栄花物語詳解

凡例
使用テキスト: 『栄花物語詳解』和田英松・佐藤球 明治書院、明治32~40
緒言に「世に流布せる古活字本及び、明暦の印本を原本とし」と有り、諸本により校訂した物です。
栄花物語の本文は、(一)古本系統、(二)流布本系統、(三)異本系統の三つに大きく分類されています。
(一)古本系統は更に二種に分けられますが、第一種本の中で鎌倉中期を下らない時期に書写された三条西家本(梅沢記念館蔵)を最善本と見ることが出来ます。第二種本は、陽明文庫本をもって代表される。
(二)流布本系統は更に三種に分けられ、第一種西本願寺本を誤りの少ない最善本と考えられます。第二種本は、底本とした古活字本、明暦二年刊本が属しますが、誤脱が多いです。
(三)異本系統には、富岡家旧蔵甲本・富岡家旧蔵乙本があり、三十巻、すなわち正篇で完結しています。

歌の頭に@を付し、末尾にW+新編国歌大観番号を付しました。巻三の兼澄の歌は、新編国歌大観に無いためW000にしてあります。
参考としまして、岩波古典大系のページを記しました。P+巻数(上=1・下=2)+3桁
各巻の見出しの頭に、S+巻数(2桁)を付しました。
仮名・漢字の表記を一部変えた箇所が有ります。
句読点を追加、修正した個所があります。
脱字等を他本で補った場合は、〔 〕に入れました。主に古本系統第一種本の三条西家本(梅沢記念館蔵)によります。

栄花物語
P1023
栄花物語
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栄花物語巻第一 月の宴
P1027
S01〔栄花物語巻第一〕 月のゑん
世はじまりてのち、このくにのみかど六十よ代にならせ給にけれど、このしだいかきつくすべきにあらず。こちよりてのことをぞしるすべき。よの中に、うだのみかどゝ申〔みかど〕おはしましけり。そのみかど〔の〕御子たちあまたおはしましける中に、一のみこあつきみのしんわうと申けるぞ、くらゐにつかせ給けるこそは、だいごのせいていと申て、よの中〔に〕あめのしためでたきためしにひきたてまつるなれ。くらゐにつかせ給て、卅三年をたもたせ給ひけるに、おほくのにようごたちさぶらひ給ければ、おとこみこ十六人、をんなみこあまたおはしましけり。そのころの太じやう大じんもとつねのおとゞときこえけるは、うだのみかどのおほんとき〔に〕うせ給ける。中なごん長良ときこえけるは、太じやう大じん冬嗣の御太郎にぞおはしける、のち〔に〕は贈太政大臣とぞきこえける、かの御三郎にぞおはしける、そのもとつねのおとゞうせ給て、のちの御謚昭宣公ときこえけり。そのもとつねのおとゞ、おとこぎみ四人おはしけり。太郎はときひらときこえけり。さ大じんまでなり給て、卅九にて〔ぞ〕うせ給にけり。二郎〔は〕仲平ときこえけり。さだいじんまでなり給て、七十一にてうせ給にけり。
P1028
三郎兼平ときこえけり。三位までぞおはしける。四郎たゞひらのおとゞぞ、太政大臣までなり給て、おほくのとしごろすぐさせ給ける。そのもとつねのおとゞの御女のにようごのおほんはらに、だいごのみやたちあまたおはしましける。十一のみこ寛明〔の〕しんわうと申ける、みかどにゐさせ給て十六年おはしましてのちに、おりさせ給ておはしけるをぞ、朱雀院のみかどゝは申ける。そのつぎおなじ〔はらからおなじ〕にようごのおほんはらの十四のみこ、成明のしんわうと申ける、さしつゞきてみかどにゐさせ給にけり。てんけい九年四月十三日にぞゐさせ給ける。朱雀院は御子たちおはしまさゞり〔けり〕。たゞ王女御ときこえける御はらに、えもいはず、うつくしきをんなみこ一所ぞおはしましける。はゝにようごも御子みつにてうせ給にしかば、みかどわれひとゝころこゝろぐるしき物にやしなひたてまつり給ける。いかできさきにすへたてまつらんとおぼしけれど、れいなきことにて、くちおしくてぞすぐさせ給ける。昌子内しんわうとぞきこえさせける。かくていまのうへのおほんこゝろばへ、あらまほしくあるべきかぎりおはしましけり。だいごのせいていよにめでたくおはしましける〔に〕、又このみかど堯の子の堯ならぬやうに、おほかた〔の〕御心ばへ〔の〕ををしう、けだかくかしこう、おはしますものから、御ざえもかぎりなし。わかのかたにもいみじうしませ給へり。よろづになさけあり、ものゝはへおはしまし、そこらのにようご<・みやすどころ、まいりあつまり給へるを、ときあるもときなきも、おほんこゝろざしのほどこよなけれど、いさゝか
P1029
はぢがましげに、いとをしげにもてなしなどもせさせ給はず、なのめになさけ有て、めでたうおぼしめしわたして、なだらかにをきてさせ給へば、このにようご・みやすどころたちのおほんなかも、いとめやすくびんなきこときこえず、くせ<”しからずなどして、御子むまれ給へるは、さるかたにおも<しくもてなさせ給、さらぬはさべうおほんものわすれなどにて、つれ<”におぼしめさるゝ日などは、おまへにめしいでゝご・すぐろくうたせへんをつがせ、いしなどりをせさせて御らんじなどまでぞおはしましければ、みなかたみになさけをかはし、おかしうなんおはしあひける。かくみかどのおほん心のめでたければ、ふくかぜもえだをならさずなどあればにや、はるのはなもにほひのどけく、あきのもみぢもえだにとゞまり、いと心のどかなる御ありさまなり。たゞいまの太じやう大じんにては、もとつねのおとゞのみこ、四郎たゞひらのおとゞ、みかどのおほんをぢにて世をまつりごちておはす。そのおとゞのみこ五人ぞおはしける。太郎はいまのさ大じんにてさねよりときこえて、をのゝみやといふところにすみ給。二郎はう大じんにてもろすけのおとゞ、九でうといふところにすみ給。三郎の御ありさまおぼつかなし。四郎もろうぢときこえける、大なごんまでぞなり給ける。五郎師尹のさ大じんときこえて、こ一でうといふところにすみ給。さればたゞいまはこのおほきおとゞの御子どもやがていとやむごとなきとのばらにて〔おはす。この殿ばら皆各御子どもさま<”にて〕おはするなかに、九でうのもろすけのおとゞ、
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いとたはしくおはして、あまたのきたのかたの御はらに、おとこ十一人、をんな六人ぞおはしける。をのゝみやのさ大じんどのは、おのこぎみ三人ばかりぞおはしける。をんなぎみもおはしけり。一所はみやばらの具にておはす。さしつぎはにようごにておはしけり。つぎ<さま<”にておはす。小一でうの師尹のおとゞ、をのこゞ二人、をんなひとゝころぞおはしける。をのこ子一人ははかなうなり給にけり。かくてにようごたちあまたまいり給へる中に、九でうのもろすけのおとゞのひめぎみ、あるがなかに一のにようごにてさぶらひ給。又いまのみかどの御はらからの、重明のしきぶきやうのみやのおほんむすめ、にようごにておはす。又おなじ御はらからの代明のなかづかさのみや〔の〕御むすめ、麗景殿にようごとてさぶらひ給。又在衡のあぜち大なごんのむすめ、あぜちの御息所とてさぶらひ給。小一でうの師尹のおとゞの御むすめ、いみじううつくしくて宣耀殿のにようごときこえさす。又廣幡の中なごん庶明のおほんむすめ、廣幡のみやすどころとておはす。さてもこのおほんかた<”、みなみこむまれ給へるもあり。みこむまれ給はぬみやすどころたちもあまたさぶらひ給。まこともとかたみんぶきやうのむすめも、まいり給へり。としごろ東宮もかくふたゝびうせ給ぬるに、たうぐうかくゐさせ給はぬに、こゝらさぶらひ給おほんかた<”あやしう、こゝろもとなくみこむまれ給はざりけるほどに、九でうどのゝにようご、ただにもおはしまさで、めでたしとのゝしりしかど、をんなみこにていとほいなきほどに、たいらかにてだにおはしまさで、うせさせ給ぬるに、もとかたのみやすどころ、たゞなら
P1031
ぬことのよし申てまかで給ぬれば、もしをのこみこむまれ給へるものならば、又なうめでたかるべきことに、よの人申おもひたるに、一のみこむまれ給へるものかな。あなめでたいみじとのゝしりたり。うちよりも御はかしよりはじめで、れいのおほんさほうのごとくどもにて、もてなしきこえ給。もとかたの大なごんいみじとおぼしたり。東宮はまだよにおはしまさぬほどなり。なにのゆへにか、わがみことうぐうにゐあやまち給はんと、たのもしくおぼされけり。いみじうよの中にのゝしるほどに、九でうどのゝにようご、たゞにもおはしまさずといふこと、をのづから世にもりきこゆれど、もとかたの大なごん、いでさりともさきのこともありきなど、きゝおもひけり。おほいどのも九でうどのもいとうれしうおぼすほどに、うへは、世はともあれかうもあれ、一のみこのおはするを、うれしくたのもしきことに覚しめすことはりなり。かゝるほどに太じやう大じんどの、月ごろなやましくおぼしたりつるに、てんりやく三年八月十四日うせさせ給ぬ。この三十六年おとゞのくらゐにておはしましけるを、おほんとしことしぞ七十になり給にける。左右のおとゞたちも、いとまためでたくたのもしき御ありさまなり。みかどうとからぬ御なからひにてよろづかた<”のおほんことも、めでたくてすぎもていきて、にようごも御服にて出給ひぬ。宣耀殿のにようごもおなじくぶくにていで給ぬ。こゝろのどかにじひのおほんこゝろひろく、世をたもたせ給へれば、よの人いみじくおしみ申。のちの御謚貞信公と申けり。つぎ<”のおほんありさま、
P1032
あはれにめでたくてすぎもていく。世の中のことをさねよりのさ大じんつかうまつり給。九でうどの二の人にておはすれど、なを一くるしき二とぞ人におもひきこえさせためる。かゝるほどにとしもかへりぬれば、てんりやく四年五月廿四日に、九でうどのゝにようごおとこみこうみたてまつり給つ。うちよりはいつしか御はかしもてまいり、おほかた〔の〕おほんありさまこゝろことにめでたし。よのおぼえことにさはぎのゝしりたり。もとかたの大なごんかくときくに、むねふたがるこゝちして、ものをだにもくはずなりにけり。いといみじくあさましきことをもし、あやまちつべかめるかな、ものおもひつきぬむねをやみつゝ、やまひづきぬるこゝちして、おなじくはいまはいかでとくしなむとのみおもふぞけしからぬXなるや九でうどのには、おほんうぶやのほどのぎしきありさまなど、まねびやらんかたなし。おとゞのおほんこゝろのうち、おもひやるに、さばかりめでたきことありなむや。をのゝみやのおとゞも一のみこよりはこれはうれしくおぼさるべし。みかどのおほんこゝろの中にも、よろづおもひなくあひかなはせ給へるさまに、めでたうおぼされけり。はかなふ御いかなどもすぎもていきてむまれ給て、三月といふに七月廿三日に東宮にたゝせ給ぬ。九でうどのは、〔おほき〕おとゞのうせ給ひにしをかへす<”くちおしくおぼされて、えいみあへずしほたれ給ぬ。一のみこのはゝ、にようごのゆみづをだにまいらで、しづみてぞふし給へる。いみじくゆゝしきまでにぞきこゆる。はかなくてとし月
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もすぎて、このおほんかた<”われも<おとらじまけじとみなたゞならずおはして、みこたちいとあまたいできあつまり給ぬ。あぜちのみやすどころ、おとこ三のみや女三のみやうみたてまつり給つ。又この九でうどのゝにようご、おとこ四五のみやむまれ給ぬ。又宣耀殿にようご、おとこ六八のみやむまれ給へりけれど、六のみやははかなくなり給にけり。八のみやぞたいらかにておはしける。麗景殿のにようご、おとこ七のみや、をんな六のみやむまれ給にけり。しきぶきやうのみやのにようご、をんな四のみやぞうみたてまつり給へりける。廣幡みやすどころ、をんな五のみやむまれ給へり。あぜちのみやすどころ、おとこ九のみやむまれ給などして、又九でうどののにようごをんな七九十のみやなど、あまたさしつゞきむまれさせ給て、なをこの御ありさま、よにすぐれさせ給へり。かくいふほどにおほかたおとこみや九人、をんなみや十人ぞおはしける。このおほんなかにも、廣幡のみやすどころぞあやしう、こゝろごとにこゝろばせあるさまに、みかどおぼしめいたりける。内よりかくなん
@ あふさかもはてはゆきゝのせきもゐずたづねてとひこきなばかへさじ W001
といふうたをおなじやうにかゝせ給ておほんかた<”にたてまつらせ給ひける。この御返事をかたがたさま<”に申させ給ひけるに、廣幡のみやすどころは、たきものをぞまいらせ給たりける。さればこそなをこゝろことにみゆれとおぼしめしけり。いとさこそなくとも、いづれのおほんかたとかや、いみじくしたてゝまいり給へりけるはしも、なこそのせきもあらまほしく
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ぞおぼされける。おほんおぼえもひごろにおとりにけりとぞきこえはべりし。宣耀殿のにようごはいみじう、うつくしげにおはしましければ、みかどもわがわたくしものにぞいみじうおもひきこえ給へりける。御門箏の御ことをぞ、いみじうあそばしける。この宣耀殿のにようごにならはさせ給ければ、いとうつくしうひきとり給へりけるを、にようごの御はらからのなりときのせうしやう、つねにおほんまへにいでつゝ、さりげなうきゝけるほどに、いみじうよくひきとり給へりければ、うへいみじうけうぜさせ給てめしいだしつゝ、をしへさせ給てのち<は御遊のおり<は、まづめしいでゝいみじきじやうずにてぞものし給ける。このとのばらの御こゝろざまども、おなじ御はらからなれど、さま<”心ごゝろにぞおはしける。をのゝみやのおとゞは、哥をいみじくよませ給。すき<”しき物からおくぶかくわづらはしきおほんこゝろにぞおはしける。九でうのおとゞはおいらかにしるしらぬわかずこゝろびろくなどして、月ごろありてまいりたる人をも、たゞいまありつるやうにけにくゝももてなさせ給はずなどして、いとこゝろやすげにおぼしをきてためれば、おほとのゝ人々おほくはこの九でうどのにぞあつまりける。小一でうの師尹のおとゞは、しるしらぬほどのうとさ、むつまじさもおぼしおぼさぬほどのけぢめさやかになどして、くせ<”しうぞおぼしをきてたりける。そのほどさま<”おかしうなんありける。東宮やう<およずけさせ給けるまゝに、
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いみじううつくしうおはしますにつけても、九でうどのゝおほんおぼえいみじうめでたし。又四五のみやさへおはしますぞめでたきや。かゝるほどにてんとく二年七月廿七日にぞ、九でうどのにようごきさきにたゝせ給。ふぢはらの安子と申て、いまは中ぐうときこえさす。中宮大夫にはみかどの御はらからの高明のしんわうときこえさせし、いまは源氏にて例人になりておはするぞなり給にける。つぎ<”のみやづかさもこころことにえらびなさせ給。九でうどの御けしき世にあるかひありてめでたし。をのゝみやのおとゞにようごのおほんことをくちおしく覚したり。をのゝみやのおとゞの御太郎せうしやうにて敦敏とていとおぼえありておはせし一とせうせ給にしぞかし。そのおほんおもひにていみじくこひしのび給けるをあづまのかたより人かのせうしやうのきみにとてむまをたてまつりければ見給ておとどよみたまひける、
@ まだしらぬ人もありけりあづまぢにわれもゆきてぞすむべかりける W002。
このとの大かたうたをこのみ給ければ、いまのみかどこのかたにふかくおはしまして、おり<にはこのおとゞもろともにぞよみかはさせ給ける。むかし高野の女帝のみよ、天平勝寶五年には、左大臣橘卿諸兄諸卿大夫等あつまりて、まんようしうをえらばせ給。だいごのせんていの御時は、こきん廿くわんえりとゝのへさせ給て、よにめでたくせさせ給。たゞいまゝで廿よ年なり。いにしへのいまのふるきあたらしきうたえりとゝのへさせ給て、世にめでたう
P1036
せさせ給。このおほんときには、そのこきんにいらぬうたを、むかしのもいまのもせんぜさせ給て、のちにせんずとて、ごせんしうといふなをつけさせ給て、又廿くはんせんぜさせ給へるぞかし。それにもこのをのゝみやのおとゞのおほんうたおほくいりためり。たゞしこきんには、つらゆきじよいとおかしうつくりて、つかうまつれり。ごせんしうにもさやうにやとおぼしめしけれど、かれはそのときのつらゆき、このかたのじやうずにていにしへをひき、いまをおもひゆくすゑをかねておもしろくつくりたるに、いまはさやうのことにたへたる人なくて、くちおしくおぼしめしけり。このをのゝみやのおとどの二郎〔三郎〕、二所のこりておはしつるを、三郎右衛門督までなり給へりつるもうせ給にければ、いまは二郎よりたゞときこゆるのみぞおはすめる。まだおほんくらゐいとあさし。うへもんのぜうのわかうてかんだちべになり給へりしが、かくてやみ給にしかば、それにをぢてすが<しくもなしあげたてまつり給はで、うへもんのぜうのみこどもあまたおはしける中にも三郎をぞ、おほぢおとゞわがみこにし給て、さねすけとつけ給へりける。あつとしのせうしやうのきみも、おのこゞをんなご、あまたもたまへりけるを、此おほぢおとゞぞよろづに、はぐゝみ給ける。九でうどのゝきさきの御はらからの中のきみは、しげあきらのしきぶきやうのみやのきたのかたにてぞおはしける。をんなぎみ二人うみてかしづき給けり。かくてたうぐうよつにおはしましし年の三月に、もとかた大なごんなくなりにしかば、そのゝち一のみやもにようごも、うちつゞき
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うせ給にしぞかし。そのけにこそはあめれ、たうぐういとうたてきおほんものゝけにて、ともすれば、おほんこゝちあやまりしけり。いと<をしげにおはしますおり<ありけり。さるはおほんかたちうつくしうきよらにおはしますことかぎりなきに、たまにきずつきたらんやうにみえさせ給。たゞいみじきことには、御修法あまた壇にて、よとゝもによろづ〔に〕せさせ給へどしるしなし。いとなべてならぬおほんこゝろざま・かたちなり。おほんけはひ有さま、みこはつきなど、まだちいさくおはします人のおほんけはひともみえきこえずまが<しう〔ゆゆしう〕いとをしげにおはしましけり。これをみかどもきさきも、いみじきことにおぼしめしなげかせ給。やう<おほんげんぶくのほどもちかくならせ給へれば、おほんむすめおはするかんだちべみこたちは、いたうけしきばみまし給へど、かくおはしませば、たゞいまさやうのことおぼしめしかけさせ給はぬに、前朱雀院のをんなみこ、又なきものにおもひかしづききこえさせ給しを、さやうにおぼしめしためるは、きさきにすへたてまつらんの御ほいなるべし。さればそのみやまいらせ給べきにさだめありて、こと人<たゞいまはおぼしとゞまりにけり。しきぶきやうのみやのきたのかたは、うちわたりのさるべきおりふしのおかしきことみには、みやへかならずまいり給けるを、うへはつかに御らんじて、人しれずいかで<と覚しめして、きさきにせちにきこえさせ給ければ、こゝろぐるしうて、しらぬがほにて二三ど
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はたいめせさせたてまつらせ給けるを、うへはつかにあかずのみおぼしめして、つねになを<ときこえさせ給ければ、わざとむかへたてまつり給ひけれど、あまりはえものせさせ給はざりけるほどに、みかどさるべき女ばうをかよはせさせ給て、しのびてまぎれ給つゝ、まいり給。又つくもどころにさるべき御でうどどもまで、こゝろざしせさせ給けることを、をのづからたびたびになりてきさきのみやもりきかせ給て、いとものしき御けしきになりにければ、うへもつゝまじうおぼしめして、かのきたのかたもいとおそろしうおぼしめされて、そのこととゞまりにけり。かのみやのきたのかたは、おほんかたちもこゝろもおかしういまめかしうおはしける。いろめかしうさへおはしければ、かゝることはあるなるべし。みかど人しれずものおもひにおぼししみだる。かゝるほどにきさきのみやも、みかども四のみやをかぎりなきものにおもひきこえさせ給ければ、そのけしきしたがひてよろづのてんじやう人、かんだちべなびきつかうまつりて、もてはやしたてまつり給ほどに、やう<十二三ばかりにおはしませば、おほんげんぶくのことおぼしいそがせ給。おほんむすめもたまへるかんだちべは、いみじうけしきばみきこえ給に、みやの大夫ときこゆる人、源氏のさ大しやうえもいはずかしづき給。ひとりむすめをさやうにとほのめかしきこえ給ければ、みかどもみやもおほんけしきさやうに覚しければ、よろこびてよろづしとゝのへさせ給て、やがてそのよまいり給。れいのみやたちは、わがさとにおはしそむることこそつねのことなれ、これはにようご・
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更衣のやうに、やがてうちにおはしますに、まいらせたてまつり給べきさだめあれば、れいのにようご・更衣のまいりはさることなり。これはいとめづらかにさまかはり、いまめかしうて、おほんげんぶくのよやがてまいり給。みかど・きさきの御よめあつかひのほどいとおかしくなんみえさせ給けり。かゝるほどにしげあきらしきぶきやうのみや、ひごろいたくわづらひ給と〔いふ事〕きこゆれば、九でうどのいかに<とおぼしなげくほどにうせ給にければ、みかど人しれず、いまだにとうれしうおぼしめせど、みやにぞはゞかりきこえさせ給ける。おほんいみなどすぎさせ給て、この四のみやをぞ一ぽんしきぶきやうのみやときこえさすめる。かゝるほどに九でうどのなやましうおぼされて、御かぜなどいひて、おほんゆゝでなどして、くすりきこしめしてすぐさせ給ほどに、まめやかにくるしうせさせ給へば、みやもさとにいでさせ給ぬ。おとこぎみたちあまたおはすれど、まだはかばかしくおとなしきもさすがにおはせず、なかにおとなしきは、中じやうなどにておはするもあり。いかにおはすべきにかと、うちにもいみじうおぼしめしなげきたり。東宮のおほんうしろみも、四・五のみやの御ことも、たゞこのおとゞをたのもしきものにおぼしめしたるに、いかに<とおほやけよりも御修法などをこなはせ給。いとめでたき御さいはひによの人も申おもへり。てんとく四年五月二日しゆつけさせ給て、四日にうせさせ給ぬ。おほんとし五十三。たゞいまかくしもおはしますべきほどにもあらぬに、くちおしうこゝろうく、おしみ申さぬ人なし。世をしり
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給はんにも、いとめでたきおほんこゝろもちゐをと、かへす<”おぼしまどはせ給。みやおはしませばよろづかぎりなくめでたし。一てんがの人いづれかはみやになびきつかうまつらぬがあらん。かくてのちのおほんことゞも、あはれ<ときこえさするほどに、おほんはうじも六月十よ日にせさせ給。いまはとてうちにまいらせ給へとあれば、いとあつきほどすぐしてとおはします。う大じんには故時平のおとゞのみこあきたゞのおとゞなり給ぬ。この左のおとゞのこりて、かくおはする、いとめでたし。東宮のにようごも、みやのおほんものゝけのおそろしければ、さとがちにぞおはしましける。とし月もはかなくすぎもていきて、おかしくめでたき世の有さまどもかきつゞけまほしけれど、なにかはとてなむ。みやたちみなさま<”うつくしういづかたにもおはしますを、うへ左も右もとぞおぼしめさるゝが、うちにもなをみやのおほんかたのみこたちは、いとこゝろことにおぼしめす。九でうどのゝいそぎたるおほんありさま、かへす<”もくちおしういみじきことをぞ、みかどもきさきもおぼしめしたる。よの中なにごとにつけてもかはりゆくを、あはれなることにみかどもおぼしめして、なをいかでとうおりて、こゝろやすきふるまひにてもありにしがなどのみおぼしめしながら、さき<”もくらゐながらうせ給。みかどはのち<のおほんありさまいとところせきものにこそあれと、おなじくはいとめでたうこよなきことぞかしとまで覚しめしつゝぞ、すぐさせ給ける。しきぶきやうのみやも、いまは
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いとようおとなびさせ給ぬれば、さとにおはしまさまほしうおぼしめせど、みかどもきさきもふりがたきものにおぼしきこえさせ給ものから、あやしきことはみかどなどにはいかゞと、見たてまいらせ給ことぞいできにたる。されば五のみやをぞ、さやうにおはしますべきにやとぞ。まだそれはいとおさなうおはします。それにつけてもおとゞのおはせましかばと覚しめすことおほかるべし。麗景殿御方の七宮ぞおかしう、おほんこゝろをきてなどちいさながらおはしますを、はゝにようごの御こゝろばへをしはかられけり。あぜちのみやすどころことにおぼえなかりしかども、みやたちのあまたおはしますにぞかゝり給める。しきぶきやうのみやのにようご、みやさへおはしまさねば、まいり給こといとかたし。さるはいとあてになまめかしうおはするにようごをなど、つねにおもひいでさせ給おり<は、おほんふみぞたえざりける。かゝるほどに、きさきのみや、ひごろたゞにもおはしまさぬを、いかにとおぼしめさるゝに、あやしうなやましうのみ、つねよりもくるしうおぼさるれば、いかなることにかと、わがおほんこゝちにもおぼしめさるれば、七壇の御修法、長日御修法おほやけがた・みやがたとをこなはせ給。ふだんの御読経などをこなはせ給しるしありて、おほんこゝちさはやがせ給などすれば、いとうれしきことにおぼしめせば、又おなじことにくるしうせさせ給ひなどして、月日すぎもていくほどに、さとにいでさせ給を、なを<かくてと申させ給へど、
P1042
それもおそろしきことなりとていでさせ給て、いよ<おほんいのりひまなし。おほくのみやたちのおはしませば、うへいかにとのみしづ心なくおぼしまどふも、げにとのみみえさせ給。うちにはよろづにおほんこゝろをやりおかしきおほんあそびも、このおほんなやみによりおぼしたえていかさまにと覚したれば、をのゝみやおとゞいとおそろしう、なをおほんこゝろをやりておはしましならひて、いたくしづませ給へるを、こゝろぐるしきおほんことなりとて、又おほんいのりなどよろづにつかうまつらせ給。このみやかくておはしませばこそ、よろづととのほりて、かたへのおほんかた<”も、こゝろのどかにもてなされておはすれ。もしともかくもおはしまさば、いかに<みぐるしきことおほからんと人々もいひおもひ、おほんかた<もいみじくおぼしなげくべし。かゝるほどにおほんなやみなをおどろ<しうなりまさらせ給へば、うちにもとにもこのおほんことをおぼしなげくに、うちより御つかひひまもなし。しきぶきやうのみやこのおりさへやとて、やがていでさせ給ひにしかば、うへさま<”にさう<”しく、おぼつかなきことゞもおほくおぼしめす。女宮たちは、なをしばしとてとゞめたてまつらせ給へり。五のみやをも、おほんものゝけおそろしとて、とゞめたてまつらせ給つ。かへす<”いかなるべきおほんこゝちにかとおぼしめさる。みやたちをばさう<”しくおぼしめさるらんにとて、おほんこゝろのいとまなけれど、うへわたらせ給ひて、よろづにこゝろしらひきこえさせ給も、かつはいかゞ
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とおぼしつゞけても、おほんなみだこぼれさせ給へば、よくしのばせ給へど、おほんこゝろさはぎせさせ給。たゞにもあらぬにかくおはしますことを、よろづよりもあやうく大じにおぼしめさるゝに、おほんこゝちひさしうなれば、いとよはくならせ給て、ともすればきえいりぬばかりにおはしますおほんありさまを、うちにはむつまじきにようばうたち、かはり<”にまいりてみたてまつりつつ奏すれば、さま<”みゝかしがましきまでのおほんいのりどもしるしみえず、いといみじきことに覚しまどふ。おほんものゝけどもいとかずおほかるにも、かのもとかた大なごんの霊いみじくおどろ<しく、いみじきけはひにてあへてあらせたてまつるべきけしきなし。東宮をもいみじげに申おもへり。東宮もいかに<とおぼつかなさをおもひやりきこえさせ給。うちよりのおほんつかひ、よるひるわかずしきりてまいりつゞきたり。御はらからのとのばら・きみたちこゝろをまどはし給。かゝるほどにおほかたのおほんこゝちよりも、れいの御ことのけはひさへそひてくるしがらせ給へば、いとゞおほんしつらひし、おほんずきやうなど、そこらのそうのこゑさしあひたるほどに、いみじう、みやはいきだにせさせ給はず、なきやうにておはします。そこらのうちとぬかをつき、をしこりてどよみたるに、みこかい<となき給。あなうれしとおもひて、のちのおほんことゞもをおもひさはぐほどぞいみじき。やとのゝしるほどに、やがてきえいらせ給ひにけり。かくいふことは應和四年四月廿九日、いへばおろかなりや。おもひやるべし。うち
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のみやたちもよべぞいでさせ給へる。このたびのみや、をんなにぞおはしましける。みやたちまだおさなくおはしませば、なにとも覚したるまじけれど、おほかたのひゞきにいみじうなかせ給。しきぶきやうのみやは、ふしまろびなきまどはせ給もことはりに、いみじう内にもきこしめして、すべてなにごともおぼえさせ給はず、御こゑをだにおしませ給はず、ゆゆしきまでみえさせ給おほんありさまなり。東宮もおほんものゝけのこのみやにまいりたれば、れいのおほんこゝちにおはしませば、いといみじうかなしきことにまどはせ給もあはれに、みたてまつる人みななみだとゞめがたし。あはれなりともをろかなり。さてやはとて、いまみやは侍従の命婦かねてもしかおぼしゝことなれば、やがてつかうまつる。あはれ、れいのやうにたいらかにおはしまさましかば、このたびはこゝろことにいかにめでたからましといひつゞけて、とのばら・にようばうたちなきどよみたる、ことはりにいみじきおほんことなりかし。かくてのみやはおはしまさんとて、二日ありてとかくしたてまつらんと覚しをきてたるにも、ぎしきありさま、あはれにかなしういみじきことかぎりなし。うち<にたてまつりつる。いとげのおほんくるまにぞたてまつる。よの中のさるべきてんじやう人・かんだちべなど、まいりをくりたてまつる、のこりすくなくみえたり。よろづよりも、しきぶきやうのみやのおほんくるまのしりにあゆませ給こそ、いといみじうかなしけれ。たてまつり給へりけるものゝさまなどのいみじさよ。香のこし・火のこしなどみなあるわざなりけり。すべておほんとものおとこをんな、いとうるはしき
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さうぞくどものうへに、えもいはぬものどもをぞきたる。おほかたのぎしきありさま、いはんかたなくおどろおどろしう、うちにも東宮にもみなおほんぶくあるべければ、諒闇だちたれど、これはてんじやう人などもうすにびをぞきたる。なつのよもはかなくてあけぬれば、この御はらからのきみたち、そうもぞくもみなうちむれて、こはたへまうで給ほどなど、たれもをそくときといふばかりこそあれ、いときのふけふとはおもはざりつることぞかしと、うちにおぼしめしたるおほんけしきにつけても、なをめでたかりける九でうどのゝおほんゆかりかなとみえさせ給。をしかへしみかどのおはしますに、さきだちたてまつらせ給ぬるも、又いとめでたしやと申すたぐひもおほかりや。五のみやはいつゝむつにおはしませば、御服だになきを、あはれなるおほんありさま、よのつねのことにかはらずすぎもていくなかにも、よろづおどろ<しくこちたきさまはいとことなり。さてはうちはやがて御さうじにて、このほどはすべておほんたはぶれに、にようご・みやすどころ〔の〕御とのゐたえたり。いとさまことに孝じきこえさせ給。かくて御はうじ六月十七日のほどにぞせさせ給へりける。五月のさみだれにも哀にてしほどけくらし、たごのたもとにおとらぬ有さまにて、御はうじ〔に〕すべてつかさ<の人みなゐたち、さるべきおほやけがたざまにしをきてさせ給。かくて御はうじすぎぬれば、そうどもまかでぬ。みやのうちあらぬものにひきかへたり。されどみやたちおはしませば、さるべきてんじやう人・かんだちべたえず、この
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とのばらもさぶらひ給へば、いみじくあはれにかなしくなん。ものゝこゝろしらせ給へるみやたちは、おほんぞのいろなども、いとこまやかなるもあはれなり。おほんめのとのじゞう命婦をはじめとして、小貳命婦・佐命婦など、二三人あつまりてつかうまつる。これはもとのみやのにようばう、みなうちかけたるなりけり。かくいみじうあはれなることを、うちにもまごゝろになげきすぐさせ給ほどに、おとこのおほんこゝろこそなをうきものはあれ、六月つごもりにみかどの覚しめしけるやう、しきぶきやうのみやのきたのかたはひとりおはすらんかしとおぼしいでゝ、御文物せさせ給に、きさきのみやのおほんをとゝの御かた<”、おとこぎみたち、たゞおやとも君ともみやをこそたのみ申つるに、ひをうちけちたるやうなるを、あはれにおぼしまどふ。かくてみやたちうちにまいらせ給に、いまみやもしのびておはしますをあはれにかなしとみたてまつらせ給。いみじうおかしげにめでたうおはします。御いかはさとにてぞきこしめす。おほんぞのいろども、ひたみちにすみぞめなり。みやのきたのかたは、めづらしき御ふみをうれしうおぼしながら、なき御かげにもおぼしめさんこと、おそろしうつゝましうおぼさるるに、そのゝち御ふみしきりにてまいり給へ<とあれど、いかでかはおもひのまゝにはいでたち給はん。いかになど覚しみだるゝほどに、おほんはらからのきみたちに、うへしのびて此ことをの給はせて、それまいらせよとおほせられければ、かゝることのありけるを、みやのけしきにもいださで、としごろおはしましける
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ことゝおぼす。なにゝつけても、いとかなしうおもひいできこえ給。さてかしこまりてまかで給て、はやうまいり給へなどきこえ給へば、あべいことにもあらずおぼしたれば、いまはじめたるおほんことにもあらざなるを、などはづかしげにきこえ給て、このきみたちおなじこころにそゝのかし、さるべきおほんさまにきこえ給。うちよりはくらづかさにおほせられて、さるべきさまのこまかなることゞもあるべし。さばとていでたちまいり給を、おほんはらからのきみたち、さすがにいかにぞやうちおもひ給へるおほんけしきどもゝ、すゞろはしくおぼさるべし。さてまいり給へり登花殿にて御つぼねしたる。それよりとして、御とのゐしきりて、ことおほんかた<”あへてたちいで給はず。こみやのにようばう・みやたちのおほんめのとなど、やすからぬことにおもへり。かゝることのいつしかとあること。たゞいまかくはおはしますべきことかはなど、ことしものろひなどし給ひつらんやうにきこえなすも、いと<かたはらいたし。おほんかたがたには、みやのおほんこゝろのあはれなりしことを、こひしのびきこえ給に、かゝることさへあれば、いとこゝろづきなきことにすげなくそしりそねみ、やすからぬことにきこえ給。まいり給てのち、すべてよるひるふしおきむつれさせ給て、よのまつりごとをしらせ給はぬさまなれば、たゞいまのそしりぐさにはこのおほんことぞありける。わたりなかりしおり、あやにくなりしにやとおぼされつるおほんこゝろざし、いましもいとゞまさりて、いみじうおもひきこえさせ給てのあまり
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には、人のこなどうみ給はざらましかば、きさきにもすゑてましとおぼしめしの給はせて、ないしのかみになさせ給つ。御はらからのきんだちも、しばしこそこゝろづきなしとおぼしの給はせしが、おほんこゝろざしのまことにめでたければ、たけからぬ御ひとすぢをおぼすべし。をのゝみやのおとどなどは、あはれ、よのためしにしたてまつりつるきみのおほんこゝろの、よのすゑによしなきことのいできて、人のそしられのおひ給ことゝ、なげかしげにまし給。おほんかた<”たまさかにぞおほんとのゐもある。登花殿のきみまいり給ては、つとめての御あさい・ひるねなど、あさましきまでよもしらせ給はず御とのごもれば、なにごとのいかなれば、かくよるは、おほんとのごもらぬにかと、けしからぬことをぞ、ちかうつかうまつるおとこをんな申おもひためる。かゝるほどに、あぜちのみやすどころのおほんはらの女三のみや、ことをなんおかしくひき給ときこしめして、みかどいかでそのみやのこときかん。まいらせ給へと、みやすどころにたび<の給はせければ、はゝみやすどころいとうれしく覚して、したてゝまいらせ給へり。うへ、ひるまのつれ<”におぼされけるにわたらせ給て。いづら、みやはときこえ給へば。こなたにときこえ給。こなたにときこえ給へれば、ゐざりいで給へり。十二三ばかりにて、いとうつくしげにけだかきさまし給へり。けぢかきおほんけはひぞあらせまほしき。みかど、いづれもみこのかなしさはわきがたうおぼしめされて、うつくしうみたてまいらせ給に、はゝみやすどころにおぼえ給へりと御らんず
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べし。みやすどころもきよげにおはすれど、ものおい<しく、いかにぞやおはして、すこしこたいなるけはひありさまして、みまほしきけはひやし給はざらん。ひめみやは、まだいとわかくおはすれば、あてやかにおかしくおはするに、おほんことをいとおかしうひき給へば、きゝ給や。これはいかにひき給ぞとの給はすれば、はゝみやすどころ、三尺の木丁をおほん身にそへ給へるを、き丁ながらゐざりより給ほど、なまごゝろづきなく御らんぜらるゝに、ものとなにとみちをまかればきやうをぞ一まき見つけたるを、とりひろげて、こゑをあげてよむものは、仏説のなかの摩訶のはんにやのしんぎやうなりけりとひき給にこそとの給に、せんかたなくあやしうおぼされて、ともかくもの給はせぬほど、いとはづかしげなり。そのおりにあさましうおぼされたりけるおほんけしきの、世がたりになりたるなるべし。かやうなることもさしまじりけり。きさいのみやおはしましゝおり、九のみやなどのおほんたいめんありしなどこそ、いみじうめでたかりしがなど、うへのにようばうたちは、よるひるみやをこひしのびきこえさするさまをおろかならず。おほかたのおほんこゝろざまひろう、まことのおほやけとおはしまし、かたへのおほんかた<”にもいとなさけあり、おとな<しうおはしましゝをぞ、おほんかた<”もこひきこえ給。尚侍のおほんありさまこそ、なをめでたういみじきおほんことなれど、たゞいまあはれなることは、ないしのかみのおほんはらからのたかみつせうしやうときこえつるは、わらは名はまちをさぎみと
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きこえしは、九でうどのゝいみじうおもひきこえ給へりしきみ、中ぐうのおほんことなどもあはれにおぼされて、月のくまもなうすみのぼりて、めでたきを見給ひて、
@ かくばかりへがたく見ゆるよの中にうらやましくもすめる月かな W003。
とよみ給て、そのあかつきにいで給て、ほうしになり給にけり。みかどもいみじうあはれがらせ給。よの人もいみじくおしみきこえさす。多武岑といふところにこもりて、いみじくをこなひておはしけるに、みつ〔よつ〕ばかりのをんなぎみのいと<うつくしきぞおはしける。それぞなを覚しすてざりける。たふのみねまでこひしさはつゞきのぼりければ、はゝぎみの御もとに、それによりてぞをとづれきこえ給ける。かのちごぎみも、びやうぶのゑのおとこをみては、てゝとてぞこひきこえ給ける。これは物がたりにつくりて、よにあるやうにぞきこゆめる。あはれなることに、このことをぞよにはいふ。はかなくとし月もすぎて、みかど世しろしめしてのち、廿年になりぬればおりなばや。しばしこゝろにまかせても、ありにしがなとおぼしの給はすれど、ときのかんだちべたち、さらにゆるしきこえさせ給はざりけり。康保三年八月十五夜、月のえんせさせ給はんとて、せいりやうでんのおほんまへに、みなかたわかちて、せんざいうへさせたまふ。左の頭には、繪所別當蔵人のせうしやう済時とあるは小一でうのもろたゞのおとゞのみこ、いまの宣耀殿のにようごの御せうとなり。右の頭には、つくもどころの別當うこんのせうしやうためみつ、これは九でうどのゝ九郎君
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なり。おとらじまけじといどみかはして、繪所のかたにはすはまをゑにかきて、くさ<”の花おひたるにまさりてかきたり。やりみづ・いはほみなかきて、しろがねをませのかたにして、よろづのむしどもをすませ、大井にせうようしたるかたをかきて、うぶねにひともしたるかたをかきて、むしのかたはらに〔うたはかきたり〕つくもどころのかたに、おもしろきすはまをゑりて、しほみちたるかたをつくりて、いろ<のつくりばなをうへ、まつたけなどをゑりつけて、いとおもしろし。かゝれども、うたはをみなへしにぞつけたる左方、
@ きみがためはなうへそむとつげねどもちよまつむしのねにぞなきぬる W004
右方
@ こゝろしてことしはにほへをみなへしさかぬはなぞと人はみるとも W005。
御遊ありて、かんだちべおほくまいり給て、御ろく様<”なり。これにつけても、みやのおはしましゝおりに、いみじくことのはへありておかしかりしはやと、うへよりはじめたてまつりて、かんだちべたちこひきこえ、めのごひ給。はなてふにつけても、いまはたゞおりなばやとのみぞおぼされける。とき<”につけてかはりゆくほどに、月日もすぎて康保四年になりぬ。月ごろうちにれいならずなやましげにおぼしめして、おほんものわすれなどしげし。いかにとのみおそろしうおぼしめす。御讀経御修法などあまた壇をこなはせ給。かゝれどさらにしるしもなし。れいのもとかたの霊などもまいりて、いみじくのゝしるに、
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なをよのつきぬればこそ、かやうのこともあらめと、こゝろぼそくおぼしめさる。かねてはおりさせ給はまほしくおぼされしかど、いまになりては、さばれ、おなじくは位ながらこそとおぼさるべし。おほんこゝちいとをもければ、をのゝみやのおとゞしのびて奏し給。〔もし〕非常のこともおはしまさば、東宮にはたれをかとおほんけしき給はり給へば、しきぶきやうのみやをとこそおもひしかど、いまにをきてはえゐ給はじ。五のみやをなんしかおもふとおほせらるれば、うけたまはり給ぬ。御惱まことにいみじければ、みやたち・おほんかた<”みななみだをながし給もおろかなり。そのなかにもないしのかみ、あはれに、人わらはれにやと覚しなげくさま、ことはりにいとおしげなり。されどつゐに五月廿五日〔に〕うせ給ぬ。東宮くらゐにつかせ給。あはれにかなしきこと、たとへんかたなし。めでたうてりかゝやきたる月日のおもてに、むらくものにはかにいできて、おほひたるにこそにたれ。又こゝのへのうちのともしびを、かいけちたるやうにもあり。あさましういみじともよのつねなり。こゝらのてんじやう人・かんだちべたちあしてをまどはかしたり。わがきみの御やうなるきみには、いまはあひたてまつりなむや。われもをくれたてまつらじ<と、あしずりをしつゝぞなき給。たうぐうのおほんことまだともかくもなきに、よの人みなこゝろ<”におもひさだめたるもおかし。おとゞはみなしりておはすめるものをと。よろづ御のちのことゞもいといみじ。御さうそうのよは、つかさめしありて百くはんをゝしかへして、この
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みちかのみちとあかちあてさせ給に、つねのつかさめしはよろこびこそありしが、これはみななみだをながすも、げにゆゝしくかなしうなんみえける。いづれのてんじやう人・かんだちべかはのこらんとする、かずをつくしてつかうまつり給。てんじやうには人ただすこしぞとまれる。むらかみといふところにぞおはしまさせける。そのほどのありさまいはんかたなし。なつよもはかなくあけぬれば、みなかへりまいりぬ。いみじげれどもおりゐのみかどのおほんことは、ただ人のやうにこそありけれ。これはいと<めづらかなる見ものにぞ、世人申おもひける。そのゝちつぎ<の御ことゞも、いみじうめでたき御ことゝ申せども、おなじやうにて月日もすぎぬ。みや<おほんかた<”のすみぞめどもあはれにかなし。おなじ諒闇なれど、これはいと<おどろ<しければ、たゞ一てんがの人からすのやうなり。よもやまのしゐしばのこらじと見ゆるも、あはれになん。ことゞも〔も〕みなはてゝ、すこしこゝろのどかになりても、たうぐうのおほんこと有べかめる。しきぶきやうみやわたりには人しれずおとゞの御けしきをまちおぼせど、あへてをとなければ、いかなればにかとおほんむねつぶるべし。源氏のおとゞ、もしさもあらずば、あさましうもくちおしうもあべきかなと、ものおもひにおぼされけり。かゝるほどに、九月一日東宮たち給。五のみやぞたゝせ給ふ。おほんとし九にぞおはしける。みかどのおほんとし十八にぞおはしましける。このみかどたゝせ給おなじ日、にようごもきさきにたゝせ給て中ぐうと申。昌子内親王と
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ぞ申つるかし。朱雀院の御こゝろをきてを、ほいかなはせ給へるもいとめでたし。中宮のだいぶには、さいしやうともなりなり給ぬ。東宮大夫には、中なごん師氏、傅には小一でうのおとゞなり給ぬ。みな九でうどのゝおほんはらからのとのばらにおはすかし。たゞし九でうどのゝ君だちは、まだおほんくらゐどもあさければ、えなり給はぬなるべし。みかどれいのおほんこゝちにおはしますおりは、せんていにいとようにたてまつらせ給へる。おほんかたちこれはいますこしまさらせ給へり。あたらみかどのおほんものゝけ、いみじくおはしますのみぞ、よにこゝろうきことなる。ことしは御禊・大嘗會なくてすぎぬ。かゝるほどに、おなじとしの十二月十三日をのゝみやのおとゞ、太じやう大じんになり給ぬ。源氏の右のおとゞ左になり給ぬ。う大じんには小一でうのおとゞなり給ぬ。源氏のおとゞくらゐはまさり給へれど、あさましくおもひのほかなる世の中をぞ、こゝろうきものにおぼしめさるゝ〔。かかる〕ほどにとしもかへりぬ。ことしはねんがうかはりて、安和元年といふ。正月のつかさめしに、さま<”のよろこびどもありて、九でうどのゝ御太郎伊尹のきみ、大なごんになり給て、いとはなやかなるかんだちべにぞおはする。女君たちあまたおはす。おほひめぎみうちにまいらせ給はんとて、いそがせ給といふことあり。二月にとぞおぼしこゝろざしける。これをきこしめして、中ぐうもさとにしばしいでさせ給。うへのおほんものゝけのおそろしければ、このみやもさとがちにぞおはしましける。二月ついたちににようごまいり給。そのほどのありさまをしはかる
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べし。みかどいとかひありてときめかせ給ほどに、いつしかとたゞにもあらぬおほんけしきにてものし給ぞ、いとゝゆゆしく、ちゝ大なごんむねつぶれておぼされける。おほんいのりをつくし給。みかどもいとうれしきことにおぼしめしたり。みつきになりぬれば、ことのよしそうしていでさせ給ほど、いみじくめでたし。これにつけてもなを九でうどのをぞ、ありがたきおほんさまにきこえさすめる。さてさとにいで給へるほども、うちよりおぼつかなさをおぼしきこえさせ給。中ぐううちにいらせ給へり。中ぐうのおほんかたのありさま、むかしもいまもなをいとおくぶかく、こゝろことにやむごとなくめでたし。こぞはよの中の人すみぞめにてくれにしかば、こぞ御禊・大嘗會などのゝしるめれ。さま<”にめでたきこと、おかしきこと、あはれにかなしきことおほかめり。伊尹大なごん一でうにすみ給へば、一でうどのとぞきこゆる。そのにようご、よの中の大じいそぎどもはてゝ、すこしのどかになりて、みこうみたてまつり給へり。おとこみこにおはすれば、よにめでたきことにおもへり。御うぶやのほどのありさまいへばをろかなり。おほきおとゞをはじめたてまつりてみなまいりこみさはぎたり。七日のよは、くはんがくゐんの衆どもみなまいり、しきぶみんぶのつかさみなまいりこみたり。一てんかをしろしめすべききみのいで給へると、よろこびおがみたてまつる。おほぢの大なごんのおほんけしきいみじうめでたし。九でうどの、このごろ六十にすこしやあまらせたまはましとおぼすにも、おはしまさ
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ぬをかうやうのことにつけても、くちおしくおぼさるべし。七日もすぎ、つぎ<の御いかのおほんありさまいはんかたなし。源氏のおとゞは、しきぶきやうのみやの御ことを、いとゞへだておほかるこゝちせさせ給べし。みやの御おぼえのよになうめでたくめづらかにおはしましゝも、よの中のものがたりに申おもひたるに、さしもおはしまさゞりしことは、みなかくおはしますめり。みかどゝ申ものは、やすげにて、又かたきことにみゆるわざになんありける。しきぶきやうのみやのわらはにおはしましゝおりのみこ日の日、みかど・きさきもろともにゐたゝせ給て、いだし〔たて〕たてまつらせ給しほど、おほんむまをさへめしいでゝ、御まへにて御よそひをかせなどして、たかいぬかひまでのありさまを御らんじいれて、こき殿のはざまよりいでさせ給し。御ともにさこん中じやうしげみつ朝臣・蔵人頭うこん中じやう延光朝臣・しきぶ大輔保光朝臣・中ぐうごん大ぶかねみちあそん・ひやうぶの大輔兼いゑあそんなど、いとおほくおはしきや。その君たち、あるはきさきの御せうとたち、おなじき君たちときこゆれど、えんぎのみこなかづかさのみやのおほんこぞかし。いまはみなおとなになりておはするとのばらぞかし。おかしき御かりさうぞくどもにて、さもおかしかりしかな。ふなをかにてみだれたはぶれ給しこそ、いみじき見ものなりしが、きさいのみやのにようばう、くるまみつよつにのりこぼれて、をほうみのすりもうちいだしたるに、ふなをかのまつのみどりもいろこく、ゆくすゑはるかにめでたかりしことぞやと、かたりつづくるをきくも、いまはおかしうぞ。四のみやみかどがねと
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申おもひしかど、いづらは源氏のおとゞのおほんむこになり給しに、ことたがふとみえしものをやなど、よにある人、あいなきことをぞ、〔くるしげにいひおもふものなめる。みかど〕御ものゝけいとおどろ<しうおはしませば、さるべきてんじやう人・とのばら、たゆまずよるひるさぶらひ給。いとけおそろしくおはしますに、けふおりさせ給。あすおりさせ給とのみ、きゝにくゝ申おもへるに、みかどゝ申ものは、一たびはのどかに、一たびはとくおりさせ給といふことも、かならずあるべきことに申おもへるに、ことしは安和二年とぞいふめるに、くらゐにて三とせにこそはならせ給ぬれば、いかなるべき御ありさまにかとのみみえさせ給へり。かゝるほどに、よの中にいとけしからぬことをぞいひいでたるや。それは、源氏の左のおとゞの、しきぶきやうのみやの御ことを覚して、みかどをかたぶけたてまつらんとおぼしかまふといふこといできて、よにいときゝにくゝのゝしる。いでや、よにさるけしからぬことあらじなど、よ人申おもふほどに、ぶつじんの御ゆるしにや、げに御こゝろの中にもあるまじき御こゝろやありけん、三月廿六日にこのさだいじんどのにけびいしうちかこみて、宣命よみのゝしりて、みかどをかたぶけたてまつらむとかまふるつみによりて、ださいごんのそつになしてながしつかはすといふことをよみのゝしる。いまは御くらゐもなきぢやうなればとて、あじろぐるまにのせたてまつりて、たゞいきにゐてたてまつれば、しきぶきやうのみやの御こゝち、おほかたならんにてだにいみじとおぼさ
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るべきに、まいてわが御ことによりて、いできたることゝおぼすに、せんかたなくおぼされて、われも<といでたちさはがせ給。きたのかたの御むすめ・おとこ君達、いへばをろかなるとのゝうちのありさまなり。おもひやるべし。むかしすがはらのおとゞのながされ給へるをこそ、よのものがたりにきこしめししが、これはあさましういみじきめをみて、あきれまどひて、みなゝきさはぎ給もかなし。おとこ君だちのかぶりなどし給へるも、をくれじ<とまどひ給へるも、あへてよせつけたてまつらず。たゞあるがなかのおとゝにて、わらはなるきみのとのゝ御ふところはなれ給はぬぞ、なきのゝしりてまどひ給へば、ことのよしそうして、さばれ、それはとゆるさせ給を、おなじ御くるまにてだにあらず、むまにてぞおはする。十一二ばかりにぞおはしける。たゞいまよのなかにかなしくいみじきためしなる。人のなくなり給、れいのことなり。これはいとゆゝしうこゝろうし。だいごのみかど、いみじうさかしうかしこくおはしまして、ひじりのみかどゞ〔と〕さへ申しみかどの一のみこ源氏になり給へるぞかし。かゝる御ありさまはよにあさましくかなしうこゝろうきことに、よに申のゝしる。しきぶきやうのみや、ほうしにやなりなましとおぼせど、おさなきみやたちのうつくしうておはします、おほきたのかたのよをいみじきものにおほいたるも、たゞいまはみやひとゝころの御かげにかくれ給へれば、えふりすてさせ給はず。いみじうあはれに、かなしともよのつねなり。すませ給みやのうちも、よろづにおぼしむもれ
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たれば、おまへのいけ・やり水も、みぐさゐむせびて、こゝろもゆかぬさまなり。さま<”にさばかりうへあつめ、つくろはせ給しせんざいうへきどもゝ、こゝろにまかせておひあがり、にはもあさぢがはらになりて、あはれにこゝろぼそし。みやはあはれにいみじとおぼしめしながら、くれやみにてすぐさせ給にも、むかしの御ありさまこひしうかなしうて、御なをしのそでもしぼりあへさせ給はず、いきながら身をかへさせ給へるぞ、あはれにかたじけなき。源氏のおとゞのあるがなかのおとゞのをんなぎみの、いつゝむつばかりにおはするは、おとゞの御はらからの十五のみやの、御むすめもおはせざりければ、むかへとりたてまつり給てひめみやにてかしづきたてまつり給て、やしなひたてまつり給。それにつけても、いとあはれなるものはよなりけり。そちどのはほうしになり給へるとぞきこゆめる。はかなく月日もすぎて、ことかぎりあるにや、みかどおりさせ給とてのゝしる。安和二年八月十三日なり。みかどおりさせ給ぬれば、東宮くらゐにつかせ給ぬ。御年十一なり。東宮におりゐのみかどの御このちごみやゐさせたまひぬ。師貞親王なり。伊尹の大なごんの御さいはひ、いみじくおはします。おりゐのみかどは、れいぜんゐんにぞおはします。さればれいぜんゐんときこえさす。たうぐうの御としふたつなり。おほきおとゞせつしやうのせんじかうぶり給ぬ。師尹のおとゞはさ大じんにておはす。御禊・だいじやうゑなどゝいとちかうなれば、よの人さはぎたちたり。かゝるほどに、小一でうのさ大じんひごろなやみ
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給ける、十月十五日御年五十にてうせ〔させ〕給ぬとのゝしる。宣耀殿女御、おとこきんだちよりはじめて、よろづにおぼしまどふ。いまのせつしやうどのゝ御はらからなれば、御ぶくにならせ給へば、大じやうゑのおりのこと、いとくちをしうおぼせどなどてか。御おとうとなれば、一月の御ぶくこそあらめなど、さだめさせ給も、あはれなるよの中なり。れいのありさま〔の事〕どもありて、はかなくとしもくれぬれば、いまのうへ、わらはにおはしませば、つごもりのついなに、てんじやう人ふりつゞみなどしてまいらせたれば、うへふりけうぜさせ給もおかし。ついたちになりぬれば、天禄元年といふ。めづらしきおほんありさまにそへて、そらのけしきもいとこゝろことなり。小一でうのおとゞのかはりのおとゞには、在衡のおとゞなり給へるを、はかなくなやみ給て、正月廿七日うせ給ぬ。おほんとし七十八。としのはじめに、いとあやしきことなり。さるべきとのばら、御つゝしみあり。う大じんにて伊尹のおとゞおはす。せつしやうどのもあやしうかぜおこりがちにておはしまして、うちにもたはやすくまいり給はず。いかなるにかとおぼしめす。をのゝみやのおとゞ非常のこともおはしまさば、この一でうのおとゞ世はしらせ給べしとて、さるべき人々しのびてまいる。このおほきおとゞの二郎は、たゞいまのさ大しやうにてよりたゞとておはす。せつしやうどのゝ御なやみいとおもくおはしまして、まめやかにくるしうなりもておはしまし、御としなどもおとろへ給へれば、人いかにとぞ申おもへる。御はらからのとのばらはうせもて
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おはしにたるに、かくひさしくよをたもたせ給へるもいとおそろし。よろづ御こゝろのまゝにつゝしませ給。よこぞりてさはげども、人の御いのちはすぢなき事なりければ、五月十八日にうせ給ぬ。のちの御いみな清慎公ときこゆ。さだいしやうよりたゞによをもゆづりきこえ給はで、ありのままにてうせさせ給ぬる御こゝろざまいとありがたし。御とし七十一にぞならせ給ける。あはれにかなしきよのありさまなり。七月十四日もろうぢの大なごんうせ給ぬ。貞信公のみこおとこぎみ四ところおはしける、みなうせ給ぬ。御とし五十五にておはしましける。かゝるほどに五月廿日一でうのおとゞせつしやうのせんじかうぶり給て、一てんがわが御こゝろにおはします。東宮の御おほちみかどの御おぢにて、いと<あるべきかぎりの御おぼえにてすぐさせ給。この御ありさまにつけても、九でうどのゝ御ありさまのみぞなをいとめでたかりける。さ大じんに源氏の兼明ときこゆる、なり給ぬ。これにだいごのみかどの御子におはして、姓えてたゝ人にておはしつるなりけり。御てをえもいはずかき給。道風などいひけるてをこそは、よにめでたきものにいふめれど、これはいとなまめかしうおかしげにかゝせ給へり。右大臣には、をのゝみやのおとゞのみこよりたゞなり給ぬ。かくいふほどに、天禄二年になりにけり。みかど御とし十三にならせ給にければ、おほんげんぶくのことありけり。九でうどのゝ御次郎ぎみとあるは、いまのせつしやうどのゝ御さしつぎなり。かねみちときこゆる。このごろくないきやうときこゆ。その
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御ひめぎみ参らせたてまつり給。せつしやうどのゝひめぎみたちは、まだいとおさなくおはすれば、えまいらせ給はず。いとこゝろもとなくくちおしくおぼさるべし。くないきやうはほりかはなるいゑをいみじくつくりてぞすませ給ける。にようごいとおかしげにおはしければ、うへいとわかき御こゝろなれど、おもひきこえさせ給へる。うちには、ひとつ御はらの女九のみや、せんていいみじうおもひきこえ給へるを、このいまのうへもいみじうおもひかはしきこえさせ給て、一ぽんになしたてまつり給へり。うちのいとさう<”しきにおかしくておはします。女十のみや、この御ときに斎院にゐさせ給にけり。九でうどのゝ御三郎かねいゑの中なごんときこゆる、いみじうかしづきたてゝ、ひめぎみ二ところおはす。たゞいまの東宮はちごにおはします、うちにはほりかはのにようごさぶらひ給、きほひたるやうなりとて、れいぜんゐんにこのひめぎみをまいらせたてまつり給。をしたがへたることによの人申おもへり。せつしやうどのゝにようごときこゆるは、東宮の御はゝにようごにおはす。その御ひとつはらに、をんなみやふたところむまれ給にけり。されど女一のみやはほどなくうせさせ給て、女二のみやぞおはしましける。それはゐんのくらゐにおはしましゝおりならねど、のちにむまれ給へる、いみじううつくしげにひかるやうにておはしましけり。たうぐうかくておはしませば、ときどきこそみたてまつりまいらせ給へ、たゞこのひめみやをよろづのなぐさめにおぼしめしたり。かゝるほどに、かのむらかみのせんていの御おとこ八のみや、宣耀殿のにようごの御はらのみこにおはします、いとうつくしく
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おはしませど、あやしう御こゝろばへぞこゝろえぬさまにおひいで給める。御おぢの済時のきみ、いまはさいしやうにておはするぞ、よろづにあつかひきこえ給て、小一でうのしんでんにおはするに、このさいしやうはびはの大なごん延光のむすめにぞすみ給ける。はゝは中なごんあつたゞのおほんむすめなり。えもいはずうつくしきひめぎみさゝげものにしてかしづき給。かの八のみやは、はゝにようごもうせ給にしかば、この小一でうのさいしやうのみぞ、よろづにあつかひきこえ給に、まだおさなきほどにおはすれど、この八のみやいとわづらはしきほどにおもひきこえ給へれば、ゆゝ〔し〕うてあへてみせたてまつり給はずなりにたり。おさなきほどはうつくしき御心ならで、うたてひが<しくしればみて、またさすがにかやうの御心さへおはするを、いと心づきなしとおぼしけり。さいしやうの御をひのさねかたの侍従も、このさいしやうをおやにしたてまつり給。このひめぎみの御あにゝて、おとこぎみは長命君といひておはす。おばきたのかたとりはなちて、びは殿にてぞやしなひたてまつり給ける。そのきみたちもたゞこのみやをぞもてわらひぐさにしたてまつり給ければ、ともすればうちひそみ給を、いとゞおこがましきことにわらひたてまつり給へるに、にくさはひめぎみをいとめでたきものにみたてまつり給て、つねに参り給けるを、さいしやうむげに心づきなしとおぼしなりにけり。この八のみや十二ばかりにぞなり給にける。この御心ざまの心えぬなげきをぞ、さいしやうはいみじうおぼしたる。さねかた侍従・長命君などあつまりて、むま
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にのりならはせ給へ。のらせ給はぬはいとあやしき事なり。みやたちはさるべきおり<はむまにてこそありかせ給へとて、みまやの御むまめしいでゝ、おまへにてのせたてまつりて、ざゞとみさはげば、おもていとあかくなりて、むまのせなかにひれふし給へば、いみじうわらひのゝしるを、さいしやうかたはらいたしとおぼすに、いだきおろしたてまつれ、おそろしとおぼすらんとの給へば、ざゞとわらひのゝしりていだきおろしたてまつりたれば、むまのかみをひとくちくくみておはするを、さいしやういとわびしとみ給。にようばうたちなどわらひのゝしる。かゝるほどにれいぜんゐんのきさいのみや、みこもおはしまさずつれ<”なるを、この八のみやこにしたてまつりて、かよはしたてまつらんとなんの給はするといふことを、さいしやうつたへきゝ給て、いと<うれしうめでたきことならん。かのみやはたからいとおほくもたせ給へるみやなり。故朱雀院の御たからものはたゞこのみやにのみこそあんなれ。このみやは幸おはするみやなり。たからのわうになり給なんとすとて、よき日してまいりそめさせ給へり。中ぐう、さりとも、かの小一でうのさいしやうをしへたてたらむこゝろのほど、こよなからんとおぼして、むかへたてまつらせ〔給ふ〕。さいしやういみじうしたてゝゐてたてまつり給へれば、みたてまつり給に、御かたちにくげもなし。御ぐしなどいとおかしげにて、よおろばかりにおはします。うつくしき御なをしすがたなりや。やがてよびいれたてまつらせ給て、みなみおもてのひのおましのかたにかしづきすへたてまつらせ給て、御ともの人々
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にかづけもの給ひ、御をくりものなどしてかへしたてまつらせ給。ものなど申させ給けるに、すべて御いらへなくて、たゞ御かほのみあかみければ、かぎりなくあてにおほどかにおはするなめりとおぼしけり。そのゝちとき<”参り給に、なをものゝ給はず。あやしうおぼしめすほどに、きさいのみやなやましうせさせ給ければ、さいしやう、みやの御とぶらひにいだし〔たて〕たてまつらせ給。まいりてはいかゞいふべきとの給はすれば、御なやみのよしうけたまはりてなんとこそは申給はめなど、をしへられてまいり給へれば、れいのよびいれたてまつり給に、ありつることをいとよくの給はすれば、みやなやましうおぼせど、うつくしうおぼしめして、さはのどかに又おはせよなどきこえさせ給。まかで給て、さいしやうに、ありつることいとよくいひつとの給へば、いであなしれがましや、いとこゝろづきなうおぼしていかでいひつとは申給ぞ。それはかたじけなき人をときこえ給へば、をい<さなり<との給ほど、いたはりどころなう心うくみえさせ給をわびしうおぼすほどに、天禄三年になりぬ。ついたちには、かのみや、御さうぞくめでたくしたてゝ、みやへいらせ奉り給。きこえ給〔ふべきことを、この度はわすれてをし〕へたてまつり給はずなりにけり。みやには、八のみやまいらせ給て、御まへにてはいし奉給へば、いと<あはれにうつくしとみ奉らせ給。心ごとに御しとねなどまいり、さるべき女ばうたちなど花やかにさうぞきつゞいてゐて、いらせ給へ
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と申せば、うちふるまひいらせ給ほど、いとうつくしければ、あなうつくしやなど、めできこゆるほどに、しとねにいとうるはしくゐさせ給て、なにごとをきこえ給べきにかと、あつまりてあふぎをさしかくしつゝをしこりて、みなゐなみて、かつはあなはづかしや。小一でうのひめぎみの御かたのいみじからんものをなど、きこえあへるほどに、うちこはづくりて申いで給ことぞかし、いとあやし。御なやみのよしうけ給りてなんまいりつることゝ申給ものか。こぞの御なやみのおりにまいり給へりしに、さいしやうのをしへきこえ給しことを、正月のついたちのはいらいにまいりて申給なりけり。みやの御まへあきれてものもの給はせぬに、女ばうたちなにとなくさもわらふ。よがたりにもしつべきみやの御ことばかなとざゞめき、しのびもあへずわらひのゝしれば、いとはしたなく、かほあかみてゐ給て、いなや、おぢのさいしやうの、こぞの御こゝちのおりまいりしかば、かう申せといひしことを、けふはいへばなど、これがおかしからん。ものわらひいたうしける女ばう達おほかりけるみやかな。やくなし。まいらじと、うちむづかりてまかで給有さま、あさましうおかしうなん。小一でうにおはして、あさましきことこそありつれと語給へば、宰相なにごとにかときこえ給へば、いまはみやにすべてまいらじ。たゞころしにころされよとの給はすれば、いなや、いかにはべりつることぞときこえ給へば、御なやみのよし承てなんまいりつると申つれ
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ば、にようばうの十廿人といでゐて、ほゝとわらふぞや。いとこそはらだゝしかりつれ。さればいそぎ出てきぬとの給へば、との、いとあさましういみじとおぼして、すべてものもの給はず。いなや、ともかくもの給はぬは、まろがあしういひたることか。こぞまいりしに、さ申せとの給しかば、それを忘ず申たるは、いづくのあしきぞとの給を、いみじとおぼしいりためり。



栄花物語詳解巻二


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S02〔栄花物語巻第二〕 花山(くわさん)
かくて一条(いちでう)の摂政(せつしやう)殿(どの)の御(おん)心地(ここち)例(れい)ならずのみおはしまして、水(みづ)をのみ聞(き)こし召(め)せど、御(おん)年(とし)もまだいと若(わか)うおはしまし、世(よ)を知(し)らせ給(たま)ひても、三年(みとせ)に成りぬれば、さりともと頼(たの)み思(おぼ)さるゝほどに、月(つき)頃(ごろ)にならせ給(たま)ひぬ。内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ふことなども絶(た)えぬ。世(よ)の嘆(なげ)きとしたり。
九月(ながつき)計(ばか)りのほどなり。殿(との)の御とぶらひに御(おん)子(こ)の義孝(よしたか)の少将(せうしやう)の御もとに、人の「御(おん)心地(ここち)いかゞ」ととぶらひ聞(き)こえたれば、少将(せうしやう)いひやり給(たま)ふ、
@夕(ゆふ)まぐれ木(こ)しげき庭(には)をながめつゝ木(こ)の葉(は)とゝもにおつるなみだか W006。
かやうに、いかに<と、ひと家(いへ)思(おぼ)し嘆(なげ)くほどに、天禄(てんろく)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)の一日(ついたち)かくれ給(たま)ひぬ。さまざま、女御(にようご)より始(はじ)め奉(たてまつ)り、女君(をんなぎみ)達(たち)、前少将(せうしやう)・後の少将(せうしやう)など聞(き)こゆる、哀(あは)れに思(おぼ)し惑(まど)ふとも世のつねなり。その中にも、後の少将(せうしやう)は幼(をさな)くよりいみじう道心〔に〕おはして、法華経(ほけきやう)を明(あ)け暮(く)れ読み奉(たてまつ)り給(たま)ひて、法師(ほふし)にやなりなましとのみ思(おぼ)さるゝに、桃園(ももぞの)の中納言(ちゆうなごん)保光(やすみつ)と聞(き)こゆるは、故中務卿(なかづかさきやう)の宮代明(よあきら)親王(しんわう)の御(おん)子(こ)におはす、その御(おん)女君(むすめぎみ)に年(とし)頃(ごろ)通(かよ)ひ聞(き)こえ給(たま)ふに、美(うつく)しき男子(をのこご)をぞ産(う)ませ給(たま)へり
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ける。それが見捨てがたきに、万(よろづ)を覚し忍(しの)ぶ〔る〕なりけり。
かくて御忌(いみ)のほど、何事(なにごと)も哀(あは)れにて過ぐさせ給(たま)ひつ。御(おん)法事(ほふじ)などあべいかぎりにて過ぎぬ。今はとて人々まかづるに、義孝(よしたか)の少将(せうしやう)の詠みたまふ、
@今はとてとび別れぬる群鳥(むらどり)の古巣(ふるす)にひとりながむべきかな W007。
修理(しゆり)のかみ惟正(これまさ)かへし、
@はねならぶ鳥となりては契(ちぎ)るとも人わすれずはかれじとぞ思(おも)ふ W008。
摂政(せつしやう)殿(どの)は今年(ことし)ぞ四十九(しじふく)におはしましける。太政(だいじやう)大臣(だいじん)にて失せさせ給(たま)ひれば、後の諱(いみな)を謙徳(けんとく)公(こう)と聞(き)こゆ。かくて摂政(せつしやう)には、又(また)此の大臣(おとど)の御さしつぎの、九条(くでう)殿(どの)の御二郎、内大臣(ないだいじん)兼通(かねみち)の大臣(おとど)なり給(たま)ひぬ。
かゝるほどに、年号(ねんがう)かはりて、天延(てんえん)元年といふ。万(よろづ)にめでたくておはします。女御(にようご)いつしか后(きさき)にと思(おぼ)し急(いそ)ぎたり。始(はじ)めの摂政(せつしやう)殿(どの)の東宮(とうぐう)の御(み)世(よ)のことを、見はて給(たま)はずなりぬることをぞ世(よ)の人も哀(あは)れがり聞(き)こえけり。かくてその年(とし)の七月一日、摂政(せつしやう)殿(どの)の女御(にようご)后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ひぬ。中宮(ちゆうぐう)と聞(き)こえさす。始(はじ)めの冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の中宮(ちゆうぐう)をば皇太后宮(くわうたいこうぐう)と聞(き)こえさす。中宮(ちゆうぐう)の御有様(ありさま)いみじうめでたう、世(よ)はかうぞあらまほしきと見えさせ給(たま)ふ。御門(みかど)一品(いつぽん)の宮の御かた、中宮(ちゆうぐう)の御かたと通(かよ)ひありかせ給(たま)ふ。内わたりすべていまめかし。堀河(ほりかは)殿(どの)とぞ此の摂政(せつしやう)殿(どの)をば聞(き)こえさする。今は関白(くわんばく)殿(どの)とぞ聞(き)こえさすめる。その御男君(をとこぎみ)達(たち)
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四五人おはして、いといまめかしう世(よ)にあひめでたげに思(おぼ)したり。
 九条(くでう)殿(どの)の三郎ぎみは、此の頃(ごろ)東三条(とうさんでう)の右大将(うだいしやう)の大納言(だいなごん)など聞(き)こゆ。れいぜんゐんの女御(にようご)いと時めかせ給(たま)ふを嬉しきことに思(おぼ)し召(め)さるべし。中(なか)ひめぎみの御ことをいかでと思(おぼ)し召(め)すほどに、うへの御けしきありての給(たま)はせければ、いかでと思(おぼ)さるれど、此の関白(くわんばく)どの、もとより此のふたところの御(おん)中(なか)よろしからずのみおはしますに、中宮(ちゆうぐう)かくて候はせ給(たま)へば、つゝまじく思(おぼ)さるゝなるべし。
 かゝるほどに天延(てんえん)二年になりぬ。関白(くわんばく)殿(どの)太政(だいじやう)大臣(だいじん)にならせ給(たま)ひぬ。並ぶ人なき御有様(ありさま)につけても唯九条(くでう)殿(どの)の御ことをのみ世に聞(き)こえさす。をのゝみや殿(どの)の御二郎よりたゞの大臣(おとど)と此の関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)中(なか)いと良くおはしければ万(よろづ)のまつりごと聞(き)こえあはせてぞせさせ給(たま)ひける。今年(ことし)は世(よ)の中(なか)に、もがさといふもの出で来て、よもやまの人、上下やみのゝしるに、おほやけわたくしいといみじきことゝ思(おも)へり。やむごとなき男女、失せ給(たま)ふたぐひおほかりと聞(き)こゆる中(なか)にも前の摂政(せつしやう)殿(どの)の前の少将(せうしやう)・後の少将(せうしやう)、おなじ日うちつづき失せ給(たま)ひて、はゝきたのか哀(あは)れにいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)くことを世(よ)の中(なか)の哀(あは)れなることのためしには、いひのゝしりたり。まねびつくすべくもあらず。
 此の東三条(とうさんでう)どの関白(くわんばく)どのとの御(おん)中(なか)殊にあしきを世の人あやしきことに思(おも)ひ聞(き)こえたり。いかで此の大将(だいしやう)をなくなしてばやとぞ、御心(こころ)にかゝりて大とのは思(おぼ)しけれど、いかでかは東三条(とうさんでう)どのは、
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なをいかでこの中(なか)ひめぎみを内に参(まゐ)らせん。いひもていけばなにのおそろしかるべきぞと覚しとりて、人知れず思(おぼ)し急(いそ)ぎけり。されどそのけしき人に見せ聞かせ給(たま)はず。此の堀河(ほりかは)どのと東三条(とうさんでう)どのとは、只閑院をぞ隔てたりければ、東三条(とうさんでう)に参(まゐ)るむまくるまをば、大とのには「それ参(まゐ)りたり、かれまうづなり」といふことを聞(き)こし召(め)して、それかれこそ追従(ついそう)するものはあなれ」など、くせぐせしうの給(たま)はすれば、いとおそろしきことにて、よるなどぞ忍(しの)びて参(まゐ)る人も有りける。さるべき仏神(ぶつじん)の御もよほしにや、東三条(とうさんでう)どのなをいかでけふあすも、この女君(をんなぎみ)参(まゐ)らせんなど思(おぼ)したつと、をのづから大との聞(き)こし召(め)して、「いとめざましきことなり。中宮(ちゆうぐう)のかくておはしますに、この大納言(だいなごん)のかく思(おも)ひかくるもあさましうこそ。いかに万(よろづ)にわれをのろふらん」などいふことをさへ、常にの給(たま)はせければ、大納言(だいなごん)どのいとわづらはしく思(おぼ)し絶(た)えで、さりともをのづからと思(おぼ)しけり。
はかなく年もかはりぬ。貞元々年丙子(ひのえね)の年(とし)といふ。かのれいぜんゐんの女御(にようご)と聞(き)こゆるは、東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)の御ひめぎみなり。こぞの夏よりたゞにもおはしまさゞりけるを、二三月ばかりにあたらせ給(たま)ひて、その御いのりなどいみじうせさせ給(たま)ふを、大との聞(き)こし召(め)して、「東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)は、ゐんの女御(にようご)おとこ御(み)子(こ)生み給(たま)へ。世(よ)の中(なか)かまへんとこそいふなれ」など、聞(き)きにくきことをさへのたまはせければ、むつかしうわづらはしと思(おぼ)しながら、さりとてまかせ
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聞(き)こえさすべきことならねば、いみじういのりさはがせ給(たま)ひけり。さてやよひばかりに、いとめでたきおとこ御(み)子(こ)むまれ給(たま)へり。ゐんいとものぐるをしき御(おほん)心(こころ)にも例ざまにおはします時は、いとうれしきことに思(おぼ)し召(め)して、万(よろづ)に知りあつかひ聞(き)こえさせ給(たま)ひけり。太政(おほき)大臣(おとど)聞(き)こし召(め)して、「哀(あは)れめでたしや、東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)は、ゐんの二宮え奉(たてまつ)りて思(おも)ひたらむけしき思(おも)ふこそめでたけれ」など、いとをこがましげに思(おぼ)しの(たま)ふを、大将(だいしやう)どのは、「あやしうあやにくなる心(こころ)つい給(たま)へる人にこそ」と、やすからずぞ思(おぼ)しける。
かゝるほどに内(うち)も焼けぬれば、御門(みかど)のおはしますところ見ぐるしとて堀河(ほりかは)どのを、いみじう造りみがき給(たま)ひて、だいりのやうに造りなして、内(うち)いでくるまではおはしまさせんと急(いそ)がせ給(たま)ふなりけり。貞元二年三月廿六日堀河(ほりかは)の院(ゐん)に行幸(ぎやうがう)あるべければ、天下急(いそ)ぎみちたり。その日になりてわたらせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)もやがてその夜移りおはしまして、堀河(ほりかは)の院(ゐん)をいまだいりといひて世にめでたうのゝしりたり。」〔かゝるほどに〕大との思(おぼ)すやう、世(よ)の中(なか)もはかなきにいかでこの右大臣(うだいじん)今すこしなしあげて、わがかはりの職(そく)をもゆづらんと覚したちて、ただいまの左大臣(さだいじん)兼明の大臣(おとど)と聞(き)こゆるは、えんぎの御門(みかど)の御(おほん)十六のみやにおはします、それ御(おほん)心地(ここち)なやましげなりと聞(き)こし召(め)して、もとの御(み)子(こ)になし奉(たてまつ)らせたまひつ。さてさだいじんには、小野宮のよりたゞの大臣(おとど)をなし奉(たてまつ)り給(たま)ひつ。右大臣(うだいじん)にはまさのぶの大納言(だいなごん)
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なり給(たま)ひぬ。
かゝるほどに、堀河(ほりかは)どの御(おほん)心地(ここち)いとなやましう思(おぼ)されて、御心(こころ)のうちに覚しけるやう、「いかでこの東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)、わがいのちも知らず、なきやうにしなして、この左の大臣(おとど)をわがつぎの一の人にてあらせん」と思(おぼ)す心(こころ)ありて、御門(みかど)につねに「この右大将(うだいしやう)かねいゑは、れいぜんゐんの御(み)子(こ)を持ち奉(たてまつ)りて、ともすればこれを<といひ思(おも)ひ、いのりすること」ゝいひつげ給(たま)ひて、御門(みかど)は堀河(ほりかは)の院(ゐん)におはしましければ、「われはなやまし」とて里(さと)におはしますに、わりなくて参(まゐ)らせ給うて、この東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)の不能(ふのう)を奏し給(たま)ひて、「かゝる人は世にありてはおほやけの御ために大事出で来はんべりなん。かやうのことはいましめたるこそよけれ」など奏し給(たま)ひて、貞元二年十月十一日大納言(だいなごん)の大将(だいしやう)をとり奉(たてまつ)り給(たま)ひて、ぢぶきやうになし奉(たてまつ)り給(たま)へり。無官の定になし聞(き)こえまほしけれど、さすがにそのことゝさしたることのなければ、思(おぼ)しあまりてかくまでもなし聞(き)こえ給(たま)へるなりけり。御(おほん)心(こころ)のまゝにだにもあらば、「いみじき筑紫(つくし)九こくまでもと思(おぼ)せど、あやまちなければなりけり。御(おほん)かはりの大将(だいしやう)には、小一条(こいちでう)の大臣(おとど)の御子のなりときの中納言(ちゆうなごん)なり給(たま)ひぬ。
東三条(とうさんでう)のぢぶきやうは御門(かど)とぢてあさましういみじき世(よ)の中(なか)をねたうわりなく思(おぼ)しむせびたり。いゑの子の君達(きんだち)は、出でまじらひ給(たま)はず、世をあさましきものに思(おぼ)されたり。かゝるほどに堀河(ほりかは)どの御(おほん)心地(ここち)いとゞをもりてたのもしげなきよしを世にまうす。さいつころ内に参(まゐ)らせ
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給(たま)ひて、東三条(とうさんでう)の大将(だいしやう)をばなくなし奉(たてまつ)り給(たま)ひてき。今ひとたびとて内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて、万(よろづ)を奏しかためて出でさせ給(たま)ひにけり。何事(なにごと)ならんとゆかしけれど、又(また)をとなし。かくて十一月(じふいちぐわつ)四日准三宮のくらゐにならせ給(たま)ひぬ。おなじ月(つき)八日うせ給(たま)ひぬ。御(おほん)年(とし)五十三なり。たゞよし公と御諱(いみな)を聞(き)こゆ。哀(あは)れにいみじ。
かくいくばくもおはしまさゞりけるに、東三条(とうさんでう)の大納言(だいなごん)をあさましう嘆(なげ)かせ奉(たてまつ)り給(たま)ひけるも心(こころ)うし。をのゝみやのよりたゞの大臣(おとど)によをばゆづるべきよし一日そうし給(たま)ひしかば、そのまゝにと御門(みかど)思(おぼ)し召(め)して、おなじ月(つき)の十一日、関白(くわんばく)のせんじかうぶり給(たま)ひて、世(よ)の中(なか)みなうつりぬ。あさましく思(おも)はずなることによに申し思(おも)へり。中宮(ちゆうぐう)万(よろづ)に覚し嘆(なげ)く。ともみつのごん大納言(だいなごん)、あきみつの中納言(ちゆうなごん)など哀(あは)れに思(おぼ)し惑(まど)ふ。東三条(とうさんでう)殿(どの)の院(ゐん)の女御(にようご)は、こぞむまれ給(たま)ひしおとこ御(み)子(こ)に、又(また)今年(ことし)もさしつゞきておなじやうにてむまれたまへるにつけても、なをいと行すゑたのもしげにみえさせ給(たま)ふ。堀河(ほりかは)殿(どの)ののち<のことゞも例(れい)のごとし。
かくて年(とし)もかはりぬ。左の大臣(おとど)の御さまいと<めでたし。おほひめぎみをいかで内(うち)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)す。はかなくて月日も過ぎてふゆになりぬ。年号(ねんがう)かはりて天元々年といふ。十月二日除目ありて関白(くわんばく)どの、太政(だいじやう)大臣(だいじん)にならせ給(たま)ひぬ。左大臣(さだいじん)にまさのぶの大臣(おとど)なり給(たま)ひぬ。東三条(とうさんでう)殿(どの)のつみもおはせぬを、かくあやしくておはする、心(こころ)得ぬことなれば太政(おほき)大臣(おとど)、たびたびそうし給(たま)ひて、やがてこのたび
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右大臣(うだいじん)になり給(たま)ひぬ。「これはたゞぶつじんのし給(たま)ふ」と思(おぼ)さるべし。
内(うち)には中宮(ちゆうぐう)のおはしませば、たれも<思(おぼ)しはゞかれど、堀河(ほりかは)殿(どの)の御(おほん)心(こころ)をきてのあさましく心(こころ)づきなさに、東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)中宮(ちゆうぐう)にをぢ奉(たてまつ)り給(たま)はず、中(なか)姫君参(ま)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。大殿(おほとの)の、「ひめぎみをこそ、まづ」と思(おぼ)しつれど、堀河(ほりかは)殿(どの)の御(おほん)心(こころ)を思(おぼ)しはゞかるほどに、みぎの大臣(おとど)はつゝまじからず覚したちて、参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ、ことはりにみえたり。参(まゐ)らせ給(たま)へるかひありて、たゞいまはいと時におはします。中宮(ちゆうぐう)をかくつゝましからず、ないがしろにもてなし聞(き)こえ給(たま)ふも、「むかしの御なさけなさを思(おも)ひ給(たま)ふにこそは」とことはりに思(おぼ)さる。東三条(とうさんでう)の女御(にようご)は梅壺(むめつぼ)にすませ給(たま)ふ。御(おほん)有様(ありさま)あいぎやうづき、けぢかく美(うつく)しうおはします。御はらからの君達(きんだち)、この頃(ごろ)ぞつゝましげなふありき給(たま)ふめる。ゐんの女御(にようご)、おとこ御(み)子(こ)、三ところにならせ給(たま)ひぬ。なをいとたのもしげなる御有様(ありさま)なり。
かゝるほどに天元二年になりぬ。梅壺(むめつぼ)いみじうときめかせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)月(つき)頃(ごろ)御(おほん)心地(ここち)あやしうなやましう思(おぼ)し召(め)されて、万(よろづ)みやづかさも、又(また)おほやけよりも、御いのりのことさまざまにいみじけれど、六月二日うせさせ給(たま)ひぬ。あへなうあさましう哀(あは)れにいみじう思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)へどかひなし。世(よ)の人例(れい)のくちやすからぬものなれば、「東三条(とうさんでう)殿(どの)の御さいはひのますぞ。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)后(きさき)にゐ給(たま)ふべきぞ」などいひのゝしる。かくてすまゐもとまりて、よにものさうざうしう思(おも)ふべし。関白(くわんばく)どのは中宮(ちゆうぐう)
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の御ことゞもをおこなひ聞(き)こえ給(たま)ふ。たゞいまのよの御うしろ見にもおはします、堀河(ほりかは)殿(どの)の御心(こころ)をも、さまざま思(おぼ)し召(め)し知り、何事(なにごと)をもあつかはせ給(たま)ふなるべし。ごん大納言(だいなごん)・中納言(ちゆうなごん)などいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)き給(たま)ふ。
かやうにて過ぎもていくに、そのふゆ関白(くわんばく)殿(どの)のひめぎみうちに参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。よの一のところにおはしませば、いみじうめでたきうちに、殿(との)の御(おほん)有様(ありさま)などもおくぶかく心(こころ)にくゝおはします。梅壺(むめつぼ)はおほかたの御(おほん)心(こころ)有様(ありさま)けぢかくおかしくおはしますに、このたびの女御(にようご)はすこし御おぼえのほどやいかにとみえ聞(き)こゆれど、たゞいまの御有様(ありさま)にうへもしたがはせ給(たま)へば、おろかならず思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふなるべし。
いかにしたることにか、かゝるほどに梅壺(むめつぼ)例(れい)ならずなやましげに思(おぼ)したれば、ちゝ大臣(おとど)いかに<とおそろしう〔思(おも)ひ〕聞(き)こえさせ給(たま)へば、たゞにもおはしまさぬなりけり。よもわづらはしければ、一二月は忍(しの)ばせ給(たま)へど、さりとてかくれあべきことならねば、三月にて奏(そう)せさせ給(たま)ふに、御門(みかど)いみじううれしう思(おぼ)し召(め)さるべし。一品(いつぽん)のみやも梅壺(むめつぼ)をば御心(こころ)よせ思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、いとうれしうかひ有様(ありさま)に思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)ふ。さとにいでさせ給(たま)はんとするを、うへいとうしろめたうわりなく思(おぼ)し召(め)しながら、さてあるべきことならねば、いでさせ給(たま)ふほどの御有様(ありさま)いへばをろかなり。さべき上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)みなのこるなうつかうまつり給(たま)ふ。世(よ)はみなこの東三条(とうさんでう)殿にとまりぬべきなめりと見え聞(き)こえたり。
 うへも年(とし)頃(ごろ)に
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ならせ給(たま)ひぬれば、いまはをりさせ給(たま)はまほしきに、いかにも<御(み)子(こ)のおはせぬことをいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)くに、おとこ・をんなの御ほどはしらず、たゞならずおはしますを世(よ)にうれしきことに思(おぼ)し召(め)して、さべき御いのりどもかずをつくさせ給(たま)ふ。長日の御修法・御読経などうちがたよりも始(はじ)めさせ給(たま)ひ、すべてかゝらんにはいかでかと見えさせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)どのいと世(よ)の中(なか)をむすぼゝれすずろはしく思(おぼ)さるべし。「さはれとありともかゝりともわがあらば、女御(にようご)をば后(きさき)にもすへ奉(たてまつ)りてんと思(おぼ)し召(め)すP01163べし。
はかなくて天元三年(さんねん)かのえたつの年(とし)になりぬ。三四月ばかりにぞ、梅壺(むめつぼ)さやうにおはしますべければ、その御よういどもかぎりなし。くらづかさに御丁より始(はじ)め、しろき御具どもつかうまつる。とのにも又(また)せさせ給(たま)ふ。たゞいま世(よ)にめでたきことのためしになりぬべし。うちよりよるひるわかぬ御つかひひまなし。げにことはりに見えさせ給(たま)ふ。いつしかとのみ思(おぼ)し召(め)すほどに、五月のつごもりより御けしきありて、その月(つき)をたてゝ六月一日とらのときに、えもいはぬおとこ御(み)子(こ)たいらかにいさゝかなやませ給(たま)ふほどもなくむまれさせ給(たま)へり。うちにまづそうせさせ給(たま)へれば、御はかし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふほどぞ、えもいはずめでたき御けしきなりや。七日のほどの御有様(ありさま)思(おも)ひやるべし。東三条(とうさんでう)の御門(みかど)のわたりには、年(とし)頃(ごろ)だにたはやすく人わたらざりつるに、ゐんのみやたちのみところおはしますだに、おろかならぬ殿(との)のうちを、まいで今上一宮のおはしませば、いとことはりにて、
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いづれの人も万(よろづ)に参(まゐ)りさはぐ。御はらからの君達(きんだち)、年(とし)頃(ごろ)の御(おん)心地(ここち)むつかしうむすぼゝれ給(たま)へりける、ひもとき、いみじき御(おん)心地(ここち)どもせさせ給(たま)ふ。
 かゝるほどに、又(また)今年(ことし)だいりやけぬ。門(みかど)かんゐんにわたらせ給(たま)ふ。かんゐんは故堀河(ほりかは)殿(どの)の御りやうにて、ともみつの大納言(だいなごん)ぞ住み給(たま)ひける、ほかにわたり給(たま)ひぬ。かくて関白(くわんばく)殿(どの)の女御(にようご)さぶらはせ給(たま)へど、御(おほん)はらみのけなし。大臣(おとど)いみじうくちおしう覚し嘆(なげ)くべし。御門(みかど)いつしかといみじうゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、「御(み)子(こ)忍(しの)びて参(まゐ)らせ給(たま)へ」とあれど、よの人の御心(こころ)ざまもおそろしうて、すが<しうも思(おぼ)したゝず。今年(ことし)いかなるにかおほかぜ吹き、なゐなどさへゆりて、いとけうとましきことのみあれば、うへはわかみやの御(おほん)さとにおはしますことを、いとゞうしろめたう思(おぼ)しの給(たま)はすれど、さりとてうちのせばきにおはしますべきにあらねば、たゞいかに<とのみよるひるわかぬ御つかひあり。御いかやもゝかなど過ぎさせ給(たま)ひて、いみじう美(うつく)しうおはします。東三条(とうさんでう)に行幸(ぎやうがう)あらまほしう思(おぼ)せど、太政(おほき)大臣(おとど)の御心(こころ)に思(おぼ)しはゞからせ給(たま)ふなるべし。
御門(みかど)の御心(こころ)、いとうるはしうめでたうおはしませど、「をゝしきかたやおはしまさゞらん」とぞ、世(よ)の人申し思(おも)ひたる。東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)は、世(よ)の中(なか)を御心(こころ)のうちにしそして思(おぼ)すべかめれど、なをうちとけぬ様(さま)に御心(こころ)もちゐぞみえさせ給(たま)ふ。御門(みかど)の御心(こころ)つよからず、いかにぞやおはしますを見奉(たてまつ)らせ給(たま)へればなる
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べし。
 かゝるほどに天元四年になりぬ。御門(みかど)御心(こころ)のうちの御ぐはんなどやおはしましけん、かも・ひらのなどに二月に行幸(ぎやうがう)あり。「御(み)子(こ)の御いのりなどにこそ」とは、ことはりにみえさせ給(たま)ふ。御門(みかど)、「いまは御(み)子(こ)もむまれさせ給(たま)へり。いかでおりなん」とのみ思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)のさとがちにおはしますを、やすからぬことにうへ思(おぼ)し召(め)せど、大臣(おとど)、「わが一の人にあらぬを、なにかは」など思(おぼ)し召(め)すなりけり。堀河(ほりかは)の大臣(おとど)おはせしとき、いまの東宮(とうぐう)の御いもうとの女二宮参(まゐ)らせ給(たま)へりしかば、いみじう美(うつく)しう〔と〕もてけうじ給(たま)ひしを、参(まゐ)らせ給(たま)ひてほどもなくうちなどやけにしかば、ひのみやと世(よ)の人申し思(おも)ひたりしほどに、いとはかなううせ給(たま)ひにしになん。
 御門(みかど)、太政(おほき)大臣(おとど)の御心(こころ)にたがはせ給(たま)はじと思(おぼ)し召(め)して、「この女御(にようご)后(きさき)にすへ奉(たてまつ)らん」との給(たま)はすれど、大臣(おとど)なまつゝましうて、「一の御(み)子(こ)むまれ給(たま)へる梅壺(むめつぼ)を置きてこの女御(にようご)のゐ給(たま)はんを、世(よ)の人いかにかはいひ思(おも)ふべからん」と、「人がたきはとらぬこそよけれ」など思(おぼ)しつゝすぐし給(たま)へば、「などてか。梅壺(むめつぼ)はいまはとありともかゝりともかならずの后(きさき)なり。世(よ)もさだめなきに、この女御(にようご)のことをこそ急(いそ)がれめ」と、つねにの給(たま)はすれば、うれしうて人知れず思(おぼ)し急(いそ)ぐほどに、今年(ことし)もたちぬれば、くちおしう思(おぼ)し召(め)す。かゝることゞも漏り聞(き)こえて、右の大臣(おとど)うちに参(まゐ)らせ給(たま)ふことかたし。女御(にようご)の御はらからの君達(きんだち)などもまうでさせ給(たま)はず。女御(にようご)
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も御心(こころ)とけたる御けしきもなければ、一品(いつぽん)のみやは世(よ)にいふことをもりきゝ給(たま)ひて、「さやうに覚したるにこそ」と、世(よ)を心(こころ)づきなく思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)ふべし。
はかなく年(とし)もかへりぬ。正月に庚甲(かのえさる)いできたれば東三条(とうさんでう)殿(どの)の院(ゐん)の女御(にようご)の御かたにも、梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)の御かたにも、若(わか)き人々「年(とし)の始(はじ)めの庚甲(かのえさる)なり。せさせ給(たま)へ」と申せば、さばとて御かたがたみなせさせ給(たま)ふ。おとこ君達(きんだち)、この女御(にようご)たちの御はらから三ところぞおはします。「いとけうあることなり。いとよし。こなたかなたと参(まゐ)らんほどに夜も明けなん」などの給(たま)ひて、さまざまのことゞもして御覧(ごらん)ぜさせ給(たま)ふに、うたやなにやと、心(こころ)ばへおかしき御かたがたの有様(ありさま)より始(はじ)め、にようばうたち、碁・すぐろくのほどのいどみもいとおかしくて、「この君達(きんだち)のおはせざらましかば、こよひのねむりさましはなからまじ」など聞(き)こえ思(おも)ひて、たびたびとりも啼きぬ。ゐんの女御(にようご)、あか月(つき)がたに御けうそくにをしかゝりておはしますまゝに、やがて御とのごもりいりにけり。「いまさらに」など人々聞(き)こえさすれど、「からすも啼きぬれば、いまはさばれ、なおどろかし聞(き)こえさせそ」など人々聞(き)こえさするに、はかなきうたども聞(き)こえさせ給(たま)はんとて、このおとこ君達(きんだち)、やゝ、ものけ給(たま)はる。いまさらになにかは御とのごもる。おきさせ給(たま)はん」と聞(き)こえさするに、すべて御いらへもなくおどろかせ給(たま)はねば、よりて「やゝ」と聞(き)こえさせ給(たま)ふに、ことのほかに見えさせ給(たま)へれば、ひきおどろかし
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奉(たてまつ)り給(たま)ふに、やがてひえさせ給(たま)へれば、あさましうて、御となぶらとりよせて見奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、うせさせ給(たま)へるなりけり。
「あなあさましや」とも、いひやらんかたなく思(おぼ)されて、とのにまづ、「かう<のこと候ふ」と申させたまふに、すべてものもおぼえさせ給(たま)はで、惑(まど)ひおはしまして、見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、あさましくいみじければ、かゝへてたゞふしまろび惑(まど)はせ給(たま)ふ。殿(との)のうちどよみてのゝしりたり。さべきそうども召しのゝしり、万(よろづ)の御ずきやうところ<”には知(し)らせ給(たま)へど、つゆかひなくて、かきふせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。しろきあやの御(おほん)衣(ぞ)四つばかりにかうばいの御(おほん)衣(ぞ)ばかり奉(たてまつ)りて、御(おほん)ぐしながく美(うつく)しうて、かひそへてふさせ給(たま)へり。ただ御とのごもりたると見えさせ給(たま)ふ。とのいみじうかなしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、たゞ思(おも)ひやるべし。みやたちのいと幼(をさな)くおはしますなど〔に〕、万(よろづ)思(おぼ)しつゞけ惑(まど)はせ給(たま)ふ。
れいぜんゐんに聞(き)こし召(め)して、あさましう哀(あは)れに心(こころ)憂きことに思(おぼ)し召(め)す。なをこれもかの御(おほん)ものゝけのしつる」とぞ思(おぼ)されける。万(よろづ)の御とぶらひにつけても、いとゞあやにくに覚し惑(まど)はる。ゆゝしきことゞもなれど、すべてさべうおはしますと見えさせ給(たま)ふも、かなしういみじう思(おぼ)さるれど、さてのみやはとて、のち<の御(おほん)ことゞも、例(れい)のさはうにおはしおきてさせ給(たま)ふにつけても、とのはたゞなみだにおぼれてぞすぐさせ給(たま)ふ。あさましうはかなき世(よ)ともをろかなり。御いみのほどあさましういみじうてすぐさせ給(たま)ふ
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につけても、いまは女御(にようご)の御有様(ありさま)いとゞおそろしう思(おぼ)し召(め)して、女御(にようご)殿(どの)とわかぎみとはほかにわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、世(よ)ははかなしといへども、いまだかゝることは見聞(き)こえざりつる御有様(ありさま)なりや、みや<の何事(なにごと)も思(おぼ)したらぬるを、いとゞかなしう思(おぼ)されけり。
かゝるほどに、今年(ことし)は天元五年になりぬ。三月十一日中宮(ちゆうぐう)たち給(たま)はんとて、太政(おほき)大臣(おとど)急(いそ)ぎさはがせ給(たま)ふ。これにつけても右の大臣(おとど)あさましうのみ万(よろづ)聞(き)こし召(め)さるゝほどに、后(きさき)たゝせ給(たま)ひぬ。いへばをろかにめでたし。太政(おほき)大臣(おとど)のし給(たま)ふもことはりなり。御門(みかど)の御(おほん)心(こころ)をきてを、世(よ)〔の〕人もめもあやにあさましきことに申し思(おも)へり。一の御(み)子(こ)おはする女御(にようご)を置きながら、かく御(み)子(こ)もおはせぬ女御(にようご)の后(きさき)にゐ給(たま)ひぬること、やすからぬことに世(よ)〔の〕人なやみ申て、すばらの后(きさき)とぞつけ奉(たてまつ)りたりける。されどかくてゐさせ給(たま)ひぬるのみこそめでたけれ。
東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)、いのちあらばとは覚しながら、なをあかずあさましきことに思(おぼ)し召(め)す。ゐんの女御(にようご)の御(おほん)ことを思(おぼ)し嘆(なげ)くに、又(また)、「この御ことを世(よ)〔の〕人もみ思(おも)ふらんこと」ゝ、べての世(よ)さへめづらかに思(おぼ)し召(め)して、かの堀河(ほりかは)の大臣(おとど)の御しわざはなにゝかはありける、こたみの御門(みかど)の御(おほん)心(こころ)おきては、ゆゝしう心(こころ)憂く思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふもをろかなり。かばかりのひとわらはれにて、世(よ)にあらでもあらばやと覚しながら、「さりともかうでやむやうあらじ。人の有様(ありさま)をば、われこそは見はてめ」と、つよう思(おぼ)して、女御(にようご)
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の御ことののち、いとゞ御かどさしがちにておとこ君達(きんだち)、すべてさべきことゞもにもいでまじらはせ給(たま)はず。うちの御つかひ女御(にようご)殿(どの)に日々に参(まゐ)れど、二三度がなかに御かへりは一度などぞ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。一品(いつぽん)のみやもいと心(こころ)憂きことに思(おぼ)し申させ給(たま)ひ、
 わかみやの美(うつく)しうおはしますらんも、今年(ことし)は三つにならせ給(たま)へば、あきつかた御(おほん)はかまぎのことあるべう、うちにはつくもどころに御ぐどもせさせ給(たま)ひ、その御ことども思(おぼ)しまうけさせ給(たま)ふべし。ゐんの女御(にようご)の御のちのことゞもし果てさせ給(たま)ひて、つれづれに思(おぼ)さるゝまゝには、たゞこのみやたちの御あつかひをせさせ給(たま)ふ。
このとのは、うへもおはせねば、此の女御(にようご)殿(どの)の御かたにさぶらひつる大輔といふ人をつかひつけさせ給(たま)ひて、いみじう思(おぼ)しときめかし、つかはせ給(たま)ひければ、権の北の方にてめでたし。ゐんの二・三・四のみやの御めのとたち、大弐のめのと・少輔のめのと・みんぶのめのと・ゑもんのめのとなにくれなど、いとおほく候ふに、御めも見たてさせ給(たま)はぬに、たゞこの大輔をいみじきものにぞ思(おぼ)し召(め)したる。
 梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)の御けしきもつゝましう思(おぼ)されて、うちには、わかみやの御(おほん)はかまぎのことを、御心(こころ)のかぎり覚し〔めし〕急(いそ)がせ給(たま)ふもさすがなり。それは女御(にようご)の御(おほん)ためにをろかにおはしますにはあらで、太政(おほき)大臣(おとど)をいとをそろしき物に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふなりけり。
このふゆわかみやの御はかまぎは、東三条(とうさんでう)の院(ゐん)にてあるべう思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふを、うちには「などてか内(うち)にてこそ〔は〕」と思(おぼ)しの給(たま)はせて、しはす
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ばかりにと急(いそ)ぎたゝせ給(たま)ふ。女御(にようご)も参(まゐ)り給(たま)ひて、三日ばかりさぶらはせ給(たま)ふべし。さていみじう急(いそ)ぎたゝせ給(たま)ひて、その日になりて参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。そのほどのぎしき有様(ありさま)思(おも)ひやるべし。うへこの御(み)子(こ)を見奉(たてまつ)り給(たま)ふが、いみじう美(うつく)しければ、「この女御(にようご)の御ためにをろかなるさまに見えんはつみ得(う)らんかし。かばかり美(うつく)しうめでたくてわがつぎし給(たま)ふべき人を」と思(おぼ)し召め)して、いみじきことゞもをせさせ給(たま)ひ、女御(にようご)をも万(よろづ)に申させ給(たま)へど、心(こころ)とけたる御けしきにもあらぬをくち惜しく思(おぼ)し召(め)す。御はかま奉(たてまつ)りたる御有様(ありさま)いはんかたなく美(うつく)しうおはします。うへのにようばうなど見奉(たてまつ)りて、「うへの御ちごおひただかうぞおはしましゝ」など老いたる人は聞(き)こえさせあへり。
一品(いつぽん)のみやの御かたに、うへわかみやいだき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひておはしましたれば、いみじうもてけうじ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。「この御ためにをろかにおはします、いとあしきことなり」など申させ給(たま)へば、「いかで〔か〕をろかに〔は〕はんべらん。をのづからはべるなり」など聞(き)こえさせ給(たま)ふ。さまざまの御をくりものめでたくておはしましぬ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)・にようばうなどのさまざまめでたきことゞも、こまかにいみじうせさせ給(たま)ひて、四日といふあかつきに、女御(にようご)もわかみやも出でさせ給(たま)ふ。うへいみじうとゞめ奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、「いまこの頃(ごろ)すぐして、心(こころ)のどかに」とていでさせ給(たま)へば、うへいとあかず〔思(おぼ)し召(め)せど、わが御心(こころ)のをこたりと〕思(おぼ)し召(め)さるべし。わかみやの御有様(ありさま)をいとこひしう御心(こころ)にかゝりて思(おぼ)し召(め)す。
 右の大臣(おとど)は、
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ゐんの故女御(にようご)の御はてもこの月(つき)にせさせ給(たま)ふべければ、まづこの御はかまぎのことをせさせ給(たま)へれば、いまはこの廿よ日御はてせさせ給(たま)ふ。哀(あは)れにいみじき御ことをあつかひ果てさせ給(たま)ひつ。
〔哀(あは)れもつきせず思(おぼ)し嘆(なげ)く。このわたりの御ことは、「さばれ、いみじくともいまひとゝせふたとせこそあらめ」と、心(こころ)づよく思(おぼ)し召(め)したり。〕
 かゝるほどに年号(ねんがう)もかはりて、ゑいぐはん元年といふ。正月より始(はじ)め、ことゞも世(よ)のつねにて過ぎもてゆく。そのごとくある折こそあれ、はかなく月日も過ぎもて行くに、わかみやを心(こころ)やすくもあらずもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふを、うちにもいとくるしう思(おぼ)し召(め)すべし。うへ、「いまはいかでおりなん」とのみ〔ぞ〕思(おぼ)さるゝうちに、御もののけもおそろしうしげうをこらせ給(たま)ふにも、・れいぜんゐんはなを例(れい)の御心(こころ)はすくなくて、あさましくてのみすぐさせ給(たま)ふに、はかなくてゑいぐはん二年になりぬ。「今年(ことし)だにかならず」と思(おぼ)し召(め)して、人しれずさるべきやうに思(おぼ)し召(め)さるべし。東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)たはやすく参(まゐ)り給(たま)はぬを、いとあやしうのみ思(おぼ)しわたる。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)の御もとにも、なをわかみやの御(おほん)いのり心(こころ)ことにせさせ給(たま)ふ。かくてさるべきつかさかうぶりなど、おほくよせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
ときどきのことゞもはかなく過ぎもて行きて、七月、相撲(すまゐ)もちかくなれば、「これをわかみやに見せ奉(たてまつ)らばや」との給(たま)はすれど、大臣(おとど)すこしふさはぬさまにてすごさせ給(たま)ふに、たびたび「大臣(おとど)参(まゐ)らせ給(たま)へ」とうちよりめしあれど、みだりかぜなどさまざまの御(おほん)さはりどもを
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申させ給(たま)ひつゝ参(まゐ)らせ給(たま)はぬを、相撲(すまゐ)ちかくなりて、しきりに「参(まゐ)らせ給(たま)へ」とあれば、参(まゐ)り給(たま)へれば、いとこまやかに御ものがたりありて、「くらゐにつきて今年(ことし)十六年になりぬ。いまゝであべうも思(おも)はざりつれど、月日のかぎりやあらん、かく心(こころ)よりほかにあるを、この月(つき)は相撲(すまゐ)のことあればさはがしかるべければ、来月ばかりにとなん思(おも)ふを、『東宮(とうぐう)くらゐにつき給(たま)ひなば、わかみやをこそは春宮(とうぐう)にはすへめ』と思(おも)ふに、いのりところ<”によくせさせ〔て〕、思(おも)ひのごとくあべくいのらすべし。をろかならぬ心(こころ)のうちを知らで、たれ<も心(こころ)よからぬけしきのある、いとくち惜しきことなり。あまたあるをだに、人は子をば、いみじきものにこそ思(おも)ふなれ。ましていかでかをろかに思(おも)はん」など、万(よろづ)あるべきことどもおほせらるゝうけたまはりて、かしこまりてまかで給(たま)ひて、女御(にようご)殿(どの)にものさざめき申させ給(たま)ひて、御(おほん)となぶら召し寄せてこよみ御覧(ごらん)じて、ところ<”に御(おほん)いのりづかひども立ちさはぐを、かう<との給(たま)はせねど、殿(との)の中(なか)の人々、けしきを見て思(おも)へるさま、いふもをろかにめでたし。このいゑのこの君達(きんだち)、いみじうえもいはぬ御けしきどもなり。さて相撲(すまふ)などにもこの君達(きんだち)参(まゐ)り給(たま)ふ。大臣(おとど)の御(おほん)心(こころ)のうちはればれしうてまじらはせ給(たま)ふ。
かくて八月になりぬれば、廿七日御譲位とてのゝしる。その日になりぬれば、御門(みかど)はおりさせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)はくらゐにつかせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)には梅壺(むめつぼ)のわかみやゐさせ給(たま)ひぬ。いへばをろかにめでたし。世(よ)はかうこそはと見え聞(き)こえたり。
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おりゐの御門(みかど)は、堀河(ほりかは)の院(ゐん)にぞおはしましける。いまの御門(みかど)の御(おん)年(とし)などもおとなびさせ給(たま)ひ、御(おほん)心(こころ)をきてもいみじういろにおはしまして、いつしかとさべき人々の御むすめどもをけしきだちの給(たま)はす。太政(おほき)大臣(おとど)この御世(よ)にもやがて関白(くわんばく)せさせ給(たま)ふ。中(なか)ひめぎみ十月に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。まづほかをはらひ、われ一の人にておはしませば、さはいへど御心(こころ)のまゝに思(おぼ)しをきつるも、あるべきことなりとぞみえたる。
御即位・大嘗会(だいじやうゑ)御はらへやなど、ことゞも過ぎてすこし心(こころ)のどかになるほに、太政(おほき)大臣(おとど)急(いそ)ぎ立ち参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。女御(にようご)の御(おほん)有様(ありさま)つかうまつる人にも七八年にならぬかぎりは見えさせ給(たま)ふことかたければ、とかくの御有様(ありさま)聞(き)こえがたし。まさにわろうおはしまさんやは。かくやむごとなくおはしませば、いといみじうときにしも見えさせ給(たま)はねど、大臣(おとど)、「后(きさき)には、我あらば」と思(おぼ)すべし。
かゝるほどにしきぶきやうのみやのひめぎみ、いみじう美(うつく)しうおはしますといふことを聞(き)こし召(め)して、日々に御ふみあれば、「かばかりの人を引きこめてあるべきにあらず」と覚して急(いそ)ぎたち参(まゐ)らせ給(たま)ふ。故村上のいみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえたまひし四の宮の源帥の御むすめのはらに産(う)ませ給(たま)へば、ひめみやにて御なからひもあてにめでたうて、ひめみやもいと美(うつく)しうおはしますを、あべいかぎりにて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、たゞいまはいといみじう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、かひありてめでたし。たゞいまはかばかりにておはし
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ぬべきを、又(また)、「ともみつの大将(だいしやう)のひめぎみ参(まゐ)らせ給(たま)へ」と、きうにの給(たま)はすれば、「いかゞせまし」と思(おぼ)しやすらふに、「東宮(とうぐう)はちごにおはします。かやうのかたにもと思(おも)はんには、さは参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らんのみこそはよからめ。又(また)、このひめぎみをたれかをろかには思(おぼ)さん」などおもほし立ちて、参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。
この大将(だいしやう)どのは、堀河(ほりかは)殿(どの)の三郎、あるがなかにめでたきおぼえおはしき。いまにことに捨てられ給(たま)はず。はゝうへは、九条(くでう)殿(どの)の御むすめ登花殿の内侍(ないし)のかみの御はらに、えんぎの御門(みかど)の御(み)子(こ)の重明のしきぶきやうのみやの御むすめにおはします。そのひめぎみにて、世(よ)におかしげなる御おぼえおはす。えもいはずめでたうおはすなれば、「さりともをろかならんやは」とて、参(まゐ)らせ奉(たてまつ)りたまはんと、思(おぼ)したちて、しはすに参(まゐ)り給(たま)ふ。故堀河(ほりかは)殿(どの)の御(おほん)たからは、この大将(だいしやう)の御(おほん)もとにぞみなわたりにたる。この中宮(ちゆうぐう)の御ものゝぐどもゝ、たゞこのとのをいみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりければ、それもみなこのとのにぞわたりにける。いみじうめでたくて参(まゐ)らせ給(たま)へる。
このはゝみやにはとのはいまは御(おほん)心(こころ)かはりて、びはの大納言(だいなごん)のぶみつのきたのかたは、故あつたゞごん中納言(ちゆうなごん)の御むすめなり、それに大納言(だいなごん)うせ給(たま)ひてのちはおはし通(かよ)ひて、このうへをばたゞよそ人のやうにておはするに、おとこ君達(きんだち)二人このひめぎみとおはすれば、何事(なにごと)もやむ事なくぞ思(おも)ひ聞(き)こえたまへれど、さやうのことはおなじところにてあつかひ聞(き)こえ給(たま)はんこそよかべけれ、よそ<にはならせ
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給(たま)へるか。かのびはのきたのかたいみじうかしこうものし給(たま)ふ人なり。このうへはちごのやうにおはしければ、「いかに」とのみ世(よ)〔の〕人いひ思(おも)へり。故一条(いちでう)大将(だいしやう)のきたのかたも、此のびはの大納言(だいなごん)の御むすめにおはしければ、いとおとな<しき御(おほん)まゝむすめのほどなどを、世(よ)〔の〕人うち<には聞(き)こゆべかめれど、おほかた大将(だいしやう)の御おぼえのいといみじければ、人もえ聞(き)こえぬなるべし。「御はゝばかり」とぞいはれ給(たま)ひける。
かくて女御(にようご)参(まゐ)らせ給(たま)へれば、御門(みかど)さまあしくときめかし聞(き)こえ給(たま)ふ。ときにおはしつるみやの女御(にようご)、御とのゐ、此の頃(ごろ)はおされ給(たま)へり。みやの女御(にようご)、「いでや」などものむつかしう思(おぼ)し召(め)すほどに、一月ばかりひまなうまうのぼらせ給(たま)ひ、こなたに渡らせ給(たま)ひなどして、こと人おはするやうにもあらずもてなさせ給(たま)ふ。「さは、かうにこそは」と思(おも)ふほどに、年もかへりぬ。
元三日のほどよりして、いまめかしうさはやかなる御まつりごとゞもにて、太政(おほき)大臣(おとど)もなまさまあしう、心(こころ)えぬことに思(おぼ)すべかめれど、世(よ)にしたがふ御心(こころ)にて、さてありすぐし給(たま)ふほどに、かんゐんの大将(だいしやう)殿(どの)の女御(にようご)の御とのゐあやしうかれがれになりて、はては、「のぼらせ給(たま)へ」といふこと思(おも)ひかけずなりぬ。たはぶれの御せうそこだに絶(た)えはてゝ一二月になりゆく。「あさましう、いかにしつることぞ」など、大将(だいしやう)に万(よろづ)に覚し惑(まど)へど、かひなくて、人わらはれにいみじき御(おほん)有様(ありさま)にて、おなじうちにおはします人のやうにもあらずなりはてぬれば、しばしこそ
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あれ、人目もはづかしうて、すべなくてまかで給(たま)ふを、いさゝか御出で入りをだに知(し)らせ給(たま)はずなりぬ。あさましういみじう心(こころ)憂きことには、たゞいま世(よ)にこのことよりほかに申しいふことなし。大将(だいしやう)どのも、「うちへ参(まゐ)ればむねいたし」とて、かきこもりゐ給(たま)ひぬ。世(よ)のためしにもしつべし。「御まゝはゝのきたのかたのいかにし給(たま)ひつるにか」とまで、世(よ)の人申し思(おも)へり。御門(みかど)のわたらせ給(たま)ふうちはしなどに人のいかなるわざをしたりけるにか、われものぼらせ給(たま)はず、うへもわたらせ給(たま)はず、目もあやにめづらかにてまがで給(たま)ひにしかば、そのゝち「さることやありし」といふことゆめになし。なにをかきみなども絶(た)えて参(まゐ)り給(たま)はずなりぬ。世(よ)のためしにもなりぬべし。
かくて又(また)、小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)の御(おほん)むすめ・一条(いちでう)大納言(だいなごん)の御むすめなどに、よるひるわかぬ御ふみもて参(まゐ)れど、小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)は、かんゐんの大将(だいしやう)の女御(にようご)の、おぼつかなからぬほどの御なからひにて、あさましく心(こころ)憂しと思(おぼ)し絶(た)えたれば、いひわづらはせ給(たま)ひぬ。むらかみなどは、十、二十人の女御(にようご)・みやすどころおはせしかど、ときあるもときなきも、なのめになさけありて、けざやかならずもてなさせ給(たま)ひしかばこそありしか、これはいとことのほかなる御(おほん)有様(ありさま)なれば、覚し絶(た)えぬるなるべし。
一条(いちでう)の大納言(だいなごん)は、はゝもおはせぬひめぎみを、我御ふところにておほしたて奉(たてまつ)りたれば、万(よろづ)いとつゝまじき世(よ)の御(おほん)心(こころ)もちゐなれば、つゝまじう思(おぼ)しながら、いまの御門(みかど)の御(おほん)をぢ義懐中納言(ちゆうなごん)は、
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かの一条(いちでう)大納言(だいなごん)のおほいぎみの御をとゝにてものし給(たま)ひければ、それをたよりにて、常に中納言(ちゆうなごん)をせめさせ給(たま)ふなりけり。さてやう<おもほし立つなるべし。なをしきぶきやうのみやの女御(にようご)ぞときめかせ給(たま)ふ。大殿(おほとの)の女御(にようご)始(はじ)めよりなのめにてなか<さまよくおはします。一月に四夜五夜の御とのゐは絶(た)えずおなじやうなり。
かかるほどに、一条(いちでう)の大納言(だいなごん)の御(おほん)ひめぎみしたてゝ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。このひめぎみは、をのゝみやの大臣(おとど)清慎公の御太郎あつとしの少将(せうしやう)の御(おほん)むすめのはらに、おとこぎみ・女君(をんなぎみ)とおはしけるなり、手かきのすけまさのひやうぶきやうの御(おほん)いもうとのきみの御はらなりけり。ちゝのとのは九条(くでう)殿(どの)の九郎君、ためみつと聞(き)こゆ。いづれもおとりまさると聞(き)こゆべきにもあらず、たれかは其のけぢめのこよなかりける。いとおどろ<しきまでにて参(まゐ)らせ給(たま)へり。こき殿(どの)にすませ給(たま)ふ。すべてこれはもろ<にまさりていみじうときめき給(たま)へば、大納言(だいなごん)いみじううれしう思(おぼ)して、いとゞ御いのりをせさせ給(たま)ふ。又(また)、「いかに」とも思(おぼ)し嘆(なげ)くべし。いとあまりさまあしき御おぼえにてあまたの月日も過ぎもていけば、かたへの御(おほん)かたがた、「いとさまあしう、かゝることはいまもむかしもさらに聞(き)こえぬことなり。」「ひさしからぬものなり」など、きゝにくゝのろ<しきことゞもおほかり。
かゝるほどにたゞならずならせ給(たま)ひにけり。いといみじう、はかなき御(おほん)くだものもやすくも聞(き)こし召(め)さず。たゞ、「まづ<こき殿に」とのみの給(たま)はすれば、御おぼえめでたけれど、大納言(だいなごん)もかたはらいたき
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まで思(おぼ)しけり。三月にて奏していで給(たま)はんとするに、万(よろづ)にとゞめ聞(き)こえ給(たま)ひて、五月ばかりにてぞ出でさせ給(たま)ふ。万(よろづ)御(おほん)つゝしみも御さとにて心(こころ)やすくと思(おぼ)すに、いまゝでいでさせ給(たま)はざりつるに、かく出でさせ給(たま)ひて、手をわかちて万(よろづ)にせさせ給(たま)ふ。始(はじ)めは御つはりとてものも聞(き)こし召(め)さゞりけるに、月(つき)頃(ごろ)すぐれどおなじやうにつゆもの聞(き)こし召(め)さで、いみじうやせほそらせ給(たま)ふ。いみじきわざに思(おぼ)して、万(よろづ)に手惑(まど)ひ、しのこすことなくいのらせ給(たま)ふに、たちばなひとつも聞(き)こし召(め)しては御(おほん)身にもとゞめず、あさましう哀(あは)れに心(こころ)ぼそげにのみ見えさせ給(たま)へば、ちゝ殿(との)のむねふたがりては、やすからずうち嘆(なげ)きつゝあつかひ聞(き)こえ給(たま)ふ。
うちよりも御修法あまたせさせ給(たま)ふ。くらづかさより万(よろづ)のものをもてはこばせ給(たま)ふ。よるよなかわかぬ御つかひのしげさに殿上人(てんじやうびと)・くらんどもあまりにわびにたり。しばしもとゞこほるをば御簡をけづらせ給(たま)ひ、御かしこまりなどさまざまおどろ<しければ、さても六ゐのくらんどなどはいとよしや、さるべきとのばらの君達(きんだち)などはいと堪えがたきことに思(おも)ふべし。はかなき御くだものなども、かしこにはつゆかひなう聞(き)こし召(め)さねど、「まづまづ」と奉(たてまつ)らせ給(たま)ふを、大納言(だいなごん)、「いと世(よ)づかずや」など、うち嘆(なげ)きつゝすぐし給(たま)ふほどに、せめておぼつかなくこひしく思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ひて、「たゞよひのほど」ゝのみの給(たま)はすれど、え思(おぼ)したゝぬに、女御(にようご)もさすがにおぼつかなげに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、大納言(だいなごん)どの、
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たゞひとひふつかと思(おぼ)し立ちて参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。
こき殿に参(まゐ)らせ給(たま)ふとて、御しつらひなどいふことを、かたへの御かたがたのくちよからぬ人々、「ゆゝしういま<しきこと」ゝ聞(き)こゆ。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、哀(あは)れにうれしう思(おぼ)し召(め)して、よるひるやがて、おものにもつかせ給(たま)はで入り臥させ給(たま)へり。「あさましう物ぐるをし」とまでうちのわたりには申しあへり。女御(にようご)は参(まゐ)らせ給(たま)へりし折のやうにもあらず、かくたゞならずならせ給(たま)ひてのちは、うちにおはしましゝ折よりもこよなくほそらせ給(たま)へりしを、まいて此たびはその人と〔も〕見えさせ給(たま)はず、あさましうならせ給(たま)へり。いとざれおかしうおはせし人ともおぼえず、いみじうしめらせ給(たま)ひて、たゞあべいにもあらぬ嘆(なげ)きをのみせさせ給(たま)へば、うへも泣きみわらひみ、なみだにしづませ給(たま)へり。いみじう哀(あは)れにかなしき御ことゞもなり。
さて三日ありて出でさせ給(たま)ひなむとて、御(おほん)むかへの人々・御(おほん)くるまなどあれど、すべて許し聞(き)こえさせ給(たま)はで、「いま一夜<」ととゞめ奉(たてまつ)らせ給(たま)へるほどに、七八日になりぬれば、「御つゝしみもよそよそにてはいとうしろめだし」とて、大納言(だいなごん)いとまめやに奏し給(たま)へば、泣く<御いとま許させ給(たま)ひても、御輦車ひき出でてまかでさせたまふまで、出でゐさせ給(たま)へり。大納言(だいなごん)哀(あは)れにかたじけなふ思(おぼ)されで、わが御めいぼくもめでたくて、さまざま御(おほん)なみだも出でければ、ゆゝしくて忍(しの)びさせ給(たま)ふ。中(なか)<わりなく思(おぼ)されて、うへさへ例(れい)の
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やうにもおはしまさぬを、にようばうなどもいとおしう聞(き)こえさす。一条(いちでう)殿(どの)の女御(にようご)は、月(つき)頃(ごろ)はさてもありつる御(おん)心地(ここち)に、こたみいでさせ給(たま)ひてのちは、すべて御ぐしももたげさせ給(たま)はず、あさましうしづませ給(たま)ひて、たゞときを待つばかりの御有さまなり。大納言(だいなごん)泣く<万(よろづ)に惑(まど)はせ給(たま)へど、かひなくて、はらませ給(たま)ひて、八月といふにうせ給(たま)ひぬ。大納言(だいなごん)殿の御有様(ありさま)、かきつゞけずとも思(おも)ひやるべし。
うちにもたれこめておはしまして、御こゑも惜しませ給(たま)はず、いとさまあしきまでなかせ給(たま)ふ。御(おほん)めのとたちせいし聞(き)こえさすれど、聞(き)こし召しいれず。哀(あは)れにいみじ。一条(いちでう)どのには、さてのみやはとて、例(れい)の作法のことゞもしたゝめ聞(き)こえ給(たま)ふも、あさましう心(こころ)うし。「ゐて出で奉(たてまつ)る折などは、后(きさき)になし奉(たてまつ)りて、御輿にて出だし入れ奉(たてまつ)りて、見奉(たてまつ)らんとこそ思(おも)ひしが、かくやは」と伏しまろび泣かせ給(たま)ふ。うちにはさべき御心(こころ)よせの殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)のむつまじきかぎりは、皆かの御送りに出だし立てさせ給(たま)ふ。我がよそに聞くことのかなしさを、かへすがへす覚し惑(まど)はせ給(たま)ふ。夜一夜御とのごもらで思(おぼ)しやらせ給(たま)ふ。
大納言(だいなごん)どのは御(おほん)くるまのしりにあゆませ給(たま)ふも、たゞたふれ惑(まど)ひ給(たま)ふさまいみじ。はてはくもきりにてやませ給(たま)ひぬ。うちにもとにも、「あないみじ、かなし」とのみ思(おぼ)し惑(まど)ふほどに、はかなう月日も過ぎもて行きて、さべき御仏経の急(いそ)ぎにつけても御なみだひるまなし。うちにもこの御いみのほどは、絶(た)えていづれの御かたがたもつゆまうのぼらせ給(たま)はず。みや
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の女御(にようご)をばさやうになど聞(き)こえさせ給(たま)ふ折あれど、「御(おほん)心地(ここち)なやまし」などの給(たま)はせつゝ、のぼらせ給(たま)はず。
かく哀(あは)れ<などありしほどに、はかなくくはんわ二年にもなりぬ。世(よ)の中(なか)正月より心(こころ)のどかならず、あやしうものゝさとしなどしげうて、うちにも御(おほん)ものいみがちにておはします。又(また)いかなるころにかあらん、世(よ)の中(なか)の人いみじくだうしん起こして尼法師(ほふし)になりはてぬとのみ聞(き)こゆ。これを御門(みかど)聞(き)こし召して、はかなき世(よ)を覚し嘆(なげ)かせ給たま)ひて、「哀(あは)れこき殿いかにつみふかゝらん。かゝる人はいとつみ重くこそあなれ。いかでかのつみをほろぼさばや」と思(おぼ)しみだるゝことゞも御(おほん)心(こころ)のうちにあるべし。この御心(こころ)のあやしうたうとき折おほく心(こころ)のどかならぬ御けしきを太政(おほき)大臣(おとど)覚し嘆(なげ)き、御(おほん)をぢ〔の〕中納言(ちゆうなごん)も人知れずたゞむねつぶれてのみ思(おぼ)さるべし。説経をつねに花山(くわさん)の厳久あざりをめしつゝせさせ給(たま)ふ。
御(おほん)心(こころ)のうちのだうしんかぎりなくおはします。「妻子珍寶及王位」といふことを、御(おほん)くちのはにかけさせ給(たま)へるも、惟成(これしげ)の弁、いみじうらうたき物につかはせ給(たま)ふも、中納言(ちゆうなごん)もろともに、「この御(おほん)だうしんこそうしろめたけれ。しゆつけにうだうもみな例(れい)のことなれど、これはいかにぞやある御(おほん)心(こころ)ざまのおり<いでくるは、こと<ならじ、たゞれいぜんゐんの御ものゝけのせさせ給(たま)ふなるべし」など嘆(なげ)き申しわたるほどに、なをあやしう例(れい)ならずものゝすゞろはしげにのみおはしますは、中納言(ちゆうなごん)なども御とのゐがちにつかうまつり給(たま)ふほど
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に、くはんわ二年六月廿二日の夜にはかにうせさせ給(たま)ひぬとのゝしる。
内(うち)のそこらの殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)、あやしのゑじ・じちやうにいたるまで、残るところなく火をともして、到らぬくまなくもとめ奉(たてまつ)るに、ゆめにおはしまさず。太政(おほき)大臣(おとど)より始(はじ)め、しよきやう・殿上人(てんじやうびと)残らず参(まゐ)りあつまりて、つぼ<をさへ見奉(たてまつ)るに、いづこにか〔は〕おはしまさん。あさましういみじうて、一てんがこぞりて、夜のうちにをき<固めさはぎのゝしる。中納言(ちゆうなごん)は守宮神・かしこ所の御(おほん)まへにて伏しまろび給(たま)ひて、「我がたからのきみはいづこにあからめせさせ給(たま)へるぞや」と、伏しまろび泣き給(たま)ふ。
やま<てらでらに手をわかちてもとめ奉(たてまつ)るに、さらにおはしまさず。女御(にようご)たちなみだを流し給(たま)ふ。「あないみじ」と思(おも)ひ嘆(なげ)き給(たま)ふほどに、なつの夜もはかなく明けて、中納言(ちゆうなごん)や惟成(これしげ)の弁など花山(くわさん)にたづね参(まゐ)りにけり。そこに目もつづらかなるこぼうしにてついゐさせ給(たま)へるものか。「あなかなしやいみじや」とそこに伏しまろびて中納言(ちゆうなごん)も法師(ほふし)になり給(たま)ひぬ。惟成(これしげ)の弁(べん)もなり給(たま)ひぬ。あさましうゆゝしう哀(あは)れにかなしとは、これよりほかのことあべきにあらず。かの御ことぐさの「妻子珍寶及王位」も、かく思(おぼ)しとりたるなりけりと見えさせ給(たま)ふ。「さても法師(ほふし)にならせ給(たま)ふはいとよしや。いかで花山(くわさん)までみちを知(し)らせ給(たま)ひて、かちよりおはしましけん」と見奉(たてまつ)るに、あさましうかなしう哀(あは)れにゝしくなん見奉(たてまつ)りける。
かくて廿三日に東宮(とうぐう)位につかせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)
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にはれいぜんゐんの二の宮ゐさせ給(たま)ひぬ。御門(みかど)は御(おほん)年(とし)なゝつにならせ給(たま)ひ、東宮(とうぐう)は十一にぞおはし〔まし〕ける。東宮(とうぐう)もこの東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)の御孫にこそおはしませ。いみじうめでたきことかぎりなし。これ皆あべいことなり。
さても花山(くわさん)の院(ゐん)〔は〕三界(さんがい)の火宅(くわたく)を出でさせ給(たま)ひて、四衢道のなかの露地におはしましあゆませ給(たま)ひつらん御足のうらには千幅輪のもんおはしまして、御(おほん)足の跡には、いろ<の蓮(はちす)ひらけ、御くらゐじやうぼんじやうしやうにのぼらせ給(たま)はんは知らず、この世(よ)にはここのへのみやのうちのともしび消えて、頼(たの)みつかうまつるおとこをんなは暗き世(よ)に惑(まど)ひ、哀(あは)れに悲しくなん。さても中納言(ちゆうなごん)もそひ奉(たてまつ)り給(たま)はず、飯室といふところにやがて籠りゐ給(たま)ひぬ。惟成(これしげ)入道は、ひじりよりもげにめでたくをこなひてあり。花山(くわさん)の院(ゐん)は御受戒、このふゆとぞ思(おぼ)し召(め)しける。あさましきことゞもつぎ<の巻々にあるべし。



栄花物語詳解巻三


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栄花物語詳解 巻二
     和田英松・佐藤球 合著
S03〔栄花物語巻第三〕 さまざまのよろこび
\かくて御門(みかど)・東宮(とうぐう)たゝせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、東三条(とうさんでう)の大臣(おとど)、六月廿三日に摂政の宣旨かうぶら/せ\給(たま)ふ。准三宮/に/ぞ、内舎人随身二人、左右近衛兵衛などの御随身つかうまつる。右大臣(うだいじん)/に/は、御はらからの一条(いちでう)大納言(だいなごん)と聞(き)こえつる、なり給(たま)ひ/ぬ。七月五日、梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)后(きさき)にたゝせ給(たま)ふ。皇太后宮(くわうたいこうぐう)と聞(き)こえさす。家(いへ)の子(こ)の君達(きんだち)、后(きさき)のひとつ御はら/のは\三所ぞおはする。又(また)御くらゐどもあさけれど、上達部(かんだちめ)/に\なりもておはす。ひとつ御腹の太郎ぎみは、三位の中将(ちゆうじやう)にておはしつる、中納言(ちゆうなごん)になり給(たま)ひ/て、やがて此の宮の大夫になり給(たま)ひ/ぬ。二郎ぎみは蔵人の頭にておはしつる、宰相(さいしやう)になり給(たま)ひ/ぬ。三郎ぎみ/は、四位少将(せうしやう)にておはしつる、三位中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ひ/ぬ。閑院(かんゐん)の左大将(さだいしやう)は、東宮(とうぐう)大夫になし奉(たてまつ)り給(たま)へり。これにつけてもこと<”/ならず、かのちゝ大臣(おとど)の御心(こころ)ざまを思(おぼ)しいづるなるべし。「世の中にいふたとへのやうに思(おぼ)すにや」/と、あいなうこそはづかしけれ。殿(との)/の御むすめとなのり給(たま)ふ¥人ありけり。殿(との)/の御(おほん)-心地(ここち)にも、「さもや」/と思(おぼ)しける人参(まゐ)り給(たま)ひ/て、宮の宣旨になり給(たま)ひ/ぬ。東宮(とうぐう)
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/に/は、九条(くでう)-殿(どの)の御(おほん)-むすめといはれ給(たま)ふ、又(また)先帝の御時の御息所(みやすどころ)にて\ものし給(たま)ひ/しやがてひとつはらから/の、内侍(ないし)のすけたちになりて、藤内侍(ないし)のすけ、橘内侍(ないし)のすけなどいひ/て、やむごとなくてさぶらひ給(たま)ふ。ごん大納言(だいなごん)といひける人の御(おほん)-むすめなるべし。
東宮(とうぐう)は今年(ことし)十一にならせ給(たま)ひ/に/けれ/ば、この十月に御げんぶく/の\ことあるべきに、大殿(おほとの)/の御(おほん)-むすめ、たいの御かたといふ人の腹におはするをぞ、内侍(ないし)のかみになし奉(たてまつ)り給(たま)ひ/て、やがて御-そひぶし/に/と\覚しをきてさせ給(たま)ひ/て、その御調度ども、夜を昼に急(いそ)がせ給(たま)ふ。たいの御かた、いといろめかしう、世のたはれ人にいひ思(おも)はれ給(たま)へるに、この内侍(ないし)のかんの殿(との)/の御ゆかりに、たゞいまはいといみじうおぼえめでたけれ/ば、世の人、「さば、かうもありぬべきことにこそありけれ」/と\いひ思(おも)ひ/たり。そのおとうとの女君(をんなぎみ)は、この殿(との)/の中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/の\御女とあれば、宮の御-ぐしげ-殿(どの)/に\なさせ給(たま)ひ/つ。たいの御かたはいとやむごとなき人ならねど、大貳なりける\人/の、むすめ/を\いみじうかしづきめでたうてあらせけるほどに、あまりすき<”しうなりて、いろごのみ/に\なりにけるとなん。この中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、幸ふかう人にわづらはしとおぼえたる\人/の\くにぐにあまたおさめたりける。かの男子(をのこご)をんなごども\あまたありける、むすめのあるがなかに、いみじうかしづき思(おも)ひ/たりけるを、「男あはせん」/など思(おも)ひけれど、人の心(こころ)の知りがたうあやうかりけれ/ば、たゞ「みやづかへをせさせん」/と思(おも)ひなりて、先帝の御時に、おほやけみやづかへ
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/に\出だし立てたりけれ/ば、女なれど、まなゝどいとよく書き/けれ/ば、内侍(ないし)になさせ給(たま)ひ/て、高内侍(ないし)とぞいひける、この中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、万(よろづ)にたはれ給(たま)ひ/ける中に、人よりことに志(こころざし)ありて\思(おぼ)されけれ/ば、これをやがてきたのかたにておはしけるほどに、女君(をんなぎみ)-達(たち)三四人、おとこぎみ三人出で来給(たま)ひ/に/けれ/ば、いとゞいみじきものにおぼしながら、なを御たはれはうせざりけれ/ば、この御-子ども/と\いはれ給(たま)ふ\君達(きんだち)あまたになり給(たま)へど、なをこのむかひばら/の/を\いみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へるうちに、はゝきたのかた/の\ざえ/などの、人よりことなりければにや、この殿(との)/のおとこ君たち/も〔女君(をんなぎみ)-達(たち)/も〕\みな、御年のほどよりはいとこよなうぞおはしける。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/の、御かたち/も\心(こころ)/も\いとなまめかしう御心(こころ)ざま\いとうるはしうおはす。この中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)の御ほかばら/の\太郎君をば、大千代ぎみ/と\聞(き)こゆるを、摂政-殿(どの)\とりはなち\わ/が\御-子/に\せ/させ給(たま)ひ/て、こ/の-頃(ごろ)中将(ちゆうじやう)など聞(き)こゆるに、むかひばらのあにぎみ/を\こちよぎみとつけ奉(たてまつ)り給(たま)へり。摂政殿の二郎ぎみ\宰相(さいしやう)-殿(どの)は、御かほいろあしう、毛ぶかく、ことのほかに見にくゝおはするに、御心(こころ)ざまいみじうらう<じう\をゝしう、けおそろしきまでわづらはしう\さがなうおはして、中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)をつねにをしへ聞(き)こえ給(たま)ふ\御心(こころ)ざまなる。きたのかたには、くなひきやうなりける\人/の、むすめおほかりける/を/ぞ、ひとりものし給(たま)ひ/ける。くなひきやうは、九条(くでう)-殿(どの)/の御子にておはしける。ことにたはれ給(たま)ふ¥ことなく、万(よろづ)をおぼしもどきたり。
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\きさいのみやの藤内侍(ないし)のすけの腹にぞ、御女一人おはすれど、なにとも思(おぼ)さず。きたのかたの御腹/に、男君たち\あまたおはするに、女君(んなぎみ)のおはせ/ぬ/を\いと口惜しきことにおぼすべし。五郎ぎみ三位中将(ちゆうじやう)にて、御かたちより始(はじ)め、御心(こころ)ざまなど、あに君-たち/を\いかに見奉(たてまつ)りおぼすにかあらん、引きたがへ、さまざまいみじうらう<じう\をゝしう、道心/も\おはし、わ/が\御方に心(こころ)よせある\人/など/を\心(こころ)ことに覚しかへりみ\はぐくませ給(たま)へり。御心(こころ)ざますべてなべてならず、あべきかぎりの御心(こころ)ざまなり。きさいのみや/も、とりわき思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ひ/て、わ/が\御(み)-子(こ)と聞(き)こえ給(たま)ひ/て、心(こころ)ことに何事(なにごと)も思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。たゞいま御(おほん)-年\廿/ばかりにおはするに、たはぶれにあだ<しき御心(こころ)なし。それは御心(こころ)のまめやかなるにもあらねど、「人にうらみ/られ/じ、女/に\つらしと思(おも)はせぬやうに、心(こころ)ぐるしかべい\ことこそなけれ」/とおぼし/て、おぼろ-げ/に\おぼす\人/に/ぞ、いみじう忍(しの)び/て\ものなどもの給(たま)ひ/ける。かうやむごとなき御心(こころ)ざまを、をのづからよにもり聞(き)こえて、われも<とけしきだち聞(き)こゆるところ<”\あれ/ど、「今しばし、思(おも)ふ心(こころ)あり」/とて、さらにきゝ入れ給(たま)はねば、大との/も、「あやしう、いかに思(おも)ふにか」/とぞ覚しの給(たま)ひ/ける。
大との/は、ゐんの女御(にようご)/の\御(おほん)-男御子たち三ところを、みな御ふところにふせ奉(たてまつ)り給(たま)へるを、二宮は東宮(とうぐう)/にゐさせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、今は三四の宮/を、いみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、ある/が
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\なか/に/も\東宮(とうぐう)と四の宮/と/ぞ、たぐひなきものに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へるも、来年ばかり御元服はとおぼしめす。かくて十月になりぬれ/ば、御禊・大嘗会(だいじやうゑ)とて、世ののしりたり。御門(みかど)なゝつにおはしませば、御こしにはみやもろともに奉(たてまつ)るべけれ/ば、宮の御(おほん)-方の女ばうなど、さまざまいみじう世のゝしりたり。女御代(にようごだい)の御ことなど、すべて\世/の\いみじき大事なり。かくて御禊になりぬれ/ば、東三条(とうさんでう)のきたおもてのついひぢくづして、御(おほん)-さじき\せ/させ給(たま)ひ/て、宮たちも御覧(ご-らん)ず。そのほどのぎしき有様(ありさま)、え/も-いは/ずめでたきに、ひとつ御こしにて宮おはします。宮の女ばうがたのくるま廿、又(また)内(うち)の女ばうのくるま十、女御代(にようごだい)の御くるまなど、そへてえ/も-いは/ぬことゞもは、まねびつくすべくもあらず。つね/の\ことなればをしはかるべし。ことゞもはつるほどに、摂政(せつしやう)-殿(どの)おはします。御随身ども、いはんかたなく\つきづきしきさまにてうち出でたるに、又(また)御前の人々など、やむごとなく\きらゝかなるかぎりをえらせ給(たま)へり。「あなめでた」/と見えさせ給(たま)ふ/に、東三条(とうさんでう)の御さじき/の\御簾/の\かたはしをしあけさせ給(たま)ひ/て、四の宮いろ<の御ぞもに、こき御ぞなどのうへ/に、をりもの〔/の〕御なをしを奉(たてまつ)りて、御簾のかたそばよりさしいでさせ給(たま)ひ/て、「や、大臣(おとど)こそ」/と申させ給(たま)へ/ば、摂政(せつしやう)-殿(どの)あな、まさなど申さ/せ\給(たま)ひ/て、いと美(うつく)しう見奉(たてまつ)らせたまひ/て、うちゑませ給(たま)へるほど、すずろ/に見奉(たてまつ)る人いとゑましう思(おも)ひ奉(たてまつ)るべし。
さてその日も暮れぬれ/ば、大嘗会(だいじやうゑ)/の
P1108
\御急(いそ)ぎぞあるべき。東宮(とうぐう)の御元服十月とありつれど、かやうにさしあひたる御急(いそ)ぎどもにて、十二月ばかりにとおぼしめしたり。はかなう十一月(じふいちぐわつ)にもなりぬれ/ば、大嘗会(だいじやうゑ)/の\ことども急(いそ)ぎたちて、いと世〔/の〕中心(こころ)あはただしう、とばりあげ、なにくれの作法/の\ことゞも\いとさはがしう、おどろ<しうて、五節(ごせつ)/も、今年いまめかしさまさるべし。
かやうにて過ぎもていきて、十二月のついたち頃(ごろ)に、東宮(とうぐう)御元服あり/て、やがて内侍(ないし)のかみ参(まゐ)り給(たま)ふ。麗景殿(れいけいでん)にすませ給(たま)ふ。宮いと若(わか)うおはします。かんの殿は十五ばかりにぞなり給(たま)ふ。大殿(おほとの)/の御(おほん)-むすめ/に\おはしませば、「やがて御てぐるま、女御(にようご)や」/など、あべきかぎり\いともの<しう覚しかしづき奉(たてまつ)り給(たま)ふ/も、たいの御方のさいはいめでたく見えたり。まこと、九条(くでう)-殿(どの)/の十一郎君、宮をぎみ/と\聞(き)こえし人、この頃(ごろ)中納言(ちゆうなごん)にて\東宮(とうぐう)の権大夫にておはす。
はかなく年もかへりぬ。きさいのみや、東三条(とうさんでう)/の-院(ゐん)におはしませ/ば、正月二日行幸(ぎやうがう)あり。いといみじうめでたうて、みやづかさ・殿(との)/の家司など、加階しよろこびしのゝしる。つごもりになりぬれ/ば、つかさめし/に、中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)は大納言(だいなごん)になり給(たま)ひ/ぬ。宰相(さいしやう)-殿(どの)は中納言(ちゆうなごん)になり給(たま)ひ/ぬ。ことしは年号かはりて永延元年といふ。二月は例の神わざ-ども\しきり/て、所々のつかひたち、なにくれなどいふほど/に\すぎ/ぬ。三月はいはし水の行幸(ぎやうがう)あるべけれ/ば、いみじう急(いそ)がせ給(たま)ふ。行事、こ/の\ごん中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)せさせ給(たま)ふ。御くらゐまさら
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/せ\給(たま)ふ/べきにやとみえたり。宮例のひとつ御輿にておはしませば、御(おほん)-有様(ありさま)、いとところせきまでよそほし。
かゝる-ほど/に、三位中将(ちゆうじやう)-殿(どの)、土御門(みかど)の源氏の左大臣(さだいじん)-殿(どの)/の\御(おほん)-むすめ\ふた所、むかひばらにいみじくかしづき奉(たてまつ)り/て、きさきがねとおぼし聞(き)こえ給(たま)ふ/を、いかなるたよりにか、この三位どの、このひめ君をいかでと心(こころ)ふかうおもひ聞(き)こえ給(たま)ひ/て、気色(けしき)だち聞(き)こえ給(たま)ひ/けり。されど大臣(おと)\「あな物ぐるをし。ことのほか/や。誰かたゞいまさやうにくちはきゝばみ/たるぬしたち\出だし-入れては見んとする」/とて、ゆめに聞(き)こし召(め)しいれぬを、はゝうへ例の女に\似給(たま)は/ず、いと心(こころ)かしこくかど<しくおはして、「など/て/か、たゞこの君を聟にて見ざらん。ときどき物見などに出でゝ見るに、この君たゞならず見ゆる君なり。たゞわれにまかせ給(たま)へれかし。こ/の\ことあしうやありける」/と聞(き)こえ給(たま)へ/ど、殿、すべて「あ/べい\ことにもあらず」/とおぼい/たり。
この大臣(おとど)/は\はら<”/に\男君達(きんだち)いとあまたさまざまにておはしけり。女君(をんなぎみ)-達(たち)もおはすべし。この御腹/に/は、女君(をんなぎみ)二ところ・男三人なむおはしける。弁や少将(せうしやう)などにておはせ/し、法師(ほふし)になり給(たま)ひ/に/けり。又(また)おはする/も、世の中をいとはかなきものにおぼして、ともすればあくがれ給(たま)ふ/を、いとうしろめたきことに思(おぼ)されけり。
かくてこのはゝうへ、此の\三位殿(どの)/の御こと/を\心(こころ)づき/に\おぼし/て、たゞ急(いそ)ぎに急(いそ)がせ給(たま)ふ/を、殿は心(こころ)にゆか/ず\おぼい/たれど、たゞいま
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\御門(みかど)いと若(わか)うおはします、東宮(とうぐう)も又(また)さやうにおはしませ/ば、内、春宮(とうぐう)/と\おぼし-かくべきにもあらず。又(また)さ/べい\人/など/の、物物しうおぼすさまなる/も\たゞいまおはせ/ず。閑院(かんゐん)の大将(だいしやう)などこそは、きたのかた年老い給(たま)ひ/て、ありなしにて聞(き)こえなどすめれど、かのびはのきたのかたなどのわづらはしくて、このはゝきたのかたきこしめし入れず。たゞこの三位どのを急ぎたち給(たま)ひ/て、聟どり\給(たま)ひ/つ。そのほどの有様(ありさま)、いとわざとがましくやむごとなくもてなし聞(き)こえ給(たま)へれば、摂政(せつしやう)-殿(どの)、「くらゐなどまだ\いと浅き/に、かたはらいたきこと。いかにせん」/とおぼしたり。いとかひあるさまに通(かよ)ひありき給(たま)ひける\ほどなく、さきやうのかみになり給(たま)ひ/ぬ。いとわか<しからぬつかさなれど、「われもさてありしつかさなり」/などの給(たま)はせて、大殿(おほとの)のなし奉(たてまつ)らせ給(たま)へるなりけり。今二所のとのばらの御北の方たち、ことなることなうおもひ聞(き)こえたるに、「この殿/は、いとゞ物清くきらゝかにせさせ給(たま)へり」/と、世の人も殿の人も何事(なにごと)につけても心(こころ)ことにおもひ聞(き)こえたり。
かの花山(くわさん)/の-院(ゐん)は、こぞの冬、山にて御受戒せさせ給(たま)ひ/て、そのゝち熊野に参(まゐ)らせ給(たま)ひ/て、まだ\かへらせたまはざんなり。「いかでかゝる御ありき/を\しならはせ給(たま)ひ/けん」/と、あさましう\哀(あは)れ/にかたじけなかりける御すくせと見えたり。御をぢの入道(にふだう)中納言(ちゆうなごん)/は\たぐひ聞(き)こえ給(たま)は/ず、われは飯室といふ所に住み給(たま)ひ/て、いみじく世の中あらまほしう、出家の本意はかくこそ/と
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\見えて給(たま)へり。この三月/に、御房のまへのむめ/の、いとおもしろうさかりなりけれ/ば、ひとりごち給(たま)へりける、ひさしくありて、世にをのづからもり聞(き)こえたり/し、
@見し人もわすれのみゆくやまざとに心(こころ)ながくもきたる春かな W009。
\惟成(これしげ)/の-弁もいみじうひじりにて、「たゞいまのほとけかな」/と見え聞(き)こえてをこなひけり。
大殿(おほとの)の大納言(だいなごん)-殿(どの)/のおほひめぎみ、こひめぎみいみじくかしづきたてゝ、内、春宮(とうぐう)にとおぼし志(こころざし)たり。この大ちよぎみは、くに<”あまたしりたる人の、山の井といふ所に住む/が、むすめおほかるが、聟になり給(たま)ひ/ぬ。三・四/の-宮をばさらにも聞(き)こえさせ給(たま)はず、大殿(おほとの)、この君をいみじくおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。大納言(だいなごん)-殿(どの)これをばよそ人のやうにおぼして、こちよぎみ/を\「いかで<これとくなしあげん」/とぞおぼしためる。
かの土御門(みかど)-殿(どの)/に/は、少将(せうしやう)にておはしける\君、こ/の-頃(ごろ)又(また)出家し給(たま)へれば、殿、「いとあやしうあさましき事なり。この男(をのこ)どもの、このひめぎみの御うしろみどもをつかうまつらで、かくのみ皆なりはてぬる」/とおぼし嘆(なげ)きて、たづねとり給(たま)ひ/て、「かへり給(たま)へ<」/とせめ聞(き)こえ給(たま)へるも、いとわりなきことなりや。ほかばらの男君たち、なか</にいとさまざまになりはてゝおはしけり。かくてこの殿/に/は、さきやうのかんの殿(との)/のうへ、なやましげにおぼい/たるうちにも例せさせ給(たま)ふ¥ことなどもなかりけれ/ば、大殿(おほとの)も三位どの/も\いみじううれしくおぼされて、御いのりどもさるべういみじく
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\せ/させ給(たま)ふ。きたのかた・大うへ、御心(こころ)のいたるかぎり/の\ことどものこるなうせさせ給(たま)ふ。いとゞ物のはへある御(おほん)-さまなり。
ゐんはいみじうめでたく/ておはします。れいぜんゐんこそ、あさましうおはします\よひなき御有様(ありさま)なれば、このゐんは、いみじうおほくの人靡きてつかうまつれり。かくて永延二年になりぬれ/ば、正月三日ゐんに行幸(ぎやうがう)ありて、宮もおはしませ/ば、いとゞしうものゝぎしき有様(ありさま)まさり/て\心(こころ)ことにめでたし。御門(みかど)の御有様(ありさま)、いみじう美(うつく)しげにおはしますを、ゐんいとかひあり、え/も-いは/ず見奉(たてまつ)ら/せ\給(たま)ふ。御笛をぞ御心(こころ)に入れさせ給(たま)へれば、吹かせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、いみじうもてけうぜさせ給(たま)ふ。ゐんの御方/に/は、御門(みかど)の御をくり物/や\宮の御(おほん)-をくりものやなど、さまざまにせさせ給(たま)へり。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)の御禄など、すべて目もあやにおもしろくせさせ給(たま)へり。御(おほん)-めのとの内侍(ないし)のすけたちや、なべての命婦、蔵人、宮の御方の女ばう、すべてしものかずにもあらぬ衛士・仕丁まで皆、しなじな/に物給(たま)はせたり。又(また)院司・上達部(かんだちめ)や、さべき人々よろこびせさせ給(たま)へり。
かやうにこそあらまほしけれと見えさせ給(たま)ふ/に/も、れいぜんゐんの御有様(ありさま)を、まづ聞(き)こえさせけり。さておはしますにだに、その御かげにかくれつかうまつりたる\男女/は、たゞ、「くはんをんの衆生化度のため/に\あらはれさせ給(たま)へ/る」/と/ぞ\ましおもひたる。はかなく奉(たてまつ)りたる\御ぞや御ふすまなど/は、奉(たてまつ)るまゝに、やがてわれ/も<とおろし
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\まどひあひて、冬などもいとさむげにておはします/も\いとかたじけなし。この三・四の宮など、たまさかにも参(まゐ)らせ給(たま)ふ折は、いみじうぞめづらかに美(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。されど御ものゝけのいとおそろしけれ/ば、たはやすくも参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)は/ず。このゐんはかくこそおはしませ/ど、さべき御領の所々、いみじう御(おほん)-宝物おほくさぶらひけれ/ば、たゞこの東宮(とうぐう)やこのみや<にぞ皆得させ給(たま)へりける。
かゝる-ほど/に、このさきやうの大夫-殿(どの)/の\御うへ、けしきだち/て\なやましうおぼしたれば、御読経・御修法の僧ども/を/ば\さるものにて、しるしありと見え聞(き)こえたる僧侶たち\召し集めのゝしる。大とのよりも宮よりも、「いかに<」/とある御せうそこひまなふつゞきたり。さていみじうのゝしりつれど、いとたいらかに殊にいたうも悩ませ給(たま)はで、めでたき女ぎみむまれ給(たま)ひ/ぬ。此の御一家/に/は、始(はじ)めてをんなむまれ\給(たま)ふ/を\かならずきさきがねといみじきことにおぼしたれば、大とのよりも御よろこびたびたび聞(き)こえさせ給(たま)ふ。よろづいとかひある御(おほん)-ならひなり。七日/が\ほどの御(おほん)-有様(ありさま)、書きつゞくるも中</なれ/ば\え/も\まねばず。三日の夜は本家、五日の夜は摂政(せつしやう)-殿(どの)より、七日の夜はきさいの宮よりと、さまざまいみじき御(おほん)-うぶやしなひなり。
いとゞ三位どのはおぼしわくるかたなう、みつもるまじ-げ/にてすぐさせ給(たま)ふ\ほど/に、故村上の先帝の御はらからの十五の宮のひめぎみ、いみじうかしづき給(たま)へるは、源師と聞(き)こえ/し/が\御おとひめぎみをとり
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/て\やしなひ奉(たてまつ)り給(たま)ひ/しなりけり。そのひめぎみをきさいの宮にむかへ奉(たてまつ)り給(たま)ひ/て、宮の御(おほん)-方とて、いみじうやむごとなくもてなし聞(き)こえ給(たま)ふ/を、いづれのとのばら/も\いかで<とおもひ聞(き)こえ給(たま)へ/る\中/に/も、大納言(だいなごん)-殿(どの)/は、例の御心(こころ)の色めきはむつかしきまでおもひ聞(き)こえ給(たま)へれど、宮の御前、さらに<あるまじきことにせいし申させ給(たま)ひ/けるを、このさきやうの大夫どの、その御つぼねの人によくかたらひつき給(たま)ひ/て、さるべきにやおはしけん、むつまじうなり給(たま)ひ/に/けれ/ば、宮/も、「この君はたやすく人に物などいはぬ人なればあら/ん」/と、ゆるし聞(き)こえ給(たま)ひ/て、さべきさまにもてなさせ給(たま)へ/ば、わ/が\御志(こころざし)もおもひ聞(き)こえ給(たま)ふうち、宮の御心(こころ)もちゐもはゞかりおぼされて、をろかならずおぼされつゝありわたり給(たま)ふ。土御門(みかど)の姫君/は、たゞならましよりはとおぼせ/ど、おほかたの御心(こころ)ばえありざまいと心(こころ)のどか/に、おほどか/に\物わかうて、わざと何かとおぼされずなん。
摂政(せつしやう)-殿(どの)は今年六十にならせ給(たま)へ/ば、この春御賀あるべき御用意どもおぼしめしつれど、ことゞもえしあへさせ給(たま)はで、十月にと定めさせ給(たま)へり。はかなう月日も過ぎもていきて、東三条(とうさんでう)/の-院(ゐん)にて御賀あり。御(おほん)-びやうぶの歌ども、いとさまざまにあめれ/ど、物さはがしうて書きとゞめずなりにけり。家(いへ)の子(こ)の君達(きみたち)、皆まひ人にて\いみじう〔めでたし〕。御門(みかど)も行幸(ぎやうがう)せさせ給(たま)ひ、春宮(とうぐう)もおはしまし/て、殿(との)/の家司ども皆よろこびしたる中にも、有国・惟仲/を\大とのいみじき
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\ものにおぼしめしたり。有国は左中弁、惟仲/は\右中弁にて世のおぼえ・才/など/も、人/よりことなる人<にて、をの<このたびも加階していみじうめでたし。
かやうにてこの月もたちぬれ/ば、五節(ごせつ)などを、殿上人(てんじやうびと)はいつしかと心(こころ)もとなく思(おも)ふほど/に、御-即位の年はさるやむごとなき事にて、今年は五節(ごせつ)のみこそは有様(ありさま)けざやか/に\おまへにも御覧(ご-らん)じ、人/も\おもひためるに、四条(しでう)の宮の御五節(ごせつ)、又(また)\左大臣(さだいじん)-殿(どの)のさひやうへのかう時中の君、さては受領ども奉(たてまつ)る。御前の試(こころ)みの〔御覧(ご-らん)の〕夜などは、うへ若うおはしませど、きさいのみやおはしませ/ば、そのふたまの御簾のうちのけはひ、人のしげさなど、せう<のまひびめなど/の、すこしものゝ心(こころ)しりたらんは、やがてたうれぬべうはづかしうて、おもて赤むらんかしと見えたり。なを宮の御五節(ごせつ)はいと心(こころ)ことなり。と/や\かうやととり<”に女ばういひさはぎて、又(また)の日の御覧(ご-らん)/に、わらは・しもづかへなどの様も、いづれも<誰かはかならずしも\人/に\おとらんと思(おも)ふ/が\あらむ、心(こころ)<”おかしうすてがたうおぼしめし定めさせ給(たま)ふ。
五節(ごせつ)もはてぬれ/ば、臨時の祭り、廿日あまりにせさせ給(たま)ふ。試楽もおかしくて過ぎにしを、祭りの日のかへりあそび御前にてある/に、摂政(せつしやう)-殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)り/て、さべきとのばら・殿上人(てんじやうびと)\のこるなうさぶらひ\給(たま)ふ。このまひ人の中に、六ゐ二人ある/に、蔵人のさへもんのぜう\うへの判官といふ源兼澄、まひ人にてかはらけとりたるに、摂政(せつしやう)-殿(どの)御覧(ご-らん)じて、「まづいはひの和歌ひとつつかうまつるべし」/と
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\おほせらるゝまゝに、「よひのまに」/と打ち上げ申し/たれば、「けうあり<、おそし<」/ととのばらの給(たま)はするに、「君をし祈り置きつれば」/とそへ申(ま)したり。大とのいみじうけうぜさせ給(たま)ひ/て、「おそし<」/とおほせらるれば、「まだ夜ぶかくもおもほゆるかな」/と申し/たれば、いみじうけうじ誉めさせ給(たま)ひ/て、摂政(せつしやう)-殿(どの)、あこめの御ぞぬぎてたまはす。
世の中は五節(ごせつ)、臨時の祭りだに過ぎぬれ/ば、残りの月日ある心地(ここち)やはする。しはすの十九日になりぬれ/ば、御仏名とて、ぢごくゑの御(おほん)-びやうぶなどとうで/ゝ\しつらふ/も、目\とゞまり哀(あは)れ/なるに、折しも雪いみじうふりけれ/ば、「をくりむかふ」/といひ置きたる/も\げ/に/と\おぼえたるに、殿上人(てんじやうびと)のぼだひごゑ/も\あやにくなるまで聞(き)こえたり。つぎつぎの宮などのものゝしる。つごもりになりぬれ/ば、追儺とのゝしる。うへいと若うおはしませ/ば、ふりつゞみなどして参(まゐ)らするに、君達(きんだち)/も\おかしう思(おも)ふ。
かくて年号(ねんがう)かはり/て、永祚元年といひて、正月にはゐんに行幸(ぎやうがう)あり。ゐんも入道(にふだう)せさせ給(たま)ひ/にしか/ば、円融(ゑんゆう)/の-院(ゐん)にすませ給(たま)へ/ば、そのゐんに行幸(ぎやうがう)あり。例の作法/の\ことゞもにて、院つかさなど、よろこびさまざまにて過ぎもてゆく。かくて大との、十五の宮の住ませ給(たま)ひ/し二条(にでう)/の-院(ゐん)/を\いみじう造らせ給(たま)ひ/て、もとより世におもしろきところを、御心(こころ)/のゆくかぎり造りみがゝせ給(たま)へ/ば、いとゞしう目もをよばぬまでめでたきを御覧(ご-らん)ずるまゝに、御心(こころ)もいとゞいみじうおぼされて、夜を昼に急(いそ)がせ給(たま)ふ。明年/の正月
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/に\大嘗会(だいじやうゑ)あるべうおぼしの給(たま)は/せ/て、急(いそ)がせ給(たま)ふ/なりけり。
九条(くでう)-殿(どの)/の御(おほん)-男君たち\十一人、をんな君たち六所おはしましける\御(おん)-中(なか)/に、きさいの宮、御すゑいまゝで御門(みかど)にておはしますめり。内侍(ないし)のかみ・六の女御(にようご)など聞(き)こえし、御なごりも見え聞(き)こえ給(たま)はぬに、男君たちは太郎一条(いちでう)の摂政と聞(き)こえし、其の御のち殊にはか<”しう/も\見え聞(き)こえ給(たま)はず。花山(くわさん)/の-院(ゐん)もかの御孫におはしますぞかし。それかくておはしますめり。男君達(きんだち)入道中納言(ちゆうなごん)こそは、かくておはしましつるも、あさましうこそ。女ぎみ/も、九の君までおはせし、その御方のみこそは残り給(たま)ふ/めれ。堀河(ほりかは)の左大将(さだいしやう)、たゞいまは昔も今もいとなをやむごとなき御有様(ありさま)なり。ひろはたの中納言(ちゆうなごん)は、ことなる御おぼえも見え給(たま)はず。こと君(きみ)達(たち)、まだいと御くらゐも浅うおはすめり。このたゞいまの大との/は、三郎にこそはおはしましける/に、たゞいまはこの殿(との)こそ\今ゆくすゑはるか-げ/なる御有様(ありさま)に、たのもしう見えさせ給(たま)ふ/めれ。一条(いちでう)の右大臣(うだいじん)-殿(どの)は、九郎にぞおはしける。かくいみじき御(おん)-中(なか)にも、なをすぐれ給(たま)へるは、ことなるわざになん。かやうにこそはおはしまさふめるに、たゞいま〔御(お)-〕くらゐもあるが中/に\いとあさく、御年など/も\よろづの御をとうとにおはすれど、いかなるふしをか見奉(たてまつ)るらん、世の人、この三位どのをやむごとなきもの/に/ぞ、同じ家(いへ)の子(こ)の御(おほん)-中(なか)/に/も\人ごとに申(ま)しおもひたる。
かくてはかなく明(あ)け暮(く)れ/て、六月になりぬれ/ば、暑さを嘆(なげ)くほど/に、三条(さんでう)の太政(おほき)-大臣(おとど)
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\いみじう悩ませ給(たま)ひ/て、廿六日うせ給(たま)ひ/ぬ。この殿/は、故小野宮の大臣(おとど)の二郎よりたゞと聞(き)こえつる大臣(おとど)なり。うせ給(たま)ひ/ぬる/を、「あないみじ」/と、きゝおもひおぼせ/ど\かひなし。中宮(ちゆうぐう)・女御(にようご)〔-殿(どの)〕・ごん中納言(ちゆうなごん)やなど、さまざまいみじうおぼし嘆(なげ)くべし。のちの御諱(いみな)廉義公ときこゆ。哀(あは)れ/なる世なれど、さはいかゞ/は/と/ぞ。はかなう御(おほん)-いみも果てゝ、御法事などいみじうせさせ給(たま)ふ。
七月つごもりには相撲(すまひ)にてをのづから過ぐるを、今年はあるまじきなどぞあめる。さて臨時に除目ありて、摂政(せつしやう)-殿(どの)\太政(だいじやう)-大臣(だいじん)にならせ給(たま)ひ/ぬ。殿(との)/の大納言(だいなごん)-殿(どの)\内大臣(ないだいじん)にならせ給(たま)ひ/ぬ。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)は大納言(だいなごん)になり給(たま)ひ、三位どのは中納言(ちゆうなごん)にて\右衛門(うゑもん)/の-督(かみ)かけ給(たま)ひ/つ。こちよぎみは、六条(ろくでう)の中づかさの宮と聞(き)こゆるは、村上の先帝の御七の宮におはしましけり、御はゝ麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)の御腹なり。其の女御(にようご)のせうと、\源中納言(ちゆうなごん)しげみつと聞(き)こゆる/が\御聟になり給(たま)ひ/ぬ。御めまうけのほど、あにぎみにこよなうまさり給(たま)ひ/ぬめり。をのゝみやのさねすけの君は宰相(さいしやう)になりて、なを人に心(こころ)にくきものに思(おも)はれ給(たま)へるに、やもめにおはすれば、さべきむすめも給(たま)へるとのばらなど、けしきだち聞(き)こえ給(たま)へ/ど、おぼす心(こころ)あるべし。「いかなることならん」/などゆかしげなり。
かくて三・四の宮の御元服一度にせさせ給(たま)ふ。さて三の宮/を/ば\だんじやうの宮と聞(き)こえさす。四の宮/を/ば\師宮と聞(き)こえさす。しきぶきやう・中づかさきやう・兵部卿(ひやうぶ-きやう)などにては、村上の先帝の御子達の皆おはしませば、かくなし奉(たてまつ)らせ給(たま)へ
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/る/なり/けり。まこと/や、こ/の-頃(ごろ)の斎宮/にて/は、しきぶきやうの宮/の\女御(にようご)の御をとうとの中の宮ぞおはします。御門(みかど)はかはらせ給(たま)へど、さいゐんには同じ村上の十の宮におはします。
かやうにはかなく過ぎもていく。はかなう年暮れて、今年/を/ば\正暦元年といふ。正月五日、内の御元服せさせ給(たま)ふ。さしつゞき世の中急ぎたちたるに、摂政殿、二条(にでう)/の-院(ゐん)にて大饗せさせ給(たま)ふ。作り立てさせ給(たま)へる有様(ありさま)、え/-いは/ずおもしろうめでたけれ/ば、ほいあり、嬉しげにおぼし興ぜさせ給(たま)ふ。一条(いちでう)の右の大臣(おとど)、尊者には参り給(たま)へり。目もはるかにおもしろきゐんの有様(ありさま)/に/ぞ。え/も-いは/ぬひんがしの対(たい)/に/は\内のおほい-殿(どの)\すませ給(たま)へ/ば、やがてひめぎみたちなど\もの御覧(ご-らん)ずれば、こととのばらも御覧(ご-らん)ずべう申させ給(たま)へ/ど、聞(き)こし召し入れず。みや<いと美(うつく)しきこ男どもにておはします。
二月には、内大臣(ないだいじん)-殿(どの)/のおほひめ君\内/へ\参(まゐ)らせ給(たま)ふ\有様(ありさま)、いみじうのゝしらせ給(たま)へり。殿(との)/の有様(ありさま)、きたのかたなどみやづかへ/に\ならひ給(たま)へれば、いたう奥ぶかなることをばいとわろきものに覚して、今めかしうけぢかき御有様(ありさま)なり。ひめぎみ十六ばかりにおはします。やがてその夜のうちに女御(にようご)にならせ給(たま)ひ/ぬ。今は又、こひめぎみのいはけなき御有様(ありさま)/を\心(こころ)もとなうおぼさる。かやう/の\ことにつけても、大納言(だいなごん)-殿(どの)はいとうらやましう\女君(をんなぎみ)のおはせぬことをおぼさるべし。あはたといふところ/に\いみじうおかしき殿をえ/も-いは/ずしたてゝ、そこに通(かよ)は
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/せ\給(たま)ひ/て、御障子のゑ/に/は\名ある所々をかゝせ給(たま)ひ/て、さべき人<に歌よませ給(たま)ふ。世の中のゑ物語は書きあつめさせ給(たま)ふ。女ばう数も知らずあつめ/させ給(たま)ひ/て、ただ\あらましごとをのみいそぎ覚したるも、おかしく見奉(たてまつ)る。
此の男君達(きんだち)の御(おん)-中(なか)のこのかみにおはせし君/を/ば\ふくたりぎみと聞(き)こえし、をとゝしの八月にわづらひて\はかなう失せ給(たま)ひ/に/しか/ば、口惜しき事におぼすべし。いみじうさが-なく/て、世の人にやすくもいひおもはれ給(たま)はざりしか/ば/に/や/と/ぞ、\人/も\聞(き)こえける。内大臣(ないだいじん)殿のむかひばらの三郎君は、たゞいま四位少将(せうしやう)などにておはす。それ/も、ふくたり君などの御やう/に\いとさがなうおはすれど、これはさすがにぞ見え給(たま)ふ、四郎ぎみはまだ小さくおはすれど。法師(ほふし)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、小松のそうづといふ人につけ奉(たてまつ)り給(たま)ひ/てなん。はら<”の御君たち、おほちよぎみよりほかに、まだ\ともかくもしたて<まつり給(たま)は/ず。
大とのとしごろやもめにておはしませば、御(おほん)-めしうど/の\内侍(ないし)のすけのおぼえ、年月/に\そへ/て\たゞ権のきたのかたにて、世の中の人みやうぶ-し、さてつかさめしの折/は\たゞ此の局(つぼね)にあつまる。院の女御(にようご)の御(おほん)-方/に\大輔といひし人なり。世の御始(はじ)めごろ、かうてひとゝころおはします\あしきことなりとて、村上の先帝の御女三の宮は、あぜちの御息所(みやすどころ)と聞(き)こえし御腹/に\男三宮・女三宮むまれ給(たま)へ/り/し、その女三宮を、この摂政(せつしやう)-殿(どの)心(こころ)にくゝ\めでたき物におもひ聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、(かよ)ひ聞(き)こえ〔/させ〕給(たま)ひ/しか/ど、すべて殊のほかにて
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\絶(た)え奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/にしか/ば、その宮もこれ/をはづかしきことにおぼし嘆きて失せ給(たま)ひ/に/けり。それもこの内侍(ないし)のすけのさいはひ/の\いみじうありけるなるべし。また円融(ゑんゆう)/の-院(ゐん)/の\御時、中将(ちゆうじやう)の御息所(みやすどころ)などありしか/ば、もとかたのみんぶきやうの孫の君なり。参りたりしかど、おほかた、この内侍(ないし)のすけよりほかには人ありとも、おぼい/たらぬとしごろの御(おほん)-有様(ありさま)なり。三・四の宮の御めのとゞも/も、さる/は\おとらぬさまのかたちなれど、たはぶれに物をだにの給(たま)はせずなんありける。
かゝる-ほど/に、大殿(おほとの)/の御(おほん)-心地(ここち)なやましうおぼしたれば、よろづにおそろしき事におぼしめして、とのばらも宮/も\し-残させ給(たま)ふ¥ことなし。この二条(にでう)/の-院(ゐん)ものゝけ\もとよりいとおそろしうて、これ/が\けさへおそろしう申す/は、さまざまの御(おほん)-ものゝけの中に、かの女三宮の入りまじらはせ給(たま)ふ/も、いみじう哀(あは)れ/なり。「なをところかへさせ給(たま)へ」/と、とのばら申させ給(たま)へど、この二条(にでう)/の-院(ゐん)をなをめでたきものにおぼしめし/て、聞(き)こし召し入れ/させ給(たま)はぬほどに、御なやみいとゞおどろ<しけれ/ば、東三条(とうさんでう)院に渡らせ給(たま)ひ/ぬ。みや<の御まへもいみじうなげかせ給(たま)ふ、摂政(せつしやう)も辞せさせ給(たま)ふべう奏せさせ給(たま)へ/ど、「なをしばし<」/とて過ぐさせ給(たま)ふ\ほど/に、御なやみまことにいとおどろおどろしけれ/ば、五月五日/の\事なればにや、菖蒲(あやめ)のねのかゝらぬ御袂(たもと)なし。太政(だいじやう)-大臣(だいじん)の御くらゐをも、摂政(せつしやう)をも辞せさせ給(たま)ふ。なを\そのほど/は、関白(くわんばく)などや聞(き)こえさすべからんと見えたり。なをいみじうおはしませば、五月八日出家せ
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/させ給(たま)ふ。この日摂政(せつしやう)の宣旨(せんじ)、内大臣(ないだいじん)-殿(どの)かうぶら/せ給(たま)ふ。されどたゞいまはこの御なやみの大事なれば、嬉しとも覚しあへず、「これこそは限りの御ことなれ」/とおぼしさはがせ給(たま)ひ/て、二条(にでう)/の-院(ゐん)をばやがて寺になさせ給(たま)ひ/つ。もしたいらかにもをこたらせ給(たま)はゞ、そこにおはしますべきなり。殿(との)/の内(うち)いみじう覚し惑(まど)ふに、なをさらにをこたらせ給(たま)はず。
摂政(せつしやう)-殿(どの)/の御(おほん)-有様(ありさま)\いみじうかひありてめでたし。きたのかたの御はらからの明順・道順・信順などいひ/て、おほかたいとあまたあり。宣旨(せんじ)/に/は、きたのかたの\御はらから/の\せつつのかみ為基(ためもと)がめなりぬ。きたのかたの御おやもまだ\あり。大殿(おほとの)/の御悩みのかくいみじきを、誰も同じ心(こころ)におもひ念じ聞(き)こえ給(たま)ふ。摂政(せつしやう)-殿(どの)御気色(けしき)給(たま)はりてまづ\この女御(にようご)、きさきにすへ奉(たてまつ)ら/ん/の\さはぎをせさせ給(たま)ふ。われ一の人にならせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、よろづ今は御心(こころ)/のまま/なる世/を、この人々のそゝのかしにより/て、六月一日きさきにたゝせ給(たま)ひ/ぬ。世の人、いとかかる折を過ぐさせ給(たま)はぬをぞ申す/める。中宮(ちゆうぐう)大夫には、右衛門(うゑもん)/の-督(かみ)殿をなし聞(き)こえさせ給(たま)へれど、「こ/は\な/ぞ。あなすさまじ」/とおぼい/て、参り/に/だに参りつき給(たま)はぬほどの御心(こころ)ざまもたけしかし。
かゝる-ほど/に、大殿(おほとの)/の御悩み、よろづかひなくて、七月二日失せさせ給(たま)ひ/ぬ。誰も哀(あは)れ/に悲しき御事/を\おぼし惑(まど)はせ給(たま)ふ¥ことかぎりなし。今年御年六十二にぞならせ給(たま)ひ/ける。七八十まで生き給(たま)へる人もおはすめるに、心(こころ)憂く口惜しきことにおぼし惑(まど)ふ。入道(にふだう)/を
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\せ/させ給(たま)へれば、御諱(いみな)なし。弾正宮・帥宮、哀(あは)れ/に覚しまどはせ給(たま)ふ、ことはりに見えさせ給(たま)ふ。おほちよぎみはこ/の-ごろ\蔵人の頭ばかりにてぞおはするを、今はこちよぎみにおとらんことを、さまざまとりあつめおぼしつゞけ\嘆(なげ)かせ給(たま)ふ/も哀(あは)れ/なり。東三条(とうさんでう)院(ゐん)/の\らう・わだどのを皆\土殿にしつゝ、宮・とのばらおはします。東宮(とうぐう)いみじうおぼしいらせ給(たま)へり。つぎ<の御事-どもあべいかぎりせさせ給(たま)ふ。はかなくてのち<の御有様(ありさま)よろづにあらまほしうめでたう見えさせ給(たま)ふ。
かゝる-ほど/に、もとより心(こころ)よせ、おぼしおもひ聞(き)こえさせたりけれ/ば、有国/は、粟田殿の御方/に\しば<参りなどしけれ/ば、摂政(せつしやう)-殿(どの)、心(こころ)よからぬさまにおぼしの給(たま)はせけり。さるは入道(にふだう)-殿(どの)/の、有国・惟仲/を/ば\ひだり\みぎの御まなことおほせられけるを、「きめられ奉(たてまつ)りぬるにや」/と、いとおしげなり。二条(にでう)/の-院(ゐん)/を/ば\法興院といふに、この御いみのほど、おほくのほとけつくりいで奉(たてまつ)り/て、寝殿(しんでん)/におはしまさせ給(たま)ひ/て、八月十余(よ)日御法事やがて\そこにてせさせ給(たま)ふ。そのほどの事おもひやるべし。此の春の大饗の折の、ひんがしの対(たい)のつまの紅梅のえんにさかりなりしも、こ/の-ごろはこしげく/て\みどころもなし。御誦経、内、東宮(とうぐう)より始(はじ)めて皆せさせ給(たま)へり。かのよろづのあにぎみ、たゞいま三位中将(ちゆうじやう)と聞(き)こゆ。宰相(さいしやう)にだになし聞(き)こえ給(たま)はずなりぬるを、心(こころ)憂くおぼすべし。
はかなう年月も暮れもていきて、正暦二年になりにけり。されど今年/は、宮の御前/も、さべきとのばら
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/も、御服にて行幸(ぎやうがう)もなし。摂政(せつしやう)-殿(どの)/の御まつりごと、たゞいまはことなる御-そしられもなく、おほかたの御心(こころ)ざまなども、いとあてによくぞおはしますに、きたのかた/の\御ちゝぬし二位になさせ給(たま)へ/れ/ば、高二位とぞ世にはいふめる。年老いたる人のざえ\かぎりなき/が、心(こころ)ざまいとなべてならずむくつけく、かしこき人におもはれたり。〔きたのかた/の〕其の男共\ひとつ腹の/は、さべきくに<”のかみどもにたゞなしになさせ給(たま)へり。この人<のいたう世にあひて、をきてつかうまつることをぞ、人やすからず/も/と、やむごとなからぬ御(おほん)-なからひを、心(こころ)ゆか/ず\申し-思(おも)へり。きたのかた\もとより道心いみじうおはして、つねにきやうを読み給(たま)ひ、やま<てらでらの僧どもをたづねとはせ給(たま)へ/ば、哀(あは)れ/にうれしきことに申し-思(おも)へり。
かゝる-ほど/に、円融(ゑんゆう)/の-院(ゐん)の御悩ありて、いみじう世のゝしりたり。折しも今年行幸(ぎやうがう)なかりつるを、おぼつかなくおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ふ\ほど/に、かゝることのおはしませば、行幸(ぎやうがう)けふ明日とおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。さてよき日して行幸(ぎやうがう)あれば、いみじう苦しげにおはします。御門(みかど)今は御かうぶりなどせさせ給(たま)ひ/て、おとなび/させ給(たま)へる/を、返々かひありて見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。さべき御領の所々、さべき御宝物(たからもの)ども/の\かきたて目録(もくろく)せさせ給(たま)へりけるを、それ皆奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御門(みかど)も若うおはしませど、いかに<とおぼし嘆かせ給(たま)ふ。ゐんはた、さらにも聞(き)こえさせず、常の行幸(ぎやうがう)/に\似/ぬ\御(おほん)-有様(ありさま)/も\いみじう哀(あは)れ/にて、
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\かへすがへすおぼし見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御ものゝけもおそろしけれ/ば、「疾くかへらせ給(たま)ひ/ね」とて、かへし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/つ。
さておぼつかなきをいかに<とおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ふ\ほど/に、日ごろありて正暦二年二月十二日に失せさせ給(たま)ひ/ぬ。ここらのとしごろなれつかうまつりつる僧俗(そうぞく)・殿上人(てんじやうびと)・判官代、涙を流しまどひ/たり。いはんかたなし。仁和寺(にわじ)のそうじやうと聞(き)こゆるは、土御門(みかど)の源氏の大臣(おとど)/の\御はらからにおはす。仁和寺(にわじ)/の-御子と聞(き)こえける御子におはす。いみじうおぼしまどふ。かのしやくそんの御にうめつの心地(ここち)して、「大師入滅、我随入滅」/と\〓梵波提/が\いひ/て、水になりて流れけん心地(ここち)する人\いとおほかり。哀(あは)れ/にかなしともをろかなり。内には一日の行幸(ぎやうがう)の御有様(ありさま)\おぼしいでゝこひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。


栄花物語詳解巻四


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S04〔栄花物語巻第四〕 見はてぬ夢
かくて此の円融(ゑんゆう)の院(ゐん)の御さうそう、むらさき野にてせさせ給(たま)ふ。其のほどの御有様(ありさま)おもひやるべし。一とせの御(おん)子(こ)日に、此のわたりのいみじうめでたかりしはやとおぼしいづるも、哀(あは)れに悲しければ、閑院(かんゐん)の左大将(さだいしやう)、
@むらさきの雲のかけてもおもひきや春のかすみになして見んとは W010。
行成ひやうゑのすけいと若けれど。これをきゝて、一条(いちでう)摂政(せつしやう)の御孫のなりふさの少将(せうしやう)の御もとに、
@をくれじと常のみゆきはいそぎしをけぶりにそはぬたびのかなしさ W011。
などあまたあれど、いみじき御事のみおぼえしかば、皆誰かはおぼゆる人のあらん。さてかへらせ給(たま)ひぬ。御いみのほどのことゞも。いみじう哀(あは)れなりき。さべきとのばらこもりさぶらひ給(たま)ふ。そのころさくらのおかしき枝を人にやるとて。さねかた中将(ちゆうじやう)、
@墨染(すみぞめ)のころもうき世の花ざかりおもわすれても折りてげるかな W012。
これもおかしう聞(き)こえき。世の中諒闇にて、ものゝはへなきことゞもおほかり。
花山(くわさん)の院(ゐん)ところ<”あくがれありかせ給(たま)ひて、熊野ゝ道にて、御(おん)心地(ここち)悩ましうおぼされけるに。あまのしほやくを御覧(ごらん)じ
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て、
@旅(たび)の空よはのけぶりとのぼりなばあまのもしほびたくかとや見ん W013。
との給(たま)はせける。旅(たび)のほどにかやうの事おほくいひ集めさせ給(たま)へれど。はか<”しき人し御ともになかりければ、皆忘れにけり。さてありき巡らせ給(たま)ひて、円城寺といふところにおはしまして、さくらのいみじうおもしろきを見めぐらせ給(たま)ひて、ひとりごたせ給(たま)ひける、
@木のもとをすみかとすればをのづから花見る人になりぬべきかな W014
とぞ。哀(あは)れなる御有様(ありさま)も。いみじうかたじけなくなん。
一条(いちでう)の摂政(せつしやう)のうへは。九の御方ともにひんがしのゐんに住ませ給(たま)ひて、此のゐんを「いかで見奉(たてまつ)らん」とおぼしけれど。たゞいまの御有様(ありさま)。さやうに里(さと)などにいでさせ給(たま)ふべうもあらずなん。
円融(ゑんゆう)の院(ゐん)の御法事。三月廿八日に、やがて同じゐんにてせさせ給(たま)ひつ。としごろ殿上人(てんじやうびと)などの御志(こころざし)あるさまのは、なひ<にいと心(こころ)ことの御用意(ようい)あるべし。さてその年のうちに、右の大臣(おとど)太政(だいじやう)大臣(だいじん)になり給(たま)ひぬ。右の大臣には、六条(ろくでう)の大納言(だいなごん)なり給(たま)ひぬ。土御門(みかど)左大臣(さだいじん)の御はらからなりけり。
東宮(とうぐう)の十五六ばかりにおはしましけるに、ある僧のきやうたうとく読みければ、常に夜ゐせさせて世の物語(ものがたり)申しけるつゐでに。小一条(こいちでう)殿(どの)のひめぎみの御事を語り聞(き)こえさせけるに、宮の御みゝとゞまりて思(おぼ)し召(め)して、この僧を夜ごとに召しつゝ。きやうを読ませさせ給(たま)ひて、たゞよるの御物語(ものがたり)
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には、此の小一条(こいちでう)のわたりの御事を、ことぐさにおほせられて、「此の事かならずいひなして給(たま)へ」などいみじう真心におほせられければ、大将(だいしやう)に聞(き)こえければ、「かくてのみやは過ぐさせ給(たま)ふべき。花山(くわさん)の院(ゐん)の御時もかしこう遁れ申(ま)ししか。御門(みかど)のいと若うおはしますにあはせて、内にも中宮(ちゆうぐう)さへおはしませば、いとわづらはし。これは麗景殿(れいけいでん)さぶらひ給(たま)ふめれど、それはあえなん」など覚していそぎ給(たま)ふ。ひめぎみ十九ばかりにおはしますべし。
はかなき御ものゝ具どもは。先帝の御時、此の大将(だいしやう)の御いもうとの宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)、むらかみいみじうおもひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、よろづのものゝ具をし奉(たてまつ)らせ給(たま)へりし御具ども、御ぐしの箱よりはじめ、びやうぶなどまで。いとめでたくて持たせ給(たま)へれば、さやうのことおぼしいとなむべきにもあらず。たゞ御さうぞくめくものばかりをぞ急(いそ)がせ給(たま)ふ。はゝうへはびはの大納言(だいなごん)延光と聞(き)こえしがむすめにおはしければ、御なからひもいと物清げなり。又(また)先帝の、御さうの琴を宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)にもをしへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。此の大将(だいしやう)にもをしへさせ給(たま)ひけるを、此のひめぎみに殿をしへ聞(き)こえ給(たま)へりければ、まさざまに今少しいまめかしさそひて弾かせ給(たま)ふ。いみじうめでたし。今の世には、かやうの事殊に聞(き)こえねど。これはいみじう弾かせ給(たま)ふ。中のきみにはびはをぞならはし聞(き)こえ給(たま)ひける。ひめぎみの御有様(ありさま)、ひとつにもあらずもてなし聞(き)こえ給(たま)へれば、なかのきみのをばをばきたのかた取り放ちてやしなひ聞(き)こえ給(たま)ふにその
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うへのいたう老い給(たま)ひにたれば、よきわかぎみたちにこそはとおもひ聞(き)こえ給(たま)へれど、左大将(さだいしやう)さもおもひ聞(き)こえ給(たま)はぬを、くちをしう小一条(こいちでう)殿におぼいたるべし。
かくていそぎたゝせ給(たま)ひて、十二月のついたちに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。むかしおぼしいでゝ、やがて宣耀殿(せんえうでん)にすませ給(たま)ふ。かひありていみじうときめき給(たま)ふ。されば大将(だいしやう)殿わるぎみをば誰の人かをろかにおもひ聞(き)こゆることあらむ」なぞとおぼしの給(たま)ひける。
麗景殿(れいけいでん)いと時にしもおはせねど、たゞおほかた物花やかにけぢかうもてなしたる御方のやうなれば、心(こころ)安きものがたりどころには、殿上人(てんじやうびと)など、かの御方のほそどのをぞしける。此の女御(にようご)の御方をばいと奥ぶかうはづかしきものにいひおもひけり。
御せうと、このごろくらのかみにてぞものし給(たま)ふ。ちゝ大臣(おとど)にも似給(たま)はず。いとおいらかにぞ、人おもひ聞(き)こえたる。長命君とて侍従にておはせしは、出家し給(たま)ひてしをぞ、ちゝとのは、「いとまにこれがありて、かれがなきこそ口惜しけれ。かやうの御まじらひのほどに、いかにかひあらまし」とぞ、つねにおぼし出でける。大将(だいしやう)の御をひのさねかたの中将(ちゆうじやう)。世のすきものにはづかしういひおもはれ給(たま)へる、その君をぞこの女御(にようご)、おほかたのよろづのものゝはへにものし給(たま)ふ。たゞいまは又(また)限りなき御有様(ありさま)にてさぶらはせ給(たま)へば、いとかひありて見えたり。摂政(せつしやう)殿(どの)よろづのあにぎみは、宰相(さいしやう)にておはす。あはたどのは内大臣(ないだいじん)にならせ給(たま)ひぬ。中宮(ちゆうぐう)の大ぶは大納言(だいなごん)にならせ給(たま)ひぬ。おほちよぎみは中納言(ちゆうなごん)になり給(たま)ひぬ。こちよぎみは三位中将(ちゆうじやう)にておはし
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つるも、中納言(ちゆうなごん)になり給(たま)ひぬ。いつもたださるべき人のみこそはなりあがり給(たま)ふめれ。
しん中納言(ちゆうなごん)のきたのかた。山の井といふ所にすみ給(たま)へば、山の井の中納言(ちゆうなごん)とぞきこゆる。こちよぎみは、かの大納言(だいなごん)殿(どの)のひめぎみ。いみじう美(うつく)しきわかぎみうみ給(たま)へれば、をばきたのかた・摂政(せつしやう)殿(どの)など、いみじきものにもてかしづき給(たま)ふ。まつぎみとぞきこゆめる。とのむかへ聞(き)こえ給(たま)ふては。めのとにもきみにも、さまざまの御をくりものしてかへし聞(き)こえ給(たま)ふ。女ばうどもいつしかと待ちおぼすべし。
かくて月日も過ぎもていきて、正暦三年(さんねん)になりぬ。哀(あは)れにはかなき世になむ。二月には、故院(ゐん)の御はてあるべければ、天下いそぎたり。御はてなどせさせ給(たま)ひつ。世のなかのうすにびなど果てゝ、はなのたもとになりぬるも、いともののはへあるさまなり。摂政(せつしやう)殿(どの)のひめぎみあまたおはすれば、いますこしおよずけ給(たま)はぬをぞ心(こころ)もとなくおぼさる。
中宮(ちゆうぐう)大夫殿は、土御門(つちみかど)のうへも、みやの御かたも、こぞよりたゞならず見えさせ給(たま)へば、左大臣(さだいじん)殿(どの)はさきのやうにいかに<とおぼしいのらせ給(たま)ふ。みやの御かたにもみやおはしまして、さるべき御いのりのことをきて覚したり。
かくて摂政(せつしやう)殿(どの)の法興院(ゐん)のうちにべちに御だうたてさせ給(たま)ひて、積善寺となづけさせ給(たま)ひて、その御だうくやういみじくぞ急(いそ)がせ給(たま)ふ。
一条(いちでう)の太政(おほき)大臣(おとど)は。六月十六日にうせさせ給(たま)ひぬ。のちの御諱(いみな)恒徳公ときこゆ。女御(にようご)の御のちは、ただ法師(ほふし)よりもけにて、世とともに御をなひにてすぐさせ給(たま)ふ。
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法住寺をいみじうめでたくつくらせ給(たま)ひて、明(あ)け暮(く)れそこにこもらせ給(たま)ひてぞをこなはせ給(たま)ふ。哀(あは)れにいみじうぞ。御太郎、松雄君とておはせしおとこにて、此のごろ東宮(とうぐう)権大夫にておはす。いまひとゝころ、中将(ちゆうじやう)ときこゆ。その中将(ちゆうじやう)、この四月のまつりのつかひに出で立ち給(たま)ひしかば、よろづにしたてさせ給(たま)ひて、をしかへして、あやしの御くるまにて御覧(ごらん)じて。つかひのきみわたりはて給(たま)ひにしかば、こと<”は見んともおぼさでかへらせ給(たま)ひにしも、世の人おもひ出でゝかなしがる。
女君(をんなぎみ)達(たち)いま三ところひとつ御はらにおはするを、三の御かたをばしんでんのうへと聞(き)こえて又(また)なふかしづきみえ給(たま)ふ。四五の御かたがたもおはすれど、故女御(にようご)としんでんの御かたとをのみ〔ぞ〕、いみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)ひける。女子はたゞかたちを思(おも)ふなりとの給(たま)はせけるは、四五の御かたいかにとぞをしはかられける。
御いみのころ、この中将(ちゆうじやう)のもとに、斎院より御とぶらひありける、かくなん、
@いろかはるそでにはつゆのいかならんおもひやるにも消えぞいらるゝ W015。
哀(あは)れなることゞも。御法事やがて法住寺にてあり。一条(いちでう)殿(どの)、いみじうなべてのところのさまならず、いかめしうまうにおぼしをきてたりつれば、ひとゝころうせさせ給(たま)ひぬれば、いとおはしましにくげに荒れもていくも心(こころ)ぐるしう。此のしんでんのうへの御所分にてぞありける。よろづのものたゞこの御領にとぞ、おぼしをきてさせ給(たま)ひける。
かゝるほどに、
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花山(くわさん)の院(ゐん)、ひんがしのゐんの九の御かたにあからさまにおはしましけるほどに、やがてゐんの御めのとのむすめなかつかさといひて、明(あ)け暮(く)れ御覧(ごらん)ぜしなかに、なにともおぼし御覧(ごらん)ぜざりけるが、いかなる御さまにかありけん、これを召して御あしなどうたせさせ給(たま)ひけるほどに、むつまじうならせ給(たま)ひて、覚しうつりて、てらへもかへらせ給(たま)はで、つく<”とひごろをすぐさせ給(たま)ふ。九の御かた、我が見え奉(たてまつ)らせ給(たま)ふをばあるものにて、世にをのづからもりきこゆることを、わりなうかたはらいたくおぼされけり。いまは此のゐんにおはしましつきて、世のまつりごとををきて給(たま)ふ。世にもいと心(こころ)憂きことにおもひ聞(き)こえさす。いゐむろにも、さればこそ、さやうにものぐるおしき御有様(ありさま)、さることおはしましなんとおもひしなりと、心(こころ)におぼさるべし。かやうなる御有様(ありさま)、をのづからかくれなければ、御封などもなくて、いかに<とて、きさいのみや、摂政殿など、きゝいとをしがり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、受領までこそ得させ給(たま)はざらめ、つかさかうぶり、御封などはあべきことなり。いとかたじけなきことなりとさだめさせ給(たま)ひて、さるべきつかさかうぶり、御封など奉(たてまつ)せ給(たま)へば、いとゞ御さとずみ心(こころ)やすくひたぶるにおぼされて。ひんがしのゐんのきたなるところにおはしましどころつくらせ給(たま)ふ。
かくておはしますも、さすがにあまへいたくやおぼされけん、わが御はらからの弾正のみやをかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、此の九の御かたにむこどり聞(き)こえさせ給(たま)ふ。「あしからぬことなり」とて、みやおはし通(かよ)は
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せ給(たま)ふ。九の御かた、とし月いみじき御道心にて、法華経(ほけきやう)二三千部とよませ給(たま)ひて、たゞ明(あ)け暮(く)れの御をこなひを、なか<にまぎれでやとよろづおぼさるべし。
弾正みやいみじういろめかしうおはしまして、知るしらぬわかぬ御心(こころ)なり。世中のさはがしきころ、よるよなかわかぬ御ありきもいとうしろめたげなり。おはしますところのみすのもかうのやれたれば、みや、「検非違使にあひたるみすのへりかな」との給(たま)はすれば、ゐん「されど弾正にこそあひて侍れ」などの給(たま)はするもおかし。ゐんものゝはへあり、おかしうおはしましゝに、まいていまは「何事(なにごと)もさばれ」とひたぶるにおぼしめしたるも、「はかなき世になどかさは」と見えさせ給(たま)ふ。
かゝるほどに、中づかさがむすめ、わかさのかみすけたゞといひけるが産(う)ませたりけるも召し出でゝつかはせ給(たま)ふほどに、おやこながらたゞならずなりて、けしからぬことゞもありけり。九の御かた、いと心(こころ)憂くあさましくおぼさるべし。哀(あは)れなる御有様(ありさま)なり。
たゞいま世にいみじきことには、きさいのみやなやませ給(たま)ふ。世のたゞいまの大事にのみ思(おも)ふほどに、さき<”の御ものゝけのけしきなどれいのことなり。すべておはしますべきさまならず。内も行幸(ぎやうがう)などせさせ給(たま)ひて、よろづにおぼしまどはせ給(たま)ふ。ともすればよるひるわかず取り入れ<し奉(たてまつ)れば、「今はたゞいかであまになりなん」との給(たま)はするを、とのばらも、しばしはさるまじきことにのみおぼしまうし給(たま)へど、さらにかぎりと見えさせ給(たま)へば、「さば、とてもかくてもおはしまさ
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んのみこそ」とて、ならせ給(たま)ひぬ。あさましういみじきことなれど、たいらかにおはしまさんのほいなるべし。さて世にあることのかぎりしつくさせ給(たま)ひて、又(また)かくもならせ給(たま)へればにや、御なやみもよろしうならせ給(たま)ひぬ。いしやまにとしごとにおはしまさんかぎりは参(まゐ)らせ給(たま)ひ、はせでら、すみよしなどに、みな参(まゐ)らせ給(たま)ふべき御願どもいみじかりければにや、をこたらせ給(たま)ひぬ。内にもうれしき御ことにおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ふともをろかなり。
御としも三十ばかりにおはしまし、いみじうあたらしき御(おほん)さまにて。あさましう口惜しき御ことなれども、おりゐの御門(みかど)になぞらへて女院(にようゐん)と聞(き)こえさす。さて年官年爵得させ給(たま)ふべきなり。としごとのまつりの御つかひもとゞまりて、たゞ陣屋(ぢんや)などもなくて心(こころ)やすきものから、めでたき御(おほん)有様(りさま)なり。女院(にようゐん)の判官代などにかたほなるならずえさせ給(たま)へり。
さてそのとしのうちに、はせでらに参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。御ともには、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、とし若くいみじき、かりぎぬすがたをしたり。おとなとのばらは、なをしにてつかうまつり給(たま)ふ。摂政殿御くるまにてつかうまつらせ給(たま)へり。ゐんはからの御くるまに奉(たてまつ)れり。女ばうぐるまのさきに、あまのくるまをたてさせ給(たま)へり。いみじき見物なり。としごろさぶらへるもさらぬも、あま十人ばかりさぶらふ。みゆきとてわらはにてさぶらひしが、御ともにあまになりにしかば、りばたとつけさせ給(たま)へり。わらはべとしごろつかはせ給(たま)はざりしもいまぞおほく参りあつまりたれば、ほめき・すいき・はなこ・しきみなどさまざまつけさせ給(たま)へり。さて
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参(まゐ)らせ給(たま)ひて、めでたきさまにほとけにもつかうまつらせ給(たま)ひて、僧をもかへりみさせ給(たま)ひて、かへらせ給(たま)ひぬ。かくてことしは二三月ばかりに、すみよしへとおぼしめしける。かやうにてあらまほしき御有様(ありさま)にてすぐさせ給(たま)ふ。
山の井の中納言(ちゆうなごん)にておはするに、こちよぎみ、宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)にておはするを、摂政(せつしやう)殿(どの)やすからずおぼして、ひきこして大納言(だいなごん)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。山の井いと心(こころ)憂くおもひ聞(き)こえ給(たま)へり。
かゝるほどに閑院(かんゐん)の大将(だいしやう)いみじうわづらひ給(たま)ひて、大将(だいしやう)辞し給(たま)へれば、あはた殿ならせ給(たま)ひぬ。小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)左になり給(たま)ひて、此の殿右になり給(たま)ひぬ。女院(にようゐん)のきさきにおはしましゝ折、弾正の亮今はみな三位になりてめでたし。
あはた殿(どの)の御むすめ。藤三位のはらの御きみに裳着せさせ奉(たてまつ)らんとのゝしれば、あはたへは心(こころ)よりほかにおぼせど、さべういひ知(し)らせ給(たま)ふ。
かくて摂政(せつしやう)殿(どの)をば、御門(みかど)おとなびさせ給(たま)ひぬれば、関白(くわんばく)殿(どの)と聞(き)こえさす。中ひめぎみ十四五ばかりにならせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ有様(ありさま)、はな<とめでたし。さて参(まゐ)らせ給(たま)ひぬれば、宣耀殿(せんえうでん)はまかで給(たま)ひぬ。淑景舎にぞすませ給(たま)ふ。何事(なにごと)もたゞかゝやくやうなれば、いはんかたなくめでたし。女御(にようご)の御心(こころ)ざまもはなやかにいまめかしう、ゑましき御(おほん)有様(ありさま)なり。としごろ宣耀殿(せんえうでん)を見奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつる御(おん)心地(ここち)に、これはことにふれていまめかしうおぼさる。女御(にようご)もわざともてなすとおぼさねど、御ぞのかさなりたるすそつき・そでぐちなどぞ、いみじうめでたく御覧(ごらん)ぜられける。何事(なにごと)も女ばう
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のなりなども、人こここらもて参りあつまれば、よしあしを人のきこゆべきにあらず。
三の御かたみなる中にすこし御かたちも心(こころ)ざまもいとわかうおはすれど、「さのみやは」とて、帥宮にあはせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。みやの御志(こころざし)、世の〔御(おん)〕ひゞきわづらはしうおぼされたれば、哀(あは)れなり。わが御志(こころざし)はゆめになし。とのもことはりに、とりわきおぼし見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。されどみなみの院(ゐん)にむかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひぬれば、あべきかぎりにておはします。四の御かたいと若うおはすれど。内の御ぐしげ殿と聞(き)こえさす。
此の御はらのあるがなかのおとうとのきみは、三位中将(ちゆうじやう)になし聞(き)こえ給(たま)ひつ。六条(ろくでう)の右のおほい殿(どの)。いみじきものにかしづき給(たま)ふひめぎみにむこどり給(たま)ひつ。大臣(おとど)、御としなど老い給(たま)ひにたるに、此の三位中将(ちゆうじやう)の御ことをいみじきことにおぼして、よさりはよなかばかりにおはするにも。われはおほとのごもらでよろづをまいりごち給(たま)ふも、哀(あは)れにいみじき御志(こころざし)を、此の中将(ちゆうじやう)のきみゆめにおぼしたらず、かげまさの大進のむすめをいみじきものにおぼいて、このひめぎみの御ためにいみじうをろかにおはすれば、関白(くわんばく)殿(どの)いとかたはらいたうかたじけなきことにの給(たま)はすれど、おとこの心(こころ)はいふかひなげなり。
かくて一条(いちでう)の太政(おほき)大臣(おとど)の家(いへ)をば女院(にようゐん)らうぜさせ給(たま)ひて、いみじうつくらせ給(たま)ひて、御門(みかど)の後院に思(おぼ)し召(め)すなるべし。大納言(だいなごん)殿(どの)は、土御門(つちみかど)のうへもみやの御かたも、みなおとこぎみをぞ生み奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。殿(との)のわかぎみをば、たづぎみとつけ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ
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ける。みやの御かたをば、ゐんの御前のめのととりわき、よろづにあつかひ知(し)らせ給(たま)ひて、いはぎみとつけ奉(たてまつ)り給(たま)へり。
たちばな三位のはらに関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)子(こ)とて。おとこをんななどおはします。又(また)山の井の御(おん)子(こ)もあり。
かくて宣耀殿(せんえうでん)、月ごろたゞにもおはせずなりにけり。大将(だいしやう)殿(どの)いみじきことにおぼしいのらせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の御志(こころざし)のかひありて、おもひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。このごろは淑景舎さぶらはせ給(たま)へば、「やがてよき折なり」とおぼしめしけり。麗景殿(れいけいでん)はさとにのみおはしまして、けしからぬ名をのみ取りたまふ。東宮(とうぐう)たゞいまは。人知れずまめやかにやむごとなきかたには宣耀殿(せんえうでん)をおぼしたり。いたはしうわづらはしきかたには淑景舎をおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、わざとも麗景殿(れいけいでん)まではさしもおぼしたたず。
かくてこちよぎみ内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ひぬ。御(おほん)とし廿ばかりなり。中宮(ちゆうぐう)大夫殿(どの)いとことのほかにあさましうおぼされて。ことに出でまじらはせ給(たま)はずなりもて行く。
土御門(つちみかど)の大臣(おとど)も、正暦四年七月廿九日に失せさせ給(たま)ひにしかば、大納言(だいなごん)殿(どの)や君達(きんだち)、さしあつまりてあつかひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ、いと哀(あは)れなり。御としも七十ばかりにならせ給(たま)ひぬれば、ことはりの御事なれど。殿(との)のうへいみじくおぼしなげきたり。のち<の御ことゞもあべきかぎりにて過ぎさせ給(たま)ひぬ。大納言(だいなごん)殿(どの)のうへ。たゞにもあらぬ御(おほん)有様(ありさま)を、おほい殿(どの)は「これを見はてゝ」とおぼしつゝぞ、失せさせ給(たま)ひける。
関白(くわんばく)殿(どの)は、入道(にふだう)殿(どの)失せさせ給(たま)ひて二年ばかりありて、
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有国を、みなつかさくらゐもとらせ給(たま)ひて、をひ籠めさせ給(たま)ひてしを、あはたどのも大納言(だいなごん)殿(どの)も、心(こころ)うきことにおぼしの給(たま)はす。惟仲をば左大弁(さだいべん)にていみじうもてなさせ給(たま)へり。その折いみじう哀(あは)れなることにぞ、世の人もおもひたりし。またそのまゝにて、子は丹波守にてありしも取らせ給(たま)へりしかば、あさましう心(こころ)憂し。
はかなく年も暮れて正暦五年といふ。いかなるにかことし世の中さはがしう、春よりわづらふ人<おほく、みちおほぢにもゆゝしきものどもおほかり。かゝる折しも、宣耀殿(せんえうでん)もたゞならず、ことしにあたらせ給(たま)へり。土御門(つちみかど)殿(どの)のうへもかうものせさせ給(たま)へば、世のさはがしきにいかに<とおぼしめすほどに、三月ばかりに土御門(つちみかど)殿(どの)のうへ。いとたいらかに女ぎみむまれ給(たま)ひぬ。おそろしき世にうれしきことにおぼされたり。
五月十日のほどに、宣耀殿(せんえうでん)御けしきありておはします。東宮(とうぐう)より御つかひしきりなり。大将(だいしやう)殿、「いかに<」とおぼしさはぐほどに、かぎりなき男宮むまれ給(たま)へり。大将(だいしやう)殿(どの)よろこび泣きし給(たま)ひて、世にめでたき御有様(ありさま)におぼしをきてたり。あらまほしうめでたくて。七日のほども過ぎぬ。よろづをしはかるべし。御めのと参りあつまる。東宮(とうぐう)はいつしかと、まだ見ぬ人のゆかしくこひしうとぞおもひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
「げにいかでとく御覧(ごらん)ぜさせばや。むかしのみやたちは五七にてこそ御たいめんはありけれ」など祖父大臣(おとど)いとこたいにおぼしのどめ給(たま)へれど。みや<は、たゞ「とく<いらせ給(たま)へ」と急(いそ)がせ給(たま)ふ。
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よろづよりも世の中いとさはがしければ、関白(くわんばく)殿(どの)も女院(にようゐん)も、よろづにおそろしきことをおぼしたり。「ことしにらい年まさるべし」ときこゆれば、いとおそろしくおぼさる。
かくてあはた殿(どの)のきたのかた〔の〕したしき御有様(ありさま)にや、むらかみのせんていの九のみや入道(にふだう)して岩倉にぞおはします。又(また)兵部卿(ひやうぶきやう)のみやと聞(き)こえさする御(おん)子(こ)、おなじはらからにて、三宮と聞(き)こえさせし、それも入道(にふだう)しておなじところにおはします。兵部卿(ひやうぶきやう)のみや、この左のおほい殿(どの)のほかばらのむすめに住み奉(たてまつ)り給(たま)ひて、おとこみやたち二人おはしましけるを、一ところをば此の大納言(だいなごん)殿(どの)の御(おん)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、少将(せうしやう)と聞(き)こえしおはす。いま一ところは。ちいさうより法師(ほふし)になし奉(たてまつ)りて、みやのおはしますおかし所にぞおはしましける。九のみやは、九条(くでう)殿(どの)の御(おん)子(こ)入道(にふだう)の高光少将(せうしやう)多武岑のきみと聞(き)こえし、わらは名はまちをさと聞(き)こえしが御むすめに住み給(たま)へりける。いと美(うつく)しきひめぎみにていでおはしましたりけるを、いと見捨てがたふ覚しけれど、世の中はかなかりければ、おぼし捨てゝげるなりけり。
此のひめぎみ、いみじう美(うつく)しうおはするをあはたどのきこしめして、此のみやをむかへ奉(たてまつ)りて、子にし奉(たてまつ)りてかしづき聞(き)こえ給(たま)ふほどに、さるべき人<をとづれ聞(き)こえ給(たま)ふ人おほかりけれど、聞(き)き入れ給(たま)はぬほどに、故三条(さんでう)の大殿(おほとの)のごん中将(ちゆうじやう)せちに聞(き)こえ給(たま)ふ。はかなき御文がきも人よりはおかしうおぼされければ、おぼし立ちて取り奉(たてまつ)り給(たま)ふ。二条(にでう)殿(どの)のひんがしのたいをいみじうしつらひて、はぢなきほどの女ばう十人・わらは二人・しもづかへ二人して、ある
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べきほどにめやすくしたてゝおはしそめさせ給(たま)ふ。ひめぎみの御(おほん)有様(ありさま)いみじう美(うつく)しければ、いとかひありておもひ聞(き)こえ給(たま)へり。
さてしばしありき給(たま)ひて、なをかゝる有様(ありさま)つゝましとて、四条(しでう)のみやの西(にし)の対(たい)をいみじうしつらひて、むかへ聞(き)こえ給(たま)ひつ。みやも女御(にようご)殿(どの)も、いとうれしき御なからひにおぼして、御たいめんなどあり。いとあらまほしきさまなれば、あはたどのいとおぼすさまに聞(き)こえかはし給(たま)ふ。又(また)一条(いちでう)の太政(おほき)大臣(おとど)の御(おん)子(こ)の中将(ちゆうじやう)をぞ我が子にし給(たま)ひて、此のきたのかたの御おとうとをあはせ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、よろづにあつかひ聞(き)こえ給(たま)ふ。
かゝるほどに冬つかたになりて、関白(くわんばく)殿(どの)水(みづ)をのみきこしめして、いみじうほそらせ給(たま)へりといふことありて、内などにもおさ<参(まゐ)らせ給(たま)はず。此の二位の新発意心をまどはして御いのりをし、いみじきことゞもをす。きたのかたおぼしいたらぬことなし。世のさはがしきふゆになりてすこし心(こころ)のどかになりぬれば、世の人もうちたゆみ、うれしと思(おも)ふに、殿(との)の御(おん)心地(ここち)のたゞならぬ事をぞ、世の大事に思(おもふめる。
内大臣(ないだいじん)殿(どの)のまつぎみ、おかしげにておはするに、女君(をんなぎみ)達(たち)もいとうつくしうてむまれ給(たま)へれば、きさきがねとかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。此のとのは、〔御(おん)〕かたちも身のざえも、此の世の上達部(かんだちめ)にはあまり給(たま)へりとまでいはれ給(たま)ふに、ゆゝしきまでおもひ聞(き)こえ給(たま)ふもことはりなりと見えさせ給(たま)ふ。此の御はらからの三郎、法師(ほふし)になして、そうづになし聞(き)こえ給(たま)ふ。其の御おとうとは、中納言(ちゆうなごん)にておはす。山の井は、此のとの
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ゝ御心(こころ)をきて覚し出でゝ、大納言(だいなごん)になし聞(き)こえ給(たま)へり。かくて関白(くわんばく)殿(どの)、水(みづ)きこしめすことやませ給(たま)はで、いとおそろしうてとしも暮れもて行く。東宮(とうぐう)には宣耀殿(せんえうでん)のわかみやゐて入り奉(たてまつ)り給(たま)ひて、いみじうこと御心(こころ)なく、つといだきもてあつかひうつくしみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
としもかへりぬ。内には中宮(ちゆうぐう)ならびなきさまにておはします。東宮(とうぐう)は淑景舎いかにと見奉(たてまつ)る。かくて長徳元年正月より世の中いとさはがしうなりたちぬれば、のこるべうもおもひたらぬ、いと哀(あは)れなり。女院(にようゐん)には、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)心地(ここち)〔をぞ〕おそろしうおぼすかたはさるものにて、「世の中心(こころ)のどかにしもおぼしをきてずもや」と、さまざまおぼしみだれさせ給(たま)ふ。ことしはまづしも人などは。いといみじう、たゞこのごろのほどに失せ果てぬらんと見ゆ。四ゐ・五ゐなどのなくなるをばさらにもいはず、「いまはかみにあがりぬべし」などいふ。
いとおそろしきことかぎりなきに、三月ばかりになりぬれば、関白(くわんばく)殿(どの)の御なやみもいとたのもしげなくおはしますに、内に夜のほど参(まゐ)らせ給(たま)ひて、「かくてみだり心地(ごこち)いたくあしくさぶらへば、このほどのまつりごとは、内大臣(ないだいじん)をこなふべき宣旨くださせ給(たま)へ」とそうせさせ給(たま)へば、「げに、さば、かうくるしうし給(たま)はんほどは、などかは」とおぼしめして、三月八日のせんじに、「関白(くわんばく)やまひの間殿上をよび百官執行」とあるよしせんじくだりぬれば、内大臣(ないだいじん)殿よろづにまつりごち給(たま)ふ。
かゝるほどに、閑院(かんゐん)の大納言(だいなごん)世の中心地(ここち)〔に〕わづらひて、三月廿日失せ
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給(たま)ひぬ。哀(あは)れにいみじきことなり。
「あすはしらず、いまはかうなめり」と、さべきとのばら、むねはしりおそろしうおぼさるゝに、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)心地(ここち)いとをもし。四月六日出家せさせ給(たま)ふ。哀(あは)れにかなしきことに覚しまどふ。きたのかたやがてあまになり給(たま)ひぬ。さるは内大臣(ないだいじん)殿(どの)、きのふぞずいしんなどさまざま得させ給(たま)へる。かくて「哀(あは)れにいかに<」と殿(との)のうちおぼしまふに、四月十日、入道(にふだう)殿(どの)失せ給(たま)ひぬ。「あないみじ」と世のゝしりたり。
内大臣(ないだいじん)殿の御まつりごとは、殿(との)の御やまひの間とこそせんじあるに、やがてうせ給(たま)ひぬれば、「此のとのいかなることにか」と、世の人、世のはかなきよりもこれを大事にざざめきさはぐ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)は、たゞわれのみよろづにまつりごちおぼいたれど、おほかたの世には、はかなうみなうちかたぶきいふ人<おほかり。大殿(おほとの)の御さうそう。賀茂のまつりすぐしてあるべし。そのほどもいと折あしういとをしげなり。かゝる御おもひなれども、あべきことゞもみなおぼしをきて、人のきぬ・はかまのたけのべしゞめせいせさせ給(たま)ふ。「たゞいまはいとかゝらで、知らずがほにても、まづ御いみのほどはすぐさせ給(たま)へかし」と、もどかしう聞(き)こえおもふ人々あるべし。きたのかたの御せうとのなにくれのかみども、「いかなるべきことにか」とおもひあはてたり。二ゐのしんぼち此のいみにもこもらで、さべき僧どもしてさまざまの御いのりどもをこなひて、手をひたいにあてゝよるひるいのりまうす。
「あないみじ」といひおもふほどに、小一条(こいちでう)大将(だいしやう)、
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四月廿七日に失せ給(たま)ひぬ。宣耀殿(せんえうでん)の一のみやもいと幼(をさな)くおはしますを、見置き奉(たてまつ)り給(たま)ふほどいといみじうかなし。
左右の大将(だいしやう)しばしもおはせぬもあしきことにや、中宮(ちゆうぐう)大夫殿、此の御かはりに左大将(さだいしやう)になり給(たま)ひぬ。大殿(おほとの)の御さうそう、まつり過ぎて四月のつごもりにせさせ給(たま)ふべし。小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)もおなじ折なり。哀(あは)れにいみじきことゞもなり。
内大臣(ないだいじん)殿(どの)、世の中あやうくおぼさるゝまゝに、二ゐを「たゆむな<」と責めの給(たま)へば、二ゐえもいはぬ法どもを、われもし、又(また)人してもをこなはせて、「さりともと心(こころ)のどかにおぼせ。何事(なにごと)も人やはする。たゞてんだうこそおこなはせ給(たま)へ」と頼(たの)めきこゆ。
御をぢのとのばら、世の中をやすからずなげき、おぼしざゞめきたるは、あはたどのをおそろしきものにおもひ聞(き)こえたるになん。又(また)女院(にようゐん)の御心(こころ)をきても、あはたどの知(し)らせ給(たま)ふべき御ことゞもありて、其のけはひ得たるにやあるらん。世の人のこりなく参りこむほどに、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御なげきさへありて、さまざまもの覚し嘆(なげ)くほどに、あはたどのゆめ見さはがしうおはしまし、ものゝさとしなどすればにや、御(おん)心地(ここち)も浮きたるさまにおぼされて、御やうじなどに物をとはせ給(たま)ふにも、「よろしからぬさとしなり、ところをかへさせ給(たま)へ」と申すめれば、さるべきところなどおぼしもとめさせ給(たま)へど、又(また)御よろこびなど一口ならずさまざまうらなひ申すを、あやしう心まよひておぼさる。
此の殿(との)のうちにかやうのものゝさとし・御つゝしみあることを、内大臣(ないだいじん)殿(どの聞かせ給(たま)ひて、御いのりいよ<いみじ。「かくたゆむ世なき御いのりの
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しるしにや」と、ものおそろしげに申しおもひたれば、あはた殿四月つごもりにほかへわたらせ給(たま)ふ。それはいづもの前司相如(すけゆき)といひける人の、としごろかうのゝ知(し)らせ給(たま)ふ関白(くわんばく)殿(どの)にも参(まゐ)らで、ただ此のとのをいみじきものに頼(たの)み聞(き)こえさせつるものゝ家なり。中河に左大臣(さだいじん)殿(どの)ちかきところなりけり。ちゝのくらのかみ相信(すけのぶ)のあそんといひける人のつくりて住みける、いけ・やりみづ・やまなどありて、いとおかしうつくり立てゝ、殿(との)の御かたたがへどころといひおもひたりける家(いへ)なりけり。この相如(すけゆき)も、彼のときひらの大臣(おとど)の御(おん)子(こ)のあつたゞの中納言(ちゆうなごん)の御むまごなりければにや、「くらゐなどもあさう、人<しからぬ有様(ありさま)にてあるにや」とぞ、世の人もいひおもひける。さてその家(いへ)にわたらせ給(たま)ひて住ませ給(たま)ふに、さうじどもに手づからゑかきなどして、おかしきさまになんしたりければ、とのなどもけうぜさせ給(たま)ひて、世の人も参り来んに、御(おん)心地(ここち)はなをここにてもれいざまにもおはしまさざりけり。
かくておはしますほどに、五月二日関白(くわんばく)のせんじもて参りたり。折しもここにてかうおはしますを、家(いへ)あるじも世のめでたきことにおもひ、人<もいみじう申しおもへり。世の中のむまくるま、ほかにはあらじかしと見えたり。
内大臣(ないだいじん)殿(どの)には、よろづうちさましたるやうにて、あさましう人わらはれなる御有様(ありさま)をひと殿(との)のうちおもひなげき、かひきとかいふさまにて、「あないみじのわざや。たゞもとの内大臣(ないだいじん)にておはせましかば、いかにめでたからまし。なにのしばしの摂政、あな手づゝ。関白(くわんばく)
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の人わらはれなることを、いづれのちごかはおぼししらざらんと、ことはりにいみじうなん。
かゝるほどに、関白(くわんばく)殿(どの)御(おん)心地(ここち)なをあしうおぼさるれば、御風にてなどおぼして、 朴(ほほ)など参(まゐ)らすれど。さらにをこたらせ給(たま)はず、おきふしやすからずおぼされたり。さるは世の人も、「かくてこれぞあべいこと。いかでかちごにまつりごとをせさせ給(たま)ふやうはあらん」と申しおもへり。大将(だいしやう)殿も今ぞ御心(こころ)ゆくさまにおぼされける。内大臣(ないだいじん)殿(どの)はたゞにも御いみのほどはすぐさせ給(たま)はで。世のまつりごとのめでたきことををこなはせ給(たま)ひ、人のはかまのたけ・かりぎぬのすそまでのべしゞめ給(たま)ひけるを、やすからずおもひけるものどもは、「のべしゞめのいとゞかりしけぞや」とぞ聞(き)こえける。
五月四五日になれば、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)心地(ここち)まめやかに苦しうおぼさるれど、ぬるませ給(たま)ひたれば、えともかうともせさせ給(たま)はず。御読経・御誦経などたゞいまあるべきならず。ことのはじめなればいま<しうおぼされて、せめてつれなふもてなさせ給(たま)ひて、おきふし我が御身一つ苦しげなり。殿(との)の内には、さぶらひにもよるひるもつゆのひまなく、せかいの四位・五ゐ・とのばらまでおはしまし込みさぶらふ。御随身所・こどねり所はさけを飲みのゝしりてうちあげのゝしる。「我がきみの御(おん)心地(ここち)や、かう苦しうおはすらん」ともおもひたらず。左大将(さだいしやう)殿日々におはしましつゝ、あるべきことどもを申しをきてさせ給(たま)ふ。なをいとあさましき御(おん)心地(ここち)のさまを心(こころ)得ず見奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、
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まが<しきすぢにはたれも覚しかけず。
かくてこの御(おん)心地(ここち)まさらせ給(たま)ひぬれば、今はとありともかうともとて、ついたち六日の夜中にぞ、二条(にでう)殿(どの)にかへらせ給(たま)ふ。
かゝることゞもかくれなければ、内大臣(ないだいじん)殿(どの)にはおくゆかしうおぼさるゝもことはりになん。殿(との)のうち、今はえつゝみあへずゆすりみちたり。おほかたのさはがしき内にも、かゝる御ことゞものありさだまらぬことさへあれば、うちわたりにもさるべきとのばらさぶらひ給(たま)ひ、たきぐち・たちばきなど番かゝずさぶらふ。
二条(にでう)殿(どの)にはきたのかた、日比たゞにもおはせぬに、「このたびは女君(をんなぎみ)」とゆめにも見え給(たま)ひ、占(うら)にも申しつれば、とのいつしかと待ちおぼしつるに、かくめでたき御ことさへおはしませば、「かならず女君(をんなぎみ)」と待ちおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、かうおはしますを、いかに<と殿(との)のうちゆすりみちたり。女院(にようゐん)よりも御つかひひまなし。大将(だいしやう)殿(どの)はたゞ哀(あは)れにおぼしあつかはせ給(たま)ひて、御誦経によろづのものはこび出でさせ給(たま)ふ。みまやの御むまのこりなく、御くるまうしにいたるまで、御誦経などおほくをきての給(たま)はす。「かくあり<ていかゞ」と、殿(との)のうちの人<ものにぞあたる。
五月八日のつとめて聞(き)けば、六条(ろくでう)の左大臣(さだいじん)・桃園(ももぞの)の源中納言(ちゆうなごん)・清胤僧都といふ人など失せぬとのゝしれば、「あなかま。かゝることはいむわざなり。とのにな聞かせ奉(たてまつ)りそ」と、たれもさかしういひおもへれども、おなじ日のひつじのときばかりにあさましうならせ給(たま)ひぬ。あなまが<し。殿(との)のうちの有様(ありさま)おもひやる
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べし。左大将(さだいしやう)殿はゆめに見なし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御かほにひとへの〔御(おん)〕そで〔を〕押しあてゝあゆみ出でさせ給(たま)ふほどの心地(ここち)、さらにゆめとのみおぼさる。哀(あは)れにおもほし聞(き)こえさせ給(たま)へりける御(おん)中(なか)なれば、ゆゝしともおぼさずあつかひ聞(き)こえ給(たま)へる、かひなし。おなじ御はらからときこゆべきにもあらず、関白(くわんばく)殿(どの)失せ給(たま)へりしに、御とぶらひだになかりしに、哀(あは)れにたのもしうあつかひ聞(き)こえ給(たま)ひつるかひなきことを。返々とのがたにはおぼし嘆(なげ)く。さいへど殿(との)のとしごろの人々こそあれ、このごろ参りよりつる人々は、やがて出でゝいき果てにけり。関白(くわんばく)のせんじかくふらせ給(たま)ひて、今日七日にぞならせ給(たま)ひける。さき<”のとのばら、やがて世を知(し)らせ給(たま)はぬたぐひはあれど、かゝるゆめはまだ見ずこそありけれ。心(こころ)憂きものになむありける。
彼の内大臣(ないだいじん)殿には、あさましうおこがましかりつる御有様(ありさま)の推しうつりたりしほどを、人わらはれにいみじうねたげなりつるに、「のちは知らず、ほどなふ世を見あはせつるかな」とうれしうて、二ゐの新発意いのりたゆまず、いとゞしう「さりとも<」とおもふべし。「げにさもありぬべき御有様(ありさま)のためしを」とおもふぞ、げにはおほやけばらだたれける。
此のあはた殿(どの)の君達(きんだち)は、はかばかしうおとなび給(たま)へるもなし。いとわかう毛ふくだみてぞ二人おはすめるも、いと哀(あは)れに見え給(たま)ふ。その夜さりやがてあはた殿にゐて奉(たてまつ)りぬ。十一日に御さうそうせさせ給(たま)ふ。かへすがへすあへなういみじう心(こころ)憂し。
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かの中河の家あるじ、人よりも哀(あは)れと覚したる、またかぎりなふうれしとおもひけるに、又(また)かうおはしませば、世を心(こころ)憂くいみじうおもひて、此の御さうそうの夜。志(こころざし)のかぎり火水(みづ)に入りまどひ、あつかひあかし奉(たてまつ)りたれば、心地(ここち)もあしうなりて、家に行きて、「ものをいみじうおもへばにやあらん、心地(ここち)こそいとあしけれ」といへば、むすめどもいとおそろしきことにおもひてなげきけり。
かくて御いみのほど、みなあはたどのにおはすべし。これのみならず、「のこりなくみな人のなるべきにや」と見え聞(き)こえて、あさましきころなり。
彼の家あるじあはたどのにとのゐして、たゞよろづにおもひつゞけて、こひしうおもひ聞(き)こえければ、いも寝られでひとりごちけるか、
@ゆめならで又(また)もあふべききみならば寝られぬいをもなげかざらまし W016。
と詠みたるを、五月十一日より心地(ここち)まことにあしうおぼえたれば、そのつとめてむすめどもの家(いへ)にいきて、「心地(ここち)のあしうおぼえ侍れば、苦しうなるはかならずいくべうもおぼえず侍れば、まで来つるぞ」といひて、「このあはたどのにて一夜いのねられざりしかば、かくなん」と、うたをかたりて、すゞりのしたなるしろきしきしに書き付けて得させたり。かへりて其の日やがて心地(ここち)いみじうわづらふなりけり。家のうちいみじうなげきて、いかに<とよろづにおもふほどに、かぎりになりにける折も、殿(との)の御法事にだにあはずなりぬることをぞ、かへすがへすいひける。さて同じ月の廿九日に失せにけり。家(いへ)のうち
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の人いかゞはおもはざらん。かなしさは同じことなり。ひごろありてむすめの詠みける、
@ゆめ見ずとなげきしきみをほどもなくまた我がゆめに見ぬぞかなしき W017。
失せ給(たま)ひにしとのばらの御法事ども、みなかたはしよりしてげり。
此のあはた殿(どの)の御事ののちより、五月十一日にぞ、左大将(さだいしやう)天下および百官行といふせんじくだりて、今は関白(くわんばく)殿(どの)と聞(き)こえさせて、又(また)ならぶ人なき御有様(ありさま)なり。女院(にようゐん)もむかしより御志(こころざし)取りわき聞(き)こえさせ給(たま)へりしことなれば、「としごろのほいなり」とおぼしめしたり。此の内大臣(ないだいじん)殿は、あはた殿(どの)の〔御(おん)〕有様(ありさま)にならひて、「此のたびもいかゞ」とおぼすぞ、をこなりける。さりともとたのもしうて、「二ゐの御いのりたゆまぬさまなり。世の中さながら押しうつりにたり。内大臣(ないだいじん)殿(どの)世の中をいみじう覚しなげきければ、御をぢどもや二ゐなど、「なにかおぼす。今はたゞ御いのちをおぼせ、たゞ七八日にてやみ給(たま)ふ人はなくやは。いのちだにたもたせ給(たま)はば、何事(なにごと)をか御覧(ごらん)ぜざらん。いであなおこや。おい法師(ほふし)世に侍らんかぎりは」と、たのもしげにきこゆれば、さりともとおぼすべし。
大将(だいしやう)殿は、六月十九日に右大臣(うだいじん)にならせ給(たま)ひぬ。よろづよりも哀(あは)れにいみじきことは、山の井の大納言(だいなごん)ひごろわづらひて、六月十一日に失せ給(たま)ひぬ。御とし廿五なり。たゞいま人に誉められてようおはしけるきみなれば、今の関白(くわんばく)殿(どの)も、此のきみをば「故殿の子にせさせ給(たま)ひしかば、我も取りわきおもはんとしつるものを」とくちおしうおぼされけり。
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すべてあさましう心(こころ)憂きとしの有様(ありさま)なり。これにつけても内大臣(ないだいじん)殿世をおそろしうおぼしなげき給(たま)ふに、女ゐんには、としごろ法華経(ほけきやう)の御読経あるに、又(また)はじめさせ給(たま)ひて、読ませ給(たま)ふ。世の中のさはがしさをいとおそろしきものに覚したり。あはた殿(どの)の御法事六月廿日のほどなり。あはたどのにてせさせ給(たま)ふ。きたのかたやがてあまになり給(たま)ひぬ。「たゞにもあらぬ御身に」と人々きこゆれど、おぼえのまゝになり給(たま)ひぬるも、ことはりに見え給(たま)ふ。
中宮(ちゆうぐう)世の中を哀(あは)れにおぼしなげきて、さとにのみおはします。されど、さてのみやはとて参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。御門(みかど)いと哀(あは)れにおぼしめしたり。春宮(とうぐう)には、宣耀殿(せんえうでん)も淑景舎もいと哀(あは)れにおなじさまなることを、心(こころ)ぐるしうおもひやり聞(き)こえさせ給(たま)ふ。淑景舎のいとほこりかなりし御けしきもいとゆかしうおぼしめすべし。宣耀殿(せんえうでん)の一のみやもいとこひしうおぼえさせ給(たま)へば、なを「参(まゐ)らせ給(たま)へ」とあれど、世のさはがしければ、よろづつゝましうおぼえて、すが<しうも覚したゝず。
世の中の哀(あは)れにはかなきことを、摂津守為頼朝臣といふ人、
@世の中にあらましかばとおもふ人なきがおほくもなりにけるかな W018。
これをきゝて、東宮(とうぐう)の女蔵人小大進君、かへし、
@あるはなくなきはかずそふ世の中に哀(あは)れいつまであらんとすらん W019。
とぞ。
をのゝみやのさねすけ中納言(ちゆうなごん)、式卿宮の御むすめ。花山(くわさん)の院(ゐん)の女御(にようご)に通(かよ)ひ給(たま)ふといふこと出で来
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たれば、一条(いちでう)の道信の中将(ちゆうじやう)さし置かせける。
@うれしさはいかばかりかはおもふらん憂きは身にしむ心地(ここち)こそすれ W020。
われもけさうじ聞(き)こえけるにや。
まこと、彼の追い籠められし有国、此のごろ宰相(さいしやう)までなさせ給(たまへれば、哀(あは)れにうれし。「世はかうこそは」と見おもふほどに、此のごろ大貳三拝書奉(たてまつ)りたれば、有国をなさせ給(たま)へれば、世の中はかうこそはあれと見えたり。御門(みかど)の御めのとの橘三位の、きたのかたにていとまうにてくだりぬ。「これぞあべいこと、故殿(との)のいとらうたきものにせさせ給(たま)ひしを、故関白(くわんばく)殿あさましうしなさせ給(たま)ひてしかば、めやすきこと」ゝ世の人聞(き)こえおもひたり。惟仲はたゞいま左大弁にてゐたり。
かくて冬にもなりぬれば、ひろはたの中納言(ちゆうなごん)ときこゆるは、堀河(ほりかは)殿(どの)の御太郎なり。それとしごろのきたのかたには、むらかみの御門(みかど)のひろはたの御息所(みやすどころ)のはゝの女五宮をぞもち奉(たてまつ)り給(たま)へる。其の御はらに女君(をんなぎみ)ふたところ・おとこ一人ぞおはするを、としごろ「いかでそれは内・東宮(とうぐう)に」とおぼしながら、世の中わづらはしうて、うちにはおぼしかけざりつ。東宮(とうぐう)には淑景舎さぶらはせ給(たま)へば、よろづにはゞかりおぼしつるに、「此の絶(た)え間にこそは」と覚したちて、此のひめぎみうちに参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。けふあすと覚し立つほどに、又(また)たゞいまの侍従の中納言(ちゆうなごん)といふは、九条(くでう)殿(どの)の十一郎公季ときこゆる、これもみやばらのむすめをきたのかたにて、ひめぎみ一人・おとこぎみ二人もてかしづきても給(たま)へりければと、世の中にたれも
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おぼしはゞかりつるを、今の関白(くわんばく)殿(どの)の御むすめあまたおはすめれど、まだいと幼(をさな)くてはしりありき給ふほどなれば、それにおぼしはゞかるべきにあらず。これも内にとおぼし立ちけり。春宮(とうぐう)には淑景舎、内侍(ないし)のかみさぶらひ給(たま)ふ。宣耀殿(せんえうでん)には一のみやの御はゝ女御(にようご)にて、又(また)なき御おもひなれば、同じうはうちにとおぼし立つも、げにと見えたることなり。さてひろはたのひめぎみ参り給(たま)ひて、承香殿に住み給(たま)ふ。世のおぼえ、「いでや、けしうはあらむ。あなこたい」ときこゆめれど、さしもあらず、めやすくもてなしおぼしめしたり。いとかひあることなり。
公季中納言(ちゆうなごん)、「などかおとらむ」とおぼして、さしつゞき参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。弘徽殿にぞ住み給(たま)ふ。これは何事(なにごと)にも今一きはゝ今めかしうさまざまにし奉(たてまつ)ることさらなり。たゞ「女御(にようご)の御(おん)おぼえぞ。これは少しのどやかに見え給(たま)へる。承香殿ぞおもはずにおもはすめる」と、世の人申しためる。内わたりいまめかしうなりぬ。女院(にようゐん)、「たれなりとも、唯(ただ)みこの出で来給(たま)はむかたをこそはおもひ聞(き)こえめ」との給(たま)はす。女御(にようご)の御おぼえ、承香殿はまさり給(たま)ふやうにて、はかなふ月日も過ぎもて行く。
中宮(ちゆうぐう)は、「としごろかゝることやはありつる。ことの一所おはせぬげにこそはあめれ」と、哀(あは)れにのみおぼさる。うちには「人見る折ぞ」といふやうに、今めかしう、何事(なにごと)につけても中宮(ちゆうぐう)をつねにこひしうおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。
かゝるほどに、一条(いちでう)殿(どの)をばいまは女院(にようゐん)こそは知(し)らせ給(たま)へ。彼の殿(との)の女君(をんなぎみ)達(たち)
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はたかづかさなるところにぞ住み給(たま)ふに、内大臣(ないだいじん)殿(どの)しのびつゝおはし通(かよ)ひけり。しんでんのうへとは三君をぞ聞(き)こえける。御(おほん)かたちも心(こころ)もやむごとなふおはすとて、ちゝ大臣(おとど)いみじうかしづき奉(たてまつ)り給(たま)ひき。「女子はかたちをこそ」といふことにてぞ、かしづき聞(き)こえ給(たま)ひける。其のしんでんの御かたに内大臣(ないだいじん)殿(どの)は通(かよ)ひたまひけるになんありける。
かゝるほどに、花山(くわさん)の院(ゐん)此の四君の御もとに御(おほん)ふみなど奉(たてまつ)り給(たま)ふ。けしきだゝせ給(たま)ひけれど、けしからぬことゝて、きゝ入れ給(たま)はざりければ、たびたびおほむみづからおはしましつゝ、今めかしうもてなさせ給(たま)ひけることを、内大臣(ないだいじん)殿(どの)は、「よも四君にはあらじ。此の三君のことならん」と押しはかりおぼいて。我が御はらからの中納言(ちゆうなごん)に、「此のことこそやすからずおぼゆれ。いかゞすべき」と聞(き)こえ給(たま)へば、「いで、たゞをのれにあづけ給(たま)へれと。やすきこと」ゝて、さるべき人二三人具し給(たま)ひて、此のゐんの、たかづかさどのより月いとあかきに御むまにてかへらせ給(たま)ひけるを、「をどし聞(き)こえん」と覚しをきてける物は、ゆみやといふものしてとかくし給(たま)ひければ、御ぞのそでより矢はとをりにけり。さこそいみじうおゝしうおはします院(ゐん)なれど、ことかぎりおはしませば、いかでかはおそろしとおぼさざらん。いとわりなふいみじとおぼしめして、ゐんにかへらせ給(たま)ひて、ものもおぼえさせ給(たま)はでぞおはしましける。
これをおほやけにも、とのにも、いとよう申させ給(たま)ひつべけれど、ことざまのもとよりよからぬことのおこりなれば、はづかしう
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おぼされて、「此のこと散らさじ、後代のはぢなり」と忍(しの)ばせ給(たま)ひけれど、とのにもおほやけにもきこしめしつけて、SSおほかたこのごろの人のくちに入りたることはこれになんありける。「太上天皇は世にめでたきものにおはしませど、此のゐんの御全をきてのおもりかならずおはしませばこそあれ。さはありながら、いと<かたじけなくおそろしき事なれど、此のことかくをとなくてはよもやまじ」と、世の人いひおもひたり。
また太元師法といふことは、たゞおほやのみぞむかしよりをこなはせ給(たま)ひける、たゞ人はいみじきことあれど、をこなひ給(たま)はぬことなりけり。それを此の内大臣(ないだいじん)殿(どの)しのびて此のとしごろをこなはせ給(たま)ふといふことこのごろ聞(き)こえて、これよからぬことの内に入りたなり。又(また)女院(にようゐん)の御(おほん)なやみ。折<いかなることにかとおぼしめし、御ものゝけなどいふことどもあれば、此の内大臣(ないだいじん)殿(どの)を、「なを御心(こころ)をきて心(こころ)幼(をさな)くてはいかゞはあべからん」と、かたぶきもてなやみきこゆる人<おほかるべし。
かくいふほどに、長徳二年になりぬ。二三月ばかりになりぬれば、こぞあさましかりし所々の御はてども、あるは同じ日、あるはつぎの日などうちつゞきてここかしこおぼしいとなみたり。いみじう哀(あは)れになむ。ところ<”に御ぞのいろかはり、あるはうすにびなどにておはするも、哀(あは)れなり。
たゞむ月にぞまつりとのゝしるに、世の人くちやすからず、「まつり果てゝなん花山(くわさん)の院(ゐん)の御ことなどいでくべし」などいふめり。「あなものぐるをし。ぬす人あさりすべしなどこそ
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いふめれ」など、さまざまいひあつかふもいかゞと、いといとをしげになん見えきこゆめる。いかなるべき御ことにかと、心(こころ)ぐるしうこそは侍れ。
このごろ内には、藤三位といふ人の腹にあはた殿(どの)の御むすめおはすれど、殿(との)の、ひめぎみおはせぬをいみじきことにおぼいたりしかど、此の御ことをば、殊に知りあつかはせ給(たま)はざりしに、むげにおとなび給(たま)ふめれば、藤三位おもひ立ちてうちに参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。三位は九条(くでう)殿(どの)の御むすめといはれ給(たま)ふめれば、此のとのばらもやむごとなきものにおぼしたれば、かやうにおぼし立ち参(まゐ)らせ給(たま)ふにも、にくからぬことにて、はかなきことなども左大臣(さだいじん)殿よういし聞(き)こえ給(たま)へり。さて参り給(たま)ひて、くらべやの女御(にようご)とぞ聞(き)こえける。三位は今めかしき御おぼえの者にものし給(たま)ひける。年ごろ惟仲の弁ぞ通(かよ)ひければ、それぞ此の女御(にようご)の御こともよろづにいそぎける。
かう女御(にようご)たち参り給(たま)へれど、いまゝでみやも出でおはしまさぬことを、女院(にようゐん)はいみじうおぼしめしなげかせ給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)のたゞにもおはしまさぬを、さりともとたのもしうおぼしめすを、「なにかはおはしまさん」と、世の人おぼつかなげにぞ申しおもふべかめる。いざや、それも今のことなれば、まことにさやおはしまし果てざらんとも知りがたし。内大臣(ないだいじん)殿(どの)こそはよろづにいのりさはぎ給(たま)ふめれ。あやしうむつかしきことの世に出で来たるのみこそ。いよ<おしとおぼしなげかるれ」。



