)かくのごとし」と申(まう)されければ、其(その)時(とき)の有識【*有職】(いうしよく)(ユウシヨク)の
人々(ひとびと)、「あなおそろし【恐ろし】、物(もの)な申(まう)されそ。さればそれは
よき例(れい)どもかや」とぞつぶやきあはれける。春宮(とうぐう)位(くらゐ)に
つかせたまひ【給ひ】しかば、入道(にふだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)ともに外祖父(ぐわいそぶ)外祖
P04009
母(ぐわいそぼ)とて、准三后(じゆんさんごう)(ジユンさんグウ)の宣旨(せんじ)をかうぶり、年元(ねんぐわん)(ネングハン)年爵(ねんじやく)を
たまは(ッ)【賜つ】て、上日(じやうにち)のものをめし【召し】つかふ【使ふ】。絵(ゑ)かき花(はな)つけたる
侍(さぶらひ)(サブライ)ども【共】いで入(いり)て、ひとへに院宮(ゐんぐう)のごとくにてぞあり【有り】ける。
出家(しゆつけ)入道(にふだう)の後(のち)も栄雄(えいえう)(ヱイヨウ)はつきせずとぞみえ【見え】し。
出家(しゆつけ)の人(ひと)の准三后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶ)る事(こと)は、保護院【*法興院】(ほごゐん)(ホゴイン)
のおほ【大】入道殿(にふだうどの)兼家公(かねいへこう)(カネイヱこう)の御例(ごれい)也(なり)。同(おなじき)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、上皇(しやうくわう)
安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ御幸(ごかう)なるべしときこえ【聞え】けり。帝王(ていわう)
位(くらゐ)をすべらせ給(たま)ひて、諸社(しよしや)の御幸(ごかう)のはじめには、八幡(やはた)(ヤワタ)・
賀茂(かも)・春日(かすが)な(ン)ど(など)へこそならせ給(たま)ふに、安芸国(あきのくに)までの
P04010
御幸(ごかう)はいかにと、人(ひと)不審(ふしん)をなす。或(ある)人(ひと)の申(まうし)けるは、
「白河院(しらかはのゐん)は熊野(くまの)へ御幸(ごかう)、後白河(ごしらかは)は日吉社(ひよしのやしろ)へ御幸(ごかう)
なる。既(すで)に知(しん)ぬ、叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)にあり【有り】といふ事(こと)を。御心中(ごしんぢゆう)に
ふかき御立願(ごりふぐわん)(ごリウグハン)あり【有り】。其上(そのうへ)此(この)厳島(いつくしま)をば平家(へいけ)なのめ
ならずあがめうやまひ給(たま)ふあひだ【間】、うへ【上】には平家(へいけ)
に御同心(ごどうしん)、したには法皇(ほふわう)のいつとなう鳥羽殿(とばどの)にをし(おし)【押し】
こめられてわたらせ給(たま)ふ、入道(にふだう)相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をも
やはらげ給(たま)へとの御祈念(ごきねん)のため」とぞきこえ【聞え】し。
山門(さんもん)[B ノ]大衆(だいしゆ)いきどをり(いきどほり)【憤り】申(まうす)。「石清水(いはしみづ)(イワシミヅ)・賀茂(かも)・春日(かすが)へならずは、
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我(わが)山(やま)の山王(さんわう)へこそ御幸(ごかう)はなるべけれ。安芸国(あきのくに)への
御幸(ごかう)はいつのならひ【習ひ】ぞや。其(その)儀(ぎ)ならば、神輿(しんよ)をふり
くだし奉(たてまつり)て、御幸(ごかう)をとどめ【留め】たてまつれ【奉れ】」と僉議(せんぎ)
しければ、これによ(ッ)てしばらく御延引(ごえんいん)(ごヱンイン)あり【有り】けり。
太政(だいじやう)入道(にふだう)やうやうになだめたまへ【給へ】ば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)しづ
まりぬ。同(おなじき)十七日(じふしちにち)、厳島御幸(いつくしまごかう)の御門出(おんかどいで)とて、入道(にふだう)
相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。其(その)日(ひ)の暮方(くれがた)に、
前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)をめし【召し】て、「明日(みやうにち)御幸(ごかう)の次(ついで)に鳥羽殿(とばどの)
へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、法皇(ほふわう)の見参(げんざん)に入(いら)ばやとおぼしめす【思し召す】は
P04012
いかに。相国禅門(しやうこくぜんもん)にしら【知ら】せずしてはあしかりなんや」
と仰(おほせ)ければ、宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、
「何条(なんでふ)(ナンデウ)事(こと)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、「さらば宗盛(むねもり)、
其(その)様(やう)をやがて今夜(こよひ)鳥羽殿(とばどの)へ申(まう)せかし」とぞ
仰(おほせ)ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て、此(この)よし奏聞(そうもん)せられければ、法皇(ほふわう)はあまりに
おぼしめす【思し召す】御事(おんこと)にて、「夢(ゆめ)やらん」とぞ仰(おほせ)ける。
同(おなじき)十九日(じふくにち)、大宮[B ノ](おほみやの)大納言(だいなごん)高季【*隆季】卿(たかすゑのきやう)、いまだ夜(よ)ふかう【深う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て、御幸(ごかう)もよほされけり。此(この)日(ひ)ごろきこえ【聞え】させ
P04013
給(たま)ひつる厳島(いつくしま)の御幸(ごかう)、西八条(にしはつでう)よりすでにとげ
させおはします。やよひ【弥生】もなかばすぎぬれど、
霞(かすみ)にくもる在明(ありあけ)の月(つき)はなを(なほ)【猶】おぼろなり。
こしぢ【越路】をさしてかへる鴈(かり)の、雲井(くもゐ)におとづれ
ゆく【行く】も、折(をり)ふし【折節】あはれ【哀】にきこしめす。いまだ
夜(よ)のうちに鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)なる。門前(もんぜん)にて
御車(おんくるま)よりおりさせたまひ【給ひ】、門(もん)のうちへさし
いらせ給(たま)ふに、人(ひと)まれにして木(こ)ぐらく、物(もの)さび
しげなる御(おん)すまひ【住ひ】、まづあはれ【哀】にぞおぼし
P04014
めす【思し召す】。春(はる)すでにくれなんとす、夏木立(なつこだち)にも
成(なり)にけり。梢(こずゑ)の花色(はないろ)をとろえ(おとろへ)て、宮(みや)の鴬(うぐひす)(ウグイス)声(こゑ)
老(おい)(ヲイン)たり。去年(きよねん)の正月(しやうぐわつ)六日(むゆか)のひ、朝覲(てうきん)のために
法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウじどの)へ行幸(ぎやうがう)あり【有り】しには、楽屋(がくや)に乱声(らんじやう)を
奏(そう)し、諸卿(しよきやう)列(れつ)に立(た)(ッ)て、諸衛(しよゑ)陣(ぢん)をひき、院司(ゐんじ)(インジ)の
公卿(くぎやう)まいり(まゐり)【参り】むか(ッ)【向つ】て、幔門(まんもん)をひらき、掃部寮(かもんれう)縁
道(えんだう)(ヱンダウ)をしき、ただしかり【正しかり】し儀式(ぎしき)一事(いちじ)もなし。
けふはただ夢(ゆめ)とのみぞおぼしめす【思し召す】。重教【*成範】(しげのり)の
中納言(ちゆうなごん)、御気色(おんきしよく)(ヲンキシヨク)申(まう)されたりければ、法皇(ほふわう)寝殿(しんでん)の
P04015
橋(はし)がくし【橋隠し】の間(ま)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、待(まち)まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させたまひ【給ひ】
けり。上皇(しやうくわう)は今年(こんねん)O[BH 御年(おんとし)]廿(はたち)、あけがたの月(つき)の光(ひかり)にはへ(はえ)【映え】
させたまひ【給ひ】て、玉体(ぎよくたい)もいとどうつくしうぞ
みえ【見え】させおはします。御母儀(おんぼぎ)建春門院(けんしゆんもんゐん)にいたく
に【似】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させたまひ【給ひ】たりければ、法皇(ほふわう)まづ故(こ)
女院(にようゐん)(ネウヰン)の御事(おんこと)おぼしめし【思し召し】いで【出で】て、御涙(おんなみだ)せきあへ
させ給(たま)はず。両院(りやうゐん)の御座(ござ)ちかく【近く】しつらはれたり。
御問答(ごもんだふ)(ゴモンダウ)は人(ひと)うけ【受け】たまはる【賜る】に及(およ)ばず。御前(ごぜん)には尼(あま)ぜ【尼前】ばか
りぞ候(さふら)はれける。やや久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。
P04016
はるかに日(ひ)たけて御暇(おんいとま)申(まう)させ給(たま)ひ、鳥羽(とば)の
草津(くさづ)より御舟(おんふね)にめされけり。上皇(しやうくわう)は法皇(ほふわう)の離
宮(りきゆう)(リキウ)、故亭(こてい)幽閑(いうかん)(ユウカン)寂寞(せきばく)の御(おん)すまひ【住ひ】、御心(おんこころ)ぐるしく
御覧(ごらん)じをか(おか)【置か】せたまへ【給へ】ば、法皇(ほふわう)は又(また)上皇(しやうくわう)の旅泊(りよはく)の
行宮(かうきゆう)(カウキウ)の浪(なみ)の上(うへ)、舟(ふね)の中(うち)の御(おん)ありさま、おぼつかな
くぞおぼしめす【思し召す】。まこと【誠】に宗廟(そうべう)・八(や)わた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)な(ン)ど(など)
をさしをい(おい)て、はるばると安芸国(あきのくに)までの
御幸(ごかう)をば、神明(しんめい)もなどか御納受(ごなふじゆ)(ごナウジユ)なかるべき。
『還御(くわんぎよ)』S0402
御願(ごぐわん)(ごグハン)成就(じやうじゆ)うたがひなしとぞみえ【見え】たりける。○同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)、
P04017
厳島(いつくしま)へ御参着(ごさんちやく)、入道(にふだう)相国(しやうこく)の最愛(さいあい)の内侍(ないし)が宿所(しゆくしよ)、
御所(ごしよ)になる。なか二(に)にち【二日】をん(おん)【御】逗留(とうりう)あ(ッ)て、経会(きやうゑ)舞
楽(ぶがく)おこなはれけり。導師(だうし)には三井寺(みゐでら)の公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)
とぞきこえ【聞え】し。高座(かうざ)にのぼり、鐘(かね)うちならし、表白(へうびやく)(ヘウヒヤク)の詞(ことば)にいはく、「九(ここの)え(ここのへ)【九重】の宮(みや)こ【都】をいでて、八(や)え(やへ)【八重】の
塩路(しほぢ)をわき【分き】も(ッ)てまいら(まゐら)【参ら】せたまふ【給ふ】御心(おんこころ)ざしの
かたじけなさ」と、たからかに申(まう)されたりければ、
君(きみ)も臣(しん)も感涙(かんるい)をもよほさ【催さ】れけり。大宮(おほみや)(ヲホミヤ)・客人(きやくじん)
をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、社々(やしろやしろ)所々(ところどころ)へみな御幸(ごかう)なる。
P04018
大宮(おほみや)より五町(ごちやう)ばかり、山(やま)をまは(ッ)て、滝(たき)の宮(みや)へまい
ら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ。公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)一首(いつしゆ)の歌(うた)よう【詠う】で、拝殿(はいでん)の柱(はしら)に
書(かき)つけられたり。
雲井(くもゐ)よりおち【落ち】くる滝(たき)のしらいと【白糸】に
ちぎり【契り】をむすぶことぞうれしき W016
神主(かんぬし)佐伯(さいき)の景広【*景弘】(かげひろ)、加階(かかい)従上(じゆじやう)の五位(ごゐ)、国司(こくし)藤原[B ノ](ふぢはらの)有綱(ありつな)【*菅原(すがはらの)在経(ありつね)】、
しな【品】あげられて加階(かかい)、従下(じゆげ)の四品(しほん)、院(ゐん)の殿上(てんじやう)ゆるさ【許さ】る。
座主(ざす)尊永(そんえい)(ソンヱイ)、法印(ほふいん)になさる。神慮(しんりよ)もうごき、太政[B ノ](だいじやうの)入道(にふだう)
の心(こころ)もはたらき【働き】ぬらんとぞみえ【見え】し。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)、
P04019
上皇(しやうくわう)御舟(みふね)かざ(ッ)て還御(くわんぎよ)なる。風(かぜ)はげしかりければ、
御舟(みふね)こぎもどし、厳島(いつくしま)のうち、ありの浦(うら)【蟻の浦】にとど
まら【留まら】せたまふ【給ふ】。上皇(しやうくわう)「大明神(だいみやうじん)の御名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜しみ】に、
歌(うた)つかまつれ」と仰(おほせ)ければ、隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)
たちかへるなごりもありの浦(うら)【蟻の浦】なれば
神(かみ)もめぐみをかくるしら浪(なみ)【白浪】 W017
夜半(やはん)ばかりより浪(なみ)もしづかに、風(かぜ)もしづまりければ、
御舟(みふね)こぎいだし、其(その)日(ひ)は備後国(びんごのくに)しき名(な)【敷名】の泊(とまり)につかせ
たまふ【給ふ】。此(この)ところ【所】はさんぬる応保(おうほう)(ヲウホウ)のころほひ、一院(いちゐん)
P04020
御幸(ごかう)の時(とき)、国司(こくし)藤原(ふぢはら)の為成(ためなり)がつく(ッ)たる御所(ごしよ)のあり【有り】
けるを、入道(にふだう)相国(しやうこく)、御(おん)まうけ【設け】にしつらはれたりしか
ども【共】、上皇(しやうくわう)それへはあがら【上がら】せたまは【給は】ず。「けふは卯月(うづき)
一日(ついたち)、衣(ころも)がへ【衣更】といふ事(こと)のあるぞかし」とて、おのおの
みやこ【都】の方(かた)をおもひ【思ひ】やりあそびたまふ【給ふ】に、岸(きし)
にいろ【色】ふかき藤(ふぢ)の松(まつ)にさき【咲き】かかりたりけるを、上皇(しやうくわう)
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)をめし【召し】て、「あの花(はな)おり(をり)【折り】
につかはせ【遣せ】」と仰(おほせ)ければ、左史生(さししやう)中原(なかはらの)康定(やすさだ)がはし
舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、御前(ごぜん)をこぎ【漕ぎ】とをり(とほり)【通り】けるをめし【召し】て、
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おり(をり)【折り】につかはす【遣す】。藤(ふぢ)の花(はな)をたをり【手折り】、松(まつ)の枝(えだ)につけ
ながらも(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。「心(こころ)ばせあり【有り】」な(ン)ど(など)仰(おほせ)られて、
御感(ぎよかん)あり【有り】けり。「此(この)花(はな)にて歌(うた)あるべし」と仰(おほせ)け
れば、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)
千(ち)とせへん君(きみ)がよはひに藤(ふじ)なみの
松(まつ)のえだ【枝】にもかかりぬるかな W018
其(その)後(のち)御前(ごぜん)に人々(ひとびと)あまた候(さうら)はせたまひ【給ひ】て、御(おん)たは
ぶれごと【戯れ言】のあり【有り】しに、上皇(しやうくわう)しろき【白き】きぬ【衣】き【着】たる内侍(ないし)が、
国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)に心(こころ)をかけたるな」とて、わらは【笑は】せおはしまし
P04022
ければ、大納言(だいなごん)大(おほき)にあらがい(あらがひ)申(まう)さるるところ【所】に、ふみ【文】
も(ッ)【持つ】たる便女(びんぢよ)(ビジヨ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「五条(ごでうの)大納言(だいなごん)どのへ」とて、
さしあげ【差し上げ】たり。「さればこそ」とて満座(まんざ)興(きよう)(ケウ)ある事(こと)に
申(まうし)あはれけり。大納言(だいなごん)これをと(ッ)てみ【見】たまへ【給へ】ば、
しらなみの衣(ころも)の袖(そで)をしぼりつつ
きみ【君】ゆへ(ゆゑ)【故】にこそたち【立ち】もまはれね W019
上皇(しやうくわう)「やさしうこそおぼしめせ【思し召せ】。この返事(へんじ)はある
べきぞ」とて、やがて御硯(おんすずり)(ヲンスズリ)をくださ【下さ】せ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)
返事(へんじ)には、
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おもひ【思ひ】やれ君(きみ)がおもかげ【面影】たつなみ【浪】の
よせくるたびにぬるるたもとを W020
それより備前国(びぜんのくに)小島(こじま)の泊(とまり)につかせ給(たま)ふ。五日(いつか)のひ、
天(てん)晴(はれ)風(かぜ)しづかに、海上(かいしやう)ものどけかりければ、御所(ごしよ)
の御舟(みふね)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、人々(ひとびと)の舟(ふね)どもみな
いだし【出し】つつ、雲(くも)の浪(なみ)煙(けぶり)の波(なみ)をわけ【分け】すぎさせ給(たま)ひ
て、其(その)日(ひ)の酉剋(とりのこく)に、播磨国(はりまのくに)やまとの浦(うら)につかせ
給(たま)ふ。それより御輿(みこし)にめし【召し】て福原(ふくはら)へいら【入ら】せおはし
ます。六日(むゆかのひ)は供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)、いま一日(いちにち)も宮(みや)こ【都】へとく【疾く】と
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いそがれけれども【共】、新院(しんゐん)(シンイン)御逗留(おんとうりう)あ(ッ)て、福原(ふくはら)の
ところどころ【所々】歴覧(れきらん)あり【有り】けり。池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)
の山庄(さんざう)、あら田(た)まで御(ご)らんぜらる。七日(なぬかのひ)、福原(ふくはら)を出(いで)
させ給(たま)ふに、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)勅定(ちよくぢやう)をうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、
入道(にふだう)相国(しやうこく)の家(いへ)の賞(しやう)をこなは(おこなは)【行なは】る。入道(にふだう)の養子(やうじ)丹波
守(たんばのかみ)清国【*清邦】(きよくに)、正下(じやうげ)の五位(ごゐ)、同(おなじう)入道(にふだう)の孫(まご)越前[B ノ]少将(ゑちぜんのせうしやう)資盛(すけもり)、四位(しゐ)
の従上(じゆじやう)とぞきこえ【聞え】し。其(その)日(ひ)てら井(ゐ)【寺井】につかせ給(たま)ふ。
八日(やうかのひ)都(みやこ)へいらせ給(たま)ふに、御(おん)むかへ【向へ】の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、鳥羽(とば)の
草津(くさづ)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)の時(とき)は鳥羽殿(とばどの)へは
P04025
御幸(ごかう)もならず、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいらせ給(たま)ふ。
同(おなじき)四月(しぐわつ)廿二日(にじふににち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)あり【有り】。大極殿(だいこくでん)にて
あるべかりしかども【共】、一(ひと)とせ炎上(えんしやう)の後(のち)は、いまだつくり【造り】も
いだされず。太政官(だいじやうぐわん)(だいじやうグハン)の庁(ちやう)にておこなはるべしと
さだめ【定め】られたりけるを、其(その)時(とき)の九条殿(くでうどの)申(まう)させ
給(たま)ひけるは、「太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)は凡人(ぼんにんの)家(いへ)にとらば
公文所(くもんじよ)てい【体】のところ【所】なり也(なり)[* 「也」衍字]。大極殿(だいこくでん)なからん上(うへ)は、
紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてこそ御即位(ごそくゐ)(ゴソクイ)はあるべけれ」と申(まう)
させ給(たま)ひければ、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてぞ御即位(ごそくゐ)は
P04026
あり【有り】ける。「去(いん)じ康保(かうほう)四年(しねん)十一月(じふいちぐわつ)一日(ひとひのひ)、冷泉院(れいぜいのゐん)(レンゼイのゐん)の御
即位(ごそくゐ)紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてあり【有り】しは、主上(しゆしやう)御邪気(ごじやけ)に
よ(ッ)て、大極殿(だいこくでん)へ行幸(ぎやうがう)かなは【叶は】ざりし故(ゆゑ)也(なり)。其(その)例(れい)
いかがあるべからん。ただ後三条(ごさんでう)の院(ゐん)の延久(えんきうの)(ヱンキウの)佳例(かれい)に
まかせ【任せ】、太政官(だいじやうぐわん)(だいじやうグハン)の庁(ちやう)にておこなはるべき物(もの)を」と、人々(ひとびと)
申(まうし)あはれけれども【共】、九条殿(くでうどの)の御(おん)ぱからひのうへ【上】は、
左右(さう)に及(およ)ばず。中宮(ちゆうぐう)弘徽殿(こうきでん)より仁寿殿(じじゆうでん)(ジジウデン)へうつ
らせ給(たま)ひて、たかみくら【高御座】へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひける御(おん)有(あり)
さま【有様】めでたかりけり。平家(へいけ)の人々(ひとびと)みな出仕(しゆつし)せられ
P04027
けるなかに、小松殿(こまつどの)の公達(きんだち)はこぞ【去年】おとど【大臣】うせ給(たま)ひ
『源氏揃(げんじぞろへ)』S0403
しあひだ、いろ【倚廬】にて籠居(ろうきよ)せられたり。○蔵人衛門[B ノ]
権佐(くらんどのゑもんのごんのすけ)定長(さだなが)、今度(こんど)の御即位(ごそくゐ)に違乱(いらん)なくめで
たき様(やう)を厚紙(こうし)十枚(じふまい)ばかりにこまごまとしるいて、
入道(にふだう)相国(しやうこく)の北方(きたのかた)八条(はつでう)の二位殿(にゐどの)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
ゑみ【笑】をふくんでぞよろこば【喜ば】れける。かやうにはなやかに
めでたき事(こと)ども【共】あり【有り】しかども、世間(せけん)は猶(なほ)しづかなら
ず。其(その)比(ころ)一院(いちゐん)第二(だいに)の皇子(わうじ)茂仁【*以仁】(もちひと)の王(おほきみ)(ヲホキミ)と申(まうし)しは、
御母(おんぱは)加賀[B ノ](かがの)大納言(だいなごん)季成卿(すゑなりのきやう)の御娘(おんむすめ)なり。三条高倉(さんでうたかくら)に
P04028
ましましければ、高倉(たかくら)の宮(みや)とぞ申(まうし)ける。去(いん)じ永万(えいまん)(ヱイマン)
元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)十六日(じふろくにち)、御年(おんとし)O[BH 十五(じふご)]にて、忍(しのび)つつ近衛河原(このゑかはら)(コンヱカハラ)の
大宮(おほみや)の御所(ごしよ)にて御元服(ごげんぶく)あり【有り】けり。御手跡(ごしゆせき)うつくしう
あそばし【遊ばし】、御才学(おんさいかく)すぐれて在(まし)ましければ、位(くらゐ)にも
つかせ給(たま)ふべきに、故(こ)建春門院(けんしゆんもんゐん)の御(おん)そねみ【嫉み】にて、おし
こめ【籠め】られさせたまひ【給ひ】つつ、花(はな)のもとの春(はる)の遊(あそび)には、
紫毫(しがう)をふる(ッ)て手(て)づから御作(ごさく)をかき、月(つき)の前(まへ)の秋(あき)の
宴(えん)(ヱン)には、玉笛(ぎよくてき)をふいてみづから雅音(がいん)をあやつり給(たま)ふ。
かくしてあかしくらし給(たま)ふほど【程】に、治承(ぢしよう)四年(しねん)には、
P04029
御年(おんとし)卅(さんじふ)にぞならせ在(まし)ましける。其(その)比(ころ)近衛河原(このゑかはら)(コンヱカハラ)に
候(さうらひ)ける源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、或(ある)夜(よ)ひそかに此(この)宮(みや)の御
所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、申(まうし)けること【事】こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。「君(きみ)は
天照大神(てんせうだいじん)四十八世(しじふはつせ)の御末(おんすゑ)、神武天皇(じんむてんわう)より七十八代(しちじふはちだい)
にあたらせ給(たま)ふ。太子(たいし)にもたち、位(くらゐ)にもつか【即か】せ給(たま)ふ
べきに、卅(さんじふ)まで宮(みや)にてわたらせ給(たま)ふ御事(おんこと)をば、
心(こころ)うしとはおぼしめさ【思し召さ】ずや。当世(たうせい)のてい【体】をみ【見】候(さうらふ)に、
うへ【上】にはしたがひ【従ひ】たる様(やう)なれども、内々(ないない)は平家(へいけ)をそね
まぬ物(もの)や候(さうらふ)。御謀反(ごむほん)おこさせ給(たま)ひて、平家(へいけ)をほろ
P04030
ぼし、法皇(ほふわう)のいつとなく鳥羽殿(とばどの)におしこめられて
わたらせ給(たま)ふ御心(おんこころ)をも、やすめ【休め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、君(きみ)も位(くらゐ)につかせ
給(たま)ふべし。これ御孝行(ごかうかう)のいたりにてこそ候(さうら)はん
ずれ。もしおぼしめし【思し召し】たたせ給(たま)ひて、令旨(りやうじ)を下(くだ)させ給(たま)ふ物(もの)ならば、悦(よろこび)をなしてまいら(まゐら)【参ら】むずる源氏(げんじ)
どもこそおほう【多う】候(さうら)へ」とて、申(まうし)つづく。「まづ京都(きやうと)には、
出羽[B ノ](ではの)前司(ぜんじ)光信(みつのぶ)が子共(こども)、伊賀守(いがのかみ)光基(みつもと)、出羽[B ノ](ではの)判官(はんぐわん)(ハウぐわん)光長(みつなが)、
出羽[B ノ]蔵人(ではのくらんど)光重(みつしげ)、出羽[B ノ]冠者(ではのくわんじや)光能(みつよし)、熊野(くまの)には、故(こ)六条[B ノ](ろくでうの)判官(はんぐわん)(ハウグハン)
為義(ためよし)が末子(ばつし)十郎(じふらう)義盛(よしもり)とてかくれ【隠れ】て候(さうらふ)。摂津国(つのくに)には
P04031
多田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)こそ候(さうら)へども【共】、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の
謀反(むほん)の時(とき)、同心(どうしん)しながらかへりちゆう【返り忠】したる不当人(ふたうじん)で
候(さうら)へば、申(まうす)に及(およ)ばず。さりながら、其(その)弟(おとと)(ヲトト)多田[B ノ](ただの)二郎(じらう)朝実【*知実】(ともざね)、
手島(てしま)の冠者(くわんじや)高頼(たかより)、太田(おほだの)(ヲホダノ)太郎(たらう)頼基(よりもと)、河内国(かはちのくに)(カウチノくに)には、武蔵[B ノ]
権[B ノ]守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)義基(よしもと)、子息(しそく)石河[B ノ](いしかはの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンだい)義兼(よしかぬ)、大和国(やまとのくに)には、
宇野(うのの)七郎(しちらう)親治(ちかはる)が子共(こども)、太郎(たらう)有治(ありはる)・二郎(じらう)清治(きよはる)、三郎(さぶらう)
成治(なりはる)・四郎(しらう)義治(よしはる)・近江国(あふみのくに)には、山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦古里(にしごり)、
美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)には、山田[B ノ](やまだの)次郎(じらう)重広【*重弘】(しげひろ)、河辺(かはのべの)太郎(たらう)重直(しげなほ)(シゲナヲ)、泉(いずみの)
太郎(たらう)重光【*重満】(しげみつ)、浦野(うらのの)四郎(しらう)重遠(しげとほ)(しげトヲ)、安食(あじきの)次郎(じらう)重頼(しげより)、其(その)
P04032
子[B ノ](この)太郎(たらう)重資(しげすけ)、木太(きだの)三郎(さぶらう)重長(しげなが)、開田(かいでんの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンダイ)重国(しげくに)、
矢島先生(やしまのせんじやう)重高(しげたか)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)重行(しげゆき)、甲斐[B ノ]国(かひのくに)には、
逸見(へんみの)冠者(くわんじや)(クハンジヤ)義清(よしきよ)、其(その)子(この)太郎(たらう)清光(きよみつ)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)、
加賀見(かがみの)二郎(じらう)遠光(とほみつ)(トヲミツ)・同(おなじく)小次郎(こじらう)長清(ながきよ)、一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、
板垣(いたがきの)三郎(さぶらう)兼信(かねのぶ)、逸見[B ノ]兵衛(へんみのひやうゑ)有義(ありよし)、武田(たけたの)五郎(ごらう)信光(のぶみつ)、安田(やすだの)
三郎(さぶらう)義定(よしさだ)、信乃【*信濃】国(しなののくに)には、大内(おほうちの)(ヲホチノ)太郎(たらう)維義【*惟義】(これよし)、岡田冠者(をかだのくわんじや)親義(ちかよし)、
平賀(ひらかの)冠者(くわんじや)(クハンジヤ)盛義(もりよし)、其(その)子[B ノ](この)四郎(しらう)義信(よしのぶ)、故[M 「小」をミセケチ「故」と傍書](こ)帯刀(たてはきの)(タテワキノ)先生(せんじやう)
義方【*義賢】(よしかた)が次男(じなん)木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)、伊豆国(いづのくに)には、流人(るにん)前(さきの)右兵衛
佐(うひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、常陸国(ひたちのくに)には、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)、佐竹冠者(さたけのくわんじや)
P04033
正義【*昌義】(まさよし)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)忠義(ただよし)、同(おなじく)三郎(さぶらう)義宗(よしむね)、四郎(しらう)高義(たかよし)、
五郎(ごらう)義季(よしすゑ)、陸奥国(むつのくに)には、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が末子(ばつし)九郎(くらう)
冠者(くわんじや)義経(よしつね)、これみな六孫王(ろくそんわう)の苗裔(べうえい)、多田(ただの)新発(しんぼつ)満仲(まんぢゆう)(マンヂウ)
が後胤(こういん)なり。朝敵(てうてき)をもたいらげ(たひらげ)【平げ】、宿望(しゆくまう)をとげし
事(こと)は、源平(げんぺい)いづれ勝劣(せうれつ)なかりしかども【共】、今(いま)者(は)雲
泥(うんでい)まじはりをへだてて、主従(しゆうじゆう)(シユジウ)の礼(れい)にもなを(なほ)【猶】おとれ
り。国(くに)には国司(こくし)にしたがひ、庄(しやう)には領所(りやうじよ)【*預所(あづかりどころ)】につかは【使は】れ、公事(くじ)
雑事(ざふじ)(ザウジ)にかりたてられて、やすひ(やすい)【安い】思(おも)ひも候(さうら)はず。
いかばかり心(こころ)うく候(さうらふ)らん。君(きみ)もしおぼしめし【思し召し】たたせ給(たまひ)て、
P04034
令旨(りやうじ)をたう【給う】づるもの【物】ならば、夜(よ)を日(ひ)についで
馳(はせ)のぼり、平家(へいけ)をほろぼさん事(こと)、時日(じじつ)をめぐら
すべからず。入道(にふだう)も年(とし)こそよ(ッ)【寄つ】て候(さうらふ)とも、子共(こども)ひき具(ぐ)
してまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)たる。宮(みや)は此(この)事(こと)いかがある
べからんとて、しばし【暫】は御承引(ごしよういん)(ごセウイン)もなかりけるが、阿古
丸(あこまるの)大納言(だいなごん)宗通卿(むねみちのきやう)の孫(まご)、備後前司(びんごのぜんじ)季通(すゑみち)が子(こ)、少納言(せうなごん)
維長【*伊長】(これなが)と申(まう)し候(さうらふ)〔は〕勝(すぐれ)たる相人(さうにん)なりければ、時(とき)の人(ひと)相少
納言(さうせうなごん)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)が此(この)宮(みや)をみ【見】まひらせ(まゐらせ)【参らせ】て、「位(くらゐ)に
即(つか)せ給(たまふ)べき相(さう)在(まし)ます。天下(てんが)の事(こと)思食(おぼしめし)はなた【放た】せ給(たま)ふ
P04035
べからず」と申(まうし)けるうへ、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)もかやう【斯様】に申(まう)され
ければ、「さてはしかる【然る】べし。天照大神(てんせうだいじん)の御告(おんつげ)やらん」
とて、ひしひしとおぼしめし【思し召し】たた【立た】せ給(たま)ひけり。熊野(くまの)に
候(さうらふ)十郎(じふらう)義盛(よしもり)をめし【召し】て、蔵人(くらんど)になさる。行家(ゆきいへ)と改名(かいみやう)
して、令旨(りやうじ)の御使(おんつかひ)(ヲンツカイ)に東国(とうごく)へぞ下(くだり)ける。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、
宮(みや)こ【都】をた(ッ)て、近江国(あふみのくに)よりはじめて、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の
源氏共(げんじども)に次第(しだい)にふれてゆくほど【程】に、五月(ごぐわつ)十日(とをかのひ)、伊豆(いづ)の
北条(ほうでう)にくだりつき、流人(るにん)前[B ノ](さきの)兵衛[B ノ]佐殿(ひやうゑのすけどの)に令旨(りやうじ)たてまつ
り【奉り】、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は兄(あに)なればとら【取ら】せんとて、
P04036
常陸国(ひたちのくに)信太浮島(しだのうきしま)へくだる。木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)は
甥(をひ)(ヲイ)なればたば【賜ば】んとて、O[BH 東(とう)]山道(せんだう)へぞおもむきける。
其(その)比(ころ)の熊野(くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)は、平家(へいけ)に心(こころ)ざしふかかり【深かり】けるが、
何(なに)としてかもれ【洩れ】きい【聞い】たりけん、「新宮(しんぐうの)十郎(じふらう)義盛(よしもり)こそ
高倉宮(たかくらのみや)の令旨(りやうじ)給(たま)は(ッ)て、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の源氏(げんじ)どもふれ
もよほし、既(すで)に謀反(むほん)ををこす(おこす)【起こす】なれ。那智(なち)新宮(しんぐう)の
もの【者】共(ども)は、さだめて源氏(げんじ)の方(かた)うど【方人】をぞせんずらん。
湛増(たんぞう)は平家(へいけ)の御恩(ごおん)(ゴヲン)を雨【*天】(あめ)やま【山】とかうむ(ッ)【蒙つ】たれば、
いかでか背(そむき)たてまつる【奉る】べき。那智(なち)新宮(しんぐう)の物共(ものども)に
P04037
矢(や)一(ひとつ)い【射】かけて、平家(へいけ)へ子細(しさい)を申(まう)さん」とて、ひた甲(かぶと)
一千人(いつせんにん)、新宮(しんぐう)の湊(みなと)へ発向(はつかう)す。新宮(しんぐう)には鳥井(とりゐ)の法眼(ほふげん)(ホウゲン)・
高坊(たかばう)の法眼(ほふげん)、侍(さぶらひ)(サブライ)には宇(う)ゐ【宇井】・すずき【鈴木】・水屋(みづや)・かめのこう(かめのかふ)【亀の甲】、
那知【*那智】(なち)には執行(しゆぎやう)法眼(ほふげん)以下(いげ)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千(にせん)余人(よにん)なり。
時(とき)つくり、矢合(やあはせ)して、源氏(げんじ)の方(かた)にはとこそゐれ(いれ)【射れ】、平家(へいけ)
の方(かた)にはかうこそいれ【射れ】とて、矢(や)さけび【叫び】の声(こゑ)の退転(たいてん)
もなく、かぶら【鏑】のなり【鳴り】やむひまもなく、三日(みつか)がほどこそ
たたかふ(たたかう)【戦う】たれ。熊野(くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)、家子(いへのこ)(イヱノコ)郎等(らうどう)おほく【多く】
うた【討た】せ、我(わが)身(み)手(て)おひ、からき命(いのち)をいき【生き】つつ、
P04038
『鼬(いたち)之(の)沙汰(さた)』S0404
本宮(ほんぐう)へこそにげのぼりけれ。○さるほど【程】に、法皇(ほふわう)は、
「とをき(とほき)【遠き】国(くに)へもながされ、はるかの島(しま)へもうつされん
ずるにや」と仰(おほ)せけれども、城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(リキウ)にして、
ことしは二年(ふたとせ)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)ばか
り、御所中(ごしよぢゆう)にはゐたち[B 「ゐ」に「い」と傍書](いたち)【鼬】おびたたしう【夥しう】はしり【走り】さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】。
法皇(ほふわう)大(おほき)に驚(おどろ)(ヲドロ)きおぼしめし【思し召し】、御占形(おんうらかた)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、
近江[B ノ]守(あふみのかみ)仲兼(なかかぬ)、其(その)比(ころ)はいまだ鶴蔵人(つるくらんど)とめされける
をめし【召し】て、「この占形(うらかた)も(ッ)【持つ】て、泰親(やすちか)がもとへゆき、き(ッ)と
勘(かん)がへさせて、勘状(かんじやう)をと(ッ)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とぞ仰(おほせ)ける。
P04039
仲兼(なかかぬ)これを給(たま)は(ッ)て、陰陽頭(おんやうのかみ)(ヲンヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべの)泰親(やすちか)がもとへ
ゆく【行く】。おりふし(をりふし)【折節】宿所(しゆくしよ)にはなかりけり。「白河(しらかは)なるところ【所】へ」と
いひければ、それへたづね【尋ね】ゆき、泰親(やすちか)にあふ(あう)て
勅定(ちよくぢやう)のおもむき【赴き】仰(おほ)すれば、やがて勘状(かんじやう)を
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。仲兼(なかかぬ)鳥羽殿(とばどの)にかへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門(もん)
よりまいら(まゐら)【参ら】うどすれば、守護(しゆご)の武士(ぶし)ども【共】ゆるさ【許さ】ず。
案内(あんない)はし(ッ)【知つ】たり、築地(ついぢ)をこへ(こえ)、大床(おほゆか)(ヲホユカ)のしたをはう【這う】て、
きり板(いた)【切板】より泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をこそまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ。
法皇(ほふわう)これをあけて御(ご)らんずれば、「いま三日(みつか)が
P04040
うち御悦(おんよろこび)、ならびに御(おん)なげき」とぞ申(まうし)たる。
法皇(ほふわう)「御(おん)よろこびはしかる【然る】べし。これほどの御身(おんみ)に
な(ッ)て、又(また)いかなる御難(おんなげき)のあらんずるやらん」とぞ
仰(おほせ)ける。さるほど【程】に、前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、法皇(ほふわう)の御事(おんこと)
をたりふし【垂伏】申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)やうやうおもひ【思ひ】
なを(ッ)(なほつ)【直つ】て、同(おなじき)十三日(じふさんにち)鳥羽殿(とばどの)をいだしたてまつり【奉り】、
八条烏丸(はつでうからすまる)の美福門院[B ノ](びふくもんゐんの)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なしたて
まつる【奉る】。いま三日(みつか)がうちの御悦(おんよろこび)とは、泰親(やすちか)これをぞ
申(まうし)ける。かかりけるところ【所】に、熊野[B ノ](くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)飛
P04041
脚(ひきやく)をも(ッ)て、高倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)のよし宮(みや)こ【都】へ申(まうし)たり
ければ、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、入道(にふだう)相国(しやうこく)折(をり)
ふし【折節】福原(ふくはら)におはしけるに、此(この)よし申(まう)されたりければ、
ききもあへず、やがて宮(みや)こ【都】へはせ【馳せ】のぼり、「是非(ぜひ)に
及(およぶ)べからず。高倉宮(たかくらのみや)からめと(ッ)て、土佐(とさ)の畑(はた)へながせ」と
こそのたまひけれ。上卿(しやうけい)は三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、識事(しきじ)は
頭弁(とうのべん)光雅(みつまさ)とぞきこえ【聞え】し。源(げん)大夫(だいふの)(だいブノ)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽[B ノ](ではの)
判官(はんぐわん)光長(みつなが)うけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞむかひ【向ひ】ける。
この源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)と申(まうす)は、三位(さんみ)入道(にふだう)の次男(じなん)也(なり)。しかる【然る】を
P04042
この人数(にんじゆ)にいれ【入れ】られけるは、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀反(ごむほん)
を三位(さんみ)入道(にふだう)すすめ申(まうし)たりと、平家(へいけ)いまだしら【知ら】ざり
『信連(のぶつら)』S0405
けるによ(ッ)てなり。○宮(みや)はさ月(つき)【五月】十五夜(じふごや)の雲間(くもま)の月(つき)
をながめさせ給(たま)ひ、なんのゆくゑ(ゆくへ)【行方】もおぼしめし【思し召し】よら
ざりけるに、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の使者(ししや)とて、ふみ【文】も(ッ)【持つ】ていそ
がしげO[BH に]ていでき【出来】たり。宮(みや)の御(おん)めのと子(ご)【乳母子】、六条(ろくでう)のすけ【亮】
の大夫(たいふ)(タイウ)宗信(むねのぶ)、これをと(ッ)て御前(ごぜん)へまいり(まゐり)【参り】、ひらい【開い】て
みる【見る】に、「君(きみ)の御謀反(ごむほん)すでにあらはれ【現はれ】させ給(たま)ひて、
土左【*土佐】(とさ)の畑(はた)へながしまいらす(まゐらす)【参らす】べしとて、官人共(くわんにんども)御(おん)むかへ【向へ】に
P04043
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。いそぎ御所(ごしよ)をいでさせ給(たまひ)て、三井寺(みゐでら)へ
いら【入ら】せをはしませ(おはしませ)。入道(にふだう)もやがてまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ
かい【書い】たりける。「こはいかがせん」とて、さはが(さわが)【騒が】せおはします
ところ【所】に、宮(みや)の侍(さぶらひ)長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)信連(のぶつら)といふ物(もの)あり【有り】。
「ただ別(べち)の様(やう)候(さうらふ)まじ。女房装束(にようばうしやうぞく)にていで【出で】させ給(たま)へ」
と申(まうし)ければ、「しかる【然る】べし」とて、御(おん)ぐし【髪】をみだし【乱し】、かさね【重ね】
たるぎよ衣(い)【御衣】に一女(いちめ)がさ【市女笠】をぞめさ【召さ】れける。六条(ろくでう)の助(すけ)[B ノ]大夫(たいふ)
宗信(むねのぶ)、唐笠(からかさ)も(ッ)【持つ】て御(おん)ともつかまつる。鶴丸(つるまる)といふ童(わらは)、
袋(ふくろ)にもの【物】いれ【入れ】ていただい【戴い】たり。譬(たと)へば青侍(せいし)の女(ぢよ)を
P04044
むかへ【向へ】てゆくやうにいでたた【出立た】せ給(たま)ひて、高倉(たかくら)を北(きた)へ
おち【落ち】させ給(たま)ふに、大(おほき)なる溝(みぞ)のあり【有り】けるを、いともの【物】
がるう【軽う】こえさせ給(たま)へば、みちゆき人(びと)たちとどま(ッ)【留まつ】て、
「はしたなの女房(にようばう)の溝(みぞ)のこえ【越え】やうや」とて、あやし
げにみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いとどあしばや【足速】にすぎさせ
給(たま)ふ。長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)信連(のぶつら)は、御所(ごしよ)の留守(るす)にぞをか(おか)【置か】れたる。
女房達(にようばうたち)の少々(せうせう)おはしけるを、かしこここへたちしの
ば【忍ば】せて、み【見】ぐるしき物(もの)あらばとりした【取認】ためむとてみる【見る】
ほど【程】に、宮(みや)のさしも御秘蔵(ごひさう)あり【有り】ける小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し
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御笛(おんふえ)を、只今(ただいま)しもつねの御所(ごしよ)の御枕(おんまくら)にとり
わすれ【忘れ】させたまひ【給ひ】たりけるぞ、立(たち)かへ(ッ)【帰つ】てもとら【取ら】ま
ほしうおぼしめす【思し召す】、信連(のぶつら)これをみ【見】つけて、「あなあさ
まし。君(きみ)のさしも御秘蔵(ごひさう)ある御笛(おんふえ)を」と申(まうし)て、
五町(ごちやう)がうちにお(ッ)【追つ】ついてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。宮(みや)なのめ
ならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「われしな【死な】ば、此(この)笛(ふえ)をば御棺(ごくわん)(ゴクハン)に
いれよ【入れよ】」とぞ仰(おほせ)ける。「やがて御(おん)ともに候(さうら)へ」と仰(おほせ)ければ、
信連(のぶつら)申(まうし)けるは、「唯今(ただいま)御所(ごしよ)へ官人共(くわんにんども)が御(おん)むかへ【迎へ】にまい
り(まゐり)【参り】候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はざらんが、無下(むげ)に
P04046
うたてしう候(さうらふ)。信連(のぶつら)が此(この)御所(ごしよ)に候(さうらふ)とは、上下(かみしも)みな
しら【知ら】れたる事(こと)にて候(さうらふ)に、今夜(こんや)候(さうら)はざらんは、それも
其(その)夜(よ)はにげ【逃げ】たりけりな(ン)ど(など)いはれん事(こと)、弓矢(ゆみや)
とる身(み)は、かりにも名(な)こそおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へ。官人(くわんにん)ども【共】
しばらくあいしらい(あひしらひ)候(さうらひ)て、打破(うちやぶり)て、やがてまいり(まゐり)【参り】候(さうら)
はん」とて、はしり【走り】かへる。長兵衛(ちやうひやうゑ)が其(その)日[B ノ](ひの)装束(しやうぞく)には、
うすあを【薄青】の狩衣(かりぎぬ)のしたに、萠黄威(もえぎをどし)(モヘギヲドシ)の腹巻(はらまき)をきて、
衛府(ゑふ)(ヱウ)の太刀(たち)をぞはいたりける。三条面(さんでうおもて)の惣門(そうもん)をも、
高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)をも、ともにひらい【開い】て待(まち)かけたり。
P04047
源(げん)大夫[B ノ](だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽(ではの)判官(はんぐわん)光長(みつなが)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三百(さんびやく)
余騎(よき)、十五日(じふごにち)の夜(よ)の子(ね)の剋(こく)に、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞ押
寄(おしよせ)(ヲシヨセ)たる。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)は、存(ぞん)ずる旨(むね)あり【有り】とおぼえ
て、はるかの門前(もんぜん)にひかへたり。出羽(ではの)判官(はんぐわん)光長(みつなが)は、馬(むま)に
乗(のり)ながら門(もん)のうちに打入(うちい)り、庭(には)にひかへて大音
声(だいおんじやう)(だいヲンジヤウ)をあげて申(まうし)けるは、「御謀反(ごむほん)のきこえ【聞こえ】候(さうらふ)によ(ッ)て、
官人共(くわんにんども)別当宣(べつたうせん)を承(うけたま)はり[* 「年はり」と有るのを他本により訂正]、御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。いそ
ぎ御出(おんいで)候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)大床(おほゆか)に立(た)(ッ)て、「是(これ)
は当時(たうじ)は御所(ごしよ)でも候(さうら)はず。御物(おんもの)まうでで候(さうらふ)ぞ。何
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事(なにごと)ぞ、こと【事】の子細(しさい)を申(まう)されよ」といひければ、「何条(なんでふ)、
此(この)御所(ごしよ)ならではいづくへかわたらせ給(たまふ)べかんなる。さな
いは【言は】せそ。下部(しもべ)ども【共】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、さがし【探し】たてまつれ」と
ぞ申(まうし)ける。長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)これをきい【聞い】て、「物(もの)もおぼえぬ
官人(くわんにん)ども【共】が申様(まうしやう)かな。馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちへまいる(まゐる)【参る】
だにも奇怪(きつくわい)(キクハイ)なるに、下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがしまいらせ
よ(まゐらせよ)【参らせよ】とは、いかで申(まうす)ぞ。左兵衛尉(さひやうゑのじよう)長谷部信連(はせべののぶつら)が候(さうらふ)ぞ。
ちかう【近う】よ(ッ)【寄つ】てあやまちすな」とぞ申(まうし)ける。庁(ちやう)の下部(しもべ)
のなかに、金武(かなたけ)といふ大(だい)ぢから【大力】のかう【剛】の物(もの)、長兵衛(ちやうひやうゑ)に
P04049
目(め)をかけて、大床(おほゆか)のうゑ(うへ)ゑ(へ)とび【飛び】のぼる。これをみて、
どうれいども十四五人(じふしごにん)ぞつづい【続い】たる。長兵衛(ちやうひやうゑ)は狩衣(かりぎぬ)の
帯紐(おびひぼ)(ヲビヒボ)ひ(ッ)【引つ】き(ッ)てすつる【捨つる】ままに、衛府(ゑふ)(ヱウ)の太刀(たち)なれども【共】、
身(み)をば心(こころ)えてつくら【造ら】せたるをぬき【抜き】あはせ【合はせ】て、さんざん【散々】
にこそき(ッ)【斬つ】たりけれ。かたき【敵】は大太刀(おほだち)・大長刀(おほなぎなた)でふる
まへども【共】、信連(のぶつら)が衛府(ゑふ)の太刀(たち)に切(きり)たてられて、嵐(あらし)に
木(こ)のは【葉】のちるやうに、庭(には)へさ(ッ)とぞおりたりける。
さ月(つき)【五月】十五夜(じふごや)の雲間(くもま)の月(つき)のあらはれ【現はれ】いで【出で】て、あかか
り【明かかり】けるに、かたき【敵】は無案内(ぶあんない)なり、信連(のぶつら)は案内者(あんないしや)也(なり)。
P04050
あそこの面(めん)らう[M 「面道」とあり「道」をミセケチ「らう」と傍書]にお(ッ)【追つ】かけ【掛け】ては、はたときり【斬り】、ここの
つまりにお(ッ)【追つ】つめては、ちやうどきる。「いかに宜旨(せんじ)の
御使(おんつかひ)をばかうはするぞ」といひければ、「宜旨(せんじ)とは
なんぞ」とて、太刀(たち)ゆがめばおどり(をどり)【躍り】のき、おしなをし(なほし)【直し】、
ふみ【踏み】なをし(なほし)【直し】、たちどころによき物(もの)ども【共】十四五人(じふしごにん)こそ
きり【斬り】ふせたれ。太刀(たち)のさき三寸(さんずん)ばかりうちを(ッ)【折つ】て、
腹(はら)をきらんと腰(こし)をさぐれ【探れ】ば、さやまき【鞘巻】おち【落ち】て
なかりけり。ちから【力】およば【及ば】ず、大手(おほで)をひろげて、高倉
面(たかくらおもて)の小門(こもん)よりはしり【走り】いでんとするところ【所】に、大長刀(おほなぎなた)
P04051
も(ッ)【持つ】たる男(をとこ)一人(いちにん)より【寄り】あひたり。信連(のぶつら)長刀(なぎなた)にのら【乗ら】んと
とんでかかるが、のりそんじ【損じ】てもも【股】をぬいさま(ぬひさま)【縫様】に
つらぬか【貫ぬか】れて、心(こころ)はたけく【猛く】おもへ【思へ】ども、大勢(おほぜい)の中(なか)
にとりこめ【籠め】られて、いけどり【生捕り】にこそせられけれ。
其(その)後(のち)御所(ごしよ)をさがせども、宮(みや)わたらせ給(たま)はず。信連(のぶつら)
ばかりからめて、六波羅(ろくはら)へい(ゐ)【率】てまいる(まゐる)【参る】。入道(にふだう)相国(しやうこく)は簾
中(れんちゆう)(レンチウ)にゐたまへ【給へ】り。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大床(おほゆか)にた(ッ)て、信連(のぶつら)
を大庭(おほには)にひ(ッ)【引つ】すゑ【据ゑ】させ、「まこと【誠】にわ男(をとこ)は、「宣旨(せんじ)とは
なん【何】ぞ」とてき(ッ)【斬つ】たりけるか。おほく【多く】の庁(ちやう)の下部(しもべ)を
P04052
刃傷(にんじやう)殺害(せつがい)したん也(なり)。せむずる(せんずる)ところ【所】、糾問(きうもん)してよく
よく事(こと)の子細(しさい)をたづね【尋ね】とひ、其(その)後(のち)河原(かはら)にひき
いだいて、かうべ【首】をはね候(さうら)へ」とぞのたまひける。
信連(のぶつら)すこし【少し】もさはが(さわが)【騒が】ず、あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「この
ほどよなよな【夜な夜な】あの御所(ごしよ)を、物(もの)がうかがひ【伺ひ】候(さうらふ)時(とき)に、なに
事(ごと)のあるべきと存(ぞんじ)て、用心(ようじん)も仕(つかまつり)候(さうら)はぬところ【所】に、
よろう【鎧う】たる物共(ものども)がうち入(いり)て候(さうらふ)を、「なに物(もの)ぞ」ととひ
候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」となのり【名乗り】候(さうらふ)。山賊(さんぞく)・海賊(かいぞく)・強盜(がうたう)な(ン)ど(など)
申(まうす)やつ原(ばら)は、或(あるい)は「公達(きんだち)のいら【入ら】せ給(たま)ふぞ」或(あるい)は「宜旨(せんじ)の
P04053
御使(おんつかひ)」な(ン)ど(など)なのり【名乗り】候(さうらふ)と、かねがねうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て候(さうら)へば、
「宜旨(せんじ)とはなんぞ」とて、き(ッ)たる候(ざうらふ)。凡(およそ)(ヲヨソ)は物(もの)の具(ぐ)
をもおもふ【思ふ】さまにつかまつり【仕り】、かね【鉄】よき太刀(たち)をも
も(ッ)【持つ】て候(さうらは)ば、官人共(くわんにんども)をよも一人(いちにん)も安穏(あんをん)ではかへし【返し】
候(さうら)はじ。又(また)宮(みや)の御在所(ございしよ)は、いづくにかわたらせ給(たま)ふ
らん、しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。たとひしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
候(さうらふ)とも、さぶらひほん【侍品】の物(もの)の、申(まう)さじとおもひ【思ひ】き(ッ)てん
事(こと)、糾問(きうもん)におよ(ン)【及ん】で申(まうす)べしや」とて、其(その)後(のち)は物(もの)も
申(まう)さず。いくらもなみ【並】ゐたりける平家(へいけ)のさぶらい(さぶらひ)
P04054
ども【共】、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)かう【剛】の物(もの)かな。あ(ッ)たらおのこ(をのこ)【男】をきられ
むずらんむざん【無慚】さよ」と申(まうし)あへり。其(その)なかにある人(ひと)の
申(まうし)けるは、「あれは先年(せんねん)ところ【所】にあり【有り】し時(とき)も、大番
衆(おほばんじゆ)(ヲホバンシユ)がとどめ【留め】かねたりし強盜(がうだう)六人(ろくにん)、只(ただ)一人(いちにん)お(ッ)【押つ】かか(ッ)【懸つ】て、
四人(しにん)きり【斬り】ふせ【伏せ】、二人(ににん)いけどり【生捕り】にして、其(その)時(とき)なされ
たる左兵衛尉(さひやうゑのじよう)ぞかし。これをこそ一人(いちにん)当千(たうぜん)の
つは物(もの)【兵】ともいふべけれ」とて、口々(くちぐち)におしみ(をしみ)【惜しみ】あへりければ、
入道(にふだう)相国(しやうこく)いかがおもは【思は】れけん、伯耆(はうき)のひ野(の)【日野】へぞ
ながされける。源氏(げんじ)の世(よ)にな(ッ)て、東国(とうごく)へくだり、
P04055
梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)について、事(こと)の根元(こんげん)一々(いちいち)次第(しだい)に
申(まうし)ければ、鎌倉殿(かまくらどの)、神妙(しんべう)也(なり)と感(かん)じおぼしめし【思し召し】
て、能登国(のとのくに)に御恩(ごおん)かうぶりけるとぞきこえ【聞え】し。
『競(きほふ)』S0406
○宮(みや)は高倉(たかくら)を北(きた)へ、近衛(こんゑ)を東(ひがし)へ、賀茂河(かもがは)をわた
らせ給(たまひ)て、如意山(によいさん)へいらせおはします。昔(むかし)清見原(きよみばら)
の天皇(てんわう)のいまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、賊徒(ぞくと)におそは【襲は】れ
させ給(たま)ひて、吉野山(よしのやま)へいらせ給(たま)ひけるにこそ、
をとめ【少女】のすがたをばからせ給(たま)ひけるなれ。いま此(この)
君(きみ)の御(おん)ありさまも、それにはたがは【違は】せ給(たま)はず。
P04056
しらぬ山路(さんろ)を夜(よ)もすがらわけ【分け】いら【入ら】せ給(たま)ふに、
いつならはし【習はし】の御事(おんこと)なれば、御(おん)あし【足】よりいづる【出づる】血(ち)は、
いさごをそめて紅(くれなゐ)(クレナヒ)の如(ごと)し。夏草(なつくさ)のしげみがなか
の露(つゆ)けさも、さこそはところせう【所狭う】おぼしめされ
けめ。かくして暁方(あかつきがた)に三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せおはし
ます。「かひなき命(いのち)のおしさ(をしさ)【惜しさ】に、衆徒(しゆと)をたのん【頼ん】で
入御(じゆぎよ)あり【有り】」と仰(おほせ)ければ、大衆(だいしゆ)畏悦(ヲソレヨロコン)で、法輪院(ほふりんゐん)(ホウリンヰン)に
御所(ごしよ)をしつらひ、それにいれ【入れ】たてま(ッ)【奉つ】て、かたの
ごとくの供御(ぐご)したて【仕立て】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。あくれば十六
P04057
日(じふろくにち)、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀叛(ごむほん)おこさせ給(たま)ひて、うせ【失せ】
させ給(たまひ)ぬと申(まうす)ほどこそあり【有り】けれ、京中(きやうぢゆう)の騒動(さうどう)
なのめならず。法皇(ほふわう)これをきこしめして、「鳥羽殿(とばどの)
を御(おん)いで【出で】あるは御悦(おんよろこび)なり。ならびに御歎(おんなげき)と
泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるは、これを申(まうし)けり」とぞ
仰(おほせ)ける。抑(そもそも)源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)、年(とし)ごろ日比(ひごろ)もあれば
こそあり【有り】けめ、ことし【今年】いかなる心(こころ)にて謀叛(むほん)をば
おこし【起し】けるぞといふに、平家(へいけ)の次男(じなん)前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、
すまじき事(こと)をしたまへ【給へ】り。されば、人(ひと)の世(よ)にあれ
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ばとて、すぞろにすまじき事(こと)をもし、いふ
まじき事(こと)をもいふは、よくよく思慮(しりよ)あるべき物(もの)
也(なり)。たとへば、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)のもとに、
九重(くぢゆう)(クヂウ)にきこえ【聞え】たる名馬(めいば)あり【有り】。鹿毛(かげ)なる馬(むま)のなら
びなき逸物(いちもつ)、のり【乗り】はしり【走り】、心(こころ)むき、又(また)あるべしとも
覚(おぼ)えず。名(な)をば木(こ)のした【下】とぞいはれける。前[B ノ](さきの)右大
将(うだいしやう)これをつたへきき、仲綱(なかつな)のもとへ使者(ししや)たて、「き
こえ【聞え】候(さうらふ)名馬(めいば)をみ【見】候(さうらは)ばや」とのたまひつかはさ【遣さ】れたり
ければ、伊豆守(いづのかみ)の返事(へんじ)には、「さる馬(むま)はも(ッ)【持つ】て候(さうらひ)つれ
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ども、此(この)ほどあまりにのり損(そん)じて候(さうらひ)つるあい
だ(あひだ)、しばらくいたはら【労ら】せ候(さうら)はんとて、田舎(でんじや)へつかはし【遣し】
て候(さうらふ)」。「さらんには、ちから【力】なし」とて、其(その)後(のち)沙汰(さた)もなかり
しを、おほく【多く】なみ【並み】ゐ【居】たりける平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、
其(その)馬(むま)はおととひ(をととひ)【一昨日】までは候(さうらひ)し物(もの)を。昨日(きのふ)も候(さうら)ひ
し、けさも庭(には)のりし候(さうらひ)つる」な(ン)ど(など)申(まうし)ければ、
「さてはおしむ(をしむ)【惜しむ】ごさんなれ。にくし。こへ【乞へ】」とて、侍(さぶらひ)して
はせ【馳せ】させ、ふみ【文】な(ン)ど(など)しても、一日(いちにち)がうちに五六度(ごろくど)
七八度(しちはちど)な(ン)ど(など)こは【乞は】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)これをきき、
P04060
伊豆守(いづのかみ)よびよせ、「たとひこがね【黄金】をまろめたる
馬(むま)なりとも【共】、それほど【程】に人(ひと)のこわ(こは)【乞は】う物(もの)をおし
む(をしむ)【惜しむ】べき様(やう)やある。すみやか【速やか】にその馬(むま)六波羅(ろくはら)へつかは
せ【遣せ】」とこその給(たま)ひけれ。伊豆守(いづのかみ)力(ちから)およば【及ば】で、一首(いつしゆ)の
歌(うた)をかき【書き】そへて六波羅(ろくはら)へつかはす【遣す】。
こひしく【恋しく】はき【来】てもみよ【見よ】かし身(み)にそへ【添へ】る
かげをばいかがはなち【放ち】やるべき W021
宗盛卿(むねもりのきやう)歌(うた)の返事(へんじ)をばし給(たま)はで、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)馬(むま)や。馬(むま)は
まこと【誠】によい馬(むま)でありけり。されどもあまりに
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主(ぬし)がおしみ(をしみ)【惜しみ】つるがにくきに、やがて主(ぬし)が名(な)のりを
かなやき【鉄焼】にせよ」とて、仲綱(なかつな)といふかなやきを
して、むまや【廐】にたて【立て】られけり。客人(まらうと)来(きたり)て、「きこえ【聞え】
候(さうらふ)名馬(めいば)をみ候(さうらは)ばや」と申(まうし)ければ、「その仲綱(なかつな)めに
鞍(くら)をい(おい)【置い】てひき【引き】だせ、仲綱(なかつな)めのれ、仲綱(なかつな)めうて【打て】、はれ」
な(ン)ど(など)の給(たま)ひければ、伊豆守(いづのかみ)これをつたへ【伝へ】きき、「身(み)に
かへ【代へ】ておもふ【思ふ】馬(むま)なれども、権威(けんゐ)(ケンイ)につゐ(つい)【付い】てとら【取ら】るる
だにもあるに、馬(むま)ゆへ(ゆゑ)【故】仲綱(なかつな)が天下(てんが)のわらはれ
ぐさ【笑はれ草】とならんずるこそやすから【安から】ね」とて、大(おほき)に
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いきどをら(いきどほら)【憤ら】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)これをきき、伊豆守(いづのかみ)
にむか(ッ)【向つ】て、「何事(なにごと)のあるべきとおもひ【思ひ】あなづ(ッ)て、
平家(へいけ)の人(ひと)ども【共】が、さやうのしれ事(ごと)【痴事】をいふにこそあん
なれ。其(その)儀(ぎ)ならば、いのち【命】いき【生き】てもなにかせん。
便宜(びんぎ)をうかがふ(うかがう)【窺う】てこそあらめ」とて、わたくしには
おもひ【思ひ】もたたず、宮(みや)をすすめ【勧め】申(まうし)たりけるとぞ、後(のち)には
きこえ【聞え】し。これにつけても、天下(てんが)の人(ひと)、小松(こまつ)のおとど【大臣】
の御事(おんこと)をぞしのび【忍び】申(まうし)ける。或(ある)時(とき)、小松殿(こまつどの)参内(さんだい)の
次(ついで)に、中宮(ちゆうぐう)の御方(おんかた)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたりけるに、八尺(はつしやく)
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ばかりあり【有り】けるくちなはが、おとど【大臣】のさしぬきの
左(ひだり)のりん【輪】をはひ【這ひ】まはりけるを、重盛(しげもり)さはが(さわが)【騒が】ば、女
房達(にようばうたち)もさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)もおどろかせ給(たまひ)なんずと
おぼしめし【思し召し】、左(ひだり)の手(て)でくちなはのを【尾】をおさへ【抑へ】、
右(みぎ)の手(て)でかしら【頭】をとり、直衣(なほし)(ナウシ)の袖(そで)のうちにひき
いれ【引入れ】、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、つゐ(つい)立(た)(ッ)て、「六位(ろくゐ)や候(さうらふ)六位(ろくゐ)や候(さうらふ)」と
めされければ、伊豆守(いづのかみ)、其(その)比(ころ)はいまだ衛府蔵人(ゑふくらんど)
でおはしけるが、「仲綱(なかつな)」となの(ッ)【名乗つ】てまいら(まゐら)【参ら】れたりけるに、
此(この)くちなはをたぶ【賜ぶ】。給(たまは)(ッ)て弓場殿(いばどの)をへ【経】て、殿上(てんじやう)の
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小庭(こには)にいでつつ、御倉(みそう)の小舎人(こどねり)をめし【召し】て、「これ給(たま)はれ」
といはれければ、大(おほき)にかしら【頭】をふ(ッ)てにげさりぬ。
ちから【力】をよば(およば)【及ば】で、わが郎等(らうどう)競(きほふ)(キヲウ)の滝口(たきぐち)をめし【召し】て、これ
をたぶ【賜ぶ】。給(たま)は(ッ)てすてて(ン)げり。そのあした小松殿(こまつどの)よい馬(むま)
に鞍(くら)をい(おい)【置い】て、伊豆守(いづのかみ)のもとへつかはす【遣す】とて、「さて
も昨日(きのふ)のふるまひ【振舞ひ】こそ、ゆう(いう)【優】に候(さうらひ)しか。是(これ)はのり
一(いち)【乗り一】の馬(むま)で候(さうらふ)。夜陰(やいん)に及(およん)(ヲヨン)で、陣外(ぢんぐわい)(チングハイ)より傾城(けいせい)のもとへ
かよは【通は】れむ時(とき)、もちゐ【用ゐ】らるべし」とてつかはさ【遣さ】る。
伊豆守(いづのかみ)、大臣(おとど)の御返事(おんペんじ)なれば、「御馬(おんむま)かしこま(ッ)て
P04065
給(たま)はり候(さうらひ)ぬ。昨日(きのふ)のふるまひ【振舞ひ】は、還城楽(げんじやうらく)にこそに【似】て
候(さうら)ひしか」とぞ申(まう)されける。いかなれば、小松(こまつ)おとどは
かうこそゆゆしうおはせしに、宗盛卿(むねもりのきやう)はさこそ
なからめ、あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】人(ひと)のおしむ(をしむ)【惜しむ】馬(むま)こひ【乞ひ】と(ッ)て、天下(てんが)の
大事(だいじ)に及(および)ぬるこそうたてけれ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)の夜(よ)に入(い)(ッ)て、
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、嫡子(ちやくし)伊豆[B ノ]守(いづのかみ)仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫[B ノ]
判官(だいふのはんぐわん)兼綱(かねつな)、六条[B ノ](ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子[B ノ](この)蔵人(くらんど)太郎(たらう)仲光(なかみつ)
以下(いげ)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三百(さんびやく)余騎(よき)館(たち)に火(ひ)かけやき【焼き】あげ
て、三井寺(みゐでら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。三位(さんみ)入道(にふだう)の侍(さぶらひ)(サブライ)[B に]、渡辺(わたなべ)
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の源三(げんざう)滝口(たきぐち)競(きほふ)(キヲウ)といふ物(もの)あり【有り】。はせ【馳せ】をくれ(おくれ)てとど
ま(ッ)【留まつ】たりけるを、前(さきの)右大将(うだいしやう)、競(きほふ)(キヲウ)をめし【召し】て、「いかになんぢ
は三位(さんみ)入道(にふだう)のともをばせでとどま(ッ)たるぞ」と
の給(たまひ)ければ、競(きほふ)(キヲウ)畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、「自然(じぜん)の事(こと)候(さうら)
はば、ま(ッ)さきかけて命(いのち)をたてまつら【奉ら】んとこそ、日
来(ひごろ)は存(ぞんじ)て、候(さうら)ひつれども、何(なに)とおもは【思は】れ候(さうらひ)けるやら
む、かうともおほせ【仰せ】られ候(さうら)はず」。「抑(そもそも)朝敵(てうてき)頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ボウシ)
に同心(どうしん)せむとやおもふ【思ふ】。又(また)これにも兼参(けんざん)の物(もの)ぞかし。
先途(せんど)後栄(こうえい)(コウヱイ)を存(ぞん)じて、当家(たうけ)に奉公(ほうこう)いたさんとや
P04067
思(おも)ふ。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこそのたまひければ、
競(きほふ)(キヲウ)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、「相伝(さうでん)のよしみは
さる事(こと)にて候(さうら)へども、いかが朝敵(てうてき)となれる人(ひと)
に同心(どうしん)をばし候(さうらふ)べき。殿中(てんちゆう)(テンチウ)に奉公(ほうこう)仕(つかまつら)うずる候(ざうらふ)」と
申(まうし)ければ、「さらば奉公(ほうこう)せよ。頼政(よりまさ)法師(ぼふし)がしけん
恩(おん)には、ち(ッ)ともおとるまじきぞ」とて、入(いり)給(たま)ひぬ。
さぶらひに、「競(きほふ)(キヲウ)はあるか」。「候(さうらふ)」。「競(きほふ)はあるか」。「候(さうらふ)」とて、あした
よりゆふべに及(およぶ)まで祗候(しこう)す。やうやう日(ひ)もくれけ
れば、大将(だいしやう)いで【出で】られたり。競(きほふ)(キヲウ)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、
P04068
「三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)三井寺(みゐでら)にときこえ【聞え】候(さうらふ)。さだめて
打手(うつて)むけ【向け】られ候(さうら)はんずらん。心(こころ)にくうも候(さうら)はず。三井
寺(みゐでら)法師(ぼふし)、さては渡辺(わたなべ)のしたしい【親しい】やつ原(ばら)こそ候(さうらふ)
らめ[* 「候うめ」と有るのを他本により訂正]。ゑりうち(えりうち)【択討ち】な(ン)ど(など)もし候(さうらふ)べきに、の(ッ)【乗つ】て事(こと)にあふ
べき馬(むま)の候(さうらひ)つる〔を〕、したしい【親しい】やつめにぬすま【盜ま】れて候(さうらふ)。
御馬(おんむま)一疋(いつぴき)くだしあづかる【預る】べうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、
大将(だいしやう)「も(ッ)ともさるべし」とて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)の煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)
とて秘蔵(ひさう)せられたりけるに、よい鞍(くら)をい(おい)【置い】てぞ
たう【賜う】だりける。競(きほふ)(キヲウ)やかた【館】にかへ(ッ)【帰つ】て、「はや【早】日(ひ)のくれよかし。
P04069
此(この)馬(むま)に打乗(うちのり)て三井寺(みゐでら)へはせまいり(まゐり)【参り】、三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)の
ま(ッ)さき【真先】かけて打死(うちじに)せん」とぞ申(まうし)ける。日(ひ)もやうやう
くれければ、妻子(さいし)ども【共】かしこここへ立(たち)しのば【忍ば】せて、三
井寺(みゐでら)へ出立(いでたち)ける心(こころ)の中(うち)こそむざん【無慚】なれ。ひやうもん【平文】
の狩衣(かりぎぬ)の菊(きく)とぢ【菊綴】おほきらか【大きらか】にしたるに、重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)のきせ
ながの、ひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひに星(ほし)じろ【星白】の甲(かぶと)の緒(を)をしめ、
いか物(もの)づくりの大太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さい【差い】たる大(おほ)なかぐろ【中黒】の
矢(や)おひ【負ひ】、滝口(たきぐち)の骨法(こつぽふ)(コツハウ)わすれ【忘れ】じとや、鷹(たか)の羽(は)にて
はいだりける的矢(まとや)一手(ひとて)ぞさしそへたる。しげどう【滋籐】の
P04070
弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)にうちのり、のりかへ一騎(いつき)うちぐ
し【具し】、とねり男(をとこ)にも(ッ)たて【楯】わき【脇】ばさませ、屋形(やかた)に火(ひ)かけ
やき【焼き】あげて、三井寺(みゐでら)へこそ馳(はせ)たりけれ。六波羅(ろくはら)
には、競(きほふ)(キヲウ)が宿所(しゆくしよ)より火(ひ)いで【出で】きたりとて、ひしめき
けり。大将(だいしやう)いそぎいで【出で】て、「競(きほふ)はあるか」とたづね【尋ね】給(たま)ふに、
「候(さうら)はず」と申(まう)す。「すは、きやつを手(て)のべ【手延べ】にして、たばから
れぬるは。お(ッ)【追つ】かけ【掛け】てうて」とのたまへ【宣へ】ども、競(きほふ)はもとより
すぐれたるつよ弓(ゆみ)【強弓】せい兵(びやう)【精兵】、矢(や)つぎばやの手(て)きき【手利】、大(だい)ぢから【大力】
の剛(かう)[B 「甲」の左に「剛」と傍書]の物(もの)、「廿四(にじふし)さいたる矢(や)でまづ廿四人(にじふしにん)は射(い)ころさ【殺さ】れ
P04071
なんず。おと【音】なせそ」とて、むかふ【向ふ】物(もの)こそなかりけれ。
三井寺(みゐでら)には折(をり)ふし【折節】競(きほふ)が沙汰(さた)あり【有り】けり。渡辺党[* 「渡鳥党」と有るのを他本により訂正](わたなべたう)
「競(きほふ)をばめし【召し】ぐす【具す】べう候(さうらひ)つる物(もの)を。六波羅(ろくはら)にのこり【残り】
とどま(ッ)【留まつ】て、いかなるうき目(め)にかあひ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、
三位(さんみ)入道(にふだう)心(こころ)をし(ッ)【知つ】て、「よもそのもの【物】、無台(むだい)にとらへ
からめ【搦め】られはせじ。入道(にふだう)に心(こころ)ざしふかい物(もの)也(なり)。いまみよ【見よ】、
只今(ただいま)まいら(まゐら)【参ら】うずるぞ」とのたまひもはてねば、競(きほふ)つ(ッ)と
いできたり。「さればこそ」とぞのたまひける。競(きほふ)かしこ
ま(ッ)て申(まうし)けるは、「伊豆守殿(いづのかみどの)の木(こ)の下(した)がかはりに、六波
P04072
羅(ろくはら)の煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)こそと(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ。まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、
伊豆守(いづのかみ)にたてまつる【奉る】。伊豆守(いづのかみ)なのめならず
悦(よろこび)て、やがて尾髪(をかみ)をきり、かなやき【鉄焼】して、次(つぎ)の夜(よ)
六波羅(ろくはら)へつかはし【遣し】、夜半(やはん)ばかり門(もん)のうちへぞおひいれ【追入れ】
たる。馬(むま)やに入(いり)て馬(むま)どもにくひ【食ひ】あひければ、とねり【舎人】
おどろきあひ、「煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申(まう)す。大将(だいしやう)いそ
ぎいで【出で】てみ【見】たまへ【給へ】ば、「昔(むかし)は煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)、今(いま)は平(たひら)の宗盛(むねもり)入道(にふだう)」と
いふかなやき【鉄焼】をぞしたりける。大将(だいしやう)「やすからぬ競(きほふ)めを、
手(て)のび【手延び】にしてたばかられぬる事(こと)こそ遺恨(ゐこん)(イコン)なれ。
P04073
今度(こんど)三井寺(みゐでら)へよせ【寄せ】たらんには、いかにもしてまづ
競(きほふ)めをいけどり【生捕り】にせよ。のこぎり【鋸】で頸(くび)きらん」
とて、おどり(をどり)【躍り】あがりおどり(をどり)【躍り】あがりいから【怒ら】れけれども、南丁(なんちやう)が
『山門(さんもん)牒状(てふじやう)』S0407
尾(を)かみ【尾髪】もおい(おひ)【生ひ】ず、かなやき【鉄焼】も又(また)うせざりけり。○三井寺(みゐでら)
には貝(かひ)(カイ)鐘(かね)ならい【鳴らい】て、大衆(だいしゆ)僉議(せんぎ)す。「近日(きんじつ)世上(せじやう)の体(てい)
を案(あん)ずるに、仏法(ぶつぽふ)の衰微(すいび)、王法(わうぼふ)の牢籠(らうろう)、まさ
に此(この)時(とき)にあたれり。今度(こんど)清盛(きよもり)入道(にふだう)が暴悪[* 「慕悪」と有るのを他本により訂正](ぼうあく)を
いまし〔め〕ずは、何日(いづれのひ)をか期(ご)すべき。宮(みや)ここに入御(じゆぎよ)の御
事(おんこと)、正八幡宮(しやうはちまんぐう)の衛護(ゑご)、新羅大明神(しんらだいみやうじん)の冥助(みやうじよ)(ミヤウヂヨ)にあら
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ずや。天衆地類(てんじゆぢるい)も影向(やうがう)をたれ、仏力(ぶつりき)神力(じんりき)も
降伏(がうぶく)をくはへまします事(こと)などかなかるべき。抑(そもそも)
北嶺(ほくれい)は円宗(ゑんじゆう)(ヱンシウ)一味(いちみ)の学地(がくぢ)、南都(なんと)は夏臈(げらふ)(ゲラウ)得度(とくど)の
戒定(かいぢやう)也(なり)。牒奏(てつそう)のところ【所】に、などかくみ【与】せざるべき」と、
一味(いちみ)同心(どうしん)に僉議(せんぎ)して、山(やま)へも奈良(なら)へも牒状(てふじやう)(テウジヤウ)を
こそを〔く〕り(おくり)【送り】けれ。山門(さんもん)への状(じやうに)云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てつ)す、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)
の衙(が)殊(こと)に合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られ
むとおもふ【思ふ】状(じやう)右(みぎ)入道(にふだう)浄海(じやうかい)、ほしいままに王法(わうぼふ)をうし
なひ【失ひ】、仏法(ぶつぽふ)をほろぼさんとす。愁歎(しうたん)無(レ)極(きはまりなき)ところ【所】に、
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去(さんぬ)る十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、ひそかに入寺(にふじ)(ニウジ)
せしめ給(たま)ふ。爰(ここに)院宣(ゐんぜん)(インゼン)と号(かう)(ガウ)していだし【出し】たてまつる【奉る】
べきよし、せめ【責】あり【有り】といへども【共】、出(いだ)したてまつるにあたはず。
仍(よつ)て官軍(くわんぐん)(クハングン)をはなち【放ち】つかはす【遣す】べきむね、聞(きこ)へ(きこえ)あり【有り】。
当寺(たうじ)の破滅(はめつ)、まさに此(この)時(とき)にあたれり。諸衆(しよしゆ)何(なん)ぞ
愁歎(しうたん)せざらんや。就中(なかんづく)に延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)・園城(をんじやう)両寺(りやうじ)は、門跡(もんぜき)
二(ふたつ)に相分(あひわか)るといへども、学(がく)するところ【所】は是(これ)円頓(ゑんどん)一
味(いちみ)の教門(けうもん)におなじ。たとへば鳥(とり)の左右(さう)の翅(つばさ)のごとし【如し】。
又(また)車(くるま)の二(ふたつ)O[BH の]輪(わ)に似(に)たり。一方(いつぱう)闕(か)けんにおいては、いかでか
P04076
そのなげき【歎】なからんや。者(ていれば)(テヰレバ)ことに合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、
当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られば、早(はや)く年来(ねんらい)の遺恨(ゐこん)(イコン)
を忘(わすれ)て、住山(ぢゆうせん)(ヂウセン)の昔(むかし)に復(ふく)せん。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。
仍(よつて)牒奏(てつそう)件(くだん)の如(ごと)し。治承(ぢしよう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞ
『南都(なんと)牒状(てふじやう)』S0408
かい【書い】たりける。○山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)を披見(ひけん)して、「こはいかに、
当山(たうざん)の末寺(まつじ)であり【有り】ながら、鳥(とり)の左右(さう)の翅(つばさ)の如(ごと)し、又(また)
車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たりと、おさへ【抑へ】て書(かく)でう【条】奇怪(きつくわい)(キクハイ)なり」
とて、返牒(へんてふ)(ヘンテウ)ををくら(おくら)【送ら】ず。其上(そのうへ)入道(にふだう)相国(しやうこく)、天台座主(てんだいざす)明雲(めいうん)
大僧正(だいそうじやう)に衆徒(しゆと)をしづめらるべきよしのたまひければ、
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座主(ざす)いそぎ登山(とうざん)して大衆(だいしゆ)をしづめ給(たま)ふ。かかりし
間(あひだ)、宮(みや)の御方(おんかた)へは不定(ふぢやう)のよしをぞ申(まうし)ける。又(また)入道(にふだう)相国(しやうこく)、
近江米(あふみごめ)二万石(にまんごく)、北国(ほつこく)のおりのべぎぬ【織延絹】三千疋(さんぜんびき)、往来(わうらい)に
よせ【寄せ】らる。これをたにだに【谷々】峰々(みねみね)にひかれけるに、俄(にはか)の
事(こと)ではあり【有り】、一人(いちにん)してあまたをとる大衆(だいしゆ)もあり【有り】、
又(また)手(て)をむなしう【空しう】して一(ひとつ)もとらぬ衆徒(しゆと)もあり【有り】。
なに物(もの)のしわざにや有(あり)けん、落書(らくしよ)をぞしたりける。
山法師(やまぼふし)おりのべ衣(ごろも)【織延衣】うすくして
恥(はぢ)をばえこそかくさ【隠さ】ざりけれ W022
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又(また)きぬにもあたらぬ大衆(だいしゆ)のよみたりけるやらん、
おりのべ【織延】を一(ひと)きれ【一切れ】もえぬわれら【我等】さへ
うすはぢ【薄恥】をかくかずに入(いる)かな W023
又(また)南都(なんと)への状(じやう)に云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てつ)す、興福寺[B ノ](こうぶくじの)衙(が)殊(こと)に
合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんと乞(こふ)(コウ)状(じやう)
右(みぎ)仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)の殊勝(しゆしよう)(シユセウ)なる事(こと)は、王法(わうぼふ)をまぼらんがため、王法(わうぼふ)又(また)長久(ちやうきう)なる事(こと)は、すなはち仏法(ぶつぽふ)による。爰(ここ)に入道(にふだう)
前(さきの)太政(だいじやう)大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あつそん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)浄海(じやうかい)、ほしいままに
国威(こくゐ)(コクイ)をひそかにし、朝政(てうのまつりごと)をみだり、内(うち)につけ外(ほか)につけ、
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恨(うらみ)をなし歎(なげき)をなす間(あひだ)、今月(こんぐわつ)十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の
王子(わうじ)、不慮(ふりよ)の難(なん)をのがれ【逃れ】んがために、にはかに入寺(にふじ)せし
め給(たま)ふ。ここに院宣(ゐんぜん)(インゼン)と号(かう)(ガウ)して出(いだ)したてまつる【奉る】べきむね、
せめあり【有り】といへども、衆徒(しゆと)一向(いつかう)これをおしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつ)る。仍(よつて)彼(かの)
禅門(ぜんもん)、武士(ぶし)を当寺(たうじ)にいれ【入れ】んとす。仏法(ぶつぽふ)と云(いひ)王法(わうぼふ)[B と]云(いひ)、
一時(いつし)にまさに破滅(はめつ)せんとす。昔(むかし)唐(たう)の恵正【*会昌】天子(ゑしやうてんし)、軍
兵(ぐんびやう)をも(ッ)て仏法(ぶつぽふ)をほろぼさしめし時(とき)、清涼山(しやうりやうぜん)の衆(しゆ)、合
戦(かつせん)をいたしてこれをふせく【防く】。王権(わうけん)猶(なほ)かくの如(ごと)し。
何(いかに)況(いはん)や謀叛(むほん)八逆(はちぎやく)の輩(ともがら)においてをや。就中(なかんづく)に
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南京(なんきやう)は例(れい)なくて罪(つみ)なき長者(ちやうじや)を配流(はいる)せらる。今
度(こんど)にあらずは、何日(いづれのひ)か会稽(くわいけい)(クハイケイ)をとげん。ねがは【願は】くは、
衆徒(しゆと)、内(うち)には仏法(ぶつぽふ)の破滅(はめつ)をたすけ【助け】、外(ほか)には悪逆(あくぎやく)の
伴類(はんるい)を退(しりぞ)けば、同心(どうしん)のいたり本懐(ほんぐわい)(ホングハイ)に足(たん)ぬべし。
衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てつそう)如件(くだんのごとし)。治承(ぢしよう)四年(しねん)
五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞかい【書い】たりける。南都(なんと)の大衆(だいしゆ)、此(この)
状(じやう)を披見(ひけん)して、やがて返牒(へんてふ)(ヘンテウ)ををくる(おくる)【送る】。其(その)返牒(へんてふ)に云(いはく)、
興福寺(こうぶくじ)牒(てつ)す、園城寺(をんじやうじ)の衙(が)来牒(らいてふ)(ライテウ)一紙(いつし)に載(のせ)られたり。
右(みぎ)入道(にふだう)浄海(じやうかい)が為(ため)に、貴寺(きじ)の仏法(ぶつぽふ)をほろぼさんと
P04081
するよしの事(こと)。牒(てつ)す、玉泉(ぎよくせん)玉花(ぎよつくわ)(ギヨツクハ)、両家(りやうか)の宗義(しゆうぎ)(シウギ)を
立(たつ)といへども、金章(きんしやう)金句(きんく)おなじく一代(いちだい)教文(けうもん)より
出(いで)たり。南京(なんきやう)北京(ほつきやう)ともにも(ッ)て如来(によらい)の弟子(でし)たり。
自寺(じじ)他寺(たじ)互(たがひ)に調達(でうだつ)が魔障(ましやう)を伏(ぶく)すべし。抑(そもそも)
清盛(きよもり)入道(にふだう)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武家(ぶけ)の塵芥(ぢんがい)なり。祖父(そぶ)
正盛(まさもり)蔵人(くらんど)五位(ごゐ)の家(いへ)に仕(つか)へて、諸国(しよこく)受領(じゆりやう)の鞭(むち)を
とる。大蔵卿(おほくらのきやう)為房(ためふさ)賀州(かしう)刺史[* 「判史(ハンシ)」と有るのを他本により訂正](しし)のいにしへ、検非所(けんびしよ)に補(ふ)し、
修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)播磨[B ノ]大守(はりまのたいしゆ)た(ッ)し昔(むかし)、厩[B ノ](みまやの)別当職(べつたうしき)に
任(にん)ず。しかる【然る】を親父(しんぶ)忠盛(ただもり)昇殿(しようでん)(セウデン)をゆるさ【許さ】れし時(とき)、
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都鄙(とひ)の老少(らうせう)みな蓬戸(ほうこ)瑕瑾(かきん)をおしみ(をしみ)【惜しみ】、内外(ないげ)の
栄幸(えいかう)(ヱイカウ)をのをの(おのおの)【各々】馬台(ばたい)の辰門(しんもん)に啼(な)く。忠盛(ただもり)青雲(せいうん)
の翅(つばさ)を刷(かいつくろう)といへども、世(よ)の民(たみ)なを(なほ)【猶】白屋(はくをく)の種(たね)をかろん
ず。名(な)ををしむ青侍(せいし)、其(その)家(いへ)にのぞむ事(こと)なし。
しかるを去(さんぬ)る平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、太上天皇(だいじやうてんわう)一戦(いつせん)の
功(こう)を感(かん)じて、不次(ふし)の賞(しやう)を授(さづけ)給(たま)ひしよりこの
かた、たかく相国(しやうこく)にのぼり、兼(かね)て兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を給(たま)はる。
男子(なんし)或(あるい)(アルヒ)は台階(たいかい)をかたじけなうし、或(あるい)は羽林(うりん)に
つらなる。女子(によし)或(あるい)は中宮職(ちゆうぐうしき)(チウクウシヨク)にそなはり、或(あるい)は
P04083
准后(じゆごう)の宣(せん)を蒙(かうむ)る。群弟(くんてい)庶子(そし)みな棘路(きよくろ)に
あゆみ【歩み】、其(その)孫(まご)彼(かの)甥(をひ)(ヲイ)ことごとく【悉く】竹符(ちくふ)をさく。しかのみ
ならず、九州(きうしう)を統領(とうりやう)し、百司(はくし)を進退(しんだい)して、
奴婢(ぬび)みな僕従(ぼくじゆう)(ボクジウ)となす。一毛(いちもう)心(こころ)にたがへ【違へ】ば、王侯(わうこう)と
いへどもこれをとらへ、片言(へんげん)耳(みみ)にさかふれば、
公卿(くぎやう)といへども【共】これをからむ。これによ(ッ)て或(あるい)は一旦(いつたん)
の身命(しんみやう)をのべんがため、或(あるい)は片時(へんし)の凌蹂(りようじう)をのが
れ【逃れ】んとおも(ッ)て万乗(ばんじよう)の聖主(せいしゆ)猶(なほ)緬転(めんてん)の媚(こび)を
なし、重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)の家君(かくん)かへ(ッ)て【却つて】膝行(しつかう)の礼(れい)をいたす。
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代々(だいだい)相伝(さうでん)の家領(けりやう)(カリヤウ)を奪(うば)(ウバウ)ふといへども、じやうさい【上宰】も
おそれ【恐れ】て舌(した)をまき、みやみや【宮々】相承(さうじよう)(サウゼウ)の庄園(しやうゑん)をとる
といへども【共】、権威(けんゐ)(ケンイ)にはばか(ッ)て物(もの)いふ事(こと)なし。勝(かつ)に
のるあまり、去年(こぞ)の冬(ふゆ)十一月(じふいちぐわつ)、太上皇(たいしやうくわう)のすみかを
追補(ついふく)(ツイフ)し、博陸公(はくりくこう)の身(み)ををし(おし)【推し】ながす【流す】。反逆(ほんぎやく)の甚(はなはだ)し
い事(こと)、誠(まこと)に古今(ここん)に絶(たへ)たり。其(その)時(とき)我等(われら)、すべからく
賊衆(ぞくしゆ)にゆき向(むかう)て其(その)罪(つみ)を問(とふ)べしといへども【共】、或(あるい)は
神慮(しんりよ)にあひはばかり、或(あるい)は綸言(りんげん)と称(しよう)(セウ)するによ(ッ)て、
鬱陶(うつたう)をおさへ【抑へ】光陰(くわういん)(クハウイン)を送(おく)(ヲク)るあひだ、かさね【重ね】て
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軍兵(ぐんびやう)ををこし(おこし)【起こし】て、一院(いちゐん)第二(だいに)の親王宮(しんわうぐう)をうちかこ
むところ【所】に、八幡(はちまん)三所(さんじよ)・春日(かすが)の大明神(だいみやうじん)、ひそかに
影向(やうがう)をたれ、仙蹕(せんぴつ)(センヒツ)をささげたてまつり【奉り】、貴寺(きじ)に
をくり(おくり)【送り】つけて、新羅(しんら)のとぼそ【扉】にあづけたて
まつる【奉る】。王法(わうぼふ)つく【尽く】[* 「つき」と有るのを他本により訂正]べからざるむねあきらけし。随(したが)(ッ)て
又(また)貴寺(きじ)身命(しんみやう)をすてて守護(しゆご)し奉(たてまつ)る条(でう)、含識(がんじき)
のたぐひ、誰(たれ)か随喜(ずいき)せざらん。我等(われら)遠域(ゑんゐき)(ヱンイキ)にあ(ッ)て、
そのなさけを感(かん)ずるところ【所】に、清盛(きよもり)入道(にふだう)尚(なほ)(ナヲ)胸
気(たうき)ををこし(おこし)【起こし】て、貴寺(きじ)に入(い)らんとするよし、ほのかに
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承(うけたまはり)及(およぶ)をも(ッ)て、兼(かね)て用意(ようい)をいたす。十八日(じふはちにち)辰(たつの)一点(いつてん)
に大衆(だいしゆ)をおこし【起こし】、諸寺(しよじ)に牒奏(てつそう)し、末寺(まつじ)に下知(げぢ)し、
軍士(ぐんし)をゑ(え)【得】て後(のち)、案内(あんない)を達(たつ)せんとするところ【所】に、
青鳥(せいてう)飛来(とびきたり)てはうかん【芳翰】をなげ【投げ】たり。数日(すじつ)の鬱念(うつねん)
一時(いつし)に解散(げさん)す。彼(かの)唐家(たうか)清涼(しやうりやう)一山(いつさん)の■蒭(ひつしゆ)、猶(なほ)ぶそう【武宗】
の官兵(くわんぺい)(クハンヘイ)を帰(か)へす。況(いはん)や和国(わこく)南北(なんぼく)両門(りやうもん)の衆徒(しゆと)、
なんぞ謀臣(ぼうしん)の邪類(じやるい)をはらはざらんや。よくりやうゑん【梁園】
左右(さう)の陣(ぢん)をかためて、よろしく我等(われら)が進発(しんぱつ)の
つげを待(まつ)べし。状(じやう)を察(さつ)して疑貽【*疑殆】(ぎたい)をなす事(こと)
P04087
なかれ。も(ッ)て牒(てつ)す。治承(ぢしよう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)大衆等(だいしゆら)と
『永(ながの)僉議(せんぎ)』S0409
ぞかい【書い】たりける。○三井寺(みゐでら)には又(また)大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て僉議(せんぎ)
す。「山門(さんもん)は心(こころ)がはりしつ。南都(なんと)はいまだまいら(まゐら)【参ら】ず。
此(この)事(こと)のび【延び】てはあしかり【悪しかり】なん。いざや六波羅(ろくはら)にをし(おし)【押し】
よせて、夜打(ようち)にせん。其(その)儀(ぎ)ならば、老少(らうせう)二手(ふたて)にわか(ッ)
て老僧(らうそう)どもは如意(によい)が峰(みね)より搦手(からめて)にむかふ【向ふ】べし。
足(あし)がる【足軽】ども【共】四五百人(しごひやくにん)さきだて【先立て】、白河(しらかは)の在家(ざいけ)に火(ひ)を
かけてやき【焼き】あげば、在京人(ざいきやうにん)六波羅(ろくはら)の武士(ぶし)、「あはや
事(こと)いできたり」とて、はせ【馳せ】むかは【向は】んずらん。其(その)時(とき)
P04088
岩坂(いはさか)・桜本(さくらもと)にひ(ッ)【引つ】かけ[B 「け」に「へ」と傍書]ひ(ッ)【引つ】かけ、しばしささへ【支へ】てたたかは【戦かは】んまに、
大手(おほて)は伊豆守(いづのかみ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、悪僧(あくそう)ども【共】六波羅(ろくはら)に
をし(おし)【押し】よせ、風(かぜ)うへ【風上】に火(ひ)かけ、一(ひと)もみ【揉】もうでせO[BH め]【攻め】んに、などか
太政(だいじやう)入道(にふだう)やき【焼き】だい【出い】てうた【討た】ざるべき」とぞ僉議(せんぎ)しける。
其(その)なかに、平家(へいけ)のいのり【祈り】しける一如房(いちによばう)の阿闍梨(あじやり)
真海(しんかい)、弟子(でし)同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)ひき具(ぐ)し、僉議(せんぎ)の庭(には)に
すすみ【進み】いで【出で】て申(まうし)けるは、「かう申(まう)せば平家(へいけ)のかたうど【方人】
とやおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らん。たとひさも候(さうら)へ、いかが衆徒(しゆと)の
儀(ぎ)をもやぶり、我等(われら)の名(な)をもおしま(をしま)【惜しま】では候(さうらふ)べき。
P04089
昔(むかし)は源平(げんぺい)左右(さう)にあらそひ【争そひ】て、朝家(てうか)の御(おん)まぼり
たりしかども、ちかごろは源氏(げんじ)の運(うん)かたぶき、平家(へいけ)
世(よ)をと(ッ)て廿(にじふ)余年(よねん)、天下(てんが)になびかぬ草木(くさき)も候(さうら)はず。
内々(ないない)のたち【館】のありさまも、小勢(こぜい)にてはたやすう
せめ【攻め】おとし【落し】がたし。さればよくよく外(ほか)にはかり事(こと)をめぐ
らして、勢(せい)をもよほし、後日(ごにち)によせ【寄せ】させ給(たま)ふべう
や候(さうらふ)らん」と、程(ほど)をのば【延ば】さんがために、ながながとぞ僉
議(せんぎ)したる。ここに乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)といふ老
僧(らうそう)あり【有り】。衣(ころも)のしたに腹巻(はらまき)をき【着】、大(おほき)なるうちがたな【打刀】
P04090
まへだれ【前垂】にさし、ほうし(ほふし)がしら【法師頭】つつむ(つつん)で、白柄(しらゑ)の大長刀(おほなぎなた)
杖(つゑ)につき、僉議(せんぎ)の庭(には)にすすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「証拠(しようこ)(セウコ)を
外(ほか)にひく【引く】べからず。我(わが)寺(てら)の本願(ほんぐわん)天武天皇(てんむてんわう)は、いまだ
東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、大友(おほとも)の皇子(わうじ)にはばからせ給(たま)ひて、よし野(の)【吉野】
のおくをいで【出で】させ給(たま)ひ、大和国(やまとのくに)宇多郡(うだのこほり)(ウダノコヲリ)をすぎ
させ給(たま)ひけるには、其(その)勢(せい)はつかに十七騎(じふしちき)、されども伊賀(いが)
伊勢(いせ)にうちこへ(こえ)【越え】、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の勢(せい)をも(ッ)て、大友(おほとも)の皇子(わうじ)
をほろぼして、つゐに(つひに)【遂に】位(くらゐ)につかせ給(たま)ひき。「窮鳥(きうてう)懐(ふところ)に
入(いり)、人倫(じんりん)これをあはれむ」といふ本文(ほんもん)あり【有り】。自余(じよ)は
P04091
しら【知ら】ず、慶秀(けいしう)が門徒(もんと)においては、今夜(こよひ)六波羅(ろくはら)に
おしよせて、打死(うちじに)せよや」とぞ僉議(せんぎ)しける。円満院(ゑんまんゐん)
大輔(たいふ)(タイウ)源覚(げんかく)、すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「僉議(せんぎ)はし【端】おほし【多し】。
『大衆揃(だいしゆぞろへ)』S0410
夜(よ)のふくるに、いそげやすすめ」とぞ申(まうし)ける。○搦手(からめて)に
むかふ【向ふ】老僧(らうそう)ども、大将軍(たいしやうぐん)には、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、乗円
房[B ノ](じようゑんばうの)(ゼウヱンバウノ)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、律成房[B ノ](りつじやうばうの)阿闍梨(あじやり)日胤(にちいん)、帥(そつの)法印(ほふいん)
禅智(ぜんち)、禅智(ぜんち)が弟子(でし)義宝(ぎほう)・禅房(ぜんばう)をはじめとして、
都合(つがふ)其(その)勢(せい)一千人(いつせんにん)、手々(てんで)にたい松(まつ)も(ッ)【持つ】て如意(によい)が峰(みね)へ
ぞむかひ【向ひ】ける。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)には嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)
P04092
仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、六条(ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子(こ)
蔵人(くらんど)太郎(たらう)仲光(なかみつ)、大衆(だいしゆ)には円満院(ゑんまんゐん)(ヱンマンイン)の大輔(たいふ)源覚(げんかく)、成
喜院(じやうきゐん)(ジヤウキイン)のあら土佐(どさ)【荒土佐】、律成房[B ノ](りつじやうばうの)伊賀[B ノ]公(いがのきみ)、法輪院(ほふりんゐん)(ホウリンイン)の鬼佐渡(おにさど)(ヲニサド)、
これらはちから【力】のつよさ、うち物(もの)【打物】も(ッ)【持つ】ては鬼(おに)にも神(かみ)
にもあは【会は】ふ(う)どいふ、一人当千(いちにんたうぜん)のつはもの【兵】也(なり)。平等院(びやうどうゐん)には
因幡(いなばの)堅者(りつしや)荒大夫(あらだいふ)、角[B ノ](すみの)六郎房(ろくらうばう)、島(しま)の阿闍梨(あじやり)、つつ
井(ゐ)【筒井】法師(ぼふし)に卿[B ノ]阿闍梨(きやうのあじやり)、悪少納言(あくせうなごん)、北[B ノ]院(きたのゐん)には金光院(こんくわうゐん)(コンクハウゐん)の
六天狗(ろくてんぐ)、式部(しきぶ)・大輔(たいふ)・能登(のと)・加賀(かが)・佐渡(さど)・備後等(びんごとう)也(なり)。松井(まつゐ)の
肥後(ひご)、証南院(しやうなんゐん)(セウナンイン)の筑後(ちくご)、賀屋(がや)の筑前(ちくぜん)、大矢(おほや)の俊長(しゆんちやう)、五智
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院(ごちゐん)の但馬(たじま)、乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)が房人(ばうにん)六十人(ろくじふにん)の
内(うち)、加賀(かが)光乗(くわうじよう)(クハウゼウ)、刑部(ぎやうぶ)春秀【俊秀】(しゆんしう)、法師原(ほふしばら)には一来(いちらい)法師(ほふし)に
しか【如か】ざりけり。堂衆(だうじゆ)にはつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)、小蔵[B ノ](をぐらの)尊
月(そんぐわつ)(ソングハツ)、尊永(そんえい)(ソンヱイ)・慈慶(じけい)・楽住(らくぢゆう)(ラクヂウ)、かなこぶしの玄永(げんやう)(ゲンヱイ)、武士(ぶし)には
渡辺[B ノ]省(わたなべのはぶく)、播磨[B ノ](はりまの)次郎(じらう)、授(さづく)薩摩[B ノ]兵衛(さつまのひやうゑ)、長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)、競[B ノ](きほふの)(キヲウの)
滝口(たきぐち)、与[B ノ](あたふの)(アタウの)右馬[B ノ]允(うまのじよう)(うまのゼウ)、続源太(つづくのげんた)、清(きよし)・勧(すすむ)を先(さき)として、都合(つがふ)其(その)
勢(せい)一千五百(いつせんごひやく)余人(よにん)、三井寺(みゐでら)をこそう(ッ)【打つ】たち【立ち】けれ。宮(みや)いら【入ら】
せたまひ【給ひ】て後(のち)は、大関(おほぜき)小関(こぜき)ほり【掘り】き(ッ)て、堀(ほり)ほり【掘り】さか
も木(ぎ)【逆茂木】ひい【引い】たれば、堀(ほり)に橋(はし)わたし、さかも木(ぎ)【逆茂木】ひきのくる【引除くる】
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な(ン)ど(など)しける程(ほど)に、時剋(じこく)をし(おし)【押し】うつ(ッ)【移つ】て、関地(せきぢ)のには鳥(とり)【鶏】
なき【鳴き】あへり。伊豆守(いづのかみ)の給(たま)ひけるは、「ここで鳥(とり)ない【鳴い】
ては、六波羅(ろくはら)は白昼(はくちう)にこそよせ【寄せ】んずれ。いかがせん」と
のたまへ【宣へ】ば、円満院(ゑんまんゐんの)(ヱンマンインノ)大輔(たいふ)源覚(げんかく)、又(また)さき【先】のごとくすすみ【進み】
いで【出で】て僉議(せんぎ)しけるは、「昔(むかし)秦(しん)の昭王(せうわう)のとき、孟嘗君(まうしやうくん)
めし【召し】いましめ【禁】られたりしに、きさきの御(おん)たすけ【助け】によ(ッ)て、
兵物(つはもの)三千人(さんぜんにん)をひきぐし【具し】て、にげ【逃げ】まぬかれけるに、
凾谷関(かんこくくわん)(カンコククハン)にいたれり。鶏(にはとり)なか【鳴か】ぬかぎりは関(せき)の戸(と)をひらく
事(こと)なし。孟嘗君(まうしやうくん)が三千(さんぜん)の客(かく)のなかに、てんかつと
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いふ兵物(つはもの)あり【有り】。鶏(にはとり)のなくまねをありがたくしければ、
鶏鳴(けいめい)ともいはれけり。彼(かの)鶏鳴(けいめい)たかき【高き】所(ところ)にはしり【走り】
あがり、にはとりのなく【鳴く】まねをしたりければ、関路(せきぢ)
のにはとりきき【聞き】つたへてみななき【鳴き】ぬ。其(その)時(とき)関(せき)もり【関守】
鳥(とり)のそらね【空音】にばかさ【化さ】れて、関(せき)の戸(と)あけ【開け】てぞとを
し(とほし)【通し】ける。これもかたきのはかり事(こと)にやなか【鳴か】すらん。
ただよせよ【寄せよ】」とぞ申(まうし)ける。かかりしほど【程】に五月(さつき)のみじか
夜(よ)、ほのぼのとこそあけ【明け】にけれ。伊豆守(いづのかみ)の給(たま)
ひけるは、「夜(よ)うち【夜討】にこそさりともとおもひ【思ひ】つれ共(ども)、
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ひるいくさ【昼軍】にはかなふ【叶ふ】まじ。あれよび【呼び】かへせや」とて、
搦手(からめて)、如意(によい)が峰(みね)よりよびかへす【返す】。大手(おほて)は松坂(まつざか)より
と(ッ)てかへす【返す】。若大衆(わかだいしゆ)ども「これは一如房[B ノ](いちによばうの)阿闍梨(あじやり)が
なが僉議(せんぎ)にこそ夜(よ)はあけ【明け】たれ。をし(おし)【押し】よせて其(その)坊(ばう)
きれ【斬れ】」とて、坊(ばう)をさんざん【散々】にきる。ふせく【防く】ところ【所】の弟子(でし)、
同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)うた【討た】れぬ。一如坊(いちによばう)阿闍梨(あじやり)、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】六波羅(ろくはら)
にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をながい【流い】て此(この)由(よし)う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうし)
けれ共(ども)、六波羅(ろくはら)には軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)馳(はせ)あつま(ッ)【集まつ】て、
さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)もなかりけり。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)の暁(あかつき)、宮(みや)は「此(この)寺(てら)
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ばかりではかなう(かなふ)【適ふ】まじ。山門(さんもん)は心(こころ)がはり【変り】しつ。南都(なんと)は
いまだまいら(まゐら)【参ら】ず。後日(ごにち)にな(ッ)てはあしかり【悪しかり】なん」とて、
三井寺(みゐでら)をいでさせ給(たま)ひて、南都(なんと)へいら【入ら】せおはします。
此(この)宮(みや)は蝉(せみ)をれ【蝉折れ】・小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し漢竹(かんちく)の笛(ふえ)(フヱ)を
ふたつ【二つ】もた【持た】せ給(たま)へり。かのせみをれ【蝉折れ】と申(まうす)は、昔(むかし)鳥羽
院(とばのゐん)の御時(おんとき)、こがねを千両(せんりやう)宋朝(そうてう)の御門(みかど)へをくら(おくら)【送ら】せ
給(たま)ひたりければ、返報(へんぱう)とおぼしくて、いき【生き】たる蝉(せみ)
のごとくにふし【節】のついたる笛竹(ふえたけ)(フヱタケ)をひとよ【一節】をくら(おくら)【送ら】せ
たまふ【給ふ】。「いかがこれ程(ほど)の重宝(ちようほう)(テウホウ)をさう【左右】なうはゑら【彫ら】すべき」
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とて、三井寺(みゐでら)の大進僧正(だいしんそうじやう)覚宗(かくそう)に仰(おほせ)て、壇上(だんじやう)にた(ッ)て、
七日(しちにち)加持(かぢ)してゑら【彫ら】せ給(たま)へる御笛(おんふえ)(おんフヱ)也(なり)。或(ある)時(とき)、高松(たかまつ)の中納
言(ちゆうなごん)実平【*実衡】卿(さねひらのきやう)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、この御笛(おんふえ)をふか【吹か】れけるが、よのつ
ねの笛(ふえ)のやうにおもひ【思ひ】わすれ【忘れ】て、ひざ【膝】よりしも【下】に
おかれたりければ、笛(ふえ)やとがめ【咎め】けん、其(その)時(とき)蝉(せみ)おれ(をれ)【折れ】に
けり。さてこそ蝉(せみ)おれ(せみをれ)【蝉折れ】とはつけられたれ。笛(ふえ)の
おん【御】器量(きりやう)たるによ(ッ)て、この【此の】宮(みや)御相伝(ごさうでん)あり【有り】けり。
されども、いま【今】をかぎりとやおぼしめさ【思し召さ】れけん、金堂(こんだう)の
弥勒(みろく)にまいら(まゐら)【参ら】させおはします。竜花(りゆうげ)(リウゲ)の暁(あかつき)、値遇(ちぐ)の御(おん)
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ためかとおぼえて、あはれ【哀】な(ッ)し事共(ことども)也(なり)。老僧(らうそう)ども
にはみないとま【暇】たう【賜う】で、とどめ【留め】させおはします。しかる【然る】
べき若大衆(わかだいしゆ)悪僧(あくそう)共(ども)はまいり(まゐり)【参り】けり。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の
一類(いちるい)ひきぐし【具し】て、其(その)勢(せい)一千人(いつせんにん)とぞきこえ【聞え】し。乗
円房[B ノ](じようゑんばうの)(ゼウヱンばうの)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、鳩(はと)の杖(つゑ)にすが(ッ)て宮(みや)の御(おん)まへ
にまいり(まゐり)【参り】、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)
けるは、「いづくまでも御(おん)とも仕(つかまつる)べう候(さうら)へども、齢(よはひ)(ヨハイ)
すでに八旬(はつしゆん)にたけて、行歩(ぎやうぶ)にかなひ【叶ひ】がたう候(さうらふ)。
弟子(でし)で候(さうらふ)刑部房(ぎやうぶばう)俊秀(しゆんしう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。これ【是】は一(ひと)とせ
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平治(へいぢ)の合戦(かつせん)の時(とき)、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が手(て)に候(さうら)ひて、
六条河原(ろくでうかはら)で打死(うちじ)に仕(つかまつり)候(さうらひ)し相模国(さがみのくにの)住人(ぢゆうにん)、山内(やまのうちの)須藤(すどう)
刑部[B ノ](ぎやうぶの)丞(じよう)(ゼウ)俊通(としみち)が子(こ)で候(さうらふ)。いささかゆかり候(さうらふ)あひだ、跡(あと)ふと
ころ【跡懐】でおうし(おほし)【生し】たて【立て】て、心(こころ)のそこまでよくよくし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。
いづくまでもめし【召し】ぐせ【具せ】られ候(さうらふ)べし」とて、涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て
とどまりぬ。宮(みや)もあはれ【哀】におぼしめし、「いつ[B 「つ」に「ツ」と傍書]のよしみ【好】に
『橋合戦(はしがつせん)』S0411
かうは申(まうす)らん」とて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。○宮(みや)は
宇治(うぢ)と寺(てら)とのあひだにて、六度(ろくど)までをん(おん)【御】
落馬(らくば)あり【有り】けり。これはさんぬる夜(よ)、御寝(ぎよしん)のならざりし
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ゆへ(ゆゑ)【故】なりとて、宇治橋(うぢはし)三間(さんげん)ひきはづし【外し】、平等院(びやうどうゐん)にいれ【入れ】
たてま(ッ)【奉つ】て、しばらく御休息(ごきうそく)あり【有り】けり。六波羅(ろくはら)には、「すはや、
宮(みや)こそ南都(なんと)へおち【落ち】させ給(たま)ふなれ。お(ッ)【追つ】かけ【掛け】てうち【討ち】たて
まつれ【奉れ】」とて、大将軍(たいしやうぐん)には、左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、
左馬[B ノ]頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、さぶらひ【侍】大将(だいしやう)には、上総守(かづさのかみ)
忠清(ただきよ)、其(その)子(こ)上総[B ノ](かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)、飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイヱ)、其(その)
子(こ)飛騨[B ノ](ひだの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)景高(かげたか)、高橋判官(たかはしのはんぐわん)長綱(ながつな)、河内[B ノ]判官(かはちのはんぐわん)
秀国(ひでくに)、武蔵[B ノ](むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)、越中[B ノ](ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうひやうゑの)尉(じよう)盛継(もりつぐ)、
上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)、悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)景清(かげきよ)を先(さき)として、
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都合(つがふ)其(その)勢(せい)二万八千(にまんぱつせん)余騎(よき)、木幡山(こはたやま)うちこえ【越え】て、宇治
橋(うぢはし)のつめにぞおしよせ【寄せ】たる。かたき【敵】平等院(びやうどうゐん)にとみ【見】てん
げれば、時(とき)をつくる事(こと)三ケ度(さんがど)、宮(みや)の御方(おんかた)にも時(とき)の
声(こゑ)をぞあはせ【合はせ】たる。先陣(せんぢん)が、「橋(はし)をひい【引い】たぞ、あやまち
すな。橋(はし)をひいたぞ、あやまちすな」と、どよみけれども【共】、
後陣(ごぢん)はこれをきき【聞き】つけず、われ【我】さき【先】にとすすむ【進む】ほど【程】に、
先陣(せんぢん)二百(にひやく)余騎(よき)をし(おし)【押し】おとさ【落さ】れ、水(みづ)におぼれ【溺れ】てながれけり。
橋(はし)の両方(りやうばう)のつめにう(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て矢合(やあはせ)す。宮(みやの)御方(おんかた)には、大矢(おほや)の
俊長(しゆんちやう)、五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、渡辺(わたなべ)の省(はぶく)・授(さづく)・続(つづく)の源太(げんた)がい【射】ける
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矢(や)ぞ、鎧(よろひ)もかけず、楯(たて)もたまらずとをり(とほり)【通り】ける。源(げん)三位(ざんみ)
入道(にふだう)は、長絹(ちやうけん)のよろひ直垂(びたたれ)にしながはおどし(しながはをどし)【科革縅】の鎧(よろひ)(ヨロイ)也(なり)。
其(その)日(ひ)を最後(さいご)とやおもは【思は】れけん、わざと甲(かぶと)はき【着】給(たま)はず。
嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)は、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)の
鎧(よろひ)也(なり)。弓(ゆみ)をつよう【強う】ひか【引か】んとて、これも甲(かぶと)はき【着】ざりけり。
ここに五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、大長刀(おほなぎなた)のさや【鞘】をはづい【外い】て、只(ただ)一騎(いつき)
橋(はし)の上(うへ)にぞすすん【進ん】だる。平家(へいけ)の方(かた)にはこれをみて、「あれ
い【射】とれや物共(ものども)」とて、究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)どもが矢(や)さき【矢先】を
そろへて、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にいる【射る】。但馬(たじま)すこし【少し】も
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さはが(さわが)【騒が】ず、あがる【上る】矢(や)をばついくぐり【潛り】、さがる【下る】矢(や)をばおどり(をどり)【躍り】
こへ(こえ)【越え】、むか(ッ)【向つ】てくるをば長刀(なぎなた)でき(ッ)【斬つ】ておとす【落す】。かたき【敵】もみかた【御方】
も見物(けんぶつ)す。それよりしてこそ、矢(や)ぎり【矢斬り】の但馬(たじま)とは
いはれけれ。堂衆(だうじゆ)のなかに、つつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)は、かち【褐】
の直垂(ひたたれ)に黒皮威(くろかはをどし)の鎧(よろひ)きて、五牧甲(ごまいかぶと)の緒(を)をしめ、
黒漆(こくしつ)の太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さい【差い】たるくろぼろ【黒母衣】の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、
ぬりごめどう【塗籠籐】の弓(ゆみ)に、このむ白柄(しらえ)(シラヱ)の大長刀(おほなぎなた)とりそへて、
橋(はし)のうへ【上】にぞすすん【進ん】だる。大音声(だいおんじやう)をあげて名(な)のり
けるは、「日(ひ)ごろはおと【音】にもき〔き〕つらむ、いまは目(め)にもみ給(たま)へ。
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三井寺(みゐでら)にはそのかくれ【隠れ】なし。堂衆(だうじゆ)のなかにつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙
明秀(じやうめうめいしう)といふ一人(いちにん)当千(たうぜん)の兵物(つはもの)ぞや。われとおもはむ
人々(ひとびと)はより【寄り】あへや。げ(ン)ざん(げんざん)【見参】せむ」とて、廿四(にじふし)さいたる矢(や)をさし
つめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にいる【射る】。やには【矢庭】に十二人(じふににん)い【射】ころし【殺し】て、
十一人(じふいちにん)に手(て)おほせ【負せ】たれば、ゑびら(えびら)【箙】に一(ひとつ)ぞのこ(ッ)たる。弓(ゆみ)をばから
となげ【投げ】すて、ゑびら(えびら)【箙】もとひ(とい)【解い】てすてて(ン)げり。つらぬき【貫き】ぬい【脱い】
ではだし【跣】になり、橋(はし)のゆきげた【行桁】をさらさらさらとはしり【走り】
り[* 「り」一字衍字]わたる。人(ひと)はおそれ【恐れ】てわたら【渡ら】ねども、浄妙房(じやうめうばう)が心地(ここち)には、
一条(いちでう)二条(にでう)の大路(おほち)(ヲホチ)とこそふるまう【振舞う】たれ。長刀(なぎなた)でむかふ【向ふ】
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かたき【敵】五人(ごにん)なぎ【薙ぎ】ふせ、六人(ろくにん)にあたるかたき【敵】にあふ(あう)【逢う】て、
長刀(なぎなた)なか【中】よりうちを(ッ)【折つ】てすて【捨て】て(ン)げり。その後(のち)太刀(たち)を
ぬい【抜い】てたたかふ【戦ふ】に、かたき【敵】は大勢(おほぜい)也(なり)、くもで【蜘蛛手】・かくなは【角縄】・十
文字(じふもんじ)、と(ン)ばうがへり(とんばうがへり)【蜻蛉返】・水車(みづぐるま)、八方(はつぱう)すかさずき(ッ)【斬つ】たりけり。
やには【矢庭】に八人(はちにん)きりふせ【伏せ】、九人(くにん)にあたるかたき【敵】が甲(かぶと)の
鉢(はち)にあまりにつよう【強う】うち【打ち】あてて、めぬき【目貫】のもとより
ちやうどをれ【折れ】、く(ッ)とぬけ【抜け】て、河(かは)へざぶと入(いり)にけり。たのむ【頼む】
ところ【所】は腰刀(こしがたな)、ひとへに死(し)なんとぞくるひ【狂ひ】ける。ここに
乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)がめし【召し】つかひ【使ひ】ける。一来(いちらい)法師(ほふし)と
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いふ大(だい)ぢから【大力】のはやわざ【早業】あり【有り】けり。つづいてうしろ【後】にたた
かふ【戦ふ】が、ゆきげた【行桁】はせばし【狭し】、そば【側】とをる(とほる)【通る】べきやうはなし。
浄妙房(じやうめうばう)が甲(かぶと)の手(て)さき【先】に手(て)ををい(おい)【置い】て、「[B あイ]しう(あしう)【悪しう】候(さうらふ)、浄妙
房(じやうめうばう)」とて、肩(かた)をづんどおどり(をどり)【躍り】こへ(こえ)【越え】てぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】ける。
一来(いちらい)法師(ほふし)打死(うちじに)してんげり。浄妙房(じやうめうばう)はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】かへ(ッ)【帰つ】て、
平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のまへなる芝(しば)のうへ【上】に、物(ものの)ぐ【具】ぬぎすて、
鎧(よろひ)(ヨロイ)にた(ッ)【立つ】たる矢(や)め【目】をかぞへたりければ六十三(ろくじふさん)、うらかく
矢(や)五所(ごしよ)、されども大事(だいじ)の手(て)ならねば、ところどころ【所々】に
灸治(きうぢ)して、かしら【頭】からげ、浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)き【着】て、弓(ゆみ)うちきり【切り】杖(つゑ)に
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つき、ひらあしだ【平足駄】はき、阿弥陀仏(あみだぶつ)申(まうし)て、奈良(なら)の方(かた)へぞ
まかり【罷り】ける。浄妙房(じやうめうばう)がわたるを手本(てほん)にして、三井寺(みゐでら)の
大衆(だいしゆ)・渡辺党(わたなべたう)、はしり【走り】つづきはしり【走り】つづき、われもわれもと
ゆきげた【行桁】をこそわたりけれ。或(あるい)は分(ぶん)どり【分捕】して
かへる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)はいた手(で)【痛手】おうて腹(はら)かききり【切り】、河(かは)へ
飛入(とびいる)物(もの)もあり【有り】。橋(はし)のうへ【上】のいくさ【軍】、火(ひ)いづる【出づる】程(ほど)ぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】
ける。これをみて平家(へいけ)の方(かた)の侍大将(さぶらひだいしやう)(サブライだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)、
大将軍(たいしやうぐん)の御(おん)まへにまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「あれ御(ご)らん候(さうら)へ。橋(はし)のうへ【上】の
いくさ【軍】手(て)いたう候(さうらふ)。いまは河(かは)をわたす【渡す】べきで候(さうらふ)が、
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おりふし(をりふし)【折節】五月雨(さみだれ)のころで、水(みづ)まさ(ッ)て候(さうらふ)。わたさば
馬(むま)人(ひと)おほく【多く】うせ【失せ】候(さうらひ)なんず。淀(よど)・いもあらい(いもあらひ)【一口】へやむかひ【向ひ】候(さうらふ)
べき。河内路(かはちぢ)へやまはり【廻り】候(さうらふ)べき」と申(まうす)ところ【所】に、下野国[B ノ](しもつけのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)足利[B ノ](あしかがの)又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)、すすみ【進み】いでて申(まうし)けるは、「淀(よど)・いも
あらひ【一口】・河内路(かはちぢ)をば、天竺(てんぢく)、震旦(しんだん)の武士(ぶし)をめし【召し】てむけ【向け】ら
れ候(さうら)はんずるか。それも我等(われら)こそむかひ【向ひ】候(さうら)はんずれ。目(め)に
かけたるかたき【敵】をうた【討た】ずして、南都(なんと)へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)
なば、吉野(よしの)・とつかは【十津川】の勢(せい)ども馳集(はせあつまつ)て、いよいよ
御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はんずらめ。武蔵(むさし)と上野(かうづけ)のさかひ【境】に
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とね河(がは)【利根河】と申(まうし)候(さうらふ)大河(だいがの)候(さうらふ)。秩父(ちちぶ)・足利(あしかが)なか【仲】をたがひ【違ひ】、つね
は合戦(かつせん)をし候(さうらひ)しに、大手(おほて)は長井(ながゐ)〔の〕わたり、搦手(からめて)は故
我(こが)・杉(すぎ)のわたりよりよせ候(さうら)ひしに、上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)新田[B ノ](につたの)
入道(にふだう)、足利(あしかが)にかたらはれて、杉(すぎ)の渡(わたり)よりよせ【寄せ】んとて
まうけ【設け】たる舟(ふね)ども【共】を、秩父(ちちぶ)が方(かた)よりみなわら【破ら】れて
申(まうし)候(さうらひ)しは、「ただいま【今】ここをわたさずは、ながき弓矢(ゆみや)の
疵(きず)なるべし。水(みづ)におぼれてしな【死な】ばしね。いざわたさん」と
て、馬筏(むまいかだ)をつく(ッ)てわたせ【渡せ】ばこそわたしけめ。坂東武者(ばんどうむしや)の
習(ならひ)として、かたき【敵】を目(め)にかけ、河(かは)をへだつるいくさ【軍】に、
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淵瀬(ふちせ)きらふ様(やう)やある。此(この)河(かは)のふかさ【深さ】はやさ【早さ】、とね河(がは)【利根河】に
いくほどのおとりまさりはよもあらじ。つづけや殿原(とのばら)」
とて、ま(ッ)さき【真先】にこそうち【打ち】入(い)れたれ。つづく人共(ひとども)、大胡(おほご)(ヲホゴ)・大室(おほむろ)(ヲホムロ)・
深須(ふかず)・山上(やまがみ)、那波[B ノ](なはの)太郎(たらう)、佐貫[B ノ]広綱(さぬきのひろつな)四郎(しらう)大夫(だいふ)、小野寺[B ノ]禅師
太郎(をのでらのぜんじたらう)、辺屋(へや)こ【辺屋子】の四郎(しらう)、郎等(らうどう)には、宇夫方次郎(うぶかたのじらう)、切生(きりふ)(キリウ)の
六郎(ろくらう)、田中(たなか)の宗太(そうだ)をはじめとして、三百(さんびやく)余騎(よき)ぞつづき
ける。足利(あしかが)大音声(だいおんじやう)をあげて、「つよき馬(むま)をばうは手(て)【上手】に
たて【立て】よ、よはき(よわき)【弱き】馬(むま)をばした手(で)【下手】になせ。馬(むま)の足(あし)のおよ
ば【及ば】うほどは、手綱(たづな)をくれてあゆま【歩ま】せよ。はづまば
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かいく(ッ)【繰つ】ておよが【泳が】せよ。さがら【下ら】う物(もの)をば、弓(ゆみ)のはず【筈】にとり
つか【付か】せよ。手(て)をとりくみ【組み】、肩(かた)をならべてわたすべし。
鞍(くら)つぼ【壷】によくのり【乗り】さだま(ッ)【定まつ】て、あぶみ【鐙】をつよう【強う】ふめ。馬(むま)
のかしら【頭】しづま【沈ま】ばひきあげよ。いたうひい【引い】てひ(ッ)【引つ】かづく【被く】
な。水(みづ)しとまば、さんづ【三頭】のうへ【上】にのり【乗り】かかれ。馬(むま)にはよはう(よわう)【弱う】、
水(みづ)にはつよう【強う】あたるべし。河(かは)なか【中】で弓(ゆみ)ひくな。かたき【敵】いる【射る】
ともあひびき【相引】すな。つねにしころ【錣】をかたぶけよ【傾けよ】。いたう
かたむけ【傾け】て手(て)へんいさすな。かねにわたい【渡い】ておしをと
さ(おとさ)【落さ】るな。水(みづ)にしなうてわたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」とおきて【掟て】て、
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三百(さんびやく)余騎(よき)、一騎(いつき)もながさず、むかへ【向へ】の岸(きし)へざ(ッ)とわた
『宮(みやの)御最期(ごさいご)』S0412
す。○足利(あしかが)O[BH 其日の装束にはイ]は朽葉(くちば)の綾(あや)の直垂(ひたたれ)に、赤皮威(あかがはをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)
きて、たか角(づの)【高角】う(ッ)たる甲(かぶと)のを【緒】しめ、こがねづくりの太刀(たち)
をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、しげどう【滋籐】〔の〕弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、連銭葦
毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、柏木(かしはぎ)に耳(みみ)づく【木菟】う(ッ)たる黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)を
い(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。あぶみふ(ン)ばりたち【立ち】あがり、大音声(だいおんじやう)
あげてなのり【名乗り】けるは、「とをく(とほく)【遠く】は音(おと)にもきき、ちかく【近く】は
目(め)にもみ【見】給(たま)へ。昔(むかし)朝敵(てうてき)将門(まさかど)をほろぼし、勧賞(けんじやう)
かうぶ(ッ)し俵藤太秀里【*秀郷】(たはらとうだひでさと)に十代(じふだい)、足利[B ノ](あしかがの)太郎(たらう)俊綱(としつな)が子(こ)、
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又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)、生年(しやうねん)十七歳(じふしちさい)、かやう【斯様】に無官(むくわん)(ムクハン)無位(むゐ)(ムイ)なる物(もの)
の、宮(みや)にむかひ【向ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、弓(ゆみ)をひき矢(や)を放(はなつ)事(こと)、
天(てん)のおそれ【恐れ】すくなからず候(さうら)へども【共】、弓(ゆみ)も矢(や)も冥(みやう)
が【冥加】のほども、平家(へいけ)の御身(おんみ)のうへ【上】にこそ候(さうらふ)らめ。三位(さんみ)
入道殿(にふだうどの)の御(おん)かたに、われとおもは【思は】ん人々(ひとびと)はより【寄り】あへや、
げ(ン)ざん(げんざん)【見参】せん」とて、平等院(びやうどうゐん)の門(かど)のうちへ、せめ【攻め】入(いり)せめ【攻め】入(いり)
たたかひ【戦ひ】けり。これをみて、大将軍(たいしやうぐん)左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、
「わたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」と下知(けぢ)せられければ、二万八千(にまんぱつせん)余騎(よき)、
みなうちいれ【打ち入れ】てわたしけり。馬(むま)や人(ひと)にせかれて、さば
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かり早(はや)き宇治河(うぢがは)の水(みづ)は、かみ【上】にぞたたへ【湛へ】たる。おの
づからもはづるる水(みづ)には、なにもたまらずながれ【流れ】けり。
雑人(ざふにん)(ザウにん)どもは馬(むま)のした手(で)【下手】にとりつき【取り付き】わたり【渡り】ければ、
ひざ【膝】よりかみ【上】をばぬらさぬ物(もの)もおほかり【多かり】けり。いかが【如何】
したりけん、伊賀(いが)・伊勢(いせ)両国(りやうごく)の官兵(くわんびやう)(クハンビヤウ)、馬(むま)いかだ【筏】をし(おし)【押し】
やぶら【破ら】れ、水(みづ)におぼれて六百(ろつぴやく)余騎(よき)ぞながれける。
萌黄(もえぎ)(モヱギ)・火威(ひをどし)・赤威(あかをどし)、いろいろの鎧(よろひ)(ヨロイ)のうきぬしづみ【沈み】ぬ
ゆられけるは、神(かみ)なび山(やま)【神南備山】の紅葉(もみぢ)ばの、嶺(みね)の嵐(あらし)に
さそはれて、竜田河(たつたがは)の秋(あき)のくれ【暮】、いせき(ゐせき)にかか(ッ)て
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ながれ【流れ】もやらぬにことならず。其(その)中(なか)にひおどし(ひをどし)【緋縅】の
鎧(よろひ)き【着】たる武者(むしや)が三人(さんにん)、あじろにながれ【流れ】かか(ッ)てゆられ
けるを、伊豆守(いづのかみ)み【見】たまひ【給ひ】て、
伊勢武者(いせむしや)はみなひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひきて
宇治(うぢ)のあじろ【網代】にかかりぬるかな W024
これらは三人(さんにん)ながら伊勢国(いせのくに)の住人(ぢゆうにん)也(なり)。黒田[B ノ](くろだの)後平(ごへい)
四郎(しらう)、日野[B ノ](ひのの)十郎(じふらう)、乙部[B ノ](をとべの)弥七(やしち)といふ物(もの)あり。其(その)なかに
日野(ひの)の十郎(じふらう)はふる物(もの)にてあり【有り】ければ、弓(ゆみ)のはず【弭】を
岩(いは)のはざまにねぢたて【立て】てかきあがり、二人(ににん)の物共(ものども)をも
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ひき【引き】あげて、たすけ【助け】たりけるとぞきこえ【聞え】し。おほ
ぜい【大勢】みなわたし【渡し】て、平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のうちへいれかへ【入れ換へ】いれかへ【入れ換へ】
たたかい(たたかひ)【戦ひ】けり。この【此の】まぎれに、宮(みや)をば南都(なんと)へさきだて【先立て】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の一類(いちるい)のこ(ッ)て、ふせき【防き】矢(や)い【射】給(たま)ふ。
三位(さんみ)入道(にふだう)七十(しちじふ)にあま(ッ)ていくさ【軍】して、弓手(ゆんで)のひざ口(ぐち)【膝口】を
い【射】させ、いたで【痛手】なれば、心(こころ)しづかに自害(じがい)せんとて、平等院(びやうどうゐん)
の門(もん)の内(うち)へひき退(しりぞい)て、かたき【敵】おそい(おそひ)【襲ひ】かかりければ、
次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、紺地(こんぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾
威(からあやをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、父(ちち)をのばさんと、
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かへし【返し】あはせ【合はせ】かへし【返し】あはせ【合はせ】ふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。上総(かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)がい【射】け
る矢(や)に、兼綱(かねつな)うち甲(かぶと)【内甲】をい【射】させてひるむところ【所】に、上総
守(かづさのかみ)が童(わらは)次郎丸(じらうまる)といふしたたか物(もの)、をし(おし)【押し】ならべてひ(ッ)【引つ】
く(ン)【組ん】で、どうどおつ【落つ】。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)はうち甲(かぶと)【内甲】もいた手(で)【痛手】
なれども【共】、きこゆる【聞ゆる】大(だい)ぢから【大力】なりければ、童(わらは)をと(ッ)ておさへ【抑へ】
て頸(くび)をかき、立(たち)あがら【上ら】んとするところ【所】に、平家(へいけ)の兵物(つはもの)
ども十四五騎(じふしごき)、ひしひしとおち【落ち】かさな(ッ)【重なつ】て、ついに(つひに)【遂に】兼綱(かねつな)を
ばう(ッ)【討つ】て(ン)げり。伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)もいた手(で)【痛手】あまたおひ、平等
院(びやうどうゐん)の釣殿(つりどの)にて自害(じがい)す。その頸(くび)をば、しも河辺(かうべ)【下河辺】の
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藤三郎(とうざぶらう)清親(きよちか)と(ッ)【取つ】て、大床(おほゆか)(ヲホユカ)のしたへぞなげ入(いれ)ける。
六条[B ノ](ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんどの)太郎(たらう)仲光(なかみつ)も、さんざん【散々】に
たたかひ、分(ぶん)どり【分捕】あまたして、遂(つひ)(ツイ)に打死(うちじに)して(ン)げり。
この仲家(なかいへ)と申(まうす)は、小【*故】(こ)帯刀[B ノ](たてはき)(タテワキ)の先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が嫡子(ちやくし)也(なり)。みな
し子(ご)にてあり【有り】しを、三位(さんみ)入道(にふだう)養子(やうじ)にして不便(ふびん)にし給(たま)
ひしが、日来(ひごろ)の契(ちぎり)を変(へん)ぜず、一所(いつしよ)にて死(し)ににけるこそ
むざんなれ。三位(さんみ)入道(にふだう)は、渡辺[B ノ](わたなべの)長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)をめし【召し】て、「わが頸(くび)
うて」とのたまひければ、主(しゆう)(シウ)のいけくび【生首】うたん事(こと)の
かなしさに、涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、「仕(つかまつ)ともおぼえ
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候(さうら)はず。御自害(ごじがい)候(さうらひ)て、其(その)後(のち)こそ給(たま)はり候(さうら)はめ」と申(まうし)
ければ、「まこと【誠】にも」とて、西(にし)にむかひ【向ひ】、高声(かうしやう)に十念(じふねん)
となへ、最後(さいご)の詞(ことば)ぞあはれ【哀】なる。
埋木(むもれぎ)のはな【花】さく事(こと)もなかりしに
身(み)のなるはて【果】ぞかなしかり【悲しかり】ける W025
これを最後(さいご)の詞(ことば)にて、太刀(たち)のさきを腹(はら)につきたて、
うつぶさま【俯様】につらぬか(ッ)【貫ぬかつ】てぞうせ【失せ】られける。其(その)時(とき)に歌(うた)よむ
べうはなかりしかども、わかう【若う】よりあながちにすい【好い】たる
道(みち)なれば、最後(さいご)の時(とき)もわすれ給(たま)はず。その頸(くび)をば
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唱(となふ)(トナウ)取(と)(ッ)て、なくなく【泣く泣く】石(いし)にくくり【括り】あはせ【合はせ】、かたき【敵】のなかを
まぎれいで【出で】て、宇治河(うぢがは)のふかきところ【所】にしづめて(ン)
げり。競(きほふ)(キヲウ)の滝口(たきぐち)をば、平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、いかにもしていけ
どり【生捕り】にせんとうかがひ【伺ひ】けれども、競(きほふ)(キヲウ)もさきに心(こころ)え
て、さんざん【散々】にたたかひ【戦ひ】、大事(だいじ)の手(て)おひ、腹(はら)かきき(ッ)【切つ】て
ぞ死(しに)にける。円満院(ゑんまんゐん)(ヱンマンイン)の大輔(たいふ)源覚(げんかく)、いまは宮(みや)もはる
かにのびさせ給(たま)ひぬらんとやおもひけん、大太刀(おほだち)
大長刀(おほなぎなた)左右(さう)にも(ッ)【持つ】て、敵(かたき)のなかうちやぶり、宇治
河(うぢがは)へとんでいり、物(もの)の具(ぐ)一(ひとつ)もすてず、水(みづ)の底(そこ)をくぐ(ッ)て、
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むかへ【向へ】の岸(きし)にわたりつき、たかきところ【所】にのぼり
あがり、大音声(だいおんじやう)(だいヲンジヤウ)をあげて、「いかに平家(へいけ)の君達(きんだち)、これ
までは御大事(おんだいじ)かよう」とて、三井寺(みゐでら)へこそかへ
り【帰り】けれ。飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイヱ)はふるO[BH 兵]物(つはもの)【古兵】にてあり【有り】ければ、
このまぎれに、宮(みや)は南都(なんと)へやさきだたせ給(たま)ふらん
とて、いくさ【軍】をばせず、其(その)勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)、鞭(むち)あぶみ
をあはせ【合はせ】てお(ッ)【追つ】かけたてまつる【奉る】。案(あん)のごとく、宮(みや)は
卅騎(さんじつき)ばかりで落(おち)させ給(たま)ひけるを、光明山(くわうみやうぜん)(クハウミヤウゼン)の鳥
居(とりゐ)のまへにてお(ッ)【追つ】つきたてまつり【奉り】、雨(あめ)のふるやう【様】に
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い【射】まひらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いづれが矢(や)とはおぼえねど、宮(みや)
の左(ひだり)の御(おん)そば腹(はら)に矢(や)一(ひと)すぢたちければ、御馬(おんむま)より
落(おち)させ給(たまひ)て、御頸(おんくび)とられさせ給(たま)ひけり。これを
みて御共(おんとも)に候(さうらひ)ける鬼佐渡(おにさど)(ヲニサド)・あら土佐(どさ)【荒土佐】・あら大夫(だいふ)【荒大夫】、理智
城房(りちじやうばう)の伊賀公(いがこう)、刑部俊秀(ぎやうぶしゆんしう)・金光院(こんくわうゐん)(コンクハウイン)の六天狗(ろくてんぐ)、いつの
ために命(いのち)をばおしむ(をしむ)【惜しむ】べきとて、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で
打死(うちじに)す。そのなか【中】に宮(みや)の御(おん)めのと子(ご)【乳母子】、六条[B ノ](ろくでうの)大夫(たいふ)宗
信(むねのぶ)、かたき【敵】はつづく、馬(むま)はよはし(よわし)【弱し】、に井野(ゐの)の池(いけ)へ飛(とん)で
いり、うき草(くさ)【浮草】かほ【顔】にとりおほひ【覆ひ】、ふるひ【震ひ】ゐ【居】たれば、
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かたき【敵】はまへ【前】をうちすぎ【過ぎ】ぬ。しばしあ(ッ)て兵物(つはもの)ども【共】
の四五百騎(しごひやくき)、ざざめいてうちかへり【帰り】けるなか【中】に、浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)
き【着】たる死人(しにん)の頸(くび)もないを、しとみ【蔀】のもとにかいて
いで【出で】きたりけるを、たれ【誰】やらんとみ【見】たてまつれ【奉れ】ば、
宮(みや)にてぞ在(まし)ましける。「われしな【死な】ば、この笛(ふえ)をば御
棺(ごくわん)(ごクハン)にいれよ【入れよ】」と仰(おほせ)ける、小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し御笛(おんふえ)も、
いまだ御腰(おんこし)にささ【挿さ】れたり。はしり【走り】いで【出で】てとり【取り】もつき【付き】ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやとおもへ【思へ】ども、おそろしけれ【恐ろしけれ】ばそれもかな
は【叶は】ず、かたき【敵】みな【皆】かへ(ッ)【帰つ】て後(のち)、池(いけ)よりあがり、ぬれ【濡れ】たる
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物(もの)どもしぼりき【着】て、なくなく【泣く泣く】京(きやう)へのぼりたれば、
にくま【憎ま】ぬ物(もの)こそなかりけれ。さるほど【程】に、南都(なんと)の
大衆(だいしゆ)ひた甲(かぶと)七千(しちせん)余人(よにん)、宮(みや)の御(おん)むかへ【向へ】にまいる(まゐる)【参る】。先陣(せんぢん)
は粉津【*木津】(こつ)にすすみ、後陣(ごぢん)はいまだ興福寺(こうぶくじ)の南大
門(なんだいもん)にゆらへたり。宮(みや)ははや光明山(くわうみやうぜん)(クハウミヤウゼン)の鳥居(とりゐ)のまへに
てうた【討た】れさせ給(たまひ)ぬときこえ【聞え】しかば、大衆(だいしゆ)みな力(ちから)
及(およ)ばず、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てとどまりぬ。いま五十町(ごじつちやう)
ばかりまち【待ち】つけ給(たま)はで、うた【討た】れさせ給(たまひ)けん宮(みや)の御
『若宮出家(わかみやしゆつけ)』S0413
運(ごうん)の程(ほど)こそうたてけれ。○平家(へいけ)の人々(ひとびと)は、宮(みや)并(ならび)に
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三位(さんみ)入道(にふだう)の一族(いちぞく)、三井寺(みゐでら)の衆徒(しゆと)、都合(つがふ)五百(ごひやく)余人(よにん)が
頸(くび)、太刀(たち)長刀(なぎなた)のさきにつらぬき【貫き】、たかく【高く】さしあげ【差し上げ】、
夕(ゆふべ)に及(および)て六波羅(ろくはら)へかへり【帰り】いる。兵物(つはもの)共(ども)いさみののしる
事(こと)、おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もおろか也(なり)。其(その)なかに源(げん)三位(ざんみ)
入道(にふだう)の頸(くび)は、長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)がと(ッ)【取つ】て宇治河(うぢがは)のふかきところ【所】に
しづめ【沈め】て(ン)げれば、それはみえ【見え】ざりけり。子共(こども)の頸(くび)
はあそこここよりみな尋(たづね)いださ【出さ】れたり。なか【中】に宮(みや)
の御頸(おんくび)は、年来(としごろ)まいり(まゐり)【参り】よる人(ひと)もなければ、み【見】しり
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる人(ひと)もなし。先年(せんねん)典薬頭(てんやくのかみ)定成(さだなり)こそ、
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御療治(ごりやうぢ)(ごレウヂ)のためにめさ【召さ】れたりしかば、それぞみ【見】し
り【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるらんとて、めさ【召さ】れけれども【共】、現所労(げんじよらう)
とてまいら(まゐら)【参ら】ず。宮(みや)のつねにめさ【召さ】れける女房(にようばう)とて、
六波羅(ろくはら)へたづね【尋ね】いだされたり。さしもあさから【浅から】ず
おぼしめさ【思し召さ】れて、御子(おんこ)をうみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、最愛(さいあい)あり【有り】
しかば、いかでか[* 「いみてか」と有るのを他本により訂正]み【見】そんじ【損じ】たてまつる【奉る】べき。只(ただ)一目(ひとめ)み【見】ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て、袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、涙(なみだ)をながされける
にこそ、宮(みや)の御頸(おんくび)とはしり【知り】て(ン)げれ。此(この)宮(みや)ははうばう
に御子(おんこ)の宮(みや)たちあまたわたら【渡ら】せ給(たま)ひけり。
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八条[B ノ](はつでうの)女院(にようゐん)に、伊与【*伊予】守(いよのかみ)盛教(もりのり)がむすめ、三位[B ノ](さんみの)局(つぼね)とて候(さうら)
はれける女房(にようばう)の腹(はら)に、七歳(しちさい)の若宮(わかみや)、五歳(ごさい)の姫宮(ひめみや)
在(まし)ましけり。入道(にふだう)相国(しやうこく)、おとと【弟】、池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)を
も(ッ)て、八条[B ノ]女院(はつでうのにようゐん)へ申(まう)されけるは、「高倉(たかくら)の宮(みや)の御子(おんこ)
の宮達(みやたち)のあまたわたらせ給(たまひ)候(さうらふ)なる、姫宮(ひめみや)の御事(おんこと)は
申(まうす)に及(およ)ばず、若宮(わかみや)をばとうとういだし【出し】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と
申(まう)されたりければ、女院(にようゐん)御返事(おんぺんじ)には、「かかるきこえ【聞え】
のあり【有り】し暁(あかつき)、御(お)ちの人(ひと)な(ン)ど(など)が心(こころ)おさなう(をさなう)【幼う】ぐし【具し】たて
ま(ッ)【奉つ】てうせ【失せ】にけるにや、ま(ッ)たく此(この)御所(ごしよ)にはわたらせ給(たま)P04129
はず」と仰(おほせ)ければ、頼盛卿(よりもりのきやう)力(ちから)及(およ)ばで此(この)よしを入道(にふだう)相
国(しやうこく)に申(まう)されけり。「何条(なんでふ)其(その)御所(ごしよ)ならでは、いづく【何処】へかわた
らせ給(たまふ)べかんなる。其(その)儀(ぎ)ならば武士(ぶし)どもまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがし
奉(たてまつ)れ」とぞのたまひける。この中納言(ちゆうなごん)は、女院(にようゐん)の御(おん)
めのと子(ご)【乳母子】宰相殿(さいしやうどの)と申(まうす)女房(にようばう)(ネウバウ)にあひ具(ぐ)して、つねに
まいり(まゐり)【参り】かよは【通は】れければ、日来(ひごろ)はなつかしう【懐しう】こそお
ぼしめされけるに、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)申(まう)しにまいら(まゐら)【参ら】れたれ
ば、いまはあらぬ人(ひと)のやう【様】にうとましう【疎ましう】〔ぞ〕おぼしめさ【思し召さ】れ
ける。若宮(わかみや)、女院(にようゐん)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「これ程(ほど)の御大事(おんだいじ)に
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及(および)候(さうらふ)うへ【上】は、つゐに(つひに)【遂に】のがれ【逃れ】候(さうらふ)まじ。とうとういださ【出さ】せ
おはしませ」と申(まう)させ給(たまひ)ければ、女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をはらはら
とながさ【流さ】せ給(たま)ひて、「人(ひと)の七(ななつ)八(やつ)は、何事(なにごと)をもいまだ
おもひ【思ひ】わか【分か】ぬ程(ほど)ぞかし。それにわれゆへ(ゆゑ)【故】大事(だいじ)の
いできたる【出来る】事(こと)を、かたはらいたくおもひ【思ひ】て、かやうに
のたまふ【宣ふ】いとおしさ(いとほしさ)よ。よしなかりける人(ひと)を此(この)六
七年(ろくしちねん)手(て)ならし【馴らし】て、かかるうき目(め)をみる【見る】よ」とて、
御涙(おんなみだ)をせきあへさせ給(たま)はず。頼盛卿(よりもりのきやう)、宮(みや)いだし【出し】まひ
ら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふべきよし、かさね【重ね】て申(まう)されければ、
P04131
女院(にようゐん)ちから【力】およば【及ば】せ給(たま)はで、つゐに(つひに)【遂に】宮(みや)をいだし【出し】まひ
ら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひけり。御母(おんぱは)三位(さんみ)の局(つぼね)、今(いま)をかぎりの別(わかれ)
なれば、さこそは御名残(おんなごり)おしう(をしう)【惜しう】おもは【思は】れけめ。
なくなく【泣く泣く】御衣(おんきぬ)きせ【着せ】奉(たてまつ)り、御(おん)ぐし【髪】かきなで【撫で】、いだし【出し】まいら
せ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふも、ただ夢(ゆめ)とのみぞおもは【思は】れける。女院(にようゐん)をはじ
め【始め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、局(つぼね)の女房(にようばう)、め【女】の童(わらは)にいたるまで、涙(なみだ)を
ながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。頼盛卿(よりもりのきやう)宮(みや)うけ【受け】
とりまひらせ(まゐらせ)【参らせ】、御車(おんくるま)にのせ【乗せ】奉(たてまつり)て、六波羅(ろくはら)へわたし
奉(たてまつ)る。前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、此(この)宮(みや)をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、父(ちち)の
P04132
相国禅門(しやうこくぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「なにと候(さうらふ)やらん、此(この)宮(みや)
をみ【見】たてまつる【奉る】があまり【余り】にいとおしう(いとほしう)思(おも)ひまひ
らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。り【理】をまげて此(この)宮(みや)の御命(おんいのち)をば宗盛(むねもり)にたび【賜び】
候(さうら)へ」と申(まう)されければ、入道(にふだう)「さらばとうとう出家(しゆつけ)をせさ
せ奉(たてまつ)れ」とぞのたまひける。宗盛卿(むねもりのきやう)此(この)よしを八条[B ノ]
女院(はつでうのにようゐん)に申(まう)されければ、女院(にようゐん)「なにのやう【様】もあるべから
ず。ただ【只】とうとう」とて、法師(ほふし)になし奉(たてまつ)り、尺子【*釈氏】(しやくし)にさだ
まら【定まら】せ給(たま)ひて、仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)(ヲムロ)の御弟子(おんでし)になしまいら(まゐら)【参ら】O[BH さ]せ
給(たま)ひけり。後(のち)には東寺(とうじ)の一(いち)の長者(ちやうじや)、安井(やすゐ)の宮(みや)の僧
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『通乗之沙汰(とうじようのさた)』S0414
正(そうじやう)道尊(だうそん)と申(まうし)しは、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)也(なり)。○又(また)奈良(なら)にも[B 御イ]一所(いつしよ)
在(まし)ましけり。御(おん)めのと讃岐守(さぬきのかみ)重秀(しげひで)が御出家(ごしゆつけ)せさせ
奉(たてまつ)り、ぐし【具し】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て北国(ほつこく)へ落(おち)くだりたりしを、
木曾(きそ)義仲(よしなか)上洛(しやうらく)の時(とき)、主(しゆう)にしまひらせ(まゐらせ)【参らせ】んとてぐし【具し】
奉(たてまつり)て宮(みや)こ【都】へのぼり、御元服(ごげんぶく)せさせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりしかば、
木曾(きそ)の宮(みや)とも申(まうし)けり。又(また)還俗(げんぞく)の宮(みや)とも申(まうし)けり。
後(のち)には嵯峨(さが)のへん野依(のより)にわたらせ給(たまひ)しかば、
野依(のより)の宮(みや)とも申(まうし)けり。昔(むかし)通乗(とうじよう)(トウゼウ)といふ相人(さうにん)あり【有り】。
宇治殿(うぢどの)・二条殿(にでうどの)をば、「君(きみ)三代(さんだい)の関白(くわんばく)、ともに御年(おんとし)
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八十(はちじふ)と申(まうし)たりしもたがは【違は】ず。帥(そつ)のうちのおとど【大臣】を
ば、「流罪(るざい)の相(さう)まします」と申(まうし)たりしもたがは【違は】ず。聖
徳太子(しやうとくたいし)の崇峻天皇(そうじゆんてんわう)[* 崇の左に(シユ)の振り仮名]を「横死(わうし)の相(さう)在(まし)ます」と申(まう)
させ給(たま)ひたりしが、馬子(むまこ)の大臣(だいじん)にころさ【殺さ】れ給(たま)ひ
にき。さもしかる【然る】べき人々(ひとびと)は、必(かなら)ず相人(さうにん)としもに
あらねども、かうこそめでたかりしか、これは相少納言(さうせうなごん)
が不覚(ふかく)にはあらずや。中比(なかごろ)兼明親王(けんめいしんわう)・具平親王(ぐへいしんわう)
と申(まうし)しは、前(ぜん)中書王(ちゆうしよわう)(チウシヨワウ)・後中書王(ごちゆうしよわう)とて、ともに
賢王(けんわう)聖主(せいしゆ)の王子(わうじ)にてわたらせ給(たま)ひしかども、
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位(くらゐ)にもつか【即か】せ給(たま)はず。されどもいつしかは謀叛(むほん)を
おこさ【起こさ】せ給(たま)ひし。又(また)後三条院(ごさんでうのゐん)の第三(だいさん)の王子(わうじ)、資仁【*輔仁】(すけひと)の
親王(しんわう)も御才学(おんさいかく)すぐれてましましければ白河院(しらかはのゐん)
いまだ東宮(とうぐう)にてましまいし時(とき)、「御位(おんくらゐ)の後(のち)は、この
宮(みや)を位(くらゐ)にはつけ【即け】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と、後三条[B ノ]院(ごさんでうのゐん)御遺
詔(ごゐぜう)(ごイゼウ)あり【有り】しかども【共】、白河院(しらかはのゐん)いかがおぼしめさ【思し召さ】れけん、つゐに(つひに)【遂に】
位(くらゐ)にもつけまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)はず。せめての御事(おんこと)には、
資仁【*輔仁】親王(すけひとのしんわう)の御子(おんこ)に源氏(げんじ)の姓(しやう)をさづけ【授け】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ
給(たま)ひて、無位(むゐ)(ムイ)より一度(いちど)に三位(さんみ)に叙(じよ)して、やがて
P04136
中将(ちゆうじやう)になしまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひけり。一世(いつせ)の源氏(げんじ)、無位(むゐ)
より三位(さんみ)する事(こと)、嵯峨(さが)の皇帝(くわうてい)の御子(みこ)、陽成
院(やうぜいゐん)の大納言(だいなごん)定卿(さだむのきやう)の外(ほか)は、これはじめとぞうけ給(たま)はる【承る】。
花園(はなぞのの)左大臣(さだいじん)有仁公(ありひとこう)の御事(おんこと)也(なり)。高倉(たかくら)の宮(みや)御謀叛(ごむほん)
の間(あひだ)、調伏(てうぶく)の法(ほふ)(ホウ)うけたまは(ッ)【承つ】て修(しゆ)せられける高僧達(かうそうたち)
に、勧賞(けんじやう)をこなは(おこなは)る。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)の子息(しそく)侍従(じじゆう)(ジジウ)
清宗(きよむね)、三位(さんみ)して三位[B ノ](さんみの)侍従(じじゆう)とぞ申(まうし)ける。今年(ことし)纔(わづか)に
十二歳(じふにさい)。父(ちち)の卿(きやう)もこのよはひ【齢】では兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)にてこそ
おはせしか。忽(たちまち)に上達(かんだち)め【上達部】にあがり給(たま)ふ事(こと)、一(いち)の人(ひと)の
P04137
公達(きんだち)の外(ほか)はいまに承(うけたまはり)及(およ)ばず。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)・頼政(よりまさ)法師(ぼふし)
父子(ふし)追討(ついたう)の賞(しやう)とぞ除書(ききがき)にはあり【有り】ける。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)
とは高倉宮(たかくらのみや)を申(まうし)けり。まさしゐ(まさしい)太政【*太上】(だいじやう)法皇(ほふわう)の王子(わうじ)
をうち【討ち】たてまつる【奉る】だにあるに、凡人(ぼんにん)にさへなしたて
『■[*空+鳥](ぬえ)』S0415
まつるぞあさましき。○抑(そもそも)源(みなもとの)三位(さんみ)入道(にふだう)と申(まうす)は、
摂津守(つのかみ)頼光(よりみつ)に五代(ごだい)、三川【*三河】守(みかはのかみ)頼綱(よりつな)が孫(まご)、兵庫頭(ひやうごのかみ)
仲正【*仲政】(なかまさ)が子(こ)也(なり)。保元(ほうげん)の合戦(かつせん)の時(とき)、御方(みかた)にて先(さき)をかけ
たりしか共(ども)、させる賞(しやう)にもあづから【与ら】ず。又(また)平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)
にも、親類(しんるい)をすて【捨て】て参(さん)じたりしか共(ども)、恩賞(おんしやう)(ヲンシヤウ)これおろ
P04138
そか也(なり)。大内守護(たいだいしゆご)にて年(とし)ひさしう【久しう】あり【有り】しかども【共】、
昇殿(しようでん)(セウデン)をばゆるさ【許さ】れず。年(とし)たけよはひ【齢】傾(かたぶい)(カタブヒ)て後(のち)、
述懐(しゆつくわい)(シユツクハイ)の和歌(わか)一首(いつしゆ)よう【詠う】でこそ、昇殿(しようでん)(セウデン)をばゆるさ【許さ】れけれ。
人(ひと)しれず大内山(おほうちやま)のやまもり【山守】は
木(こ)がくれ【隠れ】てのみ月(つき)をみる【見る】かな W026
この歌(うた)によ(ッ)て昇殿(しようでん)(セウデン)ゆるさ【許さ】れ、正下[B ノ](じやうげの)四位(しゐ)にてしばらく
あり【有り】しが、三位(さんみ)を心(こころ)にかけつつ、
のぼるべきたよりなき身(み)は木(こ)のもとに
しゐをひろい(ひろひ)【拾ひ】て世(よ)をわたるかな W027
P04139
さてこそ三位(さんみ)はしたりけれ。やがて出家(しゆつけ)して、
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)とて、今年(ことし)は七十五(しちじふご)にぞなられける。
此(この)人(ひと)一期(いちご)の高名(かうみやう)とおぼえし事(こと)は、近衛院(こんゑのゐん)御
在位(ございゐ)(ごザイイ)の時(とき)、仁平(にんぺい)のころほひ、主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】
たまぎらせ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。有験(うげん)の高僧(かうそう)貴
僧(きそう)に仰(おほせ)て、大法(だいほふ)(ダイホウ)秘法(ひほふ)(ヒホウ)を修(しゆ)せられけれども、其(その)しるし
なし。御悩(ごなう)は丑(うし)の剋(こく)ばかりであり【有り】けるに、東三条(とうさんでう)
の森(もり)の方(かた)より、黒雲(くろくも)一村(ひとむら)たち【立ち】来(きたつ)て御殿(ごてん)の
上(うへ)におほへ【覆へ】ば、かならず【必ず】おびへ(おびえ)【怯え】させ給(たま)ひけり。これに
P04140
よ(ッ)て公卿僉義(くぎやうせんぎ)あり【有り】。去(さんぬ)る寛治(くわんぢ)(クハンヂ)の比(ころ)ほひ、堀河天
皇(ほりかはのてんわう)御在位(ございゐ)の時(とき)、しかのごとく主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】
させ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。其(その)時(とき)の将軍(しやうぐん)義家(ぎかの)朝臣(あつそん)、
南殿(なんでん)の大床(おおゆか)に候(さうら)はれけるが、御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に及(およん)で、
鳴絃(めいげん)する事(こと)三度(さんど)の後(のち)、高声(かうしやう)に「前(さきの)陸奥守(むつのかみ)
源[B ノ](みなもとの)義家(よしいへ)(ヨシイヱ)」と名(な)の(ッ)【名乗つ】たりければ、人々(ひとびと)皆(みな)身(み)の毛(け)よだ(ッ)
て、御悩(ごなう)おこたらせ給(たま)ひけり。しかれ【然れ】ばすなはち
先例(せんれい)にまかせ【任せ】て、武士(ぶし)に仰(おほ)せて警固(けいご)あるべし
とて、源平(げんぺい)両家(りやうか)の兵物共(つはものども)のなかを撰(せん)ぜられ
P04141
けるに、頼政(よりまさ)をゑらび(えらび)【選び】いだされたりけるとぞきこえ
し。其(その)時(とき)はいまだ兵庫頭(ひやうごのかみ)とぞ申(まうし)ける。頼政(よりまさ)申(まうし)
けるは、「昔(むかし)より朝家(てうか)に武士(ぶし)ををか(おか)【置か】るる事(こと)は、
逆反(ぎやくほん)の物(もの)をしりぞけ違勅(いちよく)の物(もの)をほろぼさんが
為(ため)也(なり)。目(め)にもみえ【見え】ぬ変化(へんげ)のもの【物】つかまつれと仰
下(おほせくだ)さるる事(こと)、いまだ承(うけたまはり)及(および)候(さうら)はず」と申(まうし)ながら、勅定(ちよくぢやう)
なればめし【召】に応(おう)(ヲウ)じて参内(さんだい)す。頼政(よりまさ)はたのみ【頼み】
き(ッ)たる郎等(らうどう)遠江国[B ノ](とほたふみのくにの)(トウタウミノくにの)住人(ぢゆうにん)井[B ノ]早太(ゐのはやた)に、ほろのかざき
り【風切】はいだる矢(や)おは【負は】せて、ただ一人(いちにん)ぞぐし【具し】たりける。
P04142
我(わが)身(み)はふたへ【二重】の狩衣(かりぎぬ)に、山鳥(やまどり)の尾(を)をも(ッ)てはいだる
とがり矢(や)二(ふた)すぢ【筋】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)にとりそへて、
南殿(なんでん)の大床(おほゆか)に祗候(しこう)[B す]。頼政(よりまさ)矢(や)をふたつ【二つ】たばさみ【手挟み】
ける事(こと)は、雅頼卿(まさよりのきやう)其(その)時(とき)はいまだ左少弁(させうべん)にて
おはしけるが、「変化(へんげ)の物(もの)つかまつらんずる仁(じん)は頼政(よりまさ)ぞ
候(さうらふ)」とゑらび(えらび)【選び】申(まう)されたるあひだ、一(いち)の矢(や)に変化(へんげ)の物(もの)
をいそんずる【射損ずる】物(もの)ならば、二(に)の矢(や)には雅頼(まさより)の弁(べん)の
しや頸(くび)の骨(ほね)をい【射】んとなり。日(ひ)ごろ人(ひと)の申(まうす)にたがは【違は】ず、
御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に及(およん)で、東三条(とうさんでう)の森(もり)の方(かた)より、
P04143
黒雲(くろくも)一村(ひとむら)たち【立ち】来(きたつ)て、御殿(ごてん)の上(うへ)にたなびいたり。
頼政(よりまさ)き(ッ)とみあげ【見上げ】たれば、雲(くも)のなかにあやしき
物(もの)の姿(すがた)あり【有り】。これをいそんずる【射損ずる】物(もの)ならば、世(よ)に
あるべしとはおもは【思は】ざりけり。さりながらも矢(や)
と(ッ)【取つ】てつがひ【番ひ】、南無(なむ)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と、心(こころ)のうちに祈
念(きねん)して、よ(ッ)ぴい【引い】てひやうどいる【射る】。手(て)ごたへして
はたとあたる。「ゑ(え)【得】たりをう(おう)」と矢(や)さけび【叫び】をこそ
したりけれ。井(ゐ)の早太(はやた)つ(ッ)とより、おつる【落つる】ところ【所】を
と(ッ)【取つ】ておさへ【抑へ】て、つづけさま【続け様】に九(ここの)がたな【刀】ぞさい【刺い】たり
P04144
ける。其(その)時(とき)上下(じやうげ)手々(てんで)に火(ひ)をともい【点い】て、これを御(ご)
らんじみ【見】給(たま)ふに、かしら【頭】は猿(さる)、むくろは狸(たぬき)、尾(を)はくち
なは、手足(てあし)は虎(とら)の姿(すがた)なり。なく声(こゑ)■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)にぞに【似】たり
ける。おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もをろか(おろか)【愚】なり。主上(しゆしやう)御感(ぎよかん)のあま
りに、師子王(ししわう)といふ御剣(ぎよけん)をくださ【下さ】れけり。宇治(うぢ)の
左大臣殿(さだいじんどの)是(これ)をたまはり【賜り】つい【継い】で、頼政(よりまさ)にたばんとて、
御前(おんまえ)〔の〕きざはし【階】をなから【半】ばかりおり【降り】させ給(たま)へるとこ
ろ【所】に、比(ころ)は卯月(うづき)十日(とをか)あまりの事(こと)なれば、雲井(くもゐ)
に郭公(ほととぎす)二声(ふたこゑ)三(み)こゑ音(おと)づれてぞとをり(とほり)【通り】ける。
P04145
其(その)時(とき)左大臣殿(さだいじんどの)
ほととぎす名(な)をも雲井(くもゐ)にあぐる【上ぐる】かな
とおほせ【仰せ】られかけたりければ、頼政(よりまさ)右(みぎ)の膝(ひざ)をつき、
左(ひだり)の袖(そで)をひろげ、月(つき)をすこしそばめ【側目】にかけつつ、
弓(ゆみ)はり月(づき)【弓張り月】のいるにまかせ【任せ】て W028
と仕(つかまつ)り、御剣(ぎよけん)を給(たまは)(ッ)てまかり【罷り】いづ【出づ】。「弓矢(ゆみや)をと(ッ)てならび【双び】
なきのみならず、歌道(かだう)もすぐれたりけり」とぞ、
君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)あり【有り】ける。さてかの変化(へんげ)の物(もの)を
ば、うつほ舟(ぶね)【空舟】にいれ【入れ】てながさ【流さ】れけるとぞきこえ【聞え】し。
P04146
去(さんぬ)る応保(おうほう)(ヲウホウ)のころほひ、二条院(にでうのゐん)御在位(ございゐ)の時(とき)、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)と
いふ化鳥(けてう)禁中(きんちゆう)(キンチウ)にない【鳴い】て、しばしば震襟【*宸襟】(しんきん)をなやます
事(こと)あり【有り】き。先例(せんれい)をも(ッ)て頼政(よりまさ)をめさ【召さ】れけり。比(ころ)は
さ月(つき)【五月】廿日(はつか)あまりの、まだよひ【宵】の事(こと)なるに、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)ただ
一声(ひとこゑ)をとづれ(おとづれ)て、二声(ふたこゑ)ともなか【鳴か】ざりけり。目(め)ざす
とも【共】しら【知ら】ぬやみではあり【有り】、すがた【姿】かたちもみえ【見え】
ざれば、矢(や)つぼ【矢壷】をいづくともさだめがたし。頼政(よりまさ)
はかりこと【策】に、まづおほかぶら【大鏑】をと(ッ)てつがひ【番ひ】、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)の
声(こゑ)しつる内裏(だいり)のうへ【上】へぞいあげ【射上げ】たる。■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)かぶら【鏑】の
P04147
をと(おと)【音】におどろいて、虚空(こくう)にしばしひらめい【*ひひめい】たり。
二(に)の矢(や)に小鏑(こかぶら)と(ッ)てつがひ、ひいふつとい【射】き(ッ)【切つ】て、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)と
かぶら【鏑】とならべ【並べ】て前(まへ)にぞおとし【落し】たる。禁中(きんちゆう)(キンチウ)ざざめき
あひ、御感(ぎよかん)なのめならず。御衣(ぎよい)をかづけ【被け】させ給(たま)ひ
けるに、其(その)時(とき)は大炊御門(おほいのみかど)(ヲヲヰノミカド)の右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)これを
給(たま)はりつゐ(つい)で、頼政(よりまさ)にかづけ給(たま)ふとて、「昔(むかし)の養
由(やうゆ)は雲(くも)の外(ほか)の鴈(かり)をい【射】き。今(いま)の頼政(よりまさ)は雨(あめ)の中(うち)
に■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)をい【射】たり」とぞ感(かん)ぜられける。
五月(さつき)やみ名(な)をあらはせるこよひ【今宵】かな
P04148
と仰(おほせ)られかけたりければ、頼政(よりまさ)
たそかれ時(どき)もすぎ【過ぎ】ぬとおもふ【思ふ】に W029
と仕(つかまつ)り、御衣(ぎよい)を肩(かた)にかけて退出(たいしゆつ)す。其(その)後(のち)伊豆
国(いづのくに)給(たま)はり、子息(しそく)仲綱(なかつな)受領(じゆりやう)になし、我(わが)身(み)三位(さんみ)して、
丹波(たんば)の五ケ[B ノ]庄(ごかのしやう)、若狭(わかさ)のとう宮河(みやがは)知行(ちぎやう)して、さて
おはすべかりし人(ひと)の、よしなき謀叛(むほん)おこいて、宮(みや)
をもうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、我(わが)身(み)もほろびぬるこそ
『三井寺(みゐでら)炎上(えんしやう)』S0416
うたてけれ。○日(ひ)ごろは山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)こそ、みだり【猥り】がはしき
う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】つかまつる【仕まつる】に、今度(こんど)は穏便(をんびん)を存(ぞん)じてをと(おと)【音】も
P04149
せず。「南都(なんと)・三井寺(みゐでら)、或(あるい)は宮(みや)うけ【請け】とり奉(たてまつ)り、或(あるい)は宮(みや)
の御(おん)むかへ【迎へ】にまいる(まゐる)【参る】、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。されば三井
寺(みゐでら)をも南都(なんと)をもせめ【攻め】らるべし」とて、同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿七
日(にじふしちにち)、大将軍(たいしやうぐん)には入道(にふだう)の四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、副将
軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠度(ただのり)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)一万(いちまん)余騎(よき)
で、園城寺(をんじやうじ)へ発向(はつかう)す。寺(てら)にも堀(ほり)ほり、かいだて【掻楯】
かき、さかも木(ぎ)【逆茂木】ひい【引い】て待(まち)かけたり。卯剋(うのこく)に矢合(やあはせ)
して、一日(いちにち)たたかひ【戦ひ】くらす【暮す】。ふせく【防く】ところ【所】大衆(だいしゆ)以下(いげ)
の法師原(ほふしばら)、三百余人(さんびやくよにん)までうた【討た】れにけり。夜(よ)いくさ【軍】
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にな(ッ)て、くらさ【暗さ】はくらし、官軍(くわんぐん)(クハングン)寺(てら)にせめ【攻め】入(いり)て、火(ひ)を
はなつ【放つ】。やくる【焼くる】ところ【所】、本覚院(ほんがくゐん)、成喜院【*常喜院】(じやうきゐん)・真如院(しんによゐん)・
花園院(けをんゐん)、普賢堂(ふげんだう)・大宝院(だいほうゐん)・清滝院(しやうりゆうゐん)(シヤウリウゐん)【青龍院】、教大【*教待】(けうだい)和尚[B ノ](くわしやうの)(クハシヤウの)
本坊(ほんばう)ならびに本尊等(ほんぞんとう)、八間(はちけん)四面(しめん)の大講堂(だいかうだう)、鐘
楼(しゆろう)・経蔵(きやうざう)・灌頂堂(くわんぢやうだう)(クハンヂヤウダウ)、護法善神(ごほふぜんじん)(ゴホウゼンジン)の社壇(しやだん)、新熊野(いまぐまの)の
御宝殿(ごほうでん)、惣(そうじ)て堂舎(だうじや)塔廟(たふべう)(タウビヨウ)六百三十七宇(ろつぴやくさんじふしちう)、大津(おほつ)の
在家(ざいけ)一千八百五十三宇(いつせんはつぴやくごじふさんう)、智証(ちしやう)(チセウ)のわたし【渡し】給(たま)へる
一切経(いつさいきやう)七千(しちせん)余巻(よくわん)(ヨクハン)、仏像(ぶつざう)二千(にせん)余体(よたい)、忽(たちまち)に煙(けぶり)となる
こそかなしけれ。諸天五妙(しよてんごめう)のたのしみも此(この)時(とき)ながく
P04151
つき【尽き】、竜神(りゆうじん)(リウジン)三熱(さんねつ)のくるしみ【苦しみ】もいよいよさかん【盛】なるらん
とぞみえ【見え】し。それ三井寺(みゐでら)は、近江(あふみ)の義大領(ぎだいりやう)が
私(わたくし)の寺(てら)たりしを、天武天皇(てんむてんわう)によせ【寄せ】奉(たてまつり)て、御願(ごぐわん)(ごグハン)と
なす。本仏(ほんぶつ)もかの御門(みかど)の御本尊(ごほんぞん)、しかる【然る】を生身(しやうじん)
弥勒(みろく)ときこえ【聞え】給(たまひ)し教大【*教待】(けうだい)和尚(くわしやう)(クハシヤウ)百六十年(ひやくろくじふねん)おこな
ふ(おこなう)て、大師(だいし)に附属(ふぞく)し給(たま)へり。都士多天上(としたてんじやう)摩尼
宝殿(まにほうでん)よりあまくだり、はるかに竜花下生(りゆうげげしやう)(リウゲゲシヤウ)の
暁(あかつき)をまた【待た】せ給(たま)ふとこそきき【聞き】つるに、こはいかにし
つる事(こと)ども【共】ぞや。大師(だいし)此(この)ところ【所】を伝法(でんぼふ)(デンボウ)灌頂(くわんぢやう)(クハンヂヤウ)の
P04152
霊跡(れいせき)として、ゐけすい【井花水】の三(みつ)をむすび給(たまひ)しゆへ(ゆゑ)【故】に
こそ、三井寺(みゐでら)とは名(な)づけたれ。かかるめでたき
聖跡(しやうせき)なれども【共】、今(いま)はなに【何】ならず。顕密(けんみつ)須臾(しゆゆ)に
ほろびて、伽藍(がらん)さらに跡(あと)もなし。三密(さんみつ)道場(だうぢやう)も
なければ、鈴(れい)の声(こゑ)もきこえ【聞え】ず。一夏(いちげ)の花(はな)もなけ
れば、阿伽(あか)のをと(おと)【音】もせざりけり。宿老(しゆくらう)磧徳(せきとく)の名
師(めいし)は行学(ぎやうがく)におこたり、受法(じゆほふ)(ジユホウ)相承(さうじよう)(サウゼウ)の弟子(でし)は又(また)
経教(きやうげう)にわかれんだり。寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶【*円恵】(ゑんけい)法親王(ほつしんわう)、
天王寺(てんわうじ)の別当(べつたう)をとどめ【留め】らる。其(その)外(ほか)僧綱(そうがう)十三人(じふさんにん)
P04153
闕官(けつくわん)(ケツクハン)ぜられて、みな検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)にあづけらる。
悪僧(あくそう)はつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)にいたるまで卅(さんじふ)余
人(よにん)ながされけり。「かかる天下(てんが)のみだれ、国土(こくど)のさは
ぎ(さわぎ)【騒ぎ】、ただ事(こと)ともおぼえず。平家(へいけ)の世(よ)末(すゑ)になり
ぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
P04154


平家物語 高野本 巻第五


【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家 五(表紙)
P05001
平家五之巻 目録
都遷 付新都之沙汰   月見
物怪之沙汰       大庭早馬
朝敵揃         感陽宮
文学荒行        勧進帳
文学被流        福原院宣
富士川合戦       五節之沙汰
帰洛          奈良炎上
P05002

