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◎〔うちぎき〕第十
 (七八)敷島の打聞 S1001 
中ごろをとこありけり。女をおもひて、とき<”かよひけるに、をとこあるところにて、ともしびのほのほのうへに、かの女のみえければ、これはいむなるものを、火のもゆるところを、かきおとしてこそ、その人にのますなれとて、かみにつゝみて、もたりけるほどにことしげくして、まぎるゝことありければわすれて、一日二日すぎて、思ひいでけるまゝに、ゆけりければなやみてほどなく女かくれぬといひければいつしかゆきてかのともしびの、かきおとしたりし物を見せでと、わがあやまちにかなしくおぼえて、つねなきをにゝひとくちにくはれけむ心うき、あしずりをしつべく、なげきなきけるほどに、御らんぜさせよとにや。この御ふみを、みつけて侍とて、とりいだしたるをみれば、
@ とりべ山たにゝけぶりのみえたらばはかなくきえし我としらなん W133
とぞかきたりける。哥さへともし火のけぶりとおぼえて、いとかなしくおもひける、ことわりになむ。
又ある女有りけり。とき<”かよひけるをとこの、いつしかたえにければ心うくて、心のうちに、おもひなやみけるほどに、その人かどをすぐることのありけるを、いへの人の、いまこそすぎさせ給へと、いひければ思ひあまりてきとたちながらいらせ給へとおひつきて、いはせければやりかへしていりたるに、もとみしよりも、なつかしきさまにて、ことの外にみえければくやしくなりて、とかくいひけれど、女たゞ経をのみよみて、かへりごともせざりけるほどに、七のまきの、即往安楽世界、といふところを、くりかへしよむとみけるほどに、やがてたえいりて、うせにければわれもよりておさへ、人もよりて、とかくしけれども、やがてうせにけり。かくてこもりもし、またかしらをも、おろしてむと、思ひけれど、当時弁なりける人なれば、さすがえこもらで、つちにおりて、とかくの事までさだして、しばしはやまざとに、かくれをりければよをそむきぬると、きこえけれど、さすがかくれもはてゞ、いでつかへければかへる弁となんいひける。
左衛門尉頼實といふ蔵人、哥のみちすぐれても、又このみにも、このみ侍りけるに七条なる所にて、夕に郭公をきく。といふ題をよみ侍りけるに、ゑひて、その家のくるまやどり
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にたてたる車にて、哥あんぜんとて、ねすぐして侍りけるを、もとめけれど、おもひよらで、すでにかうぜんとて、人みなかきたるのちにて、このわたりはいなりの明神こそとて、念じければきとおぼえけるを、かきて侍りける。
@ いなり山こえてやきつる郭公ゆふかけてしも声の聞ゆる W134
おなじ人の、人にしらるばかりの哥、よませさせ給へ。五年かいのちにかへんとすみよしに、申したりければ落葉あめのごとしと云ふ題に、
@ このはちる宿は聞わくことぞなき時雨する夜もしぐれせぬよも W135
とよみて侍りけるを、かならずこれとも、おもひよらざりけるにや。ゝまひのつきて、いかんといのりなどしければ家に侍りける女に、すみよしのつきて、さる哥よませしは。さればえいくまじと、のたまひけるにぞひとへに、のちのよのいのりになりにけるとなん。
又おなじゆかりに、みかはのかみ頼綱といひしはまだわかくて、おやのともにみかはのくにゝくだりけるに、かのくにの女をよばひて、又もおとづれざりければ、女、
@ あさましやみしは夢かとゝふほどにおどろかずにも成りにける哉 W136
と申したりければさらにおぼえつきてなん思侍りける。かくよむとも、みめかたちやはかはるべきとおぼえ侍れど、むかしの人、なかごろまでは、人のこゝろ、かくぞ侍りける。このことは、その人のこの、仲正といひしが、かたり侍となむ。
