栄花物語詳解巻五


栄花物語 巻第五
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栄華物語詳解 巻三
           和田英松 佐藤球 合著
S05〔栄花物語巻第五〕 浦々の別
かくて祭(まつり)果(は)てぬれば、世の中にいひざざめきつる事(こと)ども〔の〕あるべきさまに人々いひ定(さだ)めて、恐(おそ)ろしうむつかし。内大臣(ないだいじん)殿(どの)も中納言(ちゆうなごん)殿(どの)もおぼし嘆(なげ)く。とのには、御門(みかど)をさして、御(おほん)物忌(ものいみ)しきりなり。宮(みや)の御まへもたゞにもおはしまさねば、大方(おほかた)御(おん)心地(ここち)さへ惱(なや)ましう苦(くる)しうおぼさるれば、臥(ふ)しがちにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。かかる事(こと)はをのづから漏り聞(き)こゆれば、「あなあさましや。さやうのゆめをも見ば、われいかにせん。いかでただ今日(けふ)明日(あす)身を失(うしな)ふわざもがな」とおぼしなげゝど、いかゞはせさせ給(たま)はん。此のとのばら、「さてもいかなるべきにかあらん。さりとて只今(ただいま)身を投(な)げ、出家(しゆつけ)入道(にふだう)せんも、いとまことにおどろ<しからん事(こと)は逃(のが)るべきにもあらず。ただ仏神ぞともかくもせさせ給(たま)ふべき」とて、ずゞを放(はな)たず、つゆものも聞(き)こし召(め)さで、なげき明(あ)かし思(おも)ひ暮(くら)し給(たま)ふ。
うちには陣に、陸奧(みち)のくにのさきのかみこれのぶ、左衛門(さゑもん)のぜう惟時、肥前前司(ぜんじ)よりみつ、すはう前司(ぜんじ)よりちかなどいふ人々、みなこれ満中・さだもりが子むまごなり。各(おのおの)つはものども〔を〕かず知(し)らず多(おほ)くさぶらふ。東宮(とうぐう)の帶刀(たちはき)や、たきぐちやなどいふものどもよるひるさぶらひて、せきを
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固(かた)めなどしていとうたてあり。世にはおほあなくりといひつぐるもいとゆゝし。「としごろてんべんなどして、ひやうらんなどうらなひ申(ま)しつるは。此の事(こと)にこそありけれ」と、よろづのとのばら・宮(みや)ばらさるべき用意(ようい)せさせ給(たま)ふ。もののかずにもあらぬ里人(さとびと)さへ、よろづにともせばやまに入(い)らんとまうけをし、ゆゝしきころの有様(ありさま)なり」。
北(きた)の方(かた)の御兄人(せうと)の明順・道順の弁などいふ人<、「あな心憂(う)。さば、かうにこそ世はあめれ。いかゞせさせ給(たま)はんずる」など申(ま)し騷(さわ)げど、つゆかひあるべき事(こと)にもあらぬに、殿(との)のうちに曹司してとしごろさぶらひつる人々、「とありともかかりとも、君のなくならせ給(たま)はんまゝにこそは」とも思(おも)はで、よろづをこぼちわらひごほめきののしりて、もて出(い)で運(はこ)び騷(さわ)ぐを見るに、いみじう心(こころ)細(ぼそ)し。されどさなと制(せい)し給(たま)ふべきにもあらず。よろづの人の見思(おも)ふらん事(こと)をはづかしういみじうおぼさるゝ程(ほど)に、世のなかのある検非違使(けんびゐし)の限(かぎ)り、此の殿(との)の四方にうち固(かた)め、〔かこみたり。各(おのおの)〕えもいはぬ鬼のやうなる者うちぐして、太刀ほこ取りつつ、立(た)ちこみたる気色(けしき)、みちおほぢの四五丁ばかりの程(ほど)はゆきゝもせず。いとけ恐(おそ)ろしきとののうちの気色(けしき)有様(ありさま)ども、いはんかたなく騷(さわ)がしけれど、しんでんのうちにおはしましある人々おほかれど、人おはするけはひもせず、哀(あは)れに悲(かな)しきに、かかるにこのあやしのものども殿(との)のうちにうちめぐりつゝ、ここかしこを〔ぞ〕見騷(さわ)ぐ〔める〕けはひ、えもいはずゆゝしげなるにも、もののはざまより見出だして、ある限(かぎ)りの人々。むねふたがり心地(ここち)いといみじ。殿(との)
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「今(いま)は逃(のが)れがたき事(こと)にこそはあめれ。いかで此の宮(みや)を出(い)でゝこはたに参(まゐ)りて、近(ちか)うもとをうもつかはさんかたにまかるわざをせむ」とおぼしの給(たま)はするに。此のものども立(た)ちこみたれば、おぼろげのとりけだものならずば出(い)で給(たま)はん事(こと)かたし。「よなかなりともなき御かげにも。今(いま)一度参(まゐ)りてこそは、今(いま)はのわかれにも御覧(ごらん)ぜられめ」と言ひつゞけの給(たま)はするまゝに、えもいはずおほきに、水精の玉ばかりの御(おん)涙(なみだ)つゞきこぼるゝ〔は〕。見奉(たてまつ)る人いかゞは安(やす)からん。はゝ北方・宮(みや)のおまへ・御をぢの人々れいの涙(なみだ)にもあらぬ涙(なみだ)出(い)で来て、此の恐(おそ)ろしげなるものどもの宮(みや)のうちに入りみだれたれば、検非違使(けんびゐし)どもいみじうせいすれど、それにもさはるべき気色(けしき)ならず。」
かかる程(ほど)に、かくみだりがはしきもののなかどもをかきわけ、さるかたに、うるはしくさうぞきたるもの、みなみ面(おもて)に唯(ただ)参(まゐ)りに参(まゐ)る。こはなにしにかと思(おも)ふ程(ほど)に、宣命と言ふもの読むなりけり。聞(き)けば、「太上天皇をころし奉(たてまつ)らんとしたるつみひとつ、御門(みかど)の御はゝぎさきをのろはせ奉(たてまつ)りたるつみひとつ、おほやけよりほかの人いまだをこなはざる太元の法をわたくしにかくしてをこなはせたるつみにより、内大臣(ないだいじん)を筑紫(つくし)の帥(そち)になしてながしつかはす。また中納言(ちゆうなごん)をば出雲権守になしてながしつかはす」と言ふ事(こと)を読みののしるに、宮(みや)のうちの上下。こゑをどよみ泣きたる程(ほど)の有様(ありさま)。此のもん読む人もあはてにたり。検非違使(けんびゐし)どもゝ涙(なみだ)をのごひつつ、哀(あは)れに悲(かな)しうゆゝしう思(おも)ふ。其のわたり〔に〕近(ちか)き人々みなきゝて、かどをばさしたれど、
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此の御こゑにひかれて涙(なみだ)とどめがたし。
さて「今(いま)は出(い)でさせ給(たま)へ。日暮れぬ<」とせめののしり申せど、すべてともかくもいらへする人なし。内にも、かく答へする人なきよしをそうせさすれば、「などて、さるべき事(こと)にもあらず。唯(ただ)よくよくせめよ」とのみしきりに宣旨(せんじ)くだるに、かくてこの日も暮れぬれば、内大臣(ないだいじん)殿(どの)、「故殿こよひぞさそひてゐて出(い)でさせ給(たま)へ」と、おぼしねんぜさせ給(たま)ふ御(おほん)しるしにや、そこらの人さばかり言ひののしりつれど、夜なかばかりにいみじう寝入りたれば、御をぢの明順ばかりと御ともに、人二三人ばかりしてぬすまれ出(い)でさせ給(たま)ふ。御心のうちに〔多くの〕大願をたてさせ給(たま)ふそのしるしにや、事(こと)なく出(い)でさせ給(たま)ひぬ。」〔それより〕こはたに参(まゐ)り給(たま)へるに、月あかけれど、此のごろはいみじうこぐらければ、「その程(ほど)ぞかし」とおぼしはかりおはしまいつるに、かの山(やま)ぢかにてはおりさせ給(たま)ひて、くれ<”と分け入(い)らせ給(たま)ふに、木の間より漏り出(い)でたる月をしるべにて、卒都婆〔や〕くぎ抜きなどいとおほかる中に、これはこぞの此のごろの事(こと)ぞかし。さればすこししろう見ゆれど、其の折から人<あまたものし給(たま)ひしかば、いづれにか」とよろづたづね参(まゐ)り寄らせ給(たま)へり。
そこにて〔は〕よろづを言ひつゞけ、伏しまろび泣かせ給(たま)ふけはひにおどろきて、山(やま)の中のとりけだものもこゑをあはせて鳴(な)きののしる。ものの哀(あは)れを知(し)る、哀(あは)れに悲(かな)しういみじき〔に〕、「おはしましし折、人よりけにめでたき有様(ありさま)にと、おぼしをきてさせ給(たま)ひしかど、みづからの宿世果報(すくせくわほう)の
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ゆゝしく侍りければ、今(いま)はかくて都(みやこ)離(はな)れて知(し)らぬ世界(せかい)にまかりながされて、又(また)かやうに無き御かげにも御覧(ごらん)ぜらるゝやうも侍らじ。みづからをこたり思(おも)ふ給る事侍らねど、さるべき身のつみにてかうあるまじき目を見侍れば、いかでいづちもまからで、こよひのうちに身を失(うしな)ふわざをしてしかなど無き御かげにも御面(おもて)ぶせと、後代の名をながし侍る、いと悲(かな)しき事(こと)なり。たすけさせ給(たま)へ。中納言(ちゆうなごん)もおなじくながしつかはせど、おなじかたにだに侍らず、かたがたにまかりわかるゝ悲(かな)しき事(こと)。又(また)ゆゝしき身をばさるものにて、宮(みや)の御まへ〔の〕月ごろたゞにもおはしまさぬが、かかるいみじき事(こと)により、露御湯(ゆ)をだに聞(き)こし召(め)さで、涙(なみだ)にしづみておはしますを、いみじうゆゝしうかたじけなくはべり。おはします陣のまへは、かさをだに〔こそ〕ぬぎてこそわたり侍れ、かくえもいはぬものどもの、おはしますめぐりに立(た)ちこみて、御簾をも引きかなぐりなどして、あさましうかたじけなく〔悲しく〕ておはしますとも、もしたま<たいらかにおはしまさば。御産の折いかにせさせ給(たま)はんずらん。かひなき身だにゆくゑも知(し)らずまかり〔なり〕ぬれば、なをかの御身離(はな)れさせ給(たま)はず、たいらかにとまもり奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、又(また)かけまくもかしこきおほやけの御(おん)心地(ここち)にも。又(また)女院(にようゐん)の御ゆめなどにも、此の事(こと)とがなかるべきさまに思(おも)はせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へ」などなく<申させ給(たま)ふまゝに。涙(なみだ)におぼれ給(たま)ふ。聞(き)く人さへ無きところなれば、明順こゑもをしまず泣きたり。」