P05003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)
『都遷(みやこうつり)』S0501
○治承(ぢしよう)四年(しねん)六月(ろくぐわつ)三日[B ノヒ](みつかのひ)、福原(ふくはら)へ行幸(ぎやうがう)ある【有る】べし
とて、京中(きやうぢゆう)ひしめきあへり。此(この)日(ひ)ごろ都(みやこ)うつり
あるべしときこえ【聞え】しかども、忽(たちまち)に今明(きんみやう)の程(ほど)とは
思(おも)はざりつるに、こはいかにとて上下(じやうげ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへ
り。あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰さへ】三日(みつかのひ)とさだめ【定め】られたりしが、いま一日(ひとひ)
ひき【引き】あげて、二日(ふつかのひ)になりにけり。二日(ふつかのひ)の卯剋(うのこく)に、
すでに行幸(ぎやうがう)の御輿(みこし)をよせたりければ、主上(しゆしやう)
は今年(ことし)三歳(さんざい)、いまだいとけなう【幼けなう】ましましければ、
P05004
なに心(ごころ)【何心】もなうめさ【召さ】れけり。主上(しゆしやう)おさなう(をさなう)【幼う】わたらせ
給(たまふ)時(とき)の御同輿(ごとうよ)(ゴドウヨ)には、母后(ぼこう)こそまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふに、
是(これ)は其(その)儀(ぎ)なし。御(おん)めのと【乳母】、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の
北(きた)の方(かた)帥(そつ)のすけ【帥の典侍】殿(どの)ぞ、ひとつ【一つ】御輿(おんこし)にはまいら(まゐら)【参ら】れ
ける。中宮(ちゆうぐう)・一院(いちゐん)上皇(しやうくわう)御幸(ごかう)なる。摂政殿(せつしやうどの)をはじ
めたてま(ッ)【奉つ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、我(われ)も我(われ)も
と供奉(ぐぶ)せらる。三日(みつかのひ)福原(ふくはら)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)
頼盛卿(よりもりのきやう)の宿所(しゆくしよ)、皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)になる。同(おなじき)四日(よつかのひ)、頼盛(よりもり)家(いへ)の
賞(しやう)とて正二位(じやうにゐ)し給(たま)ふ。九条殿(くでうどの)の御子(おんこ)、右大将(うだいしやう)
P05005
能通【*良通】卿(よしみちのきやう)、こえられ給(たま)ひけり。摂禄(せつろく)の臣(しん)の御子息(ごしそく)、
凡人(ぼんにん)の次男(じなん)に加階(かかい)こえられ給(たま)ふ事(こと)、これ【是】はじめ
とぞきこえ【聞え】し。さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)を入道(にふだう)相国(しやうこく)やう
やう思(おも)ひなを(ッ)(なほつ)【直つ】て、鳥羽殿(とばどの)をいだし【出し】たてまつり、都(みやこ)
へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりしが、高倉宮(たかくらのみや)御謀反(ごむほん)に
よ(ッ)て、又(また)大(おほき)にいきどをり(いきどほり)【憤り】、福原(ふくはら)へ御幸(ごかう)なしたて
まつり【奉り】、四面(しめん)にはた板(いた)【端板】して、口(くち)ひとつ【一つ】あけたるうち
に、三間(さんげん)の板屋(いたや)をつく(ッ)てをし(おし)【押し】こめ【込め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、守護(しゆご)
の武士(ぶし)には、原田(はらだ)の大夫(だいふ)種直(たねなほ)ばかりぞ候(さうらひ)ける。た
P05006
やすう人(ひと)のまいり(まゐり)【参り】かよふ事(こと)もなければ、童部(わらはべ)(ハラハベ)は
籠(ろう)の御所(ごしよ)とぞ申(まうし)ける。きく【聞く】もいまいましう【忌々しう】おそ
ろしかり【恐ろしかり】し事共(ことども)也(なり)。法皇(ほふわう)「今(いま)は世(よ)の政(まつりごと)しろし
めさ【知し召さ】ばやとは、露(つゆ)もおぼしめし【思し召し】よらず。ただ山々(やまやま)
寺々(てらでら)修行(しゆぎやう)して、御心(おんこころ)のままになぐさま【慰さま】ばや」とぞおほせける。凡(およそ)(ヲヨソ)平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)にをひて(おいて)は
悉(ことごと)くきはまりぬ。「去(さんぬ)る安元(あんげん)よりこのかた、おほく【多く】
の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)、或(あるい)はながし、或(あるい)はうしなひ【失ひ】、関白(くわんばく)
ながし奉(たてまつ)り、わが聟(むこ)を関白(くわんばく)(クハンバク)になし、法王(ほふわう)を城南(せいなん)
P05007
の離宮(りきゆう)(リキウ)にうつし奉(たてまつ)り、第二(だいに)の皇子(わうじ)高倉(たかくら)の宮(みや)を
うちたてまつり【奉り】、いまのこる【残る】ところ【所】の都(みやこ)うつり
なれば、かやう【斯様】にし給(たま)ふにや」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。都(みやこ)
うつりは是(これ)先蹤(せんじよう)(センゼウ)なきにあらず。神武天皇(じんむてんわう)と申(まうす)
は地神(ぢじん)五代(ごだい)の帝(みかど)、彦波激武■■草不葺合
尊(ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみこと)の第四(だいし)の王子(わうじ)、御母(おんぱは)は玉(たま)より姫(ひめ)【玉依姫】、海人(かいじん)のむすめ
なり。神(かみ)の代(よ)十二代(じふにだい)の跡(あと)をうけ、人代(にんだい)百王(はくわう)の帝
祖(ていそ)也(なり)。辛酉歳(かのとのとりのとし)、日向国(ひうがのくに)宮崎(みやざき)の郡(こほり)(コヲリ)にして皇王(くわうわう)の
宝祚(ほうそ)をつぎ、五十九(ごじふく)年(ねん)とい(ッ)し己未歳(つちのとのひつじのとし)十月(じふぐわつ)に
P05008
東征(とうせい)して、豊葦原中津国(とよあしはらなかつくに)にとどまり、このごろ
大和国(やまとのくに)となづけ【名付け】たるうねび【畝傍】の山(やま)を点(てん)じて帝都(ていと)を
たて、柏原(かしはら)【橿原】の地(ち)をきりはら(ッ)【払つ】て宮室(きゆうしつ)(キウシツ)をつくり給(たま)へ
り。これをかし原(はら)【橿原】の宮(みや)と名(な)づけ【名付け】たり。それより
このかた、代々(だいだい)の帝王(ていわう)、都(みやこ)を他国(たこく)他所(たしよ)へうつさるる
事(こと)卅(さんじふ)度(ど)にあまり、四十(しじふ)度(ど)に及(およ)べり。神武天皇(じんむてんわう)
より景行天皇(けいかうてんわう)まで十二代(じふにだい)は、大和国(やまとのくに)こほりごほり【郡々】
にみやこをたて、他国(たこく)へはつゐに(つひに)【遂に】うつされず。し
かる【然る】を、成務天皇(せいむてんわう)元年(ぐわんねん)に近江国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、
P05009
志賀(しが)の郡(こほり)に都(みやこ)をたつ。仲哀天皇(ちゆうあいてんわう)(チウアイてんわう)二年(にねん)に長門
国(ながとのくに)にうつ(ッ)て、豊良【*豊浦】郡(とよらのこほり)に都(みやこ)をたつ。其(その)国(くに)の彼(かの)みや
こにて、御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)しかば、きさき神宮【*神功】皇后(じんぐうくわうごう)(ジンクウクハウゴウ)
御世(おんよ)をうけ【受け】とら【取ら】せ給(たま)ひ、女体(によてい)として、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・
荊旦【*契丹】(けいたん)までせめ【攻め】したがへさせ給(たま)ひけり。異国(いこく)のい
くさ【軍】をしづめさせ給(たま)ひて帰朝(きてう)の後(のち)、筑前国(ちくぜんのくに)三
笠[B ノ]郡(みかさのこほり)にして皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)、其(その)所(ところ)をばうみの
宮(みや)【産の宮】とぞ申(まうし)たる。かけまくもかたじけなく【忝く】やわた(やはた)【八幡】
の御事(おんこと)これ也(なり)。位(くらゐ)につかせ給(たま)ひては、応神天皇(おうじんてんわう)(ヲウジンてんわう)
P05010
とぞ申(まうし)ける。其(その)後(のち)、神宮[B 「宮」に「功イ」と傍書]皇后(じんぐうくわうごう)は大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)
て、岩根稚桜(いはねわかざくら)のみや【宮】におはします。応神天皇(おうじんてんわう)(ヲウジンてんわう)は
同国(どうこく)軽島明(かるしまあかり)(カルシマノアスケノ)の宮(みや)にすませ給(たま)ふ。仁徳天皇(にんとくてんわう)元
年(ぐわんねん)に津国(つのくに)難波(なには)にうつ(ッ)て、高津(たかつ)の宮(みや)におはします。
履中天皇(りちゆうてんわう)(リチウてんわう)二年(にねん)に大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、とうち(とをち)【十市】の
郡(こほり)にみやこをたつ。反正天皇(はんせいてんわう)元年(ぐわんねん)に河内国(かはちのくに)
にうつ(ッ)て、柴垣(しばがき)の宮(みや)にすませ給(たま)ふ。允恭天皇(いんげうてんわう)四
十二年(しじふにねん)に又(また)大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、飛鳥(とぶとり)のあすかの
宮(みや)【飛鳥の宮】におはします。雄略天皇(ゆうりやくてんわう)(イウリヤクてんわう)廿一年(にじふいちねん)に同国(おなじきくに)泊
P05011
瀬(はつせ)あさくら【朝倉】に宮(みや)ゐ【宮居】し給(たま)ふ。継体天皇(けいていてんわう)五年(ごねん)
に山城国(やましろのくに)つづき【綴喜】にうつ(ッ)て十二年(じふにねん)、其(その)後(のち)乙訓(おとぐに)(ヲトグニ)に宮(みや)
ゐ【宮居】し給(たま)ふ。宣化天皇(せんくわてんわう)(センクハてんわう)元年(ぐわんねん)に又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、
桧隈(ひのくま)の入野(いるの)の宮(みや)におはします。孝徳天皇(かうとくてんわう)大
化(たいくわ)(タイクハ)元年(ぐわんねん)に摂津国(つのくに)長良【*長柄】(ながら)にうつ(ッ)て、豊崎(とよざき)の宮(みや)に
すませ給(たま)ふ。斉明天皇(せいめいてんわう)二年(にねん)、又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、
岡本(をかもと)の宮(みや)におはします。天智天皇(てんちてんわう)六年(ろくねん)に近江
国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、大津宮(おほつのみや)にすませ給(たま)ふ。天武天皇(てんむてんわう)元
年(ぐわんねん)に猶(なほ)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、岡本(をかもと)の南(みなみ)の宮(みや)にすま
P05012
せ給(たま)ふ。これを清見原(きよみばら)の御門(みかど)と申(まうし)き。持統(ぢどう)・文
武(もんむ)二代(にだい)の聖朝(せいてう)は、同国(どうこく)藤原(ふぢはら)の宮(みや)におはします。
元明天皇(げんめいてんわう)より光仁天皇(くわうにんてんわう)まで七代(しちだい)は、奈良(なら)
の都(みやこ)にすませ給(たま)ふ。しかる【然る】を桓武天皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)三
年(さんねん)十月(じふぐわつ)二日(ふつかのひ)、奈良(なら)の京(きやう)春日(かすが)の里(さと)より山城国(やましろのくに)長
岡(ながをか)にうつ(ッ)て、十年(じふねん)とい(ッ)し正月(しやうぐわつ)に、大納言(だいなごん)藤原(ふぢはらの)
小黒丸(をぐろまる)、参議(さんぎ)左大弁(さだいべん)紀(き)のこさむみ(こさみ)【古佐美】、大僧都(だいそうづ)玄慶【*賢■王+景】
等(げんけいら)(ゲンキヤウら)をつかはし【遣し】て、当国(たうごく)賀殿【*葛野】郡(かどののこほり)宇多(うだ)の村(むら)を見(み)
せらるるに、両人(りやうにん)共(とも)に奏(そう)して云(いはく)、「此(この)地(ち)の体(てい)をみる【見る】に、
P05013
左青竜(さしやうりう)、右白虎(うびやつこ)、前朱雀(ぜんしゆしやく)、後玄武(ごげんむ)、四神(しじん)相応(さうおう)(サウヲウ)の
地(ち)也(なり)。尤(もつとも)帝都(ていと)をさだむるにたれり」と申(まうす)。仍(よつて)乙城
都(をたぎのこほり)におはします賀茂大明神(かものだいみやうじん)に告(つげ)申(まう)させ給(たま)ひ
て、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)十三年(じふさんねん)十二月(じふにぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、長岡(ながをか)の京(きやう)より此(この)京(きやう)へ
うつされて後(のち)、帝王(ていわう)卅二代(さんじふにだい)、星霜(せいざう)は三百八十(さんびやくはちじふ)余
歳(よさい)の春秋(しゆんしう)ををくり(おくり)【送り】むかふ【向ふ】。「昔(むかし)より代々(よよ)の帝
王(ていわう)、国々(くにぐに)ところどころ【所々】に多(おほく)(ヲヲク)の都(みやこ)をたてられしか
ども、かくのごとくの勝地(しようち)(セウチ)はなし」とて、桓武天
皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)ことに執(しつ)しおぼしめし【思し召し】、大臣(だいじん)公卿(くぎやう)諸道(しよだう)の
P05014
才人等(さいじんら)に仰(おほせ)あはせ【合はせ】、長久(ちやうきう)なるべき様(やう)とて、土(つち)
にて八尺(はつしやく)の人形(にんぎやう)をつくり、くろがね【鉄】の鎧(よろひ)(ヨロイ)甲(かぶと)をきせ【着せ】、お
なじうくろがね【鉄】の弓矢(ゆみや)をもたせて、東山[B ノ](ひがしやまの)嶺(みね)に、
西(にし)むきにたててうづま【埋ま】れけり。「末代(まつだい)に此(この)都(みやこ)を
他国(たこく)へうつす事(こと)あらば、守護神(しゆごじん)となるべし」と
ぞ、御約束(おんやくそく)あり【有り】ける。されば天下(てんが)に事(こと)いでこ【出で来】んと
ては、この塚(つか)必(かなら)ず鳴動(めいどう)す。将軍(しやうぐん)が塚(つか)とて今(いま)に
あり【有り】。桓武天皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)と申(まうす)は、平家(へいけ)の曩祖(なうそ)にておはし
ます。なかにもこの【此の】京(きやう)をば平安城(へいあんじやう)と名(な)づけて、
P05015
たいらか(たひらか)【平か】にやすきみやことかけり。尤(もつとも)平家(へいけ)のあ
がむべきみやこなり。先祖(せんぞ)の御門(みかど)のさしも執(しつ)し
おぼしめさ【思し召さ】れたる都(みやこ)を、させるゆへ(ゆゑ)【故】なく、他国(たこく)他
所(たしよ)へうつさるるこそあさましけれ。嵯峨(さが)の皇
帝(くわうてい)の御時(おんとき)、平城(へいぜい)の先帝(せんてい)、内侍(ないし)のかみのすすめ【勧め】
によ(ッ)て、世(よ)をみだり給(たま)ひし時(とき)、すでにこの京(きやう)を
他国(たこく)へうつさんとせさせ給(たま)ひしを、大臣(だいじん)公卿(くぎやう)、諸
国(しよこく)の人民(じんみん)そむき申(まうし)しかば、うつされずしてや
みにき。一天(いつてん)の君(きみ)、万乗(ばんじよう)のあるじ【主】だにもうつし【遷し】
P05016
え【得】給(たま)はぬ都(みやこ)を、入道(にふだう)相国(しやうこく)、人臣[* 「人身」と有るのを他本により訂正](じんしん)の身(み)としてうつ
されけるぞおそろしき【恐ろしき】。旧都(きうと)はあはれめでた
かりつる都(みやこ)ぞかし。王城(わうじやう)守護(しゆご)の鎮守(ちんじゆ)は四方(よも)
に光(ひかり)をやはらげ、霊験(れいげん)殊勝(しゆしよう)(シユセウ)の寺々(てらでら)は、上下(じやうげ)に
甍(いらか)をならべ給(たま)ひ、百姓(ひやくしやう)万民(ばんみん)わづらひ【煩ひ】なく、五畿(ごき)
七道(しちだう)もたよりあり【有り】。されども、今(いま)は辻々(つぢつぢ)をみな堀(ほり)
き(ッ)て、車(くるま)な(ン)ど(なんど)のたやすうゆき【行き】かふ事(こと)もなし。
たまさかにゆく人(ひと)もこ【小】車(ぐるま)にのり、路(みち)をへ【経】てこそ
とをり(とほり)【通り】けれ。軒(のき)をあらそひし人(ひと)のすまひ【住ひ】、
P05017
日(ひ)をへ【経】つつあれゆく。家々(いへいへ)は賀茂河(かもがは)・桂河(かつらがは)に
こぼちいれ【入れ】、筏(いかだ)にくみうかべ【浮べ】、資財(しざい)雑具(ざふぐ)(ザウグ)舟(ふね)につみ、
福原(ふくはら)へとてはこび下(くだ)す。ただなりに花(はな)の都(みやこ)
ゐ中(なか)になるこそかなしけれ。なにもの【何者】のしわ
ざにやあり【有り】けん、ふるき都(みやこ)の内裏(だいり)の柱(はしら)に、二首(にしゆ)の
歌(うた)をぞかい【書い】たりける。
ももとせを四(よ)かへり【返り】までにすぎき【過来】にし
乙城(をたぎ)のさと【理】のあれ【荒れ】やはてなん W030
さき【咲き】いづる【出づる】花(はな)の都(みやこ)をふりすてて
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風(かぜ)ふく原(はら)のすゑ【末】ぞあやうき(あやふき)【危ふき】 W031
同(おなじき)六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめあるべしとて、上卿(しやうけい)
には徳大寺[B ノ](とくだいじの)左大将(さだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)、土御門(つちみかど)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)
通信【*通親】(とうしん)(ミチノブ)の卿(きやう)、奉行(ぶぎやう)の弁(べん)には蔵人[B ノ](くらんどの)左少弁(させうべん)行隆(ゆきたか)、官
人共(くわんにんども)めし【召し】具(ぐ)して、和[B 田](わだ)の松原(まつばら)の西(にし)の野(の)を点(てん)じて、
九城(きうじやう)の地(ち)をわら【割ら】れけるに、一条(いちでう)よりしも【下】五条(ごでう)ま
では其(その)所(ところ)あ(ッ)て、五条(ごでう)よりしも【下】はなかりけり。行事
官(ぎやうじくわん)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよしを奏聞(そうもん)す。さらば播磨(はりま)のい
なみ野(の)【印南野】か、なを(なほ)【猶】摂津国(つのくに)の児屋野(こやの)かな(ン)ど(なんど)いふ公卿(くぎやう)僉
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議(せんぎ)あり【有り】しかども、事(こと)ゆくべしとも見(み)えざりけり。
旧都(きうと)をばすでにうかれぬ、新都(しんと)はいまだ事(こと)
ゆかず。あり【有り】としある人(ひと)は、身(み)をうき雲(ぐも)【浮雲】のおもひ【思ひ】を
なす。もとこのところ【所】にすむ物(もの)は、地(ち)をうしな(ッ)【失つ】てう
れへ、いまうつる人々(ひとびと)は土木(とぼく)のわづらひ【煩ひ】をなげき
あへり。すべてただ夢(ゆめ)のやうなりし事(こと)どもなり。
土御門(つちみかどの)宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)通信【*通親】卿(とうしんのきやう)(ミチノブノきやう)申(まう)されけるは、異国(いこく)には、
三条(さんでう)の広路(くわうろ)(クハウロ)をひらい【開い】て十二(じふに)の洞門(とうもん)をたつと
見(み)えたり。いはんや五条(ごでう)まであらん都(みやこ)に、などか
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内裏(だいり)をたてざるべき。かつがつさと内裏(だいり)[* 「さう内裏」と有るのを他本により訂正]【里内裏】つくるべき
よし議定(ぎぢやう)あ(ッ)て、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、臨時(りんじ)に周防
国(すはうのくに)を給(たまは)(ッ)て、造進(ざうしん)せられるべきよし、入道(にふだう)相国(しやうこく)はからひ
申(まう)されけり。この国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)は大福長者(だいふくちやうじや)にておはすれ
ば、つくりいだされん事(こと)、左右(さう)に及(およ)ばねども、いかが
国(くに)の費(つい)へ(つひえ)、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】なかるべき。まこと【誠】にさしあ
た(ッ)たる大事(だいじ)、大嘗会(だいじやうゑ)な(ン)ど(なんど)のおこなはるべきをさし【差し】
をい(おい)【置い】て、かかる世(よ)のみだれに遷都(せんと)造内裏(ざうだいり)、すこし【少し】も
相応(さうおう)(サウヲウ)せず。「いにしへのかしこき御代(みよ)には、すなはち内
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裏(だいり)に茨(かや)をふき、軒(のき)をだにもととのへず。煙(けぶり)のとも
しき【乏しき】を見(み)給(たま)ふ時(とき)は、かぎりある御(み)つぎ物(もの)をもゆ
るさ【免さ】れき。これすなはち民(たみ)をめぐみ【恵み】、国(くに)をたすけ【助け】
給(たま)ふによ(ッ)てなり。楚(そ)帝花(ていくわ)【*章華(しやうくわ)】の台(うてな)をたてて、黎民(れいみん)あ
らけ【索げ】、秦(しん)阿房(あばう)の殿(てん)をおこし【起こし】て、天下(てんが)みだるといへり。
茅茨(ばうし)きらず、采椽(さいてん)けづらず、周車(しうしや)かざらず、衣
服(いふく)あや【文】なかりける世(よ)もあり【有り】けん物(もの)を。されば唐(たう)
の大宗(たいそう)は、離山宮【*驪山宮】(りさんきゆう)をつく(ッ)て、民(たみ)の費(つひえ)(ツイヘ)をやはばから
せ給(たまひ)けん、遂(つひ)(ツイ)に臨幸(りんかう)なくして、瓦(かはら)に松(まつ)をひ(おひ)【生ひ】、墻(かき)に
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蔦(つた)しげ(ッ)て止(やみ)にけるには相違(さうい)かな」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。
『月見(つきみ)』S0502
○六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめ、八月(はちぐわつ)十日(とをか)上棟(しやうとう)、十一
月(じふいちぐわつ)十三日(じふさんにち)遷幸(せんかう)とさだめ【定め】らる。ふるき都(みやこ)はあれ【荒れ】ゆ
けば、いまの都(みやこ)は繁昌(はんじやう)す。あさましかりける夏(なつ)
もすぎ、秋(あき)にも已(すで)になりにけり。やうやう秋(あき)もなか
ばになりゆけば、福原(ふくはら)の新都(しんと)にまします人々(ひとびと)、
名所(めいしよ)の月(つき)をみんとて、或(あるい)は源氏(げんじ)の大将(だいしやう)の昔(むかし)の
跡(あと)をしのび【忍び】つつ須ま【*須磨】(すま)より明石(あかし)の浦(うら)づたひ【浦伝ひ】、淡路(あはぢ)の
せとををし(おし)【押し】わたり、絵島(ゑしま)が磯(いそ)の月(つき)をみる【見る】。或(あるい)は
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しらら【白良】・吹上(ふきあげ)・和歌(わか)の浦(うら)、住吉(すみよし)・難波(なには)・高砂(たかさご)・尾上(をのへ)の月(つき)
のあけぼのをながめてかへる人(ひと)もあり【有り】。旧都(きうと)にの
こる人々(ひとびと)は、伏見(ふしみ)・広沢(ひろさは)の月(つき)を見(み)る。其(その)なかにも
徳大寺(とくだいじ)の左大将(さだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)は、ふるき都(みやこ)の月(つき)を
恋(こひ)て、八月(はちぐわつ)十日(とをか)あまりに、福原(ふくはら)よりぞのぼり【上り】給(たま)ふ。
何事(なにごと)も皆(みな)かはりはてて、まれにのこる家(いへ)は、門前(もんぜん)
草(くさ)ふかくして庭上(ていしやう)露(つゆ)しげし。蓬(よもぎ)が杣(そま)、浅茅(あさぢ)が
原(はら)、鳥(とり)のふしど【臥所】とあれ【荒れ】はてて、虫(むし)の声々(こゑごゑ)うらみ【恨み】つつ、
黄菊(くわうきく)(クハウキク)紫蘭(しらん)の野辺(のべ)とぞなりにける。故郷(こきやう)の
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名残(なごり)とては、近衛河原(こんゑかはら)(コんヘかはら)の大宮(おほみや)ばかりぞましまし
ける。大将(だいしやう)その御所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、まづ随身(ずいじん)に惣門(そうもん)を
たたかせらるるに、うちより女(をんな)の声(こゑ)して、「た【誰】そや、
蓬生(よもぎふ)(ヨモギウ)の露(つゆ)うちはらう人(ひと)もなき所(ところ)に」ととがむ
れば、「福原(ふくはら)より大将殿(だいしやうどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)」と申(まうす)。「惣門(そうもん)は
じやう(ぢやう)【錠】のさされてさぶらふぞ。東面(ひがしおもて)の小門(こもん)よりいら【入ら】
せ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、大将(だいしやう)さらばとて、東(ひがし)の門(もん)より
まいら(まゐら)【参ら】れけり。大宮(おほみや)は御(おん)つれづれに、昔(むかし)をやおぼし
めし【思召し】いで【出で】させ給(たま)ひけん。南面(みなみおもて)の御格子(みかうし)あげさせて、
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御琵琶(おんびは)あそばさ【遊ばさ】れけるところに、大将(だいしやう)まいら(まゐら)【参ら】れ
たりければ、「いかに、夢(ゆめ)かやうつつ【現】か、これへこれへ」とぞ
仰(おほせ)ける。源氏(げんじ)の宇治(うぢ)の巻(まき)には、うばそくの宮(みや)
の御(おん)むすめ、秋(あき)のなごり【名残】をおしみ(をしみ)【惜しみ】、琵琶(びは)をしらべ【調べ】
て夜(よ)もすがら心(こころ)をすまし【澄まし】給(たま)ひしに、在明(ありあけ)の月(つき)
のいで【出で】けるを、猶(なほ)たえ(たへ)【堪へ】ずやおぼしけん、撥(ばち)にてま
ねき給(たま)ひけんも、いまこそおもひ【思ひ】しられけれ。待(まつ)
よひ【待宵】の小侍従(こじじゆう)といふ女房(にようばう)も、此(この)御所(ごしよ)にぞ候(さぶらひ)ける。
この女房(にようばう)を待(まつ)よひと申(まうし)ける事(こと)は、或(ある)時(とき)御所(ごしよ)
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にて「まつよひ、かへる【帰る】あした、いづれかあはれ【哀】はまさ
れる」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、
待(まつ)よひのふけ【更け】ゆく鐘(かね)の声(こゑ)きけば
かへるあしたの鳥(とり)はものかは W032
とよみ【詠み】たりけるによ(ッ)てこそ待(まつ)よひとはめさ【召さ】れけ
れ。大将(だいしやう)かの女房(にようばう)よび【呼び】いだし、昔(むかし)いまの物(もの)がたり【物語】
して、さ夜(よ)もやうやうふけ行(ゆけ)ば、ふるきみやこの
あれ【荒れ】ゆくを、いまやう【今様】にこそうたはれけれ。ふる
き都(みやこ)をき【来】てみれ【見れ】ばあさぢ【浅茅】が原(はら)とぞあれ【荒れ】にける
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月(つき)の光(ひかり)はくまなくて秋風(あきかぜ)のみぞ身(み)にはしむ K037 Iと、三
反(さんべん)うたひ【歌ひ】すまされければ、大宮(おほみや)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
御所(ごしよ)中(ぢゆう)の女房(にようばう)たち【達】、みな袖(そで)をぞぬらさ【濡らさ】れける。去(さる)
程(ほど)に夜(よ)もあけ【明け】ければ、大将(だいしやう)いとま申(まうし)て、福原(ふくはら)へこそ
かへら【帰ら】れけれ。御(おん)ともに候(さうらふ)蔵人(くらんど)をめし【召し】て、「侍従(じじゆう)
があまりなごりおしげ(をしげ)【惜し気】におもひ【思ひ】たるに、なんぢかへ(ッ)【帰つ】
てなにともいひ【言ひ】てこよ」と仰(おほ)せければ、蔵人(くらんど)
はしり【走り】かへ(ッ)【帰つ】て、「「畏(かしこま)り申(まう)せ」と候(さうらふ)」とて、
物(もの)かはと君(きみ)がいひけん鳥(とり)のねの
P05028
けさ【今朝】しもなどかかなしかる【悲しかる】覧(らん) W033
女房(にようばう)涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て、
また【待た】ばこそふけゆく鐘(かね)も物(もの)ならめ
あかぬわかれの鳥(とり)の音(ね)ぞうき W034
蔵人(くらんど)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよし申(まうし)たりければ、「され
ばこそなんぢをばつかはし【遣し】つれ」とて、大将(だいしやう)大(おほき)
に感(かん)ぜられけり。それよりしてこそ物(もの)かはの蔵
『物怪(もつけ)之(の)沙汰(さた)』S0503
人(くらんど)とはいはれけれ。○福原(ふくはら)へ都(みやこ)をうつされて後(のち)、
平家(へいけ)の人々(ひとびと)夢見(ゆめみ)もあしう【悪しう】、つねは心(こころ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】
P05029
のみして、変化(へんげ)の物(もの)どもおほかり【多かり】けり。ある【或】夜(よ)入
道(にふだう)のふし【臥し】給(たま)へるところ【所】に、ひとま【一間】にはばかる程(ほど)
の物(もの)の面(おもて)いできて、のぞきたてまつる【奉る】。入道(にふだう)相国(しやうこく)
ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、ちやうどにらまへ【睨まへ】ておはし【在し】ければ、
ただぎえ【唯消え】にきえうせぬ。岡(をか)の御所(ごしよ)と申(まうす)はあ
たらしうつくら【造ら】れたれば、しかる【然る】べき大木(たいぼく)もな
かりけるに、ある【或】夜(よ)おほ木(ぎ)のたふるる【倒るる】音(おと)して、
人(ひと)ならば二三十人(にさんじふにん)が声(こゑ)して、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】こと
あり【有り】けり。これはいかさまにも天狗(てんぐ)の所為(しよい)といふ
P05030
沙汰(さた)にて、ひきめ【蟇目】の当番(たうばん)となづけ【名付け】て、よる百人(ひやくにん)
ひる五十人(ごじふにん)の番衆(ばんしゆ)をそろへて、ひきめをゐ(い)【射】
させらるるに、天狗(てんぐ)のあるかた【方】へむい【向い】てゐ(い)【射】たる時(とき)は
音(おと)もせず。ない方(かた)へむい【向い】てゐ(い)【射】たるとおぼしき時(とき)は、
どつとわらひ【笑ひ】な(ン)ど(なんど)しけり。又(また)あるあした【朝】、入道(にふだう)相
国(しやうこく)帳台(ちやうだい)よりいで【出で】て、つま戸(ど)【妻戸】ををし(おし)【押し】ひらき、坪(つぼ)の
うちを見(み)給(たま)へば、死人(しにん)のしやれかうべ【骸骨】どもが、いく
らといふかず【数】もしら【知ら】ず庭(には)にみちみちて、うへ【上】になり
した【下】になり、ころびあひころびのき、はし【端】なるは
P05031
なか【中】へまろびいり中(なか)なるははし【端】へいづ。おびたたしう【夥しう】
からめきあひければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)「人(ひと)やある、人(ひと)や
ある」とめさ【召さ】れけれども、おりふし(をりふし)【折節】人(ひと)もまいら(まゐら)【参ら】ず。
かくしておほくのどくろ【髑髏】どもがひとつ【一つ】にかた
まりあひ、つぼ【坪】のうちにはばかるほど【程】にな(ッ)て、たか
さは十四五(じふしご)丈(ぢやう)もあるらんとおぼゆる【覚ゆる】山(やま)のごとくに
なりにけり。かのひとつ【一つ】の大(おほ)がしら【頭】に、いき【生き】たる人(ひと)
のまなこの様(やう)に大(だい)のまなこどもが千万(せんまん)いで
きて、入道(にふだう)相国(しやうこく)をちやうどにらまへ【睨まへ】て、まだた
P05032
き【瞬き】もせず。入道(にふだう)すこし【少し】もさはが(さわが)【騒が】ず、はたとにら
まへ【睨まへ】てしばらくたた【立た】れたり。かの大(おほ)がしら余(あまり)に
つよくにらまれたてまつり霜露(しもつゆ)な(ン)ど(なんど)の日(ひ)に
あた(ッ)てきゆる【消ゆる】やうに、跡(あと)かた【跡形】もなくなりにけり。
其(その)外(ほか)に、一(いち)の厩(みまや)にたててとねり【舎人】あまたつけられ、
あさゆふ【朝夕】ひまなくなで【撫で】かは【飼は】れける馬(むま)の尾(を)に、
一夜(いちや)のうちにねずみ【鼠】巣(す)をくひ、子(こ)をぞうん【産ん】だ
りける。「これただ事(こと)にあらず」とて、七人(しちにん)の陰陽
師(おんやうじ)(ヲンヤウジ)にうらなは【占は】せられければ、「おもき【重き】御(おん)つつしみ」と
P05033
ぞ申(まうし)ける。この御馬(おんむま)は、相模[B ノ]国(さがみのくに)の住人(ぢゆうにん)大庭(おほばの)(ヲウバノ)三郎(さぶらう)
景親(かげちか)が、東(とう)八ケ国一(はつかこくいち)の馬(むま)とて、入道(にふだう)相国(しやうこく)にまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】たり。くろき馬(むま)の額(ひたひ)しろかり【白かり】けり。名(な)をば望
月(もちづき)とぞつけられたる。陰陽頭(おんやうのかみ)(インヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべ)の泰親(やすちか)給(たま)はり
けり。昔(むかし)天智天皇(てんちてんわう)の御時(おんとき)、竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)の尾(を)に
一夜(いちや)の中(うち)に鼠(ねずみ)す【巣】をくひ、子(こ)をうん【産ん】だりけるには、
異国(いこく)の凶賊(きようぞく)(ケウゾク)蜂起(ほうき)したりけるとぞ、日本記(につぽんぎ)には
みえ【見え】たる。又(また)、源(げん)中納言(ぢゆうなごん)雅頼卿(まさよりのきやう)のもとに候(さうらひ)ける青
侍(せいし)が見(み)たりけるゆめ【夢】も、おそろしかり【恐ろしかり】けり。たとへば、
P05034
大内(おほうち)の神祇官(じんぎくわん)(じんぎクハン)とおぼしきところ【所】に、束帯(そくたい)ただ
しき上臈(じやうらふ)(じやうラウ)たちあまたおはして、儀定【*議定】(ぎぢやう)の様(やう)なる
事(こと)のあり【有り】しに、末座(ばつざ)なる人(ひと)の、平家(へいけ)のかたう
ど【方人】するとおぼしきを、その中(なか)よりお(ッ)【追つ】たて【立て】らる。
かの青侍(せいし)夢(ゆめ)の心(こころ)に、「あれはいかなる上臈(じやうらふ)にて
ましますやらん」と、ある【或】老翁(らうおう)(ラウヲウ)にとひ【問ひ】たてま
つれ【奉れ】ば、「厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)」とこたへ給(たま)ふ。其(その)後(のち)座
上(ざしやう)にけだかげなる宿老(しゆくらう)の在(まし)ましけるが、「この
日来(ひごろ)平家(へいけ)のあづかり【預り】たりつる節斗(せつと)をば、
P05035
今(いま)は伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)頼朝(よりとも)にたば【賜ば】うずる也(なり)」と仰(おほせ)
られければ、其(その)御(おん)そばに猶(なほ)宿老(しゆくらう)の在(まし)ましける
が、「其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび【賜び】候(さうら)へ」と仰(おほせ)らるるといふ
夢(ゆめ)を見(み)て、是(これ)を次第(しだい)にとひたてまつる【奉る】。「節斗(せつと)
を頼朝(よりとも)にたばうとおほせられつるは八幡大菩
薩(はちまんだいぼさつ)、其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られつるは
春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)、かう申(まうす)老翁(らうおう)は武内(たけうち)の大明神(だいみやうじん)」と
仰(おほせ)らるるといふ夢(ゆめ)を見(み)て、これを人(ひと)にかたる
程(ほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)もれ【漏れ】きい【聞い】て、源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)秀貞(ひでさだ)【*季貞(すゑさだ)】
P05036
をも(ッ)て雅頼卿(がらいのきやう)のもとへ、「夢(ゆめ)O[BH 見(み)]の青侍(せいし)、いそぎ【急ぎ】是(これ)
へたべ」と、の給(たま)ひつかはさ【遣さ】れたりければ、かの夢(ゆめ)見(み)
たる青侍(せいし)やがて逐電(ちくてん)してんげり。雅頼卿(がらいのきやう)い
そぎ入道(にふだう)相国(しやうこく)のもとへゆき【行き】むか(ッ)て、「ま(ッ)たくさる
こと候(さうら)はず」と陳(ちん)じ申(まう)されければ、其(その)後(のち)さた【沙汰】もな
かりけり。それにふしぎなりし事(こと)には、清盛公(きよもりこう)
いまだ安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、じんばい【神拝】のつゐで(ついで)に、れい
む【霊夢】をかうぶ(ッ)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつに
たまはれたりし、銀(しろかね)のひるまきしたる小長刀(こなぎなた)、
P05037
つねの枕(まくら)をはなたず、たてられたりしが、ある夜(よ)
俄(にはか)にうせにけるこそふしぎなれ。平家(へいけ)日(ひ)ごろ
は朝家(てうか)の御(おん)かためにて、天下(てんが)を守護(しゆご)せしかども、
今(いま)は勅命(ちよくめい)にそむけば、節斗(せつと)をもめし【召し】かへ
さ【返さ】るるにや、心(こころ)ぼそうぞきこえ【聞え】し。なかにも高
野(かうや)におはしける宰相(さいしやう)入道(にふだう)成頼(せいらい)、か様(やう)【斯様】の事(こと)共(ども)
をつたへきい【聞い】て、「すは平家(へいけ)の代(よ)はやうやう末(すゑ)に
なりぬるは。いつくしまの大明神(だいみやうじん)の平家(へいけ)のかた
うど【方人】をし給(たま)ひけるといふは、そのいはれあり【有り】。但(ただし)
P05038
それは沙羯羅竜王(しやかつらりゆうわう)(シヤカツラリウわう)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)なれば、女神(によしん)
とこそうけ給(たま)はれ【承れ】。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の、せつと【節斗】を頼朝(よりとも)
にたば【賜ば】うど仰(おほせ)られけるはことはり(ことわり)【理】也(なり)。春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)
の、其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られけるこそ
心(こころ)えね。それも平家(へいけ)ほろび、源氏(げんじ)の世(よ)つきなん
後(のち)、大織冠(たいしよくわん)(タイシヨクハン)の御末(おんすゑ)、執柄家(しつぺいけ)の君達(きんだち)の天下(てんが)の将
軍(しやうぐん)になり給(たま)ふべき歟(か)」な(ン)ど(なんど)ぞの給(たま)ひける。又(また)或(ある)
僧(そう)のおりふし(をりふし)【折節】来(き)たりけるが申(まうし)けるは、「夫(それ)神明(しんめい)は
和光垂跡(わくわうすいしやく)の方便(はうべん)まちまちにましませば、或(ある)時(とき)は
P05039
俗体(ぞくたい)とも現(げん)じ、或(ある)時(とき)は女神(によしん)ともなり給(たま)ふ。誠(まこと)に
厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)は、女神(によしん)とは申(まうし)ながら、三明(さんみやう)六通(ろくつう)
の霊神(れいしん)にてましませば、俗体(ぞくたい)に現(げん)じ給(たま)はんも
かたかるべきにあらず」とぞ申(まうし)ける。うき世(よ)をいとひ
実(まこと)の道(みち)に入(いり)ぬれば、ひとへに後世(ごせ)菩提(ぼだい)の外(ほか)は
世(よ)のいとなみあるまじき事(こと)なれども、善政(ぜんせい)を
きい【聞い】ては感(かん)じ、愁(うれへ)をきい【聞い】てはなげく【歎く】、これみな人
『早馬(はやむま)』S0504
間(にんげん)の習(ならひ)なり。○同(おなじき)九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、相模国(さがみのくに)の住人(ぢゆうにん)大庭(おほばの)(ヲホバノ)三
郎(さぶらう)景親(かげちか)、福原(ふくはら)へ早馬(はやむま)をも(ッ)て申(まうし)けるは、「去(さんぬる)八月(はちぐわつ)
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十七日(じふしちにち)、伊豆国(いづのくにの)流人(るにん)右兵衛佐(うひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、しうと【舅】北条(ほうでうの)
四郎(しらう)時政(ときまさ)をつかはして、伊豆(いづ)の目代(もくだい)、和泉[B ノ]判官(いづみのはんぐわん)
兼高【*兼隆】(かねたか)をやまき【山木】が館(たち)で夜(よ)うち【夜討】にうち候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)
土肥(とひ)(トイ)・土屋(つちや)・岡崎(をかざき)をはじめとして三百(さんびやく)余騎(よき)、石
橋山(いしばしやま)に立籠(たてごもつ)て候(さうらふ)ところ【所】に、景親(かげちか)御方(みかた)に心(こころ)ざし
を存(ぞん)ずるものども一千(いつせん)余騎(よき)を引率(いんぞつ)して、
をし(おし)【押し】よせ【寄せ】せめ【攻め】候(さうらふ)程(ほど)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)七八騎(しちはつき)にうちなさ
れ、おほ童(わらは)にたたかひ【戦ひ】な(ッ)て、土肥(とひ)(トイ)の椙山(すぎやま)へにげこ
もり【逃籠り】候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)畠山(はたけやま)五百(ごひやく)余騎(よき)で御方(みかた)を
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つかまつる。三浦[B ノ]大介(みうらのおほすけ)義明(よしあきら)が子共(こども)、三百(さんびやく)余騎(よき)で
源氏方(げんじがた)をして、湯井【*由井】(ゆゐ)・小坪(こつぼ)の浦(うら)でたたかふ【戦ふ】に、
畠山(はたけやま)いくさ【軍】にまけて武蔵国(むさしのくに)へひき【引き】しりぞく。
その後(のち)畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、河越(かはごえ)(カハゴヘ)・稲毛(いなげ)・小山田(をやまだ)・江戸(えど)・笠井【*葛西】(かさい)、
惣(そう)じて其(その)外(ほか)七党(ななたう)の兵(つはもの)ども三千(さんぜん)余騎(よき)をあひ
ぐし【具し】て、三浦(みうら)衣笠(きぬがさ)の城(じやう)にをし(おし)【押し】よせてせめ【攻め】たた
かふ。大介(おおすけ)義明(よしあきら)うた【討た】れ候(さうらひ)ぬ。子共(こども)は、くり浜(はま)【久里浜】の浦(うら)より
舟(ふね)にのり、安房(あは)・上総(かづさ)へわたり候(さうらひ)ぬ」とこそ申(まうし)たれ。
[BH 是ヨリ朝敵揃ト云本モアリ]
平家(へいけ)の人々(ひとびと)都(みやこ)うつりもはやけう(きよう)【興】さめぬ。わかき
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公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、「あはれ、とく【疾く】事(こと)のいでこよ【出来よ】かし。
打手(うつて)にむかは【向は】う」な(ン)ど(なんど)いふぞはかなき。畠山(はたけやま)の庄司(しやうじ)
重能(しげよし)、小山田(をやまだ)の別当(べつたう)有重(ありしげ)、宇都宮左衛門(うつのみやのさゑもん)朝
綱(ともつな)、大番役(おほばんやく)にて、おりふし(をりふし)【折節】在京(ざいきやう)したりけり。畠山(はたけやま)
申(まうし)けるは、「僻事(ひがこと)にてぞ候(さうらふ)らん。したしう【親しう】な(ッ)て候(さうらふ)
なれば、北条(ほうでう)はしり【知り】候(さうら)はず、自余(じよ)の輩(ともがら)は、よも
朝敵(てうてき)が方人(かたうど)をば仕(つかまつり)候(さうら)はじ。いまきこしめし【聞し召し】なを
さ(なほさ)んずる物(もの)を」と申(まうし)ければ、げにもといふ人(ひと)もあり【有り】。
「いやいや只今(ただいま)天下(てんが)の大事(だいじ)に及(および)なんず」とささや
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く物(もの)もおほかり【多かり】けり。入道(にふだう)相国(しやうこく)、いから【怒ら】れける様(やう)なのめ
ならず。「頼朝(よりとも)をばすでに死罪(しざい)におこなはるべかり
しを、故(こ)池殿(いけどの)のあながちになげきの給(たま)ひしあひ
だ【間】、流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】たり。しかる【然る】に其(その)恩(おん)わすれ【忘れ】
て、当家(たうけ)にむか(ッ)【向つ】て弓(ゆみ)をひくにこそあんなれ。神
明(しんめい)三宝(さんぼう)もいかでかゆるさ【許さ】せ給(たま)ふべき。只今(ただいま)天(てん)のせ
め【責】かうむら【蒙ら】んずる頼朝(よりとも)なり」とぞの給(たま)ひける。
『朝敵揃(てうてきぞろへ)』S0505
○夫(それ)我(わが)朝(てう)に朝敵(てうてき)のはじめを尋(たづぬ)れば、やまといは
れみこと[* 「ひこと」と有るのを他本により訂正]【日本磐余命】の御宇(ぎよう)四年(しねん)、紀州(きしう)なぐさ【名草】の郡(こほり)高
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雄村(たかをのむら)に一(ひとつ)の蜘蛛(ちちゆう)(チチウ)あり【有り】。身(み)みじかく、足手(あして)ながくて、
ちから【力】人(ひと)にすぐれたり。人民(にんみん)をおほく【多く】損害(そんがい)せしかば、
官軍(くわんぐん)(クハングン)発向(はつかう)して、宣旨(せんじ)をよみかけ、葛(かづら)(クズ)の網(あみ)を
むすん【結ん】で、終(つひ)(ツイ)にこれをおほひ【覆ひ】ころす。それよりこ
のかた、野心(やしん)をさしはさんで朝威(てうゐ)(テウイ)をほろぼさ【滅さ】ん
とする輩(ともがら)、大石山丸(おほいしのやままる)、大山王子(おほやまのわうじ)、守屋(もりや)の大臣(だいじん)、山田
石河(やまだのいしかは)、曾我[B ノ](そがの)いるか【入鹿】、大友(おほとも)のまとり【真鳥】、文屋宮田(ふんやのみやだ)、橘逸
成(きついつせい)、ひかみ【氷上】の河次(かはつぐ)、伊与(いよ)の親王(しんわう)、大宰【*太宰】少弐(だざいのせうに)藤原(ふぢはらの)広
嗣(ひろつぐ)、ゑみ【恵美】の押勝(おしかつ)(ヲシカツ)、佐(さ)あら【早良】の太子(たいし)、井上(ゐがみ)(ヰノウヘ)の広公(ひろきん)、藤
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原[B ノ](ふぢはらの)仲成(なかなり)、平[B ノ](たひらの)将門(まさかど)、藤原[B ノ](ふぢはらの)純友(すみとも)、安陪【*安部】(あべの)貞任(さだたふ)(サダタウ)・宗任(むねたふ)、対馬
守(つしまのかみ)(タジマノかみ)源(みなもとの)義親(よしちか)、悪左府(あくさふ)・悪衛門[B ノ]督(あくゑもんのかみ)にいたるまで、すべて
廿(にじふ)余人(よにん)、されども一人(いちにん)として素懐(そくわい)(ソクハイ)をとぐる物(もの)なし。
かばねを山野(さんや)にさらし、かうべを獄門(ごくもん)にかけらる。
この【此の】世(よ)にこそ王位(わうゐ)も無下(むげ)にかるけれ【軽けれ】、昔(むかし)は宣旨(せんじ)を
むか(ッ)【向つ】てよみければ、枯(かれ)たる草木(くさき)も花(はな)さきみ【実】なり、
とぶ鳥(とり)もしたがひ【従ひ】けり。中比(なかごろ)の事(こと)ぞかし。延喜
御門(えんぎのみかど)(ヱンギのみかど)神泉苑(しんぜんゑん)(シンゼンエン)に行幸(ぎやうがう)あ(ッ)て、池(いけ)のみぎはに鷺(さぎ)のゐたりけるを、六位(ろくゐ)をめし【召し】て、「あの鷺(さぎ)と(ッ)てま
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いらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)ければ、いかで【争】かとら【取ら】んとおもひ【思ひ】けれ
ども、綸言(りんげん)なればあゆみ【歩み】むかふ【向ふ】。鷺(さぎ)はねづくろ
ひ【羽繕ひ】してたた【立た】んとす。「宣旨(せんじ)ぞ」と仰(おほ)すれば、ひらん【平ん】
で飛(とび)さらず。これをと(ッ)【取つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。「なんぢが
宣旨(せんじ)にしたが(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。や
がて五位(ごゐ)になせ」とて、鷺(さぎ)を五位(ごゐ)にぞなされ
ける。「今日(けふ)より後(のち)は鷺(さぎ)のなかの王(わう)たるべし」といふ
札(ふだ)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、頸(くび)にかけてはなたせ給(たまふ)。ま(ッ)たく
鷺(さぎ)の御(おん)れう【料】にはあらず、只(ただ)王威(わうゐ)(わうイ)の程(ほど)をしろし
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『感陽宮【*咸陽宮】(かんやうきゆう)』S0506
めさ【知ろし召さ】んがためなり。○又(また)先蹤(せんじよう)(センゼウ)を異国(いこく)に尋(たづぬる)に、燕(えん)(ヱン)の太
子丹(たいしたん)といふもの、秦(しんの)始皇(しくわう)(シクハウ)にとらはれて、いまし
めをかうぶる事(こと)十二年(じふにねん)、太子丹(たいしたん)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て
申(まうし)けるは、「われ本国(ほんごく)に老母(らうぼ)あり。いとまを給(たま)は(ッ)て
かれを見(み)ん」と申(まう)せば、始皇帝(しくわうてい)あざわら(ッ)【笑つ】て、「なん
ぢにいとまをたば【賜ば】ん事(こと)は、馬(むま)に角(つの)おひ【生ひ】、烏(からす)の
頭(かしら)の白(しろ)くならん時(とき)をまつ【待つ】べし」。燕丹(えんたん)(ヱンたん)天(てん)に
あふぎ地(ち)に臥(ふし)て、「願(ねがはく)は、馬(むま)に角(つの)をひ(おひ)【生ひ】、烏(からす)の頭(かしら)しろ
く【白く】なしたべ。故郷(こきやう)にかへ(ッ)【帰つ】て今(いま)一度(いちど)母(はは)をみん」とぞ
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祈(いのり)ける。かの妙音菩薩(めうおんぼさつ)(メウヲンボサツ)は霊山浄土(りやうぜんじやうど)に詣(けい)して、
不孝(ふかう)の輩(ともがら)をいましめ、孔子(こうし)(クジ)・顔回(がんくわい)(ガンクハイ)はしな【支那】震旦(しんだん)に
出(いで)て忠孝(ちゆうかう)(チウカウ)の道(みち)をはじめ給(たま)ふ。冥顕(みやうけん)の三宝(さんぼう)
孝行(かうかう)の心(こころ)ざしをあはれみ給(たま)ふ事(こと)なれば、馬(むま)に
角(つの)をひ(おひ)【生ひ】て宮中(きゆうちゆう)に来(きた)り、烏(からす)の頭(かしら)白(しろ)くな(ッ)て庭
前(ていぜん)の木(き)にすめ【栖め】りけり。始皇帝(しくわうてい)、烏頭(うとう)馬[M の]角(ばかく)
の変(へん)におどろき、綸言(りんげん)かへらざる事(こと)を信(しん)じて、
太子丹(たんしたん)をなだめ【宥め】つつ、本国(ほんごく)へこそかへさ【返さ】れけれ。
始皇(しくわう)(シクハウ)なを(なほ)【猶】くやしみ【悔しみ】て、秦(しん)の国(くに)と燕(えん)(ヱン)の国(くに)のさ
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かひ【境】に楚国(そこく)といふ国(くに)あり【有り】。大(おほき)なる河(かは)ながれたり。
かの河(かは)にわたせ【渡せ】る橋(はし)をば楚国(そこく)の橋(はし)といへり。
始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)(クハングン)をつかはし【遣し】て、燕丹(えんたん)(ヱンタン)がわたらん時(とき)、河(かは)
なかの橋(はし)をふまばおつる【落つる】様(やう)にしたためて、燕丹(えんたん)
をわたらせけるに、なじかはおちいら【陥ら】ざるべき。河(かは)
なかへおち【落ち】入(いり)ぬ。されどもち(ッ)とも水(みづ)にもおぼれず、
平地(へいぢ)を行(ゆく)ごとくして、むかへの岸(きし)へつき【付き】にけり。こは
いかにとおもひ【思ひ】てうしろをかへり見(み)ければ、亀(かめ)ども
がいくらといふかずもしら【知ら】ず、水(みづ)の上(うへ)にうかれ【浮かれ】来(き)て、
P05050
こう(かふ)【甲】をならべてぞあゆま【歩ま】せたりける。これも孝行(かうかう)
のこころざしを冥顕(みやうけん)あはれみ給(たま)ふによ(ッ)てなり。太
子丹(たいしたん)うらみ【恨み】をふくん【含ん】で又(また)始皇帝(しくわうてい)にしたがはず。
始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)(クハングン)をつかはし【遣し】て燕丹(えんたん)(ヱンタン)をうた【討た】んとし給(たま)ふ
に、燕丹(えんたん)おそれ【恐れ】をののき、荊訶【*荊軻】(けいか)といふ兵(つはもの)をかたらふ(かたらう)て
大臣(だいじん)になす。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)田光先生(てんくわうせんせい)(テンクハウセンセイ)といふ兵(つはもの)をか
たらふ。かの先生(せんせい)申(まうし)けるは、「君(きみ)はこの身(み)がわかう【若う】
さかん【壮】な(ッ)し事(こと)をしろしめさ【知ろし召さ】れてたのみ【頼み】仰(おほせ)らるる
か。騏■(きりん)は千里(せんり)を飛(とべ)ども、老(おい)ぬれば奴馬(どば)にも
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おとれり。いまはいかにもかなひ【適ひ】候(さうらふ)まじ。兵(つはもの)をこそ
かたらふ(かたらう)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】め」とて、かへら【帰ら】んとするところ【所】に、
荊訶【*荊軻】(けいか)「この事(こと)あなかしこ、人(ひと)にひろふ(ひろう)【披露】すな」といふ。
先生(せんせい)(センジヤウ)申(まうし)けるは、「人(ひと)にうたがは【疑は】れぬるにすぎ【過ぎ】たる恥(はぢ)
こそなけれ。此(この)事(こと)もれ【漏れ】ぬる物(もの)ならば、われうた
がはれなんず」とて、門前(もんぜん)なる李(すもも)の木(き)にかしら【頭】を
つき【突き】あて、うちくだいてぞ死(しに)にける。又(また)范予期【*樊於期】(はんよき)
といふ兵(つはもの)あり【有り】。これは、秦(しん)の国(くに)のものなり。始皇(しくわう)の
ためにおや【父】・おぢ(をぢ)【伯叔】・兄弟(きやうだい)をほろぼされて、燕(えん)(ヱン)の国(くに)に
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にげ【逃げ】こもれり。秦皇(しんくわう)四海(しかい)に宣旨(せんじ)をくだい【下い】て、「范
予期【*樊於期】(はんよき)がかうべはね【刎ね】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たらん物(もの)には、五百
斤(ごひやくこん)の金(こがね)をあたへん」とひろう【披露】せらる。荊訶【*荊軻】(けいか)これを
きき、范予期【*樊於期】(はんよき)がもとにゆい【行い】て、「われきく【聞く】。なんぢ
がかうべ五百斤(ごひやくこん)の金(こがね)にほうぜ(はうぜ)【報ぜ】らる。なんぢが首(かうべ)
われにかせ【貸せ】。取(とり)て始皇帝(しくわうてい)にたてまつらん。よろ
こ(ン)で叡覧(えいらん)(ヱイラン)をへ【経】られん時(とき)、つるぎ【剣】をぬき、胸(むね)を
ささんにやすかり【安かり】なん」といひければ、范予期【*樊於期】(はんよき)お
どり(をどり)【躍り】あがり、大(おほ)いき【息】ついて申(まうし)けるは、「われおや・おぢ(をぢ)・
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兄弟(きやうだい)を始皇(しくわう)のためにほろぼされて、よるひる
これ【是】をおもふ【思ふ】に、骨髄(こつずい)にとを(ッ)(とほつ)【徹つ】て忍(しのび)がたし。げにも
始皇帝(しくわうてい)をほろぼすべくは、首(かうべ)をあたへんこと、
塵(ちり)あくたよりも尚(なほ)(ナヲ)やすし」とて、手(て)づから首(かうべ)
を切(きつ)てぞ死(しに)にける。又(また)秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)といふ兵(つはもの)あり【有り】。こ
れも秦(しん)の国(くに)の物(もの)なり。十三(じふさん)の歳(とし)かたき【敵】をう(ッ)【打つ】て、
燕(えん)(ヱン)の国(くに)ににげこもれり。ならびなき兵(つはもの)なり。かれが
嗔(いかつ)てむかふ【向ふ】時(とき)は、大(だい)の男(をとこ)も絶入(せつじゆ)(セツジウ)す。又(また)笑(ゑん)で向(むか)ふ
時(とき)は、みどり子(こ)もいだか【抱か】れけり。これを秦(しん)の都(みやこ)の
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案内者(あんないしや)にかたらう【語らう】て、ぐし【具し】てゆく程(ほど)に、ある片
山(かたやま)のほとりに宿(しゆく)したりける夜(よ)、其(その)辺(ほとり)ちかき里(さと)
に管絃(くわんげん)(クハンゲン)をするをきい【聞い】て、調子(てうし)をもつて本意(ほんい)
の事(こと)をうらなふ【占ふ】に、かたき【敵】の方(かた)は水(みづ)なり、我(わが)方(かた)は
火(ひ)なり。さる程(ほど)に天(てん)もあけ【明け】ぬ。白虹(はつこう)日(ひ)をつらぬひ(つらぬい)【貫い】
てとをら(とほら)【通ら】ず。「我等(われら)が本意(ほんい)とげん事(こと)ありがたし」と
ぞ申(まうし)ける。さりながら帰(かへる)べきにもあらねば、始皇(しくわう)
の都(みやこ)咸陽宮(かんやうきゆう)(カンヤウキウ)にいたりぬ。燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)ならびに
范予期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)も(ッ)【持つ】てまいり(まゐり)【参り】たるよし奏(そう)しければ、
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臣下(しんか)をも(ッ)てうけ【受け】とら【取ら】んとし給(たま)ふ。「ま(ッ)たく人(ひと)しては
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ。直(ぢき)(ジキ)にたてまつら【奉ら】ん」と奏(そう)する間(あひだ)、さらば
とて、節会(せちゑ)の儀(ぎ)をととのへて、燕(えん)(ヱン)の使(つかひ)(ツカイ)をめされ
けり。咸陽宮(かんやうきゆう)(カンヤウキウ)はみやこのめぐり一万八千三百八
十(いちまんぱつせんさんびやくはちじふ)里(り)につもれり。内裏(だいり)をば地(ち)より三里(さんり)たかく築(つき)
あげて、其(その)上(うへ)にたてたり。長生殿(ちやうせいでん)・不老門(ふらうもん)あり【有り】、
金(こがね)をも(ッ)て日(ひ)をつくり、銀(しろかね)をも(ッ)て月(つき)をつくれり。
真珠(しんじゆ)のいさご、瑠璃(るり)の砂(いさご)、金(こがね)の砂(いさご)をしき【敷き】みてり。
四方(しはう)にはたかさ四十丈(しじふぢやう)の鉄(くろがね)の築地(ついぢ)をつき、殿(てん)の
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上(うへ)にも同(おなじ)く鉄(くろがね)の網(あみ)をぞ張(はつ)たりける。これは冥
途(めいど)の使(つかひ)(ツカイ)をいれ【入れ】じとなり。秋(あき)の田(た)のも【面】の鴈(かり)、春(はる)は
こしぢ【越路】へ帰(かへる)も、飛行自在(ひぎやうじざい)のさはり【障】あれば、築地(ついぢ)
には鴈門(がんもん)となづけ【名付け】て、鉄(くろがね)の門(もん)をあけてぞとをし(とほし)【通し】
ける。そのなかにも阿房殿(あばうてん)とて、始皇(しくわう)(シクハウ)のつねは
行幸(ぎやうがう)な(ッ)て、政道(せいたう)おこなはせ給(たま)ふ殿(てん)あり【有り】。たかさは
卅六(さんじふろく)丈(ぢやう)東西(とうざい)へ九町(くちやう)、南北(なんぼく)へ五町(ごちやう)、大床(おほゆか)のしたは
五丈(ごぢやう)のはたほこをたてたるが、猶(なほ)及(およ)ばぬ程(ほど)也(なり)。上(かみ)は
瑠璃(るり)の瓦(かはら)をも(ッ)てふき、したは金銀(きんぎん)にてみがき
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けり。荊訶【*荊軻】(けいか)は燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)をもち、秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)は范予
期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)をも(ッ)【持つ】て、珠(たま)のきざ橋(はし)【階】をのぼりあがる【上がる】。あま
りに内裏(だいり)のおびたたしき【夥しき】を見(み)て秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)わな
わなとふるひ【震ひ】ければ、臣下(しんか)あやしみて、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)謀
反(むほん)の心(こころ)あり【有り】。刑人(けいじん)をば君(きみ)のかたはら【側】にをか(おか)【置か】ず、君子(くんし)
は刑人(けいじん)にちかづか【近付か】ず、刑人(けいじん)にちかづく【近付く】はすなはち死(し)を
かろんずる道(みち)なり」といへり。荊訶【*荊軻】(けいか)たち【立ち】帰(かへ)(ッ)て、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)
ま(ッ)たく謀反(むほん)の心(こころ)なし。ただ田舎(ゐなか)のいやしき【卑しき】にのみ
なら(ッ)【習つ】て、皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)になれ【馴れ】ざるが故(ゆゑ)に心(こころ)迷惑(めいわく)す」と申(まうし)
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ければ、臣下(しんか)みなしづまりぬ。仍(よつて)王(わう)にちかづき【近付き】たて
まつる【奉る】。燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)ならびに范予期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)げ(ン)ざん(げんざん)【見参】に
いるる【入るる】ところ【所】に、指図(さしづ)の入(いり)たる櫃(ひつ)のそこ【底】に、氷(こほり)(コヲリ)の様(やう)なる
つるぎの見(み)えければ、始皇帝(しくわうてい)これを見(み)て、や
がてにげ【逃げ】んとしたまふ【給ふ】。荊訶【*荊軻】(けいか)王(わう)の御袖(おんそで)をむずと
ひかへ【控へ】て、つるぎをむね【胸】にさしあてたり。いまは
かうとぞ見(み)えたりける。数万(すまん)の兵(つはもの)庭上(ていしやう)に袖(そで)をつ
らぬ【連ぬ】といへども、すくは【救は】んとするに力(ちから)なし。ただ君(きみ)
逆臣(ぎやくしん)におかさ(をかさ)【犯さ】れ給(たま)はん事(こと)をのみかなしみあへり。
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始皇(しくわう)の給(たま)はく、「われに暫時(ざんじ)のいとまをえ【得】させよ。
わが最愛(さいあい)の后(きさき)の琴(きん)のね【音】を今(いま)一度(いちど)きかん」との
給(たま)へ【宣へ】ば、荊訶【*荊軻】(けいか)しばしをかし【犯し】たてまつらず。始皇(しくわう)(シクハウ)は
三千人(さんぜんにん)のきさきをもち給(たま)へり。其(その)中(なか)に花陽
夫人(くわやうぶにん)(クハヤウブニン)とて、すぐれたる琴(こと)の上手(じやうず)おはしけり。凡(およそ)(ヲヨソ)此(この)
后(きさき)の琴(こと)のね【音】をきい【聞い】ては、武(たけ)きもののふ【武士】のいかれ【怒れ】る
もやはらぎ、飛(とぶ)鳥(とり)もおち【落ち】、草木(くさき)もゆるぐ【揺ぐ】程(ほど)なり。況(いはん)
やいまをかぎりの叡聞(えいぶん)(ヱイブン)にそなへ【供へ】んと、なくなく【泣く泣く】ひき
給(たま)ひけん、さこそはおもしろかりけめ。荊訶【*荊軻】(けいか)も頭(かうべ)を
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うなたれ、耳(みみ)をそばだて、殆(ほとんど)謀臣(ぼうしん)のおもひ【思ひ】もたゆみ【弛み】
にけり。きさき【后】はじめてさらに一曲(いつきよく)を奏(そう)す。「七尺(しつせきの)
屏風(へいふう)はたかく【高く】とも、おどら(をどら)【躍ら】ばなどかこえ【越え】ざらん。一条(いちでう)
の羅(ら)こくはつよくとも、ひか【引か】ばなどかはたえ【絶え】ざらん」
とぞひき【弾き】給(たま)ふ。荊訶【*荊軻】(けいか)はこれをきき【聞き】しら【知ら】ず、始皇(しくわう)
はきき【聞き】知(しり)て、御袖(おんそで)をひ(ッ)【引つ】きり【切り】、七尺(しつせき)の屏風(へいふう)を飛(とび)こ
えて、あかがね【銅】の柱(はしら)のかげににげ【逃げ】かくれ【隠れ】させ給(たま)ひぬ。荊
訶【*荊軻】(けいか)いか(ッ)【怒つ】て、つるぎ【剣】をなげ【投げ】かけたてまつる。おりふし(をりふし)【折節】
御前(ごぜん)に番(ばん)の医師(いし)の候(さうらひ)けるが、薬(くすり)の袋(ふくろ)を荊訶【*荊軻】(けいか)が
P05061
つるぎになげ【投げ】あはせ【合はせ】たり。つるぎ薬(くすり)の袋(ふくろ)をかけ【掛け】
られながら、口(くち)六尺(ろくしやく)の銅(あかがね)の柱(はしら)をなから【半】までこそき(ッ)【切つ】
たりけれ。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)剣(つるぎ)ももたねばつづい【続い】てもなげ
ず。王(わう)たちかへ(ッ)【立ち返つ】てわがつるぎ【剣】をめし【召し】よせて、荊訶【*荊軻】(けいか)を
八(やつ)ざき【八つ裂】にこそし給(たま)ひけれ。秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶよう)もうた【討た】れにけり。
官軍(くわんぐん)をつかはし【遣はし】て、燕丹(えんたん)をほろぼさる。蒼天(さうてん)ゆ
るし給(たま)はねば、白虹(はつこう)日(ひ)をつらぬいてとほら【通ら】ず。
秦(しん)の始皇(しくわう)はのがれ【逃れ】て、燕丹(えんたん)つゐに(つひに)【遂に】ほろびにき。
「されば今(いま)の頼朝(よりとも)もさこそはあらんずらめ」と、色代(しきだい)
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『文学【*文覚】(もんがくの)荒行(あらぎやう)』S0507
する人々(ひとびと)もあり【有り】けるとかや。○抑(そもそも)かの頼朝(よりとも)と申(まうす)は、
去(さんぬ)る平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、ちち【父】左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)
によ(ッ)て、年(とし)十四歳(じふしさい)と申(まうし)し永暦(えいりやく)元年(ぐわんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)、
伊豆国(いづのくに)蛭島(ひるがしま)へながされて、廿(にじふ)余年(よねん)の春秋(はるあき)ををくり(おくり)【送り】
むかふ【向ふ】。年(とし)ごろもあればこそあり【有り】けめ、ことしいか
なる心(こころ)にて謀反(むほん)をばおこさ【起さ】れけるぞといふに、高
雄(たかを)の文覚上人(もんがくしやうにん)の申(まうし)すすめ【勧め】られたりけるとかや。彼(かの)
文覚(もんがく)と申(まうす)は、もとは渡辺(わたなべ)の遠藤(ゑんどう)佐近将監(さこんのしやうげん)茂
遠(もちとほ)(モチトヲ)が子(こ)、遠藤武者(ゑんどうむしや)盛遠(もりとほ)(モリトヲ)とて、上西門院(しやうさいもんゐん)の衆(しゆ)也(なり)。
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十九(じふく)の歳(とし)道心(だうしん)をこし(おこし)【起こし】出家(しゆつけ)して、修行(しゆぎやう)にいで【出で】んとし
けるが、「修行(しゆぎやう)といふはいかほど【程】の大事(だいじ)やらん、ためい【試い】て
み【見】ん」とて、六月(ろくぐわつ)の日(ひ)の草(くさ)もゆるが【揺が】ずて(ッ)【照つ】たるに、片山(かたやま)
のやぶ【薮】のなかにはいり、あをのけ(あふのけ)【仰ふのけ】にふし、あぶぞ、蚊(か)ぞ、
蜂(はち)蟻(あり)な(ン)ど(なんど)いふ毒虫(どくちゆう)(ドクチウ)どもが身(み)にひしととり【取り】つい【付い】て、
さしくひ【刺食】な(ン)ど(なんど)しけれども、ち(ッ)とも身(み)をもはたら
かさ【働かさ】ず。七日(しちにち)まではおき【起き】あがら【上がら】ず、八日(やうか)といふにおき
あが(ッ)【上がつ】て、「修行(しゆぎやう)といふはこれ程(ほど)の大事(だいじ)か」と人(ひと)にとへ
ば、「それ程(ほど)ならんには、いかでか命(いのち)もいく【生く】べき」といふ
P05064
あひだ、「さてはあんべい【安平】ごさんなれ」とて、修行(しゆぎやう)にぞ
いで【出で】にける。熊野(くまの)へまいり(まゐり)【参り】、那智(なち)ごもり【籠り】せんとしける
が、行(ぎやう)の心(こころ)みに、きこゆる【聞ゆる】滝(たき)にしばらくうた【打た】れて
みんとて、滝(たき)もと【滝下】へぞまいり(まゐり)【参り】ける。比(ころ)は十二月(じふにぐわつ)十日(とをか)
あまりの事(こと)なれば、雪(ゆき)ふり【降り】つもり【積り】つららゐ【凍】て、
谷(たに)の小河(をがは)も音(おと)もせず、嶺(みね)の嵐(あらし)ふき【吹き】こほり【凍り】、滝(たき)の
しら糸(いと)【白糸】垂氷(たるみ)となり、みな白妙(しろたへ)にをし(おし)【押し】なべて、よも
の梢(こずゑ)も見(み)えわかず。しかる【然る】に、文覚(もんがく)滝(たき)つぼ【滝壺】におり【下り】
ひたり、頸(くび)ぎはつか(ッ)て、慈救(じく)の呪(しゆ)をみて【満て】けるが、二三
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日(にさんにち)こそあり【有り】けれ、四五日(しごにち)にもなりければ、こらへ【耐へ】ずし
て文覚(もんがく)うき【浮き】あがりにけり。数千丈(すせんぢやう)みなぎり【漲ぎり】おつる
滝(たき)なれば、なじかはたまるべき。ざ(ッ)とをし(おし)【押し】おとさ【落さ】れ
て、かたな【刀】のは【刃】のごとくに、さしもきびしき【厳しき】岩(いは)かどの
なかを、うき【浮き】ぬしづみぬ五六町(ごろくちやう)こそながれ【流れ】たれ。時(とき)
にうつくしげなる童子(どうじ)一人(いちにん)来(きた)(ッ)て、文覚(もんがく)が左右(さう)の
手(て)をと(ッ)てひき【引き】あげ【上げ】給(たま)ふ。人(ひと)奇特(きどく)のおもひ【思ひ】をなし、
火(ひ)をたき【焚き】あぶりな(ン)ど(なんど)しければ、定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)ならぬ命(いのち)
ではあり【有り】、ほどなくいき【生き】いで【出で】にけり。文覚(もんがく)すこし【少し】人
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心(ひとごこ)ち【人心地】いでき【出で来】て、大(だい)のまなこを見(み)いからかし【怒らかし】、「われ此(この)
滝(たき)に三七日(さんしちにち)うた【打た】れて、慈救(じく)の三洛叉(さんらくしや)をみて【満て】うど
おもふ【思ふ】大願(だいぐわん)あり【有り】。けふはわづかに五日(ごにち)になる。七日(しちにち)だ
にもすぎ【過ぎ】ざるに、なに物(もの)【何者】かここへはと(ッ)【取つ】てきたるぞ」
といひければ、見(み)る人(ひと)身(み)のけ【毛】よだ(ッ)てものいはず。
又(また)滝(たき)つぼ【滝壺】にかへり【帰り】た(ッ)てうた【打た】れけり。第二日(だいににち)といふに、
八人(はちにん)の童子(どうじ)来(きた)(ッ)て、ひき【引き】あげんとし給(たま)へども、さん
ざん【散々】につかみ【掴み】あふ(あう)【合う】てあがら【上がら】ず。三日(さんにち)といふに、文覚(もんがく)つ
ゐに(つひに)【遂に】はかなく【果敢く】なりにけり。滝(たき)つぼ【滝壺】をけがさ【汚さ】じとや、
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みづらゆう【結う】たる天童(てんどう)二人(ににん)、滝(たき)のうへ【上】よりおり【下り】く
だり【下り】、文覚(もんがく)が頂上(ちやうじやう)より手足(てあし)のつまさき【爪先】・たなうら【手裏】に
いたるまで、よにあたたか【暖たか】にかうばしき【香ばしき】御手(おんて)をも(ッ)て、
なで【撫で】くだし給(たま)ふとおぼえければ、夢(ゆめ)の心(ここ)ち【心地】して
いき【生き】いで【出で】ぬ。「抑(そもそも)いかなる人(ひと)にてましませば、かうは
あはれみ給(たま)ふらん」ととひ【問ひ】たてまつる【奉る】。「われはこれ【是】大
聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)の御使(おんつかひ)に、こんがら【矜迦羅】・せいたか【制■迦】といふ二童子(にどうじ)
なり。「文覚(もんがく)無上(むじやう)の願(ぐわん)(グハン)をおこし【起こし】て、勇猛(ゆうみやう)の行(ぎやう)をくは
たつ【企つ】。ゆい【行い】てちから【力】をあはすべし」と明王(みやうわう)の勅(ちよく)によ(ッ)て
P05068
来(きた)れる也(なり)」とこたへ給(たま)ふ。文覚(もんがく)声(こゑ)をいからかし【怒らかし】て、
「さて明王(みやうわう)はいづくに在(まし)ますぞ」。「都率天(とそつてん)に」と
こたへて、雲井(くもゐ)はるかにあがり【上がり】給(たま)ひぬ。たな心(ごころ)を
あはせ【合はせ】てこれを拝(はい)したてまつる【奉る】。「されば、わが行(ぎやう)
をば大聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)までもしろしめさ【知ろし召さ】れたるに
こそ」とたのもしう【頼もしう】おぼえて、猶(なほ)滝(たき)つぼ【滝壺】にかへりた(ッ)
てうた【打た】れけり。まこと【誠】にめでたき瑞相(ずいさう)どもあり【有り】
ければ、吹(ふき)くる風(かぜ)も身(み)にしまず、落(おち)くる水(みづ)も
湯(ゆ)のごとし。かくて三七日(さんしちにち)の大願(だいぐわん)つゐに(つひに)【遂に】とげ【遂げ】にけれ
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ば、那智(なち)に千日(せんにち)こもり、大峯(おほみね)(ヲホミネ)三度(さんど)、葛城(かづらき)二度(にど)、高
野(かうや)・粉河(こかは)・金峯山(きんぶうぜん)(キンブゼン)、白山(はくさん)・立山(たてやま)・富士(ふじ)の嵩(だけ)、伊豆(いづ)、箱
根(はこね)、信乃【*信濃】(しなのの)戸隠(とがくし)、出羽[B ノ](ではの)羽黒(はぐろ)、すべて日本国(につぽんごく)のこる【残る】所(ところ)なく
おこなひまは(ッ)【廻つ】て、さすが尚(なほ)(ナヲ)ふる里(さと)や恋(こひ)しかりけん、
宮(みや)こ【都】へのぼりたりければ、凡(およそ)(ヲヨソ)とぶ鳥(とり)も祈(いのり)おとす【落す】程(ほど)
『勧進張(くわんじんちやう)』S0508
のやいば【刃】の験者(げんじや)とぞきこえ【聞え】し。○後(のち)には高雄(たかを)と
いふ山(やま)の奥(おく)(ヲク)におこなひすまし【澄し】てぞゐたりける。彼(かの)
たかお(たかを)【高雄】に神護寺(じんごじ)といふ山寺(やまでら)あり【有り】。昔(むかし)称徳天皇(しようどくてんわう)(セウドクてんわう)
の御時(おんとき)、和気(わけ)の清丸(きよまる)がたてたりし伽藍(がらん)也(なり)。久(ひさ)しく
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修造(しゆざう)なかりしかば、春(はる)は霞(かすみ)にたちこめられ、秋(あき)は
霧(きり)にまじはり、扉(とびら)は風(かぜ)にたふれ【倒れ】て落葉(らくえふ)の
した【下】にくち【朽ち】、薨(いらか)は雨露(うろ)にをかされて、仏壇(ぶつだん)
さらにあらはなり。住持(ぢゆうぢ)(ヂウジ)の僧(そう)もなければ、まれに
さし【差し】入(いる)物(もの)とては、月日(つきひ)の光(ひかり)ばかりなり。文覚(もんがく)是(これ)を
いかにもして修造(しゆざう)せんといふ大願(だいぐわん)をおこし、勧進
帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をささげて、十方(じつぱう)檀那(だんな)をすすめ【勧め】ありき【歩き】ける程(ほど)
に、或(ある)時(とき)院(ゐんの)御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)へぞまいり(まゐり)【参り】たりける。御奉
加(ごほうが)あるべき由(よし)奏聞(そうもん)しけれども、御遊(ぎよいう)のおりふし(をりふし)【折節】で
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きこしめし【聞し召し】も入(いれ)られず、文覚(もんがく)は天性(てんぜい)不敵(ふてき)第一(だいいち)の
あらひじり【荒聖】なり、御前(ごぜん)の骨(こつ)ない様(やう)をばしら【知ら】ず、
ただ申入(まうしいれ)ぬぞと心(こころ)えて、是非(ぜひ)なく御坪(おつぼ)のうちへ
やぶりいり【破り入り】、大音声(だいおんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「大慈(だいじ)大
悲(だいひ)の君(きみ)にておはします。などかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざるべ
き」とて、勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をひき【引き】ひろげ、たからか【高らか】にこそよ
う【読う】だりけれ。沙弥(しやみ)文覚(もんがく)敬(うやまつて)白(まう)す。殊(こと)に貴賎(きせん)道俗(だうぞく)
助成(じよじやう)を蒙(かうむつ)て、高雄山(たかをさん)の霊地(れいち)に、一院(いちゐん)を建立(こんりふ)(コンリウ)し、
二世(にせ)安楽(あんらく)の大利(だいり)を勤行(ごんぎやう)せんと乞(こふ)勧進(くわんじんの)(クハンジンノ)状(じやう)。夫(それ)以(おもんみれ)(ヲモンミレ)ば、
P05072
真如(しんによ)広大(くわうだい)(クハウだい)なり。生仏(しやうぶつ)の仮名(けみやう)をたつといへども、
法性(ほつしやう)随妄(ずいまう)の雲(くも)あつく覆(おほつ)(ヲホツ)て、十二(じふに)因縁(いんえん)(ヰンエン)の峯(みね)に
たなびいしよりこのかた【以来】、本有心蓮(ほんうしんれん)の月(つき)の光(ひかり)かす
か【幽】にして、いまだ三毒(さんどく)四慢(しまん)の大虚(たいきよ)にあらはれ【現はれ】ず。悲(かなしい)
哉(かなや)、仏日(ぶつにち)早(はや)く没(ぼつ)して、生死(しやうじ)流転(るてん)の衢(ちまた)冥々(みやうみやう)たり。
只(ただ)色(いろ)に耽(ふけ)り、酒(さけ)にふける、誰(たれ)か狂象(きやうざう)重淵(ちようゑん)(チウヱン)【*跳猿(てうゑん)】の迷(まよひ)(マヨイ)を
謝(じや)せん。いたづらに人(ひと)を謗(ばう)じ法(ほふ)を謗(ばう)ず、あに閻羅
獄卒(えんらごくそつ)(ヱンラゴクソツ)の責(せめ)をまぬかれ【免かれ】んや。〔爰(ここ)に文覚(もんがく)たまたま俗塵(ぞくぢん)をうちはら(ッ)【払つ】て〕法衣(ほふえ)(ホウヱ)をかざるといへ共(ども)、
悪行(あくぎやう)猶(なほ)心(こころ)にたくましうして日夜(にちや)に造(つく)り、善苗(ぜんべう)
P05073
又(また)耳(みみ)に逆(さかつ)て朝暮(てうぼ)にすたる。痛(いたましい)哉(かな)、再度(さいど)三途(さんづ)の
火坑(くわきやう)(クハキヤウ)にかへ(ッ)【帰つ】て、ながく四生(ししやう)苦輪(くりん)にめぐらん事(こと)を。
此(この)故(ゆゑ)に無二(むに)の顕章(けんしやう)千万軸(せんまんぢく)、軸々(ぢくぢく)に仏種(ぶつしゆ)の因(いん)を
あかす。随縁(ずいえん)(ズイヱン)至誠(しじやう)の法(ほふ)一(ひとつ)として菩提(ぼだい)の彼岸(ひがん)にいた
らずといふ事(こと)なし。かるがゆへに(かるがゆゑに)、文覚(もんがく)無常(むじやう)の観
門(くわんもん)(クハンモン)に涙(なみだ)をおとし【落し】、上下(じやうげ)の親俗(しんぞく)をすすめて上品蓮台(じやうぼんれんだい)
にあゆみ【歩み】をはこび、等妙覚王(とうめうかくわう)の霊場(れいぢやう)をたてんと也(なり)。
抑(そもそも)高雄(たかを)は、山(やま)うづたかくして鷲峯山(じゆぶうぜん)(ジユホウセン)の梢(こずゑ)を、
表(へう)し、谷(たに)閑(しづか)にして商山洞(しやうざんとう)の苔(こけ)をしけ【敷け】り。巌泉(がんせん)
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咽(むせん)で布(ぬの)をひき【引き】、嶺猿(れいゑん)叫(さけん)で枝(えだ)(ヱダ)にあそぶ。人里(ひとざと)と
をう(とほう)【遠う】して囂塵(けうちん)[* 「器塵(キヂン)」と有るのを他本により訂正]なし。咫尺(しせき)好(ことな)う【事無う】して信心(しんじん)のみ有(あり)。
地形(ちけい)すぐれたり、尤(もつと)も仏天(ぶつてん)をあがむべし。奉加(ほうが)すこ
しきなり、誰(たれ)か助成(じよじやう)(ヂヨジヤウ)せざらん。風(ほのかに)聞(きく)、聚沙為(じゆしやゐ)(ジユシヤイ)仏
塔(ぶつたふ)(ブツタウ)功徳(くどく)、忽(たちまち)に仏因(ぶついん)を感(かん)ず。況哉(いはんや)一紙(いつし)半銭(はんせん)の
宝財(ほうざい)にをひて(おいて)をや。願(ねがはく)は建立(こんりふ)(コンリウ)成就(じやうじゆ)して、金闕(きんけつ)
鳳暦(ほうれき)御願(ごぐわん)(ゴグハン)円満(ゑんまん)、乃至(ないし)都鄙遠近(とひゑんきん)隣民親疎(りんみんしんそ)、尭
舜(げうしゆん)無為(ぶゐ)(ブイ)の化(くわ)(クハ)をうたひ【歌ひ】、椿業(ちんげふ)(チンゲウ)再会(さいくわい)(サイクハイ)の咲(ゑみ)をひらかん。
殊(こと)には、聖霊(しやうりやう)幽儀(いうぎ)(ユウギ)先後(ぜんご)大小(だいせう)、すみやかに一仏(いちぶつ)真
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門(しんもん)の台(うてな)にいたり、必(かならず)三身(さんじん)万徳(まんどく)の月(つき)をもてあそば【翫ば】ん。
仍(よつて)勧進修行(くわんじんしゆぎやう)(クハンジンシユぎやう)の趣(おもむき)(ヲモムキ)、蓋(けだし)以(もつて)如斯(かくのごとし)治承(ぢしよう)三年(さんねん)三月(さんぐわつの)日(ひ)
『文学【*文覚】(もんがく)被流(ながされ)』S0509
文覚(もんがく)とこそよみ【読み】あげたれ。○おりふし(をりふし)【折節】、御前(ごぜん)には太
政(だいじやう)大臣(だいじん)妙音院(めうおんゐん)(メウヲンイン)、琵琶(びは)かき【掻き】ならし【鳴らし】朗詠(らうえい)(ラウヱイ)めでたうせ
させ給(たま)ふ。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)拍子(ひやうし)と(ッ)て、風俗(ふうぞく)催
馬楽(さいばら)うたはれけり。右馬頭(うまのかみ)資時(すけとき)・四位(しゐの)侍従(じじゆう)盛定(もりさだ)
和琴(わごん)かき【掻き】ならし【鳴らし】、いま様(やう)【今様】とりどりにうたひ【歌ひ】、玉(たま)の簾(すだれ)、
錦(にしき)の帳(ちやう)の中(なか)ざざめきあひ、まこと【誠】に面白(おもしろ)(ヲモシロ)かりけれ
ば、法皇(ほふわう)もつけ歌(うた)【附け歌】せさせおはします。それに文覚(もんがく)
P05076
が大音声(だいおんじやう)いでき【出で来】て、調子(てうし)もたがひ【違ひ】、拍子(ひやうし)もみな
みだれ【乱れ】にけり。「なに物(もの)【何者】ぞ。そくびつけ【突け】」と仰下(おほせくだ)さるる程(ほど)
こそあり【有り】けれ、はやりを【逸男】の若物共(わかものども)、われもわれもと
すすみ【進み】けるなかに、資行(すけゆき)判官(はんぐわん)(ハウグハン)といふものはしり【走り】
いで【出で】て、「何条(なんでふ)事(こと)申(まうす)ぞ。まかり【罷り】いでよ」といひければ、
「高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)に庄(しやう)一所(いつしよ)よせ【寄せ】られざらん程(ほど)は、
ま(ッ)たく文覚(もんがく)いづ【出づ】まじ」とてはたらか【働か】ず。よ(ッ)てそ
くびをつか【突か】うどしければ、勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をとりなをし(なほし)【直し】、
資行(すけゆき)判官(はんぐわん)(ハウグハン)が烏帽子(えぼし)(ヱボシ)をはたとう(ッ)【打つ】てうちおとし【落し】、
P05077
こぶし【拳】をにぎ(ッ)てしやむね【胸】をつゐ(つい)【突い】て、のけ【仰】につきた
をす(たふす)【倒す】。資行(すけゆき)判官(はんぐわん)もとどり【髻】はな(ッ)【放つ】て、おめおめと大
床(おほゆか)のうへ【上】へにげ【逃げ】のぼる。其(その)後(のち)文覚(もんがく)ふところ【懐】より
馬(むま)の尾(を)でつか【柄】まい【巻い】たる刀(かたな)の、こほり【氷】のやうなるを
ぬき【抜き】いだひ(いだい)【出い】て、より【寄り】こん物(もの)をつか【突か】うどこそまち【待ち】
かけたれ。左(ひだり)の手(て)には勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)、右(みぎ)の手(て)には刀(かたな)をぬいて
はしり【走り】まはるあひだ【間】、おもひ【思ひ】まうけぬにはか事(ごと)【俄事】では
あり【有り】、左右(さう)の手(て)に刀(かたな)をも(ッ)【持つ】たる様(やう)にぞ見(み)えたり
ける。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)も、「こはいかにこはいかに」とさはが(さわが)【騒が】れければ、
P05078
御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)もはや荒(あれ)にけり。院中(ゐんぢゆう)のさうどう【騒動】なのめ
ならず。信乃【*信濃】国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)安藤武者(あんどうむしや)右宗(みぎむね)、其(その)比(ころ)当職(たうしよく)の
武者所(むしやどころ)で有(あり)けるが、「何事(なにごと)ぞ」とて、太刀(たち)をぬいてはし
り【走り】いでたり。文覚(もんがく)よろこ(ン)【喜こん】でかかる所(ところ)を、き(ッ)【斬つ】てはあし
かり【悪かり】なんとやおもひ【思ひ】けん、太刀(たち)のみね【峯】をとりなをし(なほし)【直し】、
文覚(もんがく)がかたな【刀】も(ッ)【持つ】たるかいな(かひな)【腕】をしたたかにうつ。うた【打た】れ
てち(ッ)とひるむところ【所】に、太刀(たち)をすてて、「え【得】たりをう(おう)」
とてくん【組ん】だりけり。くま【組ま】れながら文覚(もんがく)、安藤武
者(あんどうむしや)が右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】をつく【突く】。つかれ【疲れ】ながらしめ【締め】たりけり。
P05079
互(たがひ)(タガイ)におとらぬ大(だい)ぢからなりければ、うへ【上】になりした【下】に
なり、ころび【転び】あふところ【所】に、かしこがほ【賢顔】に上下(じやうげ)よ(ッ)【寄つ】て、文
覚(もんがく)がはたらく【働く】ところ【所】のぢやうをがうし【拷し】て(ン)げり。され
どもこれを事(こと)ともせず、いよいよ悪口(あつこう)放言(ほうごん)す。門外(もんぐわい)へ
ひき【引き】いだひ(いだい)【出い】て、庁(ちやう)の下部(しもべ)にたぶ。給(たまはつ)てひつぱる。ひ(ッ)
ぱら【引つ張ら】れて、立(たち)ながら御所(ごしよ)の方(かた)をにらまへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)を
あげて、「奉加(ほうが)をこそし給(たま)はざらめ、これ程(ほど)文覚(もんがく)に
からい【辛い】目(め)を見(み)せ給(たま)ひつれば、おもひ【思ひ】しらせ申(まう)さんずる
物(もの)を。三界(さんがい)は皆(みな)火宅(くわたく)(クハタク)なり。王宮(わうぐう)といふとも、其(その)難(なん)を
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のがる【逃る】べからず。十善(じふぜん)の帝位(ていゐ)にほこつ【誇つ】たうとも、黄
泉(くわうせん)(クハウセン)の旅(たび)にいでなん後(のち)は、牛頭(ごづ)・馬頭(めづ)のせめ【責】をば
まぬかれ【免かれ】給(たま)はじ物(もの)を」と、おどり(をどり)【躍り】あがり【上がり】おどり(をどり)【躍り】あがり【上がり】
ぞ申(まうし)ける。「此(この)法師(ほふし)奇怪(きつくわい)(キクハイ)なり」とて、やがて獄定(ごくぢやう)せ
られけり。資行(すけゆき)判官(はんぐわん)は、烏帽子(えぼし)(ヱボシ)打(うち)おとさ【落さ】れて恥(はぢ)
がましさに、しばし【暫し】は出仕(しゆつし)もせず。安藤武者(あんどうむしや)、文覚(もんがく)
くん【組ん】だる勧賞(けんじやう)に、当座(たうざ)に一廊【*一臈】(いちらふ)(いちラウ)をへ【経】ずして、右馬允(うまのじよう)(うまノゼウ)
にぞなされける。さるほど【程】に、其(その)比(ころ)美福門院(びふくもんゐん)かくれ【隠れ】
させ給(たま)ひて、大赦(だいしや)あり【有り】しかば、文覚(もんがく)程(ほど)なくゆるさ【許さ】れ
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けり。しばらくはどこ【何処】にもおこなふ【行なふ】べかりしが、さはな
くして、又(また)勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をささげてすすめ【勧め】けるが、さらば
ただもなくして、「あつぱれ、この世(よ)の中(なか)は只今(ただいま)みだれ【乱れ】、
君(きみ)も臣(しん)もみな【皆】ほろび【滅び】うせんずる物(もの)を」な(ン)ど(なんど)、おそろ
しき【恐ろしき】事(こと)をのみ申(まうし)ありくあひだ【間】、「この法師(ほふし)都(みやこ)に
をひ(おい)【置い】てかなう(かなふ)【叶ふ】まじ。遠流(をんる)せよ」とて、伊豆国(いづのくに)へぞなが
されける。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)の、其(その)比(ころ)伊豆守(いづのかみ)
にておはしければ、その沙汰(さた)として、東海道(とうかいだう)より
舟(ふね)にてくだす【下す】べしとて、伊勢国(いせのくに)へゐ【率】てまかり【罷り】
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けるに、法便(はうべん)[* 「法使(ハウシ)」と有るのを他本により訂正]両(りやう)三人(さんにん)ぞつけ【付け】られたる。これらが申(まうし)ける
は、「庁(ちやう)の下部(しもべ)のならひ【習ひ】、かやうの事(こと)につゐ(つい)【突い】てこそ、を
のづから(おのづから)依怙(えこ)(ヱコ)も候(さうら)へ。いかに聖(ひじり)の御房(ごばう)、これ程(ほど)の事(こと)
に逢(あふ)て遠国(をんごく)へながされ給(たま)ふに、しりうと【知人】はもち
給(たま)はぬか。土産(とさん)粮料(らうれう)ごときの物(もの)をもこひ【乞ひ】給(たま)へかし」と
いひければ、文覚(もんがく)は「さ様(やう)の要事(えうじ)(ヨウジ)いふべきとくゐ(とくい)【得意】
ももたず。東山(ひがしやま)の辺(ほとり)にぞとくゐ(とくい)【得意】はある。いでさらば
ふみ【文】をやらう」どいひければ、けしかる【怪しかる】紙(かみ)をたづね【尋ね】て
え【得】させたり。「かやうの紙(かみ)で物(もの)かく【書く】やうなし」とて、なげ
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かへす【返す】。さらばとて、厚紙(こうし)をたづね【尋ね】てえ【得】させたり。文
覚(もんがく)わら(ッ)【笑つ】て、「法師(ほふし)は物(もの)をえかか【書か】ぬぞ。さらばおれら【己等】か
け【書け】」とて、かか【書か】するやう、「文覚(もんがく)こそ高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)
造立(ざうりふ)(ザウリウ)供養(くやう)のこころざしあ(ッ)て、すすめ【勧め】候(さうらひ)つる程(ほど)に、
かかる君(きみ)の代(よ)にしも逢(あふ)て、所願(しよぐわん)をこそ成就(じやうじゆ)せざらめ、
禁獄(きんごく)せられて、あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】伊豆国(いづのくに)へ流罪(るざい)せられ候(さうら)へ。遠
路(ゑんろ)の間(あひだ)で候(さうらふ)。土産(とさん)粮料(らうれう)ごときの物(もの)も大切(たいせつ)に候(さうらふ)。此(この)使(つかひ)に
たぶ【賜ぶ】べしとかけ」といひければ、いふままにかいて、「さて
たれどの【誰殿】へとかき【書き】候(さうら)はうぞ」。「清水(きよみず)の観音房(くわんおんばう)(クハンヲンバウ)へとかけ」。
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「これは庁(ちやう)の下部(しもべ)をあざむく【欺く】にこそ」と申(まう)せば、「さり
とては、文覚(もんがく)は観音(くわんおん)(クハンヲン)をこそふかう【深う】たのみ【頼み】たてまつ【奉つ】
たれ。さらでは誰(たれ)にかは用事(ようじ)をばいふべき」とぞ申(まうし)
ける。伊勢国(いせのくに)阿野【*阿濃】[B 「阿濃」と傍書](あの)の津(つ)より舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】てくだり【下り】けるが、
遠江(とほたふみ)(トウタウミ)の天竜難多(てんりゆうなだ)【天竜灘】にて、俄(にはか)に大風(おほかぜ)ふき、大(おほ)なみ【浪】た(ッ)て、
すでに此(この)舟(ふね)をうちかへさ【返さ】んとす。水手【*水主】(すいしゆ)梶取(かんどり)ども、いか
にもしてたすから【助から】んとしけれども、波風(なみかぜ)いよいよあれ【荒】
ければ、或(あるい)は観音(くわんおん)の名号(みやうがう)をとなへ、或(あるい)は最後(さいご)の十
念(じふねん)にをよぶ(およぶ)【及ぶ】。されども文覚(もんがく)これを事(こと)ともせず、たか
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いびき【高鼾】かいてふし【臥し】たりけるが、なに【何】とかおもひ【思ひ】けん、いま【今】
はかうとおぼえける時(とき)、か(ッ)ぱとおき、舟(ふね)のへ【舳】にた(ッ)て奥(おき)の
方(かた)をにらまへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「竜王(りゆうわう)(リウわう)やある、竜王(りゆうわう)
やある」とぞよう【呼う】だりける。「いかにこれほどの大願(だいぐわん)おこ
い【起い】たる聖(ひじり)がの(ッ)【乗つ】たる舟(ふね)をば、あやまた【過た】うどはするぞ。
ただいま天(てん)の責(せめ)かうむら【蒙ら】んずる竜神(りゆうじん)(リウじん)どもかな」と
ぞ申(まうし)ける。そのゆへ(ゆゑ)【故】にや、浪風(なみかぜ)ほどなくしづま(ッ)【鎮まつ】て、
伊豆国(いづのくに)へつき【着き】にけり。文覚(もんがく)京(きやう)をいで【出で】ける日(ひ)より、祈
誓(きせい)する事(こと)あり【有り】。「われ都(みやこ)にかへ(ッ)【帰つ】て、高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)
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造立(ざうりふ)(ザウリウ)供養(くやう)すべくは、死(し)ぬべからず。其(その)願(ぐわん)むなし
かるべくは、道(みち)にて死(し)ぬべし」とて、京(きやう)より伊豆(いづ)へ
つきけるまで、折節(をりふし)順風(じゆんぷう)なかりければ、浦(うら)づたひ【浦伝ひ】
島(しま)づたひ【島伝ひ】して、卅一日(さんじふいちにち)があひだ【間】は一向(いつかう)断食(だんじき)にてぞ
あり【有り】ける。され共(ども)気力(きりよく)すこしもおとら【劣ら】ず、おこなひ【行ひ】う
ちしてゐたり。まこと【誠】にただ人(びと)ともおぼえぬ事(こと)ども
『福原院宣(ふくはらゐんぜん)』S0510
おほかり【多かり】けり。○近藤(こんどう)四郎(しらう)国高(くにたか)といふものにあづけ【預け】ら
れて、伊豆国(いづのくに)奈古屋(なごや)がおくにぞすみ【住み】ける。さる程(ほど)に、
兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)へつねはまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、昔(むかし)今(いま)の物(もの)がたりども申(まうし)て
P05087
なぐさむ程(ほど)に、或(ある)時(とき)文覚(もんがく)申(まうし)けるは、「平家(へいけ)には小松(こまつ)の
おほいとの【大臣殿】こそ、心(こころ)もがう【剛】に、はかり事(こと)もすぐれてお
はせしか、平家(へいけ)の運命(うんめい)が末(すゑ)になるやらん、こぞ【去年】の
八月(はちぐわつ)薨(こう)ぜられぬ。いまは源平(げんぺい)のなかに、わとの程(ほど)
将軍(しやうぐん)の相(さう)も(ッ)【持つ】たる人(ひと)はなし。はやはや謀反(むほん)おこして、
日本国(につぽんごく)したがへ給(たま)へ」。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「おもひ【思ひ】もよらぬ事(こと)の
給(たま)ふ聖(ひじりの)御房(ごばう)かな。われは故(こ)池(いけ)の尼御前(あまごぜん)にかひ【甲斐】なき
命(いのち)をたすけ【助け】られたてま(ッ)【奉つ】て候(さうら)へば、その後世(ごせ)をとぶら
は【弔は】んために、毎日(まいにち)に法花経(ほけきやう)一部(いちぶ)転読(てんどく)する外(ほか)は他事(たじ)
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なし」とこその給(たま)ひけれ。文覚(もんがく)かさね【重ね】て申(まうし)けるは、「天(てん)
のあたふるをとら【取ら】ざれば、かへ(ッ)て【却つて】其(その)とが【咎】をうく。時(とき)い
た(ッ)ておこなはざれば、かへ(ッ)て【却つて】其(その)殃(わざわひ)(ワザハイ)をうくといふ本文(ほんもん)
あり【有り】。かう申(まう)せば、御辺(ごへん)の心(こころ)をみんとて申(まうす)な(ン)ど(なんど)思(おも)ひ
給(たまふ)か。御辺(ごへん)に心(こころ)ざしのふかい【深い】色(いろ)を見(み)給(たま)へかし」とて、
ふところ【懐】よりしろい【白い】ぬの【布】につつんだる髑■(どくろ)をひ
とつ【一つ】とりいだす【出だす】。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「あれはいかに」との給(たま)へ【宣へ】ば、「これ
こそわとのの父(ちち)、故(こ)左馬頭殿(さまのかみどの)のかうべ【頭】よ。平治(へいぢ)の後(のち)、獄
舎(ごくしや)のまへなる苔(こけ)のしたにうづもれ【埋もれ】て、後世(ごせ)とぶらふ
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人(ひと)もなかりしを、文覚(もんがく)存(ぞん)ずる旨(むね)あ(ッ)て、獄(ごく)もり【獄守】にこふ(こう)【乞う】
て、この十余年(じふよねん)頸(くび)にかけ、山々(やまやま)寺々(てらでら)おがみ(をがみ)【拝み】まはり、とぶ
らひ【弔ひ】たてまつれ【奉れ】ば、いまは一劫(いちごふ)(いちゴウ)もたすかり給(たまひ)ぬらん。
されば、文覚(もんがく)は故(こ)守殿(かうのとの)の御(おん)ためにも奉公(ほうこう)のもので
こそ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)、一定(いちぢやう)とはおぼえねども、
父(ちち)のかうべときく【聞く】なつかしさに、まづ涙(なみだ)をぞながされ
ける。其(その)後(のち)はうちとけて物(もの)がたりし給(たま)ふ。「抑(そもそも)頼朝(よりとも)
勅勘(ちよつかん)をゆり【許り】ずしては、争(いかで)か謀反(むほん)をばおこすべき」
との給(たま)へ【宣へ】ば、「それやすい【安い】事(こと)、やがてのぼ(ッ)【上つ】て申(まうし)ゆるい
P05090
てたてまつら【奉ら】ん」。「さもさうず、御房(ごばう)も勅勘(ちよつかん)の身(み)で
人(ひと)を申(まうし)ゆるさ【許さ】うどの給(たま)ふあてがい(あてがひ)やう【宛行様】こそ、おほ
き【大き】にまことしからね」。「わが身(み)の勅勘(ちよつかん)をゆりうど申(まう)
さばこそひが事(こと)【僻言】ならめ。わとのの事(こと)申(まう)さうは、なにか
くるしかる【苦しかる】べき。いまの都(みやこ)福原(ふくはら)の新都(しんと)へのぼら【上ら】うに、三
日(みつか)にすぐ【過ぐ】まじ。院宣(ゐんぜん)うかがは【伺は】うに一日(いちにち)がとうりう【逗留】ぞ
あらんずる。都合(つがふ)七日(しちにち)八日(やうか)にはすぐ【過ぐ】べからず」とて、つきい
で【出で】ぬ。奈古屋(なごや)にかへ(ッ)【帰つ】て、弟子(でし)ども【共】には、伊豆(いづ)の御山(おやま)【*雄山(をやま)】に人(ひと)
にしのん【忍ん】で七日(しちにち)参籠(さんろう)の心(こころ)ざしあり【有り】とて、いでにけり。
P05091
げにも三日(みつか)といふに、福原(ふくはら)の新都(しんと)へのぼりつつ前(さきの)右
兵衛[B ノ]督(うひやうゑのかみ)光能卿(みつよしのきやう)のもとに、いささかゆかりあり【有り】ければ、
それにゆい【行い】て、「伊豆国(いづのくにの)流人(るにん)、前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)こそ勅勘(ちよつかん)
をゆるさ【許さ】れて院宣(ゐんぜん)をだにも給(たま)はらば、八ケ国(はつかこく)の家
人(けにん)ども催(もよほ)(モヨヲ)しあつめ【集め】て、平家(へいけ)をほろぼし、天下(てんが)をし
づめ【鎮め】んと申(まうし)候(さうら)へ」。兵衛[B ノ]督(ひやうゑのかみ)「いさとよ、わが身(み)も当時(たうじ)は
三官(さんくわん)ともにとどめ【留め】られて、心(こころ)ぐるしいおりふし(をりふし)【折節】なり。
法皇(ほふわう)もをし(おし)【押し】こめられてわたらせ給(たま)へば、いかがあらん
ずらん。さりながらもうかがう【伺う】てこそ見(み)め」とて、此(この)由(よし)ひ
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そかに奏(そう)せられければ、法皇(ほふわう)やがて院宣(ゐんぜん)をこそくだ
さ【下さ】れけれ。聖(ひじり)これをくびにかけ、又(また)三日(みつか)といふに、伊豆国(いづのくに)
へくだり【下り】つく。兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)「あつぱれ、この聖(ひじりの)御房(ごばう)は、なまじゐ(なまじひ)
によしなき事(こと)申(まうし)いだし【出し】て、頼朝(よりとも)又(また)いかなるうき【憂き】目(め)
にかあはんずらん」と、おもは【思は】じ事(こと)なうあんじ【案じ】つづけ【続け】て
おはしけるところ【所】に、八日(やうか)といふ午刻(むまのこく)ばかりくだり【下り】つい
て、「すは院宣(ゐんぜん)よ」とてたてまつる【奉る】。兵衛佐(ひやうゑのすけ)、院宣(ゐんぜん)と
きくかたじけなさ【忝さ】に、手水(てうづ)うがひをして、あたらし
き烏帽子(えぼし)(ヱボシ)・浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)きて、院宣(ゐんぜん)を三度(さんど)拝(はい)してひ
P05093
らかれたり。項年(しきりのとし)(シキリノトシ)より以来(このかた)、平氏(へいじ)王皇(わうくわう)蔑如(べつじよ)して、
政道(せいたう)にはばかる事(こと)なし。仏法(ぶつぽふ)を破滅(はめつ)して、朝威(てうゐ)(テウイ)を
ほろぼさんとす。夫(それ)我(わが)朝(てう)は神国(しんこく)也(なり)。宗廟(そうべう)あひならん
で、神徳(しんとく)これ【是】あらたなり。故(かるがゆゑに)(カルガユヘニ)朝廷(てうてい)開基(かいき)の後(のち)、数千(すせん)余
歳(よさい)のあひだ、帝猷(ていいう)(テイユウ)をかたぶけ【傾け】、国家(こつか)をあやぶめんと
する物(もの)、みなも(ッ)て敗北(はいぼく)せずといふ事(こと)なし。然(しかれば)則(すなはち)且(かつう)(カツ)は
神道(しんたう)の冥助(みやうじよ)にまかせ【任せ】、且(かつう)(カツ)は勅宣(ちよくせん)の旨趣(しいしゆ)をまも(ッ)【守つ】て、
はやく平氏(へいじ)の一類(いちるい)を誅(ちゆう)(チウ)して、朝家(てうか)の怨敵(をんでき)を
しりぞけよ。譜代(ふだい)弓箭(きゆうせん)(キウセン)の兵略(へいりやく)を継(つぎ)、累祖(るいそ)奉公(ほうこう)の
P05094
忠勤(ちゆうきん)(チウキン)を抽(ぬきんで)て、身(み)をたて、家(いへ)をおこすべし。ていれば【者】、
院宣(ゐんぜん)かくのごとし。仍(よつて)執達(しつたつ)如件(くだんのごとし)。治承(ぢしよう)四年(しねん)七月(しちぐわつ)十
四日(じふしにち)前(さきの)右兵衛[B ノ]督(うひやうゑのかみ)光能(みつよし)が奉(うけたま)はり謹上(きんじやう)前[B ノ](さきの)右兵衛佐
殿(うひやうゑのすけどの)へとぞかか【書か】れたる。此(この)院宣(ゐんぜん)をば錦(にしき)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、
石橋山(いしばしやま)の合戦(かつせん)の時(とき)も、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)頸(くび)にかけられたり
『富士川(ふじがは)』S0511
けるとかや。○さる程(ほど)に、福原(ふくはら)には、勢(せい)のつかぬ先(さき)にいそぎ
打手(うつて)をくだすべしと、公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)て、大将軍(たいしやうぐん)には小
松権亮少将(こまつのごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、副将軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)
其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)、九月(くぐわつ)十八日(じふはちにち)に都(みやこ)をた(ッ)て、十九日(じふくにち)には
P05095
旧都(きうと)につき、やがて廿日(はつかのひ)、東国(とうごく)へこそう(ッ)【討つ】たた【立た】れけれ。大
将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)は、生年(しやうねん)廿三(にじふさん)、容儀(ようぎ)体拝(たいはい)絵(ゑ)に
かくとも筆(ふで)も及(および)がたし。重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)の鎧(よろひ)(ヨロイ)唐皮(からかは)といふきせ
なが【着背長】をば、唐櫃(からひつ)にいれ【入れ】てかか【舁か】せらる。路打(みち)うちには、赤地(あかぢ)
の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、萠黄威(もえぎをどし)(モヱギヲドシ)のよろひ【鎧】きて、連銭葦
毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)【置い】てのり給(たま)へり。副
将軍(ふくしやうぐん)薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、紺地(こんぢ)の錦(にしき)のひたたれに、
黒糸(くろいと)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、黒(くろ)き馬(むま)のふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】
に、い(ッ)かけ地(ぢ)(いつかけぢ)【沃懸地】の鞍(くら)をい(おい)【置い】てのり給(たま)へり。馬(むま)・鞍(くら)・鎧(よろひ)・甲(かぶと)・弓矢(ゆみや)・
P05096
太刀(たち)・刀(かたな)にいたるまで、てり【照り】かかやく【輝く】程(ほど)にいでたた【出で立た】れたり
しかば、めでたかりし見物(けんぶつ)なり。薩摩[B ノ]守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、年
来(としごろ)ある宮腹(みやばら)の女房(にようばう)のもとへかよは【通は】れけるが、或(ある)時(とき)
おはしたりけるに、其(その)女房(にようばう)のもとへ、や(ン)ごとなき女房(にようばう)
まらうと【客人】にきた(ッ)て、やや久(ひさ)しう物(もの)がたり【物語】し給(たま)ふ。さ
よ【小夜】もはるかにふけ【更け】ゆくまでに、まらうと【客人】かへり給(たま)は
ず。忠教【*忠度】(ただのり)軒(のき)ばにしばしやすらひて、扇(あふぎ)をあらくつか
は【使は】れければ、宮腹(みやばら)の女房(にようばう)、「野(の)もせ【野狭】にすだく虫(むし)のね【音】
よ」と、ゆふ(いう)【優】にやさしう口(くち)ずさみ給(たま)へば、薩摩守(さつまのかみ)やがて
P05097
扇(あふぎ)をつかひやみてかへら【帰ら】れけり。其(その)後(のち)又(また)おはしたり
けるに、宮腹(みやばら)の女房(にようばう)「さても一日(ひとひ)、なに【何】とて扇(あふぎ)をば
つかひ【使ひ】やみしぞや」ととは【問は】れければ、「いさ、かしかましな(ン)ど(なんど)
きこえ【聞え】候(さうらひ)しかば、さてこそつかひ【使ひ】やみ候(さうらひ)しか」とぞの
給(たま)ひける。かの女房(にようばう)のもとより忠教【*忠度】(ただのり)のもとへ、小袖(こそで)を
一(ひと)かさね【重ね】つかはす【遣はす】とて、ちさと【千里】のなごり【名残】のかなしさに、
一首(いつしゆ)の歌(うた)をぞをくら(おくら)【送ら】れける。
あづまぢ【東路】の草葉(くさば)をわけん袖(そで)よりも
たたぬたもとの露(つゆ)ぞこぼるる W035
P05098
薩摩守(さつまのかみ)返事(へんじ)には
わかれ路(ぢ)をなにかなげかんこえてゆく【行く】
関(せき)もむかしの跡(あと)とおもへ【思へ】ば W036
「関(せき)も昔(むかし)の跡(あと)」とよめる事(こと)は、平(へい)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)、将門(まさかど)
追討(ついたう)のために、東国(とうごく)へ下向(げかう)せし事(こと)をおもひ【思ひ】いで【出で】て
よみ【詠み】たりけるにや、いとやさしうぞきこえ【聞え】し。
昔(むかし)は朝敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】に外土(ぐわいと)(グハイト)へむかふ【向ふ】将軍(しやうぐん)は、ま
づ参内(さんだい)して切刀(せつと)を給(たま)はる。震儀【*宸儀】(しんぎ)南殿(なんでん)に出御(しゆつぎよ)し、
近衛(こんゑ)階下(かいか)に陣(ぢん)をひき【引き】、内弁(ないべん)外弁(げべん)の公卿(くぎやう)参列(さんれつ)
P05099
して、誅儀【*中儀】(ちゆうぎ)(チウギ)の節会(せちゑ)おこなは【行なは】る。大将軍(たいしやうぐん)副将軍(ふくしやうぐん)、お
のをの(おのおの)礼儀(れいぎ)をただしうしてこれを給(たま)はる。承平(しようへい)(セウヘイ)天
慶(てんぎやう)の蹤跡(しようぜき)(セウゼキ)も、年(とし)久(ひさ)しうな(ッ)て准(なぞら)へがたしとて、今度(こんど)
は讃岐守(さぬきのかみ)平(たひら)の正盛(まさもり)が前(さきの)対馬守(つしまのかみ)源[B ノ](みなもとの)義親(よしちか)追討(ついたう)
のために出雲国(いづものくに)へ下向(げかう)せし例(れい)とて、鈴(すず)ばかり給(たまは)(ッ)て、
皮(かは)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、雑色(ざふしき)(ザウシキ)が頸(くび)にかけさせてぞく
だら【下ら】れける。いにしへ、朝敵(てうてき)をほろぼさんとて都(みやこ)を
いづる【出づる】将軍(しやうぐん)は、三(みつ)の存知(ぞんぢ)あり【有り】。切刀(せつと)を給(たま)はる日(ひ)家(いへ)
をわすれ、家(いへ)をいづる【出づる】とて妻子(さいし)をわすれ、戦場(せんぢやう)に
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して敵(てき)にたたかふ【戦ふ】時(とき)、身(み)をわする【忘る】。されば、今(いま)の
平氏(へいじ)の大将(だいしやう)維盛(これもり)・忠教【*忠度】(ただのり)も、定(さだめ)てかやうの事(こと)をば
存知(ぞんぢ)せられたりけん。あはれなりし事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)廿
二日(にじふににち)新院(しんゐん)又(また)安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ御幸(ごかう)なる。去(さんぬ)る三
月(さんぐわつ)にも御幸(ごかう)あり【有り】き。そのゆへ(ゆゑ)にや、なか一両月(いちりやうげつ)世(よ)
もめでたくおさま(ッ)(をさまつ)【治まつ】て、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】もなかりしが、
高倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)によ(ッ)て、又(また)天下(てんが)みだれて、世上(せじやう)
もしづかならず。これによ(ッ)て、且(かつう)(カツ)は〔天下(てんが)静謐(せいひつ)のため、且(かつう)は〕聖代(せいたい)不予(ふよ)の御祈
念(ごきねん)のためとぞきこえ【聞え】し。今度(こんど)は福原(ふくはら)よりの御幸(ごかう)
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なれば、斗薮(とそう)のわづらひ【煩ひ】もなかりけり。手(て)づからみ
づから御願文(ごぐわんもん)(ごグハンモン)をあそばい【遊ばい】て、清書(せいしよ)(セイジヨ)をば摂政殿(せつしやうどの)せ
させおはします。蓋(けだし)聞(きく)。法性(ほつしやうの)雲(くも)閑(しづか)也(なり)、十四(じふし)十五(じふご)の
月(つき)高(たかく)晴(はれ)、権化(ごんげの)智(ち)深(ふか)し、一陰(いちいん)一陽(いちやう)の風(かぜ)旁(かたはらに)扇(あふ)(アヲ)ぐ。夫(それ)
厳島(いつくしま)の社(やしろ)は称名(しようみやう)(セウミヤウ)あまねくきこゆる【聞ゆる】には、効験(かうげん)無
双(ぶそう)(ブサウ)の砌(みぎり)也(なり)。遥嶺(ようれい)の社壇(しやだん)をめぐる、をのづから(おのづから)大慈(だいじ)
の高(たか)く峙(そばだ)てるを彰(あらは)し、巨海(こかい)の詞宇【*祠宇】(しう)にをよぶ(およぶ)【及ぶ】、空(そら)
に弘誓(ぐぜい)の深広(しんくわう)(ジンクハウ)なる事(こと)を表(へう)す。夫(それ)以(おもんみれば)(ヲモンミレバ)、初(しよ)庸昧(ようまい)の身(み)
をも(ッ)て、忝(かたじけなく)皇王(くわうわう)の位(くらゐ)を践(ふ)む。今(いま)賢猷(けんいう)(ケンユウ)を霊境(れいけい)の
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群(ぐん)に翫(もてあそん)で、閑坊(かんばう)を射山(しやさん)の居(きよ)にたのしむ。しかる【然る】に、
ひそかに一心(いつしん)の精誠(しやうじやう)を抽(ぬきん)で、孤島(こたう)の幽祠(いうし)(ユウシ)に詣(まうで)、瑞
籬(ずいり)の下(もと)(モト)に明恩(めいおん)(メイヲン)を仰(あふ)(アヲ)ぎ、懇念(こんねん)を凝(こら)して汗(あせ)をながし、
宝宮(ほうきゆう)(ホウキウ)のうちに霊託(れいたく)を垂(たる)。そのつげの心(こころ)に銘(めい)ずる
あり【有り】。就中(なかんづく)にことに怖畏(ふゐ)(フイ)謹慎(きんしん)の期(ご)をさすに、も
はら季夏(きか)初秋(しよしう)の候(こう)にあたる。病痾(へいあ)忽(たちまち)に侵(をか)し、
猶(なほ)(ナヲ)医術(いじゆつ)の験(しるし)を施(ほどこ)す[* 「絶(タヘ)す」と有るのを他本により訂正]事(こと)なし。平計(へいけい)頻(しきり)に転(てん)ず、
弥(いよいよ)神感(しんかん)の空(むな)しからざることを知(しん)ぬ。祈祷(きたう)を求(もとむ)と
いへども、霧露(ぶろ)散(さん)じがたし。しかじ、心符(しんぶ)の心(こころ)ざし【志】を
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抽(ぬきん)でて、かさね【重ね】て斗薮(とそう)の行(ぎやう)をくはたて【企て】んとおもふ【思ふ】。
漠々(ばくばく)たる寒嵐(かんらん)の底(そこ)、旅泊(りよはく)に臥(ふし)て夢(ゆめ)をやぶり、
せいせい【凄々】たる微陽(びやう)のまへ、遠路(ゑんろ)に臨(のぞん)で眼(まなこ)をきはむ。
遂(つひ)(ツイ)に枌楡(ふんゆ)の砌(みぎん)について、敬(うやまつ)て、清浄(しやうじやう)の蓆(むしろ)を展(のべ)、書
写(しよしや)したてまつる色紙(しきし)墨字(ぼくじ)の妙法蓮華経(めうほふれんげきやう)一部(いちぶ)、
開結(かいけつ)二経(にきやう)、阿弥陀(あみだ)・般若心等(はんにやしんとう)の経(きやう)各(おのおの)(ヲノヲノ)一巻(いちくわん)(いちクハン)。手(て)づから
自(みづ)から書写(しよしや)したてまつる【奉る】金泥(こんでい)の提婆品(だいばほん)一巻(いちくわん)。時(とき)
に蒼松(さうしよう)(サウセウ)蒼栢(さうはく)の陰(かげ)、共(とも)に善理(ぜんり)の種(たね)をそへ、潮去(てうきよ)[* 「湖去(コキヨ)」と有るのを他本により訂正]潮来(てうらいの)[* 「湖来(コライノ)」と有るのを他本により訂正]
響(ひびき)、空(そら)に梵唄(ぼんばい)の声(こゑ)に和(くわ)(クハ)す。弟子(ていし)北闕(ほつけつ)の雲(くも)を辞(じ)し
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て八実【*八日】(はつじつ)、涼燠(りやうあう)のおほく【多く】廻(めぐ)る事(こと)なしといへども、西海(さいかい)
の浪(なみ)を凌(しのぐ)事(こと)二(ふた)たび【二度】、深(ふか)く機縁(きえん)(キヱン)のあさから【浅から】ざる事(こと)
を知(しん)ぬ。朝(あした)に祈(いの)る客(かく)一(いつ)にあらず、夕(ゆふべ)に賽(かへりまうし)【賽申】する
もの且千(ちぢばかり)也(なり)。但(ただ)し、尊貴(そんき)の帰仰(きぎやう)おほし【多し】といへども、
院宮(ゐんみや)の往詣(わうけい)いまだきかず。禅定(ぜんぢやう)法皇(ほふわう)初(はじめ)て其(その)
儀(ぎ)をのこい【残い】給(たま)ふ。弟子(ていし)眇身(べうしん)深(ふかく)運(二)其志(一)(そのこころざしをはこび)、彼(かの)嵩高
山(すうかうざん)(ソンカウザン)の月(つき)の前(まへ)には漢武(かんぶ)いまだ和光(わくわう)のかげを拝(はい)せず。
蓬莱洞(ほうらいどう)の雲(くも)の底(そこ)にも、天仙(てんせん)むなしく垂跡(すいしやく)の
塵(ちり)をへだつ。仰願(あふぎねがは)(アヲギネガハ)くは大明神(だいみやうじん)、伏(ふして)乞(こふ)(コウ)らくは一乗経(いちじようきやう)(いちゼウキヤウ)、
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新(あらた)に丹祈(たんき)をてらして唯一(ゆいいつ)の玄応(げんおう)(ゲンヲウ)を垂(たれ)給(たま)へ。治承(ぢしよう)
四年(しねん)九月(くぐわつ)廿八日(にじふはちにち)太上天皇(だいじやうてんわう)とぞあそばさ【遊ばさ】れたる。
さる程(ほど)に、此(この)人々(ひとびと)は九重(ここのへ)の都(みやこ)をた(ッ)て、千里(せんり)の東
海(とうかい)におもむか【赴か】れける。たいらか(たひらか)【平か】にかへり【帰り】のぼらん事(こと)も
まこと【誠】にあやうき(あやふき)【危ふき】有(あり)さまどもにて、或(あるい)は野原(のばら)の露(つゆ)
にやどをかり、或(あるいは)たかねの苔(こけ)に旅(たび)ねをし、山(やま)をこえ
河(かは)をかさね【重ね】、日(ひ)かず【数】ふれば、十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)には、するが【駿河】の
国(くに)清見(きよみ)が関(せき)にぞつき【着き】給(たま)ふ。都(みやこ)をば三万(さんまん)余騎(よき)で
いで【出で】しかど、路次(ろし)の兵(つはもの)めし【召し】具(ぐ)して、七万(しちまん)余騎(よき)とぞ
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きこえ【聞え】し。先陣(せんぢん)はかん原(ばら)【蒲原】・富士河(ふじがは)にすすみ、後陣(ごぢん)は
いまだ手越(てごし)・宇津(うつ)のやにささへたり。大将軍(たいしやうぐん)権亮
少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)をめし【召し】て、「ただ維
盛(これもり)が存知(ぞんぢ)には、足柄(あしがら)をうちこえて坂東(ばんどう)にていくさ【軍】を
せん」とはやら【逸ら】れけるを、上総守(かづさのかみ)申(まうし)けるは、「福原(ふくはら)をたた
せ給(たまひ)し時(とき)、入道殿(にふだうどの)の御定(ごぢやう)には、いくさ【軍】をば忠清(ただきよ)に
まかせ【任せ】させ給(たま)へと仰(おほせ)候(さうらひ)しぞかし。八ケ国(はつかこく)の兵共(つはものども)みな
兵衛佐(ひやうゑのすけ)にしたがひ【従ひ】ついて候(さうらふ)なれば、なん【何】十万騎(じふまんぎ)か候(さうらふ)
らん。御方(みかた)の御勢(おんせい)は七万(しちまん)余騎(よき)とは申(まう)せども、国々(くにぐに)の
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かり武者共(むしやども)【駆武者共】なり。馬(むま)も人(ひと)もせめふせて候(さうらふ)。伊豆(いづ)・駿河(するが)
のせい【勢】のまいる(まゐる)【参る】べきだにもいまだみえ【見え】候(さうら)はず。ただ富士
河(ふじがは)をまへにあてて、みかた【御方】の御勢(おんせい)をまた【待た】せ給(たま)ふべうや
候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、力(ちから)及(およ)ばでゆらへたり。さる程(ほど)に、兵
衛佐(ひやうゑのすけ)は足柄(あしがら)の山(やま)を打(うち)こえて、駿河国(するがのくに)きせ河(がは)【黄瀬河】にこそ
つき給(たま)へ。甲斐(かひ)(カイ)・信濃(しなの)の源氏(げんじ)ども馳来(はせきたつ)てひとつ【一つ】に
なる。浮島(うきしま)が原(はら)にて勢(せい)ぞろへあり【有り】。廿万騎(にじふまんぎ)とぞしる
いたる。常陸源氏(ひたちげんじ)佐竹(さたけの)太郎(たらう)が雑色(ざふしき)(ザウシキ)、主(しゆう)の使(つかひ)にふみ【文】も(ッ)【持つ】
て京(きやう)へのぼるを、平家(へいけ)の先陣(せんぢん)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)これを
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とどめ【留め】て、も(ッ)【持つ】たる文(ふみ)をばひ【奪ひ】とり、あけてみれ【見れ】ば、女房(にようばう)
のもとへの文(ふみ)なり。くるしかる【苦しかる】まじとて、とらせ[B て](ン)げり。
「抑(そもそも)兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)の勢(せい)、いかほどあるぞ」ととへば、「凡(およそ)(ヲヨソ)八日(やうか)九
日(ここのか)の道(みち)にはたとつづいて、野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)も武
者(むしや)で候(さうらふ)。下臈(げらふ)(ゲラウ)は四五百千(しごひやくせん)までこそ物(もの)の数(かず)をば知(しり)て
候(さうら)へども、それよりうへ【上】はしら【知ら】ぬ候(ざうらふ)。おほい【多い】やらう、すく
ない【少い】やらうをばしり【知り】候(さうら)はず。昨日(きのふ)きせ川(がは)【黄瀬川】で人(ひと)の申(まうし)
候(さうらひ)つるは、源氏(げんじ)の御勢(おんせい)廿万騎(にじふまんぎ)とこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」。上
総守(かづさのかみ)これをきい【聞い】て、「あつぱれ、大将軍(だいしやうぐん)の御心(おんこころ)ののび【延び】
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させ給(たまひ)たる程(ほど)口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)候(さうら)はず。いま一日(いちにち)も先(さき)に
打手(うつて)をくださ【下さ】せ給(たまひ)たらば、足柄(あしがら)の山(やま)こえて、八ケ国(はつかこく)へ
御出(おんいで)候(さうらは)ば、畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、大庭(おほば)(ヲホバ)兄弟(きやうだい)などかまいら(まゐら)【参ら】で候(さうらふ)べ
き。これらだにもまいり(まゐり)【参り】なば、坂東(ばんどう)にはなびかぬ草
木(くさき)も候(さうらふ)まじ」と、後悔(こうくわい)(コウクハイ)すれどもかひ【甲斐】ぞなき。又(また)大将
軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、東国(とうごく)の案内者(あんないしや)とて、長井(ながゐ)
の斎藤(さいとう)別当(べつたう)実盛(さねもり)をめし【召し】て、「やや実盛(さねもり)、なんぢ程(ほど)の
つよ弓(ゆみ)【強弓】勢兵(せいびやう)、八ケ国(はつかこく)にいかほど【程】あるぞ」ととひ【問ひ】給(たま)へば、
斎藤(さいとう)別当(べつたう)あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「さ候(さうら)へば、君(きみ)は実
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盛(さねもり)を大矢(おほや)とおぼしめし【思し召し】候(さうらふ)歟(か)。わづかに十三(じふさん)束(ぞく)こそ仕(つかまつり)
候(さうら)へ。実盛(さねもり)程(ほど)ゐ(い)【射】候(さうらふ)物(もの)は、八ケ国(はつかこく)にいくらも候(さうらふ)。大矢(おほや)と
申(まうす)ぢやう【定】の物(もの)の、十五(じふご)束(そく)におと(ッ)てひく【引く】は候(さうら)はず。弓(ゆみ)
のつよさもしたたかなる物(もの)五六人(ごろくにん)してはり【張り】候(さうらふ)。
かかるせい兵(びやう)【精兵】どもがゐ(い)【射】候(さうら)へば、鎧(よろひ)(ヨロイ)の二三両(にさんりやう)をもかさね
て、たやすうゐとをし(いとほし)【射通し】候(さうらふ)也(なり)。大名(だいみやう)一人(いちにん)と申(まうす)は、せい【勢】の
すくない【少い】ぢやう【定】、五百騎(ごひやくき)におとるは候(さうら)はず。馬(むま)にの(ッ)【乗つ】つれ
ばおつる【落つる】道(みち)をしら【知ら】ず、悪所(あくしよ)をはすれ【馳すれ】ども馬(むま)をた
をさ(たふさ)【倒さ】ず。いくさ【軍】は又(また)おや【親】もうた【討た】れよ、子(こ)もうた【討た】れよ、
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死(し)ぬればのり【乗り】こえ【越え】のり【乗り】こえ【越え】たたかふ【戦ふ】候(ざうらふ)。西国(さいこく)のいくさ【軍】と
申(まうす)は、おや【親】うた【討た】れぬれば孝養(けうやう)し、いみ【忌】あけてよせ、
子(こ)うた【討た】れぬれば、そのおもひ【思ひ】なげき【歎き】によせ【寄せ】候(さうら)はず。
兵粮米(ひやうらうまい)つきぬれば、春(はる)は田(た)つくり、秋(あき)はかり【刈り】おさめ(をさめ)【収め】て
よせ、夏(なつ)はあつし【暑し】といひ、冬(ふゆ)はさむしときらひ【嫌ひ】候(さうらふ)。
東国(とうごく)にはすべて其(その)儀(ぎ)候(さうら)はず。甲斐(かひ)・信乃【*信濃】(しなの)の源氏(げんじ)共(ども)、
案内(あんない)はし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。富士(ふじ)のすそ【裾】より搦手(からめて)にやまはり【廻り】
候(さうらふ)らん。かう申(まう)せば君(きみ)をおくせ【臆せ】させまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとて
申(まうす)には候(さうら)はず。いくさ【軍】はせい【勢】にはよらず、はかり事(こと)に
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よるとこそ申(まうし)つたへて候(さうら)へ。実盛(さねもり)今度(こんど)のいくさ【軍】に、
命(いのち)いき【生き】てふたたびみやこ【都】へまいる(まゐる)【参る】べしとも覚(おぼえ)候(さうら)は
ず」と申(まうし)ければ、平家(へいけ)の兵共(つはものども)これをきい【聞い】て、みな
ふるい(ふるひ)【震ひ】わななきあへり。さる程(ほど)に、十月(じふぐわつ)廿三日(にじふさんにち)にも
なりぬ。あすは源平(げんぺい)富士河(ふじがは)にて矢合(やあはせ)とさだめ【定め】
たりけるに、夜(よ)に入(いり)て、平家(へいけ)の方(かた)より源氏(げんじ)の陣(ぢん)を
見(み)わたせ【渡せ】ば、伊豆(いづ)・駿河(するが)〔の〕人民(にんみん)・百姓等(ひやくしやうら)がいくさ【軍】におそ
れ【恐れ】て、或(あるい)は野(の)にいり、山(やま)にかくれ、或(あるい)は舟(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】
て海河(うみかは)にうかび、いとなみの火(ひ)の見(み)えけるを、平
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家(へいけ)の兵(つはもの)ども、「あなおびたたしの源氏(げんじ)の陣(ぢん)のとを
火(び)(とほび)【遠火】のおほさよ。げにもまこと【誠】に野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)も
みなかたき【敵】であり【有り】けり。いかがせん」とぞあはて(あわて)【慌て】ける。
其(その)夜(よ)の夜半(やはん)ばかり、富士(ふじ)の沼(ぬま)にいくらもむれ【群れ】
ゐたりける水鳥(みづとり)どもが、なに【何】にかおどろき【驚き】たりけん、
ただ一(いち)ど【度】にば(ッ)と立(たち)ける羽音(はおと)の、大風(おほかぜ)いかづち【雷】な(ン)ど(なんど)
の様(やう)にきこえ【聞え】ければ、平家(へいけ)の兵(つはもの)ども【共】、「すはや源氏(げんじ)
の大(おほ)ぜい【勢】のよする【寄する】は。斎藤(さいとう)別当(べつたう)が申(まうし)つる様(やう)に、定(さだめ)て
搦手(からめて)もまはるらん。とり【取り】こめ【込め】られてはかなふ【叶ふ】まじ。ここ
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をばひい【引い】て尾張河(をはりがは)州俣(すのまた)をふせけ【防け】や」とて、とる
物(もの)もとりあへず、我(われ)さきにとぞ落(おち)ゆきける。あまり
にあはて(あわて)さはい(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とる物(もの)は矢(や)をしら【知ら】ず、矢(や)とる
もの【者】は弓(ゆみ)をしら【知ら】ず、人(ひと)の馬(むま)にはわれのり【乗り】、わが馬(むま)をば
人(ひと)にのら【乗ら】る。或(あるい)はつないだる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】てはすれ【馳すれ】ば、く
ゐ(くひ)【杭】をめぐる事(こと)かぎりなし。ちかき【近き】宿々(しゆくじゆく)よりむかへ【迎へ】
と(ッ)てあそびける遊君(いうくん)(ユウクン)遊女(いうぢよ)ども、或(あるい)はかしら【頭】け【蹴】わ
られ、腰(こし)ふみ【踏み】おら(をら)【折ら】れて、おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】物(もの)おほかり【多かり】けり。
あくる廿四日(にじふしにち)卯刻(うのこく)に、源氏(げんじ)大勢(おほぜい)廿万騎(にじふまんぎ)、ふじ河(がは)に
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をし(おし)【押し】よせて、天(てん)もひびき、大地(だいぢ)もゆるぐ程(ほど)に、時(とき)をぞ
『五節(ごせつ)之(の)沙汰(さた)』S0512
三ケ度(さんがど)つくりける。○平家(へいけ)の方(かた)には音(おと)もせず、人(ひと)を
つかはし【遣し】て見(み)せければ、「みな【皆】落(おち)て候(さうらふ)」と申(まうす)。或(あるい)は敵(かたき)の
わすれたる鎧(よろひ)(ヨロイ)と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)はかた
き【敵】のすて【捨て】たる大幕(おほまく)と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるものもあり【有り】。
「敵(てき)の陣(ぢん)には蝿(はひ)(ハイ)だにもかけり【翔けり】候(さうら)はず」と申(まうす)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)、
馬(むま)よりおり、甲(かぶと)をぬぎ、手水(てうづ)うがい(うがひ)をして、王城(わうじやう)の
方(かた)をふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、「これはま(ッ)たく頼朝(よりとも)がわたくしの
高名(かうみやう)にあらず。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の御(おん)ぱからひなり」
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とぞの給(たま)ひける。やがてう(ッ)とる【打つ取る】所(ところ)なればとて、
駿河国(するがのくに)をば一条(いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、遠江(とほたふみ)(トウタウミ)をば安田(やすだの)三
郎(さぶらう)義定(よしさだ)にあづけらる。平家(へいけ)をばつづゐ(つづい)【続い】てもせ
む【攻む】べけれども、うしろ【後ろ】もさすがおぼつかなしとて、浮
島(うきしま)が原(はら)よりひき【引き】しりぞき【退ぞき】、相模国(さがみのくに)へぞかへら【帰ら】れける。
海道(かいだう)宿々(しゆくじゆく)の遊君(いうくん)遊女(いうぢよ)ども「あないまいまし【忌々し】。打
手(うつて)の大将軍(たいしやうぐん)の矢(や)ひとつ【一つ】だにもゐ(い)【射】ずして、にげ【逃げ】
のぼり給(たま)ふうたてしさよ。いくさ【軍】には見(み)にげ【見逃げ】といふ
事(こと)をだに、心(こころ)うき事(こと)にこそするに、これ【是】はききにげ【聞き逃げ】し
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給(たま)ひたり」とわらひ【笑ひ】あへり。落書(らくしよ)どもおほかり【多かり】けり。
都(みやこ)の大将軍(たいしやうぐん)をば宗盛(むねもり)といひ、討手(うつて)の大将(だいしやう)をば
権亮(ごんのすけ)といふ間(あひだ)、平家(へいけ)をひら屋(や)によみ【読み】なして、
ひらやなる宗盛(むねもり)いかにさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】らん
はしら【柱】とたのむ【頼む】すけをおとして W037
富士河(ふじがは)のせぜ【瀬々】の岩(いは)こす水(みづ)よりも
はやくもおつる伊勢平氏(いせへいじ)かな W038
上総守(かづさのかみ)が富士河(ふじがは)に鎧(よろひ)(ヨロイ)をすて【捨て】たりけるをよめり。
富士河(ふじがは)によろひはすてつ墨染(すみぞめ)の
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衣(ころも)ただきよ【着よ】後(のち)の世(よ)のため W039
ただきよはにげの馬(むま)にぞのり【乗り】にける
上総(かづさ)しりがいかけてかひなし W040
同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)八日(やうかのひ)、大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、福原(ふくはら)の新都(しんと)へ
のぼりつく。入道(にふだう)相国(しやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、「大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)
維盛(これもり)をば、鬼界(きかい)が島(しま)へながすべし。侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)
忠清(ただきよ)をば、死罪(しざい)におこなへ」とぞの給(たま)ひける。同(おなじき)九日(ここのかのひ)、
平家(へいけ)の侍(さぶらひ)ども老少(らうせう)参会(さんくわい)して、忠清(ただきよ)が死罪(しざい)
の事(こと)いかがあらんと評定(ひやうぢやう)す。なかに主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)
P05119
守国【*盛国】(もりくに)すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「忠清(ただきよ)は昔(むかし)よりふかく
人(じん)【不覚人】とはうけ給(たまはり)【承り】及(および)候(さうら)はず。あれが十八(じふはち)の歳(とし)と覚(おぼえ)候(さうらふ)。鳥
羽殿(とばどの)の宝蔵(ほうざう)に五畿内(ごきない)一(いち)の悪党(あくたう)二人(ににん)、にげ籠(こもり)
て候(さうらひ)しを、よ(ッ)【寄つ】てからめうど申(まうす)物(もの)も候(さうら)はざりしに、
この忠清(ただきよ)、白昼(はくちう)唯(ただ)一人(いちにん)、築地(ついぢ)をこえ【越え】はね入(いり)て、一
人(いちにん)をばうち【討ち】とり、一人(いちにん)をばいけど(ッ)【生捕つ】て、後代(こうたい)に名(な)を
あげたりし物(もの)にて候(さうらふ)。今度(こんど)の不覚(ふかく)はただこと【唯事】
ともおぼえ候(さうら)はず。これにつけてもよくよく兵乱(ひやうらん)
の御(おん)つつしみ候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。同(おなじき)十日(とをか)、大将軍(たいしやうぐん)
P05120
権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、右近衛(うこんゑの)中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ふ。打手(うつて)の
大将(だいしやう)ときこえ【聞え】しかども、させるしいだし【出し】たる事(こと)も
おはせず、「これは何事(なにごと)の勧賞(けんじやう)ぞや」と、人々(ひとびと)ささ
やきあへり。昔(むかし)将門(まさかど)追討(ついたう)のために、平(たひらの)将軍(しやうぐん)貞
盛(さだもり)、田原藤太(たはらとうだ)秀里【*秀郷】(ひでさと)うけ給(たまはつ)【承つ】て、坂東(ばんどう)へ発向(はつかう)し
たりしかども、将門(まさかど)たやすうほろび【亡び】がたかりし
かば、かさね【重ね】て打手(うつて)をくだすべしと公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)
て、宇治(うぢ)の民部卿(みんぶきやう)忠文(ただふん)、清原(きよはらの)重藤【*滋藤】(しげふぢ)、軍監(ぐんけん)といふ
官(くわん)を給(たま)は(ッ)てくだられけり。駿河国(するがのくに)清見(きよみ)が関(せき)に
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宿(しゆく)したりける夜(よ)、かの重藤【*滋藤】(しげふぢ)漫々(まんまん)たる海上(かいしやう)を遠
見(ゑんけん)して、「漁舟(ぎよしうの)火(ひの)影(かげ)寒(さむうして)焼(レ)浪(なみをやき)、駅路(えきろの)鈴(すずの)声(こゑ)夜(よる)過(レ)山(やまをすぐ)」
といふから歌(うた)をたからか【高らか】に口(くち)ずさみ給(たま)へば、忠文(ただふん)
ゆふ(いう)【優】におぼえて感涙(かんるい)をぞながさ【流さ】れける。さる程(ほど)に
将門(まさかど)をば、貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)つゐに(つひに)【遂に】打(うち)と(ッ)て(ン)げり。その【其の】かう
べ【頭】をもたせてのぼる程(ほど)に、清見(きよみ)が関(せき)にてゆき【行き】あふ(あう)
たり。其(それ)より先後(ぜんご)の大将軍(たいしやうぐん)うちつれて上洛(しやうらく)
す。貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)に勧賞(けんじやう)おこなはれける時(とき)、忠文(ただふん)・
重藤【*滋藤】(しげふぢ)にも勧賞(けんじやう)あるべきかと公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あり【有り】。九
P05122
条(くでうの)右丞相(うしようじやう)(ウセウジヤウ)師資【*師輔】公(もろすけこう)の申(まう)させ給(たま)ひけるは、「坂東(ばんどう)へ打
手(うつて)はむかふ(むかう)【向う】たりといへども、将門(まさかど)たやすうほろび【亡び】がた
きところ【所】に、この人(ひと)共(ども)仰(おほせ)をかうむ(ッ)【蒙つ】て関(せき)の東(ひがし)へおも
むく時(とき)、朝敵(てうてき)すでにほろびたり。さればなどか勧
賞(けんじやう)なかるべき」と申(まう)させ給(たま)へども、其(その)時(とき)の執柄(しつぺい)小野[B ノ]
宮殿(をののみやどの)、「「うたがはしき【疑はしき】をばなす事(こと)なかれ」と礼記(らいき)の文(もん)に
候(さうら)へば」とて、つゐに(つひに)【遂に】なさせ給(たま)はず。忠文(ただふん)これを口(くち)おしき(をしき)
事(こと)にして「小野[B ノ]宮殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)をばやつ子(ご)【奴】にみなさん。
九条殿(くでうどの)の御末(おんすゑ)にはいづれの世(よ)までも守護神(しゆごじん)とならん」
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とちかひ【誓ひ】つつひ〔じ〕に【干死】にこそし給(たま)ひけれ。されば九条殿(くでうどの)の
御末(おんすゑ)はめでたうさかへ(さかえ)【栄え】させ給(たま)へども、小野[B ノ]宮殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)
にはしかる【然る】べき人(ひと)もましまさず、いまはたえ【絶え】はて給(たま)ひ
けるにこそ。さる程(ほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)の四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左
近衛(さこんゑの)中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ふ。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)十三日(じふさんにち)、福原(ふくはら)には内裏(だいり)つ
くり【造り】いだし【出し】て、主上(しゆしやう)御遷幸(ごせんかう)あり【有り】。大嘗会(だいじやうゑ)あるべかり
しかども、大嘗会(だいじやうゑ)は十月(じふぐわつ)のすゑ、東河(とうか)に御(み)ゆき
して御禊(ぎよけい)あり【有り】。大内(おほうち)の北(きた)の野(の)に税庁所(ぜいちやうしよ)【*斎場所(さいぢやうしよ)】をつく(ッ)て、
神服(じんぶく)神具(じんぐ)をととのふ。大極殿(だいこくでん)のまへ、竜尾道(りようびだう)(レウビダウ)の壇[B ノ]
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下(だんのした)に廻竜殿【*廻立殿】(くわいりふてん)(クハイレウデン)をたてて、御湯(みゆ)をめす。同(おなじき)壇(だん)のならびに
太政宮(だいじやうぐう)(タイセイキウ)をつく(ッ)て、神膳(しんぜん)をそなふ。震宴【*神宴】(しんえん)あり【有り】、御遊(ぎよいう)
あり【有り】、大極殿(だいこくでん)にて大礼(たいれい)あり【有り】、清暑堂(せいじよだう)にて御神楽(みかぐら)あり【有り】、
豊楽院(ぶらくゐん)にて宴会(えんくわい)(ヱンクハイ)あり【有り】。しかる【然る】を、この福原(ふくはら)の新都(しんと)
には大極殿(だいこくでん)もなければ、大礼(たいれい)おこなふ【行ふ】べきところ【所】も
なし。清暑堂(せいじよだう)もなければ、御神楽(みかぐら)奏(そう)すべき様(やう)も
なし。豊楽院(ぶらくゐん)もなければ、宴会(えんくわい)(ヱンクハイ)もおこなはれず。今
年(ことし)はただ新嘗会(しんじやうゑ)・五節(ごせつ)ばかりあるべきよし公卿(くぎやう)
僉議(せんぎ)あ(ッ)て、なを(なほ)【猶】新嘗(しんじやう)のまつりをば、旧都(きうと)の神
P05125
祇館【*神祇官】(じんぎくわん)(じんぎクハン)にしてとげられけり。五節(ごせつ)はこれ清御原(きよみばら)の
そのかみ、吉野(よしの)の宮(みや)にして、月(つき)しろく【白く】嵐(あらし)はげしかり
し夜(よ)、御心(おんこころ)をすまし【澄まし】つつ、琴(こと)をひき給(たま)ひしに、神
女(しんぢよ)あまくだり【下り】、五(いつ)たび袖(そで)をひるがへす。これぞ五節(ごせつ)
『都帰(みやこがへり)』S0513
のはじめなる。○今度(こんど)の都遷(みやこうつり)をば、君(きみ)も臣(しん)も御(おん)
なげきあり【有り】。山(やま)・奈良(なら)をはじめて、諸寺(しよじ)諸社(しよしや)にいたる
まで、しかる【然る】べからざるよし【由】一同(いちどう)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)あひだ、
さしもよこ紙(がみ)【横紙】をやら【破ら】るる太政(だいじやう)入道(にふだう)も、「さらば都(みやこ)
がへりあるべし」とて、京中(きやうぢゆう)ひしめきあへり。同(おなじき)十
P05126
二月(じふにぐわつ)二日(ふつかのひ)、にはかに都(みやこ)がへりあり【有り】けり。新都(しんと)は北(きた)は
山(やま)にそひ【添ひ】てたかく、南(みなみ)は海(うみ)ちかく【近く】してくだれり。
浪(なみ)の音(おと)つねはかまびすしく、塩風(しほかぜ)はげしき所(ところ)也(なり)。
されば、新院(しんゐん)(シンイン)いつとなく御悩(ごなう)のみしげかり【滋かり】ければ、
いそぎ福原(ふくはら)をいでさせ給(たま)ふ。摂政殿(せつしやうどの)をはじめたて
ま(ッ)【奉つ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、われもわれもと
供奉(ぐぶ)せらる。入道(にふだう)相国(しやうこく)をはじめとして、平家(へいけの)一門(いちもん)
の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、われさきにとぞのぼられける。誰(たれ)か
心(こころ)うかり【憂かり】つる新都(しんと)に片(かた)とき【片時】ものこるべき。去(さんぬる)六月(ろくぐわつ)
P05127
より屋(や)ども【共】こぼちよせ、資材(しざい)雑具(ざふぐ)(ザウグ)はこび【運び】くだし、
形(かた)のごとくとりたて【取り立て】たりつるに、又(また)物(もの)ぐるはしう
都(みやこ)がへりあり【有り】ければ、なんの沙汰(さた)にも及(およ)ばず、うち
すて【捨て】打(うち)すてのぼられけり。をのをの(おのおの)すみか【栖】もなくし
て、やわた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)・嵯峨(さが)・うづまさ【太秦】・西山(にしやま)・東山(ひがしやま)のかたほと
りにつゐ(つい)【着い】て、御堂(みだう)の廻廊(くわいらう)(クハイラウ)、社(やしろ)の拝殿(はいでん)な(ン)ど(なんど)にたち【立ち】や
ど(ッ)【宿つ】てぞ、しかる【然かる】べき人々(ひとびと)もましましける。今度(こんど)の都(みやこ)
うつり【遷り】の本意(ほんい)をいかにといふに、旧都(きうと)は南都(なんと)・北嶺(ほくれい)
ちかく【近く】して、いささかの事(こと)にも春日(かすが)の神木(しんぼく)、日吉(ひよし)の
P05128
神輿(しんよ)な(ン)ど(なんど)いひて、みだりがはし。福原(ふくはら)は山(やま)へだたり【隔たり】
江(え)かさな(ッ)【重なつ】て、程(ほど)もさすがとをけれ(とほけれ)【遠けれ】ば、さ様(やう)のことたや
すからじとて、入道(にふだう)相国(しやうこく)のはからひいだされたりける
とかや。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、近江源氏(あふみげんじ)のそむきしを
せめ【攻め】んとて、大将軍(たいしやうぐん)には左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、薩摩守(さつまのかみ)忠
教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二万(にまん)余騎(よき)で近江国(あふみのくに)へ発向(はつかう)して、
山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦古里(にしごり)な(ン)ど(なんど)いふあぶれ源氏(げんじ)ども【共】、一々(いちいち)に
『奈良(なら)炎上(えんしやう)』S0514
みなせめ【攻め】おとし【落し】、やがて美乃【*美濃】(みの)・尾張(をはり)へこえ【越え】給(たま)ふ。○都(みやこ)には
又(また)「高倉宮(たかくらのみや)園城寺(をんじやうじ)へ入御(じゆぎよの)時(とき)、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)同心(どうしん)して、
P05129
あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】御(おん)むかへにまいる(まゐる)【参る】条(でう)、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。されば
南都(なんと)をも三井寺(みゐでら)をもせめ【攻め】らるべし」といふ程(ほど)こそ
あり【有り】けれ、奈良(なら)の大衆(だいしゆ)おびたたしく【夥しく】蜂起(ほうき)す。摂政殿(せつしやうどの)
より「存知(ぞんぢ)の旨(むね)あらば、いくたびも奏聞(そうもん)にこそ及(およ)
ばめ」と仰下(おほせくだ)されけれども、一切(いつせつ)もちゐ【用ゐ】たてまつら【奉ら】ず。
右官(うくわん)(ウクハン)の別当(べつたう)忠成(ただなり)を御使(おんつかひ)にくださ【下さ】れたりければ、「しや
のり物(もの)【乗物】よりと(ッ)てひき【引き】おとせ【落せ】。もとどり【髻】きれ」と騒動(さうどう)する
間(あひだ)、忠成(ただなり)色(いろ)をうしな(ッ)【失つ】てにげ【逃げ】のぼる。つぎに右衛門佐(うゑもんのすけ)
親雅(ちかまさ)をくださ【下さ】る。これ【是】をも「もとどり【髻】きれ」と大衆(だいしゆ)
P05130
ひしめきければ、とる【取る】物(もの)もとりあへずにげのぼる。
其(その)時(とき)は勧学院(くわんがくゐん)(クハンガクゐん)の雑色(ざふしき)(ザウシキ)二人(ににん)がもとどり【髻】きら【切ら】れに
けり。又(また)南都(なんと)には大(おほき)なる球丁【*毬杖】(ぎつちやう)の玉(たま)をつく(ッ)て、これは
平相国(へいしやうこく)のかうべ【頭】となづけ【名付け】て、「うて【打て】、ふめ【踏め】」な(ン)ど(なんど)ぞ申(まうし)ける。
「詞(ことば)のもらし【漏らし】やすきは、わざはひ(わざわひ)【災】をまねく媒(なかだち)なり。詞(ことば)
のつつしま【慎ま】ざるは、やぶれ【敗れ】をとる【取る】道(みち)なり」といへり。こ
の入道(にふだう)相国(しやうこく)と申(まう)すは、かけまくもかたじけなく【忝く】当今(たうぎん)
の外祖(ぐわいそ)(グハイソ)にておはします。それをかやうに申(まうし)ける南
都(なんと)の大衆(だいしゆ)、凡(およそ)(ヲヨソ)は天魔(てんま)の所為(しよゐ)とぞみえ【見え】たりける。入道(にふだう)
P05131
相国(しやうこく)かやうの事(こと)どもつたへ【伝へ】きき給(たま)ひて、いかでかよ
しとおもは【思は】るべき。かつがつ南都(なんと)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)をしづめん
とて、備中国(びつちゆうのくにの)住人(ぢゆうにん)瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼康(かねやす)、大和国(やまとのくに)の検
非所(けんびしよ)に補(ふ)せらる。兼康(かねやす)五百(ごひやく)余騎(よき)で南都(なんと)へ発向(はつかう)す。
「相構(あひかまへ)て、衆徒(しゆと)は狼籍【*狼藉】(らうぜき)をいたすとも、汝等(なんぢら)はいたすべ
からず。物(もの)の具(ぐ)なせそ。弓箭(きゆうせん)(キウセン)な帯(たい)しそ」とてむけ
られたりけるに、大衆(だいしゆ)かかる内儀(ないぎ)をばしら【知ら】ず、兼康(かねやす)
がよせい【余勢】六十(ろくじふ)余人(よにん)からめと(ッ)て、一々(いちいち)にみな頸(くび)をき(ッ)て、
猿沢(さるさは)の池(いけ)のはたにぞかけ【懸け】ならべ【並べ】たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)大(おほき)に
P05132
いか(ッ)て、「さらば南都(なんと)をせめ【攻め】よや」とて、大将軍(たいしやうぐん)には頭(とうの)
中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、副将軍(ふくしやうぐん)には中宮[B ノ]亮(ちゆうぐうのすけ)通盛(みちもり)、都合(つがふ)其(その)
勢(せい)四万(しまん)余騎(よき)で、南都(なんと)へ発向(はつかう)す。大衆(だいしゆ)も老少(らうせう)き
らはず、七千(しちせん)余人(よにん)、甲(かぶと)の緒(を)をしめ、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)
二ケ所[B ノ](にかしよの)、路(みち)をほり【掘り】き(ッ)て、堀(ほり)ほり、かいだて【掻楯】かき、さかも木(ぎ)【逆茂木】
ひいて待(まち)かけたり。平家(へいけ)は四万(しまん)余騎(よき)を二手(ふたて)に
わか(ッ)て、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)(ジヤウクハク)にをし(おし)【押し】よせ
て、時(とき)をど(ッ)とつくる。大衆(だいしゆ)はみなかち立(だち)うち物(もの)【打物】也(なり)。官
軍(くわんぐん)(クハングン)は馬(むま)にてかけ【駆け】まはしかけまはし、あそこここにお(ッ)【追つ】かけ【掛け】
P05133
お(ッ)【追つ】かけ【掛け】、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にゐ(い)【射】ければ、ふせく【防く】
ところ【所】の大衆(だいしゆ)、かずをつくゐ(つくい)【尽くい】てうた【討た】れにけり。卯刻(うのこく)
に矢合(やあはせ)して、一日(いちにち)たたかひくらす【暮す】。夜(よ)に入(いり)て奈良坂(ならざか)・
般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)(ジヤウクハク)ともにやぶれぬ。おち【落ち】ゆく
衆徒(しゆと)のなかに、坂四郎(さかのしらう)永覚(やうかく)といふ悪僧(あくそう)あり【有り】。打
物(うちもの)も(ッ)【持つ】ても、弓矢(ゆみや)をと(ッ)ても、力(ちから)のつよさも、七大寺(しちだいじ)・十
五大寺(じふごだいじ)にすぐれたり。もえぎ威(をどし)の腹巻(はらまき)のうへ【上】に、
黒糸威(くろいとをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)をかさね【重ね】てぞき【着】たりける。帽子甲(ぼうしかぶと)
に五牧甲(ごまいかぶと)の緒(を)をしめて、左右(さう)の手(て)には、茅(ち)の葉(は)
P05134
のやうにそ(ッ)【反つ】たる白柄(しらえ)の大長刀(おほなぎなた)、黒漆(こくしつ)の大太刀(おほだち)もつ
ままに、同宿(どうじゆく)十(じふ)余人(よにん)、前後(ぜんご)にたて【立て】、てがい(てんがい)【碾磑】の門(もん)より
う(ッ)【打つ】ていでたり。これぞしばらく【暫く】ささへたる。おほく【多く】
の官兵(くわんびやう)(クハンビヤウ)、馬(むま)の足(あし)なが【薙が】れてうた【討た】れにけり。されども
官軍(くわんぐん)は大勢(おほぜい)にて、いれかへ【入れ替へ】いれかへ【入れ替へ】せめ【攻め】ければ、永覚(やうかく)が
前後(ぜんご)左右(さゆう)にふせく【防く】ところ【所】の同宿(どうじゆく)みなうた【討た】れぬ。
永覚(やうかく)ただひとりたけけれ【猛けれ】ど、うしろ【後】あらはになり
ければ、南(みなみ)をさいておち【落ち】ぞゆく。夜(よ)いくさ【軍】にな(ッ)て、
くらさ【暗さ】はくらし、大将軍(たいしやうぐん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)、般若寺(はんにやじ)の門(もん)の前(まへ)に
P05135
う(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、「火(ひ)をいだせ」との給(たま)ふ程(ほど)こそあり【有り】けれ、平
家(へいけ)の勢(せい)のなかに、幡磨国【*播磨国】(はりまのくにの)住人(ぢゆうにん)福井庄(ふくゐのしやうの)下司(げし)、二
郎(じらう)大夫(たいふ)友方(ともかた)といふもの、たて【楯】をわり【破り】たい松(まつ)にして、
在家(ざいけ)に火(ひ)をぞかけたりける。十二月(じふにぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の夜(よ)なり
ければ、風(かぜ)ははげしし【烈しし】、ほもと【火元】はひとつ【一つ】なりけれども【共】、
吹(ふき)まよふ風(かぜ)に、おほく【多く】の伽藍(がらん)に吹(ふき)かけたり。恥(はぢ)をも
おもひ【思ひ】、名(な)をもおしむ(をしむ)【惜しむ】ほど【程】のものは、奈良坂(ならざか)にて
うちじに【討死】し、般若寺(はんにやじ)にしてうた【討た】れにけり。行歩(ぎやうぶ)にか
なへ【叶へ】る物(もの)は、吉野(よしの)十津河(とつかは)の方(かた)へ落(おち)ゆく。あゆみ【歩み】も
P05136
えぬ老僧(らうそう)や、尋常(じんじやう)なる修学者(しゆがくしや)児(ちご)ども【共】、をんな【女】
童部(わらんべ)は、大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)のうへ、やましな寺(でら)【山階寺】のうち
へ、われさきにとぞにげ【逃げ】ゆきける。大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)
の上(うへ)には千余人(せんよにん)のぼりあがり【上がり】、かたき【敵】のつづく【続く】をの
ぼせ【上せ】じと、橋(はし)をばひい【引い】て(ン)げり。猛火(みやうくわ)(ミヤウクハ)はまさしうをし(おし)【押し】
かけ【掛け】たり。おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)、焦熱(せうねつ)・大焦熱(だいせうねつ)・無間阿
毘(むけんあび)のほのを(ほのほ)【炎】の底(そこ)の罪人(ざいにん)も、これにはすぎじとぞ
見(み)えし。興福寺(こうぶくじ)は淡海公(たんかいこう)の御願(ごぐわん)(ごグハン)、藤氏(とうじ)累代(るいたい)の寺(てら)也(なり)。
東金堂(とうこんだう)におはします仏法(ぶつぽふ)最初(さいしよ)の釈迦(しやか)の像(ざう)、西金
P05137
堂(さいこんだう)におはします自然(じねん)涌出(ゆじゆつ)の観世音(くわんぜおん)、瑠璃(るり)をならべ
し四面(しめん)の廊(らう)、朱丹(しゆたん)をまじへし二階(にかい)の楼(ろう)、九輪(くりん)
そらにかかやき【輝き】し二基(にき)の塔(たふ)(タウ)、たちまちに煙(けぶり)と成(なる)
こそかなしけれ。東大寺(とうだいじ)は、常在不滅(じやうざいふめつ)、実報(じつぱう)(ジツポウ)寂光(じやつくわう)(ジヤツクハウ)
の生身(しやうじん)の御仏(おんほとけ)とおぼしめし【思し召し】なずらへて、聖武皇
帝(しやうむくわうてい)、手(て)づからみづからみがき【磨き】たて給(たま)ひし金銅(こんどう)十
六(じふろく)丈(じやう)の廬遮那仏(るしやなぶつ)、烏瑟(うしつ)たかくあらはれ【現はれ】て半天(はんでん)
の雲(くも)にかくれ、白毫(びやくがう)新(あらた)におがま(をがま)【拝ま】れ給(たま)ひし満月(まんぐわつ)(マングハツ)の
尊容(そんよう)も、御(み)くし【髪】はやけ【焼け】おち【落ち】て大地(だいぢ)にあり【有り】、御身(ごしん)は
P05138
わきあひ【鎔き合ひ】て山(やま)のごとし【如し】。八万四千(はちまんしせん)の相好(さうがう)は、秋(あき)の月(つき)
はやく五重(ごぢゆう)(ゴヂウ)の雲(くも)におぼれ、四十一地(しじふいちぢ)の瓔珞(やうらく)(ヨウラク)は、夜(よる)
の星(ほし)むなしく十悪(じふあく)の風(かぜ)にただよふ。煙(けぶり)は中天(ちゆうてん)に
みちみち、ほのを(ほのほ)【炎】は虚空(こくう)にひまもなし。まのあたりに
見(み)たてまつる【奉る】物(もの)、さらにまなこ【眼】をあてず。はるかにつた
へきく人(ひと)は、肝(きも)たましゐ(たましひ)【魂】をうしなへ【失へ】り。法相(ほつさう)・三輪(さんろん)の
法門(ほふもん)聖教(しやうげう)、すべて一巻(いちくわん)(いちクハン)のこらず。我(わが)朝(てう)はいふに及(およば)ず、
天竺(てんぢく)震旦(しんだん)にもこれ【是】程(ほど)の法滅(ほふめつ)あるべしともおぼえ
ず。うでん大王(だいわう)【優填大王】の紫磨金(しまごん)をみがき、毘須羯磨(びしゆかつま)が赤
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栴檀(しやくせんだん)をきざん【刻ん】じも、わづかに等身(とうじん)の御仏(おんほとけ)なり。況
哉(いはんや)これは南閻浮提(なんえんぶだい)(ナンヱンブダイ)のうちには唯一(ゆいいつ)無双(ぶさう)の御仏(おんほとけ)、
ながく朽損(きうそん)の期(ご)あるべしともおぼえざりしに、いま
毒縁(どくえん)(ドクヱン)の塵(ちり)にまじは(ッ)て、ひさしく【久しく】かなしみをのこし
給(たま)へり。梵尺(ぼんしやく)四王(しわう)、竜神(りゆうじん)(リウジン)八部(はちぶ)、冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)冥衆(みやうしゆ)も驚(おどろ)(ヲドロ)き
さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ふらんとぞ見(み)えし。法相(ほつさう)擁護(をうご)の春日(かすが)の
大明神(だいみやうじん)、いかなる事(こと)をかおぼしけん。されば春日野(かすがの)の
露(つゆ)も色(いろ)かはり、三笠山(みかさやま)の嵐(あらし)の音(おと)うらむる【恨むる】さまに
ぞきこえ【聞え】ける。ほのを(ほのほ)【炎】の中(なか)にてやけ【焼け】しぬる人
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数(にんじゆ)をしるひ(しるい)【記い】たりければ、大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)の上(うへ)には
一千七百余人(いつせんしちひやくよにん)、山階寺(やましなでら)には八百(はつぴやく)余人(よにん)、或(ある)御堂(みだう)には
五百余人(ごひやくよにん)、或(ある)御堂(みだう)には三百(さんびやく)余人(よにん)、つぶさにしるい
たりければ、三千五百(さんぜんごひやく)余人(よにん)なり。戦場(せんぢやう)にしてう
たるる大衆(だいしゆ)千(せん)余人(よにん)、少々(せうせう)は般若寺(はんにやじ)の門(もん)の前(まへ)に
きりかけ、少々(せうせう)はもたせて都(みやこ)へのぼり給(たま)ふ。廿九日(にじふくにち)、
頭(とうの)中将(ちゆうじやう)、南都(なんと)ほろぼして北京(ほくきやう)へ帰(かへ)りいら【入ら】る。入道(にふだう)相
国(しやうこく)ばかりぞ、いきどをり(いきどほり)【憤り】はれ【晴れ】てよろこば【喜ば】れけれ。中宮(ちゆうぐう)・
一院(いちゐん)・上皇(しやうくわう)・摂政殿(せつしやうどの)以下(いげ)の人々(ひとびと)は、「悪僧(あくそう)をこそほろ
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ぼす【亡ぼす】とも、伽藍(がらん)を破滅(はめつ)すべしや」とぞ御歎(おんなげき)あり【有り】
ける。衆徒(しゆと)の頸(くび)ども【共】、もとは大路(おほち)(ヲホチ)をわたして獄
門(ごくもん)の木(き)に懸(かけ)らるべしときこえ【聞え】しかども、東大寺(とうだいじ)・
興福寺(こうぶくじ)のほろびぬるあさましさに、沙汰(さた)にも及(およば)
ず。あそこここの溝(みぞ)や堀(ほり)にぞすて【捨て】をき(おき)ける。聖
武皇帝(しやうむくわうてい)震筆【*宸筆】(しんぴつ)の御記文(ごきもん)には、「我(わが)寺(てら)興福(こうぶく)せば、
天下(てんが)も興福(こうぶく)し、吾(わが)寺(てら)衰微(すいび)せば、天下(てんが)も衰微(すいび)
すべし」とあそばさ【遊ばさ】れたり。されば天下(てんが)の衰微(すいび)せん
事(こと)も疑(うたがひ)(ウタガイ)なしとぞ見(み)えたりける。あさましかり
P05142
つる年(とし)もくれ、治承(ぢしよう)も五年(ごねん)になり【成り】にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)