参河守頼綱は、哥のみちにとりて、人もゆるせりけり。わが身にも、ことのほかに、おもひあがりたるけしきなりけり。俊頼といふ人の、少将なりけるとき、頼綱がいひけるは、少将殿<、哥よまむとおぼしめさば、頼綱を供せさせ給へ。べちのものも、まかりいるまじ。あらひたる仏供なん。ふたかはらけ、そなへさせ給へなどぞいひける。その哥、おほく侍れども、
@ 夏山のならのはそよぐゆふぐれはことしも秋の心ちこそすれ W137
といふ哥ぞ、人のくちずさびにし侍るめる。
ちかきよに女ありけるを、やはたなる所にみやてらのつかさなる僧都ときこえし、小侍従とかいふおやにやあらん。その房にこめすべて、ほどへけるほどに、みやこより、しかるべき人のむすめを、わたさんといひければかゝることのあるに、人のきく所も、はゞからはしければしばしみやこへかへりて、むかへんをりことて、したてゝいだしけるが、あまり
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こちたく、おくり物などしてぐしければいまはかくてやみぬべき。わざなめりと、おもひけるにつけても、いと心ぼそくてすゞりがめのしたに、哥をかきておくりけるを、とりいでゝ見ければ、
@ 行方もしらぬうきゞの身なれどもよにしめくらばながれあへかめ W138
となむ、よめりけるをみて、むすめなりける人は、院のみや<など、うみたてまつりたるが、まだわかくおはしけるに、京へおくりつる人、この哥をよみおきたる返事をやすべき。又むかへやすべきと、申しあはせければかへしはよのつねのことなり。むかへ給へらんこそ、哥のほいも侍らめと、きこえければ心にやかなひけん。その日のうちに、むかへに更にやりて、けふかならず、かへらせ給へとて、あけゆくほどに、かへりきにけり。又そのしかるべき人のむすめを、いひしらず、ゐどころなどしつらひ、はした物、ざうしなどいふもの、かずあまた、したてゝすゑたりけれど、一夜ばかりにて、すゞりがめの人にのみ、はなるゝこともなくぞありける。その女も、大臣家のみやづかへ人なりけるが、はゝのつくしにくだりて、すがはらのうぢでらの別當にぐしたりけるが、法師みまかりにければ都へのぼるべきよすがもなくてをりけるを、そのむすめは、あさゆふに、これを
なげきけるほどに、大臣殿、五節たてまつり給ひけるにや。わらはにいだすべき女、ほかのかた<”みたまひけれど、こればかりなる、みえざりければおもふやう有りていふぞ。いはんこときゝてんやと、ありければいかでかおほせごとに、したがはず侍らんと申しけるに、五節のわらはにいださんとおもふとのたまひければいかなることも、うけ給はるべきを。それはえなん侍まじきと申しければあながちにおもふことにてあるに、かまへてきゝたらば、いかなる大事をもかなへんとありければかくまでのたまはせんこと、さのみもえいなび申さで、いでたりけるに、かの大臣殿のわらは、いかばかりなるらんとて、殿上人われも<と、ゆかしがりあへりけるなかに、さかりにものなどいひけるなにの少将などいひける人も、みんなどしけるを、ある殿上人の、めづらしげなし。いつも御らんぜよと、いひければあやしとおもひてみるに、わがえさらずものいふ人なりければうらみはぢしめけれど、さほどおもひたちていでにける。のちに、大臣殿、このよろこびにいかなる大事かあると、ゝひ給ひければくま野にまうでんの心ざしぞふかく侍と申すに、やすきことゝて夫さをなどあまためして、きよきころもなにかといだしたてさせ給ひて、まゐりて、つくしのはゝむかへよせん
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ことを心ざし申してかへるに、よどのわたりにや。みゆきなどの、よそひのやうに、みちもえさりあへぬことのありけるが、けふまん所の、京にいでたまふといひて、よそには、ものともおもはぬことの、いひしらず見えけるほどに、むしたれたる、はざまよりやみえけん。ふみをかきて、京より御ふみとてあるをみれば、大臣殿の御つかひにはあらで、おもひがけぬすぢのふみなりけり。ありつるいはし水の僧のふねの人などみしりたるとも人といひければきゝもいれぬほどに、かた<”思かけず、いはせければいなびもはてゞくだりて、かのつくしのはゝ、むかへとりて、みやこにしすゑなどしたりけるとなむきこえしは、小大進とかいふ人の事にやあらん。