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やがてそれよりをしかへし、きたのに参(まゐ)り給(たま)ふ程(ほど)のみちいとはるかに、たつみのかたよりいぬゐのさまにおもむかせ給(たま)ふ。参(まゐ)りつかせ給(たま)へば、鳥鳴(な)きぬ。そこにて又(また)鳴(な)く<いみじき事(こと)どもを申しつゞけさせ給(たま)ふに、此のてんじんに御ちかひたてゝ、ざえおはする人にて、申し給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。「宮(みや)人もやおどろく」と、急(いそ)ぎいで給(たま)ふ程(ほど)に、むげにあけぬ。いかにせんと、かしこにいらせ給(たま)はん程(ほど)も騷(さわ)がし。なをこのわたりにとかくくらさせ給(たま)ひて、夕がたとおぼす程(ほど)も、かしこの御有さまども哀(あは)れにうしろめたくおぼせど。なをしばしやすらはんとおぼして、うごんのむまばのわたりにとどこほらせ給(たま)ふ程(ほど)に、宮(みや)にはきのふくれにし事(こと)だにあり。今日(けふ)とく<と宣旨(せんじ)しきりなり。さても中納言(ちゆうなごん)は。ある気色(けしき)しはべり。帥(そち)はすべてさぶらはぬよしをそうせさすれば、あるまじき事(こと)なり。宮(みや)をさるべくかく奉(たてまつ)りて、塗篭(ぬりごめ)をあけて組入(くみれ)のかみなどもみよとある宣旨(せんじ)しきりにそふ。御塗篭(ぬりごめ)あけ侍らん。宮(みや)さりおはしませど。検非違使(けんびゐし)申せば、今(いま)はすぢなしとて、さるべく木丁などたてゝ。あさはかなるさまにておはしまさせて、検非違使(けんびゐし)どものみにもあらず。えもいはぬ人ぐして、この塗篭(ぬりごめ)をわりののしるをとも、あさましうゆゝしく心憂(う)し。さは世の中はかくあるわざにこそありけれと、めもくれ心もまどひて、涙(なみだ)だにいでこず。中納言(ちゆうなごん)もわれにもあらぬさまにて、**薄鈍(うすにび)の御直衣(なほし)・指貫(さしぬき)など着(き)給(たま)ひて、あさましくてゐ給(たま)へれば、人々かしこまり
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て近(ちか)うもえ参(まゐ)りよらぬに、此のてのあやしのものども。入りみだれてしえたる気色(けしき)どもぞあさましういみじきまであけたれども、ゆめにおはせぬよしをそうせさす。出家(しゆつけ)したるにか。さるにても只今(ただいま)は都(みやこ)のうちを離(はな)るべきにあらず。よく<あされ<と宣旨(せんじ)しきりなり。検非違使(けんびゐし)ども、かつはなく<いみじう思(おも)ひながら、まゝにするにおはせねば、いとあさましき事(こと)にて、帥(そち)なしとてそのあたり〔さがす。〕よるひるまもるべきよしの宣旨(せんじ)しきりにあり。かくして今日(けふ)もくれぬ。いとあさましき事(こと)なり。検非違使(けんびゐし)ども事(こと)あやまちたらば、みなとがあるべきよしきくにも、その夜よ一夜いもねじと思(おも)ひ騷(さわ)ぐ程(ほど)に、とりのときばかりに、あやしのあじろぐるまのここらの人どもをぢぬさまなるが、二三人ばかりともにて、この宮(みや)をさしてただきにくるに、あやしくなりて、この検非違使(けんびゐし)どものてのあかぎぬなどきたるものども、たゞよりによりて、「なにのくるまぞ。ただ今(いま)かかるところにくるは」とて、ながえにさとつけば、あらずや。殿(との)のこはたに参(まゐ)らせ給(たま)へりしが、今(いま)かへらせ給(たま)ふなりといふをきゝて、このものどもみなさりぬ。御くるま、御門(みかど)のもとにてかきおろして、内大臣(ないだいじん)殿(どの)おりさせ給(たま)ひぬ。検非違使(けんびゐし)どもみなおりて〔土に〕なみゐたり。み奉(たてまつ)れば、御としは只今(ただいま)廿二三ばかりにて、御かたちのとゝのをり。ふとりきよげにて、いろあひまことにめでたし。かのひかるげんじもかくやありけんとみ奉(たてまつ)る。薄鈍(うすにび)の御衣(ぞ)のなよゝかなるみつばかり、おなじ
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いろの御ひとへの御衣(ぞ)、御直衣(なほし)、御指貫(さしぬき)おなじさまなる御身のざえもかたちも此の世の上達部(かんだちめ)にはあまり給(たま)へると聞(き)こゆるぞかし。あたらものを、哀(あは)れに悲(かな)しきわざかなと。見奉(たてまつ)るに涙(なみだ)もとゝめがたうてみな無きぬ。乗りながらも入(い)らせ給(たま)はで、宮(みや)のおはしませば、われひとりはなをかしこまり給(たま)へるも。いと悲(かな)し。さておはしましぬれば、帥(そち)こはたに参(まゐ)らせたりけるが。只今(ただいま)なんかへりて候ふとそうせさすれば、むげに夜に入りぬれば、こよひはよくまもりて、明日(あす)卯のときにとある宣旨(せんじ)有り。されば夜ひとよいもねで立(た)ち明(あ)かしたり。宮(みや)の御まへ、帥(そち)殿(どの)。はゝ北(きた)の方(かた)、ひとつに手を取りかはしてまどはせ給(たま)ふ。
はかなく夜もあけぬれば、今日(けふ)こそは限(かぎ)りとたれも<おぼすに、立(た)ちのかんともおぼさず。御こゑも惜しませ給(たま)はず。いかに<〔と〕、ときなりはべりぬと責めののしるに。宮(みや)御まへ、はゝ北(きた)の方(かた)。つととらへて、さらにゆるし奉(たてまつ)り給(たま)はず。かかるよしをそうせさすれば、几帳ごしに宮(みや)の御まへを引き放(はな)ち奉(たてまつ)れど、宣旨(せんじ)しきれど。検非違使(けんびゐし)どもも人なれば、おはします屋にはえもいはぬものどものぼり立(た)ちて、塗りごめをわりののしるだにいみじきを。又(また)いかでか宮(みや)の御手を引きはなつ事(こと)はあらんと、いと恐(おそ)ろしう思(おも)ひまはして、身のいたづらにまかりなりて後は、いとびんなかるべし。疾く<とせめ申せば、すぢ無くて出(い)でさせ給(たま)ふに、松ぎみいみじうしたひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、かしこくかまへてゐてかくし奉(たてまつ)りて、御くるまにかうじ・
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橘、ごきひとつばかりをふくろに入れて、むしろばりのくるまに乗り給(たま)ふ。宮(みや)の御かたをいとかたじけなくおぼせど、宮(みや)の御まへ、はゝ北(きた)の方(かた)もつゞき立(た)ち給(たま)へれば、近(ちか)く御くるま寄せて乗らせ給(たま)ふに、はゝ北(きた)の方(かた)やがて御こしを抱(いだ)きてつゞきて乗らせ給(たま)へば、はゝ北(きた)の方(かた)、帥(そち)のそでをつととらへてやがてのらむとはべりとそうせさすれば、いと便なき事(こと)なり。引き放(はな)ちてとあれど、離(はな)れ給(たま)ふべきかた見えず。唯(ただ)山(やま)ざきまでいかん<と唯(ただ)のりに乗り給(たま)へば、いかゞはせん、すぢなくて御くるま引き出だしつ。かくいふは、長徳二年四月廿四日なりけり。
帥(そち)殿(どの)は筑紫(つくし)のかたなりければ、ひつじさるのかたにおはします。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はいづものかたなれば、たんばのかたのみちよりとて、いぬゐざまにおはする。御くるま引きいづるまゝに。宮(みや)は御はさみして御手づからあまになり給(たま)ひぬとそうすれば、哀(あは)れ、宮(みや)はたゞにもおはしまさゞらんものを。かくもの思(おも)はせ奉(たてまつ)る事(こと)ゝおぼしつゞけて、涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)へば、しのびさせ給(たま)ふ。むかしのちやうごんかのものがたりなども、かやうなる事(こと)にやと悲(かな)しうおぼさるる事(こと)限(かぎ)り無し。此のとのばらのおはするを世の人々見るさま。少々のもの見にはまさりたり。見る人涙(なみだ)をながしたり。哀(あは)れに悲(かな)しなどはよろしき事(こと)なりけり。