栄花物語詳解巻五


栄花物語 巻第五
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栄華物語詳解 巻三
           和田英松 佐藤球 合著
S05〔栄花物語巻第五〕 浦々の別
かくて祭(まつり)果(は)てぬれば、世の中にいひざざめきつる事(こと)ども〔の〕あるべきさまに人々いひ定(さだ)めて、恐(おそ)ろしうむつかし。内大臣(ないだいじん)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)もおぼし嘆(なげ)く。とのには、御門(みかど)をさして、御(おほん)物忌(ものいみ)しきりなり。宮(みや)の御まへもたゞにもおはしまさねば、大方(おほかた)御(おん)心地(ここち)さへ惱(なや)ましう苦(くる)しうおぼさるれば、臥(ふ)しがちにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。かかる事(こと)はをのづから漏り聞(き)こゆれば、「あなあさましや。さやうのゆめをも見ば、われいかにせん。いかでただ今日(けふ)明日(あす)身を失(うしな)ふわざもがな」とおぼしなげゝど、いかゞはせさせ給(たま)はん。此のとのばら、「さてもいかなるべきにかあらん。さりとて只今(ただいま)身を投(な)げ、出家(しゆつけ)入道(にふだう)せんも、いとまことにおどろ<しからん事(こと)は逃(のが)るべきにもあらず。ただ仏神ぞともかくもせさせ給(たま)ふべき」とて、ずゞを放(はな)たず、つゆものも聞(き)こし召(め)さで、なげき明(あ)かし思(おも)ひ暮(くら)し給(たま)ふ。
うちには陣に、陸奧(みち)のくにのさきのかみこれのぶ、左衛門(さゑもん)のぜう惟時、肥前前司(ぜんじ)よりみつ、すはう前司(ぜんじ)よりちかなどいふ人々、みなこれ満中・さだもりが子むまごなり。各(おのおの)つはものども〔を〕かず知(し)らず多(おほ)くさぶらふ。東宮(とうぐう)の帶刀(たちはき)や、たきぐちやなどいふものどもよるひるさぶらひて、せきを
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固(かた)めなどしていとうたてあり。世にはおほあなくりといひつぐるもいとゆゝし。「としごろてんべんなどして、ひやうらんなどうらなひ申(ま)しつるは。此の事(こと)にこそありけれ」と、よろづのとのばら・宮(みや)ばらさるべき用意(ようい)せさせ給(たま)ふ。もののかずにもあらぬ里人(さとびと)さへ、よろづにともせばやまに入(い)らんとまうけをし、ゆゝしきころの有様(ありさま)なり」。
北(きた)の方(かた)の御兄人(せうと)の明順・道順の弁などいふ人<、「あな心憂(う)。さば、かうにこそ世はあめれ。いかゞせさせ給(たま)はんずる」など申(ま)し騷(さわ)げど、つゆかひあるべき事(こと)にもあらぬに、殿(との)のうちに曹司してとしごろさぶらひつる人々、「とありともかかりとも、君のなくならせ給(たま)はんまゝにこそは」とも思(おも)はで、よろづをこぼちわらひごほめきののしりて、もて出(い)で運(はこ)び騷(さわ)ぐを見るに、いみじう心(こころ)細(ぼそ)し。されどさなと(せい)し給(たま)ふべきにもあらず。よろづの人の見思(おも)ふらん事(こと)をはづかしういみじうおぼさるゝ程(ほど)に、世のなかのある検非違使(けんびゐし)の限(かぎ)り、此の殿(との)の四方にうち固(かた)め、〔かこみたり。各(おのおの)〕えもいはぬ鬼のやうなる者うちぐして、太刀ほこ取りつつ、立(た)ちこみたる気色(けしき)、みちおほぢの四五丁ばかりの程(ほど)はゆきゝもせず。いとけ恐(おそ)ろしきとののうちの気色(けしき)有様(ありさま)ども、いはんかたなく騷(さわ)がしけれど、しんでんのうちにおはしましある人々おほかれど、人おはするけはひもせず、哀(あは)れに悲(かな)しきに、かかるにこのあやしのものども殿(との)のうちにうちめぐりつゝ、ここかしこを〔ぞ〕見騷(さわ)ぐ〔める〕けはひ、えもいはずゆゝしげなるにも、もののはざまより見出だして、ある限(かぎ)りの人々。むねふたがり心地(ここち)いといみじ。殿(との)
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「今(いま)は逃(のが)れがたき事(こと)にこそはあめれ。いかで此の宮(みや)を出(い)でゝこはたに参(まゐ)りて、近(ちか)うもとをうもつかはさんかたにまかるわざをせむ」とおぼしの給(たま)はするに。此のものども立(た)ちこみたれば、おぼろげのとりけだものならずば出(い)で給(たま)はん事(こと)かたし。「よなかなりともなき御かげにも。今(いま)一度参(まゐ)りてこそは、今(いま)はのわかれにも御覧(ごらん)ぜられめ」と言ひつゞけの給(たま)はするまゝに、えもいはずおほきに、水精の玉ばかりの御(おん)涙(なみだ)つゞきこぼるゝ〔は〕。見奉(たてまつ)る人いかゞは安(やす)からん。はゝ北方・宮(みや)のおまへ・御をぢの人々れいの涙(なみだ)にもあらぬ涙(なみだ)出(い)で来て、此の恐(おそ)ろしげなるものどもの宮(みや)のうちに入りみだれたれば、検非違使(けんびゐし)どもいみじうせいすれど、それにもさはるべき気色(けしき)ならず。」
かかる程(ほど)に、かくみだりがはしきもののなかどもをかきわけ、さるかたに、うるはしくさうぞきたるもの、みなみ面(おもて)に唯(ただ)参(まゐ)りに参(まゐ)る。こはなにしにかと思(おも)ふ程(ほど)に、宣命と言ふもの読むなりけり。聞(き)けば、「太上天皇をころし奉(たてまつ)らんとしたるつみひとつ、御門(みかど)の御はゝぎさきをのろはせ奉(たてまつ)りたるつみひとつ、おほやけよりほかの人いまだをこなはざる太元の法をわたくしにかくしてをこなはせたるつみにより、内大臣(ないだいじん)を筑紫(つくし)の帥(そち)になしてながしつかはす。また中納言(ちゆうなごん)をば出雲権守になしてながしつかはす」と言ふ事(こと)を読みののしるに、宮(みや)のうちの上下。こゑをどよみ泣きたる程(ほど)の有様(ありさま)。此のもん読む人もあはてにたり。検非違使(けんびゐし)どもゝ涙(なみだ)をのごひつつ、哀(あは)れに悲(かな)しうゆゝしう思(おも)ふ。其のわたり〔に〕近(ちか)き人々みなきゝて、かどをばさしたれど、
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此の御こゑにひかれて涙(なみだ)とどめがたし。
さて「今(いま)は出(い)でさせ給(たま)へ。日暮れぬ<」とせめののしり申ど、すべてともかくもいらへする人なし。内にも、かく答へする人なきよしをそうせさすれば、「などて、さるべき事(こと)にもあらず。唯(ただ)よくよくせめよ」とのみしきりに宣旨(せんじ)くだるに、かくてこの日も暮れぬれば、内大臣(ないだいじん)殿(どの)、「故殿こよひぞさそひてゐて出(い)でさせ給(たま)へ」と、おぼしねんぜさせ給(たま)ふ御(おほん)しるしにや、そこらの人さばかり言ひののしりつれど、夜なかばかりにいみじう寝入りたれば、御をぢの明順ばかりと御ともに、人二三人ばかりしてぬすまれ出(い)でさせ給(たま)ふ。御心のうちに〔多くの〕大願をたてさせ給(たま)ふそのしるしにや、事(こと)なく出(い)でさせ給(たま)ひぬ。」〔それより〕こはたに参(まゐ)り給(たま)へるに、月あかけれど、此のごろはいみじうこぐらければ、「その程(ほど)ぞかし」とおぼしはかりおはしまいつるに、かの山(やま)ぢかにてはおりさせ給(たま)ひて、くれ<”と分け入(い)らせ給(たま)ふに、木の間より漏り出(い)でたる月をしるべにて、卒都婆〔や〕くぎ抜きなどいとおほかる中に、これはこぞの此のごろの事(こと)ぞかし。さればすこししろう見ゆれど、其の折から人<あまたものし給(たま)ひしかば、いづれにか」とよろづたづね参(まゐ)り寄らせ給(たま)へり。
そこにて〔は〕よろづを言ひつゞけ、伏しまろび泣かせ給(たま)ふけはひにおどろきて、山(やま)の中のとりけだものもこゑをあはせて鳴(な)きののしる。ものの哀(あは)れを知(し)る、哀(あは)れに悲(かな)しういみじき〔に〕、「おはしましし折、人よりけにめでたき有様(ありさま)にと、おぼしをきてさせ給(たま)ひしかど、みづからの宿世果報(すくせくわほう)の
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ゆゝしく侍りければ、今(いま)はかくて都(みやこ)離(はな)れて知(し)らぬ世界(せかい)にまかりながされて、又(また)かやうに無き御かげにも御覧(ごらん)ぜらるゝやうも侍らじ。みづからをこたり思(おも)ふ給る事侍らねど、さるべき身のつみにてかうあるまじき目を見侍れば、いかでいづちもまからで、こよひのうちに身を失(うしな)ふわざをしてしかなど無き御かげにも御面(おもて)ぶせと、後代の名をながし侍る、いと悲(かな)しき事(こと)なり。たすけさせ給(たま)へ。中納言(ちゆうなごん)もおなじくながしつかはせど、おなじかたにだに侍らず、かたがたにまかりわかるゝ悲(かな)しき事(こと)。又(また)ゆゝしき身をばさるものにて、宮(みや)の御まへ〔の〕月ごろたゞにもおはしまさぬが、かかるいみじき事(こと)により、露御湯(ゆ)をだに聞(き)こし召(め)さで、涙(なみだ)にしづみておはしますを、いみじうゆゝしうかたじけなくはべり。おはします陣のまへは、かさをだに〔こそ〕ぬぎてこそわたり侍れ、かくえもいはぬものどもの、おはしますめぐりに立(た)ちこみて、御簾をも引きかなぐりなどして、あさましうかたじけなく〔悲しく〕ておはしますとも、もしたま<たいらかにおはしまさば。御産の折いかにせさせ給(たま)はんずらん。かひなき身だにゆくゑも知(し)らずまかり〔なり〕ぬれば、なをかの御身離(はな)れさせ給(たま)はず、たいらかにとまもり奉(たてつ)らせ給(たま)ひて、又(また)かけまくもかしこきおほやけの御(おん)心地(ここち)にも。又(また)女院(にようゐん)の御ゆめなどにも、此の事(こと)とがなかるべきさまに思(おも)はせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へ」などなく<申させ給(たま)ふまゝに。涙(なみだ)におぼれ給(たま)ふ。聞(き)く人さへ無きところなれば、明順こゑもをしまず泣きたり。」
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やがてそれよりをしかへし、きたのに参(まゐ)り給(たま)ふ程(ほど)のみちいとはるかに、たつみのかたよりいぬゐのさまにおもむかせ給(たま)ふ。参(まゐ)りつかせ給(たま)へば、鳥鳴(な)きぬ。そこにて又(また)鳴(な)く<いみじき事(こと)どもを申しつゞけさせ給(たま)ふに、此のてんじんに御ちかひたてゝ、ざえおはする人にて、申し給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。「宮(みや)人もやおどろく」と、急(いそ)ぎいで給(たま)ふ程(ほど)に、むげにあけぬ。いかにせんと、かしこにいらせ給(たま)はん程(ほど)も騷(さわ)がし。なをこのわたりにとかくくらさせ給(たま)ひて、夕がたとおぼす程(ほど)も、かしこの御有さまども哀(あは)れにうしろめたくおぼせど。なをしばしやすらはんとおぼして、うごんのむまばのわたりにとどこほらせ給(たま)ふ程(ほど)に、宮(みや)にはきのふくれにし事(こと)だにあり。今日(けふ)とく<と宣旨(せんじ)しきりなり。さても中納言(ちゆうなごん)は。ある気色(けしき)しはべり。帥(そち)はすべてさぶらはぬよしをそうせさすれば、あるまじき事(こと)なり。宮(みや)をさるべくかく奉(たてまつ)りて、塗篭(ぬりごめ)をあけて組入(くみれ)のかみなどもみよとある宣旨(せんじ)しきりにそふ。御塗篭(ぬりごめ)あけ侍らん。宮(みや)さりおはしませど。検非違使(けんびゐし)申せば、今(いま)はすぢなしとて、さるべく木丁などたてゝ。あさはかなるさまにておはしまさせて、検非違使(けんびゐし)どものみにもあらず。えもいはぬ人ぐして、この塗篭(ぬりごめ)をわりののしるをとも、あさましうゆゝしく心憂(う)し。さは世の中はかくあるわざにこそありけれと、めもくれ心もまどひて、涙(なみだ)だにいでこず。中納言(ちゆうなごん)もわれにもあらぬさまにて、**薄鈍(うすにび)の御直衣(なほし)・指貫(さしぬき)など着(き)給(たま)ひて、あさましくてゐ給(たま)へれば、人々かしこまり
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て近(ちか)うもえ参(まゐ)りよらぬに、此のてのあやしのものども。入りみだれてしえたる気色(けしき)どもぞあさましういみじきまであけたれども、ゆめにおはせぬよしをそうせさす。出家(しゆつけ)したるにか。さるにても只今(ただいま)は都(みやこ)のうちを離(はな)るべきにあらず。よく<あされ<と宣旨(せんじ)しきりなり。検非違使(けんびゐし)ども、かつはなく<いみじう思(おも)ひながら、まゝにするにおはせねば、いとあさましき事(こと)にて、帥(そち)なしとてそのあたり〔さがす。〕よるひるまもるべきよしの宣旨(せんじ)しきりにあり。かくして今日(けふ)もくれぬ。いとあさましき事(こと)なり。検非違使(けんびゐし)ども事(こと)あやまちたらば、みなとがあるべきよしくにも、その夜よ一夜いもねじと思(おも)ひ騷(さわ)ぐ程(ほど)に、とりのときばかりに、あやしのあじろぐるまのここらの人どもをぢぬさまなるが、二三人ばかりともにて、この宮(みや)をさしてただきにくるに、あやしくなりて、この検非違使(けんびゐし)どものてのあかぎぬなどきたるものども、たゞよりによりて、「なにのくるまぞ。ただ今(いま)かかるところにくるは」とて、ながえにさとつけば、あらずや。殿(との)のこはたに参(まゐ)らせ給(たま)へりしが、今(いま)かへらせ給(たま)ふなりといふをきゝて、このものどもみなさりぬ。御くるま、御門(みかど)のもとにてかきおろして、内大臣(ないだいじん)殿(どの)おりさせ給(たま)ひぬ。検非違使(けんびゐし)どもみなおりて〔土に〕なみゐたり。み奉(たてまつ)れば、御としは只今(ただいま)廿二三ばかりにて、御かたちのとゝのをり。ふとりきよげにて、いろあひまことにめでたし。かのひかるげんじもかくやありけんとみ奉(たてまつ)る。薄鈍(うすにび)の御衣(ぞ)のなよゝかなるみつばかり、おなじ
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いろの御ひとへの御衣(ぞ)、御直衣(なほし)、御指貫(さしぬき)おなじさまなる御身のざえもかたちも此の世の上達部(かんだちめ)にはあまり給(たま)へると聞(き)こゆるぞかし。あたらものを、哀(あは)れに悲(かな)しきわざかなと。見奉(たてまつ)るに涙(なみだ)もとゝめがたうてみな無きぬ。乗りながらも入(い)らせ給(たま)はで、宮(みや)のおはしませば、われひとりはなをかしこまり給(たま)へるも。いと悲(かな)し。さておはしましぬれば、帥(そち)こはたに参(まゐ)らせたりけるが。只今(ただいま)なんかへりて候ふとそうせさすれば、むげに夜に入りぬれば、こよひはよくまもりて、明日(あす)卯のときにとある宣旨(せんじ)有り。されば夜ひとよいもねで立(た)ち明(あ)かしたり。宮(みや)の御まへ、帥(そち)殿(どの)。はゝ北(きた)の方(かた)、ひとつに手を取りかはしてまどはせ給(たま)ふ。
はかなく夜もあけぬれば、今日(けふ)こそは限(かぎ)りとたれも<おぼすに、立(た)ちのかんともおぼさず。御こゑも惜しませ給(たま)はず。いかに<〔と〕、ときなりはべりぬと責めののしるに。宮(みや)御まへ、はゝ北(きた)の方(かた)。つととらへて、さらにゆるし奉(たてまつ)り給(たま)はず。かかるよしをそうせさすれば、几帳ごしに宮(みや)の御まへを引き放(はな)ち奉(たてまつ)れど、宣旨(せんじ)しきれど。検非違使(けんびゐし)どもも人なれば、おはします屋にはえもいはぬものどものぼり立(た)ちて、塗りごめをわりののしるだにいみじきを。又(また)いかでか宮(みや)の御手を引きはなつ事(こと)はあらんと、いと恐(おそ)ろしう思(おも)ひまはして、身のいたづらにまかりなりて後は、いとびんなかるべし。疾く<とせめ申せば、すぢ無くて出(い)でさせ給(たま)ふに、松ぎみいみじうしたひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、かしこくかまへてゐてかくし奉(たてまつ)りて、御くるまにかうじ・
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橘、ごきひとつばかりをふくろに入れて、むしろばりのくるまに乗り給(たま)ふ。宮(みや)の御かたをいとかたじけなくおぼど、宮(みや)の御まへ、はゝ北(きた)の方(かた)もつゞき立(た)ち給(たま)へれば、近(ちか)く御くるま寄せて乗らせ給(たま)ふに、はゝ北(きた)の方(かた)やがて御こしを抱(いだ)きてつゞきて乗らせ給(たま)へば、はゝ北(きた)の方(かた)、帥(そち)のそでをつととらへてやがてのらむとはべりとそうせさすれば、いと便なき事(こと)なり。引き放(はな)ちてとあれど、離(はな)れ給(たま)ふべきかた見えず。唯(ただ)山(やま)ざきまでいかん<と唯(ただ)のりに乗り給(たま)へば、いかゞはせん、すぢなくて御くるま引き出だしつ。かくいふは、長徳二年四月廿四日なりけり。
帥(そち)殿(どの)は筑紫(つくし)のかたなりければ、ひつじさるのかたにおはします。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はいづものかたなれば、たんばのかたのみちよりとて、いぬゐざまにおはする。御くるま引きいづるまゝに。宮(みや)は御はさみして御手づからあまになり給(たま)ひぬとそうすれば、哀(あは)れ、宮(みや)はたゞにもおはしまさゞらんものを。かくもの思(おも)はせ奉(たてまつ)る事(こと)ゝおぼしつゞけて、涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)へば、しのびさせ給(たま)ふ。むかしのちやうごんかのものがたりなども、かやうなる事(こと)にやと悲(かな)しうおぼさるる事(こと)限(かぎ)り無し。此のとのばらのおはするを世の人々見るさま。少々のもの見にはまさりたり。見る人涙(なみだ)をながしたり。哀(あは)れに悲(かな)しなどはよろしき事(こと)なりけり。
中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はきやう出(い)で果(は)て給(たま)ひて、たんばざかひにて御むまに乗らせ給(たま)ひぬ。御くるまはかへしつかはすとて、としごろつかはせ給(たま)ひけるうしかひわらはに此のうしは。我がかたみ
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に見よとてたべば、わらは伏しまろびて泣くさま。まことにいみじ。御くるまは都(みやこ)にき。御身は知(し)らぬ山(やま)ぢに入(い)らせ給(たま)ふ程(ほど)ぞいみじき。おほえ山(やま)といふところにて、中納言(ちゆうなごん)、宮(みや)に御ふみかかせ給(たま)ふ。心(こころ)まではたいらかにまうで来つきてはべる。かひなき身なりとも今(いま)一たび参(まゐ)りて御覧(ごらん)ぜられてや やみはべりなむと思(おも)ひ給(たま)ふるになん。いみじう悲(かな)しうはべる。御有様(ありさま)ゆかしきなりと哀(あは)れに書き付け給(たま)ひて、
@憂き事(こと)をおほえの山(やま)と知(し)りながらいとど深くもいる我が身哉 W021
となん思(おも)ひ給(たま)へられ侍るなど書き給(たま)へり。宮(みや)には、哀(あは)れに悲(かな)しう萬をおぼしまどはせ給(たま)ひて、ものもおぼえさせ給(たま)はず。ただならぬ御有様(ありさま)にてかくさへならせ給(たま)ひぬる事(こと)ゝ、かへすがへすうちにも女院(にようゐん)にもいみじく聞(き)こし召(め)しおぼす。
そち殿は其の日のうちにやまざきせきどの院(ゐん)といふところにぞとどまり給(たま)へる。此の御ともにはさるべき検非違使(けんびゐし)ども四人ぞつかうまつりたりける。其の手のものどもの、御くるまに付きて参(まゐるぞ哀(あは)れにゆゝしき。中納言(ちゆうなごん)の御ともには。左衛門(さゑもん)の尉延安といふ人は。ながたにのそうづのはらからの検非違使(けんびゐし)なり。それぞつかうまつりたりける。あさましき事(こと)尽きもせず。せき戸の院(ゐん)にて帥(そち)殿(どの)は御(おん)心地(ここち)あしうなりにければ、御ともの検非違使(けんびゐし)ども、かう<そちはみだり心地(ごこち)あしとてためらひさぶらふ。はゝ北(きた)の方(かた)もやがてつととらへて、またこころになんとそうせさすれば、とく<其のそちつくろひやめて、すがやかにくだすべきよし、ならびにはゝ北のかたのすみやかに
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あげ奉(たてまつ)れと宣旨(せんじ)あるに、中納言(ちゆうなごん)、宮(みや)の御有様(ありさま)もおぼしやり、彼のはゝ北(きた)の方(かた)をもおぼしやらせ給(たま)ふに、いみじうて、女院(にようゐん)もうちも。はるかなる御有様(ありさま)を。いとど心ぐるしう思(おぼ)し召(め)して、おほとのにも此の事(こと)よろしかるべくと、ゐんにせちに申させ給(たま)ひて、そち殿(どの)ははりまに、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はたじまにとどまり給(たま)ふべき宣旨(せんじ)くだりぬ。
此の事(こと)を宮(みや)はつかにきかせ給(たま)ひて、いみじう嬉(うれ)しともおろかに思(おぼ)し召(め)さるゝも、哀(あは)れにいみじき御事(こと)なりかし。せき戸の院(ゐん)にてはりまにとどまり給(たま)ふべきになりぬれば、いみじう嬉(うれ)しうおぼされて、御はゝはやう都(みやこ)へかへり給ね。こよなう近(ちか)き程(ほど)にまかりとどまりぬれば、いと嬉(うれ)しうはべり。又(また)あやまちたる事はべらねば。さりとも召しかへさるゝやうもはべりなんなど泣く<聞(き)こえなぐさめさせ給(たま)ひて、あげ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。われははりまへおはす。かたみにとをざからせ給(たま)へば、いみじう悲(かな)しうなども世のつねなり。
さてかへり給(たま)ひて、うへは宮(みや)の御有様(ありさま)のかはらせ給(たま)へるに、又(また)いとどしき御涙(なみだ)さくりもよゝなり。そち殿(どの)ははりまにおはすとて、ここはあかしとなん申すといふを聞こし召してかくなん、
@もの思(おも)ふこころのうちしくらければあかしのうらもかひなかりけり W022。
いでや、もののおぼゆるにやと。我が心にもにくゝおぼさるべし。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)ことかたへおはすらんを。などおなじかたにあらましと。あやにくなる世をこころうくおぼされて、
@しらなみはたてどころもにかさならずあかしもすまもをのがうら< W023。
といふ
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ふるうたをかへさせ給(たま)へるなるべし、
@かたがたにわかるゝ身にもにたるかなあかしもすまもをのがうら< W024。
とぞおぼされける。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)は、たびのやどりのつゆけくおぼされければ、
@さもこそは都(みやこ)のほかにたび寝せめうたてつゆけきくさまくらかな W025。
かくてたじまにおはし着きぬれば、国のかみ公家の御定(さだ)めよりほかにさしすゝみて、つかうまつる事(こと)おほかり。中納言(ちゆうなごん)は心のあいぎやうづき給(たま)へれば、たれもいみじうぞつかうまつりける。おはし着きぬれば、のぶやす都(みやこ)へかへり参(まゐ)るに。いとど心細(ぼそ)げなる御有様(ありさま)の心ぐるしさに。我が子をともにゐていきたりけるともすけといふをとどめて、御心にしたがへるといひ置きて、われはのぼりにけり。はりまにもあるべきさまにしつらひすへ奉(たてまつ)り置きて、御ともの検非違使(けんびゐし)どもかへり参(まゐ)りぬ。いと遥かなりつる程(ほど)の御ともによそ<の人も哀(あは)れに嬉(うれ)しう思(おも)ふめり。まつぎみのこひ聞(き)こえ給ふぞいみじう哀(あは)れなりける。
宮(みや)にはつきもせぬ事(こと)をおぼし嘆(なげ)くに、御腹も高くもていきて、唯(ただ)あらぬ事(こと)のみおぼししらるゝにも悲(かな)しうなん、はりまよりもたじまよりもうちつぎ御つかひしきりて参(まゐ)る。はゝ北(きた)の方(かた)はそのまゝに御(おん)心地(ここち)あしうて、ものも参(まゐ)らでとしごろの御念誦もけだいして、哀(あは)れにくちおしき御有様(ありさま)を。御はらからの清昭あざりなど明(あ)け暮(く)れ聞(き)こゆれど。今(いま)はおぼしなをるべきやうも見えず。しづみ入りておはすれば、いかにと心細(ぼそ)きを、宮(みや)の御前にも
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御かたがたにもおぼし嘆(なげ)く。二ゐ新発はたゆみなき御いのり、さりとも<と思(おも)ふべし。いづこにもそのまゝにみな御ときにて、明(あ)け暮(く)れ仏神をねんじ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。
ここかしこに通(かよ)ふ御ふみのうちの言の葉ども、いづれも哀(あは)れに悲(かな)しきに。此の北(きた)の方(かた)はしづみ入り給(たま)ひて、いとたのもしげなくなりまさらせ給(たま)ふ。唯(ただ)世とゝもの御事(こと)には。とのにたいめんして死なん<とぞねごとにもし給(たま)ふ。そち殿を聞(き)こえ給なるべし。世〔はか〕なければ、かくおぼしつゝ。ともかくもおはせば、いみじき事(こと)など此のぬしたちの聞(き)こゆるに、さりとていかゞはあるべからんとて、九月十日の程(ほど)になりぬれば、宮(みや)の御事(こと)やう<近(ちか)くなりぬるに。たのもしくおぼす人のかくしづみ入り給(たま)へるに、いとど心細(ぼそ)くおぼさるゝ事尽きせずなん。此の御(おん)心地(ここち)の有様(ありさま)、をこたり給(たま)はん事(こと)ありがたげなるに。唯(ただ)あさゆふは、あなこひしよりほかの事(こと)をの給(たま)はゞこそあらめ。これをきゝ給(たま)ふまゝに。たじまにもはりまにもいみじう覚しおこす。はゝ北(きた)の方(かた)うち泣き給(たま)ひて、
@よるのつる都(みやこ)のうちに籠められて子をこひつゝも泣き明かすかな W026。
いかにと人々聞(き)こゆれば、あらずといひまぎらはし給(たま)へり。はりまには、此のうへのこひしとおぼしたらんに、いかで見え奉(たてまつ)るべからん。おやの事(こと)をいみじとて、又(また)身のいたづらになりはてん事(こと)ゝおぼしみだる。たじまにはいみじきおやの御事(こと)ありとも、いかでかまたきゝにくき事(こと)はしいでん。人の思(おも)はんところのやしからんとおぼし絶(た)え
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たり。
淑景舎は、東宮(とうぐう)より御せうそくつねに絶(た)えず。うちにはいみじうおぼせど。世の中におぼしつつみて、唯(ただ)うこんのないじしてぞしのびて御文などはありける。そちの宮(みや)のうへは、今(いま)にあさましき御(おん)心地(ここち)なれば、こころにのみおはす。なをふりがたう、此の御(おん)中(なか)には東宮(とうぐう)のみぞとひ聞(き)こえ給(たま)へる。女院(にようゐん)には、此の宮(みや)のもしおとこ宮(みや)産み奉(たてまつ)り給(たま)へらば、哀(あは)れにもあべいかなどゆくすゑ遥かなる御有様(ありさま)おぼしつゞけさせ給(たま)ふも、うへを限(かぎ)り無く思(おも)ひ聞(き)こえさせ給ふ、御ゆかりにこそはと、ことはり知(し)られ給(たま)ふ。いみじう哀(あは)れにのみつねになげき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
はかなく秋にもなりぬれば、世の中いとど哀(あは)れに、荻吹くかぜのをとも、とをき程(ほど)のけはひのそよめきにおぼしよそへられけり。はりまよりも日々に人参(まゐ)り通(かよ)ふ。北(きた)の方(かた)の御(おん)心地(ここち)いやまさりなれば、こと<”なし。そち殿今(いま)一度見奉(たてまつ)りて、死なん<といふ事(こと)を、寝ても覚めてもの給(たま)へば、宮(みや)の御まへもいみじう心ぐるしき事(こと)に思(おぼ)し召(め)し、此の御はらからのぬしたちも、いかなるべき事(こと)にかと思(おも)ひまはせど、なをいと恐(おそ)ろし。北(きた)の方(かた)はぜちに泣きこひ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。見きゝ給(たま)へる人々も安(やす)からず思(おも)ひ聞(き)こえたり。はりまにはかくときゝ給(たま)ひて、いかにすべき事(こと)にかあらん。事(こと)の聞(き)こえあらば、我が身こそはいよ<不用のものになりはてゝ。都(みやこ)を見でやみなめなどよろづにおぼしつゞけて、唯(ただ)とにもかくにも御涙(なみだ)のみぞひま無きや。さばれ、この身は
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又(また)いかゞはならんとする。これにまさるやうはとおぼしなりて、おやの限(かぎ)りにおはせんを見奉(たてまつ)りたりとて、きみもいとどつみせさせ給(たま)ふ。かみほとけもにくみ給(たま)はゞ、なをさるべきなめりとこそは思(おも)はめとおぼし立(た)ちて、よるをひるにてのぼり給(たま)ふ。
さて宮(みや)のうちには事(こと)の聞(き)こえあるべければ、彼のにしのきやうに西院といふところに。いみじくしのびてよなかにおはしたれば、うへも宮(みや)もいとしのびてそこにおはしましあひたり。彼の西院も、殿(との)のおはしましゝ折、此の北(きた)の方(かた)のかやうのところをわざとたづねかへりみさせ給(たま)ひしかば、其の折の御心ばへともに思(おも)ひて、もらすまじきところをおぼしよりたりけり。はゝ北(きた)の方(かた)も、宮(みや)の御まへも、御かたがたも、とのも見奉(たてまつ)りかはさせ給(たま)ひて、また今はさいこのたいめんのよろこびの涙(なみだ)も、いとおどろ<しういみじ。うへはかしこく御くるまに乗せ奉(たてまつ)りて、おましながらぞかきおろし奉(たてまつ)りける。いとふかくなりける御(おん)心地(ここち)なりけれど。よろづさかしく泣く<聞(き)こえ給(たま)ひて、今(いま)は心安(やす)く死にもしはべるべきかなと、よろこび聞(き)こえ給ふも、いへばをろかに悲しとも世のつねなりや。
かくて一二日おぼろげならずしのびさせ給(たま)ふに、いかなるもののつみにか、おほやけ・わたくし。帥(そち)殿(どの)のぼり給(たま)へりといふ事(こと)出(い)で来て、宮(みや)をもまぼらせ給ふ。さるべくうたがはしきところをもさがさせ給(たま)ふに、すべてつゆ不思議なければ、よるをひるになしておほやけの御つかひくだりて、おはしおはせずたしかにとて、見せにつかはしたれば、げにおはせざりけり。さるべくうたがはしき所々を
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たづねさせ給(たま)ふに、唯(ただ)西院になんこもりておはするといふ事(こと)聞(き)こえた〔れ〕ば、おほやけにみなさき<”かかる事(こと)ある事(こと)なれど、まだかくわたくしにのぼりくる例(ためし)なし。こ〔れ〕たゞの事(こと)にはあらじ。公家をいかにし奉(たてまつ)らんとする事(こと)をかまへたるぞなど、いみじき事(こと)を推しはからせ給(たま)ふも、ゆゝしう恐(おそ)ろしうて、すべて都(みやこ)の近(ちか)きがする事(こと)なりとて、また<もかくぞあらん。此のたびはまことの筑紫(つくし)へとて、検非違使(けんびゐし)ども送り奉(たてまつ)るべき宣旨(せんじ)しきりにてうちかこみて、とく<といさゝか逃(のが)れ給(たま)ふべくもあらず。そゝのかし聞(き)こゆ。又(また)さらなる御気色(けしき)どもいへばおろかにゆゝし。
こたみの御ともには。はゝ北(きた)の方(かた)の御はらからのつのかみためもとゝいひし人のめにて宣旨(せんじ)とてありしぞ。御くるまに乗りてやがて参(まゐ)る。母北(きた)の方(かた)あきれて、やがてものもおぼえ給(たま)はず。そち殿は、なにかはこれはことはりの事(こと)なれば、さべきにこそはと、思(おぼ)し召(め)して、出(い)でさせ給(たま)ふに、松ぎみはわれも<と泣きさけびののしり給(たま)ふ。げに哀(あは)れに悲(かな)しういみじ。かしこくこしらへとどめ奉(たてまつ)りて、御くるま引きいづる程(ほど)も哀(あは)れに悲し。あさましく心憂く、ゆめのやうなる事(こと)にもあるかなと、尽きもせずおもほしなげかる。宮(みや)の御前の御(おん)心地(ここち)にも、はりまとかはこよなく近(ちか)しときゝつればたのもしかりつるものをと、とありともかかりとも、はゝ北(きた)の方(かた)はおはすべき御有様(ありさま)にもあらざめり。とかくの事(こと)の折に、いかに哀(あは)れに悲(かな)しう心細(ぼそ)うたれかはやともいはんとすらんと、尽き
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もせずおぼさる。
さても此の御事(こと)は、ゑちごのかみ平親信といふ人の子、いとあまたありけるなかに、うまのすけたかよしといひて、うたうたひ、折節倍従などにめさるゝありけり。それが申し出(い)でたりける事(こと)なりければ、おほやけの御ためにうしろ安(やす)き事(こと)申し出(い)でたりとて、かかい給(たま)はせたりければ、よろこびいひにちゝがもとに行きたりければ、ちかのぶの朝臣(あそん)づこにたがもとゝてここには来つるぞ。おほけなくつれなくもあるかなと。かやうの事(こと)われらが程(ほど)の人の子などのいひいづべき事(こと)にあらず。かかる事(こと)はえびす・まちめなどこそいへ。あさましう心憂き事(こと)をいひ出(い)でゝ。人の御むねを焼きこがしなげきをおふ、善き事(こと)なりやとて、いとはしたなくいひののしりければ、あまへて逃(に)げにけり。
世の人此の殿(との)の御有様(ありさま)を。あるはあしうし給(たま)へれば、ことはりといふ人もあり。又(また)すこしものの心知(し)りたるこころばへある人は。かの御身にておはしたるにくからず。はゝの死ぬべきが、われを見て死なむ<といはんを。身はいたづらになるともなどおぼすにこそはあらめ。哀(あは)れなる事(こと)なりや。彼のもとのはりまも今(いま)は過ぎ給(たま)ひぬらんかし。中納言(ちゆうなごん)こそかしこくおはせずなりにけれ。なをたましゐおはすかしなどぞ聞(き)こえける。
はゝ北(きた)の方(かた)、哀(あは)れに悲しき事(こと)をおぼしつゝ、今(いま)は限(かぎ)りになり給(たま)ひにたり。哀(あは)れに悲しとも世のつねなる御有様(ありさま)どもなり。としごろの御念誦いたづらになりぬべき事(こと)を、清昭あざりくち惜しき事(こと)に
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思(おも)ひ聞(き)こゆ。二ゐのしんぼちは、唯(ただ)よるひる御祈共を死ぬばかりしゐて、なをこりずまにさるべき法どもなんをこなひける。東宮(とうぐう)より淑景舎に哀(あは)れにいかにいかにとある御せうそく絶(た)えず。いみじくち惜しうほこりかにおはせし物を。いかにものおぼすらんと、ゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)よりいかなる御せうそくかありけん。淑景舎より聞(き)こえさせ給(たま)ふ、
@秋ぎりのたえま<を見わたせばたびにたゞよふ人ぞ悲しき W027。
遥かなる御有様(ありさま)をおぼしやらせ給(たま)ひて中宮(ちゆうぐう)
@くものなみけぶりのなみと立(た)ちへだてあひ見ん事(こと)の遥かなるかな W028。
と、ひとりごち給(たま)ひけり。
やう<筑紫(つくし)ぢかにおはしたれば、くに<のむまや<つかひのまうけども。いと真心に泣く<といふばかりにつかうまつりわたす。今(いま)は筑紫(つくし)におはし着くきはに、其の折の大貳は。有国朝臣(あそん)なり。かくときゝて御まうけ。いみじうつかうまつる。哀(あは)れ、故殿(との)の御心の有国をつみも無くをこたる事(こと)もなかりしに、あさましくむくはんにしなさせ給(たま)へりしこそ。世に心憂くいみじと思(おも)ひしかど。有国がはぢははぢがはじにもあらざりけり。哀(あは)れにかたじけなく思(おも)ひかけぬかたにこえおはしましたるかな。おほやけの御をきてよりは、さしましてつかうまつらんとすなどいひつゞけ、よろづにつかうまつるを、人づてにきゝ給(たま)ふもいとはづかしう、なべて世の中
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さへ憂くおぼさる。御せうそこ我が子のはしなりして申させたり。思(おも)ひがけぬかたにおはしましたるに。京の事(こと)もおぼつかなくおどろきながら参(まゐ)りさぶらふべきに。九国の守にてさぶらふ身なれば、さすがに思(おも)ひのさまにえまかりありかぬになん。今(いま)ゝで聞(き)こえぬ。何事(なにごと)も唯(ただ)おほせごとになんしたがひつかうまつるべき。世の中にいのちながくさぶらひけるは、わが殿(との)の御すゑにつかうまつるべきとなん思(おも)ひ給(たま)ふるとて、様々(さまざま)のものどもひつどもにかず知(し)らず参(まゐ)らせたれど。これにつけてもすずろはしくおぼされて、きゝ過(す)ぐさせ給(たま)ふ。其のまゝに唯(ただ)御時にて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。
かくいふ程(ほど)に、かみな月の廿日あまりの程(ほど)に、京には北(きた)の方(かた)失(う)せ給(たま)ひぬ。哀(あは)れに悲(かな)しうおぼしまどはせ給(たま)ふ。二ゐのいのち長さ哀(あは)れに見えたり。されど哀(あは)れむげに老いはてて、たは安(やす)くもうごかねば、唯(ただ)明順・道順・信順などよろづにつかうまつれり。のちの御事(こと)ども例のさまにはあらで、さくらもとゝいふところにてぞ屋づくりておさめ奉(たてまつ)りける。哀(あは)れに悲(かな)しともをろかなり。但馬にはよるをひるにて人参(まゐ)りたれば、泣く<御衣(ぞ)など染めさせ給(たま)ふ。筑紫(つくし)にも人参(まゐ)りしかど、いかでかはとみに参(まゐ)り着くべきにもあらず。のち<の御事(こと)ども皆さべうせさせ給(たま)ふ。筑紫(つくし)の道は今(いま)十余(よ)日といふにぞ参(まゐ)り着きたりける。哀(あは)れさればよ。よくこそ見え奉(たてまつ)りにけれと、今ぞおぼされける。御ぶくなど奉(たてまつ)るとて、
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@その折にきてましものをふぢごろもやがてそれこそわかれなりけれ W029
とぞひとりごち給(たま)ひける。
かくてうへの御事(こと)はあさましうてやませ給(たま)ひぬ。宮(みや)の御産の事(こと)もおぼしなげかれけり。十二月廿日の程(ほど)にさともなやませ給(たま)はで、をんな御子むまれ給(たま)へり。同じうはおとこにおはしまさましかば、いかにたのもしう嬉しからましとおぼすものから、又(また)推しかへしいと嬉(うれ)し。わづらはしき世の中をとぞ思(おぼ)し召(め)されける。内にはけざやかに奏せさせ給(たま)はねど、をのづから女院(にようゐん)に聞(き)こし召(め)しければ、同じう聞(き)こし召(め)しつ。いと<哀(あは)れに、いかにせさせ給(たま)ふらんとおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)よりも様々(さまざま)にこまかに推しはかりとぶらひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。わざとおぼしつゞけさせ給(たま)ふともなかりつれど、仏神の御たすけにやと見えさせ給(たま)ふ。御湯(ゆ)どのにはうちよりのおほせごとにて、うこんの内侍(ないし)ぞ参(まゐ)りたる。いとつゝましう恐(おそ)ろしき世なれども、うへのおほせごとのかしこさに参(まゐ)りたるなりけり。事(こと)の限(かぎ)りあれば、何事(なにごと)もあべいさまは失(う)せねど、故とのなどの御世のはな<”とありしに。かやうの御有様(ありさま)ならましかば、いかばかりかはめでたからまし。それをおぼし出ださせ給(たま)ふにも、ゆゝしうおぼさる。御(おほん)ぞのいろより始(はじ)めて、たれもうたてある御すがたどもに、わか宮(みや)のものあへせさせ給(たま)はず。しろううつくしうおはしませば、うこんの内侍(ないし)あはれ。とく御覧(ごらん)ぜさせ奉(たてまつ)らせばやと聞(き)こえさす。七日が程(ほど)の御事(こと)ども。いかゞなべてなるべき御事(こと)どもかは。
但馬には聞き給(たま)ひて、哀(あは)れに嬉(うれ)しき
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事(こと)かな。げにおとこにおはしまさましかばとおぼせど、いとよし。さらぬだにかかる世の中にいにしへもかやうの事(こと)によりてこそ、多(おほ)く恐(おそ)ろしき事(こと)は出(い)でくれなどいかゞはせんの御心にや。をんなおはしますをぞ心安(やす)き事(こと)におぼしける。たれこまやかにつかうまつるらんと、哀(あは)れに思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふ。筑紫(つくし)にはうへの御事(こと)を、哀(あは)れに悲(かな)しう思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふ。宮(みや)の御事(こと)をも明(あ)け暮(く)れ心にかけおぼしけるに、かくたいらかにおはしますよしを聞(き)こえに人参(まゐ)りたり。
かくてうこんの内侍(ないし)、七日が程(ほど)過ぎてうちに参(まゐ)れば、様々(さまざま)いみじうこまかなる事(こと)どもをせさせ給(たま)へれば、なにをうとしとかかくわづらはしき事(こと)どもをせさせ給(たま)へるならん。唯(ただ)うこんをばむつまじくあなづらはしきかたにてと、うへの思(おぼ)し召(め)してせさせ給(たま)へるかひなく、いかでかかくおどろ<しき御事(こと)どもをば、とはせ給(たま)はむにも奏すべきかた候はずなんなど啓して、かへすがへすかしこまりて、やがてうちへ参(まゐ)りてげれば、うへしのびやかに召して、日ごろの御有様(ありさま)こまやかにとはせ給(たま)ふに、よろづさしましつゝ哀(あは)れに奏すれば、御涙(なみだ)もうかばせ給(たま)ひて、げにさぞあらんかしと思(おぼ)し召(め)しつゞけさせ給(たま)ふ。
わか宮(みや)の御うつくしさなど奏すれば、かれを見ばやな。みこたちは御對面とて、五つや七つなどにてぞむかしはありける。またうちにちごなど入る事(こと)なかりけり。されど今(いま)の世はさもあらざめり。東宮(とうぐう)の宣耀殿(せんえうでん)の宮(みや)などは、つと抱(いだ)きてこそありき給(たま)ふなれ。又(また)たゞにもあらずものし給(たま)ふとか、うらやましく
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思(おも)ふ事(こと)もあれど、あひ見ん事(こと)のいつとなきこそなど哀(あは)れにかたらはせ給(たま)ふ。いみじう様々(さまざま)よろづせさせ給(たま)へるこそ。いとかたじけなくかしこく候へ。えもいはぬさうぞくして給(たま)はせたれど、ついたちにとておさめてさぶらふなど奏すれば、心ばへのおとな<しう哀(あは)れなるかたはたれかまさらんなどいみじう御心ざしあるさまにおほせらる。それにつけても尼(あま)にならせ給(たま)へる事(こと)をくち惜しう参(まゐ)りなどせさせ給(たま)はんにも。世の人のくちわづらはしくおぼさるゝ程(ほど)にぞ。人知(し)れぬ御なげきなりける。
かくてとしもかはりぬれば、ついたちはてうはいなどして、よろづめでたく過ぎもてゆくに、はな都(みやこ)はめでたきに、彼のたびの御有様(ありさま)ども春やむかしのとのみおぼされつゝ、哀(あは)れに年さへへだゝりぬるを、よろづいとおぼつかなく、あまたの霞(かすみ)立(た)ち隔てたる心地(ここち)せさせ給(たま)ひぬ。彼の二条(にでう)の北南と造りつゞけさせ給(たま)ひしは、とのおはしまいし折、かたへは焼けにしかば、今(いま)ひとつにみな住ませ給(たま)ひしを、此の御子(みこ)などもむまれ給(たま)ふべかりしかば、平中納言(ちゆうなごん)惟仲がしるところありけり。それには女院(にようゐん)などおほせられて住ませ給(たま)ひける。
うちにはわか宮(みや)の御うつくしさを、いかに<と女院(にようゐん)も聞(き)こえさせ給(たま)へば、つゝましき世の有様(ありさま)なれば、おぼしたゆたふべし。とのなどやいかゞ思(おぼ)し召(め)さんとおぼすらん。ことはりにこそ。宮(みや)のそのままの御有様(ありさま)におはしまさぬにより、あからさまに
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参(まゐ)り給(たま)はん事(こと)もいかにと思(おぼ)し召(め)すなるべし。つねの御ことぐさのやうにゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ御有様(ありさま)を、女院(にようゐん)はいと心ぐるしき御事(こと)に思(おぼ)し召(め)せど、さすがにわか宮(みや)の限(かぎ)り参(まゐ)らせ給(たま)ふべきにはあらずかし。わか宮(みや)の御めのとには、きたのの三位とてものし給(たま)ひし人の御むすめなども参(まゐ)りけり。それも九条(くでう)殿(どの)の御(おん)子(こ)といはれ給(たま)ひし人なり。また弁のめのとや少輔(せう)の命婦といふ人、様々(さまざま)さぶらふ。
はかなく夏にもなりぬれば、わか宮(みや)の御有様(ありさま)いとうつくしうおはします。たびの御せうそこも日々にといふばかりなり。哀(あは)れにおぼつかなうのみおぼしみだる。二ゐ此のわか宮(みや)見奉(たてまつ)りにとて夜の程(ほど)参(まゐ)れり。宮(みや)の御まへ哀(あは)れに御覧(ごらん)じてさくりもよゝに泣かせ給(たま)ふ。宮(みや)のいとうつくしうおはしますを、二位ゑみまけうつくしみ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。哀(あは)れにうへの御かはりには、おまへをこそはたのみましてさぶらふまゝに、明(あ)け暮(く)れも見奉(たてまつ)らぬ事(こと)をなん。さてもうちには此の宮(みや)をいとゆかしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、入(い)らせ給(たま)ふべしなどこそは世には申すめるを、いかゞはおぼし定(さだ)めさせ給ふらん。老いの身はさべき人もものをなん聞かせはべらざりけると申し給(たま)へば、こころにもはゝの御かはりにはいかでとこそ思(おも)ひ聞(き)こえさせはべれど、其の事(こと)ゝなくもの騷(さわ)がしきうちに、此の宮(みや)の御あつかひにはかなく明(あ)け暮(く)れてこそ、うちよりも此の宮(みや)を今(いま)ゝでおぼつかなくてあらせ奉(たてまつ)る事(こと)などまめやかにの給(たま)はすめり。女院(にようゐん)も其の御気色(けしき)にしたがはせ給(たま)ふにやあらん。なを
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ゐていり奉(たてまつ)れとこそは、の給(たま)はすめれど、いさよりつゝましうのみおぼえてこそ、いかにせましと思(おも)ひやすらはれ、よろづよりも彼のたびの人々をいかに<と思(おも)ひものするこそ、いみじう哀(あは)れに心憂(う)けれ。さりともいとかくてやむべうはいかでかとのみこそは、うちにもいみじう心ぐるしき事(こと)にの給(たま)はすなれなどの給(たま)はすれば、たびたびゆめに召しかへさるべきさまに見給(たま)ふるに、かく今(いま)ゝで音なくはべるをなん。なをさるべくおぼしたちてうちに参(まゐ)り給(たま)へ。御いのりをいみじうつかうまつりて寝てはべりしゆめにこそ、おとこ宮(みや)は生まれ給(たま)はんと思(おも)ふゆめ見てはべりしかば、此の事(こと)によりてなをとく参(まゐ)り給(たま)へと、そゝのかし啓ぜんと思(おも)ふ給(たま)へりてなん。多(おほ)くは参(まゐ)りはべりつるなり。御文にてはおちちるやうもやと思(おも)ふ給(たま)へてなむなどそゝのかし、泣きみわらひみ夜ひと夜御ものがたりありて、あかつきにはかへり給(たま)ひぬ。
宮(みや)の御まへの御うち参(まゐ)りの事(こと)。そゝのかし啓しつるにぞおぼし立たせ給(たま)へる。明順・道順、よろづにそゝき奉(たてまつ)る。くに<の御封などめしものすれど、ものすがやかにわきまへ申す人もなければ、さるべき御さうなどぞ、きぬ奉(たてまつ)らせんなどあんない申す人ありければ、きぬ召してよろづに急(いそ)がせ給(たま)ふ。宮(みや)おはしますたびなれば、よろづ御けはひことなり。御こしなどはこたいにあるべき事(こと)なれば、御くるまにてぞおぼめしたる。いとどつゝましく宮(みや)おぼしたれど、などてか。なをもろともにと聞(き)こえさせ給(たま)へば、彼の二ゐ
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のそゝのかし聞(き)こえし事(こと)もあれば、さばとてもろともに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。人のくち安(やす)かるまじう思(おも)へり。
かくてうちに参(まゐ)らせ給ふ夜は、おほとのさるべき御ぜん参(まゐ)るべきよしおほせらるれば、みな参(まゐ)りたり。殿(との)の御こころ有様(ありさま)のいみじうありがたくおはします事(こと)限(かぎ)りなし。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、女院(にようゐん)いつしかとわか宮(みや)を抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いとうつくしうおはします。うちゑみて哀(あは)れに見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いとおかしう肥えさせ給(たま)へり。御ものがたりなにとなくものはなやかにまうさせ給(たま)へば、まづしるものにおぼさるべし。宮(みや)よろづにつゝましき事(こと)を思(おぼ)し召(め)すに、ゐんと御たいめんありて、〔つき〕せぬ御ものがたりを申させ給(たま)ふ程(ほど)に、うへわたらせ給(たま)ひてわか宮(みや)見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。えもいはずうつくしうおはしまして、唯(ただ)わらひにわらひものがたりせさせ給(たま)ふ。うへの御まへ今(いま)ゝで見ざりけるよと思(おぼ)し召(め)すに、まづ御涙(なみだ)もうかばせ給(たま)ふべし。ましておとこにおはしまさましかばとぞ。人知(し)れず思(おぼ)し召(め)されける。さて宮(みや)に御たいめんあるに。御木丁引き寄せていとけ遠(ほ)くもてなし聞(き)こえ給(たま)へる程(ほど)もことはりなれど。御となぶらを遠くとりなして、隔てなきさまにて泣きみわらひみ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、いにしへになを立(た)ちかへる御(おん)心地(ここち)のいでくれば、宮(みや)いと<けしからぬ事(こと)なりなどよろづに申させ給(たま)へど、それをも聞(き)こし召(め)しいれぬさまにみだれさせ給(たま)ふ程(ほど)も、かたはらいたげなり。よろづにかたらひ聞(き)こえ給(たま)ひて、あかつきにいでさせ給(たま)ひけれど、なをしばし、宮(みや)みつくまで今(いま)四五日はと申させ給(たま)ひて、職の御曹司にあかつきにわたり給(たま)ひて、
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そこにしばしおはしますべくしつらはせ給(たま)ふ。
うへもよろづに思(おぼ)し召(め)しはゞからせ給(たま)ふ事(こと)多(おほ)くおはしませど、ひたみちに唯(ただ)哀(あは)れにこひしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひつる程(ほど)なれば、人のそしらんも知(し)らぬさまにもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふも、このかたはすぢなき事(こと)にこそあめれ。宮(みや)の御まへは世のかたはらいたさをさへ、ものなげきにそへて思(おぼ)し召(め)すべし。にようばうたちむかしおぼえて哀(あは)れに思(おも)へり。さてひごろおはしまして、なをいと程(ほど)遠しとて近(ちか)きとのにわたし奉(たてまつ)りて、のぼらせ給(たま)ふ事(こと)はなくて、われおはしまして夜中ばかりまでおはしまして、後夜にぞかへらせ給(たま)ひける。御心ざしむかしにこよなげなり。このごろさぶらひ給ふにようごたちの御おぼえいかなるにかと見えさせ給(たま)ふ。
とく出(い)でさせ給(たま)ふべかりけるを、なをしばし<との給(たま)はせける程(ほど)に、ふた月ばかりおはしますに、御(おん)心地(ここち)あしうおぼされて、れいせさせ給(たま)ふ事(こと)もなければ、いかなるにかと胸つぶれておぼさるべし。うへかくと知(し)り給(たま)ふにも。まづ哀(あは)れなる契(ちぎ)りをおぼし知(し)らせ給(たま)ふ。かへすがへすもかくてあるべかりける御有様(ありさま)を、かくいささかなる事(こと)どもを、世人もきゝにくゝ申し、我が御(おん)心地(ここち)にもよろづにゆめの世とのみおぼしたどらるべし。
但馬にはかかる事(こと)どもを聞(き)き給(たま)ひて、唯(ただ)仏神をのみいのりゐ給(たま)へり。二ゐはいとどしき御祈り安(やす)からんやは。宮(みや)はかくて御(おん)心地(ここち)苦(くる)しうおぼさるれば、せちに聞(き)こえさせ給(たま)ひて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。其の程(ほど)弘徽殿・承香殿など参(まゐ)りこみ給(たま)ふ。されど御心ざしの有様(ありさま)こよなげなり。うちよりはよろづ様々(さまざま)
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のおぼつかなさを。御ふみひまなし。大方(おほかた)にてはひまぜなどの御つかひ有り。うこんの内侍(ないし)ぞさりげなくつたへ人にてさぶらひける。二ゐかやうの事(こと)どもを聞(き)きて、いと<嬉(うれ)しう、ゆめのしるしあるべきと思(おも)ひて、いとどしき御いのりたゆまず。筑紫(つくし)にもかかる事(こと)を聞()き給(たま)ひて、よろづにさりともとたのもしくおぼさるべし。
但馬の中納言(ちゆうなごん)殿(どの)は。又(また)そのかみ六条(ろくでう)殿(どの)は絶え給(たま)ひにしかば、伊予のかみ兼資(かねすけ)のぬしのむすめをいみじうおぼいたりしを、いつかとのみ哀(あは)れにこひしうおぼさるべし。帥(そち)殿(どの)は松ぎみをはるかにおぼしおこせつゝ、生(いき)の松原(まつばら)とのみおぼしよそへられけり。哀(あは)れなる御なからひどもなり。月日も過ぎもていきて、宮(みや)の御は〔ら〕もたかくならせ給(たま)へば、哀(あは)れに心細(ぼそ)くおぼされけり。はるかなる御有様(ありさま)どもをわりなき事(こと)に申させ給(たま)ひしかば、御心のうちにもいと心ぐるしき事(こと)に思(おぼ)し召(め)して、つねにゐんにも語り申させ給ふ。
はかなく冬にもなりぬるに、承香殿たゞにもあらぬ御気色(けしき)あれば、ちゝおとどいみじう嬉(うれ)しき事(こと)におぼしまどふ。うへもいみじう嬉(うれ)しうおぼさるべし。ゐんもいづれの御かたにも唯(ただ)おとこみこをだに産み奉(たてまつ)り給(たま)へらばと思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、三月ばかりにて奏して出(い)でさせ給(たま)ふ。其のたびの儀式はいと<心ことなり。にようごも御手車にて、にようばうかちよりあゆみ連れたり。こきでんのほそ殿(どの)のまへをわたらせ給(たま)ふ程(ほど)、ほそ殿(どの)の御簾(みす)を押し出だしつつ。にようばうのこぼれ出(い)でゝみれば、此のにようごの御とものわらはいたうなれたるが、火のいとあかきに此のこきでんのほそ殿を見て、すだれのみはらみだる
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かなどいひていくを、こきでんのにようばう、あなねた、なにしに見つらんなどいひけり。あさましうしたりがほにねたげなり。とまれかうまれかくて出(い)で給(たま)ふ御有様(ありさま)いとうらやましう見えたり。さてまがて給(たま)ひて右のおとどよろづに御いのりし給(たま)ふ。あはた殿(どの)の北(きた)の方(かた)。此の殿(との)の北(きた)の方(かた)にておはす。御くらゐも北(きた)の方(かた)もみなかくなりかはらせ給(たま)へるもいと哀(あは)れなり。堀河(ほりかは)殿(どの)をぞいとよく造りたてゝ今(いま)は渡りすみ給(たま)ひける。此のにようごの御ひとつはらの御せうとども少将(せうしやう)にて人にほめられておはす。
はかなく月日も過ぎぬ。長徳四年になりぬ。わか宮(みや)三つになり給(たま)ひぬ。いかにいとどうつくしう思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふも、いと<こひしうまめやかにおぼしいづる折<おほかるべし。中宮(ちゆうぐう)には三月ばかりにぞ御子むまれ給(たま)ふべき程(ほど)なれば、御つゝしみをよろづにおぼせど、事(こと)に御封などすが<しうわきまへ申す人なし。くらづかさよりれいの様々(さまざま)の御具などもて運(はこ)び、女院(にようゐん)などよりもよろづおぼしはかり聞(き)こえさせ給(たま)へば、それにて何事(なにごと)も急(いそ)がせ給(たま)ふ。そうづのきみもよろづにたのもしうつかうまつり給(たま)ひ、いかに<とおぼし渡る程(ほど)に、御気色(けしき)ありとののしり騷(さわ)ぐに。哀(あは)れにたのもしきかたなし。唯(ただ)此の但馬のかみぞ、よろづたのもしうつかうまつる。
二ゐもかくときゝ奉(たてまつ)りて、ゐながらぬかを突き祈り申す。いみじき御願のしるしにや、いとたいらかにおとこみこむまれ給(たま)ひぬ。おとこにおはしませば、いとどゆゝしきまでおぼされながら、女院(にようゐん)に御せうそこあれば、うへにそうせさせ給(たま)ひて、御はかしもて参(まゐ)る。いと嬉(うれ)しき事(こと)に
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たれも<思(おぼ)し召(め)さる。世の中はかくこそありけれ。のぞめどのぞまれず。逃(のが)るれど逃(のが)れずといふは、げに人のさいはひにこそと、きゝにくきまで世にののしり申す。御湯(ゆ)どのにうこんの内侍(ないし)、れいの参(まゐ)る。こたみはうちより御うぶやしなひあべけれど。なをおぼしはゞかりて、内の御心をくませ給(たま)へるにや、おほとの、七夜の御事(こと)をつかうまつらせ給(たま)ふ。うちにはゐんにも嬉(うれ)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)したり。ゐんよりきぬ・あや、大方(おほかた)さらぬ事(こと)どもいとこまかに聞(き)こえさせ給(たま)へり。
七日の夜は、いま宮(みや)見奉(たてまつ)りに藤(とう)三位を始(はじ)め、さるべき命婦・蔵人たち参(まゐ)る。其の程(ほど)の御用意(ようい)あるべし。二ゐは夢をまさしく見なして、かしらだにかたくおはしまさば。一天のきみにこそおはしますめれ。よく<心ことにかしづき奉(たてまつ)り給(たま)へと、つねに啓せさす。又(また)の日但馬にも筑紫(つくし)にもみな御つかひ奉(たてまつ)りにしかば、但馬にはとくきゝ給(たま)ひて、哀(あは)れに嬉(うれ)しき事(こと)をおぼすべし。いつしか筑紫(つくし)に聞かせ奉(たてまつ)らばやとおぼし嘆(なげ)く。宮(みや)のにようばうよくこそほかざまにおもむかずなりにけれ。わか宮(みや)の御世にあひぬる事(こと)ゝ、世にいみじうめでたく思(おも)ふべし。御湯(ゆ)殿(どの)の鳴絃読書のはかせなど、みな大とのにぞをきて参(まゐ)らせ給(たま)へる。大殿(おほとの)同じきものをいときよらかにもせさせ給(たま)へるかな。すぢはたゆまじき事(こと)にこそあめれとのみぞ、九条(くでう)殿(どの)の御ざうよりほかの事(こと)はありなんやと思(おも)ふものから、其の御(おん)中(なか)にもなを此のひとすぢは心ことなりかしなどぞの給(たま)は
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せける。
かくいふ程(ほど)に、筑紫(つくし)にきゝ給(たま)ひてあさましう嬉(うれ)しうて、ものにぞあたらせ給(たま)ふ。我がほとけの御徳にわれらも召されぬべかめりと、いみじく嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)されて、此の御事(こと)ののちは唯(ただ)ゆくすゑのあらましかとのみおぼしつゞけられて、御心のうちはおぼさるべし。かかる程(ほど)にいま宮(みや)の御事(こと)のいたはしければ、いとやむごとなくおぼさるゝまゝに、いかで今(いま)はこの御事(こと)のしるしにはたびの人をとのみ思(おぼ)し召(め)して、つねに女院(にようゐん)とうへの御まへとかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、とのにもかやうにまねび聞(き)こえさせ給(たま)へば、げに御子の御しるしはべるらんこそはよからめ。今(いま)はめしにつかはさせ給(たま)へかしなど奏し給(たま)へば、うへいみじう嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)しながら。さばさるべきやうにともかくもとのどやかにおほせらる。
四月にぞ今(いま)は召しかへすよしの宣旨(せんじ)くだりける。それにことしれいのもがさにはあらで、いとあかき瘡(かさ)のこまかなるいできて、老いたるわかき。上下わかずこれをやみののしりて、やがていたづらになるたぐひもあるべし。これをおほやけ・わたくし今(いま)のものなげきにして、しづ心なし。されどこの召しかへしの宣旨(せんじ)くだりぬれば、宮(みや)のおまへ世に嬉(うれ)しき事(こと)におぼさる。夜をひるになしておほやけの御つかひをも知(し)らず。まづ宮(みや)の御つかひども参(まゐ)る。これにつけても、わか宮(みや)の御とくと世の人めでののしる。京には賀茂の祭(まつり)なにくれの事(こと)ども過ぎて、つごもりになりぬ。
筑紫(つくし)には御つかひも宣旨(せんじ)もいまだ参(まゐ)らぬに、但馬にはいとちかければ、御むかへにさるべき人<かずも知(し)らず参(まゐ)りこみ
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たり。それもいでや面目(めんぼく)有る事(こと)にもあらねど、いと<嬉(うれ)しくおぼさる。さて上(のぼ)らせ給(たま)ふ。五月三四日の程(ほど)にぞ京に着き給(たま)へる。兼資(かねすけ)の朝臣(あそん)の家(いへ)に中納言(ちゆうなごん)上(のぼ)り給(たま)へれど、大殿(おほとの)の源中将(ちゆうじやう)おはすとて、此の殿(との)のおはしたるを、てゝはゝさらによからぬ事(こと)に思(おも)ひて、いみじうしのびてぞおはしける。殿(との)の源中将(ちゆうじやう)と聞(き)こゆるは、村上(むらかみ)の御門(みかど)の三宮(みや)、兵部(ひやうぶ)卿(きやう)の宮(みや)、それ入道(にふだう)していはくらにおはしけるが、男子(をのこご)二人おはするが、一ところは法師(ほふし)にて三井寺(みゐでら)におはす。今(いま)ひとゝころは殿(との)のうへの御子(みこ)にしたて参(まゐ)らせ給(たま)ふなりけり。そのこの兼資(かねすけ)が婿(むこ)にておはしけり。されば此の中納言(ちゆうなごん)には、今(いま)ひとりのむすめ親にも知(し)られでかよひ給(たま)ひける。かかる事(こと)さへ出(い)で来ていとどうたておやどもさへいひければ、今(いま)にしのび給(たま)ふなりけり。此の源中将(ちゆうじやう)のはゝは大殿(おほとの)のうへの事(こと)御はらからの御子(みこ)なりければ、御をひにて御(おん)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふなりけり。
五月五日中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の給(たま)ひける、
@思(おも)ひきやわかれし程(ほど)のそのころよ都(みやこ)の今日(けふ)にあはんものとは W030。
とありければ女君(をんなぎみ)、
@うきねのみ袂(たもと)にかけしあやめぐさ引きたがへたる今日(けふ)ぞ嬉(うれ)しき W031。
中納言(ちゆうなごん)殿(どの)宮(みや)に参(まゐ)り給(たま)へれば、まづ御よろこびの涙(なみだ)どもせきとどめがたし。哀(あは)れにて悲(かな)しきに。ひめ宮(みや)・わか宮(みや)、様々(さまざま)にうつくしうおはします。見奉(たてまつ)り給(たま)ふにつけても。ゆめのうつゝに
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〔な〕りたる心地(ここち)せさせ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。いつしか筑紫(つくし)の殿(との)の御事(こと)をとくとおぼさる。御むかへに明順朝臣(あそん)など人々参(まゐ)りにけり。淑景舎・宮(みや)のうへなどあつまらせ給(たま)へり。四の御かたはいま宮(みや)の御うしろみとりわき聞(き)こえさせ給(たま)へれば、あつかひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)よるばかりこそ女君(をんなぎみ)のもとへおはすれ。唯(ただ)〔み〕やにのみおはす。二ゐもこのごろあかゞさにていとふかくにてほと<しく聞(き)こゆれば、哀(あは)れにおぼさる。今(いま)は帥(そち)殿(どの)見奉(たてまつ)りて死なんとぞねがひ聞(き)こゆれど、いかゞ見えたり。
かかる程(ほど)にのこりなくやみののしるに、彼の承香殿のにようご、うみがつきも過ぎ給(たま)ひて、いとあやしく音なければ、よろづにせさせ給(たま)へど、おぼしあまりて、六月ばかりにうづまさに参(まゐ)りて、御修法、やくしきやうのふだんきやうなどよませさせ給(たま)ふ。よろづにせさせ給(たま)ひて、七日も過ぎぬれば、又(また)延べてよろづにいのらせ給(たま)へばにや、御気色(けしき)ありて苦(くる)しうせさせ給(たま)へばとのしづ心なくおぼし騷(さわ)ぎて、まづうちにうこんの内侍(ないし)のもとに、御消息つかはしなどせさせ給(たま)へば、御まへに奏しなどして、いかに<など御つかひ参(まゐ)り、女院(にようゐん)よりいかに<とおぼつかなくなど聞(き)こえさせ給(たま)ふに、この御寺のうちにては、いとふびんなる事(こと)にてこそあらめ。さりとてさとに出(い)でさせ給(たま)はんもいとうしろめたき事(こと)などこの寺の別當なども申し給(たま)ふ程(ほど)に、唯(ただ)事(こと)成りぬべき御気色(けしき)なれば、さばれ、つみはのちに申し思(おも)はんとおぼして、まかせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ程(ほど)に、唯(ただ)ものもおぼえぬ水(みづ)のみさゝとながれいづれば、いとあやしう
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世づかぬ事(こと)に人々見奉(たてまつ)り思(おも)へど、さりともあるやうあらんとのみ騷(さわ)がせ給(たま)ふに、みづつきもせず出(い)で来て、御腹ただしゐれにしゐれて、例の人のはらよりもむげにならせ給(たま)ひぬ。ここらの月比の血のけはひだに出(い)でこで。みづの限(かぎ)りにて御腹のへりぬれば、寺の僧どもあさましういひ思(おも)ふ。
ちゝおとどはなぬかやむといふらんやうにあさましういみじきに、がひきなどいふ事(こと)をせさせ給(たま)ひて、そらをあふぎてゆめ覚めたらん心地(ここち)してゐさせ給(たま)へり。よろづよりもにようごの御(おん)心地(ここち)、あさましうはづかしう、彼のこきでんのほそ殿(どの)の事(こと)などおぼしいでられ、今(いま)はうちわたりといふ事(こと)おぼしかくべくもあらず。うちより御つかひしきりに参(まゐ)るに、奏し遣らせ給(たま)はんかたなし。ちごなどのともかくもおはするは例の事(こと)なり、これはいと事(こと)のほかといふもをろかなり。御寺の僧どもゝかかる事(こと)ははづかしき事(こと)なりけり。されどほとけの御徳にたいらかにおはしますにこそは、いかゞはせんには聞(き)こえける。うちには聞(き)こし召(め)して、ともかくもものもおほせられでこそあらめ。うこんがもの騷(さわ)がしういひて、かくものぐるをしうはからひて、あるまじきわざにこそありけれ。たゞなるにはこよなく劣りてもあるかなとぞ、いとおしう思(おぼ)し召(め)されける。ゐんにもいときゝぐるしうぞ思(おぼ)し召(め)しける。世の中には歌にさへぞ聞(き)こえける。彼のすだれのみいひしわらはは、それにはぢてやがて参(まゐ)らずなりにけり。ほかよりもこえでんこそいみじうおこがましげに人々聞(き)こえければ、彼の出(い)でさせ給(たま)ひし夜の
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御有様(ありさま)は。さばかり面目(めんぼく)ありし事(こと)やはありし。なを世の中こそはあはれなるものはありけれど、何事(なにごと)につけても定(さだ)めなくぞ。
彼の筑紫(つくし)には赤瘡(あかがさ)かしこにもいみじければ。そち殿(どの)急(いそ)ぎたち給(たま)へど、大貳のこのごろ過(す)ぐしてのぼらせ給(たま)へ。道の程(ほど)いと恐(おそ)ろしうはべり。御送りに参(まゐ)らん下人などもいとふびんにはべりと申しければ、げにと思(おぼ)し召(め)して心もとなくおぼしながら。立(た)ちどまらせ給(たま)ひて、世の人少し病みさかりてのぼらせ給(たま)ふ。この程(ほど)に二ゐ、此の瘡(かさ)にて失(う)せにけり。いみじうあはれなる事(こと)どもなり。かくてのぼらせ給(たま)ふも、唯(ただ)わか宮(みや)の御しるしと哀(あは)れに嬉(うれ)しうおぼしつゝ、のぼらせ給ふ。かちよりなれば、今(いま)はおはし着かせ給(たま)ひぬらんとのみ、いつしかとまち聞(き)こえさせ給ふ。
十一月(じふいちぐわつ)にのぼり着かせ給(たま)ふ。彼の致仕の大納言(だいなごん)殿(どの)におはし着かせ給(たま)へる。うへを始(はじ)め奉(たてまつ)り、殿(との)のうちの人<よろこびの涙(なみだ)ゆゝし。殿(との)の有様(ありさま)などむかしにもあらず哀(あは)れに荒(あ)れにけり。うへも何事(なにごと)も聞(き)こえ給(たま)はず。涙(なみだ)におぼれて見奉(たてまつ)り給(たま)ふ。まつぎみのおほきになり給(たま)へるを掻き撫でゝ、とのいみじう泣かせ給(たま)へば、まつぎみもいかにおぼすにか、目をすり給(たま)ふ。いと嬉(うれ)しとおぼしたるも、哀(あは)れにことはりなり。殿、
@淺茅生(あさぢふ)と荒(あ)れにけれどもふるさとの松は木だかくなりにけるかな W32。
又(また)との、
@こしかたの生(いき)の松原(まつばら)いきて来て古(ふる)き都(みやこ)を見るぞ悲(かな)しき W033。
との給(たま)へば、うへ、
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@其のかみの生(いき)の松原(まつばら)いきてみて見ながらあらぬ心地(ここち)せしかな W034
と申し給(たま)ふ。
まづ宮(みや)へ参(まゐ)らんとて急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ふにも、女君(をんなぎみ)涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)ふ。宮(みや)のおまへ、ひとへの御衣(ぞ)の袖もしぼるばかりにておはします。何事(なにごと)ものどかになんと申させたまふ。宮(みや)様々(さまざま)いみじくうつくしうおはしますを、一の宮(みや)をまづ抱(いだ)き奉(たてまつ)らまほしげにおぼせど、いま<しうのみもののおぼえはべりてと聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、なをいと世は定(さだ)めがたし。たいらかにたれもいのちをたもたせ給(たま)ふのみこそ、世にめでたき事(こと)なりけれとぞ見えさせ給(たま)ふ。故うへの御事(こと)をかへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ひつゝ、たれもいみじう泣かせ給(たま)ふ。よろづにひとつ涙(なみだ)のといふやうにのみ見えさせ給(たま)ふも、哀(あは)れに尽きせずぞ見えさせ給(たま)ふ。そのころよき日して北(きた)の方(かた)の御墓おがみに、帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)、もろともにさくらもとに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。哀(あは)れに悲(かな)しうおぼされておはせましかばとおぼさるゝにも。御涙(なみだ)におぼゝれ給(たま)ひて、折しも雪いみじう降(ふ)るに、中納言(ちゆうなごん)、
@露ばかりにほひとどめて散りにけるさくらがもとを見るぞ悲(かな)しき W035。
帥(そち)殿(どの)、
@さくらもと降(ふ)るあは雪を花と見て折るにも袖ぞ濡れまさりける W036。
よろづ哀(あは)れに聞(き)こえをきて、泣く<かへらせ給(たま)ふ。いかで今(いま)はそこに御だう建てさせんとぞおぼしをきてける。



栄花物語詳解巻六


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〔栄花物語巻第六〕 耀(かかや)く藤壺(ふぢつぼ)
大(おほ)殿(との)の姫君(ひめぎみ)、十二に成らせ給(たま)へば、年(とし)の内(うち)に御裳着(もぎ)有りて、やがて内(うち)にと思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。万(よろづ)せさせ給(たま)へり。女房(にようばう)の有様(ありさま)共(ども)、彼の初雪(はつゆき)の女御(にようご)殿(どの)に参(まゐ)り込みし人々(ひとびと)よりも、これはめでたし。御(み)几帳(きちやう)御屏風(びやうぶ)より始(はじ)め、なべてならぬ様(さま)なり。さるべき人々(ひとびと)やむごとなき所々(ところどころ)に歌詠ませ給(たま)ふ。うたは主(ぬし)がらなん、おかしさはまさるらんと言(い)ふやうに、大(おほ)殿(との)やがて詠ませ給(たま)ふ。又(また)花山(くわさん)の院(ゐん)詠ませ給(たま)ふ。又(また)四条(しでう)のきんたうの宰相(さいしやう)など詠み給(たま)へり。ふぢ咲きたるところに、
@むらさきの雲とぞ見ゆるふぢの花いかなる宿の驗(しるし)なるらん W037。
又(また)人(ひと)の家(いへ)にちいさき鶴どもかひたるところを花山(くわさん)の院(ゐん)、
@ひなづるをやしなひたてゝまつが枝(え)のかげに住ません事(こと)をしぞ思(おも)ふ W038。
とぞ有る。多(おほ)かれど片端(かたはし)をとて書かず成りぬ。
かくて参(まゐ)らせ給(たま)ふ事(こと)。長保元年十一月(じふいちぐわつ)一日の事(こと)なり。女房(にようばう)四十人(にん)・わらは六人(にん)・しもづかへ六人(にん)なり。いみじく選(え)り整(ととの)へさせ給(たま)へるにやむごとなきをばさらにもいはず。四位(しゐ)・五位(ごゐ)のむすめといへ
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ど、殊(こと)に交(ま)じらひ悪(わろ)くなり。出(い)で立(た)ち清(きよ)げならぬをば、あへてつかうまつらせ給(たま)ふべきにもあらず。ものきらゝかに成り出(い)でよきを選(え)らせ給(たま)へり。さべきわらはなどは、女院(にようゐん)よりなど奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。これはやがて此(こ)の度(たび)のわらはの名ども、内人(うちびと)・院人(ゐんひと)・宮人(みやびと)・殿人(とのびと)などやうつけあつめさせ給(たま)へり。
姫君(ひめぎみ)の御有様(ありさま)さらなる事(こと)なれど御ぐしたけに五六寸ばかりあまらせ給(たま)へり。御かたち聞(き)こえさせん方(かた)なくおかしげにおはします。まだいと幼(をさな)かるべき程(ほど)に、いさゝかいはけたる事(こと)なく、いへば愚かにめでたくおはします。見(み)奉(たてまつ)りつかうまつる人々(ひとびと)も、あまり若(わか)くおはしますをいかにもののはへなくやなど思(おも)ひ聞(き)こえさせしかど、あさましきまで大人(おとな)びさせ給(たま)へり。(よろづ)めづらかなるまでにて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。昔(むかし)の人(ひと)の有様(ありさま)を今(いま)聞(き)きあはするには、いとぞものぐるをしう其の折の人(ひと)のきぬすくなう綿うすくて、めでたき折節(をりふし)も出(い)で交(ま)じらひ、内(うち)<にもいかでありへたらんとおぼえたり。此(こ)の頃(ごろ)の人(ひと)はうたてなさけなきまで着重(かさ)ねても、猶(なほ)こそは風(かぜ)などもおこるめれ。さればいにしへの女御(にようご)・后(きさき)の御かたがたなど思(おも)ふやうに、片端(かたはし)にあらずやと見えたり。
かくて参(まゐ)らせ給(たま)へるに、上(うへ)むげにねび、ものの心(こころ)知(し)らせ給(たま)へれば、いとどもののはへも有り。また恥(は)づかしうおはします。中宮(ちゆうぐう)の参(まゐ)らせ給(たま)へりし程(ほど)などは、上(うへ)もいと若(わか)くおはしましゝかば、これはさらなる事(こと)ながら、御(おほん)心(こころ)をきて・御気色(けしき)などすべてすゑの世(よ)の御門(みかど)にはあまらせ給(たま)へりとまでぞ。世(よ)の人(ひと)やむごとなき君(きみ)に
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おはしますと、時の大臣・公卿(くぎやう)も申し聞(き)こえさせける。故関白(くわんばく)殿(どの)の御有様(ありさま)は、いとものはなやかに今(いま)めかしうあいぎやうづきけぢかうぞ有りしかば、中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)は殿上人(てんじやうびと)も細(ほそ)殿(どの)常(つね)にゆかしうあらまほしげにぞ思(おも)ひたりし。弘徽殿(こきでん)・承香殿・くらべやなど参(まゐ)りこませ給ひたり。されどさるべき宮(みや)達(たち)も出(い)でおはしまさで、中宮(ちゆうぐう)のみこそはかく御(み)子(こ)達(たち)あまたおはしますめれ。
此(こ)の御方(かた)藤壺(ふぢつぼ)におはしますに、御しつらひも玉(たま)も少(すこ)し磨(みが)きたるは、ひかりのどかなるやうにも有り、これは照り耀(かかや)きて、女房(にようばう)もせう<の人(ひと)の御前の方(かた)に参(まゐ)りつかうまつるべきやうも見えず。いといみじうあるまじう様(さま)殊(こと)なるまでしつらはせ給(たま)へり。御木丁・御屏風(びやうぶ)の襲(おそひ)までみなまきゑ・らでんをせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)は同(おな)じき大海(おほうみ)の摺裳(すりも)・織物(おりもの)のからぎぬなど昔(むかし)より今(いま)に同(おな)じやうなれど、これはいかにしたるとまでぞ見えたる。女御(にようご)のはかなう奉(たてまつ)りたる御衣(ぞ)のいろ・薫(かをり)などぞ世にめでたき例(ためし)にしつべき御宿直(とのゐ)頻(しき)りなり。
よき日(ひ)して御乳母(めのと)共(ども)、命婦(みやうぶ)・蔵人(くらんど)・ぢんの吉上・衛士仕丁まで贈りものを給(たま)はすれば、年(とし)老いたる女官・とじなど世に言(い)ひ知(し)らぬまで御祈(いの)りを申し、祈(いの)り奉(たてまつ)る。御乳母(めのと)達(たち)さへ、絹(きぬ)、綾(あや)織物(おりもの)ゝしやうぞくどもかず多(おほ)く重(かさ)ねさせ給(たま)ひて、ころはこにつゝませ給(たま)ひて、様々(さまざま)のものども添(そ)へさせ給(たま)へり。此(こ)の御方(かた)に召(め)し使(つか)はせ給(たま)はぬ人(ひと)をば、世に忝(かたじけな)くかしこまりをなし、世にすずろはしく言(い)ひ思(おも)へり。たま<召(め)し使(つか)はせ給(たま)ふをば、世に
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めでたくうらやましう思(おも)ひて、さいはひ人(びと)とぞつけたる。只今(ただいま)内(うち)辺(わた)りはな<”とめでたくいみじきに、三条(さんでう)のおほきさいの宮(みや)は此(こ)の朔日(ついたち)の日(ひ)失(う)せさせ給(たま)ひにしかば、それを彼の宮(みや)には哀(あは)れに悲(かな)しきものに思(おも)ふべし。世(よ)の定(さだ)め無さのみぞ、万(よろづ)に思(おも)ひ知(し)られける。
上(うへ)藤壺(ふぢつぼ)に渡(わた)らせ給(たま)へれば、御しつらひ有様(ありさま)さもこそあらめ。女御(にようご)の御有様(ありさま)も哀(あは)れにめでたく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)をかやうに思(おぼ)し奉(たてまつ)らばやと思(おぼ)し召(め)さるべし。事(こと)御かたがたみなねび整(ととの)ほらせ給(たま)ひ、およずけさせ給(たま)へれば、只今(ただいま)此(こ)の御方(かた)をば、我が御姫宮(ひめみや)をかしづき据(す)ゑ奉(たてまつ)らせ給(たま)へらんやうにぞ御覧(ごらん)ぜられける。年(とし)頃(ごろ)の御目うつり、たとしへ無く哀(あは)れにらうたくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべし。内(うち)はし渡(わた)らせ給(たま)ふよりして、或る此(こ)の御方(かた)のにほひは、只今(ただいま)あるたきものならねば、もしは何(なに)くれの香(か)の香(か)にこそあなれ、などもかかへず、何(なに)ともなくしみ薫(かをり)渡(わた)らせ給(たま)ひての御うつりがは事(こと)御かたがたにも似ずおぼされけり。はかなき御ぐしのはこ・すゞりのはこの内(うち)よりして、おかしくめづらかなるものどもの有様(ありさま)に御覧(ごらん)じつかせ給(たま)ひて、あくれはまづ渡(わた)らせ給(たま)ひて、御(み)厨子(づし)など御覧(ごらん)ずるに、いづれか御目とどまらぬかあらん。弘高が歌ゑかきたる册子(さうし)に、行成の君(きみ)歌かきたるなどいみじうおかしう御覧(ごらん)ぜらる。あまりもの興(けう)じする程(ほど)に、むげにうつりこと知(し)らぬしれものにこそなりぬべかめれなどおほせられつゝぞ、かへらせ給(たま)ひける。
ひるまなどに御殿(との)ごもりては、あまり幼(をさな)き御有様(ありさま)なれば、参(まゐ)り寄(よ)ればおきなどおぼえて、
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われ恥(は)づかしうぞなど宣(のたま)はする程(ほど)も、只今(ただいま)ぞ廿ばかりにおはしますめる。同(おな)じ御門(みかど)と申しながらも、いかにぞやかたなりに飽かぬところもおはしますものを、此(こ)の上(うへ)は御かたちより始(はじ)め。きよらにあさましきまでぞおはします。おほ御酒(みき)などは少(すこ)し聞(き)こし召(め)しけり。御ふえをえもいはず吹きすまさせ給(たま)へば、候(さぶら)ふ人々ひとびと)もめでたう見(み)奉(たてまつ)る。打(う)ちとけぬ御有様(ありさま)なれば、これ打(う)ち向きて見給(たま)へと申(まう)させ給(たま)へば、女御(にようご)殿(どの)、ふえをばこゑをこそ聞(き)け。見るものかはとて聞かせ給(たま)はねば、さればこそこれや幼(をさな)き人(ひと)。七十のおきなの言(い)ふ事(こと)をかくのたまふよ。あな恥(は)づかしやと戲(たはぶ)れ聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)も、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)、あなめでたや。此(こ)の世(よ)のめでたき事(こと)には、ただ今(いま)の我等が交(ま)じらひをこそせめとぞ、言(い)ひ思(おも)ひける。なにはの事(こと)もならばせ給ふ事(こと)なき御有様(ありさま)におはします。
はかなく年(とし)もかへりぬれば、今年(ことし)は后(きさき)にたゝせ給(たま)ふべしと言(い)ふ事(こと)世には申せば、此(こ)の御前の御事(こと)なるべし。中宮(ちゆうぐう)は宮(みや)<の御事(こと)を思(おぼ)し扱(あつか)ひなどして参(まゐ)らせ給(たま)ふべき事(こと)只今(ただいま)見えさせ給(たま)はず。内(うち)にはいま宮(みや)を今(いま)ゝで見奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬ事(こと)を、安(やす)からぬ嘆(なげ)きに思(おぼ)し召(め)したり。帥(そち)殿(どの)は其のままに一千日(にち)の御ときにて、法師(ほふし)恥(は)づかしき御行(おこな)ひにておはします。今(いま)は一宮(みや)かくておはしますを、一天下のともしびと頼(たの)みおぼさるべし。理(ことわり)に見えさせ給(たま)ふ。一宮(みや)の御祈(いの)りをえもいはず思(おぼ)し惑(まど)ふべし。中宮(ちゆうぐう)は明(あ)け暮(く)れ、われ参(まゐ)らずとも宮(みや)かくておはしませば、さりとも今(いま)はと心(こころ)のどかに思(おぼ)し召(め)すべし。女院(にようゐん)にも、
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藤壺(ふぢつぼ)の御方(かた)をもとより殿(との)の御前。女院(にようゐん)にまかせ奉(たてまつ)ると申しそめさせ給(たま)ひしかば、いとやむごとなく恥(は)づかしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)をば心(こころ)苦(ぐる)しく、いとおしきものにぞ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。
此(こ)の頃(ごろ)藤壺(ふぢつぼ)の御方(かた)。やへかうばいを織りたる表着(うはぎ)は、みながらあやなり。殿上人(てんじやうびと)などの花折らぬ人(ひと)なく、今(いま)めかしう思(おも)ひたり。唯(ただ)む月に藤壺(ふぢつぼ)まかでさせ給(たま)ふべくて、土御門(つちみかど)殿(どの)いみじうはらひ、いとどすりくはへみがゝせ給(たま)ふ。かくて二月になりぬれば、朔日(ついたち)頃(ごろ)に出(い)でさせ給(たま)ふ。上(うへ)いとあかずさうざうしき御気色(けしき)なれど、あるやうあるべしとぞ、世(よ)人(ひと)申すめる。さて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。御をくりの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)。さう<録どもありてかへり給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、内(うち)辺(わた)り御(おほん)つれづれにおぼされて、此(こ)のひまにいかで一宮(みや)見(み)奉(たてまつ)らんと思(おぼ)し召(め)せど、万(よろづ)慎(つつ)ましうて、え宣(のたま)はせぬに、殿(との)、此(こ)の頃(ごろ)こそ一の御(み)子(こ)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はめと奏(そう)せさせ給(たま)へば、いと<嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)されて、院(ゐん)にも聞(き)こえさせ給(たま)へば、中宮(ちゆうぐう)参(まゐ)らせ給(たま)ふべき由(よし)度々(たびたび)あれど、慎(つつ)ましうのみ思(おぼ)し召(め)すに、まめやかに院(ゐん)も聞(き)こえさせ給(たま)へば、宮(みや)思(おぼ)したゝせ給(たま)ふ。帥(そち)殿(どの)などもなどてか、宮(みや)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はんに、いとど御志(こころざし)もまさらせ給(たま)はざらん。疎(おろ)かなるべきやうなしなど定(さだ)めさせ給(たま)ひて、そゝきたちて二月晦日(つごもり)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。
御こしなどもこと<”しければ、一の宮(みや)参(まゐ)らせ給ふ御むかへにとて、大(おほ)殿(との)の唐(から)の御車(くるま)をぞゐて参(まゐ)れる。それに宮(みや)姫宮(ひめみや)奉(たてまつ)れり。さるべき人々(ひとびと)みな御むかへにかぞへ奉(たてまつ)ら
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せ給(たま)ふ。殿(との)の心様(こころざま)あさましきまでありがたくおはしますを、世にめでたき事(こと)に申すべし。帥(そち)殿(どの)も、我が御心(こころ)のいかなればにかはと思(おも)はずなりける殿(との)の御心(こころ)かな。女御(にようご)参(まゐ)り給(たま)ひて後(のち)は、よもと思(おも)ひつるに、一宮(みや)の御むかへの有様(ありさま)などぞ、誠(まこと)にありがたかりける御心(こころ)なりけり。われらはしもえかくはあらじかしとぞ。内(うち)<には聞(き)こえ給(たま)ひける。さて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、姫宮(ひめみや)美(うつく)しき程(ほど)にならせ給(たま)へるに、又(また)今宮(みや)のえもいはずきらゝかにおはしますに、御門(みかど)御目のごはせ給(たま)ふべし。女一宮(みや)も四つ五ばかりにおはしまして、ものなどいとよう宣(のたま)はす。女院(にようゐん)も良き夜とて、いま宮(みや)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、上(うへ)の御児子(ちご)おいにぞいとよう似奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。哀(あは)れに美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。猶(なほ)やむごとなく捨てがたきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるも、理(ことわり)に見えさせ給(たま)ふ。
さて日頃(ひごろ)おはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)、いま宮(みや)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、抱(いだ)き慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)はざりける事(こと)ゝ、誰(たれ)も御(み)子(こ)の悲(かな)しさは知(し)り給(たま)へる事(こと)なれば、哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。上(うへ)の御ふえを取らせ給(たま)へば、いとゆゝしく美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(ま)ふ。万(よろづ)心(こころ)のどかに宮(みや)に泣きみ笑(わら)ひみ、唯(ただ)御命(いのち)を知(し)らせ給(たま)はぬ由(よし)をよるひるかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)へど、宮(みや)れいの御有様(ありさま)におはしまさず。もの心(こころ)細(ぼそ)げにあはれなる事(こと)をのみぞ申(まう)させ給(たま)ふ。此(こ)の度(たび)は参(まゐ)るに慎(つつ)ましうおぼえはべれど。今(いま)一度(たび)見(み)奉(たてまつ)り。またいま宮(みや)の御有様(ありさま)うしろめたくてかく思(おも)ひたちはべるなど、
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まめやかに哀(あは)れに申(まう)させ給(たま)ふを、上(うへ)、いなや、とかくは宣(のたま)はするぞなど聞(き)こえさせ給(たま)ふを、猶(なほ)ものの心(こころ)細(ぼそ)くのみおぼえはべりなど常(つね)なるまじき御事(こと)共(ども)のみあれば、うたてゆゝしくとおほせらるゝ。身をばともかうも思(おも)ひはべらず。唯(ただ)幼(をさな)き御有様(ありさま)共(ども)のうしろめたさになどいみじう聞(き)こえさせ給(たま)ひけり。
かくて三月に藤壺(ふぢつぼ)后(きさき)にたゝせ給(たま)ふべき宣旨(せんじ)くだりぬ。中宮(ちゆうぐう)と聞(き)こえさす。此(こ)の候(さぶら)はせ給(たま)ふをば皇后宮(くわうごうぐう)と聞(き)こえさす。やがて三月晦日(つごもり)に大饗せさせ給(たま)ひて、又(また)いらせ給ふ。今年(ことし)ぞ十三にならせ給(たま)ひけり。哀(あは)れに若(わか)くめでたき后(きさき)にもおはしますかな。皇后宮(くわうごうぐう)今日(けふ)明日(あす)まかでなんとせさせ給(たま)ふを、せちに猶(なほ)<と聞(き)こえさせ給(たま)ふ。二月に参(まゐ)らせ給(たま)へりしに、朔日(ついたち)頃(ごろ)に里(さと)にて月の御事(こと)ありけるに、三月廿日あまりまでさる事(こと)なかりければ、怪(あや)しくいとどいかに<と心(こころ)細(ぼそ)くおぼさるべし。上(うへ)もいかなればにかおぼつかなげに宣(のたま)はするにも、それを嬉(うれ)しと思(おも)ふべきにもはべらず。今年(ことし)は人(ひと)の慎(つつし)むべき年(とし)にもあり。宿曜などにも心(こころ)細(ぼそ)くのみ言(い)ひてはべれば、猶(なほ)いとこそさらんにつけても心(こころ)細(ぼそ)かるべけれなどぞ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。
三月晦日(つごもり)に出(い)でさせ給(たま)ふとて、哀(あは)れに悲(かな)しき事(こと)共(ども)を多(おほ)く聞(き)こえさせ給(たま)ひて、御袖も一(ひと)つならずあまたへ濡れさせ給(たま)ふ。かへすがへす此(こ)の月の御事(こと)のさもあらずならせ給(たま)ひぬるを、いでや、さも心(こころ)うかるべきかなと、哀(あは)れにもののみ心(こころ)細(ぼそ)う思(おぼ)しつゞけらるを、ゆゝしうかく思(おも)はじと思(おぼ)しかへせど、
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いとうたてのみおぼさる。其の後(のち)つゆものも聞(き)こし召(め)さで、唯(ただ)よるひる涙(なみだ)に浮(う)きてのみおはしませば、帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)もいみく思(おぼ)し嘆(なげ)きたり。唯(ただ)御祈の事(こと)をのみ急(いそ)がせ給(たま)へど、いさや、世(よ)のなかに少(すこ)し人(ひと)に知(し)られ、人(ひと)がましき名僧(めいそう)などは、此(こ)の辺(わた)りに親(した)しき様(さま)なる事(こと)には煩(わづら)はしき事(こと)に思(おも)ひて、遣(つか)はせ給(たま)へど万(よろづ)に障(さはり)をのみ申しつゝ、たは安(やす)くも参(まゐ)らず。さりとてむげに人(ひと)に知(し)られぬ程(ほど)なるは、くはほうにやあらむ、驗(しるし)などもえ見ぬわざなれば、御祈(いの)り思(おも)ふ様(さま)にもせさせ給(たま)はぬ。くち惜(を)しさ思(おぼ)し嘆(なげ)きたり。賀茂の祭(まつり)なるやとののしるも万(よろづ)よそにのみおぼさるゝもあはれなり。そうづの君(きみ)・清昭あざりばかりぞ、夜居(よゐ)に常(つね)には候(さぶら)ふ。此(こ)の宮(みや)達(たち)の御扱(あつか)ひせさせ給(たま)ひつゝも、かつはわれいつまでとのみ、まづ知(し)るものをおぼさるゝもいみじうぞ。
中宮(ちゆうぐう)は四月晦日(つごもり)にぞ入(い)らせ給(たま)ふ。其の御有様(ありさま)推(お)し量(はか)るべし。御こしの有様(ありさま)より始(はじ)め、何事(なにごと)もあたらしき御有様(ありさま)にて御裳(も)着させ給(たま)ひて、御髮(ぐし)上(あ)げて御こしに奉(たてまつ)る程(ほど)など猶(なほ)さるべき御身にこそおはしましけれ。かく若(わか)くおはします程(ほど)は、らうたげに美(うつく)しげにおはしまさんこそ世(よ)の常(つね)なりけれ、やむごとなさゝへそはせ給(たま)へるめでたし。此(こ)の度(たび)は藤壺(ふぢつぼ)の御しつらひ、大床子たて御帳のまへのこまいぬなども、常(つね)の事(こと)ながら目とどまりたり。若(わか)き人々(ひとびと)いとめでたしとみる。火たきや、土御門(つちみかど)殿(どの)の御(お)前(まへ)にありし、ゑに書きたるやうなりしを、此(こ)の御(お)前(まへ)にてはまた今(いま)少(すこ)し気色(けしき)ことなる
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心地(ここち)するも、打(う)ちつけの目なるべし。此(こ)の度(たび)は女房(にようばう)からぎぬなども、しな<”にわかれてけぢめけざやかなる程(ほど)ぞいとおしげなる。押しなべてありし折は、目とどまりても見えざりし織物(おりもの)のからぎぬどもの、今(いま)見ればもんけざやかに浮きたるもめでたく見え、さしもあらず人(ひと)がらなどは、悪(わろ)からぬも又(また)心(こころ)の限(かぎ)りしたるむもんなどは、いとくち惜(を)しうなん。女官などもないがしろに思(おも)ひふるまひたるなどなか<めやすげなり。
上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて御覧(ごらん)じて、さき<”は心(こころ)安(やす)きあそびものに思(おも)ひ聞(き)こえさせしに、此(こ)の度(たび)はいとやむ事なき御有様(ありさま)なれば、忝(かたじけな)さ添(そ)ひてふるまひにくゝこそなりにたれ。さても見(み)奉(たてまつ)りしころと、此(こ)の頃(ごろ)とはこよなくこそおよすけさせ給(たま)ひにけれ。はかなき事(こと)らば、勘當(かんだう)ありぬべき御気色(けしき)にこそと宣(のたま)はすれば、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もいみじう忍(しの)びやかに言(い)ひつゝ笑(わら)ふべし。はかなく五月五日になりぬれば、人々(ひとびと)菖蒲(さうぶ)・楝(あふち)などのからぎぬ・表着(うはぎ)などもおかしう折知(し)りたるやうに、菖蒲(さうぶ)のみへがさねのみ木丁のうすものにて立てわたさせ給(たま)へるに、上(かみ)を見れば御簾(みす)の緑(へり)もいと青(あを)やかなるに、のきの菖蒲(あやめ)も隙(ひま)なく葺(ふ)かれて、心(こころ)殊(こと)にめでたくおかしきに、御くすだま・しやうぶの御輿(こし)などもて参(まゐ)りたるも珍(めづら)しうて、若(わか)き人々(ひとびと)興(けう)ず。
内(うち)には承香殿を人(ひと)知(し)れずおぼつかなく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、わざとの御つかひには思(おぼ)しかけず。参(まゐ)る人(ひと)もなければ、もとより此(こ)の御心(こころ)よせのうこんの内侍(ないし)になん、御ふみ忍(しの)び通(かよ)はし給(たま)ふ
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と言(い)ふ事(こと)をのづから漏(も)聞(き)こゆれば、殿(との)はともかくも宣(のたま)はせぬに、いとかしこき事(こと)にかしこまり申して、内(うち)へも参(まゐ)らず。されは、殿(との)の御(お)前(まへ)、うこむの内侍(ないし)が参(まゐ)らぬこそ怪(あや)しけれ。己(おのれ)を見じとてかうしたるなめりなど宣(のたま)はせけるしもぞ、なか<なめう思(おぼ)し召(め)しけるなど人々(ひとびと)思(おも)ひける。
皇后宮(くわうごうぐう)にはあさましきまでもののみおぼえ給(たま)ひければ、御おとうとの四の御方(かた)をぞ、いま宮(みや)の御後見(うしろみ)よくつかうまつらせ給(たま)ふべき様(さま)に、打(う)ちなきてぞ宣(のたま)はせける。御櫛笥(くしげ)殿(どの)もゆゝしき事(こと)をと聞(き)こえて、打(う)ち泣きつゝぞ過(す)ぐさせ給(たま)ひける。月日(ひ)もはかなく過ぎもていきて、内(うち)にはいとど皇后宮(くわうごうぐう)の御有様(ありさま)をゆかしく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひつゝ、おぼつかなからぬ御消息(せうそく)常(つね)にあり。宮(みや)の美(うつく)しうおはします事(こと)限(かぎ)りなし。
かくて七月にもなりぬれば、わりなき暑(あつ)さをばさるものにて、今年(ことし)相撲(すまひ)は東宮(とうぐう)御覧(ごらん)ぜよと思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ひて、御用意(ようい)心(こころ)異(こと)なるべし。七月七日中宮(ちゆうぐう)より院(ゐん)に聞(き)こえさせ給(たま)ふ、
@くれを待つ雲居(くもゐ)の程(ほど)もおぼつかな踏み見まほしき鵲(かささぎ)の橋(はし) W039。
院(ゐん)より御返事、
@鵲(かささぎ)の橋(はし)の絶間(たえま)は雲居(くもゐ)にてゆきあひのそらを猶(なほ)ぞうらやむ W040。
七月十余(よ)日(にち)の程(ほど)になりぬれば、所々(ところどころ)の相撲人(すまひびと)共(ども)参(まゐ)りあつまりて、左右の大将(だいしやう)などの御もとにはこと”なく唯(ただ)これ騷(さわ)ぎをせさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)御覧(ごらん)ずべき年(とし)なれば、何事(なにごと)もいかでかなど思(おぼ)し騷(さわ)ぐ
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もおかしくなん。月日(ひ)の過ぎ行くまゝに、皇后宮(くわうごうぐう)にはいとどものをのみ思(おぼ)し嘆(なげ)かるべし。



栄花物語詳解巻七


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〔栄花物語巻第七〕 鳥邉野(とりべの)
かくて八月ばかりになれば、皇后宮(くわうごうぐう)にはいと物(もの)心(こころ)細(ぼそ)くおぼされて、明(あ)け暮(く)れは御涙(なみだ)にひぢて、過(す)ぐさせ給(たま)ふ。荻(をぎ)のうはかぜ萩(はぎ)の下露(したつゆ)もいとど御耳(みゝ)にとまりて過(す)ぐさせ給(たま)ふにも、いとど昔(むかし)のみおぼされてながめさせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)よりはおぼつかなからず御消息(せうそこ)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。内(うち)よりはたゞにもあらぬ御事(こと)を心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)しやらせ給(たま)ひて、内藏寮(くらづかさ)より様々(さまざま)物(もの)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御慎(つつし)みをも、思(おぼ)す様(さま)にもあらず。御修法二壇ばかり、さべき御読経などぞあれど、僧などもまづさべきところのをばかかずつとめつかうまつらんと思(おも)ふ程(ほど)に、此(こ)の宮(みや)の御読経などをば、怪(あや)しのかはりばかりの物(もの)はか<”しからず何(なに)ともなくいをのみぬるにつけても、さもありぬべかりし折にかやうの御有様(ありさま)もあらましかば、いかにかひ<”しからまし。なぞや、今(いま)はたゞねんぶつをひまなくきかばやと思(おぼ)しながら、また此(こ)の僧達(たち)のもてなし有様(ありさま)忙(いそ)がしげさともつみをのみこそはつくるべかめれなどおぼされて、たゞさるべき宮司(みやづかさ)などのをきてにまかせられて過(す)ぐさせ給ふ。
帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)
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などの参(まゐ)り給ふばかりに万(よろづ)思(おぼ)しなぐさむれど、たゞ御涙(なみだ)のみこそこぼれさせ給(たま)へれば、うたてゆゝしうおぼされても、姫宮(ひめみや)などの御有様(ありさま)をいかに<とのみ思(おも)ほし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。常(つね)の御夜は僧都(そうづ)の君(きみ)候(さぶら)ひ給(たま)へり。まして此(こ)の君達(きんだち)おはせざらましかば、いかにいとどいはんかたなからましとのみ思(おも)ほし知(し)る事(こと)多(おほ)かるべし。東宮(とうぐう)には宣耀殿(せんえうでん)の数多(あまた)の宮(みや)達(たち)おはしまして、御なからひいとみづ漏るまじげなれば、淑景舎参(まゐ)り給(たま)ふ事(こと)かたし。内(うち)辺(わた)りには五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)など打(う)ちつゞき。今(いま)めかしければ、それにつけても、昔(むかし)忘(わす)れぬさべき君達(きんだち)など参(まゐ)りつゝ、女房(にようばう)など物語(ものがたり)しつゝ、五節(ごせつ)の所々(ところどころ)の有様(ありさま)など言(い)ひかたるにつけても、清少納言(せうなごん)など出()であひて、せう<の若(わか)き人(ひと)などにもまさりておかしうほこりかなるけはひを猶(なほ)すてがたくおぼえて、二三人(にん)づゝつれてぞ常(つね)に参(まゐ)る。
宮(みや)は此(こ)の月にあたらせ給(たま)ふ。御(おん)心地(ここち)も悩(なや)ましうおぼされて、清昭法橋常(つね)に参(まゐ)り御願たて、戒(かい)など受けさせ給(たま)ひて、あはれなる事(こと)のみ多(おほ)かり。又(また)さべき白き御調度(てうど)など帥(そち)殿(どの)に急(いそ)がせ給(たま)ふにも、今(いま)内(うち)よりもて参(まゐ)りなんなどあれど、心(こころ)にもまうけであるべきならねば、急(いそ)がせ給(たま)ふ。女房(にようばう)にもきぬども給(たま)はせて急(いそ)がせ給(たま)ふをさへ、一人(ひとり)の御心(こころ)には思(おも)ほしまぎるゝ事(こと)なくて、はかなく御手ならひなどにせさせ給(たま)ひつゝ、物(もの)あはれなる事(こと)共(ども)をのみかきつけさせ給(たま)ふ。帥(そち)殿(どの)そのまゝの御さうじ
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なれば、法師(ほふし)にをとらぬ御有様(ありさま)・行(おこな)ひなかに只今(ただいま)は此(こ)の事(こと)をのみ申(まう)させ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)も里(さと)に出(い)でさせ給(たま)はず、かくてのみ候(さぶら)ひ給(たま)ふ。若宮(わかみや)も姫宮(ひめみや)も御有様(ありさま)の世(よ)に美(うつく)しうおはしますに、何事(なにごと)も思(おも)ほしなぐさみて、我が御命(いのち)共(ども)をこそ知(し)り給(たま)はね。宮(みや)の御有様(ありさま)は何(なに)ゝよりてさあらではあるべきなど思(おぼ)しとりたるにつけても、いみじき物(もの)にかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。げに理(ことわり)かなと見えさせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に十二月(じふにぐわつ)になりぬ。宮(みや)の御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましうおぼされて、今日(けふ)や<と待(ま)ちおぼさるゝに、今年(ことし)はいみじう慎(つつし)ませ給(たま)ふべき御年(とし)にさへあれば、いかに<と悩(なや)ましげに此(こ)の殿(との)ばら見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、いとど苦(くる)しげにおはします。さるべきはらへ・御読経などひまなし。やむごとなき驗(しるし)ある僧など召(め)しあつめてののしりあひたり。御物(もの)のけなどいとかしがましう言(い)ふ程(ほど)に、長保二年十二月(じふにぐわつ)十五日のよるになりぬ。内(うち)にも聞(き)こし召(め)してければ、いかに<とある御つかひ頻(しき)りなり。斯(か)かる程(ほど)に御(み)子(こ)むまれ給(たま)へり。女(をんな)におはしますを口(くち)惜(を)しけれど、さばれ平(たひら)かにおはしますをまさる事(こと)なく思(おも)ひて、今(いま)は後(のち)の御事(こと)になりぬ。ぬかをつき騷(さわ)ぎ、万(よろづ)に御読経とり出(い)でさせ給(たま)ふに、御湯(ゆ)など参(まゐ)らするに聞(き)こし召(め)し入るゝやうにもあらねば、みな人(ひと)あはて惑(まど)ふをかしこき事(こと)にする程(ほど)に、いとひさしうなりぬれば、猶(なほ)いと<おぼつかなし。御となぶら近(ちか)うもてことて、帥(そち)殿(どの)かほを見(み)奉(たてまつ)り、むげに
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なき御気色(けしき)なり。あさましくてよび探(さぐ)り奉(たてまつ)り給(たま)へば、やがて冷(ひ)えさせ給(たま)ひにけり。
あないみじと惑(まど)ふ程(ほど)に、僧たちさまよひ、猶(なほ)御誦経(じゆぎやう)頻(しき)りにて内(うち)にもとにもいとどぬかを突きののしれど、何(なに)のかひもなくてやませ給(たま)ひぬれば、帥(そち)殿(どの)は抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、こゑも惜(を)しまず泣き給(たま)ふ。さるべきなれど、さのみ言(い)ひてやはとて、若宮(わかみや)をば抱(いだ)き放(はな)ち聞(き)こえさせて、かきふせ奉(たてまつ)りつ。日頃(ひごろ)物(もの)をいと心(こころ)細(ぼそ)しと思(おも)ほし召(め)したりつる御気色(けしき)もいかにと見(み)奉(たてまつ)りつれど、いとかくませば思(おも)ひ聞(き)こえさせたりつる。命(いのち)ながきは、憂き事(こと)にこそありけれとて、いかで御供(とも)に参(まゐ)りなんとのみ、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)も帥(そち)殿(どの)もなき給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)・若宮(わかみや)などみな事(こと)かたにわたし奉(たてまつ)るにつけても、ゆゝしう心(こころ)うし。此(こ)の殿(との)ばらの御折(をり)に宮(みや)の内(うち)の人(ひと)の涙(なみだ)は尽きはてにしかど、のこり多(おほ)かる物(もの)なりけりと見えたり。
内(うち)にも聞(き)こし召(め)して、あはれいかに物(もの)を思(おぼ)しつらん。げにあるべくもあらず思(おも)ほしたりし御有様(ありさま)をと、哀(あは)れに悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)さる。宮(みや)達(たち)いと幼(をさな)き様(さま)にて、いかにとつきすまじう心(こころ)憂(う)き御事(こと)を思(おぼ)し召(め)すにかひなし。此(こ)の度(たび)むまれ給(たま)はん御(み)子(こ)は、男(をとこ)女(をんな)わかず取(と)り放(はな)ち聞(き)こえさせ給(たま)はんと、かねてより思(おぼ)し召(め)しければ、中将(ちゆうじやう)の命婦(みやうぶ)とて候(さぶら)ふを奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)にも里(さと)に出(い)でて宮(みや)をむかへ奉(たてまつ)らんと思(おも)ふに、正月の朔日(ついたち)の程(ほど)をだに過(す)ぐさ
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んとてなん。あなかしこ、よく真心(まごころ)につかうまつれとて、御消息(せうそく)の料(れう)など給(たま)はせて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。宮(みや)に参(まゐ)りたれば帥(そち)殿(どの)出(い)であはせ給(たま)ひて、万(よろづ)に言(い)ひつゞけて泣き給(たま)ふ。若宮(わかみや)抱(いだ)き出(い)で奉(たてまつ)りて、哀(あは)れにいみじう、おかしげにて何(なに)とも思(おぼ)したらぬ御気色(けしき)も、いと悲(かな)しくて涙(なみだ)とどまらねど、われは事忌(こといみ)せまほしうて忍(しの)ぶるも苦(くる)し。さて中将(ちゆうじや)の命婦(みやうぶ)万(よろづ)に扱(あつか)ひ聞(き)こえさする程(ほど)もいみじうあはれなり。
上(うへ)は中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)にも渡(わた)らせ給(たま)はず、のぼらせ給(たま)へとあれど、聞(き)こし召(め)しいれでなん、過(す)ぐさせ給(たま)ひける。宮(みや)は御手習(てならひ)をせさせ給(たま)ひて、み丁のひもにむすびつけさせ給(たま)へりけるを、今(いま)ぞ帥(そち)殿(どの)・御かたがたなど取(と)りて見給(たま)ひて、此(こ)の度(たび)は限(かぎ)りの度(たび)ぞ。その後(のち)すべきやうなどかかせ給(たま)へり。いみじうあはれなる御手習(てならひ)共(ども)の、内(うち)辺(わた)りの御覧(ごらん)じ聞(き)こし召(め)すやうなどやと思(おぼ)しけるにやとぞ見ゆる。
@夜もすがら契(ちぎ)りし事(こと)を忘(わす)れずば戀(こ)ひん涙(なみだ)のいろぞゆかしき W041。
又(また)、
@知る人(ひと)もなきわかれぢに今(いま)はとて心(こころ)細(ぼそ)くも急(いそ)ぎたつかな W042。
又(また)、
@煙(けぶり)とも雲(くも)ともならぬ身なりともくさばのつゆをそれとながめよ W043。
など、哀(あは)れなる事(こと)共(ども)多(おほ)くかかせ給(たま)へり。此(こ)の御事(こと)のやうにては、例(れい)の作法(さほふ)にてはあらでと思(おぼ)し召(め)しけるなめりとて、帥(そち)殿(どの)急(いそ)がせ給(たま)ふ。
とりべののみなみのかたに二町
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ばかりさりて、たまやと言(い)ふ物(もの)をつくりてついひぢなどつきて、心(こころ)におはしまさせんとせさせ給(たま)ふ。万(よろづ)いとところせき御よそほしさにおはしませば、事(こと)共(ども)ゝをのづからなべてにあらず。思(おぼ)しをきてさせ給(たま)へり。斯(か)かる事(こと)をも宮(みや)<の何(なに)とも思(おぼ)したらぬ御有様(ありさま)共(ども)ゝいみじう悲(かな)しう見(み)奉(たてまつ)る。宮(みや)は今年(ことし)ぞ廿五にならせ給(たま)ふける。その夜になりぬれば、こがねづくり御いとげの車(くるま)にておはしまさせ給(たま)ふ。帥(そち)殿(どの)より始(はじ)め、さるべき殿(との)ばらみなつかうまつらせ給(たま)へり。こよひしも雪いみじう降りて、おはしますべき屋もみな降り卯づみたり。おはしまし着きてはらはせ給(たま)ひて、内(うち)の御しつらひあべき事(こと)共(ども)せさせ給(たま)ふ。やがて御車(くるま)をかきおろさせ給(たま)ひて、それながらおはします。今(いま)はまかで給(たま)ふとて、殿(との)ばら、明順(あきのぶ)・道順(みちのぶ)など言(い)ふ人々(ひとびと)も、いみじう泣き惑(まど)ふ。折しも雪、片時(かたとき)におはしどころも見えずなりぬれば、帥(そち)殿(どの)、
@誰(たれ)も皆(みな)消(き)え殘(のこ)るべき身ならねどゆき隱(かく)れぬる君(きみ)ぞ悲(かな)しき W044。
中納言(ちゆうなごん)、
@白雪(しらゆき)の降(ふ)りつむ野邊(のべ)は跡(あと)絶(た)えていづくをはかと君(きみ)をたづねん W045。
僧都(そうづ)の君
@ふるさとにゆみもかへらで君(きみ)ともに同(おな)じ野邊(のべ)にてやがて消えなん W046。
など宣(のたま)ふも、いみじう悲(かな)し。こよひの事(こと)ゑに描かせて人(ひと)にも見せまほしうあはれなり。内(うち)にはこよひぞかしと思(おぼ)し召(め)しやりて、よもすがら御殿(との)ごもらず思(おも)ほしあかさ
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せ給(たま)ひて、御袖のこほりもところせく思(おぼ)し召(め)されて、世(よ)の常(つね)の御有様(ありさま)ならば、かすまんのべもながめさせ給(たま)ふべきを、いかにせんとのみ思(おぼ)し召(め)されて、
@のべまでも心(こころ)ばかりは通(かよ)へどもわがみゆきとも知らずや有(あ)るらん W047。
などぞ思(おぼ)し召(め)し明(あ)かしける。曉(あかつき)にみな人々(ひとびと)かへり給(たま)ひて、宮(みや)には候(さぶら)ふ人々(ひとびと)待(ま)ちむかへたる気色(けしき)いと理(ことわり)に見えたり。おはしましどころ雪のかきたれふるに、打(う)ちかへりみつゝこなたざまにおはせし御(おん)心地(ここち)共(ども)、いと悲(かな)しくおぼされたり。
かくてはるの来る事(こと)も知(し)られ給(たま)はず、あはれよりほかの事(こと)無くて過(す)ぐし給(たま)ふに、世(よ)の中(なか)にはむま車(くるま)のをと繁(しげ)く、さきをひののしるけはひども思(おも)ふ事(こと)なげなるうらやましく、同(おな)じ世ともおぼされず。御忌(いみ)の程(ほど)も過(す)ぎぬれば、院(ゐん)には、今日(けふ)明日(あす)いま宮(みや)むかへ奉(たてまつ)らんとて、三条(さんでう)院(ゐん)に出(い)でさせ給(たま)ふ。事(こと)共(ども)はてなば、姫宮(ひめみや)・一宮などは内(うち)におはしまさせんと思(おぼ)したれど。帥(そち)殿(どの)などはたは安(やす)く見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふまじければ、それをぞ内(うち)にも心(こころ)苦(ぐる)しく思(おぼ)し召(め)されける。女院(にようゐん)にはよき日(ひ)して若宮(わかみや)むかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)など御をくりにと思(おぼ)し召(め)せど、まだいみの内(うち)なる内(うち)にも、万(よろづ)いま<しう慎(つつ)ましうおぼさるゝ程(ほど)に、御むかへにとう三位さるべき女房(にようばう)など、院(ゐん)の殿上人(てんじやうびと)数多(あまた)して御むかへに参(まゐ)れば、渡(わた)らせ給(たま)ふ。これにつけても宮(みや)方(がた)には、哀(あは)れに悲(かな)しき事(こと)尽きずおぼさるべし。出(い)で奉(たてまつ)り給(たま)へれば、院(ゐん)待(ま)ちむかへ
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見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふまゝに、むまれさせ給(たま)ひて卅余(よ)日(にち)にならせ給(たま)へれど、美(うつく)しげに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。斯(か)かる事(こと)共(ども)の思(おも)ひがけぬ御有様(ありさま)を、哀(あは)れにあさましとも言(い)ふは疎(おろ)かに悲(かな)し。宮(みや)には御法事の事(こと)急(いそ)がせ給(たま)ふも、帥(そち)殿(どの)御涙(なみだ)ひまなし。一宮・姫宮(ひめみや)さへ内(うち)におはしまさば、いとどなぐさむ方(かた)なからん事(こと)を思(おも)ひ給(たま)ふべし。
かくて麗景殿(れいけいでん)の内侍(ないし)のかみは東宮(とうぐう)へ参(まゐ)り給(たま)ふ事(こと)ありがたくて、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の源中将(ちゆうじやう)忍(しの)びてかよひ給(たま)ふと言(い)ふ事(こと)聞(き)こえて、宮(みや)もかきたえ給(たま)へりし程(ほど)にならせ給(たま)ひにしかば、宮(みや)さすがに哀(あは)れに聞(き)こし召(め)しけり。さくらのおもしろきをながめ給(たま)ひて、たいの御(おほん)方(かた)、
@同(おな)じごとにほふぞつらきさくらばな今年(ことし)のはるはいろかはれかし W048。
などぞ宣(のたま)ひける。
斯(か)かる程(ほど)に大(おほ)殿(との)はすけかたの君(きみ)の家(いへ)におはしますに、いみじう悩(なや)ませ給(たま)ふ。只今(ただいま)の大事に此(こ)の思(おも)ふ御物(もの)のけのいみじきはさる物(もの)にて、わが御(おん)心地(ここち)の物(もの)ぐるをしきまで、世(よ)にありとある事(こと)共(ども)をしつくさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)里(さと)に出(い)でさせ給(たま)ひなどしていといみじう物(もの)騷(さわ)がし。女院(にようゐん)にもいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。そこらの御願の驗(しるし)にや、仏神の御驗(しるし)のあらはるべきにや、ところかへさせ給(たま)はゞをこたらせ給(たま)ふべきかしとおんやうじども申せば、さるべきところをあはせて給(たま)へば、内侍(ないし)のかみの住(す)み給(たま)ひし土御門(つちみかど)をぞよき方(かた)と申せば、渡(わた)らせ給(たま)ふ。夏(なつ)の事(こと)なれば、さらぬ人(ひと)だにいとたへがたき
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ころなれば、いかに<と見(み)奉(たてまつ)り思(おぼ)す程(ほど)に、いとひさしう悩(なや)み給(たま)ひて、をこたらせ給(たま)ひぬ。いといみじうあさましう思(おも)ひがけぬ事(こと)に、誰(たれ)も嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)す。世(よ)にめでたき御事(こと)なり。
殿(との)の上(うへ)の御はらからの御方(かた)に、みちつな大将(だいしやう)こそは住(す)み奉(たてまつ)り給(たま)ふに、こぞよりたゞにもあらずおはしければ、此(こ)の頃(ごろ)さべき程(ほど)にあたり給(たま)へりけるを、一条(いちでう)殿(どの)はあしかるべし。ほかに渡(わた)らせ給(たま)ふべうおんやうじの申しければ、善き方(かた)とてなかゞはになにがしあざりと言(い)ふ人(ひと)の車(くるま)やどりに渡(わた)らせ給(たま)ひて、むまれ給(たま)ひにたり。男子(をのこご)にて物(もの)し給(たま)へば、嬉(うれ)しう思(おぼ)す程(ほど)に、やがて後(のち)の御事(こと)なくて失(う)せ給(たま)ひぬ。おほ上(うへ)のこりすくなきに、哀(あは)れに思(おぼ)し入たり。殿(との)も哀(あは)れに心(こころ)苦(ぐる)しき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給ふなかにも、上(うへ)の御はらからの男(をとこ)にて数多(あまた)おはするもうとくのみぞ。これは一(ひと)つ御はらからにて、万(よろづ)をはぐゝみ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。又(また)此(こ)の大将(だいしやう)殿(どの)の御事(こと)をも、殿(との)・上(うへ)もろ心(こころ)に急(いそ)がせ給(たま)ひしに、あへなく心(こころ)憂(う)き事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。大将(だいしやう)殿(どの)も大方(おほかた)のあはれはさる物(もの)にて、御なからひなどのいとめでたう、此(こ)の北(きた)の方(かた)の御ゆかりに世(よ)のおぼえもこよなかりつる。様々(さまざま)に思(おも)ほし嘆(なげ)くも理(ことわり)に見えたり。大将(だいしやう)殿(どの)は此(こ)のちご君(きみ)をつと抱(いだ)きて、彼のかはりと思(おぼ)し扱(あつか)ふにも、やがて其(そ)の御つみの御事(こと)思(おぼ)すにぞ。我がつみのふかきなめる。斯(か)かる事(こと)共(ども)にいかで逃(のが)れて、ひたみちにあみだ仏をねんじ奉(たてまつ)ら
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んと思(おも)ふ物(もの)をと、思(おぼ)し惑(まど)ふ。
さてとかくなし奉(たてまつ)りて、御忌(いみ)の程(ほど)も哀(あは)れに思(おも)ほさる此(こ)の君(きみ)の御扱(あつか)ひにぞ、思(おぼ)しまぎるゝ事(こと)もあべかめる。御乳母(めのと)われも<とのぞむ人(ひと)数多(あまた)あれど、べんの君(きみ)とていやしからぬ、故上(うへ)などもやむごとなき物(もの)にていみじう思(おぼ)したりしかば、其(そ)の御心(こころ)の忘(わす)れがたきに、もし平(たひら)かにてあらば、必(かなら)ずこれを言(い)ひつけにもなどにもの給(たま)はせし御かねごとどもいと忘(わす)れがたくて、やがて其(そ)の君(きみ)万(よろづ)に知(し)り扱(あつか)ひ聞(き)こゆれば、殿(との)の上(うへ)思(おぼ)す様(さま)におぼされたり。かくて今年(ことし)は女院(にようゐん)の御四十賀、公(おほやけ)ざまにせさせ給(たま)ふべければ、はるよりその御調度(てうど)どもせさせ給(たま)ふに、春と思(おぼ)し召(め)ししかど、殿(との)の御(おん)心地(ここち)の例(れい)ならざりしかば、それに障(さは)りて七月にと思(おぼ)し定(さだ)めさせ給(たま)ひけるに、院(ゐん)もまた八講せさせ給(たま)はんとて、これを大事に万(よろづ)思(おぼ)し急(いそ)がせ給ふ。七月にと思(おぼ)し召(め)しけれど、世(よ)の中(なか)物(もの)騷(さわ)がしうおぼされて過(す)ぐさせ給(たま)ふに、例(れい)の九月も御石山(いしやま)まうでなれば、万(よろづ)さしあひ物(もの)騷(さわ)がしくおぼされて、石山(いしやま)まうでの後(のち)にやさきにやと定(さだ)めがたし。
若宮(わかみや)日(ひ)にそへて美(うつく)しうおはしまして、這(は)ひゐざらせ給(たま)ひて御念誦(ねんず)のさまたげにおはしますに、いとわりなきわざかなと、もて扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。誠(まこと)に美(うつく)しういみじと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、内(うち)にゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、内(うち)もいと美(うつく)しう哀(あは)れに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、抱(いだ)き
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給(たま)ひて渡(わた)らせ給(たま)へば、したひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて泣かせ給(たま)ふ程(ほど)も、いと美(うつく)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。院(ゐん)のいまさらに斯(か)かる人(ひと)をあづけさせ給(たま)ひて、心(こころ)とまる事(こと)ゝ申(まう)させ給(たま)へば、さてあしうやはべる。つれ<”に思(おぼ)し召(め)すにかくまぎれはべればと申(まう)させ給(たま)ふまゝに、御涙(なみだ)の浮かばせ給(たま)ふ。
かくてまかでさせ給(たま)ひて九月は石山(いしやま)まうでとて女房(にようばう)達(たち)数多(あまた)急(いそ)ぎののしる。院(ゐん)の御(お)前(まへ)はほとけの御丁のかたびら、石山(いしやま)の僧にほうぶく・かづけ物(もの)など急(いそ)がせ給(たま)ふものから、怪(あや)しう心(こころ)細(ぼそ)うのみおぼさるゝ事(こと)多(おほ)かり。其(そ)の御気色(けしき)を見(み)奉(たてまつ)りて、候ふ人々(ひとびと)もうたてゆゆしきまで思(おも)ひ嘆(なげ)くべし。京出(い)でさせ給(たま)ひてあはたぐち・關山(せきやま)の程(ほど)、鹿(しか)の山(やま)ごえ物(もの)心(こころ)細(ぼそ)う聞(き)こゆ。万(よろづ)哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、
@数多(あまた)度(たび)ゆきあふさかのせきみづに今(いま)は限(かぎ)りのかげぞ悲(かな)しき W049。
と宣(のたま)はすれば御車(くるま)に候(さぶら)ひ給(たま)ふ宣旨(せんじ)の君(きみ)、
@年(とし)をへてゆきあふさかの驗(しるし)ありてちとせのかげをせきもとめなん W050
とぞ申し給(たま)ふ。さて参(まゐ)り着かせ給(たま)ひて、御(み)堂(だう)に参(まゐ)らせ給ふより万(よろづ)哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、年(とし)頃(ごろ)参(まゐ)り馴れつる御前に、これは限(かぎ)りの度(たび)ぞかしとおぼされて、いみじう悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)さる。
例(れい)のやうに御祈(いの)り・ずほうなどにもあらで、めつざいしやうぜんのためにとて護摩(ごま)をぞ行(おこな)はせ給(たま)ふ。万(よろづ)にあはれなる度(たび)の御祈(いの)りをせさせ給(たま)へ
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ば、御てらの僧どもゝあるまじき事(こと)に、いかにおぼえさせ給(たま)ふにかと怪(あや)しうをぢまうせど、などてか。これこそ参(まゐ)りはての度(たび)、命(いのち)の限(かぎ)りと思(おも)ひ志(こころざ)したるみやづかひの限(かぎ)りなりとて、あや織物(おりもの)のみちやうのかたびら・しろがねの鉢(はち)共(ども)、僧どもに別當より始(はじ)めて、かずをつくしてほうぶくどもくばらせ給(たま)ふ。同(おな)じくぞくやうせさせ給(たま)ひて、みてらの封などくはへさせ給(たま)ひて、御誦経(じゆぎやう)など心(こころ)殊(こと)にせさせ給(たま)へり。又(また)まんどうゑなどせさせ給(たま)ひて、まかでさせ給ふとてもいみじうかせ給(たま)ふ。候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もいと悲(かな)しう見(み)奉(たてまつ)る。御てらのそうども御万歳を祈(いの)り奉(たてまつ)る。出(い)でさせ給(たま)ひて、程(ほど)なく御八講始(はじ)めさせ給(たま)ふ。すべて年(とし)頃(ごろ)の御八講にはすぐれたる程(ほど)推(お)し量(はか)るべし。かうじたち此(こ)の世・後(のち)の世(よ)の御事(こと)めでたうつかうまつる。万(よろづ)を思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。御儀式(ぎしき)有様(ありさま)、聞(き)こえさすれば疎(おろ)かなり。ゆゝしきまであり。殿(との)も其(そ)の気色(けしき)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、万(よろづ)の山々(やまやま)寺々(てらでら)の御祈(いの)りせさせ給(たま)ふ。
かくて十月に御賀あり。土御門(つちみかど)殿(どの)にてせさせ給ふ。行幸(ぎやうがう)などあり。いといみじうめでたし。御屏風(びやうぶ)の哥どもじやうずどもつかうまつれり。多(おほ)かれど同(おな)じ筋(すぢ)の事(こと)は書かず。八月十五夜に男(をとこ)女(をんな)物語(ものがたり)してつまどのもとにゐたるに、べんのすけたゞ、
@あまのはらやどし近(ちか)くは見えね共すみ通(かよ)はせるあきの夜の月 W051。
かぐらしたるところに兼澄(かねずみ)、
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@神山(かみやま)のとるさかきばのもとすゑに群れゐて祈(いの)る君が万(よろづ)代 W052。
などありし。舞人(まひびと)家(いへ)の子(こ)の君達(きんだち)なり。事(こと)共(ども)やう<はつる程(ほど)に、殿(との)の君達(きんだち)二(ふた)所(ところ)はわらはにてまひ給(たま)ひたる。松(まつ)殿(どの)の御はらのいは君は納蘓利舞ひ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)の御はらのたづ君は龍王舞ひ給(たま)ふ。殿(との)の有様(ありさま)目もはるかにおもしろし。山(やま)の紅葉(もみぢ)かずをつくし、ながしまのまつにかかれるつたのいろを見れば、くれなゐ・すわうの濃きうすき、あをふ黄なるなど様々(さまざま)のいろのきらめきたるさいでなどをつくりたるやうに見ゆるぞ。世(よ)にめでたき。いけの上(うへ)に同(おな)じいろ<様々(さまざま)の紅葉(もみぢ)のにしきうつりて、みづのけざやかに見えていみじうめでたきに、いろ<のにしきのなかより立ち出(い)でたるふねのがく聞くに、すゞろさむくおもしろし。すべてくちもきかねばえ書きもつゞけず、万(よろづ)の今年(ことし)つくさせ給(たま)へり。
中宮(ちゆうぐう)西(にし)の対(たい)におはしまして、院(ゐん)は寝殿(しんでん)におはしませば、上(うへ)もひんがしのみなみ面(おもて)におはします。殿(との)の上(うへ)はひんがしの対(たい)におはしまして、上達部(かんだちめ)などはわだ殿(どの)につき給(たま)へり。諸大夫(しよだいぶ)・殿上人(てんじやうびと)などはあげばりに着きたり。院(ゐん)の女房(にようばう)寝殿(しんでん)のにしみなみのわだ殿(どの)に候(さぶら)ふ。みすのきはなどいみじうめでたし。事(こと)共(ども)はてゝ行幸(ぎやうがう)かへらせ給(たま)ふ。御をくり物(もの)上達部かんだちめ)のろく・殿上人(てんじやうびと)のかづけ物(もの)などみなしつくさせ給(たま)へり。かみな月の日(ひ)もはかなく暮れぬれば、みな事(こと)共(ども)はてゝ。院(ゐん)は三条(さんでう)院(ゐん)に又(また)の日(ひ)ぞかへらせ給(たま)ふ。さき<”の御賀などはいかゞありけん。これはいとめでたし。入道(にふだう)殿(どの)の六十の賀、院(ゐん)のきさいの宮(みや)
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と聞(き)こえさせしときせさせ給(たま)ひしも、いとかくはあらざりきとぞおぼされける。此(こ)の君達(きんだち)の御美(うつく)しさを誰(たれ)も<涙(なみだ)とどめず見(み)奉(たてまつ)る人々(ひとびと)多(おほ)かり。
霜月(しもつき)には五節(ごせつ)をばさる物(もの)にて神事(かみわざ)共(ども)繁(しげ)かべければ、やがて此(こ)の月に内(うち)へ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。上(うへ)いみじう嬉(うれ)しとおぼされて、いつしかと渡(わた)らせ給(たま)へり。若宮(わかみや)はいみじう美(うつく)しうおはしませば、こと<”なくこれをもてあそばせ給(たま)へば、戲(たはぶ)れ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。御物語(ものがたり)のつゐでに、怪(あや)しく物(もの)心(こころ)細(ぼそ)くおぼえはべれば、いかなるべきにかとのみ思(おも)ひ給(たま)ふる。今(いま)は命(いのち)も惜(を)しうもおぼえはべらねども、御有様(ありさま)の今(いま)少(すこ)しゆかしうおぼえさせ給(たま)ふこそ飽かぬ事(こと)にはべれなど聞(き)こえさせ給(たま)ひて、いみじう泣かせ給(たま)へば、上(うへ)もせきあへがたくおぼされて、さやうにもおはしまさば、世(よ)にはいかでか片時(かたとき)も侍らんとなん思(おも)ふ給(たま)ふる。円融(ゑんゆう)の院(ゐん)は見(み)奉(たてまつ)りますなどはべりし内(うち)にも、まだ幼(をさな)うはべりし程(ほど)なりしかばこそ、かくて今(いま)ゝでもはべれ。御(お)前(まへ)の御有様(ありさま)を暫(しば)しも見(み)奉(たてまつ)らではとゆゝしう泣かせ給(たま)へば、猶(なほ)只今(ただいま)の事(こと)にはよもはべらじ。怪(あや)しう例(れい)ならず心(こころ)細(ぼそ)うはべるなりとばかり聞(き)こえさせ給(たま)ひて、若宮(わかみや)をもてあそばし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
上(うへ)は御(おん)心地(ここち)にいと物(もの)嘆(なげ)かしう思(おぼ)し召(め)さるれば、やがて中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)へれば、いらせ給(たま)ふより心(こころ)殊(こと)に物(もの)忘(わす)れせらるゝ御有様(ありさま)、かひありて思(おも)ほし召(め)されて、心(こころ)のどかに御物語(ものがたり)などせさせ給(たま)ひて、院(ゐん)の御方(かた)に
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参(まゐ)りたりつれば、いと心(こころ)細(ぼそ)げに宣(のたま)はせつる社、いと物(もの)思(おも)はしくなりはべりぬればなど、いと物(もの)哀(あは)れにの給すれど万(よろづ)恥(は)づかしう慎(つつ)ましうおぼさるれど、院(ゐん)には殿(との)の御(お)前(まへ)の此(こ)の宮(みやの御事(こと)を昔(むかし)より心(こころ)殊(こと)に聞(き)こえつけ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、げにいかなればにかと心(こころ)騷(さわ)ぎしておぼさるべし。あはれなる事(こと)をもおかしき事(こと)をも万(よろづ)に聞(き)こえをかせ給(たま)ひて、くれにはとくのぼらせ給(たま)へ。明日(あす)明後日(あさて)物忌(ものいみ)にはべり。御方(かた)にはえ参(まゐ)るまじとて渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。此(こ)の程(ほど)を見(み)奉(たてまつ)るに、やさしうめでたき御なからひなり。晦日(つごもり)になりて院(ゐん)は出(い)でさせ給ふ。上(うへ)常(つね)よりもいみじう惜(を)しみ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、夜(よ)更(ふ)くるまでおはしませばはや渡(わた)らせ給(たま)ひね。夜ふけはべりぬ。出(い)ではべりなんと聞(き)こえさせ給(たま)へばいとしげ<”にてかへらせ給(たま)ひぬれば、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。霜月(しもつき)になりぬれば、神事(かみわざ)など繁(しげ)きころにて世(よ)の中(なか)もいと騷(さわ)がしうて過(す)ぎもてゆく。師走(しはす)にもなりぬれば、公(おほやけ)わたくしわかぬ世(よ)の急(いそ)ぎにて、ところわかずいとなみたり。
斯(か)かる程(ほど)に女院(にようゐん)物(もの)せさせ給(たま)ひて、悩(なや)ましう思(おぼ)し召(め)したり。殿(との)御心(こころ)を惑(まど)はして思(おぼ)し召(め)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。はかなく思(おぼ)し召(め)ししに日頃(ひごろ)になれば、我が御(おん)心地(ここち)にいかなればにかと、心(こころ)細(ぼそ)うおぼさる。内(うち)にも例(れい)ならぬ様(さま)に思(おも)ほし宣(のたま)はせし物(もの)を、いかゞおはしまさんと思(おも)ほし召(め)すより。やがておものなども御覧(ごらん)じ入れさせ給(たま)はず。万(よろづ)に思(おぼ)ししめりたるを、御乳母(めのと)達(たち)
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もいかゞと見(み)奉(たてまつ)る。中宮(ちゆうぐう)若(わか)き御心(こころ)なれど、此(こ)の御事(こと)を様々(さまざま)にいみじうおぼさる。殿(との)今(いま)は医師(くすし)に見せさせ給(たま)ふべきなり。いと恐(おそ)ろしき事(こと)なりと度々(たびたび)聞(き)こえさせ給(たま)へど、医師(くすし)にみすばかりにてはいきてかひあるべきにあらず、心(こころ)づよく宣(のたま)はせて、見せさせ給(たま)はず。御有様(ありさま)を医師(くすし)にかたり聞かすれば、寸白(すばく)におはしますなりとて其(そ)のかたの療治(れうぢ)共(ども)をつかうまつれば、まさるやうにもおはしまさず。
日頃(ひごろ)になりぬればにや汁(しる)などあえさせ給(たま)へれば、誰(たれ)も心(こころ)のどかに思(おも)ほし見(み)奉(たてまつ)るに、たゞ御物(もの)のけどものいと<おどろ<しきに、御ずほう数を尽くし、大方(おほかた)世(よ)にあるかたの事(こと)共(ども)を、内(うち)方(かた)・殿(との)方(がた)・院(ゐん)方(がた)など三方(みかた)にあかれて、万(よろづ)に思(おも)ほし急(いそ)ぎたり。内(うち)にはいかに<と日々に見(み)奉(たてまつ)らまほしう思(おも)ほしたれど、日つゐでなど選(え)らせ給(たま)ひて、日頃(ひごろ)はたゞ過(す)ぎに過(す)ぎもていぬ。御物(もの)のけを四五人(にん)に駆(か)り移(うつ)しつゝ、各(おのおの)僧どもののしりあへるに、此(こ)の三条(さんでう)院(ゐん)の隅(すみ)の神(かみ)の崇(たたり)と言(い)ふ事(こと)さへ出(い)で来て、其(そ)の気色(けしき)いみじうあやにくげなり。恐(おそ)ろしき山にはと言(い)ふらんやうに、いとどしきに斯(か)かる事(こと)さへあれば、ところを替(か)へさせ給(たま)ふべきなめりと言(い)ふ事(こと)出(い)で来て、御うらにもあふところは、惟仲の帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)の知(し)るところに渡(わた)らせ給(たま)ふべきに、御定(さだ)め有(あ)り。やがて其(そ)の日(ひ)行幸(ぎやうがう)あるべし。かく苦(くる)しげにおはしますに、此(こ)の若宮(わかみや)はいみじう騷(さわ)がしうあはてさせ給(たま)ふ
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も、御懐(ふところ)を離(はな)れさせ給(たま)はずむつれ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふを、御乳母(めのと)にこれ抱(いだ)き奉(たてまつ)れと宣(のたま)はず、つく<”とれうぜられ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)の御志(こころざし)、いみじう哀(あは)れにけぢかき程(ほど)に候(さぶら)ふ僧なども涙(なみだ)をながしつゝ候(さぶら)ふ。年(とし)頃(ごろ)哀(あは)れにめでたう人々(ひとびと)をはぐゝませ給(たま)へる御かげにかくれつかうまつりたる人々(ひとびと)。いかにおはしまさんとよりほかの事(こと)なし。誰(たれ)も大願(だいぐわん)をたてゝ涙(なみだ)をのごひて候(さぶら)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に晦日(つごもり)になりぬれば、世(よ)の中(なか)物(もの)騷(さわ)がしういとなむ頃なるに、かうをこたらせ給(たま)はぬを安(やす)き空(そら)なく公(おほやけ)わたくし御嘆(なげ)きなり。かくて行幸(ぎやうがう)あり。今日(けふ)と聞(き)こし召(め)して、いつしかと待(ま)ち聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、むまの時ばかりにぞ行幸(ぎやうがう)ある。みこしより降りさせ給(たま)ふ程(ほど)も心(こころ)もとなく思(おぼ)し召(め)されて、いつしかと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、さばかり苦(くる)しげにおはしますに、若宮(わかみや)御懐(ふところ)も離(はな)れず出(い)で入りせさせ給(たま)ふを、片時(かたとき)の程(ほど)に心(こころ)苦(ぐる)しく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)を召(め)し出(い)でて。これ抱(いだ)き聞(き)こえよと宣(のたま)はすれば、いなとて御懐(ふところ)に入らせ給(たま)ひぬ。あさましうあらぬ人(ひと)にならせ給(たま)へる御かたち涙(なみだ)とまらず思(おも)ほし召(め)して、今(いま)ゝで見(み)奉(たてまつ)らずはべりける事(こと)のいみじき事(こと)ゝて、せんかたなくいみじう悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)したり。院(ゐん)もともかくも申(う)させ給(たま)ふ事(こと)なくて、たゞつく<”と見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、打(う)ち泣かせ給(たま)へど、御涙(なみだ)の出(い)でさせ給(たま)はぬも、これはゆゝしき事(こと)にこそあなれと見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにも、いとどせき
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もあへず泣かせ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)の行幸(ぎやうがう)の作法(さほふ)に様(さま)ごとにゆゝしうのみおはします御有様(ありさま)聞(き)こえさせん方なし。そこらの女房(にようばう)涙(なみだ)におぼれたり。殿(との)も御(おん)心地(ここち)はさかしう思(おぼ)し召(め)せど、万(よろづ)に悲(かな)しき事(こと)を、御直衣(なほし)のそでもしほどけにて出(い)で入り扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
やがてこよひほかへ渡(わた)らせ給(たま)ふべければ、かしこの御さうぞくの事(こと)など万(よろづ)に宣(のたま)はせても、たゞひとゝころ打(う)ち泣きつゝ出(い)で入りせさせ給(たま)ふ。行幸(ぎやうがう)の御供(とも)の上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、そこらの人々(ひとびと)いみじう悲(かな)しう、いかにおはしまさんとのみ嘆(なげ)き給(たま)ふ。上(うへ)はさらに御こゑも惜(を)しませ給(たま)はず。ちごどもなどのやうにさくりもよゝと泣かせ給(たま)ふ。日(ひ)もはかなく暮れぬれば、殿(との)はやかへらせ給(たま)ひなん。夜さりの御辺(わた)り夜更けはべりなんと、いたうそゝのかし聞(き)こえ給(たま)へば、御門(みかど)哀(あは)れにつみふかく心(こころ)憂(う)き物(もの)は、斯(か)かる身にも有(あ)りけるかな。此(こ)の御有様(ありさま)を見捨て奉(たてまつ)る事(こと)のいみじき事(こと)、言(い)ふかひなき人(ひと)だに、斯(か)かる折斯(か)かるやうはあらじかし。心(こころ)憂(う)かりける身なりや。猶(なほ)渡(わた)らせ給(たま)はんところまでと思(おぼ)し宣(のたま)はすれど、さるべき事(こと)にも候(さぶら)はずとて、猶(なほ)疾くかへらせ給(たま)ふべく奏(そう)せさせ給(たま)へば、院(ゐん)物(もの)は宣(のたま)はせねど、あかでかへらせ給(たま)はん事(こと)を悲(かな)しうおぼされたり。御手をとらへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御かほのもとに我が御かほをよせて泣かせ給(たま)ふ御有様(ありさま)。そこらの内(うち)との人(ひと)どよみたり。あなゆゝし。いかでかからじと、物(もの)騷(さわ)がしき上達部(かんだちめ)などは
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せいし給(たま)ひながら、又(また)打(う)ちひそみ給(たま)ふ。
かくて此(こ)の若宮(わかみや)はいづこへかと宣(のたま)はすれば、中将(ちゆうじやう)の命婦(みやうぶ)それは此(こ)の宮(みや)達(たち)のおはしますところへとなん。殿(との)は申(まう)させ給(たま)ふと奏(そう)すれば、げにさてぞよからんなど宣(のたま)はする程(ほど)に、夜に入りぬればみこしよせて度々(たびたび)奏(そう)すれば、われにもあらで出(い)でさせ給(たま)ふ程(ほど)の御(おん)心地(ここち)、げに思(おも)ひ遣(や)て聞(き)こえさすべし。限(かぎ)り無き御位(くらゐ)なれど、親子(おやこ)の中の物(もの)悲(がな)しさを、思(おも)ほし知らぬやうにあらばこそあらめ。万(よろづ)理(ことわり)いみじき程(ほど)の御有様(ありさま)ぞ悲(かな)しきや。みこしに乗らせ給(たま)ふ程(ほど)の御気色(けしき)。ゆゝしきまで思(おぼ)し入らせ給(たま)へり。御そでを御かほに押しあてゝおはします程(ほど)、たゞつく<”と流(なが)れ出(い)でさせ給(たま)ふ。殿(との)此(こ)の御送りつかうまつらせ給(たま)ふとて、御乳母(めのと)達(たち)・女房(にようばう)達(たち)、御(お)前(まへ)に候(さぶら)ふべき由(よし)おほせ置かせ給(たま)ひて、参(まゐ)らせ給(たま)ふそらも無く、今(いま)の程(ほど)いかに<とうしろめたうおぼつかなう思(おも)ほし召(め)す。上(うへ)はやがてそのまゝに物(もの)も宣(のたま)はせで、よるのおましに入らせ給(たま)ひて、すべて何事(なにごと)もおぼえさせ給(たま)はで、御つかひのみ頻(しき)りなり。
さて殿(との)かへらせ給(たま)ひて後(のち)。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)。さるべき人々(ひとびと)して、姫宮(ひめみや)のおはしますところに送り聞(き)こえさせ給(たま)ふ。院(ゐん)の渡(わた)らせ給(たま)ふをば御車(くるま)舁きおろして、御殿(との)ごもりたるおましながら、殿(との)のおりべ・弾正宮などかき載せ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、やがて殿(との)御車(くるま)には候(さぶら)はせ給(たま)ふ。かしこにも御車(くるま)かきおろして、同(おな)じ様(さま)にておろし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。帥(そち)の宮・弾正宮よるひる扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、同(おな)じく
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やがてみなつかうまつらせ給(たま)へり。此(こ)の宮(みや)達(たち)は御をひばかりにおはしませど、内(うち)の御有様(ありさま)にさしつぎて扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へる御志(こころざし)の程(ほど)を思(おも)ほし知(し)りてつかうまつらせ給(たま)ひて、涙(なみだ)におぼれさせ給(たま)へり。ところなどかへさせ給(たま)へればさりともなど頼(たの)もしう思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、二三日ありてつゐにむなしくならせ給(たま)ひぬ。殿(との)の御(おん)心地(ここち)たとへ聞(き)こえさせんかたなし。内(うち)にも聞(き)こし召(め)して日頃(ひごろ)もあるにもあらぬ御(おん)心地(ここち)を、すべていとど思(おぼ)しいらせ給(たま)ひてつゆ御ゆをだに聞(き)こし召(め)さで、いといみじうておはします。理(ことわり)の御有様(ありさま)なれば、聞(き)こえさせんかたなし。長保三年(さんねん)十二月(じふにぐわつ)廿二日の事(こと)なり。程(ほど)などもいとどさむくゆきなどもいとたかくふりて、大方(おほかた)の月日(ひ)さへにのこりすくなく、こよみのぢくあらはになりたるも、あはれをましたる程(ほど)の御事(こと)なり。
かくて三日ばかりありてとりべのにぞ御さうそうあるべき。ゆきのいみじきに殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)り。万(よろづ)の殿上人(てんじやうびと)、いづれかはのこりつかうまつらぬはあらむ。おはします程(ほど)の儀式(ぎしき)有様(ありさま)言(い)ふも疎(おろ)かなり。殿(との)の心(こころ)に入れ扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、内(うち)の御志(こころざし)の限(かぎ)り無さあひそひたる程(ほど)は疎(おろ)かなるべき事(こと)かは、さて夜もすがら殿(との)万(よろづ)に扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、曉(あかつき)になれば、みなかへらせ給(たま)ひぬ。雪のいみじきに常(つね)のみゆきにはかくやは有(あ)りしと思(おも)ひ出(い)で聞(き)こえさするにも、そでのこほりひまなし。曉(あかつき)には殿(との)御骨かけさせ給(たま)ひて、こはたへ渡(わた)らせ給(たま)ひて、日(ひ)さし出(い)でて
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かへらせ給(たま)へり。さて程(ほど)もなく御衣(ぞ)の色かはりぬ。内(うち)にも哀(あは)れにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。天下らうあんになりぬ。
はかなくて年(とし)も暮れぬ。睦月(むつき)の朔日(ついたち)ゆゝしなど言(い)ふも事(こと)よろしき折の事(こと)にこそ有(あ)りけれ。いづくも此(こ)の御ひかりにあたりつる限(かぎ)りは皆くれまどひたり。念仏はさらなり。年(とし)頃(ごろ)のふだんの御読経すべてさるべき御事(こと)、御はてまでとをきてさせ給(たま)ふ。内(うち)にはやがて御手づから御きやうかかせ給(たま)ふ。正月七日子日にあたりたれば、ふなをかもかひなき春の気色(けしき)なるに、左衛門(さゑもん)の督(かみ)公任君、院(ゐん)の台盤所(だいばんどころ)にとぞ有(あ)りし、
@たが為に松(まつ)をもひかんうぐひすのはつねかひなき今日(けふ)にもあるかな W053。
とあれど人々(ひとびと)これを御覧(ごらん)じて詠み給(たま)はずなりぬ。御忌(いみ)の程(ほど)もいみじうあはれなる事(こと)共(ども)多(おほ)かり。かくて御法事の程(ほど)にもなりぬれば、花山(くわさん)の慈徳寺にてせさせ給(たま)ふ。二月十余(よ)日(にち)にぞ御法事ありける。其(そ)の程(ほど)の事(こと)共(ども)思(おも)ひ遣(や)るべし。内(うち)の手づから書かせ給(たま)へる御きやうなどそへてくやうぜさせ給(たま)ふ。院源(ゐんげん)僧都(そうづ)かうじつかうまつりたる程(ほど)思(おも)ひ遣(や)るべし。かやうに哀(あは)れにて御忌(いみ)の程(ほど)過(す)ぎぬ。
其(そ)の年(とし)の祭(まつり)いと物(もの)のはへなき事(こと)共(ども)多(おほ)かれど、例(れい)の公(おほやけ)ごとなればとまる〔べき〕にもあらねば、近衛司(このゑづかさ)などこそ見どころもあれ。それもたゝずなどしていとさうざうしげなれ。かくて五六月ばかりになりぬるに、宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)、一の宮(みや)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はでいと久しう
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なりぬるに、其(そ)の後(のち)限(かぎ)り<と見ゆるまでいみじう煩(わづら)はせ給(たま)へば、東宮(とうぐう)御(おん)心地(ここち)を惑(まど)はして覚したり。いじうおはしましつれど、きのふ今日(けふ)をこたらせ給(たま)へり。弾正宮うちはへ御夜ありきの恐(おそ)ろしさを、世(よ)の人(ひと)安(やす)からずあひなき事(こと)なりと、さかしらに聞(き)こえさせつる。今年(ことし)は大方(おほかた)いと騷(さわ)がしういつぞやの心地(ここち)して、みちおほぢのいみじき物(もの)どもを見過(す)ぐしつゝあさましかりつる御夜ありきの驗(しるし)にや、いみじう煩(わづら)はせ給(たま)ひて失(う)せ給(たま)ひぬ。此(こ)の程(ほど)は新中納言(ちゆうなごん)・いづみ式部(しきぶ)などに思(おぼ)しつきて、あさましきまでおはしましつる御心(こころ)ばへを、うき物(もの)に思(おぼ)しつれど、上(うへ)は哀(あは)れに思(おぼ)し嘆(なげ)きて、四十九日(にち)の程(ほど)に尼(あま)になりぬ。もとよりいみじう道心おはして、三二千部のきやうを読みて過(す)ぐさせ給(たま)へれば、世(よ)のはかなさも思(おぼ)し知(し)られて、いとどしき御行(おこな)ひなり。かくて弾正宮失(う)せさせ給(たま)ひぬと言(い)ふ事(こと)、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)ほの聞(き)こし召(め)して、世(よ)に失(う)せじ。ようもとめば有(あ)りなん物(もの)をとぞ宣(のたま)はせける。あはれなる親の御有様(ありさま)になん。東宮(とうぐう)もいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)く。帥(そち)の宮もいみじう哀(あは)れに口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)くべし。さるは今年(ことし)ぞ廿五にならせたまひける。花山(くわさん)の院(ゐん)ぞ中にもとりわき何事(なにごと)も扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ひける。
あはれなる世(よ)にいかゞしけん。八月廿余(よ)日(にち)に聞(き)けば、淑景舎の女御(にようご)失(う)せ給(たま)ひぬとののしる。あないみじ。こはいかなる事(こと)にか。さる事(こと)も世(よ)にあらじ。日頃(ひごろ)悩(なや)み給(たま)ふとも聞(き)こえ
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ざりつる物(もの)をなどおぼつかながる人々(ひとびと)多(おほ)かるに、誠(まこと)なりけり。御鼻口(はなくち)より血あえさせ給(たま)ひて、たゞにはかに失(う)せ給(たま)へるなりと言(い)ふ。あさましいみじとは世(よ)の常(つね)なり。世(よ)の中(なか)はかなしと言(い)ふ中にも、めづらかに心(こころ)憂(う)き御有様(ありさま)なり。これを世(よ)の人(ひと)もくち安(やす)からぬ物(もの)なりければ、宣耀殿(せんえうでん)いみじかりつる御(おん)心地(ここち)はをこたり給(たま)ひて、かく思(おも)ひがけぬ御有様(ありさま)をば、宣耀殿(せんえうでん)たゞにもあらずし奉(たてまつ)らせ給(たま)へりければ、かくならせ給(たま)ひぬるとのみきゝにくきまで申せど、御みづからはとかく思(おぼ)しよらせ給(たま)ふべきにもあらず。少納言(せうなごん)の乳母(めのと)などやいかゞありけんなど人々(ひとびと)言(い)ふめれど、とてもかくてもいと若(わか)き御身のかくなりぬる事(こと)を、帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)もよにいみじき事(こと)に覚しなげゝど、東宮(とうぐう)にもわざとふかき御志(こころざし)にもあらざりつれど、いつしか事(こと)共(ども)かなふ折もあらば、さやうにもあらせ奉(たてまつ)り。物(もの)はなやかにあらせ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)し召(め)しつるを、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しうこひしくぞ思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ひける。其(そ)の内(うち)にも御衣(ぞ)の重(かさ)なり・そでぐちなどは人(ひと)見るごとに思(おも)ひ出(い)でらるゝ物(もの)をなど、悲(かな)しう覚し宣(のたま)はせけり。御たいめんなどこそはたは安(やす)からざりつれど、御志(こころざし)は宣耀殿(せんえうでん)の御なづらひには思(おも)ほされける物(もの)をと、かへすがへす哀(あは)れに口(くち)惜(を)しくこそとぞ。



栄花物語詳解巻八


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栄花物語詳解 巻四
     和田英松・佐藤球 合著
〔栄花物語巻第八〕 初花(はつはな) 
殿(との)の若君(わかぎみ)たづぎみ十二ばかりになり給(たま)ふ。今年(ことし)の冬(ふゆ)枇杷(びは)殿(どの)にて御かうぶりせさせ給(たま)ふ。引き入れには閑院(かんゐん)の内大臣(ないだいじん)ぞおはしましける。すべて残(のこ)る人(ひと)なく参(まゐ)りこみ給(たま)へりける。御贈(おく)り物(もの)・引き出で物(もの)など思(おも)ひ遣(や)るべし。さて其(そ)の年(とし)暮れぬれば、又(また)の年(とし)になりぬ。司召(つかさめし)に少将(せうしやう)にならせ給(たま)ひて、二月に春日(かすが)の使(つかひ)に立(た)ち給(たま)ふ。殿(との)の始(はじ)めたる初事(うひごと)におぼされて、いといみじう急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ふも理(ことわり)なり。万(よろづ)にかひ<”しき御有様(ありさま)なり。何(なに)となくふくらかにて美(うつく)しうおはすれば、限(かぎ)り無き物(もの)にぞ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
春日(かすが)の御供(とも)には、世(よ)に少(すこ)しおぼえある四位(しゐ)・五位(ごゐ)・六位(ろくゐ)、残(のこ)り無く参(まゐ)らせ給(たま)ふ。殿(との)は内(うち)にて御(お)前(まへ)にて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。又(また)みちの程(ほど)御車(くるま)にても見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)、哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。立(た)たせ給(たま)ひぬる又(また)の日(ひ)、雪のいみじう降りたれば殿(との)の御(お)前(まへ)、
@若菜(わかな)摘(つ)む春日(かすが)の野辺(のべ)に雪降れば心(こころ)づかひを今日(けふ)さへぞやる W054。
御かへし、四条(しでう)大納言(だいなごん)公任、
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@身をつみておぼつかなきは雪やまぬ春日(かすが)の野辺(のべ)の若菜(わかな)なりけり W055。
これ聞(き)こし召(め)して、花山(くわさん)の院(ゐん)、
@我すらに思(おも)ひこそやれ春日野(かすがの)の雪間(ゆきま)をいかで鶴(たづ)の分(わ)くらん W056。
など聞(き)こえさせ給(たま)ふ。又(また)の日(ひ)はいつしかと殿(との)の御まうけいと心(こころ)異(こと)なり。舎人(とねり)どもの思(おも)ひかしづき、いつかと取(と)り見(み)奉(たてまつ)りたる様(さま)に見ゆるも、其(そ)のかたにつけておかしう見ゆ。
内(うち)には宮々(みやみや)の数多(あまた)おはしますを、御門(みかど)なん一宮をば中宮(ちゆうぐう)の御(み)子(こ)に聞(き)こえつけさせ給(たま)ひて、此(こ)の御方(かた)がちにもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふ。一宮・二宮などのいと美(うつく)しうおはしすを、疎(おろ)かならず見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつゝ、昔(むかし)を哀(あは)れに思(おも)ひ出(い)で聞(き)こえさせ給(たま)はぬ時無し。故関白(くわんばく)殿(どの)の四の御方(かた)は、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)とこそは聞(き)こゆるを、此(こ)の一宮の御事(こと)を故宮(みや)万(よろづ)に聞(き)こえつけさせ給(たま)ひしかば、たゞ此(こ)の宮(みや)の御母代(ははしろ)に万(よろづ)後見(うしろみ)聞(き)こえさせ給(たま)ふとて、上(うへ)なども繁(しげ)う渡(わた)らせ給(たま)ふに、自(おの)づからほの見(み)奉(たてまつ)りなどせさせ給(たま)ひける程(ほど)に、其(そ)の程(ほど)をいかゞありけん。睦(むつ)まじげにおはしますなど言(い)ふ事(こと)、自(おの)づから漏れ聞(き)こえぬ。中宮(ちゆうぐう)は万(よろづ)まだ若(わか)うおはしまして、何事(なにごと)も思(おぼ)し入れぬ御有様(ありさま)なれど、彼の御方(かた)には此(こ)の御事(こと)をいと煩(わづら)はしう慎(つつ)ましげに思(おぼ)ししづむべかめり。帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)もあはれなりける御宿世(すくせ)かなと思(おぼ)して、人(ひと)知れぬ御祈(いの)りなどせさせ給(たま)ふべし。上(うへ)もいとど哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)したるべし。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)も万(よろづ)
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峯(みね)の朝霧(あさぎり)に又(また)かく思(おぼ)し嘆(なげ)かるべし。
帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)も宮中におはしませば、思(おも)ひのまゝにえ参(まゐ)り給(たま)はず。夜(よる)忍(しの)びて参(まゐ)り給(たま)ひては、人(ひと)にも知(し)られ給(たま)はで、二三日などぞやがて候(さぶら)ひ給(たま)ひける。宮(みや)達(たち)の御有様(ありさま)の様々(さまざま)美(うつく)しうおはしますに、万(よろづ)を思(おぼ)し慰(なぐさ)めつゝぞ過(す)ぐし給(たま)ひける。此(こ)の程(ほど)に上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ふ折などさべきには忍(しの)びて御物語(ものがたり)など宣(のたま)はせ奏(そう)し給(たま)ふべし。中納言(ちゆうなごん)は大(おほ)殿(との)に常(つね)に参(まゐ)り給(たま)ひて、又(また)見(み)え給(たま)はぬ折は、度々(たびたび)呼びまつはし聞(き)こえ給(たま)ひつゝ、にくからぬ物(もの)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、此(こ)の君(きみ)はにくき心(こころ)やは有(あ)る。帥(そち)殿(どの)のかしこさのあまりの心(こころ)にひかるゝにこそなどぞ思(おも)ほし召(め)しける。宣耀殿(せんえうでん)東宮(とうぐう)には数多(あまた)の宮(みや)達(たち)ひきゐて候(さぶら)はせ給(たま)ふにも、おぼろげならぬ御宿世(すくせ)にやと見(み)えたり。大殿(との)内侍(ないし)の督(かん)の殿(との)必(かなら)ず参(まゐ)らせ給(たま)ふべき様(さま)に、世(よ)の人(ひと)申すめり。されど殿(との)の御心(こころ)をきてのさきざきの殿(との)ばらの御やう、人(ひと)をなきになし給(たま)ふ御心(こころ)のなければ、其の折もなどてかとて参(まゐ)らせ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
中宮(ちゆうぐう)には此(こ)の頃(ごろ)殿(との)の上(うへ)の御はらからにて、くらうのべんと言(い)ひし人(ひと)のむすめいと数多(あまた)ありけるを、中の君(きみ)、帥(そち)殿(どの)の北(きた)の方(かた)の御はらからの則理(のりまさ)にむこどり給(たま)へりしかども、いと思(おも)はずにて絶えにしかば、此(こ)の頃(ごろ)中宮(ちゆうぐう)に参(まゐ)り給(たま)へり。かたち有様(ありさま)いと美(うつく)しう、誠(まこと)におかしげに物(もの)し給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)御目とまりければ、物(もの)など宣(のたま)はせける程(ほど)に、御志(こころざし)有(あ)りておぼさ
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れければ、誠(まこと)しう覚(おぼ)し物(もの)せさせ給(たま)ひけるを、殿(との)の上(うへ)は他人(ことひと)ならねば、思(おぼ)し許(ゆる)してなん。過(す)ぐさせ給(たま)ひける。見る人(ひと)ごとに則理(のりまさ)の君(きみ)は、あさましきめをこそ見ざりけれ。これを疎(おろ)かに思(おも)ひけるよなどぞ言(い)ひ思(おも)ひける。大納言(だいなごん)の君(きみ)とぞつけさせ給(たま)へりける。
かくてあり渡(わた)る程(ほど)に、彼の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)はたゞにもあらずおはして、御(おん)心地(ここち)なども悩(なや)ましう世とゝもにおぼされければ、其(そ)の御気色(けしき)を上(うへ)もいみじう哀(あは)れにおぼされば内(うち)にもいかに<と思(おぼ)し召(め)しける程(ほど)に、四五月ばかりになりぬれば、かくと聞(き)こえ有(あ)りて奏(そう)せ給(たま)ふ事(こと)こそなけれど、煩(わづら)はしうてまかでさせ給(たま)ふ。上(うへ)もいみじうあはれと思(おぼ)し宣(のたま)はせける程(ほど)に、いたう悩(なや)ましげにおはするを、いかに<と思(おぼ)し召(め)されけり。帥(そち)殿(どの)などはたゞならんよりは御(み)子(こ)むまれ給(たま)はんもあしかるべき事(こと)かはと思(おも)ほして、万(よろづ)に祈(いの)らせ給(たま)ふ。里(さと)にて宮々(みやみや)のおぼつかなさこひしさなどを思(おぼ)しみだるゝに、御(おん)心地(ここち)も誠(まこと)に苦(くる)しうせさせ給(たま)ひて、起臥(おきふし)悩(なや)ませ給(たま)ふ。帥(そち)殿(どの)我が御許(もと)に迎(むか)へ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、何事(なにごと)も万(よろづ)につかうまつり給(たま)ひけれど、にはかに御(おん)心地(ここち)おもりて、五六日ありて失(う)せ給(たま)ひぬ。御年(とし)十七八ばかりにやおはしましつらん。
御かたち心(こころ)ざまいみじう美(うつく)しうおかしげにおはしまして、故宮(みや)の御有様(ありさま)にも劣(おと)らず、かいひそめおかしうおはしましつるを、またかうたゞにもおはせでさへと、様々(さまざま)帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)
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も思(おぼ)し嘆(なげ)く事(こと)も疎おろ)かなりや。哀(あは)れに心(こころ)憂(う)し。内(うち)<の悲(かな)しさよりも、よそのきゝみみを恥(は)づかしう憂き事(こと)に思(おも)ほし忍(しの)ぶれど、かく本意(ほい)なき事(こと)に、此(こ)の殿(との)の御有様(ありさま)をまづ人(ひと)は聞(き)こえさすめり。内(うち)には人(ひと)知れず打(う)ちしほれさせ給(たま)ひて、御志(こころざし)有(あ)りて思(おぼ)し召(め)されけりと見るにつけても、いと口(くち)惜(を)しう心(こころ)憂(う)し。はかなく後(のち)<の御事(こと)共(ども)などして、御忌(いみ)などはてゝぞ、帥(そち)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)も内(うち)に参(まゐ)り給(たま)ひつゝ、宮(みや)達(たち)の御有様(ありさま)をつきず思(おぼ)し見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御櫛笥(くしげ)殿(どの)のおはせぬ事(こと)を、一宮とりわき忍(しの)びこひ聞(き)こえさせ給(たま)ふも、疎(おろ)かならず哀(あは)れに悲(かな)しうのみなん。
かく言(い)ふぼどに、寛弘二年になりぬ。司召(つかさめし)など言(い)ひて、殿(との)の君達(きんだち)、此(こ)の御はらのおとゝぎみ。高松(たかまつ)殿(どの)の御はらいはぎみなど皆御かうぶりし給(たま)ひて、ほど<の御官(つかさ)共(ども)、少将(せうしやう)・兵衛(ひやうゑ)の佐(すけ)など聞(き)こゆるに、春日(かすが)のつかひの少将(せうしやう)は中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ひて、今年(ことし)の祭(まつり)のつかひせさせ給(たま)ふ。殿(との)は一条(いちでう)の御ざしきの屋なが<とつくらせ給(たま)ひて、ひはだぶき・かうらんなどいみじうおかしうせさせ給(たま)ひて、此(こ)の年(とし)頃(ごろ)御(ご)禊(けい)より始(はじ)め、祭(まつり)を殿(との)も上(うへ)も渡(わた)らせ給(たま)ひて、御覧(ごらん)ずるに、今年(ことし)はつかひの君(きみ)の御事(こと)を、世(よ)の中(なか)ゆすりて急(いそ)がせ給(たま)ふ。其(そ)の日(ひ)になりぬれば、皆御ざしきに渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。殿(との)はつかひの君(きみ)の御出(い)で立(た)ちの事(こと)御覧(ごらん)じはてゝぞ。御ざしきへはおはします。多(おほ)くの殿(との)ばら・殿上人(てんじやうびと)引き具(ぐ)しておはします。さしもあらぬだに此(こ)のつかひに出(い)で立(た)ち給(たま)ふ君(きみ)だちは、これをいみじき事(こと)におやたちは急(いそ)ぎ
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給(たま)ふわざなれば、まいて万(よろづ)理(ことわり)に見(み)えさせ給(たま)ふ。御供(とも)の侍(さぶらひ)・ざうしき・小(こ)舎人(どねり)・御むまぞひまでしつくさせ給(たま)ふ程(ほど)に、えぞまねばぬや。
今年(ことし)は此(こ)のつかひのひゞきにて、帥(そち)の宮・花山(くわさん)の院(ゐん)などわざと御車(くるま)したてゝ物(もの)を御覧(ごらん)じ、御ざしきのまへ数多(あまた)渡(わた)らせ給(たま)ふ。帥(そち)の宮の御車(くるま)のしりには、いづみを乗せさせ給(たま)へり。花山(くわさん)の院(ゐん)の御車(くるま)はきんのうるしなど言(い)ふやうに塗らせ給(たま)へり。あじろの御車(くるま)をすべてえもいはずつくらせ給(たま)へり。さばかうもすべかりけると見(み)えたり。御供(とも)に大どうじのおほきやかに年(とし)ねびたる。四十人(にん)、中どうじ廿人(にん)、めし次(つぎ)どもはもとのぞくどもつかうまつれり。御車(くるま)のしりに殿上人(てんじやうびと)引きつれて、いろ<様々(さまざま)にて、あかきあふぎをひろめかしつかひて、御ざしきのまへ数多(あまた)度(たび)渡(わた)りあるかせ給(たま)ふ程(ほど)、たゞの年(とし)ならばかからでもと殿(との)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつべけれど、つかひの君(きみ)の御物(もの)のはへに思(おも)ほされて、上達部(かんだちめ)打(う)ちほゝゑみ、殿(との)の御(お)前(まへ)猶(なほ)気色(けしき)おはします院(ゐん)なりかしな。此(こ)の男(をとこ)のづかひにたつとしわれこそ見はやさめと宣(のたま)はすときゝしもしるくゆくりかにも出(い)で給(たま)へるかなと、皆けうじ聞(き)こえ給(たま)ふ。
皆事(こと)共(ども)なりてつかひの君(きみ)何(なに)となうちいさくふくらかに美(うつく)しうて渡(わた)り給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)御涙(なみだ)たゞこぼれにこぼれさせ給(たま)へば、子の悲(かな)しさ知(し)り給(たま)へる殿(との)ばら皆同(おな)じ様(さま)に思(おぼ)ししるべし。世(よ)の中(なか)の宮(みや)・殿(との)ばら・家(いへ)<のめのわらはべを今(いま)の世(よ)の事(こと)ゝしては、物(もの)ぐるをしういくへとも知らぬまできせたる。十廿人(にん)、二三十人(にん)押しこり
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て渡(わた)れば、いづくの人(ひと)ぞと必(かなら)ず召(め)し寄せて御覧(ごらん)じとはせ給(たま)へば、其(そ)の宮(みや)の彼の殿(との)の何(なに)のかみの家(いへ)など申すを、よきをば見けうじ、又(また)さしもなきをば笑(わら)ひなどせさせ給(たま)ふも、様々(さまざま)いとおかしう今(いま)めかしき有様(ありさま)になんありける程(ほど)に、むげに帥(そち)殿(どの)の御位(くらゐ)もなき定(さだ)めにておはするを、いとどおしき事(こと)なりなど殿(との)思(おぼ)していとおしがりて、准大臣の御位(くらゐ)にて御封など得させ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)はひとゝせより中納言(ちゆうなごん)にて兵部(ひやうぶ)卿(きやう)とぞ聞(き)こゆめる。世(よ)の人(ひと)はとめ安(やす)き事(こと)によろこび聞(き)こえたり。今年(ことし)の十一月(じふいちぐわつ)に内(うち)焼けぬれば、五節(ごせつ)もえ参(まゐ)るまじうなりぬ。かく内(うち)の繁(しげ)う焼くるを、御門(みかど)いみじき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)きて、いかで猶(なほ)さもありぬべくば、とくおりなんとのみ思(おぼ)し急(いそ)ぎたり。寛弘三年(さんねん)になりぬ。今年(ことし)は大殿(との)御岳(みたけ)精進(しやうじ)せさせ給(たま)ふべき御年(とし)にて、正月より御ありきなど心(こころ)解けてもなけれど、次(つぎ)<例(れい)の作法(さほふ)にて過(す)ぎもてゆく。今年(ことし)は不用にやなど思(おぼ)し召(め)されて、四五月にもなりぬ。
五月には例(れい)の卅講(かう)など上(かみ)の十五日つとめ行(おこな)はせ給(たま)ひて、下(しも)の十五日あまりには競馬(くらべむま)せさせんとて、土御門(つちみかど)殿(どの)の馬場屋(むまばや)・埒(らち)などいみじうしたてさせ給(たま)ふ。行幸(ぎやうがう)・ぎやうけいなど思(おぼ)し召(め)しつれど、此(こ)の頃(ごろ)雨(あめ)がちにて事(こと)共(ども)えしあふまじき様(さま)なれば、さばたゞならんよりはとて、花山(くわさん)の院(ゐん)をぞ忝(かたじけな)くともおはしまして、馬(むま)の心地(ここち)など御覧(ごらん)ぜんに、
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いかがなど申(まう)させ給(たま)へば、いといみじう物(もの)にはへある心様(こころざま)にて、むげにむもれたりつる心地(ここち)晴れ侍(はべ)りぬべかめり。さば其(そ)の日(ひ)になりてと聞(き)こえさせ給(たま)へれば、院(ゐん)のおはしますべき御用意(ようい)共(ども)有(あ)り。彼の院(ゐん)の御供(とも)の僧ども、殿上人(てんじやうびと)など禄取らせではいかでか。いと忝(かたじけな)からん。又(また)御贈(おく)り物(もの)には何(なに)をがなと思(おぼ)しまうけて、其(そ)の日(ひ)になりぬれば、今日(けふ)の事(こと)には院(ゐん)のおはしますをめでたき事(こと)におぼされて、いみじうもてはやし聞(き)こえさせ給(たま)ふ。院(ゐん)もいと興(けう)ありと思(おぼ)し召(め)したり。さて左右の乱声などの勝負(かちまけ)の程(ほど)もいときゝ苦(ぐる)しうおどろ<しきまであるも、はしたなげなり。
さて其(そ)の事(こと)共(ども)果てぬれば、院(ゐん)かへらせ給(たま)ふ。御贈(おく)り物(もの)などある内(うち)にも世(よ)に珍(めづら)しきつきげの御むまにえもいはぬ御くらなど置かせても、又(また)いみじき御車牛(くるまうし)そへて引き出(い)で奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。院(ゐん)夜に入りてかへらせ給(たま)へば、殿(との)御送りにおはします程(ほど)猶(なほ)院(ゐん)の御有様(ありさま)棄(す)つれど棄(す)てられぬわざとやむごとなく哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。これを始(はじ)めて殿(との)いと御(おん)中(なか)心(こころ)よげにおはします。
院(ゐん)此(こ)の宮(みや)達(たち)の忍(しの)びがたく哀(あは)れにおぼえ給(たま)へば、中務(なかつかさ)が腹(はら)の一の御(み)子(こ)、むすめの腹(はら)の御(み)子(こ)ふた宮(みや)を殿(との)に申(まう)させ給(たま)ひて、これ冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の内(うち)に入れさせ給(たま)へとある御消息(せうそく)度々(たびたび)あれば、殿(との)あはれ、おぼろげに思(おも)ほせばこそかくも宣(のたま)はすらめ。院(ゐん)におはしまさんからに、子の悲(かな)しさをしろしめす
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べからずはこそあらめ。われ苦(くる)しからぬ事(こと)なり。などかあらざらむとてうけ給(たま)はりぬ。今(いま)さらば事(こと)の由よし)奏し候ひてなど申(まう)させ給(たま)ひつ。花山(くわさん)の院(ゐん)は冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の一の御(み)子(こ)。只今(ただいま)の東宮(とうぐう)は二宮、故弾正宮は三の御(み)子(こ)、今(いま)の帥(そち)の宮の御(み)子(こ)にぞおはしますかし。されば内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて事(こと)の由(よし)奏せさせ給(たま)ひて、よき日して宣旨(せんじ)くださせ給(たま)ふ。親腹(おやばら)の御(み)子(こ)をば五の宮(みや)、むすめばらの御(み)子(こ)をば六(ろく)の宮(みや)とて、各(おのおの)皆なべての宮(みや)達(たち)の得給(たま)ふ程(ほど)の御封どもたまはらせ給(たま)ふ。くに<”に御封どもわかち奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、宣旨(せんじ)くだりぬる由(よし)。殿(との)より院(ゐん)に奏せさせ給(たま)へれば、物(もの)にあたらせ給(たま)ひて、御つかひに何(なに)をも<と取(と)りうづみかつげさせ給(たま)ふ。御つかひかへり参(まゐ)りたれば、殿(との)おはしまいて物(もの)よかりけるまうとかな。いみじう多(おほ)く物(もの)を給(たま)はりたるとぞ笑(わら)はせ給(たま)ひける。
かうやうなる事(こと)共(ども)有(あ)りて過(す)ぎもてゆくに、月日(ひ)もはかなく暮れぬるを、殿(との)口(くち)惜(を)しう御岳(みたけ)精進(しやうじ)を今年(ことし)は始(はじ)めずなりぬる事(こと)ゝ思(おぼ)し召(め)して、されど年(とし)だにかへりなばと思(おぼ)し召(め)されける。三月ばかり花山(くわさん)の院(ゐん)には五六宮をもてはやし聞(き)こえさせ給(たま)ふとて、とりあはせせさせ給(たま)ひて見せ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。親腹(おやばら)の五の宮(みや)をばいみじうあいし思(おぼ)し。むすめばらの六(ろく)の宮(みや)をば殊(こと)の外(ほか)にぞおぼされける。斯(か)かる程(ほど)に世(よ)の中(なか)の京わらはべかたりきゝて、とり<”ののしる人(ひと)のくにまでゆきて、いさかひののしりけり。斯(か)かる今(いま)めく事(こと)共(ども)を、殿(との)聞(き)こし召(め)して、かいひそめて
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おはしますこそよけれ。いでやと思(おぼ)しきゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、院(ゐん)の内(うち)の有様(ありさま)、をきて給(たま)ふ事(こと)共(ども)、いとおどろ<しういみじ。其(そ)の日(ひ)になりぬれば、左右のがくやつくりて様々(さまざま)の楽・舞など整(ととの)へさせ給(たま)へり。殿(との)の君達(きんだち)おはすべう御消息(せうそく)あれば、皆参(まゐ)り給(たま)ふ。さるべき殿(との)ばらなども参(まゐ)り給(たま)ふて、今(いま)は事(こと)共(ども)なりぬるきはに、此(こ)のとりの左の頻(しき)りに負け、右のみ勝つにむげに、物(もの)はらだゝしう心(こころ)やましうおぼされて、たゞむつかりにむつからせ給(たま)へば、見きゝ給(たま)ふ人々(ひとびと)も心(こころ)の内(うち)おかしう思(おぼ)し見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ひけり。左万(よろづ)におぼえむつかりて、ことなる物(の)のはへなくてそれにけり。いとこそおかしかりけれ。
かくて内(うち)も焼けにしかば、御門(みかど)は一条(いちでう)の院(ゐん)におはしまし。東宮(とうぐう)は枇杷(びは)殿(どの)にぞおはしましける。かくて宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)、女(をんな)二(ふた)所(ところ)男(をとこ)宮(みや)四(よ)所(ところ)にならせ給(たま)ひぬ。此(こ)の頃(ごろ)の斎宮には式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の御むすめぞ。いと幼(をさな)くて居(ゐ)させ給(たま)ひにしまゝにおはしましける。世(よ)の中(なか)ともすればいと騒(さわ)がしう、人(ひと)死(し)になどす。さるは御門(みかど)の御心(こころ)もいとうるはしくおはしまし。殿(との)の御まつりごともあしうおはしまさねど、世(よ)のすゑになりぬればなめり。年(とし)ごとには世(よ)の中(なか)心地(ここち)おこりて人(ひと)もなくなり、あはれなる事(こと)共(ども)のみ多(おほ)かり。かくて冬(ふゆ)にもなりぬれば五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)をこそ、冬(ふゆ)の公(おほやけ)ごとにすめるも過(す)ぎもてゆきて、寛弘四年になりぬ。はかなうすぐる月日(ひ)につきても哀(あは)れになん。
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正月も朔日(ついたち)より万(よろづ)忙(いそ)がしうて過(す)ぎぬ。二月になりて殿(との)の御(お)前(まへ)御岳(みたけ)精進(しやうじ)始(はじ)めさせ給(たま)はんとするに、四五月にぞさらば参(まゐ)らせ給(たま)ふべき。猶(なほ)秋山(あきやま)なん、よく侍(はべ)るなど人々(ひとびと)申して御精進(しやうじ)延べさせ給(たま)ひて、万(よろづ)慎(つつし)ませ給(たま)ふ。あふぎの中納言(ちゆうなごん)と言(い)ふ人(ひと)の家(いへ)にぞ出(い)でさせ給(たま)ひける。殿(との)かき籠らせ給(たま)へれば、世(よ)の中(なか)いみじうのどかなり。さて籠りおはしませど、世(よ)のまつりごとは猶(なほ)知(し)らせ給(たま)ふ。八月にぞ参(まゐ)らせ給(たま)ひける。万(よろづ)したくし覚(おぼ)し志(こころざ)し参(まゐ)らせ給(たま)ふ程(ほど)も疎(おろ)かならず。推(お)し量(はか)りて知(し)りぬべし。さべき僧ども様々(さまざま)の人々(ひとびと)、多(おほ)くきをひつかうまつる。君達(きんだち)おほう、族(ぞう)広(ひろ)げおはしませば、此(こ)の程(ほど)いかにも恐(おそ)ろしう思(おぼ)しつれど、いと平(たひら)かに参(まゐ)り着かせ給(たま)ひぬ。年(とし)頃(ごろ)の御本意(ほい)はこれよりほかの事(こと)なく思(おぼ)し召(め)さる。これを又(また)世(よ)の公(おほやけ)ごとに思(おも)へり。十二月(じふにぐわつ)にもなりぬれば何事(なにごと)も心(こころ)のあはただしげなる人(ひと)の気色(けしき)を、いつしかうら<とならなんと誰(たれ)も待(ま)ち思(おも)ふ程(ほど)も、あながちに生きたらん身の程(ほど)も知らぬ様(さま)にあはれなり。
寛弘五年になりぬれば、夜の程(ほど)にみねのかすみも立(た)ちかはり、万(よろづ)行末(ゆくすゑ)はるかにのどけき空の気色(けしき)なるに、京極(きやうごく)殿(どの)には督(かん)の殿(との)と聞(き)こえさするは、中姫君(なかひめぎみ)におはします。其(そ)の御方(かた)の女房(にようばう)。小姫君(こひめぎみ)の御方(かた)など、いと様々(さまざま)にいまめげなる有様(ありさま)にて候(さぶら)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)督(かん)の殿(との)の御方(かた)におはしまして見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、十四五ばかりにおはしまして、
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いみじう美(うつく)しげにしつらひすへ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。いろ<の御衣(ぞ)共(ども)をぞ奉(たてまつ)りてゐさせ給(たま)へる。御ぐしのこうばいの織物(おりもの)の御衣(ぞ)のすそにかからせ給(たま)へる程(ほど)、ひまなうやうじかけたるやうにて、御たけには七八寸ばかりはあまらせ給(たま)へらんかしと見(み)えさせ給(たま)ふ。御かほの薫(かをり)めでたくけだかく、あいぎやうづきておはしますものから、はな<”とにほはせ給(たま)へり。うたてゆゝしきまで見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。御(お)前(まへ)には若(わか)き人々(ひとびと)七八人(にん)ばかり候(さぶら)ひて、心地(ここち)よげにほこりかなる気色(けしき)共(ども)なり。
また小姫君(こひめぎみ)は九(ここの)つ十ばかりにていみじう美(うつく)しうひいなのやうにて、こなたかなたまぎれあるかせ給(たま)ふ。美(うつく)し。御衣(ぞ)共(ども)にもへぎのこうちぎを奉(たてまつ)りて、御いろあひなどのよもの此(こ)のはだちのやうにて見(み)えさせ給(たま)ふものから、それは唯(ただ)しろくのみこそあれ。これはにほひさへそはせ給(たま)ひて、少納言(せうなごん)の乳母(めのと)いと美(うつく)しうまもり奉(たてまつ)るにも、よその人目(ひとめ)にあらうらやましと見(み)えたり。おと姫君(ひめぎみ)ふたつみつばかりにておはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)御いただきもちゐさせ給(たま)はんとするに、御さうぞくまだ奉(たてまつ)らねば、暫(しば)しと宣(のたま)はす。此(こ)の御有様(ありさま)共(ども)に御目うつりて、とみも出(い)でさせ給(たま)はず。をそく内(うち)にも参(まゐ)らせ給(たま)ふとて、御つかひ頻(しき)りなり。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)多(おほ)く参(まゐ)りて、やがて御供(とも)に内(うち)へはと覚(おぼ)したり。
出(い)でさせ給(たま)ふまゝにうるはしき御よそひにて、いと若君(わかぎみ)の御いただきもちゐせさせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)の小式部(こしきぶ)の君(きみ)いとわかやかにてかき抱(いだ)き奉(たてまつ)りて参(まゐ)りむかふ有様(ありさま)、なべてにはあら
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ぬかたちなり。殿(との)の上(うへ)はかう君(きみ)だち数多(あまた)出(い)で給(たま)へれど、只今(ただいま)の御有様(ありさま)廿ばかりに見(み)えさせ給(たま)ふ。さゞやかにおかしげにふくらかに、いみじう美(うつく)しき御様(さま)すがたにおはしまして、御ぐしの筋(すぢ)こまやかにきよらにて、御うちぎのすそばかりにてすゑぞ細(ほそ)らせ給(たま)へる。しろき御衣(ぞ)共(ども)をかずわかぬ程(ほど)に奉(たてまつ)りて、御けうそくに押しかかりておはします程(ほど)、いとめでたう見(み)えさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)の御有様(ありさま)とり<”に見(み)えさせ給(たま)ふ。御(お)前(まへ)に候ふ人々(ひとびと)もゑましう見(み)奉(たてまつ)るに、したんの御ずずのちゐさやかなるを、わざとならぬ御念誦(ねんず)に、御をびしどけなくかけて御けうそくに押しかかりておはします程(ほど)、いはんかたなく見(み)えさせ給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)若君(わかぎみ)抱(いだ)き奉(たてまつ)る。御乳母(めのと)の君(きみ)を、見よ。彼のはゝの御有様(ありさま)はいかゞ見(み)奉(たてまつ)る。なか<御むすめの君達(きんだち)の御様(さま)にはおとらぬ御有様(ありさま)にこそわかやぎ給(たま)ふべけれ。猶(なほ)御ぐしの有様(ありさま)よといと思(おも)はしげに打(う)ちゑみ、見やり聞(き)こえさせ給(たま)へるもおかしう思(おも)ふ。小姫君(こひめぎみ)のいたうまぎれさせ給(たま)ふを、あなあはただしと制し申(まう)させ給(たま)ふ。かくて殿(との)の御(お)前(まへ)出(い)でさせ給(たま)ふて、むげに日(ひ)たかふこそなりにけれとて急(いそ)がせ給(たま)ひて、やがてここらの殿(との)ばらの御車(くるま)ひきつゞけて内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。
宮(みや)は上(うへ)の御つぼねにおはします。御手習(てならひ)などせさせ給(たま)ふは、うたなどにやとぞ。只今(ただいま)の御年(とし)廿ばかりにこそおはしませど、いと若(わか)うぞおはします。もとよりいとさゞやかにおはしますめり。さらに猶(なほ)いと心(こころ)もとなき
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までさゝやがせ給(たま)へり。御ぐし同(おな)じやうなる事(こと)なれど、えもいはずこまやかにめでたくて、御たけに二尺ばかりあまらせ給(たま)へり。御いろしろくうるはしうほゝづきなどを吹きふくらめてすへたらんやうにぞ見(み)えさせ給(たま)ふ。なべてならぬくれなゐの御衣(ぞ)共(ども)の上(うへ)に、しろきうきもんの御衣(ぞ)をぞ奉(たてまつ)りたる。御手習(てならひ)にそひふさせ給(たま)へり。御ぐしのこぼれかからせ給(たま)へる程(ほど)ぞ、あさましうめでたう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)所々(ところどころ)に打(う)ち群れつゝ七八人(にん)づゝをしこりて候(さぶら)ふ。いろ許(ゆる)されたるはさる物(もの)にて、ひらからぎぬ・むもんなど様々(さまざま)おかしう見(み)えたり。いにしへの后(きさき)は、わらは遣(つか)はせ給(たま)はざりけれど今(いま)の世は御このみにて様々(さまざま)遣(つか)はせ給(たま)ふ。やどりぎ・やすらひなど言(い)ふが、ちゐたくはあらぬが、かみながうやうたいおかしげにて、かざみばかりをぞ着せさせ給(たま)へる。上(うへ)の袴(はかま)は着ず。其(そ)のすがた有様(ありさま)ゑに書きたるやうにてなまめかしうおかしげなり。さるべき御物語(ものがたり)など暫(しば)し打(う)ち申(まう)させ給(たま)ひて殿上へ参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。例(れい)の作法(さほふ)のごとくもありて、いと今(いま)めかしうおかし。上(うへ)の御つぼねの有様(ありさま)につけても、京極(きやうごく)殿(どの)の御かたがたまづ思(おも)ひ出(い)で聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
中宮(ちゆうぐう)も怪(あや)しう御(おん)心地(ここち)例(れい)にもあらずなどおはしまして、物(もの)も聞(き)こし召(め)さずなどあれど、おどろ<しうももてなし騒(さわ)がせ給(たま)はねど、思(おぼ)しつゝみて、師走(しはす)も過(す)ぎさせ給(たま)ひにけり。正月にも同(おな)じ事(こと)におぼされて、いとねぶたうなどせさせ給(たま)へば、上(うへ)おはしまして、こぞの師走(しはす)に例(れい)の
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事(こと)もなかりし。此(こ)の月も廿日ばかりにもなりぬるは、ここちも例(れい)ならずと宣(のたま)はすめりとあれば、知らず、たゞならぬ事(こと)なめり。おとどやはゝなどに聞(き)こえんと宣(のたま)はすれば、物(もの)ぐるをしとはぢさせ給(たま)ふに、殿(との)参(まゐ)らせ給(たま)へる折、いなや、物(もの)は知(し)り給(たま)はぬかと申(まう)させ給(たま)へば、宮(みや)わりなく恥(は)づかしげに思(おぼ)し召(め)したり。何事(なにごと)にか候(さぶら)ふらんと奏せさせ給(たま)へば、此(こ)の宮(みや)はここち例(れい)にもあらずとは知(し)り給(たま)はぬか。例(れい)はさらにいなども寝(ね)給(たま)はず、いみじき宿直(とのゐ)人(びと)と見(み)え給(たま)へるに、此(こ)の頃(ごろ)はおぼろげならでなんおどろき給(たま)ふめると宣(のたま)はすれば、殿(との)の怪(あや)しくおも痩せ給(たま)へりとは見(み)奉(たてまつ)り侍(はべ)れど、かくうけ給(たま)ふ事(こと)も候(さぶら)はざりつるに、さばげにたゞならぬ御(おん)心地(ここち)にやとて、大輔(たいふ)命婦(みやうぶ)に忍(しの)びて召(め)しとはせ給(たま)へば、師走(しはす)と霜月(しもつき)とのなかになん。例(れい)の事(こと)は見(み)えさせ給(たま)ひし。此(こ)の月はまだ廿日に候(さぶら)へば、今(いま)暫(しば)し試(こころ)みてこそは、御(お)前(まへ)にも聞(き)こえさせめと思(おも)ふ給(たま)へてなん。すべて物(もの)はしもつゆ聞(き)こし召(め)さず、かう悩(なや)ましげに例(れい)ならずおはします。殿(との)に聞(き)こえさせんと啓(けい)しつれば、いとおどろおどろしうこそは思(おぼ)し騒(さわ)がめ。暫(しば)しな聞(き)こえさせそ。誠(まこと)に悲(かな)しからん折こそとおほせらるればと聞(き)こえさすれば、殿(との)の御(お)前(まへ)何(なに)となく御目に涙(なみだ)のうかせ給(たま)ふにも、御心(こころ)の内(うち)には御岳(みたけ)の御験(しるし)にやと、哀(あは)れに嬉(うれ)しうおぼさるべし。司召(つかさめし)など言(い)ひて、此(こ)の月も立(た)ちぬれば、此(こ)の御事(こと)まことになりはて
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させ給(たま)ひぬ。殿(との)の上(うへ)も其(そ)の日(ひ)きかせ給(たま)ふまゝ参(まゐ)らせ給(たま)ひて、いとどしういたはしうやさしげに扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に二月になりて、花山(くわさん)の院(ゐん)いみじう煩(わづら)はせ給(たま)ふ。いみじうあはれいかにときゝ奉(たてまつ)る程(ほど)に、御瘡(かさ)の熱せさせ給(たま)ふなりけり。哀(あは)れに限(かぎ)りと見ゆる御(おん)心地(ここち)を、医師(くすし)など頼(たの)みすくなく聞(き)こえさす。此(こ)のむすめばら・親腹(おやばら)に数多(あまた)の子たちおはするに、各(おのおの)女(をんな)宮(みや)二人(ふたり)づゝぞおはしける。われ死ぬる物(もの)ならばまづ此(こ)の女(をんな)宮(みや)達(たち)をなん、忌(いみ)の内(うち)に皆とりもてゆくべきと言(い)ふ事(こと)をのみ宣(のたま)はすれば、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)もむすめも様々(さまざま)に涙(なみだ)ながし給(たま)ふ。親腹(おやばら)のおと宮(みや)をば、其(そ)のはらからのひやうぶの命婦(みやうぶ)にぞむまれ給(たま)ひけるまゝに、これは己(おのれ)が子にせよ。われは知らずと宣(のたま)はせければ、やがてしか思(おも)ひてぞやしなひける。斯(か)かる程(ほど)に院(ゐん)の御(おん)心地(ここち)ふかくになりて、二月八日に失(う)せ給(たま)ひぬ。御年(とし)四十一にぞおはしましける。年(とし)頃(ごろ)馴れつかうまつる僧俗(そうぞく)哀(あは)れに悲(かな)しう惜(を)しみ奉(たてまつ)る事(こと)限(かぎ)り無し。殿(との)などもさすがにいたうおはしましつる院(ゐん)を口(くち)惜(を)しうさうざうしきわざかなとぞ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。御さうそうの夜、恐(おそ)ろしげなる物(もの)を着るとて命婦(みやうぶ)、
@こぞの春さくらいろにと急(いそ)ぎしを今年(ことし)はふぢのころもをぞ着る W057。
とぞよみける。あはれなる事(こと)共(ども)多(おほ)かり。誠(まこと)に御忌(いみ)の程(ほど)此(こ)のひやうぶ命婦(みやうぶ)のやしなひ宮を放(はな)ち奉(たてまつ)りて、女(をんな)宮(みや)達(たち)は片端(かたはし)より皆失(う)せ給(たま)ひにければ、よき人(ひと)の御心(こころ)はいと恐(おそ)ろしき物(もの)にぞ思(おも)ひ聞(き)こえ
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させける。ひやうぶ命婦(みやうぶ)のをばわれ知らずと宣(のたま)はせければ、思(おぼ)し放(はな)ちてけるなるべしとぞ言(い)ひつゝなき嘆(なげ)きける。
斯(か)かる程(ほど)に三月にも成りぬれば、中宮(ちゆうぐう)の御気色(けしき)奏せさせ給(たま)ふべきを、朔日(ついたち)には御灯の御清(きよ)まりなべければ、それ過(す)ぐして奏せさせ給(たま)ふべきなりけり。殿(との)の御(おん)心地(ここち)世(よ)に知らずめでたう嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)さるゝ事(こと)も疎(おろ)かなり。今(いま)よき日(ひ)して山々(やまやま)寺々(てらでら)に御祈(いの)りどもいみじ。里(さと)へ出(い)でさせ給(たま)ふべきに、四月にととどめ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、其(そ)の程(ほど)など過(す)ぐせ給(たま)ふ。此(こ)の御事(こと)今(いま)は漏り聞(き)こえぬれば、帥(そち)殿(どの)の御胸つぶれておぼさるべし。世(よ)の人(ひと)ももし男(をとこ)におはしまさば、うたがひなげにこそは申し思(おも)ひためれど、其(そ)の程(ほど)は定(さだ)めなし。されど殿(との)の御さいはひの程(ほど)を見(み)奉(たてまつ)るに、まさに女(をんな)におはしまさんやとて世(よ)の人(ひと)申し騒(さわ)ぎためる。斯(か)かる程(ほど)に内(うち)の女二宮いみじう煩(わづら)はせ給(たま)へば、里(さと)に出(い)でさせ給(たま)ひて、万(よろづ)の御祈(いの)り様々(さまざま)の御修法・御読経。内(うち)にも万(よろづ)にをきてさせ給(たま)ふに、さらにいといみじうおはします由(よし)のみ聞(き)こし召(め)すに、しづごゝろなくいかに<と思(おぼ)しみだれさせ給(たま)ふ。
かくて四月朔日(ついたち)に中宮(ちゆうぐう)出(い)でさせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の御有様(ありさま)いへば疎(おろ)かなり。京極(きやうごく)殿(どの)のいとど行末(ゆくすゑ)頼(たの)もしき松(まつ)の木だちもめでたう思(おぼ)し御覧(ごらん)じ、様々(さまざま)の御祈(いの)りかずを尽くしたり。御修法今(いま)より三壇(だん)をぞ常(つね)の事(こと)にせさせ給(たま)へるに、又(また)ふだんの御読経ども言(い)ひやる方なし。殿(との)の御(お)前(まへ)しづ心(こころ)なう、
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安(やす)きいも大(おほ)殿(との)ごもらず、御岳(みたけ)にも今(いま)は平(たひら)かにとのみ御祈・御願を立(た)て給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に女二宮むげにふかくに限(かぎ)りにておはしましけるに、岩倉(いはくら)の文慶あざり参(まゐ)りて、御すほうつかまつりけるに、あさましうおはしましける御(おん)心地(ここち)、かきさましをこたらせ給(たま)ひぬ。いはん方なく嬉(うれ)しき事(こと)に内(うち)にも思(おぼ)し召(め)して、律師になさせ給(たま)へれば、ほとけの御験(しるし)はかやうにこそとうらやましう思(おも)ふたぐひども多(おほ)かるべし。
かくて四月の祭(まつり)とかりつる年(とし)なれば、廿余(よ)日(にち)の程(ほど)より例の卅講行(おこな)はせ給(たま)ふ。五月五日にぞ五巻の日(ひ)に当たりければ、ことさらめきおかしうてさゝげ物(もの)の用意(ようい)かねてより心(こころ)異(こと)なるべし。御(み)堂(だう)に宮(みや)も渡(わた)りておはしませば、つゞきたるらうまで御簾(みす)いとあをやかにかけわたしたるに、御几帳(きちやう)の裾(すそ)共(ども)かはかぜにすゞしさまさりて、なみのあやもけざやかに見(み)えたるに、五巻のその折なりぬれば、さき<”の年(とし)などこそわざとせさせ給(たま)ひしが、今(いま)は常(つね)の事(こと)になりたれば事(こと)そがせ給(たま)ひつれど、今日(けふ)の御さゝげ物(もの)はおかしうおぼえたれば、事(こと)このましき人々(ひとびと)は自(おの)づからゆへ<しうしたり。それは制あるべき事(こと)ならねばにこそあらめ。きたなげなき六位(ろくゐ)・ぶなどたきぎこり。みづなどもたるおかし。殿(との)ばら・僧俗(そうぞく)あゆみつゞきたるは、様々(さまざま)おかしうめでたう、たうとくなん見(み)えける。苦空無我のこゑにてありける讃嘆のこゑにて、やりみづのをとさへ流(なが)れあひて、万(よろづ)にみのりを説(と)くと聞(き)こえなさる。法華経(ほけきやう)の説(と)かれ
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給(たま)ふ。哀(あは)れに涙(なみだ)とどめがたし。御簾(みす)ぎはのはしらもとそば<などよりわざとならず出(い)でたる袖口(そでぐち)こぼれ出(い)でたるきぬのつまなど菖蒲(さうぶ)・楝(あふち)のか・なでしこ・ふぢなどぞみだるかみにはひまなくふかれたるあやめも事(こと)折に似ずおかしうけだかし。
かねてより聞(き)こえしえだの気色(けしき)も誠(まこと)におかしう見(み)えたるに、ごん中納言(ちゆうなごん)しろがねの菖蒲(さうぶ)にくすだま付け給(たま)へり。若(わか)き人々(ひとびと)は目とどめたり。大方(おほかた)世(よ)の常(つね)のわけさらなど言(い)ふ物(もの)、由(よし)あるえだどもにつけたるもおかし。殿(との)のう〔ち〕有様(ありさま)常(つね)のおかしさにもさるべうとりせさせ給(たま)ふ事(こと)、猶(なほ)ほかには似ずめでたし。かくて宮(みや)の御さゝげ物(もの)は、殿上人(てんじやうびと)共(ども)ぞとりたる。皆わけさらなるべし。諸大夫(しよだいぶ)、たちくだれるきはの上官どもなどまで、なほ<しき人(ひと)のたとひに言(い)ふときのはなをかざす心(こころ)ばへにや。いろ<のうすやうに押しつゝみたる心(こころ)ばへの物(もの)をも持(も)て消(け)たす。さゝげつゝかしづく。御簾(みす)の内(うち)を用意(ようい)したるこそおかしけれ。それまで目とまる人(ひと)もなしかし。内(うち)の御つかひには、式部(しきぶ)の蔵人(くらんど)さだすけ参(まゐ)りて、事(こと)果てゝ御返給(たま)はる。禄は菖蒲襲(さうぶがさね)の織物(おりもの)に濃き袴(はかま)なるべし。よるになりて宮(みや)また御(み)堂(だう)におはします。内侍(ないし)の督(かん)の殿(との)など御物語(ものがたり)なるべし。池のかがりびにみあかしのひかりどもゆきかひ照りまさり、御覧(ごらん)ぜらるゝに、菖蒲(さうぶ)の香も今(いま)めかしうおかしう薫(かを)りたり。暁(あかつき)に御(み)堂(だう)よりつぼね<にまかづる女房(にようばう)達(たち)。廊(らう)・渡(わた)殿(どの)・西(にし)の対(たい)のすのこ・寝殿(しんでん)など渡(わた)りて、上(うへ)の御方(かた)の御読経、宮(みや)の御方(かた)のふだん
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の御読経などのまへ渡(わた)りする程(ほど)も、わたくしにものべまうでゝ。若(わか)き人々(ひとびと)数多(あまた)して人(ひと)はをぢねど我が心(こころ)の限(かぎ)りは人(ひと)めかしうもてなして、みちはらはせなどしてしたりがほにくつすりありくも猶(なほ)物(もの)恥(は)づかしうて、はる<と渡(わた)りあるく程(ほど)こそ、あはれなるわざなめれと思(おも)ひ知(し)るたぐひどもあめるかし。
かくて過(す)ぎもていきて、かうも果てぬれば、心こころ)のどかに思(おぼ)し召(め)され、人々(ひとびと)も思(おも)ふにかくて彼の女二宮はいとあやうくおはしまして、岩倉(いはくら)のりしかうしてやめ奉(たてまつ)りてほとけの御験(しるし)嬉(うれ)しうなりしに、此(こ)の頃(ごろ)にはかに御(おん)心地(ここち)おこらせ給(たま)ひて、此(こ)の度(たび)は程(ほど)もなく重(おも)らせ給(たま)ひて、失(う)せさせ給(たま)ひにけり。今年(ことし)はここのつにぞおはしましける。哀(あは)れに悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)す。大方(おほかた)の惜(を)しさよりも、故女院(にようゐん)のいみじう悲(かな)しき物(もの)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりし程(ほど)思(おぼ)しつづけさせ給(たま)ふにぞ、いみじう思(おぼ)し召(め)されける帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)などあさましう泪おほうおはしける身どもがなと見(み)え給(たま)ふ。一品宮今(いま)は少(すこ)し物(もの)思(おぼ)し知(し)らせ給(たま)ふ程(ほど)なれば、哀(あは)れにこひしき事(こと)を思(おぼ)し知(し)りたり。猶(なほ)<此(こ)の御(お)前(まへ)達(たち)の御ゆかり残(のこ)りなうならせ給(たま)ふにつけても、いかなりける御事(こと)にかと、返々かたぶき思(おも)ふ人(ひと)のみ多(おほ)かるべし。あさましと言(い)ひての宮(みや)はとて、さべき様(さま)におさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにつけても哀(あは)れに悲(かな)し。中将(ちゆうじやう)命婦(みやうぶ)故院(ゐん)のえり参(まゐ)らせさせ給(たま)ひし程(ほど)など思(おも)ひつゝげ泣く程(ほど)、物(もの)ふるからぬ人(ひと)も涙(なみだ)とどめがたし。
かく
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言(い)ふ程(ほど)にはかなう七月にもなりぬ。中宮(ちゆうぐう)の御気色(けしき)も今(いま)はわざと御腹のけはひなども苦(くる)しげにおはしまし、たは安(やす)からぬ様(さま)におぼされたるも、見(み)奉(たてまつ)る人(ひと)心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ聞(き)こえさす。内(うち)よりは御つかひのみぞ頻(しき)りに参(まゐ)る。猶(なほ)ほかよりは承香殿に御志(こころざし)あるとぞ、自(おの)づから聞(き)こゆれど、すべていづれの御方(かた)も参(まゐ)らせ給(たま)ふ事(こと)いとかたし。一品宮内(うち)におはしませば、たゞ其(そ)の御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)ひてぞ、御心(こころ)も慰(なぐさ)めさせ給(たま)ふ。此(こ)の二宮の御事(こと)をぞかへすがへす思(おぼ)し召(め)しける。秋(あき)の気色(けしき)に入り立(た)つまゝに、土御門(つちみかど)殿(どの)の有様(ありさま)いはん方なくいとおかし。いけの辺(わた)りのこずゑ・やり水のほとりのくさむら各(おのおの)いろづき渡(わた)り、大方(おほかた)のそらの気色(けしき)のおかしきに、ふだんの御読経のこゑ<”あはれまさり、やう<すゞしきかぜのけはひに、例のたえせぬみづのをとなる夜もすがらきゝ通(かよ)はさる。一日まではほこ院(ゐん)の御八講とののしりし程(ほど)に、たなばたの日(ひ)にもあひわかれにけりとぞ。いく其(そ)のひつじのあゆみを過(す)ぐし来ぬらんとのみこそおぼえけれ。
かくて宮(みや)の御事(こと)は九月にこそあたらせ給(たま)へるを、八月にとある御祈(いの)りどもあれど、又(また)それさべきにもあらず。斯(か)かる御事(こと)は月日(ひ)限(かぎ)りあるわざなりと聞(き)こえ給(たま)ふ人々(ひとびと)もあれば、げにも思(おぼ)し召(め)さる。程(ほど)近(ちか)うならせ給(たま)ふまゝに、御祈(いの)りどもかずをつくしたり。五大尊の御すほうを行(おこな)はせ給(たま)ふ。様々(さまざま)其(そ)の法にしたがひてのなり有様(ありさま)共(ども)、さばかうこそはと見(み)えたり。くはんをん院(ゐん)そうじやう、廿人(にん)の伴僧、とり<”
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にて御加持参(まゐ)り給(たま)ふ。むまばのおとど・文殿などまで皆様々(さまざま)にしゐつゝ、それより参(まゐ)りちがひあつまる程(ほど)、御(お)前(まへ)のからはしなどを老いたる僧のかほみにくきが渡(わた)る程(ほど)も、さすがに目たてらるゝものから、猶(なほ)たうとし。ゆへ<しきからはしどもを渡(わた)り、此(こ)の間を分けつゝかへり入る程(ほど)もはるかに見やらるゝ心地(ここち)してあはれなり。心誉阿闍梨は、軍陀利の法なるべし。あかぎぬ着たり。清禅阿闍梨は大威徳をゐやまひてこしをかゞめたり。仁和寺(にわじ)のそうじやうは孔雀経の御ずほうを行(おこな)ひ給(たま)ひ、とく<と参(まゐ)りかはれば、夜も明けはてぬ。様々(さまざま)みゝかしがましうけ恐(おそ)ろしき事(こと)ぞ物(もの)にも似ざりける。心(こころ)よはからん人(ひと)はあやまりぬべき心地(ここち)し胸はしる。
かく言(い)ふ程(ほど)に八月廿余(よ)日(にち)の程(ほど)よりは、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、さるべきは皆宿直(とのゐ)がちにて、はしの上(うへ)・対のすのこ・わだ殿(どの)などにうたゝねをしつゝ明(あ)かす。そこはかとなきわか君達(きんだち)などは読経あらそひ、いまやううたどもこゑをあはせなどしつゝ、ろんじ給(たま)ふもおかしう聞(き)こゆ。ある折は宮(みや)の大夫・左の宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)・左兵衛督(さひやうゑ)の督・美濃の少将(せうしやう)などしてあそび給(たま)ふ。それは誠(まこと)におかしうて、そらざれの何(なに)となきは、まめだちたるもさすがに心(こころ)苦(ぐる)し。此(こ)の頃(ごろ)薫物(たきもの)あはせさせ給(たま)ひつる人々(ひとびと)にくばらせ給(たま)ふ。御(お)前(まへ)にて御火とりども取(と)り出(い)でて、様々(さまざま)のを試(こころ)みさせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に、九月にもなりぬ。なが月の九日もきのふ暮れてちよをこめたるまがきのきくも、行末(ゆくすゑ)はるかに頼(たの)もしき気色(けしき)なるに、よべより御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましげに
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おはしまししかば、よなかばかりよりかしがましきまでののしる。十日ほの<”とするに白御帳にうつらせ給(たま)ひ、其(そ)の御しつらひかはる。殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)り、君達(んだち)四位(しゐ)・五位(ごゐ)たち騒(さわ)ぎて、御几帳(きちやう)のかたびらかけかへ御たゝみなどもて騒(さわ)ぎ参(まゐ)る程(ほど)、いと騒(さわ)がし。日(ひ)ひとひ苦(くる)しげにてくらさせ給(たま)ふ。御物(もの)のけども様々(さまざま)駆(か)り移(うつ)し、あづかり<に加持しののしる。月頃(ごろ)殿(との)の内(うち)にそこら候(さぶら)ひつる僧はさらなり。いはず。山々(やまやま)寺々(てらでら)の僧の少(すこ)しも験(しるし)あり行(おこな)ひすると聞(き)こし召(め)すをば、残(のこ)らずたづね召(め)しあつめたり。内(うち)にはいと<おぼつかなくいかなればかと思(おぼ)し召(め)して、年(とし)頃(ごろ)かやうの事(こと)もなれしりたる女房(にようばう)共(ども)、一車(くるま)にて参(まゐ)れり。御物(もの)のけ各(おのおの)屏風(びやうぶ)をつぼねつゞけんざどもあづかり<にかぢしののしりさけびあひたり。其(そ)の程(ほど)のかしがましさ物(もの)騒(さわ)がしさ、推(お)し量(はか)るべし。こよひもかくて過(す)ぎぬ。
いと怪(あや)しき事(こと)に恐(おそ)ろしう思(おぼ)し召(め)して、いとゆゝしきまで殿(との)の御(お)前(まへ)物(もの)思(おぼ)しつゞけさせたまて、物(もの)のまぎれに涙(なみだ)を打(う)ちのごひ<、つれなくもてなさせ給(たま)ふ。少(すこ)し物(もの)の心(こころ)知(し)りたる大人(おとな)達(たち)は皆泣きあへり。同(おな)じ屋なひとところかへさせ給(たま)ふやうありなど申し出(い)でて、きたのひさしにうつらせ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)の大人(おとな)達(たち)皆御(お)前(まへ)近(ちか)く候(さぶら)ふ。今(いま)はいかに<とある限(かぎ)りの人(ひと)心(こころ)を惑(まど)はして、え忍(しの)びあえぬたぐひ多(おほ)かり。ほうしやうじの院源(ゐんげん)僧都(そうづ)御願書よみ。此(こ)の世(よ)にひろまり給(たま)ひし事(こと)などなく<申しつゞけ
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たり。哀(あは)れに悲(かな)しきものから、いみじうたうとくて頼(たの)もし。おんやうじとて世(よ)にある限(かぎ)り召(め)しあつめつゝやを万(よろづ)のかみもみゝ振り立(た)てぬはあらじと見(み)え聞(き)こゆ。御誦経(じゆぎやう)のつかひども立(た)ち騒(さわ)ぎ暮(くら)し、其(そ)の夜も明けぬ。
さて御戒(かい)受(う)けさせ給(たま)ふ程(ほど)などぞいとゆゝしく思(おぼ)し惑(まど)はるゝ。殿(との)の打(う)ちそへて法華経(ほけきやう)念じ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。何事(なにごと)よりも頼(たの)もしくめでたし。いたく騒(さわ)ぎて平(たひら)かにせさせ給(たま)ふ。上下今(いま)一(ひと)つの御事(こと)のまだしきに額(ぬか)づきたる程(ほど)、はた思(おも)ひ遣(や)るべし。平(たひら)かにせさせ給(たま)ひてかきふせ奉(たてまつ)りて後(のち)、殿(との)始(はじ)め奉(たてまつ)りて、そこらの僧俗(そうぞく)哀(あは)れに嬉(うれ)しくめでたき内(うち)に、男(をとこ)にしさへおはしませば、そのよろこびなのめなるべきにあず、めでたしとも疎(おろ)かなり。今(いま)は心(こころ)安(やす)く殿(との)も上(うへ)も御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、祈(いの)りの人々(ひとびと)おんやうじ・僧などに皆禄給(たま)はせ、其(そ)の程(ほど)は御(お)前(まへ)に年(とし)ふり、斯(か)かる筋(すぢ)の人々(ひとびと)皆候(さぶら)ひて、物(もの)若(わか)き人々(ひとびと)は、け遠(どほ)くて所々(ところどころ)に休(やす)み臥(ふ)したり。
御湯(ゆ)殿(どの)の事(こと)など儀式(ぎしき)いみじう事(こと)整(ととの)へさせ給(たま)ふ。かくて御臍(ほぞ)の緒(を)は、殿(との)の上(うへ)これは罪(つみ)得(う)る事(こと)ゝかねては思(おぼ)し召(め)ししかど、只今(ただいま)の嬉(うれ)しさに何事(なにごと)も皆思(おぼ)し召(め)し忘(わす)れさせ給(たま)へり。御乳つけには有国の宰相(さいしやう)のつま、御門(みかど)の御乳母(めのと)の橘三位参(まゐ)り給(たま)へり。御湯(ゆ)殿(どの)などにも年(とし)頃(ごろ)睦(むつ)まじうつかうまつりなれたる人(ひと)をせさせ給(たま)へり。御湯(ゆ)殿(どの)の儀式(ぎしき)いへば疎(おろ)かにめでたし。誠(まこと)に内(うち)より御剣(はかし)即(すなは)ち
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持(も)て参(まゐ)りたり。御つかひにはよりさだの中将(ちゆうじやう)なり。禄など心(こころ)異(こと)なりつらんを、さるは伊勢のみてぐらづかひもまだかへらざりつれば、内(うち)の御つかひえひたゝけて参(まゐ)らず。女房(にようばう)のしらさうぞくどもと見(み)えたり。つゝみぶくろ・からうづなど持(も)て来(き)騒(さわ)ぐ。
御湯(ゆ)殿(どの)とりのときとぞある。其の儀式(ぎしき)有様(ありさま)。え言(い)ひつゞけず。火ともして、宮(みや)のしもべども、みどりのきぬの上(うへ)にしろきたうじきどもにてみゆ参(まゐ)る。万(よろづ)の物(もの)にしろきおほひどもしたり。宮(みや)の侍(さぶらひ)のおさなかのぶ舁きて、御簾のもとに参(まゐ)る。御(み)厨子(づし)二人(ふたり)うるはしくさうぞきて、とりいれつゝむめて御ほどきにいる。十六(ろく)の御ほとぎなり。女房(にようばう)皆しろきしやうぞくどもなり。御湯(ゆ)殿(どの)のいまきなど皆同(おな)じ事(こと)なり。御湯(ゆ)殿(どの)はさぬきの宰相(さいしやう)の君(きみ)、御むかへ湯は大納言(だいなごん)の君(きみ)なり。宮(みや)は殿(との)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御はかしこざいしやうの君(きみ)、とらのかしらは、宮(みや)の内侍(ないし)とりて御さきに参(まゐ)る。御弦打(つるうち)五位(ごゐ)十人(にん)。六位(ろくゐ)十人(にん)。御文のはかしには、蔵人(くらんど)弁広業かうらんのもとに立(た)ちて史記のだいのまきをぞ読む。護身にはじやうどでら僧都(そうづ)候(さぶら)ひ給(たま)ふ。雅通の少将(せうしやう)うちまきをしののしりて、僧都(そうづ)に打(う)ちかけてをほゝれ給(たま)ふおかしき。
しらさうぞくどもの様々(さまざま)なるは、たゞすみゑの心地(ここち)していとなまめかし。日頃(ひごろ)われも<とののしりつるしらさうぞくどもを見れば、いろ許(ゆる)されたるも織物(おりもの)のも・からぎぬ同(おな)じうしろきなれば何(なに)とも見(み)えず。許(ゆる)されぬ人(ひと)も少(すこ)し大人(おとな)びたるはいつへのうちぎに織物(おりもの)のむもんなどしろう着たるも、さる方に見(み)えたり。あふぎなどもわざとめきて耀(かかや)かさねど、よしばみかくし
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て心(こころ)ばへある本文など書きたる。なか<いとめ安(やす)し。若(わか)き人々(ひとびと)は縫物(ぬひもの)・螺鈿など袖口(そでぐち)に置口(をきくち)を、銀(しろがね)の左右の糸(いと)して伏組(ふせぐみ)し、万(よろづ)にし騒(さわ)ぎあへり。雪(ゆき)深(ふか)き山を月の明(あか)きに見渡(わた)したるやうなり。まねびやるべき方なし。
三日にならせ給(たま)ふ夜は宮司(みやづかさ)大夫(だいぶ)より始(はじ)めて御産養(うぶやしなひ)つかうまつる。左衛門(さゑもん)のかうは御(お)前(まへ)の物沈のかけばん・しろがねの御さらどもなどくはしくは見ず。源中納言(ちゆうなごん)、藤宰相(さいしやう)・御衣(ぞ)御襁褓(むつき)・ころもばこの折り立(た)て・いれかたびら・つゝみ・おほひしたるつくゑなど同(おな)じしろさなれど、しざま人(ひと)の心(こころ)<”見(み)えてしつくしたり。
五夜は殿(との)の御産養(うぶやしなひ)せさせ給(たま)ふ。十五夜の月くもりなく、秋(あき)深き露のひかりにめでたき折なり。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りたり。ひんがしのたいに、にし向きにとをかみにて着き給(たま)へり。みなみのひさしにきた向きに殿上人(てんじやうびと)の座はにしをかみなり。しろきあやの御屏風(びやうぶ)をもやの御簾にそへて立(た)てわたしたる。月のさやけきに、池のみぎはも近(ちか)うかゞりびどもともされたるに、くはんがく院(ゐん)の衆ども、あゆみて参(まゐ)れり。見参(けざん)の文ども啓(けい)す。禄ども給(たま)はす。こよひの有様(ありさま)、殊(こと)におどろ<しう見ゆ。物(もの)のかずにもあらぬ上達部(かんだちめ)の御供(とも)のをのごども、随身・宮(みや)のしもべなどここかしこにむれみつゝ打(う)ちゑみあへり。あるはそゝかしげに急(いそ)ぎ渡(わた)るもかれが身には何(なに)ばかりのよろこびかあらん。されどあたらしく出(い)で給(たま)へる。ひかりもさやけくて御かげにかくれ奉(たてまつ)るべきなめりと思(おも)ふが、嬉(うれ)しうめでたきなるべし。所々(ところどころ)
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のかかりび・たち明(あ)かし・月の光(ひかり)もいと明(あか)きに殿(との)の内(うち)の人々(ひとびと)は何(なに)ばかりのかずにもあらぬ五位(ごゐ)なども、こし打(う)ちかゞめ世(よ)にあひ顔(がほ)にそこはかとなくゆきちがふも哀(あは)れに見ゆ。若(わか)うさべきひ安(やす)き程(ほど)の女房(にようばう)八人(にん)物(もの)参(まゐ)る。同(おな)じ心(こころ)に髪(かみ)上(あ)げて、皆(みな)白(しろ)き元結(もとゆひ)したり。白(しろ)き御盤(ばん)共(ども)取(と)り続(つゞ)きすまはる。こよひの御まかなひ宮(みや)の内侍(ないし)物(もの)<しうやむごとなきけはひしたり。髪(かみ)上(あ)げたる女房(にようばう)若(わか)き人々(ひとびと)のきたなげなきどもなれば見るかひありておかしうなん。
上達部(かんだちめ)共(ども)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)りてだ打(う)ち給(たま)ふにかみの程(ほど)の論(ろん)きゝにくゝらうがはし。うたなどあり。されど物(もの)騒(さわ)がしさに紛(まぎ)れたる、尋(たづ)ぬれど、しどけなう事(こと)繁(しげ)ければ、え書きつゞけ侍(はべ)らぬ。女房(にようばう)さかづきなどある程(ほど)にいかゞはと思(おも)ひやすらはる。
@珍(めづら)しきひかりさしそふさかづきはもちながらこそちよをめぐらめ W058。
とぞむらさきさゝめき思(おも)ふに、四条(しでう)大納言(だいなごん)簾(す)のもとに居(ゐ)給(たま)へれば、うたよりも言(い)ひ出(い)でん程(ほど)のこはづかひ恥(は)づかしさをぞ思(おも)ふべかめる。かくて事(こと)共(ども)はてゝ。上達部(かんだちめ)には女(をんな)のさうぞくにおほうちきなどそへたり。てん上の四位(しゐ)には、袷(あはせ)の一襲(ひとかさね)・袴(はかま)五位(ごゐ)にはうちぎ一重(かさ)ね六位(ろくゐ)に袴(はかま)・ひとへなり。例(れい)の有様(ありさま)共(ども)なるべし。夜ふくるまで内(うち)にも外(と)にも様々(さまざま)めでたうてあけぬ。十六日には又(また)明日(あす)はいかにとよべのなりどもしかうべき用意(ようい)共(ども)ありけり。其(そ)の夜(よ)は物(もの)のどやかにて、女房(にようばう)達(たち)船(ふね)に乗(の)りて遊(あそ)び、左宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)殿(どの)
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の少将(せうしやう)ぎみなど、乗りまじりてありき給(たま)ふ。様々(さまざま)おかしう心(こころ)ゆく様(さま)の事(こと)共(ども)多(おほ)かり。
又(また)七日の夜は公(おほやけ)の御産養(うぶやしなひ)なり。蔵人(くらんど)少将(せうしやう)道雅を御つかひにて参(まゐ)り給(たま)へり。松(まつ)ぎみなりけり。物(もの)の数(かず)書(か)きたる文(ふみ)、柳筥(やないばこ)に入(い)れて参(まゐ)れり。やがて啓(けい)し給ふ。具し給(たま)ひつる。出納小(こ)舎人(どねり)にいたるまで、ろくども給(たま)はせてぞかへり給(たま)ひける。くはんがく院(ゐん)の衆どもあゆみて参(まゐ)れる。見参(けざん)の文又(また)啓(けい)し、禄ども給(たま)ふべし。こよひの有様(ありさま)一夜(ひとよ)の事(こと)にまさりて、おどろ<しう気色(けしき)ことなり。内(うち)の女房(にようばう)達(たち)皆参(まゐ)る。藤三位を始(はじ)めさべき命婦(みやうぶ)・蔵人(くらんど)、二車(ふたくるま)にてぞ参(まゐ)りたる。ふねの人々(ひとびと)も皆をびえて入りぬ。内(うち)の女房(にようばう)達(たち)に殿(との)あはせ給(たま)ひて、万(よろづ)思(おも)ふ事(こと)なげなる御気色(けしき)のゑみのまゆをひらけさせ給(たま)へれば、見(み)奉(たてまつ)る人々(とびと)げに<と哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)る。贈(おく)り物(もの)どもしな<”に給(たま)ふ。
又(また)日(ひ)の有様(ありさま)今日(けふ)はいと心(こころ)殊(こと)に見(み)えさせ給(たま)ふ。御帳の内(うち)にいとさゞやかに打(う)ちおも痩せて臥させ給(たま)へる。いとど常(つね)よりもあへかに見(み)えさせ給(たま)ふ。大方(おほかた)の事(こと)共(ども)は一夜(ひとよ)の同(おな)じ事(こと)なり。上達部(かんだちめ)の録は御簾のうちより出ださせ給(たま)へば、左右の頭(とう)二人(ふたり)取(と)り次(つ)ぎて、奉(たてまつ)れる。例の女のしやうぞくに、宮(みや)の御衣(ぞ)をぞ添(そ)へたべき。殿上人(てんじやうびと)は常(つね)のごとく公(おほやけ)方のはおほうちきふすまこしさしなど例の公(おほやけ)ざまなるべし。御乳つけの三位には、女のさうぞくに織物(おりもの)のほそなか添(そ)へて、しろがねの衣ばこにてつゝみなども、やがてしろきに又(また)つゝませ給(たま)へる物(もの)など添(そ)へさせ給(たま)ふ。
八日人々(ひとびと)いろ<にさうぞきかへたり。九日の夜は東宮(とうぐう)こん大夫(だいぶ)つかうまつり給(たま)ふ。様(さま)殊(こと)に又(また)し給(たま)へり。こよひ
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は上達部(かんだちめ)御簾の際(きは)に居(ゐ)給(たま)へり。白き御つしひとよろひ参(まゐ)りすへたり。儀式(ぎしき)いと様(さま)殊(こと)に今(いま)めかしう。しろがねの御衣箱、海賦を打(う)ちて、ほうらいなども例の事(こと)なれど、こまやかにおかしきを取(と)り放(はな)ちにはまねび尽くすべき方もおぼえぬこそ悪(わろ)けれ。こよひは御几帳(きちやう)みな例の様(さま)にて人々(ひとびと)濃きうちぎをぞ着たる。珍(めづら)しくなまめきて透きたるからぎぬどもつや<と押しわたして見(み)えたり。
かくて日頃(ひごろ)ふれど猶(なほ)いと慎(つつ)ましげに思(おぼ)し召(め)されて、神無月の十日あまりまでは御丁より出(い)でさせ給(たま)はず。殿(との)、よるひるわかずこなたに渡(わた)らせ給(たま)ひつゝ、宮(みや)を御乳母(めのと)二(ふた)所(ところ)よりかき抱(いだ)き給(たま)ひて、えもいはず思(おぼ)したるもげに<と見(み)え給(たま)ふ。御しとなどにぬれても嬉(うれ)しげにぞおぼされたる。かく言(い)ふ程(ほど)に行幸(ぎやうがう)も近(ちか)うなりぬれば、殿(との)の内(うち)を万(よろづ)につくろひみがゝせ給(たま)ふ。見どころあり見るに、怪(あや)しう法華経(ほけきやう)のおはすらんやうに、おいさかり命(いのち)延(の)ぶらんとおぼゆる殿(との)の有様(ありさま)になん。かくて若宮(わかみや)をおぼつかなうゆかしう内(うち)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふによりての行幸(ぎやうがう)なれば、さき<”のよりも、殿(との)の御(お)前(まへ)いみじう急(いそ)ぎたち、いつしかとのみ思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふに、安(やす)きいも御殿(との)ごもらず、此(こ)の事(こと)のみ。御心(こころ)にしみおぼさるゝぞ、げにさもありぬべ御事(こと)の有様(ありさま)なるや。かみな月の晦日(つごもり)の事(こと)ゝなん。かくてこたみの料(れう)とて造らせ給(たま)へる船ども寄せて御覧(ごらん)ず。りやうどうげきしゆの生けるかたち、思(おも)ひ遣(や)られてあざやかに
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うるはし。
行幸(ぎやうがう)はとらの時とあれば、夜(よる)より安(やす)くもあらずけさうじ騒(さわ)ぐ。上達部(かんだちめ)の御座は西(にし)の対(たい)なれば、此(こ)の度(たび)はひんがしのたい人々(ひとびと)少(すこ)し心(こころ)のどかに思(おも)ふべし。督(かん)の殿(との)御方(かた)の女房(にようばう)は、此(こ)の女房(にようばう)は此(こ)の御方(かた)よりもまさざまに急(いそ)ぐと聞(き)こゆ。寝殿(しんでん)の御しつらひなど様(さま)かへしつらひなさせ給(たま)ひて、御丁のにしのかたに御椅子立(た)てさせ給(たま)へり。それよりひんがしの方に当たれるきはに、きたみなみのつまに御簾かけわたして、女房(にようばう)ゐたるみなみのはしのもとに、すだれあり。少(すこ)し引きあげて内侍(ないし)二人(ふたり)いづ。かみあげ、うるはしきすがたども、たゞからゑがごとしは、天人(てんにん)のあまくだりたるかと見(み)えたり。弁内侍(ないし)・左衛門(さゑもん)の内侍(ないし)などぞ参(まゐ)れる。とりどり様々(さまざま)なるかたちなり。きぬのにほひいづれもすべてありがたう美(うつく)しう見(み)えたり。近衛(このゑ)の官(つかさ)いと次(つぎ)<しきすがたして、事(こと)共(ども)行(おこな)ふ。とうの中将(ちゆうじやう)よりさだの君(きみ)、御はかしとりて内侍(ないし)に伝(つた)へなどす。
御簾の内(うち)を見わたせば、例の色許(ゆる)されたるは、あをいろあかいろのからぎぬに、ぢずりの裳、表着(うはぎ)は押しわたしてすわうの織物(おりもの)なり。打(う)ち物(もの)共(ども)濃きうすき紅葉(もみぢ)こきまぜたるやうなり。又(また)例の青う黄なるなどまじりたり。色許(ゆる)されぬは、むもん、ひらぎぬなど様々(さまざま)なり。したぎ皆同(おな)じ様(さま)なり。大海(おほうみ)の摺裳(すりも)、みづの色あざやかになどして、これもいとおかしう見ゆ。内(うち)の女房(にようばう)も宮にかけたるは、四五人(にん)参(まゐ)りつどひたり。内侍(ないし)二人(ふたり)、命婦(みやうぶ)二人(ふたり)。御まかなひの人(ひと)一人(ひとり)。おもの参(まゐ)るとて、皆髪あげて、内侍(ないし)の出(い)でつる御簾ぎはより出(い)で入り
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参(まゐ)り。御まかなひ藤三位、あかいろのからぎぬに黄なるからのあやのきぬ、きくのうちぎ表着(うはぎ)なり。ちくぜん・左京なども様々(さまざま)みなしたり。はしらがくれにてまほにも見(み)えず。
殿(との)若宮(わかみや)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御(お)前(まへ)にゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御こゑいと若(わか)し。弁の宰相(さいしやう)の君(きみ)御はかしとりて参(まゐ)り給(たま)ふ。母屋のなかの戸のにしに、殿(との)の上(うへ)のおはします方にぞ、若宮(わかみや)はおしまさせ給(たま)ふ。上(うへ)の見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ御(おん)心地(ここち)、思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえさすべし。これにつけても一の御(み)子(こ)のむまれ給(たま)へりし折、とみにも見ず聞(き)かざりしはや。猶(なほ)筋(すぢ)なし。斯(か)かる筋(すぢ)には、たゞ頼(たの)もしう思(おも)ふ人(ひと)のあらむこそかひ<”しうあるべかめれ。いみじき国王の御位(くらゐ)なりとも、後見(うしろみ)もてはやす人(ひと)なからんは、わりなかるべきわざかなとおぼさるゝよりも、行末(ゆくすゑ)までの御有様(ありさま)共(ども)の思(おぼ)しつゞけられて、まづ人(ひと)知れず哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されけり。
宮(みや)と御物語(ものがたり)など万(よろづ)心(こころ)のとがに聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、むげに夜に入りぬれば、まんざいらく・たいへいらく・賀殿などまひ、様々(さまざま)に楽のこゑおかしきに、ふえのねもつゞみのをともおもしろきに、まつかぜ吹きすまして、いけのなみもこゑをとなへたり。百歳楽のこゑにあひて若宮(わかみや)の御こゑをきゝて、右大臣(うだいじん)もてはやし聞(き)こえ給(たま)ふ。左衛門(さゑもん)のかう、
右衛門(うゑもん)の督、万歳千秋などそのこゑにてずむじ給(たま)ふ。あるじの大(おほ)殿(との)、さき<”の行幸(ぎやうがう)をなどてめでたしと思(おも)ひ侍(はべ)りけん。斯(か)かる事(こと)もありける物(もの)をと、打(う)ちひそみ給(たま)ふをさしなる事(こと)なりと、
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殿(との)ばら同(おな)じ心(こころ)に御目(め)拭(のご)ひ給(たま)ふ。
かくて殿(との)は入らせ給(たま)ひ、上(うへ)は出(い)でさせ給(たま)ひて、右大臣(うだいじん)を御(お)前(まへ)に召(め)して、ふでとりて書き給(たま)ふ。宮司(みやづかさ)・殿(との)のけいし、さるべき限(かぎ)り加階す。頭弁して案内(あんない)啓せさせ給(たま)ふめり。あたらしき御(み)子(こ)の御よろこびに、氏の上達部(かんだちめ)引き連れて拝し奉(たてまつ)り給(たま)ふ。ふぢうぢなりし。門わかれたるは例にも立(た)ち給(たま)はず。次(つぎ)に別当になり給(たま)へる宮大夫右衛門(うゑもん)の督(かみ)。権大夫中納言(ちゆうなごん)、権亮(すけ)侍従宰相(さいしやう)など加階し給(たま)ひて、みな舞踏す。宮(みや)の御方(かた)に入らせ給(たま)ひて、程(ほど)なきに夜いたう更けぬ。御こし寄すとののしれば、殿(との)も出(い)でさせ給(たま)ひぬ。
又(また)のあしたに内(うち)の御つかひ、朝霧(あさぎり)も晴れぬに参(まゐ)れり。若宮(わかみや)の御こひしさにこそはあらめと推(お)し量(はか)らる。其(そ)の日(ひ)ぞ若宮(わかみや)の御ぐし始(はじ)めて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。ことさらに行幸(ぎやうがう)の後(のち)とてあるなりけり。やがて其の日(ひ)若宮(わかみや)の家司・御許人(おもとびと)・別当・職事など定(さだ)めさせ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)の御しつらひのらうがはしく様(さま)殊(こと)なりつるを、押しかへしうるはしう耀(かかや)かし給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)年(とし)頃(ごろ)心(こころ)もとなうおぼされける御事(こと)の成り給(たま)へるを、思(おぼ)す様(さま)に嬉(うれ)しうて、明(あ)け暮(く)れ参(まゐ)り見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふも、あらまほしき御気色(けしき)なり。
かく言(い)ふ程(ほど)に、御五十日霜月(しもつき)の朔日(ついたち)の日(ひ)になりにければ、例の女房(にようばう)様々(さまざま)心(こころ)<”にしたて参(まゐ)りつどひたる様(さま)。さべき物(もの)あはせのかたわきにこそ似ためれ。御帳のひんがしの方の御座(おまし)の際(きは)に、北(きた)より南(みなみ)の柱(はしら)まで暇(ひま)もなう御几帳(きちやう)を立(た)てわたして、みなみ面(おもて)には御(お)前(まへ)の物(もの)参(まゐ)りすへたり。
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西によりては大宮(おほみや)のをもの、例のぢんのおしきに何(なに)くれどもならんかし。若宮(わかみや)の御(お)前(まへ)の小(ちひ)さき御台六、御さらより始(はじ)め、万(よろづ)美(うつく)しき御はしのたいのすはまなどいとおかし。おほ宮(みや)の御まかなひ、弁宰相(さいしやう)君、女房(にようばう)、皆かみ上げて参(まゐ)りさしたり。若宮(わかみや)の御まかなひ、大納言(だいなごん)の君(きみ)なり。ひんがしの御簾少(すこ)し上げて、弁内侍(ないし)・中務(なかつかさ)命婦(みやうぶ)・大輔(たいふ)命婦(みやうぶ)・中将(ちゆうじやう)君など、さるべき限(かぎ)り取(と)りつゞき参(まゐ)らせ給(たま)ふ。さぬきのかみ大江きよみちがむすめ、左衛門(さゑもん)の佐源為善が女、日頃(ひごろ)参(まゐ)りたりつる、こよひぞ色許(ゆる)されける。
殿(との)の上(うへ)御丁の内(うち)より御(み)子(こ)抱(いだ)き奉(たてまつ)りてゐざり出(い)でさせ給(たま)へり。あかいろのかしの御衣(ぞ)に、ぢずりの御裳うるはしくさうぞきておはしますも、哀(あは)れに忝(かたじけな)し。おほ宮(みや)はえびぞめのいつへの御衣(ぞ)、すわうの御こうぢぎなどをぞ奉(たてまつ)りたる。殿(との)、もちひ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)すのこに参(まゐ)り給(たま)へり。御座は例のひんがしのたいなりつれど、近(ちか)う参(まゐ)りてゑいみだれたり。右のおとど、内(うち)おとども皆参(まゐ)り給(たま)へり。大(おほ)殿(との)の御方(かた)よりおりびつ物(もの)など、さべきさうしぎみたちとりつゞき参(まゐ)る。かうらんにつゞけすへわたしたり。たち明(あ)かしの心(こころ)もとなければ、四位(しゐ)の少将(せうしやう)やさべき人々(ひとびと)など〔をよびよせて〕、紙燭(しそく)さして御覧(ごらん)じて、内(うち)の台盤所(だいばんどころ)にもて参(まゐ)るべきに、明日(あす)よりは御物(もの)忘(わす)れとて、こよひ皆もて参(まゐ)りぬ。宮(みや)の大夫御簾のもとに参(まゐ)りて、上達部(かんだちめ)御(お)前(まへ)にめさんと啓し給(たま)ふ。聞(き)こし召(め)すとあれば、殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて参(まゐ)り給(たま)ひて、はしらのひんがしのまをかみにて、ひんがしのつま殿(どの)まへまで
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ゐ給(たま)へり。
女房(にようばう)をしこりてかず知らずゐたり。其(そ)の座にあたりて、大納言(だいなごん)の君(きみ)・宰相(さいしやう)の君(きみ)・宮(みや)の内侍(ないし)とゐ給(たま)へるに、右のおとど寄りて、御几帳(きちやう)のほころび引きたちみたれ給(たま)ふを、さしもさせ給(たま)はでもありぬべけれど、それしもぞおかしうおはする。あふぎをとり、戯(たはぶ)れごとのはしたなき多(おほ)かり。大夫かはらけとりてこなたに出(い)で給(たま)へり。三輪の山(やま)もとうたひて、御遊様(さま)かはりたれどいとおもしろし。其(そ)の次(つぎ)のまのはしらもとに、うだいしやう寄りてきぬのつま・袖口(そでぐち)かぞへ給(たま)へる気色(けしき)など人(ひと)よりことなり。さかづきのめぐりくるを、大将(だいしやう)はをぢ給(たま)へど、例の事(こと)なしびにちとせ万代にて過(す)ぎぬ。三位のすけにかはらけ取れなどあるに、侍従宰相(さいしやう)、内大臣(ないだいじん)のおはすれば、しもより出(い)で給(たま)へるを見て、おとどゑひなきし給(たま)ふ。内(うち)なる人(ひと)さへ哀(あは)れに見けり。
け恐(おそ)ろしかるべき世(よ)のけはひなめりと見て、事(こと)はつるまゝに、宰相(さいしやう)君と言(い)ひあはせてかくれなんとするに、ひがし面(おもて)に殿(との)の君達(きんだち)・宰相(さいしやう)の中将(ちゆうじやう)など入りて騒(さわ)がしければ、二人(ふたり)御木丁のうしろにゐかくれたるを、二人(ふたり)ながらとらへさせ給(たま)へり。うた一(ひと)つつかうまつれと宣(のたま)はするに、いとわびしう恐(おそ)ろしければ、
@いかにいかゞかぞへやるべきやちとせのあまりひさしき君(きみ)がみよをば W059。
あはれつかうまつれるかなとふた度(たび)ばかりずんぜさせ給(たま)ひて、いと疾く宣(のたま)はせける、
@あしたづのよはひしあらば君(きみ)が代はちとせのかずもかぞへとりてん W060。
さばかりゑは
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せ給(たま)へれど、思(おぼ)す事(こと)筋(すぢ)なれば、かくつゞけさせ給(たま)ひつると見(み)えたり。かくて例の作法(さほふ)の禄どもなどありて、いとしどけなげにてよろぼひまかでさせ給(たま)ひぬ。殿(との)の御(お)前(まへ)、宮(みや)をむすめにてもち奉(たてまつ)りたる、まろはぢならず。まろをちゝにてもち奉(たてまつ)りたる、まろはぢならず。まろをちゝにてもち給(たま)へる、宮(みや)悪(わろ)からず。又(また)はゝもいとさいはひあり、よき男(をとこ)も給(たま)へりなど、戯(たはぶ)れ宣(のたま)はするを、上(うへ)はいとかたはらいたしと思(おぼ)して、あなたに渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。
かくて十七日は入らせ給(たま)ふべければ、其(そ)の事(こと)共(ども)女房(にようばう)をしかへし急(いそ)ぎたちたり。其(そ)の夜になりぬれば、例の里(さと)のも皆参(まゐ)りつどひたり。かたへはかみ上げなどしてうるはしきすがたなり。四十余(よ)人(にん)ぞ(さぶら)ひける。いたう更けぬれば、そゝきたちて入らせ給(たま)ひぬ。女房(にようばう)の車(くるま)きしろひもありけれど、例の事(こと)なり。きゝ入れぬ物(もの)なりと宣(のたま)はせて殿(との)は聞(き)こし召(め)しけちつ。御こしには、宣旨(せんじ)右乗り給(たま)ふ。いとげの御車(くるま)には、殿(との)の上(うへ)、少将(せうしやう)の乳母(めのと)、若宮(わかみや)抱(いだ)き奉(たてまつ)りて乗る。次(つぎ)<の事(こと)共(ども)あれど、うるさければ書かずなりぬ。よべの御贈(おく)り物(もの)、けさぞ心(こころ)のどかに御覧(ごらん)ずれば、御ぐしのはこ一よろひたうちの事(こと)共(ども)、見尽くしやらん方なし。御てばこ一よろひ、かたつかたにはしろきしきしつくりたるさうしども、こきん・ごせん・しういなど五まきにつくりつゝ、侍従中納言(ちゆうなごん)行成と延幹とをのをのさうし一(ひと)つに四まきをあてつ書かせ給(たま)へり。かけごのしたには元輔・能宣(よしのぶ)やうのいにしへのうたよみの家(いへ)<の集どもをかきて入れさせ給(たま)へり。
かやうにて日頃(ひごろ)
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も経(へ)ぬる程(ほど)に、五節(ごせつ)廿日参(まゐ)る。侍従宰相(さいしやう)とあるは内大臣(ないだいじん)の子、さねなり宰相(さいしやう)なるべし。まひびめのさうぞく遣(つか)はす。右宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)の五節(ごせつ)に御かづらさうまれたるつゐでに、はこ一よろひに薫物(たきもの)入れて遣(つか)はす。心葉(こころば)梅(むめ)の枝なり。今年(ことし)の五節(ごせつ)いみじういどみかはすなど聞(き)こえあり。ひがしの御(お)前(まへ)にむかひたるたてじとみに、ひまもなく打(う)ちわたしつゝともしたる火のひかりにつれなうあゆみ参(まゐ)る様(さま)共(ども)ゝはしたなけれど、其(そ)のみちにえさらぬ筋(すぢ)共(ども)なればこそと見(み)えたり。業遠朝臣(あそん)のかしづきににしきのからぎぬ着せたりとののしるも、げに様(さま)殊(こと)にさもありぬべかりけりと聞(き)こゆ。あまりきぬあつく着せてたかやかならぬ様(さま)なりと言(い)ふもどきはあれど、それ今(いま)の世(よ)の事(こと)には悪(わろ)からず。右宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)もあるべき限(かぎ)りしたり。ひすまし二人(ふたり)整(ととの)へたるすがたぞまどひたりと人(ひと)ほゝゑみたりし。内(うち)の大臣(おとど)の藤宰相(さいしやう)の、はた今(いま)少(すこ)し今(いま)めかしきはまさりて見ゆ。かしづき十人(にん)。またひさしの御簾おろしてこぼれ出(い)でたるきぬのつまどもしたてがほに思(おも)へる様(さま)共(ども)よりは見どころまさりて、ほかげにおかしう見(み)えたり。又(また)東宮(とうぐう)大夫の五節(ごせつ)に、宮(みや)より薫物(たきもの)遣(つか)はす。おほきやかなるしろがねのはこに入れさせ給(たま)へり。おはりのかみまさひらもいだしたれば、殿(との)の上(うへ)ぞそれは遣(つか)はしける。
其(そ)の夜は御(お)前(まへ)の試(こころ)みなども過(す)ぎて、わらは・しもづかへの御覧(ごらん)いかゞとゆかしきに、例(れい)の時(とき)の程(ほど)になれば皆あゆみつゞき参(まゐ)りいづる程(ほど)、内(うち)にも外(と)にも目(め)をつけ騒(さわ)ぎたり。上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて
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御覧(ごらん)ず。若宮(わかみや)おはしませば、うちまきしののしるけはひす。業遠のわらはにあをきしらつるばみのかざみを着せたり。おかしと思(おも)ひたるに、藤宰相(さいしやう)のわらはには、あかいろのかざみを着せ、しもづかへのからぎぬにあをいろを着せたる程(ほど)押しかへしねたげなり。宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)のもいつへのかざみ、おはりはゑびぞめをみへにてぞ着せたる。衵(あこめ)皆(みな)濃(こ)き薄(うす)き心(こころ)<”なり。侍従宰相(さいしやう)の五節(ごせつ)のつぼね。宮(みや)の御(お)前(まへ)たゞ見わたすばかりなり。たてじとみのかみよりすだれのはしも見ゆ。人(ひと)の物(もの)言(い)ふこゑもほのかに聞(き)こゆ。
彼の弘徽殿(こきでん)の女御(にようご)の御方(かた)の女房(にようばう)なん、かしづきにてあると言(い)ふ事(こと)をほのぎゝて、あはれ昔(むかし)ならしけんもゝしぎを物(もの)のそばにゐかくれて見るらん程(ほど)も哀(あは)れに、いさ、いと知らぬがほなるは悪(わろ)し。言(こと)一(ひと)つ言(い)ひやらんなど定(さだ)めて、こよひかひつくろひいづかたなりしぞ。それなど宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)宣(のたま)ふ。源少将(せうしやう)も同(おな)じごとかたり給(たま)ふ。猶(なほ)清(きよ)げなりかしなどあれば、御(お)前(まへ)にあふぎ多(おほ)く候ふ中に、蓬莱つくりたるをば、筥(はこ)の蓋(ふた)にひろかて日(ひ)がけをめぐりてまろめ置(お)きて、其(そ)のなかに螺鈿(らでん)したる櫛(くし)共(ども)を入(い)れて、白(しろ)い物(もの)などさべい様(さま)に入れなして公(おほやけ)ざまにかほ知らぬ人(ひと)して、中納言(ちゆうなごん)君(きみ)の御つぼねより、さきやうの君(きみ)の御(お)前(まへ)にといはせてさし置(お)かせつれば、かれ取(と)り入れよなど言(い)ふは彼の我(わ)が女御(にようご)殿(どの)より給(たま)へるなりと思(おも)ふなりけり。またさ思(おも)はせんとたばかりたる事(こと)なれば、あんにははかられにけり。薫物(たきもの)を立文(たてぶみ)にしてかみに書きたり、
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@多(おほ)かりし豊(とよ)の宮人(みやびと)さし分けてしるき日(ひ)かげをあはれとぞ見し W061。
彼のつぼねにはいみじう恥(は)ぢけり。宰相(さいしやう)もたゞなるよりは心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)しけり。小忌(をみ)の夜(よ)は、宰相(さいしやう)の五節(ごせつ)にわらはのかざみ、大人(おとな)のからぎぬに皆(みな)青摺(あをずり)をして、あかひもをなんしたりけると言(い)ふ事(こと)を、後(のち)に斎院(ゐん)に聞(き)こし召(め)しておかしうもと思(おぼ)し召(め)して召(め)したりければ御覧(ごらん)じて、げにいと今(いま)めかしう思(おぼ)し召(め)して、青(あを)き紙(かみ)の端(はし)に袂(たもと)にむすびつけてかへさせ給(たま)へり、
@かみよゝり摺(す)れる衣(ころも)と言(い)ひながらまた重(かさ)ねても珍(めづら)しきかな W062。
かくて臨時(りんじ)の祭(まつり)になりぬ。つかひには殿(との)の権中将(ちゆうじやう)出(い)で給(たま)ふ。其(そ)の日(ひ)は内(うち)の御物忌(ものいみ)なれば、殿(との)も上達部(かんだちめ)も、舞人(まひびと)の君達(きんだち)も皆よひにこもり給(たま)ひて、内(うち)辺(わた)り今(いま)めかしげなる所々(ところどころ)あり。殿(との)の上(うへ)もおはしませば、御乳母(めのと)の命婦(みやうぶ)もおかしき御あそびに、目もつかでつかひの君(きみ)をひとへにまぼり奉(たてまつ)り。かくて此(こ)の臨時(りんじ)の祭(まつり)の日(ひ)。藤宰相(さいしやう)の御随身ありし筥(はこ)の蓋(ふた)を此(こ)の君(きみ)の随身にさしとらせていにけり。ありし筥(はこ)の蓋(ふた)にしろがねの筥(はこ)の蓋(ふた)にかゞみ入れて、沈のくし・白がねのかうがいを入れて、つかひの君(きみ)のびんかき給(たま)ふべき具と思(おぼ)しくてしたり。此(こ)のはこの内(うち)にでいにてあしでを書きたるは有(あ)りしかへしなるべし、
@日(ひ)かげぐさ耀(かかや)く程(ほど)やまがひけんますみのかゞみくもらぬ物(もの)を W063。
師走(しはす)にも
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なれば、残(のこ)りすくなきあはれなり。花蝶(はなてふ)と言(い)ひつる程(ほど)に、年(とし)も暮れぬ。かくて若宮(わかみや)のいと物(もの)あざやかにめでたう、山(やま)の端(は)よりさし出(い)でたる望月(もちづき)などのやうにおはしますを、帥(そち)殿(どの)の辺(わた)りにはむねつぶれいみじうおぼえ給(たま)ひて、人(ひと)知れぬ年(とし)頃(ごろ)の御心(こころ)の内(うち)のあらましごとどもゝ。むげにたがひぬる様(さま)におぼされて、猶(なほ)此(こ)の世(よ)には人(ひと)笑(わら)はれにてやみぬべき身にこそあめれ。あさましうもあるかな。めづらかなる夢(ゆめ)など見てし後(のち)はさりともと頼(たの)もしう、ことなる事(こと)なき人(ひと)の例(ためし)のはて見てはなどこそは言(い)ふなれば、さりともとのみ、其(そ)のまゝにさうじ・いもゐをしつゝあり過(す)ぐし、ひたみちに仏神を頼(たの)み奉(たてまつ)りてこそありつれ。今(いま)はかうにこそあめれと、御心(こころ)の内(うち)の物(もの)嘆(なげ)きにおぼされて、あいなだのみにてのみ世を過(す)ぐさんは、いとおこがましき事(こと)など出(い)できて、いとど生けるかひなき有様(ありさま)にこそあべかめれ。いかゞすべきなど御おぢの明順(あきのぶ)・道順(みちのぶ)などに打(う)ちかたらひ給(たま)へば、げに世(よ)の有様(ありさま)はさのみこそおはしますめれ。さりとて又(また)いかゞはせさせ給(たま)はんとする。たゞ御命(いのち)だに平(たひら)かにておはしまさばとこそは頼(たの)み聞(き)こえさすれなどあはれなる事(こと)共(ども)を打(う)ち泣きつゝ聞(き)こえさすれば殿(との)もかくてつく<”とつみをのみつくりつも、いとあぢきなくこそあべけれ。物(もの)のいんぐは知らぬ身にもあらぬものから、何事(なにごと)を待つにかあらんと思(おも)ふに、いとはかなしや。猶(なほ)今(いま)は出家(しゆつけ)して、
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暫(しば)し行(おこな)ひて後(のち)の世(よ)の頼(たの)みをだにやと思(おも)ふに、ひたみちにおこしたる道心にもあらずなどして、山林にゐてきやうを読み行(おこな)ひをすとも、此(こ)の世(よ)の事(こと)共(ども)を思(おも)ひ忘(わす)るべきやうもなし。さて万(よろづ)に攀縁しつゝせん。念誦(ねんず)・読経はかひはあらんとすらんやはと思(おも)ふに、まだえ思(おも)ひ立(た)たぬなりなど言(い)ひつゞけさせ給(たま)ふ。いみじうあはれなる事(こと)なりかし。中納言(ちゆうなごん)・僧都(そうづ)なども、世を同(おな)じう思(おぼ)しながら、あさはかに中<心(こころ)やすげに見(み)え給(たま)ふ。此(こ)の殿(との)ぞ万(よろづ)に世とゝもに思(おぼ)しみだれたる。世(よ)の憂さなめれば、いとど心(こころ)苦(ぐる)しうなん。
斯(か)かる程(ほど)に年(とし)かへりぬ。寛弘六年になりぬ。世(よ)の有様(ありさま)常(つね)のやうなり。若宮(わかみや)いみじう美(うつく)しうおい出(い)でさせ給(たま)ふを、上(うへ)宮(みや)の御(おん)中(なか)にゐてあそばせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひては、御門(みかど)の宣(のたま)はする猶(なほ)思(おも)へど、昔(むかし)内(うち)に幼(をさな)き子どもをあらせずして、宮(みや)達(たち)のかく美(うつく)しうなどあらんをいつゝなゝつなどにて御たいめんとてののしりけんこそ、今(いま)の世(よ)に万(よろづ)の事(こと)のなかにいとたへがたかりける事(こと)はありけれ。かう見ても見てもあかぬ物(もの)を思(おも)ひ遣(や)りつゝ、明けくらさんはこひしかべいことなりや。此(こ)の一(いち)の宮(みや)をこそいとひさしう見ざりしが有様(ありさま)を人(ひと)づてにきゝて、けしからぬまでゆかしかりし事(こと)など打(う)ちかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ふもいとめでたし。
斯(か)かる程(ほど)に、正月も暮れぬ。宮(みや)其(そ)のまゝに此(こ)の月頃(ごろ)せさせ給(たま)ふ事(こと)なかりしに、十二月(じふにぐわつ)廿日の程(ほど)にぞ唯(ただ)験(しるし)ばかり御覧(ごらん)じたりけるまゝに、
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今年(ことし)かう今(いま)ゝでせさせ給(たま)はねば、猶(なほ)彼の折の御なごりにやと思(おぼ)しもよらぬに、こぞの此(こ)の頃(ごろ)の御(おん)心地(ここち)ぞせさせ給(たま)ひける。いかなりけるにかと思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)も又(また)事(こと)のおはしますべきにこそとさゞめき聞(き)こえさすれば、かたへはいつの程(ほど)にかさおはしまさんと言(い)ふもあり。又(また)あるはさやうの物(もの)ぞ。又(また)さしつづき同(おな)じ様(さま)にてはて給(たま)へる事(こと)はさこそはあれ、あり<ていかにめでたからんなど申し思(おも)へり。殿(との)も上(うへ)も皆聞(き)こし召(めして気色(けしき)だち思(おぼ)し召(め)したり。かくは言(い)ふ程(ほど)に三月にもなりぬれば、誠(まこと)にさやうの御気色(けしき)になりはてさせ給(たま)ひぬ。殿(との)の御有様(ありさま)えもいはぬ様(さま)なり。
かく言(い)ふ程(ほど)に、自(おの)づから世(よ)にも漏り聞(き)こえぬ。年(とし)頃(ごろ)の女御(にようご)達(たち)たゞなるよりは物(もの)恥(は)づかしう思(おぼ)し知(し)るべし。右のおとど内(うち)のおとどこは斯(か)かるべき事(こと)かは、われしも同(おな)じ筋(すぢ)にはあらずや。かう殊(こと)の外(ほか)なる恥(は)づかしき宿世(すくせ)なりとおぼさるべし。三月晦日(つごもり)に出(い)でさせ給(たま)ひなむとあれど、御門(みかど)いとあるまじき御事(こと)に聞(き)こえさせ給(たま)へば、暫(しば)しは過(す)ぐさせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に殿(との)の三位殿。左衛門(さゑもん)の督(かみ)にならせ給(たま)ひにけり。中宮(ちゆうぐう)の御祈(いの)りは猶(なほ)里(さと)にてと思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ひて、四月十余(よ)日(にち)程(ほど)に出(い)でさせ給(たま)ふ。内(うち)にはいかにおぼつかなう此(こ)の度(たび)は若宮(わかみや)の御こひしささへ添(そ)ひて、いぶせく思(おぼ)しみだれさせ給(たま)ふ。さて京極(きやうごく)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)へれば内侍(ないし)の督(かん)の殿(との)。若宮(わかみや)をいつしかと待(ま)ちむかへ、
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見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。其(そ)の後(のち)御乳母(めのと)達(たち)はたゞ御乳(ち)参(まゐ)る程(ほど)ばかりにて、たゞ督(かん)の殿(との)抱(いだ)き慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、御乳母(めのと)達(たち)もいと嬉(うれ)しきに思(おも)ひ聞(き)こえさせたり。中宮(ちゆうぐう)の御祈(いの)りどもさきのごどし。万(よろづ)し残(のこ)させ給(たま)ふ事(こと)なし。いづれのふしかはと思(おぼ)しいづる御有様(ありさま)なりしかば、さき<”の僧ども、同(おな)じ様(さま)の御祈(いの)りにをきてさせ給(たま)へば、其(そ)のまゝにたがはぬ事(こと)共(ども)をつかうまつる。こたみは男(をとこ)女の御有様(ありさま)あながちなるまじけれど、猶(なほ)さしならばせ給(たま)はん程(ほど)のたけさはこよなかるべければ、同(おな)じ様(さま)を思(おぼ)し志(こころざ)すべし。
彼の花山(くわさん)の院(ゐん)の四の御方(かた)は院(ゐん)失(う)せさせ給(たま)ひにしかば、たかづかさ殿(どの)に渡(わた)り給(たま)ひにければ、殿(との)聞(き)こし召(め)して、かれをもがなとは思(おぼ)し召(め)しけれど、思(おぼ)しも立(た)たぬ程(ほど)に殿(との)の上(うへ)ぞ常(つね)にをとなひ聞(き)こえさせ給(たま)ひけれども、いかなるべい事(こと)にか思(おぼ)したちがたかりけり。斯(か)かる程(ほど)に、殿(との)の左衛門(さゑもん)の督(かみ)をさべき人々(ひとびと)いみじう気色(けしき)だち聞(き)こえ給(ま)ふ所々(ところどころ)あれども、まだともかうも思(おぼ)し召(め)し定(さだ)めぬ程(ほど)に、六条(ろくでう)の中務(なかつかさ)の宮(みや)と聞(き)こえさするは、故村上(むらかみ)のせんていの御七の宮(みや)におはします。麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)の御腹の宮(みや)なり。北(きた)の方(かた)はやがて村上(むらかみ)の四の宮(みや)ためひらの式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の御(おん)中(なか)姫君(ひめぎみ)なり。はゝ上(うへ)は故源帥(そち)の大臣(おとど)の御むすめなり。斯(か)かる御(おん)中(なか)より出(い)で給(たま)へる女(をんな)宮(みや)三(み)所(ところ)。男(をとこ)宮(みや)二(ふた)所(ところ)ぞおはします。其(そ)の姫宮(ひめみや)えならずかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。いさゝかかたほなる事(こと)もなく、物(もの)きよき御なからひなり。
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中務(なかつかさ)の宮(みや)の御心(こころ)もちゐなど世(よ)の常(つね)になべてにおはしまさず。いみじう御才(ざえ)賢(かしこ)うおはするあまりに、陰陽道も医師のかたも、万(よろづ)にあさましきまで足(た)らはせ給(たま)へり。作文・和哥などの方、世(よ)にすぐれめでたうおはします。心(こころ)にくゝ恥(は)づかしき事(こと)限(かぎ)りなくおはします。
其(そ)の宮(みや)、此(こ)の左衛門(さゑもん)の督殿(どの)を志(こころざし)聞(き)こえさせ給(たま)へば、大(おほ)殿(との)聞(き)こし召(め)していと忝(かたじけな)き事(こと)なりと、かしこまり聞(き)こえさせ給(たま)ひて、男(をのこ)は妻(め)がらなり。いとやむごとなきあたりに参(まゐ)りぬべきなめりと聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)に、内(うち)内(うち)に思(おぼ)しまうけたりければ今日(けふ)明日(あす)になりぬ。さるは内(うち)などに思(おぼ)し志(こころざ)し給(たま)へる御事(こと)なれど、御宿世(すくせ)にや思(おぼ)し立(た)ちてん事(こと)も奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御有様(ありさま)今(いま)めかし。女房(にようばう)二十人(にん)、わらは・しもづかへ四人(にん)づゝ、万(よろづ)いといみじう奥(おく)深(ぶか)く心(こころ)にくき御有様(ありさま)なり。今(いま)の世(よ)に見(み)え聞(き)こゆる香(かう)にはあらで、げにこれをやいにしへの薫衣香(くのえかう)など言(い)ひて世(よ)にめでたき物(もの)に言(い)ひけんは、此(こ)の薫(かをり)にやとさて押しかへし珍(めづら)しうおぼさる。姫宮(ひめみや)御年(とし)十五六ばかりの程(ほど)にて、御ぐしなど督(かん)の殿(との)の御有様(ありさま)に、いとよう似させ給(たま)へる心地(ここち)せさせ給(たま)ふに、めでたき御かたちと推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせ給(たま)ふべし。中務(なかつかさ)の宮(みや)いみじう御気色(けしき)疎(おろ)かならず哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。
かくて日頃(ひごろ)ありて御露顕(ところあらはし)なれば、御供(とも)に参(まゐ)るべき人々(ひとびと)皆殿(との)の(お)前(まへ)選(え)り定(さだ)めさせ給(たま)へり。其(そ)の夜の有様(ありさま)いさゝか心(こころ)もとなくしつくさせ給(たま)へり。
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男君(をとこぎみ)の御志(こころざし)の程(ほど)・有様(ありさま)のめでたさ。御しな・程(ほど)によるわざにもあらずのみこそはあめれ。されど此(こ)の御なからひいとめでたし。宮(みや)いとかひありて思(おぼ)し見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。六条(ろくでう)に明(あ)け暮(く)れの御歩(あり)きも、路(みち)の程(ほど)などに、夜行の夜なども自(おの)づからありあふらん。いとうしろめたき事(こと)なりと思(おぼ)して、上(かみ)つ方(かた)にさべき御様(さま)にと掟(おき)て聞(き)こえさせ給(たま)ふ。中務(なかつかさ)の宮(みや)今(いま)は心(こころ)安(やす)くなりぬるをいまだにいかで本意(ほい)遂(と)げなんと思(おぼ)しならせ給(たま)ふ。事(こと)にふれてやむごとなき御有様(ありさま)をだに、さべき折節(をりふし)、珍(めづら)しきせちゑなどには、いといだし奉(たてまつ)らまほしうのみ、公(おほやけ)に思(おぼ)し召(め)さるゝ事(こと)こ度(たび)のみにあらねど、すべてさやうに思(おぼ)しかけさせ給(たま)はず。世(よ)に口(くち)惜(を)しき事(こと)になん。
かくて督(かん)の殿(との)、東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)はん事(こと)も、いと近(ちか)うなりて急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひにたり。かく参(まゐ)り給(たま)ふべしとある事(こと)を宣耀殿(せんえうでん)にはあべい事(こと)の今(いま)ゝで斯(か)かる年(とし)思(おぼ)し召(め)せば、ともかくも思(おぼ)し宣(のたま)はせぬに、いと怪(あや)しうも思(おぼ)し入れぬかなと候(さぶら)ふ人々(ひとびと)聞(き)こえさすれど、今(いま)はたゞ宮(みや)達(たち)の御扱(あつか)ひをし、其(そ)のひまには行(おこな)ひをこそ思(おも)へ。宮(みや)の御ためにいとおしき事(こと)にこそあれ。さやうならん事(こと)こそよかべかめれなどいといと疎(おろ)かに猶(なほ)思(おも)ひ忍(しの)び給(たま)へど、それに障(さは)らせ給(たま)ふべき事(こと)にもあらぬ物(もの)から、ただ怪(あや)しき人(ひと)だにいかゞは物(もの)は言(い)ふとありがたふ見(み)えさせ給(たま)ふ。
かくて中宮(ちゆうぐう)の御事(こと)のかくおはしませば、しづ心(こころ)なく殿(との)の
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御(お)前(まへ)思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、はかなく秋(あき)にもなりぬ。二月よりさはおはしませば、十一月(じふいちぐわつ)にはと思(おぼ)し召(め)したれば、いと物(もの)騒(さわ)がしうて、督(かん)の殿(との)の御参(まゐ)り冬(ふゆ)になりぬべう思(おぼ)し召(め)しけり。斯(か)かる程(ほど)に帥(そち)殿(どの)の辺(わた)りより若宮(わかみや)をうたて申し思(おも)ひ給(たま)へる様(さま)の事(こと)、此(こ)の頃(ごろ)出(い)で来て、いときゝにくき事(こと)多(おほ)かるべし。誠(まこと)にしもあらざらめど、それにつけてもけしからぬ事(こと)共(ども)出(い)で来て、帥(そち)殿(どの)いとど世(よ)の中(なか)すゞろばしう思(おぼ)し嘆(なげ)きけり。明順(あきのぶ)が知(し)る事(こと)なりなど大(おほ)殿(との)にも召(め)しておほせられて、かくあるまじき心(こころ)なもたりそ。かく幼(をさな)うおはしますとも、さべうてむまれ給(たま)へらば、四天王守(まも)り奉(たてまつ)り給(たま)ふらん。たゞのわらはだに人(ひと)のあしうするには、もはら死(し)なぬわざなり。いはんやおぼろげの御くはほうにてこそ人(ひと)の言(い)ひ思(おも)はん事(こと)によらせ給(たま)はめ。まうとたちはかくては天のせめをかぶりなん。われともかくも言(い)ふべき事(こと)ならずとばかり御(お)前(まへ)に召(め)して宣(のたま)はせたるに、いといみじう恐(おそ)ろしう忝(かたじけな)しと、かしこまりて、ともかくもえ述べ申(まう)さでまかでにけり。其(そ)の後(のち)やがて心地(ここち)あしうなりて五六日(にち)ばかりありて死(し)にけり。
これにつけても帥(そち)殿(どの)世を慎(つつ)ましき物(もの)に思(おぼ)しまさる。同(おな)じ死(し)にといへども、明順(あきのぶ)も折(をり)心(こころ)憂くなりぬる事(こと)を、世(よ)の人(ひと)口(くち)安(やす)からずと言(い)ひ思(おも)ひけるに、帥(そち)殿(どの)いかにか世をありにくゝ、憂き物(もの)になん思(おぼ)しみだれければにや。御(おん)心地(ここち)例にもあらずのみおぼされて、御台(だい)など
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も参(まゐ)らぬにはあらでなか<常(つね)よりも物(もの)をいそがしう参(まゐ)りなどせさせ給(たま)ひけるに、例ならぬ御有様(ありさま)を、上(うへ)も殿(との)も恐(おそ)ろしき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)きけり。此(こ)の年(とし)頃(ごろ)御ありきなかりつる程(ほど)に、こきん・ごせん・しういなどをぞ、皆まうけ給(たま)へりける。それにつけても猶(なほ)人(ひと)よりけに殊(こと)に御才(ざえ)の限(かぎ)りなればなりけり。
斯(か)かる程(ほど)に中宮(ちゆうぐう)の御事(こと)、御修法・御読経、万(よろづ)の御祈(いの)りはかなき事(こと)も、さきの例を思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふに、十一月(じふいちぐわつ)廿五日(にち)の程(ほど)に御気色(けしき)ありて悩(なや)ましげに思(おぼ)し召(め)したり。例の聞(き)きにくきまでなりみちたり。されど御物(もの)のけなど大人(おとな)し。其(そ)のかたの心(こころ)のどかにおはしますも、限(かぎ)りなき御祈の験(しるし)なるべし。いみじく平(たひら)かに程(ほど)なく御(み)子(こ)むまれ給(たま)ひぬ。万(よろづ)よりも又(また)後(のち)の御事(こと)とののしらせ給(たま)ふも程(ほど)なくて物(もの)せさせ給(たま)ひつ。いとめでたき〔こ〕とを思(おぼ)し召(め)しよろこびたるに、さきにおとらぬ男(をとこ)さへうまれ給(たま)へれば、殿(との)を始(はじ)め奉(たてまつ)り。いと斯(か)かる事(こと)にはあまりあさましうそらごとかとまでぞ思(おぼ)し召(め)されける。内(うち)にも聞()こし召(め)していつしかと御はかしあり。すべて何事(なにごと)もたゞ始(はじ)めの例を一(ひと)つたがへずひかせ給(たま)ふ。女房(にようばう)のしろぎぬなど此(こ)の度(たび)は冬(ふゆ)にてうきもん・かたもん・織物(おりもの)・からあやなどすべていはんかたなし。此(こ)の度(たび)は袴(はかま)をさへしろうしたればかくもありぬべかりけりとしろたへのつるのけごろもめでたうちとせの程(ほど)推(お)し量(はか)られたり。御湯(ゆ)殿(どの)の有様(ありさま)など始(はじ)めのにて知(し)りぬべければ、書きつゞけ
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ず。御文のはかせも同(おな)じ人(ひと)参(まゐ)りたり。すべて世(よ)にいみじうめでたき御有様(ありさま)に、ましやらん方なし。三日・五日・七日夜などの御作法(さほふ)、なか<まさざまにこそ見ゆれ。此(こ)の度(たび)は事(こと)なれぬと事(こと)そがせ給(たま)ふ事(こと)なし。
帥(そち)殿(どの)は日頃(ひごろ)みづがちに、御たいなどもいかなる事(こと)にかとまで聞(き)こし召(め)せど怪(あや)しうありし人(ひと)にもあらず細(ほそ)り給(たま)ひにけり。御(おん)心地(ここち)もいと苦(くる)しう悩(なや)ましうおぼさる。うちはへ御ときにて過(す)ぐさせ給(たま)ひしときは、いみじうこそふとり給(たま)へりしが。今(いま)は例の人(ひと)の有様(ありさま)にて過(す)ぐさせ給(たま)へど、斯(か)かる御事(こと)をいかなる事(こと)にかと心(こころ)細(ぼそ)しとおぼさるゝまゝに、まつぎみの少将(せうしやう)何事(なにごと)にも人(ひと)よりまさりておぼさるゝも、いかゞならんとすらんと哀(あは)れに心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)し嘆(なげ)くも、理(ことわり)にいみじうあらぬ世を哀(あは)れにのみおぼさるゝも、げにとのみ見(み)え聞(き)こゆ。内(うち)には若宮(わかみや)御こひしさも今(いま)の御ゆかしさも、猶(なほ)疾く入らせ給(たま)へとのみ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
内(うち)も焼けにしかば、御門(みかど)は今(いま)だいりにおはします。東宮(とうぐう)は枇杷(びは)殿におはします。師走(しはす)になりぬれば、督(かん)の殿(との)の御参(まゐ)りなり。日頃(ひごろ)思(おぼ)し志(こころざ)しつる事(こと)なれば、おぼろげならで参(まゐ)らせ給(たま)ふ。いとあさましうなりぬる世(よ)にこそあめれ。年(とし)頃(ごろ)の人(ひと)のめこなども、皆参(まゐ)りあつまりて、大人(おとな)四十人(にん)・わらは六人(にん)・しもづかへ四人(にん)。督(かん)の殿(との)の御有様(ありさま)聞(き)こえつづくるも、例のことめきて同(おな)じ〔こ〕となれども、またいかゞは少(すこ)しにてもほの聞(き)こえさせぬやうはあらんな。御年(とし)十六に
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ぞおはしましける。此(こ)の御(お)前(まへ)達(たち)、いづれも御ぐしめでたくおはしまさすなかにも、此(こ)の御(お)前(まへ)すぐれ、いとこちたきまでおはしますめり。東宮(とうぐう)いとかひありていみじうもてなし聞(き)こえさせ給(たま)へり。内(うち)辺(わた)りいとど今(いま)かしさそひぬべし。はかなき具(ぐ)共(ども)ゝ中宮(ちゆうぐう)の参(まゐ)らせ給(たま)ひし折こそ、耀(かかや)く藤壺(ふぢつぼ)と世(よ)の人(ひと)申しけれ。此(こ)の御参(まゐ)りまねぶべき方なし。其(そ)の折よりこなた十ねんばかりになりぬれば、いで其(そ)の事(こと)共(ども)かはかはりたる。其(そ)の程(ほど)推(お)し量(はか)るべし。
かくて参(まゐ)らせ給(たま)ひつれば、東宮(とうぐう)むげにねびはてさせ給(たま)へれば、いと恥(は)づかしうもやむごとなくも様々(さまざま)御心(こころ)づかひ疎(おろ)かならず。年(とし)頃(ごろ)宣耀殿(せんえうでん)をまたなき物(もの)に思(おぼ)し見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつるに、あさましうこよなき程(ほど)の御よはひなれば、たゞ我が御姫宮(ひめみや)達(たち)をかしづきすへ奉(たてまつ)らせ給(たま)へらむやうにぞおぼされける。日頃(ひごろ)にならせ給(たま)ふまゝに、やう<馴れおはします御気色(けしき)も、いとどえもいはず美(うつく)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。夜ごとの御宿直(とのゐ)はたさらにもいはず。今(いま)はたゞ此(こ)の御方(かた)にのみおはします。御具(ぐ)共(ども)を片端(かたはし)よりあけひろげて御目とどめて御覧(ごらん)じわたすに、これは<とみどころあり、めでたう御覧(ごらん)ぜらる。御ぐしの箱の内(うち)のしつらひ、こばこどものいり物(もの)どもはさらなり。殿(との)の上(うへ)、君達(きんだち)などのわれも<といどみし給(たま)へるどもなれば、いみじうけうありて御覧(ごらん)ず。中宮(ちゆうぐう)の御参(まゐ)りのもかやうにこそは思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふめりしが。宣耀殿(せんえうでん)に故村上(むらかみ)の御門(みかど)の、彼の
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昔(むかし)の宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)へりけるは、まきゑの御ぐしのはこひとよろひはつたはりそ。今(いま)の宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)の御方(かた)にぞ候(さぶら)ふを、其(そ)の内(うち)をいみじう御覧(ごらん)じけうぜさせ給(たま)ひしを、これに御覧(ごらん)じあはするに、かれは殊(こと)の外(ほか)にこたいなりけり。
さるは村上(むらかみ)のせんていの様々(さまざま)の御心(こころ)をきて、此(こ)の世(よ)の御門(みかど)の御心(こころ)よりもすぐれさせ給(たま)へりけるも、我が御口(くち)・筆(ふで)しておほせられてつくもどころの物(もの)ども御覧(ごらん)じては、直(なほ)しせさせ給(たま)へるを、これは猶(なほ)いとこよなふ御覧(ごらん)ぜらるゝに、時世(ときよ)に従(したが)ふ目移(めうつ)りにやと御心(こころ)ながら思(おぼ)し召(め)せど、猶(なほ)これはいとめでたければ、殿(との)の心様(こころざま)のあさましきまで何事(なにごと)にもいかでかくとぞ思(おぼ)し召(め)しける。其(そ)の御具(ぐ)共(ども)の屏風(びやうぶ)共(ども)は、為氏(ためうぢ)・常則(つねのり)などが書(か)きて、たうふうこそはしきしがたは書(か)きたれ。いみじうめでたしかし。其(そ)の上(かみ)の物(もの)なれど只今(ただいま)のやうにちりばまず、あざやかにもちゐさせ給(たま)へりしに、これはひろたかゞ書(か)きたる屏風(びやうぶ)共(ども)に、侍従中納言(ちゆうなごん)の書(か)き給(たま)へるにこそはあめれ。いづこかはこれにおとりまさりのあるべきなど御心(こころ)の内(うち)に思(おぼ)し召(め)しあまりては、殿(との)や左衛門(さゑもん)の督などの参(まゐ)り給(たま)へると宣(のたま)ひ定(さだ)めさせ給(たま)へるにつけても、御年(とし)などもねびさせ給(たま)ひにたれば、何事(なにごと)も見ゑり。物(もの)のはへおはしますにこそいと恥(は)づかしう、いとど何事(なにごと)につけても其(そ)の御用意(ようい)心(こころ)異(こと)なり。
そこらの女房(にようばう)えもいはぬなりさうぞくにて、えならぬ織物(おりもの)のからぎぬを、おどろ<しき大海(おほうみ)の摺裳(すりも)共(ども)を引(ひ)きかけわたし
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て、あふぎどもをさしかくし。打(う)ちむれ<ゐては、何事(なにごと)にかあらん、打(う)ち言(い)ひつゝさざめき笑(わら)ふも恥(は)づかしきまで思(おも)ほされて、此(こ)の御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)ふ折は、心(こころ)げさうぜさせ給(たま)ひけり。はかなう奉(たてまつ)りたる御衣(ぞ)のにほひ・薫(かをり)なども、宣耀殿(せんえうでん)よりめでたうしたてゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけり。御門(みかど)東宮(とうぐう)と申すは若(わか)くいはけなくおはしますだに、心(こころ)殊(こと)にいみじき物に人(ひと)思(おも)ひ聞(き)こえさするに、まいて此(こ)の御(お)前(まへ)は御年(とし)も大人(おとな)びさせ給(たま)ひ、御有様(ありさま)などもなべてならずいとおしうらう<じうおはしませば、いと恥(は)づかしげなる事(こと)なむ多(おほ)くおはしますに、督(かん)の殿(との)も他(こと)御かたがたよりもはかなう奉(たてまつ)りたる御衣(ぞ)の袖口(そでぐち)・重(かさ)なりなどのいみじうめでたうおはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)もいとどめでたうのみ重(かさ)ね聞(き)こえさせ給(たま)ふめり。
宣耀殿(せんえうでん)には他人(よそびと)も近(ちか)きもいかに思(おぼ)し召(め)すらん。安(やす)くは大(おほ)殿(との)ごもるらんやなど聞(き)こゆれば、年(とし)頃(ごろ)かうべい事(こと)のかからざりつれば、宮(みや)の御ためにいと心(こころ)苦(ぐる)しくみ奉(たてまつ)れば、今(いま)なん心(こころ)安(やす)く見(み)奉(たてまつ)るなど宣(のたま)はせて、御さうぞくを明(あ)け暮(く)れめでたうしたてさせ給(たま)ひ、御薫物(たきもの)など常(つね)に合(あは)せつゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。宮(みや)はたゞ母后(ははぎさき)などぞ思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるも、げにとのみ見(み)えさせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)は中宮(ちゆうぐう)と此(こ)の女御(にようご)殿(どの)とをおぼつかなからず渡(わた)り参(まゐ)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、いあらまほしうなん。年(とし)もかへりぬ。寛弘七年とぞ言(い)ふめる。万(よろづ)例(れい)の有様(ありさま)にて過(す)ぎもて行くに、帥(そち)殿(どの)は今年(ことし)となりては、いとど
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御(おん)心地(ここち)おもりて今日(けふ)や<と見(み)えさせ給(たま)ふ。何事(なにごと)も月頃(ごろ)しつくさせ給(たま)へれば、今(いま)はいかゞすべきと思(おぼ)し嘆(なげ)き。さるはおとゝしよりは、御封なども例(れい)の大臣(おとど)の定(さだ)めに得させ給(たま)へど、くに<”の守(かみ)もはか<”しくすがやかに奉(たてまつ)らばこそあらめと、いとおしげなり。御(おん)心地(ここち)いみじうならせ給(たま)へば、此(こ)の姫君(ひめぎみ)二(ふた)所(ところ)蔵人(くらんど)少将(せうしやう)とをなめすへて、北(きた)の方(かた)に聞(き)こえ給(たま)ふ。己(おのれ)なくなりなば、いかなる振舞(ふるまひ)どもをかし給(たま)はんずらん。世(よ)の中(なか)に侍(はべ)りつる限(かぎ)りは、とありともかかりとも、女御(にようご)后(きさき)と見(み)奉(たてまつ)らぬやうはあるべきにあらずと、思(おも)ひとりてかしづき奉(たてまつ)りつるに、命(いのち)堪(た)えずなりぬれば、いかゞし給(たま)はんとする。今(いま)の世(よ)の事(こと)とていみじき御門(みかど)の御むすめや。太政(だいじやう)大臣(だいじん)のむすめといへど、皆みやづかへに出(い)で立(た)ちぬめり。此(こ)の君達(きんだち)をいかにほしと思(おも)ふ人(ひと)多(おほ)からんとすらむな。それはたゞこと<”ならず。をのがための末の世(よ)のはぢならんと思(おも)ひて、男(をとこ)にまれ、何(なに)の宮(みや)、かの御方(かた)よりとて事(こと)ようかたらひよせては、故とのの何(なに)とありしかばかかかるぞかしと心(こころ)をつかひしかばなどこそは、世(よ)にも言(い)ひ思(おも)はめ。はゝとておはするか人(ひと)、はた此(こ)の君達(きんだち)の有様(ありさま)をはかばかしう後見(うしろみ)もてなし給(たま)ふべきにあらず。などて世にありつる折、かみにもをのがある折さきにたて給(たま)へと祈(いの)り請(こ)はざりつらんと思(おも)ふが悔(くや)しき事(こと)。さりとて尼(あま)になし奉(たてまつ)らんとすれば、人(ひと)ぎゝ物(もの)ぐるをしきものから、怪(あや)しの法師(ほふし)の具(ぐ)共(ども)になり
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給(たま)はんずかし。哀(あは)れに悲(かな)しきわざかな。麿(まろ)が死(し)なん後(のち)、人(ひと)笑(わら)はれに人(ひと)の思(おも)ふばかりの振舞(ふるまひ)有様(ありさま)をきて給(たま)はゞ、必(かなら)ずうらみ聞(き)こえんとす。夢(ゆめ)<まろがなからん世(よ)の面(おもて)ぶせ。まろを人(ひと)に言(い)ひ笑(わら)はせ給ふなよなど泣く<申し給(たま)へば、大姫君(おほひめぎみ)・小姫君(こひめぎみ)、涙(なみだ)をながし給(たま)ふも疎(おろ)かなり。たゞあきれておはす。北(きた)の方(かた)もいらへ給(たま)はん方もなく、たゞよゝと泣き給(たま)ふ。
まつぎみの少将(せうしやう)などを、取(と)り分(わ)きいみじき物(もの)に言(い)ひ思(おも)ひしかど、位(くらゐ)もかばかりなるを見置きて死ぬる事(こと)、われにをくれてはいかゞせんとする。たましゐあればさりともとは思(おも)へども、いかにせんとすらんな。いでや、世にあり煩(わづら)ひ、官(つかさ)位(くらゐ)人(ひと)よりは短(みじか)し。人(ひと)と等(ひと)しくならんなど思(おも)ひて、世(よ)にしたがひ、物(もの)おぼえぬ追従(ついしょう)をなし、なは得うちしなどをば、世(よ)に片時(かたとき)あり廻(めぐ)らせじとす。其の定(さだ)めならば、たゞ出家(しゆつけ)して山林に入りぬべきぞなど泣く<言(い)ひつゞけ給(たま)ふを、いみじう悲(かな)しと思(おも)ひ惑(まど)ひ給(たま)ふ。げに理(ことわり)に悲(かな)しとも疎(おろ)かなり。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)哀(あは)れにきゝ惑(まど)ひ給(たま)ひて、何(なに)かかくは思(おぼ)しつゞくる。げに皆さる事(こと)共(ども)には侍(はべ)れど、などてかいと殊(こと)の外(ほか)には誰(たれ)も思(おも)はせんなどいみじう泣き給(たま)へば、君(きみ)をこそは年(とし)頃(ごろ)子のやうに思(おも)ひ聞(き)こえ侍(はべ)りつれど、とかくわれも人(ひと)もはか<”しからでやみぬる事(こと)の、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しき事(こと)、道雅を猶(なほ)よく言(い)ひをしへ給(たま)へなど万(よろづ)に言(い)ひつゞけ泣き給(たま)ふ。一品宮・一宮も、此(こ)の御(おん)心地(ここち)をいかに<と思(おぼ)し嘆(なげ)く程(ほど)に、
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正月はつかあまりになれば、世(よ)には司召(つかさめし)とて、むま車(くるま)のをとも繁(しげ)く、殿(との)ばらの内(うち)に参(まゐ)り給ふなども聞(き)こゆれば、哀(あは)れにいみじ。
おほ姫君(ひめぎみ)は只今(ただいま)十七八ばかりにて、御ぐしこまやかにいみじう美(うつく)しげにて、たけに四五寸ばかりあまり給(たま)へり。御かたち有様(ありさま)、あいぎやうづきけぢかうらうたげに、いろあひなどいみじう美(うつく)しうて、しろき御衣(ぞ)共(ども)の上(うへ)に、かうばいのかたもんの織物(おりもの)を着給(たま)ふて、濃き袴(はかま)を着給(たま)へる、哀(あは)れにいみじう美(うつく)しげなり。中姫君(ひめぎみ)十五六ばかりにて、おほ姫君(ひめぎみ)よりは少(すこ)しおほきやかにて、いとしうとくに物(もの)<しう、あなきよげの人(ひと)やと見(み)え給(たま)ひて、御ぐしはたけに三寸ばかり足らぬ程(ほど)にて、いみじうふさやかに頼(たの)もしげに見(み)えたり。いろいろの御衣(ぞ)なよゝかに皆重(かさ)なりたる、朔日(ついたち)の御装束(さうぞく)共(ども)のなえたる程(ほど)と見(み)えたり。いみじう哀(あは)れに美(うつく)しげなる御かたちどもに、はゝ北(きた)の方(かた)さざやかにおほどかなる様(さま)にて、只今(ただいま)廿余ばかりにぞ見(み)え給(たま)ふ。それも又(また)いと清(きよ)げにておはす。蔵人(くらんど)の少将(せうしやう)いといろあひ美(うつく)う、かほつきよげにあべき限(かぎ)り、ゑに書きたる男(をとこ)の様(さま)して、香(かう)にうす物(もの)のあをき襲(かさ)ねたるかりあをに、濃紫(こむらさき)のかたもんの指貫(さしぬき)着て、くれなゐの打衣(うちぎぬ)などぞ着給(たま)へる。いろあはひ何(なに)となくにほひ給(たま)へるに、ましていたう泣き給(たま)へれば、面(おもて)赤(あか)み給(たま)へり。
帥(そち)殿(どの)もかたち・身のかた、世(よ)の上達部(かんだちめ)にあまり給(たま)へりとまでいはれ給(たま)へるが、年(とし)頃(ごろ)の御物(もの)思(おも)ひにふとりこちたうおはしましつるを、此(こ)の月頃(ごろ)悩(なや)み給(たま)ひて、やゝ打(う)ち細(ほそ)り
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給(たま)へるが、いろあひなどのさらにかはり給(たま)はぬをぞ、人々(ひとびと)恐(おそ)ろしき事(こと)に聞(き)こゆる。此(こ)の姫君(ひめぎみ)達(たち)のおはすれば、忝(かたじけな)がりて、御烏帽子(えぼうし)引(ひ)き入(い)れて臥(ふ)し給(たま)へり。わかやかなる女房(にようばう)四五人(にん)ばかり、うすいろのしびらども、かごとばかり引(ひ)き結(ゆ)ひ付(つ)けたり。何事(なにごと)もしめり哀(あは)れにおかし。つゐに正月廿九日(にち)に失(う)せ給(たま)ひぬ。御年(とし)卅七にぞおはしける。此(こ)の姫君(ひめぎみ)達(たち)、少将(せうしやう)などさりともと思(おぼ)しけるに、あさましう物(もの)もおぼえ給(たま)はず。たゞをくれじ<と泣(な)き惑(まど)ひ給(たま)へど、かひある事(こと)ならばこそあらめ。いといみじうあはれとも疎(おろ)かなり。只今(ただいま)いとかくしもおはしますまじき程(ほど)に、かくはかなき様(さま)になりぬるは、年(とし)頃(ごろ)さりともの御頼(たの)みに、万(よろづ)心(こころ)のどかに思(おぼ)し渡(わた)りけるを、中宮(ちゆうぐう)の若宮(わかみや)いま宮(みや)さしつゞきて、月日(ひ)のごとくにてひかり出(い)で給(たま)へるに、すべて筋(すぢ)なう今(いま)はかうにこそ思(おぼ)しつるに、御やまひもつき御命(いのち)もつゞめてげるにや。
此(こ)の殿(との)の君達(きんだち)はさらなり。中納言(ちゆうなごん)や頼親(よりちか)の内蔵頭(くらのかみ)、周頼の中務(なかつかさ)大輔(たいふ)など言(い)ふは、此(こ)の御はらからども、哀(あは)れに思(おも)ひ嘆(なげ)き給(たま)へり。一品宮・一宮などの御気色(けしき)も疎(おろ)かなるべきにもあらず。思(おも)ひ遣(や)るべし。哀(あは)れにいみじきなり。いとど言(い)ふかひなくてはなどぞ。人(ひと)も聞(き)こえける。中納言(ちゆうなごん)いとど世(よ)の中(なか)を憂き物(もの)に思(おぼ)したるにつけても、僧都(そうづ)の君(きみ)と打(う)ち語(かた)らひ給(たま)ふつゝ、猶(なほ)世(よ)を捨(す)てまほしうのみ思(おぼ)し語(かた)らひ聞(き)こえ給(たま)ふ。憂き
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世(よ)のなかに、今(いま)はたゞ。みづからの事(こと)になりぬる心地(ここち)のみすれば、いかにせましと思(おぼ)すに遠資がむすめのはの女(をんな)君達(きんだち)のあはれさに万(よろづ)をえ捨て給(たま)はぬ。あはれなり。
小一条(こいちでう)の中の君(きみ)と聞(き)こゆるは、宣耀殿(せんえうでん)の御おとうとの君(きみ)、殿(との)も上(うへ)もともかうもなさで失(う)せ給(たま)ひにしかば、いかで女御(にようご)殿(どの)におとらぬ様(さま)の事(こと)をなど思(おぼ)しかまへて、東宮(とうぐう)のおとうとの帥(そち)の宮に聞(き)こえつげ給(たま)へりしかば、南院(ゐん)にむかへ給(たま)へりしかど、年(とし)月にそへて、御志(こころざし)浅(あさ)うなりもて行(い)きて、和泉守(いづみのかみ)みちさだがめを覚(おぼ)し騒(さわ)ぎて、此(こ)の君(きみ)をば殊(こと)の外(ほか)に思(おぼ)したりしかば、ゐ煩(わづら)ひて小一条(こいちでう)のをば北(きた)の方(かた)の御もとにかへり給(たま)ひにしぞかし。されば東宮(とうぐう)も、宣耀殿(せんえうでん)も、此(こ)の事(こと)を我がくち入れたらましかば、いかにきゝにくからまし。知らぬ事(こと)なれば、心(こころ)安(やす)しとぞ思(おぼ)し宣(のたま)はせける。御さいはひ同(おな)じ御はらからと見(み)え給(たま)はず。いづみをば、故弾正宮(みや)もいみじき物(もの)に思(おぼ)したりしかば、かく帥(そち)殿(どの)もうけとり思(おぼ)すなりけり。故関白(くわんばく)殿(どの)の三君帥(そち)の宮(みや)の上(うへ)も一条(いちでう)辺(わた)りに心(こころ)得ぬ御様(さま)にてぞおはする。又(また)小一条(こいちでう)の中君もいかゞとぞ人(ひと)推(お)し量(はか)り聞(き)こゆめる。斯(か)かる程(ほど)に、六条(ろくでう)の宮(みや)も失(う)せ給(たま)ひにしかば、左衛門(さゑもん)の督殿(どの)ぞ万(よろづ)思(おぼ)し扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふも本意(ほい)あり。あはれなる御事(こと)なり。
まこと花山(くわさん)の院(ゐん)かくれさせ給(たま)ひにしかば、一条(いちでう)殿(どの)の四君は、たかづかさ殿(どの)に渡(わた)り給(たま)ひにしを殿(との)の上(うへ)の御消息(せうそこ)度々(たびたび)ありて、むかへ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、姫君(ひめぎみ)の御具(ぐ)になし聞(き)こえ給(たま)ひに
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しかば、殿(との)万(よろづ)に思(おぼ)しをきて聞(き)こえ給(たま)ひし程(ほど)に、御志(こころざし)いとどまめやかに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ふ。家司(けいし)なども皆定(さだ)め誠(まこと)しうもてなし聞(き)こえ給(たま)へば、いとあべい様(さま)にあるべかしうて過(す)ぎさせ給(たま)ふめれば、院(ゐん)の御ときこそ御はらからたちも知(し)り聞(き)こえ給(たま)はざりしが。此(こ)の度(たび)はいとめでたくもてなし聞(き)こえ給(たま)へりけり。
中宮(ちゆうぐう)の若宮(わかみや)、いみじういと美(うつく)しうてはしりありかせ給(たま)ふ。今年(ことし)は三(み)つにならせ給(たま)ふ。四月には、殿(との)、一条(いちでう)の御ざしきにて若宮(わかみや)に物(もの)御覧(ごらん)ぜせ給(たま)ふ。いみじうふくらかに白(しろ)う愛敬(あいぎやう)づき美(うつく)しうおはしますを、斎院(ゐん)の渡(わた)らせ給(たま)ふ折、大(おほ)殿(との)これはいかゞとて若宮(わかみや)を抱(いだ)き奉(たてまつ)り給(たま)ひて、御簾(みす)をかかげさせ給(たま)へれば、斎院(ゐん)の御こしのかたびらより。御あふぎをさし出(い)でさせ給(たま)へるは、見(み)奉(たてまつ)らせ給ふなるべし。かくて暮れぬれば、又(また)の日(ひ)、斎院(ゐん)より、
@ひかりいづるあふひのかげを見てしかば年(とし)へにけるも嬉(うれ)しかりけり W064。
御かへし、殿(との)の御(お)前(まへ)、
@もろかづら二葉(ふたば)ながらも君(きみ)にかくあふ日(ひ)や神(かみ)の験(しるし)なるらん W065
とぞ聞(き)こえさせ給(たま)ひたる。若宮(わかみや)・いま宮(みや)打(う)ちつゞきはしりありかせ給(たま)ふも、おぼろげの御功徳(くどく)の御身と見(み)えさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)を殿(との)はいみじみやむごとなき物(もの)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるも、理(ことわり)にこそ、
かくて東宮(とうぐう)の一の宮(みや)をば式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)とぞ聞(き)こえさするを、広幡(ひろはた)の中納言(ちゆうなごん)
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は今(いま)は右のおとどぞかし。承香殿の女御(にようご)の御弟(をとゝ)の中姫君(ひめぎみ)に、此(こ)の宮(みや)むこどり奉(たてまつ)り。いでや古体(こたい)にこそなど思(おも)ひ聞(き)こえとせ給(たま)ふに、それさしもあらずはと、目安(やす)き程(ほど)の御有様(ありさま)なり。殿(との)も殊(こと)にわかくよりおぼえこそおはせざりしかど、めでたうののしり給(たま)ひし閑院(ゐん)の大将(だいしやう)は大納言(だいなごん)にてこそは失(う)せ給(たま)ひにしが。此(こ)の殿(との)はかく命(いのち)長くて、大臣までなり給(たま)へれば、いとめでたし。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)、さばかりにやと思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ひしかども、いと思(おも)ひの外(ほか)に女君(をんなぎみ)も清(きよ)げにようおはし、御(おほん)心(こころ)ざまなどもあらまほしう、何事(なにごと)も目安(やす)くおはしましければ、御なからひの志(こころざし)、いとかひある様(さま)なれば、只今(ただいま)は女御(にようご)をまた無き物(もの)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひしちゝおとど此(こ)の宮(みや)の上(うへ)を、いみじき物(もの)に思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へり。宮(みや)もいみじう御心(こころ)の本躰たはれ給(たま)ふけれど、此(こ)の女君(をんなぎみ)を只今(ただいま)はいみじう思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へれば、いと思(おも)はずなる事(こと)にぞ、人々(ひとびと)聞(き)こえける。
彼の帥(そち)殿(どの)のおほ姫君(ひめぎみ)にはたゞ今の大(おほ)殿(との)の高松(たかまつ)殿(どの)ばらの三位中将(ちゆうじやう)かよひ聞(き)こえ給(たま)ふとぞ言(い)ふと、世(よ)に聞(き)こえたるあしからぬ事(こと)なれど、殿(との)の思(おぼ)しをきてしにはたがひたり。中将(ちゆうじやう)いみじういろめかしうて、万(よろづ)の人(ひと)たゞに過(す)ぐし給(たま)はずなどして、御かたがたの女房(にようばう)に物(もの)宣(のたま)ひ、子をさへ産ませ給(たま)ひけるに此(こ)の御あたりにおはし初(そ)めて後(のち)はこよなき御心(こころ)もちゐなれど、猶(なほ)おり<の物(もの)のまぎれぞ、いと心(こころ)づきなうおはしける。哀(あは)れに志(こころざし)のあるまゝに万(よろづ)に
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扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)へば、つかうまつる人(ひと)も打(う)ち泣き、女君(をんなぎみ)も恥(は)づかしきまで思(おぼ)しけり。はゝ北(きた)の方(かた)もとより中の君(きみ)をぞいみじく思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へりければ、万(よろづ)に此(こ)の御ためには疎(おろ)かなる様(さま)に見(み)え給(たま)ひける。中君をば中宮(ちゆうぐう)よりぞ、度々(たびたび)御消息(せうそこ)聞(き)こえ給(たま)へど、昔(むかし)の御遺言(ゆいごん)の片端(かたはし)よりやぶれんいみじさに、ただ今(いま)思(おぼ)しもかけざめれど、目安(やす)き程(ほど)の御振舞(ふるまひ)ならば、さやうにやと、心(こころ)苦(ぐる)しうぞ見(み)え給(たま)ひける。あはれなる世(よ)の中(なか)は、寝(ぬ)るが内(うち)の夢(ゆめ)に劣(おと)らぬ様(さま)なり。あさましき事(こと)は帥(そち)の宮の思(おも)ひもかけざりつる程(ほど)に、はかなう煩(わづら)はせ給(たま)ひて、失(う)せ給(たま)ひにしこそ、猶(なほ)<哀(あは)れにいみじけれ。
内(うち)の一の宮(みや)御げんぶくせさせ給(たま)ひて、式部(しきぶ)卿(きやう)にと思(おぼ)せど、それは東宮(とうぐう)の一宮さておはします、中務(なかつかさ)にても二の宮(みや)おはすれば、只今(ただいま)あきたるまゝに、今上の一の宮をば、帥(そち)の宮(みや)とぞ聞(き)こえける。御才(ざえ)深(ふか)う心(こころ)深(ふか)くおはしますにつけても、上(うへ)は哀(あは)れに人(ひと)知れぬ私物(わたくしもの)に思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、万(よろづ)に飽(あ)かずあはれなるわざかな。かうは思(おも)ひしとのみぞ打(う)ちまもり聞(き)こえさせ給(たま)へる。御志(こころざし)のあるまゝにとて、一品(いつぽん)にぞなし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。万(よろづ)を次第(しだい)のまゝに思(おぼ)し召(め)しながら、はか<”しき御後見(うしろみ)もなければ、其(そ)の方(かた)にもむげに思(おぼ)し絶えはてぬるにつけても、かへすがへす口(くち)惜(を)しき御宿世(すくせ)にもありけるかなとのみぞ、悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)しける。中宮(ちゆうぐう)は御気色(けしき)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、ともかくも世に
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おはしまさん折は、猶(なほ)いかでか此(こ)の宮(みや)の御事(こと)をさもあらせ奉(たてまつ)らばやとのみぞ、心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)し召(め)しける。此(こ)の(ごろ)となりては、いかで<疾くおりなばやと思(おぼ)し宣(のたま)はすれば、中宮(ちゆうぐう)物(もの)を心(こころ)細(ぼそ)う思(おも)ほしたり。されど美(うつく)しくさしつゞかせたまへる御有様(ありさま)をぞ頼(たの)もしうめでたき事(こと)に世(よ)の人(ひと)申しける。