陸奥守橘為仲と申す、かのくにゝまかりくだりて、五月四日、たちに廳官とかいふものとし老いたるいできて、あやめふかするをみければれいの菖蒲にはあらぬくさを、ふきけるをみて、けふはあやめをこそふく日にてあるに、これはいかなるものをふくぞと、ゝはせければつたへうけ給はるは、このくにゝは、むかし五月とて、あやめふくこともしり侍らざりけるに、中将のみたちの御とき、けふはあやめふくものを、いかにさることもなきにかと、のたまはせければ國の例にさること侍らず。と申しけるを、
さみだれのころなど、のきのしづくも、あやめによりてこそ、いますこしみるにもきくにも、心すむことなれば、ゝやふけとのたまひけれど、このくにゝは、おひ侍らぬなりと申しければさりとても、いかゞ日なくてはあらん。あさかのぬまの、はなかつみといふもの有り。それをふけとのたまひけるより、こもと申すものをなんふき侍るとぞ、むさしの入道隆資と申すは、かたり侍りける。もししからば、ひくてもたゆくながきね、といふうた、おぼつかなく侍り。實方中将の御はかは、みちのおくにぞ侍るなると、つたへきゝ侍りし、まことにや。蔵人頭にも、なり給はで、みちのおくのかみになり給ひて、かくれたまひにしかば、このよまでも、殿上のつきめのだいばんすゑたるをば、すゞめのゝぼりて、くふをりなどぞ侍るなる。實方の中将の、頭になり給はぬ、おもひのゝこりておはするなど申すも、まことに侍らば、あはれにはづかしくも、すゑのよの人は侍ことかな。
いづれのとしにか侍りけん。右近の馬場の、ひをりの日にやありけん。女くるま、ものみにやりもてゆきけるに、重通の大納言、宰相中将に、おはしけるときにや、くるまやりつゞけて、みしりたる車なれば、みよき所にたてさせなどしてのちに、わか随身を、女の
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車にやりて、
@ たれ<ぞたれぞさやまのほとゝぎす、
とかやきこえければ女の車より、
  うはのそらにはいかゞなのらん W139。
とぞいひかへしける。いとすぐれてきこゆることもなく、かなはずもやあらん。されども、ことがらのやさしくきこえしなり。時のほどに思えんこともかたくて、さてやまむよりも、かやうにいひたるも、さる事ときこゆ。又連哥のいつもじも、げにときこえねども、さやうにとふべきことに、侍りけるなるべし。又たしかにも、えうけたまはらざりき。ひをりといふことは、おぼつかなきことに侍るとかや。兼方はまてつがひと申し侍りけるとかや。匡房中納言の、卿次第とかやにも、このことはみえ侍とぞきゝ侍りし。
又いづれのとしにか。まゆみのまとかくることを、とねりのあらそひて、日くれよふくるまで侍りければものみぐるまども、おひ<に、かへりけるにかきつけて、大将の随身に、とらせたりけるとかや。
@ 梓弓ためらふほどに月かげのいるをのみゝて帰りぬる哉 W140
ひがことにや侍りけん。いづものくにゝて、うせ給ひにし大将殿の、つき給へりしとしとかや。
堀河のみかどの内侍にて、周防とかいひし人の、いへをはなちて、ほかにわたるとて、はしにかきつけたりける、
@ すみわびてわれさへのきの忍草しのぶかた<”しげき宿哉 W141
とかきたる、まだその家は、のこりて、その哥も侍るなり。みたる人のかたり侍りしは、いとあはれにゆかしく、その家は、かみわたりに、いづことかや。冷泉ほりかはのにしと北とのすみなるところとぞ人は申しし。おはしまして御らんずべきぞかし。まだうせぬをりに、又堀川のみかどの、うせたまひて、いまのみかどの内侍にわたるべきよし侍りけるに、