平家物語 高野本 巻第六


【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一



平家 六(表紙)
P06001
平家六之巻 目録
新院崩御   紅葉
葵前     小督
廻文     飛脚到来
入道死去〈 付西八条炎上 并築島 〉 慈心房
祗園女御   州俣合戦 此内国綱沙汰在之
嗄声     横田河原合戦
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P06003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第六(だいろく)
『新院(しんゐん)崩御(ほうぎよ)』S0601
○治承(ぢしよう)五年(ごねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひ)のひ、内裏(だいり)には、東国(とうごく)の兵革(ひやうがく)、
南都(なんと)の火災(くわさい)(クハサイ)に−よ(ッ)て朝拝(てうはい)とどめられ、主上(しゆしやう)出御(しゆつぎよ)も
なし。物(もの)の音(ね)もふきならさず、舞楽(ぶがく)も、奏(そう)せず、
吉野(よしの)のくず【国栖】もまいら(まゐら)【参ら】ず、藤氏(とうじ)の公卿(くぎやう)一人(いちにん)も参(さん)ぜら
れず。氏寺(うぢてら)焼失(ぜうしつ)に−よ(ッ)てなり。二日(ふつか)のひ、殿上(てんじやう)の宴酔(ゑんすい)も
なし。男女(なんによ)うちひそめて、禁中(きんちゆう)(キンチウ)いまいましう【忌々しう】ぞ見(み)え
ける。仏法(ぶつぽふ)王法(わうぼふ)ともにつきぬる事(こと)ぞあさましき。
一院(いちゐん)仰(おほせ)-なりけるは、「われ十善(じふぜん)の余薫(よくん)によ(ッ)て
P06004
万乗(ばんじよう)(バンゼウ)の-宝位(ほうゐ)(ホウイ)をたもつ【保つ】。四代(しだい)の帝王(ていわう)をおもへ【思へ】ば
子(こ)也(なり)、孫(まご)也(なり)。いかなれば万機(ばんき)の政務(せいむ)をとどめ【留め】られて、
年月(としつき)ををくる(おくる)【送る】らむ」とぞ御歎(おんなげき)あり【有り】ける。同(おなじき)五日(いつか)のひ、
南都(なんと)の僧綱等(そうがうら)闕官(けつくわん)(ケツクハン)ぜられ、公請(くじやう)を停止(ちやうじ)し、所
職(しよしよく)を没収(もつしゆ)せらる。衆徒(しゆと)は老(おい)たるもわかきも、或(あるい)は
い【射】ころさ【殺さ】れきり【斬り】ころさ【殺さ】れ、或(あるい)は煙(けぶり)の内(うち)をいでず、
炎(ほのほ)にむせん【咽ん】でおほく【多く】ほろび【亡び】にしかば、わづかにのこる【残る】
輩(ともがら)は山林(さんりん)にまじはり、跡(あと)をとどむるもの一人(いちにん)もなし。
興福寺(こうぶくじの)別当(べつたう)花林院(けりんゐんの−)僧正(そうじやう−)永円(やうゑん)【*永縁(やうえん)】は、仏像(ぶつざう)経巻(きやうぐわん)(キヤウグハン)の
P06005
けぶり【煙】とのぼりけるをみ【見】て、あなあさましと
むね【胸】うちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、心(こころ)をくだかれけるより病(やまひ)(ヤマイ)-ついて、
いくほどもなくつゐに(つひに)【遂に】うせ給(たまひ)ぬ。此(この)僧正(そうじやう)はゆふ(いう)【優】に
なさけ【情】-ふかき人(ひと)なり。或(ある−)時(とき)郭公(ほととぎす)のなくをきひ(きい)【聞い】て、
きく【聞く】たびにめづらしければほととぎす
いつもはつ音(ね)のここち【心地】こそすれ W041
と−いふ歌(うた)をようで、初音(はつね)の僧正(そうじやう)とぞいはれ給(たまひ)
ける。ただし、かた【型】の−やうにても御斎会(ごさいゑ)はあるべき
にて、僧名(そうみやう)の沙汰(さた)有(あり)しに、南都(なんと)の僧綱(そうがう)は闕官(けつくわん)(ケツクハン)-
P06006
ぜられぬ。北京(ほつきやう)の僧綱(そうがう)を−も(ッ)ておこなはるべき歟(か)と、
公卿(くぎやう−)僉議(せんぎ)あり【有り】。さればとて、南都(なんと)をも捨(すて)はてさせ
給(たま)ふべきならねば、三論宗(さんろんじゆう)(さんロンジウ)の学匠(がくしやう)成法【*成宝】(じやうほふ)(ジヤウホウ)已講(いかう)が、
勧修寺(くわんじうじ)(クハンジウジ)に忍(しのび)つつかくれ-ゐたりけるを、めし【召し】いだされて、
御斎会(ごさいゑ)かたのごとくおこなはる。上皇(しやうくわう)は、おととし(をととし)
法皇(ほふわう)の鳥羽殿(とばどの)におしこめられさせ給(たまひ)し御事(おんこと)、
去年(こぞ)高倉(たかくら)の宮(みや)のうた【討た】れさせ給(たま)ひし御(おん)あり様(さま)【有様】、
宮(みや)こ【都】うつり【遷り】とてあさましかりし天下(てんが)のみだれ、
かやうの事(こと)ども御心(おんこころ)ぐるしうおぼしめさ【思し召さ】れけるより、
P06007
御悩(ごなう)つかせ給(たま)ひて、つねはわづらはしう【煩はしう】きこ
え【聞え】させ給(たま)ひしが、東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)のほろびぬる
よしきこしめされて、御悩(ごなう)いよいよおもら【重ら】せ給(たま)ふ。
法皇(ほふわう)なのめならず御歎(おんなげき)有(あり)し程(ほど)に、同(おなじき)正月(しやうぐわつ)十四
日(じふしにち)、六波羅(ろくはら)池殿(いけどの)にて、上皇(しやうくわう)遂(つひ)(ツイ)に崩御(ほうぎよ)なりぬ。
御宇(ぎよう)十二年(じふにねん)、徳政(とくせい)千万端(せんばんたん)詩書(ししよ)仁義(じんぎ)の廃(すたれ)
たる道(みち)をおこし【起こし】、理世安楽(りせい-あんらく)の絶(たえ)(タヘ)たる跡[B ヲ](あとを)継(つぎ)たまふ【給ふ】。
三明(さんみやう−)六通(ろくつう)の羅漢(らかん)もまぬかれ【免かれ】給(たま)はず、現術変
化(げんじゆつ−へんげ)の権者(ごんじや)ものがれ【逃れ】ぬ道(みち)なれば、有為(うゐ)(ウイ)無常(むじやう)の
P06008
ならひ【習ひ】なれども、ことはり(ことわり)【理】過(すぎ)てぞおぼえける。
やがてその【其の】夜(よ)東山(ひがしやま)の麓(ふもと)、清閑寺(せいがんじ)へうつしたて
まつり【奉り】、ゆふべ【夕】のけぶり【煙】とたぐへ、春(はる)の霞(かすみ)とのぼら
せ給(たま)ひぬ。澄憲(ちようけん)(テウケン)法印(ほふいん)、御葬送(ごさうそう)にまいり(まゐり)【参り】あはんと、
いそぎ山(やま)よりくだられけるが、はやむなしき【空しき】けぶ
りとならせたまふ【給ふ】をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
つねにみ【見】し君(きみ)が御幸(みゆき)をけふ【今日】とへば
かへら【帰ら】ぬたび【旅】ときくぞかなしき【悲しき】 W042
又(また)ある女房(にようばう)、君(きみ)かくれさせ給(たま)ひぬと承(うけたま)は(ッ)て、かうぞ
P06009
思(おも)ひ−つづけける。
雲(くも)の上(うへ)に行末(ゆくすゑ)とをく(とほく)【遠く】みし月(つき)の
ひかり【光】きえぬときくぞかなしき【悲しき】 W043
御年(おんとし)廿一(にじふいち)、内(うち)には十戒(じつかい)をたもち【保ち】、外(ほか)には五常(ごじやう)
をみだらず、礼儀(れいぎ)をただしう-せさせ給(たま)ひけり。
末代(まつだい)の賢王(けんわう)にて在(まし)ましければ、世(よ)のおしみ(をしみ)【惜しみ】たて
まつる【奉る】事(こと)、月日(つきひ)の光(ひかり)をうしなへ【失へ】るがごとし。
かやうに人(ひと)のねがひもかなは【叶は】ず、民(たみ)の果報(くわはう)(クハホウ)も
『紅葉(こうえふ)』S0602
つたなき人間(にんげん)のさかひこそかなしけれ。○ゆふ(いう)【優】にやさ
P06010
しう人(ひと)のおもひつき【思ひ付き】まいらする(まゐらする)【参らする】かたも、おそらくは
延喜(えんぎ)(ヱンギ)・-天暦(てんりやく)の-御門(みかど)と申(まうす)共(とも)、争(いかで)か是(これ)にまさるべき
とぞ人(ひと)申(まうし)ける。大(おほ)かたは賢王(けんわう)の名(な)をあげ、仁徳(じんとく)の
孝(かう)をほどこさせ在(まし)ます事(こと)も、君(きみ)御成人(ごせいじん)の後(のち)、
清濁(せいだく)をわかたせ給(たま)ひてのうへの事(こと)にてこそあるに、
此(この)君(きみ)は無下(むげ)に幼主(えうしゆ)(ヨウシユ)の時(とき)より性(せい)を柔和(にうわ)にうけ
させ給(たま)へり。去(さんぬ)る承安(しようあん)(セウアン)の比(ころ)ほひ、御在位(ございゐ)のはじめ
つかた、御年(おんとし)十歳(じつさい)ばかりにもならせたまひ【給ひ】けん、
あまりに紅葉(こうえふ)をあひせ(あいせ)【愛せ】させ給(たま)ひて、北(きた)の陣(ぢん)に
P06011
小山(こやま)をつか【築か】せ、はじ・かへでのいろ【色】うつくしうもみぢ
たるをうへ(うゑ)【植ゑ】させて、紅葉(もみぢ)の-山(やま)となづけ【名付け】て、終日(ひめもそ)に
叡覧(えいらん)あるに、なを(なほ)【猶】あきだらせ給(たま)はず。しかる【然る】をある
夜(よ)、野分(のわき)はしたなうふひ(ふい)【吹い】て、紅葉(こうえふ)みな吹(ふき)−ちらし【散らし】、
落葉(らくえふ)(ラクヨウ)頗(すこぶ)る狼籍【*狼藉】(らうぜき)也(なり)。殿守(とのもり)のとものみやづこ【伴造】朝(あさ)ぎ
よめすとて、是(これ)をことごとく【悉く】はき【掃き】すて【捨て】て(ン)げり。
のこれる枝(えだ)、ちれる木葉(このは)をかき−あつめ【集め】て、風(かぜ)
すさまじかりけるあした【朝】なれば、縫殿(ぬひどの)(ヌイドノ)の-陣(ぢん)
にて、酒(さけ)あたためてたべ【食べ】ける薪(たきぎ)にこそしてん
P06012
げれ。奉行(ぶぎやう)の蔵人(くらんど)、行幸(ぎやうがう)より先(さき)にといそぎ
ゆひ(ゆい)てみる【見る】に、跡(あと)かた【跡形】−なし。いかにととへ【問へ】ばしかしかと
いふ。蔵人(くらんど)大(おほき)におどろき、「あなあさまし。君(きみ)のさし
も執(しつ)し−おぼしめさ【思し召さ】れつる紅葉(こうえふ)を、かやう【斯様】にしける
あさましさよ。しら【知ら】ず、なんぢ等(ら)只今(ただいま)禁獄(きんごく)流罪(るざい)
にも及(およ)び、わが身(み)もいかなる逆鱗(げきりん)にかあづから【関ら】ん
ずらん」となげく【歎く】ところ【所】に、主上(しゆしやう)いとどしくよるの
おとどを出(いで)させ給(たま)ひもあへず、かしこへ行幸(ぎやうがう)な(ッ)て
紅葉(もみぢ)を叡覧(えいらん)(ヱイラン)なるに、なかりければ、「いかに」と御(おん)
P06013
たづね【尋ね】ある【有る】に、蔵人(くらんど)奏(そう)すべき方(かた)はなし。あり【有り】の
ままに奏聞(そうもん)す。天気(てんき)ことに御心(おんこころ)よげにうちゑま【笑ま】
せ給(たま)ひて、「「林間(りんかんに)煖(レ)酒(さけをあたためて)焼(二)紅葉(一)(こうえふをたく)」と−いふ詩(し)の心(こころ)をば、
それらにはた【誰】がをしへ【教へ】けるぞや。やさしうも
仕(つかまつり)ける物(もの)かな」とて、かへ(ッ)て【却つて】叡感(えいかん)(ヱイカン)[M 「御感」とあり「御」をミセケチ「叡」(ヱイ)と傍書]に預(あづかり)し
うへ【上】は、あへて勅勘(ちよつかん)なかりけり。又(また)安元(あんげん)のころ
ほひ、御方違(おん−かたたがへ)(ヲカタタガヘ)の行幸(ぎやうがう)あり【有り】しに、さらでだに
鶏人(けいじん)暁(あかつき)唱(となふ)こゑ【声】、明王(めいわう)の眠(ねぶり)をおどろかす程(ほど)にも
なりしかば、いつも御(おん)ねざめがちにて、つやつや
P06014
御寝(ぎよしん)もならざりけり。況(いはん)やさゆる【冴ゆる】霜夜(しもよ)の
はげしきに、延喜(えんぎ)の聖代(せいたい)、国土(こくど)の民(たみ)ども
いかにさむかる【寒かる】らんとて、夜(よ)るのおとどにして
御衣(ぎよい)をぬがせ給(たまひ)ける事(こと)な(ン)ど(なんど)までも、おぼし
めし【思し召し】−出(いだ)して、わが帝徳(ていとく)のいたらぬ事(こと)をぞ
御歎(おんなげき)有(あり)ける。やや深更(しんかう)に及(およん)で、程(ほど)とをく(とほく)【遠く】人(ひと)の
さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)しけり。供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)はきき【聞き】−つけられ
ざりけれども、主上(しゆしやう)きこしめし【聞し召し】て、「今(いま)さけぶ【叫ぶ】
ものは何(なに)ものぞ。き(ッ)とみ【見】てまいれ(まゐれ)【参れ】」と仰(おほせ)ければ、
P06015
うへぶし【上臥し】−したる殿上人(てんじやうびと)、上日(じやうにち)のものに仰(おほ)(ヲホ)す。はしり【走り】−
ち(ッ)【散つ】て尋(たづ)ぬれば、ある辻(つじ)(ツヂ)にあやしのめのわらは【女童】の、
ながもちのふた【蓋】さげ【提げ】てなく【泣く】にてぞ有(あり)ける。
「いかに」ととへば、「しう(しゆう)【主】の女房(にようばう)の、院(ゐん)の御所(ごしよ)にさぶら
は【候は】せ給(たま)ふが、此(この−)程(ほど)やうやうにしてしたて【仕立て】られたる
御装束(おん−しやうぞく)(ヲンシヤウゾク)、も(ッ)【持つ】てまいる(まゐる)【参る】ほど【程】に、只今(ただいま)男(をとこ)の二三人(にさんにん)
まうで【詣で】-きて、うばひ【奪ひ】と(ッ)てまかり【罷り】ぬるぞや。
今(いま)は御装束(おん−しやうぞく)があらばこそ、御所(ごしよ)にもさぶらはせ
給(たま)はめ。又(また)はかばかしうたち【立ち】やどら【宿ら】せ給(たま)ふべき
P06016
したしい【親しい】御方(おん−かた)もましまさず。此(この)事(こと)おもひ【思ひ】−つづ
くるになく【泣く】也(なり)」とぞ申(まうし)ける。さてかのめのわらは【女童】
をぐし【具し】てまいり(まゐり)【参り】、此(この)よし奏聞(そうもん)しければ、主上(しゆしやう)
きこしめし【聞し召し】て、「あなむざん【無慚】。いかなるもののしわざ【仕業】
にてかあるらん。尭(げう)の代(よ)の民(たみ)は、尭(げう)の心(こころ)のすなほ
なるを−も(ッ)て心(こころ)とするがゆへ(ゆゑ)【故】に、みなすなほなり。
今(いま)の代(よ)の民(たみ)は、朕(ちん)が心(こころ)を−も(ッ)て心(こころ)とするがゆへ(ゆゑ)【故】に、
かだましきもの朝(てう)にあ(ッ)て罪(つみ)をおかす(をかす)【犯す】。是(これ)わが
恥(はぢ)にあらずや」とぞ仰(おほせ)ける。「さてとら【取ら】れつらん
P06017
きぬは何(なに)いろ【色】ぞ」と御(おん)たづね【尋ね】あれば、しかしかの
いろと奏(そう)す。建礼門院(けんれいもんゐん)のいまだ中宮(ちゆうぐう)にて在(まし)
ましける時(とき)なり。その【其の】御方(おんかた)へ、「さやうのいろ【色】したる
御衣(ぎよい)や候(さうらふ)」と仰(おほせ)ければ、さきのよりはるか【遥】にうつ
くしきがまいり(まゐり)【参り】たりけるを、くだんのめのわらは【女童】
にぞたまは【給は】せける。「いまだ夜(よ)ふかし。又(また)さるめ【目】にもや
あふ」とて、上日(じやうにち)のものをつけ【付け】て、しう(しゆう)【主】の女房(にようばう)の
つぼね【局】までをくら(おくら)【送ら】せましましけるぞかたじけ
なき【忝き】。されば、あやしのしづのお(しづのを)【賎男】しづのめ【賎女】にいた
P06018
るまで、ただ此(この)君(きみ)千秋(せんしう−)万歳(ばんぜい)の宝算(ほうさん)をとぞ
『葵前(あふひのまへ)』S0603
祈(いのり)たてまつる【奉る】。○中(なか)にもあはれ【哀】なりし御事(おんこと)は、
中宮(ちゆうぐう)の御方(おん−かた)に候(さうら)はせ給(たま)ふ女房(にようばう)のめし【召し】−つかひ【使ひ】ける
上童(しやうとう)、おもは【思は】ざる外(ほか)、竜顔(りようがん)(レウガン)に咫尺(しせき)する事(こと)あり【有り】
けり。ただよのつねのあからさまにてもなくして、
[M 主上(しゆしやう)つねはめさ【召さ】れけり。]まめやかに御心(おんこころ)ざしふかか
り【深かり】ければ、しう(しゆう)【主】の女房(にようばう)もめし【召し】−つかは【使は】ず、かへ(ッ)て【却つて】主(しゆう)の如(ごと)
くにぞいつき【傅き】−もてなしける。そのかみ、謡詠(えうえい)(ヨウヱイ)にいへる
事(こと)あり【有り】。「女(ぢよ)(ジヨ)をうん【産ん】でもひいさん【悲酸】する事(こと)なかれ。
P06019
男(なん)をうんでも喜歓(きくわん)(キクハン)-する事(こと)なかれ。男(なん)は功(こう)にだも
報(ほう)ぜられず。女(ぢよ)は妃(ひ)たり」とて、后(きさき)にたつといへり。
「この人(ひと)、女御(にようご)后(きさき)とももてなされ、国母(こくも)仙院(せんゐん)(センイン)とも
あふが【仰が】れなんず。めでたかりけるさひわゐ(さいはひ)【幸】かな」
とて、其(その)名(な)をば葵(あふひ)のまへ【前】といひければ、内々(ないない)は
葵女御(あふひにようご)な(ン)ど(なんど)ぞささやきける。主上(しゆしやう)是(これ)をきこし
めし【聞し召し】て、其(その−)後(のち)はめさ【召さ】[M れ]ざりけり。御心(おんこころ)ざしのつき【尽き】ぬる
にはあらず。ただ世(よ)のそしり【謗】をはばから【憚から】せ給(たま)ふに−
よ(ッ)て也(なり)。されば御(おん)ながめ【眺】がちにて、よる【夜】のおとどに
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のみぞいら【入ら】せ給(たま)ふ。其(その−)時(とき)の関白(くわんばく)松殿(まつどの)、「御心(おんこころ)ぐるし
き事(こと)にこそあむ(あん)なれ。申(まうし)なぐさめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」
とて、いそぎ御参内(ごさんだい)あ(ッ)て、「さやうに叡虜(えいりよ)(ヱイリヨ)に
かからせましまさん事(こと)、何条(なんでふ)事(こと)か候(さうらふ)べき。件(くだん)の
女房(にようばう)とくとくめさ【召さ】るべしと覚(おぼえ)候(さうらふ)。しなたづね【尋ね】らるる
に及(およ)ばず。基房(もとふさ)やがて猶子(いうし)(ユウシ)に仕(つかまつり)候(さうら)はん」と奏(そう)せ
させ給(たま)へば、主上(しゆしやう)「いさとよ。そこに申(まうす)事(こと)はさる−事(こと)
なれども、位(くらゐ)を退(しりぞい)て後(のち)はままさるためし【例】もあん
なり。まさしう在位(ざいゐ)の時(とき)、さやうの事(こと)は後代(こうたい)の
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そしりなるべし」とて、きこしめし【聞し召し】もいれ【入れ】ざり
けり。関白殿(くわんばくどの)ちから【力】およば【及ば】せたまは【給は】ず、御涙(おんなみだ)を
おさへて御退出(ごたいしゆつ)あり【有り】。其(その−)後(のち)主上(しゆしやう)、緑(みどん)の薄様(うすやう)の
ことに匂(にほひ)ふかかり【深かり】けるに、古(ふる)き事(こと)なれ共(ども)おぼし
めし【思し召し】−いで【出で】て、あそばさ【遊ばさ】れける。
しのぶれ【忍ぶれ】どいろに出(で)にけりわがこひ【恋】は
ものやおもふ【思ふ】と人(ひと)のとふまで W044
此(この)御手習(おん−てならひ)(ヲンテナラヒ)を、冷泉(れいぜいの)少将(せうしやう−)隆房(たかふさ)給(たま)はり-つゐ(つい)【継い】で、
件(くだん)の葵(あふひ)のまへ【前】に給(たま)はせたれば、かほ【顔】うち−あかめ【赤め】、
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「例(れい)ならぬ心(ここ)ち【心地】いで【出で】-きたり」とて、里(さと)へ帰(かへ)り、うち−
ふす【臥す】事(こと)五六日(ごろくにち)して、ついに(つひに)【遂に】はかなく【果敢く】なりにけり。
「君(きみ)が一日(いちじつ)の恩(おん)(ヲン)のために、妾(せう)が百年(はくねん)の身(み)をあやま
つ」ともかやうの事(こと)をや申(まうす)べき。昔(むかし)唐(たう)の太宗(たいそう)
の、貞仁機【*鄭仁基】(ていじんき)が娘(むすめ)を元観殿(げんくわでん)(ゲンクハデン)にいれんとし給(たま)ひし
を、魏徴(ぎてう)「かのむすめ已(すで)に陸士(りくし)に約(やく)せり」といさめ申(まうし)
しかば、殿(てん)にいるる【入るる】事(こと)をやめられけるには、すこし【少し】も
『小督(こがう)』S0604
たがは【違は】せたまは【給は】ぬ御心(おんこころ)ばせなり。○主上(しゆしやう)恋慕(れんぼ)の
御(おん)おもひ【思ひ】にしづませをはします(おはします)。申(まうし)なぐさめ
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まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとて、中宮(ちゆうぐう)の御(おん)かたより小督殿(こがうのとの)と
申(まうす)女房(にようばう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。此(この)女房(にようばう)は桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)
重範(しげのり)の卿(きやう)の御(おん)むすめ、宮中(きゆうちゆう)一(いち)の美人(びじん)、琴(こと)の上
手(じやうず)にてをはし(おはし)ける。冷泉(れんぜいの−)大納言(だいなごん)隆房卿(たかふさのきやう)、いまだ
少将(せうしやう)なりし時(とき)、みそめたりし女房(にようばう)也(なり)。少将(せうしやう)はじめは
歌(うた)をよみ、文(ふみ)をつくし【尽くし】、こひ【恋】-かなしみたまへ【給へ】ども【共】、
なびく気色(けしき)もなかりしが、さすがなさけ【情】に
よはる(よわる)【弱る】心(こころ)にや、遂(つひ)(ツイ)にはなびきたまひ【給ひ】けり。され共(ども)
今(いま)は君(きみ)にめさ【召さ】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、せんかたもなく
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かなしさ【悲しさ】に、あかぬ別(わかれ)の涙(なみだ)には、袖(そで)しほたれ【潮垂れ】て
ほし【乾し】-あへず。少将(せうしやう)よそながらも小督殿(こがうのとの)み【見】たて
まつる【奉る】事(こと)もやと、つねは参内(さんだい)せられけり。おはし
ける局(つぼね)の辺(へん)、御簾(みす)のあたりを、あなたこなたへ
行(ゆき)-とをり(とほり)【通り】、たたずみ−ありき【歩き】たまへ【給へ】ども、小督殿(こがうのとの)
「われ君(きみ)にめさ【召さ】れんうへ【上】は、少将(せうしやう)いかにいふとも【共】、詞(ことば)
をもかはし、文(ふみ)をみる【見る】べきにもあらず」とて、つて
のなさけ【情】をだにもかけられず。少将(せうしやう)もしやと
一首(いつしゆ)の歌(うた)をよう【詠う】で、小督殿(こがうのとの)のおはしける御簾(みす)の
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内(うち)へなげ【投げ】いれ【入れ】たる。
おもひ【思ひ】−かねこころはそら【空】にみちのくの
ちか【千賀】のしほがま【塩釜】ちかき【近き】かひなし W045
小督殿(こがうのとの)やがて返事(へんじ)もせばやとおもは【思は】れけ
めども、君(きみ)の御(おん)ため、御(おん)うしろ【後】めたうやおもは【思は】れ
けん、手(て)にだにと(ッ)てもみ【見】たまは【給は】ず。上童(しやうとう)にとらせ
て、坪(つぼ)のうちへぞなげ【投げ】いだす【出す】。少将(せうしやう)なさけ【情】なう
恨(うらめ)しけれども【共】、人(ひと)も〔こそ〕みれ【見れ】とそら【空】-おそろしう【恐ろしう】
おもは【思は】れければ、いそぎ是(これ)をと(ッ)【取つ】てふところ【懐】に
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入(いれ)てぞ出(いで)られける。なを(なほ)【猶】たちかへ(ッ)【立ち返つ】て、
たまづさ【玉章】を今(いま)は手(て)にだにとら【取ら】じとや
さこそ心(こころ)におもひ【思ひ】すつ【捨つ】とも W046
今(いま)は此(この−)世(よ)にてあひみ【見】ん事(こと)もかたければ、
いき【生き】てものをおもは【思は】んより、しな【死な】んとのみぞねが
は【願は】れける。入道(にふだう−)相国(しやうこく)これをきき、中宮(ちゆうぐう)と申(まうす)も
御(おん)むすめ也(なり)、冷泉(れんぜいの−)少将(せうしやう)聟(むこ)也(なり)。小督殿(こがうのとの)にふたりの
聟(むこ)をとられて、「いやいや、小督(こがう)があらんかぎりは
世中(よのなか)よかるまじ。めし【召し】−いだし【出し】てうしなは【失は】ん」とぞ
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のたまひ【宣ひ】ける。小督殿(こがうのとの)もれ【漏れ】−きひ(きい)【聞い】て、「我(わが−)身(み)の事(こと)
はいかでもあり【有り】なん。君(きみ)の御(おん)ため御心(おんこころ)ぐるし」
とて、ある暮(くれ)がたに内裏(だいり)を出(いで)て、ゆくゑ(ゆくへ)【行方】も
しら【知ら】ずうせたまひ【給ひ】ぬ。主上(しゆしやう)御歎(おんなげき)なのめならず。
ひる【昼】はよる【夜】のおとどにいら【入ら】せ給(たま)ひて、御涙(おんなみだ)にのみ
むせび、夜(よ)るは南殿(なんでん)に出御(しゆつぎよ)な(ッ)て、月(つき)の光(ひかり)を
御覧(ごらん)じてぞなぐさま【慰さま】せ給(たま)ひける。入道(にふだう−)相国(しやうこく)
是(これ)をきき、「君(きみ)は小督(こがう)ゆへ(ゆゑ)【故】におぼしめし【思し召し】−しづま【沈ま】せ
たまひ【給ひ】たんなり。さらむにと(ッ)【取つ】ては」とて、御(おん)かひ
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しやく(かいしやく)【介錯】の女房達(にようばうたち)をもまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず、参内(さんだい)し給(たま)ふ
臣下(しんか)をもそねみ給(たま)へば、入道(にふだう)の権威(けんゐ)(ケンイ)にはば
か(ッ)て、かよふ人(ひと)もなし。禁中(きんちゆう)いまいましう【忌々しう】ぞみえ【見え】
ける。かくて八月(はちぐわつ)十日(とをか)あまりになりにけり。
さしもくま【隈】なき空(そら)なれど、主上(しゆしやう)は御涙(おんなみだ)に
くもり【曇り】つつ、月(つき)の光(ひかり)もおぼろにぞ御覧(ごらん)ぜられ
ける。やや深更(しんかう)に及(およん)で、「人(ひと)やある、人(ひと)やある」とめさ【召さ】れ
けれども【共】、御(おん)いらへ【答へ】申(まうす)ものもなし。弾正(だんじやうの)少弼[B 「少」に「大歟」と傍書](せうひつ)仲
国(なかくに)、其(その−)夜(よ)しも御宿直(おんとのゐ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、はるかにとをう(とほう)【遠う】
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候(さうらふ)が、「仲国(なかくに)」と御(おん)いらへ【答へ】申(まうし)たれば、「ちかう【近う】まいれ(まゐれ)【参れ】。仰
下(おほせくだ)さるべき事(こと)あり【有り】」。何事(なにごと)やらんとて、御前(ごぜん)
ちかう参(さん)じたれば、「なんぢもし小督(こがう)がゆくゑ(ゆくへ)【行方】や
しり【知り】たる」。仲国(なかくに)「いかでかしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べき。ゆめゆめ
しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず候(さうらふ)」。「まことやらん、小督(こがう)は嵯峨(さが)の
へんに、かた折戸(をりど)【片折戸】とかやしたる内(うち)にあり【有り】と申(まうす)もの
のあるぞとよ。あるじ【主】が名(な)をばしら【知ら】ずとも、
尋(たづね)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】なんや」と仰(おほせ)ければ、「あるじ【主】が名(な)を
しり【知り】候(さうら)はでは、争(いかで)かたづね【尋ね】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べき」と申(まう)
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せば、「まこと【誠】にも」とて、竜顔(りようがん)(レウガン)より御涙(おんなみだ)をながさせ
たまふ【給ふ】。仲国(なかくに)つくづくと物(もの)をあんずる【案ずる】に、まこと
にや、小督殿(こがうのとの)は琴(こと)ひき【弾き】たまひ【給ひ】しぞかし。
此(この)月(つき)のあかさに、君(きみ)の御事(おんこと)おもひいで【思ひ出で】まいら
せ(まゐらせ)【参らせ】て、琴(こと)ひきたまは【給は】ぬ事(こと)はよもあらじ。
御所(ごしよ)にてひき【弾き】たまひ【給ひ】しには、仲国(なかくに)笛(ふえ)(フヱ)の役(やく)に
めさ【召さ】れしかば、其(その)こと【琴】の音(ね)はいづくなりとも
きき【聞き】−しら【知ら】んずるものを。又(また)嵯峨(さが)の在家(ざいけ)いく程(ほど)か
あるべき。うちまは(ッ)【廻つ】てたづね【尋ね】んに、などか聞出(ききいだ)
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さざるべきとおもひ【思ひ】ければ、「さ候(さうら)はば、あるじが名(な)は
しら【知ら】ずとも【共】、もし【若】やとたづね【尋ね】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てみ【見】候(さうら)はん。
ただし尋(たづね)あひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)とも【共】、御書(ごしよ)を給(たま)
はらで申(まう)さんには、うは【上】の空(そら)にやおぼしめさ【思し召さ】れ
候(さうら)はんずらん。御書(ごしよ)を給(たま)は(ッ)てむかひ【向かひ】候(さうら)はん」と
申(まうし)ければ、「まこと【誠】にも」とて、御書(ごしよ)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】
てたう【賜う】だりけり。「竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)にの(ッ)【乗つ】てゆけ」とぞ
仰(おほせ)ける。仲国(なかくに)竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)給(たま)は(ッ)て、名月(めいげつ)にむち【鞭】を
あげ、そこともしら【知ら】ずあこがれゆく【行く】。をしか【牡鹿】鳴(なく)
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此(この)山里(やまざと)と詠(えい)じけん、さが【嵯峨】のあたりの秋(あき)のころ【比】、
さこそはあはれ【哀】にもおぼえけめ。片折戸(かた−をりど)−
したる屋(や)をみつけ【見付け】ては、「此(この)内(うち)にやおはすらん」と、
ひかへ【控へ】ひかへ【控へ】きき【聞き】けれども【共】、琴(こと)ひく所(ところ)もなかりけり。
御堂(みだう)な(ン)ど(なんど)へまいり(まゐり)【参り】たまへ【給へ】る事(こと)もやと、釈迦
堂(しやかだう)をはじめて、堂々(だうだう)み【見】-まはれども【共】小督殿(こがうのとの)に
似(に)たる女房(にようばう)だにみえ【見え】たまは【給は】ず。「むなしう【空しう】帰(かへ)り−
まいり(まゐり)【参り】たらんは、中々(なかなか)まいら(まゐら)【参ら】ざらんよりあしかる【悪しかる】
べし。是(これ)よりもいづち【何方】へもまよひ【迷ひ】ゆかばや」と
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おもへ【思へ】ども、いづくか王地(わうぢ)ならぬ、身(み)をかくす【隠す】べき
宿(やど)もなし。いかがせんとおもひ【思ひ】−わづらう(わづらふ)。「まことや、
法輪(ほふりん)(ホウリン)は程(ほど)ちかけれ【近けれ】ば、月(つき)の光(ひかり)にさそは【誘は】れて、
まいり(まゐり)【参り】たまへ【給へ】る事(こと)もや」と、そなたにむかひ【向ひ】て
ぞあゆ〔ま〕【歩ま】せける。亀山(かめやま)のあたりちかく【近く】、松(まつ)の一(ひと)むら
あるかた【方】に、かすか【幽】に琴(こと)ぞきこえ【聞こえ】ける。峯(みね)の
嵐(あらし)か、松風(まつかぜ)か、たづぬる【尋ぬる】人(ひと)のことの音(ね)か、おぼつかなく
はおもへ【思へ】ども、駒(こま)をはやめてゆく【行く】ほど【程】に、片折戸(かた−をりど)−
したる内(うち)に、琴(こと)をぞひき【弾き】−すまされたる。ひかへ【控へ】て
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是(これ)をききければ、すこし【少し】〔も〕まがふ【紛ふ】べうもなき小督
殿(こがうのとの)の爪音(つまおと)(ツマヲト)也(なり)。楽(がく)はなん【何】ぞとききければ、夫(おつと)(ヲツト)をおも
ふ(おもう)【思う】てこふとよむ想夫恋(さうふれん)と−いふ楽(がく)也(なり)。さればこそ、
君(きみ)の御事(おんこと)おもひ【思ひ】出(いで)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、楽(がく)こそおほ
けれ【多けれ】、此(この)楽(がく)をひき給(たまひ)けるやさしさよ。ありがたふ(ありがたう)
おぼえて、腰(こし)よりやうでう【横笛】ぬきいだし【出だし】、ち(ッ)とならひ(ならい)【鳴らい】て、
門(かど)をほとほととたたけば、やがてひき【弾き】−やみ給(たま)ひ
ぬ。高声(かうしやう)に、「是(これ)は内裏(だいり)より仲国(なかくに)が御使(おんつかひ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。
あけ【開け】させたまへ【給へ】」とて、たたけども【共】たたけども【共】とがむる
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人(ひと)もなかりけり。ややあ(ッ)て、内(うち)より人(ひと)のいづる【出づる】
音(おと)のしければ、うれしう【嬉しう】おもひ【思ひ】て待(まつ)ところ【所】に、
じやう(ぢやう)【錠】をはづし【外し】、門(かど)をほそめ【細目】にあけ、いたひけ(いたいけ)【幼気】
したる小女房(こにようばう)、かほ【顔】ばかりさし−いだひ(いだい)【出い】て、「門(かど)たがへ【違へ】
でぞさぶらふ【候ふ】らん。是(これ)には内裏(だいり)より御使(おんつかひ)な(ン)ど(なんど)
たまはる【賜る】べき所(ところ)にてもさぶらは【候は】ず」と申(まう)せば、
中々(なかなか)返事(へんじ)-して、門(かど)たて【閉て】られ、じやう(ぢやう)【錠】さされては
あしかり【悪しかり】なんとおもひ【思ひ】て、をし(おし)【押し】-あけ【開け】てぞ入(いり)に
ける。妻戸(つまど)のきはのゑん(えん)【縁】に居(ゐ)て、「いかに、かやうの
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所(ところ)には御(おん)わたり【渡り】候(さうらふ)やらん。君(きみ)は御(ご)ゆへ(ゆゑ)【故】におぼし
めし【思し召し】−しづませ給(たま)ひて、御命(おんいのち)もすでにあやうく(あやふく)【危ふく】
こそみえ【見え】させおはしまし候(さうら)へ。ただうは【上】の空(そら)に申(まうす)
とやおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)はん。御書(ごしよ)を給(たまは)(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
候(さうらふ)」とて、とりいだひ(とりいだい)【取り出だい】てたてまつる【奉る】。ありつる女房(にようばう)
とりついで、小督殿(こがうのとの)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。あけてみ【見】
たまへ【給へ】ば、まことに君(きみ)の御書(ごしよ)也(なり)けり。やがて御返
事(おんぺんじ)かき、ひき【引き】-むすび【結び】、女房(にようばう)の装束(しやうぞく)一(ひと)かさね【重ね】そへ
て出(いだ)されたり。仲国(なかくに)、女房(にようばう)の装束(しやうぞく)をば肩(かた)にうち
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かけ、申(まうし)けるは、「余(よ)の御使(おんつかひ)で候(さうら)はば、御返事(おんぺんじ)のうへ【上】は、と
かう申(まうす)にはおよび【及び】候(さうら)はねども、日(ひ)ごろ内裏(だいり)にて
御琴(おん−こと)あそばし【遊ばし】し時(とき)、仲国(なかくに)笛(ふえ)(フヱ)の役(やく)にめされ候(さうらひ)し
奉公(ほうこう)をば、いかでか御(おん)わすれ【忘れ】候(さうらふ)べき。ぢき【直】の御返事(おんぺんじ)
を承(うけたま)はらで帰(かへり)まいら(まゐら)【参ら】ん事(こと)こそ、よに口(くち)おしう(をしう)【惜しう】
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、小督殿(こがうのとの)げにもとやおもは【思は】れけん、
みづから返事(へんじ)し給(たま)ひけり。「それにもきか【聞か】せ
給(たま)ひつらん、入道(にふだう−)相国(しやうこく)のあまりにおそろしき【恐ろしき】
事(こと)をのみ申(まうす)とききしかば、あさましさに、内裏(だいり)
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をばにげ【逃げ】−出(いで)て、此(この−)程(ほど)はかかるすまゐ(すまひ)【住ひ】なれば、
琴(こと)な(ン)ど(なんど)ひく【弾く】事(こと)もなかりつれども【共】、さてもある
べきならねば、あすより大原(おおはら)のおく【奥】におもひ【思ひ】−たつ【立つ】
事(こと)のさぶらへ【候へ】ば、あるじの女房(にようばう)の、こよひばかりの
名残(なごり)をおしう(をしう)【惜しう】で、「今(いま)は夜(よ)もふけぬ。たち【立ち】きく【聞く】
人(ひと)もあらじ」な(ン)ど(なんど)すすむれ【勧むれ】ば、さぞなむかし【昔】の名残(なごり)も
さすがゆかしくて、手(て)なれし琴(こと)をひく【弾く】ほど【程】に、
やすうもきき【聞き】−出(いだ)されけりな」とて、涙(なみだ)もせきあへ
たまは【給は】ねば、仲国(なかくに)も袖(そで)をぞぬらし【濡し】ける。ややあ(ッ)て、
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仲国(なかくに)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「あすより大原(おほはら)の奥(おく)(ヲク)
におぼしめし【思し召し】−たつ【立つ】事(こと)と候(さうらふ)は、御(おん)さまな(ン)ど(なんど)をかへ【変へ】
させたまふ【給ふ】べきにこそ。ゆめゆめあるべうも候(さうら)はず。
さて君(きみ)の御歎(おんなげき)をば、何(なに)とかしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たまふ)べき。
是(これ)ばしいだし【出だし】まいらす(まゐらす)【参らす】な」とて、ともにめし【召し】−具(ぐ)し
たるめぶ【馬部】、きつじやう【吉上】な(ン)ど(なんど)とどめ【留め】をき(おき)、其(その)屋(や)を守護(しゆご)-
せさせ、竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)にうち【打ち】-の(ッ)【乗つ】て、内裏(だいり)へかへり【帰り】−まい
り(まゐり)【参り】たれば、ほのぼのとあけ【明け】にけり。「今(いま)は入御(じゆぎよ)も
なりぬらん、誰(たれ)して申入(まうしいる)べき」とて、竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)
P06040
つながせ、ありつる女房(にようばう)の装束(しやうぞく)をばはね馬(むま)【跳ね馬】の−
障子(しやうじ)になげ【投げ】−かけ、南殿(なんでん)の方(かた)へまいれ(まゐれ)【参れ】ば、主上(しゆしやう)は
いまだ夜部(よべ)の御座(ご−ざ)にぞ在(まし)ましける。「南(みなみ)(ミンナミ)に翔(かけり)
北(きた)に嚮(むかふ)、寒雲(かんうん)を秋(あき)の鴈(かり)に付(つけ)難(がた)し。東(ひがし)に出(いで)西(にし)に
流(ながる)、只(ただ)瞻望(せんばう)を暁(あかつき)の月(つき)に寄(よ)す」と、うちながめ【詠め】
させ給(たま)ふ所(ところ)に、仲国(なかくに)つ(ッ)とまいり(まゐり)【参り】たり。小督殿(こがうのとの)の
御返事(おんぺんじ)をぞまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる。君(きみ)なのめならず御
感(ぎよかん)な(ッ)て、「なんぢ【汝】やがてよ【夜】さり具(ぐ)してまいれ(まゐれ)【参れ】」と
仰(おほせ)ければ、入道(にふだう−)相国(しやうこく)のかへり【返り】きき給(たま)はんところ【所】は
P06041
おそろしけれ【恐ろしけれ】ども【共】、これ又(また)倫言(りんげん)なれば、雑色(ざふしき)(ザウシキ)・
牛飼(うしかひ)(ウシカイ)・牛(うし)・車(くるま)きよげ【清気】に沙汰(さた)-して、さが【嵯峨】へ行(ゆき)むかひ【向ひ】、
まいる(まゐる)【参る】まじきよしやうやう【様々】にのたまへ【宣へ】ども、さまざま
にこしらへて、車(くるま)にとり−のせ【乗せ】たてまつり【奉り】、内裏(だいり)
へまいり(まゐり)【参り】たりければ、幽(かすか)なる所(ところ)にしのば【忍ば】せて、
よなよな【夜な夜な】めさ【召さ】れける程(ほど)に、姫宮(ひめみや)一所(いつしよ)出来(いでき)させ
給(たま)ひけり。此(この)姫宮(ひめみや)と申(まうす)は、坊門(ばうもん)の女院(にようゐん)の御事(おんこと)也(なり)。
入道(にふだう−)相国(しやうこく)、何(なに)としてかもれ【漏れ】−きき【聞き】たまひ【給ひ】けん、「小督(こがう)
がうせ【失せ】たりと−いふ事(こと)、あとかた【跡形】−なき空事(そらごと)なり
P06042
けり」とて、小督殿(こがうのとの)をとらへ【捕へ】つつ、尼(あま)になして
ぞはな(ッ)【放つ】たる。小督殿(こがうのとの)出家(しゆつけ)はもとよりののぞみ【望み】
なりけれども【共】、心(こころ)ならず尼(あま)になされて、年(とし)廿三(にじふさん)、
こき【濃き】墨染(すみぞめ)にやつれはてて、嵯峨(さが)のへん【辺】にぞすま【住ま】
れける。うたてかりし事(こと)ども【共】也(なり)。かやう【斯様】の事共(ことども)に
御悩(ごなう)はつかせ給(たま)ひて、遂(つひ)(ツイ)に御(おん)かくれあり【有り】ける
とぞきこえ【聞え】し。法皇(ほふわう)はうちつづき御歎(おんなげき)のみ
ぞしげかり【滋かり】ける。去(さんぬ)る永万(えいまん)(ヱイマン)には、第一(だいいち)の御子(みこ)二条院(にでうのゐん)
崩御(ほうぎよ)なりぬ。安元(あんげん)二年(にねん)の七月(しちぐわつ)には、御孫(おん-まご)六条院(ろくでうのゐん)
P06043
かくれさせ給(たまひ)ぬ。天(てん)にすま【住ま】ば比翼(ひよく)の鳥(とり)、地(ち)に
すまば連理(れんり)の枝(えだ)とならんと、漢河(あまのがは)の星(ほし)をさし
て、御契(おんちぎり)あさから【浅から】ざりし建春門院(けんしゆんもんゐん)、秋(あき)の霧(きり)
におかさ(をかさ)【侵さ】れて、朝(あした)の露(つゆ)ときえさせ給(たま)ひぬ。年月(としつき)
はかさなれ【重なれ】ども【共】、昨日(きのふ−)今日(けふ)の御別(おん−わかれ)の−やうに
おぼしめし【思し召し】て、御涙(おんなみだ)もいまだつき【尽き】せぬに、治承(ぢしよう)
四年(しねん)五月(ごぐわつ)には第二(だいに)の皇子(わうじ)高倉宮(たかくらのみや)うた【討た】れさせ
給(たま)ひぬ。現世(げんぜ)後生(ごしやう)たのみ【頼み】−おぼしめさ【思し召さ】れつる新院(しんゐん)さへ
さきだた【先立た】せ給(たま)ひぬれば、とにかくにかこつ方(かた)なき
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御涙(おん−なみだ)のみぞすすみ【進み】ける。「悲(かなしみ)の至(いたつ)て悲(かな)しきは、
老(おい)て後(のち)子(こ)にをくれ(おくれ)【後れ】たるよりも悲(かな)しきはなし。
恨(うらみ)の至(いたつ)て恨(うらめ)しきは、若(わかう)して親(おや)(ヲヤ)に先立(さきだつ)(サキダチ)よりも
うらめしき【恨めしき】はなし」と、彼(かの)朝綱(ともつな)の相公(しやうこう)の子息(しそく)澄
明(すみあきら)にをくれ(おくれ)【遅れ】て書(かき)たりけん筆(ふで)のあと、今(いま)こそ
おぼしめし【思し召し】−知(し)られけれ。さるままには、彼(かの)一乗妙
典(いちじようめうでん)(いちゼウメウデン)の御読誦(ごどくじゆ)もおこたらせ給(たま)はず、三密(さんみつ−)行法(ぎやうぼふ)(ギヤウボウ)
の御薫修(ごくんじゆ)もつもらせ給(たまひ)けり。天下(てんが)諒闇(りやうあん)に
成(なり)しかば、大宮人(おほみやびと)もおしなべて、花(はな)のたもとや
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『廻文(めぐらしぶみ)』S0605
やつれ【窶れ】けん。○入道(にふだう−)相国(しやうこく)かやうにいたくなさけ【情】なう
ふるまひ【振舞ひ】-をか(おか)【置か】れし事(こと)を、さすがおそろし【恐ろし】とや
おもは【思は】れけん、法皇(ほふわう)なぐさめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとて、安芸(あき)
の厳島(いつくしま)の内侍(ないし)が腹(はら)の御(おん)むすめ[M 「すすめ」とあり始めの「す」をミセケチ「む」と傍書]、生年(しやうねん)十八(じふはち)に
成(なり)たまふ【給ふ】が、ゆう(いう)【優】に花(はな)やかにおはしけるを、法皇(ほふわう)へ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。上臈(じやうらふ-)(じやうラウ)女房達(にようぼうたち)あまたゑらば(えらば)【選ば】れて
まいら(まゐら)【参ら】れけり。公卿(くぎやう−)殿上人(てんじやうびと)おほく【多く】供奉(ぐぶ)-して、
ひとへに女御(にようご)−まいり(まゐり)【参り】の如(ごと)くにてぞあり【有り】ける。上皇(しやうくわう)
かくれ【隠れ】させ給(たま)ひて後(のち)、わづかに二七日(にしちにち)だにも
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へざるに、しかる【然る】べからずとぞ、人々(ひとびと)内々(ないない)はささやき
あはれける。さる程(ほど)に、其(その−)比(ころ)信濃国(しなののくに)に、木曾(きその)冠
者(くわんじや)(クハンジヤ)義仲(よしなか)と−いふ源氏(げんじ)あり【有り】ときこえ【聞え】けり。故(こ)六条(ろくでうの)
判官(はんぐわん)為義(ためよし)が次男(じなん)、故(こ)帯刀(たてはき)の先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が子(こ)也(なり)。
父(ちち)義方【*義賢】(よしかた)は久寿(きうじゆ)二年(にねん)八月(はちぐわつ)十六日(じふろくにち)、鎌倉(かまくら)の悪源太(あくげんだ-)
義平(よしひら)が為(ため)に誅(ちゆう)(チウ)せらる。其(その−)時(とき)義仲(よしなか)二歳(にさい)なりし
を、母(はは)なくなく【泣く泣く】かかへて信乃【*信濃】(しなの)へこえ、木曾(きその)中三(ちゆうざう)(チウザウ)兼遠(かねとほ)(カネトヲ)
がもとにゆき、「是(これ)いかにも-してそだて【育て】て、人(ひと)になし
てみせ【見せ】たまへ【給へ】」といひければ、兼遠(かねとほ)(カネトヲ)うけ【受け】−と(ッ)【取つ】て、かひ
P06047
がひしう廿(にじふ)余年(よねん)養育(やういく)す。やうやう長大(ちやうだい)するまま
に、ちから【力】も世(よ)にすぐれてつよく、心(こころ)もならび
なく甲(かう)也(なり)けり。「ありがたきつよ弓(ゆみ)【強弓】、勢兵(せいびやう)、馬(むま)の上(うへ)、
かちだち【徒立】、すべて上古(しやうこ)の田村(たむら)・利仁(としひと)・与五【*余五】将軍(よごしやうぐん)、
知頼【*致頼】(ちらい)(トモヨリ)・保昌(ほうしやう)・先祖(せんぞ)頼光(らいくわう)(ライクハウ)、義家(ぎかの)朝臣(あつそん)(アソン)と−いふ共(とも)、争(いかで)か
是(これ)にはまさるべき」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。或(ある−)時(とき)めのとの
兼遠(かねとほ)(カネトヲ)をめし【召し】てのたまひ【宣ひ】けるは、「兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)
既(すで)に謀叛(むほん)をおこし、東(とう)八ケ国(はつかこく)をうちしたがへ【従へ】
て、東海道(とうかいだう)よりのぼり、平家(へいけ)をおひ【追ひ】-おとさ【落さ】んと
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すなり。義仲(よしなか)も東山(とうせん)・北陸(ほくりく)両道(りやうだう)をしたがへて、
今(いま)一日(いちにち)も先(さき)に平家(へいけ)をせめ【攻め】おとし【落し】、たとへば、
日本国(につぽんごく)ふたり【二人】の将軍(しやうぐん)といは【言は】ればや」とほのめ
かしければ、中三(ちゆうざう)兼遠(かねとほ)(カネトヲ)大(おほき)にかしこまり-悦(よろこん)で、
「其(それ)にこそ君(きみ)をば今(いま)まで養育(やういく)し奉(たてまつ)れ。
かう仰(おほせ)らるるこそ、誠(まこと)に八幡殿(はちまんどの)の御末(おんすゑ)ともおぼ
えさせ給(たま)へ」とて、やがて謀叛(むほん)をくはたて【企て】けり。
兼遠(かねとほ)にぐせ【具せ】られて、つねは都(みやこ)へのぼり、平家(へいけ)
の人々(ひとびと)の振舞(ふるまひ)(フルマイ)、ありさまをも見(み)-うかがひ【窺ひ】けり。
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十三(じふさん)で元服(げんぶく)-しけるも、八幡(やはた)へまいり(まゐり)【参り】八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の
御(おん)まへにて、「O[BH 我(わが)]四代(しだい)の祖父(そぶ)義家(よしいへの)朝臣(あつそん)は、此(この)御神(おんがみ)の
御子(おんこ)とな(ッ)て、名(な)をば八幡太郎(はちまんたらう)と号(かう)しき。
かつ(ウ)(かつう)は其(その)跡(あと)ををう(おふ)【追ふ】べし」とて、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の御宝前(ごほうぜん)
にてもとどり【髻】とりあげ、木曾次郎(きそのじらう)義仲(よしなか)とこそ
つゐ(つい)【付い】たりけれ。兼遠(かねとほ)「まづめぐらし文(ぶみ)【廻らし文】候(さうらふ)べし」とて、
信濃国(しなののくに)には、禰(ね)の井(ゐ)【根井】の小野太(こやた)、海野(うんの)の行親(ゆきちか)を
かたらう(かたらふ)【語らふ】に、そむく事(こと)なし。是(これ)をはじめて、信乃【*信濃】(しなの)一
国(いつこく)の兵物(つはもの)ども【共】、なびかぬ草木(くさき)もなかりけり。
P06050
上野国(かうづけのくに)に故(こ)帯刀(たてはきの)先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)がよしみにて、
田子(たご)の郡(こほり)(コヲリ)の兵(つはもの)ども【共】、皆(みな)したがひ【従ひ】つきにけり。平家(へいけ)
末(すゑ)になる折(をり)をえ【得】て、源氏(げんじ)の年来(としごろ)の素懐(そくわい)(ソクハイ)を
『飛脚(ひきやく)到来(たうらい)』S0606
とげんとす。○木曾(きそ)と−いふ所(ところ)は、信乃【*信濃】(しなの)にと(ッ)ても南(みなみ)の
はし、美乃【*美濃】(みの)-ざかひなりければ、都(みやこ)も無下(むげ)にほど【程】-
ちかし。平家(へいけ)の人々(ひとびと)もれ【漏れ】−きひ(きい)【聞い】て、「東国(とうごく)のそむく【叛く】
だにあるに、北国(ほつこく)さへこはいかに」とぞさはが(さわが)【騒が】れける。
入道(にふだう−)相国(しやうこく)仰(おほせ)られけるは、「其(その)もの心(こころ)-にくからず。おも
へば信乃【*信濃】(しなの)一国(いつこく)の兵共(つはものども)こそしたがひ【従ひ】−つくと−いふ共(とも)、越後
P06051
国(ゑちごのくに)には与五【*余五】将軍(よごしやうぐん)の末葉(ばつえふ)(バツヨウ)、城(じやうの)太郎(たらう)助長(すけなが)、同(おなじき)四郎(しらう)
助茂(すけもち)、これらは兄弟(きやうだい)共(とも)に多勢(たせい)のもの共(ども)なり。仰(おほせ)
くだしたらんずるに、やすう討(うつ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】てん
ず」とのたまひ【宣ひ】ければ、「いかがあらんずらむ」と、内々(ないない)は
ささやくものもおほかり【多かり】けり。二月(にぐわつ)一日(ひとひのひ)、越後国[B ノ](ゑちごのくにの)住
人(ぢゆうにん)城(じやうの)太郎(たらう)助長(すけなが)、越後守(ゑちごのかみ)に任(にん)ず。是(これ)は木曾(きそ)追
討(ついたう)せられんずるはかり事(こと)とぞきこえ【聞え】し。同(おなじき)七日(なぬかのひ)、
大臣(だいじん)以下(いげ)、家々(いへいへ)にて尊勝(そんじよう−)(ソンゼウ)陀羅尼(だらに)、不動明王(ふどうみやうわう)かき【書】
供養(くやう)-ぜらる。是(これ)は又(また)兵乱(ひやうらん)-つつしみのため也(なり)。同(おなじき)九日(ここのかのひ)、
P06052
河内国(かはちのくに)石河郡(いしがはこほり)(イシガハコヲリ)に居住(きよぢゆう)(キヨヂウ)したりける武蔵[B ノ]権守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)
義基(よしもと)、子息(しそく)石河[B ノ](いしかはの−)判官代(はんぐわんだい)義兼(よしかぬ)、平家(へいけ)をそむひ(そむい)
て兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはかし【通はかし】、已(すでに)東国(とうごく)へ落
行(おちゆく)(ヲチゆく)べきよしきこえ【聞こえ】しかば、入道(にふだう−)相国(しやうこく)やがて打手(うつて)
をさし【差し】-つかはす【遣はす】。打手(うつて)の大将(だいしやう)には、源(げん)太夫(だいふの)判官(はんぐわん)季
定(すゑさだ)、摂津(つの)判官(はんぐわん)盛澄(もりずみ)、都合(つがふ)(ツガウ)其(その)勢(せい)三千(さんぜん)余騎(よき)で発
向(はつかう)す。城(じやうの)内(うち)には武蔵[B ノ]権[B ノ]守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)義基(よしもと)、子息(しそく)判官
代(はんぐわんだい)義兼(よしかぬ)を先(さき)として、其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりにはすぎ【過ぎ】
ざりけり。時(とき)つくり矢合(やあはせ)-して、いれ−かへ【入れ替へ】いれ−かへ【入れ替へ】数剋(すこく)
P06053
たたかふ【戦ふ】。城[B ノ]内(じやうのうち)の兵(つはもの)ども【共】、手(て)のきは【際】たたかひ【戦ひ】打死(うちじに)
するものおほかり【多かり】けり。武蔵[B ノ]権[B ノ]守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)義基(よしもと)打死(うちじに)
す。子息(しそく)石河(いしかはの−)判官代(はんぐわんだい)義兼(よしかぬ)はいた手(で)負(おう)(ヲウ)ていけ
どり【生捕り】にせらる。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、義基(よしもと)法師(ぼふし)が頸(くび)都(みやこ)へ入(いつ)て、
大路(おほち)をわたさ【渡さ】る。諒闇(りやうあん)に賊首(ぞくしゆ)をわたさ【渡さ】るる事(こと)
は、堀河天皇(ほりかはのてんわう)崩御(ほうぎよ)の時(とき)、前(さきの−)対馬守(つしまのかみ)源[B ノ](みなもとの−)義親(よしちか)が
首(くび)をわたされし例(れい)とぞきこえ【聞え】し。○同(おなじき)十二日(じふににち)、
鎮西(ちんぜい)より飛脚(ひきやく)到来(たうらい)、宇佐大宮司(うさのだいぐうじ)公通(きんみち)が申(まうし)
けるは、「九州(きうしう)のものども【共】、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)をはじめとして、
P06054
臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)(トナミ)・松浦党(まつらたう)にいたるまで、一向(いつかう)平家(へいけ)を
そむひ(そむい)て源氏(げんじ)に同心(どうしん)」のよし申(まうし)たりければ、「東国(とうごく)
北国(ほつこく)のそむくだにあるに、こはいかに」とて、手(て)をう(ッ)【打つ】て
あさみ-あへり。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、伊与【*伊予】国(いよのくに)より飛脚(ひきやく)到来(たうらい)
す。去年(こぞの)冬比(ふゆごろ)より、河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)道清【*通清】(みちきよ)をはじ
めとして、四国(しこく)のものども【者共】みな平家(へいけ)をそむひ(そむい)
て、源氏(げんじ)に同心(どうしん)のあひだ、備後国(びんごのくにの)(ビゴノくにの)住人(ぢゆうにん)、ぬか【額】の
入道(にふだう)西寂(さいじやく)、平家(へいけ)に心(こころ)ざしふかかり【深かり】ければ、伊与【*伊予】(いよ)の
国(くに)へおし-わたり、道前(だうぜん)・道後(だうご)のさかひ、高直城(たかなほのじやう)(タカナヲジヤウ)に
P06055
て、河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)道清【*通清】(みちきよ)をうち候(さうらひ)ぬ。子息(しそく)河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)
道信【*通信】(みちのぶ)は、父(ちち)がうた【討た】れける時(とき)、安芸[B ノ]国(あきのくにの)住人(ぢゆうにん)奴田[B ノ](ぬたの)次郎(じらう)
は母方(ははかた)の伯父(をぢ)なりければ、それ【其れ】へこえ【越え】てあり【有り】-
あはず。河野[B ノ](かはのの)道信【*通信】(みちのぶ)ちちをうた【討た】せて、「やすから【安から】ぬ
ものなり。いかにしても西寂(さいじやく)を打(うち)とらむ」とぞ
うかがひ【伺ひ】ける。額(ぬかの)入道(にふだう)西寂(さいじやく)、河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)道清【*通清】(みちきよ)を
う(ッ)【討つ】て後(のち)、四国(しこく)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)をしづめ、今年(ことし)正月(しやうぐわつ)十五日(じふごにち)に
備後(びんご)のとも【鞆】へおし-わたり、遊君(いうくん)(ユウクン)遊女(いうぢよ)共(ども)めし【召し】−あつめ【集め】
て、あそび【遊び】−たはぶれ【戯れ】さかもり【酒盛】けるが、先後(ぜんご)もしら【知ら】ず
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酔(ゑひ)(ヱイ)−ふし【臥し】たる処(ところ)に、河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)おもひ【思ひ】−き(ッ)【切つ】たる
ものども【共】百余人(ひやくよにん)あひ語(かたら)(ッ)て、ば(ッ)とおし-よす【押寄す】。西寂(さいじやく)
が方(かた)にも三百(さんびやく)余人(よにん)あり【有り】ける物共(ものども)、にはかの事(こと)
なれば、おもひ【思ひ】もまうけ【設け】ずあはて(あわて)【慌て】ふためき
けるを、たて【立て】−あふ【合ふ】ものをばい【射】ふせ【伏せ】、きり【斬り】ふせ【伏せ】、まづ
西寂(さいじやく)を生(いけ)どりにして、伊与【*伊予】国(いよのくに)へおし-わたり【押渡り】、父(ちち)が
うた【討た】れたる高直城(たかなほのじやう)(タカナヲノじやう)へさげ【提げ】もてゆき、のこぎり【鋸】で
頸(くび)をき(ッ)【斬つ】たりともきこえ【聞え】けり。又(また)は(ッ)つけ(はつつけ)【磔】にしたり
『入道(にふだう)死去(しきよ)』S0607
ともきこえ【聞え】けり。○其(その−)後(のち)四国(しこく)の兵共(つはものども)、みな河野[B ノ](かはのの)四郎(しらう)に
P06057
したがひ【従ひ】−つく。熊野[B ノ](くまのの−)別当(べつたう)湛増(たんぞう)も、平家(へいけ)重恩(ぢゆうおん)(ヂウヲン)の身(み)
なりしが、それ【其れ】もそむひ(そむい)て、源氏(げんじ)に同心(どうしん)の由(よし)
聞(きこ)えけり。凡(およそ)東国(とうごく)北国(ほつこく)ことごとく【悉く】そむきぬ。南
海(なんかい)西海(さいかい)かくのごとし。夷狄(いてき)の蜂起(ほうき)耳(みみ)を驚(おどろ)(ヲドロ)かし、
逆乱(げきらん)の先表(せんべう)頻(しきり)に奏(そう)す。四夷(しい)忽(たちまち)に起(おこ)(ヲコ)れり。世(よ)は
只今(ただいま)うせなんずとて、必(かなら)ず平家(へいけ)の一門(いちもん)ならね共(ども)、
心(こころ)ある人々(ひとびと)のなげき【歎き】かなしま【悲しま】ぬはなかりけり。
[B 入道(にふだう)死去(しきよ)イ]○同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、公卿(くぎやう−)僉議(せんぎ)あり【有り】。前[B ノ](さきの−)右大将(うだいしやう−)宗盛卿(むねもりのきやう)申(まう)されけるは、
坂東(ばんどう)へ打手(うつて)はむかう【向う】たりといへども【共】、させるしいだし【出し】
P06058
たる事(こと)も候(さうら)はず。今度(こんど)宗盛(むねもり)、大将軍(たいしやうぐん)を承(うけたま)は(ッ)て
向(むかふ)べきよし申(まう)されければ、諸卿(しよきやう)色代(しきだい)して、「ゆゆし
う候(さうらひ)なん」と申(まう)されけり。公卿(くぎやう−)殿上人(てんじやうびと)も武官(ぶくわん)(ブクハン)に
備(そな)はり、弓箭(きゆうせん)(キウセン)に携(たづさは)らん人々(ひとびと)は、宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)を大将軍(たいしやうぐん)
にて、東国(とうごく)北国(ほつこく)の凶徒等(きようどら)(ケウドラ)追討(ついたう)すべきよし仰下(おほせくだ)
さる。同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、前[B ノ](さきの−)右大将(うだいしやう−)宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)、源氏(げんじ)追討(ついたう)の為(ため)に、東
国(とうごく)へ既(すで)に門出(かどいで)ときこえ【聞え】しが、入道(にふだう−)相国(しやうこく)違例(いれい)の
御心(おんここ)ちとてとどまり給(たま)ひぬ。明(あく)る廿八日(にじふはちにち)より、重病(ぢゆうびやう)(ヂウビヤウ)
をうけ【受け】給(たま)へりとて、京中(きやうぢゆう)・六波羅(ろくはら)「すは、しつる事(こと)を」
P06059
とぞささやきける。入道(にふだう−)相国(しやうこく)、やまひ【病ひ】つき給(たま)ひし日(ひ)
よりして、水(みづ)をだにのど【咽喉】へも入(いれ)給(たま)はず。身(み)の内(うち)の
あつき【熱き】事(こと)火(ひ)をたくが如(ごと)し。ふし【臥し】たまへ【給へ】る所(ところ)四五間(しごけん)が
内(うち)へ入(いる)ものは、あつさ【熱さ】たへ【堪へ】がたし。ただのたまふ【宣ふ】事(こと)
とては、「あたあた」とばかり也(なり)。すこし【少し】もただ事(こと)とは
みえ【見え】ざりけり。比叡山(ひえいさん)(ヒヱイサン)より千手井(せんじゆゐ)の水(みづ)をくみ
くだし、石(いし)の舟(ふね)にたたへ【湛へ】て、それにおり【下り】てひへ(ひえ)【冷え】
たまへ【給へ】ば、水(みづ)おびたたしく【夥しく】わき【沸き】−あが(ッ)【上がつ】て、程(ほど)なく
湯(ゆ)にぞなりにける。もしやたすかり【助かり】たまふ【給ふ】と、
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筧(かけひ)の水(みづ)をまかせ【任せ】たれば、石(いし)やくろがね【鉄】な(ン)ど(なんど)の
やけ【焼け】たるやうに、水(みづ)ほどばし(ッ)【迸ばしつ】てより【寄り】−つか【付か】ず。をのづか
ら(おのづから)あたる水(みづ)はほむらとな(ッ)てもえ【燃え】ければ、くろ
けぶり殿中(てんちゆう)にみちみちて、炎(ほのほ)(ホノヲ)うずまひ(うづまい)て
あがり【上がり】けり。是(これ)や昔(むかし)法蔵(ほふざう)(ホウザウ)僧都(そうづ)とい(ッ)し人(ひと)、閻王(えんわう)(ヱンわう)の
請(しやう)におもむひ(おもむい)【赴むい】て、母(はは)の生所(しやうじよ)を尋(たづね)しに、閻王(えんわう)あはれ
み給(たま)ひて、獄卒(ごくそつ)をあひ-そへ【添へ】て焦熱地獄(せうねつぢごく)へつか
はさ【遣さ】る。くろがね【鉄】の門(もん)の内(うち)へさし入(いれ)ば、流星(りうしやう)な(ン)ど(なんど)の
如(ごと)くに、ほのを(ほのほ)【炎】空(そら)へたち【立ち】−あがり【上がり】、多百由旬(たひやくゆじゆん)に及(および)けん
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も、今(いま)こそおもひ【思ひ】−しら【知ら】れけれ。入道(にふだう−)相国(しやうこく)の北(きた)の
方(かた)、二位(にゐ)の夢(ゆめ)にみ【見】給(たま)ひける事(こと)こそおそろし
けれ【恐ろしけれ】。猛火(みやうくわ)(ミヤウクハ)のおびたたしくもえ【燃え】たる車(くるま)を、門(かど)の
内(うち)へやり入(いれ)たり。前後(ぜんご)に立(たち)たるものは、或(あるい)は馬(むま)の
面(おもて)の−やうなるものもあり【有り】、或(あるい)は牛(うし)の面(おもて)の−やう
なるものもあり【有り】。車(くるま)のまへには、無(む)と−いふ文字(もんじ)
ばかりぞみえ【見え】たる鉄(くろがね)の札(ふだ)をO[BH ぞ]立(たて)たりける。二位殿(にゐどの)夢(ゆめ)
の心(こころ)に、「あれはいづくよりぞ」と御(おん)たづね【尋ね】あれば、
「閻魔(えんま)(ヱンマ)の庁(ちやう)より、平家(へいけ)太政(だいじやうの)入道殿(にふだうどの)の御迎(おん−むかひ)(おんムカイ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
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て候(さうらふ)」と申(まうす)。「さて其(その)札(ふだ)は何(なに)と−いふ札(ふだ)ぞ」ととは【問は】せ給(たま)
へば、「南閻浮提(なんえんぶだい)(ナンヱンブダイ)金銅(こんどう)十六(じふろく)丈(じやう)の盧遮那仏(るしやなぶつ)、焼(やき)ほろぼ
したまへ【給へ】る罪(つみ)に−よ(ッ)て、無間(むけん)の底(そこ)に堕(おち)(ヲチ)給(たま)ふべきよし、
閻魔(えんま)(ヱンマ)の庁(ちやう)に御(おん)さだめ【定め】候(さうらふ)が、無間(むけん)の無(む)をばかか【書か】れ
て、間(けん)の字(じ)をばいまだかかれぬ也(なり)」とぞ申(まうし)ける。
二位殿(にゐどの)うちおどろき、あせ水(みづ)【汗水】になり、是(これ)を人々(ひとびと)に
かたり給(たま)へば、きく【聞く】人(ひと)みな身(み)の毛(け)よ立(だち)けり。霊仏(れいぶつ)
霊社(れいしや)に金銀(こんごん)七宝(しつぽう)をなげ、馬(むま)・鞍(くら)・鎧(よろひ)(ヨロイ)甲(かぶと)・弓矢(ゆみや)・太刀(たち)、
刀(かたな)にいたるまで、とり【取り】いで【出で】はこび出(いだ)しいのら【祈ら】れ
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けれども【共】、其(その)しるしもなかりけり。男女(なんによ)の君達(きんだち)
あと枕(まくら)【後枕】にさし−つどひ【集ひ】て、いかにせんとなげき【歎き】かな
しみたまへ【給へ】ども、かなう(かなふ)【叶ふ】べしともみえ【見え】ざりけり。
同(おなじき)閏(うるふ)(ウルウ)二月(にぐわつ)二日(ふつかのひ)、二位殿(にゐどの)あつう【熱う】たへ【堪へ】がたけれども【共】、御枕(おんまくら)の
上(うへ)によ(ッ)【寄つ】て、泣々(なくなく)のたまひ【宣ひ】けるは、「御(おん)ありさま
み【見】たてまつる【奉る】に、日(ひ)にそへてたのみ【頼み】−ずくなうこそ
みえ【見え】させ給(たま)へ。此(この−)世(よ)におぼしめし【思し召し】−をく(おく)【置く】事(こと)あらば、
すこし【少し】もののおぼえ【覚え】させ給(たま)ふ時(とき)、仰(おほせ)をけ(おけ)【置け】」とぞ
のたまひ【宣ひ】ける。入道(にふだう−)相国(しやうこく)、さしも日来(ひごろ)はゆゆしげに
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おはせしかども、まこと【誠】にくるしげ【苦し気】にて、いき【息】の
下(した)にのたまひ【宣ひ】けるは、「われ保元(ほうげん)・平治(へいぢ)よりこの【此の】-かた、
度々(どど)の朝敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、
かたじけなく【忝く】も帝祖(ていそ)太政大臣(だいじやうだいじん)にいたり、栄花(えいぐわ)(ヱイグハ)子
孫(しそん)に及(およ)ぶ。今生(こんじやう)の望(のぞみ)一事(いち−じ)ものこる【残る】処(ところ)なし。
ただしおもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)とては、伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)、
前(さきの−)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)が頸(くび)を見(み)ざりつるこそやすから【安から】ね。
われいか【如何】にもなりなん後(のち)は、堂塔(だうたふ)(ダウタウ)をもたて、孝養(けうやう)
をもすべからず。やがて打手(うつて)をつかはし【遣し】、頼朝(よりとも)が首(くび)
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をはねて、わがはか【墓】のまへにかく【懸く】べし。それぞ
孝養(けうやう)にてあらんずる」とのたまひ【宣ひ】けるこそ罪(つみ)
ふかけれ。同(おなじき)四日(よつかのひ)、やまひ【病ひ】にせめられ、せめての事(こと)に
板(いた)に水(みづ)をゐ(い)【沃】て、それにふしまろび【伏し転び】たまへ【給へ】ども【共】、
たすかる【助かる】心(ここ)ち【心地】もしたまは【給は】ず、悶絶■地(もんぜつ-びやくぢ)-して、
遂(つひ)(ツイ)にあつち死(じ)にぞしたまひ【給ひ】ける。馬(むま)車(くるま)のはせ【馳せ】−
ちがう(ちがふ)【違ふ】音(おと)、天(てん)もひびき大地(だいぢ)もゆるぐ程(ほど)也(なり)。一天(いつてん)の
君(きみ)、万乗(ばんじよう)(バンゼウ)のあるじの、いかなる御事(おんこと)在(まし)ますとも【共】、
是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。今年(ことし)は六十四(ろくじふし)にぞ
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なりたまふ【給ふ】。老(おい)じに【老死に】と−いふべきにはあらねども、
宿運(しゆくうん)忽(たちまち)につきたまへ【給へ】ば、大法(だいほふ)(だいホウ)秘法(ひほふ)の効験(かうげん)もなく、
神明(しんめい)三宝(さんぼう)の威光(ゐくわう)(イクハウ)もきえ、諸天(しよてん)も、擁護(をうご)し
たまは【給は】ず。況(いはん)や凡慮(ぼんりよ)におひて(おいて)【於いて】をや。命(いのち)にかはり
身(み)にかはらんと忠(ちゆう)を存(ぞん)ぜし数万(すまん)の軍旅(ぐんりよ)は、
堂上(たうしやう)堂下(たうか)に次居(なみゐ)(ナミイ)たれども【共】、是(これ)は目(め)にもみえ【見え】ず、
力(ちから)にもかかはらぬ無常(むじやう)の殺鬼(せつき)をば、暫時(ざんじ)も
たたかひ【戦ひ】−かへさ【返さ】ず。又(また)かへり【帰り】−こぬ四手(しで)の山(やま)、みつ瀬河(せがは)【三瀬河】、
黄泉(くわうせん)(クハウセン)中有(ちゆうう)の旅(たび)の-空(そら)に、ただ一所(いつしよ)こそおもむき【赴き】
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給(たま)ひけめ。日(ひ)ごろつくり【作り】-をか(おか)【置か】れし罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)ばかりや
獄率(ごくそつ)とな(ッ)てむかへ【迎へ】に来(きた)りけん、あはれ【哀】なりし
事共(ことども)也(なり)。さてもあるべきならねば、同(おなじき)七日(なぬかのひ)、をたぎ【愛宕】
にて煙(けぶり)になしたてまつり【奉り】、骨(こつ)をば円実(ゑんじつ)法眼(ほふげん)(ホウゲン)
頸(くび)にかけ、摂津国(つのくに)へくだり、経(きやう)の島(しま)にぞおさめ(をさめ)【納め】
ける。さしも日本(につぽん)一州(いつしう)に名(な)をあげ、威(ゐ)(イ)をふる(ッ)し
人(ひと)なれども【共】、身(み)はひとときの煙(けぶり)とな(ッ)て都(みやこ)の空(そら)
に立(たち)のぼり、かばね【屍】はしばしやすらひて、浜(はま)の
砂(まさご)にたはぶれ【戯れ】つつ、むなしき【空しき】土(つち)とぞなりたまふ【給ふ】。
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『築島(つきしま)』S0608
○やがて葬送(さうそう)の夜(よ)、ふしぎ【不思議】の事(こと)あまたあり【有り】。玉(たま)
をみがき金銀(きんぎん)をちりばめて作(つく)られたりし
西八条殿(にしはつでうどの)、其(その−)夜(よ)にはかにやけ【焼け】ぬ。人(ひと)の家(いへ)のやくる【焼くる】は、
つね【常】のならひ【習ひ】なれども、あさましかりし事(こと)共(ども)
也(なり)。何(なに)もののしわざにや有(あり)けん、放火(はうくわ)とぞ聞(きこ)えし。
又(また)其(その−)夜(よ)六波羅(ろくはら)の南(みなみ)にあた(ッ)て、人(ひと)ならば二三十人(にさんじふにん)
がこゑ【声】して、「うれしや水(みづ)、なる【鳴る】は滝(たき)の水(みづ)」と−いふ
拍子(ひやうし)を出(いだ)してまひ【舞ひ】おどり(をどり)【踊り】、ど(ッ)とわらう(わらふ)【笑ふ】声(こゑ)しけり。
去(さんぬ)る正月(しやうぐわつ)には上皇(しやうくわう)かくれ【隠れ】させ給(たま)ひて、天下(てんが)諒闇(りようあん)
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になりぬ。わづかに中(なか)一両月(いちりやうげつ)をへだてて、入道(にふだう−)相国(しやうこく)
薨(こう)ぜられぬ。あやしのしづのお(しづのを)【賎男】、しづのめ【賎女】にいたる
までも、いかがうれへ【愁へ】ざるべき。是(これ)はいかさまにも
天狗(てんぐ)の所為(しよゐ)と−いふさた【沙汰】にて、平家(へいけ)の侍(さぶらひ)のなかに、
はやりを【逸男】の若物(わかもの)【若者】ども【共】百余人(ひやくよにん)、わらう(わらふ)【笑ふ】声(こゑ)について
たづね【尋ね】-ゆいてみれ【見れ】ば、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)に、この
二三年(にさんねん)院(ゐん)もわたらせたまは【給は】ず、御所(ごしよ)−あづかり【預り】
備前前司(びぜんのせんじ)基宗(もとむね)と−いふものあり【有り】、彼(かの)基宗(もとむね)があひ
知(しり)たる物(もの)ども【共】二三十人(にさんじふにん)、よ【夜】にまぎれて来(きた)り集(あつま)り、
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酒(さけ)をのみ【飲み】けるが、はじめはかかる折(をり)ふしにおと【音】な
せそとてのむ【飲む】程(ほど)に、次第(しだい)にのみ酔(ゑひ)(ヱイ)て、か様(やう)【斯様】に
舞(まひ)(マイ)-おどり(をどり)【踊り】けるなり。ば(ッ)とをし(おし)【押し】−よせ【寄せ】て、酒(さけ)に酔(ゑひ)
ども、一人(いちにん)ももらさ【漏らさ】ず卅人(さんじふにん)ばかりからめて、六波羅(ろくはら)へ
い(ゐ)【率】てまいり(まゐり)【参り】、前(さきの−)右大将(うだいしやう−)宗盛卿(むねもりのきやう)のをはし(おはし)ける坪(つぼ)の
内(うち)にぞひ(ッ)【引つ】−すへ(すゑ)【据ゑ】たる。事(こと)の子細(しさい)をよくよくたづね【尋ね】-きき
給(たま)ひて、「げにもそれほど【程】に酔(ゑひ)(ヱイ)たらんものをば、きる【斬る】
べきにもあらず」とて、みなゆるさ【赦さ】れけり。人(ひと)のうせ【失せ】
ぬるあとには、あやしのものも朝夕(てうせき)にかね【鐘】うち
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ならし【鳴らし】、例時(れいじ)懺法(せんぼふ)(センボウ)よむ事(こと)はつね【常】のならひ【習ひ】
なれども【共】、此(この)禅門(ぜんもん)薨(こう)ぜられぬる後(のち)は、供仏(くぶつ−)施僧(せそう)
のいとなみと−いふ事(こと)もなし。朝夕(てうせき)はただいくさ【軍】
合戦(かつせん)のはかり事(こと)より外(ほか)は他事(たじ)なし。凡(およそ)(ヲヨソ)は
さい後(ご)【最後】の所労(しよらう)のありさまこそうたてけれ共(ども)、まこと【誠】
にはただ【凡】人(びと)ともおぼえぬ事(こと)ども【共】おほかり【多かり】けり。
日吉社(ひよしのやしろ)へまいり(まゐり)【参り】たまひ【給ひ】しにも、当家(たうけ)他家(たけ)の公卿(くぎやう)
おほく【多く】供奉(ぐぶ)-して、「摂禄(せつろく)の-臣(しん)の春日(かすが)御参詣(ご−さんけい)、宇
治(うぢ)-いり【入り】な(ン)ど(なんど)いふとも、是(これ)には争(いかで)かまさるべき」とぞ
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人(ひと)申(まうし)ける。又(また)何事(なにごと)よりも、福原(ふくはら)の経(きやう)の島(しま)つい【築い】て、
今(いま)の世(よ)にいたるまで、上下(じやうげ)往来(わうらい)の船(ふね)のわづらひ【煩ひ】
なきこそ目出(めでた)けれ。彼(かの)島(しま)は去(さんぬ)る応保(おうほう)(ヲウホウ)元年(ぐわんねん)二月(にぐわつ)
上旬(じやうじゆん)に築(つき)はじめ【始め】られたりけるが、同(おなじき)年(とし)の八月(はちぐわつ)に、
にはかに大風(おほかぜ)吹(ふき)大(おほ)なみ【浪】た(ッ)て、みなゆり【淘り】-うしなひ【失なひ】てき。
又(また)同(おなじき)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)下旬(げじゆん)に、阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)を奉行(ぶぎやう)
にてつか【築か】せられけるが、人柱(ひとばしら)たて【立て】らるべしな(ン)ど(なんど)、公卿(くぎやう)
御僉議(ごせんぎ)有(あり)しか共(ども)、それは罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)なりとて、石(いし)の面(おもて)に一切
経(いつさいきやう)をかひ(かい)【書い】てつか【築か】れたりけるゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、経(きやう)の島(しま)とは名(な)づけ
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『慈心房(じしんばう)』S0609
たれ。○ふるひ(ふるい)【古い】人(ひと)の申(まう)されけるは、清盛公(きよもりこう)は悪人(あくにん)と
こそおもへ【思へ】ども【共】、まことは慈恵僧正(じゑそうじやう)の再誕(さいたん)なり。
其(その)故(ゆゑ)は、摂津国(つのくに)清澄寺(せいちようじ)(セイテウジ)と−いふ山寺(やまでら)あり【有り】。彼(かの)寺(てら)
の住僧(ぢゆうそう)(ヂウソウ)慈心房尊恵(じしんばうそんゑ)と申(まうし)けるは、本(もと)は叡山(えいざん)(ヱイザン)の
学侶(がくりよ)多年(たねん)法花(ほつけ)の侍者【*持者】(ぢしや)なり。しかる【然る】に、道心(だうしん)を
おこし【起こし】離山(りさん)-して、此(この)寺(てら)に年月(としつき)ををくり(おくり)【送り】ければ、
みな人(ひと)是(これ)を帰依(きえ)-しけり。去(さんぬ)る承安(しようあん)(セウアン)二年(にねん)十二月(じふにぐわつ)
廿二日(にじふににち)の夜(よ)、脇息(けふそく)(ケウソク)によりかかり、法花経(ほけきやう)よみ【読み】たて
まつり【奉り】けるに、丑剋(うしのこく)ばかり、夢(ゆめ)ともなくうつつ【現】とも【共】
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なく、年(とし)五十(ごじふ)ばかりなる男(をとこ)の、浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)に立烏帽子(たてえぼし)(タテヱボシ)
きて、わら(ン)づ【草鞋】はばき【脛巾】したるが、立文(たてぶみ)をも(ッ)【持つ】て来(きた)れり。
尊恵(そんゑ)「あれはいづくよりの人(ひと)ぞ」ととひ【問ひ】ければ、
「閻魔王宮(えんまわうぐう)(ヱンマわうグウ)よりの御使(おんつかひ)也(なり)。宣旨(せんじ)候(さうらふ)」とて、立文(たてぶみ)を
尊恵(そんゑ)にわたす。尊恵(そんゑ)是(これ)をひらい【披い】てみれ【見れ】ば、
■[*口+屈]請(くつしやう)、閻浮提(えんぶだい)(ヱンブダイ)大日本国(だいにつぽんごく)摂津国(つのくに)清澄寺(せいちようじ)(セイテウジ)の慈心
房尊恵(じしん−ばう−そんゑ)、来(きたる)廿六日(にじふろくにち)閻魔羅城(えんまらじやう)(ヱンマラジヤウ)大極殿(だいこくでん)にして、
十万人(じふまんにん)の持経者(ぢきやうじや)を−も(ッ)て、十万部(じふまんぶ)の法花経(ほけきやう)を
転読(てんどく)せらるべき也(なり)。仍(よつて)参懃【*参勤】(さんぎん)せらるべし。閻王宣(えんわうせん)(ヱンワウセン)に−
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よ(ッ)て、■[*口+屈]請(くつしやう)如件(くだんのごとし)[* この下に一、二字分の空白有り]。承安(しようあん)二年(にねん)十二月(じふにぐわつ)廿二日(にじふににち)閻魔(えんま)(ヱンマ)
の庁(ちやう)とぞかか【書か】れたる。尊恵(そんゑ)いなみ【辞み】申(まうす)べき事(こと)なら
ねば、左右(さう)なう領状(りやうじやう)の請文(うけぶみ)をかひ(かい)【書い】てたてまつる【奉る】
とおぼえてさめ【覚め】にけり。ひとへに死去(しきよ)の思(おもひ)を
なして、院主(ゐんじゆ)の光影房(くわうやう−ばう)(クハウヤウバウ)に此(この)事(こと)をかたる。みな【皆】
人(ひと)寄特【*奇特】(きどく)のおもひ【思ひ】をなす。尊恵(そんゑ)口(くち)には弥陀(みだ)の名
号(みやうがう)をとなへ、心(こころ)には引摂(いんぜふ)(インゼウ)の悲願(ひぐわん)(ヒグハン)を念(ねん)ず。やうやう
廿五日(にじふごにち)の夜陰(やいん)に及(およん)で、常住(じやうぢゆう)(ジヤウヂウ)の仏前(ぶつぜん)にいたり、
例(れい)のごとく脇息(けふそく)(ケウソク)によりかか(ッ)【寄り掛つ】て念仏(ねんぶつ)読経(どつきやう)す。子[B ノ]
P06076
剋(ねのこく)に及(およん)で眠(ねぶり)切(せつ)なるが故(ゆゑ)に、住房(ぢゆうばう)(ヂウバウ)にかへ(ッ)【帰つ】てうち−
ふす【臥す】。丑剋(うしのこく)ばかりに、又(また)先(さき)のごとくに浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)装束(しやうぞく)
なる男(をとこ)二人(ににん)来(きたつ)て、「はやはやまいら(まゐら)【参ら】るべし」とすすむる【勧むる】
あひだ、閻王宣(えんわうせん)(ヱンわうセン)を辞(じ)せんとすれば甚(はなはだ)其(その)恐(おそれ)あり【有り】、
参詣(さんけい)せんとすれば更(さら)に衣鉢(ゑはつ)なし。此(この)おもひ【思ひ】を
なす時(とき)、法衣(ほふえ)(ホウヱ)自然(じねん)に身(み)にまと(ッ)て肩(かた)にかかり、
天(てん)より金(こがね)の鉢(はち)くだる。二人(ににん)の童子(どうじ)、二人(ににん)の従僧(じゆぞう)、十人(じふにん)
の下僧(げそう)、七宝(しつぽう)の大車(だいしや)、寺坊(じばう)の前(まへ)に現(げん)ずる。尊恵(そんゑ)
なのめならず悦(よろこび)て、即時(そくじ)に車(くるま)にのる。従僧等(じゆぞうら)
P06077
西北(さいほく)の方(かた)にむか(ッ)【向つ】て空(そら)をかけ(ッ)て、程(ほど)なく閻魔王
宮(えんまわうぐう)(ヱンマワウグウ)にいたりぬ。王宮(わうぐう)の体(てい)をみる【見る】に、外郭(ぐわいくわく)(グハイクハク)渺々(べうべう)
として、其(その−)内(うち)曠々(くわうくわう)(クハウクハウ)たり。其(その−)内(うち)に七宝(しつぽう)所成(しよじやう)の
大極殿(だいこくでん)あり【有り】。高広(かうくわう−)(カウクハウ)金色(こんじき)にして、凡夫(ぼんぶ)のほむる
ところ【所】にあらず。其(その−)日(ひ)の法会(ほふゑ)(ホウヱ)をは(ッ)【終つ】て後(のち)、請僧(しやうぞう)
みなかへる【帰る】時(とき)、尊恵(そんゑ)南方(なんばう)の中門(ちゆうもん)に立(た)(ッ)て、はるかに
大極殿(だいこくでん)を見(み)わたせば、冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)冥衆(みやうしゆ)みな閻魔法
王(えんまほふわう)(ヱンマホウわう)の御前(ごぜん)にかしこまる。尊恵(そんゑ)「ありがたき参詣(さんけい)也(なり)。
此(この)次(ついで)に後生(ごしやう)の事(こと)尋(たづね)申(まう)さん」とて、大極殿(だいこくでん)へ
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まいる(まゐる)【参る】。其(その−)間(あひだ)に二人(ににん)の童子(どうじ)蓋(かい)をさし、二人(ににん)の従
僧(じゆぞう)箱(はこ)をもち、十人(じふにん)の下僧(げそう)列(れつ)をひいて、やうやう
あゆみ【歩み】ちかづく時(とき)、閻魔法王(えんまほふわう)(ヱンマほふわう)、冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)冥衆(みやうしゆ)みなこと
ごとく【悉く】おり【降り】−むかふ【向ふ】。多聞(たもん)・持国(ぢこく)二人[B ノ](ににんの)童子(どうじ)に現(げん)じ、薬王
菩薩(やくわうぼさつ)・勇施菩薩(ゆうぜ−ぼさつ)二人(ににん)の従僧(じゆぞう)に変(へん)ず。十羅刹女(じふ−らせつによ)
十人(じふにん)の下僧(げそう)に現(げん)じて、随逐[* 「随遂」と有るのを他本により訂正](ずいちく−)給仕(きふじ)(キウジ)-し給(たま)へり。閻王(えんわう)(ヱンわう)問(とふ)
てのたまは【宣は】-く、「余僧(よそう)みな帰(かへ)り-さん【去ん】ぬ。御房(ごばう)来(きたる)事(こと)
いかん」。「後生(ごしやう)の在所(ざいしよ)承(うけたま)はらん為(ため)也(なり)」。「ただし【但し】往生(わうじやう)不往生(ふわうじやう)は、
人(ひと)の信(しん)不信(ふしん)にあり【有り】」と云々(うんぬん)。閻王(えんわう)(ヱンわう)又(また)冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)に勅(ちよくし)て
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の給(たまは)-く、「此(この)御房(ごばう)の作善(さぜん)のふばこ【文箱】、南方(なんばう)の宝蔵(ほうざう)に
あり【有り】。とり出(いだ)して一生(いつしやう)の行(ぎやう)、化他(けた)の碑文(ひのもん)みせ【見せ】奉(たてまつ)れ」。
冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)承(うけたま)は(ッ)て、南方(なんばう)の宝蔵(ほうざう)にゆいて、一(ひとつ)の文箱(ふばこ)を
と(ッ)【取つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。良(やうやく)蓋(ふた)をひらいて是(これ)をことごと
くよみ【読み】−きかす。尊恵(そんゑ)悲歎(ひたん−)啼泣(ていきふ)(テイキウ)−して、「ただ
願(ねがは)くは我(われ)を哀愍(あいみん)-して出離生死(しゆつり-しやうじ)の方法(はうばふ)(ハウボウ)を
をしへ【教へ】、証大菩提(しようだいぼだい)(セウだいボダイ)の直道(ぢきだう)(ジキダウ)をしめしたまへ【給へ】」。其(その−)時(とき)
閻王(えんわう)(ヱンワウ)哀愍(あいみん-)教化(けうけ)-して、種々(しゆじゆ)の偈(げ)を誦(じゆ)す。冥
官(みやうくわん)(ミヤウクハン)筆(ふで)を染(そめ)て一々(いちいち)に是(これ)をかく。
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妻子(さいし−)王位(わうゐ−)(ワウイ)財(ざい−)眷属(けんぞく) 死去(しこ−)無一(むいち-)来(らい-)相親(さうしん)
常随(じやうずい−)業鬼(ごふ−き-)(ゴツキ)繋縛(けばく−)我(が) 受苦(じゆく−)叫喚(けうくわん−)(ケウクハン)無辺際(むへんざい) K052
閻王(えんわう)(ヱンわう)此(この)偈(げ)を誦(じゆ)し-おは(ッ)(をはつ)て、すなはち彼(かの)文(もん)を
尊恵(そんゑ)に附属(ふぞく)す。尊恵(そんゑ)なのめならず悦(よろこび)て、「日本(につぽん)の
平(へい−)大相国(たいしやうこく)と申(まうす)人(ひと)、摂津国(つのくに)和多(わだ)の御崎(みさき)を点(てん)じて、
四面(しめん)十(じふ)余町(よちやう)に屋(や)をつくり【作り】、けふの十万僧会(じふまんぞうゑ)の
ごとく、持経者(ぢきやうじや)をおほく【多く】■[*口+屈]請(くつしやう)して、坊(ばう)ごとに
一面(いちめん)に座(ざ)につき説法(せつぽふ)(セツポウ)読経(どつきやう)丁寧(ていねい)に勤行(ごんぎやう)を
いたされ候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、閻王(えんわう)(ヱンわう)随喜感嘆(ずいきかんたん)-して、
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「件(くだん)の入道(にふだう)はただ人(びと)にあらず。慈恵僧正(じゑそうじやう)の化身(けしん)
なり。天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)護持(ごぢ)のために日本(につぽん)に再誕(さいたん)す。
かるがゆへに(かるがゆゑに)、われ毎日(まいにち)に三度(さんど)彼(かの)人(ひと)を礼(らい)する
文(もん)あり【有り】。すなはち此(この)文(ふみ)をも(ッ)【持つ】て彼(かの)人(ひと)にたて
まつる【奉る】べし」とて、
敬礼(きやうらい−)慈恵大僧正(じゑ−だいそうじやう) 天台仏法(てんだい−ぶつぽふ−)擁護者(をうごしや)
示現(じげん−)最初(さいしよ−)将軍身(しやうぐん−じん) 悪業(あくごふ−)(アクゴウ)衆生(しゆじやう-)同(どう−)利益(りやく) K053
尊恵(そんゑ)是(これ)を給(たま)は(ッ)て、大極殿(だいこくでん)の南方(なんばう)の中門(ちゆうもん)を
いづる【出づる】時(とき)、官士等(くわんじ−ら)(クハンジラ)十人(じふにん)門外(もんぐわい)に立(た)(ッ)て車(くるま)にのせ【乗せ】、
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前後(ぜんご)にしたがふ。又(また)空(そら)をかけ(ッ)て帰来(かへりきた)る。夢(ゆめ)の
心(ここ)ち【心地】-していき【生き】出(いで)にけり。尊恵(そんゑ)是(これ)をも(ッ)【持つ】て西八
条(にしはつでう)へまいり(まゐり)【参り】、入道(にふだう−)相国(しやうこく)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、なの
めならず悦(よろこび)てやうやう【様々】にもてなし、さまざまの
引出物共(ひきでものども)たう【賜う】で、その勧賞(けんじやう)に律師(りつし)になされ
けるとぞきこえ【聞え】し。さてこそ清盛公(きよもりこう)をば
『祇園女御(ぎをんにようご)』S0610
慈恵僧正(じゑそうじやう)の再誕(さいたん)也(なり)と、人(ひと)しり【知り】て(ン)げれ。○又(また)ある
人(ひと)の申(まうし)けるは、清盛(きよもり)は忠盛(ただもり)が子(こ)にはあらず、
まこと【誠】には白河院(しらかはのゐん)の皇子(わうじ)也(なり)。その【其の】故(ゆゑ)は、去(さんぬ)る永久(えいきう)
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の比(ころ)ほひ、祇園女御(ぎをん−にようご)と聞(きこ)えしさいはひ人(じん)【幸人】
おはし【在し】ける。件(くだん)の女房(にようばう)のすまひ所(どころ)【住所】は、東山(ひがしやま)の麓(ふもと)、
祇園(ぎをん)のほとりにてぞあり【有り】ける。白河院(しらかはのゐん)つねは
御幸(ごかう)なりけり。ある時(とき)殿上人(てんじやうびと)一両人(いちりやう−にん)、北面(ほくめん)少々(せうせう)
めし【召し】−具(ぐ)して、しのび【忍び】の御幸(ごかう)有(あり)しに、比(ころ)はさ月(つき)【五月】
廿日(はつか)-あまりのまだよひ【宵】の事(こと)なれば、目(め)ざす
ともしらぬやみ【闇】ではあり【有り】、五月雨(さみだれ)さへかきくらし、
まこと【誠】にいぶせかりけるに、件(くだん)の女房(にようばう)の宿所(しゆくしよ)
ちかく【近く】御堂(みだう)あり【有り】。御堂(みだう)のかたはら【傍】にひかりもの【光物】
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いでき【出で来】たり。かしら【頭】はしろかね【銀】のはり【針】をみがき【磨き】
たてたる[* 「らる」と有るのを他本により訂正]やうにきらめき、左右(さう)の手(て)とおぼし
きをさし-あげ【差し上げ】たるが、片手(かたて)にはつち【槌】の−やうなる
ものをもち、片手(かたて)にはひかる【光る】もの【物】をぞも(ッ)【持つ】たり
ける。君(きみ)も臣(しん)も「あなおそろし【恐ろし】。是(これ)はまこと【誠】の
鬼(おに)とおぼゆる【覚ゆる】。手(て)にもて【持て】る物(もの)はきこゆる【聞ゆる】うちで【打出】
のこづち【小槌】なるべし。いかがせん」とさはが(さわが)【騒が】せおはします
ところ【所】に、忠盛(ただもり)其(その−)比(ころ)はいまだ北面(ほくめん)の下臈(げらふ)(ゲラウ)で
供奉(ぐぶ)したりけるをめし【召し】て、「此(この)中(うち)にはなんぢ【汝】ぞ
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あるらん。あのものい【射】もころし【殺し】、きり【斬り】もとどめ【留め】なん
や」と仰(おほせ)ければ、忠盛(ただもり)かしこまり【畏まり】承(うけたま)は(ッ)てゆき【行き】-
むかふ【向ふ】。内々(ないない)おもひ【思ひ】けるは、「此(この)もの、さしもたけき【猛き】
物(もの)とは見(み)ず。きつね【狐】たぬき【狸】な(ン)ど(なんど)にてぞある【有る】らん。
是(これ)をい【射】もころし【殺し】、きり【斬り】もころし【殺し】たらんは、無下(むげ)に
念(ねん)なかるべし。いけどり【生捕り】にせん」とおも(ッ)【思つ】てあゆみ【歩み】
よる。とばかりあ(ッ)てはさ(ッ)とひかり【光り】、とばかりあ(ッ)ては
さ(ッ)とひかり、二三度(にさんど)しけるを、忠盛(ただもり)はしり【走り】−よ(ッ)【寄つ】て、
むずとくむ【組む】。くま【組ま】れて、「こはいかに」とさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】。変
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化(へんげ)の−もの【物】にてはなかりけり。はや人(ひと)にてぞあり【有り】
ける。其(その−)時(とき)上下(じやうげ)手々(てんで)に火(ひ)をともひ(ともい)【点い】て、是(これ)を
御(ご)らん【覧】じ−見(み)給(たまふ)に、六十(ろくじふ)ばかりの法師(ほふし)也(なり)。たとへば、
御堂(みだう)の承仕(じようじ)(ゼウジ)法師(ぼふし)(ボウシ)であり【有り】けるが、御(み)あかし【燈】まいら
せ(まゐらせ)【参らせ】んとて、手瓶(てがめ)と−いふ物(もの)に油(あぶら)を入(いれ)てもち、片手(かたて)
にはかはらけ【土器】に火(ひ)を入(いれ)てぞも(ッ)【持つ】たりける。雨(あめ)は
ゐ(い)【沃】にい【沃】てふる。ぬれ【濡れ】じとて、かしら【頭】にはこむぎ【小麦】の
わら【藁】を笠(かさ)の−やうにひき【引き】−むすふ(むすう)【結う】でかづひ(かづい)【被い】たり。かはら
けの火(ひ)にこむぎ【小麦】のわらかかやい【輝い】て、銀(しろかね)の針(はり)の−
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やうには見(み)えけるなり。事(こと)の−体(てい)一々(いちいち)にあら
はれ【露はれ】ぬ。「これをい【射】もころし【殺し】、きり【斬り】もころし【殺し】たらんは、
いかに念(ねん)なからん。忠盛(ただもり)がふるまひ【振舞】-やうこそ思
慮(しりよ)ふかけれ。弓矢(ゆみや)とる身(み)はやさしかり」とて、
その勧賞(けんじやう)にさしも御最愛(ごさいあい)ときこえ【聞え】し
祇園女御(ぎをん−にようご)を、忠盛(ただもり)にこそたう【賜う】だりけれ。さてかの
女房(にようばう)、院(ゐん)の御子(みこ)をはらみ【妊み】たてまつり【奉り】しかば、「うめ【産め】らん
子(こ)、女子(によし)ならば朕(ちん)が子(こ)にせん、男子(なんし)ならば忠盛(ただもり)が
子(こ)にして弓矢(ゆみや)とる身(み)にしたてよ【仕立てよ】」と仰(おほせ)けるに、
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すなはち男(をとこ)をうめり。此(この)事(こと)奏聞(そうもん)せんとうかが
ひ【窺ひ】けれども【共】、しかる【然る】べき便宜(びんぎ)もなかりけるに、
ある時(とき)白河院(しらかはのゐん)、熊野(くまの)へ御幸(ごかう)なりけるが、紀伊
国(きのくに)いとが坂(ざか)【糸鹿坂】と−いふ所(ところ)に御輿(おんこし)かきすゑ【据ゑ】させ、しばらく
御休息(ごきうそく)有(あり)けり。やぶ【薮】にぬか子(ご)のいくらもあり【有り】
けるを、忠盛(ただもり)袖(そで)にもりいれ【入れ】て、御前(ごぜん)へまいり(まゐり)【参り】、
いもが子(こ)ははう(はふ)【這ふ】程(ほど)にこそなりにけれ
と申(まうし)たりければ、院(ゐん)やがて御心得(おんこころえ)あ(ッ)て、
ただもりとりてやしなひ【養ひ】にせよ W047
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とぞつけ【付け】させましましける。それよりしてこそ
我(わが)子(こ)とはもてなしけれ。此(この)若君(わかぎみ)あまりに
夜(よ)なき【夜泣】をしたまひ【給ひ】ければ、院(ゐん)きこしめさ【聞し召さ】れて、
一首(いつしゆ)の御詠(ぎよえい)をあそばし【遊ばし】てくださ【下さ】れけり。
夜(よ)なき【夜泣】−すとただもりたてよ末(すゑ)の代(よ)に
きよく【清く】さかふる【盛ふる】こともこそあれ W048
さてこそ、清盛(きよもり)とはなのら【名乗ら】れけれ。十二(じふに)の歳(とし)
兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)になる。十八(じふはち)の歳(とし)四品(しほん)-して四位(しゐ)の兵
衛佐(ひやうゑのすけ)と申(まうし)しを、子細(しさい)存知(ぞんぢ)せぬ人(ひと)は、「花族(くわしよく)(クハシヨク)の人(ひと)
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こそかふ(かう)は」と申(まう)せば、鳥羽院(とばのゐん)しろしめさ【知ろし召さ】れて、
「清盛(きよもり)が花族(くわしよく)(クハシヨク)は、人(ひと)におとらじな」とぞ仰(おほせ)ける。昔(むかし)も
天智天皇(てんちてんわう)はらみたまへ【給へ】る女御(にようご)を大織冠(たいしよくわん)(タイシヨクハン)に
たまふとて、「此(この)女御(にようご)のうめ【産め】らん子(こ)、女子(によし)ならば
朕(ちん)が子(こ)にせん、男子(なんし)ならば臣(しん)が子(こ)にせよ」と仰(おほせ)
けるに、すなはち男(をとこ)をうみ給(たま)へり。多武峯(たふのみね)(タウノミネ)の本願(ほんぐわん)(ホングハン)
定恵(ぢやうゑ)和尚(くわしやう)(クハシヤウ)是(これ)なり。上代(じやうだい)にもかかるためし【例】あり【有り】
ければ、末代(まつだい)にも平(へい−)大相国(たいしやうこく)、まこと【誠】に白河院(しらかはのゐん)の御
子(みこ)にておはしければにや、さばかりの天下(てんが)の大事(だいじ)、
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都(みやこ)うつりな(ン)ど(なんど)いふたやすからぬ事(こと)-どもおもひ【思ひ】-
たた【立た】れけるにこそ。同(おなじき)閏[* 「潤」と有るのを他本により訂正](うるふ)(ウルウ)二月(にぐわつ)廿日(はつかのひ)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】
卿(くにつなのきやう)うせ【失せ】たまひ【給ひ】ぬ。平(へい−)大相国(たいしやうこく)とさしも契(ちぎり)ふかう【深う】、心(こころ)
ざしあさから【浅から】ざりし人(ひと)なり。せめてのちぎり【契り】の
ふかさ【深さ】にや、同日(どうにち)に病(やまひ)(ヤマイ)-つい【付い】て、同(おなじ)月(つき)にぞうせ【失せ】られ
ける。此(この)大納言(だいなごん)と申(まうす)は、兼資【*兼輔】(かねすけ)の中納言(ちゆうなごん)より八代(はちだい)
の末葉(ばつえふ)(バツヨウ)、前[B ノ](さきの−)右馬助(うまのすけ)守国【*盛国】(もりくに)が子(こ)也(なり)。蔵人(くらんど)にだになら【成ら】ず、
進士(しんじの)雑色(ざふしき)(ザウシキ)とて候(さうら)はれしが、近衛[B ノ]院(こんゑのゐん)御在位(ございゐ)の
時(とき)、仁平(にんぺい)の比(ころ)ほひ、内裏(だいり)に俄(にはかに)焼亡(ぜうまう)出(いで)きたり。
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主上(しゆしやう)南殿(なんでん)に出御(しゆつぎよ)有(あり)しかども【共】、近衛司(こんゑづかさ)一人(いちにん)も参(さん)ぜ
られず。あきれてたた【立た】せおはしましたるところ【所】に、
此(この)国綱【*邦綱】(くにつな)腰輿(えうよ)(ヨウヨ)をかか【舁か】せてまいり(まゐり)【参り】、「か様(やう)【斯様】の時(とき)は、かかる
御輿(おんこし)にこそめさ【召さ】れ候(さうら)へ」と奏(そう)しければ、主上(しゆしやう)是(これ)に
めし【召し】て出御(しゆつぎよ)あり【有り】。「何(なに)ものぞ」と御尋(おんたづね)有(あり)ければ、「進士(しんじ)の
雑色(ざふしき)(ザウシキ)藤原(ふぢはらの)(フヂハラ)国綱【*邦綱】(くにつな)」となのり【名乗り】申(まうす)。「かかるさかざかしき
物(もの)こそあれ、めし【召し】−つかは【使は】るべし」と、其(その−)時(とき)の殿下(てんが)、
法性寺殿(ほつしやうじどの)へ仰合(おほせあはせ)られければ、御領(ごりやう)あまたたび【賜び】
な(ン)ど(なんど)して、めし【召し】−つかは【使は】れける程(ほど)に、おなじ御門(みかど)の
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御代(みよ)にやはた【八幡】へ行幸(ぎやうがう)有(あり)しに、人丁(にんぢやう)が酒(さけ)に酔(ゑひ)
て水(みづ)にたふれ【倒れ】−入(いり)、装束(しやうぞく)をぬらし、御神楽(みかぐら)遅
々(ちち)したりけるに、此(この)国綱【*邦綱】(くにつな)「神妙(しんべう)にこそ候(さうら)はねども【共】、
人丁(にんぢやう)が装束(しやうぞく)はもたせて候(さうらふ)」とて、一(ひと)くだりいだ
さ【出ださ】れたりければ、是(これ)をえ[B 「み」に「え」と傍書]て御神楽(みかぐら)ととのへ【調へ】奏(そう)し
けり。程(ほど)こそすこし【少し】おし【推し】-うつり【移り】たりけれども、
歌(うた)のこゑ【声】もすみのぼり【澄み上り】、舞(まひ)(マイ)の袖(そで)、拍子(ひやうし)にあふ(あう)【合う】
ておもしろかりけり。物(もの)の身(み)にしみて面白(おもしろき)事(こと)は、
神(かみ)も人(ひと)もおなじ心(こころ)也(なり)。むかし天(あま)の岩戸(いはと)をおし【押し】-
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ひらか【開か】れけん神代(かみよ)のことわざまでも、今(いま)こそ
おぼしめし【思し召し】−しら【知ら】れけれ。やがて此(この)国綱【*邦綱】(くにつな)の先祖(せんぞ)に、
山陰(やまかげの)中納言(ちゆうなごん)と−いふ人(ひと)おはしき。其(その)子(こ)に助務【*如無】僧
都(じよむそうづ)とて、智恵(ちゑ)才学(さいかく)身(み)にあまり、浄行(じやうぎやう−)持律(ぢりつ)の
僧(そう)おはし【在し】けり。昌泰(しやうたい)の比(ころ)ほひ、寛平(くわんぺいの)(クハンヘイ)法皇(ほふわう)(ホウワウ)大井河(おほゐがは)
へ御幸(ごかう)有(あり)しに、勧修寺(くわんじうじ)(クハンジウジ)の内大臣(ないだいじん)高藤公(たかふじこう)の御子(おんこ)、
泉(いづみ)の大将(だいしやう)貞国(さだくに)、小蔵山【*小倉山】(をぐらやま)の嵐(あらし)に烏帽子(えぼし)(ヱボシ)を河(かは)へ吹
入(ふきいれ)られ、袖(そで)にてもとどり【髻】をおさへ【抑へ】、せんかたなくて
た(ッ)【立つ】たりけるに、此(この)助務【*如無】僧都(じよむそうづ)、三衣箱(さんゑばこ)の中(なか)より
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烏帽子(えぼし)(ヱボシ)ひとつ【一つ】とり【取り】−出(いだ)されたりけるとかや。かの僧
都(そうづ)は、父(ちち)山陰[B ノ](やまかげの)中納言(ちゆうなごん)、太宰大弐(ださいのだいに)にな(ッ)て鎮西(ちんぜい)へ
くだら【下ら】れ〔け〕る時(とき)、二歳(にさい)なりしを、継母(けいぼ)にくんで、あから
さまにいだく【抱く】やうにして海(うみ)におとし【落し】入(いれ)、ころさ【殺さ】んと
しけるを、しに【死に】にけるまこと【誠】の母(はは)、存生(ぞんじやう)の時(とき)、かつら【桂】の
うかひ【鵜飼】が鵜(う)の餌(ゑ)にせんとて、亀(かめ)をと(ッ)【取つ】てころ
さ【殺さ】んとしけるを、き【着】給(たま)へる小袖(こそで)をぬぎ、亀(かめ)にかへ【換へ】、
はなさ【放さ】れたりしが、其(その)恩(おん)(ヲン)を報(ほう)ぜんと、此(この)きみ【君】おとし【落し】
入(いれ)ける水(みづ)のうへ【上】にうかれ【浮かれ】来(き)て、甲(かふ)(コウ)にのせ【乗せ】てぞ
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たすけ【助け】たりける。それは上代(じやうだい)の事(こと)なればいかが
有(あり)けん、末代(まつだい)に国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)の高名(かうみやう)ありがたかりし
事共(ことども)也(なり)。法性寺殿(ほつしやうじどの)の御世(みよ)に中納言(ちゆうなごん)になる。法性寺
殿(ほつしやうじどの)かくれさせ給(たま)ひて後(のち)、入道(にふだう−)相国(しやうこく)存(ぞん)ずる旨(むね)あり【有り】
とて、此(この)人(ひと)にかたらひ【語らひ】より給(たま)へり。大福長者(だいふくちやうじや)にて
おはしければ、何(なに)にてもかならず【必ず】毎日(まいにち)に一種(いつしゆ)を、
入道(にふだう−)相国(しやうこく)のもとへをくら(おくら)【送ら】れけり。「現世(げんぜ)のとくひ(とくい)【得意】、
この人(ひと)に過(すぐ)べからず」とて、子息(しそく)一人(いちにん)養子(やうじ)にして、
清国(きよくに)となのら【名乗ら】せ、又(また)入道(にふだう−)相国(しやうこく)の四男(しなん)頭(とうの−)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)は、
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かの大納言(だいなごん)の聟(むこ)になり、治承(ぢしよう)四年(しねん)の五節(ごせつ)は
福原(ふくはら)にておこなはれけるに、殿上人(てんじやうびと)、中宮(ちゆうぐう)の
御方(おん−かた)へ推参(すいさん)あ[B ッ]【有つ】しが、或(ある)雲客(うんかく)の「竹(たけ)湘浦(しやうほ)に斑(まだら)なり」
と−いふ朗詠(らうえい)(ラウヱイ)をせられたりければ、此(この)大納言(だいなごん)立
聞(たちぎき)-して、「あなあさまし、是(これ)は禁忌(きんき)也(なり)とこそ
承(うけたま)はれ。かかる事(こと)きく【聞く】ともきかじ」とて、ぬきあし【抜足】-
してにげ【逃げ】−出(いで)られぬ。たとへば、此(この)朗詠(らうえい)(ラウヱイ)の心(こころ)は、むかし【昔】
尭(げう)の-御門(みかど)に二人(ににん)の姫宮(ひめみや)ましましき。姉(あね)をば
娥黄(がくわう)(ガクハウ)といひ、妹(いもうと)をば女英(じよえい)(ジヨヱイ)と−いふ。ともに舜(しゆん)の-御
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門(みかど)の后(きさき)也(なり)。舜(しゆん)の-御門(みかど)かくれ給(たま)ひて、彼(かの)蒼梧(さうご)の野
辺(のべ)へをくり(おくり)【送り】たてまつり【奉り】、煙(けぶり)となし奉(たてまつ)る時(とき)、二人(ににん)
のきさき【后】名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつ)り、湘浦(しやうほ)と−いふ所(ところ)
までしたひ【慕ひ】つつなき【泣き】かなしみ給(たま)ひしに、その
涙(なみだ)岸(きし)の竹(たけ)にかか(ッ)【掛つ】て、まだら【斑】にぞそみ【染み】たりける。
其(その−)後(のち)もつねは彼(かの)所(ところ)におはし【在し】て、瑟(しつ)をひいてなぐ
さみ【慰さみ】たまへ【給へ】り。今(いま)かの所(ところ)をみる【見る】なれば、岸(きし)の竹(たけ)は
斑(まだら)にてたて【立て】り。琴(こと)を調(しら)べし跡(あと)には雲(くも)たなびいて、
物(もの)あはれ【哀】なる心(こころ)を、橘相公(たちばなのしやうこう)の賦(ふ)に作(つく)れる也(なり)。此(この)大納言(だいなごん)は、
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させる文才(ぶんさい)詩歌(しいか)うるはしうはおはせざりしか共(ども)、
かかるさかざかしき人(ひと)にて、かやうO[BH の]事(こと)までも
聞(きき)とがめられけるにこそ。此(この)人(ひと)大納言(だいなごん)まではおもひ【思ひ】
もよらざりしを、母(はは)うへ賀茂大明神(かものだいみやうじん)に歩(あゆみ)をは
こび、「ねがは【願は】くは我(わが)子(こ)の国綱【*邦綱】(くにつな)一日(いちにち)でもさぶらへ【候へ】、
蔵人頭(くらんどのかみ)へ【経】させ給(たま)へ」と、百日(ひやくにち)肝胆(かんたん)をくだひ(くだい)て
祈(いのり)申(まう)されけるが、ある夜(よ)の夢(ゆめ)に、びりやう【檳榔】の−
車(くるま)をゐて来(き)て、我(わが)家(いへ)(イヱ)の車(くるま)よせ【車寄せ】にたつ【立つ】と−
いふ夢(ゆめ)をみ【見】て、是(これ)人(ひと)にかたり給(たま)へば、「それは
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公卿(くぎやう)の北方(きたのかた)にならせ給(たまふ)べきにこそ」とあはせ【合はせ】たり
ければ、「我(われ)年(とし)すでに闌(たけ)たり。今更(いまさら)さやうの
ふるまひ【振舞】あるべしとも【共】おぼえず」とのたまひ【宣ひ】けるが、
御子(おんこ)の国綱【*邦綱】(くにつな)、蔵人[B ノ]頭(くらんどのかみ)は事(こと)もよろし、正(じやう)二位(にゐ)大
納言(だいなごん)にあがり【上がり】給(たま)ふこそ目出(めでた)けれ。同(おなじき)廿二日(にじふににち)、法皇(ほふわう)は
院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)へ御幸(ごかう)なる。かの御所(ごしよ)は去(さんぬ)る
応保(おうほう)(ヲウホウ)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十五日(じふごにち)につくり出(いだ)されて、新比叡(いまびえい)(イマビヱイ)・
新熊野(いまぐまの)な(ン)ど(なんど)もまぢかう勧請(くわんじやう)(クハンジヤウ)-し奉(たてまつ)り、山水(せんずい)
木立(こだち)にいたるまでおぼしめす【思し召す】ままなりしが、
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此(この)二三年(にさんねん)は平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)によ(ッ)て御幸(ごかう)も
ならず。御所(ごしよ)の破壊(はゑ)したるを修理(しゆり)-して、御幸(ごかう)
なし奉(たてまつる)べきよし、前(さきの−)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)奏(そう)せられたりければ、
「なん【何】のやう【様】もあるべからず。ただとうとう」とて
御幸(ごかう)なる。まづ故(こ)建春門院(けんしゆんもんゐん)の御方(おん−かた)を御(ご)らん【覧】ずれば、
岸(きし)の松(まつ)、汀(みぎは)の柳(やなぎ)、年(とし)へ【経】にけりとおぼえて、
木(こ)だかく【高く】なれるにつけても、太腋(たいゑき)の芙蓉(ふよう)、
未央(びやう)の柳(やなぎ)、これにむかふ【向ふ】にいかん【如何】がなんだ【涙】すすま【進ま】
ざらん。彼(かの)南内(なんだい)西宮(せいきゆう)(セイキウ)のむかしの跡(あと)、今(いま)こそおぼし
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めし【思し召し】−しられけれ。三月(さんぐわつ)一日(ひとひのひ)、南都(なんと)の僧綱等(そうがうら)
本官(ほんぐわん)(ホングハン)に覆(ふく)して、末寺(まつじ)庄園(しやうゑん)もとの如(ごと)く知行(ちぎやう)
すべきよし仰下(おほせくだ)さる。同(おなじき)三日(みつかのひ)、大仏殿(だいぶつでん)作(つく)りはじめ
らる。事始(ことはじめ)の奉行(ぶぎやう)には、蔵人(くらんどの)左少弁(させうべん)行■【*行隆】(ゆきたか)とぞ
きこえ【聞え】し。此(この)行■【*行隆】(ゆきたか)、先年(せんねん)やはた【八幡】へまいり(まゐり)【参り】、通夜(つや)
せられたりける夢(ゆめ)に、御宝殿(ごほうでん)の内(うち)よりびんづら【鬢】
ゆうたる天童(てんどう)のいで【出で】て、「是(これ)は大菩薩(だいぼさつ)の使(つかひ)(ツカイ)なり。
大仏殿(だいぶつでん−)奉行(ぶぎやう)の時(とき)は、是(これ)をもつべし」とて、
笏(しやく)を給(たま)はると−いふ夢(ゆめ)をみ【見】て、さめて後(のち)み【見】たま
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へ【給へ】ば、うつつ【現】にあり【有り】けり。「あなふしぎ【不思議】、当時(たうじ)何事(なにごと)あ(ッ)て
か大仏殿(だいぶつでん−)奉行(ぶぎやう)にまいる(まゐる)【参る】べき」とて、懐中(くわいちゆう)(クハイチウ)-して宿
所(しゆくしよ)へ帰(かへ)り、ふかう【深う】おさめ(をさめ)【収め】てをか(おか)【置か】れたりけるが、平家(へいけ)
の悪行(あくぎやう)に−よ(ッ)て南都(なんと)炎上(えんしやう)の間(あひだ)、此(この)行■【*行隆】(ゆきたか)、弁(べん)の
なかにゑらば(えらば)【選ば】れて、事始(ことはじめ)の奉行(ぶぎやう)にまいら(まゐら)【参ら】れける
宿縁(しゆくえん)(シユクヱン)の程(ほど)こそ目出(めでた)けれ。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十日(とをかのひ)、美乃【*美濃】(みのの)目代(もくだい)、
都(みやこ)へ早馬(はやむま)を−も(ッ)て申(まうし)けるは、東国(とうごくの)源氏(げんじ)ども【共】
すでに尾張国(をはりのくに)までせめ【攻め】−のぼり【上り】、道(みち)をふさぎ、
人(ひと)をとをさ(とほさ)【通さ】ぬよし申(まうし)たりければ、やがて打手(うつて)
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をさし−つかはす【遣す】。大将軍(たいしやうぐん)には、左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、左[B ノ]中
将(ひだんのちゆうじやう)清経(きよつね)、小松[B ノ]少将(こまつのせうしやう)有盛(ありもり)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)
で発向(はつかう)す。入道(にふだう−)相国(しやうこく)うせ【失せ】給(たまひ)て後(のち)、わづかに五旬(ごしゆん)(ごジュン)を
だにも過(すぎ)ざるに、さこそみだれたる世(よ)といひながら、
あさましかりし事(こと)どもなり。源氏(げんじ)の方(かた)には、大将軍(たいしやうぐん)
十郎(じふらうの)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)(ユキイヱ)、兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)のおとと【弟】卿公(きやうのきみ)義円(ぎゑん)、都合(つがふ)
其(その)勢(せい)六千(ろくせん)余騎(よき)、尾張川(をはりがは)をなかにへだてて、源平(げんぺい)
両方(りやうばう)に陣(ぢん)をとる。同(おなじき)十六日(じふろくにち)の夜半(やはん)ばかり、源氏(げんじ)の
勢(せい)六千(ろくせん)余騎(よき)河(かは)をわたひ(わたい)【渡い】て、平家(へいけ)三万(さんまん)余騎(よき)が
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中(なか)へおめひ(をめい)【喚い】てかけ入(いり)、明(あく)れば十七日(じふしちにち)、寅(とら)の剋(こく)
より矢合(やあはせ)-して、夜(よ)の明(あくる)までたたかう(たたかふ)【戦ふ】に、平家(へいけ)
のかた【方】にはち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず。「敵(てき)は川(かは)をわたひ(わたい)【渡い】
たれば、馬(むま)もののぐ【物具】もみなぬれ【濡れ】たるぞ。それを
しるし【標】でうてや」とて、大勢(おほぜい)のなかにとり【取り】こめ【籠め】
て、「あます【余す】な、もらす【漏らす】な」とてせめ【攻め】たまへ【給へ】ば、源氏(げんじ)
の勢(せい)のこり【残り】−ずくなふ(ずくなう)打(うち)-なされ、大将軍(たいしやうぐん)行家(ゆきいへ)、
からき【辛き】命(いのち)いき【生き】て、川(かは)よりひがし【東】へひき【引き】−しりぞく【退く】。
卿公(きやうのきみ)義円(ぎゑん)はふか入(いり)【深入り】−してうた【討た】れにけり。平家(へいけ)やがて
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川(かは)をわたひ(わたい)【渡い】て、源氏(げんじ)をお物射(ものい)にい【射】てゆく。源氏(げんじ)
あそこここでかへし【返し】−あはせ【合はせ】かへし【返し】あはせ【合はせ】ふせき【防き】けれ共(ども)、
敵(てき)は大勢(おほぜい)、みかた【御方】は無勢(ぶせい)なり。かなふ【適ふ】べしとも
みえ【見え】ざりけり。「水駅(すいえき)(スイヱキ)をうしろにする事(こと)なかれ
とこそいふに、今度(こんど)の源氏(げんじ)のはかりこと【策】おろか也(なり)」
とぞ人(ひと)申(まうし)ける。さる程(ほど)に、大将軍(たいしやうぐん)十郎(じふらうの)蔵人(くらんど)
行家(ゆきいへ)(ユキイヱ)、参河【*三河】国(みかはのくに)にうちこえ【越え】て、やはぎ河(がは)【矢作河】の橋(はし)
をひき【引き】、かいだて【掻楯】かひ(かい)て待(まち)かけたり。平家(へいけ)やが
て押寄(おし−よせ)(ヲシヨセ)せめ【攻め】たまへ【給へ】ば、こらへ【耐へ】ずして、そこをも
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又(また)せめ【攻め】おとさ【落さ】れぬ。平家(へいけ)やがてつづい【続い】てせめ【攻め】給(たま)はば、
三河(みかは)・遠江(とほたふみ)の勢(せい)は随(したがひ)−つく【付く】べかりしに、大将軍(たいしやうぐん)左兵
衛督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)いたはり【労はり】あ(ッ)て、参河【*三河】国(みかはのくに)より帰(かへ)りのぼ
ら【上ら】る。今度(こんど)もわづかに一陣(いちぢん)を破(やぶ)るといへども【共】、
残党(ざんたう)をせめ【攻め】ねば、しいだし【出し】たる事(こと)なきが如(ごと)し。
平家(へいけ)は、去々年(きよきよねん)小松(こまつ)のおとど【大臣】薨(こう)ぜられぬ。今年(ことし)又(また)
入道(にふだう−)相国(しやうこく)うせ給(たま)ひぬ。運命(うんめい)の末(すゑ)になる事(こと)あら
はなりしかば、年来(としごろ)恩顧(おんこ)(ヲンコ)の輩(ともがら)の外(ほか)は、随(したがひ)(シタガイ)-つく
ものなかりけり。東国(とうごく)には草(くさ)も木(き)もみな源氏(げんじ)
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『嗄声(しはがれごゑ)』S0611
にぞなびき【靡き】ける。○さる程(ほど)に、越後国(ゑちごのくに)の住人(ぢゆうにん)、城[B ノ](じやうの)太郎(たらう)
助長(すけなが)、越後守(ゑちごのかみ)に任(にん)ずる朝恩(てうおん)(テウヲン)のかたじけなさに、
木曾(きそ)追討(ついたう)のために、都合(つがふ)[B 「都合」に「其(その)勢(せい)イ」と傍書]三万(さんまん)余騎(よき)、同(おなじき)六月(ろくぐわつ)
十五日(じふごにち)門出(かどいで)-して、あくる十六日(じふろくにち)の卯剋(うのこく)にすでに
う(ッ)【打つ】−たた【立た】んとしけるに、夜半(やはん)ばかり、俄(にはか)に大風(おほかぜ)吹(ふき)、大雨(おほあめ)
くだり【下り】、雷(らい)おびたたしう【夥しう】な(ッ)て、天(てん)霽(はれ)て後(のち)、雲井(くもゐ)に
大(おほき)なる声(こゑ)のしはがれ【嗄れ】たるを−も(ッ)て、「南閻浮提(なんえんぶだい)(ナンヱンブダイ)金銅(こんどう)
十六(じふろく)丈(じやう)の盧遮那仏(るしやなぶつ)、やき【焼き】ほろぼし【亡ぼし】たてまつる【奉る】平家(へいけ)
のかたうど【方人】する物(もの)ここにあり【有り】。めし【召し】−とれ【捕れ】や」と、三声(みこゑ)
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さけん【叫ん】でぞとをり(とほり)【通り】ける。城太郎(じやうのたらう)をはじめとして、
是(これ)をきくものみな身(み)の毛(け)よだちけり。郎等(らうどう)ども
「是(これ−)程(ほど)おそろしひ(おそろしい)【恐ろしい】天(てん)の告(つげ)の候(さうらふ)に、ただ理(り)をまげ
てとどまら【留まら】せ給(たま)へ」と申(まうし)けれども【共】、「弓矢(ゆみや)とる物(もの)の、
それによるべきやう【様】なし」とて、あくる十六日(じふろくにち)卯[B ノ]剋(うのこく)に
城(しろ)をいで【出で】て、わづかに十(じふ)余町(よちやう)ぞゆい【行い】たりける。黒雲(くろくも)
一(ひと)むら【群】立来(たちきたつ)て、助長(すけなが)がうへ【上】におほふ【覆ふ】とこそみえ【見え】けれ、
俄(にはか)に身(み)すくみ【竦み】心(こころ)ほれて落馬(らくば)-して(ン)げり。輿(こし)に
かき−のせ【乗せ】、館(たち)へ帰(かへ)り、うちふす事(こと)三時(みとき)ばかりして
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遂(つひ)(ツイ)に死(しに)にけり。飛脚(ひきやく)を−も(ッ)て此(この)由(よし)都(みやこ)へ申(まうし)
たりければ、平家(へいけ)の人々(ひとびと)大(おほき)にさはが(さわが)【騒が】れけり。
同(おなじき)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、改元(かいげん)あ(ッ)て養和(やうわ)と号(かう)す。其(その−)日(ひ)
筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)、筑前(ちくぜん)・肥後(ひご)両国(りやうごく)を給(たま)は(ッ)て、鎮西(ちんぜい)の
謀叛(むほん)たいらげ(たひらげ)【平げ】に西国(さいこく)へ発向(はつかう)す。其(その−)日(ひ)又(また)非常(ひじやうの)大
赦(だいしや)おこなはれて、去(さんぬ)る治承(ぢしよう)三年(さんねん)にながされ給(たま)
ひし人々(ひとびと)みなめし【召し】−かへさ【返さ】る。松殿[B ノ](まつどのの)入道(にふだう)殿下(てんが)、備前国(びぜんのくに)
より御上洛(ごしやうらく)、太政(だいじやう−)大臣(だいじん)妙音院(めうおんゐん)(メウヲンゐん)、尾張国(をはりのくに)よりのぼ
らせ給(たまふ)。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、信乃【*信濃】国(しなののくに)より帰洛(きらく)
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とぞ聞(きこ)えし。同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)、妙音院殿(めうおんゐんどの)御院参(ごゐんざん)。去(さんぬ)る
長寛(ちやうくわん)(チヤウクハン)の帰洛(きらく)には、御前(ごぜん)の簀子(すのこ)にして、賀王〔恩〕(がわうおん)・還
城楽(げんじやうらく)をひか【弾か】せ給(たまひ)しに、養和(やうわ)の今(いま)の帰京(ききやう)には、
仙洞(せんとう)にして秋風楽(しうふうらく)をぞあそばし【遊ばし】ける。いづれも
いづれも風情(ふぜい)おり(をり)【折】をおぼしめし【思し召し】よらせ給(たまひ)けん、御心(おんこころ)の
程(ほど)こそめでたけれ。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)も其(その−)日(ひ)
院参(ゐんざん)せらる。法王(ほふわう)「いかにや、夢(ゆめ)の−様(やう)にこそおぼし
めせ【思し召せ】。ならは【習は】ぬひな【鄙】のすまひ【住ひ】-して、詠曲(えいきよく)(ヱイキヨク)な(ン)ど(なんど)も
今(いま)はあとかた【跡形】あらじとおぼしめせ【思し召せ】ども【共】、今(いま)やう【今様】
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一(ひとつ)あらばや」と仰(おほせ)ければ、大納言(だいなごん)拍子(ひやうし)と(ッ)【取つ】て、「信乃【*信濃】(しなの)に
あん[* 「なん」と有るのを他本により訂正]なる木曾路川(きそぢがは)」と−いふ今(いま)やう【今様】を、是(これ)は見(み)給(たま)ひ
たりしあひだ【間】、「信乃【*信濃】(しなの)に有(あり)し木曾路川(きそぢがは)」とうたは【歌は】れ
『摸田河原合戦【*横田河原合戦】(よこたがはらのかつせん)』S0612
けるぞ、時(とき)にと(ッ)【取つ】ての高名(かうみやう)なる。○八月(はちぐわつ)七日(なぬかのひ)、官(くわん)(クハン)の庁(ちやう)に
て大仁王会(だいにんわうゑ)おこなはる。これは将門(まさかど)追討(ついたう)の例(れい)
とぞ聞(きこ)えし。九月(くぐわつ)一日(ひとひのひ)、純友(すみとも)追討(ついたう)の例(れい)とて、
くろがね【鉄】の鎧(よろひ)(ヨロイ)甲(かぶと)を伊勢大神宮(いせだいじんぐう)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。
勅使(ちよくし)は祭主(さいしゆ)神祇(じんぎ)の権大副(ごんのたいふ)大中臣(おほなかとみの)(ヲホナカトミ)定高【*定隆】(さだたか)、都(みやこ)を
た(ッ)て近江国(あふみのくに)甲賀(かふが)(カウカ)の駅(むまや)よりやまひ【病ひ】つき、伊勢(いせ)の-
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離宮(りきゆう)(リキウ)にして死(しに)にけり。謀反(むほん)の輩(ともがら)調伏(てうぶく)の為(ため)に、
五壇法(ごだんのほふ)承(うけたま)は(ッ)ておこなはれける降三世(がうざんぜ)の大阿闍梨(だいあじやり)、
大行事(だいぎやうじ)の彼岸所(ひがんじよ)にしてね死(じに)【寝死に】にし〔に〕【死に】ぬ。神明(しんめい)も
三宝(さんぽう)も御納受(ごなふじゆ)(ごナウジユ)なしと−いふ事(こと)いちしるし。又(また)太
元【*大元帥】(たいげんの−)法(ほふ)承(うけたま)は(ッ)て修(しゆ)せられける安祥寺(あんじやうじ)の実玄阿闍
梨(じつげん−あじやり)が御巻数(ごくわんじゆ)(ゴクハンジユ)を進(しんじ)たりけるを、披見(ひけん)せられければ、
平氏(へいじ)調伏(てうぶく)のよし注進(ちゆうしん)(チウシン)したりけるぞおそろしき【恐ろしき】。
「こはいかに」と仰(おほせ)ければ、「朝敵(てうてき)調伏(てうぶく)せよと仰下(おほせくだ)さる。
当世(たうせい)の体(てい)をみ【見】候(さうらふ)に、平家(へいけ)も(ッ)ぱら【専ら】朝敵(てうてき)とみえ【見え】
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給(たま)へり。仍(よつて)是(これ)を調伏(てうぶく)す。何(なに)のとがや候(さうらふ)べき」とぞ
申(まうし)ける。「此(この)法師(ほふし)奇怪(きつくわい)(キクハイ)也(なり)。死罪(しざい)か流罪(るざい)か」と有(あり)しが、
大小事(たいせうじ)の怱劇(そうげき)にうちまぎれて、其(その−)後(のち)沙汰(さた)
もなかりけり。源氏(げんじ)の代(よ)とな(ッ)て後(のち)、鎌倉殿(かまくらどの)「神妙(しんべう)
也(なり)」と感(かん)じおぼしめし【思し召し】て、その勧賞(けんじやう)に大僧正(だいそうじやう)に
なされけるとぞ聞(きこ)えし。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)廿四日(にじふしにち)、中宮(ちゆうぐう)院
号(ゐんがう)かうぶら【蒙ら】せ給(たま)ひて、建礼門院(けんれいもんゐん)とぞ申(まうし)ける。
主上(しゆしやう)いまだ幼主(えうしゆ)(ヨウシユ)の御時(おんとき)、母后(ぼこう)の院号(ゐんがう)(インガウ)是(これ)−はじめ
とぞうけたまはる【承る】。さる程(ほど)に、養和(やうわ)も二年(にねん)に成(なり)に
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けり。二月(にぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、太白(たいはく)昴星(ばうせい)ををかす。天文要録(てんもんえうろく)(テンモンヨウロク)に
云(いは-く)、「太白(たいはく)昴星(ばうせい)を侵(をか)せば、四夷(しい)おこる」といへり。又(また)「将軍(しやうぐん)
勅命(ちよくめい)を蒙(かうむ)(ッ)て、国(くに)のさかひ【境】をいづ【出づ】」とも【共】みえ【見え】たり。
三月(さんぐわつ)十日(とをかのひ)、除目(ぢもく)おこなはれて、平家(へいけ)の人々(ひとびと)大略(たいりやく)
官(くわん)(クハン)加階(かかい)したまふ【給ふ】。四月(しぐわつ)十五日(じふごにち)、前[B ノ](さきの−)権少僧都(ごんせうそうづ)顕真(けんしん)、
日吉[B ノ]社(ひよしのやしろ)にして如法(によほふ)(ニヨホウ)に法花経(ほけきやう)一万部(いちまんぶ)転読(てんどく)する
事(こと)有(あり)けり。御結縁(ごけちえん)(ごケチヱン)の為(ため)に法皇(ほふわう)も御幸(ごかう)なる。
何(なに)ものの申出(まうしいだ)したりけるやらん、一院(いちゐん)山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)に
仰(おほせ)て、平家(へいけ)を追討(ついたう)せらるべしときこえ【聞え】し程(ほど)に、
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軍兵(ぐんびやう)内裏(だいり)へ参(まゐり)て四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)を警固(けいご)す。
平氏(へいじ)の一類(いちるい)みな六波羅(ろくはら)へ馳集(はせあつま)る。本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)
重衡卿(しげひらのきやう)、法皇(ほふわう)の御(おん)むかへに、其(その)勢(せい)三千(さんぜん)余騎(よき)で、日
吉(ひよし)の社(やしろ)へ参向(さんがう)す。山門(さんもん)に又(また)聞(きこ)えけるは、平家(へいけ)山(やま)
せめ【攻め】んとて、数百騎(すひやくき)の勢(せい)を率(そつ)して登山(とうざん)すと
聞(きこ)えしかば、大衆(だいしゆ)みな東坂本(ひがしざかもと)におり下(くだ)(ッ)て、「こは
いかに」と僉議(せんぎ)す。山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)の騒動(さうどう)なのめならず。
供奉(ぐぶ)の公卿(くぎやう−)殿上人(てんじやうびと)色(いろ)をうしなひ【失ひ】、北面(ほくめん)のもの【者】のなかに
はあまりにあはて(あわて)【慌て】さはひ(さわい)で、黄水(わうずい)つくものおほ
P06117
かり【多かり】けり。本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、穴太(あなふ)(アナウ)の辺(へん)にて
法皇(ほふわう)むかへ【迎へ】-とり【取り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)なし奉(たてまつ)り、「かく
のみあらんには、御物(おんもの)まうで【詣で】な(ン)ど(なんど)も、今(いま)は御心(おんこころ)にまか
す【委す】まじき事(こと)やらん」とぞ仰(おほせ)ける。まこと【誠】には、山門(さんもん)
大衆(だいしゆ)平家(へいけ)を追討(ついたう)せんと−いふ事(こと)もなし。平家(へいけ)山(やま)
せめ【攻め】んと−いふ事(こと)もなし。是(これ)跡形(あとかた)なき事共(ことども)也(なり)。
「天魔(てんま)のよくあれ【荒れ】たるにこそ」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。同(おなじき)四月(しぐわつ)
廿日(はつかのひ)、臨時(りんじ)に廿二(にじふに)社(しや)に官幣(くわんべい)(クハンベイ)あり【有り】。是(これ)は飢饉(ききん)疾疫(しつえき)(シツヱキ)
に−よ(ッ)て也(なり)。五月(ごぐわつ)廿四日(にじふしにち)、改元(かいげん)あ(ッ)て寿永(じゆえい)と号(かう)す。
P06118
其(その−)日(ひ)又(また)越後国(ゑちごのくにの)住人(ぢゆうにん)城(じやう)の四郎(しらう)助茂(すけもち)、越後守(ゑちごのかみ)に
任(にん)ず。兄(あに)助長(すけなが)逝去(せいきよ)の間(あひだ)、不吉(ふきつ)也(なり)とて頻(しきり)に辞(じ)し
申(まうし)けれども【共】、勅命(ちよくめい)なればちから【力】不及(およばず)。助茂(すけもち)を
長茂(ながもち)と改名(かいみやう)す。同(おなじき)九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、城[B ノ](じやうの)四郎(しらう)長茂(ながもち)、木曾(きそ)
追討(ついたう)の為(ため)に、越後(ゑちご)・出羽(では)、相津(あひづ)(アイヅ)四郡(し−ぐん)の兵共(つはものども)を引
率(いんぞつ)-して、都合(つがふ)其(その)勢(せい)四万(しまん)余騎(よき)、木曾(きそ)追討(ついたう)の為(ため)
に信濃国(しなののくに)へ発向(はつかう)す。同(おなじき)九日(ここのかのひ)、当国(たうごく)横田河原(よこたがはら)に
陣[* 「陳」と有るのを他本により訂正](ぢん)をとる。木曾(きそ)は依田城(よだのじやう)に有(あり)けるが、是(これ)をきひ(きい)【聞い】
て依田城(よだのじやう)をいで【出で】て、三千(さんぜん)余騎(よき)で馳向(はせむかふ)。信乃【*信濃】源氏(しなのげんじ)、
P06119
井上[B ノ](ゐのうへの)九郎(くらう)光盛(みつもり)がはかり事(こと)【謀】に、にはかに赤旗(あかはた)を
七(なな)ながれ【流】つくり【作り】、三千(さんぜん)余騎(よき)を七手(ななて)にわかち、あそこ
の峯(みね)、ここの洞(ほら)より、あかはた【赤旗】ども手々(てんで)にさし-あげ【差し上げ】
てよせ【寄せ】ければ、城(じやう)の四郎(しらう)是(これ)をみ【見】て、「あはや、此(この)国(くに)
にも平家(へいけ)のかたうど【方人】する人(ひと)あり【有り】けりと、ちから【力】つき【付き】
ぬ」とて、いさみ【勇み】-ののしるところ【所】に、次第(しだい)にちかう【近う】
成(なり)ければ、あひ図(づ)【合図】をさだめ【定め】て、七手(ななて)がひとつ【一つ】に
なり、一度(いちど)に時(とき)をど(ッ)とぞ作(つくり)ける。用意(ようい)したる
白旗(しらはた)ざ(ッ)とさし-あげ【差し上げ】たり。越後(ゑちご)の勢共(せいども)是(これ)をみ【見】て、
P06120
「敵(てき)なん【何】十万騎(じふまん−ぎ)有(ある)らん。いかがせん」といろ【色】をうしなひ【失ひ】、
あはて(あわて)【慌て】ふためき、或(あるい)は川(かは)にお(ッ)【追つ】ぱめられ、或(あるい)は悪所(あくしよ)に
おひ−おとさ【落さ】れ、たすかるものはすくなう【少なう】、うた【討た】るるものぞ
おほかり【多かり】ける。城[B ノ](じやうの)四郎(しらう)がたのみ【頼み】−き(ッ)たる越後(ゑちご)の山(やま)の
太郎(たらう)、相津(あひづ)(アイヅ)の乗丹房(じようたん−ばう)(ゼウタンバウ)な(ン)ど(なんど)いふきこゆる【聞ゆる】兵共(つはものども)、そこ
にてみなうた【討た】れぬ。我(わが−)身(み)手(て)おひ、からき【辛き】命(いのち)いきつつ、
川(かは)につたうて越後国(ゑちごのくに)へ引(ひき)−しりぞく【退く】。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、都(みやこ)には
平家(へいけ)是(これ)をば事(こと)共(とも)したまは【給は】ず、前[B ノ](さきの−)右大将(うだいしやう−)宗盛卿(むねもりのきやう)、大納言(だいなごん)
に還着(げんぢやく)-して、十月(じふぐわつ)三日(みつかのひ)内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ふ。同(おなじき)七日(なぬかのひ)悦申(よろこびまうし)
P06121
あり【有り】。当家(たうけ)の公卿(くぎやう)十二人(じふににん)扈従(こしよう)(コジウ)せらる。蔵人[B ノ]頭(くらんどのかみ)以下(いげ)の殿上
人(てんじやうびと)十六人(じふろくにん)前駆(せんぐ)(センクウ)-す。東国(とうごく)北国(ほつこく)の源氏共(げんじども)蜂(はち)のごとくに
起(おこり)(ヲコリ)あひ、ただ今(いま)【只今】都(みやこ)へせめ【攻め】のぼら【上ら】んとするに、かやう【斯様】に
浪(なみ)のたつ【立つ】やらん、風(かぜ)の吹(ふく)やらんもしら【知ら】ぬ体(てい)にて、花(はな)
やかなりし事共(ことども)、中々(なかなか)いふ-かひ-なうぞみえ【見え】たり
ける。さる程(ほど)に、寿永(じゆえい)二年(にねん)に成(なり)にけり。節会(せちゑ)以下(いげ)
常(つね)のごとし。内弁(ないべん)をば平家(へいけ)の内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)つとめ
らる。正月(しやうぐわつ)六日(むゆかのひ)、主上(しゆしやう)朝覲(てうきん)の為(ため)に、院(ゐんの)御所(ごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)へ行幸(ぎやうがう)なる。鳥羽院(とばのゐん)六歳(ろくさい)にて、朝覲[B ノ](てうきんの)行幸(ぎやうがう)、
P06122
其(その)例(れい)とぞきこえ【聞え】し。二月(にぐわつ)廿二日(にじふににち)、宗盛公(むねもりこう)従(じゆ)一位(いちゐ)
し給(たま)ふ。やがて其(その−)日(ひ)内大臣(ないだいじん)をば上表(しやうへう)-せらる。兵乱(ひやうらん)-つつし
み【慎み】のゆへ(ゆゑ)【故】とぞきこえ【聞え】し。南都(なんと)北嶺(ほくれい)の大衆(だいしゆ)、熊野(くまの)
金峯山(きんぶうぜん)(キンブゼン)の僧徒(そうと)(ソウド)、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)の祭主(さいしゆ)神官(じんぐわん)(ジングハン)に
いたるまで、一向(いつかう)平家(へいけ)をそむひ(そむい)て、源氏(げんじ)に心(こころ)を
かよはし【通はし】ける。四方(しはう)に宣旨(せんじ)をなしくだし、諸国(しよこく)に
院宣(ゐんぜん)(インゼン)をつかはせ【遣せ】ども、院宣(ゐんぜん)(インゼン)宣旨(せんじ)もみな平家(へいけ)の下
知(げぢ)とのみ心得(こころえ)て、したがひ【従ひ】つくものなかりけり。
P06123

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第六(だいろく)


平家物語 高野本 巻第七

平家 七(表紙)
P07001
平家七之巻 目録
清水冠者  北国下向
竹生島詣  火打合戦
木曾願書  倶梨迦羅落
篠原合戦  真盛
玄房    木曾山門牒状
同返牒   平家山門連署
主上都落  維盛都落付聖主臨幸
忠度都落  経正都落付青山
P07002
一門都落  福原落
P07003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第七(だいしち)
『清水冠者(しみづのくわんじや)』S0701
○寿永(じゆえい)二年(にねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)と木曾(きその)冠者(くわんじや)
義仲(よしなか)不快(ふくわい)の事(こと)あり【有り】けり。兵衛佐(ひやうゑのすけ)木曾(きそ)追
討(ついたう)の為(ため)に、其(その)勢(せい)十万(じふまん)余騎(よき)で信濃国(しなののくに)へ発
向(はつかう)す。木曾(きそ)は依田(よだ)の城(じやう)にあり【有り】けるが、是(これ)をきい【聞い】
て依田(よだ)の城(じやう)を出(いで)て、信濃(しなの)と越後(ゑちご)の境(さかひ)、熊坂
山(くまさかやま)に陣(ぢん)をとる。兵衛佐(ひやうゑのすけ)は同(おなじ)き国(くに)善光寺(ぜんくわうじ)に
着(つき)給(たま)ふ。木曾(きそ)乳母子(めのとご)の今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)を使
者(ししや)で、兵衛佐(ひやうゑのすけ)の許(もと)へつかはす【遣す】。「いかなる子細(しさい)のあれば、
P07004
義仲(よしなか)うた【討た】むとはの給(たま)ふなるぞ。御辺(ごへん)は
東八ケ国(とうはつかこく)をうちしたがへて、東海道(とうかいだう)より攻(せめ)
のぼり、平家(へいけ)を追(おひ)おとさ【落さ】むとし給(たま)ふなり。義
仲(よしなか)も東山(とうせん)・北陸(ほくろく)両道(りやうだう)をしたがへて、今(いま)一日(いちにち)も
さきに、平家(へいけ)を攻(せめ)おとさ【落さ】むとする事(こと)でこそ
あれ。なんのゆへ(ゆゑ)【故】に御辺(ごへん)と義仲(よしなか)と中(なか)をたがふ(たがう)【違う】
て、平家(へいけ)にわらは【笑は】れんとはおもふ【思ふ】べき。但(ただし)十郎(じふらう)
蔵人殿(くらんどどの)こそ御辺(ごへん)をうらむる【恨むる】事(こと)ありとて、
義仲(よしなか)が許(もと)へおはしたるを、義仲(よしなか)さへすげ
P07005
なうもてなし申(まう)さむ事(こと)、いかんぞや候(さうら)へば、うち
つれ申(まうし)たれ。ま(ッ)たく義仲(よしなか)にをいて(おいて)は、御辺(ごへん)
に意趣(いしゆ)おもひ【思ひ】奉(たてまつ)らず」といひつかはす。兵衛佐(ひやうゑのすけ)
の返事(へんじ)には、「今(いま)こそさやうにはの給(たま)へ【宣へ】共(ども)、慥(たしか)に
頼朝(よりとも)討(うつ)べきよし、謀反(むほん)のくはたて【企て】ありと
申(まうす)者(もの)あり【有り】。それにはよるべからず」とて、土肥(とひ)・梶原(かぢはら)
をさきとして、既(すで)に討手(うつて)をさしむけらるる
由(よし)聞(きこ)えしかば、木曾(きそ)真実(しんじつ)意趣(いしゆ)なき由(よし)を
あらはさむがために、嫡子(ちやくし)清水(しみづの)冠者(くわんじや)義重(よししげ)
P07006
とて、生年(しやうねん)十一歳(じふいつさい)になる小冠者(せうくわんじや)に、海野(うんの)・
望月(もちづき)・諏方【*諏訪】(すは)・藤沢(ふぢさは)な(ン)ど(なんど)いふ、聞(きこ)ゆる兵共(つはものども)
をつけて、兵衛佐(ひやうゑのすけ)の許(もと)へつかはす【遣す】。兵衛佐(ひやうゑのすけ)
「此(この)上(うへ)はまこと【誠】に意趣(いしゆ)なかりけり。頼朝(よりとも)いまだ
成人(せいじん)の子(こ)をもたず。よしよし、さらば子(こ)にし申(まう)
さむ」とて、清水冠者(しみづのくわんじや)を相具(あひぐ)して、鎌倉(かまくら)へこそ
『北国下向(ほくこくげかう)』S0702
帰(かへ)られけれ。○さる程(ほど)に、木曾(きそ)、東山(とうせん)・北陸(ほくろく)両道(りやうだう)を
したがへて、五万(ごまん)余騎(よき)の勢(せい)にて、既(すで)に京(きやう)へ
せめ【攻め】のぼるよし聞(きこ)えしかば、平家(へいけ)はこぞ【去年】より
P07007
して、「明年(みやうねん)は馬(むま)の草(くさ)がひ【草飼】について、いくさ【軍】
あるべし」と披露(ひろう)せられたりければ、山陰(せんおん)・
山陽(せんやう)・南海(なんかい)・西海(さいかい)の兵共(つはものども)、雲霞(うんか)のごとくに
馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。東山道(とうせんだう)は近江(あふみ)・美濃(みの)・飛弾(ひだ)の兵共(つはものども)
はまいり(まゐり)【参り】たれ共(ども)、東海道(とうかいだう)は遠江(とほたふみ)より東(ひがし)は
まいら(まゐら)【参ら】ず、西(にし)は皆(みな)まいり(まゐり)【参り】たり。北陸道(ほくろくだう)は若狭(わかさ)
より北(きた)の兵共(つはものども)一人(いちにん)もまいら(まゐら)【参ら】ず。まづ木曾(きその)冠
者(くわんじや)義仲(よしなか)を追討(ついたう)して、其(その)後(のち)兵衛佐(ひやうゑのすけ)を討(うた)ん
とて、北陸道(ほくろくだう)へ討手(うつて)をつかはす。大将軍(たいしやうぐん)には
P07008
小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)・越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)・但馬守(たじまのかみ)経
正(つねまさ)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・三河守(みかはのかみ)知教【*知度】(とものり)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)、
侍大将(さぶらひだいしやう)には越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)・上総(かづさの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)・
飛弾(ひだの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)景高(かげたか)・高橋(たかはしの)判官(はんぐわん)長綱(ながつな)・河内(かはちの)判官(はんぐわん)
秀国(ひでくに)・武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)・越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛嗣(もりつぎ)・
上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)景清(かげきよ)をさき【先】と
して、以上(いじやう)大将軍(たいしやうぐん)六人(ろくにん)、しかる【然る】べき侍(さぶらひ)三百四十(さんびやくしじふ)余
人(よにん)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)十万(じふまん)余騎(よき)、寿永(じゆえい)二年(にねん)四月(しぐわつ)十七日(じふしちにち)
辰(たつの)一点(いつてん)に都(みやこ)を立(たち)て、北国(ほつこく)へこそおもむき【赴き】けれ。
P07009
かた道(みち)を給(たま)は(ッ)て(ン)げれば、逢坂(あふさか)の関(せき)よりはじめ
て、路子(ろし)にも(ッ)てあふ権門(けんもん)勢家(せいけ)の正税(しやうぜい)、官物(くわんもつ)を
もおそれ【恐れ】ず、一々(いちいち)にみなうばひ【奪ひ】とり、志賀(しが)・辛崎(からさき)・
三[B ツ]河尻[B 「九」に「尻」と傍書](みつかはじり)・真野(まの)・高島(たかしま)・塩津(しほつ)・貝津(かひづ)の道(みち)のほとりを
次第(しだい)に追補【*追捕】(ついふく)してとをり(とほり)【通り】ければ、人民(じんみん)こらへ
『竹生島詣(ちくぶしままうで)』S0703
ずして、山野(さんや)にみな逃散(でうさん)す。○大将軍(たいしやうぐん)維盛(これもり)・通
盛(みちもり)はすすみ給(たま)へ共(ども)、副将軍(ふくしやうぐん)経正(つねまさ)・忠度(ただのり)・知教【*知度】(とものり)・清房(きよふさ)
な(ン)ど(なんど)は、いまだ近江国(あふみのくに)塩津(しほつ)・貝津(かひづ)にひかへたり。其(その)
中(なか)にも、経正(つねまさ)は詩歌(しいか)管絃(くわんげん)に長(ちやう)じ給(たま)へる人(ひと)
P07010
なれば、かかるみだれの中(なか)にも心(こころ)をすまし【澄まし】、湖(みづうみ)の
はた【端】に打出(うちいで)て、遥(はるか)に奥(おき)なる島(しま)を見(み)わたし、供(とも)
に具(ぐ)せられたる藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)をめし【召し】て、「あれ
をばいづくといふぞ」ととは【問は】れければ、「あれ
こそ聞(きこ)え候(さうらふ)竹生島(ちくぶしま)にて候(さうら)へ」と申(まうす)。「げにさる
事(こと)あり【有り】。いざやまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)、安
衛門(あんゑもん)守教(もりのり)以下(いげ)、侍(さぶらひ)五六人(ごろくにん)めし【召し】具(ぐ)して、小舟(こぶね)に
のり、竹生島(ちくぶしま)へぞわたられける。比(ころ)は卯月(うづき)
中(なか)の八日(やうか)の事(こと)なれば、緑(みどり)にみゆる梢(こずゑ)には
P07011
春(はる)のなさけをのこすかとおぼえ、澗谷(かんこく)の鴬舌(あうぜつ)
声(こゑ)老(おい)て、初音(はつね)ゆかしき郭公(ほととぎす)、おりしりがほ(をりしりがほ)【折知顔】
につげわたる。松に藤なみさきかかつて
まことにおもしろかりければ、いそぎ舟(ふね)よりおり、
岸(きし)にあが(ッ)【上がつ】て、此(この)島(しま)の景気(けいき)を見(み)給(たま)ふに、心(こころ)も
詞(ことば)もをよば(およば)【及ば】れず。彼(かの)秦皇(しんくわう)(シンクハウ)、漢武(かんぶ)、〔或(あるいは)〕童男(どうなん)丱女(くわぢよ)(クハヂヨ)
をつかはし【遣し】、或(あるいは)方士(はうじ)をして不死(ふし)の薬(くすり)を尋(たづ)ね
給(たま)ひしに、「蓬莱(ほうらい)をみずは、いなや帰(かへ)らじ」と
い(ッ)て、徒(いたづら)に舟(ふね)のうちにて老(おい)、天水(てんすい)茫々(ばうばう)(ベウベウ)として
P07012
求(もとむる)事(こと)をえざりけん蓬莱洞(ほうらいどう)の有様(ありさま)も、
かくやあり【有り】けむとぞみえ【見え】し。或(ある)経(きやう)の中(なか)に、
「閻浮提(えんぶだい)のうちに湖(みづうみ)あり、其(その)中(なか)に金輪際(こんりんざい)より
おひ出(いで)たる水精輪(すいしやうりん)の山(やま)あり【有り】。天女(てんによ)すむ所(ところ)」と
いへり。則(すなはち)此(この)島(しま)の事(こと)也(なり)。経正(つねまさ)明神(みやうじん)の御(おん)まへに
ついゐ給(たま)ひつつ、「夫(それ)大弁功徳天(だいべんくどくてん)は往古(わうご)の如
来(によらい)、法身(ほつしん)の大士(だいじ)也(なり)。弁才(べんざい)妙音(めうおん)二天(にてん)の名(な)は各別(かくべつ)
なりといへ共(ども)、本地(ほんぢ)一体(いつたい)にして衆生(しゆじやう)を済度(さいど)し
給(たま)ふ。一度(いちど)参詣(さんけい)の輩(ともがら)は、所願(しよぐわん)成就(じやうじゆ)円満(ゑんまん)すと
P07013
承(うけたま)はる。たのもしう【頼もしう】こそ候(さうら)へ」とて、しばらく
法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふに、やうやう日(ひ)暮(くれ)、ゐ待(まち)【居待】
の月(つき)さし出(いで)て、海上(かいしやう)も照(てり)わたり、社壇(しやだん)も弥(いよいよ)かか
やき【輝き】て、まこと【誠】に面白(おもしろ)かりければ、常住(じやうぢゆう)の
僧共(そうども)「きこゆる御事(おんこと)なり」とて、御琵琶(おんびは)を
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、経正(つねまさ)是(これ)をひき【引き】給(たま)ふに、
上玄(しやうげん)石上(せきしやう)の秘曲(ひきよく)には、宮(みや)のうちもすみわたり、
明神(みやうじん)感応(かんおう)にたへ【堪へ】ずして、経正(つねまさ)の袖(そで)のうへ【上】に
白竜(びやくりゆう)現(げん)じてみえ【見え】給(たま)へり。忝(かたじけな)くうれしさの
P07014
あまりに、なくなく【泣く泣く】かうぞ思(おも)ひつづけ給(たま)ふ。
千(ち)はやふる神(かみ)にいのりのかなへ【適へ】ばや
しるくも色(いろ)のあらはれ【現はれ】にける W049
されば怨敵(をんでき)を目(めの)前(まへ)にたいらげ(たひらげ)【平げ】、凶徒(きようど)(ケウト)を只今(ただいま)
せめ【攻め】おとさ【落さ】む事(こと)の、疑(うたがひ)なしと悦(よろこん)で、又(また)舟(ふね)に
『火打合戦(ひうちがつせん)』S0704
とりの(ッ)【乗つ】て、竹生島(ちくぶしま)をぞ出(いで)られける。○木曾(きそ)
義仲(よしなか)身(み)がらは信濃(しなの)にありながら、越前国(ゑちぜんのくに)火
打(ひうち)が城(じやう)をぞかまへける。彼(かの)城郭(じやうくわく)にこもる勢(せい)、
平泉寺(へいせんじの)長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威儀師(ゐぎし)・稲津(いなづの)新介(しんすけ)・斎
P07015
藤太(さいとうだ)・林(はやしの)六郎(ろくらう)光明(みつあきら)・富樫(とがし)入道(にふだう)仏誓(ぶつせい)・土田(つちだ)・武部(たけべ)・
宮崎(みやざき)・石黒(いしぐろ)・入善(にふぜん)・佐美(さみ)を初(はじめ)として、六千余騎(ろくせんよき)
こそこもりけれ。もとより究竟(くつきやう)の城郭(じやうくわく)也(なり)。
盤石(ばんじやく)峙(そばだ)ちめぐ(ッ)て四方(しはう)に峰(みね)をつらねたり。
山(やま)をうしろにし、山(やま)をまへにあつ。城郭(じやうくわく)の
前(まへ)には能美河(のうみがは)・新道河(しんだうがは)とて流(ながれ)たり。二(ふたつ)の川(かは)
の落(おち)あひにおほ木(ぎ)【大木】をき(ッ)てさかもぎ【逆茂木】にひき【引き】、
しがらみををびたたしう(おびたたしう)【夥しう】かきあげたれば、東
西(とうざい)の山(やま)の根(ね)に水(みづ)さしこうで、水海(みづうみ)にむかへ【向へ】るが
P07016
如(ごと)し。影(かげ)南山(なんざん)を浸(ひた)して青(あをく)して晃漾(くわうやう)たり。
浪(なみ)西日(せいじつ)をしづめて紅(くれなゐ)にして隠淪(いんりん)たり。
彼(かの)無熱池(むねつち)の底(そこ)には金銀(こんごん)の砂(いさご)をしき、混明
池【*昆明池】(こんめいち)の渚(なぎさ)にはとくせい【徳政】の舟(ふね)を浮(うか)べたり。此(この)火
打(ひうち)が城(じやう)のつき池(いけ)【築池】には、堤(つつみ)をつき、水(みづ)をにごし【濁し】
て、人(ひと)の心(こころ)をたぶらかす。舟(ふね)なくしては輙(たやす)
うわたすべき様(やう)なかりければ、平家(へいけ)の大勢(おほぜい)
むかへ【向へ】の山(やま)に宿(しゆく)して、徒(いたづら)に日数(ひかず)ををくる(おくる)【送る】。城(じやう)
の内(うち)にあり【有り】ける平泉寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威儀
P07017
師(ゐぎし)、平家(へいけ)に志(こころざし)ふかかり【深かり】ければ、山(やま)の根(ね)をまは(ッ)
て、消息(せうそく)をかき【書き】、ひき目(め)【蟇目】のなかに入(いれ)て、忍(しのび)や
かに平家(へいけ)の陣(ぢん)へぞ射(い)入(いれ)たる。「彼(かの)水(みづ)うみは
往古(わうご)の淵(ふち)にあらず。一旦(いつたん)山河(やまがは)をせきあげて候(さうらふ)。
夜(よ)に入(いり)足(あし)がろ【足軽】共(ども)をつかはし【遣し】て、しがらみをきり
おとさ【落さ】せ給(たま)へ。水(みづ)は程(ほど)なくおつべし。馬(むま)の
足(あし)きき【利き】よい所(ところ)で候(さうら)へば、いそぎわたさせ給(たま)へ。うし
ろ矢(や)は射(い)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】む。是(これ)は平泉寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)
斎明(さいめい)威儀師(ゐぎし)が申状(まうしじやう)」とぞかい【書い】たりける。大将軍(たいしやうぐん)
P07018
大(おほき)に悦(よろこび)、やがて足(あし)がる【足軽】共(ども)をつかはし【遣し】て柵(さく)を
きりおとす【落す】。緩(おびたたし)(アヤ)うみえ【見え】つれども、げにも
山川(やまがは)なれば水(みづ)は程(ほど)なく落(おち)にけり。平家(へいけ)の
大勢(おほぜい)、しばしの遅々(ちち)にも及(およ)ばず、ざ(ッ)とわたす。
城(じやう)の内(うち)の兵共(つはものども)、しばしささへてふせき【防き】けれ共(ども)、
敵(てき)は大勢(おほぜい)也(なり)、みかた【味方】は無勢(ぶせい)也(なり)ければ、かなう(かなふ)【叶ふ】
べしともみえ【見え】ざりけり。平泉寺(へいせんじの)長吏(ちやうり)
斎明(さいめい)威儀師(ゐぎし)、平家(へいけ)について忠(ちゆう)をいたす。
稲津(いなづの)新介(しんすけ)・斎藤太(さいとうだ)・林(はやしの)六郎(ろくらう)光明(みつあきら)・富樫(とがし)入道(にふだう)
P07019
仏誓(ぶつせい)、ここをば落(おち)て、猶(なほ)平家(へいけ)をそむき、加賀(かが)
の国(くに)へ引退(ひきしりぞ)き、白山河内(しらやまがはち)にひ(ッ)【引つ】こもる。平家(へいけ)
やがて加賀(かが)に打越(うちこえ)て、林(はやし)・富樫(とがし)が城郭(じやうくわく)二
ケ所(にかしよ)焼(やき)はらふ。なに面(おもて)をむかふ【向ふ】べしとも見(み)え
ざりけり。ちかき【近き】宿々(しゆくじゆく)より飛脚(ひきやく)をたてて、
此(この)由(よし)都(みやこ)へ申(まうし)たりければ、大臣殿(おほいとの)以下(いげ)残(のこり)とど
まり給(たま)ふ一門(いちもん)の人々(ひとびと)いさみ悦(よろこぶ)事(こと)なのめなら
ず。同(おなじき)五月(ごぐわつ)八日(やうか)、加賀国(かがのくに)しの原(はら)【篠原】にて勢(せい)ぞろへ
あり【有り】。軍兵(ぐんびやう)十万(じふまん)余騎(よき)を二手(ふたて)にわか(ッ)て、大手(おほて)
P07020
搦手(からめて)へむかは【向は】れけり。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)は小松(こまつの)三
位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)・越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)、侍大将(さぶらひだいしやう)には越中(ゑつちゆうの)
前司(せんじ)盛俊(もりとし)をはじめとして、都合(つがふ)其(その)勢(せい)七万(しちまん)
余騎(よき)、加賀(かが)と越中(ゑつちゆう)の境(さかひ)なる砥浪山(となみやま)へぞ
むかは【向は】れける。搦手(からめて)の大将軍(たいしやうぐん)は薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・
参河【*三河】守(みかはのかみ)知教【*知度】(とものり)、侍大将(さぶらひだいしやう)には武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)
を先(さき)として、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)、能登(のと)越中(ゑつちゆう)
の境(さかひ)なるしほ【志保】の山(やま)へぞかかられける。木曾(きそ)
は越後(ゑちご)の国府(こふ)にあり【有り】けるが、是(これ)をきいて
P07021
五万(ごまん)余騎(よき)で馳(はせ)向(むか)ふ。わがいくさ【軍】の吉例(きちれい)なれば
とて七手(ななて)に作(つく)る。まづ伯父(をぢ)の十郎(じふらう)蔵人(くらんど)
行家(ゆきいへ)、一万騎(いちまんぎ)でしほの手(て)へぞ向(むかひ)ける。仁科(にしな)・
高梨(たかなし)・山田(やまだの)次郎(じらう)、七千(しちせん)余騎(よき)で北黒坂(きたぐろさか)へ搦手(からめて)
にさしつかはす【遣す】。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)・落合(おちあひの)五郎(ごらう)
兼行(かねゆき)、七千(しちせん)余騎(よき)で南黒坂(みなみぐろさか)へつかはし【遣し】けり。一
万(いちまん)[B 余]騎(よき)をば砥浪山(となみやま)の口(くち)、黒坂(くろさか)のすそ、松長(まつなが)の
柳原(やなぎはら)、ぐみの木林(きばやし)にひきかくす【隠す】。今井(いまゐの)四郎(しらう)
兼平(かねひら)六千(ろくせん)余騎(よき)で鷲(わし)の瀬(せ)を打(うち)わたし、ひの
P07022
宮林(みやばやし)【日埜宮林】に陣(ぢん)をとる。木曾(きそ)我(わが)身(み)は一万(いちまん)余騎(よき)で
おやべ(をやべ)【小矢部】のわたりをして、砥浪山(となみやま)の北(きた)のはづ
『願書(ぐわんじよ)』S0705
れはにう(はにふ)【羽丹生】に陣(ぢん)をぞと(ッ)たりける。○木曾(きそ)の給(たま)ひ
けるは、「平家(へいけ)は定(さだめ)て大勢(おほぜい)なれば、砥浪山(となみやま)
打(うち)越(こえ)てひろみへ出(いで)て、かけあひ【駆け合ひ】のいくさ【軍】にて
ぞあらんずらむ。但(ただし)かけあひ【駆け合ひ】のいくさ【軍】は勢(せい)の
多少(たせう)による事(こと)也(なり)。大勢(おほぜい)かさ【嵩】にかけてはあし
かり【悪しかり】なむ。まづ旗(はた)さし【旗差し】を先(さき)だてて白旗(しらはた)を
さしあげたらば、平家(へいけ)是(これ)をみ【見】て、「あはや
P07023
源氏(げんじ)の先陣(せんぢん)はむかふ(むかう)【向う】たるは。定(さだめ)て大勢(おほぜい)
にてぞあるらん。左右(さう)なう広(ひろ)みへうち出(いで)
て、敵(てき)は案内者(あんないしや)、我等(われら)は無案内(ぶあんない)也(なり)、とりこめ
られては叶(かなふ)まじ。此(この)山(やま)は四方(しはう)巖石(がんぜき)であん
なれば、搦手(からめて)O[BH へは]よもまはらじ。しばしおりゐて
馬(むま)やすめ【休め】ん」とて、山中(さんちゆう)にぞおりゐんず
らむ。其(その)時(とき)義仲(よしなか)しばしあひしらふやうに
もてなして、日(ひ)をまち【待ち】くらし、平家(へいけ)の大
勢(おほぜい)をくりから【倶利伽羅】が谷(たに)へ追(おひ)おとさ【落さ】ふ(う)ど思(おも)ふなり」
P07024
とて、まづ白旗(しらはた)三十(さんじふ)ながれ先(さき)だてて、黒
坂(くろさか)のうへ【上】にぞう(ッ)たて【打つ立て】たる。案(あん)のごとく、
平家(へいけ)是(これ)をみて、「あはや、源氏(げんじ)の先陣(せんぢん)は
むかふ(むかう)【向う】たるは。定(さだめ)て大勢(おほぜい)なるらん。左右(さう)なふ(なう)
広(ひろ)みへ打出(うちいで)なば、敵(てき)は案内者(あんないしや)、我等(われら)は無
案内(ぶあんない)なり、とりこめられてはあしかり【悪しかり】なん。
此(この)山(やま)は四方(しはう)巖石(がんぜき)であんなり。搦手(からめて)O[BH へは]よも
まはらじ。馬(むま)の草(くさ)がひ【草飼】水便(すいびん)共(とも)によげ
なり。しばしおりゐて馬(むま)やすめ【休め】ん」とて、砥浪
P07025
山(となみやま)の山中(やまなか)、猿(さる)の馬場(ばば)といふ所(ところ)にぞおり
ゐたる。木曾(きそ)は羽丹生(はにふ)に陣(ぢん)と(ッ)て、四方(しはう)を
き(ッ)と見(み)まはせば、夏山(なつやま)の嶺(みね)のみどりの
木(こ)の間(ま)より、あけ【朱】の玉墻(たまがき)ほのみえ【見え】て、かた
そぎ【片削】作(づく)りの社(やしろ)あり【有り】。前(まへ)に鳥居(とりゐ)ぞた(ッ)たり
ける。木曾殿(きそどの)国(くに)の案内者(あんないしや)をめし【召し】て、「あれは
いづれの宮(みや)と申(まうす)ぞ。いかなる神(かみ)を崇(あがめ)奉(たてまつる)
ぞ」。「八幡(やはた)でましまし候(さうらふ)。やがて此(この)所(ところ)は八幡(やはた)の
御領(ごりやう)で候(さうらふ)」と申(まうす)。木曾(きそ)大(おほき)に悦(よろこび)て、手書(てかき)に
P07026
具(ぐ)せられたる大夫房(だいぶばう)覚明(かくめい)をめし【召し】て、「義
仲(よしなか)こそ幸(さいはひ)に新(いま)やはた【新八幡】の御宝殿(ごほうでん)に近付(ちかづき)
奉(たてまつり)て、合戦(かつせん)をとげむとすれ。いかさまにも
今度(こんど)のいくさ【軍】には相違(さうい)なく勝(かち)ぬとおぼ
ゆる【覚ゆる】ぞ。さらんにと(ッ)ては、且(かつう)は後代(こうたい)のため、且(かつう)は
当時(たうじ)の祈祷(きたう)にも、願書(ぐわんじよ)を一筆(ひとふで)かいてま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやとおもふ【思ふ】はいかに」。覚明(かくめい)「尤(もつとも)然(しか)るべ
う候(さうらふ)」とて、馬(むま)よりおりてかかんとす。覚明(かくめい)が
体(てい)たらく、かち【褐】の直垂(ひたたれ)に黒革威(くろかはをどし)の鎧(よろひ)
P07027
きて、黒漆(こくしつ)の太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さいたるくろ
ぼろ【黒母衣】の矢(や)おひ【負ひ】、ぬりごめ藤(どう)【塗籠籐】の弓(ゆみ)、脇(わき)には
さみ【鋏み】、甲(かぶと)をばぬぎ、たかひもにかけ、えびら
より小硯(こすずり)たたふ紙(がみ)(たたうがみ)【畳紙】とり出(いだ)し、木曾殿(きそどの)の
御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)て願書(ぐわんじよ)をかく。あ(ッ)ぱれ文武(ぶんぷ)二
道(じだう)の達者(たつしや)かなとぞみえ【見え】たりける。此(この)覚明(かくめい)
はもと儒家[* 「出家」と有るのを他本により訂正](じゆけ)の者(もの)也(なり)。蔵人(くらんど)道広(みちひろ)とて、勧学
院(くわんがくゐん)にあり【有り】けるが、出家(しゆつけ)して最乗房(さいじようばう)信救(しんぎう)と
ぞ名(な)のりける。つねは南都(なんと)へも通(かよ)ひけり。
P07028
一(ひと)とせ高倉宮(たかくらのみや)の園城寺(をんじやうじ)にいら【入ら】せ給(たま)ひし
時(とき)、牒状(てふじやう)(テウじやう)を山(やま)・奈良(なら)へつかはし【遣し】たりけるに、
南都(なんと)の大衆(だいしゆ)返牒(へんてふ)(へんテウ)をば此(この)信救(しんぎう)にぞかかせ
たりける。「清盛(きよもり)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武家(ぶけ)の塵
芥(ちんがい)」とかいたりしを、太政(だいじやう)入道(にふだう)大(おほき)にいか(ッ)て、「何条(なんでう)
其(その)信救法師(しんぎうほつし)め【奴】が、浄海(じやうかい)を平氏(へいじ)のぬかかす、
武家(ぶけ)のちりあくたとかくべき様(やう)はいかに。
其(その)法師(ほつし)めからめと(ッ)て死罪(しざい)におこなへ」との
給(たま)ふ間(あひだ)、南都(なんと)をば逃(にげ)て、北国(ほつこく)へ落(おち)くだり【下り】、木曾
P07029
殿(きそどの)の手書(てかき)して、大夫房(だいぶばう)覚明(かくめい)とぞ名(な)のりける。
其(その)願書(ぐわんじよ)に云(いはく)、帰命頂礼(きみやうちやうらい)、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)は日域(じちいき)朝
廷(てうてい)の本主(ほんじゆ)、累世(るいせい)明君(めいくん)の曩祖(なうそ)也(たり)。宝祚(ほうそ)を守(まも)らん
がため、蒼生(さうせい)を利(り)せむがために、三身(さんじん)の金容(きんよう)をあらはし、三所(さんじよ)の権扉(けんぴ)をおしひらき給(たま)へり。
爰(ここ)に頃(しきり)の年(とし)よりこのかた、平相国(へいしやうこく)といふ者(もの)
あり【有り】。四海(しかい)を管領(くわんりやう)(クハンリヤウ)して万民(ばんみん)を悩乱(なうらん)せし
む。是(これ)既(すでに)仏法(ぶつぽふ)の怨(あた)、王法(わうぼふ)の敵(てき)[* 左に(カタキ イ)の振り仮名]也(なり)。義仲(よしなか)いや
しくも弓馬(きゆうば)の家(いへ)に生(むま)れて、纔(わづか)に箕裘(ききう)の
P07030
塵(ちり)をつぐ【継ぐ】。彼(かの)暴悪(ぼうあく)を案(あん)ずるに、思慮(しりよ)
を顧(かへりみる)(カヘリミル)にあたはず。運(うん)を天道(てんたう)にまかせ【任せ】て、身(み)を
国家(こつか)になぐ。試(こころみ)に義兵(ぎへい)をおこして、凶
器(きようき)(ケウキ)[* 「器」の左に(ルイ イ)の振り仮名]を退(しりぞけ)んとす。しかる【然る】を闘戦(たうせん)(トウセン)両家(りやうか)の陣(ぢん)を
あはすといへども、士卒(しそつ)いまだ一致(いつち)の勇(いさみ)を
えざる間(あひだ)、区(まちまち)の心(こころ)おそれ【恐れ】たる処(ところ)に、今(いま)一陣(いちぢん)旗(はた)
をあぐる戦場(せんぢやう)にして、忽(たちまち)に三所(さんじよ)和光(わくわう)の
社壇(しやだん)を拝(はい)す。機感(きかん)の純熟(じゆんじゆく)明(あきら)かなり。凶徒(きようど)(ケウト)
誅戮(ちゆうりく)(チウリク)疑(うたがひ)なし。歓喜[B ノ](くわんぎの)涙(なみだ)こぼれて、渇仰(かつがう)(カツガフ)
P07031
肝(きも)にそむ。就中(なかんづく)に、曾祖父(ぞうそぶ)(ザウソブ)前(さきの)陸奥守(むつのかみ)義
家[B ノ](ぎかの)朝臣(あつそん)、身(み)を宗廟(そうべう)の氏族(しぞく)に帰附(きふ)して、
名(な)を八幡(はちまん)太郎(たらう)と号(かう)せしよりこのかた、
其(その)門葉(もんえふ)たるもの【者】の、帰敬(ききやう)せずといふ事(こと)
なし。義仲(よしなか)其(その)後胤(こういん)として首(かうべ)を傾(かたむけ)て
年(とし)久(ひさ)し。今(いま)此(この)大功(たいこう)を発(おこ)す事(こと)、たとへば
嬰児(えいじ)の貝(かひ)をも(ッ)て巨海(きよかい)を量(はか)り、蟷螂(たうらう)
が斧(をの)をいからかし【怒らかし】て隆車(りゆうしや)に向(むかふ)がごとし【如し】。
然(しかれ)ども国(くに)の為(ため)、君(きみ)のためにしてこれを
P07032
発(おこ)(ヲコス)[* 「発」の左に(ホツス)の振り仮名]す。家(いへ)のため、身(み)のためにしてこれを
おこさ【起こさ】ず。心(こころ)ざしの至(いたり)、神感(しんかん)そらにあり【有り】。
憑(たのもしき)哉(かな)、悦(よろこばしき)哉(かな)。伏(ふして)願(ねがは)くは、冥顕(みやうけん)威(ゐ)(イ)をくはへ、
霊神(れいしん)力(ちから)をあはせ【合はせ】て、勝(かつ)事(こと)を一時(いつし)に決(けつ)し、
怨(あた)を四方(しはう)に退(しりぞけ)給(たま)へ。然(しかれば)則(すなはち)、丹祈(たんき)冥慮(みやうりよ)に
かなひ【叶ひ】、見鑒(けんかん)【見鑑】加護(かご)をなすべく(ン)ば、先(まづ)一(ひとつ)の
瑞相(ずいさう)を見(み)せしめ給(たま)へ。寿永(じゆえい)二年(にねん)五月(ごぐわつ)
十一日(じふいちにち)源(みなもとの)義仲(よしなか)敬(うやまつて)白(まうす)とかいて、我(わが)身(み)を始(はじめ)
て十三人(じふさんにん)が、うは矢(や)【上矢】[B ノ]かぶらをぬき、願書(ぐわんじよ)に
P07033
とりぐし【具し】て、大菩薩(だいぼさつ)の御宝殿(ごほうでん)にぞ
おさめ(をさめ)【納め】ける。たのもしき【頼もしき】かな、大菩薩(だいぼさつ)
真実(しんじつ)の志(こころざし)ふたつ【二つ】なきをや遥(はるか)に照覧(せうらん)
し給(たま)ひけん。雲(くも)のなかより山鳩(やまばと)三(みつ)飛
来(とびきた)(ッ)て、源氏(げんじ)の白旗(しらはた)の上(うへ)に翩翻(へんばん)す。昔(むかし)
神宮【*神功】皇后(じんぐうくわうごう)新羅(しんら)を攻(せめ)させ給(たま)ひしに、
御方(みかた)のたたかひ【戦ひ】よはく(よわく)【弱く】、異国(いこく)のいくさ【軍】こ
はくして、既(すで)にかうとみえ【見え】し時(とき)、皇后(くわうごう)
天(てん)に御祈誓(ごきせい)ありしかば、霊鳩(れいきう)三(みつ)飛
P07034
来(とびきた)(ッ)て楯(たて)の面(おもて)(ヲモテ)にあらはれ【現はれ】て、異国(いこく)の
いくさ【軍】破(やぶれ)にけり。又(また)此(この)人々(ひとびと)の先祖(せんぞ)、頼
義(らいぎの)[* 左に(ヨリヨシノ)の振り仮名]朝臣(あつそん)、貞任(さだたふ)・宗任(むねたふ)を攻(せめ)給(たま)ひしにも、
御方(みかた)のたたかひ【戦ひ】よはく(よわく)【弱く】して、凶徒(きようど)のいくさ【軍】
こはかりしかば、頼義(らいぎの)朝臣(あつそん)敵(てき)の陣(ぢん)に
むか(ッ)【向つ】て、「是(これ)はま(ッ)たく私(わたくし)の火(ひ)にはあらず、
神火(しんくわ)なり」とて、火(ひ)を放(はな)つ。風(かぜ)忽(たちまち)に
異賊(いぞく)の方(かた)へ吹(ふき)おほひ【覆ひ】、貞任(さだたふ)が館(たち)栗
屋川(くりやがは)の城(じやう)焼(や)きぬ。其(その)後(のち)いくさ【軍】破(やぶれ)て、
P07035
貞任(さだたふ)・宗任(むねたふ)ほろびにき。木曾殿(きそどの)か様(やう)【斯様】の先蹤(せんじよう)(センゼウ)
を忘(わす)れ給(たま)はず、馬(むま)よりおり、甲(かぶと)をぬぎ、手水(てうづ)
うがい(うがひ)をして、いま霊鳩(れいきう)を拝(はい)し給(たま)ひけん
『倶利迦羅【*倶梨迦羅】落(くりからおとし)』S0706
心(こころ)のうちこそたのもしけれ。○さるほど【程】に、源平(げんぺい)
両方(りやうばう)陣(ぢん)をあはす。陣(ぢん)のあはひわづかに三町(さんぢやう)
ばかりによせ【寄せ】あはせたり。源氏(げんじ)もすすまず、
平家(へいけ)もすすまず。勢兵(せいびやう)十五騎(じふごき)、楯(たて)の面(おもて)に
すすませて、十五騎(じふごき)がうは矢(や)【上矢】の鏑(かぶら)を平
家(へいけ)の陣(ぢん)へぞ射(い)入(いれ)たる。平家(へいけ)又(また)はかり事(こと)【謀】
P07036
とも【共】しら【知ら】ず、十五騎(じふごき)を出(いだ)いて、十五(じふご)の鏑(かぶら)を
射(い)返(かへ)す。源氏(げんじ)卅騎(さんじつき)を出(いだ)いて射(い)さすれば、
平家(へいけ)卅騎(さんじつき)を出(いだ)いて卅(さんじふ)の鏑(かぶら)を射(い)かへす【返す】。五十
騎(ごじつき)を出(いだ)せば五十騎(ごじつき)を出(いだ)しあはせ【合はせ】、百騎(ひやくき)を
出(いだ)せば百騎(ひやくき)を出(いだ)しあはせ【合はせ】、両方(りやうばう)百騎(ひやくき)づつ
陣(ぢん)の面(おもて)にすすんだり。互(たがひ)に勝負(しようぶ)をせん
とはやり【逸り】けれ共(ども)、源氏(げんじ)の方(かた)よりせいし【制し】て
勝負(しようぶ)をせさせず。源氏(げんじ)はか様(やう)【斯様】にして日(ひ)
をくらし、平家(へいけ)の大勢(おほぜい)をくりから【倶利伽羅】が谷(たに)へ
P07037
追(おひ)おとさ【落さ】ふ(う)どたばかりけるを、すこしも
さとらずして、ともにあひしらひ日(ひ)をくら
す【暮す】こそはかなけれ。次第(しだい)にくらふ(くらう)【暗う】なりければ、
北南(きたみなみ)よりまは(ッ)つる搦手(からめて)の勢(せい)一万(いちまん)余騎(よき)、
くりから【倶利伽羅】の堂(だう)の辺(へん)にまはりあひ、えびらの
ほうだて(はうだて)【方立て】打(うち)たたき、時(とき)をど(ッ)とぞつくり
ける。平家(へいけ)うしろをかへり見(み)ければ、白旗(しらはた)
雲(くも)のごとくさしあげ【差し上げ】たり。「此(この)山(やま)は四方(しはう)巖
石(がんぜき)であんなれば、搦手(からめて)よもまはらじと
P07038
思(おもひ)つるに、こはいかに」とてさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。去(さる)
程(ほど)に、木曾殿(きそどの)大手(おほて)より時(とき)の声(こゑ)をぞ
あはせ【合はせ】給(たま)ふ。松長(まつなが)の柳原(やなぎはら)、ぐみの木林(きばやし)に
一万(いちまん)余騎(よき)ひかへたりける勢(せい)も、今井(いまゐの)四郎(しらう)が
六千(ろくせん)余(よ)騎(き)でひの宮林(みやばやし)【日埜宮林】にあり【有り】けるも、同(おなじ)
く時(とき)をぞつくりける。前後(ぜんご)四万騎(しまんぎ)が
おめく(をめく)【喚く】声(こゑ)、山(やま)も川(かは)もただ一度(いちど)にくづるる
とこそ聞(きこ)えけれ。案(あん)のごとく、平家(へいけ)、次第(しだい)に
くらふ(くらう)【暗う】はなる、前後(ぜんご)より敵(てき)はせめ【攻め】来(きた)る、「きた
P07039
なしや、かへせかへせ」といふやからおほかり【多かり】
けれ共(ども)、大勢(おほぜい)の傾(かたむき)たちぬるは、左右(さう)なふ(なう)
と(ッ)てかへす【返す】事(こと)かたければ、倶梨迦羅(くりから)が谷(たに)
へわれ先(さき)にとぞおとし【落し】ける。ま(ッ)さきにすす
む【進む】だる者(もの)がみえ【見え】ねば、「此(この)谷(たに)の底(そこ)に道(みち)のある
にこそ」とて、親(おや)おとせ【落せ】ば子(こ)もおとし【落し】、兄(あに)
おとせ【落せ】ば弟(おとと)もつづく。主(しゆう)おとせ【落せ】ば家子(いへのこ)郎
等(らうどう)おとし【落し】けり。馬(むま)には人(ひと)、ひと【人】には馬(むま)、落(おち)かさ
なり落(おち)かさなり、さばかり深(ふか)き谷(たに)一(ひと)つを平家(へいけ)の
P07040
勢(せい)七万(しちまん)余騎(よき)でぞうめたりける。巖泉(がんせん)
血(ち)をながし、死骸(しがい)岳(をか)をなせり。されば其(その)
谷[B ノ](たにの)ほとりには、矢(や)の穴(あな)刀(かたな)の疵(きず)残(のこり)て今(いま)に
ありとぞ承(うけたま)はる。平家(へいけ)の方(かた)にはむねと
たのま【頼ま】れたりける上総(かづさの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)・飛
弾(ひだの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)景高(かげたか)・河内(かはちの)判官(はんぐわん)秀国(ひでくに)も此(この)谷(たに)
にうづもれ【埋もれ】てうせにけり。備中国(びつちゆうのくにの)住人(ぢゆうにん)瀬尾(せのをの)
太郎(たらう)兼康(かねやす)といふ聞(きこ)ゆる大力(だいぢから)も、そこにて
加賀国(かがのくにの)住人(ぢゆうにん)蔵光(くらみつの)次郎(じらう)成澄(なりずみ)が手(て)にかか(ッ)て、いけ
P07041
どり【生捕り】にせらる。越前国(ゑちぜんのくに)火打(ひうち)が城(じやう)にてかへり
忠(ちゆう)(ちう)【返り忠】したりける平泉寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威儀
師(ゐぎし)もとらはれぬ。木曾殿(きそどの)、「あまりにくきに、
其(その)法師(ほふし)をばまづきれ」とてきられにけり。
平氏[B ノ](へいじの)大将(だいしやう)維盛(これもり)・通盛(みちもり)、けう[B 「けう」に「希有」と傍書]の命(いのち)生(いき)て加賀(かが)
の国(くに)へ引退(ひきしりぞ)く。七万(しちまん)余騎(よき)がなかよりわづかに
二千(にせん)余騎(よき)ぞのがれ【逃れ】たりける。明(あく)る十二日(じふににち)、奥(おく)の
秀衡(ひでひら)がもとより木曾殿(きそどの)へ竜蹄(りようてい)(レウテイ)二疋(にひき)奉(たてまつ)る。
一疋はくろ月毛、一疋はれんぜんあしげなり。
P07042
やがて是(これ)に鏡鞍(かがみくら)をい(おい)【置い】て、白山(はくさん)の社(やしろ)へ神馬(じんめ)
にたてられけり。木曾殿(きそどの)の給(たま)ひけるは、
「今(いま)はおもふ【思ふ】事(こと)なし。但(ただし)十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)の志保(しほ)
のいくさ【軍】こそおぼつかなけれ。いざゆい【行い】て
見(み)む」とて、四万(しまん)余騎(よき)〔が中(なか)より〕馬(むま)や人(ひと)をすぐ(ッ)て、二万(にまん)
余騎(よき)で馳(はせ)むかふ【向ふ】。ひび[B みイ]の湊(みなと)をわたさんとする
に、折節(をりふし)塩(しほ)みちて、ふかさ【深さ】あささをしら【知ら】ざり
ければ、鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置き馬】十疋(じつぴき)ばかりをひ(おひ)【追ひ】入(いれ)たり。
鞍爪(くらづめ)ひたる【浸る】程(ほど)に、相違(さうい)なくむかひ【向ひ】の岸(きし)へ
P07043
着(つき)にけり。「浅(あさ)かりけるぞや、わたせ【渡せ】や」とて、二
万(にまん)余騎(よき)の大勢(おほぜい)皆(みな)打入(うちいれ)てわたしけり。案(あん)
のごとく十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)、散々(さんざん)にかけなされ、
ひき【引き】退(しりぞ)いて馬(むま)の息(いき)休(やすむ)る処(ところ)に、木曾殿(きそどの)「され
ばこそ」とて、荒手(あらて)二万(にまん)余騎(よき)入(いれ)かへて、平
家(へいけ)三万(さんまん)余騎(よき)が中(なか)へおめい(をめい)【喚い】てかけ入(いり)、もみに
もふ(もう)で火(ひ)出(いづ)るほど【程】にぞ攻(せめ)たりける。平家(へいけ)の
兵共(つはものども)しばしささへて防(ふせ)きけれ共(ども)、こらへずし
てそこをも遂(つひ)に攻(せめ)おとさ【落さ】る。平家(へいけ)の方(かた)には、
P07044
大将軍(たいしやうぐん)三河守(みかはのかみ)知教【*知度】(とものり)うた【討た】れ給(たま)ひぬ。是(これ)は入
道(にふだう)相国(しやうこく)の末子(ばつし)也(なり)。侍共(さぶらひども)おほく【多く】ほろびにけり。
木曾殿(きそどの)は志保(しほ)の山(やま)打(うち)こえて、能登(のと)の
『篠原合戦(しのはらかつせん)』S0707
小田中(こだなか)、新王(しんわう)の塚(つか)の前(まへ)に陣(ぢん)をとる。○そこ
にて諸社(しよしや)へ神領(じんりやう)をよせられけり。白山(はくさん)へは
横江(よこえ)・宮丸(みやまる)、すがう(すがふ)【菅生】の社(やしろ)へはのみ【能美】の庄(しやう)、多田(ただ)の
八幡(やはた)へはてう屋(や)(てふや)【蝶屋】の庄(しやう)、気比(けひ)の社(やしろ)へははん原(ばら)【飯原】
の庄(しやう)を寄進(きしん)す。平泉寺(へいせんじ)へは藤島(ふぢしま)七郷(しちがう)
をよせられけり。一(ひと)とせ石橋(いしばし)の合戦(かつせん)の時(とき)、
P07045
兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)射(い)たてま(ッ)【奉つ】し者(もの)ども【共】都(みやこ)へにげのぼ(ッ)【上つ】
て、平家(へいけ)の方(かた)にぞ候(さうらひ)ける。むねとの者(もの)には
俣野(またのの)五郎(ごらう)景久(かげひさ)・長井(ながゐの)斎藤(さいとう)別当(べつたう)実守【*実盛】(さねもり)・
伊藤【*伊東】(いとうの)九郎(くらう)助氏【*祐氏】(すけうぢ)・浮巣(うきすの)三郎(さぶらう)重親(しげちか)・ましも【真下】の四郎(しらう)
重直(しげなほ)、是等(これら)はしばらくいくさ【軍】のあらんまでやす
まんとて、日(ひ)ごとによりあひよりあひ、巡酒(じゆんしゆ)をして
ぞなぐさみ【慰さみ】ける。まづ実守【*実盛】(さねもり)が許(もと)によりあひ
たりける時(とき)、斎藤(さいとう)別当(べつたう)申(まうし)けるは、「倩(つらつら)此(この)世中(よのなか)の
有様(ありさま)をみる【見る】に、源氏(げんじ)の御方(おんかた)はつよく、平家(へいけ)
P07046
の御方(おんかた)はまけ色(いろ)【負色】にみえ【見え】させ給(たま)ひけり。いざ
をのをの(おのおの)【各々】木曾殿(きそどの)へまいら(まゐら)【参ら】ふ(う)」ど申(まうし)ければ、みな
「さ(ン)なう」と同(どう)じけり。次(つぎの)日(ひ)又(また)浮巣(うきすの)三郎(さぶらう)が許(もと)
によりあひたりける時(とき)、斎藤(さいとう)別当(べつたう)「さても
昨日(きのふ)申(まうし)し事(こと)はいかに、をのをの(おのおの)【各々】」。そのなかに俣野(またのの)
五郎(ごらう)すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「我等(われら)はさすが東
国(とうごく)では皆(みな)、人(ひと)にしられて名(な)ある者(もの)でこそ
あれ、吉(きち)についてあなたへまいり(まゐり)【参り】、こなたへ
まいら(まゐら)【参ら】ふ(う)事(こと)もみ【見】ぐるしかる【苦しかる】べし。人(ひと)をば
P07047
しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず、景久(かげひさ)にをいて(おいて)は平家(へいけ)の
御方(みかた)にていかにもならふ(う)」ど申(まうし)ければ、斎藤(さいとう)
別当(べつたう)あざわら(ッ)【笑つ】て、「まこと【誠】には、をのをの(おのおの)【各々】の
御心(おんこころ)どもをかなびき奉(たてまつ)らんとてこそ申(まうし)
たれ。其上(そのうへ)さねもり【実盛】は今(この)度(たび)のいくさ【軍】に討死(うちじに)
せふ(う)ど思(おもひ)き(ッ)て候(さうらふ)ぞ。二(ふた)たび【二度】都(みやこ)へまいる(まゐる)【参る】まじ
き由(よし)人々(ひとびと)にも申(まうし)をい(おい)【置い】たり。大臣殿(おほいとの)へも此(この)
やうを申(まうし)上(あげ)て候(さうらふ)ぞ」といひければ、みな人(ひと)
此(この)儀(ぎ)にぞ同(どう)じける。さればその約束(やくそく)をたが
P07048
へ【違へ】じとや、当座(たうざ)にありしものども【者共】、一人(いちにん)も残(のこ)
らず北国(ほつこく)にて皆(みな)死(しに)にけるこそむざん
なれ。さる程(ほど)に、平家(へいけ)は人馬(じんば)のいきをやす
め【休め】て、加賀国(かがのくに)しの原(はら)【篠原】に陣(ぢん)をとる。同(おなじき)五月(ごぐわつ)
廿一日(にじふいちにち)の辰(たつ)の一点(いつてん)に、木曾(きそ)しの原(はら)【篠原】におし【押し】
よせ【寄せ】て時(とき)をど(ッ)とつくる。平家(へいけ)の方(かた)には
畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)重能(しげよし)・小山田(をやまだ)の別当(べつたう)有重(ありしげ)、去(さんぬ)る治
承(ぢしよう)より今(いま)までめし【召し】こめられたりしを、
「汝等(なんぢら)はふるい【古い】者共(ものども)也(なり)。いくさ【軍】の様(やう)をもをき
P07049
てよ(おきてよ)【掟てよ】」とて、北国(ほつこく)へむけられたり。是等(これら)兄弟(きやうだい)
三百(さんびやく)余騎(よき)で陣(ぢん)のおもてにすすんだり。
源氏(げんじ)の方(かた)より今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)三百(さんびやく)余騎(よき)
でうちむかふ【向ふ】。畠山(はたけやま)、今井(いまゐの)四郎(しらう)、はじめは互(たがひ)に
五騎(ごき)十騎(じつき)づつ出(いだ)しあはせ【合はせ】て勝負(しようぶ)をせさ
せ、後(のち)には両方(りやうばう)乱(みだれ)あふ(あう)【逢う】てぞたたかひ【戦ひ】ける。
五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)の午(むまの)剋(こく)、草(くさ)もゆるがず照(てら)す日(ひ)に、
我(われ)をとら(おとら)じとたたかへば、遍身(へんしん)より汗(あせ)
出(いで)て水(みづ)をながすに異(こと)ならず。今井(いまゐ)が方(かた)にも
P07050
兵(つはもの)おほく【多く】ほろびにけり。畠山(はたけやま)、家子(いへのこ)郎等(らうどう)
残(のこり)ずくなに討(うち)なされ、力(ちから)をよば(およば)【及ば】でひき【引き】
しりぞく【退く】。次(つぎに)平家(へいけ)のかた【方】より高橋(たかはしの)判官(はんぐわん)
長綱(ながつな)、五百(ごひやく)余騎(よき)ですすむ【進む】だり。木曾殿(きそどの)の
方(かた)より樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)・おちあひの五郎(ごらう)兼
行(かねゆき)、三百(さんびやく)余騎(よき)で馳(はせ)向(むか)ふ。しばしささへて
たたかひ【戦ひ】けるが、高橋(たかはし)が勢(せい)は国々(くにぐに)のかり武者(むしや)【駆武者】
なれば、一騎(いつき)もおち【落ち】あはず、われさき【先】にとこそ
おちゆき【落ち行き】けれ。高橋(たかはし)心(こころ)はたけくおもへ【思へ】共(ども)、うしろ
P07051
あばらになりければ、力(ちから)及(およ)ばで引退(ひきしりぞ)く。
ただ一騎(いつき)落(おち)て行(ゆく)ところ【所】に、越中国(ゑつちゆうのくに)の
住人(ぢゆうにん)入善(にふぜん)の小太郎(こたらう)行重(ゆきしげ)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、
鞭(むち)あぶみをあはせ【合はせ】て馳来(はせきた)り、おしならべて
むずとくむ。高橋(たかはし)、入善(にふぜん)をつかうで、鞍(くら)の前
輪(まへわ)におしつけ、「わ君(ぎみ)はなにもの【何者】ぞ、名(な)のれ
きかふ(う)」どいひければ、「越中国(ゑつちゆうのくに)の住人(ぢゆうにん)、入善(にふぜんの)小太
郎(こたらう)行重(ゆきしげ)、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)」となのる【名乗る】。「あなむざん、
去年(こぞ)をくれ(おくれ)【遅れ】し長綱(ながつな)が子(こ)も、ことしはあらば
P07052
十八歳(じふはつさい)ぞかし。わ君(ぎみ)ねぢき(ッ)てすつべけれ共(ども)、
たすけ【助け】ん」とてゆるしけり。わが身(み)も馬(むま)
よりおり、「しばらくみかた【味方】の勢(せい)またん」とて
やすみゐたり。入善(にふぜん)「われをばたすけ【助け】たれ共(ども)、
あ(ッ)ぱれ敵(かたき)や、いかにもしてうたばや」と思(おも)ひ
居(ゐ)たる処(ところ)に、高橋(たかはし)うちとけて物語(ものがたり)しけり。
入善(にふぜん)すぐれ【勝れ】たるはやわざのおのこ(をのこ)【男】で、刀(かたな)を
ぬき、とんでかかり、高橋(たかはし)がうちかぶとを二
刀(ふたかたな)さす。さる程(ほど)に、入善(にふぜん)が郎等(らうどう)三騎(さんぎ)、をくれ(おくれ)【遅れ】
P07053
ばせ【馳】に来(きたつ)ておち【落ち】あふ(あう)たり。高橋(たかはし)心(こころ)はたけくおもへ【思へ】ども、運(うん)やつきにけん、敵(かたき)はあまたあり、
いた手(で)【痛手】はおふ(おう)【負う】つ、そこにて遂(つひ)にうた【討た】れにけり。
又(また)平家(へいけ)のかたより武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)、三
百騎(さんびやつき)ばかりでおめい(をめい)【喚い】てかく。源氏(げんじ)の方(かた)より
仁科(にしな)・高梨(たかなし)・山田(やまだの)次郎(じらう)、五百(ごひやく)余騎(よき)で馳(はせ)むかふ【向ふ】。
しばしささへてたたかひ【戦ひ】けるが、有国(ありくに)が方(かた)の
勢(せい)おほく【多く】うた【討た】れぬ。有国(ありくに)ふか入(いり)【深入り】してたたかふ【戦ふ】
ほど【程】に、矢(や)だね皆(みな)い【射】つくして、馬(むま)をもい【射】させ、
P07054
かちだちになり、うち物(もの)【打物】ぬいてたたかひ【戦ひ】けるが、
敵(かたき)あまたうちとり、矢(や)七(なな)つ八(やつ)い【射】たてられて、
立(たち)じににこそ死(しに)にけれ。大将(たいしやう)か様(やう)【斯様】になり【成り】し
『真盛【*実盛】(さねもり)』S0708
かば、其(その)勢(せい)みな【皆】落(おち)行(ゆき)ぬ。○又(また)武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)
長井(ながゐの)斎藤(さいとう)別当(べつたう)実守【*実盛】(さねもり)、みかた【御方】は皆(みな)おち【落ち】ゆけ
共(ども)、ただ一騎(いつき)かへしあはせ【合はせ】返(かへ)しあはせ【合はせ】防(ふせき)(フセギ)
たたかふ【戦ふ】。存(ぞんず)るむねあり【有り】ければ、赤地(あかぢ)の錦(にしき)
の直垂(ひたたれ)に、もよぎおどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、くわがた(くはがた)
う(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)をしめ、金作(こがねづく)りの太刀(たち)をはき、
P07055
きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、滋藤(しげどう)の弓(ゆみ)も(ッ)て、連銭葦
毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)にきぶくりん【黄覆輪】の鞍(くら)をい(おい)【置い】てぞ
の(ッ)【乗つ】たりける。木曾殿(きそどの)の方(かた)より手塚(てづか)の太郎(たらう)
光盛(みつもり)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、「あなやさし、いか
なる人(ひと)にて在(ましま)せば、み方(かた)の御勢(おんせい)は皆(みな)落(おち)候(さうらふ)
に、ただ一騎(いつき)のこらせ給(たま)ひたるこそゆう(いう)【優】
なれ。なのら【名乗ら】せ給(たま)へ」と詞(ことば)をかけければ、「かういふ
わとのはた【誰】そ」。「信濃国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)手塚(てづかの)太郎(たらう)金
刺(かねざしの)光盛(みつもり)」とこそなの(ッ)【名乗つ】たれ。「さてはたがひによい敵(かたき)
P07056
ぞ。但(ただし)わとのをさぐるにはあらず、存(ぞんず)るむねが
あれば名(な)のるまじひ(まじい)ぞ。よれくまふ(くまう)手塚(てづか)」とて
おしならぶる処(ところ)に、手塚(てづか)が郎等(らうどう)をくれ(おくれ)【遅れ】馳(ばせ)に
はせ来(きたつ)て、主(しゆう)をうたせじとなかにへだたり、
斎藤(さいとう)別当(べつたう)にむずとくむ。「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、をのれ(おのれ)【己】は
日本(につぽん)一(いち)の剛(かう)の者(もの)とぐんでうず(くんでうず)【組んでうず】な、うれ」とて、と(ッ)て
引(ひき)よせ、鞍(くら)のまへわにおしつけ、頸(くび)かきき(ッ)て
捨(すて)て(ン)げり。手塚(てづかの)太郎(たらう)、郎等(らうどう)がうたるるをみて、
弓手(ゆんで)にまはりあひ、鎧(よろひ)の草摺(くさずり)ひき【引き】あげて
P07057
二刀(ふたかたな)さし、よはる(よわる)【弱る】処(ところ)にくんでおつ。斎藤(さいとう)別当(べつたう)
こころ【心】はたけくおもへ【思へ】ども、いくさ【軍】にはしつかれ【疲れ】ぬ、
其上(そのうへ)老武者(おいむしや)ではあり、手塚(てづか)が下(した)になりに
けり。又(また)手塚(てづか)が郎等(らうどう)をくれ(おくれ)【遅れ】馳(ばせ)に出(い)できたるに
頸(くび)とらせ、木曾殿(きそどの)の御(おん)まへに馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「光盛(みつもり)
こそ奇異(きい)のくせ者(もの)【曲者】くんでう(ッ)【打つ】て候(さうら)へ。侍(さぶらひ)かと見(み)
候(さうら)へば錦(にしき)の直垂(ひたたれ)をきて候(さうらふ)。大将軍(たいしやうぐん)かと見(み)
候(さうら)へばつづく勢(せい)も候(さうら)はず。名(な)のれ名(な)のれとせめ
候(さうらひ)つれども、終(つひ)になのり【名乗り】候(さうら)はず。声(こゑ)は坂東
P07058
声(ばんどうごゑ)で候(さうらひ)つる」と申(まう)せば、木曾殿(きそどの)「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、是(これ)は
斎藤(さいとう)別当(べつたう)であるごさんめれ。それならば
義仲(よしなか)が上野(かうづけ)へこえたりし時(とき)、おさな目(め)(をさなめ)【幼目】に
み【見】しかば、しらがのかすを【糟尾】なりしぞ。いまは定而(さだめて)
白髪(はくはつ)にこそなりぬらんに、びんぴげのくろい
こそあやしけれ。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)はなれ【馴れ】あそ(ン)でみ【見】
し(ッ)たるらん。樋口(ひぐち)めせ」とてめされけり。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)
ただ一目(ひとめ)みて、「あなむざんや、斎藤(さいとう)別当(べつたう)で
候(さうらひ)けり」。木曾殿(きそどの)「それならば今(いま)は七十(しちじふ)にも
P07059
あまり、白髪(はくはつ)にこそなりぬらんに、びんぴげ
のくろいはいかに」との給(たま)へ【宣へ】ば、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)涙(なみだ)を
はらはらとながひ(ながい)【流い】て、「さ候(さうら)へばそのやうを申(まうし)あ
げうど仕(つかまつり)候(さうらふ)が、あまり哀(あはれ)で不覚(ふかく)の涙(なんだ)のこぼれ
候(さうらふ)ぞや。弓矢(ゆみや)とりはいささかの所(ところ)でも思(おも)ひいでの
詞(ことば)をば、かねてつかひをく(おく)【置く】べきで候(さうらひ)ける物(もの)
かな。斎藤(さいとう)別当(べつたう)、兼光(かねみつ)にあふ(あう)【逢う】て、つねは物語(ものがたり)に
仕(つかまつり)候(さうらひ)し。「六十(ろくじふ)にあま(ッ)ていくさ【軍】の陣(ぢん)へむかは【向は】ん
時(とき)は、びんぴげをくろう【黒う】染(そめ)てわかやがふ(う)どおもふ【思ふ】
P07060
なり。其(その)故(ゆゑ)は、わか殿原(とのばら)【若殿原】にあらそひてさき
をかけんもおとなげなし、又(また)老武者(らうむしや)とて
人(ひと)のあなどらんも口惜(くちをし)かるべし」と申(まうし)候(さうらひ)しが、
まこと【誠】に染(そめ)て候(さうらひ)けるぞや。あらは【洗は】せて御(ご)らん
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、「さもあるらん」とて、あらはせ
て見(み)給(たま)へば、白髪(はくはつ)にこそ成(なり)にけれ。錦(にしき)の
直垂(ひたたれ)をきたりける事(こと)は、斎藤(さいとう)別当(べつたう)、最後(さいご)
のいとま申(まうし)に大臣殿(おほいとの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)けるは、「さね
もり【実盛】が身(み)ひとつ【一つ】の事(こと)では候(さうら)はねども、一年(ひととせ)東
P07061
国(とうごく)へむかひ【向ひ】候(さうらひ)し時(とき)、水鳥(みづとり)の羽音(はおと)におどろいて、
矢(や)ひとつ【一つ】だにも射(い)ずして、駿河(するが)のかん原(ばら)【蒲原】より
にげのぼ(ッ)【上つ】て候(さうらひ)し事(こと)、老後(らうご)の恥辱(ちじよく)ただ此(この)
事(こと)候(ざうらふ)。今度(こんど)北国(ほつこく)へむかひ【向ひ】ては、討死(うちじに)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。さ
らんにと(ッ)ては、実守【*実盛】(さねもり)もと越前国(ゑちぜんのくに)の者(もの)で候(さうらひ)し
かども、近年(きんねん)御領(ごりやう)につい【付い】て武蔵(むさし)の長井(ながゐ)に
居住(きよぢゆう)せしめ候(さうらひ)き。事(こと)の喩(たとへ)候(さうらふ)ぞかし。古郷(こきやう)へ
は錦(にしき)をきて帰(かへ)れといふ事(こと)の候(さうらふ)。錦(にしき)の直
垂(ひたたれ)御(おん)ゆるし候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、大臣殿(おほいとの)「やさしう
P07062
申(まうし)たる物(もの)かな」とて、錦(にしき)の直垂(ひたたれ)を御免(ごめん)あり【有り】
けるとぞ聞(きこ)えし。昔(むかし)の朱買臣(しゆばいしん)は錦(にしき)の
袂(たもと)を会稽山(くわいけいざん)に翻(ひるがへ)し、今(いま)の斎藤(さいとう)別当(べつたう)は其(その)
名(な)を北国(ほつこく)の巷(ちまた)にあぐとかや。朽(くち)もせぬむな
しき【空しき】名(な)のみとどめ【留め】をき(おき)て、かばねは越路(こしぢ)
の末(すゑ)の塵(ちり)となるこそかなしけれ。去(さんぬる)四月(しぐわつ)十
七日(じふしちにち)、十万(じふまん)余騎(よき)にて都(みやこ)を立(たち)し事(こと)がらは、なに
面(おもて)をむかふ【向ふ】べしともみえざりしに、今(いま)五月(ごぐわつ)下
旬(げじゆん)に帰(かへ)りのぼるには、其(その)勢(せい)わづかに二万(にまん)余騎(よき)、
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「流(ながれ)をつくしてすなどる時(とき)は、おほく【多く】のうを【魚】を
う【得】といへども、明年(めいねん)に魚(うを)なし。林(はやし)をやいて
かる【狩る】時(とき)は、おほく【多く】のけだもの【獣】をう【得】といへども、
明年(めいねん)に獣(けだもの)なし。後(のち)を存(ぞん)じて少々(せうせう)はのこ
さるべかりける物(もの)を」と申(まうす)人々(ひとびと)もあり【有り】けると
『還亡(げんばう)』S0709
かや。○上総督忠清、飛弾督景家は、おととし(をととし)入道
相国薨ぜられける時、ともに出家したりけるが、
今度北国にて子ども皆亡びぬときいて
其おもひのつもりにや、つゐに(つひに)【遂に】なげき死にぞ
P07064
しににける。是(これ)をはじめておやは子(こ)にをくれ(おくれ)、
婦(め)は夫(おつと)(ヲツト)にわかれ、凡(およそ)遠国(をんごく)近国(きんごく)もさこそあり
けめ、京中(きやうぢゆう)には家々(いへいへ)に門戸(もんこ)を閉(とぢ)て、声々(こゑごゑ)
に念仏(ねんぶつ)申(まうし)おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】事(こと)おびたたし【夥し】。六月(ろくぐわつ)
一日(ひとひのひ)、蔵人(くらんどの)右衛門権佐(うゑもんのごんのすけ)定長(さだなが)、神祇(じんぎの)権少副(ごんのせう)(ごんのユウ)大中臣(おほなかとみの)
親俊(ちかとし)を殿上(てんじやう)の下口(しもぐち)へめし【召し】て、兵革(ひやうがく)しづまらば、
大神宮(だいじんぐう)へ行幸(ぎやうがう)なるべきよし仰下(おほせくだ)さる。大神
宮(だいじんぐう)は高間[B ノ]原(たかまのはら)より天(あま)くだらせ給(たま)ひしを、崇神
天皇(しゆじんてんわう)の御宇(ぎよう)廿五年(にじふごねん)三月(さんぐわつ)に、大和国(やまとのくに)笠縫(かさぬひ)(カサヌイ)の里(さと)
P07065
より伊勢国(いせのくに)わたらひ【度会】の郡(こほり)五十鈴(いすず)の河上(かはかみ)、
したつ石根(いはね)【下津石根】に大宮柱(おほみやばしら)をふとしきたて【太敷立て】、
祝(あがめ)そめたてま(ッ)【奉つ】てよりこのかた、日本(につぽん)六十(ろくじふ)
余州(よしう)、三千七百五十(さんぜんしちひやくごじふ)余社(よしや)の、大小(だいせう)の神祇(じんぎ)
冥道(みやうだう)のなかには無双(ぶそう)也(なり)。され共(ども)代々(だいだい)の御
門(みかど)臨幸(りんかう)はなかりしに、奈良御門(ならのみかど)の御時(おんとき)、
左大臣(さだいじん)不比等(ふひとう)の孫(まご)、参議(さんぎ)式部卿(しきぶきやう)宇合(うがふ)(ウガウ)
の子(こ)、右近衛[B ノ](うこんゑの)権少将(ごんのせうしやう)兼(けん)太宰少弐(ださいのせうに)藤原広
嗣(ふじはらのひろつぎ)といふ人(ひと)あり【有り】けり。天平(てんびやう)十五年(じふごねん)十月(じふぐわつ)、
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肥前国(ひぜんのくに)松浦郡(まつらのこほり)にして、数万(すまん)の凶賊(きようぞく)を
かたら(ッ)て国家(こつか)を既(すで)にあやぶめんとす。是(これ)
によ(ッ)て大野(おほの)のあづま人(うど)を大将軍(たいしやうぐん)にて、
広嗣(ひろつぎ)追討(ついたう)せられし時(とき)、はじめて大神宮(だいじんぐう)
へ行幸(ぎやうがう)なりけるとかや。其(その)例(れい)とぞ聞(きこ)えし。
彼(かの)広嗣(ひろつぎ)は肥前(ひぜん)の松浦(まつら)より都(みやこ)へ一日(いちにち)におり
のぼる馬(むま)を持(もち)たりけり。追討(ついたう)せられし
時(とき)も、みかた【御方】の凶賊(きようぞく)おち【落ち】ゆき、皆(みな)亡(ほろび)て後(のち)、
件(くだん)の馬(むま)にうちの(ッ)【乗つ】て、海中(かいちゆう)へ馳入(はせいり)けるとぞ
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聞(きこ)えし。その亡霊(ばうれい)あれ【荒れ】て、おそろしき【恐ろしき】事(こと)
ども【共】おほかり【多かり】けるなかに、天平(てんびやう)十六年(じふろくねん)
六月(ろくぐわつ)十八日(じふはちにち)、筑前国(ちくぜんのくに)みかさ【見笠】の郡(こほり)太宰府(ださいふ)
の観世音寺(くわんぜおんじ)、供養(くやう)ぜられける導師(だうし)には、
玄房僧正(げんばうそうじやう)とぞきこえ【聞え】し。高座(かうざ)にのぼり、
敬白(けいひやく)の鐘(かね)うちならす時(とき)、俄(にはか)に空(そら)かき曇(くもり)、
雷(いかづ)ちおびたたしう【夥しう】鳴(なつ)て、玄房(げんばう)の上(うへ)に
おち【落ち】かかり、その首(かうべ)をと(ッ)て雲(くも)のなかへぞ
入(いり)にける。広嗣(ひろつぎ)調伏(てうぶく)したりけるゆへ(ゆゑ)【故】とぞ
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聞(きこ)えし。彼(かの)僧正(そうじやう)は、吉備大臣(きびのだいじん)入唐(につたう)の時(とき)あひ【相】
ともな(ッ)て、法相宗(ほつさうじゆう)(ホツサウジウ)わたしたりし人(ひと)也(なり)。
唐人(たうじん)が玄房(げんばう)といふ名(な)をわら(ッ)【笑つ】て、「玄房(げんばう)とは
〔かへ(ッ)【還つ】て〕ほろぶ【亡ぶ】といふ音(こゑ)(コヘ)あり【有り】。いか様(さま)にも帰朝(きてう)の後(のち)
事(こと)にあふべき人(ひと)なり」と相(さう)したりける
とかや。同(おなじき)天平(てんびやう)十九年(じふくねん)六月(ろくぐわつ)十八日(じふはちにち)、しやれかう
べ【髑髏】に玄房(げんばう)といふ銘(めい)をかいて、興福寺(こうぶくじ)の庭(には)
におとし【落し】、虚空(こくう)に人(ひと)ならば千人(せんにん)[B 「千」に「二三百イ」と傍書]ばかりが声(こゑ)
で、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】事(こと)あり【有り】けり。興福寺(こうぶくじ)は
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法相宗(ほつさうじゆう)の寺(てら)たるによ(ッ)て也(なり)。彼(かの)僧正(そうじやう)の弟
子共(でしども)是(これ)をと(ッ)てつか【塚】をつき、其(その)首(くび)をおさ
め(をさめ)【納め】て頭墓(づはか)と名付(なづけ)て今(いま)にあり【有り】。是(これ)則(すなはち)
広嗣(ひろつぎ)が霊(れい)のいたす【致す】ところ【所】なり。是(これ)によ(ッ)て
彼(かの)亡霊(ばうれい)を崇(あがめ)られて、今(いま)松浦(まつら)の鏡(かがみ)の宮(みや)と
号(かう)す。嵯峨(さがの)皇帝(くわうてい)の御時(おんとき)は、平城(へいぜい)の先帝(せんてい)、
内侍(ないし)のかみのすすめによ(ッ)て世(よ)をみだり給(たま)ひ
し時(とき)、その御祈(おんいのり)の為(ため)に、御門(みかど)第三(だいさんの)皇女(くわうによ)ゆう
ち(いうち)【有智】内親王(ないしんわう)を賀茂(かも)の斎院(さいゐん)にたてまいらせ(たてまゐらせ)【立て参らせ】
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給(たま)ひけり。是(これ)斎院(さいゐん)のはじめ也(なり)。朱雀院(しゆしやくゐん)の
御宇(ぎよう)には、将門(まさかど)・純友(すみとも)が兵乱(ひやうらん)によ(ッ)て、八幡(やはた)の
臨時(りんじ)の祭(まつり)をはじめらる。今度(こんど)もかやう【斯様】の
例(れい)をも(ッ)てさまざまの御祈共(おんいのりども)はじめられけり。
『木曾山門牒状(きそさんもんてふじやう)』S0710
○木曾(きそ)、越前(ゑちぜん)の国府(こふ)について、家子(いへのこ)郎等(らうどう)めし【召し】
あつめ【集め】て評定(ひやうぢやう)す。「抑(そもそも)義仲(よしなか)近江国(あふみのくに)をへ
てこそ都(みやこ)へはいらむずるに、例(れい)の山僧(さんぞう)共(ども)は
防(ふせく)事(こと)もやあらんずらん。かけ【駆け】破(やぶつ)てとをら(とほら)【通ら】ん
事(こと)はやすけれ共(ども)、平家(へいけ)こそ当時(たうじ)は仏法(ぶつぽふ)とも【共】
P07071
いはず、寺(てら)をほろぼし、僧(そう)をうしなひ【失ひ】、悪行(あくぎやう)を
ばいたせ、それを守護(しゆご)の為(ため)に上洛(しやうらく)せんものが、
平家(へいけ)とひとつ【一つ】なればとて、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)にむ
か(ッ)【向つ】ていくさ【軍】せん事(こと)、すこし【少し】もたがは【違は】ぬ二(に)の
舞(まひ)なるべし。是(これ)こそさすがやす大事(だいじ)【安大事】よ。いかが
せん」との給(たま)へ【宣へ】ば、手書(てかき)に具(ぐ)せられたる大夫房(だいぶばう)
覚明(かくめい)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の衆徒(しゆと)は三千人(さんぜんにん)候(さうらふ)。必(かなら)ず
一味(いちみ)同心(どうしん)なる事(こと)は候(さうら)はず、皆(みな)思々(おもひおもひ)心々(こころごころ)に候(さうらふ)也(なり)。
或(あるい)は源氏(げんじ)につかんといふ衆徒(しゆと)も候(さうらふ)らん、或(あるい)は又(また)
P07072
平家(へいけ)に同心(どうしん)せんといふ大衆(だいしゆ)も候(さうらふ)らん。牒状(てふじやう)(テウジヤウ)を
つかはし【遣し】て御覧(ごらん)候(さうら)へ。事(こと)のやう【様】返牒(へんてふ)にみえ【見え】候(さうら)
はんずらむ」と申(まうし)ければ、「此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)しかる【然る】べし。
さらばかけ【書け】」とて、覚明(かくめい)に牒状(てふじやう)かかせて、山門(さんもん)へ
をくる(おくる)【送る】。其(その)状(じやう)に云(いはく)、義仲(よしなか)倩(つらつら)平家(へいけ)の悪逆(あくぎやく)を
見(み)るに、保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、ながく人臣(じんしん)の
礼(れい)をうしなふ【失ふ】。雖然(しかりといへども)、貴賎(きせん)手(て)をつかね、緇素(しそ)
足(あし)をいただく。恣(ほしいまま)に帝位(ていゐ)を進退(しんだい)し、あく【飽く】
まで国郡(こくぐん)をりよ領(りやう)【虜領】す。道理(だうり)非理(ひり)を論(ろん)ぜず、
P07073
権門(けんもん)勢家(せいけ)を追補【*追捕】(ついふく)し、有財(うざい)無財(むざい)をいはず、
卿相(けいしやう)侍臣(ししん)を損亡(そんまう)す。其(その)資財(しざい)を奪取(うばひとつ)て
悉(ことごとく)郎従(らうじゆう)にあたへ、彼(かの)庄園(しやうゑん)を没取(もつしゆ)して、
みだり
がはしく子孫(しそん)にはぶく。就中(なかんづく)に去(さんぬる)治承(ぢしよう)三年(さんねん)
十一月(じふいちぐわつ)、法皇(ほふわう)を城南(せいなん)の離宮(りきゆう)に移(うつ)し奉(たてまつ)る。
博陸(はくりく)を海城(かいせい)の絶域(ぜつゐき)に流(なが)し奉(たてまつ)る。衆庶(しゆそ)物(もの)
いはず、道路(たうろ)目(め)をも(ッ)てす。しかのみならず、同(おなじき)四年(しねん)
五月(ごぐわつ)、二(に)の宮(みや)の朱閣(しゆかく)をかこみ奉(たてまつ)り、九重(きうちよう)の垢
塵(こうちん)をおどろかさしむ。爰(ここ)に帝子(ていし)非分(ひぶん)の害(がい)
P07074
をのがれ【逃れ】んがために、ひそかに園城寺(をんじやうじ)へ入御(じゆぎよ)
の時(とき)、義仲(よしなか)先日(せんにち)に令旨(りやうじ)を給(たまは)るによ(ッ)て、鞭(むち)を
あげんとほ(ッ)する処(ところ)に、怨敵(をんでき)巷(ちまた)にみちて予
参(よさん)道(みち)をうしなふ。近境(きんけい)の源氏(げんじ)猶(なほ)参候(さんこう)せず、況(いはん)
や遠境(ゑんけい)においてをや。しかる【然る】を園城(をんじやう)は分限(ぶんげん)
なきによ(ッ)て南都(なんと)へおもむか【赴むか】しめ給(たま)ふ間(あひだ)、宇治
橋(うぢはし)にて合戦(かつせん)す。大将(だいしやう)三位(さんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)父子(ふし)、命(めい)を
かろんじ、義(ぎ)をおもんじて、一戦(いつせん)の功(こう)をはげま
すといへども、多勢(たせい)のせめ【攻め】をまぬかれ【免かれ】ず、形骸(けいがい)
P07075
を古岸(こがん)の苔(こけ)にさらし、性命(せいめい)を長河(ちやうか)の浪(なみ)に
ながす。令旨(りやうじ)の趣(おもむき)肝(きも)に銘(めい)じ、同類(どうるい)のかなしみ
魂(たましひ)をけつ。是(これ)によ(ッ)て東国(とうごく)北国(ほつこく)の源氏等(げんじら)をの
をの(おのおの)【各々】参洛(さんらく)を企(くはた)て、平家(へいけ)をほろぼさんとほ(ッ)す。
義仲(よしなか)去(いん)じ年(とし)の秋(あき)、宿意(しゆくい)を達(たつ)せんが為(ため)に、
旗(はた)をあげ剣(けん)をと(ッ)て信州(しんしう)を出(いで)し日(ひ)、越後(ゑちご)
の国(くに)の住人(ぢゆうにん)城(じやうの)四郎(しらう)ながもち【長茂】、数万(すまん)の軍兵(ぐんびやう)
を率(そつ)して発向(はつかう)せしむる間(あひだ)、当国(たうごく)横田川原(よこたがはら)
にして合戦(かつせん)す。義仲(よしなか)わづかに三千(さんぜん)余騎(よき)を
P07076
も(ッ)て、彼(かの)数万(すまん)の兵(つはもの)を破(やぶ)りおは(ン)(をはん)ぬ。風聞(ふうぶん)ひろ
きに及(およん)で、平氏(へいじ)の大将(だいしやう)十万(じふまん)の軍士(ぐんし)を率(そつ)
して北陸(ほくろく)に発向(はつかう)す。越州(ゑつしう)・賀州(かしう)・砥浪(となみ)・黒坂(くろさか)・塩
坂(しほさか)・篠原(しのはら)以下(いげ)の城郭(じやうくわく)にして数ケ度(すかど)合戦(かつせん)す。
策(はかりこと)を惟幕(ゐばく)の内(うち)にめぐらして、勝(かつ)事(こと)を咫
尺(しせき)のもとにえたり。しかる【然る】をうてば必(かなら)ず伏(ふく)し、
せむれば必(かなら)ずくだる。秋(あき)の風(かぜ)の芭蕉(ばせう)を破(やぶる)に
異(こと)ならず、冬(ふゆ)の霜(しも)の群葉(ぐんえふ)をからす【枯らす】に同(おな)じ。
是(これ)ひとへに神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)のたすけ【助け】也(なり)。更(さら)に義仲(よしなか)が
P07077
武略(ぶりやく)にあらず。平氏(へいじ)敗北(はいぼく)のうへ【上】は参洛(さんらく)を企(くはたつ)る
者(もの)也(なり)。今(いま)叡岳(えいがく)の麓(ふもと)を過(すぎ)て洛陽(らくやう)の衢(ちまた)に
いる【入る】べし。此(この)時(とき)にあた(ッ)てひそかに疑貽【*疑殆】(ぎたい)あり【有り】。抑(そもそも)天
台衆徒(てんだいのしゆと)平家(へいけ)に同心(どうしん)歟(か)、源氏(げんじ)に与力(よりき)歟(か)。若(もし)彼(かの)
悪徒(あくと)をたすけ【助け】らるべくは、衆徒(しゆと)にむか(ッ)【向つ】て合
戦(かつせん)すべし。若(もし)合戦(かつせん)をいたさば叡岳(えいがく)の滅亡(めつばう)踵(くびす)
をめぐらすべからず。悲(かなしき)哉(かな)、平氏(へいじ)震襟【*宸襟】(しんきん)を悩(なやま)し、
仏法(ぶつぽふ)をほろぼす間(あひだ)、悪逆(あくぎやく)をしづめんがために
義兵(ぎへい)を発(おこ)す処(ところ)に、忽(たちまち)に三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)に向(むかつ)て
P07078
不慮(ふりよ)の合戦(かつせん)を致(いたさ)ん事(こと)を。痛(いたましき)哉(かな)、医王(いわう)山王(さんわう)に
憚(はばかり)奉(たてまつり)て、行程(かうてい)に遅留(ちりう)せしめば、朝廷(てうてい)緩
怠(くわんたい)の臣(しん)として武略(ぶりやく)瑕瑾(かきん)のそしりをのこ
さん事(こと)を。みだりがはしく進退(しんだい)に迷(まどつ)て案内(あんない)
を啓(けい)する所(ところ)也(なり)。乞願(こひねがはく)は三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)、神(かみ)のため、〔仏(ほとけ)のため、〕
国(くに)のため、君(きみ)の為(ため)に、源氏(げんじ)に同心(どうしん)して凶徒(きようど)を
誅(ちゆう)し、鴻化(こうくわ)に浴(よく)せん。懇丹(こんたん)の至(いたり)に堪(たへ)ず。義仲(よしなか)
恐惶(きようくわう)謹言(つつしんでまうす)。寿永(じゆえい)二年(にねん)六月(ろくぐわつ)十日(とをかのひ)源(みなもとの)義仲(よしなか)進上(しんじやう)
『返牒(へんてふ)』S0711
恵光坊(ゑくわうばうの)律師(りつしの)御房(おんばう)とぞかい【書い】たりける。○案(あん)のごとく、
P07079
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)を披見(ひけん)して、僉議(せんぎ)まちまち
なり。或(あるい)は源氏(げんじ)につかんといふ衆徒(しゆと)もあり、或(あるい)は
又(また)平家(へいけ)に同心(どうしん)せんといふ大衆(だいしゆ)もあり【有り】。おもひおもひ【思ひ思ひ】
異儀(いぎ)まちまち也(なり)。老僧共(らうそうども)の僉議(せんぎ)しけるは、「詮(せんず)る
所(ところ)、我等(われら)も(ッ)ぱら【専ら】金輪聖主(きんりんせいしゆ)天長地久(てんちやうちきう)と祈(いのり)奉(たてまつ)る。平
家(へいけ)は当代(たうだい)の御外戚(ごぐわいせき)、山門(さんもん)にをいて(おいて)帰敬(ききやう)をいたさる。
されば今(いま)に至(いた)るまで彼(かの)繁昌(はんじやう)を祈誓(きせい)す。し
かりといへども、悪行(あくぎやう)法(ほふ)に過(すぎ)て万人(ばんじん)是(これ)を背(そむ)
く。討手(うつて)を国々(くにぐに)へつかはす【遣す】といへ共(ども)、かへ(ッ)て【却つて】異賊(いぞく)
P07080
のためにほろぼさる。源氏(げんじ)は近年(きんねん)より
このかた、度々(どど)のいくさ【軍】に討勝(うちかつ)て運命(うんめい)ひら
けんとす。なんぞ当山(たうざん)ひとり宿運(しゆくうん)つき
ぬる平家(へいけ)に同心(どうしん)して、運命(うんめい)ひらくる源
氏(げんじ)をそむかんや。すべからく平家(へいけ)値遇(ちぐ)の儀(ぎ)
を翻(ひるがへ)して、源氏(げんじ)合力(かふりよく)の心(こころ)に住(ぢゆう)すべき」よし、一
味(いちみ)同心(どうしん)に僉議(せんぎ)して、返牒(へんてふ)ををくる(おくる)【送る】。木曾殿(きそどの)
又(また)家子(いへのこ)郎等(らうどう)めし【召し】あつめ【集め】て、覚明(かくめい)に此(この)返牒(へんてふ)
をひらかせらる。六月(ろくぐわつ)十日(とをかのひ)の牒状(てふじやう)、同(おなじき)十六日(じふろくにち)到
P07081
来(たうらい)、披閲(ひえつ)のところ【所】に数日(すじつ)の鬱念(うつねん)一時(いつし)に
解散(げさん)す。凡(およそ)平家(へいけ)の悪逆(あくぎやく)累年(るいねん)に及(およん)で、
朝廷(てうてい)の騒動(さうどう)やむ時(とき)なし。事(こと)人口(じんこう)にあり、
異失(いしつ)するにあたはず。夫(それ)叡岳(えいがく)にいた(ッ)ては、
帝都(ていと)東北(とうぼく)の仁祠(じんし)として、国家(こつか)静謐(せいひつ)の精
祈(せいき)をいたす。しかる【然る】を一天(いつてん)久(ひさ)しく彼(かの)夭逆(えうげき)に
をかされて、四海(しかい)鎮(とこしなへ)に其(その)安全(あんせん)をえず。顕密(けんみつ)
の法輪(ほふりん)なきが如(ごと)く、擁護(をうご)の神威(しんゐ)しばしば
すたる。爰(ここに)貴下(きか)適(たまたま)累代(るいたい)武備(ぶび)の家(いへ)に生(むまれ)て、
P07082
幸(さいはひ)に当時(たうじ)政善(せいぜん)【*精撰】の仁(じん)たり。予(あらかじめ)奇謀(きぼう)をめぐ
らして忽(たちまち)に義兵(ぎへい)をおこす。万死(ばんし)の命(めい)を
忘(わすれ)て一戦(いつせん)の功(こう)をたつ。其(その)労(らう)いまだ両年(りやうねん)を
すぎざるに其(その)名(な)既(すで)に四海(しかい)にながる。我(わが)
山(やま)の衆徒(しゆと)、かつがつ以(もつて)承悦(しようえつ)す。国家(こつか)のため、累家(るいか)
のため、武功(ぶこう)を感(かん)じ、武略(ぶりやく)を感(かん)ず。かくのごと
く【如く】ならば則(すなはち)山上(さんじやう)の精祈(せいき)むなしからざる事(こと)
を悦(よろこ)び、海内(かいだい)の恵護(ゑご)おこたりなき事(こと)をしん【知ん】
ぬ。自寺(じじ)他寺(たじ)、常住(じやうぢゆう)の仏法(ぶつぽふ)、本社(ほんじや)末社(まつしや)、祭奠(さいてん)
P07083
の神明(しんめい)、定(さだめ)て教法(けうぼふ)の二(ふた)たび【二度】さかへ(さかえ)【栄え】ん事(こと)を悦(よろこ)び、
崇敬(そうきやう)のふるきに服(ふく)せん事(こと)を隨喜(ずいき)し給(たま)ふ
らむ。衆徒等(しゆとら)が心中(しんぢゆう)、只(ただ)賢察(けんさつ)をたれよ【垂れよ】。然(しかれば)則(すなはち)、
冥(みやう)には十二(じふに)神将(じんじやう)、忝(かたじけな)く医王(いわう)善逝(ぜんぜい)の使者(ししや)と
して凶賊(きようぞく)追討(ついたう)の勇士(ようし)にあひくははり【加はり】、顕(けん)に
は三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)しばらく修学(しゆがく)讃仰(さんぎやう)の勤
節(きんせつ)を止(やめ)て、悪侶(あくりよ)治罰(ぢばつ)の官軍(くわんぐん)をたすけし
めん。止観(しくわん)十乗(じふじよう)の梵風(ぼんぷう)は奸侶(かんりよ)を和朝(わてう)の外(ほか)に
払(はら)ひ、瑜伽(ゆが)三蜜【三密】(さんみつ)の法雨(ほふう)は時俗(しぞく)を尭年(げうねん)の
P07084
昔(むかし)にかへさ【返さ】ん。衆儀(しゆぎ)かくの如(ごと)し。倩(つらつら)是(これ)を察(さつせ)よ。
寿永(じゆえい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)二日(ふつかのひ)大衆等(だいしゆら)とぞかいたりける。
『平家(へいけ)山門(さんもんへの)連署(れんじよ)』S0712
○平家(へいけ)はこれをしら【知ら】ずして、「興福(こうぶく)園城(をんじやう)両寺(りやうじ)は
鬱憤(うつぷん)をふくめる折節(をりふし)なれば、かたらふとも【共】
よもなびかじ。当家(たうけ)はいまだ山門(さんもん)のためにあた
をむすばず、山門(さんもん)又(また)当家(たうけ)のために不忠(ふちゆう)を存(ぞん)
ぜず。山王大師(さんわうだいし)に祈誓(きせい)して、三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)を
かたらはばや」とて、一門(いちもん)の公卿(くぎやう)十人(じふにん)、同心(どうしん)連署(れんじよ)
の願書(ぐわんじよ)をかいて山門(さんもん)へ送(おく)る。其(その)状(じやう)に云(いはく)、敬(うやまつて)白(まうす)、
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延暦寺(えんりやくじ)をも(ッ)て氏寺(うぢてら)に准(じゆん)じ、日吉(ひよし)の社(やしろ)を
も(ッ)て氏社(うじやしろ)として、一向(いつかう)天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)を仰(あふぐ)べ
き事(こと)。右(みぎ)当家(たうけ)一族(いちぞく)の輩(ともがら)、殊(こと)に祈誓(きせい)する事(こと)
あり【有り】。旨趣(しいしゆ)如何者(いかんとなれば)、叡山(えいさん)は是(これ)桓武天皇(くわんむてんわう)の
御宇(ぎよう)、伝教大師(でんげうだいし)入唐(につたう)帰朝(きてう)の後(のち)、円頓(ゑんどん)の教
法(けうぼふ)を此(この)所(ところ)にひろめ、遮那(しやな)の大戒(だいかい)を其(その)内(うち)に
伝(つたへ)てよりこのかた、専(もつぱら)仏法(ぶつぽふ)繁昌(はんじやう)の霊崛(れいくつ)と
して、鎮護(ちんご)国家(こつか)の道場(だうぢやう)にそなふ。方(まさ)に今(いま)、
伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)源(みなもとの)頼朝(よりとも)、其(その)身の咎(とが)を悔(くい)ず、
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かへ(ッ)て【却つて】朝憲(てうけん)を嘲(あざけ)る。しかのみならず奸謀(かんぼう)
にくみして同心(どうしん)をいたす源氏等(げんぢら)、義仲(よしなか)行家(ゆきいへ)
以下(いげ)党(たう)を結(むすび)て数(かず)あり。隣境(りんけい)遠境(ゑんけい)数国(すこく)を
掠領(りやくりやう)(シヨウりやう)し、土宜(とぎ)土貢(とこう)万物(ばんぶつ)を押領(あふりやう)す。これに
よ(ッ)て或(あるい)は累代(るいたい)勲功(くんこう)の跡(あと)をおひ、或(あるいは)当時(たうじ)
弓馬(きゆうば)の芸(げい)にまかせ【任せ】て、速(すみやか)に賊徒(ぞくと)を追
討(ついたう)し、凶党(きようたう)を降伏(がうぶく)すべき由(よし)、いやしくも勅
命(ちよくめい)をふくん【含ん】で、頻(しきり)に征罰(せいばつ)を企(くはた)つ。爰(ここ)に
魚鱗(ぎよりん)鶴翼(くわくよく)の陣(ぢん)、官軍(くわんぐん)利(り)をえず、聖謀(せいぼう)
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先戟(せんげき)【*電戟(てんげき)】の威(ゐ)、逆類(ぎやくるい)勝(かつ)に乗(のる)に似(に)たり。若(もし)神明(しんめい)仏
陀(ぶつだ)の加備(かび)にあらずは、争(いかで)か反逆(ほんぎやく)の凶乱(きようらん)をしづ
めん〔是を以て、一向天台之仏法に帰し、不退日吉の神恩を憑み奉る〕耳(のみ)。何(いかに)況(いはん)や、忝(かたじけな)く臣等(しんら)が曩祖(なうそ)をおもへ【思へ】ば、
本願(ほんぐわん)の余裔(よえい)とい(ッ)つべし。弥(いよいよ)崇重(そうちよう)すべし、弥(いよいよ)
恭敬(くぎやう)すべし。自今(じごん)以後(いご)山門(さんもん)に悦(よろこび)あらば一門(いちもん)
の悦(よろこび)とし、社家(しやけ)に憤(いきどほり)あらば一家(いつか)の憤(いきどほり)とし
て、をのをの(おのおの)【各々】子孫(しそん)に伝(つたへ)てながく失堕(しつだ)せじ。
藤氏(とうじ)は春日社(かすがのやしろ)興福寺(こうぶくじ)をも(ッ)て氏社(うぢやしろ)氏寺(うぢてら)
として、久(ひさ)しく法相(ほつさう)大乗(だいじよう)の宗(しゆう)を帰(き)す。平氏(へいじ)は
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日吉社(ひよしのやしろ)延暦寺(えんりやくじ)をも(ッ)て氏社(うぢやしろ)氏寺(うぢてら)として、まのあた
り円実(ゑんじつ)頓悟(とんご)の教(けう)に値遇(ちぐ)せん。かれはむかし
のゆい跡(せき)【遺跡】[M 「ゆく跡」とあり「ゆく」をミセケチ「ユイ」と傍書]也(なり)、家(いへ)のため、栄幸(えいかう)をおもふ【思ふ】。これは
今(いま)の精祈(せいき)也(なり)、君(きみ)のため、追罰(ついばつ)をこふ【乞ふ】。仰(あふぎ)願(ねがはく)は、
山王(さんわう)七社(しちしや)王子(わうじ)眷属(けんぞく)、東西(とうざい)満山(まんざん)護法(ごほふ)聖衆(しやうじゆ)、十二(じふに)
上願(じやうぐわん)日光(につくわう)月光(ぐわつくわう)、医王(いわう)善逝(ぜんぜい)、無二(むに)の丹誠(たんぜい)を照(てら)
して唯一(ゆいいつ)の玄応(げんおう)を垂(たれ)給(たま)へ。然(しかれば)則(すなはち)じやぼう【邪謀】逆臣(げきしん)
の賊(ぞく)、手(て)を君門(くんもん)につかね、暴逆(ほうぎやく)残害(さんがい)の輩(ともがら)、
首(かうべ)を京土(けいと)に伝(つたへ)ん。仍(よつて)当家(たうけ)の公卿等(くぎやうら)、異口(いく)同音(どうおん)に
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雷(らい)をなして祈誓(きせい)如件(くだんのごとし)。従(じゆ)三位(ざんみ)ぎやう【行】けん【兼】越
前守(ゑちぜんのかみ)平(たひらの)朝臣(あつそん)通盛(みちもり)従(じゆ)三位(ざんみ)行(ぎやう)兼(けん)右近衛(うこんゑの)中将(ちゆうじやう)
平(たひらの)朝臣(あつそん)資盛(すけもり)正(じやう)三位(ざんみ)行(ぎやう)左近衛(さこんゑの)権(ごんの)中将(ちゆうじやう)兼(けん)伊与【*伊予】
守(いよのかみ)平(たひらの)朝臣(あつそん)維盛(これもり)正(じやう)三位(ざんみ)行(ぎやう)左近衛(さこんゑの)中将(ちゆうじやう)兼(けん)播磨[* 「幡摩」と有るのを他本により訂正]守(はりまのかみ)
平(たひらの)朝臣(あつそん)重衡(しげひら)正(じやう)三位(ざんみ)行(ぎよう)右衛門督(うゑもんのかみ)兼(けん)近江(あふみ)遠江守(とほたふみのかみ)
平(たひらの)朝臣(あつそん)清宗(きよむね)参議(さんぎ)正(じやう)三位(ざんみ)皇大后宮(くわうだいこうくうの)大夫(だいぶ)兼(けん)修
理(しゆりの)大夫(だいぶ)加賀(かが)越中守(ゑつちゆうのかみ)平(たひらの)朝臣(あつそん)経盛(つねもり)従(じゆ)二位(にゐ)行(ぎやう)中
納言(ちゆうなごん)兼(けん)左兵衛督(さひやうゑのかみ)征夷(せいい)大将軍(たいしやうぐん)平(たひらの)朝臣(あつそん)知盛(とももり)従(じゆ)
二位(にゐ)行(ぎやう)権(ごん)中納言(ぢゆうなごん)兼(けん)肥前守(ひぜんのかみ)平(たひらの)朝臣(あつそん)教盛(のりもり)正(じやう)弐位(にゐ)
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行(ぎやう)権(ごん)大納言(だいなごん)兼(けん)出羽(では)陸奥(みちのくの)按察使(あんぜつし)平(たひらの)朝臣(あつそん)頼盛(よりもり)
従(じゆ)一位(いちゐ)平(たひらの)朝臣(あつそん)宗盛(むねもり)寿永(じゆえい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)五日(いつかのひ)敬(うやまつて)白(まうす)と
ぞかかれたる。貫首(くわんじゆ)是(これ)を憐(あはれ)み給(たま)ひて、左右(さう)
なふ(なう)も披露(ひろう)せられず、十禅師(じふぜんじ)の御殿(ごてん)にこめ
て、三日(さんにち)加持(かぢ)して、其(その)後(のち)衆徒(しゆと)に披露(ひろう)せらる。はじ
めはありともみえ【見え】ざりし一首(いつしゆ)の歌(うた)、願書(ぐわんじよ)の
うは巻(まき)【上巻】にできたり。
たいらか(たひらか)【平か】に花(はな)さくやど【宿】も年(とし)ふれば
西(にし)へかたぶく月(つき)とこそなれ W050
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山王大師(さんわうだいし)あはれみをたれ給(たま)ひ、三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)力(ちから)
を合(あは)せよと也(なり)。されども年(とし)ごろ日比(ひごろ)のふる
まひ【振舞】、神慮(しんりよ)にもたがひ【違ひ】、人望(じんばう)にもそむきに
ければ、いのれどもかなは【叶は】ず、かたらへ共(ども)なびかざり
けり。大衆(だいしゆ)まこと【誠】に事(こと)の体(てい)をば憐(あはれ)みけれ共(ども)、
「既(すで)に源氏(げんじ)に同心(どうしん)の返牒(へんてふ)(ヘンテウ)ををくる(おくる)【送る】。今(いま)又(また)かろ
がろしく其(その)儀(ぎ)をあらたむるにあたはず」とて、
『主上都落(しゆしやうのみやこおち)』S0713
是(これ)を許容(きよよう)する衆徒(しゆと)もなし。○同(おなじき)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、
肥後守(ひごのかみ)貞能(さだよし)、鎮西(ちんぜい)の謀反(むほん)たいらげ(たひらげ)【平げ】て、菊池(きくち)・原
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田(はらだ)・松浦党(まつらたう)以下(いげ)三千(さんぜん)余騎(よき)をめし【召し】ぐし【具し】て上洛(しやうらく)
す。鎮西(ちんぜい)は纔(わづか)にたいらげ(たひらげ)【平げ】ども、東国(とうごく)北国(ほつこく)のいくさ【軍】
いかにもしづまらず。同(おなじき)廿二日(にじふににち)の夜半(やはん)ばかり、六
波羅(ろくはら)の辺(へん)おびたたしう【夥しう】騒動(さうどう)す。馬(むま)に鞍(くら)をき(おき)【置き】
腹帯(はるび)しめ、物共(ものども)東西南北(とうざいなんぼく)へはこびかくす。ただ
今(いま)敵(かたき)のうち入(いる)さまなり。あけて後(のち)聞(きこ)えしは、
美濃源氏(みのげんじ)佐渡(さどの)衛門尉(ゑもんのじよう)重貞(しげさだ)といふ者(もの)あり、一(ひと)とせ
保元(ほうげん)の合戦(かつせん)の時(とき)、鎮西(ちんぜい)の八郎(はちらう)為朝(ためとも)がかた【方】の
いくさ【軍】にまけて、おちうとにな(ッ)たりしを、から
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めていだしたりし勧賞(けんじやう)に、もとは兵衛尉(ひやうゑのじよう)
たりしが右衛門尉(うゑもんのじよう)になりぬ。是(これ)によ(ッ)て一門(いちもん)
にはあたま【仇ま】れて平家(へいけ)にへつらひけるが、其(その)
夜(よ)の夜半(やはん)ばかり、六波羅(ろくはら)に馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)ける
は、「木曾(きそ)既(すで)に北国(ほつこく)より五万(ごまん)余騎(よき)でせめ【攻め】の
ぼり、比叡山(ひえいさん)東坂本(ひがしざかもと)にみちみちて候(さうらふ)。郎等(らうどう)に
楯(たて)の六郎(ろくらう)親忠(ちかただ)、手書(てかき)に大夫房(だいぶばう)覚明(かくめい)、六千(ろくせん)余
騎(よき)で天台山(てんだいさん)にきをひ(きほひ)【競ひ】のぼり、三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)皆(みな)
同心(どうしん)して唯今(ただいま)都(みやこ)へ攻入(せめいる)」よし申(まうし)たりける故(ゆゑ)也(なり)。
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平家(へいけ)の人々(ひとびと)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、方々(はうばう)へ討手(うつて)をむ
けられけり。大将軍(たいしやうぐん)には、新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)、
本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三千(さんぜん)余騎(よき)、
都(みやこ)を立(たつ)てまづ山階(やましな)に宿(しゆく)せらる。越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)
通盛(みちもり)、能登守(のとのかみ)教経(のりつね)、二千(にせん)余騎(よき)で宇治橋(うぢはし)をかた
めらる。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、一千(いつせん)余騎(よき)
で淀路(よどぢ)を守護(しゆご)せられけり。源氏(げんじ)の方(かた)には
十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)、数千騎(すせんぎ)で宇治橋(うぢはし)より入(いる)とも
聞(きこ)えけり。陸奥(みちのくの)新判官(しんはんぐわん)義康(よしやす)が子(こ)、矢田(やたの)判官
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代(はんぐわんだい)義清(よしきよ)、大江山(おほえやま)をへて上洛(しやうらく)すとも申(まうし)あへり。
摂津国(つのくに)河内(かはち)の源氏等(げんじら)、雲霞(うんか)のごとく【如く】に同(おなじく)
都(みやこ)へみだれ入(いる)よし聞(きこ)えしかば、平家(へいけ)の人々(ひとびと)
「此(この)上(うへ)はただ一所(いつしよ)でいかにもなり給(たま)へ」とて、
方々(はうばう)へむけられたる討手共(うつてども)、都(みやこ)へ皆(みな)よびかへ
さ【返さ】れけり。帝都(ていと)名利地(みやうりのち)、鶏(にはとり)鳴(ない)て安(やす)き事(こと)なし。
おさまれ(をさまれ)【納まれ】る世(よ)だにもかくのごとし【如し】。況(いはん)や乱(みだれ)たる
世(よ)にをいて(おいて)をや。吉野山(よしのやま)の奥(おく)のおくへも
入(いり)なばやとはおぼしけれども、諸国(しよこく)七道(しちだう)悉(ことごとく)
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そむきぬ。いづれの浦(うら)かおだしかるべき。三
界(さんがい)無安(むあん)猶如(ゆによ)火宅(くわたく)とて、如来(によらい)の金言(きんげん)一乗(いちじよう)の
妙文(めうもん)なれば、なじかはすこし【少し】もたがふ【違ふ】べき。
同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿四日(にじふしにち)のさ夜(よ)ふけがたに、前(さきの)内大臣(ないだいじん)宗
盛公(むねもりこう)、建礼門院(けんれいもんゐん)のわたらせ給(たま)ふ六波羅殿(ろくはらどの)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)されけるは、「此(この)世(よ)のなか【中】のあり様(さま)、さり
ともと存(ぞんじ)候(さうらひ)つるに、いまはかうにこそ候(さうらふ)めれ。
ただ都(みやこ)のうちでいかにもならんと、人々(ひとびと)は申(まうし)
あはれ候(さうら)へ共(ども)、まのあたりうき目(め)をみせ【見せ】まいら
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せ(まゐらせ)【参らせ】むも口惜(くちをしく)候(さうら)へば、院(ゐん)をも内(うち)をもとり奉(たてまつり)
て、西国(さいこく)のかた【方】へ御幸(ごかう)行幸(ぎやうがう)をもなしまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】て見(み)ばやとこそ思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ」と申(まう)され
ければ、女院(にようゐん)「今(いま)はただともかうも、そこのはか
らひにてあらんずらめ」とて、御衣(ぎよい)の御袂(おんたもと)に
あまる御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。大臣殿(おほいとの)も
直衣(なほし)の袖(そで)しぼる計(ばかり)にみえ【見え】られけり。其(その)夜(よ)
法皇(ほふわう)をば内々(ないない)平家(へいけ)のとり奉(たてまつり)て、都(みやこ)の外(ほか)へ
落行(おちゆく)べしといふ事(こと)をきこしめさ【聞し召さ】れてや
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あり【有り】けん、按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)の子息(しそく)、右馬頭(うまのかみ)
資時(すけとき)計(ばかり)御供(おんとも)にて、ひそかに御所(ごしよ)を出(いで)させ
給(たま)ひ、鞍馬(くらま)へ御幸(ごかう)なる。人(ひと)是(これ)をしらざりけり。
平家(へいけ)の侍(さぶらひ)橘(きち)内左衛門(ないざゑもんの)尉(じよう)季康(すゑやす)といふ者(もの)あり【有り】。
さかざか【賢々】しきおのこ(をのこ)【男】にて、院(ゐん)にもめし【召し】つかは【使は】れ
けり。其(その)夜(よ)しも法住寺殿(ほふぢゆうじどの)に御(お)とのゐして
候(さうらひ)けるに、つねの御所(ごしよ)のかた、よにさはがしう(さわがしう)【騒がしう】ささ
めきあひて、女房達(にようばうたち)しのびね【忍び音】になきな(ン)ど(なんど)
し給(たま)へば、何事(なにごと)やらんと聞(きく)程(ほど)に、「法皇(ほふわう)の俄(にはか)に
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見(み)えさせ給(たま)はぬは。いづ方(かた)へ御幸(ごかう)やらん」といふ
声(こゑ)にききなしつ。「あなあさまし」とて、やがて
六波羅(ろくはら)へ馳(はせ)まいり(まゐり)【参り】、大臣殿(おほいとの)に此(この)由(よし)申(まうし)ければ、
「いで、ひが事(こと)【僻事】でぞあるらむ」との給(たま)ひながら、
ききもあへず、いそぎ法住寺殿(ほふぢゆうじどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へば、げにみえ【見え】させ給(たま)はず。御前(ごぜん)に
候(さうら)はせ給(たま)ふ女房達(にようばうたち)、二位殿(にゐどの)丹後殿(たんごどの)以下(いげ)一人(いちにん)も
はたらき【働き】給(たま)はず。「いかにやいかに」と申(まう)されけれ
共(ども)、「われこそ御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】しりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ」と申(まう)さるる
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人(ひと)一人(いちにん)もおはせず、皆(みな)あきれたるやうなり
けり。さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)都(みやこ)の内(うち)にもわたらせ
給(たま)はずと申(まうす)程(ほど)こそあり【有り】けれ、京中(きやうぢゆう)の騒動(さうどう)
なのめならず。況(いはん)や平家(へいけ)の人々(ひとびと)のあはて(あわて)【慌て】さは
が(さわが)【騒が】れけるありさま【有様】、家々(いへいへ)に敵(かたき)の打入(うちいり)たりとも【共】、
かぎりあれば、是(これ)には過(すぎ)じとぞ見(み)えし。日比(ひごろ)
は平家(へいけ)院(ゐん)をも内(うち)をもとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
西国(さいこく)の方(かた)へ御幸(ごかう)行幸(ぎやうがう)をもなし奉(たてまつ)らんと支度(したく)
せられたりしに、かく打(うち)すてさせ給(たま)ひぬれば、
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たのむ【頼む】木(こ)のもとに雨(あめ)のたまらぬ心地(ここち)ぞせら
れける。「さりとては行幸(ぎやうがう)ばかりなり共(とも)なし
まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とて、卯剋(うのこく)ばかりに既(すで)に行幸(ぎやうがう)
のみこし【御輿】よせたりければ、主上(しゆしやう)は今年(こんねん)六
歳(ろくさい)、いまだいとけなうましませば、なに心(ごころ)も
なうめされけり。国母(こくも)建礼門院(けんれいもんゐん)御同輿(ごとうよ)にまいら(まゐら)【参ら】
せ給(たま)ふ。内侍所(ないしどころ)、神璽(しんし)、宝剣(ほうけん)わたし奉(たてまつ)る。「印鑰(いんやく)、
時(とき)の札(ふだ)、玄上(けんじやう)、鈴(すず)か【鈴鹿】な(ン)ど(なんど)もとりぐせよ【具せよ】」と平(へい)大
納言(だいなごん)下知(げぢ)せられけれども、あまりにあはて(あわて)【慌て】さは
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い(さわい)【騒い】でとりおとす【落す】物(もの)ぞおほかり【多かり】ける。日(ひ)の御座(ござ)の
御剣(ぎよけん)な(ン)ど(なんど)もとりわすれさせ給(たま)ひけり。やがて
此(この)時忠卿(ときただのきやう)、子息(しそく)蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)、讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)時実(ときざね)三
人(さんにん)ばかりぞ、衣冠(いくわん)にて供奉(ぐぶ)せられける。近衛(こんゑ)
づかさ、御綱(みつな)のすけ、甲冑(かつちう)をよろひ【鎧ひ】、弓箭(きゆうせん)を
帯(たい)して供奉(ぐぶ)せらる。七条(しつでう)を西(にし)へ、朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)
へ行幸(ぎやうがう)なる。明(あく)れば七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)也(なり)。漢天(かんてん)既(すで)に
ひらきて、雲(くも)東嶺(とうれい)にたなびき、あけがたの
月(つき)しろく【白く】さえ【冴え】て、鶏鳴(けいめい)又(また)いそがはし【忙がはし】。夢(ゆめ)に
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だにかかる事(こと)は見(み)ず。一(ひと)とせ宮(みや)こ【都】うつり
とて俄(にはか)にあはたたしかり(あわたたしかり)しは、かかるべかりける
先表(ぜんべう)とも【共】今(いま)こそおもひ【思ひ】しられけれ。摂政殿(せつしやうどの)
も行幸(ぎやうがう)に供奉(ぐぶ)して御出(ぎよしゆつ)なりけるが、七
条大宮(しつでうおほみや)にてびんづら【鬢】ゆひたる童子(どうじ)の御
車(おんくるま)の前(まへ)をつ(ッ)とはしり【走り】とをる(とほる)【通る】を御覧(ごらん)ずれば、
彼(かの)童子(どうじ)の左(ひだり)の袂(たもと)に、春(はる)の日(ひ)といふ文字(もんじ)ぞ
あらはれ【現はれ】たる。春(はる)の日(ひ)とかいてはかすがとよめば、
法相(ほつさう)擁護(をうご)の春日大明神(かすがだいみやうじん)、大織冠(たいしよくわん)の御末(おんすゑ)を
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まもら【守ら】せ給(たま)ひけりと、たのもしう【頼もしう】おぼしめす【思し召す】
ところ【所】に、件(くだん)の童子(どうじ)の声(こゑ)とおぼしくて、
いかにせん藤(ふぢ)のすゑ葉(ば)のかれゆくを
ただ春(はる)の日(ひ)にまかせ【任せ】てや見(み)ん W051
御供(おんとも)に候(さうらふ)進藤(しんどう)左衛門尉(さゑもんのじよう)高直(たかなほ)ちかふ(ちかう)【近う】めし【召し】て、「倩(つらつら)
事(こと)のていを案(あん)ずるに、行幸(ぎやうがう)はなれ共(ども)御幸(ごかう)
もならず。ゆく末(すゑ)たのもしから【頼もしから】ずおぼしめす【思し召す】
はいかに」と仰(おほせ)ければ、御牛飼(おんうしかひ)に目(め)を見(み)あはせ【合はせ】
たり。やがて心得(こころえ)て御車(おんくるま)をやりかへし、大宮(おほみや)
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のぼりに、とぶが如(ごと)くにつかまつる。北山(きたやま)の辺(へん)知
『維盛都落(これもりのみやこおち)』S0714
足院(ちそくゐん)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。○平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)
盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、是(これ)を承(うけたま)は(ッ)てをひ(おひ)【追ひ】とどめ【留め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】むと頻(しきり)
にすすみけるが、人々(ひとびと)にせいせ【制せ】られてとどまり
けり。小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)は、日比(ひごろ)よりおぼしめし【思し召し】
まうけられたりけれ共(ども)、さしあた(ッ)てはかなしかり【悲しかり】
けり。北(きた)のかた【方】と申(まうす)は、故(こ)中[B ノ]御門(なかのみかど)新(しん)大納言(だいなごん)成親
卿(なりちかのきやう)の御(おん)むすめ也(なり)。桃顏(たうがん)露(つゆ)にほころび、紅粉(こうふん)
眼(まなこ)に媚(こび)をなし、柳髪(りうはつ)風(かぜ)にみだるるよそほひ、
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又(また)人(ひと)あるべしとも見(み)え給(たま)はず。六代(ろくだい)御前(ごぜん)
とて、生年(しやうねん)十(とを)になり給(たま)ふ若公(わかぎみ)【若君】、その妹(いもと)
八歳(はつさい)の姫君(ひめぎみ)おはしけり。此(この)人々(ひとびと)皆(みな)をくれ(おくれ)【遅れ】じと
したひ【慕ひ】給(たま)へば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「日比(ひごろ)
申(まうし)し様(やう)に、われは一門(いちもん)に具(ぐ)して西国(さいこく)の方(かた)へ
落行(おちゆく)なり。いづくまでも具(ぐ)し奉(たてまつ)るべけれ共(ども)、
道(みち)にも敵(かたき)待(まつ)なれば、心(こころ)やすふ(やすう)【安う】とをら(とほら)【通ら】ん事(こと)も有(あり)
がたし。たとひわれうた【討た】れたりと聞(きき)たまふ【給ふ】共(とも)、
さまな(ン)ど(なんど)かへ給(たま)ふ事(こと)はゆめゆめ有(ある)べからず。その
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ゆへ(ゆゑ)【故】は、いかならん人(ひと)にも見(み)えて、身(み)をもたす
け【助け】、おさなき(をさなき)【幼き】もの【者】共(ども)をもはぐくみ給(たま)ふべし。
情(なさけ)をかくる人(ひと)もなどかなかるべき」と、やうやう
になぐさめ給(たま)へども、北方(きたのかた)とかうの返事(へんじ)
もし給(たま)はず、ひき【引き】かづきてぞふしたまふ【給ふ】。
すでにう(ッ)たたんとし給(たま)へば、袖(そで)にすが(ッ)て、「都(みやこ)
には父(ちち)もなし、母(はは)もなし。捨(すて)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
後(のち)、又(また)誰(たれ)にかはみゆべきに、いかならんひと【人】にも
見(み)えよな(ン)ど(なんど)承(うけたま)はるこそうらめしけれ【恨めしけれ】。前世(ぜんぜ)の
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契(ちぎり)あり【有り】ければ、人(ひと)こそ憐(あはれ)み給(たま)ふとも【共】、又(また)人(ひと)ごと
にしもや情(なさけ)をかくべき。いづくまでも友(とも)なひ
奉(たてまつ)り、同(おな)じ野原(のばら)の露(つゆ)ともきえ、ひとつ【一つ】
底(そこ)のみくづともならんとこそ契(ちぎり)しに、
さればさ夜(よ)の寝覚(ねざめ)のむつごとは、皆(みな)偽(いつはり)に
なりにけり。せめては身(み)ひとつ【一つ】ならばいかが
せん、すてられ奉(たてまつ)る身(み)のうさをおもひ【思ひ】し(ッ)【知つ】てもとど
まりなん、おさなき(をさなき)【幼き】者共(ものども)をば、誰(たれ)にみ【見】ゆづり、
いかにせよとかおぼしめす。うらめしう【恨めしう】もとどめ【留め】
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給(たま)ふ物(もの)かな」と、且(かつう)はうらみ【恨み】且(かつう)はしたひ給(たま)へば、三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「誠(まこと)に人(ひと)は十三(じふさん)、われは
十五(じふご)より見(み)そめ奉(たてまつ)り、火(ひ)のなか水(みづ)の底(そこ)へも
ともにいり、ともにしづみ、限(かぎり)ある別路(わかれぢ)まで
も、をくれ(おくれ)【遅れ】先(さき)だたじとこそ申(まうし)しかども、かく
心(こころ)うきあり様(さま)【有様】にていくさ【軍】の陣(ぢん)へおもむけば、
具足(ぐそく)し奉(たてまつ)り、ゆくゑ(ゆくへ)【行方】もしらぬ旅(たび)の空(そら)にて
うき目(め)を見(み)せ奉(たてまつ)らんもうたてかるべし。其
上(そのうへ)今度(こんど)は用意(ようい)も候(さうら)はず。いづくの浦(うら)にも心(こころ)
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やすう落(おち)ついたらば、それよりしてこそ迎(むかへ)に
人(ひと)をもたてまつら【奉ら】め」とて、おもひ【思ひ】き(ッ)てぞたた
れける。中門(ちゆうもん)の廊(らう)に出(いで)て、鎧(よろひ)と(ッ)てき【着】、馬(むま)ひき【引き】
よせさせ、既(すで)にのらんとし給(たま)へば、若公(わかぎみ)【若君】姫君(ひめぎみ)
はしりいで【出で】て、父(ちち)の鎧(よろひ)の袖(そで)、草摺(くさずり)に取(とり)つき、
「是(これ)はさればいづちへとて、わたらせ給(たま)ふぞ。我(われ)
もまいら(まゐら)【参ら】ん、われもゆかん」とめんめん【面々】にしたひ
なき給(たま)ふにぞ、うき世(よ)のきづなとおぼえ
て、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)いとどせんかたなげには見(み)えられける。
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さる程(ほど)に、御弟(おんおとと)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)・左中将(さちゆうじやう)
清経(きよつね)・同(おなじき)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)忠房(ただふさ)・備中守(びつちゆうのかみ)師
盛(もろもり)兄弟(きやうだい)五騎(ごき)、乗(のり)ながら門(もん)のうちへ打入(うちい)り、庭(には)に
ひかへて、「行幸(ぎやうがう)は遥(はるか)にのびさせ給(たま)ひぬらん。いか
にや今(いま)まで」と声々(こゑごゑ)に申(まう)されければ、三位(さんみの)中
将(ちゆうじやう)馬(むま)にうちの(ッ)【乗つ】ていで給(たま)ふが、猶(なほ)ひ(ッ)【引つ】かへし、■(えん)の
きはへうちよせて、弓(ゆみ)のはずで御簾(みす)をざ(ッ)と
かきあげ、「是(これ)御覧(ごらん)ぜよ、おのおの。おさなき(をさなき)【幼き】者
共(ものども)があまりにしたひ候(さうらふ)を、とかうこしらへをか(おか)【置か】んと
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仕(つかまつ)るほど【程】に、存(ぞん)の外(ほか)の遅参(ちさん)」との給(たま)ひもあへず
なか【泣か】れければ、庭(には)にひかへ給(たま)へる人々(ひとびと)皆(みな)鎧(よろひ)
の袖(そで)をぞぬらさ【濡らさ】れける。ここに斎藤五(さいとうご)、斎藤
六(さいとうろく)とて、兄(あに)は十九(じふく)、弟(おとと)は十七(じふしち)になる侍(さぶらひ)あり【有り】。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)の御馬(おんむま)の左右(さう)のみづつきにとりつき【取り付き】、
いづくまでも御供(おんとも)仕(つかまつ)るべき由(よし)申(まう)せば、三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「をのれら(おのれら)【己等】が父(ちち)斎藤(さいとう)別当(べつたう)北
国(ほつこく)へくだ(ッ)し時(とき)、汝等(なんぢら)が頻(しきり)に供(とも)せうどいひしかども、
「存(ぞんず)るむねがあるぞ」とて、汝等(なんぢら)をとどめ【留め】をき(おき)、
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北国(ほつこく)へくだ(ッ)て遂(つひ)に討死(うちじに)したりけるは、かかる
べかりける事(こと)を、ふるひ(ふるい)【古い】者(もの)でかねて【予て】知(しり)たり
けるにこそ。あの六代(ろくだい)をとどめ【留め】て行(ゆく)に、心(こころ)や
すうふち【扶持】すべき者(もの)のなきぞ。ただ理(り)をま
げてとどまれ」との給(たま)へ【宣へ】ば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】ず、涙(なみだ)
ををさへ(おさへ)【抑へ】てとどまりぬ。北方(きたのかた)は、「としごろ日
比(ひごろ)是(これ)程(ほど)情(なさけ)なかりける人(ひと)とこそ兼(かね)てもおも
は【思は】ざりしか」とて、ふしまろびてぞなかれける。
若公(わかぎみ)【若君】姫君(ひめぎみ)女房達(にようばうたち)は、御簾(みす)の外(ほか)までまろび
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出(いで)て、人(ひと)の聞(きく)をもはばからず、声(こゑ)をはかりに
ぞおめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】給(たま)ひける。此(この)声々(こゑごゑ)耳(みみ)の底(そこ)
にとどま(ッ)【留まつ】て、西海(さいかい)のたつ浪(なみ)のうへ【上】、吹(ふく)風(かぜ)の
音(おと)までも聞(きく)様(やう)にこそおもは【思は】れけめ。平家(へいけ)
都(みやこ)を落行(おちゆく)に、六波羅(ろくはら)・池殿(いけどの)・小松殿(こまつどの)、八条(はつでう)・西八条(にしはつでう)
以下(いげ)、一門(いちもん)の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)の家々(いへいへ)廿(にじふ)余ケ所(よかしよ)、付々(つきづき)
の輩(ともがら)の宿所(しゆくしよ)宿所(しゆくしよ)、京(きやう)白河(しらかは)に四五万間(しごまんげん)の在家(ざいけ)、一度(いちど)
『聖主(せいしゆ)臨幸(りんかう)』S0715
に火(ひ)をかけて皆(みな)焼払(やきはら)ふ。○或(あるい)は聖主(せいしゆ)臨幸(りんかう)の
地(ち)也(なり)、鳳闕(ほうけつ)むなしく礎(いしずゑ)(イシズヘ)をのこし、鸞輿(らんよ)ただ
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跡(あと)をとどむ。或(あるいは)后妃(こうひ)遊宴(いうえん)(ユウエン)の砌(みぎり)也(なり)、椒房(せうはう)の嵐(あらし)声(こゑ)
かなしみ、腋庭(えきてい)の露(つゆ)色(いろ)愁(うれ)ふ。荘香[B 「香」に「鏡(キヤウ イ)」と下部に傍書](さうきやう)翠帳(すいちやう)の
もとゐ、戈林(くわりん)【*弋林(よくりん)】釣渚[M 「釣法」とあり「法」をミセケチ「渚」と傍書](てうしよ)の館(たち)、槐棘(くわいきよく)の座(ざ)、燕鸞(えんらん)のすみか【栖】、
多日(たじつ)の経営(けいえい)をむなしう【空しう】して、片時(へんし)の灰燼(くわいしん)(クハイシン)と
なりはてぬ。況(いはん)や郎従(らうじゆう)(らうジウ)の蓬■(ほうひつ)にをいて(おいて)
をや。況(いはん)や雑人(ざふにん)(ザウにん)屋舎(をくしや)にをいて(おいて)をや。余炎(よえん)
の及(およぶ)ところ【所】、在々所々(ざいざいしよしよ)数十町(すじつちやう)也(なり)。強呉(きやうご)忽(たちまち)に
ほろびて、姑蘇台(こそたい)の露(つゆ)荊棘(けいぎよく)にうつり、暴
秦(ぼうしん)すでに衰(おとろへ)(ヲトロヘ)て、咸陽宮(かんやうきゆう)の煙(けぶり)へいげいをかくし【隠し】
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けんも、かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。日比(ひごろ)は函谷(かんこく)二
■(じかう)のさがしき【嶮しき】をかたう【固う】せしかども、北狄(ほくてき)のため
に是(これ)を破(やぶ)られ、今(いま)は洪河(こうが)■(けい)渭(ゐ)(イ)のふかきをた
のん[B 「ん」に「ミ」と傍書]【頼ん】じか共(ども)、東夷(とうい)のために是(これ)をとられたり。豈(あに)
図(はかり)きや、忽(たちまち)に礼儀(れいぎ)の郷(きやう)を責(せめ)いだされて、泣々(なくなく)
無智(むち)の境(さかひ)(サカイ)に身(み)をよせんと。昨日(きのふ)は雲(くも)の上(うへ)に
雨(あめ)をくだす神竜(しんりよう)(シンリウ)たりき。今日(けふ)は、肆(いちぐら)の辺(ほとり)に
水(みづ)をうしなふ【失ふ】枯魚(こぎよ)の如(ごと)し。禍福(くわふく)(クハフク)道(みち)を同(おなじ)(ヲナジ)うし、
盛衰(じやうすい)掌(たなごころ)をかへす【返す】、いま目(め)の前(まへ)にあり【有り】。誰(たれ)か是(これ)を
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かなしまざらん。保元(ほうげん)のむかしは春(はる)の花(はな)と栄(さかえ)(サカヘ)し
かども、寿永(じゆえい)の今(いま)は秋(あき)の紅葉(もみぢ)と落(おち)はてぬ。去(さんぬる)
治承(ぢしよう)四年(しねん)七月(しちぐわつ)、大番(おほばん)のために上洛(しやうらく)したりける
畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)重能(しげよし)・小山田(をやまだの)別当(べつたう)有重(ありしげ)・宇津宮左衛門(うつのみやのさゑもん)
朝綱(ともつな)、寿永(じゆえい)までめし【召し】こめられたりしが、其(その)時(とき)
既(すで)にきら【斬ら】るべかりしを、新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)申(まう)
されけるは、「御運(ごうん)だにつきさせ給(たま)ひなば、これら
百人(ひやくにん)千人(せんにん)が頸(くび)をきらせ給(たま)ひたり共(とも)、世(よ)をとら
せ給(たま)はん事(こと)難(かた)かるべし。古郷(こきやう)には妻子(さいし)所従等(しよじゆうら)(しよジウら)
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いかに歎(なげき)かなしみ候(さうらふ)らん。若(もし)不思議(ふしぎ)に運命(うんめい)
ひらけて、又(また)宮古(みやこ)へたちかへらせ給(たま)はん時(とき)は、あり
がたき御情(おんなさけ)でこそ候(さうら)はんずれ。ただ理(り)をまげて
本国(ほんごく)へ返(かへ)し遣(つかは)さるべうや候(さうらふ)らむ」と申(まう)されけれ
ば、大臣殿(おほいとの)「此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)しかる【然る】べし」とて、いとまをたぶ。
これらかうべを地(ち)につけ、涙(なみだ)をながい【流い】て申(まうし)ける
は、「去(さんぬる)治承(ぢしよう)より今(いま)まで、かひなき命(いのち)をた
すけ【助け】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へば、いづくまでも御供(おんとも)
に候(さうらひ)て、行幸(ぎやうがう)の御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】を見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と頻(しきり)に
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申(まうし)けれ共(ども)、大臣殿(おほいとの)「汝等(なんぢら)が魂(たましひ)(タマシイ)は皆(みな)東国(とうごく)にこそ
あるらんに、ぬけがらばかり西国(さいこく)へめし【召し】ぐす【具す】べ
き様(やう)なし。いそぎ下(くだ)れ」と仰(おほせ)られければ、力(ちから)なく
涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て下(くだ)りけり。これらも廿(にじふ)余年(よねん)
『忠教【*忠度】都落(ただのりのみやこおち)』S0716
のしう(しゆう)【主】なれば、別(わかれ)の涙(なみだ)おさへ【抑へ】がたし。○薩摩守(さつまのかみ)
忠教【*忠度】(ただのり)は、いづくよりやかへら【帰ら】れたりけん、侍(さぶらひ)五騎(ごき)、
童(わらは)(ハラハ)一人(いちにん)、わが身(み)とも【共】に七騎(しちき)取(とつ)て返(かへ)し、五条(ごでう)
の三位(さんみ)俊成卿(しゆんぜいのきやう)の宿所(しゆくしよ)におはして見(み)給(たま)へば、
門戸(もんこ)をとぢて開(ひら)かず。「忠教【*忠度】(ただのり)」と名(な)のり給(たま)へば、
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「おちうと【落人】帰(かへ)りきたり」とて、その内(うち)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。
薩摩守(さつまのかみ)馬(むま)よりおり、みづからたからかにの給(たまひ)
けるは、「別(べち)の子細(しさい)候(さうら)はず。三位殿(さんみどの)に申(まうす)べき事(こと)
あ(ッ)て、忠教【*忠度】(ただのり)がかへりまひ(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。門(かど)をひらかれず
とも【共】、此(この)きはまで立(たち)よらせ給(たま)へ」との給(たま)へ【宣へ】ば、俊成卿(しゆんぜいのきやう)
「さる事(こと)あるらん。其(その)人(ひと)ならばくるしかる【苦しかる】まじ。
いれ【入れ】申(まう)せ」とて、門(かど)をあけて対面(たいめん)あり【有り】。事(こと)の
体(てい)何(なに)となふ(なう)哀(あはれ)也(なり)。薩摩守(さつまのかみ)の給(たま)ひけるは、「年
来(としごろ)申(まうし)承(うけたまは)(ッ)て後(のち)、をろか(おろか)【愚】ならぬ御事(おんこと)におもひまい
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らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ共(ども)、この二三年(にさんねん)は、京都(きやうと)のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、国々(くにぐに)の
みだれ、併(しかしながら)当家(たうけ)の身(み)の上(うへ)の事(こと)に候(さうらふ)間(あひだ)、そらく【粗略】
を存(ぞん)ぜずといへども、つねにまいり(まゐり)【参り】よる事(こと)
も候(さうら)はず。君(きみ)既(すで)に都(みやこ)を出(いで)させ給(たま)ひぬ。一門(いちもん)
の運命(うんめい)はやつき候(さうらひ)ぬ。撰集(せんじふ)のあるべき由(よし)
承(うけたまはり)候(さうらひ)しかば、生涯(しやうがい)の面目(めんぼく)に、一首(いつしゆ)なり共(とも)御恩(ごおん)
をかうぶらうど存(ぞん)じて候(さうらひ)しに、やがて世(よ)の
みだれいできて、其(その)沙汰(さた)なく候(さうらふ)条(でう)、ただ一身(いつしん)
の歎(なげき)と存(ぞんず)る候(ざうらふ)。世(よ)しづまり候(さうらひ)なば、勅撰(ちよくせん)の御
P07122
沙汰(ごさた)候(さうら)はんずらむ。是(これ)に候(さうらふ)巻物(まきもの)のうちに、
さりぬべきもの候(さうら)はば、一首(いつしゆ)なりとも【共】御恩(ごおん)を
蒙(かうぶり)て、草(くさ)の陰(かげ)にてもうれしと存(ぞんじ)候(さうら)はば、
遠(とほ)き御(おん)まもり【守り】でこそ候(さうら)はんずれ」とて、日比(ひごろ)
読(よみ)をか(おか)【置か】れたる歌共(うたども)のなかに、秀歌(しうか)とおぼし
きを百余首(ひやくよしゆ)書(かき)あつめ【集め】られたる巻物(まきもの)を、今(いま)
はとてう(ッ)【打つ】たた【立た】れける時(とき)、是(これ)をと(ッ)てもたれ
たりしが、鎧(よろひ)のひきあはせ【合はせ】より取(とり)いで【出で】て俊
成卿(しゆんぜいのきやう)に奉(たてまつ)る。三位(さんみ)是(これ)をあけてみて、「かかる
P07123
わすれがたみ【忘れ形見】を給(たまはり)をき(おき)候(さうらひ)ぬる上(うへ)は、ゆめゆめ
そらく【粗略】を存(ぞん)ずまじう候(さうらふ)。御疑(おんうたがひ)あるべからず。さて
も唯今(ただいま)の御(おん)わたり【渡】こそ、情(なさけ)もすぐれてふかう【深う】、
哀(あはれ)もこと【殊】におもひ【思ひ】しられて、感涙(かんるい)おさへ【抑へ】がたう
候(さうら)へ」との給(たま)へ【宣へ】ば、薩摩守(さつまのかみ)悦(よろこん)で、「今(いま)は西海(さいかい)の浪(なみ)
の底(そこ)にしづまば沈(しづ)め、山野(さんや)にかばねを
さらさばさらせ、浮世(うきよ)におもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)候(さうら)
はず。さらばいとま申(まうし)て」とて、馬(むま)にうちのり
甲(かぶと)の緒(を)をしめ、西(にし)をさいてぞあゆま【歩ま】せ給(たま)ふ。
P07124
三位(さんみ)うしろを遥(はるか)に見(み)をく(ッ)(おくつ)【送つ】てたたれたれば、
忠教【*忠度】(ただのり)の声(こゑ)とおぼしくて、「前途(せんど)程(ほど)遠(とほ)し、
思(おもひ)を鴈山(がんさん)の夕(ゆふべ)の雲(くも)に馳(はす)」と、たからかに
口(くち)ずさみ給(たま)へば、俊成卿(しゆんぜいのきやう)いとど名残(なごり)おしう(をしう)【惜しう】
おぼえて、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】てぞ入(いり)給(たま)ふ。其(その)後(のち)世(よ)
しづま(ッ)て、千載集(せんざいしふ)を撰(せん)ぜられけるに、忠教【*忠度】(ただのり)
のあり【有り】しあり様(さま)、いひをき(おき)しことの葉(は)、今
更(いまさら)おもひ【思ひ】いで【出で】て哀(あはれ)也(なり)ければ、彼(かの)巻物(まきもの)のうち
にさりぬべき歌(うた)いくらもあり【有り】けれ共(ども)、勅勘(ちよつかん)の
P07125
人(ひと)なれば、名字(みやうじ)をばあらはされず、故郷花(こきやうのはな)
といふ題(だい)にてよまれたりける歌(うた)一首(いつしゆ)ぞ、
読人(よみびと)しら【知ら】ずと入(いれ)られける。
さざなみや志賀(しが)の都(みやこ)はあれにしを
むかしながらの山(やま)ざくらかな W052
其(その)身(み)朝敵(てうてき)となりにし上(うへ)は、子細(しさい)にをよば(およば)【及ば】
ずといひながら、うらめしかり【恨めしかり】し事(こと)ども【共】也(なり)。
『経正都落(つねまさのみやこおち)』S0717
○修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)の子息(しそく)、皇后宮(くわうごうぐう)の亮(すけ)経正(つねまさ)、幼少(えうせう)
にては仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)の御所(ごしよ)に、童形(とうぎやう)にて候(さうら)
P07126
はれしかば、かかる■劇【怱劇】(そうげき)の中(なか)にも其(その)御名残(おんなごり)
き(ッ)とおもひ【思ひ】出(いで)て、侍(さぶらひ)五六騎(ごろくき)めし【召し】具(ぐ)して、
仁和寺殿(にんわじどの)へ馳(はせ)まいり(まゐり)【参り】、門前(もんぜん)にて馬(むま)よりおり、
申入(まうしいれ)られけるは、「一門(いちもん)運(うん)尽(つき)てけふ既(すで)に帝都(ていと)
を罷出(まかりいで)候(さうらふ)。うき世(よ)におもひ【思ひ】のこす事(こと)とては、
ただ君(きみ)の御名残(おんなごり)ばかり也(なり)。八歳(はつさい)の時(とき)まいり(まゐり)【参り】
はじめ候(さうらひ)て、十三(じふさん)で元服(げんぶく)仕(つかまつり)しまでは、あひ
いたはる事(こと)の候(さうら)はぬ外(ほか)は、あからさまにも御
前(ごぜん)を立(たち)さる事(こと)も候(さうら)はざりしに、けふより後(のち)、
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西海(さいかい)千里(せんり)の浪(なみ)におもむい【赴むい】て、又(また)いづれの日(ひ)
いづれの時(とき)帰(かへ)りまいる(まゐる)【参る】べしともおぼえぬ
こそ、口惜(くちをし)く候(さうら)へ。今(いま)一度(いちど)御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をも
見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たふ(たう)候(さうら)へども、既(すで)に甲冑(かつちう)をよろひ【鎧ひ】、
弓箭(きゆうせん)を帯(たい)し、あらぬさまなるよそほ
ひ【粧】に罷成(まかりなり)て候(さうら)へば、憚(はばかり)存(ぞんじ)候(さうらふ)」とぞ申(まう)されける。
御室(おむろ)哀(あはれ)におぼしめし【思し召し】、「ただ其(その)すがたを改(あらた)
めずしてまいれ(まゐれ)【参れ】」とこそ仰(おほせ)けれ。経正(つねまさ)、其(その)
日(ひ)は紫地(むらさきぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、萌黄(もえぎ)の匂(にほひ)の
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鎧(よろひ)きて、長覆輪(ながぶくりん)の太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】
の矢(や)おひ【負ひ】、滋藤(しげどう)の弓(ゆみ)わきにはさみ【鋏み】、甲(かぶと)を
ばぬぎたかひもにかけ、御前(おまへ)の御坪(おつぼ)に
畏(かしこま)る。御室(おむろ)やがて御出(おんいで)あ(ッ)て、御簾(みす)たかく
あげさせ、「是(これ)へこれへ」とめされければ、大
床(おほゆか)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。供(とも)に具(ぐ)せられたる
藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)をめす。赤地(あかぢ)の錦(にしき)の袋(ふくろ)
に入(いれ)たる御琵琶(おんびは)も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。経正(つねまさ)是(これ)
をとりついで、御前(ごぜん)にさしをき(おき)、申(まう)されけるは、
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「先年(せんねん)下(くだ)しあづか(ッ)て候(さうらひ)し青山(せいざん)もたせま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。あまりに名残(なごり)はおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へども、さしも
の名物(めいぶつ)を田舎(でんじや)の塵(ちり)になさん事(こと)、口惜(くちをし)う
候(さうらふ)。若(もし)不思議(ふしぎ)に運命(うんめい)ひらけて、又(また)都(みやこ)へ立帰(たちかへ)る
事(こと)候(さうら)はば、其(その)時(とき)こそ猶(なほ)下(くだ)しあづかり【預り】候(さうら)はめ」と
泣々(なくなく)申(まう)されければ、御室(おむろ)哀(あはれ)におぼしめし【思し召し】、一
首(いつしゆ)の御詠(ぎよえい)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】てくだされけり。
あかずしてわかるる君(きみ)が名残(なごり)をば
のちのかたみにつつみてぞをく(おく)【置く】 W053
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経正(つねまさ)御硯(おんすずり)くださ【下さ】れて、
くれ竹(たけ)のかけひの水(みづ)はかはれども
なを(なほ)【猶】すみあかぬみやの中(うち)かな W054
さていとま申(まうし)て出(いで)られけるに、数輩(すはい)の
童形(とうぎやう)・出世者(しゆつせしや)・坊官(ばうくわん)(バウクハン)・侍僧(さぶらひぞう)(サブライゾウ)に至(いた)るまで、経正(つねまさ)の
袂(たもと)にすがり、袖(そで)をひかへて、名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】
涙(なみだ)をながさぬはなかりけり。其(その)中(なか)にも、経
正(つねまさ)の幼少(えうせう)の時(とき)、小師(こじ)でおはせし大納言(だいなごんの)法印(ほふいん)
行慶(ぎやうけい)と申(まうしし)は、葉室大納言(はむろのだいなごん)光頼卿(くわうらいのきやう)[* 「光」の左に(クハウ)の振り仮名]の御子(おんこ)也(なり)。
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あまりに名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】て、桂川(かつらがは)のはたまで
うちをくり(おくり)【送り】、さてもあるべきならねば、それ【其れ】
よりいとまこふ(こう)【乞う】て泣々(なくなく)わかれ給(たま)ふに、法印(ほふいん)
かうぞおもひ【思ひ】つづけ給(たま)ふ。
あはれ【哀】なり老木(おいき)わか木(ぎ)も山(やま)ざくら
をくれ(おくれ)【遅れ】さきだち【先立ち】花(はな)はのこらじ W055
経正(つねまさ)の返事(へんじ)には、
旅(たび)ごろも【旅衣】夜(よ)な夜(よ)な袖(そで)をかたしき【片敷き】て
おもへ【思へ】ばわれはとをく(とほく)【遠く】ゆきなん W056
P07132
さてまい【巻い】てもたせられたる赤旗(あかはた)ざ(ッ)とさし
あげ【差し上げ】たり。あそこここにひかへて待(まち)奉(たてまつ)る侍
共(さぶらひども)、あはやとて馳(はせ)あつまり、その勢(せい)百騎(ひやくき)ばかり、
鞭(むち)をあげ駒(こま)をはやめて、程(ほど)なく行幸(ぎやうがう)に
『青山之(せいざんの)沙汰(さた)』S0718
を(ッ)(おつ)【追つ】つき奉(たてまつ)る。○此(この)経正(つねまさ)十七(じふしち)の年(とし)、宇佐(うさ)の勅
使(ちよくし)を承(うけたま)は(ッ)てくだられけるに、其(その)時(とき)青山(せいざん)
を給(たま)は(ッ)て、宇佐(うさ)へまいり(まゐり)【参り】、御殿(ごてん)にむかひ【向ひ】奉(たてまつ)り
秘曲(ひきよく)をひき給(たま)ひしかば、いつ聞(きき)なれたる
事(こと)はなけれ共(ども)、ともの宮人(みやびと)をしなべて(おしなべて)、
P07133
緑衣(りよくい)の袖(そで)をぞしぼりける。聞(きき)しらぬや
つこまでも村雨(むらさめ)とはまがはじな。目出(めでた)かりし
事共(ことども)なり。彼(かの)青山(せいざん)と申(まうす)御琵琶(おんびは)は、昔(むかし)仁
明天皇(にんみやうてんわうの)御宇(ぎよう)、嘉祥(かしやう)三年(さんねん)の春(はる)、掃部頭(かもんのかみ)貞敏(ていびん)
渡唐(とたう)の時(とき)、大唐(たいたう)の琵琶(びは)の博士(はかせ)廉妾夫(れんせふふ)(レンセウフ)にあひ、
三曲(さんきよく)を伝(つたへ)て帰朝(きてう)せしに、玄象(けんじやう)・師子丸(ししまる)・青山(せいざん)、
三面(さんめん)の琵琶(びは)を相伝(さうでん)してわたり【渡り】けるが、竜神(りゆうじん)
やおしみ(をしみ)【惜しみ】給(たま)ひけむ、浪風(なみかぜ)あらく立(たち)ければ、師子
丸(ししまる)をば海底(かいてい)にしづめ、いま二面(にめん)の琵琶(びは)を
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わたして、吾(わが)朝(てう)の御門(みかど)の御(おん)たからとす。村上(むらかみ)の
聖代(せいたい)応和(おうわ)のころおひ(ころほひ)、三五夜中[B ノ](さんごやちゆうの)新月(しんげつ)白(しろ)く
さえ【冴え】、涼風(りやうふう)颯々(さつさつ)たりし夜(よ)なか半(ば)に、御門(みかど)
清涼殿(せいりやうでん)にして玄象(けんじやう)をぞあそばさ【遊ばさ】れける時(とき)
に、影(かげ)のごとく【如く】なるもの御前(ごぜん)に参(さん)じて、ゆう(いう)【優】
にけだかき声(こゑ)にてしやうが【唱歌】をめでたう仕(つかまつ)る。
御門(みかど)御琵琶(おんびは)をさしをか(おか)【置か】せ給(たま)ひて、「抑(そもそも)汝(なんぢ)はいか
なるもの【者】ぞ。いづくより来(きた)れるぞ」と御尋(おんたづね)あれ
ば、「是(これ)は昔(むかし)貞敏(ていびん)に三曲(さんきよく)をつたへ候(さうらひ)し大唐(たいたう)の
P07135
琶(びは)のはかせ廉妾夫(れんせふふ)(れんゼウフ)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)が、三曲(さんきよく)
のうち秘曲(ひきよく)を一曲(いつきよく)のこせるO[BH 罪イ]によ(ッ)て、魔道(まだう)へ沈淪(ちんりん)
仕(つかまつり)て候(さうらふ)。今(いま)御琵琶(おんびは)の御撥音(おんばちおと)(おんバチヲト)たへ【妙】にきこえ【聞え】侍(はんべ)る
間(あひだ)、参入(さんにふ)仕(つかまつる)ところ【所】なり。ねがは【願は】くは此(この)曲(きよく)を君(きみ)に
さづけ奉(たてまつ)り、仏果(ぶつくわ)(ぶつクハ)菩提(ぼだい)を証(しよう)(セウ)すべき」由(よし)申(まうし)て、
御前(おんまへ)に立(たて)られたる青山(せいざん)をとり、てんじゆ【転手】を
ねぢて秘曲(ひきよく)を君(きみ)にさづけ奉(たてまつ)る。三曲(さんきよく)のうちに
上玄(しやうげん)石上(せきしやう)是(これ)也(なり)。其(その)後(のち)は君(きみ)も臣(しん)も
おそれ【恐れ】させ
給(たま)ひて、此(この)御琵琶(おんびは)をあそばし【遊ばし】ひく事(こと)もせさ
P07136
せ給(たま)はず。御室(おむろ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりけるを、経
正(つねまさ)の幼少(えうせう)の時(とき)、御最愛(ごさいあい)の童形(とうぎやう)たるによ(ッ)て下(くだ)
しあづかり【預り】たりけるとかや。こう(かふ)【甲】は紫藤(しとう)のこう(かふ)【甲】、
夏山(なつやま)の峯(みね)のみどりの木(こ)の間(ま)より、有明(ありあけ)の月(つき)
のいづる【出づる】を撥面(ばちめん)にかかれたりけるゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、
青山(せいざん)とは付(つけ)られたれ。玄象(けんじやう)にもあひをとら(おとら)ぬ
『一門都落(いちもんのみやこおち)』S0719
希代(きたい)の名物(めいぶつ)なりけり。○池(いけ)の大納言(だいなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)も
池殿(いけどの)に火(ひ)をかけて出(いで)られけるが、鳥羽(とば)の南(みなみ)
の門(もん)にひかへつつ、「わすれたる事(こと)あり」とて、
P07137
赤(あか)じるし切捨(きりすて)て、其(その)勢(せい)三百(さんびやく)余騎(よき)、都(みやこ)へと(ッ)てかへ
さ【返さ】れけり。平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、大臣
殿(おほいとの)の御(おん)まへに馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「あれ御覧(ごらん)候(さうら)へ。池殿(いけどの)の御(おん)
とどまり候(さうらふ)に、おほう【多う】の侍共(さぶらひども)のつきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
罷(まかり)とどまるが奇怪(きつくわい)(キクハイ)におぼえ候(さうらふ)。大納言殿(だいなごんどの)まで
はおそれ【恐れ】も候(さうらふ)。侍(さぶらひ)共(ども)に矢(や)一(ひとつ)いかけ候(さうら)はん」と申(まうし)け
れば、「年来(ねんらい)の重恩(ちようおん)を忘(わすれ)て、今(いま)此(この)ありさま【有様】を
見(み)はてぬ不当人(ふたうじん)をば、さなくとも【共】ありなん」
との給(たま)へ【宣へ】ば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】でとどまりけり。「扨(さて)
P07138
小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)はいかに」との給(たま)へ【宣へ】ば、「いまだ御一
所(いつしよ)も見(み)えさせ給(たまひ)候(さうら)はず」と申(まう)す。其(その)時(とき)新中納
言(しんぢゆうなごん)なみだ【涙】をはらはらとながい【流い】て、「都(みやこ)を出(いで)ていまだ一日(いちにち)だにも過(すぎ)ざるに、いつしか人(ひと)の心(こころ)共(ども)
のかはりゆくうたてさよ。まして行(ゆく)すゑとて
もさこそはあらんずらめとおもひ【思ひ】しかば、都(みやこ)の
うちでいかにもならんと申(まうし)つる物(もの)を」とて、大臣
殿(おほいとの)の御(おん)かたをうらめしげ【恨めし気】にこそ見(み)給(たま)ひけれ。
抑(そもそも)池殿(いけどの)のとどまり給(たま)ふ事(こと)をいかにといふに、
P07139
兵衛佐(ひやうゑのすけ)つね【常】は頼盛(よりもり)に情(なさけ)をかけて、「御(おん)かたをば
ま(ッ)たくをろか(おろか)【愚】におもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。ただ故(こ)
池殿(いけどの)のわたらせ給(たま)ふとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。八幡大菩
薩(はちまんだいぼさつ)も御照罰(ごせうばつ)候(さうら)へ」な(ン)ど(なんど)、度々(たびたび)誓状(せいじやう)をも(ッ)て申(まう)
されける上(うへ)、平家(へいけ)追討(ついたう)のために討手(うつて)の使(つかひ)の
のぼる度(たび)ごとに、「相構(あひかまへ)て池殿(いけどの)の侍共(さぶらひども)にむか(ッ)【向つ】て弓(ゆみ)ひくな」な(ン)ど(なんど)情(なさけ)をかくれば、「一門(いちもん)の平家(へいけ)は運(うん)
つき、既(すで)に都(みやこ)を落(おち)ぬ。今(いま)は兵衛佐(ひやうゑのすけ)にたすけ【助け】
られんずるにこそ」との給(たま)ひ【宣ひ】て、都(みやこ)へかへられける
P07140
とぞきこえ【聞え】し。八条(はつでうの)女院(にようゐん)の仁和寺(にんわじ)の常葉(ときは)
どのにわたらせ給(たま)ふにまいり(まゐり)【参り】こもられけり。
女院(にようゐん)の御(おん)めのとご、宰相殿(さいしやうどの)と申(まうす)女房(にようばう)にあひ具(ぐ)
し給(たま)へるによ(ッ)てなり。「自然(しぜん)の事(こと)候(さうら)はば、頼盛(よりもり)
かまへてたすけ【助け】させ給(たま)へ」と申(まう)されけれども、
女院(にようゐん)「今(いま)は世(よ)の世(よ)にてもあらばこそ」とて、たの
もしげ【頼もし気】もなふ(なう)ぞ仰(おほせ)ける。凡(およそ)は兵衛佐(ひやうゑのすけ)ばかり
こそ芳心(はうじん)は存(ぞん)ぜらるるとも、自余(じよ)の源氏
共(げんじども)はいかがあらんずらむ。なまじひに一門(いちもん)にははなれ
P07141
給(たま)ひぬ、波(なみ)にも磯(いそ)にもつかぬ心(ここ)ち【心地】ぞせられ
ける。さる程(ほど)に、小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)は、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維
盛卿(これもりのきやう)をはじめ奉(たてまつり)て、兄弟(きやうだい)六人(ろくにん)、其(その)勢(せい)千騎(せんぎ)
ばかりにて、淀(よど)のむつだ河原(がはら)【六田河原】にて行幸(ぎやうがう)に
を(ッ)(おつ)【追つ】つき奉(たてまつ)る。大臣殿(おほいとの)待(まち)うけ奉(たてまつ)り、うれしげ【気】
にて、「いかにや今(いま)まで」との給(たま)へ【宣へ】ば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)「お
さなき(をさなき)【幼き】もの共(ども)があまりにしたひ候(さうらふ)を、とかうこし
らへをか(おか)【置か】んと遅参(ちさん)仕(つかまつり)候(さうらひ)ぬ」と申(まう)されければ、
大臣殿(おほいとの)「などや心(こころ)づよふ(づよう)六代(ろくだい)どのをば具(ぐ)し奉(たてまつり)
P07142
給(たま)はぬぞ」と仰(おほせ)られければ、維盛卿(これもりのきやう)「行(ゆく)すゑ
とてもたのもしう【頼もしう】も候(さうら)はず」とて、とふ【問ふ】につら
さのなみだ【涙】をながされけるこそかなし
けれ。落行(おちゆく)平家(へいけ)は誰々(たれたれ)ぞ。前(さきの)内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)・
平(へい)大納言(だいなごん)時忠(ときただ)・平(へい)中納言(ぢゆうなごん)教盛(のりもり)・新中納言(しんぢゆうなごん)知盛(とももり)・修
理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)・右衛門督(うゑもんのかみ)清宗(きよむね)・本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)・小松(こまつの)三
位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)・新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛(すけもり)・越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)、
殿上人(てんじやうびと)には蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)・讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)時実(ときざね)・左中将(ひだんのちゆうじやう)
清経(きよつね)・小松(こまつの)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)忠房(ただふさ)・皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)経正(つねまさ)・
P07143
左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・能登守(のとのかみ)教経(のりつね)・武蔵守(むさしのかみ)
知明【*知章】(ともあきら)・備中守(びつちゆうのかみ)師盛(もろもり)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・尾張守(をはりのかみ)清定(きよさだ)・
若狭守(わかさのかみ)経俊(つねとし)・兵部少輔(ひやうぶのせう)正明(まさあきら)・蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)成盛【*業盛】(なりもり)・大夫(たいふ)敦
盛[* 「淳盛」と有るのを他本により訂正](あつもり)、僧(そう)には二位(にゐの)僧都(そうづ)専親【*全真】(せんしん)・法勝寺(ほつしようじの)執行(しゆぎやう)能円(のうゑん)・中
納言(ちゆうなごんの)律師(りつし)仲快(ちゆうくわい)、経誦坊(きやうじゆばうの)阿闍梨(あじやり)祐円(いうゑん)、侍(さぶらひ)には受
領(じゆりやう)・検非違使(けんびゐし)・衛府(ゑふ)・諸司(しよし)百六十人(ひやくろくじふにん)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)七千(しちせん)
余騎(よき)、是(これ)は東国(とうごく)北国(ほつこく)度々(どど)のいくさ【軍】に、此(この)二三ケ
年(にさんがねん)が間(あひだ)討(うち)もらさ【漏らさ】れて、纔(わづか)に残(のこ)るところ【所】也(なり)。
山崎(やまざき)関戸[B ノ](せきどの)院(ゐん)に玉(たま)の御輿(みこし)をかきすへ(すゑ)【据ゑ】て、男山(をとこやま)を
P07144
ふし拝(をが)み、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)「南無(なむ)帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)
八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)、君(きみ)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、我等(われら)都(みやこ)へ
帰(かへ)し入(いれ)させ給(たま)へ」と、祈(いの)られけるこそかなしけれ。
おのおのうしろをかへり見(み)給(たま)へば、かすめる空(そら)
の心(ここ)ち【心地】して、煙(けぶり)のみこころぼそく立(たち)のぼる。平(へい)
中納言(ぢゆうなごん)教盛卿(のりもりのきやう)
はかなしなぬしは雲井(くもゐ)にわかるれば
跡(あと)はけぶりとたちのぼるかな W057
修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)
P07145
ふるさとをやけ野(の)の原(はら)にかへりみて
すゑ【末】もけぶりのなみぢをぞゆく【行く】 W058
まこと【誠】に古郷(こきやう)をば一片(いつぺん)の煙塵(えんぢん)に隔(へだて)つつ、前
途(せんど)万里(ばんり)の雲路(うんろ)におもむか【赴か】れけん人々(ひとびと)の心(こころ)
のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。肥後守(ひごのかみ)貞能(さだよし)は、河
尻(かはしり)に源氏(げんじ)まつときい【聞い】て、けちらさ【散らさ】んとて五
百(ごひやく)余騎(よき)で発向(はつかう)したりけるが、僻事(ひがこと)なれば帰(かへ)りのぼる程(ほど)に、うどの【宇度野】の辺(へん)にて行幸(ぎやうがう)に
まいり(まゐり)【参り】あふ。貞能(さだよし)馬(むま)よりとびおり、弓(ゆみ)わきばさみ【鋏み】、
P07146
大臣殿(おほいとの)の御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、「是(これ)は抑(そもそも)いづち
へとておち【落ち】させ給(たまひ)候(さうらふ)やらん。西国(さいこく)へくだらせ給(たま)ひ
たらば、おち人(うと)とてあそこここにてうちちら
さ【散らさ】れ、うき名(な)をながさせ給(たま)はん事(こと)こそ口惜(くちをしう)候(さうら)へ。
ただ宮古(みやこ)のうちでこそいかにもならせ給(たま)はめ」
と申(まうし)ければ、大臣殿(おほいとの)「貞能(さだよし)はしら【知ら】ぬか。木曾(きそ)既(すで)に
北国(ほつこく)より五万(ごまん)余騎(よき)で攻(せめ)のぼり、比叡山(ひえいさん)東坂本(ひがしざかもと)
にみちみちたんなり。此(この)夜半(やはん)ばかり、法皇(ほふわう)もわた
らせ給(たま)はず。おのおのが身(み)ばかりならばいかがせん、
P07147
女院(にようゐん)二位殿(にゐどの)に、まのあたりうき目(め)を見(み)せまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】んも心(こころ)ぐるしければ、行幸(ぎやうがう)をもなしまい
らせ(まゐらせ)【参らせ】、人々(ひとびと)をもひき【引き】具(ぐ)し奉(たてまつり)て、一(ひと)まどもやと
おもふ【思ふ】ぞかし」と仰(おほせ)られければ、「さ候(さうら)はば、貞能(さだよし)は
いとま給(たま)は(ッ)て、都(みやこ)でいかにもなり候(さうら)はん」とて、めし【召し】
具(ぐ)したる五百(ごひやく)余騎(よき)の勢(せい)をば、小松殿(こまつどの)の
君達(きんだち)につけ奉(たてまつ)り、手勢(てぜい)卅騎(さんじつき)ばかりで都(みやこ)へ
ひ(ッ)【引つ】かへす【返す】。京中(きやうぢゆう)にのこりとどまる平家(へいけ)の
余党(よたう)をうたんとて、貞能(さだよし)が帰(かへ)り入(いる)よし聞(きこ)えしかば、
P07148
池(いけの)大納言(だいなごん)「頼盛(よりもり)がうへ【上】でぞあるらん」とて、大(おほき)に
おそれ【恐れ】さはが(さわが)【騒が】れけり。貞能(さだよし)は西八条(にしはつでう)のやけ跡(あと)
に大幕(おほまく)ひかせ、一夜(いちや)宿(しゆく)したりけれ共(ども)、帰(かへ)り入(いり)
給(たま)ふ平家(へいけ)の君達(きんだち)一所(いつしよ)もおはせねば、さすが心(こころ)
ぼそうやおもひ【思ひ】けん、源氏(げんじ)の馬(むま)のひづめにかけじ
とて、小松殿(こまつどの)の御(おん)はか【墓】ほらせ、御骨(ごこつ)にむかひ【向ひ】奉(たてまつり)
て泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「あなあさまし、御一門(ごいちもん)を御覧(ごらん)
候(さうら)へ。「生(しやう)あるもの【者】は必(かなら)ず滅(めつ)す。楽(たのしみ)尽(つき)て悲(かなし)み
来(きた)る」といにしへより書(かき)をき(おき)たる事(こと)にて候(さうら)へ共(ども)、
P07149
まのあたりかかるうき【憂き】事(こと)候(さうら)はず。君(きみ)はかやう
の事(こと)をまづさとらせ給(たま)ひて、兼(かね)て仏神(ぶつじん)
三宝(さんぼう)に御祈誓(ごきせい)あ(ッ)て、御世(おんよ)をはやう【早う】させまし
ましけるにこそ。ありがたうこそおぼえ候(さうら)へ。
其(その)時(とき)貞能(さだよし)も最後(さいご)の御供(おんとも)仕(つかまつ)るべう候(さうらひ)けるもの
を、かひなき命(いのち)をいきて、今(いま)はかかるうき目(め)に
あひ候(さうらふ)。死期(しご)の時(とき)は必(かなら)ず一仏土(いちぶつど)へむかへ【向へ】させ給(たま)へ」と、
泣々(なくなく)遥(はるか)にかきくどき【口説き】、骨(こつ)をば高野(かうや)へ送(おく)り、
あたりの土(つち)をば賀茂川(かもがは)にながさせ、世(よ)の有様(ありさま)
P07150
たのもしから【頼もしから】ずやおもひ【思ひ】けん、しう(しゆう)【主】とうしろあ
はせ【後ろ合はせ】に東国(とうごく)へこそおち【落ち】ゆき【行き】けれ。宇都宮(うつのみや)をば
貞能(さだよし)が申(まうし)あづか(ッ)て、情(なさけ)ありければ、そのよしみ
にや、貞能(さだよし)又(また)宇都宮(うつのみや)をたのん【頼ん】で下(くだ)りければ、
『福原落(ふくはらおち)』S0720
芳心(はうじん)しけるとぞ聞(きこ)えし。○平家(へいけ)は小松[B ノ](こまつの)三位[B ノ](さんみの)中
将(ちゆうじやう)維盛[B ノ]卿(これもりのきやう)の外(ほか)は、大臣殿(おほいとの)以下(いげ)妻子(さいし)を具(ぐ)せられ
けれ共(ども)、つぎざま【次様】の人共(ひとども)はさのみひき【引き】しろふに
及(およ)ばねば、後会(こうくわい)其(その)期(ご)をしら【知ら】ず、皆(みな)うち捨(すて)てぞ
落行(おちゆき)ける。人(ひと)はいづれの日(ひ)、いづれの時(とき)、必(かなら)ず
P07151
立帰(たちかへ)るべしと、其(その)期(ご)を定(さだめ)をく(おく)【置く】だにも久(ひさ)
しきぞかし。況(いはん)や是(これ)はけふを最後(さいご)、唯今(ただいま)限(かぎり)
の別(わかれ)なれば、ゆくもとどまるも、たがひに
袖(そで)をぞぬらしける。相伝(さうでん)譜代(ふだい)のよしみ、年(とし)
ごろ日比(ひごろ)、重恩(ぢゆうおん)争(いかで)かわする【忘る】べきなれば、老(おい)
たるもわかきもうしろのみかへりみて、
さきへはすすみもやらざりけり。或(あるいは)磯(いそ)べ
の浪枕(なみまくら)、やへ【八重】の塩路(しほぢ)に日(ひ)をくらし、或(あるいは)遠(とほ)き
をわけ、けはしきをしのぎつつ、駒(こま)に鞭(むち)うつ
P07152
人(ひと)もあり、舟(ふね)に棹(さを)さす者(もの)もあり、思(おも)ひ思(おも)ひ
心々(こころごころ)におち【落ち】行(ゆき)けり。福原(ふくはら)の旧都(きうと)につい
て、大臣殿(おほいとの)、しかる【然る】べき侍共(さぶらひども)、老少(らうせう)数百人(すひやくにん)めし【召し】
て仰(おほせ)られけるは、「積善(しやくぜん)の余慶(よけい)家(いへ)につき【尽き】、
積悪(せきあく)の余殃(よわう)身(み)に及(およ)ぶゆへ(ゆゑ)【故】に、神明(しんめい)にもは
なたれ奉(たてまつ)り、君(きみ)にも捨(すて)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、帝
都(ていと)をいで旅泊(りよはく)にただよふ上(うへ)は、なんのたのみ【頼み】
かあるべきなれども、一樹(いちじゆ)の陰(かげ)にやどるも先
世(ぜんぜ)の契(ちぎり)あさから【浅から】ず。同(おな)じ流(ながれ)をむすぶも、多生(たしやう)
P07153
の縁(えん)猶(なほ)ふかし。いかに況(いはん)や、汝等(なんぢら)は一旦(いつたん)したがひ【従ひ】
つく門客(もんかく)にあらず、累祖(るいそ)相伝(さうでん)の家人(けにん)なり。
或(あるいは)近親(きんしん)のよしみ他(た)に異(こと)なるもあり、或(あるいは)重
代(ぢゆうだい)芳恩(はうおん)是(これ)ふかきもあり、家門(かもん)繁昌(はんじやう)の古(いにしへ)
は恩波(おんぱ)(ヲンパ)によ(ッ)て私(わたくし)をかへりみき。今(いま)なんぞ
芳恩(はうおん)をむくひざらんや。且(かつう)は十善(じふぜん)帝王(ていわう)、三種(さんじゆ)
の神器(しんぎ)を帯(たい)してわたらせ給(たま)へば、いかなら
む野(の)のすゑ【末】、山(やま)の奥(おく)までも、行幸(ぎやうがう)の御供(おんとも)
仕(つかまつ)らんとは思(おも)はずや」と仰(おほせ)られければ、老少(らうせう)
P07154
みな涙(なみだ)をながい【流い】て申(まうし)けるは、「あやしの鳥(とり)け
だものも、恩(おん)を報(ほう)じ、徳(とく)をむくふ【報ふ】心(こころ)は候(さうらふ)なり。
申(まうし)候(さうら)はんや、人倫(じんりん)の身(み)として、いかがそのことはり(ことわり)【理】
を存知(ぞんぢ)仕(つかまつ)らでは候(さうらふ)べき。廿(にじふ)余年(よねん)の間(あひだ)妻子(さいし)
をはぐくみ所従(しよじゆう)をかへりみる事(こと)、しかしな
がら君(きみ)の御恩(ごおん)ならずといふ事(こと)なし。就中(なかんづく)
に、弓箭(きゆうせん)馬上(ばしやう)に携(たづさは)るならひ【習ひ】、ふた心(ごころ)あるを
も(ッ)て恥(はぢ)とす。然(しかれ)ば則(すなはち)日本(につぽん)の外(ほか)、新羅(しんら)・百済(はくさい)・
高麗(かうらい)・荊旦(けいたん)、雲(くも)のはて、海(うみ)のはてまでも、行
P07155
幸(ぎやうがう)の御供(おんとも)仕(つかまつ)て、いかにもなり候(さうら)はん」と、異口(いく)
同音(どうおん)に申(まうし)ければ、人々(ひとびと)皆(みな)たのもしげ【頼もし気】にぞ
見(み)えられける。福原(ふくはら)の旧里(きうり)に一夜(いちや)をこそ
あかされけれ。折節(をりふし)秋(あき)のはじめ【始め】の月(つき)は、
しもの弓(ゆみ)はり【弓張り】なり。深更(しんかう)空夜(くうや)閑(しづか)にして、旅(たび)
ねの床(とこ)の草枕(くさまくら)、露(つゆ)もなみだ【涙】もあらそひて、
ただ物(もの)のみぞかなしき【悲しき】。いつ帰(かへ)るべし共(とも)
おぼえねば、故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)の作(つく)りをき(おき)給(たま)ひし
所々(ところどころ)を見(み)給(たま)ふに、春(はる)は花(はな)みの岡(をか)の御所(ごしよ)、秋(あき)は
P07156
月(つき)み【月見】の浜(はま)の御所(ごしよ)、泉殿(いづみどの)・松陰殿(まつかげどの)・馬場殿(ばばどの)、二
階(にかい)の桟敷殿(さじきどの)、雪見(ゆきみ)の御所(ごしよ)、萱(かや)の御所(ごしよ)、人々(ひとびと)
の館共(たちども)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)の承(うけたま)は(ッ)て造進(ざうしん)
せられし里内裏(さとだいり)、鴦(をし)の瓦(かはら)、玉(たま)の石(いし)だたみ【石畳】、いづ
れもいづれも三(み)とせ【三年】が程(ほど)に荒(あれ)はてて、旧苔(きうたい)
道(みち)をふさぎ、秋(あき)の草(くさ)門(かど)をとづ。瓦(かはら)に松(まつ)おひ、
墻(かき)に蔦(つた)しげれり。台(たい)傾(かたぶき)て苔(こけ)むせり、松風(まつかぜ)
ばかりや通(かよふ)らん。簾(すだれ)たえ【絶え】て閨(ねや)あらはなり、
月影(つきかげ)のみぞさし入(いり)ける。あけぬれば、福原(ふくはら)の
P07157
内裏(だいり)に火(ひ)をかけて、主上(しゆしやう)をはじめ奉(たてまつり)て、
人々(ひとびと)みな御舟(おんふね)にめす。都(みやこ)を立(たち)し程(ほど)こそ
なけれども、是(これ)も名残(なごり)はおしかり(をしかり)【惜しかり】けり。海
人(あま)のたく藻(も)の夕煙(ゆふけぶり)、尾上(をのへ)の鹿(しか)の暁(あかつき)の
こゑ【声】、渚々(なぎさなぎさ)によする【寄する】浪(なみ)の音(おと)、袖(そで)に宿(やど)かる
月(つき)の影(かげ)、千草(ちくさ)にすだく蟋蟀(しつそつ)のきりぎりす【蟋蟀】、
すべて目(め)に見(み)え耳(みみ)にふるる事(こと)、一[B ツ](ひとつ)として
哀(あはれ)をもよほし、心(こころ)をいたま【痛ま】しめずといふ事(こと)
なし。昨日(きのふ)は東関(とうくわん)の麓(ふもと)にくつばみをならべ
P07158
て十万(じふまん)余騎(よき)、今日(けふ)は西海(さいかい)の浪(なみ)に纜(ともづな)をとい
て七千(しちせん)余人(よにん)、雲海(うんかい)沈々(ちんちん)として、青天(せいでん)既(すで)に
くれなんとす。孤島(こたう)に夕霧(せきぶ)隔(へだて)て、月(つき)海
上(かいしやう)にうかべ【浮べ】り。極浦(きよくほ)[* 右に(タク)左に(キヨク イ ホ)の振り仮名]の浪(なみ)をわけ、塩(しほ)にひかれ
て行(ゆく)舟(ふね)は、半天(はんでん)の雲(くも)にさかのぼる。日(ひ)かず
ふれば、都(みやこ)は既(すで)に山川(さんせん)程(ほど)を隔(へだて)て、雲居(くもゐ)
のよそにぞなりにける。はるばるき【来】ぬと
おもふ【思ふ】にも、ただつきせぬ物(もの)は涙(なみだ)なり。浪(なみ)の
上(うへ)に白(しろ)き鳥(とり)のむれゐるを見(み)給(たま)ひて
P07159
は、かれなら[B 「ら」に「ンイ」と傍書]ん、在原(ありはら)のなにがしの、すみ田川(だがは)【隅田川】
にてこととひけん、名(な)もむつましき都鳥(みやこどり)
にやと哀(あはれ)也(なり)。寿永(じゆえい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)に平家(へいけ)
都(みやこ)を落(おち)はてぬ。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第七(だいしち)