栄花物語詳解巻九


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〔栄花物語巻第九〕 いはかげ
かくて御門(みかど)、いかでおりさせ給(たま)ひなんとのみ思(おぼ)し宣(のたま)はすれど、殿(との)の御(お)前(まへ)許(ゆる)し聞(き)こえさせ給(たま)はぬ程(ほど)に、例(れい)ならず悩(なや)ましうおはしまして、いかなる事(こと)にかと思(おぼ)して御慎(つつし)みあり。中宮(ちゆうぐう)もしづごゝろなく嘆(なげ)かせ給(たま)ふ程(ほど)に、まめやかに苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)さるれば、これより重(おも)らせ給(たま)ふやうもこそあれと、何事(なにごと)も思(おぼ)しわかるゝ程(ほど)に、いかでともかくもと思(おぼ)し召(め)さる。御もののけなど様々(さまざま)繁(しげ)き様(さま)なり。此(こ)の頃(ごろ)一条(いちでう)の院(ゐん)にぞおはします。夏(なつ)の事(こと)なれば、さらぬ人(ひと)だに安(やす)くもあらぬに、いみじう苦(くる)しげにおはしますも、見(み)奉(たてまつ)りつかうまつる人(ひと)安(やす)くもあらず嘆(なげ)く。六月七八九日(にち)の程(ほど)なり。今(いま)はかくておりゐなんと思(おぼ)すを、さるべき様(さま)にをきて給(たま)へとおほせらるれば、殿(との)うけたまはらせ給(たま)ひて、東宮(とうぐう)に御たいめんこそは例(れい)の事(こと)なれとて、思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふ程(ほど)に、東宮(とうぐう)には一の宮(みや)をとこそ思(おぼ)し召(め)すらめど、中宮(ちゆうぐう)の御こころの内(うち)にも思(おぼ)しをきてさせ給(たま)へるに、うへおはしまして東宮(とうぐう)の御たいめ急(いそ)がせ給(たま)ふに、世(よ)人(ひと)いかなべい事(こと)にかとゆかしう
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申し思(おも)ふに、一の宮(みや)の御かたざまの人々(ひとびと)、若宮(わかみや)かくて頼(たの)もしういみじき御(おん)中(なか)よりひかり出(い)でさせ給(たま)へる、いと煩(わづら)はしうさやうにこそはと思(おも)ひ聞(き)こえさせたり。又(また)あるひはいでやなど推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせたり。
東宮(とうぐう)行啓あり。十一日(にち)に渡(わた)らせ給(たま)ふ程(ほど)いみじうめでたし。一条(いちでう)の院(ゐん)にはいかにおはしまさんとすらんよりほかの嘆(なげ)きに、東宮(とうぐう)方(がた)の殿上人(てんじやうびと)など思(おも)ふ事(こと)なげなるも常(つね)の事(こと)ながら、世(よ)のあはれなる事(こと)、たゞ時(とき)の間(ま)にてかはりける。さて渡(わた)らせ給(たま)へれば、御簾ごしに御たいめんありて、あるべき事(こと)ども申(まう)させ給(たま)ふ。世(よ)にはをどろ<しう聞(き)こえさせつれど、いとさはやかによろづの事(こと)聞(き)こえさせ給(たま)へば、世(よ)の人(ひと)のらごとをもしけるかなと宮(みや)は思(おぼ)さるべし。位(くらゐ)もゆづり聞(き)こえさせ侍(はべ)りぬれば、東宮(とうぐう)には若宮(わかみや)をなんものすべう侍(はべ)る。だうりのまゝならば、帥(そち)の宮(みや)をこそはと思(おも)ひ侍(はべ)れど、はか<”しき後見(うしろみ)なども侍(はべ)らねばなん。大方(おほかた)の御まつりごとにも、年(とし)頃(ごろ)親(した)しくなど侍(はべ)りつる男(をのこ)どもに、御用意(ようい)あるべきものなり。みだりごゝちをこたるまでもほい遂げ侍(はべ)りなんとし侍(はべ)り、またさらぬにてもあるべき心地(ここち)もし侍(はべ)らずなど様々(さまざま)哀(あは)れに申(まう)させ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)も御目のごはせ給(たま)ふべし。さてかへらせ給(たま)ひぬ。
中宮(ちゆうぐう)は若宮(わかみや)の御事(こと)さだまりぬるを、例(れい)の人(ひと)におはしまさば、ぜひなく嬉(うれ)しうこそは思(おぼ)し召(め)すべきを、うへはだうりのまゝにとこそは
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思(おぼ)しつらめ。彼の宮(みや)もさりともさやうにこそはあらめと思(おぼ)しつらんに、かく世(よ)のひゞきにより引きたがへ思(おぼ)しをきつるにこそあらめ。さりともと御心(こころ)の内(うち)の嘆(なげ)かしう安(やす)からぬ事(こと)にはこれをこそ思(おぼ)し召(め)すらんと、いみじうこころ苦(ぐる)しういとおし。若宮(わかみや)はまだいと幼(をさな)くおはしませば、自(おの)づから御宿世(すくせ)にまかせてありなんものをなど思(おぼ)し召(め)いて、殿(との)の御(お)前(まへ)にも、猶(なほ)此(こ)の事(こと)いかでさらでありにしがなとなん思(おも)ひ侍(はべ)る。彼の御心(こころ)の内(うち)には、年(とし)頃(ごろ)思(おぼ)しつらん事(こと)のたがふをなん、いと心(こころ)苦(ぐる)しうわりなきなど泣く<と言(い)ふばかりに申(まう)させ給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)げにいとありがたき御事(こと)にもおはしますかな。またさるべき事(こと)なれば、げにと思(おも)ひ給(たま)ひてなんをきてつかうまつるべきを、うへおはしましてあべい事(こと)どもをつぶ<とおほせらるゝに、いな猶(なほ)あしうおほせらるゝ事(こと)なり。次第(しだい)にこそはと奏しかへすべき事(こと)にも侍(はべ)らず。世(よ)の中(なか)いとはかなう侍(はべ)れば、かくて世(よ)に侍(はべ)る折さやうならん御有様(ありさま)も見(み)奉(たてまつ)り侍(はべ)りなば、後(のち)の世も思(おも)ひなくこころ安(やす)くてこそ侍(はべ)らめとなん思(おも)ひ給(たま)ふると申(まう)させ給(たま)へば、又(また)これも理(ことわり)の御事(こと)なれば、かへし聞(き)こえさせ給(たま)はず。うへは御(おん)心地(ここち)の苦(くる)しうおぼえさせ給(たま)ふまゝにも、宮(みや)の御(お)前(まへ)をまつはし聞(き)こえさせ給(たま)へば、片時(かたとき)立(た)ち去(さ)り聞(き)こえ給(たま)はず。いと苦(くる)しげにおはします。
御譲位六月十三日(にち)なり。十四日(にち)より御こ〔ゝ〕ち重(おも)らせ給(たま)ふ。若宮(わかみや)東宮(とうぐう)に立(た)たせ給(たま)ひぬ。世(よ)の人(ひと)をどろくべくもあらず、
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あべい事(こと)ゝ皆思(おも)ひたりつれど、御悩(なや)みの程(ほど)、一の宮(みや)の御(お)前(まへ)立(た)ち去(さ)らず扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふも、御こころの内(うち)推(お)し量(はか)られ、こころ苦(ぐる)しうて、中宮(ちゆうぐう)もあひなう御面(おもて)あかむ心地(ここち)せさせ給(たま)ふ。一品宮もよろづ思(おぼ)しみだれたる内(うち)にも、一の宮(みや)の御事(こと)の斯(か)かるをそへ嘆(なげ)かせ給(たま)ふべし。東宮(とうぐう)の御事(こと)などすべて宮(みや)は何(なに)とも覚えさせ給(たま)はねば、たゞ殿(との)の御かたがたに御いとまなく、内(うち)・春宮(とうぐう)・院(ゐん)など参(まゐ)り定(さだ)めさせ給(たま)ふ程(ほど)、えもいはずあさましきまで見(み)えさせ給(たま)ふ御さいはひかなとめでたく見(み)えさせ給(たま)ふ。かくて院(ゐん)の御悩(なや)みいと重(おも)らせければ、御ぐしおろさせ給(たま)はんとて、ほうしやうじざす院源(ゐんげん)僧都(そうづ)召(め)して、おほせらるゝ事(こと)ども、いみじう悲(かな)しとも疎(おろ)かなり。中宮(ちゆうぐう)われにもあらず涙(なみだ)にしづみておはします。〔一〕の宮(みや)・一品宮などいみじう思(おぼ)し召(め)したり。東宮(とうぐう)の御乳母(めのと)達(たち)の思(おも)ひたる気色(けしき)、そはしもいとめでたし。かくて御ぐし六月十九日(にち)たつのときにおろしはてさせ給(たま)ひて、あらぬ様(さま)にておはします。中宮(ちゆうぐう)えせきあへさせ給(たま)はず。思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえさすべし。
さてだに平(たひら)かにおはしまさば、いとめでたき御有様(ありさま)なるべき、いみじき一院(ゐん)にこそはおはしますべきを、すべておはしますべうも見(み)えさせ給(たま)はぬこそいみじけれ。此(こ)の修法など今(いま)はとどめさせ給(たま)ひて、念仏などをきかばやと宣(のたま)はすれど、只今(ただいま)は同(おな)じやうに平(たひら)かにおはしますべき御祈(いのり)のみぞある。さりともいとかばかりの御有様(ありさま)をそむかせ給(たま)ひぬれば、さりともと頼(たの)もしうのみ誰(たれ)
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も思(おぼ)したるに、いつゝにて東宮(とうぐう)に立(た)たせ給(たま)ふ。七にて御位(くらゐ)につかせ給(たま)ひて後(のち)、二十五年にぞならせ給(たま)ひにければ、今(いま)の世(よ)の御門(みかど)の、かばかりのどかにたもたせ給(たま)ふやうなし。村上(むらかみ)の御事(こと)こそは、世(よ)にめでたきたとひにて、廿一年おはしましけれ。ゑんゆう院(ゐん)の上、世(よ)にめでたき御心(こころ)をきて、たぐひなきひじりの御かどと申しけるに、十五年ぞおはしましけるに、かう久しうおはしましつれば、いみじき事(こと)に世(よ)人(ひと)申し思(おも)へれど、御(おん)心地(ここち)の猶(なほ)いみじく重(おも)らせ給(たま)ひて、寛弘八年六月廿二日(にち)のひるつかた、あさましうならせ給(たま)ひぬ。そこらの殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)・殿(との)ばら・宮(みや)の御(お)前(まへ)・一の宮(みや)・一品宮(みや)。すべて聞(き)こえん方なし。殿(との)の御(お)前(まへ)えもいはず。いみじき御(おん)心地(ここち)せさせ給(たま)ふとも疎(おろ)かなり。そこらの御ずほうのだんどもこぼち、僧どものもの運(はこ)びののしる程(ほど)いともの騒(さわ)がしう、様々(さまざま)にあはれなる事(こと)多(おほ)かり。
内(うち)方(かた)はめでたき事(こと)を日(ひ)のさし出(い)でたる心地(ここち)したり。此(こ)の院(ゐん)にはよろづ只今(ただいま)はかきくもり、いみじき御有様(ありさま)共(ども)なるに、東宮(とうぐう)のいと若(わか)う行末(ゆくすゑ)はるかなる御程(ほど)、思(おも)ひ参(まゐ)らする。いとめでたし。今年(ことし)は四(よ)つにならせ給(たま)ふ。三の宮はみつにおはします。何(なに)ともなうまぎれさせ給(たま)ふもいみじうあはれなり。いみじき御有様(ありさま)のまた限(かぎ)りなきと聞(き)こえさすれど、道(みち)異(こと)にならせ給(たま)ひぬれば、暫(しば)しこそあれ。さてのみやはとて中宮(ちゆうぐう)も御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。御しつらひ様(さま)殊(こと)にしなして、御となぶら近(ちか)う参(まゐ)りてさべき人々(ひとびと)
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は遠(とを)く退(の)きて候ふ程(ほど)などこそは、世(よ)にたぐひなくゆゝしきわざなりけれ。中宮(ちゆうぐう)もののあはれも何時(いつ)かは知(し)らせ給(たま)ふべき。これこそ始(はじ)めに思(おぼ)し召(め)すらめ。参(まゐ)らせ給(たま)ひし程(ほど)、いみじう若(わか)くおはしまししに、かくての後(のち)十二三年(じふにさんねん)にならせ給(たま)ひぬるに、またならび聞(き)こえさする人(ひと)なくて、明(あ)け暮(く)れよろづになれ聞(き)こえさせ給(たま)ひけるに、俄(にわか)なるやうなる御有様(ありさま)を、いかでかは疎(おろ)かには思(おぼ)し召(め)されん。よろづに理(ことわり)と見(み)えさせ給(たま)ふ。
一品の宮(みや)は十四五ばかりにおはしませば、よろづに今(いま)は思(おぼ)し知(し)りはてて、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)く。師の宮(みや)は、まだいと若(わか)うおはしませど、大方(おほかた)のどかにこころ恥(は)づかしう、よろづ思(おぼ)し知(し)りたる御有様(ありさま)なれば、いたうしづみ思(おぼ)し嘆(なげ)く様(さま)、理(ことわり)なりと見(み)えたり。ひとかたのみならず、自(おの)づから思(おぼ)しむすぼるゝ事(こと)なきにしもあらじかしと、様々(さまざま)こころ苦(ぐる)しうなん。かくて日頃(ひごろ)の御読経のこゑ、哀(あは)れにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ程(ほど)に、御さうそうは七月八日と定(さだ)めさせ給(たま)へり。いみじう暑き程(ほど)に、こころよりほかに程(ほど)経(へ)させ給(たま)ふを、中宮(ちゆうぐう)いみじう思(おぼ)し召(めしたり。かくておはします事(こと)こそはめでたき事(こと)ながら、限(かぎ)りあるわざなれば、哀(あは)れにのみなん。七月七日明日(あす)は御さうそうとて按察大納言(だいなごん)殿(どの)より、
@たなばたを過(す)ぎにし君(きみ)と思(おも)ひせば今日(けふ)は嬉(うれ)しきあきにぞあらまし W066。
右京命婦(みやうぶ)、御かへし、
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@わびつゝもありつるものをたなばたのたゞ思(おも)ひ遣(や)れ明日(あす)いかにせん W067。
かくて八日のゆふべ、いはかげと言(い)ふところへおはします。儀式(ぎしき)有様(ありさま)めづらかなるまでよそほしきに、さばこれこそはきはの御有様(ありさま)なりけれと、見物(みもの)に人(ひと)思(おも)へり。殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、いづれの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)かはのこりつかうまつらぬあらん。おはしましつきては、いみじき御有様(ありさま)と申しつれど、はかなきくもきりとならせ給(たま)ひぬるは、いかゞあはれならぬ。
永き夜といへどはかなう明けぬれば、暁(あかつき)方(がた)には御骨など帥(そち)の宮(みや)・殿(との)など取らせ給(たま)ひて、事(こと)はてぬれば、大蔵卿(おほくらきやう)まさみつ朝臣(あそん)負(お)ひ奉(たてまつ)りてかへらせ給(たま)ふ程(ほど)などいみじう悲(かな)し。かへらせ給(たま)ふみちのそらもなし。皆(みな)一条(いちでう)の院(ゐん)に夜ぶかくいらせ給(たま)ひぬ。高松(たかまつ)の中将(ちゆうじやう)、
@いづこにか君(きみ)をば置(お)きてかへりけんそこはかとだに思(おも)ほえぬかな W068
公信の内蔵頭、
@かへりても同(おな)じ山(やま)ぢをたづねつゝ似たる煙(けぶり)や立(た)つとこそ見め W069。
哀(あは)れにつきせぬ御事(こと)どもなり。
日頃(ひごろ)は扨もおはします御方(かた)の儀式(ぎしき)有様(ありさま)、はかなき御調度(てうど)より始(はじ)め、例(れい)ざまにもてなし聞(き)こえさせ給(たま)へれば、さてのみありつるを今日(けふ)よりはおはしましゝところを、御念仏のほとけおはしまさせ、僧などの慣(な)れ姿(すがた)もいみじう忝(かたじけな)うよろづに悲(かな)し。念仏のこゑの日(ひ)の暮(く)るゝ程(ほど)、ごやなどのいみじう
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哀(あは)れに、様々(さまざま)悲(かな)しき事(こと)多(おほ)くて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。御(お)前(まへ)のなでしこを人(ひと)の折りて持(も)て参(まゐ)りたるを、宮(みや)の御(お)前(まへ)の御すゞりがめにさゝせ給(たま)へるを、東宮(とうぐう)取(と)り散(ち)らさせ給(たま)へば、宮(みや)の御(お)前(まへ)、
@見るまゝにつゆぞこぼるゝをくれにしこころも知らぬなでしこのはな W070。
月のいみじうあかきに、おはしましゝところのけざやかに見ゆれば、宮(みや)の御(お)前(まへ)、
@かげだにもとまらざりけるくもの上(うへ)を玉(たま)の台(うてな)と誰(たれ)か言(い)ひけん W071。
はかなう御忌(いみ)も過(す)ぎて、御法事一条(いちでう)の院(ゐん)てせさせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の御有様(ありさま)、さらなる事(こと)なれば、書きつゞけず。宮々(みやみや)の御有様(ありさま)いみじうあはれなり。御忌(いみ)はてゝ宮(みや)は、枇杷(びは)殿へ渡(わた)らせ給(たま)ふ折、藤式部(しきぶ)、
@ありし世は夢(ゆめ)に見なして涙(なみだ)さへとまらぬやどぞ悲(かな)しかりける W072。
一品の宮は三条(さんでう)院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。一の宮(みや)はべちなうにおはします。中宮(ちゆうぐう)より宮々(みやみや)におぼつかなからずをとづれ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。九月ばかりに弁すけなり。一品の宮(みや)に参(まゐ)りて、やまでらに一日まかりたりしに、いはかげのおはしましどころ見参(まゐ)らせしかば、哀(あは)れに思(おも)ひ給(たま)へられて、
@いはかげの煙(けぶり)をきりにわきかねて其(そ)のゆふぐれの心地(ここち)せしかな W073。
一条(いちでう)の院(ゐん)の御念仏・御読経はてまであるべし。御忌(いみ)の程(ほど)同(おな)じごと候(さぶら)はせ給(たま)ひしに、故関白(くわんばく)殿(どの)の僧都(そうづ)の君(きみ)
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はまかで給(たま)ひて、いゐむろはやがて其(そ)のまゝに候(さぶら)ひ給(たま)へば、僧都(そうづ)の君(きみ)の御許(もと)に遣(や)りし、
@くりかへし悲(かな)しき事(こと)は君(きみ)まさぬ宿(やど)の宿(やど)守(も)る身(に)にこそありけれ W074。
僧都(そうづ)の君(きみ)の御かへし、
@君(きみ)まさぬやどに住(す)むらん人(ひと)よりもよその袂(たもと)はかはくまもなし W075。
東宮(とうぐう)は今(いま)は内(うち)におはしませば、中宮(ちゆうぐう)のよろづに思(おぼ)しみだれさせ給(たま)ふに、東宮(とうぐう)の御有様(ありさま)のおぼつかなささへ。添(そ)ひていぶせく思(おぼ)し召(め)さるゝ事(こと)多(おほ)かり。内(うち)にはまだ誰(たれ)も<候(さぶら)はせ給(たま)はず。督(かん)の殿(との)をぞ参(まゐ)らせ給(たま)へとある御消息(せうそこ)度々(たびたび)になりぬれど、殿(との)の御(お)前(まへ)すが<しうも思(おぼ)し立(た)たせ給(たま)はず。内(うち)の御後見(うしろみ)も、殿(との)つかうまつらせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)のはたさらなり。猶(なほ)めづらかなる御有様(ありさま)を、同(おな)じ事(こと)なれど尽きせず世(よ)人(ひと)申し思(おも)へり。内(うち)の宣耀殿(せんえうでん)の宮(みや)たちは、三(み)所(ところ)は御かうぶりせさせ給(たま)へり。四の宮(みや)はまだわらはにておはします。一宮、斎宮に居(ゐ)させ給(たま)へり。御定(さだ)めになりぬ。御即位(そくゐ)・御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)など様々(さまざま)にののしる。女御代(にようごだい)には督(かん)の殿(との)出(い)で給(たま)ふべきやうにぞ。世(よ)人(ひと)申しける。されどそれはまだ定(さだ)めもなし。
かく言(い)ふ程(ほど)に、故帥(そち)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)には、高松(たかまつ)殿(どの)の二位(にゐ)の中将(ちゆうじやう)住(す)み給(たま)ひければ、此(こ)の頃(ごろ)ぞ御(み)子(こ)産み奉(たてまつ)り給(たま)へれば、いみじう美(うつく)しき女君(をんなぎみ)におはすれば、殿(との)は后(きさき)がねと抱(いだ)き持(も)ちて慈(うつく)しみ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。七日
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が程(ほど)の御有様(ありさま)限(かぎ)りなく御かたがたよりも御とぶらひどもあり。殿(との)の御(お)前(まへ)はたさらなり。よろづに知(し)り扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。あはれ帥(そち)殿(どの)のいみじきものにかしづき給(たま)ひしを思(おぼ)しいづるにも、これ悪(わろ)き振舞(ふるまひ)にはあらねど、世(よ)に限(かぎ)りなき御有様(ありさま)に思(おぼ)しをきてしものをと、まづ思(おも)ひ出(い)で聞(き)こゆる人々(ひとびと)多(おほ)かり。くはしき御事(こと)も世(よ)の騒(さわ)がしきいとなみなれば、え書き尽くさずなりぬ。推(お)し量(はか)るべし。此(こ)の君(きみ)むまれ給(たま)ひてのちは、内(うち)・殿(との)などに参(まゐ)り給(たま)ふもいとまおしう思(おぼ)されてなん。督(かん)の殿(との)内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。此(こ)の度(たび)はいと心(こころ)異(こと)なり。御門(みかど)の御こころいとおかしう今(いま)めかしうらう<じうおはします。何事(なにごと)ももののはへある様(さま)におはしませば、よろづもてはやし思(おぼ)し召(め)したり。御(ご)禊(けい)などいみじかべう言(い)ひののしるめる。
此(こ)の頃(ごろ)は斎宮も野の宮(みや)におはします程(ほど)いとめでたながら、宣耀殿(せんえうでん)の明(あ)け暮(く)れの御なからひのにはかにひき離(はな)れさせ給(たま)ふも、御涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)へど、いま<しければ忍(しの)びさせ給(たま)ふべし。殿(との)は御服(ぶく)疾(と)う脱がせ給(たま)ひて、御(ご)禊(けい)など事(こと)ども執(と)り行(おこな)はせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の宮司(みやづかさ)などまださだまらず。御忌(いみ)の程(ほど)などは、いとゆゝしく思(おぼ)され給(たま)ふ。又(また)日(ひ)次(ついで)など選(え)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、事(こと)しも又(また)一定なれば、此(こ)の頃(ごろ)脱がせ給(たま)ふ。はかなくて十月にもなりぬれば、中宮(ちゆうぐう)の御そでのしぐれもながめがちにぞ過(す)ぐさせ給(たま)ふ。御行(おこな)ひのみぞひまなき。庭(には)も紅(くれなゐ)深(ふか)く御覧(ごらん)じ遣(や)られてあはれなり。ちご宮のいみじうあはて
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させ給(たま)ふ程(ほど)の、美(うつく)しきにも、東宮(とうぐう)のいといみじうをよずけさせ給(たま)ふ程(ほど)を、人(ひと)づてに聞(き)こし召(め)しても、飽(あ)かぬ様(さま)に思(おぼ)し召(め)さる。大方(おほかた)の御有様(ありさま)こそ、のどかにも思(おぼ)し召(め)せど、猶(なほ)行末(ゆくすゑ)つきすまじき御頼(たの)もしさを、そこらの御(おん)中(なか)に、女宮の交(ま)じらせ給(たま)へらましかば、いかにめでたき御かしづきぐさならましとおはしまさぬを、口(くち)惜(を)しき事(こと)に見(み)奉(たてまつ)り思(おぼ)し召(め)すも、あまりなるまである御こころなりし。承香殿・弘徽殿(こきでん)などの、女宮をだに持ち奉(たてまつ)らせ給(たま)はましかばとあはれなり。
世(よ)の中(なか)には御(ご)禊(けい)〔な〕ど、今(いま)めかしき事(こと)ども、様々(さまざま)ゆすれど、中宮(ちゆうぐう)はたゞあはれ尽きせず。思(おぼ)し召(め)されて、さるべき折<は、一品宮に御消息(せうそこ)聞(き)こえさせ給(たま)ひ、何事(なにごと)もこころざし聞(き)こえさせ給(たま)ふ。一品宮も月日(ひ)のすぐるを、哀(あは)れに悲(かな)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)しては、帥(そち)の宮だにひとゝころにおはしまさぬ事(こと)をぞ口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)す。いづこにもたゞ御行(おこな)ひをぞたゆませ給(たま)はぬ。一条(いちでう)の院(ゐん)には御読経・御念仏などたえずして、僧どもの、哀(あは)れにこころ細(ぼそ)く、ひろきところに、人(ひと)ずくなにおぼゆるままに、世はかうこそはありけれと、おはしましし。世(よ)の御有様(ありさま)かたりつゝも、思(おも)ひ出(い)で聞(き)こえさせぬ折なし。帥(そち)の宮は、故院(ゐん)の一条(いちでう)の院(ゐん)におはしましゝ折にこそ、べちなうの御住居(すまひ)もつき<”しかりしが,今(いま)は何事(なにごと)もへだて多(おほ)かる。御(おん)心地(ここち)せさせ給(たま)へば、いかにと思(おぼ)しみだるゝに、殿(との)おはしまして、みなみの院(ゐん)を奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、べちなうをば三宮の御らう
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にと思(おぼ)し召(め)したり。あしかるまじき事(こと)なれば、さやうに思(おぼ)し召(め)したれど、猶(なほ)御はてまではかうてやとぞ思(おぼ)し召(め)しける。年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)達(たち)、内(うち)に参(まゐ)るはすくなうて、東宮(とうぐう)・中宮(ちゆうぐう)・一品の宮(みや)・帥(そち)の宮(みや)にぞ、皆あかれ<参(まゐ)りける。故院(ゐん)の御こころをきてのやうには、誰(たれ)も<おはしまさじとて、ただ其(そ)の御筋(すぢ)をたづね参(まゐ)るなるべし。哀(あは)れに尽きせずめでたうおはしましゝ。御かどゝ、をしみ申(まう)さぬ人(ひと)なし。
かのくらべや・弘徽殿(こきでん)・承香殿は、皆御ぶくあるべし。いかでかはさあらざらん。あはれなる御かたみの衣は、ところわかずなん。そは内(うち)に、承香殿はまめやかに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へりしものを、いかでか思(おぼ)し知らぬやうはと見(み)えたり。一条(いちでう)の院(ゐん)の御処分なくて失(う)せさせ給(たま)ひにしかば、のちに殿(との)の御(お)前(まへ)ぞせさせ給(たま)ひける。彼の弘徽殿(こきでん)・承香殿など皆此(こ)の内(うち)にてわかち奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。其(そ)の程(ほど)の御こころ、よろづなべてならずなん。あはれなる御こころむけを、いづれも世はかうこそはと申しならも、あたらしうめでたき御有様(ありさま)を、いとどしうのみなん。一条(いちでう)の院(ゐん)御ぐしをろさせ給(たま)はんとて、宮(みや)に聞(き)こえさせ給(たま)ひける、
@つゆのみのかりのやどりに君を置きて家(いへ)を出(い)でぬる事(こと)ぞ悲(かな)しき W076。
とこそは聞(き)こえしが。御かへし、何事(なにごと)も思(おぼ)しわかざりける程(ほど)にてとぞ。
左衛門(さゑもん)の督の北(きた)の方(かた)、内(うち)のおほい殿(どの)の女御(にようご)に、
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@かずならぬ△道しばとのみ△嘆(なげ)きつゝ△はかなく露の
起臥(おきふし)に△明(あ)け暮(く)れたけの△おいゆかん△此(こ)の世(よ)のすゑに
なりてだに△嬉(うれ)しきふしや△見ゆるとて△いつしかとこそ
まつ山(やま)の△たかき梢に△すごもれる△まだこづたはぬ
うぐひすを△梅(うめ)の匂ひに△さそはせて△こち風はやく
吹きぬれば△谷のこほりも△打(う)ちとけて△霞のころも
たちゐつゝ△しづえ迄にも△打(う)ちなびき△岸の藤なみ
浅からぬ△匂ひに通ふ△むらさきの△くものたなびく
あさ夕に△今もみどりの△まつにのみ△心(こころ)をかけて過(す)ぐすまに△夏(なつ)きぬべしと△聞(き)こゆなり△山(やま)ほとゝぎす さ夜ふかく△かたらひ渡(わた)る△こゑ聞(き)けば△何(なに)のこころを
 思(おも)ふとも△言(い)ひやらぬまの△あやめぐさ△長き例(ためし)に
ひきなして△やづまにかかる△ものとのみ△よもぎの宿を
打(う)ちはらひ△玉のうてなと△思(おも)ひつゝ△うつ蝉の世(よ)の
はかなさも△忘(わす)れはてゝは△ちとせへん△君がみそぎを
祈(いの)りてぞ△かきながしやる△かはせにも△かたへすゞしき 風のをとに△驚かれても△いろ<の△花の袂(たもと)の ゆかしさを△秋(あき)ふかくのみ△頼(たの)まれて△紅葉(もみぢ)のにしき きり立(た)たず△よを長月と△言(い)ひ置ける△久しき事(こと)を きくの花△匂ひを染る△しぐれにも△雨(あめ)のしたふる かひや有(あ)ると△はかなく過(す)ぐす△月日(ひ)にも△心(こころ)もとなく 思(おも)ふまに△かしらのしもの△をけるをも△打(う)ちはらひつゝ ありへんと△思(おも)ひむなしく△なさじとぞ△衣のすそに はぐゝみ
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て△ちりもすゑじと△磨(みが)きつる△玉のひかりの 思(おも)はずに△消えにしよりは△かきくらす△こころのやみに 惑(まど)はれて△あくべきかたも△涙(なみだ)のみ△つきせぬ物と 流(なが)れつゝ△恋しきかげも△とどまらず△袖のしがらみ せきかねて△たきのこゑだに△惜(を)しまれず△まどひ入りては たづぬれど△しでの山(やま)なる△わかれぢは△いきてみるべき かたもなし△あはれ忘(わす)れぬ△なごりには△日数ばかりを かぞふとて△鳴(な)き渡(わた)るめる△よぶこどり△ほのかに君が△歎くなる△こゑ計(ばか)りにて△やましろの△とばにいはせの もり過ぎて△われ計(ばか)りのみ△すみのえの△まつゆきがたも 波かくる△岸のまに<△忘(わす)れ草△生やしげらんと 思(おも)ふにも△のきにかかれる△さゝがにの△みながら絶えぬ たよだに△むすばざり劔△いとよはみ△心(こころ)細(ぼそ)さぞ つきもせぬ△むなしき空を△思(おも)ひわび△鴈のむれゐし あとみれば△独とこよに△起臥(おきふし)も△まくらの下に いけらじと△憂(う)き身(み)を歎(なげ)く△をしどりの△つがひ離(はな)れて△夜(よ)もすがら△上毛(うはげ)の△△霜(しも)を△払(はら)ひ侘(わ)び△氷(こほ)るつらゝに△閉(と)ぢられて△来(き)し方(かた)知(し)らず△なく声(こゑ)は△△△夢(ゆめ)かとのみぞ おどろきて△消え帰りぬる△たましゐは△行方(ゆくゑ)も知(し)らず こがれつゝ△釣(つり)に年(とし)経(ふ)る△海人(あまびと)も△船(ふね)流(なが)したる 年(とし)月も△かひなきかたは△まさるとも△苅(か)る藻(も)かきやり もとむとも△みるめなぎさに△うつなみの△あとだに
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見(み)えず 消(き)えなんとは△思(おも)ひの〔外〕に△津(つ)の国(くに)の△暫(しば)し計(ばか)りも ながらへば△なにはの事(こと)も△今(いま)はたゞ△数多(あまた)かきつむ もしほぐさ△しほの誰(たれ)をか△頼(たの)むべき△煙(けぶり)絶(た)えせぬ△薫(たき)ものの△此(こ)のかたみなる△思(おも)ひあらば△独残(のこ)さず 打(う)ちはぶき△衣(ころも)のすそに△はぐゝめど△身の程(ほど)知(し)らず 頼(たの)むめるかな W077
@みづぐきに思(おも)ふこころを何事(なにごと)も△△△えも書(か)きあへぬ涙(なみだ)なりけり W078
内大臣(ないだいじん)殿(どの)の女御(にようご)殿(どの)の御かへし、
@水茎(みづぐき)の跡(あと)を見(み)るにもいとどしく△△△流(なが)るゝものは涙(なみだ)なりけり W079。
@いにしへを△思(おも)ひ出(い)づれば△雪消えぬ△垣根(かきね)の草(くさ)は△二葉(ふたば)にて△生(を)ひ出(い)でん事ぞ△難(かた)かりし△つのぐむ蘆(あし)の はかなくて△枯(か)れ渡(わた)りたる△水際(ぎは)に△△△番(つが)はぬ鴛鴦(をし)は△寂(さび)しくて△二人(ふたり)の羽(はね)の△下(した)にだに△せばくつどひし△鳥(とり)の子の△雲(くも)の中(なか)にぞ△たゞよひし△昼は各(おのおの) 飛(と)び別(わか)れ△夜(よる)は古巣(ふるす)に△△△帰(かへ)りつゝ△翼(つばさ)を恋(こ)ひて△なき侘(わ)びし△数多(あまた)の声(こゑ)と△聞(き)くばかり△悲(かな)しき△△事(こと)は△広沢(ひろさは)の△いけるかひなき△身(み)なれども△波(なみ)のたちゐに つけつゝも△かたみにこそは△頼(たの)みしか△誰(たれ)も我が世(よ)の 若(わか)ければ△行末(ゆくすゑ)遠(とを)き△小(こ)松原(まつばら)△こ高(だか)くならん△枝(えだ)もあらば△其影にこそ△かくれめと△思(おも)ふこころ
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は△深緑(ふかみどり)△いくしほとだに△思(おも)ほえず△思(おも)ひ初(そ)めてし△衣手(ころもで)の△色(いろ)も変(かは)らで△年(とし)経(ふ)れば△生(お)ひ出(い)づる竹の△己(をの)がよゝ△嬉(うれ)しきふしを△みるごとに△いかなる世にか かれせんと△思(おも)ひけるこそ△はかなけれ
△朝(あした)の露(つゆ)を△△△玉(たま)と見(み)て△磨(みが)きし程(ほど)に△消(き)えにけり△夕(ゆふべ)の松(まつ)の△風(かぜ)の音(おと)に△悲(かな)しき事を△しらべつゝ△ねをのみぞ鳴(な)く 群鳥(むらどり)の△群(む)れたる中(なか)に△只一人(ひとり)△いかなるかたに△飛(と)び行(ゆ)きて△知(し)る人(ひと)もなく△惑(まど)ふらん△とまるたぐひは 多(おほ)くして△恋し悲(かな)しと△思(おも)へども△今(いま)はむなしき△大空(おほぞら)の△雲(くも)計(ばか)りをぞ△かたみには△明(あ)け暮(く)れに見る 月かげの△木(こ)の下闇(したやみ)に△惑(まど)ふめる△嘆(なげ)きの森(もり)の△繁(しげ)さをぞ△払(はら)はん方(かた)も△思(おも)ほえぬ△見る人(ひと)ごとに 理(ことわり)の△涙(なみだ)の川(かは)を△流(なが)すかな△ましてやそこの 辺(わた)りには△いかばかりかは△たぐふらん△淵瀬(ふちせ)も知(し)らず 嘆(なげ)くなる△こころの程(ほど)を△思(おも)ひ遣(や)る△人(ひと)のうへさへ 嘆(なげ)かるゝかな W080。
とて、またかくなん、
@君もさば昔(むかし)の人(ひと)と思(おも)はなん△△△われもかたみに頼(たの)むべきかな W081。



栄花物語詳解巻十


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〔栄花物語巻第十〕 日かげのかづら
寛弘八年六月十三日御譲位、十月十六日御即位(そくゐ)なり。さき<”は見(み)ねば知(し)らず。こたみはいみじうめでたし。御門(みかど)もいみじうねびとゝのぼり、雄々(をを)しうめでたくおはします。大(おほ)殿(との)などをなべてならずいみじうおはしますと見(み)奉(たてまつ)り思(おも)ふに、事(こと)限(かぎ)りありければ、御輿(こし)のしりに歩(あゆ)ませ給(たま)ひたるこそあぢきなき事(こと)なりけれ。さるは、御有様(ありさま)などは、なぞの御門(みかど)にか。かばかりめでたき御有様(ありさま)にこそと見(み)奉(たてまつ)り思(おも)ふに、口(くち)惜(を)しうこそ、まめやかには、そこらの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、御送りつかうまつり給(たま)ひて、御輿(こし)の捧(さゝ)げられ給(たま)へる程(ほど)ぞ、猶(なほ)限(かぎ)りなき十善(じふぜん)の王(わう)におはしますめれ。
かくて今(いま)は御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)など、公私(おほやけわたくし)の大(おほ)きなる事(こと)に思(おぼ)し騒(さわ)ぐに、折(をり)しもあれ、此(こ)の頃(ごろ)、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)悩(なや)ませ給(たま)ふと言(い)ふ事(こと)こそ出(い)で来たれば、世(よ)にいみじき事(こと)なり。常(つね)の御有様(ありさま)なれば、さりともけしうはおはしまさじなど思(おぼ)したゆめど、猶(なほ)おぼつかなしとて、殿(との)の御(お)前(まへ)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いみじう苦(くる)しげなる御気色(けしき)におはしますを、いかに<
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と見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、歌(うた)をぞ放(はな)ちあげて歌(うた)はせ給(たま)ひける。珍(めづら)しき事(こと)ならねど、あないみじのわざやと見(み)えさせ給(たま)ふは、猶(なほ)御気色(けしき)なども例(れい)の御有様(ありさま)にはかはらせ給(たま)ふと、事(こと)に見(み)えさせ給(たま)へば、いとうたておぼえさせ給(たま)ふに、さすがに見知り奉(たてまつ)らせ給(たま)へるも、恐(おそ)ろしうて急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ひぬ。
内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて、おはしましつる事(こと)どもを申(まう)させ給(たま)ひて、猶(なほ)いかゞとこそ見(み)奉(たてまつ)り侍(はべ)りつれ。折しもいみじかるべき事(こと)かな。天下のだいじにこそ侍(はべ)らめと申(まう)させ給(たま)へば、とまれかうまれ。参(まゐ)りて見(み)奉(たてまつ)らであべき事(こと)にもあらず。よき日して、今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)に行幸(ぎやうがう)あるべき由(よし)をおほせらるれば、大(おほ)殿(との)それげに候(さぶら)ふべき事(こと)なれど、すべて行幸(ぎやうがう)は思(おぼ)しかけ給(たま)ふべきにあらず。御もののけいと<恐(おそ)ろしう見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとも、御こころの例(れい)におはしまさばこそあらめなど申(まう)させ給(たま)ふにつけても、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、打(う)ち泣かせ給(たま)ふも、いみじき理(ことわり)の御有様(ありさま)なり。かかりとて御(ご)禊(けい)の事(こと)ども思(おぼ)したゆまず。急(いそ)がせ給(たま)ふ。御(ご)禊(けい)の女御代(にようごだい)には、宣耀殿(せんえうでん)の出(い)でさせ給(たま)ふべき御定(さだ)めありて、急(いそ)がせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に、十月廿四日。冷泉(れいぜい)の院(ゐん)失せさせ給(たま)ひぬ。哀(あは)れに悲(かな)しなど聞(き)こえさするも疎(おろ)かなり。内(うち)にいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。さべき宮(みや)たちも皆失せはてさせ給(たま)ひて、たゞ此(こ)の御門(みかど)のみこそはおはしますぞ。いみじうおはせん宮(みや)たちをば、何(なに)ゝかはせん。年(とし)頃(ごろ)もこそおはしましつれ。かく御位(くらゐ)に即(つ)かせ給(たま)ひてのちしも、かうおはしませ
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ば、御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)のをこたる方(かた)こそあれ、失せさせ給(たま)ひぬる。院(ゐん)の御かざりもいみじ。当代の御ためにもいと様々(さまざま)哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。さるは年(とし)頃(ごろ)は司召(つかさめし)に、まづ怪(あや)しき国(くに)をも院分と選(え)り奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば我が御代(よ)にだに、いかでよきをとこそ思(おも)ひつれ、口(くち)惜(を)しく哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。
此(こ)のだいじども明年にこそはあらめ。まづ御さうそうの事(こと)など、よろづに大(おほ)殿(との)のみぞをきてつかうまつらせ給(たま)ふ。内(うち)には我が御かはりと思(おぼ)し召(め)して、宮々(みやみや)に御送りせさせ給(たま)ふべうをきて申(まう)させ給(たま)ふも、いみじう哀(あは)れにめでたし。のち<の御事(こと)どもゝ、哀(あは)れにめでたくせさせ給(たま)ふべし。世(よ)の中(なか)皆諒闇になりぬ。殿上人(てんじやうびと)のつるばみのうへのきぬの有様(ありさま)なども、からすなどのやうに見(み)えてあはれなり。よろづもののはへなく、口(くち)惜(を)しとも疎(おろ)かなり。一てんがの者(もの)嘆(なげ)きにしたり。よろづ〔を〕しつくして今(いま)はになるきはに、斯(か)かる事(こと)の出(い)で来たるを、いといみじきせけんの大事なり。
はかなくて月日も過(す)ぎて、年号かはりて、あくる年(とし)長和元年と言(い)ふ。元三日の有様(ありさま)、たゞならましかば、いかにめでたからまし。たれこめて殿上にも出(い)でさせ給(たま)はずなどして、いと口(くち)惜(を)し。督(かん)の殿(との)は、うへの御つぼねにおはしませど、ひるはいま<しく思(おぼ)し召(め)されて渡(わた)らせ給(たま)は。宮(みや)たちも参(まゐ)らせ給(たま)へる御有様(ありさま)。いと<めでたし。うへの女房(にようばう)達(たち)、様々(さまざま)の世(よ)の例(ためし)に引き出(い)で聞(き)こえさせて中(なか)頃(ごろ)となりては、かやうに宮(みや)たちおはします
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やうもなし。村上(むらかみ)のせんていこそ、宮(みや)たち多(おほ)くおはしましなどして、おかしう、女房(にようばう)も明(あ)け暮(く)れ用意(ようい)したりけれ。寛平御時なども、猶(なほ)おかしき事(こと)どもありけり。まづはやうぜい院(ゐん)の御(み)子(こ)たち、いみじうすきおかしうおはしまさひて、かく、
@くや<とまつゆふぐれと今(いま)はとてかへるあしたといづれまされる W082。
と言(い)ふ哥を、しりかよひ給(たま)ひける。所々(ところどころ)に遣(つか)はしたりければ、本院(ゐん)の侍従と言(い)ふ人(ひと)、かくぞ聞(き)こえたりける、
@ゆふぐれは頼(たの)むこころに慰(なぐさ)めつかへるあしたはけぬべきものを W083。
とか。これはあるがなかにおかしく思(おぼ)されけるなど、昔(むかし)ごとを言(い)ひ出(い)でつゝ、宮々(みやみや)の御有様(ありさま)を聞(き)こえあへり。猶(なほ)此(こ)の御(おん)中(なか)に、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)は、心(こころ)異(こと)におはしますかしなど聞(き)こゆれば、さて中務(なかつかさ)の宮(みや)は悪(わろ)くやおはします。兵部(ひやうぶ)卿(きやう)の宮(みや)は美(うつく)しうおはしますなど、各(おのおの)思(おも)ひ<に聞(き)こえさするもおかし。督(かん)の殿(との)の女房(にようばう)、常(つね)よりも人目(ひとめ)繁(しげ)きここちして、例(れい)のやうにもえ聞(き)こえさせずぞあめる。
さて世(よ)の中(なか)には、今日(けふ)明日(あす)、后(きさき)立(た)たせ給(たま)ふべしとのみ言(い)ふは、督(かん)の殿(との)にや、また宣耀殿(せんえうでん)にやとも申すめり。斯(か)かる程(ほど)に、宣耀殿(せんえうでん)に、内(うち)より、
@はるがすみ野辺(のべ)にたつらんと思(おも)へどもおぼつかなさをへだてつるかな W084。
と聞(き)こえさせ給(たま)へれば、御かへし、
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@かすむめるそらの気色(けしき)はそれながら我が身一(ひと)つのあらずもあるかな W085。
と聞(き)こえさせ給(たま)へれば、あはれと思(おぼ)し召(め)さる。
中宮(ちゆうぐう)には、年(とし)さへへだゝりぬるを、つきせず哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、たゞ御行(おこな)ひにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。正月十五日、一条(いちでう)の院(ゐん)の御念仏に、殿(との)ばら皆参(まゐ)らせ給(たま)へり。月のいみじうすみのぼりて、めでたき事(こと)はてて、出(い)でさせ給(たま)ふとて、殿(との)〔ゝ〕御(お)前(まへ)、
@君(きみ)まさぬやどには月ぞ一人(ひとり)住む古(ふる)き宮人(みやびと)たちもとまらで W086。
と宣(のたま)はすれば、侍従中納言(ちゆうなごん)、
@こぞの今日(けふ)こよひの月を見し折にかからんもの思(おも)ひかけきや W087。
はかなくて司召(つかさめし)の程(ほど)にもなりぬれば、世(よ)には司召(つかさめし)とののしるにも、中宮(ちゆうぐう)世(よ)のなかを思(おぼ)しいづる御気色(けしき)なれば、藤式部(しきぶ)卿(きやう)、
@くものうへをくものよそにて思(おも)ひ遣(や)る月はかはらずあめのしたにて W088。
哀(あは)れにつきせぬ御事(こと)どもなりや。宮(みや)の御(お)前(まへ)かへすがへす思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ひて、大(おほ)殿(との)ごもりたる暁(あかつき)方(がた)の夢(ゆめ)に、院(ゐん)のほのかにみえさせ給(たま)ひければ、
@あふ事(こと)を今(いま)はなきねの夢(ゆめ)ならでいつかは君(きみ)をまたは見るべき W089。
とて、いとど御涙(なみだ)せきあへさせ給(たま)はず。
内(うち)には、督(かん)の殿(との)の后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ふべき御事(こと)を、殿(との)に度々(たびたび)聞(き)こえさせ給(たま)へれど、年(とし)頃(ごろ)にもならせ給(たま)ひぬ。宮(みや)たち数多(あまた)おはします。
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宣耀殿(せんえうでん)こそ、まづさやうにはおはしまさめ。内侍(ないし)のかみの御事(こと)は、自(おの)づからこころのどかになど奏(そう)せさせ給(たま)へば、いとけうなき御こころなり。此(こ)の世をふさはしからず思(おも)ひ給(たま)へるなりなど、ゑじ宣(のたま)はすれば、さばよき日してこそは宣旨(せんじ)もくださせ給(たま)ふべかなれと奏(そう)して、出(い)でさせ給(たま)ひて、にはかに此(こ)の御事(こと)どもの御用意(ようい)あり。何事(なにごと)もそれに障(さは)り、日などのべさせ給(たま)ふべき。御世(よ)の有様(ありさま)ならねば、二月十四日后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ふとて、中宮(ちゆうぐう)と〔き〕こえさす。急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひぬ。
其(そ)の日になりぬれば、常(つね)の事(こと)ながらも、いみじくやむごとなくめでたし。年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)達(たち)、上中下の程(ほど)などの、わきがたう思(おも)ひ<なりつる程(ほど)、ねたがりつる人々(ひとびと)など、今日(けふ)のきざみに恥(は)づかしげなる事(こと)ども多(おほ)かり。何事(なにごと)もこころ苦(ぐる)しげに、内(うち)<なづましげなりつる人(ひと)も、事(こと)限(かぎ)りありければ、織物(おりもの)のからぎぬを着、年(とし)頃(ごろ)したりがほなりつる人(ひと)も、にはかにひらぎぬなどにて、いとこころやましげに思(おも)ひたるもおかしきに、さはいへど、大(おほ)宰相(さいしやう)の君(きみ)など言(い)ふ人(ひと)、をば、おとどなど言(い)ひつけ給(たま)ひ、をよびをさし言(い)ひつれど、いとけざやかにえもいはぬ。えびぞめの織物(おりもの)のからぎぬなどを着て候(さぶら)ふに、何(なに)くれの人(ひと)も、こころにくゝ思(おも)はれ、われはと思(おも)ひたりつるも、さしもあらずなど、しな<”わき給(たま)へる程(ほど)など、げに公(おほやけ)とならせ給(たま)ひぬるは、事(こと)なわざなりけり。こころには誰(たれ)も安(やす)からず言(い)ひ思(おも)へど、ともかくもえ啓(けい)せで、こころの内(うち)にのみ
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むせ渡(わた)る程(ほど)も苦(くる)しげなり。又(また)さべき五位(ごゐ)のむすめなどのはぢなき程(ほど)なりつるを、蔵人(くらんど)などにて、おもの参(まゐ)らする。まかなひ・とり次(つぎ)などして、うたてゆゝしき事(こと)どもを、言(い)ひ思(おも)へど、つれなくもてなしたるもいとおしげなり。
宮(みや)の御(お)前(まへ)しろき御よそひにて、大床子に御ぐしあげておはしまし、御丁のそばのしゝ・こまいぬのかほつきも、恐(おそ)ろしげなり。御(お)前(まへ)の御ぐしあげさせ給(たま)へる程(ほど)は、いとこそめでたうおはしましける。もとより御をもやうのふくらかにおかしげにおはしますものから、世にめでたくおはしましける。猶(なほ)さるべうおはしますなりけりとこそは、見(み)奉(たてまつ)りけれ。御年(とし)十九ばかりにぞおはしましける。参(まゐ)らせ給(たま)ひて、三四年ばかりにぞならせ給(たま)ひぬらんかしとぞ。推(お)し量(はか)りまうす人々(ひとびと)あり。大宮(おほみや)は十二にて参(まゐ)らせ給(たま)ひて、十三にてこそ后(きさき)にゐさせ給(たま)ひけれ。されど此(こ)の御(お)前(まへ)は、少(すこ)しをとなびさせ給(たま)ひにけり。御(お)前(まへ)に火たきやすゑ、陣屋(ぢんや)つくり、吉上のことごとしげに、言(い)ひ思(おも)ひたるけしきより、事(こと)おこりて、侍(さぶらひ)のちやうどもなさせ給(たま)ひ、様々(さまざま)こと<”しげに見(み)えたり。やがて大饗いとどうせさせ給(たま)ふべし。大夫には大(おほ)殿(との)の御はらからのよろづのあにぎみの大納言(だいなごん)なり給(たま)ふ。大方(おほかた)宮司(みやづかさ)などみなえりなさせ給(たま)ふ。かくて、いとめでたう二(ふた)所(ところ)さしつゞきておはしますを、世(よ)の例(ためし)に、めづらかなる事(こと)に聞(き)こえさす。
内(うち)には今(いま)は、宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)の御事(こと)を、いかでかと思(おぼ)し召(め)せど、すがやかに殿(との)には申(まう)させ給(たま)はぬ程(ほど)に、
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宣耀殿(せんえうでん)には何(なに)とも思(おぼ)し召(め)したらぬ程(ほど)に、大方(おほかた)の女房(にようばう)のえん<につきて、里人(さとびと)の思(おも)ひのまゝにものを言(い)ひ思(おも)ふは、いかに<御(お)前(まへ)に思(おぼ)しおはしますらん。あさましき世(よ)の中(なか)に侍(はべ)りや。これはさべき事(こと)かはなど、いとさかしがほにとぶらひ参(まゐ)らする人々(ひとびと)などあるを、此(こ)のふみをもまた、かうなん、それかれは申しつるなどかたり申す人(ひと)を、女御(にようご)殿(どの)はなどかかうむつかしう言(い)ふらん。たとひ言(い)ふ人(ひと)ありともかたらでもあれかし。こころにはよろづ思(おも)ひ絶えて、今(いま)はたゞ、のちの世(よ)の有様(ありさま)のみこそ、わりなけれなど、ものまめやかにおほせらるれば、さこそあれ、御こころのひがませ給(たま)へれば、もののあはれ・有様(ありさま)をも知らせ給(たま)はぬと、さかしう聞(き)こえさせける。
斯(か)かる程(ほど)に、大(おほ)殿(との)の御こころ、何事(なにごと)もあさましきまで、人(ひと)のこころの内(うち)をくませ給(たま)ふにより、内(うち)にしば<参(まゐ)らせ給(たま)ひて、ここらの宮(みや)たちのおはしますに、宣耀殿(せんえうでん)のかくておはします、いとふびんなる事(こと)に侍(はべ)り。はやう此(こ)の御事(こと)をこそせさせ給(たま)はめと奏せさせ給(たま)へば、うへこころにもさはおもふを、此(こ)のてんじやうの男(をのこ)どもの、昔(むかし)物語(ものがたり)など各(おのおの)言(い)ふを聞(き)けば、内舎人(うどねり)などのむすめも昔(むかし)は后(きさき)に居(ゐ)けり。今(いま)も中(なか)頃(ごろ)も、納言のむすめの后(きさき)に居(ゐ)たるなんなきと言(い)ふをば、いかゞはすべからんとこそ聞(き)けと宣(のたま)はすれば、ひが事(こと)に候ふなり。いかでか。さらば、故大将(だいしやう)をこそは、贈大臣の宣旨(せんじ)をくださせ給(たま)はめと奏せさせ給(たま)へば、
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さらばさべきやうに行(おこな)ひ給(たま)ふべしと宣(のたま)はすれば、うけ給(たま)はらせ給(たま)ひて、官(つかさ)におほせごと給(たま)はす。さべきかみごとあらん。日を放(はな)ちて、よろしき日して、小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)それがしの朝臣(あそん)、ぞう太政(だいじやう)大臣(だいじん)になして、彼のはかに宣命読むべしと宣(のたま)はす。べんうけ給(たま)ひぬ。
四月にさべき所々(ところどころ)の祭(まつり)はてゝ、よき日して、彼の大将(だいしやう)の御はかにちよくしくだりて、やがて修理(しゆり)の大〔夫〕そひてものすべくあれば、彼の君(きみ)も出(い)で立(た)ち参(まゐ)り給(たま)ふ。よき御(おん)子(こ)持(も)給(たま)ひて、故大将(だいしやう)のかくさかゆき給(たま)ふをぞ、世(よ)の人(ひと)めでたき事(こと)に申しける。彼の御いもうとの宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)、村上(むらかみ)のせんていの、いみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひければ、女御(にようご)にてやみ給(たま)ひにき、男(をとこ)宮(みや)一人(ひとり)産(う)み給(たま)へりしかども、其(そ)の宮(みや)かしこき御(おん)中(なか)より出(い)で給(たま)へるとも見(み)え給(たま)はず、いみじきしれものにてやませ給(たま)ひにける、其(そ)の小一条(こいちでう)の大臣(おとど)の御むまごにて、此(こ)の宮(みや)のかうおはします事(こと)、世にめでたき事(こと)に申し思(おも)へり。
さて四月廿八日后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ひぬ。くわうごうぐうと聞(き)こえさす。大夫などにはのぞむ人(ひと)も事(こと)になきにや。さやうのけしきや聞(き)こし召(め)しけん、故関白(くわんばく)殿(どの)のいづもの中納言(ちゆうなごん)なり給(たま)ひぬ。宮司(みやづかさ)などきをひのぞむ人(ひと)なく、ものはなやかになどこそなけれ、よろづたゞ同(おな)じ事(こと)なり。これにつけてもあなめでたや、女の御さいはひの例(ためし)には、此(こ)の宮(みや)をこそし奉(たてまつ)らめなど、きゝにくきまで世(よ)には申〔す。〕まづは大(おほ)殿(との)も誠(まこと)にいみじかりけ〔る〕人(ひと)の御有様(ありさま)なり。女(をんな)の御さいはひのもとには、此(こ)の宮(みや)をなんし奉(たてまつ)る
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べきおやなどにもをくれ給(たま)ひて、我が御身一(ひと)つにて、年(とし)頃(ごろ)になり給(たま)ひぬるに、又(また)けしからずびんなき事(こと)し出(い)で給(たま)はず。まづはここら多(おほ)くおはする宮(みや)たちの御(おん)中(なか)に、しれものの交(ま)じらぬにてきはめつかし。いみじき村上(むらかみ)のせんていと申(まう)ししかど、彼の大将(だいしやう)のいもうとの宣耀殿(せんえうでん)の女御の産(う)み給(たま)へりし。八の宮(みや)こそは、世(よ)のしれもののいみじき例(ためし)よ。それに此(こ)の宮(みや)たち五六人(にん)おはするに、すべてしれかたくなしきがなきなりなどこそは、申(まう)させ給(たま)ふ。まいて世(よ)の人(ひと)はきゝにくきまでぞ申しける。今(いま)は小一条(こいちでう)いかで造(つく)り立(た)てんと思(おぼ)し召(め)す。御門(みかど)も今(いま)は御本意(ほい)遂げたる御(おん)心地(ここち)せさせ給らんかし。
かくよろづにめでたき御有様(ありさま)なれども、皇后宮(くわうごうぐう)には、たゞおぼつかなさをのみこそは、尽きせぬ事(こと)に思(おぼ)し召(め)すらめ。同(おな)じ御こころにや思(おぼ)し召(め)しけん、内(うち)より、
@うちはへておぼつかなさを世と共(ゝも)におぼめぐ身ともなりぬべき哉 W090
と有御かへしに、
@露(つゆ)ばかりあはれを知らん人(ひと)もがなおぼつかなさをさてもいかにと W091。
よろづの中にも、姫宮(ひめみや)の御ゆかしさをぞ思(おぼ)し召(め)しける。大宮(おほみや)には院(ゐん)の御ぶくなども果てにたれば、尽きせずのみ思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の美(うつく)しうをよずけさせ給(たま)ふを、明(あ)け暮(く)れ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬも、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しう思(おぼ)さるゝに、三の宮(みや)のいみじう
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美(うつく)しう。紛(まぎ)れ歩(あり)かせ給(たま)ふにぞ、少(すこ)し思(おぼ)し慰(なぐさ)めける。
はかなく秋(あき)は過(す)ぎて冬(ふゆ)にもなりぬれば、内(うち)辺(わた)りは中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)の更衣(ころもがへ)などの有様(ありさま)も、ものけざやかに、月日の行(ゆ)きかふ程(ほど)も知(し)られて、めでたかりける。ただ睦月(むつき)の大嘗会(だいじやうゑ)。御はらいなど、いみじう世(よ)に急(いそ)ぎたちにたり。内(うち)にも、御服立(た)ちぬる月に脱(ぬ)がせ給(たま)ひて、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の御はてもせさせ給(たま)ひて、今(いま)は此(こ)の事(こと)をいみじき事(こと)にののしらせ(たま)ふ。女御代(にようごだい)には、大(おほ)殿(との)の内侍(ないし)の督(かん)の殿(との)出(い)でさせ給(たま)ふ。女御代(にようごだい)の御車(くるま)廿りやうぞあるを、まづ大宮(おほみや)より三(み)つ、中宮(ちゆうぐう)より三(み)つ、車(くるま)より始(はじ)めて、いといみじうののしらせ給(たま)ふ。こたみのもの見には、此(こ)の宮々(みやみや)の御車(くるま)なん。あべきとののしれば、いつしかと人(ひと)待(ま)ち思(おも)へるに、今(いま)は其(そ)の日になりて、女御代(にようごだい)の御車(くるま)のしざまより始(はじ)め、あさましきまでせさせ給(たま)へり。其(そ)の車(くるま)の有様(ありさま)いへば疎(おろ)かなり。あるはやかたをつくりて、ひはだぶき、あるはもろこしのふねのかたをつくりて、乗人(のりびと)のはへなりより始(はじ)めて、それにやぞあはせたり。そでにはをきぐちにてまきゑをしたり。山(やま)をたゝみ、海(うみ)をたたへ、筋(すぢ)をやり、すべて。大方(おほかた)ひきわたしていく程(ほど)、目も耀(かかや)きてえも見わかずなりにしが、車(くるま)一(ひと)つがきぬのかずすべて。十五ぞ着たる。あるはからにしきなどをぞ着せさせ給(たま)へる。此(こ)の世界(せかい)の事(こと)ゝもみえず、照りみちて渡(わた)る程(ほど)の有様(ありさま)、推(お)し量(はか)るべし。殿(との)ばら・君達(きんだち)のむま・車(くるま)、ゆみ・やなぐひまでの有様(ありさま)こそ、世(よ)にめづらかに、まだ見聞(き)こえ
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ぬ事(こと)ゞもなりけれ。過(す)ぎにし方はいはじ、今(いま)行末(ゆくすゑ)もいかで斯(か)かる事(こと)はと見(み)えたり。
冬(ふゆ)の日もはかなく暮れて、大嘗会(だいじやうゑ)の急(いそ)ぎせさせ給(たま)ふ。されど其(そ)の日(ひ)はたゞ麗(うるは)しうぞある。〔歌(うた)ども〕、悠紀の方(かた)は、大中臣能宣(よしのぶ)が子の、祭主輔親(すけちか)つかうまつる。主基の方(かた)は、前加賀守源兼澄(かねずみ)なり。此(こ)の人々(ひとびと)、輔親(すけちか)は能宣(よしのぶ)が子なればと思(おぼ)し召(め)したり。兼澄(かねずみ)は公忠のべんの筋(すぢ)なりなど思(おぼ)し召(め)して、歌(うた)の方(かた)にさもあるべき人(ひと)どもを、あてさせ給(たま)へるなるべし。
悠紀の方(かた)の稲舂歌(いねつきうた)、坂田(さかた)の郡(こほり)、輔親(すけちか)、
@山(やま)のごと坂田(さかた)の稲(いね)を抜(ぬ)き積(つ)みて君(きみ)が千歳(ちとせ)の初穂(はつほ)にぞ舂(つ)く W092。
御かぐらのうた、同(おな)じ人(ひと)、
@大八洲(おほやしま)国(くに)しろしめす始(はじ)めより八百万代(やほよろづよ)の神(かみ)ぞ護(まも)れる W093。
参(まゐ)り音声、高御座山(たかみくらやま)、
@万代(よろづよ)は高御座山(たかみくらやま)動(うご)きなきときはかきはに仰(あふ)ぐべきかな W094。
楽の破のうた、しきち、
@大宮(おほみや)のしきちぞいとど栄(さか)えぬる八重(やへ)のく磨(みが)き造(つく)り重(かさ)ねて W095
楽の急(いそ)ぎの歌(うた)、かな山(やま)、
@かな山(やま)にかたく根(ね)ざせる常盤(ときは)木の数(かず)に生(お)います国(くに)の富草(とみぐさ) W096。
まかで音声、野州川(やすがは)、
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@すべらぎの御代(みよ)をまちでゝ水(みづ)澄(す)める野州(やす)の川波(かはなみ)のどけかるらし W097。
又(また)次(つぎ)の日の参入音声、長等(ながら)の山(やま)、
@天地(あめつち)の共(とも)に久(ひさ)しき名(な)によりて長等(ながら)の山(やま)の長(なが)き御代(みよ)かな W098。
楽の破の歌(うた)、吉水(よしみづ)、
@吉水(よしみづ)のよき事(こと)多(おほ)く積(つ)めるかなおほくら山(やま)の程(ほど)はるかにて W099。
楽の急(きふ)の歌(うた)、
@ゆふしでの日蔭(ひかげ)の蔓(かづら)よりかけて豊(とよ)の明(あかり)のおもしろきかな W100。
退出(まかで)音声、安良(やすら)の里(さと)、
△△諸人(もろびと)の願(ねが)ふ心(こゝろ)の近江(あふみ)なる安良(やすら)の里(さと)の安(やす)らけくして W101。
主基の方(かた)稲舂歌(いなつきうた)、おほくら山(やま)、兼澄(かねずみ)、
@二葉(ふたば)よりおほくら山(やま)に運(はこ)ぶ稲(いね)年(とし)は積(つ)むとも尽(つ)くる世(よ)もあらじ W102。
御かぐらうた、ながむら山(やま)、
@君(きみ)が御代(みよ)ながむら山(やま)の榊葉(さかきば)を八十氏人(やそうぢびと)のかざしにはせん W103。
辰(たつ)の日の楽(がく)の破の歌(うた)、玉松山(たままつやま)、
@天(あま)つ空(そら)朝(あした)に晴(は)るゝ始(はじ)めには玉松山(たままつやま)の影(かげ)さへぞ添(そ)ふ W104。
同(おな)じ日の楽(がく)の急(きふ)の歌(うた)、いなふさ山(やま)、
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@年(とし)つくり楽(たの)しかるべき御代(みよ)なればいなぶさ山(やま)の豊(ゆたか)なりける W105。
同(おな)じ日参(まゐ)り音声、小石山(さゞれいしやま)、
@数知(かずし)らぬ小石山(さゞれいしやま)今年(ことし)より巌(いはほ)とならん程(ほど)は幾世(いくよ)ぞ W106。
同(おな)じ日のまかで音声、千歳(ちとせ)山(やま)、
@動(うご)きなき千歳(ちとせ)の山(やま)にいとどしく万代(よろづよ)そふる声(こゑ)のするかな W107。
巳(み)の日の楽(がく)の破(は)、とみつき山(やま)、
@君(きみ)が代(よ)はとみつき山(やま)の次(つぎ)<にさかへぞまさんよろづよまでに W108。
同(おな)じ日のがくの急(きふ)のうた、ながむら山(やま)、
@よろづよをながむら山(やま)のながらへてつきず運(はこ)ばんみつぎものかな W109。
同(おな)じ日の参(まゐ)り音声、とみのをがは、
@あめのしたとみのをがはのすゑなればいづれのあきかうるはざるべき W110。
同(おな)じ日のまかで音声、ちぢがは、
@にごりなくみえ渡(わた)るかなちぢがはの始(はじ)めてすめるとよのあかりに W111。
此(こ)の同(おな)じ折の御屏風(びやうぶ)のうたなどあれ、同(おな)じ筋(すぢ)の事(こと)なれば。かかず。こぞよりしていみじくののしりつる事(こと)どもゝはてゝ、内(うち)にはこころのどかに思(おぼ)し召(め)さるゝにも、麗景殿(れいけいでん)・淑景舎などのおはせましかばと思(おぼ)し出(い)でさせ給(たま)ふ。
かくて中宮(ちゆうぐう)いかなる
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にか、例(れい)ならず悩(なや)ましう思(おぼ)されけり。殿(との)の御(お)前(まへ)思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふに、例せさせ給(たま)ふ事(こと)、立(た)ちぬる月、此(こ)の月、さもあらで過(す)ぎぬ。いかなるにかと、人々(ひとびと)おぼつかなくのみ聞(き)こえさするに、ものなどつゆ聞(き)こし召(め)さぬは、たゞならぬ御(おん)心地(ここち)にやと思(おぼ)し召(め)すに、御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)、怪(あや)しう、立(た)ちぬる月、おぼつかなくて止(や)ませ給(たま)ひにし、事(こと)などのおはしますにやと申し給(たま)ふ。誠(まこと)にたゞならぬ御けしきにおはします。殿(との)の御(お)前(まへ)にも、内(うち)にも、いと嬉(うれ)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)して、殿(との)の御(お)前(まへ)何(なに)か、もの聞(き)こし召(め)さずともおはしましぬべき御(おん)心地(ここち)なりとて、よき日して様々(さまざま)の御祈(いの)りども始(はじ)めさせ給(たま)ふ。
師走(しはす)にもなりぬ。世(よ)の中(なか)こころあはただしう、内(うち)より始(はじ)め、宮々(みやみや)の御仏名にも、例(れい)の仏名経など誦ずる声(こゑ)もおかしきに、「降(ふ)る白雪(しらゆき)と共(とも)に消(き)えなんなどもあはれなり。はかなく暮れぬれば、朔日(ついたち)には元日のてうはいより始(はじ)め、様々(さまざま)にめでたし。殿上の方(かた)には、しんどりと言(い)ひていとまさなうこちたきけはひども聞(き)こえたり。朔日(ついたち)より始(はじ)め、事(こと)どもいみじうしげゝれば、様々(さまざま)いはひごとどもにて暮れぬべし。
正月にぞ宮(みや)の御(お)前(まへ)出(い)で〔さ〕せ給(たま)ふべき。其(そ)の日、女房(にようばう)のなりなど、あざやかにせさせ給(たま)ふ。さて其(そ)の夜になりぬれば、儀式(ぎしき)有様(ありさま)など思(おも)ひ遣(や)るべし。常(つね)の行啓せさせ給(たま)ふ、めでたしとありつれど、かうやは見(み)えさせ給(たま)ひつる。御輿(こし)の帷(かたびら)より始(はじ)めて、
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よろづいみじうさやかにめでたし。京極(きやうごく)殿(どの)は、かたふたがれば、えおはしまさで、東三条(とうさんでう)院(ゐん)に出(い)でさせ給(たま)ひぬれば、内(うち)にも御志(こころざし)いとあやにくなるまで、おぼつかなくぞ思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、宮(みや)には殿(との)おはしまして、よき日して、大はんにや・くはんをんぎやう・やくしきやう・寿命経などの御読経、各(おのおの)ふだんにせさせ給(たま)ふ。法華経(ほけきやう)は始(はじ)めよりせさせ給(たま)へばなりけり。年(とし)頃(ごろ)山(やま)に籠りて、里さと)へも出(い)でぬ。僧(そう)ども尋(たづ)ね召(め)し出(い)でて、此(こ)の御読経に、候(さぶら)はせ給(たま)ふ。公(おほやけ)よりは、長日の御すほう始(はじ)めさせ給(たま)ふ。様々(さまざま)の御祈(いの)りどもいみじ。
斯(か)かる程(ほど)に、殿(との)の高松(たかまつ)殿(どの)の二郎君、むまのかみにておはしつる、十七八ばかりにやとぞ、いかにおはしけるにか、よなかばかりに、よかはの聖(ひじり)の許(もと)におはして、われ法師(ほふし)になし給(たま)へ。年(とし)頃(ごろ)の本意(ほい)なりと宣(のたま)ひければ、ひじり、大(おほ)殿(との)のいとたうときものにせさせ給(たま)ふに、必(かなら)ず勘当(かんだう)侍(はべ)りなんと申してきかざりければ、いとこころぎたなきひじりのこころなりけり。殿(との)びんなしと宣(のたま)はせんにも、かばかりの身にては苦(くる)しうや覚(おぼ)えん。悪(わろ)くもありけるかな。こころになさずとも、かばかり思(おも)ひ立(た)ちてとまるべきならずと宣(のたま)はせければ、理(ことわり)なりと打(う)ち泣きて、なし奉(たてまつ)りにけり。聖(ひじり)の衣(ころも)取(と)り着(き)させ給(たま)ひて、直衣(なほし)・さしぬぎ・さるべき御衣(ぞ)など、皆ひじりに脱ぎ給(たま)はせて、綿(わた)の御衣(ぞ)一(ひと)つばかり奉(たてまつ)りて、山(やま)にむどうじと言(い)ふところに、夜の内(うち)におはしにけり。よかはのひじり、怪(あや)しき法師(ほふし)一人(ひとり)をぞそへ奉(たてまつ)りける。それを御とも
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にて登り給(たま)ひぬ。
此(こ)の大徳などや言(い)ひ散らしけん、日の出(い)づる程(ほど)に、此(こ)の殿(との)うせ給(たま)へりとて、大(おほ)殿(との)より多(おほ)くの人(ひと)をあがちて、もとめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、よかはのひじりのもとにて出家(しゆつけ)し給(たま)へると言(い)ふ事(こと)を聞(き)こし召(め)し〔て〕、哀(あは)れに悲(かな)しう、いみじと思(おぼ)し召(め)して、よかはのひじりを召(め)しに遣(つか)はしたるに、かしこまりて、とみにも参(まゐ)らず、いとあるまじき事(こと)なり。参(まゐ)れ<と度々(たびたび)召されて参(まゐ)りたれば、殿(との)の御(お)前(まへ)泣く<有様(ありさま)問(と)はせ給(たま)へば、ひじり申せしやう、宣(のたま)はせし様(さま)、かう<。いとふびんなる事(こと)をつかうまつりて、かしこまり申侍(はべ)ると申せば、などてかともかくも思(おも)はん。ひじりなさずとも、さばかり思(おも)ひたちては、とまるべき事(こと)ならず。いと若(わか)き心地(ここち)に、ここらの中(なか)を捨(す)てゝ、人(ひと)知れず思(おも)ひ立(た)ちける、あはれなりける事(こと)なりや。わがこころにもまさりてありけるかなとて、山(やま)へ急(いそ)ぎのぼらせ給(たま)ふ。高松(たかまつ)殿(どの)のうへは、すべてものもおぼえ給(たま)はず。
殿(との)おはしませば、いくその人々(ひとびと)かきをひ登り給(たま)ふ。いつしかおはしまし着きて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、例(れい)の僧たちは、ひたいの程(ほど)けぢめ見(み)えでこそあれ、これはさもなくて、哀(あは)れに美(うつく)しう尊(たうと)げにておはす。猶(なほ)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、御涙(なみだ)とどめさせ給(たま)はず。そこらの殿(との)ばら、いみじう哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)さてもいかに思(おも)ひ立(た)ちし事(こと)ぞ。何事(なにごと)のうかりしぞ。われをつらしとおもふ事(こと)やありし。官(つかさ)かうぶりのこころもとなくおぼえしか。又(また)いかでかと思(おも)ひかけし女(をんな)の事(こと)やありし。異事(ことごと)は知(し)ら
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ず。世(よ)にあらん限(かぎ)りは何事(なにごと)をか見捨てゝはあらんとおもふに、こころ憂く、かくはゝをもわれをも思(おも)はで、斯(か)かる事(こと)ゝ宣(のたま)ひつゞけて泣かせ給(たま)へば、いとこころ〔あ〕はただしげに思(おぼ)して、われも打(う)ち泣き給(たま)ひて、さらに何事(なにごと)をかおもふ給(たま)へん。ただ幼(をさな)く侍(はべ)りし折より、いかでと思(おも)ひ侍(はべ)りしに、さやうにも思(おぼ)しかけぬ事(こと)を、かくと申(まう)さんもいと恥(は)づかしう侍(はべ)りし程(ほど)に、かうまでしなさせ給(たま)ひにしかば、あれにもあらでありき侍(はべ)りしなり。誰(たれ)にも<、なか<かくてこそ、つかうまつるこころざしも侍(はべ)らめと申し給(たま)ふ。さてやがてそこにおはしますべき御こころをきて・あるべき事(こと)ども宣(のたま)はす。
宮々(みやみや)の御つかひなど、すべていともの騒(さわ)がし。殿(との)の御(お)前(まへ)、泣く<をりさせ給(たま)ひぬ。御さうぞく急(いそ)ぎして奉(たてまつ)らせ、様々(さまざま)のものども奉(たてまつ)らせたまひ、高松(たかまつ)殿(どの)のうへ、泣く<御衣(ぞ)の事(こと)急(いそ)がせ給(たま)ふ。殿(との)ばら・宮々(みやみや)の奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつるは、きよらなりとて、皆てんだいの僧どもにくばらせ給(たま)ふ。高松(たかまつ)殿(どの)より奉(たてまつ)らせ給(たま)へる御衣(ぞ)をぞ、御料(れう)にはせさせ給(たま)ひける。いでや、今(いま)は布(ぬの)をこそとまでぞ思(おぼ)し召(め)しける。殿(との)よりも宮(みや)よりも、皆(みな)御具(ぐ)掟(おき)て奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。哀(あは)れにいみじうありがたき御出家(すけ)になん。
斯(か)かる程(ほど)に、皇后宮(くわうごうぐう)参(まゐ)らせ給(たま)へとあ〔れ〕ば、いかゞと覚(おぼ)しつゝませ給(たま)ふに、御こころの程(ほど)をや推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせ給(たま)ひけん、殿(との)の御(お)前(まへ)、など皇后宮(くわうごうぐう)は参(まゐ)らせ給(たま)はぬにか。もろともに候(さぶら)はせ給(たま)はんこそ、よき事(こと)なるべければ、一所(ひとゝころ)おはしまさんは悪(あ)しき
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事(こと)なりと奏せさせ給(たま)へば、それにつけて、猶(なほ)疾く思(おぼ)したて、おとどもかやうになど、常(つね)に聞(き)こえさせ給(たま)へば、思(おぼ)し召(め)し立(た)ちて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御こしなどあたらしくせさせ給(たま)ひて、いとあるべき限(かぎ)りうるはしくしたてゝ参(まゐ)り給(たま)ふ程(ほど)も、一夜(ひとよ)の御まかでにこそ似ねど、儀式(ぎしき)有様(ありさま)は同(おな)じ事(こと)なり。姫宮(ひめみや)はいとげの御車(くるま)にぞ奉(たてまつ)りける。御こしには致仕の大納言(だいなごん)の御むすめ、大納言(だいなごん)の君(きみ)つかうまつり給(たま)へり。女房(にようばう)もより候(さぶら)ひしに、又(また)参(まゐ)りて、いと目安(やす)くこころにくき御有様(ありさま)なり。
男(をとこ)宮(みや)たち三(み)所(ところ)引(ひ)き連(つ)れさせ給(たま)ひつるに、四の宮(みや)は、御髪(ぐし)は膕(よをろ)過(す)ぎて脛(はぎ)ばかりなり。御かほつきなど、かばかりのわらはもがなと見(み)えさせ給(たま)ふ。それも御直衣(なほし)奉(たてまつ)りたる御有様(ありさま)など、さはいへど、いみじぎ殿(との)ばらの君達(きんだち)には似させ給(たま)はず。おはしましぬれば、年(とし)頃(ごろ)珍(めづら)しき御物語(ものがたり)共(ども)推(お)し量(はか)るべし。御(お)前(まへ)に火たき屋かきすへて、大床子などの程(ほど)のけはひ、うへの御(お)前(まへ)に御覧(ごらん)ずるも、かうてこそは見(み)奉(たてまつ)らんと思(おも)ひしか。みづからよりはかうては、おもふごとしたるこそ嬉(うれ)しけれなど、哀(あは)れにかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)の十二三ばかりにていと美(うつく)しうおはしますを、明(あ)け暮(く)れ見(み)奉(たてまつ)らぬ事(こと)を口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)したり。
斯(か)かる程(ほど)に、大(おほ)殿(との)の左衛門(さゑもん)の督を女(むすめ)おはする殿(との)ばらけしきだち給(たま)へど、思(おぼ)し定(さだ)めぬ程(ほど)に、四条(しでう)大納言(だいなごん)の御女(むすめ)二(ふた)所(ところ)を、中姫君(なかひめぎみ)は、四条(しでう)宮に、産まれ給(たま)ひけるより、とり放(はな)ち聞(き)こえ給(たま)ひて、姫宮(ひめみや)とてかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。
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おほいぎみをぞ大納言(だいなごん)世(よ)になきものとかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。ばゝうへは、村上(むらかみ)のせんていの九の宮(みや)、まちおさの入道(にふだう)少将(せうしやう)たかみつの御女(むすめ)の御腹(はら)に、女宮のいみじうめでたしといはれ給(たま)ひしを、あはた殿(どの)取(と)り奉(たてまつ)りて、此(こ)の大納言(だいなごん)のむこどり給(たま)へりしなりければ、はゝうへさばかりものきよくおはします。されど年(とし)頃(ごろ)尼(あま)にておはしませば、大納言(だいなごん)殿(どの)はやまめのやうにておはすれど、ほかごゝろもおはせねば、たゞ此(こ)の姫君(ひめぎみ)をいみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、此(こ)の左衛門(さゑもん)のぜうの君(きみ)をと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、ほのめかし聞(き)こえ給(たま)ひけるに、こころにげなる御けしきなれば、思(おぼ)し立(た)ちて急(いそ)がせ給(たま)ふ。
内(うち)・東宮(とうぐう)などにこそ、斯(か)かる人(ひと)の御かしづきむすめは参り給ふ、例(れい)の事(こと)なれど、内(うち)には皇后宮(くわうごうぐう)、年(とし)頃(ごろ)宮々(みやみや)の御はゝにておはします。また中宮(ちゆうぐう)はたともかくも人(ひと)の申すべきにあらねば、筋(すぢ)なし。東宮(とうぐう)はた、三四ばかりにおはしまして、御あそびをのみしつゝ、ありかせ給(たま)ふに、内(うち)・春宮(とうぐう)放(はな)ちては、さばいかゞ。此(こ)の殿(との)の君たちの事(こと)のみこそは、人(ひと)のいみじき事(こと)は思(おも)ひためれと思(おぼ)し立(た)つ。げにと見(み)えたり。あべい事(こと)どもしたてさせ給(たま)ひて、四条(しでう)の宮(みや)の西(にし)の対(たい)にて、むこどり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。寝殿(しんでん)にてと思(おぼ)せど、宮(みや)の御(お)前(まへ)などおはしましつきたれば、いまさらになど思(おぼ)し召(め)すなるべし。宮(みや)もろともに奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、むこどり奉(たてまつ)り給(たま)ひつ。姫君(ひめぎみ)十三四ばかりにて、御ぐしいとふさやかにて、御たけに足らぬ程(ほど)にて、
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すそなどいとめでたし。御(おほん)かほつきなど、いみじう美(うつく)しげにおはすれば、男君(をとこぎみ)おもふ様(さま)にいと嬉(うれ)しう思(おぼ)さる。よろづの事(こと)、おくぶかくこころにくき。御あたりの有様(ありさま)なれば、思(おも)ひ遣(や)るべし。
さて日頃(ひごろ)ありて、御露顕(ところあらはし)など、こころもとなからずせさせ給(たま)へり。宮(みや)もとよりいみじうものきよらかにおはしますに、此(こ)の頃(ごろ)の有様(ありさま)、する事(こと)どもを聞(き)こし召(め)しあはせて、殿(との)も宮(みや)も、聞(き)こえあはせ給(たま)ひつゝせさせ給(たま)へる事(こと)ども、いとなべてにあらず。大(おほ)殿(との)も、いと目安(やす)きわざなめり。彼の大納言(だいなごん)は、いと恥(は)づかしうものし給(たま)ふ人(ひと)なり。思(おも)ひのまゝにふるまひては、いとおしからんなど、常(つね)にいさめ聞(き)こえさせ給(たま)ふべし。日頃(ひごろ)ありて、御乳母(めのと)の、くらの命婦(みやうぶ)のもとに、はかなき御衣(ぞ)のおろしなどに、よろづあたらしき事(こと)どもなどそへさせ給(たま)へり。四条(しでう)の宮(みや)は、いかでわがあるとき、此(こ)の姫君(ひめぎみ)の事(こと)をともかうもとぞ、思(おぼ)されける。月日過(す)ぎもていきて、東三条(とうさんでう)殿(どの)には。中宮(ちゆうぐう)の御事(こと)誠(まこと)になりはてて、御(おん)心地(ここち)なども苦(くる)しう思(おぼ)されて、内(うち)の御つかひ日にふたゝびなど参り、はかなうあけくるゝにつけても、いつしかとのみ、いみじう疎(おろ)かならぬ御祈(いの)りどもなり。



栄花物語詳解巻十一


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〔栄花物語巻第十一〕 莟(つぼ)み花(ばな)
一条(いちでう)/の-院(ゐん)失せさせ給(たま)ひ/て\後(のち)、女御(にようご)・更衣(ころもがへ)の御有様(ありさま)-共(ども)、様々(さまざま)に聞(き)こゆる/に、承香殿の女御(にようご)/に、故式部(しきぶ)きやう宮(みや)の源宰相(さいしやう)の君(きみ)よりさだの君(きみ)\忍(しの)びつつかよひ聞(き)こえ給(たま)ふ\程(ほど)/に、右のおとどきゝ給(たま)ひ/て、まことそらごとあらはし聞(き)こえんと思(おぼ)しける程(ほど)/に、御目に誠(まこと)/なりけりと見給(たま)ひてけれ/ば、いみじうむつからせ給(たま)ひ/て、さばかり美(うつく)しき御(み)-髪(ぐし)/を、手づからあまになし奉(たてまつ)り給(たま)ふ/に、憂き事(こと)かず知らず見(み)えたり。あさましう怪(あや)しき事(こと)/に、世(よ)-人(ひと)もとののうちにも言(い)ひ騒(さわ)ぐ程(ほど)/に、其(そ)/の後(のち)も猶(なほ)忍(しの)びつゝかよひ給(たま)ひけれ/ば、其(そ)/の度(たび)/は、いづちも<おはしねとあれ/ば、女御(にようご)の御乳母(めのと)/ゝ\ある/は、実誓僧都(そうづ)と言(い)ふ人(ひと)の車(くるま)やどり/なり、其(そ)/の家(いへ)に渡(わた)り\給(たま)ひ/ぬ。宰相(さいしやう)もさるべきにこそと思(おも)ひ/つゝ、疎(おろ)か/ならずかよひ給(たま)ふ程(ほど)/に、自(おの)づから御(み)-髪(ぐし)なども目安(やす)くなりもてゆく。怪(あや)しうひが<しき\事(こと)/に、世(よ)/の-人(ひと)も思(おも)ひ聞(き)こえたり。同(おな)じきわか君達(きんだち)/と\いへ/ども、これは村上(むらかみ)の四の宮(みや)、源帥(そち)-殿(どの)/の\御女(むすめ)の腹(はら)/なれ/ば、いとものきよくものし\給(たま)ふ/を、あやにくに此(こ)/の殿(との)宣(のたま)ふ/を/ぞ、かへすがへす怪(あや)しき事(こと)に人(ひと)聞(き)こゆ/める。又(また)、くらべやの女御(にようご)と聞(き)こえ
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/し/に/は、はゝのとう〔三〕位(ゐ)、今(いま)/の\宣耀殿(せんえうでん)の御はらから/の、修理(しゆり)/のかみをぞあはせ聞(き)こえためる。
かくて中宮(ちゆうぐう)も\唯(ただ)/におはしまさ/ね/ば、出(い)で/させ給(たま)ふ/に、斎信大納言(だいなごん)のおほいの御門(みかど)/の家におはしまい/て、月-頃(ごろ)にならせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、そこにて御(み)-子(こ)むまれ給(たま)ふ/べきにやとおもふ程(ほど)/に、此(こ)/の-頃(ごろ)土御門(つちみかど)-殿(どの)に渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/べけれ/ば、いへあるじ-殿(どの)、何(なに)わざをと思(おぼ)し急(いそ)が/せ給(たま)ふ。それも東三条(とうさんでう)院(ゐん)に出(い)で/させ給(たま)へ/り//を、そこの焼けにしか/ば、こちに渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/つるなりけり。さて土御門(つちみかど)-殿(どの)には渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/に、宮(みや)の御贈(おく)り物(もの)/に\何(なに)わざをして参(まゐ)らせんと思(おぼ)し/ける/に、何事(なにごと)も珍(めづら)しげなき世(よ)/の御有様(ありさま)となりにためれ/ば、なか</なり/とて、村上(むらかみ)の御ときのにつき/を、大(おほ)きなる冊子(さうし)四(よ)つに絵(ゑ)にかかせ給(たま)ひ/て、佐理の兵部(ひやうぶ)-卿(きやう)のむすめの君(きみ)/と、延〓きみとに書かせ給(たま)ひ/て、麗(うるは)しき筥(はこ)一双(ひとよろい)に入(い)れさせ給(たま)ひ/て、さべき御手本など具(ぐ)して奉(たてまつ)り給(たま)ひ/けれ/ば、宮(みや)はよろづのものにまさりて嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)されけり。女房(にようばう)/の\中(なか)には大(おほ)いなる桧破子(ひわりご)をして、白(しろ)い物・薫物(たきもの)などをぞ入(い)れて出(い)だし給(たま)へりける。かくて渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/て、そこにて御祈(いの)り-ども/を、大宮(おほみや)の折の事(こと)どもを皆(みな)せさせ給(たま)ふ。いとわりなき\程(ほど)/の\有様(ありさま)/にて、いと恐(おそ)ろしく、いかに<と思(おぼ)し-騒(さは)が/せ給(たま)ふ。まこと/や、彼の\大納言(だいなごん)の御許(もと)にさるべき家司(いへづかさ)/なり、殿(との)位(くらゐ)などまさらせ給(たま)ひ/けり。いと面目(めいぼく)\ある\御様(さま)なり。
かくていかに<と御心(こころ)を尽くし、念(ねん)じ聞(き)こえ/させ
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\給(たま)ふ\程(ほど)/に、長和二年七月六日の夕がた/より、御けしきある様(さま)におはしませ/ば、御祈(いの)りの僧どもこゑをあはせてののしる。加持\参(まゐ)り、うちまきし騒(さわ)ぐ。うちにも聞(き)こし召(め)し/て、御つかひ頻(しき)り/に参(まゐ)る。御はらへ/の\程(ほど)、いみじくなりあひ/たり。月-頃(ごろ)いみじかりつる御祈(いの)りの験(しるし)/に/や、いぬのときばかりにいと平(たひら)かに御(み)-子(こ)むまれ給(たま)ひ/ぬ。今(いま)一(ひと)-頻(しき)り/のどよみの程(ほど)/に、あさましきまでおどろ<しき/に、僧などいと苦(くる)しから/ぬ\程(ほど)/に、なら/せ\給(たま)ひ/ぬ。世(よ)になくめでたき\事(こと)/なる/に、\唯(ただ)\御(み)-子(こ)何(なに)かと言(い)ふ事(こと)聞(き)こえ給(たま)は/ぬ/は、女(をんな)におはしますにやと見(み)えたり。殿(との)の御(お)-前(まへ)いと口(くち)-惜(を)しく思(おぼ)し召(め)せ/ど、さばれ、これ/を\始(はじ)めたる御事(こと)/なら/ば/こそ\あら/め、又(また)も自(おの)づからと思(おぼ)し召(め)す/に、これ/も\悪(わろ)からず思(おぼ)し召(め)さ/れ/て、こよひのうちに御湯(ゆ)-殿(どの)あるべくののしりたつ。
うち/に/は、けざやか/に\奏せさせ給(たま)は/ね/ど、自(おの)づから聞(き)こし召(め)しつ。御剣(はかし)いつしかと持(も)て参(まゐ)れり。例(れい)は女におはします/に/は。御はかし/は\なき/を、何事(なにごと)も今(いま)の世(よ)/の有様(ありさま)は様々(さまざま)の例(れい)を引かせ給(たま)ふ/べきにあら/ね/ば、殊(こと)/の-外(ほか)/にめでたければ、これを始(はじ)めたる例(ためし)になりぬべし。御使(つかひ)の禄(ろく)、夜目(よめ)にもけざやかに見(み)ゆる、鶴(つる)の毛衣(けごろも)の程(ほど)も心(こころ)-異(こと)/なり。御ちつけ/に/は、東宮(とうぐう)の御乳母(めのと)/の近江(あふみ)の内侍(ないし)/を\召(め)し/たり。それは御乳母(めのと)-達(たち)数多(あまた)候(さぶら)ふなか/に/も、これは殿(との)の上(うへ)の御乳母(めのと)ご/の\数多(あまた)のなかの其(そ)/の一人(ひとり)なる大宮(おほみや)の内侍(ないし)なりけり。
さて\日頃(ひごろ)\候ふ/べき/に、宮(みや)の御湯(ゆ)-殿(どの)/の儀式(ぎしき)有様(ありさま)思(おも)ひ-遣(や)り
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\聞(き)こゆべし。五位(ごゐ)・六位(ろくゐ)御弦打(つるうち)に廿人(にん)召(め)し/たり。五位(ごゐ)は蔵人(くらんど)五位(ごゐ)をえらば/せ給(たま)へ/り。女(をんな)におはしませ/ば、うちにも今(いま)少(すこ)し心(こころ)-異(こと)/にをきて聞(き)こえさせ給(たま)ふ。\唯(ただ)\同(おな)じく/は/と、誰(たれ)も思(おぼ)さ/る/べし。されど東宮(とうぐう)のむまれ給(たま)へ/り/し/を、\殿(との)の御(お)-前(まへ)/の御はつむまご/にて、ゑいぐわの初花(はつはな)と聞(き)こえ/たる/に、此(こ)/の御事(こと)をば莟(つぼ)み花(ばな)とぞ聞(き)こえさすべかめる。それは只今(ただいま)こそ心(こころ)もとなけれ。とき至(いた)りて開(ひら)けさせ給(たま)はん程(ほど)めでたし。白(しろ)い御調度(てうど)/など、\大宮(おほみや)の御例(れい)なり。
御乳母(めのと)に人々(ひとびと)いみじく参(まゐ)らまほしう案内(あんない)申す/べし。宮(みや)のうちの女房(にようばう)-達(たち)、さるべき君達(きんだち)の御(み)-子(こ)\産(う)み/たる/など、あかものに頼(たの)み申し/たり/けれ/ど、いかにも<\唯(ただ)\他人(よそびと)のあたらしから/ん/を/と/ぞ、宮(みや)の御(お)-前(まへ)思(おぼ)し志(こころざ)し/た/める。女房(にようばう)の白(しろ)き衣(きぬ)ども、さばかり暑(あつ)き程(ほど)/なれ/ど、よろづをしつくし、いかで珍(めづら)しき様(さま)にせんと思(おも)ひたる様(さま)ども、心々(こころごころ)におかしうなん。御産養(うぶやしなひ)、三日夜(よ)はとのせさせ給(たま)ふ。五日夜(よ)は宮司(みやづかさ)、七日は公(おほやけ)/より、九日は大宮(おほみや)よりぞせさせ給(たま)へるめる。此(こ)/の-頃(ごろ)殿(との)ばら・殿上人(てんじやうびと)の参(まゐ)る有様(ありさま)、三位より始(はじ)めて六位(ろくゐ)/まで、\唯(ただ)\大宮(おほみや)の御ときの有様(ありさま)なるべし。
東宮(とうぐう)まだ御乳(ち)聞(き)こし召(め)す程(ほど)/なれ/ば、内侍(ないし)とう参(まゐ)るべき御消息(せうそこ)頻(しき)り/なり。御乳母(めのと)に参(まゐ)らん/と申す\人々(ひとびと)数多(あまた)\ある/を、心(こころ)もとなく思(おぼ)し召(め)す程(ほど)/に、故関白(くわんばく)-殿(どの)/の御(み)-子(こ)/と\いは/るる。中務(なかつかさ)/の-大輔(たいふ)ちかよりの君(きみ)の妻(め)のおとうと、としとを/が\妻(め)/なり、御乳母(めのと)/は\いせのかみのむすめぞ\参(まゐ)り/たる/は、やがて夜(よ)の中(うち)に御(おほん)-乳(ち)
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\聞(き)こし召(め)さ/せ/て、内侍(ないし)はうちへ\参(まゐ)りぬ。さべき贈(おく)り物(もの)/など、\いとおどろ<しう思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ひ/て、御(おほん)-乳(ち)つけ/に/しも\あら/ず、やがて御乳母(めのと)の中(うち)に入(い)れさせ給(たま)ひ/つ。
若宮(わかみや)の御(み)-髪(ぐし)あさましくながく、ふりわけにをひさせ給(たま)へり。やがてかくて思(おぼ)し聞(き)こえさせんと定(さだ)めあり。何事(なにごと)もいとめでたし。いみじう美(うつく)し-げにおはします/を、うちにも聞(き)こし召(め)し/て、いつしかとゆかしく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。此(こ)/の-頃(ごろ)は少(すこ)し心(こころ)のどかげ/にて、殿(との)の御(お)-前(まへ)よりよなかわか/ず、若宮(わかみや)の御扱(あつか)ひに渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/に、誰(たれ)もわびしくあつき\程(ほど)/に、うちとけたるいねども、いとかたはらいたし。今(いま)\参(まゐ)りたる御乳母(めのと)/も、いとどもの恥(は)づかしげなり。
うちにいとゆかしげに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひ/つれ/ば、九月ばかりに行幸(ぎやうがう)あらせ/ん/と、殿(との)の御(お)-前(まへ)思(おぼ)し志(こころざ)したり。宮(みや)の御(お)-前(まへ)\其(そ)/の\後(のち)\悩(なや)ましげにのみおはしませ/ば、とみにも参(まゐ)らせ給(たま)ふ/まじ。行幸(ぎやうがう)/の事(こと)/を、此(こ)/の-頃(ごろ)/は。殿(との)のうち急(いそ)ぎ磨(みが)き、よろづつくろはせ給(たま)ふ。御五十日/を、御門(みかど)/はうちにて/など\思(おぼ)し宣(のたま)はすれ/ど、宮(みや)のえ参(まゐ)らせ給(たま)は/ね/ば、里(さと)にて聞(き)こし召(め)す。殿(との)よりよろづにし尽くさせ給(たま)ひ/て、うち、殿上人(てんじやうびと)・台盤所(だいばんどころ)/など、\よろづに大宮(おほみや)までもて\参(まゐ)りさばく。様々(さまざま)のおりびつ物・こもの/など、\かずをつくしてせさせ給(たま)へり。またうちよりいかでか思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ひ/けんと見ゆる/まで、よろづこまかにめでたくせさせ給(たま)へり。八月廿-余(よ)-日(にち)の程(ほど)/なれ/ば、女房(にようばう)のなりどもいみじうし/たる/に、また\唯(ただ)\睦月(むつき)の行幸(ぎやうがう)の事(こと)
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/を\急(いそ)ぎ立(た)た/せ給(たま)ふ。御うぶやの折/も、御五十日/に/も、うちの女房(にようばう)のさるべき限(かぎ)り\皆(みな)\参(まゐ)りたり。御門(みかど)/の御乳母(めのと)の紀の三位のむすめ、源典侍(ないしのすけ)を始(はじ)め、さかり少将(せうしやう)/など/や、さるべき人々(ひとびと)/は\皆(みな)宮(みや)のみふだ/に\つき/たる\ども、おぼつかなからず参(まゐ)りまかづめる。
九月にもなりぬれ/ば、行幸(ぎやうがう)の事(こと)今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)に急(いそ)が/せ給(たま)ふ事(こと)いみじ。宮(みや)の女房(にようばう)のなりいみじ/き/に、督(かん)/の-殿(との)の御方(かた)・殿(との)の上(うへ)の御方(かた)、われも</と\ののしる事(こと)いみじ。ふねのがくなどいみじく整(ととの)へさせ給(たま)へり。行幸(ぎやうがう)の有様(ありさま)、皆(みな)例(れい)の作法(さほふ)/なれ/ば、かきつゞくまじ。大宮(おほみや)の東宮(とうぐう)のむまれさせ給(たま)へ/り/し\後(のち)の行幸(ぎやうがう)、\唯(ただ)\\其(そ)/の\まゝの有様(ありさま)なり。殿(との)の有様(ありさま)いみじくおもしろし。ながしまのまつのつたの紅葉(もみぢ)/など、つねの年(とし)はいとかうしもあら/ね/ど、世(よ)/のけしきにしたがふ/に/や、いみじくさかり/に、色々(いろいろ)めでたく見ゆる/に、ゑましうそゞろさむし。上(うへ)の御覧(ご-らん)ずる/に、御目もをよばずめでたう思(おぼ)し召(め)さ/るゝ/に、ふね/の\がく-ども/の\まひ-出(い)で/たる/など、\大方(おほかた)心(こころ)の事(こと)ゝは思(おぼ)し召(め)さ/れ/ず、いみじく御覧(ご-らん)ぜらる。まつのかぜきんをしらぶるに聞(き)こえ、よろづおもしろく吹きあはせたり。御簾ぎはの女房(にようばう)/の\なり、いへ/ば\え/なら/ぬ\にほひどもなり。
入らせ給(たま)ひ/ていつしか/と、若宮(わかみや)をいづらはと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、殿(との)の御(お)-前(まへ)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て候はせ給(たま)へれ/ば、抱(いだ)き取(と)り奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、ふくよかに美(うつく)しうおはしまし/て、御(み)-髪(ぐし)\振り分けにおはします/を、御覧(ご-らん)じおどろか/せ
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\給(たま)ひ/て、いかになど聞(き)こえさせ給(たま)へ/ば、御物語(ものがたり)をこゑだかにせさせ給(たま)ひ/て、うちゑみうちゑみ-せ/させ給(たま)へ/ば、あな美(うつく)しがり給(たま)へるにこそあめれ。まだ\斯(か)かる人(ひと)をこそ見ざりつれ。うたてあまりゆゝしき御髪(かみ)かな。今年(ことし)過(す)ぎば居丈(ゐだけ)にもなりぬべかめりなど\仰(おほ)せ/られ/て、いみじく美(うつく)し-げに聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
宮(みや)の御(お)-前(まへ)も見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、唐(から)の綾(あや)を白菊(しらぎく)にて押(を)し重(かさ)ねて奉(たてまつ)りたり。さればしろき御よそひと見(み)えてめでたき/に、いかに暑き程(ほど)/の御事(こと)/は、御(み)-髪(ぐし)のためこそいみじけれ/とて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、御すそにたまり/たる\程(ほど)、こよなくところせげに見(み)えさせ給(たま)へ/ば、怪(あや)しく見苦(ぐる)しき子持(こもち)の御(み)-髪(ぐし)かな。古子持(ふるこもち)など、髪(かみ)のすそ細(ほそ)う、色(いろ)青(あを)びれなどし/たれ/ば/こそ、心(こころ)苦(ぐる)しけれ。いとものぐるをしき御有様(ありさま)かな。此(こ)//の\ちご宮(みや)もはゝの御有様(ありさま)に似たるにこそあめれなど聞(き)こえ給(たま)ひ/て、いづら、乳母(めのと)はとゝはせ給(たま)へ/ば、殿(との)の御(お)-前(まへ)、御乳母(めのと)/は。いたく里(さと)び、物恥(ものはぢ)してえ\参(まゐ)り侍(はべ)ら/ざめり/とて、また抱(いだ)きゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/ぬ。
御帳のうちに入らせ給(たま)ひ/て、月-頃(ごろ)の御物語(ものがたり)/など\心(こころ)のどかに聞(き)こえ給(たま)ふ。かく美(うつく)しき人(ひと)を今(いま)/ゝで\見/ざり/つる\事(こと)、猶(なほ)めでたき事(こと)/なれ/ど、此(こ)/の身の有様(ありさま)こそ苦(くる)しけれ。いみじくおもふ\人(ひと)/のともかくもおはせ/ん/を、とみにも見ぬ事(こと)いみじく口(くち)-惜(を)しかし/など、\よろづに聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、いざちごむかへ/て、なかに臥せて見ん。いみじく美(うつく)しきものかな。此(こ)/の宮(みや)たち/の
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\ちご/なり/し/を/こそ、美(うつく)しう\見/しか/ど、猶(なほ)それは例(れい)の有様(ありさま)なり。これは殊(こと)/の-外(ほか)/におかしく見ゆる/は、髪(かみ)の長(なが)ければなめり。猶(なほ)<疾く<入らせ給(たま)へ。うちにては乳母(めのと)いるまじ。まろ乳母(めのと)にて侍(はべ)ら//ん/など、聞(き)こえさせ給(たま)へ/ば、ものぐるをし/とて、少(すこ)し忍(しの)びやかに笑(わら)は/せ給(たま)ふ。
斯(か)かる-程(ほど)/に\日/も\暮れ/ぬれ/ば、上達部(かんだちめ)の御あそび/に\なり/ぬる/が、いみじくなつかしくおもしろき/に、ながしまのもののね/など、ものはるかに聞(き)こゆる/に、なみのこゑ・まつのかぜなども様々(さまざま)にいみじ/や。とみに出(い)で/させ給(たま)ふ/まじき御けしき/なれ/ば、殿(との)入らせ給(たま)ひ/て、夜(よ)に入(い)り侍(はべ)りぬ。かばかりおもしろきあそびども御覧(ご-らん)ぜんと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、いとおもしろしときゝ侍(はべ)り。がくのこゑは聞くこそおもしろけれ。見るはおかしうやはある。様々(さまざま)のまひどもは皆(みな)見侍(はべ)り/ぬ/と、いとのどかに宣(のたま)はすれ/ば、すげなくて出(い)で/させ給(たま)ひ/ぬ。むげに夜(よ)に入(い)りぬれ/ば、そゝのかし申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、しぶ</に\起き/させ\給(たま)ふ/とて、猶(なほ)疾く入らせ給(たま)へ。今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)にとかへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て出(い)でさせ給(たま)ひ/ぬ。
かくて、左大将(さだいしやう)召(め)し/て、此(こ)/のいへのこ/の君達(きんだち)の位(くらゐ)まし、殿(との)の家(いへ)-司(づかさ)どもの加階-せ/させ、又(また)若宮(わかみや)の御乳母(めのと)のかうぶりゆべき\事(こと)など書き出(い)で/させ給(たま)ひ/て、宮(みや)の御(お)-前(まへ)には啓(けい)せさせ給(たま)ふ。殿(との)はやがて御(お)-前(まへ)にて舞踏し給(たま)ふ。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)かうぶり給(たま)はり、近江(あふみ)の内侍(ないし)はかかい/を/ぞ\せさせ給(たま)へる。かくて御贈(おく)り物(もの)、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)/など/の贈(おく)り物(もの)、例(れい)の事(こと)ども
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\思(おも)ひ-遣(や)るべし。よろづあさましくめでたき殿(との)の有様(ありさま)なり。此(こ)/の土御門(つちみかど)-殿(どの)にいくそ度(たび)行幸(ぎやうがう)あり。数多(あまた)の后(きさき)出(い)で入らせ給(たま)ひ/ぬ/らん/と、世(よ)/のあみものに聞(き)こえつべき殿(との)なり。これを勝地と言(い)ふなりけり。これをゑいぐわと言(い)ふにこそあめれ/と、怪(あや)しの者(もの)どもの下(しも)を限(かぎ)れるしなどもゝ、喜(よろこ)び笑(ゑ)み栄(さか)えたり。げにこそよき事(こと)を見聞く/は、我が身の事(こと)/なら/ね/ども、嬉(うれ)しうめでたし。あしき事(こと)を見聞く/は、せんかたなくいとおしきわざ/なれ/ば、此(こ)/の殿(との)ばら・宮々(みやみや)の御有様(ありさま)/を、いづれの民(たみ)も愛(め)で喜(よろこ)び聞(き)こえたり。
御門(みかど)かへら/せ\給(たま)ひ/て\後(のち)/は、若宮(わかみや)を御心(こころ)につきこひしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、\唯(ただ)\疾く</と/のみ、御つかひ頻(しき)り/に参(まゐ)れ/ども、猶(なほ)例(れい)ならずのみ思(おぼ)さ/れ/て、のどかげなる御けしきなり。されどうちよりきゝにくきまで申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、十一月(じふいちぐわつ)十日の程(ほど)にぞ参(まゐ)らせ給(たま)ふ/べき。五節(ごせつ)・臨時(りんじ)/の-祭(まつり)などうちしきれ/ば、女房(にようばう)のなり/など、\数多(あまた)襲(かさね)の御用意(ようい)あるべし。月-頃(ごろ)ひさしくなりにける御里居(さとゐ)、若(わか)き人々(ひとびと)。猶(なほ)心(こころ)-異(こと)/に今(いま)めくめり。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)今(いま)二人(ふたり)\参(まゐ)り添(そ)ひ/たり。一人(ひとり)はあはのかみまさときの朝臣(あそん)のむすめ、べんの乳母(めのと)ゝ言(い)ふ。今(いま)一人(ひとり)はいせの前司(ぜんじ)たかかたの朝臣(あそん)のむすめ、中務(なかつかさ)の乳母(めのと)ゝ言(い)ふ。月-頃(ごろ)様々(さまざま)\参(まゐ)りあつまりたる女房(にようばう)のかずなど多(おほ)かる/べし。こたみは法住寺の大臣(おとど)/の五の君(きみ)、やがて五の御方(かた)とて候(さぶら)ひ給(たま)ふ。故関白(くわんばく)-殿(どの)/の御むすめ、対(たい)の御方(かた)の腹(はら)の君(きみ)、此(こ)/の御門(みかど)/の東宮(とうぐう)におはしましゝときの御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/にて\候ひ/し/は、麗景殿(れいけいでん)
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/の\内侍(ないし)のかみの御はらからなるべし。またまさみつの大蔵卿(おほくらのきやう)のむすめ、源帥(そち)/の御(おん)-中(なか)の君(きみ)はらも\参(まゐ)り給(たま)へり。それも御み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)になさせ給(たま)へり。此(こ)/のほかのさべき人(ひと)のむすめなどかずいとおほふ\参(まゐ)り給(たま)へり。
すべて此(こ)/の-頃(ごろ)/の\事(こと)/に/は、さ/べき\人(ひと)/の\妻子(めこ)皆(みな)宮仕(みやづかへ)に出(い)ではてぬ。篭(こも)り居(ゐ)/たる/は、おぼろ-げ/の\疵(きず)、片端(かたは)づき/たら/ん/と/ぞ\言(い)ふ/める。さてもあさましき世なりや。太政(だいじやう)-大臣(だいじん)の御むすめ/も、かく出(い)で交(ま)じらひ\給ふ、いみじき事(こと)なり。今(いま)暫(しば)し\あら/ば、何(なに)の院(ゐん)/など/の御後(のち)も出(い)で給(たま)ひ/ぬべかめり/など/ぞ、人(ひと)\申す/める。かくて参(まゐ)らせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、若宮(わかみや)/を、上(うへ)の御(お)-前(まへ)御乳母(めのと)の煩(わづら)ひ\なく、明(あ)け暮(く)れ抱(いだ)きもて扱(あつか)はせ給(たま)ふ。あまりかたはらいたし。今(いま)よりはかなき御具(ぐ)ども、何事(なにごと)をし残(のこ)さ/んと思(おぼ)し召(め)したり。
はかなく年(とし)も返(かへ)り/て、長和三年(さんねん)になりぬ。正月一日より始(はじ)め/て、あたらしく珍(めづら)しき御有様(ありさま)なり。あらたまの年(とし)立(た)ち返(かへ)りぬれ/ば、くもの上(うへ)もはればれしう\見(み)え/て。そらをあふがれ、よ/の\程(ほど)/に\立(た)ち替(かは)りたる春の霞(かすみ)も紫(むらさき)に薄(うす)く濃(こ)くたなびき、日/の\けしき麗(うらゝ)かに光(ひかり)さやけく見(み)え、百千鳥(もゝちどり)も囀(さへづ)りまさり、よろづ皆(みな)心(こころ)ある様(さま)/に\見(み)え、花(はな)もいつしかと紐(ひも)をとき、垣根(かきね)の草(くさ)も青(あを)み渡(わた)り、朝(あした)の原(はら)も荻(をぎ)の焼原(やけはら)かき払(はら)ひ、春日野(かすがの)/の飛火(とぶひ)の野守(のもり)も、万代(よろづよ)の春(はる)の始(はじ)めの若菜(わかな)を摘(つ)み、氷(こほり)解(と)く風(かぜ)もゆるく吹(ふ)きて枝(えだ)を鳴(な)らさず、谷(たに)の鴬(うぐひす)も行末(ゆくすゑ)遥(はるか)なる声(こゑ)に聞(き)こえて耳(みゝ)とまり、船岡(ふなをか)の子(ね)の日(ひ)の松/も、いつしかと君(きみ)にひかれてよろづよ
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/を経(へ)/ん/と\思(おも)ひ/て、常磐堅磐(ときはかきは)の緑(みどり)色(いろ)深(ふか)く見(み)え、甕(もたひ)のほとりの竹葉(ちくえう)も末(すゑ)の世(よ)遥(はるか)に見(み)え、階(はし)の下(もと)の薔薇(さうび)も夏(なつ)を待(ま)ち顔(がほ)/に/など\し/て、様々(さまざま)めでたき/に、てうはいより始(はじ)め/て\よろづにおかしき/に、宮(みや)の御方(かた)の女房(にようばう)のなりども、つね/だに\ある/に、まいてものあざやか/に、薫(かをり)ふかきも理(ことわり)と見(み)えたり。
殿上にはしんどり/と\言(い)ひ/て、こちたく酔(ゑ)いののしり/て、うたてくらうがはしき事(こと)どもさしまじるべし。さるべき公(おほやけ)の御まつりごをも思(おぼ)し紛(まぎ)れず、上(うへ)中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)に渡(わた)ら/せ給(たま)へり。え/も-いは/ずめでたき御直衣(なほし)/に、なべてならず耀(かかや)くばかりなる御(おほむ)-衣(ぞ)ども重(かさ)ねさせ給(たま)へり。御かたち有様(ありさま)、雄々(をを)しうらう<じう\恥(は)づかしげにおはします。宮(みや)の御(お)-前(まへ)はもえぎの御几帳(きちやう)にはたかくれておはします。かうばいの御衣(ぞ)/を/ぞ、やへにも過(す)ぎ/て、いくつともなく奉(たてまつ)り/たる。上(うへ)に、浮文(うきもん)の色(いろ)濃(こま)やかなるを奉(たてまつ)り/たる/に、同(おな)じ色(いろ)の御扇(あふぎ)のかたそばの方(かた)に、大(おほ)き/なる\山(やま)\書き/たる/を、わざ/と/なら/ず\さしかくさせ給(たま)へる御有様(ありさま)、なべて/なら/ず\恥(は)づかしげにけだかう\おはします。御(み)-髪(ぐし)のあさましうながく、ところせげにおはします\程(ほど)、いかでかくと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。織物(おりもの)に髪(かみ)みだる/と\言(い)ふ\事(こと)/は、髪(かみ)のかるびれ\すくなきときの事(こと)なりけり。やがてうるはしくすがり/て、ひまもなくめでたくおはします。
上(うへ)、いづら/は、若宮(わかみや)はととはせ給(たま)へ/ば、命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)抱(いだ)き奉(たてまつ)りて参(まゐ)る。御はかしべんの乳母(めのと)もて参(まゐ)る。御(み)-髪(ぐし)/を\そがせ給(たま)へれ/ば、押しかへし今(いま)こそちごなりけれとて、
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それにつけ/て/も、あな美(うつく)しと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、抱(いだ)き取(と)り奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、もちゐかがみ見せ奉(たてまつ)ら/せ\給(たま)ふ/とて、きゝにくきまで祈(いの)りいはひつゞけさせ給(たま)ふ¥事(こと)ども/を、御(お)-前(まへ)に候ふ人々(ひとびと)はえ念ぜず。自(おの)づから\うちざゝめき、うづえほかひなど言(い)ふ心地(ここち)こそすれ/とて、忍(しの)びやかに笑(わら)ふ/をいかに<と\仰(おほ)せ/らるゝ\程(ほど)/も、すゞろにめでたくおぼえさせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)-たち、われも<と花を折(を)りてつかうまつる\程(ほど)/も、あらまほしげなり。
宮(みや)と御物語(ものがたり)せさせ給(たま)ひ/て、うち笑(わら)は/せ給ふなゝども聞(き)こゆ。若(わか)き人々(ひとびと)押(お)し凝(こ)りたる御几帳(きちやう)の際(きは)など、絵(ゑ)/に\かか/まほし。大納言(だいなごん)-殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)へれ/ば、暫(しば)し御物語(ものがたり)/など\有(あ)り/て、やがて御-供(とも)につかうまつらせ給(たま)ひ/ぬ。四宮の御髪(ぐし)長(なが)う/て、御直衣(なほし)すがた、女(をんな)をつくり立(た)てたらんやうに見(み)えさせ給(たま)ふ。事(こと)どもやう<果て/ゝ、心(こころ)のどかになりもていき/て、上(うへ)より松(まつ)にゆきのこほり/たる/を、
@春(はる)来(く)れど過(す)ぎにし方(かた)の氷(こほり)こそ松(まつ)にひさしくとどこほりれ W112。
/と\あれ/ば、宮(みや)/の\御(おほん)-かへし、
@千代(ちよ)経(ふ)べき松(まつ)の氷(こほり)は春(はる)来(く)れどうち解(と)けがたきものにぞありける W113。
\晦日(つごもり)になりぬれ/ば、司召(つかさめし)/とて、嬉(うれ)しきもさらぬもあり。
彼の四条(しでう)大納言(だいなごん)の御姫君(ひめぎみ)/は、こぞより唯(ただ)/ならぬ御けしきなりけれ/ば、大納言(だいなごん)も尼上(あまうへ)/も、いみじう思(おぼ)し/て、様々(さまざま)の御祈(いの)りどもいみじ。男君(をとこぎみ)はいみじう思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へ/れ/ど、
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\猶(なほ)いと心(こころ)づきなく、ともすれ/ば、御かくれあそび/の\程(ほど)/も、わらはげたる心地(ここち)-し/て、それをあかぬ事(こと)にぞ思(おぼ)されたる。
かくて内(うち)-辺(わた)りめでたくてすごさせ給(たま)ふ\程(ほど)/に、火出(い)で来(き)て焼(や)けぬ。御門(みかど)も宮(みや)/も、まつもとゝ言(い)ふところに渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/ぬ。いづれの御とき/も、斯(か)かる事(こと)はあれ/ど、心(こころ)のどかにしも思(おぼ)し召(め)さ/れ/ぬ/に、斯(か)かる事(こと)をいと<口(くち)-惜(を)しく思(おぼ)さるべし。三日\あり/て、やがてだいりつくるべき事(こと)思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふ。其(そ)/の\折の修理(しゆり)/のかみ/に/は、皇后宮(くわうごうぐう)の御せうとのみちたう/の-君(きみ)、南殿造(つく)るべく仰(おほ)せらる。もくのかみ/に/は、此(こ)/の宮(みや)の御乳母(めのと)の男(をとこ)。中務(なかつかさ)/の-大輔(たいふ)ちかより/と\あり/し\君(きみ)/を、此(こ)/の司召(つかさめし)になさせ給(たま)へ/り/しか/ば、せいらう殿/を/ば。それつくる。こと殿(との)/を/ば、\唯(ただ)\受領各(おのおの)皆(みな)つかうまつるべき宣旨(せんじ)くだり/て、官使部原国々あかれぬ。此(こ)/の四月みあれの日より手斧(てをの)-始(はじ)め/て、来年の四月いぜん/に\つくりいださ/ゞら/ん/を/ば、官(つかさ)をとりくにを召(め)しかへしなどせさせ給(たま)ひ、其(そ)/の\程(ほど)/につくり/を\へ/たら/ん\あら/ば、任(にん)を延(の)べ位(くらゐ)をまさせ給(たま)ふべきよしの宣旨(せんじ)くだりぬ。かくきびしく\仰(おほ)せ/られしか/ば、まづ近(ちか)きくに<”、南殿・せいらうでん/など/は、皆(みな)四月棟(むね)上(あ)げんとす。公(おほやけ)ごとは異(こと)/なるものなりけり<と見(み)あさみ思(おも)ふべし。
斯(か)かる-程(ほど)/に、三月廿-余(よ)-日(にち)にいはしみづのりうじ/の-祭(まつり)/に、若宮(わかみや)の御乳母(めのと)、うち/に\え\候ふ/まじき\事(こと)/や\あり/けん、にはかに出だし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)添(そ)ひて率(ゐ)て奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。なんでんにぞおはします。御乳母(めのと)-たち、さる/べき\女房(にようばう)。五六人(にん)ぞつかうまつれる。出(い)で/させ給(たま)ひ/て又(また)の日、うち/より、
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\中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)より(き)こえさせ給(たま)へる。かぜの心(こころ)あはただしかり/けれ/ば/なる/べし。
@もろともにながむる折の花(はな)ならば散らすかぜをもうらみざらまし W114。
\これを御覧(ご-らん)じ/て、殿(との)の御かへし、
@心(こころ)して暫(しば)しな吹きそはるかぜはともに見るべき花(はな)も散(ち)らさで W115。
/と/ぞ。\
斯(か)かる-程(ほど)/に、一条(いちでう)/の-院(ゐん)-殿(どの)の尼上(あまうへ)、大宮(おほみや)の宮(みや)たち見(み)奉(たてまつ)り/し/に、我が命(いのち)はこよなう延びにたり。今(いま)は中宮(ちゆうぐう)の姫宮(ひめみや)をだに見(み)奉(たてまつ)らではとなん宣(のたま)はすれ/ば/とて、殿(との)の上(うへ)の御(お)-前(まへ)、さる/べき\ひま/を\思(おぼ)し召(め)しけれ/ば、かう<此(こ)/の宮(みや)/なん、此(こ)/の-頃(ごろ)心(こころ)に出(い)で/させ給(たま)へ/る。よき\折/なり、ゐて奉(たてまつ)ら/ん/と、一条(いちでう)-殿(どの)に聞(き)こえさせ給(たま)へれ/ば、いと嬉(うれ)しき\事(こと)/なり/とて、にはかに御まうけ-し、急(いそ)が/せ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)の御乳母(めのと)-共(ども)/に/は、上(うへ)の御(お)-前(まへ)見(み)えさせ給(たま)は/ね/ば、上(うへ)の御車(くるま)に宮(みや)をば乗せ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、御乳母(めのと)-達(たち)・事(こと)-女房(にようばう)車(くるま)一りやう/して、\唯(ただ)/の\人々(ひとびと)大方(おほかた)の車(くるま)みつばかりにて渡(わた)ら/せ給(たま)ふ。
尼上(あまうへ)、いみじうしつらひ/て、我(われ)もいみじく心懸想(こゝろげさう)-せ/させ\給(たま)ひ/て、待(ま)ち聞(き)こえさせ給(たま)ふ\程(ほど)/に、渡(わた)ら/せ給(たま)へり。上(うへ)の御(お)-前(まへ)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へれ/ば、いみじう美(うつく)し-げ/にて、\唯(ただ)\笑(わら)ひ/に笑(わら)は/せ給(たま)ふ。あな美(うつく)し。これを抱(いだ)き奉(たてまつ)らばやと思(おも)へ/ども、泣きやせさせ給(たま)は/ん/と、煩(わづら)はしくてと宣(のたま)はすれ/ば、など/て/か、\よも泣かせ給(たま)は/じ/とて、おはしませと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、\唯(ただ)\かかりにかから
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/せ\給(たま)へ/ば、あな嬉(うれ)しやとて抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、いみじう慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。猶(なほ)命(いのち)は長く侍(はべ)るべきにこそあめれ。此(こ)/の宮(みや)の抱(いだ)か/れ給(たま)ふ。ちごの抱(いだ)か/れぬはいむとこそきゝ侍(はべ)れ。いかで、此(こ)/の\御かたがたの皆(みな)斯(か)かるわざし給(たま)は/ん/を、見\奉(たてまつ)りてとこそは思(おも)ひ給(たま)ふれ/ば/と。宣(のたま)はする/を、上(うへ)いとあはれと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
さて御乳母(めのと)-達(たち)いみじくいたはらせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)-前(まへ)も心(こころ)のどか/御物語(ものがたり)聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、又(また)の日ぞかへらせ給(たま)ふ。御贈(おく)り物(もの)/に、此(こ)/の年(とし)-頃(ごろ)誰(たれ)にも知らせ給(たま)はで持たせ給(たま)へ/り/ける\香壷(かうご)の筥(はこ)一双(ひとよろひ)に、古(いにしへ)のえ/も-いは/ぬ香(かう)ども/の今(いま)は名をだにも聞(き)こえ/ぬ/や、其(そ)/の折の薫物(たきもの)/など/のいみじども/の\かず/を\尽くさせ給(たま)へり。又(また)みちかぜ/が\本/など、いみじきものども/の銀(しろがね)・黄金(こがね)の筥(はこ)に入(い)れ/たる/など/を/ぞ\奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。斯(か)かる女(をんな)-宮(みや)出(い)でおはしますとて置(お)きて侍(はべ)り/つる/なり/とて、さがし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)-達(たち)/に/は、皆(みな)さるべき様(さま)のさうぞく-ども、また絹(きぬ)など添(そ)へて賜(たま)はせ給(たま)ふ。\唯(ただ)/の\女房(にようばう)-たち/に/も、様々(さまざま)いみじくせさせ給(たま)へり。あか/ず/と\いかにこひしくと聞(き)こえさせ給(たま)ふ。かくてかへらせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、一人(ひとり)ゑみして、こひしうおぼえさせ給(たま)ふ\まゝ/に/は、あひなき事(こと)、少将(せうしやう)やこなた/に/や/と、いとど美(うつく)しう思(おぼ)し召(め)しまはす/も、おこがましうぞ見(み)えさせ給(たま)ひ/けるとぞ侍(はべ)りし。



栄花物語詳解巻十二


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栄花物語巻詳解 巻六
           和田英松 佐藤球 合著
〔栄花物語巻第十二〕 たまのむらぎく
今年(ことし)東宮(とうぐう)七にならせ給(たま)ふ。長和四年とぞ言(い)ふ。御文始(はじ)めの事(こと)あり。がくしには、おほえのまさひらが子の一条(いちでう)の院(ゐん)の御時の蔵人(くらうど)つかうまつりし、挙周(たかちか)をぞなさせ給(たま)へる。其(そ)のころ大(おほ)殿(との)は左大臣(さだいじん)にておはします。堀河(ほりかは)のは右大臣(うだいじん)、閑院(かんゐん)をば内大臣(ないだいじん)と聞(き)こゆ。殿(との)の君達(きんだち)、大納言(だいなごん)にておはします。二郎は左衛門(さゑもん)のかうにて検非違使(けんびゐし)別当高松(たかまつ)殿(どの)のを二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)など聞(き)こゆべし。よの上達部(かんだちめ)様々(さまざま)多(おほ)かれど記(しる)さず。
かやうにて過(す)ぎもてゆくに、左衛門(さゑもん)のかう殿(との)の上(うへ)、月頃(ごろ)唯(ただ)ならずものせさせ給(たま)ひける。七八月に当(あた)らせ給(たま)へりければ、四条(しでう)の宮(みや)にてあしかるべしとて、殿(との)人(びと)の三条(さんでう)に家(いへ)持(も)たるが許(もと)にぞ渡(わた)らせ給(たま)ひける。さて八月十余(よ)日にいと平(たひら)かに、いみじう美(うつく)しき女君(をんなぎみ)むまれ給(たま)へり。大(おほ)殿(との)よりも宮(みや)よりも、よろこびの御消息(せうそこ)あまりなるまで頻(しき)りに聞(き)こえさせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)殿(どの)・尼上(あまうへ)などの御けしき思(おも)ひ遣(や)るべし。御産屋(うぶや)の程(ほど)の有様(ありさま)、さらなれば、書(か)き続(つゞ)けず。三日の夜は本家にせさせ給(たま)ふ。五日の夜は大(おほ)殿(との)より、七日の夜は大宮(おほみや)よりとぞ、中宮(ちゆうぐう)・督(かん)の殿(との)よりは、ちご
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の御衣(ぞ)などぞありける。中宮(ちゆうぐう)より、御衣(ぞ)にそへて、
@雛鶴(ひなづる)の白妙衣(しろたへごろも)今日(けふ)よりは千年(ちとせ)の秋(あき)にたちや重(かさ)ねん W116。
などぞほのきゝ侍(はべ)りし。
かくて日頃(ひごろ)あるべき限(かぎ)りの御有様(ありさま)にて、四条(しでう)の宮(みや)にかへらせ給(たま)ふ。なりたふに様々(さまざま)のものかづけさせ給(たま)ふをば。さるものにて、大(おほ)殿(との)、かく平(たひら)かにせさせ給(たま)へる事(こと)ゝて、かかいをせさせ給(たま)ふ。かくて四条(しでう)宮(みや)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、いつしかやがてよき日とて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、えもいはず美(うつく)しうおはしませば、始(はじ)めたる事(こと)にこそとて、年(とし)頃(ごろ)のさるべきものどものなかに、てほんなどを御贈(おく)り物(もの)にせさせ給(たま)ふ。只今(ただいま)は殿(との)限(かぎ)りなうかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふも理(ことわり)なり。大納言(だいなごん)殿(どの)には、うらやましく聞(き)こし召(め)すべし。
はかなう月日も過(す)ぎもてゆくに、此(こ)の隆家の中納言(ちゆうなごん)、月頃(ごろ)目をいみじう煩(わづら)ひ給(たま)ひて、よろづ治し尽くさせ給(たま)へど、猶(なほ)いと見苦(ぐる)しうて、今(いま)は事(こと)に交(ま)じらひもし給(たま)はず、あさましうて篭(こも)り居(ゐ)給(たま)ひぬ。さるは大(おほ)殿(との)なども、明(あ)け暮(く)れ碁(ご)・双六(すぐろく)がたきに思(おぼ)し、にくからぬ様(さま)にもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふに、いみじく心苦(こゝろぐる)しくいとほしき事(こと)に思(おぼ)されける。口惜(くちを)しくあたらしき事限(かぎり)な
し。斯(か)かる程(ほど)に、大弐(だいに)の辞書(じしよ)と言(い)ふもの、公(おほやけ)に奉(たてまつ)りたりければ、我(われ)も我(われ)もとのぞみののしりけるに、此(こ)の中納言(ちゆうなごん)、さばれこれや申してなりなましと思(おぼ)し立(た)ちて、さるべき人(ひと)に。言(い)ひあはせなどし給(たま)ひけるに、から人(ひと)は。いみじう目を
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なんつくろひ侍(はべ)るなる。さておはしましてつくろはせ給(たま)へなど、さるべき人々(ひとびと)聞(き)こえければ、うちにも奏せさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)にも申(まう)させ給(たま)ひければ、いと心(こころ)苦(ぐる)しき事(こと)に御門(みかど)も思(おぼ)されけるに、大(おほ)殿(との)も誠(まこと)にだに申(まう)さば、他人(ことひと)にとあべきならずとてなり給(たま)ひぬ。霜月(しもつき)の事(こと)なれば、さはなり給(たま)へれど、今年(ことし)などは思(おぼ)したつべきにあらず。いみじうあはれなる事(こと)に世(よ)人(ひと)聞(き)こゆ。
此(こ)の九月に殿(との)の上(うへ)うぢ殿におはしましたりけるに、それよりいみじき紅葉(もみぢ)につけて聞(き)こえさせ給(たま)へりし、
@見れど猶(なほ)あかぬ紅葉(もみぢ)のちらぬまは此(こ)の里人(さとびと)になりぬべきかな W117。
と聞(き)こえさせ給(たま)へりければ、中宮(ちゆうぐう)より御(おほん)かへし、
@心(こころ)にだにあさくは見(み)えぬ紅葉葉(もみぢば)をふかきやまべを思(おも)ひこそやれ W118。
とこそ聞(き)こえさせ給(たま)ひけれ。
月日も過(す)ぎて、年(とし)もかへりぬ。正二月例(れい)の世(よ)の有様(ありさま)にて過(す)ぎもてゆく。今年(ことし)は姫宮(ひめみや)の御年(とし)三(み)つにならせ給(たま)へば、四月に御袴(はかま)の事(こと)あるべし。今(いま)よりつくもどころにちいさき御具(ぐ)どもいみじうせさせ給(たま)ふ。御門(みかど)びば殿におはしませば、やがて其(そ)の殿(との)にてあべし。うちにてあらぬ口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)さるれど、御乳母(めのと)より始(はじ)め、宮(みや)の女房(にようばう)達(たち)いみじう急(いそ)ぎたり。
かく言(い)ふ程(ほど)に、哀(あは)れにあさましき事(こと)は、帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)の御はらからの僧都(そうづ)ぎみこそ、はかなく煩(わづら)ひてうせ
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給(たま)ひぬと言(い)ふめれ。今(いま)は此(こ)の中納言(ちゆうなごん)と、此(こ)の君(きみ)とこそ残(のこ)り給(たま)へりつれ。心(こころ)憂(う)くいみじき事(こと)を世(よ)人(ひと)も聞(き)こゆ。一品(いつぽん)の宮(みや)・帥(そち)の宮などいみじう覚(おぼ)し嘆(なげ)くべし。あさましう心(こころ)憂(う)かりける殿(との)の御有様(ありさま)をぞ、いでや、殿(との)方(がた)は世(よ)にさしもおはしまさじ。はゝ北(きた)の方(かた)の御方(かた)やいかになどあれど、さて山井大納言(だいなごん)、頼親(よりちか)の内蔵頭などは、皆(みな)はら<”の君達(きんだち)ぞかし。それはさばいかなるぞとあるに、げにと聞(き)こえたり。さるは故関白(くわんばく)殿(どの)の御心(こころ)ばへなど、あてにおほどかにて、かく御すゑなどなからんとも見(み)えさせ給(たま)はざりしものをと心(こころ)憂(う)し。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)、僧都(そうづ)ぎみの御事(こと)に世(よ)のなかいと心(こころ)憂(う)く思(おぼ)されて、いかにせんと思(おぼ)し乱(みだ)れけれど、またぢせんもものぐるおしければ、よろづに思(おぼ)し乱(みだ)れけり。さてのみやはとてくだり給(たま)ふ。賀茂(かも)の祭(まつり)の又(また)の日と思(おぼ)して、いみじう急(いそ)がせ給(たま)ふ。
うちには四月一日姫宮(ひめみや)の御袴着(はかまぎ)なり。大(おほ)殿(との)もいみじう御心(こころ)に入(い)れて急(いそ)がせ給(たま)ふに、内(うち)はた何事(なにごと)をもと思(おぼ)し召(め)して、えもいはずめでたくて奉(たてまつ)る。三日の程(ほど)よろづいとめでたし。上はともすれば、御(おん)心地(ここち)あやまりがちに、御もののけ繁(しげ)うおこらせ給(たま)へば、しづごゝろなく思(おぼ)し召(め)されて、うちをよるをひるに急(いそ)がせ給(たま)ふ。おりさせ給(たま)はんの御心(こころ)に、うちを作り出(い)でざらんがいと口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)すなるべし。
かくて帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)、祭(まつり)のまたの日くだり給(たま)ふべければ、さるべき所々(ところどころ)より、
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御むまのはなむけの御装束(さうぞく)どもあるなかに、中宮(ちゆうぐう)より御心(こころ)寄せ思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へりければ、御装束(さうぞく)せさせ給(たま)ひて、御あふぎに、
@すゞしさは生(いき)の松原(まつばら)まさるとも添(そ)ふる扇(あふぎ)の風(かぜ)な忘(わす)れそ W119。
かくてわれはかちより、北(きた)の方(かた)はふねにてくだらせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)を世(よ)に心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひながら、かうはるかに思(おぼ)したちぬれば、宮(みや)もいみじう哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)く思(おぼ)さるべし。げん中納言(ちゆうなごん)によろづ宮(みや)の御事(こと)聞(き)こえつけてくだり給(たま)ひぬ。あさましうあはれなる世(よ)の有様(ありさま)なりかし。おはする程(ほど)など、さき<”よりは。こよなしと、人(ひと)褒め聞(き)こゆるさへあはれなり。
殿(との)の大納言(だいなごん)殿(どの)を、今(いま)は左大将(さだいしやう)と聞(き)こゆ。御門(みかど)御もののけともすれば、おこらせ給ふも、いと恐(おそ)ろしく思(おぼ)すに、皇后宮(くわうごうぐう)の女一の宮(みや)は、斎宮にておはしましにき。女二の宮(みや)をちごよりとりわき悲(かな)しくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、我が御身だに心(こころ)のどかにおはしまさば、いかにも<あべき御有様(ありさま)なれど、ともすれば今日(けふ)か明日(あす)かとのみ心(こころ)細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)したれば、いかで此(こ)の御ためにさるべき様(さま)にと思(おぼ)し召(め)すに、只今(ただいま)思(おぼ)しかくべき事(こと)なければ、此(こ)の大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)などにや。これをあづけ奉(たてまつ)りてまし。御め中務(なかつかさ)の宮(みや)の女ぞかし。それいかばかりかあらん。さりとも此(こ)の宮(みや)にえまさらざらん。またわれかくては、え疎(おろ)かならじと思(おぼ)して、大(おほ)殿(との)の参(まゐ)らせ給(たま)へるに、上(うへ)此(こ)の事(こと)をけしきだち
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聞(き)こえさせ給(たま)へば、殿(との)ともかくも奏すべき事(こと)にも候(さぶら)はずと、かしこまり申(まう)させ給(たま)ひて、まかでさせ給(たま)ひて、大将(だいしやう)殿(どの)をよび奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、かう<の事(こと)をこそ仰(おほ)せられつれども、かうも申(まう)さでかしこまりてまかでぬ。はやうさるべき用意(ようい)して、其(そ)の程(ほど)ゝ仰(おほ)せごとあらん折、参(まゐ)るばかりぞかしと宣(のたま)はすれば、大将(だいしやう)殿(どの)ともかくも宣(のたま)はで、唯(ただ)御めに涙(なみだ)ぞうきたるは、いみじう上(うへ)を思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、此(こ)の事(こと)は逃(のが)るべきにもあらぬが、いみじう思(おぼ)さるゝなるべし。殿(との)其(そ)の御けしきを御覧(ごらん)じて、男(をのこ)はめは一人(ひとり)やはもたる、しれのやうや、今(いま)ゝで子もなかめれば、とてもかくても唯(ただ)子をまうけんとこそ思(おも)はめ。此(こ)の辺(わた)りはさやうにもおはしましなんと宣(のたま)はすれば、かしこまりて立(た)たせ給(たま)ひぬ。
大将(だいしやう)殿(どの)我が御殿(との)にかへらせ給(たま)ひて、上(うへ)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いみじうめでたくしつらひたる御帳のまへに、短(みじか)き几帳(きちやう)をひきよせておはします。御衣(ぞ)のすそに。御(み髪(ぐし)のたまりたる、几帳(きちやう)のそばより見ゆる程(ほど)、唯(ただ)絵(ゑ)に書(か)きたるやうなり。二の宮(みや)の御(み)髪(ぐし)有様(ありさま)はしらず、けだかく恥(は)づかしげにやむごとなからんかたは、えしもやまさらざらんと、御心(こころ)のうちに思(おぼ)されて、つねよりも心(こころ)よう物語(ものがたり)聞(き)こえ給(たま)ふに、うちとけたらぬ御けしきを、例(れい)の事(こと)ながら、ありつる事(こと)ほの聞(き)こえたるにやと、御心(こころ)のをにに苦(くる)しう思(おぼ)さるゝに、人(ひと)知れずむね騒(さわ)がせ給ふも、怪(あや)しうおゝしからぬ御心(こころ)
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なりや。それも御志(こころざし)の限(かぎ)りなきなるべし。何事(なにごと)も世(よ)の御物語(ものがたり)哀(あは)れにもおかしうも聞(き)こえ給(たま)ふ。宮(みや)の御直衣(なほし)すがたおかしうて出(い)で入りまぎれ給(たま)ふを、殿(との)唯(ただ)我が御子のやうに美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
内(うち)には人(ひと)知れず御用意(ようい)どもありて、つくもどころに御調度(てうど)の事(こと)、心(こころ)殊(こと)に召(め)し仰(おほ)せらる。皇后宮(くわうごうぐう)にも、内(うち)<にはいみじう思(おぼ)し召(め)し急(いそ)がせ給(たま)ふを、此(こ)の事(こと)いかでか漏り聞(き)こえけん。上(うへ)きかせ給(たま)ひて、唯(ただ)ともかくも思(おぼ)し宣(のたま)はせで、御心(こころ)のうちにこそは思(おぼ)すらめ。上(うへ)の御乳母(めのと)はとしとをがつまなり。これをきゝていとあさましう思(おも)ふ。例(れい)の人(ひと)よりは、心様(こころざま)はか<”しく、こころかしこき人(ひと)にてえ忍(しの)びあへず、ときどきくね<しき事(こと)など言(い)ふを、上(うへ)いとかたはらいたき事(こと)に思(おぼ)す。さばれ、かういはであれかしなど制し宣(のたま)はする程(ほど)も、なべてならぬ御こころなりかし。
さて皇后宮(くわうごうぐう)と内(うち)とより、頻(しき)りに御消息(せうそこ)かよひ、宮(みや)たちなどいそがしう出(い)で入り給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、いかゞしけん、大将(だいしやう)殿(どの)日頃(ひごろ)御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましく思(おぼ)さる。御かぜなどにやとて、御湯(ゆ)茹(ゝ)でせさせ給(たま)ふ。ほを聞(き)こし召(め)し御読経の僧ども、ばんかかずつかうまつるべく宣(のたま)はせ、めいそんあざりよごとによゐつかうまつりなどするに、さらに御(おん)心地(ここち)をこたらせ給(たま)ふ様(さま)ならず、いとど重(おも)らせ給(たま)ふ。光栄(みつよし)・吉平(よしひら)など召(め)して、ものとはせ給(たま)ふ。御もののけや、かしこきかみのけや、人(ひと)の呪詛など様々(さまざま)に申せば、かみのけと
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あらば、御すほうなどあるべきにあらず。また御もののけとあるも、まかせたらんも恐(おそ)ろしなど、かたがた思(おぼ)しみだるゝに、唯(ただ)御祭(まつり)・祓頻(しき)りなり。大(おほ)殿(との)しづごゝろなくいそがしうありかせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)も安(やす)きそらなく思(おぼ)されて、渡(わた)らせ給(たま)はんとのみあれど、殿(との)の御(お)前(まへ)、をのがある同(おな)じ事(こと)なれば、只今(ただいま)はと聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、猶(なほ)此(こ)の殿(との)は、ちいさくよりかぜおもくおはしますとて、かぜの治どもをせさせ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)すぐるにさらにおこたらせ給(たま)はねば、今(いま)は筋(すぢ)なしとて御すほう五だん始(はじ)めさせ給(たま)ふ。いつかばかりに其(そ)の験(しるし)けざやかならず、御もののけ出(い)で来てののしる。大(おほ)殿(との)にもさき<”出(い)でくるもののけどもとぞ言(い)ふ。などてかそれかうしも悩(なや)まし奉(たてまつ)るべき。もののけはさぞ言(い)ふなど申して、例(れい)の験(しるし)ある心誉僧都(そうづ)・叡効律師など言(い)ふ人々(ひとびと)さばかりまめに加持(かぢ)し奉(たてまつ)るに、此(こ)の御もののけさらにまことゝおぼゆる事(こと)なし。験(しるし)見(み)えず。
かくて一七日過(す)ぎぬ。今(いま)七日延べさせ給(たま)へり。此(こ)の度(たび)ぞいとけ恐(おそ)ろしきこゑ<”したるもののけ出(い)で来たる。これぞ此(こ)の日頃(ひごろ)悩(なや)まし奉(たてまつ)るものなめるとて、鳴(な)りかかりて加持(かぢ)しののしりて、駆(か)り移(うつ)したるけはひ、いとうたてあり。いかに<と思(おぼ)す程(ほど)に、きぶねのあらはれ給(たま)へるなりけり。こはなどかかるべき。此(こ)の殿(との)あだなるわざせさせ給(たま)ふ事(こと)なかりけり。さらにおぼえぬ事(こと)なりと、よくたづぬれば、彼の内(うち)辺(わた)りより聞(き)こゆる事(こと)により、此(こ)の上(うへ)の
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御乳母(めのと)などの、それを申(まう)させたる程(ほど)に、自(おの)づからかみの御こころはかく煩(わづら)はしく聞(き)こえ給(たま)ふなりけり。上(うへ)いと聞き苦(ぐる)しく思(おぼ)さるれど、いかゞはせさせ給(たま)はん。
大(おほ)殿(との)いとあぢきなき事(こと)かなと、思(おぼ)し聞かせ給(たま)ひて、「いかゞすべき」などおぼす程(ほど)に、大将(だいしやう)殿(どの)唯(ただ)消(き)えに消(き)え入(い)らせ給(たま)ひて、いとゆゝしく見(み)えさせ給(たま)へば、そこらの御読経・御すほう、何(なに)くれの御祈(いの)りの僧ども、あつまりて加持(かぢ)参(まゐ)り誦経(じゆぎやう)しののしれど、あさましくておはすれば、殿(との)の上(うへ)ものもおぼえさせ給(たま)はず、急(いそ)ぎ渡(わた)らせ給(たま)へり。いとどゆゝしう見(み)え給へば、唯(ただ)御かほに御かほをあてゝ、涙(なみだ)をながしておはしますに、殿(との)をさへここらの年(とし)頃(ごろ)つかうまつりつる。法華経(ほけきやう)助け給(たま)へ。此(こ)の世界(せかい)も道(みち)弘(ひろ)ごらせ給(たま)ふ事(こと)、多(おほ)くはなにがしがつかうまつれる事(こと)なり。此(こ)の折だ験(しるし)を見(み)奉(たてまつ)らず、おんをかうぶらでは、いつをか待たんずると言(い)ひつゞけさせ給(たま)ひて、泣く<ずりやうほんを読ませ給(たま)ふに、大将(だいしやう)殿(どの)うちみじろき給(たま)ひて、うちあざ笑(わら)はせ給(たま)ふ。殿(との)いよ<涙(なみだ)とどめがたくて読み入りておはします。御もののけ御(お)前(まへ)近(ちか)く候ふ女房(にようばう)の日比かかる事(こと)なりつるに、移りぬ。御もののけいとけだかくやむごとなきけはひにて、いみじうなく、僧たち。皆(みな)しめりて候ふ大将(だいしやう)殿(どの)には御湯など参(まゐ)らせ給(たま)ひて、上(うへ)の御(お)前(まへ)唯(ただ)ちごのやうに抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。いみじう思(おぼ)し召(め)したる事(こと)限(かぎ)りなし。
御もののけ、殿(との)の御前(まへ)を近(ちか)く寄(よ)らせ給(たま)へと申せば、寄(よ)らせ給(たま)へれば、己(おのれ)は世(よ)に侍(はべ)りし折(をり)、いと痴(し)れ
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たりなどは人(ひと)おぼえずなん侍(はべ)りし。またあは<しく人(ひと)中に出(い)で来て聞(き)こゆるに、いと珍(めづら)しくある事(こと)なれど子の悲(かな)しさは大臣(おとゞ)も知(し)り給(たま)へればなん。此(こ)の大将(だいしやう)ををのが世(よ)に侍(はべ)りしおりごゝろさしありて、いかでなど思(おも)ひ給(たま)へしかど、命(いのち)絶(た)えてかく侍(はべ)るにこそあれと、あまかけりても此(こ)の辺(わた)りを片時(かたとき)去(さ)り侍(はべ)らず、いとつみふかからぬ身に侍(はべ)れば何事(なにごと)も皆(みな)見きゝてなん侍(はべ)るを、此(こ)の大将(だいしやう)をやむごとなきあたりに召(め)し入れられぬべく思(おぼ)しかまふめるを、日頃(ひごろ)安(やす)からぬ事(こと)と思(おも)ひ侍(はべ)れど、さはれ唯(ただ)まかせ聞(き)こえて見んと思(おも)ひ侍(はべ)るにいと安(やす)からぬ事(こと)におぼえて、みづから聞(き)こえんとばかり思(おも)ひしに、いとおしく此(こ)の君(きみ)のかくおどろ<しくものし給(たま)へば、いとこころ苦(ぐる)しくてなんかく聞(き)こゆると宣(のたま)はするは、故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御けはひなりけりとこころ得(え)させ給(たま)ひつ。
殿(との)かしこまり申(まう)させ給(たま)ひて、すべてかへすがへす理(ことわり)に侍(はべ)れば、かしこまり申し侍(はべ)る。されどこれは此(こ)の男(をのこ)のおこたりにも侍(はべ)らず。またみづからのする事(こと)にも侍(はべ)らず。自(おの)づから侍(はべ)る事(こと)なりと申(まう)させ給(たま)へば、いかにさは子は悲(かな)しく思(おぼ)すやと、せめて度々(たびたび)申(まう)させ給(たま)ふ。此(こ)の事(こと)をながく思(おぼ)したらねどなるべし。殿(との)の御(お)前(まへ)に御覧(ごらん)ぜよ。げにさる事(こと)侍(はべ)らばと理(ことわり)のよし、度々(たびたび)申(まう)させ給(たま)へば、さは今(いま)はこころ安(やす)くまかりなん。さりともそらごとはおとどし給(たま)はじとなん思(おも)ひ侍(はべ)る。もしさらばうらみ申すばかりとて、さりぬ
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べき法文のあはれなるところうち誦しなどし給(たま)ふ。誠(まこと)にたがふところなくて暫(しば)しうち寝て覚めぬ。なごりもなく、御(おん)心地(ここち)さはやかにならせ給(たま)ひぬれば、殿(との)上(うへ)いみじう嬉(うれ)しと思(おぼ)したり。此(こ)の御もののけを、豪家(がうけ)にて様々(さまざま)あるにこそありけれ、これ去りぬれば、かきさましをともせず。御慎(つつし)み様々(さまざま)猶(なほ)いみじうせさせ給(たま)ふ。さてもあさましかりける御(おん)心地(ここち)にもあるかな。かねてかかる事(こと)のあるは、いと嬉(うれ)しき事(こと)なり。さて後(のち)にかやうの事(こと)あらましかば、たが御ためにもひなからましと宣(のたま)はするものから、口(くち)惜(を)しうなん思(おぼ)されける。
かくて御門(みかど)は猶(なほ)御(おん)心地(ここち)苦(くる)しう、ひさしうもたもつまじきなめりと思(おぼ)し召(め)すに、うちの出(い)でくまじきを口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。彼の大将(だいしやう)殿(どの)はさてもいかなりし事(こと)どもにかと、怪(あや)しう思(おぼ)されて、唯(ただ)ならましよりは、口(くち)惜(を)しう思(おぼ)さるべし。それも大臣(おとど)の御こころにくしかし。上(うへ)はいともの恥(は)づかしう思(おぼ)さる。御乳母(めのと)にてはなどかさもあらざらんと、にくからず猶(なほ)こころかしこからん御乳母(めのと)は人(ひと)の御為にたいせちのものにぞありける。さて後(のち)にはいみじき事(こと)ありとも、かひあらましやは。
また大宮(おほみや)に山井の四君と言(い)ふ人(ひと)参(まゐ)りたりしを、此(こ)の大将(だいしやう)殿(どの)ものなどときどき宣(のたま)はせけるを、唯(ただ)ならぬ様(さま)になりにければ、いかにも<さたにあらば、いかに嬉(うれ)しからんと思(おぼ)されけるに、
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其(そ)の程(ほど)になりて、出(い)で居(ゐ)ていみじう祈(いの)りし、殿(との)ものなど遣(つか)はして、きよき事(こと)思(おぼ)し召(め)しをきてさせ給(たま)ふに、其(そ)のけしきありて、よろづに騒(さわ)ぎける程(ほど)に、ちごはむまれ給(たま)ひて、母(はゝ)は失せ給(たま)ひぬとののしる。あはれなる事(こと)を思(おぼ)し宣(のたま)はする程(ほど)に、君(きみ)男(をとこ)にておはしければ嬉(うれ)しうもなど聞(き)こし召(め)しけるに、二三日ばかりありて、それも失せにけり。母(はゝ)いみじう老いて子むまご多(おほ)く失(うしな)ふ中にも、此(こ)の度(たび)の事(こと)をいみじうます事(こと)なく思(おも)ひけり。大将(だいしやう)殿(どの)の御有様(ありさま)かやうにて御子おはしますまじきにやとぞ人々(ひとびと)聞(き)こえさすめる。
かくてうちつくり出(い)でて、十月に渡(わた)らせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の有様(ありさま)例(れい)のごとし。中宮(ちゆうぐう)ちご宮(みや)入らせ給(たま)へとあれど、とみに入らせ給(たま)はぬ程(ほど)に、皇后宮(くわうごうぐう)ぞ入らせ給(たま)ふ。女二宮のこひしうおはしませば、聞(き)こえさせ給ふなるべし。さて入らせ給(たま)ひて日頃(ひごろ)おはします程(ほど)に、御物忌(ものいみ)なる日、皇后宮(くわうごうぐう)の御湯(ゆ)殿(どの)つかうまつりけるに、いかゞしけん、其(そ)の火出で来てうち焼けぬ。かかる事(こと)はさても夜(よる)などこそあれ。ひるなればいとかたはらいたくこころあはただしき事(こと)多(おほ)かり。東宮(とうぐう)も入らせ給(たま)へりしかば、それはやがて一条(いちでう)の院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。夜(よる)ひるきびしく仰(おほ)せられて、急(いそ)ぎ造(つく)り磨(みが)きたりけるに、入(い)らせ給(たま)ひて一月にだにならぬに、かかる事(こと)はあるものか。これにつけても御門(みかど)世(よ)の中(なか)をこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)さる事(こと)限(かぎ)りなし。皇后宮(くわうごうぐう)もあり<て参(まゐ)らせ給(たま)へるに、かかる
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事(こと)のあるを、いみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。上(うへ)はおりさせ給(たま)はんとて、かく夜(よる)を昼(ひる)に急(いそ)がせ給(たま)ひしかども、すべてこころ憂くかかる事(こと)のあるをぞ、うちの焼くる事(こと)は度々(たびたび)なり。一条(いちでう)の院(ゐん)の御ときなど度々(たびたび)なりしかど、此(こ)の度(たび)のやうにあへなきやうなし。殿(との)の御(お)前(まへ)などもいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。
御門(みかど)は枇杷(びは)殿へ渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。さても中宮(ちゆうぐう)の入らせ給(たま)はずなりにしをかへすがへすめでたき事(こと)に世(よ)人(ひと)も申し思(おも)ひける。中宮(ちゆうぐう)は京極(きやうごく)殿(どの)におはします。かへすがへすめづらかなる事(こと)を、上(うへ)はよろづの事(こと)のなかに思(おぼ)し召(め)さるべし。おりさせ給(たま)はん事(こと)も、内(うち)などよく造(つく)り出でられば、其(そ)の作法(さほふ)にてと思(おぼ)し召(め)しつるに、かへすがへす口(くち)惜(を)しくさりとて、それ又(また)造(つく)り出(い)でんを待(ま)たせ給(たま)ふべきにあらずと、心憂(う)き世(よ)の歎(なげ)きなり。すゑの世(よ)の例(ためし)にもなりぬべき事(こと)を思(おぼ)し召(め)す。理(ことわり)になん。
斯(か)かる程(ほど)に、御(おん)心地(ここち)例(れい)ならずのみおはしますうちにも、もののさとしなどうたてあるまであれば、御物忌(ものいみ)がちなり。御もののけなんなべてならぬわたりにしおはしませば、宮(みや)の御(お)前(まへ)も、もの恐(おそ)ろしうなど思(おぼ)されて、こころよからぬ御有様(ありさま)にのみおはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)も上(うへ)もこれをえさらず嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、年(とし)はいくばくもあらねば、こころあはただしきうなれど、いと悩(なや)ましく思(おぼ)し召(め)さるゝにぞ。いかにせましと思(おぼ)しやすらはせ給(たま)ふ。師走(しはす)の十余(よ)日月のいみじうあかきに、上(うへ)の御つぼねにて、宮(みや)
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の御(お)前(まへ)に申(まう)させ給(たま)ふ
@こころにもあらでうき世(よ)に長(なが)らへば恋(こひ)しかるべきよはの月かな W120。
長和五年正月十九日御譲位、東宮(とうぐう)には、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)ゐさせ給(たま)ひぬ。二月九日御即位(そくゐ)なり。御門(みかど)は九(こゝの)つにならせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は廿三にぞおはしましける。こよなき程(ほど)の御およすけなり。おりゐの御門(みかど)をも三条(さんでう)院(ゐん)と聞(き)こえさす。おりさせ給(たま)へれど、うちの焼けにしかば、猶(なほ)枇杷(びは)殿におはしましつれば、其(そ)のまゝにおはします。中宮(ちゆうぐう)は一条(いちでう)の院(ゐん)におはしましつればさておはします式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)は、かく東宮(とうぐう)に立(た)たせ給(たま)ふべしと言(い)ふ事(こと)ありければ、年(とし)頃(ごろ)女御(にようご)の御もとに、堀河(ほりかは)院(ゐん)におはしましつるを、皇后宮(くわうごうぐう)におはしまして、我が住ませ給(たま)ひしもとの宮(みや)の東(ひんがし)の対(たい)に、俄(にはか)に渡(わた)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてしかば、堀河(ほりかは)のおとども女御(にようご)もいかなるべき事(こと)にかと思(おぼ)して、なか<嬉(うれ)しき事(こと)にと言(い)ふらんやうに、事(こと)の始(はじ)めに思(おぼ)しみだるべし。かやうの事(こと)を宮(みや)には聞(き)こし召(め)して、ものこころづきなう思(おぼ)し召(め)す。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)とは一条(いちでう)の院(ゐん)の帥(そち)の宮をぞ今(いま)は聞(き)こえさすめる。もしこたみもやなど思(おぼ)しけん事(こと)音(おと)なくてやませ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)を理(ことわり)に世(よ)人(ひと)は申し思(おも)ひたれど、此(こ)の宮(みや)にはあさましう殊(こと)の外(ほか)にもありけるかな。うちかへし<我が御身一(ひと)つを怨みさせ給(たま)へど、かひなげなり。
御即位(そくゐ)に大極殿に渡(わた)らせ給(たま)へるに、御角髪(びづら)結(ゆ)はせ給(たま)へる程(ほど)、いみじう美(うつく)しきもののめでたく
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おはします。東宮(とうぐう)の御有様(ありさま)のやんごとなくめでたくおはしますにつけても、皇后宮(くわうごうぐう)はあはれ大将(だいしやう)殿(どの)おはしまさましかば、いかにめでたき御後見(うしろみ)ならましとのみ、御こころのうちに思(おぼ)しつゞけさせ給(たま)ふもいみじければ、忍(しの)ばせ給(たま)ふ。大(おほ)殿(との)は世は変(かは)らせ給(たま)へど、我が御身はいとどさかへまさらせ給(たま)ふやうにて、かはそひ柳(やなぎ)風(かぜ)吹(ふ)けば、動くと見れど根はつよし。と言(い)ふ古歌(ゝるうた)のやうに、動(うご)きなくて、おはします。えもいはずめでたき御有様(ありさま)なるに、猶(なほ)又(また)此(こ)の度(たび)は今(いま)一入(ひとしほ)の色(いろ)も心殊(こと)に見(み)えさせ給(たま)ふぞ。いとどいみじうおはしますめる。院(ゐん)東宮(とうぐう)の御事(こと)をさへ申しつけさせ給(たま)へれば、姫宮(ひめみや)の御事を思(おも)ひきこえさせ給へば、御暇(いとま)もおはしまさねど、よろづ扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
堀河(ほりかは)の院(ゐん)には、音(をと)に聞(き)く御有様(ありさま)を、本意(ほい)なく思(おぼ)し嘆(なげ)かるれど、承香殿の今(いま)は宰相(さいしやう)のかくものし給(たま)ふを、口(くち)惜(を)しく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、今(いま)は此(こ)の女御(にようご)の御有様(ありさま)にぞ。よろづ思(おぼ)し慰(なぐさ)めける。宰相(さいしやう)の御子など出で来(き)給(たま)へれば、彼の水(みづ)の折(をり)思(おぼ)し出でられこころ憂し。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)も、同(おな)じ宮(みや)たちと聞(き)こえさすれど御こころもかたちもいみじうきよらに、御ざえなどふかくやむごとなくめでたうおはしませば、御宿世(すくせ)の悪(わろ)くおはしましけるを、世に口(くち)惜(を)しきものに申し思(おも)へり。
大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)殿(どの)。此(こ)の宮(みや)の御事(こと)をふさはしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、つねに参(まゐ)り通(かよ)はせ給(たま)ふと見し程(ほど)に、大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)の御おとうとのなかの宮(みや)に此(こ)の
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宮(みや)をむこに取り奉(たてまつ)りてんと思(おぼ)し志(こころざ)したるなりけり。さてむことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。大人(おとな)廿人(にん)。わらはべ四人(にん)下仕(しもづかへ)同(おな)じかずなり。我が御むすめのやうに、よろづを急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひて、騒(さわ)がせ給(たま)ふ程(ほど)、上(うへ)ひとゝころを思(おも)ひ聞(き)こえさせ給ふゆへにこそと見(み)えさせ給(たま)ふ。あるがなかのおと宮(みや)は、三条(さんでう)の入道(にふだう)一品宮の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひし。十ばかりにやおはしますらん。こたみの斎宮にゐさせ給(たま)ひぬ。其(そ)の御扱(あつか)ひも唯(ただ)此(こ)の大将(だいしやう)殿(どの)よろづにせさせ給(たま)ふ。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)いとかひありて、もてなし聞(き)こえさせ給(たま)ひけり。一品(いつぽん)にておはしましゝかば、御有様(ありさま)いとめでたきに、今(いま)はいとど大将(だいしやう)殿(どの)御後見(うしろみ)せさせ給(たま)へば、御苻などいづれのくにの官(つかさ)かは疎(おろ)かに思(おも)ひ申(まう)さんと見(み)えて、いとどしき御有様(ありさま)なるに、大宮(おほみや)よりもつねに何事(なにごと)につけても聞(き)こえさせ給(たま)ふ。大将(だいしやう)殿(どの)の御志(こころざし)、院(ゐん)なのおはしまさましも、かばかりの事(こと)をこそはせさせ給ましかとのみ見(み)えさせ給(たま)ふ。程(ほど)なく唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひにけり。いと哀(あは)れになん。
東宮(とうぐう)には、堀河(ほりかは)の女御(にようご)参(まゐ)らせ給(たま)へ<とあれど、さき<”のやうに思(おも)ひのまゝにてはいかでかと思(おぼ)しやすらふ。いかに大(おほ)殿(との)の御むこにならせ給(たま)ふべしとある事(こと)の世(よ)に聞(き)こゆるに、堀河(ほりかは)の院(ゐん)には、かやうの事(こと)にも、押しかへしものを思(おぼ)すべし。院(ゐん)には猶(なほ)御(おん)心地(ここち)いと悩(なや)ましう思(おぼ)されて、ものこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)さる。今年(ことし)は御はらへだいじやうゑなどあべき年(とし)なれば、今年(ことし)ともかく
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もおはしまさずもがなとのみ、思(おぼ)し召(め)しけり。殿(との)の御(お)前(まへ)公(おほやけ)ごとの様々(さまざま)繁(しげ)きにも、思(おぼ)しまぎれず。院(ゐん)の御事(こと)を思(おぼ)し扱(あつか)はせ給(たま)ふ。枇杷(びは)殿におはしませば、宗像の御崇(たたり)もむつかしければ、三条(さんでう)院(ゐん)をよるをひるになして急(いそ)ぎ造らせ給(たま)ふとあるは、入道(にふだう)一品(いつぽん)の宮(みや)のおはしましゝところなりけり。
はかなう五月五日にもなりにければ、大宮(おほみや)より姫宮(ひめみや)にとて、くすだま奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。それに
@そこふかくひけどたえせぬあやめぐさちとせをまつのねにやくらべん W121
御かへし中宮(ちゆうぐう)より
@年(とし)ごとのあやめのねにもひきかへてこはたぐひなのながき例(ためし)や W122。
今年(ことし)は大事どもあるべき年(とし)なれば、今(いま)より若君(わかぎみ)たちはかなきつぼやなぐひのかざりのりむまのくらの事(こと)を思(おぼ)し急(いそ)ぎけるもおかし。かくて六月もたちぬ。七月朔日(ついたち)には、ほうこう院(ゐん)のみはかうなど急(いそ)がせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に一条(いちでう)殿(どの)の尼上(あまうへ)、日頃(ひごろ)御(おん)心地(ここち)例(れい)ならず思(おぼ)さるれば、殿(との)の上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、此(こ)の御事(こと)例(れい)の御悩(なや)みには似させ給(たま)はず、ものこころ細(ぼそ)き様(さま)にはかなき事(こと)も宣(のたま)はせ思(おぼ)したる。理(ことわり)の御事(こと)なれど、いと哀(あは)れにしづごゝろなく思(おぼ)し嘆(なげ)きて、様々(さまざま)の御祈(いの)りどもかず知らずせさせ給(たま)ふ。殿(との)もあからさまにおはしまして、猶(なほ)今年(ことし)平(たひら)かにて過(す)ぐさせ給(たま)ふべき御祈(いの)りを、よく<せさせ給(たま)ふべし。いみじきだいじ
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あべき年(とし)なれば、いとこそ恐(おそ)ろしけれなど様々(さまざま)聞(き)こえさせ給(たま)ふは、あるものにてかうこころ細(ぼそ)く頼(の)みすくなきけしきを、悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)して、寿命経のふだんの御読経などせさせ給(たま)ふ。御読経・御すほうかずをつくしたり。
権少将(せうしやう)・たんば中将(ちゆうじやう)御所去らず、いさゝかも立(た)ち離(はな)るれば、いづら<ともとめさせ給(たま)ふも、御志(こころざし)のいみじきと上(うへ)はいとこころ苦(ぐる)しう思(おぼ)ししらせ給(たま)ふ。念仏懺法などきかまほしうせさせ給(たま)へば、さるべき僧どもして、こゑ絶えず行(おこな)はせ給(たま)ふ。いみじうたうとし。さらぬだにかかる事(こと)はたうときを、まして年(とし)老い頼(たの)もしげなき御有様(ありさま)なるに、哀(あは)れにたうとき事(こと)どもに、上(うへ)の御(お)前(まへ)いとど涙(なみだ)をながさせ給(たま)ふ。ほうしやうじざすひゞに御かいさづけ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の説経いみじうたうとく悲(かな)し。おはらの入道(にふだう)の君(きみ)も、年(とし)頃(ごろ)里(さと)に出で給(たま)はざりしを、こたみさへはいかでかときゝ過(す)ぐし難(がた)く思(おぼ)されて参(まゐ)り給(たま)ふ。唯(ただ)御まくらがみにて、ねぶつをし聞かせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。傅殿もつねに参(まゐ)り給(たま)ひて、明(あ)け暮(く)れ候(さぶら)はぬ事(こと)を嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。つゐにむなしくならせ給(たま)ひぬれば、扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるかひなく、悲(かな)しと思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。
大(おほ)殿(との)聞(き)こし召(め)して、急(いそ)ぎおはしまして、上(うへ)の御(お)前(まへ)立(た)ち出(い)でさせ給(たま)へと聞(きこ)えさせ給へど、ものもおぼえさせ給(たま)はぬ様(さま)なれば、聞(き)こえさせ煩(わづら)ひぬと、かく聞(き)こえさせて、上(うへ)の御前(まへ)立(た)ち出(い)でさせ給(たま)へれば、殿(との)はつちに立(た)たせ給(たま)ひて、一家にとりては、げに哀(あは)れに悲(かな)しき御事(こと)なり。されどせけんを見おもふに、これ必(かなら)ずあ
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べい事(こと)なり。そがなかにいつも同(おな)じ事(こと)ゝは言(い)ひながら、をのが侍(はべ)らざらん世などには、いと口(くち)惜(を)しからまし。かく平(たひら)かに誰(たれ)もおはしあるときに、かくなり給(たま)ひぬる、いとめでたき事(こと)なり唯(ただ)折節(をりふし)ひなしなと言(い)ふは、あまりの御事(こと)なり。彼のだいじの程(ほど)などに、かかるべきにもあらずなどあるこそあれ。それもよそ<にてさるべく掟(おき)て聞(き)こえん。同(おな)じ事(こと)なり。いかにぞ此(こ)の中将(ちゆうじやう)少将(せうしやう)の事(こと)はと聞(き)こえさせ給(たま)へば、ひまなくもとめ惑(まど)はし給(たま)ひつるは、猶(なほ)御志(こころざし)のいみじきと見つるになんあはれなる。年(とし)頃(ごろ)も哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)り、そひ奉(たてまつ)らざりつれどおはすと思(おも)ひつればこそありつれ、これこそは限(かぎ)り度(たび)と見(み)奉(たてまつ)るが、いみじう悲(かな)しき事(こと)ゝて、塞(せ)きもあへず泣かせ給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)も哀(あは)れに古体(こたい)なりつる。御こころこそこひしかるべけれ。夏(なつ)冬(ふゆ)の更衣(ころもがへ)の折の御志(こころざし)〔の〕程(ほど)、ときにつけてまづ思(おも)ひ出でられんとすらんと、うち嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。それは昔(むかし)より今(いま)に、御更衣(ころもがへ)の折の、夜昼(よるひる)の御装束(さうぞく)二領(ふたくだり)を、必(かなら)ずして奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ事(こと)のありつれば、さらに<今(いま)はかかる事(こと)、とどめさせ給(たま)へと聞(き)こえさせ給(たま)ひつるを、さは何事(なにごと)をか志(こころざし)とは見(み)え奉(たてまつ)るべきとて、せさせ給(たま)ふなりけり。傅の殿今(いま)はよりみつが家(いへ)におはしませと、それも同(おな)じ事(こと)ゝて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。
かくて彼の尼上(あまうへ)の掟(おき)てさせける事(こと)は、わか御門(みかど)の御事始(ことはじ)めにかく
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なりなん事(こと)の折節(をりふし)も、口(くち)惜(を)しき事(こと)なれば、暫(しば)しはさるべき様(さま)にて、やまでらなどにおさめて置かせ給(たま)へ。くも煙(けぶり)とも此(こ)の世(よ)のだいじの後(のち)に、こころ安(やす)くせさせ給(たま)へと聞(き)こえ置かせ給(たま)へれば、げに哀(あは)れによくも思(おぼ)し宣(のたま)ひけるかなとて、さやうにぞ思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ひける。九月ばかりにぞさやうにおはしますべかりける。其(そ)の程(ほど)は入棺と言(い)ふ事(こと)してぞおはしまさせける。
明(あ)け暮(く)れの御もの参(まゐ)り、御てうづなど昔(むかし)の様(さま)の事(こと)ども、いみじう悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さるゝ程(ほど)に、七月廿余(よ)日(にち)に火出で来て、土御門(つちみかど)殿(どの)焼けぬ。大方(おほかた)其(そ)のあたりの人(ひと)の家(いへ)。残(のこ)りなくて四五町の程(ほど)焼けぬ。さしすぎほうこう院(ゐん)も焼けぬ。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、かかる思(おも)ひにて一条(いちでう)殿におはしまし、大宮(おほみや)も殿(との)の御(お)前(まへ)もうちにおはします夜しも焼けぬれば、つゆ取り出(い)でさせ給(たま)ふものなく、年(とし)頃(ごろ)御つたはりのたからものどもかずも知らず。塗篭(ぬりごめ)にて焼けぬ。猶(なほ)さるべきなりけりと思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふに、此(こ)の殿(との)のやまなかじまなどの大木とも、松(まつ)の蔦(つた)懸(かか)りたりつるまつなど大方(おほかた)ひと木残(のこ)らずなりぬ。あさましう事(こと)さらにすとも、いとかく焼くるやうはありがたけなり。いみじきやと言(い)ふとも、つくり出(い)でてむ銀(しろがね)・黄金(こがね)の御宝物(たからもの)どもは、自(おの)づから出で来まうけさせ給(たま)ひてん。此(こ)の木どもの有様(ありさま)・おほきさなどをふかう口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)の御領の宮(みや)なれば、其(そ)の御具(ぐ)どもさるべきものども、唯(ただ)此(こ)の殿(との)
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にのみこそは置かせ給(たま)へりつれ。すべてめづらかなりとも疎(おろ)かなり。
殿(との)は小二条(こにでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。此(こ)の殿(との)はやがて八月より手斧(てをの)始(はじ)めせさせ給(たま)ひて、来年(らいねん)の四月以前(いぜん)に造(つく)り出(い)づべきよし仰(おほ)せ給(たま)ひて、国(くに)<の守(かみ)屋一(ひと)つゞつ当(あた)りて、夜(よる)を昼(ひる)にて急(いそ)ぎののしる。かくて九月に、尼上(あまうへ)くはんおんじと言(い)ふところにおはしまさせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)も御をくりにおはします。さてそこにさべき様(さま)におさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御はてまでねぶつつかうまつるべく、そこらの僧によろづををきてさせ給(たま)ふ。いみじうきびしきやうにいませ給(たま)へど、上(うへ)の御(お)前(まへ)のおはしませば大将(だいしやう)殿(どの)を始(はじ)め、さるべき殿(との)ばら皆(みな)つかうまつらせ給(たま)へば、すべてえいみあへぬやうにおどろ<しき御よそひの程(ほど)、ただ推(お)し量(はか)るべし。古体(こたい)の事(こと)なれど、いみじかりける上(うへ)の御幸(さいはい)かなと、申し思(おも)ひはぬ人(ひと)無し。後(のち)<の御事(こと)など推(お)し量(はか)りて知りぬべし。
御はてまで山(やま)の僧どもの山(やま)ごもりしたるして尊勝のごま・あみだごまなどつかうまつらせ給(たま)ふ。たんば中将(ちゆうじやう)をばさるものにて、傅殿の小少将(こせうしやう)いみじう思(おも)ひ給(たま)へれば、上(うへ)の御(お)前(まへ)よろづの御(お)前(まへ)よろづにはぐゝみたまはず。くはんおんじより、又(また)の日かへらせ給ふそらなし。哀(あは)れに悲(かな)しく、涙(なみだ)をながさせ給(たま)へり。かしこにおはしましつる程(ほど)、都(みやこ)の御つかひ、さるべき御つかひどもかず知らず頻(しき)り参(まゐ)りつるもめでたく、さてかへらせ給(たま)ひぬ。またの日中宮(ちゆうぐう)に聞(き)こえさせ給(たま)へる一条(いちでう)殿(どの)より
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@あらしふくみ山(やま)の里(さと)に君(きみ)をゝきてこころもそらに今日(けふ)はしぐれぬ W123。
御衣(ぞ)のいろもゆゝしければ、猶(なほ)彼の御急(いそ)ぎまではとて、小二条(こにでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)はす。殿(との)の御(お)前(まへ)おぼつかなからず。一条(いちでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひつゝぞよろづ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。
怪(あや)しう今年(ことし)猶(なほ)世(よ)の中(なか)に火騒(さわ)がしくて、また所々(ところどころ)焼けぬ人(ひと)のくち安(やす)からぬ世(よ)にて、一条(いちでう)殿(どの)と枇杷(びは)殿(どの)と焼くべしとののしれば、うたてゆゝしう思(おぼ)さて、御慎(つつし)みなどありつれど、十月二日枇杷(びは)殿(どの)焼くるものか。あさましくいみじとも疎(おろ)かなり。さるべくもののいはするなりけりとも、いまぞ見ゆる宮(みや)の御(お)前(まへ)も、院(ゐん)も、此(こ)の枇杷(びは)殿(どの)いと近(ちか)きところの、東宮(とうぐう)の亮(すけ)なりとをと言(い)ひし人(ひと)の家(いへ)、大将(だいしやう)殿(どの)に奉(たてまつ)りたりしにぞ。まづ渡(わた)らせ給(たま)ひぬる。院(ゐん)宮(みや)いとあさましき事(こと)なりや。よろづいまはかかるべき事(こと)かは。おぼろげの位(くらゐ)をも去り離(はな)れたるに、さらにかかるべきにもあらず。人(ひと)のおもふらん事(こと)も恥(は)づかしうと思(おぼ)し召(め)しけり。
三条(さんでう)院(ゐん)もいまは出で来ぬれば、うるはしき儀式(ぎしき)もなくて、よるをひるに急(いそ)ぎて、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。宮(みや)は其(そ)の院(ゐん)いと近(ちか)き程(ほど)に、さぬきのかみなりまさの朝臣(あそん)の家(いへ)に、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。枇杷(びは)殿(どの)の焼けし折のまゝ。命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)里(さと)よりきくにさして参(まゐ)らせたる
@いにしへぞいとどこひしきよそ<にうつろふいろをきくにつけても W124。
とあればべんの乳母(めのと)かへし
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@きくのはな思(おも)ひのほかにうつろへばいとど昔(むかし)の秋ぞこひしき W125。
さて程(ほど)なく宮(みや)の御(お)前(まへ)も三条(さんでう)院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。院(ゐん)の様(さま)わざといけやまみづなけれどおほきなる木ども多(おほ)くて、こだちおかしくけたかうなべてならぬ様(さま)したり。こたみは心(こころ)異(こと)につくらせ給(たま)へり。入道(にふだう)一品(いつぽん)宮(みや)の、年(とし)頃(ごろ)すませ給(たま)ひしところなれば、理(ことわり)にぞ。昔(むかし)とこそはいまはいはめ。彼の宮(みや)のおはしましゝとき、四条(しでう)大納言(だいなごん)きんたうのごん中将(ちゆうじやう)など聞(き)こえし折、月よに参(まゐ)り給(たま)ひて、誰(たれ)ともなくて人(ひと)を呼びよせ給(たま)ひて、女房(にようばう)のなかに聞(き)こえよ松(まつ)かうらしま来て見ればと言(い)ひかけて、おはしにける程(ほど)など思(おも)ひ出でられておかし。
かくて、御(ご)禊(けい)になりぬれば、いみじうつねにもわかず。これはなにはの事(こと)もあらためさせ給(たま)へり。殿(との)ばら君達(きんだち)の御むまくらゆみやなぐひのかざりまでいみじ。女御代(にようごだい)には高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)出(い)でさせ給(たま)へり。其(そ)の車(くるま)の袖口(そでぐち)かずも知らず多(おほ)く重(かさ)なりて耀(かかや)けり。
御門(みかど)わらべにおはしませば、大宮(おほみや)御こしに奉(たてまつ)りたれば、其(そ)の程(ほど)まねびやらんかたなくめでたし。大(おほ)殿(との)の御有様(ありさま)など聞(き)こえさせんにこたいなり。度々(たびた)年(とし)頃(ごろ)の御けしきに、こよなうたちまさらせ給(たま)へり。思(おも)ひなしにやとまでなん。只今(ただいま)の左大将(さだいしやう)には、殿(との)のたらうぎみこそおはすれ右大将(うだいしやう)には、をのの宮(みや)の実資殿おはす。左大将(さだいしやう)の御わかさきひわにおかしきに、をのの宮(みや)のねび給(たま)へれば、それはいみじうなべてならぬかほつきにほゝゑみ給(たま)へるこそ、猶(なほ)ふりがたう
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事(こと)こもりて見(み)え給(たま)へ。ものこころにくき様(さま)し給(たま)ひたり。昔(むかし)の事(こと)などうちおぼえてぞ。左衛門(さゑもん)のかうにて、皆(みな)殿(との)の君達(きんだち)おはします。御ゑぶすがたどもものはなやかに折にあひたる御様(さま)ども、ときのはなの心地(ここち)して、いとめでたし。**46
宮(みや)の女房(にようばう)の車(くるま)、内方(うちかた)のなど女御代(にようごだい)の御供(とも)などえもいはぬ車(くるま)四五十りやうひきつゞきてをしこりたり。左大臣(さだいじん)にては大(おほ)殿(との)おはします。右大臣(うだいじん)にては堀河(ほりかは)のおとど内大臣(ないだいじん)にては閑院(かんゐん)のおとどおはします。いづれの殿(との)ばらも皆(みな)むまにてつかうまつらせ給(たま)へれど、大殿(との)はよろづはてゝ渡(わた)らせ給(たま)ひぬるきはに又(また)さらに御(お)前(まへ)などえりすぐりて、きずなくきらゝかなる限(かぎ)りをえらせ給(たま)ひて、三四十人(にん)ばかりつかうまつりたるに、御随身十二人(にん)内舎人(うどねり)の御随身などむまにのりてみさきえもいはず参(まゐ)りののしりて、われはからの御車(くるま)にておはします程(ほど)、すべてまねび聞(き)こえさすべきやうもなし。またさばかりめでたき事(こと)やはありつるいみじき見物も過(す)ぎぬ。霜月(しもつき)になりぬれば、大嘗会(だいじやうゑ)とて又(また)人々(ひとびと)ひゞきののしる五節(ごせつ)も今年(ことし)はいまめかしさまさりおかし。ゆきすきのうたども、例(れい)の筋(すぢ)同(おな)じ事(こと)なれど、片端(かたはし)をだにとてしるせり。ゆきのかたのうた。備中国いねつきうた内(うち)の蔵人(くらうど)よししげのためまさ。たまだのこほり
@年(とし)へたる玉田(たまだ)の稲(いね)をかり積(つ)みて千代(ちよ)の例(ためし)に舂(つ)きぞはじむる W126。
主基(すき)の方(かた)大ないきふぢはらののりたゞの朝臣(あそん)
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@いはこまの橋(はし)踏(ふ)み鳴(な)らし運(はこ)ぶなりそともの道(みち)の御雪(みゆき)ゆたかに W127。
ゆきすきのうたども同(おな)じ様(さま)にかやうなり。御屏風(びやうぶ)のうたためまさはやのと言(い)ふ所(ところ)を
@あきかぜになびくはやののはなずゝきほに出(い)でてみゆる君(きみ)がよろづよ W128。
たまのむらぎくと言(い)ふところを、これも御屏風(びやうぶ)のりたゞ
@うちはへてにはおもしろきはつしもに同(おな)じいろなるたまのむらぎく W129。
にひだのいけためまさ御屏風(びやうぶ)
@そこきよきにひだのいけの水のおもはくもりなきよのかがみとぞ見る W130。
かやうに同(おな)じこころなれば皆(みな)とどめつとよのあかりのよあれたるやどに、月のもりたりければ、里人(さとびと)誰(たれ)としらず
@珍(めづら)しきとよのあかりのひかりにはあれたるやどのうちさへぞてる W131。
此(こ)の御時の御即位(そくゐ)大嘗会(だいじやうゑ)。御はらへなどの程(ほど)の事(こと)どもすべて珍(めづら)しくやむごとなき事(こと)かずしらず。年中行事の御しやうじにもかきそへられたる事(こと)ども、いと多(おほ)くなんあなる。斯(か)かる程(ほど)に、前斎宮のぼらせ給(たま)ひて、皇后宮(くわうごうぐう)におはします。宮(みや)せばしとて、又(また)しらせ給(たま)ふ所(ところ)にぞおはしまさせ給(たま)ひける。年(とし)頃(ごろ)に大人(おとな)びはてさせ給(たま)へる御有様(ありさま)も、いみじう疎(おろ)かならず見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へれど、ほかに暫(しば)しとておはしまさせ給(たま)ふ程(ほど)に、帥(そち)殿(どの)のまつぎみ
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の三位中将(ちゆうじやう)。道雅の君(きみ)いかゞしけん、参(まゐ)り通(かよ)ふと言(い)ふ事(こと)世(よ)に聞(き)こえてざゝめき騒(さわ)げば、宮(みや)いみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ程(ほど)に、院(ゐん)にも聞(き)こし召(め)してげり。こと<”ならず斎宮の御乳母(めのと)、やがて宮(みや)の内侍(ないし)にて候ふ。中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)のしわざなるべしとて、院(ゐん)いみじうむつからせ給(たま)ひて、ながくまかでさせ給(たま)ひつ。宮(みや)は皇后宮(くわうごうぐう)むかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、院(ゐん)にはいとどしき御(おん)心地(ここち)、これを聞(き)こし召(め)しゝより、いとどまさるやうに思(おぼ)されて、宮(みや)たちひまなく御つかひにて、皇后宮(くわうごうぐう)院(ゐん)に御ふみしきれり。斎宮にもあらずいみじう思(おぼ)し召(め)さる。中将(ちゆうじやう)の内侍(ないし)はやがておはせ給(たま)ひけるまゝに、かのみちまさの君(きみ)むかへとりて、わがもとにいみじういたはりてをきたりと聞(き)こし召(め)す。皇后宮(くわうごうぐう)にはめざましう思(おぼ)し召(め)されて、人(ひと)しれずいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ひけり。まことそらごとしりがたき御有様(ありさま)なれど、世(よ)にかくもり聞(き)こえたるに、院(ゐん)の御けしきのいといみじきなり。かのさいご中将(ちゆうじやう)のこころのやみにまどひにき夢(ゆめ)うつゝとは世(よ)人(ひと)定(さだ)めよとよみたりしも、かやうの事(こと)ぞかし。それはまた誠(まこと)の斎宮にておはせしおりの事(こと)なり。されどこれは前の斎宮と聞(き)こえさすれば、あながちに恐(おそ)ろしかるべき事(こと)ならねど、院(ゐん)のいときはたけく思(おぼ)し宣(のたま)はするが、いとかたはらいたきをなん。皇后宮(くわうごうぐう)いといみじうみだれたるに、宮々(みやみや)の御けしきどもいみじ。東宮(とうぐう)もわりなこころやましげに思(おぼ)しみだるべし。する事(こと)なき
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年(とし)だにはかなくあけくるゝに、まいていみじきだいじどものありつれば年(とし)もかへりぬ。今年(ことし)をば寛仁元年ひのとのとりの年(とし)と言(い)ふめり。正二月は例(れい)の有様(ありさま)にて過(す)ぎもてゆくに、三月には例(れい)のなをしものなど言(い)ふ事(こと)あればにや。三月四日司召(つかさめし)あり。大(おほ)殿(との)左大臣(さだいじん)をぢせさせ給(たま)へれば、堀河(ほりかは)の右大臣(うだいじん)。左大臣(さだいじん)になり給(たま)ひぬ。閑院(かんゐん)内大臣(ないだいじん)。右大臣(うだいじん)になり給(たま)ひぬ。内大臣(ないだいじん)には殿(との)の大将(だいしやう)殿(どの)ならせ給(たま)ひぬ。かやうに事(こと)どもかはりぬとみる程(ほど)に、同(おな)じ月の十七日、大(おほ)殿(との)摂政を内大臣(ないだいじん)殿(どの)に譲聞(き)こえさせ給(たま)ふ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)御年(とし)。今年(ことし)廿六におはしましけり。いと若(わか)うおはしますにと恐(おそ)ろしう思(おぼ)し召(め)しながら、わがおはしませば、何事(なにごと)もと思(おぼ)し召(め)すなるべし。われは只今(ただいま)御官(つかさ)もなき宮(みや)にておはしますなれど、御位(くらゐ)は殿(との)も上(うへ)も准三宮におはしませば、世(よ)にめでたき御有様(ありさま)どもなり。殿(との)の御(お)前(まへ)の御さいはひは、さらにも聞(き)こえさせぬに、上(うへ)の御(お)前(まへ)。かく后とひとしくて、よろづの官(つかさ)かうぶりをえさせ給(たま)ひなどして、年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)は、皆(みな)かうぶりえ。あるは三位四位(しゐ)になるもあり。様々(さまざま)いとめでたくおはします。かくて四条(しでう)の皇太后宮(くわうだいこうくう)悩(なや)ませ給(たま)ひて、祭(まつり)などはてゝ後(のち)に、うせさせ給(たま)ひぬと言(い)ふ。わかるゝかたなく、よろづに四条(しでう)大納言(だいなごん)殿(どの)扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふを、あはれなる世(よ)のなかときゝおもふ。三条(さんでう)院(ゐん)御悩(なや)み猶(なほ)おどろ<しくおはします。殿(との)も上(うへ)もいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。