@ あまのがはおなじながれといひながらわたらむことは猶ぞ悲しき W142
とよまれて侍りけん。いとなさけおほくこそ、きこえ侍りしか。
ちかくおはせし。よかはの座主の坊に、琳賢といひて、心たくみにて、石たてかざりくるまの風流などするもの侍りき。うたへ申すことありて、蔵人頭にて、雅兼中納言
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のおはしける時、かの家にいたり侍りけるに、大原のたきの哥こそ、いとをかしくきこえしかど、侍りけるに、うれへ申すことは、いかでも侍りなん。このおほせこそ、身にしみて、うれしく侍れとてなん限りなくよろこびていでにける。その哥は、はなぞのゝおとゞの、大原の房の、たきみにいりたまへりけるに、
@ 今よりはかけておろかにいはしみづ御らんをへつるたきのしらいと W143、
ゝよめりけるとぞ。たはぶれごとのやうなれども、ことざまの、をかしくきこえ侍れば、申し侍るになん。つのかみ範永といひし人は、いづれの山里にか、夕ぐれに、庭におりて、とゆきかうゆき、しあるきて、@ あはれなるかな<。とたび<ながめければ帯刀節信といひしが、日くるれば、ところ<”のかねのこゑ W144、とつけたりければあなふわいとなんいひける。そのかみゐでのかはづをとりてかひけるほどに、そのかはづ、身まかりにければほしてもたりけるとかや。
いづれのいつきの宮とか。〔いづれのだいじんげにかありけむ。をとこのしのびてつぼねまちにいりをりければまへわたりするひとありて、かたはらのつぼねにたちとどまりて、まゆみまゆみとしのひによひけれど、いらへざりければうちにも、おどろかすおとほのかにきこえけり。よひかねて、すぎざまに、@ いたくねいるはまゆみなりけり。とくちずさみければうちに。やといひてひけどさらにぞおどろかぬ W145。とひとりごちけるこそ、いとやさしくきこえけれ。たれともしらでやみにき。はなやかにいひかはすおとはなくて、こころにくかりしひとかなとぞかたりける。ききけるをとこは、もりいへといひしひととかや。いづれの〕人のまゐりて、いまやうゝたひなど、せられけるに、すゑつかたに四句の神哥うたふとて、@ うゑきをせしやうはうぐひすゝませんとにもあらず。とうたはれければ心とき人などきゝて、はゞかりあることなどや、いでこんと思ひけるほどに、
くつ<かうなるなめすゑて、そめがみよませんとなりけり W146とぞうたはれたりけるが、いとその人うたよみなどには、きこえざりけれども、えつるみちになりぬれば、かくぞはべりける。この事刑部卿とか。人のかたられ侍りしに、侍従大納言と申す人も侍りしが、さらばことわりなるべし。
菩提樹院といふ寺に、ある僧房の、いけのはちすに、鳥の子をうみたりけるをとりて籠にいれて、かひけるほどに、うぐひすのこより入りて、ものくゝめなどしければうぐひすのこなりけりと、しりにけれど、子はおほきにておやにもにざりければあやしくおもひけるほどに、子のやう<おとなしくなりて、ほとゝぎすと、なきければむかしより、いひつたへたるふるきこと、まことなりと思ひて、ある人よめる、
@ 親のおやぞいまはゆかしき郭公はや鴬のこは子也けり W147
とよめりける。万葉集の長哥にうぐひすのかひこの中のほとゝぎす、などいひて、このことに侍るなるを、いとけふあることにも侍るなるかな。蔵人実兼ときこえし人の、匡房の中納言の物がたりにかける文にも、中ごろの人、このことみあらはしたることなど、かきて侍とかや。かやうにこそ、つたへきくことにて侍を、まぢかく、かゝることにて侍らん
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こそ、いとやさしく侍るなれ。右京権太夫頼政といひて、哥よめる人の、さることありときゝて、わざとたづねきて、その鳥の籠に、むすびつけられ侍りけるうた、
@ 鴬のこになりにける時鳥いづれのねにかなかんとすらん W148