平家物語 高野本 巻第八

平家 八(表紙)
P08001
平家八之巻 目録
山門御幸    名虎
宇佐行幸付緒環 太宰府落
征夷将軍院宣  猫間
水島合戦    瀬尾最期
室山合戦    鼓判官
法住寺合戦
P08002
P08003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第八(だいはち)
『山門御幸(さんもんごかう)』S0801
○寿永(じゆえい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)廿四日(にじふしにち)夜半(やはん)ばかり、法皇(ほふわう)は
按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)の子息(しそく)、右馬頭(うまのかみ)資時(すけとき)
ばかり御供(おんとも)にて、ひそかに御所(ごしよ)を出(いで)させ給(たま)
ひ、鞍馬(くらま)へ御幸(ごかう)なる。鞍馬(くらまの)O[BH 寺]僧(じそう)ども「是(これ)は尚(なほ)
都(みやこ)ちかく【近く】てあしう【悪しう】候(さうらひ)なむ」と申(まうす)あひだ、篠(ささ)の
峯(みね)・薬王坂(やくわうざか)な(ン)ど(なんど)申(まうす)さがしき【嶮しき】嶮難(けんなん)を凌(しの)がせ
給(たま)ひて、横河(よかは)の解脱谷(げだつだに)寂場坊(じやくぢやうばう)、御所(ごしよ)に
なる。大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て、「東塔(とうだふ)(トウダウ)へこそ御幸(ごかう)あるべけ
P08004
れ」と申(まうし)ければ、東塔(とうだふ)の南谷(みなみだに)円融坊(ゑんゆうばう)(エンユウバウ)御所(ごしよ)に
なる。かかりければ、衆徒(しゆと)も武士(ぶし)も、円融房【*円融坊】(ゑんゆうばう)を
守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。法皇(ほふわう)は仙洞(せんとう)をいでて天台山(てんだいさん)に、
主上(しゆしやう)は鳳闕(ほうけつ)をさ(ッ)て西海(さいかい)へ、摂政殿(せつしやうどの)は吉野(よしの)
の奥(おく)(ヲク)とかや。女院(にようゐん)(ニヨウイン)・宮々(みやみや)は八幡(やはた)(ヤワタ)・賀茂(かも)・嵯峨(さが)・うづ
まさ【太秦】・西山(にしやま)・東山(ひがしやま)のかたほとりにつゐ(つい)【付い】て、にげ【逃げ】
かくれさせ給(たま)へり。平家(へいけ)はおち【落ち】ぬれど、源
氏(げんじ)はいまだ入(いり)かはらず。既(すで)に此(この)京(きやう)はぬしなき
里(さと)にぞなりにける。開闢(かいひやく)よりこのかた、O[BH かかる]事(こと)
P08005
あるべしともおぼえず。聖徳太子(しやうとくたいし)の未来記(みらいき)に
も、けふの事(こと)こそゆかしけれ。法皇(ほふわう)天台山(てんだいさん)に
わたらせ給(たま)ふと聞(きこ)えさせ給(たまひ)しかば、馳(はせ)まいら(まゐら)【参ら】
せ給(たま)ふ人々(ひとびと)、其(その)比(ころ)の入道殿(にふだうどの)とは前(さきの)関白(くわんばく)松殿(まつどの)、
当殿(たうどの)とは近衛(こんゑどの)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)・左右大臣(さうのだいじん)・内大臣(ないだいじん)・
大納言(だいなごん)・中納言(ちゆうなごん)・宰相(さいしやう)・三位(さんみ)(サンイ)・四位(しゐ)・五位(ごゐ)の殿上人(てんじやうびと)、
すべて世(よ)に人(ひと)とかぞへられ、官(くわん)加階(かかい)に望(のぞみ)をかけ、
所帯(しよたい)・所職(しよしよく)を帯(たい)する程(ほど)の人(ひと)の、一人(いちにん)ももるる
はなかりけり。円融坊(ゑんゆうばう)には、あまりに人(ひと)まいり(まゐり)【参り】
P08006
つどひ【集ひ】て、堂上(たうしやう)・堂下(たうか)・門外(もんぐわい)・門内(もんない)、ひまはざま
もなうぞみちみちたる。山門(さんもんの)繁昌(はんじやう)・門跡(もんぜき)の面
目(めんぼく)とこそ見(み)えたりけれ。同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)に、法皇(ほふわう)宮(みや)こ【都】
へ還御(くわんぎよ)なる。木曾(きそ)五万(ごまん)余騎(よき)にて守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。
近江源氏(あふみげんじ)山本(やまもと)の冠者(くわんじや)義高(よしたか)、白旗(しらはた)さひ(さい)て先
陣(せんぢん)に供奉(ぐぶ)す。この廿(にじふ)余年(よねん)見(み)えざりつる白
旗(しらはた)の、けふはじめて宮(みや)こ【都】へいる、めづらしかりし
事(こと)どもなり。さるほど【程】に十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)(ユキイヱ)、宇治
橋(うぢはし)をわた(ッ)【渡つ】て都(みやこ)へいる。陸奥(むつの)新判官(しんはんぐわん)(シンハウグワン)義康(よしやす)が
P08007
子(こ)、矢田(やたの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンダイ)義清(よしきよ)、大江山(おほえやま)(ヲホヱヤマ)をへて上洛(しやうらく)す。摂
津国(つのくに)・河内(かはち)(カウチ)の源氏(げんじ)ども、雲霞(うんか)のごとくにおなじく
宮(みや)こ【都】へみだれ【乱れ】いる。凡(およそ)(ヲヨソ)京中(きやうぢゆう)には源氏(げんじ)の勢(せい)み
ちみちたり。勘解由小路(かでのこうぢ)の中納言(ちゆうなごん)経房卿(つねふさのきやう)・検
非違使(けんびゐしの)(ケビイシノ)別当(べつたう)左衛門督(さゑもんのかみ)実家(さねいへ)(サネイエ)、院(ゐん)(イン)の殿上(てんじやう)の簀
子(すのこ)に候(さうらひ)て、義仲(よしなか)・行家(ゆきいへ)(ユキイヱ)をめす。木曾(きそ)は赤地(あかぢ)の錦(にしき)
の直垂(ひたたれ)に、唐綾威(からあやをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、いか物(もの)づくりの太
刀(たち)をはき、きりふ【切斑】の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)に
はさみ【鋏み】、甲(かぶと)をばぬぎたかひもにかけて候(さうらふ)。十郎(じふらう)
P08008
蔵人(くらんど)は、紺地(こんぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、火(ひ)おどし(をどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、
こがねづくりの太刀(たち)をはき、大(おほ)なか黒(ぐろ)の矢(や)を
ひ(おひ)【負ひ】、ぬりごめどう【塗籠籐】の弓(ゆみ)脇(わき)にはさみ【鋏み】、是(これ)も甲(かぶと)をば
ぬぎたかひもにかけ、ひざまづゐ(ひざまづい)て候(さうらひ)けり。前(さきの)
内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)以下(いげ)、平家(へいけ)の一族(いちぞく)追討(ついたう)すべき
よし仰(おほせ)(ヲホセ)下(くだ)さる。両人(りやうにん)庭上(ていしやう)に畏(かしこま)(ッ)て承(うけたまは)る。をのをの(おのおの)【各々】
宿所(しゆくしよ)のなきよしを申(まう)す。木曾(きそ)は大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成
忠(なりただ)が宿所(しゆくしよ)、六条(ろくでう)西(にしの)(ニシノ)洞院(とうゐん)(トウイン)を給(たま)はる。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)は法
住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)の南殿(みなみどの)と申(まうす)、萓(かや)の御所(ごしよ)をぞ給(たま)はりける。
P08009
法皇(ほふわう)は主上(しゆしやう)外戚(ぐわいせき)の平家(へいけ)にとらはれさせ給(たまひ)て、西
海(さいかい)の浪(なみ)のうへ【上】にただよはせ給(たま)ふ事(こと)を、御(おん)なげき【歎き】
あ(ッ)て、主上(しゆしやう)并(ならび)に三種(さんじゆの)神器(しんぎ)宮(みや)こ【都】へ返(かへ)しいれ【入れ】
たてまつる【奉る】べき由(よし)、西国(さいこく)へ院宣(ゐんぜん)(インゼン)を下(くだ)されたり
けれども、平家(へいけ)もちゐたてまつら【奉ら】ず。高倉院(たかくらのゐん)
の皇子(わうじ)は、主上(しゆしやう)の外(ほか)三所(みところ)ましましき。二宮(にのみや)を
ば儲君(まうけのきみ)(モウけのきみ)にしたてまつら【奉ら】むとて、平家(へいけ)いざなひま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て、西国(さいこく)へ落(おち)(ヲチ)給(たまひ)ぬ。三(さん)四(し)は宮(みや)こ【都】にましまし
けり。同(おなじき)八月(はちぐわつ)五日(いつかのひ)、法皇(ほふわう)この宮(みや)たちをむかへ【向へ】よ
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せ【寄せ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、まづ三(さん)の宮(みや)の五歳(ごさい)にならせ
給(たま)ふを、「是(これ)へ是(これ)へ」と仰(おほせ)(ヲホセ)ければ、法皇(ほふわう)を見(み)まい
ら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)ひて、大(おほき)にむつからせ給(たま)ふあひだ、「と
うとう【疾う疾う】」とて出(いだ)しまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)ひぬ。其(その)後(のち)四(し)の
宮(みや)の四歳(しさい)にならせ給(たま)ふを、「是(これ)へ」と仰(おほせ)ければ、
すこし【少し】もはばからせ給(たま)はず、やがて法皇(ほふわう)(ホウわう)の御(おん)
ひざのうへ【上】にまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひて、よにもなつかし
げ【懐しげ】にてぞましましける。法皇(ほふわう)御涙(おんなみだ)をはらはら
とながさせ給(たま)ひて、「げにもすぞろならむも
P08011
のは、かやうの老法師(おいぼふし)(ヲイぼふし)を見(み)て、なにとてかなつかし
げ【懐しげ】にはおもふ【思ふ】べき。是(これ)ぞ我(わが)まこと【誠】の孫(まご)にて
ましましける。故女院(こにようゐん)のおさなをひ(をさなおひ)【少生】にすこし【少し】も
たがは【違は】せ給(たま)はぬ物(もの)かな。かかるわすれがたみ【忘れ形見】
を今(いま)まで見(み)ざりける事(こと)よ」とて、御涙(おんなみだ)せき
あへさせ給(たま)はず。浄土寺(じやうどじ)の二位殿(にゐどの)、その【其の】とき【時】は
いまだ丹後殿(たんごどの)とて、御前(ごぜん)に候(さうら)はせ給(たま)ふが、「さて
御(おん)ゆづりは、此(この)宮(みや)にてこそわたらせおはしましさぶ
らはめ」と申(まう)させ給(たま)へば、法皇(ほふわう)「子細(しさい)にや」とぞ
P08012
仰(おほせ)ける。内々(ないない)御占(みうら)ありしにも、「四(し)の宮(みや)位(くらゐ)につか
せ給(たま)ひては、百王(はくわう)まで日本国(につぽんごく)(ニホンゴク)の御(おん)ぬしたるべし」
とぞかんがへ【勘がへ】申(まうし)ける。御母儀(おんぼぎ)は七条[B ノ](しつでうの)修理(しゆりの)大夫(だいぶ)
信隆卿(のぶたかのきやう)の御娘(おんむすめ)なり。建礼門院(けんれいもんゐん)(ケンレイもんイン)のいまだ中宮(ちゆうぐう)
にてましましける時(とき)、その御方(おんかた)に宮(みや)づかひ給(たま)ひ
しを、主上(しゆしやう)つねはめされける程(ほど)に、うちつづ
き宮(みや)あまたいできさせ給(たま)へり。信隆卿(のぶたかのきやう)御娘(おんむすめ)
あまたおはしければ、いかにもして女御(にようご)后(きさき)にも
なしたてまつら【奉ら】ばやとねがは【願は】れけるに、人(ひと)のしろい
P08013
鶏(にはとり)を千(せん)かう【飼う】つれば、其(その)家(いへ)に必(かなら)ず后(きさき)いできたる
といふ事(こと)ありとて、鶏(にはとり)の白(しろ)いを千(せん)そろへ【揃へ】て
かは【飼は】れたりける故(ゆゑ)にや、此(この)御娘(おんむすめ)皇子(わうじ)あまたう
みまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へり。信隆卿(のぶたかのきやう)内々(ないない)うれしうはおも
は【思は】れけれども、平家(へいけ)にもはばかり、中宮(ちゆうぐう)にもお
それ【恐れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、もてなし奉(たてまつ)る事(こと)もおはせざ
りしを、入道(にふだう)相国(しやうこく)の北(きた)の方(かた)、八条(はつでう)の二位殿(にゐどの)「く
るしかる【苦しかる】まじ。われそだてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、まうけの
君(きみ)にしたてまつら【奉ら】む」とて、御(おん)めのとどもあまた
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つけて、そだてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひけり。中(なか)にも四(し)の宮(みや)
は、二位殿(にゐどの)のせうと、法勝寺(ほつしようじの)(ホツセウジの)執行(しゆぎやう)能円(のうゑん)(ノウエン)法印(ほふいん)(ホウイン)の
やしなひ君(ぎみ)【養ひ君】にてぞ在(まし)ましける。法印(ほふいん)平家(へいけ)に
具(ぐ)せられて、西国(さいこく)へ落(おち)(ヲチ)し時(とき)、あまりにあはて(あわて)【慌て】
さはひ(さわい)で、北方(きたのかた)をも宮(みや)をも京都(きやうと)にすて【捨】をき(おき)ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て、下(くだ)られたりしが、西国(さいこく)よりいそぎ人(ひと)
をのぼせ【上せ】て、「女房(にようばう)・宮(みや)具(ぐ)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、とくとく【疾く疾く】くだ
り【下り】給(たまふ)べし」と申(まう)されたりければ、北方(きたのかた)なのめな
らず悦(よろこび)、宮(みや)いざなひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、西(にしの)七条(しつでう)なる所(ところ)
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まで出(いで)られたりしを、女房(にようばう)のせうと紀伊守(きのかみ)教光【*範光】(のりみつ)、
「是(これ)は物(もの)のつゐ(つい)【付い】てくるひ給(たま)ふか。此(この)宮(みや)の御運(ごうん)は
只今(ただいま)ひらけさせ給(たま)はんずる物(もの)を」とて、とりとど
め【留め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりける次(つぎ)の日(ひ)ぞ、法皇(ほふわう)より御(おん)む
かへ【向へ】の車(くるま)はまいり(まゐり)【参り】たりける。何事(なにごと)もしかる【然る】べき事(こと)
と申(まうし)ながら、四(し)の宮(みや)の御(おん)ためには、紀伊守(きのかみ)教光【*範光】(のりみつ)
奉公(ほうこう)の人(ひと)とぞ見(み)えたりける。されども四(し)の宮(みや)
位(くらゐ)(クライ)につかせ給(たま)ひて後(のち)、そのなさけをもおぼし
めし【思し召し】いでさせ給(たま)はず、朝恩(てうおん)(テウヲン)もなくして歳月(としつき)を
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をくり(おくり)【送り】けるが、せめてのおもひ【思ひ】のあまりにや、二首(にしゆ)
の歌(うた)をようで、禁中(きんちゆう)(キンチウ)に落書(らくしよ)をぞしたりける。
一声(ひとこゑ)はおもひ【思ひ】出(で)てなけほととぎす
おいそ【老蘇】の森(もり)の夜半(よは)のむかしを W059
籠(こ)のうちもなを(なほ)【猶】うらやまし山(やま)がらの
身(み)のほどかくすゆふがほのやど W060
主上(しゆしやう)是(これ)を叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、「あなむざんや、さればい
まだ世(よ)にながらへ【永らへ】てあり【有り】けるな。けふまでこれ【是】を
おぼしめし【思し召し】よらざりけるこそをろか(おろか)【愚】なれ」とて、朝
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恩(てうおん)(テウヲン)かうぶり、正(じやう)三位(ざんみ)に叙(じよ)せられけるとぞきこえ【聞え】し。
『名虎(なとら)』S0802
○同(おなじき)八月(はちぐわつ)十日(とをかのひ)、院(ゐん)の殿上(てんじやう)にて除目(ぢもく)おこなはる。木曾(きそ)
は左馬頭(さまのかみ)にな(ッ)て、越後国(ゑちごのくに)(エチゴノクニ)を給(たま)はる。其上(そのうへ)朝日(あさひ)の
将軍(しやうぐん)といふ院宣(ゐんぜん)(インゼン)を下(くだ)されけり。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)は
備後守(びんごのかみ)になる。木曾(きそ)は越後(ゑちご)(エチゴ)をきらへば、伊与【*伊予】(いよ)
をたぶ。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)備後(びんご)をきらへば、備前(びぜん)をたぶ。
其(その)外(ほか)源氏(げんじ)十(じふ)余人(よにん)、受領(じゆりやう)・検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)・靭負尉(ゆぎへのじよう)(ユゲノゼウ)・
兵衛尉(ひやうゑのじよう)(ヒヤウエノゼウ)になされけり。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、平家(へいけ)の一門(いちもん)百
六十余人(ひやくろくじふよにん)が官職(くわんしよく)をとどめ【留め】て、殿上(てんじやう)のみふだをけ
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づらる。其(その)中(なか)に平(へい)大納言(だいなごん)時忠(ときただ)・内蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)(ノブトモ)・
讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)時実(ときざね)、これ三人(さんにん)はけづられず。それは
主上(しゆしやう)并(ならび)に三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)、都(みやこ)へ帰(かへ)しいれ【入れ】奉(たてまつ)るべ
きよし、彼(かの)時忠(ときただ)の卿(きやう)のもとへ、度々(たびたび)院宣(ゐんぜん)(インゼン)を下(くだ)
されけるによ(ッ)て也(なり)。同(おなじき)八月(はちぐわつ)十七日(じふしちにち)、平家(へいけ)は筑
前国(ちくぜんのくに)三(み)かさ【三笠】の郡(こほり)大宰府(ださいふ)【太宰府】にこそ着(つき)給(たま)へ。菊
池(きくちの)二郎(じらう)高直(たかなほ)(タカナヲ)は都(みやこ)より平家(へいけ)の御供(おんとも)に候(さうらひ)ける
が、「大津山(おほつやま)の関(せき)あけてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」とて、肥後
国(ひごのくに)にうちこえて、をのれ(おのれ)【己】が城(じやう)にひ(ッ)【引つ】こもり、めせ【召せ】ど
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もめせ【召せ】どもまいら(まゐら)【参ら】ず。当時(たうじ)は岩戸(いはど)の諸境(しよきやう)【*少卿(せうきやう)】大蔵(おほくらの)(ヲホクラの)種直(たねなほ)(タネナヲ)
ばかりぞ候(さうらひ)ける。九州(きうしう)二島(じたう)(ニシマ)の兵(つはもの)どもやがてまいる(まゐる)【参る】
べき由(よし)領状(りやうじやう)をば申(まうし)ながら、いまだまいら(まゐら)【参ら】ず。平
家(へいけ)安楽寺(あんらくじ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、歌(うた)よみ連歌(れんが)して宮(みや)づ
かひ【仕ひ】給(たま)ひしに、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、
すみなれしふるき宮(みや)こ【都】の恋(こひ)しさは
神(かみ)もむかしにおもひ【思ひ】しる【知る】らん W061
人々(ひとびと)是(これ)をきい【聞い】てみな涙(なみだ)をながされけり。同(おなじき)廿
日(はつかのひ)法皇(ほふわう)(ホウワウ)の宣命(せんみやう)にて、四宮(しのみや)閑院殿(かんゐんどの)(カンインどの)にて位(くらゐ)につか
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せ給(たま)ふ。摂政(せつしやう)はもとの摂政(せつしやう)近衛殿(こんゑどの)(コンエどの)かはらせ給(たま)は
ず。頭(とう)や蔵人(くらんど)なしをき(おき)て、人々(ひとびと)退出(たいしゆつ)せられけり。三
宮(さんのみや)の御(おん)めのとなきかなしみ、後悔(こうくわい)すれども甲斐(かひ)
ぞなき。「天(てん)に二(ふたつ)の日(ひ)なし、国(くに)にふたりの王(わう)なし」と
申(まう)せども、平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)によ(ッ)てこそ、京(きやう)・田舎(ゐなか)(イナカ)に
ふたりの王(わう)は在(まし)ましけれ。昔(むかし)文徳天皇(もんどくてんわう)は、天安(てんあん)
二年(にねん)八月(はちぐわつ)廿三日(にじふさんにち)にかくれさせ給(たま)ひぬ。御子(おんこ)の宮
達(みやたち)あまた位(くらゐ)(クライ)に望(のぞみ)をかけて在(まし)ますは、内々(ないない)御祈(おんいのり)
どもあり【有り】けり。一(いち)の御子(みこ)惟高【*惟喬】親王(これたかのしんわう)をば小原(をばら)の
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王子(わうじ)とも申(まうし)き。王者(わうしや)の財領(ざいりやう)を御心(おんこころ)にかけ、四海(しかい)の
安危(あんき)は掌(たなごころ)の内(うち)に照(てら)し、百王(はくわう)の理乱(りらん)は心(こころ)のうちに
かけ給(たま)へり。されば賢聖(けんせい)の名(な)をもとらせまし
ましぬべき君(きみ)なりと見(み)え給(たま)へり。二宮(にのみや)惟仁
親王(これひとのしんわう)は、其(その)比(ころ)の執柄(しつぺい)忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)の御娘(おんむすめ)、染殿(そめどの)の后(きさき)の
御腹(おんぱら)也(なり)。一門(いちもんの)公卿(くぎやう)列(れつ)してもてなし奉(たてまつ)り給(たま)ひしか
ば、是(これ)も又(また)さしをき(おき)がたき御事(おんこと)也(なり)。かれは守文
継体(しゆぶんけいてい)の器量(きりやう)あり、是(これ)は万機輔佐(ばんきふさ)の心操(しんさう)あ
り【有り】。かれもこれもいたはしくて、いづれもおぼし
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めし【思し召し】わづらはれき。一宮(いちのみや)惟高【*惟喬】親王(これたかのしんわう)の御祈(おんいのり)は、柿下(かきのもと)
の木(き)【紀】僧正(そうじやう)信済(しんぜい)(シンサイ)とて、東寺(とうじ)の一(いち)の長者(ちやうじや)、弘法大師(こうぼふだいし)(コウボウだいシ)
の御弟子(おんでし)也(なり)。二宮(にのみや)惟仁(これひと)の親王(しんわう)の御祈(おんいのり)には、外祖(ぐわいそ)
忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)の御持僧(ごぢそう)比叡山(ひえいさん)(ヒヱイさん)の恵良【*恵亮】(ゑりやう)和尚(くわしやう)ぞうけ給(たま)
はら【承ら】れける。「互(たがひ)(タガイ)におとらぬ高僧達(かうそうたち)也(なり)。とみにO[BH こと]ゆき
がたうやあらむずらむ」と、人々(ひとびと)ささやきあへり。
御門(みかど)かくれさせ給(たま)ひしかば、公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あり【有り】。「抑(そもそも)臣
等(しんら)がおもむぱかり(おもんぱかり)をも(ッ)てゑらむ(えらん)【選ん】で位(くらゐ)(クライ)につけ奉(たてまつ)
らん事(こと)、用捨(ようしや)私(わたくし)あるにに【似】たり。万人(ばんじん)脣(くちびる)をかへす【反す】
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べし。しら【知ら】ず、競馬(けいば)相撲(すまふ)(スマウ)の節(せち)(セツ)をとげて、其(その)運(うん)を
しり【知り】、雌雄(しゆう)によ(ッ)て宝祚(ほうそ)をさづけたてまつる【奉る】べし」
と儀定(ぎぢやう)畢(をはん)ぬ。同(おなじき)年(とし)の九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、二人(ににん)の宮達(みやたち)
右近馬場(うこんのばば)へ行(ぎやう)げい【行啓】あり【有り】。ここに王公(わうこう)卿相(けいしやう)、花(はな)の
袂(たもと)をよそほひ、玉(たま)のくつばみをならべ、雲(くも)の
ごとくにかさなり、星(ほし)のごとくにつらなり給(たま)ひし
かば、此(この)事(こと)希代(きたい)の勝事(しようし)(セウジ)、天下(てんが)の荘(さかんなる)観(みもの)、日来(ひごろ)心(こころ)
をよせ奉(たてまつり)し月卿(げつけい)雲客(うんかく)両方(りやうばう)に引(ひき)わか(ッ)て、手(て)をに
ぎり心(こころ)をくだき給(たま)へり。御祈(おんいのり)の高僧達(かうそうたち)、いづれ
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かそらく【粗略】あらむや。信済(しんぜい)は東寺(とうじ)に壇(だん)をたて、
恵良【*恵亮】(ゑりやう)は大内(たいだい)の真言院(しんごんゐん)(シンゴンイン)に壇(だん)をたてておこなは
れけるに、恵良【*恵亮】(ゑりやう)(ゑリヤウ)和尚(くわしやう)うせたりといふ披露(ひろう)を
なす。信済僧正(しんぜいそうじやう)たゆむ【弛む】心(こころ)もやあり【有り】けむ。恵良【*恵亮】(ゑりやう)(エリヤウ)
はうせたりといふ披露(ひろう)をなし、肝胆(かんたん)をくだひ(くだい)て
祈(いの)られけり。既(すで)に十番(じふばん)競馬(けいば)はじまる。はじめ四番(しばん)、
一宮(いちのみや)惟高【*惟喬】親王(これたかのしんわう)かたせ給(たま)ふ。後(のち)六番(ろくばん)は二宮(にのみや)惟
仁親王(これひとのしんわう)かたせ給(たま)ふ。やがて相撲(すまふ)(スマウ)の節(せち)(セツ)あるべし
とて、惟高【*惟喬】(これたか)の御方(おんかた)よりは名虎(なとら)の右兵衛督(うひやうゑのかみ)と
P08025
て、六十人(ろくじふにん)がちから【力】あらはし【顕はし】たるゆゆしき人(ひと)をぞい
だされたる。惟仁親王家(これひとのしんわうげ)よりは能雄(よしを)の少将(せうしやう)
とて、せいちいさう(ちひさう)【小さう】たえ(たへ)【妙】にして、片手(かたて)にあふべしと
も見(み)えぬ人(ひと)、御夢想(ごむさう)の御告(おんつげ)ありとて申(まうし)うけ
てぞいでられたる。名虎(なとら)・能雄(よしを)よりあふ(あう)【逢う】て、ひしひし
とつまどりしてのき【退き】にけり。しばしあ(ッ)て名虎(なとら)能
雄(よしを)の少将(せうしやう)をと(ッ)てささげて、二丈(にぢやう)ばかりぞなげたり
ける。ただなを(ッ)(なほつ)【唯直つ】てたをれ(たふれ)【倒れ】ず。能雄(よしを)又(また)つ(ッ)とより、
ゑい声(ごゑ)(えいごゑ)をあげて、名虎(なとら)をと(ッ)てふせむとす。
P08026
名虎(なとら)もともに声(こゑ)をいだし【出し】て、能雄(よしを)をと(ッ)てふせむ
とす。いづれおとれりとも見(み)えず。されども、名虎(なとら)
だい【大】の男(をとこ)、かさ【嵩】にまはる【回る】。能雄(よしを)はあぶなう見(み)えければ、二宮(にのみや)
惟仁家(これひとげ)の御母儀(おんぼぎ)染殿(そめどの)の后(きさき)より、御使(おんつかひ)(おんツカイ)櫛(くし)のは【歯】の
ごとくはしり【走り】かさな(ッ)【重なつ】て、「御方(みかた)すでにまけ色(いろ)に見(み)ゆ。い
かがせむ」と仰(おほせ)ければ、恵良【*恵亮】(ゑりやう)和尚(くわしやう)大威徳(だいゐとく)(ダイイトク)の法(ほふ)(ホウ)を
修(しゆ)せられけるが、「こは心(こころ)うき事(こと)にこそ」とて独鈷(とつこ)
をも(ッ)てなづき【脳】をつきくだき、乳和(にゆうくわ)(ニウクワ)して護摩(ごま)
にたき、黒煙(くろけぶり)をたててひともみもまれたりけ
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れば、能雄(よしを)すまう(すまふ)にかちにけり。親王(しんわう)位(くらゐ)につかせ給(たま)
ふ。清和(せいわ)の御門(みかど)是(これ)也(なり)。後(のち)には水穂【水尾】(みづのをの)天王(てんわう)とぞ申(まうし)ける。
それよりしてこそ山門(さんもん)には、いささかの事(こと)にも、
恵良【*恵亮】(ゑりやう)脳(なづき)をくだきしかば、二帝(じてい)位(くらゐ)(クライ)につき給(たま)ひ、尊
伊【尊意】(そんい)智剣(ちけん)を振(ふり)しかば、菅丞(くわんしよう)納受(なふじゆ)し給(たま)ふとも伝(つた)へた
れ。是(これ)のみや法力(ほふりき)(ホウリキ)にてもあり【有り】けん。其(その)外(ほか)はみな天
照太神【大神】(てんせうだいじん)の御(おん)ぱからひとぞ承(うけたま)はる。平家(へいけ)は西国(さいこく)にて
是(これ)をつたへきき、「やすからぬ。三(さん)の宮(みや)をも四(し)の宮(みや)
をもとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、落(おち)くだるべかりし物(もの)を」と
P08028
後悔(こうくわい)せられければ、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)、「さらむには、
木曾(きそ)が主(しゆう)にしたてま(ッ)【奉つ】たる高倉宮(たかくらのみやの)御子(おんこ)を、御(おん)めの
と讃岐守(さぬきのかみ)重秀(しげひで)が御出家(ごしゆつけ)せさせ奉(たてまつ)り、具(ぐ)
しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て北国(ほつこく)へ落(おち)(ヲチ)くだり【下り】しこそ、位(くらゐ)(クライ)にはつか
せ給(たま)はんずらめ」との給(たま)へ【宣へ】ば、又(また)或(ある)人々(ひとびと)の申(まう)さ
れけるは、「それは、出家(しゆつけ)の宮(みや)をばいかが位(くらゐ)にはつ
けたてまつる【奉る】べき」。時忠(ときただ)「さもさうず。還俗(げんぞく)の
国王(こくわう)のためし【例】、異国(いこく)にも先蹤(せんじよう)(センゼウ)あるらむ。我(わが)朝(てう)には、
まづ天武天皇(てんむてんわう)いまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、大伴(おほとも)の
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皇子(わうじ)にはばからせ給(たま)ひて、鬢髪(びんぱつ)をそり、芳野(よしの)の
奥(おく)(ヲク)にしのば【忍ば】せ給(たま)ひたりしかども、大伴(おほとも)(ヲホトモ)の皇子(わうじ)
をほろぼして、つゐに(つひに)【遂に】は位(くらゐ)につかせ給(たま)ひき。又(また)
孝謙天皇(かうけんてんわう)も、大菩提心(だいぼだいしん)をおこし、御(おん)かざりをおろ
させ給(たま)ひ、御名(みな)をば法幾爾(ほふきに)と申(まうし)しかども、ふた
たび位(くらゐ)につゐ(つい)【即い】て称徳(しようどく)(セウトク)天皇(てんわう)と申(まうし)しぞかし。まし
て木曾(きそ)が主(しゆう)にしたてまつり【奉り】たる還俗(げんぞく)の宮(みや)、子
細(しさい)あるまじ」とぞの給(たま)ひける。同(おなじき)九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、法皇(ほふわう)(ホウワウ)よ
り伊勢(いせ)へ公卿(くぎやう)の勅使(ちよくし)をたてらる。勅使(ちよくし)は参議(さんぎ)
P08030
長教(ながのり)とぞ聞(きこ)えし。太政天皇(だいじやうてんわう)の、伊勢(いせ)へ公卿(くぎやう)の勅使(ちよくし)
をたてらるる事(こと)は、朱雀(しゆしやく)・白河(しらかは)・鳥羽(とば)三代(さんだい)の蹤跡(しようぜき)(セウセキ)
ありといへども、是(これ)みな御出家(ごしゆつけ)以前(いぜん)なり。御出家(ごしゆつけ)
『緒環(をだまき)』S0803
以後(いご)の例(れい)は是(これ)はじめとぞ承(うけたまは)る。○さる程(ほど)に、筑紫(つくし)に
は内裏(だいり)つくるべきよし沙汰(さた)ありしかども、いまだ宮(みや)
こ【都】も定(さだ)められず。主上(しゆしやう)は岩戸(いはど)(イワド)の諸境(しよきやう)【*少卿(せうきやう)】大蔵(おほくら)(ヲホクラ)の種
直(たねなほ)(タネナウ)が宿所(しゆくしよ)にわたらせ給(たま)ふ。人々(ひとびと)の家々(いへいへ)は野中(のなか)田(た)
なか【田中】なりければ、あさ【麻】の衣(ころも)はうたねども、とをち【十市】
の里(さと)ともい(ッ)つべし。内裏(だいり)は山(やま)のなかなれば、かの
P08031
木(き)の丸殿(まるどの)もかくやとおぼえて、中々(なかなか)ゆう(いう)【優】なる方(かた)も
あり【有り】けり。まづ宇佐宮(うさのみや)へ行幸(ぎやうがう)なる。大郡司(だいぐんじ)公道(きんみち)
が宿所(しゆくしよ)皇居(くわうきよ)になる。社頭(しやとう)は月卿(げつけい)雲客(うんかく)の居所(きよしよ)に
なる。くわひ廊(らう)(くわいらう)【廻廊】には、五位・六位の官人、庭上(ていしやう)には四国(しこく)
鎮西(ちんぜい)の兵(つはもの)ども、甲冑(かつちう)弓箭(きゆうせん)(キウセン)を帯(たい)して雲霞(うんか)のごと
くになみゐたり。ふりにしあけ【朱】の玉垣(たまがき)、ふたたびか
ざるとぞ見(み)えし。七日(しちにち)参籠(さんろう)のあけがたに、大臣殿(おほいとの)
の御(おん)ために夢想(むさう)の告(つげ)ぞあり【有り】ける。御宝殿(ごほうでん)の
御戸(みと)をし(おし)【押し】ひらきゆゆしくけだかげなる御(おん)こゑ【声】にて、
P08032
世(よ)のなかのうさには神(かみ)もなきものを
なにいのるらむ心(こころ)づくしに W062
大臣殿(おほいとの)うちおどろき、むねうちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、
さりともとおもふ【思ふ】心(こころ)もむし【虫】の音(ね)も
よはり(よわり)【弱り】はてぬる秋(あき)のくれ【暮】かな W063
といふふる歌(うた)【古歌】をぞ心(こころ)ぼそげに口(くち)ずさみ給(たまひ)ける。
さてださゐ府(ふ)(ださいふ)【太宰府】へ還幸(くわんかう)なる。さる程(ほど)に九月(くぐわつ)十日(とをか)あ
まりになりにけり。荻(をぎ)の葉(は)むけの夕嵐(ゆふあらし)、ひとり
まろね【丸寝】の床(とこ)のうへ【上】、かたしく【片敷く】袖(そで)もしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、ふけ
P08033
ゆく秋(あき)のあはれ【哀】さは、いづくもとはいひながら、旅(たび)の空(そら)
こそ忍(しのび)がたけれ。九月(くぐわつ)十三(じふさん)夜(や)は名(な)をえたる月(つき)な
れども、其(その)夜(よ)は宮(みや)こ【都】を思(おも)ひいづる【出づる】涙(なみだ)に、我(われ)から
くもり【曇り】てさやかならず。九重(きうちよう)(きうチヤウ)の雲(くも)のうへ【上】、久方(ひさかた)の月(つき)に
思(おも)ひをのべしたぐひも、今(いま)の様(やう)におぼえて、薩摩
守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)
月(つき)を見(み)しこぞのこよひの友(とも)のみや
宮(みや)こ【都】にわれをおもひ【思ひ】いづらむ W064
修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)
P08034
恋(こひ)しとよこぞのこよひの夜(よ)もすがら
ちぎりし人(ひと)のおもひ【思ひ】出(で)られて W065
皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)(クワウゴクウノスケ)経正(つねまさ)
わけてこし野辺(のべ)の露(つゆ)ともきえずして
おもは【思は】ぬ里(さと)の月(つき)をみる【見る】かな W066
豊後国(ぶんごのくに)は刑部卿(ぎやうぶきやう)三位(ざんみ)頼資卿(よりすけのきやう)の国(くに)なりけり。子
息(しそく)頼経(よりつねの)朝臣(あつそん)を代官(だいくわん)にをか(おか)【置か】れたり。京(きやう)より頼経(よりつね)の
の[* 「の」衍字]もとへ、平家(へいけ)は神明(しんめい)にもはなたれたてまつり【奉り】、
君(きみ)にも捨(すて)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、帝都(ていと)をいで、浪(なみ)のうへ【上】に
P08035
ただよふおち人(うと)となれり。しかる【然る】を、鎮西(ちんぜい)の者(もの)ど
も【共】がうけ【受け】と(ッ)【取つ】て、もてなすなるこそ奇怪(きつくわい)なれ、当
国(たうごく)においてはしたがふ【従ふ】べからず。一味(いちみ)同心(どうしん)して追出(ついしゆつ)
すべきよし、の給(たま)ひつかはさ【遣さ】れたりければ、頼経(よりつねの)
朝臣(あつそん)是(これ)を当国(たうごく)の住人(ぢゆうにん)、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)に下知(げぢ)
す。彼(かの)維義(これよし)はおそろしき【恐ろしき】ものの末(すゑ)なりけり。たと
へば、豊後国(ぶんごのくに)の片山里(かたやまざと)に昔(むかし)をんな【女】あり【有り】けり。或(ある)
人(ひと)のひとりむすめ、夫(おつと)(ヲツト)もなかりけるがもとへ、母(はは)に
もしら【知ら】せず、男(をとこ)よなよな【夜な夜な】かよふ程(ほど)に、とし月(つき)も
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かさなる程(ほど)に、身(み)もただならずなりぬ。母(はは)是(これ)を
あやしむ(あやしん)で、「汝(なんぢ)がもとへかよふ者(もの)は何者(なにもの)ぞ」ととへ
ば、「くる【来る】をば見(み)れども、帰(かへ)るをばしら【知ら】ず」とぞいひけ
る。「さらば男(をとこ)の帰(かへ)らむとき、しるしを付(つけ)て、ゆかむ
方(かた)をつなひ(つない)で見(み)よ」とをしへ【教へ】ければ、むすめ母(はは)
のをしへ【教へ】にしたが(ッ)て、朝帰(あさがへり)する男(をとこ)の、水色(みづいろ)の狩
衣(かりぎぬ)をきたりけるに、狩衣(かりぎぬ)の頸(くび)かみに針(はり)をさし、
しづ【賎】のをだまき【緒環】といふものをつけ【付け】て、へ【経】てゆく
かたをつなひ(つない)でゆけば、豊後国(ぶんごのくに)にと(ッ)ても日向(ひうが)ざか
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ひ【日向境】、うばだけ【姥岳】といふ嵩(だけ)のすそ、大(おほき)なる岩屋(いはや)のう
ちへぞつなぎいれ【入れ】たる。をんな岩屋(いはや)のくちに
たたずんできけば、おほき【大き】なるこゑ【声】してに
よびけり。「わらはこそ是(これ)まで尋(たづね)まいり(まゐり)【参り】たれ。見
参(げんざん)せむ」といひければ、「我(われ)は是(これ)人(ひと)のすがたに
はあらず。汝(なんぢ)すがたを見(み)ては肝(きも)たましゐ(たましひ)【魂】も身(み)に
そふまじきなり。とうとう【疾う疾う】帰(かへ)れ。汝(なんぢ)がはらめる子(こ)は
男子(なんし)なるべし。弓矢(ゆみや)打物(うちもの)と(ッ)て九州(きうしう)二島(じたう)にな
らぶ者(もの)もあるまじきぞ」とぞいひける。女(をんな)重(かさね)て
P08038
申(まうし)けるは、「たとひいかなるすがたにてもあれ、此(この)日
来(ひごろ)のよしみ何(なに)とてかわする【忘る】べき。互(たがひ)にすがたを
も見(み)もし見(み)えむ」といはれて、さらばとて、岩屋(いはや)の
内(うち)より、臥(ふし)だけは五六尺(ごろくしやく)、跡枕(あとまくら)へは十四五(じふしご)丈(ぢやう)もある
らむとおぼゆる【覚ゆる】大蛇(だいじや)にて、動揺(どうよう)してこそはひ【這ひ】
出(いで)たれ。狩衣(かりぎぬ)のくびかみにさすとおもひ【思ひ】つる
針(はり)は、すなはち大蛇(だいじや)ののぶゑ(のぶえ)にこそさいたりけれ。
女(をんな)是(これ)をみ【見】て肝(きも)たましゐ(たましひ)【魂】も身(み)にそはず、ひき【引き】ぐ
し【具し】たりける所従(しよじゆう)(シヨジウ)十(じふ)余人(よにん)たふれ【倒れ】ふためき、お
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めき(をめき)【喚き】さけむ(さけん)【叫ん】でにげさりぬ。女(をんな)帰(かへり)て程(ほど)なく産(さん)
をしたれば、男子(なんし)にてぞあり【有り】ける。母方(ははかた)の祖父(おほぢ)(ヲヲチ)
太大夫(だいたいふ)そだててみ【見】むとてそだてたれば、いまだ
十歳(じつさい)にもみたざるに、せいおほき【大き】にかほ【顔】ながく、
たけ【丈】たかかり【高かり】けり。七歳(しちさい)にて元服(げんぶく)せさせ、母方(ははかた)
の祖父(おほぢ)を太大夫(だいたいふ)といふ間(あひだ)、是(これ)をば大太(だいた)とこそ
つけたりけれ。夏(なつ)も冬(ふゆ)も手足(てあし)におほき【大き】なる
あかがりひまなくわれければ、あかがり大太(だいた)とぞ
いはれける。件(くだん)の大蛇(だいじや)は日向国(ひうがのくに)にあがめられ給(たま)へる
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高知尾(たかちを)の明神(みやうじん)の神体(しんたい)也(なり)。此(この)緒方(をかた)の三郎(さぶらう)はあ
かがり大太(だいた)には五代(ごだい)の孫(そん)なり。かかるおそろしき【恐ろしき】物(もの)
の末(すゑ)なりければ、国司(こくし)の仰(おほせ)(ヲホセ)を院宣(ゐんぜん)(インゼン)と号(かう)(ガウ)して、
九州(きうしう)二島(じたう)にめぐらしぶみをしければ、しかる【然る】べき
『太宰府落(ださいふおち)』S0804
兵(つはもの)ども維義(これよし)に随(したが)ひつく。○平家(へいけ)いまは宮(みや)こ【都】をさ
だめ、内裏(だいり)つくるべきよし沙汰(さた)ありしに、維義(これよし)が
謀叛(むほん)と聞(きこ)えしかば、いかにとさはが(さわが)【騒が】れけり。平(へい)大納言(だいなごん)[B 新中納言(しんぢゆうなごん)知盛(とももり)イ]
時忠卿(ときただのきやう)申(まう)されけるは、「彼(かの)維義(これよし)は小松殿(こまつどの)の御家人(ごけにん)
なり。小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)一所(いつしよ)むかは【向は】せ給(たま)ひて、こしらへ
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て御(ご)らんぜらるべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されければ、
「まこと【誠】にも」とて、小松(こまつ)の新(しん)三位(ざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)、五百(ごひやく)余
騎(よき)で豊後国(ぶんごのくに)にうちこえて、やうやうにこしらへ給(たま)へ
ども、維義(これよし)したがひ【従ひ】たてまつら【奉ら】ず。あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】「君達(きんだち)を
も只今(ただいま)ここでとりこめまいらす(まゐらす)【参らす】べう候(さうら)へども、「大事(だいじ)
のなかに小事(せうじ)なし」とてとりこめまいらO[BH せ](まゐらせ)【参らせ】ずは、なに
程(ほど)の事(こと)かわたらせ給(たま)ふべき。とうとう太宰府(ださいふ)へ
帰(かへ)らせ給(たま)ひて、ただ御一所(ごいつしよ)でいかにもならせ給(たま)へ」
とて、追(おつ)(ヲツ)帰(かへ)し奉(たてまつ)る。維義(これよし)が次男(じなん)野尻(のじり)の二郎(じらう)維
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村(これむら)を使者(ししや)で、太宰府(ださいふ)へ申(まうし)けるは、「平家(へいけ)は重恩(ぢゆうおん)(ヂウヲン)
の君(きみ)にてましませば、甲(かぶと)をぬぎ弓(ゆみ)をはづゐ(はづい)て
まいる(まゐる)【参る】べう候(さうら)へども、一院(いちゐん)(いちイン)の御定【*御諚】(ごぢやう)に速(すみやか)に九国内を
追出(おひいだ)(ヲイイダ)しまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】と候(さうらふ)。いそぎ出(いで)させ給(たま)ふべうや
候(さうらふ)らん」と申(まうし)をく(ッ)(おくつ)【送つ】たりければ、平(へい)大納言(だいなごん)時忠
卿(ときただのきやう)、ひをぐくり【緋緒括】の直垂(ひたたれ)に糸(いと)くず【糸葛】の袴(はかま)立烏帽
子(たてえぼし)(タテヱボシ)で、維村(これむら)にいでむか(ッ)【向つ】ての給(たま)ひけるは、「それ我(わが)君(きみ)
は天孫(てんそん)四十九(ししじふく)世(せ)の正統(しやうとう)、仁王(にんわう)八十一(はちじふいち)代(だい)の御門(みかど)なり。
天照太神【大神】(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)も我(わが)君(きみ)をこそまもり【守り】まい
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ら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふらめ。就中(なかんづく)に、故(こ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)入道殿(にふだうどの)は、
保元(ほうげん)・平治(へいぢ)両度(りやうど)の逆乱(げきらん)をしづめ、其上(そのうへ)鎮西(ちんぜい)の
者(もの)どもをばうち様(さま)【内様】へこそめされしか。東国(とうごく)・北国(ほつこく)の
凶徒等(きようどら)(ケウトラ)が頼朝(よりとも)・義仲等(よしなから)にかたらはれて、しおほせ
たらば国(くに)をあづけう、庄(しやう)をたばんといふをまこ
ととおもひ【思ひ】て、其(その)鼻豊後(はなぶんご)が下知(げぢ)にしたがはん事(こと)
しかる【然る】べからず」とぞの給(たまひ)ける。豊後(ぶんご)の国司(こくし)刑部
卿(ぎやうぶきやう)三位(ざんみ)頼資卿(よりすけのきやう)はきはめて鼻(はな)の大(おほき)(ヲホキ)におはしけれ
ば、かうはの給(たま)ひけり。維村(これむら)帰(かへり)て父(ちち)に此(この)よしいひ
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ければ、「こはいかに、昔(むかし)はむかし今(いま)は今(いま)、其(その)義(ぎ)ならば
速(すみや)かに追出(おひいだ)(ヲイイダ)したてまつれ【奉れ】」とて、勢(せい)そろふるな(ン)ど(なんど)聞(きこ)
えしかば、平家(へいけ)の侍(さぶらひ)(サブライ)源(げん)大夫(だいふの)(だイウノ)判官(はんぐわん)(ハウグワン)季定(すゑさだ)・摂津(つの)判
官(はんぐわん)(ハウグワン)守澄(もりずみ)「向後(きやうこう)傍輩(はうばい)のため奇怪(きつくわい)に候(さうらふ)。めし【召し】とり候(さうら)
はん」とて、其(その)勢(せい)三千(さんぜん)余騎(よき)で筑後国(ちくごのくに)高野本庄(たかののほんじやう)に発向(はつかう)して、一日(いちにち)一夜(いちや)せめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。されども維義(これよし)が
勢(せい)雲霞(うんか)のごとくにかさなりければ、ちからをよば(およば)【及ば】
でひき【引き】しりぞく。平家(へいけ)は緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)が三万(さんまん)
余騎(よき)の勢(せい)にて既(すで)によすと聞(きこ)えしかば、とる物(もの)も
P08045
とりあへず太宰府(ださいふ)をこそ落(お)ち給(たま)へ。さしもた
のもしかり【頼もしかり】つる天満天神(てんまんてんじん)のしめ【注連】のほとりを、心(こころ)ぼ
そくもたちはなれ、駕輿丁(かよちやう)もなければ、そう花(か)【葱花】・
宝輦(ほうれん)はただ名(な)のみききて、主上(しゆしやう)要輿(えうよ)(ヨウヨ)にめされけ
り。国母(こくも)をはじめ奉(たてまつり)て、や(ン)ごとなき女房達(にようばうたち)、袴(はかま)の
そば【稜】をとり、大臣殿(おほいとの)以下(いげ)の卿相(けいしやう)・雲客(うんかく)、指貫(さしぬき)のそ
ば【稜】をはさみ【鋏み】、水(みづ)き【水城】の戸(と)を出(いで)て、かちはだしにて
我(われ)さきに前(さき)にと箱崎(はこざき)の津(つ)へこそ落(おち)(ヲチ)給(たま)へ。おり
ふし(をりふし)【折節】くだる雨(あめ)車軸(しやぢく)のごとし。吹(ふく)風(かぜ)砂(いさご)をあぐとかや。お
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つる涙(なみだ)、ふる雨(あめ)、わきていづれも見(み)えざりけり。住吉(すみよし)・
筥崎(はこざき)・香椎(かすい)・宗像(むなかた)ふしをがみ【拝み】、ただ主上(しゆしやう)旧都(きうと)の
還幸(くわんかう)とのみぞ祈(いの)られける。たるみ山(やま)【垂見山】・鶉浜(うづらばま)な(ン)ど(なんど)
いふ峨々(がが)たる嶮難(けんなん)をしのぎ、渺々(べうべう)たる平沙(へいさ)へぞ
おもむき【赴き】給(たま)ふ。いつならはし【習はし】の御事(おんこと)なれば、御足(おんあし)
よりいづる【出づる】血(ち)は沙(いさご)をそめ、紅(くれなゐ)(クレナイ)の袴(はかま)は色(いろ)をまし、白
袴(しろばかま)はすそ紅(ぐれなゐ)にぞなりにける。彼(かの)玄弉(げんじやう)三蔵(さんざう)の
流砂(りうさ)・葱嶺(そうれい)を凌(しの)がれけんくるしみ【苦しみ】も、是(これ)にはいか
でまさるべき。されどもそれは求法(ぐほふ)(グホウ)のためなれば、
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自他(じた)の利益(りやく)もあり【有り】けん、是(これ)は怨敵(をんでき)のゆへ(ゆゑ)【故】なれば、
後世(ごせ)のくるしみ【苦しみ】かつおもふ【思ふ】こそかなしけれ。原田(はらだの)大夫(たいふ)
種直(たねなほ)(タネナヲ)は、二千(にせん)余騎(よき)で平家の御ともにまいる(まゐる)【参る】。山鹿
兵藤次(ひやうどうじ)秀遠(ひでとほ)(ヒデトヲ)、数千騎(すせんぎ)で平家の御むかひにま
いり(まゐり)【参り】けるが、種直(たねなほ)(タネナヲ)・秀遠(ひでとほ)(ヒデトヲ)以外(もつてのほか)に不和(ふわ)になりけれ
ば、種直(たねなほ)(タネナヲ)は、あしかりなんとて道(みち)より引(ッ)かへす。あし
屋の津といふところをすぎさせ給ふにも、「これは
我らが宮(みや)こ【都】より福原(ふくはら)(フクワラ)へかよひしとき、里の名なれば」
とて、いづれの里よりもなつかしう、今さらあはれを
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ぞもよをさ(もよほさ)れける。新羅(しんら)・百済(はくさい)・高麗(かうらい)・荊旦(けいたん)、雲(くも)の
はて海(うみ)のはてまでも落(おち)ゆかばやとはおぼしけれ
ども、浪風(なみかぜ)むかふ(むかう)【向う】てかなは【叶は】ねば、兵藤次(ひやうどうじ)秀遠(ひでとほ)(ヒデトヲ)にぐせ【具せ】
られて、山賀(やまが)の城(じやう)にぞこもり給(たま)ふ。山賀(やまが)へも敵(てき)
よすと聞(きこ)えしかば、小舟(こぶね)どもにめし【召し】て、夜(よ)もすがら豊
前国(ぶぜんのくに)柳(やなぎ)が浦(うら)へぞわたり給(たま)ふ。ここに内裏(だいり)つくる
べきよし汰汰(さた)ありしかども、分限(ぶんげん)なかりければ
つくられず、又(また)長門(ながと)より源氏(げんじ)よすと聞(きこ)えしかば、
海士(あま)を舟(ぶね)【小舟】にとりのりて、海(うみ)(アマ)にぞうかび給(たま)ひけ
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る。小松殿(こまつどの)の三男(さんなん)左(ひだん)(ヒダリ)の中将(ちゆうじやう)清経(きよつね)は、もとより
何事(なにごと)もおもひ【思ひ】いれ【入れ】たる人(ひと)なれば、「宮(みや)こをば源
氏(げんじ)がためにせめ【攻め】おとさ【落さ】れ、鎮西(ちんぜい)をば維義(これよし)がため
に追出(おひいだ)(ヲイイダ)さる。網(あみ)にかかれる魚(うを)のごとし。いづくへゆか【行か】
ばのがる【逃る】べきかは。ながらへ【永らへ】はつべき身(み)にもあらず」
とて、月(つき)の夜(よ)心(こころ)をすまし【澄まし】、舟(ふね)の屋形(やかた)にたち【立ち】いで【出で】て、
やうでう【横笛】ねとり【音取】朗詠(らうえい)してあそば【遊ば】れけるが、閑(しづか)に
経(きやう)よみ念仏(ねんぶつ)して、海(うみ)にぞしづみ給(たま)ひける。男
女(なんによ)なきかなしめども甲斐(かひ)(カイ)ぞなき。長門国(ながとのくに)は新(しん)
P08050
中納言(ぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)の国(くに)なりけり。目代(もくだい)は紀伊(きいの)刑部(ぎやうぶの)大夫(たいふ)(タイウ)
道資(みちすけ)といふものなり。平家(へいけ)の小舟(こぶね)どもにのり給(たま)
へる由(よし)承(うけたまは)(ッ)て、大舟(おほふね)百(ひやく)余艘(よさう)(ヨソウ)点(てん)じて奉(たてまつ)る。平家(へいけ)これ
に乗(のり)うつり四国(しこく)の地(ち)へぞわたられける。重能(しげよし)が沙
汰(さた)として、四国(しこく)の内(うち)をもよをし(もよほし)て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)に
かたのやうなるいた屋(や)【板屋】の内裏(だいり)や御所(ごしよ)をぞつくら
せける。其(その)程(ほど)はあやしの民屋(みんをく)を皇居(くわうきよ)とする
に及(およ)ばねば、舟(ふね)を御所(ごしよ)とぞ定(さだ)めける。大臣殿(おほいとの)以
下(いげ)の卿相(けいしやう)・雲客(うんかく)、海士(あま)の篷屋(とまや)に日(ひ)ををくり(おくり)【送り】、しづ【賎】
P08051
がふしど【臥処】に夜(よ)をかさね、竜頭(りようどう)(レウドウ)鷁首(げきしゆ)(ゲキシウ)を海中(かいちゆう)(カイチウ)に
うかべ【浮べ】、浪(なみ)のうへ【上】の行宮(かうくう)はしづかなる時(とき)なし。月(つき)を
ひたせる潮(うしほ)のふかき愁(うれひ)(ウレイ)にしづみ、霜(しも)をおほへ【覆へ】る
蘆(あし)の葉(は)のもろき命(いのち)をあやぶむ。洲崎(すさき)にさは
ぐ(さわぐ)【騒ぐ】千鳥(ちどり)の声(こゑ)は、暁(あかつき)恨(うらみ)をまし、そはゐ(そはひ)にかかる梶(かぢ)の
音(おと)(ヲト)、夜半(よは)に心(こころ)をいたま【痛ま】しむ。遠松(ゑんしよう)(エンセウ)に白鷺(はくろ)のむれ
ゐるを見(み)ては、源氏(げんじ)の旗(はた)をあぐるかとうたがひ、野
鴈(やがん)の遼海(れうかい)になくを聞(きき)ては、兵(つはもの)どもの夜(よ)もすがら
舟(ふね)をこぐかとおどろかる。清嵐(せいらん)はだえ(はだへ)【肌】ををかし、翠
P08052
黛(すいたい)紅顔(こうがん)の色(いろ)やうやうおとろへ、蒼波(さうは)眼(まなこ)穿(うげ)て、外
都(ぐわいと)望郷(ばうきやう)の涙(なんだ)をさへ(おさへ)【抑へ】難(がた)し。翠帳(すいちやう)紅閨(こうけい)にかはれ
るは、土生(はにふ)の小屋(こや)のあしすだれ【蘆簾】、薫炉(くんろ)の煙(けぶり)に
ことなるは、蘆火(あしび)たく屋(や)のいやしきにつけても、
女房達(にようばうたち)つきせぬ物(もの)おもひ【思ひ】に紅(くれなゐ)(クレナイ)の涙(なんだ)せきあへ
ねば、翠(みどり)の黛(まゆずみ)みだれつつ、其(その)人(ひと)とも見(み)え給(たま)
『征夷将軍(せいいしやうぐんの)院宣(ゐんぜん)』S0805
はず。○さる程(ほど)に鎌倉(かまくら)の前(さきの)右兵衛佐(うひやうゑのすけ)(うひやうエノスケ)頼朝(よりとも)、ゐな
がら征夷将軍(せいいしやうぐん)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)を蒙(かうむ)る。御使(おんつかひ)は左史生[* 「左吏生」と有るのを他本により訂正](さししやう)
中原(なかはらの)泰定(やすさだ)とぞ聞(きこ)えし。十月(じふぐわつ)十四日(じふしにち)関東(くわんとう)へ下
P08053
着(げちやく)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)の給(たまひ)けるは、「頼朝(よりとも)年来(ねんらい)勅勘(ちよつかん)を蒙(かうぶり)た
りしかども、今(いま)武勇(ぶよう)の名誉(めいよ)長(ちやう)ぜるによ(ッ)て、ゐな
がら征夷将軍(せいいしやうぐん)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)を蒙(かうぶ)る。いかんが私(わたくし)でう
け【受け】とり【取り】奉(たてまつ)るべき。若宮(わかみや)の社(やしろ)にて給(たま)はらん」とて、
若宮(わかみや)へまいり(まゐり)【参り】むかは【向は】れけり。八幡(はちまん)は鶴(つる)が岡(をか)にたた
せ給(たま)へり。地形(ちけい)石清水(いはしみづ)(イワシミヅ)にたがは【違は】ず。廻廊(くわいらう)あり、楼
門(ろうもん)あり、つくり道(みち)十(じふ)余町(よちやう)見(み)くだしたり。「抑(そもそも)院宣(ゐんぜん)(インゼン)
をばたれ【誰】してかうけ【受け】とり【取り】奉(たてまつ)るべき」と評定(ひやうぢやう)あり【有り】。
「三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)してうけ【受け】とり【取り】奉(たてまつ)るべし。其(その)故(ゆゑ)(ユヘ)は、八ケ
P08054
国(はつかこく)に聞(きこ)えたりし弓矢(ゆみや)とり、三浦(みうらの)平太郎(へいたらう)為嗣(ためつぐ)が
末葉(ばつえふ)(バツヨウ)也(なり)。其(その)故(こ)父(ちち)大介(おほすけ)(ヲホスケ)は、君(きみ)の御(おん)ために命(いのち)を
すてたる兵(つはもの)なれば、彼(かの)義明(ぎめい)が黄泉(くわうせん)の迷暗(めいあん)
をてらさむがため」とぞ聞(きこ)えし。院宣(ゐんぜん)(インゼン)の御使(おんつかひ)(おんツカイ)
泰定(やすさだ)は、家子(いへのこ)(イエノコ)二人(ににん)、郎等(らうどう)十人(じふにん)具(ぐ)したり。院宣(ゐんぜん)(インゼン)
をばふぶくろ【文袋】にいれ【入れ】て、雑色(ざふしき)(ザウシキ)が頸(くび)にぞかけさせ
たりける。三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)も家子(いへのこ)(イエノコ)二人(ににん)、郎等(らうどう)十人(じふにん)具(ぐ)
したり。二人(ににん)の家子(いへのこ)は、和田(わだの)三郎(さぶらう)宗実(むねざね)・比木【*比企】(ひき)の藤
四郎(とうしらう)能員(よしかず)なり。十人(じふにん)の郎等(らうどう)をば大名(だいみやう)十人(じふにん)して、
P08055
俄(にはか)に一人(いちにん)づつしたて【仕立て】けり。三浦(みうら)の介(すけ)が其(その)日(ひ)の
装束(しやうぞく)には、かち【褐】の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、
いか物(もの)づくりの大太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さいたる大中黒(おほなかぐろ)
の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)にはさみ【鋏み】、甲(かぶと)をぬぎ
高(たか)ひもにかけ、腰(こし)をかがめて院宣(ゐんぜん)(インゼン)をうけ【受け】とる【取る】。
泰定(やすさだ)「院宣(ゐんぜん)(インゼン)うけ【受け】とり【取り】奉(たてまつ)る人(ひと)はいかなる人(ひと)ぞ、
名(な)のれや」といひければ、三浦介(みうらのすけ)とは名(な)のらで、本
名(ほんみやう)を三浦(みうら)の荒次郎(あらじらう)義澄(よしずみ)とこそなの(ッ)【名乗つ】たれ。
院宣(ゐんぜん)(インゼン)をば、らん箱(ばこ)【乱箱】にいれ【入れ】られたり。兵衛佐(ひやうゑのすけ)(ひやうエノスケ)に奉(たてまつ)る。
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ややあ(ッ)て、らんばこ【乱箱】をば返(かへ)されけり。おもかりければ、
泰定(やすさだ)是(これ)をあけてみる【見る】に、沙金(しやきん)百両(ひやくりやう)いれ【入れ】られ
たり。若宮(わかみや)の拝殿(はいでん)にして、泰定(やすさだ)に酒(しゆ)をすすめ
らる。斎院(さいゐんの)(サイインノ)次官(しくわん)親義(ちかよし)陪膳(はいぜん)す。五位(ごゐ)一人(いちにん)亦送【役送】(やくそう)を
つとむ。馬(むま)三疋(さんびき)ひかる。一疋(いつぴき)に鞍(くら)をい(おい)【置い】たり。大宮(おほみや)の
さぶらひた(ッ)しかのの工藤(くどう)一臈(いちらふ)(いちヨウ)資経【*祐経】(すけつね)是(これ)をひく。ふる
き萱屋(かやや)をしつらうて、いれ【入れ】られたり。あつ綿(わた)【厚綿】の
きぬ二両(にりやう)、小袖(こそで)十重(とかさね)、長持(ながもち)にいれ【入れ】てまうけたり。
紺藍摺(こんあゐずり)(コンアイズリ)白布(しろぬの)千端(せんだん)をつめり。盃飯(はいはん)ゆたかにし
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て美麗(びれい)なり。次(つぎの)日(ひ)兵衛介【兵衛佐】(ひやうゑのすけ)(ひやうエノすけ)の館(たち)へむかふ【向ふ】。内外(うちと)
に侍(さぶらひ)(サブライ)あり、ともに十六(じふろく)間(けん)なり。外侍(とさぶらひ)(トサブライ)には家子(いへのこ)(イエノコ)郎
等(らうどう)肩(かた)をならべ、膝(ひざ)を組(くん)でなみゐたり。内侍(うちさぶらひ)には
一門(いちもんの)源氏(げんじ)上座(しやうざ)して、末座(ばつざ)に大名(だいみやう)小名(せうみやう)なみ
ゐたり。源氏(げんじ)の座上(ざしやう)に泰定(やすさだ)をすへ(すゑ)【据ゑ】らる。良(やや)あ(ッ)
て寝殿(しんでん)へ向(むか)ふ。ひろ廂(びさし)に紫(むらさきの)縁(へり)の畳(たたみ)をしひ(しい)て、泰
定(やすさだ)をすへ(すゑ)【据ゑ】らる。うへ【上】には〔高麗縁(かうらいべり)の畳(たたみ)をしき、〕御簾(みす)たかくあげさせ、兵衛
佐(ひやうゑのすけ)(ひやうエノスケ)どの出(いで)られたり。布衣(ほうい)に立烏帽子(たてえぼし)也(なり)。貌(かほ)【*顔】大(おほき)に、
せいひきかり【低かり】けり。容貌(ようばう)(ヨウバイ)悠美(いうび)(ユウビ)にして、言語(げんぎよ)分明(ふんみやう)也(なり)。
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まづ子細を一じのべ給ふ。「平家(へいけ)頼朝(よりとも)が威勢(ゐせい)(イセイ)に
おそれ【恐れ】て宮(みや)こをおち【落ち】、その跡(あと)に木曾(きそ)の冠
者(くわんじや)、十郎(じふらう)蔵人(くらんど)うちいりて、わが高名(かうみやう)がほに官(くわん)加階(かかい)
をおもふ【思ふ】様(やう)になり、剰(あまつさ)へ国(くに)をきらひ申(まうす)条(でう)、奇怪(きつくわい)
也(なり)。奥(おく)(ヲク)の秀衡(ひでひら)が陸奥守(むつのかみ)になり、佐竹(さたけの)四郎(しらう)高義(たかよし)
が常陸守(ひたちのかみ)にな(ッ)て候(さうらふ)とて、頼朝(よりとも)が命(めい)にしたがはず。いそ
ぎ追討(ついたう)すべきよしの院宣(ゐんぜん)(インゼン)を給(たま)はるべう候(さうらふ)」。左史
生(さししやう)申(まうし)けるは、「今度(こんど)泰定(やすさだ)も名符(みやうぶ)まいらす(まゐらす)【参らす】べう候(さうらふ)
が、御使(おんつかひ)(おんツカイ)で候(さうら)へば、先(まづ)罷上(まかりのぼり)て、やがてしたためてまいら
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す(まゐらす)【参らす】べう候(さうらふ)。おとと【弟】で候(さうらふ)史(し)の大夫(たいふ)(たイウ)重能(しげよし)も其(その)義(ぎ)を申(まうし)
候(さうらふ)」。兵衛佐(ひやうゑのすけ)(ひやうエノスケ)わら(ッ)【笑つ】て、「当時(たうじ)頼朝(よりとも)が身(み)として、各(おのおの)(ヲノヲノ)の
名符(みやうぶ)おもひ【思ひ】もよらず。さりながら、げにも申(まう)されば、
さこそ存(ぞん)ぜめ」とぞの給(たま)ひける。軈(やがて)今日(こんにち)上洛(しやうらく)す
べきよし申(まうし)ければ、けふばかりは、逗留(とうりう)あるべし
とてとどめ【留め】らる。次(つぎの)日(ひ)兵衛佐(ひやうゑのすけ)の館(たち)へむかふ【向ふ】。萌
黄(もえぎ)の糸威(いとをどし)の腹巻(はらまき)一両(いちりやう)、しろう【白う】つく(ッ)たる太刀(たち)一
振(ひとふり)、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)、野矢(のや)そへてたぶ。馬(むま)十三(じふさん)疋(びき)ひ
かる。三疋(さんびき)に鞍(くら)をひ(おい)【置い】たり。家子(いへのこ)(イエノコ)郎等(らうどう)十二人(じふににん)に、直
P08060
垂(ひたたれ)・小袖(こそで)・大口(おほくち)(ヲホクチ)・馬鞍(むまくら)にをよび(および)【及び】、荷懸駄(にかけだ)卅疋(さんじつぴき)あり【有り】け
り。鎌倉出(かまくらいで)の宿(しゆく)より鏡(かがみ)の宿(しゆく)にいたるまで、宿
々(しゆくじゆく)に十石(じつこく)づつの米(よね)ををか(おか)【置か】る。たくさんなるに
『猫間(ねこま)』S0806
よ(ッ)て、施行(せぎやう)にひきけるとぞ聞(きこ)えし。○泰定(やすさだ)都(みやこ)へ
のぼり院参(ゐんざん)(インザン)して、御坪(おつぼ)の内(うち)にして、関東(くわんとう)のやう
つぶさに奏聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ホウワウ)も御感(ぎよかん)あり【有り】けり。
公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)も皆(みな)ゑつぼにいり給(たま)へり。兵衛佐(ひやうゑのすけ)
はかうこそゆゆしくおはしけるに、木曾(きそ)の左馬
頭(さまのかみ)、都(みやこ)の守護(しゆご)してあり【有り】けるが、たちゐの振舞(ふるまひ)(フルマイ)
P08061
の無骨(ぶこつ)さ、物(もの)いふ詞(ことば)つづき【詞続き】のかたくななる事(こと)かぎ
りなし。ことはり(ことわり)【理】かな、二歳(にさい)より信濃(しなのの)国(くに)木曾(きそ)
といふ山里(やまざと)に、三十(さんじふ)まですみなれたりしかば、
争(いかで)かしる【知る】べき。或(ある)時(とき)猫間(ねこまの)中納言(ちゆうなごん)光高卿(みつたかのきやう)といふ人(ひと)、
木曾(きそ)にの給(たま)ひあはすべき事(こと)あ(ッ)ておはしたりけり。
郎等(らうどう)ども「猫間殿(ねこまどの)の見参(げんざん)にいり申(まうす)べき事(こと)あり
とて、いらせ給(たま)ひて候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、木曾(きそ)大(おほき)(ヲホキ)にわら(ッ)【笑つ】
て、「猫(ねこ)は人(ひと)にげんざうするか」。「是(これ)は猫間(ねこま)の中納言
殿(ちゆうなごんどの)と申(まうす)公卿(くぎやう)でわたらせ給(たま)ふ。御宿所(ごしゆくしよ)の名(な)とおぼえ候(さうらふ)」
P08062
と申(まうし)ければ、木曾(きそ)「さらば」とて対面(たいめん)す。猶(なほ)も猫間殿(ねこまどの)
とはえいはで、「猫殿(ねこどの)のまれまれ【稀々】わゐ(わい)たるに、物(もの)よそへ」
とぞの給(たま)ひける。中納言(ちゆうなごん)是(これ)をきい【聞い】て、「ただいまあ
るべうもなし」との給(たま)へ【宣へ】ば、「いかが、けどき【食時】にわゐ(わい)たるに、
さてはあるべき」。何(なに)もあたらしき物(もの)を無塩(ぶえん)といふと
心(こころ)えて、「ここにぶゑん(ぶえん)【無塩】のひらたけ【平茸】あり、とうとう【疾う疾う】」といそ
がす。ねのゐ【根井】[B ノ]小野太(こやた)陪膳(はいぜん)す。田舎(ゐなか)(イナカ)合子(がふし)(ガウシ)のきはめて
大(おほき)に、くぼかりけるに、飯(はん)うづたかくよそゐ(よそひ)、御菜(ごさい)三種(さんじゆ)
して、ひらたけ【平茸】のしる【汁】でまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。木曾(きそ)がまへ
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にもおなじ体(てい)にてすへ(すゑ)【据ゑ】たりけり。木曾(きそ)箸(はし)と(ッ)て
食(しよく)す。猫間殿(ねこまどの)は、合子(がふし)(ガウシ)のいぶせさにめさざりければ、
「それは義仲(よしなか)(ヨシナガ)が精進(しやうじん)合子(がふし)(ガウシ)ぞ」。中納言(ちゆうなごん)めさでもさす
があしかる【悪しかる】べければ、箸(はし)と(ッ)てめすよししけり。木曾(きそ)是(これ)
を見(み)て、「猫殿(ねこどの)は小食(せうじき)におはしけるや。きこゆる【聞ゆる】猫(ねこ)
おろしし給(たま)ひたり。かい給(たま)へ」とぞせめたりける。中
納言(ちゆうなごん)かやうの事(こと)に興(きよう)(ケウ)さめて、のたまひ【宣ひ】あはすべき
ことも一言(ひとこと)もいださず、軈(やがて)いそぎ帰(かへ)られけり。木曾(きそ)
は、官(くわん)加階(かかい)したるものの、直垂(ひたたれ)で出仕(しゆつし)せん事(こと)ある
P08064
べうもなかりけりとて、はじめて布衣(ほうい)とり、装束(しやうぞく)(シヤウソク)
烏帽子(えぼし)ぎはより指貫(さしぬき)のすそまで、まこと【誠】にかた
くななり。されども車(くるま)にこがみ【屈み】のんぬ。鎧(よろひ)(ヨロイ)と(ッ)て
き、矢(や)かきをひ(おひ)【負ひ】、弓(ゆみ)も(ッ)て、馬(むま)にの(ッ)たるにはに【似】もに
ずわろかりけり。牛車(うしくるま)は八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)の牛車(うしくるま)
なり。牛飼(うしかひ)(ウシカイ)もそなりけり。世(よ)にしたがふ習(なら)ひなれ
ば、とらはれてつかは【使は】れけれども、あまりの目(め)ざ
ましさに、すゑ【据ゑ】かう【飼う】たる牛(うし)の逸物(いちもつ)なるが、門(かど)いづ
る【出づる】時(とき)、ひとすはへ(ひとすはゑ)あてたらうに、なじかはよかるべき、
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飛(とん)でいづる【出づる】に、木曾(きそ)、車(くるま)のうちにてのけに
たふれ【倒れ】ぬ。蝶(てふ)(テウ)のはねをひろげたるやうに、左
右(さう)の袖(そで)をひろげて、おきむおきむとすれども、
なじかはおきらるべき。木曾(きそ)牛飼(うしかひ)(ウシカイ)とはえいはで、
「やれ子牛(こうし)(コウジ)こでい【健児】、やれこうしこでい【健児】」といひければ、
車(くるま)をやれといふと心(こころ)えて、五六町(ごろくちやう)こそあがかせた
れ。今井(いまゐ)の四郎(しらう)兼平(かねひら)、鞭(ぶち)あぶみをあはせ【合はせ】て、お(ッ)【追つ】
つゐ(つい)【付い】て、「いかに御車(おんくるま)をばかうはつかまつるぞ」としか
り【叱り】ければ、「御牛(おうし)の鼻(はな)がこはう候(さうらふ)」とぞのべたりける。牛
P08066
飼(うしかひ)(うしカイ)なかなをり(なかなほり)【仲直り】せんとや思(おも)ひけん、「それに候(さうらふ)手(て)が
たにとりつかせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、木曾(きそ)手(て)がたに
むずととりつゐ(つい)【付い】て、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)支度(したく)や、是(これ)は牛(うし)こで
い【牛健児】がはからひか、殿(との)のやう【様】か」とぞとふ(とう)【問う】たりける。さて院(ゐんの)(インノ)
御所(ごしよ)にまいり(まゐり)【参り】つゐ(つい)【付い】て、車(くるま)かけはづさ【外さ】せ、うしろより
をり(おり)【降り】むとしければ、京(きやうの)者(もの)の雑色(ざふしき)(ザウシキ)につかは【使は】れけるが、
「車(くるま)には、めされ候(さうらふ)時(とき)こそうしろよりめされ候(さうら)へ。をり(おり)【降り】
させ給(たま)ふには、まへよりこそをり(おり)【降り】させ給(たま)へ」と申(まうし)け
れども、「いかで車(くるま)であらむがらに、すどをり(すどほり)【素通り】をばすべ
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き」とて、つゐに(つひに)【遂に】うしろよりをり(おり)【降り】て(ン)げり。其(その)外(ほか)おかし
き(をかしき)事(こと)どもおほかり【多かり】けれども、おそれ【恐れ】て是(これ)を申(まう)
『水島合戦(みづしまかつせん)』S0807
さず。○平家(へいけ)は讃岐(さぬき)の八島(やしま)にありながら、山陽道(せんやうだう)
八ケ国(はつかこく)、南海道(なんかいだう)六ケ国(ろくかこく)、都合(つがふ)(ツガウ)十四(じふし)箇国(かこく)をぞうちと
りける。木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)是(これ)をきき、やすからぬ事(こと)なり
とて、やがてうつて【討手】をさしつかはす【遣す】。うつて【討手】の大将(だいしやう)には
矢田(やたの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンダイ)義清(よしきよ)、侍大将(さぶらひだいしやう)(さぶらイだいしやう)には信濃国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)海
野(うんの)の弥平(やへい)四郎(しらう)行広(ゆきひろ)、都合(つがふ)(ツガウ)其(その)勢(せい)七千(しちせん)余騎(よき)、山陽
道(せんやうだう)へ馳下(はせくだ)り、備中[B ノ]国(びつちゆうのくに)水島(みづしま)がとに舟(ふね)をうかべ【浮べ】て、八島(やしま)
P08068
へ既(すで)によせむとす。同(おなじき)(ヲナジキ)閏(うるふ)(ウルウ)十月(じふぐわつ)一日(ひとひのひ)、水島(みづしま)がとに小
船(こぶね)一艘(いつさう)(いつソウ)いできたり。あま舟(ぶね)【海士舟】釣舟(つりぶね)かと見(み)る程(ほど)に、
さはなくして、平家方(へいけがた)より朝(てう)の使舟(つかひぶね)(ツカイブネ)なりけり。
是(これ)を見(み)て源氏(げんじ)の舟(ふね)五百(ごひやく)余艘(よさう)(ヨソウ)ほし【干し】あげたるを、
おめき(をめき)【喚き】さけむ(さけん)【叫ん】でおろしけり。平家(へいけ)は千(せん)余艘(よさう)(ヨソウ)
でおしよせたり。平家(へいけ)の方(かた)の大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)に
は新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)、搦手(からめて)の大将軍(たいしやうぐん)には能登守(のとのかみ)教
経(のりつね)なり。能登殿(のとどの)のたまひ【宣ひ】けるは、「いかに者共(ものども)、いく
さ【軍】をばゆるに仕(つかまつ)るぞ。北国(ほつこく)のやつばらにいけどら【生捕ら】
P08069
れむをば、心(こころ)うしとはおもは【思は】ずや。御方(みかた)の舟(ふね)を
ばくめ【組め】や」とて、千(せん)余艘(よさう)(ヨソウ)がとも綱(づな)・へづな【舳綱】をくみあ
はせ【合はせ】、中(なか)にむやゐ(むやひ)【舫】をいれ【入れ】、あゆみ【歩み】の板(いた)をひ
き【引き】わたしひき【引き】わたしわたひ(わたい)【渡い】たれば、舟(ふね)のうへ【上】はへいへい【平々】
たり。源平[* 「源氏」と有るのを他本により訂正](げんぺい)両方(りやうばう)時(とき)つくり、矢合(やあはせ)(ヤアワセ)して、互(たがひ)(タガイ)に舟(ふね)どもお
しあはせ【合はせ】てせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。遠(とほ)(トヲ)きをば弓(ゆみ)でゐ(い)【射】、近(ちか)きをば、
太刀(たち)できり、熊手(くまで)にかけてとるもあり、とらるる
もあり、引組(ひつくん)で海(うみ)にいるもあり、さしちがへて
死(し)ぬるもあり【有り】。思(おも)ひ思(おも)ひ心々(こころごころ)に勝負(しようぶ)(セウブ)をす。源氏(げんじ)
P08070
の方(かた)の侍大将(さぶらひだいしやう)(サブライだいシヤウ)海野(うんの)の弥平(やへい)四郎(しらう)うた【討た】れにけり。
是(これ)をみ【見】て大将軍(たいしやうぐん)矢田(やた)の判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンダイ)義清(よしきよ)主従(しゆうじゆう)(シユジウ)七
人(しちにん)小舟(こぶね)に乗(のり)て、真前(まつさき)にすす(ン)【進ん】で戦(たたか)ふ程(ほど)に、いかがした
りけむ、船(ふね)ふみ沈(しづ)めて皆(みな)死(し)にぬ。平家(へいけ)は鞍(くら)をき
馬(むま)(くらおきむま)【鞍置き馬】を舟(ふね)のうちにたてられたりければ、舟(ふね)差(さし)よ
せ、馬(むま)どもひき【引き】おろし、うちのりうちのりおめい(をめい)【喚い】てかけけ
れば、源氏(げんじ)の勢(せい)、大将軍(たいしやうぐん)はうた【討た】れぬ、われさきに
とぞ落(おち)(ヲチ)行(ゆき)ける。平家(へいけ)は水島(みづしま)のいくさ【軍】に勝(かつ)て
『瀬尾【*妹尾】(せのを)最期(さいご)』S0808
こそ、会稽(くわいけい)の恥(はぢ)をば雪(きよ)めけれ。○木曾(きそ)の左馬
P08071
頭(さまのかみ)是(これ)をきき、やすからぬ事(こと)なりとて、一万騎(いちまんぎ)で
山陽道(せんやうだう)へ馳下(はせくだ)る。平家(へいけ)の侍(さぶらひ)備中国(びつちゆうのくに)(ビツチウノくに)の住人(ぢゆうにん)(ヂウにん)妹
尾(せのをの)太郎(たらう)兼康(かねやす)は、北国(ほつこく)の戦(たたか)ひに、加賀国(かがのくにの)住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)
倉光(くらみつ)の次郎(じらう)成澄(なりずみ)が手(て)にかか(ッ)て、いけどり【生捕り】にせら
れたりしを、成澄(なりずみ)が弟(おとと)(ヲトト)倉光(くらみつ)の三郎(さぶらう)成氏(なりうじ)にあづ
けられたり。きこゆる【聞ゆる】甲(かう)【*剛】の者(もの)、大(だい)ぢから【大力】なりけ
れば、木曾殿(きそどの)「あ(ッ)たらおのこ(をのこ)をうしなふ【失なふ】べきか」と
て、きら【斬ら】ず。人(ひと)あひ心(こころ)ざまゆう(いう)【優】に情(なさけ)あり【有り】ければ、倉
光(くらみつ)もねむごろ(ねんごろ)にもてなしけり。蘇子荊【*蘇子卿】(そしけい)が胡国(ここく)に
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とらはれ、李少卿(りせうけい)が漢朝(かんてう)へ帰(かへ)らざりしがごとし【如し】。とをく(とほく)【遠く】
異国(いこく)に付(つけ)る事(こと)は、昔(むかし)の人(ひと)のかなしめりし処(ところ)也(なり)と
いへり。韋(をしかはの)環【*■】(たまき)・鴨【*毳】(かも)の膜【*幕】(ばく)も(ッ)て風雨(ふうう)をふせき【防き】、腥【*羶】(なまぐさき)肉(しし)・
駱【*酪】(らく)がつくり水(みづ)【作水】も(ッ)て飢渇(きかつ)にあつ。夜(よ)るはいぬる事(こと)
なく、昼(ひる)は終日(ひめもす)につかへ、木(き)をきり草(くさ)をからずといふ
ばかりに随(したが)ひつつ、いかにもして敵(てき)をうかがひ【伺ひ】打(うつ)
て、いま一度(いちど)旧主(きうしゆ)を見(み)たて奉(たてまつ)らむと思(おも)ひける
兼康(かねやす)が心(こころ)の程(ほど)こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。或(ある)時(とき)妹尾(せのをの)太郎(たらう)、
倉光(くらみつ)の三郎(さぶらう)にあふ(あう)【逢う】て、いひけるは、「去(さんぬる)五月(ごぐわつ)より、
P08073
甲斐(かひ)なき命(いのち)をたすけ【助け】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へば、
誰(たれ)をたれとかおもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べき。自今(じごん)以後(いご)
御(おん)いくさ【軍】候(さうらは)ば、真前(まつさき)かけ【駆け】て木曾殿(きそどの)に命(いのち)をまい
らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん。兼康(かねやす)が知行(ちぎやう)仕(つかまつり)候(さうらひ)し備中(びつちゆう)(ビツチウ)の妹尾(せのを)は、
馬(むま)の草飼(くさがひ)(クサガイ)よい所(ところ)で候(さうらふ)。御辺(ごへん)申(まうし)て給(たま)はらせ給(たま)へ」と
いひければ、倉光(くらみつ)此(この)様(やう)を申(まう)す。木曾殿(きそどの)「神妙(しんべう)の
事(こと)申(まうす)ごさんなれ。さらば汝(なんぢ)妹尾(せのを)を案内者(あんないしや)にし
て、先(まづ)くだれ。誠(まこと)に馬(むま)の草(くさ)なんどをもかまへさせ
よ」との給(たま)へ【宣へ】ば、倉光(くらみつの)三郎(さぶらう)かしこまり悦(よろこん)で、其(その)勢(せい)
P08074
卅騎(さんじつき)ばかり、妹尾(せのをの)太郎(たらう)をさきとして、備中(びつちゆう)(ビツチウ)へぞ下(くだり)け
る。妹尾(せのを)が嫡子(ちやくし)小太郎(こたらう)宗康(むねやす)は、平家(へいけ)の御方(おんかた)に候(さうらふ)。
父(ちち)が木曾殿(きそどの)よりゆるさ【許さ】れて下(くだ)るときこえ【聞え】しかば、
年来(としごろ)の郎等(らうどう)どももよほしあつめ【集め】、其(その)勢(せい)五十騎(ごじつき)
ばかりでむかへ【向へ】にのぼる程(ほど)に、播磨(はりま)の国府(こふ)でゆき
あふ(あう)【逢う】て、つれて下(くだ)る。備前国(びぜんのくに)みつ石(いし)の宿(しゆく)にとど
ま(ッ)【留まつ】たりければ、妹尾(せのを)がしたしき者共(ものども)、酒(さけ)をもたせて
出(いで)きたり。其(その)夜(よ)もすがら悦(よろこび)のさかもりしけるに、あ
づかり【預り】の武士(ぶし)倉光(くらみつ)の三郎(さぶらう)、所従(しよじゆう)(シヨジウ)ともに卅(さんじふ)余人(よにん)、し
P08075
ゐ(しひ)【強ひ】ふせ【臥せ】ておこしもたてず、一々(いちいち)に皆(みな)さしころし【殺し】て(ン)
げり。備前[B ノ]国(びぜんのくに)は十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の国(くに)なり。其(その)代官(だいくわん)の
国府(こふ)にあり【有り】けるをも、おし【押し】よせ【寄せ】てう(ッ)【打つ】て(ン)げり。「兼
康(かねやす)こそいとま給(たまは)(ッ)て罷下(まかりくだ)れ、平家(へいけ)に心(こころ)ざし思(おも)ひ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】む人々(ひとびと)は、兼康(かねやす)を先(さき)として、木曾殿(きそどの)の下(くだり)
給(たま)ふに、矢(や)ひとつ【一つ】ゐ(い)【射】かけ奉(たてまつ)れ」と披露(ひろう)しければ、
備前(びぜん)・備中(びつちゆう)・備後(びんご)三箇国(さんがこく)の兵(つはもの)ども、馬(むま)・物具(もののぐ)しかる【然る】
べき所従(しよじゆう)(シヨジウ)をば、平家(へいけ)の御方(おんかた)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、やす
みける老者共(らうしやども)、或(あるい)は柿(かき)の直垂(ひたたれ)につめひも【詰紐】し、
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或(あるい)は布(ぬの)の小袖(こそで)にあづまおり(あづまをり)【東折】し、くさり腹巻(はらまき)つづ
りきて、山(やま)うつぼ【山靭】・たかゑびら(たかえびら)【竹箙】に矢(や)ども少々(せうせう)さし、かき
をひ(おひ)【負ひ】かきをひ(おひ)【負ひ】妹尾(せのを)が許(もと)へ馳(はせ)集(あつま)る。都合(つがふ)(ツガウ)其(その)勢(せい)二千(にせん)余人(よにん)、
妹尾(せのをの)太郎(たらう)を先(さき)として、備前国(びぜんのくに)福(ふく)りうじ(ふくりゆうじ)【福隆寺】縄手(なはて)、
ささ【篠】のせまり【迫り】を城郭(じやうくわく)にかまへ、口(くち)二丈(にぢやう)ふかさ【深さ】二丈(にぢやう)
に堀(ほり)をほり、逆(さか)もぎ引(ひき)、高矢倉(たかやぐら)あげ、かいだて【垣楯】か
き、矢(や)さき【矢先】をそろへて、いまやいまやと待(まち)かけたり。
備前国(びぜんのくに)に十郎(じふらう)蔵人(くらんど)のをか(おか)【置か】れたりし代官(だいくわん)、妹尾(せのを)(せのヲノ)
にうた【討た】れて、其(その)下人共(げにんども)がにげて京(きやう)へ上(のぼ)る程(ほど)に、播
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磨(はりま)(マリマ)と備前(びぜん)のさかひふなさか【舟坂】といふ所(ところ)にて、木曾殿(きそどの)
にまいり(まゐり)【参り】あふ。此(この)由(よし)申(まうし)ければ、「やすからぬ。き(ッ)て捨(すつ)べ
かりつる物(もの)を」と後悔(こうくわい)せられければ、今井(いまゐ)(イマイ)の四郎(しらう)
申(まうし)けるは、「さ候(さうら)へばこそ、きやつがつらだましゐ(つらだましひ)【面魂】ただ
もの【唯者】とは見(み)候(さうら)はず。ちたび【千度】きらうど申(まうし)候(さうらひ)つる物(もの)を、
助(たす)けさせ給(たまひ)て」と申(まうす)。「思(おも)ふに何程(なにほど)の事(こと)かあるべき。
追(おつ)(ヲツ)懸(かけ)て討(う)て」とぞのたまひ【宣ひ】ける。今井(いまゐの)四郎(しらう)「まづ
下(くだ)(ッ)て見(み)候(さうら)はん」とて、三千(さんぜん)余騎(よき)で馳下(はせくだ)る。ふくりう
寺(じ)(ふくりゆうじ)【福隆寺】縄手(なはて)(ナワテ)は、はたばり【端張】弓杖(ゆんづゑ)(ユンヅエ)一(ひと)たけばかりにて、とをさ(とほさ)【遠さ】は
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西国(さいこく)一里(いちり)也(なり)。左右(さう)は深田(ふかた)にて、馬(むま)の足(あし)もをよば(およば)【及ば】ね
ば、三千(さんぜん)余騎(よき)が心(こころ)はさきにすすめども、馬(むま)次第(しだい)に
ぞあゆま【歩ま】せける。押(おし)(ヲシ)よせて見(み)ければ、妹尾(せのをの)太郎(たらう)
矢倉(やぐら)に立出(たちいで)て、大音声(だいおんじやう)(だいヲンコエ)をあげて、「去(さんぬる)五月(ごぐわつ)より今(いま)
まで、甲斐(かひ)(カイ)なき命(いのち)を助(たすけ)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)をのをの(おのおの)【各々】の
御芳志(ごはうし)には、是(これ)をこそ用意(ようい)仕(つかまつ)て候(さうら)へ」とて、究竟(くつきやう)の
つよ弓(ゆみ)【強弓】勢兵(せいびやう)数百人(すひやくにん)すぐりあつめ【集め】、矢前(やさき)をそ
ろへてさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざんにゐる(いる)【射る】。おもてを
向(むかふ)べき様(やう)もなし。今井(いまゐの)四郎(しらう)をはじめとして、楯(たて)・
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祢[B ノ]井(ねのゐ)・宮崎(みやざきの)三郎(さぶらう)・諏方【*諏訪】(すは)・藤沢(ふぢさは)(フヂサワ)な(ン)ど(なんど)いふはやりを【逸男】
の兵(つはもの)ども、甲(かぶと)のしころをかたぶけて、射(い)ころさ【殺さ】
るる人馬(じんば)をとりいれ【入れ】ひき【引き】いれ【入れ】、堀(ほり)をうめ、おめき(をめき)【喚き】
さけむ(さけん)【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。或(あるい)は左右(さう)の深田(ふかた)に打(うち)い
れ【入れ】て、馬(むま)のくさわき【草脇】・むながいづくし・ふと腹(はら)な(ン)ど(なんど)に
たつ所(ところ)を事(こと)ともせず、むらめかい【群めかい】てよせ【寄せ】、或(あるい)は谷(たに)ふ
け【谷深】をも嫌(きら)はず、懸(かけ)いり懸(かけ)いり一日(いちにち)戦(たたかひ)(タタカイ)暮(くら)しけり。夜(よ)に
いりて妹尾(せのを)が催(もよほ)(モヨヲ)しあつめ【集め】たるかり武者(むしや)ども【駆武者共】、皆(みな)せ
め【攻め】おとさ【落さ】れて、たすかる者(もの)はすくなう、うたるる
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者(もの)ぞおほかり【多かり】ける。妹尾(せのをの)太郎(たらう)篠(ささ)のせまり【迫り】の城
郭(じやうくわく)を破(やぶ)られて、引退(ひきしりぞ)き、備中国(びつちゆうのくに)板倉川(いたくらがは)のはた【端】
に、かいだて【垣楯】かいて待懸(まちかけ)たり。今井(いまゐの)四郎(しらう)軈(やがて)をし(おし)【押し】よ
せ【寄せ】責(せめ)ければ、山(やま)うつぼ【山靭】・たかゑびら(たかえびら)【竹箙】に矢種(やだね)のある程(ほど)
こそふせき【防き】けれ、みな射(い)つくして(ン)げれば、われ
さきにとぞ落(おち)(ヲチ)行(ゆき)ける。妹尾(せのをの)太郎(たらう)ただ主従(しゆうじゆう)(シウジウ)三
騎(さんぎ)にうちなされ、板倉川(いたくらがは)(イタクラカワ)のはたにつゐ(つい)【着い】て、みど
ろ山(やま)のかたへ落(おち)(ヲチ)行(ゆく)程(ほど)に、北国(ほつこく)で妹尾(せのを)いけどり【生捕り】に
したりし倉光(くらみつ)の次郎(じらう)成澄(なりずみ)、おとと【弟】はうた【討た】れぬ、「や
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すからぬ事(こと)なり。妹尾(せのを)においては又(また)いけどり【生捕り】に仕(つかまつり)候(さうら)はん」
とて、群(ぐん)にぬけてをう(おう)【追う】てゆく。あはひ【間】一町(いつちやう)ばかりに
追(おつ)(ヲツ)付(つけ)て、「いかに妹尾殿(せのをどの)、まさなうも敵(てき)にうしろをば見(み)
する物(もの)かな。返(かへ)せやかへせ」といはれて、板倉川(いたくらがは)を
西(にし)へわたす河中(かはなか)に、ひかへて待懸(まちかけ)たり。倉光(くらみつ)馳来(はせきたつ)
て、おしならべむずと組(くん)で、どうどおつ。互(たがひ)におと
らぬ大力(だいぢから)なれば、うへ【上】になり、したになり、ころび
あふ程(ほど)に、川岸(かはぎし)(カワキシ)に淵(ふち)のあり【有り】けるにころびいりて、
倉光(くらみつ)は無水練(ぶすいれん)なり、妹尾(せのを)はすぐれたる水練(すいれん)なり
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ければ、水(みづ)のそこ【底】で倉光(くらみつ)をと(ッ)てをさへ(おさへ)【抑へ】、鎧(よろひ)(ヨロイ)の草
摺(くさずり)ひき【引き】あげ、つか【柄】もこぶし【拳】もとをれ(とほれ)【通れ】とをれ(とほれ)【通れ】と三刀(みがたな)さい
て頸(くび)をとる。我(わが)馬(むま)は乗損(のりそん)じたれば、敵(てき)倉光(くらみつ)が馬(むま)に
乗(のつ)て落(おち)(ヲチ)行(ゆく)程(ほど)に、妹尾(せのを)が嫡子(ちやくし)小太郎(こたらう)宗康(むねやす)、馬(むま)に
はのらず、歩行(ほかう)にて郎等(らうどう)とつれ【連れ】て落行(おちゆく)程(ほど)に、
いまだ廿二三(にじふにさん)の男(をとこ)なれども、あまりにふと(ッ)て一
町(いつちやう)ともえはしら【走ら】ず、物具(もののぐ)ぬぎすててあゆめ【歩め】ども
かなは【叶は】ざりけり。父(ちち)は是(これ)をうち捨(すて)て、十(じふ)余町(よちやう)こそ
逃(にげ)のびたれ。郎等(らうどう)にあふ(あう)【逢う】ていひけるは、「兼康(かねやす)は
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千万(せんまん)の敵(てき)にむか(ッ)【向つ】て軍(いくさ)するは、四方(よも)はれ【晴れ】ておぼゆる
が、今度(こんど)は小太郎(こたらう)をすててゆけばにや、一向(いつかう)前(さき)
がくらうて見(み)えぬぞ。たとひ兼康(かねやす)命(いのち)いきて、ふた
たび平家(へいけ)の御方(おんかた)へまいり(まゐり)【参り】たりとも、どうれい【同隷】ども
「兼康(かねやす)いまは六十(ろくじふ)にあまりたる者(もの)の、いく程(ほど)の命(いのち)
をおしう(をしう)【惜しう】で、ただひとりある子(こ)を捨(すて)ておち【落ち】けるや
らん」といはれむ事(こと)こそはづかしけれ」。郎等(らうどう)申(まうし)
けるは、「さ候(さうら)へばこそ、御一所(ごいつしよ)でいかにもならせ給(たま)へと
申(まうし)つるはここ候(ざうらふ)。かへさ【返さ】せ給(たま)へ」といひければ、「さらば」とて
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取(と)(ッ)てかへす【返す】。小太郎(こたらう)は足(あし)か(ン)ばかりはれ【腫れ】てふせ【臥せ】り。「な
むぢ(なんぢ)がえお(ッ)【追つ】つかねば、一所(いつしよ)で打死(うちじに)せうどて帰(かへり)たるは、
いかに」といへば、小太郎(こたらう)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「此(この)身(み)
こそ無器量(ぶきりやう)の者(もの)で候(さうら)へば、自害(じがい)をも仕(つかまつり)候(さうらふ)べきに、我(われ)
ゆへ(ゆゑ)【故】に御命(おんいのち)をうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】む事(こと)、五逆罪(ごぎやくざい)にや候(さうら)
はんずらむ。ただとうとう【疾う疾う】のびさせ給(たま)へ」と申(まう)せども、
「思(おも)ひき(ッ)たるうへ【上】は」とて、やすむ処(ところ)に、今井(いまゐ)の四
郎(しらう)ま(ッ)さきかけて、其(その)勢(せい)五十騎(ごじつき)ばかりおめい(をめい)【喚い】て追(おつ)(ヲツ)
かけたり。妹尾(せのをの)太郎(たらう)矢(や)七(なな)つ八(や)つ射(い)のこしたるを、
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さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さむざむ(さんざん)【散々】に射(い)る。死生(ししやう)はしら【知ら】ず、
やにはに敵(てき)五六騎(ごろくき)射(い)おとす【落す】。其(その)後(のち)打物(うちもの)ぬいて、
先(まづ)小太郎(こたらう)が頸(くび)打(うち)おとし【落し】、敵(てき)の中(なか)へわ(ッ)ていり、さむ
ざむ(さんざん)【散々】に戦(たたか)ひ、敵(てき)あまたうちと(ッ)て、つゐに(つひに)【遂に】打死(うちじに)し
て(ン)げり。郎等(らうどう)も主(しゆう)にち(ッ)ともおとらず戦(たたか)ひけるが、
大事(だいじ)の手(て)あまたをひ(おひ)【負ひ】、たたかひつかれ【疲れ】て自害(じがい)せ
むとしけるが、いけどり【生捕り】にこそせられけれ。中(なか)一日(いちにち)あ(ッ)
てしに【死に】にけり。是等(これら)主従(しゆうじゆう)(シウジウ)三人(さんにん)が頸(くび)をば、備中国(びつちゆうのくに)
鷺(さぎ)が森(もり)にぞかけたりける。木曾殿(きそどの)是(これ)を見(み)給(たま)
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ひて、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)剛(かう)の者(もの)かな。是(これ)をこそ一人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)(ツワモノ)と
もいふべけれ。あ(ッ)たら者(もの)どもを助(たす)けてみ【見】で」とぞ
『室山(むろやま)』S0809
のたまひ【宣ひ】ける。○さる程(ほど)に、木曾殿(きそどの)は備中国(びつちゆうのくに)万寿(まんじゆ)
の庄(しやう)にて勢(せい)ぞろへして、八島(やしま)へ既(すで)によせむとす。
其(その)間(あひだ)の都(みやこ)の留守(るす)にをか(おか)【置か】れたる樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)、
使者(ししや)をたてて、「十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)こそ殿(との)のましまさ
ぬ間(ま)に、院(ゐん)のきり人(うと)【切り人】して、やうやうに讒奏(ざんそう)せられ
候(さうらふ)なれ。西国(さいこく)の軍(いくさ)をば暫(しばらく)さしをか(おか)【置か】せ給(たま)ひて、いそ
ぎのぼらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、木曾(きそ)「さらば」とて、夜(よ)
P08087
を日(ひ)につゐ(つい)【継い】で馳上(はせのぼ)る。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)あしかり【悪しかり】なん
とやおもひ【思ひ】けむ、木曾(きそ)にちがはむと丹波路(たんばぢ)に
かか(ッ)て、播磨国(はりまのくに)へ下(くだ)る。木曾(きそ)は摂津国(つのくに)をへて、みや
こ【都】へいる。平家(へいけ)は又(また)木曾(きそ)うたむとて、大将軍(たいしやうぐん)には
新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)・本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、侍大将(さぶらひだいしやう)(さぶらイだいシヤウ)には、越
中(ゑつちゆうの)(エツちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵
衛(しつびやうゑ)(しつびやうエ)景清(かげきよ)・都合(つがふ)(ツガウ)其(その)勢(せい)二万(にまん)余騎(よき)、千(せん)余艘(よさう)(ヨソウ)の舟(ふね)に
乗(のり)、播磨(はりま)の地(ち)へおしわたりて、室山(むろやま)に陣(ぢん)をとる。十
郎(じふらう)蔵人(くらんど)、平家(へいけ)と軍(いくさ)して木曾(きそ)と中(なか)なをり(なかなほり)【仲直り】せん
P08088
とやおもひ【思ひ】けむ、其(その)勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)で室山(むろやま)へこそをし(おし)【押し】
よせ【寄せ】たれ。平家(へいけ)は陣(ぢん)を五(いつ)つにはる。一陣(いちぢん)越中[B ノ](ゑつちゆうの)(エツちゆうの)次郎
兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)(モリツク)二千(にせん)余騎(よき)、二陣(にぢん)伊賀(いがの)平(へい)内左衛門(ないざゑもん)家
長(いへなが)二千(にせん)余騎(よき)、三陣(さんぢん)上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)・悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)三千(さんぜん)
余騎(よき)、四陣(しぢん)本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)三千(さんぜん)余騎(よき)、五陣(ごぢん)新
中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)一万(いちまん)余騎(よき)でかためらる。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行
家(ゆきいへ)五百(ごひやく)余騎(よき)でおめい(をめい)【喚い】てかく。一陣(いちぢん)越中(ゑつちゆうの)(エツちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛
次【*盛嗣】(もりつぎ)、しばらくあひしらう(しらふ)様(やう)にもてなひ(もてない)て、中(なか)をざ(ッ)と
あけてとをす(とほす)。二陣(にぢん)伊賀(いがの)平(へい)内左衛門(ないざゑもん)家長(いへなが)(イエナガ)、おな
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じうあけてとをし(とほし)けり。三陣(さんぢん)上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)・悪(あく)七
兵衛(しつびやうゑ)、ともにあけてとをし(とほし)けり。四陣(しぢん)本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重
衡卿(しげひらのきやう)、是(これ)もあけていれ【入れ】られけり。一陣(いちぢん)より五陣(ごぢん)まで
兼(かね)て約束(やくそく)したりければ、敵(かたき)を中(なか)にとりこめて、一度(いちど)
に時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)今(いま)は遁(のが)るべ
き方(かた)もなかりければ、たばかられぬとおもひ【思ひ】て、おもて【面】も
ふらず、命(いのち)もおしま(をしま)【惜しま】ず、ここを最後(さいご)とせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。平
家(へいけ)の侍(さぶらひ)ども、「源氏(げんじ)の大将(だいしやう)にくめや」とて、我(われ)さきにとすすめども、さすが十郎(じふらう)蔵人(くらんど)にをし(おし)【押し】ならべてくむ
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武者(むしや)一騎(いつき)もなかりけり。新中納言(しんぢゆうなごん)のむねとたのま【頼ま】
れたりける紀(きの)七左衛門(しちざゑもん)・紀(きの)八衛門(はちゑもん)・紀(きの)九郎(くらう)な(ン)ど(なんど)いふ兵(つはもの)
ども、そこにて皆(みな)十郎(じふらう)蔵人(くらんど)にうちとられぬ。かくし
て十郎(じふらう)蔵人(くらんど)、五百(ごひやく)余騎(よき)が纔(わづか)に卅騎(さんじつき)ばかりにうちな
され、四方(しはう)はみな敵(てき)なり、御方(みかた)は無勢(ぶせい)なり、いかにして
のがる【逃る】べしとは覚(おぼ)えねど、おもひ【思ひ】き(ッ)て雲霞(うんか)のごとく【如く】
なる敵(てき)のなかをわ(ッ)てとをる(とほる)【通る】。されども我(わが)身(み)は手(て)
もをは(おは)ず、家子(いへのこ)(イエノコ)郎等(らうどう)廿(にじふ)余騎(よき)大略(たいりやく)手負(ておう)(テヲウ)て、播
磨国(はりまのくに)高砂(たかさご)より舟(ふね)に乗(のり)、をし(おし)【押し】いだひ(いだい)【出い】て和泉国(いづみのくに)
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にぞ付(つき)にける。それより河内(かはち)(カワチ)へうちこえて、長野
城(ながののじやう)にひ(ッ)【引つ】こもる。平家(へいけ)は室山(むろやま)・水島(みづしま)二ケ度(にかど)のいくさ【軍】
『皷判官(つづみはうぐわん)』S0810
に勝(かつ)てこそ、弥(いよいよ)勢(せい)はつきにけれ。○凡(およそ)(ヲヨソ)京中(きやうぢゆう)には源
氏(げんじ)みちみちて、在々所々(ざいざいしよしよ)にいりどり【入り捕り】おほし【多し】。賀茂(かも)・八
幡(はちまん)の御領(ごりやう)ともいはず、青田(あをた)を苅(かり)てま草(くさ)にす。人(ひと)の
倉(くら)をうちあけて物(もの)をとり、持(もち)てとをる(とほる)【通る】物(もの)をうば
ひ【奪ひ】とり、衣裳(いしやう)をはぎとる。「平家(へいけ)の都(みやこ)におはせし時(とき)は、
六波羅殿(ろくはらどの)とて、ただおほかた【大方】おそろしかり【恐ろしかり】しばかり也(なり)。
衣裳(いしやう)をはぐまではなかりし物(もの)を、平家(へいけ)に源氏(げんじ)
P08092
かへおとり【替へ劣り】したり」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。木曾(きそ)の左馬頭(さまのかみ)
のもとへ、法皇(ほふわう)(ホウワウ)より御使(おんつかひ)(おんツカイ)あり【有り】。狼籍【*狼藉】(らうぜき)しづめよと仰(おほせ)(ヲホセ)
下(くだ)さる。御使(おんつかひ)(おんツカイ)は壱岐守(いきのかみ)朝親【*知親】(ともちか)が子(こ)に、壱岐(いきの)判官(はんぐわん)(ハウグワン)朝
泰【*知康】(ともやす)といふ者(もの)也(なり)。天下(てんが)にすぐれたる皷(つづみ)の上手(じやうず)(じやうヅ)であ
りければ、時(とき)の人(ひと)皷判官(つづみはんぐわん)(ツヅミハウグワン)とぞ申(まうし)ける。木曾(きそ)
対面(たいめん)して、先(まづ)御返事(おんぺんじ)をば申(まう)さで、「抑(そもそも)わとのを皷判
官(つづみはんぐわん)といふは、よろづの人(ひと)にうた【打た】れたうたか、はられ
たうたか」とぞとふ(とう)【問う】たりける。朝泰【*知康】(ともやす)返事(へんじ)にをよば(およば)【及ば】ず、
院(ゐんの)(インノ)御所(ごしよ)に帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「義仲(よしなか)おこ(をこ)の者(もの)で候(さうらふ)。只今(ただいま)朝
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敵(てうてき)になり候(さうらひ)なんず。いそぎ追討(ついたう)せさせ給(たま)へ」と申(まうし)け
れば、法皇(ほふわう)(ホウワウ)さらばしかる【然る】べき武士(ぶし)にも仰(おほせ)付(つけ)られずし
て、山(やま)の座主(ざす)・寺(てら)の長吏(ちやうり)(チヤウシ)に仰(おほせ)られて、山(やま)・三井寺(みゐでら)の
悪僧(あくそう)どもをめされけり。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)のめされける勢(せい)
と申(まうす)は、むかへつぶて【向へ礫】・いんぢ【印地】、いふかひなき辻冠
者原(つじくわんじやばら)(ツヂクワジヤバラ)・乞食(こつじき)法師(ぼふし)(ボウシ)どもなりけり。木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)、
院(ゐん)の御気色(ごきしよく)あしう【悪しう】なると聞(きこ)えしかば、はじめは
木曾(きそ)にしたがふ(したがう)たりける五畿内(ごきない)の兵(つはもの)ども、皆(みな)そ
むゐ(そむい)て院方(ゐんがた)(インがた)へまいる(まゐる)【参る】。信濃源氏(しなのげんじ)村上(むらかみ)の三郎(さぶらう)判
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官代(はんぐわんだい)、是(これ)も木曾(きそ)をそむゐ(そむい)て法皇(ほふわう)(ホウワウ)へまいり(まゐり)【参り】けり。今
井(いまゐの)四郎(しらう)申(まうし)けるは、「是(これ)こそ以外(もつてのほか)の御大事(おんだいじ)で候(さうら)へ。されば
とて十善(じふぜん)帝王(ていわう)にむかい(むかひ)【向ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、争(いかで)か御合戦(ごかつせん)
候(さうらふ)べき。甲(かぶと)をぬぎ弓(ゆみ)をはづゐ(はづい)て、降人(かうにん)(ガウニン)にまいら(まゐら)【参ら】せ
給(たま)へ」と申(まう)せば、木曾(きそ)大(おほき)(ヲホキ)にいか(ッ)て、「われ信濃(しなの)を出(いで)し時(とき)、
をみ【麻績】・あひだ【会田】のいくさ【軍】よりはじめて、北国(ほつこく)には、砥浪山(となみやま)・
黒坂(くろさか)(クロザカ)・篠原(しのはら)、西国(さいこく)には福立寺【福隆寺】(ふくりゆうじ)(フクリウジ)縄手(なはて)(ナワテ)・ささ【篠】のせまり【迫り】・板
倉(いたくら)が城(じやう)を責(せめ)しかども、いまだ敵(てき)にうしろを見(み)せず、た
とひたとひ十善(じふぜん)帝王(ていわう)にてましますとも、甲(かぶと)をぬぎ、
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弓(ゆみ)をはづい【外い】て降人(かうにん)にはえこそまいる(まゐる)【参る】まじけ
れ。たとへば都(みやこ)の守護(しゆご)してあらむものが、馬(むま)一疋(いつぴき)
づつかう【飼う】てのら【乗ら】ざるべきか。いくらもある田(た)ども
からせて、ま草(くさ)にせんを、あながちに法皇(ほふわう)のとが
め給(たま)ふべき様(やう)やある。兵粮米(ひやうらうまい)もなければ、冠者
原共(くわんじやばらども)(クワジヤバラども)がかたほとりにつゐ(つい)【付い】て、時々(ときどき)いりどり【入り捕り】せんは
何(なに)かあながちひが事(こと)【僻事】ならむ。大臣家(だいじんげ)や宮々(みやみや)の御所(ごしよ)へ
もまいら(まゐら)【参ら】ばこそ僻事(ひがこと)ならめ。是(これ)は皷判官(つづみはんぐわん)(ツヅミハウぐわん)が凶害(きようがい)(ケウガイ)
とおぼゆるぞ。其(その)皷(つづみ)め打破(うちやぶつ)て捨(すて)よ。今度(こんど)は義
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仲(よしなか)が最後(さいご)の軍(いくさ)にてあらむずるぞ。頼朝(よりとも)が帰(かへり)きか
む処(ところ)もあり、軍(いくさ)ようせよ。者(もの)ども」とてう(ッ)【打つ】たち【立ち】け
り。北国(ほつこく)の勢(せい)ども皆(みな)落(おち)(ヲチ)下(くだ)(ッ)て、纔(わづか)に六七千騎(ろくしちせんぎ)ぞ
あり【有り】ける。我(わが)軍(いくさ)の吉例(きちれい)なればとて、七手(ななて)につくる。
先(まづ)樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)、二千騎(にせんぎ)で、新熊野(いまぐまの)のかたへ
搦手(からめて)にさしつかはす【遣す】。のこり六手(むて)は、をのをの(おのおの)【各々】がゐた
らむずる条里小路(でうりこうぢ)より川原(かはら)へいで【出で】て、七条河
原(しつでうかはら)にてひとつ【一つ】になれと、あひづ【合図】をさだめ【定め】て出立(いでたち)
けり。軍(いくさ)は十一月(じふいちぐわつ)十九日(じふくにち)の朝(あした)なり。院[B ノ](ゐんの)御所(ごしよ)法住寺
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殿(ほふぢゆうじどの)(ホウジウジどの)にも、軍兵(ぐんびやう)二万(にまん)余人(よにん)まいり(まゐり)【参り】こもり【籠り】たるよし聞(きこ)え
けり。御方(みかた)のかさじるし【笠印】には、松(まつ)の葉(は)をぞ付(つけ)たり
たる。木曾(きそ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウジウジどの)の西門(さいもん)にをし(おし)【押し】よせ【寄せ】てみれ【見れ】ば、
皷判官(つづみはんぐわん)(ツヅミハウグワン)朝泰【*知康】(ともやす)軍(いくさ)の行事(ぎやうじ)うけ給(たまは)(ッ)【承つ】て、赤地(あかぢ)の
錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、鎧(よろひ)はわざとき【着】ざりけり。甲(かぶと)斗(ばかり)ぞ
きたりける。甲(かぶと)には四天(してん)をかいて、をし(おし)【押し】たりけり。
御所(ごしよ)の西(にし)の築墻【築垣】(ついがき)の上(うへ)にのぼ(ッ)【上つ】て立(たち)たりけるが、
片手(かたて)にはほこ【矛】をもち、片手(かたて)には金剛鈴(こんがうれい)をも(ッ)て、金
剛鈴(こんがうれい)を打振(うちふり)打振(うちふり)、時々(ときどき)は舞(まふ)おり(をり)【折】もあり【有り】けり。若(わか)き
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公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)「風情(ふぜい)なし。朝泰【*知康】(ともやす)には天狗(てんぐ)ついたり」とぞ
わらは【笑は】れける。大音声(だいおんじやう)をあげて、「むかしは宣旨(せんじ)をむ
か(ッ)【向つ】てよみければ、枯(かれ)たる草木(そうもく)も花(はな)さきみ【実】なり、悪鬼(あつき)
悪神(あくじん)も隨(したが)ひけり。末代(まつだい)ならむがらに、いかんが十善(じふぜん)
帝王(ていわう)にむかひ【向ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て弓(ゆみ)をばひくべき。汝等(なんぢら)が
はなたん矢(や)は、返(かへ)(ッ)て身(み)にあたるべし、ぬかむ太刀(たち)は身(み)をきるべし」な(ン)ど(なんど)とののしりければ、木曾(きそ)「さないは
せそ」とて、時(とき)をど(ッ)とつくる。さる程(ほど)に、搦手(からめて)にさしつ
かはし【遣し】たる樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)、新熊野(いまぐまの)の方(かた)より時(とき)の
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こゑ【声】をぞあはせ【合はせ】たり。鏑(かぶら)のなかに火(ひ)をいれ【入れ】て、法住
寺殿(ほふぢゆうじどの)の御所(ごしよ)に射(い)たて【立て】たりければ、おりふし(をりふし)【折節】風(かぜ)は
はげしし、猛火(みやうくわ)天(てん)にもえあが(ッ)【上がつ】て、ほのを(ほのほ)【炎】は虚空(こくう)に
ひまもなし。いくさ【軍】の行事(ぎやうじ)朝泰【*知康】(ともやす)は、人(ひと)よりさきに
落(おち)にけり。行事(ぎやうじ)がおつるうへ【上】は、二万(にまん)余人(よにん)の官軍(くわんぐん)
ども、我(われ)さきにとぞ落(おち)ゆきける。あまりにあはて(あわて)【慌て】
さはひ(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とる者(もの)は矢(や)をしら【知ら】ず、矢(や)をとる者(もの)は弓(ゆみ)
をしら【知ら】ず、或(あるい)は長刀(なぎなた)さかさまについて、我(わが)足(あし)つき
つらぬく者(もの)もあり、或(あるい)は弓(ゆみ)のはず物(もの)にかけて、えはづ
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さ【外さ】で捨(すて)てにぐる者(もの)もあり【有り】。七条(しつでう)がすゑは接津【摂津】国(つのくに)
源氏(げんじ)のかためたりけるが、七条(しつでう)を西(にし)へおち【落ち】て行(ゆく)。かね
て【予て】軍(いくさ)いぜん【以前】より、「落人(おちうと)のあらむずるをば、用意(ようい)して
うちころせ」と、御所(ごしよ)より披露(ひろう)せられたりけれ
ば、在洛(ざいらく)の者共(ものども)、屋ねい【屋根】に楯(たて)をつき、おそへ【押へ】の石(いし)をと
りあつめ【集め】て、待懸(まちかけ)たるところ【所】に、摂津国(つのくに)源氏(げんじ)のお
ち【落ち】けるを、「あはや落人(おちうと)よ」とて、石(いし)をひろい(ひろひ)【拾ひ】かけ、さん
ざん【散々】に打(うち)ければ、「これは院(ゐん)がたぞ、あやまち仕(つかまつ)る
な」といへども、「さないはせそ。院宣(ゐんぜん)であるに、ただ打(うち)
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ころせ打(うち)ころせ」とて打(うつ)間(あひだ)、或(あるい)は馬(むま)をすてて、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】に
ぐるもの【者】もあり、或(あるい)はうちころさ【殺さ】るるもあり【有り】けり。
八条(はつでう)がすゑは山僧(さんぞう)かためたりけるが、恥(はぢ)あるものは
うち死(じに)し、つれなきものはおち【落ち】ぞゆく。主水正(もんどのかみ)(モンドウカミ)親
成(ちかなり)薄青(うすあを)の狩衣(かりぎぬ)のしたに、萌黄[B 威](もよぎをどし)の腹巻(はらまき)をき
て、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、河原(かはら)をのぼりに落(おち)
てゆく。今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)を(ッ)(おつ)【追つ】かか(ッ)て、しや頸(くび)の骨(ほね)
を射(い)てゐ(い)【射】おとす。清大外記(せいだいげき)頼成(よりなり)が子(こ)なりけり。
「明行道【明経道】(みやうぎやうだう)の博士(はかせ)、甲冑(かつちう)をよろふ事(こと)しかる【然る】べからず」とぞ
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人(ひと)申(まうし)ける。木曾(きそ)を背(そむい)て院方(ゐんがた)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】たる信濃源氏(しなのげんじ)、
村上(むらかみの)三郎(さぶらう)判官代(はんぐわんだい)もうた【討た】れけり。是(これ)をはじめて
院方(ゐんがた)には、近江(あふみの)中将(ちゆうじやう)為清(ためきよ)・越前守(ゑちぜんのかみ)信行(のぶゆき)も射(い)こ
ろされて頸(くび)とられぬ。伯耆守(はうきのかみ)光長(みつなが)・子息(しそく)判官(はんぐわん)
光経(みつつね)、父子(ふし)共(とも)にうた【討た】れぬ。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)
の孫(まご)播磨(はりまの)少将(せうしやう)雅方【*雅賢】(まさかた)も、鎧(よろひ)に立烏帽子(たてえぼし)で軍(いくさ)
の陣(ぢん)へいでられたりけるが、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)に生(いけ)どり
にせられ給(たまひ)ぬ。天台座主(てんだいざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)、寺(てら)の
長吏(ちやうり)円慶(ゑんけい)法親王(ほつしんわう)も、御所(ごしよ)にまいり(まゐり)【参り】こもらせ
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給(たま)ひたりけるが、黒煙(くろけぶり)すでに【既に】をし(おし)【押し】かけければ、御
馬(おんむま)にめし【召し】て、いそぎ川原(かはら)へいでさせ給(たま)ふ。武士(ぶし)
どもさむざむ(さんざん)【散々】に射(い)たてまつる。明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)、円慶(ゑんけい)
法親王(ほつしんわう)も、御馬(おんむま)よりゐ(い)【射】おとさ【落さ】れて、御頸(おんくび)とられさせ
給(たま)ひけり。豊後(ぶんご)の国司(こくし)刑部卿(ぎやうぶきやうの)三位(さんみ)頼資卿(よりすけのきやう)も、御所(ごしよ)
にまいり(まゐり)【参り】こもられたりけるが、火(ひ)は既(すで)にをし(おし)【押し】かけた
り、いそぎ川原(かはら)へ逃出(にげいで)給(たまふ)。武士(ぶし)の下部(しもべ)ども【共】に衣
裳(いしやう)皆(みな)はぎとられ、ま(ッ)ぱだか【真裸】でたたれたり。十一月(じふいちぐわつ)十九
日(じふくにち)のあしたなれば、河原(かはら)の風(かぜ)さこそすさまじかり
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けめ。三位(さんみ)こじうとに越前(ゑちぜんの)法眼(ほふげん)性意(しやうい)といふ僧(そう)あり【有り】。
其(その)中間(ちゆうげん)法師(ぼふし)軍(いくさ)見(み)んとて河原(かはら)へいでたりけるが、
三位(さんみ)のはだかでたたれたるに見(み)あふ(あう)【逢う】て、「あなあさまし」
とてはしり【走り】より、此(この)法師(ほふし)は白(しろき)小袖(こそで)二(ふたつ)に衣(ころも)きたりけ
るが、さらば小袖(こそで)をもぬいできせたてまつれ【奉れ】かし、さは
なくて、衣(ころも)をひ(ン)ぬいでなげかけたり。短(みじか)き衣(ころも)うつほ
にほうかぶ(ッ)て、帯(おび)(ヲビ)もせず。うしろさこそ見(み)ぐるしかり
けめ。白衣(びやくえ)なる法師(ほふし)ともにぐし【具し】ておはしけるが、さらば
いそぎもあゆみ【歩み】給(たま)はで、あそこ爰(ここ)に立(たち)とどまり、「あれ
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はたが家(いへ)ぞ、是(これ)は何者(なにもの)が宿所(しゆくしよ)ぞ、ここはいづく
ぞ」と、道(みち)すがらとは【問は】れければ、見(み)る人(ひと)みな手(て)を
たたゐ(たたい)てわらひ【笑ひ】あへり。法皇(ほふわう)は御輿(みこし)にめし【召し】て他
所(たしよ)へ御幸(ごかう)なる。武士(ぶし)どもさんざん【散々】に射(い)たてまつる【奉る】。
豊後(ぶんごの)少将(せうしやう)宗長(むねなが)、木蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)に折烏帽子(をりえぼし)
で供奉(ぐぶ)せられたりけるが、「是(これ)は法皇(ほふわう)の御幸(ごかう)
ぞ。あやまちつかまつるな」との給(たま)へ【宣へ】ば、兵(つはもの)ども
皆(みな)馬(むま)よりをり(おり)【降り】てかしこまる。「何者(なにもの)ぞ」と御尋(おんたづね)あ
り【有り】ければ、「信濃国(しなののくにの)住人(ぢゆうにん)矢島(やしま)の四郎(しらう)行綱(ゆきつな)」と
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なのり【名乗り】申(まうす)。軈(やがて)御輿(おんこし)に手(て)かけまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、五条内裏(ごでうのだいり)
にをし(おし)【押し】こめたてま(ッ)【奉つ】て、きびしう守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。主上(しゆしやう)は
池(いけ)に船(ふね)をうかべ【浮べ】てめされけり。武士(ぶし)どもしきりに
矢(や)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、七条(しつでうの)侍従(じじゆう)信清(のぶきよ)・紀伊守(きのかみ)
教光【*範光】(のりみつ)御舟(おんふね)に候(さうら)はれけるが、「是(これ)はうちのわたらせ
給(たま)ふぞ、あやまち仕(つかまつ)るな」とのたまへ【宣へ】ば、兵(つはもの)ども皆(みな)
馬(むま)よりをり(おり)【降り】てかしこまる。閑院殿(かんゐんどの)へ行幸(ぎやうがう)なし
奉(たてまつ)る。行幸(ぎやうがう)の儀式(ぎしき)のあさましさ、申(まうす)も中々(なかなか)を
『法住寺合戦(ほふぢゆうじかつせん)』S0811
ろか(おろか)【愚】なり。○院方(ゐんがた)に候(さうらひ)ける近江守(あふみのかみ)[B 「近江守」に「源蔵人イ」と傍書]仲兼(なかかぬ)、其(その)勢(せい)五十
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騎(ごじつき)ばかりで、法住寺殿(ほふぢゆうじどの)の西(にし)の門(もん)をかためてふ
せく【防く】処(ところ)に、近江源氏(あふみげんじ)山本(やまもとの)冠者(くわんじや)義高(よしたか)馳来(はせき)た
り、「いかにをのをの(おのおの)【各々】は、誰(たれ)をかばはんとて軍(いくさ)をばし
給(たま)ふぞ。御幸(ごかう)も行幸(ぎやうがう)も他所(たしよ)へなりぬとこそ承(うけたま)
はれ」と申(まう)せば、「さらば」とて、敵(てき)の大勢(おほぜい)のなか【中】へおめ
い(をめい)【喚い】てかけいり、さんざん【散々】に、戦(たたか)ひ、かけやぶ(ッ)【破つ】てぞとを
り(とほり)【通り】ける。主従(しゆうじゆう)八騎(はちき)にうちなさる。八騎(はちき)がうちに、河
内(かはち)のくさか[B 日下(クサカベイ)]党(たう)、加賀房(かがばう)といふ法師武者(ほふしむしや)あり【有り】け
り。白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)の、きはめて口(くち)こはきにぞの(ッ)【乗つ】たり
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ける。「此(この)馬(むま)があまりひあひ(ひあい)【悲愛】で、乗(のり)たまるべしともお
ぼえ候(さうら)はず」と申(まうし)ければ、蔵人(くらんど)、「いでさらばわが馬(むま)
に乗(のり)かへよ」とて、栗毛(くりげ)なる馬(むま)のしたお(したを)【下尾】しろい【白い】にのり【乗り】
かへて、ねのゐ【根井】の小野太(こやた)が二百騎(にひやくき)ばかりでささへたる
川原坂(かはらざか)の勢(せい)の中(なか)へ、おめい(をめい)【喚い】て懸(かけ)いり、そこにて
八騎(はちき)が五騎(ごき)はうた【討た】れぬ。ただ主従(しゆうじゆう)三騎(さんぎ)にぞなり
にける。加賀房(かがばう)はわが馬(むま)のひあい【悲愛】なりとて、主(しゆう)の馬(むま)
に乗(のり)かへたれども、そこにてつゐに(つひに)【遂に】うた【討た】れにけり。
源(げん)蔵人(くらんど)の家(いへ)の子(こ)に、信濃(しなのの)次郎(じらう)蔵人(くらんど)仲頼(なかより)といふ
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もの【者】あり【有り】。敵(かたき)にをし(おし)【押し】へだて【隔て】られて、蔵人(くらんど)の
ゆくゑ(ゆくへ)【行方】をしら【知ら】ず、栗毛(くりげ)なる馬(むま)のしたお(したを)【下尾】しろ
い【白い】がはしり【走り】いで【出で】たるを見(み)て、下人(げにん)をよび【呼び】、「ここな
る馬(むま)は源(げん)蔵人(くらんど)の馬(むま)とこそみれ【見れ】。はやうた【討た】れ
けるにこそ。死(し)なば一所(いつしよ)で死(し)なむとこそ契(ちぎり)し
に、所々(しよしよ)でうた【討た】れん事(こと)こそかなしけれ。どの勢(せい)の
中(なか)へかいる【入る】と見(み)つる」。「川原坂(かはらざか)の勢(せい)のなかへこそ
懸(かけ)いらせ給(たま)ひ候(さうらひ)つるなれ。やがてあの勢(せい)の中(なか)
より御馬(おんむま)も出(いで)きて候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、「さらば汝(なんぢ)は
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とうとう是(これ)より帰(かへ)れ」とて、最後(さいご)のありさま【有様】故郷(こきやう)へ
いひつかはし【遣し】、只(ただ)一騎(いつき)敵(てき)のなかへ懸(かけ)いり、大音声(だいおんじやう)
あげて名(な)のり【名乗り】けるは、「敦躬【敦実】親王(あつみのしんわう)より九代(くだい)の
後胤(こういん)、信濃守(しなののかみ)仲重(なかしげ)が次男(じなん)、信濃(しなのの)次郎(じらう)蔵人(くらんど)仲
頼(なかより)、生年(しやうねん)廿七(にじふしち)歳(さい)。我(われ)とおもは【思は】ん人々(ひとびと)はよりあへや、
見参(げんざん)せん」とて、竪様(たてさま)・横様(よこさま)・くも手(で)【蜘蛛手】・十文字(じふもんじ)に
懸(かけ)わり懸(かけ)まはり戦(たたか)ひけるが、敵(かたき)あまた打(うち)と(ッ)て、
つゐに(つひに)【遂に】うち死(じに)して(ン)げり。蔵人(くらんど)是(これ)をば夢(ゆめ)にも
しら【知ら】ず、兄(あに)の河内守(かはちのかみ)・郎等(らうどう)一騎(いつき)打(うち)具(ぐ)して、主従(しゆうじゆう)
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三騎(さんぎ)、南(みなみ)をさして落行(おちゆく)ほど【程】に、摂政殿(せつしやうどの)の都(みやこ)を
ば軍(いくさ)におそれ【恐れ】て、宇治(うぢ)へ御出(ぎよしゆつ)なりけるに、木
幡山(こはたやま)にて追(おひ)付(つき)たてまつる【奉る】。木曾(きそ)が余党(よたう)かとおぼ
しめし【思し召し】、御車(おんくるま)[M の]をとどめ【留め】て「何者(なにもの)ぞ」と御尋(おんたづね)あれ
ば、「仲兼(なかかぬ)、仲信(なかのぶ)」となのり申(まうす)。「こはいかに、北国(ほつこく)凶徒(きようど)(ケウト)か
な(ン)ど(なんど)おぼしめし【思し召し】たれば、神妙(しんべう)にまいり(まゐり)【参り】たり。ちかう
候(さうらひ)て守護(しゆご)つかまつれ」と仰(おほせ)ければ、畏(かしこまり)て承(うけたまは)り、
宇治(うぢ)のふけ【富家】殿(どの)までをくり(おくり)【送り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、軈(やがて)此(この)人(ひと)
どもは、河内(かはち)へぞ落(おち)ゆきける。あくる廿日(はつかのひ)、木曾(きその)左
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馬頭(さまのかみ)六条川原(ろくでうかはら)にう(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、昨日(きのふ)きるところ【所】の頸(くび)ども、
かけならべてしるひ(しるい)【記い】たりければ、六百卅(ろつぴやくさんじふ)余人(よにん)なり。
其(その)中(なか)に明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)・寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶(ゑんけい)法親王(ほつしんわう)の
御頸(おんくび)もかからせ給(たま)ひたり。是(これ)をみる【見る】人(ひと)涙(なみだ)をなが
さずといふ事(こと)なし。木曾(きそ)其(その)勢(せい)七千(しちせん)余騎(よき)、馬(むま)の
鼻(はな)を東(ひがし)へむけ、天(てん)も響(ひび)き大地(だいぢ)もゆるぐ程(ほど)に、時(とき)
をぞ三ケ度(さんがど)つくりける。京中(きやうぢゆう)又(また)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。
但(ただし)是(これ)は悦(よろこび)の時(とき)とぞきこえ【聞え】し。故(こ)少納言(せうなごん)入道(にふだう)信西(しんせい)
の子息(しそく)宰相(さいしやう)長教(ながのり)、法皇(ほふわう)のわたらせ給(たまふ)五条(ごでう)内
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裏(だいり)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「是(これ)は君(きみ)に奏(そう)すべき事(こと)がある
ぞ。あけてとをせ(とほせ)【通せ】」とのたまへ【宣へ】ども、武士(ぶし)ども【共】
ゆるしたてまつら【奉ら】ず。力(ちから)をよば(およば)【及ば】である小屋(せうをく)にたち【立ち】
いり、俄(にはか)に髪(かみ)そりおろし、法師(ほふし)になり、墨染(すみぞめ)の
衣(ころも)袴(はかま)きて、「此(この)上(うへ)は何(なに)かくるしかる【苦しかる】べき、いれよ【入れよ】」と
の給(たま)へ【宣へ】ば、其(その)時(とき)ゆるし奉(たてまつ)る。御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、今度(こんど)
うた【討た】れ給(たま)へるむねとの人々(ひとびと)の事(こと)どもつぶさに
奏聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)御涙(おんなみだ)をはらはらとながさせ
給(たま)ひて、「明雲(めいうん)は非業(ひごふ)(ヒゴウ)の死(し)にすべきものとはお
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ぼしめさ【思し召さ】ざりつる物(もの)を。今度(こんど)はただわがいかにも
なるべかりける御命(おんいのち)にかはり【変り】けるにこそ」とて、御涙(おんなみだ)
せきあへさせ給(たま)はず。木曾(きそ)、家子(いへのこ)郎等(らうどう)召(めし)あつめ【集め】
て評定(ひやうぢやう)す。「抑(そもそも)義仲(よしなか)、一天(いつてん)の君(きみ)にむかひ【向ひ】奉(たてまつり)て
軍(いくさ)には勝(かち)ぬ。主上(しゆしやう)にやならまし、法皇(ほふわう)にやならまし。
主上(しゆしやう)にならうどおもへ【思へ】ども、童(わらは)にならむもしかる【然る】べから
ず。法皇(ほふわう)にならうどおもへ【思へ】ども、法師(ほふし)にならむも
をかしかるべし。よしよしさらば関白(くわんばく)にならう」ど申(まう)
せば、手(て)かきにぐせ【具せ】[* 「くらせ」と有るのを他本により訂正]られたる大夫房(だいぶばう)覚明(かくめい)
P08115
申(まうし)けるは、「関白(くわんばく)は大織冠(たいしよくわん)の御末(おんすゑ)、藤原氏(ふじはらうじ)こそなら
せ給(たま)へ。殿(との)は源氏(げんじ)でわたらせ給(たま)ふに、それこそ叶(かな)
ひ候(さうらふ)まじけれ」。「其上(そのうへ)は力(ちから)をよば(およば)【及ば】ず」とて、院(ゐん)の御厩(みむまや)
の別当(べつたう)にをし(おし)【押し】な(ッ)て、丹後国(たんごのくに)をぞ知行(ちぎやう)しける。
院(ゐん)の御出家(ごしゆつけ)あれば法皇(ほふわう)と申(まうす)。主上(しゆしやう)のいまだ
御元服(ごげんぶく)もなき程(ほど)は、御童形(ごとうぎやう)にてわたらせ給(たま)ふを
しらざりけるこそうたてけれ。前(さきの)関白(くわんばく)松殿(まつどの)の
姫君(ひめぎみ)とりたてま(ッ)【奉つ】て、軈(やがて)松殿(まつどの)の聟(むこ)にをし(おし)【押し】なる。同(おなじき)
十一月(じふいちぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、三条(さんでうの)中納言(ちゆうなごん)朝方卿(ともかたのきやう)をはじめとして、
P08116
卿相(けいしやう)雲客(うんかく)四十九人(しじふくにん)が官職(くわんしよく)をとどめ【留め】てお(ッ)【追つ】こめ【籠め】奉(たてまつ)る。
平家(へいけ)の時(とき)は四十三人(しじふさんにん)をこそとどめ【留め】たりしに、
是(これ)は四十九人(しじふくにん)なれば、平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)には超過(てうくわ)(テウクハ)せ
り。さる程(ほど)に、木曾(きそ)が狼籍【*狼藉】(らうぜき)しづめんとて、鎌倉(かまくら)の前(さきの)
兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、舎弟(しやてい)蒲(かば)の冠者(くわんじや)範頼(のりより)・九郎(くらう)冠者(くわんじや)
義経(よしつね)をさしのぼせ【上せ】られけるが、既(すで)に法住寺殿(ほふぢゆうじどの)焼(やき)
はらひ【払ひ】、院(ゐん)うちとり奉(たてまつり)て天下(てんが)くらやみ【暗闇】にな(ッ)たるよし
聞(きこ)えしかば、左右(さう)なうのぼ(ッ)【上つ】て軍(いくさ)すべき様(やう)もなし。是(これ)
より関東(くわんとう)へ子細(しさい)を申(まう)さんとて、尾張国(をはりのくに)熱田(あつたの)大郡
P08117
司(だいぐんじ)が許(もと)におはしけるに、此(この)事(こと)う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】んとて、北面(ほくめん)に候(さうらひ)
ける宮内(くない)判官(はんぐわん)公朝(きんとも)・藤(とう)内左衛門(ないざゑもん)時成(ときなり)、尾張国(をはりのくに)に
馳下(はせくだ)り、此(この)由(よし)一々(いちいち)次第(しだい)う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】ければ、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)「是(これ)
は宮内(くない)判官(はんぐわん)の関東(くわんとう)へ下(くだ)らるべきにて候(さうらふ)ぞ。子細(しさい)し
らぬ使(つかひ)はかへしとは【問は】るるとき不審(ふしん)の残(のこ)るに」との
給(たま)へ【宣へ】ば、公朝(きんとも)鎌倉(かまくら)へ馳下(はせくだ)る。軍(いくさ)におそれ【恐れ】て下人(げにん)ども
皆(みな)落(おち)うせたれば、嫡子(ちやくし)の宮内(くない)どころ【所】公茂(きんもち)が十五(じふご)に
なるをぞ具(ぐ)したりける。関東(くわんとう)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)よし申(まうし)
ければ、兵衛佐(ひやうゑのすけ)大(おほき)におどろき、「まづ皷判官(つづみはんぐわん)知泰【*知康】(ともやす)が
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不思議(ふしぎの)事(こと)申(まうし)いだし【出し】て、御所(ごしよ)をもやかせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、
高僧(かうそう)貴僧(きそう)をもほろぼしたてま(ッ)【奉つ】たるこそ奇怪(きつくわい)(キクハイ)
なれ。知泰【*知康】(ともやす)においては既(すで)に違勅(いちよく)の者(もの)なり。めし【召し】
つかは【使は】せ給(たま)はば、かさね【重ね】て御大事(おんだいじ)いでき候(さうらひ)なむ
ず」と、宮(みや)こ【都】へ早馬(はやむま)をも(ッ)て申(まう)されければ、皷判
官(つづみはんぐわん)陳(ちん)ぜんとて、夜(よ)を日(ひ)についで、馳下(はせくだ)る。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「し
やつにめ【目】な見(み)せそ、あひしらゐ(あひしらひ)なせそ」との給(たま)へ【宣へ】ど
も、日(ひ)ごとに兵衛佐(ひやうゑのすけ)の館(たち)へむかふ【向ふ】。つゐに(つひに)【遂に】面目(めんぼく)なくし
て、宮(みや)こ【都】へ帰(かへ)りのぼりけり。後(のち)には稲荷(いなり)の辺(へん)なる
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所(しよ)に、命(いのち)ばかりいき【生き】てすごしけるとぞ聞(きこ)えし。木曾(きその)
左馬頭(さまのかみ)、平家(へいけ)の方(かた)へ使者(ししや)を奉(たてまつり)て、「宮(みや)こ【都】へ御(おん)の
ぼり候(さうら)へ。ひとつ【一つ】にな(ッ)て東国(とうごく)せめ【攻め】む」と申(まうし)たれば、
大臣殿(おほいとの)はよろこば【喜ば】れけれども、平(へい)大納言(だいなごん)・新
中納言(しんぢゆうなごん)「さこそ世(よ)すゑにて候(さうらふ)とも、義仲(よしなか)にかたらは
れて宮(みや)こ【都】へ帰(かへ)りいらせ給(たま)はん事(こと)、しかる【然る】べうも候(さうら)はず。
十善(じふぜん)帝王(ていわう)三種(さんじゆの)神器(しんぎ)を帯(たい)してわたらせ給(たま)へば、
「甲(かぶと)をぬぎ、弓(ゆみ)をはづい【外い】て降人(かうにん)に是(これ)へまいれ(まゐれ)【参れ】」とは
仰(おほせ)候(さうらふ)べし」と申(まう)されければ、此(この)様(やう)を御返事(おんぺんじ)あり
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しかども、木曾(きそ)もちゐ奉(たてまつ)らず。松殿(まつどの)入道殿(にふだうどのの)許(もと)へ木曾(きそ)
をめし【召し】て「清盛公(きよもりこう)はさばかりの悪行人(あくぎやうにん)たりしかども、希
代(きたい)の大善根(だいぜんごん)をせしかば、世(よ)をもをだしう(おだしう)廿(にじふ)余年(よねん)
たも(ッ)たりしなり。悪行(あくぎやう)ばかりで世(よ)をたもつ【保つ】事(こと)は
なき物(もの)を。させるゆへ(ゆゑ)【故】なくとどめ【留め】たる人々(ひとびと)の官(くわん)
ども、皆(みな)ゆるすべき」よし仰(おほせ)られければ、ひたすらの
あらゑびす(あらえびす)【荒夷】のやうなれども、したがひ【従ひ】奉(たてまつり)て、解官(げくわん)
したる人々(ひとびと)の官(くわん)どもゆるしたてまつる【奉る】。松殿(まつどの)の御
子(おんこ)師家(もろいへ)のとのの、其(その)時(とき)はいまだ中納言(ちゆうなごん)中将(ちゆうじやう)
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にてましましけるを、木曾(きそ)がはからひに、大臣(だいじん)摂政(せつしやう)
になし奉(たてまつ)る。おりふし(をりふし)【折節】大臣(だいじん)あかざりければ、徳大
寺(とくだいじ)左大将(さだいしやう)実定公(しつていこう)の、其(その)比(ころ)内大臣(ないだいじん)でおはしける
をかり【借り】たてま(ッ)【奉つ】て、内大臣(ないだいじん)になし奉(たてまつ)る。いつしか人(ひと)の
口(くち)なれば、新摂政(しんせつしやう)をばかるの大臣(だいじん)とぞ申(まうし)ける。
同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)十日(とをかのひ)、法皇(ほふわう)は五条(ごでう)内裏(だいり)をいでさせ給(たま)
ひて、大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)が宿所(しゆくしよ)六条(ろくでう)西(にしの)洞院(とうゐん)へ御
幸(ごかう)なる。同(おなじき)十三日(じふさんにち)歳末(さいまつ)の御修法(みしほ)(みジほ)あり【有り】けり。其(その)次(ついで)に
叙位(じよゐ)除目(ぢもく)おこなはれて、木曾(きそ)がはからひに、人々(ひとびと)の
P08122
官(くわん)どもおもふ【思ふ】さまになしをき(おき)けり。平家(へいけ)は西国(さいこく)
に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)は東国(とうごく)に、木曾(きそ)は宮(みや)こ【都】にはり【張り】おこなふ【行ふ】。
前漢(ぜんかん)・後漢(ごかん)の間(あひだ)、王(わう)まう【王莽】が世(よ)をうちと(ッ)て、十八(じふはち)年(ねん)
おさめ(をさめ)【納め】たりしがごとし。四方(しはう)の関々(せきぜき)皆(みな)とぢたれば、
おほやけの御調物(みつぎもの)をもたてまつら【奉ら】ず。私(わたくし)の年
貢(ねんぐ)ものぼらねば、京中(きやうぢゆう)の上下(じやうげ)の諸人(しよにん)、ただ少
水(せうすい)の魚(うを)にことならず。あぶな【危】ながらとし【年】暮(くれ)て、
寿永(じゆえい)もみとせ【三年】になりにけり。
P08123
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第八(だいはち)