中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はきやう出(い)で果(は)て給(たま)ひて、たんばざかひにて御むまに乗らせ給(たま)ひぬ。御くるまはかへしつかはすとて、としごろつかはせ給(たま)ひけるうしかひわらはに此のうしは。我がかたみ
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に見よとてたべば、わらは伏しまろびて泣くさま。まことにいみじ。御くるまは都(みやこ)にき。御身は知(し)らぬ山(やま)ぢに入(い)らせ給(たま)ふ程(ほど)ぞいみじき。おほえ山(やま)といふところにて、中納言(ちゆうなごん)、宮(みや)に御ふみかかせ給(たま)ふ。心(こころ)まではたいらかにまうで来つきてはべる。かひなき身なりとも今(いま)一たび参(まゐ)りて御覧(ごらん)ぜられてや やみはべりなむと思(おも)ひ給(たま)ふるになん。いみじう悲(かな)しうはべる。御有様(ありさま)ゆかしきなりと哀(あは)れに書き付け給(たま)ひて、
@憂き事(こと)をおほえの山(やま)と知(し)りながらいとど深くもいる我が身哉 W021
となん思(おも)ひ給(たま)へられ侍るなど書き給(たま)へり。宮(みや)には、哀(あは)れに悲(かな)しう萬をおぼしまどはせ給(たま)ひて、ものもおぼえさせ給(たま)はず。ただならぬ御有様(ありさま)にてかくさへならせ給(たま)ひぬる事(こと)ゝ、かへすがへすうちにも女院(にようゐん)にもいみじく聞(き)こし召(め)しおぼす。
そち殿は其の日のうちにやまざきせきどの院(ゐん)といふところにぞとどまり給(たま)へる。此の御ともにはさるべき検非違使(けんびゐし)ども四人ぞつかうまつりたりける。其の手のものどもの、御くるまに付きて参(まゐ)るぞ哀(あは)れにゆゝしき。中納言(ちゆうなごん)の御ともには。左衛門(さゑもん)の尉延安といふ人は。ながたにのそうづのはらからの検非違使(けんびゐし)なり。それぞつかうまつりたりける。あさましき事(こと)尽きもせず。せき戸の院(ゐん)にて帥(そち)殿(どの)は御(おん)心地(ここち)あしうなりにければ、御ともの検非違使(けんびゐし)ども、かう<そちはみだり心地(ごこち)あしとてためらひさぶらふ。はゝ北(きた)の方(かた)もやがてつととらへて、またこころになんとそうせさすれば、とく<其のそちつくろひやめて、すがやかにくだすべきよし、ならびにはゝ北のかたのすみやかに
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あげ奉(たてまつ)れと宣旨(せんじ)あるに、中納言(ちゆうなごん)、宮(みや)の御有様(ありさま)もおぼしやり、彼のはゝ北(きた)の方(かた)をもおぼしやらせ給(たま)ふに、いみじうて、女院(にようゐん)もうちも。はるかなる御有様(ありさま)を。いとど心ぐるしう思(おぼ)し召(め)して、おほとのにも此の事(こと)よろしかるべくと、ゐんにせちに申させ給(たま)ひて、そち殿(どの)ははりまに、中納言(ちゆうなごん)殿(どの)はたじまにとどまり給(たま)ふべき宣旨(せんじ)くだりぬ。
此の事(こと)を宮(みや)はつかにきかせ給(たま)ひて、いみじう嬉(うれ)しともおろかに思(おぼ)し召(め)さるゝも、哀(あは)れにいみじき御事(こと)なりかし。せき戸の院(ゐん)にてはりまにとどまり給(たま)ふべきになりぬれば、いみじう嬉(うれ)しうおぼされて、御はゝはやう都(みやこ)へかへり給ね。こよなう近(ちか)き程(ほど)にまかりとどまりぬれば、いと嬉(うれ)しうはべり。又(また)あやまちたる事はべらねば。さりとも召しかへさるゝやうもはべりなんなど泣く<聞(き)こえなぐさめさせ給(たま)ひて、あげ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。われははりまへおはす。かたみにとをざからせ給(たま)へば、いみじう悲(かな)しうなども世のつねなり。
さてかへり給(たま)ひて、うへは宮(みや)の御有様(ありさま)のかはらせ給(たま)へるに、又(また)いとどしき御涙(なみだ)さくりもよゝなり。そち殿(どの)ははりまにおはすとて、ここはあかしとなん申すといふを聞こし召してかくなん、
@もの思(おも)ふこころのうちしくらければあかしのうらもかひなかりけり W022。
いでや、もののおぼゆるにやと。我が心にもにくゝおぼさるべし。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)ことかたへおはすらんを。などおなじかたにあらましと。あやにくなる世をこころうくおぼされて、
@しらなみはたてどころもにかさならずあかしもすまもをのがうら< W023。
といふ
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ふるうたをかへさせ給(たま)へるなるべし、
@かたがたにわかるゝ身にもにたるかなあかしもすまもをのがうら< W024。
とぞおぼされける。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)は、たびのやどりのつゆけくおぼされければ、
@さもこそは都(みやこ)のほかにたび寝せめうたてつゆけきくさまくらかな W025。
かくてたじまにおはし着きぬれば、国のかみ公家の御定(さだ)めよりほかにさしすゝみて、つかうまつる事(こと)おほかり。中納言(ちゆうなごん)は心のあいぎやうづき給(たま)へれば、たれもいみじうぞつかうまつりける。おはし着きぬれば、のぶやす都(みやこ)へかへり参(まゐ)るに。いとど心細(ぼそ)げなる御有様(ありさま)の心ぐるしさに。我が子をともにゐていきたりけるともすけといふをとどめて、御心にしたがへるといひ置きて、われはのぼりにけり。はりまにもあるべきさまにしつらひすへ奉(たてまつ)り置きて、御ともの検非違使(けんびゐし)どもかへり参(まゐ)りぬ。いと遥かなりつる程(ほど)の御ともによそ<の人も哀(あは)れに嬉(うれ)しう思(おも)ふめり。まつぎみのこひ聞(き)こえ給ふぞいみじう哀(あは)れなりける。
宮(みや)にはつきもせぬ事(こと)をおぼし嘆(なげ)くに、御腹も高くもていきて、唯(ただ)あらぬ事(こと)のみおぼししらるゝにも悲(かな)しうなん、はりまよりもたじまよりもうちつぎ御つかひしきりて参(まゐ)る。はゝ北(きた)の方(かた)はそのまゝに御(おん)心地(ここち)あしうて、ものも参(まゐ)らでとしごろの御念誦もけだいして、哀(あは)れにくちおしき御有様(ありさま)を。御はらからの清昭あざりなど明(あ)け暮(く)れ聞(き)こゆれど。今(いま)はおぼしなをるべきやうも見えず。しづみ入りておはすれば、いかにと心細(ぼそ)きを、宮(みや)の御前にも
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御かたがたにもおぼし嘆(なげ)く。二ゐ新発はたゆみなき御いのり、さりとも<と思(おも)ふべし。いづこにもそのまゝにみな御ときにて、明(あ)け暮(く)れ仏神をねんじ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。
ここかしこに通(かよ)ふ御ふみのうちの言の葉ども、いづれも哀(あは)れに悲(かな)しきに。此の北(きた)の方(かた)はしづみ入り給(たま)ひて、いとたのもしげなくなりまさらせ給(たま)ふ。唯(ただ)世とゝもの御事(こと)には。とのにたいめんして死なん<とぞねごとにもし給(たま)ふ。そち殿を聞(き)こえ給なるべし。世〔はか〕なければ、かくおぼしつゝ。ともかくもおはせば、いみじき事(こと)など此のぬしたちの聞(き)こゆるに、さりとていかゞはあるべからんとて、九月十日の程(ほど)になりぬれば、宮(みや)の御事(こと)やう<近(ちか)くなりぬるに。たのもしくおぼす人のかくしづみ入り給(たま)へるに、いとど心細(ぼそ)くおぼさるゝ事尽きせずなん。此の御(おん)心地(ここち)の有様(ありさま)、をこたり給(たま)はん事(こと)ありがたげなるに。唯(ただ)あさゆふは、あなこひしよりほかの事(こと)をの給(たま)はゞこそあらめ。これをきゝ給(たま)ふまゝに。たじまにもはりまにもいみじう覚しおこす。はゝ北(きた)の方(かた)うち泣き給(たま)ひて、
@よるのつる都(みやこ)のうちに籠められて子をこひつゝも泣き明かすかな W026。
いかにと人々聞(き)こゆれば、あらずといひまぎらはし給(たま)へり。はりまには、此のうへのこひしとおぼしたらんに、いかで見え奉(たてまつ)るべからん。おやの事(こと)をいみじとて、又(また)身のいたづらになりはてん事(こと)ゝおぼしみだる。たじまにはいみじきおやの御事(こと)ありとも、いかでかまたきゝにくき事(こと)はしいでん。人の思(おも)はんところのやさしからんとおぼし絶(た)え
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たり。