万葉集には、ちゝにゝてもなかず。はゝにゝてもなかず。と侍なれば、うぐひすとは、なかずや有りけんなど、いとやさしくこそ申すめりしか。
 (七九)奈良の御代 S1002 
このなかの人の、おぼつかなき事、ついでに申さんとて、万葉集は、いづれの御時、つくられ侍りけるぞとゝひしかば、古今に、
@ 神な月しぐれふりおけるならのはのなにおふみやのふることぞこれ W149
といふ哥侍りといひし、古今序に、かのおほん時、おほきみつのくらゐ、かきのもとの人丸なむ、哥のひじりなりけるとあるに、かの人丸は、かの御時よりも、むかしの哥読とみゆるを、万葉集つくれる時より、古今えらばれたる時までとしはもゝとせあまり、よはとつぎとあれば、とづきといはゞ、大同のみよときこえたるに、もゝとせあまりといふは、さきのことゝきこゆるうへに、人丸はあがりたるよの人とみえたれば、えなむ
あるまじき。いかゞとゝへば、まことに、おぼつかなきことを、かくこまかにたづねさせ給ふこそ、いとこゝろにくゝとて、ならのみかど申さんこと、大同のみよのみにもあらずや侍らん。元明天皇ならのみやこに、和銅三年のはるのころ、はじめてうつらせたまひけるに、ながやのはらに、御こしとゞめて、藤原のふるさとをかへりみ給ひて、
@ とぶ鳥のあすかの里をおきていなば君があたりはみえずかもあらん W150
とよませ給へり。はしの目録にも、寧楽の御哥とて、かきつらねて侍るめり。寧楽はならのといひなつくるなるべし。かくてのち七八代は、ならのみやこにぞおはしましける。その御よどもにも侍らん。ならのみかどと申す御名は、三代おはしますかと申す人もありとぞきゝ侍りし。柏原のみかどの御とき、長岡の京にわたり給ひて、十年ばかりありてこの平の京には、うつらせ給ひて、そのみこの、大同のみかども、この京のゝちなれども、ならとはおり給ひてのち、べちの御名なるべし。万葉集に、人丸が哥どものいりたるときゝ侍りしにも、柿本人丸集にいでたりなどいひて、そのよの人とは、きこえずなん侍うちに、ならの京のさきよりも、人丸が哥は、おほくみえ侍るめり。きよみはらのみかどの、よしのゝみやに、みゆきしたまひけるにも、
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よめる哥侍るめり。輕の皇太子、安騎野にやどり給ふ時の哥とても侍るめり。文武の御ことなるべし。又人丸が讃とて、いづれのはかせにか。つくられたるには、持統文武の聖朝につかへ、新田高市の皇子にあへり。となむ侍るめり。かくてならの御よまでありて、聖武の御時などにも、あひたてまつりけるにやあらんと、申す人あるべし。まことにならのみやこの時には、ありけんと、おぼえ侍ことは、そのかみ人丸といふ集所々きゝ侍りしに、天平勝宝五年の春三月、左大臣橘卿の家に、諸卿太夫たち宴し給ひけるに、あるじのおとゞ、とひてのたまはく、古哥にも、
@ あさもよひきのせきもりがたつかゆみゆるす時なくまづゑめるきみ W151。
といふ哥のはじめ、いかゞと侍りければ武部卿石川卿こたへ給へることなど侍は、高野姫のみかどの御時にこそ侍るなれ。そのほどまでとしたけて侍れども、大同の御ときまでは、いかゞはさのみも侍らんといふに、古今序に、いにしへよりかくつたはるうちに、ならの御ときよりぞ、ひろまりける。かの御よや、哥の心を、しろしめしたりけん。かの御時、人丸なん、ひじりなりける。かゝりけるさきのうたを、あはせてなん、万葉集となづけられたりけるとかけるは、人丸がよにえらばれ
たるやうにこそ、きこゆれといへば、まことに心えがたきことに侍るに、そのあひだに、ことばおほく侍うへにおしはかり思たまふるに、貫之ひがことを、かくべきにもあらず。たとひあやまちたりとも、みかどの御らんじとがめずやは侍らん。しかれば、古今のことばにつきて、なずらへ試みるに、ならの御時よりひろまりたると侍る、赤人々丸が、あひたてまつれるみよときこえたり。この人々をおきて、又すぐれたる人々も、くれたけのよゝにきこえ、かたいとのより<にたえずなんありける。さきのうたをあはせてなん、万葉集となづけられたりけるといふは、赤人、々丸が、のちのよゝに、よめる哥どもをあはせて、大同のみよには、つくられたるともや心うべからん。ならのみかどといふは、同名におはしませば、ひとつことなるやうなれども、万葉集の時には、人丸がよのあはねば、ひとつよにはあらざるべし。