栄花物語詳解巻十三


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〔栄花物語巻第十三〕 木綿四手
かくて前斎宮いと若(わか)き御(おん)心地(ここち)に、此(こ)の事(こと)聞(き)きにくゝ思(おぼ)さるれば、いかにせんと人(ひと)知(し)れずおぼしなげかれて、御覧(ごらん)ぜし伊勢(いせ)の千尋(ちひろ)の底(そこ)の空(うつ)せ貝(がひ)のみ恋(こひ)しく思(おぼ)されて、しほたれ渡(わた)らせ給(たま)ふ。わりなき御ぬれぎぬもこころ苦(ぐる)しきに三位中将(ちゆうじやう)はあとたえてわりなくのみ思(おも)ひ乱(みだ)れてかぜにつけたりけるにや、かくて参(まゐ)らせたり
@さかきばのゆふしでかけし其(そ)のかみに押(を)し返(かへ)しても似(に)たる頃(ころ)かな W132。
人(ひと)知(し)れぬ事(こと)ども多(おほ)かりけれど世(よ)に聞(き)こえねばまねびがたし。また高欄(かうらん)に結(むす)び付(つ)けたりける
@陸奥(みちのく)の緒絶(をだ)えの橋(はし)やこれならん踏(ふ)みゝ踏(ふ)まずみ心(こゝろ)惑(まど)はす W133。
宮(みや)はふるのやしろのなども思(おぼ)されてあはれなるゆふぐれに御てづからならせ給(たま)ひぬ哀(あは)れに昔(むかし)物語(ものがたり)ににたる事(こと)どもなり。皇后宮(くわうごうぐう)は聞(き)きにくかりつれどいみじう悲(かな)しう思(おぼ)さるとも疎(おろ)かなり。院(ゐん)に聞(き)こし召(め)して、おゝしき御こころはあへなんめさましかりつるよりはと思(おぼ)されけり。御悩(なや)み重(おも)らせ
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給(たま)ひて、院源(ゐんげん)僧都(そうづ)召(め)して御(み)髪(ぐし)おろさせ給(たま)ふ程(ほど)、中宮(ちゆうぐう)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、宮々(みやみや)いみじうよになげかしき事(こと)に思(おぼ)し召(め)して、涙(なみだ)にしづませ給(たま)へり。皇后宮(くわうごうぐう)はよそにきかせ給(たま)ふおぼつかなさを添(そ)へて、いみじうおぼし惑(まど)はせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)もいみじう歎(なげ)かせ給(たま)ふ。一院(ゐん)とておはしまさんにたへたる御こころをきてを、口(くち)惜(を)しうこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)せどかひなし。同(おな)じ院(ゐん)と申しながら、御こころくるはしくもののはへおはしましつるものを、姫宮(ひめみや)などの大人(おとな)びさせ給(たま)へらん程(ほど)の。御こころをきてもゆゝしかりつるをと、かへすがへすおぼしつゞけさせ給(たま)ふ。さはかうでも平(たひら)かにだにおはしまさばなどぞ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御もののけどもいとこころあはただしきけはひなれば御命(いのち)のかたはさりともと思(おぼ)さる。うちつけにや少(すこ)しかろませ給(たま)ひければ、うちたゆみて誰(たれ)もこころのどか思(おぼ)さるゝも理(ことわり)にみゆるを、宮々(みやみや)いかにと哀(あは)れによるひる惑(まど)はれつかうまつらせ給(たま)ふぞいとめでたき。東宮(とうぐう)はいとゆかしき御有様(ありさま)ををとにきかせ給(たま)ふにつけても、いみじう御胸(むね)塞(ふた)がりて、悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)さる。かくて日頃(ひごろ)こころのどかなるにたゆませ給(たま)へりつるに、寛仁元年五月九日のひるつかたあさましくならせ給(たま)ひぬ。院(ゐん)の中どよみてののしるとも疎(おろ)かなりや。宮々(みやみや)こゑを惜(を)しませ給(たま)はぬに、中宮(ちゆうぐう)は御衣(ぞ)をひきかづきてものもおぼえさせ給(たま)はず。橘三位言(い)ひつゞけて泣(な)く泣(な)く
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きえいりて、ふし給(たま)へるもいみじうめづらかなる悲(かな)しさなり。年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)達(たち)殿上人(てんじやうびと)いへば疎(おろ)かにまどひたり。姫宮(ひめみや)の御(お)前(まへ)いつゝにぞならせ給(たま)ふ。御ぐしはゐだけばかりにぞおはします。世をいとこころあはただしげに思(おぼ)し召(め)して、もののかくれによりて、御涙(なみだ)ををしのごひておはしますを、見(み)奉(たてまつ)る人々(ひとびと)御乳母(めのと)などやらんかたなく悲(かな)し。唯(ただ)の人(ひと)などは何(なに)ともしらぬ程(ほど)を、いかにおぼしわかせ給(たま)ふにかと疎(おろ)かならず。大人(おとな)のなき騒(さわ)ぐにかたへばあはただしう思(おぼ)さるゝなるべし。殿(との)の御(お)前(まへ)いみじうおぼし歎(なげ)かせ給(たま)ひて、御忌(いみ)にこもりつかうまつらせ給(たま)はぬ事(こと)を思(おぼ)し召(め)す。摂政にて世をまつりこたせ給(たま)へば、いかでかはよろづのだいじどものさしあひたれば、いと本意(ほい)なく思(おぼ)し召(め)せど、よそながらよろづをしらせ給(たま)ふも同(おな)じ事(こと)なり。十一日に御葬送せさせ給(たま)ふ。一条(いちでう)の院(ゐん)のおはしましゝいはかげにおはしけり。さみだれもいみじきころにてむつかしけれど、げにそれに障(さは)るべき事(こと)ならねばせさせ給(たま)へるぞいみじう哀(あは)れに悲(かな)しき。東宮(とうぐう)はよろづもおぼえさせ給(たま)はず。皇后宮(くわうごうぐう)もここらの年(とし)頃(ごろ)の御なからひなれば、聞(き)こえさするも疎(おろ)かなり。猶(なほ)こころよきはやむごとなけれど、よそ<におはしますみともになん。限(かぎ)りなき御みなれど、同(おな)じ煙(けぶり)とならせ給(たま)ふもいみじう悲(かな)し。ある人(ひと)思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえさせて一人(ひとり)ごちけれど、其(そ)のひとゝしるさ
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ず、
@日のもとをてらしゝ君(きみ)がいはかげのよはの煙(けぶり)となるぞ悲(かな)しき W134。
かくて事(こと)はてゝかへらせ給(たま)ひぬ。此(こ)の後(のち)御念仏などにそうのさるべき限(かぎ)り候(さぶら)ひ給とりはらひて、ほとけかけ奉(たてまつ)りさるべきそうなどのなれ候(さぶら)ふもいと忝(かたじけな)し。るべき所々(ところどころ)のいたども放(はな)ちて、宮々(みやみや)つち殿(どの)におはしまし、中宮(ちゆうぐう)もさやうにおはします。御衣(ぞ)のいろなど皆(みな)こく奉(たてまつ)り渡(わた)るに、あさましきものなどを、宮々(みやみや)の奉(たてまつ)りてなぬか<の御ときせさせ給(たま)ふも、いみじう哀(あは)れに悲(かな)し。さるべき殿上人(てんじやうびと)殿(との)ばらうたなどよみたれどかきとめずだうめいあざりのばかりぞ人(ひと)かたりける
@あしひきのやにほとゝぎす此(こ)の頃(ごろ)はわがなくねをや聞(き)き渡(わた)るらん W135。
とぞありける。此(こ)の院(ゐん)も御そうふんもなくてうせさせ給(たま)ひにけり。冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の御れうの所々(ところどころ)多(おほ)く侍(はべ)りしも、此(こ)の院(ゐん)にえりすぐりてしらせ給(たま)ひけり。またおほ入道(にふだう)殿(どの)の御むまごの宮(みや)たちの御(おん)中(なか)に、此(こ)の院(ゐん)をいみじうまたなきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりければ、昔(むかし)も猶(なほ)しらせ給(たま)ひし程(ほど)の事(こと)もすべて所々(ところどころ)をば、唯(ただ)此(こ)の院(ゐん)に奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、さき<”の院(ゐん)よりも、此(こ)の院(ゐん)にはやむごとなき所々(ところどころ)多(おほ)くぞ候(さぶら)ひける。されは此(こ)の頃(ごろ)ぞ殿(との)の御(お)前(まへ)せさせ給(たま)ひける。おはしましゝおりも、姫宮(ひめみや)をいかで
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と思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、かくいと幼(をさな)くおはしますを、一品(いつぽん)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしも、いと哀(あは)れに思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ひて、此(こ)の中宮(ちゆうぐう)の姫宮(ひめみや)東宮(とうぐう)皇后宮(くわうごうぐう)。いま三(み)所(ところ)の宮斎宮姫宮(ひめみや)などよくかぞへたてゝ、様々(さまざま)わかち奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ御用意(ようい)。ありがたくおはしますと人(ひと)聞(き)こえさす。かのおはしましゝおりの御思(おも)ひのほどをしりつゝぞわかち奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。其(そ)のなかにもおほ入道(にふだう)殿(どの)より渡(わた)りたりし所々(ところどころ)をぞ。ほかざまにはせさせ給(たま)はざりける。それもさるべき事(こと)に人(ひと)申しけり。三条(さんでう)院(ゐん)をば一品(いつぽん)宮(みや)の御れうにぞ。其(そ)のおり宣(のたま)はせければせさせ給(たま)へれど、そこにはおはしますまじ。寝殿(しんでん)はてらになさせ給(たま)へければ、御忌(いみ)の程(ほど)過(す)ぎなば、こぼたせ給(たま)ふべしとぞ思(おぼ)し召(め)しける。中宮(ちゆうぐう)は御忘(わす)れはつるまでいと思(おぼ)し召(め)しながら、此(こ)の院(ゐん)のもののけ、いと恐(おそ)ろしければ、あひなし。いつごまでも疎(おろ)かなるべき事(こと)かはとて、暫(しば)しありて一条(いちでう)殿(どの)にわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてり。御法事(ほふじ)やがて此(こ)の院(ゐん)にて、六月廿五日にせさせ給(たま)ふ。その程(ほど)の事(こと)ともいといかめし。四宮またわらはにておはしまして、かかるおりにやなと思(おぼ)し召(め)す事(こと)もありけれど、大方(おほかた)いとのどかに大人(おとな)しき御こころにて、此(こ)のおりならずとも、自(おの)づからこころあはただしきやうなりなどおぼしのどむるを、おはしまさましかば
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かうだに思(おも)ひかけまじやと、人(ひと)知(し)れず思(おぼ)さるべし。中宮(ちゆうぐう)は一条(いちでう)殿(どの)にて明(あ)け暮(く)れの御行(おこな)ひにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ月日のすぐるにつけても姫宮(ひめみや)のあはてありかせ給(たま)ふ。あやうすものなども奉(たてまつ)らで、唯(ただ)のきぬをあこめにて、うすいろなどにてありかせ給(たま)ふ。御(み)髪(ぐし)ながくてちいさきわらはべのやうにおはしますも、哀(あは)れにいみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりしものをと、御乳母(めのと)達(たち)かけ奉(たてまつ)らぬおりなうこひなき奉(たてまつ)る。姫宮(ひめみや)みゝすかきにせさせ給(たま)へる。これいかであての御もとに奉(たてまつ)らんと宣(のたま)はするにつけても、ほとゝぎすにやつけましと、哀(あは)れに御覧(ごらん)ぜらる。あてはまろをば恋(こひ)しとは思(おぼ)さぬか。などかいとひさしく渡(わた)らせ給(たま)はぬなどかきつゞけさせ給(たま)ふも、涙(なみだ)とどめがたう御(お)前(まへ)にも思(おぼ)し召(め)し候(さぶら)ふ人々(ひとびと)も思(おも)へり。宮(みや)たちおぼつかなからず渡(わた)り見(み)奉(たてまつ)らせけり。東宮(とうぐう)よりもはかなき御あそびものなどまづ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)一条(いちでう)宮(みや)つれ<におはしますらんとて、われもつねに御宿直(とのゐ)せさせ給(たま)ふ。殿(との)ばらもつねに参(まゐ)らせ給(たま)ふべう申(まう)させ給(たま)ふ。院(ゐん)のおはしまさぬかたこそいみじけれども、大方(おほかた)の御有様(ありさま)は、殿(との)のおはしませば、同(おな)じ事(こと)になん。其(そ)のおりの殿上人(てんじやうびと)こころよせの殿(との)ばらなどは、つねに参(まゐ)り給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に東宮(とうぐう)何(なに)の御こころにかおはしますらん。かくて限(かぎ)りなき御みを何(なに)とも思(おぼ)されず。昔(むかし)の御忍(しの)びありきのみ恋(こひ)しく思(おぼ)されて、とき<につけて、はな紅葉(もみぢ)も御こころに
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まかせて御覧(ごらん)ぜんとのみ。猶(なほ)いかでさやうにてもありにしかなと思(おぼ)さるゝ。御こころよるひるきうにわりなくて、皇后宮(くわうごうぐう)に一生はいくばくに侍(はべ)らぬに、猶(なほ)かくて侍(はべ)るこそいぶせく侍(はべ)れ。さるべきにや侍(はべ)るらん。いにしへの有様(ありさま)に、こころ安(やす)くこそ侍(はべ)らまほしけれなどおり<に聞(き)こえさせ給(たま)へれば、宮(みや)はいとこころき御こころなり。御もののけの思(おも)はせ奉(たてまつ)るならん。故院(ゐん)のあべき様(さま)にしすへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひし御事(こと)を、いかにおぼしてやがて御あとをつかす。世(よ)の例(ためし)にもならんとは思(おぼ)し召(め)すぞ。こころうき事(こと)なりとつねにいさめ申(まう)させ給(たま)ひて、御もののけのかうは思(おも)はせ奉(たてまつ)るなりとて、所々(ところどころ)に御祈(いの)りをせさせ給(たま)ふ。おぼしあまりては、わかやかなる殿上人(てんじやうびと)の。申あくがらすならんとて、召(め)し仰(おほ)せなどせさせ給(たま)ふ。されど殿(との)の御(お)前(まへ)にさるべき人(ひと)して、かうやうになどまねび申(まう)させ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)いとあるまじき御事(こと)なり。さは故院(ゐん)の御次(つぎ)はなくてやませ給(たま)ふべきか。いみじかりし御もののけなれば、それがさ思(おも)はせ奉(たてまつ)るならんと宣(のたま)はせて、さゝいれさせ給(たま)はぬを、いかでたいめせんと度々(たびたび)聞(き)こえさせ給(たま)へば、殿(との)参(まゐ)らせ給(たま)へり。おぼつかなきよの御物語(ものがたり)など聞(き)こえさせ給(たま)ひて、猶(なほ)此(こ)の宿世(すくせ)の悪(わろ)きにや侍(はべ)るらん。かくうるはしき有様(ありさま)こそ、いとむつかしけれ。いかでおり侍(はべ)りて、一院(ゐん)といはれて侍(はべ)るらんと聞(き)こえさせ給(たま)へば、
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さらにあさましき御こころをきてにおはします。故院(ゐん)よろづに御後見(うしろみ)つかうまつるべきよし仰(おほ)せられしかば、皆(みな)さ思(おも)ひ給(たま)ひながら、えさらぬ事(こと)多(おほ)くはへる。うちにも当代いと幼(をさな)くおはしませば、よろづいとまなう候(さぶら)ひてなん。なかにつきて此(こ)の一品(いつぽん)宮(みや)の御ためを思(おも)ひ給れは、こころのどかに世をもおぼしたもたせ給(たま)ひて、おはしまさんのみこそ、頼(たの)もしく嬉(うれ)しく候ふべけれ。唯(ただ)これはこと<”ならし御もののけの思(おぼ)さるゝなめりと、申(まう)させ給(たま)へば、なでうもののけにかあらん。唯(ただ)もとよりあそびのこころのみありならひにければ、かくあるかいとむつかしくおぼえて、こころにまかせてならんと思(おも)ひ侍(はべ)るなり。それに猶(なほ)えあるましう思(おぼ)されば、もとのほいもありさるべき様(さま)にてあらんとなんおもふと申(まう)させ給(たま)ふ。いとふびんなる事(こと)なり。出家(しゆつけ)とまで思(おぼ)し召(め)されば、いと殊(こと)の外(ほか)に侍(はべ)り。さらばさるべき様(さま)につかうまつるべきにこそはへるなれ。一院(ゐん)にておはしまさんも、御みはいとめでたき事(こと)におはします。よにめでたきものは、太上皇にこそおはしますめれなどよくこころのどかに聞(き)こえさせ給(たま)ひてまかでさせ給(たま)ひぬ。其(そ)のまゝにやがて大宮(おほみや)にいらせ給(たま)ひて、かう<の事(こと)をなん。東宮(とうぐう)度々(たびたび)宣(のたま)はすれど。さらにうけひき申(まう)さぬに、召(め)して宣(のたま)ひつるやうなどこまやかに申(まう)させ給(たま)ふ。摂政(せつしやう)殿(どの)もおはします人(ひと)のこれをとかく思(おも)ひ聞(き)こえさする事(こと)ならばこそあらめ。わかた安(やす)くならは
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せ給(たま)へる御こころなれば、一院(ゐん)とて御こころにまかせてあらんと思(おぼ)し召(め)したるも、あらまほしき事(こと)なり。さても東宮(とうぐう)には三宮こそはゐさせ給(たま)はめと申(まう)させ給(たま)へば、大宮(おほみや)げにそれはさる事(こと)に侍(はべ)れと、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)のさておはしまさんこそよく侍(はべ)らめ。それこそ御門(みかど)にもすへ奉(たてまつ)らまほしかりしかど、故院(ゐん)のせさせ給(たま)ひし事(こと)なれば、さてやみにき。此(こ)の度(たび)はかの宮(みや)のゐさせ給(たま)はんは、故院(ゐん)の御こころのうちにおぼしけんほいもあり、宮(みや)の御ためにもよくなんあるべき。若宮(わかみや)は御宿世(すくせ)にまかせてあらばやとなん思(おも)ひ侍(はべ)ると聞(き)こえさせ給(たま)へば、殿(との)げにいとありがたう哀(あは)れに仰(おほ)せらるゝ事(こと)に侍(はべ)れど。故院(ゐん)もこと<”ならず。唯(ただ)後見(うしろみ)なきにより、かしこうおはすれど、かやうの御有様(ありさま)は唯(ただ)後見(うしろみ)がらなり。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)だに京になきこそなどあるまじき事(こと)におぼし定(さだ)めつ。かくて八月九日東宮(とうぐう)立(た)たせ給(たま)ひぬ。始(はじ)めの東宮(とうぐう)をば、小一条(こいちでう)院(ゐん)と聞(き)こえさす。院(ゐん)いと思(おぼ)し召(め)す様(さま)に、やさしく思(おぼ)し召(め)されて、十二人(にん)の御随身えり整(ととの)へさせ給(たま)ふ。のるべきむまくらのそろへをせさせ給(たま)ふ。故院(ゐん)の御随身どもの。世(よ)のなかをいとあえなく思(おも)ひたりつるに、さるべうびゞしきなどは、皆(みな)参(まゐ)りあつまりぬ。殿上人(てんじやうびと)のさるべくつかひつけさせ給(たま)へる人々(ひとびと)。いみじうけうありと思(おも)へる。皇后宮(くわうごうぐう)あかぬ事(こと)に口(くち)惜(を)しう思(おぼ)せど、また一院(ゐん)とて年官年爵えさせ給(たま)ふ。蔵人(くらうど)判官代(はんぐわんだい)何(なに)くれ定(さだ)めあるにつけても、あしく
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はおはしまさず。いまめかしう御こころやりあらまほしげなるかたは、月頃(ごろ)の御有様(ありさま)にまさらせ給(たま)へり。さは故院(ゐん)の御次(つぎ)は、かくてやませ給(たま)ひぬるにやと、思(おぼ)し召(め)すかたぞいと悲(かな)しかりける。東宮(とうぐう)の御乳母(めのと)達(たち)つゐの事(こと)ながら、たちまちの事(こと)ゝは思(おも)はざりつるに、あさましく嬉(うれ)しきにせんかたなし。東宮(とうぐう)大夫には、大(おほ)殿(との)の高松(たかまつ)のはらの大納言(だいなごん)なり給(たま)ひぬ。ごん大夫には、法住寺の大臣殿(どの)の。ひやうゑのかう公信の君(きみ)なり給(たま)ふ。東宮(とうぐう)傅には、閑院(かんゐん)の右のおほい殿(どの)なり給(たま)ひぬ。宮司(みやづかさ)帯刀(たちはき)などは、われも<ときをひ給(たま)へど、大(おほ)殿(との)えらびなさせ給(たま)ひつ。よろづあなめでたとみえさせ給(たま)ふ。帯刀(たちはき)どもいとものきよき人(ひと)の事(こと)もさにもなさせ給(たま)ふ。猶(なほ)大宮(おほみや)の御さいはひは、世(よ)にいみじくおはします。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)、此(こ)のかたはむげにおぼしたえにしかど、此(こ)の度(たび)のひまには、必(かなら)ずたちいで給(たま)ひぬべかりつるを、御宿世(すくせ)はしらせ給(たま)はず。猶(なほ)怪(あや)しうとはいかでか思(おぼ)し召(め)さゞらん。よとゝもにはればれしからぬ御けしきも、こころ苦(ぐる)しうなん。前東宮(とうぐう)の帯刀(たちはき)ども、てにすゑたるたかをそらしたるなど言(い)ふやうにおもふべし。いまの東宮(とうぐう)のをのぞみ申すたぐひともあべかめれど、殊(こと)の外(ほか)の事(こと)にて聞(き)こし召(め)しいれず。それも理(ことわり)にいま<しく思(おぼ)されぬべき事(こと)なり。前東宮(とうぐう)は御年(とし)廿四にならせ給(たま)ひにけり。いまの東宮(とうぐう)は九にぞおはしましける。御門(みかど)も東宮(とうぐう)も御行末(ゆくすゑ)はるかにおはしますにつけてもいとめでたし。かくて高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)の御事(こと)
P1401
あるべしとぞ世(よ)には言(い)ふめる。さて其(そ)のころ殿(との)の上(うへ)。やはたにまうでさせ給(たま)へりければ、中宮(ちゆうぐう)より聞(き)こえさせ給
@色々(いろいろ)の紅葉(もみぢ)にこころうつるとも都(みやこ)のほかにながゐすな君(きみ) W136。
御かへしありけんかし。これにおちたるなるべし。かくて十月ばかりに聞(き)こし召(め)せば、雅通の中将(ちゆうじやう)日頃(ひごろ)煩(わづら)ひてうせ給(たま)ひぬとののしる。殿(との)の上(うへ)哀(あは)れに聞(き)こし召(め)す。故上(うへ)のいみじうおぼしたりしものをと思(おぼ)し召(め)すなりけり。いまは小少将(せうしやう)をこそは、とり重(かさ)ねおもふべかめれとぞ宣(のたま)はせける。世(よ)の中(なか)のはかなき様(さま)も哀(あは)れにのみなん。皇后宮(くわうごうぐう)には前斎宮いとおかしげなるあまにて行(おこな)はせ給(たま)へば、御持仏など様々(さまざま)にて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)は、かの三位中将(ちゆうじやう)のもとにと聞(き)こし召(め)しゝかど、いまはそこにもなかなれば、哀(あは)れにいかで<と斎宮は人(ひと)知(し)れず思(おぼ)し召(め)されけり。皇后宮(くわうごうぐう)にはわれこそかやうにあるべきに、此(こ)の姫宮(ひめみや)の世(よ)の中(なか)を、いとこころ細(ぼそ)げにおぼしたるか。こころ苦(ぐる)しさにえおぼし立(た)たぬ程(ほど)も、わりなく思(おぼ)さる。二三の宮(みや)もいまだやもめに宮(みや)にさしあつまらせ給(たま)へり。さるべきわたりに宣(のたま)はするは、つれなくまたいでやなど思(おぼ)し召(め)すは、すゝみ聞(き)こえざる程(ほど)に、自(おの)づから月日すぐるなるべし。御衣(ぞ)どものいろも冬(ふゆ)になるまゝに、いとどさし重(かさ)なり、いろこき様(さま)に様々(さまざま)おはしますを、此(こ)の御様(さま)をゑにかかばやしこそ哀(あは)れにみえさせ給(たま)ひけれ。一条(いちでう)宮(みや)には、こころのどかに思(おぼ)し召(め)さ
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るゝまゝに、御行(おこな)ひがちにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。ごやのかねのをともおどろ<しく聞(き)こし召(め)されければ、みかうしををしあけて御覧(ごらん)じて
@皆(みな)人(ひと)のあかずのみみる紅葉葉(もみぢば)をさそひにさそふこがらしのかぜ W137。
とぞ宣(のたま)はせける。かくて世(よ)の中(なか)に五節(ごせつ)や何(なに)やとののしるなれど、此(こ)の御方(かた)にはありし昔(むかし)をおぼしいでつゝ、よろづをおぼしやるに、さるべき殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りたるつゐでに、若(わか)き人々(ひとびと)いであひて、物語(ものがたり)するもおかしきに、殿(との)の君達(きんだち)などぞいま少(すこ)しものこまやかなる事(こと)どもはかたらせ給(たま)ふめる。かもの行幸(ぎやうがう)まだなかりければ、廿余(よ)日(にち)ばかりにあるべければ、此(こ)の一条(いちでう)殿(どの)のきたの御門(みかど)のまへよりぞ渡(わた)らせ給(たま)ふべかなれば、宮(みや)の御(お)前(まへ)にも候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もゆかしがり思(おも)へど、ものはなやかならんも人目(ひとめ)慎(つつ)ましう思(おぼ)し召(め)されて、唯(ただ)御門(みかど)のもとよりはいくらばかりかは御覧(ごらん)ぜられんなどあるも、いとこころもとなかるべきを、日頃(ひごろ)人々(ひとびと)いと聞(き)きにくゝ申し思(おも)へる程(ほど)に、殿(との)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、いかにぞ行幸(ぎやうがう)は御覧(ごらん)ぜんとや。此(こ)のきたの御門(みかど)よりこそは渡(わた)らせ給(たま)ふべかめれなど申(まう)させ給(たま)へば、いさやさやうに此(こ)の人々(ひとびと)は言(い)ふめれといかでかと宣(のたま)はすれば、怪(あや)しの事(こと)や。ざしきをつくりはなやかせ給(たま)はゞこそは、人(ひと)のそしりもあらめ、御(お)前(まへ)より渡(わた)らせ給(たま)はん事(こと)を、御かほふたがせ給(たま)ふべき事(こと)かはと申(まう)させ給(たま)ひて、唯(ただ)さりげなくきたのついぢをくづさせ給(たま)ひて、御覧(ごらん)ずべきよしを申しをかせ給(たま)ひて、出(い)でさせ給(たま)ひ
P1403
ぬれば、若(わか)き人々(ひとびと)よろこび聞(き)こえさす。さて御覧(ごらん)ずるにいみじうめでたし。大宮(おほみや)御こし奉(たてまつ)りて、女ぼう車(ぐるま)えならずして、渡(わた)らせ給(たま)ふ程(ほど)えもいはずめでたく御覧(ごらん)ぜらる。よろづはてゝ後(のち)に、大(おほ)殿(との)渡(わた)らせ給(たま)ふこそ、あないみじやとみえさせ給(たま)へ。又(また)の日此(こ)の宮(みや)より大宮(おほみや)に聞(き)こえさせ給(たま)ふ
@みゆきせしかものかはなみかへるさにたちやとまるとまち明(あ)かしつる W138。
大宮(おほみや)御かへし
@たちかへりかものかはなみよそにてもみしやみゆきの験(しるし)なるらん W139。
さて院(ゐん)の御事(こと)今日(けふ)明日(あす)あるべしとののしるは、誠(まこと)にやあらん。堀河(ほりかは)の女御(にようご)、此(こ)の事(こと)を聞(き)きて御むねふたがりておぼし嘆(なげ)くべし。さて師走(しはす)にぞむことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべき。其(そ)の御用意(ようい)心(こころ)異(こと)なり。此(こ)の御(お)前(まへ)をば、月頃(ごろ)御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)とぞ聞(き)こえさせける。御かたち有様(ありさま)あべい限(かぎ)りおはします。御心様(こころざま)など人(ひと)はめでたしとぞ申すめる。さるべき人々(ひとびと)えり整(ととの)へさせ給(たま)ふ。宮々(みやみや)などに参(まゐ)りこみて、宮(みや)と思(おぼ)し召(め)しつれど、はぢなき人々(ひとびと)多(おほ)く参(まゐ)りつどひたり。まづは故院(ゐん)に候(さぶら)ひ給(たま)ひし三位のはらから山井の大納言(だいなごん)のむすめといはれ給(たま)ひし大納言(だいなごん)の君(きみ)とて候(さぶら)ひ給(たま)ふめり。何(なに)くれのみやかの殿(との)ばらの女御(にようご)などさるべき人々(ひとびと)多(おほ)かり。すべてえり整(ととの)へたる限(かぎ)り廿人(にん)わらは下仕(しもづかへ)四人(にん)づゝなり。
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御しつらひより始(はじ)め、あたらしう磨(みが)きたてさせ給(たま)へれば、耀(かかや)きてぞみゆる。其(そ)のよになりて院(ゐん)渡(わた)らせ給(たま)ふ。御せんにさべうこころよせある。殿上人(てんじやうびと)をえらせ給(たま)へり。またなかりつる御なからひ有様(ありさま)の程(ほど)。あらまほしき事(こと)の例(ためし)になりぬべし。殿上人(てんじやうびと)のけしきいへば疎(おろ)かに、さかりならんさくらなどの心地(ここち)したり。御車(くるま)のしりに大蔵卿(おほくらきやう)つかまつり給(たま)へり。さておはしましたれば、此(こ)の御はらからの左衛門(さゑもん)のかう。二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)などしそくさしいれ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。殿(との)はおはしますなれど、忍(しの)びてうちのかたにぞおはしますべき殿(との)の御せんどもはうちむれてあるに院(ゐん)の御供(とも)の人々(ひとびと)忍(しの)びさせ給(たま)へと、いと多(おほ)くぞ候(さぶら)ふ。御随身とものけしきえもいはずやさしう思(おも)へり。いらせ給(たま)へれば、御となぶらあるかなきかにほのめきたれど、にほひ有様(ありさま)よめにもしるし。東宮(とうぐう)にておはしましゝに、参(まゐ)らせ給(たま)はましかば、例(れい)の作法(さほふ)にぞあらまし。これはいまめかしうけぢかきものから、又(また)いとやむごとなし。女君(をんなぎみ)十八九ばかりにやおはしますらむとぞおぼえたる。御けはひ有様(ありさま)いとかひありて思(おぼ)さるべし。それにつけても堀河(ほりかは)女御(にようご)。思(おも)ひいでられ給(たま)ふもこころ苦(ぐる)し。かの女御(にようご)も御かたちよくこころはせおはすれば、年(とし)頃(ごろ)いみじう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりつれど、只今(ただいま)何事(なにごと)もあたらしうめでたき御有様(ありさま)は、いま少(すこ)しいたはしう思(おぼ)さるゝも、われながら理(ことわり)しる様(さま)に思(おぼ)さる。冬(ふゆ)のよなれど
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はかなくあけぬれば、いてさせ給(たま)ふもいとあかぬ様(さま)に思(おぼ)さる。御供(とも)の御随身御車(くるま)副舎人(とねり)まで只今(ただいま)其(そ)のまゝにて位(くらゐ)につかせ給(たま)へらましよりもけに思(おも)ひたり。かへらせ給(たま)ひぬれば、女御(にようご)の君(きみ)御帳よりも出(い)でさせ給(たま)はず。院(ゐん)よりやがておはしましけるまゝにやとみゆる程(ほど)に、御つかひあり二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)などいであひ給(たま)ひて、えもいはずゑはし給(たま)ふ。女房(にようばう)のかはらけさゑいつる袖口(そでぐち)などこそめもあやなれ。御かへり給(たま)ひて、女の装束えびぞめの小褂添(そ)へて給(たま)はりて参(まゐ)りぬ。さてくるゝもこころもとなくておはしましぬ。四五日ありてぞ御露顕(ところあらはし)ありける。院(ゐん)皇后宮(くわうごうぐう)に申(まう)させ給(たま)ふ。よさりいかに恥(は)づかしう侍(はべ)らんずらん。かしこにまかれば、二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)三位中将(ちゆうじやう)などかまちむかふるに、いとすずろはしきに、こよひはもちいのよとか聞(き)き侍(はべ)りつる。おとどもものせらるべきやうにこそ聞(き)き侍(はべ)りしかど。聞(き)こえさせ給(たま)へば、げにいかにと思(おぼ)し召(め)して、御装束どもにえならぬかどもしめさせ給(たま)ふ。さやうのかたはなべてならぬ宮(みや)の御有様(ありさま)に、心(こころ)異(こと)に恥(は)づかしう思(おぼ)し召(め)してしたてさせ給(たま)ふ程(ほど)推(お)し量(はか)るべし。かくて御もとに参(まゐ)る人々(ひとびと)。少(すこ)しもかたくなしきはえりすてさせ給おはしましていらせ給(たま)へば、左衛門(さゑもん)のかうなど例(れい)の君達(きんだち)参(まゐ)らせ給(たま)へば、なますゞろはしう思(おぼ)し召(め)されていらせ給(たま)ふ。殿上人(てんじやうびと)のざには、かけばんのものどもいみじうしすへたり。御随身所(どころ)めしつぎどころかずしらず。机のものどもしすへたり。
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もてなし給様(さま)こころゆく様(さま)なり。ゑましくさすがにみゆ。いらせ給(たま)へば御となぶら、ひるのやうにあかきに、女房(にようばう)三四人(にん)五六人(にん)づゝうちむれつゝ、えもいはぬ有様(ありさま)どもにて、こほりふたがりたるあふぎどもをさしかくして、なみ候(さぶら)ふ程(ほど)いみじうおどろ<しきものから、恥(は)づかしげなり。御しつらひ有様(ありさま)。耀(かかや)くとみゆ。院(ゐん)の御(おん)心地(ここち)年(とし)頃(ごろ)堀河(ほりかは)のわたりの有様(ありさま)。御めうつりにまつおぼしいでらるべし。かくてもの参(まゐ)らせ給まかなひは、左衛門(さゑもん)のかうつかうまつり給(たま)ふ。とりつぎ給(たま)ふ事(こと)は、二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)三位中将(ちゆうじやう)などせさせ給(たま)ふ。御たい参(まゐ)りての程(ほど)に、大(おほ)殿(との)出(い)でさせ給(たま)ひて、うるはしき御よそひにて、御かはらけ参(まゐ)らせ給(たま)ふ程(ほど)いへば疎(おろ)かにめでたし。院(ゐん)は御衣(ぞ)ども御直衣(なほし)などのいろを、いと慎(つつ)ましうかたはらいたう思(おぼ)せと、かやうの事(こと)はそれをゆゝしくと宣(のたま)はせぬ事(こと)なればいかにぞや。やつれたる様(さま)を恥(は)づかしう思(おぼ)し召(め)せど。なか<それしも夜めに御いろのあはひもてはやされて、けざやかにおかしうみえさせ給(たま)ふも、ことさらめきかくもありぬべき事(こと)なりけりとぞみえさせ給(たま)ふ。御けはひにほひなどぞしみかへらせ給(たま)へる。御かたちけぢかくあいぎやうづきおかしくおはします。こよひの御有様(ありさま)。必(かなら)ずゑにかかまほし。御年(とし)廿三四におはしませば、さかりにめでたくひげなど少(すこ)しけはひつかせ給(たま)へる。あなあらまほしめでたやとぞみゆる御有様(ありさま)なめる。かくて御供(とも)の人々(ひとびと)の禄ども、例(れい)の作法(さほふ)に
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いま少(すこ)しまさせ給(たま)へり。御随身所(どころ)めしつぎどころ。御車(くるま)副舎人(とねり)ども様々(さまざま)いとおどろ<しうおぼしをきてたり。大(おほ)殿(との)はとくかへらせ給(たま)ひぬ。もちにや御わりごのふた御帳のうちにさしいれておはしましぬる程(ほど)。物忌(ものいみ)すまじう哀(あは)れにみえさせ給(たま)ふ。かくてかの堀河(ほりかは)の女御(にようご)其(そ)のままにむねふたがりて、つゆばかり御ゆをだに参(まゐ)らでふさせ給(たま)へり。おとどもきえいりぬばかりにて、ふし給(たま)へるに、一の宮(みや)おはしましておとどやゝおきよ<むまにせんとおこし奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、われにもあらずおきあかり給(たま)ひて、たかはひしてむまにのせ奉(たてまつ)り給(たま)ひてありかせ給(たま)へば、一の宮(みや)例(れい)よりはうごかぬむまかなとて、御あふぎしてとく<とうち奉(たてまつ)らせ給(たま)ふを、女御(にようご)みやり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、めくるゝ心地(ここち)せさせ給(たま)へば、いとどしき御こころのやみもまさらせ給(たま)ひて、御衣(ぞ)をひきかづきてふさせ給(たま)へり。いみじうあはれなる御有様(ありさま)どもなるに、女御(にようご)は若(わか)うおはすれはいとよしや。殿(との)の御年(とし)さばかりなるに、いかにつみえさせ給らんと見(み)奉(たてまつ)る人々(ひとびと)も、あはれこころうしとおもふべし。日頃(ひごろ)ありて院(ゐん)堀河(ほりかは)におはしまして御覧(ごらん)ずれば、わざとみちもみえぬまであれたり。あれと御覧(ごらん)じていらせ給(たま)へれば、女御(にようご)殿(どの)は御帳のまへに、御すゞりのはこをまくらにてふさせ給(たま)へる。御(お)前(まへ)に女房(にようばう)二三人(にん)ばかり候つれど、おはしましつれば、皆(みな)いりにけり。め安(やす)き人々(ひとびと)候(さぶら)ひしかど。此(こ)の頃(ごろ)皆(みな)いではてゝ。
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えさらぬ人々(ひとびと)ぞ候(さぶら)ひける。見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、しろき御衣(ぞ)ども、いつゝむつばかり奉(たてまつ)りて、御こしの程(ほど)に御ふすまをひきかけておはします。御(み)髪(ぐし)はいとうるはしくて、すそ細(ほそ)くてたけに一尺ばかりあまらせ給(たま)へる程(ほど)なり。御かたちきよけにて只今(ただいま)は卅ばかりにおはしますらんかし。されどいみじう若(わか)う清(きよ)げにみえさせ給(たま)ふ。猶(なほ)ふりがたきかたちなりかしと御覧(ごらん)じて、やゝとをどろかし奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、何(なに)ごころもなく見あげ給(たま)へるに、院(ゐん)のおはしませば、あさましくて御かほひきいれ給(たま)へば、御かたはらにそひふさせて、よろづになきみ笑(わら)ひみ慰(なぐさ)め聞(き)こえさせ給(たま)へど。それにつけてもむねふたがりて、御涙(なみだ)のみ流(なが)れいづれば、院(ゐん)はよろづに聞(き)こえさせ給(たま)へどかひなし。いづら一の宮(みや)はと聞(き)こえ給(たま)へば、おはしましてうちはぢらひておはしませば此(こ)の宮(みや)も皆(みな)はぢけるものをとて御涙(なみだ)ををしのごはせ給(たま)ふもいみじうあはれなり。女御(にようご)の御そばのかたに、たたうがみのやうなるもののあるをとりて御覧(ごらん)ずれば、おぼしける事(こと)どもをぞかき給(たま)へる
@過(す)ぎにける年(とし)月何(なに)を思(おも)ひけんいましももののなげかしきかな W140。
また
@うちとけて誰(たれ)もまだねぬ夢(ゆめ)のよに人(ひと)のつらさを見るぞ悲(かな)しき W141
@ちとせへん程(ほど)をばしらずこぬひとをまつはなをこそひさしかりけれ W142
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@恋(こひ)しさもつらさもともにしらせつる人(ひと)をばいかゞうしと思(おも)はぬ W143
@とくとだにみえずもあるかな冬(ふゆ)のよのかたしくそでにむすぶこほりの W144。
などかかせ給(たま)へるいみじうあはれなり。かくものを思(おも)はせ奉(たてまつ)る事(こと)、などかとき<はこころにもとまらざらん。されど人(ひと)のいみじうもてなしおぼいたる事(こと)の煩(わづら)はしければ、只今(ただいま)はいかでかはいま暫(しば)しもありてこそはなど思(おぼ)すもいとあはれなり。むすぶこほりのとかき給(たま)へるかたはらにかかせ給(たま)ふ
@あふ事(こと)のとどこほりつゝ程(ほど)ふればとくれどとくるけしきだになし W145。
よろづに唯(ただ)わが御命(いのち)しらぬ事(こと)をのみ。えもいはず聞(き)こえさせ給(たま)ひて、出(い)でさせ給(たま)ふ。宮(みや)たちのたち騒(さわ)ぎみをくり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、又(また)御涙(なみだ)こぼるれば、ついゐさせ給(たま)ひて慰(なぐさ)め奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)ども召(め)して抱(いだ)かせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、殿(との)の御方(かた)におはしまさせ給(たま)ひて、少(すこ)しこころ安(やす)くて出(い)でさせ給(たま)ふ。みちのそらもなく、いみじう思(おぼ)さるべし。御供(とも)の人々(ひとびと)もとまらせ給(たま)はゞ。いかにひなからんと思(おも)ひけるに、出(い)でさせ給(たま)へばいと嬉(うれ)しく思(おも)ひたるも、いとこころうし。高松(たかまつ)殿(どの)におはしましたれば、たとしへなき事(こと)ども多(おほ)かり。こたみの絶間(たえま)いとこよなし。女御(にようご)いまは唯(ただ)此(こ)の嘆(なげ)きには、わがみのなからんにのみぞたゆべきと心(こころ)一(ひと)つをとなしかうなしいつまでぐさのとのみ。おぼしみだる。あはた殿(どの)の北(きた)の方(かた)は、年(とし)頃(ごろ)此(こ)の殿(との)の北(きた)の方(かた)
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にておはすれは、此(こ)の頃(ごろ)は上(うへ)などの聞(き)こえ給(たま)ふ事(こと)も殿(との)は聞(き)きいれさせ給(たま)はずいみじとのみものをおぼしたるか哀(あは)れになん。晦日(つごもり)になりぬれば、高松(たかまつ)殿(どの)にはやがてそれにぞ院(ゐん)の御乳母(めのと)達(たち)にさべき事(こと)どもせさせ給(たま)ふ。装束ひきくたり織物(おりもの)のきぬまた唯(ただ)のきぬなとそへさせ給(たま)へるにまた院(ゐん)の御衣(ぞ)どもそへさせ給(たま)ふにまたあるものもあるべし。一条(いちでう)宮(みや)には御のさきの事(こと)するにつけても夢(ゆめ)とのみ思(おぼ)し召(め)さる。夜の程(ほど)にか。はかりぬるそらのけしきも、いとはればれしくこころのどかにてうらゝゆかしげなり。よろづもののはへなき年(とし)なれば、例(れい)参(まゐ)り給上達部(かんだちめ)臨時(りんじ)のきやく同(おな)じ事(こと)なり。されど女房(にようばう)などのいてゐもなくひきいりたる御有様(ありさま)も口(くち)惜(を)しうぞ高松(たかまつ)殿(どの)には女房(にようばう)の事(こと)もあらため心地(ここち)よなれと院(ゐん)の御衣(ぞ)のいろ異(こと)なれば、もののはへなき事(こと)どもなり。よろづよりも御門(みかど)の御年(とし)十一にならせ給(たま)へば、正月五日御元服の事(こと)あり。其(そ)の程(ほど)の有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。此(こ)の廿余(よ)日(にち)の程(ほど)は摂政殿の大饗あるへければ、御屏風(びやうぶ)せさせ給(たま)ふ。さるべき人々(ひとびと)に皆(みな)うたくばり給(たま)はするに、大(おほ)殿(との)われもよまんと仰(おほ)せられてよの急(いそ)ぎに御いとまもおはしまさねど。ともすればはしちかにうちながめて、うめかせ給(たま)ふ程(ほど)。様々(さまざま)にめでたく、人(ひと)の御さいはひ御心様(こころざま)もつねの事(こと)ながら、かばかりいそがしき御こころにかかる事(こと)をさへ忘(わす)れすてさせ給(たま)はぬ。御こころの程(ほど)も
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聞(き)こえさせんかたなくおはします。すべてうた八十ぞいできたりつれど、いりたる限(かぎ)りにつくしかかず。やまとのかみすけたゞの朝臣(あそん)うづえを
@ときは山(やま)おいつくなれどたまつばき君(きみ)がさかゆくつえにとぞきる W146。
大饗したる所(ところ)
@君(きみ)がりとやりつるつかひきにけらし野辺(のべ)のきゞすはとりやしつらん W147
春日(かすが)のつかひたつところいづみ
@春日野(かすがの)に年(とし)もへぬべしかみのますみかさの山(やま)にきたりと思(おも)へば W148。
やまざとにみづある家(いへ)に、まらうとのきたるさいす輔親(すけちか)
@此(こ)のやどにわれをとめなんいけみづのふかきこころにすみ渡(わた)るべく W149。
五月節すけたゞ
@くらぶべきこまもあやめのくさも皆(みな)みづのみまきにひけるなりけり W150。
九月九日殿(との)の御(お)前(まへ)
@かくのみもきくをぞ人(ひと)は忍(しの)びけるまがきにこめてちよを思(おも)へば W151。
四条(しでう)大納言(だいなごん)べちに二首奉(たてまつ)り給(たま)へり。さくらのはな見る女(をんな)車(ぐるま)あるところ
@はるのはなあきの紅葉(もみぢ)も色々(いろいろ)にさくらのみこそひとゝきもみれ W152。
また紅葉(もみぢ)ある山(やま)ざとに男(をとこ)きたり
@やまざとの紅葉(もみぢ)みにとやおもふらんちりはてゝこそとふべかりけれ W153。
いと多(おほ)かれ
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どかかず。大饗の日寛仁二年正月廿三日なり。有様(ありさま)言(い)ふも疎(おろ)かにめでたし尊者には閑院(かんゐん)右大臣(うだいじん)ぞおはしましける。上(うへ)の御有様(ありさま)などいとあらまほしくめでたき殿(との)なり。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の姫宮(ひめみや)むまれ給(たま)ひしより。やがてとり放(はな)ちてやしなひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、いと美(うつく)しげにておはします。堀河(ほりかは)の院(ゐん)にはかの上陽人の、@@01 『春(はる)往(ゆ)き秋(あき)来(く)れども年(とし)を知(し)らず [かな: はるゆきあきくれどもとしをしらず]』 B01と言(い)ふやうに、あけくるゝもしらせ給(たま)はす。あさましうおぼし嘆(なげ)きてねざめつゝにやあらん。大(おほ)殿(との)ごもらねば、残(のこ)りのともしびのかべにそむける嘆(なげ)きも、こころ細(ぼそ)く思(おぼ)さるゝに、御(お)前(まへ)のむめのこころようひらけにけるも、これをいまゝでしらざりける。わがみ世(よ)にふるなどながめられ給(たま)ひて
@いづこよりはるきたりけんみし人(ひと)のたえにしやどにむめぞにほへる W154。
@@02 『鴬(うぐひす)のうら若(わか)き初音(はつこゑ)もうれはしければ聞(き)くを厭(いと)ふ [かな: うぐひすのうらわかきはつこゑもうれはしければきくをいとふ ] 』 B02などありけんも、誠(まこと)なりけりとおぼししらる。よろづかはらぬ御有様(ありさま)なるに宮(みや)たちの御衣(ぞ)ばかりをぞあさやけさせ給(たま)ひて、〔ゐ〕んの御をきてあれば、宮(みや)たちに御節供参(まゐ)れり。よろづあはれなる世を、殿(との)は小袴きてあしだはかせ給(たま)ひてつえをつきて、みちのまゝにありかせ給(たま)ふ。御(お)前(まへ)の小木どものおいさきつくろはせ給(たま)へば、一の宮(みや)は人(ひと)に抱(いだ)かれさせ給(たま)ふ。つゞきあるかせ給(たま)ふ程(ほど)に哀(あは)れにすごげなり高松(たかまつ)殿(どの)の有様(ありさま)を、院(ゐん)いかに御覧(ごらん)じくらぶらんと、御めうつりの程(ほど)も思(おも)ひ遣(や)られて恥(は)づかしう。すずろはしう思(おぼ)さるる御こころのうち理(ことわり)ながらあながちなり。
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枇杷(びは)殿(どの)の宮(みや)には、故院(ゐん)の御ふえを此(こ)の宮(みや)。ごんだいぶとあるは、けん中納言(ちゆうなごん)にこれかたがひたるところつくろひてとてあづけさせ給(たま)へりけるを、ものの中よりみ出(い)でてかう<侍(はべ)りしを、忘(わす)れていままで参(まゐ)らせ侍(はべ)らざりける事(こと)ゝて、御(お)前(まへ)に参(まゐ)らせ給(たま)ふとて、やがて少(すこ)しふきならさせ給(たま)ふを聞(き)きて、命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)
@ふえたけの此(こ)のよをながくわかれにし君(きみ)がかたみのこゑぞ恋(こひ)しき W155。



栄花物語詳解巻十四


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〔栄花物語巻第十四〕 あさみどり
二月になりぬれば、大(おほ)殿(との)の尚侍殿内(うち)へ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。よろづの事(こと)整(ととの)へさせ給(たま)へり。大人(おとな)四十人(にん)・わらは六人(にん)・下仕(しもづかへ)同(おな)じかずなり。始(はじ)めの宮々(みやみや)摂政殿などに、皆(みな)人々(ひとびと)参(まゐ)りて、いまはえしもと思(おぼ)し召(め)しつれど、いづれもはぢなき人々(ひとびと)多(おほ)く参(まゐ)りこみたり。わらはゝ其(そ)のよ車(くるま)よするまでえり整(ととの)へさせ給(たま)へる推(お)し量(はか)るべし。ふた宮(みや)の御参(まゐ)りのおりの事(こと)をぞ、よがたりに人々(ひとびと)聞(き)こえさすめるを、これはいま少(すこ)しまさりたる世(よ)の中(なか)の。人(ひと)の御をきてきのふに今日(けふ)はまさりてのみみゆるわざなれば、よろづそれにしたがひてめでたし。御門(みかど)の御有様(ありさま)よりは、かんのとのこよなく大人(おとな)びさせ給(たま)へり。御かたちいみじうおかしげにあいぎやうづきいろあひより始(はじ)めなべてならずみえさせ給(たま)ふ。御ぐしいみじうめでたくて、御たけにすこしぞあまらせ給(たま)へる。上(うへ)の御(お)前(まへ)の御(み)髪(ぐし)より始(はじ)め。ふた宮(みや)の御(み)髪(ぐし)よにたぐひなうながくめでたくおはしますに、この御(お)前(まへ)をぞこころもとなげに思(おぼ)し召(め)したるに、これもいと美(うつく)しげにぞおはします。やへかうばいつゆかかりながら、をし
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おりたるやうなるにほひなり。いづれの物語(ものがたり)にかは。人(ひと)の御むすめ女御(にようご)后(きさき)を、悪(わろ)しと聞(き)こえさせたる。其(そ)のなかにもこの御(お)前(まへ)達(たち)は。御かたちこそさもおはしまさめ。御こころをきて有様(ありさま)などいかでかうこたいならずいまめかしうさりとてはしちかになとやはおはします。いかでかう様々(さまざま)めでたくおはしますにかとみえさせ給(たま)ふ。まいておはしましあつまらせたまへるおりは。ゑをかきたるもかたくなしきまじりたり。これは聞(き)こえさせんかたなくおはしませば、とのも上(うへ)も御めほかへやらせ給(たま)はず。まぼり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、御しつらひ有様(ありさま)など例(れい)のおどろ<しうたまを磨(みが)きたてさせ給(たま)へり。御門(みかど)いと若(わか)くおはしましていかゞと世(よ)の人(ひと)聞(き)こえ思(おも)へり。さき<”もおぼつかなからず見(み)奉(たてまつ)りかはさせ給(たま)へる御(おん)中(なか)なれど、かんのとのは。さしならび奉(たてまつ)らせ給(たま)はん事(こと)を、かたらいたく思(おぼ)し召(め)して、御門(みかど)はひたみちに恥(は)づかしう思(おぼ)し召(め)しかはす。しぶ<にのぼらせ給(たま)へるは、よるのおとどにいらせ給(たま)ふ程(ほど)、いみじう慎(つつ)ましうわりなう思(おぼ)し召(め)されて、いかにもうごかでゐさせ給(たま)へれば、近江(あふみ)の三位参(まゐ)りて、あなものぐるをしなどかうてはとて御帳のもとにおはしまさすれば、上(うへ)をきゐさせ給(たま)ひて、御そでをひかせ給(たま)ふ程(ほど)。かんのとのむけにしらせ給(たま)はざらん中よりもまばゆく恥(は)づかしく思(おぼ)し召(め)さるべし。さていらせ給(たま)ひぬれば、とのの上(うへ)おはしまして、御ふすま参(まゐ)らせ給(たま)ふ程(ほど)げにめでたき御有様(ありさま)
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にて、理(ことわり)にみえさせ給(たま)ふ。いらせ給(たま)ひて後(のち)の事(こと)はしりがたし。御乳母(めのと)達(たち)。み帳のあたりに候(さぶら)ふ。とのの御(お)前(まへ)よろづおぼしつゞくるに、ゆゝしうて御めのごはせ給(たま)ふ。暁(あかつき)にはおりさせ給(たま)ふ。さて夜頃(ごろ)のぼらせ給(たま)ひて、よき日してあへい事(こと)ども、物せさせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)達(たち)の贈(おく)り物(もの)の上(うへ)の女房(にようばう)たち。女官までものたまはすれば、よろこびかしこまりて、祈(いの)り申しつゞくるもおかしくなん。をそくのぼらせ給(たま)ふおりは、よふくるまでおはしまして、まちつけ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)なとこそ、猶(なほ)心(こころ)異(こと)におはしますわざなめれ。御方(かた)に渡(わた)らせ給(たま)へれば、ならひ聞(き)こえさせ給(たま)へる程(ほど)、殊(こと)の外(ほか)にいかにと世(よ)人(ひと)も申を、かんのとのもとよりさゞやかに人(ひと)ざま若(わか)うおかしげにおはしませば、なすらひに美(うつく)しうみえさせ給(たま)ふ。上(うへ)あさましうおよすけさせ給(たま)へり。おはしまして御ぐしのはこのうちより始(はじ)め。よろづをさがし御覧(ごらん)ずるに、いとおかしうみどころありて、けうせさせ給(たま)ふ。み調度(てうど)ゞもめでたうおかしきをぞ。明(あ)け暮(く)れの御あそびに御覧(ごらん)じける。かんのとのは猶(なほ)いと恥(は)づかしう人目(ひとめ)おぼしたれど、上(うへ)はいとようむつひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)もおかしくなん。斯(か)かる程(ほど)に故あはた殿(どの)の姫君(ひめぎみ)は今はむけに大人(おとな)になりはて給(たま)へれば、はゝ北(きた)の方(かた)いかでわがあるおりに、頼(たの)もしうさるべき様(さま)にみをき奉(たてまつ)らんとおぼし宣(のたま)へど、さべき事(こと)のめ安(やす)きかあるべきにもあらず。さりとてなべての事(こと)をあり<てすべきにもあらず。いかにせましとおぼし煩(わづら)ふ程(ほど)に、このかんのとのよりせち
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に度々(たびたび)御消息(せうそく)聞(き)こえさせ給(たま)ふ。何(なに)かと思(おぼ)すべきにもあらず、つれ<”の慰(なぐさ)めにかたらひ聞(き)こえさむとぞある。とのの上(うへ)の御消息(せうそこ)聞(き)こえさせ給(たま)ふを、この北(きた)の方(かた)いかにせまじとおぼし乱(みだ)れて姫君(ひめぎみ)にをのが行末(ゆくすゑ)も残(のこ)りすくなければいかにも<して、いかでうしろ安(やす)くと思(おも)ひ聞(き)こえさすめるに、かのわたりにせちに宣(のたま)はすめるを、いかゞ思(おぼ)すと聞(き)こえ給(たま)へば、姫君(ひめぎみ)ともかくも宣(のたま)はで、うちそばみてゐ給(たま)へるを、見(み)奉(たてまつ)り給(たま)へば、御涙(なみだ)のこぼるゝなりけり。北(きた)の方(かた)いとどせきもあへ給(たま)はず、あかき宮(みや)これをよき事(こと)ゝてにはあらず、人(ひと)のせちに宣(のたま)ふ事(こと)なれば、故とのうた物語(ものがたり)をかき御調度(てうど)をしまうけてまち奉(たてまつ)り給(たま)ひしかど、御かほをだにも見(み)奉(たてまつ)り給(たま)はずなりにし事(こと)と言(い)ひつゞけなき給(たま)へば、御(お)前(まへ)なる人々(ひとびと)もゆゝしきまでなきあへる程(ほど)に、二位(にゐ)宰相(さいしやう)参(まゐ)り給(たま)へり。北(きた)の方(かた)この事(こと)どもを聞(き)こえ給(たま)へば、宰相(さいしやう)うちなき給(たま)ひて、かかる事(こと)なんいと苦(くる)しう侍(はべ)る。いたうとれはと言(い)ふやうに、故とのの御こころをきてのまゝにてはあへておぼしかくべきにはあらねど。いまの世(よ)の事(こと)いと様(さま)殊(こと)になりにて侍(はべ)れば、かくせちに申(まう)させ給(たま)ふを、いなともはへらばなにがしなどがためこそひなう侍(はべ)らめ。この御有様(ありさま)のつぐべき世ともみえ侍(はべ)らねば、人(ひと)のためよき事(こと)はかたうあしき事(こと)は安(やす)くなんなど聞(き)こえ給(たま)へば、北(きた)の方(かた)さる事(こと)なりとおぼしたちて、あるべき事(こと)ゝ定(さだ)め給(たま)ふに、宰相(さいしやう)
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大人(おとな)十人(にん)・わらは二人(ふたり)下仕(しもづかへ)さやうにてあへ侍(はべ)りなん。帥(そち)殿(どの)の御方(かた)、大宮(おほみや)に参(まゐ)り給(たま)ひし、さやうになん聞(き)き給(たま)ふべしと申し給(たま)ひて、なびき聞(き)こえ給よしの御かへり聞(き)こえ給(たま)ひつ。姫君(ひめぎみ)をみやり奉(たてまつ)り給(たま)へば、いとちいさやかにさゞやかにて、しだりやなきたちてゐ給(たま)へる。御調度(てうど)ゞもは故とのの様々(さまざま)しまうけ給(たま)ひしどもゝあめり。しろがねの御ぐしのはこさへあるこそとて、またなき給よに限(かぎ)りなき御御門(みかど)こそ思(おも)ひ給(たま)ひけめとて、またなき給(たま)ひぬ。よろづものの例(ためし)めきぬ。あはれなる事(こと)どもかな。かくて宰相(さいしやう)いで給(たま)ひぬ。大(おほ)殿(との)にはこの御かへりを御覧(ごらん)じてければ、よろこびながら人(ひと)の御身にいるべきもの。様々(さまざま)大人(おとな)しきまで奉(たてまつ)れさせ給(たま)へれば、さはかうにこそとは急(そ)ぎ立(た)たせ給(たま)ふにつけても、北(きた)の方(かた)ともすれば、いやめなるちごどものやうにうちひそまれ給(たま)ふ。堀河(ほりかは)のおとどにかかる事(こと)なんあると申し給(たま)へば、すべてまつにものなの給そ。何事(なにごと)もおぼえ侍(はべ)らずと言(い)ふかひなき御いらへなり。かくて故との度々(たびたび)夢(ゆめ)にみえさせ給(たま)ふもののけにもいで給ふなどすれど、さりとておぼしとまるべき事(こと)にもあらぬを、姫君(ひめぎみ)いでやあまにやなりなましなど人(ひと)しれずおぼしみだるれど、まめやかなる御こころなどのあめるに、またいまさらにけしからぬやうにやはと思(おぼ)すも哀(あは)れになん。其(そ)のよになりて、二位(にゐ)宰相(さいしやう)頭中将(ちゆうじやう)など参(まゐ)りあつまり給(たま)ふ。また昔(むかし)より志(こころざし)ありて、したう思(おぼ)されし。
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これかれなど参(まゐ)れり。御こころむかへには。大納言(だいなごん)殿(どの)の御車(くるま)をぞゐて参(まゐ)れる。これを御急(いそ)ぎとおぼし急(いそ)ぐにつけても、世(よ)の中(なか)のあはれぞまづ知(し)られける。さて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、二条(にでう)とのの御方(かた)とて、いみじうかしづきすへ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、たは安(やす)くとのの君達(きんだち)参(まゐ)り給(たま)はず、いとやんごとなきものに、もてなし聞(き)こえ給(たま)ふ。この御参(まゐ)りをばさるものにて帥(そち)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)の御参(まゐ)りあはれなる事(こと)ぞかし。すべてこのとのの御えだ<に、つゆかかり給(たま)はぬ人(ひと)なくなりはて給(たま)ひぬ。@@03 「昨日(きのふ)の淵(ふち)ぞ今日(けふ)の瀬(せ)となる」 [かな: きのふのふちぞけふのせとなる ] B03と言(い)ふもまことゝみえたり。一条(いちでう)宮(みや)には。御(お)前(まへ)のさくらのをそき事(こと)を御(お)前(まへ)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、こころもとなき事(こと)におぼし宣(のたま)はすれば、土御門(つちみかど)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)
@さきさかずおぼつかなしやさくらばなほかのみるらん人(ひと)にとはばや W156。
べんの乳母(めのと)
@大方(おほかた)のさくらもしらずこれを唯(ただ)まつよりほかの事(こと)しなければ W157。
べんの乳母(めのと)其(そ)のころ里(さと)にまかつるに、三条(さんでう)院(ゐん)の前(まへ)を渡(わた)れば、こだかかりしまつのこずゑもすこしいろかはりて、心地(ここち)よげなり。ついひぢには何(なに)となきもの。繁(しげ)うはひかかりたれば、いみじう哀(あは)れに昔(むかし)思(おも)ひいでられて、こぢじうの君(きみ)の里(さと)にあるに言(い)ひやる。車(くるま)とどめたる程(ほど)も過(す)ぎておかしきに
@昔(むかし)みしまつのこずゑはそれながらむぐらはかどをさしてげるかな W158。
かへし小侍従の君(きみ)
@君(きみ)なくてあれまさりつゝむぐらのみさすべきかどと思(おも)ひかけきや W159
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三月廿日の程(ほど)に一(いちでう)宮(みや)にさくら参(まゐ)らせてだうめいあざり
@いかならんきかばやしでの山(やま)ざくら思(おも)ひこそやれ君(きみ)がゆかりに W160。
とあれば中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)かへし
@君(きみ)ゆへは悲(かな)しきけさのにほひかないかなるはるかは猶(なほ)おりけん W161。
かくてとのの中将(ちゆうじやう)此(こ)の頃(ごろ)十五ばかりにおはする。御かたちいと美(うつく)し。年(とし)頃(ごろ)とのの上(うへ)のとりわき御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御おぼえなども心(こころ)異(こと)なるを、只今(ただいま)いみじき人(ひと)の御むこの程(ほど)におはすれば、さやうに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ひにたり。おほかへけれどえさしもあらぬに、侍従中納言(ちゆうなごん)のむかひばらの姫君(ひめぎみ)十二ばかりなるを、またなう思(おも)ひかしづき給(たま)ふ。むまれ給(たま)ひけるより心(こころ)異(こと)におぼしをきてたりけるを、この中将(ちゆうじやう)の君(きみ)をさてあらせ奉(たてまつ)らばやとおぼして、さるべきたよりして、とのの御けしき給(たま)はらせ給(たま)へば、ひいなあそびのやうにておかしからんと宣(のたま)はせて、にくげならぬ御けしきを伝(つた)へ聞(き)き給(たま)ひて、とのも北(きた)の方(かた)も、いみじう嬉(うれ)しうおぼして、にはかに急(いそ)ぎたち給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)も何(なに)をかしづきぐさにおほひたりつればさるべき御調度(てうど)ゞもはあれど、唯(ただ)あざやかに御帳御几帳(きちやう)のかたびらばかりをせさせ給(たま)ふ。さるべき若(わか)き人々(ひとびと)のなり整(ととの)へて、三月廿余(よ)日(にち)におぼし定(さだ)めたるに、其(そ)の日いはしみづの臨時(りんじ)の祭(まつり)のつかひに、この君(きみ)おはすべかりければ、とのの御(お)前(まへ)他人(ことひと)にさしかへさせ給(たま)ふ程(ほど)の御こころをきてを、中納言(ちゆうなごん)は疎(おろ)かならずおぼしよろこびたり。よろづ
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の事(こと)整(ととの)へ給(たま)ひてひるつかた中将(ちゆうじやう)殿(どの)より
@ゆふぐれはまちどをにのみ思(おも)ほえていかでこころのまづはゆくらん W162。
かくてくるゝやをそきとおはしたればみんふのたゆふ君(きみ)おはり権守などしそくさしていれ奉(たてまつ)る。さて其(そ)の上(うへ)とのも北(きた)の方(かた)も、何事(なにごと)あらんとけぢかき程(ほど)に、いもねてあかさせ給(たま)ふ。哀(あは)れにおぼしつゞけらる。きて暁(あかつき)にいで給(たま)ひて、すなはち御ふみあり
@けさはなどやがてね暮(くら)しおきずしておきてはねたくくるゝまをまつ W163。
とありとのの御(お)前(まへ)の御くちつきとしるく思(おぼ)さる。家(いへ)なりぞ御つかひなりける。たゆふの君(きみ)いであひてもてはやし給(たま)ふ次(つぎ)に女房(にようばう)のかはらけ度々(たびたび)になりたれば、いとたえがたけなり。女房(にようばう)の装束に、さくらの織物(おりもの)のうちきそへ給(たま)ふ
@あさみどりそらものどけき春の日はくるゝひさしきものとこそ聞(き)け W164。
姫君(ひめぎみ)恥(は)づかしうおぼいたれど、猶(なほ)御てづからおぼいて、北(きた)の方(かた)せちにそゝのかし聞(き)こえ給(たま)へば、わりなけれどかき給(たま)へるを、大(おほ)殿(との)御覧(ごらん)ずるに、唯(ただ)中納言(ちゆうなごん)の御ての若(わか)きとみえて、えもいはずおかしげなれば、哀(あは)れに御覧(ごらん)ぜらる。其(そ)の後(のち)おはし通(かよ)はせ給(たま)ふに、よろづつくりあはせたるやうなる御なからひなり。女君(をんなぎみ)いと幼(をさな)くおはすれど、御(み)髪(ぐし)はきばかりにてかたちいと美(うつく)しうおはす。男君(をとこぎみ)御(おん)中(なか)いと恥(は)づかしうおぼしつゝみだるものから、哀(あは)れにこころさしふかう。思(おも)ひかはし聞(き)こえ
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給(たま)へりけれど、それも幼(をさな)うおはすれば、男君(をとこぎみ)はやがて侍(さぶらひ)にうたゝねし給(たま)ふ。女君(をんなぎみ)は手習(てならひ)し給(たま)ふまゝに、ふでとりながらねなどし給(たま)ひければ、うちにもとにも人(ひと)ぞ抱(いだ)きて御帳にいれ奉(たてまつ)るおり<多(おほ)かりける。其(そ)の年(とし)の祭(まつり)のつかひに、このとのいで給(たま)へば、大(おほ)殿(との)にもこのとのにもさらなり摂政(せつしやう)殿(どの)までおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、しうとめの北(きた)の方(かた)見(み)奉(たてまつ)りにいで給(たま)ひて、何(なに)ともなく唯(ただ)かひをつくり給(たま)へば、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)おこがましくと笑(わら)ひ聞(き)こゆるもおかしくなん。このとのただこの君(きみ)の御扱(あつか)ひよりほかの事(こと)なきを、理(ことわり)にみえたり。大姫君(おほひめぎみ)男(をとこ)君達(きんだち)の御はゝ。このいまの北(きた)の方(かた)のあねにものし給(たま)ふ。女君(をんなぎみ)二人(ふたり)男君(をとこぎみ)はみんぶのたゆふさねつね・おはりごんのかみよしつねの君(きみ)。中君はいまは近江(あふみ)のかみつねよりの北(きた)の方(かた)。大姫君(おほひめぎみ)はさやうにほのめかし聞(き)こゆる人々(ひとびと)あれど、中納言(ちゆうなごん)これはおもふやうありと惜(を)しみ聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)に、いたうさかり過(す)ぎゆくに、このちごのやうにおはする君(きみ)の御事(こと)をもて騒(さわ)げば、故北(きた)の方(かた)の御もののけいできて、この姫君(ひめぎみ)をあへてあらせ奉(たてまつ)るべくもあらず。ゆゝしうつねに言(い)ひをどせば、しづごゝろなく思(おも)ほされける。一条(いちでう)宮(みや)には。四月晦日(つごもり)に御服ぬがせ給(たま)ひてしかば、よろづあらたまりはなやかなりされど猶(なほ)はなやかなるいろは。奉(たてまつ)らず。五月五日院(ゐん)より姫君(ひめぎみ)の御方(かた)にとて、くすだま奉(たてまつ)らせ給(たま)へり
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@此(こ)の頃(ごろ)を思(おも)ひいづればあやめぐさ流(なが)るゝ同(おな)じねにやともみよ W165。
御かへし
@いにしへをかくる袂(たもと)はみるごとにいとどあやめのねこそしげゝれ W166。
九日は御正日にて御覧(ごらん)ずるもいとあはれなり。はかなうて六月にもなりぬ。京極(きやうごく)とのはおとゝしの七月にやけにしを、其(そ)の八月よりよるをひるにてつくらせ給(たま)へれば、いできて今日(けふ)明日(あす)渡(わた)らせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)はうちにおはしませばとのの御(お)前(まへ)上(うへ)かんのとの渡(わた)らせ給(たま)ふ。いよのかみよりみつぞ。とののうちの事(こと)すべてさながらつかうまつる。とのの御(お)前(まへ)の御調度(てうど)ゞも、上(うへ)のかんのとのの御事(こと)などすべて残(のこ)るものなく、つかうまつれり。女房(にようばう)のさうしの蔵人(くらうど)所(どころ)御随身所(どころ)迄すべてとののうちにこのものこそなけれとおぼし宣(のたま)ふべきやうなし。いかでかう思(おも)ひよりけんと御覧(ごらん)ぜらるゝぞ。いみじうめでたき。御帳御几帳(きちやう)御屏風(びやうぶ)のしさま厨子(づし)辛櫃のまきゑをきくちめづらかなるまでつかうまつれる。いかでかくしけんと、とのも仰(おほ)せられ、とのばらもかんじ給(たま)ふ。三日の程(ほど)よろづのとのばら参(まゐ)りまかでうちあけあそび給(たま)ふ。御(お)前(まへ)にきぬやつくりてあめうしいたはりかはせつねの事(こと)ゝ言(い)ひながら、めとゝめられたるとののつくり様(さま)、始(はじ)めはこたいに昔(むかし)づくりなりしかば、やのだけ短(みじか)ううちあはぬ事(こと)多(おほ)かりしを、こたみはとのの御こころのうちあふ限(かぎ)りつくらせ給(たま)へれば、世(よ)にいみじき見ものなり。山(やま)のおほきなる木どもうせにしこそ口(くち)惜(を)しき
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事(こと)なれど、いまひきうへさせ給(たま)へる。小木の行末(ゆくすゑ)はるかにおいさき頼(たの)もしき若枝多(おほ)くみどころまさりてなんありける。とのはこれにつけても、ひは殿(どの)の遅(をそ)げなる事(こと)を思(おぼ)し召(め)すべし。いまはかれを急(いそ)がせ給(たま)ふ。はかなくあきになりぬれば、かぜのをともこころ細(ぼそ)きに、堀河(ほりかは)の女御(にようご)。まつかぜのをとを聞(き)こし召(め)して
@まつかぜはいろやみどりにふきつらんものおもふ人(ひと)の身にぞしみける W167。
と思(おぼ)されけり。かやうにて過(す)ぎもてゆきて、かみなづきにもなりぬ。いつしかと初雪(はつゆき)ふりわたり。例(れい)にもにずいととき事(こと)を人々(ひとびと)けうじ思(おぼ)すに、二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)殿(どの)より一条(いちでう)の宮(みや)に
@ふりがたくふりつるけさの初雪(はつゆき)をみけたぬ人(ひと)もあらせてしがな W168。
とあればかへし命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)
@きえかへり珍(めづら)しとみるゆきなればふりてもふりぬ心地(ここち)こそすれ W169。
かくてかんのとのはこの二月にこそ参(まゐ)らせ給(たま)ひしが。此(こ)の頃(ごろ)后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ひて、よにののしりたり。世(よ)の人(ひと)いかでかさのみはあらん。内大臣(ないだいじん)の御むすめにて二(ふた)所(ところ)ならばせ給(たま)へる例(ためし)だになくて、此(こ)の頃(ごろ)いみじき事(こと)に申すめるに、いさいかなるべき事(こと)にかはあらんと、うちかたぶき思(おも)ひ言(い)ふ人々(ひとびと)上下あるべし。さ言(い)ひしかど。よき日してののしるものか。寛仁二年十月十六日中宮(ちゆうぐう)ふぢはら威子と聞(き)こえさす。ゐさせ給(たま)ふ程(ほど)の
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儀式(ぎしき)有様(ありさま)、さき<”の同(おな)じ事(こと)なり。いまは中宮(ちゆうぐう)をば、皇太后宮(くわうだいこうくう)と聞(き)こえさす。尚侍にはいま姫君(ひめぎみ)ならせ給(たま)ひぬ。大夫(だいぶ)にはごん中納言(ちゆうなごん)能宣(よしのぶ)の君(きみ)なり給(たま)ひぬ。次(つぎ)<の宮司(みやづかさ)、さき<”のやうにきをひのぞむ人々(ひとびと)多(おほ)かるべし。いまはこたいの事(こと)なれば、かくて三后のおはします事(こと)を、よに珍(めづら)しき事(こと)にて、とのの御さいはひ、このよの事(こと)ゝみえさせ給(たま)はず。この御(お)前(まへ)達(たち)のおはしましあつまらせ給(たま)へるおりは。わがめに見(み)奉(たてまつ)りあまらせ給(たま)ひては。只今(ただいま)ものみしりいにしへの事(こと)おぼえたらん人(ひと)に、もののはざまよりかいはませ。奉(たてまつ)らばやとまでぞ宣(のたま)はせける。かくて霜月(しもつき)になりぬ。大将(だいしやう)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)は五つ、小姫君(こひめぎみ)は三(み)つにならせ給(たま)ひにければ、御袴(はかま)きせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。京極(きやうごく)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、西(にし)の対(たい)いみじうしつらひゐさせ給(たま)へり。とのの御(お)前(まへ)御こしは。ゆひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふときなりてとの渡(わた)らせ給(たま)へり。大姫君(おほひめぎみ)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、御ぐしせなかなかばばかりにていみじうけたかうおかしげにおはす。小姫君(こひめぎみ)は。御(み)髪(ぐし)ふりわけにて、御かほつきらうたけに美(うつく)し。様々(さまざま)美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。大姫君(おほひめぎみ)。てゝもはゝも、誰(たれ)も<われをのみこそ思(おも)ひ給(たま)へれ。小姫君(こひめぎみ)をば思(おも)ひ給(たま)はぬぞかしと聞(き)こえ給(たま)へば、あるにかさばかり美(うつく)しき人(ひと)をとぞ宣(のたま)はせける。さてとのの御贈(おく)り物(もの)より始(はじ)め、とののうちの男(をとこ)女(をんな)、さるべき様(さま)にしたがひつゝ、残(のこ)りなく何事(なにごと)もせさせ給(たま)へりいみじうめでたし。そこに二日おはしまして、
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よさりぞかへらせ給(たま)ふ。こたみあかぬ事(こと)は、おほ上(うへ)のあまにおはしませば、そひて渡(わた)らせ給(たま)はずなりにし事(こと)を口(くち)惜(を)しう思(おぼ)されたり。君達(きんだち)の御乳母(めの)女房(にようばう)どもいみじうしたてさせ給(たま)へりけり。かくて高松(たかまつ)殿(どの)には、此(こ)の頃(ごろ)御うぶやの事(こと)あるべうおぼし急(いそ)ぎて、御祈(いの)りなどいみじかりつればにや、いと平(たひら)かにえもいはぬ男(をとこ)御(み)子(こ)むまれさせ給(たま)へり院(ゐん)の御(おん)心地(ここち)にも、様々(さまざま)いと嬉(うれ)しう思(おぼ)されたり。かひありてめでたし。七日の程(ほど)の御有様(ありさま)、御門(みかど)がねといみじうかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。よろづめでたき事(こと)どもは推(お)し量(はか)るべし。宮々(みやみや)関白(くわんばく)殿(どの)より、皆(みな)あべい事(こと)どもいみじうせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)のなりなどいみじうこのましうて、七日も過(す)ぎぬ。こころのどかに思(おぼ)さるゝ程(ほど)に、このいま宮(みや)御ゆよりあがらせ給(たま)ひて、唯(ただ)きえにきえさせ給(たま)へば、御もののけかとて、かぢしゆすり騒(さわ)ぐ。よろづのものを御誦経(じゆぎやう)にし騒(さわ)がせ給(たま)ふに験(しるし)なし。とのの御(お)前(まへ)も急(いそ)ぎ渡(わた)らせ給(たま)へれど、すべてあさましうつゆにてきえはてさせ給(たま)ひぬ。院(ゐん)のうちあさましうこころうき事(こと)に、おぼし歎(なげ)かせ給(たま)へどかひなし。こころうくいみじき事(こと)を思(おぼ)し召(め)して、またかうこのなかにあへなき事(こと)なかりつと、おぼし歎(なげ)かせ給(たま)ふ。院(ゐん)もいとうしと思(おぼ)し召(め)して、御ありきもたえてこもりおはしませば、堀河(ほりかは)のわたりいとどうとくならせ給(たま)ふ。堀河(ほりかは)の女御(にようご)はかかる事(こと)を、唯(ただ)なるよりは苦(くる)しうきかせ給(たま)ふべし。とのには此(こ)の頃(ごろ)御はかうせさせ給(たま)はんとて、よろづこたみはわかたからふるひて
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んと宣(のたま)はせて、いみじき事(こと)どもせさせ給(たま)ふ。院(ゐん)の御(み)子(こ)の御事あれど、これはさやうの事(こと)におぼし障(さは)るべきならねば急(いそ)がせ給(たま)ふ。われも七宝をつくさせ給(たま)ふ。御さゝげもの宮々(みやみや)とのばらいといみじうかねてよりせさせ給(たま)ひつねのかかる御事(こと)どものなかにも、いみじうひゞかせ給(たま)ふ。せいせういみじうめでたうつかまつれり。御きやうも御てづからかかせ給(たま)へればにや、いみじうめづらかなる事(こと)ども言(い)ひつゞけためり。とのばらいといみじう聞(き)こし召(め)しはやし給(たま)ふ。@@04 るりの経巻は霊鷲山の暁(あかつき)のそらよりもあをし。わうごんのもじは上品上のはるのはやしよりもきなり [かな: るりのきやうくわんはりやうじゆせんのあかつきのそらよりもあをし。わうごんのもじは、じやうほんじやうのはるのはやしよりもきなり] B04などいみじうしもてゆけば。とのの御(お)前(まへ)御はかしを御てづから給(たま)はする程(ほど)、おぼえ有様(ありさま)いはんかたなくめでたし。せいせうのさいはひのいみじき事こと)、これにつけても人々(ひとびと)宣(のたま)ひあひける。五巻の日は御あそびあるべく、ふねのがくなどよろづ其(そ)の御用意(ようい)かねてよりあるに、明日(あす)とくのゆふがた聞(き)こし召(め)せば、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)うせ給(たま)ひぬとののしる。あさまし、こはいかなる事(こと)ぞ。日頃(ひごろ)悩(なや)ませ給(たま)ふなど言(い)ふ事(こと)もなかりつるをとて、とのの御(お)前(まへ)まつはしり参(まゐ)らせ給(たま)へれどむげに限(かぎ)りになりはてさせ給(たま)ひぬとあれば、あさましういみじうてかへらせ給(たま)ひぬ。明日(あす)の御あそびとどまりぬ。口(くち)惜(を)しながら日頃(ひごろ)ありて御はかうもはてぬ。かへすがへすいかなりつる日頃(ひごろ)の御有様(ありさま)にかと、おぼし宣(のたま)はすれどかひなし。あさましうこころうがりける人(ひと)の御筋(すぢ)かなと、よろづをかぞへつゞけ、
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いみじう恥(は)づかしげにのみ世(よ)人(ひと)申し思(おも)へり。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)さへはるかにおはする折(おり)、こころうくとおぼし宣(のたま)はす。誰(たれ)何事(なにごと)もこまかにつかうまつるらんと哀(あは)れに思(おも)ひ聞(き)こえさする人々(ひとびと)多(おほ)かり。げん中納言(ちゆうなごん)ぞ一品(いつぽん)宮(みや)の御事(こと)もつかうまつり給(たま)へば、よそなからもさるべき様(さま)にをきてつかうまつり給(たま)ふ。また関白(くわんばく)殿(どの)ぞ上(うへ)の御ゆかりに、よろづ扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふ。若(わか)うおはしましつれど、御こころいとありがたうめでたうおはしましつる有様(ありさま)に、かく上(うへ)の御方(かた)のゆかりとは言(い)ひながらも、ゆゝしきまでおぼし扱(あつか)はせ給(たま)ふになん一品(いつぽん)の宮(みや)も明(あ)け暮(く)れの御たいめんこそなかりつれど、よろづに頼(たの)もしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、こころうくあさましき事(こと)を思(おも)ほし惑(まど)はせ給(たま)ひて、わが御みもありと宣(のたま)はせ給(たま)ひてもあらず御涙(なみだ)のひまなくおぼし歎(なげ)かせ給(たま)ふ。みなみの院(ゐん)の上(うへ)、いみじうおぼし惑(まど)はせ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)はもとより関白(くわんばく)殿(どの)の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、日頃(ひごろ)もかのとのにおはしましつれば、よくそやり奉(たてまつ)らざりけるとぞおぼし宣(のたま)はせける。うちにも若(わか)き御こころなれど、いと哀(あは)れに聞(き)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)はたいみじう哀(あは)れにおぼし歎(なげ)かせ給(たま)ふ。様々(さまざま)のものども、いと多(おほ)く奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。かうおはしますにつけても、大宮(おほみや)はこたみの東宮(とうぐう)の御事(こと)、あらましかばとかへすがへすこころ苦(ぐる)しう。思(おも)ひ聞(き)こえさせ歎(なげ)かせ給(たま)ふもこと<”ならず故院(ゐん)の御事こと)を疎(おろ)かならず思(おぼ)し召(め)し聞(き)こえさせ給(たま)ふにより、この宮々(みやみや)の御事(こと)も、かく思(おぼ)し召(め)さるゝなるべし。故院(ゐん)の私物(わたくしもの)に思(おも)ひ聞(き)こえ
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させ給(たま)へりしものをあはれと思(おも)ひいできさせ給(たま)ふにつけても、いみじう哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、御涙(なみだ)とどめがたう歎(なげ)かせ給(たま)ふも、猶(なほ)ありがたき御こころふかさをのみぞ。世(よ)のはかなきにつけても、とのは猶(なほ)いかでほいとげなんと、かんのとの東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)る事(こと)をせはやと世をあやうく思(おぼ)し召(め)す。宮(みや)の上(うへ)はやがてこの御忌(いみ)の程(ほど)に、あまになりなんとおぼし宣(のたま)へどとのの上(うへ)も、只今(ただいま)さしておはしましなんとおぼし申(まう)させ給(たま)ふ。尼上(あまうへ)もあるまじき事(こと)におぼしたれば、口(くち)惜(を)しう思(おぼ)さる。一品(いつぽん)宮(みや)いかにものこころ細(ぼそ)く思(おぼ)さるらんとて、うちよりも大宮(おほみや)よりもつねに、御消息(せうそこ)聞(き)こえさせ給(たま)ひつゝ、いまはうちにおはしまさせんとぞおぼし宣(のたま)はせける。はかなく年(とし)もくれぬれど、宮(みや)の御事(こと)を上(うへ)はつきせずおぼしたり。二月朔日(ついたち)頃(ごろ)にぞ。御法事(ほふじ)あるべかりける。法興院(ゐん)に故関白(くわんばく)殿(どの)の。べちにたてさせ給(たま)へりし御(み)堂(だう)もやけにし後(のち)はまたつくらせ給(たま)はねば。唯(ただ)法興院(ゐん)にてそせさせ給(たま)ひける。何事(なにごと)も大宮(おほみや)こころもとなからす推(お)し量(はか)りとぶらひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。あはた殿(どの)の北(きた)の方(かた)あまになり給(たま)ひて、いまは中宮(ちゆうぐう)の姫君(ひめぎみ)に、さるべきところ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、そこに渡(わた)り給(たま)ひて、姫君(ひめぎみ)の御扱(あつか)ひをのみし給(たま)ふ。堀河(ほりかは)のおとど。一人(ひとり)ずみにて世(よ)の哀(あは)れにこころ細(ぼそ)き事(こと)を思(おぼ)すべし。女御(にようご)は渡(わた)り給(たま)ひつゝすませ給(たま)へば、源宰相(さいしやう)の出で入(い)り給(たま)ふこそ、頼(たの)もしき御有様(ありさま)なめれども、もとより御(おん)中(なか)よろしからざりしかば、御たいめもたは安(やす)からずおぼつかなげにのみなん。此(こ)の堀河(ほりかは)の
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院(ゐん)をば、始(はじ)めはこの女御(にようご)に奉(たてまつ)り給(たま)へりけれど、宰相(さいしやう)の事(こと)の後(のち)は、院(ゐん)の女御(にようご)に奉(たてまつ)り給(たま)へれど、一条(いちでう)の院(ゐん)にしろし召(め)してつくらせ給(たま)ひしところなれば、院(ゐん)の女御(にようご)はえしり給(たま)はじと、大宮(おほみや)なとこころよせ聞(き)こえ給(たま)ふやうに聞(き)き侍(べ)りしかば、上人大宮(おほみや)の御こころよせをぞ煩(わづら)はしげに申すめりし。源宰相(さいしやう)をも殊(こと)の外(ほか)に思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)ふべき人(ひと)かは。小式部(こしきぶ)きやう宮(みや)のいみじきものにおぼしたりし。うちにも只今(ただいま)の関白(くわんばく)殿(どの)の尼上(あまうへ)は御いもうとにおはしませば、いとおぼえありてこそおはすめれ。なのめにてもありぬべかりし御事(こと)どものあまりけざやかなりし程(ほど)に、かくこの御(おん)中(なか)もあるなめり。院(ゐん)の御有様(ありさま)の殊(こと)の外(ほか)にならせ給(たま)へるを、唯(ただ)なるよりは嬉(うれ)しう思(おぼ)さるべかめるも、人(ひと)の御はらからこそこころうきものはあれとぞ。世(よ)人(ひと)聞(き)こゆめりし。南院(ゐん)には御法事(ほふじ)など過(す)ぎにしかば、いと哀(あは)れにこころ細(ぼそ)くおぼし残(のこ)す事(こと)なし。かくつれ<にものせさせ給(たま)へば、この式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)のおほ上(うへ)も、かよひておはします。堀河(ほりかは)の女御(にようご)殿(どの)は唯(ただ)いつまでぐさとのみ哀(あは)れにものをおぼし明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。院(ゐん)も疎(おろ)かならずおぼしくらさせ給(たま)ふ事(こと)も、暫(しば)しこそあれ男(をとこ)の御こころは、やう<月日頃(ひごろ)へ崇(たたり)ゆくまゝに、うとくこそなりまさらせ給(たま)へ。いまはいかゞとのみみえさせ給(たま)ふを左大臣(さだいじん)殿(どの)もいみじき事(こと)におぼしいりたるのみぞこの
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よはさるものにて、後(のち)の世(よ)の御有様(ありさま)も、いとこころ苦(ぐる)しう。われにより身をいたづらになさせ給(たま)へる事(こと)ゝ、いみじういとおしう思(おぼ)さる。宮(みや)たちおよすけもておはしますまゝにゐむの近(ちか)うおはしまさぬをいみじうおぼしくつしたる御けしきとも悲(かな)しうおぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、三条(さんでう)院(ゐん)の四の宮はまだわらはにておはします。院(ゐん)ぞ御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御元服などおぼしをきてさせ給(たま)ふ程(ほど)に、中務(なかつかさ)の宮(みや)の御ため院(ゐん)なさけなうみえさせ給(たま)ふ事(こと)ありていみじううらみ聞(き)こえさせ給(たま)ひければ、これを御覧(ごらん)じて四の宮(みや)いみじう頼(たの)み奉(たてまつ)りたる。院(ゐん)の御こころをきてかばかりにこそおはしますめれと、こころうく思(おぼ)されて忍(しの)びて仁和寺(にわじ)におはしましにけり。僧正の御もとにおはしまして年(とし)頃(ごろ)出家(しゆつけ)のほいふかう侍(はべ)るをなさせ給(たま)へと聞(き)こえさせ給(たま)ひければ、僧正ともかくも聞(き)こえさすべきにあらず。なし奉(たてまつ)るばかり院(ゐん)宮(みや)などやひなう思(おぼ)し召(め)さんと聞(き)こえさせ給(たま)へば、それは苦(くる)しう思(おぼ)さるべき事(こと)ならず唯(ただ)いかでとうなりなばやとなん思(おもひ侍(はべ)ると宣(のたま)はすれば、若(わか)き御こころにかう宣(のたま)はする事(こと)ゝ、いみじうなき給(たま)ひて、わが御衣(ぞ)どものまだき給(たま)はざりけるをとり出(い)でて奉(たてまつ)り給(たま)ひて、なし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてげり。この事(こと)ども聞(き)こえて、宮々(みやみや)さるべきとのばら皆(みな)参(まゐ)りこみて見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。院(ゐん)もおはしましていみじうなかせ給(たま)ふ。皇后宮(くわうごうぐう)にはさてもいかにおぼしとらせ給(たま)ひてかくと
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悲(かな)しういみじうおぼして、泣(な)く泣(な)く御装束して奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いみじうあはれなる御事(こと)どもなり。皇太后宮(くわうだいこうくう)よりも御装束して奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。僧正いみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。猶(なほ)このてらにさるべくやんごとなき人(ひと)のたえさせ給(たま)ふまじきと思(おぼ)されけり美(うつく)しかりし御(み)髪(ぐし)を剃(そ)がせ給(たま)ひてしこそ口(くち)惜(を)しかりしかとぞ。



栄花物語詳解巻十五


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〔栄花物語巻第十五〕 疑
殿(との)の御(お)前(まへ)、世(よ)知(し)り始(はじ)めさせ給(たま)ひて後(のち)、御門(みかど)は三代にならせ給(たま)ふ。わが御世は廿三四年ばかりにならせ給(たま)ふに、御門(みかど)若(わか)うおはしますときは、摂政(せつしやう)と申し、大人(おとな)びさせ給(たま)ふ折(をり)は、関白(くわんばく)と申しておはしますに、此(こ)の頃(ごろ)摂政(せつしやう)をも御一男只今(ただいま)の内大臣(ないだいじん)にゆづり聞(き)こえさせ給(たま)ひて、わが御身は太政(だいじやう)大臣(だいじん)の位(くらゐ)にておはしますをも、つねに公(おほやけ)にかへし奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、公(おほやけ)さらに聞(き)こし召(め)し入れぬに、度々(たびたび)わりなくて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。御(おほん)心(こころ)にはすさまじうおぼさる事(こと)限(かぎ)りなし。斯(か)かる程(ほど)に、御(おほん)心地(ここち)例(れい)ならずおぼさるれば、人々(ひとびと)も夢(ゆめ)騒(さわ)がしく聞(き)こえさするに、わが御心地(ここち)にもよろしからずおぼさるれば、此の度(たび)こそは限(かぎ)りなめれと物心(こころ)細(ぼそ)くおぼさる。殿(との)原(ばら)宮々(みやみや)などにもいと恐(おそ)ろしうおぼし嘆(なげ)くに、いとど誠(まこと)におどろ<しき御(おん)心地(ここち)の様(さま)なり。かかればよろづにいみじき御祈(いの)りども、様々(さまざま)なり。されど只今(ただいま)は験(しるし)みえず、いと苦(くる)しうせさせ給(たま)ふ。かずしらず御物のけののしる中に、げにさもやと聞ゆるもあり、又(また)殊(こと)のほかに
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さもあるまじき事(こと)のもの覚えぬなのりをし怪(あや)しき事(こと)どもをぞ申すめる。さても心(こころ)のどかに世をたもたせ給(たま)ふ。ならひなき御有様(ありさま)にて数多(あまた)の年(とし)を過(す)ぐさせ給(たま)へれば、世(よ)の人(ひと)もいと恐(おそ)ろしき事(こと)に思(おも)ひ申したり。御心(こころ)にもあるべきやうにも思(おぼ)し召(め)されず。こころ細(ぼそ)くおぼさる。わが御よの始(はじ)め六七年ばかりありてぞ、すべていみじかりし御(おほん)悩(なや)みありし。かういまゝでおはしますべくもみえさせ給(たま)はざりし。いみじき御祈(いの)り限(かぎ)りなき御ねがひの験(しるし)にや。かくておはしませばこの度(たび)もおこたらせ給ふなんと申す人々(ひとびと)もあり。その度(たび)の御悩(なや)みにはいみじきけんしやどものありしこそ、いと頼(たの)もしかりしか。長谷(ながたに)の観修僧正(くはんずそうじやう)・くはんおん院(ゐん)のそうじやうなどは。なべてならざりし人々(ひとびと)なり。観修僧正(くはずそうじやう)は、やがて殿(との)のうちに候(さぶら)ひ給(たま)ひしに、僧都(そうづ)と聞(き)こえ候を、この御悩(なや)みおこたらせ給(たま)へりとてこそは。一条(いちでう)の院(ゐん)そうじやうにはなさせ給(たま)ひしが、おんやうじどもは晴明みちよしなどいとかみさびたりし物どもにて、いとしるし異(こと)なりし人々(ひとびと)なり。ところかへさせ給(たま)ひてよろしかるべく申しければ、故麗景殿(れいけいでん)の尚侍の御家(いへ)御門(みかど)に渡(わた)らせ給(たま)ひておこたらせ給(たま)ひにしかば、其(そ)の例(れい)をひきてほかに渡(わた)らせ給(たま)へと、殿(との)原(ばら)申(まう)させ給(たま)へど、すべてさらにいかむと思(おも)ひ侍らばこそあらめとて聞(き)こし召(め)しいれずたゝ仏を頼(たの)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。年(とし)頃(ごろ)御本意(ほい)出家(しゆつけ)せさせ給(たま)ひて、この京極(きやうごく)殿(どの)
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のひんがしに御(み)堂(だう)たてゝ、そこにおはしまさんとのみおぼされつるを、こたみおこたらせ給(たま)ふべくは、限(かぎ)りなき御有様(ありさま)にてこそは過(す)ぐさせ給(たま)はめ。されどいかゞとのみ親(した)しきうときやゝましげに思(おも)ひ申したるも、理(ことわり)にみえさせ給(たま)ふ。宮々(みやみや)皆(みな)おはしましあつまらせ給(たま)ひて、さしならびよろづに扱(あつか)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御有様(ありさま)なべてならずめでたうみえさせ給(たま)ふ。とのにも御修法三壇行(おこな)はせ給(たま)ふ。様々(さまざま)の御読経かずをつくさせ給(たま)へり。内(うち)春宮(とうぐう)より大宮(おほみや)皇太后宮(くわうだいこうくう)中宮(ちゆうぐう)。小一条(こいちでう)の院(ゐん)また摂政殿内(うち)の大いとのなど皆(みな)御修法せさせ給(たま)ふ程(ほど)の有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。殿(との)のうちはさらにもいはず、其(そ)のわたりの人(ひと)の家(いへ)<おほきなるちいさきわかず、ここらのそうどもいりゐたり。かからんにはいかでかとみえさせ給(たま)ふ。御祭祓と言(い)ふ事(こと)頻(しき)りにいはんかたなし。殿(との)の御(お)前(まへ)いまは祈(いの)りはせで唯(ただ)滅罪生善の法どもをゝこなはせ、念ぶつのこゑをたえずきかばやと宣(のたま)はすれど、それはつゆ此殿(との)原(ばら)聞(き)こし召(め)しいれず。いかでとくほいとげてんと宣(のたま)はするを、、大宮(みや)猶(なほ)いま暫(しば)し東宮(とうぐう)の御(おほん)よを、またせ給(たま)ふべく聞(き)こえさせ給(たま)ふを、こころうくあひ思(おぼ)し召(め)さぬなりけりとうらみ申(まう)させ給(たま)へば、いかに<とのみ覚(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。御もののけどもいとおどろ<しう申すも例(れい)の事(こと)なり。公(おほやけ)わたくしのだいじ、只今(ただいま)これよりほかは何事(なにごと)かはとみえたり。ぜんりんじのそうじやうなど
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皆(みな)おはす。殿(との)の御(おほん)まへ、さらに命(いのちをしうも侍らず。さき<”世をまつりごち給(たま)ふ人々(ひとびと)多(おほ)かる中に、己(おのれ)ばかりさるべき事(こと)ともしたる例(ためし)はなくなん。東宮(とうぐう)おはします三(み)所(ところ)の后(きさき)、ゐんの女御(にようご)おはす。只今(ただいま)内大臣(ないだいじん)にて摂政つかまつる。又(また)大納言(だいなごん)にて左大将(さだいしやう)かけたり。又(また)大納言(だいなごん)あるは左衛門(さゑもん)のかうにて別当(べつたう)かけこをのこの位(くらゐ)ぞいとあさけれと、三位中将(ちゆうじやう)にて侍(はべ)り。皆(みな)これ次々(つぎつぎ)公(おほやけ)の御後見(うしろみ)をつかうまつる。みづから太政(だいじやう)大臣(だいじん)准三后の位(くらゐ)にて侍り。この廿余年ならぶ人(ひと)なくて、数多(あまた)の御門(みかど)の御(おほん)後見(うしろみ)をつかうまつるに異(こと)なる難(なん)なくて過(す)ぎ侍(はべ)りぬ。己(おの)が先祖(せんぞ)の貞信公いみじうおはしたる人(ひと)、我太政(だいじやう)大臣(だいじん)にて太郎小野宮のをと二郎右大臣(うだいじん)、四郎五郎こそは大納言(だいなごん)などにてさしならび給(たま)へりけれど后たち給(たま)はずなりにけり。近(ちか)うは九条(くでう)のおとどわが御身は右大臣(うだいじん)にてやみ給(たま)へれど、おほ后(きさき)の御(おほん)はらの冷泉(れいぜい)の院(ゐん)円融(ゑんゆう)の院(ゐん)さしつゞきおはしまし、十一人(にん)の男子(をのこご)の中に五人(にん)太政(だいじやう)大臣(だいじん)になり給(たま)へり。いまにいみじき御さいはひなりかし。されど后(きさき)三(み)所(ところ)たち給(たま)へる例(ためし)はこのくにゝは又(また)なき事(こと)なりなどよにめでたき御有様(ありさま)を言(い)ひつゞけさせ給(たま)ふ。今年(ことし)五十四なり。死(し)ぬとも更(さら)に恥(はぢ)あるまじ。いま行末(ゆくすゑ)もかばかりの事(こと)はありがたくやあらん。あかぬ事は尚侍東宮(とうぐう)に奉(たてまつ)り皇太后宮(くわうだいこうくう)の一品宮の御(おほん)事(こと)、このふたことをせずなり
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ぬるこそあれと大宮(みや)おはしまし摂政のおとどいますかれはさりともとし給(たま)ふ事(こと)ありなんと言(い)ひつゞけさせ給(たま)ふ。宮(みや)殿(との)原(ばら)せきとめがたうおぼされ、僧俗(そうぞく)涙(なみだ)とどめがたし。上(うへ)はさらにもいはず聞(き)こえさせんかたなし。かくていまはとくゐん源僧都(そうづ)召(め)して、御(み)髪(ぐし)おろさせ給(たま)ふ。上(うへ)も年(とし)頃(ごろ)の御本意(ほい)なれば、やがてと宣(のたま)はすれど、かんの殿(との)の御事(こと)の後(のち)にと申(まう)させ給(たま)へば、いと口(くち)惜(を)しと覚(おぼ)し惑(まど)ふもいみじ。僧都(そうづ)の御(み)髪(ぐし)おろし給(たま)ふとて、年(とし)頃(ごろ)のあひだよの固(かた)めにて、一切(いつさい)衆生(しゆじやう)を子のごとくはぐくみ、正法をもて国をおさめひだうのまつりごとなくて過(す)させ給(たま)ふに限(かぎ)りなき位(くらゐ)をさり、めでたき御身をすてゝすつけ入道(にふだう)せさせ給(たま)ふを、三世しよぶつよろこび給(たま)はんに、げんぜは命(いのち)のび、こしやうはごくらくのじやうぼん上しやうにのぼらせ給(たま)ふべきなり。三帰五かいをうくる人(ひと)から、卅六部の善神恒河沙眷属どもにまもるものなり。いはんや誠(まこと)のすつけをやなど哀(あは)れにたうとき事限(かぎ)りなし。宮々(みやみや)殿(との)原(ばら)惜(を)しみ悲(かな)しひ聞(き)こえ給(たま)ふ事(こと)理(ことわり)に悲(かな)し。内(うち)東宮(とうぐう)より御つかひひまなしかくて後(のち)は、さりともに頼(たの)もしきかたそはせ給(たま)ひぬ。御(おほん)もののけども口(くち)惜(を)しかりねたむ事(こと)限(かぎ)りなし。それもいと頼(たの)もしう聞(き)こし召(め)す。日頃(ひごろ)もならせ給(たま)ふまゝに御もののけども、やう<うすらぎもてゆく御(おん)心地(ここち)もこよなくよろしくならせ給(たま)ひて、御くだ物など聞(き)こし召(め)す。いかでかはほとけの御験(しるし)なきやういといよ<
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頼(たの)もしくおぼさる。よろづよりもかうならせ給(たま)ひしをり、年(とし)頃(ごろ)の御随身どもを召(め)し出(い)でて。禄給(たま)はせてかへし参(まゐ)らせ給(たま)ひしに、御随身はら涙(なみだ)をながして庭(には)のまゝに伏(ふ)し転(まろ)びなきしこそ、いみじう悲(かな)しかりしか。御のりのそうたちい〔よ〕<こころをつくし験(しるし)ありと思(おも)へり。この御悩(なや)みは寛仁三年(さんねん)三月十七日より悩(なや)ませ給(たま)ひて廿七日にすつけせさせ給(たま)へれば、日ながくおぼさるゝまゝに、さるべき僧達(そうたち)・殿(との)原(ばら)などゝ御物がたりせさせ給(たま)ひて、御(おん)心地(ここち)こよなうおはします。いまは唯(ただ)いつしかこのひんがしに御(み)堂(だう)たてゝ、すゞしくすむわさせんとなん。つくるべきかくなんたつべきなと言(い)ふ御こころだくみいみじ。かくて日頃(ひごろ)になるまゝに御(おん)心地(ここち)さはやきて、すこしこころのどかにならせ給(たま)ひて、きのふ今日(けふ)ぞ宮々(みやみや)御(おほん)かたがたへ渡(わた)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)いまにおこたりにて侍り。大宮(みや)中宮(ちゆうぐう)とくうちへいらせ給(たま)へ。さうざうしくおはしますらんとそゝのかし聞(き)こえさせ給(たま)へど、大宮(みや)は猶(なほ)暫(しば)しとこころのどかにおぼされたり。中宮(ちゆうぐう)ぞいらせ給(たま)ふ。とのは御(み)堂(だう)をいつしかとのみ思(おぼ)し召(め)す。このよの事はたゝ此御(み)堂(だう)の事ばかり思(おぼ)し召(め)さるれば、摂政殿もいみじう御こころにいれてをきて申(まう)させ給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)は一条(いちでう)殿(どの)にかへらせ給(たま)ふ。かくとみをき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、各(おのおの)かへらせ給(たま)ふ御(おん)心地(ここち)ともそ聞(き)こえさせんかたなふ嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)す。この度(たび)の御悩(なや)みかくおこたらせ給(たま)はんものとだれもおぼしかけさりつる事(こと)ぞかし。よにめでたき
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事(こと)の例(ためし)に思(おも)ひ申すべし。かくて三月晦日(つごもり)に例(れい)の宮々(みやみや)の御更衣(ころもがへ)のものども奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いましもおこたらせ給(たま)ふべき事(こと)ならず。皆(みな)わかち奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとて、大宮(みや)にからの御衣(ぞ)のれうにそへさせ給(たま)へり
@からごろもはなの袂(たもと)にぬぎかへよわれこそはるの色はたちつれ W170。
大宮(みや)御覧(ごらん)じていみじうなかせ給(たま)ひて御(おほん)かへし
@からごろもたちかはりぬる世(よ)の中(なか)にいかでかはなのいろもみるべき W171。
殿(との)の御うたを聞て和泉式部(しきぶ)か大宮(おほみや)に参(まゐ)らする
@ぬぎかへん事(こと)ぞ悲(かな)しきはるのいろを君(きみ)がたちける〔こ〕ろもと思(おも)へば W172。
大宮(みや)の宣旨(せんじ)かへし
@たちかはるうき世(よ)の中(なか)は夏(なつ)ごろもそでに涙(なみだ)もとまらざりけり W173。
同(おな)じころ殿(との)のいづみをみて読人(よみびと)知(し)らず、
@みづのおもにうかべるかげはかくながらちよまですまんものにやはあらぬ W174
御(お)前(まへ)のたきのをとを聞(き)きてむまの中将(ちゆうじやう)
@そでのみぞかはくよもなき水のをとのこころ細(ぼそ)きにわれもなかれて W175。
かくて世をそむかせ給(たま)へれど御急(いそ)ぎはうら吹かぜにや、いまは御(おん)心地(ここち)例(れい)ざまになりはてさせ給(たま)ひぬれば、御(み)堂(だう)の事覚(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。摂政(せつしやう)殿(どの)国々(くにぐに)まで、さるべき公(おほやけ)ごとをはある
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物にて、この御(み)堂(だう)の事(こと)をさきとつかうまつるべき仰(おほ)せごと宣(のたま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)も此の度(たび)生きたるはこと<”ならず、このねがひのかなふべきなめりと宣(のたま)はせて、こと<”なく御(み)堂(だう)におはします。ほう四町をこめておほかきにして、かはらぶきたり。様々(さまざま)におぼしをきて急(いそ)がせ給(たま)ふに、夜のあくるも心(こころ)もとなく日のくるゝも口(くち)惜(を)しうおぼされて、よもすがらはやまをたゝむべきやう、いけをほるべき様(さま)、木をうへなめさせさるべき御(み)堂(だう)御(み)堂(だう)かたがた様々(さまざま)つくりつゞけ、御ほとけはなべての様(さま)にやはおはします。じやう六(ろく)のこんじきのほとけを数(かず)も知(し)らず造(つく)り並(な)め、そなたをは北南とめたうをあけてみちを整(ととの)へつくらせ給(たま)ふ。鶏(とり)の鳴(な)くも久(ひさ)しくおぼされ、よひ暁(あかつき)の行(おこな)ひもおこたらず、安(やす)きいも御とのごもらす唯(ただ)この御(み)堂(だう)の事をのみふかく御心(こころ)にしませ給(たま)へり。日々に多(おほ)くの人(ひと)参(まゐ)りまかでたちこむ。さるべき殿(との)原(ばら)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、宮々(みやみや)の御ふ御荘ともより一日に五六百人(にん)の夫を奉(たてまつ)るに、かず多(おほ)かるをばかしこき事(こと)におぼしたち国々(くにぐに)のかみともちし官物はをそなはれども、只今(ただいま)はこの御(み)堂(だう)の夫やくざいもくひはだかはらと多(おほ)く参(まゐ)らする事(こと)を、われも<ときをひつかうまつる。大方(おほかた)近(ちか)きもとをきも、参(まゐ)りこみて品々(しなじな)かたがた辺(あた)り辺(あた)りにつかうまつる。ある所(ところ)をみれば、御ほとけつかうまつるとて、ぶつしども百人(にん)ばかりなみゐてつかうまつる。同(おな)じくはこれこそめでたけれとみゆ。
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御(み)堂(だう)の上(うへ)をみあぐれば、たくみども二三百人(にん)と上りゐておほきなる木どもにはふときをゝつけてすゑをあはせておさへ、さとひきあげ騒(さわ)ぐ。御(み)堂(だう)のうちをみれば、ほとけの御座つくり耀(かかや)かす。いたじきをみればとくさ・むくのは。などして四五百人(にん)てごとになみゐて磨(みが)きのごふ。ひはだぶきかべぬりかはらつくりなどかずをつくしたり。又(また)年(とし)おいたるおきな法師(ほふし)などの、二尺ばかりの石を心(こころ)にまかせてきりめ整(ととの)ふるもあり。いけをほるとて四五百人(にん)をりたち、山(やま)をたゝむとて五六百人(にん)をりたち又(また)おほちのかたをみれば、ちから車(ぐるま)にえもいはぬおほぎともにつなをつけてさけひののしりひきもていき、かもがはのかたをみればいかだと言(い)ふ物にくれざいもくをいれて、さをさして心地(ここち)よげにうたひののしりてもてのぼるめり。大つむめづの心地(ここち)するもにしはひんがしと言(い)ふ事(こと)はこれなりけり。みゆと言(い)ふばかりのいしをはかなきいかだにのせて、ゐてくれどしづまずすべて色々(いろいろ)様々(さまざま)言(い)ひつくしまねびやるべきかたなし。かのすたつちやうじやぎをんしやうじやつくりけんもかくやありけんとみゆるを冬(ふゆ)のむろ夏(なつ)の各(おのおの)なるかかる御いきほひにそへ、入道(にふだう)せさせ給(たま)ひて後(のち)は、いとどまさらせ給(たま)へりとみえさせ給(たま)ふにも、猶(なほ)なべてならざりける御有様(ありさま)かなと近(ちか)う見(み)奉(たてまつ)る人(ひと)はたうとみ、とをき人(ひと)ははるかにおがみ参(まゐ)らす。いまはこの御(み)堂(だう)の木くさともならんと思(おも)へる人(ひと)のみ多(おほ)かり。そなたざまにおもむけば海(うみ)のなみもやはらかにたちて、御(み)堂(だう)のものをもて運(はこ)ばせ。川もみづ
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すみて心(こころ)よくうかべもて参(まゐ)るとみゆ。猶(なほ)この世(よ)の事(こと)ゝはみえさせ給(たま)はず。先(まづ)はせんねんにあるそうの御祈(いの)りをいみじうして、ねたりける夢(ゆめ)におほきにいかめしき男(をとこ)の出(い)で来(き)て、何(なに)かかく殿(との)の御事をはともかくも申し給(たま)ふ。こうぼうだいしのぶつはうこうりのために、むまれ給(たま)へるなりとぞみえさせ給(たま)ひける。又(また)天王寺のしやうとくたいしの御につきには、わうじやうよりひんがしにぶつはうひろめんはわれとしれとこそはかきをかせ給ふなれ。いづれにても疎(おろ)かならぬ御事(こと)なり。御すつけの年(とし)の十月、ならにて御受戒あり。おはします程(ほど)、よろづを削(そ)がせ給(たま)ふと思(おぼ)せと上達部(かんだちめ)殿(との)原(ばら)、あるは御車(くるま)位(くらゐ)あさき上達部(かんだちめ)君達(きんだち)は皆(みな)むまにてつかうまつり給(たま)ふ。あるは直衣(なほし)かりぎぬにておはす。てんじやうの君たち様々(さまざま)のあをども指貫(さしぬき)心(こころ)の限(かぎ)りしたり。さるべきそうがうぼんそうえりたてゝつかうまつれり。おかしげなる人(ひと)の子など御供(とも)に候(さぶら)ふ。世(よ)の人(ひと)み物にして車(くるま)さじきなどしたり。京出(い)でさせ給(たま)ふより内(うち)東宮(とうぐう)の御つかひつゞきたちたり。山階寺(やましなでら)の御まうけ国守つかうまつれる程(ほど)推(お)し量(はか)るべし。御受戒とうだいじにてせさせ給(たま)ふ。ならの都(みやこ)のためにかかる事はあるにやとみえたり。こころのどかに三日おはしまして、御(み)堂(だう)<くらどもひらかせて御覧(ごらん)ずるに、めもあやなる事ども多(おほ)かり。我御堂もかやうにせんと思(おぼ)し召(め)す。かくてかへらせ給(たま)ふとて、てらのそうども品々(しなじな)につけてよろこび給(たま)はす。 唯
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法皇のみゆきもかくこそあらめとみゆ。山階寺(やましなでら)のそうども、だうどうしまでかつけ物疋絹賜(たま)はす。山(やま)には来年そ御受戒あるべく思(おぼ)し召(め)す。大方(おほかた)おぼしをきてたる有様(ありさま)まねびつくすべからず。我世(よ)の始(はじ)めより法華経(ほけきやう)のふだんきやうをよませ給(たま)ひつゝ、内(うち)春宮(とうぐう)宮々(みやみや)皆(みな)この事(こと)を同(おな)じくつとめ行(おこな)はせ給(たま)ふ。次々(つぎつぎ)の殿(との)原(ばら)摂政殿を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、皆(みな)行(おこな)はせ給(たま)ふに、其(そ)の験(しるし)あらはにめでたし。これをみ給(たま)ひてこのひとるいのほかの殿(との)原(ばら)、皆(みな)あるはふだんきやう、あるはあさ夕つとめさせ給(たま)ふ。時の受領ども皆(みな)このまねをしつゝ、くにのうちにてふだんきやうよませぬなし。斯(か)かる程(ほど)にこののりをひろめさせ給(たま)ふになりぬれば、御功徳(くどく)の程(ほど)思(おも)ひ遣(や)るに限(かぎ)りなし。このきやうをかくよませ給(たま)ふにのみあらず、御よの始(はじ)めよりして、年(とし)ごとの五月に、やがて朔日(ついたち)より晦日(つごもり)まで無量(むりやう)義経より法華経(ほけきやう)の廿八ほん、ふげんきやうにいたるまで一日に一品をあてさせ給(たま)ひて、論義をせさせ給(たま)ふ。なんぼくのそうがう・ぼんそう・がくしやう数をつくしたり。やむごとなく大人(おとな)ゝるはそうじやう、あるは聴衆べて廿人(にん)、かうじ卅人(にん)召(め)しあつめて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。論義の程(ほど)いとはしたなげなり。ここらの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)・そうどものきくに、山(やま)にもならにもがくもんにかたどれるは、おいたる若(わか)きいはず召(め)しあつむれば、只今(ただいま)はこれを公(おほやけ)わたくしの交(ま)じらひの始(はじ)めと思(おも)ひめさるゝをばめんほくにし、
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さらぬをば口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おも)ひて、あるは学問をし、あるはともしびをかかげてきやうろんをならひ、月のひかりに出(い)でて法華経(ほけきやう)をよみ、あるはくらきにはにそらにうかべ誦しなどしてひねもすによもすがらいとなみならひて参(まゐ)りあひたるに、きやうを誦しろんぎをするに、おとりまさりの程(ほど)を聞(き)こし召(め)ししり、このきく人々(ひとびと)そうたち勝負(かちまけ)を定(さだ)め、このかたしり給(たま)へる殿(との)原(ばら)はさしいらへ給ふなどして程(ほど)、恥(は)づかしけにも月の夜はなのあしたには、もののねをふきあはせしらへこの殿(との)原(ばら)そうたち、きやうのうちの心(こころ)をうたによみ、あるはふみにつくり、あるはかの@@05 百千万ごうのぼだひのたね、八十三年(さんねん)のくどくのはやし[かな: ひやくせんまんごふのぼだいのたね、はちじふさんねんのくどくのはやし] B05。又(また)、@@06 ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごう、きやうげんきゞよのあやまりをもて、かへしてたうらい世々の作仏ぜうのいむ、てんぼうりんの縁と[かな: ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ、きやうげんきぎよのあやまりをもて、かへしてたうらいせぜのさくぶつじようのいん、てんほふりんのえんと ] B06、誦し給(たま)ふもたうとくおもしろし。まいて御かはらけも度々(たびたび)になりぬれば、御ころものうらも一乗のたまをかけて、御けしきどもあきらかなり。皆(みな)きやうの心(こころ)をよみ給(たま)ふ。四条(しでう)大納言(だいなごん)の御うたなかに世(よ)につたはりけうをとめたり。ずりやうほんのしやうさいれうずせんを
@いでいると人(ひと)はみれどもよとゝもにわしのみねなる月はのどけし W176
△又(また)普門品
@世(よ)にすくふうちには誰(たれ)かいらざらんあまねきかどを人(ひと)しさゝねば W177。
これをあつまりて誦し給(たま)ふもげにと聞(き)こゆ。さても同(おな)じこころ一筋(すぢ)なればかかす。あるはくやうほうの御読経とて、しんごんの心(こころ)ばへありと聞(き)こし召(め)すをばよにいでたるも、山(やま)にこもりてら
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にゐたるをもたづね召(め)しいづれば、このかたをたつる人々(ひとびと)はいとどほうもんをまもり、はちの油をかたぶけしんごんを磨(みが)きて、かめのみつをうつしよろづにしたてゝ召(め)しいでられては、しんごんのをもむきふかさあさゝの程(ほど)をわき聞(き)こし召(め)して、そうたちに定(さだ)め宣(のたま)はせて、其(そ)のかたにまとにふかうして顕密ともにあきらかなるをばかれすゝまねどあさりのけもんをはなさせ給(たま)ふ。公(ほやけ)わたくしの御しとなさせ給(たま)ふ。あるは宮々(みやみや)の御祈(いの)り御ときやうをつけさせ給(たま)へば、かかるよにあひたるをむなしう過(す)ぐすべからずと思(おも)ひて、をとらしまけじと其(そ)のかたをつとめ行(おこな)ふ。斯(か)かる程(ほど)にのりのともしびをかかけ、ぶつほうの命(いのち)をつがせ給(たま)ふになりぬれば、嬉(うれ)しくあきらかなる御よにあひて、くらきよりくらきにいれるすしやうとも、この御ひかりにてらされてよろこびをなす。又(また)こはたと言(い)ふところは太政(だいじやう)大臣(だいじん)もとつねのおとゝ後(のち)の御諱(いみな)昭宣公なり、その大臣(おとど)の点(てん)じ置(お)かせ給(たま)へりしところなり。藤氏の御はかとおぼしをきてたりけるところに、殿(との)の御(お)前(まへ)若(わか)くおはしましけるとき、故殿の御供(とも)におはしましておぼしけるやう、わがせんぞより始(はじ)め親(した)しき疎(うと)き分(わ)かず、いかで皆(みな)これを仏となし奉(たてまつ)らんとおぼしける御志(こころざし)年(とし)月へけるをこの折(をり)こそとおぼししめしけり。いづれの人(ひと)も、あるはせんぞのたて給(たま)へるだうにてこそ忌日もしせつきやうせつほうをもし給(たま)ふめれ。 真実(しんじつ)の御身をおさめられ給(たま)へるこの山(やま)には唯(ただ)験(しるし)ばかりの石(いし)の卒都婆(そとば)一品(いつぽん)ばかりたてたれば、
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また参(まゐ)りよる人(ひと)もなし。これいと本意(ほい)なき事(こと)なりとおぼして、この山(やま)のいたゞきを平(たひら)げさせ給(たま)ひて、たかきところをばけづり、短(みじか)きところをばつちをゝきなどせさせ給(たま)ふ。さんまいたうをたてさせ給ふなかに、めんたうをあけさせ給(たま)ひてさうに、そうばうをたてさせ給(たま)ひて、供をあてさせ給(たま)ふ。夏(なつ)冬(ふゆ)のいぶくを給(たま)ひやがて其(そ)のあたりのむら、一(ひと)つきとゝなさせ給(たま)ひてみづきよくすみ、煙(けぶり)たえずして事(こと)のたよりを給(たま)はせてはくゝみかへりみさせ給(たま)ふ程(ほど)に、よろづの人(ひと)きをひすみ住す御(み)堂(だう)くやう寛仁三年(さんねん)十月十九日より法華経(ほけきやう)百部其(そ)のなかにわが御てづからかきて一ぶませさせ給(たま)へり。七そう百僧などせさせ給(たま)ひて、ほうぶくうるはしくしてくばらせ給(たま)ふ。其(そ)の日藤氏の殿(との)原(ばら)かつずいきのため、ちやうもんのゆへに残(のこ)りなくつどひ給(たま)へり。さき<”の一の人(ひと)などおぼしよらざりけんとみえたり。殿(との)の御(お)前(まへ)ここらの人(ひと)のまへにてさんまいのひをうたせ給(たま)ふ。我この大願(だいぐわん)のちからにより、この山(やま)にこつをうづみ、かばねをかくし給(たま)へらん人々(ひとびと)わかせんぞより始(はじ)め奉(たてまつ)り、親(した)しきうときわかず、すきにしかたいま行末(ゆくすゑ)にいたるまで、わがすゑの人々(ひとびと)これを同(おな)じくつとめ、さんまいのともしびをけたずかかげつぐべくは。この火とくいづべしと宣(のたま)はせてうたせ給(たま)ひしに、其(そ)の火一どに出(い)でてこの廿余年いまだきえず。其(そ)の日の御願文
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式部(しきぶ)の大輔(たいふ)大江匡衡朝臣(あそん)つかうまつれり。おほふかきつゝけたれどけしきばかりをしるす。始(はじ)めの有様(ありさま)もきかまほしくぞ願文の詞かなのこころしらぬともまなのましりにてあれば、うつしとらず其(そ)の折(をり)は左大臣(さだいじん)にておはします。此の寺(てら)の名(な)をばしやうめうじとぞつけられたる。事(こと)どもはてゝ殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、藤氏の殿(との)原(ばら)皆(みな)御誦経(じゆぎやう)せさせ給(たま)ふ。そうども禄たまはりてまかりいでぬ。大方(おほかた)この事(こと)のみならず、年(とし)頃(ごろ)しあつめさせ給(たま)へる事(こと)かずしらず多(おほ)かり。正月より十二月(じふにぐわつ)まで、其(そ)の年(とし)の中の事(こと)ども一とはづれさせ給(たま)はず。この折節(をりふし)急(いそ)ぎあたりたるさるべきそうたち・寺々(てらでら)の別当(べつたう)・所司を始(はじ)めよろこびをなし。祈(いの)りまうすならば正月御斎会のかうじつかうまつるとて、八さうにあるかうじをとぶらひ、山(やま)には四きの懺法に参(まゐ)らせ給(たま)ひて、仏供みあかしまでの事(こと)をせさせ給(たま)ふ。二月には山階寺(やましなでら)の涅槃会(ねはんゑ)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。よろづの事(こと)残(のこ)りなくし行(おこな)はせ給(たま)ふ。かく人(ひと)の禄などすべて一(ひと)つかくる事(こと)なし。かの熱田(あつた)のみやうじん宣(のたま)ひけん様(さま)も哀(あは)れにおぼさる。三月しがのみろくゑに参(まゐ)らせ給(たま)ひてはてんちてんわうの御てらなり。天平勝宝八年。兵部(ひやうぶ)卿(きやう)正四位(しゐ)下橘朝臣(あそん)奈良麿か行(おこな)ひ始(はじ)めたるなりと哀(あは)れにおぼされて、よろづの事(こと)ども急(いそ)がせ給(たま)ふ。四月ひえの舎利会じかくだいしのもろこしよりもてわたし給(たま)ひて、貞観二年より始(はじ)め行(おこな)ひ給(たま)へり。これにつけてもかの香姓婆羅門
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にとどめ置(お)きけん程(ほど)哀(あは)れにおぼされて、例(れい)のかかる事(こと)なくせさせ給(たま)ふ。長谷寺のぼさつかいに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、御帳より始(はじ)めてめでたくせさせ給(たま)ひて、別当(べつたう)法師(ほふし)をよろこびせさせ給(たま)ふ。様々(さまざま)品々(しなじな)につけて、かつげ物疋絹を給(たま)はせて、かの沙弥得道可礼拝威力自然作仏のぬかも哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)す。六月会に山(やま)にのぼらせ給(たま)ひてはでんけうだいしの始(はじ)め行(おこな)はせ給(たま)へる。七月ならの文殊会に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。八月山(やま)の念仏はじかくだいしの始(はじ)め行(おこな)ひ給(たま)へるなり。中のあきかぜすゞしう月あきらかなる程(ほど)なり。八月十一日より十七日までの程(ほど)、公(おほやけ)わたくしの御いとなみをもみ過(す)ぐしてこもりおはしましてやがて行(おこな)はせ給(たま)ふ。九月には参(まゐ)らせ給(たま)ひては香水をもて御いたゞきにそゝかると思(おぼ)し召(め)す。十月山階寺(やましなでら)の維摩会に参(まゐ)らせ給(たま)ひてはよろづをせさせ給(たま)ふ。うちにこれはもとより藤氏の御始(はじ)め不比等のおとゝの御建立のところなれば、代々の一の人(ひと)しり行(おこな)はせ給(たま)ふ。なかにもこのとのいみじうおぼしいたらぬ事(こと)なくせさせ給(たま)ふ。これはこのよの例(ためし)年(とし)をかせ給(たま)ふ事(こと)ども多(おほ)かり。維摩長者の衆生(しゆじやう)のつみをおぼし悩(なや)みけん程(ほど)もいつとなく哀(あは)れにおぼさる。十一月(じふいちぐわつ)山(やま)のしも月会のうち論義にあはせ給(たま)ひて、こぼうしはらのろんぎのをとりまさりの程(ほど)を定(さだ)めさせ給(たま)ひて、まさるにはものをかづけさせ給(たま)ふ。御衣(ぞ)をぬがせ給(たま)ふ。をとるにはいまゝた参(まゐ)りてせんとす
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学問(がくもん)よくすべしと言(い)ひはげまさせ給(たま)ふ程(ほど)も、ほとけの御はうべんににさせ給(たま)へり。十二月(じふにぐわつ)公(おほやけ)わたくしの御仏名御読経のいとなみ疎(おろ)かならず思(おぼ)し召(め)さる。このひま<”には山(やま)のみやしろの八講行(おこな)はせ給(たま)ふ。てんわうじに参(まゐ)らせ給(たま)ひてはたいしの御有様(ありさま)哀(あは)れにおぼさる。いもこの大臣のゐて奉(たてまつ)りたる御きやうは、夢(ゆめ)殿(どの)にある机にをかせ給(たま)へり。わかとりにおはしましたりけるはうせ給(たま)ひける日、やがてさきだゝせ給(たま)ひにけり。かめ井の水に御てをすましても、よろづよまでやとみえさせ給(たま)ふ。かうやに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、だいしにうぢやうの様(さま)をのぞき見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御ぐしあをやかに奉(たてまつ)りたる御衣(ぞ)いささかちりはみけがれず、あざやかにみえたり御いろあひなどぞめづらかなるや。唯(ただ)ねふり給(たま)へるとみゆ。哀(あは)れに弥勒の出世(よ)のあしたにこそはおどろかせ給(たま)はんず〓なめれ。きんめいてんわうの御ときのつき八十年ばかりにやならせ給(たま)ひぬらん。かくおぼしいたらぬひまなく哀(あは)れにめでたき御心(こころ)の程(ほど)、世(よ)の例(ためし)になりぬべし。六波羅密寺うんりんゐんのぼさつこう事(こと)の折節(をりふし)迎講などにもおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。大方(おほかた)この事(こと)のみかはわが御願のうちにせさせ給(たま)ふ事(こと)ども、まねびつくすべきかたなし。あるときは六くはんをんをつくらせ給(たま)ふ。あるときは七ぶつやくしをつくらせ給(たま)ふ。あるときは八さうじやうだうをかかせ給(たま)ふ。あるときは九躰の阿弥陀仏をつくらせ給(たま)ふ。又(また)十斎のほとけ等身につくらせ給(たま)ふ。あるときは百躰の釈迦をつくり、
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せんずくはんをんをつくらせ給(たま)ふ。一まんのふどうをつくり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。またこんていの一切経(いつさいきやう)をかきくやうせさせ給(たま)ふ。あるときは八まんぶの法華経(ほけきやう)をかかせ給(たま)ふ。滅罪生善のためと思(おぼ)し召(め)す。これにそへて、せんほふのいとなみおこたらせ給(たま)はず。御(み)堂(だう)のつとめひねもすに、よもすがらおこたらせ給(たま)はす。年月をへてしあつめさせ給(たま)ふ事(こと)、ぶつはうにあらずと言(い)ふ事(こと)なし。世(よ)の中(なか)正法すゑになりててんぢくはほとけあらはれ給(たま)ひしさかいなれど、いまはけいそく山(やま)の古(ふる)き道にはたけしげりて人(ひと)のあとみえず。ことくおんの昔(むかし)の庭はつきうせて人(ひと)もすまさなり。わしのみねには思(おも)ひあらはれて、鶴林にはこゑたえて迦旃はかねのこゑに伝(つた)へけうほんばたひはみづと流(なが)れなどして、あはれなるすゑの世(よ)にかくほとけをつくりだうをたて、そうをとぶらひちからをかたぶけさせ給(たま)ふ。ぶつけうのともしびをかかげ、人(ひと)をよろこばせ給(たま)ひて世(よ)のおやとおはします。わが御身は一(ひと)つにて三代の御門(みかど)の御後見(うしろみ)をせさせ給(たま)ひて、六十に国六斎日に殺生をとどめさせ給(たま)ふ。よき事(こと)をはすゝめあしき事(こと)をばとどめさせ給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、衆生界つき衆生(しゆじやう)の劫つきんにや、この御代もつきさせ給(たま)はんとみゆ。年(とし)頃(ごろ)しづめさせ給(たま)へる事(こと)どもを聞(き)こえさする程(ほど)に、涌出品のうたがひぞいできぬべき其(そ)の故(ゆへ)は、殿(との)の御出家(しゆつけ)のあひだいまだひさしからでせさせ給(たま)へるぶつじはかずしらず多(おほ)かるはかの品にほとけをみてよりこのかた。
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四十余(よ)年に化度し給(たま)へるところの涌出品のぼさつばかりなし、ちゝ若(わか)うして子おいたり、よこぞりて信ぜずと言(い)ふたとひのやうなり。されど御代の始(はじ)めよりしづめさせ給(たま)へる事(こと)どもしるす程(ほど)に、かかるうたがひもありぬべきなり。世(よ)の中(なか)にある人(ひと)たかきもいやしきも事(こと)ゝ心(こころ)とあひたかふものなり。うへ木しづかならんと思(おも)へど、かぜ休(やす)まず。子けうせんと思(おも)へどおやまたず。一切(いつさい)せけんにさうある物は皆(みな)しす。寿命(ずみやう)無量(むりやう)なりといへど必(かなら)ずつくる期あり。さかりなるものは必(かなら)ずおとろふ。かうはいするものは煩(わづら)ひあり。ほうとしてつねなる事(こと)なし。あるはきのふさかえて今日(けふ)はおとろへぬ。はるのはなあきの紅葉(もみぢ)といへどはるのかすみたなびきあきのきりたちこめつれば、こほれてにほひみえず。唯(ただ)ひとわたりのかぜにちりぬるときは水のあはみぎはのちりとこそはなりぬめれ。唯(ただ)この殿(との)の御(お)前(まへ)のゑいぐわのみこそ、ひらけ始(はじ)めさせ給(たま)ひにしより後(のち)、ちとせのはるのかすみあきのきりにもたちかくされてかせもうごきなくえだをならさねば薫(かをり)まさるよにりがたくめでたき事(こと)、優曇花(うどんげ)の如(ごと)く、水に生(お)ひたる花(はな)は、青(あを)き蓮(はちす)の世(よ)に勝(すぐ)れて、香(か)匂(にほ)ひたる花(はな)は並(ならび)なきが如(ごと)し。
弟子大日本国左大臣正二位藤原朝臣道長前白雲山浄土釈迦尊言風聞天上天下妙覚之理独円三千大千無縁之慈普被仏法之冲〓不可得而称者也
弟子自竹馬鳩車至而立強仕不好独善企兼済不忘敬始願善終
昔弱冠著緋之時従先考大相国屡詣木幡墓所仰三重瞻四域古塚畳畳幽〓寂寂仏儀不見只見春花秋月法音不聞只聞渓鳥嶺猿
尓時不覚涙下窃作此念我若向後至大位心事相諧者争於茲山脚造一堂修三昧福助過去恢弘方来思而渉歳不敢語人
爰承累葉之慶浴皇華之恩年三十極人臣之位十十年忝王佐之任皇帝之為舅也皇后之為父也栄余於身賞過於分如履乕尾如撫竜鬚因茲雖趣朝庭雖居私廬発菩提心凝道場観行住坐臥事三宝造次顛沛帰一乗
抑検家譜万歳藤之栄所以卓犖万姓其理可然何者始祖内大臣扶持宗廟保安社稷淡海公者手草詔勅筆削律令興仏法詳帝範其後后妃丞相積功累徳寔繁有徒矣
建興福寺法華寺開勧学院施薬院忠仁公始長講会昭宣公点木幡墓貞信公建法性寺修三昧九条右相府建楞厳院修三昧先考建法興院修三昧此外傍親列祖之善根徳本不遑称計
方今時時詣墳墓為建寺指点形勝向彼松下則〓二恩父母之廟壇問此巌頭亦〓同胞兄弟之芳骨雖至孝鐘愛之子孫不能晨昏雖近習旧労之僕妾不能陪侍山嵐朝掃庭渓月夜舉燭而已
仍自長保六年三月一日結花構償初心不材之所企造普賢而為削木拝皃之志匪右之所思書妙法而代立碑旌徳之文是以励拙掌而馳筆迹以信為嘉手債毘首而加意巧移孝礼尊顔今日択耀宿始法花三昧刻十月定星之期廻万代不朽之計于時蒙霧開愛日暖可謂天地和合風雨不違祖考感応垂冥助之令然也
別亦奉書法花経百部千軸般若心経百巻嘱百余口賢聖衆以香花梵唄洪鐘浮磬宝蓋幢幡名衣上眼七珎百味供養之演説之青苔鋪設自展七浄瑠璃之茵紅葉乱飛暗成千花錦繍之帳玉軸星羅見崑山之積玉金言流布知提河之有金
夫寺廟者如来之墳墓也実相者法身之舎利也山城独勝有便於弘一乗王舎不遠無煩於率群僚丹丘青像忽具如来真色万籟百泉皆唱妙法之梵音疑是霊鷲山之乗五色雲以飛来歟将若法竜池之驚六種動以涌出歟視耳未曽視聴目未曽聴
彼端木者魯之賢士也移家於孔子之墓傍王劭者晋之重臣也築寺於祖父之廟北聚竜象以弘智峰譏羊太伝之絶後胤伴槐棘以高法棟擬王丞相之拝先塋
黒白衣之雲集豈唯三列五郡之浅契内外戚之影従抑亦見仏聞法之大縁功徳遍于法界利益及于衆生我願既満衆望亦足以此一善廻向四恩天下安穏万民快楽敬礼釈迦妙法大乗妙光法師普賢薩〓入此道場証明功徳天神地祇及茲山幽霊善神被如来之衣著菩薩之座仰願三宝増益一念
嗟呼煖焼寒木於大智之日涙変蒼栢之煙霑朽壌於甘露之泉手播白蓮之種劫石雖〓願主之印不〓芥城縦尽不退之輪長転願共諸衆生上征兜率西遇弥陀弟子帰命稽首敬白
〔造法成寺之時御功徳之次引先年事非相違歟此願文左大弁行成卿清書之由有其伝抑此浄妙寺供養寛弘二年也而注御出家以後年記相違歟。〕



栄花物語詳解巻十六


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〔栄花物語巻第十六〕 もとのしづく
寛仁三年(さんねん)四月許、堀河(ほりかは)の女御(にようご)。明(あ)け暮(く)れ涙(なみだ)にしづみておはしませばにやおはしけん、御(おほん)心地(ここち)もうき、あとかたもおぼされて、れいならぬ様(さま)にてあり過(す)ぐさせ給(たま)ふ程(ほど)に、いと悩(なや)ましうおぼされければ、御風にやとて、 茹(ゆ)でさせ給(たま)ひてのぼらせ給(たま)ふまゝに、御口鼻(くちはな)より血(ち)あえて、やがて消(き)え入(い)り給(たま)ひぬ。おとど御こゑをさゝげてなきののしり給(たま)へど、何(なに)のかひかあらん。七十余(よ)になりぬる己(おのれ)をめせ。若(わか)くさかりなる人(ひと)の行末(ゆくすゑ)はるかなるをば、かへし給(たま)へ<とののしらせ給(たま)へど、かかるみちは筋(すぢ)なきわざなりければ、え留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)はず。いとあさましうかくはてさせ給(たま)ひぬれば、ゐん聞(き)こし召(め)して急(いそ)ぎ渡(わた)らせ給(たま)へれど、いまはかくと聞(き)こし召(め)して、御かほにひとへの御衣(ぞ)のそでををしあてゝ。立(た)たせ給(たま)へるより、御涙(なみだ)のつく<”ともりいでたる程(ほど)、もとのしづくやと、哀(あは)れに疎(おろ)かならず。いまはのぼらせ給(たま)ひてもかひなかるべければ、つちに立(た)たせ給(たま)ひて、宮々(みやみや)抱(いだ)きいで奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、一宮の御(おほん)乳母(めのと)の男(をとこ)。左近大夫むねゆきを召(め)して、とのはたものおぼえさせ給(たま)はざめり。この宮々(みやみや)かのひがしのたいにわたし奉(たてまつ)れ。あなかしこ、よるひる近(ちか)くて見(み)奉(たてまつ)れなど、かへすがへす仰(おほ)せられ
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て、いまは言(い)ふかひなければ、いま又(また)こむ。殿にもえたいめんせずなりぬる事(こと)ゝて、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。源宰相(さいしやう)は、この御事(こと)かくののしれば、はかなきとのをだにとりあへて、女御(にようご)。もろともにほかへわたり給(たま)ひにけり。一の宮(みや)のいみじうなき給(たま)ひつるも、哀(あは)れに思(おも)ほされて、いくばくもあらざりける御(おほん)有様(ありさま)をなどてつらしと覚え奉(たてまつ)りつらんと、年(とし)頃(ごろ)の本意(ほい)なく、あはれなるわざかなとおぼされて、やがてしものみやに渡(わた)らせ給(たま)ひて、かう<の事(こと)なん侍る。哀(あは)れにいみじき事(こと)、この幼(をさな)き人々(ひとびと)いかゞし侍らんずらん。おとどいまはなくならせぬらん。いとふかくなる様(さま)にこそ聞(き)き侍つれなど、よろづに、哀(あは)れに宣(のたま)ひつゞけて、なかせ給(たま)ふもいみじう悲かな)し、。とのはおはせぬをつと抱(いだ)きて、よろづに言(い)ひつゞけなかせ給(たま)ふ。かかるおもひにや、人(ひと)は法師(ほふし)にもなるらんと宣(のたま)はするを、御前なる人々(ひとびと)心(こころ)のうちにほゝゑまれけり。源宰相(さいしやう)は。心(こころ)苦(ぐる)しき殿(との)の御(おほん)様(さま)を、みすて奉(たてまつ)り給(たま)ふも、事(こと)の始(はじ)めのいとなさけなかりし御心(こころ)の忘(わす)れ給(たま)はぬなりけり。かくてゐん渡(わた)らせ給(たま)ひて、おんやうじ召(め)して、さるべき事(こと)も定(さだ)め宣(のたま)はせ、よろづに扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)も、又(また)いとめでたし。殿(との)の哀(あは)れにおほえれ給(たま)ふも、この宮々(みやみや)の御扱(あつか)ひをせさせ給(たま)ふ。後々(のちのち)の御事ども、みな世(よ)の常(つね)の様(さま)に覚(おぼ)しをきてさせ給(たま)へり。其(そ)の日になりて、つとめてゐんおはしましてよさり
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の事(こと)ども急(いそ)がせ給(たま)ふ。ゐんの殿上人(てんじやうびと)・しも人(ひと)も、年(とし)頃(ごろ)とりわざ。睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)すは、残(のこ)りなく参(まゐ)るべくをきて仰(おほ)せらる。我そひてこまかに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬばかりなり。しものみやにはあまり親(した)しくなおはしましそなど聞(き)こえさせ給(たま)ふも理(ことわり)にて、このをきてどもくはしうせさせ給(たま)ひてかへらせ給(たま)ひぬ。さてよさりゐていで奉(たてまつ)れば、みやたちはゝの御供(とも)にわれもいなん<となかせ給(たま)ふに、そこらの僧俗(そうぞく)なきあはれがり聞(き)こえぬなし。とのつえにかからせ給(たま)ひてよろほひ、人(ひと)ひかへ奉(たてまつ)りつれど。えおはしましやらねば、夏(なつ)のよもはかなくあけぬべければ、猶(なほ)いとみ苦(ぐる)しき御事なり。御車(くるま)にてすがやかにおはしまさんと聞(き)こえて、みちにて御車(くるま)に奉(たてまつ)りぬ。さてよもすがらとかく扱(あつか)ひ奉て、若(わか)き御(おん)子(こ)に七十余(よ)にてをくれて、かへらせ給(たま)ふぞげに世(よ)の中(なか)のあはれは知(し)られける。御忌(いみ)の程(ほど)も哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くてすごさせ給(たま)ふ。ゐんよろづに哀(あは)れにおはします。とのはすこしものおぼしまぎるゝ折(をり)は、このみやたちを見(み)奉(たてまつ)り、慈(うつく)しみ奉(たてまつ)り給(たま)ひてはかばかりの事(こと)をおもふに、わが命(いのち)はこよなうのびぬらんかし。若宮(わかみや)たちの御(おほん)後見(うしろみ)をし。あやまつべき事(こと)かはと宣(のたま)はせ、ひぢはらせ給(たま)ふ哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)る。御(おほん)いみはてはこの宮(みや)達(たち)はむかへ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)す。北(きた)の方(かた)は、中宮(ちゆうぐう)の姫君(ひめぎみ)に、さるべきところ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、そちわたり給(たま)ひにしかば、哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。やうやう御法事(ほふじ)の程(ほど)も近(ちか)うなれ
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ば、ゐん何事(なにごと)もおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。殿(との)の御ふなどもかかる折(をり)だにもとめせと、只今(ただいま)受領どもはたゞ御(み)堂(だう)のことをさきとする程(ほど)に、せう<のところの御事をば何(なに)ともおもひたらねどたゞゐんおはしませば、それをよろづに頼(たの)み聞(き)こえ給(たま)ひて、われはちごのやうにて過(す)ぐさせ給(たま)ふもいみじうあはれなり。このみやたちのかくおいほけ<とおはする。おとど一ところをまつはしいみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)へる程(ほど)ぞ、哀(あは)れに心(こころ)憂(う)きまでみえさせ給(たま)ふ。とのは折(をり)折(をり)には法師(ほふし)にならんと思(おも)へどこのみやみやの御(おほん)有様(ありさま)みはてんの本意(ほい)なり。いまの御門(みかど)・東宮(とうぐう)まだいと若(わか)うおはしませば、みやたちをもうけ給(たま)ふべきにあらず。このゐんのみやたちは、つきの世(よ)には必(かなら)ずたちいで給(たま)はん。但(ただ)しその御ときの摂政関白(くわんばく)は、我おほぢなりそれをゝきていみじからん。いまの摂政のおとど内(うち)のおとどもしは大蔵卿(おほくらきやう)などやたち心地(ここち)つかむ。それらはいと安(やす)しなど言(い)ふあらまし事を宣(のたま)ひ明(あ)かしくらさせ給(たま)へば、御忌(いみ)にこもりたるそうなどをのかどち忍(しの)びてうち笑(わら)ふべし。それはみやたちの御事の。おこがましきにはあらで、七十余(よ)にてかばかりよろづをおぼしほれて、あみだほとけなども申し給(たま)はで、いつとなくはるかなる程(ほど)の御心(こころ)をきてのをこなるべし。後々(のちのち)の御法事(ほふじ)などみなせさせ給(たま)ひて、よろづいと心(こころ)のどかにつれづれまさりて、哀(あは)れにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。ゐんはみやたち見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、しもの
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宮におはしますまゝにぞよらせ給(たま)ひける。あさましくひろ<おもしろきところに、このとのと一二のみやのみぞおはします。さてはうちたゝなど言(い)ふ人(ひと)のをとらぬ程(ほど)のよはひも、いみじう哀(あは)れなれば、ゐんはこのみやたちを哀(あは)れに心(こころ)苦(ぐる)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、はかなき御くた物などもよる夜中わかず奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくて九月ばかりに、大殿(との)の上(うへ)一条(いちでう)殿(どの)の尼上(あまうへ)をばくはんをんじと言(い)ふところにこそはおさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしが、それを此(こ)の頃(ごろ)とかくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、のちはいませ給(たま)へばおはしまさで、こはた僧都(そうづ)の中河の家(いへ)に渡(わた)らせ給(たま)ひておはします。其(そ)の程(ほど)にも哀(あは)れにおかしきうたども数多(あまた)あり。斯(か)かる程(ほど)に大二のしそ度々(たびたび)奉(たてまつ)り給(たま)へば、のぞむ人(ひと)かずしらず多(おほ)かるに、侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)三位中将(ちゆうじやう)の。御扱(あつか)ひの心(こころ)もとなさにのぞみ給(たま)へば、ふたゝびとなくなり給(たま)ひぬ。其(そ)ののちはつくしよりものなどもて参(まゐ)りて、いとはなやかにもてなし聞(き)こえ給(たま)ふに、姫君(ひめぎみ)の御(おん)心地(ここち)。ともすればれいならぬをぞ、しづごゝろなくおぼさるゝ。はかなく年(とし)もかへりぬ。世(よ)の中(なか)いまめかし今年(ことし)いもがさと言(い)ふ物おこりぬべしとて、つくしのかたには古(ふる)き年(とし)より。やみけりなど言(い)ふこと聞(き)こゆれば、始(はじ)めやみけりのち、この年(とし)頃(ごろ)になりにければ、始(はじ)めやまぬ人(ひと)のみ多(おほ)かりける世なれば、公(おほやけ)わたくしいとわりなく、恐(おそ)ろしき事におもひ騒(さわ)ぎたり。入道(にふだう)殿(どの)は御(み)堂(だう)のにしによりて、あみだだうたて
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させ給(たま)ひて、九躰のあみだ仏つくらせ給(たま)ひて、この三月にくやうせさせ給(たま)はんとて、いみじう急(いそ)ぎののしりて、宮々(みやみや)もおはしますべければ、やなぎさくら、ふぢやまぶきなどいふ。あやをり物どもをし騒(さわ)がせ給(たま)ふ。かくてこのもがさ京にきにたれば、やむ人々(ひとびと)多(おほ)かり。前大弐も同(おな)じくはこの御(み)堂(だう)くやうよりさきにとおぼし急(いそ)ぎければ、此(こ)の頃(ごろ)のぼり給(たま)ひて、いみじきからのあやにしき多(おほ)く入道(にふだう)殿(どの)に奉(たてまつ)り給(たま)ひて、御(み)堂(だう)のかざりにせさせ給(たま)ふ。めでたき御(み)堂(だう)のゑとののしれども世(よ)の人(ひと)只今(ただいま)はこのもがさに事もおぼえぬさまなり。このもがさは大弐の御もとにきたるとこそはいふめれ。あさましく様々(さまざま)に煩(わづら)ひてなくなるたぐひ多(おほ)かり。いみじうあはれなること多(おほ)かり。斯(か)かる程(ほど)に故のよりさだの左兵衛督(さひやうゑ)のかう、この三月廿余(よ)日(にち)に検非違使(けんびゐし)別当(べつたう)かけ給(たま)ひつ。されどこの月頃(ごろ)心地(ここち)れいにもあらずおはしけるを、いかなるにかと覚(おぼ)し煩(わづら)ひて、この度(たび)もいまだ申し給(たま)はざりけり。ゐん女御(にようご)うせ給(たま)ひにしのち、殿(との)のいとおしう心(こころ)細(ぼそ)げにおはしければ、このはる堀河(ほりかは)殿(どの)にわたり給(たま)へれば、おとどもすこし御けしきよくなりて、め安(やす)かりつるに、かく悩(なや)み給(たま)へばいかに<とおぼしたり。うたてゆゝしきころなれば、ほかへもやなど思(おぼ)せとなをかくてすごし給(たま)ふ程(ほど)に、又(また)もがささへねして悩(なや)み給(たま)へば、よもやまの医師(くすし)をあつめよるひるつくろはせ給(たま)へどむげに
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頼(たの)みすくなき御有様(ありさま)なれば、別当(べつたう)ぢし給(たま)ひつ。関白(くわんばく)殿(どの)の(うへ)の御(おほん)おぢにおはすれば、よろづにとひ聞(き)こえ給(たま)ふ。ものなど多(おほ)く奉(たてまつ)れさせ給(たま)ふ。いみじきことども度々(たびたび)せさせ給(たま)へどいとあべき程(ほど)にさへなりぬれば、哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くおぼさる。六月九日法師(ほふし)になり給(たま)ひぬ。女御(にようご)の御はらの姫君(ひめぎみ)達(たち)の御有様(ありさま)を、哀(あは)れにいかに<とおぼしながら、われもふかくになり給にたれば、すべきやうなし。其(そ)の御けしきもわりなくたへかたくおぼされて、女御(にようご)もあまになり給(たま)ひぬ。とのものもおぼえ給(たま)はねど、何(なに)しにかと聞(き)こえ給(たま)へど御(おほん)志(こころざし)なる理(ことわり)にみえさせ給(たま)ふ。あはれなること多(おほ)かり。御とぶらひにをののみやのいま北(きた)の方(かた)参(まゐ)り給(たま)へり。殿(との)の御(おん)心地(ここち)をばさるものにて、殿(との)のうちの男(をとこ)女(をんな)めもあやにめでたくて、車(くるま)よりおりなどし給(たま)ふ程(ほど)、いかでかは疎(おろ)かならん。兵衛(ひやうゑ)督御位(くらゐ)も短(みじか)く、命(いのち)もえたへ給(たま)ふまじくいふかたなき御(おほん)有様(ありさま)なるに、たゞこの北(きた)の方(かた)参(まゐ)りて、哀(あは)れに忝(かたじけな)きさまに泣(な)く泣(な)く聞(き)こゆる程(ほど)ぞ、この世(よ)の御(おほん)有様(ありさま)にめでたかりける。さていとよはげにおはすれば煩(わづら)はしうて泣(な)く泣(な)くいで給(たま)ひぬといへば忝(かたじけな)しやをののみやには姫君(ひめぎみ)ひとところおはしける程(ほど)、大将(だいしやう)殿(どの)そひねさせ給(たま)ひて心(こころ)もとなくうしろめたうおぼされけるに、この北(きた)の方(かた)かへり給(たま)へれば、いと嬉(うれ)しく覚(おぼ)して車(くるま)よりおるゝを、わがいたちておろさせ給(たま)ふ程(ほど)の有様(ありさま)、世(よ)の中(なか)のいにしへよりいまゝでの世(よ)のさいはひ人(びと)にこれはこよなうすぐれたり
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とみえたり。姫君(ひめぎみ)などの御(おほん)有様(ありさま)、ことにめでたく美(うつく)しきや。されば戯(たはぶ)れに御(おん)子(こ)もおはせぬとのなれば、これをいみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)に、はゝ北(きた)の方(かた)世(よ)にめでたきこといはんかたなし。しきふきやう宮の女御(にようご)の御折(をり)に、このとのにつかうまつりけるを、女御(にようご)うせ給(たま)ひにければ、このとのにつかうまつりつきてありける程(ほど)に、自(おの)づからこの姫君(ひめぎみ)の生れ給(たま)ひにければ、いまは北(きた)の方(かた)にてあるなりけり。この大将(だいしやう)殿(どの)同(おな)じき殿(との)原(ばら)と聞(き)こゆれどよに心(こころ)にくゝやむごとなきものに覚え給(たま)ひけり。今日(けふ)明日(あす)の大臣がねにておはすなる、をののみやをえもいはずめでたくつくりたてさせ給(たま)ひて、寝(しんでん)の東面(おもて)に、この姫君(ひめぎみ)をかしづきたてゝすませ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。其(そ)の御(お)前(まへ)に、われも人(ひと)もときみだれてみえ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。いみじき后(きさき)がねとかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)、こと<”なくただはゝ北(きた)の方(かた)の、よにめでたきとみえたり。かくて兵衛(ひやうゑ)督の御(おほん)心地(ここち)をいかに<とつかひを頻(しき)りに奉給(たま)ふぞ理(ことわり)なりや。との男(をのこ)どもを召(め)しあつめつゞけたてさせ給(たま)ふ程(ほど)ぞ、なをいとめづらかなりけり。兵衛(ひやうゑ)督又(また)の日うせ給(たま)ひにけり。女御(にようご)いといみじうおぼしまどひたり。一条(いちでう)の院(ゐん)の御事などは、いみじながらもうと<しうてひさしうならせ給(たま)ひにしうちに、御(み)子(こ)などもおはせざりしかはこそあれ、これは世(よ)にたぐひなうおぼさるゝにも理(ことわり)とみえたり。おとど騒(さわ)がしき世(よ)の中(なか)に、こころのけからひぬる事とむつかり給(たま)ふを、女御(にようご)心(こころ)憂(う)くあさましと思(おぼ)すべし。のちのちの御事
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などせさせ給(たま)ふに、この君達(きんだち)みなもがさに煩(わづら)ひ給(たま)へば、わりなくおぼしみだれたり。御法事(ほふじ)などせさせ給(たま)ふに、とのおはしましてこの殿(との)のみやたちおはしますに、まが<しうあべいことにもあらずと、ことばにもふれさせ給(たま)はねば。女御(にようご)の御乳母(めのと)。このしせい僧都(そうづ)の家(いへ)にてぞせさせ給(たま)ひける。とのあさましうおいほけ給(たま)ひて、この女御(にようご)の御あたりの事。あやにくにおぼし宣(のたま)へば、堀河(ほりかは)の院(ゐん)の御ことをぞいまにろんぜさせ給(たま)ひける。これはやけたりしかば一条(いちでう)の院(ゐん)のこれひらしてつくらせ給(たま)へりしゐんなれば、女御(にようご)はわれ領すべしとおぼしたれど大臣(おとど)の券をば、故女御(にようご)とのに奉(たてまつ)り給(たま)ひてければ、ゐんにぞ候(さぶら)ふなる。女御(にようご)の御(おほん)方(かた)には大みやぞ御心(こころ)よせおはしまして、この女御(にようご)のえ給(たま)はんこそりならめなど宣(のたま)はすれば、おとどこのことをえすが<とおぼし定(さだ)めぬなるべし。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)くだり給(たま)ふべき日を、とりかへ<し給(たま)ふに今年(ことし)もくれぬれば、公(おほやけ)をはかり奉(たてまつ)るやうなりとかたはらいたう覚(おぼ)して、きやう<なれと辞してんと覚(おぼ)しなりぬ。それもこの姫君(ひめぎみ)のいといみじう。つねに悩(なや)み給(たま)へばかく思(おぼ)すなるべし。斯(か)かる程(ほど)に傅殿いみじう悩(なや)み給(たま)ひて、限(かぎ)り<と聞(き)こえて程(ほど)へぬ。いかに<と聞(き)き奉(たてまつ)る程(ほど)に、十月十三日法師(ほふし)になり給(たま)ひぬと聞(き)こゆれば、とのなども哀(あは)れに覚(おぼ)しながら、あへ
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なむめ安(やす)きことなめりときかせ給(たま)ふ程(ほど)に、二三日ありてうせ給(たま)ひにけり。あはれなる世なり。北(きた)の方(かた)いみじうおぼし嘆(なげ)きたり。よりみつもいみじう口(くち)惜(を)しう心(こころ)憂(う)きことに思(おも)へり。若(わか)き人(ひと)におい給(たま)へりとしりながらあはせ奉(たてまつ)りて、心(こころ)から我むすめをしそこなひつる嘆(なげ)きをしけり。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)大弐(だいに)、辞し給(たま)へれば、源中納言(ちゆうなごん)つねふさの君(きみ)なり給(たま)ひぬ。故源帥(そち)のながされ給(たま)ひしとき、わらはべにて御供(とも)におはしたりけるきみなり。十一月(じふいちぐわつ)廿九日にぞなり給(たま)ひぬる。同(おな)じ日侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)は大納言(だいなごん)になり給(たま)ひぬ。左兵衛(さひやうゑ)の督(かみ)のかはりの別当(べつたう)にやがて兵衛(ひやうゑ)督には故法住寺の大臣(おとど)の御子(こ)の公信の宰相(さいしやう)なり給(たま)ひにけり。かくいふ程(ほど)に年(とし)くれぬ。年号かはりてぢあん元年といふ。元三日の程(ほど)公(おほやけ)わたくしいまめかしうて過(す)ぎゆく。七日の叙位に上達部(かんだちめ)かず<御位(くらゐ)まさりつゝ、様々(さまざま)めでたし。二月にはかんのとの東宮(とうぐう)へ参(まゐ)り給(たま)ふべければ、其(そ)の御いそをしののしる。女房(にようばう)などいみじうえり整(ととの)へさせ給(たま)ふ。わらはべなどさき<”の御参(まゐ)りにことならず。いみじうれいのたまをみがゝせ給(たま)へり。さて二月十余(よ)日に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。この度(たび)は大とのよろづにいみじうおぼつかなく、心(こころ)もとなく思(おぼ)し召(め)されつゝ、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おほん)むすめとてこそは。中宮(ちゆうぐう)も后(きさき)にはゐさせ給(たま)ひしかば、この度(たび)も同(おな)じことせさせ給(たま)ふなりけり。さて参(まゐ)らせ給(たま)ひて登花殿にすませ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は梅壺(むめつぼ)におはしませば、ことさら近(ちか)きとのをと思(おぼ)し召(め)すなりけり。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へ
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れば、心(こころ)あはただしきまでとく<とそゝのかし給(たま)はする程(ほど)も、との上(うへ)あさましう物はぢせさせ給(たま)はぬかなと、おかしう思(おぼ)し召(め)すに、やゝ夜ふけてのぼらせ給(たま)へるに、いつしかとかひ<”しう。むげに世なれたる男(をとこ)の有様(ありさま)におはしますもあさましう。上(うへ)の御(お)前(まへ)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御ふすまはれいの上(うへ)の御(お)前(まへ)参(まゐ)らせ給(たま)ふ。さてとりなど度々(たびたび)なけば、御むかへの人々(ひとびと)参(まゐ)りたれど、とみに許(ゆる)し聞(き)こえさせ給(たま)はぬ程(ほど)ぞやさしきや。さやうにて日頃(ひごろ)過(す)ぎさせ給(たま)ふ。御(おほん)乳母(めのと)達(たち)に贈(おく)り物(もの)などせさせ給(たま)ふ。この御参(まゐ)りいみじうめでたし。とのこの度(たび)なんたからふるひするなど宣(のたま)はせてせさせ給(たま)へるに、御(おほん)乳母(めのと)に小式部(こしきぶ)のきみの心(こころ)ざま、いづれの御(おほん)乳母(めのと)にもまさりて、きみの御事をいみじきものにおもひつかうまつることも限(かぎ)りなきに、やすみちもみののかみなればとの上(うへ)のせさせ給(たま)へることはさる物にて、女房(にようばう)にもみなさるべきことどもしわたしたり。かんのとのは御(おん)年(とし)十五ばかりにおはします。東宮(とうぐう)は十三にぞおはしますに、いみじうめ安(やす)き程(ほど)の御なからひにおはします。ひる登花殿に渡(わた)らせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ずれば、御しつらひより始(はじ)めよろづめでたきに、かんのとのさゞやかにおかしげにて、御(み)髪(ぐし)たけに一尺ばかりあまらせ給(たま)へり。御心(こころ)もいとされおかしうおはしませば、いと殊(こと)の外(ほか)に恥(は)づかしげにもおはしまさず。東宮(とうぐう)をあなづらはしげにぞおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へる。東宮(とうぐう)
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いみじうおかしう。ひわかく美(うつく)しげにおはします。さしならばせ給(たま)へる程(ほど)、いとめ安(やす)く見(み)奉(たてまつ)る。人々(ひとびと)はかなき御碁(ご)・双六(すごろく)、偏(へん)つがせ給ふなどもろともにせさせ給(たま)ふ程(ほど)の御有様(ありさま)、つくりあはせたるやうにめでたし。若(わか)き人々(ひとびと)見(み)奉(たてまつ)り、つかうまつるかひありて思(おも)へり。上(うへ)十余(よ)日ばかり見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いまは心(こころ)安(やす)く出(い)でさせ給(たま)ふ。さて同(おな)じ月の晦日(つごもり)に、御本意(ほい)とけさせ給(たま)ひつ。かねてみなよろづしをかせ給(たま)へれば、やまのざす参(まゐ)りてみなさるべきやうに申(まう)させ給(たま)ふ。殿(との)の御出家(しゆつけ)の折(をり)、源三位なり給(たま)ひにけり。暫(しば)しありて高松(たかまつ)殿(どの)の上(うへ)もならせ給(たま)ひにし、この御(おほん)まへはかんの殿(との)の御(おほん)参(まゐ)りを過(す)ぐさせ給(たま)ひつる程(ほど)になんありける。かくてあり過(す)ぐしもてゆく。世(よ)の中(なか)いと騒(さわ)がしかるべしといひののしる程(ほど)に、そつ中納言(ちゆうなごん)三月にくだり給(たま)ふべき急(いそ)ぎをし給(たま)ひて、さすがに物のみ心(こころ)細(ぼそ)くおぼえ給(たま)ひて、いみじうくやしうおもひ乱(みだ)れ給(たま)へと、さりとて又(また)しせんも物ぐるをしう人(ひと)まねのやうなべければ、すぐせにまかせてとおぼしたつも、涙(なみだ)ぐましき折(をり)<多(おほ)かり。年(とし)頃(ごろ)大殿(との)の御このやうに、おもひ聞(き)こえ給(たま)へりければ、御かたがたにみな内外し給(たま)へり。うちにも皇后宮(くわうごうぐう)には権大夫(ごんだいぶ)にて年(とし)頃(ごろ)やがて同(おな)じみやのうちなどに候(さぶら)ひ給(たま)へば、此(こ)の頃(ごろ)も御前に参(まゐ)りつゝ、心(こころ)細(ぼそ)げに物を申し給(たま)へば、御前にも御心(こころ)細(ぼそ)ういかにとおぼしきかせ給(たま)ふに、年(とし)頃(ごろ)の君達(きんだち)のはゝ北(きた)の方(かた)
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は、故右衛門(うゑもん)の督(かみ)の女なりかし。をののみやの大将(だいしやう)の御はらからなりしが。うせ給(たま)ひにしかば、やもめにてこの君達(きんだち)をばいだきおぼしたてたまへるにはとおぼいて、故北(きた)の方(かた)の御(おほん)おとうとの。ものし給(たま)ひけるをぞむかへ給(たま)ひける。さてもろともにとおぼして、三月十余(よ)日の程(ほど)に急(いそ)ぎたちてくだり給(たま)ふ。世(よ)の中(なか)いと騒(さわ)がしうて、みな人(ひと)いみじうしぬれば、はるかなる程(ほど)はいかゞ言(い)ひて、とどまる人(ひと)多(おほ)くぞありける。哀(あは)れにてくだり給(たま)ひぬ。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)の姫君(ひめぎみ)。朔日(ついたち)頃(ごろ)よりいみじう煩(わづら)ひ給(たま)ひて限(かぎ)り<とみえ給(たま)へば、大納言(だいなごん)も北(きた)の方(かた)も、しづごゝろなく覚(おぼ)し嘆(なげ)く。三位中将(ちゆうじやう)若(わか)き御(おほん)心地(ここち)に、いと哀(あは)れにおぼしたち、いみじう頼(たの)もしげなくおはすれば、限(かぎ)りにこそはと覚(おぼ)しまどひて、よろづのものをぶつじんにとりあつめ誦経(じゆぎやう)に年(とし)はてさせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)はゝ北(きた)の方(かた)、ものもおぼえ給(たま)はず。大納言(だいなごん)殿(どの)は、年(とし)頃(ごろ)頼(たの)み奉(たてまつ)りつる。不動尊仁王経たすけ給(たま)へ<とぬかをつき。まどひ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)きみもやのはしらのもとに、つらつえをつきていみじう嘆(なげ)きたるに、姫君(ひめぎみ)いともの聞(き)こえまほしげに覚(おぼ)したれば、つねはいと恥(は)づかしきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)へるに、いかに思(おぼ)すにか。近(ちか)くよらせ給(たま)へと、人々(ひとびと)聞(き)こゆれば、中将(ちゆうじやう)きみ泣(な)く泣(な)く近(ちか)うより給(たま)ひて、御かいなをとらへ給(たま)ひて、
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何事(なにごと)か思(おぼ)す宣(のたま)ふべきことやあるなど聞(き)こえ給(たま)へば、物いはまほしうおぼしながら、物も宣(のたま)はで、たゞ御涙(なみだ)のみこぼるべかめれば、おとぎみ御(おほん)直衣(なほし)のそでをかほにをしあてゝ、いみじうなき給(たま)ふ。この御有様(ありさま)のいみじさに、北(きた)の方(かた)も物も覚え給(たま)はで、かくれたるかたにてみづあみ給(たま)ひて、四方の仏神をおがみてなき給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)姫君(ひめぎみ)ははゝはいつら<ともとめ奉(たてまつ)り給(たま)へば、しづ心(こころ)なく急(いそ)ぎおはして、御懐(ふところ)につといだき奉(たてまつ)り給(たま)ひて、たゞくはんをん<とのみ申し給(たま)ふ程(ほど)に、姫君(ひめぎみ)の御けしきの。ゞかはりにかはりゆけば、いかにするわざぞとまどひ給(たま)ふにあはせて、人々(ひとびと)どよみてなきののしる程(ほど)の有様(ありさま)。ゆゝしう悲(かな)し。御乳母(めのと)きみの御あしを、つといだきてもろこゑになき惑(まど)ふとて、かくてやとおぼして戒うけさせ奉(たてまつ)り給(たま)ふとて、大納言(だいなごん)御(おほん)みみのもとにて、我御かはりにたもつ<とまどひなき給(たま)ふ。よろづ哀(あは)れにかひなければ、年(とし)頃(ごろ)この御事よりほかのことおもひ侍らざりつ。いまはかひなき事なりけりと、物のおぼえ給(たま)はぬまゝに、何事(なにごと)をとおぼし惑(まど)ふ。中将(ちゆうじやう)いみじう若(わか)う。おかしげなる男(をとこ)のゑぼし直衣(なほし)なるが、物もおぼえずなきまどひ給(たま)へる。哀(あは)れにみえ給(たま)ふ。いまはあさましうかひなく見なし奉(たてまつ)りてあれど、たゞれいの人(ひと)のねいりたるやうにもてなさせ給(たま)へり。さるべき人々(ひとびと)たちさらずなきこひ
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奉(たてまつ)る。かかれど七日有ても。いきいでたるたぐひどもを人々(ひとびと)かたり聞(き)こゆるまゝに、やま<寺々(てらでら)に御(おほん)祈(いの)りどもし聞(き)こえたり。中将(ちゆうじやう)きみ御うしろめたさに、御(み)堂(だう)よりも高松(たかまつ)殿(どの)よりも。頻(しき)りに御消息(せうそこ)ありけれど聞(き)こし召(め)しいれず。かくて日頃(ひごろ)になりぬれど、いろもかはり給(たま)はぬぞ哀(あは)れに悲(かな)しかりける。さて七八日ばかりありてきた山(やま)なるところに、たまやといふ物つくりて、よさりゐて奉(たてまつ)らせんとて、つとめてよりその御急(いそ)ぎをせさせ給(たま)ふにも涙(なみだ)のみつきせぬものにて、日くれぬれば、いまはとていで奉(たてまつ)る程(ほど)、誰(たれ)かは安(やす)からん。中将(ちゆうじやう)きみもろともにといでたち給(たま)へど、入道(にふだう)殿(どの)の御忌日なりければ、大納言(だいなごん)殿(どの)せちに留(とど)め奉(たてまつ)り給(たま)ひてわれ一人(ひとり)ぞおはする。きた山(やま)によろづの御調度(てうど)ども運(はこ)びて、しつらひすへ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の御(おん)心地(ここち)いふにも疎(おろ)かなれば、えまねばず。よろづにしつくしてそのてらのそうどもに、御はてまでねんぶつすべくをきてさせ給(たま)ふ。さるべきさまのもの運(はこ)びをかせ給(たま)ふ。女君(をんなぎみ)は十二、男君(をとこぎみ)は十五にてこそは、この御事の始(はじ)めの年(とし)。其(そ)ののち四年といふにかくならせ給(たま)ひぬるぞかし。哀(あは)れに口(くち)惜(を)しく悲(かな)しき御(おほん)有様(ありさま)なり。女君(をんなぎみ)の御(おん)年(とし)の程(ほど)よりは。美(うつく)しう整(とゝの)をりて、御ておかしう哥をよみ給(たま)ひつるさま、つきもせずおぼさる。さらぬ人(ひと)だにいまはと思(おも)ふは。いみじきわざをましてこれは理(ことわり)にいみじや。此の姫君(ひめぎみ)はかくいともの騒(わ)がしきまぎれに、ともかくもおはせざりし折(をり)に
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かも。ゐんの上(うへ)のおはするところにわたり給(たま)ひにけり。御忌(いみ)の程(ほど)哀(あは)れに悲(かな)しきこと多(おほ)かり。中将(ちゆうじやう)のきみおもひねにね給(たま)へる夢(ゆめ)に、女君(をんなぎみ)のみえ給(たま)ひければ中将(ちゆうじやう)殿(どの)、
@夢(ゆめ)のうちの夢(ゆめ)のやどりにやどりしてわが身はしらず人(ひと)ぞ恋(こひ)しき W178
@しぬばかり恋(こひ)しき人(ひと)をこふるかなわたりがはにてもしもあふやと W179
はゝ御(お)前(まへ)、
@ちかづくもきみにみせばやみる程(ほど)も泣(な)く泣(な)くさむる夢(ゆめ)の悲(かな)しさ W180。
これをききて尾張権守、
@わかれぢはつゐのことぞと思(おも)へどもをくれさきだつ程(ほど)ぞ悲(かな)しき W181。
かくて日頃(ひごろ)過(す)ぎぬれば、御法事(ほふじ)せそんじにてせさせ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)殿(どの)御方(かた)より、よろづおぼし急(いそ)ぎたり御正日はとのにて経仏など申しあげさせ給(たま)ふに、年(とし)頃(ごろ)この姫君(ひめぎみ)の御てずさひにかき給(たま)へりけるきやうをぞくやうし給(たま)ひける。御忌(いみ)はてゝそうなどみなまかでぬれば、はゝ北(きた)の方(かた)いとどおぼしまぎるゝかたなく、悲(かな)しうおぼさるべし。斯(か)かる程(ほど)に、世(よ)の中(なか)いみじう騒(さわ)がしうて、堀河(ほりかは)左の大臣殿(どの)。五月廿五日うせさせ給(たま)ひぬ。哀(あは)れにこころ細(ぼそ)き御ことなり。されど院(ゐん)入(い)り立(た)たせ給(たま)はぬばかりにて万(よろづ)におぼしをきてさせ給(たま)ふ。なをやむごとなき御なからひはことなるものにぞ。ゐんおはしまさゞらましかば、いかにいとおしき御有様(ありさま)ならまし。女御(にようご)はよろづに思(おぼ)せど、かひあるべきさまにもあらず。みやたちは、右衛門(うゑもん)の大夫むねゆきが家(いへ)にわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。後々(のちのち)の御したゝめ、
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ゐんにせさせ。又(また)閑院(かんゐん)の右の大臣(おとど)の御子(こ)の三昧(まい)の僧都(そうづ)と聞(き)こゆるもうせ給(たま)ひて、右のおとどいみじうおぼし歎(なげ)かせ給(たま)ふとは疎(おろ)かなり。同(おな)じ法事(ほふじ)と聞(き)こゆるなかにも、いとようおはして、人(ひと)にほめられ給(たま)ひつるものをと、かへすがへすこころうくあさましうあはれなる御ことなり。大方(おほかた)煩(わづら)ふ人(ひと)多(おほ)かることぞいみじかりける。其(そ)の年(とし)の七月臨時(りんじ)の司召(つかさめし)ありて、この殿(との)原(ばら)の御有様(ありさま)皆(みな)かはりもてゆく年(とし)頃(ごろ)は左大臣(さだいじん)にては此(こ)の堀河(ほりかは)のおとど右大臣(うだいじん)は閑院(かんゐん)のおとど内大臣(ないだいじん)にては関白(くわんばく)殿(どの)はおはしましつるを、左大臣(さだいじん)には関白(くわんばく)殿(どの)右大臣(うだいじん)には野宮大将(だいしやう)内大臣(ないだいじん)には大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)に、閑院(かんゐん)のおとどならせ給(たま)ひぬ。八九月になりぬれば、木々の木(こ)の葉(は)もえだにとまらず、むしのこゑ<。ものおもひしりかほに、おぎふくかぜのをともそゞろさむく、たびねのかりのたよりなげなるこゑもみゝとまりて、おくやまのしかもいとどいやめに思(おも)ひ遣(や)られ、よろづ哀(あは)れにこころ細(ぼそ)きゆふぐれ、皇太后宮(くわうだいこうくう)の女房(にようばう)達(たち)、はしをうちながめておのかどちうちかたらふ。あはれつみをのみつくりて、過(す)ぐすはいみじきわざかな。いさ給(たま)へさるべき君達(きんだち)。もろともに契(ちぎ)りて、きやう一品づゝかきて申しあげむと言(い)ひて、いとよきことなりとかたらひあはせて、御(お)前(まへ)に参(まゐ)りてかう<のことをつかうまつらんとおもひ候(さぶら)ふ。いかがとけいすれば、いとよきことなり。さうばまめやかにしいでよなど仰(おほ)せられて、さるべき人々(ひとびと)。卅人(にん)
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けちゑんすべし。法華経(ほけきやう)のじよほんは。五の御方(かた)と定(さだ)めさせ給(たま)ひて、はうべんほんは土御門(つちみかど)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)など宣(のたま)はせつゝ、いまは一のみやになりて、各(おのおの)いかゞすべきなど聞(き)きにくきまでおもひ騒(さわ)ぐ。男(をとこ)ある人々(ひとびと)も、ものはか<”しからぬは。いかにせんとおもひまいて、さらぬ人(ひと)はおもひ嘆(なげ)きて、さるべき殿(との)原(ばら)君達(きんだち)などもみなとり<”にし給(たま)ふべし。只今(ただいま)はかやうのくどくのこととはおぼえて、いどみわざのやうにてなか<つみつくりに、みえかくし騒(さわ)ぐ程(ほど)に、十余(よ)日になりぬれば、九月の廿日の程(ほど)なり。きやうばこは御(お)前(まへ)にまうけさせ給(たま)ふ。さていかならんとおもふ程(ほど)に、みなしいで奉(たてまつ)りつれば同(おな)じう急(いそ)がせ給かうじはせいせうりしと志(こころざ)し思(おも)へり。其(そ)のれうにはあやうすものの宿直(とのゐ)さうぞく一くだり、さてはきぬ百ばかりぞある。いまはいづくかと定(さだ)めらるゝ程(ほど)に、との参(まゐ)らせ給(たま)へるに、みやの御物語(ものがたり)のつゐでに、こころに侍(はべ)る人々(ひとびと)の、かう<のことをし出(い)でて、いづこにてかと申すめると聞(き)こえさせ給(たま)へば、いなや御(み)堂(だう)よりほかに、いづこにてかつかうまつらんと申(まう)させ給(たま)へば、さはさにこそはと定(さだ)めさせ給(たま)ひて、さてもかうじには誰(たれ)をとか申す。かうじのれうには何(なに)をかまうけて候(さぶら)ふと申(まう)させ給(たま)へば、かうじにはせいせうとぞおもひて侍(はべ)る。それいとよきことに侍(はべ)るなり。いかゞまうけたると申(まう)させ給(たま)へば、典侍(ないしのすけ)候(さぶら)ひて、
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あやうすもののよるの装束一くだり、きぬ百ばかりなん。候(さぶら)ふめるとせば、いとまうなることにこそあなれ。絹は五十をかうじにはとらせて、残(のこ)りは題名僧にこそとらせめ。さてもいつかと宣(のたま)はすれば、今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)にとなんと聞(き)こえさすれば、明後日(あさて)仏にいとよき日なり。さらば御(み)堂(だう)かひはかせ、おい法師(ほふし)のゐ所(どころ)もはらはせ侍(はべ)らん。わかおもとたちのもの笑(わら)ひ給(たま)ふこと恥(は)づかしと宣(のたま)はせて、急(いそ)ぎかへらせ給(たま)ひぬ。御(み)堂(だう)におはしましてかう<のことあり。あみだだうにしやうごんし、其(そ)のみなみのらうに女房(にようばう)のゐどころさるべうしらしき。上達部(かんだちめ)などよばんその参(まゐ)りもの、御(み)厨子(づし)所(どころ)わざにすべし。女房(にようばう)のくひものなどすべしと宣(のたま)はせ。急(いそ)がせ給(たま)ふ。みやの女房(にようばう)殿(との)の聞(き)こし召(め)しつるを、恥(は)づかしういかに<とおもひ騒(さわ)ぎたるなどもいみじうみえたり。あみだだうにしやうごんいみじうせさせ給(たま)へり。とのその日のつとめて、みやに参(まゐ)らせ給(たま)へり。各(おのおの)いまいで奉(たてまつ)る。きやうの有様(ありさま)えもいはずめでたし。あるはこんじやうをぢにして、金のでいしてかきたれば、こんでいのきやうなり。あるはあやのもんにしたゑをし、かみしもにゑをかき、又(また)きやうのうちのことどもかきあらはし、涌出品の恒沙のぼさつの涌出し寿量品の常在霊鷲山の有様(ありさま)、すべて言(い)ふべきにあらず。だいばほんのかのりやうわうの家(いへ)のかたをかき、あるはしろがねこがねのふだをつけ、いひつゞけまねびやるべきかたなし。きやうとはみえ給(たま)は
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ず。さるべきの集などをかきたらんやうにみえ、このましうめでたうしたり。たまのぢくをし大方(おほかた)七ほうをもてかざれり。またかうめでたきことみず。きやうばこはしたんをもて色々(いろいろ)の玉(たま)を綾(あや)文(もん)に入(い)れて、黄金(こがね)の筋(すぢ)を置口(ゝきぐち)にせさせ給(たま)へり。唐(から)紺地(こんぢ)の錦(にしき)の小文(こもん)なるを折立(をたて)にせさせ給(たま)へり。あなめでた同(おな)じくはかやうにてこそ、持経にし奉(たてまつ)らめとみえたり。殿(との)の御(お)前(まへ)かへすがへすかんぜさせ給(たま)ひて、経蔵におさめて奉(たてまつ)らんと宣(のたま)はせて、ぐしておはしましぬ。女房(にようばう)とく<参(まゐ)るべしと宣(のたま)はせければ、宮司(みやづかさ)の車(くるま)ども四五召(め)して、五の御方(かた)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、卅人(にん)の女房(にようばう)のりこぼれて、御(み)堂(だう)へ参(まゐ)る。かかりけるはれのことに、さるべき用意(ようい)あるべかりけるものをと思(おも)へどありのまゝのすがたどもにて参(まゐ)る。此(こ)の頃(ごろ)のきくを色々(いろいろ)いみじうしたりつる。なりともなれば、ことさらにかうこそはとみえて、みだれのりて参(まゐ)りぬ。あみだだうのみなみのらうにおろさせ給(たま)ふ。上部(かんだちめ)ひがしのすのこにかうらんにうしろをあてつゝなみゐさせ給(たま)へり。殿(との)の御(お)前(まへ)かう<のことのありつれと、いさやさばかりぞあらんとおもひ侍(はべ)りつるに、あさましうめもをよばずこそみぬき給(たま)ひつれなどいみじうけうじ宣(のたま)はすれば、この殿(との)原(ばら)もいみじうかんぜさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)のなかにおかしきさまにてくだものなどいれさせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)もものなど聞(き)こし召(め)す。宮司(みやづかさ)。よりたふ・ためまさなど女房(にようばう)の
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こと、とり行(おこな)ふ。かうじのまへ題名僧のことなどはみな宮司(みやづかさ)よりときのふつかうまつれり。ことどもしたてたるきはに、かうじ参(まゐ)りたる。あかいろの装束いとうるはしうてめでたうて参(まゐ)り、かうろもたげてほとけおがみ奉(たてまつ)る程(ほど)、いかなることをいひいでんとすらんと、みえたり。かうざにのぼりて、かいひやくうちしてことのをもむき申して、ぐわんもんすこしうちよみて、ことの有様(ありさま)きやうのうちのこころばへ、れいの大宮(おほみや)釈名入文解釈より始(はじ)めて、いみじう聞(き)きよく珍(めづら)しういひもてゆくに、殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、いみじうかんぜさせ給(たま)ふ。無量(むりやう)義経よりして、ふげんきやうにいたるまで、ときつゞけたる程(ほど)。女房(にようばう)の面目(めんぼく)をきはめみやの御有様(ありさま)めでたし。ほとけのざいせのときぼだひしんをおこすもの。千まんにんありしかど、いまだあらじ、女(をんな)のみにて契(ちぎ)りをむすび。ことをかたらひてかくぼだひしんををこすこと、難解難入の法華経(ほけきやう)をかきうつしくやうじ、七ほうをもてかざり奉(たてまつ)れり。希有のなかのけ有のことなり。法華経(ほけきやう)かきうつしくやうのもの。必(かなら)ずとうりてんにむまる。いかにいはんやこの女房(にようばう)のいづれか。法華経(ほけきやう)をよみ奉(たてまつ)らざらむ。とそつてんにむまれ給(たま)ひて、こくらくにあんらくし給(たま)ふべし。いはんやこんごんるりしんずとうをもてかきうつし。くやうじ給(たま)へる。哀(あは)れにたうときことなり。この御志(こころざし)。すみせんよりもたかく、四大海(しだいかい)よりもふかし。只今(ただいま)御身どもは色々(いろいろ)のはなの袂(たもと)を、ふかくあさくにほとうほり。栴檀沈水にしみかへり、御かほは色々(いろいろ)にさいしき給(たま)ひて、かゞみにうつれるかげをみ給(たま)ひてはかの舎衛国の女人(によにん)のわがかほよしとみけんにもおとらず。
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ここのへのみやのうちにあそびゆけし給(たま)ふこと、かのとうりてんのけらくをうけて、歓喜苑のうちに遊けするにおとらず、喜見宮殿に遊けするにもまさりいま今日(けふ)のゆけのならびなし。まこと衆生(しゆじやう)のみづをもて、よく四すのかんろをなめ五めうのをんがくをきくに、三十三てんのみめうのてんによにひとしくおはする御みどもの、いかにおぼしたることにか、はるのはなのちるをみて、むじやうをさりあきの木(こ)の葉(は)のおつるをみてうれへ、暁(あかつき)の月のとりのこゑに涙(なみだ)をながし、朝のしものあさ日にきえ、ゆふべのつゆ頼(たの)みすくなく、いりあひのかねのこゑ今日(けふ)もくれぬときくをあはれみ給(たま)ひて、いにしへの古(ふる)きうたをおもひて、いまのあはれを忍(しの)び給(たま)ひて、かかる大願(だいぐわん)をおこし給(たま)へり。かつは頼(たの)みつかうまつり給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)ならびに、一品(いつぽん)の宮の御そくさいを祈(いの)り奉(たてまつ)り、かつはわたくしの二せのねがひあひかなひ、一切(いつさい)衆生(しゆじやう)をして、われ同(おな)じく、げんぜあんをんごしやうぜんしよのおもひとけしめんとおぼしたり。めうほう一じやうの経典文字ことにむなしかるべからず。綾羅錦繍黄金珠玉のかざり給(たま)へる衣のうらに、一じやうのたまをかけ給(たま)ひつ。二せの大願(だいぐわん)あひかなはじやなどぞいふ。哀(あは)れにめでたきこと多(おほ)かれどまねびやるべきかたなしことはてゝありつるろくつゝみきぬどもなどそへ給(たま)ひて、まかづる程(ほど)、なを人(ひと)よりことにみゆ。御(み)堂(だう)の所司のもの。題名僧みな絹えつゝたちぬ。殿(との)原(ばら)いみじうみやの女房(にようばう)をこころにくきものにかんじ給(たま)ふ。きやうは経蔵におさめさせ給(たま)ひつ。女房(にようばう)みやに参(まゐ)りて、今日(けふ)のことどもけいすれば、かひありて聞(き)こし召(め)す。かくてこの御とき。春日(かすが)の行幸(ぎやうがう)またしかり
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つれば、この十月にせさせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)も思(おぼ)し召(め)すやうありてびとつ御こしにておはします。みやの女房(にようばう)の車(くるま)。内(うち)よりの車(くるま)などあはせて廿よぞある。其(そ)の有様(ありさま)推(お)し量(はか)るべし。参(まゐ)らせ給(たま)へれば、神宝や何(なに)やとさき<”の御ときにはまさらせ給(たま)へり。舞人(まひびと)には君達(きんだち)つかうまつり給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)残(のこ)るなし。ことどもいみじうめでたくて日くれぬ。このやまなんみかさやまと申と聞(き)こし召(め)して、大宮(おほみや)の御(お)前(まへ)
@みかさやまさしてぞきつるいにしへの古(ふる)きみゆきのあとをたづねて W182。
と宣(のたま)はせけり。春日(かすが)のねぎはかうぶり給(たま)はり、位(くらゐ)給(たま)はらせ給(たま)ひて、よろこびどもあり。山階寺(やましなでら)には御(み)堂(だう)のうち様々(さまざま)のことどもしまうけさうむせさす。てらの別当僧どもに、みな禄給(たま)はす。別当僧都(そうづ)林懐は僧正になさせ給(たま)ふ。宣旨(せんじ)くださせ給(たま)ふに、かしこまりながらそうするやう、みづからは七十にまかりなりぬべし。かみ限(かぎ)りなき位(くらゐ)給(たま)はする、いとかしこき仰(おほ)せなれと、このゑいせう法師(ほふし)数多(あまた)のでしのなかに、昔(むかし)よりいとかしこうおもひ給(たま)ふるものなり。これをいかいきて候(さぶら)ふ折(をり)。僧都(そうづ)になしてみ給(たま)はんの本意(ほい)なん、いとふかう候(さぶら)ふ。さればそうじやうの位(くらゐ)をかへし奉(たてまつ)りて、この法師(ほふし)を僧都(そうづ)になさせ給(たま)はんと申す。ともかくも申によらせ給(たま)ふべしと宣旨(せんじ)くだりぬれば、この別当僧都(そうづ)を始(はじ)めて、七大寺のそうどもひきてよろこび申したる程(ほど)いはんかたなう。めでたし。僧都(そうづ)今年(ことし)ぞ卅四になりける。
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ならかたのかく若(わか)うて、僧都(そうづ)になりたるこれなん始(はじ)めなりける。別当僧都(そうづ)同(おな)じ僧都(そうづ)なれど。このゑいせう僧都(そうづ)のまへにゐたる程(ほど)、別当僧都(そうづ)のために面目(めんぼく)めでたし。くにのかみより始(はじ)めさるべきてらの別当どもみやの御(お)前(まへ)に御くたもの参(まゐ)らするなかに、えもいはずおほきなるおほつゝみに、あかきつなつけて、ひきいだしたり。おどろ<しういかめしきこと限(かぎ)りなし。大安寺別当大威儀師あんてうか参(まゐ)らするなりけり。なかを御覧(ごらん)ずれば、様々(さまざま)のくだものをみなもののかたにつくりなどして、参(まゐ)らせたるなりけり。関白(くわんばく)殿(どの)などもいみじう御覧(ごらん)じけうぜさせ給(たま)ひて、これいさゝかそこなひあやまたで、京に参(まゐ)らすべきよし仰(おほ)せ給(たま)ひて、くにのかみまさもとの朝臣(あそん)にあづけ給(たま)はせつ。平(たひら)かにことなくてかへらせ給(たま)ひぬ。斯(か)かる程(ほど)に霜月(しもつき)になりぬ。此(こ)の頃(ごろ)中宮(ちゆうぐう)のだいぶにて、ほうずじの大臣(おとど)の御子(こ)の大納言(だいなごん)におはする御(み)子(こ)。数多(あまた)おはしぬべかりしを、みな失(うしな)ひ給(たま)ひて、たゞ姫君(ひめぎみ)一人(ひとり)をぞえもいはずかしづきたてても給(たま)へる。うちにとぞおぼし志(こころざ)して、三条(さんでう)院(ゐん)のみやたちなどさやうにおもひ聞(き)こえ給(たま)へりしかど、おぼしたえたるに、いまの御門(みかど)。いと若(わか)うおはしますうちにはまた中宮(ちゆうぐう)また限(かぎ)りなくておはしませば、おぼしたえたり。又(また)東宮(とうぐう)にかんのとの候(さぶら)はせ給(たま)ふ。かやうなるにはいかでかとおほす程(ほど)に、この殿(との)の三位中将(ちゆうじやう)。一人(ひとり)おはすれば、それにやとおぼしたちてむことり聞(き)こえ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)は何事(なにごと)をかは。たゞ
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この御かしづきよりほかのことなくおぼしたれば、御調度(てうど)どもより始(はじ)めよろづの御具(ぐ)ども耀(かかや)くやうに漢書の御屏風(びやうぶ)。文集の御屏風(びやうぶ)どもなどしあつめ給なれば、けに内(うち)春宮(とうぐう)に参(まゐ)り給(たま)はんとたへてみえたり。さてむことり奉(たてまつ)り給(たま)ふ。女房(にようばう)もとよりいと多(おほ)かるとのなれど、心(こころ)異(こと)にえらばせ給(たま)ひて、廿人(にん)童四(にん)下仕(しもづかへ)同(おな)じことなり。ものごのみをし、昔(むかし)よりものはなやかなるわたりにて、いみじうしつくし給(たま)へり。男君(をとこぎみ)十八にやなり給(たま)ふらん。女君(をんなぎみ)はいますこしまさり給(たま)へるなるべし。御かたち有様(ありさま)とゝのぼりはてゝ、いみじうめでたうあてやかに、美(うつく)しうなまめき給(たま)へり。御(み)髪(ぐし)たけに多(おほ)くあまり給(たま)へり。たゞ人(ひと)にみえ給(たま)はんことおしけになん。ていとよくかき給(たま)ふ。ゑなどもいとおかしうかき給(たま)ふ。男君(をとこぎみ)いとかひあるさまにおぼして、いでいりかよひ給(たま)ふ程(ほど)に、五節(ごせつ)になりぬれば、其(そ)のころの御有様(ありさま)はなばなとしたて給(たま)へり。御(み)堂(だう)にもめ安(やす)くおぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。五節(ごせつ)の侍(はべ)る夜(よ)、この大納言(だいなごん)殿(どの)に、ひいできてやけぬ。あめのどかにふりてけしめりにたりけるに、三位殿(どの)も大納言(だいなごん)殿(どの)も。五節(ごせつ)なれば、みなうちにおはしけるしもあることにて、よろづあさましう残(のこ)りなくて、やみぬ。こころうくあさまし。いみじとも世(よ)のつねなり。つとめてよろづの御とぶらひどもあり。御むこどりののち、この十余(よ)日にこそはなりぬれ。折(をり)しも口(くち)惜(を)しう。これも始(はじ)めたいにつけたりしを、かしこうけたれにしを、またそののち十余(よ)日あり
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て人(ひと)のたゆみたる程(ほど)に、かかるなりけり。いと怪(あや)しくさるべきかたきなどもなきにとおぼしながら、すゞろにいできたるひのさまなれば、なをいかなることにかと、殿(との)のうちの上下おもひたり。二条(にでう)のさじきとのにわたり給(たま)ひぬ。斯(か)かる程(ほど)に月頃(ごろ)御(み)堂(だう)のいぬゐのかたにへだてゝ、上(うへ)の御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)へり。みなついぢをしこめて三げん四めんのひはだぶきの御(み)堂(だう)、いとさゞやかに、おかしげにつくらせ給(たま)ひて、きたみなみにしのかたと、らうわだ殿(どの)つくりつゞけさせ給(たま)ひて、十二月(じふにぐわつ)十余(よ)日の程(ほど)に、御(み)堂(だう)くやうあり。御たうの有様(ありさま)ほとけいとおかしげにて、三じやくばかりのあみだ・くはんをむ・せいしおはします。ぶつぐどもえもいはず。美(うつく)しうせさせ給(たま)へり。御(み)堂(だう)の有様(ありさま)、ひさしのかたにめぐりて、寺はうのなりと、このやうに、たゝみひとしきしくばかりの程(ほど)の、なげしのたかさ。四すんばかりの程(ほど)。のけてつくりて、それににしきのはしさしたるながだゞみどもを、にしひがしきたみなみとまはりてしかせ給(たま)へり。ほとけの御(お)前(まへ)に、かうざのひだり右に、礼盤たてよせ給(たま)へり。其(そ)のひさしのなげしのしものかたの。いたじきかげみゆばかりみがゝせ給(たま)へり。北(きた)の方(かた)にはもやのきはに御さうじを、いとおかしげに、ゑかきてたてさせ給(たま)へり。もかうかけさせ給(たま)へり。北(きた)の方(かた)に御つぼねは。しつらはせ給(たま)へり。せうそう七僧・百そうせさせ給(たま)ひて、七そうにははうぶくくばらせ給(たま)ふ。そのことはてゝ、なをやがて三日三よ、ふだんの御ねぶつせさせ給(たま)ふ。やまのねぶつのさまをうつし行(おこな)はせ給(たま)ふなりけり。ねぶつのそう、年(とし)十五をきはにて、十二三四までをえり召(め)したり。やまのさいたう・とうだう・よかは、
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山階寺(やましなでら)・にんわじ・三井寺(みゐでら)などに、各(おのおの)召(め)しあつめたる法師(ほふし)なれど其人(ひと)のこならぬは参(まゐ)らず。さるべき上達部(かんだちめ)、四位(しゐ)・五位(ごゐ)のこどもをぞ参(まゐ)らする。にんわじそうじやう。いみじうしたて給(たま)ひて、十人(にん)参(まゐ)らせ給(たま)へり。三井寺(みゐでら)より僧都(そうづ)ぎみ。同(おな)じくし給(たま)へり。山階寺(やましなでら)の別当僧都(そうづ)。てをつくしたり。ふくう僧都(そうづ)。同(おな)じことし給(たま)へり。やまのざす、ほうしやうじのざす、けいめい僧都(そうづ)などめでたくし給(たま)へり。よかはよりは法住寺の僧都(そうづ)したてゝ。参(まゐ)らせ給(たま)へり。御法事(ほふじ)はてゝ、御ねぶつ始(はじ)まるに、このそうどもの参(まゐ)りあつまりたる、いみじう美(うつく)しうおかしげなること限(かぎ)りなし。一ばんに十五人(にん)をぞむすばせ給(たま)へる。このこぼうしばら、みな宿直(とのゐ)すがたなり。そのさまのさうぞくをぞとのよりも給(たま)ふ。御ねぶつ始(はじ)まりて、 廻(めぐ)り読(よ)む様(さま)哀(あは)れにたうとし。このまとゐたち皆(みな)ちやう衆しよ衆にて、なかとこに候(さぶら)ふ。そうがうたちにも各(おのおの)のしたぢ美(うつく)しとゑみまけて、見ゐたり。なりどもはあるはむらさきの織物(おりもの)の指貫(さしぬき)、濃紫(こむらさき)。うすむらさきにて、たけに二尺ばかり踏(ふ)みしだき、薄鈍(うすにび)の織物(おりもの)、のりばりなどあやむもんあるはかたもんの織物(おりもの)、又(また)このいまやうのつや<などいふをぞむつばかりつゝわたうすらかにてきせたる。うすもののころも、あるは薄鈍(うすにび)むらさきかうなどしてもそめたり。香のかうばしきこと限(かぎ)りなし。きぬにひかれてあるきまふ程(ほど)、いとよたけくなり。
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かしらははなをぬり、かほにはべにしろきものをつけたらんやうなり。哀(あは)れに慈(うつく)しみ。たうときさま、ちいさきぢぞうぼさつは。かくやとおはすらんとみえ、又(また)あまかつなどのものいひうごくともみゆ。又(また)ちごどものめぐりするともみえたり。様々(さまざま)哀(あは)れにたうとし。こゑどものひわかく細(ほそ)く、美(うつく)しげにきかまほしきこと、かたおいのこゑともなく、かりやうびんがのこゑもかくやと聞(き)こえたり。これを疎(おろ)かにおもひて、宮々(みやみや)に御覧(ごらん)ぜさせずなりぬることゝ、殿(との)の御(お)前(まへ)もかへすがへす口(くち)惜(を)しがらせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)殿(の)原(ばら)、またかかることなん見給(たま)へざりつる。世(よ)になふ珍(めづら)しう美(うつく)しきことゝ聞(き)こえ給(たま)ふ。よるまかて給(たま)ふをだに、口(くち)惜(を)しくおぼしてごやに参(まゐ)りあひ給(たま)ふ。これは誰(たれ)かそ。かれはそれかそなど殿(との)の御(お)前(まへ)。この殿(との)原(ばら)などとはせ給(たま)へば、したちそれかれとみな申し給(たま)ふ。そのおやどもを召(め)して、よきこをもたりけるかなとほめの給せて、したちにもよきでしなり。よく<したて給(たま)へなど宣(のたま)はすれば、各(おのおの)。したちおやたちめほくありて思(おも)へり。殿(との)の女房(にようばう)みやの女房(にようばう)などの子(こ)にて、御覧(ごらん)じおぼしゝるは、やがて上(うへ)の御つぼねに召(め)しいれて、くだも宣(のたま)はせなどすれば、かたみのこ法師(ほふし)ばら、うらやましげに思(おも)へり。三日過(す)ぎぬれば、各(おのおの)禄給(たま)ひてまかづる、誰(たれ)もなごり恋(こひ)しうおぼし宣(のたま)はす。そのころのことにはたゞ御物語(ものがたり)のみあり。やがてこの御(み)堂(だう)にさるべき
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そうどもちうし候(さぶら)ひ給(たま)ふ。かくて上(うへ)の御(お)前(まへ)ひんかし殿にかへらせ給(たま)ひぬ。何事(なにごと)につけても、よにめづらかなることどもを、し出(い)でさせ給(たま)ふ。てんぢく震旦のこともはるかにへだゝりたればしらず。これはなをいと様々(さまざま)めでたし。殿(との)の御(お)前(まへ)御(み)堂(だう)のことを、いまより思(おぼ)し召(め)したり。ちあん二年になりぬ。正月には公(おほやけ)わたくし繁(しげ)くて過(す)ぎぬ。枇杷(びは)殿やけてのち。六年になりぬ。つくりいでたれば、四月に渡(わた)らせ給(たま)ふべしとて、みやにはその御急(いそ)ぎある。正月ゆきのふる日、皇太后宮(くわうだいこうくう)より大みやに聞(き)こえさせ給(たま)へり、
@はなはゆきゆきははなにぞまがへつるうぐひすだにもなかぬはるにて W183。
大宮(おほみや)御返し、
@うぐひすのはなにまがふるゆきなれやおりもわかれぬこゑの聞(き)こゆる W184。
四条(しでう)大納言(だいなごん)には女御(にようご)尼上(あまうへ)姫宮(ひめみや)などはてんわうじへ二月にまうでさせ給(たま)ふ。忍(しの)びてとおぼしをきてしかど、こと限(かぎ)りあれば皆(みな)洩(も)り聞(き)こえぬ。さて三日ばかり候(さぶら)ひ給(たま)ひて、さるべきことどもほとけにもつかうまつらせ給(たま)ふ。そうにも給(たま)ひなどして、かへらせ給(たま)ひぬ。姫宮(ひめみや)と聞(き)こゆるは、この四条(しでう)大納言(だいなごん)の中姫君(なかひめぎみ)を、故宮の御こにし奉(たてまつ)らせ給(たま)へるなり。道より怪(あや)しう悩(なや)ましげに、おぼしたりとて、殿(との)も上(うへ)もしづごゝろなげにおぼしみだれたり。なをあだなる御(おん)心地(ここち)とこそおぼしゝが、誠(まこと)に苦(くる)しうして、頼(たの)もしげなくみえ給(たま)ふにも、故宮のいみじきものにおも聞(き)こえ給(たま)へりしものをと、いかにとのみ万(よろづ)
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にしつくさせ給(たま)へど、三月廿余(よ)日(にち)の程(ほど)にうせ給(たま)ひぬ。大納言(だいなごん)殿(どの)も尼上(あまうへ)も疎(おろ)かにおぼさんやは。いみじう嘆(なげ)きたり。弁のきみもおりしも御岳(みたけ)にまうで給(たま)ひにしかば、様々(さまざま)哀(あは)れにおぼし嘆(なげ)きて、さりとてやはとて、後々(のちのち)の御ことものし聞(き)こえ給(たま)ふ。いみじうあはれなり。四条(しでう)のみやのよろづの御たから、たゞこのきみにゆづり聞(き)こえ給(たま)へりしを、其(そ)ののちの御ことどもにことさらにおぼしをきてけり。きたのたいにとのはすませ、寝殿(しんでん)に女御(にようご)殿(どの)とこのみやとすませ給(たま)ふなりけり。大納言(だいなごん)の御(お)前(まへ)に、なでしこをいと多(おほ)くうへさせ給(たま)へりかれたるを御覧(ごらん)じて、大納言(だいなごん)殿(どの)
@つゆをだにあだしとおもひてあさゆふにわがなでしこのかれにけるかな W185。
てんわうじにて姫宮(ひめみや)のけづらせ給(たま)ひし。御(み)髪(ぐし)のもののなかよりいできたるをみ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)
@あだにかくおつとなげきしむばたまのかみこそながきかたみなりけれ W186。
かくて枇杷(びは)殿には四月に御わたりあり。そのよになりて渡(わた)らせ給(たま)ふに、一条(いちでう)殿(どの)とをからぬ程(ほど)なれば、四五丁ばかりそれにつゞきたちたり。みやの御(お)前(まへ)御こしに奉(たてまつ)りてしりに御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)、つかうまつり給(たま)へり。さてやゝおはします程(ほど)に、姫宮(ひめみや)の御(お)前(まへ)。からの御車(くるま)奉(たてまつ)りたる。御車(くるま)には五の御方(かた)土御門(つちみかど)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)など候(さぶら)ひ給(たま)ふ。次々(つぎつぎ)いと多(おほ)かることどもなれど、よるのことなればしらず。さて渡(わた)らせ給(たま)ひ
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ぬ。上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)などの御禄様々(さまざま)なり。この度(たび)は姫宮(ひめみや)の御方(かた)しつらはせ給(たま)へり。あやにうすもの重(かさ)ねたるむらさきのすそごの。御几帳(きちやう)ども御帳のかたびらも同(おな)じやうにて、むらごのひもして、こんじやうでいなどして、ゑかきたり。御丁いとさゞやかにおかしげなり。何事(なにごと)もいと美(うつく)し。大宮(おほみや)の御方(かた)は寝殿(しんでん)のひがしのかたなり。それはいとうるはしうしつらはせ給(たま)へり。ひがしのたいは殿(との)原(ばら)参(まゐ)り給(たま)ふ折(をり)の料(れう)なり。北(きた)の対(たい)は、御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)またそのむすめの。このみやの内侍(ないし)東宮(とうぐう)の亮(すけ)なりとを朝臣(あそん)のむすめなり、その局(つぼね)どもなり。西(にし)の一二の対(たい)は御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)・五の御方(かた)・一品(いつぽん)みやの御乳母(めのと)達(たち)などたゞ女房(にようばう)の局(つぼね)なり。東(ひがし)の対(たい)の北(きた)の端(はし)、東(ひがし)面(おもて)は侍(さぶらひ)にせさせ給(たま)へり。三日の程(ほど)めでたううちあけあそびて過(す)ぎぬ。一品(いつぽん)みやの御方(かた)のわらはべ、おかしき・やさしき・ちいさき・大きさ・めでたきなど様々(さまざま)つけさせ給(たま)へり。いと美(うつく)しうしすへ奉(たてまつ)り、ことさらめきおかしうみえさせ給(たま)ふ。来年は御もきのことなどあるべし。おほ御(み)堂(だう)くやうは、この七月とて世(よ)の人(ひと)いみじう急(いそ)ぎたり。四条(しでう)大納言(だいなごん)の御もとには姫宮(ひめみや)の御はてなどせさせ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)。こ二条(にでう)殿(どの)へわたり給(たま)ひぬ。日頃(ひごろ)ありて、姫宮(ひめみや)の御(み)髪(ぐし)のはこのありけるを、尼上(あまうへ)の御もとに奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとて、其(そ)のはこのしきに大納言(だいなごん)殿(どの)かかせ給(たま)ふ、
@明(あ)け暮(く)れもみるべきものを玉匣(たまくしげ)ふたゝびあはん身にしあらねば W187。
御(み)堂(だう)に五月には
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卅講とていとたうとし。はかなうて六月にもなりぬれば、宮々(みやみや)殿(との)原(ばら)いみじう急(いそ)がせ給(たま)ふ。行幸(ぎやうがう)東宮(とうぐう)の行啓などもあるべし。ゐんの女御(にようご)殿(どの)上(うへ)などもこの度(たび)のものは。御覧(ごらん)ずべければ、世(よ)のなかのあやをりゑしなどもかたがたにとりこめられて、いさかひをのみす。百五十人(にん)のそうのほうぶく、みなせさせ給(たま)ふ。この度(たび)のことにはそうの装束どもにもみなみやみやよりかつげものあるべければ、大方(おほかた)いみじき。にほんのだいじなり。ゐなかの人々(ひとびと)いみじき公(おほやけ)のせめをもすてゝ、よろづのことをかきて、みなのぼりこみて、この度(たび)のことはみそなはさんとすといひ思(おも)へり。すべていふにも疎(おろ)かなる度(たび)の御急(いそ)ぎなり。いつしかその程(ほど)もならはさしものぞかはやと思(おも)へどいと騒(さわ)がしくなれば、おもひもかけずながら、あひなうよものしづのかきねの。やまがつどもこれをいみじき急(いそ)ぎにして、けしきのきはきぬどもそめかけて、ぬひ騒(さわ)ぐも哀(あは)れにおかし。御(み)堂(だう)のむすびばた・にしきのはた・きりはたなども世(よ)の人(ひと)こころのいとまでのいとまなし。四条(しでう)大納言(だいなごん)殿(どの)にはあはれなる御ことどもをつきせずおぼさる。かの姫宮(ひめみや)の御すゝのおはしましけるおり。失(うしな)はせ給(たま)へりけるを、もののなかよりいできたりけるを、女御(にようご)殿(どの)より小二条(にでう)殿(どの)に、尼上(あまうへ)の御もとに奉(たてまつ)れ給(たま)ふとて、
@しるくしもみえぬなりけりかずしらずおつる涙(なみだ)のたまにまがひて W188。
尼上(あまうへ)の御かへりこと、
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@わかれにし人(ひと)にかへてもみてしがな程(ほど)へてかるたまもありけり W189。
などいとあはれなることもいと多(おほ)くなん。御(み)堂(だう)には殿(との)の御(お)前(まへ)安(やす)きいも御とのごもらず、いみじうおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。みやには多(おほ)くの女房(にようばう)候(さぶら)へど卅人(にん)ばかり参(まゐ)るべきなり。多(おほ)くの。あや織物(おりもの)を、このみやかのみや同(おな)じあやをりにせさせ給(たま)はず、様々(さまざま)さやなるえんしりたるをばいみじくくちを固(かた)めかたらせじの御こころを、宮司(みやづかさ)などいみじくせいしいふ折節(をりふし)。ものあはせいどみごとのやうにて、おかしき世(よ)の御有様(ありさま)どもなりけりよろづ聞(き)こえさせつくすべきかたもなくてなん。