平家物語 高野本 巻第九

平家 九(表紙)
P09001
平家九之巻 目録
生ずきするすみ   宇治川
河原合戦      木曾最期
樋口討罰(チウハツ)六箇度軍
三草勢揃付三草合戦 老馬
一二のかけ     二度のかけ
坂落        盛俊最期
忠度最期      重衡生捕
敦盛最期      知章(アキラ)最期イはまいくさ
P09002
一の谷落足     小宰相

P09003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第九(だいく)
『生(いけ)ずきの沙汰(さた)』S0901
○寿永(じゆえい)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、院(ゐん)の御所(ごしよ)は大膳[B ノ](だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)が
宿所(しゆくしよ)、六条(ろくでう)西[B ノ](にしの)洞院(とうゐん)なれば、御所(ごしよ)のていしかる【然る】べからず
とて、礼儀(れいぎ)おこなはるべきにあらねば、拝礼(はいらい)も
なし。院(ゐん)の拝礼(はいらい)なかりければ、内裏(だいり)の小朝拝(こでうはい)も
おこなはれず。平家(へいけ)は讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の磯(いそ)にをくり(おくり)【送り】
むかへ【向へ】て、年のはじめなれども、元日(ぐわんにち)元三(ぐわんざん)の儀式(ぎしき)
事(こと)よろしからず。主上(しゆしやう)わたらせ給(たま)へども、節会(せちゑ)
もおこなはれず、四方拝(しはうばい)もなし。■魚(はらか)も奏(そう)せず。
P09004
吉野(よしの)のくず【国栖】もまいら(まゐら)【参ら】ず。「世(よ)みだれたりしかども、
みやこ【都】にてはさすがかくはなかりしもの【物】を」とぞ、
おのおののたまひ【宣ひ】あはれける。青陽(せいやう)の春(はる)も来(きた)
り、浦(うら)吹(ふく)風(かぜ)もやはらかに、日(ひ)かげ【日影】ものどか【長閑】になり
ゆけど、ただ平家(へいけ)の人々(ひとびと)は、いつも氷(こほり)にとぢこめ
られたる心(ここ)ち【心地】して、寒苦鳥(かんくてう)にことならず。東
岸(とうがん)西岸(せいがん)の柳(やなぎ)遅速(ちそく)をまじへ、南枝(なんし)北枝(ほくし)の梅(むめ)
開落(かいらく)已(すで)に異(こと)にして、花(はな)の朝(あした)月(つき)の夜(よ)、詩歌(しいか)・管絃(くわんげん)・
鞠(まり)・小弓(こゆみ)・扇合(あふぎあはせ)・絵合(ゑあはせ)・草(くさ)づくし【草尽し】・虫(むし)づくし【虫尽し】、さまざま
P09005
興(きよう)ありし事(こと)ども、おもひ【思ひ】いでかたりつづけて、
永(ながき)日(ひ)をくらしかね給(たま)ふぞあはれ【哀】なる。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)十一
日(じふいちにち)、木曾[B ノ](きその)左馬頭(さまのかみ)義仲(よしなか)院参(ゐんざん)して、平家(へいけ)追討(ついたう)の
ために西国(さいこく)へ発向(はつかう)すべきよし奏聞(そうもん)す。同(おなじき)十三日(じふさんにち)、
既(すで)に門出(かどいで)ときこえ【聞え】し程(ほど)に、東国(とうごく)より前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)
頼朝(よりとも)、木曾(きそ)が狼籍【*狼藉】(らうぜき)しづめんとて、数万騎(すまんぎ)の軍兵(ぐんびやう)
をさしのぼせ【上せ】られけるが、すでに美乃【美濃】国(みののくに)・伊勢国(いせのくに)に
つくときこえ【聞え】しかば、木曾(きそ)大(おほき)におどろき、宇治(うじ)・勢
田(せた)の橋(はし)をひいて、軍兵(ぐんびやう)ども【共】をわかちつかはす【遣す】。
P09006
折(をり)ふし【折節】せい【勢】もなかりけり。勢田(せた)の橋(はし)は大手(おほて)なれ
ばとて、今井[B ノ](いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)八百(はつぴやく)余騎(よき)でさしつかはす【遣す】。
宇治橋(うぢはし)へは、仁科(にしな)・たかなし【高梨】・山田(やまだ)の次郎(じらう)・五百(ごひやく)余騎(よき)
でつかはす【遣す】。いもあらひ【一口】へは伯父(をぢ)の志太(しだ)の三郎(さぶらう)
先生(せんじやう)義教(よしのり)三百(さんびやく)余騎(よき)でむかひ【向ひ】けり。東国(とうごく)よりせめ【攻め】
のぼる大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)は、蒲(かば)の御曹司(おんざうし)範頼(のりより)、からめ
手(て)【搦手】の大将軍(たいしやうぐん)は九郎(くらう)御曹司(おんざうし)義経(よしつね)、むねとの大名(だいみやう)
三十(さんじふ)余人(よにん)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)六万(ろくまん)余騎(よき)とぞ聞(きこ)えし。
其(その)比(ころ)鎌倉(かまくら)殿(どの)にいけずき【生食】・する墨(すみ)【摺墨】といふ名馬(めいば)
P09007
あり【有り】。いけずき【生食】をば梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)しきりに望(のぞ)み
申(まうし)けれども、鎌倉(かまくら)殿(どの)「自然(しぜん)の事(こと)のあらん時(とき)、物(もの)の
具(ぐ)して頼朝(よりとも)がのるべき馬(むま)也(なり)。する墨(すみ)【摺墨】もおとらぬ
名馬(めいば)ぞ」とて梶原(かぢはら)にはするすみ【摺墨】をこそたうだり
けれ。佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)がいとま申(まうし)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】たりけるに、
鎌倉(かまくら)殿(どの)いかがおぼしめさ【思し召さ】れけん、「所望(しよまう)の物(もの)はいくらも
あれども、存知(ぞんぢ)せよ」とて、いけずき【生食】を佐々木(ささき)にたぶ。
佐々木(ささき)畏(かしこまり)て申(まうし)けるは、「高綱(たかつな)、この御馬(おんむま)で宇治河(うぢがは)
のま(ッ)さきわたし候(さうらふ)べし。宇治河(うぢがは)で死(しに)て候(さうらふ)ときこし
P09008
めし【聞し召し】候(さうら)はば、人(ひと)にさきをせられて(ン)げりとおぼし
めし【思し召し】候(さうら)へ。いまだいきて候(さうらふ)ときこしめさ【聞し召さ】れ候(さうら)はば、さだ
めて【定めて】先陣(せんぢん)はしつらん物(もの)をとおぼしめされ候(さうら)へ」と
て、御(おん)前(まへ)をまかり【罷り】たつ。参会(さんくわい)したる大名(だいみやう)小名(せうみやう)みな
「荒涼(くわうりやう)の申(まうし)やう【申様】かな」とささやきあへり。おのおの鎌倉(かまくら)
をた(ッ)て、足柄(あしがら)をへてゆく【行く】もあり、箱根(はこね)にかかる
人(ひと)もあり、おもひおもひ【思ひ思ひ】にのぼるほど【程】に、駿河国(するがのくに)浮島(うきしま)
が原(はら)にて、梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)たかき【高き】ところ【所】にうちあが
り、しばしひかへておほく【多く】の馬(むま)ども【共】を見(み)ければ、思(おも)ひ
P09009
おもひ【思ひ思ひ】の鞍(くら)をい(おい)【置い】て、色々(いろいろ)の鞦(しりがい)かけ、或(あるい)はのり口(くち)【乗り口】に
ひかせ、或(あるい)はもろ口(くち)【諸口】にひかせ、いく【幾】千万(せんばん)といふ数(かず)を
しら【知ら】ず。引(ひき)とをし(とほし)【通し】引(ひき)とをし(とほし)【通し】しける中(なか)にも、景季(かげすゑ)が給(たま)は(ッ)
たるする墨(すみ)【摺墨】にまさる馬(むま)こそなかりけれと、うれしう
思(おも)ひてみる【見る】処(ところ)に、いけずき【生食】とおぼしき馬(むま)こそ
出(いで)来(き)たれ。黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)て、小総(こぶさ)の鞦(しりがい)かけ、しら
あは(しらあわ)【白泡】かませ、とねり【舎人】あまたつい【付い】たりけれども、なを(なほ)【猶】
ひきもためず、おどら(をどら)【躍ら】せていで【出で】きたり。梶原(かぢはら)源太(げんだ)
うちよ(ッ)て、「それはたが御馬(おんむま)ぞ」。「佐々木殿(ささきどの)の御馬(おんむま)候(ざうらふ)」。
P09010
其(その)時(とき)梶原(かぢはら)「やすからぬ物(もの)也(なり)。おなじやうにめしつか
はるるかげすゑ【景季】 をささ木【佐々木】におぼしめしかへられける
こそ遺恨なれ。みやこ【都】へのぼ(ッ)【上つ】て、木曾殿(きそどの)の御内(みうち)に
四天王(してんわう)ときこゆる[* 「きここゆる」とあり「こ」1字衍字]【聞ゆる】今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)・楯(たて)・祢[B ノ]井(ねのゐ)にくんで
死(し)ぬるか、しからずは西国(さいこく)へむかう【向う】て、一人当千(いちにんたうぜん)と
きこゆる【聞ゆる】平家(へいけ)の侍(さぶらひ)どもといくさ【軍】して死(し)なん
とこそおもひ【思ひ】つれども【共】、此(この)御(ご)きそく【気色】ではそれも
せんなし。ここで佐々木(ささき)にひ(ッ)【引つ】くみさしちがへ、よい侍(さぶらひ)
二人(ににん)死(しん)で、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)に損(そん)とらせたてまつら【奉ら】む」と
P09011
つぶやいてこそ待(まち)かけたれ。佐々木(ささき)四郎(しらう)はなに心(ごころ)【何心】も
なくあゆませていで【出で】きたり。梶原(かぢはら)、おしならべてや
くむ【組む】、むかふさま(むかうさま)【向う様】にやあて【当て】おとす【落す】とおもひ【思ひ】けるが、
まづ詞(ことば)をかけけり。「いかに佐々木殿(ささきどの)、いけずき【生食】たま
はら【賜ら】せ給(たまひ)てさうな」と言(い)ひければ、佐々木(ささき)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、此(この)
仁(じん)も内々(ないない)所望(しよまう)すると聞(きき)し物(もの)を」と、き(ッ)とおもひ【思ひ】
いだし【出し】て、「さ候(さうら)へばこそ。此(この)御大事(おんだいじ)にのぼりさうが、
定(さだめ)て宇治(うぢ)・勢田(せた)の橋(はし)をばひいて候(さうらふ)らん、の(ッ)【乗つ】て
河(かは)わたすべき馬(むま)はなし、いけずき【生食】を申(まう)さばやとは
P09012
おもへ【思へ】ども、梶原殿(かぢはらどの)の申(まう)されけるにも、御(おん)ゆるされ【許され】ない
とうけたまはる【承る】間(あひだ)、まして高綱(たかつな)が申(まうす)ともよもたま
はら【賜ら】じとおもひ【思ひ】つつ、後日(ごにち)にはいかなる御勘当(ごかんだう)も
あらばあれと存(ぞんじ)て、暁(あかつき)たたんとての夜(よ)、とねり【舎人】
に心(こころ)をあはせ【合はせ】て、さしも御秘蔵(ごひさう)候(さうらふ)いけずき【生食】を
ぬすみすまひ(すまい)てのぼりさうはいかに」といひければ、
梶原(かぢはら)この詞(ことば)に腹(はら)がゐて、「ね(ッ)たい、さらば景季(かげすゑ)も
ぬすむべかりける物(もの)を」とて、ど(ッ)とわら(ッ)【笑つ】てのき【退き】にけり。
『宇治川(うぢがはの)先陣(せんぢん)』S0902
○佐々木(ささき)四郎(しらう)が給(たま)は(ッ)たる御馬(おんむま)は、黒栗毛(くろくりげ)なる馬(むま)の、きは
P09013
めてふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】が、馬(むま)をも人(ひと)をもあたり
をはら(ッ)【払つ】てくひければ、いけずき【生食】とつけられたり。
八寸(はつすん)の馬(むま)とぞきこえ【聞え】し。梶原(かぢはら)が給(たま)は(ッ)たるする墨(すみ)【摺墨】
も、きはめてふとう【太う】たくましき【逞しき】が、まこと【誠】に黒(くろ)かり
ければ、する墨(すみ)【摺墨】とつけられたり。いづれもおとらぬ
名馬(めいば)也(なり)。尾張国(をはりのくに)より大手(おほて)・搦手(からめて)ふた手(て)【二手】にわか(ッ)てせめ【攻め】
のぼる。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)、蒲[B ノ](かばの)御曹司(おんざうし)範頼(のりより)、あひ【相】とも
なふ人々(ひとびと)、武田[B ノ](たけたの)太郎(たらう)・鏡美[B ノ](かがみの)次郎(じらう)・一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)・板垣[B ノ](いたがきの)
三郎(さぶらう)・稲毛[B ノ](いなげの)三郎(さぶらう)・楾谷[B ノ](はんがいの)四郎(しらう)・熊谷[B ノ](くまがへの)次郎(じらう)・猪俣[B ノ](いのまたの)小
P09014
平六(こべいろく)を先(さき)として、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三万五千(さんまんごせん)余騎(よき)、
近江国(あふみのくに)野路(のぢ)・篠原(しのはら)にぞつきにける。搦手[B ノ](からめての)大将軍(たいしやうぐん)
は九郎(くらう)御曹司(おんざうし)義経(よしつね)、おなじくともなふ人々(ひとびと)、安田[B ノ](やすだの)
三郎(さぶらう)・大内[B ノ](おほうちの)太郎(たらう)・畠山[B ノ](はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)・梶原(かぢはら)源太(げんだ)・佐々木(ささき)
四郎(しらう)・糟屋[B ノ](かすやの)藤太(とうだ)・渋谷(しぶやの)右馬允(うまのじよう)・平山[B ノ](ひらやまの)武者所(むしやどころ)をはじめ
として、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二万五千(にまんごせん)余騎(よき)、伊賀国(いがのくに)をへ
て宇治橋(うぢはし)のつめにぞをし(おし)【押し】よせ【寄せ】たる。宇治(うぢ)も勢田(せた)
も橋(はし)をひき【引き】、水(みづ)のそこには乱(らん)ぐゐ(らんぐひ)【乱杭】う(ッ)【打つ】て、大綱(おほづな)
はり、さかも木(ぎ)【逆茂木】つないでながしかけたり。比(ころ)はむ月(つき)【睦月】
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廿日(はつか)あまり【余り】の事(こと)なれば、比良(ひら)のたかね、志賀(しが)の
山(やま)、むかしながらの雪(ゆき)もきえ、谷々(たにだに)の氷(こほり)うちとけて、
水(みづ)はおりふし(をりふし)【折節】まさりたり。白浪(はくらう)おびたたしう【夥しう】みなぎり
おち【落ち】、灘(せ)まくら【瀬枕】おほき【大き】に滝(たき)な(ッ)【鳴つ】て、さかまく水(みづ)も
はやかりけり。夜(よ)はすでにほのぼのとあけゆ
けど、河霧(かはぎり)ふかく立(たち)こめて、馬(むま)の毛(け)も鎧(よろひ)の毛(け)
もさだかならず。ここに大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、河(かは)の
はたにすすみいで【出で】、水(みづ)のおもてをみわたして、
人々(ひとびと)のこころ【心】をみんとやおもは【思は】れけん、「いかが
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せむ、淀(よど)・いもあらひ【一口】へやまはるべき、水(みづ)のおち足(あし)【落ち足】
をやまつべき」とのたまへ【宣へ】ば、畠山(はたけやま)、其(その)比(ころ)はいまだ生
年(しやうねん)廿一(にじふいち)になりけるが、すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「鎌倉(かまくら)にて
よくよく此(この)河(かは)の御沙汰(ごさた)は、候(さうらひ)しぞかし。しろしめさ【知ろし召さ】ぬ
海河(うみかは)の、俄(にはか)にできても候(さうら)はばこそ。此(この)河(かは)は近
江(あふみ)の水海(みづうみ)の末(すゑ)なれば、まつともまつとも水(みづ)ひまじ。橋(はし)
をば又(また)誰(たれ)かわたひ(わたい)【渡い】てまいらす(まゐらす)【参らす】べき。治承(ぢしよう)の合戦(かつせん)
に、足利(あしかがの)又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)は、鬼神(おにかみ)でわたしけるか、重忠(しげただ)
瀬(せ)ぶみ仕(つかまつ)らん」とて、丹(たん)の党(たう)をむねとして、五百(ごひやく)余
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騎(よき)ひしひしとくつばみをならぶるところ【所】に、
平等院(びやうどうゐん)の丑寅(うしとら)、橘(たちばな)の小島(こじま)がさき【崎】より武者(むしや)二
騎(にき)ひ(ッ)かけ【引つ駆け】ひ(ッ)かけ【引つ駆け】いできたり。一騎(いつき)は梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)、
一騎(いつき)は佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)也(なり)。人目(ひとめ)には何(なに)とも
みえ【見え】ざりけれども、内々(ないない)は先(さき)に心(こころ)をかけたりければ、
梶原(かぢはら)は佐々木(ささき)に一段(いつたん)ばかりぞすすんだる。佐々木(ささき)
四郎(しらう)「此(この)河(かは)は西国(さいこく)一(いち)の大河(だいが)ぞや。腹帯(はるび)ののびて
みえ【見え】さうは、しめたまへ【給へ】」といはれて、梶原(かぢはら)さもあるらん
とやおもひ【思ひ】けん、左右(さう)のあぶみをふみすかし、
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手綱(たづな)を馬(むま)のゆがみ【結髪】にすて【捨て】、腹帯(はるび)をといてぞ
しめたりける。そのまに佐々木(ささき)はつ(ッ)とはせ【馳せ】ぬい【抜い】て、
河(かは)へざ(ッ)とぞうちいれ【入れ】たる。梶原(かぢはら)たばかられぬとや
おもひ【思ひ】けん、やがてつづい【続い】てうちいれ【入れ】たり。「いかに
佐々木殿(ささきどの)、高名(かうみやう)せうどて不覚(ふかく)し給(たま)ふな。水(みづ)の
底(そこ)には大(おほ)づな【大綱】あるらん」といひければ、佐々木(ささき)太刀(たち)を
ぬき、馬(むま)の足(あし)にかかりける大綱(おほづな)どもをばふつふつ
とうちきりうちきり、いけずき【生食】といふ世一(よいち)の馬(むま)には
の(ッ)【乗つ】たりけり、宇治河(うぢがは)はやしといへども、一文字(いちもんじ)に
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ざ(ッ)とわたひ(わたい)【渡い】てむかへ【向へ】の岸(きし)にうちあがる【上がる】。梶原(かぢはら)が
の(ッ)【乗つ】たりけるするすみ【摺墨】は、河(かは)なか【河中】よりのため【篦撓】がたに
おしなされて、はるかのしもよりうちあげたり。
佐々木(ささき)あぶみふ(ン)ばりたちあがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)を
あげて名(な)のりけるは、「宇多[B ノ]天皇(うだのてんわう)より九代(くだい)の
後胤(こういん)、佐々木(ささき)三郎(さぶらう)秀義(ひでよし)が四男(しなん)、佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)、
宇治河(うぢがは)の先陣(せんぢん)ぞや。われとおもは【思は】ん人々(ひとびと)は高綱(たかつな)
にくめや」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。畠山(はたけやま)五百(ごひやく)余騎(よき)で
やがてわたす。むかへ【向へ】の岸(きし)より山田(やまだの)次郎(じらう)がはなつ【放つ】
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矢(や)に、畠山(はたけやま)馬(むま)の額(ひたひ)をのぶか【篦深】にい【射】させて、よはれ(よわれ)【弱れ】ば、
河(かは)なか【河中】より弓杖(ゆんづゑ)をつい【突い】ておりた(ッ)たり。岩浪(いはなみ)甲(かぶと)
の手(て)さきへざ(ッ)とおしあげけれども、事(こと)共(とも)せず、
水(みづ)の底(そこ)をくぐ(ッ)て、むかへ【向へ】の岸(きし)へぞつきにける。
あがら【上がら】んとすれば、うしろに物(もの)こそむずとひかへたれ。
「た【誰】そ」ととへば、「重親(しげちか)」とこたふ。「いかに大串(おほくし)か」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。
大串(おほくし)次郎(じらう)は畠山(はたけやま)には烏帽子子(えぼしご)にてぞあり【有り】ける。
「あまりに水(みづ)がはやうて、馬(うま)はおしながされ候(さうら)ひぬ。
力(ちから)およば【及ば】で、つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)」といひければ、
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「いつもわ【我】殿原(とのばら)は、重忠(しげただ)がやう【様】なるものにこそ
たすけ【助け】られむずれ」といふままに、大串(おほくし)をひ(ッ)【引つ】さげ
て、岸(きし)のうへ【上】へぞなげ【投げ】あげたる。なげ【投げ】あげられ、
ただなを(ッ)(ただなほつ)【唯直つ】て、「武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)、大串[B ノ](おほくしの)次郎(じらう)重親(しげちか)、
宇治河(うぢがは)〔かちたち〕の先陣(せんぢん)ぞや」とぞなの(ッ)【名乗つ】たる。敵(かたき)も御方(みかた)も
是(これ)をきい【聞い】て、一度(いちど)にど(ッ)とぞわらひ【笑ひ】ける。其(その)後(のち)
畠山(はたけやま)のりがへにの(ッ)【乗つ】てうちあがる【上がる】。魚綾(ぎよりよう)の直垂(ひたたれ)に
火(ひ)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に黄覆
輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)ての(ッ)【乗つ】たる敵(かたき)の、ま(ッ)さきにすすんだるを、
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「ここにかくる【駆くる】はいかなる人(ひと)ぞ。なのれ【名乗れ】や」といひければ、
「木曾殿(きそどの)の家(いへ)の子(こ)に、長瀬(ながせの)判官代(はんぐわんだい)重綱(しげつな)」となのる【名乗る】。
畠山(はたけやま)「けふのいくさ神(がみ)【軍神】いははん」とて、をし(おし)【押し】ならべて
むずとと(ッ)て引(ひき)おとし【落し】、頸(くび)ねぢき(ッ)て、本田[B ノ](ほんだの)次郎(じらう)が
鞍(くら)のと(ッ)つけにこそつけさせけれ。これをはじめて、
木曾殿(きそどの)の方(かた)より宇治橋(うぢはし)かためたるせい【勢】ども、しばし
ささへてふせき【防き】けれども【共】、東国(とうごく)の大勢(おほぜい)みなわた
い【渡い】てせめ【攻め】ければ、散々(さんざん)にかけなされ、木幡山(こはたやま)・伏見(ふしみ)
をさい【指い】てぞおち【落ち】行(ゆき)ける。勢田(せた)をば稲毛[B ノ](いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)が
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はからひにて、田上(たながみの)供御(ぐご)の瀬(せ)をこそわたしけれ。
『河原合戦(かはらがつせん)』S0903
○いくさ【軍】やぶれにければ、鎌倉(かまくら)殿(どの)へ飛脚(ひきやく)をも(ッ)て、
合戦(かつせん)の次第(しだい)をしるし申(まう)されけるに、鎌倉(かまくら)殿(どの)まづ
御使(おんつかひ)に、「佐々木(ささき)はいかに」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、「宇治
河(うぢがは)のま(ッ)さき候(ざうらふ)」と申(まう)す。日記(につき)をひらいて御覧(ごらん)ずれ
ば、「宇治河(うぢがは)の先陣(せんぢん)、佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)、二陣(にぢん)梶原(かぢはら)
源太(げんだ)景季(かげすゑ)」とこそかか【書か】れたれ。宇治(うぢ)・勢田(せた)やぶれぬ
ときこえ【聞え】しかば、木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)、最後(さいご)のいとま申(まう)
さんとて、院(ゐん)の御所(ごしよ)六条殿(ろくでうどの)へはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。御所(ごしよ)には
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法皇(ほふわう)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、「世(よ)は只今(ただいま)うせ
なんず。いかがせん」とて、手(て)をにぎり、たてぬ願(ぐわん)も
ましまさず。木曾(きそ)門前(もんぜん)までまいり(まゐり)【参り】たれども、東
国(とうごく)の勢(せい)すでに河原(かはら)までせめ【攻め】入(いり)たるよし聞(きこ)え
しかば、さいて奏(そう)する旨(むね)もなくてと(ッ)てかへす【返す】。
六条高倉(ろくでうたかくら)なるところ【所】に、はじめて見(み)そめたる
女房(にようばう)のおはしければ、それへうちいり最後(さいご)のなご
り【名残】おしま(をしま)【惜しま】んとて、とみにいで【出で】もやらざりけり。
いままいり(いままゐり)【今参り】したりける越後[B ノ](ゑちごの)中太(ちゆうだ)家光(いへみつ)といふものあり【有り】。
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「いかにかうはうちとけてわたらせ給(たま)ひ候(さうらふ)ぞ。御敵(おんかたき)
すでに河原(かはら)までせめ【攻め】入(いり)て候(さうらふ)に、犬死(いぬじ)にせさ
せ給(たま)ひなんず」と申(まうし)けれども、なを(なほ)【猶】いで【出で】もやらざり
ければ、「さ候(さうらは)ばまづさきだち【先立ち】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、四手(しで)
の山(やま)でこそ待(まち)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はめ」とて、腹(はら)かき切(き)(ッ)て
ぞ死(しに)にける。木曾殿(きそどの)「われをすすむる自害(じがい)にこそ」
とて、やがてう(ッ)【打つ】たち【立ち】けり。上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)那波(なは)の
太郎(たらう)広純(ひろずみ)を先(さき)として、其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりには
すぎざりけり。六条河原(ろくでうかはら)にうちいで【出で】てみれ【見れ】ば、
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東国(とうごく)のせい【勢】とおぼしくて、まづ卅騎(さんじつき)ばかり
いで【出で】きたり。その中(なか)に武者(むしや)二騎(にき)すすんだり。一騎(いつき)は
塩屋[B ノ](しほのやの)五郎(ごらう)維広(これひろ)、一騎(いつき)は勅使河原(てつしがはら)の五O[BH 三]郎(ごさぶらう)有直(ありなほ)なり。
塩屋(しほのや)が申(まうし)けるは、「後陣(ごぢん)の勢(せい)をや待(まつ)べき」。勅使河原(てつしがはら)
が申(まうし)けるは、「一陣(いちぢん)やぶれぬれば残党(ざんたう)ま(ッ)たからず。ただ
かけよ」とておめい(をめい)【喚い】てかく。木曾(きそ)はけふをかぎりと
たたかへば、東国(とうごく)のせいはわれう(ッ)【討つ】とらんとぞすすみ
ける。大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)義経(よしつね)、軍兵(ぐんびやう)ども【共】にいくさ【軍】をばせさ
せ、院(ゐん)の御所(ごしよ)のおぼつかなきに、守護(しゆご)し奉(たてまつ)らん
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とて、まづ我(わが)身(み)ともにひた甲(かぶと)【直甲】五六騎(ごろくき)、六条殿(ろくでうどの)
へはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。御所(ごしよ)には大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)、御所(ごしよ)の東(ひがし)の
つい垣(かき)【築垣】のうへ【上】にのぼ(ッ)【上つ】て、わななくわななく見(み)まはせば、しら
旗(はた)ざ(ッ)とさし【差し】あげ【上げ】、武士(ぶし)ども五六騎(ごろくき)のけかぶとに
たたかひ【戦ひ】な(ッ)て、いむけ【射向】の袖(そで)ふきなびかせ、くろ煙(けぶり)
けたて【蹴立て】てはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。成忠(なりただ)「又(また)木曾(きそ)がまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。あな
あさまし」と申(まうし)ければ、今度(こんど)ぞ世(よ)のうせはてとて、
君(きみ)も臣(しん)もさはが(さわが)【騒が】せ給(たま)ふ。成忠(なりただ)かさね【重ね】て申(まうし)けるは、
「只今(ただいま)はせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】武士(ぶし)どもは、かさじるし【笠印】のかは(ッ)て候(さうらふ)。
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今日(けふ)都(みやこ)へ入(いる)東国(とうごく)のせい【勢】と覚(おぼえ)候(さうらふ)」と、申(まうし)もはてねば、
九郎(くらう)義経(よしつね)門前(もんぜん)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、馬(むま)よりおり、門(もん)をたた
かせ、大音声(だいおんじやう)をあげて、「東国(とうごく)より前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼
朝(よりとも)が舎弟(しやてい)、九郎(くらう)義経(よしつね)こそまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ。あけさせ
給(たま)へ」と申(まうし)ければ、成忠(なりただ)あまりのうれしさに、つい
垣(かき)【築垣】よりいそぎおどり(をどり)【躍り】おるるとて、腰(こし)をつき損(そん)じ
たりけれども、いたさはうれしさにまぎれておぼ
えず、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)奏聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)
大(おほき)に御感(ぎよかん)あ(ッ)て、やがて門(もん)をひらかせていれ【入れ】られけり。
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九郎(くらう)義経(よしつね)其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、
紫(むらさき)すそごの鎧(よろひ)きて、くわがた【鍬形】う(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)しめ、
こがねづくり【黄金作】の太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、しげ
どう【滋籐】の弓(ゆみ)のとりうち【鳥打】を、紙(かみ)をひろさ一寸(いつすん)ばかりに
き(ッ)て、左(ひだり)まきにぞまいたりける。今日(けふ)の大将軍(たいしやうぐん)の
しるしとぞみえ【見え】し。法皇(ほふわう)は中門(ちゆうもん)のれんじ【櫺子】より
叡覧(えいらん)あ(ッ)て、「ゆゆしげなるものども【共】かな。みな名(な)のら
せよ」と仰(おほせ)ければ、まづ大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)義経(よしつね)、次(つぎ)に安
田[B ノ](やすだの)三郎(さぶらう)義定(よしさだ)、畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)、梶原(かぢはら)源太(げんだ)景
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季(かげすゑ)、佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)、渋谷(しぶやの)右馬允(うまのじよう)重資(しげすけ)とこそ
なの(ッ)【名乗つ】たれ。義経(よしつね)ぐし【具し】て、武士(ぶし)は六人(ろくにん)、鎧(よろひ)はいろいろ也(なり)
けれども、つらだましゐ(つらだましひ)【面魂】事(こと)がらいづれもおとらず。
大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)仰(おほせ)をうけたまは(ッ)【承つ】て、九郎(くらう)義経(よしつね)を
大床(おほゆか)のきはへめし【召し】て、合戦(かつせん)の次第(しだい)をくはしく【詳しく】
御尋(おんたづね)あれば、義経(よしつね)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、「義仲(よしなか)が
謀叛(むほん)の事(こと)、頼朝(よりとも)大(おほき)におどろき、範頼(のりより)・義経(よしつね)をはじめとして、むねとの兵物(つはもの)卅(さんじふ)余人(よにん)、其(その)勢(せい)六万(ろくまん)O[BH 余]騎(よき)
をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。範頼(のりより)は勢田(せた)よりまはり候(さうらふ)が、いまだまいり(まゐり)【参り】
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候(さうら)はず。義経(よしつね)は宇治(うぢ)の手(て)をせめ【攻め】おとひ(おとい)【落い】て、まづ
此(この)御所(ごしよ)守護(しゆご)のためにはせ【馳せ】参(さん)じて候(さうらふ)。義仲(よしなか)は
河原(かはら)をのぼりにおち【落ち】候(さうらひ)つるを、兵物(つはもの)共(ども)におはせ候(さうらひ)つ
れば、いま【今】はさだめて【定めて】う(ッ)とり候(さうらひ)ぬらん」と、いと事(こと)
もなげにぞ申(まう)されたる。法皇(ほふわう)大(おほき)に御感(ぎよかん)あ(ッ)て、
「神妙(しんべう)也(なり)。義仲(よしなか)が余党(よたう)な(ン)ど(なんど)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、狼籍【*狼藉】(らうぜき)もぞ
仕(つかまつ)る。なんぢら此(この)御所(ごしよ)よくよく守護(しゆご)せよ」と仰(おほせ)ければ、
義経(よしつね)かしこまりうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、四方(しはう)の門(もん)をかため
てまつほど【程】に、兵物(つはもの)ども【共】はせ【馳せ】集(あつま)(ッ)て、ほど【程】なく一万
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騎(いちまんぎ)ばかりに成(なり)にけり。木曾(きそ)はもしの事(こと)あらば、
法皇(ほふわう)をとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て西国(さいこく)へ落(おち)くだり【下り】、平家(へいけ)と
ひとつにならんとて、力者(りきしや)廿人(にじふにん)そろへても(ッ)たり
けれども、御所(ごしよ)には九郎(くらう)義経(よしつね)はせ【馳せ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て守護(しゆご)
したてまつる【奉る】よし【由】きこえ【聞え】しかば、さらばとて、
数万騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)のなかへおめひ(をめい)【喚い】てかけいる。既(すで)に
うた【討た】れんとする事(こと)度々(どど)に及(およぶ)といへども、かけ【駆け】
やぶり【破り】かけ【駆け】やぶり【破り】とをり(とほり)【通り】けり。木曾(きそ)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て、「かかる
べしとだにしり【知り】たりせば、今井(いまゐ)を勢田(せた)へはやらざらまし。
P09033
幼少(えうせう)竹馬(ちくば)の昔(むかし)より、死(し)なば一所(いつしよ)で死(し)なんとこそ
契(ちぎり)しに、ところどころ【所々】でうた【討た】れん事(こと)こそかなし
けれ。今井(いまゐ)がゆくゑ(ゆくへ)【行方】をきかばや」とて、河原(かはら)のぼりに
かくる【駆くる】ほど【程】に、六条河原(ろくでうかはら)と三条河原(さんでうかはら)のあひだ【間】に、
敵(かたき)おそ(ッ)てかかればと(ッ)てかへしと(ッ)てかへし、わづかなる小勢(せうぜい)
にて、雲霞(うんか)の如(ごとく)なる敵(かたき)の大勢(おほぜい)を、五六度(ごろくど)までぞ
お(ッ)【追つ】かへす【返す】。鴨河(かもがは)ざ(ッ)とうちわたし、粟田口(あはたぐち)・松坂(まつざか)にも
かかりけり。去年(こぞ)信濃(しなの)を出(いで)しには五万(ごまん)余騎(よき)と
きこえ【聞え】しに、けふ四(し)の宮河原(みやがはら)をすぐる【過ぐる】には、主従(しゆじゆう)
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七騎(しちき)に成(なり)にけり。まして中有(ちゆうう)の空(そら)、おもひ【思ひ】
『木曾(きその)最期(さいご)』S0904
やられて哀(あはれ)なり。○木曾殿(きそどの)は信濃(しなの)より、ともゑ【巴】・
山吹(やまぶき)とて、二人(ににん)の便女(びんぢよ)をぐせ【具せ】られたり。山吹(やまぶき)は
いたはり【労】あ(ッ)て、都(みやこ)にとどまりぬ。中(なか)にもともゑ【巴】は
いろしろく【白く】髪(かみ)ながく、容顔(ようがん)まこと【誠】にすぐれたり。あり
がたきつよ弓(ゆみ)【強弓】、せい兵(びやう)【精兵】、馬(むま)の上(うへ)、かちだち、うち物(もの)も(ッ)て
は鬼(おに)にも神(かみ)にもあはうどいふ一人当千(いちにんたうぜん)の
兵(つは)もの也(なり)。究竟(くつきやう)のあら馬(むま)のり、悪所(あくしよ)おとし【悪所落し】、いくさ【軍】
といへば、さねよき鎧(よろひ)きせ、おほ太刀(だち)・つよ弓(ゆみ)【強弓】もたせて、
P09035
まづ一方(いつぱう)の大将(だいしやう)にはむけられけり。度々(どど)の高名(かうみやう)、
肩(かた)をならぶるものなし。されば今(この)度(たび)も、おほく【多く】の
ものどもおち【落ち】ゆきうた【討た】れける中(なか)に、七騎(しちき)が内(うち)まで
ともゑ【巴】はうた【討た】れざりけり。木曾(きそ)は長坂(ながさか)をへて丹波
路(たんばぢ)へおもむくともきこえ【聞え】けり。又(また)竜花越(りゆうげごえ)にかか(ッ)て
北国(ほつこく)へともきこえ【聞え】けり。かかりしかども、今井(いまゐ)がゆく
ゑ(ゆくへ)【行方】をきかばやとて、勢田(せた)の方(かた)へ落(おち)行(ゆく)ほど【程】に、
今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)も、八百(はつぴやく)余騎(よき)で勢田(せた)をかためたり
けるが、わづかに五十騎(ごじつき)ばかりにうちなされ、旗(はた)をば
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まかせて、主(しゆう)のおぼつかなきに、みやこ【都】へと(ッ)てかへす【返す】
ほど【程】に、大津(おほつ)のうちで【打出】の浜(はま)にて、木曾殿(きそどの)にゆき
あひたてまつる。互(たがひ)になか一町(いつちやう)ばかりよりそれと
みし(ッ)【見知つ】て、主従(しゆじゆう)駒(こま)をはやめてよりあふ(あう)たり。木曾殿(きそどの)
今井(いまゐ)が手(て)をと(ッ)ての給(たま)ひけるは、「義仲(よしなか)六条河原(ろくでうかはら)で
いかにもなるべかりつれども、なんぢがゆくゑ(ゆくへ)【行方】の恋(こひ)しさに、
おほく【多く】の敵(かたき)の中(なか)をかけわ(ッ)て、これ【是】まではのがれ【逃れ】
たるなり」。今井(いまゐの)四郎(しらう)、「御諚(ごぢやう)まこと【誠】にかたじけなう【忝なう】候(さうらふ)。
兼平(かねひら)も勢田(せた)で打死(うちじに)つかまつるべう候(さうらひ)つれ共(ども)、御(おん)ゆく
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ゑ(ゆくへ)【行方】のおぼつかなさに、これまでまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)
ける。木曾殿(きそどの)「契(ちぎり)はいまだくちせざりけり。義仲(よしなか)
がせい【勢】は敵(かたき)にをし(おし)【押し】へだてられ、山林(さんりん)にはせ【馳せ】ち(ッ)て、この【此の】
辺(へん)にもあるらんぞ。汝(なんぢ)がまかせてもたせたる旗(はた)あげ
させよ」とのたまへ【宣へ】ば、今井(いまゐ)が旗(はた)をさし【差し】あげ【上げ】たり。京(きやう)より
おつるせい【勢】ともなく、勢田(せた)よりおつるものともなく、
今井(いまゐ)が旗(はた)をみ【見】つけて三百(さんびやく)余騎(よき)ぞはせ集(あつま)る。木曾(きそ)
大(おほき)に悦(よろこび)て、「此(この)せい【勢】あらばなどか最後(さいご)のいくさ【軍】せざるべ
き。ここにしぐらうでみゆる【見ゆる】はたが手(て)やらん」。「甲斐(かひ)の
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一条(いちでうの)次郎殿(じらうどの)とこそ承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「せい【勢】はいくらほどあるやらん」。
「六千(ろくせん)余騎(よき)とこそきこえ【聞え】候(さうら)へ」。「さてはよい敵(かたき)ごさん
なれ。おなじう死(し)なば、よからう敵(かたき)にかけ【駆け】あふ(あう)【合う】て、大勢(おほぜい)
の中(なか)でこそ打死(うちじに)をもせめ」とて、ま(ッ)さきにこそ
すすみけれ。木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)、其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の
直垂(ひたたれ)に、唐綾(からあや)おどし(からあやをどし)【唐綾威】の鎧(よろひ)きて、くわがたう(ッ)たる
甲(かぶと)の緒(を)しめ、いかものづくりのおほ太刀(だち)はき、石(いし)うち
の矢(や)の、其(その)日(ひ)のいくさ【軍】にい【射】て少々(せうせう)のこ(ッ)たるを、かしら
だか【頭高】におひ【負ひ】なし、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)も(ッ)て、きこゆる【聞ゆる】
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木曾(きそ)の鬼葦毛(おにあしげ)といふ馬(むま)の、きはめてふとう【太う】たく
ましひ(たくましい)【逞しい】に、黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。あぶみ
ふ(ン)ばり立(たち)あがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)をあげて名(な)のりけるは、
「昔(むかし)はききけん物(もの)を、木曾(きそ)の冠者(くわんじや)、今(いま)はみる【見る】らん、左馬
頭(さまのかみ)兼(けん)伊与【*伊予】守(いよのかみ)、朝日(あさひ)の将軍(しやうぐん)源(みなもとの)義仲(よしなか)ぞや。甲斐(かひ)の一
条(いちでうの)次郎(じらう)とこそきけ。たがひ【互ひ】によいかたき【敵】ぞ。義仲(よしなか)
う(ッ)【打つ】て兵衛佐(ひやうゑのすけ)にみせよ【見せよ】や」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。一条(いちでう)の
二郎【次郎】(じらう)、「只今(ただいま)なのる【名乗る】は大将軍(たいしやうぐん)ぞ。あますなものども【共】、
もらす【漏らす】な若党(わかたう)、うてや」とて、大(おほ)ぜいの中(なか)にとり【取り】
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こめ【籠め】て、我(われ)う(ッ)とらんとぞすすみける。木曾(きそ)三百(さんびやく)
余騎(よき)、六千(ろくせん)余騎(よき)が中(なか)をたてさま・よこさま・蜘手(くもで)・
十文字(じふもんじ)にかけ【駆け】わ(ッ)【破つ】て、うしろへつ(ッ)といでたれば、五十騎(ごじつき)
ばかりになりにけり。そこをやぶ(ッ)【破つ】てゆくほど【程】に、土肥(とひ)の二郎(じらう)実平(さねひら)二千(にせん)余騎(よき)でささへたり。其(それ)をも
やぶ(ッ)【破つ】てゆく【行く】ほど【程】に、あそこでは四五百騎(しごひやくき)、ここでは二三
百騎(にさんびやくき)、百四五十騎(ひやくしごじつき)、百騎(ひやくき)ばかりが中(なか)をかけわりかけわり
ゆくほど【程】に、主従(しゆじゆう)五騎(ごき)にぞなりにける。五騎(ごき)が内(うち)まで
ともゑ【巴】はうた【討た】れざりけり。木曾殿(きそどの)「おのれ【己】はとうとう【疾う疾う】、
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女(をんな)なれば、いづちへもゆけ。我(われ)は打死(うちじ)にせんと思(おも)ふ
なり。もし人手(ひとで)にかからば自害(じがい)をせんずれば、木曾
殿(きそどの)の最後(さいご)のいくさ【軍】に、女(をんな)を具(ぐ)せられたりけりな(ン)ど(なんど)
いはれん事(こと)もしかる【然る】べからず」とのたまひ【宣ひ】けれども【共】、
なを(なほ)【猶】おち【落ち】もゆかざりけるが、あまりにいはれ奉(たてまつり)て、
「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、よからうかたき【敵】がな。最後(さいご)のいくさ【軍】して
みせ【見せ】奉(たてまつ)らん」とて、ひかへたるところ【所】に、武蔵国(むさしのくに)に、きこえ【聞え】
たる大(だい)ぢから【大力】、をん田(だ)の(おんだの)【御田の】八郎(はちらう)師重(もろしげ)、卅騎(さんじつき)ばかりでいで【出で】
きたり。ともゑ【巴】その中(なか)へかけ入(いり)、をん田(だ)の(おんだの)【御田の】八郎(はちらう)に
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おしならべて、むずとと(ッ)てひき【引き】おとし【落し】、わがの(ッ)【乗つ】たる
鞍(くら)の前輪(まへわ)にをし(おし)【押し】つけて、ち(ッ)ともはたらかさ【働かさ】ず、頸(くび)
ねぢき(ッ)てすてて(ン)げり。其(その)後(のち)物具(もののぐ)ぬぎすて、
東国(とうごく)の方(かた)へ落(おち)ぞゆく。手塚(てづかの)太郎(たらう)打死(うちじに)す。手塚(てづか)の
別当(べつたう)落(おち)にけり。今井(いまゐ)の四郎(しらう)、木曾殿(きそどの)、主従(しゆじゆう)二騎(にき)に
な(ッ)てのたまひ【宣ひ】けるは、「日来(ひごろ)はなにともおぼえぬ
鎧(よろひ)が、けふはおもう【重う】な(ッ)たるぞや」。今井(いまゐの)四郎(しらう)申(まうし)けるは、
「御身(おんみ)もいまだつかれ【疲れ】させたまは【給は】ず、御馬(おんむま)もよはり(よわり)【弱り】候(さうら)は
ず。なにによ(ッ)てか一両(いちりやう)の御(おん)きせなが【着背長】をおもうはおぼし
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めし【思し召し】候(さうらふ)べき。それは御方(みかた)に御(おん)せいが候(さうら)はねば、おく病(びやう)【臆病】
でこそさはおぼしめし【思し召し】候(さうら)へ。兼平(かねひら)一人(いちにん)候(さうらふ)とも、余(よ)の武者(むしや)
千騎(せんぎ)とおぼしめせ【思し召せ】。矢(や)七(ななつ)八(やつ)候(さうら)へば、しばらくふせき矢(や)【防き矢】
仕(つかまつ)らん。あれにみえ【見え】候(さうらふ)、粟津(あはづ)の松原(まつばら)と申(まうす)。あの松(まつ)の
中(なか)で御自害(おんじがい)候(さうら)へ」とて、う(ッ)【打つ】てゆく【行く】程(ほど)に、又(また)あら【新】手(て)の
武者(むしや)五十騎(ごじつき)ばかりいで【出で】きたり。「君(きみ)はあの松原(まつばら)へい
ら【入ら】せ給(たま)へ。兼平(かねひら)は此(この)敵(かたき)ふせき【防き】候(さうら)はん」と申(まうし)ければ、木曾
殿(きそどの)のたまひ【宣ひ】けるは、「義仲(よしなか)宮(みや)こ【都】にていかにもなるべかり
つるが、これまでのがれ【逃れ】くるは、汝(なんぢ)と一所(いつしよ)で死(し)なんと
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思(おも)ふ為(ため)也(なり)。ところどころ【所々】でうた【討た】れんよりも、一(ひと)ところ【一所】で
こそ打死(うちじに)をもせめ」とて、馬(むま)の鼻(はな)をならべてかけ【駆け】
むとしたまへ【給へ】ば、今井(いまゐの)四郎(しらう)馬(むま)よりとびおり、主(しゆう)の
馬(むま)の口(くち)にとりつい【付い】て申(まうし)けるは、「弓矢(ゆみや)とりは年来(としごろ)
日来(ひごろ)いかなる高名(かうみやう)候(さうら)へども、最後(さいご)の時(とき)不覚(ふかく)しつれば
ながき疵(きず)にて候(さうらふ)也(なり)。御身(おんみ)はつかれ【疲れ】させ給(たま)ひて候(さうらふ)。
つづくせい【勢】は候(さうら)はず。敵(かたき)にをし(おし)【押し】へだてられ、いふかひなき
人(ひと)、郎等(らうどう)にくみおとさ【落さ】れさせ給(たまひ)て、うた【討た】れさせ給(たまひ)なば、
「さばかり日本国(につぽんごく)にきこえ【聞え】させ給(たま)ひつる木曾殿(きそどの)をば、
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それがしが郎等(らうどう)のうちたてま(ッ)【奉つ】たる」な(ン)ど(なんど)申(まう)さん事(こと)
こそ口惜(くちをし)う候(さうら)へ。ただあの松原(まつばら)へいらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、
木曾(きそ)さらばとて、粟津(あはづ)の松原(まつばら)へぞかけたまふ【給ふ】。
今井[B ノ](いまゐの)四郎(しらう)只(ただ)一騎(いつき)、五十騎(ごじつき)ばかりが中(なか)へかけ入(いり)、あぶみ
ふ(ン)ばりたちあがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)あげてなのり【名乗り】けるは、「日来(ひごろ)
は音(おと)にもききつらん、今(いま)は目(め)にも見(み)たまへ【給へ】、木曾殿(きそどの)の
御(おん)めのと子(ご)【乳母子】、今井(いまゐ)の四郎(しらう)兼平(かねひら)、生年(しやうねん)卅三(さんじふさん)にまかり【罷り】
なる。さるものありとは鎌倉(かまくら)殿(どの)までもしろしめさ【知ろし召さ】れ
たるらんぞ。兼平(かねひら)う(ッ)【打つ】て見参(げんざん)にいれよ【入れよ】」とて、い【射】のこしたる
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八(や)すぢの矢(や)を、さしつめ【差し詰め】引(ひき)つめ【引き詰め】さんざん【散々】にいる【射る】。死生(ししやう)は
しら【知ら】ず、やにわ(やには)【矢庭】にかたき【敵】八騎(はちき)い【射】おとす【落す】。其(その)後(のち)打物(うちもの)ぬい
てあれにはせ【馳せ】あひ、これに馳(はせ)あひ、き(ッ)てまはるに、
面(おもて)をあはするものぞなき。分(ぶん)どり【分捕】あまたしたり
けり。只(ただ)「い【射】とれや」とて、中(なか)にとりこめ、雨(あめ)のふるやう【様】に
い【射】けれども、鎧(よろひ)よければうらかかず、あき間(ま)をい【射】ねば
手(て)もおはず。木曾殿(きそどの)は只(ただ)一騎(いつき)、粟津(あはづ)の松原(まつばら)へかけ
たまふ【給ふ】が、正月(しやうぐわつ)廿一日(にじふいちにち)入相(いりあひ)ばかりの事(こと)なるに、うす氷(ごほり)
はは(ッ)たりけり、ふか田(た)【深田】ありともしら【知ら】ずして、馬(むま)をざ(ッ)と
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うち入(いれ)たれば、馬(むま)のかしら【頭】もみえ【見え】ざりけり。あをれ(あふれ)【煽れ】
どもあをれ(あふれ)【煽れ】ども、うてどもうてどもはたらか【働か】ず。今井(いまゐ)がゆくゑ(ゆくへ)【行方】のおぼ
つかなさに、ふりあふぎたまへ【給へ】るうち甲(かぶと)【内甲】を、三浦[B ノ](みうらの)石田(いしだ)の
次郎(じらう)為久(ためひさ)、お(ッ)【追つ】かか(ッ)てよつぴいてひやうふつといる【射る】。いた
手(で)【痛手】なれば、ま(ッ)かうを馬(むま)のかしら【頭】にあててうつぶしたま
へ【給へ】る処(ところ)に、石田(いしだ)が郎等(らうどう)二人(ににん)落(おち)あふ(あう)て、ついに(つひに)【遂に】木曾殿(きそどの)の
頸(くび)をばと(ッ)て(ン)げり。太刀(たち)のさきにつらぬき、たかく
さし【差し】あげ【上げ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「此(この)日(ひ)ごろ【日比】日本国(につぽんごく)に聞(きこ)え
させ給(たま)ひつる木曾殿(きそどの)をば、三浦(みうら)の石田(いしだ)の次郎(じらう)為久(ためひさ)が
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うち奉(たてまつり)たるぞや」となのり【名乗り】ければ、今井(いまゐの)四郎(しらう)いくさ【軍】
しけるが、これ【是】をきき、「いまはたれをかばはむとてかいくさ【軍】
をもすべき。これ【是】を見(み)たまへ【給へ】、東国(とうごく)の殿原(とのばら)、日本(につぽん)一(いち)の
剛(かう)の者(もの)の自害(じがい)する手本(てほん)」とて、太刀(たち)のさきを口(くち)に
ふくみ【含み】、馬(むま)よりさかさまにとび落(おち)、つらぬか(ッ)【貫ぬかつ】てぞうせに
『樋口(ひぐちの)被討罰(ちうばつせられ)』S0905
ける。さてこそ粟津(あはづ)のいくさ【軍】はなかりけれ。○今井(いまゐ)が兄(あに)、
樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)は、十郎(じふらう)蔵人(くらんど)うたんとて、河内国(かはちのくに)長野(ながの)
の城(じやう)へこえたりけるが、そこにてはうちもらし【洩らし】ぬ。紀伊
国(きのくに)名草(なぐさ)にありときこえ【聞え】しかば、やがてつづひ(つづい)【続い】てこえ
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たりけるが、都(みやこ)にいくさ【軍】ありと聞(きい)て馳(はせ)のぼる。淀(よど)の
大渡(おほわたり)の橋(はし)で、今井(いまゐ)が下人(げにん)ゆきあふ(あう)たり。「あな心(こころ)う【憂】、是(これ)は
いづちへとてわたらせ給(たま)ひ候(さうらふ)ぞ。君(きみ)うた【討た】れさせ給(たま)ひ
ぬ。今井殿(いまゐどの)は自害(じがい)」と申(まうし)ければ、樋口(ひぐち)の次郎(じらう)涙(なみだ)を
はらはらとながひ(ながい)【流い】て、「これ【是】をきき【聞き】たまへ【給へ】殿原(とのばら)、君(きみ)に
御心(おんこころ)ざしおもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)はん人々(ひとびと)は、これよりいづ
ちへもおち【落ち】ゆき【行き】、出家(しゆつけ)入道(にふだう)して乞食(こつじき)頭陀(づだ)の行(ぎやう)を
もたて【立て】、後世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たまへ【給へ】。兼光(かねみつ)は都(みやこ)
へのぼり打死(うちじに)して、冥途(めいど)にても君(きみ)の見参(げんざん)に
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入(いり)、今井(いまゐの)四郎(しらう)をいま一度(いちど)みんとおもふ【思ふ】ぞ」といひけ
れば、五百(ごひやく)余騎(よき)のせい、あそこにひかへここにひかへ
おち【落ち】ゆく【行く】ほど【程】に、鳥羽(とば)の南(みなみ)の門(もん)をいでけるには、其(その)勢(せい)
わづかに廿(にじふ)余騎(よき)にぞ成(なり)にける。樋口(ひぐちの)二郎(じらう)けふすでに
みやこ【都】へ入(いる)ときこえ【聞え】しかば、党(たう)も豪家(かうけ)も七条(しつでう)・朱雀(しゆしやか)・
四塚(よつづか)ざまへ馳(はせ)向(むかふ)。樋口(ひぐち)が手(て)に茅野(ちのの)太郎(たらう)といふ【云ふ】もの
あり【有り】。四塚(よつづか)にいくらも馳(はせ)むかふ(むかう)【向う】たる敵(かたき)の中(なか)へかけ入(いり)、大
音声(だいおんじやう)をあげて、「此(この)御中(おんなか)に、甲斐(かひ)の一条(いちでうの)次郎殿(じらうどの)の
御手(おんて)の人(ひと)や在(まし)ます」ととひければ、「あながち一条(いちでう)の
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二郎【次郎】殿(じらうどの)の手(て)でいくさ【軍】をばするか。誰(たれ)にもあへかし」
とて、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】。わらは【笑は】れてなのり【名乗り】けるは、「かう申(まうす)は
信濃国(しなののくに)諏方【*諏訪】(すはの)上[B ノ]宮(かみのみや)の住人(ぢゆうにん)、茅野(ちのの)大夫(たいふ)光家(みついへ)が子(こ)に、
茅野(ちのの)太郎(たらう)光広(みつひろ)、かならず【必ず】一条(いちでう)の二郎殿(じらうどの)の御手(おんて)を
たづぬるにはあらず。おとと【弟】の茅野[B ノ](ちのの)七郎(しちらう)それにあり【有り】。
光広(みつひろ)が子共(こども)二人(ににん)、信乃【信濃】国(しなののくに)に候(さうらふ)が、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)わが父(ちち)はようて
や死(し)にたるらん、あしうてや死(し)にたるらん」となげかん処(ところ)に、
おとと【弟】の七郎(しちらう)がまへで打死(うちじに)して、子共(こども)にたしかに
きかせんと思(おもふ)ため也(なり)。敵(かたき)をばきらふまじ」とて、あれに
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はせ【馳せ】あひこれ【是】にはせ【馳せ】あひ、敵(かたき)三騎(さんぎ)き(ッ)ておとし【落し】、
四人(しにん)にあたる敵(かたき)にをし(おし)【押し】ならべて、ひ(ッ)【引つ】く(ン)【組ん】でどうどおち【落ち】、
さしちがへてぞ死(しに)にける。樋口(ひぐちの)二郎(じらう)は児玉(こだま)[B 党(たう)]にむす
ぼほれたりければ、児玉(こだま)の人(ひと)ども【共】寄(より)合(あひ)て、「弓矢(ゆみや)とる
ならひ、我(われ)も人(ひと)もひろい【広い】中(なか)へ入(い)らんとするは、自然(しぜん)の
事(こと)のあらん時(とき)、ひとまどのいきをもやすめ、しばしの
命(いのち)をもつが【継が】んと思(おも)ふためなり。されば樋口(ひぐちの)次郎(じらう)が
我等(われら)にむすぼほれけんも、さこそは思(おも)ひけめ。今度(こんど)
の我等(われら)が勲功(くんこう)には、樋口(ひぐち)が命(いのち)を申(まうし)うけん」とて、使者(ししや)を
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たてて、「日来(ひごろ)は木曾殿(きそどの)の御内(みうち)に今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)とて
聞(きこ)え給(たま)ひしかども、今(いま)は木曾殿(きそどの)うた【討た】れさせ給(たま)ひ
ぬ。なにかくるしかる【苦しかる】べき。我等(われら)が中(なか)へ降人(かうにん)になり給(たま)へ。
勲功(くんこう)の賞(しやう)に申(まうし)かへて、命(いのち)ばかりたすけ【助け】たてまつら【奉ら】ん。
出家(しゆつけ)入道(にふだう)をもして、後世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へ」
と云(いひ)ければ、樋口(ひぐちの)二郎(じらう)、きこゆるつはものなれども、
運(うん)やつきにけむ、児玉党(こだまたう)の中(なか)へ降人(かうにん)にこそ
成(なり)にけれ。これ【是】を九郎(くらう)御曹司(おんざうし)に申(まうす)。院(ゐんの)御所(ごしよ)へ
奏聞(そうもん)してなだめ【宥め】られたりしを、かたはらの公卿(くぎやう)
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殿上人(てんじやうびと)、つぼね【局】の女房(にようばう)達(たち)、「木曾(きそ)が法住寺殿(ほふぢゆうじどの)へよせ
て時(とき)をつくり、君(きみ)をもなやましまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、火(ひ)をかけ
ておほく【多く】の人々(ひとびと)をほろぼしうしなひ【失ひ】しには、あそこ
にもここにも、今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)といふ声(こゑ)のみこそありしか。
これ【是】らをなだめ【宥め】られんは口(くち)おしかる(をしかる)【惜しかる】べし」と、面々(めんめん)に申(まう)
されければ、又(また)死罪(しざい)にさだめ【定め】らる。同(おなじき)廿二日(にじふににち)、新摂政
殿(しんせつしやうどの)とどめ【留め】られ給(たま)ひて、本(もと)の摂政(せつしやう)還着(くわんぢやく)(クハンヂヤク)したまふ【給ふ】。
纔(わづか)に六十日(ろくじふにち)の内(うち)に替(かへ)られ給(たま)へば、いまだ見(み)はてぬ
夢(ゆめ)のごとし。昔(むかし)粟田(あはた)の関白(くわんばく)は、悦申(よろこびまうし)の後(のち)只(ただ)七ケ日(しちかにち)
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だにこそおはせしか、これは六十日(ろくじふにち)とはいへども、その内(うち)
に節会(せちゑ)も除目(ぢもく)もおこなはれしかば、思出(おもひで)なきにも
あらず。同(おなじき)廿四日(にじふしにち)、木曾[B ノ](きその)左馬頭(さまのかみ)并(ならびに)余党(よたう)五人(ごにん)が頸(くび)、大路(おほち)
をわたさる。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)は降人(かうにん)なりしが、頻(しきり)に頸(くび)のとも【伴】
せんと申(まうし)ければ、藍摺(あいずり)の水干(すいかん)、立烏帽子(たてえぼし)(タテヱボシ)でわたされけり。同(おなじき)廿五日(にじふごにち)、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)遂(つひ)に切(き)られぬ。範頼(のりより)・義
経(よしつね)やうやうに申(まう)されけれども、「今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)・楯(たて)・祢[B ノ]井(ねのゐ)と
て、木曾(きそ)が四天王(してんわう)のそのひとつ【一つ】なり。これ【是】らをなだ
め【宥め】られむは、養虎(やうこ)の愁(うれひ)(ウレイ)あるべし」とて、殊(こと)に沙汰(さた)あ(ッ)て
P09056
誅(き)られけるとぞきこえ【聞え】し。つて【伝】にきく【聞く】、虎狼(こらう)の
国(くに)衰(おとろ)(ヲトロ)へて、諸侯(しよこう)(しよカウ)蜂(はち)の如(ごと)く起(おこり)(ヲコリ)し時(とき)、沛公(はいこう)先(さき)に
咸陽宮(かんやうきゆう)に入(いる)といへども、項羽(こうう)(カウウ)が後(のち)に来(きた)らん事(こと)を
恐(おそれ)て、妻(さい)は美人(びじん)をもおかさ(をかさ)ず、金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)をも掠(かす)め
ず、徒(いたづら)に函谷(かんこく)の関(せき)を守(まも)(ッ)て、漸々(ぜんぜん)にかたき【敵】をほろぼ
して、天下(てんが)を治(ぢ)する事(こと)を得(え)たりき。されば木曾(きそ)の
左馬頭(さまのかみ)、まづ都(みやこ)へ入(い)るといふ【云ふ】とも、頼朝(よりともの)朝臣(あつそん)の命(めい)
にしたがはましかば、彼(かの)沛公(はいこう)がはかり事(こと)にはおとら
ざらまし。平家(へいけ)はこぞの冬(ふゆ)の比(ころ)より、讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の
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磯(いそ)をいで【出で】て、摂津国(つのくに)難波潟(なにはがた)へをし(おし)【押し】わたり、福原(ふくはら)の旧
里(きうり)に居住(きよぢゆう)して、西(にし)は一(いち)の谷(たに)を城郭(じやうくわく)にかまへ【構へ】、東(ひがし)は
生田[B ノ](いくたの)森(もり)を大手(おほて)の木戸口(きどぐち)とぞさだめ【定め】ける。其(その)内(うち)福原(ふくはら)・
兵庫(ひやうご)・板(いた)やど【板宿】・須磨[B 「須間」とあり「間」に「磨」と傍書](すま)にこもる勢(せい)、これは山陽道(せんやうだう)八ケ国(はつかこく)、
南海道(なんかいだう)六ケ国(ろくかこく)、都合(つがふ)十四(じふし)ケ国(かこく)をうちしたがへてめさ
るるところ【所】の軍兵(ぐんびやう)なり。十万(じふまん)余騎(よき)とぞきこえ【聞え】し。
一[B ノ]谷(いちのたに)は北(きた)は山(やま)、南(みなみ)は海(うみ)、口(くち)はせばくて奥(おく)ひろし。岸(きし)
たかくして屏風(びやうぶ)をたてたるにことならず。北(きた)の山(やま)
ぎはより南(みなみ)の海(うみ)のとをあさ(とほあさ)【遠浅】まで、大石(たいせき)をかさね【重ね】あげ、
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おほ木(ぎ)【大木】をき(ッ)てさかも木(ぎ)【逆茂木】にひき【引き】、ふかきところ【所】に
は大船(おほふね)どもをそばだてて、かいだて【垣楯】にかき、城(じやう)の面(おもて)
の高矢倉(たかやぐら)には、一人当千(いちにんたうぜん)ときこゆる【聞ゆる】四国(しこく)鎮西(ちんぜい)の
兵物(つはもの)ども【共】、甲冑(かつちう)弓箭(きゆうせん)を帯(たい)して、雲霞(うんか)の如(ごと)くに
なみ居(ゐ)たり。矢倉(やぐら)のしたには、鞍置馬(くらおきむま)ども【共】十重(とへ)
廿重(はたへ)(ハタエ)にひ(ッ)【引つ】たてたり。つねに大皷(たいこ)をう(ッ)【打つ】て乱声(らんじやう)を
す。一張(いつちやう)の弓(ゆみ)のいきほひは半月(はんげつ)胸(むね)のまへにかかり、
三尺(さんじやく)の剣(けん)の光(ひかり)は秋(あき)の霜(しも)腰(こし)の間(あひだ)に横(よこ)だへたり。たかき【高き】
ところ【所】には赤旗(あかはた)おほく【多く】うちたてたれば、春風(はるかぜ)にふか
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れて天(てん)に翻(ひるがへ)るは、火炎(くわえん)(クハエン)のもえあがる【上がる】にことならず。
『六ケ度軍(ろくかどのいくさ)』S0906
○平家(へいけ)福原(ふくはら)[B 「福原」に「一谷イ」と傍書]へわたり給(たまひ)て後(のち)は、四国(しこく)の兵(つは)ものしたがい(したがひ)【従ひ】
たてまつら【奉ら】ず。中(なか)にも阿波(あは)讃岐(さぬき)の在庁(ざいちやう)ども、
平家(へいけ)をそむいて源氏(げんじ)につかむとしけるが、「抑(そもそも)我等(われら)は、
昨日(きのふ)今日(けふ)まで平家(へいけ)にしたがうたるものの、今(いま)はじ
めて源氏(げんじ)の方(かた)へまいり(まゐり)【参り】たりとも、よももちひ(もちゐ)【用ゐ】ら
れじ。いざや平家(へいけ)に矢(や)ひとつ【一つ】い【射】かけて、それを面(おもて)(ヲモテ)[* 下欄に「表」と注記]に
してまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、門脇(かどわき)の中納言(ちゆうなごん)、[* 「中納言(ちゆうなごん)の」と有るのを他本により訂正]子息(しそく)越前(ゑちぜん)の三
位(さんみ)、能登守(のとのかみ)、父子(ふし)三人(さんにん)、備前国(びぜんのくに)下津井(しもつゐ)(シモツイ)に在(まし)ますと
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きこえ【聞え】しかば、討(うち)たてまつら【奉ら】んとて、兵船(ひやうせん)十余艘(じふよさう)
でよせたりけり。能登守(のとのかみ)これ【是】をきき「にくひ(にくい)やつ
原(ばら)かな。昨日(きのふ)今日(けふ)まで我等(われら)が馬(むま)の草(くさ)き(ッ)たる奴原(やつばら)が、
すでに契(ちぎり)を変(へん)ずるにこそあんなれ。其(その)義(ぎ)ならば
一人(いちにん)ももらさ【漏らさ】ずうてや」とて、小舟(こぶね)どもにとりの(ッ)【乗つ】て、
「あますな、もらす【漏らす】な」とてせめ【攻め】たまへ【給へ】ば、四国(しこく)の兵物(つはもの)共(ども)、
人目(ひとめ)ばかりに矢(や)一(ひとつ)射(い)て、のか【退か】んとこそおもひ【思ひ】けるに、
手(て)いたうせめ【攻め】られたてま(ッ)【奉つ】て、かなは【叶は】じとや思(おも)ひけん、
とをまけ(とほまけ)【遠負】にして引(ひき)退(しりぞ)き、都(みやこ)のかた【方】へにげのぼるが、
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淡路国(あはぢのくに)ふくら【福良】の泊(とまり)につきにけり。其(その)国(くに)に源氏(げんじ)二人(ににん)
あり【有り】。故(こ)六条(ろくでうの)判官(はんぐわん)為義(ためよし)が末子(ばつし)、賀茂(かもの)冠者(くわんじや)義嗣(よしつぎ)・淡
路(あはぢの)冠者(くわんじや)義久(よしひさ)ときこえ【聞え】しを、四国(しこく)の兵物(つはもの)共(ども)、大将(だいしやう)に
たのん【頼ん】で、城郭(じやうくわく)を構(かまへ)て待(まつ)ところ【所】に、能登殿(のとどの)やが
てをし(おし)【押し】よせ【寄せ】責(せめ)給(たま)へば、一日(いちにち)たたかひ【戦ひ】、賀茂(かもの)冠者(くわんじや)打死(うちじに)す。
淡路(あはぢの)冠者(くわんじや)はいた手(で)【痛手】負(おう)て自害(じがい)して(ン)げり。能登殿(のとどの)
防矢(ふせきや)い【射】ける兵(つは)ものども、百卅(ひやくさんじふ)余人(よにん)が頸(くび)切(き)(ッ)て、討手(うちて)の
交名(けうみやう)しるい【記い】て、福原(ふくはら)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)、其(それ)
より福原(ふくはら)へのぼり給(たま)ふ。子息達(しそくたち)は、伊与【*伊予】(いよ)の河野(かはのの)
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四郎(しらう)がめせ【召せ】どもまいら(まゐら)【参ら】ぬをせめ【攻め】んとて、四国(しこく)へぞ渡(わた)
られける。先(まづ)兄(あに)の越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛卿(みちもりのきやう)、阿波国(あはのくに)花園(はなぞの)の
城(じやう)につき給(たまふ)。能登守(のとのかみ)讃岐(さぬき)の八島(やしま)へわたり【渡り】給(たま)ふと聞(きこ)
えしかば、河野(かはの)の四郎(しらう)道信【*通信】(みちのぶ)、安芸国(あきのくにの)住人(ぢゆうにん)沼田(ぬたの)次郎(じらう)は
母方(ははかた)の伯父(をぢ)なりければ、ひとつ【一つ】にならんとて、安芸
国(あきのくに)へをし(おし)【押し】わたる。能登守(のとのかみ)これ【是】をきき、やがて讃岐(さぬき)の
八島(やしま)をいで【出で】ておはれけるが、すでに備後国(びんごのくに)蓑島(みのしま)に
かか(ッ)て、次(つぎの)日(ひ)、沼田(ぬた)の城(じやう)へよせ給(たま)ふ。沼田(ぬたの)二郎(じらう)・河野(かはのの)四郎(しらう)
ひとつ【一つ】にな(ッ)てふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。能登殿(のとどの)やがて押(おし)寄(よせ)
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せめ【攻め】たまへ【給へ】ば、一日(いちにち)一夜(いちや)ふせき【防き】たたかひ【戦ひ】、沼田(ぬたの)二郎(じらう)叶(かな)
はじとやおもひ【思ひ】けん、甲(かぶと)をぬいで降人(かうにん)にまいる(まゐる)【参る】。
河野(かはのの)四郎(しらう)はなを(なほ)【猶】したがひ【従ひ】たてまつら【奉ら】ず。其(その)勢(せい)
五百(ごひやく)余騎(よき)あり【有り】けるが、わづかに五十騎(ごじつき)ばかりにうち
なされ、城(じやう)をいで【出で】てゆく【行く】ほど【程】に、能登殿(のとどの)の侍(さぶらひ)平八兵衛(へいはちびやうゑ)
為員(ためかず)、二百騎(にひやくき)ばかりが中(なか)にとりこめられて、主従(しゆじゆう)
七騎(しちき)にうちなされ、たすけ舟(ぶね)【助け船】にのらんとほそ道(みち)に
かか(ッ)て、みぎはの方(かた)へおち【落ち】ゆく程(ほど)に、平八兵衛(へいはちびやうゑ)が子息(しそく)
讃岐(さぬきの)七郎(しちらう)義範(よしのり)、究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)ではあり、お(ッ)【追つ】かか(ッ)て、
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七騎(しちき)をやには【矢庭】に五騎(ごき)い【射】おとす【落す】。河野(かはのの)四郎(しらう)、ただ主従(しゆじゆう)
二騎(にき)になりにけり。河野(かはの)が身(み)にかへておもひ【思ひ】ける
郎等(らうどう)を、讃岐(さぬきの)七郎(しちらう)をし(おし)【押し】ならべてくむ(くん)【組ん】でおち【落ち】、と(ッ)て
おさへ【抑へ】て頸(くび)をかかんとする処(ところ)に、河野(かはのの)四郎(しらう)と(ッ)て
かへし、郎等(らうどう)がうへ【上】なる讃岐(さぬきの)七郎(しちらう)が頸(くび)かき切(きつ)て、深
田(ふかた)へなげ入(いれ)、大音声(だいおんじやう)をあげて、「河野(かはのの)四郎(しらう)越智(をち)の道
信【*通信】(みちのぶ)、生年(しやうねん)廿一(にじふいち)、かうこそいくさ【戦】をばすれ。われとおもは
む人々(ひとびと)はとどめよ【留めよ】や」とて、郎等(らうどう)をかたにひ(ッ)【引つ】かけ、そこ
をつ(ッ)とのがれ【逃れ】て小舟(こぶね)にのり、伊与【*伊予】国(いよのくに)へぞわたりける。
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能登殿(のとどの)、河野(かはの)をもうちもらさ【漏らさ】れたれども、沼田(ぬたの)二郎(じらう)
が降人(かうにん)たるをめし【召し】ぐし【具し】て、福原(ふくはら)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。
又(また)淡路国(あはぢのくに)の住人(ぢゆうにん)安摩(あま)の六郎(ろくらう)忠景(ただかげ)、平家(へいけ)をそむ
いて源氏(げんじ)に心(こころ)をかよはし【通はし】けるが、大舟(おほふね)二(に)そう(さう)【艘】に兵粮
米(ひやうらうまい)・物具(もののぐ)つう【積う】で、宮(みや)こ【都】の方(かた)へのぼる程(ほど)に、能登殿(のとどの)福
原(ふくはら)にてこれ【是】をきき、小船(こぶね)十艘(じつさう)ばかりおしうかべ【浮べ】て
おは【追は】れけり。安摩(あま)の六郎(ろくらう)、西宮(にしのみや)の奥(おき)にて、かへしあは
せ【合はせ】ふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。手(て)いたうせめ【攻め】られたてま(ッ)【奉つ】て、かな
は【叶は】じとやおもひ【思ひ】けん、引(ひき)退(しりぞき)て和泉国(いづみのくに)吹井(ふけゐ)の浦(うら)に
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つきにけり。紀伊国(きのくにの)住人(ぢゆうにん)園辺(そのべの)(ソノヘノ)兵衛(ひやうゑ)忠康(ただやす)、これ【是】も平
家(へいけ)をそむいて源氏(げんじ)につかんとしけるが、あまの六郎(ろくらう)が
能登殿(のとどの)に責(せめ)られたてま(ッ)【奉つ】て、吹井(ふけゐ)にありと聞(きこ)え
しかば、其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりで馳(はせ)来(きたつ)てひとつ【一つ】になる。
能登殿(のとどの)やがてつづゐ(つづい)【続い】てせめ【攻め】給(たま)へば、一日(いちにち)一夜(いちや)ふせき
たたかひ【戦ひ】、あまの六郎(ろくらう)・そのべの兵衛(ひやうゑ)、かなは【叶は】じとや思(おも)ひ
けん、家子(いへのこ)郎等(らうどう)に防矢(ふせきや)い【射】させ、身(み)がらはにげて京(きやう)へ
のぼる。能登殿(のとどの)、防矢(ふせきや)い【射】ける兵物(つはもの)ども【共】二百(にひやく)余人(よにん)が頸(くび)
きりかけて、福原(ふくはら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。又(また)伊与【*伊予】国(いよのくに)の
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住人(ぢゆうにん)河野(かはのの)四郎(しらう)道信【*通信】(みちのぶ)、豊後国(ぶんごのくにの)住人(ぢゆうにん)臼杵(うすきの)二郎(じらう)
維高(これたか)・緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)同心(どうしん)して、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千(にせん)
余人(よにん)、備前国(びぜんのくに)へをし(おし)【押し】わたり【渡り】、いまぎ【今木】の城(じやう)にぞ籠(こもり)ける。
能登守(のとのかみ)是(これ)をきき、福原(ふくはら)より三千(さんぜん)余騎(よき)で馳(はせ)くだり【下り】、
いまぎ【今木】の城(じやう)をせめ【攻め】給(たま)ふ。能登殿(のとどの)「奴原(きやつばら)はこわい(こはい)御敵(おんかたき)
で候(さうらふ)。かさね【重ね】て勢(せい)を給(たま)はらん」と申(まう)されければ、福原(ふくはら)より
数万騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)をむけらるるよし聞(きこ)えし程(ほど)に、城(じやう)の
うちの兵物(つはもの)ども【共】、手(て)のきはたたかひ、分捕(ぶんどり)高名(かうみやう)しきは
めて、「平家(へいけ)は大勢(おほぜい)でまします也(なり)。我等(われら)は無勢(ぶせい)なり。
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いかにも叶(かなふ)まじ。ここをばおち【落ち】てしばらくいき【息】をつが【継】
む」とて、臼杵(うすきの)二郎(じらう)・緒方(をかたの)三郎(さぶらう)舟(ふね)にとりのり、鎮西(ちんぜい)へ
おしわたる。河野(かはの)は伊与【*伊予】(いよ)へぞ渡(わた)りける。能登殿(のとどの)「いまは
うつべき敵(かたき)なし」とて、福原(ふくはら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。
大臣殿(おほいとの)をはじめたてま(ッ)【奉つ】て、平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)
より【寄り】あひ給(たま)ひて、能登殿(のとどの)の毎度(まいど)の高名(かうみやう)をぞ
『三草勢揃(みくさせいぞろへ)』S0907
一同(いちどう)に感(かん)じあはれける。○正月(しやうぐわつ)廿九日(にじふくにち)、範頼(のりより)・義経(よしつね)院参(ゐんざん)
して、平家(へいけ)追討(ついたう)のために西国(さいこく)へ発向(はつかう)すべきよし
奏聞(そうもん)しけるに、「本朝(ほんてう)には神代(じんだい)よりつたはれる三(みつ)の御宝(おんたから)
P09069
あり【有り】。内侍所(ないしどころ)・神璽(しんし)・宝剣(ほうけん)これ也(なり)。相(あひ)構(かまへ)て事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なく
かへし【返し】いれ【入れ】たてまつれ【奉れ】」と仰(おほせ)下(くだ)さる。両人(りやうにん)かしこまり
うけ給(たま)は(ッ)【承つ】てまかり【罷り】いで【出で】ぬ。同(おなじき)二月(にぐわつ)四日(よつかのひ)、福原(ふくはら)には、故(こ)入
道(にふだう)相国(しやうこく)の忌日(きにち)とて、仏事(ぶつじ)かた【形】のごとく【如く】おこなはる。
あさゆふのいくさだち【軍立ち】に、過(すぎ)ゆく月日(つきひ)はしら【知ら】ね共(ども)、こぞ【去年】は
ことしにめぐりきて、うかり【憂かり】し春(はる)にも成(なり)にけり。
世(よ)の世(よ)にてあらましかば、いかなる起立(きりふ)(キリウ)塔婆(たふば)(タウバ)のくはたて【企て】、
供仏(くぶつ)(グぶつ)施僧(せそう)のいとなみもあるべかりしかども【共】、ただ男女(なんによ)
の君達(きんだち)さしつどひて、なく【泣く】より外(ほか)の事(こと)ぞなき。
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其(その)次(つい)でに叙位(じよゐ)除目(ぢもく)おこなはれて、僧(そう)も俗(ぞく)も
みなつかさ【司】なされけり。門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)、正(じやう)二位(にゐの)大納言(だいなごん)に
なり【成り】たまふ【給ふ】べきよし、大臣殿(おほいとの)よりの給(たま)ひ【宣ひ】ければ、教盛卿(のりもりのきやう)、
けふまでもあればあるかのわが身(み)かは
夢(ゆめ)のうちにもゆめ【夢】をみる【見る】かな W067
と御返事(おんぺんじ)申(まう)させ給(たま)ひて、つゐに(つひに)【遂に】大納言(だいなごん)にもなり
たまは【給は】ず。大外記(だいげき)中原(なかはらの)師直(もろなほ)(もろナフ)が子(こ)、周防介(すはうのすけ)師純(もろずみ)、大外記(だいげき)
になる。兵部少輔(ひやうぶのせう)正明(まさあきら)、五位(ごゐの)蔵人(くらんど)になされて蔵人(くらんどの)少輔(せう)
とぞいはれける。昔(むかし)将門(まさかど)が東(とう)八ケ国(はつかこく)をうちしたがへて、
P09071
下総国(しもつふさのくに)相馬郡(さうまのこほり)に都(みやこ)をたて、我(わが)身(み)を平親王(へいしんわう)と
称(しよう)(セウ)して、百官(ひやくくわん)をなしたりしには、暦博士(こよみのはかせ)ぞなかりける。
これ【是】はそれにはにる【似る】べからず。旧都(きうと)をこそおち【落ち】給(たま)ふと
いへども、主上(しゆしやう)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を帯(たい)して、万乗(ばんじよう)の位(くらゐ)
にそなはり給(たま)へり。叙位(じよゐ)除目(ぢもく)おこなはれんも僻事(ひがこと)
にはあらず。平氏(へいじ)すでに福原(ふくはら)までせめ【攻め】のぼ(ッ)【上つ】て、
宮(みや)こ【都】へかへり入(いる)べきよし聞(きこ)えしかば、故郷(ふるさと)にのこり
とどまる人々(ひとびと)いさみよろこぶ事(こと)なのめならず。二位[B ノ](にゐの)
僧都(そうづ)専親【*全真】(せんしん)は、梶井[B ノ]宮(かぢゐのみや)の年来(としごろ)の御同宿(ごどうじゆく)なりければ、
P09072
風(かぜ)のたよりには申(まう)されけり。宮(みや)よりも又(また)つねは御(おん)をと
づれ(おとづれ)【音信】あり【有り】けり。「旅(たび)の空(そら)のありさま【有様】おぼしめし【思し召し】やるこそ
心(こころ)ぐるしけれ。宮(みや)こ【都】もいまだしづまらず」な(ン)ど(なんど)あそばひ(あそばい)【遊ばい】
て、おくには一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞあり【有り】ける。
人(ひと)しれずそなたをしのぶ【忍ぶ】こころをば
かたぶく月(つき)にたぐへてぞやる W068
僧都(そうづ)是(これ)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、かなしみの涙(なみだ)せきあへ
ず。さるほど【程】に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)は年(とし)へだたり
日(ひ)かさなるにしたがひ【随ひ】て、ふる郷(さと)【故郷】にとどめ【留め】をき(おき)給(たま)ひし
P09073
北方(きたのかた)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の事(こと)をのみなげきかなしみ
たまひ【給ひ】けり。商人(あきびと)のたよりに、をのづから(おのづから)文(ふみ)な(ン)ど(なんど)の
かよふにも、北方(きたのかた)の宮(みや)こ【都】の御(おん)ありさま、心(こころ)ぐるしう
きき給(たま)ふに、さらばむかへ【向へ】[M と]てひとところ【一所】でいかにも
ならばやとはおもへ【思へ】ども、我(わが)身(み)こそあらめ、人(ひと)のため
いたはしくてな(ン)ど(なんど)おぼしめし、しのび【忍び】てあかし
くらし給(たま)ふにこそ、せめての心(こころ)ざしのふかさ【深さ】の程(ほど)も
あらはれけれ。さる程(ほど)に、源氏(げんじ)は四日(よつかのひ)[B 「四」に「二月イ」と傍書]よすべかりしが、
故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)の忌日(きにち)ときい【聞い】て、仏事(ぶつじ)をとげさせんが
P09074
ためによせず。五日(いつかのひ)は西(にし)ふさがり、六日(むゆか)は道忌日(だうきにち)、七日(なぬかのひ)の
卯剋(うのこく)に、一谷(いちのたに)の東西(とうざい)の木戸口(きどぐち)にて源平(げんぺい)矢合(やあはせ)
とこそさだめ【定め】けれ。さりながらも、四日(よつかのひ)は吉日(きちにち)なれば
とて、大手(おほて)搦手(からめて)の大将軍(たいしやうぐん)、軍兵(ぐんびやう)二手(ふたて)にわか(ッ)て
みやこ【都】をたつ。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)は蒲(かばの)御曹司(おんざうし)範頼(のりより)、
相伴(あひともなふ)人々(ひとびと)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)・鏡美(かがみの)次郎(じらう)遠光(とほみつ)・同(おなじく)小次郎(こじらう)
長清(ながきよ)・山名(やまなの)次郎(じらう)教義(のりよし)・同(おなじく)三郎(さぶらう)義行(よしゆき)、侍大将(さぶらひだいしやう)には梶原(かぢはら)
平三(へいざう)景時(かげとき)・嫡子[B ノ](ちやくしの)源太(げんだ)景季(かげすゑ)・次男(じなん)平次(へいじ)景高(かげたか)・同(おなじく)三郎(さぶらう)
景家(かげいへ)・稲毛(いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)・楾谷(はんがいの)四郎(しらう)重朝(しげとも)、同(おなじく)五郎(ごらう)行重(ゆきしげ)・
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小山[B ノ](をやまの)小四郎(こしらう)朝政(ともまさ)・同(おなじく)中沼(なかぬまの)五郎(ごらう)宗政(むねまさ)・結城(ゆふきの)(ユウキの)七郎(しちらう)朝光(ともみつ)・
佐貫(さぬきの)四郎(しらう)大夫(だいふ)広綱(ひろつな)・小野寺[B ノ](をのでらの)禅師(ぜんじ)太郎(たらう)道綱(みちつな)・曾
我(そがの)太郎(たらう)資信(すけのぶ)・中村(なかむら)太郎(たらう)時経(ときつね)・江戸(えどの)四郎(しらう)重春(しげはる)・玉[B ノ]井[B ノ](たまのゐの)
四郎(しらう)資景(すけかげ)・大河津(おほかはづの)太郎(たらう)広行(ひろゆき)・庄(しやうの)三郎(さぶらう)忠家(ただいへ)・同(おなじく)四郎(しらう)
高家(たかいへ)・勝大(せうだいの)(セウタイノ)八郎(はちらう)行平(ゆきひら)・久下(くげの)二郎(じらう)重光(しげみつ)・河原(かはら)太郎(たらう)
高直(たかなほ)・同(おなじく)次郎(じらう)盛直(もりなほ)・藤田(ふぢたの)三郎(さぶらう)大夫(だいふ)行泰(ゆきやす)を先(さき)として、
都合(つがふ)其(その)勢(せい)五万(ごまん)余騎(よき)、二月(にぐわつ)四日(よつかのひ)の辰(たつ)の一点(いつてん)に都(みやこ)
をた(ッ)て、其(その)日(ひの)申酉[B ノ](さるとりの)剋(こく)に摂津国(つのくに)■陽野(こやの)に
陣(ぢん)をとる。搦手(からめて)の大将軍(たいしやうぐん)は九郎(くらう)御曹司(おんざうし)義経(よしつね)、同(おなじ)く
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伴(ともな)ふ人々(ひとびと)、安田(やすだの)三郎(さぶらう)義貞(よしさだ)・大内[B ノ](おほうちの)太郎(たらう)維義(これよし)・村上(むらかみの)判
官代(はんぐわんだい)康国(やすくに)・田代(たしろの)冠者(くわんじや)信綱(のぶつな)、侍大将(さぶらひだいしやう)には土肥(とひの)次郎(じらう)実
平(さねひら)・子息[B ノ](しそくの)弥太郎(やたらう)遠平(とほひら)・三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)・子息[B ノ](しそくの)平六(へいろく)義村(よしむら)・
畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)・同(おなじく)長野(ながのの)三郎(さぶらう)重清(しげきよ)・三浦(みうらの)佐原(さはらの)
十郎(じふらう)義連(よしつら)・和田(わだの)小太郎(こたらう)義盛(よしもり)・同(おなじく)次郎(じらう)義茂(よしもち)・同(おなじく)三郎(さぶらう)
宗実(むねざね)・佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)・同(おなじく)五郎(ごらう)義清(よしきよ)・熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直
実(なほざね)・子息[B ノ](しそくの)小次郎(こじらう)直家(なほいへ)・平山(ひらやまの)武者所(むしやどころ)季重(すゑしげ)・天野(あまのの)次郎(じらう)
直経(なほつね)・小河(をがはの)次郎(じらう)資能(すけよし)・原(はらの)三郎(さぶらう)清益(きよます)・金子(かねこの)十郎(じふらう)家
忠(いへただ)・同(おなじく)与一(よいち)親範(ちかのり)・渡柳(わたりやなぎの)弥五郎(いやごらう)清忠(きよただ)・別府(べつぷの)小太郎(こたらう)清
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重(きよしげ)・多々羅(たたらの)五郎(ごらう)義春(よしはる)・其(その)子(こ)の太郎(たらう)光義(みつよし)・片岡(かたをかの)太郎(たらう)
経春(つねはる)・源八(げんぱち)広綱(ひろつな)・伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・奥州[B ノ](あうしうの)佐藤(さとう)三郎(さぶらう)嗣信(つぎのぶ)・
同(おなじく)四郎(しらう)忠信(ただのぶ)・江田[B ノ](えだの)源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)を先(さき)
として、都合(つがふ)其(その)勢(せい)一万(いちまん)余騎(よき)、同(おなじき)日(ひ)の同(おなじき)時(とき)に宮(みや)こ【都】を
た(ッ)て丹波路(たんばぢ)にかかり、二日路(ふつかぢ)を一日(ひとひ)にう(ッ)【打つ】て、播磨(はりま)と
丹波(たんば)のさかひなる三草(みくさ)の山(やま)の東(ひがし)の山(やま)ぐち【山口】、小野原(をのばら)に
『三草合戦(みくさかつせん)』S0908
こそつきにけれ。○平家(へいけ)の方(かた)には大将軍(たいしやうぐん)小松(こまつの)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)
資盛(すけもり)・同(おなじく)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)忠房(ただふさ)・備中守(びつちゆうのかみ)師盛(もろもり)、
侍大将(さぶらひだいしやう)には、平内兵衛(へいないびやうゑ)清家(きよいへ)・海老(えみの)次郎(じらう)盛方(もりかた)を初(はじめ)として、
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都合(つがふ)其(その)勢(せい)三千(さんぜん)余騎(よき)、小野原(をのばら)より三里(さんり)へだてて、三草(みくさ)
のやま【山】の西(にし)の山口(やまぐち)に陣(ぢん)をとる。其(その)夜(よ)の戌(いぬ)の剋(こく)ば
かり、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、土肥(とひの)次郎(じらう)をめし【召し】て、「平家(へいけ)はこれ【是】
より三里(さんり)へだてて、三草(みくさ)の山(やま)の西(にし)の山口(やまぐち)に大勢(おほぜい)でひかへ
たんなるは。今夜(こよひ)夜討(ようち)によすべきか、あすのいくさ【軍】か」と
のたまへ【宣へ】ば、田代(たしろの)冠者(くわんじや)すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「あすのいく
さ【軍】とのべ【延べ】られなば、平家(へいけ)せい【勢】つき候(さうらひ)なんず。平家(へいけ)は三千(さんぜん)
余騎(よき)、御方(みかた)の御(おん)せい【勢】は一万(いちまん)余騎(よき)、はるかの理(り)に候(さうらふ)。夜(よ)
うち【夜討】よかんぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、土肥(とひの)次郎(じらう)「いしう
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申(まう)させ給(たま)ふ田代殿(たしろどの)かな。さらばやがてよせさせ給(たま)へ」
とてう(ッ)【打つ】たち【立ち】けり。つはものども【共】「くらさはくらし、
いかがせんずる」と口々(くちぐち)に申(まうし)ければ、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)「例(れい)
の大(おほ)だい松(まつ)はいかに」。土肥(とひの)二郎(じらう)「さる事(こと)候(さうらふ)」とて、
小野原(をのばら)の在家(ざいけ)に火(ひ)をぞかけたりける。これ【是】をはじ
めて、野(の)にも山(やま)にも、草(くさ)にも木(き)にも、火(ひ)をつけ
たれば、ひるにはち(ッ)ともおとらずして、三里(さんり)の山(やま)を
こえ【越え】ゆき【行き】けり。此(この)田代(たしろ)冠者(くわんじや)と申(まうす)は、父(ちち)は伊豆国(いづのくに)の
さきの国司(こくし)中納言(ちゆうなごん)為綱(ためつな)の末葉(ばつえふ)也(なり)。母(はは)は狩野介(かののすけ)
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茂光(もちみつ)がむすめをおもふ(おもう)【思う】てまうけたりしを、母方(ははかた)の
祖父(そぶ)にあづけて、弓矢(ゆみや)とりにはしたて【仕立て】たり。
俗姓(ぞくしやう)を尋(たづ)ぬれば、後三条院(ごさんでうのゐんの)第三(だいさんの)王子(わうじ)、資仁親王(すけひとのしんわう)
より五代(ごだい)の孫(そん)也(なり)。俗姓(ぞくしやう)もよきうへ【上】、弓矢(ゆみや)と(ッ)ても
よかりけり。平家(へいけ)の方(かた)には其(その)夜(よ)夜(よ)うち【夜討】によせ【寄せ】んずる
をばしら【知ら】ずして、「いくさ【軍】はさだめて【定めて】あすのいくさ【軍】で
ぞあらんずらん。いくさ【軍】にもねぶたい【眠たい】は大事(だいじ)の事(こと)ぞ。
ようね【寝】ていくさ【軍】せよ」とて、先陣(せんぢん)はをのづから(おのづから)
用心(ようじん)するもあり【有り】けれども、後陣(ごぢん)のものども【共】、或(あるい)は
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甲(かぶと)枕(まくら)にし、或(あるい)は鎧(よろひ)の袖(そで)・ゑびら(えびら)【箙】な(ン)ど(なんど)を枕(まくら)にして、先
後(ぜんご)もしら【知ら】ずぞふしたりける。夜半(やはん)ばかり、源氏(げんじ)一万騎(いちまんぎ)
おしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。平家(へいけ)の方(かた)にはあまりに
あはて(あわて)【慌て】さはひ(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とるものは矢(や)をしら【知ら】ず、矢(や)とる
ものは弓(ゆみ)をしら【知ら】ず、馬(むま)にあてられじと、なか【中】をあけ
てぞとをし(とほし)【通し】ける。源氏(げんじ)はおち【落ち】ゆく【行く】かたき【敵】をあそこ
にお(ッ)【追つ】かけ、ここにお(ッ)【追つ】つめせめ【攻め】ければ、平氏(へいじ)の軍兵(ぐんびやう)
やには【矢庭】に五百(ごひやく)余騎(よき)うた【討た】れぬ。手(て)おふものどもおほ
かり【多かり】けり。大将軍(たいしやうぐん)小松(こまつ)の新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)・同(おなじく)少将(せうしやう)・丹
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後(たんごの)侍従(じじゆう)、面目(めんぼく)なうやおもは【思は】れけん、播磨国(はりまのくに)高砂(たかさご)
より舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)へ渡(わたり)給(たま)ひぬ。備中守(びつちゆうのかみ)
は平内兵衛(へいないびやうゑ)・海老(えみの)二郎(じらう)をめし【召し】ぐし【具し】て、一谷(いちのたに)へぞ
『老馬(らうば)』S0909
まいら(まゐら)【参ら】れける。○大臣殿(おほいとの)は安芸(あきの)右馬助(うまのすけ)能行(よしゆき)を使
者(ししや)で、平家(へいけ)の君達(きんだち)のかたがた【方々】へ、「九郎(くらう)義経(よしつね)こそ、
三草(みくさ)の手(て)をせめ【攻め】おとひ(おとい)【落い】て、すでにみだれ入(いり)候(さうらふ)な
れ。山(やま)の手(て)は大事(だいじ)に候(さうらふ)。おのおのむかは【向は】れ候(さうら)へ」とのた
まひ【宣ひ】ければ、みな辞(じ)し申(まう)されけり。能登殿(のとどの)のもとへ
「たびたびの事(こと)で候(さうら)へども、御(ご)へんむかは【向は】れ候(さうらひ)なんや」と
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のたまひ【宣ひ】つかはさ【遣さ】れたりければ、能登殿(のとどの)の返事(へんじ)には、
「いくさ【軍】をば我(わが)身(み)ひとつ【一つ】の大事(だいじ)ぞとおもふ(おもう)【思う】てこそ
よう候(さうら)へ。かり【猟】すなどり【漁】な(ン)ど(なんど)のやうに、足(あし)だち【足立】のよか
らう方(かた)へはむかは【向は】ん、あしからう方(かた)へはむかは【向は】じな(ン)ど(なんど)候(さうら)
はんには、いくさ【軍】に勝(かつ)事(こと)よも候(さうら)はじ。いくたびで
も候(さうら)へ、こはからう方(かた)へは、教経(のりつね)うけ給(たま)は(ッ)【承つ】てむかひ【向ひ】
候(さうら)はん。一方(いつぱう)ばかりはうちやぶり候(さうらふ)べし。御心(おんこころ)やすう
おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)へ」と、たのもしげ【頼もし気】にぞ申(まう)されける。
大臣殿(おほいとの)なのめならず悦(よろこび)て、越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)を先(さき)
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として、能登殿(のとどの)に一万(いちまん)余騎(よき)をぞつけられける。
兄(あに)の越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)道盛【*通盛】卿(みちもりのきやう)あひ具(ぐ)して山(やま)の手(て)をぞ
かため給(たま)ふ。山(やま)の手(て)〔と〕申(まうす)は鵯越(ひよどりごえ)のふもと【麓】なり。
通盛卿(みちもりのきやう)は能登殿(のとどの)のかり屋(や)【仮屋】に北(きた)の方(かた)むかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て、
最後(さいご)のなごりおしま(をしま)【惜しま】れけり。能登殿(のとどの)大(おほき)にいか(ッ)て、
「此(この)手(て)はこはひ(こはい)方(かた)とて教経(のりつね)をむけられて候(さうらふ)也(なり)。
誠(まこと)にこはう候(さうらふ)べし。只今(ただいま)もうへ【上】の山(やま)より源氏(げんじ)ざ(ッ)と
おとし【落し】候(さうらひ)なば、とる物(もの)もとりあへ候(さうら)はじ。たとひ弓(ゆみ)を
も(ッ)たりとも、矢(や)をはげずはかなひ【叶ひ】がたし。たとひ
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矢(や)をはげたりとも、ひか【引か】ずはなを(なほ)【猶】あしかる【悪しかる】べし。
ましてさ様(やう)にうちとけさせ給(たまひ)ては、なんのよう【用】にか
たたせ給(たま)ふべき」といさめられて、げにもとやおも
は【思は】れけん、いそぎ物(もの)の具(ぐ)して、人(ひと)をばかへし給(たま)ひ
けり。五日(いつかのひ)のくれがた【暮れ方】に、源氏(げんじ)■陽野(こやの)をた(ッ)て、
やうやう生田(いくた)の森(もり)にせめ【攻め】ちかづく【近付く】。雀(すずめ)の松原(まつばら)・御影(みかげ)の
杜(もり)・■陽野(こやの)の方(かた)をみわたせ【渡せ】ば、源氏(げんじ)手々(てんで)に陣(ぢん)を
と(ッ)て、とを火(び)(とほび)【遠火】をたく。ふけゆくままにながむれば、
山(やま)のは【端】いづる【出づる】月(つき)のごとし【如し】。平家(へいけ)もとを火(び)(とほび)【遠火】たけやとて、
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生田[B ノ]森(いくたのもり)にもかたのごとくぞたいたりける。あけ【明け】ゆく【行く】
ままにみ【見】わたせ【渡せ】ば、はれ【晴れ】たる空(そら)のほし【星】のごとし【如し】。これや
むかし沢辺(さはべ)のほたる【蛍】と詠(えい)じ給(たま)ひけんも、今(いま)こそ
思(おも)ひしられけれ。[B 老馬イ]源氏(げんじ)はあそこに陣(ぢん)と(ッ)て馬(むま)やすめ、
ここに陣(ぢん)と(ッ)て馬(むま)かひ【飼ひ】な(ン)ど(なんど)しけるほど【程】にいそがず。
平家(へいけ)の方(かた)には今(いま)やよする【寄する】いまやよする【寄する】と、やすい心(こころ)
もなかりけり。六日(むゆか)のあけぼの【曙】に、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、一
万(いちまん)余騎(よき)を二手(ふたて)にわか(ッ)て、まづ土肥(とひの)二郎(じらう)実平(さねひら)をば
七千(しちせん)余騎(よき)で一(いち)の谷(たに)の西(にし)の手(て)へさしつかはす【遣す】。我(わが)身(み)は
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三千(さんぜん)余騎(よき)で一(いち)の谷(たに)のうしろ、鵯越(ひよどりごえ)をおとさ【落さ】んと、
丹波路(たんばぢ)より搦手(からめて)にこそまはられけれ。兵物(つはもの)ども【共】
「これはきこゆる【聞ゆる】悪所(あくしよ)であ(ン)なり。敵(かたき)にあふ(あう)てこそ
死(し)にたけれ、悪所(あくしよ)におち【落ち】ては死(し)にたからず。あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)
此(この)山(やま)の案内者(あんないしや)やあるらん」と、めんめんに申(まうし)ければ、
武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)平山(ひらやまの)武者所(むしやどころ)すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、
「季重(すゑしげ)こそ案内(あんない)は知(しり)て候(さうら)へ」。御曹司(おんざうし)「わとのは東国(とうごく)
そだちのものの、けふはじめてみる【見る】西国(さいこく)の山(やま)の
案内者(あんないしや)、大(おほき)にまことしからず」との給(たま)へ【宣へ】ば、平山(ひらやま)かさね【重ね】
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て申(まうし)けるは、「御諚(ごぢやう)ともおぼえ候(さうら)はぬものかな。吉野(よしの)・
泊瀬(はつせ)の花(はな)をば歌人(かじん)がしり、敵(かたき)のこも(ッ)たる城(じやう)の
うしろの案内(あんない)をば、かう【剛】の者(もの)がしる候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、
是(これ)又(また)傍若無人(ばうじやくぶじん)にぞきこえ【聞え】ける。又(また)武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)
別府[B ノ](べつぷの)小太郎(こたらう)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になる小冠(せうくわん)
すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「父(ちち)で候(さうらひ)し義重(よししげ)法師(ぼふし)がおしへ(をしへ)【教へ】
候(さうら)ひし[* 「候(さうら)へし」と有るのを他本により訂正]は、「敵(かたき)にもおそはれよ、山越(やま)ごえの狩(かり)をもせよ、深
山(しんざん)にまよひたらん時(とき)は、老馬(らうば)に手綱(たづな)をうちかけて、
さきにお(ッ)【追つ】たててゆけ。かならず【必ず】道(みち)へいづる【出づる】ぞ」とこそ
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をしへ【教へ】候(さうらひ)しか」。御曹司(おんざうし)「やさしうも申(まうし)たる物(もの)かな。「雪(ゆき)は
野原(のばら)をうづめども、老(おい)たる馬(むま)ぞ道(みち)はしる【知る】」といふ【云ふ】
ためし【例】あり」とて、白葦毛(しらあしげ)なる老馬(らうば)にかがみ鞍(くら)【鏡鞍】
をき(おき)、しろぐつは(しろぐつわ)【白轡】はげ、手綱(たづな)むす(ン)でうちかけ、さき
にお(ッ)【追つ】たてて、いまだしらぬ深山(みやま)へこそいり給(たま)へ。比(ころ)はきさ
らぎ【二月】はじめの事(こと)なれば、峰(みね)の雪(ゆき)むら消(ぎ)えて、花(はな)
かとみゆる所(ところ)もあり【有り】。谷(たに)の鴬(うぐひす)をとづれ(おとづれ)て、霞(かすみ)
にまよふところ【所】もあり【有り】。のぼれば白雲(はくうん)皓々(かうかう)として
聳(そび)へ(そびえ)、下(くだ)れば青山(せいざん)峨々(がが)として岸(きし)たかし【高し】。松(まつ)の
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雪(ゆき)だに消(きえ)やらで、苔(こけ)のほそ道(みち)かすか【幽】なり。嵐(あらし)に
たぐふおりおり(をりをり)【折々】は、梅花(ばいくわ)とも又(また)うたがはるれ。東西(とうざい)に
鞭(むち)をあげ、駒(こま)をはやめてゆく【行く】程(ほど)に、山路(やまぢ)に日(ひ)くれ
ぬれば、みなおりゐて陣(ぢん)をとる。武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)
老翁(らうおう)を一人(いちにん)具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】たり。御曹司(おんざうし)「あれは
なにもの【何者】ぞ」と問(とひ)たまへ【給へ】ば、「此(この)山(やま)の猟師(れふし)で候(さうらふ)」と申(まう)
す。「さては案内(あんない)はし(ッ)【知つ】たるらん、ありのままに申(まう)せ」とこそ
のたまひ【宣ひ】けれ。「争(いかで)か存知(ぞんぢ)仕(つかまつ)らで候(さうらふ)べき」。「これ【是】より平
家(へいけ)の城郭(じやうくわく)一谷(いちのたに)へおとさ【落さ】んとおもふ【思ふ】はいかに」。「ゆめゆめ
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叶(かな)ひ候(さうらふ)まじ。卅(さんじふ)丈(ぢやう)の谷(たに)、十五(じふご)丈(ぢやう)の岩(いは)さきな(ン)ど(なんど)申(まうす)所(ところ)は、
人(ひと)のかよふべき様(やう)候(さうら)はず。まして御馬(おんむま)な(ン)ど(なんど)は思(おも)ひも
より候(さうら)はず」。其うへ、城のうちにはおとしあなをもほり、
ひしをもうへ(うゑ)て待まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候らん」と申。さてさ様(やう)の
所(ところ)は鹿(しか)はかよふ【通ふ】か」。「鹿(しか)はかよひ候(さうらふ)。世間(せけん)だにもあたたかに
なり候(さうら)へば、草(くさ)のふかい【深い】にふさ【伏さ】うどて、播磨(はりま)の鹿(しか)は
丹波(たんば)へこえ、世間(せけん)だにさむうなり候(さうら)へば、雪(ゆき)のあさりに
はま【食ま】んとて、丹波(たんば)の鹿(しか)は播磨(はりま)のいなみ野(の)【印南野】へかよひ候(さうらふ)」
と申(まうす)。御曹司(おんざうし)「さては馬場(ばば)ごさんなれ。鹿(しか)のかよO[BH は]ふ(う)
P09092
所(ところ)を馬(むま)のかよはぬやう【様】やある。やがてなんぢ案内者(あんないしや)
つかまつれ【仕れ】」とぞのたまひ【宣ひ】ける。此(この)身(み)はとし【年】老(おい)てかなう(かなふ)【叶ふ】
まじひ(まじい)よしを申(まう)す。「汝(なんぢ)が子(こ)はないか」。「候(さうらふ)」とて、熊王(くまわう)と云(いふ)
童(わらは)の、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になるをたてまつる【奉る】。やがて
もとどり【髻】とりあげ、父(ちち)をば鷲尾(わしをの)庄司(しやうじ)武久(たけひさ)といふ間(あひだ)、
これ【是】をば鷲尾(わしを)の三郎(さぶらう)義久(よしひさ)となのら【名乗ら】せ、さきうち【先打】
せさせて案内者(あんないしや)にこそ具(ぐ)せられけれ。平家(へいけ)追討(ついたう)
の後(のち)、鎌倉(かまくら)殿(どの)になか【中】たがう【違う】て、奥州(あうしう)でうた【討た】れ給(たま)ひし時(とき)、
鷲尾(わしをの)三郎(さぶらう)義久(よしひさ)とて、一所(いつしよ)で死(しに)にける兵物(つはもの)也(なり)。
P09093
『一二(いちに)之(の)懸(かけ)』S0910
○六日(むゆか)の夜半(やはん)ばかりまでは、熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)搦手(からめて)にぞ候(さうらひ)ける。
熊谷(くまがへの)二郎(じらう)、子息(しそく)の小二郎(こじらう)をよう【呼う】でいひけるは、「此(この)手(て)は、
悪所(あくしよ)をおとさ【落さ】んずる時(とき)に、誰(たれ)さきといふ事(こと)もあるまじ。
いざうれ、これ【是】より土肥(とひ)がうけ給(たまはつ)【承つ】てむかふ(むかう)【向う】たる播磨
路(はりまぢ)へむかう【向う】て、一(いち)の谷(たに)のま(ッ)さきかけう」どいひければ、
小二郎(こじらう)「しかる【然る】べう候(さうらふ)。直家(なほいへ)もかうこそ申(まうし)たう候(さうらひ)つれ。
さらばやがてよせさせ給(たま)へ」と申(まう)す。熊谷(くまがへ)「まことや
平山(ひらやま)も此(この)手(て)にあるぞかし。うちごみ【打込】のいくさ【軍】このま
ぬもの【物】なり。平山(ひらやま)がやう見(み)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とて、下人(げにん)をつかはす【遣す】。
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案(あん)のごとく平山(ひらやま)は熊谷(くまがへ)よりさきにいで【出で】立(たち)て、「人(ひと)をば
しら【知ら】ず、季重(すゑしげ)におゐて(おいて)はひとひき【一引】もひくまじひ(まじい)
物(もの)を」とひとり事(ごと)【独り言】をぞしゐ【居】たりける。下人(げにん)が馬(むま)を
かう(かふ)【飼ふ】とて、「に(ッ)くい馬(むま)のながぐらゐ(ながぐらひ)【長食】かな」とて、うち
ければ、「かうなせそ、其(その)馬(むま)のなごり【名残】もこよひ【今宵】ばかりぞ」
とて、う(ッ)【打つ】たち【立ち】けり。下人(げにん)はしり【走り】かへ(ッ)【帰つ】て、いそぎ此(この)よし
告(つげ)たりければ、「さればこそ」とて、やがてこれ【是】もうち
いで【出で】けり。熊谷(くまがへ)はかち【褐】のひたたれ【直垂】に、あか皮(がは)おどし(をどし)の
鎧(よろひ)きて、くれなゐ【紅】のほろをかけ、ごんだ栗毛(くりげ)といふ
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聞(きこ)ゆる名馬(めいば)にぞの(ッ)【乗つ】たりける。小二郎(こじらう)はおもだか【沢瀉】を
一(ひと)しほ【一入】す(ッ)【摺つ】たる直垂(ひたたれ)に、ふしなは目(め)【節縄目】の鎧(よろひ)きて、西楼(せいろう)と
いふ白月毛(しらつきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たりけり。旗(はた)さし【旗差し】はきちん【麹塵】の
直垂(ひたたれ)に、小桜(こざくら)を黄(き)にかへい【返い】たる鎧(よろひ)きて、黄河原毛(きかはらげ)
なる馬(むま)にぞの(ッ)【乗つ】たりける。おとさ【落さ】んずる谷(たに)をば弓手(ゆんで)に
みなし、馬手(めて)へあゆま【歩ま】せゆく程(ほど)に、としごろ【年来】人(ひと)も
かよはぬ田井(たゐ)(タイ)の畑(はた)といふふる道(みち)【古道】をへて、一(いち)の谷(たに)の
浪(なみ)うちぎはへぞ出(いで)たりける。一谷(いちのたに)ちかく【近く】塩屋(しほや)といふ
所(ところ)に、いまだ夜(よ)ふかかり【深かり】ければ、土肥(とひの)二郎(じらう)実平(さねひら)、七千(しちせん)
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余騎(よき)でひかへたり。熊谷(くまがへ)は浪(なみ)うちぎはより、夜(よ)に
まぎれて、そこをつ(ッ)とうちとをり(とほり)【通り】、一谷(いちのたに)の西(にし)の
木戸口(きどぐち)にぞをし(おし)【押し】よせたる。その時(とき)はいまだ夜(よ)ふかか
り【深かり】ければ、敵(かたき)の方(かた)にもしづまりかへ(ッ)【返つ】ておと【音】もせず。
御方(みかた)一騎(いつき)もつづかず。熊谷(くまがへの)二郎(じらう)子息(しそく)の小二郎(こじらう)をよう【呼う】
でいひけるは、「我(われ)も我(われ)もと、先(さき)に心(こころ)をかけたる人々(ひとびと)は
おほかる【多かる】らん。心(こころ)せばう直実(なほざね)ばかりとはおもふ【思ふ】べからず。
すでによせたれども、いまだ夜(よ)のあくるを相(あひ)待(まち)て、
此(この)辺(へん)にもひかへたるらん、いざなのら【名乗ら】う」どて、かいだて
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のきはにあゆま【歩ま】せより、大音声(だいおんじやう)をあげて、「武蔵国(むさしのくにの)
住人(ぢゆうにん)、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)、子息(しそく)の小二郎(こじらう)直家(なほいへ)、一谷(いちのたに)
先陣(せんぢん)ぞや」とぞ名(な)の(ッ)【名乗つ】たる。平家(へいけ)の方(かた)には「よし、をと(おと)【音】な
せそ。敵(かたき)に馬(むま)の足(あし)をつからかさ【疲らかさ】せよ。矢(や)だねをい【射】つく
させよ」とて、あひしらふものもなかりけり。さる程(ほど)に、
又(また)うしろに武者(むしや)こそ一騎(いつき)つづひ(つづい)【続い】たれ。「たそ」ととへば
「季重(すゑしげ)」とこたふ。「とふはたそ」。「直実(なほざね)ぞかし」。「いかに熊谷
殿(くまがへどの)はいつよりぞ」。「直実(なほざね)は宵(よひ)[B 「夜居(よゐ)」に「宵」と傍書]より」とぞこたへ
ける。「季重(すゑしげ)もやがてつづひ(つづい)【続い】てよすべかりつるを、成田(なりだ)
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五郎(ごらう)にたばかられて、いま【今】まで遅々(ちち)したる也(なり)。成田(なりだ)が
「死(し)なば一所(いつしよ)で死(し)なう」どちぎるあひだ、「さらば」とて、
うちつれよする【寄する】あひだ【間】、「いたう、平山殿(ひらやまどの)、さきかけばや
り【先駆逸り】なしたまひ【給ひ】そ。先(さき)をかくるといふは、御方(みかた)のせい【勢】を
うしろにをい(おい)【置い】てかけたればこそ、高名(かうみやう)不覚(ふかく)も人(ひと)に
しら【知ら】るれ。只(ただ)一騎(いつき)大勢(おほぜい)の中(なか)にかけい(ッ)て、うた【討た】れたらん
は、なんの詮(せん)かあらんずるぞ」とせいする【制する】間(あひだ)、げにもと
思(おも)ひ、小坂(こざか)のあるをさきにうちのぼせ【上せ】、馬(むま)のかしら【頭】を
くだりさまにひ(ッ)【引つ】たてて、御方(みかた)のせい【勢】をまつところ【所】に、
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成田(なりだ)もつづひ(つづい)【続い】ていで【出で】きたり。うちならべていくさ【軍】の
やう【様】をもいひあはせ【合はせ】んずるかとおもひ【思ひ】たれば、さは
なくて、季重(すゑしげ)をばすげなげにうちみて、やがて
つ(ッ)とはせ【馳せ】ぬいてとをる(とほる)【通る】あひだ【間】、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、此(この)ものはたば
か(ッ)て、先(さき)かけうどしけるよ」とおもひ【思ひ】、五六段(ごろくたん)ばかり
さきだ(ッ)たるを、あれが馬(むま)は我(わが)馬(むま)よりはよはげ(よわげ)【弱気】なる物(もの)
をと目(め)をかけ、一(ひと)もみもうでお(ッ)【追つ】ついて、「まさなうも
季重(すゑしげ)ほどの物(もの)をばたばかりたまふ【給ふ】ものかな」といひ
かけ、うちすててよせつれば、はるかにさがりぬらん。よも
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うしろかげをも見(み)たらじ」とぞいひける。熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)、
かれこれ【彼此】五騎(ごき)でひかへたり。さる程(ほど)に、しののめやうやう
あけゆけ【行け】ば、熊谷(くまがへ)は先(さき)になの(ッ)【名乗つ】たれども【共】、平山(ひらやま)がきく
になのら【名乗ら】んとやおもひ【思ひ】けん、又(また)かいだて【垣楯】のきはにあ
ゆま【歩ま】せより、大音声(だいおんじやう)をあげて、「以前(いぜん)になの(ッ)【名乗つ】つる
武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)、熊谷(くまがへの)二郎(じらう)直実(なほざね)、子息(しそく)の小二郎(こじらう)直家(なほいへ)、
一(いち)の谷(たに)の先陣(せんぢん)ぞや、われとおもは【思は】ん平家(へいけ)の侍(さぶらひ)共(ども)
は直実(なほざね)におち【落ち】あへ【合へ】や、おち【落ち】あへ【合へ】」とぞののし(ッ)たる。是(これ)
をきい【聞い】て、「いざや、夜(よ)もすがらなのる【名乗る】熊谷(くまがへ)おや子(こ)【親子】
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ひ(ッ)【引つ】さげてこん」とて、すすむ平家(へいけ)の侍(さぶらひ)たれたれぞ、
越中(ゑつちゆうの)二郎兵衛(じらうびやうゑ)盛嗣(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)
景清(かげきよ)・後藤内[B 「五藤内」とあり「五」に「後」と傍書](ごとうない)定経(さだつね)、これをはじめてむねとのつは
もの【兵】廿(にじふ)余騎(よき)、木戸(きど)をひらいてかけいで【出で】たり。ここに
平山(ひらやま)、しげ目(め)ゆひ【滋目結】の直垂(ひたたれ)にひおどし(ひをどし)【緋縅】の鎧(よろひ)きて、
二(ふたつ)ひきりやう【引両】のほろをかけ、目糟毛(めかすげ)といふきこゆる【聞ゆる】
名馬(めいば)にぞの(ッ)【乗つ】たりける。旗(はた)さし【旗差し】は黒(くろ)かは威(をどし)の鎧(よろひ)に、
甲(かぶと)ゐくび【猪頸】にきないて、さび月毛(つきげ)なる馬(むま)にぞの(ッ)【乗つ】たり
ける。「保元(ほうげん)・平治(へいぢ)両度(りやうど)の合戦(かつせん)に先(さき)かけたりし武蔵
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国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)、平山(ひらやまの)武者所(むしやどころ)季重(すゑしげ)」となの(ッ)【名乗つ】て、旗(はた)さしと
二騎(にき)馬(むま)のはなをならべておめい(をめい)【喚い】てかく。熊谷(くまがへ)
かくれば平山(ひらやま)つづき、平山(ひらやま)かくれば熊谷(くまがへ)つづく。たがひに
われおとら【劣ら】じと入(いれ)かへ【換へ】入(いれ)かへ【換へ】、もみにもうで、火(ひ)いづる【出づる】
程(ほど)ぞせめ【攻め】たりける。平家(へいけ)の侍(さぶらひ)ども【共】手(て)いたうかけ
られて、かなは【叶は】じとやおもひけん、城(じやう)のうちへざ(ッ)と
ひき【引き】、敵(かたき)をとざま【外様】にないてぞふせき【防き】ける。熊谷(くまがへ)は
馬(むま)のふと腹(はら)い【射】させて、はぬれば足(あし)をこえ【越え】ており
立(たち)たり。子息(しそく)の小二郎(こじらう)直家(なほいへ)も、「生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)」となの(ッ)【名乗つ】て、
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かいだてのきはに馬(むま)の鼻(はな)をつかする程(ほど)責(せめ)寄(よせ)て
たたかひ【戦ひ】けるが、弓手(ゆんで)のかいな(かひな)【腕】をい【射】させて馬(むま)より
とびおり、父(ちち)となら(ン)でた(ッ)たりけり。「いかに小二郎(こじらう)、手(て)おふ(おう)
たか」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「つねに鎧(よろひ)づきせよ、うらかかすな。しころをかた
ぶけよ【傾けよ】、うちかぶとい【射】さすな」とぞをしへ【教へ】ける。熊谷(くまがへ)
は鎧(よろひ)にた(ッ)たる矢(や)ども【共】かなぐりすてて、城(じやう)の内(うち)をにら
まへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「こぞの冬(ふゆ)の比(ころ)鎌倉(かまくら)を出(いで)
しより、命(いのち)をば兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)にたてまつり【奉り】、かばねをば
一谷(いちのたに)でさらさんとおもひ【思ひ】き(ッ)たる直実(なほざね)ぞや。「室山(むろやま)・
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水島(みづしま)二ケ度(にかど)の合戦(かつせん)に高名(かうみやう)したり」となのる【名乗る】越中(ゑつちゆうの)
次郎兵衛(じらうびやうゑ)はないか、上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)、悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)はないか、
能登殿(のとどの)はましまさぬか。高名(かうみやう)も敵(かたき)によ(ッ)てこそすれ。
人(ひと)ごとにあふ(あう)【逢う】てはえせまじものを。直実(なほざね)におち【落ち】あへ【合へ】
やおち【落ち】あへ【合へ】」とののし(ッ)たる。是(これ)をきい【聞い】て、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)、
このむ装束(しやうぞく)なれば、こむらご【紺村濃】の直垂(ひたたれ)にあかおどし(あかをどし)【赤威】の
鎧(よろひ)きて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、熊谷(くまがへ)に目(め)をかけて
あゆま【歩ま】せよる。熊谷(くまがへ)おや子(こ)【親子】は、なか【中】をわられじとたち【立ち】
ならんで、太刀(たち)をひたい(ひたひ)にあて、うしろへひとひき【一引】も
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ひかず、いよいよまへへぞすすみける。越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)叶(かな)
はじとや思(おも)ひけん、と(ッ)てかへす【返す】。熊谷(くまがへ)これ【是】をみて、
「いかに、あれは越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)とこそみれ【見れ】。敵(かたき)にはどこを
きらふぞ。直実(なほざね)にをし(おし)【押し】ならべてくめやくめ」といひ
けれども、「さもさうず」とてひ(ッ)【引つ】かへす【返す】。悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)是(これ)
をみて、「きたない殿原(とのばら)のふるまひ【振舞ひ】やうかな」とて、
すでにくまんとかけいで【出で】けるを、鎧(よろひ)の袖(そで)をひかへ
て「君(きみ)の御大事(おんだいじ)是(これ)にかぎるまじ。あるべうもなし」
とせいせ【制せ】られてくまざりけり。其(その)後(のち)熊谷(くまがへ)はのり
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がへにの(ッ)【乗つ】ておめい(をめい)【喚い】てかく。平山(ひらやま)も熊谷(くまがへ)おや子(こ)【親子】が
たたかふ【戦ふ】まぎれに、馬(むま)のいきやすめて、是(これ)も又(また)つづい
たり。平家(へいけ)のかた【方】には馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)はすくなし、
矢倉(やぐら)のうへ【上】の兵(つはもの)ども【共】、矢(や)さき【矢先】をそろへて、雨(あめ)の
ふるやう【様】にい【射】けれども、敵(かたき)はすくなし、みかた【御方】はおほし、
せい【勢】にまぎれて矢(や)にもあたらず、「ただをし(おし)【押し】ならべて
くめやくめ」と下知(げぢ)しけれども【共】、平家(へいけ)の馬(むま)は
のる事(こと)はしげく、かう(かふ)【飼ふ】事(こと)はまれなり、舟(ふね)にはひさ
しう【久しう】たて【立て】たり、より[B 「より」に「彫」と傍書]き(ッ)たる様(やう)なりけり。熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)が
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馬(むま)は、かい(かひ)【飼ひ】にかう【飼う】たる大(だい)の馬(むま)ども【共】なり、ひとあてあてば、
みなけたをさ(たふさ)【倒さ】れぬべきあひだ【間】、をし(おし)【押し】ならべてくむ
武者(むしや)一騎(いつき)もなかりけり。平山(ひらやま)は身(み)にかへて思(おも)ひ
ける旗(はた)さし【旗差し】をい【射】させて、かたき【敵】のなか【中】へわ(ッ)ていり、
やがて其(その)敵(かたき)をと(ッ)てぞ出(いで)たりける。熊谷(くまがへ)も分捕(ぶんどり)あ
またしたりけり。熊谷(くまがへ)さきによせたれど、木戸(きど)を
ひらかねばかけいらず、平山(ひらやま)後(のち)によせたれど、木戸(きど)を
あけたればかけ入(いり)ぬ。さてこそ熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)が一二(いちに)の
『二度(にど)之(の)懸(かけ)』S0911
かけをばあらそひけれ。○さるほど【程】に、成田(なりだ)五郎(ごらう)も
P09108
出(いで)きたり。土肥(とひの)次郎(じらう)ま(ッ)さきかけ、其(その)勢(せい)七千(しちせん)余騎(よき)、色々(いろいろ)
の旗(はた)さし【差し】あげ【上げ】、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。大手(おほて)
生田(いくた)の森(もり)にも源氏(げんじ)五万(ごまん)余騎(よき)でかためたりけるが、
其(その)勢(せい)のなか【中】に武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)、河原(かはら)太郎(たらう)・河原(かはら)次郎(じらう)
といふものあり【有り】。河原(かはら)太郎(たらう)弟(おとと)の次郎(じらう)をよう【呼う】でいひ
けるは、「大名(だいみやう)は我(われ)と手(て)をおろさねども【共】、家人(けにん)の
高名(かうみやう)をも(ッ)て名誉(めいよ)す。われら【我等】はみづから手(て)をおろ
さずはかなひ【叶ひ】がたし。かたき【敵】をまへにをき(おき)【置き】ながら、矢(や)
ひとつ【一つ】だにもい【射】ずして、まちゐたるがあまりにこころ【心】
P09109
もとなう覚(おぼ)ゆるに、高直(たかなほ)はまづ城(じやう)の内(うち)へまぎれ
入(いり)て、ひと矢(や)い【射】んとおもふ【思ふ】なり。されば千万(せんまん)が一(ひとつ)もいき【生き】
てかへらん事(こと)ありがたし。わ殿(との)はのこりとどま(ッ)【留まつ】て、後(のち)の
証人(しようにん)にたて」といひければ、河原(かはら)次郎(じらう)涙(なみだ)をはらはら
とながひ(ながい)【流い】て、「口惜(くちをし)い事(こと)をものたまふ物(もの)かな。ただ
兄弟(きやうだい)二人(ににん)ある物(もの)が、あに【兄】をうたせておとと【弟】が一人(いちにん)のこ
りとどま(ッ)【留まつ】たらば、いく程(ほど)の栄花(えいぐわ)をかたもつ【保つ】べき。
所々(ところどころ)でうた【討た】れんよりも、ひとところ【一所】でこそいかにも
ならめ」とて、下人(げにん)どもよびよせ、最後(さいご)のありさま【有様】
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妻子(さいし)のもとへいひつかはし【遣し】、馬(むま)にものらずげげ[B 「げげ」に「芥下」と傍書]をはき、
弓杖(ゆんづゑ)をつい【突い】て、生田森(いくたのもり)のさかも木(ぎ)【逆茂木】をのぼりこえ、
城(じやう)のうちへぞ入(いり)たりける。星(ほし)あかり【星明かり】に鎧(よろひ)の毛(け)も
さだかならず。河原(かはら)太郎(たらう)大音声(だいおんじやう)をあげて、「武蔵
国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)、河原(かはら)太郎(たらう)私[B ノ](きさいちの)高直(たかなほ)、同(おなじく)次郎(じらう)盛直(もりなほ)、源氏(げんじ)の
大手(おほて)生田[B ノ]森(いくたのもり)の先陣(せんぢん)ぞや」とぞなの(ッ)【名乗つ】たる。平家(へいけ)の方(かた)
には是(これ)をきい【聞い】て、「東国(とうごく)の武士(ぶし)ほどおそろし
かり【恐ろしかり】けるものはなし。是(これ)程(ほど)の大(おほ)ぜい【大勢】の中(なか)へただ
二人(ににん)入(いつ)たらば、何(なに)ほど【程】の事(こと)をかしいだすべき。よしよし
P09111
しばしあひせよ(あいせよ)【愛せよ】」とて、うたんといふものなかりけり。
是等(これら)おととい【兄弟】究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)なれば、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】
さんざん【散々】にいる【射る】あひだ【間】、「にくし、うてや」といふ程(ほど)こそ
あり【有り】けれ、西国(さいこく)にきこえ【聞え】たるつよ弓(ゆみ)【強弓】せい兵(びやう)【精兵】、備中国(びつちゆうのくにの)住
人(ぢゆうにん)、真名辺[B ノ](まなべの)四郎(しらう)・真名辺(まなべの)五郎(ごらう)とておととひ(おととい)【兄弟】あり【有り】。
四郎(しらう)は一(いち)の谷(たに)にをか(おか)【置か】れたり。五郎(ごらう)は生田森(いくたのもり)にあり【有り】
けるが、是(これ)を見(み)てよ(ッ)ぴいてひやうふつといる【射る】。河原(かはら)
太郎(たらう)が鎧(よろひ)のむないたうしろ【後】へつ(ッ)とい【射】ぬかれて、弓杖(ゆんづゑ)に
すがり、すくむところ【所】を、おとと【弟】の次郎(じらう)はしり【走り】よ(ッ)【寄つ】て
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是(これ)をかたにひ(ッ)【引つ】かけ、さかも木(ぎ)【逆茂木】をのぼりこえんと
しけるが、真名辺(まなべ)が二(に)の矢(や)によろひ【鎧】の草摺(くさずり)の
はづれをい【射】させて、おなじ枕(まくら)にふしにけり。真名辺(まなべ)が
下人(げにん)おち【落ち】あふ(あう)【逢う】て、河原(かはら)兄弟(きやうだい)が頸(くび)をとる。是(これ)を新
中納言(しんぢゆうなごん)の見参(げんざん)に入(いれ)たりければ、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)剛(かう)の者(もの)かな。
これ【是】をこそ一人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)ともいふべけれ。あ(ッ)たら者(もの)
どもをたすけ【助け】てみで」とぞのたまひ【宣ひ】ける。其(その)時(とき)下
人(げにん)ども【共】、「河原殿(かはらどの)おととい【兄弟】、只今(ただいま)城(じやう)の内(うち)へま(ッ)さきかけて
うた【討た】れ給(たま)ひぬるぞや」とよばはり【呼ばはり】ければ、梶原(かぢはら)是(これ)を
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きき、「私(し)の党(たう)の殿原(とのばら)の不覚(ふかく)でこそ、河原(かはら)兄弟(きやうだい)
をばうたせたれ。いま【今】は時(とき)よくなり【成り】ぬ。よせよや」とて、
時(とき)をど(ッ)とつくる。やがてつづひ(つづい)【続い】て五万(ごまん)余騎(よき)一度(いちど)に
時(とき)をぞつくりける。足(あし)がる共(ども)にさかも木(ぎ)【逆茂木】取(とり)のけさせ、
梶原(かぢはら)五百(ごひやく)余騎(よき)おめひ(をめい)【喚い】てかく。次男(じなん)平次(へいじ)景高(かげたか)、余(あまり)
にさきをかけんとすすみければ、父(ちち)の平三(へいざう)使者(ししや)を
たてて、「後陣(ごぢん)の勢(せい)のつづかざらんに、さきかけたらん
者(もの)は、勧賞(けんじやう)あるまじき由(よし)、大将軍(たいしやうぐん)のおほせぞ」と
いひければ、平次(へいじ)しばしひかへて
P09114
「もののふのとりつたへたるあづさ弓(ゆみ)
ひいては人(ひと)のかへすものかは W069
と申(まう)させ給(たま)へ」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。「平次(へいじ)うたすな、
つづけやものども【共】、景高(かげたか)うたすな、つづけやもの【者】ども【共】」
とて、父(ちち)の平三(へいざう)、兄(あに)の源太(げんだ)、同(おなじく)三郎(さぶらう)つづいたり。梶原(かぢはら)
五百(ごひやく)余騎(よき)、大勢(おほぜい)のなかへかけいり、さんざん【散々】にたたかひ【戦ひ】、
わづかに五十騎(ごじつき)ばかりにうちなされ、ざ(ッ)とひい【退い】てぞ
出(いで)たりける。いかがしたりけん、其(その)なかに景季(かげすゑ)はみえ【見え】ざり
けり。「いかに源太(げんだ)は、郎等(らうどう)ども【共】」ととひければ、「ふかいり【深入り】し
P09115
てうたれさせ給(たま)ひて候(さうらふ)ごさ(ン)めれ」と申(まうす)。梶原(かぢはら)平三(へいざう)
是(これ)をきき、「世(よ)にあらんとおもふ【思ふ】も子共(こども)がため、源太(げんだ)うた
せて命(いのち)いきても何(なに)かはせん、かへせや」とてと(ッ)て
かへす。梶原(かぢはら)大音声(だいおんじやう)をあげてなのり【名乗り】けるは、「昔(むかし)八幡
殿(はちまんどの)、後三年(ごさんねん)の御(おん)たたかひ【戦ひ】に、出羽国(ではのくに)千福(せんぶく)金沢(かなざは)の城(じやう)
を攻(せめ)させ給(たま)ひける時(とき)、生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)でま(ッ)さき
かけ、弓手(ゆんで)の眼(まなこ)を甲(かぶと)の鉢付(はちつけ)の板(いた)にい【射】つけられな
がら、当(たう)の矢(や)をい【射】て其(その)敵(かたき)をい【射】おとし【落し】、後代[B 氏](こうたい)に名(な)を
あげたりし鎌倉(かまくらの)権五郎(ごんごらう)景正(かげまさ)が末葉(ばつえふ)、梶原(かぢはら)平三(へいざう)
P09116
景時(かげとき)、一人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)ぞや。我(われ)とおもは【思は】ん人々(ひとびと)は、景
時(かげとき)う(ッ)【打つ】て見参(げんざん)にいれよ【入れよ】や」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。
新中納言(しんぢゆうなごん)「梶原(かぢはら)は東国(とうごく)にきこえ【聞え】たる兵(つはもの)ぞ。あます
な、もらす【漏らす】な、うてや」とて、大勢(おほぜい)のなかに取(とり)こめて
攻(せめ)給(たま)へば、梶原(かぢはら)まづ我(わが)身(み)のうへ【上】をばしら【知ら】ずして、
「源太(げんだ)はいづくにあるやらん」とて、数万騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)の
なかを、たてさま・よこさま・蛛手(くもで)・十文字(じふもんじ)にかけ
わりかけまはりたづぬる程(ほど)に、源太(げんだ)はのけ甲(かぶと)に
たたかい(たたかひ)【戦ひ】な(ッ)て、馬(むま)をもい【射】させ、かち立(だち)になり、二丈(にぢやう)計(ばかり)
P09117
あり【有り】ける岸(きし)をうしろにあて【当て】、敵(かたき)五人(ごにん)がなか【中】に取(とり)
籠(こめ)られ、郎等(らうどう)二人(ににん)左右(さう)にたて【立て】て、面(おもて)(ヲモテ)もふらず、命(いのち)も
おしま(をしま)【惜しま】ず、ここを最後(さいご)とふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。梶原(かぢはら)是(これ)
を見(み)つけて、「いまだうた【討た】れざりけり」と、いそぎ馬(むま)
よりとんでおり、「景時(かげとき)ここにあり【有り】。いかに源太(げんだ)、しぬ
る【死ぬる】とも敵(かたき)にうしろをみすな」とて、おや子(こ)【親子】して
五人(ごにん)の敵(かたき)、三人(さんにん)う(ッ)とり、二人(ににん)に手(て)おほせ【負せ】、「弓矢(ゆみや)とりは
かくる【駆くる】もひくもおり(をり)【折】にこそよれ、いざうれ、源太(げんだ)」とて、
かい具(ぐ)してぞ出(いで)たりける。梶原(かぢはら)が二度(にど)のかけ【駆け】とは
P09118
『坂落(さかおとし)』S0912
これ【是】なり。○是(これ)をはじめ【始め】て、秩父(ちちぶ)・足利(あしかが)・三浦(みうら)・鎌倉(かまくら)、党(たう)
には猪俣(ゐのまた)・児玉(こだま)・野井与(のゐよ)・横山(よこやま)・にし【西】党(たう)・都筑党(つづきたう)・私(し)
の党(たう)の兵(つはもの)ども【共】、惣(そう)じて源平(げんぺい)乱(みだれ)あひ、いれ【入れ】かへいれ【入れ】かへ、
名(な)のりかへ名(な)のりかへおめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)、山(やま)をひびかし、
馬(むま)の馳(はせ)ちがふをと(おと)【音】はいかづちの如(ごと)し。い【射】ちがふる矢(や)は
雨(あめ)のふるにことならず。手負(ておひ)(テヲイ)をば肩(かた)にかけ、うしろへ
ひき【引き】しりぞくもあり。うすで【薄手】おふ(おう)【負う】てたたかふ【戦ふ】もあり【有り】。
いた手(で)【痛手】負(おう)て討死(うちじに)するものもあり【有り】。或(あるい)はおしならべて
くんでおち【落ち】、さしちがへて死(し)ぬるもあり、或(あるい)は
P09119
と(ッ)ておさへ【抑へ】て頸(くび)をかくもあり、かかるるもあり、いづれ
ひまありとも見(み)えざりけり。かかりしかども【共】、源氏(げんじ)
大手(おほて)ばかりではかなふ【叶ふ】べしとも見(み)えざりしに、
九郎(くらう)御曹司(おんざうし)搦手(からめて)にまは(ッ)て七日(なぬか)のひの明(あけ)ぼのに、
一(いち)の谷(たに)のうしろ鵯越(ひよどりごえ)にうちあがり【上がり】、すでにおとさ【落さ】ん
としたまふ【給ふ】に、其(その)勢(せい)にや驚(おどろい)たりけん、大鹿(おほじか)二(ふたつ)妻鹿(めじか)
一(ひとつ)、平家(へいけ)の城郭(じやうくわく)一谷(いちのたに)へぞ落(おち)たりける。城(じやう)のうちの
兵(つはもの)ども是(これ)を見(み)て、「里(さと)ちかから【近から】ん鹿(しし)だにも、我等(われら)に
おそれ【恐れ】ては山(やま)ふかうこそ入(いる)べきに、是(これ)程(ほど)の大勢(おほぜい)の
P09120
なかへ、鹿(しし)のおちやう【落ち様】こそあやしけれ。いかさまにも
うへ【上】の山(やま)より源氏(げんじ)おとす【落す】にこそ」とさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】ところ【所】に、
伊与【伊予】国(いよのくにの)住人(ぢゆうにん)、武知(たけち)の武者所(むしやどころ)清教(きよのり)、すすみ出(いで)て、「なんで
まれ、敵(かたき)の方(かた)よりいで【出で】きたらんもの【物】をのがすべき
やう【様】なし」とて、大鹿(おほじか)二(ふた)つい【射】とどめ【留め】て、妻鹿(めじか)をばい【射】でぞ
とをし(とほし)ける。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)「せんない殿原(とのばら)の鹿(しし)のいやう【射様】
かな。唯今(ただいま)の矢(や)一(ひとつ)では敵(かたき)十人(じふにん)はふせか【防か】んずる物(もの)を。
罪(つみ)つくりに、矢(や)だうなに」とぞせいし【制し】ける。御曹司(おんざうし)城郭(じやうくわく)
はるか【遥】に見(み)わたい【渡い】ておはしけるが、「馬(むま)ども【共】をとい(おとい)て
P09121
みむ」とて、鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置馬】をO[BH 追(おひ)]おとす【落す】。或(あるい)は足(あし)をうちお(ッ)(をつ)【折つ】て、
ころんでおつ、或(あるい)はさうい(さうゐ)【相違】なくおち【落ち】てゆく【行く】もあり【有り】。
鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置馬】三疋(さんびき)、越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)が屋形(やかた)のうへ【上】におち【落ち】つい【着い】
て、身(み)ぶるい(みぶるひ)【身振るひ】してぞ立(たち)たりける。御曹司(おんざうし)是(これ)をみて
「馬(むま)ども【共】はぬしぬしが心得(こころえ)ておとさ【落さ】うにはそんずまじ
ひ(まじい)ぞ。くはおとせ【落せ】、義経(よしつね)を手本(てほん)にせよ」とて、まづ
卅騎(さんじつき)ばかり、ま(ッ)さきかけておとさ【落さ】れけり。大勢(おほぜい)みな
つづひ(つづい)【続い】ておとす【落す】。後陣(ごぢん)におとす【落す】人々(ひとびと)のあぶみの
鼻(はな)は、先陣(せんぢん)の鎧(よろひ)甲(かぶと)にあたるほどなり。小石(こいし)まじりの
P09122
すなご【砂子】なれば、ながれおとし【流落】に二町(にちやう)計(ばかり)ざ(ッ)とおとひ(おとい)【落い】て、
壇(だん)なるところ【所】にひかへたり。それよりしもを見(み)くだ
せば、大盤石(だいばんじやく)の苔(こけ)むしたるが、つるべおとし【釣瓶落し】に十四〔五〕(じふしご)丈(ぢやう)ぞ
くだ(ッ)たる。兵(つはもの)ども【共】うしろへと(ッ)てかへすべきやうもなし、
又さきへおとすべしともみえず。「ここぞ最後(さいご)と申(まうし)て
あきれてひかへたるところ【所】に、佐原(さはらの)十郎(じふらう)義連(よしつら)すすみ
いで【出で】て申(まうし)けるは、「三浦(みうら)の方(かた)で我等(われら)は鳥(とり)ひとつ【一つ】たて【立て】ても、
朝(あさ)ゆふか様(やう)【斯様】のところ【所】をこそはせ【馳せ】ありけ【歩け】。三浦(みうら)の方(かた)
の馬場(ばば)や」とて、ま(ッ)さきかけておとし【落し】ければ、
P09123
兵(つはもの)ども【共】みなつづい【続い】ておとす【落す】。ゑいゑい声(ごゑ)(えいえいごゑ)をしのび【忍び】に
して、馬(むま)にちからをつけておとす【落す】。あまり【余り】のいぶせ
さに、目(め)をふさいでぞおとし【落し】ける。おほかた【大方】人(ひと)のしわ
ざとはみえ【見え】ず。ただ鬼神(きじん)の所為(しよゐ)とぞみえ【見え】たりける。
おとし【落し】もはてねば、時(とき)をど(ッ)とつくる。三千(さんぜん)余騎(よき)が声(こゑ)
なれど、山(やま)びこにこたへて十万(じふまん)余騎(よき)とぞきこえ【聞え】
ける。村上(むらかみ)の判官代(はんぐわんだい)康国(やすくに)が手(て)より火(ひ)をいだし【出だし】、平
家(へいけ)の屋形(やかた)、かり屋(や)【仮屋】をみな焼払(やきはら)ふ。おりふし(をりふし)【折節】風(かぜ)は
はげしし、くろ煙(けぶり)おしかくれば、平氏(へいじ)の軍兵(ぐんびやう)ども【共】
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あまり【余り】にあはて(あわて)【慌て】さはひ(さわい)【騒い】で、若(もし)やたすかると前(まへ)の
海(うみ)へぞおほく【多く】はせ【馳せ】いりける。汀(みぎは)にはまうけ舟(ぶね)[B 「まうけ」に「タスケイ」と傍書]【設け船】いく
らもあり【有り】けれども、われさきにのらうど、舟(ふね)一艘(いつさう)には
物具(もののぐ)したる者(もの)ども【共】が四五百人(しごひやくにん)、〔千人(せんにん)〕ばかりこみ【込み】のら【乗ら】うに、
なじかはよかるべき。汀(みぎは)よりわづかに三町(さんぢやう)ばかり
おしいだひ(いだい)【出い】て、目(め)の前(まへ)に大(おほ)ふね【大船】三(さん)ぞう(さんざう)【三艘】しづみに
けり。其(その)後(のち)は「よき人(ひと)をばのすとも【共】、雑人共(ざふにんども)をば
のすべからず」とて、太刀(たち)長刀(なぎなた)でなが【薙が】せけり。かくする
事(こと)とは知(しり)ながら、のせ【乗せ】じとする舟(ふね)にとり【取り】つき【付き】、つかみ
P09125
つき、或(あるい)はうで【腕】うちきられ、或(あるい)はひぢ【肘】うちおとさ【落さ】れ
て、一(いち)の谷(たに)の汀(みぎは)にあけ【朱】にな(ッ)てぞなみ【並み】ふし【臥し】たる。
能登守(のとのかみ)教経(のりつね)は、度々(どど)のいくさに一度(いちど)もふかく【不覚】せぬ人(ひと)の、
今度(こんど)はいかがおもは【思は】れけん、うす黒(ぐろ)【薄黒】といふ馬(むま)にのり、
西(にし)をさい【指い】てぞ落(おち)たまふ【給ふ】。播磨国(はりまのくに)明石浦(あかしのうら)より舟(ふね)に
『越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)最期(さいご)』S0913
の(ッ)【乗つ】て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)へ渡(わた)り給(たま)ひぬ。○大手(おほて)にも浜(はま)の
手(て)にも、武蔵(むさし)・相模(さがみ)の兵(つはもの)ども【共】、命(いのち)もおしま(をしま)【惜しま】ずせめ【攻め】
たたかふ【戦ふ】。新中納言(しんぢゆうなごん)は東(ひがし)にむか(ッ)【向つ】てたたかい(たたかひ)【戦ひ】給(たま)ふとこ
ろ【所】に、山(やま)のそは【岨】よりよせける児玉党(こだまたう)使者(ししや)をたてま(ッ)【奉つ】て、
P09126
「君(きみ)はO[BH 一年(ひととせ)]武蔵(むさし)の国司(こくし)でましまし候(さうらひ)しあひだ【間】、これ【是】は児玉(こだま)
の者(もの)ども【共】が申(まうし)候(さうらふ)。御(おん)うしろをば御覧(ごらん)候(さうら)はぬやらん」と
申(まうす)。新中納言(しんぢゆうなごん)以下(いげ)の人々(ひとびと)、うしろをかへりみたまへ【給へ】ば、
くろ煙(けぶり)をし(おし)【押し】かけたり。「あはや、西(にし)の手(て)はやぶれに
けるは」といふほど【程】こそありけれ、とる物(もの)もとりあへず
我(われ)さきにとぞ落(おち)行(ゆき)ける。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)は、山(やまの)手(て)
の侍大将(さぶらひだいしやう)にてあり【有り】けるが、いま【今】はおつ【落つ】ともかなは【叶は】じ
とやおもひ【思ひ】けん、ひかへて敵(かたき)を待(まつ)ところ【所】に、猪俣(ゐのまた)の
小平六(こべいろく)則綱(のりつな)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、鞭(むち)あぶみを合(あは)せて
P09127
はせ【馳せ】来(きた)り、おしならべてむずとくう【組う】でどうどおつ。
猪俣(ゐのまた)は八ケ国(はつかこく)にきこえ【聞え】たるしたたか者(もの)【強者】也(なり)。か【鹿】の角(つの)の
一二(いちに)のくさかりをばたやすうひ(ッ)【引つ】さき【裂き】けるとぞ聞(きこ)えし。
越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)は二三十人(にさんじふにん)が力(ちから)わざ【力業】をするよし人目(ひとめ)には
みえ【見え】けれども【共】、内々(ないない)は六七十人(ろくしちじふにん)してあげをろす(おろす)【下す】舟(ふね)を、
唯(ただ)一人(いちにん)しておしあげをし(おし)【押し】おろす程(ほど)の大力(だいぢから)なり。
されば猪俣(ゐのまた)をと(ッ)ておさへ【抑へ】てはたらかさ【働かさ】ず。猪俣(ゐのまた)
したにふし【臥し】ながら、刀(かたな)をぬかうどすれども、ゆび【指】はたか(ッ)て
刀(かたな)のつかにぎる【握る】にも及(およ)ばず。物(もの)をいはうどすれども【共】、
P09128
あまりにつよう【強う】おさへ【抑へ】られて声(こゑ)もいで【出で】ず。既(すで)に
頸(くび)をかかれんとしけるが、ちから【力】はおと(ッ)たれ共(ども)、心(こころ)はかう【剛】
成(なり)ければ、猪俣(ゐのまた)すこし【少し】もさはが(さわが)【騒が】ず、しばらくいきを
やすめ、さらぬてい【体】にもてなして申(まうし)けるは、
「抑(そもそも)なの(ッ)【名乗つ】つるをばきき給(たま)ひてか。敵(かたき)をうつといふは、我(われ)も
なの(ッ)【名乗つ】てきかせ、敵(かたき)にもなのらせて頸(くび)をと(ッ)たればこそ
大功(たいこう)なれ。名(な)もしらぬ頸(くび)と(ッ)ては、何(なに)にかしたまふ【給ふ】
べき」といはれて、げにもとやおもひ【思ひ】けむ、「これ【是】は
もと平家(へいけ)の一門(いちもん)たりしが、身(み)不肖(ふせう)なるによ(ッ)て
P09129
当時(たうじ)は侍(さぶらひ)な(ッ)たる越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)といふもの【者】也(なり)。わ君(ぎみ)
は何(なに)もの【何者】ぞ、なのれ【名乗れ】、きかう」どいひければ、「武蔵国(むさしのくにの)住
人(ぢゆうにん)、猪俣(ゐのまたの)小平六(こべいろく)則綱(のりつな)」となのる。「倩(つらつら)此(この)世間(よのなか)の有(あり)さま【有様】を
みる【見る】に、源氏(げんじ)の御(おん)かた【御方】はつよく、平家(へいけ)の御(おん)かた【御方】はまけい
ろ【負色】にみえ【見え】させ給(たまひ)たり。いま【今】はしう(しゆう)【主】の世(よ)にましまさばこそ、
敵(かたき)のくびと(ッ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、勲功(くんこう)勧賞(けんじやう)にもあづかり【預り】
給(たま)はめ。理(り)をまげて則綱(のりつな)たすけ【助け】給(たま)へ。御(ご)へんの一
門(いちもん)なん十人(じふにん)もおはせよ、則綱(のりつな)が勲功(くんこう)の賞(しやう)に申(まうし)
かへてたすけ【助け】[* 「たけん」と有るのを他本により訂正]奉(たてまつ)らん」といひければ、越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)大(おほき)に
P09130
怒(いかつ)て、「盛俊(もりとし)身(み)こそ不肖(ふせう)なれども【共】、さすが平家(へいけ)の一門(いちもん)也(なり)。
源氏(げんじ)たのま【頼ま】うどは思(おも)はず。源氏(げんじ)又(また)盛俊(もりとし)にたのま【頼ま】
れうどもよも思(おも)はじ。に(ッ)くい君(きみ)が申(まうし)やう【申様】かな」とて、
頸(くび)をかかんとしければ、猪俣(ゐのまた)「まさなや、降人(かうにん)の頸(くび)かく
様(やう)や候(さうらふ)」。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)「さらばたすけ【助け】ん」とてひき【引き】おこす。
まへは畠(はたけ)のやうにひあが(ッ)【上がつ】て、きはめてかたかりけるが、
うしろは水田(みづた)のごみふかかり【深かり】けるくろ【畔】のうへ【上】に、二人(ににん)の
者(もの)ども【共】腰(こし)うちかけていきづきゐたり。しばしあ(ッ)て、
黒革威(くろかはをどし)の鎧(よろひ)きて月毛(つきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)
P09131
一騎(いつき)はせ【馳せ】来(きた)る。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)あやしげにみければ、「あれは
則綱(のりつな)がしたしう【親しう】候(さうらふ)人見(ひとみ)の四郎(しらう)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)。則綱(のりつな)
が候(さうらふ)をみてまうで【詣で】くると覚(おぼえ)候(さうらふ)。くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」と
いひながら、あれがちかづひ(ちかづい)【近づい】たらん時(とき)に、越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)に
くんだらば、さりとも【共】おち【落ち】あはんずらんと思(おも)ひて
待(まつ)ところ【所】に、一段(いつたん)ばかりちかづい【近づい】たり。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)はじめ【始め】
はふたりを一目(ひとめ)づつ見(み)けるが、次第(しだい)にちかう成(なり)ければ、
馳(はせ)来(きた)る敵(かたき)をはたとまも(ッ)【守つ】て、猪俣(ゐのまた)をみぬひまに、
ちから足(あし)をふんでつい立(たち)あがり【上がり】、ゑい(えい)といひて
P09132
もろ手(て)をも(ッ)て、越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)が鎧(よろひ)のむないた【胸板】をばく
とつい【突い】て、うしろの水田(みづた)へのけにつき【突き】たをす(たふす)【倒す】。おき【起き】
あがら【上がら】んとする所(ところ)に、猪俣(ゐのまた)うへ【上】にむずとのりかかり、
やがて越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)が腰(こし)の刀(かたな)をぬき、鎧(よろひ)の草摺(くさずり)ひき【引き】
あげて、つかもこぶし【拳】もとをれ(とほれ)【通れ】とをれ(とほれ)【通れ】と三刀(みかたな)さいて
頸(くび)をとる。さる程(ほど)に人見(ひとみ)の四郎(しらう)おち【落ち】あふ(あう)【合う】たり。か様(やう)【斯様】の
時(とき)は論(ろん)ずる事(こと)もありとおもひ【思ひ】、太刀(たち)のさきに
つらぬき、たかくさし【差し】あげ【上げ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「この【此の】
日来(ひごろ)鬼神(おにかみ)ときこえ【聞え】つる平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)
P09133
盛俊(もりとし)をば、猪俣(ゐのまた)の小平六(こべいろく)則綱(のりつな)がう(ッ)たるぞや」となの(ッ)【名乗つ】て、
『忠教【*忠度】(ただのりの)最期(さいご)』S0914
其(その)日(ひ)の高名(かうみやう)の一(いち)の筆(ふで)にぞ付(つき)にける。○薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)
は、一(いち)の谷(たに)の西(にしの)手(て)の大将軍(たいしやうぐん)にておはしけるが、
紺地(こんぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に黒糸(くろいと)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、
黒[B キ](くろき)馬(むま)のふとう【太う】たくましきに、い(ッ)かけ地(ぢ)(いつかけぢ)【沃懸地】の鞍(くら)をい(おい)【置い】て
のり【乗り】給(たま)へり。其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりがなか【中】に打(うち)かこま【囲ま】れ
ていとさはが(さわが)【騒が】ず、ひかへひかへ落(おち)給(たま)ふを、猪俣党(ゐのまたたう)に
岡辺(をかべ)の六野太(ろくやた)忠純(ただずみ)、大将軍(たいしやうぐん)と目(め)をかけ、鞭(むち)あぶ
みをあはせ【合はせ】て追(おつ)付(つき)たてまつり【奉り】、「抑(そもそも)いかなる人(ひと)で
P09134
在(まし)まし候(さうらふ)ぞ、名(な)のらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「是(これ)はみかた【御方】ぞ」
とてふりあふぎたまへ【給へ】るうちかぶとよりみ【見】いれ【入れ】
たれば、かねぐろ也(なり)。あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)みかた【御方】にはかねつけたる
人(ひと)はないものを、平家(へいけ)の君達(きんだち)でおはするにこそと
おもひ【思ひ】、をし(おし)【押し】ならべてむずとくむ。これ【是】をみて百騎(ひやくき)
ばかりある兵(つはもの)ども【共】、国々(くにぐに)のかり武者(むしや)【駆武者】なれば、一騎(いつき)も
落(おち)あはず、われさきにとぞ落(おち)ゆき【行き】ける。薩摩
守(さつまのかみ)「に(ッ)くひ(につくい)やつかな。みかた【御方】ぞといはばいはせよかし」とて、
熊野(くまの)そだち大(だい)ぢから【大力】のはやわざにておはしければ、
P09135
やがて刀(かたな)をぬき、六野太(ろくやた)を馬(むま)の上(うへ)で二刀(ふたかたな)、おち【落ち】つく
ところ【所】で一刀(ひとかたな)、三刀(みかたな)までぞつか【突か】れける。二刀(ふたかたな)は鎧(よろひ)のうへ【上】
なればとをら(とほら)【通ら】ず、一刀(ひとかたな)はうちかぶと【内甲】へつき入(いれ)られ
たれども【共】、うす手(で)【薄手】なればしな【死な】ざりけるをと(ッ)ておさへ【抑へ】
て、頸(くび)をかかんとし給(たま)ふところ【所】に、六野太(ろくやた)が童(わらは)(ハラハ)をく
れ(おくれ)【遅れ】ばせに馳(はせ)来(きた)(ッ)て、うち刀(がたな)【打刀】をぬき、薩摩守(さつまのかみ)の右(みぎ)の
かいな(かひな)【腕】を、ひぢのもとよりふつときり【斬り】おとす【落す】。今(いま)は
かうとやおもは【思は】れけん、「しばしのけ【退け】、十念(じふねん)となへん」
とて、六野太(ろくやた)をつかうで弓(ゆん)だけばかりなげ【投げ】のけ
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られたり。其(その)後(のち)西(にし)にむかひ【向ひ】、高声(かうしやう)に十念(じふねん)となへ、
「光明(くわうみやう)遍照(へんぜう)十方(じつぱう)世界(せかい)、念仏(ねんぶつ)衆生(しゆうじやう)摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)」とのたまひ【宣ひ】
もはてねば、六野太(ろくやた)うしろよりよ(ッ)【寄つ】て薩摩守(さつまのかみ)
の頸(くび)をうつ。よい大将軍(たいしやうぐん)う(ッ)たりとおもひ【思ひ】けれども【共】、
名(な)をば誰(たれ)ともしら【知ら】ざりけるに、ゑびら(えびら)【箙】にむすび付(つけ)
られたる文(ふみ)をといてみれ【見れ】ば、「旅宿(りよしゆくの)花(はな)」といふ【云ふ】題(だい)
にて、一首(いつしゆ)の歌(うた)をぞよまれたる。
ゆき【行き】くれて木(こ)のしたかげ【下陰】をやどとせば
花(はな)やこよひのあるじならまし W070
P09137
忠教【*忠度】(ただのり)とかかれたりけるにこそ、薩摩守(さつまのかみ)とはしり【知り】て(ン)げれ。
太刀(たち)のさきにつらぬき、たかく【高く】さし【差し】あげ【上げ】、大音声(だいおんじやう)を
あげて、「この【此の】日来(ひごろ)平家(へいけ)の御方(おんかた)にきこえ【聞え】させ給(たま)ひ
つる薩摩守殿(さつまのかみどの)をば、岡辺(をかべ)の六野太(ろくやた)忠純(ただずみ)がうちたて
ま(ッ)【奉つ】たるぞや」と名(な)のりければ、敵(かたき)もみかた【御方】も是(これ)を
きひ(きい)【聞い】て、「あないとをし(いとほし)、武芸(ぶげい)にも歌道(かだう)にも達者(たつしや)
にておはしつる人(ひと)を、あ(ッ)たら大将軍(たいしやうぐん)を」とて、涙(なみだ)を
『重衡(しげひら)生捕(いけどり)』S0915
ながし袖(そで)をぬらさ【濡らさ】ぬはなかりけり。○本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)
重衡卿(しげひらのきやう)は、生田森(いくたのもり)の副将軍(ふくしやうぐん)にておはしけるが、
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其(その)勢(せい)みなおち【落ち】うせて、只(ただ)主従(しゆうじゆう)二騎(にき)になり給(たま)ふ。
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、かち【褐】にしろう【著う】黄(き)なる
糸(いと)をも(ッ)て、岩(いは)に村千鳥(むらちどり)【群千鳥】ぬう【縫う】たる直垂(ひたたれ)に、紫(むらさき)すそ
ご【紫裾濃】の鎧(よろひ)きて、童子鹿毛(どうじかげ)といふきこゆる【聞ゆる】名馬(めいば)に
のり給(たま)へり。めのと子(ご)【乳母子】の後藤兵衛(ごとうびやうゑ)盛長(もりなが)は、しげ目(め)ゆい(しげめゆひ)【滋目結】
の直垂(ひたたれ)に、火(ひ)おどし(ひをどし)【緋縅】の鎧(よろひ)きて、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の秘蔵(ひさう)せ
られたりける夜目(よめ)なし月毛(つきげ)にのせ【乗せ】られたり。梶原(かぢはら)
源太(げんだ)景季(かげすゑ)・庄(しやう)の四郎(しらう)高家(たかいへ)、大将軍(たいしやうぐん)と目(め)をかけ、
鞭(むち)あぶみをあはせ【合はせ】てお(ッ)【追つ】かけたてまつる【奉る】。汀(みぎは)にはたすけ
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舟(ぶね)【助け舟】いくらもあり【有り】けれども、うしろより敵(かたき)はお(ッ)【追つ】かけ
たり、のがる【逃る】べきひまもなかりければ、湊河(みなとがは)・かるも河(がは)
をもうちわたり、蓮(はす)の池(いけ)をば馬手(めて)にみて、駒(こま)の林(はやし)
を弓手(ゆんで)になし、板(いた)やど【板宿】・須磨(すま)をもうちすぎて、
西(にし)をさいてぞ落(おち)たまふ。究竟(くつきやう)の名馬(めいば)にはのり
たまへ【給へ】り、もみ[B 「み」に「リイ」と傍書]ふせたる馬(むま)共(ども)お(ッ)【追つ】つくべしともおぼえ
ず、ただのびにのびければ、梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)、あぶみ
ふ(ン)ばり立(たち)あがり【上がり】、もしやと遠矢(とほや)によ(ッ)ぴいてい【射】た
りけるに、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)馬(むま)のさうづ【三頭】をのぶか【篦深】にい【射】させて、
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よはる(よわる)【弱る】ところ【所】に、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)盛長(もりなが)、我(わが)馬(むま)めされなんず
とや思(おも)ひけん、鞭(むち)をあげてぞ落(おち)行(ゆき)ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
これ【是】をみて、「いかに盛長(もりなが)、年(とし)ごろ【年来】日来(ひごろ)さはちぎら
ざりしものを。我(われ)をすて【捨て】ていづくへゆくぞ」との給(たま)へ【宣へ】
ども【共】、空(そら)きかずして、鎧(よろひ)につけたるあかじるし【赤印】
かなぐりすて【捨て】、ただにげ【逃げ】にこそにげ【逃げ】たりけれ。
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)敵(かたき)はちかづく【近づく】、馬(むま)はよはし(よわし)【弱し】、海(うみ)へうちいれ【入れ】給(たま)ひ
たりけれども【共】、そこしもとをあさ(とほあさ)【遠浅】にてしづむべき
様(やう)もなかりければ、馬(むま)よりおり、鎧(よろひ)のうは帯(おび)【上帯】きり、
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たかひもはづし【外し】、物具(もののぐ)ぬぎすて、腹(はら)をきらんと
したまふ【給ふ】ところ【所】に、梶原(かぢはら)よりさきに庄(しやう)の四郎(しらう)高
家(たかいへ)、鞭(むち)あぶみをあはせ【合はせ】てはせ【馳せ】来(きた)り、いそぎ馬(むま)より飛(とび)
おり、「まさなう候(さうらふ)、いづくまでも御供(おんとも)仕(つかまつ)らん」とて、
我(わが)馬(むま)にかきのせ【乗せ】奉(たてまつ)り、鞍(くら)の前輪(まへわ)にしめつけて、
わが身(み)はのりがへにの(ッ)【乗つ】てO[BH 御方の陣へ]ぞかへりける。後藤兵衛(ごとうびやうゑ)は
いき【息】ながき【長き】究竟(くつきやう)の馬(むま)にはの(ッ)【乗つ】たりけり、そこをば
なくにげ【逃げ】のびて、後(のち)に熊野(くまの)法師(ぼふし)、尾中(をなか)の法橋(ほつけう)を
たのん【頼ん】でゐたりけるが、法橋(ほつけう)死(しし)て後(のち)、後家(ごけ)の尼公(にこう)
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訴訟(そしよう)(ソセウ)のために京(きやう)へのぼりたりけるに、盛長(もりなが)とも【供】し
てのぼ(ッ)【上つ】たりければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のめのと子(ご)【乳母子】にて、上下(じやうげ)
にはおほく【多く】見(み)しら【知ら】れたり。「あなむざん【無慚】の盛長(もりなが)や、
さしも不便(ふびん)にしたまひ【給ひ】しに、一所(ひとところ)でいかにもならず
して、おもひ【思ひ】もかけぬ尼公(にこう)のとも【供】したるにくさよ」と
て、つまはじき【爪弾き】をしければ、盛長(もりなが)もさすがはづかしげ
『敦盛(あつもりの)最期(さいご)』S0916
にて、扇(あふぎ)をかほ【顔】にかざしけるとぞ聞(きこ)えし。○いくさ【軍】
やぶれにければ、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)、「平家(へいけ)の君達(きんだち)た
すけ舟(ぶね)【助け船】にのらんと、汀(みぎは)の方(かた)へぞおち【落ち】たまふ【給ふ】らむ。
P09143
あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、よからう大将軍(たいしやうぐん)にくまばや」とて、磯(いそ)の方(かた)へ
あゆま【歩ま】するところ【所】に、ねりぬき【練貫】に鶴(つる)ぬう【縫う】たる
直垂(ひたたれ)に、萌黄匂(もよぎにほひ)の鎧(よろひ)きて、くはがた【鍬形】う(ッ)たる甲(かぶと)の
緒(を)しめ、こがねづくりの太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、
しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)も(ッ)て、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に黄覆
輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)ての(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)一騎(いつき)、沖(おき)なる舟(ふね)に目(め)を
かけて、海(うみ)へざ(ッ)とうちいれ【入れ】、五六段(ごろくたん)ばかりおよが【泳が】せたる
を、熊谷(くまがへ)「あれは大将軍(たいしやうぐん)とこそ見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。まさ
なうも敵(てき)にうしろをみせ【見せ】させたまふ【給ふ】ものかな。
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かへさ【返さ】せ給(たま)へ」と扇(あふぎ)をあげてまねきければ、招(まね)かれ
てと(ッ)てかへす【返す】。汀(みぎは)にうちあがら【上がら】んとするところ【所】に、
おしならべてむずとくん【組ん】でどうどおち【落ち】、と(ッ)ておさ
へ【抑へ】て頸(くび)をかかんと甲(かぶと)をおしあふのけてみ【見】ければ、
年(とし)十六七(じふろくしち)ばかりなるが、うすげしやう【薄化粧】してかねぐろ也(なり)。
我(わが)子(こ)の小次郎(こじらう)がよはひ程(ほど)にて容顔(ようがん)まこと【誠】に
美麗(びれい)也(なり)ければ、いづくに刀(かたな)を立(たつ)べしともおぼえず。
「抑(そもそも)いかなる人(ひと)にてましまし候(さうらふ)ぞ。名(な)のら【名乗ら】せ給(たま)へ、たすけ【助け】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と申(まう)せば、「汝(なんぢ)はた【誰】そ」ととひ給(たま)ふ。「物(もの)そのもの
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で候(さうら)はねども【共】、武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)」となの
り【名乗り】申(まうす)。「さては、なんぢにあふ(あう)【逢う】てはなのる【名乗る】まじひ(まじい)ぞ、
なんぢがためにはよい敵(かたき)ぞ。名(な)のらずとも頸(くび)をと(ッ)
て人(ひと)にとへ。み【見】しら【知ら】ふずる(うずる)ぞ」とぞのたまひ【宣ひ】ける。
熊谷(くまがへ)「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)大将軍(たいしやうぐん)や、此(この)人(ひと)一人(いちにん)うちたてま(ッ)【奉つ】たり共(とも)、
まく【負く】べきいくさ【軍】に勝(かつ)べきやう【様】もなし。又(また)うちたて
まつら【奉ら】ずとも【共】、勝(かつ)べきいくさ【軍】にまくる事(こと)もよもあらじ。
小二郎(こじらう)がうす手(で)【薄手】負(おひ)たるをだに、直実(なほざね)は心(こころ)ぐるしう
こそおもふ【思ふ】に、此(この)殿(との)の父(ちち)、うた【討た】れぬときひ(きい)【聞い】て、いか計(ばかり)か
P09146
なげき給(たま)はんずらん、あはれ、たすけ【助け】たてまつら【奉ら】ばや」
とおもひ【思ひ】て、うしろ【後】をき(ッ)とみければ、土肥(とひ)・梶原(かぢはら)
五十騎(ごじつき)ばかりでつづひ(つづい)【続い】たり。熊谷(くまがへ)涙(なみだ)をおさへて
申(まうし)けるは、「たすけ【助け】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとは存(ぞんじ)候(さうら)へども【共】、御方(みかた)の
軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)のごとく【如く】候(さうらふ)。よものがれ【逃れ】させ給(たま)はじ。人
手(ひとで)にかけまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んより、同(おなじ)くは直実(なほざね)が手(て)にかけ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、後(のち)の御孝養(おんけうやう)をこそ仕(つかまつり)候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、
「ただとくとく【疾く疾く】頸(くび)をとれ」とぞのたまひ【宣ひ】ける。熊谷(くまがへ)あ
まりにいとをしく(いとほしく)て、いづくに刀(かたな)をたつべしとも
P09147
おぼえず、目(め)もくれ心(こころ)もきえはてて、前後(ぜんご)O[BH 不]覚(ふかく)に
おぼえけれども、さてしもあるべき事(こと)ならねば、
なくなく【泣々】頸(くび)をぞかいて(ン)げる。「あはれ、弓矢(ゆみや)とる身(み)
ほど口惜(くちをし)かりけるものはなし。武芸(ぶげい)の家(いへ)に生(むま)れ
ずは、何(なに)とてかかるうき目(め)をばみる【見る】べき。なさけなうも
うちたてまつる【奉る】ものかな」とかきくどき【口説き】、袖(そで)を
かほ【顔】にをし(おし)【押し】あててさめざめとぞなき【泣き】ゐたる。良(やや)久(ひさ)
しうあ(ッ)て、さてもあるべきならねば、よろい(よろひ)【鎧】直垂(びたたれ)を
と(ッ)て、頸(くび)をつつまんとしけるに、錦(にしきの)袋(ふくろ)にいれ【入れ】たる
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笛(ふえ)をぞ腰(こし)にさされたる。「あないとおし(いとほし)、この暁(あかつき)城(しろ)の
うちにて管絃(くわんげん)し給(たま)ひつるは、此(この)人々(ひとびと)にておはし
けり。当時(たうじ)みかた【御方】に東国(とうごく)の勢(せい)なん万騎(まんぎ)かあるらめ
ども、いくさ【軍】の陣(ぢん)へ笛(ふえ)もつ人(ひと)はよもあらじ。上臈(じやうらふ)は
猶(なほ)もやさしかりけり」とて、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)の見参(げんざん)に
入(いれ)たりければ、これ【是】をみる【見る】人(ひと)涙(なみだ)をながさずといふ事(こと)
なし。後(のち)にきけば、修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)の子息(しそく)に大夫(たいふ)篤
盛【*敦盛】(あつもり)とて、生年(しやうねん)十七(じふしち)にぞなられける。それよりして
こそ熊谷(くまがへ)が発心(ほつしん)のおもひ【思ひ】はすすみけれ。件(くだん)の
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笛(ふえ)はおほぢ【祖父】忠盛(ただもり)笛(ふえ)の上手(じやうず)にて、鳥羽院(とばのゐん)より
給(たま)はられたりけるとぞきこえ【聞え】し。経盛(つねもり)相伝(さうでん)せら
れたりしを、篤盛【*敦盛】(あつもり)器量(きりやう)たるによ(ッ)て、もたれたり
けるとかや。名(な)をばさ枝(えだ)【小枝】とぞ申(まうし)ける。狂言(きやうげん)綺語(きぎよ)の
ことはり(ことわり)【理】といひながら、遂(つひ)(ツイ)に讃仏乗(さんぶつじよう)(サンブツゼウ)の因(いん)となる
『知章(ともあきらの)最期(さいご)』S0917
こそ哀(あはれ)なれ。○門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)教盛卿(のりもりのきやう)の末子(ばつし)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)
成盛【*業盛】(なりもり)は、常陸国(ひたちのくにの)住人(ぢゆうにん)土屋(つちやの)五郎(ごらう)重行(しげゆき)にくんで
うた【討た】れ給(たま)ひぬ。修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)の嫡子(ちやくし)、皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)
経正(つねまさ)は、たすけ舟(ぶね)【助け船】にのらんと汀(みぎは)の方(かた)へ落(おち)給(たま)ひ
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けるが、河越(かはごえの)小太郎(こたらう)重房(しげふさ)が手(て)に取(とり)籠(こめ)られてうた【討た】
れ給(たま)ひぬ。若狭守(わかさのかみ)経俊(つねとし)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・尾張守(をはりのかみ)清定(きよさだ)、
三騎(さんぎ)つれてかたき【敵】のなかへかけ入(いり)、さんざんにたたか
ひ【戦ひ】、分捕(ぶんどり)あまたして、一所(ひとところ)で討死(うちじに)して(ン)げり。新中
納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)は、生田森(いくたのもりの)大将軍(たいしやうぐん)にておはしけるが、
其(その)勢(せい)みな落(おち)うせて、今(いま)は御子(おんこ)武蔵守(むさしのかみ)知明【*知章】(ともあきら)、侍(さぶらひ)に
監物(けんもつ)太郎(たらう)頼方(よりかた)、ただ主従(しゆうじゆう)三騎(さんぎ)にな(ッ)て、たすけ
舟(ぶね)【助け船】にのらんと汀(みぎは)のかた【方】へ落(おち)たまふ【給ふ】。ここに児玉党(こだまたう)と
おぼしくて、うちわ(うちは)【団扇】の旗(はた)さい【挿い】たる者(もの)ども【共】十騎(じつき)計(ばかり)、
P09151
おめい(をめい)【喚い】てお(ッ)【追つ】かけ奉(たてまつ)る。監物(けんもつ)太郎(たらう)は究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の
上手(じやうず)ではあり、ま(ッ)さきにすすんだる旗(はた)さし【旗差し】がしや
頸(くび)のほねをひやうふつとい【射】て、馬(むま)よりさかさまに
い【射】をとす(おとす)【落す】。そのなかの大将(だいしやう)とおぼしきもの、新中
納言(しんぢゆうなごん)にくみ奉(たてまつ)らんと馳(はせ)ならべけるを、御子(おんこ)武蔵守(むさしのかみ)
知明【*知章】(ともあきら)なか【中】にへだたり、おしならべてむずとくんで
どうどおち【落ち】、と(ッ)ておさへ【抑へ】て頸(くび)をかき、たち【立ち】あがら【上ら】ん
としたまふ【給ふ】ところ【所】に、敵(かたき)が童(わらは)おちあふ(あう)【逢う】て、武蔵守(むさしのかみ)
の頸(くび)をうつ。監物(けんもつ)太郎(たらう)おち【落ち】かさな(ッ)【重なつ】て、武蔵守(むさしのかみ)うち【討】
P09152
たてま(ッ)【奉つ】たる敵(かたき)が童(わらは)をもう(ッ)【打つ】て(ン)げり。其(その)後(のち)矢(や)だね
のある程(ほど)い【射】つくし【尽し】て、うちもの【打ち物】ぬいてたたかひ【戦ひ】けるが、
敵(かたき)あまたうちとり、弓手(ゆんで)のひざぐちをい【射】させて、
たち【立ち】もあがら【上ら】ず、い(ゐ)【居】ながら討死(うちじに)して(ン)げり。此(この)まぎれに
新中納言(しんぢゆうなごん)は、究竟(くつきやう)の名馬(めいば)にはのり【乗り】たまへ【給へ】り。海(うみ)の
おもて廿(にじふ)余町(よちやう)およが【泳が】せて、大臣殿(おほいとの)の御舟(おんふね)に
つきたまひ【給ひ】O[BH ぬ]。御舟(おんふね)には人(ひと)おほく【多く】こみの(ッ)【乗つ】て、馬(むま)たつ
べきやう【様】もなかりければ、汀(みぎは)へお(ッ)[M 「お」をミセケチ「を」と傍書]【追つ】かへす【返す】。阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)
「御馬(おんむま)かたき【敵】のものに成(なり)候(さうらひ)なんず。い【射】ころし【殺し】候(さうら)はん」とて、
P09153
かた手矢(てや)【片手矢】はげて出(いで)けるを、新中納言(しんぢゆうなごん)「何(なに)の物(もの)にも
ならばなれ。我(わが)命(いのち)をたすけ【助け】たらんものを。ある
べうもなし」とのたまへ【宣へ】ば、力(ちから)及(およ)ばでい【射】ざりけり。
此(この)馬(むま)主(ぬし)のわかれ【別れ】をしたひつつ、しばしは舟(ふね)をもはなれ【離れ】
やらず、沖(おき)の方(かた)へおよぎ【泳ぎ】けるが、次第(しだい)にとをく(とほく)【遠く】成(なり)
ければ、むなしき【空しき】汀(みぎは)におよぎ【泳ぎ】かへる。足(あし)たつほど【程】にも
成(なり)しかば、猶(なほ)舟(ふね)の方(かた)をかへりみて、二三度(にさんど)までこそ
いななき【嘶き】けれ。其(その)後(のち)くが【陸】にあが(ッ)【上がつ】てやすみけるを、
河越(かはごえの)小太郎(こたらう)重房(しげふさ)と(ッ)て、院(ゐん)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
P09154
やがて院(ゐん)の御厩(みむまや)にたてられけり。もとも院(ゐん)の
御秘蔵(ごひさう)の御馬(おんむま)にて、一(いち)の御厩(みむまや)にたてられたりしを、
宗盛公(むねもりこう)内大臣(ないだいじん)にな(ッ)て悦申(よろこびまうし)の時(とき)給(たま)はられたりける
とぞきこえ【聞え】し。新中納言(しんぢゆうなごん)にあづけられたりし
を、中納言(ちゆうなごん)あまりに此(この)馬(むま)を秘蔵(ひさう)して、馬(むま)のいの
り【祈り】のためにとて、毎月(まいぐわつ)ついたち【朔日】ごとに、泰山府君(たいざんぶくん)
をぞまつられける。其(その)ゆへ(ゆゑ)【故】にや、馬(むま)の命(いのち)も
のび、ぬしの命(いのち)をもたすけ【助け】けるこそめでたけれ。
この【此の】馬(むま)は信乃【*信濃】国(しなののくに)井(ゐ)の上(うへ)だち【立ち】にてあり【有り】ければ、井上
P09155
黒(ゐのうへぐろ)とぞ申(まうし)ける。後(のち)には河越(かはごえ)がと(ッ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
河越黒(かはごえぐろ)とも申(まうし)けり。新中納言(しんぢゆうなごん)、大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへに
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)されけるは、「武蔵守(むさしのかみ)にをくれ(おくれ)【遅れ】候(さうらひ)ぬ。監物(けんもつ)太郎(たらう)
うたせ候(さうらひ)ぬ。今(いま)は心(こころ)ぼそうこそまかり【罷り】な(ッ)て候(さうら)へ。いかなれば、
子(こ)はあ(ッ)て、親(おや)をたすけ【助け】んと敵(かたき)にくむ【組む】を見(み)ながら、
いかなる親(おや)なれば、子(こ)のうたるるをたすけ【助け】ずして、
かやうにのがれ【逃れ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)らんと、人(ひと)のうへ【上】で候(さうら)はば
いかばかりもどかしう存(ぞんじ)候(さうらふ)べきに、我(わが)身(み)の上に成
ぬれば、よう命(いのち)はおしひ(をしい)【惜しい】物(もの)で候(さうらひ)けりといま【今】こそ
P09156
思(おも)ひしら【知ら】れて候(さうら)へ。人々(ひとびと)の思(おも)はれん心(こころ)のうちども【共】
こそはづかしう候(さうら)へ」とて、袖(そで)をかほ【顔】におし【押し】あててさめ
ざめとなき【泣き】たまへ【給へ】ば、大臣殿(おほいとの)これ【是】をききたまひ【給ひ】て、
「武蔵守(むさしのかみ)の父(ちち)の命(いのち)にかはられけるこそありがた
けれ。手(て)もきき【利き】心(こころ)もかう【剛】に、よき大将軍(たいしやうぐん)にて
おはしつる人(ひと)を。清宗(きよむね)と同年(どうねん)にて、ことしは十六(じふろく)な」
とて、御子(おんこ)衛門督(ゑもんのかみ)のおはしけるかた【方】を御覧(ごらん)じて
涙(なみだ)ぐみ給(たま)へば、いくらもなみゐたりける平家(へいけ)の
侍(さぶらひ)ども【共】、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらし
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『落足(おちあし)』S0918
ける。○小松殿(こまつどの)の末子(ばつし)、備中守(びつちゆうのかみ)師盛(もろもり)は、主従(しゆうじゆう)七人(しちにん)小舟(こぶね)に
の(ッ)【乗つ】ておち【落ち】給(たま)ふところ【所】に、新中納言(しんぢゆうなごん)の侍(さぶらひ)清衛門(せいゑもん)
公長(きんなが)といふもの【者】馳(はせ)来(きた)(ッ)て、「あれは備中(びつちゆうの)守殿(かうのとの)の御
舟(おんふね)とこそみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まうし)ければ、
舟(ふね)を汀(みぎは)にさしよせたり。大(だい)の男(をのこ)の鎧(よろひ)きながら、馬(むま)
より舟(ふね)へかはと飛(とび)のらうに、なじかはよかるべき。舟(ふね)は
ちいさし(ちひさし)【小さし】、くるりとふみかへして(ン)げり。備中守(びつちゆうのかみ)うき
ぬしづみぬしたまひ【給ひ】けるを、畠山(はたけやま)が郎等(らうどう)本田(ほんだの)次
郎(じらう)、十四五騎(じふしごき)で馳(はせ)来(きた)り、熊手(くまで)にかけてひき【引き】あげ
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奉(たてまつ)り、遂(つひ)に頸(くび)をぞかいて(ン)げる。生年(しやうねん)十四(じふし)歳(さい)とぞ聞(きこ)
えし。越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)道盛【通盛】卿(みちもりのきやう)は山手(やまのて)の大将軍(たいしやうぐん)にておはし
けるが、其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、あかぢ【赤地】の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾
威(からあやをどし)の鎧(よろひ)きて、黄河原毛(きかはらげ)なる馬(むま)に白覆輪(しろぶくりん)の鞍(くら)
をい(おい)てのり【乗り】たまへ【給へ】り。うち甲(かぶと)【内甲】をい【射】させて、敵(かたき)にをし(おし)【押し】
へだてられ、おとと【弟】能登殿(のとどの)にははなれ給(たま)ひぬ、しづか【静か】
ならん所(ところ)にて自害(じがい)せんとて、東(ひがし)にむか(ッ)【向つ】ておち【落ち】
給(たま)ふ程(ほど)に、近江国(あふみのくにの)住人(ぢゆうにん)佐々木(ささき)の木村(きむらの)三郎(さぶらう)成綱(なりつな)、武蔵
国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)玉井(たまのゐの)四郎(しらう)資景(すけかげ)、かれこれ【彼此】七騎(しちき)がなか【中】に
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取(とり)こめられて、ついに(つひに)【遂に】うた【討た】れたまひ【給ひ】ぬ。其(その)時(とき)までは
侍(さぶらひ)一人(いちにん)つき奉(たてまつり)たりけれども【共】、それも最後(さいご)の時(とき)は
おち【落ち】あはず。凡(およそ)東西(とうざい)の木戸口(きどぐち)、時(とき)をうつす程(ほど)也(なり)ければ、
源平(げんぺい)かずをつくひ(つくい)【尽くい】てうた【討た】れにけり。矢倉(やぐら)のまへ、
逆(さか)も木(ぎ)【逆茂木】のしたには、人馬(じんば)のししむら【肉】山(やま)のごとし。一谷(いちのたに)
の小篠原(をざさはら)、緑(みどん)の色(いろ)をひき【引き】かへ【替へ】て、うす紅(ぐれなゐ)にぞ成(なり)
にける。一谷(いちのたに)・生田森(いくたのもり)、山(やま)のそは【岨】、海(うみ)の汀(みぎは)にてい【射】られ
きら【斬ら】れて死(し)ぬるはしら【知ら】ず、源氏(げんじ)のかた【方】にきりかけ【懸け】らるる
頸(くび)ども【共】二千(にせん)余人(よにん)也(なり)。今度(こんど)うた【討た】れ給(たま)へるむねとの人々(ひとびと)には、
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越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)道盛【通盛】(みちもり)・弟(おとと)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)成盛【*業盛】(なりもり)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・武蔵守(むさしのかみ)
知明【*知章】(ともあきら)・備中守(びつちゆうのかみ)師盛(もろもり)・尾張守(をはりのかみ)清定(きよさだ)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・修理(しゆりの)
大夫(だいぶ)経盛(つねもりの)嫡子(ちやくし)皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)経正(つねまさ)・弟(おとと)若狭守(わかさのかみ)経俊(つねとし)・
其(その)弟(おとと)大夫(たいふ)篤盛【*敦盛】(あつもり)、以上(いじやう)十人(じふにん)とぞきこえ【聞え】し。いくさ【軍】
やぶれにければ、主上(しゆしやう)をはじめたてま(ッ)【奉つ】て、人々(ひとびと)みな
御舟(おんふね)にめし【召し】て出(いで)給(たま)ふ心(こころ)のうちこそ悲(かな)しけれ。塩(しほ)に
ひかれ、風(かぜ)に随(したがひ)て、紀伊路(きのぢ)へおもむく舟(ふね)もあり。
葦屋(あしや)の沖(おき)に漕(こぎ)いで【出で】て、浪(なみ)にゆらるる舟(ふね)もあり【有り】。
或(あるい)は須磨(すま)より明石(あかし)のうらづたひ【浦伝ひ】、泊(とまり)さだめ【定め】ぬ梶枕(かぢまくら)、
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かたしく【片敷く】袖(そで)もしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、朧(おぼろ)にかすむ春(はる)の月(つき)、心(こころ)を
くだかぬ人(ひと)ぞなき。或(あるい)は淡路(あはぢ)のせとを漕(こぎ)とをり(とほり)【通り】、
絵島(ゑしま)が磯(いそ)にただよへば、波路(なみぢ)かすか【幽】になき【鳴き】わたり、
友(とも)まよはせるさ夜(よ)鵆(ちどり)【小夜千鳥】、是(これ)も我(わが)身(み)のたぐひかな。
行(ゆく)さきいまだいづくともおもひ【思ひ】定(さだ)めぬかとおぼ
しくて、一谷(いちのたに)の沖(おき)にやすらふ舟(ふね)もあり【有り】。かやう【斯様】に
風(かぜ)にまかせ【任せ】、浪(なみ)に随(したが)ひて、浦々(うらうら)島々(しまじま)にただよへば、
互(たがひ)に死生(ししやう)もしり【知り】がたし。国(くに)をしたがふる事(こと)も
十四(じふし)箇国(かこく)、勢(せい)のつく事(こと)も十万(じふまん)余騎(よき)、都(みやこ)へちかづく【近付く】
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事(こと)も纔(わづか)に一日(いちにち)の道(みち)なれば、今度(こんど)はさりとも【共】と
たのもしう【頼もしう】おもは【思は】れけるに、一谷(いちのたに)をもせめ【攻め】
おとさ【落さ】れて、人々(ひとびと)みな心(こころ)ぼそうぞなられける。
『小宰相(こざいしやう)身投(みなげ)』S0919 以他本書入
越前(ゑちぜん)の三位(さんみ)通盛(みちもり)の卿(きやう)の侍(さぶらひ)に、くんだ【君太】たきぐち【滝口】
時員(ときかず)といふものあり【有り】。北(きた)のかたのお舟(ふね)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
申(まうし)けるは、「君(きみ)はみなと河(がは)【湊河】のしもにて、かたき【敵】
七騎(しちき)が中(なか)にとりこめられて、うた【討た】れさせ給(たま)ひ
候(さうら)ひぬ。其(その)中(なか)にことに手(て)をおろしてうち【討ち】まい
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らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)ひしは、あふみの国(くに)の住人(ぢゆうにん)佐々木(ささき)の木
村(きむら)の三郎(さぶらう)成綱(なりつな)、武蔵(むさし)の国(くに)の住人(ぢゆうにん)玉(たま)の井(ゐ)の
四郎(しらう)資景(すけかげ)とこそ名(な)のり申(まうし)候(さうら)ひつれ。時員(ときかず)も
一所(いつしよ)でいかにもなり、最後(さいご)の御供(おんとも)つかまつるべう
候(さうら)へども、かねて【予て】よりおほせ候(さうら)ひしは、「通盛(みちもり)いかに
なるとも、なんぢはいのち【命】をすつ【捨つ】べからず。いかにも
してながらへ【永らへ】て、御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】をもたづね【尋ね】まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」
と仰(おほ)せ候(さうらひ)しあひだ、かひなきいのちいき【生き】て、つれ
なうこそこれまでのがれ【逃れ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ」と申(まうし)けれども、
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北(きた)のかた【方】とかうの返事(へんじ)にもおよび【及び】たまは【給は】ず、
ひき【引き】かづひ(かづい)【被い】てぞふし【伏し】給(たま)ふ。一(いち)ぢやう【一定】うた【討た】れぬと
きき【聞き】たまへども、もしひが事(こと)【僻事】にてもやあるらん、
いき【生き】てかへら【帰ら】るる事(こと)もやと、二三日(にさんにち)はあからさまに
出(いで)たる人(ひと)をまつ心(ここ)ち【心地】しておはしけるが、四五日(しごにち)も
過(すぎ)しかば、もしやのたのみ【頼み】もよはり(よわり)【弱り】はてて、いとど
心(こころ)ぼそうぞなられける。ただ一人(いちにん)付(つけ)たてまつり【奉り】
たりけるめのと【乳母】のねうばう(にようばう)【女房】も、おなじ【同じ】枕(まくら)にふし【伏し】
しづみにけり。かくときこえ【聞え】し七日(なぬか)のひの暮(くれ)
P09165
ほどより、十三日(じふさんにち)の夜(よ)までは、おき【起き】もあがり【上がり】たま
は【給は】ず。あくれば十四日(じふしにち)、八島(やしま)へつかんずるよい(よひ)【宵】うちすぐ
る【過ぐる】までふし給(たま)ひたりけるが、ふけ【更け】ゆくままに
舟(ふね)の中(うち)もしづまりければ、北(きた)の方(かた)めのとの女房(にようばう)
にのたまひ【宣ひ】けるは、「このほどは、三位(さんみ)うた【討た】れぬと
きき【聞き】つれども、まことともおもは【思は】でありつるが、この
くれほどより、さもあるらんとおもひ【思ひ】さだめ【定め】て
あるぞとよ。人(ひと)ごとにみなと河(がは)【湊河】とかやのしも【下】に
てうた【討た】れにしとはいへども、そののちいき【生き】てあひ【逢ひ】
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たりといふものは一人(いちにん)もなし。あすうち【討ち】いで【出で】ん
とての夜(よ)、あからさまなるところ【所】にてゆき【行き】
あひ【逢ひ】たりしかば、いつよりも心(こころ)ぼそげにうちなげ
きて、「明日(みやうにち)のいくさ【軍】には、一(いち)ぢやう【一定】うた【討た】れなんずと
おぼゆる【覚ゆる】はとよ。我(われ)いかにもなりなんのち、人(ひと)は
いかがし給(たま)ふべき」なんどいひ【言ひ】しかども、いくさ【軍】はいつ
もの事(こと)なれば、一(いち)ぢやう【一定】さるべしとおもは【思は】ざりける
事(こと)のくやしさよ。それをかぎりとだにおもは【思は】
ましかば、などのち【後】の世(よ)とちぎらざりけんと、思(おも)ふ
P09167
さへこそかなしけれ。ただならず成(なり)たる事(こと)をも、
日(ひ)ごろはかくし【隠し】ていは【言は】ざりしかども、心(こころ)づよふ(づよう)【強う】
おもは【思は】れじとて、いひ【言ひ】いだし【出し】たりしかば、なのめ
ならずうれしげにて、「通盛(みちもり)すでに三十(さんじふ)に
なるまで、子(こ)といふもののなかりつるに、あはれ【哀】
なんし【男子】にてあれかし。うきよ【浮世】のわすれがたみ【忘れ形見】
にもおもひ【思ひ】をく(おく)【置く】ばかり。さていく月(つき)ほど【程】に
なるやらん。心(ここ)ち【心地】はいかがあるやらん。いつとなき
波(なみ)の上(うへ)、舟(ふね)のうちのすまひ【住ひ】なれば、しづかに身々(みみ)と
P09168
ならん時(とき)もいかがはせん」な(ン)ど(なんど)いひ【言ひ】しは、はかなか
りけるかねごと【予言】かな。まことやらん、おんな(をんな)【女】はさやう
の時(とき)、とを【十】にここのつ【九のつ】はかならず【必ず】しぬる【死ぬる】なれば、
はぢがましきめ【目】を見(み)て、むなしう【空しう】ならんも
心(こころ)うし。しづかにみみ【身々】となつてのち、おさなき(をさなき)【幼き】もの
をもそだてて、なき【亡き】人(ひと)のかたみ【形見】にもみ【見】ばやとは
おもへ【思へ】ども、おさなき(をさなき)【幼き】ものをみ【見】んたびごとには、
むかしの人(ひと)のみこひしく【恋しく】て、おもひ【思ひ】の数(かず)はつもる
とも、なぐさむ事(こと)はよもあらじ。ついに(つひに)【遂に】はのがる【逃る】
P09169
まじき道(みち)也(なり)。もしふしぎ【不思議】にこのよ【世】をしのび【忍び】
すぐす【過す】とも、心(こころ)にまかせ【任せ】ぬ世(よ)のならひ【習ひ】は、おもは【思は】
ぬほかのふしぎ【不思議】もあるぞとよ。それもおもへ【思へ】ば
心(こころ)うし。まどろめば夢(ゆめ)にみえ【見え】、さむれ【覚むれ】ばおもかげ【面影】
にたつ【立つ】ぞかし。いき【生き】てゐて、とにかくに人(ひと)を
こひし【恋し】とおもは【思は】んより、ただ水(みづ)の底(そこ)へいら【入ら】ばやと
おもひ【思ひ】さだめ【定め】てあるぞとよ。そこにひとり
とどまつて、なげか【歎か】んずる事(こと)こそ心(こころ)ぐるし
けれども、わらは【妾】がしやうぞく【装束】のあるをば取(とつ)て、
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いかならん僧(そう)にもとら【取ら】せ、なき人(ひと)の御(ご)ぼだい【菩提】をも
とぶらひ【弔ひ】、わらはが後生(ごしやう)をもたすけたまへ。
かきをき(おき)たる文(ふみ)をば都(みやこ)へつたへてたべ」な(ン)ど(なんど)、こま
ごまとのたまへば、めのとのねうばう(にようばう)【女房】涙(なみだ)をはらはら
とながして、「いとけなき子(こ)をもふりすて【捨て】、老(おい)たる
おや【親】をもとどめ【留め】をき(おき)、是(これ)までつきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
さぶらふ【候ふ】心(こころ)ざしをば、いかばかりとかおぼしめさ【思し召さ】れさぶらふ【候ふ】ら
む。そのうへ今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にてうた【討た】れさせたまひし
人々(ひとびと)の北(きた)の方(かた)の御(おん)おもひ【思ひ】ども、いづれかおろかにわた
P09171
らせ給(たま)ひさぶらふ【候ふ】べき。されば御見(おんみ)ひとつ【一つ】のこと
とおぼしめす【思し召す】べからず。しづかに身々(みみ)とならせ
給(たま)ひてのち、おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)をもそだて【育て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、
いかならん岩木(いはき)のはざまにても、御(おん)さまをかへ、仏(ほとけ)の
御名(みな)をもとなへて、なき人(ひと)の御(ご)ぼだい【菩提】をもとぶ
らひ【弔ひ】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へかし。かならず【必ず】ひとつ【一つ】道(みち)へとおぼ
しめす【思し召す】とも、生(しやう)かはら【変ら】せ給(たま)ひなんのち、六道(ろくだう)四生(ししやう)の
間(あひだ)にて、いづれのみちへかおもむか【赴か】せ給(たま)はんずらん。
ゆきあはせ【合はせ】給(たま)はん事(こと)も不定(ふぢやう)なれば、御身(おんみ)を
P09172
なげ【投げ】てもよしなき事(こと)也(なり)。其上(そのうへ)都(みやこ)の事(こと)なんど
をば、たれみ【見】つぎ【次ぎ】まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】とてかやうにはおほせ【仰せ】
さぶらふ【候ふ】やらん。うらめしう【恨めしう】もうけたまはる物(もの)かな」と
さめざめとかきくどき【口説き】ければ、北(きた)の方(かた)此(この)事(こと)あしう【悪しう】
もきかれぬとやおもは【思は】れけん、「それは心(こころ)にかはりて
もをしはかり(おしはかり)たまふべし。大(おほ)かたの世(よ)のうらめしさ【恨めしさ】
にも、身(み)をなげんな(ン)ど(なんど)いふ事(こと)はつねのならひ【習ひ】也(なり)。
されどもおもひ【思ひ】たつ【立つ】ならば、そこにしらせ【知らせ】ずしては
あるまじきぞ。夜(よ)もふけぬ、いざやね【寝】ん」とのたまへ【宣へ】ば、
P09173
めのとの女房(にようばう)、この四五日(しごにち)はゆみづ【湯水】をだにはかばか
しう御(ご)らんじ【御覧じ】いれ【入れ】たまは【給は】ぬ人(ひと)の、かやうに仰(おほせ)らるるは、
まこと【誠】におもひ【思ひ】たちたまへるにこそと悲(かな)しくて、
「相(あひ)かまへて思召(おぼしめし)たつならば、ちいろ(ちひろ)【千尋】の底(そこ)までもひき【引き】
こそ具(ぐ)せさせ給(たま)はめ。おくれ【後れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てのち、かた
時(とき)【片時】もながらふ【永らふ】べしともおぼえ【覚え】さぶらはず」なんど申(まうし)て、
御(おん)そば【側】にありながら、ち(ッ)とまどろみたりけるひまに、
北(きた)の方(かた)やはらふなばた【舷】へをき(おき)【起き】いで【出で】て、漫々(まんまん)たる海上(かいしやう)
なれば、いづちを西(にし)とはしら【知ら】ね共(ども)、月(つき)の入(いる)さの山(やま)のは【端】を、
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そなたの空(そら)とやおもは【思は】れけん、しづかに念仏(ねんぶつ)し
たまへば、沖(おき)のしら洲(す)【白洲】に鳴(なく)千鳥(ちどり)、あまのとわたる
梶(かぢ)の音(おと)、折(をり)からあはれ【哀】やまさりけん、しのびごゑ【忍び声】に
念仏(ねんぶつ)百返(ひやつぺん)ばかりとなへ[B 「となた」とあり「た」に「へ」と傍書]給(たま)ひて、「なむ【南無】西方(さいはう)極楽(ごくらく)世界(せかい)
教主(けうしゆ)、弥陀如来(みだによらい)、本願(ほんぐわん)あやまたず浄土(じやうど)へみちびき
給(たま)ひつつ、あかで別(わかれ)しいもせ【夫婦】のなからへ【仲】、必(かならず)ひとつ【一つ】
はちす【蓮】にむかへ【迎へ】たまへ」と、なくなく【泣く泣く】はるかにかきくどき、
なむ【南無】ととなふるこゑ【声】共(とも)に、海(うみ)にぞしづみたまひける。
一(いち)の谷(たに)よりやしま【屋島】へをし(おし)【押し】わたる【渡る】夜半(やはん)ばかりの事(こと)
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なれば、舟(ふね)の中(うち)しづまつて、人(ひと)是(これ)をしら【知ら】ざりけり。
その中(なか)にかんどり【楫取】の一人(いちにん)ねざりけるがみつけ【見付け】奉(たてまつり)て、
「あれはいかに、あのお舟(ふね)より、よにうつくしうまし
ますねうばう(にようばう)【女房】の、ただいま海(うみ)へいら【入ら】せたまひぬる
ぞや」とよばはり【呼ばはり】ければ、めのと【乳母】のねうばう(にようばう)【女房】打(うち)おどろき、
そばをさぐれ【探れ】どもおはせざりければ、「あれよあれ」
とぞあきれける。人(ひと)あまたおり【下り】て、とりあげ奉(たてまつ)
らんとしけれども、さらぬだに春(はる)の夜(よ)の[B 「春の夜は」とあり「は」に「の」と傍書]ならひ【習ひ】に
かすむ物(もの)なるに、四方(よも)の村雲(むらくも)うかれき【来】て、かづけ【潛け】
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どもかづけ【潛け】ども、月(つき)おぼろにてみえ【見え】ざりけり。やや
あ(ッ)てとりあげたてまつたりけれども、はや此(この)世(よ)に
なき人(ひと)となり給(たま)ひぬ。ねりぬき【練貫】のふたつ【二つ】ぎぬ【衣】に
しろき【白き】はかま【袴】を着(き)たまへり。かみ【髪】もはかま【袴】もしほたれて、
とり【取り】あげ【上げ】たれどもかい(かひ)【甲斐】ぞなき。めのとのねうばう(にようばう)【女房】
手(て)に手(て)をとりくみ、かほ【顔】にかほ【顔】をおし【押し】あてて、「などや
是(これ)程(ほど)におぼしめし【思し召し】たつ【立つ】ならば、ちいろ(ちひろ)【千尋】の底(そこ)までも
ひき【引き】は具(ぐ)せさせたまは【給は】ぬぞ。さるにても今(いま)一度(いちど)、
ものひとこと葉(ば)【一言葉】おほせられてきか【聞か】せさせたまへ」と、
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もだへ(もだえ)【悶え】こがれけれども、一言(いちげん)(いちケン)の返事(へんじ)にもおよばず、
わづかにかよひ【通ひ】つるいき【息】もはやたえ【絶え】はてぬ。さる程(ほど)に、
春(はる)の夜(よ)の月(つき)も雲井(くもゐ)にかたぶき、かすめる空(そら)も
明(あけ)ゆけば、名残(なごり)はつきせずおもへ【思へ】ども、さてしも
あるべき事(こと)ならねば、うき【浮き】もやあがり【上り】たまふと故(こ)三位
殿(さんみどの)のきせなが【着背長】の一両(いちりやう)のこり【残り】たりけるにひき【引き】まとひ【纏ひ】
奉(たてまつ)り、ついに(つひに)【遂に】海(うみ)にぞしづめ【沈め】ける。めのとのねうばう(にようばう)【女房】、
今度(こんど)はをくれ(おくれ)【後れ】奉(たてまつ)らじと、つづひ(つづい)【続い】ていら【入ら】んとしけ
るを、人々(ひとびと)やうやうに取(とり)とどめ【留め】ければ、力(ちから)およば【及ば】ず。
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せめてのせんかたなさにや、手(て)づからかみ【髪】をはさみ【鋏み】
おろし【下し】、故(こ)三位殿(さんみどの)の御(おん)おとと【弟】、中納言(ちゆうなごんの)律師(りつし)仲快(ちゆうくわい)
にそら【剃ら】せ奉(たてまつ)り、なくなく【泣く泣く】戒(かい)たもつ【保つ】て、主(しゆう)の後世(ごせ)を
ぞとぶらひ【弔ひ】ける。昔(むかし)より男(をとこ)にをくるる(おくるる)【後るる】たぐひ
おほし【多し】といへども、さま【様】をかふる【変ふる】はつね【常】のならひ【習ひ】、身(み)を
なぐるまでは有(あり)がたきためし【例】也(なり)。忠臣(ちゆうしん)は二君(じくん)に
つかへず、貞女(ていぢよ)は二夫(じふ)にまみえ【見え】ずとも、かやうの事(こと)
をや申(まうす)べき。此(この)女房(にようばう)と申(まうす)は、頭(とう)の刑部卿[* 「形部卿」と有るのを他本により訂正](ぎやうぶきやう)教方【*則方】(のりかた)のむす
め、上西門院(しやうさいもんゐん)のねうばう(にようばう)【女房】、宮中一(きゆうちゆういち)の美人(びじん)、名(な)をば
P09179
小宰相殿(こざいしやうどの)とぞ申(まうし)ける。此(この)女房(にようばう)、十六(じふろく)と申(まうし)し安元(あんげん)
の春(はる)のころ、女院(にようゐん)、法勝寺(ほつしようじ)へ花見(はなみ)の御幸(ごかう)ありしに、
通盛(みちもり)の卿(きやう)、其(その)時(とき)はいまだ中宮(ちゆうぐう)の亮(すけ)にて供奉(ぐぶ)せ
られたりけるが、此(この)女房(にようばう)をただ一(ひと)め【目】みて、あはれ【哀】と
思(おも)ひそめけるより、そのおもかげのみ身(み)にひしとたち【立ち】そひて、わするる【忘るる】ひま【暇】もなかりければ、はじめは
歌(うた)をよみ、文(ふみ)をつくし【尽くし】たまへ共(ども)、玉(たま)づさ【章】のかずのみ
つもり【積り】て、とり【取り】いれ【入れ】給(たま)ふ事(こと)もなし。すでに三(み)
とせ【年】になりしかば、みちもり【通盛】の卿(きやう)いまをかぎりの
P09180
文(ふみ)をかひ(かい)【書い】て、こざいしやうどの【小宰相殿】のもとへつかはす【遣す】。おり
ふし(をりふし)【折節】とり【取り】つたへ【伝へ】たる女房(にようばう)にもあはずして、つかひ【使】
むなしくかへり【帰り】けるみちにて、小宰相殿(こざいしやうどの)は折(をり)ふし【折節】
我(わが)里(さと)より御所(ごしよ)へぞまいり(まゐり)【参り】たまひける。つかひ【使】むな
しう【空しう】かへり【帰り】まいら(まゐら)【参ら】ん事(こと)のほい【本意】なさに、御車(おんくるま)のそば
をつ(ッ)とはしり【走り】とをる(とほる)【通る】やうにて、みちもり【通盛】のきやう【卿】の
文(ふみ)を小宰相殿(こざいしやうどの)の車(くるま)のすだれの中(うち)へぞなげ【投げ】いれ【入れ】
ける。とも【供】のもの共(ども)にとひ【問ひ】たまへば、「しら【知ら】ず」と申(まうす)。さて
此(この)文(ふみ)をあけてみ【見】たまへば、通盛(みちもり)の卿(きやう)の文(ふみ)にてぞ
P09181
有(あり)ける。車(くるま)にをく(おく)【置く】べきやうもなし、おほち【大路】に
すて【捨て】んもさすがにて、はかま【袴】の腰(こし)にはさみ【鋏み】つつ、
御所(ごしよ)へぞまいり(まゐり)【参り】たまひける。さて宮(みや)づかへ〔し〕たまふ
ほど【程】に、所(ところ)しもこそおほけれ【多けれ】、御前(ごぜん)に文(ふみ)をおとさ【落さ】
れたり。女院(にようゐん)是(これ)を御覧(ごらん)じて、いそぎとら【取ら】せおは
しまし、御衣(ぎよい)の御(おん)たもと【袂】にひき【引き】かくさ【隠さ】せ給(たま)ひ
て、「めづらしき物(もの)をこそもとめ【求め】たれ。此(この)主(ぬし)は誰(たれ)なるらん」
とおほせければ、御前(ごぜん)の女房(にようばう)たち、よろづの
神仏(かみほとけ)にかけて「しら【知ら】ず」とのみぞ申(まうし)あはれける。
P09182
その中(なか)に小宰相殿(こざいしやうどの)は、かほ【顔】うちあかめ【赤め】て、物(もの)も
申(まう)されず。女院(にようゐん)もみちもり【通盛】の卿(きやう)の申(まうす)とはかねて【予て】
よりしろしめさ【知ろし召さ】れたりければ、さて此(この)文(ふみ)をあけて
御覧(ごらん)ずるに、きろ【妓炉】のけぶり【煙】のにほひ【匂】ことになつ
かしく【懐しく】、筆(ふで)のたてど【立て処】もよのつねならず、「あまりに
人(ひと)の心(こころ)づよきもなかなかいまはうれしくて」なんど、
こまごまとかひ(かい)【書い】て、おく【奥】には一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞ有(あり)ける。
我(わが)こひ【恋】はほそ谷河(たにがは)【細谷河】のまろ木(き)ばし【丸木橋】
ふみかへさ【返さ】れてぬるる袖(そで)かな  W071
P09183
女院(にようゐん)、「これはあは【逢は】ぬをうらみ【恨み】たる文(ふみ)や。あまりに
人(ひと)の心(こころ)づよきもなかなかあたとなる物(もの)を」。中比(なかごろ)
小野小町(をののこまち)とて、みめかたち世(よ)にすぐれ、なさけ
のみち【道】ありがたかりしかば、みる【見る】人(ひと)きくもの肝(きも)たま
しゐ(たましひ)【魂】をいたま【痛ま】しめずといふ事(こと)なし。されども
心(こころ)づよき名(な)をやとり【取り】たりけん、はてには人(ひと)の思(おも)ひ
のつもり【積り】とて、風(かぜ)をふせく【防く】たよりもなく、雨(あめ)を
もらさ【漏らさ】ぬわざ【業】もなし。やどにくもら【曇ら】ぬ月(つき)ほし【星】を、
涙(なみだ)にうかべ【浮べ】、野(の)べのわかな、沢(さは)のねぜり【根芹】をつみ【摘み】て
P09184
こそ、つゆの命(いのち)をばすぐし【過し】けれ。女院(にようゐん)、「是(これ)はいかにも
返(かへ)しあるべきぞ」とて、かたじけなく【忝く】も御(おん)すずり
めし【召し】よせて、身(み)づから御返事(おんぺんじ)あそばさ【遊ばさ】れけり。
ただたのめ【頼め】ほそ谷河(たにがは)【細谷河】のまろ木橋(きばし)【丸木橋】
ふみかへしてはおち【落ち】ざらめやは W072
むねのうちのおもひ【思ひ】はふじ【富士】のけぶり【煙】にあらはれ【現はれ】、
袖(そで)のうへ【上】の涙(なみだ)はきよみ【清見】が関(せき)の波(なみ)なれや。みめは
さいわい(さいはひ)【幸】のはな【花】なれば、三位(さんみ)此(この)女房(にようばう)をたまは(ッ)て、
たがひに心(こころ)ざしあさから【浅から】ず。されば西海(さいかい)の旅(たび)の空(そら)、
P09185
舟(ふね)の中(うち)、波(なみの)上(うへ)のすまひ【住ひ】までもひき具(ぐ)して、
ついに(つひに)【遂に】おなじみちへぞおもむか【赴か】れける。門脇(かどわき)の
中納言(ちゆうなごん)は、嫡子(ちやくし)越前(ゑちぜん)の三位(さんみ)、末子(ばつし)業盛(なりもり)にもをくれ(おくれ)【遅れ】
たまひぬ。いまたのみ【頼み】たまへる人(ひと)とては、能登守(のとのかみ)
教経(のりつね)、僧(そう)には中納言(ちゆうなごん)の律師(りつし)仲快(ちゆうくわい)ばかりなり。
こ【故】三位(さんみ)どののかたみ共(とも)此(この)ねうばう(にようばう)【女房】をこそみ【見】給(たま)ひ
つるに、それさへかやうになられければ、いかが心(こころ)ぼそ
うぞなられける。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第九(だいく)