@ 龍田川紅葉みだれてながるめりわたらば錦中や絶えなん W152
とよませたまへるは、人丸があひたてまつれるみよの、御哥なるべきにやあらん。古今序にたつたがはにながるゝもみぢは、みかどの御めには、にしきとみえ、吉野山のさくらは、人丸がめには、雲かとぞおぼえけるとあれば、のちのみかどの御製とは、きこえざるべし。
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@ ふるさとゝ成りにしならの都にも色はかはらず花ぞ咲ける W153
とよませ侍りけるは、大同の御製なるべし。むかしのならのみかどならば、ふるさとゝよませ給ふべからず。この御哥は、ならのみかどの御哥とて、古今の春下に、いれたてまつれり。もみぢのにしきの御哥は、秋下に、よみ人しらずある人ならのみかどの御哥なりとなん侍るも、すこしのかはるしるし、なきにもあらず。しかあるのみにあらず。もしおなじみかどと申すは、おぼつかなきところおほく、もしあらぬ御ときならば、同御名にて、まがはせ給ひぬべきうへに、目録どもにも、
@ はぎの露たまにぬかんととればけぬよしみむ人は枝ながらみよ W154
といふ御哥も、よみ人しらず。ある人、ならのみかどの御哥なりといふをくはへて、三首おなじ御時なるやうにみゆるは、目録のあやまれるにやあらん。おぼつかなき事、よくおもひさだめつべからん人にたづね申させ給ふべき事なるべしといふに、それはたちまちに、さだめえがたく侍る也。又このついでに、たづね申さんとて、万葉集は、億良がえらべる。といふ人あるは、しか侍りけるにやとゝへばいかでか。さやうのことは、その時の人にも侍らず。そのみちにもあらぬ身は、こまかにきゝとゞむべき
にも侍らず。しかは侍れど、億良が類聚哥林などには、はるかなる人とみえてこそ、万葉にはひきのせ侍るなれ。天平五年哥にも、筑前守憶良などいひて侍るなるははるかにさきの人にこそ侍るなれ。大同にはあらずや侍りけんなどぞ申しめりしか。
 (八十)作り物語の行方 S1003 
又ありし人の、まことにや。むかしの人のつくり給へる、源氏の物がたりに、さのみかたもなきことのなよび艶なるを、もしほ草かきあつめたまへるによりて、のちのよのけぶりとのみ、きこえ給ふこそ、えんにえならぬつまなれども、あぢきなく、とぶらひきこえまほしくなどいへば、返事には、まことによの中にはかくのみ申し侍れど、ことわりしりたる人の侍りしは、やまとにも、もろこしにも、ふみつくり人の心をゆかし、くらき心をみちびくは、つねのことなり。妄語などいふべきにはあらず。わが身になきことをありがほに、げに<といひて、人にわろきみを、よしとおもはせなどするこそ、そらごとなどはいひて、つみうることにてはあれ。これはあらましことなどや、いふべからん。綺語とも、雑穢語などはいふとも、さまでふかきつみには、あらずやあらん。いきとしいけるものゝいのちをうしなひ、あるとしある人の、たからをうばひとりなどする、ふかきつみあるも、