栄花物語詳解巻十七


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〔栄花物語巻第十七〕 をんがく
御(み)堂(だう)くやう、ぢあん三年(さんねん)七月十四日と定(さだ)めさせ給(たま)へれば、よろづをしづ心(こころ)なうよるをひるにおぼしいとなませ給(たま)ふ。いけほるおきなの、怪(あや)しきかげのうつれるをみて、
@くもりなきかゞみと磨(みが)くいけのおもにうつれるかげの恥(は)づかしきかな W190。
といふを聞(き)きてかしらしろきおい法師(ほふし)、
@かくばかりさやけくてれる夏(なつ)の日にわがいたゞきのゆきぞきえせぬ W191。
といふもものをおもひしるにやとあはれなり。ひんがしの大もんにたちて、ひんがしのかたをみればみづのおものまもなく、いかだをさして多(おほ)くのくれざいもくを、もてはこふ大方(おほかた)御(み)堂(だう)のうちさらにもいはず、ゐんのめくりまで世(よ)の中(なか)の上下たちこみたり。よろづに磨(みが)きたてさせ給(たま)ふまゝに、ゐんの中金剛不壊のせうちと見(み)えてめでたし。国々(くにぐに)のじゆりやうどもみな仰(おほ)せごとのもの様々(さまざま)もて参(まゐ)りこみたり。さらんずれはをきて仰(おほ)せられたるよりもさしすゝみ、えもいはずめでたうしてもて参(まゐ)りたり。われも<とおとらじまけじと、思たるけしきどもゝおかし。七はうはふりにふり、
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よもよりきたるとみえて、めもをよばぬ御有様(ありさま)なり。さき<”の御(み)堂(だう)のゑによろづはみな。しつくさせつれど、この度(たび)は行幸(ぎやうがう)ぎやうけいあるべうおぼしをきてさせ給(たま)へりければ、其(そ)の御用意(ようい)有様(ありさま)まうけの物いと心(こころ)異(こと)なり上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)のろく楽人(がくにん)舞人(まひびと)のかづけ物までいみじうけうらに思(おぼ)し召(め)すに、又(また)七そう百僧のはうぶくどもなどすべて世(よ)の中(なか)にみちたるたひの御急(いそ)ぎなり請そうたちもこの度(たび)の御急(いそ)ぎを大じに思(おも)へり。わがみのしやうぞくどもわらはべ法師(ほふし)ばらの中まで、しづ心(こころ)なう思いときたり。やむごとなくや又(また)わかやかならんなどが急(いそ)ぎ騒(さわ)ぐは理(ことわり)なり。年(とし)などおひひさしくもあるまじきそうなどのいとどさまもいへば疎(おろ)かなり。二三日かけては試楽といふことせさせ給(たま)ふ。かの日はあへて人(ひと)参(まゐ)るべくもあらさなれば、今日(けふ)だにとておいたる若(わか)き参(まゐ)りつどふ。七八十の女(をんな)おきなつえばかりをたのものしきものにていでたちたるさま、いみじうあはれなり。御(み)堂(だう)の御(お)前(まへ)のもなかにぶたいゆはせて今日(けふ)かの舞人(まひびと)とも残(のこ)りなく、しつくさせ給日頃(ひごろ)ともすればあめふて、この程(ほど)の御有様(ありさま)。いかに<と申思てこの御(み)堂(だう)にもいみじき御祈(いの)りどもよも山(やま)のぶつじんにもいみじきことども有つればにや、今日(けふ)はなごりなくはれて日頃(ひごろ)のなごりなし。この怪(あや)しのものともあまりなるまで御(お)前(まへ)近(ちか)うたちこみたり。人々(ひとびと)いと見苦(ぐる)しかれすこしのけさせよと
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宣(のたま)はすれば、このえもいはぬおい人どもははらはれて、かのゑ日はえ参(まゐ)るまじければ、かしこうかべて今日(けふ)参(まゐ)りたるなり。あか君やよみつとにしはんべるらんするなり。たすけ給(たま)へと、てをするも哀(あは)れにてえきはやかにもおはす。かくてよろづのことをし整(ととの)へさせ給(たま)ひて、十三日のよさり、かんのとの・大みや、西殿におはしませば一(ひと)つ御車(くるま)にて渡(わた)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)車(ぐるま)ともみなこの御(み)堂(だう)のにしのらうにおろさせ給(たま)ふ。御せんたちはこのだうのにしひさしひつじさるのかたかけてぞおはします。くわうたいこうぐうの御むかへに、関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ふ。ちうぐうはうちにおはしませば、うちの大との上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)諸大夫(しよだいぶ)、をのをのわかれ<参(まゐ)る。いづれも御こしはところせければ、みながらの御車(くるま)にてぞ渡(わた)らせ給有様(ありさま)いとよそほしちうぐうの御車(くるま)には二てう殿(どの)の御方(かた)候(さぶら)ひ給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)御車(くるま)には一品宮おはしまし、五の御方(かた)つかうまつり給(たま)へり。宮々(みやみや)の女房(にようばう)各(おのおの)三二人(にん)つゝぞ候(さぶら)ふ。大みやのおはしましつるやうに、にしむきの大もむよりいらせ給(たま)ふ。ありつる同(おな)じ御つぼねにいらせ給(たま)ひぬ。皇太后宮(くわうだいこうくう)の女房(にようばう)、みなひんがしのらうにみなみのかたなるらうには小一条(こいちでう)の院(ゐん)の女御(にようご)おはします。あみだだうのみなみのらうには関白(くわんばく)殿(どの)のうへおはします。こんだうのもとのらうにはうち大殿(との)のうへおはします。又(また)東宮(とうぐう)ちうぐうの大夫(だいぶ)殿(どの)達(たち)
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のうへの御さじきもあり。きやうざうのみなみのらうには三位中将(ちゆうじやう)御車(くるま)三四ひきつゞけてえもいはずみだれのりこぼれて、女房(にようばう)車(ぐるま)などの候も見るにいまめかしういみじ。殿(との)の御(お)前(まへ)はひがしのついぢくづさせ給(たま)ひて、世(よ)の中(なか)の車(くるま)ども参(まゐ)りて、もの見るべきやうにをきてさせ給(たま)ふ。さるべきやむごとなき御車(くるま)どもたちこみぬれば、わび人の車(くるま)よりくやうもあらねば、このみなみのくらのかたなどにたちこめと、それもその大もんのとにきぬやうちて、ここらのそうのそこより参(まゐ)るべければ、近(ちか)くはえより参(まゐ)らず。行幸(ぎやうがう)をだにみんとてぞたちみためる。かくて日うらゝかにいづるほどに、御かたがたの女房(にようばう)達(たち)の候(さぶら)ふ。みすぎはのほど見わたせば、みすのあみまよりは〔じ〕めへりまで世(よ)の常(つね)ならずめづらかなるまでみゆるに、くちばをみなへしきちか表着(うはぎ)などのを物いとゆふなどの。すそごの御几帳(きちやう)むらごのひ〔も〕ともして、様々(さまざま)あるゑをでいしてかかせ給(たま)へりえもいはずめでたき袖口(そでぐち)つまともの。うちいだしわたしたる見るに、め耀(かかや)きて何事(なにごと)も見わきがたうそか中にもくれなゐ・なでしこのひきへきなどの耀(かかや)き渡(わた)るに、きちかうをみなへしはぎくちばくさのかうなどのをり物・うすものにあるは。いとゆふむすびからぎぬなどの。いひつくすべうもなき、からくれなゐのみへの袴(はかま)どもゝみなあやなり。枇杷(びは)殿(どの)のみやの御方(かた)にはまたこのあやものうすものどもを、色々(いろいろ)にて同(おな)じかずにて、この袴(はかま)のうへに重(かさ)ねさせ給(たま)へり。またこれなかりつることと、いみじうめづらかなり。この御かたがた聞(き)こえあはせさせ給(たま)へるにも
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あらず。みな心々(こころごころ)にせさせ給(たま)へるに、同(おな)じいろならぬほどなどいみじうおかしう見(み)えたり。これにまた殿(との)のうへ御方(かた)おとりげなし。これのみならずゐんの御方(かた)。関白(くわんばく)殿(どの)うちの大とのなどの。御かたがたいみじうせさせ給(たま)へり。見わたしたるにこれこそは日本ごくのいみじき大じなりけれとみるにいはんかたなき心地(ここち)すべし。天人(てんにん)などのかざりもかやうにこそはと、推(お)し量(はか)られてめでたし。がく所のものの禄どもふきたてたるえもいはずおもしろし。この物見るものどもあないみじと見けうずるほどに、御(お)前(まへ)近(ちか)う参(まゐ)りよれば、検非違使(けんびゐし)むねすけを召(め)して、かれすこしのけさせよと宣(のたま)はすれば、あかきぬきたるものどもいできて弓づえして、たゝうちにうてはと、よみてにげののしるほどに、殿(との)の御(お)前(まへ)。いとこころ苦(ぐる)しげに御覧(ごらん)じたり。はらひやめば同(おな)じやうにたちこみぬ。このうちに法師(ほふし)かさ。きたる物ぞ。田舎人(ゐなかびと)なめりとみえたる。かくて乱声をまつしあはせたれば、いとどいみじくおどろ<しく、いかなるにかと思(おも)へば行幸(ぎやうがう)のおはしましよれば、この見ものの人々(ひとびと)はらはれて、逃(に)ぐるをとなりけり。やう<おはしましよるほどに、御覧(ごらん)じやらせ給(たま)へば、きやうざうすろうみなみのろうなどのあはひに。日てり耀(かかや)きたる御覧(ごらん)じやられたるは、いとあさましう御めもをよばずおはしまして、大もんいらせ給ほとの左右のふねのがくりやうどうげきしう
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まひいでたり。がくをあはせてひびきむりやうなり。せうをふきつゞみをうち、うたをうたいえもいはず御覧(ごらん)ずる。御(おん)心地(ここち)この世(よ)のことゝおぼされずいらせ給(たま)ひて、にしのちうもんのきたのらう。みみのきざはしに御こしよせておりさせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)の。御さじきのまへを渡(わた)らせ給(たま)ひて、あみだだうのすのこよりおはしまして、ひんがしのわだ殿(どの)に御座よそひておはします。次(つぎ)のわたり殿(どの)に東宮(とうぐう)の御座はせさせ給(たま)へり。御供(とも)の内侍(ないし)ども御(お)前(まへ)まで、えつかうまつらで三位中将(ちゆうじやう)の御はかしとらせ給(たま)へれば、御はこはとうの中将(ちゆうじやう)とりたまへり。内侍(ないし)御かたがたの御覧(ごらん)ずるをはゞかるなるべし。入道(にふだう)殿(どの)。べちにゐさせ給(たま)ふべければ、関白(くわんばく)殿(どの)うちの大との。御はしのこなたよりかへらせ給(たま)ふ。うへの御(お)前(まへ)ほとけの御(お)前(まへ)に参(まゐ)らせ給(たま)ひておがませ給(たま)へば入道(にふだう)殿(どの)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御涙(なみだ)せき留(とど)めずなかせ給(たま)へる。けぢかう見(み)奉(たてまつ)る人々(ひとびと)えのごひあへぬさまなり。御門(みかど)の御有様(ありさま)のいみじうとゝのぼりめでたくおはしますを、大みやの御(お)前(まへ)まいて、いかに見(み)奉(たてまつ)らせ給らんと、思(おも)ひ遣(や)り参(まゐ)らする人々(ひとびと)さくりもよゝなり。御門(みかど)おはしましところにおはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、関白(くわんばく)殿(どの)・うちの大との。みな候(さぶら)ひ給(たま)ふ。うちの大との御(お)前(まへ)にて、行幸(ぎやうがう)のほど物み車(ぐるま)のいみじうめで申しつる。こゑの聞(き)こえ候つることゝそうし給(たま)ふ。御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)たち、さるべき女房(にようばう)どもみなかみあけておもの参(まゐ)らする有様(ありさま)、なべてならずいみじうせさせ給(たま)へり。
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暫(しば)しありて東宮(とうぐう)のぎやうけいあり。ことのよしそうして、御車(くるま)かきおろして、ちうもんのとよりえん道しきてあゆみいらせ給(たま)ふ。御車(くるま)に閑院(かんゐん)のおとど。つかうまつらせ給(たま)へり。みやいみじうひはやかにめでたうていらせ給(たま)ふ。行幸(ぎやうがう)に有様(ありさま)異(こと)なれど、いみじうなまめかしう心(こころ)異(こと)なり。大夫(だいぶ)より始(はじ)めみやじ殿上人(てんじやうびと)つかうまつれり。さて御やすまくにいらせ給(たま)ひぬ。上達部(かんだちめ)は今日(けふ)の御(み)堂(だう)のひんがしのひさしにつき給(たま)ひぬ。殿上人(てんじやうびと)諸大夫(しよだいぶ)はにしの廊のまへなるひらはりにつきぬ。楽やはなかしまにしたり。御ずきやうのもの同(おな)じく、なかしまにひらはりして公(おほやけ)より始(はじ)め宮々(みやみや)の禄の辛櫃どもいろあかく、おどろ<しくて、みなこの御(み)堂(だう)のそはのかたにかきすへためり。かくてほとけの御(お)前(まへ)に御座よそひて、うへの御(お)前(まへ)も東宮(とうぐう)もおはします殿(との)の御(お)前(ま)もそはのかたにおはします。ほとけの御(お)前(まへ)のにはにかうじどくじのかうざさうにたてゝ、かみにえもいはずめでたき白盖おほひたり。なかに礼盤たてたり。いまは宮々(みやみや)の御(お)前(まへ)にものども参(まゐ)らせ給(たま)へり女房(にようばう)のなかに、おかしきひわりごなどいといまめかしう。見どころありてせさせ給(たま)へり。上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)などみなもの参(まゐ)らせ給(たま)ふ。かせうそんじやの室にも。いまだあらざる臥具をしき、けんこちやうじやの家(いへ)にも。あることまれなるおんじきどもなり。宮々(みやみや)御かたがたの女房(にようばう)の心地(ここち)どもかのとうりてんじやうのをくせんざいのたのしみ、大ぼんわうぐうの。深禅定のたのしみもかくやとめでたし。すべて今日(けふ)残(のこ)り給(たま)へらん。殿(との)原(ばら)誰(たれ)かはとみえたり。御(お)前(まへ)のかた
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には、おかしげなるてんじやうわらは。なれつかふまつるに大との東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)の君達(きんだち)、いと美(うつく)しうて交(ま)じらせ給(たま)へりのどかにゐんのうちの有様(ありさま)を御覧(ごらん)ずれば、にはのすなごはすいしやうのやうにきらめきていけのみづ。きようすみて色々(いろいろ)のはちすのはな。なみよりおいたり。そのうへみなほとけあらはれたまへり。ほとけの御かげいけの面(おもて)にえいじたり。東西南北の御(み)堂(だう)・きやうざう・すろうまでのかげうつりて、又(また)一ぶつ世界(せかい)とみえたり。いけのめぐりにうへ木あり。えたごとに皆(みな)羅網かかれり。はなびらやはらかにして、かぜなけれどもうごく。緑真珠のうへきははるりのいろなり。玻〓樹のたをやかなるえだは、いけのそこにみえたり。やはらかなるはなぶさかたぶきておりぬべし。緑真珠のはは、あをきことさかりなる夏(なつ)のうへきのごとし。きんぎんのはゝ、ふかきあきの紅葉(もみぢ)のごとし。虎魄のはゝ、ちうしうのくはうようのごとし。白瑠璃のはゝ、冬(ふゆ)のにはのゆきをおひたるがごとし。かやうに様々(さまざま)かぜのうへきをふけば、いけのなみ金玉のきしをあらふ七宝の橋金のいけによこたはれり。ざつほうのふねうへきのかげにあそぶ。くじやくあふむたかのすにあそぶこの御(み)堂(だう)を御覧(ごらん)ずれば、七宝所成の宝殿なり。宝楼真珠のかはらをもてふき、るりのかべしろくぬり、かはらひかりてそらのかげみえ、天象一如石金銀の棟金色のとびらすいしやうのもといし、しゆ<”のざつほうをもてしやうごんのかざりせり。色々(いろいろ)交(まじ)はり耀(かかや)けり。とびらをしひらきたるを御覧(ごらん)ずれば、八さうじやうだうをかかせ給(たま)へり。しやかほとけの摩耶のうけうよりむまれさせ給(たま)ひて、なんだばつなんだふたつ
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のりやうそらにてゆあむし奉(たてまつ)りけるよりはしにて、しつたたいしと申して、じやうぼんわうぐうにかしづかれ給(たま)ひしに、御出家(しゆつけ)のほいふかくおはします。ちゝの王これをいみじきことにおぼして、となりの国々(くにぐに)のわうの一(ひと)つむすめをとりあつめて五百人(ん)そへ奉(たてまつ)り給(たま)へりけれど、いさゝかそれに御心(こころ)もとまらねば、よものそのはやしをみせ奉(たてまつ)らんとおぼして、百くはんひきていだし奉(たてまつ)り給(たま)ふ。情居天変してしやうらうびやうしをげんじて見(み)奉(たてまつ)り、御年(とし)十九(じふく)のみづのえさるの年(とし)、二月八日の夜中にいで給(たま)ひて、出家(しゆつけ)せさせ給(たま)ひて、むまやの御むまをいたづらに。さのくかひてかへり参(まゐ)りたれば、わう・ふじん、そこらのけ女、みやのうちゆつりてなき、また降魔、成道、転法輪、〓利天にのぼり給(たま)ひて、摩耶をけうけし奉(たてまつ)り給(たま)ふ。しやらそうじゆの涅槃(ねはん)の暁(あかつき)までかたをかきあらはさせ給(たま)へり。はしらにはぼさつしやうしゆの音。かのかたをかきかみをみれば、しよてんくもにのりて戯、しもをみれば、こん<”るりをちとしけり。やう<ほとけを見(み)奉(たてまつ)り給(たま)へば、中ぞんたかくいかめしうおはしまして、大日によらいにおはします。ひかりのなかのけぶつ。むしゆをくにしてむりやうしやうごんぐそくし、宝帳・宝憧・宝瓔珞、上下よもにくはうみやうてらし耀(かかや)けり。中わう最上地のうへに、大ほうれんげの国座あり。毘楞伽宝たい同(おな)じ百ほうの色相はにくせり。八まん四せんのはありてむりやうめうはうそなへたり。よう<ことに百をくの大宝摩尼をかざれり。大千界の日転をめうもんたへなるがごとし。無尽のまんをくしやうごんせりによらいこのざのうへにして、法・報・応化ゑんまうさうかうぐそくし給(たま)ふ。
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無見頂のかうべより、千ふく輪のあなうらまでそなへ給(たま)へり相好、申しつくべからず。ひだりみぎのほうざには弥勒文殊ぞおはします。文殊はかのせいりやうさんには、一まんのほさつしゆ、六千の比丘上首とし給(たま)へれど、こころには一ところおはします。又(また)ぼんでんたいしやくおはします。ぼんわうは鵞といふとりにのらせ給(たま)へり。殿(との)の御(お)前(まへ)は御八十のがにやと見(み)奉(たてまつ)る。四てんわういかめしくて立(た)たせ給(たま)へり。ごくらく世界(せかい)これにつけても、いかに<といとどゆかしく思やり奉(たてまつ)る。びしゆかつまもいとかくはえやつくり奉(たてまつ)らざりけんとみえさせ給(たま)ふ。ほとけの御(お)前(まへ)に螺鈿のはなつくゑ、同(おな)じらてんの高杯ども、かねのぶつきどもをすへつゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。しつほうをもてはなとつくり、けぶつ同(おな)じく七ほうをもてかざり奉(たてまつ)れり。くはしやどもに色々(いろいろ)のたからのかうどもをたかせ給(たま)へれば、いきやうくんじたり。所々(ところどころ)にほうとう・はたかけつらねたり。みなこれ七ほうをもて強盛せり。こがねのすゞやはらかになり、日のむまのときばかりになるほどに、かねのこゑ頻(しき)りになり、ひゞきよにすぐれたり。じやうくはうみやうわう仏のくに、下金剛輪を限(かぎ)りて聞(き)こゆらんとおぼえたり。このけんぶつもんばうの人(ひと)、たちすくみ、かしらいたうもののけうおぼえず苦(くる)しきに、このかねのこゑことなりぬときくに、心地(ここち)嬉(うれ)しうて、苦(くる)しかりつる心(こころ)ともおぼえず。てんぢくのぎをんしやうじやのはりすのかねのをとに、@@07 諸行無常(しよぎやうむじやう)・ぜしやうめつぽう・しやうめつ<い・じやくめつゐらく[かな: しよぎやうむじやう・ぜしやうめつぽふ・しやうめつめつい・じやくめつゐらく] B07とこそ聞(き)こゆなれ。やまひの僧このかねのこゑを聞(き)きて、苦(くる)しみうす。あるひは渡土にむまるなり。そのかねのこゑに、
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今日(けふ)の鐘(かね)の音(をと)、劣(おと)らぬさまなり。かくてこの南(みなみ)の幄(あげばり)には、にんわじのそうじやう・せんりんじのそうじやう・山(やま)のざす・山階寺(やましなでら)の別当(べつたう)そうずなどを始(はじ)め、御供(とも)に廿よ、卅にたらぬ程(ほど)のそうどもの、かたち清(きよ)げに。たけひとしくびゞしきを、十廿人(にん)つゞきたちたり。このなりども、様々(さまざま)いみじうつき<”しくて、くつどもをはきたり。色々(いろいろ)のかはほりどもをひらめかしつかひたるけはひ有様(ありさま)、つき<”しうみえたり。また十余(よ)はかりの。こ法師(ほふし)のいとおかしげなるが、いろうるはしうあひきやうつきたる。二三人(にん)ぐして、三ゑはこ・さう座などいふものどももたり。またおのこころのつくりたてたるやうなる三四人(にん)ぐしたり。各(おのおの)かくひきぐして参(まゐ)りこみ給(たま)ふ。中大童子、様々(さまざま)のしやうぞくして整(ととの)へたり。一人(ひとり)の御具(ぐ)ともかやうなり。各(おのおの)あつまりたるほど。推(お)し量(はか)るべし。ころも・けさも、あるは。あかく、 あるはあをくなどして、いみじうつきみやさしき法師(ほふし)ばら五六人(にん)いできて、みちをはらひ〔け〕しきたつ。からしやうといふものいできたり。講師読師のさゝげられて、こしにのりて参(まゐ)り給(たま)ふなりけり。御斎会になすへて、かうじ・どくじのさきに、しきふひやうぶ・だんじやうなど、左右列ひきてあゆみつゞきたり。楽所乱声えもいはずおどろ<しきに、しゝのこともひきつれてまひ出(い)でてまちむかへ奉(たてまつ)るほど、この世(よ)のことども見(み)えず。次(つぎ)にこのそうたちみなみのらうより。ひだりみぎ整(ととの)へてならびつゞき、各(おのおの)さきにたてゝ、そこらのそうたち参(まゐ)りあつまるほど、ともかくもいは
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れて涙(なみだ)ぞいでくる。そうのなりども、みなぼんおん・しやくじやう。みな品々(しなじな)にしたがひて色々(いろいろ)なり。のうのけさなどは、もろこしよりこの度(たび)の御(み)堂(だう)のゑにと志(こころざ)してもて参(まゐ)れるものどもなれば、あざやかに常(つね)に似(に)ず。玉(たま)を貫(つらぬ)きかけたれば、尊(たうと)さは更(さら)にもいは
ず、いみじき見物(もの)なり。銀(しろがね)・黄金(こがね)の香炉(かうろ)に、様々(さまざま)のたからの、香(かう)を焚(た)きたれば、ゐんのうちせんだん・ぢんすいのかにみちかほれり、色々(いろいろ)のはなそらより四方にとびまかふ。このそうたちのさますがたども、たゞかのれうぜんのほうゑに、ぼさつ・せいしゆの参(まゐ)りあつまり給(たま)ひけんも、〔か〕くやとみゆ。三ぜのしよぶつのせつほうの儀式(ぎしき)もかうこそはと、くはんぎの涙(なみだ)留(とど)めがたし。ぶたいのうへにて、様々(さまざま)のぼさつまひどもかずをつくし、またはらはへのとりのまひどもたゝごくらくもかくこそはと、推(お)し量(はか)り、思(おも)ひやりよそへられて見(み)る程(ほど)ぞ、いと思(おも)ひ遣(や)られて、其(そ)のゆへいとど今日(けふ)のことめでたき。くじやく・あふむ・かれうびんなど見(み)えたり。楽所のものの禄どもいとどいみじうおもしろし。これ皆(みな)法(のり)の声(こゑ)なり。あるひは天人(てんにん)・せいしゆの伎楽歌詠すると聞(き)こえ、高山大樹緊那羅のるりのことになずらへて、くはんげん哥舞のきよくには、一じつしんによのりを調(しら)ぶと聞(きこ)ゆ。事(こと)とも始(はじ)まりぬれば、さうに、分(わか)れて行道す。こなたかなたの御堂(だう)、大廻(おほめぐり)にやがて廻(めぐ)れば、このぎやうだうのほどにぞ残(のこ)るひとなく見(み)奉(たてまつ)る。かくて殿上人(てんじやうびと)達(たち)て行幸(ぎやうがう)す。かねてよりえらばせ給(たま)へるにや、かたち人(ひと)よりことに見(み)えたるともたちつづきたり。はなはこもたるそう
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のしやうぞくのいうに整(ととの)へさせ給(たま)へり。そのいろのむらごのくみ、たけひとしくむすびさげたり。ぎやうだうおはりて、ひだりのかたは五大だうのみなみのひさしにつきぬ。みぎのかたにはあみだだうのひんがしのひさしにつきぬ。その次々(つぎつぎ)はれいの作法(さほふ)のことども、推(お)し量(はか)るべし。かうじの山(やま)のざす、いみじうつかうまつり給(たま)へり。御ぐわんもんよみみやたちの御ずきやうなど一<に申こひちかゐ申し給(たま)ふ。ずいきのせつほうきくままにくはんぎの涙(なみだ)いやまさり。よろづにいみじうめでたく悲(かな)し。殿(との)の御(お)前(まへ)様々(さまざま)の涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)ふ。ことどもはつるきはに、公(おほやけ)の御禄、左右の蔵人(くらうど)のとうを始(はじ)め、殿上人(てんじやうびと)廿人(にん)たちて、まづかうじを始(はじ)め、七そう次(つぎ)に百五十人(にん)のそうにかつげわたす。大褂・ふすまなり。あなめでたと見(み)えたるに、東宮(とうぐう)大夫ことをまなびて、東宮(とうぐう)の殿上人(てんじやうびと)蔵人(くらうど)まで、又(また)同(おな)じことかづけわたさせ給(たま)へり。また大みやの大夫(だいぶ)みんぶきやう。こと行(おこな)ひて、みやじ、内(うち)・東宮(とうぐう)の殿上人(てんじやうびと)。蔵人(くらうど)などかひまじりてことにかつげわたしたり。また次々(つぎつぎ)くわうたいこうぐう中宮(ちゆうぐう)各(おのおの)大夫(だいぶ)たち。ぎやうじして、みやじ・大夫(だいぶ)たち・五位(ごゐ)などもとりて、様々(さまざま)かつけわたして、次(つぎ)にかんの殿(との)の御方(かた)の東宮(とうぐう方(がた)の人(ひと)。ぎやうじして東宮(とうぐう)亮(すけ)やすみちなどよりて同(おな)じ今年(ことし)わたしていまはかうにこそとおもふほどに、小一条(こいちでう)の院(ゐん)の御さじきより、院司とも殿上人(てんじやうびと)達(たち)見(み)えてかつけたり。すべてこの世(よ)にはまたあらぬことなり。いみじきもろこしの御門(みかど)なりとも、よその人(ひと)とちはともかくもありぬべし。これは我御このみなゝから、かくせさせ給(たま)ふことは、さらに<いまだ昔(むかし)にもあら
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ざることなり。いま行末(ゆくすゑ)ありがたくやと見おもふ人(ひと)多(おほ)かり。このそうたち、さるべきじやうらうそうかうたちなどは、やがて御でしどもとりつゝ、いとめ安(やす)し。ぼんそうなどのはさるべきにもあらぬは。たゞわがみ一(ひと)つにかつきうづもれたる。見るにこころ苦(ぐる)しう熱(あつ)かはしけなり。あまりになりぬは、とのがたの布施・禄などは、もてつゞけてをくらせ給(たま)ふ。すべてめもこころもおよばず。めづらかにいみじかりつる日の有様(ありさま)を、世(よ)の中(なか)の例(ためし)に。かきつゞくる人(ひと)多(おほ)かるべし。そが中(なか)にもけ近(ぢか)く見(み)聞(き)きたる人(ひと)は、よくおぼえかくらん。これはものもおぼえぬま君達(きみたち)の、おもひ<にかたりつゝかかすれば、いかなるひがことあらんとかたはらいたし。日くるゝほども、内(うち)東宮(とうぐう)かへらせ給(たま)ふ。贈(おく)り物(もの)、上達部(かんだちめ)の禄・殿上人(てんじやうびと)のかつけ物など、いみじう御心(こころ)にいれ、こまかなるさまにをきてさせ給(たま)へり。今日(けふ)のかうじの山(やま)のざすは、そうじやうになさせ給(たま)ふ。御ほとけつかうまつれるぶつしさだともは、ほつけうになさせ給(たま)ひつ。御(み)堂(だう)つくりつかうまつれるたくみども、かうぶり給(たま)はせ、様々(さまざま)のよろこびどもしたり。殿(との)の御(お)前(まへ)の御なみたは理(ことわり)にみえさせ給(たま)へり。大方(おほかた)いづれの人(ひと)もいみじうこそ覚(おぼ)したりつれ。宮々(みやみや)などいまはかへらせ給(たま)ふべきを、殿(との)の御(お)前(まへ)、こよひは留(とど)め申(まう)させ給(たま)ひて、明日(あす)この御(み)堂(だう)心のどかにおがませ給(たま)ひて、明日(あす)のよさりかへらせ給(たま)へと申(まう)させ給(たま)へば、いとよきことゝてみなとまらせ給(たま)ひて、やがてひるの御つぼねにさしあつまります。御(み)堂(だう)<
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のかざりともとりおさめず、同(おな)じことながらあり。女房(にようばう)たちいづれの宮々(みやみや)のもまかでぬ。たゞいづかたにもはぢさせ給(たま)ふまじきぞ。二三人(にん)ばかりつゝ留(とど)めさせ給(たま)ひて、みな御屏風(びやうぶ)のうしろのかたに近(ちか)く候(さぶら)ふ。いと苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)せど、こよひのたいめんこそは昔(むかし)おぼえさせ給(たま)ふめれ。御(み)堂(だう)<のあかしども参(まゐ)りわたしたるに、ほとけの御ひかりに御(み)堂(だう)のかざりももてはやされ、めたう御覧(らん)ぜらるゝは、いみじう騒(さわ)がしう思(おぼ)し召(め)されつるに、こころのどかなるに、月もくまなくてり渡(わた)るに、御(み)堂(だう)の。みあかしにほとけのてらされ給(たま)へるほどなど、近(ちか)う見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。またにしひんがしの御(み)堂(だう)など見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)、いみじくめでたう。たうとくおぼさる。かの六じさんにいひたるやうに、よるのさかひしづかなるに、所々(ところどころ)のみはしのかな物どもの、きらめきたるさへめでたう御覧(ごらん)ぜらるゝに、今日(けふ)は十四日なれば、三まいだうにはふげんかう。行(おこな)はせ給(たま)ふを、やゝとをきほどなれど、ものずむしぬかづきなどするは、あらはに聞(き)こし召(め)されて、いみじうたうとう思(おぼ)し召(め)さるゝに、ことはてぬなりと聞(き)こし召(め)す。あみだだうに殿(との)の御(お)前(まへ)おはしまして、ねんぶつせさせ給(たま)ふを見(み)奉(たてまつ)りやらせ給(たま)ふも、此よゝり行末(ゆくすゑ)まで、哀(あは)れに頼(たの)もしう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。あみだほとけねんじ奉(たてまつ)る人(ひと)をば、二十五のぼさつまもり給(たま)ふと、たうの大師の宣(のたま)へり。又(また)、ねんじてごくらくをのぞむ人(ひと)もし参(まゐ)ることあやぶみあらば、やくしによらい、二人(ふたり)のぼさつを添(そ)へてごくらくに送(をく)れと告(つ)げ給(たま)ふなりなどおぼしあはせ見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。殿(との)の
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御(お)前(まへ)の御有様(ありさま)、いづれの御(お)前(まへ)達(たち)も、頼(たの)もしうめでたう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。こよひの御たいめんを、ほとけの御とくと嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)さるべし。何事(なにごと)も聞(き)こえさせ給(たま)ひて、一品(いつぽん)みやの御有様(ありさま)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、三じやくの御几帳(きちやう)にしらぬまそまさらせ給(たま)ふめるに、御(み)髪(ぐし)はむまれさせ給(たま)ひてののち、二三どばかりそらせ給(たま)へれば、いみじう筋(すぢ)細(ほそ)うめでたう、なよ<とよりかけたるやうにおはします。たけに二三寸ばかりたらせ給(たま)はぬほどにおはします。いみじうふくらかにあひきやうづき、あてに薫(かをり)、えもいはずおはします。今年(ことし)こそは。十一におはしますらめ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにかたくなならず、美(うつく)しう整(ととの)ほらせ給(たま)ふ、いまの世(よ)の人(ひと)はかくのみこそおはしましあるわざなめれ。昔(むかし)物語(ものがたり)にもかくこそはと見(み)えさせ給(たま)ふ。大みやの御(お)前(まへ)は、うらやましう、かうやうにて見(み)奉(たてまつ)るか交(ま)じらせ給(たま)へらましかばと、いみじうゝつくしう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)にねふたげに思(おぼ)し召(め)して、おとのごもりぬ。御(お)前(まへ)達(たち)の。御物語(ものがたり)のほどとも、えうたまはらねば。かきつゞけず。おかしきことどもゝあるべけれと、たは安(やす)くうけたまはらぬこそ口(くち)惜(を)しけれ。かくて夜ひは苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)さるべければ、みなおとのごもりぬ。またの日、ひさし出(い)でてみのときばかり、きのふの上達部(かんだちめ)参(まゐ)らせ、きのふはうるはしき御よそひなりしに、今日(けふ)は殿(との)原(ばら)・君達(きんだち)みななふしにて参(まゐ)り給(たま)へり。今日(けふ)の御有様(ありさま)、いみじうなまめかしうおかしきに、みかどものしみかへり給(たま)へるほど、ものめでせん人(ひと)はきえいりぬべし。かくて関白(くわんばく)殿(どの)
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を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、こと殿(との)原(ばら)みなおはしまさふ。みなさるべきは残(のこ)りなく参(まゐ)り給(たま)へり。ひつじのときばかりになりて、御車(くるま)よせて奉(たてまつ)る。くちには大みや皇太后宮(くわうだいこうくう)奉(たてまつ)る。次(つぎ)には中宮(ちゆうぐう)・かんのとの奉(たてまつ)りて、中には一品(いつぽん)みやおはします。から御車(くるま)は、れいのよりはすこしちいさき心地(ここち)すれば、いつところ奉(たてまつ)りたれば、自(おの)づから御衣(ぞ)のわざとならずはつかにはづれていでたる程(ほど)のにほひ・有様(ありさま)、きのふのみすぎはどものめづらかにみえしに、これは聞(き)こえさせんかたなくめでたし。薫(かをり)などはたとふべきかたなし。御車(くるま)にぢげの人(ひと)よりつかず。たゞ殿上人(てんじやうびと)の限(かぎ)りなり。てひきにておはします。殿(との)原(ばら)をしこらせ給(たま)へるに、一(ひと)つ家(いへ)よりほかの上達部(かんだちめ)、ことおりはありとも、今日(けふ)はえしり奉(たてまつ)らじとて、むら<にをくれ給(たま)へり。この御車(くるま)のうちの有様(ありさま)を、あさましうよにめづらかなることの例(ためし)に、この殿(との)原(ばら)聞(き)こえ給(たま)ふ。もろこしにも三ぜんにんの后(きさき)おはすやうありけり。この御門(みかど)には七人(にん)までおはすべきだうりあなれと、いまだあらじ、同(おな)じ大臣(おとど)の御女二人(ふたり)とだに。后(きさき)にてならばせ給(たま)へるは、おはせざりけり。まいて三(み)所(ところ)おはしますに、いま一ところは東宮(とうぐう)女御(にようご)にて、今日(けふ)明日(あす)と聞(き)こえさすばかり、后(きさき)がねにておはします。また一品(いつぽん)みやと聞(き)こえさすれども、后(きさき)とひとしき御位(くらゐ)にて、年官年爵をえさせ給ふなどあれば、よにいみじう、いまだ昔(むかし)にもあらざりし御ことどもなりやと、うちかたらひ聞(き)こえ給(たま)ひつゝおはす。かくてあみだだうには、今日(けふ)盂蘭盆(うらんぼん)講(かう)
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せさせ給へば、参(まゐ)らせ給(たま)ひつゝ、ほとけをも御(み)堂(だう)をも見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、いみじうたうとくめでたう思(おぼ)し召(め)さる。くやうの日などは、いと物騒(さわ)がしければ、こころのどかにも。えみ奉たてまつ)らせ給(たま)はぬに、いと嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)さる。殿(との)の御(お)前(まへ)、御(み)堂(だう)<のそうども召(め)して、御ずきやうども申しあげさせ給(たま)ふ。宮々(みやみや)のかんのとの、各(おのおの)。きぬ五十ひきづゝ、御ずきやうにせさせ給(たま)ひて、みやのみおはしまさず。数多(あまた)の御方(かた)におはしませば、かねのこゑいとおどろ<し。そうどもに一日の。残(のこ)りのもの、大褂などみなかつけさせ給(たま)ひて、かねての御まうけもなきことどもなれど、よにめづらかなる御心(こころ)をきてともにみゆれば、わざと思(おも)はぬことどもをだにこそ、かきつゞけかたり伝(つた)へつべかりけれ。さてかへらせ給(たま)ひぬれば、この殿(との)原(ばら)、みな御(み)堂(だう)のすのこに、御わらうたしきて、ゐさせ給(たま)ひぬ。さるべき御くた物・みきなど参(まゐ)らせ給(たま)ふほどに、やゝ御かはらけすゝみて、暫(しば)しこそあれ、みなゑひみだれて、かしこまりもなきまでなれば、いとふびんなることなりとて、まかでゝよさりの御をくりともにこそ参(まゐ)りはんべらめなど申し給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)、この度(たび)の御供(とも)に参(まゐ)り給(たま)へる。人(ひと)には、さるべう験(しるし)はんべらんこそよからめ。なべてのことはいとひなうはんべらん。きのふに皆(みな)こと尽(つ)きにしかども、たゞ御車(くるま)のうちにみえつる物どもやようはんべらんと、聞(き)こえさせ給(たま)へば、奉(たてまつ)りつる御衣(ぞ)どもをみなとり出(い)でさせ給(たま)ひつゝうとくおはするにも睦(むつ)まじきにも、
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みな奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いろ・にほひ・重(かさ)なりなべてにあらず。これをいみじうゑひみだれ給(たま)へるに、しどけなふひきかづけつゝ、さうとき給御有様(ありさま)ども、きのふうるはしかりしことどもにまさり、いまめかしう見(み)えたるに、御こゑも様々(さまざま)なるに、文集のかふのもんをおぼえ給(たま)ふ。@@08 をるものは何(なに)人(びと)ぞ、きる物は誰(たれ)ぞ、越渓寒女漢宮姫也、織為寒北秋鴈行染為江南春水衆、一対直千金、行泥粉汚不再着 [かな: おるものはなにびとぞ、きるものはたれぞ、ゑつけいのかんじよかんきうのきなり、おりてかんほくしうがんのかうをなしそめてかうなんしゆんすゐのしゆうとなす、いつたいあたひせんきんかうでいふんにけがれてふたたびきず。] B08など、様々(さまざま)の御こゑどもしてずし給(たま)ふも、みゝとまりてめでたう聞(き)こゆ。人(ひと)にとらすれば本意(ほい)なう忝(かたじけな)しとて、みな各(おのおの)かづきてぞ。ひきみだれていで給(たま)ふほど、@@09 つちをふみて、すこしも惜(を)しむこころなし[かな: つちをふみて、すこしもをしむこころなし ] B09ともこそ有けれとみゆ。かくてみだれよろぼひ給(たま)ふほど、ゑにかかまほしくおかしくなむまでいで給(たま)ひて、日くれぬれば、また。御むかへに参(まゐ)り給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)うちにいらせ給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)は枇杷(びは)(どの)にかへらせ給(たま)ひぬ。大みや・内侍(ないし)のかんのとの・殿(との)のうへなどは、にし殿(どの)におはします。各(おのおの)つかうまつり給(たま)へる殿(との)原(ばら)・殿上人(てんじやうびと)、みなれいの作法(さほふ)の禄どもあり。様々(さまざま)かたがたのかへらせ給(たま)ふ程(ほど)の御よそひなど、いみじうめでたし。もろこしの人(ひと)は、人(ひと)をのろふとては、いとまあれとぞいふなる。只今(ただいま)この殿(との)の御(お)前(まへ)の御有様(ありさま)、やまとのくににはさらにもいはず、からこくまでぞ祈(いの)り申しけんと見(み)えさせ給(たま)ふ。御なからひにこそはおはしますめれ。かかる世を近(ちか)くもとをくも見(み)奉(たてまつ)る人(ひと)さへ、
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皆(みな)唐国(からくに)の人(ひと)に祈(いの)られたる心地(ここち)なむしけるとぞ。



栄花物語詳解巻十八


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〔栄花物語巻第十八〕 たまのうてな
御(み)堂(だう)数多(あまた)にならせ給(たま)ふまゝに、じやうどはかくこそと見(み)えたり。れいの尼君(あまぎみ)たち、あくれば参(まゐ)りておがみ奉(たてまつ)りつゝ、世を過(す)ぐすあま法師(ほふし)多(おほ)かる中に、心(こころ)ある限(かぎ)り四五人(にん)契(ちぎ)りて、この御(み)堂(だう)の例(れい)時にあふわざをなんしける。うちつれて、御(み)堂(だう)に参(まゐ)りて、見(み)奉(たてまつ)れば、西(にし)によりて北南(きたみなみ)ざまに東向(ひんがしむき)に十余(よ)間(けん)の瓦葺(かはらぶき)の御(み)堂(だう)あり。たるきのはし<”はこがねのいろなり。よろづのかな物みなこがねなり。御(お)前(まへ)のかたのいぬふせぎはきんのうるしのやうにぬりて、ちがひめごとに、らてのはながたをすへて、色々(いろいろ)のたまをいれて、かみにはむらごのくみして、あみをむすばせ給(たま)へり。きたみなみのそばのかた、ひんがしのはし<”のとびらごとに、ゑをかかせ給(たま)へり。かみにしきしがたをして、詞をかかせ給(たま)へり。はるかにあふかれてみえがたし。九ほんれんだいの有様(ありさま)なり。あるひは年(とし)頃(ごろ)のねんぶつにより、あるひはさいごの十ねんのゆへ、あるひはおはりのときぜんちしきにあひ、あるひはじやうきうの人(ひと)、あるひはかいきうのもの、行(おこな)ひの品々(しなじな)にしたがひてごくらくのむかひをえたり。これはしやうじゆらいかうかとみゆ。みだによらいくもにのりて、ひかりを放(はな)ちてぎやうじやのもとにおはします。くはんおん・せいしれんだいをさゝげてともにきたり給(たま)ふ。もろ<のぼさつ・
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しやうじゆ、をんじやうぎがくしてよろこびむかへとり給(たま)ふ。ぎやうじやにんにくのころもみにきつれば、或香にほひしみ薫(かを)りて、ぐぜいやうらくみにきつれば、五ちのひかり耀(かかや)けり。わうごんのこまやかなるひかりとをりて、しまごんのやはらかなるはだへすきたり。芝金台に安座して、しゆゆせつなもへぬほどに、ごくらくかいに参(まゐ)りつきぬ。さうあんにめをひらくあひだ、れんだいにあなうらをむすふほどなり。あるひははつくどく水すみて、色々(いろいろ)のれんげおいたり。そのうへにほとけあらはれ給(たま)へり。さはこれやはなのひらくる始(はじ)めならんと見(み)えたり。あるひは三十二さうあらたにみえ、六(ろく)つう三めうそなへたり。ほとけを見(み)奉(たてまつ)りのりをきくこと、これ耳々分明なり。これこそはけんぶつもんぼうなめれとみゆ。よろづめでたし。こころに五すふたいながくさんづはつなんのおそりをまぬかれたり。命(いのち)はまたむりやうなり。つゐにしやうらうびやうしのくなし。しむけんとしてこれはおんぞうゑくなし。百ほうなば、ふくとくごなし。こんがうのみなれば、五しやうおもくなし。一どに七ほうしやうごん本をむねとして、三界(さんがい)のくかいにわかれぬ。のちの御(み)堂(だう)のいたじきを見いるれば、かゞみのやうにて、となる人(ひと)のかげさへうつりて見ゆれば、このかたのの尼君(あまぎみ)、
@くもりなく磨(みが)けるたまのうてなにはちりもゐがたきものにぞありける W192。
ひんがしのひさしのなかのまにぞ、殿(との)の御(お)前(まへ)の。御ねんじゆのところばせさせ給(たま)へる。三じやくばかりの御しやうじを一重(ひとへ)に張(は)ら
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せ給(たま)ひて、きたみなみひんがしのかたにたてさせ給(たま)ひて、うへにも同(おな)じさまにておほはせ給(たま)へり。ひとところおはしますばかりのひろさにて、うちの御ざのたかさ。四寸ばかりあがりたり。まきゑの花机ふたつ三つくりつゞけさせ給(たま)ひて、うへに一しやくばかりのくはんおんたたせ給(たま)へり。しろがねのたほうのたうおはします。それはぶつしやりおはすべし。こがねのぶつきなめすへさせ給(たま)ひて、るりのつぼにからなでしこ・きちかうなどをさゝせ給(たま)へり。にほひ色々(いろいろ)に見(み)えてめでたし。火舎にくろほうをたかせ給(たま)へり。花水のくやなどあり。これはくやうほうの御ざなるべし。それによりきたにたゝみしき、うへに御わらうた重(かさ)ねて、けしきある御脇足をかせ給(たま)へり。これ唯(ただ)の御座なるべし。もやの中の柱のもとに、ときしるくともをかせ給(たま)へり。すこしひきいりてもやにほとけおはします。中のまのさうにかうざあり。中にらいばんたてたり。ほとけの御(お)前(まへ)にらてんの華机に、たかつき一にぶつき一(ひと)つすへて、めぐり奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。各(おのおの)ほとけの御(お)前(まへ)に一はち奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。様々(さまざま)のめいかうを奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、いみじうかうばし。色々(いろいろ)のはなのえだなどおりて奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。ほとけを見(み)奉(たてまつ)れば、じやうろくのみだによらい、くわうめうだい一きなり。もろ<の御かうべはみどりのいろふかう、眉間の光毫はみぎにめぐりて、ゑんてんせること五須弥のごとし。せいれんげのまなこは。四大海(しだいかい)をたゝへ、御くちびるは頻婆くはのごとし。たいさういきいつくしく、しまごんのそむようは、秋の月の
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曇(くもり)なく、むすのくはうみやうあらたにて、世界(せかい)あまねくあきらけし。みめうほうしん色々(いろいろ)のさうがうぐそくし給(たま)へり。くはうちうけぶつむすおくにして、くはうみやうたがひにてらし耀(かかや)けり。これすなはちむろまんどくのじやうじゆするところなり。じひのさうはまなこにあり、ぼんおんさうはくちにあり、ぐせいさうは面(おもて)にあり、あいぎやうのさうははのひかりにあり、じんづうのさうはいきほひにあり、ちゑのさうはまなこにあり、めうかうかうきのさうはしんたいにあり、はうべんむりやうのさうはたちゐにあり、十りきむゐのさうはたちゐするにあり、大定智悲のさうは息にあり、しんによじやくめつさうはたぶさにあり。実にはじやくめつにして唯(ただ)なのみあり。このゆへにまさにしるべし、しよくはんの衆生(しゆじやう)はすなはちこれ三じんそく一の身なり。諸仏に又(また)さうがうくはうみやうなり。まんどくゑんまんさうばうくはうみやうなり。しきそくぜくうなるゆへに、これしんによじつさうといふ。すなはちこれしきなるがゆへに、これをさうがうくはうみやうといふ。一色一香中道にあらずといふことなし。すさう行しきもまた<かくのごとし。即三道みだほとけの万徳と、もとより此の比くさうにして一たいむけなり。かみはしにくはんおんせいし、同(おな)じくこんしきにして、たまのやうらくをたれて立(た)たせ給(たま)へり。各(おのおの)はうれんげをさゝげて立(た)たせ給(たま)へり。四てんわう立(た)たせ給(たま)へり。一ぶつの御よそひかくのごとし。いはんや九躰ならはせ給(たま)へるほど、こころにおもひ、くちにのぶべきにあらず。けごんきやうの偈に云、@@10 若有諸衆生、未発菩提心、一得聞仏名、変定成菩提 [かな:  にやくうしよしゆじやう、みほつぼだいしん、いちとくもんぶつみやう、へんちやうじやうぼたい ] B10、また、@@11 わうさうのむす劫にくをうけて、しやうじの中にるてんして、いまだほとけの御なをきかざりしゆへなり [かな:  わうさうのむしゆごふにくをうけて、しやうじのなかにるてんして、いまだほとけのおんなをきかざりしゆゑなり ] B11。しかるをわれらかばかり
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ほとけを見(み)奉(たてまつ)りつ。あにむなしからんやとおもひて、おがみ奉(たてまつ)る。又(また)はちすのいとをむらこのくみにして、九躰の御てよりとをして、中たいの御てにとぢめて、この御ねんしゆのところに、ひんがしさまにひかせ給(たま)へり。つねにこのいとに御こころをかけさせ給(たま)ひて、御ねんぶつの志(こころざし)たえさせ給(たま)ふべきにあらず。御ねんじゆのときにひかへさせ給(たま)ひて、ごくらくにわうじやうせさせ給(たま)ふべきと見(み)えたり。九躰はこれ九品わうじやうにあてて造り奉(たてまつ)らせ給(たま)へるなるべし。きたのひさしきたのわだ殿(どの)かけて、御しやうじともにくどくのこころばへあるゑどもかかせ給(たま)ひて、御簾(みす)ども懸(か)け渡(わた)して、塗竿(ぬりざほ)など渡(わた)して、宮々(みやみや)のうへの御つぼねと見(み)えたり。此の御(み)堂(だう)の御(お)前(まへ)のかたには、またいけのかたにかうらんたかうして、そのもとにさうひ・ほうたん・からなでしこ・らんれんくゑのはなどもうつさせ給(たま)へり。御ねんじゆの折(をり)に参(まゐ)りあひたれば、ごくらくに参(まゐ)りたらん心地(ここち)す。やう<にし日のいるほどに、れいの御ねんふつとて、かたがたより僧達(そうたち)参(まゐ)りあつまる。をそく参(まゐ)るをば、承仕・堂童子など生きつつそゝのかし参(まゐ)らす。其(そ)のときになりぬれば、殿(との)の御(お)前(まへ)おはしましぬ。此の殿(との)原(ばら)、ほかのなども数多(あまた)参(まゐ)り給(たま)へり。おかしき男(をのこ)・つらはべなどつかうまつれり。おはしませば、この御(み)堂(だう)の僧達(そうたち)下(お)り候(さぶら)ふ。御ねんぶつ始(はじ)まりぬれば、殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、僧二十人(にん)ばかりめぐり給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)みなかうらんにをしかかりておはす。はなこにはなのあればれいの尼君(あまぎみ)のかと仰(おほ)せられて、散らさせ給(たま)ふ。此のはなを御覧(ごらん)じて、あはれなるあまなり。三時のはなみやつかひをつかうまつる。
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いかにくどくうらんと宣(のたま)はすれば、殿(との)の御(お)前(まへ)も、いみじきあまなりと宣(のたま)はす。にし日のほどになれば、御(み)堂(だう)のかなもの、所々(ところどころ)のみはしのかなものどもきらめきて、いけのおもにうつれるもめでたし。かぜすこしうちふけば、ねんぶつのこゑひゞきて、いけのなみも、五根五力・菩提ふん・八聖道をのふと聞(き)こえ、やまひもなくぼさつのこゑにたふれば、草木すらみなのりをとくと聞(き)こゆ。王聚浄戒はしらじいけのかせもすゞしきに、おもひ扱(あつか)ふぼんなふのほのをみなめつしぬと思(おも)ほゆ。御ねんぶつはてゝこゑよき僧のゑかう申したる、いみじうたうときに、東宮(とうぐう)のだいぶとの奉(たてまつ)りたるかうぞめの御衣(ぞ)をかづけさせ給(たま)ふ。はてぬれば殿(との)の御(お)前(まへ)、御(み)堂(だう)のことなど仰(おほ)せられて、人々(ひとびと)暫(しば)しいで給(たま)へ。こころのどかにねんぶつせんと宣(のたま)はすれば、殿(との)原(ばら)も御方(かた)にかへらせ給(たま)ひぬ。殿(との)の御(お)前(まへ)ねんぶつせさせ給(たま)ふ。そのほどらいばんにそう一人(ひとり)候ひて、きやうよみ奉(たてまつ)る。斯(か)かる程(ほど)にいりあひのかねおどろ<しければ、かたのの尼君(あまぎみ)、
@今日(けふ)くれて明日(あす)もありとなたのみそとつきおどろかすかねのこゑかな W193。
数多(あまた)あれどかかずなりぬ。くらくなりぬれば、承仕みあかしもて参(まゐ)りて、御(お)前(まへ)のところに奉(たてまつ)りわたす。ほとけの御ひかりいとど耀(かかや)きまさりて、見(み)奉(たてまつ)る心地(ここち)もまばゆし。殿(との)の御ねんぶつ果てゝ出(い)でさせ給(たま)ふとて、ほとけおがみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふまゝに、@@12 面善円浄如満月、威光猶如千日月、声如天鼓倶尸羅、故我頂礼弥陀尊 [かな: めんぜんゑんじやうによまんげつ、ゐくわういうによせんにちげつ、しやうによてんこぐしら、こがちやうらいみだそん ] B12。人々(ひとびと)御むかへに参(まゐ)りたれば、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。
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此の尼君(あまぎみ)たち、あはれ、此の世のことゝは見(み)えぬかな。人(ひと)のこころのうちに、じやうどもぢごくもあるといふ誠(まこと)にこそあめれ。殿(との)の御(お)前(まへ)の御こころのうちにここらのほとけのあらはれ給(たま)へるにこそあめれなど言(い)ひて、あま君、@@13 人(にん)欲に知、三世一切仏、応当如是観、心造諸如来 [かな:  にんよくにち、さんせいつさいぶつ、おうたうによぜくわん、しんざうしよによらい ] B13とうち誦してまかでぬ。この尼達(あまたち)くらうなりぬれば、家(いへ)<にはいかで中川わたりに家(いへ)ある。あま君のもとにとまりぬ。ものなどくひてうちふすとても、たゞこの御(み)堂(だう)のことを言(い)ひてゑましう嬉(うれ)しきものに思(おも)へり。しもつかたに家(いへ)あるあまども、いまいくばくにもあらず。かかるじやうどのあたりにこそありて、仏をも見(み)奉(たてまつ)らめとて、この御(み)堂(だう)のきたみなみにうつりすめり。あるさかしらするものいできて、などかわたりにしもすみ給(たま)ふべき。かのはうこうゐんまでつくりつゞけらるべしとて、年(とし)頃(ごろ)ゐたる人(ひと)だにみな騒(さわ)ぐところにつくりゐられたりとこぼたれなん物をといへば、さはれ、なしり給そとぞいひつゝゐける。ごやの御懺法のおりに参(まゐ)りあはんとおもひて、よのあくるもいつしかとこころもとなく、めをさましきくほどに、とりのなくも嬉(うれ)しくて、たけくまの尼君(あまぎみ)、
@のりをおもふこころのふかきあきのよはなくとりのねも嬉(うれ)しかりけり W194。
やまの井の尼君(あまぎみ)、
@いにしへはつらく聞(き)こえしとりのねの嬉(うれ)しきさへぞものは悲(かな)しき W195。
といへは尼君(あまぎみ)たちいかなればつらくおぼされしといへば、いなや、昔(むかし)おかしき人(ひと)とうち
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ふして物語(ものがたり)をもいひしに、ちよを一夜(ひとよ)にとおもひしに、とりのなきしはいかゞつらかりしといへば、げにとて笑(わら)ふ。このなかに若(わか)き人(ひと)一人(ひとり)まじりたり。よふかく参(まゐ)りて、またくらからむにまかでなんとて、わざとなう、しどけなげなるきぬのつまをとりて参(まゐ)る。さすがにおかしう見(み)ゆ。南(みなみ)の大もんよりいりて参(まゐ)れば、八月廿日のほどにて、ありあけの月の。すみのぼりたる、いみじうめでたくみゆれば、かのれうじゆせんの。暁(あかつき)のそら思(おも)ひ遣(や)られたり。またいけのかゞみのやうなるにかげを留(とど)めたる月も、いみじうめでたくみゆれば、若(わか)き人(ひと)、
@うらやましかばかりすめるいけみづにかげならべたるありあけの月 W196。
かたのの尼君(あまぎみ)、
@おほぞらといけのみづとにかよひすむありあけの月も西(にし)へこそゆけ W197。
たけくまのあま君、
@いけみづにすめるありあけの月をみてにしのひかりを思(おも)ひ遣(や)るかな W198。
観無量(むりやう)寿経の十六想観おもひいでられてよそへられ給(たま)ふ。いけのめぐり・中しま・御(み)堂(だう)<の御(お)前(まへ)のせんざいに、つゆのたまのやうにきらめきてみゆる、ほとけのやうらくにおもひよそへてめでたし。むしもこゑ<”よりあはせてなくも、唯(ただ)ならず聞(き)こゆ。にしの中もんのみなみのかたに、ひわだぶきのささやかなる御(み)堂(だう)あり。かれは三まいだうぞかし。いさ参(まゐ)らんとてゆけば、みあかしのひかりほのかにみえて、転法輪のざにそうゐたり。ふげんいとさゞやかにて、ざうにのりて立(た)たせ給(たま)へるも、いかめしうおはします。ほとけよりも、かくひとゝころ立(た)たせ給(たま)へ
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る。あらはれ(たま)へらんすがた。思(おも)ひ遣(や)られて、めでたう見(み)えさせ給(たま)ふに、聞(き)けばほうしほんの清浄光明身のわたりをぞよむなる。いとねふたげなるこゑに、うしろのかたより。かいをおどろ<しうふきいでたれば、嬉(うれ)しきかいのこゑにめをさましつるといふ。尼達(あまたち)しばしのぼりてすのこにゐて、まかづとて、@@14 我昔所諸悪業、皆由无始貧恚痴、従身語意之所生、一切我今皆懺悔 [かな:  がしやくしよしよあくごふ、かいゆむしとんいち、じゆしんごいししよしやう、いつさいがこんかいさんくゑ ]B14と誦してあみだだうに参(まゐ)りたれば、御せほうのおりなりけり。あな嬉(うれ)しとおもひ、みはしにのぼりてほとけを見(み)奉(たてまつ)れば、むすのくはうみやう耀(かかや)きて、十はうかいにへんじ給(たま)はんとみえ給(たま)ふ。かのわうじやう悪集のもんをおもひいづ。七宝のきざはしにひざまづゐて、まんどくの尊容をまもり、一じつの道を聞(き)きて、ふげんの願海いる。くはんぎの涙(なみだ)をながし、かつがうほねをとをす。とんしゆして聞(き)けば、六こんさんげのわたりなりけり。いみじうたうとし。殿(との)の御(お)前(まへ)の御こゑ数多(あまた)に交(ま)じらせ給(たま)はず、あだしう聞(き)こえたり。ことはてゝこゑよきそうどもの、@@15 過去空王仏、眉間白毫相、弥陀尊礼拝、滅罪今得仏 [かな:  くわこくうわうぶつ、みけんびやくがうさう、みだそんらいはい、めつざいこんとくぶつ B15]くわこくうわうぶつ、みけんびやくがうさう。みだそん$らいはい($らいけい)。めつざいこんとくぶつ B15と誦したる、いみじうたうとくおもしろし。この尼達(あまたち)この例(れい)時に参(まゐ)りあふことをそうたちみなずいきし申ほどに、れいのはなのあさつゆかかりながら、はなをもて参(まゐ)りたり。この尼達(あまたち)いみじき志(こころざし)はありとも、この宮仕(みやづか)へこそえすまじけれ。口(くち)惜(を)しきことなどいひあへり。このはな御(み)堂(だう)始(はじ)めの年(とし)より、かうはなをもて参(まゐ)れば、あはれがり給(たま)ひて、いまはよろづをしらせ給(たま)ひけり。昔(むかし)宮仕(みやづか)へなどしければ、老(お)い
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たれどみやびかなるさましたり。御(お)前(まへ)なるあざり、はなこながらとりて、承仕召(め)してとらするおりに、いふともなくて、このあま、
@あさまだき急(いそ)ぎをきつるはなゝれどわれよりさきにつゆぞをきける W199。
といへば、あざりうち笑(わら)ひて、かう<なん申と申せば、殿(との)の御(お)前(まへ)かへしせよと宣(のたま)はすれば、あざり、
@きみがためつとめてはなをおれとてや同(おな)じこころにつゆをきつらん W200。
といふに、そうたちこの尼君(あまぎみ)は、げんぜごしやうめでたきあまなり。いまは。説経のところのざゐなども、御(み)堂(だう)のあまと言(い)ひて、ところえてこそあめれと申す。かくてあかうならぬさきにと急(いそ)ぎまかづれば、きやうざうのひかしのかたよりくつすりて人(ひと)くなり。こゑいとよくて、@@16 十方仏土之中候西方為望。九品蓮台之間、雖下品応足 [かな: じふばうぶつどのなかには、さいはうにこうするをのぞみとす。くほんれんだいのあひだには、げほんといふともたりぬべし ] B16といふことを、つねよりもみゝとまりて、いひをき給(たま)はん。ないきの聖哀(あは)れにおぼえ給(たま)ふ。月のあくまですめるも、かの多武峯の少将(せうしやう)のうらやましくもと、宣(のたま)ひけんも、げにとみえたり。かくてまかでゝうち休(やす)みたるほどに、ある里人(さとびと)きて、まろ、御(み)堂(だう)へゐて参(まゐ)り給(たま)ひて、よくいひきかせてみせ給(たま)へ。一二ど見(み)奉(たてまつ)りしかど、何(なに)ともしらぬ、いと悲(かな)しといへば、このごやに参(まゐ)りて、只今(ただいま)なんいではんべりつる。しばしおはせよ、いまと言(い)ひてひるまのこころのどかなるほどに
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ぞ、ゐて参(まゐ)りて見する。さんまいだうより始(はじ)めて、あみだだうに。ゐて、参(まゐ)りて、かのりうじゆぼさつの十二らいはいをおもひて、@@17 稽首天人(てんにん)所恭敬、阿弥陀仙両足尊、在彼微妙安楽国、無量仏子衆囲遶 [かな: けいしゆてんにんしよくきやう、あみだせんりやうそくそん、ざいひみめうあんらくこく、むりやうぶつししゆうゐねう ] B17とおがみ奉(たてまつ)りて、@@18 なむ四十八ぐわんみだ如来、南無因円果満弥陀如来、南無无量光仏南無無変光仏、南無清浄光仏 [かな:  なむしじふはちぐわんみだによらい、なむいんゑんくわまんみだによらい、なむむりやうくわうぶつ、なむむへんくわうぶつ、なむしやうじやうくわうぶつ ] B18と申。らうをわたりて、大御(み)堂(だう)に参(まゐ)れば、中大たかくいかめしうおはします。摩訶毘廬遮那とこれを申とて、ふげんきやうのもんをいひきかす。@@19 しやかむにぶつをびるしやなとなづけ奉(たてまつ)る。一切(いつさい)のところに遍じ給(たま)へり。そのほとけの所住のところをば、常寂光となづく。浄波羅密の苦空無常(むじやう)のところ、我波羅密の安住せるところ、あゐけうのところ、常波羅密の有相をめつするところ、六波羅密のこころえの性に所住せる所(ところ)、有作無作の諸法の性を見ざる所(ところ)、始なり、じやくなり解脱なり。ないしはんやはらみつなり [かな:  しやかむにぶつをびるしやなとなづけたてまつる。いつさいのところにへんじたまへり、そのほとけのしよぢうのところをば、じやうじやくくわうとなづく。じやうはらみつのくくうむじやうのところ、がはらみつのあんぢうせるところ、あいきやうのところ、じやうはらみつのうさうをめつするところ、ろくはらみつのこころえのしやうにしよぢうせるところ、うさむさのしよほふのしやうをみざるところ、しなり、じやくなり、げだつなり、ないしはんにやはらみつなり ] B19などおもひつゞけ、いひきかす。またらうをわたりて五大堂(だう)に参(まゐ)りたれば、三井寺(みゐでら)の別当(べつたう)僧都(そうづ)、公(おほやけ)の御修法行(おこな)ひ給(たま)ひけん。そう廿人(にん)みなじやうゑそめたり。はうはうのこゑ。いみじうおどろ<し。ほとけを見(み)奉(たてまつ)れば、降三世・軍荼利たち給(たま)へり。大聖・金剛夜叉・不動尊は、おくのかたにゐさせ給(たま)へり。金剛夜叉はしやかほとけと聞(き)き奉(たてまつ)るに、第十六しやかむにぶつと宣(のたま)はせたる。御有様(ありさま)にはあらで、いと恐(おそ)ろしげにみえさせ給(たま)ふ。一時にがうぶくせさせ給(たま)ふにやとみえさせ給(たま)ふ。不動尊はされどすこしみつかせ給(たま)へるかたちす。それも金剛索智のけんを持すれば、
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@@20 一持生生加護 [かな:  いちぢ、しやうじやうかご ] B20の御こころもいと哀(あは)れにて、又(また)、@@21 見我身のほつしんぼだひも断悪終善 [かな: けんがしんのほつしんぼだいもだんあくしゆぜん ]B21なども、疎(おろ)かならずおぼえさせ給(たま)ふ。一々にいひきかせて、またいぬゐの方(かた)のべちゐんの。うへの御(お)前(まへ)の御(み)堂(だう)のかたにゐて参(まゐ)りたれば、みなみのかたには、からなでしこをさながらうへさせ給(たま)ひて、ませをゆはせ給(たま)へり。こくうすくうつろひたるほどめでたし。ひんがしのかたには、様々(さまざま)色々(いろいろ)のくさせんざいかずをつくさせ給(たま)へり。きたみなみのらう・渡(わた)殿(どの)などをば、さるべき。やむごとなきそうどもすゑ、ほとけいとおかしげにておはします。かくて又率(ゐ)て行(い)きて見(み)すれば、この御(み)堂(だう)のひんがしのかたに、五けんばかりのひはだぶきの寝殿(しんでん)に、らう・わたり殿(どの)などして、めぐりにたて蔀しこめて、それぞ殿(との)の御方(かた)なりける。はるかに見参(まゐ)らすれば、さるべき殿(との)原(ばら)・君達(きんだち)、あるはゑぼし・なふし。あるはうへのきぬ、あるはかりぎぬすがたにて、さるべきそうがうたち。あままじりて、四位(しゐ)・五位(ごゐ)たちゐしてもの聞(き)こし召(め)し、おほきみなど参(まゐ)るべし。御(み)厨子(づし)所(どころ)のかたを見れば、さるべき下臈男(をとこ)どもや、何(なに)くれのくふうたち、又(また)袂(たもと)あけたる法師(ほふし)ばらの。つき<”しき五六人(にん)、ちひろのもとにゐなみて、おもののこといそくめり。又(また)ながびつといふものに、御くだもの・さうしものもてつゞき参(まゐ)りたれば、御(お)前(まへ)にて東宮(とうぐう)より始(はじ)め、宮々(みやみや)・ゐんなどまでわかち参(まゐ)らせ給(たま)ひて、又(また)ゐんのうちのそうばうともにくばらせ給(たま)ふ。また国々(くにぐに)の受領どもの、きぬ・わた・様々(さまざま)のそめくさなど、もてつゞき参(まゐ)らせたれば、同(おな)じう宮々(みやみや)にわかち参(まゐ)らせ
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給(たま)ふ。御(み)堂(だう)のうちのそうたちに給(たま)はせ、又(また)仏師・たくみなどに給(たま)はせなどせさせ給(たま)ふ。また干飯などいふものを召(め)し出(い)でて、いけほり、木どもひくものに給(たま)ふ。かのしんげほんの窮子のやうなる召(め)しあつめては、いま各(おのおの)にぞなど給(たま)はすべし。まめにつかうまつるべしなど、召(め)し仰(おほ)せらるゝも、様々(さまざま)めでたし。また見れば、陸奥(みち)のくにの守の奉(たてまつ)れる。御むまゐて参(まゐ)りたるなど(い)ひて、いみじきくろこま、様々(さまざま)のけどもなど、いみじくたてゝ、十ばかりゐて参(まゐ)るめり。よろづに申しつくすべきかたなし。また参(まゐ)りてみれば、かの十方諸仏雲集院(ゐん)、他方道俗菩薩院(ゐん)、縁覚十二因縁院(ゐん)声聞四諦習覚院(ゐん)など様々(さまざま)あらんやうに、あるところをみれば、法華経(ほけきやう)のふだんの御読誦とて、さるべきなにあざり何(なに)くれのくふなどいふ四五人(にん)ゐてよみひゞかせば、そこにたちどまりて〔き〕ゝ奉(たてまつ)れば、哀(あは)れにたうとくて、こころに只今(ただいま)たほうによらい。しゆつげんし給(たま)はんかしとおぼえて、@@22 願我生々尽未来、上土くちう法華経(ほけきやう)、住す生がいくせいせつさいはう、あんらくこく [かな:  ぐわんがしやうじやうじんみらい、じやうとくちうほけきやう、ぢうすしやうがいくせいせつさいはう、あんらくこく] B22とうちおがみ奉(たてまつ)りて、また有ところを見れば、長日御修法とて、あざり・はんそう十二人(にん)ばかりして、しろきじやうゑをきて行(おこな)ふ。あるところを見れば、大はんにやの御読経とて、年(とし)おい、やんごとなきそうたち十人(にん)ばかりいてよみ奉(たてまつ)る。またあるところを見れば、五大りきぼさつをかけ奉(たてまつ)りて、にんわうきやうをかうし奉(たてまつ)る。あるところをみれば、まんだらをかけ奉(たてまつ)りて、あみだの護摩・尊勝の護摩を行(おこな)ふ。またあるところを見れ
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ば、やくしきやう・寿命きやうの御読経、またあるところを見れば、そう二三十人(にん)ありて、涅槃経六十巻などのてんほんしてよむ。またあるところを見れば、小法師(ほふし)七八人(にん)計(ばか)り声をあはせて、倶舎を誦し、唯識論をうかふ。又(また)あるそうばうを見(み)れば、美(うつく)しげなる男子(をのこご)ども、せんじもんを誦しならひ、かうきやうをよむ。かうやうにして、各(おのおの)所々(ところどころ)こゑを整(ととの)へ、よみ誦しののしれと、こころのこゑ、かしこのをと見る様々(さまざま)まぎれずそのことかのことゝ。聞(き)きわかれて、哀(あは)れにたうとく、目出事、じやうどもかくこそよと、推(お)し量(はか)らるゝ、またいとたうとし。あるところを見れば、ゆふねのゆわかして、そう二三十人(にん)あみののしる。又(また)あるところを見れば、ぶつし四五人(にん)ゐて御ほとけをつくり奉(たてまつ)る。また御(み)堂(だう)とてたくみどもののしりてつくり奉(たてまつ)る。此(こ)の頃(ごろ)はやくしだうのことどもおぼしをきてさせ給(たま)ふめり。かかることどもを、里人(さとびと)おぼつかながら見聞(き)きよろこびて、まかでゝ。尼君(あまぎみ)たちに必(かなら)ず。よろこび聞(き)こえんとて、まかでぬ。はかなく、とにかくに世(よ)の急(いそ)ぎにて過(す)ぎもてゆくに、らいねんはうへの御(おほん)がや、姫宮(ひめみや)の御もきやと、様々(さまざま)の御ことどもあるべければ、今よりその御用意(ようい)あり。はかなく年(とし)もくれぬれば、土御門(つちみかど)殿(どの)に大みやおはしませば、正月朔日(ついた)行幸(ぎやうがう)・ぎやうけいなど様々(さまざま)いまめかしうて過(す)ぎもてゆくに、司召(つかさめし)になりぬれば、殿(との)の三ゐ中将(ちゆうじやう)中納言(ちゆうなごん)になり給(たま)ひぬ。大納言(だいなごん)とのいとどいまひとしほのいろまさりて、かひ
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あるさまにおぼさるべし。その月も、司召(つかさめし)のよろこび。うらみにて過(す)ぎもてゆくめるに、中宮(ちゆうぐう)の大夫(だいぶ)のおほいの御門(みかど)。やけにしのちは、このさじきとのに。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)すみ給(たま)ふに、二月廿余(よ)日(にち)にはかなう火いできてやけぬ。いみじうけしからぬわざかなと、他人(よそびと)も扱(あつか)ひ聞(き)こゆべし。又(また)ほかへ渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。賀茂(かも)の祭(まつり)もとをからぬほどにて、口(くち)惜(を)しくおぼさるべし。おほいの御門(みかど)もあさましくて、やけにしに、またいかなることにかと、かへすがへす思(おぼ)せどかひなし。御(み)堂(だう)よりよろづこまやかに。推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせ給(たま)ふことどもあり。みやみやよりも様々(さまざま)の。御しやうぞくどもあれど、片端(かたはし)なるべきことにもあらぬわざになん。三月ばかりに、四てう大納言(だいなごん)はつせに参(まゐ)り給(たま)へり。かへさにいづみ河のもとにて、こころぞかし、御岳(みたけ)のかへさに姫宮(ひめみや)の御こと聞(き)き侍(はべ)りしはとて、さだよりの君、
@見るごとにそでぞぬれけるいづみがはうきこと聞(き)きしわたりと思(おも)へば W201
大納言(だいなごん)うちなき給(たま)ひて、
@いもせ山(やま)よそにきくだにつゆけきにこころゐのもりを思(おも)ひ遣(や)らなん W202。
いみじう哀(あは)れにおぼしきとぞ聞(き)きはんべりし。



栄花物語詳解巻十九


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〔栄花物語巻第十九(じふく)〕 御着裳
四月には、枇杷(びは)殿(どの)、一品宮の御裳著(もぎ)とて、春(はる)よりよろづに急(いそ)がせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)御物具(ものゝぐ)ども、えもいはず整(ととの)へさせ給(たま)ふ。なべてならぬ御事どもをおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。御もすそのこしは、大みやゆひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべければ、このみやはさらにもいはず、かのみやの女房(にようばう)のしやうぞくなど、三日のほどいみじき御急(いそ)ぎなり。ぢあん三年(さんねん)四月一日ぞ奉(たてまつ)りける。その日のつとめて土御門(つちみかど)殿(どの)へ渡(わた)らせ給(たま)ふべきなり。一品宮の御乳母(めのと)達(たち)、何(なに)わざをせんと急(いそ)ぎたちたり。御乳母(めのと)などはものまめやかに大人(おとな)しうすべけれども、からぎぬ・物ごしなど、山(やま)を立(た)て、水(みづ)を流(なが)し、置口(おきぐち)をし、螺鈿(らでん)・蒔絵(まきゑ)をし、筋(すぢ)をやり、玉(たま)を入(い)れ、すべてえもいはぬことどもをしたり。若(わか)き人々(ひとびと)はたまひて物ぐるをしきまで心(こころ)のまゝにしたり。大みやには、姫宮(ひめみや)の御おくりものや何(なに)やと、よろづにかきあつめ急(いそ)がせ給(たま)ふ。ある限(かぎ)りの女房(にようばう)、おぼろげならぬはみなつかうまつるとしなどおひ、宮仕(みやづか)へ物うくて里(さと)にゐたるは、此(こ)の頃(ごろ)御(お)前(まへ)のまめわさに参(まゐ)りなん候(さぶら)ひける。晦日(つごもり)の日のよさり、さるべき女房(にようばう)参(まゐ)り
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こむ。又(また)一日の暁(あかつき)などにぞ参(まゐ)りあつまりける。土御門(つちみかど)殿(どの)の西(にし)対にぞうへき御しやうぞくなどはつかうまつらせ給(たま)ふ。つねのたにあるを、この度(たび)はまいて御調度(てうど)ともをもて参(まゐ)りつかうまつれば、えもいはずあたらしう耀(かかや)けり。殿上人(てんじやうびと)・宮人(みやびと)参(まゐ)りこみてゆすれば、けにいみじき見もの也。女房(にようばう)よろづをし整(ととの)へ、今はたゞかほ一(ひと)つを磨(みが)き騒(さわ)ぐほどに、御(お)前(まへ)に、はちうぐうより、かんのとのより、関白(くわんばく)との内(うち)大とのよりなど、いみじうたま<なるおゝんころもばこどもに、御しやうぞく一具(ひとぐ)づゝに、御扇(あふぎ)や薫(たき)物など、さべき様(さま)にて皆(みな)添(そ)へさせ給(たま)へり。御使(つかひ)ども、御(おほん)かへりなど騒(さわ)がしきにまぎれてなし。ゐんよりもえならずせさせ給(たま)へり。うたどもあれど、いたし車(くるま)どもみなゐて参(まゐ)りて、殿(との)原(ばら)(まゐ)りあつまり給(たま)へれば、騒(さわ)がしう、え御覧(ごらん)じわかぬなるべし。式部(しきぶ)卿(きやう)のみや・中務(なかつかさ)のみやより様々(さまざま)いみじきあふぎどもぞあめる。女房(にようばう)の数(かず)、大人(おとな)若(わか)きなどのきさめ、みなおぼええりあつめさせ給(たま)へり。かかる公(おほやけ)ごとは。さるものにて、各(おのおの)あつめらるゝものどもは、なか<まさざまにて、それをもたる人(ひと)もありけり。人(ひと)との御心(こころ)の限(かぎ)りは急(いそ)がせ給(たま)へども、御身(み)をゆゝしきものに思(おぼ)し召(め)して、えおはしまし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬまゝに、関白(くわんばく)殿(どの)を、其(そ)のことをかのことゝせめ聞(き)こえさせ給(たま)へば、つとめてみやに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、女房(にようばう)のこととく<ともよほさせ給(たま)ひて、ときなりぬれば、かの土御門(つちみかど)殿(どの)の御しやうぞくのこと、見(み)奉(たてまつ)らんとて急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ひ
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ぬ。殿(との)原(ばら)みな参(まゐ)り給(たま)ひて、とのもおはしましにたり。うの時とありつれど、たつのときばかりに渡(わた)らせ給(たま)ふ。大みやは御こしにておはしますべけれど、一品
の宮(みや)の異(こと)に奉(たてまつ)らんかひなければ、唐の御車(くるま)にておはします。御車(くるま)にみやの御(お)前(まへ)・一品宮奉(たてまつ)りて、五の御方(かた)つかうまつり給(たま)へり。次々(つぎつぎ)の御車(くるま)十五あり。車(くるま)の有様(ありさま)いふかたなし。えもいはず耀(かかや)きたり。御供(とも)に関白(くわんばく)殿(どの)・内大臣(ないだいじん)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、いみじう多(おほ)くつかうまつらせ給(たま)へり。殿上人(てんじやうびと)さらにもいはず、奉(たてまつ)りたる御車(くるま)になべての人(ひと)つかうまつらず、たゞみやの侍(さぶらひ)どもつかうまつれり。両宮(ふたみや)の侍(さぶらひ)の長(おさ)ども歩(あゆ)み連(つ)れつかうまつれり。土御門(つちみかど)殿(どの)・枇杷(びは)殿(どの)の遠(とを)からぬ程(ほど)なれど、さすがに麗(うるは)しう装束(さうぞ)きて、古(ふる)きくつをはきつゝつかうまつれり。それもやんごとなからねど、皆(みな)四位(しゐ)・五位(ごゐ)の子(こ)どもにて、皆(みな)面(おもて)赤(あか)み恥(は)づかしう思(おも)へり。この御供(とも)の人々(ひとびと)の見給見るをばさるものにて、みちの物見車(ぐるま)などのいと多(おほ)かるが見(み)るぞ、いとわびしかりける。土御門(つちみかど)殿(どの)には大みやおはしませば、御車(くるま)は陣(ぢん)より舁(か)き下(おろ)して、手引(てひき)にて入(い)らせ給。下(お)りさせ給所(ところ)には、関白(くわんばく)殿(どの)内大臣(ないだいじん)殿(どの)立(た)ちそひて、下(おろ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけり。今日(けふ)は枇杷(びは)殿(どの)の女房(にようばう)。色々(いろいろ)をきたり。それに摺裳(すりも)のさまともなれど、みな様々(さまざま)なり。大みやの女房(にようばう)、寝殿(しんでん)のみなみよりにしまで、うちいだしたり。ふじ十人(にん)、うのはな十人(にん)、つゝじ十人(にん)、款冬(やまぶき)十人(にん)ぞある。いみじうおどろ<しうめでたし。枇杷(びは)殿(どの)
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ゝみやの女房(にようばう)は、西(にし)の対のひんがし面(おもて)みなみかけてうちいだしたり。てんじやうは、寝殿(しんでん)のひんがし面(おもて)より、みなみ四まかけてみやの御方(かた)もふだん御どくきやうのざに。忍(しの)びておはします。かくてよろづの儀式(ぎしき)に日くれぬれば、殿(との)の御方(かた)よりときなりぬと度々(たびたび)御消息(せうそく)あり。有べきやうは、寝殿(しんでん)におはしませば、そなたにぞまらうとのみやの御方(かた)は渡(わた)らせ給(たま)ふべけれと、西(にし)の対(たい)の御しつらひの玉をみがゝせ給(たま)へるを、御覧(ごらん)ぜさせんの〔御心(こころ)にて、殿の御前の御定(さだ)めのままなるべし、大宮(おほみや)西(にし)の対(たい)に渡(わた)らせ給(たま)ふべければ、皇太后宮(くわうだいこうくう)は中の渡(わた)殿(どの)より通らせたまひて、寝殿(しんでん)へ渡(わた)らせたまひて御迎へあり。この度(たび)はもろともに二宮うちつづきて渡(わた)らせ給(たま)ふほど、あなめでたと見(み)えさせ給(たま)ふ。皆(みな)御裳、小袿など奉(たてまつ)りたり。御髪ひともと上げさせたまへり。いへば疎(おろ)かなり。御有様(ありさま)ども絵にかかまほし。かくて渡(わた)らせたまひて、御しつらひを御覧(ごらん)ずれば、藤の裾濃の織物(おりもの)の御几帳(きちやう)に、折枝を繍ひたり。紐は村濃の唐組なり。御帳同(おな)じさまなり。御屏風(びやうぶ)などいみじうめでたし。わが御有様(ありさま)をこそ限(かぎ)りなしと思し召(め)しつれ、この度(たび)の御調度(てうど)どもめづらかにいみじう御覧(ごらん)ぜらる。御几帳(きちやう)・御屏風(びやうぶ)の骨などにも、みな螺鈿・蒔絵をせさせたまへり。五尺は本文を書かせたまへり。色紙形に、侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)、其(そ)の詞ども草仮名にうるはしう書きたまへり。四尺は唐の綾を張らせたまひて、色紙形に、薄■にて、同(おな)じ人(ひと)草に書きたまへり。
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下絵に栄えたる御手、すべて〕御いとなみいはんかたなくおかしげなり。からにしきをへりにしたり。御ぐどもの、蒔絵(まきゑ)・螺鈿(らでん)のひま<”に。たまをいれさせ給(たま)へり。大方(おほかた)えまねびつくさず。みすのへりにはあをき大もんのをり物をぞせさせ給(たま)へる。御となぶらのほのかなるに、姫宮(ひめみや)いとねふたげにおはしますに、殿(との)の御方(かた)より、とき過(す)ぎぬべしとのみ。申(まう)させ給(たま)へば、大みやの御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)、御となぶら近(ちか)うとりよせて、うかゞひ給(たま)へば、大みやの御(お)前(まへ)、姫宮(ひめみや)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いみじう美(うつく)しげに、御(み)髪(ぐし)の。かかりたるほど、なべてならず。めでたう見(み)えさせ給(たま)ふ。ひいななどをつくりたてたるはおかしげなれど、たをやかならねば口(くち)惜(を)し。ゑはめでたうかきたれど、ものいはず、うごかねばかひなし。これはひいなどもゑとも見(み)えさせ給(たま)ふ物から、らうたけに美(うつく)しうなまめかしう。にほはせ給(たま)へれば、御めほかへやらせ給(たま)はず見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)達(たち)など近(ちか)うはえ参(まゐ)らず、みな御几帳(きちやう)・御屏風(びやうぶ)などのうしろに候。いまはしろき御衣(ぞ)とも奉(たてまつ)りかへて、御(み)髪(ぐし)あげに、べんの宰相(さいしやう)の典侍(ないしのすけ)参(まゐ)り給(たま)ふ。近江(あふみ)の三位ぞ参(まゐ)るべければ、この一品宮の御かつけに参(まゐ)りたりしかば、御乳母(めのと)の数(かず)に入(い)りて候(さぶら)ひ給(たま)へば、それは珍(めづら)しげなくてめさぬなりけり。典侍(ないしのすけ)見(み)奉(たてまつ)るに、美(うつく)しうおはしませば、めでたう見(み)奉(たてまつ)る。大みや、東宮(とうぐう)をこそきよらにおはしますと思(おぼ)し召(め)しけるに、これはいとこまかに美(うつく)しう、明(あ)け暮(く)れ我物にて見(み)奉(たてまつ)らはやとのみ
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思(おぼ)し召(め)されけり。典侍(ないしのすけ)、只今(ただいま)の御有様(ありさま)な〔か〕らうへにならひ聞(き)こえさせ給(たま)へらば、いかにひいなあそびのやうにておかしうおはしまさんとけいすれば、宮々(みやみや)笑(わら)はせ給(たま)ふ。かくて御髪(ぐし)上(あ)げさせ給へる御火影(ほかげ)、似(に)るものなくめでたくうつくしう
おはします。御腰(こし)結(ゆ)はせ給(たま)ひて、いとねぶたげなる御けしきなれば、かくて御もすそきせさせ給(たま)へれば、よふけて明日(あす)もとてかへらせ給(たま)ふ。又(また)〔こ〕のみやの御をくりにおはします。御贈(おく)り物(もの)にえもいはずめでたき御よそひのなかにも、色々(いろいろ)のをり物・あやうす物などいつへ重(かさ)ねて、たゝおしまきつゝ、きぬのたけなるひつともにいれつゝ、えもいはずし重(かさ)ねたるさままきゑをきくちにはさまかはり珍(めづら)しうおかしげなる十ばかりにいれさせ給(たま)へるほど、もゝまきばかりのみはあるまし。いまの世(よ)のしきし八帖とあれば、これはいにしへのしきしのいろめでたきやうに見(み)えて、様(さま)殊(こと)にめでたくぞありける。御(お)前(まへ)の物など、すべてちん・すわう・したんのをしきに、しろがねこがねの御さらどもを、れいのやうにはあらで、御かけばんの面(おもて)を海(うみ)の心地(ここち)にして、やまのやうにすはまのかたにつくりて、様々(さまざま)のものどもをもりたり。しろがね・こかねしてせさせ給(たま)へり。大みやの御(お)前(まへ)には、てもふれて、み物にて、御(み)厨子(づし)のかみになみすゑさせ給(たま)へり。御(み)髪(ぐし)あげの典侍(ないしのすけ)のこよひのつぼねえもいはず。やがてしつらはせ給(たま)へる、ものどもたまはせ贈(おく)り物(もの)にはてばこふたつ、女(をんな)のしやうぞくふたくだりづゝ、さるべき物どもそへさせ
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給(たま)へり。こよひのものやがて給(たま)ひたるつぼねには屏風(びやうぶ)・几帳(きちやう)・二階(かい)・すゝりのはこ一人(ひとり)たゝみまで、残(のこ)りなう給(たま)はる。かかる事自(おの)づからさき<”もありしかど、この度(たび)の御(み)髪(ぐし)あげの典侍(ないしのすけ)宣(のたま)はり給(たま)へるやうなる。例(ためし)はなくやとぞ人々(ひとびと)申しける。大みやの女房(にようばう)、みやじ、下仕(しもづかへ)まで、かづけもの、こしさしほど<につけて、様々(さまざま)給(たま)ふ。くひもの、はたさらにもいはず。うちより大みやの御(お)前(まへ)に御消息(せうそく)あり。一品のみやの御乳母(めのと)三人(にん)、かかい給(たま)はせたるなりけり。御つかひに大みやよりろく給(たま)はす。まらうとのみやの御方(かた)より、れいに添(そ)へてめでたうおほえ給(たま)ふ。べんの乳母(めのと)・命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)・中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)なり。大との聞(き)こし召(め)して、あらまほしうめでたう思(おぼ)し召(め)しよらせ給(たま)ひける御心(こころ)かなと忝(かたじけな)う美(うつく)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、物忌(ものいみ)もせさせ給(たま)はずなりにけり。又(また)の日、大みやの御方(かた)の女房(にようばう)、からなでしこのきぬ。まらうとの御方(かた)はやへやまぶきをおりたれは、ひとへにおかしう見(み)えたり。三日はおはしますべけれ共、日ついてのあしければ、二日のよさりかへらせ給(たま)へば、一品宮の御贈(おく)り物(もの)に、しろがね・こがねの御はこどもに、つらゆきが。てづからかきたるこきん廿くわん、御(み)子(こ)ひだりのかき給(たま)へるごせん廿くわん、たうふうがかきたるまんようしうなどをぞ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける、世(よ)になうめでたきものどもなり。円融(ゑんゆう)の院(ゐん)より一条(いちでう)の院(ゐん)〔に〕わたりたりける物ども
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なるべし。世に又(また)たぐひあるべきものにもあらずなん。さて上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)あそび暮(くら)し給(たま)ひて、よさりはやがて御供(とも)つかうまつり給(たま)ふ。きのふの御禄はさる物にて、今日(けふ)の御供(とも)の人々(ひとびと)、大みやの御乳母(めのと)を始(はじ)めて、かづけものをくらせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)・みやのだいぶを始(はじ)め奉(たてまつ)りて、女房(にようばう)までにみなものかづけさせ給(たま)ふ。情(なさけ)を交(かは)しめ、めでたうかひある御なからひなり。枇杷(びは)殿(どの)にも御まうけ、いみじうつかうまつりたれば、御をくりの上達部(かんだちめ)など、暫(しば)し候(さぶら)ひ給(たま)ひてまかで給(たま)ふに、また禄どもれいのやうにてあり。明日(あす)も人々(ひとびと)参(まゐ)り給(たま)ふべき。御まうけどもあり。四月十日、御(み)堂(だう)にんどうゑせさせ給(たま)はんとおぼして、親(した)しきも、うときも、殿(との)原(ばら)にひともすべきとうだい。一(ひと)つ給(たま)へと申(まう)させ給(たま)へば、ゐんを始(はじ)め奉(たてまつ)りて、われも<とおとらじまけじと、し騒(さわ)がせ給(たま)ふ。その日になりてみなこうてつゝ参(まゐ)りあつまりて、御(み)堂(だう)<きやうざう・しゆらうまであけひゞかせ給(たま)へり。いみじうはらひみかゞせ給(たま)へるいけのめぐりに、ほうじゆどもをめくりてたてさせ給(たま)ふ。七ほうをもてみなつくりたり。それにみなしろがね・こがねのあみをかけて、ひをともしたり。りんどうはとふ車(くるま)のかたちをつくりて、みつの車(くるま)のかたをつくりたり。羅網灯とては、或(あるひ)は村濃(むらご)の組(くみ)色(いろ)<にして結(むす)び渡(わた)し、
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くじやく・あふむ・しやり・かりやうびんなどのかたをつくり、いけには色々(いろいろ)のはちすをつくりてともしたり。又(また)ほとけのあらはれ給(たま)へるさまをして、御ひかりともをし、あしやみづとりなど多(おほ)くの事どもをしたり。 又宝幢(はたほこ)の形(かた)・衣笠(きぬがさ)・華鬘(けまん)などの形(かた)にともしたり。すべて見るはめでたけれども、われ一人(ひとり)にあらず、のどかに見る事ならねば、一(ひと)つにめをとどむとおもへば、またかたへは見失(うしな)ひて、さらに<。はか<”しうおほえかたるべきやうなし。四位(しゐ)・五位(ごゐ)のものまめやかなる。人々(ひとびと)はてかうとて、きやうざう・すらうなとまで所々(ところどころ)にうるはしうともしわたして、いみじきかぜふくともさらに何(なに)ともみえず、われがしいでたるこそめでたけれ<と、心(こころ)をやりてしそしたり。各(おのおの)古(ふる)き人々(ひとびと)きそくめく若(わか)きもわれこそまさりたれとのみ。いふもおかしく昔(むかし)かやの御(み)子(こ)といふ人(ひと)こそ、さいくはいみじかりけれ。それもがなといひいでけり。上達部(かんだちめ)・殿(との)原(ばら)御(み)堂(だう)のすのこにゐ給(たま)ひてわれこそまさりけれ。人(ひと)のはをとりたりをとりたりなど聞にくきまで定(さだ)め給(たま)ふもおかし。さるのときばかりに百よ人(にん)の僧うるはしくしやうそきて、ぎやうだうしていけのめぐりをすぐる程(ほど)、植木(うへき)の中(なか)を分(わ)くると見(み)えて、いみじう尊(たうと)くめでたし。日(ひ)の入(い)る程(ほど)にぞ火ともしつけたる。四てうがうちに火ともさぬ所(ところ)なし。万灯会(まんどうゑ)にはあらで、億千万灯(おくせんまんどう)とぞ見(み)えたる。このうちに入(い)り満(み)ちたる車(くるま)・かち人(ひと)かずしらず多(おほ)かり。世(よ)の中(なか)の聖どもさながら参(まゐ)り
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たり。賀茂(かも)の祭(まつり)の一条(いちでう)の大路にだにいできてののしる。せんあみだ仏といふ法師(ほふし)ばら、こゑをさゝげてののしる。あみだのこゑさへぞたうとかりける。こよひのともしびのひかり、十二ほうじやうどふつ世界(せかい)にいたるらんと見(み)えてかみは悲想悲々想までいたるらん、しもはごくあくの衆生(しゆじやう)もみなてらさるらんとぞみゆる。召(め)しいたるものは、かかることあなりとたづね参(まゐ)り、みみきかぬものは見きかねど、ひかりをたづねて参(まゐ)りて、すべてあきらかなるまなこをひらき、六こんせうじやうをえたると見ゆるも、こよひのひかりのいたれるにやと、くらきよりくらきにいたる衆生(しゆじやう)も、嬉(うれ)しきゑのとうみやうにあひぬとよろこびをなしたり。はうかうゐんのまんどうゑをこそ、いみじき〔こ〕とに人(ひと)いひしかど、これはいと殊(こと)の外(ほか)にいかめしうめでたし。阿闍世王石の油してしけんも、えやまざらんとみえたり。又(また)の日のつとめてまでなんもえける。御(み)堂(だう)<”の。ほとけのてらされ給(たま)へるは、ひんがしかたのまん八千の世界(せかい)までもてらさるらんとみえたり。かくて此(こ)の頃(ごろ)は、これをいみじう珍(めづら)しきことに世(よ)の人(ひと)もいひ思(おも)へり。かくて賀茂(かも)の祭(まつり)なども過(す)ぎてさ月になりぬ。大みや土御門(つちみかど)殿(どの)におはしませば、との何(なに)わざをして御覧(ごらん)ぜさせんと思(おぼ)し召(め)して、この殿(との)の御まやのまくさのたねとののきたせかゐんと云ところにぞうへける。此(こ)の頃(ごろ)うふべかりければ、御廐(みまや)の司(つかさ)を召(め)して、「この田(た)植(う)へん日は、例(れい)の有様(ありさま)ながらつくろひたることなくて、
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ものおこがましういかにもありのままにて、このみなみのかたのむまはみどよりあゆみつゞかせて、埒(らち)のうちよりとをして、きたさまにわたせ。うしとらのはうのついぢをくづして、それより御覧(ごらん)じやるべきなり。ひんがしの対にてなん御覧(ごらん)ずべきと、仰(おほ)せごとうけ給(たま)ひて、いま二三日のほど、何(なに)わざをと思ふ。その日になりて、かのすみのついゝぢくづさせ給(たま)ふ。ひんがしのたいにみやとののうへ渡(わた)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)たち候ふかぎりは参(まゐ)る。若(わか)うきたなげなき女ども。五六十人(にん)ばかり、もころもといふ物いとしろうきせて、しろきかさどもきせて、はくろめくろらかに、へにあかうけさうせさせてつゞけたてたり。だうあるじといふおきな、いと怪(あや)しききぬき、やれたるひがさゝしてひもときて、あしだはきたり。怪(あや)しきさましたる女(をんな)どもくろかいねりきせて、はうにといふものぬりつけてかづらせさせて、かさゝさせてあしだはかせたり。又(また)うむかくと言(い)ひて、怪(あや)しきやうなるつゞみ。こしにゆひつけてふえふき、さゝらといふものつき、様々(さまざま)のまひ、怪(あや)しの男(をとこ)どもうたうたひゑひて、心(こころ)よくほこりて、十人(にん)ばかりあり。そが中にこのたつゞみといふものは、れいのにもにぬ心地(ここち)して、ごぼ<とぞならしいくめる。親(した)しうものし給(たま)ふ殿(との)原(ばら)ひんがしのすのこにて見給(たま)ふ。若(わか)き君達(きんだち)・四位(しゐ)・五位(ごゐ)などは、ゑんにをしかかりて見けう給(たま)ふ。又(また)いと大きなるおけおりひつどもに、これらがくひものどもなるべし、もてつづきたり。様々(さまざま)
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世(よ)に珍(めづら)しきものどもをのみ。もてつゝけたれば、いみじうつらしう御覧(ごらん)ず。さていきつぎて、いまうへののしる御覧(ごらん)じやりて、いとおかしう思(おぼ)し召(め)さる。ありつるがくのものども、みぢのほど慎(つつ)ましげに思(おも)へりつる、かしこにてはわがまゝにののしりあそびたるさまども、いみじうおかし。おりしもあめすこしふりて、たごの袂(たもと)どもゝしほとけゞなり。いつのほどにかきあつまりけん。世(よ)人(ひと)かず知(し)らずなみたちて、見るかほどもさへぞおかしう御覧(ごらん)じける。このた人どものうたふうたを聞(き)こし召(め)せは、
@さみだれにもすそぬらしてうふるたをきみがちとせのみまくさにせん W203
@うふるよりかずも知(し)られず大ぞらにくらにぞつまんみまくさのいね W204
とぞうたふうたさへつくりいでたりけるみまやの官(つかさ)の心(こころ)ばへを、殿(との)原(ばら)いみじうけうぜさせ給(たま)ふ。読人(よみびと)誰(たれ)としらず、ほとゝぎすのなき渡(わた)るを、女房(にようばう)、
@さなへうふるおりにしもなくほとゝぎすしでのたをさも人(ひと)にきにけり W205
また人(ひと)、
@ほとゝぎす雲居(くもゐ)なるねに聞(き)こゆれどしぼりもあへずたごの袂(たもと)は W206
などぞいひける。ことはてゝみまやの司(つかさ)召(め)して、いみじうかんぜさせ給(たま)ひて、ものかつけさせ給(たま)ふ。かやうに覚(おぼ)し残(のこ)すことなく、御心(こころ)をやりけうある御有様(ありさま)どもなり。
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かくてとのの御(お)前(まへ)、かばかりしつくさせ給(たま)ふことどもは、いつかおぼつかなくうしろめたくおぼさるらん、月頃(ごろ)きやう・ほとけなどまうけさせ給(たま)ひて、御四十九日行(おこな)はせ給(たま)ふ。この月の晦日(つごもり)より始(はじ)めさせ給(たま)ふ。ほとけはごくらくじやうどのまんだら日に法華経(ほけきやう)一ぶ、あみだきやう四十九(しじふく)くはんをぞくやうせさせ給(たま)ふ。七日<はしやうぞく一具(ぐ)、さるべき物など御ずきやうにせさせ給(たま)ふ。心(こころ)異(こと)にたうときたひの御はうじにて、だうしたち。いとど心(こころ)にいれてつかうまつる。六月一日になりぬれば、一条(いちでう)の院(ゐん)の御八講、ゑんけうじにて行(おこな)はせ給(たま)ふ。晦日(つごもり)になりぬれば、また。はうかうゐんの御八講、いみじうあつきころ、そうたちさしあひて、いとまなき心地(ここち)すべしをときゝこそ所々(ところどころ)なれと、唯(ただ)とのにのみ召(め)し行(おこな)はせ給(たま)ふ。ゑんけうしの御八講は、殿(との)原(ばら)みな参(まゐ)らせ給(たま)ふ。とのの御(お)前(まへ)も参(まゐ)らせ給(たま)ふ。ゐんなどにもそうども召(め)しあつめさせ給(たま)ふ。この御八講も十七八日のほどにぞはてける。日頃(ひごろ)ひさしきことにて、れいのやうにうとき人(ひと)に物もいはじ、むつかしと仰(おほ)せられて、たゞ僧(そう)の事どもゝ、家(いへ)の官(つかさ)どもにぞあづけさせ給(たま)へる。されどかぎりありて、ほかのことよりはとのがたのことは。いとこよなくて、そうせんなどもいとおどろ<しうてまかでぬ。またの月のはつかのほどにうぢ殿(どの)におはします。そこにて御はつかうせさせ給(たま)ふなりけり。年(とし)頃(ごろ)の御せうようせさせ給(たま)ひければ、其(そ)のさんげとおぼして、法華経(ほけきやう)・四くはんきやう
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などかかせ給(たま)ふ。あみだのまんだらなどかかせ給(たま)ひて、五人(にん)のかうじしておはしまして、五日のほどかう行(おこな)はせ給(たま)ふ。そうはこのかうじたち、ぞくは親(した)しう遣(つか)はせ給(たま)ふ。四位(しゐ)・五位(ごゐ)など四五人(にん)ばかりぐしてよろづをそかせ給(たま)ひておはしましぬ。かのとのにつかうまつるべき仰言(おほせごと)かねてよりありければ、皆(みな)いみじく仕(つか)うまつり設(まう)けたり。さて五日が程(ほど)いみじうあはれに尊(たうと)し。かうじたち、なか<心(こころ)のどかなるところにて、たうとく哀(あは)れにつかうまつる。@@23 十千のいほ、十二部経の首題のみやうじをきゝて、とうりてんにむまれたり [かな:  じふせんのいほ、じふにぶきやうのしゆだいのみやうじをききて、たうりてんにうまれたり] B23。五日十さのほど、法華経(ほけきやう)のくとくを、いみじうときつくす。いと尊(たうと)し。ことゞも果(は)つる日、いみじき御功徳(くどく)と思し召(め)して、とのの御(お)前(まへ)、
@うぢかはのそこにしづめるうろくづをあみならねどもすくひつるかな W207。
と仰(おほ)せらるゝを、かうじたちは御かへし奉(たてまつ)らざりけり。いみじうそかせ給(たま)へれと、御むかへに殿(との)原(ばら)さるべき人々(ひとびと)参(まゐ)り給(たま)へれば、かへらせ給(たま)ひぬ。まこと、うぢにては実方の中将(ちゆうじやう)のよみ給(たま)へりけるうたこそ、まさりぬべかりけれと、人(ひと)申しければ、△△宇治河の網代(あじろ)の氷魚(ひを)もこの頃(ごろ)は阿弥陀仏(あみだぼとけ)によるとこそ聞(き)け」とこそありけれ。」八月には、大みやの御(お)前(まへ)にせんざいをうへさせ給(たま)ひて、その
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ついでに、さべき上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)り給(たま)ひて、大御酒(おほみき)、御果(くだ)物のこともありて、題二(ふた)つを出(いで)させ給て、うたふたつづゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。あきの月のひかりさやかなり、いけのみづなかくすむとぞ△△△△△△△△△△東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)
@月かげのいかばかりなる比なればあきはあくるも知(し)られざるらん W209
△△△△いけみづ
@いけみづは流(なが)れぬ物ときゝしかど行末(ゆくすゑ)ながくすみぬべきかな W210
△△△△△△△△△△△△△△△△ちうぐうの大夫(だいぶ)
@あきのよにあきのみやにぞながむれば月の光を添(そ)へてこそみれ W211
@わがきみのちよのまに<よろづよの流(なが)れてすめる池のみづかな W212
△△△△△△△△△△△△△△△ごんちうなごん
@あまつかぜくもふきはらふつねよりもさやけさまさる秋(あき)のよの月 W213
@わがきみのやどなつかしみよろづよをいけもろともにすみ渡(わた)るべき W214
△△△△△△△△△△△△△△△△左兵衛督(さひやうゑ)の督
@古(いにしへ)もかばかり澄(す)める秋(あき)の夜(よ)の月は見(み)きやと人(ひと)にとはゞや W215
@はる<”ときみがすむべき宿なればかよひてすめる池の水かな W216
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△△△△△△△△△△△△△△△△右兵衛(うひやうゑ)の督
@月かげはいつともわかぬものなれどあきのひかりぞ心(こころ)異(こと)なる W217
@きみがすむやどのいけ水にごりなく流(なが)れてみゆるちよのかげかな W218
△△△△△△△△△△△△△△△△ごんのすけ
@吹かぜにくもやはるらん月かげのみゆるにまさるひかりなりけり W219
@かげみてぞ行末(ゆくすゑ)までも知(し)られけるすむいけ水も心(こころ)有(あ)らし W220
△△△△△△△△△△△△△△△△うだいべん
@こしへのみかへるときゝしかりがねのはかぜにみゆるあきのよの月 W221
@いにしへもいまもまれなるきみがよにみづさへすめる宿にも有哉 W222
△△△△△△△△△△△△△△△△左頭中将(ちゆうじやう)
@あきしまれさしそふいろのことなるも紅葉(もみぢ)やすら睦月(むつき)のかつらも W223
@のどけしときみやみるらんいけ水のひと度(たび)すめるかげをみしより W224
△△△△△△△△△△△△△△△△右頭中将(ちゆうじやう)
@いつとなくさやけくみゆる月なれどなをあきのよににるものぞなき W225
@ながきよのみやの御(お)前(まへ)のいけみづはすむべきほどぞひさしかりける W226
△△△△△△△△△△△△△△△△蔵人(くらうど)の少将(せうしやう)
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@久かたの月のかつらやこよひよりしたば紅葉(もみぢ)てこさまさるらん W227
@君が代はいつともわかぬいけ水のすみ渡(わた)るべき物にやはあらぬ W228
△△△△△△△△△△△△△△△△うせうべんのりたゞ
@ひかりそふ月とぞみゆるくれたけの行末(ゆくすゑ)ながきあきのみやには W229
@いけみづのみぎはまさりてみゆるかないく世すむべきかげにか有らん W230
△△△△△△△△△△△△△△△△さいしゆ輔親(すけちか)
@ほかよりもかけざやかなるみやの月いとどひかりをそふるあきのよ W231
△△△△△△△△△△△△△△△△ためまさ
@くもりなききみがみよかはあまつそらてりこそまされあきのよの月 W232
@うちはへてにごらずゝめるいけみづはちよにひと度(たび)あふときゝしを W233
△△△△△△△△△△△△△△△△式部(しきぶ)のぜうつねなが
@あきのよの月のひかりのまされるはやどからみゆるいろにざりける W234
@いにしへもかくや有けん今日(けふ)のみとながくもすめるいけのみづかな W235
△△△△△△△△△△△△△△△△女房(にようばう)
@あまつそらひかりをそふるみづの面にちよすみぬべき秋(あき)のよの月 W236
△△△△聞(き)こし召(め)して御(み)堂(だう)より奉(たてまつ)らせ給(たま)へる、
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@ふるさとを出にしのちは月かげぞ昔(むかし)もみきと思(おも)ひ遣(や)らるゝ W237
△△みやの御かへし
@そむけどもそなたざまにぞ月かげはありふるさとのかげぞ恋(こひ)しき W238。
同(おな)じころ、うぢの大との、大井に御はらへしにおはしましたりけるほどに、くれて月いとあかくいでたり。あきのよの月にむかふといふことをよませ給(たま)ふに、さだよりのきみ
@月のいるみねをうつせる大井川このわたりをやかつらといふらん W239。
と宣(のたま)へりければ、たゞこれをけうじてやませ給(たま)ひにけりとぞ人(ひと)かたりはんべりし。



栄花物語詳解巻二十


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〔栄花物語巻第二十一〕 後(のち)悔(くゐ)の大将(だいしやう)
かくて、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の上(うへ)、今年(ことし)廿四ばかりにや、此(こ)の程(ほど)に君達(きんだち)五六人(にん)ばかりになり給(たま)へるを、又(また)今年(ことし)も唯(ただ)にもあらで過(す)ぐさせ給(たま)へるが、今日(けふ)明日(あす)にならせ給(たま)ひにたれば、例(れい)の小二条(こにでう)にこそはすませ給(たま)へるに、もののさとしなど、人々(ひとびと)の夢(ゆめ)騒(さわ)がしう、又(また)自(みづか)らもものこころ細(ぼそ)くおぼされて、いかにと哀(あは)れにのみおぼし乱(みだ)るゝに、渡(わた)らせ給(たま)ふとても、又(また)こころを見(み)むとすらんやと、うち泣(な)かせ給(たま)ふもゆゝし。御(お)前(まへ)なる人々(ひとびと)は、恐(おそ)ろしう思(おも)ひ聞(き)こえさせたり。殿(との)の人々(ひとびと)は更(さら)なり。よその人(ひと)も、此(こ)の御有様(ありさま)を夢(ゆめ)などに見(み)つゝ聞(き)こえさすれば、大納言(だいなごん)殿(どの)の尼上(あまうへ)など、静(しづ)ごゝろなくおぼさるゝに、渡(わた)らせ給(たま)ひぬれば、いとど御すほう・御誦経(じゆぎやう)様々(さまざま)よろづせさせ給(たま)ふ。かねてよりも今年(ことし)らいねんは、かやうなる御有様(ありさま)ならば限(かぎ)りなるとのみおぼしたるに、頼(たの)もしげなくのみ覚(おぼ)えさせ給(たま)ふ。いと恐(おそ)ろしうおぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、師走(しはす)の晦日(つごもり)ばかりに、いと平(たひら)かにて、男君(をとこぎみ)むまれ給(たま)ひぬ。御(おん)心地(ここち)なども、なか<れいよりはいとさはやかに、御ゆゝてなどせさせ給(たま)へば、誰(たれ)も今ぞこころのどかに
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おぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。若君(わかぎみ)の御乳母(めのと)、かねてより申ししかば、五節(ごせち)のきみ、故みかはのかみ方隆がむすめ、ゑもんのたいふ致方(むねかた)が妻(め)ぞ参(まゐ)りたる。御産屋(うぶや)の騒(さわ)がしきまぎれに、年(とし)もくれにけり。朔日(ついたち)などのことども、思(おぼ)すことなげなるに、殿(との)の御ありきもなかりければ、こころのどかに君達(きんだち)の御いたゞきもちなど、きゝにくきまでいひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。朔日(ついたち)六日は七日のよなれば、珍(めづら)しげなき御ことなれども、年(とし)の始(はじ)めとていみじきころなれば、いとどめでたし。今日(けふ)は七日にて御湯(ゆ)のあるべければ、又(また)よさりの御湯(ゆ)殿(どの)のことども様々(さまざま)ののしる程(ほど)に、いかにうちあくはせ給(たま)ひて、御けしきいと苦(くる)しげなければ、いと恐(おそ)ろしうて、さるべきそうたち、日頃(ひごろ)の御衣(ぞ)にうちたゆみ心地(ここち)よげなるに、にはかにかくおはしませば、皆(みな)参(まゐ)りあつまりてかぢ参(まゐ)る。殿(との)の内(うち)のそうはさるものにて、ほかのさるべき残(のこ)りなく召(め)しあつめて、かぢ参(まゐ)りたるこゑどもゝののしりみちたり。すべてあさましう苦(くる)しげなる御(おん)心地(ここち)に、静(しづ)ごゝろなき人々(ひとびと)多(おほ)かり。御もののけ人々(ひとびと)にうつしののしる。されどはか<”しきこといはず。べんのさだよりのきみ・だいないきのりただなどよびよせていふことどもあれども、もののけのいふことなれば、誰(たれ)もかれをまことゝ思(おぼ)すべからぬを、きぶねのおはするとて、いみじう恐(おそ)ろしきことどもあれど、さりともなど思(おぼ)す程(ほど)に、此(こ)の殿(との)には、こまつの僧都(そうづ)の霊の、始(はじ)めは御産屋(うぶや)などの折(をり)はいと
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恐(おそ)ろしかりしかど、それをよろづにいひのまゝにせさせ給(たま)ひし程(ほど)に、いみじき御とくひになりて、それぞ此(こ)の年(とし)頃(ごろ)何事(なにごと)もいとよくつげ聞(き)こえさせつるも、それらもをとなきを、、殿(との)は怪(あや)しくおぼつかなく思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、御湯(ゆ)参(まゐ)らんとあれば、もて参(まゐ)りたりけるを、聞(き)こし召(め)して、やがてものも宣(のたま)はせずならせ給(たま)ひぬ。柿(かき)ひたしの汁(しる)をものゝ葉(は)につけて参(まゐ)らすれど、すべて御くちもふさがせ給(たま)ひて筋(すぢ)なければ、心誉僧都(そうづ)参(まゐ)りて、おさへてかぢ参(まゐ)り給(たま)ふに、験(しるし)ありて御くちうごかせ給(たま)へば、御湯(ゆ)などつゆばかり参(まゐ)らす。れいはさもなきに、御自(みづか)らもののけたゞいできにいでくれば、いとかたはらいたしと思(おぼ)し召(め)して、なを人(ひと)にうつさばやと宣(のたま)はすれど、そこらの僧正をあはせてののしり、かぢ参(まゐ)りて、他人(ことひと)にうつせど、なを御(おん)心地(ここち)同(おな)じやうなれば、あつまりてかぢ参(まゐ)る程(ほど)に、れいもつきならひたる女房(にようばう)に、こまつの僧都(そうづ)あらはれて、此(こ)のかぢとめよ。あなかしこ<、あやまつな。たゞひきこゑをよめよめといへば、殿(との)此(こ)のもののけのかくいふに、あるやうあらん。此(こ)のかぢ留(とど)めて、きやうなれ<と宣(のたま)はす。かくいふは正月五日なり。殿(との)いみじうせいせさせ給(たま)へば、かぢ留(とど)めて、そこらのそうひきこゑをよみたり。その程(ほど)のおどろ<しさは推(お)し量(はか)るべし。心誉僧都(そうづ)も誰(たれ)も、御もののけのたへがたげなりつるものを、たゞ同(おな)じことかぢを参(まゐ)らでと、口(くち)惜(を)しうおもふ程(ほど)に、さこそとののしり
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しかど、やがてたえいらせ給(たま)ひぬ。あさましくゆゝしなども世(よ)の常(つね)なり。よろづのものは、此(こ)の二三日の程(ほど)の御有様(ありさま)に、残(のこ)りなくなさせ給(たま)へるに、又(また)<いみじうせさせ給(たま)へどかひもなし。さべきそうたち皆(みな)まかでゝ、良海内供ばかりぞとまりて候(さぶら)ふ。上(うへ)の御はらの内供のきみ、日頃(ひごろ)御まくらがみにて、はかなき御くだもの参(まゐ)らせ給(たま)ふ、起臥(おきふし)もよろづにつかうまつり給(たま)へるなども、すべていとあさましきことなり。尼上(あまうへ)つといだき奉(たてまつ)り給(たま)ひて、ふさせ給〔へ〕り。御むねかちにちなどもはりて、いみじう哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。いと怪(あや)しう、所々(ところどころ)あかみなどして、うたてげにおはしますは、世(よ)の人(ひと)の有様(ありさま)にてうせさせ給(たま)ひぬるにやあらんと、哀(あは)れにゆゝしう思(おぼ)すにつけても、殿(との)も大納言(だいなごん)殿(どの)も、えみ奉(たてまつ)らせ給(たま)はず、いとあさましうこゑとてもさゝげてののしり泣(な)かせ給(たま)ふもいみじきに、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)は十一なり、姫君(ひめぎみ)は九ばかり、たゞ此(こ)の二所(ところ)もののこころしらせ給(たま)へる様(さま)にいひつゞけなき給(たま)ふ。こと君達(きみたち)はあそびいさかひなどせさせ給(たま)ふ、哀(あは)れにこころうし。此(こ)の日頃(ひごろ)、かばかりいみじかりつるに、夢(ゆめ)にいひをかせ給(たま)ふことなかりつ。大方(おほかた)ものをいはせ奉(たてまつ)らぬ御もののけなりけり。あさましうこころうく、いみじき僧都(そうづ)のれいにはかられ給(たま)ひぬる。されどそれさべきにもあらずと思(おぼ)すにも、ゆくかたなき御(おん)心地(ここち)どもなり。なをいとおぼつかなくわびし。宣(のたま)はんことをもきかん。又(また)かみのまこと・そらごとを
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も聞(き)かんとて、左近(さこん)の乳母(めのと)泣(な)く泣(な)く御口寄(くちよせ)にいでたつに、尼上(あまうへ)もなをわれもゆかん。もし昔(むかし)の御けしきも見(み)えんに、たいめせずはいとこころうかるべしとて、忍(しの)びてものし給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)す女房(にようばう)一人(ひとり)添(そ)へておはしまして、尼上(あまうへ)には、此(こ)の人々(ひとびと)のきぬのすそをひきかけて、おはするやうにもあらずもてなして、かうなきをば、御車(くるま)のくちのかたにのせたり。いかなることにかと心(こころ)もとなき程(ほど)に、此(こ)のかうなき、唯(ただ)なきになきて、うつゝぞ。などかくれ給(たま)ふぞと言(い)ひて、車(くるま)のしりのかたにたゞよりによりて、あはれ、いかゞし給(たま)はんずる。えつかうまつらでやみ侍(はべ)りぬること。必(かなら)ずしぬべきだうりもなかりけれと、かくなりにしかば、哀(あは)れにこころうくこそはなど、いひつゞけ泣(な)かせ給(たま)へど、はかばかしきこともなし。左近(さこん)の乳母(めのと)には、むねをかきあけて、乳(ち)飲(の)まんと宣(のたま)へば、乳母(めのと)ゝしり給(たま)へるとみるになん、なをあさましきものこそありけれと、哀(あは)れに悲(かな)しういみじうて、泣(な)く泣(な)くかへらせ給(たま)ふそらもなしや。此(こ)のもののけの、さばかりありし折(をり)聞(き)こえけることなど、いまぞおぼしあはせて、こころうくあさましうおぼさる。かくて二三日ある程(ほど)に、前さがみのかみたかよしといふ人(ひと)参(まゐ)りて、夢(ゆめ)に見(み)え給(たま)へることこそ候(さぶら)ひつれ。なき此(こ)の御有様(ありさま)は、ひとのつかまつりたることにこそあべけれ。御帳のおましのしたなどを御覧(ごらん)ぜば、楊枝(やうじ)にしてなんをきたると見(み)え侍(はべ)るなり。誠(まこと)に楊枝(やうじ)
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候はゞ、まこととこそはしらせ給(たま)はめと申せば、いと睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)す人々(ひとびと)いきてみるに、誠(まこと)にありける。さは夢(ゆめ)にもみゆるものなりけり。あさましうこころうくいみじとも疎(おろ)かなり。殿(との)と尼上(あまうへ)うちかたらひ給(たま)ひつゝ、うちなき<過(す)ぐさせ給(たま)ふ。殿(との)の御身(み)のならんやうもしらずなき惑(まど)はせ給(たま)へば、くらの命婦(みやうぶ)参(まゐ)りて、御(み)堂(だう)の御消息(せうそく)、上(うへ)のことや、よろづに聞(き)こえ慰(なぐさ)むれど、身(み)のあらばこそとのみおぼし惑(まど)ふに、御もののけなどのことも、傅の殿(との)の北(きた)の方(かた)のしわざと言(い)ひて、きぶねのあらはれなどして、いまさへさやうにいふもかたはらいたくおぼさるれば、げに此(こ)の頃(ごろ)ぞ、後(のち)悔(くや)しき大将(だいしやう)とも聞(き)こえつべし。大納言(だいなごん)殿(どの)、姫宮(ひめみや)の御ことをあさましうおぼししほり、本意(ほい)も遂(と)げなんとおぼしたりしかど、此(こ)の上(うへ)の御有様(ありさま)のくるかひありておはしつれば、よろづをおぼし慰(なぐさ)めとどこほりて、御櫛笥(くしげ)殿(どの)の大人(おとな)び給(たま)はんをみてなどおぼしゝに、かくあさましうこころうく、おぼし乱(みだ)るとも疎(おろ)かなり。かくてのみやはとて、此(こ)の月の十四日に御葬送(さうそう)あるべし。いみじながらも、只今(ただいま)ゝでは、御て〔み〕づ・御たいなど急(いそ)ぐにつけても、なごりある様(さま)にはおぼさるゝを、此(こ)ののちいとどいかにと思(おぼ)し召(め)されて、その日になりぬれば、つとめてよりこと<”あらんやは。その御急(いそ)ぎ、内(うち)にも外(と)にもある限(かぎ)りおぼし急(いそ)ぎて、又(また)もろごゑに泣(な)かせ給(たま)ふ程(ほど)、理(ことわり)にいみじや。くれぬれば、
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殿(との)の御車(くるま)に御装束す。御車(くるま)のわなどに、きぬひきなどするをみるにも、常(つね)の有様(ありさま)はかくやありしなど、いみじきことども多(おほ)かり。さて御車(くるま)よせたれば、殿(との)・大納言(だいなごん)殿(どの)・内供のきみなど睦(むつ)まじく思(おぼ)す人々(ひとびと)などしてかきのせ奉(たてまつ)り、此(こ)の度(たび)ばかりのことと思(おぼ)し召(め)せば殿(との)の御車(くるま)に、殿(との)人のある限(かぎ)り、五位(ごゐ)十人(にん)ばかりつけさせ給(たま)ふ。御こころの内(うち)は、このあるまじきことなり。世(よ)にやんごとなきには、蔵人(くらうど)へたる人(ひと)をこそすめるに、のちのそしりありなんとおぼしながら、なを御志(こころざし)、又(また)世(よ)におはしながらへ給(たま)はましかば、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)人(ひと)なみ<におはしまさましかば、いかにめでたき御有様(ありさま)ならましなどおぼさるゝに、何事(なにごと)もし残(のこ)させ給(たま)ふべきやうもなし。殿(との)・大納言(だいなごん)殿(どの)など、えもいはぬものを、きさせ給(たま)ひて、御車(くるま)のしりにあゆませ給(たま)ふ。べんもつかまつらんとおぼし宣(のたま)へど、御忌(いみ)の日なるにあはせて、又(また)ゆゝしうおぼして、留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。出(い)でさせ給(たま)ひぬるなごり、ひをうちけちたるやうに人(ひと)ごゑもせぬに、ここかしこ哀(あは)れにいみじきことどもをいひつゞけ泣(な)かせ給(たま)ふ。いみじう哀(あは)れに悲(かな)し。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)・なかの姫君(ひめぎみ)・太郎ぎみなどぞ、ゆゝしきものは奉(たてまつ)る。大人(おとな)はさるものにて、いとちいさくてきさせ給(たま)ふ御有様(ありさま)ども、哀(あは)れにいみじうこころうきや。さてよ一夜(ひとよ)とかくしあかさせ給(たま)ひて、暁(あかつき)にかへらせ給(たま)ふ。御骨は内供のさるべき人々(ひとびと)ぐしておはす。殿(との)にはまち奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)
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惑(まど)はせ給(たま)ふ。同(おな)じことゝよみかきたり。哀(あは)れにゆゝしかりける正月なりや。朔日(ついたち)に、殿(との)いとのどやかに御ありきなくて、君達(きんだち)御いたゞきもちせさせ給(たま)ひて、いみじう御(おん)心地(ここち)よげに思(おぼ)すことなげなりしを、大納言(だいなごん)殿(どの)など見(み)奉(たてまつ)りけうぜさせ給(たま)ひし程(ほど)に、いつぞとおぼしわかれぬなり。世(よ)のなかばかりあさましうこころうきものぞなかりけり。いま始(はじ)めたることにはあらねど、なをいとめづらかにのみおぼさる。御忌(いみ)の程(ほど)など、いと哀(あは)れにつれ<なることども多(おほ)かり。殿(との)の御夢(ゆめ)に、ありしながらの御様(さま)にて、しろき御衣(ぞ)数多(あまた)きさせ給(たま)ひて、
@ともしびのひかりは数多(あまた)みゆれどもをぐらのやまを一人(ひとり)ゆくかな W249。
と宣(のたま)ひて、やがてうせ給(たま)ひぬと御覧(ごらん)じて、大納言(だいなごん)にかう<と聞(き)こえ給(たま)ひて、所々(ところどころ)にみあかし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。はかなく御忌(いみ)の程(ほど)過(す)ぎて、二月十八日、御ほうじ長谷(ながたに)ゝてせさせ給(たま)ふ。七僧・百僧など、その程(ほど)の御有様(ありさま)あるべき限(かぎ)りせさせ給(たま)ふ。哀(あは)れに悲(かな)しうて過(す)ぎもていぬ。かへすがへす此(こ)の御ことのあさましさを、疎(おろ)かならずおぼし惑(まど)ふ。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、御年(とし)いと若(わか)けれど、御こころふかくよろづをおぼしたる程(ほど)も、いと哀(あは)れに、行末(ゆくすゑ)推(お)し量(はか)られさせ給(たま)ひて見(み)えさせ給(たま)ふ。それにつけても殿(との)は、いとど疎(おろ)かならずこそは思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふめれ。年(とし)頃(ごろ)、殿(との)の御こころのすき<”しきことのやませ給(たま)ひて、宮々(みやみや)にももの宣(のたま)はする人々(ひとびと)あり。殿(との)の内(うち)にも、はかなくおぼしつき
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などして、上(うへ)もうちとけたる御けしきなく、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もよからぬ様(さま)に、はかなくとていひ思(おも)ひ過(す)ぎにし。さやうのたぐひにも、けしからぬ人々(ひとびと)に思(おも)ひいふべかめれと、それあべきことにもあらず。なをいと昔(むかし)もいまも、人(ひと)のこころぞこころうきものはあるや。御櫛笥(くしげ)殿(どの)の御乳母(めのと)をこそいふは、かくいふべかめれは、とかくけしからぬにつけても、ものわかやかにかろ<しからぬ人(ひと)は、出(い)でてはしりもいぬべかりし。されど、大人(おとな)になりにたれば、きゝいれぬ様(さま)にて、自(おの)づから、仏神おはすればと、こころのどかに思(おも)ひたるけしきも、又(また)をしかへし、さるべき人々(ひとびと)は、更(さら)にあべきことならずおぼされたり。唯(ただ)とてもかくてもうせ給(たま)ひぬる人(ひと)の御身一(ひと)つこそあはれなれ。今(いま)は小二条(こにでう)殿(どの)に今日(けふ)明日(あす)渡(わた)らせ給(たま)ふべしとて、もの運(はこ)びなどせさせ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)此(こ)の家(いへ)をめでたき所(ところ)とおぼして、まづかかる折(をり)渡(わた)らせ給(たま)へる。をしかへしあさましければ、何(なに)してといふことのやうにつらくあさましうおぼさるなり。登任(なりたふ)が家(いへ)にて平(たひら)かにせさせ給(たま)ふとて、殿(との)のかかゐ・御衣(ぞ)など給(たま)はせし程(ほど)、いへば疎(おろ)かにめでたかりしことぞかし。なをよろづに哀(あは)れに定(さだ)めなき世なりや。大納言(だいなごん)殿(どの)四条(しでう)の宮(みや)へ渡(わた)らせ給(たま)ふ。尼上(あまうへ)は君達(きんだち)の御有様(ありさま)のこころ苦(ぐる)しさに、いまは御行(おこな)ひにとのみ思(おぼ)せど、いとおしくてそひて渡(わた)らせ給(たま)ふ。いづれの度(たび)の御ありきにかは一(ひと)つ車(くるま)に奉(たてまつ)らざりし、此(こ)の度(たび)こそと、哀(あは)れに悲(かな)しうて、又(また)をしかへし泣(な)かせ給(たま)ふも、いと
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いみじ。後撰集(ごせんしふ)にあるやうに、
@ふるさとにきみはいかにとまちとはゞいづれの山(やま)のくもとこたへん W250。
とあるうた、此(こ)の折(をり)におぼし出(い)でさせ給(たま)ふ。殿(との)はそのまゝに御せうじんにて、御行(おこな)ひにてみ過(す)ぐさせ給(たま)ふに、安(やす)からずけしきだちをとづれ聞(き)こゆる人々(ひとびと)数多(あまた)あれど、只今(ただいま)聞(き)こし召(め)しいれず。哀(あは)れに、月日に添(そ)へて恋(こひ)しくのみ思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ふこと限(かぎ)りなし。斯(か)かる程(ほど)に、二月(にぐわつ)晦日(つごもり)方(がた)に、殿(との)の御(お)前(まへ)、御(み)堂(だう)近(ちか)きわたりに御本意(ほい)におはしまして、御殿(との)ごもりたるに、人(ひと)参(まゐ)りて、にはかにおどろかし奉(たてまつ)りて、御(み)堂(だう)にひいできて候ふと申せば、殿(との)の御(お)前(まへ)、御車(くるま)にて見(み)奉(たてまつ)りあへぬまで、ものも覚(おぼ)えずまどひおはしまして御覧(ごらん)ずれば、かの長者の家(いへ)の心地(ここち)せさせ給(たま)ふ。われのみ急(いそ)ぎおはしましぬと思(おぼ)し召(め)せど、世(よ)の中(なか)の人(ひと)いつの程(ほど)にかあつまりつらん、だうの上(うへ)にかずしらずのぼりたり。みづをかけゝちののしる。そこらのひろき内(うち)にみちたり。われはたゞほとけの御(お)前(まへ)におはしまして、たすけ給(たま)へとぬかをつかせ給(たま)ふ。そこらの僧俗(そうぞく)・かずしらぬ人(ひと)、御(み)堂(だう)にしてぬかをつき、おほがねをつきて申しののしりたり。北(きた)の方(かた)には、そうばうのにし東(ひがし)とならびつくりたるが、そのそうばうよりひのいできたるなりけり。そこらの人々(ひとびと)、ひをあつしとも思(おも)へらず惑(まど)へばにや、皆(みな)はやけで、上(うへ)の御(み)堂(だう)のへだての中門までぞやけたりけれど、そこらの人々(ひとびと)、みのならんやうもしらず
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まどひつればにや、又(また)ほとけの御験(しるし)にや、にしのかぜ・南(みなみ)のかぜふきて、残(のこ)りにもつかずなりぬれば、そうばうふたつぞやけにける。これにつけても殿(との)の御有様(ありさま)を、殿(との)原(ばら)・そうたちなど、疎(おろ)かならず申し聞(き)こえ給(たま)ふ。ほとけの御験(しるし)、殿(との)の御(お)前(まへ)の御こころの内(うち)の念の程(ほど)をみせしらせんとおぼして、ほとけかみの自(おの)づからあらせ給(たま)へることに見(み)えたりなど、いみじうありがたげに世(よ)人(ひと)も申し思(おも)ひたりけり。かくて、高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)は、六条(ろくでう)の故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御(み)子(こ)のます宮(みや)と申す。関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)の御おとうとにおはしませば、やがて殿(との)の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、三位中将(ちゆうじやう)にしてそおはする。東宮(とうぐう)だいぶ・中宮(ちゆうぐう)だいふいとこころえず怪(あや)しきことにおはしむせびたれど、殿(との)の御(お)前(まへ)にせさせ給(たま)ふやうあるべし、せいし聞(き)こえ給(たま)はんにちからなければ、え申(まう)させ給(たま)はず、いまのだいにこれのりが家(いへ)、土門(つちみかど)なるにてむことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。その程(ほど)の御有様(ありさま)推(お)し量(はか)るべし。女君(をんなぎみ)こころよからぬ御けしきなれど、男君(をとこぎみ)それをもしらず、ゆけしおぼいたる様(さま)もおかし。二月晦日(つごもり)なりけり。されど三月にぞ、御露顕(ところあらはし)ありける。三日になりぬれば、所々(ところどころ)の御節供ども参(まゐ)り、今(いま)めかしきことども多(おほ)く、せいわうぼが桃花も折(を)りえりたる様(さま)おかしくて、ところどころすきもの多(おほ)く見(み)えたり。斯(か)かる程(ほど)に、一条(いちでう)の院(ゐん)の一品(いつぽん)宮(みや)、年(とし)頃(ごろ)いみじう道心ふかくおはしまして、御ざえなどはいみじかりし御筋(すぢ)にておはしませばにや、一切経(いつさいきやう)よませ給(たま)ひ、ほうもんども御覧(ごらん)じて、いさゝか女とも覚(おぼ)え
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させ給(たま)はぬ御有様(ありさま)なるに。あまにておはしまさんもかばかりの行(おこな)ひにこそはあらめなどおぼしながら、なをあひなきことなり。何事(なにごと)に障(さは)るべきぞなど思(おぼ)し召(め)しけるにや、三月ににはかにならせ給(たま)ひぬ。此(こ)の宮(みや)の内(うち)は更(さら)なり。大宮(おほみや)・東宮(とうぐう)まで聞(き)こし召(め)して、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)し聞(き)こえさせ給(たま)ふ。さるは此(こ)の正月に、大宮(おほみや)の京極(きやうごく)殿(どの)におはしましゝに行事ありしに、宮(みや)もそこに渡(わた)らせ給(たま)ひて、御たいめありしに、いみじう哀(あは)れにものをおぼししる様(さま)の御物語(ものがたり)などありて、いまよりは内(うち)におはしますべく聞(き)こえさせ給(たま)ひて、年(とし)頃(ごろ)のおぼつかなさをくやしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、かかる御ことを聞(き)こし召(め)して、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)す。殿(との)の御(お)前(まへ)急(いそ)ぎ参(まゐ)らせ給(たま)ひて、よろづあはれなることを、かへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ふ。故院(ゐん)もかやうにてぞおはしまさんものとぞ思(おぼ)し召(め)したりしかし。よはひひさしとても、いくばく侍(はべ)るべきわざならず。いまはたゞほとけにならせ給(たま)ふべきなり。げんぜごしやうめでたきことなり。波斯王むすめこころをおこせる、人(ひと)もをしへず。髪(かみ)を削(そ)ぎしに、誰(たれ)かはをしへすゝめし。ありがたく、昔(むかし)のこと覚(おぼ)えたる御こころをきてなり。よに侍(はべ)る人(ひと)はよろづにつけて、つみをなんつくり侍(はべ)る。ましてこなど侍(はべ)らば、いとこそもの思(おも)ひわざに侍(はべ)りけれ。女房(にようばう)たちまめによく<つかうまつり給(たま)へなど、哀(あは)れにこまやかに聞(き)こえさせ給(たま)ひて、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)はとかく仰(おほ)せらるともせいし申すべきにも侍(はべ)らぬ
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に、こころうくえしり(はべ)らでと、いみじうなき給(たま)ふ。大宮(おほみや)よりも殿(との)よりも、御さうぞく奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。宮(みや)より東宮(とうぐう)大夫殿(どの)の中姫君(なかひめぎみ)まだ幼(をさな)くおはせし折(をり)より、とり放(はな)ち養(やしな)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける程(ほど)に、今年(ことし)は九ばかり(に)ぞならせ給(たま)ひにける。此(こ)の殿(との)の御有様(ありさま)を、いみじう口(くち)惜(を)しうこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)したり。それにしたがひて、だいぶ殿(どの)のなげかしう思(おぼ)すべし。かくてやまのざす院源(ゐんげん)召(め)して、御かいうけさせ給(たま)はんとて、その御用意(ようい)あり。御しつらひなどもとの根なれば、をしかへしさるべき様(さま)の御くとも、宮司(みやづかさ)急(いそ)ぎつかうまつる。御帳より始(はじ)めあらためさせ給(たま)ふ。一条(いちでう)の院(ゐん)よろづにし奉(たてまつ)らせ給(たま)へりし。何(なに)の御調度(てうど)ゞもゝ、皆(みな)此(こ)の姫君(ひめぎみ)の御れうにととかをためさせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)もいかでとおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。みちの御車(くるま)なれば、さやうにしておはしまさん折(をり)は、同(おな)じこころにておぼつかなからずおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ひける。よにあらまほしき御有様(ありさま)にておはしませば、さるべき人々(ひとびと)なども、皆(みな)志(こころざし)参(まゐ)るべき様(さま)になん侍(はべ)る。さるは御年(とし)なども、まだいと若(わか)くおはしましけれども、げに同(おな)じくはとばかり、行末(ゆくすゑ)をかねて思(おぼ)し召(め)すこと、哀(あは)れにめでたくなんとぞ。



栄花物語詳解巻二十一


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〔栄花物語巻第二十一〕 後(のち)悔(くゐ)の大将(だいしやう)
かくて、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の上(うへ)、今年(ことし)廿四ばかりにや、此(こ)の程(ほど)に君達(きんだち)五六人(にん)ばかりになり給(たま)へるを、又(また)今年(ことし)も唯(ただ)にもあらで過(す)ぐさせ給(たま)へるが、今日(けふ)明日(あす)にならせ給(たま)ひにたれば、例(れい)の小二条(こにでう)にこそはすませ給(たま)へるに、もののさとしなど、人々(ひとびと)の夢(ゆめ)騒(さわ)がしう、又(また)自(みづか)らもものこころ細(ぼそ)くおぼされて、いかにと哀(あは)れにのみおぼし乱(みだ)るゝに、渡(わた)らせ給(たま)ふとても、又(また)こころを見(み)むとすらんやと、うち泣(な)かせ給(たま)ふもゆゝし。御(お)前(まへ)なる人々(ひとびと)は、恐(おそ)ろしう思(おも)ひ聞(き)こえさせたり。殿(との)の人々(ひとびと)は更(さら)なり。よその人(ひと)も、此(こ)の御有様(ありさま)を夢(ゆめ)などに見(み)つゝ聞(き)こえさすれば、大納言(だいなごん)殿(どの)の尼上(あまうへ)など、静(しづ)ごゝろなくおぼさるゝに、渡(わた)らせ給(たま)ひぬれば、いとど御すほう・御誦経(じゆぎやう)様々(さまざま)よろづせさせ給(たま)ふ。かねてよりも今年(ことし)らいねんは、かやうなる御有様(ありさま)ならば限(かぎ)りなるとのみおぼしたるに、頼(たの)もしげなくのみ覚(おぼ)えさせ給(たま)ふ。いと恐(おそ)ろしうおぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、師走(しはす)の晦日(つごもり)ばかりに、いと平(たひら)かにて、男君(をとこぎみ)むまれ給(たま)ひぬ。御(おん)心地(ここち)なども、なか<れいよりはいとさはやかに、御ゆゝてなどせさせ給(たま)へば、誰(たれ)も今ぞこころのどかに
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おぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。若君(わかぎみ)の御乳母(めのと)、かねてより申ししかば、五節(ごせち)のきみ、故みかはのかみ方隆がむすめ、ゑもんのたいふ致方(むねかた)が妻(め)ぞ参(まゐ)りたる。御産屋(うぶや)の騒(さわ)がしきまぎれに、年(とし)もくれにけり。朔日(ついたち)などのことども、思(おぼ)すことなげなるに、殿(との)の御ありきもなかりければ、こころのどかに君達(きんだち)の御いたゞきもちなど、きゝにくきまでいひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。朔日(ついたち)六日は七日のよなれば、珍(めづら)しげなき御ことなれども、年(とし)の始(はじ)めとていみじきころなれば、いとどめでたし。今日(けふ)は七日にて御湯(ゆ)のあるべければ、又(また)よさりの御湯(ゆ)殿(どの)のことども様々(さまざま)ののしる程(ほど)に、いかにうちあくはせ給(たま)ひて、御けしきいと苦(くる)しげなければ、いと恐(おそ)ろしうて、さるべきそうたち、日頃(ひごろ)の御衣(ぞ)にうちたゆみ心地(ここち)よげなるに、にはかにかくおはしませば、皆(みな)参(まゐ)りあつまりてかぢ参(まゐ)る。殿(との)の内(うち)のそうはさるものにて、ほかのさるべき残(のこ)りなく召(め)しあつめて、かぢ参(まゐ)りたるこゑどもゝののしりみちたり。すべてあさましう苦(くる)しげなる御(おん)心地(ここち)に、静(しづ)ごゝろなき人々(ひとびと)多(おほ)かり。御もののけ人々(ひとびと)にうつしののしる。されどはか<”しきこといはず。べんのさだよりのきみ・だいないきのりただなどよびよせていふことどもあれども、もののけのいふことなれば、誰(たれ)もかれをまことゝ思(おぼ)すべからぬを、きぶねのおはするとて、いみじう恐(おそ)ろしきことどもあれど、さりともなど思(おぼ)す程(ほど)に、此(こ)の殿(との)には、こまつの僧都(そうづ)の霊の、始(はじ)めは御産屋(うぶや)などの折(をり)はいと
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恐(おそ)ろしかりしかど、それをよろづにいひのまゝにせさせ給(たま)ひし程(ほど)に、いみじき御とくひになりて、それぞ此(こ)の年(とし)頃(ごろ)何事(なにごと)もいとよくつげ聞(き)こえさせつるも、それらもをとなきを、、殿(との)は怪(あや)しくおぼつかなく思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、御湯(ゆ)参(まゐ)らんとあれば、もて参(まゐ)りたりけるを、聞(き)こし召(め)して、やがてものも宣(のたま)はせずならせ給(たま)ひぬ。柿(かき)ひたしの汁(しる)をものゝ葉(は)につけて参(まゐ)らすれど、すべて御くちもふさがせ給(たま)ひて筋(すぢ)なければ、心誉僧都(そうづ)参(まゐ)りて、おさへてかぢ参(まゐ)り給(たま)ふに、験(しるし)ありて御くちうごかせ給(たま)へば、御湯(ゆ)などつゆばかり参(まゐ)らす。れいはさもなきに、御自(みづか)らもののけたゞいできにいでくれば、いとかたはらいたしと思(おぼ)し召(め)して、なを人(ひと)にうつさばやと宣(のたま)はすれど、そこらの僧正をあはせてののしり、かぢ参(まゐ)りて、他人(ことひと)にうつせど、なを御(おん)心地(ここち)同(おな)じやうなれば、あつまりてかぢ参(まゐ)る程(ほど)に、れいもつきならひたる女房(にようばう)に、こまつの僧都(そうづ)あらはれて、此(こ)のかぢとめよ。あなかしこ<、あやまつな。たゞひきこゑをよめよめといへば、殿(との)此(こ)のもののけのかくいふに、あるやうあらん。此(こ)のかぢ留(とど)めて、きやうなれ<と宣(のたま)はす。かくいふは正月五日なり。殿(との)いみじうせいせさせ給(たま)へば、かぢ留(とど)めて、そこらのそうひきこゑをよみたり。その程(ほど)のおどろ<しさは推(お)し量(はか)るべし。心誉僧都(そうづ)も誰(たれ)も、御もののけのたへがたげなりつるものを、たゞ同(おな)じことかぢを参(まゐ)らでと、口(くち)惜(を)しうおもふ程(ほど)に、さこそとののしり
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しかど、やがてたえいらせ給(たま)ひぬ。あさましくゆゝしなども世(よ)の常(つね)なり。よろづのものは、此(こ)の二三日の程(ほど)の御有様(ありさま)に、残(のこ)りなくなさせ給(たま)へるに、又(また)<いみじうせさせ給(たま)へどかひもなし。さべきそうたち皆(みな)まかでゝ、良海内供ばかりぞとまりて候(さぶら)ふ。上(うへ)の御はらの内供のきみ、日頃(ひごろ)御まくらがみにて、はかなき御くだもの参(まゐ)らせ給(たま)ふ、起臥(おきふし)もよろづにつかうまつり給(たま)へるなども、すべていとあさましきことなり。尼上(あまうへ)つといだき奉(たてまつ)り給(たま)ひて、ふさせ給〔へ〕り。御むねかちにちなどもはりて、いみじう哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。いと怪(あや)しう、所々(ところどころ)あかみなどして、うたてげにおはしますは、世(よ)の人(ひと)の有様(ありさま)にてうせさせ給(たま)ひぬるにやあらんと、哀(あは)れにゆゝしう思(おぼ)すにつけても、殿(との)も大納言(だいなごん)殿(どの)も、えみ奉(たてまつ)らせ給(たま)はず、いとあさましうこゑとてもさゝげてののしり泣(な)かせ給(たま)ふもいみじきに、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)は十一なり、姫君(ひめぎみ)は九ばかり、たゞ此(こ)の二所(ところ)もののこころしらせ給(たま)へる様(さま)にいひつゞけなき給(たま)ふ。こと君達(きみたち)はあそびいさかひなどせさせ給(たま)ふ、哀(あは)れにこころうし。此(こ)の日頃(ひごろ)、かばかりいみじかりつるに、夢(ゆめ)にいひをかせ給(たま)ふことなかりつ。大方(おほかた)ものをいはせ奉(たてまつ)らぬ御もののけなりけり。あさましうこころうく、いみじき僧都(そうづ)のれいにはかられ給(たま)ひぬる。されどそれさべきにもあらずと思(おぼ)すにも、ゆくかたなき御(おん)心地(ここち)どもなり。なをいとおぼつかなくわびし。宣(のたま)はんことをもきかん。又(また)かみのまこと・そらごとを
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も聞(き)かんとて、左近(さこん)の乳母(めのと)泣(な)く泣(な)く御口寄(くちよせ)にいでたつに、尼上(あまうへ)もなをわれもゆかん。もし昔(むかし)の御けしきも見(み)えんに、たいめせずはいとこころうかるべしとて、忍(しの)びてものし給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)す女房(にようばう)一人(ひとり)添(そ)へておはしまして、尼上(あまうへ)には、此(こ)の人々(ひとびと)のきぬのすそをひきかけて、おはするやうにもあらずもてなして、かうなきをば、御車(くるま)のくちのかたにのせたり。いかなることにかと心(こころ)もとなき程(ほど)に、此(こ)のかうなき、唯(ただ)なきになきて、うつゝぞ。などかくれ給(たま)ふぞと言(い)ひて、車(くるま)のしりのかたにたゞよりによりて、あはれ、いかゞし給(たま)はんずる。えつかうまつらでやみ侍(はべ)りぬること。必(かなら)ずしぬべきだうりもなかりけれと、かくなりにしかば、哀(あは)れにこころうくこそはなど、いひつゞけ泣(な)かせ給(たま)へど、はかばかしきこともなし。左近(さこん)の乳母(めのと)には、むねをかきあけて、乳(ち)飲(の)まんと宣(のたま)へば、乳母(めのと)ゝしり給(たま)へるとみるになん、なをあさましきのにこそありけれと、哀(あは)れに悲(かな)しういみじうて、泣(な)く泣(な)くかへらせ給(たま)ふそらもなしや。此(こ)のもののけの、さばかりありし折(をり)聞(き)こえけることなど、いまぞおぼしあはせて、こころうくあさましうおぼさる。かくて二三日ある程(ほど)に、前さがみのかみたかよしといふ人(ひと)参(まゐ)りて、夢(ゆめ)に見(み)え給(たま)へることこそ候(さぶら)ひつれ。なき此(こ)の御有様(ありさま)は、ひとのつかまつりたることにこそあべけれ。御帳のおましのしたなどを御覧(ごらん)ぜば、楊枝(やうじ)にしてなんをきたると見(み)え侍(はべ)るなり。誠(まこと)に楊枝(やうじ)
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候はゞ、まこととこそはしらせ給(たま)はめと申せば、いと睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)す人々(ひとびと)いきてみるに、誠(まこと)にありける。さは夢(ゆめ)にもみゆるものなりけり。あさましうこころうくいみじとも疎(おろ)かなり。殿(との)と尼上(あまうへ)うちかたらひ給(たま)ひつゝ、うちなき<過(す)ぐさせ給(たま)ふ。殿(との)の御身(み)のならんやうもしらずなき惑(まど)はせ給(たま)へば、くらの命婦(みやうぶ)参(まゐ)りて、御(み)堂(だう)の御消息(せうそく)、上(うへ)のことや、よろづに聞(き)こえ慰(なぐさ)むれど、身(み)のあらばこそとのみおぼし惑(まど)ふに、御もののけなどのことも、傅の殿(との)の北(きた)の方(かた)のしわざと言(い)ひて、きぶねのあらはれなどして、いまさへさやうにいふもかたはらいたくおぼさるれば、げに此(こ)の頃(ごろ)ぞ、後(のち)悔(くや)しき大将(だいしやう)とも聞(き)こえつべし。大納言(だいなごん)殿(どの)、姫宮(ひめみや)の御ことをあさましうおぼししほり、本意(ほい)も遂(と)げなんとおぼしたりしかど、此(こ)の上(うへ)の御有様(ありさま)のくるかひありておはしつれば、よろづをおぼし慰(なぐさ)めとどこほりて、御櫛笥(くしげ)殿(どの)の大人(おとな)び給(たま)はんをみてなどおぼしゝに、かくあさましうこころうく、おぼし乱(みだ)るとも疎(おろ)かなり。かくてのみやはとて、此(こ)の月の十四日に御葬送(さうそう)あるべし。いみじながらも、只今(ただいま)ゝでは、御て〔み〕づ・御たいなど急(いそ)ぐにつけても、なごりある様(さま)にはおぼさるゝを、此(こ)ののちいとどいかにと思(おぼ)し召(め)されて、その日になりぬれば、つとめてよりこと<”あらんやは。その御急(いそ)ぎ、内(うち)にも外(と)にもある限(かぎ)りおぼし急(いそ)ぎて、又(また)もろごゑに泣(な)かせ給(たま)ふ程(ほど)、理(ことわり)にいみじや。くれぬれば、
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殿(との)の御車(くるま)に御装束す。御車(くるま)のわなどに、きぬひきなどするをみるにも、常(つね)の有様(ありさま)はかくやありしなど、いみじきことども多(おほ)かり。さて御車(くるま)よせたれば、殿(との)・大納言(だいなごん)殿(どの)・内供のきみなど睦(むつ)まじく思(おぼ)す人々(ひとびと)などしてかきのせ奉(たてまつ)り、此(こ)の度(たび)ばかりのことと思(おぼ)し召(め)ば、殿(との)の御車(くるま)に、殿(との)人のある限(かぎ)り、五位(ごゐ)十人(にん)ばかりつけさせ給(たま)ふ。御こころの内(うち)は、このあるまじきことなり。世(よ)にやんごとなきには、蔵人(くらうど)へたる人(ひと)をこそすめるに、のちのそしりありなんとおぼしながら、なを御志(こころざし)、又(また)世(よ)におはしながらへ給(たま)はましかば、御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)人(ひと)なみ<におはしまさましかば、いかにめでたき御有様(ありさま)ならましなどおぼさるゝに、何事(なにごと)もし残(のこ)させ給(たま)ふべきやうもなし。殿(との)・大納言(だいなごん)殿(どの)など、えもいはぬものを、きさせ給(たま)ひて、御車(くるま)のしりにあゆませ給(たま)ふ。べんもつかまつらんとおぼし宣(のたま)へど、御忌(いみ)の日なるにあはせて、又(また)ゆゝしうおぼして、留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。出(い)でさせ給(たま)ひぬるなごり、ひをうちけちたるやうに人(ひと)ごゑもせぬに、ここかしこ哀(あは)れにいみじきことどもをいひつゞけ泣(な)かせ給(たま)ふ。いみじう哀(あは)れに悲(かな)し。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)・なかの姫君(ひめぎみ)・太郎ぎみなどぞ、ゆゝしきものは奉(たてまつ)る。大人(おとな)はさるものにて、いとちいさくてきさせ給(たま)ふ御有様(ありさま)ども、哀(あは)れにいみじうこころうきや。さてよ一夜(ひとよ)とかくしあかさせ給(たま)ひて、暁(あかつき)にかへらせ給(たま)ふ。御骨は内供のさるべき人々(ひとびと)ぐしておはす。殿(との)にはまち奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)
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惑(まど)はせ給(たま)ふ。同(おな)じことゝよみかきたり。哀(あは)れにゆゝしかりける正月なりや。朔日(ついたち)に、殿(との)いとのどやかに御ありきなくて、君達(きんだち)御いたゞきもちせさせ給(たま)ひて、いみじう御(おん)心地(ここち)よげに思(おぼ)すことなげなりしを、大納言(だいなごん)殿(どの)など見(み)奉(たてまつ)りけうぜさせ給(たま)ひし程(ほど)に、いつぞとおぼしわかれぬなり。世(よ)のなかばかりあさましうこころうきものぞなかりけり。いま始(はじ)めたることにはあらねど、なをいとめづらかにのみおぼさる。御忌(いみ)の程(ほど)など、いと哀(あは)れにつれ<なることども多(おほ)かり。殿(との)の御夢(ゆめ)に、ありしながらの御様(さま)にて、しろき御衣(ぞ)数多(あまた)きさせ給(たま)ひて、
@ともしびのひかりは数多(あまた)みゆれどもをぐらのやまを一人(ひとり)ゆくかな W249。
と宣(のたま)ひて、やがてうせ給(たま)ひぬと御覧(ごらん)じて、大納言(だいなごん)にかう<と聞(き)こえ給(たま)ひて、所々(ところどころ)にみあかし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。はかなく御忌(いみ)の程(ほど)過(す)ぎて、二月十八日、御ほうじ長谷(ながたに)ゝてせさせ給(たま)ふ。七僧・百僧など、その程(ほど)の御有様(ありさま)あるべき限(かぎ)りせさせ給(たま)ふ。哀(あは)れに悲(かな)しうて過(す)ぎもていぬ。かへすがへす此(こ)の御ことのあさましさを、疎(おろ)かならずおぼし惑(まど)ふ。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、御年(とし)いと若(わか)けれど、御こころふかくよろづをおぼしたる程(ほど)も、いと哀(あは)れに、行末(ゆくすゑ)推(お)し量(はか)られさせ給(たま)ひて見(み)えさせ給(たま)ふ。それにつけても殿(との)は、いとど疎(おろ)かならずこそは思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふめれ。年(とし)頃(ごろ)、殿(との)の御こころのすき<”しきことのやませ給(たま)ひて、宮々(みやみや)にももの宣(のたま)はする人々(ひとびと)あり。殿(との)の内(うち)にも、はかなくおぼしつき
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などして、上(うへ)もうちとけたる御けしきなく、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もよからぬ様(さま)に、はかなくとていひ思(おも)ひ過(す)ぎにし。さやうのたぐひにも、けしからぬ人々(ひとびと)に思(おも)ひいふべかめれと、それあべきことにもあらず。なをいと昔(むかし)もいまも、人(ひと)のこころぞこころうきものはあるや。御櫛笥(くしげ)殿(どの)の御乳母(めのと)をこそいふは、かくいふべかめれは、とかくけしからぬにつけても、ものわかやかにかろ<しからぬ人(ひと)は、出(い)でてはしりもいぬべかりし。されど、大人(おとな)になりにたれば、きゝいれぬ様(さま)にて、自(おの)づから、仏神おはすればと、こころのどかに思(おも)ひたるけしきも、又(また)をしかへし、さるべき人々(ひとびと)は、更(さら)にあべきことならずおぼされたり。唯(ただ)とてもかくてもうせ給(たま)ひぬる人(ひと)の御身一(ひと)つこそあはれなれ。今(いま)は小二条(こにでう)殿(どの)に今日(けふ)明日(あす)渡(わた)らせ給(たま)ふべしとて、もの運(はこ)びなどせさせ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)此(こ)の家(いへ)をめでたき所(ところ)とおぼして、まづかかる折(をり)渡(わた)らせ給(たま)へる。をしかへしあさましければ、何(なに)してといふことのやうにつらくあさましうおぼさるなり。登任(なりたふ)が家(いへ)にて平(たひら)かにせさせ給(たま)ふとて、殿(との)のかかゐ・御衣(ぞ)など給(たま)はせし程(ほど)、いへば疎(おろ)かにめでたかりしことぞかし。なをよろづに哀(あは)れに定(さだ)めなき世なりや。大納言(だいなごん)殿(どの)四条(しでう)の宮(みや)へ渡(わた)らせ給(たま)ふ。尼上(あまうへ)は君達(きんだち)の御有様(ありさま)のこころ苦(ぐる)しさに、いまは御行(おこな)ひにとのみ思(おぼ)せど、いとおしくてそひて渡(わた)らせ給(たま)ふ。いづれの度(たび)の御ありきにかは一(ひと)つ車(くるま)に奉(たてまつ)らざりし、此(こ)の度(たび)こそと、哀(あは)れに悲(かな)しうて、又(また)をしかへし泣(な)かせ給(たま)ふも、いと
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いみじ。後撰集(ごせんしふ)にあるやうに、
@ふるさとにきみはいかにとまちとはゞいづれの山(やま)のくもとこたへん W250。
とあるうた、此(こ)の折(をり)におぼし出(い)でさせ給(たま)ふ。殿(との)はそのまゝに御せうじんにて、御行(おこな)ひてのみ過(す)ぐさせ給(たま)ふに、安(やす)からずけしきだちをとづれ聞(き)こゆる人々(ひとびと)数多(あまた)あれど、只今(ただいま)聞(き)こし召(め)しいれず。哀(あは)れに、月日に添(そ)へて恋(こひ)しくのみ思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ふこと限(かぎ)りなし。斯(か)かる程(ほど)に、二月(にぐわつ)晦日(つごもり)方(がた)に、殿(との)の御(お)前(まへ)、御(み)堂(だう)近(ちか)きわたりに御本意(ほい)におはしまして、御殿(との)ごもりたるに、人(ひと)参(まゐ)りて、にはかにおどろかし奉(たてまつ)りて、御(み)堂(だう)にひいできて候ふと申せば、殿(との)の御(お)前(まへ)、御車(くるま)にて見(み)奉(たてまつ)りあへぬまで、ものも覚(おぼ)えずまどひおはしまして御覧(ごらん)ずれば、かの長者の家(いへ)の心地(ここち)せさせ給(たま)ふ。われのみ急(いそ)ぎおはしましぬと思(おぼ)し召(め)せど、世(よ)の中(なか)の人(ひと)いつの程(ほど)にかあつまりつらん、だうの上(うへ)にかずしらずのぼりたり。みづをかけゝちののしる。そこらのひろき内(うち)にみちたり。われはたゞほとけの御(お)前(まへ)におはしまして、たすけ給(たま)へとぬかをつかせ給(たま)ふ。そこらの僧俗(そうぞく)・かずしらぬ人(ひと)、御(み)堂(だう)にしてぬかをつき、おほがねをつきて申しののしりたり。北(きた)の方(かた)には、そうばうのにし東(ひがし)とならびつくりたるが、そのそうばうよりひのいできたるなりけり。そこらの人々(ひとびと)、ひをあつしとも思(おも)へらず惑(まど)へばにや、皆(みな)はやけで、上(うへ)の御(み)堂(だう)のへだての中門までぞやけたりけれど、そこらの人々(ひとびと)、みのならんやうもしらず
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まどひつればにや、又(また)ほとけの御験(しるし)にや、にしのかぜ・南(みなみ)のかぜふきて、残(のこ)りにもつかずなりぬれば、そうばうふたつぞやけにける。これにつけても殿(との)の御有様(ありさま)を、殿(との)原(ばら)・そうたちなど、疎(おろ)かならず申し聞(き)こえ給(たま)ふ。ほとけの御験(しるし)、殿(との)の御(お)前(まへ)の御こころの内(うち)の念の程(ほど)をみせしらせんとおぼして、ほとけかみの自(おの)づからあらせ給(たま)へることに見(み)えたりなど、いみじうありがたげに世(よ)人(ひと)も申し思(おも)ひたりけり。かくて、高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)は、六条(ろくでう)の故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御(み)子(こ)のます宮(みや)と申す。関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)の御おとうとにおはしませば、やがて殿(との)の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、三位中将(ちゆうじやう)にしてそおはする。東宮(とうぐう)だいぶ・中宮(ちゆうぐう)だいふいとこころえず怪(あや)しきことにおはしむせびたれど、殿(との)の御(お)前(まへ)にせさせ給(たま)ふやうあるべし、せいし聞(き)こえ給(たま)はんにちからなければ、え申(まう)させ給(たま)はず、いまのだいにこれのりが家(いへ)土御門(つちみかど)なるにてむことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。その程(ほど)の御有様(ありさま)推(お)し量(はか)るべし。女君(をんなぎみ)こころよからぬ御けしきなれど、男君(をとこぎみ)それをもしらず、ゆけしおぼいたる様(さま)もおかし。二月晦日(つごもり)なりけり。されど三月にぞ、御露顕(ところあらはし)ありける。三日になりぬれば、所々(ところどころ)の御節供ども参(まゐ)り、今(いま)めかしきことども多(おほ)く、せいわうぼが桃花も折(を)りえりたる様(さま)おかしくて、ところどころすきもの多(おほ)く見(み)えたり。斯(か)かる程(ほど)に、一条(いちでう)の院(ゐん)の一品(いつぽん)宮(みや)、年(とし)頃(ごろ)いみじう道心ふかくおはしまして、御ざえなどはいみじかりし御筋(すぢ)にておはしませばにや、一切経(いつさいきやう)よませ給(たま)ひ、ほうもんども御覧(ごらん)じて、いさゝか女とも覚(おぼ)え
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させ給(たま)はぬ御有様(ありさま)なるに。あまにておはしまさんもかばかりの行(おこな)ひにこそはあらめなどおぼしながら、なをあひなきことなり。何事(なにごと)に障(さは)るべきぞなど思(おぼ)し召(め)しけるにや、三月ににはかにならせ給(たま)ひぬ。此(こ)の宮(みや)の内(うち)は更(さら)なり。大宮(おほみや)・東宮(とうぐう)まで聞(き)こし召(め)して、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)し聞(き)こえさせ給(たま)ふ。さるは此(こ)の正月に、大宮(おほみや)の京極(きやうごく)殿(どの)におはしましゝに行事ありしに、宮(みや)もそこに渡(わた)らせ給(たま)ひて、御たいめありしに、いみじう哀(あは)れにものをおぼししる様(さま)の御物語(ものがたり)などありて、いまよりは内(うち)におはしますべく聞(き)こえさせ給(たま)ひて、年(とし)頃(ごろ)のおぼつかなさをくやしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、かかる御ことを聞(き)こし召(め)して、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)す。殿(との)の御(お)前(まへ)急(いそ)ぎ参(まゐ)らせ給(たま)ひて、よろづあはれなることを、かへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ふ。故院(ゐん)もかやうにてぞおはしまさんものとぞ思(おぼ)し召(め)したりしかし。よはひひさしとても、いくばく侍(はべ)るべきわざならず。いまはたゞほとけにならせ給(たま)ふべきなり。げんぜごしやうめでたきことなり。波斯王むすめこころをおこせる、人(ひと)もをしへず。髪(かみ)を削(そ)ぎしに、誰(たれ)かはをしへすゝめし。ありがたく、昔(むかし)のこと覚(おぼ)えたる御こころをきてなり。よに侍(はべ)る人(ひと)はよろづにつけて、つみをなんつくり侍(はべ)る。ましてこなど侍(はべ)らば、いとこそもの思(おも)ひわざに侍(はべ)りけれ。女房(にようばう)たちまめによく<つかうまつり給(たま)へなど、哀(あは)れにこまやかに聞(き)こえさせ給(たま)ひて、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)はとかく仰(おほ)せらるともせいし申すべきにも侍(はべ)らぬ
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に、こころうくえり侍(はべ)らでと、いみじうなき給(たま)ふ。大宮(おほみや)よりも殿(との)よりも、御さうぞく奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。宮(みや)より東宮(とうぐう)大夫殿(どの)の中姫君(なかひめぎみ)まだ幼(をさな)くおはせし折(をり)より、とり放(はな)ち養(やしな)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける程(ほど)に、今年(ことし)は九ばかり(に)ぞならせ給(たま)ひにける。此(こ)の殿(との)の御有様(ありさま)を、いみじう口(くち)惜(を)しうこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)したり。それにしたがひて、だいぶ殿(どの)のなげかしう思(おぼ)すべし。かくてやまのざす院源(ゐんげん)召(め)して、御かいうけさせ給(たま)はんとて、その御用意(ようい)あり。御しつらひなどもとの根なれば、をしかへしさるべき様(さま)の御くとも、宮司(みやづかさ)急(いそ)ぎつかうまつる。御帳より始(はじ)めあらためさせ給(たま)ふ。一条(いちでう)の院(ゐん)よろづにし奉(たてまつ)らせ給(たま)へりし。何(なに)の御調度(てうど)ゞもゝ、皆(みな)此(こ)の姫君(ひめぎみ)の御れうにととかをためさせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)もいかでとおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。みちの御車(くるま)なれば、さやうにしておはしまさん折(をり)は、同(おな)じこころにておぼつかなからずおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ひける。よにあらまほしき御有様(ありさま)にておはしませば、さるべき人々(ひとびと)なども、皆(みな)志(こころざし)参(まゐ)るべき様(さま)になん侍(はべ)る。さるは御年(とし)なども、まだいと若(わか)くおはしましけれども、げに同(おな)じくはとばかり、行末(ゆくすゑ)をかねて思(おぼ)し召(め)すこと、哀(あは)れにめでたくなんとぞ。



栄花物語詳解巻二十二


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〔栄花物語巻第二十二〕 とりのまひ
かくて、御(み)堂(だう)の東(ひんがし)に、きた南(みなみ)様(さま)にて、にしむきに十余(よ)間のかはらぶきの御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)ひて、年(とし)頃(ごろ)つくりみがゝせ給(たま)ひつる御ほとけ、南(みなみ)殿(どの)よりわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。万寿元年三月廿余(よ)日(にち)のことなり。やがてそれに御(み)堂(だう)くやうと思(おぼ)し召(め)しけれど、上(うへ)の御はらからのおはらの入道のきみの、二月にうせ給(たま)ひにしかば、上(うへ)の御思(おも)ひにおはしませば、くやうは六月に定(さだ)めさせ給(たま)へり。ほとけの渡(わた)らせ給(たま)ふぞその日なりて、はるのかすみもたちけり。むらさきのくも筋(すぢ)をたなびきけり。日うらゝかにてりたり。くもりなきたつのときばかりにわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。じやうろくの七ぶつやくし皆(みな)こんじきにおはします。につくはう・ぐはつくはう、皆(みな)たち給(たま)へる御すがたどもなり。六くはんおん同(おな)じくじやうろくにておはします。ほとけを見(み)奉(たてまつ)れば、師子の御ざより御衣(ぞ)のこぼれいで給(たま)へる程(ほど)、いみじくなまめかしく見(み)えさせ給(たま)ふ。渡(わた)らせ給(たま)ふ程(ほど)は、力車(ぐるま)といふものを二(ふた)つならべて、一仏をおはしまさせ給(たま)ふ。今日(けふ)はその車(くるま)の上(うへ)に、おほきなるれんげのざつくらせ給(たま)ひておはしまさせ給(たま)ふ。あふげは法蓋そらにあり。此(こ)のれんげざ一<にしたがひて、千のくはうみやう耀(かかや)けり。ほとけ此(こ)のざの上(うへ)におはしまして、
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三十二そう・八十種好あらたにて、大定智悲の相現し、いくはうあしたの日の如(ごと)し。普賢色身無辺にし、六だうじさいむりやうにして、躰相神徳魏々たり。烏瑟みどりこまやかに、ちひの御まなこはちすの如(ごと)くひらけたり。くすりのつぼしろがねにて皆(みな)もたせたまへり。又(また)六くはんをんこんじきのさうがう円満し、三昧月輪相現し、むすのくはうみやう耀(かかや)きて、十はうかいにへんまんす。所有のいろには、あまねく一切(いつさい)衆生(しゆじやう)をりやくせんと思(おぼ)したり。同(おな)じく色々(いろいろ)のれんげをざにせさせ給(たま)へり。大ひを始(はじ)めとして、大梵深遠にいたるまでつゞきゐさせ給(たま)へり。御車(くるま)につきつかうまつるものも、かしらにれんげのかうぶりし、あかききぬをきたり。ほとけのぜんこさうには、諸僧威儀具足して、ゐねうし奉(たてまつ)れり。もろ<のたからのかうろには、無価の香をたきて、もろ<のせそんにくやうし奉(たてまつ)る。がくのこゑ、せう・ちやく・きん・くこ・ひは・鐃銅〓をしらべあはせたり。ぼさつのすがたにてまひつゞきて、ほとけの安とよそほしくあゆませ給(たま)ふにしたがひて、諸僧・梵音・錫杖のこゑをとなへて、讃を誦して渡(わた)る。そらより色々(いろいろ)のたからのはなふりて、こゑ<”天のがくをくやうし、ほとけのくどくかゑいす。此(こ)のにはに参(まゐ)りあひたる人々(ひとびと)、おぼろげのくどくのみとおぼゆ。過(す)ぎにしもいま行末(ゆくすゑ)も、今日(けふ)のほとけにあひ奉(たてまつ)らずなりぬる人(ひと)、前仏後仏の衆生(しゆじやう)の心地(ここち)す。いみじう口(くち)惜(を)し。かの法華経(ほけきやう)のじよほんに、@@24 及見諸仏、此非不縁 [かな: きゆうけんしよぶつ、しひふえん ]B24、これおぼろげの縁にあらずと見(み)えたり。又(また)過去の阿育王のときに、誰(たれ)かほとけを見(み)奉(たてまつ)るものとありければ、一人(ひとり)のおとど
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ありて申しけり。波斯送王のいもうとゝ申しければ、召(め)してとはせ給(たま)へば、誠(まこと)にほとけを見(み)奉(たてまつ)れり。よにすぐれたるものなり。そらにのぼり給(たま)ひてのち、七日までその御あしのあとなをひかりきとこそ申しけれ。いまわれらかずのほとけを見(み)奉(たてまつ)りつ。これおぼろげの縁にあらず。これを縁として、ごくらくじやうどにわうじやうして、もろもろのほとけを見(み)奉(たてまつ)らざらんやと、けんぶつもんぼうのゑんふかき心地(ここち)して、悲(かな)しくなん。仰(あふ)ぎて見(み)れば、ほうしやうのそらはれぬと、〓求のかすみます。がくのこゑ・おほつゞみのをと、げに六種に大ちもうごきぬべし。いけに色々(いろいろ)のれんげなみよりて、かぜすゞしうふけば、いけのなみ苦空無我のこゑをとなへ、諸波羅密をとくと聞(き)こゆ。ゐんの内(うち)、道俗男女涙(なみだ)を流(なが)し、喜(よろこ)び拝(をが)み奉(たてまつ)る。他方の諸仏・〓の楽極に参(まゐ)りあつまり給(たま)へらんもかくやと見(み)えたり。様々(さまざま)に思(おも)ひける、くはんぎの涙(なみだ)一(ひと)ついろなり。関白(くわんばく)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、よろづ殿(との)原(ばら)おはします。うるはしくさうぞきておはしまし並(な)めば、十六(ろく)の大こくのわうなどのやうに見(み)えさせ給(たま)ふ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)・あぜち大納言(だいなごん)などぞ、参(まゐ)り給(たま)はぬも口(くち)惜(を)し。今日(けふ)の行幸(ぎやうがう)の四位(しゐ)・五位(ごゐ)にはに候(さぶら)ふ。日のひかり、ほとけの御ひかりてりあはせ給(たま)へれば、けんぶつもんぼうのそこらの人々(ひとびと)もこんじきにみゆ。殿(との)の御(お)前(まへ)、わが御しわざとも覚(おぼ)えさせ給(たま)はず、涙(なみだ)はあめとふらせ給(たま)へども、そらはくもらず。上達部(かんだちめ)のくはんぎの御袖もしほとけゞなり。東(ひがし)は経蔵、宮(みや)の女房(にようばう)、にしは鐘楼わたりまで、所々(ところどころ)の女房(にようばう)車(ぐるま)どもみつよろづ、のりこぼれ乱(みだ)れ
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いでたり。やなぎ・さくら・ふぢ・やまぶき・こきまぜ、おかし。これもそのかたにおかしくめでたし。ほとけやう<おはしましよる程(ほど)に、御階のさうのそばより、わらはべのとりのまひしたる程(ほど)、誠(まこと)のくじやく・あふむ・ふかん・えんあふのあそびなれたると見(み)えたり。ほとけの御有様(ありさま)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくやまの座主、@@25 無量百千劫、浄修身口意、如施〔故〕獲得如此微妙力 [かな: むりやうひやくせんがふ、じやうしゆしんくい、によぜきやくとく、によしみめうりき ]B25と頌して、おがみ奉(たてまつ)り給(たま)ふを、大(おほ)殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、同(おな)じくおがみ奉(たてまつ)り給(たま)へば、ゐんの内(うち)にそこらみちたる人々(ひとびと)、身のならんやうもしらず、なもとをがみ奉(たてまつ)れば、たゞ異(ことな)れど、声(こゑ)は同(おな)じく聞(き)こえて、涙(なみだ)留(とど)めがたし。ほとけみはしをのぼらせ給折(をり)に、ひだりにはやまのざす、みぎには殿(との)の御(お)前(まへ)立(た)たせ給(たま)ひて、御ほうかいをとり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。みはしの有様(ありさま)、かの持地ぼさつのかまへたまへりけん。こんごん・すいせうの三(み)つの階(はし)に劣(おと)らず見(み)えたり。ほとけの南(みなみ)のはしより、にしむきに、きた様(さま)にならばせ給(たま)へり。ことどもはてゝ、そうどもろく給(たま)はり、かく人(ひと)かづけものたまひて、まかでぬ。此(こ)の程(ほど)は、いよ<御(み)堂(だう)をめでたく磨(みが)きたてさせ給(たま)ふ。四月なれば、賀茂(かも)の祭(まつり)とて世騒(さわ)ぎたるに、又(また)やまのざす、やまの舎利を女のみおがみ給(たま)はぬこといと<口(くち)惜(を)しとて、舎利会せんとて、舎利はまづくだし奉(たてまつ)り給(たま)へれば、世(よ)のなかの人々(ひとびと)参(まゐ)りおがみ奉(たてまつ)る。祭(まつり)はてゝ、四月廿日あまりに、舎利会せさせたり。法興院より祇陀林といふ寺に渡(わた)し奉(たてまつ)り給ふ程(ほど)の有様(ありさま)を、日頃(ひごろ)いみじうとゝのへのゝしりて、
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小一条院・入道殿などの御桟敷(さじき)をはじめ、さるべき殿ばらの御桟敷(さじき)ども、いといみじく造(つく)りのゝしりたり。まづその御桟敷(さじき)の有様(ありさま)ぞいみじき見物(みもの)なる。その日になりぬれば、三百余(よ)人の僧の、梵音・錫杖の音(おと)など、様々(さまざま)いみじくめでたく装束(さうぞ)きとゝのへて、御輿(こし)二(ふた)つをさきにたて奉(たてまつ)りて、定者(ぢやうしや)左右よりいみじくおかしげにて歩(あゆ)み続(つづ)きたるに、御輿(こし)につきたる物ども、頭(かしら)には兜(かぶと)ゝいふものをして、色々(いろいろ)のおどろおどろしういみじき唐錦(からにしき)どもを著(き)て、持(も)ち奉(たてまつ)れり。楽(がく)人・舞人、えもいはぬ■の顔すがた(かをかたち)にて、左右にわかれたる僧達に続(つゞ)きたり。御輿(こし)のおはします法興院より祇陀林までの道の程(ほど)、いみじき宝(たから)の植木(うゑき)どもをおほし並(な)めたるに、空(そら)より色々(いろいろ)の花降(ふ)り紛(まが)ひたるに、銀(しろがね)・黄金(こがね)の香炉(かうろ)に、様々(さまざま)の香をたきて薫(くむ)じ合(あは)せたる程(ほど)、えもいはずめでたし。祇陀林におはしまして、御(お)前(まへ)のにはを、たゞかのごくらくじやうどの如(ごと)くに磨(みが)き、たまをしけりとみゆるに、ここらのほさつ舞人(まひびと)ともに、れいのわらはへのみもいはず。様々(さまざま)装束たびまひたり。此(こ)のかのぼさつたちこん<”・るりのせうや、びはや、さうのふえ、ひちりきなどふきあはせたるは、此(こ)の世(よ)のことゝ夢(ゆめ)に覚(おぼ)えず、たゞじやうどと思(おも)ひなされて、えもいはず哀(あは)れにたうとく悲(かな)し。ことどもはてぬるきはに、かづけもの、入道(にふだう)殿(どの)御さじきより、様々(さまざま)残(のこ)りなくせさせ給(たま)へるに、やまのざすの御こころをきても、様々(さまざま)めでたく色々(いろいろ)にせさせ給(たま)へり。
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此(こ)のだうこそは御覧(ごらん)ぜずなりぬれば、のちに仏舎利ばかりをぞ、内(うち)にも宮(みや)にもゐて奉(たてまつ)りける。先年にやまのざすぢゑそうじやう、はゝの御ためにとて、よしだといふ所(ところ)にてぞ、同(おな)じことし給(たま)ひける。そのときはいみじう世(よ)に珍(めづら)しきことにぞ思(おも)ひて、いまのよがゝりにしける、これはかれにいふべきことにもあらず。その折(をり)のこと・いまの世(よ)のことゝ、同(おな)じくちにいふべきならねば、こればかりめでたきことなくなん。かくて五月にもなりぬれば、れいの殿(との)の卅講とて、急(いそ)がせ給(たま)ふ。五月五日、わらはべのくすだまつけたるを御覧(ごらん)じて、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、
@年(とし)ごとのあやめのくさにひきかへて涙(なみだ)のかかるわが袂(たもと)かな W251。
はかなく過(す)ぎて、六月にもなりぬれば、廿六日、かのやくしだうのくやう、れいのことどもえもいはずめでたし。御(み)堂(だう)の御有様(ありさま)、れいのめも耀(かかや)きて、いかにもみわきがたし。大宮(おほみや)・殿(との)の上(うへ)とぞおはします。御つぼね、此(こ)の御(み)堂(だう)の北(きた)の方(かた)によりて、ひさしにみすかけたり。御(み)堂(だう)のつくり様(さま)、大坊の様(さま)など、にしの御(み)堂(だう)にことならず。やくしほとけの御(お)前(まへ)のかたのもやのはしらには、十二大願(だいぐわん)のこころをゑにかかせ給(たま)へり。六くはんをんの御(お)前(まへ)のかたのはしらには、くはんをんほんの偈のこころを皆(みな)かかせ給(たま)へり。飯室のあざりのてをつくし給(たま)へる程(ほど)、思(おも)ひ遣(や)るべし。南(みなみ)よりきた様(さま)に、七仏やくしならばせ給(たま)へり。はし<”に日光・月光たち給(たま)へり。ひま<に十二神将たけ七さくばかりにて色々(いろいろ)の衣(きぬ)を著(き)、
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様々(さまざま)のかほ、心々(こころごころ)のけしきにて、もたるもの皆(みな)こと<”なり。みるにかつはゑまじう、かつは恐(おそ)ろしげなり。一<に見(み)奉(たてまつ)りて、随願やくしきやうのもんを思(おも)ひいで奉(たてまつ)る。@@26 一聞我名、悪病除愈、乃至速証、無上菩提 [かな:  いちもんがみやう、あくびやうじよゆ、ないしそくしやう、むじやうぼだい] B26とあり。一度(たび)〕御名(みな)をきゝてだにかかり。いはんや、七仏を見(み)奉(たてまつ)らん程(ほど)、思(おも)ひ遣(や)るべし。又(また)七ぶつやくしぎやうにいはく、もしわがなをきくことあらんもの、悪趣におちば、ほとけのかみちからをもて、又(また)めうがうをきかしめて、返て人趣にむまれて、ぼさつのきやうを修し、すみやかに円満せることを、えしめんと宣(のたま)へり。まいて見(み)奉(たてまつ)る程(ほど)をおもふに、疎(おろ)かならんやは。又(また)六くはんをんは、六道のためにと思(おぼ)し召(め)したり。本誓をおもふにいとあはれなり。@@27 六悲千手獄、△△大悲正餓鬼、△△師子馬頭畜、大光面修羅、△△天人(てんにん)准泥人、△△大梵如意天 [かな: ろくひせんしゆごく、だいひしやうがき、ししめづちく、だいくわうめんしゆら、てんにんじゆんでいにん、だいぼんによいてん] B27と宣(のたま)へり。かく思(おも)ひ続(つゞ)け拝(おが)み奉(たてまつ)るにも、六趣にりんゑすることあらじと、頼(たの)もしくなりぬ。そのなかにも、如意輪の御思惟のけしきも哀(あは)れに見(み)え給(たま)ふ。@@28 難断煩悩、△△即能断除、△△自然智恵、発起慈心、△△随類示現、△△以大慈悲 [かな:  なんだんぼんなう、そくのうだんぢよ、じねんちゑ、ほつきじしん、ずいるいじげん、いだいじひ] B28、又(また)、@@29 難度衆生、△△能度相現、△△悲哀衆生、慈如一子 [かな:  なんどしゆじやう、のうどさうげん、ひあいしゆじやう、じによいつし] B29△△など宣(のたま)はせたる程(ほど)、おぼろげならずかし。ここらのほとけのあらはれ給(たま)へる、かつは、いづこよりきたり給(たま)へるにかしらまほしきに、むりやうぎきやうもんにいはく、@@30 我定恵解知見生、三昧六通道品発、慈悲十力無畏超、衆生業因縁出 [かな:  がぢやうゑげちけんしやう、さんまいろくつうたうほんはつ。じひじふりきむゐてう、しゆじやうごふいんえんしゆつ] B30とのたまへり。殿(との)の御(お)前(まへ)の御(おほん)こころの内(うち)あらはれ給(たま)へりとしりぬ。だうせうごん・ぶつくなど、様々(さまざま)の如(ごと)し。ことども
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はてぬれば、百よにんのそうたち禄給(たま)ひて、かく人(ひと)ともれいの作法(さほふ)にして、まかでぬ。御(み)堂(だう)のくやうの有様(ありさま)先々(さきざき)にことならず。此(こ)のほとけの御うしろ、東(ひんがし)の方(かた)に、間(ま)ごとに戸(と)をたてたり。ほとけの御うしろには、みかうしを短(みじか)やかにしわたして、むらさきのすそごの御帳にて、でいしてゑかきて、むらごのひもしたり。いみじうなまめかしう見(み)えたり。



栄花物語詳解巻二十四


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〔栄花物語巻第二十四〕 わかえだ
はかなくて万寿二年正月になりぬ。空(そら)のけしきもひきかへこころのどかなるに、枇杷(びは)殿(どの)には、今年(ことし)大饗せさせ給(たま)はんとて、急(いそ)がせ給(たま)ふ。女房(にようばう)何(なに)わざをせんといひ思(おも)ひたれど、此(こ)の度(たび)のことには、ものぐるおしく、様(さま)あしきことなくて、たゞうるはしうと宣(のたま)はするに、朔日(ついたち)二日臨時(りんじ)客とて、その日、女房(にようばう)かずをつくして、色々(いろいろ)をきたり。御几帳(きちやう)みなくちきかたのいみじうあをやかにめでたきも、此(こ)のはるにはむもれぎとなきにやとみゆ。はかなく朔日(ついたち)七日も過(す)ぎぬれば、関白(くわんばく)殿(どの)の大饗は廿日なるべし。此(こ)の宮(みや)のは廿三日と定(さだ)めさせ給(たま)ひて、われも<をとらじまけじと急(いそ)ぎののしりたり。関白(くわんばく)殿(どの)、年(とし)頃(ごろ)御(おん)子(こ)といふものもたせ給(たま)はぬなげきを、入道殿(どの)・上(うへ)までに思(おぼ)し召(め)したるに、小式部(こしきぶ)きやう宮(みや)の御(おん)子(こ)(こ)の右衛門(うゑもん)のかうは、関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)の御おちにこそはおはしけめ。そのきみ、人(ひと)におむなしき様(さま)にぞ覚(おぼ)え給(たま)へりし。有国の宰相(さいしやう)のむすめのはらに、女子二人(ふたり)産(う)ませ給(たま)へりしを、はゝもうせ給(たま)ひければ、ちゝぎみは年(とし)頃(ごろ)とかくしありき給(たま)ひて、それもうせ給(たま)ひにしかば、その女君(をんなぎみ)達(たち)、いまはむげに大人(おとな)
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になり給(たま)ひて、いとおしげにてありときかせ給(たま)ひて、関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)、しらぬ人(ひと)かはとて、むかへさせ給(たま)ひて、殿(との)の御まかなひ・御(み)髪(ぐし)参(まゐ)りなどに二(ふた)所(ところ)ながら候(さぶら)はせ給(たま)ふ程(ほど)に、あねきみは致仕の大納言(だいなごん)の御(み)子(こ)の則理(のりまさ)をかたらひたりける程(ほど)に、をはりのかみになりにければ、をはりへいにけり。おとゝのきみはわざとなもつけさせ給(たま)はで、たゝずみ給(たま)ふまゝにたいのきみとぞ召(め)しける。此(こ)のきみに、自(おの)づから睦(むつ)まじくならせ給(たま)ひにけり。御志(こころざし)のある様(さま)に、めざましきことどもありければ、上(うへ)、他人(ことひと)よりは、さやはなど、めざましげなる御けしきかたはらいたくて、やう<里(さと)かちになりゆけば、さるべきにやありけん、こと<”は上(うへ)の御けしきにしたがひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、此(このことばかりはそれに障(さは)らぬ様(さま)に、ともすれば御ありきのつゐでにもたちより給(たま)ふ。ひるなどもかきまぎれおはします程(ほど)に、唯(ただ)にもあらずなり給(たま)ひにけるを、世(よ)の人(ひと)いとめでたきさいはひ人(びと)にいひ思(おも)ひけり。此(こ)の頃(ごろ)ぞ子(こ)生(う)むべかりければ、関白(くわんばく)殿(どの)さるべきことなと思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ひける程(ほど)に、きみむまれ給(たま)ひぬべしといひののしれば、殿(との)はかたはらいたくて、御自(みづか)らいみおはしまさねどおぼつかなさの御つかひ頻(しき)りなりけり。斯(か)かる程(ほど)に、いと平(たひら)かにおほ男君(をのこぎみ)ぞむまれ給(たま)へりける。殿(との)聞(き)こし召(め)すに、あさましきまでおぼされて、御はかしなど遣(つか)はす程(ほど)ぞめでたきや。大(おほ)殿(との)と嬉(うれ)しきことに思(おぼ)し召(め)して、七日だに過(す)ぎなば、殿(との)の内(うち)にむかへさせ給(たま)ひて、
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そこにて養(やしな)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべく思(おぼ)し召(め)しける。産屋(うぶや)の程(ほど)のことどもは、さるべきくにのかみどもに仰(おほ)せられて、皆(みな)そこよりしののしりたり。さは世(よ)にかかるさいはひ人(びと)もありけりとののしるも、げにと見(み)えたり。入道殿(どの)よりかく宣(のたま)はせたり、
@年(とし)をへてまちつるまつのわかばへに嬉(うれ)しくあへるはるのみどりご W270。
御返聞(き)こえず、おぼつかなし。御乳母(めのと)われも<とのぞむ人(ひと)ありけれと、故いがのかみ橘すけなりといひし人(ひと)のむすめ、とをたうみのかみたゞしげかむすめ、きいぜんしなりのりがむすめぞ只今(ただいま)は参(まゐ)りたなる。殿(との)おはしまして御覧(ごらん)じければ、限(かぎ)りなくおぼされけり。殿(との)上(うへ)は宮々(みやみや)の刀自・おさめにても此(こ)の御(み)子(こ)をだに産(う)みたらばわがある折(をり)にとくみんなど思(おぼ)し宣(のたま)ひければ、これはましていやしからぬ人(ひと)なれば、かく思(おぼ)し召(め)す様(さま)なりかし。かうて枇杷(びは)殿(どの)の宮(みや)には、廿二日のよさり廿三日の暁(あかつき)などにぞ、里(さと)の人々(ひとびと)参(まゐ)りこむ。廿二日に寝殿(しんでん)の東(ひがし)のたいなどの御装束、関白(くわんばく)殿(どの)の大饗にごとにかはるべきにはあらねど、御ひきでものの程(ほど)かはる。又(また)上達部(かんだちめ)の、始(はじ)めは東(ひがし)のたいにつかせ給(たま)ひて、のちは御(お)前(まへ)の南(みなみ)面(おもて)のすのこにこそはおはすべければ、さやうのことこそかはるべき。その日になりぬれば、日頃(ひごろ)いつしかとまち思(おも)ひたりつる若(わか)き人々(ひとびと)は、又(また)人(ひと)のきぬのいろ・にほひにやをとらんまさらんのいとみ、むね騒(さわ)がしかるべし。つぼねして候(さぶら)ひつきたる人々(ひとびと)は、つぼねながらよろづをゑ急(いそ)ぎたるに。里(さと)の残(のこ)りの人々(ひとびと)は参(まゐ)りて、
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台盤所(だいばんどころ)にて、はかなく屏風(びやうぶ)・几帳(きちやう)ばかりをひきつぼねて、ひまもなくゐたり。又(また)各(おのおの)の得意(とくい)どもは、その局(つぼね)<に行(い)きつゝぞ居(ゐ)たりける。局(つぼね)には、又物(もの)縫(ぬ)い騒(さわ)ぎて、あないみじや。かしこをだにこそ、つくろはねなどいふもあり。又(また)しはてたるは、くろめつけなど、こころのどかにわがみのけさうをし磨(みが)くもあり。扇(あふぎ)なども、賜(たま)はせたらんは、そさうにぞあらんかしなど思(おも)ひて、さるべき人々(ひとびと)にいひつけ、わがゑしにかかせなどしたる人(ひと)は、そのこころもとなかりせし、あるは、御(おほん)のはいかゞし給(たま)へる。まろがものの思ふ様(さま)ならぬ」。うちものゝ艶(つや)定(さだ)め、織(おり)物ゝもんをもて騒(さわ)ぐに、いろ許(ゆる)されなどしたる人(ひと)は、したりかほに思(おも)ひて、をしのけたる様(さま)なり。さらぬかこれをももどかしげに思(おも)ひて、こころの限(かぎ)りは、劣(おと)るべきこと〔か〕は、からぎぬとすれどもむもんにてあるは、かたもんもなを、ものけざやかにうかばぬなげきをしたり。あけぬれば、所々(ところどころ)のみかうしあけ、つまどをしあけ、半蔀あけひらきて、あるはかみをつくろひ、かほを磨(みが)きなど騒(さわ)ぎたり。又(また)みれば、いみじうおほきなるふくろ・つゝみなど、もて騒(さわ)ぎとりいれさまよふ。又(また)みれば、ながもち・からびつのふたに、いとおどろ<しうたたみいれて、うち重(かさ)ねて、二人(ふたり)などかきてもてくるもあり。人(ひと)一人(ひとり)がいくつをきるべきにかあらんとみる人々(ひとびと)あさみたり。やう<日さしいづれば、わざとならずおかしき様(さま)にて、くひものども里(さと)よりもてきてくふも
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あり。それにめをみやらず、あふぎをつらぬき、薫物(たきもの)をたくもあり。つぼねの人々(ひとびと)あないみじ。気(け)上(あ)げさせ給ふな。此(こ)の日頃(ひごろ)もの騒(さわ)がしう思(おぼ)し召(め)して、ものも聞(き)こし召(め)さず。けさだになを、御ゆつけにてもたゞ少(すこ)し聞(き)こし召(め)さで、そこらの御衣(ぞ)共(ども)は、いかゞもたけさせ給(たま)はんずる。御覧(ごらん)せすはやありし、きのふ上(うへ)の御(お)前(まへ)のとり重(かさ)ねて、左衛門(さゑもん)にきせさせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ぜし程(ほど)に、左衛門(さゑもん)のかみそこらてすくみて、たちて侍(はべ)りしは、などいふもきゝいれず、こころ一(ひと)つを騒(さわ)ぎたちたり。斯(か)かる程(ほど)に、日やう<たつのときばかりになれば、上(うへ)より、此(こ)の人々(ひとびと)をそく参(まゐ)り給(たま)ふとある仰(おほ)せごと、侍(さぶらひ)の人々(ひとびと)、あるは刀自・すまじなど、いち<にいひわたす。されど。れいのことぞとて、わかみえのことをかへすがへす磨(みが)きゐたり。あまり日たかうなりぬと、仰(おほ)せごと度々(たびたび)になりぬれば、参(まゐ)りあつまる。公(おほやけ)人(びと)やがて几帳(きちやう)さし、又(また)いきてみちはらひなどして、参(まゐ)る程(ほど)、きぬのすそなどとらせ参(まゐ)るを、皆(みな)はあふぎもえさしかくさずきぬのごちたくあつければ、たをやかなるけもなし。からぎぬはやがてきつるまゝにほころびていでぬれば、すへなくて、好(この)むとなけれど村濃(むらご)の糸(いと)してぞかけためる。かくて参(まゐ)りこみあつまる程(ほど)に、御(お)前(まへ)のかた思(おも)ひ遣(や)られおくゆかしげなり。さて参(まゐ)りこみぬれば、寝殿(しんでん)のみはしのまに、御几帳(きちやう)うるはしくたてさせ給(たま)ひて、そのにしのまよりわだ殿(どの)より、又(また)西(にし)の
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対(たい)東(ひがし)南(みなみ)面(おもて)まで、ひとまに二人(ふたり)づゝゐたり。みはしの東(ひがし)のかたより東(ひがし)様(さま)におれて、みづの上(うへ)のわだ殿(どの)まで居(ゐ)たり。数(かず)は知(し)らず、推(お)し量(はか)るべし。御簾(みす)は村濃(むらご)の糸(いと)して編(あ)みたり。縁(へり)など例(れい)の様(さま)ならず、心(こころ)異(こと)にめとまりてせさせ給(たま)へり。かやうにてなみゐたる人(ひと)の有様(ありさま)、いはんかたなうおどろ<し。ひつじのときばかりに、上達部(かんだちめ)参(まゐ)りあつまり給(たま)ふ。大方(おほかた)の空(そら)は晴(は)れたれど、ゆきうちゝりていみじうおかしう見(み)えたるに、御(お)前(まへ)のすなごえもいはずおもしろきに、やりみづなどのをともおかしき程(ほど)に流(なが)れたるに、殿(との)原(ばら)などの参(まゐ)り給(たま)ふ。さるべき御随身などの、いみじう次々(つぎつぎ)しき様(さま)して、中門の程(ほど)にゆづえつきてゐたる程(ほど)など、たゞゑにかきたるとみゆ。関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ふ様(さま)、御随身おどろおどろしうめでたしとみる程(ほど)に、小野宮(をののみや)の大臣(おとど)の参(まゐ)り給(たま)ふをみれば、御年(とし)の程(ほど)よりは若(わか)く見(み)え給(たま)ひて、なをいとかほこまかにあひきやうつき給(たま)へる様(さま)なり。人(ひと)よりはことになつかしう見(み)え給(たま)ふ。大将(だいしやう)かけ給(たま)へれば、その御随身もいとあざやかにしたて給(たま)へり。かれまづ東(ひがし)のたいのもやに面(おもて)むきにつき給(たま)へり。殿上人(てんじやうびと)は南(みなみ)のひさしにつきたり。もやは南(みなみ)をかみにし、ひさしはにしをかみにしたり。ことどもとゝのほりぬる程(ほど)に、皆(みな)例(れい)の作法(さほふ)にて、御(お)前(まへ)のかたに西(にし)の対(たい)にてみわたし給(たま)ふに、更(さら)にもいはず、きぬのつま重(かさ)なりてうちいだしたるは、色々(いろいろ)のにしきをまくらざうしにつくりて、内(うち)をきたらんやうなり。重(かさ)なりたる程(ほど)一さくよばかり見(み)えたり。あさましうおどろ<しう、
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袖口(そでぐち)はまろみいでたる程(ほど)、火をけのさゝやかならんをすへたらんと見(み)えたり。万浅猿うも恥(は)づかしうも、ここらの人(ひと)いかにみるらんとすずろばしうて、面(おもて)あかみ給(たま)ふべし。拝礼はてゝ、左大臣(さだいじん)にて此(こ)の関白(くわんばく)殿(どの)おはしませば、それをさきとして、いとうるはしうのどかにあゆみて、寝殿(しんでん)の東(ひがし)面(おもて)のみはしよりのぼり給(たま)ひて、南(みなみ)の階の東(ひがし)にしを一のざにて関白(くわんばく)殿(どの)、次(つぎ)に小野宮(をののみや)の右のおとどつき給(たま)ひぬ。次(つぎ)に中宮(ちゆうぐう)大夫などさしつゞきなみゐさせ給(たま)ひぬ。皆(みな)御しとねにゐ給(たま)ひて、きたむきにゐさせ給(たま)へれば、御した重(かさ)ねのしりどもは、高欄(かうらん)にうちかけつゝ居(ゐ)させ給(たま)へり。掻練襲(かいねりがさね)、柳(やなぎ)・桜(さくら)・ゑいそめ、若(わか)うおはする殿(との)原(ばら)はかうばいなどにてもき給(たま)へり。色々(いろいろ)に見(み)え耀(かゞや)き照(て)り渡(わた)りたる程(ほど)、いみじうおかし。おはしまし居(ゐ)て、此(こ)の御簾際(みすぎは)を誰(たれ)も御覧(ごらん)じわたせば、此(こ)の女房(にようばう)のなりどもは、柳(やなぎ)・桜(さくら)・山吹(やまぶき)・紅梅(こうばい)・萌黄(もえぎ)の五色(いついろ)をとりかはしつゝ、一人(ひとり)(に)三色(みいろ)づゝを著(き)させ給(たま)へるなりけり。一人(ひとり)は一色(ひといろ)を五(いつ)ゝ、三色(みいろ)著(き)たるは十五づゝ、
あるは六づゝ七づゝ、多(*#おほ)く著(き)たるは十八廿にてぞありける。此(こ)の色々(いろいろ)を著(き)かはしつゝ並(な)み居(ゐ)たるなりけり。あるは唐綾(からあや)を著(き)たるもあり。あるは織物(おりもの)・固文(かたもん)・浮文(うきもん)など、色々(いろいろ)にしたがひつゝぞきためる。表着(うはぎ)はいつへなどにしたり。あるはやなぎなどの一重(ひとへ)は皆(みな)打(う)ちたるもあめり。唐衣(からぎぬ)どもの色(いろ)、皆(みな)又(また)此(こ)の同(おな)じ色どもを
とりかはしつゝ著(き)たり。裳(も)は皆(みな)大海(おほうみ)なり。御几帳(きちやう)ども、かうばい・萌黄(もえぎ)・桜(さくら)など
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のすそにて、皆(みな)ゑかきたり。ひもどもあをくて耀(かかや)けり。此(こ)のひとへは皆(みな)あをばなりけり。殿(との)原(ばら)あさましうめもあやにて、かたみに御めを見かはしあきれ給(たま)へり。今日(けふ)も四条(しでう)大納言(だいなごん)・内(うち)のおとど参(まゐ)らせ給(たま)はす。故上(うへ)の御忘(わす)れづきなりければ、内(うち)のおとどはむけに参(まゐ)らざらんはおぼつかなくゆかしとて、御直衣(なほし)にて内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて、女房(にようばう)のなかに交(ま)じらせ給(たま)ひて、きぬの袖口(そでぐち)つくろはせ給(たま)ふ。かみかきなでなどせさせ給(たま)ふを、女房(にようばう)なか<いとわびしう、身よりあせあゆなどは、これをやいふらんとわびし覚(おぼ)えて、面(おもて)あかむ心地(ここち)すれども、身はひえたり。大方(おほかた)の有様(ありさま)は、御(お)前(まへ)の御覧(ごらん)ずるを恥(は)づかしう、いかに<と、人(ひと)のかたち・振舞(ふるまひ)よりじめ、きぬの有様(ありさま)・にほひなどを御覧(ごらん)ずと、わびしく各(おのおの)思(おも)ひつゝ、此(こ)の並(な)み居(ゐ)て見(み)給(たま)ふらん目(め)どもは、さばれ、誰(たれ)とも知(し)られ奉(たてまつ)らねば、御霊会の細男(ほそをとこ)のてのごひして、かほかくしたる心地(ここち)するに、此(こ)の内(うち)の大臣(おとど)のほゝゑみまぎれさせ給(たま)ふぞ、いみじうわびしきことなりける。此(こ)の殿(との)原(ばら)の薫(かをり)・にほひ、様々(さまざま)めでたくふきいるゝに、又(また)内(うち)には、梅花をえもいはずたきいで給(たま)ふ。今日(けふ)の侍従(じじゆう)は、左右大臣(うだいじん)にもまさりぬべくなん人々(ひとびと)おぼされける。御(お)前(まへ)には、東(ひんがし)のらうのまへのかたにやゝにしに出(い)でて、かく人(ひと)どもゝ候。御(お)前(まへ)のひたきやのもとのむめの、人(ひと)繁(しげ)きけはひのかぜにちりくる薫(かをり)もめでたし。れいの作法(さほふ)のがく人(にん)四人(にん)づゝいきて、まんざいらく、たいへいらくなど舞(ま)ふ程(ほど)、いみじうおもしろし。楽(がく)の
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をとなども折(をり)からにや、すぐれてめでたう聞(き)こえたり。かく人(ひと)ども、御(お)前(まへ)のかたのみぎはをうちまほ。かくあくる心地(ここち)もおくありて、もののねいとおもしろし。小野宮(をののみや)のおとど、関白(くわんばく)殿(どの)にさしより聞(き)こえ給(たま)ひて、おもしろきことどもめでたきこと、いまも年(とし)へぬる人(ひと)は自(おの)づからみるものなり。いざ、今日(けふ)の女はうのなりのやうなることこそ、又(また)み侍(はべ)らね。たゞかかることはあさましうけしからずぞありけるなど申し給(たま)へば、関白(くわんばく)殿(どの)うちほをゑませ給(たま)ふ程(ほど)も、みすの内(うち)には、何事(なにごと)ならむと、すずろばしうおもふべし。一日の関白(くわんばく)殿(どの)の大饗をぞ、殿(との)の有様(ありさま)より始(はじ)め、えもいはずめでたしと思(おも)ひしに、かれはやみのよなりけり。今日(けふ)はあきらかなるかゞみにさしむかひたる心地(ここち)してこそは。わか恥(は)づかしければ、さやうにこそは覚(おぼ)え侍(はべ)れ。男(をとこ)の女房(にようばう)とほにて、いとこころ安(やす)しかし。まづ今日(けふ)は、よろづのことのあまりいたうつくろはるゝに、いとわびしやなど宣(のたま)ふも、いと様々(さまざま)おかし。誠(まこと)や、べんの乳母(めのと)のめいこそは今日(けふ)やがて大人(おとな)にさせ給(たま)へば、殿(との)原(ばら)など参(まゐ)りあつまり給(たま)ひぬれば、まづ中宮(ちゆうぐう)大夫殿(どの)は、台盤所(だいばんどころ)のかたよりいらせ給(たま)ひて、裳(も)の腰(こし)結(ゆ)はせ給(たま)ひけり御かはらけども度々(たびたび)になりて、殿(との)原(ばら)の御ものはぢも少(すこ)し忍(しの)びかたけなり。日のくるゝ程(ほど)に、所々(ところどころ)のはしらまつどもに、又(また)てごとにともしたるひかりどもなどのひるとみゆるに、又(また)女官どものしたりかほに、怪(あや)しのなりともそはめたてゝ、もの慎(つつ)ましげも思(おも)ひ遣(や)らぬけしきにて、御となぶら
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てごとに参(まゐ)りわたす程(ほど)なども、さるかたにおかしう、わろ所(ところ)などにかかるものいできなんやとみゆるに、ゑじの、何(なに)ぞや。をかはぎぬのまねにしてきて、なてうことか侍(はべ)るめると思(おも)ひたるけしきしていりゐて、こころようたきゐたる程(ほど)、いみじうけたかう、めとまりて御覧(ごらん)ず。殿(との)原(ばら)いまは御あそびになりていみじうおかしきに、夜にいりたり。もののねども心(こころ)異(こと)なり。御かはらけにはなかゆきかのちりいりたるに、中宮(ちゆうぐう)大夫うち誦し給(たま)ふ。@@31 梅花帯雪飛琴上、柳色和煙入酒中 [読み下し:梅(うめ)の花(はな)雪(ゆき)を帯(お)びて琴上(きんじやう)に飛(と)び、柳(やなぎ)の色(いろ)は煙(けぶり)に和(くわ)して酒中(しゆちう)に入(い)る][かな:うめのはなゆきをおびてきんじやうにとび、やなぎのいろはけむりにくわしてしゆちうにいる] B31。又(また)誰(たれ)ぞの御声(こゑ)にて、御土器(かはらけ)のしげゝれば、@@32 一盞寒灯雲外夜数盃温酎雪中春 [読み下し:一盞(いつさん)の寒灯(かんとう)は雲外(うんぐわい)の夜(よる)、数盃(すうはい)の温酎(うんちう)は雪中(せつちゆう)の春(はる)] [かな:いつさんのかんとうはうんぐわいのよる、すうはいのうんちうはせつちゆうのはる] B32など、御こゑどもおかしうて宣(のたま)ふにほひにか、けふはばんぜいせんしうをぞいふべきなど宣(のたま)ふもあり。様々(さまざま)おかしく乱(みだ)れ給(たま)ふ。やゝたえがたげに御けしきどもみゆるもおはすべければ、こころ苦(ぐる)しうて、御ろくどもとり出(い)でさせ給(たま)ふ。くらければ見(み)えねど、いみじうせさせ給(たま)へりとぞきゝ侍(はべ)りし。殿(との)原(ばら)いでののしらせ給(たま)ふ。さて関白(くわんばく)殿(どの)内(うち)にいらせ給(たま)ひて、御(お)前(まへ)に申(まう)させ給(たま)ふ、今日(けふ)のこと、すべて、いと殊(こと)の外(ほか)にけしからずせさせ給(たま)へり。此(こ)の年(とし)頃(ごろ)世(よ)の中(なか)いとかういみじうなりにて侍(はべ)る。又(また)一とせの御(み)堂(だう)ゑの御かたがたの女房(にようばう)のなりどもなどぞ、世(よ)にめづらかなることどもに侍(はべ)りしかど、それは夏(なつ)なれば、こと限(かぎ)りありて、筋(すぢ)なかりけり。なでう人(ひと)のきぬか、廿きたるやう候(さぶら)ふ。更(さら)に更(さら)にいとけしからずおはします。小野宮(をののみや)のおとど・中宮(ちゆうぐう)大夫など、いと恥(は)づかしき上達部(かんだちめ)
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なり、すべてかかることをなむきゝみざりつると申(まう)されつる。それはさるものにて、みめのおどろ<しうきらゝかなることは、又(また)世(よ)にめづらかに候ひつるわざかなと、かへすがへす同(おな)じことをせさせ給(たま)ふ程(ほど)の御けはひ、け近(ぢか)う愛敬(あいぎやう)づき、恥(は)づかしうおはします今日(けふ)の一の上(かみ)とも覚(おぼ)えさせ給(たま)はずなん。いま御(み)堂(だう)に今日(けふ)のことどもとはせ給(たま)はゞ、此(こ)の女房(にようばう)の衣(きぬ)の数(かず)により御勘当(かんだう)侍(はべ)らんずらんと思(おも)ひ給(たま)ふこそ、いと苦(くる)しう候(さぶら)へ。宮々(みやみや)によきこと候へば、うちゑませ給(たま)ひて、いとよしと思(おぼ)し召(め)したり。かやうのれいならぬこと候へば、まづ追(お)ひたてさせ給(たま)ふに、いときやう<に候(さぶら)ふや。大宮(おほみや)・中宮(ちゆうぐう)は、女房(にようばう)のなりむつに過(す)ぐさせ給(たま)はねばいとよし。此(こ)の御(お)前(まへ)なん、いとうたておはしますとこそ、常(つね)に候ふめれなど申しをかせ給(たま)ひて、出(い)でさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)達(たち)ゐすくみて、たつ心地(ここち)いとわびし。各(おのおの)さるべきには陣にゐて騒(さわ)ぎ、さらぬはつぼね<に皆(みな)いきて、ものもおほえてよりふしぬ。かくてそのよもふけぬれば、又(また)の日、御(み)堂(だう)より、関白(くわんばく)殿(どの)疾(と)く参(まゐ)らせ給(たま)へとあれば、何事(なにごと)にかとて急(いそ)ぎ参(まゐ)らせ給(たま)へば、せけんの御物語(ものがたり)なりけり。司召(つかさめし)今日(けふ)明日(あす)になりぬれば、さやうのことどもなるべし。「かうていかにぞや。昨日(きのふ)の宮(みや)の大饗いかゞありしととひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、はへしやうしか<といち<に申(まう)させ給(たま)へば、いとこころよううちゑませ給(たま)ひて、さて<ととひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、女房
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のなりなど問(と)ひかたらせ、ありしことどもを聞(き)こえさせ給(たま)へば、いみじうはら立(た)たせ給(たま)ひて、あさましうめづらかなることどもなりや。きぬはなゝつやつをだに安(やす)からぬことゝおもへば、中宮(ちゆうぐう)・大宮(おほみや)などには皆(みな)申ししらせて、いみじき折節(をりふし)にもたゝ六と定(さだ)め申したるを、あやまたせ給(たま)はぬに、此(こ)の宮(みや)こそことやふりにおはしませ。すべて<更(さら)に<うけ給(たま)はらじと、過(す)ぎにたることをののしらせ給(たま)ふも、さすがにおかしくおぼさる。さるにてもおとどは、かうやはいますかるべき。公(おほやけ)の御後見(うしろみ)はいかなる人(ひと)のするわざぞ。なでうさることをみて、たゝにある人(ひと)かあるなど、いとおどろ<しうむつからせ給(たま)ふ。いとわりなき勘当(かんだう)なりとぞ申し給(たま)ふ。かへすがへすめづらかなりし日の有様(ありさま)とぞ、東宮(とうぐう)中宮(ちゆうぐう)大夫殿たちなど参(まゐ)らせ給(たま)ひても、申(まう)させ給(たま)。かくてあさましきことは、此(こ)の廿五日の夜(よ)、四条(しでう)の宮(みや)は焼(や)けぬ。さるは、尼上(あまうへ)など、今(いま)はかの宮(みや)にこそは住(す)ませ給(たま)へば、いみじきことなりや。大納言(だいなごん)殿(どの)思(おぼ)したつこともあるに、いとおしきわざかなと思(おぼ)して、又(また)の日よりまづだい一を急(いそ)ぎあはせ給(たま)ひてせさせ給(たま)ふ。かくて関白(くわんばく)殿(どの)の若君(わかぎみ)、此(こ)の月廿八日に大(おほ)殿(との)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。その夜(よ)の有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。いとわざと誠(まこと)にこと<”しうもてなさせ給(たま)へり。殿(との)や上(うへ)など土御門(つちみかど)殿(どの)に待(ま)ち迎(むか)へ、いみじく慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。ともかくもいふべきにあらず、たゞ大臣(おとど)の幼(をさな)かりし折(をり)にたかはずとぞ、慈(うつく)しま
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せ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)、いまはいとこころ安(やす)し。かく参(まゐ)らせつれば、しり候(さぶら)はずとてまもり出(い)でさせ給(たま)ふ。殿(との)の宣旨(せんじ)、御乳母(めのと)の数(かず)に入(い)れさせ給(たま)ひつ。まづ暫(しば)し御湯(ゆ)殿(どの)などは宣旨(せんじ)して参(まゐ)らせ給(たま)ふ。いといみじうめでたし。かのはゝぎみは。そのまゝに又(また)唯(ただ)ならず煩(わづら)ひてなんものし給(たま)ふとか。大宮(おほみや)、土御門(つちみかど)殿(どの)におはしませば、常(つね)にむかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いだき慈(うつく)しませ給(たま)ふ。内(うち)のおほい殿(どの)ははゝなきこどもを数多(あまた)もて扱(あつか)ふ。おやは一人(ひとり)めすべかりけるなど、けうなげにこそ思(おぼ)し宣(のたま)はすと人(ひと)かたり侍(はべ)りしが。そはざることにやとぞ二月朔日(ついたち)になりぬれば、粟田(あはた)殿(どの)の二位(にゐ)の宰相(さいしやう)をば、此(こ)の頃(ごろ)左衛門(さゑもん)のかうとぞ聞(き)こゆめり。その姫君(ひめぎみ)に、三条(さんでう)ゐんの中務(なかつかさ)の宮(みや)。むことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。御そしりなき御なからひにぞ人(ひと)聞(き)こゆめる。いとおしきことも、皇后宮(くわうごうぐう)、去年(こぞ)より悩(なや)ませ給(たま)ひて、ともすれば、限(かぎ)り<と見(み)えさせ給(たま)ふぞいみじき。それにつけても、たゞ此(こ)の姫宮(ひめみや)の御ことを思(おぼ)し召(め)すに、安(やす)くも思(おぼ)し召(め)されぬなるべし。内(うち)のおとどこそさやうに思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)ふめれと。いと慎(つつ)まじうのみおぼされながら、殿(との)も今年(ことし)のはるは過(す)ぐしてやなどおぼさるゝに、此(こ)の宮(みや)のかくいまや<とのみみゆる御有様(ありさま)なれば、いかでかはとぞ。三月十余(よ)日に大宮(おほみや)の御はかうあるべしとて、女房(にようばう)もいみじう急(いそ)ぎ、世(よ)の中(な)にも御さゝげもの急(いそ)ぎののしるめり。ゐんは宮(みや)の御悩(なや)みをいみじう思(おぼ)しなげかせ給(たま)ふ。此(こ)のゐんの女御(にようご)殿(どの)も、
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いと苦(くる)しげにせさせ給(たま)ひつゝ、月日に添(そ)へてかげのやうにのみならせたまへば、かたがたいかにとのみいみじう思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。入道殿(どの)よりも、かくおはしませば、御すほう・御誦経(じゆぎやう)などもひまなく思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ふ。堀河(ほりかは)のおとど、女御(にようご)やなどひきつれて、いとおどろ<しき御けはひ有様(ありさま)にてののしり給(たま)へば、いとおしうかたはらいたうのみ思(おぼ)し召(め)す。かういふ程(ほど)に、一二の宮(みや)もおよすげさせ給(たま)ふにつけても。もののみ哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)すべし。世(よ)の中(なか)にてんべんなど頻(しき)りにて、人(ひと)のものいひもうたて恐(おそ)ろしければ、さるべきやんごとなきわたりの御(おほん)慎(つつし)みどもの繁(しげ)きにも、督(かん)の殿(との)の唯(ただ)にもおはしまさねば、いかに<と、いみじきことどもをぞせさせたまひける。関白(くわんばく)殿(どの)の若君(わかぎみ)は、さもこそあらめ、御かたちさへかくめづらかにおはしませば、かしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふかひありてなん。



栄花物語詳解巻二十五


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〔栄花物語巻第二十五〕 みねの月
かくて、皇后宮(くわうごうぐう)の御悩(なや)み、こぞよりは頼(たの)みすくなくならせ給(たま)へば、所(ところ)をかへて試(こころ)みさせ給(たま)ふべく、人々(ひとびと)申せば、さはとて大蔵卿(おほくらきやう)の御家へ渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。さておはしましたれど、同(おな)じことにのみおはします。ゐんより始(はじ)め、宮々(みやみや)もいみじき御祈(いの)り始(はじ)めさせ給(たま)へど、同(おな)じやうにのみおはしまして、限(かぎ)り<とのみ見(み)えさせ給(たま)ふに、宮(みや)の宣(のたま)はするは、はや忘(わす)れてやみぬべかりつるものを。此(こ)の姫宮(ひめみや)の御有様(ありさま)みはてゝは、えゆきやらぬことゝ歎(なげ)かせ給(たま)ふ。御(お)前(まへ)に候(さぶら)ふ人々(ひとびと)、宮々(みやみや)の御涙(なみだ)留(とど)めがたきに、姫宮(ひめみや)のまいてせきあへさせ給(たま)はぬ程(ほど)、哀(あは)れにいみじく見(み)えさせ給(たま)ふ。ゐんいとかくな思(おぼ)し召(め)しそ。世(よ)の中(なか)に侍(はべ)らん限(かぎ)り、誰(たれ)を誰(たれ)と思(おも)ひ侍(はべ)るべき身ならばこそなど、聞(き)こえさせ給(たま)ひて、御直衣(なほし)のそでもいと所(ところ)せけにおはしませば、宮(みや)の御(お)前(まへ)さこそ頼(たの)もしく思(おも)ひ聞(き)こえさすれど、なをこころ苦(ぐる)しうなん。さはれ、いまはかくも思(おも)ひ聞(き)こえさせじ。罪(つみ)いみじからん」など、いと弱(よは)げなる御けしきに、よろづいと哀(あは)れに悲(かな)しうこころ細(ぼそ)く覚(おぼ)えさせ給(たま)ふべし。四宮かくおはしませば、にんわじ僧正
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いとうしろめたく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、よるひるわかぬ御つかひありなどこともすべて残(のこ)ることなけれど、つゐに三月晦日(つごもり)に、はなもともにわかれさせ給(たま)ひぬ。いみじう悲(かな)しとは聞(き)こえさするも疎(おろ)かなり。宮(みや)の内(うち)の有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。むげに大人(おとな)におはしますゐんなどだにいみじう思(おぼ)し召(め)す。まして、姫宮(ひめみや)は思(おぼ)し召(め)しいれたる、理(ことわり)に見(み)えさせ給(たま)ふ。御年(とし)なども只今(ただいま)はいとかくおはしますべきにもあらざりつるに、あさましく口(くち)惜(を)しうこころうくのみ、誰(たれ)も思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)の式部(しきぶ)の宣旨(せんじ)八十ばかりにて、よろづにあはれなるものに思(おぼ)し召(め)しはぐくませ給(たま)ひつるに、おくれ奉(たてまつ)りたる程(ほど)、いへば疎(おろ)かにいじきに、何事(なにごと)もなくて、たゞきえにきえいりて、ものも覚(おぼ)えねば、むすこのゑもんのだいぶむねたか来(き)て、よろづに慰(なぐさ)め、湯(ゆ)飲(の)ませなどすれど、かへしつゝ惑(まど)ふ。理(ことわり)にいみじくなん。月立(た)たば、祭(まつり)など言(い)ひてむつかしかるべければ、いかになど思(おぼ)し召(め)して、朔日(ついたち)三四日の程(ほど)に、そうりうゐんのにしの院(ゐん)といふ所(ところ)におはしまさせ給(たま)ふ。やがてそのよにくはんといふことせさせ給(たま)ふに、他人(ことひと)参(まゐ)りよるべきにあらず。宮々(みやみや)・入道(にふだう)のきみ・大蔵卿(おほくらきやう)などつかうまつり給(たま)ふ。哀(あは)れにめでたし。入道のきみ、御身にたうときことどもかきあつめさせ給(たま)ふ。これは例(れい)の御有様(ありさま)なれば、ゐんも姫宮(ひめみや)も、きやうは御車(くるま)にてつかうまつらせ給(たま)ふ。故院(ゐん)の御ときこころよせつかうまつりし人々(ひとびと)、又(また)いまのゐんの殿上人(てんじやうびと)などいと数多(あまた)つかうまつれ
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り。いとおどろ<しき御よそひなり。さてにしの院(ゐん)にぞおはしまさせて、御車(くるま)のとこかきおろしておはしまさせ給(たま)ふ。四月十四日におさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、御遺言(ゆいごん)、世(よ)の常(つね)の様(さま)にておはしまさせ給(たま)ふまじきなめり。皆(みな)にしの院(ゐん)にぞ、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)などもおはします、姫宮(ひめみや)もとまらせ給(たま)ふべきにもあらねば、忍(しの)びて渡(わた)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ふもやがてかくておはします。さるは女御(にようご)殿(どの)の御悩(なや)みもいかゞとのみ見(み)えさせ給(たま)へど、いかでかは出(い)でさせ給(たま)はん。此(こ)の宮(みや)もこぞよりかく悩(なや)ませ給(たま)ひつるが、かくおはしますにつけても、いとどいかに<と思(おぼ)し乱(みだ)れさせ給(たま)ふ。にしの院(ゐん)には、その日になりぬれば、さるべき御有様(ありさま)、ひ一日急(いそ)がせ給(たま)ふ。にしの院(ゐん)のいぬゐのほうについちつ〔き〕こめて、ひはだぶきの屋いとおしけにつくらせ給(たま)ひて、そこにおさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべきなりけり。ゐんなどの、一よもこよひもあゆませ給(たま)ふぞ、疎(おろ)かならず見(み)えさせ給(たま)ふ。御ねぶつのそうなどかずしらず多(おほ)かるなかにも、四宮の御方(かた)より、なら・にんわじなどより参(まゐ)りこむ。あはれなる御けはひもとをからぬ程(ほど)を、斎院(ゐん)に御耳(みゝ)とまりて、とみに御殿(との)ごもらず、よろづ思(おぼ)ししらせ給(たま)ふ。そのわたりに、多(おほ)くの人(ひと)みちたり。さて、その屋に御しつらひをいみじくせさせ給(たま)ひて、やがて御車(くるま)ながらかきすへておはしまさせ給(たま)ふ。御となぶらあかくかかげて、聞(き)こし召(め)しものなど参(まゐ)りすへたり。よろづかくといまは見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、宮(みやみや)・ゐんなど、よろづを宣(のたま)は
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せつゝ、泣(な)かせ給(たま)ふ様(さま)などいといみじう、いふにも疎(おろ)かなり。さて人々(ひとびと)よあけぬべしなど申せば、出(い)でさせ給(たま)ひて、おはします屋(や)の妻戸(つまど)うちかたむる程(ほど)、さしのきたる人々(ひとびと)の心地(ここち)だに、いといみじう哀(あは)れに悲(かな)しきに、まいて理(ことわり)にいみじう見(み)えさせ給(たま)ふ。くも煙(けぶり)とならせ給(たま)はんは、あさましながらもいふかたなくてやませ給(たま)ふを、これは哀(あは)れにいはんかたなし。女房(にようばう)達(たち)などこたみばかりこそ、御供(とも)に参(まゐ)らめと皆(みな)したひ聞(き)こえさせて参(まゐ)りつれど、いとはるかにみやり参(まゐ)らせて、のきてなん車(くるま)ども引(ひ)きたてたるに、おはします程(ほど)の閉(と)づる音(をと)に、ある限(かぎ)り声(こゑ)を合(あは)せて、いひ知(し)らぬおとなひどもなり。月いと明(あか)くて、御供(とも)の法師(ほうし)・俗(ぞく)の人(ひと)は限(かぎ)りあれば、何事(なにごと)も思(おも)ひたえて、急(いそ)ぎかへる有様(ありさま)、祭(まつり)のかへさなどの心地(ここち)して、もの騒(さわ)がしくみゆ。やがてそのよ三条(さんでう)ゐんにかへらせ給(たま)ひて、にしのらうわだ殿(どの)などのいたじきおろして、ゐん・宮々(みやみや)おはしますべきかたがたわかちたちたれば、皆(みな)いらせ給(たま)ひぬ。ゆゝしげなる御しつらひの有様(ありさま)なり。姫宮(ひめみや)はあるかなきかの御けしきにて、あかさせ給(たま)ふ。又(また)の日の二日ばかりありて、宮(みや)の内侍(ないし)・命婦(みやうぶ)など人(ひと)のもとに、いかなる心地(ここち)してかへりけんなどとひたる返事に、
@思(おも)ひ遣(や)れむねやはあくるをとたかみたまのよ殿(どの)のとをとぢしより W271
とぞいひやりける。くもかすみとならせ給(たま)ふもげにいみじきことなれど、これは様(さま)かはりていみじきことの様(さま)なり。
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姫宮(ひめみや)は月日のすぐるまゝに、あるかなきかに思(おぼ)し召(め)されて過(す)ぐさせ給(たま)ふに、人々(ひとびと)・女房(にようばう)のなかに、いかでかは、自(おの)づから程(ほど)ふれば、おかしきこともあり。此(こ)のすけとを本かしはの所(ところ)より、中納言(ちゆうなごん)のきみに、
@煙(けぶり)せぬみやまおろしの悲(かな)しさにくものはやしはたちやそひけん W272。
とあれば、
@ありとてや人(ひと)はとふらんをくりをきしたまのよ殿(どの)にそひにしものを W273。
とぞありける、理(ことわり)とちありける。さて後々(のちのち)も、宮々(みやみや)にしの院(ゐん)におはします。七日<の御ことども、様々(さまざま)いみじくせさせ給(たま)ふ。御念仏はてまであるべく、此(こ)のにしの院(ゐん)の僧(そう)達(たち)に仰(おほ)せごと給(たま)はす。これは此(こ)のおはしますめぐりには入(い)りつゝつかうまつるべきなり。御法師(ほふし)の御きやうは、ゐんの御てつからかかせ給(たま)ふ。御ほとけはしきふきやう宮(みや)、それは自(おの)づから思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ふことあるべし。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)・左衛門(さゑもん)のかうの御方(かた)にて皆(みな)けからひ給(たま)へり。かくて御法事又(また)の日の十余(よ)日にせさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)は、七そうのほうぶくうるはしくせさせ給(たま)へり。三条(さんでう)宮(みや)にてせさせ給(たま)ふ。その程(ほど)の御有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。御願文、大ないき菅原(すがはら)の忠貞(たゞさだ)ぞつかうまつりたりける。此(こ)のおはします御有様(ありさま)をつかうまつりたるかいみじく、あはれなりけり。たゞ片端(かたはし)をまねびたる。@@33 こがねの車(くるま)ならべよせて、たまのとぼそをとぢてよりこのかた、くやうするや何(なに)ぞの人(ひと)、われつかの暁(あかつき)のかげ、するや誰(たれ)のひとぞ、たゞはやしのとりのゆふべのこゑ [かな:こがねのくるまならべよせて、たまのとぼそをとぢてよりこのかた、くやうするやなにぞのひとわれつかのあかつきのかげ、するや。たれのひとぞ、ただはやしのとりのゆふべのこゑ] B33など、いみじくあはれなり。かくて
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御誦経(じゆぎやう)など様々(さまざま)にてはてぬ。此(こ)の御願文を、ある人(ひと)きゝて詠(よ)みける。誰と知(し)らず、
@月のかげはやしのとりのこゑならでゆきかふ人(ひと)のなきぞ悲(かな)しき W274。
宮々(みやみや)の御ふくやつれも哀(あは)れにて、斯(か)かる程(ほど)に、やまのゐには、女御(にようご)殿(どの)の御悩(なや)み、月日に添(そ)へていみじければにや、影(かげ)の様(やう)にならせ給(たま)ひにたり。ゐんよろづに思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。此(こ)の頃(ごろ)聞(き)けば、あふさかのあなたに、せきでらといふ所(ところ)に、うしほとけあらはれ給(たま)ひて、よろづの人(ひと)参(まゐ)り見(み)奉(たてまつ)る。年(とし)頃(ごろ)此(こ)のてらに、おほきなる御(み)堂(だう)たてゝ、弥勒をつくりすゑ奉(たてまつ)りける。くれ、えもいはぬ大木どもを、たゞ此(こ)のうし一して運(はこ)びあぐることをしけり。あはれなるうしとのみ、御てらのひじり思(おも)ひいたりける程(ほど)に、てらのあたりにすむ人(ひと)かりて、明日(あす)遣(つか)はんとて、をきたりけるよの夢(ゆめ)に、われはかせうほとけなり。此(こ)のてらのほとけをつくり、だうをたてさせんとて、年(とし)頃(ごろ)するにこそあれ。たゞ人(ひと)はいかでかつかふべきとみたりければ、おきてかう<夢(ゆめ)をみつると言(い)ひて、おがみ騒(さわ)ぐなりける。うしもさやにてくろくて、さゝやかにおかしげにぞありける。つながねどゆきさることもなく、れいのうしの心様(こころざま)にもにざりけり。入道殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、世(よ)の中(なか)におはしける人(ひと)、参(まゐ)らぬなくこみよろづのものをぞ奉(たてまつ)りけり。たゞ御門(みかど)・東宮(とうぐう)・宮々(みやみや)ぞみおはしまさゞりける。此(こ)のうしぼとけ、何(なに)となく心地(ここち)悩(なや)ましげにおはしけれ
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ば、とくうせ給(たま)ふべきとて、かく人(ひと)参(まゐ)りこみて、此(こ)のひじりはゑいさうをかかむとて、急(いそ)ぎけり。斯(か)かる程(ほど)に、にしのきやうにいとたうとく行(おこな)ふひじりの夢(ゆめ)に見(み)えたる。@@34 かせう仏だうに涅槃(ねはん)のだんなり。ちさたうとくけちえんせよ [かな:かせうぶつたうにねはんのだんなり。ちさたうとくけちえんせよ] B34とぞ見(み)えたりければ、いとど人々(ひとびと)参(まゐ)りこむ程(ほど)に、哥よむ人(ひと)もあり。和泉(いづみ)、
@きゝしよりうしにこころをかけながらまだこそこえねあふさかのせき W275。
人々(ひとびと)数多(あまた)聞(き)こゆれど、同(おな)じことなればかかず。日頃(ひごろ)、此(こ)の御方(かた)かかせて、六月二日ぞ御まなこいれんとしける程(ほど)に、その日になりて、此(こ)の御(み)堂(だう)を、此(こ)のうしみめぐりありきて、もとの所(ところ)にかへりきて、やがてしにけり。これ哀(あは)れにめでたきことなりかし。御方(かた)にまなこいれける折(をり)ぞはて給(たま)ひにける。聖(ひじり)いみじく泣(な)きて、やがてそこに埋(うづ)みて、ねぶつして、七日<に経・仏くやうしけり。のちに此(こ)のかきし御方(かた)を、内(うち)にも宮(みや)にもおかませ給(たま)ひける。かかることこそありけれ。誠(まこと)のかせう仏。此(こ)の同(おな)じ日ぞかくれ給(たま)ひける。いまは此(こ)のてらの弥勒くやうせられ給(たま)ふ。此(こ)のひじりも急(いそ)ぎけり。くさを誰(たれ)も<とりて参(まゐ)りけるなかに、参(まゐ)らぬ人(ひと)などありければ、それはつみふかきにやなどぞ定(さだ)めけり。さてかのゐんの女御(にようご)の御悩(なや)みいみじかりければ、ほうしやうしやいづこやとありかせ給(たま)ひつゝ、御すほう行(おこな)はせ給(たま)ふ。よろづにゐんも入道(にふだう)殿(どの)もせさせ給(たま)ふに、つゆその験(しるし)なかりければ、思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。此(こ)の頃(ごろ)入道(にふだう)殿(どの)も、御かぜなどおこらせ給(たま)ひ
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て、様々(さまざま)悩(なや)ましうおぼさるれば、すが<しくもえわたりあひ見(み)奉(たてまつ)り給(たま)はずなどあるに、督(かん)の殿(との)の唯(ただ)にもおはしまさで、七八月にあたらせ給(たま)ひて、月頃(ごろ)土御門(つちみかど)殿(どの)におはしませば、その御祈(いの)りもしつこころなくおぼされて、少(すこ)しもへだゝりある様(さま)におぼさるゝかたのことをば、自(おの)づからいま<と思(おぼ)し召(め)しつゝ、日も過(す)ぎもてゆくに、大宮(おほみや)も此(こ)の同(おな)じ殿(との)におはしませば、東宮(とうぐう)様々(さまざま)おぼつかなさを、明(あ)け暮(く)れ聞(き)こえさせ給(たま)へば、殿(との)のこをげにさぞ思(おぼ)し召(め)すらん、いとこころ苦(ぐる)しき御ことなりとて、いかて此(こ)の頃(ごろ)の程(ほど)に啓あらんと思(おぼ)して、急(いそ)がせ給(たま)ふ。六月廿五日よき日なりければ、その日と思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。いまはその日になりて、渡(わた)らせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)は土御門(つちみかど)殿(どの)の寝殿(しんでん)におはします。東の対にぞ〔督の殿の上おはします。西の対に〕東宮おはしま〔すべき御消息せ〕させ給へる。中もんよりにしのらうのにし様(さま)にいきたるを、東宮(とうぐう)の殿上にせさせ給(たま)へり。東(ひがし)のついぢに添(そ)へてあたらしくらうたちて、つくりて、督(かん)の殿(との)の侍(さぶらひ)にせさせ給(たま)へり。渡(わた)らせ給(たま)へる儀式(ぎしき)有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。大宮(おほみや)、督(かん)の殿(との)の女房(にようばう)いみじうさうぞきたり。東宮(とうぐう)まづ寝殿(しんでん)におはしまして、それよりやがて督(かん)の殿ゝ御方(かた)に渡(わた)らせ給ふ所(ところ)、いへば疎(おろ)かなり。御供につかうまつれる殿上人(てんじやうびと)、こなたかなたみすぎはえもいはず恥(は)づかしうて、いとどあせになりて、面(おもて)あかむ心地(ここち)しけり。にはよりつかうまつりたり。督(かん)の殿(との)のは、七月にあたり給(たま)ひて、
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御はらいとふくらかにて苦(くる)しげに見(み)えさせ給(たま)ふ。ふたあひの御衣(ぞ)にすかせ給(たま)へる御むねの程(ほど)・御ちのあたりなど、わざとつくりたらん、ものめきて、おかしげにらうたけにおはします。御おひきはけざやかに見(み)えたるなど、様々(さまざま)御目(め)のとまりおかしく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふを、恥(は)づかしげに思(おぼ)し召(め)して、うちとけぬ御けしきを、われさへ恥(は)づかしく思(おぼ)し召(め)さる。かくておはします程(ほど)、殿(との)はよるひる参(まゐ)り、もてあそび奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)も、よその御ありきにも苦(くる)しく思(おぼ)し召(め)され、けぢかければまぎれわたりつゝ、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。よろづ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふかひありてめでたし。かくて、こころのどかに暫(しば)しおはしまさせまほしう、大宮(おほみや)も殿(との)の御(お)前(まへ)も思(おぼ)し召(め)したれど、あきの節分にいととくいりぬべければとて、七月三日内(うち)にかへらせ給(たま)ふ。いとあかぬ御有様(ありさま)どもなり。督(かん)の殿(との)しめらせ給(たま)ひて、ながめかちにおはしますを、東宮(とうぐう)いかにと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。なか<おぼつかなかるべきことどもを、思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)ひて、かへらせ給(たま)ふ程(ほど)などぞ、いとわりなく見(み)えさせ給(たま)ひける。御贈(おく)り物(もの)、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)のろくなど疎(おろ)かならず。内(うち)よりは、うらやましくなど、おぼつかなさをひらに聞(き)こえさせ給(たま)へど、大宮(おほみや)、督(かん)の殿(との)の御ことを見(み)奉(たてま)らせ給(たま)はんとて、なを暫(しば)し里(さと)におはしますなるべし。督(かん)の殿(との)の御祈(いの)り、様々(さまざま)残(のこ)るなくせさせ給(たま)ふ。かくいふ程(ほど)に、今年(ことし)はあかもがさといふものいできて、上中下分(わ)かず病(や)みのゝしるに、始(はじ)めの度(たび)やまぬ人(ひと)の此(こ)の度(たび)
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やむなりけり。内(うち)・東宮(とうぐう)も中宮(ちゆうぐう)も、督(かん)の殿(との)など、皆(みな)やませ給(たま)ふべき御年(とし)どもにておはしませば、いと恐(おそ)ろしういかに<と思(おぼ)し召(め)さる。七月八日ゐんより殿(との)の御(お)前(まへ)に、いまは限(かぎ)りにならせ給(たま)ひにたり。いま一度(たび)見(み)奉(たてまつ)らんとなん宣(のたま)はざるとあれば、日頃(ひごろ)も、今日(けふ)<と思(おぼ)し召(め)しながら、日つゐでなどのあしかりつれば、すが<しうも思(おぼ)し立(た)たせ給(たま)はぬに、御つかひさへ頻(しき)りなれば、ひつじのときばかりに、やまのゐに渡(わた)らせ給(たま)ひて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、たゞかけのやうにならせ給(たま)へるものから、御色(いろ)の白(しろ)く麗(うるは)しく光(ひかり)かにおはします。いと恐(おそ)ろしく、それもいかに<と見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)は、あさましく、いまゝで見(み)奉(たてまつ)らざりけることと、せきあへず泣(な)かせ給(たま)ふ。あまさへもゐんも、いみじう哀(あは)れに悲(かな)しと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、殿(との)さてもいかゞおぼさるゝと申(まう)させ給(たま)へば、何事(なにごと)をかともかくも思(おも)ひ侍(はべ)らん。たゞつらしと思(おも)ひ聞(き)こえさすることは、此(こ)のゐんの御ことを、かからで侍(はべ)らばやと思(おも)ひ侍(はべ)りしことを、せさせ給(たま)ひて、みのいたづらになり侍(はべ)りぬることなんあると宣(のたま)はせて、泣(な)かせ給(たま)へる様(さま)なれど、涙(なみだ)も出(い)でさせ給(たま)はず。殿(との)泣(な)く泣(な)く、さやは思(おも)ひ侍(はべ)りし。いまは限(かぎ)りにこそおはしますめれとて、御(み)髪(ぐし)おろしてあまになし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。右馬入道なし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)泣(な)く泣(な)く、かくは思(おも)ひ奉(たてまつ)りけんや。かぶろにおはしましゝ折(をり)は、あまそりゐたけにこそ見(み)奉(たてまつ)りしか。哀(あは)れに悲(かな)しきことゝいひつゞけ泣(な)かせ給(たま)へば、
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ゐんの内(うち)もとよみなきたり。御(み)髪(ぐし)そかせ給(たま)へる、うるはしきかづらのやうにて、六しやくばかりかいうけさせ給(たま)ひて、殿(との)の御(お)前(まへ)のけさ、尼上(あまうへ)の御ころもなど、たゞ御上(うへ)にとり行(おこな)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。たゞよろづ夢(ゆめ)の心地(ここち)のみせさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)中宮(ちゆうぐう)の権大夫(ごんだぶ)殿(どの)、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)など、哀(あは)れにいみじう思(おぼ)しまどひ、ものにあたり、御もののけどもいといみじう、しえたりと、堀河(ほりかは)のおとど・女御(にようご)もろこゑに今(いま)ぞ胸(むね)あくと叫(さけ)びののしり給(たま)ふ。かくて、夜(よ)に入(い)りぬれば、殿(との)の御(お)前(まへ)、こよひも侍(はべ)りて見(み)奉(たてまつ)らまぼしけれど、こころにも例(れい)にもあらねば、見(み)捨(す)て奉(たてまつ)ることゝ泣(な)く泣(な)くかへらせ給(たま)ふ。みちよりも御つかひやがてつゞき参(まゐ)る。よの程(ほど)も月はあかし、御殿(との)ごもられぬまゝに、たゞ今いかに<とある御つかひ頻(しき)りにて、日頃(ひごろ)のおぼつかなさを、くやしうおぼさるゝ暁(あかつき)方(がた)に、只今(ただいま)なんはてさせ給(たま)ふめるとある御消息(せうそこ)を聞(き)こし召(め)す御こころの程(ほど)、思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえさすへし。やまのゐには更(さら)にいとゆゝしき御こゑども、此(こ)の殿(との)原(ばら)いひつゞけ泣(な)かせ給(たま)ふ。げにいといみじう見(み)えさせ給(たま)ふ。さてもあさましかりける堀河(ほりかは)の大臣(おとど)の女御(にようご)の御有様(ありさま)かなと、殿(との)もゐんも思(おぼ)し召(め)せど。のちのくいといふことのやうになん。折(をり)しも中将(ちゆうじやう)殿(どの)の上(うへ)も、御もののけにいみじく悩(なや)ませ給(たま)へば、これをいと恐(おそ)ろしきことに殿(との)の御(お)前(まへ)おぼさる。それも此(こ)の同(おな)じ御もののけの思(おも)ひのあまりなるべし。それもいと恐(おそ)ろしくおぼさるゝなり。やまのゐには、
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あえなくやと思(おぼ)し召(め)せど、さるべき御なからひらにて、とみにしもあるまじかりければ、此(こ)の十一日にぞ、よき日なりければ、それにとかくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべし。尼上(あまうへ)いと思(おぼ)し嘆(なげ)くと、とかくあつき程(ほど)に、日頃(ひごろ)にならせ給(たま)はんもうたてあべければ、かく疾(と)くとおぼすもいとあはれなりなどは、疎(おろ)かにぞ。その日になりぬれば、内(うち)にもとにもたゞ急(いそ)ぎをせさせ給(たま)ふにも、御こころまどひて、はか<”しくも思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ふべくも見(み)えさせ給(たま)はず。その日になりぬれば、ゐんの御車(くるま)にさうぞくせさせ給(たま)ふ。ゐんかつはものをも宣(のたま)はするものから、御こゑも惜(を)しませ給(たま)はず。これに故宮の御ことはいみじきことゝ思(おぼ)し召(め)しゝかど、それは大方(おほかた)の口(くち)惜(を)しさこそ侍(はべ)りけれ。これは様々(さまざま)よろづに片時(かたとき)思(おぼ)し離(はな)るべき心地(ここち)せさせ給(たま)はず。空(そら)曇(くもり)なう、風さへ涼(すゞ)しきに、京出(い)でさせ給(たま)ふ程(ほど)はいと忍(しの)びて、たゞれいざまにぞおはします。殿(との)なども聞(き)こし召(め)さむ、かく数多(あまた)の御(おん)中(なかなれば、よろづいとまが<しうおぼされん理(ことわり)なれば、たゝ常(つね)の御ありきの様(さま)にせさせ給(たま)ふ。御さきに火ともしばかりにて、御車(くるま)のしりにはゐんおはしませば、この殿ばらなどは歩(あゆ)み続(つゞ)かせ給ヘり。大蔵卿(おほくらきやう)・入道侍従(じじゆう)など、源しんあざりなど、大原の入道君など、よろづそむかせ給(たま)ひにしかど、又(また)いかでかはとて、つかうまつらせ給(たま)ふ。御先(さき)に僧ばかり先(さき)だてゝ、阿弥陀(あみだ)の聖(ひじり)の、なむあみだ仏と、くもくざうはるかに
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こゑうちあげたれば、さばかり悲(かな)しきことのもよほしなり。おはしましやらず、涙(なみだ)に御みどもすゝがせ給(たま)ふ。さらぬ折(をり)だに、此(こ)のひじりのこゑはいみじうこころ細(ぼそ)うあはれなるに、まして思(おも)ひ遣(や)るにいみじう。かかる有様(ありさま)は人(ひと)ちかにていみじきだになをいと悲(かな)しきに、よろづいみじく忍(しの)び給(たま)へれば、人(ひと)ごゑもせずみそかにおはしすぐる程(ほど)、一条(いちでう)の程(ほど)にてぞ、よろづれいの作法(さほふ)のことどもを、しをかせ給(たま)へり。それはそうもぞくもかずしらず参(まゐ)りこみて、えもいはずいかめしくて、いはかげといふ所(ところ)におはしまさせ給(たま)ふ。そうりうゐんの故宮のおはしますやはるかにみやられ、悲(かな)しさとり重(かさ)ねていみじう思(おぼ)し召(め)さる。ゐんの御(おん)心地(ここち)更(さら)におはしましやられず、悲(かな)しなどいふことは、さはこれにこそありけれと、あさましくいみじきこともあり<て思(おも)ひつるかひと、御そでのしづくも所(ところ)せきまで思(おぼ)し召(め)さる。宮(みや)の御供(とも)につかうまつれる人(ひと)此(こ)の度(たび)の御供(とも)に参(まゐ)りて、人(ひと)知(し)れず思(おも)ひける、そのよは人(ひと)にもいはで、のちに人(ひと)にかたりける、その人(ひと)としらず、
@夏(なつ)のよをわけしそのよもそでぬれきあきのくさばもつゆぞこぼるゝ W276。
とぞ覚(おぼ)えける。はかなきくも煙(けぶり)とならせ給(たま)ひぬ。殿(との)の御(お)前(まへ)も、此(こ)の頃(ごろ)御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましく思(おぼ)し召(め)されて、此(こ)の御をくりえせさせ給(たま)はで、いみじうぞ思(おぼ)しあかさせ給(たま)ふ。此(こ)の御供(とも)にも様々(さまざま)よろづこまかに推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせつゝ、ゐんはこ宮(みや)の御供(とも)にも、此(こ)の女御(にようご)の
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御をくりも、ひたゝけてあゆませ給(たま)ふこと、又(また)なきことになむおはしましける。それにつけても、やむごとなきことならましかば、宮(みや)の御供(とも)にも此(こ)の御折(をり)もおぼつかなさをぞ思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえまし。そが内(うち)にも此(こ)の度(たび)は、志(こころざし)の〔か〕ぎりは見(み)え奉(たてまつ)りぬめりと宣(のたま)はすれば、此(こ)の殿(との)原(ばら)も又(また)つかうまつるひも、女のさいはひとはこれをこそはいはめ。一生いくばくもあらぬに、世(よ)のなかのめでたきことにはたじやうてんわうとこそは申すめるに、かくおりたちて扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、いといみじく忝(かたじけな)く、めでたき御ことなりや。たゞ口(くち)惜(を)しきことは、姫宮(ひめみや)・若宮(わかみや)などの御有様(ありさま)はみはてさせ給(たま)はずなりぬることこそ、いみじきことなと申しおもふ程(ほど)に、夜(よ)もはかなく明(あ)け、事(こと)も果(は)てぬれば帰(かへ)らせ給(たま)ひぬ。此(こ)の殿(との)原(ばら)も、ゐんの御けしきの疎(おろ)かならぬを、誠(まこと)に女の御ことはかくぞかしとぞ、思(おぼ)し宣(のたま)はせける。尼上(あまうへ)も、月頃(ごろ)御こころほれて、はかなきくたものも聞(き)こし召(め)さで、きえいり<せさせ給(たま)へば、けつり火ばかりを御前(ごぜん)に置(お)きて、絶(た)えず勧(すゝ)め参(まゐ)らせける。今年(ことし)は此(こ)の女御(にようご)殿(どの)の御ことかかれす相撲(すまひ)もとまりぬべしとぞあめる。ゐんつれ<におぼさるゝまゝに、姫宮(ひめみや)の美(うつく)しうおはしますを御覧(ごらん)じて、年(とし)頃(ごろ)此(こ)の二(ふた)所(ところ)の御ことを、あらましことにのみうちかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)へるも、よろづに思(おぼ)し出(い)でて恋(こひ)しく、いみじく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふにも、涙(なみだ)のみこぼれさせ給(たま)へば、あはれなる
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や、いくばくもあるまじき世(よ)に本意(ほい)を遂(と)げでや止(ゝ)みなまし。今(いま)は何事(なにごと)もたが御ためとか思(おも)はん、たゞ此(こ)の姫宮(ひめみや)の御ことをこそはと思(おぼ)し召(め)すに、様々(さまざま)哀(あは)れにつきせず思(おぼ)し召(め)さるゝことを、みやは、殿(との)も、行末(ゆくすゑ)もはるかになへてならぬ御こころをきても、たゞひとゝころの御ゆかりにこそはありつれ。いまはいかゞはなど、よるはつゆ御殿(との)ごもられぬままに、よろづを思(おぼ)しつゞけておき明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。こぞの夏(なつ)は、みやの御方(かた)につけつゝ、さるべき殿(との)ばらけからひ給(たま)へり。又(また)此(こ)の頃(ごろ)は、理(ことわり)の御様(さま)なれば、世(よ)のなかの人(ひと)けざやかにえいみあらぬ様(さま)なめり。殿(との)の御(お)前(まへ)、ゐんを年(とし)頃(ごろ)大方(おほかた)にこそ思(おも)ひ聞(き)こえつれ。まめやかに思(おぼ)し召(め)したるがいと哀(あは)れにもと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひつゝ、みゆる御くたもの、度(たび)ごとに夜(よる)夜半(よなか)分(わ)かず奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御忌(いみ)に篭(こも)りたる僧どもに、さるべき精進(しやうじ)の物(もの)なにかと常(つね)に問(と)はせ給(たま)ふ。いひもていけばいつも同(おな)じことなり。かく真心(まごころ)に思(おぼ)し扱(あつか)はせ給(たま)ふこそ、いみじかりける御さいはひなりけれと、思(おぼ)し慰(なぐさ)めつゝぞ過(す)ぐさせ給(たま)ひける。堀河(ほりかは)の一の宮(みや)の御乳母(めのと)さへうせにしかいとど哀(あは)れに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、二宮は法師(ほふし)になし聞(き)こえさせ給(たま)はんと思(おぼ)して、醍醐(だいご)のざすは花山(くわさん)の院(ゐん)の御(み)子(こ)におはしませば、醍醐(だいご)にぞとき<通(かよ)はし聞(き)こえ給(たま)ひける。よろづこころのどかに思(おぼ)し残(のこ)させ給(たま)ふことなげなり。此(こ)の女御(にようご)の御ふく奉(たてまつ)りける日とて、人(ひと)のかたり侍(はべ)りし、誠(まこと)や、おぼつかなし。
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@わかれにしはるのかたみのふぢごろもたち重(かさ)ねきるわれぞ悲(かな)しき W277。
御法事は、七月十余(よ)日にぞ思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ふ。尼上(あまうへ)・殿(との)は、唯(ただ)ともかくもゐんの御こころにまかせ聞(き)こえ給(たま)へり。只今(ただいま)は内侍(ないし)のかみのこと、いかに<とおぼすらんに、静(しづ)ごころなくおぼさるらん。たゞこころにをきつゝも、ことどもかくべきにあらず。いまはほうぶくなどのことを急(いそ)がせ給(たま)ふべき。きぬなど只今(ただいま)いでき侍(はべ)りなんとすると申(まう)させ給(たま)ふ。よろづよりも、督(かん)の殿(との)、此(こ)のあかもかさ出(い)でさせ給(たま)ひて、いと苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)したりとて、殿(との)にはののしりたちて、いみじく思(おぼ)しあはてさせ給(たま)ふ。今年(ことし)はかうたゝならぬ人(ひと)、月立(た)たずなどして、皆(みな)ことどもあやまるなれば、いかに<おはしまさんと思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふも理(ことわり)。七月廿余(よ)日(にち)のことなれば、れいも此(こ)の頃(ごろ)は相撲(すまひ)にていとわりなきあつさなるに、折(をり)しもかくやませ給(たま)ふ、よにいみじきことにおぼされたり。東宮(とうぐう)・うちには、たゞけしきばかりにておこたらせ給(たま)ひてけり。此(こ)の督(かん)の殿(との)は、此(こ)の月などにこそはさおはしますべきに、いと<恐(おそ)ろしき御ことなりと歎(なげ)かせ給(たま)ふに、御もがさいと多(おほ)く出(い)でさせ給(たま)ひて、平(たひら)かにおはしませと、日頃(ひごろ)苦(くる)しうおぼされて、いとたえがたけなる御けしきになりつれど、晦日(つごもり)にはおこたらせ給(たま)ひぬれば、よに嬉(うれ)しきことに思(おぼ)しよろこびたり。されど又(また)程(ほど)もなければ、御湯(ゆ)などもなし。ときどき御もののけのけしきぞおはしますを、いとど恐(おそ)ろしきことに思(おぼ)し召(め)さる。
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ゐんは、女御(にようご)の御悩(なや)みの折(をり)、堀河(ほりかは)の大臣(おとど)の督(かん)の殿(との)の御産屋(うぶや)に必(かなら)ず参(まゐ)りて見(み)奉(たてまつ)らんとありしを、人(ひと)知(し)れず常(つね)に恐(おそ)ろしう思(おぼ)し出(い)でさせ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の北(きた)の方(か)も、月頃(ごろ)だにもおはせざりければ、折(をり)あしきかさをいかに<と、大納言(だいなごん)殿(どの)も思(おぼ)しなげき、中納言(ちゆうなごん)もいかにと思(おぼ)しつるに、月頃(ごろ)いみじう細(ほそ)り、ありし人(ひと)にもあらぬ御有様(ありさま)をぞ、いかに恐(おそ)ろしくて、様々(さまざま)の御祈(いの)りをしつくさせ給(たま)ふめる。督(かん)の殿(との)の御かさかれさせ給(たま)ひつれど、御もののけのけしきのいと恐(おそ)ろしくて、又(また)御湯(ゆ)もなし。斯(か)かる程(ほど)に月もたちぬ。此(こ)の月には必(かなら)ずおはしますべければ、いまや<とまち思(おぼ)し召(め)さるゝ程(ほど)に、二日の夕つかたよりいと悩(なや)ましう思(おぼ)し召(め)したれば、御修法・御読経かたがたの御祈(いの)りの僧(そう)、こころをあはせてこゑも惜(を)しまず囲繞(ゐねう)じ奉(たてまつ)る程(ほど)の、ゆすりあひかしがまし。殿(との)の御(お)前(まへ)まだしきに、いといたうなののしりそ。誠(まこと)の折(をり)にこそはと宣(のたま)はするものから、わが御心地(ここち)もいとあはただしげにおはします。白(しろ)き御具(ぐ)ども近(ちか)く取(と)り寄(よ)せ、女房(にようばう)達(たち)、し〔ろ〕き装束ども、里(さと)なるは取(と)り寄(よ)せなどして、よろづその程(ほど)の御用意(ようい)、いと限(かぎ)りなし。東宮(とうぐう)にも聞(き)こし召(め)して、御つかひどもひまなし。されど、そのよ過(す)ぐさせ給(たま)ひつ。又(また)の日まで悩(なや)ませ給(たま)ふ。御もののけどもかず知(し)らずいできて、ののしり騒(さわ)ぐ。各(おのおの)駆(か)り移(うつ)して、僧どもあづかり<にかぢしののしれと、かしがましくのみありて、つれなくおはします。東宮(とうぐう)、みやの大夫たち
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限(かぎ)りなくおぼつかなく思(おぼ)せどえ参(まゐ)らせ給(たま)はぬ程(ほど)ぞ、こころもとなくいみじうおぼされける。堀河(ほりかは)のおとど・女御(にようご)、さしつゞきてののしり給(たま)ふ様(さま)、いとうたて恐(おそ)ろしうあやにくなり。世(よ)の人(ひと)、家(いへ)のうちに残(のこ)りたらんや。交(ま)じらひせざらん人(ひと)こそは、女などは残(のこ)らめとみゆるまで、いといみじう。国々(くにぐに)のかみなどまで参(まゐ)りあつまりたり。大宮(おほみや)も、こなたに渡(わた)らせ給(たま)ひて、同(おな)じ御こころに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)など、えもいはずめでたき御なからひなり。年(とし)頃(ごろ)の人々(ひとびと)、いづかたにも睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)す限(かぎ)り、近(ちか)く候(さぶら)ひ聞(き)こえさす。東宮(とうぐう)より御つかひひまなし。日頃(ひごろ)は悩(なや)ませ給(たま)ひつれば、恐(おそ)ろしうてよろづの御調度(てうど)どもとり出(い)でて、御誦経(じゆぎやう)に運(はこ)び出(い)でさせ給(たま)ふ。ほとけにいみじからん御たからもの何(なに)にすべきぞと、理(ことわり)にみえさせ給(たま)ふ。内蔵(くら)の命婦(みやうぶ)いづれの御(お)前(まへ)達(たち)の御折(をり)も、まづものの上手(ず)につかうまつるに、まいてこたみを式部(しきぶ)のきみ若(わか)き人(ひと)なれば、うしろめたし。われこそはそのかはりもとり重(かさ)ねつかまつらめとよろづ急(いそ)ぎつかうまつる。いまや<と思(おぼ)し急(いそ)ぐに、こころよりほかのことは、かやうのことにこそあめれ。かへすがへすもこころもとなく思(おぼ)し召(め)す。ゐんにはのことども聞(き)こし召(め)して、堀河(ほりかは)のおとど、女御(にようご)やとさしつゞき、いと恐(おそ)ろしきけはひにおはすらんを、かへすがへすかたはらいたく苦(くる)しう思(おぼ)しやらせ給(たま)ふ。此(こ)のわたりにはさやうにおはしまさん、理(ことわり)なり。此(こ)の御折(をり)かかれば、殿(との)、いかにわれをもこころづきなくおぼすらんと思(おぼ)し召(め)す
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も、唯(ただ)なるよりはむつかしう思(おぼ)し召(め)さるゝにも、こと<”ならず、此(こ)の姫宮(ひめみや)・若宮(わかみや)などをおもふにこそ、かく苦(くる)しけれなどぞ、思(おぼ)し召(め)されける。はかなく過(す)ぐる月日につけても、もののみ哀(あは)れに思(おぼ)しつゞけらる。よろづよりも此(こ)の御ことのこころもとなきを、只今(ただいま)は世(よ)のなかにゆすりたり。御祓(はらへ)の音(おと)などのかしがましさいみじうて、つゆことの聞(き)こえやらず鳴(な)りあひてこそ、ののしらせ給(たま)ふめりしかとぞ。