淑景舎は、東宮(とうぐう)より御せうそくつねに絶(た)えず。うちにはいみじうおぼせど。世の中におぼしつつみて、唯(ただ)うこんのないじしてぞしのびて御文などはありける。そちの宮(みや)のうへは、今(いま)にあさましき御(おん)心地(ここち)なれば、こころにのみおはす。なをふりがたう、此の御(おん)中(なか)には東宮(とうぐう)のみぞとひ聞(き)こえ給(たま)へる。女院(にようゐん)には、此の宮(みや)のもしおとこ宮(みや)産み奉(たてまつ)り給(たま)へらば、哀(あは)れにもあべいかなどゆくすゑ遥かなる御有様(ありさま)おぼしつゞけさせ給(たま)ふも、うへを限(かぎ)り無く思(おも)ひ聞(き)こえさせ給ふ、御ゆかりにこそはと、ことはり知(し)られ給(たま)ふ。いみじう哀(あは)れにのみつねになげき聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
はかなく秋にもなりぬれば、世の中いとど哀(あは)れに、荻吹くかぜのをとも、とをき程(ほど)のけはひのそよめきにおぼしよそへられけり。はりまよりも日々に人参(まゐ)り通(かよ)ふ。北(きた)の方(かた)の御(おん)心地(ここち)いやまさりなれば、こと<”なし。そち殿今(いま)一度見奉(たてまつ)りて、死なん<といふ事(こと)を、寝ても覚めてもの給(たま)へば、宮(みや)の御まへもいみじう心ぐるしき事(こと)に思(おぼ)し召(め)し、此の御はらからのぬしたちも、いかなるべき事(こと)にかと思(おも)ひまはせど、なをいと恐(おそ)ろし。北(きた)の方(かた)はぜちに泣きこひ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。見きゝ給(たま)へる人々も安(やす)からず思(おも)ひ聞(き)こえたり。はりまにはかくときゝ給(たま)ひて、いかにすべき事(こと)にかあらん。事(こと)の聞(き)こえあらば、我が身こそはいよ<不用のものになりはてゝ。都(みやこ)を見でやみなめなどよろづにおぼしつゞけて、唯(ただ)とにもかくにも御涙(なみだ)のみぞひま無きや。さばれ、この身は
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又(また)いかゞはならんとする。これにまさるやうはとおぼしなりて、おやの限(かぎ)りにおはせんを見奉(たてまつ)りたりとて、きみもいとどつみせさせ給(たま)ふ。かみほとけもにくみ給(たま)はゞ、なをさるべきなめりとこそは思(おも)はめとおぼし立(た)ちて、よるをひるにてのぼり給(たま)ふ。
さて宮(みや)のうちには事(こと)の聞(き)こえあるべければ、彼のにしのきやうに西院といふところに。いみじくしのびてよなかにおはしたれば、うへも宮(みや)もいとしのびてそこにおはしましあひたり。彼の西院も、殿(との)のおはしましゝ折、此の北(きた)の方(かた)のかやうのところをわざとたづねかへりみさせ給(たま)ひしかば、其の折の御心ばへともに思(おも)ひて、もらすまじきところをおぼしよりたりけり。はゝ北(きた)の方(かた)も、宮(みや)の御まへも、御かたがたも、とのも見奉(たてまつ)りかはさせ給(たま)ひて、また今はさいこのたいめんのよろこびの涙(なみだ)も、いとおどろ<しういみじ。うへはかしこく御くるまに乗せ奉(たてまつ)りて、おましながらぞかきおろし奉(たてまつ)りける。いとふかくなりける御(おん)心地(ここち)なりけれど。よろづさかしく泣く<聞(き)こえ給(たま)ひて、今(いま)は心安(やす)く死にもしはべるべきかなと、よろこび聞(き)こえ給ふも、いへばをろかに悲しとも世のつねなりや。
かくて一二日おぼろげならずしのびさせ給(たま)ふに、いかなるもののつみにか、おほやけ・わたくし。帥(そち)殿(どの)のぼり給(たま)へりといふ事(こと)出(い)で来て、宮(みや)をもまぼらせ給ふ。さるべくうたがはしきところをもさがさせ給(たま)ふに、すべてつゆ不思議なければ、よるをひるになしておほやけの御つかひくだりて、おはしおはせずたしかにとて、見せにつかはしたれば、げにおはせざりけり。さるべくうたがはしき所々を
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たづねさせ給(たま)ふに、唯(ただ)西院になんこもりておはするといふ事(こと)聞(き)こえた〔れ〕ば、おほやけにみなさき<”かかる事(こと)ある事(こと)なれど、まだかくわたくしにのぼりくる例(ためし)なし。こ〔れ〕たゞの事(こと)にはあらじ。公家をいかにし奉(たてまつ)らんとする事(こと)をかまへたるぞなど、いみじき事(こと)を推しはからせ給(たま)ふも、ゆゝしう恐(おそ)ろしうて、すべて都(みやこ)の近(ちか)きがする事(こと)なりとて、また<もかくぞあらん。此のたびはまことの筑紫(つくし)へとて、検非違使(けんびゐし)ども送り奉(たてまつ)るべき宣旨(せんじ)しきりにてうちかこみて、とく<といさゝか逃(のが)れ給(たま)ふべくもあらず。そゝのかし聞(き)こゆ。又(また)さらなる御気色(けしき)どもいへばおろかにゆゝし。
こたみの御ともには。はゝ北(きた)の方(かた)の御はらからのつのかみためもとゝいひし人のめにて宣旨(せんじ)とてありしぞ。御くるまに乗りてやがて参(まゐ)る。母北(きた)の方(かた)あきれて、やがてものもおぼえ給(たま)はず。そち殿は、なにかはこれはことはりの事(こと)なれば、さべきにこそはと、思(おぼ)し召(め)して、出(い)でさせ給(たま)ふに、松ぎみはわれも<と泣きさけびののしり給(たま)ふ。げに哀(あは)れに悲(かな)しういみじ。かしこくこしらへとどめ奉(たてまつ)りて、御くるま引きいづる程(ほど)も哀(あは)れに悲し。あさましく心憂く、ゆめのやうなる事(こと)にもあるかなと、尽きもせずおもほしなげかる。宮(みや)の御前の御(おん)心地(ここち)にも、はりまとかはこよなく近(ちか)しときゝつればたのもしかりつるものをと、とありともかかりとも、はゝ北(きた)の方(かた)はおはすべき御有様(ありさま)にもあらざめり。とかくの事(こと)の折に、いかに哀(あは)れに悲(かな)しう心細(ぼそ)うたれかはやともいはんとすらんと、尽き
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もせずおぼさる。
さても此の御事(こと)は、ゑちごのかみ平親信といふ人の子、いとあまたありけるなかに、うまのすけたかよしといひて、うたうたひ、折節倍従などにめさるゝありけり。それが申し出(い)でたりける事(こと)なりければ、おほやけの御ためにうしろ安(やす)き事(こと)申し出(い)でたりとて、かかい給(たま)はせたりければ、よろこびいひにちゝがもとに行きたりければ、ちかのぶの朝臣(あそん)いづこにたがもとゝてここには来つるぞ。おほけなくつれなくもあるかなと。かやうの事(こと)われらが程(ほど)の人の子などのいひいづべき事(こと)にあらず。かかる事(こと)はえびす・まちめなどこそいへ。あさましう心憂き事(こと)をいひ出(い)でゝ。人の御むねを焼きこがしなげきをおふ、善き事(こと)なりやとて、いとはしたなくいひののしりければ、あまへて逃(に)げにけり。
世の人此の殿(との)の御有様(ありさま)を。あるはあしうし給(たま)へれば、ことはりといふ人もあり。又(また)すこしものの心知(し)りたるこころばへある人は。かの御身にておはしたるにくからず。はゝの死ぬべきが、われを見て死なむ<といはんを。身はいたづらになるともなどおぼすにこそはあらめ。哀(あは)れなる事(こと)なりや。彼のもとのはりまも今(いま)は過ぎ給(たま)ひぬらんかし。中納言(ちゆうなごん)こそかしこくおはせずなりにけれ。なをたましゐおはすかしなどぞ聞(き)こえける。
はゝ北(きた)の方(かた)、哀(あは)れに悲しき事(こと)をおぼしつゝ、今(いま)は限(かぎ)りになり給(たま)ひにたり。哀(あは)れに悲しとも世のつねなる御有様(ありさま)どもなり。としごろの御念誦いたづらになりぬべき事(こと)を、清昭あざりくち惜しき事(こと)に
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思(おも)ひ聞(き)こゆ。二ゐのしんぼちは、唯(ただ)よるひる御祈共を死ぬばかりしゐて、なをこりずまにさるべき法どもなんをこなひける。東宮(とうぐう)より淑景舎に哀(あは)れにいかにいかにとある御せうそく絶(た)えず。いみじくち惜しうほこりかにおはせし物を。いかにものおぼすらんと、ゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)よりいかなる御せうそくかありけん。淑景舎より聞(き)こえさせ給(たま)ふ、
@秋ぎりのたえま<を見わたせばたびにたゞよふ人ぞ悲しき W027。
遥かなる御有様(ありさま)をおぼしやらせ給(たま)ひて中宮(ちゆうぐう)
@くものなみけぶりのなみと立(た)ちへだてあひ見ん事(こと)の遥かなるかな W028。
と、ひとりごち給(たま)ひけり。
やう<筑紫(つくし)ぢかにおはしたれば、くに<のむまや<つかひのまうけども。いと真心に泣く<といふばかりにつかうまつりわたす。今(いま)は筑紫(つくし)におはし着くきはに、其の折の大貳は。有国朝臣(あそん)なり。かくときゝて御まうけ。いみじうつかうまつる。哀(あは)れ、故殿(との)の御心の有国をつみも無くをこたる事(こと)もなかりしに、あさましくむくはんにしなさせ給(たま)へりしこそ。世に心憂くいみじと思(おも)ひしかど。有国がはぢははぢがはじにもあらざりけり。哀(あは)れにかたじけなく思(おも)ひかけぬかたにこえおはしましたるかな。おほやけの御をきてよりは、さしましてつかうまつらんとすなどいひつゞけ、よろづにつかうまつるを、人づてにきゝ給(たま)ふもいとはづかしう、なべて世の中
