円朝の地口(『円朝全集』未収録資料)
 
菊池眞一
 
 
 (一)円朝の地口
 
 仮名垣魯文序『〔地口/雛形〕駝洒落早指南』初編(文久二年)(国文学研究資料館・早稲田大学等)
六丁裏に                           
                                


 

 たしかに此道ヲヽそうだ
 
                                
   麻疹(はしか)に血の道                    
    疱瘡だ                         
      三遊亭円朝                      
                                 
                                
十五丁表に                           
                                


 

 内をしのんでやうやうと
 
                                 
    潮(うしほ)で呑で                   
      楊枝をと                      
        円朝                      
                                  
とある。                             
 
それぞれ罫線で囲われた部分が本文(問題)で、その次が円朝の地口(解答)である。
 
円朝二十四歳。ここでも魯文と交流のあったことが知られるが、この件は『円朝全集』(岩波書店)には記載されていない。
 
「たしかに此道ヲヽそうだ」は歌舞伎か浄瑠璃の文句かと思ったが、見当たらなかった。
 
「内をしのんでやうやうと」は、清元「〔お染/久松〕道行浮塒鷗」の文句である。
 
今もむかしはかわら町名代娘のたゞひとりおくれ道なる久松もまだ咲かゝる室の梅莟の花のふり袖も内を忍んでよふよふと爰で互ひの約束は心もほんに隅田川人目堤の川岸をたどりたどりて来りける
(粋史花岳編『〔新撰/歌集〕音曲大全』「清元の部」。明治十八年四月)
 
「潮」は「潮煮」「潮汁」か。
 
 
なお、中島穂高「粋狂連の地口本」(『中央大学国文』第45号。平成14年3月25日)では、
「たしかに此道ヲヽそうだ」の方は翻刻紹介されているが、
「内をしのんでやうやうと」については紹介されていない。
 
 
 
 (二)円朝と地口
 
 永井啓夫『新版三遊亭円朝』(平成十年十一月二十日。青蛙房)によると、
 
「伝」(注:朗月散史『三遊亭円朝子の伝』明治二十四年)によれば、新潟を訪れた円朝に対して、布川太平次、守田宝丹両名が、馬円をその門下に加えるよう懇願したので、円朝は弟子に加えた。芸名として新潟の「新」の字をとって、円新の名を与えた。その時、記念の揮毫を乞われた円朝は、「改名近年越後の円新」(甲斐の信玄、越後の謙信の地口)と記し一座の人々を喜ばせた。
 
とある。これは明治二十年のことである。
 
 
『怪談牡丹燈籠』第一編第二回(明治十七年刊)に「梅見れば方図がない」とあるが、『円朝全集』第一巻(岩波書店)注解には、
 
「上見れば方図がない」(上を見ればきりがない)の地口で、梅を見物すると切りがなくなるという意味。
 
と説明がある。
 
 
『月に謡荻江の一節』第八席(明治二十年新聞掲載)に「ブツかけに森だから勝まい」とあるが、『円朝全集』第四巻(岩波書店)注解には、
 
ぶっかけ蕎麦と盛り蕎麦に掛けた地口
 
と説明がある。
 
 
『月に謡荻江の一節』第四十席(明治二十年新聞掲載)に「和八が廻はつて来る」とあるが、『円朝全集』第四巻(岩波書店)注解には、
 
お鉢が回ってくる、すなわち順番が来る、の地口。
 
と説明がある。
 
 
『粟田口霑笛竹』第七席(明治二十一年新聞掲載)に「独活鱈が出来ます」とあるが、『円朝全集』第七巻(岩波書店)注解には、
 
 
「嘘から出た誠」の地口に「独活鱈烏賊うま煮」とあり(鈴木棠三『ことば遊び辞典』)、角川書店版全集の語注にも「ウドとタラのうま煮」とある。
 
と説明がある。
 
 
 
『粟田口霑笛竹』第三十四席(明治二十一年新聞掲載)に「表徳大酒」とあるが、『円朝全集』第七巻(岩波書店)注解には、
 
酔人のあだ名「生得大酒」(「聖徳太子」の地口)の「生得」を「表徳」に捩った。
 
と説明がある。
 
 
 
『粟田口霑笛竹』第三十四席(明治二十一年新聞掲載)に「船と川ばかり」とあるが、『円朝全集』第七巻(岩波書店)注解には、
 
「骨と皮ばかり」の地口。
 
と説明がある。
 
 
 
『霧隠伊香保湯煙』第三十六席(明治二十二年新聞掲載)に「関善の家に与兵衛あり」とあるが、『円朝全集』第八巻(岩波書店)注解には、
 
「積善の家には必ず余慶あり」(『易経』坤卦。善行を積み重ねた家には子孫にまで幸福による報いがある意)の地口。
 
と説明がある。
 
 
 
『霧隠伊香保湯煙』第三十九席(明治二十二年新聞掲載)に「主なしの栄太楼」とあるが、『円朝全集』第八巻(岩波書店)注解には、
 
「蒸菓子の栄太楼」の地口(角川書店版『三遊亭円朝全集』二巻の注)。
 
と説明がある。
 
 
 
『火中の蓮華』(二十九)(明治三十年新聞連載)には地口が連続して現れる。『円朝全集』第十二巻(岩波書店)注解は、次のように説明する。
 
南無妙りやう菠薐草に祖師大根  「南無妙法蓮華経」の地口だが、「妙」「りやう」のいずれかが衍字か。「祖師大根」は干し大根の地口。六代目三遊亭円生「法華長屋」(『円生全集』別巻上)では、「祖師大根」を売りに来た八百屋に女が「なんみょうほうれん草はないかい?」と聞く。
 
にちれん幾ら  一束の意味の「一連」と日蓮をかけた地口。
 
八部経  八文と、八部経(『法華経』が八巻あることを言うか)ないし一部経の地口か。「一部経」は「法華一部」とも称し『法華経』そのものを指す。
 
三十ばんじん  三十文と三十番神の地口。一か月間、毎日交替して如法経を守護する三十の神々。一般には『法華経』の守護神として知られる。はじめ天台宗で、のちに日蓮宗で信仰された。
 
 
 以上、『円朝全集』に注のある地口を紹介したが、精しく見れば他にも円朝の落語には地口が使われているかもしれない。
 
 
 
 
2018年1月15日公開
 
 
菊池眞一