栄花物語詳解巻二十六


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〔栄花物語巻第二十六〕 そわうの夢(ゆめ)
督(かん)の殿(との)に、いみじき御調度(てうど)ゞもを、御誦経(じゆぎやう)にと、残(のこ)りなくとりはらひ出(い)でさせ給(たま)ふ。世(よ)のなかの人(ひと)残(のこ)りあらじとみゆるまで、そこらのひろきとののうちひまもなし。あないみじとおぼす程(ほど)に、さるのときばかりに御(み)子(こ)むまれさせ給(たま)へる。あな嬉(うれ)し、いみじと思(おぼ)して、またのちの御ことをいかにと思(おぼ)せど、まづ何(なに)ぞと、内(うち)にも外(と)にもゆかしうおぼす程(ほど)に、男(をとこ)御(み)子(こ)にぞおはしましける。その程(ほど)、とのの御けしきより始(はじ)め、そこらのうちの人(ひと)思(おも)ひたる有様(ありさま)、たゞわが身一(ひと)つのよろこびに思(おも)ひたり。御かげにもかくれ奉(たてまつ)るべきそのとののうちの人(ひと)、ともかくも思(おぼ)し思(おも)はん、理(ことわり)いみじ。これは何(なに)のもののかずにもあらぬ怪(あや)しのしづのをさへ、ゑみまけ嬉(うれ)しげに思(おも)ひたる様(さま)、いへば疎(おろ)かにいま一(ひと)つの御ことにより、いまひとどよみののしりたる程(ほど)に、程(ほど)もなく平(たひら)かにせさせ給(たま)へれば、かきふせ奉(たてまつ)る程(ほど)、いみじうめでたし。大宮(おほみや)の御(お)前(まへ)、我御時、内(うち)・春宮(とうぐう)の御折(をり)は、何(なに)ともおぼされざりしかど、世(よ)のひゞきこそ、かやうにいみじかりしを、われはともかくも覚(おぼ)えざりしに、この御ことを御覧(ごらん)する
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かひありて、いと哀(あは)れにめでたうおぼされて、いまはあなたに心(こころ)安(やす)くわたり侍(はべ)りなんとて、寝殿(しんでん)にかへらせ給(たま)ふ程(ほど)など、いみじうめでたしや。この御なからひは、いづかたも珍(めづら)しけれど、あまり心(こころ)安(やす)くやと、人(ひと)は推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせたれど、これしもぞいみじう恥(は)づかしう、心(こころ)にくゝかはさせ給(たま)ふ。これを例(ためし)にすべきなりけりと見(み)えさせ給(たま)ふ。さて東宮(とうぐう)よりいつの程(ほど)かと見(み)ゆるまで、御剣(はかし)もて参(まゐ)りたる程(ほど)は、いみじういつしかと思(おぼ)し召(め)したり。申(まう)させ給(たま)へるにやと見(み)えたり。御つかひろく給(たま)はりて、まかつる程(ほど)などの、常(つね)のことながら、その折(をり)は、あなめでたと、あたらしう見(み)えたり。御湯(ゆ)殿(どの)、やがて今日(けふ)の内(うち)にことあるべければ、御文のはかせ召(め)し、弦打(つるうち)に、五位(ごゐ)十人(にん)・六位(ろくゐ)十人(にん)など召()して、むげに夜(よる)になりて、儀式(ぎしき)有様(ありさま)こまかならねど、思(おも)ひ遣(や)りてありぬべし。とのの御(お)前(まへ)は、若宮(わかみや)の御けぢかき程(ほど)に、慎(つつ)ましうおぼされて、少(すこ)し御屏風(びやうぶ)へだてある程(ほど)にて、あべい事ども、関白(くわんばく)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、さるべき殿(との)原(ばら)定(さだ)めさせ給(たま)ふ。御祓(はらへ)の吉平(よしひら)・守道(もりみち)など声(こゑ)も涸(か)れたりつる、皆(みな)禄(ろく)給(たま)ひて、世(よ)にめでたきけしきにて、皆(みな)まかでぬ。さて御産養(うぶやしなひ)は三日よは関白(くわんばく)殿(どの)せさせ給(たま)ふべう、五日よは入道(にふだう)殿(どの)。七日よは大宮(おほみや)せさせ給(たま)ふ。皆(みな)御定(さだ)めなり。関白(くわんばく)殿(どの)、かねての御用意(ようい)ありつることなれど、またにはかなる様(さま)に思(おぼ)し召(め)されて、急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ひて、いみじきことどもをきて宣(のたま)はす。しきしなどかねてすかせ給(たま)へれ
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ば、さやうのことは心(こころ)のどかなり。こもちの御(お)前(まへ)のものなどは、皆(みな)あべい様(さま)にし置(お)かせ給(たま)ひて、たゞものもるばかりの程(ほど)にあれども、なを心(こころ)あはただしうて、手をあがたせ給(たま)ふ。女房(にようばう)の白(しろ)き装束(さうぞく)ども、白(しろ)き衣(ゝぬ)一襲(ひとかさね)に、織物(おりもの)・うすものなどを表着(うはぎ)にて、裳(も)・唐衣(からぎぬ)えもいはぬ様々(さまざま)のものして、先々(さきざき)かかることよりは古(ふ)りにしかども、いまみゆる折(をり)には、珍(めづら)しうあざやかにみゆる、れいのことぞかし。督(かん)の殿(との)は更(さら)なりや、大宮(おほみや)の御方(かた)の女房(にようばう)さへ、曇(くもり)なうし渡(わた)されたるぞ、いみじき見物(みもの)なりける。若宮(わかみや)のまたの日の御湯(ゆ)殿(どの)の有様(ありさま)いみじうめでたきに、とのの御(お)前(まへ)、よに慎(つつ)まじげに思(おぼ)し召(め)して、御屏風(びやうぶ)のかみよりさしのぞかせ給(たま)へれば、若(わか)き人々(ひとびと)うちまきをあやにくにすれば、御そで几帳(きちやう)の程(ほど)もおかしく見(み)えさせ給(たま)ふに、こもちの御(お)前(まへ)、この御湯(ゆ)殿(どの)をゆかしう思(おぼ)し召(め)して、いはけなくたち出(い)でさせ給(たま)ひて、みやり奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、とのの御(お)前(まへ)はあな恐(おそ)ろし。たふれさせ給ふなど申(まう)させ給(たま)ふものから、哀(あは)れに美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)も、げにぞ理(ことわり)にめでたかりける。若宮(わかみや)の御湯(ゆ)殿(どの)はてゝ。御(お)前(まへ)にそゝくりふせ奉(たてまつ)りたるを、とのもろごゝろに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、督(かん)の殿(との)かくて侍(はべ)るをばいかゞおほすと聞(き)こえさせ給(たま)へば、とのいとめでたしとこそ見(み)奉(たてまつ)れと聞(き)こえさせ給(たま)へば、されど、それよな、え給(たま)ふまじき心地(ここち)し侍(はべ)る、いとわりなきぞと聞(き)こえさせ給(たま)へば、あなゆゝし。かくな宣(のたま)はせそと申(まう)さ
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せ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)あかゞさよりして、うちつゞき御もののけのゆゝしかりつれば、いみじうよはらせ給(たま)へるに、ものもつゆ聞(き)こし召(め)さず。御もののけその心地(ここち)おとなく皆(みな)人(ひと)たゆみたり。かつは恐(おそ)ろしと思(おぼ)し召(め)しながら、いとかばかりの御宿世(すくせ)なれば、誰(たれ)もたけう心(こころ)安(やす)くおぼされたり。日頃(ひごろ)御湯(ゆ)殿(どの)もなかりつれば、明日(あす)ぞ御湯(ゆ)殿(どの)あるべければ、明日(あす)にとくなれかし。ゆあみてさはやかにならんと宣(のたま)はす。御(お)前(まへ)にもそこらの人(ひと)いもねずかたみにおきつゝ、そのことゝなければ、よろづにつかうまつり明(あ)かす。関白(くわんばく)殿(どの)には、明日(あす)のことをいみじく急(いそ)がせ給(たま)ふに、よもあけぬれば、とのの御(お)前(まへ)よさりの御しつらひたち騒(さわ)ぎせさせ給(たま)ふ。御読経・御修法のそうにもなどこよひは少(すこ)しとをくのけさせしつらはせ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)うづもれたりしいけ・やりみづなども、きのふ皆(みな)はらはれて、心(こころ)ゆく様(さま)なり。よろづしつらひ急(いそ)がせ給(たま)ふ。きみみやの御湯(ゆ)殿(どの)も、今日(けふ)はとくなどそゝのかし仰(おほ)せらるゝに、たつのときばかりに、こもちの御(お)前(まへ)いたううちあくはせ給(たま)ひて、いと苦(くる)しげなる御けしきおはしますを、御(お)前(まへ)に候(さぶら)ふ人々(ひとびと)、いかに<と見(み)奉(たてまつ)りて、とのの御(お)前(まへ)にかくなど聞(き)こえさすれば、そうなどものけたれば、御もののけのするなめりとて、御どきやう、またさるべきそうども皆(みな)参(まゐ)りて、もろごゝろにいとおどろおとろしく、れいのもののけ、様々(さまざま)の人々(ひとびと)召(め)し出(い)でて、あるはそばよりさけびののしり出(い)でて、僧(そう)達(たち)皆(みな)辺(あた)り辺(あた)りにかぢすれ
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ば、れいのゆすりあひたる様(さま)も、どよみにたり。いたう日頃(ひごろ)よはらせ給(たま)へるに、御もののけのとりつき奉(たてまつ)りにければ、すべて御けしき殊(こと)の外(ほか)にて、ものもはか<”しく宣(のたま)はす。堀河(ほりかは)のおとど・女御(にようご)などの御霊すべてゆゝしきことどもをぞいひつづけののしり給(たま)ふ。御帳の外(と)に、御まくらのそばのかたにて、心誉僧都(そうづ)・権僧正などかぢ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御読経にもこゑよきそうどもの限(かぎ)りは、御(お)前(まへ)近(ちか)く候(さぶら)ひて、こゑも惜(を)しまず。またいづれのときにかと理(ことわり)にいみじ。御調度(てうど)ゞも残(のこ)るなう御読経とりにはこひ(い)でさせ給(たま)ひて、更(さら)にいとたえかたけなる御けしきにて、ひつじのときばかりになりぬ。あめさへいとうたてふれば、よろづなりあひたり。世(よ)の中(なか)には、限(かぎ)りにゆゆしうさへ申なれば、宮々(みやみや)の御つかひ頻(しき)りて、東宮(とうぐう)よりはた、暇(ひま)もなけれども、御かへりはか<”しく聞(き)こえさせ給(たま)はず。とのの御(お)前(まへ)御丁のうちに、ちごをするやうにつとそひふし給(たま)ひて、泣(な)く泣(な)くかかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。大方(おほかた)誰(たれ)も<ものおぼゆる人(ひと)なし。通(かよ)はせ給(たま)ふ。御こゑも、やがてうせもてゆくやうなり。あないみじ、心(こころ)うきわざかなと思(おぼ)しながら、よろづをつくさせ給(たま)ふ程(ほど)に、とりのときばかりに、すべてたゞかのこゑばかりよばらせ給(たま)ふに、そこらみちたる僧俗(そうぞく)上下、しるもしらぬもなく、願をたてぬかをつきののしる。えもいはぬものまで涙(なみだ)をながして、くわんをんと申(まう)さぬなく、たゞひたいにてをあてて、たちゐらいはいし奉(たてまつ)らぬなし。いまはかぢのこゑも聞(き)こえず、御読経の声(こゑ)も聞(き)こえず、
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くはんをんとのみ申しののしる一人(ひとり)が一こゑを申すだに、いかゞは験(しるし)おはするなるに、ましてそこらの人(ひと)の、同(おな)じ心(こころ)に一心にねんじ奉(たてまつ)る程(ほど)は、さりともとは見(み)えさせ給(たま)へ。されどすべて限(かぎ)りになりはてさせ給(たま)ひぬ。御年(とし)十九(じふく)。あないみじ、あさましと思(おぼ)し召(め)す。とのの御(お)前(まへ)は、やがてさし退(の)ひて、あさましくて臥(ふ)させ給(たま)ひぬ。主計助(かずへのすけ)守道(もりみち)、おはします対(たい)の上(うへ)に、御衣(じよ)を持(も)て上(のぼ)りて、よろづを申しつゞけまねき奉(たてまつ)る。すべて限(かぎ)りにおはしませば、大方(おほかた)、殿(との)原(ばら)、たゆむな<と、僧(そう)達(たち)をも頼(たの)もしういひ行(おこな)はせ給(たま)へば、そうも同(おな)じ人(ひと)なれば、泣(な)く泣(な)くいみじ、悲(かな)しとおもふ。くはんをん<と申しながらも、またいとなさけなう、ほとけをもうらみ申して、むけに心地(ここち)もたゆみたり。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、たゞこもちの御みに一(ひと)つにまろはれてふさせ給(たま)へり。女房(にようばう)どよみなきたるこゑ。せいすべきかたもなく、いみじくゆゝしとは、これをだにいはでは何事(なにごと)をかはと見(み)えたり。関白(くわんばく)殿(どの)・うちの大(おほ)殿(との)、泣(な)く泣(な)く参(まゐ)りよりて、よろづにかかへて御湯(ゆ)参(まゐ)らせ給(たま)へば、かへして聞(き)こし召(め)さず。あさましき御ことをばをきながら、かうおはしますことをまた騒(さわ)がせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)の産養(うぶやしなひ)のものどもは、さるのときばかりもてこみて、様々(さまざま)たちさまよへど、かかればいかにといふ人(ひと)もなし。まことのよしをだにえ申(まう)さぬ程(ほど)、さてこれをいかにせん<ともて候(さぶら)ふ。とののうち、親(した)しきは理(ことわり)なり。もののあはれをもしる
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まじきものども、涙(なみだ)をのごはぬなし。かくいふ程(ほど)に、いぬのときばかりになりぬれば、とのもいき出(い)でさせ給(たま)ひて、大方(おほかた)只今(ただいま)は御涙(なみだ)もいでやらず、あるにあらずおはします。世(よ)のはかなさ、これにつけても哀(あは)れにいみじ。一昨日(をととひ)男(をとこ)御(み)子(こ)むまれ給(たま)ひて、世(よ)ののしり、めでたし。うちまで聞(き)こし召(め)して、うらやましげに思(おぼ)し召(め)されたり。今日(けふ)かく思(おも)ひかけぬ夢(ゆめ)を御覧(ごらん)じて、さは心(こころ)うきわざかな。何事(なにごと)も常(つね)よはれいのことながら、なをこの御ことはすべてあさましういかなるものかくし奉(たてまつ)りつらんと、よろづにほとけかみもつらく、なさけなう覚(おぼ)え給(たま)ふ。あきのよといへど、人(ひと)のとかくねふるこそありけれ、やがてかくてあけぬ。暫(しば)し御まくらも何(なに)も同(おな)じおはしまさせつれど、よもへだてぬれば、いとあさましう思(おぼ)し召(め)しながら、御几帳(きちやう)・御屏風(びやうぶ)など様(さま)殊(こと)にたてさせ給ふなどして、とのの御(お)前(まへ)にも、御となぶらをとりよせて、近(ちか)うかかげて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いさゝかなき人(ひと)とも覚(おぼ)えさせ給(たま)はず、しろき御衣(ぞ)のうすらかなるひと重(かさ)ね奉(たてまつ)りて、また御おひもせさせ給(たま)へり。御ちはいと美(うつく)しげにおはしますが、いたう硬(こは)るまで膨(は)らせ給(たま)へれば、しろうまろにおかしげにてふさせ給(たま)へるに、御(み)髪(ぐし)のいとこちたう多(おほ)かるを、いとゆるにひきゆはせ給(たま)ひて、御まくらかみにうちをかれたる程(ほど)、いとおどろ<しう、ねさせ給(たま)へるやうなるを、とのの御(お)前(まへ)・上(うへ)の御(お)前(まへ)、いまぞ泣(な)かせ給(たま)ふ。若宮(わかみや)あながちに若(わか)ういはけなくて、幼(をさな)き
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御みの、いづちとてふり離(はな)れては、われらをすてゝおはしぬるぞや。いみじきおにかみなれど、人(ひと)の許(ゆる)さぬをばゐていかさんなるものを。かへし給(たま)へとなきまろばせ給(たま)ふに、御乳母(めのと)小式部(こしきぶ)のきみは、心(こころ)をばすてさせ給(たま)ひつるか。御供(とも)に参(まゐ)らん<となきののしる。年(とし)頃(ごろ)つかうまつりつる女房(にようばう)の、若(わか)きにつけて、こひ悲(かな)しみ申し、ねびたるはそなたにつけていひつゞけ、なきたるこゑども、げに<と聞(き)こえて、すべてたえがたく思(おも)ひて惑(まど)ふ人(ひと)多(おほ)かりき。あけぬれば、よしひら召(め)しに遣(つか)はしたれば、参(まゐ)りたり。さるべきことども、関白(くわんばく)殿(どの)泣(な)く泣(な)くとはせ給(たま)ふ。とのの御(お)前(まへ)、大方(おほた)ものも覚(おぼ)えさせたまはねば、筋(すぢ)なく覚(おぼ)えさせ給(たま)ふ。よしひらも涙(なみだ)にむせび、何事(なにごと)もすが<しうも申(まう)さで、かくてためらひ申す。今日(けふ)こそは、まづおさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべき日にて候(さぶら)ふめれ。さてもかくておはしますべきにあらねば、いづかたにかゐて奉(たてまつ)るべきとゝはせ給(たま)へば、法興院(ゐん)はよきかたに候ふめり。こよひほこゐんにおはしますべう申す。御さうぞうは、この月十五日と定(さだ)め申して、いはかげにせさせ給(たま)ふべきなどこまかなることも申しつるも、哀(あは)れに悲(かな)しき御ことどもにもねんじあへず、上(うへ)のころものそでもしぼるばかりなり。とのの御(お)前(まへ)にこのことどもくはしく申(まう)させ給(たま)へば、さは、よさりまれと仰(おほ)せ給(たま)ひて、まかつる程(ほど)、一昨日(をととひ)御はらへの験(しるし)あり、男(をとこ)御(み)子(こ)平(たひら)かにむまれ給(たま)へる、これにまさることは何事(なにごと)かはとて、ろく給(たま)ひてまかでし吉平(よしひら)とも覚(おぼ)えず、
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ただ一二日の程(ほど)にさは、かくこそありけれと、泣(な)く泣(な)くまかでぬ。日さしあがる程(ほど)に、よさりのことども申(まう)させ給(たま)ふ。若宮(わかみや)は、すなはちより寝殿(しんでん)にとをるわだ殿(どの)におはしまさせて、内蔵(くら)の命婦(みやうぶ)・とののせいじなどそひ奉(たてまつ)りて、あはのぜんしよりしげがめの、いまのだいにのむすめなる、それかねて仰(おほ)せごとありしかば、すなはち参(まゐ)りにし、御乳母(めのと)にて候(さぶら)ふ。とまれかうまれ大宮(おほみや)こそはとり扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふべけれど、ひつゐでなどえりてとなりけり。よさりは、とのの御車(くるま)に御さうぞくせさせ給(たま)ふ。れいの人(ひと)の御ありきにこたみはあるべけれど、またいと殊(こと)の外(ほか)なり。とのは、たゞふしまろひ泣(な)かせ給(たま)ふよりほかのことなし。理(ことわり)ながらも、いみじかりける。御思(おも)ひかなと見(み)えさせ給(たま)ふ。くれには、やがておさめ奉(たてまつ)りてこそは、御車(くるま)におはしますべけれ。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、御丁のうちにいらせ給(たま)ひて、泣(な)く泣(な)く見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくてうせさせ給(たま)へれば、むつかしう思(おぼ)し召(め)さるらんとて、小式部(こしきぶ)の乳母(めのと)、よろづにおりたちて、御湯(ゆ)殿(どの)せさせ奉(たてまつ)る。こたみばかりの御宮仕(みやづか)へと思(おも)ひつゝ、いひつゞけなく〔こ〕ゑぞいみじきや。上(うへ)の御(お)前(まへ)の、御みをさぐらせ給(たま)ふに、いとひやゝかにおはします。これはそはれいの人(ひと)にかはらせ給(たま)へることはありけれと、とのも上(うへ)も、われをすてゝはいつら<と、なきまつはせ給(たま)ふこと限(かぎ)りなし。御衣(ぞ)などきかへさせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。よろづいたし奉(たてまつ)らせ給(たま)程(ほど)ぞ、げにいみじきや。ひくれぬれば急(いそ)ぎたちて、いらせ給(たま)ふ
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べき儀式(ぎしき)もて参(まゐ)りたるも。。またどよみたり。さるべき人々(ひとびと)していれ奉(たてまつ)る。とのも上(うへ)も、めもくれてえみ奉(たてまつ)らせ給(たま)はず。いであなあさまし、ゆゝしとのみ同(おな)じことをぞくりかへしいはれける。さてひつきにいれ奉(たてまつ)りて、ふたかためなどし奉(たてまつ)る程(ほど)は思(おも)ひ遣(や)るべし。ほこゐんに上(うへ)の御(お)前(まへ)もと思めせど、それははたひん成へし。御さうぞうまでより、とのもかしこにおはしますべけれ、御(み)堂(だう)にかへらせ給(たま)ふべければとて、上(うへ)の御上(うへ)は、わが御(み)堂(だう)にぞ渡(わた)らせ給(たま)ふ。程(ほど)もとをからねど、さて、ひどもしどきになりぬと申せど、いかでかすが<しからん。かくならせ給(たま)ふことは、万寿二年八月、三日御ざありて、五日うせさせ給(たま)ひて、六日夕に法興院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ふなりける。御車(くるま)かきおろして、おはしますたいの南(みなみ)の東(ひがし)のかたより出(い)でさせ給(たま)ふべきなりけり。さて御車(くるま)にかきのせ奉(たてまつ)る程(ほど)、大方(おほかた)とのの御(お)前(まへ)ももの覚(おぼ)えさせ給(たま)はで、ふしまろばせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)・うちの大い殿(どの)などは、御わらうづといふものはかせ給ひながらこそ、たちおとり泣(な)かせ給(たま)ふ。参(まゐ)る女房(にようばう)も、とまる女房(にようばう)も、大方(おほかた殿(との)のうちの人(ひと)、もろこゑにののしりたるは、いとゆゝしう悲(かな)し。御車(くるま)は、四位(しゐ)・五位(ごゐ)つかうまつれる。とのの御(お)前(まへ)、御車(くるま)のしりにあゆませ給(たま)ふ、いと哀(あは)れに忝(かたじけな)く見(み)えさせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、あないみじや。ここらのなかをひき離(はな)れておはして、いかなるものの様(さま)すがたを見給(たま)はんと、なきこがれさせ給(たま)ふ。ほこゐんと、このとのととをからねど、とのの御(お)前(まへ)、おはしまし
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やらず惑(まど)はせ給(たま)へば、かたつかたの御ては関白(くわんばく)殿(どの)とらへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、かたつかたは三井寺(みゐでら)の僧都(そうづ)かかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御こしをばうちのおほい殿(どの)をし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。さるべき睦(むつ)まじき殿(との)原(ばら)、とのおはしませば、皆(みな)つかうまつり給(たま)へり。いみじきことは、山(やま)のざすのつえにかかりて、えあゆみやらて、泣(な)く泣(な)くつかうまつり給(たま)へる程(ほど)も、よろづ疎(おろ)かならず見(み)えたり。みちすがら哀(あは)れにいみじくて、おはしましぬ。ほこゐんのきたに、へたうぼうといふ屋に、御車(くるま)ながらかきおろしておはしまさせ給(たま)ふ。そのかたはらなる屋にぞ、とのはおはします。日頃(ひごろ)御几帳(きちや)・御屏風(びやうぶ)のへだゝりだになく、よろづに扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひつれど、限(かぎ)りあるわざなりければ、こと<”におはします程(ほど)、いみじく哀(あは)れに悲(かな)し。女房(にようばう)、おはしますやうに候(さぶら)ひて、よろづ御たいなどれいの作法(さほふ)に参(まゐ)りすへたり。とのの御(お)前(まへ)、御とのごもらぬまゝに、うちおはしましつる御車(くるま)のまへいたといふものにをしかかりて、何事(なにごと)にかあらん、うちなきて、泣(な)く泣(な)く宣(のたま)ひつゝあかさせ給(たま)ふ。そののち暁(あかつき)には懺法、よさりには御念仏と、さるべきそうにもぐしつゝ、御車(くるま)をまはらせ給(たま)ふ。おものなど聞(き)こし召(め)す御まかなひは、御乳母(めのと)小式部(こしきぶ)のきみ、泣(な)く泣(な)くつかうまつる。哀(あは)れに悲(かな)しきこと多(おほ)かり。よろづよりもとのの御(お)前(まへ)の、つゆ御たいも聞(き)こし召(め)さずよはらせ給(たま)ふを、いと恐(おそ)ろしきことに、かつは殿(との)原(ばら)も、宮々(みやみや)も歎(なげ)かせ給(たま)ふ。上(うへ)もわが御だうに渡(わた)らせ給(たま)ひて、何事(なにごと)をかはたゞ涙(なみだ)にしつみて過(す)ぐさせ給(たま)ひけり。
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東宮(とうぐう)中宮(ちゆうぐう)のだいぶたち参(まゐ)り給(たま)へれど、えのぼり給(たま)はず。とのの御有様(ありさま)を、誰(たれ)もうろしめたく歎(なげ)かせ給(たま)ふ。やまのゐの女御(にようご)殿(どの)は、さても月頃(ごろ)さばかり悩(なや)ませ給(たま)ひて、限(かぎ)り<と見(み)えさせ給(たま)ひつれば、理(ことわり)におはしますに、この御ことぞ、いとゆゆしう、思(おぼ)しもかけざりつることなるや。おも白きさくらのさきとゝのぼりたるか、にはかにかせに残(のこ)りなくちりぬ。何(なに)ぞいとよくにさせ給(たま)へる。世(よ)の中(なか)に、かかることはなきにしもあらず。それはとのの御いもうとの、ゐんの女御(にようご)と申しける。正月のかうしんに、とりなくまでおはしまして、暁(あかつき)に御けうそくにをしかからせ給(たま)ひて、やがてうせさせ給(たま)ひにけり。それはにはかにいみじきかたこそありけれ、人(ひと)の心(こころ)をつくし惑(まど)はしたるかたはなかりけり。これは月頃(ごろ)いみじうかず限(かぎ)りなき。御祈(いの)りいみじかりつる。御悩(なや)みもおこたらせ給(たま)ひて、めでたき男(をとこ)御(み)子(こ)むまれ給(たま)へる程(ほど)などは、かくあさましかるべしとは誰(たれ)かは思(おぼ)しかけつる。なをなをいといふかひなく、いみじや。若宮(わかみや)のいと美(うつく)しく、ものきらゝかにおほきやかにおはしますにつけても、大宮(おほみや)は、あさましう哀(あは)れに悲(かな)しき、かたみ、疎(おろ)かならず思(おぼ)し召(め)さる。東宮(とうぐう)には、思(おぼ)し嘆(なげ)くとも世(よ)の常(つね)なり。そのまゝのおぼつかなさをだに、さはれかくおはしますべかりけるに、いとけぢかかりし御たいめの日頃(ひごろ)の(ほど)なども、きのふ今日(けふ)の程(ほど)と思(おぼ)しいでられて、御涙(なみだ)もとどまらせ給(たま)はず。京極(きやうごく)殿(どの)にて、いづれの日ぞや、ふたあひの御衣(ぞ)に
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くれなゐの御袴(はかま)奉(たてまつ)りたりし、御むねのわたり、御ちの程(ほど)の様(さま)、つくり奉(たてまつ)りたらむやうに美(うつく)しかりしに、御ちのさきはうちあかみたるに、御をひの程(ほど)いとけざやかなりしなど、よろづに恋(こひ)しく、かのいかでかは夢(ゆめ)にさへさだかに見(み)え給(たま)はゞ、慰(なぐさ)むやうもありなんかしと、心(こころ)うく思(おぼ)し召(め)しいれたり。大宮(おほみや)、いと恐(おそ)ろしく思(おぼ)し召(め)して、御すほうなど、御祈(いの)りどもことをきて宣(のたま)はす。参(まゐ)りそめさせ給(たま)へりし折(をり)などは、我か年(とし)も若(わか)うもの恥(は)づかしう思(おぼ)し召(め)されしを、この年(とし)頃(ごろ)は、よろづうちとけ、心(こころ)おかしうあらまほしかりつる御なからひを、候ひつる女房(にようばう)までこひ聞(き)こえさせぬなし。督(かん)の殿(との)の女房(にようばう)は、やがて若宮(わかみや)の御方(かた)にと、大宮(おほみや)より仰(おほ)せごと給(たま)はす。それにつけても夢(ゆめ)の心地(ここち)すべし。ちごどもは、ゆやせなどいふものして、日頃(ひごろ)はやするものぞかし。若宮(わかみや)はやがてこえにこえさせ給(たま)へる。哀(あは)れにもの思(おぼ)ししる程(ほど)なりせば、かからましやはと見(み)えさせ給(たま)ふ。とのの御(お)前(まへ)は、世(よ)のなか〔を〕ふかくうきものに思(おぼ)し召(め)して、いまは里(さと)ずみ更(さら)に<。ふかうやまにすまんと宣(のたま)はせて、誠(まこと)の道心おこさせ給(たま)へり。御乳母(めのと)の男(をとこ)。はりまのかみやすみち、はかなきい〔を・く〕たもの、何(なに)ものもみゆるを、よるよなかわかず先先と運(はこ)び参(まゐ)らせしことのたえにたれば、哀(あは)れに悲(かな)しくいひつゞけこひ奉(たてまつ)る。とのの御(お)前(まへ)の今年(ことし)はつゝませ給(たま)ふべき御年(とし)なれば、御命(いのち)のびさせ給(たま)ふべきなめり。いとかかることを思(おぼ)し召(め)すはと、世(よ)の人(ひと)申し
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おもへり。世(よ)の固(かた)めにておはしませば、いづれのたみも、唯(ただ)とのの御命(いのち)こひをのみ申しおもへり。みんぶきやうなど参(まゐ)り給(たま)ひて、なを少(すこ)し思(おぼ)し慰(なぐさ)めさせ給(たま)へ。この御ことのみ世(よ)に始(はじ)めたることならずと聞(き)こえ慰(なぐさ)め給(たま)へば、さこそは思(おも)ひ給(たま)ふれ、かたへのえさらぬ人々(ひとびと)も多(おほ)くおはし侍(はべ)れば、命(いのち)はおしくこそ侍(はべ)れと、たゞぜひなう恋(こひ)しきにわび侍(はべ)るぞやと宣(のたま)はするには、誰(たれ)も<忍(しの)びあへ給(たま)はず、またなき給(たま)ひぬ。かくてうせ給(たま)ひぬる人(ひと)は、いとむつかしうおさるなるものをとて、やま<寺々(てらでら)のそうにゆあむさせ給(たま)ふ程(ほど)も、いとおどろおどろし。とのの御(お)前(まへ)思(おぼ)し召(め)しわびては
@かの世(よ)にはわれよりほかのおやゝあらんさてだにおもふ人(ひと)をきかばや W278。
小式部(こしきぶ)の乳母(めのと)、
@心(こころ)だに此(こ)の世にかなふものならばますらん様(さま)もゆきてみてまし W279。
これのみならず、また<もあるべし。うたは心(こころ)を述(の)ぶと言(い)ひてこそ、おかしきにも、めでたきにも、あはれなるにも、様々(さまざま)の人(ひと)のまづよみ給(たま)ふものなめればなるべし。」かくて十五日になりぬれば、。そのまた暁(あかつき)に検非違使(けんびゐし)ども召(め)して、京極(きやうごく)よりのぼらせ給(たま)ひて、一条(いちでう)よりにし様(さま)におはしますべく、みちつくりはらはすべきよし仰(おほ)せごと宣(のたま)はせて、いはかげには、よろづ運(はこ)びつかうまつるべきよしの仰(おほ)せごと宣(のたま)はすとても、御涙(なみだ)
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をのごひあへさせ給(たま)はずおほゝれ泣(な)かせ給(たま)へば、仰(おほ)せごとうけ給(たま)はる人々(ひとびと)のうちどもゝ。え忍(しの)びあへぬ様々(さまざま)なる。とのの御心(こころ)も、こたひばかりのことにこそあれ。いまはいみじうおもふとも、何事(なにごと)をかはつかうまつらんずると思(おぼ)し召(め)して、よろづをつくさせ給(たま)ふ。日のくるゝまゝに、法興院(ゐん)のうちののしり騒(さわ)ぎたり。有様(ありさま)哀(あは)れに悲(かな)し。御参(まゐ)りや、御座やなど、度々(たびたび)ののしりし御急(いそ)ぎの様(さま)にひきたがへ、悲(かな)しきこと限(かぎ)りなし。この殿(との)原(ばら)をば更(さら)に聞(き)こえさせずや、さるべき上達部(かんだちめ)皆(みな)参(まゐ)りこみ給(たま)ひて、さすがにえ座にはつき給(たま)はぬものから、さるべき所(ところ)にたちさまよひ、榑(くれ)・材木(ざいもく)の上(うへ)などにおはしならばせ給(たま)へり。あめふりて、日頃(ひごろ)むつかしげなりつるに、よるよりあめこまやかにふりていで、その人々(ひとびと)、しほとけたらんはさるものにて、とのを始(はじ)め奉(たてまつ)りて、いかでかあゆませ給(たま)はんずらんと、世(よ)のなかの簑(みの)・笠(かさ)
など、数(かず)を尽(つく)し騒(さわ)ぐ。さるのときばかりに、あめのやみそらはれて、かぜうちふき、みちなども唯(ただ)かはきにかはくに、いとめでたし。これにつけてもとのの御ありきは、昔(むかし)もいまも、なをいとふりがたきことに申しおもへり。あきの日はかなくてくれぬれば、みちの程(ほど)もいとはるかなり。またえすが<しうおはしましやらじとて、よしひら、ときはとりのときをよきときとて、そゝのかし申せば、せう<のことだにいかゞはある、ましてさばかりよそほしき御有様(ありさま)、いとど所(ところ)せけなり。さるべき四位(しゐ)・五位(ごゐ)・六位(ろくゐ)などの御供(とも)
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につかうまつる、さすがに緋(ひ)の装束(しやうぞくをしたるものから、上(うへ)にうたてげなるものをきたり。御車(くるま)につきたる人々(ひとびと)、御さきにひともしたる人(ひと)などすべて二三十人(にん)の程(ほど)の人(ひと)のさうぞくは、皆(みな)同(おな)じ様(さま)にしたり。とのの御(お)前(まへ)も、哀(あは)れに悲(かな)しう奉(たてまつ)りたる。御供(とも)の女房(にようばう)車(ぐるま)多(おほ)くもあらず、二(ふた)つぞ仕(つか)うまつりたる。それもからぎぬうるはしうきたるが上(うへ)に、またふぢのころもをきて、それも涙(なみだ)にしぼるばかりなり。御念仏の僧ども、山方(がた)・奈良方(ならがた)・さるべき所々(ところどころ)、かずしらずむれ参(まゐ)りこむ。月もくもりなくめでたし。何事(なにごと)もいみじうし整(ととの)へさせ給(たま)へり。世(よ)のなかの人(ひと)は、一条(いちでう)のおほちよりかくみちはらひおはします程(ほど)なども、世(よ)のなかの人(ひと)など、いみじき見ものに思(おも)ひたり。関白(くわんばく)殿(どの)は、御忌(いみ)の日にあたらせ給(たま)へれば、とまらせ給(たま)ひぬ。うちのおほい殿(どの)ぞおはします。それもなを、いま<しきことそかし。されどとのの御(お)前(まへ)のおはしますかうしろめたさにつかうまつり給ふなるべし。哀(あは)れに悲(かな)しとも疎(おろ)かなり。おはします程(ほど)の有様(ありさま)、いへば疎(おろ)かにいかめし。にしは大宮(おほみや)よりさしすき、東(ひがし)は京極(きやうごく)をきはにつゞきたちたるを、またおはしましつる法興院(ゐん)までぞ、なごりはつゞきたる程(ほど)を推(お)し量(はか)るべし。また世(よ)のなかを昔(むかし)見(み)たる女・翁(おきな)、またかかるまうなることみずなどぞ泣(な)く泣(な)く申しおもへる。年(とし)頃(ごろ)いみじきてんべんとてののしりつるは、げにむなしくやはありける。はるは皇后宮(くわうごうぐう)うせさせ給(たま)ひぬ。たちぬる月には、ゐんの女御(にようご)うせさせ給(たま)ふ。またかくおはしまし
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て、かく一てんがのゆすりたる、これこそはてんべんなりけれ。いまは何事(なにごと)のあるべきぞと見(み)えたり。おはしましつきぬれば、とのに年(とし)頃(ごろ)つかせ給(たま)ひて、睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)さるゝまゝに、いまのしなののかみやすより・おほいの頭(かみ)為職(ためもと)・備後(びんご)の前司(ぜんじ)きんのりなど、すべてたゞかやうの人(ひと)をぞ、よろづにさしあつけさせ給(たま)へれば、げに火水に入(い)れてつかうまつれど、さすがにしもしらざりけることにて、よふけとりもなきぬ。あさましう月のあかくめでたきに、そこらの人々(ひとびと)参(まゐ)りこみたるに、とのの御こゑの哀(あは)れに悲(かな)しきに、そこらの人(ひと)もえ忍(しの)びあへざりける。煙(けぶり)にてあがらせ給(たま)ふにも、やがてなびきて、いづれのくもとも御覧(ごらん)じわくべくもあらぬにも、御むねふたがりて、さだかにも御覧(ごらん)ぜられず。斯(か)かる程(ほど)に、ふなをかの南(みなみ)のかたに、火こそほのめきて、唯(た)ならずあはれなることぞみゆる。人々(ひとびと)みやりて、あはれ、かれみよや、はやまたかくもありけるはなど、みやり騒(さわ)ぐに、あるものの申すは、か〔ん〕のとのに、こ左衛門(さゑもん)とていみじうらうたきものにとりわき思(おぼ)したりしか、日頃(ひごろ)かれも煩(わづら)ひて参(まゐ)らざりしに、このうせさせ給(たま)ふ日ぞ、参(まゐ)りて見(み)奉(たてまつ)りて、まかてにけるまゝに、同(おな)じ日やがてうせにけるが、折(をり)しもこそあれ、こよひしもこのわたり近(ちか)うするなりけり。人々(ひとびと)あはれなりけるよしをいひおもへるに、女房(にようばう)車(ぐるま)も確(たし)かにとひきゝて、いみじう哀(あは)れにみやる。たかき短(みじか)きこよなき御有様(ありさま)にこそ、同(おな)じういふ
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べからねど、ことの様(さま)にてのぼる程(ほど)は見(み)えわかぬわざになんありける。殿(との)原(ばら)などのあはれがり宣(のたま)はするを、とのの御(お)前(まへ)にほの聞(き)こし召(め)して、あはれとふべかりけることにこそありけれ。ものなどをやるべかりけるものを、人(ひと)よりもあはれと思(おぼ)したりしかば、同(おな)じ所(ところ)にや参(まゐ)らんと思(おぼ)し召(め)すと悲(かな)しうて泣(な)く泣(な)く御覧(ごらん)じければ、ひのいとほのかにて、人(ひと)なども多(おほ)くも見(み)えず、有様(ありさま)の哀(あは)れに心(こころ)すごげなる。かへすがへすもあはれがらせ給(たま)ひて、法事(ほふじ)にだに必(かなら)ずもの遣(つか)はさんと思(おぼ)し召(め)しける。女房(にようばう)車(ぐるま)かへすがへす哀(あは)れにみやる。こよひの月はめでたきものといひをきたれど、誠(まこと)にあかきはいとありがたうのみありけるに、こよひの月ぞ、誠(まこと)にかくやひめのそらにのぼりけんそのよの月かくやと見(み)えたる。かぜさへすゞしくふきたるに、とき<このあたり近(ちか)う、あかぐものたちいづるは、わがきみの御有様(ありさま)とみゆるに、せんかたなく悲(かな)しかりける。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、御格子(かうし)を下(をろ)さで、やがて端(はし)におはしまして、「かの岩蔭(いはかげ)はいづ方(かた)ぞ」など、人(ひと)にとはせ給(たま)ひて、そなたざまにながめさせ給(たま)ふに、赤(あか)き雲の見(み)ゆれば、まづそれならんかしと、御衣(ぞ)の袖のみなら
ず、御身さへ流(なが)れさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は、こよひと聞(き)こし召(め)したることなれば、つゆまどろませ給(たま)はず、かの昔(むかし)のそわう夢(ゆめ)を思(おぼ)しあはせられて、あさましく思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。かやうにてやとぞ、人(ひと)申いはせける、
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@程(ほど)もなくくもとなりぬるきみなれば昔(むかし)の夢(ゆめ)の心地(ここち)こそすれ W280。
かへすがへすといへど、なを思(おぼ)しかけさせ給(たま)はざりつる御有様(ありさま)のみ心(こころ)うくて、よもあけぬれば、とのの御(お)前(まへ)にはこはたへと思(おぼ)し召(め)せど、さまではいかでかなど、人々(ひとびと)聞(き)こえさすれば、こはたへは別当(べつたう)僧都(そうづ)・はりまのかみやすみち、すべてさるべき人々(ひとびと)参(まゐ)りける。とのは、御(み)堂(だう)におはしまして、やがて上(うへ)の御方(かた)におはします。日頃(ひごろ)は、さてもこの御扱(あつか)ひにてすぎつれば、慰(なぐさ)むやうもありつるに、いまはかくぞかしと思(おぼ)し召(め)すに、むげに思(おぼ)しほれさせ給(たま)へれば、やまのざす参(まゐ)り給(たま)ひて、いみじく思(おぼ)し召(め)したることなれば、聞(き)こえさするにつけても心(こころ)幼(をさな)きやうに侍(はべ)れど、なをいかに思(おぼ)し召(め)しとらせ給(たま)へるぞ。今(いま)はとさまかうさまに思(おぼ)してこそ慰(なぐさ)めさせ給(たま)はめ。このよに御さいはひも、御心(こころ)をきても、とのの御やうに思(おぼ)し召(め)しをきつることにことたがはせ給(たま)はず、あひかなはせ給(たま)ふ人(ひと)はおはしましなんや。この卅年の程(ほど)は、更(さら)に思(おぼ)しむすぼゝるゝことなくて、過(す)ぐさせ給(たま)ひつるに、いかでかかること交(ま)じらせ給(たま)はざらん。このさば世界(せかい)は、苦楽にもなる所(ところ)とはしらせ給(たま)ひつらんものを、ほとけだにぼんぶにおはせしとき、たえがたきことをたえ、忍(しの)びがたきことをかく忍(しの)び給(たま)ひてこそ、ほとけにもなり給(たま)ふ。衆生(しゆじやう)をもわたし給(たま)へ。いまはこの御むすめひと所(ところ)をこそ、かつはいみじかりけるわがまうじやかな、ここらの年(とし)月の念仏やいたづらになりぬらんと、心(こころ)うく思(おぼ)し召(め)し、
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またをしかへしては、これいみじかりけるせんちしきかな、たのしみありて苦(くる)しみはありとのみしりたりつるを、悲(かな)しみも苦(くる)しみもともにしらせつる。よろづにかたがたに思(おぼ)しえて、真心(まごころ)にねぶつせさせ給(たま)はゞ、わが御ためのぜんちしきともなり、まうじやの御ためぼだひのたよりともならめ。年(とし)頃(ごろ)ごんじやとこそ見(み)奉(たてまつ)り侍(はべ)れと、あさましうはかなうおはしけりと、せけんの理(ことわり)を申しつくし給(たま)へば、いかゞは、さ思(おも)ひとりて侍(はべ)るや。されどそれがたゞ恋(こひ)しきなりと宣(のたま)はするまゝに、御目(め)より水晶(すいしやう)を貫(つらぬ)きたるやうに続(つゞ)きたる。御涙(なみだ)いみじうて、やまのざすもなき給(たま)ひぬ。御念仏の折(をり)ごとに、とのの御(お)前(まへ)、度(たび)ごとに申(まう)させ給(たま)ふに、御涙(なみだ)やがてつゞきたちたり。いと忝(かたじけな)う、なをよろしき程(ほど)に、けうし聞(き)こえさせ給(たま)へかしとのみ申す人々(ひとびと)多(おほ)かり。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)よりしげがめは、煩(わづら)ひてまかてにけり。そののちさぬきのかみなりつねがむすめの、宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)のこ産(う)みたる、大宮(おほみや)の御方(かた)のむらさき式部(しきぶ)かむすめのゑちごべ、左衛門(さゑもん)のかうの御(み)子(こ)産(う)みたる、それぞつかうまつりける。大宮(おほみや)の御方(かた)には、なをこの程(ほど)過(す)ぐさせ給(たま)ふべきなりけり。哀(あは)れに美(うつく)しう見(み)えさせ給(たま)へれば、つといだき扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)の御念仏、よひ暁(あかつき)もいみじうあはれなり。かのこ左衛門(さゑもん)よりは、のちにものなど遣(つか)はしたれば、左衛門(さゑもん)の内侍(ないし)、いと哀(あは)れに思(おも)ひけり。七日は御きやうほとけくやうせさせ給(たま)ふ。さるべき御くとくとも、度(たび)ことに御どきやうせさせ給(たま)ひけり。
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ゐんの女御(にようご)の御法事(ほふじ)、いと近(ちか)うなりぬれば、そのことども急(いそ)がせ給(たま)ふ。ゐんは、いまはとのにともかくも申すべきにあらず、何(なに)事もたゞこまかにせさせ給(たま)ふ。ほうぶくどもなど、日比急(いそ)がせ給(たま)ひてければ、皆(みな)いできにたり。そうせんなども、ほかにむつかしういふべきにあらず、よろづにましあひたるころこと繁(しげ)きにいとむつかし。さて唯(ただ)親(した)しきものどもにせさせんなど、殿(との)原(ばら)にも聞(き)こえさせ定(さだ)め給(たま)ひける。式部(しきぶ)卿(きやう)のみや・中務(なかつかさ)のみやなどさるべきこといはぬことなど、うらみ給(たま)ふめり。それにも聞(き)こえてんなど宣(のたま)はすれば、殿(との)原(ばら)、げにさることにて、候(さぶら)ふとて、皆(みな)各(おのおの)さるべきことどもつかうまつり給(たま)ふ。このつゐでにゐん宣(のたま)はす、この御ことを、その折(をり)は片時(かたとき)あんへうも覚(おぼ)えざりしかど、自(おの)づから程(ほど)ふれば、かくてものをもいひ、何(なに)かとおぼゆるわざにこそありけれと、われながらも心(こころ)うしや。さてもあさましうをくれ奉(たてまつ)りぬることゝ、ひたみちに悲(かな)しう覚(おぼ)えしを、此(こ)の頃(ごろ)の定(さだ)めにては、思(おも)ひ遣(や)らば誰(たれ)かは残(のこ)るべき。さればいかにも<かくてある折(をり)にをくれ奉(たてまつ)る、なか<いとよし。先(さき)だち奉(たてまつ)る世もあらましかば、いかに口(くち)惜(を)しう、哀(あは)れにうしろめたう覚(おぼ)え給(たま)はまし。とのの御志(こころざし)の程(ほど)も、かばかりなりけりとみれば、たゞいかにもいかにも志(こころざし)の限(かぎ)りつかうまつりぬへかんめるなん嬉(うれ)しき。たゞこの幼(をさな)き人々(ひとびと)の御有様(ありさま)どものえこそ、いみじう心(こころ)苦(ぐる)しけれ。こと<”をみんなど思(おも)は
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ばこそあらめ、この御ために疎(おろ)かなることも自(おの)づからいきなん。いまはたゞかくてあらんとおもへば、たらん程(ほど)限(かぎ)りはぐゝみ奉(たてまつ)りてなん。この幼(をさな)き人々(ひとびと)の御ことによりてこそ、内侍(ないし)のかみの御こともいみじうおぼゆれなど宣(のたま)はせても、心(こころ)よはけなる御けしきなり。またはれ、東宮(とうぐう)におぼすらんこといかにと、思(おも)ひ遣(や)り聞(き)こえさせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)もうち泣(な)かせ給(たま)ひて、それさることに候(さぶら)ふ。世(よ)のなか定(さだ)めなければ、げにおくれ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふやうも候(さぶら)ひなまし、いとおしう候(さぶら)ひなまし。女の御さいはひはたゞかからんぞほいにさるべき。そのよの御有様(ありさま)など、世(よ)の例(ためし)に忝(かたじけな)う侍(はべ)りきかし。とのもきき給(たま)ひて、いみじうこそ申し給(たま)ひしがなど聞(き)こえ給(たま)へば、ゐん東宮(とうぐう)には、一品(いつぽん)みやなむ参(まゐ)り給(たま)ふべかんなる。世(よ)には司召(つかさめし)すなるを、いで、それさもありぬべき御ことなれど、只今(ただいま)いつしかとさへ、人(ひと)のいひさだむるもけしからぬことなり。この度(たび)にも皆(みな)様々(さまざま)いふなり。それにてしりぬ。まいてともかくも人(ひと)の申すなど宣(のたま)はすれば、殿(との)原(ばら)、いとものくるをしきことにこそ侍(はべ)れ。よろづ誰(たれ)<とありとも、とのの御心(こころ)よりほかにあへいことにも侍(はべ)らぬに、ただいまはよろづおぼされず、ひたみちに悲(かな)しさを思(おぼ)したるに、かくよに人(ひと)のものいひ、推(お)し量(はか)りことの、いと殊(こと)の外(ほか)に心(こころ)づきなう候(さぶら)ふなりと申し給(たま)へば、さても一品(いつぽん)みやは、ちごにてほの見(み)奉(たてまつ)りにしか、いみじく美(うつく)しう見(み)えさせ給(たま)ひしを、ましていかに
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おいならせ給(たま)ひつらん。さても見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふやと宣(のたま)はすれば、御心(こころ)と見(み)えさせ給(たま)ふことは更(さら)に候(さぶら)はず。ふいにほの見(み)奉(たてまつ)る折(をり)も侍(はべ)り。いといとうつくしうこそおはしませ。御ぐしのかかりさま・やうだい・御こゑけはひなどしも、世になべては見(み)え聞(きこ)え侍(はべ)らず、あいぎやうづき、あてにおかしう、美(うつく)しき御有様(ありさま)にこそ、御かほなどはえみ奉(たてまつ)らねどと申し給(たま)へば、さおはすらん。ちごながらもいみじうみまほしかりし御有様(ありさま)ぞや。さても御たけいくらばかりと宣(のたま)へば、四しやくの御几帳(きちやう)に今(いま)少(すこ)しをよばせ給(たま)はぬとぞ、見(み)えさせ給(たま)ふと申(まう)させ給(たま)へば、哀(あは)れに故院(ゐん)のいみじうし奉(たてまつ)らせ給(たま)はんと思(おぼ)したりしものを、おはしまさまじかは、さりともこよながらまし。さやうに参(まゐ)り給(たま)ひて、おもふ様(さま)におはせば、いかに嬉(うれ)しからん。あさましうゐんの御なごりなき、いとおしきに、人(ひと)のすることにもあらず、わが心(こころ)とかくてあるとは思(おも)ひながら、いとものぐるおしきことぞかしと宣(のたま)はすれば、只今(ただいま)いとよろづにまた幼(をさな)くおはしますめり。げにこそゐんのおはしまさねば、心(こころ)うく(くち)惜(を)しう。されども、との、いかでなをこの御ことをしたてんとふかく思(おぼ)したり。誰(たれ)も、世(よ)のとまり侍(はべ)りなば。ともかくも侍(はべ)りなんと申し給(たま)へば、またうち大(おほ)殿(との)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)なん、東宮(とうぐう)にはといふなめり。それもさるべきことに候(さぶら)ふぞかし。おとどはいかでと思(おも)ひ給(たま)ふらん。さりとも御心(こころ)にこそ候(さぶら)ふらめと申し給(たま)へば、とのをいづれ
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とも思(おぼ)しすつべきことかは。げにさるべきことに侍(はべ)れど、ことのつゐでごとには、いまはたゞ姫宮(ひめみや)の御ことをのみなんおもふとこそ侍(はべ)るめれ。東宮(とうぐう)とかたまりて皆(みな)おはしましつればこそ、いかゞと見(み)奉(たてまつ)れ。いまはりあたりたることにてこそはと聞(き)こえ給(たま)へば、更(さら)に何事(なにごと)にもつかうまつらんとおもふに、いま<しきことのみあると口(くち)惜(を)しきやと宣(のたま)はすれば、只今(ただいま)のことのやうにも仰(おほ)せらるゝかなと、うちほゞゑみ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)、うちのおとどはこの東宮(とうぐう)のたいの宮(みや)をなんさやうにとこそは、すなはちより世(よ)には申すめれ。さればいかゞ思(おぼ)し定(さだ)めさせ給(たま)ふと申し給(たま)へば、かれは、こみやのおはしましゝ折(をり)、さやうにはかのおとども申(まう)さるかときゝ、またみやもさもやと思(おぼ)し召(め)したりしに、あさましう月頃(ごろ)悩(なや)み給(たま)ひしかば、何事(なにごと)もえ思(おぼ)し立(た)たずなりにしにやとなん見(み)えしと宣(のたま)へば、それはさていかがはおぼすと聞(き)こえ給(たま)へば、心(こころ)におもふやうは、さてものせさせ給(たま)はんもあえなん。女はいみじう仰(おほ)せどたかきも短(みじか)きも。怪(あや)しうのみこそ人(ひと)は申し思(おも)ひたんめれ。また唯(ただ)にては斎院(ゐん)などにこそはゐ給(たま)はめ。それめでたきことなれど、つみふかしといふことを、いとうきことに思(おぼ)したりしかば、心(こころ)苦(ぐる)しうこそはあらめ。くぬしまより始(はじ)め、さるべき所々(ところどころ)。多(おほ)くもたせ給(たま)へるみやなり。それをよき御後見(うしろみ)などあらば、いとめ安(やす)くこそあらめ。かのおとどはいみじうたはしうて、こ北(きた)の方(かた)うせし程(ほど)にも便(びん)なき
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ことども聞(き)こえしやなど宣(のたま)はすれば、げにさることども侍(はべ)るなど聞(き)こえ給(たま)へば、ゐんも、またあるぜちには御むすめのきみをなん。かのおとどにもと宣(のたま)ふと聞(き)こゆるはと宣(のたま)はすれば、東宮(とうぐう)大夫こそさやうに申すなれと、かのおとどもさしてさやうにものせらるゝことも侍(はべ)らず。またこのむすめもまたいと幼(をさな)う侍(はべ)れば、何事(なにごと)も思(おも)ひ給(たま)へかけずなん。そのうちに、はゝのよとゝもにあつしう侍(はべ)りめれば、それいと<おしきことに侍(はべ)る。をやなから人(ひと)の、何事(なにごと)もさやうにはまたいとたえぬこと多(おほ)かりぬべきわざにこそはべめれなど聞(き)こえ給(たま)ひて、何事(なにごと)にか、御(み)堂(だう)に召(め)しければとて、うちつゞきいで給(たま)ひぬ。御(み)堂(だう)にはなどかいとひさしうはとて、かの御法事はいと近(ちか)うなりぬらんをいかゞ定(さだ)められたると宣(のたま)はすれば、この廿日の程(ほど)となん候(さぶら)ふと申し給(たま)へば、日頃(ひごろ)経(へ)ば、何事(なにごと)も覚(おぼ)えねばなん、参(まゐ)るべけれと参(まゐ)りてもべちにゐたらんか、いときやう<なればなん、こまかなることどもをば、えをきてつかうまつらずやとて、様々(さまざま)のものいと多(おほ)く奉(たてまつ)らせ給(たま)ふよしの御消息(せうそく)申(まう)させ給(たま)ふ。そのつゐでに、せけんいと心(こころ)細(ぼそ)ければ、かかる里(さと)ずみせじと思(おも)ひなりにてなんと宣(のたま)はするまゝに、涙(なみだ)うかせ給(たま)ふに、殿(との)原(ばら)もえたえ給(たま)はず。とのの御(お)前(まへ)、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)のあかゞさののち、なごりやみこそいとおしうきけ。いかゞあると宣(のたま)はすれば、けしう侍(はべ)らざなり。かの大納言(だいなごん)静(しづ)ごゝろなう騒(さわ)ぎまどひし、やめられたりとなんうけ給(たま)はる。
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きのふは、かのひめ君やより悩(なや)ましうし侍(はべ)れと聞(き)こえ給(たま)へば、それもこのあかゞさなんなど宣(のたま)はすれば、さ侍(はべ)るなりと聞(き)こえ給(たま)へば、唯(ただ)にもあらぬ人(ひと)の、だいじにもあなるかなとて、御とぶらひに人(ひと)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。このとのばらまかて給(たま)ひぬ。ゐんに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、ことの有様(ありさま)ども申し給(たま)ふ、尼上(あまうへ)の御消息(せうそこ)聞(き)こえ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)には、大納言(だいなごん)、かしこまりうけ給(たま)ひぬ。日頃(ひごろ)、この中納言(ちゆうなごん)のいと苦(くる)しげにものし給(たま)へるに見給(たま)ひ扱(あつか)ひつるに、おこたりてものし給(たま)へば、みだり心地(ごこち)少(すこ)しのとめ思(おも)ひ給(たま)ふる程(ほど)に、きのふより心(こころ)に侍(はべ)る人(ひと)の、いとおもく煩(わづら)ひはべめるも、しつ心(こころ)なう見給(たま)へ扱(あつか)ひ侍(はべ)るに、そかうちにもただにもあらず、月頃(ごろ)をあさましうなやまじげにてのみ少(すこ)し侍(はべ)りつるに、又(また)かく侍(はべ)れば、何事(なにごと)も思(おも)ひ給(たま)へられずなん。さても他人(ことひと)はよろしうのみこそ侍(はべ)るなれ。こはやがて苦(くる)しげにものし給(たま)ふめれば、むねふたがりてなん思(おも)ひ給(たま)へらるゝと申し給(たま)へれば、いみじういとおしきことかなと、またたちかへり御消息(せうそこ)聞(き)こえさせ給(たま)ふ。ゐんにはやがて御法事(ほふじ)、山(やま)の井(ゐ)にてせさせ給(たま)ひける疎(おろ)かならぬ程(ほど)、推(お)し量(はか)り聞(き)こえさすべし。関白(くわんばく)殿(どの)・内大臣(ないだいじん)殿(どの)より、そうせん、さるべきとも聞(き)こえさせ給(たま)へり。日頃(ひごろ)ゐんがたの限(かぎ)りとのみ、何事(なにごと)も思(おぼ)し定(さだ)めさせ給(たま)ふに、いまになりてかかることどものあれば、いとどそうのふせどもかずまさりことどもあるべし。そうどもいとおどろ<しうてまかて給(たま)ふめりき。かの大納言(だいなごん)、れいおはする
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所(ところ)にもあらで、此(こ)の頃(ごろ)は、なか御門(みかど)に、いまのひごのかみむねみつが家(いへ)こそすみ給(たま)へ。程(ほど)などもせばき所(ところ)にていと騒(さわ)がしげなりとぞ。



栄花物語詳解巻二十七


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〔栄花物語巻第二十七〕 衣珠
ゐんの女御(にようご)・督(かん)/の-殿(との)の御ことのあさましうあはれ/なる/は、今年(ことし)/の\あき/は、さがののはなも口(くち)-惜(を)しきにほひなり。れいは宮々(みやみや)の前栽(せんざい)\ほり、はなみる人(ひと)多(おほ)かれ/ばこそ、自(おの)づからおかしきこともあれ、哀(あは)れ/にて過(す)ぎもてゆけ/ば、読人(よみびと)知(し)ら/ず、
@人(ひと)-しれ/ず\心(こころ)を/のみ/ぞ野辺(のべ)/に\やる\はなみんひまもなきあきなれば W281。
\かへし、これもおぼつかなし、
@このあきはさがののはなもかひぞなききみ一人(ひとり)こそ心(こころ)ゆきけれ W282。
/など誰(たれ)もしらぬことども、世(よ)/にはあべけれ/ど、\多(おほ)くはかかず。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/は、\いまは御(おん)-心地(ここち)をこたらせ給(たま)へ/ど、上(うへ)の御有様(ありさま)のいみじき/に、われ平(たひら)かにをこたりにけんこともくやしうおぼさ/る。このあきかさはさるもの/にて、御ものゝけ/の\いみじけれ/ど、こ/の\御心地(ち)
/の\なごり/も\恐(おそ)ろしけれ/ば、かぢなども\参(まゐ)ら/ぬ程(ほど)/に、いとど御もののけはこはくなりまさり/けれ/ば、よはりまさり給(たま)ふ。大納言(だいなごん)-殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/も、よろづ\思(おぼ)し-あはて/たる/に、いみじう心(こころ)苦(ぐる)しう。よろづ/より/も\おほきこのかた/は、この年(とし)-頃(ごろ)/より、正月にはちご
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/の\御きぬや何(なに)/や/と、あらましことをしあつめ給(たま)ふ/に、かく\唯(ただ)/にもおはせでや月ばかりになり給(たま)へ/ば、残(のこ)りの月日を心(こころ)もとなくおぼす程(ほど)/に、かくいみじき御有様(ありさま)を、いかにと\思(おぼ)し-あはする程(ほど)、理(ことわり)にいとおしげなり。御(み)-堂(だう)よりも御つかひ頻(しき)り/にあり、八月廿-余(よ)-日(にち)/の\程(ほど)/なり。猶(なを)\まかせ/て/のみ\あ/べい\事/なら/ね/ば、すほう始(はじ)めさせ給(たま)ひ/て、数多(あまた)せさせ給(たま)ふ。様々(さまざま)御どきやうこゑ<さしあひののしれ/ど、いとたえがたけなる御有様(ありさま)/なれ/ば、大納言(だいなごん)、何事(なにごと)をし残(のこ)さ/んとおぼさず。たゞわが御みにかへんと\思(おぼ)し-惑(まど)へ/ど、それ/に\よる/べき\ことならばこそあら/め、また仏師どもを二三十人(にん)召(め)しあつめて、きぬどもとりいださせ給(たま)ひ/て、等身のほとけたちをかず知(し)ら/ず\あらはさせ給(たま)ふ。よろづの御願・祈(いの)り-ども/の\料(れう)/に、たゞ\か/の\御具(ぐ)-ども/を\とり-おか/せ\給(たま)ふ、何(なに)ゝす/べきもの/と、御誦経(じゆぎやう)にしつくさせ給(た)ふ\程(ほど)、この御具(ぐ)-ども\皆(みな)せさせ給(たま)ふ/に、中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/の、これ/なむ、わがいみじとおもへるものどもとて、御剣(はかし)・鞍(くら)/と/を\取(と)り-出(い)で/て、仏師に給(たま)ふ程(ほど)/など、\仏師どもゝ哀(あは)れ/に悲(かな)しく思(おも)ひ/て、まどひかき奉(たてまつ)る程(ほど)/に、廿六日のひるまにいみじう惑(まど)は/せ給(たま)へ/ば、しるしらぬ多(おほ)くのそうども、なり-かかりかぢ\参(まゐ)る程(ほど)/に、ちごむまれ給(たま)ひ/ぬ。あな嬉(うれ)しと\思(おぼ)し/て、いつしかまづ見(み)奉(たてまつ)り給(たま)へ/ば、誠(まこと)/の程(ほど)にてむまれ給(たま)へる子のやうにて、いみじうおほきにいかめしき男君(をとこぎみ)にて、やがてなくなりてむまれ給(たま)へるを、見つけ給(たま)へる\おほ北(きた)の方(かた)の御(おん)-心地(ここち)、いかゞ
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/は\ある。大納言(だいなごん)-殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、その御有様(ありさま)いみじう\思(おぼ)し/て、御心(こころ)もほれまどひ/て、いとど\もの\覚(おぼ)え\給(たま)はず。こもちの御心(こころ)/も\もの\覚(おぼ)え\給(たま)は/ね/ど、ちごはいかゞと宣(のたま)へばいと美(うつく)しうおはす/と、ありがほに聞(き)こえなして、ことかたにゐて奉(たてまつ)りぬ。さてかきふせ奉(たてまつ)り/て、御湯(ゆ)/を\参(まゐ)る/に、ちごをおもへばなりとて、つゆにてものみいれ給(たま)ふにつけ/て/も、見(み)奉(たてまつ)る人々(ひとびと)、心(こころ)うしと\思(おぼ)し-まどひて、おほ北(きた)の方(かた)もの騒(さわ)がしけれ/ど、\やがてあまにならせ給(たま)ひ/ぬ。この上(うへ)、なを\更(さら)/に頼(たの)み聞(き)こゆべきやうも見(み)え給(たま)はず。限(かぎ)り<と見(み)えさせ給(たま)ふ/に、いと哀(あは)れ/に心(こころ)うし。大納言(だいなごん)-殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/も、はいよりはいより、この若君(わかぎみ)を、うちみ<なき給(たま)ふ。さてこの御(おん)-心地(ここち)いみじけれ/ど、\ほとけかみを頼(たの)み奉(たてまつ)り/て、過(す)ぐし給(たま)ふ\程(ほど)/に、廿九日、いとど今日(けふ)にこそと見(み)えさせ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)すべてものを宣(のたま)は/ぬ/に、との・上(うへ)につかうまつらでやみぬるこそ\心(こころ)うけれ。われこそをくれ奉(たてまつ)らましか、いかにおぼさんずらんとばかり宣(のたま)へ/ば、やゝ、いかにおぼさ/るゝぞ/と、大納言(だいなごん)-殿(どの)もはゝ北(きた)の方(かた)/も\つととらへ奉(たてまつ)り/て、ものも\覚(おぼ)え\給(たま)はぬ程(ほど)/に、やがて限(かぎ)りになり給(たま)ひ/ぬ。さはこれこそ限(かぎ)りの御こと/なり/けれ/と、ゞよみなきののしり、うちにもと/に/も\そこらみちたる人(ひと)はいでいり/も\せ/ず、大納言(だいなごん)-殿(どの)いひつゞけなき給(たま)ふ\御こゑ/に、ある限(かぎ)りの人(ひと)、涙(なみだ)をながしてたちこみたり。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、めづらかになきののしり給(たま)ふ。すべて心(こころ)うし。そう/など/のさいつ-頃(ごろ)
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\督(かん)/の-殿(との)の御折(をり)に\参(まゐ)りたりし/など/は、\これをよにいみじきことに思(おも)ひ/し/に、いといみじうあさまし。御(み)-堂(だう)/より/も、たかづかさ-殿(どの)/より/も、\中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/の御有様(ありさま)/の、いとおしくおぼつかなきまゝ/に、御つかひ頻(しき)り/なれどききいるゝ人(ひと)もなし。御(み)-堂(だう)にはかくときかせ給(たま)ひ/て、、哀(あは)れ/に悲(かな)しく、わが御有様(ありさま)を\思(おぼ)し-あはせて、大納言(だいなごん)-殿(どの)いかに思(おも)ひ\給(たま)ふ/らん/と\いみじう\おぼさ/れて、御とき参(まゐ)らせ/たれ/ど、聞(き)こし召(め)さ/ず、うちなきておはします。大納言(だいなごん)-殿(どの)/に/は、\またふたつとりかへある御有様(ありさま)にもあら/ず、たゞこの上(うへ)ひとゝころこそおはしましつれ。かかれ/ば、とのも北(きた)の方(かた)/も、いかゞもの\覚(おぼ)え\給(たま)はん。日もくれぬれ/ば、世(よ)/のひゞきもをともせず。大納言(だいなごん)-殿(どの)いひつゞけてなき給(たま)ふ\御こゑ、きく人(ひと)もつゆまどろまれず。あはれ、年(とし)-頃(ごろ)若君(わかぎみ)を懐(ふところ)にて\思(おぼ)し-たて/ゝ、いつ/とて/は、いまなん出てまかるとて、御あたりのちり/も\うちはらひ、御衣(ぞ)/をひきなをし、いる/とて/は、いまなんまかりかへるとて、今日(けふ)は世(よ)/のなかになでうこと侍(はべ)りつ。何(なに)やかやときくこと/を/ば\まづきかせ奉(たてまつ)らんと思(おも)ひて、ほとけなどをおがみ奉(たてまつ)ら/ん\やう/に\思(おも)ひかしづき/て、懐(ふところ)離(はな)れ給(たま)ひ/て、この五年ばかりなり。こ/の\屋/に\奉(たてまつ)りてのち/ぞ、かくておはしつるぞかし。子なくなしたるたぐひ多(おほ)かれ/ど、\それはとりかへもあり、残(のこ)りをもみて慰(なぐさ)むらん。わがやうにあさましうゆゆしきことはあらじかし。いかなりけんとさきのよ/に、人(ひと)のたねをたち、おもふ人(ひと)のなかをさけゝむ。ちごぎみを/だに、平(たひら)かにえさせ
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/てぞうせ給(たま)はまじ。何(なに)ゝつけ/て/か、暫(しば)しも思(おも)ひ慰(なぐさ)めんとすらん。こゝらあらはし奉(たてまつ)りつるほとけ、われをこよひのうち/に、かのおはすらんかたにゐておはせと惑(まど)は/せ給(たま)ふ。はゝ北(きた)の方(かた)/も、\すべて日頃(ひごろ)いみじう\泣(な)か/せ\給(たま)へ/る\人(ひと)/の、いとどものも\覚(おぼ)え/できえいりてぞおはする。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、ながきよ一夜(ひとよ)\思(おぼ)し-残(のこ)すことなく、わがしぬべかりけるかはり/に/こそ\あ/めれ/と、\思(おぼ)し-やらんかたなきまゝ/に、わがみ一(ひと)つ/を、となしかくなし\思(おぼ)し-まとふ。はかなくよもあけぬれ/ば、さりとてのみやはとて、おんやうじ\召(め)してことどもとはせ給(たま)ふ。とかく世(よ)/の常(つね)のさまにうらなひ奉(たてまつ)らんこと/は\いとおしく\おぼさ/れて、たゞさべくおさめ奉(たてまつ)らんとぞ\おぼさ/れける。さればそのまゝに宣(のたま)はすれ/ば、九月十五日のよ/ぞ\ほうしやうじ/に\ゐ/て\奉(たてまつ)り/て、その月の廿七日におさめ奉(たてまつ)るべう聞(き)こゆ。これを聞(き)こし召(め)す/に/も、\すべてこのよのこと-ども\おぼさ/れず。ここらの日頃(ひごろ)いもねてつかうまつりあはてつる人々(ひとびと)/の、うち休(やす)む/べき、はたほけてのみみゆ。みなさるべき人々(ひとびと)ものき/て、御屏風(びやうぶ)/など/のたてさま、れいにかはり/て、哀(あは)れ/に\おさまじく、悲(かな)しうゆゝし。され/ど、大方(おほかた)はかはらぬことども/なれ/ば、やや、こはいかにとのみこそおほめかせ給(たま)へ。やう<日頃(ひごろ)になるまゝ/に、中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、哀(あは)れ/に恋(こひ)しく悲(かな)し/と/も\世(よ)/の常(つね)に\おぼさ/れて、文集の文を\思(おぼ)し-あはせらる。李夫人の有様(ありさま)/も\かやうにこそはとおぼさ/れ/て、@@35 ともしび/を\そむきかべ
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/を\へだてゝかたらふこともえず。いづこ/ぞ\しばらくきたりてはやくあひみることをもくせ/ん、心(こころ)をいたますこと一人(ひとり)武皇帝のみにあらず。いにしへよりいまにいたるまで\また多(おほ)くかく/の/如(ごと)し [かな:ともしび/を\そむき\かべ/を\へだて/て\かたらふ\こと/も\え/ず、\いづこ/ぞ\しばらく\きたり/て\はやく\あひ-みる\こと/を\もくせ/む、\心(こころ)/を\いたます\こと\ひとり\ぶくわうてい/のみ/に\あら/ず。\いにしへ/より\いま/に\いたる/まで\また\おほく\かく/の/如(ごと)し] B35/と\\思(おぼ)し-つゞけて、侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)の姫君(ひめぎみ)の御折(をり)、いみじと思(おも)ひ/しか/ど、それはいと若(わか)くて、なか<もののおほえ/て、はかなきことにも慰(なぐさ)み-聞(き)こゆれ/ば、大方(おほかた)あへう\おぼさ/れずや。よしなくふみうちかき、内(うち)-辺(わた)りの宿直(とのゐ)の折(をり)/など、\はかなきことありしを、いと心(こころ)よからぬ御けしきにて、まろがしなん/を/ば、\いかに嬉(うれ)しと\おぼさ/れん/など\宣(のたま)ひ/しか/ば、あなゆゝし。かかることなの給(たま)ひ/そ。さらん折(をり)/は、まろも世(よ)/にあらばこそあら/め、法師(ほふし)になりなんものを、すべて\更(さら)/に\いまよりのち。。かく侍らしなど聞(き)こえしものを、よにあらば人(ひと)のあたりにもよりなんや。おはせぬかけ/に/も、疎(おろ)か/なるさまにや見(み)え奉(たてまつ)らん。なを聞(き)こえしやう/に、法師(ほふし)にやなりなまし/など、\世(よ)/のなかを哀(あは)れ/に心(こころ)-細(ぼそ)く\思(おぼ)し/つゝ、よるつゆ御とのごもらずなげき明(あ)かし給(たま)ふ。かくて十五日になりぬれ/ば、こたみの御ありき/の、れいのやうにありけれ/ば、御車(くるま)にものまきなどして、またむつかしうてうせ給(たま)へれ/ば、御湯(ゆ)-殿(どの)などして、やがてちごぎみも同(おな)じものにいれ奉(たてまつ)り、かき添(そ)へ/て御懐(ふところ)にいだきたるやうにてふし奉(たてまつ)る程(ほど)、大方(おほかた)誰(たれ)もさかし見(み)奉(たてまつ)るべきにあらず。また\参(まゐ)りよる人(ひと)もすくなし。哀(あは)れ/に悲(かな)しくゆゝし/と/は、何事(なにごと)をいふべきにもあらず。おほ北(きた)の方(かた)/も、この
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\殿(との)-原(ばら)/も、またをしかへしふしまろばせ給(たま)ふ。これをだに悲(かな)しくゆゝしきことにいは/で/は、また何事(なにごと)をかはと見(み)えたり。さて御車(くるま)のしり/に、大納言(だいなごん)-殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、さるべき人々(ひとびと)はあゆませ給(たま)ふ。いへば疎(おろ)か/にて、えまねびやらず。北(きた)の方(かた)の御車(くるま)/や、にようばうたちの車(くるま)などひきつゞけたり。御-供(とも)の人々(ひとびと)などかずしらず多(おほ)かり。ほうさうじ/に/は、常(つね)の御わたりにもにぬ御車(くるま)/など/のさま/に、僧都(そうづ)のきみ御めもくれて、えみ奉(たてまつ)り給(たま)はず。さて御車(くるま)かきおろして、つきて人々(ひとびと)おりぬ。さてこの御-忌(いみ)の程(ほど)/は、誰(たれ)もそこにおはしますべきなりけり。やまのかたをながめやらせ給(たま)ふ/に\つけ/て/も、わざとならず色々(いろいろ)に少(すこ)しうつろひ/たり。しかのなくねに御めもさめて、今(いま)-少(すこ)し心(こころ)-細(ぼそ)さまさり給(たま)ふ。宮々(みやみや)よりも\思(おぼ)し-慰(なぐさ)むべき御消息(せうそく)度々(たびたび)あれ/ど、只今(ただいま)は夢(ゆめ)をみたらんやうにのみおぼさ/れ/て、過(す)ぐし給(たま)ふ。月のいみじうあかき/に/も、\思(おぼ)し-残(のこ)さ/せ給(たま)ふ\ことなし。内(うち)-辺(わた)りの女房(にようばう)/も、様々(さまざま)御消息(せうそく)聞(き)こゆれども。よろしき程(ほど)/は、いま自(みづか)らとばかりかかせ給(たま)ふ。進の内侍(ないし)と聞(き)こゆる人(ひと)聞(き)こえ/たり、
@契(ちぎ)りけんちには涙(なみだ)のみなそこにまくらばかりやうきてみゆらん W283。
\中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/の御(おほん)-かへし、
@起臥(おきふし)/の契(ちぎ)りはたえてつきせねばまくらをうくる涙(なみだ)なりけり W284。
\また東宮(とうぐう)の若宮(わかみや)の御乳母(めのと)のこべん、
@悲(かな)しさをかつは思(おも)ひも慰(なぐさ)めよ誰(たれ)もつゐにはとまるべき世か W285。
\御かへし、
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@慰(なぐさ)むるかたしなければ世(よ)/の-中(なか)の常(つね)なきことも知(し)ら/れざりけり W286。
\かやうに\思(おぼ)し-宣(のたま)はせ/て/も、いでや、もののおぼゆるにこそあめれ。まして月-頃(ごろ)・年(とし)-頃(ごろ)にもなら/ば、思(おも)ひ忘(わす)るゝやうもやあら/ん/と、われながら心(こころ)うくおぼさ/る。何事(なにごと)にもいかでかくとめ安(やす)くおはせしものを、かほかたちより始(はじ)め、心様(こころざま)、てうち-かき、ゑ/など/の心(こころ)にいり、さいつ-頃(ごろ)まで御心(こころ)にいり/て、うつふし<てかき給(たま)ひ/しものを、この度(たび)/の\ゑ/を、\枇杷(びは)-殿(どの)もて\参(まゐ)り/たり/しか/ば、いみじうけうしめでさせ給(たま)ひ/て、おさめ給(たま)ひ/し、よくぞもて\参(まゐ)り/に/ける/なと\思(おぼ)し-残(のこ)すことなきまゝ/に、よろづにつけて恋(こひ)しくのみ思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ふ。年(とし)-頃(ごろ)かきつめさせ給(たま)ひ/ける\絵物語(ゑものがたり)/など、皆(みな)\焼(や)け/に/し\後(のち)、去年(こぞ)\今年(ことし)/の\程(ほど)/にし集(つ)め/させ\給(たま)へるもいみじう多(おほ)かり/し、里(さと)にいで/な/ば、とりいでつゝみて慰(なぐさ)めんと\おぼさ/れけり。月のいみじうあかき/に、ふるさとを\思(おぼ)し-出(い)で/て、
@もろともにながめし人(ひと)もわれもなきやどには月や一人(ひとり)すむらん W287。
\かくいふ程(ほど)/に、やう<御法事(ほふじ)の程(ほど)も近(ちか)くなりぬれ/ば、かの御装束/や\そうのほうぶく/など、様々(さまざま)すへなくうちなき<急(いそ)が/せ給(たま)ふ。御経仏など/に/も、たゞ御もののぐどもしいれさせ給(たま)ふ。御(み)-堂(だう)/に/は、督(かん)/の-殿(との)の御法事(ほふじ)、九月廿一日にあみだだうにてせさせ給(たま)ふ。聞(き)こし召(め)し/ける\御器(ごき)/を\仏(ほとけ)/に\つくり奉(たてまつ)らせ給(たま)へるなりけり。そ/の
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\程(ほど)/の\ことども、思(おも)ひ-遣(や)り/と\聞(き)こえさすべし。色々(いろいろ)の御衣(ぞ)-共(ども)し重(かさ)ねて、御どきやうにせさせ給(たま)ふ\御袂(たもと)/に、むすびつけさせ給(たま)ふ。とのの御(お)-前(まへ)、
@たち重(かさ)ねみすべきさまもしらせねばかねのをとにてきつとしらなん W288。
これをみなわたす。やまのざすたまはり/て、
@われしあらば\確(たし)か/にきせん志(こころざし)色々(いろいろ)ふかきはなの袂(たもと)は W289。
\東宮(とうぐう)・殿(との)-原(ばら)の御誦経(じゆぎやう)みなあり。東宮(とうぐう)はつきもせず思(おぼ)し召(め)さるゝ/に/も、\今日(けふ)はいとど\思(おぼ)し-くらさせ給(たま)ふ。御正日は廿三日/に/ぞ\あり/ける。それにもまた御きやうほとけ、様々(さまざま)いみじきことどもあり。若宮(わかみや)の御五十日/は\廿二日にぞあたらせ給(たま)ひ/ける。いとゆゝしき程(ほど)/の御ことども/なれ/ば、廿七日よき日なりければぞ。聞(き)こし召(め)さ/せ/ける。大宮(おほみや)よろづにとり扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へ〔/ば〕、いみじきことどもをせさせ給(たま)ひ/て、うち・東宮(とうぐう)・宮々(みやみや)などにもて\参(まゐ)り騒(さわ)がせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)よりも\思(おぼ)し-いたらぬことなく、こまかにせさせ給(たま)へるにつけ/て/も、とのの御(お)-前(まへ)、いとど忍(しの)びがたくおぼさ/るべし。はなこやおりびつもの/など、\殿上人(てんじやうびと)などに宣(のたま)はせたれ/ば、みなかきつけをしつゝ参(まゐ)らせたり。あへい限(かぎ)りはめでたきにつけ/て/も、ましてとぞ\おぼさ/れける。若君(わかぎみ)\五十日(いか)\うち-過(す)ぎ/させ\給(たま)へる程(ほど)、いふかなく美(うつく)しうおはします/に、大宮(おほみや)も事忌(こといみ)もえせさせ給(たま)ふ/ましけれ/ど、\よく忍(しの)びあへさせ給(たま)へり。かの法住寺/に/は、その北(きた)の方(かた)
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/のたいもん/に、\その日のうちについぢつき、ひはだぶきの屋いとおかし-げ/にて、そこにぞおさめ奉(たてまつ)りける。よろづの御しつらひともして、御車(くるま)ながらにかきおろしておさめ奉(たてまつ)る。その程(ほど)、この殿(との)-原(ばら)の御(おん)-心地(ここち)ども思(おも)ひ-遣(や)るべし。いはんかたなく惑(まど)は/せ給(たま)ふ。あへい限(かぎ)りのことどもして、いまはと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ\ほともいふかたなし。くもきりとみなし奉(たてまつ)り/つる/は、暫(しば)しこそあれ、さすがにさはやか/なる/に、これは\更(さら)/に。\忘(わす)れもこそし奉(たてまつ)れとて、大納言(だいなごん)-殿(どの)、法住寺の御ありき/に/も\忘(わす)れじの御心(こころ)なりけり。あさましうゆゝしくおさめ奉(たてまつ)りつ。大納言(だいなごん)-殿(どの)、かへすがへすも\思(おぼ)し-惑(まど)は/れたり。四条(しでう)大納言(だいなごん)の姫君(ひめぎみ)、ひとゝせ失(うしな)ひてなげき給(たま)ひ/しか/ど、内(うち)の大(おほ)-殿(との)の上(うへ)によろづ思(おも)ひ慰(なぐさ)め給(たま)ひ/し/に、またその上(うへ)うせ給(たま)ひ/に/し/は\いみじきことぞかし。されどそれ/は、かの上(うへ)の数多(あまた)の君達(きんだち)御かはりにおはす。またうだいべんのきみあり。また侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)のむかひばらの姫君(ひめぎみ)-達(たち)・男君(をとこぎみ)たちなど数多(あまた)もち給(たま)へり。北(きた)の方(かた)ぞいみじうおほすべけれ/と、少将(せうしやう)のきみも給(たま)へり。かやうなれば慰(なぐさ)めこよなし。この大納言(だいなごん)/は、この御(おん)-中(なか)ども/に、先々(さきざき)いと数多(あまた)失(うしな)ひ給(たま)ひ/て、たゞこの上(うへ)一所(ところ)えりとまり給(たま)ひ/ておはしつるを、せう<にて数多(あまた)あら/ん/は\何(なに)ゝかはせんとのみ\覚(おぼ)え/つる/に、あさましく心(こころ)うしとも疎(おろ)か/に/ぞ、かみな月にもなりぬれ/ば、おほぞらのしくれもひまなく\おぼさ/れて、くれなゐふかき御涙(なみだ)/も、すみぞめにいろまされ/ば、いみじうのみおぼさ/る。御法事(ほふじ)
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/は、\やがてこの月十八日とぞ\思(おぼ)し/て、よろづ急(いそ)が/せ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)、かくて\ゐ/させ給(たま)へれ/ば、とをき程(ほど)/なれ/ども、世(よ)/の人(ひと)\参(まゐ)り-こむ。つれ<もなきまでもの騒(さわ)がしうおぼさ/るゝにつけ/て/も、大納言(だいなごん)-殿(どの)/は、いま暫(しば)しぞかし。ほかへわたり給(たま)ひ/な/ば、いかに慰(なぐさ)むかたなく、いとど様々(さまざま)恋(こひ)しきこと多(おほ)から/ん/と、いまよりそれをさへぞなげかしうおぼさ/るべき中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)、
@うきよなり思(おも)ひかけきやときのまもきみにあひ-み/で\過(す)ぐすべしとは W290。
\この御こと/を、ある人(ひと)よその袂(たもと)もかはきがたく思(おも)ひけれ/ば、いみじきに少(すこ)しかたく/て、かくそ聞(き)こえける、
@今日(けふ)まではありとも人(ひと)に知(し)ら/れ/じ/と\涙(なみだ)にしづむ身をばとふらん W291。
\ただいま/の左兵衛督(さひやうゑ)のかうと聞(き)こゆる/は、この大納言(だいなごん)の御おとゝをやがてこにし給(たま)へ/る/なり/けり。その北(きた)の方(かた)/に/は、\堀河(ほりかは)-殿(どの)/の大蔵卿(おほくらきやう)-まさみつのきみの御むすめ/を/ぞ\年(とし)-頃(ごろ)ものし給(たま)ひ/つれ/ど、月-頃(ごろ)もののけ/にて、ともすればたえいりつゝ煩(わづら)ひ給(たま)ひ/けれ/ば、しつ心(こころ)なく/て、このかたにもえ候(さぶら)ひ給(たま)は/ず、\思(おぼ)し-なげきけり。かくて十八日/に、やがてこのてらにて御法事(ほふじ)/なり。大納言(だいなごん)-殿(どの)/の年(とし)-頃(ごろ)の御もの、たゞこのたひふるひ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)-殿(どの)\思(おぼ)し-いたらぬことなく、いかめしうせさせ給(たま)ふ/て、御-忌(いみ)もはてぬれ/ば、廿-余(よ)-日(にち)きやうにいてさせ給(たま)ふ。誰(たれ)もいと心(こころ)うく、思(おも)ひてなき都(みやこ)と\仰(おほ)せ/と、さりとてやはと\思(おぼ)し/て、かのゆゝしかりし所々(ところどころ)/にて/は\あら/で、田中(たなか)/の-僧都(そうづ)といふ人(ひと)の車(くるま)やどりにぞおはし
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/ける。あはれ、若君(わかぎみ)\おはせ/ましか/ば、此(こ)/の-頃(ごろ)いかに美(うつく)しうおはせまし。東宮(とうぐう)の若宮(わかみや)の御ことなど伝(つた)へきかせ給(たま)ひ/て、大納言(だいなごん)-殿(どの)つきもせずおぼさ/る。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/は、宮々(みやみや)/など/に、かしこまりはかりに参(まゐ)らせ給(たま)ひ/て、つく<”/とものを\思(おぼ)し-明(あ)かしくらす。ゐん/の、女御(にようご)/など/の御ことを、暫(しば)しこそあり/し/が、いまはよろづにたはれさせ給(たま)ふ/めるを、いともとかしう心(こころ)うしと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給ふ/なるべし。霜月(しもつき)になりぬれ/ば、世(よ)/のなかには五節(ごせつ)の急(いそ)ぎ-しののしる。中納言(ちゆうなごん)、御ふくなるうち/に/も、たちてむとも\おぼさ/れず。五節(ごせつ)/に/も\なり/ぬれ/ど、れいのやう/に\わらは・しもづかひなどもめさ/れ/ず、ものさましけなり。斯(か)かる-程(ほど)/に此(こ)/の-頃(ごろ)聞(き)け/ば、大宮(おほみや)に候(さぶら)ひ/つる/に\小式部(こしきぶ)の内侍(ないし)といふ人(ひと)、内大臣(ないだいじん)の御(み)-子(こ)なども/たる/が、この年(とし)-頃(ごろ)、しけのゐ/の-とうの中将(ちゆうじやう)のこ産(う)みてうせにけり。人(ひと)のいとやむごとなからぬかたこそあれ。しにさまの御ことににたり。大宮(おほみや)にもいと哀(あは)れ/に思(おぼ)し召(め)し/て、世(よ)/のはかなさいとど\思(おぼ)し-しらるゝ/に/も、\いかでとくと\思(おぼ)し-急(いそ)が/せ給(た)ふ/に/も、\御調度(てうど)どもをぞ急(いそ)が/せ給(たま)ふ。小式部(こしきぶ)きやうのはゝ\和泉(いづみ)。和泉(いづみ)-式部(しきぶ)こどもをみ/て、
@留(とど)めをきて誰(たれ)をあはれと思(おも)ふらんこはまさり/けりこはまさるらん W292。
/と\よみけり。内大臣(ないだいじん)-殿(どの)/の若君(わかぎみ)/を/ば、\宮(みや)の僧都(そうづ)といふ人(ひと)の坊におはしけれ/ば、和泉(いづみ)\昔(むかし)恋(こひ)しけれ/ば、見(み)奉(たてまつ)ら/ん。わたし給(たま)へとあからさまにありけれ/ば、僧都(そうづ)、
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たゞこのなかがはにおはし/て、見(み)奉(たてまつ)り給(たま)へとあり/けれ/ば、和泉(いづみ)、
@こひてなく涙(なみだ)にかげ/は\見(み)えぬるをなかゞはまでも何(なに)か渡(わた)ら/ん W293
/と/ぞ\いひやり/ける。はかなく師走(しはす)にもなりぬれ/ば、こよみのぢくもと近(ちか)うなりぬるを、哀(あは)れ/にもおもふ程(ほど)/に、師走(しはす)の一日聞(き)け/ば、右頭中将(ちゆうじやう)顕基のきみの北(きた)の方(かた)うせ給(たま)ひ/ぬ/と\ののしる。あなあさまし、こはいかなることぞと聞(き)け/ば、いまの右衛門(うゑもん)のかうのなかのきみなりけり。それ日頃(ひごろ)悩(なや)み給(たま)ひ/けれ/ば、何事(なにごと)もし残(のこ)すことなかり/つる/も、あさましうなり給(たま)ひ/ぬれ/ば、中宮(ちゆうぐう)権大夫(ごんだいぶ)-殿(どの)/も\いと<ほしう、よろづに扱(あつか)はせ給(たま)ひ/つる/に、かくなり給(たま)ひ/ぬれ/ば、閑院(かんゐん)の太政(おほき)-大臣(おとど)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、いみじう\思(おぼ)し-なげき給(たま)ふ。すべてあさましういみじう\思(おぼ)し-なげき/たり。あさましういみじう、えさらぬ人々(ひとびと)をゝきて、わかれ給(たま)ふ人(ひと)多(おほ)かる\年(とし)の有様(ありさま)、いはんかたなく心(こころ)うしや。誰(たれ)もよそ<なればこそ疎(おろ)かにもあれ、各(おのおの)御家(いへ)/に/は、これににたることなしと\思(おぼ)し-まとふ/ぞ、げにいみじう哀(あは)れ/に見(み)え給(たま)ひ/ける。かへすがへすよがたりにもしつ/べき年(とし)の有様(ありさま)にこそ、なさけなう心(こころ)うけれ。かくて四条(しでう)大納言(だいなごん)-殿(どの)/は、\うちの大(おほ)-殿(との)の上(うへ)の御ことののち/は、よろづうんじはて給(たま)ひ/て、つく<”/と御行(おこな)ひにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。法師(ほふし)と同(おな)じさまなる御有様(ありさま)/なれ/ど、これおもへはあいなきことなり。一日にても出家(しゆつけ)のくどく世(よ)/にすぐれはでたからんなるものを、いま暫(しば)しあら/ば、\御-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/の御ことなどいできて、いとど
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\みすてがたく、わりなき御ほたしにこそおはせめ。さら/ば、この程(ほど)こそいとよき程(ほど)なれと\思(おぼ)し-とりて、人(ひと)-知(し)れ/ずさるべきふみどもみしたゝめ、御しやうの官(つかさ)ども召(め)し/て、あるべきことども宣(のたま)は/せ/など\し/て、なを今年(ことし)とおほす/に、女御(にようご)/の、なを人(ひと)-知(し)れ/ず哀(あは)れ/に心(こころ)-細(ぼそ)く\おぼさ/れて、人(ひと)の心(こころ)はいみじういふかひなきものにこそありけれ。など\かくおぼゆべから/ん/と、いとわれながらも口(くち)-惜(を)しうおぼさるべし。何事(なにごと)かはあると\思(おぼ)し-まはしつゝ、人(ひと)-知(し)れ/ず御心(こころ)一(ひと)つを\思(おぼ)し-惑(まど)は/す/も、いみじうあはれなり。この御-本意(ほい)ありといふこと/は、女御(にようご)-殿(どの)もしらせ給(たま)へ/れ/ど、いつといふことはしらせ給(たま)はず。斯(か)かる-程(ほど)/に、しゐを人(ひと)の\もて-参(まゐ)りたれ/ば、女御(にようご)-殿(どの)/の御方(かた)へ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/ける。御はこのふたをかへし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ/とて女御(にようご)-殿(どの)、
@ありながらわかれんよりはなか<になくなりにたるこのみともがな W294。
/と\聞(き)こえ給(たま)ひ/けれ/ば、大納言(だいなごん)-殿(どの)/の御かへし、
@おくやまのしゐ/が\もとをしたづねこばとまるこのみをしらざらめやは W295。
\女御(にようご)-殿(どの)、いとあはれとおぼさ/る。かくて大納言(だいなごん)-殿(どの)/は、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)/など/の、ひとへに頼(たの)み聞(き)こえたる/を/ぞ、\いと数多(あまた)みすてかたくおぼさ/るゝにつけ/て/も、哀(あは)れ/にのみおぼされて、またきにかくいふことをしらせじとや\思(おぼ)し/けん、の給(たま)ふ\やう/は、長谷(ながたに)ゝだうたてんとおもふ/に、きたにあたりたれ/ば、いと恐(おそ)ろしけれ/ば、かのてらに年(とし)のうちにいき/て、
P2253
四十五日そこにて過(す)ぐして、らいねんの二月ばかりになん\きやうにいづべきなといふことを宣(のたま)はせつゝ、よろづにあへいことを\思(おぼ)し-掟(おき)てけれ/ば、べんのきみより始(はじ)め奉(たてまつ)り/て、たゞさのみ\思(おぼ)し/たり。わが御乳母(めのと)/の、年(とし)いみじうおいて、さるべき人々(ひとびと)にもおくれて、たゞひとへにとのを頼(たの)み奉(たてまつ)り/たる/ぞ、あるがなか/に/も\哀(あは)れ/にいみじうおぼされける。それも此(こ)/の-頃(ごろ)/は、はかなき事も哀(あは)れ/にせさせ給(たま)ふ。尼上(あまうへ)も二条(にでう)-殿(どの)/に/ぞ、此(こ)/の-頃(ごろ)はおはしましける。かくて長谷(ながたに)の御いでたちをせさせ給(たま)ふとて、かしこのそうのさるべきにもうちとらせんとおもふなりとて、わさともあらぬ法師(ほふし)のさうぞくをぞ日頃(ひごろ)せさせ給(たま)ひける。師走(しはす)の十六日の程(ほど)なりけり。今日(けふ)さるべき人々(ひとびと)にもたいめん-し、さるべきことをも聞(き)こえ給(たま)はんと\思(おぼ)し/て、二条(にでう)-殿(どの)におはす。さるべき睦(むつ)まじき人々(ひとびと)\二三人(にん)ばかり御-供(とも)にて参(まゐ)らせ給(たま)へ/ば、御門(みかど)いらせ給(たま)ふ/より始(はじ)めて、哀(あは)れ/にこの度(たび)ばかりぞかしとおぼす/に、怪(あや)しう人(ひと)悪(わろ)き御心(こころ)いできぬ/べきを、\思(おぼ)し-まぎらはし/て、西(にし)/の-対(たい)におはして、御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)を見(み)奉(たてまつ)り給(たま)へ/ば、まさいと幼(をさな)き程(ほど)/なれ/ど、人(ひと)のいとやんごとなくてもてなしかしづきすへ奉(たてまつ)り給(たま)へれ/ば、ちいさながら家(いへ)のきみにておはする御有様(ありさま)、いと哀(あは)れ/に美(うつく)しう悲(かな)しう見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。御手習(てならひ)をぞせさせ給(たま)ふ/める。なかのきみまたいと幼(をさな)-げ/にて、うちゑみてゐ給(たま)へり。御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)の御手習(てならひ)を申し/てみ給(たま)へ/ば、哀(あは)れ/に美(うつく)しう
P2254
\かか/せ\給(たま)へり。たゞ昔(むかし)恋(こひ)しきふるうたども/を、かへすがへすかかせ給(たま)へ/る/に/も、涙(なみだ)留(とど)めがたくて、それにことつけてやがて\泣(な)か/せ\給(たま)へ/ば、御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)もいみじう\泣(な)か/せ\給(たま)ふ。中姫君(なかひめぎみ)も悲(かな)しと\思(おぼ)し/たれ/ど、\それはものはつかしうて面(おもて)をあかめてゐ給(たま)へり。哀(あは)れ/にいみじう\おぼさ/れて、こたみばかりぞかし。またはいつか見(み)奉(たてまつ)らんと思(おぼ)し召(め)す/ぞ、いみじうたえがたきや。さて何(なに)やかやと\思(おぼ)し-まぎるゝ程(ほど)/に、との参(まゐ)らせ給(たま)へ/ば、ものまめやかなるよの御物語(ものがたり)、らいねんのぢもくの事/や、また大宮(おほみや)のあまなりのことや/など、\ただ御てうとどものいでくるをまたせ給(たま)ふ/なりと聞(き)こえさせ給(たま)ふ\程(ほど)/に、二郎ぎみ・三郎ぎみ、どめきておはし/て、やゝ、おほてゝかおはしたりける/を\しら/で、いまゝでこ/ざり/ける/は\しれたりけるわざかな。あはれわれはくひにかからん。われはひざに/に\そゐめなときをひあらそひ騒(さわ)ぎあはせ給(たま)へ/ば、いで。あなものぐるおし。かうなつかうまつりそ<とせいし聞(き)こえ給(たま)ふ/に、いづくかは。あやにくにむつび聞(き)こえ給(たま)へ/ば、え忍(しの)びあへ給(たま)は/ず、御面(おもて)に御衣(ぞ)/のそでをしあてゝ\泣(な)か/せ\給(たま)へ/ば、うちの大(おほ)-殿(との)/は、\昔(むかし)を\思(おぼ)し-いづると見(み)えさせ給(たま)ふ/に、たえがたく、やがてさし、むかひ\泣(な)か/せ\給(たま)ふ/に、御(お)-前(まへ)に候(さぶら)ふ人々(ひとびと)/も\皆(みな)\泣(ゝ)き/に/たり。猶(なを)\いと\わりなく\おぼさ/るれ/ど、かしこう\ためらは/せ\給(たま)ひ/て、よろづに御物語(ものがたり)あり/て、かへらせ給(たま)ふ/とて、尼上(あまうへ)の御方(かた)/に\さし-のそは/せ\給(たま)へ/ば、れいの短(みじか)き御几帳(きちやう)ひきよせてゐさせ給(たま)へ
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/り。ふりかたの御ものはぢ/や/と、哀(あは)れ/に見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、この君達(きんだち)の珍(めづら)しがりて、れうし給(たま)ひ/つる/こそ、いみじう哀(あは)れ/にとて、またうち-泣(な)か/せ\給(たま)へ/ば、尼上(あまうへ)もやがて留(とど)めさせ給(たま)はぬ程(ほど)/も、いみじうあはれなり。やゝ御物語(ものがたり)あり/て、出(い)で/させ給(たま)ひ/ぬ。四条(しでう)/の-宮(みや)にかへらせ給(たま)へれ/ば、やがて女御(にようご)-殿(どの)/の御方(かた)にさしいり給(たま)へれ/ば、御行(おこな)ひの折(をり)なりけり。何事(なにごと)も哀(あは)れ/に聞(き)こえさせ給(たま)ふ。このやに今年(ことし)ひはだをふかすなりぬることの口(くち)-惜(を)しさ。いたやはあめのをとかしがましさこそ、筋(すぢ)なく侍(はべ)りけれなど聞(き)こえ給(たま)ひ/て、御しやう<のきぬなどをすがやか/に奉(たてまつ)りはて/ぬ\ことの怪(あや)し-さ/に、年(とし)かへりて/ぞ\御つかひ遣(つか)はすべかめるなど聞(き)こえ給(たま)ふ。哀(あは)れ/に頼(たの)もしう、おはせ/ぬ\よにもあらばいかに心(こころ)-細(ぼそ)から/ん/と、まづしるものに\おぼさ/れけり。さてかへらせ給(たま)ひ/て/は、\わが乳母(めのと)のあまきみのかりさしのそかせ給(たま)へれ/ば、やゝとかしこまるけはひ/も、いと哀(あは)れ/なれ/ば、何(なに)ゝきてをと宣(のたま)はす。いか/に/ぞ。さむくやものし給(たま)ふ/と宣(のたま)はすれ/ば、さむきよやあら/む、とき<みたり心地(ここち)のあやまり侍(はべ)ると聞(き)こゆれ/ば、御衣(ぞ)/をぬぎ給(たま)ひ/て、これをき給(たま)へ。これぞわたあつききぬと宣(のたま)はすれ/ば、かしこまりてと聞(き)こゆる\けはひ、いと哀(あは)れ/にこたいなり。わかことをいかに思(おも)は/ん/と、哀(あは)れ/に\思(おぼ)し/てかへり給(たま)ひ/ぬ。さてつく<”/と\思(おぼ)し-つゞくる/に、あさましう心(こころ)うきもの/は\人(ひと)の心(こころ)にこそありけれ。よにある
P2256
\人(ひと)/の、あるは悲(かな)しきこにをくれ、あるは女(をんな)男(をとこ)の哀(あは)れ/におもふにをくれ、あるははぢがましきこといで-き、あるはさいはひなくなどして、もとに出家(しゆつけ)せんにあへぬべき人(ひと)の思(おも)ひ立(た)た/ぬ/は、たゞかくにこそありけれ。おほろけに心(こころ)よからん人(ひと)/の、あへいことにもあら/ざりけり。かかれじやうどにもむまれ、ほとけにもなる人(ひと)/は\すくなかり/けり/と、\思(おぼ)し-しらさせ給(たま)ふ。さてあけ/ぬれ/ば、晦日(つごもり)の程(ほど)/のことども/など、\家司に召(め)し\仰(おほ)せ/られなどする/に、左大弁(さだいべん)\参(まゐ)り給(たま)へれ/ば、さるべきことなど聞(き)こえつけ給(たま)ふ/に、べんのきみ、かしこにいみじきこひの候(さぶら)ひ/つる。聞(き)こし召(め)させばやと申し給(たま)へ/ば、精進近(ちか)くなるとて人(ひと)のいをくふ、いと本意(ほい)なきことなりと宣(のたま)はすれ/ば、いと口(くち)-惜(を)しくてやみ給(たま)ひぬ。かくて女房(にようばう)など/に/も、\らいねん二月十日程(ほど)にはいでぬべし。その程(ほど)心(こころ)-細(ぼそ)しと思(おも)ひ/て\あるばかりぞ/など\宣(のたま)はせて、晦日(つごもり)の程(ほど)/のことども/など\\思(おぼ)し-掟(おき)て、師走(しはす)の十九日(じふくにち)/に/ぞ、長谷(ながたに)へいらせ給(たま)へ/ば、女房(にようばう)/など、つれ<にあるべき正月なめりかしとて、月日も過(す)ぎてかへらせ給(たま)ふ/べき程(ほど)になん/など\申し-おもへり。べんのきみ/など\みな御をくりつかうまつり給(たま)ひ/て、あるべきことども聞(き)こえかはしてまかて給(たま)ひ/ぬ。そののち度々(たびたび)\参(まゐ)り給(たま)ふ。かくてやまの御住居(すまひ)/も、ほい\あり、心(こころ)のどかに\おぼさ/れて、年(とし)もくれぬれ/ば、一夜(ひとよ)かねにかはりぬる\みねのかすみも哀(あは)れ/に御覧(ご-らん)ぜ/られ/て、やまざといかではるをしらまし/など、うちながめさせ給(たま)ふ/に、朔日(ついたち)
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/の\日/も\くれ/て、二日たつのときばかり、べんのきみ\参(まゐ)り給(たま)へり。思(おも)ひかけぬ程(ほど)/のことかなとおぼさ/るゝ/に、御装束もたせ給(たま)へりける。かくれのかたよりうるはしうして、御(お)-前(まへ)に出(い)で/てはいし奉(たてまつ)り給(たま)ふ/なりけり。人(ひと)なかの折(をり)の御住居(すまひ)/だに、猶(なを)\我(わが)\御-心(こころ)にはすぐれておぼさるゝ御有様(ありさま)/の、まいてさるやかたの長谷(ながたに)のほとり/にて/は、\ひかるやうに見(み)え給(たま)ふ/に、あないみじ。これを人(ひと)にみせ/ばや/と、見るゝひあり、めでたの只今(ただいま)の有様(ありさま)/や/と、人(ひと)のこにてみ/ん/に、うらやましくももたまほしかるべきこなりや。みめ・容貌(かたち)・心ばせ・身/の\才(ざへ)\いかであり/けん/と、哀(あは)れ/にいみじうおぼさ/るゝ/に/も、\御涙(なみだ)\浮(うか)び/ぬ。さて\山里(やまざと)/の\御あるじ、所(ところ)にしたがひおかしきさまにて、御-供(とも)の人(ひと)にも御みき給(たま)ひ/て、かへり給(たま)ふ\なごり恋(こひ)しくながめやられ給(たま)ふ。かくて朔日(ついたち)四日のつとめて、御(み)-堂(だう)/に、三井の別当(べつたう)僧都(そうづ)\たづねに御消息(せうそく)ものせさせ給(たま)へ/ば、\参(まゐ)り給(たま)へり。さて心(こころ)のどかに御物語(ものがたり)などあり/て、御-本意(ほい)のことも聞(き)こえ給(たま)へ/ば、僧都(そうづ)うちなきて御(み)-髪(ぐし)おろし給(たま)ひ/つ。かいなどさづけ奉(たてまつ)り給(たま)ひ/ぬ。かくてかへり給(たま)ひぬれ/ば、世(よ)/にやがてもり聞(き)こえぬ。これを聞(き)こし召(め)し/て、御(み)-堂(だう)/より、御装束ひとくたりして参(まゐ)らせ給(たま)ふ/とて、
@いにしへは思(おも)ひかけきやとりかはしかくきむものとのりのころもを W296。
\御かえし、長谷(ながたに)/より、
@をくれじと契(ちぎ)りかはしてきるべきをきみがころもにたちをくれける W297
/と/ぞ\聞(き)こえさせ給(たま)ひ
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/ける。かくと聞(き)こし召(め)し/て、うちのおとど急(いそ)ぎおはしまし/て、などかう。あさましく頼(たの)もし-げなかりける御心(こころ)かな。他人(ことひと)どもの御ことは聞(き)こえ/し、御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/と、かうの御有様(ありさま)を\思(おぼ)し-すてつるなん。いみじう心(こころ)うく侍(はべ)る/など、\いみじうこまやかにうらみ申(まう)さ/せ給(たま)へ/と、さ思(おも)ひ給(たま)へてこそ、いまゝで侍(はべ)り/つれ/と、まいてさやうの御折(をり)/に\あへて思(おも)ひかくべきにもあら/ね/ば/なん。かく思(おも)ひたまへなり/に/し/など申し給(たま)へ/ば、うちのおとど筋(すぢ)なくうちなきて、いまはいとどいかでか疎(おろ)かには思(おも)ひ聞(き)こえさせん。よに侍(はべ)ら/ん限(かぎ)り/は、何事(なにごと)もたえんにしたがひて/など、哀(あは)れ/に聞(き)こえて、かへらせ給(たま)ひ/ぬ。べんのきみわらはなきになき給(たま)へどかひなし。誰(たれ)もみなきゝつけ/て、いみじう\参(まゐ)り見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。尼上(あまうへ)・女御(にようご)-殿(どの)、いみじう哀(あは)れ/に\思(おぼ)し-いりたれ/ば、女房(にようばう)-達(たち)/は、ちごはかるやうにこしらへをかせ給(たま)ひ/し/は、かくにこそあり/けれ/と、なきまどひあへり。御乳母(めのと)の尼君(あまぎみ)、しづみいりてふしぬ。べんのきみ、里(さと)より聞(き)こえ給(たま)へ/り、
@ふるさとのいたまのかぜに夢(ゆめ)さめ/て\たに/の\嵐/を\思(おも)ひこそやれ W298。
\長谷(ながたに)の御かへし、
@やまざとのたにのあらしのさむきにはこのもとをこそ思(おも)ひ-遣(や)りつれ W299。
\ゆきのいみじうふる日、女御(にようご)-殿(どの)/より、
@思(おも)ひ-遣(や)る心(こころ)ばかりはおくやまのふかきゆきにも障(さは)ら/ざり/けり W300。
\斯(か)かる-程(ほど)/に、みゐでら
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/より\入道(にふだう)の中将(ちゆうじやう)のきみ、聞(き)こえ給(たま)へりける、
@まだ\なれぬみやまがくれにすみそむるたにのあらしはいかゞふくらん W301。
/と\あれば長谷(ながたに)の御かへし、
@たにかぜになれずといかゞおもふらん心(こころ)ははやくすみにしものを W302。
\少(すこ)し心(こころ)のどかにおぼさ/るゝ程(ほど)/に、中宮(ちゆうぐう)だいぶおはしたり。やまのみね・たにのそことみあげみおろし給(たま)ふ/に、哀(あは)れ/にすごく、めでたくおもしろし。みねはむめ/などいと盛(さか)りにおもしろく、先々(さきざき)は常(つね)にみ/しか/ど、いとめでたくもあるかなと見給(たま)ふ程(ほど)/に、こなたにはすこえ給(たま)ひ/て、御たいめんあり/て、よろづに御物語(ものがたり)聞(き)こえ給(たま)ひ/て、中宮(ちゆうぐう)だいぶまづいみじうしぼりもあへずなき給(たま)ふ/に、入道(にふだう)も御めに涙(なみだ)うきぬ。大納言(だいなごん)、いかにかく\思(おぼ)し-たちにしぞ。なにがしこそあさましくは思(おも)ひたゝて、こぞの八月の晦日(つごもり)/より、こねはいまにふたがり/て、あさましくて侍(はべ)れと聞(き)こえ給(たま)へ/ば、入道(にふだう)-殿(どの)/の御いらへ、ここ/に/も、かく\いまゝでとは思(おも)ひ侍(はべ)ら/ざりしを、暫(しば)しいみじき程(ほど)過(す)ぐして、ねんぶつ・どきやうをも心(こころきよく/て/も、思(おも)ひのどめ侍(はべ)りし程(ほど)なりと聞(き)こえ給(たま)へ/ば、大納言(だいなごん)、こその有様(ありさま)、あさましくめづらかなることも多(おほ)かり。京の中/に/も、なにがしばかりいみじき人(ひと)は侍(はべ)ら/ず。かかる人(ひと)のたぐひ、よに数多(あまた)侍(はべ)るなか/に、なをいこと心(こころ)うき身になん侍(はべ)る。入道(にふだう)-殿(どの)/のゐんの女御(にようご)・内侍(ないし)のかみ/と、月ならびに失(うしな)ひ奉(たてまつ)り給(たま)へ/り/し、いみじけれ
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/ど、\宮々(みやみや)数多(あまた)おはしまし、さるべき君達(きんだち)/など/も\ものし給(たま)ふ。すべてその御有様(ありさま)聞(き)こゆべきにあらず。右衛門(うゑもん)のかう、頭中将(ちゆうじやう)の北(きた)の方(かた)いみじけれ/と、中宮(ちゆうぐう)権大夫(ごんだいぶ)北(きた)の方(かた)ものし給(たま)ふ。また頭中将(ちゆうじやう)いとめでたきこなり。侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)の姫君(ひめぎみ)のことこそあり/しか/ど、こと女子(をんなご)も男子(をとこご)も給(たま)へり。かうかの御こと/こそ、姫宮(ひめみや)の御折(をり)にいみじかり/しか/ど、またこ上(うへ)の御こと、いみじとあれば疎(おろ)か/なり。され/ども、それは\思(おぼ)し/も慰(なぐさ)めぬべし。うちの大(おほ)-殿(との)の君達(きんだち)\七八人(にん)おはす。御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/など、今日(けふ)明日(あす)の女御(にようご)・后(きさき)と思(おも)ひ聞(き)こえさせたり。またさ大べんいと頼(たの)もしうものし給(たま)ふ/と\いへ/ば、\よろづに\思(おぼ)し-なぐさあつへう\頼(たの)もしき/に、己(おのれ)は又(また)二なき人(ひと)/の、たゞ明(あ)け暮(く)れなきものとかしづきぐさにこれ一人(ひとり)を思(おも)ひて、うちみ<よろづを思(おも)ひ慰(なぐさ)めて明(あ)かし暮(くら)しゝ程(ほど)/に、やがてひをうちけちたるやうにてうせ侍(はべ)りにしのち、はかなきくり一(ひと)つをくふにつけ/て/も\安(やす)くいり侍(はべ)ら/ず、むねにのみなん侍(はべ)る、いかゞ/は\せ/ん。ちごをだに留(とど)めをきて侍(はべ)ら/ましか/ば、命(いのち)をかけ心(こころ)を慰(なぐさ)めても侍(はべ)りなまし。それさへあさましう侍(はべ)りしか/ば、すべてさるべき昔(むかし)のよの果報(くわほう)にこそはと思(おも)ひ給(たま)へれ/ば、いまゝでよにかくて侍(はべ)る、いみじきことなり。されどおぼさ/るゝやう/に、暫(しば)し心(こころ)をのどめんなど思(おも)ひて、月日を過(す)ぐし侍(はべ)る程(ほど)/に、せんぜられ奉(たてまつ)り侍(はべ)りぬれ/ば、いまは二のまひ/にて、人(ひと)の御まねをするになり/ぬ/べき/か、いと口(くち)-惜(を)しきなり。されど中納言(ちゆうなごん)/のものし給(たま)へ
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/ば、その扱(あつか)ひ/にて、同(おな)じさまなる心地(ここち)して過(す)ぐし\侍(はべ)れ/ば、中納言(ちゆうなごん)もさてのみあるべきこと/なら/ず、入道(にふだう)-殿(どの)もいまゝであること、み(ぐる)しきことなりと宣(のたま)はすれ/ば、このいみの程(ほど)/を/だに、同(おな)じ所(ところ)にあらんなどぞ侍(はべ)りし。それさへ他所せ/られ/な/ば、まいていかに<何事(なにごと)につけ/て/も、もの思(おも)ひ慰(なぐさ)め侍(はべ)ら/んとおもふ/が、悲(かな)しきこと/ゝ、いひつゞけ給(たま)ふ。げに<と聞(き)こえて、誰(たれ)もいみじう\泣(な)か/せ\給(たま)ふ。入道(にふだう)-殿(どの)げにさ\侍(はべ)ることども/なれ/ど、人(ひと)の心(こころ)の心(こころ)うかりける。ここらある君達(きみたち)をみて慰(なぐさ)ま/んことは侍(はべ)ら/ず。いよ<哀(あは)れ/に恋(こひ)しう。まづみるものにも涙(なみだ)こぼれ、むねふたがる心地(ここち)なんし侍(はべ)れ/ば、なをひたぶる/に思(おも)ひ離(はな)れんと思(おも)ひ侍(はべ)るなり。げにこそ人(ひと)の心(こころ)いとわびしきものに侍(はべ)りけれ/ば、すべておほろけにて思(おも)ひたつべきことにてなん侍(はべ)ら/ざりし/など、\よろづ哀(あは)れ/にうちなき<聞(き)こえかたらひ給(たま)ひ/て、大納言(だいなごん)-殿(どの)いで給(たま)ふそらもなく、かくてやがてとまるべき心地(ここち)こそし侍(はべ)れ/と\なき給(たま)ふ。入道(にふだう)-殿(どの)もいとあはれなる御ことども、いとど\思(おぼ)し-いでられて、あやにくなるまゝ\よゝとなき給(たま)ふ。大納言(だいなごん)哀(あは)れ/にいひつゞけ給(たま)へることどもこそ、げに<ときゝつれ。あはれなる世(よ)/のなかの有様(ありさま)にこそあれ。ふりがたぐいみじきものはありけれ。長谷(ながたに)のいとさうざうしく/て、哀(あは)れ/にうち行(おこな)ひて過(す)ぐし給(たま)ふ/らん/も、いみじうめでたし。この大納言(だいなごん)-殿(どの)、入道(にふだう)-殿(どの)/は\一家/にて、睦(むつ)まじき御ことぞかし。あめのふるころ、長谷(ながたに)/より、
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うぐひすのあめにぬれてなくを、御-櫛笥(くしげ)-殿(どの)に御覧(ご-らん)ぜ/させ/ばや/とて、
@思(おも)ひ-遣(や)る人(ひと)もあら/じ/を\うぐひすのなどはるさめ/に\そほちてはなく W303。
/とて尼上(あまうへ)のかたに聞(き)こえ給(たま)へれ/ば、尼上(あまうへ)、御-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/の御方(かた)にこれを奉(たてまつ)り給(たま)へれ/ば、御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)、
@みる人(ひと)も思(おも)ひすてつゝうぐひすのいりしやまべにいかでなくらん W304。
\かくて御調度(てうど)ゞもいできぬれ/ば、大宮(おほみや)この月のうちに\思(おぼ)し-立(た)た/せ給(たま)ふ。御屏風(びやうぶ)-ども/に/は、黄(き)/なる\唐綾(からあや)/を\張(は)ら/せ\給(たま)へり。したゑして、さるべき心(こころ)ばへあることどもを、大納言(だいなごん)様々(さまざま)にかき給(たま)へり。へりにはからのにしきのぢあをきをせさせ給(たま)へり。襲(おそひ)にはみなまきゑしたり。うらにはかうぞめのかたもんのおりものなり。御几帳(きちやう)をもうすかうぞめなり。御帳などもあをかう/にて、したむぢ/なる/に\せさせ給(たま)へ/り。大方(おほかた)\御簾(みす)・御座(まし)/の\縁(へり)/まで、皆(みな)\こと更(さら)/なり。御(み)-厨子(づし)どものまきゑ/に/は、\みなほうもんをまかせ給(たま)へり。いはんかたなく見所(みどころ)有り、尊(たうと)し。御ぢぶつの有様(ありさま)/など、いふも疎(おろ)か/なり。その日になりて、残(のこ)る女房(にようばう)なく\参(まゐ)りこみたり。源三位・いせの中将(ちゆうじやう)・中納言(ちゆうなごん)のあま/など\みな\参(まゐ)りたり。その日の女房(にようばう)のなり、はなを折(を)りたり。月-頃(ごろ)はわれも</と\をくれ奉(たてまつ)らじと申す人(ひと)のみ多(おほ)かり/けれ/ど、\誠(まこと)/になりぬれ/ば、そらごと/なり。そのことたがへず。世/を\そむき、同(おな)じみちにいる人々(ひとびと)、少将(せうしやう)の内侍(ないし)・べんのきみ・べんの内侍(ないし)・そめ殿(どの)/の中将(ちゆうじやう)・ちくぜんの命婦(みやうぶ)などなり。この人々(ひとびと)のなりども、唯(ただ)/なる折(をり)だにあり、わかれを惜(を)しみ/たる、えならぬめでたき
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\なか/に、べんの内侍(ないし)思(おも)ひたちぬるを、殿(との)-原(ばら)/など/も、いみじうあはれがり宣(のたま)ふ。みやの御有様(ありさま)を見(み)奉(たてまつ)れ/ば、かうばいの御衣(ぞ)\八ばかり奉(たてまつ)りたる上(うへ)/に、うきもん奉(たてまつ)り/て、え/も-いは/ず\美(うつく)し-げにて、御(み)-髪(ぐし)はたけに一しやくよばかりあまらせ給(たま)ひ/て、御有様(ありさま)さゝやかにふくらか/に、美(うつく)しうあいぎやうづき\おかしげにおはします。ただいま/の国王の御おやと聞(き)こえさすべきにもあら/ず\おかし-げ/に、女御(にようご)など聞(き)こえ/させ/ん/に\よけなる御有様(ありさま)なり。今年(ことし)は万寿三年(さんねん)正月十九日(じふくにち)、御年(とし)卅九にぞならせ給(たま)ひ/ける。いみじう若(わか)くめでたくおはします/に、あまの御装束いみじうせさせ給(たま)へり。御しつらひはけさつかうまつりたれ/ば、かうおはしまさんもあしからず見(み)えたり。とのの御(お)-前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、関白(くわんばく)-殿(どの)・うちの大(おほ)-殿(との)/など、をしこりて見(み)奉(たてまつ)り給(たま)ふ。いとあはただしく\覚(おぼ)え/させ給(たま)ふ\程(ほど)/に、御となぶら\参(まゐ)るべきこと騒(さわ)ぐ程(ほど)/に、うちより何(なに)のべん/ぞ/や、御つかひ/にて、のしふはらなどさゝげて、きぬ\もて-参(まゐ)りたれ/ば、御(お)-前(まへ)のみはしのもとに御つかひ候(さぶら)ふ。御ふみとりいれて御覧(ご-らん)じて、御つかひにろくたまはせ、のしふはらにひけん給(たま)はする程(ほど)/のめでたさを、そこら\参(まゐ)りこみ給(たま)へる上達部(かんだちめ)・やまのざす・ごんそうじやう-めいそん、よにめでたきことに申し給(たま)ふ\程(ほど)/に、また東宮(とうぐう)より同(おな)じやうにて\もて-参(まゐ)り/たり。御つかひさきのさまにてかへさせ給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)・中宮(ちゆうぐう)/など/より、みな御装束\もて-参(まゐ)りあつまり/たれ/ど、\もの騒(さわ)がしさにまぎれて、御つかひにげにけり。そのものども明日(あす)御覧(ご-らん)ずべし。かくて
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\いまはならせ給(たま)ふ。三位僧都(そうづ)/は\御いとこにてないけし給(たま)へれ/ば、それ御(み)-髪(ぐし)おろし奉(たてまつ)らんとてある/に、関白(くわんばく)-殿(どの)御はさみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ/に、御めもくれまどひて、いみじう\泣(な)か/せ\給(たま)ふ/に、とのの御(お)-前(まへ)、かくならせ給(たま)ふ/を、このよの御さいはひはきはめさせ給(たま)へ/り、ごしやういかにと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へ/り/つる/に、いと嬉(うれ)しう心(こころ)安(やす)き御こと/なり/と、そゝのかし聞(き)こえさせ給(たま)へ/れ/と、さばかりめでたき御有様(ありさま)/の、にはかにひきかへさせ給(たま)ふ/を/ば\とのの御(お)-前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、殿(との)-原(ばら)、上(うへ)の御かたかたせきもあへず\泣(な)か/せ\給(たま)へ/ば、みやの御(お)-前(まへ)いとあはただしげに思(おぼ)し召(め)したり。年(とし)-頃(ごろ)の宮司(みやづかさ)/の\みんぶきやう、みすのもとにていみじうなき給(たま)ふ。あさましくあはれなる御ことどもになん。べんの内侍(ないし)、ひるいみじうさうぞきて、さしくしに物忌(ものいみ)をさへつけて、おもふことなげなりつる程(ほど)/は、さいふもいかゞと思(おぼ)し召(め)し/つる/に、ゆきてうちなり/て、をしかへし/て、さゝやかにおかしげなる尼君(あまぎみ)/の\ずゞひきさけていでき/たる/に、あさましう哀(あは)れ/にて、殿(との)-原(ばら)、なをたましゐあるもの/に/は\せんぜられぬべきものかな/と、いみじうかんし宣(のたま)はす。御(お)-前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、みなかいうけさせ給(たま)ひ/て、僧(そう)-達(たち)ろく給(たま)はりてまかで/ぬ。いみじう美(うつく)し-げ/に、あまそきたるちごどものやうにぞおはします。御-ぐしあげさせ給(たま)へ/り/し御有様(ありさま)/に/も\よろづ見(み)えさせ給(たま)ふ。つきもせずめでたき御さいはひ有様(ありさま)のきは限(かぎ)り-なく\おはしますを、いみじうみ奉(たてまつ)ら/せ\給(たま)ふ。うちより御つかひあり。おりゐの御門(みかど)/とひとしき御位(くらゐ)
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/にて、女院(にようゐん)と聞(き)こえさすべき宣旨(せんじ)\もて-参(まゐ)りたり。御つかひろく給(たま)はりて\参(まゐ)る程(ほど)、とのの御(お)-前(まへ)さくりもよゝに\泣(な)か/せ\給(たま)ふ。御(お)-前(まへ)のひたきやとり出(い)で/て、陣屋(ぢんや)こほちなどすれ/ば、ゑじもひをたきさし/て、心(こころ)あはただしき/に\思(おも)ひ/たり。陣のきちしやう涙(なみだ)をながしたり。いみじうめでたき御有様(ありさま)なる/に\やんごとなき宮司(みやづかさ)ども/は\やがてゐん官(つかさ)になりたり。さもあら/ぬ/は、離(はな)るるをいみじきことにおもへり。みんぶきやう\はやくゐんの別当(べつたう)になり給(たま)ひ/ぬ。判官代(はんぐわんだい)/は、\れいのゐんは蔵人(くらど)などにはあらぬ人(ひと)ののぞみなること/なり、これはこのゐんの蔵人(くらうど)の中/に/も\やんごとなきをえりなさせ給(たま)へり。様々(さまざま)めでたし。またの日少(すこ)しのどかにおはしませ/ば、よへのみやみやの御消息(せうそく)どもとり出(い)で/て\御覧(ご-らん)ずれ/ば、皇太后宮(くわうだいこうくう)の御消息(せうそく)/に、らんのずずにこかねの装束して、しろがねの御はこにいれさせ給(たま)ひ/て、むめのつくりえだにつけさせ給(たま)へ/り、
@かかるらんころものうらを思(おも)ひ-遣(や)る涙(なみだ)やそでのたまとなるらん W305。
/と/ぞ\聞(き)こえさせ給(たま)ひ/ける。中宮(ちゆうぐう)より同(おな)じさまの御ことどもありとり。され/ど、それおぼつかなし。日頃(ひごろ)過(す)ぐさせ給(たま)ふ\まゝ/に、うち/に/も、東宮(とうぐう)/に/も、ゆかしき御有様(ありさま)を、いつしかと心(こころ)もとなく聞(き)こえさせ給(たま)ふ。斎院(ゐん)よりかく聞(き)こえさせ給(たま)へ/り、
@きみすらも誠(まこと)/のみちにいりぬなり一人(ひとり)やながきやみに惑(まど)はん W306。
\この御かへし、とのの御(お)-前(まへ)聞(き)こえさせ給、
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@あとをたれひとみちびき/にあらはれてこの宮仕(みやづか)へまどひしもせじ W307。
/と\申(まう)さ/せ給(たま)へり。まこと枇杷(びは)-殿(どの)/の御かへし、もの騒(さわ)がしくていま/ゝで/とて、
@まがふらんころものたまの乱(みだ)れつゝなをまださめぬ心地(ここち)のみして W308。
/と/ぞ\聞(き)こえさせ給(たま)ひ/ける。かやう/に、この世(よ)/のちのよ/まで、めでたき御有様(ありさま)とぞ。こ女院(にようゐん)は御悩(なや)みありてこそ、あまにはならせ給(たま)ひしが、わ/が\御-心(こころ)と\思(おぼ)し-たちならせ給(たま)ふ/ぞ、\聞(き)こえさせんかたなくめでたき。とのの御(お)-前(まへ)、かへすがへす忝(かたじけな)く思(おぼ)し召(め)したり。かくてこのあき、御受戒あるべしとて、無量(むりやう)寿院(ゐん)たつみのかた/に、よるをひるになして急(いそ)が/せ給(たま)へ/ば、世界(せかい)のあまどもよろこびをなしたり。まことかの左兵衛督(さひやうゑ)のかうの北(きた)の方(かた)、正月廿-余(よ)-日(にち)の程(ほど)になくなり給(たま)ひ/に/けれ/ば、男君(をとこぎみ)は少将(せうしやう)さねやすのきみ、またわらはにて、さては十四ばかりの姫君(ひめぎみ)/の、いと美(うつく)しきそも給(たま)へ/り/ける、よろづあはれ<と\思(おぼ)し/つゝ、兵衛(ひやうゑ)のかう扱(あつか)ひ給(たま)ひ/けり。御-忌(いみ)の程(ほど)、いと哀(あは)れ/にて過(す)ぐし給(たま)ふ/に、この姫君(ひめぎみ)の御夢(ゆめ)/に、このきみをかきなでゝよみ給(たま)ふ/と見(み)えたり、
@思(おも)ひきや夢(ゆめ)のなかなる夢(ゆめ)にてもかくよそ<にならんものとは W309。
\これを伝(つた)へきゝ/て、ある人(ひと)の聞(き)こえ/たり/ける、
@夢(ゆめ)といへばさだかなるだにはかなきに人(ひと)づてにきく程(ほど)ぞ悲(かな)しき W310。
/と\あればかへし、
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@つてにきく程(ほど)だに悲(かな)し思(おも)ひ-遣(や)れほのかに見(み)えし夢(ゆめ)のなごり/を W311。
\この姫君(ひめぎみ)、くろき御衣(ぞ)/のほころびたるをみ/て、
@かたみとてそめたるいろのころもさへおつる涙(なみだ)にくちぬべきかな W312。
\哀(あは)れ/にて、月<の御ことどもしはて給(たま)ひ/てけり。そののち、兵衛(ひやうゑ)のかうもののみ心(こころ)-細(ぼそ)く\覚(おぼ)え/て、心地(ここち)もれいならずおほえ給(たま)ひ/けれ/ば、かぜなどいひけれ/ば、ありまへといでたち給(たま)へ/ど、この姫君(ひめぎみ)の御うしろめたさにえおはせでぞ過(す)ぐし給(たま)ひ/ける。かくてうちのおほい-殿(どの)/に/は、\三条(さんでう)院(ゐん)/の\姫宮(ひめみや)を、ゐんたゞよろづにしたて、わが御(み)-子(こ)のやうにしたて\思(おぼ)し-扱(あつか)ひて、三月五日、やまのゐのむかひなる所(ところ)/にて/ぞ、むことり奉(たてまつ)り給(たま)ひ/ける。もとよりみやの人々(ひとびと)\覚(おぼ)え\候(さぶら)ふうち/に、若(わか)き人(ひと)・わらはなど多(おほ)く\参(まゐ)りそひ/たり。よろづいみじう今(いま)めかしうておはしましそめさせ奉(たてまつ)りつ。こみやの御はても二月にせさせ給(たま)ひ/てしを、なをみやはうすいろ・くれなゐをぞ奉(たてまつ)り/たり/ける。いとかひあり/て、めでたくかよひ聞(き)こえ/させ給(たま)ふ。四月十日程(ほど)/は、小二条(こにでう)-殿(どの)/に\渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/べし。やがてその東(ひんがし)のとの/を、ひと度(たび)にと思(おぼ)し召(め)せ/ど、なをいとあしけれ/ば、かかる旅(たび)ありき見苦(ぐる)し/と\とのの御(お)-前(まへ)申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、まづ小二条(こにでう)-殿(どの)におはしますべきなりけり。そののち、ゐんの御ありき/に、まづさそひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。よろづいとかひある御なからひなり。かくて四月になりぬれ/ば、賀茂(かも)/の-祭(まつり)の急(いそ)ぎにて世(よ)/にののしる。四月十余(よ)日の程(ほど)/に/ぞ、小二条(こにでう)-殿(どの)/に
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渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/べく/て、急(いそ)が/せ給(たま)ふ。そのよになり/て、車(くるま)十二にてぞ渡(わた)ら/せ給(たま)ふ。ゐんもおはしまさまほしげに宣(のたま)はすれ/と、あへいことならずとて、中務(なかつかさ)/の-みやぞおはします。ゐんの殿上人(てんじやうびと)ども、御をくりに奉(たてまつ)らせ給(たま)へれ/ば、様々(さまざま)のものかつけさせ給(たま)ふ。中務(なかつかさ)/の-みやの御方(かた)の侍(さぶらひ)、・御車(くるま)そひ/まで、みなそれにものかつげ、こしさし給(たま)ふ。いとめでたくかひあるさまなり。女御(にようご)の御方(かた)の女房(にようばう)-達(たち)/など\世(よ)/のなかを哀(あは)れ/に\思(おぼ)し/たり。かくて皇太后宮(くわうだいこうくう)/に/は\故三条(さんでう)院(ゐん)/の\御ため/に、御はかうせさせ給(たま)はんとて、ほとけ\みなつくり奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/る/に、五月十九日(じふくにち)よりと急(いそ)/せ給(たま)ふ。女房(にようばう)何事(なにごと)/を\せ/ん/と、あさましきこと多(おほ)かれ/ど、\たゞきやうにてはあらでと宣(のたま)はすれ/ば、ともかくもえ思(おも)ひ立(た)た/ず、世(よ)/の-常(つね)/なる/を\急(いそ)ぐ。御ほうもちの急(いそ)ぎせさせ給(たま)ふ。所々(ところどころ)にこれを急(いそ)ぐべし。かの左兵衛督(さひやうゑ)のかう/の、この朔日(ついたち)八日/より、世(よ)/の-中(なか)心地(ここち)煩(わづら)ひ給(たま)ひ/し、同(おな)じ月の十五日の暁(あかつき)-方(がた)にうせ給(たま)ひ/に/けり。哀(あは)れ/にいみじとも疎(おろ)か/なり。かのありまへだにうしろめたう思(おも)ひ給(たま)へる姫君(ひめぎみ)をみすて奉(たてまつ)らん心地(ここち)、思(おも)ひ-遣(や)るまなく悲(かな)しき/なり/けり。そのよのうち/に、法住寺にわたし奉(たてまつ)る。あぜち大納言(だいなごん)/の、このきみにさへをくれぬること/ゝ、あさましう心(こころ)うきこと/に、泣(な)く泣(な)くよろづををきて宣(のたま)はす。われこそこれにかくはいはれましか。心(こころ)うきことゝみをくはんじおぼす/も、理(ことわり)にいみじ。姫君(ひめぎみ)/など、かへすがへす\誰(たれ)も<いみじう思(おも)ひ-遣(や)り聞(き)こえさせ給(たま)ひ/ける。
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かくて枇杷(びは)-殿(どの)/の御はかう/は、請僧には山(やま)のざす。心誉僧都(そうづ)、かうし十人(にん)かうちにしんよ僧都(そうづ)いりたり。そうがう八人(にん)、ぼんそう二人(ふたり)あり。ちやうす十人(にん)あり。かくて廿一人(にん)のそう参(まゐ)れり。みやの御(お)-前(まへ)は一品(いつぽん)みやの御方(かた)におはしまし/て、みやのおはしましどころのもや四間\南(みなみ)-東(ひんがし)/の\ひさしかけてしつらはせ給(たま)へりけり。とのの御(お)-前(まへ)/は、東(ひんがし)の北(きた)の方(かた)によりたるつま-殿(どの)もとにおはしまし/て、みづの上(うへ)のわだ-殿(どの)を御休(やす)み所(どころ)にせさせ給(たま)へり。とのの上(うへ)おはしますべかり/けれ/ど、\折(をり)しも関白(くわんばく)-殿(どの)若君(わかぎみ)いたう悩(なや)ませ給(たま)へ/ば、いと口(くち)-惜(を)しくえ渡(わた)ら/せ給(たま)はずなり/ぬ。女房(にようばう)、始(はじ)めの日、なでしこをいつづきて、上(うへ)に同(おな)じいろのうすもの織物(おりもの)をきて、さうふのからぎぬ、摺裳(すりも)なり。寝殿(しんでん)のにし-南(みなみ)-面(おもて)/より\わだ殿(どの)/の西(にし)/の-対(たい)\東(ひんがし)面(おもて)、\南(みなみ)/とにみなゐたり。御すより始(はじ)め、御几帳(きちやう)さうふのすそごにて、みなゑどもかかせ給(たま)へり。上達部(かんだちめ)/は\寝殿(しんでん)の\南(みなみ)/のひさしにおはします。殿上人(てんじやうびと)は上達部(かんだちめ)のうしろ/に\かうらんにゐたり。そうがうはもやの東(ひんがし)によりて、\南(みなみ)/をかみにてにしむきに候(さぶら)ひ給(たま)ふ。ほむそうはまた\東(ひんがし)/の\ひさし/に、同(おな)じこと\南(みなみ)/をかみにてきたさまにならびたり。かくて五巻の日になりて、みなくれなゐのうちたりをきて、上(うへ)にふたあひの織物(おりもの)、うすものども/に、さうふ/の\も、なでしこのからぎぬども/なれ/ば、あさひにあたりて耀(かかや)き渡(わた)れ/り。所々(ところどころ)の御ほうもちもてあつまれり。いみじういつしかとゆかしき/に、殿(との)-原(ばら)\参(まゐ)りこみ給(たま)ひ/て、ひつじのときばかりにぞ始(はじ)まりて、ほうもちめぐる。中務(なかつかさ)/の-宮(みや)参(まゐ)らせ給(たま)へり。はすのみをながくつらぬきたるさまにて、もたせ給(たま)へり。その御次(つぎ)に関白(くわんばく)-殿(どの)、かうのつぼもた
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/せ\給(たま)へり。内大臣(ないだいじん)-殿(どの)、しろがねのみづがめ/に\くざくのおをさせ給(たま)ひ/てもたせ給(たま)へり。女院(にようゐん)/より\るりのつぼにこがね五十りやういれさせ給(たま)へり。頭中将(ちゆうじやう)憲綱のきみもたり。粟田(あはた)-殿(どの)/のきみ。同(おな)じさま/なり。御ほうもち。。中宮(ちゆうぐう)/の-亮(すけ)右中弁つねよりのきみもたり。小一条(こいちでう)ゐんしろがねのきんをせさせ給(たま)へり。うまのかみかねふさのきみもたり。此(こ)/の\宮(みや)のは薄鈍(うすにび)あやのうちき/を\そうのかずにせさせ給(たま)ひ/て、やむごとなき四位(しゐ)どももたり。一品(いつぽん)みやの御ほうもち、わげざら・わげがいども、みなむすびぶくろにて、つくりえだにつけて、蔵人(くらうど)二人(ふたり)もたり。とのの上(うへ)/の\捧物(ほうもち)、衲(のふ)/の\袈裟(けさ)、みんぶ大輔(たいふ)さねもとのきみもたり。とのの御ほうもち/は、きぬ廿ひきを、むらこのきぬにつゝませ給(たま)へり。そうのかずなり。内大臣(ないだいじん)-殿(どの)みやの御ほうもち/は、しろがねのふたの上(うへ)/に、籬(ませ)\結(ゆ)ひ/て、撫子(なでしこ)/を\植(う)え/させ\給(たま)へり。春宮(とうぐう)大夫-殿(どの)、しろがねの法華経(ほけきやう)一ぶをもたせ給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)ごんだいふひさげもたせ給(たま)へり。いとおひらかなり。中納言(ちゆうなごん)はうちわ。これよりほかはさまさまのもの。おかしければかかず。その日のかうし、あさゞ定基僧都(そうづ)、ゆふざりうせう僧都(そうづ)なり。さてこともはてぬ。はての日はかきねのうのはなを、女房(にようばう)-達(たち)残(のこ)りなくおれり。はうすいろ、表着(うはぎ)/は\さうふをぞきたる。それ又(また)いとおかし。五巻の日/は\中務(なかつかさ)/の-宮(みや)、なを人(ひと)よりことなりし御けはひを、東(ひんがし)のさいの女房(にようばう)-達(たち)、わびしう恥(は)づかしげに思(おも)ひきこへたりけり。その折(をり)はさて、後々(のちのち)/にぞいひあはせ笑(わら)ひける。御はかう過(す)ぎぬれ/ば、みやのうち\日頃(ひごろ)恋(こひ)しく人々(ひとびと)思(おも)ひけり。女房(にようばう)里(さと)/に\いで、かたへは候(さぶら)ひけり。かの法住寺/に/は、
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兵衛(ひやうゑ)のかうの御ことども、ただ\大納言(だいなごん扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふ。泣(な)く泣(な)く\思(おぼ)し-急(いそ)ぐもあはれなり。御法師(ほふし)のこと/など/も/と、よろづに\思(おぼ)し-急(いそ)ぐ。少将(せうしやう)はいまの別当(べつたう)右兵衛(うひやうゑ)のかうの御むこ/なれ/ば、そのゆかり/に、兵衛(ひやうゑ)のかうをも哀(あは)れ/に思(おも)ひ聞(き)こゆべし。いみじうあめふり、つれ<”/なる/に、法住寺/にて、かの姫君(ひめぎみ)、
@思(おも)ひきやふぢのころもを程(ほど)もなくふたつ重(かさ)ねて涙(なみだ)かけんと W313。
\年(とし)の程(ほど)/より/は、哀(あは)れ/におかしう宣(のたま)へり。この六月廿八日、法事(ほふじ)などし給(たま)ひ/けり。七月一日、正日法住寺/に/は、\かの中納言(ちゆうなごん)非違別当(べつたう)給(たま)ひ/けるなり。人(ひと)の申しぶみ・うれへぶみなどありけるを、とりあつめ/て、かみにすかせて、法華経(ほけきやう)かかんと\思(おぼ)し/ける\かみにきやうかき、また\あみだほとけつくり奉(たてまつ)り/て、そのきやうにぐしてくやうし奉(たてまつ)らんと\思(おぼ)し-掟(おき)て/たりけるを、その日/は\げんしんあざりかうしにて、説法せさせ給(たま)ひ/ける。哀(あは)れ/にいみじうたうとかりけり。かうしもいみじうぞなきける。かくてそののち姫君(ひめぎみ)/を/ば、\大納言(だいなごん)-殿(どの)むかへとり給(たま)ひ/てけり。わらはなるきみ/は、法師(ほふし)と\思(おぼ)し/けれ/ど、\それもこのとのかうぶりせ/させ/て、われしたてんと\思(おぼ)し/ける。いみじうあはれなることども多(おほ)かり。中納言(ちゆうなごん)-殿(どの)/を/も、いまはなどて/など、とのの御(お)-前(まへ)申し-思(おぼ)し/けれ/ど、\大納言(だいなごん)、をのが命(いのち)をたゝせ給(たま)ふ/なり。かかることをきかせ給(たま)へ/ば、この中納言(ちゆうなごん)のおはせんかた/へ、いまは己(おのれ)もまからんと聞(き)こえ給(たま)ひけれ/ば、いまはさは、そのとのの宣(のたま)は/ん/ばかり/と/ぞ、聞(き)こえさせ給(たま)ひ/ける。
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中納言(ちゆうなごん)の姫君(ひめぎみ)さへ心(こころ)におはすれ/ば、いみじうあはれなることども多(おほ)かり/ける。斯(か)かる-程(ほど)/に、うちの御悩(なや)みのことあり/て、いと世(よ)/のなかもの騒(さわ)がし。様々(さまざま)の御もののけどもいみじうこはし。関白(くわんばく)-殿(どの)式部(しきぶ)-卿(きやう)/の-みやさへいで給(たま)ひ/て、いと恐(おそ)ろしきこと多(おほ)かる\なか/に、東宮(とうぐう)の御乳母(めのと)/など/の、きぶねに祈(いの)り申し/たるなどいふことさへ御もののけ申す/を、大宮(おほみや)いときゝにくゝ、かたはらいたくおぼさ/る/べし。いかに<と\思(おぼ)し-なげき/つれ/ど、いいみじき御慎(つつし)みどもにておこたらせ給(たま)ひ/ぬ。このはる/より、中宮(ちゆうぐう)/も、\唯(ただ)/にもおはしまさ/ず/と/ぞ、世(よ)/にはいふめる。とのの御(お)-前(まへ)/は、いみじうおぼされながら、もの恐(おそ)ろしう御むねつぶれ、よもやまのほとけかみをたづねつつ、祈(いの)りのしどもすゑさせ給(たま)ふ。先々(さきざき)/の/より/も、この度(たび)の御祈(いの)り、よににぬまで\思(おぼ)しせさせ給(たま)ふ。いと理(ことわり)に見(み)えさせ給(たま)ふ。七月/に/は、ゐん/に、女御(にようご)の御はうじ急(いそ)が/せ給(たま)ふ。御(み)-堂(だう)/に/は、八月十五日/に/は、督(かん)/の-殿(との)の御はてせさせ給(たま)ふ。御調度(てうど)ゞもしろがねして、たほうのたう三尺ばかりにつくり磨(みが)きて、それをぞ申し-あけさせ給(たま)ふ。あはれなる御こと、始(はじ)めをはり/まで、\思(おぼ)し-たゆむことなくしはてさせ給(たま)ひ/ぬ。女院(にようゐん)うちにおはします折(をり)/は、若宮(わかみや)/を/ば、東宮(とうぐう)哀(あは)れ/に美(うつく)しう\思(おぼ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつゝ、いだき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/てありかせ給(たま)ふ。上(うへ)/も、ゐん御方(かた)に渡(わた)ら/せ給(たま)ふ折(をり)/は、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ/べし。いと美(うつく)しうおはしますを、女院(にようゐん)またなきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。今年(ことし)は内大臣(ないだいじん)-殿(どの)/の御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)
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/の\御裳著(もぎ)、内\参(まい)り/など/ぞ、世(よ)/には聞(き)こえさすめる。人(ひと)しりがたし。八月晦日(つごもり)/に/は、大納言(だいなごん)の御もと/に/は、ありし御ことどもいみじう哀(あは)れ/にて過(す)ぎぬ。中納言(ちゆうなごん)のきみ/を/ば、さもやとけしきたち聞(き)こゆる\所々(ところどころ)おはすれ/ど、只今(ただいま)はすべてともかくも\思(おぼ)し-かはらで、たゞ昔(むかし)のふしみの里(さと)/を/のみ、あれまくおしげに\思(おぼ)し/たれ/ば、大納言(だいなごん)-殿(どの)いとど疎(おろ)か/ならず悲(かな)しげに思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へり。こぞのなごり/にて、いまにあはれなることども多(おほ)かる。世(よ)/のなか/を/ぞ、いづこにもつきせずのみおぼさるへかめり。中宮(ちゆうぐう)/は、此(こ)/の-頃(ごろ)里(さと)に出(い)で/させ給(たま)ふ/べしとて、大(おほ)-殿(との)左衛門(さゑもん)/のかうの東院(ゐん)/の\御家(いへ)にぞ出(い)で/させ給(たま)ふ/べけれ/ば、さゑもむのかう/は、皇后宮(くわうごうぐう)の三条(さんでう)/の-宮(みや)へわたり給(たま)ひ/て、心(こころ)をはつくりののしらせ給(たま)ふ/とぞ。



栄花物語詳解巻二十八


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〔栄花物語巻第二十八〕 わかみづ
かくて中宮(ちゆうぐう)、かみな月になりぬれば、左衛門(さゑもん)のかうの家(いへ)に出(い)でさせ給(たま)ひておはします。とのの御(お)前(まへ)もひるぞ御(み)堂(だう)へはおはします。よるは此(こ)の宮(みや)におはします。上(うへ)の御(お)前(まへ)もやがておはします。先々(さきざき)の宮々(みやみや)の御ときの御祈(いの)りどものまゝにせさせ給(たま)ふ。この度(たび)はものの恐(おそ)ろしさゆゝしさそひておぼさるれば、いとどことまさり、よろづにせさせ給(たま)ふ。候(さぶら)ふ女房(にようばう)達(たち)のなかにも、こなどはか<”しからずしなしたる人(ひと)は、たづねさらせ給(たま)ひて、この程(ほど)は参(まゐ)るまじき仰(おほ)せごとあり。うちよりの御つかひ、よるよなかわかぬも、疎(おろ)かならぬ御けしきしるけなり。かくいふ程(ほど)に霜月(しもつき)になりぬれば、内(うち)辺(わた)りの様々(さまざま)のことども、若(わか)き人々(ひとびと)は思(おも)ひ遣(や)りいふめり。よろづよりもおはしますとののせばければ、ここら候(さぶら)ふ御祈(いの)りのそうなども、そのわたりの家(いへ)どもの程(ほど)ひろきにをしいるさまにてこみゐたり。大方(おほかた)の御心(こころ)に、ともすれば、れいならず苦(くる)しげにのみおはしませば、殿(との)原(ばら)もしつ心(こころ)なげに思(おぼ)したり。まいてこの月になりぬれば、またせ給(たま)ふことそひて恐(おそ)ろしうおぼさるべし。御乳母(めのと)におとなひ申す人(ひと)多(おほ)かり。この
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とののうちに、只今(ただいま)はこの御ことよりほかのことなし。女房(にようばう)達(たち)人(ひと)しれずしろきものども急(いそ)ぎあへり。はかなくて月もたちぬ。十二月(じふにぐわつ)になりぬれば、たちぬる月にだにさおはしますべかりしに。怪(あや)しく心(こころ)もとなさを思(おぼ)し騒(さわ)ぎたり。朔日(ついたち)も過(す)ぎゆけば、いと怪(あや)しく、いかにとのみ思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、十日のひるつかたより、れいならぬ御けしきなれど。わざとも見(み)えさせ給(たま)はねば、心(こころ)のどかにおぼさるゝに、日くるゝまゝにぞ誠(まこと)に苦(くる)しげにおはします。この殿(との)原(ばら)や、ほかの上達部(かんだちめ)も参(まゐ)りこみ給(たま)ふ。ここらのそうどもの声(こゑ)を合(あは)せたる程(ほど)、すべて物(もの)も聞(きこ)えず。とのの御(お)前(まへ)悩(なや)ましくおぼさるれど、こしん参(まゐ)らせ給(たま)ふ。うちより、女院(にようゐん)よりの御つかひつゞきたちたり。近江(あふみ)三位・宰相(さいしやう)の乳母(めのと)などみな参(まゐ)れり。いぬのときばかりぞ、いと平(たひら)かにせさせ給(たま)へる。いま一(ひと)つの御ことをののしりたり。よろづにそのことどもをせさせ給(たま)ふ。そののち有様(ありさま)おとなきにて推(お)し量(はか)られたり。とのの御(お)前(まへ)、平(たひら)かにおはしますよりほかの御ことなし。もののみ恐(おそ)ろしかりつるに、命(いのち)のびぬる心地(ここち)こそすれとて、いと嬉(うれ)しげに思(おぼ)し召(め)したり。うちにも聞(き)こし召(め)して、同(おな)じうはとはいかでか思(おぼ)し召(め)さざらん。されど平(たひら)かにおはしますを、かへすがへすも聞(き)こえさせ給(たま)ひて、御はかしもて参(まゐ)りたり。先々(さきざき)は女(をんな)宮(みや)には、御はかしはもて参(まゐ)らざりけれど、三条(さんでう)ゐんの御とき、一品(いつぽん)みやのむまれさせ給(たま)へりしよりぞかくめる。うち女房(にようばう)などのあな
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口(くち)惜(を)しなど申すを聞(き)こし召(め)して、こは何事(なにごと)ぞ。平(たひら)かにせさせ給(たま)へるこそ限(かぎ)りなきことなれ。女といふも男(をとこ)のことなりや。昔(むかし)かしこき御門(みかど)<、みな女帝たて給(たま)はずはこそあらめと宣(のたま)はするに、かしこまりて候ふべし。つき<の御うぶやじなひなどもつゞきたちたり。関白(くわんばく)殿(どの)・女院(にようゐん)。七日のよは十六日にぞあたらせ給(たま)へる。公(おほやけ)よりみなれいの作法(さほふ)にことどもまいけり。誠(まこと)や、御乳母(めのと)は数多(あまた)申すなかに、まづとのの宣旨(せんじ)のむすめ、いづもの前司(ぜんじ)よりつねがめを、まづ召(め)したる。八日。人々(ひとびと)色々(いろいろ)のそてもあらためたる。うちの女房(にようばう)達(たち)参(まゐ)りたり。様々(さまざま)のこととも。あらまほしく心(こころ)もとなくせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)参(まゐ)りて、若宮(わかみや)の美(うつく)しげにおはしますよし申せば、上(うへ)の御(お)前(まへ)いつしかとゑみて聞(き)こし召(め)す。みやの御(お)前(まへ)は口(くち)惜(を)しくもと思(おぼ)し召(め)せど、誠(まこと)にあさましきまでしろうめでたう美(うつく)しうおはしますにぞ、げに御心(こころ)うつりていみじう悲(かな)しうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)われも<と申せと、暫(しば)しはとてめさす。日もはかなく過(す)ぎて、十二月(じふにぐわつ)晦日(つごもり)になりぬれば、世(よ)のなかの家(いへ)<、たかき短(みじか)きみなそゝぎうちたり。若宮(わかみや)の御年(とし)のまさらせ給(たま)ふべきも思(おぼ)し召(め)すに、よの程(ほど)よろづかはりたるもおかしう、あらたまの年(とし)よりも若宮(わかみや)の御有様(ありさま)こそ、いみじう美(うつく)しうおはしませ。わかみづしていつしか御湯(ゆ)殿(どの)参(まゐ)る。よろづみなはるの心(こころ)づきて、そらのけしきもひきそへ、様々(さまざま)にものけざやかにめでたきに、
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枇杷(びは)殿(どの)の宮(みや)には、けぶりんじなれば、関白(くわんばく)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、よろづの殿(との)原(ばら)残(のこ)りなく参(まゐ)り給(たま)ふに、御(お)前(まへ)のには、けぢかくおかしき木もはなもみじもなけれと、うちつけのめなるべし。東(ひんがし)の対(たい)の御煩(わづら)ひ、あざやかにめでたきに、しんてんをみればみすいとあをやかなるに、くちきかたのあをむらさきににほへるより、女房(にようばう)のきぬのつま、袖口(そでぐち)重(かさ)なり、なをほかよりはにほひまさりてみゆる、大方(おほかた)此(こ)の宮(みや)の女房(にようばう)は、きぬのかずをいとおほうきさせ給(たま)へばなるべし。中もんのわたり、東(ひんがし)のらうのつまどなどのみとをしに、さるべき随身などのみやらるゝに、このとのはしのざにつかせ給(たま)へる程(ほど)、きたなけなき四位(しゐ)・五位(ごゐ)・六位(ろくゐ)などの、様々(さまざま)とりつゞきもて参(まゐ)る有様(ありさま)、おくつかたの御屏風(びやうぶ)などまで、みるにもみことにゑにかきたる有様(ありさま)いづこかたひよるとぞみゆるに、若君(わかぎみ)のみすのうちよりいで給(たま)ふを見れば、こうばいの御衣(ぞ)の数多(あまた)重(かさ)なりたるに、同(おな)じいろのうきもんの御直衣(なほし)き給(たま)ひて、御(お)前(まへ)のかうらんにをしかかりておはすれば、関白(くわんばく)殿(どの)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、やゝ、こちと申(まう)させ給(たま)へば、唯(ただ)ならずさしあゆみて参(まゐ)り給(たま)ふ。御(み)髪(ぐし)のいとふさやかにて、かたわたり過(す)ぎておはす。ひゐななどにぞにさせ給(たま)へる。殿(との)原(ばら)などみあそび慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。みやの御(お)前(まへ)は御覧(ごらん)じやらせ給(たま)ひて、他児(ことちご)どもは恥(は)ぢてあまへぬべき程(ほど)なるを、よくも」と宣(のたま)はす。いなばの乳母(めのと)のいともの恥(は)づかしう、うゐ<しき心地(ここち)してまばゆく、扇(あふぎ)放(はな)たぬに、きみの御有様(ありさま)見(み)奉(たてまつ)りて
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ぞ、さしいでさらましかばいかに口(くち)惜(を)しうとみやりたるまみ、げに美(うつく)しと見(み)奉(たてまつ)りたるも、理(ことわり)にみゆ。今年(ことし)の宮(みや)の御まかなひは、典侍(ないしのすけ)のつかうまつり給(たま)へば、みやのだいぶより始(はじ)め奉(たてまつ)り、しもべにいたるまで急(いそ)ぎに思(おも)ひて、やんごとなげにたてたり。かくてれいは拝礼あるに、ことなしひにて殿(との)原(ばら)まかて給(たま)へば、ゐんの土御門(つちみかど)殿(どの)におはしませば、明日(あす)行幸(ぎやうがう)・行啓あるべければ、そのことの心(こころ)あはた〔ゝ〕しさなるべし。またの日のたつのときばかりに、行幸(ぎやうがう)ありとのしれば、年(とし)の始(はじ)めのことにて、世(よ)の人(ひと)み騒(さわ)ぐ。とののうちの有様(ありさま)・しつらひ、なをこはいかなりける勝地ならんと見(み)えたり。かくてやう<おはします程(ほど)に、京極(きやうごく)おほいの御門(みかど)ゞいふ程(ほど)に、ひいできてののしれば、いと心(こころ)あはただしうて、何(なに)の儀式(ぎしき)もなくておはしましつきぬ。れいの寝殿(しんでん)の南(みなみ)のはしのまに、御こしよせておりさせ給(たま)ひぬ。聞(き)けば四五てうやけにけり。れいの法興院(ゐん)もやけぬれば、とのの御(お)前(まへ)いみじく思(おぼ)し召(め)すべし。このものみる人々(ひとびと)のなかにも、家(いへ)やけてはしり騒(さわ)ぐもいとおかしげなり。ゐんの中いみじうあはただし。とばかりありて、東宮(とうぐう)おはします。その程(ほど)のことども怪(あや)しくもの騒(さわ)がしうて、こまかにえかきつゞけず。御門(みかど)・東宮(とうぐう)さしつゞかせ給(たま)へる程(ほど)、女院(にようゐん)の御有様(ありさま)聞(き)こえさせむかたなし。とのの御(お)前(まへ)忍(しの)びて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、ゆゝしきまでおぼさる。かへらせ給(たま)ふ程(ほど)に、ゐんがた、とのの家(いへ)司(づかさ)などみな様々(さまざま)かかいし、よろこび様々(さまざま)めでたう
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てかへらせ給(たま)ひぬ。かくてこの月の晦日(つごもり)は、若宮(わかみや)の御五十日なれば、れいの様々(さまざま)めでたきことどもあり。うちの殿上、東宮(とうぐう)殿(どの)枇杷(びは)殿(どの)などに、みなもて参(まゐ)りわかたせ給(たま)ふ。めでたきことどもありけり。今日(けふ)明日(あす)は司召(つかさめし)なれば、世(よ)の急(いそ)ぎにて過(す)ぎもてゆく。二月にもなりぬれば、様々(さまざま)神事(かみわざ)ども繁(しげ)くて、何事(なにごと)もなくて過(す)ぎもてゆく。中宮(ちゆうぐう)の若宮(わかみや)五十日うち過(す)ぎて、いみじくたつくしうおはしますを、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)、これをいだき奉(たてまつ)らせばやとおもふべし。しろくおはしますさまは、ゆきにひかりをそへたらんやうにぞおはします。かくて二月十九日(じふくにち)ばかりに聞(き)けば、皇太后宮(くわうだいこうくう)の一品(いつぽん)みやの東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)ふべしといふこと世(よ)にいできて、さるべきえむにつきて、人々(ひとびと)参(まゐ)らんなど申(まう)さすれば、ほかはしらず、みやのうちには只今(ただいま)さることなければ、ものぐるおし、いかなることにかと聞(き)こし召(め)しながら、人々(ひとびと)はいと多(おほ)く候(さぶら)へば、いまはおほろけならざらんは、上臈なりどもとぞ思(おぼ)し召(め)したる人(ひと)、その程(ほど)になりぬれば、御覧(ごらん)じて御心(こころ)ゆかぬもいとおしうてこそは留(とど)めさせ給(たま)ふめれ。頼(たの)めてはをかせ給(たま)へれど、きはやかにめさず。かくて御参(まゐ)りは、うちにや東宮(とうぐう)にやと、よろづに申しののしるめれど、みやのうちには、またさることもみ聞(き)こえぬ程(ほど)に、三月にもなりぬるにぞ、みやのうちに、このことほの聞(き)こゆるに、女房(にようばう)達(たち)うちむれゐて、あらまじことをいひおもへりきのふ今日(けふ)御(み)堂(だう)より御消息(せうそこ)繁(しげ)かんめる。
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関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)のだいぶも、こまやかに申(まう)させ給(たま)ふことどもあべかめる。始(はじ)めもこの御ことどもにやと推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせて、いつしかと心(こころ)もとなく思(おも)ひつる程(ほど)に、三月六日、今日(けふ)なんよき日とて、関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、この御ことども定(さだ)めさせ給(たま)ふべきとて、宮司(みやづかさ)ども参(まゐ)りあつまる程(ほど)に、ひつじのときばかりに、関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、御すゞり召(め)して、今日(けふ)はたゞけしきばかりなりとて、ことども少(すこ)しかきかきつけて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。とりのときばかりにぞ、御(み)堂(だう)より、今日(けふ)よき日なればとて、きぬ・あやなどもて参(まゐ)り、今日(けふ)のうちにみやの内(うち)の人々(ひとびと)にくばらせ給(たま)へば、あなかしこ、よるをひるに急(いそ)がせ給(たま)へ。廿三日なれば、残(のこ)りの日も侍(はべ)らぬなり。人々(ひとびと)のからぎぬぞ。はきのおりものともは、あやおり召(め)して仰(おほ)せ侍(はべ)りぬ。たゞこのことどもをとく<と申(まう)させ給(たま)へば、さるべき人々(ひとびと)に、みなくばらせ給(たま)ひつ。うち物などを、いかでしあへんとすらん。織物(おりもの)も給(たま)はせんをのみきるべきにもあらず。いかにせまし、日の近(ちか)くなりぬることと、静(しづ)こごろなく各(おのおの)急(いそ)ぎおもふ。日頃(ひごろ)参(まゐ)らせん<とあなひ申しつる人々(ひとびと)も、かたへをぞ召(め)したる。故帥源中納言(ちゆうなごん)の女(むすめ)数多(あまた)あるを、一人(ひとり)一人(ひとり)
召(め)すに、大夫(たいふ)の中将(ちゆうじやう)「更(さら)にえ知(し)り侍らず」と啓(けい)し給(たま)へば、御堂に聞(きこ)しめして、
「さるべき様(さま)のものを遣(つかは)せ」と申させ給(たま)へれど、猶(なを)え参(まい)るまじき由(よし)を啓(けい)し給(たま)へ
れば、とのゝ聞(きこ)しめして、「さてはすべて宮の内(うち)に寄(よ)せさせ給(たま)ふな。此(こ)の辺(わた)りに
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も寄(よ)せ侍まじ」とて、実基の君(きみ)かしこまり給ぬ。かうて御堂よりは、様々(さまざま)
の物をとりも入(い)れ敢(あ)えず運(はこ)び参(まい)らせさせ給(たま)ふ。その御消息(せうそく)には、「猶(なを)猶(なを)たゆま
せ給(たま)ふな。此(こ)の乱(みだ)れ心地(ち)の去年(こぞ)よりはいみじう苦(くるしう)候へば、参(まい)りても申さぬが
いと口惜(くちを)しく心もとなきと、たゞ此(こ)の御事により、いまゝで生(い)きて侍なり。かの
日まで侍らんの心にてなん。あが君(きみ)あが君(きみ)いそがせ給(たま)へ」とある御消息(せうそく)頻(しきり)なる
を、宮の御前(まへ)ゆゝしくあはれなる事に聞(きこ)しせど、ものゝはじめと忍(しの)ばせ給(たま)ふ。
されど御目(め)に涙(なみだ)浮(う)かせ給へり。うけ給(たま)はる人<も、忍(しの)びあへぬけしきどもなり。」
かゝる程(ほど)に、大宮(妍子)の御前(まへ)怪(あや)しう悩(なやま)しうおぼされて、ともすればうち臥(ふ)さ
せ給(たま)ふ。御面(おもて)赤(あか)み苦(くる)しうて、御足(あし)たゝかせて起(を)き臥(ふ)させ給(たま)ふ。「心得(え)ぬ心地(ち)かな」
との給(たま)はせつゝ、起(お)き臥(ふ)させ給て、此(こ)の御事を扱(あつか)はせ給(たま)ふ。「御風にや」と朴きこしめさせなどすれど、同(おな)じさまにおはしまして、かくて四五日にならせ給(たま)ひぬ。関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)へるに、など御けしきの苦(くる)しげにおはしますぞと申(まう)させ給(たま)へば、典侍(ないしのすけ)御(お)前(まへ)にて、この四五日にならせ給(たま)ひぬ。御かぜにやとて朴など聞(き)こし召(め)せど、おこたらせ給(たま)はずと申(まう)させ給(たま)へば、いとふびんなる御ことにこそとて、侍(さぶらひ)召(め)して、守道召(め)しに遣(つか)はすべきよし仰(おほ)せらる。さて参(まゐ)りたれば、かう<おはしますよしをとはせ給(たま)へば、御うぢがみの崇(たたり)にや、つちのけなど申せば、
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御(お)前(まへ)にて御そぎつかうまつる。すべてものをつゆ聞(き)こし召(め)さぬなり。いと折(をり)あしきわざかなとて、御はらへ日に二三度つかうまつるべきよし宣(のたま)はす。さて御(み)堂(だう)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて申(まう)させ給(たま)へば、いとふびんなることなり。なを<さるべきさまに思(おぼ)し掟(おき)てよと申(まう)させ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)一品(いつぽん)の宮(みや)の御方(かた)の御すほう、にんわじの成典律師のつかうまつる、大宮(おほみや)の御祈(いの)り・御すほうあへう思(おぼ)しつけをきてさせ給(たま)ふ。みやの御(お)前(まへ)も、折(をり)しもこそあれと思(おぼ)し召(め)せば、忍(しの)ばせ給(たま)へど、いとたえかたげに思(おぼ)し召(め)したり。さりとてこの御ことのとまるべきにもあらず。御(み)堂(だう)にも、こそより悩(なや)ましげに思(おぼ)し召(め)して、この御ことどもをよそ<に聞(き)こし召(め)すを、思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。成典律師僧都(そうづ)になりて、この御祈(いの)りの折節(をりふし)しも、よろこびつかうまつりたることや。まくら験(しるし)など、よろこび申し給(たま)ふ。みやのうちいと心(こころ)あはただしう急(いそ)ぎたちたり。常(つね)の御急(いそ)ぎだにいかゞある。まいてこれはちいきくおはしましゝより、さらばと御(お)前(まへ)にも、御乳母(めのと)達(たち)も、宣(のたま)はせ聞(き)こえさせしことなれば、たえんにしたがはんことを、誰(たれ)もいひ急(いそ)ぐへし。されどけしからずすべきにもあらず、たゞれいのしやうぞくをめでたくすべきなり。みくだりをみな急(いそ)ぎたり。大人(おとな)・わらは・しもづかひのかず、さききの御参(まゐ)りの如(ごと)し。日の近(ちか)うなるまゝに、みやのうちなりみちたり。斯(か)かる程(ほど)に十七日よき日なりければ、東宮(とうぐう)の御つかひ参(まゐ)るべしとて、よろづの御用意(ようい)ことなり。御(お)前(まへ)の
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やりみづさへ、心(こころ)ゆくさまにすゞしげなり。関白(くわんばく)殿(どの)・うちの大臣とのなど、みな参(まゐ)りあつまらせ給(たま)ひて、まちむかへさせ給(たま)ふ。さるのときにぞ参(まゐ)りたる。侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)の御(おん)子(こ)少将(せうしやう)ゆきつねのきみぞ参(まゐ)れる。東(ひんがし)のらうよりしんでむへ参(まゐ)る程(ほど)のけしき、用意(ようい)ことなり。大納言(だいなごん)よくをしへ給(たま)へりと見(み)えたり。御文、やなきがさねのかみにて、やなきにつけさせ給(たま)へり。みるより心(こころ)異(こと)にめでたうみゆるも、うちつけのめなるべし。うちの心(こころ)しりがたし。南(みなみ)面(おもて)の東(ひんがし)の二のまにしとねしけり。関白(くわんばく)殿(どの)などは少(すこ)しにしよりて、ひんかしむきにおはします。みすきはめとどまるまで見(み)えたり。かくて御乳母(めのと)達(たち)は妻戸(つまど)の方(かた)に、こと女房(にようばう)達(たち)は南(みなみ)面(おもて)にゐ給(たま)へば、れいの作法(さほふ)のことどもにて、くらき程(ほど)に御むかへ給(たま)ひて参(まゐ)りぬ。そののちは日々に御つかひ参(まゐ)る。とのの上(うへ)などは、此(こ)の頃(ごろ)はおはしまして、同(おな)じ御心(こころ)に思(おぼ)しいとなませ給(たま)ふ。はるさめさへのどかにふれば、何事(なにごと)も心(こころ)もとなし。よろづは御(み)堂(だう)にみなをきて仰(おほ)せらるれば、たゞ此(こ)の宮(みや)には、女房(にようばう)のことをのみ急(いそ)がせ給(たま)ふに、それだに各(おのおの)いそげど、猶(なを)静(しづ)心なげに思(おぼ)し召(め)すに、御悩(なや)みさへかかれば、いとどし心(こころ)なし。今日(けふ)明日(あす)になりぬる御急(いそ)ぎにとしひ思(おぼ)し召(め)すに、なをこの御(おん)心地(ここち)のいとわりなくて、思(おぼ)しまぎれぬさまなり。御(み)堂(だう)には、この御急(いそ)ぎもみやの御悩(なや)みも、様々(さまざま)によそにうけ給(たま)ふこと、安(やす)き心(こころ)もなく思(おぼ)し召(め)すへし。とのはかねての御定(さだ)めにて、うちにはやがて大宮(おほみや)もそひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべく申(まう)させ給(たま)ひしかど、
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御門(みかど)の御はゝぎさき・つま后(きさき)を放(はな)ちてはこと后(きさき)のおはしますやうなかりければ、いと口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)す。廿三日のつとめてになりぬれば、さるべき人々(ひとびと)御しはらひにみなあかれ参(まゐ)る。こうきでんに御すくしたれば、さしのぞきみる人々(ひとびと)も、めも耀(かかや)きてめでたしとおもへり。みやには女房(にようばう)達(たち)のけさうを、磨(みが)き騒(さわ)ぐ。御乳母(のと)達(たち)もこの度(たび)の御急(いそ)ぎを、世(よ)のだいじにおもへり。ひるつかたになりて、関白(くわんばく)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、さるべきことども掟(おき)て宣(のたま)はす。こと殿(との)原(ばら)も同(おな)じ心(こころ)にたち騒(さわ)ぎ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)よりも御つかひ頻(しき)りて参(まゐ)りちがふ。かくいみじきに、女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)よりの御つかひ参(まゐ)りたりけれど、あさましく騒(さわ)がしきまぎれに参(まゐ)りにけり。口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)さるべし。女院(にようゐん)よりの御しやうぞくはやへざくらをえもいはずにほはせ給(たま)へり。御あふぎ・たきものなとこまかなり。御衣筥(ころもばこ)などわざとほんもんをかかせ給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)よりは、ふちをぞむらさきにこくうすくをり重(かさ)ねさせ給(たま)へる。小一条(こいちでう)ゐん・式部(しきぶ)卿(きやう)・中務(なかつかさ)のみやよりも、御あふぎかずもしらずめでたうせさせ給(たま)へり。関白(くわんばく)殿(どの)より、わらはのしやうぞくめでたくせさせ給(たま)へり。くれなゐのあこめ・もえぎの織物(おりもの)のあこめ・やまぶき、さくらのかさみ・みつがさねの袴(はかま)・あふぎまで、いみじくせさせ給(たま)へり。下仕(しもづかへ)四人(にん)。内大臣(ないだいじん)殿(どの)様々(さまざま)の衣(きぬ)どもに、青色(あをいろ)に柳襲(やなぎがさね)の唐衣(からぎぬ)。裳(も)の有様(ありさま)、例(れい)のむら摺(ずり)よりも心(こころ)異(こと)なり。かくて日くるゝ程(ほど)に、殿(との)原(ばら)の御いたし車(ぐるま)どもゐて参(まゐ)りつどひてののしる。一品(いつぽん)の宮(みや)いみじう美(うつく)しげにおはします。
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御本意(ほい)におはしますとぞしらせ給(たま)へりける。大宮(おほみや)の御(お)前(まへ)のおはしまさぬを、一人(ひとり)はいかでとうごかせ給(たま)はねど、よろづ聞(き)こえさせ慰(なぐさ)め給(たま)ふ。御車(くるま)には南(みなみ)面(おもて)のみはしのまによせておはします。大宮(おほみや)哀(あは)れに美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)も哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)より、いかにいかにと御消息(せうそく)頻(しき)りにあり。女房(にようばう)車(ぐるま)などの有様(ありさま)思(おも)ひ遣(や)るべし。おはしましておりさせ給(たま)ふ程(ほど)の儀式(ぎしき)。心(こころ)異(こと)におどろ<し。御て車(ぐるま)や何(なに)やとある程(ほど)に、やゝよふくる程(ほど)に、女房(にようばう)のおるゝ程(ほど)いとよそほし。さていつしかとくのぼらせ給(たま)ふべきよし御つかひ頻(しき)りなり。かくいふ程(ほど)に、むげによふけて、関白(くわんばく)殿(どの)ぜちにそゝのかし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)、わが御むすめなどのやうに哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。御(み)堂(う)に、われをあはれと思(おも)はん人々(ひとびと)、わがかはりにこまかにつかまつり給(たま)へと、泣(な)く泣(な)く聞(き)こえ給(たま)へば、いづれの殿(との)原(ばら)も、いと心(こころ)異(こと)につかうまつり給(たま)へり。関白(くわんばく)殿(どの)御てとらへて、ゐてのぼり奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。のぼらせ給(たま)へど、動(うご)きもせさせ給(たま)はねば、上(うへ)出(い)でさせ給(たま)ひて、御帳のうちにかきいだきていらせ給(たま)ひぬ。いと美(うつく)しうおかしき御けはひを、かひありて思(おぼ)し召(め)さるべし。御供(とも)の人々(ひとびと)、やがてさるべきともは、みな上(うへ)に候(さぶら)ひ給(たま)ふ、残(のこ)りはおりぬ。とりしば<なけば、御むかへの人々(ひとびと)・殿(との)原(ばら)、つゞきて参(まゐ)らせ給(たま)へと、とみにおりさせ給(たま)はず。あかうもこそなれとおもふ程(ほど)に、おりさせ給(たま)ひぬ。枇杷(びは)殿(どの)には、みやの
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御(おん)心地(ここち)さへあしうて、様々(さまざま)思(おぼ)し乱(みだ)れて、御とのごもりいらずなりぬ。上(うへ)と御物語(ものがたり)して、あかさせ給(たま)へり。参(まゐ)らせ給(たま)ひてのち、こよなうのどかになりぬ。うちには日さしいづる程(ほど)に御つかひあり。ごんのすけよしなりのきみ参(まゐ)れり。御几帳(きちやう)ども、ふぢの織物(おりもの)みへにてたてなめたり。御丁も同(おな)じいろなりけり。何事(なにごと)も様々(さまざま)同(おな)じことめでたき御有様(ありさま)なれど、なをこの度(たび)は、今(いま)少(すこ)しけたかさまさりてぞ見(み)え給(たま)ひける。さるべきにや、よろづおどろ<しき有様(ありさま)にぞ。こうきでんの東(ひんがし)面(おもて)なれば、みすのきはの女房(にようばう)のうちいてとも、まねびやるべきかたなし。御乳母(めのと)達(たち)・上臈たちなど、そはきはみなふたへ織物(おりもの)、色々(いろいろ)様々(さまざま)なり。すべてよろづいとめでたし。御門(みかど)の御むすめかかる御有様(ありさま)は、故朱雀(すざくの)院(ゐん)の御むすめの冷泉(れいぜい)のゐむに参(まゐ)らせ給(たま)ひしこそは、かかるたぐひなめれ。それはいたうあふよりたるうちに、御門(みかど)もれいにおはしまさずなどありしかば、いとおもふさまにも見(み)えずぞありし。この御有様(ありさま)はいとどめでたしや。関白(くわんばく)殿(どの)・こと殿(との)原(ばら)みなおはしまして、御つかひいみじくえばさせ給(たま)ふ。この御つかひのきみも、もとよりさけのむ人(ひと)なれば、いみじくしいさせ給(たま)ふ程(ほど)に、むけにえひたり。みちの程(ほど)などめ留(とど)められたり。いたうあかみてしどけなげに乱(みだ)れ参(まゐ)りぬ。そのことども・御しつらひなどを、大宮(おほみや)御覧(ごらん)〔ぜ〕ぬことを、とのばらいみじく口(くち)惜(を)しきことに思(おぼ)し申(まう)させ給(たま)ふ。頻(しき)りてのぼらせ給(たま)ふ、御つかひひまなく奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いたはりたるとのやう
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なれば、御志(こころざし)ふかげに見(み)えさせ給(たま)ふ。されば御(み)堂(だう)にもみやにも、かひあり、嬉(うれ)しと思(おぼ)し召(め)さるべし。みやよりも御(み)堂(だう)よりも、御しやうぞくどももて参(まゐ)る。かくてのち四五やありて、のぼらせ給(たま)はむとてする程(ほど)に、にはかに御(おん)心地(ここち)苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、関白(くわんばく)殿(どの)つとおさへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いみじう思(おぼ)したり。上(うへ)にも、御消息(せうそこ)いかに<と頻(しき)りなり。のどまらせ給(たま)へれば、なを<とてのぼらせ給(たま)ひぬれば、上(うへ)、いかに<と思(おぼ)し乱(みだ)れて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、みやいかに<といみじう見(み)奉(たてまつ)らせ思(おぼ)し召(め)したるに、よろしくおはしましつれど、またいと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、関白(くわんばく)殿(どの)ゐておろし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。いと苦(くる)しげにおはしことを、御(み)堂(だう)に聞(き)こし召(め)して、御祈(いの)り様々(さまざま)なり。御もののけにやとぞ見(み)えさせ給(たま)ふ。上(うへ)より御乳母(めのと)達(たち)など、いかに<とて参(まゐ)りあつまる。暁(あかつき)方(がた)にぞよろしくならせ給(たま)へる。枇杷(びは)殿(どの)には、わが御(おん)心地(ここち)よりも、いかに<と思(おぼ)し召(め)すに、おこたらせ給(たま)へるを、内(うち)にも外(と)にも嬉(うれ)しきことに思(おぼ)し聞(き)こえさせ給(たま)ふ。ようちかくおりのぼりせさせ給(たま)へば、いと苦(くる)しく思(おぼ)し召(め)して、いまはこの御方(かた)におはしまし御とのごもるへう、承香殿をしつらふ。程(ほど)もなき御心(こころ)も。上(うへ)の御急(いそ)ぎに、御(み)堂(だう)にも枇杷(びは)殿(どの)にも急(いそ)がせ給(たま)ふ。四月二日、東宮(とうぐう)の若宮(わかみや)御袴着(はかまぎ)のこと、女院(にようゐん)急(いそ)がせ給なれば、この御方(かた)よりもみやの御しやうぞく奉(たてまつ)らせ給(たま)はんとて、枇杷(びは)殿(どの)には急(いそ)がせ給(たま)ふ。四月
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九日にぞ、上(うへ)の御方(かた)へわたり始(はじ)めさせ給(たま)ふべかりける。御更衣(ころもがへ)の御几帳(きちやう)、みなうのはなの織物(おりもの)みつ重(かさ)ねにてせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)のつぼね、細(ほそ)殿(どの)や、つぼね<の有様(ありさま)どもゝ、このみことざゞめきたり。女房(にようばう)達(たち)、撫子(なでしこ)をぞ織(お)り重(かさ)ねたる。その日ぞ、やがて乳母(めのと)達(たち)の贈(おく)り物(もの)ども、さるべきさまにせさせ給(たま)へり。常(つね)の御有様(ありさま)に、また絹(きぬ)・綾(あや)などを添(そ)えさせ給(たま)へりける。上(うへ)の女房(にようばう)・女官・下仕(しもづかへ)などまでのこと、先々(さきざき)の御有様(ありさま)なるべし。殿(との)原(ばら)此(こ)の頃(ごろ)よるひるわかず候(さぶら)ひ給(たま)ふ。



栄花物語詳解巻二十九


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〔栄花物語巻第二十九〕 たまのかざり
今日(けふ)は皆(みな)さべきさまの事(こと)共(ども)、推(お)し量(はか)りこまかにつかうまつらせ給(たま)ふ。さて渡(わた)らせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ずれば、めでたさはめなれさせ給(たま)へる御(おん)心地(ここち)なれど。何事(なにごと)もまたその折(をり)の事(こと)ゝしたてたる、心(こころ)異(こと)なるわざなれば、いとめでたく御覧(ごらん)ぜらる。一品(いつぽん)の宮(みや)は短(みじか)き御几帳(きちやう)を身にそへさせ給(たま)へれば、あらはならねどまたかくれなし。美(うつく)しうさゝやかにおはしまして、さしならばせ給(たま)へる、ゑにかかまほしく見(み)えさせ給(たま)ふ。今年(ことし)は十五にやならせ給(たま)ひぬらん。東宮(とうぐう)は十九(じふく)ばかりに〔やお〕はしますらん、いとあらまほしき程(ほど)の御有様(ありさま)なり。昨日(きのふ)よりやがてこの御方(かた)に御とのごもれば、御(お)前(まへ)の御暁(あかつき)も苦(くる)しげにおはします。女房(にようばう)もわりなかりつるに、いとど思(おも)ふ事(こと)なきよの有様(ありさま)なり。各(おのおの)わがまゝに磨(みが)きたてゝたつのときばかりにこそ御(お)前(まへ)にいづめれ。御(み)堂(だう)にはたかかる御有様(ありさま)をしらせ給(たま)ひつれば、よろづこまかに哀(あは)れに心(こころ)しらひ参(まゐ)らせ給(たま)ふも哀(あは)れになん。枇杷(びは)殿(どの)の御(おん)心地(ここち)、いと苦(くる)しげにおはします事(こと)いとどしければ、めいそん僧都(そうづ)、御すほう三七日つかうまつり給(たま)へれど、おこたら
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せ給(たま)はねばならへさるべき人々(ひとびと)二だんみだんつかまつり給(たま)ふに、さばかり苦(くる)しげにおはしますに、ちからをつくしかぢ参(まゐ)るに、更(さら)に御あくびをだにせさせ給(たま)はず。さるべき御祭(まつり)・祓かずをつくさせ給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、祭(まつり)など過(す)ぎて、心(こころ)のどかになりぬれば、枇杷(びは)殿(どの)には、うちの御有様(ありさま)のおほつかなさをさへ苦(くる)しうおぼさる。宮(みや)の御しやうぞく、女房(にようばう)の事(こと)などしけり。思(おぼ)しあてかうとのの御(お)前(まへ)もれいにもおはしまさぬうちに、御(み)堂(だう)の事(こと)や、十斉の仏(ほとけ)の御事(こと)や、様々(さまざま)いみじうしつ心(こころ)なく思(おぼ)し召(め)さるべし。宣耀殿(せんえうでん)のきた面(おもて)は、弘徽殿(こきでん)の南(みなみ)面(おもて)なれば、うへはつねにこの御方(かた)を御覧(ごらん)じのぞかせ給(たま)ふべし。昔(むかし)の御もとひを思(おぼ)し忘(わす)れぬにやとぞ。若宮(わかみや)の御湯(ゆ)殿(どの)の事(こと)聞(き)こゆる御こゑも、いと近(ちか)き程(ほど)に、へだてなきもおかし。枇杷(びは)殿(どの)には、うちの女房(にようばう)の繁(しげ)く参(まゐ)るにぞ、よろづ聞(き)こし召(め)し慰(なぐさ)めける。とののうへも、暫(しば)しは参(まゐ)らせ給(たま)ひて、かかる御(おん)心地(ここち)を、いかにおはしますらんとのみぞ、わりなき御(おん)心地(ここち)も少(すこ)し思(おぼ)し慰(なぐさ)めさせ給(たま)ふ。すべてこの御(おん)心地(ここち)、月日のゆくまゝに、いとのどかにつれなき御有様(ありさま)、いと恐(おそ)ろし。さはまたは何事(なにごと)をかはとて、れいの御どきやうに、また上ずども召(め)して始(はじ)めさせ給(たま)ふ。寿命経・かのう経・やくしぎやうなどの御読経、かずをつくさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)には、折(をり)しもあれ、思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひて、わざとの御つかひつねに参(まゐ)る。一品(いつぽん)の宮(みや)は思(おぼ)し召(め)しなげきたる事(こと)限(かぎ)りなし。何事(なにごと)ももののみ恥(は)づかしうおぼさるゝこそ、えて、この御(おん)心地(ここち)を、
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いみじき事(こと)におぼされたり。枇杷(びは)殿(どの)には、此(こ)の頃(ごろ)の三井寺(みゐでら)のしんよ僧都(そうづ)・めいゆう僧都(そうづ)・しやくせうなど御すほうつかうまつる。かかれど験(しるし)といふ事(こと)夢(ゆめ)に見(み)えさせ給(たま)はぬ事(こと)を、うへの御(お)前(まへ)心(こころ)細(ぼそ)く思(おぼ)しなげきたり。五月四日には、御(み)堂(だう)に、あみだたうよりは東、大御(み)堂(だう)よりはにし、さゝやかなる御(み)堂(だう)、十斉の仏(ほとけ)月頃(ごろ)みかぎたてゝわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。れいの様々(さまざま)の御まいあり、僧(そう)達(たち)先々(さきざき)の如(ごと)し。此(こ)の宮(みや)の御(おん)心地(ここち)、更(さら)におこたらせ給(たま)はず。世(よ)のなかの聞(き)こえあり、験(しるし)ありといはるゝ人々(ひとびと)も、かううちはへ御すほうつかまつりたり。御祭(まつり)・はらへかずをつくせど、おこたらせ給(たま)ひけしき見(み)えず。一品(いつぽん)の宮(みや)、この御けしきにいでん<と宣(のたま)はすれど、みたくと暫(しば)し<と聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、むまの入道(にふだう)のきみは、始(はじ)めやまにむだうじおはせしかど、のちはおほはらにてすごし給(たま)へるを、月頃(ごろ)ものをつゆ参(まゐ)らざりければ、中だうに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、二七日こもりて、たゞいきしにをつげさせ給(たま)へと申(まう)させ給(たま)ひければ、何事(なにごと)ゝもなく、唯(ただ)しにまうけをせよと夢(ゆめ)に見給(たま)ひければ、むだうじにおはしまして、ごんそうしやうやまのざすに、かう<の夢(ゆめ)をなんみつる。さればいまはかふなりと宣(のたま)はすれば、そうじやうなどてか。夢(ゆめ)はさみゆれば、命(いのち)なしとこそ申せど申(まう)し給(たま)ひければ、命(いのち)ながゝらんを嬉(うれ)し、ながらへんを嬉(うれ)しと思(おも)はゞこそあらめ、たゞ仏(ほとけ)のつげさせ給(たま)ひつる嬉(うれ)しきなり。さてもほかにまかりなんと聞(き)こえ
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させ給(たま)ひつれば、そうじやうなどて。かくてこそおはしまさめ。げに昔(むかし)よりここにさる事(こと)侍(はべ)らぬ所(ところ)なれど、おはしましつきて、またほかへおはしますべきにあらず。たゞ御念仏を真心(まごころ)にせさせ給(たま)へとすゝめ聞(き)こえ給(たま)ふ。又(また)懴法のこゑたえずつかうまつる。御(み)堂(だう)には、この御事(こと)をきかせ給(たま)へど、宮(みや)の御(おん)心地(ここち)にだにえ参(まゐ)らせ給(たま)はねば、まいてやまゝでの御ありき思(おぼ)しわかぬに、様々(さまざま)に思(おぼ)しなげかるべし。かくおぼつかなさを思(おぼ)しつる程(ほど)に、五月十四日にうせ給(たま)ひぬ。いとど哀(あは)れにいみじき御事(こと)なり。高松(たかまつ)殿(どの)には聞(き)こし召(め)して、たゞ思(おも)ひ遣(や)るべし。御法師(ほふし)なりのときだにいみじかりしに、あさましう悲(かな)しとも世(よ)の常(つね)なり。ゐんの女御(にようご)の御事(こと)をだにひまなく思(おぼ)しいづるに、またこはいかに。世かうなりぬるにこそと、ゆゝしうおぼさる。御(み)堂(だう)に、哀(あは)れにみずなりぬる事(こと)。すけの折(をり)、つらし、心(こころ)うし、口(くち)惜(を)しと思(おも)ひし、あしう思(おも)ひけり。かくひさしうあるまじかりけるものをと、きしかた行末(ゆくすゑ)思(おぼ)しつゞけらるゝ事(こと)もゆゝしければ、たゞ御むねのみふたがりておぼさる。これにつけても宮(みや)の御事(こと)いと恐(おそ)ろしうて、いまや<とのみ、御心(こころ)にかかりてたえがたくおぼさる。殿(との)原(ばら)なども、いみじう哀(あは)れに思(おぼ)しなげかる。中宮(ちゆうぐう)のだいぶ・大納言(だいなごん)など、御とぶらひに皆(みな)やまへのぼらせ給(たま)ひぬ。よろづあはれなるよなり。女院(にようゐん)などもいみじう思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)く。枇杷(びは)殿(どの)には、あなかしこ、御(お)前(まへ)にこの
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事(こと)きかせ奉(たてまつ)るなどあれど、けしきを御覧(ごらん)じて、いと哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)げにおぼさるべし。たゞつねの御事(こと)には、いかであらんとすらんと宣(のたま)はせけるは、御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)の事(こと)なりけり。それをうけ給(たま)ひて、典侍(ないしのすけ)はもの覚(おぼ)えず、あるべきさまにもあらぬさまなり。枇杷(びは)殿(どの)には、御もののけを人(ひと)の駆(か)り移(うつ)しせど、その程(ほど)御(おん)心地(ここち)よろしうもならせ給(たま)はず、たゞ同(おな)じことつなくおはしますに、いと怪(あや)しき事(こと)なり。御もののけは、堀河(ほりかは)の大臣(おとど)の御けはひに、女御(にようご)さしつゞきいで給(たま)ひて、いひつゞけ給(たまふ事(こと)共(ども)いと恐(おそ)ろし。また督(かん)の殿(との)の御けはひにやとみゆるもさし申(まう)させ給(たま)へれば、うへの御(お)前(まへ)哀(あは)れにいみじう泣(な)かせ給(たま)ふ。それはとかく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふにあらねど、みちごとにならせ給(たま)ひぬる人(ひと)はかくのみあるにさたるぞ、哀(あは)れに心(こころ)うきや。かくいふ程(ほど)に、一品(いつぽん)の宮(みや)おぼつかなさを思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふうちにも、むまの入道(にふだう)の御服(ぶく)さへおはしますべければ、六月二日に出(い)でさせ給(たま)ふべければ、女房(にようばう)のなりあざやかに、枇杷(びは)殿(どの)の御しつらひなどす。もとすませ給(たま)ひしにしの御方(かた)は、様々(さまざま)かたがたの御読経所なれば、この度(たび)はひんかしのひさしにもやの大床子たてたるをぞ、かへしつらはせ給(たま)へり。さて宮(みや)出(い)でさせ給(たま)ひて、いつしかと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、悲(かな)しくて泣(な)かせ給(たま)ふ。何事(なにごと)もおぼいたれど、え聞(き)こえさせ給(たま)はず。とのの御(お)前(まへ)もいかに<と、日々に出(い)でさせ給(たま)へど、え参(まゐ)らせ給(たま)は
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ず。禅林そうじやう参(まゐ)らせ給(たま)へりしかど、その験(しるし)とみゆる事(こと)なきぞ、かつはいとあさましき御(おん)心地(ここち)なるや。宮(みや)のうちの事(こと)はさるものにて、よものやま<寺々(てらでら)かずをつくす。御祈(いの)り験(しるし)見(み)えぬ、いと心(こころ)うし。六月十六日の程(ほど)の月あかきにぞ、とのの御(お)前(まへ)参(まゐ)らせ給(たま)へる。御もののけよりうつしてののしれば、などてか。ここらの年(とし)頃(ごろ)頼(たの)み申(まう)したる仏・経さりともなど頼(たの)もしげに宣(のたま)はせてかぢ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。哀(あは)れに悲(かな)しき事(こと)かたみにおぼすべかんめれと、宮(みや)いと苦(くる)しうおはしますと、いと悩(なや)ましき御(おん)心地(ここち)にて、はか<”しう聞(き)こえかはさせ給(たま)ふ事(こと)なくて、こよひはとく<まかてゝいまゝた参(まゐ)らんとて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。此(こ)の頃(ごろ)聞(き)けば、みんぶきやう日頃(ひごろ)いみじう煩(わづら)ひて、出家(しゆつけ)し給(たま)ひぬと聞(き)こゆるも、とのの御(お)前(まへ)はいと哀(あは)れに聞(き)こし召(め)して、とのの御(お)前(まへ)いみじう思(おぼ)し召(め)すべし。月頃(ごろ)百躰の釈迦つくり奉(たてまつ)らせ給(たま)へる、いでき給(たま)へりとて、この廿一日にぞわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。やくしだうよりはとのはし、大御(み)堂(だう)より東(ひんがし)に、ひはだぶきの御(み)堂(だう)つくらせ給(たま)へり。なか三間はたかくあけ、南(みなみ)東(ひんがし)三間はらうづくりにぞつくらせ給(たま)へる。その日のつとめてになりて、あめふりかみなりて、そらのけしきむつかしげなりたつのときばかりになりぬれば、そらはれていとうらゝか過(す)ぎて、あつくわひし。世(よ)の人(ひと)れいのこみののしりたり。中ぞんは皆(みな)こんじきにて、じやうろくにておはします。いま九十九たいは等身の仏(ほとけ)にて、皆(みな)こんじきにぞおはします。されば人(ひと)の
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参(まゐ)る程(ほど)おはしませど、ひろき御(み)堂(だう)の程(ほど)は、いつゝむつばかりのちごのゐたるたけばかりにぞ見(み)えさせ給(たま)ふ。じやうろくちから車(ぐるま)といふに、さるべきかまへをしておはします。請僧皆(みな)いぎいつくしうして参(まゐ)りたる。九十九躰はたごしといふものにのせ奉(たてまつ)りて、あをく裏やうしたるきぬばかまきて、四人(にん)つゝもち奉(たてまつ)りたり。御(み)堂(だう)のいけのうへに仏(ほとけ)のかげどもうつりて、またあらはれ給(たま)へる仏(ほとけ)と見(み)え給(たま)へり。限(かぎ)りなくたうとし。とのの北(きた)の方(かた)は、五大たうのたつみのすみのかたに、みすかけておはします。女院(にようゐん)・殿(との)のうへはやくしのきたのひさしににしかけておはします。関白(くわんばく)殿(どの)を始(はじ)め、この殿(との)原(ばら)は、やくしだうの東(ひんがし)のかうらんのしものつちに、わらうたしきて次第(しだい)になみゐさせ給(たま)へり。皆(みな)薄鈍(うすにび)の御直衣(なほし)・指貫(さしぬき)にておはします。むま入道(にふだう)の御服(ぶく)と見(み)えたり。仏(ほとけ)おはします程(ほど)に、とのの御(お)前(まへ)おりさせ給(たま)ひて、おがみ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、殿(との)原(ばら)同(おな)じ事(こと)参(まゐ)りよりておがみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくて、仏(ほとけ)中のまのたかきに中ぞんおはします。その御そはに十弟子なんたり。にわうなどたち給(たま)へり。そばの短(みじか)きらうどもには、十九(じふく)躰皆(みな)重(かさ)なりならばせ給(たま)へり。皆(みな)百たいの御(お)前(まへ)にぶくすへて、はな奉(たてまつ)り、十弟子の様々(さまざま)の心地(ここち)どもゝ、その折(をり)思(おも)ひ遣(や)られて、ゑましくもたうとくもあり。迦葉のくちのうちにゑみをふくめる程(ほど)こそおかしけれ。舎利弗は、猶(なほ)なにたがはずやせ給(たま)へり。ふるなこそわかさまよげに見(み)え給(たま)ふめれ。だうしやうごん、れいのいとめでたし。かくてくやうはのちの日と思(おぼ)し掟(おき)てたり。さてのちに
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ぞ枇杷(びは)殿(どの)に心(こころ)のどかにいでいらせ給(たま)ふ。とのおはします折(をり)は、御ここちよろしくおはしませば、それを嬉(うれ)しき事(こと)にておはします。いと頼(たの)もしく、つねに護身参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御すほう、此(こ)の頃(ごろ)は三四だんつかうまつり、あめの僧都(そうづ)なども参(まゐ)れり。れせうあざりなども参(まゐ)るに、御もののけ平(たひら)きたるさまなれば、つねに召(め)し騒(さわ)ぐまで、さくせうといふ人(ひと)、御もののけなどあらはしたりとて、とのの御(お)前(まへ)れは行(おこな)ひいみじうすときゝしものなれば、必(かなら)ず験(しるし)あらんとてあざりになさせ給(たま)ふ。この御志(こころざし)は、さくせうのさいはひなりけりと世(よ)の人(ひと)申すめる。わかきみの、宮(みや)かくておはしませば、世(よ)のなかいとたよりなげに思(おぼ)したるも、いと心(こころ)苦(ぐる)しくおぼされて、つねによび奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御くたもの参(まゐ)りかきなでさせ給(たま)ひて、あはれとうち宣(のたま)はするは、ゑみやはてざらんと思(おぼ)し召(め)すなるべし。わかきみもいみじうしめり給(たま)へれば、いと心(こころ)苦(ぐる)しうて、御乳母(めのと)、とのに此(こ)の頃(ごろ)はがりむかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)へ。御もののけのちりたるも恐(おそ)ろしと聞(き)こえさせたれは、げにさもと思(おぼ)して、七月十余(よ)日に三条(さんでう)院(ゐん)むかへ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。おこたらせ給(たま)はゞ参(まゐ)らせんと申(まう)させ給(たま)へば、御(お)前(まへ)うちうなづかせ給(たま)ふ。いなばの乳母(めのと)、人(ひと)笑(わら)はれにやと、人(ひと)知(し)れぬ心(こころ)のうちには願たつ。いづれのきみも、御乳母(めのと)どものこれを<と思(おも)ひ申(まう)したりしに、このきみのわたり給(たま)へりしかば、安(やす)からぬ事(こと)にいひ思(おも)ひたりしものをと思(おも)ふに、わりなかるべし。苦(くる)しうおはしませど、
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御衣(ぞ)などの事(こと)仰(おほ)せられて、きせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。うへの御(お)前(まへ)も宮(みや)にのみおはします。たゞ御むねのみふたがりて、よろづゆゝしうのみ思(おぼ)しつゞけさせ給(たま)へば、いかでかう思(おも)はじと思(おぼ)しなをせど、猶(なほ)いとわりなくのみおぼさる。八月にもなりぬ。月日のゆくもしらせ給(たま)はぬ御有様(ありさま)なれど、哀(あは)れに過(す)ぎもてゆく。かくてのみやはとて、御(み)堂(だう)の五だうにこもらせ給(たま)ひて、御すほうせさせ給(たま)はんと思(おぼ)し宣(のたま)はす。その御(み)堂(だう)のきた面(おもて)に、ひさしさゝせ給(たま)ふべきさまによろづつくりののしらせ給(たま)ふにつけても、いとあはれなり。東宮(とうぐう)よりは日々に御つかひ参(まゐ)る。中宮(ちゆうぐう)・女院(にようゐん)いみじう思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。この御(おん)心地(ここち)は三月ばかりよりなれば、この月は睦月(むつき)にならせ給(たま)ひにたり。つゆものを聞(き)こし召(め)さねば、いまはたゞかげのやうにおはします。御(おん)心地(ここち)も少(すこ)しさはやがせ給(たま)へば、御湯(ゆ)殿(どの)とある折(をり)は、かなへとのいみじうよろこびをなしてつかうまつるもあはれなり。女房(にようばう)達(たち)・侍どもゝ安(やす)きいも寝(ね)ず、我(われ)も<ときをひつかまつりて、かくあり<ていかに人(ひと)知(し)れずうちかたらひ、涙(なみだ)をのごひつゝありきあへり。よるもみかうしも参(まゐ)らねは、やがてすのこになみゐて、かうらんにせなかをあてて、それをやすまりにねふりあつまり給(たま)ふ程(ほど)、誠(まこと)に心(こころ)苦(ぐる)しうたえがたげなり。うちの大(おほ)殿(との)は、年(とし)頃(ごろ)つくらせ給(たま)へるあたらしとのに渡(わた)らせ給(たま)ひて、ゐこもり給(たま)へりと聞(き)こゆ。八月十三日、御(み)堂(だう)にこもらせ給(たま)はんとて、女房(にようばう)のなりつくろはせ給(たま)ふ。この御悩(なや)みおこたらせ給(たま)はゞ、
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十月ばかりに御参(まゐ)りあるべしとてある。その日になりぬれば、さるべき御調度(てうど)ゞももて運(はこ)びしつらふ。よさりになりぬれば、女房(にようばう)あざやかにしたてゝ参(まゐ)りあつまれり。一品(いつぽん)の宮(みや)、しおんいろにくろはの御衣(ぞ)など奉(たてまつ)れり。御(お)前(まへ)には、しろき御衣(ぞ)ふたつみつ奉(たてまつ)りたるに、御いろも同(おな)じやうにて、たゞひたみちにしろうおはしまして、御(み)髪(ぐし)はをしくたしてゆはせ給(たま)へるまゝに、御ゆひめ程(ほど)は乱(みだ)れて、それよりしもはつゆ乱(みだ)れさせ給(たま)はず。こよなくながく見(み)えさせ給(たま)へば、かく苦(くる)しながらもおいさせ給(たま)はんめりと、ありがたく見(み)えさせ給(たま)ふ。さて渡(わた)らせ給(たま)ひて、五大たうの東(ひんがし)のひさしきた面(おもて)かけておはします。とのの御(お)前(まへ)は、この同(おな)じみだうのいぬゐのかたのまにおはします。宮(みや)の侍(さぶらひ)には、おほみだうのきたのひさしにへいまんひきてぞしたる。みすほう五だん始(はじ)めさせ給(たま)へり。関白(くわんばく)殿(どの)・うちの大(おほ)殿(との)の御(お)前(まへ)・うへの御(お)前(まへ)・宮(みや)のだいぶとせさせ給(たま)ふなりけり。かくておはしませど、二三日になりぬるに、御もののけつゆ聞(き)こえず。これをいとあさましき事(こと)に、とのの御(お)前(まへ)も、僧(そう)達(たち)も給(たま)ふ。よるともすればきえいらせ給(たま)へば、僧(そう)達(たち)もあつまりてかぢ参(まゐ)れど、あくびをだにせさせ給(たま)はず。御もののけの皆(みな)さりにたるかとおもべけれど、御(おん)心地(ここち)は同(おな)じさまなり。ごんそうじやうなどは、みづをむすびていしをうつらんやうに、人(ひと)のみ苦(ぐる)しうとて同(おな)じうおはしますに、いと心(こころ)うき事(こと)ををのをのなげき申(まう)し聞(き)こえ給(たま)ひけり。さるは、この廿三日のわたり給(たま)へる百たいのさかのくやうせむとて、おほくの
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ほうぶくをまうけさせ給(たま)ふ。やがてみはかうと思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ひて、ほうぶくをさへまうけさせ給(たま)へれど、この御悩(なや)みに障(さは)らせ給(たま)ふべきかとを、とのの歎(なげ)かせ給(たま)へば、宮(みや)の御(お)前(まへ)などてか留(とど)めさせ給(たま)はん。心地(ここち)はれいの事(こと)になりて侍(はべ)れば、それまでは念(ねん)じてこそは過(すご)し侍(はべ)らめと申(まう)させ給(たま)へば、との哀(あは)れに嬉(うれ)しうも仰(おほ)せらるゝかな。かく宣(のたま)はするに、仏(ほとけ)、この御(おん)心地(ここち)今日(けふ)明日(あす)のうちにおこたらせ奉(たてまつ)り給(たま)へど御ずゞををしもませ給(たま)ひて、ねんじ申(まう)させ給(たま)ふ。さてこの事(こと)を思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。所々(ところどころ)の御ほうもちも、れいのこと<”しからず、うるはしきさまにと思(おぼ)し宣(のたま)はす。その暁(あかつき)に女院(にようゐん)渡(わた)らせ給(たま)ひて、やくしだうのきたのひさしにぞおはします。一品(いつぽん)の宮(みや)・うへの御(お)前(まへ)、たつみのかたへおはしますに、宮(みや)のおはします程(ほど)五六間渡(わた)るを、宮(みや)の御(お)前(まへ)よくゐざり出(い)でさせ給(たま)へれば、あさましう哀(あは)れに嬉(うれ)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。仏(ほとけ)の御験(しるし)と見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。さて事(こと)始(はじ)まりぬ。みだう仏(ほとけ)くやう、やがてみはかうなれど、かうしたちこと<”なし、たゞ此(こ)の宮(みや)の御悩(なや)みのよしを、返(かへ)す返(がへ)すも心(こころ)をとなへ祈(いの)り申(まう)し給(たま)ふ。れいの皆(みな)百僧なり。ほうぶくせさせ給(たま)ふ。百たいのさかの一ねんのゆへ、に。御命(いのち)をのべさせ給(たま)ふとも、百年はのびませ給(たま)ふべしなど、哀(あは)れにたうとく悲(かな)し。はしらどもには法華経(ほけきやう)の心(こころ)を皆(みな)ゑにかかせ給(たま)へれど、大方(おほかた)の僧(そう)達(たち)も、只今(ただいま)はこの御事(こと)のみ心(こころ)にかかりて、しつ心(こころ)なけなり。はかなう日頃(ひごろ)も過(す)ぎて、そうどものふせいといかめしうせさせ給(たま)へ
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り。女院(にようゐん)は宮(みや)の近(ちか)うおはしますを、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬ事(こと)を思(おぼ)し召(め)せと、ことかたりありて、やんごとなき御(おん)中(なか)は筋(すぢ)なし。かくてこの月も過(す)ぎぬ。九月になりぬれば、よなかになりまさりて、悩(なや)ましき御(おん)心地(ここち)いとどまさりて、まどろませ給(たま)ふ事(こと)かたし。かかりつかうまつりたる人々(ひとびと)もたけくおもへど、あまりになりてねふりかちなり。典侍(ないしのすけ)はむけにほけて、ひるさへねふり候(さぶら)ひ給(たま)ふ。とのの御(お)前(まへ)は、いまは何事(なにごと)をかはすべからんと思(おぼ)し召(め)しても、昔(むかし)のかまたりの大臣(おとど)のいみじう煩(わづら)ひて、よろづし給れど、やまざりけるに、震旦より渡(わた)れるあまの維摩経くやうし奉(たてまつ)りたるにこそ、おこたり給(たま)ひけれとて、ならのそうども、りうせいを始(はじ)めとして、いせき・けいにうや、さるべき人々(ひとびと)召(め)して、維〓経くやうせさせ給(たま)へと、おこたらせ給(たま)はすなりぬ。猶(なほ)いまはさるべき月日をまたせ給ひなんめりと思(おぼ)し(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにつけても、涙(なみだ)留(とど)めがたく、わが御命(いのち)もしゝまるやうにおぼさる。すべていまは何事(なにごと)も験(しるし)もなし。いかでひは殿(どの)にて、いくともしぬともと宣(のたま)へど、いかでか、御やまひのおこりし所(ところ)へはおはしまさん。御もののけの思(おも)はせ奉(たてまつ)るなめりとて、九月七日の暁(あかつき)にぞ、いま南(みなみ)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。みたうにてはさりともと思(おぼ)し召(め)しつるに、おこたらせ給(たま)はずなりぬるを、とのの御(お)前(まへ)も心(こころ)憂(う)き事(こと)に思(おぼ)しゐたり。寝殿(しんでん)の東(ひんがし)面(おもて)に、御しつらひしておはします。この日頃(ごろ)魚(いを)聞(き)こし召(め)さ
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でとてあれど、今日(けふ)はあしき日、明日(あす)八日なれば、九日のつとめて、関白(くわんばく)殿(どの)より、様々(さまざま)のいをどももて参(まゐ)りたれど、すべて御御衣(ぞ)をひきかつきて聞(き)こし召(め)すべき御けしきなし。とかくよろづに試(こころ)みさせ給(たま)へど、いまは限(かぎ)りとのみ見(み)えさせ給(たま)ふもいみじう悲(かな)し。斯(か)かる程(ほど)に、九月十余(よ)日になりぬ。心(こころ)にも御すほう、あめの僧都(そうづ)・しんよ僧都(そうづ)つかまつり給(たま)ふ。日頃(ひごろ)みだうにて苦(くる)しうつかうまつりつる女房(にようばう)、里(さと)にまかてゝ、明日(あす)のよばかり参(まゐ)らんとて出(い)づるも多(おほ)かり。よろづのおんやうじども、十四日におこたらせ給(たま)ふべき日に申(まう)したりける。そのよ御(お)前(まへ)に人々(ひとびと)候(さぶら)ふを、ともすればおこたらせ給(たま)ひて、ものなど仰(おほ)せられなどせさせ給(たま)ふと思(おも)ふに、十四日のつとめて、いかでゆすこしあみんと仰(おほ)せらるれば、侍(さぶらひ)召(め)して仰(おほ)せごとたふに、かなへとのよりよろこびをなして急(いそ)ぎつかうつかうまつれど、少(すこ)しなりとも、唯(ただ)とく<と宣(のたま)はすれば、進物所にかねやすに唯(ただ)とく<わかせて参(まゐ)らせよと、女房(にようばう)いひたれば、急(いそ)ぎたちて参(まゐ)らせたれば、ゐざりおりさせ給(たま)ひて、日頃(ひごろ)の御まし・御衣(ぞ)皆(みな)とりやらせ給(たま)ひて、あざやかなる御衣(ぞ)・をましなどにふさせ給(たま)ひて、とのおはせよとあれば、かくと人(ひと)参(まゐ)りて申せば、ゆにまかりおりたり。只今(ただいま)参(まゐ)ると申(まう)させ給(たま)へるに、限(かぎ)りとみたるにぞ急(いそ)ぎのぼらせ給(たま)ひて、御ゆかたびらながらおはしましたるに、御けしきのれいならずおはしませば、やゝ参(まゐ)り侍(はべ)ると申(まう)させ給(たま)へ
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ば、御(み)髪(ぐし)そくまねをせさせ給(たま)へば、あまにならせ給(たま)はんとやど申(まう)させ給(たま)へば、うなづかせ給(たま)ふを、泣(な)く泣(な)くなし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御かうけさせ給(たま)ふに、たもつとの給する程(ほど)、いとさはやかなり。うへの御(お)前(まへ)もいまぞ渡(わた)らせ給(たま)へれど、御めもくれまどひて、何事(なにごと)も御覧(ごらん)じわかず。しんしやう僧都(そうづ)・げうゑんもかうなど、さるべきそうどもあつまりて、かぢ参(まゐ)るに、御けしきのただかはりにかはらせ給(たま)へば、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)・大納言(だいなごん)殿(どの)など候はせ給(たま)へば、あみだ仏と申(まう)させ給(たま)へと申(まう)させ給(たま)ふに、いとよく申(まう)させ給(たま)へば、この僧(そう)達(たち)、心(こころ)あはただしうかぢ参(まゐ)りて、うけ給(たま)ふもいみじう悲(かな)し。内(うち)にも外(と)にもゆすりあひたる程(ほど)に、殿(との)原(ばら)を始(はじ)め、世(よ)の人々(ひとびと)参(まゐ)りこみゆすりみちたり。うせもておはするまゝに、とのの御(お)前(まへ)、あな悲(かな)しや。おいたるちゝはゝををきて、いづちとておはしますぞや。御供(とも)にゐておはしませと、こゑをたてゝ泣(な)かせ給(たま)ふに、この里(さと)にまかてたりし人々(ひとびと)も、いつのまにか参(まゐ)りあつまりたりけん、いといみじうゆすりみちたり。三月八日より悩(なや)ませ給(たま)ひて、万寿四年九月四日のさるのときにうせ給(たま)ひぬ。御衣(ぞ)のいとあざやかなるうへに、とのの御ころも・けさを、うへとりおほはせ給(たま)ひて、あざやかなる御衣(ぞ)ひきかつきてふさせ給(たま)へり。御(み)髪(ぐし)はゐだけばかりにやそかせ給(たま)へらんと見(み)えさせ給(たま)ふ。ゆひぎはのかみよりそかせ給(たま)へるなりけり。きれたる御(み)髪(ぐし)をとらせ給(たま)ひて、とのの御(お)前(まへ)、三位僧都(そうづ)に、これみ給(たま)へ、かくこそは長(なが)く生(おほ)し奉(たてまつ)りたり
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つれとて、ひきたてさせ給(たま)へる程(ほど)、六しやくばかりにぞ見(み)えたる。いとめもくれ、あはれと見(み)奉(たてまつ)りてなきまどひたるに、御かいの師もやがてこの僧都(そうづ)ぞつかうまつり給(たま)ひける。いとよくたもつと宣(のたま)はせつる程(ほど)は、かくやは思(おも)ひ参(まゐ)らせつる。あさましうあへなき事(こと)を、ひととののうちゆすりみちたり。女房(にようばう)達(たち)惜(を)しみつゝ、御年(とし)までいひつゞけなきたるこゑ、いとゆゝしうまが<しければ、とりわき心(こころ)うし。とのの御(お)前(まへ)、御衣(ぞ)をひきのけつゝ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、そらごとゝこそおぼゆれ。やゝと申(まう)させ給(たま)ひ、御ずゞををしもませ給(たま)ひて、仏(ほとけ)の心(こころ)うくもおはしますかな。いまゝでいけさせ給(たま)ひて、かかるめをみさせ給(たま)ふ事(こと)ゝ、いひつゞけ泣(な)かせ給(たま)ふ事(こと)も世(よ)の理(ことわり)なり。うへの御(お)前(まへ)、きえいりてふさせ給(たま)へり。関白(くわんばく)殿(どの)、御湯(ゆ)なと参(まゐ)らせ給(たま)ひて、扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。御なぶら参(まゐ)らせ給(たま)ひても、いとどいみじき御こゑなり。一品(いつぽん)の宮(みや)は、殿(との)原(ばら)あなたにわたし奉(たてまつ)り給(たま)へれば、細(ほそ)き御こゑにてなき惑(まど)はせ給(たま)ふも理(ことわり)に悲(かな)しとも世(よ)の常(つね)なり。うへの御(お)前(まへ)を御かたてすりて、関白(くわんばく)殿(どの)ゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひぬ。殿(との)原(ばら)、殿(との)をもいまは渡(わた)らせ給ひなん。いとど苦(くる)しげにおはしますと申(まう)して、あしずりをして泣(な)かせ給(たま)ふ。さりとてやはとてゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。ひさしうなりぬる御(おん)心地(ここち)にいとどしく苦(くる)しげにおはします。いと恐(おそ)ろしうてゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにつけても、いと悲(かな)し。女房(にようばう)達(たち)・大納言(だいなごん)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)などは、猶(なほ)いと近(ちか)く候(さぶら)ひ給(たま)ふ。典侍(ないしのすけ)ふくなるを、
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つぼねゆなどすゝむれどみもいれず、いといみじや。しんしやう僧都(そうづ)は御すほうはてゝ、けさうけちぐわんつかまつれど、猶(なほ)唯(ただ)にても暫(しば)しととのの御(お)前(まへ)宣(のたま)はせければ、さて候(さぶら)ひ給(たま)ひけるに、かくおはします同(おな)じ事(こと)なれど、だんもこぼたずなりぬるも、猶(なほ)人(ひと)よりはことに見(み)えたり。あきのよながしといへども、誰(たれ)かは心(こころ)安(やす)くねいり、御とのごもらんする。とのの御(お)前(まへ)すへてほれまどひておはします。さてのみやはとて、もりみち召(め)して事(こと)共(ども)とはせ給(たま)へば、御悩(なや)みの始(はじ)め、御祓なとつかうまつりしに、かからんとやは思(おも)ひかけ候(さぶら)ひし。御うらなどよろしからす候(さぶら)ひしかども、さばかりせさせ給(たま)ひし事(こと)共(ども)に、さりともてんせさせ給(たま)はじやとこそ、思(おも)ひ給(たま)へしかとて、心(こころ)うき御事(こと)ゝぞ、涙(なみだ)もうきて候(さぶら)ふ。さてもかくの日明日(あす)にこそ候ふめれ。関白(くわんばく)殿(どの)御忌日なれど、それはいませ給(たま)ふまじ。女院(にようゐん)の御忌(いみ)の日のみなんさらせ給(たま)ふべき。それにはたあたらせ給(たま)はず。さらてはえとみにせさせ給(たま)はじと申す。さらはさにこそはあめれ。おほろけにやは見(み)えさせ給(たま)はざりしとても、泣(な)かせ給(たま)ふ。きおんの東(ひんがし)おほたにと申(まう)して、ひろきの侍(はべ)り。そかたになんおはしますべきなりと申せば、さは明日(あす)まかりてぞ、さべきさまにつかうまつるべきと、仰(おほ)せごと給(たま)ひて、まかでぬ。御位(くらゐ)もさらせ給(たま)ひにしかば、御こしあるべきにあらず。こ女院(にようゐん)・四条(しでう)の宮(みや)などの御れいにて、糸毛の御車(くるま)にてと思(おぼ)し召(め)したり。その日に
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なりぬれば、つとめてより宮司(みやづかさ)、さべき人々(ひとびと)参(まゐ)りこみて、様々(さまざま)思(おぼ)し掟(おき)て仰(おほ)せらる。みちつくりののしる。とのの御(お)前(まへ)は、ちからなく思(おぼ)し召(め)されて、えあゆむまじからむずらんと泣(な)かせ給(たま)ふ。日くるゝまゝに、急(いそ)ぎののしるにつけても、宮司(みやづかさ)ども、涙(なみだ)にむせてつかうまつる。女房(にようばう)達(たち)も、つねの行啓のめでたかりつるを思(おも)ひあはするに、あさましう涙(なみだ)におほぼれまとふ。やがてその折(をり)ぞ、二火つかうまつる。女房(にようばう)えつかうまつらねば、大納言(だいなごん)・中納言(ちゆうなごん)・これつね・これのりなどのつかうまつる。さるべき御くなどいれさせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)は御忌(いみ)の日なれば、今日(けふ)は見(み)えさせ給(たま)はず。女房(にようばう)車(ぐるま)よついつゝぞ参(まゐ)る。われも<となきまどひて、こたみの御供(とも)にといひつゞくれど、さのみあるべき事(こと)ならねば、さるべき限(かぎ)り参(まゐ)るなんめり。さて御車(くるま)にのせ奉(たてまつ)りて、かきいだす程(ほど)、この御こゑども、推(お)し量(はか)るべし。一品(いつぽん)の宮(みや)、東(ひんがし)のらうのいたじきおろして、おはしますべきなれば、さしあひていみじ。乳母(めのと)達(たち)え参(まゐ)らず。宮(みや)の御こゑえ忍(しの)びあへさせ給(たま)はず。哀(あは)れに悲(かな)しとは疎(おろ)かなり。女房(にようばう)の、日頃(ひごろ)きぬどもきくや紅葉(もみぢ)や年(とし)重(かさ)ねたるうへに、ふぢのくろもの重(かさ)なる程(ほど)ぞまが<しきや。つねの行啓にあらず。をしかへしたるなり。有様(ありさま)も哀(あは)れに悲(かな)しさに、あきを限(かぎ)りと思(おも)ふべきにや、くもりなくめでたきに、つゞきたちたる御有様(ありさま)などもいみじうこそ。よもすがら人々(ひとびと)、所(ところ)御有様(ありさま)、女房(にようばう)のきぬのいろさへ見(み)えわかるゝ月なれば、自(おの)づからもの
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の心(こころ)しりたる人(ひと)は哀(あは)れにたえがたく、世(よ)のつねなき事(こと)をさへとり重(かさ)ね思(おも)ひつゞけて、女房(にようばう)の車(ぐるま)をみて思(おも)ひけり、
@ふぢごろも返(かへ)す返(がへ)すも悲(かな)しきは涙(なみだ)のかかるみゆきなりけり W314
@はな紅葉(もみぢ)折(を)りし袂(たもと)もいまはとてふぢのころもをきるぞ悲(かな)しき W315。
などぞ、人(ひと)知(し)れずわが心(こころ)どもをやりける。とのの御(お)前(まへ)おはしましもやらねば、かたにかけ奉(たてまつ)り、ひすゐ奉(たてまつ)る。殿(との)原(ばら)・人々(ひとびと)苦(くる)しうおぼさるべし。かくておはしましつきにたれば、いとひろきとのなりけり。ひるよりも明なる月なれば、何事(なにごと)も残(のこ)りなくみわかる。ましていまの御事(こと)共(ども)すがやかならぬ事(こと)にて、よふかくなる御念仏のそうども、こゑふりたてゝ泣(な)く泣(な)くあはれなるに、もののへ・心(こころ)もしらぬものどもゝ、涙(なみだ)留(とど)めがたく、やまのざす・権僧正、導師・呪願つかうまつり給(たま)ひて、いまは唯(ただ)なごりなく煙(けぶり)にてあがらせ給(たま)ふほとりいみじきや。こよひの御まかなひ、典侍(ないしのすけ)つかうまつり給(たま)ふ。さるべき女房(にようばう)などおりて、皆(みな)とりつゞきつかうまつるも更(さら)なり、たゞ思(おも)ひ遣(や)るべし。典侍(ないしのすけ)、睦月(むつき)の御まかなひ思(おも)ひいでられてなきまとふさま。さて暁(あかつき)方(がた)にはてさせ給(たま)ひぬる。御こつは、こはたの僧都(そうづ)と、宮(みや)のすけよりたふと、こはたにゐて奉(たてまつ)りぬ。あさましくひとゝころのみくもきりにまぎれさせ給(たま)ひぬるに、ありつる人々(ひとびと)皆(みな)かへり参(まゐ)れるも、かずはしらねど哀(あは)れに悲(かな)し。御忌(いみ)にごんそうじやうを始(はじ)め、さるべきそうがうたち皆(みな)候(さぶら)ひ給(たま)ふ。この
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程(ほど)の御願(ぐわん)ありつれば、枇杷(びは)殿(どの)のにしのらうにて五大尊法くりたて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)も、いと道心おはしまして、百万遍の御ねんぶつなどつねにせさせ給(たま)ふ。よき人(ひと)と申(まう)しながらも、あさましう心(こころ)うるはしう、ものむつかりなどせさせ給(たま)はざりつれば、くどくの人(ひと)とぞ推(お)し量(はか)り聞(き)こえさする。一品(いつぽん)の宮(みや)の御服(ぶく)やつれいと哀(あは)れに心(こころ)苦(ぐる)しう、ゑにもかかまほしうおはします。女房(にようばう)・宮司(みやづかさ)など、皆(みな)いとくろましたり。侍(さぶらひ)の人々(ひとびと)は、さすがにこき限(かぎ)りきぬばかまにてかうぶりをぞしたる。中宮(ちゆうぐう)も女院(にようゐん)も、おぼつかなくてやませ給(たま)ひぬる事(こと)を、哀(あは)れに悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さるべし。土御門(つちみかど)殿(どの)に、ひとゝせうへの御賀(が)に四(よ)所(ところ)さしあつまらせ給(たま)ふ、一品(いつぽん)の宮(みや)・とののうへなど、すべて六所(ところ)おはしましゝ程(ほど)などの事(こと)、昨日(きのふ)かはりとおぼゆるに、督(かん)の殿(との)の哀(あは)れに若(わか)くておはしましゝに、この御有様(ありさま)などの、すべて猶(なほ)世こそゆゝしけれ。一品(いつぽん)の宮(みや)の御方(かた)には、東宮(とうぐう)より御つかひ日々に参(まゐ)る。このはる御しつらひ・女房(にようばう)の袖口(そでぐち)思(おも)ひいつるも、いとくろきみす御几帳(きちやう)などの程(ほど)、同(おな)じ御あたりの事(こと)ゝ見(み)えぬにも、大人(おとな)しき君達(きんだち)などは涙(なみだ)ぐむ折(をり)多(おほ)かり。はかなく五七日にもならせ給(たま)ひぬれば、日頃(ひごろ)つくらせ給(たま)へる五大尊、よろづのふどうそんくやうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。そのころはあしき御もののけともにてうせさせ給(たま)ひぬれば、仏道さまたげにやとて、いまにたゞごくくへとのみ御志(こころざし)なりけり。かうしには、けうゑん法橋いといみじうつかまつる。とののうへの御(お)前(まへ)など、いみじうなか
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せ給(たま)ふ。女房(にようばう)など、あなかたはらいたと思(おも)ふまでなけば、かうしはあきれつゝをやみかちなり。御法事(ほふじ)は十月廿八日と定(さだ)めさせ給(たま)へり。それにはしろがねの御ぐどもして、あみだの三そんをぞつくり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。昨日(きのふ)のかうし、てんぢくのさかの涅槃(ねはん)の悲(かな)しみの涙(なみだ)の、いまにそのあたりのすなごにしみて、くれなゐのいろなる心(こころ)をときければ、めうぶの乳母(めのと)、里(さと)より、
@きみこふる涙(なみだ)のいろはそのかみのわかれのにはもかくや有けん W316。
かへし、べんの乳母(めのと)、
@いにしへのわかれのにはの涙(なみだ)にも身にしむ事(こと)は猶(なほ)ぞまされる W317。
事(こと)共(ども)多(おほ)かれど、えかきつゞけず。十六日の月あかきに、典侍(ないしのすけ)、
@きみがみし月ぞとおもへど慰(なぐさ)まずわかれしにはをうしとおもへば W318。
べんの乳母(めのと)、
@ながめけん月のひかりをしるべにてやみをもてらすかげとそふらん W319。
少将(せうしやう)の乳母(めのと)、
@たちのぼるくもとなりにしきみゆへに月ぞうき世(よ)のかげとのみみる W320。
五節(ごせつ)のきみ、
@うけれどもみしおもかげの恋(こひ)しさにこよひの月をあかずみるかな W321
@などてきみくもかくれけんかくばかりのどかにすめる月もあるよに W322。
少将(せうしやう)、
@さやかなる月とはいさや見(み)えわかず。たゞかきくもる心地(ここち)のみして W323。
かくて、七々日の御有様(ありさま)、せさせ給(たま)ふ事(こと)共(ども)。えかきつゞけず。この度(たび)の御仏(ほとけ)つくらせ給(たま)ふ御かざりの御れうには、やまとのかみやすまさの朝臣(あそん)のかり、たまを召(め)しに遣(つか)はしたれば、京の家(いへ)に奉(たてまつ)るべき
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由(よし)いひ上(あ)げたれば、参(まゐ)らずとて、いづみそへたり、
@かずならぬ涙(なみだ)のつゆを添(そ)へてだにたまのかざりをまさんとぞ思(おも)ふ W324。
同(おな)じ御れうのたまを、権大夫(ごんだいぶ)ためまさがこひたりければ、あかぞめ、
@わかれにしたまはかへすにかたけれど涙(なみだ)のみこそそでにかかれる W325。
とのの御(おん)心地(ここち)も、こぞよりかく悩(なや)ましうおはしませば、御(み)堂(だう)の事(こと)よるひる急(いそ)がせ給(たま)ふ。此(こ)の宮(みや)の御事(こと)ののち、いとど苦(くる)しうなりまさらせ給(たま)へれば、哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くおぼさる。いと恐(おそ)ろしき事(こと)になげき給(たま)へれば、御法事(ほふじ)のそうのほうぶく御誦経(じゆぎやう)のれうの御衣(ぞ)の事(こと)、そめ殿(どの)にも大方(おほかた)の人々(ひとびと)も急(いそ)ぎみちたり。斯(か)かる程(ほど)に、はかなく廿七日になりぬれば、あみだだうにしやうごん・しつらひなどせさせ給(たま)ふ。また暁(あかつき)にとののうへの御(お)前(まへ)・一品(いつぽん)一(ひと)つ御車(くるま)にて渡(わた)らせおはします。とのの宮(みや)など、女房(にようばう)車(ぐるま)廿ばかりあり。宮(みや)の女房(にようばう)こたみばかりの宮仕(みやづか)へと思(おも)ふに、残(のこ)りなく参(まゐ)りたり。よろづまたくらき程(ほど)にておぼつかなけなれば、くはしくかきあらためず。おはしましつきて、このたうの北(きた)の方(かた)のらうにおりさせ給(たま)ふ。あかくなるにみれば、御(お)前(まへ)より始(はじ)め、皆(みな)すみぞめにおはしましあふに、いとど悲(かな)し。よろづしたてゝ、ひつじのときばかりにぞ事(こと)始(はじ)まる。所々(ところどころ)の御誦経(じゆぎやう)も、にはの面(おもて)見(み)えぬとて、池(いけ)の際(きは)を出(いだ)して積(つ)み渡(わた)したり。とのの御(お)前(まへ)・女院(にようゐん)・中納言(ちゆうなごん)・関白(くわんばく)殿(どの)、まだ<の殿(との)原(ばら)、一品(いつぽん)の宮(みや)
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宮司(みやづかさ)ども、しもべまで、忝(かたじけな)きまでつかうまつる事(こと)かたはらいたし。女房(にようばう)の御誦経(じゆぎやう)、皆(みな)きぬをぞつゝみてつかうまつる。御誦経(じゆぎやう)に御しやうぞく二くだりなり。れいの御しやうぞくに、またあまの御しやうぞく、ひるのにてせさせ給(たま)へり。御しやうぞくをみて、典侍(ないしのすけ)、
@かけてだに思(おも)ひかけきやからごろもかたみに涙(なみだ)かけんものとは W326
かへし。べんの乳母(めのと)、
@はなにのみそめし袂(たもと)をうちかへし涙(なみだ)のかかるいろぞ悲(かな)しき W327。
仏(ほとけ)はこのつくらせ給(たま)へるあみだの三ぞん、御経(きやう)程(ほど)の推(お)し量(はか)るべし。かうしなど申(まう)しつゞけ給(たま)ふ有様(ありさま)、中<なるものまねびなればかかず。かくて事(こと)共(ども)はてぬれば、かきさましたるに、一品(いつぽん)の宮(みや)はやがて今日(けふ)の御つぼねにとどまらせ給(たま)ひぬ。十二月(じふにぐわつ)二日御忌日なれば、それすごして、九日枇杷(びは)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ふべきなりけり。とのの御(お)前(まへ)よろづをしきはめさせ給(たま)ひて、いとど心(こころ)のどかに、あかれに悲(かな)しうおぼさる。御(おん)心地(ここち)の悩(なや)ましさまさらせ給(たま)へれど、この御事(こと)をのみ心(こころ)にかけ思(おぼ)し召(め)しつるに、よさりつかたよりいと苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)さるれば、たえがたくてふさせ給(たま)ひぬ。