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さへ憂くおぼさる。御せうそこ我が子のはしなりして申させたり。思(おも)ひがけぬかたにおはしましたるに。京の事(こと)もおぼつかなくおどろきながら参(まゐ)りさぶらふべきに。九国の守にてさぶらふ身なれば、さすがに思(おも)ひのさまにえまかりありかぬになん。今(いま)ゝで聞(き)こえぬ。何事(なにごと)も唯(ただ)おほせごとになんしたがひつかうまつるべき。世の中にいのちながくさぶらひけるは、わが殿(との)の御すゑにつかうまつるべきとなん思(おも)ひ給(たま)ふるとて、様々(さまざま)のものどもひつどもにかず知(し)らず参(まゐ)らせたれど。これにつけてもすずろはしくおぼされて、きゝ過(す)ぐさせ給(たま)ふ。其のまゝに唯(ただ)御時にて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。
かくいふ程(ほど)に、かみな月の廿日あまりの程(ほど)に、京には北(きた)の方(かた)失(う)せ給(たま)ひぬ。哀(あは)れに悲(かな)しうおぼしまどはせ給(たま)ふ。二ゐのいのち長さ哀(あは)れに見えたり。されど哀(あは)れむげに老いはてて、たは安(やす)くもうごかねば、唯(ただ)明順・道順・信順などよろづにつかうまつれり。のちの御事(こと)ども例のさまにはあらで、さくらもとゝいふところにてぞ屋づくりておさめ奉(たてまつ)りける。哀(あは)れに悲(かな)しともをろかなり。但馬にはよるをひるにて人参(まゐ)りたれば、泣く<御衣(ぞ)など染めさせ給(たま)ふ。筑紫(つくし)にも人参(まゐ)りしかど、いかでかはとみに参(まゐ)り着くべきにもあらず。のち<の御事(こと)ども皆さべうせさせ給(たま)ふ。筑紫(つくし)の道は今(いま)十余(よ)日といふにぞ参(まゐ)り着きたりける。哀(あは)れさればよ。よくこそ見え奉(たてまつ)りにけれと、今ぞおぼされける。御ぶくなど奉(たてまつ)るとて、
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@その折にきてましものをふぢごろもやがてそれこそわかれなりけれ W029
とぞひとりごち給(たま)ひける。
かくてうへの御事(こと)はあさましうてやませ給(たま)ひぬ。宮(みや)の御産の事(こと)もおぼしなげかれけり。十二月廿日の程(ほど)にさともなやませ給(たま)はで、をんな御子むまれ給(たま)へり。同じうはおとこにおはしまさましかば、いかにたのもしう嬉しからましとおぼすものから、又(また)推しかへしいと嬉(うれ)し。わづらはしき世の中をとぞ思(おぼ)し召(め)されける。内にはけざやかに奏せさせ給(たま)はねど、をのづから女院(にようゐん)に聞(き)こし召(め)しければ、同じう聞(き)こし召(め)しつ。いと<哀(あは)れに、いかにせさせ給(たま)ふらんとおぼし聞(き)こえさせ給(たま)ふ。女院(にようゐん)よりも様々(さまざま)にこまかに推しはかりとぶらひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。わざとおぼしつゞけさせ給(たま)ふともなかりつれど、仏神の御たすけにやと見えさせ給(たま)ふ。御湯(ゆ)どのにはうちよりのおほせごとにて、うこんの内侍(ないし)ぞ参(まゐ)りたる。いとつゝましう恐(おそ)ろしき世なれども、うへのおほせごとのかしこさに参(まゐ)りたるなりけり。事(こと)の限(かぎ)りあれば、何事(なにごと)もあべいさまは失(う)せねど、故とのなどの御世のはな<”とありしに。かやうの御有様(ありさま)ならましかば、いかばかりかはめでたからまし。それをおぼし出ださせ給(たま)ふにも、ゆゝしうおぼさる。御(おほん)ぞのいろより始(はじ)めて、たれもうたてある御すがたどもに、わか宮(みや)のものあへせさせ給(たま)はず。しろううつくしうおはしませば、うこんの内侍(ないし)あはれ。とく御覧(ごらん)ぜさせ奉(たてまつ)らせばやと聞(き)こえさす。七日が程(ほど)の御事(こと)ども。いかゞなべてなるべき御事(こと)どもかは。
但馬には聞き給(たま)ひて、哀(あは)れに嬉(うれ)しき
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事(こと)かな。げにおとこにおはしまさましかばとおぼせど、いとよし。さらぬだにかかる世の中にいにしへもかやうの事(こと)によりてこそ、多(おほ)く恐(おそ)ろしき事(こと)は出(い)でくれなどいかゞはせんの御心にや。をんなおはしますをぞ心安(やす)き事(こと)におぼしける。たれこまやかにつかうまつるらんと、哀(あは)れに思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふ。筑紫(つくし)にはうへの御事(こと)を、哀(あは)れに悲(かな)しう思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふ。宮(みや)の御事(こと)をも明(あ)け暮(く)れ心にかけおぼしけるに、かくたいらかにおはしますよしを聞(き)こえに人参(まゐ)りたり。
かくてうこんの内侍(ないし)、七日が程(ほど)過ぎてうちに参(まゐ)れば、様々(さまざま)いみじうこまかなる事(こと)どもをせさせ給(たま)へれば、なにをうとしとかかくわづらはしき事(こと)どもをせさせ給(たま)へるならん。唯(ただ)うこんをばむつまじくあなづらはしきかたにてと、うへの思(おぼ)し召(め)してせさせ給(たま)へるかひなく、いかでかかくおどろ<しき御事(こと)どもをば、とはせ給(たま)はむにも奏すべきかた候はずなんなど啓して、かへすがへすかしこまりて、やがてうちへ参(まゐ)りてげれば、うへしのびやかに召して、日ごろの御有様(ありさま)こまやかにとはせ給(たま)ふに、よろづさしましつゝ哀(あは)れに奏すれば、御涙(なみだ)もうかばせ給(たま)ひて、げにさぞあらんかしと思(おぼ)し召(め)しつゞけさせ給(たま)ふ。
わか宮(みや)の御うつくしさなど奏すれば、かれを見ばやな。みこたちは御對面とて、五つや七つなどにてぞむかしはありける。またうちにちごなど入る事(こと)なかりけり。されど今(いま)の世はさもあらざめり。東宮(とうぐう)の宣耀殿(せんえうでん)の宮(みや)などは、つと抱(いだ)きてこそありき給(たま)ふなれ。又(また)たゞにもあらずものし給(たま)ふとか、うらやましく
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思(おも)ふ事(こと)もあれど、あひ見ん事(こと)のいつとなきこそなど哀(あは)れにかたらはせ給(たま)ふ。いみじう様々(さまざま)よろづせさせ給(たま)へるこそ。いとかたじけなくかしこく候へ。えもいはぬさうぞくして給(たま)はせたれど、ついたちにとておさめてさぶらふなど奏すれば、心ばへのおとな<しう哀(あは)れなるかたはたれかまさらんなどいみじう御心ざしあるさまにおほせらる。それにつけても尼(あま)にならせ給(たま)へる事(こと)をくち惜しう参(まゐ)りなどせさせ給(たま)はんにも。世の人のくちわづらはしくおぼさるゝ程(ほど)にぞ。人知(し)れぬ御なげきなりける。
かくてとしもかはりぬれば、ついたちはてうはいなどして、よろづめでたく過ぎもてゆくに、はなの都(みやこ)はめでたきに、彼のたびの御有様(ありさま)ども春やむかしのとのみおぼされつゝ、哀(あは)れに年さへへだゝりぬるを、よろづいとおぼつかなく、あまたの霞(かすみ)立(た)ち隔てたる心地(ここち)せさせ給(たま)ひぬ。彼の二条(にでう)の北南と造りつゞけさせ給(たま)ひしは、とのおはしまいし折、かたへは焼けにしかば、今(いま)ひとつにみな住ませ給(たま)ひしを、此の御子(みこ)などもむまれ給(たま)ふべかりしかば、平中納言(ちゆうなごん)惟仲がしるところありけり。それには女院(にようゐん)などおほせられて住ませ給(たま)ひける。
うちにはわか宮(みや)の御うつくしさを、いかに<と女院(にようゐん)も聞(き)こえさせ給(たま)へば、つゝましき世の有様(ありさま)なれば、おぼしたゆたふべし。とのなどやいかゞ思(おぼ)し召(め)さんとおぼすらん。ことはりにこそ。宮(みや)のそのままの御有様(ありさま)におはしまさぬにより、あからさまに
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参(まゐ)り給(たま)はん事(こと)もいかにと思(おぼ)し召(め)すなるべし。つねの御ことぐさのやうにゆかしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ御有様(ありさま)を、女院(にようゐん)はいと心ぐるしき御事(こと)に思(おぼ)し召(め)せど、さすがにわか宮(みや)の限(かぎ)り参(まゐ)らせ給(たま)ふべきにはあらずかし。わか宮(みや)の御めのとには、きたのの三位とてものし給(たま)ひし人の御むすめなども参(まゐ)りけり。それも九条(くでう)殿(どの)の御(おん)子(こ)といはれ給(たま)ひし人なり。また弁のめのとや少輔(せう)の命婦といふ人、様々(さまざま)さぶらふ。