平家物語 高野本 巻第十

平家 十(表紙)
P10001
平家十之巻 目録
           イ本 重衡大路渡
首渡          内裏女房
八島院宣        請文
戒文          海道下
千手前         横笛
高野巻         維盛出家
維盛熊野参詣      維盛入水
イ池大納言関東下向
三日平氏付維盛北方出家 藤戸
大嘗会の沙汰
P10003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)
『首渡(くびわたし)』S1001
○寿永(じゆえい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)七日(なぬかのひ)、摂津国(つのくに)一(いち)の谷(たに)にて
うた【討た】れし平氏(へいじ)の頸(くび)共(ども)、十二日(じふににち)都(みやこ)へいる【入る】。平家(へいけ)に
むすぼほれたる人々(ひとびと)は、わが【我が】方(かた)ざまにいかなるうき
目(め)をかみ【見】むずらんと、なげきあひかなしみあへ【合へ】
り。中(なか)にも大覚寺(だいかくじ)にかくれ居(ゐ)給(たま)へる小松(こまつの)三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の北方(きたのかた)、ことさらおぼつかなく思(おも)
はれける。「今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にて一門(いちもん)の人々(ひとびと)残(のこり)ずく
なううた【討た】れたまひ【給ひ】、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)と云(いふ)公卿(くぎやう)一人(いちにん)、いけ
P10004
どりにせられてのぼる也(なり)」ときき給(たま)ひ、「この人(ひと)
はなれ【離れ】じ物(もの)を」とて、ひき【引き】かづきてぞふし
たまふ【給ふ】。ある【或】女房(にようばう)の出(いで)きて申(まうし)けるは、「三位(さんみの)中将
殿(ちゆうじやうどの)と申(まうす)は、是(これ)の御事(おんこと)にてはさぶらはず。本三
位(ほんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御(おん)こと【御事】也(なり)」と申(まうし)ければ、「さては頸(くび)共(ども)の
中(なか)にこそあるらめ」とて、なを(なほ)【猶】心(こころ)やすうもおもひ【思ひ】
給(たま)はず。同(おなじき)十三日(じふさんにち)、大夫(たいふの)判官(はんぐわん)仲頼(なかより)、六条河原(ろくでうかはら)に
出(いで)むか(ッ)【向つ】て、頸(くび)共(ども)うけ【受け】とる【取る】。東洞院(ひがしのとうゐん)の大路(おほち)を北(きた)へ
わたして獄門(ごくもん)の木(き)にかけらるべきよし、蒲(かばの)冠者(くわんじや)
P10005
範頼(のりより)・九郎(くらう)冠者(くわんじや)義経(よしつね)奏聞(そうもん)す。法皇(ほふわう)、此(この)条(でう)いかが
あるべからむとおぼしめし【思し召し】わづらひ【煩ひ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)・
左右(さう)の大臣(だいじん)・内大臣(ないだいじん)・堀河(ほりかはの)大納言(だいなごん)忠親卿(ただちかのきやう)に仰(おほせ)あは
せ【合はせ】らる。五人(ごにん)の公卿(くぎやう)申(まう)されけるは、「昔(むかし)より卿相(けいしやう)の
位(くらゐ)にのぼるもの【者】の頸(くび)、大路(おほち)をわたさるる事(こと)先
例(せんれい)なし。就中(なかんづく)此(この)輩(ともがら)は、先帝(せんてい)の御時(おんとき)、戚里(せきり)の
臣(しん)として久(ひさ)しく朝家(てうか)につかうまつる。範頼(はんらい)・
義経(ぎけい)が申状(まうしじやう)、あながち御許容(ごきよよう)あるべからず」と、
おのおの一同(いちどう)に申(まう)されければ、わたさ【渡さ】るまじき
P10006
にて有(あり)けるを、範頼(のりより)・義経(よしつね)かさね【重ね】て奏聞(そうもん)し
けるは、「保元(ほうげん)の昔(むかし)をおもへ【思へ】ば、祖父(そぶ)為義(ためよし)があた、
平治(へいぢ)のいにしへを案(あん)ずれば、父(ちち)義朝(よしとも)がかたき【敵】也(なり)。
君(きみ)の御(おん)憤(いきどほり)(イキドヲリ)をやすめ奉(たてまつ)り、父祖(ふそ)の恥(はぢ)をきよめん
がために、命(いのち)を捨(すて)て朝敵(てうてき)をほろぼす。今度(こんど)
平氏(へいじ)の頸(くび)共(ども)大路(おほち)をわたされずは、自今(じごん)以後(いご)
なんのいさみあ(ッ)てか凶賊(きようぞく)(ケウゾク)をしりぞけんや」と、
両人(りやうにん)頻(しきり)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)間(あひだ)、法皇(ほふわう)力(ちから)およば【及ば】せ給(たま)はで、
終(つひ)にわたされけり。みる【見る】人(ひと)いくらといふ数(かず)を
P10007
しらず。帝闕(ていけつ)に袖(そで)をつらねしいにしへは、おぢおそ
るる【恐るる】輩(ともがら)おほかり【多かり】き。巷(ちまた)(チマタ)に首(かうべ)をわたさるる今(いま)は、
あはれみかなしまずといふ事(こと)なし。小松(こまつ)の三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の若君(わかぎみ)、六代(ろくだい)御前(ごぜん)につき奉(たてまつ)たる
斎藤五(さいとうご)、斎藤六(さいとうろく)、あまりのおぼつかなさに、さま
をやつして見(み)ければ、頸(くび)共(ども)は見(み)しりたてま(ッ)
たれども、三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御頸(おんくび)はみえ【見え】たまは【給は】ず。
されどもあまりにかなしくて、つつむにたへ【堪へ】ぬ
涙(なみだ)のみしげかりければ、よその人目(ひとめ)もおそろ
P10008
しさ【恐ろしさ】に、いそぎ大覚寺(だいかくじ)へぞまいり(まゐり)【参り】ける。北方(きたのかた)
「さて、いかにやいかに」と問(とひ)給(たま)へば、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)に
は、備中(びつちゆうの)守殿(かうのとの)の御頸(おんくび)ばかりこそみえ【見え】させ
給(たま)ひ候(さうらひ)つれ。其(その)外(ほか)はそんぢやうその頸(くび)、其(その)御頸(おんくび)」
と申(まうし)ければ、「いづれも人(ひと)のうへ【上】ともおぼえず」
とて、涙(なみだ)にむせび給(たま)ひけり。ややあ(ッ)て、斎藤
五(さいとうご)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「此(この)一両年(いちりやうねん)はかくれ
居(ゐ)候(さうらひ)て、人(ひと)にもいたくみしられ候(さうら)はず。今(いま)しばらく
もみ【見】まいらす(まゐらす)【参らす】べう候(さうらひ)つれども、よにくはしう【詳しう】案内(あんない)
P10009
しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる者(もの)の申(まうし)候(さうらひ)つるは、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)は、
今度(こんど)の合戦(かつせん)には、播磨(はりま)と丹波(たんば)のさかひ【境】で候(さうらふ)
なるみくさ【三草】山(やま)をかためさせ給(たま)ひて候(さうらひ)けるが、
九郎(くらう)義経(よしつね)にやぶられて、新三位(しんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)・小松(こまつの)
少将殿(せうしやうどの)・丹後(たんごの)侍従殿(じじゆうどの)は播磨(はりま)の高砂(たかさご)より御舟(おんふね)に
めし【召し】て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)へわたらせ給(たまひ)て候(さうらふ)也(なり)。何(なに)と
してはなれ【離れ】させ給(たまひ)て候(さうらひ)けるやらん、御兄弟(ごきやうだい)の
御(おん)なかには、備中(びつちゆうの)守殿(かみどの)ばかり一谷(いちのたに)にてうた【討た】れさせ
給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)ものにこそあひ【逢ひ】て候(さうらひ)つれ。「さて
P10010
小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御事(おんこと)はいかに」ととひ候(さうらひ)つれば、
「それはいくさ【軍】以前(いぜん)より大事(だいじ)の御(おん)いたはりとて、
八島(やしま)に御渡(おんわたり)候(さうらふ)間(あひだ)、此(この)たびはむかは【向は】せ給(たまひ)候(さうら)はず」と、
こまごまとこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)ければ、「それも
われら【我等】がこと【事】をあまりにおもひ【思ひ】なげき給(たま)ふが、
病(やまひ)となりたるにこそ。風(かぜ)のふく日(ひ)は、けふもや船(ふね)
にのり給(たまふ)らんと肝(きも)をけし、いくさ【軍】といふ時(とき)は、ただ
今(いま)【只今】もやうた【討た】れ給(たまふ)らむと心(こころ)をつくす。まして
さ様(やう)の御(おん)いたはりなんどをも、たれか心(こころ)やすう
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あつかひたてまつる【奉る】べき。くはしうきかばや」との
たまへ【宣へ】ば、若君(わかぎみ)・姫君(ひめぎみ)、「など、なんの御(おん)いたはりとはとは【問は】
ざりけるぞ」とのたまひ【宣ひ】けるこそ哀(あはれ)なれ。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)もかよふ心(こころ)なれば、「都(みやこ)にいかにおぼつかなく
思(おも)ふらん。頸(くび)共(ども)のなか【中】にはなくとも、水(みづ)におぼれて
も死(し)に、矢(や)にあた(ッ)てもうせぬらん。此(この)世(よ)にある
もの【物】とはよもおもは【思は】じ。露(つゆ)の命(いのち)の末(すゑ)ながらへ【永らへ】たる
としらせ【知らせ】奉(たてまつ)らばや」とて、侍(さぶらひ)一人(いちにん)したて【仕立て】て都(みやこ)へ
のぼせ【上せ】られけり。三(みつ)のふみ【文】をぞかかれける。まづ北方(きたのかた)
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への御(おん)ふみ【文】には、「都(みやこ)にはかたき【敵】みちみちて、
御身(おんみ)ひとつ【一つ】のをきどころ(おきどころ)【置き所】だにあらじに、おさな
き(をさなき)【幼き】もの【者】共(ども)引(ひき)ぐし【具し】て、いかにかなしう【悲しう】おぼすらん。
是(これ)へむかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て、ひとところ【一所】でいかにもならば
やとは思(おも)へども、我(わが)身(み)こそあらめ、御(おん)ため心(こころ)ぐるし
くて」な(ン)ど(なんど)こまごまと書(かき)つづけ、おくに一首(いつしゆ)の
歌(うた)ぞ有(あり)ける。
いづくともしらぬあふせ【逢瀬】のもしほ草(ぐさ)【藻塩草】
かきをく(おく)【置く】あと【跡】をかたみともみよ【見よ】 W073
P10013
おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御(おん)もとへは、「つれづれをばいかにして
かなぐさみ【慰さみ】給(たま)ふらむ。いそぎむかへ【向へ】とらんずる
ぞ」と、こと葉(ば)もかはらずかひ(かい)【書い】てのぼせ【上せ】られけり。
此(この)御(おん)文(ふみ)共(ども)を給(たま)は(ッ)て、使(つかひ)都(みやこ)へのぼり、北方(きたのかた)に
御文(おんふみ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、今(いま)さら又(また)なげき
かなしみ給(たま)ひけり。使(つかひ)四五日(しごにち)候(さうらひ)て、いとま申(まうす)。
北方(きたのかた)なくなく御返事(おんぺんじ)かき給(たま)ふ。若公(わかぎみ)【若君】姫君(ひめぎみ)筆(ふで)
をそめ【染め】て、「さて父(ちち)御(ご)ぜんの御返事(おんぺんじ)は何(なに)と
申(まうす)べきやらん」と問(とひ)給(たま)へば、「ただともかうも、わ御前(ごぜん)
P10014
たちのおもは【思は】んやうに申(まうす)べし」とこその給(たま)ひ
けれ。「などや今(いま)までむかへ【向へ】させ給(たま)はぬぞ。あ
まりにこひしく【恋しく】思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)に、とくとく
むかへ【向へ】させ給(たま)へ」と、おなじこと葉(ば)にぞかかれたる。
此(この)御(おん)文(ふみ)共(ども)を給(たま)は(ッ)て、使(つかひ)八島(やしま)にかへりまいる(まゐる)【参る】。
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、まづおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御文(おんふみ)を御覧(ごらん)
じてこそ、いよいよせん方(かた)なげにはみえ【見え】られ
けれ。「抑(そもそも)是(これ)より穢土(ゑど)(エド)を厭(いとふ)(イトウ)にいさみなし。
閻浮愛執(えんぶあいしふ)(エンブアイシウ)の綱(つな)つよければ、浄土(じやうど)をねがふも
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もの【物】うし。唯(ただ)是(これ)より山(やま)づたひ【山伝ひ】に都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、こひしき【恋しき】ものどもを今(いま)一度(いちど)見(み)もし、みえ【見え】ての
後(のち)、自害(じがい)をせんにはしかじ」とぞ、泣々(なくなく)かたり給(たま)ひ
『内裏女房(だいりにようばう)』S1002
ける。○同(おなじき)十四日(じふしにち)、いけどり【生捕り】本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、六条(ろくでう)を
東(ひがし)へわたされけり。小(こ)八葉(ばちえふ)の車(くるま)に先後(ぜんご)の
簾(すだれ)をあげ、左右(さう)の物見(ものみ)をひらく。土肥(とひの)次郎(じらう)
実平(さねひら)、木蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)に小具足(こぐそく)ばかりして、
随兵(ずいびやう)卅(さんじふ)余騎(よき)、車(くるま)の先後(ぜんご)にうちかこ(ン)【囲ん】で守護(しゆご)
し奉(たてまつ)る。京中(きやうぢゆう)の貴賎(きせん)是(これ)をみて、「あないとをし(いとほし)、
P10016
いかなる罪(つみ)のむくひぞや。いくらもまします
君達(きんだち)のなかに、かくなり給(たま)ふ事(こと)よ。入道殿(にふだうどの)に
も二位殿(にゐどの)にも、おぼえの御子(おんこ)にてましま
いしかば、御一家(ごいつけ)の人々(ひとびと)もおもき【重き】事(こと)に思(おも)ひ奉(たてまつ)
り給(たま)ひしぞかし。院(ゐん)へも内(うち)へもまいり(まゐり)【参り】給(たま)ひし
時(とき)は、老(おい)たるも若(わかき)も、ところ【所】ををき(おき)てもて
なし奉(たてまつ)り給(たま)ひし物(もの)を。是(これ)は南都(なんと)をほろぼし
給(たま)へる伽藍(がらん)の罰(ばち)にこそ」と申(まうし)あへ【合へ】り。河原(かはら)まで
わたされて、かへ(ッ)【帰つ】て、故(こ)中〔御〕門(なかのみかどの)藤(とうの)中納言(ちゆうなごん)家成卿(かせいのきやう)の
P10017
八条堀川(はつでうほりかは)の御(み)だう【堂】にすゑたてま(ッ)【奉つ】て、土肥(とひの)
次郎(じらう)守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。院(ゐんの)御所(ごしよ)より御使(おんつかひ)に蔵人(くらんどの)
左衛門(さゑもんの)権佐(ごんのすけ)定長(さだなが)、八条堀河(はつでうほりかは)へむかは【向は】れけり。赤衣(せきい)
にて剣笏(けんしやく)をぞ帯(たい)したりける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)は
紺村滋(こむらご)の直垂(ひたたれ)に、立烏帽子(たてえぼし)ひき【引き】たてておはし
ます。日比(ひごろ)は何(なに)共(とも)おもは【思は】れざりし定長(さだなが)を、今(いま)は
冥途(めいど)にて罪人共(ざいにんども)が冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)にあへ【逢へ】る心地(ここち)ぞせら
れける。仰(おほせ)下(くだ)されけるは、「八島(やしま)へかへりたくは、一門(いちもん)の
中(なか)へいひ【言ひ】をく(ッ)(おくつ)【送つ】て、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を都(みやこ)へ返(かへ)し
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入(いれ)奉(たてまつ)れ。しからば八島(やしま)へかへさ【返さ】るべしとの御気色(ごきしよく)
で候(さうらふ)」と申(まうす)。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)申(まう)されけるは、「重衡(しげひら)千人(せんにん)
万人(まんにん)が命(いのち)にも、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)をかへまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとは、
内府(だいふ)以下(いげ)一門(いちもん)の者(もの)共(ども)、一人(いちにん)もよも申(まうし)候(さうら)はじ。
もし女性(によしやう)にて候(さうら)へば、母儀(ぼぎ)の二品(にほん)なんO[BH ど]やさも申(まうし)
候(さうら)はんずらむ。さは候(さうら)へども、居(ゐ)ながら院宣(ゐんぜん)をかへし
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】む事(こと)、其(その)恐(おそれ)も候(さうら)へば、申(まうし)送(おくつ)てこそ見(み)候(さうら)
はめ」とぞ申(まう)されける。O[BH 三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の][M 御]使(つかひ)は平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、O[BH 院宣(ゐんぜん)の御使(おんつかひ)は、]御
坪(おつぼ)(ヲツボ)の召次(めしつぎ)花方(はなかた)とぞ聞(きこ)えし。私(わたくし)の文(ふみ)はゆる
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さ【許さ】れねば、人々(ひとびと)のもとへも詞(ことば)にてことづけ【言付け】給(たま)ふ。
北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)へも御詞(おんことば)にて申(まう)されけり。「旅(たび)の
空(そら)にても、人(ひと)はわれになぐさみ【慰さみ】、我(われ)は人(ひと)になぐ
さみ【慰さみ】奉(たてまつ)りしに、引(ひき)別(わかれ)てのち【後】、いかにかなしう【悲しう】
おぼすらん。「契(ちぎり)は朽(くち)せぬ物(もの)」と申(まう)せば、後(のち)の世(よ)には
かならず【必ず】むまれ【生れ】逢(あひ)奉(たてまつ)らん」と、泣々(なくなく)ことづけ給(たま)へば、
重国(しげくに)も涙(なみだ)をおさへ【抑へ】てたちにけり。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
の年(とし)ごろめし【召し】つかは【使は】れける侍(さぶらひ)に、木工(むく)右馬允(うまのじよう)
知時(ともとき)といふ者(もの)あり【有り】。八条(はつでう)の女院(にようゐん)に候(さうらひ)けるが、土肥(とひの)
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次郎(じらう)がもとにゆきむか(ッ)【向つ】て、「是(これ)は中将殿(ちゆうじやうどの)に先
年(せんねん)めし【召し】つかは【使は】れ候(さうらひ)し某(それがし)と申(まうす)者(もの)にて候(さうらふ)が、西国(さいこく)
へも御供(おんとも)仕(つかまつる)べき由(よし)存(ぞんじ)候(さうらひ)しか共(ども)、八条(はつでう)の女院(にようゐん)に
兼参(けんざん)[* 左に(カネテマイリ)の振り仮名]の者(もの)にて候(さうらふ)間(あひだ)、力(ちから)およば【及ば】でまかり【罷り】とど
ま(ッ)て候(さうらふ)が、けふ大路(おほち)(ヲホチ)で見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へば、目(め)もあて
られず、いとをしう(いとほしう)[B 「いとをしう」に「あまりにいたしうイ」と傍書]おもひ奉(たてまつ)り候(さうらふ)。しかる【然る】べう候(さうら)はば、
御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうむり)て、ちかづき【近付き】まいり(まゐり)【参り】候(さうらひ)て、今(いま)一度(いちど)
見参(げんざん)にいり、昔語(むかしがた)りをも申(まうし)て、なぐさめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)。させる弓矢(ゆみや)とる身(み)で候(さうら)はねば、いくさ【軍】
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合戦(かつせん)の御供(おんとも)を仕(つかまつり)たる事(こと)も候(さうら)はず、ただ朝(あさ)ゆふ【朝夕】
祗候(しこう)せしばかりで候(さうらひ)き。さりながら、なを(なほ)【猶】[B おぼ]つかなう
おぼしめし【思し召し】候(さうら)はば、腰(こし)の刀(かたな)をめし【召し】をか(おか)【置か】れて、まげて
御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうむり)候(さうらは)ばや」と申(まう)せば、土肥(とひの)次郎(じらう)なさけ
あるおのこ(をのこ)【男】にて、「御一人(ごいちにん)ばかりは何事(なにごと)か候(さうらふ)べき。
さりながらも」とて、腰(こし)の刀(かたな)をこひ【乞ひ】と(ッ)ていれ【入れ】て(ン)
げり。右馬允(うまのじよう)なのめならず悦(よろこび)て、いそぎまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
てみ【見】奉(たてまつ)れば、誠(まこと)に思(おも)ひいれ【入れ】給(たま)へるとおぼしくて、
御(おん)姿(すがた)もいたくしほれ(しをれ)【萎れ】かへ(ッ)【返つ】て居(ゐ)給(たま)へる御(おん)有様(ありさま)を
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見(み)奉(たてまつ)るに、知時(ともとき)涙(なみだ)もさらにおさへ【抑へ】がたし。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)も是(これ)を御覧(ごらん)じて、夢(ゆめ)にゆめ【夢】みる【見る】心地(ここち)
して、とかうの事(こと)もの給(たま)は【宣は】ず。只(ただ)なく【泣く】より
外(ほか)の事(こと)ぞなき。やや久(ひさ)しうあ(ッ)て、昔(むかし)いまの物
語(ものがたり)共(ども)したまひ【給ひ】て後(のち)、「さても汝(なんぢ)(ナンジ)して物(もの)いひ【言ひ】し
人(ひと)は、未(いまだ)内裏(だいり)にとやきく」。「さこそ承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「西国(さいこく)へ下(くだり)
し時(とき)、文(ふみ)をもやらず、いひをく(おく)【置く】事(こと)だになかりしを、
世々(よよ)のちぎり【契り】はみな偽(いつはり)にてあり【有り】けりと思(おも)ふらん
こそはづかしけれ。文(ふみ)をやらばやと思(おも)ふは。尋(たづね)て行(ゆき)
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てんや」との給(たま)へ【宣へ】ば、「御(おん)文(ふみ)を給(たまは)(ッ)【賜つ】てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と
申(まう)す。中将(ちゆうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、やがてかい【書い】てぞ
たう【賜う】だりける。守護(しゆご)の武士(ぶし)共(ども)「いかなる御(おん)文(ふみ)にて候(さうらふ)や
らむ。いだしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ」と申(まうす)。中将(ちゆうじやう)「みせよ【見せよ】」との給(たま)へ【宣へ】ば、
みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」とてとらせけり。
知時(ともとき)も(ッ)て内裏(だいり)へまいり(まゐり)【参り】たりけれ共(ども)、ひるは人目(ひとめ)
のしげければ、其(その)へんちかき小屋(せうをく)にたち【立ち】入(いり)て
日(ひ)を待(まち)暮(くら)し、局(つぼね)の下口(しもぐち)へんにたたず(ン)できけ
ば、此(この)人(ひと)のこゑ【声】とおぼしくて、「いくらもある人(ひと)の
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なかに、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)しも生取(いけどり)にせられて、大路(おほち)をわた
さるる事(こと)よ。人(ひと)はみな奈良(なら)を焼(やき)たる罪(つみ)のむく
ひといひあへ【合へ】り。中将(ちゆうじやう)もさぞいひし。「わが心(こころ)におこ(ッ)て
はやかねども、悪党(あくたう)おほかり【多かり】しかば、手々(てんで)に火(ひ)を
はな(ッ)【放つ】て、おほく【多く】の堂塔(だうたふ)を焼(やき)はらふ。末(すゑ)のつゆ【露】
本(もと)のしづくとなるなれば、われ一人(いちにん)が罪(つみ)にこそ
ならんずらめ」といひしか。げにさとおぼゆる【覚ゆる】」とかき
くどき、さめざめとぞなか【泣か】れける。右馬允(うまのじよう)「是(これ)
にも思(おも)はれける物(もの)を」といとをしう(いとほしう)覚(おぼ)へ(おぼえ)て、「もの【物】
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申(まう)さう」どいへば、「いづくより」と問(とひ)給(たま)ふ。「三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)
より御文(おんふみ)の候(さうらふ)」と申(まう)せば、年(とし)ごろははぢて見(み)え
たまは【給は】ぬ女房(にようばう)の、せめての思(おも)ひのあまりにや、
「いづらやいづら」とてはしり【走り】出(いで)て、手(て)づから文(ふみ)をと(ッ)て
み【見】たまへ【給へ】ば、西国(さいこく)よりとられてありしありさま【有様】、
けふあすともしらぬ身(み)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】な(ン)ど(なんど)こまごま
と書(かき)つづけ、おくには一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞ有(あり)ける。
涙河(なみだがは)うき名(な)をながす身(み)なりとも
いま一(ひと)たびのあふせ【逢瀬】ともがな W074
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女房(にようばう)これをみ【見】給(たま)ひて、とかうの事(こと)もの給(たま)はず、
文(ふみ)をふところ【懐】に引(ひき)入(いれ)て、ただなくより外(ほか)の
事(こと)ぞなき。やや久(ひさ)しうあ(ッ)て、さてもあるべきなら
ねば、御(おん)かへり事(こと)あり【有り】。心(こころ)ぐるしういぶせくて、
二(ふた)とせ【年】ををくり(おくり)【送り】つる心(こころ)の中(うち)をかきたまひ【給ひ】て、
君(きみ)ゆへ(ゆゑ)【故】にわれもうき名(な)をながすとも
そこ【底】のみくづ【水屑】とともに成(なり)なむ W075
知時(ともとき)も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。守護(しゆご)の武士(ぶし)共(ども)、又(また)「み【見】まひ
らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」と申(まう)せば、みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」
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とて奉(たてまつ)る。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)をみて、いよいよ思(おも)ひや
まさり給(たま)ひけん、土肥(とひの)次郎(じらう)にのたまひ【宣ひ】けるは、
「年来(としごろ)あひぐし【具し】たりし女房(にようばう)に、今(いま)一度(いちど)対〔面〕(たいめん)して、
申(まうし)たき事(こと)のあるはいかがすべき」とのたまへ【宣へ】ば、
実平(さねひら)なさけあるおのこ(をのこ)【男】にて、「誠(まこと)に女房(にようばう)な(ン)ど(なんど)の
御事(おんこと)にてわたらせ給(たまひ)候(さうら)はんは、なじかはくるしう【苦しう】
候(さうらふ)べき」とてゆるし奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、
人(ひと)に車(くるま)か(ッ)【借つ】てむかへ【向へ】につかはし【遣し】たりければ、女房(にようばう)とり
もあへず是(これ)にの(ッ)【乗つ】てぞおはしたる。ゑん(えん)【縁】に車(くるま)を
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やりよせて、かくと申(まう)せば、中将(ちゆうじやう)車(くるま)よせ【車寄せ】に出(いで)むかひ【向ひ】
給(たま)ひ、「武士(ぶし)共(ども)の見(み)奉(たてまつ)るに、おりさせ給(たまふ)べからず」
とて、車(くるま)の簾(すだれ)をうちかづき、手(て)に手(て)をとり
くみ、かほ【顔】にかほ【顔】をおしあてて、しばしは物(もの)もの給(たま)
はず、只(ただ)なくより外(ほか)の事(こと)ぞなき。稍(やや)久(ひさ)しう
あ(ッ)て中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「西国(さいこく)へくだりし時(とき)、
今(いま)一度(いちど)見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうらひ)しか共(ども)、おほかた【大方】の
世(よ)のさはがしさ(さわがしさ)【騒がしさ】に、申(まうす)べきたよりもなくてまかり【罷り】
くだり【下り】候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)はいかにもして御(おん)文(ふみ)をもまい
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らせ(まゐらせ)【参らせ】、御(おん)かへり事(こと)をも承(うけたま)はりたう候(さうらひ)しか共(ども)、心(こころ)にまかせ【任せ】ぬ
旅(たび)のならひ【習ひ】、明暮(あけくれ)のいくさ【軍】にひまなくて、むなしく
年月(としつき)ををくり(おくり)【送り】候(さうらひ)き。今(いま)又(また)人(ひと)しれぬありさま【有様】を
見(み)候(さうらふ)は、二(ふた)たび【二度】あひ奉(たてまつ)るべきで候(さうらひ)けり」とて、袖(そで)を
かほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、うつぶしにぞなられける。たがひの
心(こころ)のうち、おしはかられてあはれ【哀】なり。かくてさ夜(よ)も
なかば【半ば】になりければ、「此(この)比(ごろ)は大路(おほち)(ヲホチ)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)に候(さうらふ)に、
とうとう【疾う疾う】」とてかへし奉(たてまつ)る。車(くるま)やりいだせば、中将(ちゆうじやう)別(わかれ)
の涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て、泣々(なくなく)袖(そで)をひかへつつ、
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逢(あふ)ことも露(つゆ)の命(いのち)ももろともに
こよひばかりやかぎりなるらむ W076
女房(にようばう)泪(なみだ)をおさへ【抑へ】つつ、
かぎりとて立(たち)わかるれば露(つゆ)の身(み)の
君(きみ)よりさきにきえぬべきかな W077
さて女房(にようばう)は内裏(だいり)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)ひぬ。其(その)後(のち)は守護(しゆご)
の武士(ぶし)共(ども)ゆるさ【許さ】ねば、ちからおよば【及ば】ず、時々(ときどき)御文(おんふみ)ばかり
ぞかよひける。此(この)女房(にようばう)と申(まう)すは、民部卿(みんぶきやうの)入道(にふだう)親範(しんぱん)
のむすめ也(なり)。みめ【眉目】形(かたち)世(よ)にすぐれ、なさけふかき
P10031
人(ひと)なり。されば中将(ちゆうじやう)、南都(なんと)へわたされてきられ給(たまひ)ぬと
聞(きこ)えしかば、やがてさまをかへ、こき墨染(すみぞめ)にやつれ
はて、彼(かの)後世(ごせ)菩提(ぼだい)をとぶらはれけるこそ哀(あはれ)なれ。
『八島(やしま)院宣(ゐんぜん)』S1003
○さる程(ほど)に、平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、御坪(おつぼ)の召次(めしつぎ)、八島(やしま)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て院宣(ゐんぜん)をたてまつる【奉る】。おほいとの以下(いげ)一門(いちもん)
の月卿(げつけい)雲客(うんかく)よりあひ給(たま)ひて、院宣(ゐんぜん)をひらかれけり。
一人(いちじん)聖体(せいたい)、北闕(ほつけつ)の宮禁(きゆうきん)(キウリン)を出(いで)て、諸州(しよしう)に幸(かう)し、
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)、南海(なんかい)・四国(しこく)にうづもれて数年(すねん)をふ【経】、
尤(もつと)も朝家(てうか)のなげき、亡国(ばうこく)の基(もと)也(なり)。抑(そもそも)彼(かの)重衡卿(しげひらのきやう)は、
P10032
東大寺(とうだいじ)焼失(ぜうしつ)の逆臣(ぎやくしん)也(なり)。すべからく頼朝(よりともの)朝臣(あつそん)申(まうし)請(うく)る
旨(むね)にまかせ【任せ】て、死罪(しざい)におこなはるべしといへども、
独(ひとり)親族(しんぞく)にわかれて、既(すで)に生取(いけどり)となる。籠鳥(ろうてう)雲(くも)を
恋(こふ)るおもひ【思ひ】、遥(はるか)に千里(せんり)の南海(なんかい)にうかび、帰雁(きがん)友(とも)を
失(うしな)ふ心(こころ)、定(さだめ)て九重(きうちよう)(キウテウ)の中途(ちゆうと)に通(とう)ぜんか。しかれば則(すなはち)
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を返(かへ)しいれ【入れ】奉(たてまつ)らんにおゐて(おいて)は、
彼(かの)卿(きやう)を寛宥(くわんいう)(クハンユウ)せらるべき也(なり)。者(ていれば)院宣(ゐんぜん)かくのごとし。
仍(よつて)執達(しつたつ)如件(くだんのごとし)。寿永(じゆえい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)十四日(じふしにち)大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)が
うけたまはり【承り】進上(しんじやう)[B 「進」に「謹(キン)」と傍書]平(へい)大納言殿(だいなごんどの)へとぞかかれたる。
P10033
『請文(うけぶみ)』S1004
○大臣殿(おほいとの)・平(へい)大納言(だいなごん)のもとへは院宣(ゐんぜん)の趣(おもむき)を申(まうし)給(たま)ふ。
二位殿(にゐどの)へは御(おん)文(ふみ)こまごまとかいてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたり。
「今(いま)一度(いちど)御覧(ごらん)ぜんとおぼしめし【思し召し】候(さうら)はば、内侍所(ないしどころ)の
御事(おんこと)を大臣殿(おほいとの)に能々(よくよく)申(まう)させおはしませ。さ候(さうら)は
では、此(この)世(よ)にてげ(ン)ざん(げんざん)【見参】に入(いる)べしとも覚(おぼ)え候(さうら)はず」
な(ン)ど(なんど)ぞかかれたる。二位殿(にゐどの)はこれを見(み)給(たま)ひて、とかうの
事(こと)もの給(たま)はず、文(ふみ)をふところ【懐】に引(ひき)いれ【入れ】て、うつ
ぶしにぞなられける。まこと【誠】に心(こころ)のうち、さこそは
おはしけめとおしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。さる程(ほど)に、平(へい)
P10034
大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)をはじめとして、平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)
殿上人(てんじやうびと)よりあひ給(たま)ひて、御請文(おんうけぶみ)のおもむき【趣】僉
議(せんぎ)せらる。二位殿(にゐどの)は中将(ちゆうじやう)の文(ふみ)をかほ【顔】におしあてて、
人々(ひとびと)のなみ居(ゐ)給(たま)へるうしろの障子(しやうじ)をひき【引き】あけて、
大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへにたふれ【倒れ】ふし、泣々(なくなく)のたまひ【宣ひ】けるは、
「あの中将(ちゆうじやう)が京(きやう)よりいひおこし【遣こし】たる事(こと)のむざん
さよ。げにも心(こころ)のうちにいかばかりの事(こと)を思(おも)ひ居(ゐ)たる
らん。只(ただ)われに思(おも)ひゆるして、内侍所(ないしどころ)を宮(みや)こ【都】へかへし
いれ【入れ】奉(たてまつ)れ」との給(たま)へ【宣へ】ば、大臣殿(おほいとの)「誠(まこと)に宗盛(むねもり)もさこそは
P10035
存(ぞんじ)候(さうら)へども、さすが世(よ)の聞(きこ)えもいふかい(かひ)なう候(さうらふ)。且(かつう)は頼朝(よりとも)
がおもは【思は】ん事(こと)もはづかしう候(さうら)へば、左右(さう)なう内侍所(ないしどころ)
を返(かへ)し入(いれ)奉(たてまつ)る事(こと)はかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじ。其(その)うへ、帝王(ていわう)の
世(よ)をたもた【保た】せ給(たま)ふ御事(おんこと)は、ひとへに内侍所(ないしどころ)の御(おん)故(ゆゑ)也(なり)。
子(こ)のかなしひ(かなしい)【悲しい】も様(やう)にこそより候(さうら)へ。且(かつう)は中将(ちゆうじやう)一人(いちにん)に、
余(よ)の子(こ)共(ども)、したしひ(したしい)【親しい】人々(ひとびと)をば、さておぼしめし【思し召し】かへ【替へ】させ
給(たまふ)べきか」と申(まう)されければ、二位殿(にゐどの)かさねての給(たま)ひ【宣ひ】
けるは、「故(こ)入道(にふだう)にをくれ(おくれ)【遅れ】て後(のち)は、かた時(とき)【片時】も命(いのち)いきて
あるべしともおもは【思は】ざりしか共(ども)、主上(しゆしやう)か様(やう)【斯様】にいつと
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なく旅(たび)だたせ給(たまひ)たる御事(おんこと)の御心(おんこころ)ぐるしさ、
又(また)君(きみ)をも御代(みよ)にあらせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやな(ン)ど(なんど)思(おも)ふ
ゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、今(いま)までもながらへ【永らへ】てありつれ。中将(ちゆうじやう)一
谷(いちのたに)で生取(いけどり)にせられぬと聞(きき)し後(のち)は、肝(きも)たましい(たましひ)【魂】も
身(み)にそはず。いかにして此(この)世(よ)にて今(いま)一度(いちど)あひみる【見る】
べきと思(おも)へども、夢(ゆめ)にだにみえ【見え】ねば、いとどむねせきて、
湯水(ゆみづ)ものどへ入(いれ)られず。今(いま)此(この)文(ふみ)をみて後(のち)は、弥(いよいよ)思(おも)ひ
やりたる方(かた)もなし。中将(ちゆうじやう)世(よ)になき物(もの)ときかば、われも
同(おなじ)みちにおもむか【赴か】んと思(おも)ふ也(なり)。二(ふた)たび【二度】物(もの)をおもは【思は】ぬ
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さきに、ただわれをうしなひ【失ひ】給(たま)へ」とて、おめき(をめき)【喚き】さけ
び【叫び】給(たま)へば、まこと【誠】にさこそは思(おも)ひ給(たま)ふらめと哀(あはれ)に
覚(おぼ)えて、人々(ひとびと)涙(なみだ)をながしつつ、みなふしめ【伏目】にぞなられ
ける。新中納言(しんぢゆうなごん)知盛(とももり)の意見(いけん)に申(まう)されけるは、
「三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を都(みやこ)へ返(かへ)し入(いれ)たてま(ッ)【奉つ】たりとも、
重衡(しげひら)をかへし給(たまは)らむ事(こと)有(あり)がたし。只(ただ)はばかりなく
その様(やう)を御請文(おんうけぶみ)に申(まう)さるべうや候(さうらふ)らむ」と申(まう)され
ければ、大臣殿(おほいとの)「此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)しかる【然る】べし」とて、御請文(おんうけぶみ)申(まう)
されけり。二位殿(にゐどの)は泣々(なくなく)中将(ちゆうじやう)の御(おん)かへり事(こと)かき
P10038
たまひ【給ひ】けるが、涙(なみだ)にくれて筆(ふで)のたてど【立て処】も
おぼえね共(ども)、心(こころ)ざしをしるべにて、御文(おんふみ)こまごまと書(かい)
て、重国(しげくに)にたび【賜び】にけり。北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)は、只(ただ)なく
より外(ほか)の事(こと)なくて、つやつや御(おん)かへり事(こと)もし給(たま)はず。
誠(まこと)に御心(おんこころ)のうちさこそは思(おも)ひ給(たま)ふらめと、おし
はから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。重国(しげくに)も狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)をしぼりつつ、
泣々(なくなく)御(おん)まへをまかり【罷り】たつ。平(へい)大納言(だいなごん)時忠(ときただ)は、御坪(おつぼ)の召
次(めしつぎ)花方(はなかた)をめし【召し】て、「なんぢは花方(はなかた)歟(か)」。「さん候(ざうらふ)」。「法皇(ほふわう)
の御使(おんつかひ)におほく【多く】の浪路(なみぢ)をしのいで是(これ)までまい
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り(まゐり)【参り】たるに、一期(いちご)が間(あひだ)の思出(おもひで)ひとつ【一つ】あるべし」とて、花方(はなかた)が
つら【頬】に「浪方(なみかた)」といふやいじるし【焼印】をぞせられける。
都(みやこ)へのぼりたりければ、法皇(ほふわう)是(これ)を御覧(ごらん)じて、
「よしよしちからおよば【及ば】ず。浪方(なみかた)ともめせ【召せ】かし」とて、
わらは【笑は】せおはします[* 「ず」と有るのを他本により訂正]。今月(こんぐわつ)十四日(じふしにち)の院宣(ゐんぜん)、同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)讃
岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の磯(いそ)に到来(たうらい)。謹(つつしんで)以(もつて)承(うけたまは)る所(ところ)如件(くだんのごとし)。
但(ただし)これについ【付い】てかれを案(あん)ずるに、通盛卿(みちもりのきやう)已下(いげ)当家(たうけ)
数輩(すはい)、摂州(せつしう)一谷(いちのたに)にして既(すで)に誅(ちゆう)(チウ)せられおは(ン)(をはん)ぬ。何(なん)ぞ
重衡(しげひら)一人(いちにん)の寛宥(くわんいう)(クハンユウ)を悦(よろこぶ)べきや。夫(それ)我(わが)君(きみ)は、故(こ)高倉
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院(たかくらのゐん)の御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひて、御在位(ございゐ)既(すで)に
四ケ年(しかねん)、政(まつりごと)尭舜(げうしゆん)の古風(こふう)をとぶらふところ【所】に、東
夷(とうい)北狄(ほくてき)党(たう)をむすび、群(ぐん)をなして入洛(じゆらく)の間(あひだ)、
且(かつう)は幼帝(えうてい)(ヨウテイ)母后(ぼこう)の御(おん)歎(なげき)尤(もつと)もふかく、且(かつう)は外戚(ぐわいせき)(グハイセキ)近臣(きんしん)
のいきどをり(いきどほり)【憤り】あさから【浅から】ざるによ(ッ)て、しばらく九国(くこく)に
幸(かう)す。還幸(くわんかう)(クハンカウ)なからんにおいては、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)いかでか
玉体(ぎよくたい)をはなち【放ち】奉(たてまつ)るべきや。それ臣(しん)は君(きみ)を以(もつ)て心(こころ)と
し、君(きみ)は臣(しん)をも(ッ)て体(たい)とす。君(きみ)やすければすなはち
臣(しん)やすく、臣(しん)やすければすなはち国(くに)やすし。君(きみ)かみに
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うれふれば臣(しん)しもにたのしまず。心中(しんぢゆう)に愁(うれひ)(ウレイ)あれば
体外(たいぐわい)(タイグハイ)に悦(よろこび)なし。曩祖(なうそ)(ノウソ)平将軍(へいしやうぐん)貞盛(さだもり)、相馬(さうまの)小次郎(こじらう)
将門(まさかど)を追討(ついたう)せしよりこのかた、東八ケ国(とうはつかこく)をしづめて
子々孫々(ししそんぞん)につたへ、朝敵(てうてき)の謀臣(ぼうしん)を誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)して、代々(だいだい)
世々(せせ)にいたるまで朝家(てうか)の聖運(せいうん)をまもり【守り】奉(たてまつ)る。然(しかれば)則(すなはち)
亡父(ばうぶ)故(こ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)、保元(ほうげん)・平治(へいぢ)両度(りやうど)の合戦(かつせん)の時(とき)、勅命(ちよくめい)
をおもう【重う】して、私(わたくし)の命(めい)をかろう【軽う】ず。ひとへに君(きみ)の
為(ため)にして、身(み)のためにせず。就中(なかんづく)彼(かの)頼朝(よりとも)は、去(さんぬる)平
治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、父(ちち)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)によ(ッ)て、頻(しきり)に
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誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)せらるべきよし仰(おほせ)下(くだ)さるといへども、故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)
慈悲(じひ)のあまり申(まうし)なだめ【宥め】られしところ【所】也(なり)。しかる【然る】に昔(むかし)の
洪恩(こうおん)(コウヲン)を忘(わす)れ、芳意(はうい)を存(ぞん)ぜず、忽(たちまち)に狼羸(らうるい)の身(み)
をも(ッ)て猥(みだりがはしく)蜂起(ほうき)の乱(らん)をなす。時儀(しき)[* 下欄に「至愚(シグノ)」と注記]の甚(はなはだ)しき
事(こと)申(まうし)てあまりあり【有り】。早(はや)く神幣(しんべい)の天罰(てんばつ)をまね
き、ひそかに拝跡(はいせき)[* 下欄に「敗積(ハイセキ)」と注記]の損滅(そんめつ)[* 「損奥」と有るのを下欄の「滅(メツ)」の注記により訂正]を期(ご)する者(もの)歟(か)。夫(それ)日月(じつげつ)は一
物(いちもつ)の為(ため)にそのあきらかなることをくらうせず。明王(めいわう)は
一人(いちにん)が為(ため)にその法(ほふ)をまげず。一悪(いちあく)をも(ッ)て其(その)善(ぜん)を
捨(すて)ず、小瑕(せうか)をも(ッ)て其(その)功(こう)をおおふ(おほふ)【覆ふ】事(こと)なかれ。且(かつう)は
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当家(たうけ)数代(すだい)の奉公(ほうこう)、且(かつう)は亡父(ばうぶ)数度(すど)の忠節(ちゆうせつ)、思食(おぼしめし)
忘(わす)れずは君(きみ)忝(かたじけな)く四国(しこく)の御幸(ごかう)あるべきか。時(とき)に臣等(しんら)院
宣(ゐんぜん)をうけ給(たま)はり、二(ふた)たび【二度】旧都(きうと)にかへ(ッ)【帰つ】て会稽(くわいけい)の恥(はぢ)を
すすがむ。若(もし)しから【然ら】ずは、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)にいたる
べし。悲(かなしき)哉(かな)、人王(にんわう)八十一(はちじふいち)代(だい)の御宇(ぎよう)にあた(ッ)て、我(わが)朝(てう)神代(じんだい)
の霊宝(れいほう)、ついに(つひに)【遂に】むなしく異国(いこく)のたからとなさんか。
よろしくこれらの趣(おもむき)をも(ッ)て、しかる【然る】べきやう【様】に洩(もらし)奏
聞(そうもん)せしめ給(たま)へ。宗盛(むねもり)誠恐(せいきよう)頓首(とんじゆ)謹(つつしんで)言(まうす)。寿永(じゆえい)三年(さんねん)
二月(にぐわつ)廿八日(にじふはちにち)従(じゆ)一位(いちゐ)平(たひらの)朝臣(あつそん)宗盛(むねもり)が請文(うけぶみ)とこそかかれたれ。
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『戒文(かいもん)』S1005
○三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)をきい【聞い】て、「さこそはあらむずれ。いかに
一門(いちもん)の人々(ひとびと)わるく思(おも)ひけん」と後悔(こうくわい)すれ共(ども)かひぞ
なき。げにも重衡卿(しげひらのきやう)一人(いちにん)をおしみ(をしみ)【惜しみ】て、さしもの
我(わが)朝(てう)の重宝(ちようほう)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を返(かへ)しいれ【入れ】奉(たてまつ)るべし共(とも)
おぼえねば、此(この)御請文(おんうけぶみ)のおもむき【趣】は、かねてより思(おも)ひ
まうけ【設け】られたりしかども、未(いまだ)左右(さう)を申(まう)されざりつる
程(ほど)は、なにとなういぶせくおもは【思は】れけるに、請文(うけぶみ)す
でに到来(たうらい)して、関東(くわんとう)へ下向(げかう)せらるべきにさだまり【定まり】
しかば、なむ(なん)【何】のたのみ【頼み】もよはり(よわり)【弱り】はてて、よろづ心(こころ)ぼそう、
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都(みやこ)の名残(なごり)も今更(いまさら)おしう(をしう)【惜しう】思(おも)はれける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、
土肥(とひの)次郎(じらう)をめし【召し】て、「出家(しゆつけ)をせばやと思(おも)ふはいかが
あるべき」とのたまへ【宣へ】ば、実平(さねひら)此(この)由(よし)を九郎(くらう)御曹司(おんざうし)に
申(まう)す。院(ゐんの)御所(ごしよ)へ奏聞(そうもん)せられたりければ、「頼朝(よりとも)に
みせ【見せ】て後(のち)こそ、ともかうもはからはめ。只今(ただいま)はいかで【争】か
ゆるすべき」と仰(おほせ)ければ、此(この)よしを申(まう)す。「さらば年(とし)
ごろ契(ちぎり)たりし聖(ひじり)に、今(いま)一度(いちど)対面(たいめん)して、後生(ごしやう)の
こと【事】を申(まうし)談(だん)ぜばやと思(おも)ふはいかがすべき」との給(たま)へ【宣へ】ば、
「聖(ひじり)をば誰(たれ)と申(まうし)候(さうらふ)やらん」。「黒谷(くろだに)の法然房(ほふねんばう)と申(まうす)人(ひと)也(なり)」。
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「さてはくるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」とて、ゆるし奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)なの
めならず悦(よろこび)て、聖(ひじり)を請(しやう)じたてま(ッ)【奉つ】て、泣々(なくなく)申(まう)され
けるは、「今(この)度(たび)いきながらとらはれて候(さうらひ)けるは、二(ふた)たび【二度】
上人(しやうにん)の見参(げんざん)に罷(まかり)いる【入る】べきで候(さうらひ)けり。さても重衡(しげひら)が
後生(ごしやう)、いかがし候(さうらふ)べき。身(み)の身(み)にて候(さうらひ)し程(ほど)は、出仕(しゆつし)に
まぎれ、政務(せいむ)にほだされ、■慢【*驕慢】(けうまん)の心(こころ)のみふかくして、
かへ(ッ)て当来(たうらい)の昇沈(しようちん)(セウチン)をかへりみず。況(いはん)や運(うん)つき、
世(よ)乱(みだれ)てより以来(このかた)は、ここにたたかひ【戦ひ】、かしこにあらそひ、
人(ひと)をほろぼし、身(み)をたすからんと思(おも)ふ悪心(あくしん)のみ
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遮(さへぎつ)て、善心(ぜんしん)はかつて発(おこ)(ヲコ)らず。就中(なかんづく)に南都(なんと)炎上(えんしやう)
の事(こと)、王命(わうめい)といひ、武命(ぶめい)といひ、君(きみ)につかへ、世(よ)にした
がう(したがふ)【従ふ】はう(ほふ)【法】遁(のがれ)がたくして、衆徒(しゆと)の悪行(あくぎやう)をしづめんが
為(ため)にまかり【罷り】むか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し程(ほど)に、不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)の滅亡(めつぼう)に
及(および)候(さうらひ)し事(こと)、力(ちから)及(およ)ばぬ次第(しだい)にて候(さうら)へども、時(とき)の大将軍(たいしやうぐん)
にて候(さうらひ)し上(うへ)は、せめ一人(いちにん)に帰(き)すとかや申(まうし)候(さうらふ)なれば、
重衡(しげひら)一人(いちにん)が罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)にこそなり候(さうらひ)ぬらめと覚(おぼ)え候(さうらふ)。
且(かつう)はか様(やう)【斯様】に人(ひと)しれずかれこれ【彼此】恥(はぢ)をさらし候(さうらふ)も、しかし
ながら其(その)むくひとのみこそ思(おも)ひしられて候(さうら)へ。今(いま)は
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かしら【頭】O[BH を]そり、戒(かい)をたもち【保ち】なんどして、偏(ひとへ)に仏道(ぶつだう)修行(しゆぎやう)
したう候(さうら)へども、かかる身(み)にまかり【罷り】な(ッ)て候(さうら)へば、心(こころ)に心(こころ)をも
まかせ【任せ】候(さうら)はず、けふ明日(あす)ともしらぬ身(み)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】にて
候(さうら)へば、いかなる行(ぎやう)を修(しゆ)して、一業(いちごふ)(いちゴウ)たすかるべしとも
覚(おぼ)えぬこそ口(くち)をしう【口惜しう】候(さうら)へ。倩(つらつら)一生(いつしやう)の化行(けぎやう)を思(おも)ふに、
罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)は須弥(しゆみ)よりも高(たか)く、善業(ぜんごふ)[* 下欄に「根(ゴン)」と注記]は微塵(みぢん)ばかりも
蓄(たくは)へなし。かくてむなしく命(いのち)おはり(をはり)なば、火穴湯(くわけつたう)【火血刀】の
苦果(くくわ)、あへて疑(うたがひ)(ウタガイ)なし。願(ねがは)くは、上人(しやうにん)慈悲(じひ)をおこし【起こし】
あはれみをたれ【垂れ】て、かかる悪人(あくにん)のたすかりぬべき方法(はうぼふ)O[BH 候(さうら)はば]、しめし【示し】給(たま)へ」。
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其(その)時(とき)上人(しやうにん)涙(なみだ)に咽(むせび)て、しばしは物(もの)もの給(たま)は【宣は】ず。良(やや)久(ひさ)しう
あ(ッ)て、「誠(まこと)に受(うけ)難(がた)き人身(にんじん)をうけ【受け】ながら、むなしう【空しう】三途(さんづ)
にかへり給(たま)はん事(こと)、かなしんでもなを(なほ)【猶】あまりあり【有り】。
しかる【然る】を今(いま)穢土(ゑど)(エド)をいとひ、浄土(じやうど)をねがは【願は】んに、悪心(あくしん)
を捨(すて)て善心(ぜんしん)発(おこ)(ヲコ)しO[BH まし]まさん事(こと)、三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)も
定(さだめ)て随喜(ずいき)したまふ【給ふ】べし。それについて、出離(しゆつり)の道(みち)
まちまちなりといへども、末法(まつぽふ)濁乱(じよくらん)の機(き)には、称名(しようみやう)(セウみやう)
をも(ッ)て勝(すぐ)れたりとす。心(こころ)ざしを九品(くほん)にわかち、行(ぎやう)
を六字(ろくじ)につづめて、いかなる愚智(ぐち)闇鈍(あんどん)の者(もの)も唱(とな)ふ
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るに便(たより)あり【有り】。罪(つみ)ふかければとて、卑下(ひげ)したまふ【給ふ】べからず、
十悪(じふあく)五逆(ごぎやく)廻心(ゑしん)(エシン)すれば往生(わうじやう)をとぐ。功徳(くどく)すくなければ
とて望(のぞみ)をたつ【絶つ】べからず、一念(いちねん)十念(じふねん)の心(こころ)を致(いた)せば
来迎(らいかう)す。「専称(せんしよう)(センセウ)名号(みやうがう)至(し)西方(さいはう)」と釈(しやく)して、専(もつぱら)名号(みやうがう)を
称(しよう)(セウ)ずれば、西方(さいはう)にいたる。「念々(ねんねん)称名(しようみやう)(セウみやう)常(じやう)懺悔(さんげ)」とのべて、
念々(ねんねん)に弥陀(みだ)を唱(とな)ふれば、懺悔(さんげ)する也(なり)とをしへ【教へ】たり。
「利剣(りけん)即是(そくぜ)弥陀号(みだがう)」をたのめ【頼め】ば、魔閻(まえん)ちかづか【近付か】ず。
「一声(いつしやう)称念(しようねん)(セウねん)罪(ざい)皆除(かいじよ)」と念(ねん)ずれば、罪(つみ)みなのぞけりと
みえ【見え】たり。浄土宗(じやうどしゆう)(じやうどシウ)の至極(しごく)、をのをの(おのおの)【各々】略(りやく)を存(ぞん)じて、大略(たいりやく)是(これ)を
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肝心(かんじん)とす。但(ただし)往生(わうじやう)の得否(とくふ)は信心(しんじん)の有無(ゆうぶ)によるべし。
ただふかく信(しん)じてゆめゆめ疑(うたがひ)をなし給(たま)ふべからず。
若(もし)此(この)をしへ【教へ】をふかく信(しん)じて、行住(ぎやうぢゆう)(ギヤウヂウ)座臥(ざぐわ)(ザグハ)時処(じしよ)諸
縁(しよえん)をきらはず、三業(さんごふ)(さんゴウ)四威儀(しゐぎ)(しイギ)において、心念(しんねん)口称(くしよう)(くセウ)を
わすれ給(たま)はずは、畢命(ひつみやう)を期(ご)として、此(この)苦域(くゐき)(クイキ)の界(かい)
を出(いで)て、彼(かの)不退(ふたい)の土(ど)に往生(わうじやう)し給(たま)はん事(こと)、何(なん)の
疑(うたがひ)かあらむや」と教化(けうげ)し給(たま)ひければ、中将(ちゆうじやう)なのめ
ならず悦(よろこび)て、「此(この)ついでに戒(かい)をたもた【保た】ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)
は、出家(しゆつけ)仕(つかまつり)候(さうら)はではかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじや」と申(まう)されければ、
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「出家(しゆつけ)せぬ人(ひと)も、戒(かい)をたもつ【保つ】事(こと)は世(よ)のつねの
ならひ【習ひ】なり」とて、額(ひたひ)(ヒタイ)にかうぞり【髪剃】をあてて、そる
まねをして、十戒(じつかい)をさづけられければ、中将(ちゆうじやう)随喜(ずいき)
の涙(なみだ)をながい【流い】て、是(これ)をうけたもち【保ち】給(たま)ふ。上人(しやうにん)
もよろづ物(もの)あはれ【哀】に覚(おぼ)えて、かきくらす【暮す】心地(ここち)し
て、泣々(なくなく)戒(かい)をぞとか【説か】れける。御布施(おんふせ)(ヲンフセ)とおぼしくて、
年(とし)ごろつねにおはしてあそば【遊ば】れける侍(さぶらひ)のもとに
あづけをか(おか)【置か】れたりける御硯(おんすずり)を、知時(ともとき)して
めし【召し】よせて、上人(しやうにん)にたてまつり【奉り】、「是(これ)をば人(ひと)にたび【賜び】
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候(さうら)はで、つねに御目(おんめ)のかかり候(さうら)はんところ【所】にをか(おか)【置か】れ
候(さうらひ)て、某(それがし)が物(もの)ぞかしと御覧(ごらん)ぜられ候(さうら)はんたびごとに、お
ぼしめし【思し召し】なずらへて、御念仏(おんねんぶつ)候(さうらふ)べし。御(おん)ひまには、経(きやう)をも
一巻(いちくわん)御廻向(ごゑかう)(ゴエカウ)候(さうら)はば、しかる【然る】べう候(さうらふ)べし」な(ン)ど(なんど)、泣々(なくなく)申(まう)
されければ、上人(しやうにん)とかうの返事(へんじ)にも及(およ)ばず、是(これ)を
と(ッ)て懐(ふところ)にいれ【入れ】、墨染(すみぞめ)の袖(そで)をしぼりつつ、泣々(なくなく)
帰(かへ)りたまひ【給ひ】けり。此(この)硯(すずり)は、親父(しんぶ)入道(にふだう)相国(しやうこく)砂金(しやきん)を
おほく【多く】宋朝(そうてう)の御門(みかど)へ奉(たてまつ)り給(たま)ひたりければ、
返報(へんぱう)とおぼしくて、日本(につぽん)和田(わだ)の平(へい)大相国(たいしやうこく)のもとへ
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とて、をくら(おくら)【送ら】れたりけるとかや。名(な)をば松蔭(まつかげ)とぞ
『海道下(かいだうくだり)』S1006
申(まうし)ける。○さる程(ほど)に、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)をば、鎌倉(かまくら)の前(さきの)兵衛
佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、頻(しきり)に申(まう)されければ、「さらば下(くだ)さるべし」とて、
土肥(とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)が手(て)より、まづ九郎(くらう)御曹司(おんざうし)の
宿所(しゆくしよ)へわたし奉(たてまつ)る。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十日(とをかのひ)、梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)に
具(ぐ)せられて、鎌倉(かまくら)へこそ下(くだ)られけれ。西国(さいこく)より生取(いけどり)
にせられて、都(みやこ)へかへるだに口(くち)惜(をしき)に、いつしか又(また)関(せき)の
東(ひがし)へおもむか【赴か】れけん心(こころ)のうち、をしはから(おしはから)【推し量ら】れて哀(あはれ)
也(なり)。四宮河原(しのみやがはら)になりぬれば、ここはむかし、延喜(えんぎ)第四(だいし)の
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王子(わうじ)蝉丸(せみまる)の関(せき)の嵐(あらし)に心(こころ)をすまし【澄まし】、琵琶(びは)をひき
給(たま)ひしに、伯雅【*博雅】(はくが)の三位(さんみ)と云(いひ)し人(ひと)、風(かぜ)の吹(ふく)日(ひ)もふかぬ
日(ひ)も、雨(あめ)のふる夜(よ)もふらぬよ【夜】も、三(み)とせ【年】が間(あひだ)、あゆみ【歩み】を
はこび、たち【立ち】聞(きき)て、彼(かの)三曲(さんきよく)を伝(つた)へけむわら屋(や)【藁屋】の
床(とこ)のいにしへも、思(おも)ひやられて哀(あはれ)也(なり)。相坂山【逢坂山】(あふさかやま)を打(うち)
こえて、勢田(せた)の唐橋(からはし)駒(こま)もとどろにふみならし【鳴らし】、
雲雀(ひばり)あがれ【上がれ】る野路(のぢ)の里(さと)、志賀(しが)のうら浪(なみ)【浦浪】はる【春】
かけて、霞(かすみ)にくもる鏡山(かがみやま)、比良(ひら)の高根(たかね)を北(きた)に
して、伊吹(いぶき)の嵩(だけ)もちかづき【近付き】ぬ。心(こころ)をとむ【留む】としなけれ共(ども)、
P10056
あれて中々(なかなか)やさしきは、不破(ふは)の関屋(せきや)の板(いた)
びさし、いかに鳴海(なるみ)の塩干潟【潮干潟】(しほひがた)、涙(なみだ)に袖(そで)はしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、
彼(かの)在原(ありはら)のなにがしの、から衣(ころも)【唐衣】きつつなれにしと
ながめけん、三河(みかは)の国(くに)八橋(やつはし)にもなりぬれば、蛛手(くもで)
に物(もの)をと哀(あはれ)也(なり)。浜名(はまな)の橋(はし)をわたりたまへ【給へ】ば、松(まつ)の
梢(こずゑ)に風(かぜ)さえ【冴え】て、入江(いりえ)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】浪(なみ)の音(おと)、さらでも
たび【旅】は物(もの)うきに、心(こころ)をつくすゆふまぐれ【夕間暮れ】、池田(いけだ)の宿(しゆく)
にもつきたまひ【給ひ】ぬ。彼(かの)宿(しゆく)の長者(ちやうじや)ゆや【熊野】がむすめ、侍従(じじゆう)が
もとに其(その)夜(よ)は宿(しゆく)せられけり。侍従(じじゆう)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)を見(み)
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たてま(ッ)【奉つ】て、「昔(むかし)はつてにだに思(おも)ひよらざりしに、
けふはかかるところ【所】にいら【入ら】せたまふ【給ふ】ふしぎ【不思議】さよ」とて、
一首(いつしゆ)のうた【歌】をたてまつる【奉る】。
旅(たび)の空(そら)はにふ【埴生】のこやのいぶせさに
ふる郷(さと)【故郷】いかにこひしかるらむ W078
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)返事(へんじ)には、
故郷(ふるさと)もこひしく【恋しく】もなしたびのそら【空】
みやこ【都】もつい(つひ)のすみか【栖】ならねば W079
中将(ちゆうじやう)「やさしうもつかま(ッ)たるものかな。此(この)歌(うた)のぬしは、
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いかなる者(もの)やらん」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、景時(かげとき)畏(かしこま)(ッ)て
申(まうし)けるは、「君(きみ)は未(いまだ)しろしめさ【知ろし召さ】れ候(さうら)はずや。あれこそ
八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)の、当国(たうごく)のかみでわたらせ給(たまひ)候(さうらひ)し時(とき)、
めされまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御最愛(ごさいあい)にて候(さうらひ)しが、老母(らうぼ)を
是(これ)に留(とど)めをき(おき)、頻(しきり)にいとまを申(まう)せども、給(たま)はらざり
ければ、ころ【比】はやよひ【弥生】のはじめなりけるに、
いかにせむみやこ【都】の春(はる)もおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】ど
なれしあづま【東】の花(はな)やちるらむ W080
と仕(つかまつり)て、いとまを給(たまは)(ッ)てくだり【下り】て候(さうらひ)し、海道一(かいだういち)の
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名人(めいじん)にて候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。都(みやこ)を出(いで)て日数(ひかず)ふれば、
弥生(やよひ)もなかば【半ば】すぎ、春(はる)もすでに暮(くれ)なんとす。
遠山(ゑんざん)の花(はな)は残(のこん)の雪(ゆき)かとみえ【見え】て、浦々(うらうら)島々(しまじま)かすみ
わたり、こし方(かた)行(ゆく)末(すゑ)の事(こと)共(ども)おもひつづけ給(たま)ふに、
「されば是(これ)はいかなる宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)のうたてさぞ」との給(たまひ)て、
ただつきせ【尽きせ】ぬ物(もの)は涙(なみだ)なり。御子(おんこ)の一人(いちにん)もおはせぬ
事(こと)を、母(はは)の二位殿(にゐどの)もなげき、北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)
も本(ほ)い【本意】なきことにして、よろづの神(かみ)仏(ほとけ)に
祈(いのり)申(まう)されけれ共(ども)、そのしるしなし。「かしこうぞなかり
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ける。子(こ)だにあらましかば、いかに心(こころ)ぐるしからむ」との給(たま)
ひけるこそせめての事(こと)なれ。さや【小夜】の中山(なかやま)にかかり
給(たま)ふにも、又(また)こゆべしともおぼえねば、いとど哀(あはれ)の
かずそひて、たもとぞいたくぬれまさる。宇都(うつ)の
山辺(やまべ)の蔦(つた)の道(みち)、心(こころ)ぼそくも打(うち)越(こえ)て、手(て)ごし【手越】を
すぎてゆけば、北(きた)に遠(とほ)ざか(ッ)て、雪(ゆき)しろき【白き】山(やま)あり【有り】。
とへば甲斐(かひ)のしらね【白根】といふ。其(その)時(とき)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)おつる
涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て、かうぞおもひ【思ひ】つづけたまふ【給ふ】。
おしから(をしから)【惜しから】ぬ命(いのち)なれどもけふまでぞ
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つれなき[B 「つねなき」とあり「ね」に「れ」と傍書]かひのしらね【白根】をもみつ W081
清見(きよみ)が関(せき)うちすぎて、富士(ふじ)のすそ野(の)になり
ぬれば、北(きた)には青山(せいざん)峨々(がが)として、松(まつ)ふく【吹く】風(かぜ)索々(さくさく)(サツさつ)
たり。南(みなみ)には蒼海(さうかい)漫々(まんまん)として、岸(きし)うつ浪(なみ)も
茫々(ばうばう)たり。「恋(こひ)せばやせ【痩せ】ぬべし、こひせ【恋せ】ずもあり【有り】けり」と、
明神(みやうじん)のうたひ【歌ひ】はじめたまひ【給ひ】ける足柄(あしがら)の山(やま)をも
うちこえて、こゆるぎ【小余綾】の森(もり)、まりこ河(がは)【鞠子河】、小磯(こいそ)、大磯(おほいそ)
の浦々(うらうら)、やつまと【八的】、とがみが原(はら)【砥上が原】、御輿(みこし)が崎(さき)をも
うちすぎて、いそがぬたび【旅】と思(おも)へども、日数(ひかず)やうやう
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『千手前(せんじゆのまへ)』S1007
かさなれば、鎌倉(かまくら)へこそ入(いり)給(たま)へ。○兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそぎ見参(げんざん)
して、申(まう)されけるは、「抑(そもそも)君(きみ)の御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】をやすめ
奉(たてまつ)り、父(ちち)の恥(はぢ)をきよめんと思(おも)ひたちしうへ【上】は、
平家(へいけ)をほろぼさんの案(あん)の内(うち)に候(さうら)へども、まさしく
げ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にいるべしとは存(ぞん)ぜず候(さうらひ)き。このぢやう【定】では、
八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)のげ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にも入(いり)ぬと覚(おぼ)え候(さうらふ)。抑(そもそも)南都(なんと)
をほろぼさせたまひ【給ひ】ける事(こと)は、故(こ)太政(だいじやう)入道殿(にふだうどの)[B 「太政入道殿」に「入道相国」と傍書]の
仰(おほせ)にて候(さうらひ)しか、又(また)時(とき)にと(ッ)ての御(おん)ぱからひにて
候(さうらひ)けるか。以(もつての)外(ほか)の罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)にてこそ候(さうらふ)なれ」と申(まう)されければ、
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三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「まづ南都(なんと)炎上(えんしやう)の事(こと)、
故(こ)入道(にふだう)の成敗(せいばい)にもあらず、重衡(しげひら)が愚意(ぐい)の発起(ほつき)
にもあらず。衆徒(しゆと)の悪行(あくぎやう)をしづめむがため【為】にまかり【罷り】
むか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し程(ほど)に、不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)滅亡(めつばう)に及(および)候(さうらひ)し事(こと)、
力(ちから)及(およ)ばぬ次第(しだい)也(なり)。昔(むかし)は源平(げんぺい)左右(さう)にあらそひて、
朝家(てうか)の御(おん)かためたりしかども、近比(ちかごろ)は、源氏(げんじ)の運(うん)かた
ぶきたりし事(こと)は、事(こと)あたらしう初(はじめ)て申(まうす)べきに
あらず。当家(たうけ)は保元(ほうげん)・平治(へいぢ)より以来(このかた)、度々(どど)の朝
敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、かたじけなく
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一天(いつてん)の君(きみ)の御外戚(ごぐわいせき)(ゴグハイセキ)として、一族(いちぞく)の昇進(しようじん)(セウジン)六十(ろくじふ)余人(よにん)、
廿(にじふ)余年(よねん)の以来(このかた)は、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】申(まうす)はかりなし。今(いま)又(また)
運(うん)つきぬれば、重衡(しげひら)とらはれて是(これ)まで下(くだり)候(さうらひ)ぬ。
それにつひ(つい)【付い】て、帝王(ていわう)の御(おん)かたき【敵】をう(ッ)たるものは、
七代(しちだい)まで朝恩(てうおん)(テウヲン)うせ【失せ】[B 「うせ」に「ツキ」と傍書]ずと申(まうす)事(こと)は、きはめたるひが
事(こと)にて候(さうらひ)けり。まのあたり故(こ)入道(にふだう)は、君(きみ)の御(おん)ために
すでに命(いのち)をうしなは【失は】んとすること【事】度々(どど)に及(およ)ぶ。され共(ども)
纔(わづか)に其(その)身(み)一代(いちだい)のさいはい(さいはひ)【幸】にて、子孫(しそん)かやうにまかり【罷り】
なるべしや。されば、運(うん)つきて都(みやこ)を出(いで)し後(のち)は、かばねを
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山野(さんや)にさらし、名(な)を西海(さいかい)の浪(なみ)にながすべしとこそ
存(ぞん)ぜしか。これまでくだるべしとは、かけても思(おも)はざりき。
唯(ただ)先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)こそ口惜(くちをしく)候(さうら)へ。但(ただし)「陰道(いんとう)(インタウ)[* 下欄に「殷湯」(インタウ)]と注記」はかたい【夏台】
にとらはれ、文王(ぶんわう)はゆうい[B 「い」に「り」と傍書]【*■里(ゆうり)】にとらはる」と云(いふ)文(もん)あり。
上古(しやうこ)なを(なほ)【猶】かくのごとし。況(いはんや)末代(まつだい)にをひて(おいて)をや。
弓矢(ゆみや)をとるならひ【習ひ】、敵(かたき)の手(て)にかか(ッ)て命(いのち)を失(うしな)ふ事(こと)、
ま(ッ)たく恥(はぢ)にて恥(はぢ)ならず、只(ただ)芳恩(はうおん)には、とくとく
かうべをはねらるべし」とて、其(その)後(のち)は物(もの)もの給(たま)はず。
景時(かげとき)これをうけたまは(ッ)【承つ】て、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)大将軍(たいしやうぐん)や」とて、
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涙(なみだ)をながす。其(その)座(ざ)になみ居(ゐ)たる人々(ひとびと)みな袖(そで)をぞ
ぬらしける。兵衛佐(ひやうゑのすけ)も、「平家(へいけ)を別(べつ)して私(わたくし)のかた
き【敵】と思(おも)ひ奉(たてまつ)る事(こと)、ゆめゆめ候(さうら)はず。ただ帝王(ていわう)の
仰(おほせ)こそおもう【重う】候(さうら)へ」とぞのたまひ【宣ひ】ける。「南都(なんと)をほろ
ぼO[BH され]たる伽藍(がらん)のかたき【敵】なれば、大衆(だいしゆ)定(さだめ)て申(まうす)旨(むね)あらん
ずらん」とて、伊豆国(いづのくにの)住人(ぢゆうにん)、狩野介(かののすけ)宗茂(むねもち)にあづけらる。
其(その)体(てい)、冥途(めいど)にて娑婆(しやば)世界(せかい)の罪人(ざいにん)を、なぬか【七日】なぬか【七日】に
十王(じふわう)の手(て)にわたさるらんも、かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。
されども狩野介(かののすけ)、なさけある者(もの)にて、いたくきび
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しうもあたり奉(たてまつ)らず。やうやう【様々】にいたはり、湯殿(ゆどの)しつ
らひな(ン)ど(なんど)して、御(おん)ゆ【湯】ひか【引か】せ奉(たてまつ)る。道(みち)すがらのあせ【汗】
いぶせかりつれば、身(み)をきよめてうしなは【失は】んずるに
こそと思(おも)はれけるに、よはひ廿(にじふ)ばかりなる女房(にようばう)の、
色(いろ)しろう【白う】きよげ【清気】にて、まこと【誠】にゆう(いう)【優】にうつくし
きが、目結(めゆひ)(めユイ)の帷(かたびら)にそめつけ【染付】のゆまき【湯巻】して、湯殿(ゆどの)
の戸(と)をおし【押し】あけてまいり(まゐり)【参り】たり。又(また)しばしあ(ッ)て、
十四五(じふしご)ばかりなるめのわらは【女童】の、こむらご【紺村濃】のかたびらき
て、かみ【髪】はあこめだけ【袙丈】なるが、はむざうたらひ(はんざふたらひ)【半挿盥】に
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櫛(くし)いれ【入れ】て、も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。此(この)女房(にようばう)かいしやく【介錯】
して、あがり【上がり】たまひ【給ひ】ぬ。さてかの女房(にようばう)いとま申(まうし)て
かへりけるが、「おとこ(をとこ)【男】な(ン)ど(なんど)はこちなう【骨無う】もぞおぼし
めす【思し召す】。中々(なかなか)おんな(をんな)【女】はくるしから【苦しから】じとて、まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
られてさぶらふ【候ふ】。「何事(なにごと)でもおぼしめさ【思し召さ】ん御事(おんこと)
をばうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て申(まう)せ」とこそ兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)は
仰(おほせ)られ候(さうらひ)つれ」。中将(ちゆうじやう)「今(いま)は是(これ)程(ほど)の身(み)にな(ッ)て、
何事(なにごと)をか申(まうし)候(さうらふ)べき。ただ思(おも)ふ事(こと)とては出家(しゆつけ)ぞ
したき」とのたまひ【宣ひ】ければ、帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)よしを
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申(まう)す。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「それ思(おも)ひもよらず。頼朝(よりとも)が私(わたくし)の
かたき【敵】ならばこそ。朝敵(てうてき)としてあづかり【預り】たて
ま(ッ)【奉つ】たる人(ひと)なり。努々(ゆめゆめ)あるべうもなし」とぞの給(たま)ひ
ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)守護(しゆご)の武士(ぶし)にの給(たま)ひけるは、
「さても唯今(ただいま)の女房(にようばう)は、ゆう(いう)【優】なりつる物(もの)かな。
名(な)をば何(なに)といふやらん」と問(とは)れければ、「あれは手(て)ごし【手越】
の長者(ちやうじや)がむすめで候(さうらふ)を、みめ【眉目】形(かたち)心(こころ)ざま、ゆう(いう)【優】に
わりなき者(もの)で候(さうらふ)とて、此(この)二三年(にさんねん)めし【召し】つかは【使は】れ
候(さうらふ)が、名(な)をば千手(せんじゆ)の前(まへ)と申(まうし)候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。その夕(ゆふべ)、
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雨(あめ)すこし【少し】ふ(ッ)て、よろづもの【物】さびしかりけるに、件(くだん)の
女房(にようばう)、琵琶(びは)・琴(こと)もたせてまいり(まゐり)【参り】たり。狩野介(かののすけ)
酒(しゆ)をすすめ奉(たてまつ)る。我(わが)身(み)も家子(いへのこ)郎等(らうどう)十(じふ)余人(よにん)
引(ひき)具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】、御(おん)まへちかう候(さうらひ)けり。千手(せんじゆ)の前(まへ)
酌(しやく)をとる。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)すこし【少し】うけて、いと興(きよう)(ケウ)なげ
にておはしけるを、狩野介(かののすけ)申(まうし)けるは、「かつきこし
めさ【聞し召さ】れてもや候(さうらふ)らん。鎌倉(かまくら)殿(どの)の「相(あひ)構(かまへ)てよくよく
なぐさめまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】。懈怠(けだい)にて頼朝(よりとも)うらむ【恨む】な」と
仰(おほせ)られ候(さうらふ)。宗茂(むねもち)はもと伊豆国(いづのくに)の者(もの)にて候(さうらふ)
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間(あひだ)、鎌倉(かまくら)では旅(たび)にて候(さうら)へども、心(こころ)の及(および)候(さうら)はんほどは、
奉公(ほうこう)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。何事(なにごと)でも申(まうし)てすすめまいら(まゐら)【参ら】
させ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、千手O[BH 前](せんじゆのまへ)、酌(しやく)をさしをい(おい)【置い】て、
「羅綺(らき)の重衣(ちようい)たる、情(なさけ)ない事(こと)を奇婦(きふ)に
妬(ねたむ)」といふ朗詠(らうえい)を一両返(いちりやうへん)したりければ、三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「此(この)朗詠(らうえい)をせん人(ひと)をば、北野(きたの)の
天神(てんじん)一日(いちにち)に三度(さんど)かけ(ッ)てまぼらんとちかはせ
給(たま)ふ也(なり)。されども[* 「されば」と有るのを他本により訂正]重衡(しげひら)は、此(この)[B 今(コン)]生(しやう)にてはすてられ
給(たまひ)ぬ。助音(じよいん)しても何(なに)かせん。罪障(ざいしやう)かろみぬべき
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事(こと)ならばしたがふべし」との給(たま)ひければ、千手前(せんじゆのまへ)
やがて、「十悪(じふあく)といへども引摂(いんぜふ)(インゼウ)す」と云(いふ)朗詠(らうえい)をし
て、「極楽(ごくらく)ねがは【願は】ん人(ひと)はみな、弥陀(みだ)の名号(みやうがう)唱(となふ)べし」
といふ今様(いまやう)を四五返(しごへん)うたひ【歌ひ】すまし【澄まし】たりければ、
其(その)時(とき)さかづき【坏】をかたぶけ【傾け】らる。千手前(せんじゆのまへ)給(たま)は(ッ)て狩
野介(かののすけ)にさす。宗茂(むねもち)がのむ時(とき)、琴(こと)をぞひきすま
し【澄まし】たりける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「此(この)楽(がく)をば
普通(ふつう)には五常楽(ごじやうらく)といへども、重衡(しげひら)が為(ため)には
後生楽(ごしやうらく)とこそ観(くわん)ずべけれ。やがて往生(わうじやう)の急(きふ)(キウ)を
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ひか【弾か】ん」とたはぶれ【戯れ】て、琵琶(びは)をとり、てんじゆ【転手】をねぢ
て、皇■(わうじやう)急(きふ)(キウ)をぞひかれける。夜(よ)やうやうふけて、
よろづ心(こころ)のすむ【澄む】ままに、「あら、おもは【思は】ずや、あづまにも
これ程(ほど)ゆう(いう)【優】なる人(ひと)のあり【有り】けるよ。何事(なにごと)にても
今(いま)一(ひと)こゑ【声】」とのたまひ【宣ひ】ければ、千手前(せんじゆのまへ)又(また)「一樹(いちじゆ)の陰(かげ)
にやどりあひ、おなじながれをむすぶも、みな是(これ)
先世(ぜんぜ)のちぎり【契り】」と云(いふ)白拍子(しらびやうし)を、まこと【誠】におもしろく
かぞへすまし【澄まし】たりければ、中将(ちゆうじやう)も「灯(ともしび)闇(くらう)しては、
数行(すかう)虞氏(ぐし)之(の)涙(なんだ)」といふ郎詠(らうえい)をぞせられける。
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たとへば此(この)郎詠(らうえい)の心(こころ)は、昔(むかし)もろこしに、漢(かんの)高祖(かうそ)と
楚(その)項羽(かうう)と位(くらゐ)をあらそひて、合戦(かつせん)する事(こと)七
十二度(しちじふにど)、たたかい(たたかひ)【戦ひ】ごとに項羽(かうう)かちにけり。されども
ついに(つひに)【遂に】は項羽(かうう)たたかい(たたかひ)【戦ひ】まけてほろびける時(とき)、騅(すい)と
いふ馬(むま)の、一日(いちにち)に千里(せんり)をとぶに乗(のつ)て、虞氏(ぐし)と云(いふ)
后(きさき)と共(とも)に逃(にげ)さらんとしけるに、馬(むま)いかが思(おも)ひけん、
足(あし)をととのへてはたらか【働か】ず。項羽(かうう)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て、
「わが威勢(ゐせい)(イせい)すでにすたれたり。今(いま)はのがる【逃る】べき方(かた)なし。
敵(かたき)のおそふは事(こと)の数(かず)ならず、此(この)后(きさき)に別(わかれ)なん事(こと)の
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悲(かな)しさよ」とて、夜(よ)もすがらなげきかなしみ給(たま)ひ
けり。灯(ともしび)闇(くら)うなりければ、心(こころ)ぼそうて虞氏(ぐし)涙(なんだ)
をながす。夜(よ)ふくるままに軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)に時(とき)を作(つく)る。
此(この)心(こころ)を橘相公(きつしやうこう)の賦(ふ)につくれるを、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)思(おも)ひ
出(いで)られたりしにや、いとやさしうぞ聞(きこ)えける。
さる程(ほど)に夜(よ)も明(あけ)ければ、武士(ぶし)どもいとま申(まうし)て
まかり【罷り】いづ。千手前(せんじゆのまへ)も帰(かへ)りにけり。其(その)朝(あした)兵衛佐(ひやうゑのすけ)、
折(をり)ふし【折節】持仏堂(ぢぶつだう)に法花経(ほけきやう)よう【読う】でおはしける
ところ【所】へ、千手前(せんじゆのまへ)まいり(まゐり)【参り】たり。佐殿(すけどの)うちゑみ給(たま)ひて、
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千手(せんじゆ)に「O[BH 夜部(よべ)は]中人(ちゆうじん)は面白(おもしろ)うしたる物(もの)を」とのたまへ【宣へ】ば、
斎院[B ノ](さいゐんの)(サイインの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、おりふし(をりふし)【折節】御前(ごぜん)に物(もの)かいて候(さうらひ)
けるが、「何事(なにごと)で候(さうらひ)けるやらん」と申(まうす)。「あの平家(へいけ)の
人々(ひとびと)は、甲胃(かつちう)・弓箭(きゆうせん)の外(ほか)は他事(たじ)なしとこそ日来(ひごろ)は
思(おも)ひたれば、この三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の琵琶(びは)の撥音(ばちおと)、口(くち)ず
さみ【口遊み】、夜(よ)もすがらたちきい【聞い】て候(さうらふ)に、ゆう(いう)【優】に
わりなき人(ひと)にておはしけり」。親義(ちかよし)申(まうし)けるは、
「たれも夜部(よべ)承(うけたまは)るべう候(さうらひ)しが、折(をり)ふし【折節】いたはる事(こと)
候(さうらひ)て、うけたまはら【承ら】ず候(さうらふ)。此(この)後(のち)は常(つね)にたち聞(きき)候(さうらふ)べし。
P10077
平家(へいけ)はもとより代々(だいだい)の歌人(かじん)才人達(さいじんたち)で候(さうらふ)也(なり)。
先年(せんねん)この【此の】人々(ひとびと)を花(はな)にたとへ候(さうらひ)しに、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
をば牡丹(ぼたん)の花(はな)にたとへて候(さうらひ)しぞかし」と申(まう)され
ければ、「誠(まこと)にゆう(いう)【優】なる人(ひと)にてあり【有り】けり」とて、琵琶(びは)
の撥音(ばちおと)、朗詠(らうえい)のやう、後(のち)までも、有難(ありがた)き事(こと)
にぞの給(たま)ひける。千手前(せんじゆのまへ)は中々(なかなか)にものおもひ【物思ひ】
のたねとや成(なり)にけん。されば中将(ちゆうじやう)南都(なんと)へわた
されて、きられ給(たま)ひぬと聞(きこ)えしかば、やがてさまを
かへ、こき墨染(すみぞめ)にやつれはて、信濃国(しなののくに)善光寺(ぜんくわうじ)に
P10078
おこなひすまし【澄まし】て、彼(かの)後世(ごせ)菩提(ぼだい)をとぶらひ【弔ひ】、
わが身(み)もつゐに(つひに)【遂に】、往生(わうじやう)の素懐(そくわい)をとげけるとぞ
『横笛(よこぶえ)』S1008
きこえ【聞え】し。○さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)は、
身(み)がらは八島(やしま)にありながら、心(こころ)は都(みやこ)へかよはれ
けり。故郷(ふるさと)に留(とど)めをき(おき)【置き】給(たま)ひし北方(きたのかた)おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)
の面影(おもかげ)のみ、身(み)にたち【立ち】そひて、わするる【忘るる】ひまも
なかりければ、「あるにかひなきわが【我が】身(み)かな」とて、元
暦(げんりやく)元年(ぐわんねん)[B 寿永(じゆえい)三年(さんねん)]三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)の暁(あかつき)、しのび【忍び】つつ八島(やしま)の
たち【館】をまぎれ出(いで)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)重景(しげかげ)・石童丸(いしだうまる)
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と云(いふ)童(わらは)、船(ふね)に心得(こころえ)たればとて武里(たけさと)と申(まうす)とねり【舎人】、
是等(これら)三人(さんにん)をめし【召し】具(ぐ)して、阿波[B ノ]国(あはのくに)結城(ゆふき)(ユウキ)の浦(うら)より
小船(こぶね)にのり、鳴戸浦[B 「浦」に「沖(ヲキ)」と傍書](なるとのうら)を漕(こぎ)とをり(とほり)【通り】、紀伊路(きのぢ)へおもむ
き【赴き】給(たま)ひけり。和歌(わか)・吹上(ふきあげ)・衣通姫(そとほりびめ)(ソトヲリヒメ)の神(かみ)とあらはれ【現はれ】
給(たま)へる玉津島(たまつしま)の明神(みやうじん)、日前(にちぜん)・国懸(こくけん)の御前(ごぜん)を
すぎて、紀伊(き)の湊(みなと)にこそつき給(たま)へ。「是(これ)より山(やま)
づたひ【山伝ひ】に都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、恋(こひ)しき人々(ひとびと)を今(いま)一度(ひとたび)
み【見】もしみえ【見え】ばやとは思(おも)へども、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)の生取(いけどり)
にせられて、大路(おほち)をわたされ、京(きやう)・鎌倉(かまくら)、恥(はぢ)をさら
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すだに口(くち)惜(をし)きに、此(この)身(み)さへとらはれて、父(ちち)のかばねに
血(ち)をあやさん事(こと)も心(こころ)うし」とて、千(ち)たび心(こころ)は
すすめ共(ども)、心(こころ)に心(こころ)をからかひて、高野(かうや)の御山(おやま)にまいら(まゐら)【参ら】
れけり。高野(かうや)に年(とし)ごろ【年来】しり【知り】たまへ【給へ】る聖(ひじり)あり【有り】。三条(さんでう)
の斎藤(さいとう)左衛門(さゑもんの)大夫(たいふ)茂頼(もちより)が子(こ)に、斎藤(さいとう)滝口(たきぐち)時頼(ときより)と
いひし者(もの)也(なり)。もとは小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)也(なり)。十三(じふさん)の年(とし)本所(ほんじよ)へ
まいり(まゐり)【参り】たりけるが、建礼門院(けんれいもんゐん)の雑仕(ざふし)(ザウシ)横笛(よこぶえ)といふ
おんな(をんな)【女】あり、滝口(たきぐち)是(これ)を最愛(さいあい)す。父(ちち)是(これ)をつたへ
きひ(きい)【聞い】て、「世(よ)にあらんもののむこO[BH 子(こ)]【聟子】に成(な)して、出仕(しゆつし)なんどをも
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心(こころ)やすうせさせんとすれば、世(よ)になき者(もの)を思(おも)ひそめ
て」と、あながちにいさめければ、滝口(たきぐち)申(まうし)けるは、
「西王母(せいわうぼ)ときこえ【聞え】し人(ひと)、昔(むかし)はあ(ッ)て今(いま)はなし。
東方朔(とうばうさく)とい(ッ)し者(もの)も、名(な)をのみききて目(め)には
みず。老少(らうせう)不定(ふぢやう)の世(よ)の中(なか)は、石火(せきくわ)の光(ひかり)にこと
ならず。たとひ人(ひと)長命(ちやうみやう)といへども、七十(しちじふ)八十(はちじふ)をば
過(すぎ)ず。そのうちに身(み)のさかむ(さかん)【盛】なる事(こと)はわづかに
廿(にじふ)余年(よねん)也(なり)。夢(ゆめ)まぼろしの世(よ)の中(なか)に、みにくき
者(もの)をかた時(とき)【片時】もみて何(なに)かせん。おもは【思は】しき者(もの)を
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みむとすれば、父(ちち)の命(めい)をそむくに似(に)たり。是(これ)善知識(ぜんぢしき)
也(なり)。しかじ、うき世(よ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)なん」
とて、十九(じふく)のとし【年】もとどり【髻】き(ッ)て、嵯峨(さが)の往生
院(わうじやうゐん)におこなひすまし【澄まし】てぞゐたりける。横笛(よこぶえ)
これをつたへきい【聞い】て、「われをこそすて【捨て】め、さまを
さへかへけむ事(こと)のうらめしさ【恨めしさ】よ。たとひ世(よ)をば
そむくとも、などかかくとしらせ【知らせ】ざらむ。人(ひと)こそこころ【心】
づよくとも、たづね【尋ね】て恨(うら)みむ」と思(おも)ひつつ、ある暮(くれ)がた【暮方】に
都(みやこ)を出(いで)て、嵯峨(さが)の方(かた)へぞあくがれゆく。ころは
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きさらぎ【二月】十日(とをか)あまりの事(こと)なれば、梅津(むめづ)の里(さと)の
春風(はるかぜ)に、よその匂(にほ)ひもなつかしく【懐しく】、大井河(おほゐがは)の
月影(つきかげ)も、霞(かすみ)にこめておぼろ也(なり)。一方(ひとかた)ならぬ
哀(あはれ)さも、たれゆへ(ゆゑ)【故】とこそ思(おも)ひけめ。往生院(わうじやうゐん)とは
聞(きき)たれども、さだかにいづれの坊(ばう)ともしら【知ら】ざれば、
ここにやすらひかしこにたたずみ、たづね【尋ね】かぬる
ぞむざん【無慙】なる。住(すみ)あらしたる僧坊(そうばう)に、念誦(ねんじゆ)の声(こゑ)
しけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)が声(こゑ)と聞(きき)なして、「わらはこそ
是(これ)までたづね【尋ね】まいり(まゐり)【参り】たれ。さまのかはりておは
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すらんをも、今(いま)一度(いちど)み【見】奉(たてまつ)らばや」と、具(ぐ)したりける
女(をんな)をも(ッ)ていはせければ、滝口(たきぐち)入道(にふだう)むね【胸】うちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、
障子(しやうじ)のひまよりのぞひ(のぞい)【覗ひ】てみれ【見れ】ば、まこと【誠】に
尋(たづね)かねたるけしきいたはしうおぼえて、いかな
る道心者(だうしんじや)も心(こころ)よはく(よわく)【弱く】なりぬべし。やがて人(ひと)を
出(いだ)して、「ま(ッ)たく是(これ)にさる人(ひと)なし。門(かど)たがへ【違へ】でぞ
あるらむ」とて、ついに(つひに)【遂に】あはでぞかへし【返し】ける。横笛(よこぶえ)
なさけなううらめしけれ【恨めしけれ】ども、力(ちから)なう涙(なみだ)をおさ
へて帰(かへ)りけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)、同宿(どうじゆく)の僧(そう)にあふ(あう)【逢う】て
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申(まうし)けるは、「是(これ)もよにしづかにて、念仏(ねんぶつ)の障
碍(しやうげ)は候(さうら)はねども、あかで別(わかれ)し女(をんな)に此(この)すまゐ(すまひ)【住ひ】を
みえ【見え】て候(さうら)へば、たとひ一度(ひとたび)は心(こころ)づよく共(とも)、又(また)もしたふ
事(こと)あらば、心(こころ)もはたらき【働き】候(さうらひ)ぬべし。いとま申(まうし)て」とて、
嵯峨(さが)をば出(いで)て、高野(かうや)へのぼり、清浄心院(しやうじやうしんゐん)にぞ
居(ゐ)たりける。横笛(よこぶえ)もさまをかへたるよし聞(きこ)えし
かば、滝口(たきぐち)入道(にふだう)一首(いつしゆ)の歌(うた)を送(おく)りけり。
そる【剃る】まではうらみ【恨み】しかどもあづさ弓(ゆみ)
まこと【誠】の道(みち)にいる【入る】ぞうれしき W082
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横笛(よこぶえ)が返(かへり)こと【返事】には、
そる【剃る】とてもなにかうらみ【恨み】むあづさ弓(ゆみ)
ひき【引き】とどむべきこころ【心】ならねば W083
よこ笛(ぶえ)【横笛】はその思(おも)ひのつもり【積り】にや、奈良(なら)の
法花寺(ほつけじ)にあり【有り】けるが、いくほど【程】もなくて、遂(つひ)に
はかなく【果敢く】成(なり)にけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)、かやう【斯様】の事(こと)を
伝(つた)へきき、弥(いよいよ)ふかくおこなひすまし【澄まし】てゐたり
ければ、父(ちち)も不孝(ふけう)をゆるしけり。したしき
者(もの)共(ども)も、みなもちひ(もちゐ)【用ゐ】て、高野(かうや)の聖(ひじり)とぞ申(まうし)ける。
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三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)に尋(たづね)あひて見(み)給(たま)へば、都(みやこ)に候(さうらひ)し時(とき)は、
布衣(ほうい)(ホウエ)に立烏帽子(たてえぼし)、衣文(えもん)をつくろひ、鬢(びん)をなで、
花(はな)やかなりしおのこ(をのこ)【男】也(なり)。出家(しゆつけ)の後(のち)はけふはじめ
てみ【見】給(たま)ふに、未(いまだ)卅(さんじふ)にもならぬが、老僧姿(らうそうすがた)にやせ【痩せ】
おとろへ【衰へ】、こき墨染(すみぞめ)におなじ袈裟(けさ)、思(おも)ひいれ【入れ】
たる道心者(だうしんじや)、うら山(やま)しくや思(おも)はれけむ。晋(しん)の七賢(しちげん)、
漢(かん)の四皓(しかう)がすみけむ商山(しやうざん)・竹林(ちくりん)のありさま【有様】も、
『高野巻(かうやのまき)』S1009
是(これ)にはすぎじとぞ見(み)えし。○滝口(たきぐち)入道(にふだう)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)を
見(み)たてま(ッ)【奉つ】て、「こはうつつ共(とも)覚(おぼ)え候(さうら)はぬものかな。
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八島(やしま)より是(これ)までは、何(なに)としてのがれ【逃れ】させ給(たまひ)て候(さうらふ)
やらん」と申(まうし)ければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「されば
こそ。人(ひと)なみなみに都(みやこ)を出(いで)て、西国(さいこく)へ落(おち)くだり
たりしかども、ふるさとにとどめ【留め】をき(おき)しおさなき(をさなき)【幼き】者(もの)
共(ども)のこひし【恋し】さ、いつ忘(わす)るべしとも覚(おぼ)えねば、その物(もの)思(おも)ふ
けしき【気色】のいは【言は】ぬにしるくや見(み)えけん、大臣殿(おほいとの)も二
位殿(にゐどの)も、「此(この)人(ひと)は池(いけ)の大納言(だいなごん)のやうにふた心(ごころ)あり」
な(ン)ど(なんど)とて思(おも)ひへだてたまひ【給ひ】しかば、あるにかい(かひ)【甲斐】なき
我(わが)身(み)かなと、いとど心(こころ)もとどまら【留まら】で、あくがれ出(いで)て、
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是(これ)まではのがれ【逃れ】たる也(なり)。いかにもして山(やま)づたひ【山伝ひ】に
都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、恋(こひ)しき者(もの)共(ども)を今(いま)一度(いちど)み【見】もし
みえ【見え】ばやとは思(おも)へども、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)の事(こと)口惜(くちをし)
ければ、それも叶(かな)はず。おなじくは是(これ)にて出家(しゆつけ)
して、火(ひ)の中(なか)水(みづ)の底(そこ)へもいらばやと思(おも)ふ也(なり)。
但(ただし)熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】んと思(おも)ふ宿願(しゆくぐわん)あり」とのたまへ【宣へ】ば、
「夢(ゆめ)まぼろしの世(よ)の中(なか)は、とてもかくても候(さうらひ)なん。
ながき世(よ)のやみこそ心(こころ)うかるべう候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。
やがて滝口(たきぐち)入道(にふだう)を先達(せんだち)にて、堂塔(だうたふ)巡礼(じゆんれい)して、
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奥(おくの)院(ゐん)へまいり(まゐり)【参り】たまふ【給ふ】。高野山(かうやさん)は帝城(ていせい)を避(さつ)て
二百里(じはくり)、京里(きやうり)をはなれて無人声(むにんじやう)、清嵐【*青嵐】(せいらん)梢(こずゑ)を
ならし【鳴らし】て、夕日[B ノ](せきじつの)影(かげ)しづか也(なり)。八葉(はちえふ)の嶺(みね)、八(やつ)の谷(たに)、まこと【誠】に
心(こころ)もすみ【澄み】ぬべし。花(はな)の色(いろ)は林霧(りんぶ)の底(そこ)にほころび、
鈴(れい)の音(おと)は尾上(をのへ)の雲(くも)にひびけり。瓦(かはら)に松(まつ)おひ、
墻(かき)に苔(こけ)むして、星霜(せいざう)久(ひさ)しく覚(おぼ)えたり。抑(そもそも)延喜(えんぎ)
の御門(みかど)の御時(おんとき)、御夢想(ごむさう)の御告(おんつげ)あ(ッ)て、ひはだ色(いろ)【桧皮色】の
御(おん)ころも【衣】をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られしに、勅使(ちよくし)中納言(ちゆうなごん)資澄卿(すけずみのきやう)【*資隆卿(すけたかのきやう)】、
般若寺(はんにやじ)の僧正(そうじやう)観賢(くわんげん)(クハンゲン)をあひ具(ぐ)して、此(この)御山(おやま)に
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まいり(まゐり)【参り】、御廟(ごべう)の扉(とびら)をひらいて、御衣(おんころも)をきせ【着せ】奉(たてまつ)らんと
しけるに、霧(きり)あつくへだた(ッ)て、大師(だいし)おがま(をがま)【拝ま】れさせ
給(たま)はず。ここに観賢(くわんげん)(クハンゲン)ふかく愁涙(しうるい)して、「われ悲母(ひぼ)の
胎内(たいない)を出(いで)て、師匠(ししやう)の室(しつ)に入(いり)しより以来(このかた)、未(いまだ)禁
戒(きんかい)を犯(ぼん)ぜず。さればなどかおがみ(をがみ)【拝み】奉(たてまつ)らざらん」とて、
五体(ごたい)を地(ち)になげ【投げ】、発露(ほつろ)啼泣(ていきふ)(テイキウ)したまひ【給ひ】しかば、
やうやう霧(きり)はれて、月(つき)の出(いづ)るが如(ごと)くして、大師(だいし)お
がま(をがま)【拝ま】れ給(たま)ひけり。時(とき)に観賢(くわんげん)(クハンゲン)随喜(ずいき)の涙(なんだ)をながひ(ながい)【流い】
て、御衣(おんころも)をきせ【着せ】奉(たてまつ)る。御(おん)ぐし【髪】のながくおひさせ
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給(たま)ひたりしかば、そり【剃り】奉(たてまつ)るこそ目出(めでた)けれ。勅使(ちよくし)と
僧正(そうじやう)とは拝(をが)み奉(たてまつ)り給(たま)へども、僧正(そうじやう)の弟子(でし)石山(いしやま)の
内供(ないく)淳祐(じゆんいう)(ジユンユウ)、其(その)時(とき)は未(いまだ)童形(とうぎやう)にて供奉(ぐぶ)せられたり
けるが、大師(だいし)をおがみ(をがみ)【拝み】奉(たてまつ)らずしてなげきしづんで
おはしけるが、僧正(そうじやう)手(て)をと(ッ)て、大師(だいし)の御(おん)ひざに
おしあてられたりければ、其(その)手(て)一期(いちご)が間(あひだ)かう
ばしかり【香ばしかり】けるとかや。そのうつり香(が)【移り香】は、石山(いしやま)の聖
教(しやうげう)にうつ(ッ)【移つ】て、今(いま)にありとぞ承(うけたまは)る。大師(だいし)、御門(みかど)
の御返事(おんぺんじ)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「われ昔(むかし)薩■(さつた)に
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あひて、まのあたり悉(ことごと)く印明(いんみやう)をつたふ。無比(むび)の
誓願(せいぐわん)(セイグハン)をおこし【起こし】て、辺地(へんぢ)(ヘンリ)の異域(いゐき)(イイキ)に侍(はんべ)り、昼夜(ちうや)に
万民(ばんみん)をあはれんで、普賢(ふげん)の悲願(ひぐわん)(ヒグハン)に住(ぢゆう)す。肉
身(にくしん)に三昧(さんまい)を証(しよう)(セウ)じて、慈氏(じし)の下生(げしやう)をまつ」
とぞ申(まう)させ給(たま)ひける。彼[B ノ](かの)摩訶迦葉(まかかせふ)(マカカセウ)の鶏足(けいそく)
の洞(ほら)に籠(こもつ)て、しづ【翅都】[* 下欄に「氏頭(シヅ)」と注記]の春風(はるかぜ)を期(ご)し給(たま)ふらむも、
かくやとぞ覚(おぼ)えける。御入定(ごにふぢやう)は承和(しようわ)二年(にねん)
三月(さんぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、寅(とら)の一点(いつてん)の事(こと)なれば、過(すぎ)にし方(かた)も
三百(さんびやく)余歳(よさい)、行(ゆく)末(すゑ)も猶(なほ)五十六億七千万歳(ごじふろくおくしちせんまんざい)の後(のち)、
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慈尊(じそんの)出世(しゆつせ)三会(さんゑ)(さんエ)の暁(あかつき)をまたせ給(たま)ふらむこそ久(ひさし)
『維盛(これもりの)出家(しゆつけ)』S1010
けれ。○「維盛(これもり)が身(み)のいつとなく、雪山(せつせん)の鳥(とり)の鳴(なく)
らんやうに、けふよあすよとおもふ[M 「おもふおもふ」とあり始めの「おもふ」をミセケチ]物(もの)を」
とて、涙(なみだ)ぐみたまふ【給ふ】ぞあはれ【哀】なる。塩風(しほかぜ)にくろみ、
つきせ【尽きせ】ぬ物思(ものおも)ひにやせ【痩せ】おとろへて、その人(ひと)とは
見(み)えたまは【給は】ね共(ども)、なを(なほ)【猶】よ【世】の人(ひと)にはすぐれたまへ【給へ】り。
其(その)夜(よ)は滝口(たきぐち)入道(にふだう)が庵室(あんじつ)に帰(かへつ)て、夜(よ)もすがら
昔(むかし)今(いま)のものがたり【物語】をぞしたまひ【給ひ】ける。聖(ひじり)が行
儀(ぎやうぎ)をみ【見】たまふ【給ふ】に、至極(しごく)甚深(じんじん)の床(ゆか)の上(うへ)には、真理(しんり)
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の玉(たま)をみがくらむとみえ【見え】て、後夜(ごや)晨朝(じんでう)の鐘(かね)
の声(こゑ)には、生死(しやうじ)の眠(ねぶり)をさますらむ共(とも)覚(おぼ)えたり。
のがれ【逃れ】ぬべくはかくてもあらまほしうや思(おも)はれ
けむ。明(あけ)ぬれば東禅院(とうぜんゐん)の智覚上人(ちかくしやうにん)と申(まうし)ける
聖(ひじり)を請(しやう)じたてま(ッ)【奉つ】て、出家(しゆつけ)せんとしたまひ【給ひ】けるが、
与三兵衛(よさうびやうゑ)・石童丸(いしどうまる)をめし【召し】てのたまひ【宣ひ】けるは、
「維盛(これもり)こそ人(ひと)しれぬ思(おも)ひを身(み)にそへ【添へ】ながら、道(みち)せ
ばう【狭う】のがれ【逃れ】がたき身(み)なれば、むなしう【空しう】なる共(とも)、
此(この)比(ごろ)は世(よ)にある人(ひと)こそおほけれ【多けれ】、汝等(なんぢら)はいかなる
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ありさま【有様】をしても、などかすぎ【過ぎ】ざるべき。われ
いかにもならむやうを見(み)はてて、いそぎ都(みやこ)へ
のぼり、おのおのが身(み)をもたすけ【助け】、且(かつう)は妻子(さいし)をも
はぐくみ、且(かつう)は又(また)維盛(これもり)が後生(ごしよう)をも訪(とぶら)へ【弔へ】かし」と
のたまへ【宣へ】ば、二人(ににん)の者(もの)共(ども)さめざめとないて、しばしは
御返事(おんぺんじ)にも及(およ)ばず。ややあ(ッ)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)涙(なみだ)を
おさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「重景(しげかげ)が父(ちち)、与三左衛門(よさうざゑもん)景康(かげやす)は、
平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)の時(とき)、故(こ)殿(との)の御共(おんとも)に候(さうらひ)けるが、二条堀
河(にでうほりかは)の辺(へん)にて、鎌田兵衛(かまだびやうゑ)にくん【組ん】で、悪源太(あくげんだ)にうた【討た】れ
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候(さうらひ)ぬ。重景(しげかげ)もなじかはおとり候(さうらふ)べき。其(その)時(とき)は二歳(にさい)
に罷(まかり)なり候(さうらひ)ければ、すこし【少し】も覚(おぼ)え候(さうら)はず。母(はは)には
七歳(しちさい)でをくれ(おくれ)【遅れ】候(さうらひ)ぬ。哀(あはれ)をかくべきしたしい【親しい】もの【者】
一人(いちにん)も候(さうら)はざりしか共(ども)、故(こ)大臣殿(おほいとの)、「あれはわが命(いのち)
にかはりたりし者(もの)の子(こ)なれば」とて、御(おん)まへにて
そだて【育て】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、生年(しやうねん)九(ここのつ)と申(まうし)し時(とき)、君(きみ)の
御元服(ごげんぶく)候(さうらひ)し夜(よ)、かしらを取(とり)あげ【上げ】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
かたじけなく【忝く】、「盛(もり)の字(じ)は家(いへの)字(じ)なれば五代[M 「後代」とあり「後」をミセケチ「五」と傍書](ごだい)につく。
重(しげ)の字(じ)をば松王(まつわう)に」と仰(おほせ)候(さうらひ)て、重景(しげかげ)とは付(つけ)られ
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まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)也(なり)。其上わらは名を松王と申ける
事も、生れて忌(いみ)五十日と申し時、父がいだひ(いだい)て
まいり(まゐり)【参り】たれば、「此家を小松といへば、いはうてつくる
なり」と仰候て、松王とはつけられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候也。
父(ちち)の[B 「の」に「ガ」と傍書]ようて死(しに)候(さうらひ)けるは、わが【我が】身(み)の冥加(みやうが)と覚(おぼ)え候(さうらふ)。
随分(ずいぶん)同齢(どうれい)共(ども)にも芳心(はうじん)せられてこそまかり【罷り】
過(すぎ)候(さうらひ)しか。されば御臨終(ごりんじゆう)(ごリンジウ)の御時(おんとき)も、此(この)世(よ)の事(こと)をば
おぼしめし【思し召し】捨(すて)て、一事(いちじ)も仰(おほせ)候(さうら)はざりしか共(ども)、
重景(しげかげ)御(おん)まへちかう【近う】めされて、「あなむざんや。汝(なんぢ)は
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重盛(しげもり)を父(ちち)が形見(かたみ)と思(おも)ひ、重盛(しげもり)は汝(なんぢ)を景康(かげやす)が
かたみ【形見】と思(おも)ひてこそすごしつれ。今度(こんど)の除
目(ぢもく)(ジモク)に靭負尉(ゆぎへのじよう)(ユギエノゼウ)になして、おのれ【己】が父(ちち)景康(かげやす)を
よびし様(やう)にめさばやとこそおもひつるに、むな
しう【空しう】なるこそかなしけれ。相(あひ)構(かまへ)て少将殿(せうしやうどの)の
心(こころ)にたがふ【違ふ】な」とこそ仰(おほせ)候(さうらひ)しか。されば此(この)日来(ひごろ)は、
いかなる御事(おんこと)も候(さうら)はむには、みすてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て落(おつ)べきもの【物】とおぼしめし【思し召し】候(さうらひ)けるか。御心(おんこころ)のうち
こそはづかしう候(さうら)へ。「此(この)ごろは世(よ)にある人(ひと)こそおほ
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けれ【多けれ】」と仰(おほせ)かうぶり候(さうらふ)は、当時(たうじ)のごとくは源氏(げんじ)の
郎等(らうどう)共(ども)こそ候(さうらふ)なれ。君(きみ)の神(かみ)にも仏(ほとけ)にもならせ
給(たま)ひ候(さうらひ)なむ後(のち)、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】候(さうらふ)とも、千年(せんねん)の
齢(よはひ)をふるべきか。たとひ万年(まんねん)をたもつ【保つ】とも、
遂(つひ)にはおはり(をはり)のなかるべきか。是(これ)に過(すぎ)たる善知
識(ぜんぢしき)、なに事(ごと)か候(さうらふ)べき」とて、手(て)づからもとどり【髻】
き(ッ)て、泣々(なくなく)滝口(たきぐち)入道(にふだう)にそらせけり。石童丸(いしどうまる)
も是(これ)をみて、もとゆひぎは【元結際】より髪(かみ)をきる。
是(これ)も八(やつ)よりつきたてま(ッ)【奉つ】て、重景(しげかげ)にもおとらず
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不便(ふびん)にしたまひ【給ひ】ければ、おなじく滝口(たきぐち)入道(にふだう)に
そらせけり。是等(これら)がかやう【斯様】に先達(さきだち)てなるを
見(み)たまふ【給ふ】につけても、いとど心(こころ)ぼそうぞおぼし
めす【思し召す】。さてもあるべきならねば、「流転(るてん)三界(さんがい)中(ちゆう)、
恩愛(おんあい)(ヲンあい)不能断(ふのうだん)、棄恩入無為(きおんにふむゐ)(キヲンニウムイ)、真実(しんじつ)報恩者(はうおんしや)(ホウヲンジヤ)」
と三返(さんべん)唱(とな)へ給(たま)ひて、遂(つひ)にそりおろし給(たまひ)て(ン)
げり。「あはれ、かはらぬ姿(すがた)をこひしき【恋しき】者(もの)共(ども)に今(いま)一
度(ひとたび)みえ【見え】もし、見(み)て後(のち)かくもならば、思(おも)ふ事(こと)あらじ」
とのたまひ【宣ひ】けるこそ罪(つみ)ふかけれ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)も、
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兵衛(ひやうゑ)入道(にふだう)も同年(どうねん)にて、ことしは廿七(にじふしち)歳(さい)也(なり)。石童丸(いしどうまる)
は十八(じふはち)にぞ成(なり)ける。とねり武里(たけさと)をめし【召し】て、
「おのれ【己】はとうとう【疾う疾う】是(これ)より八島(やしま)へかへれ。都(みやこ)へはのぼる
べからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、遂(つひ)にはかくれあるまじけれ共(ども)、
まさしう此(この)ありさま【有様】をきい【聞い】ては、やがてさまを
もかへんずらむとおぼゆる【覚ゆる】ぞ。八島(やしま)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て人々(ひとびと)に
申(まう)さむずるやうはよな、「かつ御覧(ごらん)候(さうらひ)しやうに、
大方(おほかた)の世間(せけん)ももの【物】うきやうにまかり【罷り】成(なり)候(さうらひ)き。
よろづあぢきなさもかずそひ【添ひ】てみえ【見え】候(さうらひ)しかば、
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おのおのにもしられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はで、かく成(なり)候(さうらひ)ぬ。
西国(さいこく)で左(ひだん)の中将(ちゆうじやう)うせ候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中守(びつちゆうのかみ)うた【討た】れ
候(さうらひ)ぬ。われさへかく成(なり)候(さうらひ)ぬれば、いかにおのおの【各々】たより
なうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらむと、それのみこそ
心(こころ)ぐるしう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。抑(そもそも)唐皮(からかは)といふ鎧(よろひ)、
小烏(こがらす)といふ太刀(たち)は、平(へい)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)より当家(たうけ)につたへ
て、維盛(これもり)までは嫡々(ちやくちやく)九代(くだい)にあひあたる。若(もし)不
思議(ふしぎ)にて世(よ)もたちなをら(なほら)ば、六代(ろくだい)にたぶべし」と
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。とねり武里(たけさと)「君(きみ)のいかにも
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ならせおはしまさむやうを見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)こそ、
八島(やしま)へもまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、「さらば」とて召(めし)
具(ぐ)せらる。滝口(たきぐち)入道(にふだう)をも善知識(ぜんぢしき)のため具(ぐ)せられ
けり。山伏(やまぶし)修行者(しゆぎやうじや)のやうにて高野(かうや)をば出(いで)、同(おなじき)
国(くに)のうち山東(せんどう)へこそ出(いで)られけれ。藤代(ふぢしろ)の王子(わうじ)を
初(はじめ)として、王子(わうじ)王子(わうじ)ふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、まいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ程(ほど)に、
千里(せんり)の浜(はま)の北(きた)、岩代(いはしろ)の王子(わうじ)の御前(おんまへ)にて、狩装
束(かりしやうぞく)したる者(もの)七八騎(しちはつき)が程(ほど)行(ゆき)あひ奉(たてまつ)る。すでに
搦(からめ)とられなむずとおぼして、おのおの腰(こし)の刀(かたな)に手(て)を
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かけて、腹(はら)をきらむとし給(たま)ひけるが、ちかづき【近付き】
けれども、あやまつべきけしき【気色】もなくて、
いそぎ馬(むま)よりおり、ふかう【深う】かしこま(ッ)てとをり(とほり)【通り】
ければ、「見(み)しりたる者(もの)にこそ。誰(たれ)なるらん」とあやし
くて、いとど足(あし)ばやにさし給(たま)ふ程(ほど)に、是(これ)は当国(たうごく)の
住人(ぢゆうにん)、湯浅(ゆあさの)権守(ごんのかみ)宗重(むねしげ)が子(こ)に、湯浅(ゆあさの)七郎兵衛(しちらうびやうゑ)
宗光(むねみつ)といふ者(もの)也(なり)。郎等(らうどう)共(ども)「是(これ)はいかなる人(ひと)にて
候(さうらふ)やらむ」と申(まうし)ければ、七郎兵衛(しちらうびやうゑ)涙(なみだ)をはらはらと
ながひ(ながい)【流い】て、「あら、事(こと)もかたじけなや。あれこそ
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小松(こまつの)大臣殿(おとどどの)の御嫡子(おんちやくし)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)殿(どの)よ。八島(やしま)より
是(これ)までは、何(なに)としてのがれ【逃れ】させ給(たま)ひたりける
ぞや。はや御(おん)さまをかへさせ給(たまひ)て(ン)げり。与三兵衛(よさうびやうゑ)、
石童丸(いしどうまる)も同(おなじ)く出家(しゆつけ)して御供(おんとも)申(まうし)たり。ちかう
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てげ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にも入(いり)たかりつれ共(ども)、はばかりもぞ
おぼしめす【思し召す】とてとをり(とほり)【通り】ぬ。あな哀(あは)れの御(おん)あり
さま【有様】や」とて、袖(そで)をかほ【顔】におしあてて、さめざめと
泣(なき)ければ、郎等(らうどう)共(ども)もみな涙(なみだ)をぞながしける。
『熊野(くまの)参詣(さんけい)』S1011
やうやうさし給(たま)ふ程(ほど)に、日数(ひかず)ふれば、岩田河(いはだがは)にも
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かかりたまひ【給ひ】けり。「此(この)河(かは)のながれを一度(ひとたび)もわたる
者(もの)は、悪業(あくごふ)(アクゴウ)煩悩(ぼんなう)無始(むし)の罪障(ざいしやう)きゆ【消ゆ】なる物(もの)
を」と、たのもしう【頼もしう】ぞおぼしける。本宮(ほんぐう)にまいり(まゐり)【参り】
つき、証誠殿(しようじやうでん)(セウジヤウデン)の御(おん)まへにつゐ(つい)居(ゐ)給(たま)ひつつ、しばらく
法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御山(おんやま)のやうをおがみ(をがみ)【拝み】給(たま)ふに、心(こころ)も
詞(ことば)もおよば【及ば】れず。大悲(だいひ)擁護(をうご)の霞(かすみ)は、熊野山(ゆやさん)に
たなびき、霊験(れいげん)無双(ぶさう)の神明(しんめい)は、音(おと)なし河(がは)【音無河】に
跡(あと)をたる。一乗(いちじよう)(いちゼウ)修行(しゆぎやう)の岸(きし)には、感応(かんおう)(カンヲウ)の月(つき)くま
もなく、六根(ろくこん)懺悔(さんげ)の庭(には)には、妄想(まうざう)の露(つゆ)もむすばず。
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いづれもいづれもたのもしから【頼もしから】ずといふ事(こと)なし。夜(よ)更(ふけ)
人(ひと)しづま(ッ)て、啓白(けいひやく)したまふ【給ふ】に、父(ちち)のおとど【大臣】の此(この)御前(おんまへ)
にて、「命(いのち)をめし【召し】て後世(ごせ)をたすけ【助け】給(たま)へ」と申(まう)され
ける事(こと)までも、思食(おぼしめし)いで【出で】て哀(あはれ)也(なり)。「O[BH 当山(たうざん)権現(ごんげん)は、]本地(ほんぢ)阿弥陀
如来(あみだによらい)にてまします。摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)の本願(ほんぐわん)あやまた
ず、浄土(じやうど)へ引導(みちびき)給(たま)へ」と申(まう)されける。中(なか)にも「ふる郷(さと)【故郷】に
とどめ【留め】をき(おき)【置き】し妻子(さいし)安穏(あんをん)に」といのられけるこそ
かなしけれ。うき世(よ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)給(たま)へ
ども、妄執(まうじう)はなを(なほ)【猶】つきずと覚(おぼ)えて哀(あはれ)也(なり)し事(こと)
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共(ども)也(なり)。明(あけ)ぬれば、本宮(ほんぐう)より船(ふね)にのり、新宮(しんぐう)へぞ
まいら(まゐら)【参ら】れける。かんのくら【神の蔵】をおがみ(をがみ)【拝み】たまふ【給ふ】に、巌松(がんしやう)
たかくそびえ【聳え】て、嵐(あらし)妄想(まうざう)の夢(ゆめ)を破(やぶ)り、流水(りうすい)き
よくながれて、浪(なみ)塵埃(ぢんあい)の垢(あか)をすすぐらむとも
覚(おぼ)えたり。明日(あすかの)社(やしろ)ふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、佐野(さの)の松原(まつばら)さし過(すぎ)て、
那知(なち)の御山(おやま)にまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。三重(さんぢゆう)に漲(みなぎ)りおつる
滝(たき)の水(みづ)、数千丈(すせんぢやう)までうちのぼり、観音(くわんおん)の霊
像(れいざう)は岩(いは)の上(うへ)にあらはれ【現はれ】て、補陀落山(ふだらくせん)共(とも)い(ッ)つべし。
霞(かすみ)の底(そこ)には法花(ほつけ)読誦(どくじゆ)の声(こゑ)きこゆ、霊鷲山(りやうじゆせん)
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とも申(まうし)つべし。抑(そもそも)権現(ごんげん)当山(たうざん)に跡(あと)を垂(たれ)させまし
ましてより以来(このかた)、我(わが)朝(てう)の貴賎(きせん)上下(じやうげ)歩(あゆみ)をはこび、
かうべをかたむけ、掌(たなごころ)をあはせ【合はせ】て、利生(りしやう)にあづから
ずといふ事(こと)なし。僧侶(そうりよ)されば甍(いらか)をならべ、道俗(だうぞく)
袖(そで)をつらねたり。寛和(くわんわの)(クハンワの)夏(なつ)の比(ころ)、花山(くわさん)の法皇(ほふわう)十善(じふぜん)
の帝位(ていゐ)をのがれ【逃れ】させ給(たま)ひて、九品(くほん)の浄刹(じやうせつ)を
おこなは【行なは】せ給(たま)ひけん、御庵室(おんあんじつ)の旧跡(きうせき)には、昔(むかし)を
しのぶ【忍ぶ】とおぼしくて、老木(おいき)の桜(さくら)ぞさきにける。
那智籠(なちごもり)の僧共(そうども)の中(なか)に、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)をよくよく
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み【見】しりたてま(ッ)【奉つ】たるとおぼしくて、同行(どうぎやう)にかたり
けるは、「ここなる修行者(しゆぎやうじや)をいかなる人(ひと)やらむと
思(おも)ひたれば、小松(こまつ)の大臣殿(おほいとの)の御嫡子(おんちやくし)、三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)にて
おはしけるO[BH ぞ]や。あの殿(との)の未(いまだ)四位(しゐの)少将(せうしやう)と聞(きこ)え給(たま)ひし
安元(あんげん)の春(はる)の比(ころ)、法住寺殿(ほふぢゆうじどの)にて五十(ごじふの)御賀(おんが)のありしに、
父(ちち)小松殿(こまつどの)は内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にてまします、伯父(をぢ)
宗盛卿(むねもりのきやう)は大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にて、階下(かいか)に着座(ちやくざ)せら
れたり。其(その)外(ほか)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)知盛(とももり)・頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)以下(いげ)
一門(いちもん)の人々(ひとびと)、けふを晴(はれ)とときめき給(たま)ひて、垣代(かいしろ)に
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立(たち)給(たま)ひし中(なか)より、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、桜(さくら)の花(はな)をかざし
て青海波(せいがいは)をまう【舞う】て出(いで)られたりしかば、露(つゆ)に媚(こび)
たる花(はな)の御姿(おんすがた)、風(かぜ)に翻(ひるがへ)る舞(まひ)の袖(そで)地(ち)をてらし
天(てん)もかかやく【輝く】ばかり也(なり)。女院(にようゐん)より関白殿(くわんばくどの)を御使(おんつかひ)
にて御衣(ぎよい)をかけられしかば、父(ちち)の大臣(おとど)(ヲトド)座(ざ)を立(たち)、
是(これ)を給(たま)は(ッ)て右(みぎ)の肩(かた)にかけ、院(ゐん)を拝(はい)し奉(たてまつ)り
給(たま)ふ。面目(めんぼく)たぐひすくなうぞみえ【見え】し。かたへ【傍】の殿
上人(てんじやうびと)、いかばかりうら山(やま)しうおもは【思は】れけむ。内裏(だいり)の
女房(にようばう)達(たち)の中(なか)には、「深山木(みやまぎ)のなかの桜梅(さくらむめ)とこそ
P10113
おぼゆれ」な(ン)ど(なんど)いはれ給(たま)ひし人(ひと)ぞかし。唯今(ただいま)大
臣(おとど)の大将(だいしやう)待(まち)かけ給(たま)へる人(ひと)とこそみ【見】奉(たてまつ)りしに、
けふはかくやつれはて給(たま)へる御(おん)ありさま【有様】、かねて【予て】は
思(おも)ひもよらざ(ッ)しをや。うつればかはる世(よ)のならひ【習ひ】とは
いひながら、哀(あはれ)なる御事(おんこと)哉(かな)」とて、袖(そで)をかほ【顔】に
おしあててさめざめと泣(なき)ければ、いくらもなみ
ゐたりける那知籠【*那智籠】(なちごもり)の僧(そう)共(ども)も、みなうち衣(ごろも)【裏衣】の
『維盛(これもりの)入水(じゆすい)』S1012
袖(そで)をぞぬらしける。○三(みつ)の山(やま)の参詣(さんけい)事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なく
とげ給(たま)ひしかば、浜(はま)の宮(みや)と申(まうす)王子(わうじ)の御(おん)まへより、
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一葉(いちえふ)(いちヨウ)の船(ふね)に棹(さを)さして、万里(ばんり)の蒼海(さうかい)にうかび
給(たま)ふ。はるかの奥(おき)に山(やま)なり【山成】の島(しま)といふ所(ところ)あり【有り】。
それに舟(ふね)をこぎよせさせ、岸(きし)にあがり【上がり】、大(おほき)なる松(まつ)
の木(き)をけづ(ッ)て、中将(ちゆうじやう)銘跡(めいせき)をかき【書き】つけらる。
「祖父(そぶ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あつそん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)浄海(じやうかい)、親父(しんぶ)
内大臣(ないだいじん)左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、法名(ほふみやう)浄蓮(じやうれん)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)、
法名(ほふみやう)浄円(じやうゑん)、生年(しやうねん)廿七歳(にじふしちさい)、寿永(じゆえい)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、
那知【*那智】(なち)の奥(おき)にて入水(じゆすい)す」と書(かき)つけて、又(また)奥(おき)へぞ
こぎ出(いで)給(たま)ふ。思(おも)ひきりたる道(みち)なれ共(ども)、今(いま)はの時(とき)に
P10115
成(なり)ぬれば、心(こころ)ぼそうかなしからずといふ事(こと)なし。
比(ころ)は三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の事(こと)なれば、海路(かいろ)遥(はるか)に霞(かすみ)わた
り、哀(あはれ)をもよほすたぐひ也(なり)。ただ大方(おほかた)の春(はる)だに
も、暮(くれ)行(ゆく)空(そら)は物(もの)うきに、況(いはん)やけふをかぎりの
事(こと)なれば、さこそは心(こころ)ぼそかりけめ。奥(おき)の釣舟(つりぶね)の
浪(なみ)にきえ入(いる)やうにおぼゆる【覚ゆる】が、さすがしづみも
はてぬをみ【見】たまふ【給ふ】にも、我(わが)身(み)のうへ【上】とやおぼし
けむ。おの【己】が一(ひと)行(つら)ひき【引き】つれて、今(いま)はとかへる雁(かり)がね【雁金】の、
越路(こしぢ)をさして鳴(なき)ゆくも、ふるさとへことづけせま
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ほしく、蘇武(そぶ)が胡国(ここく)のうらみ【恨み】まで、思(おも)ひのこせる
くまもなし。「さればこは何事(なにごと)ぞ。猶(なほ)妄執(まうじう)のつきぬに
こそ」と思食(おぼしめし)かへして、西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)をあはせ【合はせ】、
念仏(ねんぶつ)したまふ【給ふ】心(こころ)のうちにも、「すでに只今(ただいま)をかぎ
りとは、都(みやこ)にはいかでかしるべきなれば、風(かぜ)のたより
のことつて【言伝】も、いまやいまやとこそまたんずらめ。
遂(つひ)にはかくれ【隠れ】あるまじければ、此(この)世(よ)になきものと
きい【聞い】て、いかばかりかなげかんずらん」な(ン)ど(なんど)思(おも)ひつづ
けたまへ【給へ】ば、念仏(ねんぶつ)をとどめ【留め】、合掌(がつしやう)をみだり、聖(ひじり)にむか(ッ)【向つ】て
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の給(たま)ひけるは、「あはれ人(ひと)の身(み)に妻子(さいし)といふ物(もの)をば
もつまじかりけるものかな。此(この)世(よ)にて物(もの)を思(おも)はする
のみならず、後世(ごせ)菩提(ぼだい)のさまたげと成(なり)ける口(くち)
おしさ(くちをしさ)【口惜しさ】よ。只今(ただいま)も思(おも)ひ出(いづ)るぞや。か様(やう)【斯様】の事(こと)を
心中(しんぢゆう)にのこせば、罪(つみ)ふかからむなる間(あひだ)、懺悔(さんげ)する也(なり)」
とぞのたまひ【宣ひ】ける。聖(ひじり)も哀(あはれ)に覚(おぼ)えけれ共(ども)、我(われ)
さへ心(こころ)よはく(よわく)【弱く】てはかなは【叶は】じと思(おも)ひ、涙(なみだ)おし【押し】のごひ、
さらぬ体(てい)にもてないて申(まうし)けるは、「まこと【誠】にさこそ
はおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。たかき【高き】も賤(いやし)きも、恩愛(おんあい)(ヲンアイ)の
P10118
道(みち)は力(ちから)およば【及ば】ぬ事(こと)也(なり)。中(なか)にも夫妻(ふさい)は一夜(いちや)の枕(まくら)を
ならぶるも、五百生(ごひやくしやう)の宿縁(しゆくえん)と申(まうし)候(さうら)へば、先世(ぜんぜ)の契(ちぎり)浅(あさ)
からず。生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)、会者(ゑしや)定離(ぢやうり)は浮世(うきよ)の習(ならひ)にて
候(さうらふ)也(なり)。すゑ【末】の露(つゆ)もとのしづくのためし【例】あれば、
たとひ遅速(ちそく)の不同(ふどう)はありとも、をくれ(おくれ)【遅れ】先(さき)だつ【先立つ】
御別(おんわかれ)、遂(つひ)になくてしもや候(さうらふ)べき。彼(かの)離山宮(りさんきゆう)(リサンキウ)の秋(あき)の
夕(ゆふべ)の契(ちぎり)も、遂(つひ)には、心(こころ)を摧(くだ)くはしとなり、甘泉殿(かんせんでん)
の生前(しやうぜん)の恩(おん)(ヲン)も、おはり(をはり)なきにしもあらず。松子(しやうし)・梅
生(ばいせい)、生涯(しやうがい)の恨(うらみ)あり【有り】。等覚(とうがく)・十地(じふぢ)、猶(なほ)生死(しやうじ)の掟(おきて)(ヲキテ)にしたがふ。
P10119
たとひ君(きみ)長生(ちやうせい)のたのしみにほこり給(たま)ふ共(とも)、此(この)御(おん)な
げきはのがれ【逃れ】させたまふ【給ふ】べからず。たとひ又(また)百年(はくねん)の
齢(よはひ)をたもち【保ち】給(たま)ふ共(とも)、此(この)御恨(おんうらみ)はただおなじ事(こと)と
思食(おぼしめ)さるべし。第六天(だいろくてん)の魔王(まわう)といふ外道(げだう)は、欲
界(よくかい)の六天(ろくてん)を我(わが)物(もの)と領(りやう)じて、中(なか)にも此(この)界(かい)の衆生(しゆじやう)
の生死(しやうじ)をはなるる事(こと)をおしみ(をしみ)【惜しみ】、或(あるい)は妻(め)となり、或(あるい)は
夫(おつと)(ヲツ)とな(ッ)て、是(これ)をさまたぐるに、三世(さんぜの)諸仏(しよぶつ)は、
一切(いつさい)衆生(しゆじやう)を一子(いつし)の如(ごと)く思食(おぼしめし)て、極楽(ごくらく)浄土(じやうど)の不
退(ふたい)の土(ど)にすすめ【進め】いれ【入れ】んとしたまふ【給ふ】に、妻子(さいし)といふ
P10120
もの、無始(むし)曠劫(くわうごふ)(クハウゴウ)より以来(このかた)生死(しやうじ)に流転(るてん)するきづな
なるがゆへ(ゆゑ)【故】に、仏(ほとけ)はおもう【重う】いましめ給(たま)ふ也(なり)。さればとて
御心(おんこころ)よはう(よわう)【弱う】おぼしめすべからず。源氏(げんじ)の先祖(せんぞ)伊与【*伊予】(いよの)
入道(にふだう)頼義(らいぎ)は、勅命(ちよくめい)によ(ッ)て奥州(あうしう)のゑびす(えびす)【夷】貞任(さだたふ)・
宗任(むねたふ)をせめ【攻め】んとて、十二年(じふにねん)が間(あひだ)に人(ひと)の頸(くび)をきる
事(こと)一万六千人(いちまんろくせんにん)、山野(さんや)の獣(けだもの)、江河(がうが)の鱗(うろくづ)、其(その)命(いのち)を
たつ事(こと)いく千万(せんまん)といふ数(かず)をしら【知ら】ず。され共(ども)、終焉(しゆうえん)(シウエン)の
時(とき)、一念(いちねん)の菩提心(ぼだいしん)をおこし【起こし】しによ(ッ)て、往生(わうじやう)の素
懐(そくわい)(ソクハイ)をとげたりとこそ承(うけたまは)れ。就中(なかんづく)に、出家(しゆつけ)の功徳(くどく)
P10121
莫太(ばくたい)なれば、先世(ぜんぜ)の罪障(ざいしやう)みなほろび給(たま)ひぬらむ。
たとひ人(ひと)あ(ッ)て七宝(しつぽう)の塔(たふ)(タウ)をたてん事(こと)、たかさ
三十三(さんじふさん)天(てん)にいたる共(とも)、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の功徳(くどく)には及(およぶ)ベ
からず。たとひ又(また)百千歳(ひやくせんざい)の間(あひだ)百羅漢(ひやくらかん)を供養(くやう)じ
たらん功徳(くどく)も、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の功徳(くどく)には及(およぶ)べからずと
とか【説か】れたり。罪(つみ)ふかかり【深かり】し頼義(らいぎ)、心(こころ)のたけき【猛き】ゆへ(ゆゑ)【故】に
往生(わうじやう)をとぐ。させる御罪業(ございごふ)(ごザイゴウ)ましまさざらんに、などか
浄土(じやうど)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)はざるべき。其上(そのうへ)当山(たうざん)権現(ごんげん)は
本地(ほんぢ)阿弥陀如来(あみだによらい)にてまします。はじめ無三悪
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趣(むさんあくしゆ)の願(ぐわん)(グハン)より、おはり(をはり)得三宝忍(とくさんほうにん)の願(ぐわん)(グハン)にいたるまで、
一々(いちいち)の誓願(せいぐわん)、衆生(しゆうじやう)化度(けど)の願(ぐわん)ならずといふ事(こと)なし。
中(なか)にも第(だい)十八(じふはち)の願(ぐわん)には「設我(せつが)得仏(とくぶつ)、十方(じつぱう)衆生(しゆじやう)、至心(ししん)
信楽(しんげう)、欲生(よくしやう)我国(がこく)、乃至(ないし)十念(じふねん)、若不(にやくふ)生者(しやうじや)、不取(ふしゆ)正覚(しやうがく)」
ととか【説か】れたれば、一念(いちねん)十念(じふねん)のたのみ【頼み】あり【有り】。只(ただ)ふかく
信(しん)じて、努々(ゆめゆめ)疑(うたがひ)(ウタガイ)をなしたまふ【給ふ】べからず。無二(むに)の懇
念(こんねん)をいたし【致し】て、若(もし)は一返(いつぺん)、若(もし)は十反(じつぺん)も唱(となへ)給(たま)ふ物(もの)ならば、
弥陀如来(みだによらい)、六十万億那由多恒河沙(ろくじふまんおくなゆたがうがしや)(ろくじふまんヲクナユタガウガシヤ)の御身(おんみ)を
つづめ、丈六八尺(ぢやうろくはつしやく)の御(おん)形(かたち)にて、観音(くわんおん)勢至(せいし)無数(むしゆ)の
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聖衆(しやうじゆ)、化仏菩薩(けぶつぼさつ)、百重(ひやくぢゆう)千重(せんぢゆう)に囲繞(ゐねう)(イねう)し、伎楽
歌(ぎがくか)詠(えい)じて、唯今(ただいま)極楽(ごくらく)の東門(とうもん)を出(いで)て来迎(らいかう)し
給(たま)はむずれば、御身(おんみ)こそ蒼海(さうかい)の底(そこ)にしづむ【沈む】と思召(おぼしめさ)
るとも、紫雲(しうん)のうへ【上】にのぼり給(たま)ふべし。成仏(じやうぶつ)得脱(とくだつ)
してさとりをひらき給(たまひ)なば、娑婆(しやば)の故郷(こきやう)にたち
かへ(ッ)【帰つ】て妻子(さいし)を道(みち)びき給(たま)はむ事(こと)、還来(げんらい)穢O[BH 国](ゑこく)(エこく)度人天(どにんでん)、
すこし【少し】も疑(うたがひ)あるべからず」とて、金【*鐘】(かね)うちならし【鳴らし】て
すすめ奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)しかる【然る】べき善知識(ぜんぢしき)かなと思食(おぼしめし)、
忽(たちまち)に妄念(まうねん)をひるがへして、O[BH 西に向ひ手を合せ、]高声(かうしやう)に念仏(ねんぶつ)百返(ひやつぺん)斗(ばかり)
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となへつつ、「南無(なむ)」と唱(となふ)る声(こゑ)ともに、海(うみ)へぞ入(いり)給(たま)ひ
ける。兵衛(ひやうゑ)入道(にふだう)も石童丸(いしどうまる)と同(おな)じく御名(みな)を唱(とな)へ
『三日平氏(みつかへいじ)』S1013
つつ、つづひ(つづい)【続い】て海(うみ)へぞ入(いり)にける。○とねり武里(たけさと)も同(おなじ)く
いら【入ら】むとしけるを、聖(ひじり)とり留(とど)めければ、力(ちから)およばず。
「いかにうたてくも、御遺言(ごゆいごん)をばたがへ【違へ】たてまつら【奉ら】んと
するぞ。下臈(げらふ)(げラウ)こそなを(なほ)【猶】もうたてけれ。今(いま)はただ後
世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】奉(たてまつ)れ」と、泣々(なくなく)教訓(けうくん)しけれ共(ども)、をくれ(おくれ)【遅れ】
たてまつる【奉る】かなしさに、後(のち)の御孝養(おんけうやう)の事(こと)も
覚(おぼ)えず、舟(ふな)ぞこ【舟底】にふし【伏し】まろび【転び】、おめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】
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ける有(あり)さま【有様】は、むかし悉太太子【*悉達太子】(しつだたいし)の檀徳山【*檀特山】(だんどくせん)に入(いら)せ
給(たま)ひし時(とき)、しやのく【車匿】とねり【舎人】がこんでい【ノ陟】駒(こま)を給(たま)は(ッ)て、
王宮(わうぐう)にかへりし悲(かなし)みも、是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。
しばしは舟(ふね)をおし【押し】まはして、浮(うき)もやあがり給(たま)ふと
見(み)けれ共(ども)、三人(さんにん)ともに深(ふか)くしづんでみえ【見え】給(たま)はず。
いつしか経(きやう)よみ念仏(ねんぶつ)して、「過去(くわこ)(クハコ)聖霊(しやうりやう)一仏(いちぶつ)浄土(じやうど)へ」
と廻向(ゑかう)(エカウ)しけるこそ哀(あはれ)なれ。さる程(ほど)に、夕陽(せきやう)西(にし)に
傾(かたむ)き、海上(かいしやう)もくらく成(なり)ければ、名残(なごり)はつきせ【尽きせ】ず
おもへ【思へ】共(ども)、むなしき【空しき】舟(ふね)を漕(こぎ)かへる。とわたる舟(ふね)のかい【櫂】の
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しづく、聖(ひじり)が袖(そで)よりつたふ涙(なみだ)、分(わき)ていづれもみえ【見え】
ざりけり。聖(ひじり)は高野(かうや)へかへりのぼる。武里(たけさと)は泣々(なくなく)
八島(やしま)へまいり(まゐり)【参り】けり。御弟(おんおとと)新三位(しんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)に御(おん)ふみ【文】
取(とり)いだし【出し】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「あな心(こころ)う、わがたのみ【頼み】
奉(たてまつ)る程(ほど)は、人(ひと)は思(おも)ひ給(たま)はざりける口惜(くちをし)さよ。池(いけ)の大
納言(だいなごん)のやうに頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へこそおはし
たるらめとて、大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、我等(われら)にも心(こころ)を
をき(おき)【置き】給(たま)ひつるに、されば那知【*那智】(なち)の奥(おき)(ヲキ)にて身(み)をなげて
ましますごさんなれ。さらば引(ひき)具(ぐ)して一所(いつしよ)にも
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しづみ【沈み】給(たま)はで、ところどころ【所々】にふさむ事(こと)こそかなし
けれ。御詞(おんことば)にて仰(おほせ)らるる事(こと)はなかりしか」と問(とひ)
給(たま)へば、「申(まう)せと候(さうらひ)しは「西国(さいこく)にて左(ひだん)の中将殿(ちゆうじやうどの)うせ
させ給(たま)ひ候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中(びつちゆうの)守殿(かうのとの)うたれさせ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。
われ【我】さへかく成(なり)候(さうらひ)ぬれば、いかにたよりなうおぼし
めさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらんと、それのみこそ心(こころ)ぐるしう思(おも)(ヲモ)ひ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ」。唐皮(からかは)・小烏(こがらす)の事(こと)までもこまごまと
申(まうし)たりければ、「今(いま)はわれ【我】とてもながらふ【永らふ】べしとも
覚(おぼ)えず」とて、袖(そで)をかほ【顔】におし【押し】あててさめざめと
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泣(なき)給(たま)ふぞ、まこと【誠】にことはり(ことわり)【理】と覚(おぼ)えて哀(あはれ)なる。故(こ)三
位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)にゆゆしく似(に)給(たま)ひたりければ、みる【見る】人(ひと)涙(なみだ)を
ながしけり。侍(さぶらひ)共(ども)はさしつどひ【集ひ】て、只(ただ)なくより外(ほか)の事(こと)ぞ
なき。大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、「此(この)人(ひと)は池(いけ)の大納言(だいなごん)の様(やう)に、
頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へとこそ思(おも)ひたれば、
さはおはせざりける物(もの)」とて、今更(いまさら)なげきかなしみ
給(たまひ)けり。四月(しぐわつ)一日(ひとひのひ)、鎌倉(かまくらの)前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、正下(じやうげ)の四位(しゐ)
したまふ【給ふ】。元(はじめ)は従下(じゆげ)の五位(ごゐ)にてありしに、五階(ごかい)をこえ
給(たまふ)こそゆゆしけれ。是(これ)は木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)義仲(よしなか)追討(ついたう)の
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賞(しやう)とぞ聞(きこ)えし。同(おなじき)三日(みつかのひ)、崇徳院(しゆとくゐん)を神(かみ)とあがめ
奉(たてまつ)るべしとて、むかし御合戦(ごかつせん)ありし大炊御門(おほひのみかど)が末(すゑ)に
社(やしろ)をたてて、宮(みや)うつし【宮遷し】あり【有り】。院(ゐん)の御沙汰(ごさた)にて、内裏(だいり)には
しろしめされずとぞ聞(きこ)えし。五月(ごぐわつ)四日(よつかのひ)、池(いけ)の大納
言(だいなごん)関東(くわんとう)へ下向(げかう)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「御(おん)かたをば全(まつた)くおろかに
思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。只(ただ)故(こ)池殿(いけどの)のわたらせ給(たま)ふとこそ
存(ぞんじ)候(さうら)へ。故(こ)尼御前(あまごぜん)の御恩(ごおん)を、大納言殿(だいなごんどの)に報(ほう)じたて
まつら【奉ら】ん」とたびたび誓状(せいじやう)をも(ッ)て申(まう)されければ、
一門(いちもん)をもひき【引き】わかれておち【落ち】とどまり給(たま)ひたり
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けるが、「兵衛佐(ひやうゑのすけ)ばかりこそかうは思(おも)はれけれ共(ども)、自余(じよ)の
源氏(げんじ)共(ども)いかがあらむずらん」と、肝(きも)たましひをけすより
外(ほか)の事(こと)なくておはしけるが、鎌倉(かまくら)より「故(こ)尼御
前(あまごぜん)を見(み)奉(たてまつ)ると存(ぞんじ)て、とくとくげ(ン)ざん(げんざん)【見参】に入(いり)候(さうら)はん」と
申(まう)されたりければ、大納言(だいなごん)くだり【下り】給(たま)ひけり。弥平
兵衛(やへいびやうゑ)宗清(むねきよ)といふ侍(さぶらひ)あり【有り】。相伝(さうでん)専一(せんいち)の者(もの)なりけるが、
あひ具(ぐ)してもくだらず。「いかに」ととひ給(たま)へば、「今度(こんど)
の御(おん)共(とも)はつかまつらじと存(ぞんじ)候(さうらふ)。其(その)ゆへ(ゆゑ)【故】は、君(きみ)こそかく
てわたらせ給(たま)へども、御一家(ごいつか)の君達(きんだち)の、西海(さいかい)の浪(なみ)
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のうへ【上】にただよはせ給(たま)ふ御事(おんこと)の心(こころ)うくおぼえて、
未(いまだ)安堵(あんど)しても存(ぞんじ)候(さうら)はねば、心(こころ)すこしおとし【落し】すへ(すゑ)【据ゑ】て、
お[B ッ]さま【追つ様】にまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)にがにが
しう【苦々しう】はづかしう思(おも)ひ給(たま)ひて、「一門(いちもん)をひき【引き】わかれて
のこり【残り】とどま(ッ)【留まつ】たる事(こと)は、我(わが)身(み)ながらいみじ[* 下欄に「美(イミジ)」と注記]とは
おもは【思は】ね共(ども)、さすが身(み)も捨(すて)がたう、命(いのち)もおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】ば、
なまじゐ(なまじひ)にとどまりにき。そのうへ【上】は又(また)くだらざる
べきにもあらず。はるかの旅(たび)におもむくに、いかでか
み【見】をくら(おくら)【送ら】であるべき。うけ【請け】ず思(おも)はば、おち【落ち】とどま(ッ)【留まつ】し
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時(とき)はなどさはいはざ(ッ)しぞ。大小事(だいせうじ)一向(いつかう)なんぢに
こそいひ【言ひ】あはせ【合はせ】しか」とのたまへば、宗清(むねきよ)居(ゐ)なをり(なほり)【直り】
畏(かしこま)(ッ)て申(まうし)けるは、「たかき【高き】もいやしきも、人(ひと)の身(み)に
命(いのち)ばかりおしき(をしき)【惜しき】物(もの)や候(さうらふ)。又(また)世(よ)をばすつれ【捨つれ】ども、身(み)をば
すてずと申(まうし)候(さうらふ)めり。御(おん)とどまりをあしとには候(さうら)はず。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)もかい(かひ)【甲斐】なき命(いのち)をたすけ【助け】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
こそ、けふはかかる幸(さいはひ)(サイハイ)にもあひ候(さうら)へ。流罪(るざい)せられ候(さうらひ)し
時(とき)は、故(こ)尼御前(あまごぜん)の仰(おほせ)にて、O[BH 近江ノ国(あふみのくに)]、しの原(はら)【篠原】の宿(しゆく)までうち
をく(ッ)(おくつ)【送つ】て候(さうらひ)き。「其(その)事(こと)な(ン)ど(なんど)今(いま)に忘(わす)れず」と承(うけたまは)り
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候(さうら)へば、さだめて御(おん)共(とも)に罷(まかり)くだり【下り】て候(さうら)はば、ひきで
物(もの)、饗応(きやうおう)(キヤウヲウ)な(ン)ど(なんど)もし候(さうら)はんずらむ。それにつけて
も心(こころ)うかるべう候(さうらふ)。西国(さいこく)にわたらせ給(たま)ふ君達(きんだち)、もしは
侍(さぶらひ)共(ども)のかへりきかむ事(こと)、返々(かへすがへす)はづかしう候(さうら)へば、まげて
今度(こんど)ばかりはまかり【罷り】とどまるべう候(さうらふ)。君(きみ)おち【落ち】とど
まら【留まら】せ給(たまひ)て、かくてわたらせ給(たま)ふ程(ほど)では、などか
御(おん)くだりなうても候(さうらふ)べき。はるかの旅(たび)におもむか【赴か】せ
給(たま)ふ事(こと)は、まこと【誠】におぼつかなう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
候(さうら)へ共(ども)、敵(かたき)をもせめ【攻め】に御(おん)くだり【下り】候(さうら)はば、一陣(いちぢん)にこそ
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候(さうらふ)べけれ共(ども)、是(これ)はまいら(まゐら)【参ら】ず共(とも)、更(さら)に御事(おんこと)かけ【欠け】候(さうらふ)まじ。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)たづね【尋ね】申(まう)され候(さうら)はば、「あひ労(いたは)る事(こと)あ(ッ)て」と
仰(おほせ)候(さうらふ)べし」と申(まうし)ければ、心(こころ)ある侍(さぶらひ)共(ども)は是(これ)をきひ(きい)【聞い】て、
みな涙(なみだ)をぞながしける。大納言(だいなごん)もさすがはづか
しうは思(おも)はれけれども、さればとてとどまるべき
にもあらねば、やがてたち給(たま)ひぬ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、鎌倉(かまくら)へ
下(くだり)つき給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそぎ見参(げんざん)して、まづ「宗清(むねきよ)は
御(おん)共(とも)して候(さうらふ)か」と申(まう)されければ、「折(をり)ふし【折節】労(いた)はる事(こと)
候(さうらひ)て、くだり【下り】候(さうら)はず」との給(たま)へ【宣へ】ば、「いかに、何(なに)をいたはり
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候(さうらひ)けるやらむ。意趣(いしゆ)を存(ぞんじ)候(さうらふ)にこそ。むかし宗清(むねきよ)が
もとに候(さうらひ)しに、事(こと)にふれて有(あり)がたうあた
り候(さうらひ)し事(こと)、今(いま)にわすれ候(さうら)はねば、さだめて御(おん)
共(とも)に罷(まかり)下(くだり)候(さうら)はむずらん、とく見参(げんざん)せばやな(ン)ど(なんど)
こひしう【恋しう】存(ぞんじ)て候(さうらふ)に、うらめしう【恨めしう】もくだり【下り】候(さうら)はぬもの【物】
かな」とて、下文(くだしぶみ)あまたなしまうけ【設け】、馬鞍(むまくら)・物具(もののぐ)
以下(いげ)、やうやうの物(もの)共(ども)たばむとせられければ、しかる【然る】
べき大(だい)みやう【大名】共(ども)、われもわれもとひきで物(もの)【引出物】共(ども)用意(ようい)
したりけるに、くだらざりければ、上下(じやうげ)ほい【本意】なき事(こと)に
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思(おも)ひてぞ有(あり)ける。六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、池(いけ)の大納言(だいなごん)関東(くわんとう)より
上洛(しやうらく)し給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「しばらくかくておはしませかし」
と申(まう)されけれども、「宮(みや)こ【都】におぼつかなく思(おも)ふ
らん」とて、いそぎのぼり給(たま)ひければ、庄園(しやうゑん)(シヤウエン)私領(しりやう)
一所(いつしよ)も相違(さうい)あるべからず、并(ならび)に大納言(だいなごん)になし
かへさるべきよし、法皇(ほふわう)へ申(まう)されけり。鞍置馬(くらおきむま)【鞍置馬】卅疋(さんじつぴき)、
はだか馬(むま)【裸馬】卅疋(さんじつぴき)、長持(ながもち)卅(さんじふ)枝(えだ)に、葉金(はがね)・染物(そめもの)・巻絹(まきぎぬ)風情(ふぜい)
の物(もの)をいれ【入れ】て奉(たてまつ)り給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)かやうにもて
なし給(たま)へば、大名(だいみやう)小名(せうみやう)われもわれもと引出物(ひきでもの)を奉(たてまつ)る。
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馬(むま)だにも三百疋(さんびやつぴき)に及(およ)べり。命(いのち)いき給(たま)ふのみならず、
徳(とく)ついてぞ帰(かへ)りのぼられける。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、肥後守(ひごのかみ)
定能【*貞能】(さだよし)が伯父(をぢ)、平太(ひらたの)入道(にふだう)定次(さだつぐ)を大将(だいしやう)として、伊賀(いが)・
伊勢(いせ)両国(りやうごく)の住人等(ぢゆうにんら)、近江国(あふみのくに)へうち出(いで)たりければ、
源氏(げんじ)の末葉等(ばつえふら)(バツヨウラ)発向(はつかう)して合戦(かつせん)をいたす。両国(りやうごく)の
住人等(ぢゆうにんら)一人(いちにん)ものこらずうちおとさ【落さ】る。平家(へいけ)重代(ぢゆうだい)
相伝(さうでん)の家人(けにん)にて、昔(むかし)のよしみを忘(わす)れぬ事(こと)は
哀(あはれ)なれども、思(おも)ひたつこそおほけなけれ。三日
平氏(みつかへいじ)とは是(これ)也(なり)。さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の
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北方(きたのかた)は、風(かぜ)のたよりの事(こと)つても、たえて久(ひさ)しく
成(なり)ければ、何(なに)と成(なり)ぬる事(こと)やらむと、心(こころ)ぐるしうぞ
思(おも)はれける。月(つき)に一度(いちど)な(ン)ど(なんど)は必(かなら)ず音(をと)づるる【音信るる】物(もの)をと
待(まち)給(たま)へ共(ども)、春(はる)すぎ夏(なつ)もたけぬ。「三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、今(いま)は
八島(やしま)にもおはせぬ物(もの)をと申(まうす)人(ひと)あり」ときき【聞き】給(たま)ひて、
あまりのおぼつかなさに、とかくして八島(やしま)へ人(ひと)を
奉(たてまつ)り給(たま)ひたりければ、いそぎも立(たち)かへらず。夏(なつ)過(すぎ)
秋(あき)にも成(なり)ぬ。七月(しちぐわつ)の末(すゑ)に、かの使(つかひ)かへりきたれり。
北方(きたのかた)「さていかにやいかに」と問(とひ)たまへ【給へ】ば、「「過(すぎ)候(さうらひ)し三月(さんぐわつ)
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十五日(じふごにち)の暁(あかつき)、八島(やしま)を御(おん)出(いで)候(さうらひ)て、高野(かうや)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ
て候(さうらひ)けるが、高野(かうや)にて御(おん)ぐしおろし、それより
熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】せおはしまし、後世(ごせ)の事(こと)をよくよく
申(まう)させ給(たま)ひ、那知【*那智】(なち)の奥(おき)にて御身(おんみ)をなげさせ給(たま)ひ
て候(さうらふ)」とこそ、御(おん)共(とも)申(まうし)たりけるとねり武里(たけさと)は
かたり申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)ければ、北方(きたのかた)「さればこそ。あやし
と思(おも)ひつる物(もの)を」とて、引(ひき)かづいてぞふし給(たま)ふ。
若君(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)も声々(こゑごゑ)になき【泣き】かなしみ給(たま)ひけり。
若君(わかぎみ)の御(おん)めのとの女房(にようばう)、泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「是(これ)は今更(いまさら)
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おどろかせ給(たま)ふべからず。日来(ひごろ)よりおぼしめし【思し召し】まう
けたる御事(おんこと)也(なり)。本三位(ほんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)のやうに生取(いけどり)に
せられて、都(みやこ)へかへらせ給(たま)ひたらば、いかばかり心(こころ)う
かるべきに、高野(かうや)にて御(おん)ぐしおろし、熊野(くまの)へ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ、後世(ごせ)の事(こと)よくよく申(まう)させおはしまし、
臨終(りんじゆう)正念(しやうねん)にてうせさせ給(たま)ひける御事(おんこと)、歎(なげき)の
なかの御(おん)よろこび也(なり)。されば御心(おんこころ)やすき事(こと)にこそ
おぼしめす【思し召す】べけれ。今(いま)はいかなる岩木(いはき)のはざまに
ても、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)をおほし【生し】たて【立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思召(おぼせめ)
P10141
せ」と、やうやう【様々】になぐさめ申(まうし)けれ共(ども)、思食(おぼしめし)しのび【忍び】て、
ながらふ【永らふ】べし共(とも)みえ【見え】給(たま)はず。やがてさまをかへ、かた
のごとくの仏事(ぶつじ)をいとなみ、後世(ごせ)をぞとぶらひ【弔ひ】
『藤戸(ふぢと)』S1014
給(たま)ひける。○是(これ)を鎌倉(かまくら)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)かへり聞(きき)給(たま)ひて、
「哀(あは)れ、へだてなくうちむかひ【向ひ】ておはしたらば、命(いのち)斗(ばかり)
はたすけ【助け】たてま(ッ)【奉つ】てまし。小松(こまつ)の内府(だいふ)の事(こと)は、
おろかに思(おも)ひたてまつら【奉ら】ず。池(いけ)の禅尼(ぜんに)の使(つかひ)として、
頼朝(よりとも)を流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】られしは、ひとへに彼(かの)内府(だいふ)の
芳恩(はうおん)(ハウヲン)なり。其(その)恩(おん)争(いかで)かわする【忘る】べきなれば、子息(しそく)
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たちもおろかに思(おもは)ず。まして出家(しゆつけ)な(ン)ど(なんど)せられなむ
うへ【上】は、子細(しさい)にや及(およぶ)べき」とぞの給(たま)ひける。さる程(ほど)に、
平家(へいけ)は讃岐(さねき)の八島(やしま)へかへり給(たま)ひて後(のち)も、東国(とうごく)
よりあら【新】手(て)の軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)、都(みやこ)につい【着い】てせめ【攻め】下(くだ)る
共(とも)聞(きこ)ゆ。鎮西(ちんぜい)より臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)・松浦党(まつらたう)同心(どうしん)して
おしわたるとも申(まうし)あへ【合へ】り。かれをきき是(これ)をきくにも、
只(ただ)耳(みみ)をおどろかし【驚かし】、肝(きも)魂(たましひ)(タマシイ)をけすより外(ほか)の事(こと)
ぞなき。今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にて一門(いちもん)の人々(ひとびと)のこりずく
なくうたれ給(たま)ひ、むねとの侍(さぶらひ)共(ども)なかば【半ば】すぎてほろ
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びぬ。今(いま)はちから【力】つきはてて、阿波(あはの)民部(みんぶ)大夫(だいふ)重能(しげよし)が
兄弟(きやうだい)、四国(しこく)の者(もの)共(ども)かたら(ッ)て、さり共(とも)と申(まうし)けるをぞ、
高(たか)き山(やま)深(ふか)き海(うみ)共(とも)たのみ【頼み】給(たま)ひける。女房(にようばう)達(たち)は
さしつどひ【集ひ】て、只(ただ)泣(なく)より外(ほか)の事(こと)ぞなき。かくて
七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)にも成(なり)ぬ。「こぞのけふは都(みやこ)を出(いで)しぞかし。
程(ほど)なくめぐり来(き)にけり」とて、あさましうあはたたし
かり(あわたたしかり)し事(こと)共(ども)の給(たま)ひいだし【出し】て、なきぬわらひ【笑ひ】ぬぞ
したまひ【給ひ】ける。同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)(ごソクイ)あり【有り】。
内侍所(ないしどころ)・神璽(しんし)・宝剣(ほうけん)もなくして御即位(ごそくゐ)の
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例(れい)、神武天皇(じんむてんわう)より以来(このかた)八十二(はちじふに)代(だい)、是(これ)はじめとぞ
うけ給(たま)はる【承る】。八月(はちぐわつ)六日(むゆかのひ)、除目(ぢもく)おこなはれて、蒲(かばの)冠者(くわんじや)
範頼(のりより)参河【*三河】守(みかはのかみ)になる。九郎(くらう)冠者(くわんじや)義経(よしつね)、左衛門尉(さゑもんのじよう)に
なさる。すなはち使(し)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶり)て、九郎(くらう)判官(はうぐわん)と
ぞ申(まうし)ける。さる程(ほど)に、荻(をぎ)のうは風(かぜ)【上風】もやうやう身(み)に
しみ、萩(はぎ)の下露(したつゆ)もいよいよしげく、うらむる【恨むる】虫(むし)の声々(こゑごゑ)
に、いなば【稲葉】うちそよぎ、木(こ)の葉(は)かつちるけしき【景色】、
物(もの)おもは【思は】ざらむだにも、ふけゆく秋(あき)の旅(たび)の空(そら)は
かなしかる【悲しかる】べし。まして平家(へいけ)の人々(ひとびと)の心(こころ)の中(うち)、さこそは
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おはしけめとおしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。むかしは九重(ここのへ)の
雲(くも)の上(うへ)にて、春(はる)の花(はな)をもてあそび、今(いま)は
八島(やしま)のうら【浦】にして、秋(あき)の月(つき)にかなしむ。凡(およそ)さやけき
月(つき)を詠(えい)じても、都(みやこ)のこよひいかなるらむと思(おもひ)
やり、心(こころ)をすまし【澄まし】、涙(なみだ)をながしてぞあかしくらし
給(たま)ひける。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)かうぞ思(おも)ひつづけ給(たま)ふ。
君(きみ)すめばこれも雲井(くもゐ)の月(つき)なれど
なを(なほ)【猶】こひしき【恋しき】はみやこ【都】なりけり W084
同(おなじき)九月(くぐわつ)十二日(じふににち)、参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、平家(へいけ)追討(ついたう)のために
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西国(さいこく)へ発向(はつかう)す。相(あひ)伴(ともな)ふ人々(ひとびと)、足利(あしかがの)蔵人(くらんど)義兼(よしかぬ)・鏡美(かがみの)
小次郎(こじらう)長清(ながきよ)・北条(ほうでうの)小四郎(こしらう)義時(よしとき)・斎院(さいゐんの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、
侍大将(さぶらひだいしやう)には、土肥[B ノ](とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)・子息(しそく)弥太郎(いやたらう)遠平(とほひら)・
三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)・子息(しそく)平六(へいろく)義村(よしむら)・畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)・
同(おなじく)長野(ながのの)三郎(さぶらう)重清(しげきよ)・稲毛(いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)・椿谷【*榛谷】(はんがいの)(ハンガヰの)四郎(しらう)
重朝(しげとも)・同(おなじく)五郎(ごらう)行重(ゆきしげ)・小山(をやまの)小四郎(こしらう)朝政(ともまさ)・同(おなじく)長沼(ながぬまの)五郎(ごらう)
宗政(むねまさ)・土屋(つちやの)三郎(さぶらう)宗遠(むねとほ)・佐々木(ささき)三郎(さぶらう)守綱【*盛綱】(もりつな)・八田[B ノ](はつたの)四郎(しらう)
武者(むしや)朝家(ともいへ)・安西(あんざいの)三郎(さぶらう)秋益(あきます)・大胡(おほごの)(ヲホゴノ)三郎(さぶらう)実秀(さねひで)・天野(あまのの)
藤内(とうない)遠景(とほかげ)・比気【*比企】(ひきの)藤内(とうない)朝宗(ともむね)・同(おなじく)藤四郎(とうしらう)義員【*能員】(よしかず)・中
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条[B ノ](ちゆうでうの)藤次(とうじ)家長(いへなが)・一品房(いつぽんばう)章玄(しやうげん)・土佐房(とさばう)正俊【*昌俊】(しやうしゆん)(しやうジユン)、此等(これら)を初(はじめ)
として都合(つがふ)其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)、都(みやこ)をた(ッ)て播磨(はりま)
の室(むろ)にぞつきにける。平家(へいけ)の方(かた)には、大将軍(たいしやうぐん)
小松(こまつの)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛(すけもり)・同(おなじく)小将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
忠房(ただふさ)、侍大将(さぶらひだいしやう)には、飛弾【*飛騨】(ひだの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)景経(かげつね)・越中(ゑつちゆうの)
次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)
景清(かげきよ)をさきとして、五百(ごひやく)余艘(よさう)の兵船(ひやうせん)にとり
の(ッ)【乗つ】て、備前(びぜん)の小島【*児島】(こじま)につくと聞(きこ)えしかば、源氏(げんじ)室(むろ)を
た(ッ)て、是(これ)も備前国(びぜんのくに)西河尻(にしかはじり)、藤戸(ふぢと)に陣(ぢん)をぞ
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と(ッ)たりける。源平(げんぺい)の陣(ぢん)のあはひ、海(うみ)のおもてO[BH 廿]五町(にじふごちやう)
ばかりをへだてたり。舟(ふね)なくしてはたやすうわた
すべき様(やう)なかりければ、源氏(げんじ)の大勢(おほぜい)むかひ【向ひ】の山(やま)に
宿(しゆく)して、いたづらに日数(ひかず)ををくる(おくる)【送る】。平家(へいけ)の方(かた)より
はやりお(はやりを)【逸男】のわか者(もの)【若者】共(ども)、小船(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て漕(こぎ)いださせ、扇(あふぎ)
をあげて「ここわたせ【渡せ】」とぞまねきける。源氏(げんじ)
「やすからぬ事(こと)也(なり)。いかがせん」といふところ【所】に、同(おなじき)廿五日(にじふごにち)
の夜(よ)に入(いり)て、佐々木(ささき)三郎(さぶらう)守綱【*盛綱】(もりつな)、浦(うら)の男(をとこ)をひとり
かたら(ッ)て、しろい小袖(こそで)・大口(おほくち)・しろざやまき【白鞘巻】な(ン)ど(なんど)とらせ、
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すかしおほせて、「この海(うみ)に馬(むま)にてわたしぬべき
ところ【所】やある」ととひ【問ひ】ければ、男(をとこ)申(まうし)けるは、「浦(うら)の者(もの)
共(ども)おほう【多う】候(さうら)へども、案内(あんない)し(ッ)たるはまれに候(さうらふ)。此(この)男(をとこ)こそ
よく存知(ぞんぢ)して候(さうら)へ。たとへば河(かは)の瀬(せ)のやうなる所(ところ)の候(さうらふ)
が、月(つき)がしらには東(ひがし)に候(さうらふ)、月尻(つきずゑ)(つきズエ)には西(にし)に候(さうらふ)。両方(りやうばう)の
瀬(せ)のあはひ、海(うみ)のおもて【面】十町(じつちやう)ばかりは候(さうらふ)らむ。
この瀬(せ)は御馬(おんむま)にてはたやすうわたさせ給(たま)ふべし」
と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)なのめならず悦(よろこん)で、わが家
子(いへのこ)郎等(らうどう)にもしらせず、かの男(をとこ)と只(ただ)二人(ににん)まぎれ出(いで)、
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はだかになり、件(くだん)の瀬(せ)のやうなる所(ところ)をみる【見る】に、げ
にもいたくふかう【深う】はなかりけり。ひざ【膝】・こし【腰】、肩(かた)に
たつ【立つ】所(ところ)もあり【有り】。鬢(びん)のぬるる所(ところ)もあり【有り】。深(ふか)き所(ところ)をば
およひ(およい)【泳い】で、あさき所(ところ)におよぎ【泳ぎ】つく。男(をとこ)申(まうし)けるは、
「これより南(みなみ)は北(きた)よりはるかに浅(あさ)う候(さうらふ)。敵(かたき)、矢(や)さき【矢先】を
そろへて待(まつ)ところ【所】に、はだか【裸】にてはかなは【叶は】せ給(たま)ふ
まじ。かへらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)げにもとて
かへり【帰り】けるが、「下臈(げらふ)はどこともなき者(もの)なれば、又(また)人(ひと)に
かたらはれて案内(あんない)をもをしへ【教へ】むずらん。我(われ)斗(ばかり)こそ
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しら【知ら】め」と思(おも)ひて、彼(かの)男(をとこ)をさしころし【殺し】、頸(くび)かき
き(ッ)【切つ】てすてて(ン)げり。同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)の辰剋(たつのこく)ばかり、平家(へいけ)
又(また)小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て漕(こぎ)いださせ、「ここをわたせ【渡せ】」とぞ
まねきける。佐々木(ささき)三郎(さぶらう)、案内(あんない)はかねて【予て】し(ッ)【知つ】たり、
しげめゆひ【滋目結】の直垂(ひたたれ)に黒糸威(くろいとをどし)の鎧(よろひ)きて、白葦
毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、家子(いへのこ)郎等(らうどう)七騎(しちき)、ざ(ッ)とうち入(いれ)
てわたしけり。大将軍(たいしやうぐん)参河【*三河】守(みかはのかみ)、「あれせいせよ【制せよ】、留(とど)
めよ」とのたまへ【宣へ】ば、土肥(とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)鞭鐙(むちあぶみ)をあは
せ【合はせ】てお(ッ)【追つ】つひ(つい)【付い】て、「いかに佐々木殿(ささきどの)、物(もの)のついて
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くるひ【狂ひ】給(たま)ふか。大将軍(たいしやうぐん)のゆるされ【許され】もなきに、狼籍【*狼藉】(らうぜき)
也(なり)。とどまり給(たま)へ」といひ【言ひ】けれ共(ども)、耳(みみ)にも聞(きき)いれ【入れ】ず
わたしければ、土肥(とひの)次郎(じらう)もせいし【制し】かねて、やがて
つれ【連れ】てぞわたひ(わたい)【渡い】たる。馬(むま)のくさわき【草脇】、むながいづくし、
ふと腹(はら)につくところ【所】もあり、鞍(くら)つぼこす所(ところ)も
あり【有り】。ふかきところ【所】はおよが【泳が】せ、あさきところ【所】に
うちあがる【上がる】。大将軍(たいしやうぐん)参河【*三河】守(みかはのかみ)是(これ)をみて、「佐々木(ささき)に
たばかられけり。あさかり【浅かり】けるぞや。わたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」
と下知(げぢ)せられければ、三万(さんまん)余騎(よき)の大勢(おほぜい)みなうち
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入(いれ)てわたしけり。平家(へいけ)の方(かた)には「あはや」とて、舟(ふね)共(ども)
おし【押し】うかべ【浮べ】、矢(や)さき【矢先】をそろへてさしつめ【差し詰め】ひきつめ[B 「つきつめ」とあり1字目の「つ」に「ひ」と傍書]
さんざん【散々】にいる【射る】。源氏(げんじ)のつは物(もの)【兵】共(ども)是(これ)を事(こと)共(とも)せず、甲(かぶと)の
しころをかたむけ、平家(へいけ)の舟(ふね)にのりうつりのりうつり、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。源平(げんぺい)みだれあひ、
或(あるい)は舟(ふね)ふみしづめて死(し)ぬる者(もの)もあり、或(あるい)は舟(ふね)
引(ひき)かへさ【返さ】れてあはて(あわて)【慌て】ふためくものもあり【有り】。一日(いちにち)たた
かひ【戦ひ】くらして夜(よる)に入(いり)ければ、平家(へいけ)の舟(ふね)は奥(おき)に
うかぶ。源氏(げんじ)は小島【*児島】(こじま)にうちあが(ッ)【上がつ】て、人馬(じんば)のいきをぞ
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やすめける。平家(へいけ)は八島(やしま)へ漕(こぎ)しりぞく。源氏(げんじ)心(こころ)は
たけく思(おも)へ共(ども)、船(ふね)なかりければ、おう【追う】てもせめ【攻め】たたかはず。
「昔(むかし)より今(いま)にいたるまで、馬(むま)にて河(かは)をわたす
つはもの【兵】はありといへども、馬(むま)にて海(うみ)をわたす事(こと)、
天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)はしら【知ら】ず、我(わが)朝(てう)には希代(きたい)のためし【例】
也(なり)」とぞ、備前(びぜん)の小島【*児島】(こじま)を佐々木(ささき)に給(たま)はりける。
鎌倉(かまくら)殿(どの)の御教書(みげうしよ)にものせ【載せ】られけり。同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、
都(みやこ)には九郎(くらう)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、検非違使(けんびゐし)(ケヒイシ)五位尉(ごゐのじよう)になさ
れて、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)とぞ申(まうし)ける。さる程(ほど)に
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十月(じふぐわつ)にもなりぬ。八島(やしま)にはうら【浦】吹(ふく)風(かぜ)もはげしく、
磯(いそ)うつ浪(なみ)もたかかり【高かり】ければ、つは物(もの)【兵】もせめ【攻め】来(きた)らず、
商客(しやうかく)のゆき【行き】かう(かふ)もまれなれば、都(みやこ)のつても
きか【聞か】まほしく、いつしか空(そら)かきくもり【曇り】、霰(あられ)うち
ちり【散り】、いとどきえ入[B ル](いる)心地(ここち)ぞしたまひ【給ひ】ける。都(みやこ)には
大嘗会(だいじやうゑ)(だいジヤウエ)[* 「大」に濁点]あるべしとて、御禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)あり【有り】けり。
節下(せつげ)は徳大寺(とくだいじの)左大将(さだいしやう)実定公(しつていこう)、其(その)比(ころ)内大臣(ないだいじん)にて
おはしけるが、つとめられけり。おととし(をととし)先帝(せんてい)の御
禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)には、平家(へいけ)の内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)節下(せつげ)にて
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おはせしが、節下(せつげ)のあく屋(や)【幄屋】につき、前(まへ)に竜(りよう)の旗(はた)
たててゐ給(たま)ひたりし景気(けしき)、冠(かぶり)ぎは、袖(そで)のかかり、
表[B ノ](うへの)袴(はかま)のすそまでもことにすぐれてみえ【見え】給(たま)へり。
其(その)外(ほか)一門(いちもん)の人々(ひとびと)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)知盛(とももり)・頭(とう)の中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)
以下(いげ)近衛(こんゑ)(コンエ)づかさみつな【御綱】に候(さうら)はれしには、又(また)立(たち)ならぶ
人(ひと)もなかりしぞかし。けふは九郎(くらう)判官(はうぐわん)先陣(せんぢん)に供奉(ぐぶ)
す。木曾(きそ)な(ン)ど(なんど)には似(に)ず、以[B ノ]外(もつてのほか)に京(みやこ)なれ【馴れ】てありし
か共(ども)、平家(へいけ)のなかのゑりくづ(えりくづ)【選屑】よりもなを(なほ)【猶】おとれり。
同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)十八日(じふはちにち)、大嘗会(だいじやうゑ)(だいジヤウエ)[* 「大」に濁点]とげ【遂げ】おこなは【行なは】る。去(さんぬ)る治承(ぢしよう)・
P10157
養和(やうわ)の比(ころ)より、諸国(しよこく)七道(しちだう)の人民(にんみん)百性【*百姓】(ひやくしやう)等(ら)、源氏(げんじ)の
ためになやまされ、平家(へいけ)のためにほろぼされ、
家(いへ)(イエ)かまど【竃】を捨(すて)て、山林(さんりん)にまじはり、春(はる)は東作(とうさく)
の思(おも)ひを忘(わす)れ、秋(あき)は西収(せいじゆ)のいとなみにも及(およ)ばず。
いかにしてか様(やう)【斯様】の大礼(たいれい)もおこなはるべきなれ共(ども)、さて
しもあるべき事(こと)ならねば、かたのごとくぞとげ【遂げ】られ
ける。参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、やがてつづひ(つづい)【続い】てせめ【攻め】給(たま)はば、
平家(へいけ)はほろぶ【滅ぶ】べかりしに、室(むろ)・高砂(たかさご)にやすらひ
て、遊君(いうくん)遊女(いうぢよ)共(ども)めし【召し】あつめ【集め】、あそびたはぶれ【戯れ】て
P10158
のみ月日(つきひ)ををくら(おくら)【送ら】れけり。東国(とうごく)の大名(だいみやう)小名(せうみやう)
おほし【多し】といへ共(ども)、大将軍(たいしやうぐん)の下知(げぢ)にしたがふ事(こと)なれば
力(ちから)及(およ)ばず。只(ただ)国(くに)のついへ(つひえ)【費】、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】のみあ(ッ)て、
ことしもすで【既】に暮(くれ)にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)