栄花物語詳解巻三十


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〔栄花物語巻第三十〕 つるのはやし
殿(との)の御(お)前(まへ)、かしこく、此(こ)の心地(ここち)の昨日(きのふ)の法事(ほふじ)を遂(と)げさせつる事(こと)ゝ思(おぼ)し召(め)す。御忌日は来月(らいぐわつ)五日なり。それは皆(みな)御経(きやう)仏(ほとけ)など万(よろづ)皆(みな)具(ぐ)したれば、いと安(やす)き事(こと)ゝ仰(おほ)せられて、いとまめやかに苦(くる)しげにおはしませば、殿(との)原(ばら)御(おん)心地(ここち)惑(まど)はせ給(たま)へり。月頃(ごろ)上(うへ)の御(み)堂(だう)、定基(ぢやうき)僧都(そうづ)の御坊におはしませば、程(ほど)せばくて、ここらの殿(との)原(ばら)・人々(ひとびと)参(まゐ)りこみ給(たま)へるに、騒(さわ)がしければ、いかでかく騒(さわ)がしからであらばやと宣(のたま)はすれば、いみじう忍(しの)ばせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)は猶(なほ)一品(いつぽん)の宮(みや)のおはします。関白(くわんばく)殿(どの)、御祈(いの)り・御すほうの事(こと)などをきてさせ給(たま)へば、更(さら)に更(さら)に。己(おのれ)をあはれと思(おも)はん人(ひと)は、此(こ)の度(たび)の心地(ここち)に祈(いの)りせんは中々(なかなか)恨(うら)みむとす。己(おのれ)をば悪道(あくだう)におちまとはさはこそはあらめ。たゞ念仏(ねんぶつ)をのみきくべき。此(こ)の君達(きみたち)、更(さら)に更(さら)になよりいませそなど仰(おほ)せらるれば、御もののけの思(おも)はせ奉(たてまつ)るめりなどざゞめき宣(のたま)はすれば、御祈(いの)りたえたり。日頃(ひごろ)になるまゝにいと苦(くる)しげにおはします。十一月(じふいちぐわつ)になれば、宮(みや)の御正日の事(こと)せさせ給(たま)ひつ。
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内(うち)・東宮(とうぐう)にも、此(こ)の御悩(なや)みをいみじき事(こと)に思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ひたり。御(おん)心地(ここち)俄(にはか)におもきにはおはしまさねど、去年(こぞ)より例(れい)の様(やう)にもおはしまさず、物(もの)聞(き)こし召(め)さて、久(ひさ)しうならせ給(たま)ひたるに。此(こ)の宮(みや)の御事(こと)をいみじう思(おぼ)し召(め)しくづをれさせ給(たま)へるつゞきなれば、かくいとよはげにおはしますなりけり。月頃(ごろ)もすべて御祈(いの)りせさせ給(たま)はず。たゞ此(こ)の御(み)堂(だう)の内(うち)の御仏(ほとけ)をみ給(たま)ふ事(こと)を、よるひるいとなみ思(おぼ)し召(め)して、安(やす)きいも御殿(との)ごもらずなどありければ、いかにとのみ殿(との)原(ばら)・宮(みや)原(ばら)思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)へるに、かく上(うへ)おはしまば、いと心(こころ)憂(う)く思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。わが御心地(ここち)にも、此(こ)の度(たび)は限(かぎ)りの度(たび)なり。更(さら)に更(さら)に物(もの)騒(さわ)がしき有様(ありさま)あらでありなんと宣(のたま)はす。すべて物(もの)をつゆ聞(き)こし召(め)さねば、いと頼(たの)もしげなくおはします。殿(との)の上(うへ)・女院(にようゐん)など渡(わた)らせ給(たま)ひて、泣(な)く泣(な)く見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、とくとくかへらせ給(たま)ひねとのみ申(まう)させ給(たま)へば、心(こころ)のとかならぬを、口(くち)惜(を)しう心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)し召(め)さる。内(うち)・東宮(とうぐう)より御つかひひまなく参(まゐ)る。斯(か)かる程(ほど)に、霜月(しもつき)の十余(よ)日にもなりぬ。五節(ごせつ)の事(こと)共(ども)とののしれど、殿(との)原(ばら)・宮(みや)はら御服(ぶく)なれば、御覧(ごらん)などもなく、こよなくさうさし。中宮(ちゆうぐう)は五節(ごせつ)いたし給(たま)へば、中宮(ちゆうぐう)よりもわらはのしやうぞくえならずして、奉(たてまつ)らせ給(たま)へれ、それ思(おぼ)し召(め)す事(こと)共(ども)あれば、御(おん)心地(ここち)もそらなり。いまは出(い)でさせ給(たま)はんとのみ、おぼつかなさを歎(なげ)かせ給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)のしばし
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と申(まう)させ給(たま)へば、霜月(しもつき)の廿日の程(ほど)にもなりぬ。十九日(じふくにち)のよさりは一品(いつぽん)の宮(みや)、枇杷(びは)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ふ御をきて仰(おほ)せられて、渡(わた)らせ給(たま)はんまゝに、やがてこなたへ渡(わた)らせ給(たま)へと申(まう)させ給(たま)へば、やがて殿(との)の御(お)前(まへ)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。火影(ほかげ)に見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、くろつるばみの御こうちぎに、けざやかなる御いろの程(ほど)・有様(ありさま)など、いとさゝやかに美(うつく)しげにおはします。いみじう泣(な)かせ給(たま)ひて、おぼつなゝがらいかでかとてなん。さはよふけぬさきに渡(わた)らせ給(たま)へ。みたり心地(ここち)よろしくもなり侍(はべ)らはこそは参(まゐ)りとへらめ。はや<此(こ)の御をくりとし<と申(まう)させ給(たま)へば、関白(くわんばく)殿(どの)・殿(との)原(ばら)内(うち)そゝへてわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)のみつの御(お)前(まへ)は、恥(は)づかしくてともかくもさせ給(たま)はざりつれど、万(よろづ)哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、人(ひと)知(し)れず歎(なげ)かせ給(たま)ふ。万(よろづ)に哀(あは)れに悲(かな)しき御わたりなり。殿(との)原(ばら)おはしまし、昔(むかし)の女房(にようばう)皆(みな)候(さぶら)へば同(おな)じ様(やう)なれど、たゞ一所(ところ)おはしまさぬのみ、返(かへ)す返(がへ)すあさましきや。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の上(うへも、此(こ)の頃(ごろ)御(み)子(こ)産(う)みの事(こと)あへければ、三条(さんでう)なるあきのぜんしよしすけが家(いへ)に渡(わた)らせ給(たま)ふにも、やがておぼつかなさに渡(わた)らせ給(たま)ふ。万(よろづ)いと悲(かな)しくて、何事(なにごと)もしり聞(き)こえぬなり。疎(おろ)かなるに思(おぼ)しぞ。いまざるべき物(もの)は奉(たてまつ)らん。しろきしのどもいるわざをなど、哀(あは)れに申(まう)させ給(たま)へば、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の上(うへ)も忍(しの)びあへず泣(な)かせ給(たま)ふ。いかに<と泣(な)く泣(な)くかへらせ給(たま)ひぬ。斯(か)かる程(ほど)に、中宮(ちゆうぐう)出(い)でさせ給(たま)ひぬ。いまゝで見(み)
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奉(たてまつ)らざりける事(こと)ゝ、いみじう泣(な)かせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)・上(うへ)の御(お)前(まへ)などは、始(はじ)めよりおはしませば、中宮(ちゆうぐう)さへにおはしまさん事(こと)ゝ、いとひんなき事(こと)なり。事(こと)の煩(わづら)ひあり。はやうにし殿へ渡(わた)らせ給ねと聞(き)こえさせ給(たま)ひけれど、たゝかくておはします。殿(との)の御(お)前(まへ)いと苦(くる)しうならせ給(たま)へば、此(こ)のじひと思(おぼ)し召(め)して、年(とし)ころ御てづからかかせ給(たま)ひける御さうじ二三条(さんでう)はかり候(さぶら)ひけるを、女院(にようゐん)に奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとて、殿(との)、
@かぜふくと昔(むかし)の人(ひと)のことのはを君がためにぞかきあつめける W328
御かへし、女ゐん、
@慰(なぐさ)めも乱(みだ)れもしつゝまがふかなことのはにのみかかるみなれば W329。
また殿(との)、
@ことのはもたえぬべきかな世(よ)のなかに頼(たの)むかたなき紅葉葉(もみぢば)のみは W330。
かくて、日頃(ひごろ)にならせ給(たま)へば、「本意(ほい)のさまにてこそは、同(おな)じくは」とて、あみだだうに渡(わた)らせ給(たま)ふ。もとの御念誦(ねんず)のまにぞ、御しつらひしておはします。たかきひやうぶをひきまはしてたてさせ給(たま)ふ、人(ひと)参(まゐ)るまじくかまへさせ給(たま)へり。ことなる事(こと)なければ、おきあがらせ給(たま)はず。猶(なほ)物(もの)つゆ聞(き)こし召(め)せと、殿(との)原(ばら)申(まう)させ給(たま)へば、いみじうむつからせ給(たま)ふ。内(うち)よりも、東宮(とうぐう)よりも、かくいまゝて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬなげきの御消息(せうそく)しきれば、よからん日しておはしまさせ給(たま)へかし。たゞ思(おも)ひごとは、いとなめげにふしながら御覧(ごらん)ぜむ事(こと)思なり。さらばよき日してと宣(のたま)はす。此(こ)の月廿五日よろしき日なれば、その日行幸(ぎやうがう)の御用意(ようい)あり。東宮(とうぐう)の行啓は同(おな)じ日ある
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べけれど、心(こころ)あはただしかるべければ、同(おな)じ月の廿八日と定(さだ)めさせ給(たま)ふ。さて、その日になりて、たつのときばかりに行啓あり。昨日(きのふ)、御ぐしどそらせ給(たま)ひて、御袈裟(けさ)・衣(ころも)など奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、世(よ)のつねの御有様(ありさま)にて御脇足にをしかかりておはします。上(うへ)いといみじう哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、せきも留(とど)めず泣(な)かせ給(たま)ふ。あさましうあらぬ。ひとに細(ほそ)らせ給(たま)へる有様(ありさま)、哀(あは)れに悲(かな)しく心(こころ)憂(う)く見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。さて何事(なにごと)をか思(おぼ)し召(め)す事(こと)共(ども)はあると聞(き)こえさせ給(たま)へば、いまは此(こ)のよにすべて思(おも)ふ事(こと)候はず。世(よ)の中(なか)に公(おほやけ)の御後見(うしろみ)つかうまつりたる人々(ひとびと)多(おほ)かるなかに、上(あが)りてもかばかり幸(さいはひ)あり、すべき事(こと)の限(かぎ)りつかうまつりたる人(ひと)候(さぶら)はす侍(はべ)り。まづは、公(おほやけ)の祖父(おほぢ)や、舅(をぢ)やなどこそは、かやうにて候(さぶら)ふに、まだかゝる折(をり)の行幸(ぎやうがう)候はす。ちゝ御門(みかど)・はゝぎさきの御事(こと)にこそは候ふめれ。それそら、さじもあらぬたぐひども数多(あまた)候(さぶら)ふ。まづ近(ちか)うは三条(さんでう)院(ゐん)六月に位(くらゐ)につかせ給(たま)ひて、十月七日、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の御ここち重(おも)らせ給(たま)ひし、行幸(ぎやうがう)あるべく仰(おほ)せられしかど、諸卿(きやう)の定(さだ)めに、猶(なほ)御もののけのいと恐(おそ)ろしうおはしますよし申(まう)し侍(はべ)りしかば、行幸(ぎやうがう)候はずなりにき、いとさはやかに申(まう)しつゞけさせ給(たま)へば、此(こ)の御(おん)心地(ここち)はちからなけさのいみじきにこそあんめれ。御(おん)心地(ここち)は夢(ゆめ)にかはらせ給(たま)はすなし。あはれやめ奉(たてまつ)らばやとおぼすに、いと悲(かな)しうて、おぼさんまゝの事(こと)宣(のたま)へと、返(かへ)す返(がへ)す申(まう)させ給(たま)へば、すべて思(おも)ふ事(こと)候はず。世始(はじ)まりてのち、此(こ)の行幸(ぎやうがう)
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こそは例(ためし)に候ふめれ。これよりほかの事(こと)は何事(なにごと)かは。たゞし。此(こ)の御(み)堂(だう)の事(こと)つかうまつりつる男(をのこ)どもをなん、いちどの事(こと)をせんと思(おも)ひ給(たま)へつると申(まう)させ給(たま)へば、いと安(やす)き事(こと)なりとて、関白(くわんばく)殿(どの)のかみの家(いへ)司(づかさ)いなはのぜんしちかたゞをばよりあきらがかはりのみのになさせ給(たま)ふ、しもの家(いへ)司(づかさ)。左衛門(さゑもん)のかうためかたをば、使かけさせ給(たま)ふ宣旨(せんじ)くださせ給(たま)ふ。また御(み)堂(だう)には五百戸の御封よせさせ給(たま)ふ宣旨(せんじ)くだりぬ。殿(との)の御(お)前(まへ)いみじう嬉(うれ)しきなりと、返(かへ)す返(がへ)す泣(な)く泣(な)くよろこび申(まう)させ給(たま)ふ。上(うへ)はまた何事(なにごと)をもと思(おぼ)し召(め)さるれど、また申(まう)させ給(たま)ふ事(こと)なきを、口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)さる。女院(にようゐん)の御方(かた)にいらせ給(たま)へれば、女院(にようゐん)いみじく泣(な)かせ給(たま)ひて、殿(との)のいみじう嬉(うれ)しき事(こと)によろこびなき給(たま)ふ。返(かへ)す返(がへ)す嬉(うれ)しき事(こと)ゝよろこび申(まう)させ給(たま)ふ。哀(あは)れに心(こころ)憂(う)き事(こと)み給(たま)ふると、いみじう泣(な)かせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)さておはしませば、同(おな)じさまの御事(こと)共(ども)こそは。たいめんなどはとみにえあるまじきにこそなど、哀(あは)れにかたらひ申(まう)させ給(たま)ふ。さていととくかへらせ給(たま)ひぬ。公(おほやけ)より此(こ)の御(み)堂(だう)に、きぬ三百ひき・ぬの千だん、誦経(じゆぎやう)に行(おこな)はせ給(たま)ふなり。殿(との)の御寿命のための御誦経(じゆぎやう)なりけり。その程(ほど)げに世(よ)の例(ためし)にしつべく、ふりがたうめでたき御有様(ありさま)なり。ひとゝせの御(み)堂(だう)くやうに行幸(ぎやうがう)行啓など思(おぼ)しあはせられてかへらせ給(たま)ひぬ。かくて八日になりぬれば、東宮(とうぐう)の行啓あり。同(おな)じく殿(との)の御(お)前(まへ)、一日の様(やう)にさるべきさまにておはします。東宮(とうぐう)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、哀(あは)れに
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あさましきまで泣(な)かせ給(たま)へば、殿(との)もいみじう泣(な)かせ給(たま)ふ。あべい事(こと)共(ども)申(まう)させ給(たま)ひて、いみじう泣(な)かせ給(たま)ふにも、御心(こころ)の内(うち)に、我よにあはせ給(たま)はずなりぬる事(こと)を、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しうもあるかな。心(こころ)の程(ほど)見(み)え奉(たてまつ)らんと思(おも)ひつるものをとおぼさるゝにいと悲(かな)しう思(おぼ)し召(め)さるゝなりけり。いまはかく行幸(ぎやうがう)・行啓にまかりあひぬれば、いまなんおぼつかなく心(こころ)とまる事(こと)なくて、ごくらくにも心(こころ)きよく参(まゐ)り侍(はべ)るべきとても泣(な)かせ給(たま)へば、いとど哀(あは)れにいみじう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)の御方(かた)にいらせ給(たま)ひても、此(こ)の御事(こと)よりほかの事(こと)は何事(なにごと)かあらん。さてもとくかへらせ給(たま)ふ。暫(しば)しもとおもへど、おきね給(たま)へるかいと苦(くる)しければと宣(のたま)はせても、また泣(な)かせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)、いまはいと心(こころ)安(やす)し。今日(けふ)まで世(よ)にはありつるなりと宣(のたま)はするにつけても、僧俗(そうぞく)そこらの人々(ひとびと)涙(なみだ)をながせど、いみじう忍(しの)びやかなり。そののちは、内(うち)にも東宮(とうぐう)にも、おぼつかなく思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひて、思(おぼ)しいりたるも恐(おそ)ろしうて、御慎(つつし)みあり。御門(みかど)いみじうあそびごゝろおはしませど、此(こ)の御悩(なや)みの後(のち)の世を思(おぼ)ししめり、あはれなる御けしきにおはします。いづかたよりも御つかひ頻(しき)り参(まゐ)りつづきたり。つくし・みちの国の守を放(はな)ちての国のかみ、残(のこ)るなく参(まゐ)りあつまりたり。らいねんはかはりなるべきくに<などは年(とし)も残(のこ)りなくなりぬるに、いとわりなき事(こと)におもへど、いかでかはらて、何(なに)をもしらぬさまにのぼり
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あつまるさんめり。また御(み)堂(だう)のゑなどに参(まゐ)りこみしあまどもは、かずをつくして、たゞ此(こ)の御(み)堂(だう)のあたりをさらす。よるひるひたいにてをあてゝねんじ奉(たてまつ)りたり。ひさうもおはしまさば、いかにあはれと人(ひと)知(し)れず、なげきどもゝあはれなり。此(こ)の御(み)堂(だう)は三時の念仏(ねんぶつ)つねの事(こと)なり。此(こ)の頃(ごろ)は、さるべきそうかう・凡価どもかはりて、やがてふだんの御念仏(ねんぶつ)なり。さればいみじうたうときも、やがてきゝあへるなりけり。三位中将(ちゆうじやう)入道(にふだう)、たゝの折(をり)こそあらめ、かかる折(をり)にはいかでかと、殿(との)の上(うへ)せちに聞(き)こえさせ給(たま)へば、参(まゐ)り給(たま)ひて、御枕上(まくらがみ)にて、念仏(ねんぶつ)たえずすゝめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。やまのざすつねに参(まゐ)り給(たま)ひて、いみじき事(こと)共(ども)を申(まう)しきかせ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、ともすれば内(うち)ひそみなき給(たま)ふ。只今(ただいま)はすべて此(こ)のよに心(こころ)とまるべく見(み)えさせ給(たま)はず。此(こ)のたてたる御屏風(びやうぶ)のにし面(おもて)をあけさせ給(たま)ひて、九たいのあみだ仏(ほとけ)をまもらへさせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。いみじき智者もしぬる折(をり)は、みつのあひをこそおこすなれ。まして殿(との)の御有様(ありさま)は、様々(さまざま)めでたき御事(こと)共(ども)を、思(おぼ)し放(はな)ちたるさま、のちのよはたしるく見(み)えさせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)をだに、いまはあひ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ事(こと)おほろけに申(まう)させ給(たま)ひてぞ、さはとて、たゞはつかなる程(ほど)にて、はやかへらせ給ね<と申(まう)させ給(たま)ふ。すべて臨終念仏(ねんぶつ)思(おぼ)しつゝけさせ給(たま)ふ。仏(ほとけ)のさうかうにあらずよりほかのいろをみんと思(おぼ)し召(め)さず、ふつほうの声(こゑ)にあらずより外(ほか)の余(よ)の声(こゑ)を聞(き)かんと思(おぼ)し召(め)さず。ごしやうの事(こと)よりほかの
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事(こと)を思(おぼ)し召(め)さず。御めにはみだによらいのさうかうを見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、〔御〕耳(みゝ)にはかう尊(たうと)き念仏(ねんぶつ)を聞(き)こし召(め)し、御心(こころ)にはごくらくを思(おぼ)し召(め)しやりて、御てにはみだによらいの御てのいとをひかへさせ給(たま)ひて、きた枕まくら)ににしむきにふさせ給(たま)へり。万(よろづ)に此(こ)のそうども見(み)奉(たてまつ)るに、猶(なほ)ごんじやにおはしましけりと見(み)えさせ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)の内(うち)に坊して候(さぶら)ひ給(たま)ふ僧(そう)達(たち)、御(み)堂(だう)どうじにいたるまで、たゝ物(もの)にあたりてみづをあみ、人(ひと)知(し)れぬゝかをつき、仏(ほとけ)をいりもみ奉(たてまつ)る。御(み)堂(だう)<のそうなどさしあつまりて、かひひさをして、そらをあふぎて、いかて御みにかかる物(もの)のかずにもあらぬ身を、かはり奉(たてまつ)らん<と思(おも)ひ、涙(なみだ)をながすもいみじうあはれなり。世(よ)の中(なか)の尼(あま)共(ども)は、阿弥陀(あみだ)堂の簀子(すのこ)の下(した)に集(あつま)り居(ゐ)て、十まん世界(せかい)の諸仏の世(よ)に出(い)でさせ給(たま)ひて、きゑんすでにつくれば、必(かなら)ずめつどにいり給(たま)ふ。近(ちか)くさかによらいにして仏道なり給(たま)へり。八十にして涅槃(ねはん)にいり給(たま)ふ。仏日すでに涅槃(ねはん)のやまにいり給ひなば、生死(しやうじ)の闇(やみ)に惑(まど)ふべし。たじこれはひじやうにしやうをとなへ。ひめつにめつをげんじ給(たま)ひしが如(ごと)く、誠(まこと)にめつし給(たま)はずは、いかに嬉(うれ)しからんや。十二月(じふにぐわつ)二日、つねよりもいと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・上(うへ)の御(お)前(まへ)も、いとゆゝしう思(おも)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、関白(くわんばく)殿(どの)にせちに申(まう)させ給(たま)へば、人々(ひとびと)いたして見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、哀(あは)れに悲(かな)しういみじうて、程(ほど)<御こゑたてさせ給(たま)ひつべし。さてかへらせ給(たま)ひぬれば、僧(そう)達(たち)近(ちか)う候ひて、御念仏(ねんぶつ)をして、きかせ奉(たてまつ)る。されど、その日をこたら
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せ給(たま)ひつ。此(こ)の程(ほど)、内(うち)・東宮(とうぐう)より御つかひいみじかりつ。いまに猶(なほ)よはげにおはしませど、たゞ此(こ)の御念仏(ねんぶつ)のをこたらせ給(たま)はぬにのみ、おはしますちやうにてあるなり。またの日も、いまや<と見(み)えさせ給(たま)へれど、事(こと)なくて過(す)ぎさせ給(たま)ひぬ。四日みのときばかりにぞうせさせ給(たま)ひぬる様(やう)なる。されどむねよりかみは、まだ同(おな)じ様(やう)にあたゝかにおはします。猶(なほ)御くちうごかせ給(たま)へば、御念仏(ねんぶつ)せさせ給(たま)ふと見(み)えたり。そこらのそうなみたをながして、御念仏(ねんぶつ)のこゑ惜(を)しまずつかうまつり給(たま)ふ。臨終の折(をり)は、風火まづさるがゆへに、とうねちして苦多(おほ)かり。ぜごんの人(ひと)は地水まづ去(さ)るが故(ゆへ)に、緩慢して苦(くる)しみなしとこそはあんめれ。されば善根者と見(み)えさせ給(たま)ふ。哀(あは)れに内(うち)・東宮(とうぐう)の御つかひぞひまなき。日頃(ごろ)いみじう忍(しの)びさせ給(たま)へる殿(との)原(ばら)・御(お)前(まへ)達(たち)、こゑも惜(を)しませ給(たま)はず。けにいみじや。御(み)堂(だう)の内(うち)の怪(あや)しの法師(ほふし)原(ばら)の物(もの)思なげなりつるが、庭(には)のまゝに臥(ふ)しまろぶ、げにいみじ。世界(せかい)の尊(たうと)きあま法師(ほふし)さへあつまりて、仏(ほとけ)のよにいで給(たま)ひて、よをわたし給(たま)へる、涅槃(ねはん)のやまにかくれ給(たま)ひぬ。我(われ)らが如(ごと)きいかに惑(まど)はんとすらん」など、いひ続(つゞ)け泣(な)くも、いみじう悲(かな)し。夜半(なか)過(す)ぎてぞ冷(ひ)え果(は)てさせ給(たま)ひける。御棺は悩(なや)みそめさせ給(たま)ひし日よりつくらせ給(たま)へれば、やがて入棺し奉(たてまつ)りつ。いみじう御こゑともまさなきまでおはしまさふ。またの日おんやうじ召(め)してとはせ給(たま)ふに、七日のよせさせ給(たま)ふべし。所(ところ)は鳥辺野(とりべの)と定(さだ)め申(まう)してまかでぬ。
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七日になりぬれば、つとめてより急(いそ)ぎせさせ給(たま)ふ。例(れい)の事(こと)とも推(お)し量(はか)るべし。日くれぬれば、御車(くるま)にかきのせ奉(たてまつ)りておはしますに、その日つとめてよりよるまでゆきいみじうふる。さるべき人々(ひとびと)、例(れい)のさうぞくの上(うへ)に怪(あや)しの物(もの)共(ども)著(き)て、雪(ゆき)消(ゝ)え敢(あ)えず降(ふ)りかゝりたるも、様々(さまざま)に哀(あは)れに悲(かな)し。万(よろづ)事(こと)削(そ)ぎて、たゞかたの様(やう)にと仰(おほ)せられけれど、事(こと)限(かぎ)りありて人(ひと)の続(つゞ)きたちたる程(ほど)、十廿丁ばかりありぬべし。今(いま)は出(い)でさせ給(たま)ふ。無量(むりやう)寿院(ゐん)の南(みなみ)のもんのわきの御門(みかど)より出(い)でさせ給(たま)ふ。かのさかにうめつの時(とき)、かの拘尸那(くしな)城の東(ひんがし)もんより出(い)でさせ給(たま)ひけんにたがひたる事(こと)なし。九まん二せんあつまりたりけんにもをとらずあはれなり。此(こ)の世界(せかい)の尼(あま)共(ども)、心(こころ)をつくして参(まゐ)りをくり奉(たてまつ)れど、そこらある人(ひと)なれば、いづれともしりがたし。万寿四年十二月(じふにぐわつ)四〔日〕うせさせ給(たま)ひて、朔日(ついたち)七日のよ御葬送(さうそう)御年(とし)六十二にならせ給(たま)ひけり。儀式(ぎしき)有様(ありさま)に夜もたゞふけに更(ふ)けもてゆく。所々(ところどころ)の念仏(ねんぶつ)そう、なら・三井寺(みゐでら)・ひえ・岩倉(いはくら)・にんわじ・よかは・法性寺、すべていひもやらずかずをつくしたり。やまざす御どうしつかまつり給(たま)ふ。猶(なほ)始(はじ)めをはりみちびき奉(たてまつ)るべきにこそありけれ。さきだち奉(たてまつ)る様(やう)もあらましかばと、まづ悲(かな)しく涙(なみだ)をながし給(たま)ふ。さてえつかまつりやり給(たま)はず、夜更(ふ)けてなりやみいと静(しづ)かなる、いひ続(つゞ)け給(たま)ふ事(こと)もいとどしき涙(なみだ)のもよほしなり。浄飯王入滅度のあした、悉達太子(しつだたいし)銀(しろがね)の棺(ひつぎ)を荷(にな)ひ、摩耶夫人真如に帰(かへ)り給(たま)ひし
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ゆふべ、五百らかんくれなゐの涙(なみだ)をながしき。ふしやうふめつの仏(ほとけ)そら、猶(なほ)あひべつりく・無去無来を離(はな)れ給(たま)はずなどいひつゞけ給(たま)ひて、六だうにあひ給(たま)はんぶつ・ぼさつに申すべき様(やう)など、一々につゞけ給(たま)ふ。此(こ)のなかに十六字あり、諸行無常(しよぎやうむじやう)、ぜしやうめつほう、しやうめつ<い、じやくめつゐらく、その所(ところ)何(なに)の心(こころ)かありとゝはゞ、すなはちそんれうこたへ給(たま)ふべし、諸行無常(しよぎやうむじやう)はてん上にのぼるちゑはしなり。ぜしやうめつほうはあひよくのかはを渡(わた)るはんにやのふねなり。しやうめつ<いはつるぎのやまをこゆる宝車(ぐるま)なり、じやくめつゐらくはじやうどに参(まゐ)る八さうじやうだうの義果也。無量(むりやう)無数の賢衆きたりて、此(こ)の所(ところ)はいづれのきやうろんのもんぞととはゞ、こたへ給(たま)ふべし。諸行無常(しよぎやうむじやう)増一阿含経のもんなり。ぜしやうめつほうは大はんやきやうもんなり。しやうめつ<いは花厳経文なり。じやくめつゐらくは後教涅槃経(ねはんきやう)の文なりとこたへ給(たま)ふべきなり。此(こ)のさば世界(せかい)はねがひすむべき所(ところ)にもあらず。輪王(りんわう)の位(くらゐ)久(ひさ)しからず、てん上のたのしみも五すいはやくきたり、内侍(ないし)いはんや世(よ)の人(ひと)をや。事(こと)ゝ願とたがひに楽とゝもなり。かるがゆへにきやうにいはく、出(い)づる息(いき)は入(い)る息(いき)を待(ま)たず、入(い)る息(いき)は出(い)づる息(いき)を待(ま)たず。たゞ眼の前(まへ)に楽(たの)しび去(さ)り、悲(かな)しび来(きた)るのみならず、また命終にのぞむで、つみにしたがひてくにをつ。尊霊かのさいほう世界(せかい)にむまれ給(たま)ひなば。らくをうけ給(たま)はんとき、極もなく、人天(にんでん)交(けう)じて相見(あひみ)る事(こと)を得(え)給(たま)ふ。また限(かぎ)りなきたのしひを得(え)給(たま)ふべし。かるがゆへに、此(こ)の世界(せかい)につゆの心(こころ)とまらず。仏(ほとけ)の御をしへの如(ごと)くにて、さいごの御念仏(ねんぶつ)みださせ給(たま)は
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ざりつ。頼(たの)もしきかな。いまはごくらくの上ぼん上しやうの御つかひと頼(たの)み奉(たてまつ)るなど、いみじう哀(あは)れに悲(かな)し。かやうの道の師などは、いみじき御門(みかど)のきみと申せど、たゞ事(こと)の始(はじ)めをこそよむめれば、年(とし)頃(ごろ)の御師・弟子の契(ちぎ)りにおはしましつれば、泣(な)く泣(な)く残(のこ)りなく、むじやうの作法(さほふ)をも、さるべき事(こと)をも、心(こころ)の限(かぎ)り申(まう)し給(たま)ふ。せんかたなくたうとく悲(かな)し。諸行無常(しよぎやうむじやう)の頌(じゆ)をば、ゞ涅槃経(ねはんきやう)の偈とのみこそしりたりつれ、おほくの事(こと)共(ども)ゝたり給(たま)へりける物(もの)を、上(うへ)こそ雪山童子身にもかへけめときく人々(ひとびと)のみあり。六だうのぶつ・ぼさつの御なども、泣(な)く泣(な)く皆(みな)いひつゞけ給(たま)へれど、えきゝ留(とど)めずなりぬるこそ口(くち)惜(を)しけれ。さて万(よろづ)に悲(かな)しくて、暁(あかつき)方(がた)にぞ殿(との)原(ばら)・さべきそうなどあつまりて、御こつひろはせ給(たま)ひて、かめにいれて、右中弁のりのぶ。かけ奉(たてまつ)りて、さだめき僧都(そうづ)もろともにこはたにゐて奉(たてまつ)りつ。さべき年(とし)頃(ごろ)の人々(ひとびと)皆(みな)参(まゐ)る。さて殿(との)原(ばら)かへらせ給(たま)ひて御(み)堂(だう)に皆(みな)おはしましぬ。何事(なにごと)も哀(あは)れに悲(かな)しかりつるに、忠命内供(ないぐ)といふ人(ひと)こそ、鳥辺野(とりべの)にておぼえけれ。後(のち)にもり聞(き)こえたりし、
@煙(けぶり)たえゆきふりしける鳥辺野(とりべの)はつるのはやしの心地(ここち)こそすれ W331
となんありける。かの娑羅林の涅槃(ねはん)のほとをよみたるなるべし。なかたにの入道(にふだう)殿(との)はきき給(たま)ひて、たきゝつといはまほしきとそ宣(のたま)ひける。殿(との)原(ばら)の、みたうにて日のすくるまゝに、あはれなる御事(こと)をつきもせず思(おぼ)しなげきて、また此(こ)の程(ほど)にあさましうあはれなりつる
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事(こと)は、侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)の同(おな)じ日より怪(あや)しう例(れい)ならぬ、風(かぜ)にやとて朴を参(まゐ)り、湯(ゆ)茹(ゝで)などして心(こころ)見給(たま)ひけれど、苦(くる)しうのみおぼされければ、いかなるにかと思(おぼ)し、殿(との)の内(うち)も万(よろづ)に御祈(いの)りも騒(さわ)ぎけるに、四日のよさり殿(との)の御(お)前(まへ)のおはらせ給(たま)ひし折(をり)にこそうせ給(たま)ひにけれ。いと苦(くる)しうおぼされければ、姫君(ひめぎみ)と行経(ゆきつね)信経(のぶつね)のきみの御てともをひだりみきにとらへてこそはり給(たま)ひにけれ。哀(あは)れに悲(かな)しとも疎(おろ)かなり。きたのたか・君たちまどひ給(たま)ふ。此(こ)の殿(との)は年(とし)頃(ごろ)道心にて、行(おこな)ひいみじうし給(たま)ひつる人(ひと)なり。法華経(ほけきやう)・念仏(ねんぶつ)かすしらぬに、日々の所作に大仏ちやうをこそ、七へんよみ給(たま)ひけれ。おほろけならすは、必(かなら)ずわうじやうの有様(ありさま)ならんとうたかひなし。かみかうちに、ちゝきみ義孝の少将(せうしやう)はうべんほん誦してうせ給(たま)ひて、わうじやうのきにいり給(たま)ふめり。一条(いちでう)摂政の御すゑ、怪(あや)しう命(いのち)みしかくおはするに、此(こ)の殿(との)は五十にあまり給(たま)へりかし。されと此(こ)の殿(との)は、御心(こころ)の限(かぎ)りなくめでたくおはしつればにや、いまゝでおはしましつ。位(くらゐ)も正二位(に)、官(つかさ)も大納言(だいなごん)ばかりにて恥(はぢ)なき程(ほど)なり。公(おほやけ)より始(はじ)め、世(よ)の人(ひと)いみじう惜(を)しみ聞(き)こゆ。いみじき物(もの)の上ずのうせ給(たま)ひぬる事(こと)ゝ、口(くち)惜(を)しう思(おも)ふ人(ひと)多(おほ)かり。さりげもなく盛(さか)りにおはしつる殿(との)の、思(おも)ひかけぬ程(ほど)の御有様(ありさま)こそ、返(かへ)す返(がへ)す哀(あは)れに悲(かな)しけれ。殿(との)の御有様(ありさま)は、されど御年(とし)もよりて、ここらの年(とし)頃(ごろ)さかへさせ給(たま)へりつれば、理(ことわり)に思(おも)ひ聞(き)こえさす。此(こ)の殿(との)の御しにこそ、いとあへなき御事(こと)に世(よ)人(ひと)聞(き)こゆ。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)、
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かからぬ折(をり)ならましかばをくり聞(き)こえてましと、口(くち)惜(を)しう人(ひと)知(し)れず哀(あは)れにぞ歎(なげ)かせ給(たま)ふ。此(こ)の事(こと)共(ども)をきゝ給(たま)ひて、長谷(ながたに)の入道(にふだう)の御もとより、中宮(ちゆうぐう)大夫に聞(き)こえ給(たま)ひける、
@みし人(ひと)のなくなりゆくをきくまゝにいとどみやまぞさびしかりける W332。
中宮(ちゆうぐう)大夫御かへし、
@きえ残(のこ)るかしらのゆきをはらひつゝさびしきやまを思(おも)ひ遣(や)るかな W333。
となん聞(き)こえ給(たま)ひける。御(み)堂(だう)に、宮々(みやみや)・殿(との)原(ばら)哀(あは)れに聞(き)こえさせ給(たま)ふに、十日のよ、中宮(ちゆうぐう)の御夢(ゆめ)に、いと若(わか)くおかしげなるそうの、いとあてやかに装束たるが、たてぶみをもて参(まゐ)りて、これと申せば、いづくよりぞとあれば、殿(との)の御ふみと申せば、よろこびて御覧(ごらん)ずるに、下品下生になんあると侍(はべ)る御消息(せうそく)なれば、宮(みや)の御前(ぜん)、いと思(おも)はずに。さやはと宣(のたま)はせければ、此(こ)のそういかでか。かうまでもおほろろの事(こと)には候(さぶら)はぬ物(もの)をと申すと御覧(ごらん)しければ、殿(との)原(ばら)さはわうしやうせさせ給(たま)へるにこそと、あはれ、此(こ)の御(み)堂(だう)の事(こと)をよるひる御いとなみに心(こころ)にかけさせ給(たま)ふ、またねんすのさいこあるべき限(かぎ)りおはしましつるに、いみじう嬉(うれ)しきかなと思(おぼ)し宣(のたま)はする。三位の入道(にふだう)中将(ちゆうじやう)の念仏(ねんぶつ)を切(せち)に勧(すす)めきこゆ。「みづからもせしに眠(ねぶ)りたりしかば、いと心地(ここち)よけなる御けしきにて、下品といふともたむぬ
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べしといふ事(こと)を、返(かへ)す返(がへ)すと宣(のたま)ふとみしかば、くどくのさうなめりと思(おも)ひて、人(ひと)にも聞(き)こえてやみにしを、此(こ)の御夢(ゆめ)にきゝあはするになん、いと頼(たの)もしうなりぬべきとぞ聞(き)こえ給(たま)ひける。また二三日ばかりかねて、ゑいせう僧都(そうづ)・融禎なんどが、御枕上(まくらがみ)にて、御念仏(ねんぶつ)しければ、融禎の夢(ゆめ)に、九たいの中たいの御ひだりのかたのわきよりいと美(うつく)しきこゐむのいで、さてかうろをもてきて、殿(との)の御(お)前(まへ)の御枕上(まくらがみ)にをきつとみてさめにけり。その夢(ゆめ)はまたおはしましゝ折(をり)、人々(ひとびと)に皆(みな)かたりけり。わうじやうの行などには、人(ひと)のをはりの有様(ありさま)・夢(ゆめ)などこそは、きゝをきて、わうじやうと定(さだ)めたれ。わうじやうせさせ給(たま)へりと見(み)えたり。まつうせ給(たま)ひし有様(ありさま)、御こしよりかみはあたゝまらせ給(たま)ひて、御念仏(ねんぶつ)きはまりなくせさせ給(たま)ひしに、くどくのさうしるく見(み)えさせ給にきかしなどの給(たま)ひ定(さだ)めさせ給(たま)ふ。法華経(ほけきやう)をいみじく帰依し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひければ、けむせあんをん・こしやうせんしよと見(み)えさせ給(たま)ふそ、世(よ)になくめでたきや。御忌(いみ)のほと、関白(くわんばく)殿(どの)、法華経(ほけきやう)一ふ、あみだきやう数多(あまた)、経一偈(げ)をあげさせ給(たま)ひてひらかせ給(たま)ふめり。またおはしましゝ折(をり)、はか<”しき御せうふんもなくてうせさせ給(たま)ひにしかば、此(こ)の頃(ごろ)ぞ、関白(くわんばく)殿(どの)せさせ給(たま)ふ。さべき帯・剣(はかし)なんどは、かねて御(み)堂(だう)にをかせ給(たま)ひて、やんごとなからん折(をり)に、皆(みな)御(み)堂(だう)にかり申(まう)させ給(たま)ひし事(こと)なり。御領・御庄さるべき限(かぎ)りは四五所皆(みな)よせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて残(のこ)りの所(ところ)は、上(うへ)のおはしまさん限(かぎ)りはしろし召(め)して、のちは御(み)堂(だう)にとぞ宣(のたま)はせしか
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ば、そのまゝにと思(おぼ)し召(め)すを、おさめとのまさもりがもと、つかひ残(のこ)させ給(たま)へるつや<絹(ぎぬ)五六千疋(ごろくせんびき)、例(れい)の絹(きぬ)万疋(まんびき)、綾(あや)・糸(いと)・綿(わた)・様々(さまざま)の唐綾(からあや)、すべて数(かず)知(し)らず。それは関白(くわんばく)殿(どの)かたへ、女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・一品(いつぽん)の宮(みや)・高松(たかまつ)殿(どの)の上(うへ)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の北(きた)の方(かた)などにわかれ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、残(のこ)りは皆(みな)上(うへ)の御(お)前(まへ)に奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。また世(よ)のなかの六十余(よ)国の上馬、これなんいかなる<と奉(たてまつ)りあつめたるも、殿(との)原(ばら)・受領のくだり、僧(そう)達(たち)などにもわかたせ給(たま)ひて、残(のこ)り、いみじと思(おぼ)し召(め)すをえりをかせ給(たま)へりける馬、御厩のくはへて、百ひきはかりぞ候(さぶら)ひける、皆(みな)召(め)しあつめて、殿(との)原(ばら)にくはり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御忌(いみ)にこもり候(さぶら)ひ給(たま)ふ僧(そう達(たち)に、皆(みな)くはらせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)の御心(こころ)をきてにも、関白(くわんばく)殿(どの)さしすゝみ、あるべき限(かぎ)りめでたくおはします。あはれ、上(うへ)の御(お)前(まへ)、四十余(よ)年といふにわかれ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、いといみじう思(おぼ)したり。先々(さきざき)の御物(もの)思(おも)ひこそおぼされしが、此(こ)のたひは万(よろづ)につけてさへ、思(おぼ)しなげきまさりたり。此(こ)の御忌(いみ)に候(さぶら)ふ僧(そう)達(たち)・関白(くわんばく)殿(どの)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、此(こ)の殿(との)原(ばら)・異(こと)上達部(かんだちめ)・受領数(かず)を尽(つく)して非時(ひじ)せさせ給(たま)ふに、そへ給(たま)ふ物(もの)、あさましうおどろ<し。また七日<の御誦経(じゆぎやう)、僧(そう)達(たち)ひとわたりひきわたすはかりの事(こと)ともをぞせさせ給(たま)ふ。すべていみじかりし御なごりなれば、すゑまでめでたしと見(み)えたり。師走(しはす)の廿八日、女院(にようゐん)ごくらくじやうどかかせ給(たま)ひて、しきしの御経(きやう)などして申(まう)しあけさせ給(たま)ふ。その御法事(ほふじ)
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有様(ありさま)、かかすとも推(お)し量(はか)るべし。殿(との)の御(お)前(まへ)には、百たいのくはんをんをつくり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。夜(よる)を昼(ひる)に急(いそ)がせ給(たま)ふ。やがて御法事(ほふじ)に申(まう)しあけさせ給(たま)ふべきなり。せんぶの法華経(ほけきやう)思(おぼ)し始(はじ)めたりしも、いみじう急(いそ)ぎせさせ給(たま)ふ。これも此(こ)のたひ同(おな)じうはと思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。九月よりは、殿(との)原(ばら)皆(みな)皇太后宮(くわうだいこうくう)の御うすにほひにておはしまし、宮司(みやづかさ)などこまやかなりつるに、黒橡(くろつるばみ)にならせ給(たま)ふ。世(よ)の中(なか)の十が九は、皆(みな)鈍(にぶ)み渡(わた)りたり。いはく諒闇ともいひつべし。公(おほやけ)よりも、諒闇せよといふ宣旨(せんじ)下(くだ)りたればなりけり。」かくて、万寿五年になりぬ。今年(ことし)はあたらし車(ぐるま)見(み)えず。さきはなやかにをふ事(こと)なく、小(こ)舎人(どねり)童部だに華(はな)やかなる衣(きぬ)著(き)せたる人(ひと)なし。女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・関白(くわんばく)殿(どの)なんど、皆(みな)かくておはしませば、世(よ)の人(ひと)皆(みな)御(み)堂(だう)にこみたり。御法師(ほふし)は、正月にせさせ給(たま)ふべければ、よるをひるに万(よろづ)急(いそ)がせ給(たま)ふ。御仏(ほとけ)はこくらくしやうとをぬひ仏(ほとけ)にせさせ給(たま)ふ。御経(きやう)は金泥(こんでい)。正月廿八日なれば、いと近(ちか)くなりぬと急(いそ)ぎたち給(たま)ふ。除目は二月にあるべき年(とし)なめり。殿(との)の御(お)前(まへ)は御悩(なや)みありつれと、宮(みや)の御事(こと)なくは、いと只今(ただいま)はかおはしまさゝらまし。御(み)堂(だう)の事(こと)共(ども)をぞ、返(かへ)す返(がへ)す関白(くわんばく)殿(どの)には申(まう)させ給(たま)ひける。女院(にようゐん)、高陽院(かやうゐん)殿(どの)におはしまさせて、関白(くわんばく)殿(どの)土御門(つちみかど))殿(どの)にすませ給(たま)ひて、御(み)堂(だう)を常(つね)に見(み)、沙汰(さた)せさせ給(たま)ふ、修理(しゆり)を、せさせ給(たま)へとそ申(まう)させ給(たま)ひける。また、一品(いつぽん)の宮(みや)の御事(こと)をなん思(おも)ふ事(こと)なる。あなかしこ、疎(おろ)かに
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誰(たれ)もお〔も〕ひ聞(き)こえさすな。わか遺言(ゆいごん)たかふなとそ返(かへ)す返(がへ)す聞(き)こえさせ給(たま)ひける。まこと、かの高松(たかまつ)殿(どの)の中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の上(うへ)は殿(との)のうせ給(たま)ひにしころぞ。御産はありし。関白(くわんばく)殿(どの)、万(よろづ)に扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。かくて、廿日になりぬれば、万(よろづ)ゆすりあひたり。公(おほやけ)・東宮(とうぐう)・一院(ゐん)・女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・関白(くわんばく)殿(どの)・次々(つぎつぎ)の殿(との)原(ばら)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の上(うへ)・高松(たかまつ)殿(どの)、大方(おほかた)すべてにはのひまなし。世(よ)のなかのぬのといふ物(もの)、すべて今日(けふ)につきぬらんと見(み)えたり。そうどものそへもの・ふせなど、すべて中々(なかなか)なれば、かきつくさず。いみじうよにめづらかに侍(はべ)るめりしが。その日やがて殿(との)原(ばら)・宮(みや)皆(みな)かへらせ給(たま)ひにしかば、御(み)堂(だう)かきさましたる様(やう)になりしかば、御(み)堂(だう)の上下、皆(みな)涙(なみだ)をながしてぞ。哀(あは)れに理(ことわり)にこそ見(み)えしが。殿(との)の御(お)前(まへ)の御有様(ありさま)、世(よ)のなかにまた若(わか)くておはしましゝよりおとなひ、人(ひと)とならせ給(たま)ふ、公(おほやけ)に次々(つぎつぎ)つかまつらせ給(たま)ひて、唯一無二におはします。出家(しゆつけ)せさせ給(たま)ひし所(ところ)の御理(ことわり)の御ときまでを、かきつづけ聞(き)こえさする程(ほど)に、いまの東宮(とうぐう)・御門(みかど)のむまれさせ給(たま)ひしより、出家(しゆつけ)し道をえさせ給(たま)ふ。ほうりんをてんし、涅槃(ねはん)のきはまで、ほつしんの始(はじ)めより実繋のおはりまでかきしるす程(ほど)の、悲(かな)しう哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。かのごん大納言(だいなごん)の御法事(ほふじ)も、同(おな)じ日ぞせそんじにてし給(たま)ひける。此(こ)のそうどもいとまあくをまちて、よるぞせさせ給(たま)へる。あはれなる殿(との)の御しにこそ、かくいふ程(ほど)に日頃(ひごろ)は過(す)ぎて、二月廿日の程(ほど)に除目ありて、殿(との)の中納言(ちゆうなごん)
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は大納言になり給(たま)ひぬ。くに<受領様々(さまざ)になり、あつまりよろこび申。中宮(ちゆうぐう)のだいぶは、みんぶきやうになり給(たま)ひぬ。誠(まこと)や、侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)は、此(こ)のみんぶきやうの御もとを、おとゝし立(た)たせ給(たま)ひて、殿(との)の上(うへ)のおはしますいまの大弐これのりが家(いへ)にぞすませ給(たま)ふ。よそ<なれど、猶(なほ)此(こ)のみんぶきやうの御もとにぞ、猶(なほ)かくてしり聞(き)こえ給(たま)ふ。昔(むかし)より此(こ)の殿(との)をば、上(うへ)の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしかば、かう心(こころ)細(ぼそ)くおはしませば、同(おな)じ所(ところ)に参(まゐ)りてすみ給(たま)ふなりけり。次(つぎ)次(つぎ)の有様(ありさま)どもまた<あるべし。みきゝ給(たま)ふらん人(ひと)もかきつけ給(たま)へかし。御(み)堂(だう)の百たいのくはんをん、あみだだうにぞやどりゐさせ給(たま)ふめる。あはれ、殿(との)のおはしまさましかば、ここら御(み)堂(だう)まうけてやすらかにおはしまさまじ物(もの)を。仏(ほとけ)もさべき人(ひと)にをくれ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、かくこそは哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)へ。しやそんにうめつののちはせけん皆(みな)や〔み〕になりにけり。よのともしびきえさせ給(たま)ひぬれば、ながきよのやみをたどる人(ひと)、いくそばくかはある。あるじ去(さ)らせ給(たま)へる。御(み)堂(だう)急(いそ)がせ給(たま)ふ。御はてにやがてくやうとぞ思(おぼ)し召(め)したる。



栄花物語詳解巻三十一


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〔栄花物語巻第三十一〕 てんじやうのはなみ
入道(にふだう)殿(どの)うせさせ給(たま)ひにしかども、関白(くわんばく)・内大臣(ないだいじん)殿(どの)・女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・数多(あまた)の殿(との)原(ばら)おはしませば、いとめでたし。督(かん)の殿(との)・皇太后宮(くわうだいこうくう)のおはしまさぬこそは。口(くち)惜(を)しき事(こと)なれど、いかでかはさのみおもふさまにはおはしまさん。ひかるげんじかくれ給(たま)ひて、なごりもかくやとぞ、さすがに覚(おぼ)えける。めでたきながら哀(あは)れに覚(おぼ)えさせ。きさいの宮(みや)・右大臣(うだいじん)殿(どの)・かほる大将(だいしやう)などばかりものし給(たま)ふ程(ほど)のおほえさせ給(たま)ふなり。さすがすゑになりたる心地(ここち)してあはれなり。女院(にようゐん)は、内(うち)、東宮(とうぐう)の御おやにて、おりゐの御門(みかど)の定(さだ)めにておはしまして、御車(くるま)にてのみ御(み)堂(だう)へ渡(わた)らせ給(たま)ふ。うちへもいらせ給ふなどして、中々(なかなか)心(こころ)安(やす)くめでたき御有様(ありさま)なり。御兄(せうと)の殿(との)原(ばら)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、やんごとなくいみじう思(おも)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。世(よ)の人(ひと)もなひき申(まう)したる事(こと)、理(ことわり)なり。いみじくけたかく、候(さぶら)ふ人(ひと)声(こゑ)高(たか)ゝらず、うちとけずしめやかに、心(こころ)にくゝめでたきゐんのやうなり。かたちをこのませ給(たま)ひて、いまもよき若(わか)き人(ひと)どもまいりあつまりて、めでたくあらまほしき御有様(ありさま)なり。若(わか)き人(ひと)挑(いど)み交(かは)し、あふぎをさしかくしつゝなみ候(さぶら)ふ。装束(しやうぞく)よりはし
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にて、われもをとらじと思(おも)ひ挑(いど)み交(かは)したり。されどきぬのをとかしがましからず、のどやかに心(こころ)にくきゐんのやうなり。皇太后宮(くわうだいこうくう)のさまかはり、はな<ともていでこのましかりしも、后(きさき)かたにておかしかりしを殿(との)原(ばら)も思(おも)ひいで聞(き)こえ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)只今(ただいま)のときの后(きさき)にて、またならぶ人(ひと)なく、たゞびとのやうにて候(さぶら)ひおはします。いとめでたし。これも盛(さか)りの御有様(ありさま)なれば、人々(ひとびと)まいりあつまり、宮(みや)たちかずそはせ給(たま)ひて、御乳母(めのと)まいりあつまりて、いとめでたし。よき若人(わかうど)・わらはなどまいりて、心々(こころごころ)にこのましく、めでたき御有様(ありさま)、御心(こころ)ばへより始(はじ)め、さいはひはさもこそおはしまさめ。いかでかくあかぬ所(ところ)なき御有様(ありさま)ともなりけんと、御せうとの殿(との)原(ばら)も見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。高松(たかまつ)殿(どの)の御はらには、東宮(とうぐう)たいぶ・中宮(ちゆうぐう)権大夫(ごんだいぶ)・ごん大納言(だいなごん)など申(まう)して、男(をとこ)三人(にん)おはしますなり。姫君(ひめぎみ)は右衛門(うゑもん)のかうの上(うへ)にてものし給(たま)ふ。かみのまきにしるしたれば、あたらしくも申(まう)したてず。中宮(ちゆうぐう)には女(をんな)宮(みや)二人(ふたり)おはしまして、男(をとこ)宮(みや)のおはしまさぬことを口(くち)惜(を)しう、うちにも宮(みや)にも殿(との)原(ばら)も思(おぼ)し召(め)す。姫宮(ひめみや)は、入道(にふだう)御服(ぶく)にてひとゝせは御袴(はかま)も奉(たてまつ)らざりしかば、いつゝにて奉(たてまつ)る。師走(しはす)の十余(よ)日になんありける。御門(みかど)・后(きさき)御心(こころ)にいれさせ給(たま)ひて、思(おぼ)しいとなませ給(たま)ふ。殿(との)も、故殿のおはしまいしにかはらずゐたちいとなませ給(たま)へば、いとどめでたし。その日の儀式(ぎしき)・有様(ありさま)などいへば疎(おろ)かなり。みなくれなゐにえびぞめの表着(うはぎ)、やなぎの唐衣(からぎぬ)、いろ許(ゆる)されたるはふたへ織物(おりもの)、唯(ただ)の人々(ひとびと)は
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ゑかき、ぬひものし、えもいはず挑(いど)み尽(つく)したり。上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて、御こしゆひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いとめでたくおかしげにおはしませば、限(かぎ)りなしと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。二の宮(みや)またいと美(うつく)しうて、さしすかひておはします。こよひは何事(なにごと)ももの騒(さわ)がしくて過(す)ぎぬ。またの日、上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて、上達部(かんだちめ)御(お)前(まへ)に召(め)しあれば、みすのとに候(さぶら)ひ給(たま)ふ。若菜(わかな)とあるべしと仰(おほ)せごとあれば、権大夫(ごんだいぶ)かはらけとりて関白(くわんばく)殿(どの)にまいり給(たま)ひけるに、さうざうしきに今日(けふ)の有様(ありさま)少(すこ)しかきしるしてあらんなんによかるべきと、御けしきありければ、権大夫(ごんだいぶ)なん、その日の哥のじよたいがきしるし給(たま)ひける。心(こころ)はいはひの心(こころ)になん△△△△△△△△△△△△権大夫(ごんだいぶ)能信(よしのぶ)
@たが為と何(なに)かたとへん君か代は万世をへてつくる世もなし W334
△△△△△△△△△△△△△△関白(くわんばく)殿(どの)
@姫松(まつ)のこだかくなればうつろはぬくもの上こそ緑也けれ W335
△△△△△△△△△△△△△△内大臣(ないだいじん)殿(どの)
@おひそはる行末(ゆくすゑ)遠き姫松(まつ)とこたかき陰の結ひつるかな W336
△△△△△△△△△△△△△△大夫斉信
@わたつ海(うみ)の亀(かめ)の背中(せなか)に居(ゐ)る塵(ちり)の山(やま)となるべき君が御代(みよ)かな W337。
多(おほ)かれど、これよりしもは何(なに)かはとて留(とど)めつ。御扱(あつか)ひあり。人々(ひとびと)ものかつき給(たま)ひけり。今日(けふ)は女房(にようばう)
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白(しろ)き衣(ゝぬ)どもに、濃(こ)き打(う)ちたる、紅梅(こうばい)の唐衣(からぎぬ)打(うち)出(い)で渡(わた)したり。はこわたりおかしう見(み)ゆ。またの日は紅梅(こうばい)に萌黄(もえぎ)の唐衣(からぎぬ)など、三日のほといみじうさかすきつくしたり。うちの御乳母(めのと)達(たち)。大弐の三位美作(みまさか)の三位・上野(かうづけ)などみなまいりて、打(うち)出(い)で候(さぶら)ひ給(たま)ふ。やがて一品(いつぽん)にならせ給(たま)ひて、男(をとこ)ころうふり・女(をんな)かうぶり・官(つかさ)なとえさせ給(たま)ふ。かくいとめでたくておはしませと、男(をとこ)御(み)子(こ)のおはしまさぬを口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)す。うちの大(おほ)殿(との)には、女(をんな)三(み)所(ところ)・男(をとこ)四人(にん)ものせさせ給(たま)ふを、大姫君(おほひめぎみ)みくしけとのと聞(き)こゆるを、いと参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らまほしう思(おぼ)して、そうせさせ給(たま)ふ。うちにもさる御志(こころざし)ありて、思(おぼ)し召(め)しけれど中宮(ちゆうぐう)にはゞかり申(まう)させ給(たま)ひて、さしはへ打(う)ちいで申(まう)させ給(たま)はず。宮(みや)は、さることもあらば、かくさたすき、何事(なにごと)も見(み)苦(ぐる)しき有様(ありさま)にて、いかでかあらん。こもりゐなんと思(おぼ)し召(め)しけり。鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)、言(こと)に出(い)でゝ諌(いさ)め聞(き)こえさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)大夫もいと数多(あまた)もち給(たま)ひて、覚(おぼ)しかけざりしかども、大姫君(おほひめぎみ)は小一条(こいちでう)院(ゐん)に、高松(たかまつ)殿(どの)の女御(にようご)うせさせ給(たま)ひにしかば、壻(むこ)どり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、ゐんの上(うへ)とておはします。中姫君(ひめぎみ)はさき一品(いつぽん)の宮(みや)に、ひと所(ところ)つれ<にておはしませば、むかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いみじくかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、それもうちにと思(おぼ)し召(め)したれと、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御ことたにかくかたければ、いかでか思(おぼ)しけん。一品(いつぽん)の宮(みや)は一条(いちでう)の院(ゐん)の皇后宮(くわうごうぐう)の御はらにおはしませば、うちの御いもうとにおはします。御ふみかよひ、女房(にようばう)などもまいりかよひて、ゐん
P2345
に行幸(ぎやうがう)あるにもわたりあはせ給(たま)ひて御対面なとあり。春宮(とうぐう)大夫殿(どの)の上(うへ)は、帥(そち)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)にものし給(たま)へば、一品(いつぽん)の宮(みや)には離(はな)れさせ給(たま)はぬ御ことにて、姫君(ひめぎみ)をも御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)り給(たま)へるなるべし。三条(さんでう)宮におはします。さてめでたくかかせ給(たま)ふ。 琴(こと)・琵琶(びは)弾(ひ)く人々(ひとびと)候(さぶら)ひて、いとおかしくひきあはせあそはせ給(たま)ふ。この姫君(ひめぎみ)も、さうこといとおかしくひかせ給(たま)ふ。御かたちもいとあてにおかしげにものし給(たま)ふ。一品(いつぽん)式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)姫君(ひめぎみ)たゞひとゝころ、殿(との)の上(うへ)の御はらからの中務(なかつかさ)の宮(みや)の中姫君(ひめぎみ)の御はらにものせさせ給(たま)ふ。これもうちに参(まゐ)らせ給(たま)ふべしと聞(き)こゆれど、殿(との)の、中宮(ちゆうぐう)に更(さら)にな思(おぼ)しうたがはせ給(たま)ひそ。他人々(ことひとびと)はしり候(さぶら)はず。己(おのれ)はさることはいかでかと申(まう)させ給(たま)ひけり。内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)も、てかき、うたよみ、まなをさへかかせ給(たま)ふ。御かたちもおかしけに、御(み)髪(ぐし)もめでたくなんものせさせ給(たま)ひける。やんごとなき人(ひと)の御ことは申(まう)すもかたはらいたく、中々(なかなか)なれど、昔(むかし)もいまも何(なに)をはへにか。中宮(ちゆうぐう)は此(こ)の頃(ごろ)ぞ卅一二ばかりにおはします。うちきくにはねひさせ給(たま)へるやうなれど、若(わか)く盛(さか)りにめでたき御有様(ありさま)なり。もの思(おぼ)し召(め)ししり、心(こころ)ふかくぞおはしましける。殿(との)などもおはしまさず。わがかたざまは何事(なにごと)もさた過(す)ぎ、うちとけ怪(あや)しきめうつしに、はな<ともてかしづき、さるべき人(ひと)そひ給(たま)へらん若(わか)く盛(さか)りにいまさきいづるやうならんにはならひてあらじと、ふかく思(おぼ)し召(め)したり。うちに
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は、あるよりはやんごとなくなん思(おも)ひ聞(き)こえさすべき。もしこのおもふこととりいつる人(ひと)もやとおもふばかりなりなどぞ申(まう)させ給(たま)ひけるおぼかたの有様(ありさま)・もてつけ心(こころ)にくゝ、たちならふべき人(ひと)なき御有様(ありさま)なめれど、御心(こころ)にかくのみ思(おぼ)し召(め)すなるべし。宮(みや)たちの、日に添(そ)へてはめでたく美(うつく)しうおはします。大宮(おほみや)はもてかしづき聞(き)こえさせ給ひながらも、心(こころ)ゆかず口(くち)惜(を)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、心(こころ)とけす思(おぼ)し召(め)したり。うちの上(うへ)は、一品(いつぽん)の宮(みや)を限(かぎ)りなきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。宮(みや)は二の宮(みや)をすさまじと人(ひと)の思(おも)ひ申(まう)したりしも心(こころ)苦(ぐる)しくて、人(ひと)知(し)れずゆつるかたなくて、あはれと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。かく御心(こころ)少(すこ)しつゝはかたわかせ給(たま)へれど、上(うへ)も宮(みや)もをとらずいづれも悲(かな)しうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。藤壺(ふぢつぼ)の東(ひんがし)面(おもて)は一品(いつぽん)の宮(みや)、にし面(おもて)は二の(みや)の御方(かた)にしつらはせ給(たま)ふに、一品(いつぽん)の宮(みや)の御方(かた)には、殿上人(てんじやうびと)さながら御しつらひし騒(さわ)ぐ。姫宮(ひめみや)の御方(かた)には、后宮の宮司(みやづかさ)さながら候(さぶら)ひ、しつらひ様々(さまざま)におかしくなんみえける。殿上人(てんじやうびと)を、上(うへ)は、一品(いつぽん)の宮(みや)・姫宮(ひめみや)の御方(かた)にわかたせ給(たま)ふ。うちには女房(にようばう)を、宮(みや)わかたせ給(たま)ふ。心々(こころごころ)に一品(いつぽん)の宮(みや)に参(まゐ)らんなど、大方(おほかた)にもてたがはず申す人々(ひとびと)ありけり。斎院(さいゐん)は、村上(むらかみ)の十宮ゐさせ給(たま)ひて、とし久(ひさ)しくならせ給(たま)ひぬるが、おりゐさせ給(たま)ひぬれば、二の宮(みや)ゐさせ給(たま)ふべし。御門(みかど)・后(きさき)思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。今年(ことし)ぞ三にならせ給(たま)ひける。御(み)髪(ぐし)程(ほど)よりも長(なが)くおはしましけり。定(さだま)らせ給ひな
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ば、え削(そ)がせ給(たま)ふまじければ、削(そ)ぎ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御(み)髪(ぐし)いとながく美(うつく)しうおはします。御心(こころ)いとなつかしうて、うちをもしたひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いと哀(あは)れに思(おも)ひつき聞(き)こえ給(たま)へり。このことをなげき思(おぼ)し召(め)すこと限(かぎ)りなし。誠(まこと)や、侍従(じじゆう)大納言(だいなごん)などうせ給(たま)ひてのころ、入道(にふだう)大納言(だいなごん)、
@見るまゝに人(ひと)は煙(けぶり)となりはてゝこう火の家(いへ)はあはれなりけり W338。
と宣(のたま)ひける。入道(にふだう)大納言(だいなごん)とは、四条(しでう)大納言(だいなごん)にものし給(たま)ふ。よに心(こころ)にくゝ覚(おぼ)え給(たま)ひける人々(ひとびと)、きんたうの左衛門(さゑもん)のかうと聞(き)こえしなり。みんぶきやう・式部(しきぶ)卿(きやう)の宮源宰相(さいしやう)・故太政(だいじやう)大臣(だいじん)殿(どの)のさねなり中将(ちゆうじやう)などこそは聞(き)こえしを、さねなりの中将(ちゆうじやう)は、そのころ右兵衛(うひやうゑ)のかうにて中納言(ちゆうなごん)にてものし給(たま)ふ、大弐になり給(たま)へり。御(み)子(こ)は男子(おのこゞ)一人(ひとり)、きんなりの宰相(さいしやう)とて、滋野井(しげのゐ)のひやうゑのかうとて、かたちはいとよく、よき上達部(かんだちめ)にてものし給(たま)ふ。女子(をんなご)は中宮(ちゆうぐう)権大夫(ごんだいぶ)の上(うへ)にてものし給(たま)ふ。いま女一所(ところ)ものし給(たま)ひしは、あきもと中納言(ちゆうなごん)とて、故源民部卿(きやう)の子を関白(くわんばく)殿(どの)のこにせさせ給(たま)へる。むことり給(たま)へりしかど、男子(をのこご)一人(ひとり)産(う)みをきてうせ給(たま)ひにしかば、此(こ)の頃(ごろ)十五六はかりて、すけつなの少将(せうしやう)とておはす。ひやうゑのかうは滋野井(しげのゐ)に女君(をんなぎみ)ひとゝころうませ給(たま)へりけるは、大夫殿(どの)の上(うへ)こにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いみじくかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。われは中宮(ちゆうぐう)の御乳母(めのと)子に。宮(みや)の内侍(ないし)とてかたちなどめ安(やす)かりける人(ひと)をいみじう思(おぼ)して、わかもとにひかへなどしてものし給(たま)ひける。
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后(きさき)の御せうとのごん大納言(だいなごん)も、上(うへ)二(ふた)所(ところ)うせ給(たま)ひてのち、世(よ)にもあらじなど思(おぼ)し宣(のたま)はせけれど、女院(にようゐん)の中将(ちゆうじやう)のきみと聞(き)こゆる人(ひと)をいみじく思(おぼ)して、男君(をとこぎみ)数多(あまた)うまれ給(たま)ひにけり。いかなるよのやうにか、関白(くわんばく)殿(どの)いとさもて出(い)で顕(あらは)れてにはあらねど、尼上(あまうへ)の御方(かた)にこふらふ人(ひと)を忍(しの)びつゝ、いみじう思(おぼ)し召(め)すといふこといできて、つねに唯(ただ)ならで子(こ)など産(う)み給(たま)ふといふと聞(き)こゆれど。上(うへ)の御方(かた)に思(おぼ)し召(め)さんことをつゝませ給(たま)ふなるべし。故中務(なかつかさ)宮の御むすめなどぞ聞(き)こえさすなりし。斎院(さいゐん)おりゐさせ給(たま)ひて、御せうとの入道(にふだう)兵部(ひやうぶ)卿(きやう)の宮(みや)にたいめんせさせ給(たま)ひて、聞(き)こえさせ給(たま)ひける
@今日(けふ)そおもふきみにあはでやゝみなまし八十(やそぢ)余(あま)りの年(とし)なかりせば W339。
いみじうこよなき程(ほど)の年月なりかし。いと若(わか)くてゐんにならせ給(たま)ふ、兵部(ひやうぶ)卿(きやう)宮(みや)かたちことにならせ給(たま)ひにしかば、いかでかは見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はん。御はらからにぞおはしましける。誠(まこと)や殿上の人々(ひとびと)もはなみ、関白(くわんばく)殿(どの)も御覧(ごらん)じけるに、斎院(さいゐん)より、
@残(のこ)りなく尋(たづ)ぬなれどもしめの内(うち)の花(はな)は花にもあらぬなりけり W340。
と聞(き)こえさせ給(たま)へりければ、春宮(とうぐう)大夫の御返(かへ)し
@かぜをいたみまづぞ山辺(べ)を尋(たづ)ねつるしめゆふ花は散(ち)らじと思(おも)ひて W341。
このうたのかへしは、かくこそ集には、
@残(のこ)りなくなりぬる春にちりぬべきはなばかりをばねたまざらなん W342
と聞(き)こえさせ
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給(たま)へり。みんぶきやう、関白(くわんばく)殿(どの)に、
@いにしへのはなみし人(ひと)はたづねしをおいははるにもわすられにけり W343。
入道(にふだう)殿(どの)などまづ誘(さそ)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひけるを思(おぼ)しけるなるべし。これは法住寺の大臣(おとど)の二郎なり。殿(との)の御かへし、
@たづねんとおもふ心(こころ)もいにしへのはるにはあらぬ心地(ここち)こそすれ W344
と聞(き)こえさせ給(たまひけり。かくて長元四年九月廿五日、女院(にようゐん)、すみよし・いはしみづにまうでさせ給(たま)ふ。これに候(さぶら)ふ人(ひと)は、かひ<しきことにぞ思(おも)ひける。むまのときばかりに出(い)でさせ給(たま)ふ。さきにみてくらこと<”しくて候(さぶら)はす。ことなりぬなど、ものみる人々(ひとびと)嬉(うれ)しくて、こと<”なくみる程(ほど)に、ゐんの人々(ひとびと)、済政朝臣(あそん)・行任朝臣(あそん)・章任・頼国・範国・惟任・定任・能通・やすのり・むめなか・憲輔(のりすけ)・良資(よしすけ)・成資(なりすけ)、これならぬもいと多(おほ)く候(さぶら)ふ。誰(たれ)も<まはゆきまで、装束たり。殿上人(てんじやうびと)、隆国の頭中将(ちゆうじやう)・つねすけの右中弁・さねもとの中将(ちゆうじやう)・さねやすのうきやうの大夫・もろよしのひやうぶ太輔・行経の少将(せうしやう)・経季の蔵人(くらうど)少将(せうしやう)、上達部(かんだちめ)、春宮(とうぐう)大夫〈頼宗〉・権大納言(だいなごん)〈長家〉・左衛門(さゑもん)の督(かみ)〈師房〉・右衛門(うゑもん)の督(かみ)〈経道〉・右兵衛(うひやうゑ)督〈朝任〉・三位中将(ちゆうじやう)〈兼頼〉、あるは直衣(なほし)・うゑのきぬ、数多(あまた)はかりぎぬ装束(しやうぞく)いひやるかたなきに、 織(おり)物・打(うち)物・錦(にしき)・繍(ぬひ)物など、心々(こころごころ)にめでたくおかしくみゆる程(ほど)に、さぬきのかみよりくにの朝臣(あそん)のつかうまつりたる御車(くるま)に奉(たてまつ)りておはします。左右のそばに鏡(かゞみ)の月を出(いだ)し
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て、絵(ゑ)書(か)き、いみじき事を尽(つく)したり。蘇芳の狩衣袴(かりぎぬばかま)、同(おな)じ色(いろ)の衵(あこめ)著(き)たる召次(めしつぎ)といふ者(もの)十人付(つ)きたり。車副、青色(あをいろ)の狩衣袴(かりぎぬばかま)に、山吹(やまぶき)の衵(あこめ)を著(き)て候(さぶら)ふ。出(いだし)車(ぐるま)三(み)つ、東宮(とうぐう)のだいぶ、ごん大納言(だいなごん)、左衛門(さゑもん)のかう奉(たてまつ)り給(たま)へり。思(おも)ひ思(おも)ひなる半蔀車(はじとみぐるま)の透(す)きとほりたるなり。一の車(くるま)にはあま四人(にん)、弁尼・弁命婦(みやうぶ)・左近(さこん)の命婦(みやうぶ)・少将(せうしやう)尼君(あまぎみ)、二車(くるま)には侍従(じじゆう)すけ・ゑちごのべんの乳母(めのと)・たいふ・へい少将(せうしやう)・むさし、三の車(くるま)には、卿(きやう)宰相(さいしやう)・みの小べん・ひやうゑの内侍(ないし)、御車(くるま)のしりには宣旨(せんじ)・三位ぞ候(さぶら)ひける。宣旨(せんじ)は源大納言(だいなごん)の御むすめ、三位はうちの御乳母(めのと)の大弐の三位なり。あふよりての名はかう殊(こと)の外(ほか)にてぞありける。されど御車(くるま)のしりにも候(さぶら)ひ給(たま)ふ。それによりてあしきことにもあらずなん。あまは薄鈍(うすにび)、さての人(ひと)はみなくれなゐをなむきたりし。ひことにぞかへさせ給(たま)ふ。このいたし車(ぐるま)ののちに、かりぎぬすがたの人(ひと)いと多(おほ)からで、殿(との)、から車(ぐるま)にのりて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)うちつゞき同(おな)じさまにて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。かもかはしりといふ所(ところ)にて御ふねに奉(たてまつ)る。ふねは、たんばのかみ章任がつかうまつらせたりける。唐やかたのふねに、こまかたをたてゝ、かがみ・ちん・したんなどを様々(さまざま)おかしきさまにつくしたり。ふねさす人(ひと)八人(にん)、緑衫(ろうさう)の狩衣袴(かりぎぬばかま)にかねして絵(ゑ)を書(か)きたるに、蘇芳の衵(あこめ)を著(き)たり。次々(つぎつぎ)女房(にようばう)のふね、辺(あた)り辺(あた)りにおとらじといと乱(みだ)れば、心々(こころごころ)みえていとおかし。みづの上(うへ)はさらぬだにあるに、いとめでたくおかしう見(み)ゆ。」戌亥(いぬゐ)の時(とき)ばかりに、山崎(やまざき)といふ所(ところ)につか
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せ給(たま)ひて、ものなど参(まゐ)らせてのちに、いはしみづにのぼらせ給(たま)ふ。とりゐの程(ほど)にて御車(くるま)に奉(たてまつ)りて、殿上人(てんじやうびと)てごとにひをともして御車(くるま)に添(そ)ひたる火(ほ)かげどもの、山隠(がくれ)いとおかしう見(み)ゆ。まづ御祓(はらへ)、次(つぎ)に御幣(てぐら)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。次(つぎ)にまひがく、もののねども、つねよりもけに聞(き)こゆ。暁(あかつき)方(がた)に御経(きやう)くやうし奉(たてまつ)り給(たま)ふ。めいそん僧都(そうづ)御どうじにて候(さぶら)ふ。そののちふねにかへらせ給(たま)ふ。廿六日になりてこぎくだらせ給(たま)ふ程(ほど)に、人々(ひとびと)のすかだとも思(おも)ひ<にかへて、みづのおもゝ所(ところ)なくうちたる程(ほど)に、ふねにこし<なるたなといふものおかしくつくりて、やはたの別当(べつたう)元命といふもの御くたものすゑて参(まゐ)らせたり。ゑさへおかしくみゆ。みしま江といふ所(ところ)過(す)ぎさせ給(たま)ふ程(ほど)に、うちの御つかひにすけふさの中将(ちゆうじやう)、東宮(とうぐう)のつかひよしもりの少将(せうしやう)まいりあひたり。この程(ほど)に御ふね留(とど)めて、ものなど参(まゐ)らせてのちに、御返事給(たま)ひて参(まゐ)る。いづかたにつけてもめでたし。心(こころ)のみみづにうつりて、かかることをまたみしま江のなみにうちあふことはあらしかしと、おかしくみゆる程(ほど)に、よしよりの少将(せうしやう)は御かへりなしとて、やがて御供(とも)に参(まゐ)る。くだらせ給(たま)ふ程(ほど)に、えぐちといふ所(ところ)になりて、あそびとも、かさに月をいたし、らてん・蒔絵(まきゑ)、様々(さまざま)にをとらじまけじとしたてまいりたり。声(こゑ)ども、蘆辺(あしべ)うち寄(よ)する浪(なみ)の声(こゑ)も、江口(えぐち)のいふべき方(かた)なくこそ見(み)えしか。廿七日、津(つ)の国(くに)ゝ着(つ)かせ給(たま)ふ。みちのはしべのいしの思(おも)ひ<にそむきたるもおかしう。廿八日のつとめて、すみよしにつかせ給(たま)ふ。殿(との)
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うちの大(おほ)殿(との)などみな御むまにて、えもいはぬ御装束(しやうぞく)奉(たてまつ)りて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。御はらへ、やしろにまうでさせ給(たま)ふ程(ほど)、左右にもののねどもふきたてたる。まつかぜぎんをしらべたる心地(ここち)しておかし。きのかみよしむね、えもいはぬ御かりやをまうけて候(さぶら)はす。御てくら奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、うちの御つかひにさだよしの少将(せうしやう)、ここのへを出(い)でて、かはふねのさほさしてまいりけん心地(ここち)、道(みち)遠(とを)みの草(くさ)の枕(まくら)もおかしうぞ思(おも)ひ遣(や)らるゝ。この程(ほど)に御経(きやう)くやうせさせ給(たま)ふ。定基(ぢやうき)僧都(そうづ)ぞかうしに候(さぶら)ひける。ことはてゝ、これよりやがててんわうじに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。人々(ひとびと)のすがた・有様(ありさま)、都(みやこ)離(はな)れて、人目(ひとめ)もつゝまぬ度(たび)の姿(すがた)なれば、いとゞえもいはず見(み)ゆ。馬(むま)のけしきどもゝ、浪(なみ)の汀(みぎは)うち踏(ふ)むもことに見(み)ゆ。くにの人々(ひとびと)あつまり、所(ところ)もなくみる。折(をり)<かかるもの見る都(みやこ)の人(ひと)だに所(ところ)なかりしに、まして理(ことわり)にみゆる程(ほど)に、うちまじりて聞(き)けば、としおいたる人(ひと)涙(なみだ)うちのごひて、陸奥(みち)のくにとほちの里(さと)などに住居(すまひ)せまじかは、かかるみゆきにあはましや。年(とし)頃(ごろ)は、なにはのうらの何(なに)とも覚(おぼ)えず、ながらのはしのながらへても、何(なに)ゝかはと思(おも)ひしに、今日(けふ)こそさは年(とし)頃(ごろ)をくりしあしのやどり、しばのとびらもげにすみよしにつくりてげりと嬉(うれ)し。つなてのめでたき事(こと)の例(ためし)には、さはこれをこそひかめと思(おも)ひいふをきくもおかし。げにとおぼゆ。きしのまに<並(な)み立(た)てる松(まつ)も、千年(ちとせ)までかゝる事を波(なみ)風静(しづ)かに吹(ふ)き伝(つた)へ奉(たてまつ)らなんとおぼゆ。とりのときばかりに、てんわうじのにしの大もんに御車(くるま)留(とど)めて、なみの
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際(きは)なきに西陽(にしび)の入(い)りゆく折(をり)しも、おがませ給(たま)ふ。何(なに)の契(ちぎ)りにか残(のこ)りてと、めでたくこそ。次(つぎ)に御経(きやう)くやうせさせ給(たま)ふ。教円僧都(そうづ)かうしつかうまつりけり。此(こ)の程(ほど)に東宮(とうぐう)の御つかひに大進たかすけまいりたり。廿九日にかへられ給(たま)(たま)ふつゐでに、かめゐのみづのもとによらせ給(たま)ひて、御覧(ごらん)ずる程(ほど)に思(おぼ)し召(め)しける、
@にごりなきかめゐのみづをむすびあげて心(こころ)のちりをすゝぎつるかな W345
と仰(おほ)せられたりけんも、げにいとおかしくこそ。かへらせ給(たま)ふはまみちに、思(おも)ひ<に競馬(くらべむま)などするさへおかし。なにはといふ所(ところ)にて御はらへあり。判官代(はんぐわんだい)むねなか御つかひり。御ふねに奉(たてまつ)りて、かはしりにつかせ給(たま)ひて、十月一日むまのときばかりに、あめふりてかみなれば、かみのよろこばせ給(たま)ふといふ人々(ひとびと)数多(あまた)あり。二日あまのかはといふ所(ところ)にとどまらせ給(たま)ひて、あそびとも召(め)してものども給(たま)はす。人々(ひとびと)みなものぬぎなどす。日うちくるゝ程(ほど)に、うたよませ給(たま)ふ。すみよしのみちに述懐といふ心(こころ)を、左衛門(さゑもん)のかうもろふさ、
@@36 母儀仙院、巡礼住吉霊社。関白左△△相府以下、卿士大夫之祗候者、済△△済焉。或掉花船、而取水路、或脂金△△車、而備陸行。蓋四海之旡香、展多△△年之旧思也。于時秋之暮矣。日漸△△斜焉。向難波兮忘帰、旧風留頌。過△△長柄兮催興、古橋伝名。遂杖酣酔、△△各発詠哥 [読み下し:母儀仙院、住吉霊社に巡礼す。関白(くわんばく)左相府以下、卿士大夫の祗候する者、済々たり。或いは華船に棹さして、水路を取り、或いは金車に脂して、陸行に備ふ。蓋し四海の無杳を属(たの)み、多年の旧思を展ぶるなり。時に秋の暮れたり。日漸く斜めなり。難波に向ひて帰るを忘れ、旧風頌を留む。長柄を過(よぎ)りて興を催し、古橋名を伝ふ。遂に酣酔に杖(よ)りて、各詠哥を発す ] [かな:ぼぎせんゐん、すみよしれいしやにじゆんれいす。くわんはQくささうふいか、けいしたいふのしこうするもの、さいさいたり。あるいはくわせんにさをさして、すいろをとり、あるいはきんしやにあぶらして、りくかうにそなふ。けだししかいのむかをたのみ、たねんのきうしをのぶるなり。ときにあきのくれたり。ひやうやくななめなり。なにはにむかひてかへるをわすれ、きうふうしようをとどむ。ながらをよぎりてきようをもよほし、こきようなをつたふ。つひにかんすいによりて、おのおのえいかをはつす] B36。其詞云、
@住吉(すみよし)の岸(きし)の姫松(まつ)色(いろ)に出(い)でゝ君(きみ)が千代(ちよ)とも見(み)ゆる今日(けふ)かな W346
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△△△△△△△△△△△△△関白(くわんばく)殿(どの)
@君か代はなが〔ら〕の橋の始より神さひにける住吉の松(まつ) W347
△△△△△△△△△△△△△内大臣(ないだいじん)殿(どの)
@祈(いの)りこし言は一(ひと)つを住吉のみちには心地(ここち)ゝに有けり W348
△△△多(おほ)かれと留(とど)めつ。紅葉(もみぢ)重(かさ)ねのうすやうにかきて、△△△伊勢大輔(たいふ)
@なからへん世(よ)にも忘(わす)れじ住(すみ)の江(え)の岸(きし)に浪(なみ)立(た)つ秋(あき)の松(まつ)風 W349
△△△△△△△△△△△△△同(おな)じ人(ひと)
@打(う)ち靡(なび)く蘆(あし)の裏葉(うらは)に問(と)ひ見(み)ばやかゝる御幸(みゆき)はいつか三島(みしま)江 W350
△△△△△△△△△△△△△べんの乳母(めのと)
@あし分て今日(けふ)や爰にも暮(くら)さばやうち過(す)ぎ難(がた)き三島(みしま)江の波(なみ) W351
@まづ見(み)れば帰(かへ)らむ方(かた)も忘(わす)られて誠(まこと)也けり住吉(すみよし)の岸(きし)W352
△△△△△△△△△△△△△小べん
@都(みやこ)には待遠なりと思(おも)ふらんなからへぬべき旅の道哉 W353
@住吉のきしみえぬ迄波よれる都(みやこ)のかたも忘ぬる哉 W354
@住吉にまつもみゆきはありけめとこは珍(めづら)しきみしま江の浦 W355
△△△△△△△△△△△△△べんの乳母(めのと)
P2355
@橋柱残(のこ)らざりせはつのくにのしらすなからや過果なまし W356
△△△△△△△△△△△△△小べん
@音にのみ聞しもしるくすみの江の波立帰ることそ物うき W357
△△△△△△△△△△△△△むさし
@とまるべき浦にもあらぬをいかなればあし分船の漕帰らん W358
△△△△△△△△△△△△△伊勢大輔(たいふ)
@都(みやこ)出て秋(あき)より冬(ふゆ)に成ぬれば久しき旅の心地(ここち)社すれ W359
△△△△△△△△△△△△△ひやうゑの内侍(ないし)
@波高き君かみゆきそ住吉のうら珍(めづら)しき例(ためし)也ける W360
△△△△△△△△△△△△△へんの内侍(ないし)
@詠つゝみまくそほしき住江の松(まつ)もむへこそとしのへにけれ W361
△△△△△△△△△△△△△べんのめうぶ
@あさせゆくつなてのなはも珍(めづら)しき君かみゆきを例(ためし)にはひけ W362。
これも少(すこ)しをかくなり。うしのときばかりに、御ふねよりおりさせ給(たま)ひて、のぼらせ給(たま)へば、都(みやこ)には暁(あかつき)方(がた)におはしましつかせ給(たま)へば、人(ひと)の家(いへ)どもにおどろきて、始(はじ)めのなごりを日頃(ひごろ)忘(わす)れかたく思(おも)ひければ、かどあけ騒(さわ)ぎみし暁(あかつき)のあさがほ、よるのころもなどかへさまなどにて
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やがてある人(ひと)などありしこそおかしかりしが。日頃(ひごろ)の有様(ありさま)、なみの上(うへ)あしまをわけし程(ほど)を思(おも)ひいでつゝ、若(わか)き人(ひと)などはこひあへり。この程(ほど)はこれにて世(よ)の中(なか)過(す)ぎぬ。斎院(さいゐん)につゐに姫宮(ひめみや)さだまらせ給(たま)ひぬれば、御門(みかど)・后(きさき)思(おぼ)し騒(さわ)がせ給(たま)ふこと限(かぎ)りなし。此(こ)の頃(ごろ)はことことなく二(ふた)所(ところ)の御(おん)中(なか)におはします。十月に御袴(はかま)きせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)、きく紅葉(もみぢ)ををりつくしたり。その日になりては、上(うへ)の御つぼねにて二(ふた)所(ところ)御涙(なみだ)も留(とど)めさせ給(たま)はず、ゆゝしくなんみえける。日暮(くら)し二(ふた)所(ところ)の御ふと〔こ〕ろにおはしまさせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)はまさみちのたんば中将(ちゆうじやう)のむすめのごん中納言(ちゆうなごん)のきみ、あふにの中納言(ちゆうなごん)のむすめ中納言(ちゆうなごん)の典侍(ないしのすけ)、ひやうゑのかうの北(きた)の方(かた)になりたる宮(みや)の内侍(ないし)なり。年(とし)頃(ごろ)候(さぶら)ひける侍従(じじゆう)のきみとて、かたちなどいとよくて、内侍(ないし)なるぞ候(さぶら)ひける。御車(くるま)に奉(たてまつ)る程(ほど)、侍従(じじゆう)の内侍(ないし)に抱(いだ)かさせ給(たま)ひて、これはのらんとておろさせ給(たま)はざりければ、いかゞはせんとて、宮(みや)の御からのそをぞ給(たま)はせて、いろ許(ゆる)させ給(たま)ひてのせさせ給(たま)ふ。程(ほど)<につけては[さ]いはひありけりといはれけり。中納言(ちゆうなごん)のすけ、たはの中将(ちゆうじやう)のきみの候(さぶら)ふべきにてありつるを、かかれば中納言(ちゆうなごん)すけぞ、御はかしなどとりてのり給(たま)ふ。こと御乳母(めのと)達(たち)は、ころ車(ぐるま)にてぞまいり給(たま)ひぬる。みつにはおはしませど、御(み)髪(ぐし)ながく、例(れい)のむつはかりのこともにておはします。この程(ほど)泣(な)かせ給(たま)ひて、えおりさせ給(たま)はぬこそ、ちごにはにさせ給(たま)へりける。宮(みや)の内侍(ないし)はひやうゑのかうむかへ給(たま)ひつゝ、更(さら)に参(まゐ)らせ給(たま)はず。かくて
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うちの御乳母(めのと)の大弐の三位と聞(き)こゆるは、殿(との)の上(うへ)鷹司(たかつかさ)殿(どの)の御乳母(めのと)ごなり。その人(ひと)の子(こ)に、丹波(たんば)の守(かみ)のりたうといふ人(ひと)の家(いへ)の三条(さんでう)なるに出(い)でさせ給(たま)へり。さかきなどさす程(ほど)、唯(ただ)のことにはかはりておかしくみゆれと、うちにも宮(みや)にも思(おぼ)し召(め)しいりて、御つかひひまもなく奉(たてまつ)れり。御有様(ありさま)もゆかしういみじく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へれば、殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)われも<とまづ参(まい)りて、後(のち)になん内(うち)には参(まい)りける。上達部(かんだちめ)も殿上人(てんじやうびと)も、まいりたる人(ひと)にゐんにやまいりたりつるとゝはせ給(たま)ふに、さも候(さぶら)はずと申すはすさまじく、まいりたりと申す人(ひと)には誰(たれ)にかあひたりつる。何事(なにごと)かおはしましけるなど、とはせ給(たま)ふに、誰(たれ)もいかでかはまつ参(まゐ)らんと思(おも)はざらん。左衛門(さゑもん)のかうと聞(き)こゆるは、故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御(おん)子(こ)なり。東宮(とうぐう)権大夫(ごんだいぶ)かけ給(たま)へる斎院(さいゐん)の別当(べつたう)になり給(たま)へる。長官には蔵人(くらうど)べんつねなか。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)と聞(き)こゆるみちかたのこなり。六条(ろくでう)左大臣(さだいじん)殿(どの)の御むこなり。四月には、御(ご)禊(けい)の日やがて大せんにいらせ給(たま)ふ。うちゝかくて女房(にようばう)などまいり通(かよ)ふ。侍(さぶらひ)など具(ぐ)して、つゆけきみちをわけまいるもおかし。御(ご)禊(けい)の女房(にようばう)の装束(しやうぞく)など思(おも)ひ遣(や)るべし。あふきなど、殿上人(てんじやうびと)、心々(こころごころ)につくしいとむべし。うちよりはおぼつかなきことをのみ思(おぼ)し召(め)す。八月卅日に中宮(ちゆうぐう)行啓あり。蘓芳のこくうすきにほひなどに、くさのかうの御衣(ぞ)など奉(たてまつ)る。いとおかしうなまめかしくめでたき御有様(ありさま)なり。月頃(ごろ)の程(ほど)にこよなくをとなひさせ給(たま)ひにけるを、哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)ら
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せ給(たま)ふ。ふつかばかりおはしましてかへらせ給(たま)ふを、いとあかす口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)さる。うちの御つかひのきりをわけてまいるも、いとおかしう思(おぼ)し召(め)さる。十月、更衣(ころもがへ)。五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)など言(い)ひて、心(こころ)のどかならで過(す)ぎぬ。一品(いつぽん)の宮(みや)は明(あ)け暮(く)れめかれすかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、御たいめんなどあるべしとあれど、一品(いつぽん)にならせ給(たま)ひぬるは忝(かたじけな)し、御みつらなどゆはせ給(たま)ふてのぼらせ給(たま)はんとて、とどまりぬ。なへてならずいみじくもてかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。殿上人(てんじやうびと)あさゆふにまいりまかてけに。小弓射(い)などおかしくあそびあへり。子の日にやますけをてまさくりにしてごんのすけかねふさ、
@おぼつかな今日(けふ)はねの日をやますけのひきたがへても祈(いの)りつるかな W363
といへば、出羽弁、
@いまよりはまつをもおきてやますけのながき例(ためし)にひきやくらべん W364。
などいひかはす程(ほど)もおかし。殿上人(てんじやうびと)などまいりて小弓射(い)などするに、たいふ
@今日(けふ)よりはねの日の松(まつ)とあづさゆみもろやにちよをかけてひかなん W365。
かへし忘(わす)れにけり。としかへりぬ。例(れい)のこと騒(さわ)がしくて過(す)ぎぬ。はるふかくなるまゝに、斎院(さいゐん)渡(わた)らせ給(たま)ふべきとしにて、心(こころ)異(こと)に思(おぼ)し召(め)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。うちにはゑどころ・つくもどころにて、女房(にようばう)のも唐衣(からぎぬ)にゑかきつくりゑなどいみじくせさせ給(たま)ふ。宮(みや)には宮司(みやづかさ)うけ給(たま)ひて、そめ殿(どの)・うち殿(との)に遣(つか)はし思(おぼ)しいとなませ給御楔にはやへやまぶきをひねり重(かさ)ねて、八重(やへ)八重(やへ)
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のへだてには、あをきひとへを重(かさ)ねつゝ、いくへともしらず重(かさ)ねてをしいだされたり。誠(まこと)のはなのさきたるゆふはへと見(み)えて、いみじくおかし。祭(まつり)の日はうら上(うへ)のいろなり。こき二人(ふたり)・うすき二人(ふたり)、やがて同(おな)じいろの表着(うはぎ)・唐衣(からぎぬ)なり。紅(くれなゐ)の濃(こ)き薄(うす)き、紫(むらさき)・山吹(やまぶき)・青(あを)き・蘇芳など、皆(みな)二人(ふたり)づゝなり。上(うへ)さにはむらごにて、袴(はかま)・そはきも、 裳(も)・唐衣(からぎぬ)もうすものにて、もんにはかねをし縫物(ぬひもの)どもをし、心々(こころごころ)にゑなどかきたれば、すゞしげになまめかしうおかし。上達部(かんだちめ)も、殿(との)・うちの大(おほ)殿(との)を始(はじ)め奉(たてまつ)りておはしませば、いみじうめでたし。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)残(のこ)るなし日ごとにいみじき見ものにてなんありける。この程(ほど)過(す)ぎぬれば、のどやかにて、内(うち)辺(わた)りもつれ<に思(おぼ)し召(め)さるれば、女院(にようゐん)いらせ給(たま)へり。上(うへ)の御つぼねにおはしまして、女房(にようばう)ぞ弘徽殿(こきでん)につぼねして、おりのぼりける。珍(めづら)しき細(ほそ)殿(どの)ずみもおかし。東宮(とうぐう)の一の宮(みや)はこのゐんにおはしませば、いらせ給(たま)ひて、東宮(とうぐう)の御方(かた)におはします。一品(いつぽん)の宮(みや)は此(こ)の宮(みや)のいま一(ひと)つか御おとうとにおはしませば、世(よ)の人(ひと)またきより、いみじくよき御あはひなりと聞(き)こえさするも、げにさもやおはしまさん。女院(にようゐん)の御方(かた)に、一品(いつぽん)の宮(みや)渡(わた)らせ給(たま)ふ。幼(をさな)くおはしませば、ひるも渡(わた)らせ給(たま)ふ。しもの御つぼねより、関白(くわんばく)殿(どの)など具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、のぼらせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。なでしこの織物(おりもの)のひとへ重(かさ)ね。さうふの小褂奉(たてまつ)りたる、はな<と盛(さか)りにさくらのさきこぼれたる心地(ここち)して、けたかくにほひらう<しく、今(いま)めかしうおかしげなる
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御有様(ありさま)たぐひなし。今年(ことし)ぞ九にならせ給(たま)ひける。いみじくめでたしと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。ゐんも、かかる御有様(ありさま)をばまた御覧(ごらん)じならはせ給(たま)はず。おこと宮(みや)をのみならひ申(まう)させ給(たま)へるに、哀(あは)れに珍(めづら)しう美(うつく)しと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。斎院(さいゐん)はまた、なつかしうおかしげにらうたけににほひやかに、なでしこのはなを見る心(こころ)ぞせさせ給(たま)へる。美作(みまさか)の三位など、またよき人(ひと)数多(あまた)見(み)奉(たてまつ)れど、この御(お)前(まへ)達(たち)のやうなるはおはしまさゞりき。一条(いちでう)の院(ゐん)の女二宮、故女院(ゐん)におはしましゝかば見(み)奉(たてまつ)りし、それぞいとおかしげにおはしましゝかども、この二(ふた)所(ところ)の御やうにはえおはしますなど、けちえんにほめ申(まう)し給(たま)ふさま、ほこりかに愛敬(あいぎやう)づき給(たま)へり。大宮(おほみや)にさりのぼらせ給(たま)ひて、なかのとあけて御たいめんある程(ほど)、いとやすかにうとからず、めでたき御あそびなり。よき人(ひと)の御あはひは、はぢがはし申(まう)させ給(たま)ひて、つゆけはひももらさじとつゝみ、女房(にようばう)なども心(こころ)したり。内(うち)・東宮(とうぐう)わたりおはしますも、いとめでたしとも疎(おろ)かなり。一月ばかりおはしまして、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)には、一品(いつぽん)の宮(みや)の御はらに姫宮(ひめみや)二(ふた)所(ところ)おはしませども、それはうとくて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふことなし。今年(ことし)も十月に斎院(さいゐん)に行啓あり。この度(たび)は五六日はかりおはします。十月廿余(よ)日(にち)庚申なるに、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)まいり、あそびのかたの人(ひと)も、ふみのみちの人々(ひとびと)も召(め)しあつめ、残(のこ)るなくまいりて、うた読(よ)み遊(あそび)などあり。下臈(げらう)もその道(みち)の人は交(まじ)りたり。ごん大納言(だいなごん)
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@万代(よろづよ)にいろもかはらぬさかきばのちる紅葉葉(もみぢば)にゆふやかけまし W366
@いろさむみえだにもはにも霜ふりて有明の月をてらす白菊 W367。
左衛門(さゑもん)の督(かみ)〈師房〉
@こよひしもくまなくてらす月かけは残(のこ)りのきくをみよと成べし W368。
多(おほ)かれどかかず。女房(にようばう)、
@月かけにてりわたりたるしらきくはみかきてうへし験(しるし)なりけり W369。
多(おほ)かれとゝめつ。月あかくおかしきよ。権大夫(ごんだいぶ)くちずさひに、
@さかきのみこそことにみえけれ
と宣(のたま)へば、女房(にようばう)、
△△かみかきは月も紅葉(もみぢ)もありけれど W370
など聞(き)こえさせかはしけり。心(こころ)のどかにもおはしますべけれど、飽(あ)かで帰(かへ)らせ給(たま)ふもかかる御有様(ありさま)には苦(くる)しげなりやとぞ。



栄花物語詳解巻三十二


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〔栄花物語巻第三十二〕 うたあはせ
鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)、七十賀(が)せさせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)など、例(れい)の渡(わた)らせ給(たま)ふ。院(ゐん)は暁(あかつき)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。宮(みや)はひるうちより出(い)でさせ給(たま)ふ。儀式(ぎしき)・有様(ありさま)先々(さきざき)ふりにし事(こと)など猶(なほ)いとめでたし。御こし寄(よ)せて奉(たてまつ)る程(ほど)など、内(うち)の御前(ごぜん)、上(うへ)の御局(つぼね)の蔀(しとみ)とりのけて御覧(ごらん)ず。弘徽殿(こきでん)・藤壺(ふぢつぼ)のはざまのいと狭(せば)きに、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)たちこみ、近衛司(このゑづかさ)胡〓(やなぐひ)負(お)ひて立(た)ち休(やす)らひたり。名対面(なだいめん)の程(ほど)などいとめでたし。内大臣(ないだいじん)殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、御むかへに参(まゐ)れと候(さぶら)ひつるなり。大臣(おとど)はかしこの事(こと)共(ども)見(み)口(くち)入(い)れ候(さぶら)ふ。事(こと)繁(しげ)くてなど申(まう)させ給(たま)ふ。いともの<しくきらゝかなる御有様(ありさま)なり。東宮(とうぐう)大夫・権大夫(ごんだいぶ)・権(ごん)大納言(だいなごん)など、御せうとの殿(との)原(ばら)皆(みな)参(まゐ)り給(たま)へり。宮(みや)は、さくら萌黄(もえぎ)のいつへの御衣(ぞ)を、皆(みな)織物(おりもの)にて五ばかり奉(たてまつ)りて、赤色(あかいろ)の唐(から)の御衣(ぞ)、地摺(ぢずり)の御裳(も)奉(たてまつ)りて、めでたき御有様(ありさま)にて、御もてなし用意(ようい)など、おもりかにはつかしげにおはします。三十五六にならせ給(たま)へば、思(おも)ひ遣(や)りは大人(おとな)びて覚(おぼ)えさせ給(たま)へど、廿ばかりとぞ見(み)えさせ給(たま)ふ。けらうなどだによき人(ひと)はねひて見(み)ゆる事(こと)もなし。ましてさた過(す)ぎなど
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せさせ給(たま)ふべきにはあらず。御(み)髪(ぐし)は御衣(ぞ)に五六すんばかりたらせ給(たま)はで、いろにけうらにたを<として、ひまなくかからせ給(たま)へり。女房(にようばう)はかねて例(れい)のちんにいでねにけり。美作(みまさか)三位御(み)髪(ぐし)あげ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、やがて御こしに候(さぶら)ひ給(たま)ふ。女房(にようばう)はふたついろのこきうすき、葡萄染(えびぞめ)の織物(おりもの)の表着(うはぎ)、紅梅(こうばい)の竜文(りうもん)の唐衣(からぎぬ)、萌黄(もえぎ)の裳(も)の腰(こし)なり。例(れい)の事(こと)は、うねへむまのりなど、儀式(ぎしき)有様(ありさま)先々(さきざき)の同(おな)じ事(こと)なり。いらせ給(たま)ふ程(ほど)のらんしやうなどめなれたる事(こと)もなく、めでたくいみじきに、鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)は、さばかり御覧(ごらん)じつくしてしかども、又(また)今日(けふ)も御涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)ふ。御(み)堂(だう)くやうに四(よ)所(ところ)わたりあはせ給(たま)ふ行幸(ぎやうがう)・行啓ありし折(をり)になずらふべくもおもはくはあらねども、儀式(ぎしき)有様(ありさま)かはる事(こと)なくめでたければ、かく思(おぼ)し召(め)すにこそ、昔(むかし)の御事(こと)をも思(おぼ)し召(め)しいづべし。まひはとのの若君(わかぎみ)せさせ給(たま)ふべしとありしかど、さもあらで、諸大夫(しよだいぶ)のこどもぞまひける。その日の儀式(ぎしき)有様(ありさま)、女のしるす事(こと)ならねばしるさず。院(ゐん)の女房(にようばう)は、皆(みな)薄色(うすいろ)にむらさきの唐衣(からぎぬ)ぞせさせ給(たま)へる。あまの御装束せさせ給(たま)へるも、いと哀(あは)れにめでたく見(み)えさせ給(たま)ふ。よさりは皆(みな)様々(さまざま)にかへらせ給(たま)ひぬ。様々(さまざま)の御贈(おく)り物(もの)などいとめでたし。誠(まこと)や、又(また)の日は、昨日(きのふ)の有様(ありさま)儀式(ぎしき)を、清涼殿(せいりやうでん)の東(ひんがし)面(おもて)にてせさせて御覧(ごらん)ず。一品(いつぽん)の宮(みや)の、所(ところ)せかりなんとて、出(い)でさせ給(たま)はすなりにしかば、御覧(ごらん)せさせ給(たま)はむとてせさせ給ふなるべし。がくなど同(おな)じくせさせて御覧(ごらん)ず。
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東宮(とうぐう)もわたりて御覧(ごらん)ず。中宮(ちゆうぐう)の女房(にようばう)、上(うへ)の御局(つぼね)の蔀(しとみ)なが<とあけわたして、をしいでつゝ、居(ゐ)並(な)みだる前(まへ)より東宮(とうぐう)のぼらせ給(たま)ふ。いともの<しくめでたき御有様(ありさま)なり。中宮(ちゆうぐう)・一品(いつぽん)の宮(みや)は、二間にて御覧(ごらん)ず。今日(けふ)はくれなゐともに葡萄染(えびぞめ)の織物(おりもの)奉(たてまつ)りたる、いとめでたし。一品(いつぽん)の宮(みや)はこうばひのにほひに、こきうちたる、むめの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、萌黄(もえぎ)の小褂など奉(たてまつ)りたる、はな<とけたかく美(うつく)しう、いはんかたなき御有様(ありさま)なり。うちの思(おぼ)し召(め)したる御けしき疎(おろ)かならず。とのしより始(はじ)めて参(まゐ)らせ給(たま)へり。昨日(きのふ)ははるかなるにはにてさやかにも御覧(ごらん)ぜざりしを、今日(けふ)は御(お)前(まへ)達(たち)かくてまひの有様(ありさま)・もののねなどもまさりてなんありける。よふけてぞ、東宮(とうぐう)もかへらせ給(たま)ひける。事(こと)はてゝ皆(みな)人々(ひとびと)まかて給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)はやがて上(うへ)の御局(つぼね)におはします。としも残(のこ)りなくて御仏名や何(なに)やと、もの騒(さわ)がしうて過(す)ぎぬ。誠(まこと)や、御賀(が)のうたは、輔親(すけちか)・あかぞめ・いでは、経任頭弁のはゝにてものし給(たま)ふ佐理の大弐のむすめぞかき給(たま)ひける。あかそめ、正月朔日(ついたち)臨時(りんじ)客したる所(ところ)、
@むらさきのそでをつらねてきたるかなはるくる事(こと)はこれそ嬉(うれ)しき W371。
七月七日、
@あまのかははやくわたりねひこほしのよさへふけなはぬる程(ほど)もあらじ W372。
輔親(すけちか)
@あたらしきはるの始(はじ)めにくる人(ひと)はみとせのともとおもふなるべし W373。
子の日、
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@としごとのはるの始(はじ)めにひくまつのつもれるかずはきみぞかぞへん W374。
かす<にはうるさきやうなれば、なかにはとて留(とど)めつ。としかへりぬれば、朔日(ついたち)の有様(ありさま)など、例(れい)の事(こと)なり。院(ゐん)には、行幸(ぎやうがう)・行啓などいとめでたくまちつけ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、まつ御こしよせぬ程(ほど)も、くもりなき御(お)前(まへ)に中々(なかなか)とちむひきて、中もんに御こしよせてわだ殿(どの)よりいらせ給(たま)ふ程(ほど)、いとめでたし。頭御はかしとりて、内侍(ないし)に伝(つた)ふ。うちの女房(にようばう)かねて参(まゐ)りゐて、おもの参(まゐ)りなど、例(れい)の儀式(ぎしき)なり。はいし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)など、みる人(ひと)つねの事(こと)なれど涙(なみだ)こぼれてめでたくいみじ。女房(にようばう)えもいはずさうすきて、をしこりて候(さぶら)ふ。うちいづる事(こと)はなし。中宮(ちゆうぐう)には大饗ありて、拝礼などいとめでたし。正月廿日の程(ほど)に内宴あるべければ、こと<”なく蔵人(くらうど)有様(ありさま)・かたちの事(こと)を、人(ひと)にすぐれてと思(おぼ)し召(め)す。御まかなひは斎院(さいゐん)の御乳母(めのと)の中納言(ちゆうなごん)のすけつかまつり給(たま)ふべし。蔵人(くらうど)を、内(うち)に四人(にん)、院(ゐん)・東宮(とうぐう)・中宮(ちゆうぐう)二人(ふたり)づゝいださせ給(たま)ふ。院(ゐん)にはかたちよき人(ひと)おほくて、内(うち)・東宮(とうぐう)にも二人(ふたり)づゝ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)しけれど、煩(わづら)ふよし申(まう)して参(まゐ)らざりければ、さしも思(おぼ)し召(め)さゞりけるおとりの人(ひと)をぞせさせ給(たま)ひける。仁寿殿に御しつらひせさせ給(たま)ひて、院(ゐん)・中宮(ちゆうぐう)の御局(つぼね)して参(まゐ)らせ給(たま)へり。今日(けふ)もうちいでなどはせず。こなたかなたいみじくさうすきて候(さぶら)ふ。蔵人(くらうど)は、院(ゐん)のは唐綾(からあや)をでい・こんじやうして、もんをとめてよつ。にしきの表着(うはぎ)なり。中宮(ちゆうぐう)のは、色々(いろいろ)のふたへもんに、ひとへはうち
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て、それもあかぢのからひしなるにしきの表着(うはぎ)なり。扇(あふぎ)・裙帯(くたい)・領巾(ひれ)など、いみじく心(こころ)をつくして、あたり給(たま)へる人(ひと)いとみ給(たま)へり。院(ゐん)のは、権(ごん)大納言(だなごん)、中宮(ちゆうぐう)のは左衛門(さゑもん)のかうぞし給(たま)へる。上達部(かんだちめ)など、今日(けふ)は皆(みな)あをいろき給(たま)へり。儀式(ぎしき)有様(ありさま)などいと珍(めづら)しうおかしき事(こと)のさまなり。三月には、又(また)賭弓(のりゆみ)あれば、前(まへ)方・後方(うしろかた)と、事(こと)共(ども)わきて、前(まへ)かたはかもに参(まゐ)り、今(いま)一方(ひとかた)は北野(きたの)に詣(まう)づ。その頃(ころ)の頭は、故みんぶきやうの御(おん)子(こ)隆国の頭中将(ちゆうじやう)、いま一人(ひとり)は小野宮(をののみや)の御むまご経任弁、斉信のみんぶきやうの御(おん)子(こ)にし給(たま)ふ、さえなどありてうるはしくぞものし給(たま)ひける。ふみつくりうたよみなど、いにしへの人(ひと)にぞものし給(たま)ひける。のりゆみにも、宮(みや)の程(ほど)せさせ給(たま)ふ。権(ごん)大納言(だいなごん)・左衛門(さゑもん)のかうなどのい給(たま)ふ程(ほど)は、かたがたに心(こころ)よせの人(ひと)ねむじけり。かけものは中宮(ちゆうぐう)せさせ給(たま)ふ。権(ごん)大納言(だいなごん)顕基(あきもと)の宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)は、一品(いつぽん)の宮(みや)の別当、左衛門(さゑもん)のかう・きんなりの宰相(さいしやう)は、斎院(さいゐん)の別当にものし給(たま)ひけり。されは、一品(いつぽん)の宮(みや)の女房(にようばう)も、斎院(さいゐん)のもねんじ聞(き)こゆるに、前(まへ)かたかちたれば、人々(ひとびと)賀茂(かも)に詣(まう)でゝ、帰(かへ)さに斎院(さいゐん)に参(まゐ)りて、遊(あそび)などして出(い)づる程(ほど)に、追(お)いて車(くるま)に、うたひきつれてかへるをみれば、あづさゆみもろやはいとど嬉(うれ)しかりける。隆国の頭中将(ちゆうじやう)、
@嬉(うれ)しきはもろやのみかはあづさゆみきみもかたひく心(こころ)ありけり W376。
かへり参(まゐ)り、うちにておにの間のかたに候(さぶら)へば、御(お)前(まへ)に召(め)して、有様(ありさま)などとはせ給(たま)ふに、かへさに院(ゐん)に参(まゐ)りて候(さぶら)ひつれば、めでたきてしてかくかきてなん候(さぶら)ひつるとそうす。かへり事(こと)など
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とはせ給(たま)ひて、おかしと思(おぼ)し召(め)したりけり。三月卅日がたに、いとしなひながくはなおもしろきふぢを奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、鷹司(たかつかさ)殿(どの)より、
@藤壺(ふぢつぼ)のはなは理(ことわり)をとらじと源(みなもと)さへもひらけたる哉 W377
御返(かへ)し、宮、
@ふぢのはなかみさひにける源(みなもと)ににほひをとれるすゑそ折(をり)うき W378。
からのかみに、いと今(いま)めかしくおかしくかかせ給(たま)へりければ、とのの上(うへ)いみじくめで奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけり。数多(あまた)おはしましゝが、御かたち・御(み)髪(ぐし)いづれともなく美(うつく)し。御てもひとゝころ悪(わろ)きおはしまさゞりけるが、さきのよのさるべきにておはしましけるにこそ、三月晦日(つごもり)方(がた)にふちつほのふぢのはな、えもいはずおもしろくへいにさきかかりて、みるはみづをやりみづにほりわけてながせ給(たま)へるに、さきかかりたる、いとおかし。このはなのえんせさせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りて、御あそびあり。資通(すけみち)のべんびは、左衛門(さゑもん)のすけのりすゑ。わこんなどひきあはせ給(たま)ふ。大夫権大夫(ごんだいぶ)などものすむしうたうたひなどあそび給(たま)ふ。女房(にようばう)、
@むらさきのくもたちまがふふぢのはないかにおらましいろもわかれず W379
@夏(なつ)にだに契(ちぎ)りをかけぬ花ならばいかにかせましはるのくるゝを W380。
女房(にようばう)・殿上人(てんじやうびと)など、多(おほ)かれど留(とど)めつ。四月、祭(まつり)などもの騒(さわ)がしくて過(す)ぎぬ。祭(まつり)の車(くるま)を、小一条(こいちでう)院(ゐん)のしもべうちたりなどいふ事(こと)ありて、院(ゐん)の人(ひと)せめられさせ給(たま)ひて、検非違使(けんびゐし)ども居(ゐ)並(な)みて、人(ひと)も安(やす)くもありかず、いみじき事(こと)共(ども)に世(よ)人(ひと)申(まう)しおもへり。日頃(ひごろ)
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経(ふ)れど、井(ゐ)など塞(ふた)ぎて、いといみじく忝(かたじけな)き事(こと)ゝ、世(よ)人(ひと)も申(まう)しおもへり。院(ゐん)のしもべの知(し)りたりける下衆(げす)の、出(いだし)車(ぐるま)につきたりけるを、戯(たはぶ)れてうちたりけるを、車(くるま)うちさりと聞(き)こし召(め)したりけるとぞ。小一条(こいちでう)院(ゐん)には、故左大臣(さだいじん)殿(どの)の女御(にようご)の御はらに、男(をとこ)二人(ふたり)・女(をんな)一所(ところ)を、一の宮(みや)は、中務(なかつかさ)、済政のはりまのかみのむこにて、ものし給(たま)ふ、二宮は三井寺(みゐでら)に大僧正かしづき聞(き)こえ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。高松(たかまつ)殿(どの)の御はらの若宮(わかみや)はうせ給(たま)ひて、女宮一所(ところ)ぞおはしますは。高松(たかまつ)殿(どの)の上(うへ)の御かたはら放(はな)たずかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)大夫殿(どの)の姫君(ひめぎみ)の御はらにも、男(をとこ)・女(をんな)数多(あまた)おはします。高松(たかまつ)殿(どの)に候(さぶら)ひける人(ひと)を思(おぼ)し召(め)して、片時(かたとき)も御覧(ごらん)ぜではえおはしまさで、にしの院(ゐん)といふ所(ところ)にすへ給(たま)ひて、男(をとこ)・女(をんな)数多(あまた)産(う)ませさせ給(たま)へりける。しもつけのかみなりける人(ひと)の女(むすめ)なりける、瑠璃(るり)女御(にようご)と世(よ)人(ひと)聞(き)こゆめり。童名なるべし。昔(むかし)もいまもかかるさいはひ人(びと)たえ給(たま)はぬにこそ。 五月十余(よ)日ばかりにぞ、いかに思(おぼ)し召(め)しけるにか、検非違使(けんびゐし)などたつべき宣旨(せんじ)くだりける。院(ゐん)は世(よ)の中(なか)うしと思(おぼ)し召(め)たる、理(ことわり)なり。内大臣(ないだいじん)殿(どの)は、この院(ゐん)の御いもうとの女二宮をぞ、上(うへ)にておはします。御心(こころ)よせありて、いとおしく、この程(ほど)も思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひけり。御むすめ参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らんとは思(おぼ)し宣(のたま)へど、中宮(ちゆうぐう)にも御けしきよくて参(まゐ)らせ給(たま)ひて、宮(みや)たちをもてあそび聞(き)こえさせ給(たま)ふ。院(ゐん)の高陽院(かやうゐん)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひておはします。とのの上(うへ)に御たいめんなどあり。とのの
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御せむは、いかならんけうらをつくしても御覧(ごらん)ぜさせんと思(おぼ)し召(め)したり。いつみの上(うへ)の渡(わた)殿(どの)に、四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)参(まゐ)り給(たま)へるに、いてはべんたいめんしたるに、との、 内(うち)より御火取(ひとり)持(も)ちておはしまして、空薫物(そらだきもの)せさせ給(たま)ひて、そひおはします。中々(なかなか)いと慎(つつ)ましく、もの聞(き)こえ給(たま)ふも、うちいでにくゝ覚(おぼ)えけり。ゑにかきたる心地(ここち)す。その頃(ころ)、伊予(いよ)の中納言の君、たきのをとをきゝて、
@わきかへりいはまをわくるたきのいとの乱(みだ)れておつるをとたかきかな W381。
いではのべん、
@とくれどもあはにもあらぬたきのいとをつねによりてもみまほしきかな W382。
などはかなき事(こと)をいひつゝ、明(あ)かしくらすもおかしくなんありける。八月つこもりに、てんじやうの人々(ひとびと)、嵯峨野(さがの)に花見(み)に行(い)きたるに、中宮(ちゆうぐう)の大はんどころに、をみなへしのちいさきえだを、あふぎのつまをひきやりて、さしたるにかきつけ侍(はべ)る、東宮(とうぐう)権大夫(ごんだいぶ)、
@ひとえたのはなのにほひもあるものを野辺(のべ)のにしきを思(おも)ひ遣(や)らなん W383。
返(し)、御前(ごぜん)の撫子(なでしこ)を折(を)りて、源少将(せうしやう)、
@もゝしきのはなやをとれるきりわけてたちまじるらん野辺(のべ)のにしきに W384。
新嘗会(しんじやうゑ)の日、雨(あめ)の降(ふ)り暮(くら)すに、源少将(せうしやう)、
@日かげも見(み)えずくもる今日(けふ)かな。
江(がう)侍従(じじゆう)、
天(あま)照(てら)す豊(とよ)の明(あかり)と思(おも)へども W385。
といへりけり。一条(いちでう)の院(ゐん)の一品(いつぽん)の宮(みや)をば、入道(にふだう)一品(いつぽん)の宮(みや)
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と申す。皇太后宮(くわうだいこうくう)のをば、東宮(とうぐう)の一品(いつぽん)の宮(みや)と聞(き)こえさす。当代のと三人(にん)おはします。斎院(さいゐん)は二品におはしませと、官(つかさ)かうぶり給(たま)はらせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の一の宮(みや)は、うちに御(おん)子(こ)もおはしまさねば、うたがひなきまうけのきみと思(おも)ひ申(まう)したり。ゑちこのべんは、此(こ)の宮(みや)の御乳母(めのと)にて候(さぶら)ふ。三月に、たうみんぶきやうせ給(たま)ひぬ。口(くち)惜(を)しき事(こと)に公(おほやけ)より始(はじ)めて思(おぼ)し召(め)す。大納言(だいなごん)に左衛門(さゑもん)のかうなり給(たま)ひぬ。源大納言(だいなごん)と聞(き)こゆる。内大臣(ないだいじん)殿(どの)の太郎三位中将(ちゆうじやう)、二郎のぶもと、三郎のぶながと聞(き)こゆる、二(ふた)所(ところ)ながら侍従(じじゆう)にてものし給(たま)ふ。四郎は法師(ほふし)にて、長谷(ながたに)の僧都(そうづ)に奉(たてまつ)り給(たま)へれば、いみじきものにかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。とのには御(おん)子(こ)のおはしまさぬ事(こと)を、口(くち)惜(を)しなども世(よ)の常(つね)なり。上(うへ)の御せうとの源大納言(だいなごん)・内大臣(ないだいじん)殿(どの)の中将(ちゆうじやう)をぞこにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。若宮(わかみや)ひとゝころこそ十ばかりにておはしますめれ。鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)を具(ぐ)したてまつせ給(たま)へる。御かたち美(うつく)しう愛敬(あいぎやう)づき、ふくらかににほはせ給(たま)へり。小式部(こしきぶ)きやうの宮(みや)の左兵衛督(さひやうゑ)のかうのむすめのはらなりけり。とのに二所(ところ)候(さぶら)ひけるを、あね君は則理(のりまさ)のたじまのかみのめにておはす。ひとゝころは若君(わかぎみ)産(う)み奉(たてまつ)り給(たま)ひてければ、やがて参(まゐ)り給(たま)はす。故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御もののけ、いとこはくて、さまたけ聞(き)こえさせ給(たま)へば、おはします事(こと)はたえたり。誠(まこと)や、女院(にようゐん)は、無量(むりやう)寿院(ゐん)のかたはらに御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)へり。ついぢつきわたしこめて、いみじくめでたくつくらせ給(たま)へり。ちん・紫檀(したん)を高欄(かうらん)にし、蒔絵(まきゑ)・螺鈿(らでん)、櫛(くし)の筥(はこ)などのやうにせ
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させ給(たま)へり。はしらゑなども世(よ)の常(つね)ならず、くぎうつ所(ところ)にはるりを、くぎのかたにふせなど、万(よろづ)をつくしたり。としごとの九月には御念仏(ねんぶつ)せさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)えもいはず装束(さうず)きて打(うち)出(い)でたり。そうの装束(しやうぞく)やがてせさせ給(たま)ひて給(たま)はす。ちいさきそうどものめぐるもいと美(うつく)し。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)残(のこ)るなく参(まゐ)り給(たま)ふ、折(をり)<のくとくつくらせ給(たま)ふ、いとめでたき御有様(ありさま)なり。長元八年五月、卅講はてゝ、関白(くわんばく)殿(どの)うたあはせせさせ給(たま)ふ。殿上の人々(ひとびと)わかたせ給(たま)ふ。左方は蔵人(くらうど)頭経輔・済政・資業・良頼春宮(とうぐう)の亮(すけ)・良経の左馬頭・行経少将(せうしやう)・中宮(ちゆうぐう)大進義通・経季少将(せうしやう)・経長(つねなが)弁・経成少納言(せうなごん)・信長侍従(じじゆう)・範国・資任・憲房・経尹・実綱、蔵人(くらうど)は俊経・季通・貞章(さだあき)なり。かたは実経朝臣(あそん)・兼房中宮(ちゆうぐう)の亮(すけ)・資通(すけみち)の弁・俊家(としいへ)の中将(ちゆうじやう)・みちもとの四位(しゐ)侍従(じじゆう)・師経内蔵頭・行任・挙周・為善・国成・良宗の右衛門(うゑもん)の佐(すけ)・資綱少将(せうしやう)・経家少納言(せうなごん)・経季左衛門(さゑもん)の佐・三河守経信・定季信濃権守、蔵人(くらうど)は義清・家任・頼家とかかせ給(たま)ひて、だいはこと心(こころ)もとむべきならす。たゞこのまぢかく見(み)ゆる事(こと)をこそはとて、△△月・五月雨(さみだれ)・池水・昌蒲・蛍火・瞿麦・郭公、照射、これのみやほかの思(おも)ひ遣(や)る事(こと)はあらめとて、祝・こひとかかせ給(たま)ひて、各(おのおの)かたがたに、左には経輔頭弁、右には良宗蔵人(くらうど)右衛門(うゑもん)の佐(すけ)にそ召(め)して給(たま)はせたりし。頭弁はみんぶきやうの腹(はら)にてこもり給(たま)へればなるべし。様々(さまざま)にいとみたる程(ほど)に、同(おな)じ月の九日に、殿上の童(わらは)を書(か)き分(わか)たせ給(たま)へ
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り。左にはとのの若君(わかぎみ)・行任が子・のりくにが子・のりたうが子、右には家(いへ)つねが子・のりながゞ子・よりくにが子わかたせ給(たま)へり。これは御賀(が)にまひせし人(ひと)のこなり。右少(すこ)し事(こと)たがひたるやうなり。十二日になりて、上達部(かんだちめ)のさるべくわかやかなるをわかたせ給(たま)ひたり。左にはかねよりの宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)・きんなりの右兵衛(うひやうゑ)のかう、みぎには顕基(あきもと)の宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)・隆国の右兵衛(うひやうゑ)のかうと宣(のたま)はす。いつしかいかゞと思(おも)ひ申。さるのときばかりに、左のかたの人々(ひとびと)、色々(いろいろ)のうす物を屋形(やかた)にはりて、金(かね)の常夏(とこなつ)の花(はな)押(を)したる船二(ふた)つに乗(の)りて、笛(ふゑ)けしきばかり吹(ふ)きすさびて、いせの海(うみ)うたひて、いけの心(こころ)にまかせて棹(さを)さして参(まゐ)るを見(み)れば、二藍(ふたあゐ)の直衣(なほし)・指貫(さしぬき)に、紅(くれなゐ)の打(う)ちたる、白(しろ)き単(ひとへ)をぞ著(き)たる。蔵人(くらうど)は織物(おりもの)の指貫(さしぬき)、青色(あをいろ)の水に写(うつ)りたる影(かげ)おかし。池(いけ)の上(うへ)の反橋(そりはし)に船(ふね)を寄(よ)する程(ほど)に、上達部(かんだちめ)二人(ふたり)たちてむかひあひて、さるべき人々(ひとびと)少(すこ)しばかりをくして参(まゐ)りゐたるのちに、蔵人(くらうど)俊経ふたあゐの美(うつく)しきとりてひろげしくをみれば、むらさきのふせんれうにあをきさうかんをつけて、いせ海(うみ)といふ催馬楽(さいばら)を蘆手(あしで)に繍(ぬ)ひたり。鏡(かゞみ)の水、かねのすなどしたる洲浜(すはま)を、季通(すゑみち)・貞章(さだあき)等(ら)取(と)りて打敷(うちしき)の上(うへ)に伏(ふ)す。かねのすにはこを彫(ほり)物にしたる、もねの机に据(す)ゑたり。員指(かずさし)の物は、かねの洲浜(すはま)に、沈の石(いし)立(た)てゝ鏡(かゞみ)の水(みづ)などしたる上(うへ)に、尾上(おのへ)の松を植(う)へうつすを数(かず)にしたり。童(わらは)員指(かずさし)とおぼしくて居(ゐ)たり。斯(か)かる程(ほど)に右人まちかくなる程(ほど)に、車(くるま)の音(おと)続(つゞ)け、先(さき)をまとにやまかは
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の滝(たき)つ瀬(せ)の音(おと)よりもけにのゝしりて参(まゐ)る。こと更(さら)にすると聞(き)こえておかし。をとらすせんと思(おも)ひし事(こと)のたがひぬるか口(くち)惜(を)しきなるべし。まづさるべき人々(ひとびと)は、俊家(としいへ)の中将(ちゆうじやう)、常夏(とこなつ)の出袿(いだしうちぎ)、二藍(ふたあゐ)の直衣(なほし)、あをいろの織物(おりもの)の指貫(さしぬき)、通基の四位(しゐ)侍従(じじゆう)、ふたあゐの直衣(なほし)、あをいろの織物(おりもの)の指貫(さしぬき)、こき打衣(うちぎぬ)さねつなの少将(せうしやう)、ふたあゐの直衣(なほし)・指貫(さしぬき)にあをき織物(おりもの)のひとへ、蔵人(くらうど)二人(ふたり)、織物(おりもの)の、指貫(さしぬき)あをいろにて、かねのすはまに沈をまぜゆひたる、かねの常夏(とこなつ)のくさむらをかきたり。うたは何(なに)ゝかきたるぞなど心(こころ)にくき程(ほど)に、はやうはなにてふのいみじうおかしきがとをばかりゐたるなりけり。員指(かずさし)のものは、うちの御(お)前(まへ)と思(おぼ)しくて、たけのたいよりぬきいでたるを、かずにはしたり。かゞみのはつ、沈の石たてゝ、様々(さまざま)のくさをしたくさにて、色々(いろいろ)の裂帛(さいで)して造(つく)りたるも、ことさらと見(み)なせばおかし。かくて蔵人(くらうど)取(と)りて員指(かずさし)には居(ゐ)たり。左右挑(いど)みて方(かた)分(わ)きける程(ほど)に、とのの若君(わかぎみ)左により給(たま)ひにければ、挑(いど)まんも中々(なかなか)なりとて、右はたゞおひらかなり。左の講師(かうじ)左の中弁経長(つねなが)、右の講師(かうじ)右中弁季通参(まゐ)りてゐたり。三位輔親(すけちか)をぞ、このうたの勝負(かちまけ)さだむべき人(ひと)にて召(め)したる。うたのよしあしはいかゞさだむらん、かみさひてゐたるをもちちけしき、ゑにかきたるここちして、これよりほかは誰(たれ)をかはと見(み)えたり。くらうなれば、ひなどともして、左ゆきつねの少将(せうしやう)寄(よ)りて、透筥(すきばこ)をあけて、彫(ほ)り物ゝ骨(ほね)に象眼(ざうがん)の紙(かみ)をはりて、題の心(こころ)を様々(さまざま)にかきたるあふぎを一(ひと)つづゝとりて、
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かうし経長(つねなが)のべんにとらす。うたはうちの御乳母(めのと)、宰相(さいしやう)の典侍(ないしのすけ)かきたり。右には兼房の右衛門(うゑもん)の佐(すけ)、てふゐたる。常夏(とこなつ)のえだを折(を)りて資通(すけみち)にとらす。かた人近(ちか)く参(まゐ)りよりてゐたり。左は北、右は南(みなみ)にぞありける。かうする程(ほど)限(かぎ)りなくおかし。夜やう<ふけて、月のすみのぼりたる程(ほど)、いけの心(こころ)きよさも、うたの題の心(こころ)さへかなひておかし。とのの女房(にようばう)の装束(しやうぞく)は、うすものをなでしこにて、色々(いろいろ)にて、ひねり重(かさ)ねたり。うたはうるさきやうに人(ひと)のおもへれど。かくいひ<てかかざらむも本意(ほい)なければなん。
△△一番〈左勝〉△△△月△△△△△△△△△四位(しゐ)少将(せうしやう)行経〈権(ごん)大納言(だいなごん)長家〉
@夏(なつ)のよも涼しかりける月影は庭白妙のしもと見(み)えつゝ W386
△△△右△△△△△△△△△赤染衛門
@宿(やど)からぞ月の光(ひかり)も勝(まさ)りける夜(よ)の曇(くもり)なくすめば也けり W387
△△二番〈左勝〉△△△五月雨(さみだれ)△△△△△△△さがみ
@五月雨(さみだれ)に水のみまきのまこも草(くさ)刈ほす隙もあらしとぞ思ふ W388
△△△△右△△△△△△△△東宮(とうぐう)学士茂忠朝臣(あそん)
@五月雨(さみだれ)の空(そら)を眺(なが)むるのどけさは千代(ちよ)をかねたる心地(ここち)社すれ W389
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△△三番〈左〉△△△池△△△△△△△△△式部(しきぶ)の大輔(たいふ)資業朝臣(あそん)
@ちよをへてすむべき水をせきれつゝ池の心(こころ)に任たるかな W390
△△△△右△△△△△△△△少納言(せうなごん)経家
@年(とし)をへてすむべき君か宿なれば池の水さへにごらざりけり W391
△△せきるゝ悪(わろ)しとて右勝
△△四番〈左〉△△△菖蒲(さうぶ)△△△△△△△△右馬良頼朝臣(あそん)
@あやめ草(くさ)尋ねてぞ引(ひ)く真菰(まこも)刈(か)る淀(よど)の渡(わた)りの深き沼迄 W392
△△△△右△△△△△△△△東宮(とうぐう)大夫頼宗
@昔(むかし)よりつきせぬ物はあやめ草(ぐさ)深(ふか)き淀野(よどの)に引(ひ)けば也けり W393
△△五番〈左勝〉△△△瞿麦△△△△△△△△四条(しでう)大納言(だいなごん)定頼
@常夏(とこなつ)の匂(にほ)へる庭(には)ゝ唐国(からくに)ゝ織(お)れる錦(にしき)もしかじとぞ思ふ W394
△△△△右△△△△△△△△あかぞめ
@庭の面にからの錦を敷く物は猶常夏(とこなつ)の花にざりける W395
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△△猶床夏(なつ)と云事(こと)悪(わろ)しとて右まけぬ△△六番〈左持〉△△△郭公△△△△△△△△茂忠朝臣(あそん)
@鳴(な)かぬ夜(よ)も鳴(な)くにも更に郭公(ほとゝぎす)待(ま)つとて安(やす)きいやは寝(ね)らるゝ W396
△△△△右△△△△△△△△あかぞめ
@よもすがら待ちつる物を時鳥又(また)とも鳴(な)かで過(す)ぎぬ成るかな W397
△△七番〈左勝〉△△△蛍火△△△△△△△△右馬良経朝臣(あそん)
@沢水に空成る星の移るかと見(み)ゆるはよはの蛍なりけり W398
△△△△右△△△△△△△△あかぞめ
@名(な)に立(た)てる五(さ)月の闇(やみ)もなかりけり沢(さは)の蛍(ほたる)のまがふ光(ひかり)に W399
△△八番〈左勝〉△△△照射△△△△△△△△式部(しきぶ)の少輔(せう)公資
@五月闇(やみ)天(あま)つ星(ほし)だに見(み)えぬ夜にともしのみこそ山やま)に見(み)えけれ W400
△△△△右△△△△△△△△あかぞめ
@さつきやみほくしにかくる灯のうしろめたくやしかはみるらん W410
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△△右うたよしとて、輔親(すけちか)そなたに心(こころ)ある程(ほど)に、左人々(ひとびと)ともしびとは、例(れい)の人(ひと)の△△やどにともすをこそいへ、更(さら)にかからすと△△申すに。古(ふる)きうたにともす火はとよみたり。△△さらねとほくしにかくといひつれば、ことともしびをさ云やうなしと申せば、すけち△△かも誠(まこと)にうたは心(こころ)ばへあり。おかしけ△△れどかばかりにてもしかいはれぬればと△△て右まくるになす△△九番〈左〉△△△祝△△△△△△△△△のふいん法師(ほふし)
@君か代は白雲(くも)かかるつくはねの嶺のつづきの海となる迄 W402
△△△△右勝△△△△△△△△すけふさの少将(せうしやう)
@思(おも)ひ遣(や)れやそうち人(ひと)のきこかため一(ひと)つ心(こころ)に祈る祈りを W403
△△左うたやまの海(うみ)となり、海(うみ)のやまとな△△りけんも。あいなし。海(うみ)は海(うみ)、やまはやま△△にてあらんこそよからめとて。△△十番〈左〉△△△恋△△△△△△△△△のふいん法師(ほふし)
@黒髪の色もかはらぬ恋すとてつれなき人(ひと)に我(われ)ぞ老(お)ひぬる W404
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△△△△右勝△△△△△△△春宮(とうぐう)大夫頼宗
@逢ふ迄とせめて命(いのち)の惜(を)しければ恋こそ人(ひと)の祈り也けれ W405
夜いみじくふけゆき、月のかげすゞしく、もののどやかに皆(みな)さはく。いまも昔(むかし)もかかるたぐひあらんやとおぼゆる程(ほど)に、これかれさるべきうたどもゑいじて御あそびあるに、ふえたけのよふくる程(ほど)もいとおかしきに、左方(がた)勝(かち)わざとおぼしくて、沈・紫檀(したん)の貝摺(かひす)り、鏡(かゞみ)の水遣(みづや)りなどしたる破篭(わりご)ども参(まゐ)らせたり。輔親(すけちか)には、装束(しやうぞく)一具(ひとぐ)被(かづ)けさせ給(たま)ふ。次(つぎ)に上達部(かんだちめ)のいで給(たま)ふ程(ほど)に、内大臣(ないだいじん)殿(どの)、大納言(だいなごん)三人(にん)に御むま奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。つねの事(こと)なれど、こよひはつねよりもまさりておかしく見(み)ゆるに、事(こと)の有様(ありさま)ちよをもそへまほしがりし夜のあけゆきしこそ、あかずわりなかりしか。とのの若君(わかぎみ)十一にて御げんぶくせさせ給(たま)ふ。いみじうふくらかに愛敬(あいぎやう)づき、にほひやかなる御有様(ありさま)なり。程(ほど)もなく少将(せうしやう)にならせ給(たま)ひて、臨時(りんじ)の祭(まつり)の舞人(まひびと)せさせ給(たま)ふ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)の三郎、ひやうゑのすけと聞(き)こえさせ給(たま)ふとまはせ給(たま)ふ。いと美(うつく)しうものせさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の大夫殿には太郎兼頼の宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)、二郎俊家(としいへ)の中将(ちゆうじやう)、三郎能長(よしなが)の侍従(じじゆう)など、いと数多(あまた)事(こと)御はらにももし給(たま)ふ。たじまのかみ基貞(もとさだ)とてものし給(たま)ふ。十六なるをたちまちなさせ給(たま)へるなりけり。としかへりぬれば、少将(せうしやう)殿(どの)春日(かすが)のつかひせさせ給(たま)ふ。殿上人(てんじやうびと)われも<と残(のこ)るなく、えもいはぬかりぎぬすがたをとらじといとみさうすきたり。いとめでたくて渡(わた)らせ給(たま)ふを、とのは限(かぎ)りなし
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と思(おぼ)し召(め)したり。殿(との)原(ばら)もいみじく美(うつく)しがりめで聞(き)こえさせ給(たま)ひたりつる。御とのの上(うへ)いと悲(かな)しうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。つねに中宮(ちゆうぐう)に上(うへ)は参(まゐ)らせ給(たま)ふ。七十にあまらせ給(たま)へど、御(み)髪(ぐし)はゆら<とふさやかにおはしますも、いとめでたくおはしましける御(み)髪(ぐし)なればなるべし。うちに一品(いつぽん)の宮(みや)の御裳著(もぎ)の事(こと)、思(おぼ)し召(め)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。御調度(てうど)は蔵人(くらうど)よしきよに仰(おほ)せごと給(たま)はせて、いみじくなへてならずと思(おぼ)したり。御ひやうぶのゑ、心(こころ)の、唐(から)の、絵所(ゑどころ)にゑしめしていみじくせさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)の装束(しやうぞく)、裳(も)・唐衣(からぎぬ)表着(うはぎ)、わらはの装束(しやうぞく)など、人々(ひとびと)あたり、三日程(ほど)、大人(おとな)三十人(にん)・わらは六人(にん)か装束(しやうぞく)を、色々(いろいろ)様々(さまざま)になべてならずと思(おぼ)し召(め)す。明(あ)くればまづ渡(わた)らせ給(たま)ふ。御調度(てうど)召(め)してかつ御覧(ごらん)じ、その事(こと)かの事(こと)など、こと<”なく思(おぼ)し急(いそ)がせ給(たま)ふ。あてにけたかくおはします御心(こころ)にも、このみちは限(かぎ)りなき御事(こと)にこそ。つねたうの弁、宰相(さいしやう)になりて、俊家(としいへ)の中将(ちゆうじやう)、頭になり給(たま)ひぬ。御心(こころ)に思(おぼ)し召(め)しけるは、東宮(とうぐう)に、かたりある位(くらゐ)なりども、此(こ)の頃(ごろ)譲聞(き)こえて、一品(いつぽん)の宮(みや)をやがて参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)はんと思(おぼ)し召(め)す。世(よ)人(ひと)は若宮(わかみや)にぞ参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)はんと思(おも)ひ申(まう)ししかど、いかに思(おぼ)し召(め)すにか、東宮(とうぐう)にと思(おぼ)し召(め)す。さりとてさきの一品(いつぽん)の宮(みや)疎(おろ)かに思(おも)ひ参(まゐ)らせ給(たま)ふべきにあらず。たゞみるよに今(いま)少(すこ)しうごきなく見(み)奉(たてまつ)らんとおもふなりなど、人(ひと)知(し)れず御ふみかよひけり。かかれとうちには、内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)
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参(まゐ)らせ給(たま)ふべしと申すは、いかなる事(こと)にか。うちにはみづ聞(き)こし召(め)し、おもやせさせ給ふなどぞ。人々(ひとびと)申すめる。いかなる御事(と)にかと思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふに、三月晦日(つごもり)よりは、わざと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、中宮(ちゆうぐう)ものぼらせ給(たま)ひて、上(うへ)の御局(つぼね)におはします。御裳著(もぎ)ものびぬれば、いと口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)す。さるべき人々(ひとびと)は、いかなる事(こと)にかと人(ひと)知(し)れず思(おも)ひなげき給(たま)ふ。女院(にようゐん)もいらせ給(たま)ひぬ。四月朔日(ついたち)になれば、わざと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、御すほう数多(あまた)始(はじ)めさせ給(たま)ふ。御祈(いの)り残(のこ)る事(こと)なし。殿(との)原(ばら)もまかてさせ給(たま)ふ折(をり)なく候(さぶら)はせ給(たま)ふ。御もののけどもうつりてののしるさまいと恐(おそ)ろし。例(れい)の堀河(ほりかは)左大臣(さだいじん)殿(どの)、女御(にようご)殿(どの)具(ぐ)し給(たま)ひていておはし、さらぬもの様々(さまざま)なのり、いと苦(くる)しき御(おん)心地(ここち)に添(そ)へても、一品(いつぽん)の宮(みや)の御裳著(もぎ)のとまりぬるを口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)して、七日いと苦(くる)しくせさせ給(たま)ひて、われ今日(けふ)かくてあるべきものと思(おも)ひけんやと、仰(おほ)せらるゝは、御も奉(たてまつ)らまじものをなど思(おぼ)し召(め)すなるべし。今年(ことし)ぞ廿九にならせ給(たま)へば、又(また)いと盛(さか)りにおしき御程(ほど)など院(ゐん)も中宮(ちゆうぐう)もいかに<と思(おぼ)し召(め)す。との・内大臣(ないだいじん)殿(どの)・さらぬ殿(との)原(ばら)も、片時(かたとき)まかて給(たま)ふ事(こと)なく候(さぶら)ひ給(たま)ふ。御祈(いの)り、世(よ)の中(なか)ゆすりみちたり。いかゞおはしまさんと、いとこそ恐(おそ)ろしけれ。



栄花物語詳解巻三十三


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〔栄花物語巻第三十三〕 きるはわびしと嘆(なげ)く女房(にようばう)
うちの御悩(なや)み、日をへて重(おも)らせ給(たま)ひて、四月十五日ばかりより、日ごとにたえいらせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)涙(なみだ)にくれておはします。三位たちもいと睦(むつ)まじき人(ひと)なれば、一(ひと)つにておはします。つゐに四月十七日の夕方(ゆふがた)うせさせ給(たま)ひぬれば、所(ところ)から院(ゐん)も宮(みや)も同(おな)じさまにておはしませば、聞(き)こえさせ煩(わづら)ひて、かくのみはいかでかとて、御せうとの殿(との)原(ばら)ぞ、しもの御局(つぼね)に、御衣(ぞ)にをしくゝみてゐておろし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いま暫(しば)しだにのどかに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべきを、御心(こころ)にもあらずいみじう思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。御こゑもり聞(き)こえつゝ、いといみじ。世(よ)のなかゆすりみちたる心地(ここち)するに、確(たし)かに聞(き)こえさする人(ひと)もなけれど、一品(いつぽん)宮(みや)の幼(をさな)げに泣(な)かせ給(たま)ふも、いみじうあはれなり。いつのまにか、東宮(とうぐう)の御方(かた)には、除目ありて、頭・五位(ごゐ)蔵人(くらうど)・六位(ろくゐ)蔵人(くらうど)など万(よろづ)に皆(みな)、師子狛犬(こまいぬ)・日記(ひき)の御廚子(みづし)・御剣(はかし)など渡(わた)り、ひきかへたる有様(ありさま)、夢(ゆめ)の心地(ここち)なんしける。例(れい)の作法(さほふ)に、御乳母(めのと)ごも章任(のりたふ)のいよのかみ・さねつな・のりふさ・よしみちなどつかうまつる心地(ここち)ども思(おも)ひ遣(や)るべし。かねふさの中宮(ちゆうぐう)の亮(すけ)いひつゞけて、なくこゑの
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おどろ<しきもあはれなり。昔(むかし)はかく位(くらゐ)にて崩(う)せさせ給(たま)ふは、まさなき事多(おほ)く、所(ところ)せかりけれど、今(いま)の世(よ)は、さる厳(きび)しき事(こと)もなし。関白(くわんばく)殿(どの)も同(おな)じとのにおはしまし、いまの上(うへ)も、いかでかはなさけなくもおはしまさん。院(ゐん)も宮(みや)も、ただなき人(ひと)にておはします。廿一日のゆふさり、京極(きやうごく)殿(どの)の東(ひんがし)たいにおはしましてぞにて念仏(ねんぶつ)などあるべければ、暁(あかつき)に中宮(ちゆうぐう)・一品(いつぽん)宮(みや)も、きたのまんどころのおはします鷹司(たかつかさ)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)ふ。位(くらゐ)ながらの御有様(ありさま)は、所(ところ)せくいみじかるべければ、おりゐの御門(みかど)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてけり。とのは、いまのうちの御事(こと)共(ども)(おこな)はせ給(たま)へば、内(うち)大(おほ)殿(との)・こと殿(との)原(ばら)そぐひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ、いてさせ給(たま)ふ。暁(あかつき)の月のくまなきに、もの覚(おぼ)えぬ心(こころ)のうちに覚(おぼ)えける、ではのべん、
@めぐりあはん頼(たの)みもなくて出(い)づべしと思(おも)ひかけきや在明(ありあけ)の月 W406。
女院(にようゐん)も京極(きやうごく)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)ひぬ。院(ゐん)も宮(みや)も、おはしますやうになくしづみいらせ給(たま)へり。鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)は、まちつけ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、万(よろづ)に慰(なぐさ)め聞(き)こえさせ給(たま)へば、おはすてにのみぞ。かきつくすべくもあらず。関白(くわんばく)殿(どの)・うち大(おほ)殿(との)・殿(との)原(ばら)より始(はじ)め、なきこひ聞(き)こえ給(たま)はぬ人(ひと)なし。とののうちに始(はじ)めて世(よ)のひかりをとり出(い)でさせ給(たま)ひしより始(はじ)め、御心(こころ)ばへのめでたくおはしましゝ、御としの程(ほど)、をしくいみじく、夢(ゆめ)かと思(おぼ)しまとふ。女院(にようゐん)の御心(こころ)うちに、むまれさせ給(たま)ひし程(ほど)とのの思(おぼ)しよろこびしより、
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今日(けふ)いまゝでの御心(こころ)など、万(よろづ)をば申すべきにもあらず、たゞ恋(こひ)しう悲(かな)しういみじう思(おぼ)し召(め)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)もつゆの御湯(ゆ)をだに聞(き)こし召(め)さで、日頃(ひごろ)にならせ給(たま)ひぬるを、又(また)いかにと、女房(にようばう)などはもて騒(さわ)ぎ聞(き)こえさす。御葬送(さうそう)の程(ほど)近(ちか)くなるにも、悲(かな)しながらも、おはします程(ほど)はさてもあるを、いまはときゝ参(まゐ)らせんこそ、いみじういとどなど宣(のたま)はせて、宣旨(せんじ)の君(きみ)、
@いつか又(また)むなしきからのからだにも残(のこ)りなくともならんとすらん W407。
では弁、
@しらぬかなきみか煙(けぶり)をみるまでにかずならぬ身もあらんものとは W408。
又(また)
@いまはとて煙(けぶり)とならんゆふべこそ悲(かな)しき事(こと)の限(かぎ)りなるらん W409。
一品(いつぽん)の宮(みや)などのおはしますべきつちとのつくるをとをきゝて、いづも、
@いつしかもみつはよつはと思(おも)ひしを思(おも)ひもかけぬとのつくりかな W410。
かへし、
@中々(なかなか)に定(さだ)めなきよはあすか川たまつくりなるやどとならじや W411。
女院(にようゐん)の御(み)堂(だう)行(おこな)はせ給(たま)ひけるに、やなぎのつくりたるをうちに参(まゐ)らせさせ給(たま)へりければ、えだはまとにてありければ、清涼殿(せいりやうでん)のつぼにうへさせ給(たま)へりけるが、おいいでたりけるをきゝ給(たま)ひて、宮(みや)の宣旨(せんじ)、
@うきふしと思(おも)ひながらもおいいでんやなぎのいともあはれなるかな W412。
いづも、
@かたみにと思(おも)ひよるよりあをやぎめのいとなくや悲(かな)しかるらん W413。
など忍(しの)びつゝ、
P2390
涙(なみだ)の暇(ひま)にはいひ交(かは)しける。」顕基(あきもと)の中納言(ちゆうなごん)、人(ひと)よりはことになどや思(おぼ)し召(め)しけん、法師(ほふし)になり給(たま)ひにけり。よにあはれなる事(こと)にいひののしる。女院(にようゐん)より御消息(せうそく)遣(つか)はしたりける
@世をすてゝやどをいでにし心(こころ)にも猶(なほ)恋(こひ)しきは昔(むかし)なりけり W414。
と申(まう)し給(たま)へりければ、侍従(じじゆう)の内侍(ないし)、
@ときのまも恋(こひ)しき事(こと)の慰(なぐさ)まば世(よ)にふたゝびもそむかなましを W415。
仰(おほ)せごとめきてありけるなるべし。うちよりとて御つかひの参(まゐ)り、御ふみなど参(まゐ)らせさせ給(たま)へるにも、まづかき暮(くら)してのみ思(おぼ)し召(め)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。御葬送(さうそう)の夜、出羽(いでは)べん、
@かけまくも思(おも)ひそめてしきみなればいまも雲居(くもゐ)をあふぎてぞみる W416。
中宮(ちゆうぐう)の亮(すけ)かねふさがもとに、入道(にふだう)一品(いつぽん)宮(みや)のさがみ、
@程(ほど)ふれば慰(なぐさ)むかたもあるべきをたえぬ涙(なみだ)のあめはいかにぞ W417。
斎院(さいゐん)のおりさせ給(たま)ひける。よの有様(ありさま)などの、いみじうあはれなりけるを、ある人(ひと)
@かけてだに思(おも)はざりけん去年(こぞ)の今日(けふ)かつらき山(やま)にあとたえんとは W418。
四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)〈さたより〉
@世(よ)のなかのあはれなるにはおほそらのくもゝ涙(なみだ)ををしまざりけり W419。
などぞ聞(き)こゆなりし。御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)あからさまにまかてゝ、あまになりにけり。このそめ殿(どの)助といひける法師(ほふし)に成りにけり。
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@大方(おほかた)のよそのあめとやおもふらんこふる涙(なみだ)のふるとしらずや W420
@をくれしとおもふ心(こころ)にそむけどもこのよにとまる程(ほど)ぞかひなき W421。
など、もの覚(おぼ)えぬ心(こころ)のうちに覚(おぼ)え給(たま)ひけり。少将(せうしやう)の内侍(ないし)、
@いまゝでも世(よ)にありへんと思(おも)はぬをそむくみちにもをくれぬるかな W422。
女院(にようゐん)に、そうの装束(しやうぞく)せさせ給(たま)ひて、御忌(いみ)にこもれるそうに給(たま)はせんとて、こ院(ゐん)の御方(かた)の女房(にようばう)にぬはせさせ給(たま)へば、
@けさみればなげきあ〔か〕せる涙(なみだ)にはみきの袂(たもと)ぞあらはれにける W423。
御服(ぶく)になるよ、女院(にようゐん)の兵衛(ひやうゑ)の内侍(ないし)、
@かたみとてきれば涙(なみだ)のふちごろもしぼりもあへずそでのみぞひつ W424。
御葬送(さうそう)の又(また)のつとめて、いみじうあめふりければ、
@のぼりにし煙(けぶり)はくもにまがひつゝ忍(しの)びもあへぬあめのをとかな W425。
これも女院(にようゐん)の女房(にようばう、
@こふるまにいやとをさかるわかれには留(とど)めんかたもなきぞ悲(かな)しき W426。
こをちのきみ、月のあかきよ、
@さやかなる月も涙(なみだ)にくもりつゝ昔(むかし)みしよの心地(ここち)やはする W427。
兵衛(ひやうゑ)の内侍(ないし)、
@くもの上(うへ)にみしよのきみかなければや月も涙(なみだ)にくもるなるらん W428。
五月雨(さみだれ)は、いとど
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はれまなく、のきのあやめもしらずがほにて過(す)ぎぬ。はかなくて御法事(ほふじ)なども過(す)ぎぬれと、御心(こころ)どもははれまなくて明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。斎院(さいゐん)はおりさせ給(たま)ひにしかば、中宮(ちゆうぐう)におはします。今年(ことし)ぞ八にならせ給(たま)ひける。御ぐしはよをろばかりにて、くろき御すがたいみじうあはれなり。一品(いつぽん)宮(みや)は、十一におはします。御(み)髪(ぐし)、御たけにたゞ少(すこ)しぞたらせ給(たま)はざりける。女院(にようゐん)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はんと聞(き)こえさせ給(たま)へば、八月晦日(つごもり)方(がた)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。くろき御ひとへがさねにくろき御こうちぎ奉(たてまつ)りて、二所(ところ)ながらおはします。今日(けふ)ぞ、大宮(おほみや)も少(すこ)しおきあがらせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。乳母(めのと)達(たち)、皆(みな)ひきつくろひ奉(たてまつ)り給(たま)へれば、いとどいみじうおかしげにてならびおはします。大宮(おほみや)、日頃(ひごろ)にいみじうおもやせ給(たま)へるしも、御いろはゆき恥(は)づかしうて、くろきひとへの御衣(ぞ)に御(み)髪(ぐし)は御衣(ぞ)よりはいろにて、いとごちたくはあらで、つや<と御衣(ぞ)にたまりたる程(ほど)、いと哀(あは)れにながめかしく、心(こころ)苦(ぐる)しう見(み)えさせ給(たま)ふ。もやのみすに御屏風(びやうぶ)添(そ)へておはしますを、少(すこ)したゝみのけておはしますを、女房(にようばう)など、いと哀(あは)れに珍(めづら)しく見(み)奉(たてまつ)る。よしみよわれみと思(おぼ)し召(め)したるも、いみじうあはれなり。いみじうあつきとしにて、皆(みな)人(ひと)ひとへ重(かさ)ね一(ひと)つなどを奉(たてまつ)りたり。こなたかなたに御乳母(めのと)達(たち)・唯(ただ)の女房(にようばう)三人(にん)ばかり参(まゐ)る。美作(みまさか)三位もあまになりて候(さぶら)ひ給(たま)ふ、いとあはれなり。宮(みや)もさやうに思(おぼ)し召(め)し立(た)たせ給(たま)ひにたり。此(こ)の宮(みや)たちの御事(こと)を、ゐむのいみじう様々(さまざま)に
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思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へりしものをなど、いみじう哀(あは)れにのみ思(おぼ)し召(め)さる。一品(いつぽん)宮(みや)の御事(こと)をいみじう思(おぼ)し召(め)したりしに、二の宮(みや)のいみじうつき聞(き)こえさせ給(たま)へりし、斎院(さいゐん)にならせ給(たま)ひにしかば、心(こころ)苦(ぐる)し哀(あは)れにゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たまへりしものを。やがて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はすなりにしなど思(おぼ)し召(め)すも、いみじうあはれなり。此(こ)の宮(みや)たちをも見(み)奉(たてまつ)りはつべきにもあらずと、もの心(こころ)細(ぼそ)くのみ思(おぼ)し召(め)さる。御心(こころ)としづみ参(まゐ)らせ給(たま)ひつゝ、世をいとはせ給(たま)ふ御心(こころ)ふかし。一品(いつぽん)の宮(みや)はやがて院(ゐん)におはしますべくなど申(まう)させ給(たま)ふにも、斎院(さいゐん)の御事(こと)をぞ又(また)心(こころ)苦(ぐる)しう思(おぼ)し召(め)しける。女院(にようゐん)にはまちつけ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、いとどしきもよほしなり。いかに多(おほ)かるとはまことにこそ。こなたかなた珍(めづら)しげなく、こまもろこしぶねもよせつべかりける。うちすかひえもいはずめでたくおかしげにて、御としの程(ほど)よりも御(み)髪(ぐし)はながう美(うつく)しうて、くろき御衣(ぞ)奉(たてまつ)りつゝおはします、いみじうあはれなり。一品(いつぽん)宮(みや)の御供(とも)には、中宮(ちゆうぐう)の宣旨(せんじ)・少将(せうしやう)の命婦(みやうぶ)・右衛門(うゑもん)の内侍(ないし)・こまの内侍(ないし)、さい院(ゐん)には、中納言(ちゆうなごん)の典侍(ないしのすけ)・侍従(じじゆう)の命婦(みやうぶ)・出羽弁など候(さぶら)ふ。こ院(ゐん)の人々(ひとびと)のまじりて候(さぶら)ふをきかせ給(たま)ふにも、いみじう哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。三四日はかりありて、かへり渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。そのとし。もがさ夏(なつ)より出(い)でて、人々(ひとびと)煩(わづら)ひけるに、中宮(ちゆうぐう)始(はじ)めの度(たび)さもおはしまさざりける、さやうの御けしきおはしまし
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ける。悩(なや)ましさに事(こと)づけさせ給(たま)ひて、九月三日の程(ほど)にあまにならせ給(たま)ひぬ。さるべき事(こと)ゝは思(おぼ)し召(め)しながら、さしあたりては、鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)も、候(さぶら)ふ人々(ひとびと)もいみじと見(み)奉(たてまつ)り思(おぼ)したり。いとめでたき御(み)髪(ぐし)を削(そ)ぎ果(は)て奉(たてまつ)りつれば、他人(ことひと)にておはしますも、いみじうあはれなる事(こと)なり。九月六日うせさせ給(たま)ひぬれば、いひやらんかたなくいみじ。宮々(みやみや)の幼(をさな)き御ここちどもにも思(おぼ)しまどひ、こひ申(まう)させ給(たま)へる、いみじうあはれなり。女房(にようばう)こゑも惜(を)しますなきまどひたる、いふべきかたなし。ものおもふとてもかく心(こころ)にまかせたるやうなる事(こと)はかたきものを。いとあさましくあはれなり。一品宮(みや)は女院(にようゐん)におはしますべければ、関白(くわんばく)殿(どの)にぞ聞(き)こえさせをかせ給(たま)ひける。宮(みや)たちの院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひし程(ほど)は只今(ただいま)の事(こと)ぞかし。例(れい)ならずおきさせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひし御有様(ありさま)の、涙(なみだ)にひちて明(あ)かしくらさせ給(たま)ひて、ひきつくろはせ給(たま)ふ事(こと)もなかりしかど、御(み)髪(ぐし)のきよらに、つゆもまよはせ給(たま)はず、大方(おほかた)もおもりかに恥(は)づかしげなりし御さまになんおはしましける。万(よろづ)に思(おも)ひいで参(まゐ)らする事(こと)おほくて、女房(にようばう)達(たち)思(おも)ひまとふなかにも、出羽弁はしぬべしと、人々(ひとびと)いとおしかる。もやのみ少(すこ)しまはりておもの参(まゐ)る。御まかなひは命婦(みやうぶ)のきみ・左衛門(さゑもん)の内侍(ないし)・侍従(じじゆう)の内侍(ないし)・いではべんなどやうの人々(ひとびと)とりて参(まゐ)る。唯(ただ)におはしまいし折(をり)、さやうの事(こと)つかうまつりし人々(ひとびと)よりはたちまさりたる人(ひと)してつかうまつらせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)のだいぶはうせ給(たま)ひに
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しかば、権大夫(ごんだいぶ)ぞ大夫にてやがてものし給(たま)ふ。とのはこもらせ給(たま)はす、だいじやうゑ御(ご)禊(けい)などの事(こと)行(おこな)はせ給(たま)へば、日頃(ひごろ)過(す)ぎのどやかなるしも、もののあはれなる事(こと)はまさりゆく。ものおぼゆる今日(けふ)いかにせんとは、まとにぞ女院(にようゐん)いみじうあはれなる事(こと)を、いとど思(おぼ)し召(め)し、わが命(いのち)ながさこそ恥(は)づかしけれ。宮(みや)は心(こころ)にまかせたるやうにこそものし給(たま)ひけれ。かくたちをくれ奉(たてまつ)りて、一日にてもあらんと思(おも)ひけんやと思(おぼ)し宣(のたま)はす。うちの一の宮(みや)は、高陽院(かやうゐん)殿(どの)に、御乳母(めのと)達(たち)など具(ぐ)しておはします。二の宮(みや)は、一品(いつぽん)宮(みや)の御はらにみつばかりにておはします。女一の宮(みや)は斎宮に、女二の宮(みや)は斎院(さいゐん)にゐさせ給(たま)ふべしなど聞(き)こゆ。かくて、鷹司(たかつかさ)殿(どの)にはころさへいみじう哀(あは)れに、あきのくれつかた、あるをみるだにと、ふくかせもみにしみてあはれなり。前栽(せんざい)もやう<かれがれになり、むしのねもよはりゆき、かりのつれて渡(わた)るもおどろかれ、七でうの后宮うせ給(たま)へる折(をり)に、あれのみまさるといせがいひたる程(ほど)の心地(ここち)も、かばかりやありけん。権の亮(すけ)宿直(とのゐ)どころに、のどやかにきやうなどよみて、ながめけるけしきもあはれなるにいひやる、いでは弁、
@めの前(まへ)にかくあれはつるいせの海(うみ)をよそのなぎさと思(おも)ひけるかな W429。
返(かへ)し、兼房(かねふさ)、
@いにしのあまのすみけんいせの海(うみ)もかかるなぎさはあらじとぞおもふ W430。
御(お)前(まへ)のひたきやをみてひごのめうぶ、
P2396
@きみがためとしへて見(み)えしひたきやのいまはわがみのむねをやくかな W431。
いではへん、
@いつくしきかさりと見(み)えしひたきやも今日(けふ)は心(こころ)をこがすなりけり W432。
さい院(ゐん)の少弁めうぶ、
@いかにせんゑじのたひもきえはてゝながき思(おも)ひにもえぬべきみを W433。
又(また)、
@こからしのかぜにまかする紅葉(もみぢ)だに又(また)ちらぬにや人(ひと)はちりなん W434。
十月廿一日、宮々(みやみや)は院(ゐん)にわたし奉(たてまつ)り給(たま)ひつ。人々(ひとびと)は猶(なほ)とまりて候(さぶら)ふに、宣旨(せんじ)の君(きみ)まかて給(たま)はざらんさきは、いまひと度(たび)参(まゐ)らんと宣(のたま)へるに、いではべん、
@きえまさぬ〔ふ〕るき宮(みや)には涙(なみだ)がは渡(わた)るばかりのせこそなからめ W435。
かへし、
@かくばかり涙(なみだ)の雨(あめ)の日を経(ふ)ればげに宮城野(みやぎの)も海(うみ)となるらん W436。
人々(ひとびと)いまはとてまかつる程(ほど)に、宮(みや)のすけためよし、あめのふるに、
@なくなみたあまくもきりてふりにけりひまなくそらもおもふなるべし W437。
かへし、
@悲(かな)しさぞいとどかすそふあめつちもきみをこふると見(み)ゆるけしきに W438。
一品(いつぽん)の宮(みや)よりとてある御ふみに、仰(おほ)せごとことになんとて、せんしのきみ、
@紅葉(もみぢ)はの心々(こころごころ)にちりぬともこのもとは猶(なほ)思(おも)ひいでなん W439。
かへし、
@紅葉(もみぢ)はのこのもとをだに頼(たの)まずはちるにもいとど悲(かな)しからまし W440。
又(また)いまやいで給(たま)ふとてさい院(ゐん)の小弁のめうぶ、
@悲(かな)しきに添(そ)へてもものの悲(かな)しきはわかれのうちのわかれなりけり W441
いでは、
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@数多(あまた)さへわかれのみちをしらましやきみにをくれぬわかみなりせば W442。
御帳の前(まへ)にいとこと<”しくてむかひ候(さぶら)ひししゝこまいぬの、人(ひと)ばなれたるかへのもとにすてをかれたるをみるも、いとど哀(あは)れにて、
@みるまゝに夢(ゆめ)まぼろし世(よ)のなかは。しゝのはてこそ悲(かな)しかりけれ W443。
宣旨(せんじ)の君(きみ)
@さもこそはきみかまもりのうせぬともかくやはしゝのはてもあるべき W444。
五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)の程(ほど)なども、かかる事(こと)共(ども)おほ〔か〕れと留(とど)めつ。世(よ)のなかは御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)など言(い)ひて、心(こころ)のどかなる折(をり)なし。北野(きたの)の宮(みや)見にとて里(さと)へいでたちなどすれど、此(こ)の宮(みや)にのみぞ、哀(あは)れにしめやかにて、つきせず昔(むかし)をこひて、宮(みや)たちの幼(をさな)くおはしますを見(み)奉(たてまつ)りつかうまつりて、涙(なみだ)のひる世なくて明(あ)かし暮(くら)しける。女御代(にようごだい)には、こしきふきやうの宮(みや)の姫君(ひめぎみ)。。殿(との)の上(うへ)のこにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、立(た)たせ給(たま)ふ。御(ご)禊(けい)の有様(ありさま)いとめでたし。せんていは廿一年位(くらゐ)におはしましゝかば、絶間(たえま)久(ひさ)しくて珍(めづら)しくおもふべし。糸毛にて、女御代(にようごだい)はとのの上うへ)一(ひと)つ御車(くるま)にて渡(わた)らせ給(たま)ふ。又(また)奉(たてまつ)りたるを放(はな)ちて、いとけ・こがねづくり・檳榔十、女房(にようばう)四十人(にん)・わらは八人(にん)、例(れい)の作法(さほふ)なり。色々(いろいろ)ふたつづゝに、葡萄染(えびぞめ)のうはざなどにやありけん、十二三ばかり重(かさ)なりたり。下仕(しもづかへ)のかざしたりしなど、なべての事(こと)にはにずおもしろくめでたし。御こしのうちのめでたさ、もの<しくあざやかにめでたくておはしますにも、猶(なほ)女院(にようゐん)の御有様(ありさま)はいみじくめでたき
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にさしならびおはしまいしは、又(また)いみじかりし事(こと)ぞかし。大がしらなど言(い)ひて、例(れい)の恐(おそ)ろしげ〔に〕筋(すぢ)ふときかみよりかけて、さすがにうるはしくて渡(わた)る。むまにのりても誰(たれ)は、心々(こころごころ)にて、やゝといふほともおかし。うちの女房(にようばう)十人(にん)むまにてつかうまつるこそ、いかにけせうにわりなからんと、いとおしけれ。とのはこの度(たび)は、御車(くるま)にてひきをくれて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。一宮(みや)いと美(うつく)しき御直衣(なほし)すがたにて、まだわらはにて、御乳母(めのと)達(たち)御車(くるま)のしりにのせさせ給(たま)ひて、御覧(ごらん)ずる、いとめでたし。大嘗会(だいじやうゑ)、例(れい)の月日のやまひき、怪(あや)しのものまであをずりにあかひもなまめかしうて、急(いそ)ぎあゆみ、たふれぬべく、あしきみちをつゞきたちて、ゆくもおかし。さるべき人(ひと)はあゆまで、人(ひと)よりのちまでかしつかれ、ふとりたる近江(あふみ)のかみなどは、人(ひと)におされなどしてあゆみゆくもおかしくなん。猶(なほ)なべての事(こと)にはあらず。今年(ことし)は五節(ごせつ)まふ人(ひと)は、皆(みな)かうぶりなど給(たま)はる。女御代(にようごだい)うちに参(まゐ)り給(たま)ふべしと聞(き)こゆれば、いまだにとおぼすべきうち大(おほ)殿(との)、東宮(とうぐう)のだいぶ、ただいまは思(おぼ)したえたり。としもくれぬ。晦日(つごもり)の日、権(ごん)大納言(だいなごん)、一品(いつぽん)の宮(みや)に参(まゐ)り給(たま)へるに、宣旨(せんじ)の君(きみ)、
@うきもののさすがにおしきことしかなはるけさまさるきみかわかれに W445。
かへし、大納言(だいなごん)、
@悲(かな)しさはいとどぞまさるわかれに〔し〕としにも今日(けふ)はわかるとおもへば W446。
又(また)大納言(だいなごん)、手習(てならひ)に、
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@はるたつときくにもものの悲(かな)しきはとしのこそになればなりけり W447。
御返(かへ)し、出羽(いでは)、
@あたらしきとしに添(そ)へてもかはらねばこふる心(こころ)ぞかたみなりける W448。
この宣旨(せんじ)は宮(みや)の御乳母(めのと)なりけり。とのの上(うへ)の御姪(めひ)にものし給(たま)ふ。



栄花物語詳解巻三十四


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〔栄花物語巻第三十四〕 晩待星
年(とし)かはりぬれば、内(うち)辺(わた)り華(はな)やかにいかめしう、御くすり参(まゐ)り、御まかなひ、三日の程(ほど)いとめでたし。七日、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の姫君(ひめぎみ)参(まゐ)り給(たま)ふ。殿(との)のゐたちせさせ給(たま)ふことなれば、世(よ)の中(なか)靡(なび)きていとめでたし。内(うち)より御使(つか)ひ行経の四位(しゐ)少将(せうしやう)参(まゐ)る。てかきの大納言(だいなごん)の御(み)子(こ)、いまの権(ごん)大納言(だいなごん)民部卿(みんぶきやう)になり給(たま)へる、こにし給(たま)へり。かたちよく華(はな)やかなる人(ひと)なり。かくて参(まゐ)らせ給(たま)ひぬれば、御使(つか)ひ度々(たびたび)参(まゐ)りてのぼらせ給(たま)ひぬ。殿(との)の上(うへ)もおはします。弘徽殿(こうきでん)・登花殿うけておはします。内(うち)はなし局(つぼね)に猶(なほ)おはしませば、みちいととをし。一品(いつぽん)の宮(みや)は、宣耀殿(せんえうでん)・麗景殿(れいけいでん)におはしませば、承香殿のめんたうよりとをりてのぼらせ給(たま)ふ。又(また)の日の御使(つか)ひは、資房(すけふさ)のとう中将(ちゆうじやう)、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りあつまり、さかづきの程(ほど)など、例(れい)の作法(さほふ)よりもめでたし。殿(との)のかく思(おぼ)し召(め)し扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、人々(ひとびと)の装束(しやうぞく)など、いへば疎(おろ)かなり。さるべき人々(ひとびと)きをひ参(まゐ)り、いとめでたし。二月十余(よ)日に一品(いつぽん)宮(みや)后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふ。だいぶにはこ中宮(ちゆうぐう)のだいぶ、権大夫(ごんだいぶ)にはすけひらの右衛門(うゑもん)のかう、亮(すけ)・大進などみなある限(かぎ)りなり。三月に、また式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)
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の姫君(ひめぎみ)、后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)をば皇后宮(くわうごうぐう)、此(こ)の宮(みや)をば中宮(ちゆうぐう)と申す。だいぶには民部卿(みんぶきやう)、権大夫(ごんだいぶ)にはきんなりの兵衛(ひやうゑ)のかう、すけにはたうべんつねすけ、権の亮(すけ)・大進、ゆきちか・やすのりなどなり。宣旨(せんじ)には故兵衛(ひやうゑ)のかうのむすめ、たじまのかみ則理(のりまさ)の朝臣(あそん)のむすめ。御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)には左衛門(さゑもん)のかうのむすめ、左大(おほ)殿(との)の女御(にようご)の御はらの姫君(ひめぎみ)なり。中務(なかつかさ)の宮(みや)のむすめなど候(さぶら)ひ給(たま)ふ。皇后宮(くわうごうぐうとはやうめうもんの院(ゐん)におはします。女一宮は斎宮、女二宮は斎院(さいゐん)、左大(おほ)殿(との)の上(うへ)にならせ給(たま)へり。男(をとこ)二の宮(みや)は一院(ゐん)におはします。皇后宮(くわうごうぐう)、三の宮、斎宮・斎院(さいゐん)にゐさせ給(たま)ひぬれば、一所(ところ)若宮(わかみや)うちあそばし聞(き)こえさせ給(たま)ひて、ものをみ思(おぼ)し召(め)しておはします。中宮(ちゆうぐう)は程(ほど)なくいらせ給(たま)ひぬ。皇后宮(くわうごうぐう)はいらせ給(たま)へとあれど、いかに思(おぼ)し召(め)すにか、いらせ給(たま)はず。まとや、女院(にようゐん)は月日のゆくもしらせ給(たま)はず、思(おぼ)し召(め)しいらせ給(たま)へり。きたまんどころも宮(みや)のおはしまいしかばこそ、内(うち)にも参(まゐ)りしに思(おも)ひとどこほりしかとて、ひたぶるにそりすてさせ給(たま)ひておはします。院(ゐん)の西(にし)の対(たい)の南(みなみ)にしかけて、 一品宮おはします。北東(ひむがし)かけて斎院(さいゐん)はおはします。いとど美(うつく)しげにて、いろの御衣(ぞ)すき<”なるに、いとくろき御衣(ぞ)重(かさ)ねて奉(たてまつ)りて渡(わた)らせ給(たま)へる、いとあはれなり。御(お)前(まへ)の庭(には)曇(くもり)なきに、月の明(あか)きを眺(なが)めて、昔(むかし)思(おも)ひいで参(まゐ)らする人(ひと)なるべし、
@くもりなきたづねゆかはや月よりもあかきはちすにきみをすませて W449。
など、忘(わす)るゝ世(よ)なく
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こひ忍(しの)び参(まゐ)らす。四月はこ院(ゐん)の御はてにて、いとどけさなくこゑにおどろかせ給(たま)ふ御心(こころ)の内(うち)ともいふかたなし。九月までは、宮(みや)たち猶(なほ)くろくておはします。五月五日、内(うち)より皇后宮(くわうごうぐう)に、
@もろともにかけしあやめをひきわかれ更(さら)にこひぢに惑(まど)ふ頃(ころ)かな W450。
宮(みや)の御かへし、
@かたがたにひきわかれつゝあやめぐさあはぬねをやはかけんと思(おも)ひし W451。
と聞(き)こえさせ給(たま)へるを、いとあはれと思(おぼ)し召(め)す。内(うち)には斎宮をぞいみじう悲(かな)しうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。男(をとこ)宮(みや)をば、またいかでかは疎(おろ)かには思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)はん。女(をんな)宮(みや)をば、いと悲(かな)しうし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。中宮(ちゆうぐう)ははな<といとめでたくおはします。御有様(ありさま)あてにけたかくおはします。八月に、内(うち)の一の宮(みや)、御元服せさせ給(たま)ひて、東宮(とうぐう)に立(た)たせ給(たま)ふ。思(おも)ひつることなれど、さしあたりてはいとめでたし。だいぶにはやがて東宮(とうぐう)だいぶ、権大夫(ごんだいぶ)には源大納言(だいなごん)、すけには近江(あふみ)のかみ隆佐(たかすけ)、権の亮(すけ)に内(うち)大(おほ)殿(との)のみちもとの侍従(じじゆう)、宣旨(せんじ)には宰相(さいしやう)の乳母(めのと)、びぜんのせんしながつねきみのむすめなり。大進にはいよのかみながのり。京極(きやうごく)殿(どの)の寝殿(しんでん)に、東(ひんがし)面(おもて)には一品(いつぽん)きた面(おもて)にはゐんの御(お)前(まへ)、さいゐんとおはしまいて、西(にし)の対(たい)に東宮(とうぐう)の御しつらひはしたり。一品(いつぽん)の、御服(ぶく)はてんまゝに御も奉(たてまつ)りて、東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)ふべし。内(うち)にと、こゐんは申(まう)させ給(たま)ひしかども。后(きさき)も数多(あまた)おはします。御年(とし)もこよなしなど思(おぼ)し召(め)すなるべし。
P2406
十月に、 院に行幸(ぎやうがう)あり。いとめでたくておはしますにも、二所(ところ)うちつゞきておはしましゝは、まづ思(おぼ)し召(め)しいでられて、かき暮(くら)し思(おぼ)し召(め)さるれど、さりげなくまぎらはしておはします。中宮(ちゆうぐう)には、前栽(せんざい)あはせ・きくあはせなどせさせ給(たま)ひて、おかしきこと多(おほ)かり。皇后宮(くわうごうぐう)には万(よろづ)をよそにきかせ給(たま)ひて、思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)くこと限(かぎ)りなし。たいぶには、こ中宮(ちゆうぐう)の御忌(いみ)の程(ほど)煩(わづら)ひ給(たま)ひしが、ともすればおこり給(たま)ひつゝ煩(わづら)ひ給(たま)ふ。故皇太后の折(をり)より、此(こ)の宮(みや)をばとりつき扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。枇杷(びは)殿(どの)焼(や)けにしかば、閑院(かんゐん)におはします。だいぶ殿(どの)の上(うへ)は、別当の御むすめをかしづき奉(たてまつ)り給(たま)ひて、二の宮(みや)に思(おも)ひ志(こころざし)聞(き)こえさせ給(たま)へり。別当とはきんなりの兵衛(ひやうゑ)のかうなり。御服(ぶく)はてゝ、一品(いつぽん)の宮(みや)・さいゐんの御(み)髪(ぐし)そかせ給(たま)ふ。殿(との)ぞそき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。宮々(みやみや)のきくの御衣(ぞ)の上(うへ)にしろき唐綾(からあや)奉(たてまつ)りて、一品(いつぽん)のおはします。いとけ高(だか)く華(はな)<とめでたくおかしげにおはします。御(み)髪(ぐし)のかかりなど絵(ゑ)に書(か)くとも筆も及(およ)ぶまじ。斎院(さいゐん)のいと児(こ)めかしく、らうたげに美(うつく)しうおはしますを、様々(さまざま)にありがたく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。こ宮(みや)、こゐんの御ことを思(おぼ)し召(め)せば、この殿(との)原(ばら)も疎(おろ)かにえ思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)はず。そのころは殿(との)の中将(ちゆうじやう)と聞(き)こえしは、中納言(ちゆうなごん)にてものせさせ給(たま)ふ。御かたちいとめでたくにほはせ給(たま)へり。内(うち)大(おほ)殿(との)の三位中将(ちゆうじやう)いまは中納言(ちゆうなごん)にてものせさせ給(たま)ふ。小一条(こいちでう)院(ゐん)の高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)にぞむことり聞(き)こえさせ給(たま)へ
P2407
る。一品(いつぽん)の宮(みや)、その年(とし)の師走(しはす)の十三日に、御も奉(たてまつ)りて、やがてそのよ春宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)ふべしと急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひにたり。こゐん急(いそ)がせ給(たま)へば、こゐんのおはしまいしにもをとらず。そのころ、こほりをあふぎのかたにて御すゞりのふたにをきて、東宮(とうぐう)の御方(かた)よりこの御方(かた)に奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、しきたるかみにあしてにて、いてはべん、
@きみが代(よ)にあふぎと見(み)れば氷(こほり)する千代(ちよ)をかねてぞ結(むす)び貫(つらぬ)く W452。
と書(か)きつけさせて参(まゐ)らせ給(たま)へり。その日になりぬれば、東宮(とうぐう)の御しつらひは、寝殿(しんでん)のにし面(おもて)にし、一品(いつぽん)の宮(みや)の御方(かた)は、もとの東(ひんがし)面(おもて)なれど、今(いま)少(すこ)しひろく、中(なか)の殿(との)こなたやがてしつらはせ給(たま)へり。御帳などは、殿(との)より奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。葡萄染(えびぞめ)の二重(ふたへ)織物(おりもの)、単(ひとへ)は打(う)ちたる、白(しろ)き文(もん)を据(す)ゑたり。紐(ひも)は紅梅(こうばい)、青(あお)きに梅(むめ)の折枝(をりえだ)を繍物(ぬひもの)にもし、織物(おりもの)にも織(お)りたり。いとおどろ<しうめでたし。御調度(てうど)は、こゐんの、つくもどころにて心(こころ)異(こと)にせさせ給(たま)へりしかばいとめでたくなべてならず。御(み)髪(ぐし)のはこ、かたつかたは唯(ただ)のかねのはこ、いまかたつかたにはすぎばこなるを、ふたつづゝ殿上人(てんじやうびと)に給(たま)はせて、うちものはつくらせ給(たま)ふ。心々(こころごころ)にいとみしたり。女房(にようばう)の装束(しやうぞく)は色々(いろいろ)にくれなゐのうちたる葡萄染(えびぞめ)の表着(うはぎ)。またの日は、紅梅(こうばい)どもにさくら萌黄(もえぎ)の唐衣(からぎぬ)。ひる渡(わた)らせ給(たま)ふ日は、四人(にん)づゝ色々(いろいろ)みなうちたり。いと美(うつく)しうめでたき御あそびなり。東宮(とうぐう)は十三、宮(みや)は十二におはします。きぬのかずはいつゝなり。やなぎきたる人(ひと)は、なみのかたをしろきいとして
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むすびてこほりせさせて、柳気力なくしてといふしの心(こころ)なるべし。いけになみのもんあり。こほりこと<”くひらけたり。廿七日内(うち)にいらせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は梅壺(むめつぼ)に、一品(いつぽん)は昔(むかし)のまゝに藤壺(ふぢつぼ)におはします。藤壺(ふぢつぼ)の東(ひんがし)面(おもて)は、殿(との)の御宿直(とのゐ)どころなり。いらせ給(たま)ひて、梅壺(むめつぼ)のにし面(おもて)、上(うへ)の御局(つぼね)にておはします。殿(との)・内(うち)大(おほ)殿(との)など、出(い)で入(い)らせ給(たま)ふにも参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御参(まゐ)りの程(ほど)三日は、殿(との)おはしまいて、夜(よる)は御沓(くつ)を抱(いだ)き、御衾(ふすま)参(まゐ)らせ給(たま)ふなど哀(あは)れにこまかに、まとの御おやなどのやうに扱(あつか)ひ聞(き)こさせ給(たま)ふも、昔(むかし)の御ことをいみじう思(おぼ)し召(め)すにこそ。古(ふる)き女房(にようばう)などは、藤壺(ふぢつぼ)をみるにつけてもいとあはれなり。いまはとて出(い)でさせ給(たま)ひし暁(あかつき)の、頼(たの)みもなくてなどいひし程(ほど)思(おも)ひいづべし。心(こころ)の程(ほど)推(お)し量(はか)り給(たま)ひて、べんの乳母(めのと)、女房(にようばう)のもとに、
@忍(しの)びねの涙(なみだ)なかけそかくばかりせはしとおもふころの袂(たもと)に W453。
とあれば、いでは弁、
@はるの日にかはりざりせはいにしへの袂(たもと)ながらやくちはてなまし W454。
まとに慰(なぐさ)むかたならましと、うはべは世(よ)に従(したが)へど、藤壺(ふぢつぼ)にては、おはしまいし御有様(ありさま)より、ゐさせ給(たま)ひしまきばしらなどをみるは、忍(しの)びがたくあはれなる心(こころ)の内(うち)なり。中宮(ちゆうぐう)は、唯(ただ)ならすならせ給(たま)ひて、そうせさせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)よろこび申(まう)しなどし給(たま)ふ。いみじうめでたし。皇后宮(くわうごうぐう)には、斎宮いせにくだらせ給(たま)ふ、さいゐんは本院(ゐん)になど、みなよそ<におはします。よき人(ひと)も猶(なほ)苦(くる)しげにおはします。内(うち)の御心(こころ)、いとめでたく
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あるべかしく、すぐ<しうさへありて、せいもきびしくなどぞおはしましける。御かたちいとめでたくおはします。一品(いつぽん)の宮(みや)をいと心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、あめ風(かぜ)の荒(あら)き音(おと)なひにつけても、御使(つかひ)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ、こゐんの申(まう)しをかせ給(たま)ひしをも思(おぼ)し召(め)せば忝(かたじけな)く哀(あは)れに思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。清涼殿(せいりやうでん)にはきたふたがりて、また内(うち)にはおはしまさず。あさの月くまなきに、人々(ひとびと)ありきてみるに、なんてんへのぼらせ給(たま)ひし長橋(ながはし)の朽(く)ちたるを見(み)るも哀(あは)れにて、
君か代を渡(わた)しもはてぬなかはしの何(なに)にかせまし我くちずとも
つきもせずめくりてみれとかけをたに留(とど)めざりける君そ悲しき
何(なに)こともかはらざりけるもゝしきに哀君しもいつちなりけん
またえんの松原(まつばら)にて、
哀にもいまは限(かぎ)りと思(おも)ひしをまためくりあふえんの松原(まつばら)なといひあつめたる事(こと)共(ども)かきたるさうしを、ゐんの女房(にようばう)のみんとありければ、奉(たてまつ)りたるにかきてをしつけられたる、弁のめうふ、
かけてきく片端(かたはし)たにも悲(かな)しきに同し渡(わた)りをいかにみるらん
かきたえてかけみぬやみにまとふ哉月もすみける昔(むかし)ながらになどかかれたる、いとあはれなりければ、唯(ただ)の人(ひと)のことゝは覚(おぼ)えぬも、哀(あは)れにめでたし。三月ばかりに、ゐん内(うち)にいらせ給(たま)ひたり。みちなどひまなくて、一品(いつぽん)の(みや)に御対面なし。
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宮より、
@きみは猶(なほ)ちりにしはなのこのもとにたちよらしとは思(おも)はざりしを W461。
御かへし、
@はなちりしみちに心(こころ)は惑(まど)はれてこのもとまでもゆかれやはせじ W462。
御てなどいと若(わか)く、あてにかかせ給(たま)へり。かくて清涼殿(せいりやうでん)壊(こぼ)たれて新(あたら)しく造(つく)らるべしとて壊(こぼ)つが、藤壺(ふぢつぼ)より見(み)ゆるもいと哀(あは)れにて、
@うごきなきたまのうてなとみしものを涙(なみだ)とゝもにこぼれぬるかな W463。
また人(ひと)、
@くもりなく磨(みが)きしときは思(おも)ひきや涙(なみだ)ふるやにこほれはてんと W464。
数多(あまた)ありしかど忘(わす)れにけり。中宮(ちゆうぐう)出(い)でさせ給(たま)ひて、御すほう・御読経かずしらずめでたし。女宮ぞむまれさせ給(たま)へる。口(くち)惜(を)しと思(おぼ)し召(め)せど、御乳母(めのと)さるべき人々(ひとびと)数多(あまた)参(まゐ)る。程(ほど)なくいらせ給(たま)ひぬ。姫宮(ひめみや)もいらせ給(たま)ひぬれば、内(うち)には先々(さきざき)の宮(みや)たちのよそにおはしますに、珍(めづら)しく美(うつく)しと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)はつきせずこゐんの御ことを思(おぼ)し召(め)して、ありしやうにものごのみもせさせ給(たま)はず、女房(にようばう)などもきぬのをといたくたかくもせず、しめやかにいとどもてなしたり。よはふたゝびもと仰(おほ)せられしかど、猶(なほ)ひと度(たび)にそむきはてさせ給(たま)ひつ。そのころ民部卿(みんぶきやう)御(み)子(こ)のたいふのきみとて、いと美(うつく)しうものし給(たま)ひつるもうせ給(たま)ひぬれば、思(おも)ひなげき給(たま)ひて、はゝ北(きた)の方(かた)はゐんの典侍(ないしのすけ)と聞(き)こえさせつる、いまは三位にてものし給(たま)へるもあまになり給(たま)ひぬ。いみじうあはれなり。
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よのさいはひ人(びと)とめでたれ給(たま)ひつるに、かくてもをとり給(たま)ふべきにはあらねど、大人(おとな)び給(たま)へるかなくなり給(たま)ひぬるが口(くち)惜(を)しきなり。また姫君(ひめぎみ)二(ふた)所(ところ)ぞものし給(たま)ひける。民部卿(みんぶきやう)殿(どの)もいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)く。御(み)子(こ)ひだり殿(との)とて、大宮(おほみや)なる所(ところ)をいとおもしろくつくりてぞものせさせ給(たま)ひける。みづの流(なが)れ・かみさひたるまつのけしきなど、なべての所(ところ)ににず。かくて、中宮(ちゆうぐう)には、また唯(ただ)ならずならせ給(たま)へれば、よにめでたきことに聞(き)こえすす。そのころいせのたくせんなど言(い)ひて、ふぢうぢの后(きさき)おはしまさぬ、あしきことなりとて、内(うち)大(おほ)殿(との)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、参(まゐ)らせ給(たま)ふべしといふこといできて、七月朔日(ついたち)頃(ごろ)と急(いそ)がせ給(たま)ふ程(ほど)に、六月廿七日うちやけぬ。内(うち)は京極(きやうごく)殿(どの)におはします。一品(いつぽん)の宮(みや)は御(み)堂(だう)に、女院(にようゐん)へ出(い)でさせ給(たま)ひぬ。あさましう、年(とし)頃(ごろ)かかることなかりつるにと、内(うち)にも思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。さぬきのかみのりふさが家(いへ)のこんゑなるに渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。寝殿(しんでん)に、一品(いつぽん)の宮(みや)・女院(にようゐん)おはします。西(にし)の対(たい)に東宮(とうぐう)おはします。女院(にようゐん)のおはします京極(きやうごく)殿(どの)に、うち渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。さきさいゐんは、こ宮(みや)の御所分なる小二条(こにでう)殿(どの)つくりあらためて渡(わた)らせ給(たま)ひにき。内(うち)大(おほ)殿(との)にも、口(くち)惜(を)しきことを思(おぼ)し召(め)しける。九月に、中宮(ちゆうぐう)この度(たび)も女(をんな)宮(みや)産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、九日といふにうせさせ給(たま)ひぬれば、哀(あは)れにいみじきことを思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)を殿(との)の上(うへ)御かたみとなでかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。あはの大進くだらんとて入道(にふだう)一品(いつぽん)の宮(みや)に参(まゐ)りたりけるに、かかる御ことにてとまりぬらん
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とて、さがみがをこせたりける、
@時雨(しぐれ)する秋のみ山(やま)の嵐(あらし)にはよに大淀(おおよど)の船出(ふなで)せじかし W465。
御四十九日にあめのふれば、ないきちよがもとに、いではべん、
@ましてひといかなることをおもふらん。しぐれだにしる今日(けふ)のあはれを W466。
また誰(たれ)とか、
@きりはれぬあきの宮人(みやびと)あはれいかにしぐれに袂(たもと)ぬれまさるらん W467。
こ中宮(ちゆうぐう)のいづものしもつけがもとに、
@いかばかりきみ嘆(なげ)くらんかずしらぬみだに知(し)られしあきのあはれを W468
など、あはれなる事(こと)共(ども)多(おほ)かり。はかなく月日も過(す)ぎて、内(うち)大(おほ)殿(との)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、師走(しはす)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。宮(みや)の御事(こと)の程(ほど)なきになど、殿(との)は思(おぼ)し召(め)したり。今年(ことし)そ廿六にならせ給(たま)ひける。年(とし)頃(ごろ)いつしかと思(おぼ)し召(め)しける御ことにて、殿(との)御心(こころ)をつくさせ給(たま)へり。内(うち)大(おほ)殿(との)の上(うへ)は、三条(さんでう)院(ゐん)の女二宮、この度(たび)はそひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。あたらしく人(ひと)なども参(まゐ)らず、ありつきめ安(やす)し。京極(きやうごく)殿(どの)に参(まゐ)らせ給(たま)へり。いと愛敬(あいぎやう)づきけたかくておかしげに、御(み)髪(ぐし)などめでたくおはしましける。覚(おぼ)えありて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。殿(との)片時(かたとき)まかてさせ給(たま)はず、哀(あは)れにそひ候(さぶら)はせ給(たま)ふ。そのまたの年(とし)、極(きやうごく)殿(どの)やけぬれば、内(うち)大(おほ)殿(との)の二条(にでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。あさましきことを思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。こゐんの廿よねむおはしましゝに、ひと度(たび)たになかりしことを、程(ほど)もなくかかることゝ歎(なげ)かせ給(たま)ふ。この御とき
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にはめいそんそうじやうのやまの座司になるべしとて、やまの人(ひと)おこりののしりしかば、殿(との)の御門(みかど)所(ところ)せくいみじかり〔き。〕かくて、内(うち)には、女御(にようご)殿(どの)、いと覚(おぼ)え有りて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。うちとけさせ給(たま)ふまゝに、いとおかしく、みすびまあけて渡(わた)らせ給(たま)ふにも、心(こころ)あらんと見(み)えて、はかなきこともゆへありてものし給(たま)ふ。いかでかくこの大臣(おとゞ)髯(ひげ)がちにて、母(はゝ)もなき子(こ)を思(おぼ)したてけん。てなどかき給(たま)へるさまよと思(おぼ)し召(め)しけり。候(さぶら)ふ人々(ひとびと)も心(こころ)にくゝもてつづけて、うちとくる折(をり)なく、ゆへ<しき御方(かた)のやうになんありける。七月七日、故中宮(ちゆうぐう)の御ことを思(おぼ)し召(め)し出(い)でて、若宮(わかみや)に、
@去年(こぞ)の今日(けふ)わかれしほしもあひぬめり例(ためし)なきみぞ悲(かな)しかりける W469
御かへし、
@あきくれば流(なが)れまされとあまのがはかげだに見(み)えぬ人(ひと)ぞ悲(かな)しき W470。
東宮(とうぐう)の御方(かた)より、一品(いつぽん)の宮(みや)に、
@あふことはたなばたつめにかしつれど渡(わた)らまほしきかさゝぎのはし W471。
と聞(き)こえさせ給(たま)へりけり。内(うち)の上(うへ)は、すくよかに煩(わづら)はしきかたに覚(おぼ)えさせ給(たま)へれど、うたのかたにおかしうぞおはしましける。殿(との)の中納言(ちゆうなごん)殿(どの)は、かすよりほかの権(ごん)大納言(だいなごん)にならせ給(たま)へり。かたち・有様(ありさま)、人(ひと)にすぐれ給(たま)へり。かくてうちつくり出(い)でて渡(わた)らせ給(たま)ふべし。皇后宮(くわうごうぐう)、此(こ)の宮(みや)の御ふみ始(はじ)めにぞいらせ給(たま)へる。哀(あは)れに大人(おとな)びさせ給(たま)へるにも、年(とし)月
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のこと思(おぼ)し召(め)し知(し)られて、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。やがて留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、候(さぶら)はせ給(たま)ふ。弘徽殿(こうきでん)に皇后宮(くわうごうぐう)、藤壺(ふぢつぼ)には、殿(との)の宮(みや)たちのいらせ給(たま)ふべきにて、をかせ給(たま)へり。梅壺(むめつぼ)には内(うち)大(おほ)殿(との)の女御(にようご)、なしつぼには、例(れい)のやうに東宮(とうぐう)おはします。せむようでんに一品(いつぽん)の宮(みや)おはしまいて、なしつぼのきたの屋を上(うへ)の御局(つぼね)にせさせ給(たま)へり。細(ほそ)殿(どの)など、いとおかし。反橋(そりはし)の妻戸(つまど)唐廂(からびさし)など、いとおかしう今(いま)めかし。藤壺(ふぢつぼ)にのみおはしまいて、一の所(ところ)なれば、さすがにはるくるかたなくへいのめぐりてありしに、いとおかし。入道(にふだう)一品(いつぽん)の宮(みや)、東宮(とうぐう)大夫殿(どの)の姫君(ひめぎみ)参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らんと申(まう)させ給(たま)ひて、参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)もいらせ給(たま)ひて、御対面などありけり。三日ばかりありて宮(みや)はいてさせ給(たま)ひぬ。だいぶ殿(どの)これもつと候(さぶら)ひ給(たま)ふ。殿(との)の大納言(だいなごん)は、源大納言(だいなごん)殿(どの)のむこにならせ給(たま)ひぬ。いと華(はな)やかにもてかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。内(うち)辺(わた)りいと今(いま)めかしくおかし。殿(との)の宮(みや)もいらせ給(たま)へり。昔(むかし)覚(おぼ)えて女房(にようばう)などものあはれなり。藤壺(ふぢつぼ)の女御(にようご)などののぼらせ給(たま)ふをみるにも、思(おも)ひいづること多(おほ)かり。四五日ばかりおはしまいて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。宣耀殿(せんえうでん)、麗景殿(れいけいでん)いと近(ちか)き程(ほど)にて、加〔が〕の左衛門(さゑもん)、いではべんなどいひかはす。上(うへ)の御局(つぼね)よりは、ましてむかひにていとおかし。びは、箏(さう)の琴(こと)弾(ひ)き合(あは)せ、殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りなどしておかし。四月ばかりのおかしきに、こなたかなたの細(ほそ)殿(どの)、反橋(そりはし)の戸口(とぐち)などに殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りて、くひなのたたくも、なへての所(ところ)
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ににぬぞうちつけなるや。猶(なほ)内(うち)辺(わた)りにしくものなしと、人々(ひとびと)おもへるも理(ことわり)や。誠(まこと)や、梅壺(むめつぼ)の御方(かた)に、このはる、上(うへ)より、
@春雨(はるさめ)の降(ふ)りしく頃(ころ)は青柳(あをやぎ)のいと乱(みだ)れつゝ人(ひと)そ恋(こひ)しき W472
と申(まう)させ給(たま)へれば、
@あをやぎのいと乱(みだ)れたる此(こ)の頃(ごろ)は一筋(すぢ)にしも思(おも)ひよられす W473。
と聞(き)こえさせ給(たま)へり。御かへり、
@あをやきのいとはかたがたなひくとも思(おも)ひそめてんいろはかはらじ W474。
又(また)御かへり、
@浅緑(あさみどり)深(ふか)くもあらぬ青柳(あをやぎ)は色(いろ)変(かは)らじといかゞ頼(たの)まん W475。
と聞(き)こえさせ給(たま)ひけり。その年(とし)、五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)など過(す)ぎて、師走(しはす)の一日、うちやくべしとある御もの忘(わす)れの日まして今日(けふ)明日(あす)と申(まう)したるを、さしもやはと思(おぼ)し召(め)しおもふ程(ほど)に、ふつかと申(まう)したるはての日やけぬ。御かたがたいで騒(さわ)がせ給(たま)ふ程(ほど)、恐(おそ)ろしくいはんかたなし。あさましきことをのみ思(おぼ)し召(め)す、まとや、二条(にでう)殿(の)におはしましゝときに、鵜(う)の魚(いを)ゝ食(く)ひて候(さぶら)ひけるを、入道(にふだう)の大納言(だいなごん)きゝ給(たま)ひて、女御(にようご)殿(どの)の御方(かた)に、鵜(う)の魚(いを)ゝ食(く)ひて候(さぶら)ひける事など書(か)き給(たま)ひて、
@いかでかはうはのそらにはしりにけんかもめ見(み)ゆるによにあへりとは W476。
上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて、御覧(ごらん)じて、
@祈(いの)りつゝゆるふるあみの験(しるし)には飛(と)ぶ鳥(とり)さへもかゝるとぞ見(み)る W477。
これをきゝ
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給(たま)ひて、また大納言(だいなごん)そ申(まう)し給(たま)ひける。十一月(じふいちぐわつ)、殿上にゆきやまつくらせ給(たま)ひて、人々(ひとびと)よめと仰(おほ)せられて
@あめつちのうけたる年(とし)の験(しるし)にはふるあはゆきもやまとなるらん W478。
これはまつの事(こと)共(ども)なり。かくて、一条(いちでう)の院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。いと狭(せば)けれども、さすがにあるべき限(かぎ)りなり。梅壺(むめつぼ)、しもの御局(つぼね)はいと狭(せば)ければ、上(うへ)にのみ候(さぶら)はせ給(たま)ふ。麗景殿(れいけいでん)は一品(いつぽん)の宮(みや)のおはします御格子(かうし)の外(と)より、縁(えん)を渡(わた)りてまう上(のぼ)り給(たま)ふ。梅壺(むめつぼ)の御方(かた)もいと近(ちか)し。東宮(とうぐう)・一品(いつぽん)の宮(みや)は同(おな)じ屋におはします。南(みなみ)面(おもて)に東宮(とうぐう)、きた面(おもて)に一品(いつぽん)の宮(みや)おはします。かたがたに殿上人(てんじやうびと)の参(まゐ)るも近(ちか)くて聞(き)こゆる。いとおかし。一品(いつぽん)の宮(みや)の御方(かた)に、経家(つねいへ)のべん、経信(つねのぶ)の少納言(せうなごん)、すけなりの少将(せうしやう)など参(まゐ)りて、琵琶(びは)弾(ひ)き遊(あそ)ぶ。べん、
@あきの夜の半(なか)ばの月を今屑(こよひ)しもといへば、出羽(いでは)べん
△△ひとゝきめつることぞ嬉(うれ)しき W479。
梅壺(むめつぼ)の中将(ちゆうじやう)、七月七日に、殿上のすけつなの少将(せうしやう)に、
@こよひこそしるくも見(み)えねあまのかはくもの上(うへ)にはあらぬわたりか W480。
かへし忘(わす)れにけり。麗景殿(れいけいでん)のおりのぼり給(たま)ふ女房(にようばう)のきぬのをと、空薫物(そらだきもの)の薫(かをり)など、近(ちか)き程(ほど)にて、おかしう心(こころ)にくし。薫物(たきもの)のかなんすぐれたりける皇后宮(くわうごうぐう)の御方(かた)はひろくおはしますよかるべきをせさせ給(たま)へれば、少(すこ)しとをし。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)は上(うへ)にのみものせさせ給(たま)ひて、こなた
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にのみおはします。麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)のぼせ奉(たてまつ)り給(たま)ひて、箏(さう)の御琴(こと)弾(ひ)かせ奉(たてまつ)り給(たま)ひけり。いとあてにおかしき御さまにて、いとおかしうひかせ給(たま)ふ。同(おな)じもののねなれども、よき人(ひと)のひき給(たま)はんにあひておかしきものになん。小野宮(をののみや)の右大(おほ)殿(との)、大将(だいしやう)ぢし給(たま)ひてければ、殿(との)の大納言(だいなごん)なり給(たま)ひぬ。なげきて東宮(とうぐう)大夫こもりゐ給(たま)へり。よろこびなど申(まう)させ給(たま)ふさまいとめでたし。かくて師走(しはす)の一日、また一条(いちでう)の院(ゐん)やけぬ。あさましなどもことさらのやうなり。内(うち)は高陽院(かやうゐん)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)は京極(きやうごく)殿(どの)に、一品(いつぽん)の宮(みや)もくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。高陽院(かやうゐん)殿(どの)に一の宮(みや)・殿(との)の上(うへ)もおはします、めでたくいみじ。いかならんことをつくして御覧(ごらん)ぜさせんと思(おぼ)し召(め)したるも理(ことわり)なり。一の宮(みや)は女院(にようゐん)のおはします寝殿(しんでん)の東(ひんがし)面(おもて)、そなたのらうかけておはします。ひんかしのたいはこの度(たび)はなくて、やまがは流(なが)れ、たきの水きをひおちたる程(ほど)など、いみじうおかし。ゐんの御方(かた)に、いではべん、
@たきつせに人(ひと)の心(こころ)をみることは昔(むかし)にいまもかはらざりけり W481。
いせかせきいれておとすといひたる大納言(だいなごん)の家(いへ)ゐも、かばかりはあらざりけんと、めでたくいみじ。年(とし)かへりぬれば、所々(ところどころ)の有様(ありさま)ともいとめでたし。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)の御覚(おぼ)え月日に添(そ)へていとめでたく世(よ)人(ひと)は申せど、いかなるか、后(きさき)にはえゐ給(たま)ふましとのみ申す。何事(なにごと)にてしるきにか。この御ときは、制ありて、きぬのかずは五、
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くれなゐの織物(おりもの)などはせいあり。もののはへなけれど、折(をり)<ゐんの人(ひと)のさうぞくなどはいとおかしくせさせ給(たま)ふ。されど、せいあればいと口(くち)惜(を)しくぞ。五月最勝の御はかうに、上(うへ)の御局(つぼね)におはします。菖蒲(さうぶ)を皆(みな)打(う)ちて、やがて菖蒲(さうぶ)の唐衣(からぎぬ)、薬玉(くすだま)など付(つ)けて、長(なが)き根(ね)をやがて御(お)前(まへ)の御簾(みす)の前(まへ)の遣(やり)水に浸(ひた)して出(い)で居(ゐ)たるもおかし。麗景殿(れいけいでん)も折(をり)<の装束(しやうぞく)おかしう、細(ほそ)殿(どの)にてことびはひきあはせて、殿上人(てんじやうびと)などもの誦しなどしてあそぶ。五日、かかの左衛門(さゑもん)、一品(いつぽん)の宮(みや)のいではに、
@袂(たもと)にはいかにかへらむあやめぐさなれたる人(ひと)のそてぞゆかしき W482。
といひたりければ、いてはへん、
@へだてなくしらせやせましここのへの疎(おろ)かならぬにかくるあやめを W483。
このいてはべん、いとおかしうすきものから、かうしんなることいではのにほひにや、宮(や)のやうもことになんあると、てんじやうの人々(ひとびと)いひけるをきゝて、梅壺(むめつぼ)の女房(にようばう)のいひける、
@みにしむときくそゆかしきいろなしていかにそめけるきみかにほひそ W484。
かへし、
@誰(たれ)かさはかたりちらすそ日に添(そ)へて盛(さか)り過(す)ぎゆくはなのにほひを W485。
皇后宮(くわうごうぐう)の御方(かた)も、昔(むかし)の皇太后宮(くわうだいこうくう)のなごりはなはなと今(いま)めかしうおかしくぞおはします。此(こ)の頃(ごろ)、内(うち)辺(わた)り昔(むかし)覚(おぼ)えておかし。ご一条(いちでう)ゐんの御ときは、たゞ中宮(ちゆうぐう)ひとゝころおはしまして、たゞ人(ひと)
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のやうにおはしまししを、この御ときは様々(さまざま)御かたがたおはします。さるは御心(こころ)はうるはしく、あだならずぞおはしましける。殿(との)などに、こゐんはまかせられ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、万(よろづ)もしらぬやうにて、あてにけたかくぞおはしましける。これはいとうるはしく、御かたちもいと清(きよ)げに、さうおはしまいて、よきみかどにおはしましけり。小一条(こいちでう)ゐんの御かたちもいとめでたくおはしまいて、世(よ)の人(ひと)忍(しの)び参(まゐ)らせぬなし。一品(いつぽん)の宮(みや)、さいゐんに、つゆの御こともおはしませば、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)いみじう参(まゐ)り、殿(との)・内(うち)の大(おほ)殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、参(まゐ)らせ給(たま)へば、めでたうおはします御門(みかど)の御なごりはかくこそはおはしましけれとぞ人(ひと)申(まう)しける。此(こ)の内(うち)いみじうあるへかしうおはしまいて、此(こ)の宮(みや)にもこゐん御ことを思(おぼ)し召(め)いて、東宮(とうぐう)にもかく参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。さるべき折(をり)<、かぜのあらくふくにも、御使(つか)ひなど奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。にうゐんの御有様(ありさま)のいとめでたくおはしませば、同(おな)じき御門(みかど)と申せどかくめでたくおはしますなりけり。御かたちも御心(こころ)ばへもかろ<”しからす、あるべき限(かぎ)りめでたくおはします。殿(との)のこまくらべとて行幸(ぎやうがう)ありき。女院(ゐん)も渡(わた)らせ給(たま)ふ。殿(との)の宮(みや)の女房(にようばう)などいみじう装過(す)ぎて、それ過(す)ぎて内(うち)にいらせ給(たま)へりき。所(ところ)狭(せば)くて梅壺(むめつぼ)の上(うへ)の御局(つぼね)におはします。やがてその御しつらひのまゝなり。うちとくるよなくめでたき御しつらひなれば、さながらしもにおりさせ給(たま)ひて、ゆづり聞(き)こえ
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させ給(たま)へる、御几帳(きちやう)の帷(かたびら)・御座(おまし)なども心(こころ)ごとに、とまりたる匂などもなべてならず人々(ひとびと)めであへり。



栄花物語詳解巻三十五


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〔栄花物語巻第三十五〕 くもの振舞(ふるまひ)
世(よ)の中(なか)いと騒(さわ)がしう心(こころ)のどかならぬに、関白(くわんばく)殿(どの)はるより久(ひさ)しく悩(なや)み渡(わた)らせ給(たま)ふに、四月になりては少(すこ)しよろしくならせ給(たま)ふに、大将(だいしやう)殿(どの)世(よ)の中(なか)の御(おん)心地(ここち)煩(わづら)はせ給(たま)ひけり。七日といふにうせさせ給(たま)ひぬ。あさましなども世(よ)のつねなることをこそ。今年(ことし)ぞ廿にならせ給(たま)ひける。殿(との)の思(おぼ)し召(め)ししづませ給(たま)へるさま、理(ことわり)にいみじ。はゝ上(うへ)の御心(こころ)の内(うち)、大納言(だいなごん)殿(どの)など、とりあつめいはんかたなき御心(こころ)の内(うち)どもなり。まねびつくすべくもあらず。大方(おほかた)世(よ)にもいみじく惜(を)しみ聞(き)こえさす。御年(とし)の程(ほど)、かたち・有様(ありさま)のめでたくものせさせ給(たま)へる、世(よ)の中(なか)にかかることはなかりけりなど、男(をとこ)などは、昔(むかし)の例(ためし)をひきて惜(を)しみ聞(き)こえさす。山井大納言(だいなごん)と聞(き)こえさせけるなんかくありし。されど、それは廿五にて、大納言(だいなごん)にてものし給(たま)ひける。その関白(くわんばく)殿(どの)は、帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)・后宮などいと数多(あまた)ものし給(たま)ひき。ことはらにものし給(たま)ひけり。たゞ人(ひと)がらのおしく、かたち・有様(ありさま)などのものし給(たま)ひけるぞ。これはたゞひとゝころたぐひもなくて、御かたち・有様(ありさま)もすぐれたるに、御年(とし)のほと、官(つかさ)・位(くらゐ)おしかるべき盛(さか)りなりかし。
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御葬送(さうそう)の夜、もの覚(おぼ)えすまどひたる心(こころ)にも、さかしらに、上(うへ)、
@うつせみのからを頼(たの)むにあらねどもまたこはいかにわかれはつらん W486。
といみじく思(おぼ)し惑(まど)はる。そのおはしましける御丁の内(うち)にくものすをかきたりければ、
@わかれにし人(ひと)はくべくもあらなくにいかにふるまふさゝがにぞこは W487。
御返(かへ)し、宰相(さいしやう)の君
@きみくべき振舞(ふるまひ)ならぬさゝがにはかきのみたゆる心地(ここち)こそすれ W488。
御法事(ほふじ)の日、男(をとこ)女(をんな)参(まゐ)りつどひたる、みな同(おな)じさまなる、こきうすきばかりをかはる験(しるし)にてあるを御覧(ごらん)じて
@みわたせばみなすみぞめのころもてはたちゐにつけてものぞ悲(かな)しき W489。
四十九日はてゝやまにのぼりて申(まう)したりける、ざす、
@たぐひなき君かわかれは程(ほどふれどおつる涙(なみだ)のいろぞかはらぬ W490。
返(かへ)し、大納言(だいなごん)殿(どの)、
@思(おも)ひきや思(おも)ひのほかのわかれしてふかき涙(なみだ)をかけんものとは W491。
大将(だいしやう)殿(どの)おはしましそめけるはる、上(うへ)のもたせ給(たま)へりけるあふぎにてならひなどせさせ給(たま)へりけるを、御すゞりのしたにあるを御覧(ごらん)じつけて、かきつけさせ給(たま)ひてをかせ給(たま)へる、
@てすさひにはかなきあとゝみしか共ながきかたみになりにけるかな W492。
東宮(とうぐう)大夫の姫君(ひめぎみ)、こののち久(ひさ)しうをとづれ聞(き)こえ給(たま)はざりければ、大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)、
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@はかなしと思(おも)ひし程(ほど)につゆのみもきえやしにけんとふ人(ひと)のなき W493。
御返(かへ)し
@思(おも)ひ遣(や)る心(こころ)もつゆときえかへるえもいひやらでなげかれぞせし W494。
いま更(さら)にちごのやうにてものせさせ給(たま)ふこととて、大納言(だいなごん)殿(どの)の上(うへ)、
@かぜはやみおきどころなき白露(しらつゆ)を心(こころ)にかけてものぞ悲(かな)しき W495。
御かへし、斎院(さいゐん)の中納言(ちゆうなごん)の典侍(ないしのすけ)、
@かずならぬ身にしみてこそ思(おも)ひ遣(や)れ心(こころ)づくしのあきの白露(しらつゆ) W496。
殿(との)は日に添(そ)へても思(おぼ)し召(め)しさまさせ給(たま)ふことなく、いみじくのみ思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。さきうちおひて参(まゐ)らせ給(たま)ふと聞(き)かせ給(たま)ひてはまついり給(たま)ふべきみちのさうしをしあけ、心(こころ)してまち聞(き)こえさせ給(たま)ひ、万(よろづ)にいみじくみてもあかず思(おぼ)し召(め)しつるに、あさましくいはんかたなき御心(こころ)の内(うち)なり。あきになるままに、哀(あは)れにいみじきことをいづくにも思(おぼ)し召(め)す。月日はかなく過(す)ぎて、九月の御念仏(ねんぶつ)に、ゐんに一品(いつぽん)の宮(みや)渡(わた)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)十人(にん)ばかりして忍(しの)びやかなれど、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)いとおほく参(まゐ)り給(たま)へり。御(み)堂(だう)の東(ひんがし)きたかけておはします。はぎのうすものの御几帳(きちやう)ども絵(ゑ)おかしう書(か)きたるに、若(わか)き人々(ひとびと)様々(さまざま)なる袖口(ぐち)ども押(お)し出(い)でたるいとをかし。荻(おぎ)の上(うは)風萩(はぎ)の下露(したつゆ)をしたる人(ひと)もあり、萩(はぎ)の風に浪(なみ)寄(よ)りかゝり、ことだに惜(を)しき、取(と)れど消(き)えせぬ程(ほど)もおかし。たゞえだながらといふべくもあらず。三位の我もかうのきぬどもに、
P2426
紅(くれなゐ)の打(う)ちたる、赤色(あかいろ)の唐衣(からぎぬ)著(き)給(たま)へる、猶(なほ)いと清(きよ)げに、髪(かみ)のかゝり・肩付(かたつき)など、人(ひと)にすぐれ給(たま)へり。色々(いろいろ)にうつろひたる菊(きく)の中を押(を)しわけて、置(お)き惑(まどは)せ
る白菊(しらぎく)の袖の見(み)えたるもおかし。暮(く)れ行(ゆ)くまゝに月の隈(くま)なきに、打(う)ちたる衣(きぬ)ども
に、薄(うす)物ゝ唐衣(からぎぬ)の透(す)きたるに、玉(たま)を貫(つらぬ)き露置(お)かせなどしたるがいとをかしき
に、資仲(すけなか)の少将(せうしやう)おれぬばかりもとてよりゐたるも、折(をり)おかしかりき。十四日あめふりて口(くち)惜(を)しきに、いではのべん、
@つみすゝぐ昨日(きのふ)今日(けふ)しもふるあめはこれやいちみとみるぞ嬉(うれ)しき W497。
やまと、
@すゝぐべきつみもなき身はふるあめに月みるましきなげきをぞする W498。
かくて麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)、唯(ただ)ならずなり給(たま)ひぬれば、東宮(とうぐう)のだいぶいと嬉(うれ)しく思(おぼ)したり。そのころ大将(だいしやう)になり給(たま)ひぬ。殿(との)は、御よろこび申(まう)し給(たま)ふをきかせ給(たま)ふにも、いみじうなん思(おぼ)し召(め)されける。師走(しはす)の廿余(よ)日(にち)の比、内(うち)に御にきみおはしまして、医師(くすし)共(ども)参(まゐ)りなどして、少(すこ)し煩(わづら)はしう申(まう)しけり。いか成べき御(おん)心地(ここち)にか。