はかなく夏にもなりぬれば、わか宮(みや)の御有様(ありさま)いとうつくしうおはします。たびの御せうそこも日々にといふばかりなり。哀(あは)れにおぼつかなうのみおぼしみだる。二ゐ此のわか宮(みや)見奉(たてまつ)りにとて夜の程(ほど)参(まゐ)れり。宮(みや)の御まへ哀(あは)れに御覧(ごらん)じてさくりもよゝに泣かせ給(たま)ふ。宮(みや)のいとうつくしうおはしますを、二位ゑみまけうつくしみ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。哀(あは)れにうへの御かはりには、おまへをこそはたのみましてさぶらふまゝに、明(あ)け暮(く)れも見奉(たてまつ)らぬ事(こと)をなん。さてもうちには此の宮(みや)をいとゆかしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へば、入(い)らせ給(たま)ふべしなどこそは世には申すめるを、いかゞはおぼし定(さだ)めさせ給ふらん。老いの身はさべき人もものをなん聞かせはべらざりけると申し給(たま)へば、こころにもはゝの御かはりにはいかでとこそ思(おも)ひ聞(き)こえさせはべれど、其の事(こと)ゝなくもの騷(さわ)がしきうちに、此の宮(みや)の御あつかひにはかなく明(あ)け暮(く)れてこそ、うちよりも此の宮(みや)を今(いま)ゝでおぼつかなくてあらせ奉(たてまつ)る事(こと)などまめやかにの給(たま)はすめり。女院(にようゐん)も其の御気色(けしき)にしたがはせ給(たま)ふにやあらん。なを
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ゐていり奉(たてまつ)れとこそは、の給(たま)はすめれど、いさやよりつゝましうのみおぼえてこそ、いかにせましと思(おも)ひやすらはれ、よろづよりも彼のたびの人々をいかに<と思(おも)ひものするこそ、いみじう哀(あは)れに心憂(う)けれ。さりともいとかくてやむべうはいかでかとのみこそは、うちにもいみじう心ぐるしき事(こと)にの給(たま)はすなれなどの給(たま)はすれば、たびたびゆめに召しかへさるべきさまに見給(たま)ふるに、かく今(いま)ゝで音なくはべるをなん。なをさるべくおぼしたちてうちに参(まゐ)り給(たま)へ。御いのりをいみじうつかうまつりて寝てはべりしゆめにこそ、おとこ宮(みや)は生まれ給(たま)はんと思(おも)ふゆめ見てはべりしかば、此の事(こと)によりてなをとく参(まゐ)り給(たま)へと、そゝのかし啓ぜんと思(おも)ふ給(たま)へりてなん。多(おほ)くは参(まゐ)りはべりつるなり。御文にてはおちちるやうもやと思(おも)ふ給(たま)へてなむなどそゝのかし、泣きみわらひみ夜ひと夜御ものがたりありて、あかつきにはかへり給(たま)ひぬ。
宮(みや)の御まへの御うち参(まゐ)りの事(こと)。そゝのかし啓しつるにぞおぼし立たせ給(たま)へる。明順・道順、よろづにそゝき奉(たてまつ)る。くに<の御封などめしものすれど、ものすがやかにわきまへ申す人もなければ、さるべき御さうなどぞ、きぬ奉(たてまつ)らせんなどあんない申す人ありければ、きぬ召してよろづに急(いそ)がせ給(たま)ふ。宮(みや)おはしますたびなれば、よろづ御けはひことなり。御こしなどはこたいにあるべき事(こと)なれば、御くるまにてぞおぼめしたる。いとどつゝましく宮(みや)おぼしたれど、などてか。なをもろともにと聞(き)こえさせ給(たま)へば、彼の二ゐ
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のそゝのかし聞(き)こえし事(こと)もあれば、さばとてもろともに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。人のくち安(やす)かるまじう思(おも)へり。
かくてうちに参(まゐ)らせ給ふ夜は、おほとのさるべき御ぜん参(まゐ)るべきよしおほせらるれば、みな参(まゐ)りたり。殿(との)の御こころ有様(ありさま)のいみじうありがたくおはします事(こと)限(かぎ)りなし。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へれば、女院(にようゐん)いつしかとわか宮(みや)を抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いとうつくしうおはします。うちゑみて哀(あは)れに見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。いとおかしう肥えさせ給(たま)へり。御ものがたりなにとなくものはなやかにまうさせ給(たま)へば、まづしるものにおぼさるべし。宮(みや)よろづにつゝましき事(こと)を思(おぼ)し召(め)すに、ゐんと御たいめんありて、〔つき〕せぬ御ものがたりを申させ給(たま)ふ程(ほど)に、うへわたらせ給(たま)ひてわか宮(みや)見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。えもいはずうつくしうおはしまして、唯(ただ)わらひにわらひものがたりせさせ給(たま)ふ。うへの御まへ今(いま)ゝで見ざりけるよと思(おぼ)し召(め)すに、まづ御涙(なみだ)もうかばせ給(たま)ふべし。ましておとこにおはしまさましかばとぞ。人知(し)れず思(おぼ)し召(め)されける。さて宮(みや)に御たいめんあるに。御木丁引き寄せていとけ遠(どほ)くもてなし聞(き)こえ給(たま)へる程(ほど)もことはりなれど。御となぶらを遠くとりなして、隔てなきさまにて泣きみわらひみ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、いにしへになを立(た)ちかへる御(おん)心地(ここち)のいでくれば、宮(みや)いと<けしからぬ事(こと)なりなどよろづに申させ給(たま)へど、それをも聞(き)こし召(め)しいれぬさまにみだれさせ給(たま)ふ程(ほど)も、かたはらいたげなり。よろづにかたらひ聞(き)こえ給(たま)ひて、あかつきにいでさせ給(たま)ひけれど、なをしばし、宮(みや)みつくまで今(いま)四五日はと申させ給(たま)ひて、職の御曹司にあかつきにわたり給(たま)ひて、
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そこにしばしおはしますべくしつらはせ給(たま)ふ。
うへもよろづに思(おぼ)し召(め)しはゞからせ給(たま)ふ事(こと)多(おほ)くおはしませど、ひたみちに唯(ただ)哀(あは)れにこひしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひつる程(ほど)なれば、人のそしらんも知(し)らぬさまにもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふも、このかたはすぢなき事(こと)にこそあめれ。宮(みや)の御まへは世のかたはらいたさをさへ、ものなげきにそへて思(おぼ)し召(め)すべし。にようばうたちむかしおぼえて哀(あは)れに思(おも)へり。さてひごろおはしまして、なをいと程(ほど)遠しとて近(ちか)きとのにわたし奉(たてまつ)りて、のぼらせ給(たま)ふ事(こと)はなくて、われおはしまして夜中ばかりまでおはしまして、後夜にぞかへらせ給(たま)ひける。御心ざしむかしにこよなげなり。このごろさぶらひ給ふにようごたちの御おぼえいかなるにかと見えさせ給(たま)ふ。
とく出(い)でさせ給(たま)ふべかりけるを、なをしばし<との給(たま)はせける程(ほど)に、ふた月ばかりおはしますに、御(おん)心地(ここち)あしうおぼされて、れいせさせ給(たま)ふ事(こと)もなければ、いかなるにかと胸つぶれておぼさるべし。うへかくと知(し)り給(たま)ふにも。まづ哀(あは)れなる契(ちぎ)りをおぼし知(し)らせ給(たま)ふ。かへすがへすもかくてあるべかりける御有様(ありさま)を、かくいささかなる事(こと)どもを、世人もきゝにくゝ申し、我が御(おん)心地(ここち)にもよろづにゆめの世とのみおぼしたどらるべし。
但馬にはかかる事(こと)どもを聞(き)き給(たま)ひて、唯(ただ)仏神をのみいのりゐ給(たま)へり。二ゐはいとどしき御祈り安(やす)からんやは。宮(みや)はかくて御(おん)心地(ここち)苦(くる)しうおぼさるれば、せちに聞(き)こえさせ給(たま)ひて出(い)でさせ給(たま)ひぬ。其の程(ほど)弘徽殿・承香殿など参(まゐ)りこみ給(たま)ふ。されど御心ざしの有様(ありさま)こよなげなり。うちよりはよろづ様々(さまざま)
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のおぼつかなさを。御ふみひまなし。大方(おほかた)にてはひまぜなどの御つかひ有り。うこんの内侍(ないし)ぞさりげなくつたへ人にてさぶらひける。二ゐかやうの事(こと)どもを聞(き)きて、いと<嬉(うれ)しう、ゆめのしるしあるべきと思(おも)ひて、いとどしき御いのりたゆまず。筑紫(つくし)にもかかる事(こと)を聞(き)き給(たま)ひて、よろづにさりともとたのもしくおぼさるべし。