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ならくのそこにしづむらめども、いかなるむくいありなどきこゆることもなきに、これはかへりて、あやしくもおぼゆべき事なるべし。人の心つけんことは、功徳とこそなるべけれ。なさけをかけ、艶ならんによりては、輪廻のごふとはなるとも、ならくにしづむほどのことやは侍らん。このよのことだに、しりがたく侍れど、もろこしに、白楽天と申したる人は、なゝそぢの、まき物をつくりて、ことばをいろへ、たとへをとりて人の心をすゝめ給ふなどきこえ給ふも、文珠の化身とこそは申すめれ。仏も譬喩經などいひて、なきことをつくりいだし給ひて、ときおき給へるは、虚妄ならずとこそは侍るなれ。女の御身にて、さばかりのことを、つくり給へるは、たゞ人にはおはせぬやうもや侍らん。妙音観音など申す、やんごとなき、ひじりたちの、女になりたまひて、のりをときてこそ、人をみちびき給ふなれといへば、ともにぐしたる、わらはのきゝていふやう、女になりて、みちびき給ふことは、浄徳夫人の、みかどをみちびきて、仏のみもとにすゝめなどし給ひ、勝鬘夫人の、おやにふみかはして、仏をほめたてまつりて、よの末までも、つたへなどし給ふこそ、普門の示現などもおぼえめ。これはをとこ女の、えんなることを、げに<とかきあつめて、人の心にしめさせん、なさけをのみ
つくさむことは、いかゞはたふときみのりとも思ふべきといへば、まことにしかはあれども、ことざまの、なべてならぬ、めでたさのあまりに、おもひつゞけ侍れば、ものがたりなどいひて、ひとまき、ふたまきのふみにもあらず、六十帖などまでつくり給へるふみの、すこしあだにかたほなることもなくて、いまもむかしも、めでもてあそび、みかどきさきよりはじめて、えならずかきもち給ひて、御たからものとし給ふなどするも、よにたぐひなく、またつみふかくおはすると、よに申しあへるにつけても、中<あやしく、おぼえてこそ申し侍れ。つみふかきさまをもしめして、人に仏のみなをも、となへさせ、とぶらひきこえん人のために、みちびき給ふはしとなりぬべく、なさけある心ばへをしらせて、うきよにしづまんをも、よきみちに、ひきいれて、よのはかなき事をみせて、あしきみちをいだして、仏のみちにすゝむかたもなかるべきにあらず。そのありさま、おもひつゞけ侍るに、あるはわかれをいたみて、うばそくの戒をたもち、あるは女のいさぎよきみちをまもりて、いさめごとにたがはず、この世をすぐしなどしたまへるも、人のみならふ心もあるべし。又みかどのおぼえかぎりなくて、えならぬすぐせ、おはすれども、ゆめまぼろしのごとくにて、かくれ給へるなど、世のはかなきことをみん人、おもひしりぬべし。
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又みかどのくらゐをすてゝ、おとうとにゆづり給ひて、にし山のふもとに、すみ給ふなども、佛のみちに入りたまふ、ふかきみのりにも、かよふ御ありさまなり。提婆品にとかれ給へる、むかしの御かどの御ありさまも、おもひいでられさせたまふ。ひとへに、をとこ女のことのみやは侍る。おほかたは、智恵をはなれては、やみにまどへる心をひるがへすみちなし。まどひのふかきによりて、うきよのうみのそこひなきには、たゞよふわざなりとぞ、世親菩薩のつくり給へる文のはじめつかたにも、のたまはずなれば、ものゝ心をわきまへ、さとりのみちにむかひて、ほとけのみのりをひろむるたねとして、あらきこと葉も、なよびたることばも、第一義とかにも、かへしいれんは、仏の御心ざしなるべし。かくは申せども、にごりにしまぬ、法のみことならねば、つゆしもと、むすびおき給へる、ことの葉もおほく侍らん。のりのあさひによせて、たれも<、なさけおほく、おはしまさむ人は、もてあそばせたまはんにつけても、心にしめて、おぼさむによりても、とぶらひきこえたまはんぞ、いとゞふかきちぎりなるべきなど、いひつゞけはべるに、ゆくすゑもわすれて、なほきかまほしく、なごりおほく侍りしかども、日くれにしかば、たちわかれ侍りにき。いかでか又あひたてまつらんずる。こんよにうゑきのもとにほとけとなりて、これがやうにのりときて、
人々に、きかせたてまつらばやなど、申ししこそ、たゞ人ともおぼえ侍らざりしか。そのほどと申ししところ、たづねさせ侍りしかども、え又もあはでなん。人をつけて、たしかにみおかせでと、くやしくのみおぼえてこそ、すぎて侍れ。

校定 今鏡読本 下終