栄花物語詳解巻三十六


P2429
〔栄花物語巻第三十六〕 ねあはせ
内(うち)の御にきみのこと、猶(なほ)重(おも)らせ給(たま)はねば、いかにとむつかしう思(おぼ)し召(め)す。御いたちの有様(ありさま)など同(おな)じことなり。日頃(ひごろ)のすぐるまゝに、猶(なほ)みづなどいさせ給(たま)ひてやよからんと申せば、その作法(さほふ)の御しつらひしてゐ奉(たてまつ)る。いとさむきころ、たえかたげに見(み)えさせ給(たま)ふ。上東門院(しやうとうもんゐん)のいらせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御心(こころ)たとへんかたなし。たゞうち悩(なや)みてものせさせ給(たま)はんだにあり、みる人(ひと)たえかたき御事(こと)のさまなれば、いと<いみじう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、つどひ候(さぶら)はせ給(たま)ふ。内(うち)大(おほ)殿(との)、女御(にようご)の御事をおほすにもいみじ。年(とし)頃(ごろ)も后(きさき)に立(た)たせ給(たま)はんことを思(おぼ)しつるに、このきはゝましていかに<と思(おぼ)し召(め)す。大将(だいしやう)殿(どの)も、女御(にようご)の唯(ただ)ならずおはしませば、いかゞは口(くち)惜(を)しうおぼされざらん。日頃(ひごろ)のふるまゝにいとたえがたけにおはしませば、心(こころ)をつくし給(たま)ふ人(ひと)多(おほ)かり。内(うち)大殿(との)は、后の御ことをいみじくせさせ給(たま)ふ。御心(こころ)にもいみじういとおしう思(おぼ)し召(め)しながら、難(かた)げなる御けしきなり。ゐんにもいみじう申(まう)させ給(たま)ふ。正月十日の程(ほど)、いみじうおもくならせ給(たま)ひぬれ
P2430
ば、内(うち)大(おほ)殿(との)の女御(にようご)まかてさせ給(たま)ふを聞(き)こし召(め)して、蔵人(くらうど)なが家(いへ)召(め)して、ふさせ給(たま)ひながら、御ふみかかせ給(たま)ひて奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いみじうあはれなり。いま暫(しば)しの程(ほど)を、近(ちか)くてきゝはてさせ給(たま)はで、などやうに聞(き)こえさせ給(たま)ひけるにぞ、とまらせ給(たま)ひぬる。唯(ただ)の人(ひと)はそひていかなるまでもみることなるを、いかなることにか、みな出(い)でさせ給(たま)ふべしと聞(き)こゆるは。皇后宮(くわうごうぐう)のぼらせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はんと申(まう)させ給(たま)へど、他人々(ことひとびと)もいかゞ思(おも)はんと仰(おほ)せられて、のぼせ奉(たてまつ)らせ給(たま)はす。おもくならせ給(たま)ふまゝに、内(うち)大(おほ)殿(との)は、女御(にようご)の御ことをいみじう申(まう)させ給(たま)ふ。いかならんと殿(との)の人(と)も思(おも)ひ騒(さわ)ぎたり。二の宮(みや)もいらせ給(たま)ふ。人(ひと)に抱(いだ)かれさせ給(たま)ひて、くむしたるやうにておはしますもいとあはれなり。十四日に、斎宮准三宮の宣旨(せんじ)くだり、官(つかさ)かうぶり給(たま)はらせ給(たま)ふ。この折(をり)にやと世(よ)の人(ひと)思(おも)ひ申(まう)したりつる梅壺(むめつぼ)の御こと、さもあらずなりぬれば、いみじう思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。女御(にようご)殿(どの)も、殿(との)の思(おぼ)し召(め)したる御けしきを御覧(ごらん)ずるに、わりなく苦(くる)しう思(おぼ)し召(め)さる。関白(くわんばく)殿(どの)を、つゆ御心(こころ)よせなく、なさけなくおはしますと、うらめしう思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)ふ。一の人(ひと)の御むすめならぬ人(ひと)の御(おん)子(こ)おはしまさぬかならせ給(たま)ふ例(れい)はまたなきことゝ思(おぼ)し召(め)して、せさせ給(たま)はぬなりけり。この御こと思(おぼ)し召(め)して、御殿(との)ごもり御祈(いの)りせさせ給(たま)ふに、あしき御夢(ゆめ)をのみ御覧(ごらん)じて、御持僧明快召(め)して仰(おほ)せられけるは、いまはこの世(よ)の祈(いの)りなせそ。年(とし)頃(ごろ)のねがひは都率天
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の内院(ゐん)なり。年(とし)頃(ごろ)のねがひたがへず。都率天に必(かなら)ず本意たがへ給(たま)ふなど仰(おほ)せられければ、明快かねうちて祈(いの)り申(まう)しけるときに、近(ちか)う候(さぶら)ふ人々(ひとびと)、忍(しの)びがたく涙(なみだ)たえがたかりけり。あしかるべきさまにしらせ給(たま)ふべきともありければ、わがみはとてもかくても苦(くる)しかるべきならねど、とまらん人(ひと)のための疎(おろ)かにおもふべきことならねばとぞ仰(おほ)せられける。さるは御志(こころざし)ありておはしまし、覚(おぼ)えおはしますと、世をののしりつるに、このことをせさせ給(たま)はすなりぬることをぞ、怪(あや)しく人々(ひとびと)思(おも)ひ申(まう)しける。さるまじきにこそはおはしましけめ。寛徳二年正月十六日に位(くらゐ)ゆづりのことありて、東宮(とうぐう)渡(わた)らせ給(たま)ふ。糸毛(いとげ)にて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。いといみじき御有様(ありさま)を、よそに思(おぼ)し召(め)しつるよりもいみじう悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さる。いみじう泣(な)かせ給(たま)へば、かくなゝき給(たま)ひそ。上東門院(しやうとうもんゐん)によくつかうまつり給(たま)へ。二の宮(みや)思(おも)ひへだてず仰(おほ)せなど申(まう)させ給(たま)へば、御かほにそでをゝしあてゝおはします。ときなりぬと申せど、とみにもえおこかせ給(たま)はず。内侍(ないし)御はかしのはこ給(たま)はすれば、かみあけてとる心地(ここち)いみじうてつゝみもあへず。まが<しとてさいなむ。水い奉(たてまつ)れば、いとたえがたし。この世(よ)にてだに暫(しば)し休(やす)めよと仰(おほ)せらる。いみじう悲(かな)し。いたく夜ふけてかへらせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)さながらつかうまつり給(たま)ふ。同(おな)じことなる御ことなれと、御車(くるま)にておはしましつるを、御こしにてかへらせ給(たま)ふ、いみじうめでたし。他人(ことひと)に譲り聞(き)こえ
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させ給(たま)はゞましていかならん。斎宮の御ことをなんいみじう申(まう)させ給(たま)ひける。二の宮(みや)いかにせんずらんとぞ、内(うち)<にも仰(おほ)せられける。こゐんと女院(にようゐん)も関白(くわんばく)殿(どの)も同(おな)じことにおはしましゝだに、我とちこそよかりしが、すゑ<の人々(ひとびと)はよからぬことをいひいで、自(おの)づからなることもありしに、ましてこれは御はらもかはらせ給(たま)ふ、御後見(うしろみ)もかはらせ給(たま)へれば、いかにと思(おぼ)し召(め)すなるべし。御かたがたの御事(こと)共(ども)思(おぼ)し召(め)し申(まう)させ給(たま)ふ事(こと)共(ども)あらめと、人(ひと)きかねばかきつけず。十八日のゆふさり、俄(にはか)にうせさせ給(たま)ひぬれば、いふにも疎(おろ)かならずいみじ。上東門院(しやうとうもんゐん)の思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給さま、いふかたなし。命(いのち)ながくてかかる御ことをみることゝ、人(ひと)のおもふらんことをさへ添(そ)へて思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)もいみじう思(おぼ)したる。内(うち)大(おほ)殿(との)は、うらめしきかたもそひて、涙(なみだ)おちさせ給(たま)ふ。ふたはよりこと<”うたがひなくきかねとかしづき聞(き)こえ給(たま)へるに、口(くち)惜(を)しくいみじう思(おぼ)し召(め)さる。大将(だいしやう)殿(どの)も、女御(にようご)の御産屋(うぶや)四月なるに、いまふた月三月を過(す)ぐさせ給(たま)はずなりぬる。いみじう口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し嘆(なげ)く。いまの内(うち)には、ゐんの御事(こと)のいみじうおはしましつるを思(おぼ)し召(め)せば、御よろこびも何(なに)とも思(おぼ)し召(め)されぬに、ゐんの御ことはいかにと思(おも)ひ参(まゐ)らせなからも、御乳母(めのと)達(たち)まちつけ聞(き)こえさせつる嬉(うれ)しさは限(かぎ)りなし。月のいみじうあかきに、始(はじ)めは御車(くるま)にておはしましつる、みこしにて、儀式(ぎしき)有様(ありさま)、百くはんひきつれてかへら
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せ給(たま)へる。めでたくいみじとも疎(おろ)かなり。ゐんの例(れい)の御有様(ありさま)にて、譲り申(まう)させ給(たま)はましかば、いかに思(おぼ)し召(め)すことなくめでたからまし。思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)へるさま、理(ことわり)にいみじ。斎宮・斎院(さいゐん)をまたもえみ奉(たてまつ)らせ給(たま)はすなりぬる、いみじう哀(あは)れに、限(かぎ)りなき御有様(ありさま)も、かかる事(こと)のおはしましけるもあはれなりける。皇后宮(くわうごうぐう)には許(ゆる)さぬにもの思(おぼ)したれど、なからん世(よ)には思(おぼ)しいづること多(おほ)からんものをと、たゞこの冬(ふゆ)申(まう)させ給(たま)ひし、思(おぼ)しいづるにもみじう思(おぼ)し召(め)さる。梅壺(むめつぼ)にはおきもあがらせ給(たま)はず、思(おぼ)ししづみておはします。薄色(うすいろ)の御衣(ぞ)共(ども)奉(たてまつ)りたりけるが、いづこともなくかへりたる、そでのみにもあらずいみじけれど、干(ほ)さで御覧(ごらん)ずべきかたのなきこそ、いみじうあはれなれ。いづかたにおつる涙(なみだ)にか。殿(との)はひたぶるにうらめしう思(おぼ)したれば、恥(は)づかしうもうらめしうも思(おぼ)しもやしけん。又(また)哀(あは)れに上(うへ)の御局(つぼね)にのみおはしまさせ、御志(こころざし)ふかげに聞(き)こえさせ給(たま)ひし御なからひなれば、ひとことのあるましかりけるをば、いかゞ。御心(こころ)ばへの哀(あは)れにあさからずありしは、思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ふこともいかでかはなからんとぞ、人(ひと)の心(こころ)にも推(お)し量(はか)り参(まゐ)らせける。殿(との)のかく思(おぼ)し召(め)したるも恥(は)づかしく、ひたぶるに忍(しの)ぶさまにや思(おぼ)し召(め)すらんと思(おぼ)し召(め)せば、やう<おきあがり、御行(おこな)ひなどにて明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。もとよりいみじう御行(おこな)ひの御心(こころ)ふかく、きやうなどよませ
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給(たま)はぬなく、千ぶのきやうを度々(たびたび)よませ給(たま)ふ、かきなどせさせ給(たま)ひければ、ことに御経(きやう)かかせ給(たま)ふ、これをいとなみにて明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。御経(きやう)も様々(さまざま)にめでたくせさせ給(たま)ふ。世をそむかんことを思(おぼ)し召(め)せど、殿(との)の許(ゆる)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべくも見(み)えさせ給(たま)はねば、人(ひと)知(し)れず御心(こころ)まうけさせ給(たま)ふ、御服(ぶく)過(す)ぐさせ給(たま)ふ。四月に、麗景殿(れいけいでん)女御(にようご)、女(をんな)宮(みや)をぞ産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。四月八日には御即位(そくゐ)あり。残(のこ)る人(ひと)なく見(み)る。門(もん)入(い)る程(ほど)、車(くるま)ども
の競(きほ)ひ入(い)る程(ほど)いと恐(をそろ)し。玉(たま)の冠(かうぶり)してあぐらどもの上(うへ)に居(ゐ)並(な)みたる、唐絵(からゑ)の心地(ここち)して、女房(にようばう)などは吉につきて候(さぶら)ふ。べんの乳母(めのと)典侍(ないしのすけ)になりて、その日の御まかなひし給(たま)ふ。めでたしなども世(よ)のつねなり。丹波の乳母(めのと)はまさみちの中将(ちゆうじやう)のむすめ、宰相(さいしやう)の乳母(めのと)は故ちしの大納言(だいなごん)のむまご、びぜんのかみながつねのむすめなり。さるべき人々(ひとびと)殿上人(てんじやうびと)など、花を折(を)りたる心地(ここち)してめでたし。御こしよする程(ほど)、御乳母(めのと)達(たち)いかなりけん、あさ日の耀(かかや)きいづるをみる心地(ここち)す。今年(ことし)ぞ廿一にならせ給(たま)ひける。一品(いつぽん)の宮(みや)は廿にならせ給(たま)ふ。后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふべけれど、御服(ぶく)過(す)ぐし、神事(かみわざ)など過(す)ぐしてと思(おぼ)し召(め)すなるべし。命婦(みやうぶ)・蔵人(くらうど)十人(にん)は、礼服とてあかいろの唐衣(からぎぬ)のそでひろきをぞきたる。いま十人(にん)は摺唐衣(すりからぎぬ)著(き)つゝ、髪(かみ)上(あ)げて並(なら)び人(ひと)威儀(ゐぎ)の親王(みこ)、帳上(とばりあげ)など、例(れい)のことなり。京極(きやうごく)殿(どの)におはします。寝殿(しんでん)を南殿にて、西(にし)の対(たい)を清涼殿(せいりやうでん)にしたり。きたのたいに一品(いつぽん)の宮(みや)おはします。きたの一のたいを内侍所(ないしどころ)などにしたり。にしの中門のらうを陣の座にしたり。
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いみじの京極(きやうごく)殿(どの)の有様(ありさま)や。御門(みかど)三(み)所(ところ)、后(きさき)三(み)所(ところ)立(た)たせ給(たま)ひぬ。又(また)も一品(いつぽん)の宮(みや)立(た)たせ給(たま)ふべかめり。四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)は、後朱雀(すざく)の院(ゐん)うせさせ給(たま)ひけるころ、ゆきのきえ残(のこ)るをみて宣(のたま)ひける、
@こかくれに残(のこ)れるゆきのしたきえて日をまつ程(ほど)の心地(ここち)こそすれ W499。
とてうせさせ給(たま)ひにけるこそ、いと哀(あは)れに。まづかくべきことを忘(わす)れてなん。
ゐんうせさせ給(たま)ひて、源三位の御もとに、皇后宮(くわうごうぐう)の弁乳母(めのと)、
@あはれきみいかなるのへのかすみにてむなしきそらのくもとなるらん W500
かへし、
@思(おも)ひ遣(や)れ同(おな)じ煙(けぶり)にましりなてたちをくれたるはるのかすみを W501。
その三月、内(うち)御(お)前(まへ)のさくらの盛(さか)りなりけるを、一品(いつぽん)の宮(みや)のいではべん、
@かせふけどえたもならさぬきみか代にはなのときはを始(はじ)めてしかな W502。
また人(ひと)、
@はかなさによそへてみればさくらばな折(をり)しらぬにやならんとすらん W503。
その四月祭(まつり)の日、あふひにつけて、おりさせ給(たま)へる斎院(さいゐん)に、女院(にようゐん)の中納言(ちゆうなごん)の内侍(ないし)の亮(すけ)、
@去年(こぞ)の今日(けふ)かくや祈(いの)りし神山(かみやま)にみつしあふひのかけまくもおし W504。
かへし、皇后宮(くわうごうぐう)のべんの乳母(めのと)、
@かけまくはかしこしとこそ祈(いの)りしかはかなかりけるあふひくさかな W505。
御持僧にて候(さぶら)ひける山(やま)の座主明快、
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@くもの上(うへ)にひかりきえにしそのまゝにいくよといふに月をみつらん W506。
内(うち)辺(わた)り御服(ぶく)におはしませば、みすなどもいと恐(おそ)ろし。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)なども、さながらつるばみをき給(たま)へり。一品(いつぽん)の宮(みや)の女房(にようばう)などは、鈍色(にびいろ)・香染(かうぞめ)などをぞ著(き)たりける、何(なに)のはへなし。皇后宮(くわうごうぐう)のつれ<と昔(むかし)をこひつゝ行(こな)はせ給(たま)ふ。女房(にようばう)など、内(うち)辺(わた)りを恋(こひ)しう思(おも)ひいづ。東宮(とうぐう)は十二におはします。かんゐむに皇宮ひとゝころにおはします。斎宮・斎院(さいゐん)もおりさせ給(たま)へり。様々(さまざま)なる御服(ぶく)すがたいとあはれなり。十七・十五におはしませば、わざとの大人(おとな)の美(うつく)しうささやかなるにておはします。御かたちどもいとめでたくおはしますとぞ。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)は、内大臣(ないだいじん)殿(どの)、数多(あまた)の御(おん)中(なか)にすぐれて思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひければ、いまも見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬ折(をり)なく、つとめて・ひるのへだてもなく、渡(わた)らせ給(たま)ふ。いとにほひやかに愛敬(あいぎやう)づき、けたかくめでたき御有様(ありさま)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、これはいづこの人(ひと)にはをとり給(たま)ひて、行(おこな)ひもし給(たま)ひけるにかと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御(み)髪(ぐし)はいとめでたく、こちたくおはしまして、御衣(ぞ)のすそにひとしくおはします。いとめでたくひまなくかからせ給(たま)へり。卅二三ばかりの人(ひと)にて、いと盛(さか)りにめでたくものせさせ給(たま)ふ。ゐんは今年(ことし)ぞ卅七にならせ給(たま)ひける。御位(くらゐ)十年ぞおはしましける。女院(にようゐん)の御(お)前(まへ)には、世(よ)の中(なか)を思(おぼ)し召(め)しなげきわびさせ給(たま)ひて、いはほの中もとめさせ給(たま)ひて、しらかは殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。京極(きやうごく)殿(どの)をば一品(いつぽん)の宮(みや)に奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。内大(おほ)殿(との)の女御(にようご)、女院(にようゐん)の
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かく渡(わた)らせ給(たま)ひぬるをきかせ給(たま)ひても、
@うしとてはいでにし家(いへ)をいでぬなりなどふるさとにわれかへりけん W507
とてうちながめさせ給(たま)ふ程(ほど)、いとあはれなり。あきになるまゝに、むしのこゑをきかせ給(たま)ふも、くさばにかかると思(おぼ)し召(め)されて、
@よもすがらなき明(あ)かすらんむしのこゑ聞(き)けばともくる心地(ここち)こそすれ W508。
七月七日に、
@今日(けふ)とてもいそかれぬかななへてよを思(おも)ひそみにしたなはたのいと W509。
などうちながめさせ給(たま)ふも、いとあはれなり。しらかは殿(どの)のあきのけしきいみじうあはれなるに、ましてかみな月のしぐれに、木(こ)の葉(は)のちりかふ程(ほど)は、涙(なみだ)留(とど)めがたし。とのもりの侍従(じじゆう)のもとに、大ぜんだいぶのりなが、
@いにしへをこふるねさめやまさるらんきゝもならはぬみねのあらしに W510。
いと<哀(あは)れにもよほされて、御(お)前(まへ)にも人々(ひとびと)いみじう思(おぼ)し召(め)さる。またの年(とし)の四月ばかりに、御(お)前(まへ)のはなちりはてゝ、
@惜(を)しまれし梢(こずゑ)の花は散(ち)り果(は)てゝ厭(いと)ふ緑(みどり)の葉(は)のみ残(のこ)れる W511
とうち思(おぼ)し召(め)したるけしき、いみじうあはれなり。いまの内(うち)も先々(さきざき)の御有様(ありさま)かはらせ給(たま)はず、いみじう哀(あは)れに忝(かたじけな)く思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。やまざともさびしからず、万(よろづ)の人(ひと)参(まゐ)りつかうまつり、御乳母(めのと)ごのたじまのかみたかふさ・みののかみ基貞(もとさだ)・近江(あふみ)のかみのりすけなど
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つどひ候(さぶら)ふ。さらぬ人々(ひとびと)も参(まゐ)りつかうまつらぬなし。殿上人(てんじやうびと)・判官代(はんぐわんだい)・蔵人(くらうど)など候(さぶら)ひて、おとろへさせ給(たま)ふこともなし。めでたく、御門(みかど)三(み)所(ところ)の御おやにておはします上(うへ)、この内(うち)は少(すこ)しうとくもおはしますべきを、御このちやうにておはします。いとめでたしと思(おも)ひ参(まゐ)らすれど、御自(みづか)らは、たぐひなく心(こころ)憂(う)かりける身かなと思(おぼ)し召(め)したり。女房(にようばう)などはつれ<のまゝには、はな紅葉(もみぢ)につけてもおかしきこと多(おほ)かり。内(うち)は京極(きやうごく)殿(どの)よりかたふたかりければ、官の官(つかさ)に師走(しはす)に渡(わた)らせ給(たま)ふに、ゆきのふりたるつとめて、一品(いつぽん)の宮(みや)の女房(にようばう)、南殿などを出てみれば、ゆきはまどにはなとまがひ、いけのこほりはかゞみと見(み)ゆ。いはほにもはなさき、いみじうおかし。御(み)堂(だう)のかたをみれば、からゑの心地(ここち)してみわたさる。にはのゆきはきえがたになりにけり。こずゑぞ盛(さか)りと見(み)ゆる。宣旨(せんじ)、いでは弁に、
@しづのをはみるにかひなきあしたかなまたゝちかへりみゆきならなん W512。
いではべん、
@ことのはのゆきもやらねば中々(なかなか)におもしろしともいはてこそみれ W513。
また人々(ひとびと)、
@いはほにもまつにもはなそ咲にけるかかるゆき見し折(をり)はありきや W514
@あかねさす日よりさきにも出(い)でてみてきえてくやしきけさのゆきかな W515。
など、いろはまがひぬべきとも・紅梅(こうばい)のにほひにひいろなど乱(みだ)れきてみるさまどもおかし。年(とし)かへり
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て、官の官(つかさ)に出(い)でさせ給(たま)ひぬ。人々(ひとびと)やなぎ・さくらなどこきまぜたり。殿上のそばよりおりのぼらせ給(たま)ふ。心(こころ)のゆるひなきみち。斎宮には、小式部(こしきぶ)の宮(みや)の姫君(ひめぎみ)、たじまのかみ則理(のりまさ)の女のはらにものし給(たま)ひける、ゐさせ給(たま)ひぬ。斎院(さいゐん)に二の宮(みや)のゐさせ給(たま)ひぬ。大方(おほかた)には四の宮(みや)におはします。されど三の宮(みや)をもたかくら殿(どの)の一の宮(みや)この三人(にん)は聞(き)こえさせず。この程(ほど)に、一品(いつぽん)の宮(みや)は后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふべけれど、まづ斎宮・斎院(さいゐん)の御ことさだまりてと思(おぼ)し召(め)す。内(うち)の大(おほ)殿(との)の中姫君(なかひめぎみ)は、怪(あや)しくこの年(とし)頃(ごろ)悩(なや)み渡(わた)らせ給(たま)ふ。うつしごゝろもなきやうにて、廿年ばかりおこたらせ給(たま)はねば、いまはまかせ奉(たてまつ)りておはします。小姫君(こひめぎみ)と聞(き)こえさするぞ、上(うへ)の御方(かた)におはしまさせ給(たま)ふ。女御代(にようごだい)せさせ給(たま)ふべかりける。三月晦日(つごもり)の日、官の官(つかさ)やけぬ。いつしかとあさましきことを思(おぼ)し召(め)す。内(うち)大(おほ)殿(との)の二条(にでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひ、一品(いつぽん)は、鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)このゑにのりふさが家(いへ)におはしますに、例(れい)の渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。恐(おそ)ろしさも思(おも)ひしづめてみわたせば、はないとおもしろく盛(さか)りなり。東宮(とうぐう)におはしまいし折(をり)も、心(こころ)にいと久(ひさ)しうおはしまして、はなの盛(さか)りには人々(ひとびと)参(まゐ)り給(たま)ひて、まりけなどあそばせ給(たま)ひし所(ところ)なり。いではべん、
@慰(なぐさ)まぬ心(こころ)はあらじ桜花(さくらばな)姨捨山(をばすてやま)の月を見(み)るとも W516。
など思(おも)ひけり。四月十余(よ)日二条(にでう)殿(どの)へいらせ給(たま)ひぬ。六月には后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふべしとて、さるべき事(こと)共(ども)人々(ひとびと)あたり、思(おぼ)し召(め)しはじむる程(ほど)に、世(よ)の中(なか)の御(おん)心地(ここち)をいみじう煩(わづら)はせ給(たま)ひて、日頃(ひごろ)ふれ
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ど更(さら)にをこたらせ給(たま)はで、いとおもくおはしませば、六月十余(よ)日に、三位の里(さと)の近(ちか)きに出(い)でさせ給(たま)ひぬ。御祈(いの)りかずしらず、殿(との)より始(はじ)めおはしまして、し残(のこ)させ給(たま)ふことなし。内(うち)よりも御使(つか)ひひまなし。廿日の程(ほど)よりぞ、少(すこ)しよろしうならせ給(たま)ひける。廿五日に后(きさき)の宣旨(せんじ)くだりて、七月十日大饗あるべしなどある程(ほど)、此(こ)の宮(みや)には珍(めづら)しかるべきことにもあらねど、猶(なほ)そゞろさむくめでたし。七月朔日(ついたち)京極(きやうごく)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、十日たゝせ給(たま)ふ。さばかりひろきゐんの内(うち)、つゆのひまなく女房(にようばう)の局(つぼね)にしわたし、おものやとり・進物所(どころ)などに、様々(さまざま)辺(あた)り辺(あた)りにしゐたり。ゐんのおはしましゝにもをとらず、いたづらなるやなくかけわたし、みづの流(なが)れも心(こころ)ゆき、いけの面(おもて)すみわたり、まつのみどりもけざやかに見(み)え、いみじうおもしろくめでたし。源氏の三条(さんでう)の宮(みや)おはせてのち、大将(だいしやう)昔(むかし)にをとらず、内(うち)の大(おほ)殿(との)の姫君(ひめぎみ)と、みゝちておはすることゝいひたる心地(ここち)ぞせさせける。ひかりあひておぼつかならぬに、女房(にようばう)どものかみあけてみなうちいでたるに、殿(との)・内(うち)のおほい殿(どの)など、みすの内(うち)におはしまして、ふる女房(にようばう)のこ宮(みや)の御ときより候(さぶら)ふ召(め)し使(つか)ひ、あるべき作法(さほふ)ども仰(おほ)せられ、みくしあけの典侍(ないしのすけ)のほれなどいはせよと、仰(おほ)せらるれば、べんの典侍(ないしのすけ)参(まゐ)り給(たま)へりける、のぼりて、ひのおましに御いしたてゝ、御(み)髪(ぐし)あけさせ給(たま)ひておはします。このよの事(こと)共(ども)見(み)えさせ給(たま)はず。くれなゐの御ひとへがさね、しろき織物(おりもの)の御衣・裳(も)、白(しろ)きを奉(たてまつ)り
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て、ひたいばかりあけておはします御有様(ありさま)、いみじうめでたし。かたほにものし給(たま)はむ人(ひと)の、ゐだけだかにみすくるにて、倚子のおましにのぼり給(たま)はんは、見(み)苦(ぐる)しうやあらまし。ほのかなるほかけなどめでたきはしるきことにぞ。はいらいなど、いとめでたし。いけのかゞりびひまなきに、しろきとりどものあしたかにてたてるも、あしての心地(ここち)しておかし。はかせの命婦(みやうぶ)参(まゐ)りて、人々(ひとびと)みふたにつけ、御ぐしあけかみあけなどする。猶(なほ)いとことなることなりや。そのよのおもの参(まゐ)る御まかなひは、殿(との)の上(うへ)宮(みや)つかうまつり給(たま)ふ。蔵人(くらうど)六人(にん)かみあけて参(まゐ)る。女房(にようばう)は、そのよはくちばのひとへがさね、きちかうの表着(うはぎ)、をみなへしの唐衣(からぎぬ)、はきの裳(も)、またの日はくれなゐのひとへがさね、をみなへしの表着(うはぎ)、はぎの唐衣(からぎぬ)、しをにのも、またの日はきちかう・くちは・をみなへし・しをになどを、六人(にん)づゝおりひとへ重(かさ)ね、やがて同(おな)じいろの織物(おりもの)のうはき、も、唐衣(からぎぬ)ははへぬべきいろどもをかへつづきたり。様々(さまざま)のふせんれう、ふたへもんなど、心々(こころごころ)にいとみたり。いろ許(ゆる)されぬはかねして螺鈿(らでん)し、ゑかき、縫物(ぬひもの)など、いみじうものぐるおしきまでしつくしたり。筋(すぢ)やり、くちをき、袴(はかま)のこはきにかねして、縫物(ぬひもの)にも打(うち)袴(はかま)をしたる人(ひと)もあり。その心(こころ)ばへあるうたを縫物(ぬひもの)にもしたり。をとらじといとみたり。内(うち)の御使(つか)ひに四位(しゐ)新少将(せうしやう)よしもと参(まゐ)れり。寝殿(しんでん)のにしのつまにて御かへりまつ程(ほど)は、人々(ひとびと)どものなど言(い)ひて。殿(との)・内(うち)大(おほ)殿(との)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、日ごとに三日の程(ほど)参(まゐ)らせ給(たま)ふは、八月十七日内(うち)へいらせ給(たま)ふ。伊与の守(かみ)範国(のりくに)
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が、女房(にようばう)の局(つぼね)にいひたる、
@かねてよりそらのけしきそしるかりしふるあとにたつむらさきのくも W517。
これならねどかやうのことは多(おほ)かり。その年(とし)の春、小野(をののみや)の右大(おほ)殿(との)うせ給(たま)ひにけり。九十をしもまち給(たま)へる心地(ここち)してあはれなり。ながしとてもつゐにはかくこそはと見(み)えたり。大宮(おほみや)の民部卿(みんぶきやう)これをきゝ給(たま)ひて、
@たまのをのながき例(ためし)にひく人(ひと)もきゆれはつゆに何(なに)かことなる W518
と宣(のたま)ひけり。かくて八月には内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。行啓みける人(ひと)の、
@くもの上(うへ)そ思(おも)ひ遣(や)らるゝあきの月ひかりを添(そ)へていると見(み)えしに W519
と女房(にようばう)のいひたりける。くもりなくめでたき藤壺(ふぢつぼ)の御しつらひ、などてか疎(おろ)かならん。きくの色々(いろいろ)に、こきうちたる、すわうの唐衣(からぎぬ)などきつゝ候(さぶら)ふ。御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)など例(れい)のことなり。内(うち)大(おほ)殿(との)は、いまは右大(おほ)殿(との)と聞(き)こえさす。大将(だいしやう)殿(どの)内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ひぬ。右の大(おほ)殿(との)のきみ女御代(にようごだい)に立(た)たせ給(たま)ふ。作法(さほふ)・有様(ありさま)先々(さきざき)にかはることなし。いとめでたし。五節(ごせつ)臨時(りんじ)の祭(まつり)など、例(れい)の作法(さほふ)にて過(す)ぎぬ。正月などいとめでたし。しらかは殿(どの)にはつきせず昔(むかし)をこひさせ給(たま)ひつゝ行(おこな)はせ給(たま)ひておはします。天くなどむつかしきわたりにて、いみじう煩(わづら)はせ給(たま)ふ。人々(ひとびと)もつきて煩(わづら)ひ、なくなりなどしていとうたてあれば、かくてのみはいかゞと、殿(との)など申(まう)させ給(たま)へど、聞(き)こし召(め)しいれぬ
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に、いと久(ひさ)しう限(かぎ)りになりて煩(わづら)はせ給(たま)ふ。又(また)、のちの世いとあひなきことなりと、殿(との)のせめて申(まう)させ給(たま)ひて、四条(しでう)なる美作(みまさか)のかみの家(いへ)に出(い)でさせ給(たま)ひぬ。さても猶(なほ)暫(しば)しは煩(わづら)はせ給(たま)ふ。かくて右大殿(との)の姫君(ひめぎみ)内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。京極(きやうごく)殿(どの)なれば、いと狭(せば)し。びはひかせ給(たま)ひ、ゑなといとめでたくかかせ給(たま)ふ。男(をとこ)ゑなど、ゑし恥(は)づかしうかかせ給(たま)ふ。ゆへ<しうおかしうおはします。御かたちもいとおかしげなり。愛敬(あいぎやう)づきふくらかにさゝやかにぞおはしましける。まとや、内(うち)にうたあはせせさせ給(たま)ひき。また女御(にようご)殿(どの)も参(まゐ)らせ給(たま)はざりしに、十月晦日(つごもり)とありしかど、のびて霜月(しもつき)の九日なり。殿上人(てんじやうびと)左右にわかたせ給(たま)ふ。舞台はかねのすはまに、かねの五葉にかねのつた色々(いろいろ)にいろどりたるかかりたる、いとおかし。もろもとのひやうゑのすけかきたり。右はかねのすぎばこに、すゞりのはこと同(おな)じきに、さうとほをいれたり。うたの心(こころ)ばへをだいにしたがひつゝ、したゑにかきたり。ては右のおほい殿(どの)のいなばの乳母(めのと)、にしきのへうし、次(つぎ)のは、かねのへうしを磨(みが)きたる。しろたえにはる<と見(み)えて、やまのたゝすまゐ、みづのなかれはほのかなり。かねをむすびて、たまをもんにしなど、様々(さまざま)なるべうし、あてにおかし。かねのすゞり・るりのすゞりのかめ・ふですみまでいみじうつくしたり。員指(かずさし)のすはまどもなど、心々(こころごころ)にいとおかし。中宮(ちゆうぐう)の女房(にようばう)まで、紅葉(もみぢ)ををりつくしたり。うちもの・織物(おりもの)・むらごなど心々(こころごころ)にいとおかし。うものにうちたるを、すかしたる。も、縫物(ぬひもの)し、かね
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のみづやり、紅葉(もみぢ)のちりそひたるなど、いとおかしくなまめかし。きくの織物(おりもの)の御几帳(きちやう)どもをしいでわたして、おはします程(ほど)こそいたさね。少(すこ)しさしのきて、よき程(ほど)にをしいでたるきぬのすそ・袖口(そでぐち)、いとめもおどろきて見(み)ゆ。きくのおりえだ・かづらの紅葉(もみぢ)・かゞみのみづなどをしたるか、うすものよりすきたる、うちめき耀(かゞや)き合(あ)ひたる火影(ほかげ)、いみじう
おかし。紅(くれなゐ)の打(う)ちたるを中陪(なかべ)にて、葛(かづら)の形(かた)に彫(ゑ)りて、青(あを)きを下(した)に重(かさ)ねて、香染(かうぞめ)
の薄(うす)物に紅葉(もみぢ)を透(す)かし、裳(も)の腰(こし)などいみじうおかし。唐衣(からぎぬ)にも、紅葉(ゝみぢ)を分(わ)け
て出(い)づる月おどろ<しうおかし。大井河・戸無瀬(となせ)の滝などしたる人もあり。
哥は皆(みな)書(か)きとゞめず。文台(ふだい)・打敷(うちしき)などの有様(ありさま)も、様(さま)<”の同(おな)じ事のやうなれ
ばなん。たゞある事を少(すこ)しづゝ書(か)きつけたるなり。高陽院(かやうゐん)殿ゝ哥合にこまかなれ
ば、同(おな)じ事の様なれば。又鶏合(とりあはせ)とて洲浜(すはま)を作(つく)りて、鶏(とり)を作(つく)り合(あは)せるかたいと
をかし。様(さま)<”におかしき事(こと)多(おほ)かる御時(とき)なり。御遊(あそび)を好(この)ませ給(たま)ひ、花合(あはせ)・菊(きく)
の宴(えん)などおかしき事を好(この)ませ給(たま)ひて盛(さかり)の御世なり。」無量寿院に、関白殿ゝ御堂
建(た)てさせ給(たま)へれば、供養に女院・鷹司(たかつかさ)殿ゝ上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ふ。一宮(祐子)、殿ゝ上(うへ)具(ぐ)し奉(たてまつ)ら
せ給(たま)ひて渡(わた)らせ給(たま)ふ。中宮(章子)も出(い)でさせ給(たま)ふ。内よりやがて昼(ひる)出(い)でさせ給(たま)ふ。さき<“古(ふ)り
にし事なれど、猶(なほ)めでたき事になん。樺(かば)桜、皆(みな)織物(おりもの)なるが裏打(う)ちたる六(む)つばかり、
御裳(も)・唐衣(からぎぬ)奉(たてまつ)りておはします御有様(ありさま)、えもいはずめでたく見(み)えさせ給(たま)ふ。
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御輿(みこし)の後(しり)にはやがて三位候(さぶら)ひ給(たま)ふ。皆(みな)紅(くれなゐ)の打(う)ちたる、桜(さくら)の織物(おりもの)ゝ表着(うはぎ)に、その折枝(おりえだ)織(お)りたる藤(ふぢ)の織物(おりもの)、桜萌黄(さくらもえぎ)の唐衣(からぎぬ)、皆(みな)二重文(ふたへもん)にて、折枝(おりえだ)けざやかに織(お)りたり。女房(にようばう)は、さくらどもに、萌黄(もえぎ)のうちたる、やまぶきのふたへ織物(おりもの)表着(うはぎ)、ふぢの唐衣(からぎぬ)、萌黄(もえぎ)のもにゑかき、縫物(ぬひもの)し、螺鈿(らでん)し、くちをきなど、めもあやに、心(こころ)のゆきてなどいふうたを、かねのくのちいさきをつくりて、哥絵にてさくらのさきこぼれたるかたをかきたり。たまとつらぬけるあをやぎなどいとおかし。またしつかひのかたをして、帳台・唐櫛笥(からくしげ)、昼(ひ)の御座(おまし)のかたをしたる人(ひと)もあり。はなのかゞみとなるみづはとて、いとおしけなるかねをいけにをしたる人(ひと)もあり。更(さら)に更(さら)にえいひつくすべくもあらずなん。袴(はかま)はみなうち、くちをきたり。殿(との)の宮(みや)は、女房(にようばう)色々(いろいろ)をみつゝにほはして、十五に、くれなゐのうちたる、萌黄(もえぎ)の織物(おりもの)の表着(うはぎ)なり。いみじうわたうすく、めもあやにけうらなり。これもいとめでたく、めもをよばぬ事(こと)共(ども)多(おほ)かり。宮(みや)の上(うへ)、殿(との)の上(うへ)と三(み)所(ところ)おはします。殿(との)の上(うへ)はしろき御衣(ぞ)共(ども)に、くれなゐの唐綾(からあや)を上(うへ)に奉(たてまつ)れり。姫宮(ひめみや)の御(お)前(まへ)には、さくらのにほひをみな織物(おりもの)にて、くれなゐのうちたる、ふぢの織物(おりもの)の御衣(ぞ)、萌黄(もえぎ)の小褂奉(たてまつ)りたる有様(ありさま)、あてにめでたく、いふかひなく見(み)えさせ給(たま)ふ。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の上(うへ)はあまにておはします。あなたには女院(にようゐん)・中宮(ちゆうぐう)・鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)おはします。二(ふた)所(ところ)ならふるにぞそきすてさせ給(たま)へる。二(ふた)所(ところ)あまにておはしませば、きたまんどころは、
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宮(みや)のいと恥(は)づかしげにて御覧(ごらん)ずれば、いとど恥(は)づかしと、はぢ奉(たてまつ)らせ給(たま)へるものから、御衣(ぞ)はさむくやおはしますらんとて、わが御衣(ぞ)を奉(たてまつ)れなど申(まう)させ給(たま)ふ。忘(わす)れ奉(たてまつ)らせ給(たま)はざりけるにこそ、御年(とし)のつもりに久(ひさ)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はねば、いかゞと思(おも)ひ参(まゐ)らするに。大方(おほかた)の儀式(ぎしき)有様(ありさま)いひつくすべきかたなくめでたし。ことはてゝかへらせ給(たま)ふ。また様々(さまざま)の御贈(おく)り物(もの)どもなど、思(おも)ひ遣(や)るべし。かくて、内(うち)に内(うち)の大(おほ)殿(との)の三の姫君(ひめぎみ)参(まゐ)らせ給(たま)ふべしといふこといできて、御調度(てうど)のことかきたてゝ思(おぼ)し召(め)し急(いそ)ぐ程(ほど)に、俄(にはか)に関白(くわんばく)殿(どの)に姫君(ひめぎみ)おはしましけるを、いまだ稚(おさな)くもおはしましける、やう<大人(おとな)びさせ給(たま)ひけるを、上(うへ)につつみ申(まう)させ給(たま)へるを、さのみやはと思(おぼ)し召(め)しければ、内(うち)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。内(うち)大(おほ)殿(との)はきゝ給(たま)ひて、きほひかほにやとて思(おぼ)しとまりぬ。うちやけにしかば、京極(きやうごく)殿(どの)に猶(なほ)おはします。さるべき人々(ひとびと)のむすめきほひ参(まゐ)り、いみじうめでたし。殿(との)のかく御心(こころ)にいれさせ給(たま)へることとおもふへかめれば、かしづく人(ひと)の女・いもうと参(まゐ)らぬなし。女房(にようばう)の装束(しやうぞく)など、いひつくすべきかたなし。きんのぶのひやうゑの督のむすめの御はらの、故藤民部卿(みんぶきやう)のむすめ参(まゐ)り給(たま)へり。さねもとの中将(ちゆうじやう)、いまはおはりのかみといふかむすめ、源民部卿(みんぶきやう)のこのしなののかみのむすめなど、君達(きんだち)の女いと数多(あまた)参(まゐ)れり。それならぬも多(おほ)かれどかかず。諸大夫(しよだいぶ)のむすめなどはかずへつくすべくもあらず。師走(しはす)に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。さうぞくなどかずもしらず。はゝ上(うへ)は三条(さんでう)殿(どの)とぞ聞(き)こえさするも、候(さぶら)は
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せ給(たま)ひて参(まゐ)らせ給(たま)へり。めでたしなども世(よ)の常(つね)なり。二月に后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)こそはあがらせ給(たま)ふべけれど、たゞかくてあらんと申(まう)させ給(たま)ひければ、いま后(きさき)を皇后宮(くわうごうぐう)と聞(き)こえさす。三条(さんでう)殿(どの)をば、内(うち)<にこ中務(なかつかさ)の宮(みや)のむすめに候(さぶら)ふこそ申(まう)させ給(たま)ひける。尼上(あまうへ)のさるものにくみをせさせ給(たま)ひければ、かたはらいたがりてまぎらはして、中務(なかつかさ)の宮(みや)の御このいなばのかみのむすめとて候(さぶら)はせ給(たま)ひけれど、いまは何事(なにごと)の慎(つつ)ましうてかは忍(しの)ばせ給(たま)はん。めでたしなども世(よ)の常(つね)なり。大方(おほかた)の世覚(おぼ)えのみにもあらず、御覚(おぼ)えもいみじうおはしませば、殿(との)もかひあり、嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)す。東三条(とうさんでう)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)ひて、后(きさき)に立(た)たせ給(たま)ふ日の有様(ありさま)、いふべきかたなし。さらぬだにいとどある殿(との)を、払(はら)ひ磨(みが)ゝれたる、いふかたなくめでたし。殿(との)の、たちゐ思(おぼ)し召(め)し急(いそ)がせ給(たま)はんに、なびかぬくさ木はいかでかあらん。女房(にようばう)の装束などは、世(よ)の常(つね)のことなれば、こまかにもいひたてず、めでたき限(かぎ)りなし。上達部(かんだちめ)たちならびてはいし奉(たてまつ)り、御ぐしあけさせ給(たま)ひて、いしのおましにおはします程(ほど)など、いふかたなくめでたし。宮(みや)にも参(まゐ)り給(たま)へりし典侍(ないしのすけ)ぞ御(み)髪(ぐし)はあけ奉(たてまつ)る。からの御衣(ぞ)など奉(たてまつ)りたる御有様(ありさま)の、ありつきておはしましつることなどかたり給(たま)ふ。かくて程(ほど)もなく参(まゐ)らせ給(たま)ひぬ。大夫には隆国の中納言(ちゆうなごん)、権大夫(ごんだいぶ)にはつねたうの中納言(ちゆうなごん)、すけにはすけむねの頭弁、大進には丹波守たかふさ、のりふさのおはりのかみ、いま一人(ひとり)は源民部卿(みんぶきやう)みちかた、藤民部卿(みんぶきやう)のむすめ御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)、内侍(ないし)に
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はさだちかの右大弁のいもうとなど、様々(さまざま)なり。つねみちの帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)のむすめも参(まゐ)り給(たま)へれど、うち解(と)けても候(さぶら)ひ給(たま)はず。宣旨(せんじ)も里(さと)ながら参(まゐ)り給(たま)はてなり給(たま)へるなりけり。経長(つねなが)のげん中納言(ちゆうなごん)の御いもうとなり。大人(おとな)びてうしんにものし給(たま)ふ人(ひと)にて、えつかうまつらしと申(まう)し給(たま)ひけれど、よそながらも、さはれ<とて、なさせ給(たま)へるなりけり。人々(ひとびと)いとど参(まゐ)りあつまる。さるべき月夜、はなのおり過(す)ぐさず殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りて哥よみ、御あそびなどつねにあり。めでたしなども疎(おろ)かなり。覚(おぼ)えもいみじうおはします。中宮(ちゆうぐう)も、幼(をさな)くよりならふ人(ひと)なくておはしましゝかば、睦(むつ)まじく哀(あは)れにやむごとなきかたにも思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。殿(との)この御方(かた)の御ことをば、忝(かたじけな)く心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、ありしにもかはることなくつかうまつらせ給(たま)ふ。右大(おほ)殿(との)ぞ、いみじう思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひて、こもりゐさせ給(たま)ふ。女御(にようご)殿(どの)も里(さと)におはしまさせ給(たま)ひ、后(きさき)の御ことを思(おぼ)したらさせ給(たま)ひぬるか、いと口(くち)惜(を)しうあさましく思(おぼ)し召(め)さるゝなるべし。東宮(とうぐう)には、左兵衛督(さひやうゑ)のかうの姫君(ひめぎみ)、東宮(とうぐう)の大夫殿(どの)の御(おん)子(こ)にし奉(たてまつ)り給(たま)ふ、参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)へり。御かたちのなたかくものせさせ給(たま)ふ。女(をんな)宮(みや)ひとゝころいでおはしましたる。まとや右の大(おほ)殿(との)の女御(にようご)殿(どの)は、また皇后宮(くわうごうぐう)の参(まゐ)らせ給(たま)はざりし折(をり)、唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひて、中宮(ちゆうぐう)の大夫の三条(さんでう)に出(い)でさせ給(たま)ひにしかば、殿(との)もみなそこにおはしましゝかば、梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)は一(ひとり殿(との)におはしまして、
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@ゆきかへりふるさと人(ひと)に身をなして一人(ひとり)なかむるあきのゆふくれ W520。
など一人(ひとり)こたせ給(たま)ふ。若君(わかぎみ)はうせて生れさせ給(たま)へるとぞ。内(うち)にも殿(との)にもいみじう歎(なげ)かせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)の御はらからの前宮、右大(おほ)殿(との)にあはせ奉(たてまつ)らせ給(たま)はんとすと聞(き)こえしことも、みな聞(き)こえやみにたり。右大殿(との)世(よ)の中(なか)を思(おぼ)しなげきて、やまざとにこもり居(ゐ)なんなど思(おぼ)して、さる御心(こころ)まうけせさせ給(たま)ふと世(よ)にも聞(き)こゆ。かくおぼすも理(ことわり)にいとおしく、梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)も、後朱雀(すざく)の院(ゐん)の御ときに本意(ほい)なくてやませ給(たま)ひにき。理(ことわり)にいとおしきことも思(おぼ)し召(め)して、准三宮にならせ給(たま)ひて、年官年爵などえさせ給(たま)ふ。内(うち)にはねあはせせさせ給(たま)ふ。左頭すけの頭中将(ちゆうじやう)、右頭四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)のこの経家(つねいへ)のべん、若(わか)く華(はな)やかに、おほえある人々(ひとびと)なり。左右廿人(にん)づゝわきて、えもいはぬすはまのかきねをたづねつゝ、またしらぬこひぢにおりつゝ、ひきいでたる一丈三尺のねなどもありけり。またたい・うちしき・はなそでなどの有様(ありさま)いふべきにもあらず。中宮(ちゆうぐう)・皇后宮(くわうごうぐう)などのぼらせ給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)女房(にようばう)の装束は、たゞいとうるはしくこそ更(さら)に昌蒲のきぬをみなうちて、なでしこの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、よもぎの唐衣(からぎぬ)、楝(あふち)のもなり。皇后宮(くわうごうぐう)のは、昌蒲の楝(あふち)・瞿麦・かきつばたなど、かねして、花鳥をつくり、くちをき、いみじき事(こと)共(ども)をつくさせ給(たま)へり。折(をり)<につけておかしきことのみ多(おほ)かり
△△永承六年五月五日殿上哥合
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△一番〈左持〉△△菖蒲△△△△△左馬頭源経信(つねのぶ)朝臣(あそん)
@万代(よろづよ)にかはらぬ物は五月雨(さみだれ)の雫(しづく)にかほるあやめぐさかな W521
△△△右△△△△△少納言(せうなごん)源信房
@つくま江(へ)の底(そこ)の深(ふか)さをよそながら引(ひ)けるあやめの根(ね)にて知(し)るかな W522
△二番〈左持〉△△郭公△△△△△権左中弁藤資仲(すけなか)
@時鳥(ほとゝぎす)たゞ一声(ひとこゑ)に過(す)ぎぬればまた待(ま)つ人(ひと)になりぬべきかな W523
△△△右△△△△△左近(さこん)の中将(ちゆうじやう)源顕房
@うたゝねの夢(ゆめ)にや有(あ)るらん郭公又(また)とも聞(き)かで過(す)ぎぬなる哉 W524
△三番〈左勝〉△△早苗△△△△△蔵人(くらうど)修理(しゆり)の亮(すけ)藤惟綱隆資哥歟
@五月雨(さみだれ)に日は暮(く)れぬめり里(さと)遠(とを)み山田(やまだ)の早苗(さなへ)取(と)りも果(は)てぬに W525
△△△右△△△△少納言(せうなごん)源信房
@早乙女(さをとめ)の山田(やまだ)の代(しろ)に下(お)り立(た)ちて急(いそ)げや早苗(さなへ)室(むろ)のはや早稲(わせ) W526
△四番〈左持〉△△祝△△△△△式部(しきぶ)の大輔(たいふ)藤国成朝臣(あそん)
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@秋(あき)の空(そら)出(い)づる月日のさやかにも万世すめる雲(くも)の上(うへ)かな W527
△△△右△△△△△右近中将(ちゆうじやう)源資綱朝臣(あそん)
@春日山(かすがやま)枝さし添(そ)ふる松(まつ)の葉(は)ゝ君が千歳(ちとせ)の数(かず)にぞ有りける W528
△五番〈左勝〉△△恋△△△△△さがみ
@恨(うら)み侘び干(ほ)さぬ袖だに有る物を恋に朽(く)ちなん名(な)社惜しけれ W529
△△△右△△△△△右近少将(せうしやう)源経俊朝臣(あそん)
@下(した)もゆる歎(なげ)きをだにも知(し)らせばや焼火神(たくひのかみ)の験(しるし)計(ばか)りに W530
いとおかしくて過(す)ぎぬ。皇后宮(くわうごうぐう)の御せうとの若君(わかぎみ)とておはしましつる。御元服せさせ給(たま)ふ。五月に、こまくらべの行幸(ぎやうがう)あるべしなどいふ程(ほど)に、俄(にはか)に三条(さんでう)殿(どの)うせさせ給(たま)ひぬ。日頃(ひごろ)悩(なや)み渡(わた)らせ給(たま)ひけるぞ、あさましくあはれなる御ことなりや。皇后宮(くわうごうぐう)そのよさり出(い)でさせ給(たま)ひぬ。いみじう思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。此(こ)の頃(ごろ)は、内(うち)は冷泉(れいぜい)の院(ゐん)にぞおはします。御葬送(さうそう)の程(ほど)の事(こと)共(ども)などいみじう。かかるにつけても、殿(との)の思(おぼ)し召(め)し掟(おき)てさせ給(たま)ふ程(ほど)めでたし。御四十九日はてぬれば、宮(みや)いらせ給(たま)ひぬ。哀(あは)れに恋(こひ)しう思(おも)ひいで聞(き)こえさせ給(たま)ふ。その年(とし)の七月に、内(うち)の御(お)前(まへ)御わらはやみのやうにせさせ
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給(たま)ひて、いといたく煩(わづら)はせ給(たま)ふ。七月ふたつある年(とし)にて、あつさゝへいとわりなし。御法・御読経などあるべき限(かぎ)りなり。殿(との)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、まかてさせ給(たま)ふこともなくておはします。御もののけどもうつりて、様々(さまざま)のなのりし、左大臣(さだいじん)殿(どの)・冷泉(れいぜい)の院(ゐん)など、うちつけことする御もののけあり。いはかみとてかくて候(さぶら)へば、 候(さぶら)ひにくきとて、常(つね)に出(い)で来(き)ののしる。かくのみおはしませば、高陽院(かやうゐん)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひなんとすること、廿日とさだまりぬ。十六七日よりよろしくならせ給(たま)ひぬ。かやうの御有様(ありさま)は、いかでかはよりつき参(まゐ)らせんとおもへど、誠(まこと)にやありけん、よろしくならせ給(たま)ひぬ。廿日御さうぞくすくよかにいとうるはしくて渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。いとあさまし。その夜中宮(ちゆうぐう)渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。皇后宮(くわうごうぐう・女御(にようご)殿(どの)二三日ばかりありていらせ給(たま)ひぬ。高陽院(かやうゐん)殿(どの)の有様(ありさま)、いとおもしろくおかし。西(にし)の対(たい)を例(れい)の清涼殿(せいりやうでん)にて、寝殿(しんでん)を南殿などにて、こ寝殿(しんでん)とて、又(また)いとおかしくてさしならび。やまはまとの奥山(おくやま)と見(み)え、
滝木暗(こぐら)き中より落(お)ち、池の面(おもて)遥(はるか)に澄(す)み渡(わた)り、左右の釣(つり)殿(どの)などなへてならずおかし。あきふかくなるまゝに、紅葉(もみぢ)のうすきこきもにしきをひけるやうなり。今年(ことし)の夏(なつ)、鷹司(たかつかさ)殿(どの)の上(うへ)うせさせ給(たま)ひたれば、五節(ごせつ)など何(なに)のはへなくて過(す)ぎぬ。臨時(りんじ)の祭(まつり)ぞ、中宮(ちゆうぐう)のぼらせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ずる。衣(きぬ)などもうち出(い)でず、例(れい)のやうにもなし。朔日(ついたち)の有様(ありさま)など、例(れい)の作法(さほふ)なり。あさましきことは、正月八日またやけぬ。冷泉(れいぜい)の院(ゐん)に、
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内・中宮(ちゆうぐう)と渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。皇后宮(くわうごうぐう)は、承香殿と思(おぼ)しきにおはします。中宮(ちゆうぐう)は上(うへ)の御局(つぼね)におはします。かくたひにおはします程(ほど)は、殿(との)・殿上人(てんじやうびと)・近衛司(このゑづかさ)はやなぐひおひたるもいとおかし。かくのみあるをあさましと思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。これより三月十余(よ)日に、四条(しでう)の宮(みや)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。狭(せば)く熱(あつ)かはしき心地(ここち)す。北対をめんたうあけて、にしには中宮(ちゆうぐう)、そなたのらうかけておはします。東(ひんがし)には皇后宮(くわうごうぐう)おはします。相撲(すまひ)なども、涼清殿にて中宮(ちゆうぐう)は御覧(ごらん)ず。儀式(ぎしき)有様(ありさま)さるかたに三(み)所(ところ)あり。はだかなるすがたとものなみたちたるぞ、うとましかりける。御(お)前(まへ)につゝみかきて、月日やまなどありけり。女房(にようばう)誰(たれ)にか、
@なみの上(うへ)いけのつゝみはたかくとも月日にいかで近(ちか)くなるらん W531
とよみけり。皇后宮(くわうごうぐう)は、東(ひんがし)なる屋にて御覧(ごらん)ず。かくて、九月に京極(きやうごく)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。師走(しはす)の八日またやけぬ。あまりになりぬることは、いふべきかたぞなかりける。内(うち)は、民部卿(みんぶきやう)の三条(さんでう)に、女院(にようゐん)もおはしますに、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。中宮(ちゆうぐう)は、権大夫(ごんだいぶ)のおほいの御門(みかど)に、皇后宮(くわうごうぐう)は殿(との)に出(い)でさせ給(たま)ひぬ。一条(いちでう)の院(ゐん)に冷泉(れいぜい)の院(ゐん)うつしつくらせ給(たま)ひて、さわたり、同(おな)じ月の廿七日。東(ひんがし)には皇后(くわうごう)、きたの藤壺(ふぢつぼ)と思(おぼ)しきには宮(ちゆうぐう)、にしの南(みなみ)によりて、女御(にようご)殿(どの)などおはします。世(よ)の中(なか)かくもの騒(さわ)がしきやうにて過(す)ぎぬ。皇后宮(くわうごうぐう)つねに御もののけに悩(なや)ませ給(たま)ふ。残(のこ)るなし。殿(との)の少将(せうしやう)殿(どの)、臨時(りんじ)の祭(まつり)舞人(まひびと)せさせ給(たま)ふ。いみじう
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美(うつく)しうてまはせ給(たま)ふに、たゞうち見(み)奉(たてまつ)る人(ひと)だに涙(なみだ)ぐまるゝに、殿(との)はまして三条(さんでう)殿(どの)のやうにおはしますを、見(み)奉(たてまつ)り給(たま)はぬ、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。昔(むかし)いかなりしにか、みすの内(うち)にて女房(にようばう)の中にて御覧(ごらん)じき。内(うち)の御心(こころ)いとおかしうなよひかにおはしまし、人(ひと)をすさめさせ給(たま)はず、めでたくおはします。折(をり)<には御あそび、月のよ・はなの折(をり)過(す)ぐさせ給(たま)はず。おかしき御ときなり。べんの乳母(めのと)おかしうおはする人(ひと)にて、思(おぼ)したてならはし申(まう)し給(たま)へりけるにや。また一条(いちでう)の院(ゐん)やけにしかば、高陽院(かやうゐん)殿(どの)を内定につくらせ給(たま)ひて、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。うちつくらせ給(たま)へれど、さるべき折(をり)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。此(こ)の頃(ごろ殿(との)の少将(せうしやう)殿(どの)は、中納言(ちゆうなごん)中将(ちゆうじやう)にてものせさせ給(たま)ふ。またきよりいろにおはしまして、忍(しの)びありきいみじうせさせ給(たま)ふ。皇后宮(くわうごうぐう)の小少将(せうしやう)といふ人(ひと)唯(ただ)ならずなりて、男君(をとこぎみ)産(う)み奉(たてまつ)りたれば、始(はじ)めたる御こにて、殿(との)聞(き)こし召(め)して、産養(うぶやしなひ)せさせ給(たま)ふ。心(こころ)異(こと)にもてなさせ給(たま)ひて、若君(わかぎみ)なども御覧(ごらん)じけり。まとや右大(おほ)殿(との)はつゐに殿(との)の斎宮におはしましそめぬ。ねひさせ給(たま)へれと、志(こころざし)あさからでおはします。上(うへ)はうせさせ給(たま)ひにしなり。上たうもんゐんは、東宮(とうぐう)に斎院(さいゐん)参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてき。その程(ほど)の御有様(ありさま)、殿(との)たちゐ扱(あつか)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。右大(おほ)殿(との)・内(うち)大(おほ)殿(との)、みな同(おな)じ心(こころ)に参(まゐ)りつかうまつらせ給(たま)ふ。こゐんの御事を疎(おろ)かならずおぼすなるべし。東宮(とうぐう)大夫の滋野井(しげのゐ)の女御(にようご)殿(どの)、男(をとこ)御(み)子(こ)ひとゝころ、女(をんな)宮(みや)。三(み)所(ところ)四(よ)所(ところ)おはしまして、
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いと頼(たの)もしくめでたく見(み)えさせ給(たま)ふ。内(うち)辺(わた)りの御有様(ありさま)、いとのどやかに、あるべき程(ほど)にておはします。中宮(ちゆうぐう)いとめでた、昔(むかし)より内(うち)辺(わた)りにおはしましなれ、人々(ひとびと)ももてつけ安(やす)くおはします。内(うち)にも、この御方(かた)の御ことをばやんごとなく心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。皇后宮(くわうごうぐう)にもよき女房(にようばう)参(まゐ)りあつまり、はな<とめでたくおはします。御おほえもときよにしたがふのみにあらず、いみじうおはします。小一条(こいちでう)院(ゐん)の左大殿(との)の御はらの姫宮(ひめみや)も参(まゐ)らせ給(たま)へり。いまの人(ひと)は宮仕(みやづか)へし給(たま)はぬなけれど、これぞいとあさまし。関白(くわんばく)殿(どの)の御むすめ・太政(だいじやう)大臣(だいじん)のなどは、こ中宮(ちゆうぐう)にも皇太后宮(くわうだいこうくう)にも候(さぶら)ひ給(たま)ひき。花山(くわさん)の院(ゐん)御むすめぞ女院(にようゐん)に候(さぶら)ひ給(たま)ひしかど、それは御乳母(めのと)このはらにてもよろしかりき。これはいとやむごとなく、かかるたぐひはまたなかりつることなるに、女御殿いと重(おも)りかに故(ゆへ)<しくておはします。五節に、女房(にようばう)、むめどもに、 濃(こ)き打(う)ちたる、青摺(あをずり)の裳(も)・唐衣(からぎぬ)など著(き)させ給(たま)へり。はしたもの・女房(にようばう)の局(つぼね)の人(ひと)など、おかしくしたてつゝ、くつすりありく。四条(しでう)大納言(だいなごん)のなごりおかしく、ゆへある御方(かた)と人(ひと)おもへり。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)は、あまにならせ給(たま)ひて、いとたうとく行(おこな)はせ給(たま)ふ。御くとくのこと残(のこ)させ給(たま)ふことなし。この世(よ)のことを思(おぼ)し召(め)さぬには、后(きさき)の位(くらゐ)を何(なに)とか思(おぼ)し召(め)さん。唯(ただ)の人(ひと)だに、まとふ心(こころ)をみんには、心(こころ)とまるべきにもあらず。ましてさばかりの御心(こころ)に、世をあだにのみ思(おぼ)し召(め)さんには、九ほんの御のぞみ
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こそふかくは思(おぼ)し召(め)さるべけれ。殿(との)の大納言(だいなごん)五節(ごせつ)いたさせ給(たま)ふ。皇宮の女房(にようばう)、中臈・下のきたなげなきともをいださせ給(たま)ふ。われはとおもふきはのはいださせ給(たま)はず。装束・有様(ありさま)いふかたなし。この御ときにはせいありて、きぬいつゝなどあれど、きびしからねば、さるべき所々(ところどころ)にはいみじくせさせ給(たま)ふ。後一条(ごいちでう)院(ゐん)の御ときこそはかかりしが、女房(にようばう)・わらは・下仕(しもづかへ)の装束、人々(ひとびと)あたりて、心(こころ)をつくすとも疎(おろ)かなり。中宮(ちゆうぐう)よりわらはの装束奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。くれなゐのうちたるに、きくのふたへもんの、その折枝(をりえだ)をりたるあこめ、蘓芳のかさみ、りんたうの上(うへ)の袴(はかま)みなふたへもんなり。うちたる袴(はかま)など、例(れい)のことなり。るりをもんにをしなど、いみじうつくされたり。世(よ)の中(なか)珍(めづら)しき五節(ごせつ)の有様(ありさま)なり。わらはなどもひとの程(ほど)ことなるをえらせ給(たま)へり。この御ときはおかしきことおほく御心(こころ)やりてなんおはしましける。御心(こころ)ばへめでたくなだらかにおかしくおはします。中宮(ちゆうぐう)幼(をさな)くより限(かぎ)りなき御志(こころざし)にて、人(ひと)の御程(ほど)、女院(にようゐん)の同(おな)じことをおしたて奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。様々(さまざま)に疎(おろ)かならず忝(かたじけな)く、心(こころ)苦(ぐる)しく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、御かたがた参(まゐ)らせ給(たま)へれど、更(さら)に御覧(ごらん)じいれず、ものしき御けしきにもあらず、よそのことに思(おぼ)し召(め)して、あてにけたかく、聞(き)こし召(め)しいるゝ御けしきにもあらねば、いとど哀(あは)れにありがたく思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)ひて、何事(なにごと)もまつと、この御方(かた)の御(おん)中(なか)をば思(おぼ)し召(め)したり。皇后宮(くわうごうぐう)、さらぬだに殿(との)思(おぼ)し召(め)さん所(ところ)あれは、疎(おろ)かにもてなし
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聞(き)こえさせ給(たま)ふべきにあらぬを、御志(こころざし)あさからず、いとめでたし。御心(こころ)ばへもあらぬ所(ところ)なくめでたくおはしますべし。女房(にようばう)などもはな<”とおかしう、はかなきこともゆへ<しう、女房(にようばう)のなからひにもおかしきこと多(おほ)かり。女御(にようご)殿(どの)も、いとしめやかに心(こころ)にくゝて候(さぶら)はせ給(たま)ふ。かくかたがたに御心(こころ)のいとまなきやうなれど、なだらかにもてなしつゝおはします。のぼらせ給(たま)へど、とみにものぼらせ給(たま)はず。かくかたがたに心(こころ)やましき世(よ)の中(なか)を思(おぼ)し召(め)したらせ給(たま)ひて、やすらかならぬ御もてなしおかしうなんありける。右のおほい殿(どの)の大納言(だいなごん)は、高松(たかまつ)殿(どの)の御むこにならせ給(たま)ひにしかば、やまの井大納言(だいなごん)と聞(き)こえさす。上(うへ)は小一条(こいちでう)院(ゐん)の姫宮(ひめみや)におはします。あてにあへかにめでたくおはします。殿(との)の御ゆくゑもしらせ給(たま)はず、さるべき所(ところ)ありかせ給(たま)ふにも、つゆの御けしきももらさせ給(たま)はずなどぞものせさせ給(たま)へば、御乳母(めのと)達(たち)などは、あまりにおはしますとて聞(き)こえさせけれど、かけてもかく申す人(ひと)をばものしきものに思(おぼ)し宣(のたま)はす。さりとて疎(おろ)かなる御心(こころ)にもあらず、忝(かたじけな)く疎(おろ)かならぬものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、さるべき宮仕(みやづか)へ人(びと)などのもとにおはしませど、よるなどとまらせ給(たま)ふ。心(こころ)のどかに同(おな)じ所(ところ)へなどおはしますことなし。源大納言(だいなごん)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)を、幼(をさな)くおはしましゝよりし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、かしづき奉(たまつ)らせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)し召(め)しけれど、斎院(さいゐん)やんごとなくておはします、東宮(とうぐう)大夫殿(どの)の女御(にようご)殿(どの)
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御(み)子(こ)たち数多(あまた)が御おやにて、御志(こころざし)も疎(おろ)かならで候(さぶら)はせ給(たま)へば、様々(さまざま)ひまなき世(よ)に、中々(なかなか)心(こころ)づくしに見(み)ゆることをと思(おぼ)して、殿(との)の大納言(だいなごん)殿(どの)をおはしまさせ給(たま)ふ。儀式(ぎしき)有様(ありさま)世(よ)のつねならず。三月廿日の程(ほど)なり。こきうすきふたつづゝうら上(うへ)のいろなる十二、くれなゐのうちたる、萌黄(もえぎ)の織物(おりもの)の表着(うはぎ)、蘇芳の唐衣(からぎぬ)などなり。日ごとにかへて、三日の程(ほど)いとめでたし。四月十日あらはれさせ給(たま)ふ。なでしこに、こきうちたる、すわうの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、あをくちばの唐衣(からぎぬ)などあれど、心(こころ)<に、菖蒲・楝(あふち)など、折(をり)にあはせたる色々(いろいろ)をつくして、ふたへ織物(おりもの)・うちもの・織物(おりもの)など、様々(さまざま)につくしたり。高松(たかまつ)には、ひきつゞきもの御覧(ごらん)ずるもいとめでたし。女房(にようばう)車(ぐるま)のりこほれて、ことなりて所(ところ)もなきに、よそほしく華(はな)やかにて、もとよりある車(くるま)どもをしけちて、たちならび御覧(ごらん)ずる、清少納言(せうなごん)がいひたるやうにめでたしと見(み)ゆ。そのまたの年(とし)、内大臣(ないだいじん)にならせ給(たま)ひぬ。殿(との)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)にならせ給(たま)ひて、右大殿(との)左に、内(うち)大(おほ)殿(との)右に、次々(つぎつぎ)なりあがらせ給(たま)ふ。御よろこびの程(ほど)など、いみじうめでたし。また五節(ごせつ)いたさせ給(たま)ふ。この度(たび)はたゞいとうるはしくて、一日は紅梅(こうばい)に、りうたんのうちたる、りんたんに、紅梅(こうばい)のうちたるなどなり。殿(との)の御有様(ありさま)の、いとのどやかにはへかしげに清(きよ)げにものせさせ給(たま)ふに、御心(こころ)ばへさへあかぬことなく、御さえなどおはしまし、万(よろづ)にすぐれさせ給(たま)へるを、ゑいぐわのかみの巻には、殿(との)の御(み)子(こ)
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おはしまさずと申(まう)したるに、かく様々(さまざま)とめでたく、世(よ)の固(かた)めとならせ給(たま)ふべき一の人(ひと)たちいでおはしましけるものを。いろめかしくあだにおはしますも、若(わか)き折(をり)にさものせさせ給(たま)はぬ人(ひと)やはある。さればこそ、おかしくなまめかしきこともいでくれ。いとうるはしきは、すさましく、すくよかなりかし。内(うち)の上(うへ)も、いとたをやかにおかしくおはします。東宮(とうぐう)は、うるはしくきびしきやうにおはしませど、さえおはしまし、うたのじやうずにおはします。女房(にようばう)なども御覧(ごらん)じ放(はな)たず。近江(あふみ)のかみさつねのきみのむすめ候(さぶら)ひけるも、男(をとこ)御(み)子(こ)産(う)み奉(たてまつ)りたりける。四五にてうせ給(たま)ひにき。いせが心地(ここち)ぞしける。内(うち)大殿(との)に大饗あり。女房(にようばう)、色々(いろいろ)に、萌黄(もえぎ)のふたへもんの表着(うはぎ)、葡萄染(えびぞめ)のふたへもんの唐衣(からぎぬ)など打(うち)出(い)でたり。さらぬ女房(にようばう)も四十人(にん)ばかり、心(こころ)ごゝろにさうぞき参(まゐ)りあつまれり。内(うち)には、三日に、さくらのえんなど言(い)ひて過(す)ぎぬ。五月には、むまは殿にてこまくらべせさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)渡(わた)らせ給(たま)ひて御覧(ごらん)じなど、いとめでたし。まとゐなど騒(さわ)がしうて過(す)ぎぬ。九月十三日、月の世(よ)の常(つね)ならぬに、御あそびあり。二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)さうのこと、もろかたのべんわごん、まさながの少将(せうしやう)ふえなど、いとおかし。夜ふくるまゝに、月すみのぼり、やりみづの例(れい)よりはひろく流(なが)れたる、いとおかし。内(うち)大(おほ)殿(との)、御年(とし)の程(ほど)よりもいとのどやかに、大人(おとな)しく、恥(は)づかしげにものせさせ給(たま)ふ。御ざえなどもおはしまし、さるべき折(をり)<の公(おほやけ)ごとなどにも、年(とし)大人(おとな)び給(たま)へる人(ひと)だに自(おの)づからあやまり
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給(たま)ふこともあるに、事(こと)の作法(さほふ)などめでたくめ安(やす)くせさせ給(たま)ふとて、大人(おとな)び給(たま)へる上達部(かんだちめ)などめで申(まう)し給(たま)ふ。御かたちいと清(きよ)げにけだかき御有様(ありさま)なり。俊家(としいへ)の二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)、いと華(はな)やかに清(きよ)げに、かたち人(ひと)と見(み)え給(たま)へり。堀河(ほりかは)の右の大(おほ)殿(との)こそは、かたちのなとり給(たま)へりしかば、この殿(との)原(ばら)もみないとよくものし給(たま)ふなるべし。内(うち)大(おほ)殿(との)、
@冬(ふゆ)ならでさやけき月にたきつせは音はせね共こほりしにけり W532。
二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)〈俊家(としいへ)〉
@すむみづにさやけきかけのうつれはやこよひの月の何(なに)なかるらん W533。
中納言(ちゆうなごん)〈よしなが〉
@ちよまでにすむべき水のなかれには月ものどけくやどるなりけり W534
@いはまよりなかるゝみづの月かけのうつれるさへそさやけかりける W535。
例(れい)の残(のこ)りは留(とど)めつ。流(なが)れてはやき月日にて過(す)ぎもてゆけば、五節(ごせつ)に、中宮(ちゆうぐう)の女房(にようばう)、むめけいせちをふぐんでといふ詩をさうぞきたり。むめの織物(おりもの)かうぞめ、紅梅(こうばい)のくれなゐににほひたるなどなり。みどりのもんをゝひたりとて、したるみどりのきぬきたり。殿上人(てんじやうびと)すんしなどしていとおかし。唐衣(からぎぬ)のひもなどにやがてこのしをむすびたり。やへ紅梅(こうばい)の唐きぬなど色々(いろいろ)におかし。臨時(りんじ)の祭(まつり)のぼらせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ず。皇后宮(くわうごうぐう)は、しもの御局(つぼね)なるにも御覧(ごらん)ず。
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清涼殿(せいりやうでん)のやうにちかければ、やがて御せんのことも見(み)ゆればなるべし。拝礼は、正月には、中宮(ちゆうぐう)・皇后宮(くわうごうぐう)かはり<に。年(とし)をかへつゝなん大饗はありける。皇后宮(くわうごうぐう)うたあはせせさせ給(たま)ふ。左春右秋なり、装束(しやうぞく)も、やがてその折(をり)にしたがひつゝぞしたりける。正月なり。その日になりて、、左の人々(ひとびと)、はるの色々(いろいろ)ををりつくしたり。品々(しなじな)の紅梅(こうばい)どもに、くれなゐのうちたる、萌黄(もえぎ)のまたゑもんの紅梅(こうばい)のさうかんの唐衣(からぎぬ)、薄色(うすいろ)のふたへもん、はゝき、まつのは重(かさ)ね、あをきうちたる、同(おな)じいろのふたへもんにまつのえだをりたる、唐衣(からぎぬ)はぢはしろくてもんはあをきさうかんのふたへもんの唐衣(からぎぬ)。あはち、むめのみへ織物(おりもの)の表着(うはぎ)、みなうちたり。くれなゐのうちたる、むめのふたへもんの唐衣(からぎぬ)。たじまざくらの織物(おりもの)ども、くれなゐのうちたる、さくらの表着(うはぎ)、かばざくらのふたへもんの唐衣(からぎぬ)、むめのふたへもんのも。内侍(ないし)のむすめ、うらやまぶきどもみつにて、ひとへどもみなうちたり。萌黄(もえぎ)のうちたる、やまぶきのふたへもんの表着(うはぎ)、同(おな)じいろのむもんの唐衣(からぎぬ)。いま五人(にん)みなこのひさしにゐわかれたり。式部(しきぶ)のめうぶ、つゝじどもに、萌黄(もえぎ)のふせむれうの唐衣(からぎぬ)。源式部(しきぶ)、ふぢどもに、くれなゐのうちたる、ふたあひのふたへもんの表着(うはぎ)、いとゆふのも・唐衣(からぎぬ)。新少納言(せうなごん)、同(おな)じふぢのにほひに、くれなゐのうちたる、ふぢのふたへもんの表着(うはぎ)、同(おな)じいろのむもんの唐衣(からぎぬ)。いけのふぢなみ唐衣(からぎぬ)にはさきかかりけるを、哥絵にいとおかしくかきたり。むすめ、やまぶきをうちて、やまぶきの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、いとゆふのも・唐衣(からぎぬ)。内大臣(ないだいじん)殿(どの)の御乳母(めのと)、やなぎどもに、くれなゐのうちたる、やなぎのふたへもん
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の表着(うはぎ)、裳(も)・唐衣(からぎぬ)も同(おな)じことなり。近江(あふみ)の三位、紅梅(こうばい)のうすきをみなうちて、表着(うはぎ)・裳(も)・唐衣(からぎぬ)みなふたへもん、御帳のそはのかたに参(まゐ)りて候(さぶら)ひ給(たま)ふ。内侍(ないし)こと<”しからぬうす紅梅(こうばい)どもに、あかいろの唐衣(からぎぬ)。小式部(しきぶ)、むめのにほひに、こきうちたる、紅梅(こうばい)の表着(うはぎ)、萌黄(もえぎ)の唐衣(からぎぬ)、薄色(うすいろ)の裳(も)なり。右十人(にん)は、ひんかし面(おもて)に南(みなみ)のとぐちに。居(ゐ)並(な)み、色々(いろいろ)をみなうちて、あをき織物(おりもの)に色々(いろいろ)の紅葉(もみぢ)をみなをりつくしたる。蘇芳のふたへもん、ふせんれうの唐衣(からぎぬ)。出雲、したき同(おな)じ紅葉(もみぢ)をうちて、表着(うはぎ)はあかぢにしき、うすあをのふたへもんの唐衣(からぎぬ)、袴(はかま)も同(おな)じ紅葉(もみぢ)のうちたる、表着(うはぎ)もしろき。土佐、これも同(おな)じ紅葉(もみぢ)のうちたる、かうぞめのふたへもんの表着(うはぎ)、あきのはなの色々(いろいろ)をつくしたり。紅葉(もみぢ)のうすきこき、ふたへもんの裳(も)・唐衣(からぎぬ)、表着(うはぎ)おほゐがはのみづの流(なが)れに、すはまをかゞみにて、はなの色々(いろいろ)のかげ見(み)ゆ。袴(はかま)はとなせのたきのみなかみしも、紅葉(もみぢ)のちりかひたる、いとおかし。三日月のかたにかゞみをして、みどりのうすものの表着(うはぎ)、涙(なみだ)かたをむすびかけたり。はなの色々(いろいろ)にしきのきぬは、うらみなうちたり。さうかんのみどりの裳(も)、こんるりの唐衣(からぎぬ)、これもおほゐかはをうつしたり。みなおきくちして、袴(はかま)同(おな)じいつへのうちたる、上(うへ)にふたへもんの表着(うはぎ)。ちくぜん、同(おな)じ紅葉(もみぢ)のうちたる、上(うへ)にきなるふたへもんの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、むもんのくちばの唐衣(からぎぬ)、あきののををりつくしたり。袴(はかま)同(おな)じさまなり。いま五人(にん)は、きつれ色々(いろいろ)なり。遠江、みな上(うへ)はしろきうらを色々(いろいろ)うつろはして、くれなゐのうちたるに、しろき織物(おりもの)の表着(うはぎ)、をみなへし
P2463
の唐衣(からぎぬ)、すゝきの裳(も)。侍従(じじゆう)、上(うへ)はうすき蘇芳、裏は色々(いろいろ)うつろはしたるくれなゐの内(うち)に、すわうの織物(おりもの)の表着(うはぎ)、をみなへしの唐衣(からぎぬ)、はぎの裳(も)、袴(はかま)、いづれも同(おな)じことうちたり。下野、きくの織物(おりもの)どもに、くれなゐのうちたる、すわうの唐衣(からぎぬ)、むらさきのすそごの裳(も)、かがみにあしてにたまをつらぬきかけ、ゑかきなどしたり。袴(はかま)、ふたあひの表着(うはぎ)。平(へい)少納言(せうなごん)、きくのうつろひたるに、ふたあひの表着(うはぎ)、さうしのかたにて、むらごのいとしてたまをあけまきにむすびて、後撰(ごせん)・こきんとおれり。くろきいとして、左も右もそのいろのはなどもをつくりて、上(うへ)にをしたり。右はわたいれず。紅葉(もみぢ)の人(ひと)たち、瑠璃(るり)をのべたる扇(あふぎ)どもをさし隠(かく)したり。挿櫛(さしぐし)に物忌(ものいみ)、糸(いと)して紅葉(もみぢ)・菊(きく)にて付(つ)けたり。美濃(みの)ゝ君、唐衣(からぎぬ)に金(かね)を延(の)べて、ものあはれふるゝしといふうたをもすりたり。左の人々(ひとびと)ひあふぎどもなり。きぬにはみなわたいれたれど、表着(うはぎ)・裳(も)・唐衣(からぎぬ)は冬(ふゆ)のにてなんありける。右には桜人(さくらうど)といふ事を銀(しろがね)の洲浜(すはま)にて、歌(うた)書(か)くものは冊子(さうし)十帖(でふ)、銀(しろがね)・黄金(こがね)・浮線綾(ふせんれう)・眼(ざうがん)を尽(つく)して、二づゝ銀(しろがね)・黄金(こがね)の糸(いと)を文(もん)に結(むす)びて玉(たま)を文(もん)に据(す)ゑたり。うたかくべきさうしどもに、このだいの心(こころ)ばへを、男(をとこ)ゑ・女(をんな)ゑとかきたるに、かねゆきぞうたはかきたる、うたをむねとしたることに、など悪(わろ)きものにかかすべき。ゑかきいみじきものにかくべきなり、左の人々(ひとびと)もどきけり。員指(かずさし)はつるをまつにすませたり。うたはまきもの二にて、黄金(こがね)の表紙(へうし)、玉(たま)を貫(つらぬ)きて紐(ひも)にしたり。絵(ゑ)はこれも題(だい)に従(したが)ひて書(か)き
P2464
たり。つねたうの中納言(ちゆうなごん)ごん大夫のはゝ北(きた)の方(かた)書給(たま)へり。九十余(よ)の人(ひと)の、さばかりぬり固(かた)めかきたるゑに、つゆもすみかれせずかき固(かた)め給(たま)へる。あさましうめでたし。員指(かずさし)は七月七日の七夕祭(まつり)のかた、こまにいみじうつくりたり。左の方人左大臣(さだいじん)殿(どの)、右の方人にてものし給(たま)ふ右の大(おほ)殿(との)定(さだ)め給(たま)ふ。左の大(おほ)殿(との)おはします。員指(かずさし)は俊家(としいへ)の二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)のこ。太郎二郎二人(ふたり)ながらひつらゆひておはす。殿上の人々(ひとびと)、左には、源大納言(だいなごん)の頭中将(ちゆうじやう)、右にはやがてしうとのたかとし頭中将(ちゆうじやう)。源の中将(ちゆうじやう)は人(ひと)にかへさるべくもあらずうたのよさあしさを定(さだ)め、いと美(うつく)しうぞものし給(たま)ひし。古(ふる)きことにはとこそあれかくこそあれと右のとうをよくいひをひをとし給(たま)へば、あはれきゝ給(たま)へるくちかなと、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)ほめ申(まう)し給(たま)ふ。左には内(うち)の御せいありけり。こなたこなたをとらじと定(さだ)め給(たま)ふ。民部卿(みんぶきやう)・右の大(おほ)殿(との)・中宮(ちゆうぐう)の亮(すけ)かねふさなどいひ定(さだ)めさせ給(たま)ふ。されど御せいありときゝて、いづれとしらねばいたくもえいひかへさぬ。いさかひするやうなりしこそおかしかりしが、△右△△△△△△△△△△△△内(うち)の式部(しきぶ)命婦(みやうぶ)
@春たてはまつ諸人(もろびと)も引つれて万世ふべき宿にこそくれ W536
△右八月十五夜月伊勢大輔(たいふ)
@曇なき空の鏡と見(み)ゆる哉秋(あき)のよなかくてらす月影 W537
P2465
△左〈勝〉△△春日(かすが)の祭△△△△△△△△△範永
@今日(けふ)祭(まつ)る春日(かすが)の山(やま)の神ませば天(あめ)の下(した)には君(きみ)ぞ栄(さか)へん W538
△右△△七夕まつる△△△△△△△土佐
@万代(よろづよ)に君そみるべき七夕のゆきあひの空を雲(くも)の上にて W539
△左〈勝〉△△さくら△△△△△△△△△右大臣(うだいじん)殿(どの)
@春雨にぬれてかへらん桜花雲(くも)のかへしの嵐もそふく W540
△右△△こまむかへ△△△△△△△下野
@引(ひ)く駒(こまの数(かず)より外(ほか)に見(み)えつるは関(せき)の清水(しみづ)の影(かげ)にぞ有りける W541
△左△△うぐひす△△△△△△△△宮大夫〈隆国〉
@山里のかきねに春やしるからんかすまぬさきに鴬の鳴(な)く W542
△右△△はぎ△△△△△△△△△△美濃
@折(をり)やせんおらてやみまし秋(あき)萩(はぎ)に露(つゆ)も心(こころ)をかけぬ日そなき W543
△左〈勝〉△△子日△△△△△△△△△△頭中将(ちゆうじやう)
@いづれをかわきてひかまし春日野(かすがの)のなへてちとせの松(まつ)の緑を W544
△右△△鴈△△△△△△△△△△△伊勢大輔(たいふ)
@こよ深く旅の浦にて鳴(な)く鴈はをのが羽風(はかぜ)や夜寒(よさむ)成るらん W545
P2466
△左〈持〉△△むめ△△△△△△△△△△さがみ
@岩間もる水にぞやとる梅(うめ)の花梢はかせのうしろめたさに W546
△右△△をやまた△△△△△△△△伊勢大夫
@秋(あき)のよの山田の庵はいなつまの光のみこそもり明(あ)かしけれ W547
△左△△あをやき△△△△△△△△宮内侍(ないし)
@皆(みな)人(ひと)の心(こころ)に懸けてくるものは岸になみよる青柳のいと W548
△右〈勝〉△△紅葉(もみぢ)△△△△△△△△△民部卿(みんぶきやう)
@大ゐ川たきつせもなくあきふかみ紅葉(もみぢ)の渕と成りにける哉 W549
△左△△残雪△△△△△△△△△△但馬
@花ならておらまほしきは難波江の芦のわかはにふれる白雪 W550
△右△△きく△△△△△△△△△△民部卿(みんぶきやう)
@紫のまたあかさりし二葉にもきくに心(こころ)は染てしものを W551
△左〈勝〉△△祝△△△△△△△△△△△内(うち)の御製〈源三位にかはらせ給(たま)へる〉
@長浜のまさこの数も何(なに)ならすつきせす見(み)ゆる君かみ代かな W552
△右△△△△△△△△△△△△太夫隆国
@住のえに生ひそふ松(まつ)の枝毎に君(きみ)が千歳(ちとせ)の数(かず)ぞ篭(こも)れる W553
などぞ有りける。
P2467
あけゆけばことはてゝ、大臣・大納言(だいなごん)・次々(つぎつぎ)の人々(ひとびと)、ものかつぎてまかて給(たま)ふ。織物(おりもの)のも・唐衣(からぎぬ)・ほそなか・唯(ただ)の御衣(ぞ)共(ども)などかつき給ふ。いひつくすべくもあらずなむ。世(よ)の中(なか)のゆきかはり、人(ひと)の御さいはひなど、昔(むかし)物語(ものがたり)のやうなる事(こと)共(ども)あるを、幼(をさな)き人(ひと)などにもかかることこそはあれどもみせんとてかきとどむれば、近(ちか)きほとのことは中<忘(わす)れ、年(とし)月の程(ほど)もたがひてぞ。殿(との)の大納言(だいなごん)大臣にならせ給(たま)ひにきなどいひたれど、このうたあはせには中将(ちゆうじやう)にておはしましゝ程(ほど)なりけり。人(ひと)のせよといふことにもあらず、ものしらぬ、人(ひと)のもどき、心(こころ)やましくも思(おぼ)しぬべきことなれど、何(なに)のかき留(とど)めまほしきにか。過(す)ぎにしこともいまのこともしどけなし。かく所々(ところどころ)にかきとどむるは、唯(ただ)なるよりは人(ひと)にももどかれむとなるべし。



栄花物語詳解巻三十七


P2471
〔栄花物語巻第三十七〕 煙(けぶり)の後(のち)
七月七日、中宮(ちゆうぐう)の御(お)前(まへ)に前栽(せんざい)にむらごのいとをひきて、色々(いろいろ)のたまをつらぬきたり。よしみん人(ひと)はと、御門(みかど)のよませ給(たま)ひけんは、かく思(おも)ひより給(たま)ふ人(ひと)のなかりけるにや。女房(にようばう)、
@白露(しらつゆ)も玉(たま)をみかきてちよふべきあきの宮(みや)にはつきせざりけり W554
@ゆきあひのそらよりをけるつゆなればことにたまをばみかくなりけり W555
@たなはたのいとにひかれてたまさかにかくきえ残(のこ)るつゆもありけり W556。
かくていと数多(あまた)ありけれと、あまりは何(なに)ゝかはとて留(とど)めつ。これはこよなきまつのことなり。せんたいをば後朱雀(ごすざく)の院(ゐん)とそ申すめる。そのゐむのたかくら殿(どの)の女四宮をこそは斎院(さいゐん)とは申すめれ。幼(をさな)くおはしませど、うたをめでたくよませ給(たま)ふ。候(さぶら)ふ人々(ひとびと)も、だいをいたしうたあはせをし、あさゆふに心(こころ)をやりて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。物語(ものがたり)あはせとて、いまあたらしくつくりて、ひだりみぎかたわきて、廿人(にん)あはせなどせさせ給(たま)ひて、いとおかしかりけり。明(あ)け暮(く)れ御(おん)心地(ここち)を悩(なや)ませ給(たま)ひて、はては御心(こころ)もたがはせ給(たま)ひて、いと恐(おそ)ろしきことを思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。一条(いちでう)の院(ゐん)
P2472
のやけにしことだにあるに、内裏・大極殿一夜(ひとよ)にやけぬ。いと<あさまし。これは天喜六年といふ。同(おな)じ二月廿三日のよ、御(み)堂(だう)やけぬ。さばかりめでたくおはします百躰の釈迦・百躰のくはんをん・あみだ・七仏やくしなどじやうろくの御仏(ほとけ)たち、ひの中にきらめきて立(た)たせ給(たま)へる、あさましく悲(かな)し。女院(にようゐん)の御仏(ほとけ)なども、めでたくいみじかりつるも、よの煙(けぶり)にてのぼらせ給(たま)ひぬる。猶(なほ)<いみじく悲(かな)し。誰(たれ)にかありけん、かくぞいひける、
@わかちけん煙(けぶり)ののちのかたみだになきよはまして悲(かな)しかりけり W557。
かくあさましきことのみ多(おほ)かれば、御心(こころ)の内(うち)にとのもあさましく思(おぼ)し召(め)して、斎院(さいゐん)おろし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、麗景殿(れいけいでん)の姫宮(ひめみや)ゐさせ給(たま)ひぬ。おりさせ給(たま)ひても、御(おん)心地(ここち)なをらせ給(たま)ふことなし。女御(にようご)殿(どの)も、斎院(さいゐん)に参(まゐ)りかよひておはします。梅壺(むめつぼ)女御(にようご)殿(どの)は、いとたうと行(おこな)ひておはします。月のかたぶくを御覧(ごらん)じて、
@急(いそ)がずばひかけを見(み)てぞ歎(なげ)かまし半(なか)ば過(す)ぎゆくわかみなりとて W558。
御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましく思(おぼ)し召(め)されけるころ、ひぐらしのなくに、
@明日(あす)までもきくべきものと思(おも)はねば今日(けふ)日暮(くら)しのこゑそ悲(かな)しき W559
など仰(おほ)せらるゝ、いとあはれなり。なごりなきさまにそむきはてさせ給(たま)ひておはしませば、いと哀(あは)れにとのも見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。またたぐひなくいみじきものに。幼(をさな)くより思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)ふを、かく
P2473
見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、いと哀(あは)れに口(くち)惜(を)しげなり。御(おん)心地(ここち)もやう<をこたらせ給(たま)へば、嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)さる。せめてながくとも、こと<”よりは思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)はざりけり。我なからんよに、あるよりはおとろへ、心(こころ)細(ぼそ)くやおぼされんと、うしろめたきあまりには、われよりのちはおはしまさでもありなむと思(おぼ)し召(め)しながら、めの前(まへ)にゆゝしからんことはみしと思(おぼ)し召(め)さるゝはいかゞはおはしますべからん。わりなき御(おん)心地(ここち)にぞ。源大納言(だいなごん)の御太郎きみは、新中納言(ちゆうなごん)としふさと聞(き)こゆる。かの朱雀(すざくの)院(ゐん)の二の宮(みや)は、前斎院(さいゐん)とて、皇太后宮(くわうだいこうくう)と一(ひと)つ所(ところ)におはしますに、御乳母(めのと)ごをかたらひて、忍(しの)び<に参(まゐ)り給(たま)ひけり。さて忍(しの)びてむかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてければ、内(うち)・東宮(とうぐう)いとひんなきものに思(おぼ)し召(め)したる中にも、東宮(とうぐう)は一(ひと)つ御はらにおはしまして、心(こころ)やましく、めざしう思(おぼ)し召(め)して、内(うち)にも一人(ひとり)かくのみ思(おも)ひ侍(はべ)るべきことにもあらずと、いみじく申(まう)させ給(たま)へば、かしこまりてものし給(たま)ふを、猶(なほ)あかず、これよりまさりたらんつみにもありなんと、いたく申(まう)させ給(たま)へば、いかなることかと、大納言(だいなごん)殿(どの)は思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。六条(ろくでう)にいとおかしき所(ところ)、大納言(だいなごん)殿(どの)のりやうせさせ給(たま)ひけるにぞ、おはしまさせ給(たま)ひける。大宮(おほみや)をも、すべて御ふみなど通(かよ)はさせ給など、東宮(とうぐう)のいみじく申(まう)させ給(たま)へば、いと悲(かな)しくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしかど。かきたえてはおはします。大納言(だいなごん)殿(どの)の上(うへ)、万(よろづ)に扱(あつか)ひ申(まう)させ給(たま)ふ。
P2474
宮(みや)の御有様(ありさま)いとめでたくおかしげにおはします。中納言(ちゆうなごん)、物語(ものがたり)の男君(をとこぎみ)の心地(ここち)し給(たま)ひて、いとあてやかなまめかしき御さまなり。東宮(とうぐう)の斎院(さいゐん)は、男(をとこ)宮(みや)・女(をんな)宮(みや)産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしかど、みなうせさせ給(たま)ひにしかば、あさましきことと思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。春宮(とうぐう)大夫殿の女御(にようご)、煩(わづら)はせ給(たま)ひて、やがて宮(みや)にてなくならせ給(たま)ひにけり。あさましきことを思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。大夫殿上(うへ)・はゝ上(うへ)など、いかなる御(おん)心地(ここち)かはせさせ給(たま)ひけん。東宮(とうぐう)の歎(なげ)かせ給さま限(かぎ)りなし。男(をとこ)宮(みや)ひとゝころ、女(をんな)宮(みや)四(よ)所(ところ)ぞおはしましける。女(をんな)二の宮(みや)はうせ給(たま)ひにけり。哀(あは)れにいみじきこと多(おほ)かり。さくらのえもいはぬ盛(さか)りに、馬場殿に月のあかきに、中宮(ちゆうぐう)の女房(にようばう)行(ゆ)きて見(み)るに、幾木(いくき)ともなく咲(さ)きとゝのほりたるは、雪(ゆき)の降(ふ)りかゝれるに違(たが)ふことなし。そらに知(し)られぬとも見(み)えたり。あかぬ心地(ここち)しながら、さてあるべきならねば、かへるとて、
@さくらばなあかぬにほひを春かすみたちなからのみみてやかへらん W560
@かきくらすゆきかとみればおほろなる月にちりかふさくらなりけり W561
@月かけにちりしくにはのさくらばなかきあつめてもたぐひなきかな W562。
みるさまどもおかしく見(み)ゆ。またさらぬ人(ひと)もありけんかし。内(うち)御(お)前(まへ)にて殿上人(てんじやうびと)にまりけさせて御覧(ごらん)ずる日の有様(ありさま)、いみじくめでたし。そのころ、皇后宮(くわうごうぐう)の上(うへ)の御局(つぼね)のいつみに、大なるさくらをさゝせ給(たま)ひて、人々(ひとびと)よみける、
P2475
中宮(ちゆうぐう)・皇后宮(くわうごうぐう)と候(さぶら)はせ給(たま)ひて、内(うち)辺(わた)りにもあらず狭(せば)きに、さるべき折(をり)<なん、かはり<にもの御覧(ごらん)じなどにのぼらせ給(たま)ひける。女御(にようご)殿(どの)、里(さと)に久(ひさ)しくおはしますを、参(まゐ)り給(たま)へどつねにあれど、とみにもいらせ給(たま)はで、ほうゐんのものし給(たま)ふを、野のいとおかしかなるも御覧(ごらん)ぜまほしく思(おぼ)し召(め)して、渡(わた)らせ給(たま)ひて、心(こころ)のどかに御行(おこな)ひなどせさせ給(たま)ひて、おはします。やまざとのあきのけしき、しかのなくねなども哀(あは)れに、あきこそことになどや思(おぼ)し召(め)ししらせ給(たま)ひけん。内(うち)より御使(つか)ひのきりをわけて参(まゐ)るも、物語(ものがたり)の心地(ここち)しておかし。殿上人(てんじやうびと)など数多(あまた)参(まゐ)りて、ことひきあそびなどしつゝかへりぬるなごりも若(わか)き人々(ひとびと)はおかしくおかふ。内(うち)より侍従(じじゆう)の内侍(ないし)とて、やがてかけて候(さぶら)ふ人(ひと)を奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。所(ところ)のさましつらひもいとおかしく見(み)ゆ。うすものの御几帳(きちやう)のうらうちかけて、わざと見(み)えさせ給(たま)はねど、すきておはします程(ほど)など、ゑにかきたらん心地(ここち)して、おかし。女房(にようばう)なども、忍(しの)びやかに、心(こころ)にくき程(ほど)なり。やがて二三日ばかり候(さぶら)ひてぞまかつる。東宮(とうぐう)の斎院(さいゐん)唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひぬ。いかゞと思(おぼ)し召(め)して、御祈なとせさせ給(たま)ふ。このゐんの御後見(うしろみ)は源大納言(だいなごん)、昔(むかし)のまゝにつかうまつらせ給(たま)ふ。内(うち)の大(おほ)殿(との)の上(うへ)も、同(おな)じさまの御(おん)心地(ここち)に悩(なや)ませ給(たま)ふ。斎院(さいゐん)男(をとこ)御(み)子(こ)産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、あひなく世(よ)の人(ひと)よろこび申す。とのより始(はじ)め奉(たてまつ)り、
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殿(との)原(ばら)も思(おぼ)しよろこばせ給(たま)ふ。九月朔日(ついたち)に、内(うち)の大(おほ)殿(との)の上(うへ)いといたく煩(わづら)はせ給(たま)へば、いかにと思(おぼ)し召(め)すに、いと平(たひら)かにきら<しき男君(をとこぎみ)むまれさせ給(たま)ひぬ。源大納言(だいなごん)殿(どの)、かたがたに嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)さる。斎院(さいゐん)には、御乳母(めのと)われも<と参(まゐ)る。おはりのかみのりふさがむすめ、まさながの少将(せうしやう)のめなり。美作(みまさか)のかみすけさだがめ、くにつねがむすめ、御乳母(めのと)ごの命婦(みやうぶ)のきみ、左衛門(さゑもん)のかうの御(み)子(こ)産(う)みたるなど、さらぬ人々(ひとびと)も参(まゐ)らんとあれど、暫(しば)し後々(のちのち)にとて、みののかみさねもとのむすめも参(まゐ)らせんとあれど、留(ゝ)めさせ給(たま)ふ。御湯(ゆ)殿(どの)の作法(さほふ)などいとめでたし。さねたうなどかも参(まゐ)れり。もと候(さぶら)ひける乳母(めのと)ゝいふは、ゐんの中将(ちゆうじやう)のこ産(う)みたるなどもつかまつる。かたちどもなどもとり<”によき人(ひと)ともなり。女房(にようばう)の装束例(れい)の心(こころ)<にいとみたり。すちをき、つるかめまつたけなど心々(こころごころ)にしつくしたり。まつはきくのなぬかに、きくのなかなるなど、折(をり)にあひたる事(こと)共(ども)さへ見(み)えて、九月七日よりなり。浮線綾(ふせんれう)の裳(も)・唐衣(からぎぬ)さうかんうすものなどかねしてつくりたるに、きくのおりえだ・まつなどぬいたるいとおかし。織物(おりもの)の表着(うはぎ)なれど、唐衣(からぎぬ)・裳(も)などは多(おほ)くはさうかんうすものなどをしたり。織物(おりもの)はあつく縫物(ぬひもの)はゑかくも中<悪(わろ)ければなるべし。若宮(わかみや)むまれさせ給(たま)ひてといふにうせ給(たま)ひぬ。あさましきことを思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)く。よにも口(くち)惜(を)しがり申す。かかる折(をり)なれば、内(うち)の大(おほ)殿(との)の七夜、忍(しの)びやかにて、あそびなどもなし。御五十日(いか)・百日(もゝか)などもめでたくて過(す)ぎ行(ゆ)く
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につけても、若君(わかぎみ)の御ことぞ口(くち)惜(を)しかりける。年(とし)もかへりぬ。例(れい)の作法(さほふ)にて過(す)ぎぬ。かくて、民部卿(みんぶきやう)みづ参(まゐ)る心地(ここち)おこり給(たま)ひて、いとをもくならせ給(たま)へば、いかなるべき御(おん)心地(ここち)にかと、中宮(ちゆうぐう)も思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)く。君達(きんだち)もいかに<とおぼす。女(をんな)一所(ところ)・男(をとこ)二(ふた)所(ところ)ぞものし給(たま)ひける。女(をんな)は左の大(おほ)殿(との)の御この大納言(だいなごん)の上(うへ)、男(をとこ)は中納言(ちゆうなごん)にて右衛門(うゑもん)のかうかけ給(たま)へり。いまひとゝころは二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)と聞(き)こゆ。いづれも御かたち華(はな)やかに清(きよ)げにおはす。左の大(おほ)殿(との)の御(おん)子(こ)は、三郎のぶながの侍従(じじゆう)と聞(き)こえしは、御おちの四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)の御女にあはせ聞(き)こえ給(たま)へりしかど、たえ給(たま)ひて、このとののむこにはならせ給(たま)へるなり。またよに人(ひと)やあるともしらせ給(たま)はす、内(うち)などにも参(まゐ)らせ奉(たてまつ)り給(たま)ふべかりしかど、中宮(ちゆうぐう)のかくておはしませば、思(おぼ)したえたるになん。それにこの御ここちのかくて月比にならせ給(たま)へば、心(こころ)細(ぼそ)くおぼされて、哀(あは)れに、月をみ給(たま)ひてもかせのをとにつけてももののみ哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されけり。つゐに霜月(しもつき)の九日うせさせ給(たま)ひぬれば、哀(あは)れにいみじきことを誰(たれ)も思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。この十月に、二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)は宰相(さいしやう)になり給(たま)ひにき。かくと人(ひと)聞(き)こえさせ給(たま)ひしかど、うちうなづかせ給(たま)ひて、ものも宣(のたま)はせざりけり。はつかばかりものを宣(のたま)はずならせ給(たま)へるなりけり。上(うへ)などもいかなる心地(ここち)し給(たま)ひけん。世(よ)にめでたかりつる御さいはひを、いまとてもをとり給(たま)ふべきならねど、ありがたかりける年(とし)頃(ごろ)の御心(こころ)をおぼすも疎(おろ)かならずいみじかり
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けんを。右の大(おほ)殿(との)も煩(わづら)はせ給(たま)ひて、大将(だいしやう)辞せさせ給(たま)ひてければ、師走(しはす)の廿七日に源大納言(だいなごん)なり給(たま)ひぬ。誠(まこと)や、内(うち)の大(おほ)殿(との)は、左大(おほ)殿(との)の辞せさせ給(たま)ひしに、大将(だいしやう)にはならせ給(たま)ひにき。若(わか)き人(ひと)のためかけざらんは口(くち)惜(を)しきことなり。我若(わか)かりし折(をり)、関白(くわんばく)殿(どの)の辞し給(たま)ひてゆつり給(たま)ひたりし、いと嬉(うれ)しかりきとてじせさせ給(たま)ふを、とのの人(ひと)はかく御心(こころ)なるこを、大納言(だいなごん)殿(どの)にゆづり聞(き)こえ給(たま)はでと申(まう)しけれど、さ思(おぼ)し召(め)されけることなれば、じせさせ給(たま)ひてけり。かくて又(また)の年(とし)の二月三日に、右大(おほ)殿(との)うせさせ給(たま)ひぬ。いとあさましく、三(み)所(ところ)ながら程(ほど)もなくうせさせ給(たま)ひぬることをぞ、あさましく哀(あは)れに世(よ)人(ひと)も申(まう)しける。女院(にようゐん)にもとのにも、思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)は、内(うち)に御(み)堂(だう)めでたくつくらせ給(たま)ひて、篭(こも)りおはします。網代(あじろ)の罪(つみ)によりてにや、うぢに御はかうせまほしく思(おぼ)し召(め)す。うぢにても例(れい)あしなと申せど、思(おぼ)し召(め)したちにければせさせ給(たま)ふ。九月廿五日なり。さゝげものなども、御かたがたいみじくせさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)・皇后のぼらせ給(たま)ふ装束(しやうぞく)など、例(れい)の疎(おろ)かならんやは。皇后宮(くわうごうぐう)にはすわうのにほひふた重(かさ)ね、例(れい)のかねしてきく紅葉(もみぢ)を思(おぼ)し、めもをよばずめでたし。中宮(ちゆうぐう)には紅(くれなゐ)を皆(みな)打(う)ちて、竜胆(りんだう)の二重文(ふたえもん)の表着(うはぎ)、白(しろ)き文(もん)を織(ゝ)りたり。常(つね)の事なれど麗(うるは)しく清(きよ)げなり。蘇芳(すはう)の唐衣(からぎぬ)・菊(きく)の裳(も)。又(また)の日は紫(むらさき)の薄様(うすやう)・赤(あか)き薄様(うすやう)二襲(ふたがさね)に、青(あを)き打(う)ちたる、浮線綾(ふせんれう)の表着(うはぎ)、冊子(さうし)など思(おぼ)しきなる唐衣(からぎぬ)は竜胆(りんだう)、
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裳(も)は黄(き)なり。袴(はかま)は赤(あか)き薄様(うすやう)、下(した)ざまに白(しろ)く重(かさ)なりたるいとおかし。袴(はかま)表着(うはぎ)は心々(こころごころ)のいろなり。村濃(むらご)にて象眼(ざうがん)の裳(も)なるも有り。麗(うるは)しくてとあれど、薄様(うすやう)の下絵(したゑ)のついでには又(また)せぬ事なくぞしなしける。五巻の日は、皇后宮(くわうごうぐう)しもにおはしませど、何事(なにごと)もむかひたるやうにて、ゆきみちなどもやがて同(おな)じこと御覧(ごらん)じつへし。女房(にようばう)、今日(けふ)は白(しろ)き衣(ゝぬ)どもを幾(いく)つともなく重(かさ)ねて押(お)し出(い)でたり。中々(なかなか)いみじく清(きよ)げに見(み)ゆ。中宮(ちゆうぐう)のおはしますかたにむかひたり。大納言(だいなごん)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、さゝげものとりつゞきたり。いみじく見所(みどころ)あり。めでたきことになんありける。女院(にようゐん)の御さゝげもの、優曇花(うどんげ)をつくりたり。三条(さんでう)院(ゐん)の中将(ちゆうじやう)もちてめくる。皇太后宮(くわうだいこうくう)の、はなこにきし様々(さまざま)はないれて、たまをつらぬきてをにしたり。重(かさ)ねたるをやがてその宮(みや)すけきんもととりつゞきたり。次(つぎ)には中宮(ちゆうぐう)の、きくのはなをませにゆひたり。こがね・しろがね、きゝく、しろきくにてふたつなり。新大納言(だいなごん)の御この四位(しゐ)少将(せうしやう)もとながとりたり。皇后宮(くわうごうぐう)のは、如意(によい)宝珠(ほうす)、金(かね)の糸(いと)して結(むす)び、玉(たま)を貫(つらぬ)きたりなど三(み)つありければ、源中将(ちゆうじやう)たかつな、宮(みや)のすけもろもとのべん、民部卿(みんぶきやう)の中将(ちゆうじやう)とぞ持(も)給(たま)へる。東宮(とうぐう)のは、金(かね)の水瓶・盥(たらゐ)やがて資仲(すけなか)のべん。女御(にようご)殿(どの)はきやうだいのかゞみ、あつ家(いへ)の少将(せうしやう)持(も)たり。とのの一の宮(みや)のは、香合(かうご)の筥(はこ)に壼(つぼ)三(み)つ据(す)ゑて、金(かね)の菊(きく)を挿(さ)したり。たゞとしの前少将(せうしやう)。前斎院(さいゐん)のは。たらゐに水ひんみなかねなり。少なこんさねむね持(も)ちてめくる。きく度(たび)ごとにかくいひたつる
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もいかにぞやあれど、またさ言(い)はではかひなき心地(ここち)すればなり。きやうなども目(め)馴(な)れたりとて、ごくらくの作法(さほふ)とき給(たま)はでやはあるとてなん。うちつゞきめくる程(ほど)たうときも忘(わす)れて、おかしくめでたくなん。左大との・右大との・内(うち)大(おほ)殿(との)など、様々(さまざま)にうちわ、てふのおほきなるなどもたせ給(たま)へりし。唯(ただ)の上達部(かんだちめ)はかうろを五葉の枝につけ給(たま)へり。殿上人(てんじやうびと)はわげ更(さら)なり。源大納言(だいなごん)殿(どの)は、いまは内(うち)大(おほ)殿(との)と聞(き)こえさす。その御この中納言(ちゆうなごん)こそ、さくらのえだにまりつけてもたせ給(たま)へりしが、御かしこまりには許(ゆる)され給(たま)へれど、ありしやうにみすの内(うち)にはいり給(たま)はず。蔵人(くらうど)薪(たきぎ)こり水とりなどして、南(みなみ)西(にし)には舞楽(ぶがく)例(れい)の事おもしろくめでたし。五日が説経いと尊(たうと)し。かくめでたきことも世(よ)にはありけりと見(み)ゆ。かくてことはて、よふけてみなかへらせ給(たま)ひぬ。中宮(ちゆうぐう)は御て車(ぐるま)にてかへらせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)あるべき限(かぎ)り轅(ながへ)に付(つ)き給(たま)へる、火影(ほかげ)もおかしくめでたし。女房(にようばう)はたいわだ殿(どの)につたひつゝ参(まゐ)る。此(こ)の頃(ごろ)はそれよりほかのことなくて過(す)ぎゆく。ころもかく・五節(ごせつ)・りんし祭(まつり)など過(す)ぎて、年(とし)も
返(かへ)りぬれば、例(れい)の作法(さほふ)にて過(す)ぎゆく。内(うち)とのに行幸(ぎやうがう)あるべしとありつれど、とまりぬれば、口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)す。五月最勝の御はかうあるべしとあるに、女院(にようゐん)も内(うち)におはします。皇后宮(くわうごうぐう)、上(うへ)の御局(つぼね)におはします。清涼殿(せいりやうでん)うしとらのつまど・わだ殿(どの)かけて、例(れい)の弘徽殿(こうきでん)の上(うへ)の御局(つぼね)のやうなり。おはします程(ほど)ばかりに、御帳よりは
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狭(せば)く、ことに長押(なげし)小(ちひさ)やかなる、畳(たゝみ)二枚(ふたいら)(ふたゐら)ばかり敷(し)く程(ほど)にて、御簾(みす)廻(めぐ)りてかけて、唐綾(からあや)の小文(こもん)の壁代(かべしろ)、絵(ゑ)など書(か)きて懸(か)け廻(めぐ)らかさせ給(たま)へり。御簾(みす)の縁(へり)も唐綾(からあや)なり。御座(おまし)などの裏縁(うらべり)など、世の常(つね)ならずめでたくせさせ給(たま)へり。中宮(ちゆうぐう)の上(うへ)の御局(つぼね)は、ゐんのおはしますにしなり。例(れい)の藤壺(ふぢつぼ)の上(うへ)の御局(つぼね)なり。渡(わた)らせ給(たま)ひて中(なか)のとあけておはします。いま姫宮(ひめみや)とも申(まう)しつべく若(わか)くおかしげにはな<とめでたく、はなを折(を)りたるやうにておはします。あな忝(かたじけな)。この上(うへ)におはしませと申(まう)させ給(たま)へど、いとせき程(ほど)なれば、猶(なほ)しもにおはします。東(ひむがし)のかたより渡(わた)らせ給(たま)ひて、なげしにをしかからせ給(たま)ひておはします。ひだりみぎに、御門(みかど)・后(きさき)を、しもにすへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひておはしますゐんの御有様(ありさま)こそ、いま始(はじ)めぬことなれど、猶(なほ)いとめでたけれ。こなたかなた猶(なほ)いとめでたき御有様(ありさま)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いかゞは疎(おろ)かに思(おぼ)し召(め)されん。こなたかなたの女房(にようばう)、折(をり)につけておかしくさうぞきたり。御(お)前(まへ)のいづみのみづ涼(すゞ)しげなるに、御簾(みす)かけたり。撫子(なでしこ)・花橘(はなたちばな)ゝど植(う)へさせ給(たま)へり。月の入(い)るを見(み)て、中宮(ちゆうぐう)の女房(にようばう)、
@出(い)でまさる泉(いずみ)のみづにならはなんいりかたになる夏(なつ)のよの月 W563。
かくて過(す)ぎぬ。中宮(ちゆうぐう)のつくらせ給(たま)ひける御仏(ほとけ)、いでおはしましたれば、二条(にでう)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)ひて、くやうせさせ給(たま)ふ。白たんの御仏(ほとけ)三尺ばかりにて、いと美(うつく)しうおはします。
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あみだの三ぞんなり。これは御はゝかうにせさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)、竜胆(りんだう)・菊(きく)・紅葉(もみぢ)なり。日(ひ)ごとに替(か)へつゝ、例(れい)の若(わか)き人(ひと)はをとらじといとみさうぞきたれど、同(おな)じ事(こと)のやうなれば留(とど)めつ。つゐで暫(しば)し里(さと)におはします。はるとまらせ給(たま)ひにし。宇治(うぢ)の行幸(ぎやうがう)せさせ給(たま)ふ。十月九日なり。めでたしなども世(よ)の常(つね)なり。いふにも疎(おろ)かなれば、ものそこなひにもやとて、よのかはる程(ほど)の事(こと)共(ども)ゝなく、俄(にはか)宇治(うぢ)の人(ひと)思(おぼ)し召(め)すことのみいできたるこそ、怪(あや)しけれ。後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)のすゑの世(よ)には、 宇治(うぢ)とのいりゐさせ給(たま)ひて、世(よ)のさたもせさせ給(たま)はず、東宮(とうぐう)と御(おん)中(なか)あしうおはしましければ、その程(ほど)の御事(こと)共(ども)かきにくう煩(わづら)はしくて、えつくらざりけるなめりとぞ人(ひと)申(まう)し。東宮(とうぐう)とは、後三条(さんでう)院(ゐん)の御ことなり。



栄花物語詳解巻三十八


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〔栄花物語巻第三十八〕 まつのしづえ
一品(いつぽん)の宮(みや)に参(まゐ)らせ給(たま)ひし侍従(じじゆう)宰相(さいしやう)の御むすめ、うち思(おぼ)し召(め)すといふこと世(よ)に聞(き)こえて、たゝそなたになんおはしますなどいふ程(ほど)に、たゝならずならせ給(たま)へり。かほかたも宮仕(みやづか)へさまにもあらず、もてかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ひて、たゞ宮(みや)の御同(おな)じことにて、御たいなど参(まゐ)らすることも、姫君(ひめぎみ)の御たいとて、女房(にようばう)とりて参(まゐ)らするに、ましてかくさへものせさせ給(たま)へば、いと心(こころ)異(こと)にもてなさせ給(たま)ふ。もとより御門(みかど)の御はゝになり給(たま)ふべきすくようものし給(たま)ふ。御夢(ゆめ)にも、むらさきのくもたちてなん見(み)え給(たま)ひけるなど聞(き)こゆるを、猶(なほ)さこそ人(ひと)はものはいへといひしを、誠(まこと)に只今(ただいま)ゝではかなひぬべきにやと、人々(ひとびと)は思(おも)ひいふめり。七月に尾張前司(ぜんじ)つねひらといふ人(ひと)の家(いへ)に出(い)でさせ給(たま)ふ。この度(たび)かへり参(まゐ)り給(たま)はむには更衣(ころもがへ)などにてなんおはすべきといひののしる。出(い)でさせ給(たま)ふ夜は、暁(あかつき)までおはしまし、御供(とも)の人(ひと)などのたちやすらふも、昔(むかし)物語(ものがたり)の心地(ここち)す。さべき睦(むつ)まじき殿上人(てんじやうびと)、御をくりすべき宣旨(せんじ)ありていとめでたし。殿(との)原(ばら)など、猶(なほ)女ここそもつべきものはあれなどめで
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給(たま)ふ。はは北(きた)の方(かた)も。よしよりの中納言(ちゆうなごん)のむすめにものし給(たま)へる、なからひいとあてやかに、昔(むかし)物語(ものがたり)の心地(ここち)す。御息所(みやすどころ)・更衣(ころもがへ)などに、みな中将(ちゆうじやう)・少将(せうしやう)のむすめ、受領のもみな参(まゐ)りけるを、この近(ちか)き世(よ)には、おほろけの人(ひと)は参(まゐ)り給(たま)はぬものにならひたるに、いとあさましきなり。入道(にふだう)殿(どの)に后(きさき)・御門(みかど)はおはしますものとおもふに、この関白(くわんばく)殿(どの)・右大(おほ)殿(との)だに、大臣(おとど)にてこそ参(まゐ)らせさせ給(たま)ひしか、かへりて、かく人(ひと)の宿世(すくせ)も定(さだ)めあるべきことかはとなるべし。神事(かみわざ)のひまには忍(しの)びて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御使(つか)ひひまもなし。御すほう・御読経などせさせ給(たま)ふ程(ほど)、いとめでたし。母方(かた)のおち東宮(とうぐう)のごん大夫、さきの少将(せうしやう)といひしは部権大輔(たいふ)、また何(なに)の権守とか言(い)ひてもあり。あざりなどにても、親(した)しく使(つか)ひいでいりし給(たま)ふも、女御(にようご)のかしづきなどしたるもめ安(やす)し。宮(みや)より万(よろづ)に何事(なにごと)もせさせ給(たま)ふ。さるべき人々(ひとびと)を、はんに宿直(とのゐ)にさしつゝ参(まゐ)らせさせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)に参(まゐ)りと参(まゐ)る人(ひと)を、宮(みや)の仰(おほ)せごとにて参(まゐ)るべく、仰(おほ)せらる。内(うち)の思(おぼ)し召(め)しよらぬことなくせさせ給(たま)ふに、宮(みや)にもせさせ給(たま)ふなるべし。いづれか疎(おろ)かに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふと申(まう)しながら、この内(うち)の、一品(いつぽん)の宮(みや)思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へる御有様(ありさま)、世(よ)のつねならず。されば、此(こ)の宮(みや)に参(まゐ)りつかまつらぬ人(ひと)なし。それをかの宿直(とのゐ)にもせさせ給(たま)ふなるべし。はゝ上(うへ)の御はらからの姫君(ひめぎみ)達(たち)もみなおはして、いかに<と嬉(うれ)しきものの恐(おそ)ろしくおほす。その程(ほど)になりていたく悩(なや)み給(たま)へば、殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)残(のこ)りなく参(まゐ)り、
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内(うち)の御使(つか)ひ、宮(みや)の御使(つか)ひの、ひまもなく参(まゐ)りちがひたり。験(しるし)ありときかせ給ふそうをば召(め)して遣(つか)はす。そのわたり四五丁は、みちもさりあへず、一の人(ひと)の御むすめの后宮のうませ給(たま)はんもかくこそはあらめ。思(おも)ひしより過(す)ぎたる御有様(ありさま)なり。四五日つれなく明(あ)け暮(く)れつゝ、いとあさましく、いかに<と内(うち)にも宮(みや)にも思(おぼ)し召(め)す。六日といふにいときらゝかなる男(をとこ)にておはしませば、さるべき人々(ひとびと)をき所(どころ)なくおぼさる。内(うち)の御使、宮の御使(つか)ひ、われまつ奏(そう)せん<とそ急(いそ)ぎ参(まゐ)る。かはかり年(とし)比いつかたにもかたよりつる御事(こと)の、めづらかにあさましとも疎(おろ)かなり。源中納言(ちゆうなごん)の四位(しゐ)少将(せうしやう)家(いへ)かた、御はかしもて参(まゐ)るを、見付(みつ)けたる心地(ここち)なり。「さるべきならで、たゞうち見(み)る人も、めでたしとはこれをこそはいはめ。かゝる事を、又(また)こそ見(み)ざりつれ」と、あさましくめでたく見(み)給(たま)ひけり。御湯(ゆ)殿(どの)の儀式(ぎしき)有様(ありさま)なと、蔵人(くらうど)五位(ごゐ)よき限(かぎ)り廿人(にん)、弦打(つるうち)に奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いへは疎(おろ)か也。御乳母(めのと)には、小侍従(じじゆう)の内侍(ないし)とて候(さぶら)ふを奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。上野(かうづけ)守範国か女、尾張守惟経か女、蔵人(くらうど)よりかうぶりえたる式部(しきぶ)太輔惟輔か女なり。三月九日いらせ給(たま)ふ。儀式(ぎしき)有様(ありさま)いとめてたし。車(くるま)五六ひきつゝけて、いと心(こころ)異(こと)なり。女御(にようご)になりていらせ給(たま)ふ。更衣(ころもがへ)なといひしをたに世(よ)にめてたく珍(めづら)しきことに思ひ申(まう)ししを、けざやかにめてたくいみじく、よに例(ためし)なきことに、世(よ)人(ひと)此(こ)の頃(ごろ)の言種(ことぐさ)にしたり。さらぬ事だにきゝにくきものいひ
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は、まして理(ことわり)。かくもてなさせ給(たま)ふも、人(ひと)の御程(ほど)御く〔ら〕ゐこそあさくものし給(たま)ひしが、侍従(じじゆう)宰相(さいしやう)、この斎院(さいゐん)の御せうと、小一条(こいちでう)院(ゐん)の御(おん)子(こ)、堀河(ほりかは)の右大臣(うだいじん)の御姫君(ひめぎみ)の御はら、などてか悪(わろ)からんと思(おぼ)し召(め)すなるべし。東宮(とうぐう)よりほかに男(をとこ)宮(みや)おはしまさねば、心(こころ)異(こと)に若宮(わかみや)を思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へば、この女御(にようご)殿(どの)をもおも<しくもてなし聞(き)こえ給(たま)ふも理(ことわり)なり。御せうとは兵衛(ひやうゑ)佐・少将(せうしやう)などにてものせさせ給(たま)ふ。いらせ給(たま)ひぬれば、いつしか上(うへ)ゝのぼせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、資房(すけふさ)の宰相(さいしやう)のむすめ大納言(だいなごん)のきみいたき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、侍従(じじゆう)の内侍(ないし)御はかしとりて参(まゐ)れり。いだきとらせ給(たま)ひて、またいとものげなき御程(ほど)を、慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)哀(あは)れにめでたし。いつしかときたなき〔わ〕ざをしかけ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、御衣(ぞ)奉(たてまつ)りかふる程(ほど)もめでたし。少(すこ)しうち泣(な)かせ給(たま)へば、かへしわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、やがてつゞきて渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)のこと、思(おも)ひ遣(や)るべし。御さいはひのめでたかるべければ、せいし申す人(ひと)もなく、はゞからせ給(たま)ひ、煩(わづら)はしかるべきこともおはしまさぬ程(ほど)にしも、かくおはしますにぞ。東宮(とうぐう)よりほかに御(み)子(こ)もおはしまさずなどある程(ほど)にて、誰(たれ)も誰(たれ)も疎(おろ)かに思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)ふべきならねど、後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)にかやうのことおはしまさましかば、また御(み)子(こ)おはしまさずとも、うけはりて、かくはもてなさせ給(たま)はざらまし。人(ひと)知(し)れず、さる人(ひと)おはしますなりなどばかりこそはきかせ給(たま)はましか。宇治(うぢ)の関白(くわんばく)殿(どの)にはゞかり申(まう)させ給(たま)は
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ではありなましや。御はかし遣(つか)はし、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)りつどひなどはえし給(たま)はざらまし。御乳母(めのと)などもかくきほひ参(まゐ)ることはなからまし。中々(なかなか)東宮(とうぐう)には、とのの許(ゆる)してたてなどはしもやし奉(たてまつ)らせ給(たま)はまし。かく心(こころ)のまゝに世をひゞかしては、えもてなさせ給(たま)はざらまし。中宮(ちゆうぐう)・女御(にようご)殿(どの)などおはしませど、女の御有様(ありさま)は限(かぎ)りあれば、いみじく思(おぼ)し召(め)せども、いろに出(い)でさせ給(たま)ふべきにあらず。たゞ人(ひと)のやうにさらぬまでもむつかしく申(まう)させ給(たま)ふべきならねば、よき人(ひと)と申す中にも、中宮(ちゆうぐう)いとあてにこめかしくおはします。後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)の御ときに。大宮(おほみや)などこそは同(おな)じことなれど、幼(をさな)くより女院(にようゐん)も一(ひと)つに思(おぼ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ、やんごとなく煩(わづら)はしくも思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)ふべかりしかど、それだにことにいてゝ申(まう)させ給(たま)ふことなかりき。ましてこの世は、たゝ御心(こころ)なり。宇治(うぢ)殿の故(こ)中宮(ちゆうぐう)を参(まゐ)らせ給(たま)へりしに、女院(にようゐん)はやがていらせ給(たま)はでやませ給(たま)ひにき。人(ひと)の御もてなしにや、わが御心(こころ)といらせ給(たま)はざりしにや。入道(にふだう)殿(どの)は、わが御むすめ参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてしかば、また他人(ことひと)はさし出(い)でさせ奉(たてまつ)らせ給(たま)はざりき。このとのは四条(しでう)の宮(みや)参(まゐ)らせ給(たま)へりしかど、中宮(ちゆうぐう)の御ことをば所(ところ)をき参(まゐ)らせさせ給(たま)ひて、ものを御覧(ごらん)ずるにも、何事(なにごと)にもまづあの御方(かた)のことをと思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)へり。女院(にようゐん)の思(おぼ)し召(め)さんこともあり、人(ひと)よこさまに参(まゐ)らせ給(たま)ふ、こゐん御こともあれ、さこそはあるべきことなれど、我が御かたざまにならせ給(たま)ひぬれば、
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はかなきこともものしけなる御けしきならば、内(うち)にも煩(わづら)はしく、まして参(まゐ)る人(ひと)などはあるべきならねど、さやうなる御けしきもなくて、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)など参(まゐ)り、いと華(はな)やかにてこそはありけれ。さりとても理(ことわり)の御ことこそあらめ、御心(こころ)とかやうにはえおはしまさゞらまし。後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)は、何事(なにごと)も唯(ただ)とのにまかせ申(まう)させ給(たま)へりき。のちの世(よ)にこそ宇治にもこもりゐさせ給(たま)ひて、よもしらじ。ものなどもそうせしとて、世をすてたるやうにておはしましゝが。されど除目あらんとては、まづ何事(なにごと)も申(まう)させ給(たま)ふ。そうせさせ給(たま)はねど、かのとのの人(ひと)に、受領にても唯(ただ)の官(つかさ)にても、よき所(ところ)はなさせ給(たま)ひき。同(おな)じ関白(くわんばく)と申せど廿より八十までせさせ給(たま)ふ。世(よ)の人(ひと)靡(なび)き申(まう)し、おち聞(き)こえさせたる、理(ことわり)なり。この内(うち)の御心(こころ)いとすくよか、世(よ)の中(なか)の乱(みだ)れたらんことを、なをさせ給(たま)はんと思(おぼ)し召(め)し、せいなどもきびしく、すゑの世(よ)の御門(みかど)にはあまりてめでたくおはしますと申(まう)しけり。人(ひと)にしたがはせ給(たま)ふべくもおはしまさず、御ざえなどいみじくおはします。後朱雀(ごすざく)の院(ゐん)をすくよかにおはしますと思(おも)ひ申(まう)ししに、これはこよなくまさり奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。世(よ)人(ひと)おち申(まう)したる、理(ことわり)なり。大方(おほかた)の御もてなし、いとけたかくおはしましけり。女院(にようゐん)の申(まう)させ給(たま)ふことをも、さるまじきことをば更(さら)にきかせ給(たま)はず。またもよにはめでたき事(こと)のあるべきにや。いまの右大(おほ)殿(との)の二郎、中納言(ちゆうなごん)にて左兵衛督(さひやうゑ)のかうにてものし給(たま)ふ。この左大(おほ)殿(との)の上(うへ)の御せうとなり。その
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姫君(ひめぎみ)を、大(おほ)殿(との)の上(うへ)、子にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)ふべしと聞(き)こえつるを、俄(にはか)にこの晦日(つごもり)の日、内(うち)よりとく参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へとありければ、この三月九日参(まゐ)らせ給(たま)ふ。たゞ十日にだにたらぬ程(ほど)に、年(とし)頃(ごろ)人(ひと)の思(おも)ひいそがんにもまさりて、御しつらひまでも、女房(にようばう)の装束(しやうぞく)にても、少(すこ)しあかぬことなくめでたくて参(まゐ)らせ給(たま)ふこそ、つねの御有様(ありさま)も思(おも)ひ遣(や)られてめでたき御いきほひなれ。さてもみす・御几帳(きちやう)などもいつの程(ほど)にかしあへられたりけん。宇治とのの人(ひと)ならぬ、なにかさながら靡(なび)きつかまつれる。只今(ただいま)は二の人(ひと)にておはしませど、関白(くわんばく)にておはしましゝ宇治殿にもをとり申(まう)させ給(たま)はず。左兵衛督(さひやうゑ)のかうの上(うへ)は、宇治(うぢ)大納言(だいなごん)の御この隆俊の中納言(ちゆうなごん)とて皇太后宮(くわうだいこうくう)大夫にものし給(たま)ふ、さへ、なりかたち清(きよ)げに。よき上達部(かんだちめ)にてものし給(たま)ふ御むすめなり。参(まゐ)らせ給(たま)ふ儀式(ぎしき)有様(ありさま)、いみじくめでたし。おほい殿(どの)の上(うへ)もそひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。さらさらんにてだに残(のこ)るひとなく参(まゐ)りこみ、疎(おろ)かならず。ひゞきて参(まゐ)り給(たま)ふを、春宮(とうぐう)大夫の女御(にようご)いかにきゝ給(たま)ふらん、かたはら苦(くる)しげなり。ひる渡(わた)らせ給(たま)ふ。内(うち)大(おほ)殿(との)御供(とも)に候(さぶら)はせ給(たま)ふ。さらぬ上達部(かんだちめ)残(のこ)るなし。あるしかたに左右の大いとのを始(はじ)め奉(たてまつ)りて、ゆかりの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)おほくものし給(たま)ふ。左衛門(さゑもん)のかう・源中納言(ちゆうなごん・宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)など、かすふべきにもあらす。こなたかなたの御そういみじうおほくものし給(たま)ふ。御簾(みす)引(ひ)き上(あ)げて入(い)れ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)、女房(にようばう)どもあふぎさしかくして、えならで居(ゐ)並(な)み
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たり。今日(けふ)のきぬのいろなどは、宇治殿、宇治大納言(だいなごん)など定(さだ)め給(たま)ひて、ことうるはしく清(きよ)げにせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)などいと多(おほ)からず、とのの御をきてのまゝなり。さるべき人々(ひとびと)参(まゐ)りたり。もとも女房(にようばう)いと多(おほ)かるとのに、参(まゐ)りそひて多(おほ)かれば、ととまる人(ひと)ぞ多(おほ)かりける。女御(にようご)殿(どの)は十四五ばかりにて、いと若(わか)く美(うつく)しげにおはしましけり。御覚(おぼ)えさまあしく、まだしきよりしるき御けしきなり。東宮(とうぐう)大夫殿の女御(にようご)卅ばかりにものせさせ給(たま)ふ。いとあてになまめかしく恥(は)づかしげなる御有様(ありさま)なり。心(こころ)とけすもの思(おぼ)ししり。心(こころ)ふかげにぞものし給(たま)ひける。御年(とし)いひたつるにねひたるやうなれとみるは。おい給(たま)ふべきことかはと見(み)ゆる。所(ところ)なくおかしき御人(ひと)さまなり。大夫殿(どの)はゝ上(うへ)おはせぬを、われ一人(ひとり)心(こころ)苦(ぐる)しく哀(あは)れに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。故春宮(とうぐう)大夫のこにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしかば、この内(うち)にはむつかしきものに思(おぼ)し召(め)したれば、世(よ)人(ひと)もそうせまほじきことはなきやうなければ、参(まゐ)りあつまりことなる御覚(おぼ)えなり。〔み〕んぶきやうはとき失(うしな)へるにてものし給(たま)ふ。姫君(ひめぎみ)達(たち)いとおほくめでたくものし給(たま)へど。只今(ただいま)はえうち東宮(とうぐう)にも思(おぼ)しかけず。内(うち)にはこの女御(にようご)達(たち)なたらかにあまねく思(おぼ)し召(め)せと申(まう)させ給(たま)へど。このいま女御(にようご)殿(どの)を片時(かたとき)見(み)奉(たてまつ)らではえおはしまさず。よるひるこなたにのみおはしましてかつみるとも。かかるをやと見(み)えさせ給(たま)へり。内(うち)の若宮(わかみや)の御五十日、四月十余(よ)日、その日の有様(ありさま)いふに
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かたなし。一品(いつぽん)の宮(みや)、女御(にようご)殿(どの)の女房(にようばう)、うちいだしわたしたり。日くれ斯(か)かる程(ほど)に、上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ふ。御供(とも)に上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)数多(あまた)候(さぶら)ひ給(たま)ふ。もとよりこの御方(かた)に候(さぶら)ひ給(たま)ふ人々(ひとびと)、まちむかへ参(まゐ)らせ、おり騒(さわ)ぐ程(ほど)もいとめでたし。上(うへ)の御有様(ありさま)盛(さか)りにもの<しくおはします。廿七八ばかりにぞならせ給(たま)ふ。女房(にようばう)、なでしこにこきうちたるををしいでわたしたり。この御とき、きぬのかずすくなく、くれなゐをきせさせ給(たま)はす。御前物、上達部(かんだちめ)とりつゞきて参(まゐ)り給(たま)ふ。例(れい)は殿上人(てんじやうびと)こそさうやくはつかまつるを、せめて心(こころ)異(こと)に思(おぼ)し召(め)すなるべし。左大(おほ)殿(との)いだき奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、上(うへ)のくゝめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)、いだきうつし奉(たてまつ)る御乳母(めのと)など、なまよろしからんもいとわりなかるべし。御几帳(きちやう)のうちにてみいだし給(たま)へる女御(にようご)殿(どの)よりも、宰相(さいしやう)の北(きた)の方(かた)をば上(うへ)などいかなる心地(ここち)かし給(たま)ふらん。その世(よ)の有様(ありさま)、めてたきたぐひあらじと見(み)えたり。ことはてゝかへらせ給(たま)ふに、程(ほど)なく女御(にようご)殿(どの)の参(まゐ)らせ給(たま)ふよと、いとめでたし。左大(おほ)殿(との)も女御(にようご)の御方(かた)につと東宮(とうぐう)おはしませば、若(わか)き御(おん)心地(ここち)に心(こころ)ゆるひなく苦(くる)しく思(おぼ)し召(め)したり。うちつくり出(い)でていらせ給(たま)ふ.中宮(ちゆうぐう)弘徽殿(こうきでん)にかけておはします。一品(いつぽん)の宮(みや)は藤壺(ふぢつぼ)、故右大(おほ)殿(との)の女御(にようご)は承香殿、二宮(みや)の御はゝの女御(にようご)は梅壺(むめつぼ)におはします。東宮(とうぐう)は例(れい)のなしつぼかそのきたの屋に、東宮(とうぐう)大夫の女御(にようご)宣耀殿(せんえうでん)におはします。左大とのの女御(にようご)麗景殿(れいけいでん)など、様々(さまざま)に内(うち)辺(わた)りいとおかし。中宮(ちゆうぐう)は登花殿に、五節(ごせつ)殿(どの)かけてぞおはしましける。
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やんごとなく心(こころ)苦(ぐる)しく思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。御かたち・御心(こころ)いとめでたくおはします。承香殿の女御(にようご)も、さる御かたちのてうにものせさせ給(たま)へば、いとめでたくおはしけり。こきてん・登花殿の細(ほそ)殿(どの)には、はぎ・をみなへしの木丁、色々(いろいろ)にをしいだされたるが、上(うへ)の御局(つぼね)より中々(なかなか)とみ渡(わた)れる。ゑにかきたる心地(ここち)していとおかし。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)、またた<”ならずなり給(たま)ひぬ。めでたき有様(ありさま)を聞(き)こえぬ人(ひと)なし。内(うち)には、年(とし)頃(ごろ)の御願とて、祇園・ひえなどに行幸(ぎやうがう)あり。その年(とし)の冬(ふゆ)ぎおんやけぬ。あさましく思(おも)ひかけぬことなりや.なゐなどおどろ<しくふりて、むつかしきころほひなり。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)の候(さぶら)ふはさるものにて、やんごとなからむ人(ひと)をかなと思(おぼ)し召(め)して召(め)しいづ。少納言(せうなごん)さねむねか妻、すけしげがむすめ、遠江守家範か女、丹波守公基朝臣(あそん)のむすめ、女御(にようご)殿(どの)の御おちのたゞとしの刑部卿(きやう)の大輔(たいふ)の妻(め)も召(め)し出(い)でたり。常陸前司(ぜんじ)もとふさがむすめ、閑院(かんゐん)の大将(だいしやう)のむまご.先々(さきざき)もたゞ人(ひと)のめなどは参(まゐ)りき。上達部(かんだちめ)の女も、宮仕(みやづか)へなどして候(さぶら)ひ給(たま)へば、やがてつかまつり給(たま)ふ。かく君達(きんだち)のめなどの参(まゐ)ることはまたなかりつることなり。すゑになるまゝにかくのみあるよなめり。かきつけたるに華(はな)やかならねば、などてかいと見(み)ゆれど、みな君達(きんだち)・殿上人(てんじやうびと)にてありしなり。後一条(ごいちでう)院(ゐん)の幼(をさな)くおはしましけるに、丹波中将(ちゆうじやう)のめを、入道(にふだう)殿(どの)さいなみて召(め)しけれど、さりとていたしたてゝはえあらじとて、こどもは一条(いちでう)殿(どの)にみなわたしてさりければ、
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参(まゐ)らでやみにけり。この世(よ)にはかくすゑまさりにぞ。女御(にようご)殿(どの)の御有様(ありさま)のみぞ猶(なほ)<めでたき。一品(いつぽん)の宮(みや)も此(こ)の宮(みや)をいみじく美(うつく)しきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、いだきもちておはします。御はらからの姫君(ひめぎみ)達(たち)、〔い〕ま四五人(にん)ものし給(たま)ふも参(まゐ)り給(たま)ひつゝ、宮仕(みやづか)ひにはあらねど候(さぶら)ひ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)も見(み)えさせ給(たま)ふ。故別当の御(おん)子(こ)は、頭中将(ちゆうじやう)とて、一人(ひとり)ぞものし給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)にはいり立(た)たねど、親(した)しくものし給(たま)ふ。梅壺(むめつぼ)の御せうとは中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ひぬ。かたちいと清(きよ)げに、もの<しきさまし給(たま)へり。ふえいとおかしくふき伝(つた)へ給(たま)へり。斎宮には、当代の女二宮ゐさせ給(たま)へりつる、九月にくだらせ給(たま)ふ。あはれなる事(こと)共(ども)多(おほ)かり。大極殿にてわかれの御ぐしなどの程(ほど)、いとあはれなり。御ぐしあけさせ給(たま)ひて、いとかう<しくしたてゝおはします。またいと爽(さはや)かにて、いとをかしげにおはします。この三年(みとせ)ばかり見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はざりつるをだに、おぼつかなくあかず思(おも)ひ奉(たてまつ)らせ給(たま)へるを、今日(けふ)よりのち、またはいつかはと思(おぼ)し召(め)す。いみじくあはれなり。とみにもゐさり出(い)でさせ給(たま)はで、いみじく歎(なげ)かせ給(たま)ふを見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけん御心(こころ)の内(うち)も、いかばかり思(おぼ)し召(め)しけん。あめいたうふりて、何(なに)のはへなく.内(うち)よりも、一品(いつぽん)の宮(みや)よりも、女房(にようばう)ひと車(くるま)づゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かへらせ給(たま)ひても、上(うへ)は斎宮の御ことを哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)す。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)、こたみはおろし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてければ、口(くち)惜(を)しきことを誰(たれ)も思(おぼ)しなげゝど、二の宮おはしませ
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ば、何(なに)かはせめては思(おぼ)し召(め)さん.御(み)子(こ)数多(あまた)むまれさせ給(たま)はゞ、廿五にならせ給(たま)はん年(とし)、あやうかるべしと申(まう)したりけれど、平(たひら)かに御みつからものせさせ給(たま)へば、いとよし。いまの斎院(さいゐん)も、煩(わづら)はせ給(たま)ひて、おりさせ給(たま)ひぬれば、女院(にようゐん)におはしましつる四の宮(みや)ゐさせ給(たま)はぬ。たかくら殿(どの)の宮、斎院(さいゐん)にゐさせ給(たま)ふべしなどいふことありて、いま更(さら)にとや思(おぼ)し召(め)しけん、あまにならせ給(たま)ふとて、師走(しはす)の八日、かいうけさせ給(たま)ふとののしれど、人(ひと)はならせ給(たま)はぬとも申すめるは、いづれか誠(まこと)ならん.内(うち)にはいみじくむつからせ給(たま)ひて、官(つかさ)かうぶりとまるなど、世(よ)人(ひと)は申すめり。御門(みかど)は、いつしかおりゐさせ給(たま)ひなんとのみ思(おぼ)し召(め)して、この四月にも大極殿の修理(しゆり)なとせさせ給(たま)ふに、あたらしくつくらせ給(たま)ひて、始(はじ)めに世(よ)のかはるけしきのあらんは、ひんなかるべしと思(おぼ)し召(め)してなどそ、世(よ)人(ひと)申(まう)し、誠(まこと)にや.この師走(しはす)の八日おりさせ給(たま)ふ。この近(ちか)くなりてはをもく煩(わづら)はせ給(たま)ひておりさせ給(たま)ふに、いとあはれなり。あひ思(おも)はぬなと、こきてんのかべにいせがかきつけけんなど思(おも)ひいでられて、何事(なにごと)にもめのみとまる。おりさせ給(たま)ひて、こきてんにおはしまして、十六日にこそ、関白(くわんばく)殿(どの)のおはします二条(にでう)殿(どの)に出(い)でさせ給(たま)ひぬる。東宮(とうぐう)に二宮ゐさせ給(たま)ひぬ。女御(にようご)は三宮の位(くらゐ)にて、年官年爵えさせ給(たま)ふ程(ほど)など、いとめでたし。またも唯(ただ)ならずならせ給(たま)へり。関白(くわんばく)殿(どの)を御覧(ごらん)ずるにも、
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中宮(ちゆうぐう)・一品(いつぽん)の宮(みや)、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)す。御ちこをゐの始(はじ)めのおはしましどころとなん.あはれなり。上(うへ)は、わざとにはおはしまさねど、御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましげに、みづなど聞(き)こし召(め)す。東宮(とうぐう)も具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)、またいと美(うつく)しうめでたき男(をとこ)御(み)子(こ)産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。つきせずいみじき御有様(ありさま)なり。ゐんの例(れい)ならずおはしませば、いと華(はな)やかなることはなし。きんもとの丹波守の六条(ろくでう)の家(いへ)、ゐんに参(まゐ)らせたる。御方違にひる渡(わた)らせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)わさとの御もの詣(まう)でのやうにおほくつかまつれり。めでたし。もみ車(ぐるま)などいと多(おほ)かり。御(おん)心地(ここち)はいとさはやかにおはします折(をり)もおはします。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)殿(どの)も六条(ろくでう)に参(まゐ)らせ給(たま)へり。かくて、二月はつか、てんわうじに詣(まう)でせさせ給(たま)ふ。このゐんをば、一院(ゐん)とぞ人々(ひとびと)申(まう)しける。後三条(さんでう)院(ゐん)とも申すめり。女院(にようゐん)も一品(いつぽん)の宮(みや)も詣(まう)でさせ給(たま)ふ。されど、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)おほくも参(まゐ)らせさせ給(たま)はず。睦(むつ)まじく思(おぼ)し召(め)す人々(ひとびと)、さてはあそびのかたの人々(ひとびと)をぞゐておはしましける。まづ女院(にようゐん)の御車(くるま)、次(つぎ)に一院(ゐん)、そののちに一品(いつぽん)の宮(みや)おはします。女院(にようゐん)車(くるま)ふたつづゝ。女院(にようゐん)のはさくらどもにすわうのうちたる。一院(ゐん)のはさくらにやまぶき。一品(いつぽん)の宮(みや)のはやまぶきのにほひ.一の車(くるま)はこき、二の車(くるま)はうすくにほひたり。おはしますみちの程(ほど)など、いとおかし。やはたに詣(まう)でさせ給(たま)ひて、暫(しば)しばかりありて、内(うち)の御使(つか)ひ、頭中将(ちゆうじやう)もろたゞのきみ参(まゐ)りたり。御返うけ給(たま)ひてかへり参(まゐ)りぬ。一品(いつぽん)の宮(みや)、上(うへ)のやしろにのぼらせ給(たま)ふべきよし申(まう)させ給(たま)へば、舞人(まひびと)
P2498
具(ぐ)してのぼらせ給(たま)ふ。石清水(いはしみづ)の程(ほど)にて御祓あり。舞人(まひびと)にものなどかつげさせ給(たま)ひて、かへさせ給(たま)ひつ。四位(しゐ)の少将(せうしやう)家(いへ)かた・侍従(じじゆう)みちよし・ひやうゑのすけあきざねなどを、御かたがたの御供(とも)にて候(さぶら)ふべきにて、留(とど)めさせ給(たま)ふ。廿一日、今日(けふ)はみながら装束(しやうぞく)にて、ゑぼしすがたども、ならはぬ御(おん)心地(ここち)におかしく御覧(ごらん)ず。上達部(かんだちめ)もみなかり装束(しやうぞく)にて候(さぶら)ひ給(たま)ふ。はしもとのつといふ所(ところ)にくだらせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ずれば、くに<のふねどもゝ、御ふねどもゝめも、はるかによせわたしたり。みな御ふねどもに奉(たてまつ)りぬ。御ふねの有様(ありさま)は、きしかた行末(ゆくすゑ)ありがたげにしつくしたり。いとみつゝ人々(ひとびと)辺(あた)り辺(あた)りにつかまれるさま。年(とし)頃(ごろ)何事(なにごと)にもせいありつるを、この度(たび)ぞ残(のこ)るなくしつくしたりける。女房(にようばう)のきぬは猶(なほ)いつゝなり。上達部(かんだちめ)、あるは御ぶねにも候(さぶら)ひ給(たま)ふ、上達部(かんだちめ)のふねにも乗給(たま)へり。殿上人(てんじやうびと)は殿上のふねにのりてあそびくだる。廿二日のたつのときばかりに、御ふねいだして、くだらせ給(たま)ふ程(ほど)に、江ぐちのあそびふたふねばかり参(まゐ)り。ろくなどぞ給(たま)はせける。ものなどはぬがせ給(たま)はず。経信(つねのぶ)の左大弁びは、ごん中将(ちゆうじやう)すゑむね笙民部太輔まさながもふえ、もろかたのべんうたうたふ。ふえの音もびはのをとも、せゞのかはなみにまかひていみじくおかし。ここはいづくぞととはせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)大夫ぞ伝(つた)へとひ給(たま)ふ。これはながらとなん申すといふ程(ほど)に、そのはしはありやとたづねさせ給(たま)へば、候ふよし申す。御ふね留(とど)めて御覧(ごらん)ずれば、古(ふる)きはしのはしらたゞ一(ひと)つ残(のこ)れり。いまはわがみをといひたるは、昔(むかし)もかくふりてあり
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けるとおもふもあはれなり。なかつかはといふ所(ところ)におはしましぬ。海(うみ)のいろもそらのみどりに見(み)えまがひておかし。とをきふねのほあげたるなどいひしらず見(み)ゆ。この程(ほど)に、摂津守、様々(さまざま)の思(おも)ひつ、絵(ゑ)など書(か)きたるに、果(くだ)物参(まゐ)らせたり。日やう<くれて、みぎはのたづのかすみの絶間(たえま)より見(み)えたり。かはなみのをとも、つるのこゑも、様々(さまざま)に心(こころ)うごかし、かゞりびのかげもみなそこかくれなく、おもしろながらもの心(こころ)細(ぼそ)し。うぐひすのこゑも、かへるかりのひゞきもとりあつめ、ことさらのやうなるたびのそらなり。廿二日、ひうちくたりてかすみたなびきわたりたる程(ほど)に、御車(くるま)どもかたがたの御ふねによせて、色々(いろいろ)様々(さまざま)にさうぞきたるものどもたちやすらふ。まづすみよしに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)くれなゐの出袿(いだしうちぎ)にやなぎの直衣(なほし)奉(たてまつ)りたりしこそ、いとおかしく、この度(たび)の思(おも)ひいでなれとひと申(まう)しけり。まして他人々(ことひとびと)の装束(しやうぞく)いふかたなし。御祓ありて、そののちみやしろに参(まゐ)らせ給(たま)ひて、御あそびはてゝかへらせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)の女房(にようばう)、しろきどもに、こきうちたる、うるはしきもののいと清(きよ)げに見(み)ゆ。一品(いつぽん)の宮(みや)のには、萌黄(もえぎ)どもに蘇芳のうちたる、ゐんのは色々(いろいろ)にこきうちたる。ひのくるゝ程(ほど)に、てんわうじに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。あめいたくふりてもののはへもなし。御車(くるま)よせて御(み)堂(だう)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。この程(ほど)に、蔵人(くらうど)少将(せうしやう)きんざね、内(うち)の御使(つか)ひにてまつれり。廿四日は、御(み)堂(だう)のことよく御覧(ごらん)じ、かめ井など御覧(ごらん)ず。廿五日のたつのときはかりにぞ御ふねいだす。むまのときに左衛門(さゑもん)の権佐まさふさ参(まゐ)れり。色々(いろいろ)様々(さまざま)にさうぞきたる中に、あかき上(うへ)のきぬに
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こと<”しく参(まゐ)りたる、いと珍(めづら)しく見(み)ゆ。左中弁さねまさだい奉(たてまつ)る。みてくらしまといふかは御覧(ごらん)ず。さねまさを御舩に召(め)しあけて、哥共講せさせ給(たま)ふ。
△△△△△△△△△△△△御製
@住吉の神も哀と思(おも)ふらんむなしきふねをさゝて来れは W564
△△△△△△△△△△△△関白(くわんばく)殿(どの)
@おりのぼるみゆきを神も嬉(うれ)しやとちとせを君に奉(たてまつ)る覧 W565
△△△△△△△△△△△△春宮(とうぐう)大夫能長
@年(とし)をへておほくのみゆきみつれ共かく珍(めづら)しきたひはなかりき W566
△△△△△△△△△△△△左兵衛(さひやうゑ)の督(かみ)資仲(すけなか)
@音にきくなからの橋はなかりけり千鳥計(ばか)りそ鳴(な)き渡(わた)りける W567
△△△△△△△△△△△△左大弁経信(つねのぶ)
@奥津風吹(ふ)きにけらしな住吉の松(まつ)の下枝(しづえ)を洗(あら)ふ白(しら)浪(なみ) W568
△△△△△△△△△△△△宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)隆綱
@たくひなき君かみゆきの嬉(うれ)しさにちとせをゆつれ住吉の松(まつ) W569
△△△△△△△△△△△△右大弁伊房
@古は今日(けふ)のみゆきの為にとや天くたりけん住吉の神 W570
P2501
△△△△△△△△△△△△右兵衛(うひやうゑ)督実季
@住吉(すみよし)の神(かみ)の験(しるし)に古(いにしへ)の松(まつ)の千歳(ちとせ)は君に譲(ゆづ)れり W571
△△△△△△△△△△△△前丹後守公基朝臣(あそん)
@住吉(すみよし)の神(かみ)に問(と)はゞや古(いにしへ)もかゝる御幸(みゆき)はあらじとぞ思(おも)ふ W572
△△△△△△△△△△△△備中守信実朝臣(あそん)
@住吉のまつにちとせを君か代の嬉(うれ)しくのみぞみしま江のきし W573
△△△△△△△△△△△△内蔵頭経平朝臣(あそん)
@古もかかるみゆきは有りやせし夢(ゆめ)にもかたれすみよしの神 W574
左中弁実政朝臣
△△このたびの祈(いのり)は空(そら)に知(し)りぬらん天降(あまくだ)ります住吉の神(かみ) W575
△△△△△△△△△△△△右馬頭資宗朝臣(あそん)
@神よゝりおいそふ松(まつ)は住吉の今日(けふ)のみゆきを兼ねて社しれ W576
△△△△△△△△△△△△四位(しゐ)少将(せうしやう)家賢朝臣(あそん)
@なには江に心(こころ)とまりて芦のはに浦かへるべき心地(ここち)社せね W577
△△△△△△△△△△△△民部権大輔(たいふ)政長朝臣(あそん)
@わかはさす芦の汀になみよるはこやみしま江の渡(わた)りなるらん W578
P2502
△△△△△△△△△△△△右京大夫通家朝臣(あそん)
@住吉の神の験(しるし)に君か代は松(まつ)のとかへりおいかはるまで W579
△△△△△△△△△△△△源中将(ちゆうじやう)季宗朝臣(あそん)
@打(う)ちはへてみるともあかしつの国のなにはの浦の春の曙 W580
△△△△△△△△△△△△丹波守経成
@あらしかしかかるみゆきは住吉の松(まつ)より先の人(ひと)にとはゝや W581
△△△△△△△△△△△△左少弁師賢
@あかさりし都(みやこ)の花の色よりも心(こころ)そとまる住吉のまつ W582
△△△△△△△△△△△△右少弁匡房
@住吉のちよに一たひあひぬればまつのかひ有たひにも有る哉 W583
△△△△△△△△△△△△兵部(ひやうぶ)の少輔(せう)通俊
@今はとて今日(けふ)かへるさをいそけ共心(こころ)はとまるたひにも有哉 W584
△△△△△△△△△△△△左兵衛(さひやうゑ)の佐(すけ)顕実
@万代(よろづよ)の君かみゆきに行末(ゆくすゑ)の年(とし)をはゆつるすみよしの松(まつ) W585
△△△△△△△△△△△△因幡守忠季
@色毎に今日(けふ)は見(み)えけり住のえの松(まつ)のしつえにかかる白波 W586
P2503
△△△△△△△△△△△△左衛門(さゑもん)の大夫資清
@住吉の神のみかきもよゝをへて君かみゆきをまつにや有覧 W587
△△△△△△△△△△△△刑部丞俊範
@住吉の松(まつ)の緑も此春は君かみゆきに色ことに見(み)ゆ W588
△△△△△△△△△△△△左近(さこん)の将監為房
@ふたかたにかかるみゆきを住吉のまつ珍敷神もみるらん W589
△△△△△△△△△△△△左衛門(さゑもん)の尉俊宗
@ちとせへん君かみゆきの例(ためし)には霞たなひく住吉の松(まつ) W590
△△△△△△△△△△△△女房(にようばう)
@住吉の松(まつ)に絶せぬかせの音にきし打(う)つ波のこゑ通(かよ)ふなり W591
@君か代はかせも心(こころ)をよせつれは枝のどかなるすみよしの松(まつ) W592
@みしま江の水に心(こころ)の住ぬればかけをやとしてのとかにぞみる W593
@それなからそれとも見(み)えぬ橋柱久しき跡のしるへ也けり W594
△△△△△△△△△△△△一品(いつぽん)の宮(みや)女房(にようばう)
@遥成る君かみゆきに住吉のまつに花咲たひとこそみれ W595
@行(ゆ)く水に長柄(ながら)の橋(はし)は通(かよ)ひけり人(ひと)は名(な)にのみ聞き渡(わた)りつゝ W596
P2504
@みしま江の岸にひまなき深緑君かみゆきをまつにぞ有りける W597
@橋柱それと計(ばか)りを験(しるし)にて昔(むかし)なからの跡をみるかな W598
@みしま江の芦まによする白波の立ち帰るべき心地(ここち)こそせね W599
@君か代の久しかるべき例(ためし)にやかみもうへけんすみよしの松(まつ) W600
@尋ぬれと昔(むかし)なからの橋もなし跡をぞそれと聞き渡(わた)りける W601
@打(う)ちよするなにはの浦の波よりも心(こころ)そかかる芦のわかはに W602
@天くたる神の験(しるし)に君に皆(みな)よはひはゆつれ住吉の松(まつ) W603
@跡計(ばか)り見(み)えし也けりこれやさはなからの橋の渡(わた)り成るらん W604
@立帰りみるともあかしみしま江の芦まをわくる水の白波 W605
@まつ程(ほど)は久しかりしを住吉のみてはほとなくかへりぬる哉606
@音にのみ聞渡(わた)りしを君か代のなからの橋をみるぞ嬉しき W607
@かずへやるかた社なけれ住吉の松(まつ)のちとせはひときならねば W608
廿六日、あめいたくふれど、さてのみやとて御ふねいでぬ。上達部(かんだちめ)のふねに殿上人(てんじやうびと)のりまじりて、ひねもすにあそびつゝのぼる。あまのがはといふ所(ところ)におはしましつきぬ。廿七日、今日(けふ)京へのぼらせ給(たま)ふとて、人々(ひとびと)思(おも)ひ<に装束(しやうぞく)かへたり。やはたの程(ほど)におはしましつきぬ。まつのみどりもつねよりもことに見(み)え、かすみのまよりこほれたるはなのにほひも、はるごまの
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さはにあさるもおかしく見(み)ゆる程(ほど)に、よどにおはしましつきぬ。この程(ほど)に左の大臣(おとど)御むかへに参(まゐ)り給(たま)へり。いとおも<しく、清(きよ)げにめでたき御有様(ありさま)なり。人(ひと)のまねぶをかきつくれる、ひがことそらごとならんかし.かへらせ給(たま)ひても、日頃(ひごろ)の有様(ありさま)恋(こひ)しう思(おぼ)し召(め)す.御(おん)心地(ここち)ともすればおこりおこりせさせ給(たま)ふ.四月になりては、いとをもくならせ給(たま)ひぬ.いかに<と、誰(たれ)も<思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ.御(み)堂(だう)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、ともかくもならんと仰(おほ)せらるれど、御車(くるま)にもえ奉(たてまつ)るまじければ、今日(けふ)<とのべさせ給(たま)ふ程(ほど)に、四月廿九日御(み)髪(ぐし)おろさせ給(たま)ふとののしるに、中宮(ちゆうぐう)も何(なに)か一日にても唯(ただ)のさまにてあるべきとて、あまにならせ給(たま)ひぬ.かくときかせ給(たま)ひて、女院(にようゐん)にもいとあはれなりと思(おぼ)し召(め)したり.夢(ゆめ)の心地(ここち)のみして、いみじき御有様(ありさま)なり.つゐに五月七日うせさせ給(たま)ひぬ.宮々(みやみや)・女院(にようゐん)の思(おぼ)し召(め)し惑(まど)はせ給(たま)ふさま限(かぎ)りなし.もの覚(おぼ)えさせ給(たま)はぬ御心(こころ)にも、その日やがて、一品(いつぽん)の宮(みや)・女御(にようご)殿(どの)、あまにならせ給(たま)ひぬ.のちにぞかいなどもうけさせ給(たま)ひける.御はらからのさきの斎宮ならせ給(たま)ふ.あさましくあはれなりとも疎(おろ)かなり。若(わか)くめでたき御(み)髪(ぐし)共をそかせ給(たま)ひて、いかにめでたくおはしますらんらん。かたち変(か)へつれば、四五十の人(ひと)だに若(わか)くこそ見(み)ゆれ、ましていかにおはしましけん.御忌(いみ)の程(ほど)に、堀河(ほりかは)女御(にようご)もなり給(たま)ひぬ.堀河(ほりかは)の院(ゐん)に行(おこな)ひてものせさせ給(たま)ふもあはれなりこのゐんの御(おん)心地(ここち)の程(ほど)
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には、百だんの御すほうや何(なに)やと残(のこ)ることなかりしかど、限(かぎ)りありける御ことにや.例(れい)の内(うち)辺(わた)りにもすみぞめにて、はへ<しきこともなし.五月雨(さみだれ)はいと涙(なみだ)もよほすつまなり.すきにし御こともおななじ程(ほど)にのみおはしませば、故院(ゐん)の大弐の三位のもとに少将(せうしやう)の内侍(ないし)、
@又(また)も猶(なほ)残(のこ)りありけり五月雨(さみだれ)にふりつくしてし涙(なみだ)とおもふに W609
かへし、
@五月雨(さみだれ)は昔(むかし)も今(いま)も涙川(なみだがは)同(おな)じ流(なが)れと水まさりけり W610
木幡僧正、源中納言(ちゆうなごん)すけつなのもとにかくなん、
@すみぞめにころもはなりぬ慰(なぐさ)むるかたなきものは心(こころ)なりけり W611
かへし、中納言(ちゆうなごん)、
@涙(なみだ)してころもをそむる物ならはふぢの袂(たもと)にをとらざらまし W612
御忌(いみ)にこもらせ給(たま)ひて、月のあかき夜、仁和寺(にわじ)の宮(みや)、
@山(やま)の端(は)に入(い)りぬと思(おも)ひし月影(かげ)もまた出(い)でけるはいづら我(わが)君(きみ) W613。



栄花物語詳解巻三十九


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〔栄花物語巻第三十九〕 布引(ぬのびき)の滝(たき)
宇治(うぢ)殿(どの)も重(おも)く悩(なや)み渡(わた)らせ給(たま)へば、いつとなき御事(こと)にて過(す)ぎつるを、遂(つひ)に二月二日にうせさせ給(たま)ひぬ。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)、皇太后宮(くわうだいこうくう)など、思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給ふ様(さま)疎(おろ)かならず。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)も、年(とし)頃(ごろ)の御恩の程(ほど)思(おぼ)し召(め)すに、劣(おと)らぬ御心(こころ)の内(うち)なり。高倉(たかくら)殿(どの)の上(うへ)、一(いち)の宮(みや)などもいかゞは疎(おろ)かには。八十(はちじふ)余(よ)年(ねん)世(よ)の一(いち)の人(ひと)にておはしましつる御蔭(かげ)に隠(かく)れつる人々(ひとびと)いくそかは。高(たか)きも短(みじか)きも釈迦仏の隠(かく)れ給(たま)へる折(をり)の有様(ありさま)に劣(おと)らず涙(なみだ)をながしたり。山々(やまやま)寺々(てらでら)のそうなども、様々(さまざま)に訪(とぶら)はせ給(たま)ふ。折(をり)につけて夏(なつ)はすゞしかるべき様(さま)、冬(ふゆ)はかぜをふせぐべき御心(こころ)をきて、さびしき程(ほど)思(おぼ)しはかり訪(とぶら)はせ給(たま)ひし。心(こころ)きよきおくやまのひじりどもに、百万遍をみてさせ訪(とぶら)はせ給(たま)へるを、いかでか世(よ)にはあるべからんと、忍(しの)び申(まう)す様(さま)哀(あは)れにいみじ。入道(にふだう)殿(どの)の六十余(よ)年にさかへさせ給(たま)ひて、隠(かく)れさせ給(たま)ひしだに、いかゞは人(ひと)の忍(しの)び申(まう)し。これはた今年(ことし)八十三にぞならせ給(たま)ひける。いとさいそがしく事(こと)繁(しげ)くもおはしまさで、しづかに内(うち)の御(み)堂(だう)におはしまして、御心(こころ)の限(かぎ)り、こふかき人(ひと)をも思(おぼ)し召(め)し尋(たづ)ねつゝ、訪(とぶら)は
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せ給(たま)ふ。人(ひと)をもかへりみさせ給(たま)ひつれば、忍(しの)び申す人(ひと)の多(おほ)かるも理(ことわり)なり。何(なに)のかずならぬしもべ、年(とし)頃(ごろ)つかまつりけるものどものなきまどひたる様(さま)理(ことわり)にいみじ。かはらけつくりなどいふものさへ、年(とし)頃(ごろ)いくとせか参(まゐ)りつかまつりて、かくは今(いま)はいづちとてかは参(まゐ)り候(さぶら)はんとて、こゑも惜(を)しまずなくも哀(あは)れなり。御四十九日の事(こと)共(ども)など、いとめでたくせさせ給(たま)ふ。今(いま)はとてきやうへかへらせ給(たま)ふ御心(こころ)の内(うち)、その日よりもげにいみじう哀(あは)れに悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さる。おはしましゝ所(ところ)、御調度(てうど)など、はかなくとり遣(つか)はせ給(たま)ひし御あふぎ、たゝうがみまでおちちりたるを御覧(ごらん)ずるも、いみじう哀(あは)れなり。出(い)でさせ給(たま)ひても、 宇治(うぢ)殿(どの)へと思(おぼ)し召(め)す事(こと)のなき、あさましく思(おぼ)しめめる。そうを訪(とぶら)はせ給(たま)ふを、御かたみに思(おぼ)し召(め)したり。かくて世(よ)の中(なか)のいろあらたまりなどして、斎宮には、小一条(こいちでう)院(ゐん)の式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)、故(こ)侍従(じじゆう)宰相(さいしやう)の皇太后宮(くわうだいこうくう)の女房(にようばう)に産(う)ませ給(たま)ひける。ゐさせ給(たま)ひぬ。宇治(うぢ)の大納言(だいなごん)の御(おん)子(こ)のあきの守(かみ)の女にて、はゝぎみもなからひあてやかなる人(ひと)にて、斎院(さいゐん)も四の宮(みや)おりさせ給(たま)ひにしかば、小一条(こいちでう)院(ゐん)の候(さぶら)ひける人(ひと)を思(おぼ)し召(め)して、るり女御(にようご)と聞(き)こえしはらに、中将(ちゆうじやう)より備中守になり給(たま)へると、また女宮二人(ふたり)ものし給(たま)ひける。一(いち)の宮(みや)ゐ給(たま)ひぬ。いとめでたき事(こと)のみ多(おほ)かる世なり。后(きさき)立(た)たせ給(たま)ふべけれど、ひまなき事(こと)をいかゞと思(おぼ)し召(め)されて、后(きさき)を院(ゐん)になし奉(たてまつ)らむと思(おぼ)し召(め)す。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)の女御(にようご)殿(どの)、唯(ただ)ならずおはします、
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六月八日后(きさき)の宣旨(せんじ)くだる。廿日大饗とて、人々(ひとびと)さるべき事(こと)共(ども)あたりなど、いとめてたし。十六日に太皇太后宮(くわうだいこうくう)女御(にようご)にならせ給(たま)ひぬ。年(とし)頃(ごろ)も、一所(ところ)院(ゐん)にならせ給(たま)ふべし。次第(しだい)にては太皇太后宮(くわうだいこうくう)ならせ給(たま)ふべし。さらずは中宮(ちゆうぐう)こそは、故(こ)院(ゐん)の后(きさき)にもおはしまし、内(うち)の御まゝははにもおはしませばなど申(まう)しつるを、太皇太后宮(くわうだいこうくう)ならせ給(たま)ひぬれば、后(きさき)にてもおはしまさでと申す人(ひと)もあり。またならせ給(たま)はでいかゞはなど申す人(ひと)も有けり。御門(みかど)の御おやならぬはまたならせ給(たま)はざりければ、珍(めづら)しき事(こと)に人(ひと)申す。御門(みかど)御おやならでは、受領などはえさせ給(たま)はじとて給(たま)はらせ給(たま)はず。こと<”は后(きさき)におはしましゝ同(おな)じ事(こと)なり。例(れい)は御門(みかど)の御女、后(きさき)にたちて、のちに女帝にゐ給(たま)ふもなくやはありける。まして院分などになからむと申(まう)し給(たま)ふに、上達部(かんだちめ)もおはす。大女院(ゐん)は我御院分を譲(ゆづ)り申(まう)さんとそうせさせ給(たま)ふ。四条(しでう)宮を太皇太后宮(くわうだいこうくう)と聞()こえさせ、次々(つぎつぎ)のぼらせ給(たま)ふ。例(れい)の事(こと)なり。中宮(ちゆうぐう)大饗の有様(ありさま)いみじうめでたし。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)の万(よろづ)をきてさせ給(たま)へば、あかぬ事(こと)なくめでたし。大饗の日の有様(ありさま)、師子・こまいぬもて参(まゐ)り、ひたき屋・陣屋(ぢんや)などのゐる程(ほど)をいとめでたく、拝礼など思(おも)ひ遣(や)るべし。まこと、此(こ)の宮(みや)の御おやの中納言(ちゆうなごん)は、一院(いちゐん)の御ときに、故(こ)民部卿(みんぶきやう)の御(おん)子(こ)右衛門(うゑもん)のかうと、ひと度(たび)に大納言(だいなごん)になり給(たま)ひにき。御あにの左衛門(さゑもん)のかうをひきこさせ給(たま)ひて、斎院(さいゐん)の御事(こと)に御心(こころ)をかせ給(たま)ひければなるべし。
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先帝の中宮(ちゆうぐう)をば皇后、殿の皇后宮(くわうごうぐう)は皇太后宮(くわうだいこうくう)、皇太后宮(くわうだいこうくう)。中宮(ちゆうぐう)の御有様(ありさま)を、大納言(だいなごん)殿(どの)、殿(との)の上(うへ)など、いかに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけん。東三条(とうさんでう)くもりなく磨(みが)きしつらひて、御(み)髪(ぐし)あけて倚子のおましにおはします程(ほど)、猶(なほ)いふべきかたなくめでたくいみじ。女房(にようばう)三日が程(ほど)、様々(さまざま)しかへたり。例(れい)のかみあけわたし、おもの参(まゐ)る作法(さほふ)など、猶(なほ)いとめでたき事(こと)なり。内(うち)よりは、とくいらせ給(たま)へとのみ、きゝにくきまで申(まう)させ給(たま)ふ。御使(つか)ひよるひるわかずひまもなく、昔(むかし)も今(いま)も、覚(おぼ)えおはすなどいはれ給(たま)ふ人々(ひとびと)ものし給(たま)ひしかど、いとかくたぐひはまたなかりきとぞ、内(うち)のふる人(ひと)も世(よ)人(ひと)も申(まう)しけり。東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)の女御(にようご)のものし給(たま)ふまつよりひびきていらせ給(たま)ふをも、いかゞはきかせ給(たま)ひけん。御こしに奉(たてまつ)りて、殿(との)より始(はじ)め奉(たてまつ)りて、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)残(のこ)りなくひゞきていらせ給(たま)ひぬれば、またこなたにのみおはします。後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)の式部(しきぶ)のめうぶといひし人(ひと)のはらに、源大納言(だいなごん)殿(どの)の御(み)子(こ)とて、いと美(うつく)しかりける人(ひと)、東北院(ゐん)に候(さぶら)ひけり。かたちいとおかしげに、心(こころ)ばへなといとよかりけり。内(うち)に聞(き)こし召(め)して、忍(しの)びて召(め)しければ、よる<参(まゐ)りけり。やまざとにすみければ、それよりよひ暁(あかつき)に参(まゐ)りまかてするもおかし。唯(ただ)ならずなりて、男(をとこ)御(み)子(こ)産(う)みたりけれど、慎(つつ)まじくやおぼしめすらん、内よりは絶(た)えて御消息もなし。女院は心苦(ぐる)しう思(おぼ)し召(め)して、心(こころ)異(こと)にもてなせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)殿(どの)は、
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我が女(むすめ)ならましかば、参(まゐ)らましや。いづこなるものの子とはいふならんなど、宣(のたま)はすると聞(き)こゆるも、誠(まこと)にやあらん。大女院(ゐん)をば上東門院(しやうとうもんゐん)とぞ、男(をとこ)などは申(まう)しける。また此(こ)の頃(ごろ)おはします所(ところ)にしたがひて、東北院(ゐん)とぞ聞(き)こえさす。宇治(うぢ)殿(どの)此(こ)のはるうせ給(たま)ひにしを、思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひし事(こと)疎(おろ)かならず。御(おん)心地(ここち)うちはへ悩(なや)ませ給(たま)へば、女院(にようゐん)渡(わた)らせ給(たま)へり。此(こ)の院(ゐん)をば二条(にでう)院(ゐん)とぞ聞(き)こえさせける。苦(くる)しげにおはしませば、いと哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)す。よもすがらいと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、三四日ばかりおはします。皇后宮(くわうごうぐう)、渡(わた)らせ給(たま)はんと申(まう)させ給(たま)へば、さらん折(をり)だに御たいめんあるべく思(おぼ)し召(め)せど、たびどころにおはしませば、せはくては二(ふた)所(ところ)はおはしまさじとあれば、口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)す。十月十六日御(ご)禊(けい)とて、世(よ)の中(なか)急(いそ)ぎみちたり。女御代(にようごだい)には、故(こ)民部卿(みんぶきやう)殿(どの)の大納言(だいなごん)をば藤大納言(だいなごん)と聞(き)こゆる姫君(ひめぎみ)に、内(うち)の大(おほ)殿(との)幼(をさな)くよりこにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふぞ、立(た)たせ給(たま)ひける。さらぬ折(をり)だにもののいろ・しさま心(こころ)異(こと)なる殿(との)に、いかにまいてなへてならずと思(おぼ)し召(め)せと、宮(みや)はいとうるはしう関白(くわんばく)殿(どの)定(さだ)めさせ給(たま)ふ色々(いろいろ)にまさるものなしと仰(おほ)せらる。めなれて口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)せと、申(まう)させ給(たま)ふまゝなり。くれなゐの打衣(うちぎぬ)は、猶(なほ)せいありとて、やまぶきのうちたる、きなる表着(うはぎ)、りうたんの唐衣(からぎぬ)なり。空薫物(そらだきもの)のかなんすぐれたりけれ。先々(さきざき)も所々(ところどころ)よりなん候(さぶら)ひしとて申(まう)させ給(たま)へば、女院(にようゐん)・二条(にでう)関白(くわんばく)殿(どの)など
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より、車(くるま)二(ふた)つ三つづゝ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべしとありしを、女院(にようゐん)、遂(つひ)に十月三日うせさせ給(たま)ひぬ。関白(くわんばく)殿(どの)、いと哀(あは)れに、理(ことわり)の御年(とし)の程(ほど)なれど、また誰(たれ)にものをも申(まう)しあはせて過(す)ぐさんずらん。何事(なにごと)も院(ゐん)に参(まゐ)りて申(まう)さんとこそ思(おも)ひしに。おいのすゑに様々(さまざま)かくうちすてられ奉(たてまつ)りぬる事(こと)ゝ、泣(な)かせ給(たま)ふ。二条(にでう)の院(ゐん)・皇后宮(くわごうぐう)など、心(こころ)細(ぼそ)く哀(あは)れに思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。内(うち)よりは、関白(くわんばく)殿(どの)を、御(ご)禊(けい)の事(こと)にて、な篭(こも)らせ給(たま)ひそと申(まう)させ給(たま)へど、いみじき事(こと)ありとも、いかでか此(こ)の度(たび)の御事(こと)をつかまつらではあらんとて、篭(こも)らせ給(たま)ひて、御葬送(さうそう)のよもあゆませ給(たま)ふ。いみじう哀(あは)れなり。少(すこ)しおはしましのきてぞ、車(くるま)には奉(たてまつ)りける。此(こ)の殿(との)も七十九におはしましけり。いかでかあゆませ給(たま)はん。院(ゐん)は八十七にてうせさせ給(たま)ひぬるぞかし。悲(かな)しとても遂(つひ)の事(こと)なる、いと哀(あは)れなり。此(こ)の殿(との)のおはしますたりにかくて扱(あつか)はれ奉(たてまつ)らせ給(たま)へる、いとめでたし。年(とし)頃(ごろ)めでたくいみじうかしづかれ過(す)ぎさせ給(たま)へる人々(ひとびと)も、くも煙(けぶり)にてあがらせ給(たま)ひぬる。猶(なほ)いみじう哀(あは)れなる事(こと)なり。候(さぶら)ふ人々(ひとびと)なきまとふ様(さま)限(かぎ)りなし。おはしまさゞらんのちも、女房(にようばう)などの、そこの人(ひと)とて怪(あや)しき様(さま)にて散(ち)り失(う)する、いと心(こころ)憂(う)き事(こと)なり。此(こ)のにしの院(ゐん)にかくながらあれと仰(おほ)せられ、をきてかはらずあるべき事(こと)共(ども)なとしをかせ給(たま)ひけり。此(こ)の御(み)堂(だう)の事(こと)は、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おん)子(こ)、院(ゐん)の小式部(こしきぶ)の内侍(ないし)といひし人(ひと)のはらに、木幡(こはた)の僧正(そうじやう)と聞(き)こえしが知(し)り給(たま)ひしを、
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うせ給(たま)ひにしかば、長谷(ながたに)の法印(ほふいん)とて、同(おな)じ殿(との)の御(おん)子(こ)しらせ給(たま)ふ。これはむかひばらの御(おん)子(こ)なり。御忌(いみ)の程(ほど)なども、殿(との)ごもり候(さぶら)はせ給(たま)ひて、昔(むかし)の御事(こと)を思(おぼ)しいでつゝ、しほたれさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)は理(ことわり)の御年(とし)の程(ほど)とも覚(おぼ)えず、いみじう月日のかはるに添(そ)へてもよるかたなく、中々(なかなか)里(さと)ならばあるべし。おはしましどころをみるにつけても、殿上人(てんじやうびと)もなくなりもてゆく。大盤もちりつもり、さるべき人々(ひとびと)一人(ひとり)二人(ふたり)よりゐつゝ、哀(あは)れにいみじきけしき、うらゝかになりゆくそらのけしきにもかき暮(くら)したるに、哀(あは)れなる事(こと)つきせず。誠(まこと)や、中宮(ちゆうぐう)は今(いま)暫(しば)しとのみ惜(を)しみ留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。えまかてやらせ給(たま)はで、程(ほど)近(ちか)くなりてぞ出(い)でさせ給(たま)ひける。十二月(じふにぐわつ)廿五日ばかりより御けしきおはしませば、御しつらひかへ、御すほうの御かちかずしらずののしりあひたり。いよの守(かみ)の家(いへ)、しもわたりなる所(ところ)なり。狭(せば)くてみすほうのだんなど、むかひわたりのこ家どもとらせ給(たま)ふ。いみじうたえがたけなる御けしきを、いかに<と、誰(たれ)もいみじう思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、いときらゝかなる男(をとこ)御(み)子(こ)にておはしませば、誰(たれ)か御心(こころ)の内(うち)もいはんかたなし。殿・大納言(だいなごん)殿(どの)などの御けしきいへば更(さら)なり。内(うち)のまちつけ聞(き)こえさせ給(たま)ふ御心(こころ)の程(ほど)、思(おも)ひ遣(や)るべし。さらぬだにある御使(つか)ひ、ましてたゞ此(こ)の殿(との)の人(ひと)にて、四五人(にん)も候(さぶら)ふ。朔日(ついたち)の日の御しつらひ、ゆきのやまにいりたらん心地(ここち)するに、あさ日華(はな)やかにさしいでたらんやうに若宮(わかみや)の御光(ひかり)さへそひ
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て、こと更(さら)にかゞみをみるともかくこそはとおほゆ。雪も誠(まこと)にいみじうふりたり。人(ひと)の心(こころ)の内(うち)に思(おも)ひける。承保二年正月二日、七日夜にあたりたれば、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)残(のこ)りなく参(まゐ)り給(たま)へり。しろき袖口(そでぐち)・すその重(かさ)なり、ごちたくてをしわたしたり。うちまきはそらに知(し)られぬあられと見(み)えたり。折(をり)しもつもるゆき、ことさらのやうなり。今日(けふ)は内(うち)の御産養(うぶやしなひ)にて、例(れい)の作法(さほふ)に事(こと)をそへいみじ。禄の辛櫃御(お)前(まへ)にかきたて、禄給(たま)はる程(ほど)など、ゑにかきたるやうにおかしうめでたし。後一条(ごいちでう)院(ゐん)の御産屋(うぶや)にむらさき式部(しきぶ)のいひつゞけたる、同(おな)じ事(こと)なり。まねびそこなひに中々(なかなか)なればなん。年(とし)頃(ごろ)位(くらゐ)におはしますに、かかる御なからひに男(をとこ)御(み)子(こ)のむまれさせ給(たま)へるは久(ひさ)しくなかりけるに、いとめでたし。三日は八日にて、色々(いろいろ)きかへたり。やがて東三条(とうさんでう)へ渡(わた)らせ給(たま)ふ。紅梅(こうばい)のにほひをきたり。内(うち)には心(こころ)もとなからせ給(たま)ひて、行幸(ぎやうがう)あり。女房(にようばう)二人(ふたり)づゝいろをかへたるにほひをきたり。行幸(ぎやうがう)の次(つぎ)にいらせ給(たま)ふ。儀式(ぎしき)有様(ありさま)、此(こ)の度(たび)はまして今(いま)ひときは光(ひかり)そひて、ひゞきていらせ給(たま)ふ。いつしかいらせ給(たま)ひて、宮(みや)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。夜いたうふけぬれば、そゝのかし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、のぼらせ給(たま)ひぬる。猶(なほ)<いみじき御有様(ありさま)なり。御(み)子(こ)むまれ給(たま)ふとも、暫(しば)し后(きさき)ならでもおはしましなん。また后(きさき)にても覚(おぼ)えよろしうてもおはしまさで、みつの事(こと)のさしあひて、かくしもおはしましけんこそ、あさましくめでたけれ。暫(しば)したれてもおはしまさ
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で、廿にだにたらせ給(たま)はで、かくしも整(ととの)はせ給(たま)ひけんこそ、又(また)みせまほしき人(ひと)ありて、口(くち)惜(を)しくなどおもふ事(こと)もあるを、こなたかなた、をば上(うへ)、おほち殿(どの)など、またいといたうもおい給(たま)はで、ものせさせ給(たま)ふ。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)そ殿(との)も上(うへ)もねひさせ給(たま)へる。治部卿(ぢぶきやう)上(うへ)などはまた若(わか)うものし給(たま)ふ。弘徽殿(こうきでん)にぞおはします。御五十日(いか)・百日(もゝか)などいはん方(かた)なくめでたくて過(す)ぎ行(ゆ)く。東宮(とうぐう)・二(に)の宮(みや)、御年(とし)の程(ほど)よりはものを美(うつく)しう宣(のたま)はせ、あさましく大人(おとな)しくぞおはしける。此(こ)の若宮(わかみや)もいとめでたくおはしませば、殿(との)の上(うへ)つといだき奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。上(うへ)も片時(かたとき)たちのかせ給(たま)はず、もてあそばし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)三人(にん)、俊輔(としすけ)の兵衛(ひやうゑ)の佐(すけ)のめ、しなのの守(かみ)きよざね女、周防(すはう)の守(かみ)良綱(よしつな)が女(むすめ)、少将(せうしやう)隆家がめなど参(まゐ)れり。宮(みや)また唯(ただ)ならせ給(たま)ひぬ。あまりなる事(こと)は、ともかくも申(まう)さんに言葉(ことば)たらずぞありける。よき人々(ひとびと)参(まゐ)りあつまりて、華(はな)やかなる事(こと)理(ことわり)なり。九月廿四日に、左(ひだり)の大(おほ)殿(との)大井河(おほゐがは)に紅葉(もみぢ)御覧(ごらん)じにおはしますとて、殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)参(まゐ)りあつまり、殿(との)も例(れい)ならずなへてならぬかりの御衣(ぞ)奉(たてまつ)らむとせさせ給(たま)ふ程(ほど)に、関白(くわんばく)殿(どの)御かぜのけしきおはしますとあれば、とまらせ給(たま)ひぬ。三四日ばかりありてうせさせ給(たま)ひぬれば、左(ひだり)の大(おほ)殿(との)関白(くわんばく)の宣旨(せんじ)かうぶらせ給(たま)ひぬ。すき・台盤(だいばん)などもて渡(わた)り、めでたき事(こと)限(かぎ)りなし。内(うち)の大(おほ)殿(との)に譲(ゆづ)り奉(たてまつ)らまほしく思(おぼ)しけめと、宇治(うぢ)の関白(くわんばく)殿(どの)の譲(ゆづ)り奉(たてまつ)らせ給(たま)ひし御心(こころ)を思(おぼ)し召(め)せ
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ば、いかでかは。またさりとも、内(うち)の御けしきなどのさるべきにもあらず。故(こ)院(ゐん)の御ときに、内(うち)の大(おほ)殿(との)になん譲(ゆづ)らせ給(たま)ふべかんなるなど聞(き)こえしをりに、宇治(うぢ)殿(どの)の聞(き)かせ給(たま)はんがかたはらいたき事(こと)ゝぞ宣(のたま)はせける。御心(こころ)いとなだらかによくおはしましけり。一院(いちゐん)いとあざやかにすく<しく、人(ひと)にしたがはせ給(たま)ふべき御心(こころ)にもおはしまさゞりしかば、関白(くわんば)殿(どの)も、え御心(こころ)にもまかせさせ給(たま)はずなどありしかど、すゑになるまゝには、御なからひよくおはしまして、御(おん)心地(ここち)の程(ほど)もつと候(さぶら)はせ給(たま)ひ、たちさらせ給ふ折(をり)は尋(たづ)ね申(まう)させ給(たま)ひける。されば故(こ)院(ゐん)の御事(こと)をおもへばとて、東宮(とうぐう)をも、ものへ渡(わた)らせ給(たま)へば、参(まゐ)らせ給(たま)ひなどせさせ給(たま)ひけり。見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて泣(な)かせ給(たま)ひければ、大臣(おとど)は何(なに)なく。いたき所(ところ)やある。はらとりの女にとらせよかし。われもさこそはすれと仰(おほ)せられければ、なき笑(わら)ひせさせ給(たま)ひてぞおはしましける。皇太后宮(くわうだいこうくう)、内(うち)の大(おほ)殿(との)などをも思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。上(うへ)も今(いま)更(さら)にいかゞは思(おぼ)し召(め)しけん。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)の御有様(ありさま)いとめでたし。此(こ)の御はらの若君(わかぎみ)は、御元服せさせ給(たま)ひて、中将(ちゆうじやう)にておはします。春日(かすが)の使(つか)ひに立(た)たせ給(たま)ふ。昔(むかし)宇治(うぢ)殿(どの)の少将(せうしやう)にて使(つか)ひせさせ給(たま)ふに、入道(にふだう)殿(どの)の心(こころ)づかひをとよませ給(たま)ひつる。思(おも)ひいでられて哀(あは)れなり。殿(との)は、皇太后宮(くわうだいこうくう)によりくにがむすめ候(さぶら)ひけるを、思(おぼ)しけるに男(をとこ)二人(ふたり)ものし給(たま)ひけり。少将(せうしやう)と聞(き)こゆ。今(いま)一人(ひとり)、仁和寺(にわじ)の宮(みや)に奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。
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散(ち)りたる御子(こ)どもいと多(おほ)くておはします。同(おな)じ程(ほど)にぞこのやうに産(う)ませさせ給(たま)へり。やんごとなきにはあらで、さるべきかたちよきなとりなる所々(ところどころ)の中臈の人々(ひとびと)なり。故(こ)女院(にようゐん)の中納言(ちゆうなごん)のきみとて、右(みぎ)の大(おほ)殿(との)の御(み)子(こ)、みのの守(かみ)基貞(もとさだ)と聞(き)こえし人(ひと)のむすめのはらにぞ、数多(あまた)ものし給(たま)ひければ、女院(にようゐん)いと心(こころ)苦(ぐる)しとて、女君(をんなぎみ)をはいみじうかしつかせ給(たま)ひて、上(うへ)に、乳母(めのと)などもやんごとなきをとらせ給(たま)ひて、候(さぶら)はせ給(たま)ひて、今(いま)更(さら)にと人(ひと)にいはれさせ給(たま)ひけれと、誰(たれ)にのちの世(よ)の事(こと)のさまたげらればこそはあらめ、此(こ)の世はさはれとてぞ、思(おぼ)し召(め)しかしつかせ給(たま)ひける。されど、女院(にようゐん)うせさせ給(たま)ひにしかば、いかがものし給(たま)ひけん。男君(をとこぎみ)は二(ふた)所(ところ)ながらむかへさせ給(たま)へり。かくて中宮(ちゆうぐう)には、此(こ)の度(たび)は女(をんな)宮(みや)にておはします。珍(めづら)しき様(さま)におはしませば、いと嬉(うれ)しと、殿(との)のの上(うへ)も思(おぼ)し召(め)す。男(をとこ)にてうちつゞきおはしますもめでたし。またかく様々(さまざま)にておはしますもめでたくなんありける。心(こころ)苦(ぐる)しきかたそひと美(うつく)しういみじと思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へり。御乳母(めのと)は、宇治(うぢ)の大納言(だいなごん)の女(むすめ)よりくにが女(むすめ)のはらにおはしける、宰相(さいしやう)の乳女と聞(き)こゆ。また四条(しでう)中納言(ちゆうなごん)の女(むすめ)、はゝきの乳母(めのと)ゝいふ人(ひと)なり。若宮(わかみや)ものいとよく仰(おほ)せられて、姫宮(ひめみや)を挑(いど)み申(まう)させ給(たま)ふ。様々(さまざま)に美(うつく)しうめでたき御有様(ありさま)なり。若宮(わかみや)に駒(こま)競(くらべ)のかた御覧(ごらん)ぜさせんとて、かねのらちゆひ、むまに人(ひと)ののりたるかたなどつくらせ給(たま)ふ。物見(ものみ)車(ぐるま)などつくらせて
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御覧(ごらん)ぜさせ給(たま)ひけり。そのころ、殿(との)、布引(ぬのびき)の滝(たき)御覧(ごらん)じにおはします。みちの程(ほど)いとおかしう、様々(さまざま)のかり装束(しやうぞく)などいふかたなし。なりひらがいひつゞけたるやうにぞありけむ
かし。
△△△△△△△△△△△関白(くわんばく)殿(どの)
@さらし釼(けん)かひも有るかな山姫(ひめ)の尋(たづ)ねてきつる布引(ぬのびき)の滝(たき) W614
△△△△△△△△△△△△△△皇后宮(くわうごうぐう)大夫顕房
@水の色只白雪と見(み)ゆる哉誰(たれ)さらし釼(けん)布引の滝(たき) W615
△△△△△△△△△△△△△△皇太后宮(くわうだいこうくう)大夫祐家
@珍(めづら)敷(しく)雲井(くもゐ)遥に見(み)ゆるかな世(よ)に流(なが)れたる布引(ぬのびき)の滝(たき) W616
△△△△△△△△△△△△△△皇后宮(くわうごうぐう)権大夫(ごんだいぶ)経信(つねのぶ)
@雲井(くもゐ)よりとゝろきおつる滝(たき)つせは只白糸のたゝぬなりけり W617
△△△△△△△△△△△△△△三位中将(ちゆうじやう)師通
@水上(みなかみ)の空(そら)に見(み)ゆれば白雲(しらくも)の立(た)つに紛(まが)へる布引(ぬのびき)の滝(たき) W618
△△△△△△△△△△△△△△権中将(ちゆうじやう)雅実
@立ち帰り生田の杜(もり)のいくたびも見(み)るとも飽(あ)かじ布引(ぬのびき)の滝(たき) W619
△△△△△△△△△△△△△△中将(ちゆうじやう)公実
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@世(よ)とゝもにこや山姫(びめ)の晒(さら)す成る白玉(しらたま)割(わ)れぬ布引(ぬのびき)の滝(たき) W620
△△△△△△△△△△△△△△△播磨守為家
@水上は霧立ちこめて見(み)えね共音(おと)ぞ空(ゝら)なる布引(ぬのびき)の滝(たき) W621
△△△△△△△△△△△△△△家綱(いへつな)
@幾尋(いくひろ)と知(し)らまほしきは山姫(やまびめ)の遥(はるか)に綜(へ)たる布引(ぬのびき)の滝(たき) W622。
年(とし)かはりぬれば、承保四年といふ。所(ところどころ)の有様(ありさま)、つねよりもめでたう見(み)ゆるに、中宮(ちゆうぐう)には男(をとこ)宮(みや)・女(をんな)宮(みや)、御いただきもちゐの程(ほど)などいみじうめでたし。御乳母(めのと)達(たち)の美(うつく)しうおはします様(さま)いふかたなし。二日は、殿(との)に臨時(りんじ)の祭(まつり)などいとめでたし。女房(にようばう)紅梅(こうばい)のにほひに、萌黄(もえぎ)のうちたるきたり。せいあれば数(かず)五(いつ)ゝなり。されど、綿(わた)いと厚(あつ)くて、少(すくな)しとも見(み)えず。数多(あまた)あるこそ厚(あつ)きもあまりなれ、うち出(い)でたるは、薄(うす)きはものげなきに、いと清(きよ)げに見(み)ゆ。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)り給(たま)ひて、御あそびあり。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)ものすむしなとせさせ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)殿(どの)は三位にておはします。去年(こぞ)の冬(ふゆ)、民部卿(みんぶきやう)のむこにならせ給(たま)ひにき。うちの御いもうとの宮(みや)たちになど聞(き)こえつれど、いかに思(おぼ)しけるにか、かくなし奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、いみじうもてかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。四にあたらせ給(たま)ふ姫君(ひめぎみ)になんものせさせ給(たま)ひける。此(こ)の民部卿(みんぶきやう)は男(をとこ)一人(ひとり)、宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)にてものし給(たま)ひしは、去年(こぞ)のはるうせ給(たま)ふにぞ。異腹(ことはら)どもにはいと多(おほ)くおはすべし。おほかた入道の右(みぎ)の大(おほ)殿(との)
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ゝ御末(すゑ)いと多(おほ)くものせさせ給(たま)ふ。かくて今(いま)の右(みぎ)の大(おほ)殿(との)、十余(よ)日(にち)よりかぜおこらせ給(たま)ひて、日頃(ひごろ)になれど、更(さら)にをこたらせ給(たま)はず。いかに<と御かたがた思(おぼ)し召(め)す。此(こ)の十一日に、陽明門院(やうめいもんのゐん)に行幸(ぎやうがう)あり。東三条(とうさんでう)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、いみじうめでたきにも、院(ゐん)の御(お)前(まへ)には、哀(あは)れにいみじう思(おぼ)し召(め)さる。はいし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)など、涙(なみだ)ぐましく思(おぼ)し召(め)す。人々(ひとびと)かかい多(おほ)くしたり。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)のかぜ更(さら)にをこたらせ給(たま)はで、いと苦(くる)しうせさせ給(たま)へば、恐(おそ)ろしき事(こと)を思(おぼ)し召(め)す。廿日の程(ほど)などには、いと重(おも)くならせ給(たま)へれば、殿(との)の上(うへ)も渡(わた)らせ給(たま)ひておはします。二月十七日に太政(だいじやう)大臣(だいじん)の宣旨(せんじ)くだりぬ。いとめでたき御有様(ありさま)になん。村上(むらかみ)の御門(みかど)の御孫、中務(なかつかさ)の宮(みや)の御(おん)子(こ)、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)の御むすめの御はら、いはんかたなくあてにやんごとなき御有様(ありさま)なり。中務(なかつかさ)の宮(みや)の御はら、女御(にようご)麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)と申(まう)ししも、中務(なかつかさ)の宮(みや)の御女におはしましき。されば、かたがたたゞ人(ひと)の筋(すぢ)には離(はな)れさせ給(たま)へりき。御かたちいと愛敬(あいぎやう)づき、もの<しくものせさせ給(たま)ひ、御才(ざゑ)おはしまし、御手(て)めでたくかゝせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)を御孫にて、一(いち)の宮(みや)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)を御むすめにておはしまし、大納言(だいなごん)二人(ふたり)、宰相(さいしやう)中将(ちゆうじやう)、又(また)法性寺ざす僧都(そうづ)にてなど、いとめでたきなからひなり。かくて遂(つひ)にうせさせ給(たま)ひぬれば、誰(たれ)も<いみじき事(こと)を思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)、今(いま)姫君(ひめぎみ)なと申(まう)しやるべきかたなし。殿(との)の上(うへ)も、かかる事(こと)も御覧(ごらん)じならは
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ぬ御心(こころ)に、あさましういみじう思(おぼ)しめたるゝ。御衣(ぞ)のいろかはらせ給(たま)ふ程(ほど)などいと哀(あは)れなり。上(うへ)の御(おん)心地(ここち)などいかなりけん。中将(ちゆうじやう)と申(まう)しし折(をり)より、多(おほ)くの年(とし)頃(ごろ)、七十余(よ)にならせ給(たま)ふまで見(み)奉(たてまつ)りならはせ給(たま)へるに、いふかたなき御(おん)心地(ここち)ならんかし。哀(あは)れにいみじけれど、よひ暁(あかつき)の念仏(ねんぶつ)・御経(きやう)くやうせさせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)も篭(こも)りものせさせ給(たま)へば、さてもまぎれ過(す)ぐさせ給(たま)ふに、御忌(いみ)はてゝ、そうどもまかて、殿(との)原(ばら)もわか殿(との)に渡(わた)らせ給(たま)ふなどせさせ給(たま)ふ程(ほど)、いみじう哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)く、のどやかに何事(なにごと)もありしにかはる心地(ここち)せさせ給(たま)ふ。いふかたなく哀(あは)れなり。昔(むかし)御はらからたちみな后(きさき)にて三人(にん)おはしまし、たうくう女御(にようご)院(ゐん)の女御(にようご)などにておはしましゝに、中将(ちゆうじやう)にておはしましゝを、むことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしかば、あさましと思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ひけり。されど宮(みや)たち四十にたらせ給(たま)はで、みなうせさせ給(たま)ひにき。女院(にようゐん)のみこそ一所(ところ)ながくおはしまししが、大臣の北(きた)の方(かた)にて、七十余(よ)までさしならびおはしまして、数多(あまた)の君達(きんだち)の御おやにて、ながく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、いとめでたし。后(きさき)・女御(にようご)と申(まう)しめでたけれども、いととく過(す)ぎさせ給(たま)ひにしに、関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)、大納言(だいなごん)達(たち)二人(ふたり)、御むまごにて、中宮(ちゆうぐう)の一(い)の宮(みや)・姫宮(ひめみや)など産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へるを、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いとめでたし。大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)などを、内(うち)に参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふべかりしかど、後一条(ごいちでう)院(ゐん)には、入道(にふだう)殿(どの)の故(こ)中宮(ちゆうぐう)候(さぶら)はせ給(たま)ふ。後朱雀(ごすざく)の院(ゐん)には、陽明門院(やうめいもんのゐん)の一品(いつぽん)の宮(みや)と申(まう)ししを、参(まゐ)らせ
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奉(たてまつ)りをかせ給(たま)ひてしかは、故(こ)二条(にでう)関白(くわんばく)殿(どの)、堀河(ほりかは)右(みぎ)の大(おほ)殿(との)など、え参(まゐ)らせ奉(たてまつ)らせ給(たま)はで、すゑの世(よ)に後朱雀(ごすざく)の院(ゐん)にこそは参(まゐ)らせ給(たま)へりしかど、后(きさき)の御本意(ほい)かなはせ給(たま)はず。ひまなかりしを御覧(ごらん)じて思(おぼ)したえさせ給(たま)ひにしかど、いとめでたく、中宮(ちゆうぐう)をかくて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)のこにし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、かくもし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふかひありて、御覚(おぼ)え世(よ)のつねならず、世(よ)の例(ためし)にもしつべくおはします。いとめでたし。大将(だいしやう)には、殿(との)の三位中将(ちゆうじやう)、宰相(さいしやう)にならせ給(たま)ひて、大将(だいしやう)かけさせ給(たま)ひつ。宰相(さいしやう)の大将(だいしやう)と聞(き)こえさする、いとめでたく今(いま)めかし。殿(との)こそは中納言(ちゆうなごん)中将(ちゆうじやう)にておはしましゝが、四月に万(よろづ)の事(こと)始(はじ)まり、あるべき事(こと)共(ども)、殿(との)にてせさせ給(たま)ふ。大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)も渡(わた)らせ給(たま)へり。いと美(うつく)しき御あはひなり。今年(ことし)ぞ大将(だいしやう)殿(どの)十六にならせ給(たま)へど、いとおほきやかに、美(うつく)しう愛敬(あいぎやう)づき、めでたくおはします。行幸(ぎやうがう)は、此(こ)の御ときには、年(とし)ごとにみあれの日させ給(たま)ふ。始(はじ)めたりしとし、すけつなの中将(ちゆうじやう)〈本のまゝ〉、とよみ給(たま)へりき。関白(くわんばく)殿(どの)の御賀茂(かも)詣(まう)でに、例(れい)のよにありとある人(ひと)、御前(ぜん)し、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)参(まゐ)り給(たま)ふに、殿(との)いとをもりかにめでたき御有様(ありさま)なり。中納言(ちゆうなごん)宰相(さいしやう)などわたり給(たま)ひて、すゑつかたに宰相(さいしやう)にて大将(だいしやう)殿(どの)随身遣(つか)はせ給(たま)ふ。御前(ぜん)しておはします、いと
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めでたし。いとふくらかに愛敬(あいぎやう)づき、にほひやかなる御有様(ありさま)にておはします。東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)殿(どの)の女御(にようご)は、世を思(おも)ひ歎(なげ)きて、里(さと)にのみおはします。いと哀(あは)れに、三(さん)の宮(みや)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。殿(との)も女御(にようご)殿(どの)も、いかゞは哀(あは)れに嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)さゞらん。中宮(ちゆうぐう)の御事(こと)おぼすにや、よろしからん。いかでかはさのみは。これもおぼろげの事(こと)にもあらす。先々(さきざき)もかかる事(こと)はなかりしを、二条(にでう)関白(くわんばく)殿(どの)の御ときに、さのみいとおしうやはとて、皇太后宮(くわうだいこうくう)のならせ給(たま)へりしにこそ。昔(むかし)は后(きさき)一人(ひとり)立(た)たせ給(たま)ひぬれば、御(み)子(こ)たち多(おほ)くものせさせ給(たま)へど、女御(にようご)にてのみこそおはしますに、これはいとめでたき事(こと)なり。参(まゐ)らせ給(たま)ふ事(こと)も此(こ)の二三年(にさんねん)ばかりはなきを、せめて参(まゐ)らせ給(たま)へと、申(まう)させ給(たま)ひければ、その年(とし)の九月廿三日にいらせ給(たま)ひぬ。十二月(じふにぐわつ)に六条(ろくでう)殿(どの)にうち渡(わた)らせ給(たま)へば、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。六条(ろくでう)殿(どの)は所(ところ)狭(せば)ければにや、いらせ給(たま)はす。中宮(ちゆうぐう)そ宮々(みやみや)具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひていらせ給(たま)ひぬる。此(こ)の程(ほど)女御(にようご)殿(どの)唯(ただ)ならすならせ給(たま)ひにければ、東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)、嬉(うれ)しなども世(よ)のつねならず思(おぼ)したり。四五月ばかりよりあか裳瘡(もがさ)といふ事(こと)いできて、世(よ)の人(ひと)やむなど聞(き)こゆるに。六七月になりてはいみじ。やみまさりて、残(のこ)るなく聞ゆ。五十三年(ごじふさんねん)にいできたれば、おいたる若(わか)きとなく、親子(おやこ)もわかずひと度(たび)にやみければ、おきたる人(ひと)少(すくな)くありける。六七十の人(ひと)は人(ひと)のもとにも少(すくな)ければ、いといみじくなんありける。昔(むかし)なん
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かかる裳瘡(もがさ)いできたりける。督(かん)の殿(との)のうせさせ給(たま)ひし折(をり)はいとかくはあらざりけり。三百年ばかりになりたるになん、かかりける。あき深(ふか)くなりては、よき人々(ひとびと)やませ給(たま)ふ。内(うち)・中宮(ちゆうぐう)・宮(みや)たち・関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)・大将(だいしやう)殿(どの)など、みな同(おな)じ程(ほど)、少(すこ)しうちすかひなどして出(い)でさせ給(たま)へば、御祈(いの)りかず知(し)らず。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)うせさせ給(たま)ひぬ。御むすめにおはしませば、斎宮おりさせ給(たま)ひぬ。八月に、故(こ)右(みぎ)の大(おほ)殿(との)の御(み)子(こ)堀河(ほりかは)中納言(ちゆうなごん)・右京大夫道家(みちいへ)・兵衛(ひやうゑ)の佐(すけ)これざね・蔵人(くらうど)家実(いへざね)なくなりぬ。中納言(ちゆうなごん)、兵衛(ひやうゑ)の佐(すけ)は、上(うへ)もななり給(たま)ひぬ。あさましきよにぞ。たじまの守(かみ)たかふさ・東宮(とうぐう)の亮(すけ)経章などなくなりぬ。民部卿(みんぶきやう)の北(きた)の方(かた)、たじまの守(かみ)のむすめ、東宮(とうぐう)の亮(すけ)の北(きた)の方(かた)など、大方(おほかた)あさましきころなり。過(す)ぎ<て内(うち)の一(いち)の宮(みや)、御裳瘡(もがさ)のなごり猶(なほ)えをこたらせ給(たま)はで、八月六日遂(つひ)にうせさせ給(たま)ひぬ。誰(たれ)も<思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。内(うち)にも殿(との)にも、いふかたなく歎(なげ)かせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)殿(どの)などいかなる御心(こころ)の内(うち)なりけん。東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)殿(どの)の女御(にようご)、承香殿と聞(き)こえさする、九月十余(よ)日(にち)、女宮むまれさせ給(たま)ひぬ。口(くち)惜(を)しく思(おぼ)したれど、いと美(うつく)しき御有様(ありさま)にぞ、思(おぼ)し慰(なぐさ)めさせ給(たま)ひける。中宮(ちゆうぐう)は、内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)へとのみ申(まう)させ給(たま)へど、思(おぼ)ししづみておはしますを、あさましき御事(こと)も一(ひと)所(ところ)にて聞(き)こえさせあはせさせ給(たま)はんとにや、せめて聞(き)こえさせ給(たま)へば、いらせ給(たま)ひぬ。内(うち)にはまづ、うち具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひておはしまさまじものをと、思(おぼ)し召(め)しいで
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られて、悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さる。ものなどいとよく仰(おほ)せられしも、様々(さまざま)思(おも)ひ出(い)で申(まう)させ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。御かたちなどの、世(よ)の常(つね)ならず。美(うつく)しうおはしましゝを、いかでかはなのめに思(おぼ)し召(め)さん。さらさらんにても疎(おろ)かなるべきかは。大納言(だいなごん)殿(どの)など、まづいだきおろし奉(たてまつ)り、御はかし、御うちまきなどし給(たま)ひし心地(ここち)よけさは、左(ひだり)右(みぎ)にいみじかりしに、限(かぎ)りなき光(ひかり)を失(うしな)ひ給(たま)へる、いかばかりかはおぼされけん。内(うち)には、姫宮(ひめみや)また日頃(ひごろ)にこよなく大人(おとな)びさせ給(たま)ひにけりと、美(うつく)しく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いみじうしたひ、哀(あは)れになつかしき御心(こころ)ぞおはしましける。斎宮にゐさせ給(たま)ふべき定(さだ)めいできたるを、中宮(ちゆうぐう)は二(ふた)所(ところ)おはしましゝをだに、哀(あは)れに疎(おろ)かに思(おぼ)し召(め)すべきにもあらず。まして此(こ)の宮(みや)を、さはよそにみなし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてん事(こと)を、いみじう思(おぼ)し召(め)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。また唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひぬ。猶(なほ)さるべきと見(み)えさせ給(たま)ふ御有様(ありさま)なり。しらかは殿(どの)とて宇治(うぢ)殿(どの)の年(とし)頃(ごろ)領せさせ給(た)ひし所(ところ)に、故(こ)女院(にようゐん)もおはしましゝか、天狗(てんぐ)ありなどいひし所(ところ)を、御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)ふ。此(こ)の二年ばかり受領どもあたりて、金堂(だう)ははりまの守(かみ)ため家(いへ)ぞつくりける。御(み)堂(だう)も仏(ほとけ)もなへてならずおほきにおはします。とくと急(いそ)ぎつくらせ給(たま)ひて、十月廿余(よ)日(にち)くやうせさせ給(たま)ふに、中宮(ちゆうぐう)も渡(わた)らせ給(たま)ふべく申(まう)させ給(たま)ふを、さらでもと思(おぼ)したれど、かばかりのだいじに、いかでか御覧(ごらん)ぜではと、せめて申(まう)させ給(たま)へる。渡(わた)らせ給(たま)ふ。いとめてたし。
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くもりなきにはに、かみぢ、きくの色々(いろいろ)、きなる光(ひかり)もあかき光(ひかり)もそひたらんと見(み)えて、所(ところ)からにほひをまし、御(み)堂(だう)のけたかうもの<しきか、あたらしうあかくぬりたてられたるに、あをやかに見(み)えわたされたる御(み)堂(だう)の限(かぎ)りなど、ごくらくにたがふ所(ところ)なげなり。るりの地にこがねのいさごなどをしかぬばかりなり。いけのみづすみわたり、ふなかくとたぬになる事(こと)ぞなかりけれと、大鼓(おほつゞみ)かけたる様(さま)ことごとしう、しゝ・こまいぬのまひいでたる程(ほど)もいみじう見(み)ゆ。三百人(にん)の僧のうるはしくさうぞきて行道じ、すそうなどをしくはへて千人(にん)のそうも拝(おが)みつべし。わらはべ花を折(を)りてさうぞきたるもおかしう見(み)ゆ。行幸(ぎやうがう)などの程(ほど)もいとめでたし。別当・けんぎやうより始(はじ)めて、寺主・供僧何(なに)がなどなり。阿闍梨(あざり)よりなど、いとめでたし。いたう夜更(ふ)けてぞ還(かへ)らせ給(たま)ひける。いかでかく思(おぼ)し召(め)しよらせ給(たま)ひけん。御年(とし)も若(わか)くおはします。位(くらゐ)にても久(ひさ)しうもならせ給(たま)はぬを、げにさきの世より思(おぼ)し召(め)しける御願にこそとぞ見(み)えさせ給(たま)へる。供僧にやむごとなきそうがうなどなりて、くやうほう行(おこな)ひつとめけり。 天狗(ぐ)、え造(つく)らせ給(たま)はじとねたがりいふ」ときゝしかど、かくてくやうも過(す)ぎぬめり。五節(ごせつ)・臨時(りんじ)の祭(まつり)など、例(れい)のやうにて過(す)ぎぬ。若宮(わかみや)の御事(こと)ぞつきせず思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ひける。年(とし)かはりて御いただきもちゐの折(をり)も、事忌(こといみ)せさせ給(たま)はす、いみじき御心(こころ)の内(うち)なり。殿(との)の上(うへ)などは、たゞ月日のすぐるにつけても、たぐひなくいみじかりし御かたち
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有様(ありさま)の、恋(こひ)しういみじう限(かぎ)りなきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ、したひまつはさせ給(たま)へりし御有様(ありさま)などいみじう思(おぼ)し召(め)し申(まう)させ給(たま)ふ。二月一日、宇治(うぢ)にて故(こ)入道(にふだう)殿(どの)の御れうに、八講などせさせ給(たま)ふに四条(しでう)の宮(みや)も、殿(との)の上(うへ)も渡(わた)らせ給(たま)ひて、四五日ありてかへらせ給(たま)ひぬ。中宮(ちゆうぐう)の御産屋(うぶや)近(ちか)くならせ給(たま)へば、やう<御祈(いの)りなどいみじうせさせ給(たま)ふ。三月晦日(つごもり)、内(うち)にうたあはせせさせ給(たま)ふ。例(れい)の左右挑(いど)み、えもいはぬすはまなど、例(れい)の事(こと)なり。何事(なにごと)にもいとめでたくおはします世(よ)にこそ。集など人々(ひとびと)に召(め)して撰(え)らせ給(たま)ふ。「過(す)ぎにし事を失(うしな)はじ、今(いま)よりの事をも散(ち)らさじ」とあるこきんのじよ思(おも)ひいでられける。昔(むかし)にかへりて、おほ井の行幸(ぎやうがう)うたあはせなど、いとおかしき御ときになむ。四月十余(よ)日(にち)、姫宮(ひめみや)の御袴着(はかまぎ)。斎宮にやがて立(た)たせ給(たま)ふべし。美(うつく)しき御有様(ありさま)にもうちはへ涙(なみだ)はこぼれ給(たま)ふ人々(ひとびと)の御心(こころ)の内(うち)なり。中宮(ちゆうぐう)五月十八日、いとやすらかに女宮を産(う)み奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。口(くち)惜(を)しき事(こと)を誰(たれ)も誰(たれ)も思(おぼ)し嘆(なげ)く。殿(との)の上(うへ)とりわきかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。程(ほど)もなく宮(みや)はいらせ給(たま)ひぬ。御おほえ、月日に添(そ)へてみづのしらなみにのみなりまさらせ給(たま)ふ。九月廿三日殿(との)の上(うへ)具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてやはたへ参(まゐ)らせ給(たま)ふ。女房(にようばう)、紅葉(もみぢ)、かへさはきくをおりてしたり。御車(くるま)のうち思(おも)ひ遣(や)られてめでたくいみじ。こまかには女などの心(こころ)をよばぬ事(こと)にて留(とど)めつ。めでたき事(こと)のみつきせぬ世(よ)の中(なか)の御有様(ありさま)にのみなん。五節(ごせつ)、大将(だいしやう)殿(どの)いたさせ給(たま)ふ。世(よ)のつねならんや
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は。女院(にようゐん)・四条(しでう)宮など、童(わらは)・下仕(しもづかへ)の装束(さうぞく)目(め)もあやにせさせ給(たま)へり。美(うつく)しきわらはなどえり整(ととの)へさせ給(たま)へり。しはすに斎宮の御(ご)禊(けい)とて、世(よ)の中(なか)ゆすりて急(いそ)がせ給(たま)ふ。女房(にようばう)廿人(にん)、色々(いろいろ)どもを、つねのいろ・重(かさ)なりもすきていみじうせさせ給(たま)へり。女房(にようばう)、さるべき人々(ひとびと)のむすめのかしづくを、みな召(め)し出(い)でさせ給(たま)ふ。いみじう惜(を)しみ、様々(さまざま)の障(さはり)を申せども、おや<をさいさいなめは、みな参(まゐ)らせたり。中(なか)にものひきなどして、見(み)えかはさでぞありける。御こしのしりには、故(こ)関白(くわんばく)殿(どの)の御むすめとて、女御(にようご)殿(どの)にものせさせ給(たま)ふ資仲(すけなか)の中納言(ちゆうなごん)の北(きた)の方(かた)候(さぶら)ひ給(たま)ふに、一条(いちでうの院(ゐん)の信宗中将(ちゆうじやう)と聞(き)こえしが御むすめの、帥(そち)の大納言(だいなごん)の子(こ)の摂津の守(かみ)もろ家(いへ)、小野宮(をののみや)の中納言(ちゆうなごん)の御(おん)子(こ)のいづもの守(かみ)など、かやうの君たちのおやあるをみな召(め)しいで、諸大夫(しよだいぶ)などのはいふべきにもあらず。昔(むかし)にはまさりたゝぞ、万(よろづ)の事(こと)ありける。中宮(ちゆうぐう)また唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひて、此(こ)の度(たび)は、男(をとこ)宮(みや)にておはしませば、思(おぼ)し召(め)す事(こと)なくめでたし。誰(たれ)も<めでたく嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)す。大将(だいしやう)殿(どの)も、御かたち有様(ありさま)、にほひやかに愛敬(あいぎやう)づき、めでたき御有様(ありさま)なり。若君(わかぎみ)のいと美(うつく)しきいでおはしましたれば、殿(との)にむかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、殿(との)よになく限(かぎ)りなきものにかしづき思(おも)ひ申(まう)させ給(たま)へる様(さま)理(ことわり)なり。またも宮(みや)は唯(ただ)ならずならせ給(たま)へり。女御(にようご)殿(どの)も世(よ)の中(なか)の有様(ありさま)心(こころ)やましく思(おぼ)し召(め)さるれば、里(さと)にのみおはします。姫宮(ひめみや)の三四ばかりにならせ給(たま)ふを、つれ<の
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御慰(なぐさ)めに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて明(あ)かしくらさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)には、此(こ)の度(たび)女宮にておはします。四条(しでう)の宮(みや)につれにおはしますにとてわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつ。大将(だいしやう)殿(どの)の若君(わかぎみ)も、まつよりおはしまし通(かよ)はせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつゝ、いづこにもあかず思(おぼ)し召(め)したり。上(うへ)の御なからひ、怪(あや)しくかれがれにのみなりまさせ給(たま)ふ。民部卿(みんぶきやう)その事(こと)ゝなく悩(なや)ましくし給(たま)ふにも、なからんのち、誰(たれ)もいかにし給(たま)はんすらんと、歎(なげ)かせ給(たま)ふ。されど、此(こ)の上(うへ)は、若君(わかぎみ)を殿(との)のいと悲(かな)しくし給(たま)へば、頼(たの)もし。残(のこ)りのきんけち、いかにし給(たま)はんすらんとぞ宣(のたま)ひける。いとおかしげにてなみゐ給(たま)へる、よその人(ひと)だに心(こころ)ぐこしけなる御有様(ありさま)なり。大臣になり給(たま)ふべきに、東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)殿(どの)、年(とし)頃(ごろ)故(こ)大夫の御かたざまにても、なるべき様(さま)を申(まう)し給(たま)ふ、すてがたくいとおしく、うち思(おぼ)し召(め)したり。民部卿(みんぶきやう)あにゝて、一(いち)の大納言(だいなごん)にておされ給(たま)はん事(こと)をいみじう歎(なげ)き給(たま)ふ。内(うち)の大(おほ)殿(との)は太政(だいじやう)大臣(だいじん)にならせ給(たま)ひぬ。民部卿(みんぶきやう)も右大臣(うだいじん)に、東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)は内大(ないだいじん)。源大納言(だいなごん)、宮(みや)たちの御面(おもて)ぶせにてわれ今(いま)ゝでかくてある事(こと)ゝいみじう申(まう)し給(たま)へば、大将(だいしやう)にならせ給(たま)ひぬ。様々(さまざま)いとめでたし。あにの大納言(だいなごん)は理(ことわり)なれど、歎(なげ)かしくいかがはおぼされざらん。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)は殿(との)の御心(こころ)は頼(たの)もしげならねど、 女(むすめ)の御徳(とく)に恥(はぢ)隠(かく)し給(たま)へりと、人(ひと)は聞(き)こえけり。大饗の程(ほど)の事(こと)など、殿(との)の人々(ひとびと)参(まゐ)りこみ、御前(ぜん)なども、殿(との)の人(ひと)ぞ参(まゐ)りける。内(うち)の大(おほ)殿(との)の女御(にようご)も、たゞ三(さん)の宮(みや)にておはしませば、いと
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めでたし。内(うち)の御心(こころ)の大方(おほかた)の御をきては哀(あは)れにおはしませど、殊(こと)の外(ほか)なる御(お)前(まへ)わたりなどのあさましく、近(ちか)くてはみしと思(おぼ)し召(め)さるゝなるべし。大将(だいしやう)殿(どの)、右(みぎ)の大(おほ)殿(との)かれさせ給(たま)ふ事(こと)、月日に添(そ)へてまさるべし。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)年(とし)頃(ごろ)瘻(ゝ)といふ物ありけるが、乱(みだ)れ給(たま)ひていみじう煩(わづら)ひうせ給(たま)ひぬ。内(うち)の大(おほ)殿(との)ももののけたちてうせ給(たま)ひぬ。うちつゞきあさましきよなり。月日過(す)ぎて夏(なつ)ゝかた大臣召(め)し有るに右大将(うだいしやう)殿(どの)例(れい)の宮(みや)たちの御事(こと)、かことに思(おぼ)したるも理(ことわり)なり。あにの大納言(だいなごん)の、さのみおされ給(たま)はんもいとおしく、世をもうちみ給(たま)はず宮仕(みやづか)へをつとめ、さえもおはする人(ひと)の、つとよにつかへ給(たま)はんををきては、いかでかいと思(おぼ)し召(め)す。左大将(さだいしやう)殿(どの)、一(いち)の人(ひと)の御(おん)子(こ)にて、今(いま)ゝでならせ給(たま)はぬだにあり。東宮(とうぐう)の大夫(だいぶ)内(うち)の御叔父(おぢ)にてのぞみ給(たま)ふ。それも理(ことわり)なり。藤大納言(だいなごん)、一(いち)の大納言(だいなごん)にてのぞみ給(たま)ふ。されど源大納言(だいなごん)二人(ふたり)、左右の大臣になり給(たま)ひぬ。殿(との)の大将(だいしやう)殿(どの)、内大臣(ないだいじん)にならせ給(たま)ひぬ。廿二ばかりにやおはしますらん。殿(との)は十八にてこそならせ給(たま)ひしか。所々(ところどころ)の大饗などいとめでたし。土御門(つちみかど)右(みぎ)の大(おほ)殿(との)の上(うへ)を大臣三(み)所(ところ)はいし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)こそ、世(よ)になくめでたけれ。 度(たび)もかへず同(おな)じ折(をり)に、いと珍(めづら)しくめでたき御事(こと)なり。かく御年(とし)も御さいはひもいとめでたくおはしましけり。小一条(こいちでう)の大臣(おとど)貞信公、左の子(こ)右の子(こ)と小野宮(をののみや)殿(どの)・九条(くでう)殿(どの)を申(まう)させ給(たま)ひけるを、世(よ)にめでたき事(こと)にかたり伝(つた)へたるを、かくこそはとめでたく
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おはします事(こと)を世(よ)人(ひと)申(まう)しけり。二(に)の宮(みや)のいつゝにおはしましゝに、祭の桟敷(さじき)にてもの御覧(ごらん)ぜし御有様(ありさま)のめでたさに、帰さ御覧(ごらん)じに、又(また)の日、むらさきのに渡(わた)らせ給(たま)ひし御有様(ありさま)のめでたう美(うつく)しくこそ。きたの陣に、大(おほ)殿(との)御から車(ぐるま)よせたせ給(たま)ひて、若宮(わかみや)抱(いだ)かれさせ給(たま)ひて、殿(との)さしそひおはしますに、殿上人(てんじやうびと)・上達部(かんだちめ)さるべき限(かぎ)り御供(とも)に候(さぶら)ふ。むらさきののはるかにひろきに、御供(とも)の人(ひと)、みなおり居(ゐ)並(な)みたり。二(に)の宮(みや)御車(くるま)よりさし出(い)でて御覧(ごらん)ずる度(たび)ごとに、見参(まゐ)らする人(ひと)めで申(まう)さぬなし。殿(との)の御有様(ありさま)、つねよりもいとめでたく見(み)えさせ給(たま)ふに、宮(みや)のさしならばせ給(たま)へる事(こと)をぞ、行末(ゆくすゑ)はるかに光(ひかり)そひ出(い)でさせ給(たま)へる御有様(ありさま)と、祭(まつり)のかへさよりも心(こころ)異(こと)に御車(くるま)のあたりをめでたく世(よ)の人(ひと)めで申(まう)さぬなくなんありしとぞ申(まう)し伝(つた)へたる。



栄花物語詳解巻四十


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〔栄花物語巻第四十〕 紫野(むらさきの)
殿(との)には、宮(みや)達(たち)・若君(わかぎみ)の御袴着(はかまぎ)など、御急(いそ)ぎのみしきる。めでたき御事(こと)のみ多(おほ)かるに、天王寺(てんわうじ)に詣(まう)でさせ給(たま)はん御事(こと)を思(おぼ)し渡(わた)るに、自(おの)づから障(さは)る事(こと)のみおはしまして、過(す)ぐさせ給(たま)ふ。応徳元年(ぐわんねん)九月十二日詣(まう)でさせ給(たま)ふ。四条(しでう)の宮(みや)も具(ぐ)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)同(おな)じ御車(くるま)にて詣(まう)でさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)の車(くるま)、殿(との)の御方(かた)に三(み)つ、宮(みや)の御方(かた)に三(み)つ、様々(さまざま)の花紅葉(はなもみぢ)、色々(いろいろ)を織(お)り尽(つく)して、日ごとに替(か)へさせ給(たま)ふ。すゞしの衣(きぬ)に綿(わた)を入(い)れたる日(ひ)もあり。中(なか)に、薄様(うすやう)・紅葉(もみぢ)葉(ば)・櫨(はじ)、又(また)紅(くれなゐ)にて、うらは色々(いろいろ)なるも著(き)、菊(ゝく)は蘇芳菊(すはうぎく)、たゞ推(お)し量(はか)るべし。日ごとに装束(しやうぞく)かへ、えもいはずめでたし。上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)残(のこ)り少(すくな)く参(まゐ)らせ給(たま)へり。装束(しやうぞく)など、たゞ推(お)し量(はか)るべし。御あそびなどあるべきを、中宮(ちゆうぐう)例(れい)ならずおはしますといふ事(こと)ありて、華(はな)やかなる事(こと)はとまりぬ。哥など、殿(との)の御方(かた)、宮(みや)の御方(かた)にも、様々(さまざま)おかしくて多(おほ)かり。宮(みや)の御(おん)心地(ここち)重(おも)くおはしますとて、十七日に急(いそ)ぎかへらせ給(たま)ひぬ。いと重(おも)くおはしましけり。日をへて重(おも)くならせ給(たま)ひて、九月廿二日うせさせ給(たま)ひぬ。あさまし
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なども世(よ)の常(つね)なり。いづ方(かた)にも思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ様(さま)、いひやる方(かた)なし。右(みぎ)の大(おほ)殿(との)上(うへ)、殿(との)上(うへ)など、たゞ思(おも)ひ遣(や)るべし。内(うち)の御前(ぜん)には理(ことわり)とは申(まう)しながら、いふ方(かた)なく類(たぐひ)なく、思(おぼ)し召(め)しいらせ給(たま)へり。又(また)これをいみじき歎(なげ)きに、殿(との)より始(はじ)め歎(なげ)かせ給(たま)ふ。春宮(とうぐう)大夫(だいぶ)など思(おも)ひ歎(なげ)き給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなく、宮々(みやみや)も殿(との)に出(い)でさせ給(たま)ひぬ。斎宮おりさせ給(たま)ひぬ。内(うち)には月日のゆくもしらせ給(たま)はず、つゆの御湯(ゆ)などもめさず、しづみいらせ給(たま)ひて、よるのおとゝのとにも出(い)でさせ給(たま)はす。女房(にようばう)なども、睦(むつ)まじくさるべき限(かぎ)りぞ参(まゐ)りける。殿(との)にも、宮(みや)達(たち)のこひ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふを見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふも、哀(あは)れなり。いみじき御功徳(くどく)ども、あるべきよりも過(す)ぎさせ給(たま)ふ。なべての世(よ)にもおしくいみじく申(まう)したり。五節(ごせつ)御覧(ごらん)とまりぬ。正月などもありしよとも覚(おぼ)えず。月日はかはりゆけど、つゆの御湯(ゆ)なども御覧(ごらん)じいれさせ給(たま)はず、よるの大殿(おとど)に篭(こも)りおはしまして、うづもれ過(す)ぎさせ給(たま)ふ。月ごとに丈六(ぢやうろく)の御仏(ほとけ)をつくらせ給(たま)ひ、御(み)堂(だう)をつくらせ給(たま)ふ。世(よ)の常(つね)ならず訪(とぶら)ひ申(まう)させ給(たま)ふ。さきの世(よ)の御契(ちぎ)り推(お)し量(はか)らる。世(よ)の人(ひと)もいみじう哀(あは)れがり申(まう)しけり。
@をよびなくかけもみざりし月なればくもかくるゝは悲(かな)しかりけり W623。
又(また)の年(とし)の九月、女房(にようばう)のもとに、右大弁(うだいべん)通俊(みちとし)、
@しぐれつゝ朽(く)ちにし袖(そで)はいかゞする哀(あは)れうかりしあきはきにけり W624。
かくて
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はいかでかながらへさせ給(たま)ふべきと見(み)奉(たてまつ)れど、限(かぎ)りある事(こと)にや。その年(とし)、裳瘡(もがさ)といふ事(こと)おこりて、子(こ)ども・若(わか)き人(ひと)など、いみじうやむに、東宮(とうぐう)重(おも)くわずらはせ給(たま)ひて、応徳二年十一月(じふいちぐわつ)八日にうせさせ給(たま)ひぬ。あさましくいみじう、近(ちか)くは聞(き)こえぬ事(こと)なりかし。女御(にようご)殿(どの)、一品(いつぽん)の宮(みや)など歎(なげ)かせ給(たま)ふ様(さま)理(ことわり)なり。いひやるべき方(かた)なし。宮司(みやづかさ)・さるべき親族(しぞく)など、とき失(うしな)ひたるやまがつにて、いかにとこそ。内(うち)にも哀(あは)れにいみじく思(おぼ)し召(め)さる。うちつゞきあさましき年(とし)なり。月日は変(かは)れど、誰(たれ)も思(おぼ)し嘆(なげ)くに、内(うち)は猶(なほ)そのかみにかはらず、まつりごとなどにも出(い)でさせ給(たま)ふ事(こと)もなく、哀(あは)れに心(こころ)深(ふか)く思(おぼ)しいらせ給(たま)へり。いかに思(おぼ)し召(め)すにか、九条(くでう)のあなたに、とばにいふ所(ところ)に、いけ・やまひろうつくらせ給(たま)へば、おりさせ給(たま)ふべき御心(こころ)まうけにやなど申(まう)しおもへる程(ほど)に、十一月(じふいちぐわつ)廿六日に、二(に)の宮(みや)に御位(くらゐ)譲(ゆづ)り申(まう)させ給(たま)ふ。今年(ことし)そ八にならせ給(たま)ふ。故(こ)宮の御事(こと)ののちは、五節(ごせつ)・臨時(りんじ)祭(まつり)様(さま)かはりて、いてさせ給(たま)ふ事(こと)もなく、万(よろづ)をすて、すさましくかりそめに思(おぼ)し召(め)しなさせ給(たま)ひにける。いと哀(あは)れなり。賀茂(かも)に、御生(みあれ)の日ごとに行幸(ぎやうがう)のありつるもとまり、斎宮など、も又(また)ゐさせ給(たま)はざりつるも、かく思(おぼ)し召(め)しければにこそと、哀(あは)れに心(こころ)深(ふか)く、世(よ)の常(つね)ならぬ御心(こころ)の程(ほど)なり。かかる類(たぐひ)はあらじと見(み)えたり。これを見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふにも、右(みぎ)の大(おほ)殿(との)には、いかに哀(あは)れにありがたく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はむと、いとどもよほさるゝ
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御心(こころ)の内(うち)ならむかし。土御門(つちみかど)右(みぎ)の大(おほ)殿(との)の上(うへ)うせさせ給(たま)ひぬれば、殿(との)の上(うへ)、左右(ひだりみぎ)の大(おほ)殿(との)、御服(ぶく)にならせ給(たま)ひぬ。めでたき御さいはひなりかし。后(きさき)にならせ給(たま)はず、たゞ人(ひと)にておはしましつれども、御命(いのち)は八十(はちじふ)余(よ)にて、大臣(おとど)達(たち)、関白(くわんばく)殿(どの)上(うへ)を、御(おん)子(こ)にて、内(うち)の大(おほ)殿(との)を御孫にて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、いとめでたき御有様(ありさま)なり。十二月(じふにぐわつ)十六日御即位(そくゐ)なり。御こしに、みつらゆひて奉(たてまつ)れる、めでたきにも涙(なみだ)ぐましく、故(こ)宮(みや)のまして見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はましかばと哀(あは)れなり。御乳母(めのと)達(たち)典侍(ないしのすけ)になりなどいとめでたし。殿(との)、摂政(せつしやう)せさせ給(たま)ふ。理(ことわり)の事(こと)なれど、さしあたりては又(また)いとめでたし。院(ゐん)の御有様(ありさま)、かくてしも御心(こころ)にまかせさせ給(たま)ひて、所々(ところどころ)御覧(ごらん)じ、御物詣(まう)でなど、やすらかにめてたき御様(さま)なり。斎宮には、故(こ)内(うち)の大(おほ)殿(との)の女御(にようご)の御はらの姫宮(ひめみや)ゐさせ給(たま)ひぬ。おぼつかなからん事(こと)を、女御(にようご)殿(どの)は思(おぼ)し歎(なげ)かせ給(たま)ふ。さき斎宮のぼらせ給(たま)へれば、殿(との)にも同(おな)じ御事(こと)思(おも)ひかしづき申(まう)させ給(たま)ふ。院(ゐん)にいらせ給(たま)ひて、院(ゐん)にのみおはします。もてかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。故(こ)宮(みや)の御事(こと)を思(おぼ)し召(め)し忘(わす)れさせ給(たま)ふよもなくて、此(こ)の宮(みや)の御方(かた)にのみ渡(わた)らせ給(たま)ひて、哀(あは)れに昔(むかし)をのみ思(おぼ)し出(い)でさせ給(たま)ひて、一(ひと)所(ところ)におはしまし、いと類(たぐひ)なく哀(あは)れなる御心(こころ)なり。御(ご)禊(けい)十月廿一日なり。女御代(にようごだい)には殿(との)の姫君(ひめぎみ)立(た)たせ給(たま)ふ。はゝは故(こ)右(みぎ)の大(おほ)殿(との)の御このみのの守(かみ)基貞(もとさだ)と聞(き)こえしが御むすめ、女院(にようゐん)に候(さぶら)ひ給(たま)ひしが腹(はら)なり。先々(さきざき)かくのみぞ、たゞ人(ひと)の腹(はら)なれど、
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一(いち)の人(ひと)の御むすめはし給(たま)ひしかば、ましてこれはなどてかは。装束(しやうぞく)は、色々(いろいろ)、萌黄(もえぎ)の織物(おりもの)、葡萄染(えびぞめ)の唐衣(からぎぬ)。今(いま)となりては、故(こ)中宮(ちゆうぐう)も皇太后宮(くわうだいこうくう)も、みないろ一(ひと)つにせさせ給(たま)ひしかば、たゞ先々(さきざき)の様(さま)にてと、思(おぼ)し召(め)すなるべし。摂政(せつしやう)殿を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、残(のこ)り給(たま)ふ人(ひと)なくつかうまつり給(たま)へり。殿(との)の上(うへ)・姫宮(ひめみや)た〔ち〕・院(ゐん)・前斎宮などみな御桟敷(さじき)にて御らんず。陽明院(やうめいのゐん)・四の宮(みや)なども御覧(ごらん)じけり。梅壺(むめつぼ)の女御(にようご)、東宮(とうぐう)の御事(こと)を思(おぼ)しいづらんかし。三(さん)の宮(みや)御元服せさせ給(たま)ひて、いと清(きよ)げに大人(おとな)<しくておはします。五節(ごせつ)なれど、例(れい)の事(こと)なり。大嘗会(だいじやうゑ)などめでたくて過(す)ぎぬ。宇治(うぢ)殿(どの)の上(うへ)うせさせ給(たま)ひぬ。九十ばかりはおはしましつらん。遂(つひ)の事(こと)ゝ哀(あは)れにこそ。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)万(よろづ)に扱(あつか)ひ申(まう)させ給(たま)ふ。年(とし)かへりぬれば、内(うち)辺(わた)り例(れい)の事(こと)にて、御まかなひ、御くすりなど参(まゐ)る有様(ありさま)、めでたく華(はな)やかなり。十九日(じふくにち)、院(ゐん)に行幸(ぎやうがう)あり。めでたくよそほしき儀式(ぎしき)なるに、御ひつらゆひておりさせ給(たま)へるは、すゞろなる人(ひと)だに涙(なみだ)とまらず。まして院(ゐん)の御心(こころ)の内(うち)には、いふ方(かた)なくなん思(おぼ)し召(め)されける。院(ゐん)の人(ひと)・殿(との)の人(ひと)など、かかいしめでたし。二月廿二日、かうやに、詣(まう)でさせ給(たま)ふ。世(よ)の人(ひと)見ののしる。殿・左右(ひだりみぎ)の大(おほ)殿(との)・内大殿(後二条也)みな参(まゐ)らせ給(たま)ふ。殿(との)・内大臣(ないだいじん)殿(どの)は御をくりばかりしてかへらせ給(たま)ふ。左右(ひだりみぎ)の大(おほ)殿(との)は詣(まう)でさせ給(たま)ひけり。近(ちか)くなりて歩(あゆ)ませ給(たま)ふ。みこしならではありかせ給(たま)はざりしに、はげしきやまをこへさせ給(たま)ふ、いと<哀(あは)れに
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見参(まゐ)らす。ゆきなど降りていと哀(あは)れなりけり。廿九日にかへらせ給(たま)ふ。臨時(りんじ)の祭(まつり)に、内(うち)の大(おほ)殿(との)の若君(わかぎみ)、殿(との)に思(おぼ)し(たてまつ)らせ給(たま)へりつる、此(こ)の正月廿一日に御元服せさせ給(たま)ひて、侍従(じじゆう)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)へるか、少将にならせ給(たま)ひて舞人せさせ給(たま)ふ。大将殿ゝ少将(せうしやう)におはしましゝとき、春日(かすが)の臨時(りんじ)の祭(まつり)の舞人(まひびと)せさせ給(たま)ふ日、殿(との)の台盤所(だいばんどころ)に頼綱(よりつな)が参(まゐ)らせける、
@咲(さ)きそむる挿頭(かざし)の花の千代(ちよ)を経(へ)て木高(こだか)くならん影(かげ)をこそ待(ま)て W625。
殿(との)はいみじき事(こと)共(ども)をつくさせ給(たま)へり。やはた行幸(ぎやうがう)晦日(つごもり)方(がた)にありて、かへさにかの鳥羽院(ゐん)におはしまさせ給(たま)ふ。十余丁をこめてつくらせ給(たま)ふ。十丁ばかりはいけにて、はる<とよもの海(うみ)のけしきにて、御ふねうかべなどしたる、いとめでたし。故(こ)宮(みや)うせさせ給(たま)ひては、いづれの宮(みや)達(たち)をも見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ事(こと)もなく、中々(なかなか)に見(み)奉(たてまつ)らんにつけて催(もよを)されぬべしとて、この二三年(にさんねん)ばかり、かくいみじき御有様(ありさま)どもを見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はざりつるを、御(ご)禊(けい)の程(ほど)より、斎宮をも見(み)奉(たてまつ)り、内(うち)をも、御(ご)禊(けい)の後(のち)行幸(ぎやうがう)も度々(たびたび)ありなどして、殿(との)におはします姫宮(ひめみや)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふなりけり。日々とひもてあそび、万(よろづ)のおかしき事(こと)をつくして、御覧(ごらん)ぜさせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、かへらせ給(たま)ひぬれば、なごり恋(こひ)しく思(おぼ)し召(め)さるらんかし。たゞ斎宮の御方(かた)にのみおはします。折々(をりをり)の春秋(はるあき)の花紅葉(はなもみぢ)の盛(さか)りにて、おかしきうた多(おほ)く御あそびあり、心(こころ)をやりておはします。功徳(くどく)
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の方(かた)の事(こと)もうちそへ、おもふ様(さま)にめでたき御有様(ありさま)なり。たゞ宮(みや)のおはしまさぬのみぞ、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しき事(こと)なる。四月になりて、祭(まつり)、院(ゐん)・斎宮など御覧(ごらん)ずべしとて、世(よ)の中(なか)の人(ひと)心(こころ)する中にも、斎宮のわらはへちひさきおほきなる、いといみじく美(うつく)しきに、女房(にようばう)われも<と挑(いど)みて、えもいはずしつくしたり。浮線綾(ふせんりよう)の表着(うはぎ)にゑかきぬひものし、にしきの袴(はかま)をき、いひつくすべくもあらず。殿(との)にも様々(さまざま)にいみじうしつくしたり。院(ゐん)の御車(くるま)は、殿(との)の御桟敷(さじき)みやらるゝ程(ほど)なり。むまときばかりに、院(ゐん)と斎宮と一(ひと)つ御車(くるま)におはします。斎宮をばくちにのせ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、しりにおはします。いと忝(かたじけな)く哀(あは)れなり。御直衣(なほし)のそのほのかに見(み)えさせ給(たま)へる、いみじう哀(あは)れに忝(かたじけな)し。女房(にようばう)はなのいろなるやまぶきどもに、唐衣(からぎぬ)いと華(はな)やかに今(いま)めかしう見(み)ゆ。ぬしは誰(たれ)といはまほしうぞ。殿(との)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、左右(ひだりみぎ)の大(おほ)殿(との)、内大臣(ないだいじん)殿(どの)、大納言(だいなごん)達(たち)、それよりしもはた残(のこ)りなくつかうまつれり。殿(との)を放(はな)ち奉(たてまつ)りては、大臣たちもみな御むまにて候(さぶら)ひ給(たま)ふ。世(よ)人(ひと)いみじきみものになんしける。世ゆすりたるとしなり。斎院(さいゐん)などのたうしの后(きさき)腹(ばら)の御(み)子(こ)などにておはします事(こと)はめでたけれと、かくはなかりき。かへさも同(おな)じ事(こと)にて御覧(ごらん)ず。まつ院(ゐん)のおはしますみて、紫野(むらさきの)へきほひ急(いそ)ぎたる車(くるま)のひゞきみちて見(み)ゆるとは、かかる折(をり)にやと見(み)えたり。先々(さきざき)かく心(こころ)のどかに事(こと)〔な〕くておりさせ給(たま)ひておはします御門(みかど)、久(ひさ)しくおはしまさ
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ゝりつれは、世(よ)にめでたき事(こと)にぞありけるとめで申(まう)しけり。斎院(さいゐん)の、御車(くるま)留(とど)めさせ給(たま)ひて、いりはてさせ給(たま)はず、院(ゐん)のかへらせ給(たま)ふを御覧(ごらん)するを、人(ひと)めで申(まう)しけり。あるべき程(ほど)は何(なに)となくて過(す)ぎぬ。とばに宮(みや)達(たち)わたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて御あそびあり。御心(こころ)をやらせ給(たま)ひて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。二条(にでう)の院(ゐん)、故(こ)院(ゐん)の御基所(どころ)に御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)ひて、菩提院(ぼだいゐん)とて、東山(ひんがしやま)なる所(ところ)に三昧堂(さんまいだう)たてられたるかたはらに、御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)ひて、みはかう・五十講などせさせ給(たま)ふ。故(こ)院(ゐん)・故(こ)宮(みや)のおはしましゝあたりにてかくせさせ給(たま)へば、御罪も滅(ほろ)びさせ給(たま)ふらんなど申す、いと尊(たふと)し。後一条(ごいちでう)の院(ゐん)・故(こ)中宮(ちゆうぐう)・後冷泉(ごれいぜい)の院(ゐん)の御事(こと)など申す、いと尊(たふと)し。かの源氏の耀(かかや)くひの宮(みや)のあまになり給(たま)ふ願文よみあげけん心地(ここち)して、やむごとなくめでたし。御(み)堂(だう)にはこ院(ゐん)の御ゑいを書(か)き奉(たてまつ)りたり。似(に)させ給(たま)はねど、御直衣(なほし)す方(かた)にて御脇足にをしかかりておはします、いと哀(あは)れなり。御女とて、女御(にようご)殿(どの)の人(ひと)のはらなりける中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の、
@いかにしてうつしとめけん雲居(くもゐ)にて明(あ)かす隠(かく)れし月の光(ひかり)を W626
うはきみ
@雲居(くもゐ)にてすみけん世をはしらねとも哀(あは)れとまれる月のかげかな 627
御(お)前(まへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。幼(をさな)くおはしましゝ程(ほど)にて、確(たし)かにも覚(おぼ)え奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬに、年(とし)頃(ごろ)ありて御方(かた)にても見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、いみじう哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。皇后宮(くわうごうぐう)
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よりもゆかしがり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ、理(ことわり)なり。かかる御山里住(やまざとずみ)いと哀(あは)れに、幼(をさな)くより内(うち)にのみおはしましゝ、九重のへだて多(おほ)かりしに、かかる御山里住(やまざとずみ)思(おも)ひかけずいみじう哀(あは)れに、御垣(みかき)の内(うち)にてかすめるやまのけしき御覧(ごらん)ぜられざりしになどおもふに、いと哀(あは)れなり。年(とし)かはりて、都(みやこ)にかはりたるはるのけしきも哀(あは)れなるに、月おかしき程(ほど)に民部卿(みんぶきやう)参(まゐ)り給(たま)へり。こ院(ゐん)の殿上人(てんじやうびと)にてものし給(たま)ひしかば、哀(あは)れにて尋(たづ)ね参(まゐ)り給(たま)へるこそなど言(い)ひて、又(また)の日女房(にようばう)のいひやりける、
@いにしへのなれにしくもをしのふとやかすみをわけてきみ尋(たづ)ねけん W628
御かへし、民部卿(みんぶきやう)、
@哀(あは)れにも見(み)えし昔(むかし)の雲居(くもゐ)かなたにのうぐひすこゑばかりして W629
哀(あは)れなる事(こと)のみこそ多(おほ)く。皇太后宮(くわうだいこうくう)もをのにのみおはします。四条(しでう)の宮(みや)も宇治(うぢ)に御(み)堂(だう)たてゝかよひすませ給(たま)ふ。故(こ)中宮(ちゆうぐう)の姫宮(ひめみや)一所(ところ)は、此(こ)の宮(みや)におはします。かしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ様(さま)疎(おろ)かならず。かくてるり女御(にようご)と聞(き)こえしうせ給(たま)ひぬれば、斎院(さいゐん)おりさせ給(たま)ひぬ。いとうらむにめでたかりつるさいはひ人(びと)なり。一院(いちゐん)の姫宮(ひめみや)、殿(との)におはします、斎院(さいゐん)にゐさせ給(たま)ひぬ。いと華(はな)やかにめでたき御有様(ありさま)なり。さだまらせ給(たま)ひなば御たいめんかたかるべければ、院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。四条(しでう)の宮(みや)の姫宮(ひめみや)も渡(わた)らせ給(たま)ふ。若(わか)き人々(ひとびと)、うすもの・あや・かとりのひとへ重(かさ)ねの色々(いろいろ)なるに、裳(も)・唐衣(からぎぬ)などめでたくおかしう、はなの色々(いろいろ)をおりつくして十人(にん)、さらぬ大人(おとな)などはをりたる五重(いつへ)なる三重(みへ)なる、浮線綾(ふせんりよう)など著(き)
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たるもあり。四条(しでう)の宮(みや)の姫宮(ひめみや)の御方(かた)にも四人(にん)ばかりぞ候(さぶら)はせさせ給(たま)ふ。かたち・有様(ありさま)心(こころ)異(こと)にえらせ給(たま)へり。斎宮の御方(かた)も疎(おろ)かならんやは。院(ゐん)いづれをも疎(ろ)かならず見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくて六月晦日(つごもり)つがたにゐさせ給(たま)ひぬ。人(ひと)の家(いへ)におはします。又(また)の年(とし)の御(ご)禊(けい)にぞ、大膳職に渡(わた)らせ給(たま)ふ。御(ご)禊(けい)の有様(ありさま)などいとめでたし。けいしはきなどえらせ給(たま)へり。斎宮も、はゝ女御(にようご)具(ぐ)し奉(たてまつ)りてくだらせ給(たま)ひぬ。久(ひさ)しくなる事(こと)もなけれど、昔(むかし)を今(いま)にとぞ、ける覚(おぼ)えける。いつともなくてくだる女房(にようばう)の心地(ここち)どもゝ哀(あは)れならんかし。京におもふ人(ひと)などしらん人(ひと)はましていかに思(おも)はん。 下衆(げす)などの歩(あゆ)み続(つゞ)きて、物の具(ぐ)馬(むま)などに具(ぐ)して行(い)くらん、いと哀(あは)れなり。内(うち)の大(おほ)殿(との)の少将(せうしやう)殿(どの)、今は三位中将(ちゆうじやう)とて、よになく華(はな)やかなる御有様(ありさま)なり。左(ひだり)の大(おほ)殿(との)の御むこにぞなし奉(たてまつ)らせ給(たま)へる、内(うち)の宮(みや)になど思(おぼ)し召(め)ししかども、殿(との)の申(まう)させ給(たま)ふにしたがはせ給(たま)ふも理(ことわり)にぞ。程(ほど)なく中納言(ちゆうなごん)にならせ給(たま)ひて、中将(ちゆうじやう)の中納言(ちゆうなごん)にて、はるの春日(かすが)の祭の上卿せさせ給(たま)ふ。御供(とも)に、世(よ)に残(のこ)るなく、君達(きんだち)の殿上したるもせぬも、蔵人(くらうど)五位(ごゐ)どもつかうまつれり。かり装束(しやうぞく)おかしう、心(こころ)<思(おも)ひ<心(こころ)をつくし、いろをつくさぬなし。宇治(うぢ)殿(どの)に四条(しでう)の宮(みや)おはします比にて、宇治橋(うぢばし)みやらるる程(ほど)に、御桟敷(さじき)いみじうめでたくて、女房(にようばう)の衣(きぬ)のこぼれ出(い)でたる程(ほど)、絵(ゑ)にかかまほし。誠(まこと)にめもあやなり。思(おも)ひかけぬ宇治(うぢ)の辺(わた)りの御桟敷(さじき)の前(まへ)渡(わた)る人々(ひとびと)
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女(をんな)使(つか)ひの内侍(ないし)など用意(ようい)なくて、いとかたはらいたく慎(つつ)ましながら、渡(わた)る程(ほど)まはゆく思(おも)ひけり。木津河(こづがは)など渡(わた)らせ給(たま)ふ程(ほど)、えもいはずおもしろうおかしかりけり。かくてさほ殿につかせ給(たま)ひて、祭(まつり)の儀式(ぎしき)・有様(ありさま)、世(よ)の常(つね)ならずめでたくて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。つもれる人(ひと)、大(おほ)殿(との)のかくておはしましゝに、御孫にてかくおはしますを、えだ<さかへ出(い)でさせ給(たま)ふを、春日(かすが)の神も心(こころ)ゆかせ給(たま)ひてや、めでたく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひけんと、心(こころ)の内(うち)に思ひあまりけるを、同じ心にしづのを迄めで思(おも)ひ申(まう)しけり。又(また)の日帰らせ給(たま)ふ。御供の人々(ひとびと)皆(みな)、今日(けふ)(ばか)りさうぞく打(う)ち乱(みだ)れ、今(いま)少(すこ)し思(おも)ひやり深(ふか)く、世(よ)に又(また)
三笠(みかさ)の山(やま)のかゝる類(たぐひ)なく、めでたう思(おも)ひ余(あま)りて車(くるま)引き留(とど)めつゝ、みちすがらみる人(ひと)の、
@行末(ゆくすゑ)もいとど栄へぞまさるべき春日(かすが)の山(やま)の松(まつ)の梢(こずゑ)は W630
など、ふるめかしき人(ひと)の思(おも)ひける。