但馬の中納言(ちゆうなごん)殿(どの)は。又(また)そのかみ六条(ろくでう)殿(どの)は絶え給(たま)ひにしかば、伊予のかみ兼資(かねすけ)のぬしのむすめをいみじうおぼいたりしを、いつかとのみ哀(あは)れにこひしうおぼさるべし。帥(そち)殿(どの)は松ぎみをはるかにおぼしおこせつゝ、生(いき)の松原(まつばら)とのみおぼしよそへられけり。哀(あは)れなる御なからひどもなり。月日も過ぎもていきて、宮(みや)の御は〔ら〕もたかくならせ給(たま)へば、哀(あは)れに心細(ぼそ)くおぼされけり。はるかなる御有様(ありさま)どもをわりなき事(こと)に申させ給(たま)ひしかば、御心のうちにもいと心ぐるしき事(こと)に思(おぼ)し召(め)して、つねにゐんにも語り申させ給ふ。
はかなく冬にもなりぬるに、承香殿たゞにもあらぬ御気色(けしき)あれば、ちゝおとどいみじう嬉(うれ)しき事(こと)におぼしまどふ。うへもいみじう嬉(うれ)しうおぼさるべし。ゐんもいづれの御かたにも唯(ただ)おとこみこをだに産み奉(たてまつ)り給(たま)へらばと思(おぼ)し召(め)す程(ほど)に、三月ばかりにて奏して出(い)でさせ給(たま)ふ。其のたびの儀式はいと<心ことなり。にようごも御手車にて、にようばうかちよりあゆみ連れたり。こきでんのほそ殿(どの)のまへをわたらせ給(たま)ふ程(ほど)、ほそ殿(どの)の御簾(みす)を押し出だしつつ。にようばうのこぼれ出(い)でゝみれば、此のにようごの御とものわらはいたうなれたるが、火のいとあかきに此のこきでんのほそ殿を見て、すだれのみはらみだる
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かなどいひていくを、こきでんのにようばう、あなねた、なにしに見つらんなどいひけり。あさましうしたりがほにねたげなり。とまれかうまれかくて出(い)で給(たま)ふ御有様(ありさま)いとうらやましう見えたり。さてまがて給(たま)ひて右のおとどよろづに御いのりし給(たま)ふ。あはた殿(どの)の北(きた)の方(かた)。此の殿(との)の北(きた)の方(かた)にておはす。御くらゐも北(きた)の方(かた)もみなかくなりかはらせ給(たま)へるもいと哀(あは)れなり。堀河(ほりかは)殿(どの)をぞいとよく造りたてゝ今(いま)は渡りすみ給(たま)ひける。此のにようごの御ひとつはらの御せうとども少将(せうしやう)にて人にほめられておはす。
はかなく月日も過ぎぬ。長徳四年になりぬ。わか宮(みや)三つになり給(たま)ひぬ。いかにいとどうつくしう思(おも)ひやり聞(き)こえ給(たま)ふも、いと<こひしうまめやかにおぼしいづる折<おほかるべし。中宮(ちゆうぐう)には三月ばかりにぞ御子むまれ給(たま)ふべき程(ほど)なれば、御つゝしみをよろづにおぼせど、事(こと)に御封などすが<しうわきまへ申す人なし。くらづかさよりれいの様々(さまざま)の御具などもて運(はこ)び、女院(にようゐん)などよりもよろづおぼしはかり聞(き)こえさせ給(たま)へば、それにて何事(なにごと)も急(いそ)がせ給(たま)ふ。そうづのきみもよろづにたのもしうつかうまつり給(たま)ひ、いかに<とおぼし渡る程(ほど)に、御気色(けしき)ありとののしり騷(さわ)ぐに。哀(あは)れにたのもしきかたなし。唯(ただ)此の但馬のかみぞ、よろづたのもしうつかうまつる。
二ゐもかくときゝ奉(たてまつ)りて、ゐながらぬかを突き祈り申す。いみじき御願のしるしにや、いとたいらかにおとこみこむまれ給(たま)ひぬ。おとこにおはしませば、いとどゆゝしきまでおぼされながら、女院(にようゐん)に御せうそこあれば、うへにそうせさせ給(たま)ひて、御はかしもて参(まゐ)る。いと嬉(うれ)しき事(こと)に
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たれも<思(おぼ)し召(め)さる。世の中はかくこそありけれ。のぞめどのぞまれず。逃(のが)るれど逃(のが)れずといふは、げに人のさいはひにこそと、きゝにくきまで世にののしり申す。御湯(ゆ)どのにうこんの内侍(ないし)、れいの参(まゐ)る。こたみはうちより御うぶやしなひあべけれど。なをおぼしはゞかりて、内の御心をくませ給(たま)へるにや、おほとの、七夜の御事(こと)をつかうまつらせ給(たま)ふ。うちにはゐんにも嬉(うれ)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)したり。ゐんよりきぬ・あや、大方(おほかた)さらぬ事(こと)どもいとこまかに聞(き)こえさせ給(たま)へり。
七日の夜は、いま宮(みや)見奉(たてまつ)りに藤(とう)三位を始(はじ)め、さるべき命婦・蔵人たち参(まゐ)る。其の程(ほど)の御用意(ようい)あるべし。二ゐは夢をまさしく見なして、かしらだにかたくおはしまさば。一天のきみにこそおはしますめれ。よく<心ことにかしづき奉(たてまつ)り給(たま)へと、つねに啓せさす。又(また)の日但馬にも筑紫(つくし)にもみな御つかひ奉(たてまつ)りにしかば、但馬にはとくきゝ給(たま)ひて、哀(あは)れに嬉(うれ)しき事(こと)をおぼすべし。いつしか筑紫(つくし)に聞かせ奉(たてまつ)らばやとおぼし嘆(なげ)く。宮(みや)のにようばうよくこそほかざまにおもむかずなりにけれ。わか宮(みや)の御世にあひぬる事(こと)ゝ、世にいみじうめでたく思(おも)ふべし。御湯(ゆ)殿(どの)の鳴絃読書のはかせなど、みな大とのにぞをきて参(まゐ)らせ給(たま)へる。大殿(おほとの)同じきものをいときよらかにもせさせ給(たま)へるかな。すぢはたゆまじき事(こと)にこそあめれとのみぞ、九条(くでう)殿(どの)の御ざうよりほかの事(こと)はありなんやと思(おも)ふものから、其の御(おん)中(なか)にもなを此のひとすぢは心ことなりかしなどぞの給(たま)は
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せける。
かくいふ程(ほど)に、筑紫(つくし)にきゝ給(たま)ひてあさましう嬉(うれ)しうて、ものにぞあたらせ給(たま)ふ。我がほとけの御徳にわれらも召されぬべかめりと、いみじく嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)されて、此の御事(こと)ののちは唯(ただ)ゆくすゑのあらましかとのみおぼしつゞけられて、御心のうちはおぼさるべし。かかる程(ほど)にいま宮(みや)の御事(こと)のいたはしければ、いとやむごとなくおぼさるゝまゝに、いかで今(いま)はこの御事(こと)のしるしにはたびの人をとのみ思(おぼ)し召(め)して、つねに女院(にようゐん)とうへの御まへとかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、とのにもかやうにまねび聞(き)こえさせ給(たま)へば、げに御子の御しるしはべるらんこそはよからめ。今(いま)はめしにつかはさせ給(たま)へかしなど奏し給(たま)へば、うへいみじう嬉(うれ)しう思(おぼ)し召(め)しながら。さばさるべきやうにともかくもとのどやかにおほせらる。
四月にぞ今(いま)は召しかへすよしの宣旨(せんじ)くだりける。それにことしれいのもがさにはあらで、いとあかき瘡(かさ)のこまかなるいできて、老いたるわかき。上下わかずこれをやみののしりて、やがていたづらになるたぐひもあるべし。これをおほやけ・わたくし今(いま)のものなげきにして、しづ心なし。されどこの召しかへしの宣旨(せんじ)くだりぬれば、宮(みや)のおまへ世に嬉(うれ)しき事(こと)におぼさる。夜をひるになしておほやけの御つかひをも知(し)らず。まづ宮(みや)の御つかひども参(まゐ)る。これにつけても、わか宮(みや)の御とくと世の人めでののしる。京には賀茂の祭(まつり)なにくれの事(こと)ども過ぎて、つごもりになりぬ。
筑紫(つくし)には御つかひも宣旨(せんじ)もいまだ参(まゐ)らぬに、但馬にはいとちかければ、御むかへにさるべき人<かずも知(し)らず参(まゐ)りこみ
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たり。それもいでや面目(めんぼく)有る事(こと)にもあらねど、いと<嬉(うれ)しくおぼさる。さて上(のぼ)らせ給(たま)ふ。五月三四日の程(ほど)にぞ京に着き給(たま)へる。兼資(かねすけ)の朝臣(あそん)の家(いへ)に中納言(ちゆうなごん)上(のぼ)り給(たま)へれど、大殿(おほとの)の源中将(ちゆうじやう)おはすとて、此の殿(との)のおはしたるを、てゝはゝさらによからぬ事(こと)に思(おも)ひて、いみじうしのびてぞおはしける。殿(との)の源中将(ちゆうじやう)と聞(き)こゆるは、村上(むらかみ)の御門(みかど)の三宮(みや)、兵部(ひやうぶ)卿(きやう)の宮(みや)、それ入道(にふだう)していはくらにおはしけるが、男子(をのこご)二人おはするが、一ところは法師(ほふし)にて三井寺(みゐでら)におはす。今(いま)ひとゝころは殿(との)のうへの御子(みこ)にしたて参(まゐ)らせ給(たま)ふなりけり。そのこの兼資(かねすけ)が婿(むこ)にておはしけり。されば此の中納言(ちゆうなごん)には、今(いま)ひとりのむすめ親にも知(し)られでかよひ給(たま)ひける。かかる事(こと)さへ出(い)で来ていとどうたておやどもさへいひければ、今(いま)にしのび給(たま)ふなりけり。此の源中将(ちゆうじやう)のはゝは大殿(おほとの)のうへの事(こと)御はらからの御子(みこ)なりければ、御をひにて御(おん)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふなりけり。