平家物語 高野本 巻第十一

平家 十一(表紙)
P11001
平家十一之巻 目録
逆櫓       大坂越
八島軍次信最期  那須与一
弓なかし     志度合戦どしいくさ
鶏合       壇浦合戦
遠矢       先帝身投
能登殿最期    内侍所宮古入
つるき      一門大路わたし
かかみ      文のさた
P11002
副将       腰越
大臣殿のきられ  重衡のきられ
P11003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十一(だいじふいち)
『逆櫓(さかろ)』S1101
○元暦(げんりやく)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)十日(とをかのひ)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、院(ゐん)
の御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て大蔵卿(おほくらのきやう)泰経(やすつねの)朝臣(あつそん)をも(ッ)て
奏聞(そうもん)せられけるは、「平家(へいけ)は神明(しんめい)にもはなた
れ奉(たてまつ)り、君(きみ)にもすてられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、帝都(ていと)
をいで、浪(なみ)のうへ【上】にただよふおちうと【落人】となれり。
しかる【然る】を此(この)三箇年(さんがねん)が間(あひだ)、せめ【攻め】おとさ【落さ】ずして、
おほく【多く】の国々(くにぐに)をふさげ【塞げ】らるる事(こと)、口惜(くちをしく)候(さうら)へば、
今度(こんど)義経(よしつね)においては、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)
P11004
までも、平家(へいけ)をせめ【攻め】おとさ【落さ】ざらんかぎりは、王城(わうじやう)へ
かへるべからず」とたのもしげ【頼もし気】に申(まう)されけ
れば、法皇(ほふわう)おほき【大き】に御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「相(あひ)構(かまへ)て、夜(よ)を
日(ひ)についで勝負(しようぶ)を決(けつ)すべし」と仰(おほせ)下(くだ)さる。判
官(はうぐわん)宿所(しゆくしよ)にかへ(ッ)【帰つ】て、東国(とうごく)の軍兵(ぐんびやう)どもにの給(たま)ひ
けるは、「義経(よしつね)、鎌倉(かまくら)殿(どの)の御代官(ごだいくわん)として院宣(ゐんぜん)
をうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、平家(へいけ)を追討(ついたう)すべし。陸(くが)は駒(こま)の
足(あし)のをよば(およば)【及ば】むをかぎり、海(うみ)はろかい【艫櫂】のとづか[* 「とつが」と有るのを他本により訂正]【届か】ん
程(ほど)せめ【攻め】ゆくべし。すこし【少し】もふた心(ごころ)あらむ人々(ひとびと)
P11005
は、とうとう【疾う疾う】これよりかへらるべし」とぞの給(たまひ)ける。
さる程(ほど)に、八島(やしま)にはひま【隙】ゆく駒(こま)の足(あし)はやくし
て、正月(しやうぐわつ)もたち、二月(にぐわつ)にもなりぬ。春(はる)の草(くさ)く
れ【暮れ】て、秋(あき)の風(かぜ)におどろき、秋(あき)の風(かぜ)やんで、春(はる)
の草(くさ)になれり。をくり(おくり)【送り】むかへ【向へ】てすでに三(み)と
せ【年】になりにけり。都(みやこ)には東国(とうごく)よりあら手(て)の
軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)つい【着い】てせめ【攻め】くだる【下る】ともきこゆ。鎮
西(ちんぜい)より臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)・松浦党(まつらたう)同心(どうしん)してをし(おし)【押し】わたる【渡る】
とも申(まうし)あへ【合へ】り。かれをきき、これ【是】をきく【聞く】にも、
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ただ耳(みみ)を驚(おどろ)かし、きも魂(たましひ)をけすより外(ほか)の事(こと)
ぞなき。女房(にようばう)達(たち)は女院(にようゐん)・二位殿(にゐどの)をはじめま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て、さしつどい(つどひ)【集ひ】て、「又(また)いかなるうき目(め)をか見(み)
むずらん。いかなるうき事(こと)をかきか【聞か】んずらん」と
なげきあひ、かなしみあへ【合へ】り。新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)
の給(たま)ひけるは、「東国(とうごく)北国(ほつこく)の物(もの)共(ども)も随分(ずいぶん)重
恩(ちようおん)をかうむ(ッ)【蒙つ】たりしかども、恩(おん)をわすれ契(ちぎり)を
変(へん)じて、頼朝(よりとも)・義仲等(よしなから)にしたがひき。まして
西国(さいこく)とても、さこそはあらむずらめとおもひ【思ひ】
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しかば、都(みやこ)にていかにもならんと思(おも)ひし物(もの)を、わが
身(み)ひとつ【一つ】の事(こと)ならねば、心(こころ)よはう(よわう)【弱う】あくがれ
出(いで)て、けふはかかるうき目(め)をみる【見る】口惜(くちをし)さよ」と
ぞの給(たま)ひける。誠(まこと)にことはり(ことわり)【理】とおぼえて哀(あはれ)
なり。同(おなじき)二月(にぐわつ)三日(みつかのひ)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、都(みやこ)を
た(ッ)て、摂津国(つのくに)渡辺(わたなべ)よりふなぞろへして、八
島(やしま)へすでによせんとす。参川【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)も同(おなじき)日(ひ)
に都(みやこ)をた(ッ)て、摂津国(つのくに)神崎(かんざき)より兵船(ひやうせん)をそろ
へて、山陽道(せんやうだう)へおもむか【赴か】むとす。同(おなじき)十三日(じふさんにち)、伊勢
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大神宮(いせだいじんぐう)・石清水(いはしみづ)・賀茂(かも)・春日(かすが)へ官幣使(くわんべいし)をたて
らる。「主上(しゆしやう)并(ならびに)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)、ことゆへ(ゆゑ)【故】なうかへり
いらせ給(たま)へ」と、神祇館【*神祇官】(じんぎくわん)(じんキクハン)の官人(くわんにん)、もろもろの社司(しやし)、
本宮(ほんぐう)本社(ほんじや)にて祈誓(きせい)申(まうす)べきよし仰(おほせ)下(くだ)さる。同(おなじき)十
六日(じふろくにち)、渡辺(わたなべ)・神崎(かんざき)両所(りやうしよ)にて、この日(ひ)ごろそろへける
舟(ふね)ども、ともづなすでにとかんとす。おりふし(をりふし)【折節】北
風(ほくふう)木(き)をを(ッ)【折つ】てはげしう吹(ふき)ければ、大浪(おほなみ)に舟(ふね)どもさ
むざむ(さんざん)【散々】にうちそむぜ(そんぜ)【損ぜ】られて、いだすに及(およ)ばず。
修理(しゆり)のために其(その)日(ひ)はとどまる。渡辺(わたなべ)には大名(だいみやう)小名(せうみやう)
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よりあひて、「抑(そもそも)ふないくさ【舟軍】の様(やう)はいまだ調練(てうれん)せ
ず。いかがあるべき」と評定(ひやうぢやう)す。梶原(かぢはら)申(まうし)けるは、「今度(こんど)
の合戦(かつせん)には、舟(ふね)に逆櫓(さかろ)をたて候(さうらは)ばや」。判官(はうぐわん)「さか
ろとはなんぞ」。梶原(かぢはら)「馬(むま)はかけんとおもへ【思へ】ば弓手(ゆんで)
へも馬手(めて)へもまはしやすし。舟(ふね)はき(ッ)とをし(おし)【押し】もど
すが大事(だいじ)候(ざうらふ)。ともへ【艫舳】に櫓(ろ)をたてちがへ、わいかぢ【脇楫】を
いれ【入れ】て、どなた【何方】へもやすうをす(おす)【押す】やうにし候(さうらは)ばや」と
申(まうし)ければ、判官(はうぐわん)の給(たま)ひけるは、「いくさ【軍】といふ
物(もの)はひとひき【一引】もひか【引か】じとおもふ【思ふ】だにも、あはひ【間】あし
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ければひく【引く】はつねの習(ならひ)なり。もとよりにげま
うけ【逃げ設け】してはなんのよかるべきぞ。まづ門(かど)でのあし
さ【悪しさ】よ。さかろをたてうとも、かへさまろ【返様櫓】をたてうと
も、殿原(とのばら)の舟(ふね)には百(ひやく)ちやう【梃】千(せん)ぢやう【梃】もたて給(たま)へ。
義経(よしつね)はもとのろ【櫓】で候(さうら)はん」との給(たま)へば、梶原(かぢはら)申(まうし)
けるは、「よき大将軍(たいしやうぐん)と申(まうす)は、かく【駆く】べき処(ところ)をば
かけ、ひく【退く】べき処(ところ)をばひいて、身(み)をま(ッ)たう(まつたう)【全う】し
てかたき【敵】をほろぼすをも(ッ)てよき大将軍(たいしやうぐん)と
はする候(ざうらふ)。かたおもむき【片趣】なるをば、猪(ゐ)のしし武者(むしや)
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とてよきにはせず」と申(まう)せば、判官(はうぐわん)「猪(ゐ)のしし
鹿(か)のししはしら【知ら】ず、いくさ【軍】はただひらぜめ【平攻め】にせめ
てか(ッ)【勝つ】たるぞ心地(ここち)はよき」との給(たま)へ【宣へ】ば、侍(さぶらひ)共(ども)梶原(かぢはら)
におそれ【恐れ】てたかく【高く】はわらは【笑は】ねども、目(め)ひき【引き】は
な【鼻】ひきぎぎめきあへ【合へ】り。判官(はうぐわん)と梶原(かぢはら)と、す
でに同士(どし)いくさ【同士軍】あるべしとざざめきあへ【合へ】り。や
うやう日(ひ)くれ夜(よ)に入(いり)ければ、判官(はうぐわん)の給(たま)ひけ
るは、「舟(ふね)の修理(しゆり)してあたらしうな(ッ)たるに、おの
おの【各々】一種(いつしゆ)一瓶(いつぺい)してゆはひ給(たま)へ、殿原(とのばら)」とて、いと
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なむ様(やう)にて[* 「にで」と有るのを他本により訂正]舟(ふね)に物(もの)の具(ぐ)いれ【入れ】、兵粮米(ひやうらうまい)つみ、馬(むま)
どもたてさせて、「とくとく【疾く疾く】つかまつれ」との給(たま)ひ
ければ、水手(すいしゆ)梶取(かんどり)申(まうし)けるは、「此(この)風(かぜ)はおい手(て)(おひて)【追手】に
て候(さうら)へども、普通(ふつう)にすぎたる風(かぜ)で候(さうらふ)。奥(おき)(ヲキ)はさぞ
ふい【吹い】て候(さうらふ)らん。争(いかで)か仕(つかまつり)候(さうらふ)べき」と申(まう)せば、判官(はうぐわん)
おほき【大き】にいか(ッ)ての給(たま)ひけるは、「野山のすへ(すゑ)【末】
にてしに、海河のそこにおぼれてうするも、
皆これせんぜのしゆくごう(しゆくごふ)【宿業】也。海上にいでうかふ(うかう)【浮う】
だる時風こわき(こはき)【強き】とていかがする。むかひ風(かぜ)【向ひ風】にわた
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らんといはばこそひが事(こと)【僻事】ならめ、順風(じゆんぷう)なるが
すこし【少し】すぎたればとて、是(これ)程(ほど)の御大事(おんだいじ)にい
かでわたらじとは申(まうす)ぞ。舟(ふね)つかまつらずは、一々(いちいち)
にしやつばら射(い)ころせ」と下知(げぢ)せらる。奥州(あうしう)の
佐藤(さとう)三郎兵衛(さとうさぶらうびやうゑ)嗣信(つぎのぶ)・伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)、片手
矢(かたてや)はげ、すすみ出(いで)て、「何条(なんでふ)子細(しさい)を申(まうす)ぞ。御(ご)ぢや
うであるにとくとく仕(つかまつ)れ。舟(ふね)仕(つかまつ)らずは一々(いちいち)に射(い)
ころさ【殺さ】んずるぞ」といひければ、水手(すいしゆ)梶取(かんどり)是(これ)
をきき、「射(い)ころさ【殺さ】O[BH れ]んもおなじ事(こと)、風(かぜ)こはくは、ただ
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はせじに【馳せ死に】にしねや、物(もの)共(ども)」とて、二百(にひやく)余艘(よさう)の舟(ふね)
のなかに、ただ五艘(ごさう)いで【出で】てぞはしり【走り】ける。のこり
の船(ふね)はかぜ【風】におそるるか、梶原(かぢはら)におづるかして、
みなとどまりぬ。判官(はうぐわん)の給(たま)ひけるは、「人(ひと)のいで【出で】
ねばとてとどまるべきにあらず。ただの時(とき)はか
たき【敵】も用心(ようじん)すらむ。かかる大風(おほかぜ)大浪(おほなみ)に、思(おも)ひ
もよらぬ時(とき)にをし(おし)【押し】よせ【寄せ】てこそ、おもふ【思ふ】かたき
をばうた【討た】んずれ」とぞの給(たま)ひける。五艘(ごさう)の舟(ふね)
と申(まうす)は、まづ判官(はうぐわん)の舟(ふね)、田代(たしろの)冠者(くわんじや)、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)
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父子(ふし)、金子(かねこ)兄弟(きやうだい)、淀(よど)の江内(がうない)忠俊(ただとし)とてふな奉行(ぶぎやう)【舟奉行】
のの(ッ)【乗つ】たる舟(ふね)也(なり)。判官(はうぐわん)の給(たま)ひけるは、「おのおの【各々】の
舟(ふね)に、篝(かがり)なともひ(ともい)【点い】そ。義経(よしつね)が舟(ふね)をほん【本】舟(ぶね)
として、ともへのかがりをまぼれ【守れ】や。火(ひ)かずお
ほく【多く】見(み)えば、かたき【敵】おそれ【恐れ】て用心(ようじん)してんず」と
て、夜(よ)もすがらはしる【走る】程(ほど)に、三日(みつか)にわたる処(ところ)をた
だ三時(みとき)ばかりにわたりけり。二月(にぐわつ)十六日(じふろくにち)の丑(うしの)剋(こく)
に、渡辺(わたなべ)・福島(ふくしま)をいで【出で】て、あくる卯(う)の時(とき)に阿波(あは)
『勝浦(かつうら)付(つけたり)大坂越(おほざかごえ)』S1102
の地(ち)へこそふき【吹き】つけ【着け】たれ。○夜(よ)すでにあけけ
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れば、なぎさに赤旗(あかはた)少々(せうせう)ひらめいたり。判官(はうぐわん)こ
れ【是】を見(み)て「あはや我等(われら)がまうけ【設】はしたりけるは。
舟(ふね)ひらづけ【平着け】につけ、ふみかたぶけ【傾け】て馬(むま)おろ
さむとせば、かたき【敵】の的(まと)にな(ッ)てゐ(い)【射】られなんず。
なぎさにつかぬさきに、馬(むま)どもおひ【追ひ】おろし
おひ【追ひ】おろし、舟(ふね)にひき【引き】つけひき【引き】つけおよが【泳が】
せよ。馬(むま)の足(あし)だち【足立】、鞍(くら)づめ【鞍爪】ひたる【浸る】程(ほど)にならば、
ひたひたとの(ッ)【乗つ】てかけよ、物(もの)共(ども)」とぞ下知(げぢ)せられ
ける。五艘(ごさう)の舟(ふね)に物(もの)の具(ぐ)いれ【入れ】、兵粮米(ひやうらうまい)つんだり
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ければ、馬(むま)ただ五十(ごじふ)余疋(よひき)ぞたてたりける。なぎ
さちかく【近く】なりしかば、ひたひたとうちの(ッ)【乗つ】て、おめい(をめい)【喚い】て
かくれば、なぎさに百騎(ひやくき)ばかりあり【有り】ける物(もの)共(ども)、
O[BH しばしも]こらへず、二町(にちやう)ばかりざ(ッ)とひいてぞのきにける。
判官(はうぐわん)みぎはにう(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、馬(むま)のいき【息】やすめ【休め】て
おはしけるが、伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)をめし【召し】て、「あの勢(せい)
のなかにしかる【然る】べい物(もの)やある。一人(いちにん)めし【召し】てまいれ(まゐれ)【参れ】。
たづぬべき事(こと)あり」との給(たま)へ【宣へ】ば、義盛(よしもり)畏(かしこま)(ッ)てう
け給(たま)はり【承り】、只(ただ)一騎(いつき)かたき【敵】のなかへかけいり、なに
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とかいひ【言ひ】たりけん、とし四十(しじふ)ばかりなる男(をのこ)の、黒
皮威(くろかはをどし)の鎧(よろひ)きたるを、甲(かぶと)をぬがせ、弓(ゆみ)の弦(つる)はづ
さ【外さ】せて、具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】たり。判官(はうぐわん)「なに物(もの)【何者】ぞ」との
給(たま)へ【宣へ】ば、「当国(たうごく)の住人(ぢゆうにん)、坂西(ばんざい)の近藤六(こんどうろく)親家(ちかいへ)」と申(まうす)。
「なに家(いへ)でもあらばあれ、物(もの)の具(ぐ)なぬがせそ。やが
て八島(やしま)の案内者(あんないしや)に具(ぐ)せんずるぞ。其(その)男(をとこ)に
目(め)はなつ【放つ】な。にげてゆかばゐ(い)【射】ころせ、物(もの)共(ども)」とぞ
下知(げぢ)せられける。「ここをばいづくといふぞ」ととは【問は】れ
ければ、「かつ浦(うら)と申(まうし)候(さうらふ)」。判官(はうぐわん)わら(ッ)【笑つ】て「色代(しきだい)な」と
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の給(たま)へ【宣へ】ば、「一定(いちぢやう)勝浦(かつうら)候(ざうらふ)。下臈(げらふ)の申(まうし)やすひ(やすい)について、
かつらと申(まうし)候(さうら)へども、文字(もじ)には勝浦(かつうら)と書(かき)て候(さうらふ)」と
申(まう)す。判官(はうぐわん)「是(これ)きき給(たま)へ、殿原(とのばら)。いくさ【軍】しにむかふ【向ふ】
義経(よしつね)が、かつ浦(うら)につく目出(めで)たさよ。此(この)辺(へん)に平
家(へいけ)のうしろ矢(や)ゐ(い)【射】つべい物(もの)はないか」。「阿波(あはの)民部(みんぶ)
重能(しげよし)がおとと【弟】、桜間(さくらば)の介(すけ)能遠(よしとほ)とて候(さうらふ)」。「いざ、さらば
け【蹴】ちらし【散らし】てとをら(とほら)【通ら】ん」とて、近藤六(こんどうろく)が勢(せい)百騎(ひやくき)ば
かりがなかより、卅騎(さんじつき)ばかりすぐりいだいて、我(わが)せ
い【勢】にぞ具(ぐ)せられける。能遠(よしとほ)が城(じやう)にをし(おし)【押し】よせ【寄せ】て
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見(み)れば、三方(さんばう)はぬま【沼】、一方(いつぱう)は堀(ほり)なり。堀(ほり)のかたよりを
し(おし)【押し】よせ【寄せ】て、時(とき)をど(ッ)とつくる。城(じやう)のうち【内】のつは物(もの)【兵】共(ども)、
矢(や)さき【矢先】をそろへてさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】に
ゐる(いる)【射る】。源氏(げんじ)の兵(つはもの)是(これ)を事(こと)ともせず、甲(かぶと)のしころを
かたぶけ【傾け】、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】入(いり)ければ、桜間(さくらば)
の介(すけ)かなは【叶は】じとやおもひけむ、家子(いへのこ)郎等(らうどう)にふ
せき矢(や)【防き矢】ゐ(い)【射】させ、我(わが)身(み)は究竟(くつきやう)の馬(むま)をも(ッ)たりけ
れば、うちの(ッ)【乗つ】て希有(けう)にして落(おち)にけり。判官(はうぐわん)ふせ
き矢(や)【防き矢】ゐ(い)【射】ける兵(つはもの)共(ども)廿(にじふ)余人(よにん)が頸(くび)きりかけて、いくさ
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神(がみ)【軍神】にまつり、悦(よろこび)の時(とき)をつくり、「門(かど)でよし」とぞの給(たま)
ひける。判官(はうぐわん)近藤六(こんどうろく)親家(ちかいへ)をめし【召し】て、「八島(やしま)には平
家(へいけ)のせい【勢】いか程(ほど)あるぞ」。「千騎(せんぎ)にはよもすぎ候(さうら)は
じ」。「などすくなひ(すくない)【少い】ぞ」。「かくのごとく四国(しこく)の浦々(うらうら)島々(しまじま)に
五十騎(ごじつき)、百騎(ひやくき)づつさしをか(おか)【置か】れて候(さうらふ)。其(その)うへ阿波(あはの)民
部(みんぶ)重能(しげよし)が嫡子(ちやくし)田内左衛門(でんないざゑもん)教能(のりよし)は、河野(かはのの)四郎(しらう)
がめせ【召せ】どもまいら(まゐら)【参ら】ぬをせめ【攻め】んとて、三千(さんぜん)余騎(よき)で伊
与【*伊予】(いよ)へこえて候(さうらふ)」。「さてはよいひまごさんなれ。是(これ)より
八島(やしま)へはいかほど【程】の道(みち)ぞ」。「二日路(ふつかぢ)で候(さうらふ)」。「さらばかたき【敵】の
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きか【聞か】ぬさきによせよや」とて、かけ足(あし)にな(ッ)つ、あゆ
ま【歩ま】せつ、はせつ、ひかへつ、阿波(あは)と讃岐(さぬき)とのさかゐ(さかひ)【境】
なる大坂(おほざか)ごえ【大坂越え】といふ山(やま)を、夜(よ)もすがらこそこえ【越え】ら
れけれ。夜半(やはん)ばかり、判官(はうぐわん)たてぶみ【立文】も(ッ)たる男(をとこ)に
ゆきつれて、物語(ものがたり)し給(たま)ふ。この男(をとこ)よるの事(こと)では
あり、かたき【敵】とは夢(ゆめ)にもしら【知ら】ず、みかた【御方】の兵(つはもの)共(ども)の
八島(やしま)へまいる(まゐる)【参る】とおもひけるやらん、うちとけてこま
ごまと物語(ものがたり)をぞ申(まうし)ける。「そのふみ【文】はいづくへぞ」。
「八島(やしま)のおほい【大臣】殿(との)へまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)」。「たがまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らるる
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ぞ」。「京(きやう)より女房(にようばう)のまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られ候(さうらふ)」。「なに事(ごと)なるらん」
との給(たま)へ【宣へ】ば、「別(べち)の事(こと)はよも候(さうら)はじ。源氏(げんじ)すでに淀
河尻(よどかはしり)にいで【出で】うかう【浮う】で候(さうら)へば、それをこそつげ申(まう)され候(さうらふ)
らめ」。げにさぞあるらん。是(これ)も八島(やしま)へまいる(まゐる)【参る】が、いまだ案
内(あんない)をしらぬに、じんじよ【尋所】[B 尋承(ジンゼウ)]せよ」との給(たま)へ【宣へ】ば、「これ【是】はたび
たびまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)間(あひだ)、案内(あんない)は存知(ぞんぢ)して候(さうらふ)。御共(おんとも)仕(つかまつ)らん」と
申(まう)せば、判官(はうぐわん)「そのふみ【文】とれ」とてふみ【文】ばい(ばひ)【奪ひ】とらせ、「し
やつからめよ。罪(つみ)つくりに頸(くび)なき(ッ)そ」とて、山(やま)なかの
木(き)にしばりつけてぞとほら【通ら】れける。さてふみ【文】を
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あけて見(み)給(たま)へば、げにも女房(にようばう)のふみ【文】とおぼしく
て、「九郎(くらう)はすすどきおのこ(をのこ)【男】にてさぶらふ【候ふ】なれば、大風(おほかぜ)
大浪(おほなみ)をもきらはず、よせさぶらふ【候ふ】らんとおぼえ
さぶらふ。勢(せい)どもちらさ【散らさ】で用心(ようじん)せさせ給(たま)へ」とぞ
かか【書か】れたる。判官(はうぐわん)「是(これ)は義経(よしつね)に天(てん)のあたへ給(たま)ふ
文(ふみ)なり。鎌倉(かまくら)殿(どの)に見(み)せ申(まう)さん」とて、ふかう【深う】お
さめ(をさめ)【納め】てをか(おか)【置か】れけり。あくる十八日(じふはちにち)の寅(とら)の刻(こく)に、讃
岐国(さぬきのくに)ひけ田(た)【引田】といふ処(ところ)にうちおりて、人馬(じんば)のいき
をぞやすめける。それより丹生屋(にふのや)・白鳥(しろとり)、うち過(す)ぎ
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うち過(す)ぎ、八島(やしま)の城(じやう)へよせ給(たま)ふ。又(また)近藤六(こんどうろく)親家(ちかいへ)をめ
し【召し】て、「八島(やしま)のたち【館】のやう【様】はいかに」ととひ給(たま)へば、
「しろしめさ【知ろし召さ】ねばこそ候(さうら)へ、無下(むげ)にあさまに候(さうらふ)。塩(しほ)の
ひ【干】て候(さうらふ)時(とき)は、陸(くが)と島(しま)の間(あひだ)は馬(むま)の腹(はら)もつかり候(さうら)
はず」と申(まう)せば、「さらばやがてよせよや」とて、高松(たかまつ)
の在家(ざいけ)に火(ひ)をかけて、八島(やしま)の城(ぢやう)へよせ給(たま)ふ。八
島(やしま)には、阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)が嫡子(ちやくし)田内左衛門(でんないざゑもん)教能(のりよし)、河
野(かはのの)四郎(しらう)がめせどもまいら(まゐら)【参ら】ぬをせめ【攻め】んとて、三千(さんぜん)余
騎(よき)で伊与【*伊予】(いよ)へこえたりけるが、河野(かはの)をばうち【討ち】もらし【洩らし】て、
P11026
家子(いへのこ)郎等(らうどう)百五十(ひやくごじふ)余人(よにん)が頸(くび)き(ッ)て、八島(やしま)の内裏(だいり)へまい
らせ(まゐらせ)【参らせ】たり。「内裏(だいり)にて賊首(ぞくしゆ)の実検(じつけん)せられん事(こと)
然(しか)るべからず」とて、大臣殿(おほいとの)の宿所(しゆくしよ)にて実検(じつけん)せら
る。百五十六人(ひやくごじふろくにん)が首(くび)也(なり)。頸(くび)ども実検(じつけん)しける処(ところ)に、物(もの)
共(ども)、「高松(たかまつ)のかたに火(ひ)いで【出で】き【来】たり」とてひしめきあへ【合へ】
り。「ひるで候(さうら)へば、手(て)あやまちではよも候(さうら)はじ。かた
き【敵】のよせて火(ひ)をかけたると覚(おぼえ)候(さうらふ)。さだめて【定めて】大(おほ)ぜ
い【大勢】でぞ候(さうらふ)らん。とりこめられてはかなう(かなふ)【叶ふ】まじ。とうとう【疾う疾う】め
され候(さうら)へ」とて、惣門(そうもん)の前(まへ)のなぎさに舟(ふね)どもつけ
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ならべたりければ、我(われ)も我(われ)もとのり給(たま)ふ。御所(ごしよ)の御舟(みふね)
には、女院(にようゐん)・北(きた)の政所(まんどころ)・二位殿(にゐどの)以下(いげ)の女房(にようばう)達(たち)めされけり。
大臣殿(おほいとの)父子(ふし)は、ひとつ【一つ】舟(ふね)にのり給(たま)ふ。其(その)外(ほか)の人々(ひとびと)
思(おも)ひ思(おも)ひにとりの(ッ)【乗つ】て、或(あるい)は一町(いつちやう)ばかり、或(あるい)は七八段(しちはつたん)、五
六段(ごろくたん)な(ン)ど(なんど)こぎいだしたる処(ところ)に、源氏(げんじ)のつは物(もの)ども、
ひた甲(かぶと)【直甲】七八十騎(しちはちじつき)、惣門(そうもん)のまへのなぎさにつ(ッ)とい
で【出で】き【来】たり。塩(しほ)ひがた【潮干潟】の、おりふし(をりふし)【折節】塩(しほ)ひるさかりなれ
ば、馬(むま)のからすがしら【烏頭】、ふと腹(はら)にたつ処(ところ)もあり【有り】。それ
よりあさき処(ところ)もあり【有り】。け【蹴】あぐる【上ぐる】しほ【潮】のかすみと
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ともにしぐらうだるなかより、白旗(しらはた)ざ(ッ)とさし【差し】あげ【上げ】た
れば、平家(へいけ)は運(うん)つきて、大勢(おほぜい)とこそ見(み)てんげれ。
判官(はうぐわん)かたき【敵】に小勢(こぜい)と見(み)せじと、五六騎(ごろくき)、七八騎(しちはつき)、十
『嗣信(つぎのぶ)最期(さいご)』S1103
騎(じつき)ばかりうちむれうちむれいできたり。○九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)、
其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、紫(むらさき)すそ
ごの鎧(よろひ)きて、こがねづくりの太刀(たち)をはき、きりふ【切斑】
の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)のま(ン)なか(まんなか)【真ん中】と(ッ)て、舟(ふね)のかたを
にらまへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「一院(いちゐん)の御使(おんつかひ)、検非違
使(けんびゐし)五位尉(ごゐのじよう)源(みなもとの)義経(よしつね)」となのる【名乗る】。其(その)次(つぎ)に、伊豆国(いづのくに)の住人(ぢゆうにん)
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田代(たしろの)冠者(くわんじや)信綱(のぶつな)、武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)金子(かねこの)十郎(じふらう)家忠(いへただ)、
同(おなじく)与一(よいち)親範(ちかのり)、伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)とぞ名(な)の(ッ)【名乗つ】たる。つづゐ(つづい)【続い】
て名(な)のるは、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)実基(さねもと)、子息(しそく)の新兵衛(しんびやうゑ)基
清(もときよ)、奥州(あうしう)の佐藤(さとう)三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)嗣信(つぎのぶ)、同(おなじく)四郎兵衛(しらうびやうゑ)忠信(ただのぶ)、江
田(えだ)の源三(げんざう)、熊井(くまゐ)太郎(たらう)、武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)と、声々(こゑごゑ)に名(な)の(ッ)【名乗つ】
て馳(はせ)来(きた)る。平家(へいけ)の方(かた)には「あれゐ(い)【射】とれや」とて、或(あるい)は
とを矢(や)(とほや)【遠矢】にゐる(いる)【射る】舟(ふね)もあり、或(あるい)はさし矢(や)にゐる(いる)【射る】舟(ふね)もあり、
源氏(げんじ)のつは物(もの)ども、弓手(ゆんで)になしてはゐ(い)【射】てとほり【通り】、馬手(めて)
になしてはゐ(い)【射】てとほり【通り】、あげをい(おい)【置い】たる舟(ふね)のかげ【陰】を、馬(むま)
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やすめ処(どころ)【馬休め処】にして、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。後藤兵
衛(ごとうびやうゑ)実基(さねもと)は、ふるつは物(もの)【古兵】にてあり【有り】ければ、いくさ【軍】をば
せず、まづ内裏(だいり)にみだれ【乱れ】いり、手々(てんで)に火(ひ)をはな(ッ)【放つ】て片
時(へんし)の烟(けぶり)とやきはらふ。おほいとの【大臣殿】、侍(さぶらひ)どもをめし【召し】て、「抑(そもそも)
源氏(げんじ)が勢(せい)いか程(ほど)あるぞ」。「当時(たうじ)わづかに七八十騎(しちはちじつき)こ
そ候(さうらふ)らめ」と申(まうす)。「あな心(こころ)うや。髪(かみ)のすぢを一(ひと)すぢ
づつわけてとるとも、此(この)勢(せい)にはたるまじかりける
物(もの)を。なかにとりこめてうたずして、あはて(あわて)【慌て】て舟(ふね)に
の(ッ)【乗つ】て、内裏(だいり)をやかせつる事(こと)こそやすからね。能登
P11031
殿(のとどの)はおはせぬか。陸(くが)へあが(ッ)【上がつ】てひといくさ【軍】し給(たま)へ」。「さう
け給(たまはり)【承り】候(さうらひ)ぬ」とて、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)をあひ【相】具(ぐ)
して、小舟(せうせん)共(ども)にとりの(ッ)【乗つ】て、やきはらひ【払ひ】たる惣門(そうもん)の
前(まへ)のなぎさに陣(ぢん)をとる。判官(はうぐわん)八十(はちじふ)余騎(よき)、矢(や)ごろ
によせ【寄せ】てひかへたり。越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、舟(ふね)のお
もてに立(たち)いで、大音声(だいおんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「名(な)の
られつるとはきき【聞き】つれども、海上(かいしやう)はるかにへだた(ッ)て、
その【其の】仮名(けみやう)実名(じつみやう)分明(ふんみやう)ならず。けふの源氏(げんじ)の大将軍(たいしやうぐん)
は誰人(たれびと)でおはしますぞ」。伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)あゆま【歩ま】
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せいで【出で】て申(まうし)けるは、「こともおろかや、清和天皇(せいわてんわう)十代(じふだい)
の御末(おんすゑ)、鎌倉(かまくら)殿(どの)の御弟(おんおとと)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官殿(はうぐわんどの)ぞかし」。
盛次【*盛嗣】(もりつぎ)「さる事(こと)あり【有り】。一(ひと)とせ【年】平治(へいぢ)の合戦(かつせん)に、ちち【父】うた【討た】れ
てみなし子(ご)にてありしが、鞍馬(くらま)の児(ちご)して、後(のち)には
こがね商人(あきんど)の所従(しよじゆう)(シヨジウ)になり、粮料(らうれう)せをう(せおう)【背負う】て奥州(あうしう)へ
おち【落ち】まどひし小冠者(こくわんじや)が事(こと)か」とぞ申(まうし)たる。義盛(よしもり)
「舌(した)のやはらかなるままに、君(きみ)の御事(おんこと)な申(まうし)そ。さて
わ人(ひと)どもは砥浪山(となみやま)のいくさ【軍】におい(おひ)【追ひ】おとさ【落さ】れ、からき
命(いのち)いきて北陸道(ほくろくだう)にさまよひ、乞食(こつじき)してなくなく【泣く泣く】
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京(きやう)へのぼり【上り】たりし物(もの)か」とぞ申(まうし)ける。盛次【*盛嗣】(もりつぎ)かさね【重ね】
て申(まうし)けるは、「君(きみ)の御恩(ごおん)にあきみちて、なんの
不足(ふそく)にか乞食(こつじき)をばすべき。さいふわ人(ひと)共(ども)こそ、
伊勢(いせ)の鈴鹿山(すずかやま)にて山(やま)だち【山賊】して、妻子(さいし)をもや
しなひ、わが【我が】身(み)もすぐる【過ぐる】とはききしか」といひ
ければ、金子(かねこ)の十郎(じふらう)家忠(いへただ)「無益(むやく)の殿原(とのばら)の雑言(ざふごん)
かな。われも人(ひと)も空言(そらごと)いひ【言ひ】つけ【付け】て雑言(ざふごん)せんに
は、誰(たれ)かはおとるべき。去年(こぞ)の春(はる)、一(いち)の谷(たに)で、武蔵(むさし)・相
模(さがみ)の若殿原(わかとのばら)の手(て)なみの程(ほど)は見(み)てん物(もの)を」と
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申(まうす)処(ところ)におとと【弟】の与一(よいち)そばにあり【有り】けるが、いはせも
はてず、十二束(じふにそく)二(ふたつ)ぶせ、よ(ッ)ぴい【引い】てひやうどはなつ【放つ】。盛
次【*盛嗣】(もりつぎ)が鎧(よろひ)のむないたに、うらかく程(ほど)にぞた(ッ)たりける。
其(その)後(のち)は互(たがひ)に詞(ことば)だたかひ【詞戦ひ】とまりにけり。能登守(のとのかみ)教
経(のりつね)「ふないくさ【舟軍】は様(やう)ある物(もの)ぞ」とて、よろい直垂(びたたれ)(よろひびたたれ)は
き【着】給(たま)はず、唐巻染(からまきぞめ)の小袖(こそで)に唐綾威(からあやをどし)の鎧(よろひ)きて、
いか物(もの)づくりの大太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さいたるたかうす
べう【鷹護田尾】の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)をもち給(たま)へり。王
城一(わうじやういち)のつよ弓(ゆみ)【強弓】せい兵(びやう)【精兵】にておはせしかば、矢(や)さき【矢先】に
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まはる物(もの)、い【射】とほさ【通さ】れずといふ事(こと)なし。なかにも九
郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)をゐ(い)【射】おとさ【落さ】むとねらはれけれども、
源氏(げんじ)の方(かた)にも心得(こころえ)て、奥州(あうしう)の佐藤(さとう)三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)
嗣信(つぎのぶ)・同(おなじく)四郎兵衛(しらうびやうゑ)忠信(ただのぶ)・伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・源八(げんぱち)広
綱(ひろつな)・江田(えだの)源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)な(ン)ど(なんど)いふ一
人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)ども、われ【我】もわれ【我】もと、馬(むま)のかしら【頭】をたてなら
べて大将軍(たいしやうぐん)の矢(や)おもてにふさがりければ、ちか
らおよび【及び】給(たま)はず、「矢(や)おもての雑人原(ざふにんばら)そこのき
候(さうら)へ」とて、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にゐ(い)【射】給(たま)へば、やに
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はに鎧武者(よろひむしや)十(じふ)余騎(よき)ばかりゐ(い)【射】おとさ【落さ】る。なかにもま(ッ)
さきにすすむ(すすん)だる奧州(あふしう)の佐藤(さとう)三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)が、
弓手(ゆんで)の肩(かた)を馬手(めて)の脇(わき)へつ(ッ)とゐ(い)【射】ぬか【貫か】れて、しばし
もたまらず、馬(むま)よりさかさまにどうどおつ。能登殿(のとどの)
の童(わらは)に菊王(きくわう)といふ大(だい)ぢから【大力】のかう【剛】の物(もの)あり【有り】。萌
黄(もよぎ)おどし(もよぎをどし)の腹巻(はらまき)に、三枚甲(まいかぶと)の緒(を)をしめて、白柄(しらえ)の
長刀(なぎなた)のさやをはづし【外し】、三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)が頸(くび)をとらんと
はしり【走り】かかる。佐藤(さとう)四郎兵衛(しらうびやうゑ)、兄(あに)が頸(くび)をとらせじ
とよ(ッ)ぴいてひやうどゐる(いる)【射る】。童(わらは)が腹巻(はらまき)のひきあは
P11037
せ【引き合はせ】をあなたへつ(ッ)とゐ(い)【射】ぬか【貫か】れて、犬居(いぬゐ)にたふれ【倒れ】ぬ。能登
守(のとのかみ)これ【是】を見(み)て、いそぎ舟(ふね)よりとんでおり、左(ひだり)の手(て)
に弓(ゆみ)をもちながら、右(みぎ)の手(て)で菊王丸(きくわうまる)をひ(ッ)【引つ】さげて、
舟(ふね)へからりとなげられたれば、かたきに頸(くび)はとら
れねども、いた手(で)【痛手】なればしに【死に】にけり。これ【是】はもと
越前(ゑちぜん)の三位(さんみ)の童(わらは)なりしが、三位(さんみ)うたれて後(のち)、お
とと【弟】の能登守(のとのかみ)につかは【使は】れけり。生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)にぞ
なりける。この童(わらは)をうたせてあまりにあはれ【哀】にお
もは【思は】れければ、其(その)後(のち)はいくさ【軍】もし給(たま)はず。判官(はうぐわん)は佐
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藤(さとう)三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)を陣(ぢん)のうしろへかきいれ【入れ】させ、馬(むま)よ
りおり、手(て)をとらへて、「三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)、いかがおぼゆる【覚ゆる】」
との給(たま)へ【宣へ】ば、いき【息】のしたに申(まうし)けるは、「いまはかうと存(ぞんじ)
候(さうらふ)」。「おもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)はなきか」との給(たま)へ【宣へ】ば、「なに事(ごと)をか
おもひ【思ひ】をき(おき)【置き】候(さうらふ)べき。君(きみ)の御世(おんよ)にわたらせ給(たま)はん
を見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】で、死(し)に候(さうら)はん事(こと)こそ口惜(くちをしく)覚(おぼえ)候(さうら)へ。
さ候(さうら)はでは、弓矢(ゆみや)とる物(もの)の、かたき【敵】の矢(や)にあた(ッ)て
しなん事(こと)、もとより期(ご)する処(ところ)で候(さうらふ)也(なり)。就中(なかんづく)に
「源平(げんぺい)の御合戦(ごかつせん)に、奥州(あうしう)の佐藤(さとう)三郎兵衛(さぶらうびやうゑ)嗣信(つぎのぶ)
P11039
といひける物(もの)、讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)のいそにて、しう(しゆう)【主】の御命(おんいのち)
にかはりたてま(ッ)【奉つ】てうた【討た】れにけり」と、末代(まつだい)の物語(ものがたり)に
申(まう)さ〔れ〕む事(こと)こそ、弓矢(ゆみや)とる身(み)O[BH に]は今生(こんじやう)の面目(めんぼく)、冥
途(めいど)の思出(おもひで)にて候(さうら)へ」と申(まうし)もあへ【合へ】ず、ただよはり(よわり)【弱り】によはり(よわり)【弱り】
にければ、判官(はうぐわん)涙(なみだ)をはらはらとながし、「此(この)辺(へん)にた(ッ)と
き僧(そう)やある」とて、たづね【尋ね】いだし、「手負(ておひ)のただいま
おち【落ち】いるに、一日経(いちにちぎやう)かいてとぶらへ」とて、黒(くろ)き馬(むま)のふ
とう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】に、きぶくりん【黄覆輪】の鞍(くら)おい【置い】て、かの
僧(そう)にたびにけり。判官(はうぐわん)五位尉(ごゐのじよう)になられし時(とき)、五位(ごゐ)
P11040
になして、大夫黒(たいふぐろ)とよばれし馬(むま)也(なり)。一(いち)の谷(たに)のひへ鳥(どり)
ごえ(ひえどりごえ)【鵯越】をもこの馬(むま)にてぞおとさ【落さ】れたりける。弟(おとと)の四
郎兵衛(しらうびやうゑ)をはじめとして、これ【是】を見(み)るつは物(もの)共(ども)みな【皆】
涙(なみだ)をながし、「此(この)君(きみ)の御(おん)ために命(いのち)をうしなは【失は】ん事(こと)、ま(ッ)
『那須与一(なすのよいち)』S1104
たく露塵(つゆちり)程(ほど)もおしから(をしから)【惜しから】ず」とぞ申(まうし)ける。○さる程(ほど)
に、阿波(あは)・讃岐(さぬき)に平家(へいけ)をそむいて、源氏(げんじ)をまち【待ち】け
る物(もの)ども、あそこの峯(みね)、ここの洞(ほら)より、十四O[BH 五]騎(じふしごき)、廿騎(にじつき)、
うち【打ち】つれ【連れ】うち【打ち】つれ【連れ】まいり(まゐり)【参り】ければ、判官(はうぐわん)ほど【程】なく
三百(さんびやく)余騎(よき)にぞなりにける。「けふは日(ひ)くれぬ、勝負(しようぶ)
P11041
を決(けつ)すべからず」とて引(ひき)退(しりぞ)く処(ところ)に、おきの方(かた)より
尋常(じんじやう)にかざ(ッ)たる小舟(こぶね)一艘(いつさう)、みぎはへむい【向い】てこぎ
よせけり。磯(いそ)へ七八段(しちはつたん)ばかりになりしかば、舟(ふね)をよ
こさまになす。「あれはいかに」とみる【見る】程(ほど)に、舟(ふね)のうち
よりよはひ十八九(じふはつく)ばかりなる女房(にようばう)の、まこと【誠】にゆう(いう)【優】
にうつくしきが、柳(やなぎ)のいつつぎぬ【五衣】に、くれなゐ【紅】の
はかま【袴】きて、みな紅(ぐれなゐ)の扇(あふぎ)の日(ひ)いだし【出し】たるを、舟(ふね)
のせがい【船竅zにはさみ【鋏み】たてて、陸(くが)へむひ(むい)【向い】てぞまねひ(まねい)【招い】
たる。判官(はうぐわん)、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)実基(さねもと)をめして、「あれはいか
P11042
に」との給(たま)へ【宣へ】ば、「ゐよ(いよ)【射よ】とにこそ候(さうらふ)めれ。ただし【但し】大将軍(たいしやうぐん)
矢(や)おもてにすすむ【進む】で、傾城(けいせい)を御(ご)らんぜば、手(て)たれ
にねらうてゐ(い)【射】おとせ【落せ】とのはかり事(こと)【策】とおぼえ候(さうらふ)。さも
候(さうら)へ、扇(あふぎ)をばゐ(い)【射】させらるべうや候(さうらふ)らん」と申(まうす)。「ゐ(い)【射】つべ
き仁(じん)はみかた【御方】に誰(たれ)かある」との給(たま)へ【宣へ】ば、「上手(じやうず)ども
いくらも候(さうらふ)なかに、下野国(しもつけのくに)の住人(ぢゆうにん)、那須(なすの)太郎(たらう)資
高(すけたか)が子(こ)に、与一(よいち)宗高(むねたか)こそ小兵(こひやう)で候(さうら)へども、手(て)きき【手利】で
候(さうら)へ」。「証拠(しようこ)(シヤウコ)はいかに」との給(たま)へ【宣へ】ば、「かけ鳥(どり)な(ン)ど(なんど)をあらが
うて、三(みつ)に二(ふたつ)は必(かなら)ずゐ(い)【射】おとす物(もの)で候(さうらふ)」。「さらばめせ」
P11043
とてめされたり。与一(よいち)其(その)比(ころ)は廿(にじふ)ばかりのおのこ(をのこ)【男】也(なり)。
かち【褐】に、あか地(ぢ)の錦(にしき)をも(ッ)ておほくび【大領】はた袖(そで)【端袖】い
ろえ(いろへ)【彩へ】たる直垂(ひたたれ)に、萌黄(もよぎ)をどし【萌黄縅】の鎧(よろひ)きて、足(あし)じ
ろの太刀(たち)をはき、きりふ【切斑】の矢(や)の、其(その)日(ひ)のいく
さ【軍】にゐ(い)【射】て少々(せうせう)のこ(ッ)たりけるを、かしらだかにおひ
なし、うすぎりふ【薄切斑】に鷹(たか)の羽(は)はぎまぜたるぬた目(め)
のかぶら【鏑】をぞさしそへたる。しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)に
はさみ【鋏み】、甲(かぶと)をばぬぎたかひもにかけ、判官(はうぐわん)の
前(まへ)に畏(かしこま)る。「いかに宗高(むねたか)、あの扇(あふぎ)のま(ン)なか(まんなか)【真ん中】ゐ(い)【射】て、平
P11044
家(へいけ)に見物(けんぶつ)せさせよかし」。与一(よいち)畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、「ゐ(い)【射】おほ
せ候(さうら)はむ事(こと)ふ定(ぢやう)【不定】に候(さうらふ)。ゐ(い)【射】損(そん)じ候(さうらひ)なば、ながきみ
かた【御方】の御(おん)きずにて候(さうらふ)べし。一定(いちぢやう)つかまつらんず
る仁(じん)に仰(おほせ)付(つけ)らるべうや候(さうらふ)らん」と申(まうす)。判官(はうぐわん)大(おほき)に
いか(ッ)て、「鎌倉(かまくら)をた(ッ)て西国(さいこく)へおもむか【赴か】ん殿原(とのばら)は、
義経(よしつね)が命(めい)をそむくべからず。すこし【少し】も子細(しさい)を存(ぞん)
ぜん人(ひと)は、とうとう是(これ)よりかへらるべし」とぞの
給(たま)ひける。与一(よいち)かさねて辞(じ)せばあしかり【悪しかり】なんと
や思(おもひ)けん、「はづれんはしり【知り】候(さうら)はず、御定(ごぢやう)で候(さうら)へば、
P11045
つかま(ッ)てこそみ【見】候(さうら)はめ」とて、御(おん)まへを罷(まかり)立(たつ)。黒(くろ)
き馬(むま)のふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】に、小(こ)ぶさの鞦(しりがい)かけ、
まろぼやす(ッ)たる鞍(くら)おい【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。弓(ゆみ)とり
なをし(なほし)【直し】、手綱(たづな)かいくり【繰り】、みぎはへむひ(むい)てあゆま【歩ま】せ
ければ、みかた【御方】の兵(つはもの)共(ども)うしろをはるかに見(み)をく(ッ)(おくつ)【送つ】て、
「この【此の】わかもの【若者】一定(いちぢやう)つかまつり候(さうらひ)ぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)」と申(まうし)け
れば、判官(はうぐわん)もたのもしげ【頼もし気】にぞ見(み)給(たま)ひける。矢(や)
ごろすこし【少し】とをかり(とほかり)【遠かり】ければ、海(うみ)へ一段(いつたん)ばかりうちい
れ【入れ】たれども、猶(なほ)扇(あふぎ)のあはひ七段(しちたん)ばかりはあるらむと
P11046
こそ見(み)えたりけれ。ころ【比】は二月(にぐわつ)十八日(じふはちにち)の酉(とりの)刻(こく)ばか
りの事(こと)なるに、おりふし(をりふし)【折節】北風(ほくふう)はげしくて、磯(いそ)うつ
浪(なみ)もたかかりけり。舟(ふね)はゆりあげゆりすゑただ
よへば、扇(あふぎ)もくしにさだまら【定まら】ずひらめいたり。おき
には平家(へいけ)舟(ふね)を一面(いちめん)にならべて見物(けんぶつ)す。陸(くが)に
は源氏(げんじ)くつばみをならべて是(これ)をみる【見る】。いづれも
いづれも晴(はれ)ならずといふ事(こと)ぞなき。与一(よいち)目(め)をふさ
いで、「南無(なむ)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)、我(わが)国(くに)の神明(しんめい)、日光(につくわうの)権現(ごんげん)
宇都宮(うつのみや)、那須(なす)のゆぜん【湯泉】大明神(だいみやうじん)、願(ねがは)くはあの
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扇(あふぎ)のま(ン)なか(まんなか)【真ん中】ゐ(い)【射】させてたばせ給(たま)へ。これ【是】をゐ(い)【射】そん
ずる物(もの)ならば、弓(ゆみ)きりおり(をり)【折り】自害(じがい)して、人(ひと)に二(ふた)た
び【二度】面(おもて)をむかふ【向ふ】べからず。いま一度(いちど)本国(ほんごく)へむかへ【向へ】ん
とおぼしめさ【思し召さ】ば、この矢(や)はづさ【外さ】せ給(たま)ふな」と、心(こころ)
のうちに祈念(きねん)して、目(め)を見(み)ひらひ(ひらい)【開い】たれば、風(かぜ)も
すこし【少し】吹(ふき)よはり(よわり)【弱り】、扇(あふぎ)もゐ(い)【射】よげにぞな(ッ)たりける。
与一(よいち)鏑(かぶら)をと(ッ)てつがひ、よ(ッ)ぴいてひやうどはなつ【放つ】。小
兵(こひやう)といふぢやう十二束(じふにそく)三(みつ)ぶせ、弓(ゆみ)はつよし、浦(うら)ひ
びく程(ほど)ながなり【長鳴】して、あやまたず扇(あふぎ)のかなめぎ
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は【要際】一寸(いつすん)ばかりをい(おい)て、ひ(イ)ふつとぞゐ(い)【射】き(ッ)たる。鏑(かぶら)は海(うみ)へ
入(いり)ければ、扇(あふぎ)は空(そら)へぞあがり【上がり】ける。しばしは虚空(こくう)に
ひらめきけるが、春風(はるかぜ)に一(ひと)もみ二(ふた)もみもまれて、
海(うみ)へさ(ッ)とぞち(ッ)【散つ】たりける。夕日(ゆふひ)のかかやい【輝い】たるに、
みな紅(ぐれなゐ)の扇(あふぎ)の日(ひ)いだしたるが、しら浪(なみ)【白波】のうへ【上】にただ
よひ、うきぬしづみぬゆられければ、奥(おき)には平家(へいけ)
ふなばたをたたいて感(かん)じたり、陸(くが)には源氏(げんじ)ゑび
『弓流(ゆみながし)』S1105
ら(えびら)【箙】をたたいてどよめきけり。○あまりの面白(おもしろ)さに、感(かん)
にたへ【堪へ】ざるにやとおぼしくて、舟(ふね)のうちよりとし
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五十(ごじふ)ばかりなる男(をのこ)の、黒革(くろかは)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、白柄(しらえ)
の長刀(なぎなた)も(ッ)たるが、扇(あふぎ)たてたりける処(ところ)にた(ッ)て
まひ【舞ひ】しめ[B 「しめ」に「スマシイ」と傍書]たり。伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)、与一(よいち)がうしろへあ
ゆま【歩ま】せよ(ッ)【寄つ】て、「御定(ごぢやう)ぞ、つかまつれ」といひければ、
今度(こんど)はなかざし【中差】と(ッ)てうちくはせ【銜はせ】、よ(ッ)ぴい【引い】てしや
くび【頸】の骨(ほね)をひやうふつとゐ(い)【射】て、ふなぞこ【船底】へ
さかさま【逆様】にゐ(い)【射】たをす(たふす)【倒す】。平家(へいけ)のかた【方】には音(おと)もせず、
源氏(げんじ)のかた【方】には又(また)ゑびら(えびら)【箙】をたたいてどよめきけ
り。「あ、ゐ(い)【射】たり」といふ人(ひと)もあり、又(また)「なさけなし」といふ
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ものもあり【有り】。平家(へいけ)これをほい【本意】なしとやおもひ【思ひ】けん、
楯(たて)つい【突い】て一人(いちにん)、弓(ゆみ)も(ッ)て一人(いちにん)、長刀(なぎなた)も(ッ)て一人(いちにん)、武者(むしや)三人(さんにん)
なぎさにあがり【上がり】、楯(たて)をついて「かたき【敵】よせよ【寄せよ】」とぞま
ねひ(まねい)【招い】たる。判官(はうぐわん)「あれ、馬(むま)づよ【馬強】ならん若党(わかたう)ども、は
せ【馳せ】よせ【寄せ】てけ【蹴】ちらせ」との給(たま)へ【宣へ】ば、武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)、
みをの屋(や)の(みほのやの)【三穂屋の】四郎(しらう)・同(おなじく)藤七(とうじち)・同(おなじく)十郎(じふらう)、上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)
丹生(にふ)(ニウノ)の四郎(しらう)、信乃【信濃】国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)木曾(きそ)の中次(ちゆうじ)、五騎(ごき)つ
れておめい(をめい)【喚い】てかく。楯(たて)のかげ【陰】よりぬりの【塗篦】にくろぼろ【黒母衣】
はい【矧い】だる大(だい)の矢(や)をも(ッ)て、ま(ッ)さきにすすん【進ん】だるみを
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の屋(や)の(みほのやの)【三穂屋の】十郎(じふらう)が馬(むま)の左(ひだり)のむながひづくし(むながいづくし)を、ひやう
づばとゐ(い)【射】て、はず【筈】のかくるる【隠るる】ほど【程】ぞゐ(い)【射】こう【込う】だる。屏
風(びやうぶ)をかへす【返す】様(やう)に馬(むま)はどうどたふるれ【倒るれ】ば、主(ぬし)は馬
手(めて)の足(あし)をこえ【越え】て弓手(ゆんで)の方(かた)へおりた(ッ)て、やがて太
刀(たち)をぞぬい【抜い】たりける。たて【楯】のかげより大長刀(おほなぎなた)うち
ふ(ッ)てかかりければ、みをの屋(や)の(みほのやの)【三穂屋の】十郎(じふらう)、小太刀(こだち)大長
刀(おほなぎなた)にかなは【叶は】じとや思(おもひ)けむ、かいふい【伏い】てにげ【逃げ】ければ、や
がて【軈】つづいてお(ッ)【追つ】かけ【掛け】たり。長刀(なぎなた)でなが【薙が】んずるかとみ〔る〕【見る】
処(ところ)に、さはなくして、長刀(なぎなた)をば左(ひだり)の脇(わき)にかいはさみ、
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右(みぎ)の手(て)をさしのべて、みをの屋(や)の(みほのやの)【三穂屋の】十郎(じふらう)が甲(かぶと)の
しころをつかま【掴ま】んとす。つかま【掴ま】れじとはしる【走る】。三度(さんど)
つかみはづい【外い】て、四度(しど)のたび【度】む(ン)ずとつかむ。し
ばしぞたま(ッ)て[* 下欄に「勘(タマウ)」と注記]見(み)えし、鉢(はち)つけ【鉢付】のいた【板】よりふつと
ひつ【引つ】き(ッ)【切つ】てぞにげ【逃げ】たりける。のこり四騎(しき)は、馬(むま)をを
しう【惜しう】でかけず、見物(けんぶつ)してこそゐたりけれ。みをの
屋(や)の(みほのやの)【三穂屋の】十郎(じふらう)は、みかた【御方】の馬(むま)のかげににげ【逃げ】入(いり)て、いき【息】づ
きゐたり。かたき【敵】はおう【追う】てもこ【来】で、長刀(なぎなた)杖(つゑ)につき、
甲(かぶと)のしころをさし【差し】あげ【上げ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「日(ひ)ごろ
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は音(おと)にもききつらん、いまは目(め)にも見(み)給(たま)へ。これ【是】こそ京(きやう)
わらんべのよぶなる上総(かづさ)の悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)景清(かげきよ)よ」となの
り【名乗り】すて【捨て】てぞかへりける。平家(へいけ)これ【是】に心地(ここち)なをし(なほし)【直し】て、
「悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)うた【討た】すな。つづけや物(もの)共(ども)」とて、又(また)二百(にひやく)余人(よにん)
なぎさにあがり【上がり】、楯(たて)をめん鳥羽(どりば)【雌鳥羽】につきならべて、
「かたき【敵】よせよ【寄せよ】」とぞまねひ(まねい)【招い】たる。判官(はうぐわん)これ【是】をみ【見】て、
「やすからぬ事(こと)なり」とて、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)父子(ふし)、金子(かねこ)兄
弟(きやうだい)をさきにたて、奥州(あうしう)の佐藤(さとう)四郎兵衛(しらうびやうゑ)・伊勢[B ノ](いせの)
三郎(さぶらう)を弓手(ゆんで)馬手(めて)にたて、田代(たしろ)の冠者(くわんじや)をうしろに
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たてて、八十(はちじふ)余騎(よき)おめい(をめい)【喚い】てかけ給(たま)へば、平家(へいけ)の兵物(つはもの)
ども馬(むま)にはのらず、大略(たいりやく)かち武者(むしや)【徒武者】にてあり【有り】けれ
ば、馬(むま)にあて【当て】られじとひき【引き】しりぞひ(しりぞい)【退い】て、みな舟(ふね)へ
ぞのりにける。楯(たて)は算(さん)をちらし【散らし】たる様(やう)にさむざむ(さんざん)【散々】に
け【蹴】ちらさ【散らさ】る。源氏(げんじ)のつは物(もの)【兵】共(ども)、勝(かつ)にの(ッ)【乗つ】て、馬(むま)のふと
腹(はら)ひたる【浸る】程(ほど)にうち【打ち】いれ【入れ】てせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。判官(はうぐわん)ふか
入(いり)【深入り】してたたかふ【戦ふ】ほど【程】に、舟(ふね)のうちより熊手(くまで)をも(ッ)て、
判官(はうぐわん)の甲(かぶと)のしころにからりからりと二三度(にさんど)までう
ちかけけるを、みかた【御方】の兵(つはもの)共(ども)、太刀(たち)長刀(なぎなた)でうちの
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けうちのけしける程(ほど)に、いかがしたりけむ、判官(はうぐわん)弓(ゆみ)をかけ
おとさ【落さ】れぬ。うつぶして鞭(むち)をも(ッ)てかきよせて、とらう
とらうどし給(たま)へば、兵(つはもの)共(ども)「ただすてさせ給(たま)へ」と申(まうし)けれ
ども、つゐに(つひに)【遂に】と(ッ)て、わらう【笑う】てぞかへられける。おとな
どもつまはじき【爪弾き】をして、「口惜(くちをし)き御事(おんこと)候(ざうらふ)かな、たと
ひ千疋(せんびき)万疋(まんびき)にかへさせ給(たまふ)べき御(おん)たらしなりとも、
争(いかで)か御命(おんいのち)にかへさせ給(たまふ)べき」と申(まう)せば、判官(はうぐわん)「弓(ゆみ)
のおしさ(をしさ)【惜しさ】にとら【取ら】ばこそ。義経(よしつね)が弓(ゆみ)といはば、二人(ににん)し
てもはり【張り】、若(もし)は三人(さんにん)してもはり【張り】、おぢ(をぢ)の為朝(ためとも)が弓(ゆみ)の
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様(やう)ならば、わざともおとし【落し】てとらすべし。■弱(わうじやく)たる弓(ゆみ)を
かたき【敵】のとりも(ッ)て、「これ【是】こそ源氏(げんじ)の大将(だいしやう)九郎(くらう)義
経(よしつね)が弓(ゆみ)よ」とて、嘲哢(てうろう)せんずるが口惜(くちをし)ければ、命(いのち)に
かへてとるぞかし」との給(たま)へ【宣へ】ば、みな人(ひと)これ【是】を感(かん)じ
ける。さる程(ほど)に日(ひ)くれ【暮れ】ければ、ひき【引き】しりぞひ(しりぞい)【退い】て、むれ【牟礼】
高松(たかまつ)のなかなる野山(のやま)に陣(ぢん)をぞと(ッ)たりける。源氏(げんじ)
のつは物(もの)【兵】共(ども)この三日(みつか)が間(あひだ)はふさ【臥さ】ざりけり。おととひ(をととひ)【一昨日】
渡辺(わたなべ)・福島(ふくしま)をいづる【出づる】とて、其(その)夜(よ)大浪(おほなみ)にゆられてまど
ろまず。昨日(きのふ)阿波[B ノ]国(あはのくに)勝浦(かつうら)にていくさ【軍】して、夜(よ)もすがら
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なか山(やま)【中山】こえ【越え】、けふ又(また)一日(いちにち)たたかひ【戦ひ】くらしたりければ、み
なつかれ【疲れ】はてて、或(あるい)は甲(かぶと)をまくら【枕】にし、或(あるい)は鎧(よろひ)の袖(そで)、
ゑびら(えびら)【箙】な(ン)ど(なんど)枕(まくら)にして、前後(ぜんご)もしら【知ら】ずぞふし【臥し】たり
ける。其(その)なかに、判官(はうぐわん)と伊勢(いせの)三郎(さぶらう)はねざりけり。
判官(はうぐわん)はたかき【高き】O[BH 所(ところ)] にのぼりあが(ッ)【上がつ】て、敵(かたき)やよする【寄する】ととを
見(み)(とほみ)【遠見】し給(たま)へば、伊勢(いせの)三郎(さぶらう)はくぼき処(ところ)にかくれゐて、かた
き【敵】よせ【寄せ】ば、まづ馬(むま)の腹(はら)ゐ(い)【射】んとてまち【待ち】かけたり。平
家(へいけ)の方(かた)には、能登守(のとのかみ)を大将(だいしやう)にて、其(その)勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)、夜
討(ようち)にせんとしたく【支度】したりけれども、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛
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次【*盛嗣】(もりつぎ)と海老(えみの)次郎(じらう)守方【*盛方】(もりかた)と先陣(せんぢん)をあらそふ程(ほど)に、其(その)
夜(よ)はむなしう【空しう】あけにけり。夜討(ようち)にだにもしたらば、
源氏(げんじ)なにかあらまし。よせ【寄せ】ざりけるこそせめての運(うん)
『志渡【*志度】合戦(しどかつせん)』S1106
のきはめなれ。○あけければ、平家(へいけ)舟(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】て、
当国(たうごく)志度(しど)の浦(うら)へこぎしりぞく。判官(はうぐわん)三百(さんびやく)余騎(よき)
がなか【中】より馬(むま)や人(ひと)をすぐ(ッ)て、八十(はちじふ)余騎(よき)追(おう)てぞかか
りける。平家(へいけ)是(これ)をみ【見】て、「かたき【敵】は小勢(こぜい)なり。なかに
とりこめてうてや」とて、又(また)千(せん)余人(よにん)なぎさにあがり、お
めき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。さる程(ほど)に、八島(やしま)にのこり【残り】
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とどま(ッ)【留まつ】たりける二百(にひやく)余騎(よき)のつは物(もの)共(ども)、おくればせ
に馳(はせ)来(きた)る。平家(へいけ)これ【是】を見(み)て、「すはや、源氏(げんじ)の大勢(おほぜい)
のつづくは。なん【何】十万騎(じふまんぎ)かあるらん。とりこめられては
かなふ【叶ふ】まじ」とて、又(また)舟(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】て、塩(しほ)にひか【引か】れ、かぜ【風】に
したが(ッ)て、いづくをさすともなくおち【落ち】ゆき【行き】ぬ。四国(しこく)はみな
大夫(たいふ)判官(はうぐわん)におい(おひ)【追ひ】おとさ【落とさ】れぬ。九国(くこく)へは入(いれ)られず。ただ
中有(ちゆうう)の衆生(しゆじやう)とぞ見(み)えし。判官(はうぐわん)志度(しど)の浦(うら)におり
ゐて、頸(くび)ども実検(じつけん)しておはしけるが、伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義
盛(よしもり)をめしての給(たま)ひけるは、「阿波[B ノ](あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)が嫡子(ちやくし)田
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内左衛門(でんないざゑもん)教能(のりよし)は、河野(かはのの)四郎(しらう)道信【*通信】(みちのぶ)がめせどもまいら(まゐら)【参ら】
ぬをせめ【攻め】んとて、三千(さんぜん)余騎(よき)にて伊与【*伊予】(いよ)へこえたりけるが、
河野(かはの)をばうち【討ち】もらし【洩らし】て、家子(いへのこ)郎等(らうどう)百五十人(ひやくごじふにん)が頸(くび)き(ッ)て、
昨日(きのふ)八島(やしま)の内裏(だいり)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりけるが、けふ是(これ)へつく
ときく。なんぢ【汝】ゆきむか(ッ)【向つ】て、ともかうもこしらへて具(ぐ)
してまいれ(まゐれ)【参れ】かし」との給(たま)ひければ、畏(かしこま)(ッ)てうけ給(たま)はり【承り】、旗(はた)
一流(ひとながれ)給(たま)は(ッ)てさすままに、其(その)勢(せい)わづかに十六騎(じふろくき)、みな
しら装束(しやうぞく)【白装束】にて馳(はせ)むかふ【向ふ】。義盛(よしもり)、教能(のりよし)にゆきあふ(あう)【合う】たり。
白旗(しらはた)、赤旗(あかはた)、二町(にちやう)ばかりをへだててゆらへたり。伊勢[B ノ](いせの)
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三郎(さぶらう)義盛(よしもり)、使者(ししや)をたてて申(まうし)けるは、「これ【是】は源氏(げんじ)の
大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)大夫(たいふの)判官殿(はうぐわんどの)の御内(みうち)に、伊勢(いせの)三郎(さぶらう)
義盛(よしもり)と申(まうす)物(もの)で候(さうらふ)が、大将(だいしやう)に申(まうす)べき事(こと)あ(ッ)て、是(これ)までま
かり【罷り】むか(ッ)【向つ】て候(さうらふ)。させるいくさ合戦(かつせん)のれう【料】でも候(さうら)はね
ば、物(もの)の具(ぐ)もし候(さうら)はず。弓矢(ゆみや)ももたせ候(さうら)はず。あ
け【明け】ていれ【入れ】させ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、三千(さんぜん)余騎(よき)のつ
は物(もの)共(ども)なかをあけ【明け】てぞとほし【通し】ける。義盛(よしもり)、教能(のりよし)にう
ちならべて、「かつきき給(たまひ)てもあるらん。鎌倉(かまくら)殿(どの)の御(おん)
おとと【弟】九郎(くらう)大夫(たいふの)判官殿(はうぐわんどの)、院宣(ゐんぜん)をうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て西国(さいこく)
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へむかは【向は】せ給(たまひ)て候(さうらふ)が、一昨日(をととひ)阿波国(あはのくに)かつ浦(うら)【勝浦】にて、御辺(ごへん)
の伯父(をぢ)、桜間(さくらば)の介(すけ)うた【討た】れ給(たま)ひぬ。昨日(きのふ)八島(やしま)によせ
て、御所(ごしよ)内裏(だいり)みなやき【焼き】はらひ【払ひ】、おほいとの父子(ふし)いけ
どり【生捕り】にしたてまつり【奉り】、能登殿(のとどの)は自害(じがい)し給(たま)ひぬ。
其(その)外(ほか)のきんだち、或(あるい)はうちじに、或(あるい)は海(うみ)にいり【入り】
給(たま)ひぬ。余党(よたう)のわづかにありつるは、志度(しど)の浦(うら)
にてみなうた【討た】れぬ。御辺(ごへん)のちち、阿波(あは)の民部殿(みんぶどの)は
降人(かうにん)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて候(さうらふ)を、義盛(よしもり)があづかり【預り】たて
ま(ッ)【奉つ】て候(さうらふ)が、「あはれ、田内左衛門(でんないざゑもん)がこれ【是】をば夢(ゆめ)にもしら
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で、あすはいくさ【軍】してうた【討た】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んずる
むざんさよ」と、夜(よ)もすがらなげき給(たま)ふがあまり
にいとをしく(いとほしく)て、この【此の】事(こと)しらせたてまつら【奉ら】んとて、
これ【是】までまかり【罷り】むか(ッ)【向つ】て候(さうらふ)。そのうへは、いくさ【軍】してう
ちじに【討死】せんとも、降人(かうにん)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てちち【父】をいま一度(いちど)見(み)
たてまつら【奉ら】んとも、ともかうも御(ご)へん【辺】がはからひ
ぞ」といひ【言ひ】ければ、田内左衛門(でんないざゑもん)きこゆる【聞ゆる】つは物(もの)な
れども、運(うん)やつきにけん、「かつきく事(こと)にすこし【少し】も
たがは【違は】ず」とて、甲(かぶと)をぬぎ弓(ゆみ)の弦(つる)をはづい【外い】て、郎等(らうどう)
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にもたす。大将(だいしやう)がか様(やう)【斯様】にするうへ【上】は、三千(さんぜん)余騎(よき)のつは
物(もの)どもみなかくのごとし。わづかに十六騎(じふろくき)に具(ぐ)せら
れて、おめおめと降人(かうにん)にこそまいり(まゐり)【参り】けれ。「義盛(よしもり)が
はかり事(こと)【策】まこと【誠】にゆゆしかりけり」と、判官(はうぐわん)も感(かん)じ
給(たま)ひけり。やがて田内左衛門(でんないざゑもん)をば、物具(もののぐ)めされて、
伊勢(いせの)三郎(さぶらう)にあづけらる。「さてあの勢(せい)どもはいかに」
との給(たま)へ【宣へ】ば、「遠国(をんごく)の物(もの)どもは、誰(たれ)を誰(たれ)とかおもひ【思ひ】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べき。ただ世(よ)のみだれをしづめて、国(くに)を
しろしめさ【知ろし召さ】んを君(きみ)とせん」と申(まうし)ければ、「尤(もつとも)しかる【然る】べし」とて、
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三千(さんぜん)余騎(よき)をみな我(わが)勢(せい)にぞ具(ぐ)せられける。同(おなじき)廿
二日(にじふににち)の辰刻(たつのこく)ばかり、渡辺(わたなべ)にのこりとどま(ッ)【留まつ】たりける二
百(にひやく)余艘(よさう)の舟(ふね)ども、梶原(かぢはら)をさきとして、八島(やしま)の磯(いそ)に
ぞつきにける。「西国(さいこく)はみな九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)にせ
めおとさ【落さ】れぬ。いま【今】はなんのようにか逢(あふ)べき。会(ゑ)(エ)
にあはぬ花(はな)、六日(むゆか)の菖蒲(しやうぶ)、いさかひ【争ひ】はて【果て】てのちぎ
りき【乳切り木】かな」とぞわらひ【笑ひ】ける。判官(はうぐわん)都(みやこ)をたちたま
ひ【給ひ】て後(のち)、住吉(すみよし)の神主(かんぬし)長盛(ながもり)、院(ゐん)の御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
大蔵卿(おほくらのきやう)康経[B ノ]【*泰経】(やすつねの)朝臣(あつそん)をも(ッ)て奏聞(そうもん)しけるは、「去(さんぬる)十六日(じふろくにち)
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の丑刻(うしのこく)に、当社(たうしや)第三(だいさん)の神殿(じんでん)より鏑矢(かぶらや)の声(こゑ)いで【出で】て、
西(にし)をさしてまかり【罷り】候(さうらひ)ぬ」と申(まうし)ければ、法皇(ほふわう)大(おほき)に御
感(ぎよかん)あ(ッ)て、御剣(ぎよけん)以下(いげ)、種々(しゆじゆ)の神宝(じんぼう)等(ら)を長盛(ながもり)して大
明神(だいみやうじん)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。むかし神功皇后(じんぐうくわうごう)、新羅(しんら)をせめ【攻め】
給(たま)ひし時(とき)、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)より二神(にじん)のあらみさ
きをさしそへさせ給(たま)ひけり。二神(にじん)御舟(おんふね)のともへ【艫舳】に
立(た)(ッ)て、新羅(しんら)をやすくせめ【攻め】おとさ【落さ】れぬ。帰朝(きてう)の後(のち)、
一神(いちじん)は摂津国(つのくに)住吉(すみよし)のこほり【郡】にとどまり給(たま)ふ。住
吉(すみよし)の大明神(だいみやうじん)の御事(おんこと)也(なり)。いま一神(いちじん)は信濃国(しなののくに)諏防【*諏訪】(すは)の
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こほりに跡(あと)を垂(たる)る。諏防【*諏訪】(すは)の大明神(だいみやうじん)是(これ)也(なり)。昔(むかし)の征
伐(せいばつ)の事(こと)をおぼしめし【思し召し】わすれず、いまも朝(てう)の怨敵(をんでき)
をほろぼし給(たまふ)べきにやと、君(きみ)も臣(しん)もたのもしう【頼もしう】
『鶏合(とりあはせ)壇浦合戦(だんのうらかつせん)』S1107
ぞおぼしめされける。○さる程(ほど)に、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)義
経(よしつね)、周防(すはう)の地(ち)におしわた(ッ)【渡つ】て、兄(あに)の参川【*三河】守(みかはのかみ)とひとつに
なる。平家(へいけ)は長門国(ながとのくに)ひく島(しま)【引島】にぞつきにける。源
氏(げんじ)阿波[B ノ]国(あはのくに)勝浦(かつうら)について、八島(やしま)のいくさ【軍】にうちか
ちぬ。平家(へいけ)ひく島(しま)【引島】につくときこえ【聞え】しかば、源氏(げんじ)は
同国(どうこく)のうち【内】、おい津(つ)(おひつ)【追津】につくこそふしぎ【不思議】なれ。熊野(くまのの)
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別当(べつたう)湛増(たんぞう)は、平家(へいけ)へやまいる(まゐる)【参る】べき、源氏(げんじ)へやまいる(まゐる)【参る】
べきとて、田(た)なべ【田辺】の新熊野(いまぐまの)にて御神楽(みかぐら)奏(そう)
して、権現(ごんげん)に祈誓(きせい)したてまつる【奉る】。白旗(しらはた)につけと御(ご)
たくせん【詫宣】有(あり)けるを、猶(なほ)うたがひをなして、白[B イ](しろい)鶏(にはとり)七[B ツ](ななつ)
赤(あか)き鶏(にはとり)七(なな)つ、これ【是】をも(ッ)て権現(ごんげん)の御(おん)まへにて勝負(しようぶ)
をせさす。赤(あか)きとり一(ひとつ)もかたず。みなまけ【負け】てにげ
にけり。さてこそ源氏(げんじ)へまいら(まゐら)【参ら】んとおもひ【思ひ】さだめ
けれ。一門(いちもん)の物(もの)どもあひ【相ひ】もよをし(もよほし)【催し】、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千(にせん)
余人(よにん)、二百(にひやく)余艘(よさう)の舟(ふね)にのりつれて、若王子(にやくわうじ)の
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御正体(おしやうだい)(ヲしやうダイ)を舟(ふね)にのせ【乗せ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、旗(はた)のよこがみ【横上】には、
金剛童子(こんがうどうじ)をかきたてま(ッ)【奉つ】て、檀【*壇】(だん)の浦(うら)へよする【寄する】を
見(み)て、源氏(げんじ)も平氏(へいじ)もともにおがむ(をがむ)。されども源
氏(げんじ)の方(かた)へつきければ、平家(へいけ)けう(きよう)【興】さめ【醒め】てぞ
おもはれける。又(また)伊与【*伊予】国(いよのくに)の住人(ぢゆうにん)、河野(かはのの)四郎(しらう)道信【*通信】(みちのぶ)、
百五十艘(ひやくごじつさう)の兵船(ひやうせん)にのりつれ【連れ】てこぎ来(きた)り、源氏(げんじ)
とひとつ【一つ】になりにけり。判官(はうぐわん)かたがた【旁々】たのもしう【頼もしう】ち
から【力】つい【付い】てぞおもは【思は】れける。源氏(げんじ)の舟(ふね)は三千(さんぜん)余(よ)艘(さう)、
平家(へいけ)の舟(ふね)は千(せん)余艘(よさう)、唐船(たうせん)せうせう【少々】あひまじれり。
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源氏(げんじ)のせい【勢】はかさなれ【重なれ】ば、平家(へいけ)のせいは落(おち)ぞゆく。
元暦(げんりやく)二年(にねん)三月(さんぐわつ)廿四日(にじふしにち)の卯刻(うのこく)に、O[BH 豊前[B ノ]国(ぶせんのくに)]門司(もじ)赤間(あかま)の関(せき)にて
源平(げんぺい)矢合(やあはせ)とぞさだめ【定め】ける。其(その)日(ひ)判官(はうぐわん)と梶原(かぢはら)と
すでにどしいくさ【同士戦】せむとする事(こと)あり【有り】。梶原(かぢはら)申(まうし)けるは、
「けふの先陣(せんぢん)をば景時(かげとき)にたび候(さうら)へ」。判官(はうぐわん)「義経(よしつね)がな
くはこそ」。「まさなう候(さうらふ)。殿(との)は大将軍(たいしやうぐん)にてこそましまし
候(さうら)へ」。判官(はうぐわん)「おもひ【思ひ】もよらず。鎌倉(かまくら)殿(どの)こそ大将軍(たいしやうぐん)よ。
義経(よしつね)は奉行(ぶぎやう)をうけ給(たまはつ)【承つ】たる身(み)なれば、ただ殿原(とのばら)
とおなじ事(こと)ぞ」との給(たま)へ【宣へ】ば、梶原(かぢはら)、先陣(せんぢん)を所望(しよまう)
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しかねて、「天性(てんぜい)この殿(との)は侍(さぶらひ)の主(しゆう)にはなり難(がた)し」と
ぞつぶやきける。判官(はうぐわん)これをきい【聞い】て、「日本一(につぽんいち)の
おこ(をこ)の物(もの)かな」とて、太刀(たち)のつかに手(て)をかけ給(たま)ふ。梶原(かぢはら)
「鎌倉(かまくら)殿(どの)の外(ほか)に主(しゆう)をもたぬ物(もの)を」とて、これ【是】も太刀(たち)
のつかに手(て)をかけけり。さる程(ほど)に嫡子(ちやくし)の源太(げんだ)景
季(かげすゑ)、次男(じなん)平次(へいじ)景高(かげたか)、同(おなじく)三郎(さぶらう)景家(かげいへ)、ちち【父】と一所(いつしよ)に
よりあふ(あう)【合う】たり。判官(はうぐわん)の景気(けいき)を見(み)て、奥州(あうしうの)佐藤(さとう)
四郎兵衛(しらうびやうゑ)忠信(ただのぶ)・伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・源八(げんぱち)広綱(ひろつな)・江田[B ノ](えだの)
源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)な(ン)ど(なんど)いふ一人当
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千(いちにんたうぜん)のつは物(もの)【兵】ども【共】、梶原(かぢはら)をなかにとりこめて、われう(ッ)【討つ】と
ら【取ら】んとぞすすみける。されども判官(はうぐわん)には三浦介(みうらのすけ)
とり【取り】つき【付き】たてまつる【奉る】。梶原(かぢはら)には土肥(とひの)次郎(じらう)つか
みつき、両人(りやうにん)手(て)をす(ッ)て申(まうし)けるは、「これ【是】程(ほど)の大事(だいじ)
をまへにかかへながら、どしいくさ【同士戦】候(さうらは)ば、平家(へいけ)ちからつ
き【付き】候(さうらひ)なんず。就中(なかんづく)鎌倉(かまくら)殿(どの)のかへりきかせ給(たま)はん
処(ところ)こそ穏便(をんびん)ならず候(さうら)へ」と申(まう)せば、判官(はうぐわん)しづまり
給(たま)ひぬ。梶原(かぢはら)すすむに及(およ)ばず。それよりして
梶原(かぢはら)、判官(はうぐわん)をにくみそめて、つゐに(つひに)【遂に】讒言(ざんげん)してうし
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なひ【失ひ】けるとぞきこえ【聞え】し。さる程(ほど)に、源平(げんぺい)の陣(ぢん)の
あはひ、海(うみ)のおもて卅(さんじふ)余町(よちやう)をぞへだてたる。門
司(もじ)・赤間(あかま)・檀【*壇】(だん)の浦(うら)はたぎりておつる塩(しほ)なれば、源氏(げんじ)
の舟(ふね)は塩(しほ)にむかふ(むかう)【向う】て、心(こころ)ならずをし(おし)【押し】おとさ【落さ】る。平家(へいけ)
の舟(ふね)は塩(しほ)におう【負う】てぞいで【出で】き【来】たる。おき【沖】は塩(しほ)のはや
けれ【早けれ】ば、みぎは【渚】について、梶原(かぢはら)敵(かたき)の舟(ふね)のゆきち
がふ処(ところ)に熊手(くまで)をうちかけて、おや子(こ)【親子】主従(しゆうじゆう)十四五人(じふしごにん)
のり【乗り】うつり【移り】、うち物(もの)【打物】ぬい【抜い】て、ともへ【艫舳】にさむざむ(さんざん)【散々】にない【薙い】でま
はる。分(ぶん)どりあまたして、其(その)日(ひ)の高名(かうみやう)の一(いち)の筆(ふで)に
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ぞつきにける。すでに源平(げんぺい)両方(りやうばう)陣(ぢん)をあはせ【合はせ】て
時(とき)をつくる。上(かみ)は梵天(ぼんでん)までもきこえ【聞え】、下(しも)は海竜神(かいりゆうじん)も
おどろくらんとぞおぼえける。新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)舟(ふね)
の屋形(やかた)にたちいで、大音声(だいおんじやう)をあげての給(たま)ひけ
るは、「いくさ【軍】はけふ【今日】ぞかぎる。物(もの)ども、すこし【少し】もしり
ぞく心(こころ)あるべからず。天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)にも日本(につぽん)我(わが)朝(てう)
にもならびなき名将(めいしやう)勇士(ゆうし)といへども、運命(うんめい)
つきぬれば力(ちから)及(およ)ばず。されども名(な)こそおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】。
東国(とうごく)の物(もの)共(ども)によはげ(よわげ)【弱気】見(み)ゆな。いつのために命(いのち)を
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ばおしむ(をしむ)【惜しむ】べき。これ【是】のみぞおもふ【思ふ】事(こと)」との給(たま)へ【宣へ】ば、
飛弾【*飛騨】(ひだの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)景経(かげつね)御(おん)まへに候(さうらひ)けるが、「これ【是】
うけ給(たま)はれ【承れ】、侍(さぶらひ)ども」とぞ下知(げぢ)しける。上総(かづさの)悪(あく)七
兵衛(しちびやうゑ)すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「坂東武者(ばんどうむしや)は馬(むま)のうへ【上】
でこそ口(くち)はきき候(さうらふ)とも、ふないくさ【舟軍】にはいつ調練(てうれん)し
候(さうらふ)べき。うを【魚】の木(き)にのぼ(ッ)【上つ】たるでこそ候(さうら)はんずれ。一々(いちいち)
にと(ッ)て海(うみ)につけ【浸け】候(さうら)はん」とぞ申(まうし)たる。越中(ゑつちゆうの)次郎兵
衛(じらうびやうゑ)申(まうし)けるは、「おなじくは大将軍(たいしやうぐん)の源九郎(げんくらう)にくん
給(だま)へ。九郎(くらう)は色(いろ)しろう【白う】せい【背】ちいさき(ちひさき)【小さき】が、むかば【向歯】のことに
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さしいで【出で】てしるかん【著かん】なるぞ。ただし直垂(ひたたれ)と鎧(よろひ)をつ
ねにきかふ【着替ふ】なれば、き(ッ)と見(み)わけ【分け】がたかん也(なり)」とぞ
申(まうし)ける。上総(かづさの)悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)申(まうし)けるは、「心(こころ)こそたけく
とも、その【其の】小冠者(こくわんじや)、なに程(ほど)の事(こと)かあるべき。片脇(かたわき)
にはさんで、海(うみ)へいれ【入れ】なん物(もの)を」とぞ申(まうし)たる。新
中納言(しんぢゆうなごん)はか様(やう)【斯様】に下知(げぢ)し給(たま)ひ、おほい殿(との)【大臣殿】の御(おん)まへに
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「けふは侍(さぶらひ)どもけしき【気色】よう見(み)え候(さうらふ)。ただし
阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)は心(こころ)がはりしたるとおぼえ候(さうらふ)。かうべを
はね候(さうらは)ばや」と申(まう)されければ、大臣殿(おほいとの)「見(み)えたる
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事(こと)もなうて、いかが頸(くび)をばきる【斬る】べき。さしも奉公(ほうこう)
のもの【者】であるものを。重能(しげよし)まいれ(まゐれ)【参れ】」とめし【召し】けれ
ば、木蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)にあらいがは(あらひがは)【洗革】の鎧(よろひ)きて、御(おん)まへ
に畏(かしこま)(ッ)て候(さうらふ)。「いかに、重能(しげよし)は心(こころ)がはりしたるか、けふこそ
わるう見(み)ゆれ。四国(しこく)の物(もの)共(ども)に、いくさ【軍】ようせよと下知(げぢ)
せよかし。おくし【臆し】たるな」との給(たま)へ【宣へ】ば、「なじかはをくし(おくし)【臆し】候(さうらふ)べ
き」とて、御(おん)まへをまかり【罷り】たつ。新中納言(しんぢゆうなごん)、あはれきや
つが頸(くび)をうちおとさ【落さ】ばやとおぼしめし【思し召し】、太刀(たち)のつか【柄】
くだけよとにぎ(ッ)て、大臣殿(おほいとの)の御(おん)かた【方】をしきりに
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見(み)給(たま)ひけれども、御(おん)ゆるされ【許され】なければ、力(ちから)及(およ)ば
ず。平家(へいけ)は千(せん)余艘(よさう)を三手(みて)につくる。山賀(やまが)の兵
藤次(ひやうどうじ)秀遠(ひでとほ)、五百(ごひやく)余艘(よさう)で先陣(せんぢん)にこぎむかふ。松
浦党(まつらたう)、三百(さんびやく)余艘(よさう)で二陣(にぢん)につづく。平家(へいけ)の君
達(きんだち)、二百(にひやく)余艘(よさう)で三陣(さんぢん)につづき給(たま)ふ。兵藤次(ひやうどうじ)秀
遠(ひでとほ)は、九国(くこく)一番(いちばん)の勢兵(せいびやう)にてあり【有り】けるが、我(われ)程(ほど)こそ
なけれども、普通(ふつう)ざまの勢兵(せいびやう)ども五百人(ごひやくにん)をす
ぐ(ッ)て、舟々(ふねぶね)のともへ【艫舳】にたて、肩(かた)を一面(いちめん)にならべて、五百(ごひやく)
の矢(や)を一度(いちど)にはなつ【放つ】。源氏(げんじ)は三千(さんぜん)余艘(よさう)の舟(ふね)
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なれば、せい【勢】のかず【数】さこそおほかり【多かり】けめども、処
々(ところどころ)よりゐ(い)【射】ければ、いづくに勢兵(せいびやう)ありともおぼ
えず。大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)、ま(ッ)さきにすす(ン)【進ん】でた
たかふ【戦ふ】が、楯(たて)も鎧(よろひ)もこらへずして、さんざん【散々】にゐ(い)【射】しら
まさる。平家(へいけ)みかた【御方】かち【勝ち】ぬとて、しきりにせめ皷(つづみ)【攻め皷】
『遠矢(とほや)』S1108
う(ッ)【打つ】て、よろこびの時(とき)をぞつくりける。○源氏(げんじ)の方(かた)
にも、和田(わだの)小太郎(こたらう)義盛(よしもり)、舟(ふね)にはのらず、馬(むま)にうちの(ッ)【乗つ】
てなぎさにひかへ、甲(かぶと)をばぬいで人(ひと)にもたせ、あぶ
み【鐙】のはな【鼻】ふみ【踏み】そらし、よ(ッ)ぴいてゐ(い)【射】ければ、三町(さんぢやう)が
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うちと【内外】の物(もの)ははづさ【外さ】ずつよう【強う】ゐ(い)【射】けり。そのなかに、
ことにとをう(とほう)【遠う】ゐ(い)【射】たるとおぼしきを、「その【其の】矢(や)給(たま)はらん」
とぞまねひ(まねい)【招い】たる。新中納言(しんぢゆうなごん)これ【是】をめし【召し】よせて見(み)
給(たま)へば、しらの【白篦】に鶴(つる)のもとじろ【本白】、こう【鴻】の羽(は)をわりあ
はせ【合はせ】てはい【矧い】だる矢(や)の、十三(じふさん)ぞく【束】ふたつぶせ【二伏】あるに、
くつまき【沓巻】より一束[B 「足」に「束」と傍書](いつそく)ばかりをい(おい)て、和田(わだの)小太郎(こたらう)平(たひらの)
義盛(よしもり)とうるしにてぞかき【書き】つけたる。平家(へいけ)の方(かた)に
勢兵(せいびやう)おほし【多し】といへども、さすがとを矢(や)(とほや)【遠矢】ゐる(いる)【射る】物(もの)はすく
なかり【少かり】けるやらん、良(やや)久(ひさ)しうあ(ッ)て、伊与【*伊予】国(いよのくに)の住人(ぢゆうにん)仁
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井(にゐ)(ニイ)の紀四郎(きしらう)親清(ちかきよ)めし【召し】いだされ、この矢(や)を給(たま)
は(ッ)てゐ(い)【射】かへす【返す】。これ【是】も奧(おき)(ヲキ)よりなぎさへ三町(さんぢやう)余(よ)を
つ(ッ)とゐ(い)【射】わたして、和田(わだの)小太郎(こたらう)がうしろ一段(いつたん)あまりに
ひかへたる三浦(みうら)の石左近(いしざこん)の太郎(たらう)が弓手(ゆんで)のかいな(かひな)【腕】
に、したたかにこそた(ッ)たりけれ。三浦(みうら)の人(ひと)共(ども)これをみ【見】
て、「和田(わだの)小太郎(こたらう)がわれにすぎてとを矢(や)(とほや)【遠矢】ゐる(いる)【射る】もの
なしとおもひ【思ひ】て、恥(はぢ)かいたるにくさよ。あれをみよ【見よ】」
とぞわらひ【笑ひ】ける。和田(わだの)小太郎(こたらう)これ【是】をきき、「やすか
らぬ事(こと)也(なり)」とて、小船(こぶね)にの(ッ)【乗つ】てこぎいださせ、平家(へいけ)
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のせい【勢】のなかをさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さむざむ(さんざん)【散々】にゐ(い)【射】け
れば、おほく【多く】の物(もの)どもゐ(い)【射】ころさ【殺さ】れ、手負(ておひ)にけり。又(また)
判官(はうぐわん)ののり給(たま)へる舟(ふね)に、奥(おき)よりしらの【白篦】のおほ矢(や)【大矢】
をひとつ【一つ】ゐ(い)【射】たてて、和田(わだ)がやうに「こなたへ給(たま)はらん」
とぞまねいたる。判官(はうぐわん)これ【是】をぬかせて見(み)給(たま)へば、
しらのに山(やま)どり【山鳥】の尾(を)をも(ッ)てはい【矧い】だりける矢(や)の、
十四(じふし)そく【束】三(みつ)ぶせあるに、伊与【*伊予】国(いよのくにの)住人(ぢゆうにん)、仁井(にゐの)紀四郎(きしらう)
親清(ちかきよ)とぞかきつけたる。判官(はうぐわん)、後藤兵衛(ごとうびやうゑ)実基(さねもと)
をめし【召し】て、「この矢(や)ゐ(い)【射】つべきもの、みかた【御方】にたれ【誰】かあ
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る」との給(たま)へ【宣へ】ば、「甲斐(かひ)源氏(げんじ)に阿佐里(あさりの)与一殿(よいちどの)こそ、勢
兵(せいびやう)にてましまし候(さうら)へ」。「さらばよべ」とてよばれければ、あ
さりの【阿佐里の】与一(よいち)いできたり。判官(はうぐわん)の給(たま)ひけるは、「おき【沖】
よりこの矢(や)をゐ(い)【射】て候(さうらふ)が、ゐ(い)【射】かへせ【返せ】とまねき候(さうらふ)。御(ご)へ
ん【辺】あそばし【遊ばし】候(さうらひ)なんや」。「給(たま)は(ッ)【賜つ】て見(み)候(さうら)はん」とて、つま
よ(ッ)て、「これ【是】はのがすこし【少し】よはう(よわう)【弱う】候(さうらふ)。矢(や)づか【矢束】もち(ッ)とみじ
かう【短かう】候(さうらふ)。おなじうは義成(よしなり)が具足(ぐそく)にてつかまつり候(さうら)
はん」とて、ぬりごめ藤(どう)【塗籠籐】の弓(ゆみ)の九尺(くしやく)ばかりあるに、
ぬりの【塗篦】にくろぼろ【黒母衣】はい【矧い】だる矢(や)の、わが大手(おほで)にをし(おし)【押し】
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にぎ(ッ)【握つ】て、十五(じふご)そく【束】あり【有り】けるをうちくはせ【銜はせ】、よ(ッ)ぴい
てひやうどはなつ【放つ】。四町(しちやう)余(よ)をつ(ッ)とゐ(い)【射】わたし【渡し】て、大舟(おほふね)
のへ【舳】にた(ッ)たる仁井(にゐ)の紀四郎(きしらう)親清(ちかきよ)がま(ッ)ただなかを
ひやうふつとゐ(い)【射】て、ふなぞこ【船底】へさかさまにゐ(い)【射】たう
す(たふす)【倒す】。死生(ししやう)をばしら【知ら】ず。阿佐里(あさり)の与一(よいち)はもとより
勢兵(せいびやう)の手(て)きき【手利】なり。二町(にちやう)にはしる【走る】しか【鹿】をば、
はづさ【外さ】ずゐ(い)【射】けるとぞきこえ【聞え】し。其(その)後(のち)源平(げんぺい)た
がひに命(いのち)ををしま【惜しま】ず、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ。
いづれおとれりとも見(み)えず。されども、平家(へいけ)の
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方(かた)には、十善(じふぜん)帝王(ていわう)、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を帯(たい)してわた
らせ給(たま)へば、源氏(げんじ)いかがあらんずらんとあぶなう
おもひ【思ひ】けるに、しばしは白雲(はくうん)かとおぼしくて、虚空(こくう)に
ただよひけるが、雲(くも)にてはなかりけり、主(ぬし)もなき白幡(しらはた)
ひとながれ【一流】まい(まひ)さが(ッ)て、源氏(げんじ)の舟(ふね)のへ【舳】にさほづけ(さをづけ)【棹付】の
お(を)【緒】のさはる程(ほど)にぞ見(み)えたりける。判官(はうぐわん)、「是(これ)は八
幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の現(げん)じ給(たま)へるにこそ」とよろこ(ン)で、手
水(てうづ)うがひをして、これ【是】を拝(はい)したてまつる【奉る】。兵(つはもの)共(ども)みなかく
のごとし。又(また)源氏(げんじ)のかた【方】よりいるか【海豚】といふ魚(うを)一二千(いちにせん)
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はう【這う】で、平家(へいけ)の方(かた)へむかひ【向ひ】ける。大臣殿(おほいとの)これを御(ご)
らんじて、小博士(こはかせ)晴信(はれのぶ)をめし【召し】て、「いるか【海豚】はつねにおほ
けれ【多けれ】ども、いまだかやうの事(こと)なし。いかがあるべきとかん
がへ【勘へ】申(まう)せ」と仰(おほせ)られければ、「このいるか【海豚】はみ【食み】かへり【返り】候(さうら)
はば、源氏(げんじ)ほろび候(さうらふ)べし。はう【這う】でとほり【通り】候(さうら)はば、みかた【御方】の
御(おん)いくさ【軍】あやうう(あやふう)【危ふう】候(さうらふ)」と申(まうし)もはてねば、平家(へいけ)の舟(ふね)の
したをすぐにはう【這う】でとほり【通り】けり。「世(よ)の中(なか)はいまは
かう」とぞ申(まうし)たる。阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)は、この三(さん)がね
ん【年】があひだ、平家(へいけ)によくよく忠(ちゆう)をつくし、度々(どど)の
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合戦(かつせん)に命(いのち)ををしま【惜しま】ずふせき【防き】たたかひ【戦ひ】けるが、子
息(しそく)田内左衛門(でんないざゑもん)をいけどり【生捕り】にせられて、いかにも
かなは【叶は】じとやおもひ【思ひ】けん、たちまちに心(こころ)がはりして、
源氏(げんじ)に同心(どうしん)してんげり。平家(へいけ)の方(かた)にははかりこ
と【策】に、よき人(ひと)をば兵船(ひやうせん)にのせ【乗せ】、雑人(ざふにん)どもをば唐船(たうせん)
にのせ【乗せ】て、源氏(げんじ)心(こころ)にくさに唐船(たうせん)をせめ【攻め】ば、なかに
とりこめてうたんとしたく【支度】せられたりけれども、阿
波(あはの)民部(みんぶ)がかへりちう(かへりちゆう)【返り忠】のうへ【上】は、唐船(たうせん)には目(め)もかけず、
大将軍(たいしやうぐん)のやつしのり給(たま)へる兵船(ひやうせん)をぞせめ【攻め】たり
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ける。新中納言(しんぢゆうなごん)「やすからぬ。重能(しげよし)めをき(ッ)てすつ【捨つ】べ
かりつる物(もの)を」と、千(ち)たび【千度】後悔(こうくわい)せられけれどもかな
は【叶は】ず。さる程(ほど)に、四国(しこく)・鎮西(ちんぜい)のつは物(もの)共(ども)、みな平家(へいけ)を
そむいて源氏(げんじ)につく。いままでしたがひ【従ひ】ついたり
し物(もの)共(ども)も、君(きみ)にむか(ッ)【向つ】て弓(ゆみ)をひき、主(しゆう)に対(たい)して太刀(たち)
をぬく。かの岸(きし)につかんとすれば、浪(なみ)たかくして
かなひ【叶ひ】がたし。このみぎはによらんとすれば、敵(てき)
矢(や)さき【矢先】をそろへてまち【待ち】かけたり。源平(げんぺい)の国(くに)あ
『先帝(せんてい)身投(みなげ)』S1109
らそひ、けふをかぎりとぞ見(み)えたりける。○源氏(げんじ)の
P11089
つは物(もの)共(ども)、すでに平家(へいけ)の舟(ふね)にのりうつりけれ
ば、水手(すいしゆ)梶取(かんどり)ども、ゐ(い)【射】ころさ【殺さ】れ、きりころさ【殺さ】れて、舟(ふね)
をなをす(なほす)【直す】に及(およ)ばず、舟(ふな)ぞこにたはれ【倒れ】ふし【伏し】に
けり。新中納言(しんぢゆうなごん)知盛卿(とももりのきやう)小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て御所(ごしよ)の御舟(おんふね)に
まいり(まゐり)【参り】、「世(よ)のなかは、今(いま)はかうと見(み)えて候(さうらふ)。見(み)ぐるしか
らん物(もの)共(ども)みな海(うみ)へいれ【入れ】させ給(たま)へ」とて、ともへ【艫舳】には
しり【走り】まはり、はい【掃い】たり、のごう【拭う】たり、塵(ちり)ひろい(ひろひ)【拾ひ】、手(て)づ
から掃除(さうぢ)せられけり。女房(にようばう)達(たち)「中納言殿(ちゆうなごんどの)、いくさ【軍】は
いかにやいかに」と口々(くちぐち)にとひ給(たま)へば、「めづらしきあづ
P11090
ま男(をとこ)【東男】をこそ御(ご)らんぜられ候(さうら)はんずらめ」とて、から
からとわらひ【笑ひ】給(たま)へば、「なんでうのただいまのたは
ぶれ【戯れ】ぞや」とて、声々(こゑごゑ)におめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】給(たま)ひけ
り。二位殿(にゐどの)はこのありさま【有様】を御(ご)らんじて、日(ひ)ごろ
おぼしめし【思し召し】まうけたる事(こと)なれば、にぶ色【鈍色】のふた
つ【二つ】ぎぬ【衣】うちかづき、ねりばかま【練袴】のそば【稜】たかくは
さみ【鋏み】、神璽(しんし)をわきにはさみ【鋏み】、宝剣(ほうけん)を腰(こし)にさし、主
上(しゆしやう)をいだきたてま(ッ)【奉つ】て、「わが身(み)は女(をんな)なりとも、かたき【敵】
の手(て)にはかかるまじ。君(きみ)の御(おん)ともにまいる(まゐる)【参る】也(なり)。御心(おんこころ)
P11091
ざしおもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)はん人々(ひとびと)は、いそぎつづき給(たま)
へ」とて、ふなばたへあゆみ【歩み】いでられけり。主上(しゆしやう)こと
しは八歳(はつさい)にならせ給(たま)へども、御(おん)とし【年】の程(ほど)よりは
るかにねびさせ給(たま)ひて、御(おん)かたちうつくしく、あた
りもてりかかやく【輝く】ばかり也(なり)。御(おん)ぐしくろう【黒う】ゆらゆら
として、御(おん)せなかすぎさせ給(たま)へり。あきれたる
御(おん)さまにて、「尼(あま)ぜ、われをばいづちへぐし【具し】てゆか
むとするぞ」と仰(おほせ)ければ、いとけなき君(きみ)にむかひ【向ひ】
たてまつり【奉り】、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て申(まう)されけるは、「君(きみ)はいま
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だしろしめさ【知ろし召さ】れさぶらはずや。先世(ぜんぜ)の十善(じふぜん)戒
行(かいぎやう)の御(おん)ちからによ(ッ)て、いま【今】万乗(ばんじよう)のあるじとむまれ【生れ】
させ給(たま)へども、悪縁(あくえん)にひかれて、御運(ごうん)すで【既】につ
きさせ給(たま)ひぬ。まづ東(ひがし)にむかは【向は】せ給(たま)ひて、伊勢
大神宮(いせだいじんぐう)に御(おん)いとま申(まう)させ給(たま)ひ、其(その)後(のち)西方(さいはう)浄土(じやうど)
の来迎(らいかう)にあづからむとおぼしめし【思し召し】、西(にし)にむかは【向は】せ
給(たま)ひて、御念仏(おんねんぶつ)さぶらふ【候ふ】べし。この国(くに)はそくさ
む(そくさん)【粟散】辺(へん)ぢ【辺地】とて、心(こころ)うきさかゐ(さかひ)【境】にてさぶらへ【候へ】ば、極楽(ごくらく)
浄土(じやうど)とてめでたき処(ところ)へぐし【具し】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】さぶらふ【候ふ】ぞ」と、
P11093
なくなく【泣く泣く】申(まう)させ給(たま)ひければ、山鳩色(やまばといろ)の御衣(ぎよい)に
びんづら【鬢】ゆはせ[M 「ゆはせゆはせ」とあり後の「ゆはせ」をミセケチ]給(たま)ひて、御涙(おんなみだ)におぼれ、ち
いさく(ちひさく)【小さく】うつくしき御手(おんて)をあはせ【合はせ】、まづ東(ひがし)をふし【伏し】おが
み(をがみ)【拝み】、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)に御(おん)いとま申(まう)させ給(たま)ひ、其(その)後(のち)
西(にし)にむかは【向は】せ給(たま)ひて、御念仏(おんねんぶつ)ありしかば、二位殿(にゐどの)
やがていだき奉(たてまつ)り、「浪(なみ)のしたにも都(みやこ)のさぶらふ【候ふ】
ぞ」となぐさめたてま(ッ)【奉つ】て、ちいろ(ちひろ)【千尋】の底(そこ)へぞ入(いり)給(たま)ふ。
悲(かなしき)哉(かな)、無常(むじやう)の春(はる)の風(かぜ)、忽(たちまち)に花(はな)の御(おん)すがたをちらし【散らし】、
なさけなきかな、分段(ぶんだん)のあらき浪(なみ)、玉体(ぎよくたい)をしづめ
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たてまつる【奉る】。殿(てん)をば長生(ちやうせい)と名(な)づけてながきすみか【栖】と
さだめ、門(もん)をば不老(ふらう)と号(かう)して、老(おい)せぬとざしとかき【書き】[M 「とき」とあり「と」をミセケチ「か」と傍書]
たれども、いまだ十歳(じつさい)のうちにして、底(そこ)のみくづ【水屑】となら
せ給(たま)ふ。十善(じふぜん)帝位(ていゐ)の御果報(おんくわはう)、申(まう)すもなかなかおろ
か【愚】なり。雲上(うんしやう)の竜(りよう)くだ(ッ)て海底(かいてい)の魚(うを)となり給(たま)ふ。
大梵(だいぼん)高台(かうだい)の閣(かく)のうへ【上】、釈提(しやくだい)喜見(きけん)の宮(みや)の内(うち)、い
にしへは槐門(くわいもん)(クハイモン)棘路(きよくろ)のあひだに九族(きうぞく)をなびかし、今(いま)
は舟(ふね)のうち、浪(なみ)のしたに御命(おんいのち)を一時(いつし)にほろぼし
『能登殿(のとどの)最期(さいご)』S1110
給(たま)ふこそ悲(かな)しけれ。○女院(にようゐん)はこの御(おん)ありさま【有様】を御(ご)
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らんじて、御(おん)やき石(いし)、御硯(おんすずり)、左右(さう)の御(おん)ふところ【懐】に
いれ【入れ】て、海(うみ)へいらせ給(たま)ひたりけるを、渡辺党(わたなべたう)
に源五(げんご)馬允(うまのじよう)(うまノゼウ)むつる[B 「むへる」とあり「へ」に「つ」と傍書][* 下欄に「眤」と注記]、たれ【誰】とはしり【知り】たてまつらね
ども、御(おん)ぐしをくま手(で)【熊手】にかけてひき【引き】あげたて
まつる【奉る】。女房(にようばう)達(たち)「あなあさまし。あれは女院(にようゐん)にて
わたらせ給(たまふ)ぞ」と、声々(こゑごゑ)口々(くちぐち)に申(まう)されければ、判官(はうぐわん)
に申(まうし)て、いそぎ御所(ごしよ)の御舟(おんふね)へわたしたてまつる【奉る】。
大納言(だいなごん)の佐(すけ)どの【殿】は、内侍所(ないしどころ)の御(おん)からうと[* 下欄に「唐櫃(カラフト)」と注記]をも(ッ)て、
海(うみ)へいら【入ら】んとし給(たま)ひけるが、はかま【袴】のすそをふな
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ばたにゐ(い)【射】つけ【付け】られ、け【蹴】まとゐ(まとひ)てたふれ【倒れ】給(たまひ)たり
けるを、つはもの【兵】どもとりとどめ【留め】たてまつる【奉る】。さて
武士(ぶし)ども内侍所(ないしどころ)のじやう【鎖】ねぢき(ッ)て、すでに御(おん)
ふた【蓋】をひらかんとすれば、たちまち【忽】に目(め)くれ、
鼻血(はなぢ)たる。平(へい)大納言(だいなごん)いけどり【生捕り】にせられておはし
けるが、「あれは内侍所(ないしどころ)のわたらせ給(たま)ふぞ。凡夫(ぼんぶ)は
見(み)たてまつら【奉ら】ぬ事(こと)ぞ」との給(たま)へ【宣へ】ば、兵(つはもの)共(ども)みなのき【退き】
にけり。其(その)後(のち)判官(はうぐわん)、平(へい)大納言(だいなごん)に申(まうし)あはせ【合はせ】て、も
とのごとくからげおさめ(をさめ)【納め】たてまつる【奉る】。さる程(ほど)に、平(へい)
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中納言(ぢゆうなごん)教盛卿(のりもりのきやう)、修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)兄弟(きやうだい)、よろひ【鎧】の
うへ【上】にいかりををひ(おひ)、手(て)をとりくんで、海(うみ)へぞ入(いり)給(たま)
ひける。小松(こまつ)の新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛(すけもり)、同(おなじく)少将(せうしやう)有盛(ありもり)、
いとこの左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、手(て)に手(て)をとりくんで一所(いつしよ)に
しづみ給(たま)ひけり。人々(ひとびと)はか様(やう)【斯様】にし給(たま)へども、おほい殿(との)【大臣殿】
おやこ【親子】は海(うみ)にいら【入ら】んずるけしき【気色】もおはせず、ふなば
たに立(たち)いで【出で】て四方(しはう)見(み)めぐらし[* 「めぐりし」と有るのを他本により訂正]、あきれたるさま【様】にて
おはしけるを、侍(さぶらひ)どもあまりの心(こころ)うさに、とほるやうに
て、大臣殿(おほいとの)を海(うみ)へつき入(いれ)たてまつる【奉る】。右衛門督(うゑもんのかみ)
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これ【是】を見(み)て、やがてとび入(いり)給(たま)ひけり。みな人(ひと)は
おもき【重き】鎧(よろひ)のうへ【上】に、おもき【重き】物(もの)をおふ(おう)【負う】たりいだひ(いだい)【抱い】た
りしていれ【入れ】ばこそしづめ、この人(ひと)おや子(こ)【親子】はさ
もし給(たま)はぬうへ【上】、なまじゐ(なまじひ)にく[B ッ]きやう(くつきやう)【究竟】の水練(すいれん)にて
おはしければ、しづみもやり給(たま)はず。大臣殿(おほいとの)は
右衛門督(うゑもんのかみ)しづまばわれもしづまん、たすかり
給(たま)はばわれもたすからむとおもひ【思ひ】給(たま)ふ。右衛門
督(うゑもんのかみ)も、ちち【父】しづみ給(たま)はばわれもしづまん、たすかり
給(たま)はば我(われ)もたすからんとおもひ【思ひ】て、たがひに目(め)を
P11099
見(み)かはしておよぎ【泳ぎ】ありき【歩き】給(たま)ふ程(ほど)に、伊勢(いせの)三
郎(さぶらう)義盛(よしもり)、小舟(こぶね)をつ(ッ)とこぎよせ、まづ右衛門
督(うゑもんのかみ)を熊手(くまで)にかけてひき【引き】あげたてまつる【奉る】。
大臣殿(おほいとの)是(これ)をみ【見】ていよいよしづみもやり給(たま)はねば、お
なじうとりたてま(ッ)【奉つ】て(ン)げり。大臣殿(おほいとの)の御(おん)めのと子(ご)【乳母子】飛弾【*飛騨】[B ノ](ひだの)
三郎左衛門(さぶらうざゑもん)景経(かげつね)、小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て義盛(よしもり)が舟(ふね)にのり
うつり、「我(わが)君(きみ)とりたてまつる【奉る】はなに物(もの)【何者】ぞ」とて、太刀(たち)
をぬいてはしり【走り】かかる。義盛(よしもり)すでにあぶなうみえ【見え】
けるを、義盛(よしもり)が童(わらは)、しう(しゆう)【主】をうた【討た】せじとなかにへだた
P11100
る【隔たる】。景経(かげつね)がうつ太刀(たち)〔に〕甲(かぶと)のま(ッ)かう【真甲】うちわられ、二(に)の太刀(たち)
にくび【頸】うちおとさ【落さ】れぬ。義盛(よしもり)なを(なほ)【猶】あぶなうみえ【見え】ける
を、ならびの舟(ふね)より堀(ほりの)弥太郎(やたらう)親経(ちかつね)、よ(ッ)ぴいてひ
やうどゐる(いる)【射る】。景経(かげつね)うち甲(かぶと)【内甲】をゐ(い)【射】させてひるむところ【処】
に、堀(ほり)の弥太郎(やたらう)のりうつ(ッ)て、三郎左衛門(さぶらうざゑもん)にくんで
ふす【伏す】。堀(ほり)が郎等(らうどう)、主(しゆう)につづい【続い】てのりうつり、景経(かげつね)が
鎧(よろひ)のくさずり【草摺】ひき【引き】あげ、二(ふた)かたな【二刀】さす。飛弾【*飛騨】(ひだ)の
三郎左衛門(さぶらうざゑもん)景経(かげつね)、きこゆる【聞ゆる】大(だい)ぢから【大力】のかう【剛】のもの
なれども、運(うん)やつきにけん、いた手(で)【痛手】はをう(おう)【負う】つ、敵(かたき)はあ
P11101
またあり、そこにてつゐに(つひに)【遂に】うた【討た】れにけり。大臣殿(おほいとの)
は生(いき)ながらとりあげられ、目(め)の前(まへ)でめのと子(ご)【乳母子】がう
たるるを見(み)給(たま)ふに、いかなる心地(ここち)かせられけん。凡(およ)(ヲヨ)
そ能登守(のとのかみ)教経(のりつね)の矢(や)さき【矢先】にまはる物(もの)こそなかり
けれ。矢(や)だねの有(ある)程(ほど)ゐ(い)【射】つくし【尽くし】て、けふを最後(さいご)とや
おもは【思は】れけむ、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾(からあや)おどし(からあやをどし)【唐綾威】
の鎧(よろひ)きて、いかものづくりの大太刀(おほだち)ぬき、しら柄(え)【白柄】
の大長刀(おほなぎなた)のさやをはづし【外し】、左右(さう)にも(ッ)てなぎ【薙ぎ】まはり
給(たま)ふに、おもてをあはする物(もの)ぞなき。おほく【多く】の物(もの)
P11102
どもうた【討た】れにけり。新中納言(しんぢゆうなごん)使者(ししや)をたてて、「能登
殿(のとどの)、いたう罪(つみ)なつくり給(たま)ひそ。さりとてよきかた
き【敵】か」との給(たま)ひければ、「さては大将軍(たいしやうぐん)にくめ【組め】ご
さんなれ」と心(こころ)えて、うちもの【打物】くきみじか【茎短】にと(ッ)て、
源氏(げんじ)の舟(ふね)にのりうつりのりうつり、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】
でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。判官(はうぐわん)を見(み)しり給(たま)はねば、物(もの)のぐ【物の具】
のよき武者(むしや)をば判官(はうぐわん)かとめ【目】をかけて、はせ【馳せ】まは
る。判官(はうぐわん)もさきに心(こころ)えて、おもてにたつ様(やう)にはしけ
れども、とかくちがひ【違ひ】て能登殿(のとどの)にはくま【組ま】れず。されども
P11103
いかがしたりけむ、判官(はうぐわん)の舟(ふね)にのりあた(ッ)て、あは
やと目(め)をかけてとんでかかるに、判官(はうぐわん)かなは【叶は】じと
やおもは【思は】れけん、長刀(なぎなた)脇(わき)にかいはさみ、みかた【御方】の
舟(ふね)の二丈(にぢやう)ばかりのい【退い】たりけるに、ゆらりととび
のり給(たま)ひぬ。能登殿(のとどの)ははやわざ【早業】やおとられたり
けん、やがてつづいてもとび給(たま)はず。いま【今】はかうとお
もは【思は】れければ、太刀(たち)長刀(なぎなた)海(うみ)へなげいれ【入れ】、甲(かぶと)もぬ
いですてられけり。鎧(よろひ)の草(くさ)ずり【草摺】かなぐりすて、ど
う【胴】ばかりきて、おほ【大】童(わらは)になり、おほ手(で)をひろ
P11104
げてたたれたり。凡(およそ)あたりをはら(ッ)【払つ】てぞ見(み)えた
りける。おそろし【恐ろし】な(ン)ど(なんど)もおろか【愚】也(なり)。能登殿(のとどの)大音声(だいおんじやう)
をあげて、「われとおもは【思は】ん物(もの)どもは、よ(ッ)【寄つ】て教経(のりつね)に
くん【組ん】でいけどりにせよ。鎌倉(かまくら)へくだ(ッ)て、頼朝(よりとも)に
あふ(あう)【逢う】て、物(もの)ひと詞(こと)いはんとおもふ【思ふ】ぞ。よれやよれ」と
の給(たま)へ【宣へ】共(ども)、よるもの【者】一人(いちにん)もなかりけり。ここに土佐
国(とさのくに)の住人(ぢゆうにん)安芸郷(あきのがう)を知行(ちぎやう)しける安芸[B ノ](あきの)大領(だいりやう)実
康(さねやす)が子(こ)に、安芸[B ノ](あきの)太郎(たらう)実光(さねみつ)とて、卅人(さんじふにん)がちから【力】も(ッ)
たる大(だい)ぢから【大力】のかう【剛】のもの【者】あり【有り】。われにち(ッ)ともおと
P11105
らぬ郎等(らうどう)一人(いちにん)、おとと【弟】の次郎(じらう)も普通(ふつう)にはす
ぐれたるしたたか物(もの)なり。安芸(あき)の太郎(たらう)、能
登殿(のとどの)を見(み)たてま(ッ)【奉つ】て申(まうし)けるは、「いかにたけ
う【猛う】ましますとも、我等(われら)三人(さんにん)とりついたらんに、
たとひたけ十丈(じふぢやう)の鬼(おに)なりとも、などかしたがへざ
るべき」とて、主従(しゆうじゆう)三人(さんにん)小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て、能登殿(のとどの)の
舟(ふね)にをし(おし)【押し】ならべ、ゑい(えい)といひ【言ひ】てのりうつり、甲(かぶと)のしこ
ろをかたぶけ【傾け】、太刀(たち)をぬいて一面(いちめん)にう(ッ)【打つ】てかかる。能
登殿(のとどの)ち(ッ)ともさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)はず、ま(ッ)さきにすすんだる
P11106
安芸(あきの)太郎(たらう)が郎等(らうどう)をすそ【裾】をあはせ【合はせ】て、海(うみ)へどう
どけ【蹴】いれ【入れ】給(たま)ふ。つづいてよる安芸(あきの)太郎(たらう)を弓
手(ゆんで)の脇(わき)にと(ッ)てはさみ【鋏み】、弟(おとと)の次郎(じらう)をば馬手(めて)のわき
にかいはさみ、ひとしめ【一締】しめて、「いざうれ、さらばおO[BH の]れら【己等】
死途(しで)の山(やま)のともせよ」とて、生年(しやうねん)廿六(にじふろく)にて海(うみ)へつ(ッ)
『内侍所(ないしどころの)都入(みやこいり)』S1111
とぞいり【入り】給(たま)ふ。○新中納言(しんぢゆうなごん)「見(み)るべき程(ほど)の事(こと)は
見(み)つ、いまは自害(じがい)せん」とて、めのと子(ご)【乳母子】の伊賀(いがの)平(へい)内
左衛門(ないざゑもん)家長(いへなが)をめし【召し】て、「いかに、約束(やくそく)はたがう(たがふ)【違ふ】まじ
きか」との給(たま)へ【宣へ】ば、「子細(しさい)にや及(および)候(さうらふ)」と、中納言(ちゆうなごん)に鎧(よろひ)二領(にりやう)
P11107
きせ【着せ】たてまつり【奉り】、我(わが)身(み)も鎧(よろひ)二領(にりやう)きて、手(て)をと
りく(ン)【組ん】で海(うみ)へぞ入(いり)にける。是(これ)をみ【見】て侍(さぶらひ)共(ども)廿(にじふ)余人(よにん)
おくれ【遅れ】たてまつら【奉ら】じと、手(て)に手(て)をとり【取り】くん【組ん】で、一
所(いつしよ)にしづみけり。其(その)中(なか)に、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)・上総(かづさの)五
郎兵衛(ごらうびやうゑ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)・飛弾【*飛騨】(ひだの)四郎兵衛(しらうびやうゑ)はなにとし
てかのがれ【逃れ】たりけん、そこをも又(また)落(おち)にけり。海上(かいしやう)
には赤旗(あかはた)赤(あか)じるし【赤印】なげ【投げ】すて、かなぐりすて【捨て】たりけ
れば、竜田河(たつたがは)の紅葉(もみぢ)ばを嵐(あらし)の吹(ふき)ちらし【散らし】たるがごと
し。みぎは【汀】によする【寄する】しら浪(なみ)【白浪】もうすぐれなゐに
P11108
ぞなりにける。主(ぬし)もなきむなしき【空しき】舟(ふね)は、塩(しほ)にひか
れ風(かぜ)にしたが(ッ)て、いづくをさすともなくゆられゆ
くこそ悲(かな)しけれ。生(いけ)どりには、前(さき)の内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)、平(へい)
大納言(だいなごん)時忠(ときただ)、右衛門督(うゑもんのかみ)清宗(きよむね)、蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)、讃岐[B ノ](さぬきの)中
将(ちゆうじやう)時実(ときざね)、兵部[B ノ]少輔(ひやうぶのせう)雅明(まさあきら)、大臣殿(おほいとの)の八歳(はつさい)になり給(たま)ふ
若公(わかぎみ)【若君】、僧(そう)には二位(にゐの)僧都(そうづ)宣真【*全真】(せんしん)・法勝寺(ほつしようじの)執行(しゆぎやう)能
円(のうゑん)・中納言(ちゆうなごんの)律師(りつし)仲快(ちゆうくわい)・経誦房(きやうじゆばうの)阿闍梨(あじやり)融円(ゆうゑん)、
侍(さぶらひ)には源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)季貞(すゑさだ)・摂津[B ノ](つの)判官(はんぐわん)盛澄(もりずみ)・橘(きち)
内左衛門(ないざゑもん)季康(すゑやす)・藤(とう)内左衛門(ないざゑもん)信康(のぶやす)・阿波(あはの)民部(みんぶ)
P11109
重能(しげよし)父子(ふし)、以上(いじやう)卅八人(さんじふはちにん)也(なり)。菊地【*菊池】(きくちの)次郎(じらう)高直(たかなほ)・原田(はらだの)
大夫(たいふ)種直(たねなほ)は、いくさ【軍】以前(いぜん)より郎等(らうどう)どもあひ【相】具(ぐ)して
降人(かうにん)にまいる(まゐる)【参る】。女房(にようばう)には、女院(にようゐん)、北(きた)の政所(まんどころ)、廊(らう)の御方(おんかた)(ヲンかた)、
大納言[B ノ]佐殿(だいなごんのすけどの)、帥(そつ)のすけ【帥の典侍】殿(どの)、治部卿[B ノ](ぢぶきやうの)局(つぼね)已下(いげ)四十三人(しじふさんにん)
とぞきこえ【聞え】し。元暦(げんりやく)二年(にねん)の春(はる)のくれ【暮】、いかなる年
月(としつき)にて一人(いちじん)海底(かいてい)にしづみ、百官(ひやくくわん)波上(はしやう)にうかぶらん。
国母(こくも)官女(くわんぢよ)は東夷(とうい)西戎(せいじゆ)【征戎】の手(て)にしたがひ【従ひ】、臣下(しんか)卿相(けいしやう)は
数万(すまん)の軍旅(ぐんりよ)にとらはれ【捕はれ】て、旧里(きうり)にかへり【帰り】給(たま)ひし
に、或(あるい)は朱買臣(しゆばいしん)(シユハイジン)が錦(にしき)をきざる事(こと)をなげき、或(あるい)は
P11110
王照君【*王昭君】(わうぜうくん)が胡国(ここく)におもむき【赴き】し恨(うらみ)もかくやとぞかなし
み給(たま)ひける。同(おなじき)四月(しぐわつ)三日(みつかのひ)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、源
八(げんぱち)広綱(ひろつな)をも(ッ)て、院(ゐんの)御所(ごしよ)へ奏聞(そうもん)せられけるは、去(さんぬる)三
月(さんぐわつ)廿四日(にじふしにち)、豊前[B ノ]国(ぶせんのくに)田(た)の浦(うら)、門司関(もじがせき)、長門[B ノ]国(ながとのくに)檀[B ノ]浦【*壇浦】(だんのうら)、赤
間(あかま)が関(せき)にて平家(へいけ)をせめ【攻め】おとし【落し】、三種(さんじゆの)神器(しんぎ)事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】
なくかへし【返し】入(いれ)奉(たてまつ)るよし申(まう)されたりければ、院中(ゐんぢゆう)の
上下(じやうげ)騒動(さうどう)す。広綱(ひろつな)を御坪(おつぼ)のうちへめし【召し】、合戦(かつせん)の次
第(しだい)をくはしう【詳しう】御尋(おんたづね)ありて、御感(ぎよかん)のあまりに左兵
衛[B ノ]尉(さひやうゑのじよう)になさ[* 「めさ」と有るのを他本により訂正]れけり。「一定(いちぢやう)かへりいら【入ら】せ給(たま)ふかみ【見】て
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まいれ(まゐれ)【参れ】」とて、五日O[BH ノ日](いつかのひ)、北面(ほくめん)に候(さうらひ)ける藤(とう)判官(はんぐわん)信盛(のぶもり)を西
国(さいこく)へさしつかはさる。宿所(しゆくしよ)へもかへらず、やがて院(ゐん)の
御馬(おんむま)を給(たま)は(ッ)【賜つ】て、鞭(むち)をあげ、西(にし)をさいてはせ【馳せ】くだる。
同(おなじき)十四日(じふしにち)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、平氏(へいじ)男女(なんによ)のいけ
どり【生捕り】ども【共】、あひぐし【具し】てのぼりけるが、播磨国(はりまのくに)明石浦(あかしのうら)
にぞつきにける。名(な)をえたる浦(うら)なれば、ふけゆ
くままに月(つき)さへのぼり、秋(あき)の空(そら)にもおとらず。女
房(にようばう)達(たち)さしつどひ【集ひ】て、「一(ひと)とせ【年】これ【是】をとをり(とほり)【通り】しには、
かかるべしとはおもは【思は】ざりき」な(ン)ど(なんど)いひて、しのびね【忍び音】に
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なき【泣き】あはれけり。帥(そつ)のすけ【帥の典侍】殿(どの)つくづく月(つき)をなが
め給(たま)ひ、いとおもひ【思ひ】のこす【残す】事(こと)もおはせざりけれ
ば、涙(なみだ)にとこ【床】もうく【浮く】ばかりにて、かうぞ思(おも)ひつづけ給(たま)ふ。
ながむればぬるる【濡るる】たもとにやどり【宿り】けり
月(つき)よ雲井(くもゐ)のものがたりせよ W085
雲(くも)のうへ【上】に見(み)しにかはらぬ月(つき)かげ【月影】の
すむ【澄む】につけてもものぞかなしき【悲しき】 W086
大納言佐殿(だいなごんのすけどの)
我(わが)身(み)こそあかしの浦(うら)にたびね【旅寝】せめ
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おなじ浪(なみ)にもやどる月(つき)かな W087
「さこそ物(もの)がなしう、昔(むかし)恋(こひ)しうもおはしけめ」と、判官(はうぐわん)
物(もの)のふなれどもなさけあるおのこ(をのこ)【男】なれば、身(み)に
しみてあはれ【哀】にぞおもは【思は】れける。同(おなじき)廿五日(にじふごにち)、内侍所(ないしどころ)しる
し【璽】の御箱(みはこ)、鳥羽(とば)につかせ給(たま)ふときこえ【聞え】しかば、内
裏(だいり)より御(おん)むかへ【向へ】にまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ人々(ひとびと)、勘解由小
路[* 「勘解由少路」と有るのを他本により訂正](かでのこうぢの)中納言(ちゆうなごん)経房卿(つねふさのきやう)・高倉(たかくらの)宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)泰通(やすみち)・権(ごんの)右中弁(うちゆうべん)
兼忠(かねただ)・左衛門(さゑもんの)権佐(ごんのすけ)親雅(ちかまさ)・江浪[B ノ](えなみの)[* 下欄に「榎並(エナミ)」と注記]中将(ちゆうじやう)公時(きんとき)・但馬(たじまの)少将(せうしやう)教
能(のりよし)、武士(ぶし)には伊豆(いづの)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)頼兼(よりかぬ)・石川[B ノ](いしかはの)判官代(はんぐわんだい)能
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兼(よしかぬ)・左衛門尉(さゑもんのじよう)有綱(ありつな)とぞきこえ【聞え】し。其(その)夜(よ)の子(ねの)刻(こく)に、
内侍所(ないしどころ)しるし【璽】の御箱(みはこ)太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)へいらせ給(たま)
ふ。宝剣(ほうけん)はうせ【失せ】にけり。神璽(しんし)は海上(かいしやう)にうかびたり
けるを、片岡[B ノ](かたをかの)太郎(たらう)経春(つねはる)がとりあげたてま(ッ)【奉つ】た
『剣(けん)』S1112
りけるとぞきこえ【聞え】し。○吾(わが)朝(てう)には神代(じんだい)よりつ
たはれる霊剣(れいけん)三(みつ)あり【有り】。十(と)つか【十握】の剣(けん)、あまのはや
きりの剣(けん)、草(くさ)なぎ【草薙】の剣(けん)これ【是】也(なり)。十(と)つか【十握】の剣(けん)は、
大和国(やまとのくに)いそのかみ【石上】布留(ふる)の社(やしろ)におさめ(をさめ)【納め】らる。あま
の羽(は)やきりの剣(けん)は、尾張国(をはりのくに)熱田(あつた)の宮(みや)にあり
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とかや。草(くさ)なぎ【草薙】の剣(けん)は内裏(だいり)にあり。今(いま)の宝剣(ほうけん)
これ【是】也(なり)。この剣(けん)の由来(ゆらい)を申(まう)せば、昔(むかし)素戔(すさ)の烏(を)
の尊(みこと)、出雲国(いづものくに)曾我(そが)のさとに宮(みや)づくりし給(たま)ひ
しに、そのところ【所】に八(や)いろの雲(くも)常(つね)にたちければ、
尊(みこと)これを御(ご)らんじ【御覧じ】て、かくぞ詠(えい)じ給(たま)ひける。
八雲(やくも)たつ出雲(いづも)八(や)えがき(やへがき)【八重垣】つまごめに
やえがき(やへがき)【八重垣】つくるそのやえがき(やへがき)【八重垣】を W088
これ【是】を三十一字(さんじふいちじ)のはじめとす。国(くに)を出雲(いづも)と
なづくる事(こと)も、すなはちこのゆへ(ゆゑ)【故】とぞ奉(うけたま)はる【承る】。
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むかし、みこと、出雲国(いづものくに)ひの河上(かはかみ)にくだり【下り】給(たま)ひしと
き、国(くに)つの神(かみ)【国津神】に足(あし)なづち手(て)なづちとて夫神(をがみ)
婦神(めがみ)おはします。其(その)子(こ)に端正(たんじやう)のむすめあり【有り】。ゐな
だ姫(ひめ)(いなだひめ)と号(かう)す。おや子(こ)【親子】三人(さんにん)なき【泣き】ゐたり。みこと「いか
に」ととひ給(たま)へば、こたえ(こたへ)【答へ】申(まうし)ていはく、「われにむすめ
八人(はちにん)ありき。みな大蛇(だいじや)のためにのまれぬ。いま一人(いちにん)
のこるところの少女(せうぢよ)、又(また)のまれんとす。件(くだん)の大蛇(だいじや)は
尾(を)かしら【頭】ともに八(やつ)あり【有り】。おのおの【各々】八(やつ)のみね、八(やつ)の谷(たに)に
はひ【這ひ】はびこれり。霊樹(れいじゆ)異木(いぼく)せなかにおひ【生ひ】たり。い
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く千年(せんねん)をへたりといふ事(こと)をしら【知ら】ず。まなこは日
月(じつげつ)の光(ひかり)のごとし。年々(ねんねん)に人(ひと)をのむ【飲む】。おや【親】のまるる
もの【者】は子(こ)かなしみ、子(こ)のまるるもの【者】はおやかなしみ、
村南(そんなん)村北(そんぼく)に哭(こく)する声(こゑ)たえず」とぞ申(まうし)ける。みこと
あはれ【哀】におぼしめし【思し召し】、この少女(せうぢよ)をゆつ[* 「ゆづ」と有るのを他本により訂正]のつまぐし【爪櫛】
にとりなし、御(おん)ぐし【髪】にさしかくさ【隠さ】せ給(たま)ひ、八(やつ)の舟(ふね)に
酒(さけ)をいれ【入れ】、美女(びぢよ)のすがたをつく(ッ)てたかき【高き】岡(をか)にた
つ。その【其の】かげ【影】酒(さけ)にうつれり。大蛇(だいじや)人(ひと)とおも(ッ)て其(その)かげ
をあくまでの(ン)で、酔(ゑひ)ふし【臥し】たりけるを、尊(みこと)はき【佩き】
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給(たま)へる十(と)つか【十握】の剣(けん)をぬいて、大蛇(だいじや)をづだづだにき
り給(たま)ふ。其(その)なかに一(ひとつ)の尾(を)にいた(ッ)てきれず。尊(みこと)あや
しとおぼしめし【思し召し】、たてさまにわ(ッ)て御(ご)らんずれば、
一(ひとつ)の霊剣(れいけん)あり【有り】。これ【是】をと(ッ)て天照大神(てんせうだいじん)にたてまつ
り給(たま)ふ。「これはむかし、高間(たかま)の原(はら)にてわがおとし【落し】たり
し剣(けん)なり」とぞの給(たま)ひ【宣ひ】ける。大蛇(だいじや)の尾(を)のなかに
あり【有り】ける時(とき)は、村雲(むらくも)つねにおほひ【覆ひ】ければ、あま
の村雲(むらくも)の剣(けん)とぞ申(まうし)ける。おおん神(がみ)(おほんがみ)【御神】是(これ)をえて、あ
め【天】の御門(みかど)の御(み)たからとし給(たま)ふ。豊葦原(とよあしはら)中津国(なかつくに)の
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あるじとして、天孫(てんそん)をくだしたてまつり【奉り】給(たま)ひしと
き【時】、この剣(けん)をも御鏡(みかがみ)にそへてたてまつら【奉ら】せ給(たま)ひけ
り。第九代(だいくだい)の御門(みかど)開化天皇(かいくわてんわう)の御時(おんとき)までは、ひとつ【一つ】
殿(てん)におはしましけるを、第十代(だいじふだい)の御門(みかど)崇神天皇[B ノ](しゆじんてんわうの)
御宇(ぎよう)に及(およん)で、霊威(れいゐ)(レイイ)におそれ【恐れ】て、天照大神(てんせうだいじん)を大和
国(やまとのくに)笠(かさ)ぬい(かさぬひ)【笠縫】の里(さと)、磯(いそ)がきのひろきにうつしたてまつ
り【奉り】給(たま)ひし時(とき)、この剣(けん)をも天照大神(てんせうだいじん)の社壇(しやだん)にこめ
たてまつら【奉ら】せ給(たま)ひけり。其(その)時(とき)剣(けん)を作(つく)りかへて、御(おん)
まもり【守り】とし給(たま)ふ。御霊威(ごれいゐ)もとの剣(けん)にあひおと
P11120
らず。あまの村雲(むらくも)の剣(けん)は、崇神天皇(しゆじんてんわう)より景行
天皇(けいかうてんわう)まで三代(さんだい)は、天照大神(てんせうだいじん)の社壇(しやだん)にあがめをか(おか)【置か】
れたりけるを、景行天皇(けいかうてんわう)の御宇(ぎよう)四十年(しじふねん)六
月(ろくぐわつ)に、東夷(とうい)反逆(ほんぎやく)のあひだ、御子(おんこ)日本武(にほんたけ)の尊(みこと)御心(おんこころ)も
かう【剛】に、御力(おんちから)も人(ひと)にすぐれておはしければ、精撰(せいせん)に
あた(ッ)てあづまへくだり【下り】給(たま)ひし時(とき)、天照大神(てんせうだいじん)へま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て御(おん)いとま申(まう)させ給(たま)ひけるに、御(おん)いもうといつ
き【斎】の尊(みこと)をも(ッ)て、「謹(つつしん)でおこたる事(こと)なかれ」とて、霊剣(れいけん)
を尊(みこと)にさづけ申(まうし)給(たま)ふ。さて駿河国(するがのくに)に下(くだ)り給(たま)ひ
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たりしかば、其(その)ところ【所】の賊徒等(ぞくとら)「この国(くに)には鹿(しし)おほ
う【多う】候(さうらふ)。狩(かり)してあそば【遊ば】せ給(たま)へ」とて、たばかりいだし【出し】たて
まつり【奉り】、野(の)に火(ひ)をはな(ッ)【放つ】て既(すで)にやきころし【殺し】たてま
つら【奉ら】んとしけるに、尊(みこと)はき【佩き】給(たま)へる霊剣(れいけん)をぬい
て草(くさ)をなぎ給(たま)へば、はむけ【刃向】一里(いちり)がうちは草(くさ)みな
なが【薙が】れぬ。みこと又(また)火(ひ)をいださ【出さ】れたりければ、かぜ【風】
たちまちに異賊(いぞく)の方(かた)へ吹(ふき)おほひ【覆ひ】、凶徒(きようど)(ケウト)ことごと
く【悉く】やけしに【死に】ぬ。それよりしてこそ、あまの村雲(むらくも)の
剣(けん)をば草(くさ)なぎ【草薙】の剣(けん)とも名(な)づけられけれ。
P11122
尊(みこと)猶(なほ)おく【奥】へせめ【攻め】い(ッ)【入つ】て、三箇年(さんがねん)があひだところどころ【所々】の
賊徒(ぞくと)をうちたいらげ(たひらげ)【平げ】、国々(くにぐに)の凶党(きようたう)(ケウタウ)をせめ【攻め】したがへ
てのぼらせ給(たま)ひけるが、道(みち)より御悩(ごなう)つかせ給(たま)ひて、
御(おん)とし【年】卅(さんじふ)と申(まうす)七月(しちぐわつ)に、尾張国(をはりのくに)熱田(あつた)のへん【辺】にてつゐ
に(つひに)【遂に】かくれ【隠れ】させ給(たま)ひぬ。其(その)たましゐ(たましひ)【魂】はしろき【白き】鳥(とり)とな(ッ)
て天(てん)にあがり【上がり】けるこそふしぎ【不思議】なれ。いけどり【生捕り】の
ゑびす(えびす)【夷】共(ども)をば、御子(おんこ)たけひこ【武彦】のみこと【尊】をも(ッ)て、御門(みかど)
へたてまつら【奉ら】せ給(たま)ふ。草(くさ)なぎ【草薙】の剣(けん)をば熱田(あつた)の
社(やしろ)におさめ(をさめ)【納め】らる。あめの御門[B ノ](みかどの)御宇(ぎよう)七年(しちねん)に、新羅(しんら)
P11123
の沙門(しやもん)道慶(だうぎやう)、この剣(けん)をぬすんで吾(わが)国(くに)の宝(たから)とせ
むとおも(ッ)て、ひそかに舟(ふね)にかくしてゆく程(ほど)に、波
風(なみかぜ)巨動(こどう)して忽(たちまち)に海底(かいてい)にしづまんとす。すなは
ち霊剣(れいけん)のたたりなりとして、罪(つみ)を謝(じや)(シヤ)して先途(せんど)
をとげず、もとのごとくかへしおさめ(をさめ)【納め】たてまつる【奉る】。し
かる【然る】を天武天皇(てんむてんわう)朱鳥(しゆてう)元年(ぐわんねん)に、これ【是】をめし【召し】て内
裏(だいり)にをか(おか)【置か】る。いまの宝剣(ほうけん)是(これ)也(なり)。御霊威(ごれいゐ)いちはや
うまします。陽成院(やうぜいゐん)狂病(きやうびやう)にをかされさせましまし
て、霊剣(れいけん)をぬかせ給(たま)ひければ、夜(よ)るのおとどひら
P11124
ひらとして電光(でんくわう)にことならず。恐怖(きようふ)のあまりにな
げすてさせ給(たま)ひければ、みづからはたとな(ッ)【鳴つ】てさ
やにさされにけり。上古(しやうこ)にはかうこそめでたかりし
か。たとひ二位殿(にゐどの)腰(こし)にさして海(うみ)にしづみ給(たま)ふとも、
たやすううす【失す】べからずとて、すぐれたるあまうど【海人】
ども【共】をめし【召し】て、かづき【潛き】もとめ【求め】られけるうへ【上】、霊仏(れいぶつ)霊
社(れいしや)にた(ッ)とき僧(そう)をこめ、種々(しゆじゆ)の神宝(じんぼう)をささげて
いのり申(まう)されけれども、つゐに(つひに)【遂に】うせにけり。其(その)時(とき)の
有識【*有職】(いうしよく)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれけるは、「昔(むかし)天照大神(てんせうだいじん)、百
P11125
王(はくわう)をまもら【守ら】むと御(おん)ちかひあり【有り】ける、其(その)御(おん)ちかひい
まだあらたまらずして、石清水(いはしみづ)の御(おん)ながれいま
だつきせざるがゆへ(ゆゑ)【故】に、天照大神(てんせうだいじん)の日輪(にちりん)の光(ひかり)いま
だ地(ち)におち【落ち】させ給(たま)はず。末代(まつだい)澆季(げうき)なりとも、帝
運(ていうん)のきはまる程(ほど)の御事(おんこと)はあらじかし」と申(まう)されけ
れば、其(その)なか【中】にある博士(はかせ)のかんがへ申(まうし)けるは、「むかし
出雲国(いづものくに)ひの河上(かはかみ)にて、素戔烏(そさのを)の尊(みこと)にきりこ
ろさ【殺さ】れたてまつ(ッ)し大蛇(だいじや)、霊剣(れいけん)をおしむ(をしむ)【惜しむ】心(こころ)ざしふか
くして、八(やつ)のかしら【頭】八(やつ)の尾(を)を表事(へうじ)として、人王(にんわう)八
P11126
十代(はちじふだい)の後(のち)、八歳(はつさい)の帝(てい)とな(ッ)て霊剣(れいけん)をとりかへして、
海底(かいてい)に沈(しづ)み給(たま)ふにこそ」と申(まう)す。千(ち)いろ(ちひろ)【千尋】の海(うみ)の底(そこ)、
神竜(しんりよう)のたからとなりしかば、ふたたび人間(にんげん)にか
『一門(いちもん)大路渡(おほちわたし)』S1113
へらざるもことはり(ことわり)【理】とこそおぼえけれ。○さる程(ほど)に、
二(に)の宮(みや)かへりいら【入ら】せ給(たま)ふとて、法皇(ほふわう)より御(おん)むかへ【向へ】
に御車(おんくるま)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。御心(おんこころ)ならず平家(へいけ)にとら
れさせ給(たま)ひて、西海(さいかい)の浪(なみ)の上(うへ)にただよはせ給(たま)ひ、三(み)
とせ【年】をすごさ【過さ】せ給(たま)ひしかば、御母儀(おんぼぎ)も御(おん)めのと【傅】持明
院(ぢみやうゐん)の宰相(さいしやう)も御心(おんこころ)ぐるしき事(こと)におもは【思は】れけるに、
P11127
別(べち)の御事(おんこと)なくかへりのぼらせ給(たま)ひたりしかば、
さしつどひてみなよろこびなき【悦び泣き】どもせられ
ける。同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)、平氏(へいじ)のいけどり【生捕り】ども【共】京(きやう)へい
る。みな八葉(はちえふ)の車(くるま)にてぞありける。前後(ぜんご)の
すだれをあげ、左右(さう)の物見(ものみ)をひらく。大臣殿(おほいとの)
は浄衣(じやうえ)をき給(たま)へり。右衛門督(うゑもんのかみ)はしろき【白き】直垂(ひたたれ)
にて、車(くるま)のしりにぞのら【乗ら】れたる。平(へい)大納言(だいなごん)時忠
卿(ときただのきやう)の車(くるま)、おなじくやりつづく。子息(しそく)讃岐(さぬき)の中将(ちゆうじやう)時
実(ときざね)も、同車(どうしや)にてわたさるべかりしが、現所労(げんじよらう)とて
P11128
わたされず。蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)は疵(きず)をかうぶ(ッ)たりしかば、閑
道(かんだう)より入(いり)にけり。大臣殿(おほいとの)、さしも花(はな)やかにきよげ【清気】にお
はせし人(ひと)の、あらぬさまにやせ【痩せ】おとろえ(おとろへ)【衰へ】給(たま)へり。されど
も、四方(しはう)見(み)めぐらして、いとおもひ【思ひ】しづめるけしき【気色】も
おはせず。右衛門督(うゑもんのかみ)はうつぶして目(め)も見(み)あげ給(たま)はず。
誠(まこと)におもひ【思ひ】いれ【入れ】たるけしき【気色】也(なり)。土肥(とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)、
木蘭地(むくらんぢ)のひたたれ【直垂】に小具足(こぐそく)ばかりして、随兵(ずいびやう)
卅(さんじふ)余騎(よき)、車(くるま)の先後(ぜんご)にうちかこ(ン)【囲ん】で守護(しゆご)したてま
つる【奉る】。見(み)る人(ひと)都(みやこ)のうちにもかぎらず、凡(およそ)遠国(をんごく)
P11129
近国(きんごく)、山々(やまやま)寺々(てらでら)より、老(おい)たるも若(わか)きも、来(きた)りあつ
まれり。鳥羽(とば)の南(みなみ)の門(もん)・つくり道(みち)・四基【*四塚】(よつづか)までひしと
つづいて、いく千万(せんまん)といふかず【数】をしら【知ら】ず。人(ひと)は顧(かへりみ)る
事(こと)をえず。車(くるま)は輪(わ)をめぐらす事(こと)あたはず。治
承(ぢしよう)・養和(やうわ)の飢饉(ききん)、東国(とうごく)・西国(さいこく)のいくさ【軍】に、人(ひと)だねほろ
びうせ【失せ】たりといへども、猶(なほ)のこりはおほかり【多かり】けり
とぞ見(み)えし。都(みやこ)をいで【出で】てなか【中】一年(いちねん)、無下(むげ)にまぢかき
程(ほど)なれば、めでたかりし事(こと)もわすられず。さしも
おそれ【恐れ】おののき(をののき)し人(ひと)のけふのありさま【有様】、夢(ゆめ)うつつ
P11130
ともわきかねたり。心(こころ)なきあやしのしづのお(を)【賎男】、しづ
のめ【賎女】にいたるまで、なみだ【涙】をながし袖(そで)をしぼらぬは
なかりけり。ましてなれ【馴れ】ちかづき【近付き】ける人々(ひとびと)の、いか
ばかりの事(こと)をかおもひ【思ひ】けん。年来(ねんらい)重恩(ぢゆうおん)をかう
むり、父祖(ふそ)のときより祗侯(しこう)したりし輩(ともがら)の、さすが
身(み)のすてがたさに、おほく【多く】は源氏(げんじ)につゐ(つい)【付い】たりし
かども、昔(むかし)のよしみたちまち【忽】にわする【忘る】べきにも
あらねば、さこそはかなしうおもひ【思ひ】けめ。されば袖(そで)を
かほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、目(め)を見(み)あげぬ物(もの)もおほかり【多かり】
P11131
けり。大臣殿(おほいとの)の御牛飼(おんうしかひ)は、木曾(きそ)が院参(ゐんざん)の時(とき)、車(くるま)
やりそんじ【損じ】てきら【斬ら】れにける次郎丸(じらうまる)がおとと【弟】、三郎
丸(さぶらうまる)なり。西国(さいこく)にてはかり男(をのこ)【仮男】にな(ッ)たりしが、今(いま)一度(いちど)大
臣殿(おほいとの)の御車(おんくるま)をつかまつらんと思(おも)ふ心(こころ)ざしふかかり【深かり】
ければ、鳥羽(とば)にて判官(はうぐわん)に申(まうし)けるは、「とねり【舎人】牛飼(うしかひ)
な(ン)ど(なんど)申(まうす)物(もの)は、いふかひなき下臈(げらふ)のはてにて候(さうら)へば、
心(こころ)あるべきでは候(さうら)はねども、年(とし)ごろめし【召し】つかは【使は】れ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)御心(おんこころ)ざしあさから【浅から】ず。しかる【然る】べう候(さうらは)ば、
御(おん)ゆるされ【許され】をかうぶ(ッ)て、大臣殿(おほいとの)の最後(さいご)の御車(おんくるま)を
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つかまつり候(さうらは)ばや」とあながちに申(まうし)ければ、判官(はうぐわん)「し
さい【子細】あるまじ。とうとう【疾う疾う】」とてゆるされける。なのめなら
ず悦(よろこび)て、尋常(じんじやう)にしやうぞき【装束き】、ふところ【懐】よりやり
なは【遣縄】とりいだしつけ【付け】かへ、涙(なみだ)にくれてゆくさきも
みえ【見え】ねども、袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、牛(うし)のゆくにま
かせ【任せ】つつ、なくなく【泣く泣く】や(ッ)てぞまかり【罷り】ける。法皇(ほふわう)は六条(ろくでう)東
洞院(ひがしのとうゐん)に御車(おんくるま)をたてて叡覧(えいらん)あり【有り】。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)の
車(くるま)ども、おなじうたてならべたり。さしも御身(おんみ)ちかう
めし【召し】つかは【使は】れしかば、法皇(ほふわう)もさすが御心(おんこころ)よはう(よわう)【弱う】、あは
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れ【哀】にぞおぼしめさ【思し召さ】れける。供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)はただ夢(ゆめ)
とのみこそおもは【思は】れけれ。「いかにもしてあの人(ひと)に
め【目】をもかけられ、詞(ことば)の末(すゑ)にもかからばやとこそ
おもひ【思ひ】しかば、かかるべしとは誰(たれ)かおもひ【思ひ】し」とて、上下(じやうげ)
涙(なみだ)をながしけり。一(ひと)とせ【一年】内大臣(ないだいじん)にな(ッ)てよろこび【悦び】申(まう)
し給(たま)ひし時(とき)は、公卿(くぎやう)には花山院(くわさんのゐん)の大納言(だいなごん)をはじ
めとして、十二人(じふににん)扈従(こしよう)(コシウ)してやりつづけ給(たま)へり。殿
上人(てんじやうびと)には蔵人頭(くらんどのかみ)親宗(ちかむね)以下(いげ)十六人(じふろくにん)前駆(せんぐ)す。公卿(くぎやう)も
殿上人(てんじやうびと)もけふを晴(はれ)ときらめいてこそありしか。
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中納言(ちゆうなごん)四人(しにん)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)も三人(さんにん)までおはしき。やがて
この平(へい)大納言(だいなごん)も其(その)時(とき)は左衛門督(さゑもんのかみ)にておはしき。
御前(ごぜん)へめされまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御引出物(おんひきでもの)給(たま)は(ッ)て、もて
なされ給(たま)ひしありさま【有様】、めでたかりし儀式(ぎしき)ぞかし。
けふは月卿(げつけい)雲客(うんかく)一人(いちにん)もしたがはず。おなじく檀【*壇】(だん)の
浦(うら)にていけどり【生捕り】にせられたりし侍(さぶらひ)共(ども)廿(にじふ)余人(よにん)、し
ろき【白き】直垂(ひたたれ)きて、馬(むま)のうへ【上】にしめ【締め】つけてぞわ
たされける。河原(かはら)までわたされて、かへ(ッ)【帰つ】て、大臣殿(おほいとの)
父子(ふし)は九郎(くらうの)判官(はうぐわん)の宿所(しゆくしよ)、六条堀河(ろくでうほりかは)にぞおはし
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ける。御物(おんもの)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりしかども、むねせきふさが(ッ)
て、御(お)はしをだにもたてられず。たがひに物(もの)はの給(たま)
はねども、目(め)を見(み)あはせ【合はせ】て、ひまなく涙(なみだ)をなが
されけり。よるになれども装束(しやうぞく)もくつろげ給(たま)
はず、袖(そで)をかたしゐ(かたしい)【片敷い】てふし【臥し】給(たま)ひたりけるが、御子(おんこ)
右衛門督(うゑもんのかみ)に御袖(おんそで)をうちきせ【着せ】給(たま)ふをまぼり【守り】
たてまつる【奉る】源八(げんぱつ)兵衛(ひやうゑ)・江田(えだの)源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)これ
をみて、「あはれたかき【高き】もいやしきも、恩愛(おんあい)の道(みち)
程(ほど)かなしかり【悲しかり】ける事(こと)はなし。御袖(おんそで)をきせ【着せ】たてま
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つり【奉り】たらば、いく程(ほど)の事(こと)あるべきぞ。せめての御
心(おんこころ)ざしのふかさ【深さ】かな」とて、たけき【猛き】物(もの)のふどももみ
『鏡(かがみ)』S1114
な涙(なみだ)をぞながしける。○同(おなじき)[B 四月(しぐわつ)イ]廿八日(にじふはちにち)、鎌倉(かまくら)の前(さきの)兵衛
佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりともの)朝臣(あつそん)、従二位(じゆにゐ)し給(たま)ふ。越階(をつかい)とて二階(にかい)を
するこそありがたき朝恩(てうおん)なるに、これ【是】はすでに
三階(さんがい)なり。三位(さんみ)をこそし給(たま)ふべかりしかども、平
家(へいけ)のし給(たま)ひたりしをいまう【忌まう】で也(なり)。其(その)夜(よ)の子刻(ねのこく)に、
内侍所(ないしどころ)、太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)より霊景殿(れいけいでん)(ウンメイでん)【*温明殿(うんめいでん)】へいら【入ら】せ給(たま)ふ。
主上(しゆしやう)行幸(ぎやうがう)な(ッ)て、三(さん)が夜(よ)臨時(りんじ)の御神楽(みかぐら)あり【有り】。右近
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将監(うこんのしやうげん)小家(をふ)(ヲヲ)の能方(よしかた)、別勅(べつちよく)をうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、家(いへ)につた
はれる弓立(ゆだち)(ユタチ)宮人(みやびと)といふ神楽(かぐら)の秘曲(ひきよく)をつかま(ッ)
て、勧賞(けんじやう)かうぶりけるこそ目出(めでた)けれ。この歌(うた)は、祖
父(そぶ)八条(はつでうの)判官(はうぐわん)資忠(すけただ)とい(ッ)し伶人(れいじん)の外(ほか)は、しれ【知れ】るも
のなし。あまりに秘(ひ)して子(こ)の親方(ちかかた)にはをしへ【教へ】ずし
て、堀河(ほりかはの)天皇(てんわう)御在位(ございゐ)の時(とき)つたへ【伝へ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て死
去(しきよ)したりしを、君(きみ)親方(ちかかた)にをしへ【教へ】させ給(たま)ひけり。道(みち)を
うしなは【失は】じとおぼしめす【思し召す】御心(おんこころ)ざし、感涙(かんるい)おさへ【抑へ】難(がた)
し。抑(そもそも)内侍所(ないしどころ)と申(まうす)は、昔(むかし)天照大神(てんせうだいじん)、天(あま)の岩戸(いはと)に
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閉(とぢ)こもらむとせさせ給(たま)ひし時(とき)、いかにもして我(わが)御(おん)かた
ちをうつしおき【置き】て、御子孫(ごしそん)に見(み)せたてまつら【奉ら】ん
とて、御鏡(みかがみ)をゐ(い)【鋳】給(たま)へり。これ【是】なを(なほ)【猶】御心(みこころ)にあはずとて、
又(また)い【鋳】かへさせ給(たま)ひけり。さきの御鏡(みかがみ)は紀伊国(きのくに)
日前(にちぜん)国懸(こくけん)の社(やしろ)是(これ)也(なり)。後(のち)の御鏡(みかがみ)は御子(みこ)あまのに
いほみ【天忍穂耳】の尊(みこと)にさづけまいらせ(まゐらせ)【参らせ】させ給(たま)ひて、「殿(てん)
をおなじうしてすみ給(たま)へ」とぞ仰(おほせ)ける。さて天照
大神(てんせうだいじん)、天(あま)の岩戸(いはと)にとぢこもらせ給(たま)ひて、天下(てんが)
くらやみとな(ッ)たりしに、やをよろづ代(よ)(やほよろづよ)【八百万代】の神(かみ)た
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ち神(かん)あつまり【集まり】にあつま(ッ)【集まつ】て、岩戸(いはと)の口(くち)にて御神楽(みかぐら)
を奏(そう)し給(たま)ひければ、天照大神(てんせうだいじん)感(かん)にたえ(たへ)【堪へ】させ給(たま)
はず、岩戸(いはと)をほそめ【細目】にひらき見(み)給(たま)ふに、互(たがひ)にか
ほ【顔】のしろく【白く】見(み)えけるより面白(おもしろ)といふ詞(ことば)ははじま
りけるとぞうけ給(たま)はる【承る】。其(その)時(とき)こやねたぢから
を【児屋根手力雄】といふ大(だい)ぢから【大力】の神(かみ)よ(ッ)【寄つ】て、ゑい(えい)といひてあけ
給(たま)ひしよりしてたて【閉て】られずといへり。さて内
侍所(ないしどころ)は、第九代(だいくだい)の御門(みかど)開化天皇(かいくわてんわう)の御時(おんとき)まで
はひとつ【一つ】殿(てん)におはしましけるを、第十代(だいじふだい)の御門(みかど)、
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崇神天皇(しゆじんてんわう)の御宇(ぎよう)に及(およん)で、霊威(れいゐ)におそれ【恐れ】て、別(べつ)の
殿(てん)へうつし【移し】たてまつらせ給(たま)ふ。ちかごろ【近来】はうんめい殿(でん)【温明殿】に
おはします。遷都(せんと)・遷幸(せんかう)の後(のち)百六十年(ひやくろくじふねん)をへて、
村上天皇(むらかみてんわう)の御宇(ぎよう)、天徳(てんとく)四年(しねん)九月(くぐわつ)廿三日(にじふさんにち)の子刻(ねのこく)
に、内裏(だいり)なかのへ【中重】にはじめて焼亡(ぜうまう)ありき。火(ひ)は左衛
門(さゑもん)の陣(ぢん)よりいで【出で】き【来】たりければ、内侍所(ないしどころ)のおはします
雲明殿(うんめいでん)【温明殿】もほど【程】ちかし。如法(によほふ)夜半(やはん)の事(こと)なれば、内侍(ないし)も
女官(によくわん)もまいり(まゐり)【参り】あはずして、かしこ所(どころ)【賢所】をいだしたてま
つる【奉る】にも及(およ)ばず。少野宮殿【*小野宮殿】(をののみやどの)いそぎまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ
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て、「内侍所(ないしどころ)すでにやけさせ給(たま)ひぬ。世(よ)はいまはかう
ごさんなれ」とて御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふ処(ところ)に、内侍所(ないしどころ)
はみづから炎(ほのほ)(ホノヲ)のなか【中】をとびいでさせ給(たま)ひ、南殿(なんでん)
の桜(さくら)の梢(こずゑ)にかからせおはしまし、光明(くわうみやう)かくやく【赫奕】として、
朝(あさ)の日(ひ)の山(やま)の端(は)をいづる【出づる】にことならず。其(その)時(とき)小野宮
殿(をののみやどの)「世(よ)はいまだうせ【失せ】ざりけり」とおぼしめす【思し召す】に、よろこ
びの御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず、右(みぎ)の御(おん)ひざをつ
き、左(ひだり)の御袖(おんそで)をひろげて、なくなく【泣々】申(まう)させ給(たま)ひけ
るは、「昔(むかし)天照大神(てんせうだいじん)百王(はくわう)をまぼら【守ら】んと御(おん)ちかひあり【有り】
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ける、其(その)御誓(おんちかひ)いまだあらたまらずは、神鏡(じんきやう)実頼(さねより)
が袖(そで)にやどらせ給(たま)へ」と申(まう)させ給(たま)ふ御詞(おんことば)のい
まだをはらざるさきに、飛(とび)うつらせ給(たま)ひけり。
すなはち御袖(おんそで)につつんで、太政官(だいじやうぐわん)の朝所(あいたんどころ)へわたし
たてまつらせ給(たま)ふ。ちかごろ【近来】はうんめい殿(でん)【温明殿】におはしま
す。この世(よ)にはうけ【受け】とり【取り】たてまつら【奉ら】んと思(おも)ひよる
人(ひと)も誰(たれ)かはあるべき。神鏡(じんきやう)も又(また)やどらせ給(たま)ふべか
『文(ふみ)之(の)沙汰(さた)』S1115
らず。上代(じやうだい)こそ猶(なほ)も目出(めでた)けれ。○平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)父
子(ふし)も、九郎(くらう)判官(はうぐわん)の宿所(しゆくしよ)ちかうぞおはしける。世(よ)の中(なか)
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のかくなりぬるうへ【上】は、とてもかうてもとこそ
おもは【思は】るべきに、大納言(だいなごん)猶(なほ)いのち【命】をしう【惜しう】やおも
は【思は】れけん、子息(しそく)讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)をまねひ(まねい)【招い】て、「ちらす【散らす】
まじきふみども【文共】を一合(いちがふ)、判官(はうぐわん)にとられてあるぞと
よ。是(これ)を鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)に見(み)えなば、人(ひと)もおほく【多く】損(そん)
じ、我(わが)身(み)もいのち【命】いけらるまじ。いかがせんずる」と
の給(たま)へ【宣へ】ば、中将(ちゆうじやう)申(まう)されけるは、「判官(はうぐわん)はおほ方(かた)【大方】もなさ
けある物(もの)にて候(さうらふ)なるうへ【上】、女房(にようばう)な(ン)ど(なんど)のうちたへ(うちたえ)【うち絶え】なげく【歎く】
事(こと)をば、いかなる大事(だいじ)をももてはなれ【離れ】ぬとうけ給(たま)
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はり【承り】候(さうらふ)。なに【何】かくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。ひめ君(ぎみ)【姫君】達(たち)あまたまし
まし候(さうら)へば、一人(いちにん)見(み)せさせ給(たま)ひ、したしうならせおは
しまして後(のち)、仰(おほせ)らるべうや候(さうらふ)らん」。大納言(だいなごん)涙(なみだ)をは
らはらとながい【流い】て、「我(われ)世(よ)にありし時(とき)は、むすめども
をば女御(にようご)きさきとこそおもひ【思ひ】しか。なみなみの
人(ひと)に見(み)せんとはかけてもおもは【思は】ざりし物(もの)を」とて
なか【泣か】れければ、中将(ちゆうじやう)「今(いま)はその【其の】事(こと)ゆめゆめおぼしめ
し【思し召し】よらせ給(たま)ふべからず」とて、「たうぶく【当腹】のひめ君(ぎみ)【姫君】の
十八(じふはち)になり給(たま)ふを」と申(まう)されけれども、大納言(だいなごん)それ
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をば猶(なほ)かなしき【悲しき】事(こと)におぼして、さきの腹(はら)の姫
君(ひめぎみ)の廿三(にじふさん)になり給(たま)ふをぞ、判官(はうぐわん)には見(み)せら
れける。是(これ)も年(とし)こそすこし【少し】おとなしうおはしけ
れども、みめ【眉目】かたちうつくしう、心(こころ)ざま【心様】ゆう(いう)【優】におは
しければ、判官(はうぐわん)さりがたうおもひ【思ひ】たてま(ッ)【奉つ】て、もと
のうへ【上】河越(かはごえの)太郎(たらう)重頼(しげより)がむすめもありしかども、これ【是】
をば別(べち)の方(かた)尋常(よのつね)にしつらうてもてなしけり。
さて女房(にようばう)件(くだん)のふみの事(こと)をの給(たま)ひいださ【出さ】れたり
ければ、判官(はうぐわん)あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】封(ふう)をもとかず、いそぎ時忠卿(ときただのきやう)の
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もとへをくら(おくら)【送ら】れけり。大納言(だいなごん)なのめならず悦(よろこび)て、
やがてやき【焼き】ぞすてられける。いかなるふみども【文共】
にてかあり【有り】けん、おぼつかなうぞきこえ【聞え】し。平家(へいけ)
ほろびて、いつしか国々(くにぐに)しづまり、人(ひと)のかよふも煩(わづらひ)な
し。都(みやこ)もおだしかり【穏しかり】ければ、「ただ九郎(くらう)判官(はうぐわん)ほど【程】の人(ひと)は
なし。鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)は何事(なにごと)をかしいだしたる。世(よ)は
一向(いつかう)判官(はうぐわん)のままにてあらばや」な(ン)ど(なんど)いふ事(こと)を、源二
位(げんにゐ)もれ【漏れ】きい【聞い】て、「こはいかに、頼朝(よりとも)がよくはからひて
つはもの【兵】をさしのぼすればこそ、平家(へいけ)はたや
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すうほろびたれ。九郎(くらう)ばかりしては争(いかで)か世(よ)を
しづむべき。人(ひと)のかくいふにおご(ッ)【奢つ】ていつしか世(よ)を
我(わが)ままにしたるにこそ。人(ひと)こそおほけれ【多けれ】、平(へい)大納言(だいなごん)
の聟(むこ)にな(ッ)て、大納言(だいなごん)もてあつかう(あつかふ)なるもうけられず。
又(また)世(よ)にもはばからず、大納言(だいなごん)の聟(むこ)どり【聟取り】いはれなし。くだ(ッ)
ても定(さだめ)て過分(くわぶん)のふるまひ【振舞】せんずらん」とぞのた
『副将(ふくしやう)被斬(きられ)』S1116
まひ【宣ひ】ける。○同(おなじき)五月(ごぐわつ)七日(なぬかのひ)、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)、平氏(へいじ)のい
けどり【生捕り】ども【共】あひぐし【具し】て、関東(くわんとう)へ下向(げかう)ときこえ【聞え】しかば、
大臣殿(おほいとの)判官(はうぐわん)のもとへ使者(ししや)をたてて、「明日(みやうにち)関東(くわんとう)へ
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下向(げかう)とうけ給(たまはり)候(さうらふ)。恩愛(おんあい)の道(みち)はおもひ【思ひ】きられぬこと【事】
にて候(さうらふ)也(なり)。いけどり【生捕り】のうちに八歳(はつさい)の童(わらは)とつけら
れて候(さうらひ)しものは、いまだこの【此の】世(よ)に候(さうらふ)やらん。いま【今】一
度(いちど)見(み)候(さうらは)ばや」との給(たま)ひ【宣ひ】つかはさ【遣さ】れたりければ、
判官(はうぐわん)の返事(へんじ)には、「誰(たれ)も恩愛(おんあい)はおもひ【思ひ】きられ
ぬ事(こと)にて候(さうら)へば、誠(まこと)にさこそおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ」
とて、河越(かはごえの)小太郎(こたらう)重房(しげふさ)があづかりたてま(ッ)【奉つ】たりけ
るを、大臣殿(おほいとの)の許(もと)へわか君(ぎみ)【若君】いれ【入れ】たてまつる【奉る】べき
よしの給(たま)ひければ、人(ひと)に車(くるま)か(ッ)てのせ【乗せ】たてまつり【奉り】、
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女房(にようばう)二人(ににん)つきたてま(ッ)【奉つ】たりしも、ひとつ【一つ】車(くるま)にの
りぐし【具し】て、大臣殿(おほいとの)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。わか公(ぎみ)【若君】ははる
かにちち【父】を見(み)たてまつり【奉り】給(たまひ)て、よにうれしげに
おぼしたり。「いかにこれ【是】へ」との給(たま)へ【宣へ】ば、やがて御(おん)ひざ
のうへ【上】にまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。大臣殿(おほいとの)、わか公(ぎみ)【若君】の御(おん)ぐしをかき
なで、涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、守護(しゆご)の武士(ぶし)どもにの
給(たま)ひ【宣ひ】けるは、「これ【是】はおのおの【各々】きき給(たま)へ。はは【母】もなき物(もの)に
てあるぞとよ。この【此の】子(こ)がはは【母】はこれ【是】をうむとて、産(さん)を
ばたいらか(たひらか)【平か】にしたりしかども、やがてうちふし【臥し】てなや
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みしが、「いかなる人(ひと)の腹(はら)に公達(きんだち)をまうけ給(たま)ふとも、思(おも)ひ
かへずしてそだて【育て】て、わらはがかたみ【形見】に御(ご)らんぜよ。
さしはな(ッ)【放つ】て、めのと【乳母】な(ン)ど(なんど)のもとへつかはす【遣す】な」と
いひし事(こと)が不便(ふびん)さに、あの右衛門督(うゑもんのかみ)をば、朝敵(てうてき)
をたいらげ(たひらげ)【平げ】ん時(とき)は大将軍(たいしやうぐん)せさせ、これをば副
将軍(ふくしやうぐん)せさせんずればとて、名(な)を副将(ふくしやう)とつけ
たりしかば、なのめならずうれしげにおもひ【思ひ】て、
すでにかぎりの時(とき)までも名(な)をよびな(ン)ど(なんど)してあ
ひせ(あいせ)【愛せ】しが、なぬか【七日】といふにはかなく【果敢く】なりてあるぞ
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とよ。この【此の】子(こ)を見(み)るたびごとには、その事(こと)がわす
れがたくおぼゆる【覚ゆる】也(なり)」とて涙(なみだ)もせきあへ給(たま)はねば、
守護(しゆご)の武士(ぶし)どももみな袖(そで)をぞしぼりける。右衛
門督(うゑもんのかみ)もなき【泣き】給(たま)へば、めのとも袖(そで)をしぼりけり。良(やや)
久(ひさ)しくあ(ッ)て大臣殿(おほいとの)「さらば副将(ふくしやう)、とく【疾く】かへれ、うれしう
見(み)つ」との給(たま)へ【宣へ】ども、わか公(ぎみ)【若君】かへり給(たま)はず。右衛門督(うゑもんのかみ)
これを見(み)て、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】ての給(たま)ひけるは、「やや副
将(ふくしやう)御(ご)ぜ、こよひはとくとくかへれ【帰れ】。ただいままらう人(と)【客人】のこ【来】
うずるぞ。あしたはいそぎまいれ(まゐれ)【参れ】」との給(たま)へ【宣へ】ども、
P11152
ちち【父】の御浄衣(おんじやうえ)の袖(そで)にひしととりついて、「いなや、かへ
らじ」とこそなき【泣き】給(たま)へ。かくてはるかに程(ほど)ふれば、
日(ひ)もやうやうくれ【暮れ】にけり。さてしもあるべき事(こと)ならね
ば、めのとの女房(にようばう)いだきと(ッ)て、御車(おんくるま)にのせ【乗せ】たてま
つり【奉り】、二人(ににん)の女房(にようばう)どもも袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、なく
なく【泣々】いとま申(まうし)つつ、ともにの(ッ)【乗つ】てぞいで【出で】にける。おほ
い殿(との)【大臣殿】はうしろをはるかに御(ご)らんじ【御覧じ】をく(ッ)(おくつ)【送つ】て、「日来(ひごろ)の恋(こひ)
しさは事(こと)のかずならず」とぞかなしみ給(たま)ふ。「この
わか公(ぎみ)【若君】は、母(はは)のゆひごん(ゆいごん)【遺言】がむざん【無慙】なれば」とて、めの
P11153
とのもとへもつかはさ【遣さ】ず、あさゆふ御(おん)まへにてそ
だて【育て】給(たま)ふ。三歳(さんざい)にてうゐかぶり(うひかうぶり)【初冠】きせ【着せ】て、義宗(よしむね)と
ぞなのら【名乗ら】せける。やうやうおい(おひ)【生ひ】たち【立ち】給(たま)ふままに、み
め【眉目】かたちうつくしく、心(こころ)ざまゆう(いう)【優】におはしければ、
大臣殿(おほいとの)もかなしう【悲しう】いとをしき(いとほしき)事(こと)におぼして、西
海(さいかい)の旅(たび)の空(そら)、浪(なみ)のうへ【上】、舟(ふね)のうちのすまゐ(すまひ)【住ひ】にも、
かた時(とき)【片時】もはなれ給(たま)はず。しかる【然る】をいくさ【軍】やぶれて
後(のち)は、けふぞたがひ【互】に見(み)給(たま)ひける。河越(かはごえの)小太郎(こたらう)、
判官(はうぐわん)の御(おん)まへにまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「さてわか公(ぎみ)【若君】の御事(おんこと)をば、
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なにと御(おん)ぱからひ候(さうらふ)やらん」と申(まうし)ければ、「鎌倉(かまくら)ま
でぐし【具し】たてまつる【奉る】に及(およ)ばず。なんぢともかうも
これ【是】であひはからへ【計らへ】」とぞの給(たま)ひける。河越(かはごえの)小太郎(こたらう)
二人(ににん)の女房(にようばう)どもに申(まうし)けるは、「大臣殿(おほいとの)は鎌倉(かまくら)へ御(おん)
くだり【下り】候(さうらふ)が、わか公(ぎみ)【若君】は京(きやう)に御(おん)とどまりあるべきにて候(さうらふ)。
重房(しげふさ)もまかり【罷り】下(くだり)候(さうらふ)あひだ、おかた(をかた)【緒方】の三郎(さぶらう)維義【惟義】(これよし)
が手(て)へわたしたてまつる【奉る】べきにて候(さうらふ)。とうとうめさ【召さ】れ
候(さうら)へ」とて、御車(おんくるま)よせたりければ、わか公(ぎみ)【若君】なに心(ごころ)【何心】もなう
のり【乗り】給(たま)ひぬ。「又(また)昨日(きのふ)のやうにちち【父】御前(ごぜん)の御(おん)もとへか」
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とてよろこば【喜ば】れけるこそはかなけれ。六条(ろくでう)を
東(ひがし)へや(ッ)てゆく。この女房(にようばう)ども「あはやあやしき物(もの)
かな」と、きも魂(たましひ)をけし【消し】て思(おもひ)ける程(ほど)に、すこし【少し】ひき【引き】
さが(ッ)て、つはもの【兵】五六十騎(ごろくじつき)が程(ほど)河原(かはら)へうち出(いで)たり。
やがて車(くるま)をやりとどめ【留め】て敷皮(しきがは)しき、「おりさせ給(たま)
へ」と申(まうし)ければ、わか公(ぎみ)【若君】車(くるま)よりおり給(たま)ひぬ。よに
あやしげにおぼして、「我(われ)をばいづちへぐし【具し】てゆか
むとするぞ」ととひ給(たま)へば、二人(ににん)の女房(にようばう)共(ども)とかう
の返事(へんじ)にも及(およ)ばず。重房(しげふさ)が郎等(らうどう)太刀(たち)をひき【引き】
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そばめて、左(ひだり)の方(かた)より御(おん)うしろに立(たち)まはり、すで
にきりたてまつら【奉ら】んとしけるを、わか公(ぎみ)【若君】見(み)つけ給(たま)
ひて、いく程(ほど)のがる【逃る】べき事(こと)のやうに、いそぎめのと【乳母】
のふところ【懐】のうちへぞ入(いり)給(たま)ふ。さすが心(こころ)づよう
とりいだしたてまつる【奉る】にも及(およ)ばねば、わか公(ぎみ)【若君】を
かかへたてまつり【奉り】、人(ひと)のきく【聞く】をもはばからず、
天(てん)にあふぎ地(ち)にふしておめき(をめき)【喚き】さけみける心(こころ)の
うち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。かくて時刻(じこく)はるかに
をし(おし)【押し】うつりければ、河越(かはごえの)小太郎(こたらう)重房(しげふさ)涙(なみだ)をお
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さへ【抑へ】て、「いまはいかにおぼしめされ候(さうらふ)とも、かなは【叶は】せ
給(たまひ)候(さうらふ)まじ。とうとう」と申(まうし)ければ、其(その)時(とき)めのと【乳母】のふと
ころ【懐】のうちよりひき【引き】いだしたてまつり【奉り】、腰(こし)の刀(かたな)
にてをし(おし)【押し】ふせ【伏せ】て、つゐに(つひに)【遂に】頸(くび)をぞかいて(ン)げる。た
けき【猛き】物(もの)のふどももさすがいは木(き)【岩木】ならねば、みな
涙(なみだ)をながしけり。くび【頸】をば判官(はうぐわん)のげ(ン)ざん(げんざん)【見参】に
いれ【入れ】んとて取(とり)てゆく。めのとの女房(にようばう)かちはだし
にてお(ッ)【追つ】つい【付い】て、「なにかくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。御頸(おんくび)ばかり
をば給(たま)は(ッ)て、後世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と申(まう)せば、
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判官(はうぐわん)もよにあはれ【哀】げにおもひ【思ひ】、涙(なみだ)をはらはらと
ながい【流い】て、「まこと【誠】にさこそはおもひ【思ひ】給(たま)ふらめ。も(ッ)と
もさるべし。とうとう」とてたびにけり。これ【是】をと(ッ)て
ふところ【懐】にいれ【入れ】て、なくなく【泣く泣く】京(きやう)の方(かた)へかへる【帰る】とぞみ
え【見え】し。其(その)後(のち)五六日(ごろくにち)して、桂河(かつらがは)に女房(にようばう)二人(ににん)身(み)をなげ
たる事(こと)あり【有り】けり。一人(いちにん)おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)のくび【頸】をふ
ところ【懐】にいだひ(いだい)【抱い】てしづみたりけるは、此(この)わか
公(ぎみ)【若君】のめのとの女房(にようばう)にてぞありける。いま一人(いちにん)む
くろをいだひ(いだい)【抱い】たりけるは、介惜(かいしやく)【介錯】の女房(にようばう)也(なり)。めの
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とがおもひ【思ひ】きる【切る】はせめていかがせん、かいしやく【介錯】
の女房(にようばう)さへ身(み)をなげけるこそありがたけれ。
『腰越(こしごえ)』S1117
○さる程(ほど)に、おほい殿(との)【大臣殿】は九郎(くらう)大夫(たいふ)の判官(はうぐわん)にぐ
せ【具せ】られて、七日(なぬか)のあかつき、粟田口(あはたぐち)をすぎ給(たま)
へば、大内山(おほうちやま)、雲井(くもゐ)のよそにへだたりぬ。関(せき)
の清水(しみづ)を見(み)給(たま)ひて、なくなく【泣く泣く】かうぞ詠(えい)じ給(たま)ひける。
都(みやこ)をばけふをかぎりのせきみづ【関水】に
また【又】あふさか【逢坂】のかげやうつさ【映さ】む W089
道(みち)すがらもあまりに心(こころ)ぼそげにおぼしければ、
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判官(はうぐわん)なさけある人(ひと)にて、やうやうになぐさめたてま
つる【奉る】。「あひかまへて今度(こんど)の命(いのち)をたすけ【助け】てたべ」
との給(たま)ひければ、「とをき(とほき)【遠き】国(くに)、はるかの島(しま)へもうつ
しぞまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらん。御命(おんいのち)うしなひ【失ひ】たて
まつる【奉る】まではよも候(さうら)はじ。たとひさるとも、義経(よしつね)が
勲功(くんこう)の賞(しやう)に申(まうし)かへて、御命(おんいのち)ばかりはたすけ【助け】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べし。御心(おんこころ)やすうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)へ」と、た
のもしげ【頼もし気】に申(まう)されければ、「たとひゑぞ(えぞ)【蝦夷】が千島(ちしま)な
りとも、かい(かひ)【甲斐】なき命(いのち)だにあらば」との給(たま)ひける
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こそ口惜(くちをし)けれ。日数(ひかず)ふれば、同(おなじき)廿四日(にじふしにち)、鎌倉(かまくら)へ
下(くだ)りつき給(たま)ふ。梶原(かぢはら)さきだ(ッ)て鎌倉(かまくら)殿(どの)に申(まうし)
けるは、「日本国(につぽんごく)は今(いま)はのこるところ【所】なうしたがひ
たてまつり【奉り】候(さうらふ)。ただし御弟(おんおとと)九郎(くらう)大夫(たいふの)判官殿(はうぐわんどの)
こそ、つゐ(つひ)の御敵(おんかたき)とは見(み)えさせ給(たまひ)候(さうら)へ。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、
一をも(ッ)て万をさつす[* 「さんす」と有るのを他本により訂正]とて、「一(いち)の谷(たに)をうへ【上】の山(やま)
よりおとさ【落さ】ずは、東西(とうざい)の木戸口(きどぐち)やぶれがたし。い
けどり【生捕り】も死(し)にどり【死に捕り】も義経(よしつね)にこそ見(み)すべき
に、物(もの)のよう【用】にもあひ給(たま)はぬ蒲殿(かばどの)の方(かた)へ見参(げんざん)に
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入(いる)べき様(やう)やある。本三位(ほんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)こなたへたば【賜ば】じ
と候(さうらは)ば、O[BH 義経(よしつね)]まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て給(たま)はるべし」とて、すでにいくさ【軍】[B 「いくさ」に「事イ」と傍書]いで【出で】
き【来】候(さうら)はんとし候(さうらひ)しを、景時(かげとき)が土肥(とひ)に心(こころ)をあはせ【合はせ】
て、三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)を土肥(とひの)次郎(じらう)にあづけて後(のち)こ
そしづまり給(たまひ)て候(さうらひ)しか」とかたり申(まうし)ければ、かま
くら【鎌倉】殿(どの)うちうなづいて、「けふ九郎(くらう)が鎌倉(かまくら)へいる【入る】
なるに、おのおの用意(ようい)し給(たま)へ」と仰(おほせ)られければ、大
名(だいみやう)小名(せうみやう)はせ【馳せ】あつま(ッ)【集まつ】て、ほど【程】なく数千騎(すせんぎ)になり
にけり。金洗沢(かねあらひざは)(かねアライざは)に関(せき)すへ(すゑ)【据ゑ】て、大臣殿(おほいとの)父子(ふし)うけ【受け】と
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り【取り】たてま(ッ)【奉つ】て、判官(はうぐわん)をば腰(こし)ごえ【腰越】へお(ッ)【追つ】かへさ【返さ】る。かま
くら【鎌倉】殿(どの)は随兵(ずいびやう)七重(ななへ)八重(やへ)にすへ(すゑ)【据ゑ】をい(おい)て、我(わが)身(み)はそ
の【其の】なか【中】におはしましながら「九郎(くらう)はO[BH 進疾(すすどき)男(をとこ)なれば、]このたたみ【畳】のし
たよりO[BH も]はひ【這ひ】いでんずるもの也(なり)。ただし頼朝(よりとも)はせら
るまじ」とぞの給(たま)ひける。判官(はうぐわん)おもは【思は】れけるは、
「こぞの正月(しやうぐわつ)、木曾(きそ)義仲(よしなか)を追討(ついたう)せしよりこの
かた、一(いち)の谷(たに)・檀【*壇】(だん)の浦(うら)にいたるまで、命(いのち)をすてて平
家(へいけ)をせめ【攻め】おとし、内侍所(ないしどころ)しるし【璽】の御箱(みはこ)事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】
なくかへし【返し】いれ【入れ】たてまつり【奉り】、大将軍(たいしやうぐん)父子(ふし)いけどり【生捕り】
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にして、ぐし【具し】てこれ【是】までくだり【下り】たらんには、たとひ
いかなるふしぎ【不思議】ありとも、一度(いちど)はなどか対面(たいめん)なか
るべき。凡(およそ)は九国(くこく)の惣追補使【*惣追捕使】(そうづいぶし)にもなされ、山陰(せんおん)(センヲン)・
山陽(せんやう)(センイン)・南海道(なんかいだう)、いづれに〔て〕もあづけ、一方(いつぱう)のかた
めともなされんずるとこそおもひ【思ひ】つるに、わづ
かに伊与【*伊予】国(いよのくに)ばかりを知行(ちぎやう)すべきよし仰(おほせ)られて、
鎌倉(かまくら)へだにも入(いれ)られぬこそほいなけれ。さ
ればこは何事(なにごと)ぞ。日本国(につぽんごく)をしづむる事(こと)、義
仲(よしなか)・義経(よしつね)がしわざにあらずや。たとへばおなじ
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父(ちち)が子(こ)で、先(さき)にむまるる【生るる】を兄(あに)とし、後(のち)にむまるる【生るる】
を弟(おとと)とするばかり也(なり)。誰(たれ)か天下(てんが)をしら【知ら】んにしら【知ら】
ざるべき。あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】今度(こんど)見参(げんざん)をだにもとげ
ずして、おい(おひ)【追ひ】のぼせ【上せ】らるるこそ遺恨(ゐこん)の次第(しだい)
なれ。謝(じや)するところ【所】をしらず」とつぶやかれけれども、
ちからなし。ま(ッ)たく不忠(ふちゆう)なきよし、たびたび起請文(きしやうもん)
をも(ッ)て申(まう)されけれども、景時(かげとき)が讒言(ざんげん)によ(ッ)て、鎌
倉(かまくら)殿(どの)もちゐ【用ゐ】給(たま)はねば、判官(はうぐわん)なくなく【泣々】一通(いつつう)の
状(じやう)をかいて、広基(ひろもと)のもとへつかはす【遣す】。
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源[B ノ](みなもとの)義経(よしつね)恐(おそれ)ながら申上(まうしあげ)候(さうらふ)意趣(いしゆ)者(は)、御代官(おんだいくわん)の其(その)
一(ひとつ)に撰(えら)ばれ、勅宣(ちよくせん)の御使(おんつかひ)として、朝敵(てうてき)をかたむ
け、会稽(くわいけい)(クハイケイ)の恥辱(ちじよく)をすすぐ。勲賞(くんしやう)おこなはる
べき処(ところ)に、思(おもひの)外(ほか)〔に〕虎口(ここう)の讒言(ざんげん)によ(ッ)て莫太の
勲功を黙(もだ)せらる。義経おかし(をかし)なう【無う】して咎(とが)をかうむ
る。劫(こふ)(コウ)あつて誤(あやまり)なしといへ共、御勘気を蒙るあひだ【間】、
むなしく紅涙(こうるい)にしづむ。讒者(ざんしや)の実否(じつぷ)をたださ
れず、鎌倉中(かまくらぢゆう)へ入(いれ)られざる間(あひだ)、素意(そい)をのぶ
るにあたはず、いたづらに数日(すじつ)ををくる(おくる)【送る】。此(この)時(とき)に
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あた(ッ)てながく恩顔(おんがん)(ヲンガン)を拝(はい)したてまつら【奉ら】ず。骨肉(こつにく)同
胞(どうはう)の義(ぎ)すでにたえ【絶え】、宿運(しゆくうん)きはめてむなしき【空しき】
にに【似】たる歟(か)。将又(はたまた)先世(ぜんぜ)の業因(ごふいん)(ゴウイン)の感(かん)ずる歟(か)。悲(かなしき)
哉(かな)、此(この)条(でう)、故(こ)亡父(ばうぶ)尊霊(そんりやう)再誕(さいたん)し給(たま)はずは、誰(たれ)の人(ひと)か
愚意(ぐい)の悲歎(ひたん)を申(まうし)ひらかん、いづれの人(ひと)か哀憐(あいれん)
をたれられんや。事(こと)あたらしき申状(まうしじやう)、述懐(しゆつくわい)に
似(に)たりといへども、義経(よしつね)身体(しんたい)髪膚(はつぷ)を父母(ふぼ)に
うけて、いくばくの時節(じせつ)をへず故(こ)守殿(かうのとの)御他界(ごたかい)[* 「御他家」と有るのを他本により訂正]
の間(あひだ)、みなし子(ご)となり、母(はは)の懐(ふところ)のうちにいだかれて、
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大和国(やまとのくに)宇多郡(うだのこほり)におもむき【赴き】しよりこのかた、いまだ一日(いちにち)
片時(へんし)安堵(あんど)のおもひ【思ひ】に住(ぢゆう)せず。甲斐(かひ)なき命(いのち)[B を]ば存(そん)
すといへども、京都(きやうと)の経廻(けいくわい)(ケイクハイ)難治(なんぢ)の間(あひだ)、身(み)を在々(ざいざい)
所々(しよしよ)にかくし、辺土(へんど)遠国(ゑんごく)(エンごく)をすみか【栖】として、土民(どみん)
百姓(はくせい)等(ら)に服仕(ぶくじ)せらる。しかれども高慶(かうけい)たちまち【忽】に純
熟(じゆんじゆく)して、平家(へいけ)の一族(いちぞく)追討(ついたう)のために上洛(しやうらく)せしむる
手(て)あはせ【合はせ】に、木曾(きそ)義仲(よしなか)を誅戮(ちゆうりく)の後(のち)、平氏(へいじ)を
かたむけんがために、或(ある)時(とき)は峨々(がが)たる巌石(がんぜき)に
駿馬(しゆんめ)[* 「髪馬」と有るのを他本により訂正]に鞭(むち)う(ッ)【打つ】て、敵(てき)の為(ため)に命(いのち)をほろぼさん事(こと)
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を顧(かへり)みず、或(ある)時(とき)は漫々(まんまん)たる大海(だいかい)に風波(ふうは)の難(なん)を
しのぎ、海底(かいてい)にしづまん事(こと)をいたま【痛ま】ずして、
かばねを鯨鯢(けいげい)の鰓(あぎと)にかく。しかのみならず、甲冑(かつちう)
を枕(まくら)とし弓箭(きゆうせん)を業(げふ)(ゲウ)とする本意(ほい)、しかしながら亡
魂(ばうこん)のいきどほりをやすめたてまつり、年来(ねんらい)の
宿望(しゆくばう)をとげんと欲(ほつ)する外(ほか)他事(たじ)なし。あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】
義経(よしつね)五位尉(ごゐのじよう)に補任(ふにん)の条(でう)、当家(たうけ)の重職(ちようじよく)(テウジヨク)何事(なにごと)か
これ【是】にしかん。しかりといへども今(いま)愁(うれへ)ふかく歎(なげ)き切(せつ)也(なり)。
仏神(ぶつじん)の御(おん)たすけ【助け】にあらずより外(ほか)は、争(いかで)か愁訴(しうそ)を
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達(たつ)せん。これによ(ッ)て諸神(しよじん)諸社(しよしや)の牛王(ごわう)宝印(ほういん)の
うらをも(ッ)て、野心(やしん)を挿(さしはさ)まざるむね、日本国中(につぽんごくぢゆう)の
大小(だいせう)の神祇(じんぎ)冥道(みやうだう)を請(しやう)じ驚(おどろ)かしたてま(ッ)【奉つ】て、数通(すつう)
の起請文(きしやうもん)をかき【書き】進(しん)ずといへども、猶(なほ)以(もつて)御宥免(ごいうめん)(ゴユウメン)な
し。我(わが)国(くに)は神国(しんこく)也(なり)。神(しん)は非礼(ひれい)を享(うけ)給(たまふ)べからず。
憑(たのむ)ところ【処】他(た)に
あらず。ひとへに貴殿(きでん)広大(くわうだい)の慈悲(じひ)を仰(あふ)ぐ。便宜(びんぎ)を
うかがひ【伺ひ】高聞(かうぶん)に達(たつ)せしめ、秘計(ひけい)をめぐらし、あやま
りなきよしをゆうぜ(いうぜ)【宥ぜ】られ、放免(はうめん)にあづからば、積
善(しやくぜん)の余慶(よけい)家門(かもん)に及(およ)び、栄花(えいぐわ)をながく子孫(しそん)に
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つたへん。仍(よつ)て年来(ねんらい)の愁眉(しうび)を開(ひら)き、一期(いちご)の安
寧(あんねい)をえ【得】ん。書紙(しよし)につくさず。併(しかしながら)令(二)省略(一)(せいりやくせしめ)候(さうらひ)畢(をはんぬ)。
義経(よしつね)恐惶(きようくわう)謹(つつしんで)言(まうす)。元暦(げんりやく)二年(にねん)六月(ろくぐわつ)五日(いつかのひ)源(みなもとの)義経(よしつね)
『大臣殿(おほいとの)被斬(きられ)』S1118
進上(しんじやう)因幡[B ノ](いなばの)守殿(かうのとの)へとぞかか【書か】れたる。○さる程(ほど)に、鎌
倉(かまくら)殿(どの)大臣殿(おほいとの)に対面(たいめん)あり【有り】。おはしける所(ところ)、庭(には)をひと
つ【一つ】へだててむかへ【向へ】なる屋(や)にすへ(すゑ)【据ゑ】たてまつり【奉り】、簾(すだれ)
のうちより見(み)いだし、比気【*比企】(ひきの)藤四郎(とうしらう)義員【*能員】(よしかず)を使
者(ししや)で申(まう)されけるは、「平家(へいけ)の人々(ひとびと)に別(べち)の意趣(いしゆ)
おもひ【思ひ】たてまつる【奉る】事(こと)、努々(ゆめゆめ)候(さうら)はず。其上(そのうへ)池殿(いけどの)の尼
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御前(あまごぜん)いかに申(まうし)給(たまふ)とも、故(こ)入道殿(にふだうどの)の御(おん)ゆるされ【許され】
候(さうら)はずは、頼朝(よりとも)いかでかたすかり候(さうらふ)べき。流罪(るざい)に
なだめ【宥め】られし事(こと)、ひとへに入道殿(にふだうどの)の御恩(ごおん)也(なり)。され
ば廿(にじふ)余年(よねん)までさてこそ罷(まかり)過(すぎ)候(さうらひ)しかども、朝敵(てうてき)
となり給(たま)ひて追討(ついたう)すべき由(よし)院宣(ゐんぜん)(インゼン)を給(たま)はる
間(あひだ)、さのみ王地(わうぢ)にはらまれて、詔命(ぜうめい)をそむくべ
きにもあらねば、力(ちから)不及(およばず)。か様(やう)【斯様】に見参(げんざん)に入(いり)候(さうらひ)ぬる
こそ本意(ほんい)に候(さうら)へ」と申(まう)されければ、義員【*能員】(よしかず)この由(よし)
申(まう)さんとて、御(おん)まへにまいり(まゐり)【参り】たりければ、ゐ【居】なをり(なほり)【直り】
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畏(かしこま)り給(たま)ひけるこそうたてけれ。国々(くにぐに)の大名(だいみやう)小
名(せうみやう)なみ【並み】ゐたる其(その)なか【中】に、京(きやう)の物(もの)どもいくらも
あり、平家(へいけ)の家人(けにん)たりし物(もの)もあり、みなつま
はじき【爪弾き】をして申(まうし)けるは、「ゐ【居】なをり(なほり)【直り】畏(かしこまり)給(たま)ひた
らば、御命(おんいのち)のたすかり給(たまふ)べきか。西国(さいこく)でいかにも
なり給(たまふ)べき人(ひと)の、いきながらとらはれて、これ【是】
までくだり【下り】給(たま)ふこそことはり(ことわり)【理】なれ」とぞ申(まうし)ける。
或(あるい)は涙(なみだ)をながす人(ひと)もあり。其(その)なか【中】にある人(ひと)の
申(まうし)けるは、「猛虎(まうこ)深山(しんざん)にある時(とき)は、百獣(はくじう)ふるひ【震ひ】
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おづ。檻井(かんせい)のうちにあるに及(およん)で、尾(を)を動(うご)[* 左に(ウゴ)の振り仮名]かして[B 「動かして」の右に「フツテイ」と傍書]
食(じき)をもとむとて、たけひ(たけい)【猛い】虎(とら)のふかい山(やま)にある
時(とき)は、もも【百】のけだ物(もの)おぢおそる【恐る】といへ共(ども)、と(ッ)てお
り(をり)【檻】のなか【中】にこめられぬる時(とき)は、尾(を)をふ(ッ)て人(ひと)にむかふ【向ふ】
らんやうに、いかにたけき【猛き】大将軍(たいしやうぐん)なれども、か様(やう)【斯様】に
な(ッ)て後(のち)は心(こころ)かはる事(こと)なれば、大臣殿(おほいとの)もかくお
はするにこそ」と申(まうし)ける人(ひと)もありけるとかや。
さる程(ほど)に、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)やうやうに陳(ちん)じ申(まう)
されけれども、景時(かげとき)が讒言(ざんげん)によ(ッ)て鎌倉(かまくら)殿(どの)さらに
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分明(ふんみやう)の御返事(おんぺんじ)もなし。「いそぎのぼらるべし」と
仰(おほせ)られ[B 「仰られ」に「の給ひイ」と傍書]ければ、同(おなじき)六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、大臣殿(おほいとの)父子(ふし)具(ぐ)した
てま(ッ)【奉つ】て都(みやこ)へぞかへり【帰り】のぼられける。大臣殿(おほいとの)はい
ますこし【少し】も日数(ひかず)ののぶるをうれしき事(こと)におも
は【思は】れけり。道(みち)すがらも「ここにてやここにてや」とおぼしけれ
ども、国々(くにぐに)宿々(しゆくじゆく)うちすぎうちすぎとほり【通り】ぬ。尾張国(をはりのくに)うつ
み【内海】といふ処(ところ)あり【有り】。ここは故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が誅(ちゆう)せ
られしところ【所】なれば、これにてぞ一定(いちぢやう)とおもは【思は】れ
けれども、それをもすぎ【過ぎ】しかば、大臣殿(おほいとの)すこし【少し】たの
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もしき【頼もしき】心(こころ)いで【出で】き【来】て、「さては命(いのち)のいき【生き】んずるや
らん」との給(たま)ひけるこそはかなけれ。右衛門督(うゑもんのかみ)は
「なじかは命(いのち)をいくべき。か様(やう)【斯様】にあつきころ【比】なれば、頸(くび)の
損(そん)ぜぬ様(やう)にはからひて、京(きやう)ちかうな(ッ)てきらんず
るにこそ」とおもは【思は】れO[BH けれ]ども、大臣殿(おほいとの)のいたく心(こころ)ぼそ
げにおぼしたるが心(こころ)ぐるしさに、さは申(まう)されず。
ただ念仏(ねんぶつ)をのみぞ申(まうし)給(たま)ふ。日数(ひかず)ふれば都(みやこ)もちか
づき【近付き】て、近江国(あふみのくに)しの原(はら)【篠原】の宿(しゆく)につき給(たま)ひぬ。判
官(はうぐわん)なさけふかき人(ひと)なれば、三日路(みつかぢ)より人(ひと)を先(さき)
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だてて、善知識(ぜんぢしき)のために、大原(おほはら)の本性房(ほんしやうばう)湛豪(たんがう)
といふ聖(ひじり)を請(しやう)じ下(くだ)されたり。昨日(きのふ)まではおや子(こ)【親子】
一所(ひとところ)におはしけるを、けさよりひき【引き】はな(ッ)【放つ】て、別(べち)の
ところ【所】にすへ(すゑ)【据ゑ】たてまつり【奉り】ければ、「さてはけふを最後(さいご)
にてあるやらん」と、いとど心(こころ)ぼそうぞおもは【思は】れける。大
臣殿(おほいとの)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、「そもそも【抑】右衛門督(うゑもんのかみ)はい
い[* 「い」1字衍字]づくに候(さうらふ)やらん。手(て)をとりくんでもをはり、たとひ
頸(くび)はおつとも、むくろはひとつ【一つ】席(むしろ)にふさ【臥さ】んとこそ思(おもひ)
つるに、いきながらわかれぬる事(こと)こそかなしけれ。十七
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年(じふしちねん)が間(あひだ)、一日(いちにち)片時(へんし)もはなるる事(こと)なし。海底(かいてい)にしづま
でうき名(な)をながすも、あれゆへ(ゆゑ)【故】なり」とてなか【泣か】れけ
れば、聖(ひじり)もあはれ【哀】におもひ【思ひ】けれども、我(われ)さへ心(こころ)よは
く(よわく)【弱く】てはかなは【叶は】じとおもひ【思ひ】て、涙(なみだ)をし(おし)【押し】のごひ【拭ひ】、さらぬ
ていにもてないて申(まうし)けるは、「いまはとかくおぼしめ
す【思し召す】べからず。最後(さいご)の御(おん)ありさま【有様】を御(ご)らんぜ【御覧ぜ】むに
つけても、たがひ【互】の御心(おんこころ)のうちかなしかる【悲しかる】べし。
生(しやう)をうけさせ給(たまひ)てよりこのかた、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】、
昔(むかし)もたぐひすくなし。御門(みかど)の御外戚(ごぐわいせき)(ごグハイセキ)にて丞
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相(しようじやう)の位(くらゐ)にいたらせ給(たま)へり。今生(こんじやう)の御栄花(ごえいぐわ)一
事(いちじ)ものこるところなし。いま又(また)かかる御目(おんめ)にあは
せ【合はせ】給(たま)ふも、先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)なり。世(よ)をも人(ひと)をも
恨(うら)みおぼしめす【思し召す】べからず。大梵(だいぼん)王宮(わうぐう)の深禅定(じんぜんぢやう)
のたのしみ、おもへ【思へ】ば程(ほど)なし。いはんや電光(でんくわう)朝
露(てうろ)の下界(げかい)の命(いのち)においてをや。■利天(たうりてん)の憶千
歳【*億千歳】(おくせんざい)(ヲクせんざい)、ただ夢(ゆめ)のごとし。卅九年(さんじふくねん)をすぐさせ給(たま)ひけ
むも、わづかに一時(いちじ)の間(あひだ)なり。たれか嘗(なめ)たりし
不老(ふらう)不死(ふし)の薬(くすり)、誰(たれ)かたもち【保ち】たりし東父(とうぶ)西母(せいぼ)が
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命(いのち)、秦(しん)の始皇(しくわう)(シクハウ)の奢(おごり)(ヲゴリ)をきはめしも、遂(つひ)には麗山【*驪山】(りさん)の
墓(つか)にうづもれ【埋もれ】、漢(かん)の武帝(ぶてい)の命(いのち)ををしみ【惜しみ】給(たま)ひ
しも、むなしく杜陵(とりよう)(トレウ)の苔(こけ)にくちにき。「生(しやう)あるも
のは必(かならず)滅(めつ)す。釈尊(しやくそん)いまだ栴檀(せんだん)の煙(けぶり)をまぬかれ【免かれ】
給(たま)はず。楽(たのしみ)尽(つき)て悲(かなしみ)来(きた)る。天人(てんにん)尚(なほ)五衰(ごすい)の日(ひ)に
あへり」とこそうけ給(たま)はれ【承れ】。されば仏(ほとけ)は、「我心自空(がしんじくう)、
罪福無主(ざいふくむしゆ)、観心無心(くわんじんむしん)(クハンじんムシン)、法(ほふ)(ホウ)不住(ぶぢゆう)(ブヂウ)法(ほふ)」とて、善(ぜん)も悪(あく)も
空(くう)なりと観(くわん)(クハン)ずるが、まさしく仏(ほとけ)の御心(おんこころ)にあひかな
ふ【叶ふ】事(こと)にて候(さうらふ)也(なり)。いかなれば弥陀如来(みだによらい)は、五劫(ごこふ)(ごコウ)が間(あひだ)、
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思惟(しゆい)して、発(おこし)(ヲコシ)がたき願(ぐわん)を発(おこ)(ヲコ)しましますに、いかな
る我等(われら)なれば、億々万(おくおくまん)(ヲクおくまん)劫(ごふ)(ゴウ)が間(あひだ)生死(しやうじ)に輪廻(りんゑ)(リンエ)して、
宝(たから)の山(やま)に入(いり)て手(て)を空(むなし)うせん事(こと)、恨(うらみ)のなかの恨(うらみ)、
愚(おろか)(ヲロカ)なるなかの口惜(くちをし)い事(こと)に候(さうら)はずや。ゆめゆめ余
念(よねん)をおぼしめす【思し召す】べからず」とて、戒(かい)たもた【保た】せたてま
つり【奉り】、念仏(ねんぶつ)すすめ【進め】申(まうす)。大臣殿(おほいとの)しかる【然る】べき善知識(ぜんぢしき)
かなとおぼしめし【思し召し】、忽(たちまち)に妄念(まうねん)翻(ひるが)へして、西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)
をあはせ【合はせ】、高声(かうしやう)に念仏(ねんぶつ)し給(たま)ふところ【処】に、橘(きつ)右馬允(うまのじよう)(うまのゼウ)
公長(きんなが)、太刀(たち)をひき【引き】そばめて、左(ひだり)のかたより御(おん)うしろ
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に立(たち)まはり、すでにきりたてまつらんとしければ、大
臣殿(おほいとの)念仏(ねんぶつ)をとどめ【留め】て、「右衛門督(うゑもんのかみ)もすでにか」との給(たま)
ひけるこそ哀(あはれ)なれ。公長(きんなが)うしろへよるかと見(み)えしかば、
頸(くび)はまへにぞ落(おち)にける。善知識(ぜんぢしき)のひじり【聖】も涙(なみだ)に
咽(むせ)び給(たま)ひけり。たけき【猛き】もののふも争(いかで)かあはれ【哀】と
おもは【思は】ざるべき。ましてかの公長(きんなが)は、平家(へいけ)重代(ぢゆうだい)(フだい)の
家人(けにん)、新中納言(しんぢゆうなごん)のもとに朝夕(あさゆふ)祗候(しこう)の侍(さぶらひ)也(なり)。「さ
こそ世(よ)をへつらう(へつらふ)といひながら、無下(むげ)になさけな
かりける物(もの)かな」とぞみな人(ひと)慚愧(ざんぎ)しける。其(その)後(のち)右
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衛門督(うゑもんのかみ)をも、聖(ひじり)前(さき)のごとくに戒(かい)たもた【保た】せたてま
つり【奉り】、念仏(ねんぶつ)すすめ申(まうす)。「大臣殿(おほいとの)の最後(さいご)いかがおはし
ましつる」ととは【問は】れけるこそいとをしけれ(いとほしけれ)。「目出(めで)たう
ましまし候(さうらひ)つるなり。御心(おんこころ)やすうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)へ」と申(まう)
されければ、涙(なみだ)をながし悦(よろこび)て、「今(いま)はおもふ【思ふ】事(こと)なし。さら
ばとう」とぞの給(たま)ひける。今度(こんど)は堀[B ノ](ほりの)弥太郎(いやたらう)き(ッ)て(ン)
げり。頸(くび)をば判官(はうぐわん)もたせて都(みやこ)へいる。むくろをば公
長(きんなが)が沙汰(さた)として、おや子(こ)【親子】ひとつ【一つ】穴(あな)にぞうづみける。
さしも罪(つみ)ふかくはなれ【離れ】がたくの給(たま)ひければ、かやうに
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してんげり。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、大臣殿(おほいとの)父子(ふし)のかうべ都(みやこ)へいる。検
非違使(けんびゐし)(ケビイシ)ども、三条河原(さんでうかはら)にいで向(むかひ)てこれ【是】をうけ【受け】とり【取り】、
大路(おほち)をわたして左(ひだり)の獄門(ごくもん)の樗(あふち)の木(き)にぞかけた
りける。O[BH 昔(むかし)より]三位(さんみ)以上(いじやう)の人(ひと)の頸(くび)、大路(おほち)をわたして獄門(ごくもん)に
かけらるる事(こと)、異国(いこく)には其[B ノ](その)例(れい)もやあるらん、吾(わが)
朝(てう)にはいまだ先蹤(せんじよう)(せんゼウ)をきかず。されば平治(へいぢ)に信頼(のぶより)
はO[BH さばかりの]悪行人(あくぎやうにん)たりしかば、かうべをばはねられたりし
かども、獄門(ごくもん)にはかけられず。平家(へいけ)にと(ッ)てぞかけ
られける。西国(さいこく)よりのぼ(ッ)【上つ】てはいき【生き】て六条(ろくでう)を東(ひがし)へ
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わたされ、東国(とうごく)よりかへ(ッ)【帰つ】てはしん【死ん】で三条(さんでう)を西(にし)へ
わたされ給(たま)ふ。いきての恥(はぢ)、しんでの恥(はぢ)、いづれもお
『重衡(しげひらの)被斬(きられ)』S1119
とらざりけり。○本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)は、狩野介(かののすけ)宗
茂(むねもち)にあづけられて、去年(こぞ)より伊豆国(いづのくに)におは
しけるを、南都[B ノ](なんとの)大衆(だいしゆ)頻(しきり)に申(まうし)ければ、「さらばわた
せ【渡せ】」とて、源(げん)三位(ざんみの)入道(にふだう)頼政(よりまさ)の孫(まご)、伊豆(いづの)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)頼
兼(よりかぬ)に仰(おほせ)て、遂(つひ)に奈良(なら)へぞつかはし【遣し】ける。都(みやこ)へは入(いれ)
られずして、大津(おほつ)より山科(やましな)どほり【山科通り】に、醍醐路(だいごぢ)を
へてゆけば、日野(ひの)はちかかり【近かり】けり。此(この)重衡卿(しげひらのきやう)の北方(きたのかた)
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と申(まうす)は、鳥飼(とりかひ)(トリカイ)の中納言(ちゆうなごん)惟実(これざね)のむすめ、五条(ごでうの)大納
言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)の養子(やうじ)、先帝(せんてい)の御(おん)めのと【乳母】大納言佐
殿(だいなごんのすけどの)とぞ申(まうし)ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)一谷(いちのたに)でいけどり【生捕り】にせ
られ給(たま)ひし後(のち)も、先帝(せんてい)につきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】てお
はせしが、檀【*壇】(だん)の浦(うら)にて海(うみ)にいらせ給(たまひ)しかば、もののふ
のあらけなき【荒けなき】にとらはれて、旧里(きうり)にかへり【帰り】、姉(あね)
の大夫(だいぶ)三位(ざんみ)に同宿(どうじゆく)して、日野(ひの)といふところ【所】にお
はしけり。中将(ちゆうじやう)の露(つゆ)の命(いのち)、草葉(くさば)の末(すゑ)にかか(ッ)て
きえやらぬときき給(たま)へば、夢(ゆめ)ならずして今(いま)一
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度(いちど)見(み)もし見(み)えもする事(こと)もやとおもはれけれど
も、それもかなは【叶は】ねば、なく【泣く】より外(ほか)のなぐさめなく
て、あかし【明かし】くらし給(たま)ひけり。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)守護(しゆご)の武士(ぶし)
にの給(たま)ひけるは、「この【此の】程(ほど)事(こと)にふれてなさけふ
かう【深う】芳心(はうじん)おはしつるこそありがたううれしけれ。
同(おなじ)くは最後(さいご)に芳恩(はうおん)かO[BH う]ぶりたき事(こと)あり【有り】。我(われ)は
一人(いちにん)の子(こ)なければ、この世(よ)におもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)な
きに、年来(としごろ)あひぐし【具し】たりし女房(にようばう)の、日野(ひの)といふ
ところ【所】にありときく。いま一度(いちど)対面(たいめん)して、後生(ごしやう)の
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事(こと)を申(まうし)をか(おか)【置か】ばやとおもふ【思ふ】也(なり)」とて、片時(へんし)のいとま
をこは【乞は】れけり。武士(ぶし)どもさすが岩木(いはき)ならねば、お
のおの涙(なみだ)をながしつつ「なにかはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき」と
て、ゆるしたてまつる【奉る】。中将(ちゆうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、「大納言
佐殿(だいなごんのすけどの)の御局(おんつぼね)はこれにわたらせ給(たまひ)候(さうらふ)やらん。本(ほん)三
位(ざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の只今(ただいま)奈良(なら)へ御(おん)とほり【通り】候(さうらふ)が、立(たち)ながら見
参(げんざん)に入(いら)ばやと仰(おほせ)候(さうらふ)」と、人(ひと)をいれ【入れ】ていは【言は】せければ、
北方(きたのかた)きき【聞き】もあへず「いづらやいづら」とてはしり【走り】
いで【出で】て見(み)給(たま)へば、藍摺(あいずり)の直垂(ひたたれ)に折烏帽子(をりえぼし)き【着】た
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る男(をのこ)の、やせくろみ【黒み】たるが、縁(えん)によりゐたるぞ
そなりける。北方(きたのかた)みす【御簾】のきはちかく【近く】よ(ッ)【寄つ】て、「いか
に夢(ゆめ)かやうつつか。これへ入(いり)給(たま)へ」との給(たま)ひける
御声(おんこゑ)をきき給(たま)ふに、いつしか先立(さきだつ)物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。
大納言佐殿(だいなごんのすけどの)目(め)もくれ心(こころ)もきえはてて、しばしは
物(もの)もの給(たま)はず。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)御簾(みす)うちかづいて、
なくなく【泣く泣く】の給(たま)ひけるは、「こぞの春(はる)、一(いち)の谷(たに)でいかに
もなるべかりし身(み)の、せめての罪(つみ)のむくひにや、
いきながらとらはれて大路(おほち)をわたされ、京(きやう)鎌倉(かまくら)、
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恥(はぢ)をさらすだに口惜(くちをし)きに、はて【果】は奈良(なら)の大衆(だいしゆ)
の手(て)へわたされてきらるべしとてまかり【罷り】候(さうらふ)。いかに
もして今(いま)一度(いちど)御(おん)すがたを見(み)たてまつら【奉ら】ばやと
おもひ【思ひ】つるに、いまは露(つゆ)ばかりもおもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)な
し。出家(しゆつけ)してかたみ【形見】にかみ【髪】をもたてまつら【奉ら】ばやと
おもへ【思へ】ども、ゆるされ【許され】なければ力(ちから)及(およ)ばず」とて、
ひたい(ひたひ)【額】のかみをすこし【少し】ひき【引き】わけて、口(くち)のおよぶ【及ぶ】
ところ【所】をくひき(ッ)て、「これ【是】をかたみ【形見】に御(ご)らんぜ
よ」とてたてまつり【奉り】給(たま)ふ。北方(きたのかた)は、日来(ひごろ)おぼつか
P11191
なくおぼしけるより、いま一(ひと)しほかなしみの色(いろ)を
ぞまし給(たま)ふ。「まこと【誠】に別(わかれ)たてまつり【奉り】し後(のち)は、越前(ゑちぜんの)
三位(さんみ)のうへ【上】の様(やう)に、水(みづ)の底(そこ)にもしづむべか
りしが、まさしうこの世(よ)におはせぬ人(ひと)ともき
か【聞か】ざりしかば、もし不思儀(ふしぎ)にて今(いま)一度(いちど)、かはら【変ら】ぬ
すがたを見(み)もし見(み)えもやするとおもひ【思ひ】てこそ、
うき【憂き】ながらいま【今】までもながらへ【永らへ】てありつるに、
けふ【今日】をかぎりにておはせんずらんかなしさよ。いまま
でのび【延び】つるは、「もしや」とおもふ【思ふ】たのみ【頼み】もありつる
P11192
物(もの)を」とて、昔(むかし)いまの事(こと)どもの給(たま)ひかはすにつ
けても、ただつきせ【尽きせ】ぬ物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。「あまりに御(おん)す
がたのしほれ(しをれ)【萎れ】てさぶらふ【候ふ】に、たてまつりかへよ」と
て、あはせ【合はせ】の小袖(こそで)に浄衣(じやうえ)をいださ【出さ】れたりければ、
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)これ【是】をきかへて、もとき【着】給(たま)へる物(もの)ど
もをば、「形見(かたみ)に御(ご)らんぜよ【御覧ぜよ】」とてをか(おか)【置か】れけり。北
方(きたのかた)「それもさる事(こと)にてさぶらへ【候へ】ども、はかなき筆(ふで)
の跡(あと)こそながき世(よ)のかた見(み)【形見】O[BH にて]さぶらへ【候へ】」とて、御硯(おんすずり)
をいださ【出さ】れたりければ、中将(ちゆうじやう)なくなく【泣く泣く】一首(いつしゆ)の
P11195[* 以下の二丁(P111934とP111956)が錯簡のため置き換えます。]
歌(うた)をぞかかれける。
せきかねて泪(なみだ)のかかるからころも【唐衣】
後(のち)のかたみにぬぎ【脱ぎ】ぞかへぬる W090
女房(にようばう)ききもあへず
ぬぎかふる【変ふる】ころも【衣】もいま【今】はなにかせん
けふ【今日】をかぎりのかたみとおもへ【思へ】ば W091
「契(ちぎり)あらば後(のちの)世(よ)にてはかならず【必ず】むまれ【生れ】あひたてま
つら【奉ら】ん。ひとつ【一つ】はちす【蓮】にといのり【祈り】給(たま)へ。日(ひ)もたけ
ぬ。奈良(なら)へもとをう(とほう)【遠う】候(さうらふ)。武士(ぶし)のまつ【待つ】も心(こころ)なし」とて、
P11196
出(いで)給(たま)へば、北方(きたのかた)袖(そで)にすが(ッ)て「いかにやいかに、しばし」とて
ひき【引き】とどめ【留め】給(たま)ふに、中将(ちゆうじやう)「心(こころ)のうちをばただおし
はかり【推し量り】給(たま)ふべし。されどもつゐに(つひに)【遂に】のがれ【逃れ】はつべき
身(み)にもあらず。又(また)こ【来】ん世(よ)にてこそ見(み)たてまつ
ら【奉ら】め」とていで【出で】給(たま)へども、まことに此(この)世(よ)にてあひみ【見】ん
事(こと)は、これ【是】ぞかぎりとおもは【思は】れければ、今(いま)一度(いちど)たち
かへりたくおぼしけれども、心(こころ)よはく(よわく)【弱く】てはかなは【叶は】じ
と、おもひ【思ひ】き(ッ)てぞいでられける。北方(きたのかた)御簾(みす)の
きはちかく【近く】ふし【臥し】まろび【転び】、おめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】給(たま)ふ御声(おんこゑ)
P11193
の、〔門(かど)の〕外(ほか)まではるかにきこえ【聞え】ければ、駒(こま)をもさらに
はやめ給(たま)はず。涙(なみだ)にくれてゆくさきも見(み)えねば、
中々(なかなか)なりける見参(げんざん)かなと、今(いま)はくやしうぞおもは【思は】
れける。大納言佐殿(だいなごんのすけどの)やがてはしり【走り】ついてもおは
しぬべくはおぼしけれども、それもさすがなれ
ば、ひき【引き】かづいてぞふし給(たま)ふ。南都(なんと)の大衆(だいしゆ)うけ【受け】
と(ッ)【取つ】て僉議(せんぎ)す。「抑(そもそも)此(この)重衡卿(しげひらのきやう)は大犯(だいぼん)の悪人(あくにん)たる
うへ【上】、三千五刑(さんぜんごけい)のうちにもれ【漏れ】、修因(しゆいん)感果(かんくわ)の道理(だうり)極
上(ごくじやう)せり。仏敵(ぶつてき)法敵(ほふてき)の逆臣(げきしん)なれば、東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)
P11194
の大垣(おほがき)をめぐらして、のこぎりにてやきるべき、堀
頸(ほりくび)にやすべき」と僉議(せんぎ)す。老僧(らうそう)どもの申(まう)されける
は、「それも僧徒(そうと)の法(ほふ)に穏便(をんびん)ならず。ただ守護(しゆご)の
武士(ぶし)にたう【賜う】で、粉津【*木津】(こつ)の辺(へん)にてきらすべし」とて、武
士(ぶし)の手(て)へぞかへしける。武士(ぶし)これ【是】をうけ【受け】と(ッ)【取つ】て、粉津
河【*木津川】(こつがは)のはたにてきらんとするに、数千人(すせんにん)の大衆(だいしゆ)、
見(み)る人(ひと)いくらといふかず【数】をしら【知ら】ず。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
のとしごろ【年来】めし【召し】つかは【使は】れける侍(さぶらひ)に、木工(むく)右馬[B ノ]允(うまのじよう)
知時(ともとき)といふ物(もの)あり【有り】。八条(はつでうの)女院(にようゐん)に候(さうらひ)けるが、最後(さいご)
P11197
を見(み)たてまつら【奉ら】んとて、鞭(むち)をう(ッ)【打つ】てぞ馳(はせ)たりけ
る。すでに只今(ただいま)きりたてまつら【奉ら】むとするとこ
ろ【処】にはせ【馳せ】つゐ(つい)【着い】て、千万(せんまん)立(たち)かこう【囲う】だる人(ひと)のなか【中】を
かきわけかきわけ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のおはしける御(おん)そば
ちかうまいり(まゐり)【参り】たり。「知時(ともとき)こそただ今(いま)【只今】O[BH 御(ご)]最後(さいご)の御(おん)
ありさま【有様】見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんとて、是(これ)までまいり(まゐり)【参り】
てこそ候(さうら)へ」となくなく【泣く泣く】申(まうし)ければ、中将(ちゆうじやう)「まこと【誠】に心(こころ)
ざしのほど【程】神妙(しんべう)也(なり)。仏(ほとけ)ををがみ【拝み】たてま(ッ)【奉つ】てきら
ればやとおもふ【思ふ】はいかがせんずる。あまりに罪(つみ)ふかう【深う】
P11198
おぼゆる【覚ゆる】に」との給(たま)へば、知時(ともとき)「やすい御事(おんこと)候(ざうらふ)や」とて、
守護(しゆご)の武士(ぶし)に申(まうし)あはせ【合はせ】、そのへん【辺】におはしける
仏(ほとけ)を一体(いつたい)むかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て出(いで)きたり。幸(さいはひ)に阿弥
陀(あみだ)にてぞましましける。河原(かはら)のいさごのうへ【上】に立(たて)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、やがて知時(ともとき)が狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)のくくり【括り】を
といて、仏(ほとけ)の御手(みて)にかけ、中将(ちゆうじやう)にひかへさせたて
まつる【奉る】。これ【是】をひかへたてまつり【奉り】、仏(ほとけ)にむかひ【向ひ】たて
ま(ッ)【奉つ】て申(まう)されけるは、「つたへきく、調達(でうだつ)が三逆(さんぎやく)を
つくり、八万蔵(はちまんざう)の聖教(しやうげう)をO[BH 焼イ]ほろぼしたりしも、遂(つひ)(ツイ)に
P11199
は天王如来(てんわうによらい)の記■(きべつ)にあづかり【預り】、所作(しよさ)の罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)まこ
と【誠】にふかしといへども、聖教(しやうげう)に値遇(ちぐ)せし逆縁(ぎやくえん)くち【朽ち】
ずして、かへ(ッ)て【却つて】得道(とくだう)の因(いん)となる。いま重衡(しげひら)が逆罪(ぎやくざい)を
おかす(をかす)事(こと)、ま(ッ)たく愚意(ぐい)の発起(ほつき)にあらず、只(ただ)世(よ)に
随(した)がふことはり(ことわり)【理】を存(ぞんずる)斗(ばかり)也(なり)。命(いのち)をたもつ【保つ】物(もの)誰(たれ)か王命(わうめい)
を蔑如(べつじよ)する、生(しやう)をうくる物(もの)誰(たれ)か父(ちち)の命(めい)をそむ
かん。かれといひ、これ【是】といひ、辞(じ)するにところ【所】なし。
理非(りひ)仏陀(ぶつだ)の照覧(せうらん)にあり【有り】。抑(そもそも)罪報(ざいはう)たちどころ
にむくひ、運命(うんめい)只今(ただいま)をかぎりとす。後悔(こうくわい)千万(せんばん)、
P11200
かなしんでもあまりあり。ただし三宝(さんぼう)の境界(きやうがい)は慈
悲(じひ)を心(こころ)として、済度(さいど)の良縁(りやうえん)まちまち也(なり)。唯縁楽
意(ゆいえんらくい)、逆即是順(ぎやくそくぜじゆん)、此[B ノ](この)文(もん)肝(きも)に銘(めい)ず。一念(いちねん)弥陀仏(みだぶつ)、即滅
無量罪(そくめつむりやうざい)、願(ねがは)くは逆縁(ぎやくえん)をも(ッ)て順縁(じゆんえん)とし、只今(ただいま)の
最後(さいご)の念仏(ねんぶつ)によ(ッ)て九品(くほん)託生(たくしやう)をとぐべし」とて、
高声(かうしやう)に十念(じふねん)となへ【唱へ】つつ、頸(くび)をのべてぞきらせ
られける。日来(ひごろ)の悪行(あくぎやう)はさる事(こと)なれ共(ども)、いまの
ありさま【有様】を見(み)たてまつる【奉る】に、数千人(すせんにん)の大衆(だいしゆ)も
守護(しゆご)の武士(ぶし)も、みな涙(なみだ)をぞながしける。その【其の】頸(くび)
P11201
をば、般若寺(はんにやじ)大鳥井【*大鳥居】(おほどりゐ)の前(まへ)に釘(くぎ)づけ【釘付け】にこそかけた
りけれ。治承(ぢしよう)の合戦(かつせん)の時(とき)、ここにう(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て伽藍(がらん)をほ
ろぼし給(たま)へる故(ゆゑ)也(なり)。北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)、かうべをこそ
はね【刎ね】られたりとも、むくろをばとりよせて孝
養(けうやう)せんとて、輿(こし)をむかへ【向へ】につかはす【遣す】。げにもむく
ろをばすて【捨て】をき(おき)たりければ、と(ッ)て輿(こし)にいれ【入れ】、日野(ひの)へ
かい【舁い】てぞかへりける。これ【是】をまちうけ見(み)給(たま)ひける北
方(きたのかた)の心(こころ)のうち、をしはから(おしはから)【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。昨日(きのふ)まではゆゆ
しげにおはせしかども、あつき【暑き】ころなれば、いつしかあらぬ
P11202
さまになり給(たま)ひぬ。さてもあるべきならねば、其(その)辺(へん)に
法界寺(ほふかいじ)といふ処(ところ)にて、さるべき僧(そう)どもあまたかた
らひて孝養(けうやう)あり【有り】。頸(くび)をば大仏(だいぶつ)のひじり俊乗
房(しゆんじようばう)(シユンゼウばう)にとかくの給(たま)へ【宣へ】ば、大衆(だいしゆ)にこう【乞う】て日野(ひの)へぞ
つかはし【遣し】ける。頸(くび)もむくろも煙(けぶり)になし、骨(こつ)をば高野(かうや)へ
をくり(おくり)【送り】、墓(はか)をば日野(ひの)にぞせられける。北方(きたのかた)もさ
まをかへ、かの後生(ごせ)菩提(ぼだい)をとぶらはれけるこそ哀(あはれ)
なれ。