五月五日中納言(ちゆうなごん)殿(どの)の給(たま)ひける、
@思(おも)ひきやわかれし程(ほど)のそのころよ都(みやこ)の今日(けふ)にあはんものとは W030。
とありければ女君(をんなぎみ)、
@うきねのみ袂(たもと)にかけしあやめぐさ引きたがへたる今日(けふ)ぞ嬉(うれ)しき W031。
中納言(ちゆうなごん)殿(どの)宮(みや)に参(まゐ)り給(たま)へれば、まづ御よろこびの涙(なみだ)どもせきとどめがたし。哀(あは)れにて悲(かな)しきに。ひめ宮(みや)・わか宮(みや)、様々(さまざま)にうつくしうおはします。見奉(たてまつ)り給(たま)ふにつけても。ゆめのうつゝに
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〔な〕りたる心地(ここち)せさせ給(たま)ふ事(こと)限(かぎ)りなし。いつしか筑紫(つくし)の殿(との)の御事(こと)をとくとおぼさる。御むかへに明順朝臣(あそん)など人々参(まゐ)りにけり。淑景舎・宮(みや)のうへなどあつまらせ給(たま)へり。四の御かたはいま宮(みや)の御うしろみとりわき聞(き)こえさせ給(たま)へれば、あつかひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。中納言(ちゆうなごん)殿(どの)よるばかりこそ女君(をんなぎみ)のもとへおはすれ。唯(ただ)〔み〕やにのみおはす。二ゐもこのごろあかゞさにていとふかくにてほと<しく聞(き)こゆれば、哀(あは)れにおぼさる。今(いま)は帥(そち)殿(どの)見奉(たてまつ)りて死なんとぞねがひ聞(き)こゆれど、いかゞ見えたり。
かかる程(ほど)にのこりなくやみののしるに、彼の承香殿のにようご、うみがつきも過ぎ給(たま)ひて、いとあやしく音なければ、よろづにせさせ給(たま)へど、おぼしあまりて、六月ばかりにうづまさに参(まゐ)りて、御修法、やくしきやうのふだんきやうなどよませさせ給(たま)ふ。よろづにせさせ給(たま)ひて、七日も過ぎぬれば、又(また)延べてよろづにいのらせ給(たま)へばにや、御気色(けしき)ありて苦(くる)しうせさせ給(たま)へばとのしづ心なくおぼし騷(さわ)ぎて、まづうちにうこんの内侍(ないし)のもとに、御消息つかはしなどせさせ給(たま)へば、御まへに奏しなどして、いかに<など御つかひ参(まゐ)り、女院(にようゐん)よりいかに<とおぼつかなくなど聞(き)こえさせ給(たま)ふに、この御寺のうちにては、いとふびんなる事(こと)にてこそあらめ。さりとてさとに出(い)でさせ給(たま)はんもいとうしろめたき事(こと)などこの寺の別當なども申し給(たま)ふ程(ほど)に、唯(ただ)事(こと)成りぬべき御気色(けしき)なれば、さばれ、つみはのちに申し思(おも)はんとおぼして、まかせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ程(ほど)に、唯(ただ)ものもおぼえぬ水(みづ)のみさゝとながれいづれば、いとあやしう
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世づかぬ事(こと)に人々見奉(たてまつ)り思(おも)へど、さりともあるやうあらんとのみ騷(さわ)がせ給(たま)ふに、みづつきもせず出(い)で来て、御腹ただしゐれにしゐれて、例の人のはらよりもむげにならせ給(たま)ひぬ。ここらの月比の血のけはひだに出(い)でこで。みづの限(かぎ)りにて御腹のへりぬれば、寺の僧どもあさましういひ思(おも)ふ。
ちゝおとどはなぬかやむといふらんやうにあさましういみじきに、がひきなどいふ事(こと)をせさせ給(たま)ひて、そらをあふぎてゆめ覚めたらん心地(ここち)してゐさせ給(たま)へり。よろづよりもにようごの御(おん)心地(ここち)、あさましうはづかしう、彼のこきでんのほそ殿(どの)の事(こと)などおぼしいでられ、今(いま)はうちわたりといふ事(こと)おぼしかくべくもあらず。うちより御つかひしきりに参(まゐ)るに、奏し遣らせ給(たま)はんかたなし。ちごなどのともかくもおはするは例の事(こと)なり、これはいと事(こと)のほかといふもをろかなり。御寺の僧どもゝかかる事(こと)ははづかしき事(こと)なりけり。されどほとけの御徳にたいらかにおはしますにこそは、いかゞはせんには聞(き)こえける。うちには聞(き)こし召(め)して、ともかくもものもおほせられでこそあらめ。うこんがもの騷(さわ)がしういひて、かくものぐるをしうはからひて、あるまじきわざにこそありけれ。たゞなるにはこよなく劣りてもあるかなとぞ、いとおしう思(おぼ)し召(め)されける。ゐんにもいときゝぐるしうぞ思(おぼ)し召(め)しける。世の中には歌にさへぞ聞(き)こえける。彼のすだれのみいひしわらはは、それにはぢてやがて参(まゐ)らずなりにけり。ほかよりもこえでんこそいみじうおこがましげに人々聞(き)こえければ、彼の出(い)でさせ給(たま)ひし夜の
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御有様(ありさま)は。さばかり面目(めんぼく)ありし事(こと)やはありし。なを世の中こそはあはれなるものはありけれど、何事(なにごと)につけても定(さだ)めなくぞ。
彼の筑紫(つくし)には赤瘡(あかがさ)かしこにもいみじければ。そち殿(どの)急(いそ)ぎたち給(たま)へど、大貳のこのごろ過(す)ぐしてのぼらせ給(たま)へ。道の程(ほど)いと恐(おそ)ろしうはべり。御送りに参(まゐ)らん下人などもいとふびんにはべりと申しければ、げにと思(おぼ)し召(め)して心もとなくおぼしながら。立(た)ちどまらせ給(たま)ひて、世の人少し病みさかりてのぼらせ給(たま)ふ。この程(ほど)に二ゐ、此の瘡(かさ)にて失(う)せにけり。いみじうあはれなる事(こと)どもなり。かくてのぼらせ給(たま)ふも、唯(ただ)わか宮(みや)の御しるしと哀(あは)れに嬉(うれ)しうおぼしつゝ、のぼらせ給ふ。かちよりなれば、今(いま)はおはし着かせ給(たま)ひぬらんとのみ、いつしかとまち聞(き)こえさせ給ふ。
十一月(じふいちぐわつ)にのぼり着かせ給(たま)ふ。彼の致仕の大納言(だいなごん)殿(どの)におはし着かせ給(たま)へる。うへを始(はじ)め奉(たてまつ)り、殿(との)のうちの人<よろこびの涙(なみだ)ゆゝし。殿(との)の有様(ありさま)などむかしにもあらず哀(あは)れに荒(あ)れにけり。うへも何事(なにごと)も聞(き)こえ給(たま)はず。涙(なみだ)におぼれて見奉(たてまつ)り給(たま)ふ。まつぎみのおほきになり給(たま)へるを掻き撫でゝ、とのいみじう泣かせ給(たま)へば、まつぎみもいかにおぼすにか、目をすり給(たま)ふ。いと嬉(うれ)しとおぼしたるも、哀(あは)れにことはりなり。殿、
@淺茅生(あさぢふ)と荒(あ)れにけれどもふるさとの松は木だかくなりにけるかな W32。
又(また)との、
@こしかたの生(いき)の松原(まつばら)いきて来て古(ふる)き都(みやこ)を見るぞ悲(かな)しき W033。
との給(たま)へば、うへ、
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@其のかみの生(いき)の松原(まつばら)いきてみて見ながらあらぬ心地(ここち)せしかな W034
と申し給(たま)ふ。
まづ宮(みや)へ参(まゐ)らんとて急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ふにも、女君(をんなぎみ)涙(なみだ)こぼれさせ給(たま)ふ。宮(みや)のおまへ、ひとへの御衣(ぞ)の袖もしぼるばかりにておはします。何事(なにごと)ものどかになんと申させたまふ。宮(みや)様々(さまざま)いみじくうつくしうおはしますを、一の宮(みや)をまづ抱(いだ)き奉(たてまつ)らまほしげにおぼせど、いま<しうのみもののおぼえはべりてと聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、なをいと世は定(さだ)めがたし。たいらかにたれもいのちをたもたせ給(たま)ふのみこそ、世にめでたき事(こと)なりけれとぞ見えさせ給(たま)ふ。故うへの御事(こと)をかへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ひつゝ、たれもいみじう泣かせ給(たま)ふ。よろづにひとつ涙(なみだ)のといふやうにのみ見えさせ給(たま)ふも、哀(あは)れに尽きせずぞ見えさせ給(たま)ふ。そのころよき日して北(きた)の方(かた)の御墓おがみに、帥(そち)殿(どの)・中納言(ちゆうなごん)殿(どの)、もろともにさくらもとに参(まゐ)らせ給(たま)ふ。哀(あは)れに悲(かな)しうおぼされておはせましかばとおぼさるゝにも。御涙(なみだ)におぼゝれ給(たま)ひて、折しも雪いみじう降(ふ)るに、中納言(ちゆうなごん)、
@露ばかりにほひとどめて散りにけるさくらがもとを見るぞ悲(かな)しき W035。
帥(そち)殿(どの)、
@さくらもと降(ふ)るあは雪を花と見て折るにも袖ぞ濡れまさりける W036。
よろづ哀(あは)れに聞(き)こえをきて、泣く<かへらせ給(たま)ふ。いかで今(いま)はそこに御だう建てさせんとぞおぼしをきてける。