P11203
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十一(だいじふいち)


平家物語 高野本 巻第十二

平家 十二(表紙)
P12001
平家十二之巻 目録
大地震     紺掻之沙汰
平大納言流罪  土佐房被斬
判官都落    イ付吉田の大納言
六代      初瀬六代
六代きられ

P12002

P12003
平家物語巻第十二
『大地震』S1201
○平家みなほろびはてて、西国もしづまりぬ。
国は国司にしたがひ【従ひ】、庄は領家のままなり。
上下安堵しておぼえし程に、同七月九日の
午刻ばかりに、大地おびたたしく【夥しく】うごいて良
久し。赤県のうち、白河のほとり、六勝寺皆
やぶれくづる。九重の塔もうへ【上】六重ふりおと
す【落す】。得長寿院も三十三間の御堂を十七間
までふり【震り】たうす【倒す】。皇居をはじめて人々の
P12004
家々、すべて在々所々の神社仏閣、あやし
の民屋、さながらやぶれくづる。くづるる
音はいかづちのごとく、あがる塵は煙の
ごとし。天暗うして日の光も見えず。老少
ともに魂をけし、朝衆悉く心をつくす。
又遠国近国もかくのごとし。大地さけ【裂け】て
水わきいで、盤石われて谷へまろぶ。山くづれ
て河をうづみ、海ただよひて浜をひたす。
汀こぐ船はなみにゆられ、陸ゆく駒は足の
P12005
たてど【立て処】をうしなへ【失へ】り。洪水みなぎり【漲ぎり】来らば、
岳にのぼ【上つ】てもなどかたすからざらむ、猛
火もえ来らば、河をへだててもしばしも
さん【去ん】ぬべし。ただかなしかり【悲しかり】けるは大地振【*大地震】なり。
鳥にあらざれば空をもかけりがたく、竜に
あらざれば雲にも又のぼりがたし。白河・
六波羅、京中にうちうづま【埋ま】れてしぬる【死ぬる】もの
いくらといふ数をしら【知ら】ず。四大衆【*四大種】の中に水火
風は常に害をなせども、大地にをいては
P12006
ことなる変をなさず。こはいかにしつること【事】
ぞやとて、上下遣戸障子をたて、天の
なり地のうごくたびごとには、唯今ぞし
ぬる【死ぬる】とて、声々に念仏申。おめき【喚き】さけぶ【叫ぶ】事
おびたたし【夥し】。七八十・九十の者も世の滅する
などいふ事は、さすがけふあすとはおもは【思は】ず
とて、大に驚さはぎ【騒ぎ】ければ、おさなき【幼き】
もの共も是をきい【聞い】て、泣かなしむ事限
なし。法皇はそのおり【折】しも新熊野へ
P12007
御幸なて、人多くうちころさ【殺さ】れ、触穢出
きにければ、いそぎ六波羅殿へ還御
なる。道すがら君も臣もいかばかり御心
をくだかせ給ひけん。主上は鳳輦に
めし【召し】て池の汀へ行幸なる。法皇は南庭
にあく屋【幄屋】をたててぞましましける。
女院・宮々は御所ども【共】皆ふり【震り】たをし【倒し】けれ
ば、或御輿にめし【召し】、或御車にめし【召し】て出させ
給ふ。天文博士ども馳まい【参つ】て、「よさりの亥子
P12008
の刻にはかならず大地うち返すべし」
と申せば、おそろし【恐ろし】などもをろか【愚】なり。
昔文徳天皇の御宇、斉衡三年三月八日
の大地振【*大地震】には、東大寺の仏の御ぐしをふり
おとし【落し】たりけるとかや。又天慶二年四月
五日の大地振【*大地震】には、主上御殿をさて清寧
殿【*常寧殿】の前に五丈のあく屋【幄屋】をたててましまし
けるとぞうけ給はる【承る】。其は上代の事
なれば申にをよば【及ば】ず。今度の事は是より
P12009
後もたぐひあるべしともおぼえず。十善
帝王都を出させ給て、御身を海底にしづめ、
大臣公卿大路をわたしてその頸を獄門に
かけらる。昔より今に至るまで、怨霊は
おそろしき【恐ろしき】事なれば、世もいかがあらんずらん
とて、心ある人の歎かなしまぬはなかり
『紺掻之沙汰』S1202
けり。○同八月廿二[B 三イ]日、鎌倉の源二位頼朝卿
の父、故左馬頭義朝のうるはしきかうべとて、
高雄の文覚上人頸にかけ、鎌田兵衛が頸
P12010
をば弟子が頸にかけさせて、鎌倉へぞ下
られける。去治承四年のころとり【取り】いだし【出し】
てたてま【奉つ】たりけるは、まこと【誠】の左馬頭のかうべ
にはあらず、謀反をすすめ奉らんための
はかりこと【策】に、そぞろなるふるい【古い】かうべをしろい【白い】
布につつんでたてま【奉つ】たりけるに、謀反を
おこし世をうちとて、一向父の頸と信ぜ
られけるところ【所】へ、又尋出してくだり【下り】けり。
是は年ごろ[B 「ころ」に「来」と傍書]義朝の不便にしてめし【召し】つか
P12011
は【使は】れける紺かき【紺掻】の男、年来獄門にかけられ
て、後世とぶらふ人もなかりし事をかなしん
で、時の大理にあひ奉り、申給はりとりおろ
して、「兵衛佐殿流人でおはすれ共、すゑたの
もしき【頼もしき】人なり、もし世に出てたづね【尋ね】らるる
事もこそあれ」とて、東山円覚寺といふ所
にふかう【深う】おさめ【納め】てをき【置き】たりけるを、文覚聞
出して、かの紺かき[B ノ]男【紺掻男】ともにあひ具して
下りけるとかや。けふ既に鎌倉へつくと聞
P12012
えしかば、源二位片瀬河まで迎におはし
けり。それより色の姿になりて、泣々鎌
倉へ入給ふ。聖をば大床にたて、我身は
庭に立て、父のかうべをうけ【受け】とり【取り】たまふ【給ふ】
ぞ哀なる。是を見る大名小名、みな涙を
ながさずといふ事なし。石巌のさがしき【嶮しき】を
きりはら【払つ】て、新なる道場を造り、父の御
為と供養じて、勝長寿院と号せらる。
公家にもかやうの事を哀と思食て、故左
P12013
馬頭義朝の墓へ内大臣正二位を贈らる。
勅使は左大弁兼忠とぞきこえ【聞え】し。頼朝
卿武勇の名誉長ぜるによて、身をたて
家をおこすのみならず、亡父聖霊贈官贈
『平大納言被流』S1203
位に及けるこそ目出けれ。○同九月廿三[B 二イ]日、平
家の余党の都にあるを、国々へつかはさ【遣さ】る
べきよし、鎌倉殿より公家へ申されたりければ、
平大納言時忠卿能登国、子息讃岐中将時実
上総国、蔵頭信基安芸国、兵部少輔正明隠岐国、
P12014
二位僧都専信【*全真】阿波国、法勝寺執行能円
備後国、中納言律師忠快武蔵国とぞきこ
え【聞え】し。或西海の波の上、或東関の雲のはて、
先途いづくを期せず、後会其期をしら【知ら】ず。
別の涙をおさへ【抑へ】て面々におもむか【赴か】れけん心
のうち、おしはから【推し量ら】れて哀なり。その中に、
平大納言は建礼門院の吉田にわたらせ給ふ
所にまい【参つ】て、「時忠こそせめ【責め】をもふ【重う】して、けふ既に
配所へおもむき【赴き】候へ。おなじみやこの内に
P12015
候て、御あたりの御事共うけ給はら【承ら】まほし
う候つるに、つゐに【遂に】いかなる御ありさま【有様】
にてわたらせ給ひ候はんずらむと思をき
まいらせ【参らせ】候にこそ、ゆく空もおぼゆ【覚ゆ】まじう
候へ」と、なくなく【泣く泣く】申されければ、女院、「げにも昔
の名残とては、そこばかりこそおはしつれ。
今は哀をもかけ、とぶらふ人も誰かは有べき」
とて、御涙せきあへさせ給はず。此大納言と
申は、出羽前司具信が孫、兵部権大輔贈左
P12016
大臣時信が子なり。故建春門院の御せうと【兄】
にて、高倉の上皇の御外戚なり。世のおぼえ
とき【時】のきら目出たかりき。入道相国の北方八
条の二位殿も姉にておはせしかば、兼官
兼職、おもひ【思ひ】のごとく心のごとし。さればほど【程】
なくあが【上がつ】て正二位の大納言にいたれり。検
非違使[* 「検」の左にの振り仮名]別当にも三ケ度までなりたまふ【給ふ】。
此人の庁務のときは、窃盗強盗をばめし【召し】
と【取つ】て、様もなく右のかいな【腕】をば、うでなか【腕中】
P12017
より打おとし【落し】打おとし【落し】をひ【追ひ】捨らる。されば、悪別
当とぞ申ける。主上并三種の神器都へ
返し入奉るべき由、西国へ院宣をくださ【下さ】れ
たりけるに、院宣の御使花形がつらに、浪
がたといふやいじるし【焼印】をせられけるも、此
大納言のしわざなり。法皇も故女院の御
せうと【兄】なれば、御かた見【形見】に御覧ぜまほしう
おぼしめし【思し召し】けれ共、か様【斯様】の悪行によて御憤
あさから【浅から】ず。九郎判官もしたしう【親しう】なられたり
P12018
しかば、いかにもして申なだめ【宥め】ばやとおもは【思は】れ
けれどもかなは【叶は】ず。子息侍従時家とて、十六に
なられけるが、流罪にももれ【漏れ】て、伯父の時光[B ノ]
卿のもとにおはしけり。母うへ【上】帥のすけ【帥の典侍】どの【殿】
とも【共】に大納言の袂にすがり、袖をひかへて、
今を限の名残をぞおしみ【惜しみ】ける。大納言、
「つゐに【遂に】すまじき別かは」とこころづよふは
の給へ共、さこそは悲うおもは【思は】れけめ。年闌齢
傾て後、さしもむつましかりし妻子にも
P12019
別はて、すみなれし都をも雲ゐの
よそにかへりみて、いにしへは名にのみ聞し
越路の旅におもむき【赴き】、はるばると下り給ふに、
「かれは志賀唐崎、これは真野の入江、交
田の浦」と申ければ、大納言なくなく【泣々】詠じ
給ひけり。
かへりこむことはかた田【交田】にひくあみの
め【目】にもたまらぬわがなみだかな W092
昨日は西海の波の上にただよひて、怨憎
P12020
懐苦【*怨憎会苦】の恨を扁舟の内につみ、けふは北国の
雪のしたに埋れて、愛別離苦のかなしみ
『土佐房被斬』S1204
を故郷の雲にかさね【重ね】たり。○さる程に、九郎判
官には、鎌倉殿より大名十人つけられたり
けれども、内々御不審を蒙りたまふ【給ふ】よし
聞えしかば、心をあはせ【合はせ】て一人づつ皆下り
はて【果て】にけり。兄弟なるうへ【上】、殊に父子の契
をして、去年の正月木曾義仲を追討
せしよりこのかた、度々平家を攻おとし【落し】、
P12021
ことしの春ほろぼしはて【果て】て、一天をしづめ、
四海をすます【澄ます】。勧賞おこなはるべき処に、
いかなる子細あてかかかる聞えあるらんと、
かみ一人をはじめ奉り、しも万民に至る
まで、不審をなす。此事は、去春、摂津国
渡辺よりふなぞろへして八島へわたり
給ひしとき、逆櫓たて【立て】うたて【立て】じの論
をして、大きにあざむかれたりしを、梶原
遺恨におもひ【思ひ】て常は讒言しけるによて
P12022
なり。定謀反の心もあるらむ、大名共さし
のぼせ【上せ】ば、宇治・勢田の橋をもひき【引き】、京中
のさはぎ【騒ぎ】となて、中々あしかり【悪しかり】なんとて、
土佐房正俊【*昌俊】をめして、「和僧のぼ【上つ】て物詣する
やうにて、たばかてうて」との給ひければ、
正俊【*昌俊】畏てうけ給り【承り】、宿所へも帰らず、御前
をたてやがて京へぞ上りける。同九月廿
九日、土佐房都へついたりけれ共、次日まで
判官殿へもまいら【参ら】ず。正俊【*昌俊】がのぼりたるよし
P12023
聞給ひ、武蔵房弁慶をもてめされければ、
やがてつれ【連れ】てまいり【参り】たり。判官の給ひ
けるは、「いかに鎌倉殿より御文はなきか」。「さし
たる御事候はぬ間、御文はまいらせ【参らせ】られ
ず候。御詞にて申せと候しは、『「当時まで
都に別の子細なく候事、さて御渡候ゆへ【故】
とおぼえ候。相構てよく守護せさせ給
へ」と申せ』とこそ仰せられ候つれ」。判官「よも
さはあらじ。義経討にのぼる御使なり。「大名
P12024
どもさし上せば、宇治・勢田の橋をもひき【引き】、
都鄙のさはぎ【騒ぎ】ともなて、中々あしかり【悪しかり】
なん。和僧のぼせ【上せ】て物詣する様にてたば
かてうて」とぞ仰付られたるらむな」との給
へ【宣へ】ば、正俊【*昌俊】大に驚て、「何によてか唯今さる
事の候べき。いささか宿願によて、熊野参
詣のために罷上て候」。そのとき判官の給
ひけるは、「景時が讒言によて、義経鎌倉へ
も入られず。見参をだにし給はで、をひ【追ひ】上せ
P12025
らるる事はいかに」。正俊【*昌俊】「其事はいかが候覧、
身にをいてはまたく御腹くろ候はず。記請
文【*起請文】をかき進べき」よし申せば、判官「とても
かうても鎌倉殿によしとおもは【思は】れたてま【奉つ】
たらばこそ」とて、以外けしき【気色】あしげになり
給ふ。正俊【*昌俊】一旦の害をのがれ【逃れ】んが為に、居な
がら七枚の記請文【*起請文】をかいて、或やいてのみ、或
社に納などして、ゆり【許り】てかへり、大番衆に
ふれめぐらして其夜やがてよせ【寄せ】んとす。判官
P12026
は磯禅師といふ白拍子のむすめ、しづか【静】と
いふ女を最愛せられけり。しづかもかたはら
を立さる事なし。しづか申けるは、「大路は皆
武者でさぶらふなる。是より催しのなからん
に、大番衆の者どもこれほどさはぐ【騒ぐ】べき
様やさぶらふ。あはれ是はひる【昼】の記請【*起請】法師
のしわざとおぼえ候。人をつかはし【遣し】てみせ【見せ】
さぶらはばや」とて、六波羅の故入道相国の
めし【召し】つかは【使は】れけるかぶろを三四人つかは【使は】れ
P12027
けるを、二人つかはし【遣し】たりけるが、程ふるまで
帰らず。「中々女はくるしからじ」とて、はした
ものを一人見せにつかはす【遣す】。程なくはしり【走り】
帰て申けるは、「かぶろとおぼしきものはふたり
ながら、土佐房の門にきりふせ【伏せ】られてさぶ
らふ。宿所には鞍をき馬【鞍置き馬】どもひしとひ【引つ】
たて【立て】て、大幕のうちには、矢おひ【負ひ】弓はり【張り】、者
ども皆具足して、唯今よせんといでたち【立ち】
さぶらふ【候ふ】。すこし【少し】も物まふで【物詣で】のけしきとは
P12028
見えさぶらはず」と申ければ、判官是をきい【聞い】
て、やがてう【打つ】たち【立ち】給ふ。しづかきせなが【着背長】とて
なげかけ奉る。たかひも【高紐】ばかりして、太刀
とて出給へば、中門の前に馬に鞍をいて
ひ【引つ】たてたり。是にうち【打ち】乗て、「門をあけよ」
とて門あけさせ、いま【今】やいま【今】やと待給ふ処に、
しばしあてひた甲【直甲】四五十騎門の前に
おしよせて、時をどとぞつくりける。判官
鐙ふばり立あがり【上がり】、大音声をあげて、「夜
P12029
討にも昼戦にも、義経たやすう討べき
ものは、日本国におぼえぬものを」とて、只一騎
おめい【喚い】てかけ給へば、五十騎ばかりのもの共、
中をあけてぞ通しける。さる程に、O[BH 伊勢[B ノ]三郎義盛・奥州[B ノ]佐藤四郎兵衛忠信・]江田
源三・熊井太郎・武蔵房弁慶などいふ一人
当千の兵共、やがてつづゐ【続い】て攻戦。其後侍共
「御内に夜討いたり」とて、あそこのやかた
ここの宿所より馳来る。程なく六七十
騎集ければ、土佐房たけくよせたりけれ
P12030
ども【共】たたかふ【戦ふ】にをよば【及ば】ず。散々にかけちら
さ【散らさ】れて、たすかるものはすくなう、うたるる
ものぞおほかり【多かり】ける。正俊【*昌俊】希有にして
そこをばのがれ【逃れ】て、鞍馬の奥ににげ籠り
たりけるが、鞍馬は判官の故山なりけれ
ば、彼法師土佐房をからめて、次日判官の
許へ送りけり。僧正が谷といふ所にかくれ【隠れ】
ゐたりけるとかや。正俊【*昌俊】を大庭にひ【引つ】すへ【据ゑ】たり。
かちの直垂にすちやう頭巾[* 「ずちやう頭巾」と有るのを他本により訂正]【首丁頭巾】をぞしたりける。
P12031
判官わら【笑つ】てのたまひ【宣ひ】けるは、「いかに和僧、記
請【*起請】にはうてたるぞ」。土佐房すこしもさは
が【騒が】ず、居なをり【直り】、あざわら【笑つ】て申けるは、「ある
事にかいて候へば、うてて候ぞかし」と申。「主
君の命をおもんじて、私の命をかろんず。
心ざし【志】の程、尤神妙なり。和僧命おしく【惜しく】は
鎌倉へ返しつかはさ【遣さ】んはいかに」。土佐坊、「まさ
なうも御諚候ものかな。おし【惜し】と申さば殿はたすけ【助け】給はんずるか。鎌倉殿の「法師
P12032
なれども、をのれ【己】ぞねらはんずる者」とて
仰かうぶしより、命をば鎌倉殿に奉り
ぬ。なじかはとり返し奉るべき。唯御恩
にはとくとく頸をめさ[B 「めさ」に「刎ラ」と傍書]れ候へ」と申ければ、
「さらばきれ」とて、六条河原にひき【引き】いだい【出い】て
『判官都落』S1205
き【斬つ】てげり。ほめぬ人こそなかりけれ。○ここに
足立新三郎といふ雑色は、「きやつは下臈
なれども以外さかざかしい【賢々しい】やつで候。めし【召し】
つかひ【使ひ】給へ」とて、判官にまいらせ【参らせ】られたりけるが、
P12033
内々「九郎がふるまひ【振舞】みてわれにしらせよ」
とぞの給ひける。正俊【*昌俊】がきらるるをみて、
新三郎夜を日についで馳下り、鎌倉殿
に此由申ければ、舎弟参河【*三河】守範頼を討
手にのぼせ【上せ】たまふ【給ふ】べきよし仰られけり。
頻に辞申されけれ共、重而おほせられ
ける間、力をよば【及ば】で、物具していとま申に
まいら【参ら】れたり。「わとのも九郎がまねし給ふ
なよ」と仰られければ、此御詞におそれ【恐れ】て、
P12034
物具ぬぎをきて京上はとどまり給ひ
ぬ。全不忠なきよし、一日に十枚づつの起
請を、昼はかき、夜は御坪の内にて読あげ
読あげ、百日に千枚の記請【*起請】を書てまいらせ【参らせ】
られたりけれども、かなは【叶は】ずして終に
うた【討た】れ給ひけり。其後北条四郎時政を
大将として、討手のぼると聞えしかば、
判官殿鎮西のかたへ落ばやとおもひ【思ひ】たち
給ふ処に、緒方三郎維義は、平家を九国の
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内へも入奉らず、追出すほどの威勢のもの
なりければ、判官「我にたのま【頼ま】れよ」とぞ
の給ひける。「さ候ば、御内候菊地【*菊池】[B ノ]二郎高直は、
年ごろの敵で候。給はて頸をきてたの
ま【頼ま】れまいらせ【参らせ】む」と申。左右なふ【無う】たうだりけれ
ば、六条川原に引いだし【出し】てきてげり。其
後維義かひがひしう領状す。同十一月二日、九
郎大夫判官院御所へまい【参つ】て、大蔵卿泰経朝臣
をもて奏聞しけるは、「義経君の御為に奉公
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の忠を致事、ことあたらしう初て申上に
をよび【及び】候はず。しかる【然る】を頼朝、郎等共が讒言
によて、義経をうたんと仕候間、しばらく
鎮西の方へ罷下らばやと存候。O[BH 哀]院庁の御下
文を一通下預候ばや」と申されければ、法皇
「此条頼朝がかへりきかん事いかがあるべからん」
とて、諸卿に仰合られければ、「義経都に
候て、関東の大勢みだれ入候ば、京都[B ノ]狼藉
たえ【絶え】候べからず。遠国へ下候なば、暫其恐あらじ」と、
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をのをの【各々】一同に申されければ、緒方三郎を
はじめて、臼杵・戸次・松浦党、惣じて鎮西の
もの、義経を大将として其下知にしたがふべ
きよし、庁の御下文を給はてげれば、其
勢五百余騎、あくる三日卯剋に京都に
いささかのわづらひ【煩ひ】もなさず、浪風もたてず
して下りにけり。摂津国源氏、太田太郎頼
基「わが門の前をとをしながら、矢一射かけ
であるべきか」とて、川原津といふ所にお【追つ】ついて
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せめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。判官は五百余騎、太田太郎は
六十余騎にて有ければ、なかにとりこめ、
「あますなもらす【漏らす】な」とて、散々に攻給へば、
太田太郎我身手おひ、家子郎等おほく【多く】う
たせ、馬の腹い【射】させて引退く。判官頸共
きりかけて、戦神にまつり、「門出よし」と
悦で、だいもつ【大物】の浦より船にの【乗つ】て下られけるが、
折節西の風はげしくふき、住吉の浦にうち
あげられて、吉野の奥にぞこもりける。
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吉野法師にせめ【攻め】られて、奈良へおつ。奈良法
師に攻られて、又都へ帰り入、北国にかかて、
終に奥へぞ下られける。都よりあひ具し
たりける女房達十余人、住吉の浦に捨置
たりければ、松の下、まさご【真砂】のうへ【上】に袴ふみ
したき、袖をかたしい【片敷い】て泣ふしたりけるを、
住吉の神官共憐んで、みな京へぞ送り
ける。凡判官のたのま【頼ま】れたりける伯父信
太三郎先生義教【*義憲】・十郎蔵人行家・緒方三郎維義が
P12040
船共、浦々島々に打よせられて、互にその行
ゑ【行方】をしら【知ら】ず。忽に西の風ふきける事も、平
家の怨霊のゆへ【故】とぞおぼえける。同十一月
七日、鎌倉の源二位頼朝卿の代官として、北条
四郎時政、六万余騎を相具して都へ入。伊与【*伊予】守
源義経・備前守同行家・信太三郎先生同義教【*義憲】
追討すべきよし奏聞しければ、やがて院
宣をくだされけり。去二日は義経が申うくる
旨にまかせ【任せ】て、頼朝をそむくべきよし庁の
P12041
御下文をなされ、同八日は頼朝卿の申状によて、
義経追討の院宣を下さる。朝にかはり夕
『吉田大納言沙汰』S1206
に変ずる世間の不定こそ哀なれ。○さる
程に、鎌倉殿日本国の惣追補使【*惣追捕使】を給はて、
反別に兵粮米を宛行べきよしO[BH 公家へ]申され
けり。朝の怨敵をほろぼしたるものは、
半国を給はるといふ事、無量義経に見え
たり。され共我朝にはいまだその【其の】例なし。
「是は過分の申状なり」と、法皇仰なりけれ共、
P12042
公卿僉議あて、「頼朝卿の申さるる所、道理
なかばなり」とて、御ゆるされ【許され】あり【有り】けると
かや。諸国に守護ををき、庄園に地頭を
補せらる。一毛ばかりもかくる【隠る】べきやう【様】なかり
けり。鎌倉殿かやうの事人おほし【多し】といへ共、
吉田大納言経房卿をもて奏聞せられけり。
この大納言はうるはしい人と聞え給へり。
平家にむすぼほれたりし人々も、源氏の
世のつより【強り】し後は、或ふみ【文】をくだし、或使者
P12043
をつかはし【遣し】、さまざまにへつらひ給ひしかども【共】、
この人はさもし給はず。されば平家の時も、
法皇を鳥羽殿におしこめまいらせ【参らせ】て、
後院の別当ををか【置か】れしには、勘解由小路[* 「勘解由少路」と有るのを他本により訂正]
中納言此経房卿二人をぞ後院の別当には
なされたりける。権右中弁光房朝臣の子也。
十二の年父の朝臣うせ給ひしかば、みなし子
にておはせしかども【共】、次第の昇進とどこほ
らず、三事の顕要を兼帯して、夕郎の
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貫首をへ【経】、参議・大弁・太宰帥、遂に正二位大
納言に至れり。人をばこえ【越え】給へ共、人にはこえ
られ給はず。されば人の善悪は錐袋をとを
す【通す】とてかくれ【隠れ】なし。有がたかりし人なり。
『六代』S1207
○北条四郎策[* 「策」の右に、左にの振り仮名]に「平家の子孫といはん人尋
出したらむ輩にをいては、所望こふ【乞ふ】による
べし」と披露せらる。京中のもの共、案内は
したり、勧賞蒙らんとて、尋もとむるぞうた
てき。かかりければ、いくらも尋出したりけり。下臈
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の子なれ共、色しろう【白う】見めよきをばめし【召し】
いだひ【出だい】て、「是はなんの中将殿の若君、彼少将
殿の君達」と申せば、父母なき【泣き】かなしめ
ども、「あれは介惜【介錯】が申候」。「あれはめのとが申」
なんどいふ間、無下におさなき【幼き】をば水に入、
土にうづみ【埋み】、少おとなしきをばおしころし【殺し】、
さしころす。母がかなしみ、めのとがなげき、
たとへんかたぞなかりける。北条も子孫さすが
多ければ、是をいみじとは思はねど、世にしたがふ
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ならひ【習ひ】なれば、力をよば【及ば】ず。中にも小松三位中
将殿若君、六代御前とておはすなり。平家
の嫡々なるうへ【上】、年もおとなしうまします
なり。いかにもしてとり奉らんとて、手を分
てもとめ【求め】られけれ共、尋かねて、既に下らん
とせられける処に、ある女房の六波羅に
出て申けるは、「是より西、遍照寺のおく、
大覚寺と申山寺の北のかた、菖蒲谷と
申所にこそ、小松三位中将殿の北方・若君・姫公
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おはしませ」と申せば、時政やがて【軈】人をつけ
て、其あたりをうかがは【伺は】せける程に、ある【或】坊
に、女房達おさなき【幼き】人あまた、ゆゆしく忍び
たるてい【体】にてすまゐ【住ひ】けり。籬のひまより
のぞきければ、白いゑのこ【犬子】の走出たるをとらん
とて、うつくしげなる若公【若君】の出給へば、めのと
の女房とおぼしくて、「あなあさまし。人もこそ
見まいらすれ【参らすれ】」とて、いそぎひき【引き】入奉る。是ぞ
一定そにておはしますらんとおもひ【思ひ】、いそぎ
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走帰てかくと申せば、次の日かしこにうち【打ち】
むかひ【向ひ】、四方を打かこみ、人をいれ【入れ】ていはせ
けるは、「平家小松三位中将殿の若君六代御前、
是におはしますと承はて、鎌倉殿の御代官
に北条四郎時政と申ものが御むかへ【向へ】にまい【参つ】て候。
はやはや出しまいら【参らつ】させ給へ」と申されければ、
母うへ是を聞給ふに、つやつや物もおぼえ
給はず。斎藤五・斎藤六はしり【走り】まはて見けれ
ども、武士ども四方を打かこみ、いづかたより
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出し奉るべしともおぼえず。めのとの女房も
御まへにたふれ【倒れ】ふし、声もおしま【惜しま】ず
おめき【喚き】さけぶ【叫ぶ】。日比は物をだにもたかく【高く】いは
ず、しのび【忍び】つつかくれ【隠れ】ゐたりつれ共、いま【今】は
家の中にありとあるもの、こゑ【声】を調へて
泣かなしむ。北条も是をきい【聞い】て、よにこころ【心】
ぐるしげ【苦し気】におもひ【思ひ】、なみだ【涙】のごひ、つくづく
とぞまた【待た】れける。ややあてかさね【重ね】て申され
けるは、「世もいまだしづまり候はねば、しどけなき
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事もぞ候とて、御むかへ【向へ】にまい【参つ】て候。別の御事
は候まじ。はやはや出しまいら【参らつ】させ給へ」と申
されければ、若君母うへに申させたまひ
けるは、「つゐに【遂に】のがる【逃る】まじう候へば、とくとく
出させおはしませ。武士ども【共】うち入てさがす
ものならば、うたてげなる御ありさま【有様】共を
見えさせ給ひなんず。たとひまかり【罷り】出候とも、
しばしも候はば、いとまこふ【乞う】てかへりまいり【参り】候はん。
いたくな歎かせたまひ【給ひ】候そ」と、なぐさめ給ふこそ
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いとおしけれ。さてもあるべきならねば、母うへ
なくなく【泣く泣く】御ぐしかきなで、ものきせ【着せ】奉り、
既に出し奉らんとしたまひけるが、黒木の
ずず【数珠】のちいさふ【小さう】うつくしいを取出して、「是にて
いかにもならんまで、念仏申て極楽へまい
れ【参れ】よ」とて奉り給へば、若君是をとて、「母御
前にはけふ既にはなれ【離れ】まいらせ【参らせ】なんず。今は
いかにもして、父のおはしまさん所へぞまいり【参り】
たき」とのたまひ【宣ひ】けるこそ哀なれ。これ【是】を
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きい【聞い】て、御妹の姫君の十になり給ふが、「われも
ちち御前の御もとへまいら【参ら】ん」とて、はしり【走り】出
たまふ【給ふ】を、めのとの女房とりとどめ【留め】奉る。
六代御前ことしはわづかに十二にこそなり
たまへ【給へ】ども、よのつねの十四五よりはおとなし
く、見め【眉目】かたちゆう【優】におはしければ、敵によはげ【弱気】
をみえ【見え】じと、おさふる袖のひまよりも、余
て涙ぞこぼれける。さて御輿にのりたまふ【給ふ】。
武士ども前後左右に打かこ【囲ん】で出にけり。
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斎藤五・斎藤六御輿の左右についてぞまいり【参り】
ける。北条のりがへ【乗替】共おろしてのすれ【乗すれ】共のら
ず。大覚寺より六波羅までかちはだしに
てぞ走ける。母うへ・めのとの女房、天にあふぎ
地にふしてもだえ【悶え】こがれ給ひけり。「此日比平家
の子どもとりあつめ【集め】て、水にいるるもあり、
土にうづむ【埋む】もあり、おしころし【殺し】、さしころし【殺し】、
さまざまにすときこゆれば、我子はなに【何】と
してかうしなは【失は】んずらん。O[BH すこし【少し】]おとなしければ、頸を
P12054
こそきら【斬ら】んずらめ。人の子はめのとなどのもと
にをきて、時々見る事もあり【有り】。それだに
も恩愛はかなしき【悲しき】ならひ【習ひ】ぞかし。況や是は
うみおとし【落し】て後、ひとひ【一日】かたとき【片時】も身をはな
たず、人のもたぬものをもちたるやうに思ひ
て、あさゆふ【朝夕】ふたりの中にてそだて【育て】し物を、
たのみ【頼み】をかけし人にもあかで別し其後は、
ふたりをうらうへ【裏表】にをきてこそなぐさみつる
に、ひとりはあれ共独はなし。けふより後は
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いかがせむ。此三とせが間、よるひるきも【肝】心を
けしつつ、おもひ【思ひ】まうけ【設け】つる事なれ共、
さすが昨日今日とは思よらず。年ごろは
長谷の観音をこそふかう【深う】頼み奉りつる
に、終にとられぬること【事】のかなしさよ。唯今
もやうしなひ【失ひ】つらん」とかきくどき【口説き】、泣より
外の事ぞなき。さ夜もふけけれどむね【胸】
せきあぐる心ち【心地】して、露もまどろみ給は
ぬが、めのとの女房にの給ひけるは、「ただいま
P12056
ちとうちまどろみたりつる夢に、此子が白い
馬にのりて来つるが、「あまりに恋しう思
まいらせ【参らせ】候へば、しばしのいとま【暇】こふ【乞う】てまいり【参り】て
候」とて、そばについゐて、なに【何】とやらん、よに
うらめしげ【恨めし気】におもひ【思ひ】て、さめざめとなき【泣き】つるが、
程なくうちおどろかれて、もしやとかたはらを
さぐれ【探れ】共人もなし。夢なりとも【共】しばし
もあらで、さめぬる事のかなしさよ」とぞ
語たまふ【給ふ】。めのとの女房もなきけり。長夜も
P12057
いとどあかし【明かし】かねて、なみだ【涙】に床も浮計
也。限あれば、鶏人暁をとなへて夜も明ぬ。
斎藤六帰りまいり【参り】たり。「さていかにやいかに」
と問ひ給へば、「唯今まではべち【別】の御事
も候はず。御文の候」とて、取いだい【出い】て奉る。
あけて御覧ずれば、「いかに御心ぐるしう思し
めされ候らむ。只今までは別の事も候はず。
いつしかたれたれも御恋しうこそ候へ」と、
よにおとなしやかにかき給へり。母うへこれ【是】を
P12058
見たまひ【給ひ】て、とかうの事もの給は【宣は】ず。ふみを
ふところ【懐】に引入て、うつぶしにぞなられ
ける。誠に心のうち【内】さこそはおはしけめと
おしはから【推し量ら】れて哀なり。かくて遥に時剋
おしうつりければ、「時の程もおぼつかなう候に、
帰まいら【参ら】ん」と申せば、母うへ泣々御返事かい
てたう【賜う】でげり。斎藤六いとま申てまかり【罷り】出。
めのとの女房せめても心のあられずさに、
はしり【走り】出て、いづくをさすともなく、その
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辺を足にまかせ【任せ】てなきありくほど【程】に、
ある人の申けるは、「此おくに高雄といふ
山寺あり【有り】。その聖文覚房と申人こそ、鎌倉
殿にゆゆしき大事の人におもは【思は】れまいらせ【参らせ】
ておはしますが、上臈の御子を御弟子にせん
とてほしがら【欲しがら】るなれ」と申ければ、うれしき
事をききぬと思ひて、母うへにかくとも【共】申
さず、ただ一人高雄に尋入り、聖にむかひ【向ひ】奉
て、「ち【血】のなかよりおほし【生し】たて【立て】まいらせ【参らせ】て、ことし
P12060
十二にならせ給ひつる若君を、昨日武士に
とられてさぶらふ【候ふ】。御命こひ【乞ひ】うけ【請け】まいらせ【参らせ】給ひて、
御弟子にせさせたまひ【給ひ】なんや」とて、聖の前
にたふれ【倒れ】ふし、こゑ【声】もおしま【惜しま】ずなきさけぶ【叫ぶ】。
まこと【誠】にせんかたなげにぞ見えたりける。聖
むざんにおぼえければ事の子細をとひ給ふ。
おきあが【上がつ】て泣々申けるは、「平家小松三位中
将の北方の、したしうまします人の御子を
やしなひ奉るを、もし中将の君達とや人
P12061
の申さぶらひけん、昨日武士のとりまいらせ【参らせ】て
まかり【罷り】さぶらひぬるなり」と申。「さて武士をば
誰といひつる」。「北条とこそ申さぶらひつれ」。
「いでいでさらば行むかひ【向ひ】て尋む」とて、つき
いで【出で】ぬ。此詞をたのむ【頼む】べきにはあらね共、聖の
かくいへば、今すこし【少し】ひと【人】の心ち【心地】いできて、大
覚寺へかへりまいり【参り】、母うへにかくと申せば、
「身をなげに出ぬるやらんとおもひ【思ひ】て、我も
いかならん淵河にも身をなげんと思ひ
P12062
たれば」とて、事の子細をとひたまふ【給ふ】。聖の
申つるやう【様】をありのままに語ければ、「あはれ
こひ【乞ひ】うけ【請け】て、今一度見せよかし」とて、手をあは
せ【合はせ】てぞなかれける。聖六波羅にゆきむか【向つ】て、事
の子細をとひたまふ【給ふ】。北条申されけるは、「鎌倉
殿のおほせに、「平家の子孫京中におほく【多く】
しのん【忍ん】でありときく。中にも小松三位中将
の子息、中御門の新大納言のむすめの腹に
ありときく。平家の嫡々なるうへ【上】、年も
P12063
おとなしかんなり。いかにも尋いだし【出し】て失ふ
べし」と仰せを蒙て候しが、此程すゑずゑ
のおさなき【幼き】人々をば少々取奉て候つれ共、
此若公【若君】は在所をしり奉らで、尋かねて既
むなしう【空しう】罷下らむとし候つるが、おもは【思は】ざる
外、一昨日聞出して、昨日むかへ【向へ】奉て候へども、な
のめならずうつくしうおはする間、あまりに
いとおしくて、いまだともかうもし奉らで
をきまいらせ【参らせ】て候」と申せば、聖、「いでさらば
P12064
見奉らん」とて、若公【若君】のおはしける所へまい【参つ】て
み【見】まいらせ【参らせ】給へば、ふたへをりもの【二重織物】の直垂に、
黒木の数珠手にぬき【貫き】入ておはします。髪
のかかり、すがた、事がら、誠にあてにうつくし
く、此世の人とも見え給はず。こよひうち
とけてねたまは【給は】ぬとおぼしくて、すこし【少し】
おもやせ【痩せ】給へるにつけて、いとど心ぐるし
うらうたくぞおぼえける。聖を御覧
じて何とかおぼしけん、涙ぐみ給へば、聖も
P12065
是を見奉てすぞろに墨染の袖をぞ
しぼりける。たとひすゑ【末】の世に、いかなる
あた敵になるともいかが是を失ひ奉る
べきとかなしう【悲しう】おぼえければ、北条にの給
けるは、「此若君を見奉るに、先世の事にや
候らん、あまりにいとおしう思ひ奉り候。廿日
が命をのべてたべ。鎌倉殿へまい【参つ】て申あづ
かり候はむ。聖鎌倉殿を世にあらせ奉らん
とて、わが【我が】身も流人でありながら、院宣うかが
P12066
ふ【伺う】て奉らんとて、京へ上るに、案内もしらぬ
富士川の尻による【夜】わたりかかて、既におし
ながされんとしたりし事、高市の山にて
ひぱぎ【引剥】にあひ、手をすて命ばかりいき、福原
の籠の御所へまいり【参り】、前右兵衛督光能卿に
つき奉て、院宣申いだいて奉しときの約
束には、「いかなる大事をも申せ。聖が申さん
事をば、頼朝が一期の間はかなへ【適へ】ん」とこそ
のたまひ【宣ひ】しか。其後もたびたびの奉公、かつ〔う〕は
P12067
見給ひし事なれば、こと【事】あたらしう始而
申べきにあらず。契をおもふ【重う】して命をかろ
うず【軽うず】。鎌倉殿に受領神[* 「神」の左にの振り仮名]つき給はずは、よも
わすれ給はじ」とて、その暁立にけり。斎
藤五・斎藤六是をきき、聖を生身の仏の
如くおもひ【思ひ】て、手を合て涙をながす。いそぎ
大覚寺へまい【参つ】て此由申ければ、是をきき
給ひける母うへのこころ【心】のうち、いか計かは
うれしかりけむ。され共鎌倉のはからひ
P12068
なれば、いかがあらんずらむとおぼつかなけれ
ども、当時聖のたのもしげ【頼もし気】に申て下り
ぬるうへ【上】、廿日の命ののびたまふ【給ふ】に、母うへ・めのと
の女房すこし【少し】心もとりのべて、ひとへに
観音の御たすけ【助け】なればと、たのもしう【頼もしう】
ぞおもは【思は】れける。かくて明し暮したまふ【給ふ】
ほど【程】に、廿日の過るは夢なれや、聖はいまだ
見えざりけり。「何となりぬる事やらん」
と、なかなか心ぐるしうて、今更またもだえ【悶え】
P12069
こがれ給ひけり。北条も、「文学房のやく
そく【約束】の日数もすぎぬ。さのみ在京して
年を暮すべきにもあらず。今は下らむ」と
てひしめきければ、斎藤五・斎藤六手を
にぎり肝魂をくだけども【共】、聖もいまだ
見えず、使者をだにも上せねば、おもふ【思ふ】はかり
ぞなかりける。是等大覚寺へ帰りまい【参つ】て、
「聖もいまだのぼり候はず。北条も曉下向
仕候」とて、左右の袖をかほ【顔】におしあてて、涙を
P12070
はらはらとながす。是をきき給ひける母うへ
の心のうち、いかばかりかはかなしかり【悲しかり】けむ。
「あはれおとなしやかならんものの、聖の行
あはん所まで六代をぐせよといへかし。もし
こひ【乞ひ】うけ【請け】てものぼら【上ら】んに、さきにきりたらん
かなしさをば、いかがせむずる。さてとく【疾く】うし
なひ【失なひ】げなるか」とのたまへ【宣へ】ば、「やがて此暁の
程とこそ見えさせ給候へ。そのゆへ【故】は、此ほど【程】御
とのゐ【宿直】仕候つる北条の家子郎等ども、よに
P12071
名残おしげ【惜し気】におもひ【思ひ】まいらせ【参らせ】て、或念仏
申者も候、或涙をながす者も候」。「さて此子
は何としてあるぞ」とのたまへ【宣へ】ば、「人の見
まいらせ【参らせ】候ときはさらぬやうにもてないて、
御数珠をくらせおはしまし候が、人の候はぬ
とき【時】は、御袖を御かほ【顔】におしあてて、御なみだ【涙】
にむせばせ給ひ候」と申。「さこそあるらめ。
おさなけれ【幼けれ】共心おとなしやかなるものなり。
こよひかぎりの命とおもひ【思ひ】て、いかに心ぼそかる
P12072
らん。しばしもあらば、いとまこふ【乞う】てまいら【参ら】
むといひしかども【共】、廿日にあまるに、あれへ
もゆかず、是へも見えず。けふより後又
何の日何の時あひ見るべしともおぼえず。
さて汝等はいかがはからふ」との給へ【宣へ】ば、「これはいづく
までも御供仕り、むなしう【空しう】ならせ給ひて
候はば、御骨をとり奉り、高野のお山【御山】におさめ【納め】
奉り、出家入道して、後世をとぶらひ【弔ひ】まいらせ【参らせ】ん
とこそおもひなて候へ」と申。「さらば、あまりに
P12073
おぼつかなふおぼゆる【覚ゆる】に、とうかへれ」との給へ【宣へ】ば、
二人の者なくなく【泣々】いとま申て罷出づ。さる程
に、同十二月十六[B 七イ]日、北条四郎若公【若君】具し奉て、
既都を立にけり。斎藤五・斎藤六涙にくれて
ゆくさきも見えね共、最後の所までと思ひ
つつ、泣々御供にまいり【参り】けり。北条「馬にのれ」と
いへどものらず、「最後の供で候へば、くるしう【苦しう】
候まじ」とて、血の涙をながしつつ、足にまかせ【任せ】
てぞ下ける。六代御前はさしもはなれがたく
P12074
おぼしける母うへ・めのとの女房にもわかれはて、
住なれし都をも、雲井のよそにかへりみ
て、けふをかぎりの東路におもむかれけん
心のうち、おしはから【推し量ら】れて哀なり。駒をはやむる
武士あれば、我頸うたんずるかと肝をけし、
物いひかはす人あれば、既に今やと心をつくす。
四の宮河原とおもへ【思へ】共、関山をもうちこえ【越え】て、
大津の浦になりにけり。粟津の原かとうかが
へ【伺へ】ども、けふもはや暮にけり。国々宿々打
P12075
過打過行程に、駿河国にもつき給ぬ。若公【若君】
の露の御命、けふをかぎりとぞきこえ【聞え】
ける。千本の松原に武士どもみなおりゐ
て、御輿かきすへ【据ゑ】させ、しきがは【敷皮】しいて、若公【若君】すへ【据ゑ】
奉る。北条四郎若公【若君】の御まへ【前】ちかふ【近う】まい【参つ】て申
されけるは、「是まで具しまいらせ【参らせ】候つるは、
別の事候はず。もしみちにて聖にもや行
あひ候と、まち【待ち】すぐしまいらせ【参らせ】候つるなり。
御心ざしの程は見えまいらせ【参らせ】候ぬ。山のあなた
P12076
までは鎌倉殿の御心中をもしり【知り】がたふ【難う】候へば、
近江国にてうしなひ【失ひ】まいらせ【参らせ】て候よし、披
露仕候べし。誰申候共、一業所感の御事なれ
ば、よも叶候はじ」と泣々申ければ、若君とも
かうもその返事をばしたまは【給は】ず、斎藤五・
斎藤六をちかふ【近う】めし【召し】て、「我いかにもなりなん
後、汝等都に帰て、穴賢道にてきら【斬ら】れたり
とは申べからず。そのゆへ【故】は、終にはかくれ【隠れ】あるまじ
けれ共、まさしう此有様きい【聞い】て、あまりに歎
P12077
給はば、草の陰にてもこころぐるしう【心苦しう】おぼ
えて、後世のさはりともならんずるぞ。鎌
倉まで送つけてまい【参つ】て候と申べし」との給
へ【宣へ】ば、二人のもの【者】共肝魂も消はてて、しばしは
御返事にもをよば【及ば】ず。良あて斎藤五
「君にをくれ【遅れ】まいらせ【参らせ】て後、命いきて安
穏に都まで上りつくべしともおぼえ候
はず」とて、なみだ【涙】をおさへ【抑へ】てふしにけり。既
今はの時になりしかば、若公【若君】御ぐしのかたに
P12078
かかりたりけるを、よにうつくしき御手をもて
前へ打越し給ひたりければ、守護の武士ども
見まいらせ【参らせ】て、「あないとをし。いまだ御心のまし
ますよ」とて、皆袖をぞぬらしける。其後
西にむかひ【向ひ】手を合て、静に念仏唱つつ、頸
をのべてぞ待たまふ【給ふ】。狩野工藤三親俊
切手にゑらば【選ば】れ、太刀をひ【引つ】そばめて、左のかた【方】
より御うしろに立まはり、既にきり奉らん
としけるが、目もくれ心も消はてて、いづくに
P12079
太刀を打つくべしともおぼえず。前後
不覚になりしかば、「つかまつ【仕つ】とも覚候はず。
他人に仰付られ候へ」とて、太刀を捨てのき
にけり。「さらばあれきれ、これきれ」とて、
切手をえらぶ処に、墨染の衣袴きて
月毛なる馬にの【乗つ】たる僧一人、鞭をあげて
ぞ馳たりける。あないとをし、あの松原の
中に、世にうつくしき若君を、北条殿のきら【斬ら】
せたまふぞや」とて、物共ひしひしとはしり
P12080
あつまりければ、此僧「あな心う」とて、手をあがい
てまねきけるが、猶おぼつかなさに、きたる
笠をぬぎ、指あげてぞまねきける。北条
「子細有」とて待処に、此僧馳ついて、いそぎ
馬より飛おり、しばらくいきを休て、「若公【若君】
ゆるさ【許さ】せ給ひて候。鎌倉殿の御教書是に
候」とてとり【取り】出して奉る。披て見たまへ【給へ】ば、
まことや小松三位中将維盛卿の子息尋出され
て候なる、高雄の聖御房申うけんと候。疑を
P12081
なさずあづけ奉るべし。北条四郎殿へ頼朝
とあそばして、御判あり【有り】。二三遍おしかへしおしかへし
よふ【読う】で後、「神妙々々」とて打をか【置か】れければ、
「斎藤五・斎藤六はいふにをよば【及ば】ず、北条の
家子郎等共も皆悦の涙をぞながし【流し】ける。
『泊瀬六代』S1208
○さる程に、文覚房もつと出きたり、若公【若君】こひ【乞ひ】
うけ【請け】たりとて、きそく【気色】誠にゆゆしげなり。
「「此若公【若君】の父三位中将殿は、初度の戦の大将也。
誰申とも【共】叶まじ」とのたまひ【宣ひ】つれば、「文覚が
P12082
心をやぶつては、争か冥加もおはすべき」など、
悪口申つれ共、猶「叶まじ」とて、那須野の
狩に下り給ひし間、剰文覚も狩場の供
して、やうやうに申てこひ【乞ひ】請たり。いかに、遅ふ
おぼしつらん」と申されければ、北条「廿日と
仰られ候し御約束の日かずも過候ぬ。鎌倉
殿の御ゆるされ【許され】なきよと存じて、具し
奉て下る程に、かしこうぞ。爰にてあやまち
仕候らむに」とて、鞍をい【置い】てひか【引か】せたる馬共に、
P12083
斎藤五・斎藤六をのせ【乗せ】てのぼらせらる。「我身
も遥にうち【打ち】送り奉て、しばらく御供申たふ
候へども【共】、鎌倉殿にさして申べき大事共候。
暇申て」とてうちわかれてぞ下られける。誠
に情ふかかりけり。聖若公【若君】を請とり奉て、
夜を日についで馳のぼるほど【程】に、尾張国
熱田の辺にて、今年も既に暮ぬ。明る
正月五日の夜に入て、都へのぼりつく。二条
猪熊なる所に文覚房の宿所あり【有り】ければ、
P12084
それに入奉て、しばらくやすめ奉り、夜半
ばかり大覚寺へぞおはしける。門をたたけ
共人なければ音もせず。築地のくづれより
若公【若君】のかひ【飼ひ】給ひけるしろい【白い】ゑのこ【犬子】のはしり【走り】
出て、尾をふてむかひ【向ひ】けるに、「母うへはいづく
にましますぞ」ととは【問は】れけるこそせめての
事なれ。斎藤六、築地をこえ、門をあけて
いれ【入れ】奉る。ちかふ【近う】人の住たる所とも見えず。
「いかにもしてかひなき命をいか【生か】ばやと思しも、
P12085
恋しき人々を今一度見ばやとおもふ【思ふ】ため也。
こはされば何となり給ひけるぞや」とて、夜
もすがら泣かなしみたまふ【給ふ】ぞまこと【誠】にこと
はり【理】と覚て哀なる。夜を待あかして近
里の者に尋給へば、「年のうちに大仏まいり【参り】
とこそうけ給【承り】候しか。正月の程は長谷寺に
御こもりと聞え候しが、其後は御宿所へ
人のかよふ【通ふ】とも見候はず」と申ければ、斎藤
五いそぎ長谷へ[M 「馳」をミセケチ「長谷へ」と傍書]まい【参つ】て尋あひ奉り、此由申ければ、
P12086
母うへ【上】・めのとの女房つやつやうつつともおぼえ
給はず、「是はされば夢かや。夢か」とぞの給ひ
ける。いそぎ大覚寺へ出させたまひ【給ひ】、若公【若君】を
御覧じてうれしさにも、ただ先立ものは
涙なり。「早々出家し給へ」と仰られけれ共、
聖おしみ【惜しみ】奉て出家もせさせ奉らず。やがて
むかへ【向へ】とて高雄に置奉り、北の方のかすか【幽】
なる御有様をもとぶらひ【訪ひ】けるとこそ
聞えし。観音の大慈大悲は、つみ【罪】あるもつみ
P12087
なきをもたすけ【助け】給へば、昔もかかるためし【例】
おほし【多し】といへ共、ありがたかりし事共なり。
○さるほど【程】に、北条四郎六代御前具し奉て
下りけるに、鎌倉殿御使鏡の宿にて行
逢たり。「いかに」ととへば、「十郎蔵人殿、信太三郎
先生殿、九郎判官殿に同心のよしきこえ【聞え】候。
討奉れとの御気色で候」と申。北条「我身は
大事のめしうと【召人】具したれば」とて、甥の
北条平六時貞が送りに下りけるを、おいそ【老蘇】
P12088
の森より「とう【疾う】わとの【和殿】は帰て此人々おはし
所聞出して討てまいらせよ【参らせよ】」とてとどめ【留め】
らる。平六都に帰て尋る程に、十郎蔵人殿
の在所知たりといふ寺法師いできたり。彼
僧に尋れば、「我はくはしう【詳しう】はしら【知ら】ず。しり【知り】たり
といふ僧こそあれ」といひければ、おし【押し】よせ【寄せ】て
かの僧をからめとる。「是はなんのゆへ【故】にからむる
ぞ」。「十郎蔵人殿の在所し【知つ】たなればからむる也」。
「さらば「をしへよ【教へよ】」とこそいはめ。さう【左右】なうからむる
P12089
事はいかに。天王寺にとこそきけ【聞け】」。「さらば
じんじよ【尋所】せよ」とて、平六が聟の笠原の十郎
国久、殖原の九郎、桑原の次郎、服部の平六
をさきとして其勢卅余騎、天王寺へ発向す。
十郎蔵人の宿は二所あり【有り】。谷の学頭伶人兼
春、秦六秦七と云者のもとなり。ふた手に
つくて押よせたり。十郎蔵人は兼春がもと
におはし【在し】けるが、物具したるもの共の打入を見
て、うしろより落にけり。学頭がむすめ
P12090
二人あり【有り】。ともに蔵人のおもひもの【思者】なり。是等を
とらへて蔵人のゆくゑ【行方】を尋れば、姉は「妹に
とへ」といふ、妹は「姉にとへ」といふ。俄に落ぬる
事なれば、たれにもよもしらせ【知らせ】じなれ
共、具して京へぞのぼりける。蔵人は熊野
の方へ落けるが、只一人ついたりける侍、足
をやみければ、和泉国八木郷といふ所に逗留
してこそゐたりけれ。彼主の男、蔵人を見
し【知つ】てよ【夜】もすがら京へ馳のぼり、北条平六に
P12091
つげたりければ、「天王寺の手の者はいまだ
のぼらず。誰をかやるべき」とて、大源次宗春と
いふ郎等をよう【呼う】で、「汝が宮たてたりし山
僧はいまだあるか」。「さ候」。「さらばよべ」とてよばれ
ければ、件法師いできたり。「十郎蔵人の
おはします、討て鎌倉殿にまいらせ【参らせ】て御恩
蒙りたまへ【給へ】」。「さうけ給【承り】候ぬ。人をたび候へ」と
申。「やがて大源次くだれ、人もなきに」とて、舎
人雑色人数わづかに十四五人相そへてつかはす【遣す】。
P12092
常陸房正明といふものなり。和泉国に下つき、
彼家にはしり【走り】入てみれ【見れ】共なし。板じき
うちやぶ【破つ】てさがし、ぬりごめ【塗籠】のうちをみれ【見れ】
共なし。常陸房大路にたてみれ【見れ】ば、百姓
の妻とおぼしくて、おとなしき女のとをり【通り】
けるをとらへて、「此辺にあやしばうだる旅
人のとどま【留まつ】たる所やある。いはずはきて捨ん」
といへば、「唯今さがさ【探さ】れさぶらふつる家にこそ、
夜部までよに尋常なる旅人の二人とど
P12093
ま【留まつ】てさぶらひつるが、けさなどいで【出で】てさぶらふ【候ふ】
やらん。あれに見えさぶらふおほ屋【大屋】にこそ
いまはさぶらふ【候ふ】なれ」といひければ、常陸房
黒革威の腹巻の袖つけたるに、大だち【太刀】はい
て彼家に走入てみれ【見れ】ば、歳五十ばかり
なる男の、かち【褐】の直垂におり烏帽子【折烏帽子】き【着】て、
唐瓶子菓子などとりさばくり【捌くり】、銚子ども
もて酒すすめむとする処に、物具したる
法師のうち入を見て、かいふいてにげければ、
P12094
やがてつづいてを【追つ】かけたり。蔵人「あの僧。や、それは
あらぬぞ。行家はここにあり」との給へ【宣へ】ば、走
帰て見るに、白い小袖に大口ばかりきて、左
の手には金作の小太刀をもち、右の手には
野太刀のおほき【大き】なるをもた【持た】れたり。常
陸房「太刀なげさせ給へ」と申せば、蔵人大に
わらは【笑は】れけり。常陸房走よ【寄つ】てむずときる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり【躍り】のく。又よ【寄つ】てきる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり【躍り】のく。よりあひより
P12095
のき一時ばかりぞたたかふ【戦う】たる。蔵人うしろ
なるぬりごめの内へしざり【退り】いら【入ら】んとし給へば、
常陸房「まさなう候。ないら【入ら】せ給ひ候そ」と申
せば、「行家もさこそおもへ【思へ】」とて又おどり【躍り】出て
たたかふ【戦ふ】。常陸房太刀を捨てむずとくん【組ん】で
どうどふす【臥す】。うへ【上】になり下になり、ころびあふ
処に、大源次つといできたり。あまりにあは
て【慌て】てはいたる太刀をばぬかず、石をにぎて蔵
人のひたいをはたとう【打つ】て打わる。蔵人大に
P12096
わら【笑つ】て、「をのれ【己】は下臈なれば、太刀長刀でこそ
敵をばうて、つぶて【礫】にて敵うつ様やある」。
常陸房「足をゆへ」とぞ下知しける。常陸
房は敵が足をゆへとこそ申けるに、余に
あはて【慌て】て四の足をぞゆう【結う】たりける。其後蔵
人の頸に縄をかけてからめ、ひき【引き】おこし【起し】て
おしすへ【据ゑ】たり。「水まいらせよ【参らせよ】」とのたまへ【宣へ】ば、
ほしい【干飯】をあらふ【洗う】てまいらせ【参らせ】たり。水をばめし【召し】
て糒をばめさず。さしをき給へば、常陸房
P12097
とてくうてげり。「わ僧は山法師か」。「山法師
で候」。「誰といふぞ」。「西塔の北谷法師常陸房正
明と申者で候」。「さては行家につかは【使は】れんといひし
僧か」。「さ候」。「頼朝が使か、平六が使か」。「鎌倉殿の御
使候。誠に鎌倉殿をば討まいらせ【参らせ】んとおぼし
めし【思し召し】候しか」。「是程の身になて後おもは【思は】ざりし
といはばいかに。おもひ【思ひ】しといはばいかに。手なみ
の程はいかがおもひ【思ひ】つる」との給へ【宣へ】ば、「山上にて
おほく【多く】の事にあふ【逢う】て候に、いまだ是ほど
P12098
手ごはき事にあひ候はず。よき敵三人に
逢たる心地こそし候つれ」と申。「さて正明を
ばいかが思めされ候つる」と申せば、「それは
とられなんうへ【上】は」とぞのたまひ【宣ひ】ける。「その
太刀とりよせよ」とて見給へば、蔵人の太刀
は一所もきれず、常陸房が太刀は四十二
所きれたりけり。やがて伝馬たてさせ、のせ【乗せ】
奉てのぼる程に、其夜は江口の長者がもと
にとどま【留まつ】て、夜もすがら使をはしらかす【走らかす】。
P12099
明る日の午剋ばかり、北条平六其勢百騎
ばかり旗ささせて下る程に、淀のあか井
河原【赤井河原】でゆき逢たり。「都へはいれ【入れ】奉るべから
ずといふ院宣で候。鎌倉殿の御気色も
其儀でこそ候へ。はやはや御頸を給はて、
鎌倉殿の見参にいれ【入れ】て御恩蒙給へ」といへば、
さらばとてあかゐ河原【赤井河原】で十郎蔵人の
頸をきる。信太三郎先生義教【*義憲】は醍醐の
山にこもりたるよしきこえ【聞え】しかば、おし
P12100
よせてさがせ共なし。伊賀の方へ落ぬ
と聞えしかば、服部平六先として、伊賀
国へ発向す。千度の山寺にありと聞えし
間、おしよせてからめんとするに、あはせ【合はせ】の小袖
に大口ばかりきて、金にてうちくくんだる
腰の刀にて腹かききつてぞふしたりける。
頸をば服部平六とてげり。やがてもたせ
て京へのぼり、北条平六に見せたりければ、
「軈而もたせて下り、鎌倉殿の見参に入て、
P12101
御恩蒙たまへ【給へ】」といひければ、常陸房・服部平
六、おのおの頸共もたせてかまくら【鎌倉】へくだり【下り】、
見参にいれ【入れ】たりければ、「神妙なり」とて、常
陸房は笠井へながさる。「下りはてば勧賞
蒙らんとこそおもひ【思ひ】つるに、さこそなからめ、
剰流罪に処せらるる条存外の次第也。
かかるべしとしり【知り】たりせば、なにしか身命
を捨けむ」と後悔すれ共かひぞなき。され共
中二年といふにめし【召し】かへさ【返さ】れ、「大将軍討たる
P12102
ものは冥加のなければ一旦いましめつるぞ」
とて、但馬国に多田庄、摂津国に葉室二
ケ所給はて帰上る。服部平六平家の祗候
人たりしかば、没官せられたりける服部
『六代被斬』S1209
返し給はてげり。○さる程に、六代御前はやう
やう十四五にもなり給へば、みめ【眉目】かたちいよ
いようつくしく、あたりもてりかかやく【輝く】ばかり
なり。母うへ是を御覧じて、「あはれ世の世
にてあらましかば、当時は近衛司にてあらん
P12103
ずるものを」とのたまひ【宣ひ】けるこそ[* 「こぞ」と有るのを他本により訂正]あまり[B ノ]事
なれ。鎌倉殿常はおぼつかなげにおぼして、
高雄の聖のもとへ便宜ごとに、「さても維盛
卿の子息は何と候やらむ。昔頼朝を相し
給ひしやうに、朝の怨敵をもほろぼし、会
稽の恥をも雪むべき仁[M 「もの」をミセケチ「仁」と傍書]にて候か」と尋ね
申されければ、聖の御返事には、「是は底も
なき不覚仁にて候ぞ。御心やすうおぼしめし【思し召し】
候へ」と申されけれ共、鎌倉殿猶も御心ゆかず
P12104
げにて、「謀反おこさばやがてかたうど【方人】せふ
ずる聖の御房也。但頼朝一期の程は誰か
傾べき。子孫のすゑぞしら【知ら】ぬ」との給ひ
けるこそおそろしけれ【恐ろしけれ】。母うへ是をきき
たまひ【給ひ】て、「いかにも叶まじ。はやはや出家し
給へ」と仰ければ、六代御前十六と申し文治
五年の春の比、うつくしげなる髪をかた【肩】の
まはりにはさみ【鋏み】おろし、かきの衣、袴に笈
などこしらへ、聖にいとまこう【乞う】て修行にいで
P12105
られけり。斎藤五・斎藤六もおなじさまに
出立て、御供申けり。まづ高野へまいり【参り】、父の
善知識したりける滝口入道に尋あひ、御
出家の次第、臨終のあり様くはしう【詳しう】きき給ひ
て、「かつうはその御跡もゆかし」とて、熊野へ
参たまひ【給ひ】けり。浜の宮の御前にて父の
わたり給ひける山なり【山成】の島を見渡して、
渡らまほしくおぼしけれ共、浪風むかふ【向う】て
かなは【叶は】ねば、力をよば【及ば】でながめやり給ふにも、
P12106
「我父はいづくに沈給ひけん」と、沖よりよする【寄する】しら浪【白波】にもとは【問は】まほしくぞおもは【思は】れける。汀
の砂も父の御骨やらんとなつかしう【懐しう】おぼし
ければ、涙に袖はしほれ【萎れ】つつ、塩くむあま
の衣ならね共、かはく【乾く】まなくぞ見え給ふ。
渚に一夜とうりう【逗留】して、念仏申経よみ、
ゆび【指】のさきにて砂に仏のかたちをかき【書き】
あらはして、あけ【明け】ければ貴き僧を請じて、
父の御ためと供養じて、作善の功徳さな
P12107
がら聖霊に廻向して、亡者にいとま申つつ、
泣々都へ上られけり。小松殿の御子丹後侍従
忠房は、八島のいくさ【軍】より落てゆくゑ【行方】もしら【知ら】
ずおはせしが、紀伊国の住人湯浅権守宗重
をたのん【頼ん】で、湯浅の城にぞこもられける。是
をきい【聞い】て平家に心ざしおもひ【思ひ】ける越中次
郎兵衛・上総五郎兵衛・悪七兵衛・飛弾【*飛騨】四郎兵衛
以下の兵共、つき奉るよし聞えしかば、伊賀
伊勢両国の住人等、われもわれもと馳集る。究竟
P12108
の者共数百騎たてごもたるよし聞えし
かば、熊野別当、鎌倉殿より仰を蒙て、両三
月が間八ケ度よせて攻戦。城の内の兵ども、
命をおしま【惜しま】ずふせき【防き】[* 「ふせぎ」と有るのを他本により訂正]ければ、毎度にみかた【御方】
をひ【追ひ】ちらさ【散らさ】れ、熊野法師数をつくひ【尽くい】てうた
れにけり。熊野別当、鎌倉殿へ飛脚を奉
て、「当国湯浅の合戦の事、両三月が間に八ケ
度よせて攻戦。され共城の内の兵ども命を
おしま【惜しま】ずふせく【防く】[* 「ふせぐ」と有るのを他本により訂正]間、毎度に御方をひおとさ【落さ】れて、
P12109
敵を寃に及ず。近国二三ケ国をも給はて攻
おとす【落す】べき」よし申たりければ、鎌倉殿「其条、
国の費人の煩なるべし。たてごもる所の凶
徒は定て海山の盗人にてぞあるらん。山賊
海賊きびしう守護して城の口をかためて
まぼるべし」とぞの給ひける。其定にした
りければ、げにも後には人一人もなかりけり。
鎌倉殿はかりこと【策】に、「小松殿の君達の、一人
も二人もいきのこり給ひたらんをば、たすけ【助け】
P12110
奉るべし。其故は、池の禅尼の便[B 使]として、頼朝
を流罪に申なだめ【宥め】られしは、ひとへにかの【彼の】
内府の芳恩なり」との給ひければ、丹後侍従
六波羅へ出てなのら【名乗ら】れけり。やがて関東へ
下し奉る。鎌倉殿対面して「都へ御上候へ。
かたほとりにおもひ【思ひ】あて【当て】まいらする【参らする】事候」
とて、すかし上せ奉り、おさま【追つ様】に人をのぼせ【上せ】
て勢田の橋の辺にて切てげり。小松殿の
君達六人の外に、土佐守宗実とておはし
P12111
けり。三歳より大炊御門の左大臣経宗卿の
養子にして、異姓他人になり、武芸の道
をばうち捨て、文筆をのみたしなで、今
年は十八になり給ふを、鎌倉殿より尋は
なかりけれ共世に憚てをひ出されたりけれ
ば、先途をうしなひ【失ひ】、大仏の聖俊乗房
のもとにおはして、「我は是小松の内府の末
の子に、土佐守宗実と申者にて候。三歳
より大炊御門左大臣経宗公養子にして、異
P12112
姓他人になり、武芸のみちをうち【打ち】捨て、文
筆をのみたしなんで、生年十八歳に罷成。
かまくら【鎌倉】殿より尋らるる事は候はねども【共】、
世におそれ【恐れ】てをひ出されて候。聖の御房
御弟子にせさせ給へ」とて、もとどり【髻】おしきり
給ひぬ。「それもなを【猶】おそろしう【恐ろしう】おぼし
めさ【思し召さ】ば、かまくら【鎌倉】へ申て、げにもつみ【罪】ふかかる
べくはいづくへもつかはせ【遣せ】」とのたまひ【宣ひ】
ければ、聖いとおしくおもひ【思ひ】奉て、出家せさせ
P12113
奉り、東大寺の油倉といふ所にしばらく
をき奉て、関東へ此よし申されけり。「なに
さま【何様】にも見参してこそともかうもはからは
め。まづ下し奉れ」との給ひければ、聖力をよ
ば【及ば】で関東へ下し奉る。此人奈良を立給ひし
日よりして、飲食の名字をたて、湯水を
ものどへいれ【入れ】ず。足柄こえて関本と云所
にてつゐに【遂に】うせ給ひぬ。「いかにも叶まじき
道なれば」とておもひ【思ひ】きら【切ら】れけるこそおそろし
P12114
けれ【恐ろしけれ】。[B 「けれ」に「是ヨリ跡ナシ」と傍書]さる程に、建久元年十一月七日鎌倉殿
上洛して、同九日、正弐位大納言になり給ふ。
同十一日、大納言右大将を兼じ給へり。やがて
両職を辞て、十二月四日関東へ下向。建久
三年O[BH 三月]十三日、法皇崩御なりにけり。御歳
六十六、偸伽【*瑜伽】振鈴の響[B 「闇」に「響歟」と傍書]は其夜をかぎり、一乗
案誦の御声は其暁におはりぬ。同六年三
月十三日、大仏供養あるべしとて、二月中に
鎌倉殿又御上洛あり【有り】。同十二日、大仏殿へまいら【参ら】
P12115
せ給ひたりけるが、梶原を召て、「てがい【碾磑】の門
の南のかたに大衆なん十人をへだてて、あや
しばうだるものの見えつる。めし【召し】とてまいら
せよ【参らせよ】」との給ひければ、梶原承はてやがて
具してまいり【参り】たり。ひげをばそてもと
どり【髻】をばきらぬ男也。「何者ぞ」ととひ給へば、
「是程運命尽はて候ぬるうへ【上】は、とかう申に
及ばず。是は平家の侍薩摩中務家資と
申ものにて候」。「それは何とおもひ【思ひ】てかくは
P12116
なりたるぞ」。「もしやとねらひ申候つるなり」。
「心ざしの程はゆゆしかり」とて、供養はて【果て】て
都へいら【入ら】せ給ひて、六条河原にてきら【斬ら】れに
けり。平家の子孫は去文治元年の冬の比、
ひとつ【一つ】子ふたつ【二つ】子をのこさず、腹の内をあけ
て見ずといふばかりに尋とて失てき。今
は一人もあらじとおもひ【思ひ】しに、新中納言
の末の子に、伊賀大夫知忠とておはしき。
平家都を落しとき、三歳にてすて【捨て】をか【置か】れ
P12117
たりしを、めのとの紀伊次郎兵衛為教やし
なひ【養ひ】奉て、ここかしこにかくれありき【歩き】けるが、
備後国太田といふ所にしのび【忍び】つつゐたりけり。
やうやう成人し給へば、郡郷の地頭守護
あやしみける程に、都へのぼり法性寺の
一の橋なる所にしのん【忍ん】でおはしけり。爰は
祖父入道相国「自然の事のあらん時城郭にも
せん」とて堀をふたへ【二重】にほて、四方に竹を
うへ【植ゑ】られたり。さかも木【逆茂木】ひいて、昼は人音もせず、
P12118
よるになれば尋常なるともがらおほく【多く】
集て、詩作り歌よみ、管絃などして遊
ける程に、なに【何】としてかもれ【漏れ】聞えたりけん。
その比人のおぢをそれ【恐れ】けるは、一条の二位入道
義泰【*能保】といふ人なり。その侍に後藤兵衛基清
が子に、新兵衛基綱「一の橋に違勅の者
あり」と聞出して、建久七年十月七日の辰
の一点に、其勢百四五十騎、一の橋へはせ【馳せ】むかひ【向ひ】、
おめき【喚き】さけん【叫ん】で攻戦。城の内にも卅余人
P12119
あり【有り】ける者共、大肩ぬぎ【大肩脱ぎ】に肩ぬいで、竹の陰[M 「影」をミセケチ「陰」と傍書]
よりさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】散々にいれ【射れ】ば、馬
人おほく【多く】射ころさ【殺さ】れて、おもてをむかふ【向ふ】べき
様もなし。さる程に、一の橋に違勅のもの【者】
ありとききつたへ、在京の武士どもわれも
われもと馳つどふ【集ふ】。程なく一二千騎になりし
かば、近辺の小いゑをこぼちよせ、堀をうめ、
おめき【喚き】さけん【叫ん】で攻入けり。城のうちの兵ども【共】、
うち物【打物】ぬいて走出て、或討死にするものも
P12120
あり、或いたで【痛手】おふ【負う】て自害するもの【者】もあり【有り】。
伊賀大夫知忠は生年十六歳になられけるが、
いた手【痛手】負て自害し給ひたるを、めのとの
紀伊次郎兵衛入道ひざの上にかきのせ【乗せ】、涙を
はらはらとながい【流い】て高声に十念となへつつ、
腹かき切てぞ死にける。其子の兵衛太郎・
兵衛次郎ともに討死してんげり。城の内
に卅余人あり【有り】ける者共、大略討死自害
して、館には火をかけたりけるを、武士ども
P12121
馳入て手々に討ける頸共とて、太刀長刀
のさきにつらぬき、弐位入道殿へ馳まいる【参る】。
一条の大路へ車やり出して、頸共実検せら
る。紀伊次郎兵衛入道の頸は見したるものも
少々有けり。伊賀大夫の頸、人争か見知り奉
べき。此人の母うへは治部卿局とて、八条の
女院に候はれけるを、むかへよせ奉て見せ奉り
たまふ【給ふ】。「三歳と申し時、故中納言にぐせ【具せ】ら
れて西国へ下し後は、いき【生き】たり共死たり共、
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そのゆくゑ【行方】をしら【知ら】ず。但故中納言の思いづる【出づる】
ところどころ【所々】のあるは、さにこそ」とてなか【泣か】れける
にこそ、伊賀大夫の頸共人し【知つ】てげれ。平家の
侍越中次郎兵衛盛次【*盛嗣】は但馬国へ落行て気
比の四郎道弘が聟になてぞゐたりける。
道弘、越中次郎兵衛とはしら【知ら】ざりけり。され共
錐袋にたまらぬ風情にて、よるになれば
しうと【舅】が馬ひき【引き】いだい【出い】てはせ【馳せ】ひき【引き】したり、
海の底十四五町、廿町くぐりなどしければ、
P12123
地頭守護あやしみける程に、何としてか
もれ聞えたりけん、鎌倉殿御教書を下
されけり。「但馬国住人朝倉太郎大夫高清、平
家の侍越中次郎兵衛盛次【*盛嗣】、当国に居住の由
きこしめす【聞し召す】。めし【召し】進せよ」と仰下さる。気比の
四郎は朝倉の大夫が聟なりければ、よびよせ
て、いかがしてからめむずると儀するに、「湯
屋にてからむべし」とて、湯にいれ【入れ】て、した
たかなるもの五六人おろしあはせ【合はせ】てからめん
P12124
とするに、とりつけばなげたをさ【倒さ】れ、おき【起き】
あがれ【上れ】ばけたをさ【倒さ】る。互に身はぬれたり、取
もためず。され共衆力に強力かなは【叶は】ぬ事
なれば、二三十人ばとよ【寄つ】て、太刀のみね長刀の
ゑ【柄】にてうちなやしてからめとり、やがて関
東へまいらせ【参らせ】たりければ、御まへにひ【引つ】すへ【据ゑ】
させて、事の子細をめし【召し】とは【問は】る。「いかに汝は
同平家の侍といひながら、故親[* 「親」の左にの振り仮名]にてあんなる
に、しな【死な】ざりけるぞ」。「それはあまりに平家
P12125
のもろくほろびてましまし候間、もしやと
ねらひまいらせ【参らせ】候つるなり。太刀のみ【身】のよき
をも、征矢の尻のかねよきをも、鎌倉殿の
御ためとこそこしらへもて候つれども【共】、
是程に運命つきはて候ぬるうへ【上】は、と
かう申にをよび【及び】候はず」。「心ざしの程はゆゆし
かりけり。頼朝をたのま【頼ま】ばたすけ【助け】て
つかは【使は】んは、いかに」。「勇士二主に仕へず、盛次【*盛嗣】程の
者に御心ゆるしし給ひては、かならず【必ず】御後悔
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候べし。ただ御恩にはとくとく頸をめされ
候へ」と申ければ、「さらばきれ【斬れ】」とて、由井の浜
にひき【引き】いだい【出い】て、きてげり。ほめぬものこそ
なかりけれ。其比の主上は御遊をむねとせさ
せ給ひて、政道は一向卿の局のままなりけれ
ば、人の愁なげきもやまず。呉王剣角【剣客】を
このんじかば天下に疵を蒙るものたえ【絶え】ず。
楚王細腰を愛しかば、宮中に飢て死する
をんなおほかり【多かり】き。上の好に下は随ふ間、世の
P12127
あやうき【危ふき】事をかなしんで、心ある人々は歎
あへ【合へ】り。ここに文覚もとよりおそろしき【恐ろしき】
聖にて、いろふ【綺ふ】まじき事にいろい【綺ひ】けり。二の
宮は御学問おこたらせ給はず、正理を先
とせさせ給ひしかば、いかにもして此宮を
位に即奉らんとはからひけれ共、前右大将
頼朝卿のおはせし程はかなは【叶は】ざりけるが、
建久十年正月十三日、頼朝卿うせ給ひしかば、
やがて謀反をおこさんとしける程に、忽に
P12128
もれ【漏れ】きこえ【聞え】て、二条猪熊の宿所に官人共
つけられ、めし【召し】とて八十にあまて後、隠岐国
へぞながされける。文覚京を出るとて、「是
程老の波に望で、けふあすともしらぬ
身をたとひ勅勘なりとも、都のかたほとり
にはをき給はで、隠岐国までながさるる及
丁【*毬杖】冠者こそやすからね。つゐに【遂に】は文覚がなが
さるる国へむかへ【向へ】申さむずる物を」と申ける
こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。このきみはあまりに及丁【*毬杖】
P12129
の玉をあひせ【愛せ】させ給へば、文覚かやうに悪口
申ける也。されば、承久に御謀反おこさせ給
ひて、国こそおほけれ【多けれ】、隠岐国へうつされ給ひ
けるこそふしぎなれ。彼国にも文覚が亡
霊あれ【荒れ】て、つねは御物語申けるとぞ聞
えし。さる程に六代御前は三位禅師とて、
高雄におこなひすまし【澄まし】ておはしけるを、
「さる人の子なり、さる人の弟子なり。かしら【頭】
をばそたりとも、心をばよもそらじ」とて、
P12130
鎌倉殿より頻に申されければ、安判官資
兼に仰て召捕て関東へぞ下されける。駿河
国住人岡辺権守泰綱に仰て、田越川にて切ら
れてげり。十二の歳より卅にあまるまで
たもち【保ち】けるは、ひとへに長谷の観音の御利
生とぞ聞えし。それよりしてこそ平家
の子孫はながくたえ【絶え】にけれ。

平家物語巻第十二
P12131

応安三年十一月廿九日仏子有阿書

平家物語 高野本 灌頂巻
P12132

P12133
平家灌頂巻
『女院出家』S1301
○建礼門院は、東山の麓、吉田の辺なる所にぞ
立いらせ給ひける。中納言[B ノ]法印慶恵と申
ける奈良法師の坊なりけり。住あらし
て年久しうなりにければ、庭には草ふかく、
簷にはしのぶ【忍】茂れり。簾たえ【絶え】閨あらはにて、
雨風たまるべうもなし。花は色々にほへ
ども、あるじとたのむ【頼む】人もなく、月はよな
よな【夜な夜な】さしいれ【入れ】ど、詠てあかすぬし【主】もなし。
P12134
昔は玉の台をみがき、錦の帳にまとはれ
て、あかし暮し給ひしに、いまはありとし
ある人にはみな別はてて、あさましげなる
くち坊【朽ち坊】にいらせ給ひける御心のうち【内】、おしはか
ら【推し量ら】れて哀なり。魚のくが【陸】にあがれ【上がれ】るが如く、
鳥の巣をはなれたるがごとし。さるままに
は、うかり【憂かり】し浪の上、船の中の御すまゐ【住ひ】も、今は
恋しうぞおぼしめす【思し召す】。蒼波路遠し、思を
西海千里の雲によせ、白屋苔ふかくして、
P12135
涙東山一庭の月におつ。かなしとも云はかり
なし。かくて女院は文治元年五月一日、御ぐし
おろさせ給けり。御戒の師には長楽寺の阿
証房の上人印誓とぞきこえ【聞え】し。御布
施には、先帝の御直衣なり。今はの時まで
めされたりければ、その御うつり香【移り香】も未
うせ【失せ】ず。御かたみに御覧ぜんとて、西国よりはる
ばると都までもたせ給ひたりければ、いか
ならん世までも御身をはなたじとこそおぼし
P12136
めさ【思し召さ】れけれども、御布施になりぬべき物の
なきうへ【上】、かつうは彼御菩提のためとて、
泣々とりいださせ給ひけり。上人これ【是】を
給はて、何と奏するむねもなくして、
墨染の袖をしぼりつつ、泣々罷出られけり。
此御衣をば幡にぬふ【縫う】て、長楽寺の仏前に
かけられけるとぞ聞えし。女院は十五にて
女御の宣旨をくださ【下さ】れ、十六にて后妃の位
に備り、君王の傍に候はせ給ひて、朝には
P12137
朝政をすすめ、よるは夜を専にしたまへ【給へ】り。
廿二にて皇子御誕生、皇太子にたち、位に
つかせ給ひしかば、院号蒙らせ給ひて、建
礼門院とぞ申ける。入道相国の御娘なる
うへ【上】、天下の国母にてましましければ、世のおも
う【重う】し奉る事なのめならず。今年は廿九にぞ
ならせたまふ【給ふ】。桃李の御粧猶こまやかに、
芙蓉の御かたちいまだ衰させ給はねども【共】、
翡翠の御かざし【挿頭】つけても何にかはせさせ
P12138
たまふ【給ふ】べきなれば、遂に御さまをかへさせ給ふ。
浮世をいとひ、まこと【誠】の道にいらせたまへ【給へ】共、
御歎はさら【更】につきせ【尽きせ】ず。人々いまはかくとて
海にしづみし有様、先帝・二位殿の御面影、
いかならん世までも忘がたくおぼしめすに、
露の御命なにしに今までながらへ【永らへ】て、かかる
うき目を見るらんとおぼしめしつづけて、御涙
せきあへさせ給はず。五月の短夜なれ共、あかし
かねさせ給ひつつ、をのづからうちまどろませ
P12139
給はねば、昔のこと【事】は夢にだにも御覧ぜず。
壁にそむける残の灯のかげ【影】かすか【幽】に、
夜もすがら窓うつくらき雨の音ぞさびし
かりける。上陽人が上陽宮に閉られけん悲み
も、是には過じとぞ見えし。昔をしのぶ【忍ぶ】
つまとなれとてや、もとのあるじの
うつし【移し】うへ【植ゑ】たりけんはな橘【花橘】の、簷近く
風なつかしう【懐しう】かほりけるに、山郭公二こゑ【声】
三こゑ【声】をとづれければ、女院ふるき事
P12140
なれ共おぼしめし【思し召し】出て、御硯のふたにかう
ぞあそばさ【遊ばさ】れける。ほととぎす【郭公】花たちばな【花橘】
の香をとめてなくはむかしのひと【人】や
恋しき W093女房達さのみたけく、二位殿・越前
の三位のうへ【上】のやうに、水の底にも沈み給
はねば、武[B 士]のあらけなき【荒けなき】にとらはれて、旧
里にかへり、わかき【若き】も老たるもさまを
かへ、かたちをやつし、あるにもあられぬあり
さま【有様】にてぞ、おもひ【思ひ】もかけぬ谷の底、岩の
P12141
はざまにあかし暮し給ひける。すまゐ【住ひ】し
宿は皆煙とのぼりにしかば、むなしき【空しき】
跡のみのこり【残り】て、しげき野べとなりつつ、
見なれ【馴れ】し人のとひくるもなし。仙家
より帰て七世の孫にあひけんも、かくや
とおぼえてあはれ【哀】なり。さるほど【程】に、七月九日
の大地震に築地もくづれ、荒たる御所
もかたぶきやぶれて、いとどすませたまふ【給ふ】
べき御たよりもなし。緑衣の監使宮門を
P12142
まぼるだにもなし。心のままに荒たる籬
は、しげき野辺よりも露けく、おりしり
がほ【折知顔】にいつしか虫のこゑごゑ【声々】うらむる【恨むる】も、
哀也。夜もやうやうながくなれば、いとど御
ね覚がちにて明しかねさせたまひ【給ひ】けり。
つきせ【尽きせ】ぬ御物おもひ【物思ひ】に、秋のあはれ【哀】さへうち
そひて、しのび【忍び】がたくぞおぼしめさ【思し召さ】れける。
何事もかはりはてぬるうき世【浮世】なれば、をの
づからなさけをかけ奉るべき草のゆかりも
P12143
かれはてて、誰はぐくみ奉るべしとも
『大原入』S1302
見え給はず。○されども冷泉大納言隆房卿・
七条[B ノ]修理[B ノ]大夫信隆卿の北方、しのび【忍び】つつやう
やうにとぶらひ【訪ひ】申させ給ひけり。「あの人々共
のはぐくみにてあるべしとこそ昔はおも
は【思は】ざりしか」とて、女院御涙をながさせ給へば、
つきまいらせ【参らせ】たる女房たち【達】もみな袖をぞ
しぼられける。此御すまゐ【住ひ】も都猶ちかく【近く】
て、玉ぼこの【玉鉾の】道ゆき人のひと目【人目】もしげくて、
P12144
露の御命風を待ん程は、うき【憂き】事きかぬ
ふかき山の奥のおくへも入なばやとは
おぼしけれども、さるべきたよりもまし
まさず。ある女房のまい【参つ】て申けるは、「大原山
のおく、寂光院と申所こそ閑にさぶらへ【候へ】」
と申ければ、「山里は物のさびしき事こそ
あるなれども、世のうきよりはすみよかん
なるものを」とて、おぼしめし【思し召し】たたせ給ひけり。
御輿などは隆房卿の北方の御沙汰有けると
P12145
かや。文治元年長月の末に、彼寂光院へ
いらせたまふ【給ふ】。道すがら四方の梢の色々
なるを御覧じすぎさせたまふ【給ふ】程に、やま
かげ【山陰】なればにや、日も既にくれかかりぬ。野
寺の鐘の入あひの音すごく【凄く】、わくる草
葉の露しげみ、いとど御袖ぬれまさり、嵐
はげしく木の葉みだりがはし。空かき曇、
いつしかうちしぐれつつ、鹿の音かすか【幽】に
音信て、虫の恨もたえだえ【絶え絶え】なり。とに角に
P12146
とりあつめ【集め】たる御心ぼそさ、たとへやるべき
かたもなし。浦づたひ【浦伝ひ】島づたひ【島伝ひ】せし時も、
さすがかくはなかりし物をと、おぼしめす【思し召す】
こそかなしけれ。岩に苔[B ノ]むしてさびたる
所なりければ、すま【住ま】まほしうぞおぼしめす【思し召す】。
露結ぶ庭の萩原霜がれて、籬の菊の
かれがれ【枯れ枯れ】にうつろふ色を御覧じても、御身
の上とやおぼしけん。仏の御前にまいら【参ら】せ
給ひて、「天子聖霊[B 「座霊」とあり「座」に「聖」と傍書]成等正覚、頓証菩提」といのり
P12147
申させ給ふにつけても、先帝の御面影
ひしと御身にそひて、いかならん世にか思召
わすれさせたまふ【給ふ】べき。さて寂光院のかた
はらに方丈なる御庵室をむすんで、一間
をば御寝所にしつらひ、一間をば仏所に
定、昼夜朝夕の御つとめ、長時不断の
御念仏、おこたる事なくて月日を送ら
せたまひ【給ひ】けり。かくて神無月中の五日
の暮がたに、庭に散しく楢の葉をふみ
P12148
ならし【鳴らし】てきこえ【聞え】ければ、女院「世をいとふ所
になにもの【何者】のとひくるやらん。あれ見よや、
忍ぶべきものならばいそぎしのば【忍ば】ん」とて、
みせ【見せ】らるるに、をしか【牡鹿】のとをる【通る】にてぞ有
ける。女院いかにと御尋あれば、大納言[B ノ]佐殿
なみだをおさへ【抑へ】て、
岩根ふみたれかはとは【問は】んならの葉の
そよぐはしかのわたるなりけり W094
女院哀におぼしめし【思し召し】、窓の小障子にこの【此の】
P12149
歌をあそばし【遊ばし】とどめ【留め】させたまひ【給ひ】けり。
かかる御つれづれのなかにおぼしめし【思し召し】なぞ
らふる事共は、つらき中にもあまたあり【有り】。
軒にならべるうへ木【植木】をば、七重宝樹とかた
どれり。岩間につもる水をば、八功徳水と
おぼしめす【思し召す】。無常は春の花、風に随て
散やすく、有涯は秋の月、雲に伴て隠れ
やすし。承陽殿に花を翫し朝には、風
来て匂を散し、長秋宮に月を詠ぜし
P12150
ゆふべには、雲おほ【覆つ】て光をかくす。昔は
玉楼[* 「玉桜」と有るのを他本により訂正]金殿に錦の褥をしき、たへ【妙】なりし
御すまゐ【住ひ】なりしかども【共】、今は柴引むすぶ
草の庵、よそのたもともしほれ【萎れ】けり。
『大原御幸』S1303
○かかりし程に、文治二年の春の比、法皇、
建礼門院大原の閑居の御すまゐ【住ひ】、御覧
ぜまほしうおぼしめさ【思し召さ】れけれ共、きさらぎ【二月】
やよひ【弥生】の程は風はげしく、余寒もいまだ
つきせ【尽きせ】ず。峯の白雪消えやらで、谷のつららも
P12151
うちとけず。春過夏きたて北まつり【北祭り】
も過しかば、法皇夜をこめて大原の
奥へぞ御幸なる。しのびの御幸なり
けれ共、供奉の人々、徳大寺・花山[B ノ]院・土御門
以下、公卿六人、殿上人八人、北面少々候けり。
鞍馬どをり【鞍馬通り】の御幸なれば、彼清原の深
養父が補堕落寺【*補陀落寺】、小野の皇太后宮の旧
跡を叡覧あて、それより御輿にめされ
けり。遠山にかかる白雲は、散にし花の
P12152
かたみなり。青葉にみゆる【見ゆる】梢には、春の
名残ぞおしま【惜しま】るる。比は卯月廿日余の
事なれば、夏草のしげみが末を分いらせ
給ふに、はじめたる御幸なれば、御覧じ
なれたるかたもなし。人跡たえ【絶え】たる程
もおぼしめし【思し召し】しられて哀なり。西の山
のふもとに一宇の御堂あり【有り】。即寂光
院是也。ふるう作りなせる前水木立、
よしあるさまの所なり。「甍やぶれては、
P12153
霧不断の香をたき、枢おち【落ち】ては月常
住の灯をかかぐ」とも、かやうの所をや
申べき。庭の若草しげりあひ、青柳
糸をみだりつつ、池の蘋浪にただよひ、
錦をさらすかとあやまたる。中島の
松にかかれる藤なみの、うら紫にさける
色、青葉まじりの遅桜、初花よりも
めづらしく、岸のやまぶき咲みだれ、八重
たつ雲のたえま【絶え間】より、山郭公の一声も、
P12154
君の御幸をまちがほなり。法皇是を
叡覧あて、かうぞおぼしめし【思し召し】つづけける。
池水にみぎはのさくら散しきて
なみの花こそさかりなりけれ W095
ふりにける岩のたえ間より、おち【落ち】くる
水の音さへ、ゆへび【故び】よしある所也。緑蘿
の牆、翠黛の山、画にかくとも筆も
をよび【及び】がたし。女院の御庵室を御らん
ずれ【御覧ずれ】ば、軒には蔦槿はひ【這ひ】かかり【掛かり】、信夫まじ
P12155
りの忘草、瓢箪しばしばむなし、草
顔淵が巷にしげし。藜でうふかく
させり、雨原憲が枢をうるほすとも
い【言つ】つべし。杉の葺目もまばらにて、時雨
も霜もをく【置く】露も、もる月影にあら
そひて、たまるべしとも見えざりけり。
うしろは山、前は野辺、いざさをざさ【小笹】に風
さはぎ【騒ぎ】、世にたたぬ身のならひ【習ひ】とて、うき
ふししげき竹柱、都の方のことづては、
P12156
まどを【間遠】にゆへ【結へ】るませがき【籬垣】や、わづかに事
とふ物とては、峯に木づたふ【木伝ふ】猿のこゑ【声】、
しづ【賎】がつま木のをの【斧】の音、これらが音信
ならでは、正木のかづら青つづら、くる
人まれなる所也。法皇「人やある、人やある」
とめさ【召さ】れけれ共、おいらへ【御答】申ものもなし。はるか
にあて、老衰たる尼一人まいり【参り】たり。「女院は
いづくへ御幸なりぬるぞ」と仰ければ、「この【此の】
うへ【上】の山へ花つみにいらせ給ひてさぶらふ【候ふ】」と
P12157
申。「さやうの事につかへ奉るべき人もなき
にや。さこそ世を捨る御身といひながら、
御いたはしうこそ」と仰ければ、此尼申けるは、
「五戒十善の御果報[* 「御」の左にの振り仮名]つきさせたまふ【給ふ】によて、
今かかる御目を御覧ずるにこそさぶらへ【候へ】。
捨身の行になじかは御身をおしま【惜しま】せ
給ふべき。因果経には「欲知過去因、見其現在
果、欲知未来果、見其現在因」ととかれたり。過去
未来の因果をさとらせ給ひなば、つやつや
P12158
御歎あるべからず。悉達太子は十九にて伽耶
城をいで、檀徳山【*檀特山】のふもと【麓】にて、木葉を
つらねてはだへ【膚】をかくし、嶺にのぼりて
薪をとり、谷にくだり【下り】て水をむすび、
難行苦行の功によて、遂に成等正覚し
給ひき」とぞ申ける。此尼のあり様を御
覧ずれば、きぬ布のわきも見えぬ物を
むすび【結び】あつめ【集め】てぞき【着】たりける。「あの有様
にてもかやうの事申す不思議さよ」と
P12159
おぼしめし【思し召し】、「抑汝はいかなるものぞ」と仰
ければ、さめざめとないて、しばしは御返事
にも及ばず。良あて涙をおさへ【抑へ】て申
けるは、「申につけても憚おぼえさぶらへ【候へ】共、
故少納言入道信西がむすめ、阿波の内侍と
申しものにてさぶらふ【候ふ】なり。母は紀伊の
二位、さしも御いとおしみふかう【深う】こそさぶ
らひしに、御覧じ忘させ給ふにつけても、
身のをとろへ【衰へ】ぬる程も思しられて、今更
P12160
せんかたなふ【無う】こそおぼえさぶらへ【候へ】」とて、袖を
かほ【顔】におしあてて、しのび【忍び】あへぬさま、目も
あてられず。法皇も「されば汝は阿波の内侍
にこそあんなれ。今更御覧じわすれける。
ただ夢とのみこそおぼしめせ【思し召せ】」とて、御
涙せきあへさせ給はず。供奉の公卿殿上
人も、「ふしぎ【不思議】の尼かなと思ひたれば、理
にて有ける」とぞ、をのをの【各々】申あはれけり[B 「り」に「ル」と傍書]。
こなたかなたを叡覧あれば、庭の千種[B 「千種」に「千草」と傍書]
P12161
露をもく【重く】、籬にたおれ【倒れ】かかりつつ、そとも【外面】
の小田も水こえて、鴫たつひまも見え
わかず。御庵室にいらせ給ひて、障子を引
あけて御覧ずれば、一間には来迎の三尊
おはします。中尊の御手には五色の糸を
かけられたり。左には普賢の画像、右には
善導和尚并に先帝の御影をかけ、八軸
の妙文・九帖の御書もをか【置か】れたり。蘭麝の
匂に引かへて、香の煙ぞ立のぼる。かの【彼の】
P12162
浄名居士の方丈の室の内に三万二千の
床をならべ、十方の諸仏を請じ奉り
給ひけんも、かくやとぞおぼえける。障子
には諸経の要文共、色紙にかいて所々に
おされたり。其なかに大江の貞基法師が
清涼山にして詠じたりけん「笙歌遥
聞孤雲[* 「■[*馬+瓜]雲」と有るのを他本により訂正][B ノ]上、聖衆来迎[B ス]落日前」ともかかれ
たり。すこしひき【引き】のけて女院の御製[* 「御」の左にの振り仮名]と
おぼしくて、
P12163
おもひ【思ひ】きやみ山のおくにすまゐ【住ひ】して
雲ゐの月をよそに見んとは W096
さてかたはらを御覧ずれば、御寝所とおぼし
くて、竹の御さほにあさ【麻】の御衣、紙の御
衾などかけられたり。さしも本朝漢土
のたへなるたぐひ数をつくして、綾羅
錦繍の粧もさながら夢になりにけり。
供奉の公卿殿上人もをのをの【各々】見まいらせ【参らせ】し
事なれば、今のやうにおぼえ【覚え】て[* 「で」と有るのを他本により訂正]、皆袖をぞ
P12164
しぼられける。さる程に、うへ【上】の山より、こき
墨染の衣き【着】たる尼二人、岩のかけぢ【掛け路】を
つたひつつ、おりわづらひ【煩ひ】給ひけり。法皇
是を御覧じて、「あれは何ものぞ」と御尋
あれば、老尼涙をおさへ【抑へ】て申けるは、「花
がたみ【花筐】ひぢにかけ、岩つつじ【岩躑躅】とり具して
もたせ給ひたるは、女院にてわたら【渡ら】せ給ひ
さぶらふ【候ふ】なり。爪木に蕨折具してさぶ
らふは、鳥飼の中納言維実のむすめ、五条
P12165
大納言国綱【*邦綱】卿の養子、先帝の御めのと、
大納言[B ノ]佐」と申もあへずなき【泣き】けり。法皇
もよにあはれ【哀】げにおぼしめし【思し召し】て、御涙
せきあへさせ給はず。女院は「さこそ世を捨る
御身といひながら、いまかかる御ありさま【有様】
を見えまいらせ【参らせ】O[BH む]ずらんはづかしさよ。消
もうせばや」とおぼしめせどもかひぞなき。
よひよひごとのあかの水、結ぶたもとも
しほるる【萎るる】に、暁をき【起き】の袖の上、山路の露
P12166
もしげくして、しぼりやかねさせたまひ【給ひ】
けん、山へもかへら【帰ら】せ給はず、御庵室へもいら
せ給はず、御なみだ【涙】にむせばせたまひ【給ひ】、
あきれてたたせましましたる処に、内侍の
尼まいり【参り】つつ、花がたみ【花筐】をば給はりけり。
『六道之沙汰』S1304
○「世をいとふならひ【習ひ】、なにかはくるしう【苦しう】さぶら
ふ【候ふ】べき。はやはや御対面さぶらふて、還御
なしまいら【参らつ】させ給へ」と申ければ、女院御庵
室にいらせ給ふ。「一念の窓の前には摂取の
P12167
光明を期し、十念の柴の枢には、聖衆の
来迎をこそ待つるに、思[B ノ]外に御幸なり
ける不思議さよ」とて、なくなく【泣く泣く】御げんざん【見参】
ありけり。法皇此御ありさま【有様】を見まいら【参らつ】
させ給ひて、「非想の八万劫、猶必滅の愁に
逢、欲界の六天、いまだ五衰のかなしみを
まぬかれ【免かれ】ず。善見城の勝妙の楽、中間禅の
高台の閣、又夢の裏の果報、幻の間の楽み、
既に流転無窮也。車輪のめぐるが如し。
P12168
天人の五衰の悲は、人間にも候ける物かな」
とぞ仰ける。「さるにてもたれか事とひ
まいらせ【参らせ】候。何事につけてもさこそ古お
ぼしめし【思し召し】いで候らめ」と仰ければ、「いづかた
よりをとづるる事もさぶらはず。隆房・
信隆の北方より、たえだえ【絶え絶え】申送る事こそ
さぶらへ【候へ】。その昔あの人どものはぐくみにて
あるべしとは露も思より候はず」とて、御涙
をながさせ給へば、つきまいらせ【参らせ】たる女房達も、
P12169
みな袖をぞぬらさ【濡らさ】れける。女院御涙をおさへ【抑へ】
て申させ給ひけるは、「かかる身になる事は
一旦の歎申にをよび【及び】さぶらは【候は】ね共、後生菩
提の為には、悦とおぼえさぶらふ【候ふ】なり。忽に
釈迦の遺弟につらなり、忝く弥陀の本
願に乗じて、五障三従のくるしみ【苦しみ】をのがれ【逃れ】、
三時に六根をきよめ、一すぢに九品の浄
刹をねがふ。専一門の菩提をいのり、つねは
三尊の来迎を期す。いつの世にも忘がたきは、
P12170
先帝の御面影、忘れんとすれ共忘られず、
しのば【忍ば】んとすれ共しのば【忍ば】れず。ただ恩愛
の道ほどかなしかり【悲しかり】ける事はなし。されば
彼菩提のために、あさゆふのつとめおこたる
事さぶらはず。是もしかる【然る】べき善知識と
こそ覚へさぶらへ【候へ】」と申させ給ひければ、
法皇仰なりけるは、「此国は粟散辺土なり
といへども、忝く十善の余薫に答て、万
乗のあるじとなり、随分一としてこころ【心】に
P12171
かなは【叶は】ずといふ事なし。就中仏法流布の
世にむまれ【生れ】て、仏道修行の心ざしあれば、
後生善所疑あるべからず。人間のあだなる
ならひ【習ひ】は、今更おどろくべきにはあらねども、
御ありさま【有様】見奉るに、あまりにせんかたなふ【無う】
こそ候へ」と仰ければ、女院重て申させ給ひ
けるは、「我平相国のむすめとして天子の
国母となりしかば、一天四海みなたなごころ
のままなり。拝礼の春の始より、色々の
P12172
衣がへ【衣更】、仏名の年のくれ、摂禄以下の大臣
公卿にもてなされしありさま、六欲四禅の
雲の上にて八万の諸天に囲繞せられ
さぶらふ【候ふ】らむ様に、百官悉あふが【仰が】ぬものや
さぶらひし。清涼紫震【*紫宸】の床の上、玉の簾の
うちにてもてなされ、春は南殿の桜に心を
とめて日を暮し、九夏三伏のあつき日は、
泉をむすびて心をなぐさめ、秋は雲の
上の月をひとり見むこと【事】をゆるさ【許さ】れず。
P12173
玄冬素雪のさむき夜は、妻をかさね【重ね】て
あたたかにす。長生不老の術をねがひ、蓬
莱不死の薬を尋ても、只久しからん事
をのみおもへ【思へ】り。あけてもくれても楽み
さかへ【栄え】し事、天上の果報も是には過じと
こそおぼえさぶらひしか。それに寿永の
秋のはじめ、木曾義仲とかやにおそれ【恐れ】て、
一門の人々住なれし都をば雲井のよそに
顧て、ふる里を焼野の原とうちながめ、
P12174
古は名をのみききし須磨より明石の浦
づたひ【浦伝ひ】、さすが哀に覚て、昼は漫々たる
浪路をわけ【分け】て袖をぬらし、夜は洲崎の
千鳥ととも【供】になきあかし、浦々島々よし
ある所をみ【見】しかども、ふるさと【故郷】の事は忘ず。
かくてよる【寄る】方なかりしは、五衰必滅の悲み
とこそおぼえさぶらひしか。人間の事は
愛別離苦、怨憎会苦、共に我身にしられて
さぶらふ【侍ふ】。四苦八苦一として残る所さぶらはず。
P12175
さても筑前[B ノ]国太宰府といふ所にて、維義
とかやに九国のうち【内】をも追出され、山野広
といへ共、立よりやすむべき所もなし。同じ
秋の末にもなりしかば、むかしは九重の
雲の上にて見し月を、いまは八重の塩路
にながめつつ、あかし暮しさぶらひし程に、
神無月の比ほひ、清経の中将が、「都のうち
をば源氏がためにせめ【攻め】おとさ【落さ】れ、鎮西をば
維義がために追出さる。網にかかれる魚の
P12176
如し。いづくへゆか【行か】ばのがる【逃る】べきかは。ながらへ【永らへ】はつ
べき身にもあらず」とて、海にしづみさぶ
らひ【侍ひ】しぞ、心うき事のはじめにてさぶらひし。
浪の上にて日をくらし、船の内にて夜を
あかし、みつぎものもなかりしかば、供御を
備ふる人もなし。たまたま供御はそなへん
とすれ共、水なければまいら【参ら】ず。大海に
うかぶといへども、うしほ【潮】なればのむ事も
なし。是又餓鬼道の苦とこそおぼえ
P12177
さぶらひしか。かくて室山・水島、所々の
たたかひ【戦ひ】に勝しかば、人々すこし【少し】色なを【直つ】て
見えさぶらひし程に、一の谷といふ所にて
一門おほく【多く】ほろびし後は、直衣束帯を
ひき【引き】かへて、くろがね【鉄】をのべて身にまとひ、
明ても暮てもいくさよばひ【軍呼】のこゑ【声】たえ【絶え】
ざりし事、修羅の闘諍、帝釈の諍も、
かくやとこそおぼえさぶらひしか。「一谷を
攻おとさ【落さ】れて後、おやは子にをくれ【遅れ】、妻は
P12178
夫にわかれ、沖につりする船をば敵の舟
かと肝をけし、遠き松にむれゐる鷺
をば、源氏の旗かと心をつくす。さても
門司・赤間の関にて、いくさ【軍】はけふを限と
見えしかば、二位の尼申をく【置く】事さぶら
ひき。「男のいきのこら【残ら】む事は千万が一も有
がたし。設又遠きゆかりはをのづからいき
残りたりといふとも、我等が後世をとぶらはん
事もありがたし。昔より女はころさ【殺さ】ぬならひ【習ひ】
P12179
なれば、いかにもしてながらへ【永らへ】て主上の
後世をもとぶらひ【弔ひ】まいらせ【参らせ】、我等が後生
をもたすけ【助け】給へ」とかきくどき【口説き】申さぶ
らひしが、夢の心ち【心地】しておぼえさぶら
ひしほど【程】に、風にはかにふき、浮雲
あつくたなびいて、兵こころ【心】をまどはし、
天運つきて人の力にをよび【及び】がたし。
既に今はかうと見えしかば、二位の尼
先帝をいだき奉て、ふなばたへ出し時、
P12180
あきれたる御様にて、「尼ぜわれをば
いづちへ具してゆかむとするぞ」と
仰さぶらひしかば、いとけなき君にむかひ【向ひ】
奉り、涙をおさへ【抑へ】て申さぶらひしは、
「君はいまだしろしめさ【知ろし召さ】れさぶらはずや。
先世の十善戒行の御力によて、今
万乗のあるじとは生れさせ給へども、
悪縁にひかれて御運既につき給ひぬ。
まづ東にむかは【向は】せ給ひて、伊勢大神宮に
P12181
御いとま申させ給ひ、其後西方浄土の
来迎にあづからんとおぼしめし【思し召し】、西
にむかは【向は】せ給ひて御念仏侍らふべし。
此国はそくさん【粟散】へんど【辺土】とて、心うき堺
にてさぶらへ【候へ】ば、極楽浄土とてめでた
き所へ具しまいらせ【参らせ】侍らふぞ」と泣々
申さぶらひしかば、山鳩色の御衣にび
づら【鬢】いはせ給ひて、御涙におぼれ、ちい
さう【小さう】うつくしい御手をあはせ【合はせ】、まづ東
P12182
をふし【伏し】おがみ【拝み】、伊勢大神宮に御いとま
申させ給ひ、其後西にむかは【向は】せ給ひ
て、御念仏ありしかば、二位[B ノ]尼やがて
いだき奉て、海に沈し御面影、目も
くれ、心も消はてて、わすれんとすれ共
忘られず、忍ばんとすれ共しのば【忍ば】れず、
残とどまる人々のおめき【喚き】さけび【叫び】し声、
叫喚大叫喚のほのほ【炎】の底の罪人も、
これには過じとこそおぼえさぶらひしか。
P12183
さて武O[BH 士]共にとらはれてのぼりさぶら
ひし時、播磨[B ノ]国明石浦について、ちと
うちまどろみてさぶらひし夢に、昔の
内裏にははるかにまさりたる所に、
先帝をはじめ奉て、一門の公卿殿上人
みなゆゆしげなる礼儀にて侍ひしを、
都を出て後かかる所はいまだ見ざりつる
に、「是はいづくぞ」ととひ侍ひしかば、
弐位の尼と覚て、「竜宮城」と答侍ひし
P12184
時、「めでたかりける所かな。是には苦は
なきか」ととひさぶらひしかば、「竜畜経
のなかに見えて侍らふ。よくよく後世を
とぶらひ【弔ひ】給へ」と申すと覚えて夢さめぬ。
其後はいよいよ経をよみ念仏して、彼
御菩提をとぶらひ【弔ひ】奉る。是皆六道に
たがは【違は】じとこそおぼえ侍へ」と申させ給
へば、法皇仰なりけるは、「異国の玄弉三
蔵は、悟の前に六道を見、吾朝の日蔵
P12185
上人は、蔵王権現の御力にて六道を見たり
とこそうけ給はれ【承れ】。是程まのあたりに
御覧ぜられける御事、誠にありがたふ【難う】
こそ候へ」とて、御涙にむせばせ給へば、
供奉の公卿殿上人もみな袖をぞしぼ
られける。女院も御涙をながさせ給へば、
つきまいらせ【参らせ】たる女房達もみな袖を
『女院死去』S1305
ぞぬらさ【濡らさ】れける。○さる程に寂光院の
鐘のこゑ【声】、けふもくれ【暮れ】ぬとうちしら【知ら】れ、
P12186
夕陽西にかたぶけば、御名残おしう【惜しう】は
おぼしけれども、御涙をおさへ【抑へ】て還御
ならせ給ひけり。女院は今更いにしへを
おぼしめし【思し召し】出させ給ひて、忍あへぬ御
涙に、袖のしがらみせきあへさせ給はず。
はるかに御覧じをくら【送ら】せ給ひて、還御
もやうやうのびさせ給ひければ、御本
尊にむかひ【向ひ】奉り、「先帝聖霊、一門亡魂、
成等正覚、頓証菩提」と泣々いのらせ給ひ
P12187
けり。むかしは東にむかは【向は】せ給ひて、「伊勢
大神宮、正八幡大菩薩、天子宝算、千秋万歳」
と申させ給ひしに、今はひき【引き】かへて西
にむかひ【向ひ】、手をあはせ【合はせ】、「過去聖霊、一仏浄
土へ」といのらせ給ふこそ悲しけれ。御寝
所の障子にかうぞあそばさ【遊ばさ】れける。
このごろはいつならひてかわがこころ
大みや人【大宮人】のこひしかるらん W097
いにしへも夢になりにし事なれば
P12188
柴のあみ戸もひさしから【久しから】じな W098
御幸の御供に候はれける徳大寺[B ノ]左大臣
実定公、御庵室の柱にかきつけられ
けるとかや。
いにしへは月にたとへし君なれど
そのひかりなき深山辺の里 W099
こしかたゆくすゑ【行く末】の事ども【共】おぼしめし【思し召し】
つづけて、御涙にむせばせたまふ【給ふ】折し
も、山郭公音信ければ、女院、
P12189
いざさらばなみだくらべん時鳥
われもうき世にねをのみぞ鳴 W100
抑壇の浦にていきながらとられし
人々は、大路をわたして、かうべをはねら
れ、妻子にはなれて、遠流せらる。池の大
納言の外は一人も命をいけられず、都に
をか【置か】れず。され共四十余人の女房達の御
事、沙汰にもをよば【及ば】ざりしかば、親類
にしたがひ【従ひ】、所縁についてぞおはしける。
P12190
上は玉の簾の内までも、風しづかなる
家もなく、下は柴の枢のもとまでも、
塵おさまれ【納まれ】る宿もなし。枕をならべし
いもせ【妹背】も、雲ゐのよそにぞなりはつる。
やしなひたてしおや子【親子】も、ゆきがたしら
ず別けり。しのぶ【忍ぶ】おもひ【思ひ】はつきせ【尽きせ】ねども、
歎ながらさてこそすごさ【過さ】れけれ。是は
ただ入道相国、一天四海を掌ににぎて、
上は一人をもおそれ【恐れ】ず、下は万民をも顧ず、
P12191
死罪流刑、おもふ【思ふ】さまに行ひ、世をも人
をも憚かられざりしがいたす所なり。父祖
の罪業は子孫にむくふ【報ふ】といふ事疑なし
とぞ見えたりける。かくて年月を
すごさ【過さ】せたまふ【給ふ】程に、女院御心ち【心地】例
ならずわたらせ給ひしかば、中尊の御手
の五色の糸をひかへつつ、「南無西方極楽
世界教主弥陀如来、かならず引摂し給へ」
とて、御念仏ありしかば、大納言[B ノ]佐の局・阿
P12192
波[B ノ]内侍、左右に候て、いまをかぎりのかなし
さに、こゑ【声】もおしま【惜しま】ずなきさけぶ【叫ぶ】。御念
仏のこゑ【声】やうやうよはら【弱ら】せましましければ、
西に紫雲たなびき、異香室にみち、音
楽そら【空】にきこゆ。かぎりある御事なれば、
建久二年きさらぎ【二月】の中旬に、一期遂に
おはらせ給ひぬ。きさいの宮【后の宮】の御位よりかた
時【片時】もはなれまいらせ【参らせ】ずして候はれ給し
かば、御臨終の御時、別路にまよひしも、
P12193
やるかたなくぞおぼえける。此女房達
はむかし【昔】の草のゆかりもかれはてて、
よるかたもなき身なれ共、おりおり【折々】の
御仏事営給ふぞあはれ【哀】なる。遂に
彼人々は、竜女が正覚の跡ををひ【追ひ】、韋提
希夫人の如に、みな往生の素懐をとげ
けるとぞきこえ【聞え】し。

平家灌頂巻
P12194

P12195
于時応安四年〈 亥辛 〉三月十五日、平家物
語一部十二巻付灌頂、当流之師説、伝受
之秘决、一字不闕、以口筆令書写之、譲与
定一検校訖。抑愚質余算既過七旬、
浮命難期後年、而一期之後、弟子等中
雖為一句、若有廃忘輩者、定及諍論歟。
仍為備後証、所令書留之也。此本努々
不可出他所、又不可及他人之披見、附属
弟子之外者、雖為同朋并弟子、更莫
P12196
令書取之。凡此等条々背炳誡之者、
仏神三宝冥罰可蒙厥躬而已。

沙門覚一